未央「努力は実になる」 (74)

某CD店の店頭で流れる映像
あるアイドルユニットのライブDVD
周囲には人だかり
初回限定盤は早くも売り切れていたようだ

女々しいな、未練がましいな
そんなことは自分でもわかっている

本田未央はじっと平積みされたディスクを眺めていた。

『ニュージェネレーションライブ版DVD』

モニターの中に私はいない
ステージの上には私だけがいない

ゆっくりと時間だけが過ぎていく

ふと気がつくとポップに売り切れと書かれたシールが貼られていた



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365907616

世間は空前のアイドルブームらしい
J-POPの棚のすぐ隣に『アイドルコーナー』なる特設のスペースが設けられていた

はやり廃りが激しく、喩えるのであれば水物のような世界
一年後にはどれだけのアイドルたちがあの眩い舞台にいられるのだろう

『がんばれば夢はかなう』

誰から聞いたんだっけ
今はもう思い出せない

努力は実になる?
そんな言葉には根も葉もないよ

店を出るとあたりは既に薄暗くなっていた

---
今から三ヶ月前のことだった


「未央ちゃん、レッスンの後に社長室に来てくれない?大切なお話があるんですって」

細身の身体に薄い緑色のスーツ
栗色の髪をゆったりと結った女性
同じ事務所でもこのコーディネーションを着こなせる女性は、まずいないだろう

「はい、わかりました!」

何の話だろう?
最近、事務所の同期の子達はみんな忙しいからなー
卯月もCDデビューが決まったらしいし……

もしかしたら、ついに私もCDデビューかな?

そう考えると自然と身体が軽く、どんなステップも踏める気がした




すみません
書き忘れですが、未央ちゃんSR出る前のお話です
あと、公式からかなり外れた話になります

レッスンが終わり、急ぎ足で社長室のドアを開ける
「失礼します!」

事務所に所属してから既に半年以上が経つ
この事務所に初めて来たあの日から、一度もこの社長室には入っていない

未央の声には少しばかりの緊張と期待が感じられた
「残念だが、君にはこの事務所を去ってもらう」

社長室の扉を開けて開口一番に聞いた台詞だった

「これは経営的な方針だよ、君は我が事務所の方向性にはそぐわない」
社長の隣に立っていた男性がそういった

年齢は30過ぎくらいだろうか
ぴしっと分けられた七三の髪に細い銀縁の眼鏡
身長はやや高めで、切れ長の目をしていた

中肉中背で白髪混じりの気のいいおじいちゃん、そんな印象の社長と並んでいるせいかとても冷たい印象だった

社長室での話はそれだけで終わった
あとは事務的な手続きを済ませただけで私のアイドル生活は終わってしまった

ちひろさんはこのことを知っていたのかな?
事務員のちひろさんをあえて退社の手続きから遠ざけていたのだから、おそらくは知らされていなかったのだろう

凛や卯月、プロデューサーに他のみんなはどうだろう
卯月は泣いちゃうかな?凛とプロデューサーは事務所に怒ってくれるのかな?


そんなことを思いつつ、誰とも会わずに未央は事務所を去った
不思議と涙は出なかった

この三ヶ月間何をしていたんだろう

未央はこの三ヶ月の間の出来事を思い出せずにいた
はじめの数日間こそ部屋に引きこもっていたものの、その後は通常の生活に戻っていた
普通の高校生のように学校に通い、普通の高校生のように友達と遊んで

傍からみるとそれなりに充実した生活だっただろう
しかし、何も覚えていなかった


夢に向かって来る日も来る日も仲間たちとレッスンに励んだ日々からすれば、今の生活はまるでぬるま湯のようだった

何をするでもなく、ぼーっとしていても何一つ支障はなかったのだった

「おい、これお前のいた事務所じゃないか?」

北海道では初雪が降っただとか、今年の冷え込みは例年以上だとか
そんなニュースに混じって新聞の片隅にその記事はあった

シンデレラガールズのモバプロ買収の文字

記事によれば、一年以上の交渉の末に外資系企業にプロダクションが買収されたらしい
記事を見つけた父曰く、交渉といってもかなり一方的なものだったようで、最近はマスコミに取り上げられることもあったらしい

