ほむら「私は今まで、間違えてばかりだった」 (605)
叛逆のネタバレしかないです
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杏子「しっかしこんな時期に転校生とはねー。
しかもアメリカ帰りだってさ! 帰国子女ってやつだろこれ」
さやか「ん、あぁ……うん、そうだね」
杏子「あん? なんだよ、妙にすっきりしない返事じゃん」
さやか「えっ、あ……そんなことないよ、あははっ! 別にフツーだよフツー」
杏子「……? もしかしてアレか? あんた、あの子と知り合いだったとか?
3年前までは見滝原に居たんだったよね」
さやか「あ、あぁー、そうそう、うん。
でもどうかなぁー、あっちはあたしのこと覚えてないんじゃないかなぁー?」
杏子「ってことは、そこまで仲良くはなかったってことかい?」
さやか「えーっと、どうだったかなぁー?
仲が良いと言えば良かったような、それほどでもなかったような……」
杏子「なんだそりゃ。あんたやっぱ何か変じゃないか?
はっきりしないなら試しに声かけてみれば良いじゃん。ホラ、行ってきなよ」
さやか「い、いや良いよ。今なんか質問攻めで忙しそ……。っ!」
杏子「ん……? なんだほむらの奴、あの転校生と知り合いなのか?」
さやか「……さぁ、どうなんだろうね」
杏子「あっ、行っちまうぞさやか。良いのか?」
さやか「だから良いってば! 話す時間なんてこれからもたっぷりあるんだし!」
杏子「ふーん……? まぁあんたが良いんなら別に良いけどさ」
さやか「…………」
……本当はすぐにでも話しかけに行きたかった。
でもできなかった。
今あたしが持ってる記憶が、この世界では正しいのかどうかが分からなかったから。
多分この世界のまどかとあたしとの関係は、あたしの知ってるものじゃない。
だからどんな風にまどかに話しかけるべきなのか迷ってて……。
そうしてる内に、まどかは行ってしまった。
あいつに……暁美ほむらに連れられて。
そう、あいつ、暁美ほむら。
この世界はあいつに作られた、あの悪魔が作り出した、そういう世界なんだ。
……確か、そうだったはずだ。
今はなんとか覚えてる。
でももうその記憶もあやふやになってきて、なんとなく自信が持てない自分がいる。
いけない……このままじゃあたし、本当に何もかも忘れてしまう。
……何もかも……?
あれ、あたしってもう何か忘れてるんだっけ?
それすらも、よく分からなくなってる。
もしかしたらこのまま何かを忘れてることすら忘れて……
あいつが、悪魔だってことも忘れて……
杏子「――さやか。オイ、さやか!」
さやか「……えっ?」
杏子「えっ、じゃねぇよ。何だよ急にぼーっとしやがって」
さやか「あぁー、ごめんごめん。ちょっと考え事しちゃってて……」
さやか「それで何? 何の話だっけ?」
杏子「今日の放課後はどこに寄ってくかって話だろ?
喫茶店? たい焼きの屋台?」
さやか「え……そんな話してたっけ? っていうかなんでその二択なのよ。
あたしがぼーっとしてる間にどんな風に話が進んだわけ?」
杏子「いや、別に? あたしがそのどっちかに行きたい気分ってだけ」
さやか「ぷっ……あははっ! もう、何よそれ」
杏子「それでどうするのさ? あたしはそのどっちかならどっちでも良いぜ?
今日はさやかに選ばせてやるよ!」
さやか「何よ恩着せがましく。
まぁそうねー、どっちかと言うと喫茶店でパフェな気分かな?」
杏子「よっし決定! なーに食べよっかなぁー。こないだはチョコだったし、今日は……」
さやか「あっ……あのさ、杏子。
その……喫茶店なんだけど、あの子も誘って行かない?」
杏子「あの子? って、転校生?」
さやか「そうそう、転校生。ね、良いでしょ?」
杏子「まー良いけど。やっぱアレか? 昔みたいにまた仲良くしたいってか?」
さやか「まぁ……ね。そんなとこかな」
杏子「……ふーん」
さやか「あらら? 何よ杏子、もしかして妬いちゃってるわけ? ジェラシーですか?」
杏子「はぁ!? 誰が、なんで! わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇっての、バーカ!」
さやか「そんなに心配しなくても大丈夫だよ~。
あの子と仲良くなったからって杏子のことほったらかしになんかしないからさ!
ひとりぼっちは寂しいもんねぇ~」
杏子「誰もそんなこと気にしてないっつーの!
寧ろあたしの方が仲良くなってやるよ。あんたが寂しがっても知らねぇからな!」
さやか「あははっ、良いねそれ。みんなで仲良くなろ! 前みたいにさ!」
杏子「前ってのがどんなのかは知らねぇが……まぁ良いや。
そんじゃ、今日の寄り道はあの転校生も一緒ってことで決まりだな?」
さやか「『転校生』じゃなくてまどかだよ、鹿目まどか。名前忘れちゃったの?」
杏子「大丈夫だよ、覚えてるって。さっき聞いたばっかなのに忘れるわけないじゃん」
さやか「……ははっ、そうだね。さっき聞いたばっかだもんね」
1時限目が終ったら、あたしはすぐにまどかの席へ向かった。
杏子も付いて来る。
……やっぱりちょっとだけ緊張する。
まどかついては、まだほとんど元の記憶のまま……だと思う。
だからあたしはこの世界のあたし達の関係についてはほとんど何も……
さやか「……ねぇ、ちょっと良いかな」
まどか「えっ?」
まどかはあたしに気付き振り向いて、きょとんとしたような表情を見せる。
笑顔で振り向いて、名前を読んでくれるのをちょっとだけ期待してたけどやっぱり駄目みたい。
ま、わかってたけどさ。
さやか「……あたしのこと、覚えてない?」
まどか「あっ、その……ご、ごめんなさい」
さやか「そっか……ううん、良いの。仕方ないよ。
3年も前だし、そんなに仲良かったわけでもないし……」
杏子「……さやか」
さやか「あ、あぁうん! えっと、まど……鹿目さん!
今日の放課後って何か用事ある? 何も無かったら喫茶店とか寄ってかない?」
まどか「えっと……ごめんね、今日はちょっとまだ家の方が忙しくて。
荷物の整理とかまだ全然だし、色々……だから……ま、また今度でも良いかな?」
さやか「あー……そっか、そうだよね。まだ色々忙しいよねー」
杏子「…………」
さやか「うん、わかった! また今度誘うね!
あ……そうだ! じゃあさ、今日のお昼とか一緒にどう?
おかずの交換とかしてさ! みんなで食べるの楽しいよー!」
まどか「えっ? い、良いの?」
さやか「もっちろん! あたし達だけじゃなくて3年生の先輩も一緒……一緒だよね?」
杏子「? マミのことだよな? そりゃあいつなら1人増えたって文句は言わねぇだろ。
寧ろ友達が増えたーって喜ぶと思うぜ?」
さやか「だよね! だからさ、一緒に食べようよ!」
まどか「じゃ、じゃあ……ご一緒させてもらっても良いかな。えっと……」
さやか「あたし美樹さやか。さやかで良いよ!」
杏子「佐倉杏子。ま、よろしくね」
さやか「えーっと、それで……あたしも、まどかって呼んでも良いかな?」
まどか「! う、うん、良いよ」
さやか「良かった! じゃあ改めてよろしくね、まどか!」
まどか「よろしくね、さやかちゃん、と……」
杏子「杏子で良いよ。こっちも下の名前で呼ばせてもらうからさ」
まどか「う、うん! 杏子ちゃん、よろしくね」
さやか「…………」
こうして見ると、ちょっとぎこちない感じはするけどやっぱりまどかだ。
これから仲良くなったらきっと、このぎこちなさも無くなるんだろうな。
それで違和感も無くなって、きっとあたしの知ってるまどかに……。
……あれ?
あたしの知ってるまどかって、どんなだっけ。
屋上
さやか「居た居た。マミさーん!」
マミ「! こんにちは。美樹さん、佐倉さん……あら?
その子は初めまして、よね? 2人のお友達?」
まどか「は、初めまして、鹿目まどかです。その、今日この学校に転校してきました」
マミ「まぁ、そうだったの! ふふっ、初日から転校生の子とお昼をご一緒したりして、
なんだか同じ学年の子に申し訳ないわね。でもとても嬉しいわ」
まどか「そ、そんな、こっちこそ……えへへ」
杏子「ほらな、行った通りだろ? マミなら歓迎してくれるってさ」
マミ「私は巴マミ。よろしくね、鹿目さん」
まどか「は、はい。よろしくお願いします」
マミ「見滝原の前はどこに住んでたの? いつからこの町に?」
まどか「あっ、えっと……」
杏子「ちょっとちょっと。そういう話はさ、飯食いながらにしない?
あたしもう腹ぺこぺこだよー」
さやか「もー、あんたいっつもそればっかり。ちょっとは賛成だけどさ!」
マミ「ふふっ、ごめんなさい。それもそうね。
話したいことはたくさんあるし、お弁当食べながらにしましょうか。
待っててね、すぐにお茶を準備するわね」
まどか「え、お茶?」
さやか「マミさんの自家製だよ!
いつもお昼がちょっとしたティータイムになっちゃうんだよね」
杏子「本当はケーキかお菓子があればもっと良いんだけどなー」
マミ「佐倉さんったら。それはまた明日!」
杏子「おぉ、さっすがマミ! 早く明日になんないかなー!」
さやか「まったく杏子は本当に食い意地が張ってるわよねー。
あ、マミさん! あたしからもお願いしまーす!」
まどか「ぷっ……あははっ!」
マミ「ほら2人とも? 転校初日から、おかしな子だと思われちゃうわよ?」
まどか「あっ、ご、ごめんなさい、違うんです!
ただちょっとその……た、楽しいなって」
杏子「だったら良いじゃん! じゃあマミ、明日は人数分のデザートも頼むぜ?」
さやか「楽しみにしてなよー、まどか!」
まどか「! じゃあ明日もわたし……?」
マミ「もちろん。一緒にお昼を食べましょう?
あ、鹿目さんの都合が悪くなければだけど」
まどか「だ、大丈夫です! それじゃ、えっと……よ、よろしくお願いします!」
マミ「えぇ、よろしくね。デザート楽しみに待っててね」
・
・
・
放課後
さやか「ん~、終わった終わった。さてと、帰りますか」
杏子「まどかは今日は寄り道、無理なんだっけ?」
まどか「あ、うん……。で、でも出来るだけすぐ終わらせて、
早く一緒に帰れるようにするから、えっと……!」
さやか「あはは、分かった分かった。3人で寄り道するの楽しみにしてるよ!」
まどか「! うん!」
さやか「それじゃまどか、また明日ね!」
杏子「手伝いしっかりやりなよー」
まどか「じゃあね、さやかちゃん、杏子ちゃん!」
2人にお別れを言って、わたしは教室を出た。
さやかちゃんと、杏子ちゃん……。
転校初日からお友達が2人もできるなんて、思わなかった。
それにクラスの子だけじゃなくて、3年生の先輩まで……すごく嬉しい。
さやかちゃんも杏子ちゃんもマミさんも、明るくて優しくて、とっても良い人たち。
みんなとお友達になって、楽しい学校生活になるんだろうなってそう思える。
家の用事で寄り道できなかったのがとても残念。
学校が楽しすぎたのかな、1人で帰るのがちょっとだけ寂しいかも。
でもきっと、今日頑張ったら明日からはみんなで……
「まどか、今1人?」
学校を出て少し歩いたところで、突然後ろから声をかけられる。
驚いて振り向くとそこに居たのは、
まどか「ほ……ほむら、ちゃん」
ちょっとだけ、体が強張るのを感じる。
ほむらちゃんはそんな私の緊張に気付いたのか、少しだけ微笑んで言った。
ほむら「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。
帰る方向が同じみたいだったから声をかけてみたんだけど」
まどか「う、ううん、こっちこそごめんね」
ほむら「それで……あなた、今は1人?
お昼は美樹さん達と一緒だったでしょう?」
まどか「あ、うん……。2人とも寄り道に誘ってくれたんだけど、
今日は家の手伝いがあって、それで……」
ほむら「……そう。私も1人なの。良かったら途中まで一緒に帰らない?」
まどか「う、うん、良いよ」
ほむら「ありがとう、まどか」
……そうして、わたしはほむらちゃんと2人で帰ることになった。
転校初日から一緒に帰るって、普通に考えたらお友達になれる良い機会なのかも知れない。
でもわたしは……正直に言って、ほむらちゃんとお友達になれる自信がなかった。
お友達になりたくないわけじゃない。
だけど、なんとなく、上手く言えないんだけど……。
この子は多分、良い意味か悪い意味かは分からないけど……普通じゃない、ような。
そんな気がする。
今朝のわたしに接する態度は、どう考えても変だった。
だってあんなの、あれじゃまるで……
ほむら「お昼、楽しかった?」
まどか「えっ?」
ほむら「お昼ご飯、美樹さん達と一緒に食べたんでしょう? 仲良くなれた?」
まどか「あ……う、うん。さやかちゃんも杏子ちゃんも優しくて、
それから3年生の先輩も一緒で、楽しかったよ」
ほむら「……そう、良かった」
まどか「!」
あれ……なんだろう。
今のほむらちゃんの表情、なんだか……
ほむら「みんなとても良い人達だから、きっと良い友達になれるわ。
楽しい生活を送れるはずよ。これから卒業まで、ずっと。
卒業してからもきっと、ずっと……」
まどか「う、うん……」
ほむら「家族とも……ずっと仲良くね」
まどか「うん……」
……やっぱり、ほむらちゃんは何か変わってる。
ついさっきまではその『おかしさ』が、ちょっと怖かった。
だけど今は……
まどか「ねぇ、ほむらちゃん」
ほむら「何?」
まどか「今日の朝のこと……訊いても良いかな?
ほむらちゃんが言ってたことの意味、とか……」
1時間くらい離れます
隣を歩きながらずっと正面を向いていたほむらちゃんだけど、
その時初めて、横を向いてわたしと目を合わせた。
だけど何秒も経たないうちにすぐにまた正面を向いて、静かに答えた。
ほむら「ごめんなさい」
まどか「……訊いちゃ駄目、なの?」
ほむらちゃんはしばらく答えずに、そのまま正面を向いて歩き続ける。
そしてふいに、ぴたりと止まった。
まどか「ほむらちゃん……?」
ほむら「……やっぱりあなたは優しいわね。
あんなに訳の分からないことを言った私を、まだ理解しようとしてくれている」
まどか「えっと、だって……」
ほむら「その気持ちだけでとても嬉しいわ、ありがとう」
まどか「う、ううん、そんな。お礼なんて……」
ほむら「でも良いの。私のことなんて気にしないで。
あなたはあなたの家族や、友達を大切にしてあげれば良い」
まどか「え……」
ほむら「……私、ここで曲がるわね。また明日学校で会いましょう。
困ったことがあったら何でも言ってね、きっと力になるから。
それじゃ、さようなら」
まどか「っ……」
引き止めようとしたけど、できなかった。
やっぱり……ほむらちゃんとお友達になるのは難しいかも知れない。
そう思いながら、わたしはほむらちゃんの背中を見送った。
わたしにはほむらちゃんの言ってる意味は全然わからない。
ほむらちゃんもそのことは知ってるんだと思う。
わたしがほむらちゃんのことを何もわかってないって知ってて、ああ言ってるんだと思う。
でもそれはきっとすごく寂しいことで。
相手が自分のことを分かってくれない、
理解してくれないと思ったまま会話をするなんて、すごく辛いことで……。
でも仕方ないことなのかな、とも思う。
どんなに仲が良くても、人のことを100%理解するっていうのは多分、無理なんだと思う。
だからすれ違ったりもするし、ケンカしちゃったりもするし、
今朝ほむらちゃんの言ってた通り、敵同士になっちゃったりもするかも知れない。
それは仕方ないことなんだけど、でも……。
仲直りした時にはきっともっと仲良くなれてるんじゃないかな、ってそんな風にも思ったりもして。
もしわたしが本当にほむらちゃんと敵同士になったら、その時はきっと……。
・
・
・
……あの子は本当に優しい。
こんな私を理解しようとしてくれる、とても優しい子。
でも、分かってる。
たとえあの子にだって私の想いは理解できない。
誰にも理解できない。
してもらう必要もない。
ただ1人、私だけがこの想いを抱いて信じていれば良い。
でも安心して、まどか。
あなたが私のことを分からなくても、
私はあなたのことを分かってるから。
あの子はとても優しい子。
だからこそ私は、自分の歩む道を信じられる。
優しいあの子の幸せを守らなければならないと、改めてそう思える。
私はきっとこの世界で、あなたを幸せにしてみせる。
いつか私はあなたの敵になるかも知れないと、そう言ったけれど……。
でも絶対にあなたには気付かせない。
ねぇ、まどか。
あなたには敵なんて居ないわ。
あなたの周りに居るのは、あなたの味方だけ。
もちろん私だってあなたの味方。
だから何も気にしないで、たくさんの友達と、家族と、幸せに暮らせば良いの。
私はそう言ってあなたを騙し続ける。
ごめんね、まどか。
でも安心して。
あなたのその幸せは間違いなく本物だから。
紛い物なんかじゃない、本当の幸せ。
紛い物は私だけ。
あなたの敵は私だけ。
嘘つきの卑怯者は、私だけ。
仕方ないわよね。
私は悪魔なんだから。
そしてそれで良いの。
あなたの幸せさえ守れれば、私はどんなに醜い存在になっても構わない。
私はもう二度とあなたとわかり合うことはない。
当然よね。
神と悪魔が仲良くなんて、なれるわけないもの。
でも良いの。
あなたは私と仲良くする必要なんてない。
私のことなんて気にしないで。
あなたはただこの世界に居てくれれば良い。
何処にも行かないでくれれば良い。
私は傍で、きっとあなたの幸せを守り抜くから。
あなたが幸せな人生を全うするまで、あなたの世界を守ってみせる。
ほむら「…………」
今夜も、瘴気が濃いわね。
本当に救いようのない世界。
だけど私は、この世界を守る。
この世界にあなたが居る限り。
この世界からあなたが居なくなった、その後は……またその時に考えましょう。
今日はこのくらいにしておきます
続きはまた明日更新します
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マミ「美樹さん、大丈夫? 体調が悪いなら無理しなくて良いのよ?」
さやか「ううん、大丈夫大丈夫! 平気だよ!」
杏子「無茶すんじゃねぇぞさやか。今日も魔獣共は元気いっぱいみたいだしさ」
さやか「だったらなおさらあたしだけ休んでるわけにはいかないでしょ!
本当に大丈夫だよ! 大体、あたしの売りは回復力なんだから。
体調不良なんてあり得ないって!」
マミ「だったら良いんだけど……少しでも調子がおかしいと思ったらすぐ下がるのよ?」
さやか「はーい、了解です!」
2人ともあたしの様子が変なことに気付いて心配してくれてる。
でも体調自体は、本当にどこも悪くない。
ただ……何かおかしい。
今あたしはマミさんと杏子と一緒に魔獣退治に向かってる。
この状況はどこもおかしくはない、はずなのに。
それなのにあたしは自信を持てなかった。
それだけじゃない。
杏子があたしの家に居候してるってことも、自信を持てなかった。
『本当にそれで良いのかどうか』。
知ってたはずなんだ。
みんなで一緒に魔獣と戦ってたことも、杏子があたしの家で暮らしてることも、知ってた。
なのに自信が持てなかった。
今あたしが持ってる記憶に、自信が持てなかった。
なんでだろう?
この記憶は……別にどこもおかしくはないはずなのに。
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翌日、昼休み
マミ「――それじゃあ、デザートにしましょうか。約束通りちゃーんと用意してきたわよ?」
まどか「わぁ、ありがとうございます!」
杏子「ぃよっ! 待ってましたぁ!」
さやか「どれどれ……むむっ、これは! チーズケーキだ! 美味しそぉー!」
まどか「マミさん、もしかしてこれ手作りですか?」
マミ「えぇ、そうなの。美味しくできてると良いんだけど」
さやか「やったあ、マミさんの手作り!
そんなの美味しいに決まってるじゃーん!」
杏子「さてはマミ、まどかが居るってんで気合入れて来たな?
あたし的には大歓迎だけどさ!」
まどか「えっ、そうなんですか? わたしのためにわざわざ……?」
マミ「それもあるんだけど……。
実は昨日たまたまクリームチーズを買う機会があって、
ちょうど良いしチーズケーキでも作ろうかな、って思ったの」
さやか「へぇー。でも買う機会があったからって普通にそういう発想になる辺り、
流石マミさんって感じだよね!
