「ええ、私は運命を信じてますよ。死にながら生きてる猫ととおんなじくらいに。」
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1日目
残ったのは、あと5日だけ。
物語のように、最後に全部思い出せるなんて事はないみたいだ。だから、ぼくは今までのことを書いて残すことにした。
これは、
結局大人になれなかったぼくたちのお話
タイムウォッチと玩具ラムネ、黄色い手持ち花火についての覚え書き
ひとつの回転覗き絵ゾートロープの風景
そんなところ。
何から書き始めたらいいかわからないから、まずぼくのことを話そうと思う。
日本人の平均的な顔に少し高めの鼻をつけて、そこにメタルフレームのメガネを引っ掛け、右の頬にバツ印の火傷の痕を付け加えれば、ぼくから誤差10%の外見が完成する。
この痕がついた理由と、その原因の女の子については後で話そう
背は高くも低くもなければ、太っても痩せてもいない。健康診断のグラフではいつも「標準」を突っ走ってきた。
それでも、「ぼく」は端的に言って「優等生」だった。
子供の母親が説教のときよい例として引き合いに出すような、生徒が全部あいつみたいだったらなぁって先生がつぶやく様な、そんな人間だったんだ。
小学校と中学校を一番の成績で卒業して、地元で一番の進学校に合格。一度も部活はやらなかったけど、友達は多い方だった。アルバムを開けば、いつでも友達の笑顔に囲まれた「ぼく」がいる。
そして、高校でそれなりの青春ってやつを謳歌して、都会の国立大学に合格、そろそろ一年生も終わろうかという今、バイトをしながらの一人暮らし。前途洋々の若者、定期試験の頼れるヤツ
ぼくの略歴はこんなもんだ。
いつでもクラスの中心にたって、先生の信頼も厚く、生徒からも好かれる優等生。
友達の輪の真ん中にいて、どんなやつらとも気軽にしゃべれる人気者。
空色の絵の具で描かれた人生。
謙遜って美徳を無視して申し訳ないけど、「ぼく」の他人の評価はこんなもんだったと思う。
実際、その頃のぼくはだいぶ傲慢だったんだ。人を見下していたとは言わないけど、少なくとも自分の方が優れているとは思っていた。後で話すけど、なんてったってぼくはいつでもやり直せるんだからね。
次に、彼女について。恥ずかしいけど、ほれた女の子のことを話すんだ、少し現実から浮いていたとしても見逃してほしい。
彼女は、いつでも前から三番目の座席に座っていた。
どんなに眠い講義でも定規顔負けの姿勢の良さでノートをとり、疑問に思うときは控えめな声で、でも躊躇わずに質問を挟み、それなのにその不器用さが災いしてテストではいつも中の上くらい。
大体ワンピースや丈の長いスカートを履いていて、その格好と彼女はいつもしっくりと合っていた。
なんというか、自分の領地の特徴をはっきりと理解している名君、みたいな。
でも、頭にはいつも「最先端!」って折り紙がついているようなヘッドホンを乗っけていて、それが彼女の与える印象をちぐはぐなものにしていたんだ。
ぼくとは違って、現実に即した学問を学んでいる彼女は、壊れた機械を直すことが得意だ。
ヘッドホンからは、大体27クラブ入りした人たちの音楽が流れてる。
趣味は図書館を巡ることと、精巧な模型を集めることで、彼女の蒐集箱ではフォークが宙に浮いたナポリタンも、1/700に縮まった戦艦も同じものとして扱われた。
単語と単語の間が炎天下でとけたアイス同士みたいにくっついた、すこし不思議な喋り方をする。
ロングピースとかショートホープなんて重いタバコを、時々思い出したように吹かしては咳き込む。
猫みたいに丸まって眠る。笑ったときに細くなる目とえくぼがとてもかわいい。
とりあえず、彼女についてはこんなところかな。
こうやって書くと、いろいろと思い出すもんだ。
さっき「ぼくと違って」、と言ったけど、ぼくは大昔に誰かが書いた書物を、その誰かさんも含めてああでもないこうでもないと難癖をつける、そんなところに所属している。
だから、ぼくが彼女をみかけるのは週に何回かの一般教養の時間だけだった。
一度も話したことのないどころか、多分むこうには認識すらされてないのに、ぼくは彼女の横顔をみるだけで胸が騒いだんだ。
そのときのぼくはまだ、初恋ってこんなものかなぁ、なんて思っていただけだった。
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