「そうなんだ、もう私には関係ないよ?」

未央は明るい顔でそういったつもりだったが、その表情には少し影があった

それから数日が経った

今日は私の誕生日で、友達からもお祝いしてもらった
プレゼントにはくまのストラップを貰った
それでもいつもと同じような一日が過ぎていった



明日の数学の試験がマズイだの、友達の彼氏が二股してただの
今年のクリスマスはみんなでパーティーをしようだのくだらない話で盛り上がっていた、帰り道

「じゃあねー、未央。また明日!」

「また明日!彼氏とのことでなんかあったら私にいいなよー?駆けつけちゃうから!」

「あはは、ありがとー!」

いつものように一日は終わっていくはずだった

「あれ、未央?」

いつものように一日が終わればよかった

「凛……、卯月……」

神様はとんだバースデーサプライズを用意していたようだ

http://i.imgur.com/3Wkhs9z.jpg
http://i.imgur.com/BGgs0pn.jpg
本田未央(15)

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渋谷凛(15)

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島村卯月(17)

「あははー、久しぶりー!いついらいだっけ?いやぁ、まいったなぁ……」

一瞬だけ反応が遅れてしまった
未央は今できる限りの笑顔でおどけて見せた

「うん、久しぶり。元気だった?」

ほっそりと痩せた身体に、すらっと長い手足
黒くしなやかなロングのヘアーに猫のようにパッチリとした目の美少女

名前は渋谷凛
私のアイドル時代の同期生

「……未央ちゃん、本当に久しぶりだね!」


凜よりも少し小柄で整ったかわいらしい顔立ちの美少女
ただ、人懐っこく愛らしい、喩えるならば小動物のような女の子

島村卯月
歳は少し上だけど、一緒にレッスンに励んだ同期生の仲間だった

凛と違って一瞬言いよどんでんでしまったあたりは彼女らしかった

>>10
画像ありがとうございます!

突然の再開に面食らってしまった
早く、何か言わないと

「いやー、二人とも元気そうで良かったー!二人の活躍はテレビで見てるよ!凜はドラマ決まったんだってね」

アイドル関係の事は話したくなかった
二人との隔たりを感じてしまうのが怖かったから
それでも、とっさにこの話題しか出てこなかった

「うん。最近は忙しくて大変だよ、会社もどたばたしてたしね。ちひろさんなんか文句ばっかりだったし」

「未央は今どうしてるの?」

どうしてもお互いに探り合うような話方になってしまう
どこまで踏み込んでいいのか互いにわからないようだった

「私?私は普通に女子高生を満喫してるよー!これはこれで楽しいし」

「私よりも、事務所のみんなは元気?プロデューサーも忙しさにひぃひぃいってるんじゃない?」


胸がもやもやする
アイドルの二人には私のことを知られたくない

つまらない自尊心なのかもしれないけど、私は話題を自分からそらしたかった


「あのね……プロデューサーさんなんだけど……」

卯月が凛の様子を伺う
そのことについて話していいのか、あるいはそのことをどう話したらいいのか迷っているようだった

「プロデューサーなら辞めたよ」

凛がぴしゃりと戸を閉めるように言った
抑揚の少ない声だったが、その台詞が未央には感情的に聞こえた


「……え?どうして?」

短い間とはいえ夢を見せてくれた人
成功も失敗も、困難も幸福も自分のことのように泣いて、笑ってくれた人
その人が『辞めた』のであれば理由を聞かずにはいられなかった

もう少し考えてから聞くべきだったとしても

「答えてあげるけど、その前に一つだけ教えて」

凛が唇を噛んでからそういった

「未央は……」

「まだアイドルをやる気ある?」


凛のまっすぐな視線に耐え切れずに未央は目を少しそらしてしまった

「……あるよ」

事務所を首になった身だ、アイドルとして復帰などできるはずがない
未央はそう思っていた
事実、事務所をあとにしてからは中身のない日々を過ごして気ごしてきた
まるで夢遊病患者のように
何かに向かって、何かを考え、自分の意思で進むわけでもない
時間の経過が運んできてくれる明日を享受して生きてきた

それでも、この二人と対等でいたい。二人に劣っているとは思いたくない

そんな自尊心と、劣等感が未央にそう言わせたのだった

「そっか……」

凜は少しだけ笑って見せた

「じゃあ、何も教えない。その必要もないし」

「え?凛ちゃん?」

澄ました顔の凛に困惑気味の卯月
傍から見るとどちらが年上かわからない

「いいんだよ、全部あとからわかるだろうし」

「本人にその気があれば、だけどね」

凛は卯月の方を向き横目で未央にそう言った

「それじゃあ、今度会うときはステージの上かもね」

「楽しみにしてるから」

なんだろう、この余裕は
私の考えてる事なんかお見通しってこと?
『それとももうアイドルになんて戻れない』とか思ってるの?