あたしだったら特売やってたってチーズケーキ作ろうなんて思わないもん」
まどか「わたし、買ってもそのままおやつに食べちゃうかも……」
杏子「あたしはそうだな……マミ、チーズケーキ作ってくれないかなぁーとか思うかもね」
さやか「マミさん頼みか!」
杏子「それより早く食おうぜ! マミ、お茶もなくなったからおかわり!」
マミ「はいはい、今準備するから待っててね」
まどか「あっ、手伝います!」
マミ「ありがとう、鹿目さん。それじゃあ、みんなにお茶を入れてあげてもらえる?」
まどか「はいっ」
さやか「いやぁ働き者だねぇー。
杏子ぉ、あんたもちょっとはまどかを見習ったらどうなのよ?」
杏子「説教はやだよー。今はマミのケーキとお茶が先だね!」
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放課後
さやか「――それにしても、案外引越しの片付けって早く済んじゃうものなんだね。
あたしはてっきり今日くらいまではかかると思ってたけど」
まどか「うん! ウチはパパが専業主夫だから、お昼のうちにかなりやってくれて。
それで昨日でほとんど終わっちゃったの」
杏子「へー、専業主夫ねぇ。まぁ確かに体力の要る仕事を済ませるにゃ好都合だね」
まどか「わたしもね、今日はちゃんと寄り道したいなと思って頑張ったんだ!
だから良かったぁ。わたし寄り道ってあんまりしたことなかったから楽しみで……えへへ」
さやか「あはは! 『ちゃんと寄り道する』ってのも変な言い方だよね。同感だけど!」
杏子「でもさぁまどか、本当に店を見て回るだけで良いのか?
買い食いとかの方が良かったんじゃない?」
さやか「まどかをあんたと一緒にしないの!」
まどか「あはは……。わたしは全然、こういうのもすごく楽しいよ?
お店を見て回るだけでもなんだかわくわくしちゃうし、3年前との違いも知られて良いなって」
杏子「ふーん。あたしは見て回るより食って回る方が好きだな」
さやか「あんたねぇ。大体、お昼にチーズケーキとか食べちゃったんだから
その上放課後も買い食いなんて普通はしないんだって。あんたが特別なのよ」
杏子「そーいうもんかね」
さやか「とか言ってる間にまたお菓子食べだしてるし……」
杏子「ま、あたしも別にこういうの嫌いじゃないよ。
あんたが満足するまでは付き合ってやるさ」
まどか「うん、ありがとう!」
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さやか「――これで近くの店は大体回ったかなー」
杏子「そんじゃ、今日のところはそろそろ切り上げるかい?」
まどか「うん、そうだね。今日はとっても楽しかったよ!
ありがとう、さやかちゃん、杏子ちゃん!」
杏子「どーいたしまして。今回はただ店を見て回るだけだったが、
次はそうだな……あたしのオススメの屋台とか紹介してやろうかな」
さやか「あはっ! 良いねぇそれ。ただし、ちゃんとお腹が減ってる時に頼むよ?」
まどか「杏子ちゃんのオススメって、すごく美味しそう! 楽しみにしてるね!」
杏子「おう、期待して待ってなよ」
さやか「あっ、そうそう、まどか。帰る前に聞いとくけど、学校はどう?
今日で転校2日目が終わったわけですが、
何か困ったこととか、分からないとことかあったりはしませんかな?」
まどか「ううん、大丈夫。2人のおかげで困ったことは全然ないよ!
……あっ、でも……。1つだけ訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」
さやか「うむ! なんでも訊いてくれたまえ!」
まどか「その……ほむらちゃんって、どんな子なのかなって」
さやか「……え?」
杏子「何、ほむらのことが気になるわけ?」
まどか「う、うん、そんなとこかな」
杏子「どんな子かって言われてもなぁ。あたしはあんまり喋ったことないし……。
クラスで喋ること自体そんなに無いんじゃないの?」
まどか「そう、なの? 大人しい子?」
杏子「まぁそういうことになるか。暗いってことはないと思うけどさ。
あとは……あたしはよく分かんないや」
まどか「そうなんだ……」
杏子「オイさやか。あんたからは何か無いわけ?」
さやか「え、あー……えっと……ごめん。
あたしもよく知らないんだ、暁美さんのこと」
さやか「ただ、うーん……あたしはなんていうか、ちょっと苦手、かな」
まどか「え……そうなの?」
杏子「なんだそりゃ、苦手とか初めて聞いたぞ。なんでだよ?」
さやか「いや、なんでかは上手く説明できないんだけど……。
なんとなーく、ね。あぁいや、別に嫌いとかじゃないんだよ?
でもさ、あるじゃん? なんか上手く言えないけど苦手……みたいな」
杏子「……? あたしにはよく分からないが、生理的に無理ってやつか?」
さやか「生理的に、生理的に……うーん……そうなのかな? よくわかんない。
真面目っぽい感じだし、別に何かされたわけでもないんだけどなぁ」
まどか「…………」
さやか「あっ、ご、ごめん変なこと言って! 別に悪口とか陰口じゃないから!
暁美さんがどうこう言うんじゃなくて、あたしがワケ分かんないこと言ってるだけだから!」
まどか「あっ、ううん、大丈夫だよ! 気にしないで!」
杏子「まー確かにワケわかんねぇな。さやかが理由もなく誰かを苦手になるなんてさ。
マミじゃねぇけど、あんたとほむらには前世で何か因縁深いものがあったりして!」
さやか「な、何よそれ。前世では宿敵同士でしたとかそういうこと?」
杏子「それかほむらの奴に殺されたとか?」
さやか「はぁ……!?」
まどか「き、杏子ちゃん、それはちょっと……!」
杏子「ん、あぁ……ちょっと悪ふざけが過ぎたね」
杏子「まぁアレだ。残念だけどあたしらじゃほむらのことはこれ以上教えられそうにないよ。
悪いね、ろくなこと教えてやれなくてさ」
まどか「ううん、良いの……ありがとう」
さやか「まどかは、さ。暁美さんのことはどう思ってるの?」
まどか「えっ、わたし? ……ちょっと変わった子、かな」
さやか「変わった子……?」
杏子「へぇー、なんで?」
まどか「え、いや、なんでというか……。わ、わたしにだけなのかな……。
クラスではそんなことないの? ちょっと不思議なことを言ったりとか……」
杏子「……? 少なくともあたしは聞いたことないよ。さやか、あんたは?」
さやか「あたしも特にない……と思う」
まどか「……そう、なんだ」
杏子「っていうか何? あんたほむらに何か変なこと言われたの? なんて?」
まどか「えっ、それは、その……ご、ごめんね」
杏子「は? 秘密ってわけ?」
まどか「う、うん……」
杏子「まぁ……言いたくないってんなら無理には訊かないけどさ。
あんたはそれで嫌な思いをしたとか、そういうわけでもないんだろ?」
まどか「あ、うん。本当にただ不思議っていうだけで……」
杏子「そっか。なら良いんだが、もし嫌な思いさせられたってんならすぐに言いなよ?
そんときゃあたしたちがなんとかしてやるからさ」
まどか「うん、ありがとう。大丈夫だけど、もし何かあったら相談するね!」
1時間くらい離れます
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まどか「――じゃあね、さやかちゃん、杏子ちゃん! また明日!」
行けるとこまで3人一緒に帰って、途中の角でまどかは曲がった。
あたしと杏子は、しばらくまどかに手を振って見送った。
そしてまどかと別れて少し歩いた頃……杏子がふいに話を切り出した。
杏子「……で、あんたはあんたでどうしちゃったわけさ?」
さやか「へ? な、何が?」
杏子「ほむらのことだよ。あいつの話題が出た途端、妙な反応しやがって。
その後もやけに無口だったじゃないか」
さやか「あー……そうだっけ?」
あたしがそう答えたのとほぼ同時。
並んで歩いてた杏子は、あたしの肩を掴んで立ち止まった。
杏子「……あんた、あいつに何かされたのか?」
さやか「えっ?」
杏子「あいつに何か嫌な思いさせられてるとか、そういうことがあったりすんのか?」
さやか「え……なに、杏子。もしかして心配してくれてるのー?
あたしが暁美さんにイジめられてないかって?」
杏子「茶化すなよ、正直に答えてくれ」
あたしは軽い口調で返したけど、杏子の口調は変わらない。
その目も真っ直ぐにあたしを見つめてる。
杏子のこんな真剣な顔は珍しい。
そっか、杏子は本気で……
さやか「ふ……あははっ、大丈夫だって! ほんと、何もないから心配しないで!」
杏子「……本当だな? 信じて良いんだな?」
さやか「これが強がりに見える?
っていうか、あたしがそんな黙ってイジめられるような奴だと思ってるわけ?
イジメっ子なんか返り討ちにしてやるって!」
杏子はそのまましばらくあたしの目をじっと見てから……
ふっと表情を和らげた。
杏子「ははっ……確かにそうだな。あんたはそんなタマじゃない。
余計な心配だったね。今のは忘れてくれ」
さやか「えー? やだよ忘れちゃうのなんて」
杏子「は? あんた何言って……」
さやか「だってさ、杏子がさやかちゃんのこと大好きだって分かっちゃったもんね!
そんな杏子をこのあたしの嫁にしてあげよう! 光栄に思いなさい!」
杏子「なっ……ひ、人がちょっと心配してやったら調子に乗りやがって……!」
さやか「まぁまぁ、そう照れなさんな」
杏子「照れてねぇ! くそっ、二度とてめぇの心配なんかしてやるもんか!」
さやか「……ありがとね、杏子。まぁあんたの勘違いだったけどさ。
嬉しかったよ、心配してくれて」
杏子「っ! ……ちぇっ。調子狂うよな、ったく……」
さやか「あたしもあんたのこと心配してあげるから、何かあったらすぐ言ってよ?」
杏子「はぁ? 何かってイジメとか? ふん……やなこった。ぜってぇ言うもんか」
さやか「だーめ、約束しなさい。じゃないとあたしも何かあっても杏子に言わないよ?」
杏子「……わかったよ。その代わりあんたも隠し事はナシだぞ」
さやか「うん!」
マミ(どうしよう……完全に声をかけるタイミングを失ってしまったわ。
たまたま見かけただけなのに、これじゃ盗み聞きしてるみたいじゃない……)
マミ(あぁ、指切りまでしちゃって……。
そうだわ、あの指切りが終わったら自然に声を……)
なぎさ「何をしてるのですか?」
マミ「きゃあっ!?」
なぎさ「わっ! ご、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのです」
マミ「あ、あなた昨日の……なぎさちゃん、だったかしら。
こっちこそごめんね、逆にびっくりさせちゃったみたいで……」
さやか「あれっ? なーんだ、誰かと思ったらマミさんじゃん!」
杏子「ん、何その子。マミの知り合いかい?」
マミ「! ま……まぁ美樹さん、佐倉さん! こんなところで偶然ね!」
杏子「お、おぉ……。なんだよ、妙にテンション高いじゃん」
なぎさ「初めまして、百江なぎさって言います!」
さやか「へっ? あ、ど、どうも初めまして、美樹さやかです。
えーっと、マミさんとはどういったご関係で?」
なぎさ「マミとは昨日知り合ったばかりなのです。
チーズを取ったらチーズの山が崩れてきて、マミが助けてくれたのです!」
杏子「! もしかしてマミの言ってたクリームチーズを買う機会って、その時の?」
マミ「えぇ、そうなの。その後この子とチーズケーキの話でちょっと盛り上がっちゃって」
さやか「はぇ~、そういうことだったのか。
……っていうか言葉はやけに丁寧なのにマミさんのことは呼び捨てなんだね、あんた」
なぎさ「?」
杏子「さやかとは逆だな。『さん』は付けるけど敬語は遣えない」
さやか「う、うるさいなぁ! これはあたしなりの愛情表現なの!
大体それを言うならあんたなんて呼び捨てでタメ口じゃん!」
杏子「あたしは良いんだよ。マミとは先輩後輩って仲でもないしねー」
さやか「そういうもんかね……。まーでも、この子くらいの年齢じゃあ確かに
あんまり『さん』付けとか敬語とか気にしないよね」
なぎさ「よく分からないのですけど……マミさんって呼んだほうが良いのですか?」
マミ「大丈夫、私は気にしないわ。好きなように呼んでもらって良いわよ」
なぎさ「じゃあこのままで行くのです!」
なぎさ「あっ。そう言えばマミ、チーズケーキは上手に出来たのですか?」
マミ「えぇ、美味しくできたわ。みんなにも好評だったのよ?」
なぎさ「わぁ~、わたしも食べてみたいのです!」
マミ「まぁ。だったら、もし良かったら今度ご馳走するわ。
今日はもう遅いしお家の人も心配するでしょうけど、また今度機会があったら……」
なぎさ「ぜひお願いしたいのです!」
マミ「チーズケーキはどういうのが好き? 注文があれば聞いておくわね」
なぎさ「チーズだったらなんでも好きなのです! できれば色んなのを食べてみたいのです!」
マミ「あらあら……ふふっ、わかったわ。
それじゃあ何種類かチーズのお菓子を用意しておくわね」
なぎさ「わーいわーい! 楽しみなのです、楽しみなのです!」
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さやか「――いやー、なんていうか、やっぱ子どもって元気だなぁ。
特にチーズの話題が出たらもう……どんだけ好きなのよって話」
杏子「妙なのに懐かれちまったな、マミ」
マミ「あら、妙だなんてそんなことないわ。なんだか妹ができたみたいで嬉しいもの」
杏子「ふーん……そりゃ良かったね」
さやか『ちぇっ……なんだよ、マミのやつ。
あたしだってマミのことお姉ちゃんみたいだって思っ』
杏子「思ってねぇよ! わざわざテレパシーで人の考えを捏造すんな!」
マミ「まぁ……ごめんなさい、佐倉さん。これからは杏子ちゃんって呼んだ方が……」
杏子「思ってないって言ってんだろうが!」
杏子「んなくだらないこと言ってないで、せっかく全員揃ってんだ。
もうこのまま魔獣退治に行っちまおうぜ。そろそろ日も暮れるしさ」
マミ「それもそうね、このまま行っちゃいましょうか」
さやか「え、待ってよ2人とも。全員って……」
マミ「? どうかした?」
さやか「あれ? あ、そっか。ごめんごめん、なんでもない!」
杏子「おいおい、まだぼーっとしてんのかよ。しっかりしろよな」
マミ「これから戦いに行くんだから、気合を入れなきゃ駄目よ?」
さやか「大丈夫、大丈夫! よし、いっちょやってやりますか!」
……変だな、なんだろ。
今あたし、何が引っかかったんだろ?
今日はこのくらいにしておきます
続きは明日か明後日に更新します
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数日後、朝
まどか「おはよう、さやかちゃん、杏子ちゃん!」
杏子「おっ、やっと来た」
さやか「遅いぞ、まどかー!」
まどか「ご、ごめんね。テスト勉強してたら夜更かししちゃって」
さやか「テスト勉強って、国語と数学の? 今日やるの小テストだよ?」
まどか「あ、うん、それは分かってるんだけど……」
杏子「うはぁー、真面目だねぇ。小テストくらいで夜更かしするまで勉強するかぁ?
あたしもさやかに言われて一応ちょっとはやったけどさ」
まどか「本当だったらここまでしなくても良いとは思うんだけど、
わたし国語が特に苦手だからみんなより頑張らなきゃ、って。
いや、他の教科もそんなに得意ではないんだけど、国語が特に苦手っていうか……」
杏子「でも英語は得意だろ? 手本になるってんで音読させられたりしてるじゃんか」
さやか「そりゃあなんてったって帰国子女だからね。
国語が苦手なのはその副作用みたいなもんでしょ?」
まどか「い、一応アメリカでもやってはいたんだけど……」
杏子「アメリカ帰りってのも大変だね。ま、でも今回は心配ないんじゃない?
それだけ勉強したってんならさ」
さやか「寧ろ杏子、あんたの方がやばいんじゃないのー?」
杏子「それを言うならさやかもだろ。
成績だってあたしと大差ないのに余裕かましてられんのかよ?」
さやか「ま……まぁ一応勉強したしなんとかなるでしょ。それに小テストだし!
ちょっと悪くても本番で挽回すれば良いのよ!」
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昼休み
マミ「――そ、それはなんというか……残念だったわね」
さやか「国語の勉強に必死過ぎたんだね……。
まさか数学の範囲思いっきり勘違いしちゃってるなんてさ」
杏子「結構ドジなんだね、あんた。真面目なのにさ」
まどか「うぅ、あんなに勉強したのに……こんなのってないよぉ」
マミ「まぁでも、範囲は違っても全くの無駄というわけじゃないんだし、ね。
そう気を落とさずに次頑張りましょう?」
さやか「そうそう。それに国語はちゃんと出来たんでしょ? ならオッケーオッケー!」
まどか「そ、そうかな……」
さやか「そうだよ! 物事はポジティブに考えなきゃね。
勉強も大切だけどポジティブシンキングも大事だよ!」
杏子「もっと大事なのはドジを治すことじゃない? なんてね」
マミ「もう、佐倉さんってば……」
まどか「うぅ……が、頑張ります」
杏子「あんた昔からそうだったの? 小学校の頃から?」
まどか「う、うん……結構周りの人達に助けてもらうことが多かったかも」
杏子「へー、じゃあさやかもまどかのこと助けてやったりしてたわけ?
あんた困ってる奴とか助けるの結構好きだろ?」
さやか「えっ、あたし? いやー、お恥ずかしながらまどかに関しては
そうでもないんだよね……。そもそも会話もほとんどしたことなかったしさ。
名前と顔を知ってるくらいだったよ」
杏子「ん……?」
マミ「あら、そうだったの。それはちょっと意外ね」
さやか「そうだよね、まどか……って、まどかはあたしのこと覚えてないんだっけ」
まどか「うん、ごめんね……」
さやか「良いよ良いよ、本当にほとんど関わりなんてなかったんだし!」
杏子「……なぁさやか?
あんた最初は、まどかとはそこそこ仲良かったみたいな言い方してなかったっけ」
さやか「へっ? 最初って……いつ?」
杏子「まどかが転校してきた日だよ。朝のHRの直後さ」
まどか「? さやかちゃん、そうなの?」
さやか「いや、そう……だっけ? そんなことないと思うけど……。
だって本当に全然、話したこともなかったし。
まさか中学になってこんなに仲良くなれるとは思わなかったくらい」
杏子「……ふーん……」
マミ「でも少しだけ残念ね。2人が昔から仲が良かったのなら、
思い出話でも聞かせてもらえたら面白いかなーとも思ったんだけど」
さやか「あははっ、やだなぁマミさん。仲良かったとしてもそんなの恥ずかしいよ」
マミ「美樹さん達のが聞けないなら、私が佐倉さんとの思い出話でもしちゃおうかな」
まどか「あっ、それ聞きたいです!」
杏子「は!? お、おいやめろよ」
さやか「んん? 何よ杏子ー、恥ずかしい思い出でもあるわけー?」
杏子「そ、そういうわけじゃねぇけどなんか恥ずかしいんだよこういうの。
あんたもさっき言ってたじゃないか」
マミ「私が佐倉さんと初めて会ったのは確か……」
杏子「バカ、やめろって言ってんだろ!」
さやか「あははっ、良いでしょ! 良いよマミさん話しちゃってー!」
話題が変わって、そんな風に面白おかしくはしゃぎながら……
あたしはさっきのことが少し気になってた。
さっきの、小学校時代のまどかの話題が出た時の杏子の言葉……。
あたし、まどかと仲良かったなんて杏子に言ったっけ?
言ったとしたらなんでそんなこと言ったんだろ。
小学校時代のまどかのことなんて、本当にほとんど知らないのに。
あたしとまどかはたまたま同じ小学校に入学しただけで、それ以降特に関わりもなくて、
まどかがアメリカに行くって聞いた時も、
へー、あの子アメリカに行くんだ、すごいなー……くらいにしか思わなかった。
だからまどかがこのクラスに転校してきた時も、特にこれといった感情は……。
あれ、そうだっけ?
あの瞬間は何か、結構いろんなことを思ったような気が……でもなんで?
別にまどかに深い思い入れがあったわけでもないはずなのに、なんで?
……ま、いっか。
ちょいと少ないけど今日はこのくらいにしておきます
続きは明日更新します
今の書き方で慣れちゃってるので申し訳ないがこのままで行かせてくだしあ……
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『まどかおっそーい!』
『ごめんね、ちょっと準備に手間取っちゃって。寝癖がなかなか……』
『ほほーう、身だしなみチェックに時間がかかったと。まどかもお年頃だねー』
『そ、そんなんじゃないよぉ。本当に寝癖を直してただけだよ』
『そのうちアクセがどうとかお化粧のノリがどうとか下着の色がどうとか、
男にモテるために色々気にしだして……いいや、許さんぞぉー!』
『きゃっ!? さやかちゃ、きゃははは! やめ、やめてぇ! きゃはははは!』
『どこの馬の骨とも分からん奴にまどかをやれるか! まどかはあたしの嫁になるのだー!』
さやか「っ! ……あ、あれ。夢……?」
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杏子「――は? まどかの夢を見た? どんな?」
さやか「いや、別に特別変わった夢ってわけじゃないんだよね。
なんか普通に仲良くて楽しかった」
杏子「? わざわざ話すもんだからどんな面白い夢かと思ったら、
普通に仲良くて楽しいなんていつもと変わらないじゃん」
さやか「でもね、なーんか違うのよ。仲の良さがもうちょっと違う感じっていうか……」
杏子「なんだそりゃ。もっと仲良い感じとか?」
さやか「うーん……そんな感じかなぁ?」
杏子「おっ? 見なよホラ、噂をすれば」
さやか「あ……」
まどか「おはよう、さやかちゃん、杏子ちゃん!」
杏子「あぁ、おはよ」
さやか「…………」
まどか「? さやかちゃん?」
さやか「え、あぁ、ごめんごめん! おはよ、まどか!」
まどか「うん、おはよう!」
杏子「聞いてくれよまどか。なんかさやかの奴が、昨日あんたの夢を見たらしくてさ」
まどか「えっ、わたしの夢? へ、変な夢じゃないよね?」
さやか「あー、うん。変ではないんだけどね。あたしとまどかが仲良くしてる夢だよ」
まどか「……? 仲良くって……今とは違う、の?」
さやか「あ、今も十分仲良いよ! ただもうちょっとこう、スキンシップというか……」
まどか「スキンシップ?」
さやか「だからその……くすぐったり? 抱きついたり、とか?」
杏子「は……? な、何言ってんださやかお前……」
さやか「うぉおおおい!? 何よその顔!? ドン引きしてんじゃないわよ!」
杏子「いや、だって……夢って本人の欲求が現れるって言うだろ?
