クリスタ「冬の贈り物」(24)
クリスタ「…さむ…」ハァッ
手を温めるために優しく口から吐き出した息は、その役目を終えるとふわりと白く姿を変え、やがて冬の空気に溶けてしまった。
クリスタ「うん…しょっと!」ガコッ ザバッ
井戸から汲み上げた水を、手桶に移す。
ピチ、と飛沫が顔にかかった。
暑い頃は心地の良い飛沫も、今は針のようにチクチクと頬を刺す。
手の甲で軽く頬を拭い、水がゆらゆらと泳ぐ手桶を持ち上げた。
クリスタ「よ…っと…おも…」チャプ
凍えた指先に、水でいっぱいになった手桶の重さがズシリと乗る。
手桶の無機質な冷たさが痛かった。
クリスタ「うー…手袋してこれば良かったなぁ…」
軽い後悔を白い息と一緒に吐き出して、食堂へと向かう。
普段はなんてことない距離が今は遠い。
その時、視界の端にふっと影が映り、同時に腕にかかっていた重さが急に消えた。
私の目線は影の肩より下。
思い当たる人物は1人しかいなかった。
ユミル?
そうして仰ぎ見たその影は、予想していたよりも少し大きく、肩幅も広かった。
ジャン「重そうだな」
クリスタ「えっ?」
思ってもみない人がそこにいた。
既に手桶は奪い取られている。
クリスタ「あっ、悪いよ…」
ジャン「食堂行くんだろ?どうせ方向一緒だし、ついでだ」
普段の通りぶっきらぼうで愛想のない言葉をぽんと口から放り出し、ぐいぐいと歩いて行く。
あんなに重かった手桶が、大して重さを持っていないように見えるのが不思議だった。
クリスタ「う、うん…ありがとう」
ジャン「ああ」
私をちらりとも見ず、歩いて行く。ぐんぐん。ぐんぐん。
いつの間にか私は小走りになっていた。
それに気付いたのか、彼もほんの少し歩く速度を落とした。
ジャン「ユミルは一緒じゃないのか」
クリスタ「あ、うん。立体機動の訓練の準備に駆り出されちゃって」
ジャン「はは、ぶーぶー文句垂れてんだろうな」
ようやく隣に並ぶと、外套越しにふわりと体温を感じた。
それが何だか気恥ずかしくて半歩だけ横にずれた。
彼はそんなことに気付くはずもなく、相変わらずちょっとだけゆっくりとした速度で歩いて行く。
ジャン「よ…っと」ザバァッ
クリスタ「結局全部やってもらっちゃった…ごめんね」
ジャン「気にすんな」
食堂にある、人が入れそうなくらい大きな鍋に水をあけながら、もう一度ぽんと言葉を放り出した。
ジャン「一気に寒くなったよな。冬期の訓練はきついわ」
クリスタ「ん、そうだね」ハァッ
相変わらず凍えたままの指先を顔の前で暖めながら、軽く相づちを打つ。
ジャン「なんだよ、手が真っ赤じゃねえか」
彼が私にはじめて視線を移した。
そして、外套のポケットをごそごそ探る。
ジャン「ほら、やるよ」
差し出されたのは白いガーゼに包まれた小さな固まり。
クリスタ「何?これ」
受け取った指先に温もりが伝わる。
深い闇の中に灯るロウソク。
そんな、小さいけれど確かな温もり。
ジャン「コニーとサシャが落ち葉焼いててな。ついでにやってみたんだよ」
クリスタ「温石?」
ジャン「ああ。無いよりはマシだろ」
クリスタ「…あったかい…」
手にすっぽりと収まる小さな温もりは、不思議と全身を暖めてくれる気がした。
ジャン「じゃあな」
手桶を転がすように置いて、彼はくるりときびすを返した。
行ってしまう。
それが無性に寂しくて、私は思わず声を掛けた。
クリスタ「あっ…ジャン、待って!」
ジャン「あ?」
クリスタ「あのね、えっと…何かお礼させて!」
呼び止めたは良いものの、取り立てて用事が思い浮かばない。
口から出たのは自分でも思っていないような言葉だった。
ジャン「はあ?水運んでそこらの石やっただけだろ。大袈裟だな」
クリスタ「うん。でも助かったし…」
ジャン「いらねえって」
クリスタ「良いの!私がしたいだけだから」
ジャン「そうなのか?でも別になあ…」
ほら、困ってる。
感謝の押しつけなんて迷惑に決まってる。
分かってるのに、私の口は勝手に動き続ける。
クリスタ「ジャンがして欲しいこと何でも良いから!」
ジャン「……」
元々シワの多い眉間に、筋が少し増えたように見えた。
まずい。
怒らせるようなことを言ったのかな。
クリスタ「ジャン?」
ジャン「お前なあ…」
クリスタ「何?」
ジャン「男連中からどう思われてんのかちったあ自覚しとけよ…」
クリスタ「え?」
ジャン「これくらいのことで『何でもする』とかチョロいにも程があるだろ」
クリスタ「チョ、チョロくなんてないもん!」
ジャン「こりゃユミルもべったりくっ付いてる訳だ。四六時中お守りしとかないと不安なんだろうな」ハァ
クリスタ「お守りって!酷い!!」
ジャン「いやー、苦労してんじゃねえの?飴玉1つでどこでもついていきそうだよな」ハハハ
クリスタ「子供じゃないんだから!」プクー
ジャン「はいはい、子供はそんな風にほっぺた膨らませたりしねえよな」
クリスタ「あっ…」
ジャン「分かったらユミルが戻ってくるまで大人しくしとけ、な」ポンポン
半笑いで私の頭を軽く叩く。
もう私はヤケになっていた。
大して歳も違わないのに、ここまで子供扱いするなんて。
クリスタ「やだ!」
ジャン「やだって…」
クリスタ「ジャンのお願い聞くまでは帰らない!」
ジャン「えぇー…」
彼の眉尻が下がる。
困っている証拠だ。
あれ?私お礼をするんじゃなかったっけ。
困らせるつもりじゃなかったのに。
もう。勢いだけで回り続けるこの口がいけないんだ。
ジャン「…しょうがねぇな」
でも、ここまで言ってしまったら引き下がれない。
ジャン「じゃあ、1つだけ良いか?」
宙を泳いでいた彼の目が、少し遠慮がちに私の顔を見つめた。
…こうなったら多少無理なお願いでも叶えてやるんだ。
クリスタ「い…良いよ…!」
ジャン「IDの数だけヒンズースクワット…してくれるか?」
クリスタ「うん…喜んで!」ニコッ
おしまい
背筋の人かよ!!ちくしょうまたやられた!!
>>17
違うよ!背筋の犠牲者だよ!
二番煎じなんだよ!
このSSまとめへのコメント
クリスタとジャンの絡みは珍しいなあ