凛の余裕に裏があるように思えた
私を蔑んでいるんじゃないかと思えた

「……絶対」

「絶対、戻ってやるから楽しみにしてろよー!」

我ながら呆れる
ただの強がりだった

二人はBランクアイドルになったらしい
某有名監督の映画への出演も決まったらしい

二人と別れて家に帰る途中に、ショーウィンドウのテレビでそれを知った

今日は今まで生きてきて最悪な誕生日だった

一体どうしろって言うんだよ……

あの日から悶々としたまま時間が過ぎていく
何をするでもなく、ぬるま湯に浸るような日々を送りながら

一回首になって、頼るところもなくて

同期の凛と卯月はBランクアイドル
惨めでそんなことできるわけがないじゃん

「はぁ……」

打開策もなく、ため息が出る

「おーい、君!アイドルに興味ない?時間があったらでいいから、話を聞いてくれないかな?」

いいな、あんな風にまたスカウトでもされないかなー

……あんな風に?


短く切りそろえた髪にやや長身
中の上といったところだが、幸薄そうな顔
濃い紺色のスーツに聞きなれた声

「プロデューサー……?」

「未央か……?」

クリスマスまであと1週間
この再開は少しだけ早いクリスマスプレゼントなのかもしれない

「いやー、久しぶりだなぁ。元気だったか?」

もう随分と見ていなかった笑顔、随分と聞いていなかった声
まるですべてが夢のように感じられた
一年も経っていないのに、アイドルとして生きてきたあのころが遥か昔に感じられた

「元気だったけど……」

『プロデューサーなら辞めたよ』
凛の言葉が脳裏をよぎる

何を話せばいいのかわからない
何を聞いていいのかわからない

未央はきっかけを探そうときょろきょろとあたりの様子をうかがう
たった今、スカウトを断られたせいかプロデューサーの手には名刺が握られていた


「ななしプロダクション……?」

無意識に声に出ていたらしい

「これか?今の俺の仕事場だよ」

プロデューサーがはにかみながら頭を掻いた

「実はいろいろあってモバプロ辞めちゃったんだよ、それで今はこのプロダクションでプロデューサーをやってるんだ」

「まだまだ所属アイドルも少ないし、作ったばかりの弱小プロダクションだ」

「それでも……」

「俺が作ったプロダクションだ……!」

プロデューサーは自分の胸の前でこぶしを握って見せた
たった今、スカウトを断られたばかりなのに自信に満ちた表情でそういって見せた

「プロデューサー……どうして……?」

「今は言えないけど、いろいろとあってな」

「それよりも未央……」

プロデューサーが未央の手を両手で握る

いつだったか、スカウトされた日の光景がよみがえる


「『俺とトップアイドルを目指さないか……?』」


止まっていた時間が動き出した

とりあえずここで一区切りです。

訂正1

>>2

「未央ちゃん、レッスンの後に社長室に来てくれない?大切なお話があるんですって」

×細身の身体に薄い緑色のスーツ
栗色の髪をゆったりと結った女性
同じ事務所でもこのコーディネーションを着こなせる女性は、まずいないだろう

「はい、わかりました!」


「未央ちゃん、レッスンの後に社長室に来てくれない?大切なお話があるんですって」

細身の身体に薄い緑色のスーツ
栗色の髪をゆったりと結った女性
同じ事務所でもこのコーディネーションを着こなせる女性は、まずいないだろう

千川ちひろ
この事務所の事務員だ

「はい、わかりました!」



訂正2
>>17
×なんだろう、この余裕は
私の考えてる事なんかお見通しってこと?
『それとももうアイドルになんて戻れない』とか思ってるの?

○なんだろう、この余裕は
私の考えてる事なんかお見通しってこと?
それとも『もうアイドルになんて戻れない』とか思ってるの?