つまりさやか、あんたはまどかとそういうことを……」
まどか「そ、そうなの? さやかちゃん、その……わたしに抱きついたり……?」
さやか「コラぁあ! やめなさい! それじゃあたしがそっち系みたいでしょうが!」
杏子「そうは言うけどな……」
さやか「そういうのじゃないから! ほんと!
女の子同士のちょっとしたスキンシップだって! ホラ、こういう感じの!」
まどか「きゃっ!」
杏子「よ、よせさやか! 無理矢理はやめろ! しかもこんなところで!」
さやか「ちがぁああああう!」
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さやか「――ということがありましてね……」
マミ「そ、それはまた大変だったわね」
さやか「本当にもう! あたしが恭介のこと好きだったのはあんただって知ってるでしょ!
あたしはちゃんとノーマル! そっち系でも変態でもない!」
杏子「わ、悪かったってさやか。ホラ、あんたの好きなからあげだよ。食うかい?」
さやか「ふん! まぁもらっておくけど!」
まどか「わ、わたしもごめんね。突然だったから、ちょっと慌てちゃって……」
さやか「あぁいや……良いよ、変なこと言ったのはあたしの方なんだし」
杏子「どういうことだオイ……なんだよこの扱いの差は」
マミ「それにしてもそんな夢を見ちゃうなんて、
きっと美樹さんは鹿目さんともっと仲良くなりたいと思ってるのね。
そういう意味で、鹿目さんのことが大好きなんだと思うわ」
さやか「あはは……なんか恥ずかしいなぁ。
新しい友達と仲良くなりたいと思うのは当たり前かも知れないけど、
そういうのがはっきりしちゃうっていうのは……」
まどか「でも、その……う、嬉しいな。そんな風に思ってもらえて……。
わたしも、さやかちゃんとこれからもっと仲良くなりたいな、って」
さやか「そ、そう? いやー、照れるなぁ……」
杏子「……マミ、お茶おかわり!」
マミ「あらあら……うふふ」
杏子「……なんだよマミ、その顔は」
マミ「いいえ、なんでも?」
杏子「はぁ……。オイまどか、あんたさやかとじゃれてる場合なわけ?
マミに数学のこと訊かなくても良いのかよ?」
まどか「あっ、そ、そうだった! あはは……」
マミ「数学のこと?」
さやか「それが今日の午前中、数学の先生に課題渡されちゃったんだよね。
小テストがあんまりだったから、って」
まどか「それで一応休み時間に見てみたら、1問目からいきなり分からなくて……。
だからお昼休みにマミさんにちょっと教えてもらえたらな、
と思ったんですけど……良いですか?」
マミ「えぇ、もちろん良いわよ。その問題を見せてくれる?」
まどか「わ、ありがとうございます! えっと、この問題なんですけど……」
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放課後
さやか「ん~……今日もよく勉強したなぁーっと! 杏子、帰りにどこか寄ってく?」
杏子「そうだなー、今日はたい焼きな気分かな。オイまどか、あんたも行くだろ?」
まどか「あっ……ごめんね2人とも。わたしは今日は良いかな……。
数学の課題、まだ残ってるから」
杏子「あー、そっか。結局昼休みじゃ時間足りなかったもんな」
さやか「やっぱりマミさんに昼休みの続きお願いした方が良かったんじゃない?」
まどか「ううん……やっぱりわたしの課題だし、出来るだけ自分の力でやった方が良いかなって」
さやか「は~、あんたって本当マジメよね」
まどか「だから、今日は寄り道せずに帰るね。2人で行って来て!」
さやか「本当に良いの? 手伝わなくて大丈夫?」
まどか「大丈夫だよ、気にしないで!」
杏子「まぁどっちにしろ、あたし達じゃ大して力になれないだろうしね」
さやか「た、確かに。えっと……じゃあごめん! 頑張ってね、まどか!」
まどか「うん、ありがとう! それじゃまた明日ね!」
杏子「あぁ、じゃあね。頑張りなよー」
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・
まどか「…………」
今日はみんなに心配かけちゃったなぁ……。
寄り道できないのは残念だけど、でも我慢しなきゃ。
問題数は少なくないんだし、どれくらい時間かかるか分からないんだから!
でもやっぱり数学って苦手だな。
1つ1つの問題にすごく時間かかちゃって……。
どうやったらスラスラ解けるようになるんだろ。
やっぱりたくさん勉強したらいつか……
ほむら「……まどか、今日も1人?」
まどか「わあっ!?」
ほむら「あ……ごめんなさい。今度は驚かさないようにしたつもりなんだけど」
まどか「う、ううん、ごめんね! 考え事してたから……」
ほむら「数学の課題のこと?」
まどか「う、うん。あはは……なんだか恥ずかしいな、丸分かりみたいで」
ほむら「どこか分からないところがあるの?」
まどか「あ、えっと……。時間をかければ多分わかるんだけど、
その時間が結構長くかかちゃって……」
ほむら「課題のプリント、見せてもらっても良いかしら」
まどか「えっ? あ、うん……」
言われた通り、わたしはカバンから課題を出して渡した。
ほむらちゃんはしばらくそれをじっと見てから、
ふいに自分のカバンから教科書を出して……
ほむら「2問目は、教科書に載ってあるこの例題を少し変えたものよ。
それから3問目は、この例題とこの例題を合わせたようなものになってるわ。
4問目と……」
まどか「えっ、えっ!? ま、待って、ほむらちゃん! 今メモを……!」
ほむら「…………」
まどか「えっと、2問目が、これで、3問目が、これと、えっと……」
ほむら「これ」
まどか「あ、うん……!」
ほむら「4問目と5問目はこの公式を使えば大丈夫。
6問目はこっちの――」
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ほむら「――これでもう大丈夫だと思うわ。
あとはあなたの力なら、大して時間をかけずに解けるはず」
まどか「あ、ありがとう、ほむらちゃん……!」
ほむら「お礼なんて。役に立てたみたいで良かったわ」
まどか「え、えっと……ほむらちゃんって、やっぱり頭良いんだね。
なんとなくそうかなとは思ってたけど……憧れちゃうな」
ほむら「……そんなことはないわ。頭なんて、全然良くない」
まどか「えぇ、そんなことないよ。ほむらちゃんが頭良くなかったらわたしなんて……」
ほむら「学校で良い成績を取るからと言って頭が良いとは限らないわ。
私は今まで、間違えてばかりだった」
まどか「……? そう、なの?」
ほむら「えぇ。どれだけ頑張っても上手くいかないことばかり……。
何度も間違えて、そのたびに後悔ばかりしてきたわ。
……でもね、それも昔の話。今はもう違う。
私はやっと、信じられる道を見つけたんだもの」
まどか「え、えっと……?」
ほむら「……ごめんなさい。また混乱させてしまったわね。
気にしないで。変な子がまた変なことを言ってると、そう思ってくれれば良い」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「あなたの役に立てて、とても嬉しいわ。もう何か手伝えることはない?」
まどか「う、うん……大丈夫。すごく助かったよ、ありがとうほむらちゃん」
ほむら「そう。それじゃ、頑張ってね。応援してるから」
まどか「あっ……! ま、待って、ほむらちゃん!」
ほむら「……何? どうしたの?」
まどか「その……ほ、ほむらちゃん、学校じゃあんまり話しかけて来ないよね?
この前話しかけてくれた時も、わたしが1人で帰ってる時だったし……」
ほむら「…………」
まどか「わ、わたしは、その……学校でも仲良くなれたら、嬉しいな、って。
ほむらちゃんも、きっとさやかちゃんや杏子ちゃんと……」
ほむら「ごめんなさい」
まどか「えっ……」
ほむら「あなたの気持ちはとても嬉しいわ。
こんな私に、こんなに優しくしてくれて……ありがとう、まどか」
まどか「そんな……。違うよ、優しいのはわたしじゃなくて……」
ほむら「ううん、良いの。私は、その気持ちだけで十分。
前にも言ったでしょう? あなたは私なんかより、あなたの友達を大切にしてあげて。
それじゃあ……私はここで。さよなら、まどか。課題がんばってね」
そう言い残して、ほむらちゃんは行ってしまった。
もしかしてお節介だったかな……。
さやかちゃんと杏子ちゃんのことが嫌い……っていうわけじゃないとは思うんだけど。
ほむらちゃん、あんまり賑やかなのは好きじゃないのかな……。
まだまだ分からないことだらけだけど、でも1つだけ言えることがある。
ほむらちゃん、最初はちょっと怖かったけど……きっととっても優しい子なんだ。
だからみんなとも仲良くできたら良いなって思ったんだけど。
やっぱり難しそう、かな……。
翌朝
さやか「おはよ、まどか!」
まどか「うん、おはよう!」
杏子「その様子だと、課題は無事終わらせたみたいだね」
まどか「えへへ……ごめんね、心配かけちゃって」
さやか「まー良かったよ、無事終わったんならさ!
あっ、そうそうまどか! 明日の昼って暇?」
まどか「? うん。夜は外食だって言ってたけど、昼間は大丈夫だと思うよ」
さやか「じゃあさ、子どもって好き? 小学生くらいの女の子とか!」
まどか「へ? うん、子どもは好きだけど……」
さやか「良かった! じゃあさ、明日マミさんの家でお茶会しようよ!
せっかくの休日だし、みんなで楽しくたっぷりと!」
まどか「わぁ、行きたい行きたい! でも、子どもって……?」
杏子「最近知り合ったマミの知り合いでさ、百江なぎさって言うんだ。
マミの奴が妙に懐かれちまってね。
で、そいつがマミの菓子を食いたいって言うんで、予定合わせてお茶会することになったわけ」
まどか「そうなんだ……えへへっ、なんだか楽しそう。
小学生の女の子とお茶会なんて、新鮮だなー」
さやか「よーし、それじゃ決定ね! 今日のお昼にマミさんにも報告してあげなきゃ!」
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さやか「というわけで、まどかも来ることになりました!」
マミ「良かったぁ。突然決めちゃったから、みんなで揃ってやれるか不安だったの。
それにお勉強の方も色々大変じゃないかなって」
杏子「直前に課題なんかでごたごたしてたもんねぇ。
でももう済んだし気兼ねなく楽しめるよな!」
さやか「あっ、まさか課題の出来も悪くてやり直し……ってことにはならないよね?」
まどか「だ、大丈夫だよ! きっと……ううん、絶対大丈夫!」
杏子「へぇ、どうしたよ? やけに自信たっぷりじゃん」
まどか「あ、うん……実はね、昨日の帰りにほむらちゃんに会ってその時に色々教えてもらったの。
教科書使って教えてくれて、すごく分かりやすかったんだよ!」
さやか「! 暁美さんが……?」
マミ「まぁ、そんな子がクラスに居るの。それなら今後もお勉強の方は安心ね」
まどか「あはは……あんまり頼り過ぎないようにはしないとですけど」
杏子「あいつそんなに勉強できたんだね。全然知らなかったよ。
っていうかあんたら仲良くなれたんだ?
学校じゃ転校初日のあの時以外、話してるの見たことないけどさ」
まどか「仲良くなれたのかな……? 実は、転校した日の帰り道も一緒だったんだけど……」
さやか「えっ……そうだったの?」
杏子「ふーん。あいつも結構世話焼きな奴なのかねぇ?
転校生のことをほっとけないみたいな感じでさ」
マミ「でも次の日からはほとんど話してないのよね?」
まどか「それが不思議で……。
あんまり大勢で話すのは好きじゃないのかな、って思ったりもするんだけど」
マミ「うーん……鹿目さんがクラスや学校に馴染めるようにしてあげるつもりだったけど、
美樹さん達と仲良くなったからもう大丈夫と思ったのかもね」
杏子「あぁ、なるほどね。そりゃ確かにありそうだ。
まぁあたしは今まであいつのことよく知らなかったけどさ、
そういう話聞いてたらなんか普通に良い奴なんだね、ほむらって。
少なくとも悪い奴じゃ……」
さやか「本当にそうなのかな?」
マミ「えっ?」
杏子「……さやか?」
さやか「あっ……」
一瞬誰が喋ったのか分からなかったくらい、あたしは反射的に声が出た。
みんなの少し驚いたような反応を見て、初めてそれが自分の声だと気付く。
まどか「……さやかちゃん、やっぱりほむらちゃんのことあんまり……」
さやか「えっ、あー、ち、違う違う! あ、あれ? 今なんであたし……や、やだなぁ!
これじゃあたし、すっげー嫌な奴じゃん! 違うよ? ほんと、そうじゃないから!
ただあたしも暁美さんのこと全然知らないから、ポロっと疑問が出たって言うか……。
バカ! あたしのバカ! あはははは!」
まどか「だったら、良いんだけど……」
マミ「びっくりしたわ……。
一瞬、美樹さんとその子はすごく仲が悪いのかと思っちゃった」
さやか「いやいや、全然そんなこと! ないよね、ねぇ杏子!」
杏子「ん、あぁ……。でもアレだろ? あんた、ほむらのこと苦手なんだろ?」
さやか「ま……まぁそりゃ確かにそう言ったけどさ。
でも苦手って言ったってそんな……理由もよく分からない程度のもんだし……」
マミ「そうだったの……。
確かに、なんとなく雰囲気が苦手な人っていうのは居てもおかしくないかもね。
私には経験がないけれど、そういう話を聞くこともあるわ。
でも美樹さんにもそういうことがあるなんてちょっと意外かな」
さやか「えっ、そう?」
マミ「えぇ。なんとなく、美樹さんはよっぽどのことがない限り
誰とでも仲良くなれそうなイメージがあったから。
鹿目さんの時もそうだし、佐倉さんとだって会ってすぐ仲良くなれたでしょう?」
さやか「え?」
杏子「まぁ、確かにね。最初はちょっと呆れたくらいだったよ。
よくもまぁ初対面の奴にこうも馴れ馴れしくできるもんだな、ってさ。
なぁまどか、あんたも最初は困ったんじゃない?」
まどか「そ、そんなことないよ! 明るく話しかけてくれて、すごく嬉しかったよ」
さやか「……あー、えっと、さ。あたしって、最初からそんなすぐ杏子と仲良くなったんだっけ?」
杏子「あん? どういうことだよ」
さやか「いや、最初は結構ケンカとかしてたような……気がするんだけど」
マミ「あら、そうだったかしら? 私にはちょっと覚えがないけど……」
杏子「っていうかケンカくらい今でもちょくちょくやってるだろ?
こないだだって、あたしが宿題写させてくれって言ったらすっげー怒ってたじゃん」
さやか「あぁいや、ああいうのじゃなくてさ。もっとこう、マジなやつっていうか……」
まどか「そ、そうなの? あんまり想像できないけど……」
杏子「マジなやつ? それってどんな?」
さやか「どんな? えーっと……あれ? どんなだっけ……。
言われてみれば確かに、最初から普通に仲良かったかも……」
杏子「……あんた夢でも見たんじゃないの? それか別の誰かと勘違いしてるとか。
少なくともあたしは、あんたとそんなやばいケンカをした覚えなんてないよ」
さやか「うーん……あたしの勘違いかなぁ。あははっ、ごめんごめん!」
今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日更新します
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『誰が、あんたなんかに……。あんたみたいな奴が居るからマミさんは……!』
『うぜぇ……超うぜぇ!! つーか何?
そもそも口の利き方がなってないよねえ、先輩に向かってさあ!』
『黙れぇッ!!』
『チャラチャラ踊ってんじゃねーよウスノロ!!』
『あぐっ!』
『言って聞かせて分からねえ、殴っても分からねえ馬鹿となりゃ……。
あとは殺しちゃうしかないよねえ!!』
さやか「ッは……! ハァ、ハァ、ハァ……!」
な……何、今の。
今のも夢、だよね?
な、なんであたし杏子と、あんな……。
杏子「ん~……すぅ……すぅ……」
さやか「…………」
布団で寝てる杏子に目を向ける。
いつもの杏子だ。
あたしが知ってる、ちょっとやんちゃだけど優しくて良いヤツの、杏子の寝顔だ。
さっきの夢……なんだったんだろ。
あんな杏子、見たことない。
あたしはあんな杏子知らない。
……そのはずだ。
でもなんでだろ。
あんなのあり得ないはずなのに、もしかしたらあり得るんじゃないかって……。
リアルで、実感がある……嫌な夢。
さやか「……違うよね、杏子? あんなの、あり得ないよね……?」
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マミ宅
杏子「よっ! 2人とももう来てたんだね」
マミ「鹿目さんもなぎさちゃんも、30分前にはもう来てたのよ?」
さやか「えっ、そうなの? じゃあやっぱもうちょっと早めに来れば良かったなぁ」
まどか「ううん、気にしないで! ちょっと早めに来ちゃったけど、
そのおかげでなぎさちゃんと色々お喋りできたから!」
なぎさ「マミもまどかも一緒で、全然退屈じゃなかったのです!」
さやか「そっか、なら良かった! でもこれからはもっと賑やかで楽しいぞー?」
そう……今日は楽しいお茶会なんだ。
あんな変な夢、いつまでも気にして居られないよ。
杏子もちゃんといつも通りだし……あんな夢忘れて、今日はめいっぱい楽しまなきゃ。
杏子「へぇ、あんた達もう仲良くなったんだ。まぁまどかは子供好きって言ってたしね」
なぎさ「むっ、なぎさは言うほど子供じゃないのです!」
まどか「そうだよねー。なぎさちゃん、しっかりしてるもんねー」
なぎさ「えへへ~、まどかはよく分かってるのです!」
杏子『なんか扱い慣れてるな、まどかの奴』
さやか『普段からたっくんの世話とかも結構してるしねぇ』
マミ「それじゃ、私はお茶とお菓子の準備をしてくるわね。
みんなはくつろいで待ってて?」
なぎさ「あっ! わたしもお手伝いするのです!」
マミ「あら、良いのよなぎさちゃん。座ってて?」
なぎさ「なぎさはマミのお手伝いをしたいのです。駄目なのですか?」
マミ「まぁ……ふふっ、ありがとう。それじゃあ一緒に準備しましょうか」
なぎさ「はーいっ!」
杏子「残念。仕事取られちまったな、まどか」
まどか「と、取られただなんてそんな。
でもなぎさちゃん、本当にマミさんのこと大好きなんだね」
さやか「本当、懐いちゃってるって感じだよね。まだ会って日にちも経ってないのにさ。
マミさんの溢れる母性にノックアウトされちゃったのかな?」
杏子「まどかもマミには敵わなかったか。まぁあんたは寧ろ妹っぽいもんな」
まどか「えぇっ? そ、そうかなぁ……?」
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マミ「――みんなお待たせ、準備できたわよ」
なぎさ「お待たせなのですー!」
まどか「わぁ……! すごい、これもしかして全部チーズのお菓子ですか?」
マミ「全部ではないけど大体はチーズを使ったものね。
せっかくだし、色々作ってみようと思って」
さやか「なぎさぁ、あんたつまみ食いとかしてないでしょうねぇ?」
なぎさ「えッ!? し、してないのですよ? マミに止められたからしてないのです」
さやか「止められなかったらしてたのかよ!」
杏子「いいや、その気持ちはよーく分かるぞ。というわけでマミ! 早く食おうぜー!」
マミ「ふふっ、それじゃあ頂きましょうか。さ、どうぞ召し上がれ」
なぎさ「わぁーい! いただきまーす!」
杏子「ん~、うめぇ~!」
まどか「マミさん、すごく美味しいです!」
なぎさ「むしゃむしゃ、もぐ、んぐ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
さやか「あぁもうあんたはそんなに食べ散らかして。
美味しいのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなさいよ」
なぎさ「んぐんぐ、ごくん……。さやかはいつも細かいことを気にしすぎなのです!
もぐ、むしゃむしゃ……」
さやか「……ん?」
杏子「なんだ? あんた達、前から知り合いだったわけ?」
なぎさ「? どうしてなのですか?」
杏子「あんた今『さやかはいつも』……って言ってたろ」
なぎさ「へ? ……うーん……? だったら多分間違えちゃったのです。
さやかとはついこの前会ったばかりなのですよ。むしゃむしゃ……」
さやか「だよねぇ? って、あんた本当に食べるの止まらないわねさっきから」
マミ「ふふっ、口の周りをこんなに汚しちゃって。ちょっとじっとしててねー」
なぎさ「んむっ……」
まどか「2人とも、なんだか本当の姉妹みたいだね!」
なぎさ「マミみたいなお姉ちゃんが居たらきっと楽しいのです。
優しくて、毎日チーズケーキを食べさせてくれそうなのです!」
杏子「ははっ、まぁケーキが食べられるってのは良いね!
でも毎日一緒だと案外大変だぞ? 生活習慣だとか身だしなみだとかでいちいち……」
マミ「佐倉さん? どうかした?」
杏子「えっ!? あ、あぁいやー……。
マ、マミと一緒だと教育とかもしっかりしてくれて良いよなー、って言おうと思ってさ」
マミ「あらそう? ふふっ、ありがとう」
さやか「……まどか、気を付けなよ? マミさんってああ見えて怒ると結構……」
マミ「美樹さん、お茶のおかわりはどう?」
さやか「うぇっ!? は、はい、いただきます! ありがとうございます!」
まどか「……?」
・
・
・
なぎさ「――その魔女のお婆さんの魔法で、わたしがチーズになっちゃったのです!」
杏子「はぁ? チーズになった? どういう魔法だよそりゃ」
なぎさ「怖い怖い魔法なのです! わたしはチーズを食べるのは好きだけど、
チーズになっちゃった自分を食べるのは嫌だったのです!」
マミ「それで、どうなったの?」
なぎさ「そしたら今度は魔法使いの女の子が……あっ! マミ、今何時なのですか?」
マミ「え? えーっと、4時半くらいね」
なぎさ「! 大変、そろそろ帰らないといけないのです!
5時までに帰らないとたくさん叱られてしまうのです!」
さやか「なんと5時までとは。やっぱ小学生の門限は厳しいねぇ」
杏子「だったら送ってってやるか?
まだ暗くないって言っても子供1人帰すのは気が引けるしね」
マミ「そうね、みんなで送ってあげましょうか」
なぎさ「じゃあお家までみんなと一緒なのですか? 嬉しいのです!」
さやか「あははっ、お茶会気に入ってもらえたみたいだね。良かった良かった」
まどか「また一緒にお茶会しようね、なぎさちゃん!」
なぎさ「えっ! もう1回できるのですか?」
マミ「もちろん、何回でも!
次も色々とチーズのお菓子を用意しておくから、また来てもらえる?」
なぎさ「わぁーい! また来るのです! 次が楽しみなのです!」
・
・
・
さやか「いやー、賑やかだったねホント!」
まどか「なぎさちゃん、すごく元気で良い子だったね! また遊べるのが楽しみだなー」
杏子「しっかし子どもの相手は疲れるよ。延々喋り続けるんだもんな」
マミ「ふふっ、でもそう悪くない気分だったでしょ?」
杏子「……ま、たまにはね」
あたし達はなぎさを家の近くまで送って、元の道を引き返してた。
とは言ってもみんな家に帰るわけじゃなくて、まどか以外はマミさんの家に向かうつもりだ。
本当はまどかも一緒だったら良かったんだけど、まぁ家族と外食じゃ仕方ないよね。
杏子「なぁまどか、外食ってどこ行くの? 何て店?」
まどか「えっと、どうなんだろ? ごめんね、それはちょっと聞いてないや」
杏子「じゃあ美味かったらあたしに店の名前教えてくれよ! 今度あたしも行くからさ!」
さやか「そんなこと言って大丈夫なの? 結構良いお店のような気がするけどなぁ」
マミ「そうよね、わざわざ前日に伝えるくらいだものね。
子供だけじゃ入るのは難しいかも知れないわよ?」
杏子「まぁまぁ、聞くだけならタダだろ? な、頼むよまどか!」
まどか「うん、良いよ! どんな料理とかも、色々教えるね」
杏子「さんきゅー!」
まどか「あははっ、どういたしまして……
あっ、マミさんの家あっちですよね? わたしここで曲がりますね」
さやか「あれ、家まで一緒じゃなくて良いの? 怖い人に襲われても知らないよー?」
まどか「さ、さやかちゃんってば。わたしもう中二だよ! なぎさちゃんとは違うよぉ」
さやか「ははっ、冗談ジョーダン!」
マミ「まぁまだ日は暮れてないし大丈夫だとは思うけど。それじゃあ、気を付けてね?」
杏子「外食のこと、よろしく頼むね!」
まどか「うん、それじゃまたね! バイバイ、さようならー!」
そうしてまどかは元気よく去っていった。
あたし達はしばらくそれを見送って、それからまた歩き出した。
杏子「さて、と。まだ魔獣が頑張りだす時間にゃ早いよな?
ちょっとマミの家でくつろいでこうぜ」
マミ「じゃあいつも通り、日が暮れてから魔獣退治に行きましょうか」
さやか「はーい、了解っ」
今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日更新します
・
・
・
マミ宅
杏子「はー、さっきも言ったけどやっぱ今日は疲れたなぁ。
子供の相手なんて慣れないことしたのが悪かったんだね」
さやか「あははっ、まぁ気持ちは分からなくもないかな。
あたしもたっくんと遊んだあとはエネルギー吸い取られたみたいになっちゃうもん」
マミ「あら、美樹さんも? わたしはそんなことないけど……」
さやか「いやー、マミさんには敵わないねぇ。流石溢れる母性の持ち主!」
マミ「ぼ、母性……?」
杏子「ま、とにかくさ。あたしは魔獣退治まで一眠りさせてもらうよ。
時間になったら起こしてねー」
さやか「一眠りってあんた、日が暮れるまでもう後1時間も……」
杏子「……くー……くー……」
さやか「って、はやッ! もう寝ちゃってるし!」
マミ「本当に疲れてたのね。さっきはあんな風に言ってたけど、
なぎさちゃんにかなり構ってあげてたから」
さやか「あー、確かに。夢の話にちょくちょく質問してあげるもんだから
なぎさもまた嬉しそうに説明してどんどん白熱しちゃって……。
なんだかんだで子供好きっぽいよね、杏子」
マミ「えぇ……そうね。困ってる人や、小さい子のことは放っておけないんだと思うわ。
ぶっきらぼうな態度を取ることが多いけど、昔からそこは変わらないのよね」
さやか「あははっ、本当にね」
と、ここであたしはふいに……昨日の夢のことを思い出した。
そう……あたしの知ってる杏子は、あんまり態度には出さないけどすごく優しい子のはずだ。
子供やお年寄り、弱い人や困ってる人を見ると助けずには居られない、そんな子のはずだ。
だから魔法少女のあいつは、魔獣に襲われる人を放ってはおけない。
自分が多少危ない目に遭っても必ず助けようとする。
……でも夢の中のあいつは……
さやか「……あのさ、マミさん。1つ訊いても良いかな」
マミ「? なぁに、どうしたの?」
さやか「えっと、杏子のことなんだけど……。
杏子って本当に昔からずっと、こんな感じだったの?」
マミ「こんな感じ……? ごめんなさい、どういう意味?」
さやか「だから、その……困ってる人は放っておけないっていうか、魔女……」
……あれ?
今になって気付いた。
杏子の印象が強すぎて今まで気が付かなかったけど、
あの夢にはもう1つ、明らかにおかしいところがあった。
そうだ、夢の中で杏子やあたしが言ってたのって、魔獣じゃなくて……。
マミ「美樹さん……?」
さやか「……ねぇマミさん。魔女や使い魔って現実に居るの?」
マミ「え?」
マミ「魔女や、使い魔? さぁ、どうかしら……魔法少女とはまた別なのよね?
もしかしたら中世の魔女狩りなんかは、魔法少女が関係していたりするかも知れないけど……。
ちょっと確かなことは言えないわよね」
さやか「だよね……うん、ごめんなんでもない!
えっと、それで何の話だっけ? あ、そっか、杏子が昔は……。ん……」
マミ「……?」
さやか「……そう! 杏子との思い出話聞かせてよ! それを聞こうと思ってたんだ!
この前は本人が邪魔しちゃって聞けなかったでしょ? だから寝てる今のうちに……」
と、その瞬間。
横で寝てたはずの杏子が飛び起きた。
さやか「うわあっ!? ま、まさか杏子起きて……」
杏子「……あんた達、気付いてないのか?」
寝起きにしては緊迫した様子の杏子を見て、あたしはようやく気付く。
マミさんは、あたしより一瞬早く気付いたみたいだ。
マミ「この反応……近くに魔獣が出たわね」
さやか「数もそこそこ……だね。まだ日も落ちてないって言うのに……」
杏子「しゃーない、さっさと行ってぶっ倒しちまおうぜ」
マミ「えぇ。そうと決まれば急ぐわよ!」
さやか「了解!」
あたし達はマミさんの家を飛び出し、
魔力を探りながら特に反応の強いところへと向かう。
そしてしばらく進んだところで、3人ほぼ同時に気が付いた。
杏子「……おい、この反応って……」
マミ「っ……ええ。魔獣が一箇所に固まってるわ」
さやか「そ、それってつまり、誰かが今魔獣に……!」
マミ「今は考えていても仕方ないわ……急ぎましょう!」
さやか「う、うん!」
更に進み、反応の距離がどんどん近くなる。
そして、ついに見えた。
何体かの魔獣が一箇所に集まってる。
まるで何かを囲むようにして……
杏子「間違いねぇ……! あいつら獲物に群がってやがる!」
さやか「だ、誰かがあの群れの中心に……!!
マミさん、ここから遠距離攻撃できない!?」
マミ「っ……駄目、遠すぎるわ! ここから届く攻撃はすぐには出来ない!」
杏子「だからって近付いてる余裕もねぇぞ!!
くそっ! どうすりゃ良い! このままじゃあそこに居る奴が魔獣共に……!」
これじゃ絶対に間に合わない……。
あたし達の誰もがそう思った、次の瞬間。
遠くに見える魔獣の群れが、突然消えた。
マミ「……え……?」
杏子「な、なんだ? 魔獣共が……」
さやか「消えた? なんで……?」
マミ「と……とにかく行ってみましょう!」
不可解な現象に困惑しつつも、あたし達はそのまま進む。
魔獣が居た辺りに着き、手分けして魔獣に襲われていたであろう人を探す。
そして……
杏子「! オイ、ここだ! 居たぞ!!」
その声に、マミさんとあたしは急いで杏子のもとへ向かう。
見ると確かに、薄暗い路地裏に倒れている人影が4つ。
魔獣に襲われていたのは……まどかと、家族の人達だった。
杏子「家族で出かけてるとこを運悪く襲われたってか……。
チッ……ついてねぇよなホント」
マミ「でも……不幸中の幸いね。ただ気を失ってるだけで異常はないわ。
深刻なことになる前に間に合ったみたい」
さやか「よ、良かった……でもなんであの魔獣たちは急に……」
まどか「……ん……」
杏子「! オイ、隠れるぞ!」
さやか「えっ!? う、うん……!」
まどか達が目を覚ましそうなのに気付いてあたし達は急いで建物の上に飛ぶ。
完全に目を開ける前に、ギリギリ間に合った。
そうして、あたし達は上からこっそりまどか達の様子を窺う。
今はもうみんな目を覚ましてて、
なんで倒れてたのか、何があったのかについて話してるみたいだ。
さやか『いやぁ、みんな本当に無事みたいで良かったよ。
……でもあたしたち隠れる必要あったの? ついあんたの言う通りにしちゃったけど』
杏子『だって説明が面倒じゃん。あたし達はマミの家に居ることになってんだぜ?
まさか本当のことを話すわけにもいかないしさ』
マミ『そうね……。だけど一応、しばらく見守っておきましょう?
何も心配はいらないと思うけど、また魔獣に襲われるなんてことになったら大変だもの』
さやか『そ、そうだね。安全なとこに行くまで付いていこう』
目を覚ましたまどか達に気付かれないようにこっそり付いて行く。
そしたらやっぱり気絶してたってことが気になるみたいで、みんな病院に行ってた。
でもしばらくしたら出てきて、そしてそのまま家に帰っていった。
マミ「良かった。ちゃんと無事家に着いたわね」
杏子「でもやっぱ、外食はナシになっちまったな」
さやか「まぁねぇ。みんな揃って気絶してたなんて、
のんきに外食なんて行ってる場合じゃないもんね普通」
杏子「あたしらから言わせりゃ別に何も問題ないんだけどね」
マミ「そうとも限らないわ。確かに魔獣からのダメージは無かったけど、
倒れた時に頭を打ってないとも限らないんだから」
杏子「あー……。でもそういうのもさっき病院で診てもらったんだよな?」
さやか「一応電話してみる? 外食どうだったーみたいな感じでさ」
マミ「そうね、それが良いかも知れないわね。美樹さんお願いできる?」
さやか「うん。えーっと、まどかまどか、っと……」
携帯を取り出し、まどかの番号に電話をかける。
と、あんまり待たずにコール音は途切れた。
まどか『もしもし、さやかちゃん?』
さやか「やっほー、まどか。もう外食終わったー?
いやぁ、杏子が店の名前早く知りたいってうるさくてさー」
杏子「オイそこまでせっかちじゃねぇぞ」
マミ「まぁまぁ」
まどか『あ、えっと……実は色々あって、外食ナシになっちゃったんだ』
さやか「えっ、そうなの? 色々って、なんで?」
まどか『実はその……家族揃って倒れちゃって……』
さやか「えぇっ!? 倒れたって、大丈夫なのそれ! 原因とか分かんないの?」
まどか『うん……お医者さんは貧血だろうって』
さやか「そっか……。一応聞いとくけど、倒れる前後のことって覚えてたりはしないんだよね?」
まどか『うん、歩いてたら急に頭がぼーっとして、目の前が暗くなって……あっ』
さやか「……えっ。もしかして何か見たりしたの……? ひ、人影とか?」
まどか『あ、ううん……。えっと、倒れる直前に……黒い羽を見たような気がするの』
さやか「……黒い羽? カラスか何か?」
まどか『わかんない……そうなのかな。でも、なんだかすごく印象に残ってて……。
ご、ごめんね変なこと言って』
さやか「あー、ううん。えっと、今はもう体調大丈夫なの? どこかおかしなとことかない?」
まどか『あ、うん。それは全然平気だよ』
さやか「そっか、だったら良かったよ。でも一応、今日くらいは安静にしておくんだよ?」
まどか『ありがとう、さやかちゃん。うん、今日はもう早めに寝ることにするよ』
さやか「それが良いよ。そんじゃ、あんまり長くなっても悪いからもう切るね。
バイバイまどか、お大事に! また月曜日、学校でね!」
まどか『うん、またね!』
今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日更新します
さやか「……2人とも今の、聞こえてたよね?」
杏子「あぁ。体の方は何も問題ないみたいで取り敢えず安心できたよ。
ただ……黒い羽ってのはなんだ?」
マミ「…………」
さやか「マミさん? もしかして……何か覚えがあるの?」
マミ「あ、えっと……私も少し前に黒い羽を見たことがあったような気がして……。
でもどこで見たのかがちょっと思い出せないの」
さやか「マミさんも黒い羽を……? まどかが言ってたのと何か関係あるのかな?」
杏子「それも気になるがあと1つ……。
その黒い羽、魔獣が突然消えたのと関係あると思う?」
マミ「それは私も少し考えたわ。
でも、関連付けるにはちょっと根拠が足りないわよね……」
さやか「だよねぇ。それにしても、黒い羽って……
なんか怖いっていうか、不吉な感じがするなあ」
杏子「まぁ、確かにね。でもそんなイメージで何かを想像したって仕方ないよ。
今あたし達にできるのは、その黒い羽ってのを頭に入れておくことくらいじゃないの?」
マミ「……そうね。これからの生活で何か黒い羽を見かけることがあったら、
このことを思い出すようにしましょう。
カラスを見るたびにいちいち注意しろ、とは言わないけどね」
さやか「うん、分かった。これからは黒い羽に注意ってことで!
そんじゃ、一旦この話題はこのくらいにして……魔獣退治の続き行く?」
杏子「だな。今のところ特に気配はないが、見回りくらいはしとくか」
マミ「また突然現れて誰かが襲われたりしたら大変だものね」
・
・
・
休み明け
さやか「おはよー、まどか! あの後、特に変わりはない?」
まどか「うん、大丈夫。なんともなかったよ!」
杏子「外食ナシになって残念だったな。楽しみにしてたんじゃないの?」
まどか「あ、でもね。日曜日にはみんなでお出かけしたんだ!
ショッピングに行ったり、公園で遊んだり!」
杏子「へー、良かったじゃん。あたしは昨日はずーっとさやかの家でゴロゴロしてたよ」
さやか「出かけようって言ってもあんたが嫌だって言ったんでしょ」
杏子「だって飯食いに行くとかならともかく、服の買い物だろー? しかも長い!
あんたに何時間も付き合わされるこっちの身にもなれってーの」
さやか「むっ……何よせっかく杏子の服も選んであげようと思ってたのに!」
杏子「良いんだよ服なんか適当で。何の腹の足しにもなんないじゃん」
さやか「あんたはもうちょっとお洒落にも気を遣いなさい!」
杏子「身だしなみなんて最低限清潔にしときゃそれで良いんだって。
大体お洒落なんかして見せる相手が居るわけでもないんだしさ」
さやか「うぐっ……た、確かにそうだけど!
まどかぁ! あんたも何か言ってやりなさいよ!
ママからそういうの色々聞いてんじゃないの!?」
まどか「へっ? え、えっと、『女は外見で舐められたら終わり』……みたいなことを……」
さやか「くーっ! さっすがまどかママ! ほら聞いたでしょ杏子!
まどかママが言うんだからこれは間違いないよ!」
杏子「なんだよさっきからまどかママまどかママって!
あんたまどかの母親とそんなに仲良かったわけ?」
さやか「いや別に仲良くはないけどさ! でもあれだけカッコイイ……ん?」
まどか「……さやかちゃん、ウチのママのこと知ってるの?」
さやか「あ、あれ? 知ってる……と思ったんだけどよく考えたら知らないな……。
誰と勘違いしたんだろ? でもカッコイイってのは合ってたし……偶然かなぁ?」
杏子「はぁ? あんた……なんか最近そういうの多くない?
勘違いっていうか、記憶違い? みたいなの」
さやか「うん、確かに……。まぁ多分アレだよ、デジャブってやつ」
杏子「まどかじゃなくてあんたの方が病院行った方が良かったんじゃないの?
頭診てもらいなよ。ここが悪いんですーってね」
さやか「……あんたそれバカにしてない?」
杏子「あ、バレた?」
さやか「杏子ぉおおおおお!!」
杏子「おっと! あはははは! まぁそうカリカリすんなって! 小魚食えよ小魚!」
さやか「うるさぁい! 待ちなさいコラぁ!!」
まどか「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて……!」
・
・
・
昼休み
マミ「――そう、ご家族みんなで。ふふっ、元気になったみたいで安心したわ」
まどか「はい! 心配かけちゃってごめんなさい」
杏子「マミは昨日は何してたんだ?」
マミ「私? 昨日は、そうね……お茶の葉を見に行ったり、
ティーカップを見に行ったり……。それから本屋さんでお菓子作りの本を見たり。
結局、何も買わずに帰ってきちゃったんだけどね。
まぁお散歩のついでみたいな感じだったからそれはそれで良かったんだけど」
まどか「わぁ……なんだかステキなお散歩ですね! マミさんらしいです」
さやか「散歩1つ取ってもここまでオシャレになるものなのか……」
マミ「そ、そう? やだ、なんだかちょっと照れちゃうわね……。
あ、それから、なぎさちゃんと少し連絡を取ったりもしたのよ」
杏子「なぎさと? なんて?」
マミ「あの子、次のお茶会をすごく楽しみにしてるみたいで。
次はいつやるのかとか、今度はどんなチーズが食べたいとか、今日はどんなチーズを食べたか、とか」
さやか「うはぁ~、本当にチーズ大好きなんだねあの子」
まどか「ちょ、ちょっと心配になっちゃうくらいだね」
杏子「ま、大丈夫っしょ。それに好きなだけ美味いもん食って体壊すなら本望だしね」
さやか「あははっ、あんたはそれで良いかもね」
杏子「他のとこでちゃーんと栄養取ってれば問題ないんだよ。
というわけでこのソーセージもーらいっ!」
さやか「あぁ!? これ楽しみに取っておいたのにぃ!」
杏子「そんなの知らないね! 残す方が悪いんだよー」
さやか「も……もう許さん! あんたのパン全部食べてやる!」
杏子「うわっ!? オ、オイさやか! 待てって! 悪かった、悪かったから!