すみませんでした


週末、学校の休みを利用して新しいプロダクションを訪れる事になった

実のところまだプロデューサーには返事をしていない
もちろん、お父さんと、お母さんにも話してはいない

せっかく廻ってきたチャンスなのに、どうしても一歩が踏み出せない
そんな自分に未央は自己嫌悪を抱いていた

土曜日の昼下がり、クリスマスムード一色の町で未央はプロデューサーから渡された地図を頼りに事務所を探していた


「こ、ここかな……?」

立地は駅の近くで交通の便は申し分ない
しかし、路地から少し入らなければならず、建物の古さも相まって少し汚い印象だった

入り口の案内を見ると三階に『ななしプロダクション』の文字がある


「こうしてみると、前の事務所って立派だったんだなー……」

そうつぶやきながら未央はエレベーターを探したが、この古びた雑居ビルにそんなものはなかったので
未央は仕方なく階段を昇ることにした

約束の時間の五分前だったが、事務所の扉の前にはプロデューサーが腕を組んで立っていた

「おお、未央!早いじゃないか!いらっしゃい!」

少し薄暗い階段でも輝いて見えるような笑顔でプロデューサーは迎えてくれた

「健康に良さそうな事務所だね。運動不足にはならないよ、この事務所」

少しだけ毒づいてみる

「しばらくレッスンサボってたんだから丁度いいだろ」

プロデューサーはにやりと笑ってそう言った

二人は顔を見合わせて、くすくすと笑いあいながら事務所へと入った

中に入ると建物の外観からは想像できないほどにすっきりと片付けられていた

入ってすぐのエントランスは黄色と白の造花で彩られ、壁にはアクセントに蔦が絡みついた『ななしプロダクション』のプレート
事務所のインテリアは白と黒を基調とて、ところどころに造花が飾られていてシックでいて落ち着ける空間に仕上がっていた

プロデューサー曰く『衣装選びで培ったセンスをなめるなよ』だそうだ


「ところでプロデューサー、他の所属アイドルはどこにいるの?」

事務所には私たちの他に誰もいなかったから、他の面子がどこにいるのかが気になった

「もうすぐ帰ってくるよ、レッスンも終わっただろうしな」

エントランスの方から勢いよく扉を開く音がした


「たっだいまー!」

早速、ななしプロ所属のアイドルが帰ってきたようだ

「Pちゃん☆今日のレッスンもたのしかったにぃー☆」

茶色のふんわりとウェーブがかかった長髪
くりくりとかわいらしい目に、猫のような口
ふりふりとしたかわいい衣服に身を包む少女

ただ、その印象とは裏腹にやや長身のプロデューサーを越える身長だった

「きらりちゃん!?え、モバプロにいたはずじゃ……」

彼女は諸星きらり
かつての事務所での同僚だった

「それだけじゃぁ、ないにゃ!」

きらりの影からひょこっと猫耳が覗く

「ちゃんみおよ、みくもいるのにゃ!」

茶色のボブカットに猫耳をつけ、ゆったりとしたニットのワンピースを着た少女がきらりの後ろから出てきた

前川みく
この子もかつての事務所での同僚だった

「プロデューサー、もしかして所属のアイドルってみんな前の事務所から引っ張ってきた?」

「そんなことはないぞ」

プロデューサーはそういうとエントランスの方に向かっていった

プロデューサーがずるずると誰かを引きずってくる

「初対面とか、むーりぃー……」

透き通るように白い肌の少女が男に無理やり引きづられている

ここだけみたら警察へ通報したほうがいいのではないかと感じてしまうかもしれない

「ほいっ、こいつは森久保乃々!先週スカウトしてきた!ほら、自己紹介しろ!」

「ひぃっ…。も、森久保ですけど……い、一応アイドルやってますけど……。辞めたいんですけど……」


この事務所は大丈夫なんだろうか
少しだけ心配になってきた


「というわけでこれが我がななしプロダクションのアイドルたちだ!」

プロデューサーが両手を腰に当ててそう叫んだ

「ちょっとまってよ!私まだ返事なんてしてないよ!?」

「じゃあ、なんでここまできたんだ……?」

プロデューサーが私の顔を覗き込む

「えっと、それは……」

いつもなら割って入るであろう、きらりとみくもじっと、未央を見つめている
乃々だけは完全に目をそらしていたが


どうしていえないんだろう
『トップアイドル目指して頑張りまーっす! 今日からよろしくお願いしまーす』

前にスカウトされたときは簡単にそう言えた
自分は、絶対にトップアイドルになれるんだって信じていた

「……わ、私を」

あと少しで言える、あと少しでもう一度アイドルに……!


『残念だが、君にはこの事務所を去ってもらう』

『本人にその気があれば、だけどね』

脳裏に社長室で私にクビの宣告をした男の顔と、凛の顔が浮かんだ


「……未央?」

気がつくと、私は泣いていた
返事もできないままに

「まぁ、無理にとは言わないよ。お前の事情もあるだろうしな」

プロデューサーは笑ってそういったが、その笑顔は不自然だった

「今日はもう帰るといい、またの機会でいいから答えをきかせてくれよな」

プロデューサーはそういうと、私の腕をやさしく掴んだ



チャンスが消える……
扉が閉じていく……


全部自分のせいで
ここで終わってしまうかもしれない……


言わなくちゃ……、言わなくちゃ……!


気持ちとは反対に、声を出すことができなかった
その日はそれだけでプロダクションをあとにした


最後に見たみんなの顔が脳裏にこびりついたようだった

それからまた何日かが過ぎた
ぬるま湯のような生活の中で一つだけの変化もあった

「それじゃあ、いってきまーす!」

廻ってきたチャンスを逃してしまった
プロデューサーは『いつでもいいから、また来いよ』と言ってくれた
それでも、せっかくの好意をふいにしてしまったことには変わりない

せめて胸を張って返事をしたい

その想いで未央は自主トレを始めていた



「はぁはぁ」

流石に半年以上もレッスンがないと体力が衰える
以前なら余裕に感じた距離でもこの有様だ……


「お疲れ様ぁ、これどうぞ」

独特の雰囲気をまとった話し方の小柄な美少女
若干、垂れ目気味だがおっとりとした見た目とその雰囲気の危うさにはギャップがあった


「ま、まゆちゃん!?」

佐久間まゆ
現在もモバプロに所属しているアイドル

そして、元同僚

http://i.imgur.com/CN69oR0.jpg
http://i.imgur.com/dhOsMFQ.jpg
諸星きらり(17)

http://i.imgur.com/GKLVCdN.jpg
http://i.imgur.com/LC0o3YE.jpg
前川みく(15)

http://i.imgur.com/wWMRxo7.jpg
http://i.imgur.com/Ia396Lz.jpg
森久保乃々(14)

http://i.imgur.com/y76qnBT.jpg
http://i.imgur.com/BK37ahh.jpg
佐久間まゆ(16)