だから全部は勘弁……あぁああ!? い、一気に口に入れやがった!?」
さやか「もがもごもご! ぐもももがも!」
まどか「ぷっ……あははははっ! さやかちゃんすごい顔!」
マミ「も、もう、美樹さんったら……ふふっ、あはははっ!」
・
・
・
放課後
さやか「――はー、やれやれ。今日も疲れたな~っと」
杏子「さやか、今日も寄り道するだろ? 今日はどこ寄ってく?」
さやか「ん、そうだね……じゃあ買い食い以外でよろしく!」
杏子「? 買い食い以外って、じゃあ喫茶店?」
さやか「いやいや……そうじゃなくて、飲み食い以外が良いってこと!」
まどか「も……もしかして、お昼のパンがまだ?」
さやか「その通りでございます」
さやか「そういうわけで、ちょっと今のあたしのお腹には何も入りそうにないのよねぇ」
まどか「だ、だよね。杏子ちゃんのパン全部食べちゃったんだし……」
杏子「えー? あんだけでそこまで腹膨れるかよ? 背ぇ高いのに小食だよな、あんた」
さやか「杏子がおかしいんだって。改めて身を以って知ったわ……ん?」
その時、あたし達の席に誰かが近付いて、立ち止まったことに気付いた。
視線をずらしてそれが誰かを確認する。
あたしの目の前に立っていたのは……
ほむら「ごめんなさい、ちょっと良い?」
まどか「! ほむらちゃん……」
杏子「なんだ、もしかしてまどかに用事かい?」
ほむら「いいえ。美樹さんに、ちょっと」
さやか「え……あたし? 何……?」
ほむら「これ渡しておくわね」
そう言って暁美さんに渡されたのは黒いノート……
ではなく、学級日誌だった。
ほむら「明日、日直でしょう?」
さやか「あ、そっか……。ごめん、ありがとねわざわざ」
ほむら「お礼なんて。それじゃ、よろしくね」
そう言い残し、暁美さんは背を向ける。
そしてそのまま行ってしまう……と思ったらふいにぴたりと足を止め、振り返った。
ほむら「美樹さん、体調は大丈夫? あまり優れないようだけど」
さやか「へっ? あ、あぁ……うん。ちょっとお昼食べ過ぎただけだから、平気平気」
ほむら「そう。無理はしないようにね。早く『普段通り』に戻ることを祈ってるわ」
さやか「う、うん、ありがとう」
ほむら「……また明日ね、さようなら」
そうして暁美さんは、今度こそ振り向くことなく教室から出て行った。
さやか「…………」
杏子「オイさやか、何ぼーっとしてんだよ。さっさと帰ろうぜ」
さやか「あぁ……うん。そうだね、帰ろう」
まどか「えっと、今日は寄り道は……?」
さやか「飲み食いじゃなかったら全然いけるよ! そうだ、本屋寄ってかない?
確かもうすぐ欲しい漫画の発売日だったような気がするし」
杏子「本屋か。まぁ良いんじゃない?
あたしは小遣いあんま残ってないから立ち読みでもしてるよ」
さやか「あんたの場合ぜーんぶ食べ物に使っちゃうもんね」
まどか「あはは、杏子ちゃんらしいね。それじゃ、行こっか!」
・
・
・
夜、さやか宅
さやか「はぁ~、さっぱりした。やっぱたくさん魔獣倒したあとのお風呂は……。
あっ、杏子! それ今日あたしが買ったやつじゃん!
まだ途中までしか読んでないのに!」
杏子「あぁー、悪い悪い。ははっ、やることなくてつい」
さやか「まったく……。はい、返してよ。続き読みたいから」
杏子「ん……もうちょっと待ってくれない? 今良いとこなんだよ」
さやか「はぁ? あんたねぇ……って、ストップストーップ!
そこ、ちょうどあたしが読んでたとこじゃん! 駄目だよそこから先は!」
杏子「えぇ~? ケチケチすんなよ、良いだろー?」
さやか「駄目なもんは駄目!
なんであたしが買ったのにあんたに先に読まれなくちゃいけないのよ!」
杏子「ちぇっ、なんだよ……。あ、そうだ! じゃあ一緒に読めば良いじゃねぇか!」
さやか「あ、あのねぇ……」
杏子「こっち来なよ。座った座った」
さやか「……ハァ。しょうがないわね……。
ん、もうちょっと詰めなさいよ。狭いじゃない」
杏子「おう。へへっ……これなら文句ないっしょ?」
さやか「まったくもう……わかったわよ。ほら、ページめくって」
杏子「はいよー」
・
・
・
杏子「いやー、読み終わった読み終わった!」
さやか「うーむ、続きが気になる……新刊出るのっていつだっけ」
杏子「また2ヶ月後じゃないの?」
さやか「2ヶ月かー、遠いなぁ~……。ま、しょうがないわよね。
そんじゃ、もう時間も時間だしそろそろ寝よっか」
杏子「ん、そうだね」
そうして杏子は布団に、あたしはベッドに入って電気を消す。
このまま目を閉じればもうあと数分もすれば眠りにつける……という、その時だった。
杏子「……あのさ、さやか」
真っ暗な部屋に、静かな杏子の声だけが聞こえる。
何か起きてやることがあるのかと電気を点けようとしたけど、それに気付いた杏子に止められた。
杏子「良いよ、そのままで。少し話すだけだからさ」
さやか「ん……何、どうしたの?」
杏子「えっと、さ……。あんたこないだマミの家で、マミに何を聞こうとしてたんだ?」
さやか「えっ?」
『こないだマミの家で』……心当たりは1つしかない。
あのお茶会のあと、なぎさを送ってまどかも帰ったあと……。
杏子が寝ちゃった、あの時のことだ。
杏子「昔のあたしがどうとかって、確かそう言ってたよな?」
さやか「えっと……お、起きてたんだ?」
杏子「半分は本当に寝てたよ。でもあんまり妙な会話だったんで目が覚めちまった。
なぁ、さやか。ありゃ一体どういうつもりだったんだよ?」
さやか「ん、まぁ……夢、でね。変な夢見ちゃってさ」
杏子「それって、昔のあたしの夢?」
さやか「いや、そういうわけでもないんだけど……。
その夢の杏子が、あまりにもあたしの知ってる杏子と違ったもんだから……
いや、自分でもそんなことを気にするなんて変だとは思ってたんだけどね。
でもなんか、気になっちゃってさ……」
杏子「……前あんたに、あたしの過去……。
あたしの祈りと、家族の話はもうしたよな? 覚えてるか?」
さやか「あ……うん。覚えてるよ」
杏子「……どんな話だったか、覚えてる?」
さやか「え……? えっと、杏子の祈りでお父さんが、って……」
杏子「……そっか、覚えてんのか……」
さやか「杏子……?」
杏子「わかった。悪いね、こんな問いただすようなことしちまってさ。
まぁちょっと気になっただけだからさ。もうこの話は終わりにしようぜ」
さやか「あ……うん。ごめんねなんか、マミさんとコソコソしてたみたいで」
杏子「そりゃお互い様だろ? あたしだって盗み聞きしてたようなもんだ」
さやか「……あはは、そっか。うん、それじゃあおやすみ、杏子」
杏子「あぁ、おやすみ」
・
・
・
さやかは言った。
あたしの祈りと家族の話を覚えてるって。
あたしの祈りで親父が……って。
確かにそう言った。
あたしから聞いたってのも否定しなかった。
嘘をついてるようには聞こえなかったし、あれは本当に知ってるって言い方だった。
なぁ……さやか。
なんであんた覚えてるんだよ。
いや、なんで知ってるんだよ。
あたしの祈りと家族と、親父のこと……。
詳しいことはあんたには、一度だって話したことないのにさ。
今日はこのくらいにしておきます
・
・
・
翌朝
さやか「あ、やっと起きてきた。おはよ、杏子」
杏子「ん? なんだよ、今日はやけに早いじゃんか」
さやか「忘れたの? 日直だよ日直。だから今日はお先に行かせてもらうわ」
杏子「あぁ、そっか……。起こしてくれりゃあたしも一緒に行ってやったのに」
さやか「一応起こしたけどめちゃくちゃ熟睡してて起きなかったのよ……」
杏子「そうだった? 悪いね、まぁ今日はたまたま眠りが深かったんだな」
さやか「なーにがたまたまよ、寝坊常習犯の癖に。
……っと、そろそろ行く時間かな。それじゃ杏子、お先に! また学校でね!」
杏子「おう、またね」
杏子に手を振って、あたしは1人家を出た。
時間には結構余裕を持って出たから、
学校に着いたのはいつもよりずっと早い時間だった。
どの教室にもまだほとんど人は居ない。
居るとすればあたしと同じような日直か、
誰も居ない時間に来て本を読むのが習慣になってるような生徒か、そのくらい。
教室への廊下を歩きながらそんなことを考えるうちに……ふと思い出した。
そう言えばウチのクラスにも、早く来て本を読んでる子が居たんだ。
日直で朝早く学校に行くたびにその子と2人きりになってたっけ。
そして、やっぱり……今日もその子は居た。
ほむら「……おはよう、美樹さん」
さやか「あ、うん……おはよう」
さやか「…………」
ほむら「…………」
最初の挨拶だけ交わして、あたしは黙って自分の席に向かう。
暁美さんもすぐに視線を本に落としたみたいだ。
そしてあたしがカバンを置いて、早速日直の仕事をしようと思ったその時。
ほむら「体調、もう大丈夫?」
さやか「えっ?」
ほむら「お腹の調子。もう治った?」
さやか「あ、あぁ……うん。平気だよ。ありがとう、心配してくれて」
ほむら「そう、良かった。最近あまり体調が良いようには見えなかったから心配してたの」
さやか「あー……そう? そんなことないと思うけど……」
座ったまま、柔らかい笑顔であたしの顔を見上げる暁美さん。
でも何故かあたしはほとんど無意識に、その笑顔から目を背けてしまった。
さやか「えっと、それじゃあたし日直の仕事あるから……」
ほむら「ねぇ、美樹さん」
あたしはほとんど背を向けてたけど、不意に名前を呼ばれてつい振り返った。
その瞬間……あたしの後頭部と額に何か、柔らかいものが触れた。
さやか「っ……!? あ、え……?」
それは、暁美さんの手だった。
暁美さんの左手があたしの後頭部を支え、右手が額に添えられている。
さっきまで席に座ってたはずの暁美さんはいつの間にか、
あたしに触れられるほどすぐ近くに立っていた。
突然目の前に立たれて、突然触れられて、あたしは心臓が飛び上がるほど驚いた。
なのに……体は何故かぴくりとも動かなかった。
動かせなかった。
暁美さんは黙ったまま、至近距離からあたしの目をじっと見上げる。
さっきとは違い、今度はあたしも目を離せない。
そしてそのまま、何秒か、何十秒か、何分かが経って……ふっと暁美さんの両手は離れた。
ほむら「美樹さん、少し熱っぽいわ」
さやか「え……ね、熱っぽい……?」
ほむら「まだ体調が完全には治ってないんじゃないかしら」
さやか「そ、そうかな。大丈夫だと思うけど」
ほむら「日直、何か手伝うことはある?」
さやか「あぁいや……良いよ。そんな手伝ってもらうようなもんでもないし……。
暁美さんは座って、読書の続きでもしてて」
ほむら「そう。何かあったら声をかけてね」
さやか「うん、ありがと。それじゃ、とりあえず職員室行ってくるね」
そうしてあたしは教室の出口へ向かう。
しかし廊下へ出るその前に、また暁美さんの声があたしの足を止めた。
ほむら「そう言えば、1つ訊いても良い?」
さやか「え? うん、何?」
ほむら「佐倉さんがこの学校に来たのって、いつ頃だったかしら」
さやか「? ちょうど半年前くらいでしょ……? なんで?」
ほむら「……いいえ、少し思い出せなくてもやもやしていたの。
ありがとう。美樹さんがそのこと……覚えていてくれて良かったわ」
そう言って、暁美さんはにっこりと笑った。
・
・
・
昼休み
杏子「――あん? なんで急にあたしが見滝原中に来た時の話が出てくんだよ」
さやか「いやぁ、ちょっと思い出しちゃってね。懐かしいなーと思ってさ」
まどか「そう言えば杏子ちゃんが転入してきた時の話って聞いたことないなぁ。
ちょっと聞きたいかも!」
マミ「初めは佐倉さん、制服が嫌だって言って大変だったのよ?
せっかく可愛かったのにすぐ脱ごうとしちゃって」
まどか「えっ、そうなんですか?」
さやか「本当にね。可愛いって何回も言ってんのにさ」
杏子「それが嫌だったんだよ! まるで人を着せ替え人形みたいにしやがって」
さやか「あ、そっか! そうだそうだ!
あの時はほんとちょっとしたファッションショーだったよね!」
マミ「そうそう。私の服と美樹さんが持ってきてくれた服を代わる代わる着てもらって」
杏子「オ、オイやめろよ。ここ最近で一番忘れたい記憶なんだぞ……」
さやか「えー? 最近って、半年以上前のことでしょ? もう時効だよ時効」
杏子「そういう問題じゃねぇよ!」
マミ「どんな服が似合ってたかしら? 本当に色々試したわよね」
さやか「あれ良かったよね! フリフリのワンピース!
もー杏子の顔も真っ赤になっちゃって!」
まどか「フ、フリフリのワンピース……」
マミ「普段はスカートもほとんど履かないものね。ふふっ、新鮮ですごく良かったわ」
杏子「も、もう良いだろこの話は! 大体なんでこんな話になってんだ!」
さやか「あー、でもさ、マミさんの服がなかなか合わなくて困ったよね。
特に胸がぶかぶかで、あんたそれあとちょっとで見え」
杏子「うるせぇええ! それ以上思い出すんじゃねぇ! やめろ!」
さやか「えー? せっかく盛り上がってきたのに」
杏子「知るかそんなもん! 大体、まどかはあたしの転入した時の話を聞きたいって……」
まどか「あの……しゃ、写真とかないのかな?」
杏子「!? ま、まどかあんたまで何言って……」
さやか「あー、あるある! いっぱい撮ったよ。見る?」
杏子「あるのかよ!? やめろバカ! 消せ! 今すぐ消せぇええ!」
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・
さやか「――いや、申し訳ない! つい楽しくなっちゃって」
マミ「ご、ごめんね佐倉さん。私も懐かしくなっちゃって……」
まどか「わ、わたしもはしゃいじゃって……」
杏子「…………」
マミ『ど……どうしよう。佐倉さん、やっぱり怒ってるわよね?』
さやか『からかい過ぎちゃったか……。こうなると食べ物を献上しないと機嫌直らないかも』
マミ『それも普通の物じゃなくて、ちょっと良い物じゃないと……』
杏子「はぁ……良いよもう。別にそんなに怒ってないからさ」
3人「!」
さやか「あ、あれ、そうなの?」
まどか「ほ、ほんと? そんなに怒ってないの?」
杏子「あん? なんだよ、怒ってて欲しかったのか?」
マミ「う、ううん、そんなことはないわ!」
まどか「良かったぁ……ありがとう、杏子ちゃん!」
杏子「ま、あたしの機嫌が良かったことに感謝するんだね」
さやか「いやー、助かった! 機嫌良くてサンキュ、杏子!」
杏子「……へっ、あんたはあんたで調子の良いヤツだよな本当」
・
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夜、さやか宅
さやか「――ふう、良いお湯だったなー……ん?」
杏子「ぷっ、あはは! あははははっ!」
さやか「杏子ー、悪いけどテレビの音量もうちょっと下げてくれる?」
杏子「ん、なんで? 電話でもすんの?」
さやか「ううん、宿題。あたしまだ終わってないからさ」
杏子「あぁ、なるほど。あたしはこれ見終わってからするわー」
さやか「……えっ? 何あんた、まだ宿題してなかったの?」
杏子「? そうだけど、それがどうかしたか?」
さやか「だってあんた、あたしがお風呂入る間に済ませちゃうって……」
杏子「いやー、ほんとはそのつもりだったんだけどさ。
BGM代わりにテレビつけたらちょうど面白いやつやってて、ついね」
さやか「つい、ってあのねぇ……。まだやってないんなら一緒にやろうよ」
杏子「えー? 良いよ、あとでやるから。この番組めちゃくちゃ面白いんだって」
さやか「……本当にあとでやるんでしょうね?」
杏子「おう、ちゃーんとやるよ」
さやか「はぁ……それじゃ、あたし先にやっちゃうからね。
あんたもちゃんと自分でやりなさいよ」
杏子「はいはい」
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翌朝
まどか「――そ、それでやらなかったんだね……」
さやか「そうなのよ! ほんっと信じらんない!」
杏子「いやー、やべーわマジで! どうしよー! あははははっ!」
さやか「どうしようもないわよ。大人しく先生に怒られるんだね、自業自得!」
杏子「あっ、そうだ! なぁまどか、あんたの写させてくんない?」
まどか「えっ? えっと……」
さやか「コラぁ! そういうズルにまどかを巻き込むんじゃない!」
杏子「さやかが写させてくれないからだろー?
大体、抜け駆けして先にやっちゃうなんて、ずるいのはさやかじゃねーか」
さやか「あたしはちゃんと一緒にやろうって言ったでしょうが!
なのにテレビなんか見てるあんたが悪いの!」
杏子「良いじゃんかさやかのケチー!」
さやか「あのねぇ、そもそも……。ん……?」
まどか「……? さやかちゃん?」
杏子「あん? なんだよ急に固まっちまって……」
さやか「あ……あのさ、まどか。昨日の宿題って英語だけ、だったよね?」
まどか「へっ? う、ううん。英語と理科だけど……」
さやか「…………」
杏子「……さやか、あんたまさか……」
さやか「わ……忘れてたぁあああ!! 英語しかやってないよどうしよぉ!!」
杏子「あははははは!! なんださやかもすっぽかしちまってるじゃねぇか!
あたしと同類だ同類! やーいやーい! 宿題サボリのさやかー!」
さやか「ぅうううるさい! あたしはやろうとしてたけど忘れてたの!
最初からやる気がないあんたとは違う!!」
杏子「そんな言い訳したって教師から見りゃどっちもどっちだぜー?」
さやか「うぐっ……あ、あたしってほんとバカ……」
今日はこのくらいにしておきます
続きは明日更新します
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昼休み
さやか「――というわけなんですよ」
マミ「そ、それはまた気の毒に……」
杏子「まぁ良いじゃんか。明日持って来れば良いって言われたんだしさ」
さやか「あんたはもっと反省しなさい!
あーもうなんか頭痛くなってきた……」
まどか「さ、さやかちゃん、元気出して!」
さやか「うぅー、本当まどかとマミさんはあたしの癒しだわー。
と、いうわけでマミさん!
今日の放課後、久しぶりにマミさんの家に寄っても良いかな?」
マミ「私はもちろん構わないけど、2人とも宿題は良いの?」
さやか「宿題も大事ですけど、まずは癒しをということで……」
杏子「ちぇっ。癒し癒しって、あたしと居るのがそんなに疲れるのかよ」
さやか「少なくとも、今の疲れの半分はあんたのせいだねー。
朝からツッコむわ怒鳴るわでもうヘトヘトよ」
マミ「あら。だったらいつもと変わらないんじゃないかしら?」
さやか「えっ、ちょっとマミさん? あたし達を普段どういう目で見てんの」
まどか「あははっ、でも2人ともいつも元気ですごいと思うな。
家でもなんだか、すごく賑やかそう!」
杏子「ははっ、流石に家ではしゃぎまわったりはしないよ。まぁ静かなもんさ」
さやか「どの口がそれを言うか。昨日なんかテレビ見て笑い転げてたくせに!」
杏子「オイオイ、疲れてるんじゃなかったのかよ。めちゃくちゃ大声出してるけど?」
さやか「あんたが出させてるんでしょうが……」
マミ「ふふっ、じゃあみんな、今日はうちでお茶をするってことで良い?」
まどか「わぁ、ありがとうございます!」
杏子「さやかの言い分は引っかかるけど、お茶会には賛成だね」
さやか「ありがとうマミさん! それじゃ放課後、よろしくお願いしまーす!」
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放課後
さやか「――ん~、美味し~! 甘みが全身に染み渡る~!
やっぱ疲れてる時の甘いものはサイコーだね!」
マミ「ふふっ、美樹さんったら。でもその気持ち、ちょっと分かるかも」
杏子「そうか? 甘いものはいつ食ったって最高だろ……ん!
へぇ、このケーキ、チーズ入ってんのか。ははっ、こないだのチーズづくしを思い出すね」
まどか「そう言えばマミさん、なぎさちゃんとはよく連絡を取ってるんですか?」
マミ「えぇ。ほとんど毎日むこうから連絡が来るの。
今日はどんなことがあったかをとても楽しそうに教えてくれて。
1人暮らしだけど、そのおかげで夜も寂しくなくて最近楽しいわ」
さやか「マミさん……もしかして、夜は寂しかったりするの?」
マミ「あ、ううん、違うの。普段寂しいっていうわけじゃないんだけど、
ただ、今まで1人だった時間に誰かとお話できるっていうのが嬉しいな、って」
杏子「ふーん……ま、その気持ちは分からなくもないかな。
あたしもさやかと一緒に居るようになって退屈しなくなったしね」
さやか「!」
マミ「ふふっ。それになぎさちゃん、やっぱりいつもすごく元気だから。
なんだか私まで元気を分けてもらってるような気がするの」
まどか「小さい子に元気を分けてもらうのって、なんとなく分かるかも知れないです。
あ、でもまだタツヤは小さいからまだ大変なことも多いかな?」
杏子「あぁ、あんたの弟ってまだ3歳くらいなんだっけ?」
マミ「そうだわ。もし良かったら、鹿目さんのお話を聞かせてもらえる?