「聞きましたよぉ、Pさんの誘いを断ったそうじゃないですかぁ」

うっすらと笑みを浮かべて見せるが、表情とは裏腹に全く笑っているようには見えない

「な、なんで……」

私の問いをさえぎって彼女は言った

「なぜでしょうかねぇ?ただ、私はPさんのことなら何でも知ってるんですよぉ?」

少しおどけているようだが、背筋に寒いものを感じた

「どこかの誰かさんは自分の心に正直になれないみたいですから、一つだけいいことを教えてあげましょう……」

まゆは人差し指を唇に当てて、いたずらに微笑んで見せた

「Pさんがプロダクションを辞めた理由です……」

そんな可愛らしい仕草をとりながら、まゆの目は鋭く光っていた

「あなたも知っているでしょうが、数ヶ月までにモバプロ……モバマスプロダクションは買収されました」

「でも実際は、それ以前から会社内部にも影響があったんですよぉ」

「買収なんて一日二日で話がつくものでもありませんからねぇ」

まゆは少しもったいぶったように話している

「『経営方針の転換』」


未央の身体がびくりと反応する

「現モバプロの親会社は買収直前からその一言で人員を整理していきました」

「もちろんアイドルも含めてです……」

「そのあたりはあなたにも心当たりがあるんじゃないでしょうか?」

まゆが横目でこちらを見る

まるで、あの日凛の凛のように

>>37訂正

「あなたも知っているでしょうが、数ヶ月までにモバプロ……モバマスプロダクションは買収されました」

「でも実際は、それ以前から会社内部にも影響があったんですよぉ」

「買収なんて一日二日で話がつくものでもありませんからねぇ」

まゆは少しもったいぶったように話している

「『経営方針の転換』」


未央の身体がびくりと反応する

「現モバプロの親会社は買収直前からその一言で人員を整理していきました」

「もちろんアイドルも含めてです……」

「そのあたりはあなたにも心当たりがあるんじゃないでしょうか?」

まゆが横目でこちらを見る

まるで、あの日の凛のように

「実を言うとあなただけではないんですよぉ」

「『人員整理』の対象になったアイドルは……」


「え……?」
未央は思わず、声を発した
他にもクビになったアイドルがいる?まさか……


「お察しの通り、諸星さんや前川さんです」

「まぁ、そのほかにも何人か事務所を去ることになりましたけどねぇ」


未央の予想が当たる
未央の首筋に汗が流れた


「あとはもうわかりますよね?」

「そんなことになったらPさんがどういう行動に出るかなんて……」

まゆはにっこりと微笑んで見せた

未央は視線をまゆから外すことはできなかった

「Pさんはすばらしく有能ですからね。親会社からしても必要な人材です」

「それでも、Pさんは情に厚いですから……」

「上の方々に怒鳴り込んだんですよ」

まゆは未央に顔を近づけてそういった

「親会社側からは年俸の倍増や、福利厚生の更なる充実なんかも提案されたらしいんですけどねぇ」

「Pさんは事務所を辞めてプロダクションを作りました」


「事務所を去った仲間を集めながら……」

「自分の理想を叶えるために……」

まゆが未央の瞳の奥を覗き込む

「あなたは、そのPさんの誘いを断ったんです……」

「その意味がわかりますかぁ?」

時間が止まったかのように静寂が続く

心臓の音が早くなる、額に汗が滲む
未央はまゆの迫力に気圧されていた

「まぁ、いいです。あなたにも事情があるんでしょうし……」

そういうとまゆは未央に背を向けニ、三歩離れた

「ただ、一つだけ言わせてくださいね」

「昔の仲間たちは気長にあなたのことを待っていてはくれませんよ?」

振り返り、小首を傾げながらまゆは微笑んだ

「もちろんPさんもです」

「心に決めた答えがあるのなら、早く伝える事をおすすめします」


「それでは、がんばってくださぁい」



まゆが去ったあと、私はその場にへたり込んでしまった
真冬の済んだ夜空には星が瞬いていた

運動用のジャージは汗に濡れていた

「はぁぁ」

思わず前のめりになるくらい特大のため息がでる
ため息は大きな白い塊となって消えていく


目の前にはいつかの古びた雑居ビル
『ななしプロダクション』
プロデューサーが事務所を辞めてまで作った夢の城
それがこの中には入っている


『昔の仲間たちは気長にあなたのことを待っていてはくれませんよ?』

『心に決めた答えがあるのなら、早く伝える事をおすすめします』

まさか、まゆちゃんにあんな事を言われるなんて思ってもみなかった
正直、心臓が止まるかと思ったもん


「でも……」

『残念だが、君にはこの事務所を去ってもらう』

『本人にその気があれば、だけどね』

「踏ん切りはついたよ……!」

『それじゃあ、今度会うときはステージの上かもね』

『楽しみにしてるから』



「もう迷わないからねっ!待ってろ、ニュージェネレーション!!」

---

「全く声が大きいな」

未央の後方の路地から一人の男が現れる
その後ろではななしプロの面々が拍手をしていた

「でも、その気持ちは確かに受け取ったぞ」