小さい子のお世話ってどんな風にするのかとか、ちょっと興味があるから」
まどか「わ、わたしはそんなに大したことはしてないんですけど。
えっと、まだタツヤが生まれてすぐの頃なんかは……」
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夜、さやか宅
杏子「――いよーっし、宿題終わり! 案外早く終わったね」
さやか「まったく、やれば出来るんだからこれからは……ふわぁ~……」
杏子「うわ、すっげぇあくび。もう眠いの?」
さやか「まぁね~……。やることやったし、もう寝ちゃおっかな。杏子はまだ起きてる?」
杏子「んー……良いや、あたしも寝るよ。特にやることもないしね」
さやか「そっか。それじゃ……あ、ごめん待って。
そう言えば杏子に訊きたいことがあったんだった」
杏子「? 訊きたいこと?」
さやか「今日の、家族がどうこうって話で思い出したんだけど……この前のこと」
杏子「……『この前』?」
さやか「この前の、アレ……あんたの、家族の話」
杏子「!」
さやか「寝る前にさ、杏子が訊いてきたでしょ?
祈りと家族のことを話したの覚えてるか、って」
杏子「……あぁ」
あたしは正直、驚いた。
まさかさやかの方からこの話題を切り出されるとは思ってなかったから。
知っているはずのないことを覚えていたさやか。
一体どういうことなのか、あたしはそれを知りたいと思っていた。
さやかに直接訊くべきかも知れないと思っていた。
そのことだけじゃない、最近のおかしな様子についても……。
記憶違いだとか、そういうのと何か関係あるのかって、訊くべきだと思ってた。
でも訊けなかった。
だって……次の日のさやかは、いつも通りだったから。
最近のおかしさなんて全然ない、あたしの知ってるさやかだったから。
だからそれがつい嬉しくなって。
もうさやかはおかしくなくなったんだって思って、思いたくて……訊けなかった。
でも、そうなんだ。
昨日と今日のさやかにおかしい所はなくても、事実は変わらない。
知るはずのないことを知っていたって事実は、変わらないんだ。
杏子「そうだ……それであんたは、『覚えてる』って答えたんだ」
……さやかの方から、この話題を出してくれた。
わざわざこの話題を出すってことはつまり……そういうことだ。
さやかの方から説明してくれるってことだ。
なんであたしが話したことのないことを知ってたのか。
それを今から、自分の口から説明してくれるってことだ。
柄にも無く少し緊張する。
一体なんで、あんたはあたしの過去を……
さやか「そう、そうなんだけど……ごめん。あれ、勘違いだった」
杏子「……は?」
さやか「じっくり思い返してみたらさ、
あたし、杏子にそういう話聞かされたことってなかったんだよ……。
多分どこかで聞いた話を勘違いしちゃったんだと思うんだけど……」
杏子「待てよ、オイ……なんだよそりゃ」
さやか「いや、だからあたし、知らないの。杏子の祈りと家族の話。
なのに勘違いで知ってるって、覚えてるって言っちゃって……」
杏子「……」
さやか「でもそのままじゃ良くないって思ってさ……。
だってあの時のあんたの声、すごく真剣だったから。
何か……大切な話をしようとしてたんだよね? だから……」
杏子「そのどこかで聞いた話っての、言ってみろよ」
さやか「え?」
杏子「あんたがあたしに聞かされたんだと勘違いした話があるんだよな?」
さやか「あ、うん、多分……」
杏子「その話、どんな内容だったか言ってみろ」
さやか「えっと……あれ? どんな話だっけ……」
杏子「覚えてるはずだろ? 勘違いだったとしても、その話の内容はさ。
じゃなきゃ、あんなにはっきり『覚えてる』なんて言うはずないもんな。
なぁ、早く話してくれよさやか。覚えてるよな? なぁ?」
さやか「き、杏子? まって、落ち着いて……!」
杏子「あたしの祈りで親父が……って。あんたはそこまで言ったんだぞ。
その続きは何だよ? あたしの祈りで親父がどうなっちまったんだよ?」
さやか「え……? き、杏子のお父さん?
ご、ごめん、あたしそんなこと言ったっけ……?」
杏子「……忘れちまったってのか、それも」
さやか「あ、待って……確かに、言ったかも。
そうだ、確かにあたし、そう言った」
杏子「でも……何を言おうとしてたのかは覚えてないのか」
さやか「う、うん……ごめん」
杏子「…………」
どう、なってんだ……。
さやかは、今のさやかは……『どこもおかしくない』。
昨日からだ。
さやかが『おかしくなくなった』のは。
最近のさやかはずっとおかしかった。
記憶違いだかデジャブだか知らないが、特に昔の話が出ると何かおかしかった。
でも昨日と今日はそれがまったくなかった。
あたしが見滝原に来た時のことをついこないだのことみたいに面白おかしく話すさやか。
あたしが話したことのないことを『知らない』と言うさやか。
覚えてるはずのことは覚えてるし、知らないはずのことは知らない。
それが今のさやかだ。
何もおかしくない。
だけど……
杏子「やっぱり、おかしいぞ……あんた」
さやか「え? おかしいって……?」
杏子「あんた、知らないんだよな? あたしの過去」
さやか「あ、うん……。え、も、もしかして、知ってなきゃおかしいの?」
杏子「いや、何もおかしくない。知らないのが当然だ。話したことないからね」
さやか「じゃあ何が……あ、うろ覚えの話を勘違いしちゃってたのは悪いとは思うよ。でも……」
杏子「あぁ、確かに今のあんたはどこもおかしくない。でもそれがおかしいんだよ……!」
さやか「は……? ちょ、ちょっと待ってよ。それもしかしてバカにしてる……?
あたしの頭はおかしくないといけないって言ってるわけ?」
杏子「そうじゃない! でも……あんた最近ずっとおかしかっただろ!」
さやか「おかしいって何が……!」
杏子「記憶がごちゃごちゃになってたじゃないか!
まどかと昔仲良かったとか言ったり、あたしとは最初は仲が悪かったとか言ったり、
まどかの母親のこと知ってるとか言ったり、
あたしが家族のこと話したの覚えてるとか言ったり!」
さやか「い、いやだからそれ、勘違いだったって言ってるじゃん!
記憶違いなんか珍しいことでもないし、
まどかのことも杏子のことも今はちゃんと全部思い出してるって!
大体、家族のこと話したの覚えてるかって訊いてきたのは杏子でしょ!?」
杏子「それはっ……さやかが、ずっとおかしかったから……」
さやか「え……な、何。どういうこと……?」
杏子「っ……」
さやか「……カマをかけたってこと? あたしの頭が変だって決め付けて……?」
呟くようにそう言ったさやかの表情は、さっきまでとはまるで違っていた。
あたしが何を言ってるか分からないことへの困惑と苛立ち。
それがさっきまで浮かんでいた表情だ。
でも今は……。
あたしはこんなさやかの表情は、見たことがない。
杏子「あ、あんたのことが心配だったんだよ!
確かに騙すみたいなことして悪いと思ってる! でも……」
さやか「だったら! ……っ」
何か言おうとしたみたいだったが、開きかけた口からは空気が漏れただけだった。
その空気すら閉じ込めるように唇を噛んで、目を逸らすさやか。
そしてそのままあたしに背を向けてベッドに潜り込み、黙り込んでしまった。
杏子「電気……消すぞ」
さやか「…………」
さやかは答えず、掛け布団から僅かに覗く頭も動かない。
仕方なくあたしも黙ったまま、電気を消して布団に潜り込んだ。
真っ暗な部屋に沈黙が続く。
が、唯一聞こえる音があった。
さやかのベッドの方からの、鼻をすする音。
あたしはしばらく黙ってその音を聞いてたが、ついに我慢できなくなった。
杏子「……悪かった」
さやか「…………」
杏子「訳分かんないよな。おかしくないのがおかしい、なんて。
自分でも変なこと言ってるとは思ってるんだ……」
さやか「…………」
杏子「ただ上手く言えないけど……本当に、あんたが心配だったんだよ。
騙すとか、引っ掛けるとか、そういうつもりはなくて……」
さやか「……頭」
杏子「え……」
さやか「頭、痛いから……寝させて」
杏子「……悪い」
そのままあたしは何も言えず、さやかも何も言わない。
そうしてその沈黙は、朝まで続いた。
今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日更新します
・
・
・
翌朝
杏子「……37.8度。立派な風邪だな、こりゃ」
さやか「…………」
杏子「体調はどうだい? 見たところじゃそこまで辛そうな感じはないが」
さやか「……ちょっと頭痛いくらいだよ。っていうか風邪なんて魔法で治せば……」
杏子「よしなよ。そういうのは戦いの時だけにしときな。
自然に治した方が魔力の節約にもなるしね」
さやか「ん……」
杏子「朝飯はここに置いとくけど本当に……」
さやか「大丈夫……大したことないから心配しないで。学校行ってきて」
杏子「……そっか。昼飯はあんたの母さんが台所におじや作ってくれてるよ。
温めれば食えるからさ」
さやか「うん、わかった」
杏子「それじゃ……そろそろ行くけど、今のうちに何かやっとくようなことはないかい?」
さやか「……うん、大丈夫」
杏子「そっか。……昨日は悪かったね。これでも反省してるんだ。
まぁ……今日はできるだけ早く帰ってくるからさ。じゃ、行って来るね」
さやか「あ……うん」
・
・
・
さやか「……はぁ……」
ダメだなぁあたし……。
結局、謝れなかった。
本当は昨日もうわかってたんだ。
あたしに謝ってくれたけど、杏子は何も悪くないんだって。
あの子は本当にただあたしを心配してくれてただけなんだって。
そう、杏子に悪気がないことは分かってた。
だけど……分からない。
杏子がなんでそんなにあたしを心配してたのか、分からない。
あたしのことがおかしいって杏子はそう言ってたけど、おかしいとこなんてどこもないはずなんだ。
でも杏子はその『おかしくない』ってことがおかしい、って……。
杏子の言ってたことはよく分からない。
よく分からないけど、何か酷いことを言われたような気がして……。
それで頭がゴチャゴチャになって、余計によく分からなくなって、
杏子に謝らせっぱなしで黙り込んじゃって……。
朝になったら謝らなきゃって思ってたのに、
頭痛かったり熱が出てたりとかしたせいでゴタゴタしてるうちにうやむやになっちゃって。
杏子……あたしがまだ怒ってると思ってるんだろうな。
何も悪くないのに、あたしが謝らないせいで……。
もしかしたら杏子もちょっと怒ってるかも知れない。
……うん、帰ってきたらちゃんと謝ろう。
変にすねちゃってごめんって。
お礼も言わなきゃ。
心配してくれてありがとうって。
それでちゃんと仲直りしなくちゃ。
杏子、早く帰ってきてくれないかな。
早く謝りたいっていうのもあるけど、家に1人で居るのがなんかちょっと寂しい。
家に1人なんて慣れてたはずなのに、杏子が来てから全然そういうこともなくなって……。
風邪ひいて心細くなってるのもあるのかな。
暇だなぁ……。
テレビは……この時間ってあんまり面白いのやってないだろうしな。
あ、そうだ。
こないだ買った漫画もう1回読もう。
前は杏子のペースで読んじゃったから、
今度はちゃんと自分のペースでじっくり読みたいしね。
さやか「…………」
……あ、このシーン。
確か杏子が吹き出したとこだ。
改めて見ても……別にそんなに面白くないなぁ。
変なの、杏子こんなのがツボなんだ。
さやか「…………」
あぁそうだ、この辺り杏子ページめくるの早すぎてあたしよく分かんなかったんだ。
今度はじっくり読めるぞー。
っていうかなんで杏子、このシーンあんなに読むの早いのよ。
こういうとこのセリフは斜め読みしちゃうタイプなのかなぁ?
ちゃんとじっくり読んだ方が話が分かると思うんだけど。
あ、だから杏子と漫画の話する時っていっつも……
……って、なんで漫画読んでるのに杏子のことばっか考えてんだろ。
やっぱアレだよね……静か過ぎるんだよねぇ……。
いつもは杏子がずっと傍に居て、あの子が居ると自然に賑やかになって……いや待てよ。
よく考えるとそうでもないな。
昼寝とかも結構してるし、別にいつも賑やかってわけでもないわ。
でも……ただ横に居るだけで何もしてなくても、こんなに退屈じゃないんだよね。
1人ってこんなに退屈なんだっけ。
あの子もそうなのかな?
杏子も、あたしが居なくて独りぼっちだと、寂しいのかな?
……早く帰ってきてくれないかな。
帰ってきてくれたらまず謝って、それから、ちゃんとあの子の話を詳しく聞いてあげよう。
あたしがおかしかったってことについて、ちゃんと……
さやか「っ……」
駄目だ、そのこと考えすぎるとまた頭痛くなってきた。
杏子が帰ってくるまで大人しく寝てよう……。
・
・
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学校、HR
和子「それではHRを……あら? 美樹さんが居ませんね。遅刻ですか?」
杏子「センセー、さやかは欠席だよ。珍しく風邪ひいちゃってさ」
和子「まあ、そうでしたか……」
ほむら「……」
和子「風邪と言えばみなさん? 頭を冷やす方法には色々ありますが、
熱さましのシートを貼るのと絞ったタオルを乗せるの、どっちが良いかハイ! 中沢君!」
中沢「え!? ど、どっちでも良いんじゃないかと……」
和子「その通り! しかし一般的には――」
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マミ「――え? 頭を冷やす方法? ……どっちでも良いんじゃないかしら?」
杏子「だよねぇ」
まどか「熱さましのシート、買っていってあげた方が良いかな?」
杏子「ん~、でも確か家に十分あったし、それは別に要らないと思うよ。
どうせ買うならゼリーとか果物とか、そういうやつの方が良いんじゃない?」
マミ「そうね。それじゃあ、今日はみんなで美樹さんのお見舞いに行くってことで良い?」
杏子「あぁ。そんなに体調も悪くなさそうだしね、
会ってやった方があいつも気が晴れると思うしさ」
マミ「それにしても、美樹さんが風邪だなんて珍しいわね。
最近少し調子が悪そうだったのはもしかしてそのせいだったのかしら?」
杏子「さぁ……どうなんだろうね。そう考えるのが普通だろうけど」
まどか「やっぱりさやかちゃん、最近ちょっと変だったの?
わたし、いつものさやかちゃんってよく知らなくて……」
マミ「少し反応が遅れたり、ふいにじっと黙ったりすることが多くなったとは思うわ。
もしかしたら風邪で頭がぼーっとしてたのかもね」
杏子「……でもさ、昨日と一昨日はそんなことなかったよな?」
マミ「? そうだった? 言われてみればそんな気もするけど……」
杏子「言われてみれば、か……。
じゃあ本当はやっぱ、昨日も一昨日も変だった……のかもな」
まどか「『疲れ』っていうのも、もしかしたら風邪の症状だったのかも……」
まどか「もうちょっと早く気付いてあげられれば良かったね、さやかちゃんが風邪だって……」
杏子「別にあんたが気に病むことじゃないよ。
それを言うならあたしが一番に気が付かなきゃいけなかったんだ」
マミ「佐倉さん……責任を感じてるの?
てっきりあなたは、体調管理は本人の責任だっていう感じだと思ってたけど」
杏子「責任っていうか……。今はちょっとあいつにそういうこと言い辛い状況っていうか、さ」
まどか「……もしかして、昨日さやかちゃんと何かあった?」
杏子「ん……ちょっとね」
マミ「まぁ、そうだったの……大丈夫そう? 私たちで良ければ相談に乗りましょうか?」
杏子「良いよ、そう大した問題でもないし。
あんた達は何も気にしないであいつを見舞ってやってくれ」
まどか「そっか……わかった。じゃあいつも通りに振舞うようにするね」
杏子「あぁ、頼んだよ」
・
・
・
放課後。
あたし達は予定通り、帰りにゼリーや果物をいくつか買った。
そして今、3人揃ってさやかの見舞いへ向かっている。
まどか「本当はもっと色々な種類を持って行ってあげられれば良かったんだけど……」
マミ「でもあんまり買い物が長くなって遅くなっても悪いし、仕方ないわね」
杏子「ま、これだけあれば十分だろ。
一応病人だし、そこまで量も食えないだろうしね。……ホラ、着いたよ」
まどか「! ここがさやかちゃんの家?」
マミ「今は佐倉さんの家でもあるわね」
杏子「まぁね。さ、鍵は開けたよ。上がろうぜ」
マミ「――おじゃまします」
まどか「おじゃましまーす……」
杏子「この時間は誰も居ないよ。さやかだけさ。んで、ここがさやかの部屋」
部屋の前に着き、あたしはドアを軽くノックをして声をかける。
が、返事はない。
杏子「……さやか、開けるぞ?」
そっとドアノブを回し、開けると、部屋の電気は消えていて……
さやかはベッドで、寝息を立てていた。
マミ「……お休み中、みたいね」
杏子「だな。起きるまで待つかい?」
まどか「ううん……良いよ。物音なんかで起こしても悪いから。
それに寝顔はあんまり辛くなさそうで、安心しちゃった」
マミ「そうね。私たちは食べ物だけ置いてお暇するわ」
杏子「そっか……なんだか悪いね、わざわざ来てもらったのにさ」
まどか「良いの、気にしないで。
さやかちゃんが起きたら、早くまた学校で会おうねって伝えておいてね」
マミ「私からも、お願いね」
杏子「あぁ、わかった。伝えておくよ」
まどか「うん。ありがとう、杏子ちゃん。それじゃ、また明日ね」
マミ「美樹さんの看病、がんばってね」
杏子「まぁそこそこにね」
マミ「ふふっ……それじゃ、またね」
・
・
・
杏子「……」
マミ達が帰って、部屋にはあたしとさやかの2人だけになった。
あたしは着替えてイスに座って、ベッドで寝てるさやかをなんとなく、ぼんやりと見る。
相変わらず、幸せそうに寝息を立てて寝てやがる。
ったく、人の気も知らないで……。
……近頃のこいつのおかしさは、本当に風邪のせいだったんだろうか。
でもそれじゃ説明がつかないことが多すぎる。
大体、さやかが『おかしくなくなった』途端にこの風邪だ。
一体何がどう関係してるのか、そもそも関係あるのかどうかも分からないが、
少なくとも最近のさやかがおかしかったことには……
正確に言えば、まどかが転校してきた日からのさやかは、何か……
さやか「っ、ん……」
杏子「!」
その時初めて、さやかが寝息以外の声を出した。
その声を聞いてあたしは少しベッドに近付く。
見ると……それまで穏やかだったさやかの表情が、少し色を変えていた。
額には汗が浮かび、眉根にしわを寄せている。
杏子「どうした、さやか。苦しいのか……?」
さやか「……誰?」
杏子「え……?」
さやか「誰が、来たの……?」
杏子「あぁ、まどかとマミだよ。あんたの見舞いに来たんだ。もう帰っちまったが……」
さやか「誰……! あなた達、誰……!? 誰……!?」
杏子「オ、オイ、さやか?」
もう、明らかにさやかの表情はさっきまでとは違う。
息を荒げて、苦痛の表情に顔を歪めている。
いや、その表情はただ苦しいというだけじゃない。
もっと色々な感情が混ざった複雑な……負の表情だった。
さやか「誰よ、邪魔しないで……! 出て行って……!」
杏子「さやか、落ち着け! ここにはあたししか居ない! 他には誰も居ない!」
さやか「いやっ、うるさい、うるさいうるさい……!
邪魔するな……! 出て行け! 出て行けぇええええ!」
杏子「さやか! 落ち着け!! あたしだよ、杏子だ!!」
さやか「やめて、もう、やめて……!
あたしを……放っておいて……1人にしてよ……!」
杏子「ッ……誰が1人になんかするもんか! できるわけがない!
あたしが……あたしが一緒に居る! あんたを1人になんて、絶対にしない!!」
さやか「っは……! ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」
杏子「! さやか、目が覚めたか……!?」
あたしが力いっぱい叫んだ直後、ようやくさやかは目を開けた。
そしてその大きく開けた目でじっとあたしの顔を見たまま、震える唇を動かす。
さやか「き……杏、子……?」
杏子「あぁ、あたしだ、杏子だ。聞こえるか? あたしの声が分かるか?」
さやか「っ……うぁああ、ぅああぁぁあああぁあん! うあぁああぁああああん!」
突然大声で泣き出してあたしに抱きつくさやか。
……正直わけが分からないが、今は他にどうしようもない。
あたしはそのまましばらく、震える体を黙って抱きしめ返してやった。
今日はこのくらいにしておきます
明日は出来たら少しだけ更新します
出来なかったら明後日更新します
・
・
・
杏子「……落ち着いたか?」
さやか「うん……」
杏子「それで……何がどうしたってんだよ。さっきのあんた、ちょっと普通じゃなかったぞ」
さやか「……怖い夢を見た。って言って、信じられる?」
杏子「……」
さやか「うん……だよね。信じられないよね。
でも……ちょっとそれ以外に、説明できる言葉がないの……」
杏子「……良いよ。聞いてやるから、もう少し詳しく話してくれ」
さやか「いや、そう言われても……本当に、怖い夢を見ただけなんだよ」
杏子「その夢の内容ってのは、覚えてないのか?」
さやか「うん……あんまりよく覚えてない。ただ分かるのは、
本当にどうしようもなく怖い夢で……しかも、すごくリアルで……。
もしかしたらあたしはアレを一度、た、体験……してるんじゃ、ないかって……。
そ、そう、思えるくらい、す、すごく……怖く、て……あ、あたし、あんな……」
杏子「っ……悪い、もう良いよ。思い出さなくて良い」
さやか「あ……う、うん……。本当、何なんだろ……。こんなの、初めてだよ。
まるで、感情が直接流れ込んで来るみたいな……。こんな夢見るなんて……。
あたし……やっぱり、おかしいのかな……杏子が言ってた通り……」
杏子「……そんなことないさ。体調の悪い時は悪夢を見やすいって言うだろ?
風邪ひいてたから悪い夢を見たってそれだけの話だよ」
さやか「そう、かな……。だったら、良いんだけど……」
と、その時。
玄関が開く音と、ただいまと言う声が聞こえてきた。
さやかの母さんが帰って来たみたいだ。
杏子「今日はやっぱいつもより早いね。
そうだ、果物切って出してもらうように頼んでくるよ。
マミとまどかがさ、果物を買ってきてくれたんだ」
さやか「あ……まどかとマミさん、来てくれたんだ」
杏子「伝言もあるよ。『早く学校で会おうね』って。
治ったらちゃんとお礼言っときなよ?」
さやか「うん……。えっと、杏子も……」
杏子「そんじゃ、行って来るよ。じゃあね」
さやか「あっ……うん、じゃあね……」
・
・
・
さやかの母さんと少し話をした後、あたしはそのまま廊下に出た。
そこで携帯を出し電話をかける。
コール音が数回鳴って、相手は出た。
杏子「……よぉ、まどか」
まどか『もしもし、杏子ちゃん? どうしたの?』
杏子「あのさ。今日ってこの後、時間はあるかい? ちょっと会って話したいことがあるんだ」
まどか『? うん……大切なお話?』
杏子「まぁね。そんじゃ……30分後に公園の噴水前で良い?」
まどか『うん、大丈夫。じゃあ30分後にそこで』
杏子「あぁ、よろしく。またね」
杏子「……ふー……」
これで何かが解決するかどうか、それは分からない。
ただ、やっぱり確認はしておきたい。
さっきので確信したが、やっぱりさやかは何かおかしい。
そしてその異変は何度思い返しても、まどかが転校してきた日から起き始めてる。
それまでは何もなかったんだ。
でもあの日から突然、おかしくなった。
原因がまどかにあるとは言わない。
でも何かを知ってる可能性はある。
最初の異変は、さやかがまどかとの関係について話す時だったんだ。
まどかに、さやかとの関係について訊けば。
何か覚えていないか、忘れてたりはしないかを訊けば……
この異変の正体を掴むヒントくらいは手に入るかも知れない。
・
・
・
公園へ向かいながら、何から訊くかを考える。
一番に訊くべきなのはやっぱり、昔の記憶か。
さやかについての、何か……。
今の異変について心当たりはないか……。
訊いたところで、何も分からないかも知れない。
変わらないかも知れない。
だけど試さずにはいられない。
あたしはもう、あんな苦しそうなさやかは……
……次の瞬間、気付いた。
少し離れた街灯の下に1人、誰かがこちらを向いて立っていることに。
あれは……
ほむら「こんばんは、佐倉さん」
少ないですが今日はこのくらいにしておきます
続きは明日更新します
杏子「ほむら……? そんなとこに突っ立って何やってんだ?」
ほむら「番人、のようなものかしら」
杏子「……? よく分からないけど、悪い。ちょっと用事があるんだ。急がせてもらうよ」
そう言ってあたしはほむらの横を素通りしようとした。
……が、進路を塞ぐように位置を変えて、ほむらはそのまま立ち続けた。
杏子「……あたしに何か用かい? なら早くしてくれない? 人を待たせてるんだ」
ほむら「人って誰? あなたの用事って、何?」
杏子「まどかだよ。ちょっと大切な話があってね。だから悪いんだけど……」
言葉を言い切る前に、あたしは歩き出した。
しかしまた、ほむらが目の前に立ち塞がる。
杏子「……あんたさぁ、もしかしてケンカでも売ってるわけ?」
ほむら「いいえ、そのつもりはないわ。出来ればあなたには、そのままで居て欲しいもの」
杏子「はぁ……? 何言ってんだあんた」
ほむら「佐倉さん、悪いけどここは引き返してもらえる?
まどかには私から説明しておくわ」
杏子「ちょっと……意味わかんないんだけど。引き返せ?
なんでそんなことしなくちゃいけないのさ」
ほむら「まどかのところに行くより、私を美樹さんの家に連れて行ってくれないかしら。
あの子のお見舞いに行きたいの」
杏子「悪いけどまた明日にしてくれない? あたしはまず、まどかに会いに……」
ほむら「まどかには何も話さないで。訊かないで。今日も、明日も。これから先ずっと。
あなたは何も気にせず、今まで通りまどかの友達で居続けて」
杏子「だから、さっきから何言って……」
ほむら「あなたがそうしてくれれば、私が美樹さんを元通りにしてあげる」
杏子「っ!? ……あんた、何か知ってんだな」
ほむら「さあ、どうかしら。それでどうするの? 私のお願いを聞いてくれる?」
杏子「何か知ってんならまずはそれを全部話してもらうよ。
さやかがなんでおかしくなったのか、なんでまどかに何も話しちゃいけないのかをね」
ほむら「ごめんなさい、それは話せないの。でも……」
杏子「じゃあ悪いけど交渉決裂だ。あんたを信用するわけにはいかないね」
ほむら「……どうして?」
杏子「さやかがあんたのことを苦手だからさ」
ほむら「……」
杏子「さやかは何でもないって言ってたが、あたしにはとてもそうは思えねぇ。
向こうはどうも忘れちまってるようだけど……なぁほむら。
あんた、昔さやかと何かあったんだろ」
ほむら「何かって、何?」
杏子「さぁね。ただ……何か、とんでもないこと」
ほむら「……あなた、美樹さんのことは好き?」
杏子「は……?」
ほむら「美樹さんとずっと一緒に居たいと思う?」
杏子「……それがどうしたってんだよ。話を変えてごまかそうったって……」
ほむら「だったら何もしないで。何もしなければ、私も何もしないから。
美樹さんともずっと一緒に居られるから」
杏子「……まるで会話にならないね。もう良い、これ以上あんたと話してても時間の無駄だ。
あたしはまどかのところへ行く。そんで、さやかの異変の正体を突き止める。
ついでにあんたの正体も突き止めてやるから、覚悟しときな」
ほむら「そう……。やっぱりあなたって愚かね」
杏子「ふん、なんとでも言いなよ。止めたきゃ力ずくで止めるんだね。出来るもんならさ」
ほむら「ねぇ佐倉さん。私、あなたのことは好きよ」
杏子「はぁ……!?」
ほむら「あなたはいつだってそう。
本当は賢いはずなのに、大好きな人のためになるとどこまでも愚かになる。
後先考えず、手段を選ばず、自分を犠牲にしてまで彼女を救おうとする。
私、あなたのそんなところは共感できる。だからあなたのことは好きよ」
杏子「……マジで何言ってんだよ、あんた……」
ほむら「だけど、仕方ないわ。私にも大好きな人は居るの。
あなたのことは好きだけど、その子には遠く及ばない。
だから仕方ないの。悲しいけれど、あなたにはここで居なくなってもらうわ」
杏子「なっ……!?」
突然、ほむらの体が宙に浮いた。
見るとあいつの目の前にはソウルジェム……いや、違う。
似ているがあれはソウルジェムじゃない。
おぞましい色に染まった『それ』は異様な輝きを放ち、そして……
杏子「なんだ、てめぇ……! 一体何なんだ!?」
ほむら「あら……。この姿を見ただけで気が付いたのね。私が魔法少女ではないことに。
流石、察しが良いわ。そういうところも好きだったわよ、佐倉さん」
ほむら「そんなに私のことを知りたい? ふふっ、そうね……。
あなた達に分かりやすい言葉で言えば、『悪魔』ということになるかしら」
杏子「悪魔、だと……? ッ!? その黒い羽、まさかあんた、あの時まどか達を……!」
ほむら「守ってあげたのよ。あの時は、正直あなた達にはがっかりしたわ。
まさか魔獣なんかからまどかを守れないなんて。
でもおかげで確信できた。やっぱりまどかは私が守ってあげないといけないんだって」
杏子「っ……てめぇの目的は何だ!」
ほむら「まどかの幸せを守ること。その邪魔をする者を排除すること。それが目的。
あなたはまどかに昔の記憶を思い出させようとしている。
そんなことをしてもらっては困るの。まどかは、今が一番幸せなんだから」
杏子「てめぇ……そうやってさやかの記憶も弄くり回したってのか」
ほむら「いいえ、私が弄ったのは世界だけよ。
そしてあの子はただ、この世界に馴染み切れていなかっただけ。
佐倉さん……あなたと違ってね」
杏子「なっ……」
ほむら「だからね、ほんの少しだけ手伝ってあげたの。
あの子がちゃんとこの世界に馴染めるように。みんなで幸せに暮らせるように。
少しだけ背中を押してあげたの。なのに……佐倉さん。
あなたはまた、あの子をこの世界から引き剥がそうとしている」
杏子「ッ……」
こいつの……暁美ほむらの表情からは、何も読み取れない。
あたしのことを見下してるのか、哀れんでるのか、憎んでるのか……分からない。
ほむら「ねぇ、佐倉さん。最後にもう一度だけ訊くわ。
今日のことも、今日までのことも忘れて、『今まで通り』に過ごしてはくれない?」
ほむら「あなたのおかげで美樹さんの流れはまた少し乱れてしまったようだけど、
これ以上何もしなければ正常な流れに戻るから。風邪が治るころにはきっと元通り。
あなたさえ何もしなければ、また幸せな日常に戻れるから。ね、佐倉さん?」
ほむらは慈悲にも見える笑みをあたしに向ける。
だが違う。
こいつ自身が言ってた通りだ。
これは悪魔の笑みで……。
そして、悪魔の囁きなんだ。
杏子「……ふざけんな。こんなこと知って、放っておけるわけがねぇ!」
ほむら「ふふっ……本当に愚かね」
全く表情を変えずに、ほむらはそう応えた。
真っ黒な翼が大きく広がる。
そしてその翼は、全身は、徐々に不気味な色の光を帯び始めた。
もうこの時点で分かる……。
暁美ほむらの異質で、そして異常な大きさの魔力が。
ほむら「全て忘れてしまえば良いのに、心に根付いた正義感が結局はそれを許さない。
だからあなたはいつも舞台から消えることになるの」
杏子「はッ、上等だよ! そんなもん、やってみなけりゃわかんねぇだろうが!」
あたしはソウルジェムをかざし、変身して武器を構える。
はっきり言って、こいつの魔力は底が知れない。
戦ったって勝てないかも知れない。
だけど……
杏子「どうしたよ……来ないならこっちから行くぜ!」
・
・
・
まどか「……杏子ちゃん、遅いなぁ」
待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎてる。
でも杏子ちゃんはまだ来てない。
電話にも出ないし……どうしたんだろ。
何かあったのかな。
もう1回電話してみようかな……。
……その時、足音が聞こえた。
わたしは反射的にそっちに目を向ける。
だけどそこに居たのは杏子ちゃんじゃなくて、
ほむら「そんなところで何をしてるの?」
まどか「あっ……ほむらちゃん」
まどか「えっとね。杏子ちゃんと待ち合わせしてるの。
話したいことがあるって電話で呼ばれちゃって」
ほむら「そう。まだ来てないの?」
まどか「うん……。時間はもうとっくに過ぎてるんだけど……」
ほむら「電話はしてみた?」
まどか「何回かかけてみたけど出なくて……何かあったのかな」
ほむら「もしかしたら急用ができたのかも知れないわ。
時間も遅いし、1人でこんなところに居るのは危険よ。
今日はもう帰った方が良いんじゃないかしら」
まどか「え、でも……ううん。もう少しだけ待ってみるよ」
ほむら「……そう。だったら私も待たせてもらっても良い?」
まどか「そ、そんな、悪いよ。ほむらちゃんまで……」
ほむら「気にしないで、どうせ暇だったから。
それに佐倉さんが来るまでの間だけだから、ね?」
まどか「あ、うん……ありがとう、ほむらちゃん」
お礼を言ったわたしに、ほむらちゃんは黙って微笑んだ。
やっぱり、ほむらちゃんは優しい。
そう思える。
でも……なんだろう。
なんだか、今までと少し違うような気がする。
初めて一緒に帰ってくれた時の笑顔と、数学の課題を教えてくれた時の笑顔……。
あの時の笑顔と、今の笑顔は……同じじゃないような気がする。
今日はこのくらいにしておきます
そうしてわたしは、ほむらちゃんと2人でしばらく杏子ちゃんを待った。
だけどいつまで経っても杏子ちゃんは来なかった。
電話にもやっぱり出なかった。
マミさんに電話したけど、マミさんは知らないって言ってた。
風邪だから悪いと思って躊躇ってたけど、さやかちゃんにも電話してみた。
だけど……
まどか「え……何も聞いてないの?」
さやか『き、聞いてないよ。まどかに会いに行くってことも、全然……』
まどか「そんな……。さやかちゃん、わたし今から杏子ちゃんを探してみるよ」
さやか『あ、あたしも探す。マミさんにも声かけて、みんなで探そう!』
まどか「えっ、でもさやかちゃん風邪が……」
さやか『そんなこと言ってられないよ! マミさんにはあたしから電話しとくから!
じゃあまたあとでね、まどか!』
まどか「あっ……き、切れちゃった」
ほむら「……美樹さん、なんて?」
まどか「さやかちゃんも杏子ちゃんを探すって……。
わ、わたしも急がなきゃ。さやかちゃんに無茶させられないよ……!」
ほむら「なら私も行くわ。一緒に探しましょう」
まどか「う、うん。ありがとう、ほむらちゃん」
・
・
・
さやか「はぁ、はぁ、はぁ……」
まどかからの電話を受けてあたしはすぐ魔法で風邪を治して家を出た。
まだちょっと頭が重い気がするけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。
杏子に何かあったかも知れないんだ。
呼び出したまどかにすら連絡せずにどこかに行っちゃうなんて、絶対におかしい。
でも、そもそもなんで……あたしに黙ってまどかに会おうとしたの?
言うほどのことでもなかったから?
それとも言えなかったから?
それとも……。
っ……そんなの、あたしが考えたって答えは出ないよ。
杏子を探して直接訊こう……!
でもどうしよう、どこから探せば良い?
まずは家から公園までの最短距離を行って、その道に何か手がかりがないか……。
さやか「っ! あ、あれ……!」
街灯の下に何か見付けた。
あたしは急いで駆け寄って、それが何かを確かめる。
ぽつんと忘れられたように落ちてたそれは……杏子がいつも食べてる、お菓子だった。
いつでも食べられるようにって、ポケットの中に入れてる……。
さやか『き、杏子、近くに居るの? 聞こえる!? 聞こえたら返事して、杏子!』
テレパシーで、出来るだけ広い範囲に呼びかける。
でも……いくら呼びかけても返事はない。
もうこの辺りには居ないのか、と移動しようとしたその時、
ちょうど公園の方から2人……まどかと、暁美さんがやって来た。
まどか「あっ、さやかちゃん! 杏子ちゃんは……!」
さやか「駄目、家からここまでの間じゃ見付からなかった。でも……さっきそこに、これが」
まどか「……! これ、杏子ちゃんがいつも食べてた……」
ほむら「…………」
マミ「みんな! ここに集まってたのね」
まどか「マミさん!」
マミ「声がしたからもしかしてと思ったんだけど……。それで、佐倉さんは……」
さやか「分からない……。でも、ここにこれが落ちてたんだ」
マミ「っ! そう……それが佐倉さんの物だという保証はないけれど、可能性は高いわね。
それで、えっと。あなたは……?」
ほむら「……暁美ほむらです。初めまして」
マミ「暁美さん……名前は聞いてるわ。あなたも佐倉さんを探しに?」
ほむら「えぇ。公園でたまたま、まどかと会って」
マミ「人手は少しでも多い方が助かるわ。それじゃあこれからは手分けして探しましょう。
何か見付けたらお互いにすぐに連絡するようにね。それで良い?」
さやか「は、はい!」
・
・
・
マミさんの言う通り、あの場所から全員バラバラの方へ向かった。
あれからもうどのくらい経ったか分からない。
さやか『杏子! 聞こえたら返事して、杏子!』
あたしは杏子の名前を呼びながら探し続けてる。
だけどまだ、一度も返事は返って来ていない。
この辺でもないなら、じゃあ次は繁華街の方を探そう……。
そう考えてあたしは次の角を曲がった。
すると……
さやか「っ!」
ほむら「……美樹さん、風邪は大丈夫?」
さやか「あ、暁美さん……この辺り探してたの?」
ほむら「えぇ。向うの方から、ここまでを。でも残念だけど、佐倉さんは居なかったわ」
さやか「そっか……。それじゃ、あたしはあっちの、繁華街の方に行ってみるよ。
暁美さんはその角を曲がって向こうの方を……」
ほむら「風邪、大丈夫そうね」
さやか「えっ? あ……」
全然、気にしてなかった。
それどころじゃなかったからっていうのもあるけど、
暁美さんに言われて、いつの間にか頭の重さもほとんどなくなってることに気付いた。
ほむら「安心したわ。それじゃあ、私は向うの方を探してくるわね」
さやか「う、うん、心配してくれてありがと。向うの方、よろしくね……!」
・
・
・
ほむら「…………」
良かった。
これでもう、美樹さんの流れが滞ることはない。
あの子はこれからしばらく佐倉さんを探すのに夢中で、記憶なんて気にしている暇はない。
記憶を乱す者も誰も居ない。
そしてそうするうち、あの子は完全にこの世界の住人となる。
……みんな一生懸命に佐倉さんを探してる。
だけど私はこうして、ビルの上でただ街を見下ろしている。
だって、いくら探しても無駄だということを私は知ってるから。
あの子は私の目の前で、この世界から消え去ったのだから。
あの子が居なくなって、とても残念。
でも仕方ないわ。
佐倉さんはまどかの幸せを脅かそうとしたのだから。
まどかの幸せを守るためなら、私は手段を選ばないと決めたのだから。
友達が1人居なくなって、まどかは寂しがるでしょうけど……。
その悲しみは時間が解決してくれる。
まどかにはまだ、美樹さんや巴さんが居るのだから。
それに家族だって居る。
周りの人達が、あの子の悲しみを癒してくれる。
そう。
家族と、友達と一緒に居るのがまどかの幸せ。
佐倉さんが居なくなるのは寂しいでしょうけど、
みんなと離れ離れになるよりはずっと良い。
……良かった。
私はまた、まどかの幸せを守ることができた。
・
・
・
翌日、昼休み
マミ「――美樹さん、大丈夫?」
さやか「え? あぁ……うん。ちょっと寝不足なだけだよ、大丈夫」
まどか「杏子ちゃん、どこに行っちゃったのかな……?
もしかしたら学校には来てくれるかもって思ったけど……」
さやか「……まったくあのバカ! どこほっつき歩いてんのよ!
見付けたら1発や2発のげんこつじゃ済まさないんだから!」
マミ「美樹さん……。えぇ、そうね。帰ってきたらたっぷりお説教しなくっちゃね!」
さやか「まどかも、呼び出しといてバックレられたんだから文句の1つくらい言っとくんだよー?」
まどか「う……うん! そうだね、わたしも杏子ちゃんのこと叱っちゃうね!」
……まどかもマミさんもあたしに合わせてくれてるのは、痛いほど分かった。
多分2人とも、あたしと杏子がちょっとケンカしちゃったことを知ってる。
それで、もしかしたらそのケンカが原因なんじゃないかって、そう思ってるかも知れない。
でも口には出さない。
それを言っちゃうとあたしを傷付けるかも知れないって、多分そう思ってるから。
ただあたしには正直、分からない。
あのケンカが原因なのか、あたしが『おかしい』ってことに何か関係あるのか、
それとも全然関係ない何かなのか……。
ううん……違う。
あたし、考えたくないんだ。
ケンカが原因だって、あたしのせいで杏子が出て行っちゃったって、考えたくないんだ。
っ……駄目だ。
今は後悔するより先に、杏子を探さなきゃ。
あの子を見付けなきゃ謝ることも仲直りすることもできないんだから。
今は杏子を見付けることだけを最優先に考えなきゃ。
・
・
・
あの日から数日が経った。
あたし達だけじゃなくて大人も杏子のことを探してくれてる。
だけど、まだ見付からない。
もうすぐ日が暮れるのに今日もまだ見付からない。
朝からずっと、学校をサボってまで探してるのに、やっぱり見付からない。
いつもの喫茶店にも、いつもの駄菓子屋にも、いつものゲーセンにも、
風見野にも、他の町にも……どこにも居ない。
今あたしは、公園のベンチに座ってる。
流石に1日中走り回って疲れちゃったから……。
でも、これ以上は休んでいられない。
そろそろ行かなきゃ……と立ち上がった瞬間、横から声をかけられた。
マミ「……美樹さん」
そこには制服姿のマミさんが居た。
その顔は、すごく真剣だ。
さやか「マミさん、どうしたの? あたしに何か……あっ!