「もう一度、トップアイドル目指して頑張ります! 今日からよろしくお願いします!」


新しい私の時間が動き出す

とりあえず二回目の一区切りです。

正直思ったよりも量が掛かってしまいました。
駄文、失礼いたしました。

登場キャラや続きも大まかには決めていますが、まだ決まっていない部分もあるので少しずつあげて行きたいと思います。

また読んでいただけると幸いです。


>>1です。
長くなりそうなので、一回目の区切り(>>21まで)を第一部、二回目の区切り(>>45まで)を第二部という事にします。

第三部

三月も半ばに差し掛かる
数ヶ月前には『例年に無い寒さが続く』だったはずなのに、最近は暖かい日が続いている

桜の開花も例年に比べると幾分か早くなっているようだ

双葉杏はモバプロこと、モバマスプロダクションの事務所でノートパソコンを開いていた
プロダクションが外資系企業に買収されてすぐに引っ越した事務所

都市部の主要駅前、一等地といって差し支えないだろう
そこに建つ高層ビルの数フロアに現在のモバプロは事務所を構えている

杏がマウスを滑らせ、ニュースサイトの一角をクリックする
桜の開花予想にも、近隣諸国との緊張にも興味は無い

一瞬で画面が切り替わる
『モバプロLIVEバトル組み合わせ決定!』

対戦相手を確認すると僅かに杏の口角が上がった

早速訂正>>54

第三部

---

三月も半ばに差し掛かる
数ヶ月前には『例年に無い寒さが続く』だったはずなのに、最近は暖かい日が続いている

桜の開花も例年に比べると幾分か早くなっているようだ

双葉杏はモバプロこと、モバマスプロダクションの事務所でノートパソコンを開いていた
プロダクションが外資系企業に買収されてすぐに引っ越した事務所

都市部の主要駅前、一等地といって差し支えないだろう
そこに建つ高層ビルの数フロアに現在のモバプロは事務所を構えている

杏がマウスを滑らせ、ニュースサイトの一角をクリックする
桜の開花予想にも、近隣諸国との緊張にも興味は無い

一瞬で画面が切り替わる
『モバプロLIVEバトル組み合わせ決定!』

対戦相手を確認すると僅かに杏の口角が上がった

未央がななしプロに合流してから三ヶ月ほどの月日が経っていた

「みおちゃん、ステップが遅れてるにぃ!」

きらりがラジカセから流れる音楽に合わせて手拍子でリズムを取っている

「了解、これでどうだっ!?」

たたんと小気味の良いリズムで未央の靴が床を鳴らした

茶色いショートヘアから汗が舞う
照明に反射して一筋の光ができる


きらりが最後に大きく手を叩くとラジカセの音楽が止んだ

「いやー、今日も気合入りまくりだにゃあー」

レッスンスタジオの壁に寄りかかり、ドリンクを飲んでいたみくが声を未央に声をかけた
ふざけたように拍手をしながら

「まあね、さっさと再デビューしちゃいたいし」

きらりからタオルを受け取り汗を拭きながら未央は答えた

「感心感心、さっすがちゃんみおだぁー。それに比べて……」


みくが視線を横にずらす

全身をだらりとさせて少女が横たわっている
色白の肌はやや赤く染まり、髪は汗でしっとりとまとまっている


「乃々ちゃん、だいじょぶー?」
きらりが乃々の顔を覗き込む

「むー……り……」


乃々の口が開いたがお得意の台詞は聞き取れなかった

「お前ら迎えに来たぞ」

レッスンスタジオの扉が開く
外回り用の鞄を持ったプロデューサーが入ってきた

ほい、といいながらアイスの入ったコンビニ袋を未央に放り投げる

「それ食いながらでいいから、ミーティングするぞ」

「今度のLIVEバトルの相手はモバプロだ」



コンビニ袋を覗いていた三人の手が止まる

プロデューサーが身体の向きを少しだけ変えて視線を落とした



「乃々、おまえに任せるぞ」



びくりと反応すると、一人で床に転がっていた乃々は何かを訴えるような目つきでプロデューサーを見あげた
声を出す体力も残っていないようだった

LIVEバトルにはいくつかの形式があるが、今回は一対一で競うタイプのものだった

「プロデューサー、どうして乃々なの?」

未央が眉間にしわを寄せる

「そうだにゃあ、モバプロ相手だったら経験の浅い乃々を出すのは厳しいんじゃ……」

正直なところ、未央は再デビューの可能性に期待していた
それでなくても、ななしプロで最も経験の浅い駆け出しアイドルの乃々には荷が重い

未央とみくが疑問に感じるのも当然だった


「相手が相手だからな、まだお前らを出すのは厳しいんだよ」

腕を組んでいたプロデューサーが頭を掻きながらそういった

プロダクションもアイドルもランクが低い
そんな状態でモバプロとの因縁がある未央達をLIVEバトルに出す事は避けたい、プロデューサーの意見だった


「あとは……」

不安そうな目でこちらを見ている乃々にプロデューサーが歩み寄る
未央達が話している間に何とか、壁にもたれかかっていたようだ


「乃々はずっと、頑張っていたからな!信じてるぞ、乃々!」

プロデューサーが乃々の手を強く両手で握る

乃々は二秒と持たずに目をそらした


こうして、対モバプロ戦に向けたレッスンが始まった

『むーりぃー』

いつからか、それが乃々の口癖になっていた
本当にやりたくないわけではない、むしろ自分が望むことな場合もある
それでも、自分に自信が持てない

うまく行かなかったらどうしよう

そんな不安から乃々は常に予防線を張って生きてきた

何がきっかけだったのかは覚えていない
たいしたことではなかったのかもしれない
ただ、大勢の前で笑われたことだけが記憶に残っている


周囲が自分に期待をしないように
そして、自分自身に期待をしないように

いつしか乃々が望んだように世界は変わっていった
誰も自分には期待していない
もちろん乃々自身も含めて

日常は色褪せて淡々と流れていったが、恥をかくよりはいくらかマシだと思っていた


『もし君がよければアイドルやってみない?君なら絶対に上までいける』

親戚が連れてきた男に初めて会って言われた言葉
久しく聞いていなかった期待の言葉

なによりも『自分がアイドル』

そんな少女マンガのような出来事になぜか胸が高鳴った

それが乃々がアイドルになったきっかけだった

乃々にとって事務所で出会った先輩アイドルのきらりとみくは別の世界の住人のようだった


歌声や、ダンス表情の一つ一つはもちろんテレビで見るアイドルのそれだった
時に可愛らしく、時にはかなげで、時には庇護欲に訴えてくる

だが、それ以上に自分自身への自信に憧れた

『自分は絶対にトップアイドルになれる』
仕草や表情からも感じられる

「むーりぃー……」

口癖として染み付いた言葉はなかなか直らない
恥ずかしくて相手の目も直視できない
それでも、少しずつでも、頑張ってみようと乃々は思った



---


「乃々!そこでターン!」


「は、はいぃ……!」

毎日、厳しい特訓が続く



『乃々はずっと、頑張っていたからな!信じてるぞ、乃々! 』

『君なら絶対に上までいける』


プロデューサーの言葉が脳裏をよぎる
大きな期待とプレッシャー
乃々がかつて逃げてきた感情


「はい、完璧!」

未央がぱちんと手を叩いた

「すっごいにゃあ、乃々!まるで別人みたいにゃあ!」

みくが乃々の両手を握ってぶんぶんと上下に振る


「ばーっちしだにぃ!」


きらりは乃々を強く抱きしめた


LIVEバトルは週末に迫っていた


「えへへ……」

憧れの先輩アイドルからの期待は彼女の中で小さな勇気に変わっていた
少しは変われたのかもしれない

乃々はきらりに抱かれたまま小さくガッツポーズをした




とりあえず、ここで一区切りにします

LIVE会場へ続く並木道には桜が咲き誇っている
桃色の花びらが舞う
やさしいにおいに満ちている

未央は長蛇の列を横目に関係者用の入り口へと進む
一般用の入り口には、やはりモバプロアイドルのファンが多いようだ
今日の対戦相手を考えれば当たり前なのかも知れないが

「よし、これで全員揃ったな!」
プロデューサーがそういいながら腕を組んだ

控え室に着くと既に未央以外のメンバーは揃っていた
みくよりは先に着くと思ったのにな……

部屋に入ったときのみくのにやりとした顔を思い出して未央はそう思った

この数週間、乃々はよくがんばった
それがななしプロの共通認識だった

どんなに楽観的に考えても今日勝てる可能性は0に近い
それでも乃々は既にDランク以上の実力はあると見ていい
元モバプロの三人と比べてもそこまで大きな差は無い

今日のLIVEの結果はななしプロのアイドルとモバプロのアイドルの距離を測る試金石になると言ってもいいだろう

乃々のコンディションも良好
レッスンの成果は全員が太鼓判を押している

だからこそ、『もしかしたら』と感じずにはいられなかった

先攻はななしプロ

乃々がスタンバイに入る
わずかに肩が震えているのがわかる

ななしプロのアイドル達が彼女に声をかけていく



「大丈夫、なるようになるから!きっとうまく行くよ!」
未央は親指を立てて見送った
できる限りの満点の笑顔で

去り際に見えた乃々の顔はかすかに笑っていた


その笑顔に未央は、はっとした
乃々が控え室を去ったあとに左手で自分の顔をなでる
自分の笑顔が引きつっていた事に未央は気がついた

隣にいるきらりとみくを見ると未央と似たような顔をしていた

控え室に残された三人が顔を見合わせる

みくが視線を下に落とした
釣られて未央も視線を床に落とす


『自分でなくてよかった』
乃々を送り出すときに一瞬そう思ってしまった

モバプロを相手に単身で勝負を挑む
はじめは自分の再デビューのチャンスだなんて考えていた

乃々のレッスンを見ながら
『私ならもっとできる』と内心思っていた

ついさっきまでは

だからこそ、乃々が最後に見せた笑顔にはっとさせられたのだろう


空気が沈む
誰もが言葉を発しない

きらりが交互にみくと未央を見る

きらりのこんなに不安げな顔を未央ははじめて見た


「会場にいくぞ」

がちゃりとドアが開く
プロデューサーがいつものような余裕で話す


重い空気はななしプロのアイドルに付きまとうように、ドアを抜けていった


LIVEバトルが始まる

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