も、もしかして何か、杏子の情報が……!」
そうだ、わざわざ声をかけてくれるってことは何か手がかりを見つけたんだ!
あたしは咄嗟にそう思った。
……でも違った。
マミさんは少し表情を暗くして、言った。
マミ「ごめんなさい……そうじゃないの」
さやか「……そっか。もし何か分かったら、すぐ教えてね。
あたしはもうちょっとこのまま探すから……じゃあね」
そう言い残してあたしは背を向ける。
でも、すぐに呼び止められた。
マミ「待って! 美樹さんあなた、ソウルジェムの浄化はしてるの?」
さやか「えっ? あ……」
マミ「やっぱり……。今日は学校を休んで1日中佐倉さんを探して、
ここ数日もずっと魔獣と戦ってないでしょ?」
さやか「……しょうがないよ。今は魔獣なんかと戦ってる場合じゃない。
杏子を探すことの方がずっと大切なんだから」
マミ「それはもちろんそうよ。でも……」
さやか「っていうか……何?
まさかマミさん、杏子より魔獣退治を優先しろって言うんじゃないよね?
そんなことを言うためにわざわざあたしに会いに来たの?」
さやか「杏子を探すより街の平和を守る方が大事だって?
そりゃそれも大事かも知れないけど、あたしは……」
マミ「美樹さん、聞きなさい。今日はあなたにこれを渡しにきたの」
さやか「え?」
そう言ってマミさんが渡してきたのは……いくつかの、グリーフシードだった。
マミ「昨日狩っておいた魔獣が落とした分よ。それで浄化しなさい」
さやか「……悪いよ。だってこれ、マミさんが……」
マミ「私は大丈夫だから使いなさい。
それはあなたのために取ってきたものなんだから」
さやか「えっと……ありがとう……」
マミ「お礼なんて要らないわ。それより、これからは無茶を控えることね」
少しだけ……マミさんの口調が厳しくなってることに気付いた。
目付きも、表情も、厳しくなってる。
滅多に見ないマミさんの表情。
でもそれはただ怒ってるだけじゃなくて……
マミ「佐倉さんを心配する気持ちは分かるわ。
だけど……あなたのことを心配している人が居ることも忘れないで」
さやか「マミさん……」
マミ「佐倉さんだけじゃなく、もしあなたにまで、何かあったら……」
さやか「……ごめん、マミさん。心配かけて、ごめん。
これからはちゃんと魔獣も倒して、ソウルジェムも浄化する」
マミ「! そう……分かってくれたら良いの。
私の方こそ、きつい言い方になっちゃってごめんね」
さやか「だから、もうあたしの心配は要らないよ。
あたしのために魔獣を狩ってる時間があったらその分を杏子に回して。
自分のことはちゃんと自分でするから」
マミ「……本当に、ちゃんとできる?」
さやか「うん、大丈夫。……あたしもう行くね。
マミさんも、何か分かったらすぐ教えてね。それじゃ」
マミ「……美樹さん……」
今日はこのくらいにしておきます
マミさんと別れてからも杏子を探し続けて、
その日の夜遅く、あたしは家に帰った。
マミさんのおかげでとりあえずソウルジェムは浄化できた。
だからその分、今日は遅くまで頑張れた。
だけど……やっぱり杏子は見付からなかった。
倒れこむようにベッドに寝て、それからなんとなく携帯を見る。
そしたら、不在着信と留守電が入ってた。
……まどかからだ。
まどか『も、もしもし、さやかちゃん。まどかです。
今日学校お休みだったから、電話してみました』
さやか「……」
まどか『えっと……杏子ちゃんのことも心配だけど、
わたしはさやかちゃんにも、早く元気になって欲しいです。
だから、その……あはは。ごめんね、言いたいこと、よく分かんなくなっちゃった。
この留守電聞いたら、元気があったらで良いから、メールしてください。
えっと、また元気に学校で会えるの楽しみにしてます。それじゃ、またね』
そこで留守電は終わった。
……まどかにも、心配かけちゃったな。
あたしはすぐメール画面を開いて、文字を打つ。
心配かけてごめんね。
体調は大丈夫だから、明日は学校行くよ。
電話ありがとう。
じゃ、また明日。
さやか「……はぁ……」
明日はとりあえず、ちゃんと学校に行こう。
それで元気に振舞って、マミさんとまどかを安心させてあげよう。
そうだ、2人にこれ以上余計な心配をかけるべきじゃない。
杏子が居なくなったのだってあたしのせいかも知れないんだし、
これ以上あたしが2人を困らせるわけには行かない。
でもだからこそ……もっと頑張って、早く杏子を見付けなきゃ。
明日はどこを捜そう……。
もう杏子の行きそうなところは全部探して回ったはず。
あとはもう手当たり次第に探すか、
それとも一度探したところをもう一度回って……
「さやか、ちょっと良いかな」
さやか「!」
その声は窓の外から聞こえた。
驚いてそちらに目を向けると、そこに居たのは……
QB「やぁ、さやか。ずいぶん疲れてるようだけど大丈夫かい?」
さやか「キュゥべえ! なんか……久し振りだね。最近全然見てなかったような気がするよ」
QB「本当はもっと早く会いに来たかったんだけどこっちにも色々都合があってね」
本当に久し振りだ……。
今思い返せば、少なくともまどかが転校してきてから今日まで一度も会ってない。
まあ元々そんなに多く会ってたわけでもないんだけど……いや、それより。
さやか「ちょうど良かった、キュゥべえ。あんたに訊きたいことがあるの」
そうだ、こいつなら。
キュゥべえならもしかしたら杏子のことを何か知ってるかも知れない。
ううん、きっと知ってる。
なんで今まで思い付かなかったのか不思議なくらいだ。
そしてこのあたしの考えはやっぱり、間違ってなかった。
QB「訊きたいことと言うのは、杏子のことかい?
僕もそのことについて話すために君に会いに来たんだよ」
さやか「やっぱり……! あんた、何か知ってるんでしょ!?
杏子がどこに行ったのか教えに来てくれたんだね!」
QB「残念だけどそうじゃない。さやか、杏子を捜すのは魔力の無駄だよ。もうやめるんだ」
さやか「……は!? ふ、ふざけないでよ! 何バカなこと言って……」
QB「だって杏子はもうこの世に居ないんだから」
さやか「……え?」
QB「杏子はこの世界から消え去った。彼女を捜すのは無意味だ。
これ以上無駄に魔力を消費するのはやめ……」
さやか「ま、待って! え……な、何? き、杏子が、どうしたって?」
QB「聞こえなかったかい? 彼女は消滅してしまったんだよ」
さやか「し……消滅? そ、それってまさか、円環の理に……」
QB「その通りだ。佐倉杏子は魔力を使い果たし、円環の理に導かれてしまった」
さやか「う……嘘。嘘よ……」
QB「嘘なんかじゃないよ。これは事実だ」
さやか「……そんな……」
QB「まあ君は杏子と仲が良かったからね。ショックを受けるのも仕方ない。
でも殺されてしまうよりはずっと……聞こえてるかい?」
杏子が、消えた?
杏子……もう、居ないの?
じゃああたしはもう、杏子と仲直り、できないの……?
……こんなことなら、ちゃんと謝っておくんだった。
風邪だとかタイミングだとかぐずぐず言ってないで、ちゃんと謝るんだった。
ただ一言、たった、一言なのに……なんで、あたし……。
さやか「ご、めん……」
QB「?」
さやか「杏子、ごめん……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
QB「……? どうして君が謝るんだい? その謝罪に意味があるとは思えないよ」
キュゥべえの言う通りだ。
謝ったって、何の意味もない。
今謝ったところで何もかも全部が手遅れなんだ。
何回謝ったってもう、杏子は居ないんだ。
でも、それでも、言わずには居られない。
あの時言えなかった、言わなきゃいけなかった言葉を。
……次のキュゥべえの言葉がなければ、あたしは一晩中でも謝り続けたかも知れない。
でもその言葉が……あたしの罪悪感に割り込んだ。
QB「彼女が消えた原因は暁美ほむらだ。君が謝る必要なんてどこにもない」
さやか「……え……?」
自分の耳を、さっき以上に疑った。
今、なんて言った?
キュゥべえ、今……
QB「驚くのも無理はないけど、これも紛れもない事実だ。
暁美ほむらとの戦いで杏子は魔力を使い果たしてしまったんだよ」
さやか「ちょ……ちょっと待って!
な、なんで、え……!? ま、魔獣との戦いじゃ……」
QB「あの時、近くに魔獣の気配があったかい? なかっただろう?」
さやか「そ……それは、そうかも知れないけど……」
QB「暁美ほむらは君たちの前ではずっと一般人を装ってきたんだ。
僕は何度も君達にこのことを伝えようとしたんだけど、彼女の監視が厳しくてね。
今になってようやくその目を潜り抜けて君に会うことができたというわけさ」
さやか「どういうこと……あ、暁美さんが、魔法少女だったって言うの?」
QB「それは僕にも分からない」
さやか「は……?」
QB「僕には彼女と契約した記憶はない。
彼女の力は魔法少女に似てはいるけど異質な物だ。あんな力は初めて見る」
……何よ、それ。
魔法少女じゃない……?
じゃあ、なんで、なんで……
さやか「なんで杏子と戦ったりしたのよッ!?」
QB「それもよく分からないんだよ。
ただ1つ言えるのは、杏子が暁美ほむらの目的を邪魔する障害となったということだけだ」
さやか「え、なに……邪魔、障害……?」
QB「そうだ。だから杏子は消されてしまった。ほむらの圧倒的な力によってね」
さやか「……」
杏子は、魔獣との戦いで消えたんじゃない。
暁美さんとの戦いで消えた……?
……消された?
あの子……暁美さんに?
暁美さんが、杏子を消した……?
意味が分からない。
なんで?
邪魔になったって、なんで?
なんで……杏子を、消したの?
QB「さてどうだい。情報はこれだけだけど、僕の話を信じてくれるかな」
さやか「……どっちにしろそれ以外に手がかりはないんだ。信じるしかないよ」
QB「そうか、良かったよ。僕も君に会いに来た甲斐があった」
さやか「うん……教えてくれてありがとう、キュゥべえ」
QB「役に立ったのなら何よりだ。それで君は、これからどうするつもりだい?」
さやか「…………」
QB「……まぁ、考えがまとまってないのなら今答える必要はないけれど、
もし交戦するつもりなら気を付けた方が良い。
さっきも言った通り、暁美ほむらの力は圧倒的だ。
まともに戦えばまず君に勝ち目はないよ」
さやか「……分かった、気を付けるよ。それじゃ……おやすみ、キュゥべえ」
QB「……」
・
・
・
翌日
マミ「――それ、本当? 本当に暁美さんが……?」
さやか「分からない……。でも、だから確かめるんだよ。
ただもしキュゥべえの言うことが本当なら、多分……戦いになる」
マミ「……でしょうね」
さやか「だからマミさんには、近くで待機していて欲しいんだ。
それで……あとはマミさんの力量任せになっちゃうんだけど、
上手く対応して欲しいっていうか……。
あ、助けてって言ってるんじゃないよ?
やばいと思ったら逃げて欲しいし、マミさんの判断に任せるから、えっと……」
マミ「……臨機応変に、ということね」
マミ「立派に対応してみせるわ。大丈夫、先輩の力を信じなさい」
さやか「うん……ありがとう、マミさん」
マミ「それじゃあ決行は今日の放課後ということで良いのね?」
さやか「場所は出来るだけ人気のないところ。そこに暁美さんを呼び出すよ。
マミさんは適当な位置から付いて来て、隠れてて」
マミ「えぇ、分かったわ。でも美樹さん……
もし本当に暁美さんが佐倉さんを襲ったのだとしても、冷静さを欠いては駄目よ。
気持ちは分かるけれど、それでも……」
さやか「大丈夫、わかってるよ」
マミ「……だったら良いの。くれぐれも……気を付けてね」
さやか「うん、マミさんもね」
今日はこのくらいにしておきます
明日更新できなかったら次は日曜になります
朝早くにマミさんと話をして、それから2人でまどかの居る待ち合わせ場所に向かう。
ちゃんと元気に振舞って安心させてあげよう。
だって昨日、すごく心配してくれてた。
わざわざ留守電を入れてくれるくらいに……
さやか「あ……ねぇ、マミさん。昨日もしかして、まどかに何か言ったりした……?」
マミ「? 何かって?」
さやか「いや、昨日まどかが留守電入れてくれてたんだよ。
だからもしかしたら、マミさんがあたしと会った後に
何か言ってくれたのかな……と思ったんだけど」
マミ「まあ、そうだったの? でも私は特に何も言ってないわ。
美樹さんと会った後は、私もずっと佐倉さんを捜してたし……」
さやか「……そっか。あはは……じゃああたし、よっぽど余裕ない顔してたんだね」
マミ「そうね……。特に昨日は美樹さんが欠席だったから。
鹿目さんもずっと元気がなかったのよ」
さやか「……そっか。昨日はともかく、
それまではいつも通りにしてたつもりだったんだけどな。
留守電まで入れさせちゃうなんて、駄目だなあたし」
マミ「そこは素直に、鹿目さんの優しさを喜んでおきましょう?
あまり自分を責めたりしないで、ね?」
さやか「ん……そうだね。ごめん、またちょっと暗くなっちゃった」
そんな話をするうちに待ち合わせ場所に着く。
そしてそこにはもう、まどかは居た。
まどか「! さやかちゃん……!」
さやか「……おはよ、まーどか!」
まどか「えっと、もう体調は大丈夫なの?」
さやか「もっちろん! さやかちゃん完全復活ですよー! 心配かけちゃってごめんね!」
マミ「ふふっ、美樹さんが元気になって良かったわ。それじゃ、学校行きましょうか」
まどか「あ、はいっ!」
そうして3人で学校へと向かう。
他愛ない会話で盛り上がる……とまでは行かなかったけど、そこまで暗くはならなかった。
杏子の話題はもちろん出たけど、あの子が戻ってきたら何をするとか、
どこに行くとか、どんな風に遊ぶとか、明るい話題に持っていくようにあたしも努めた。
そのおかげで今朝の登校はここ数日の中で一番、
今まで通りに近い雰囲気で終わることができたと思う。
マミ「それじゃ、私はここで。2人ともまたね」
校舎に入って、あたし達は2年生の、マミさんは3年生の教室へ。
そしてその別れ際……
マミ『じゃあ美樹さん……よろしくね』
さやか『わかってる。終わったらまた連絡するよ』
マミ『えぇ、お願いね』
そう、あたしはこの後すぐ、暁美さんに話しかける。
そして放課後の約束を取り付ける。
……少し不安だ。
話すのが不安なんじゃない。
ちゃんと冷静に話せるかが、不安。
だけど大丈夫……覚悟は決まってるから。
――そう、覚悟は決まってた。
教室に入ったらすぐ話しかけるつもりだった。
なのに……
マミ『えっ……まだ来てない? たまたま教室に居ないんじゃなくて……?』
さやか『うん。荷物もないし、クラスの子に聞いても見てないって……』
マミ『いつもは……この時間には来てるのよね?』
さやか『間違いないよ。誰より早く教室に来てたはずなんだ。
それが、なんでよりによって今日……』
……その時、昨日のキュゥべえの言葉を思い出した。
今まで暁美さんの監視のせいで会いに来られなかったけど、ようやく……って。
あの時は深く考えなかったけど、何か今の状況が引っかかる。
和子「みなさん、おはようございます。それではHRを始めましょうか」
とうとう先生まで来て、HRが始まった。
でも暁美さんはまだ来てない。
遅刻なんて初めてだ。
絶対におかしい。
もしかして昨日……何かあった?
でも一体何が……?
昨日あったことと言えば、あたしが学校を休んで杏子を捜して、
日が暮れる頃にマミさんに会って、また遅くまで杏子を捜して、
まどかから留守電があって、その後キュゥべえが来て……。
そんな風に昨日のことを振り返って、なんとかして手がかりを見つけ出そうとする。
でも考えがまとまる前に……
ほむら「……おはようございます。ごめんなさい、遅れました」
和子「まあ、暁美さんが遅れるなんて珍しいですね……。
でもまだ出欠を取る前ですし、ギリギリセーフということにしておきましょうか」
ほむら「ありがとうございます」
さやか『……マミさん、来たよ。とりあえず欠席ってことはなかったみたい』
マミ『! 何か変わった様子は?』
さやか『どうかな……わからない。あたしにはいつも通りに見えるけど』
マミ『そう……。でも遅刻に理由があろうとなかろうと、予定に変更はないわね?』
さやか『うん、そのつもり。HRの後すぐにでも声をかけるよ。
どうする? ついでに遅刻の理由も訊く?』
マミ『……そうね、一応訊いておいた方が自然かも知れないわね。
仮に何か『特別な事情』があったとしても
正直に答えてもらえるとは思えないけれど形だけ、ね』
さやか『わかった……じゃ、また後で連絡するね』
・
・
・
さやか「おはよ、暁美さん」
HRが終わったのとほとんど同時に、暁美さんの席に行って声をかけた。
暁美さんはゆっくりと顔を上げ、あたしを見上げた。
ほむら「……おはよう、美樹さん」
さやか「今日どうしたの? 暁美さんが遅刻なんて珍しいじゃん」
ほむら「えぇちょっと……寝坊をしてしまって」
さやか「へぇ。昨日の晩、何かしてたの?」
ほむら「……佐倉さんのことを捜していたの」
ほむら「それで夜更かししてしまって……。
でも、結局佐倉さんは見付からなかった。ごめんなさい、力になれなくて」
さやか「……」
何を白々しく!
とぼけんじゃないわよ!
あんたが杏子を消したんでしょ!!
……危うく口から出かけたけど、全身に力を込めてギリギリで止めた。
そうだ、まだだ。
まだ……そう決まったわけじゃ、ない。
まだ暁美さんが犯人だって、決まったわけじゃ、ないんだから……。
さやか「……そっか。ううん、気にしないで。暁美さんが謝ること……ないよ」
さやか「それよりさ、実は別の用事があって暁美さんに話しかけたんだけど」
ほむら「……何かしら」
さやか「突然で悪いんだけど今日の放課後、何か予定ってある?」
ほむら「特にないわ。どうして?」
さやか「そっか。だったらさ、放課後ちょっと……時間良いかな。
話したいことがあるんだ。付き合ってくれる?」
ほむら「……良いわ。じゃあ今日の放課後、空けておくわね」
さやか「うん……ありがとう」
……良かった、大丈夫、あたしはちゃんと冷静だ。
これであとは放課後を待つだけだ。
これで全部はっきりする。
放課後が、待ち遠しい。
さやか「それじゃ、そういうことで……」
ほむら「待って」
さやか「……何?」
ほむら「昨日は学校を休んでいたけど、体調はもう大丈夫かしら」
さやか「あぁ……うん、大丈夫だよ」
ほむら「そう、良かった。もうこれ以上まどかに心配をかけちゃ駄目よ?」
さやか「……? えっと……そうだね。心配かけないようにするよ」
・
・
・
昼休み
さやか「――はー、お腹空いた。もう授業中お腹鳴っちゃいそうで大変だったよー」
マミ「ふふっ、美樹さんってば。それじゃ早速いただきましょうか」
まどか「はーい。いただきまーす!」
この時間も、朝と一緒。
いつも通り元気に振舞えば、なんとなく本当に元気になったような気がしてくる。
この調子なら昼休みも暗い雰囲気にならずに済みそうだ。
……と思った矢先だった。
まどか「あ、そう言えばさやかちゃん。HRの後ほむらちゃんの何の話してたの?」
さやか「……え、なんで……? そんな、気になる?」
まどか「あ、えっと……さやかちゃんの方から話しかけるの珍しいと思って……。
もしかしたらほむらちゃんと仲良くなれたのかな、って。
昨日、ほむらちゃんもさやかちゃんのこと心配してたみたいだから……」
マミ「そうなの……? 暁美さんが美樹さんを?」
まどか「はい、そうなんです。
さやかちゃん、昨日わたし、さやかちゃんに留守電入れたでしょ?」
さやか「? うん、ちゃんと聞いたよ」
まどか「実はね……あれ、ほむらちゃんにそうした方が良いんじゃないかって言われたんだ。
留守電だけでも入れてあげた方が、きっと元気になってくれるから、って」
さやか「……え?」
まどか「ねぇさやかちゃん。わたしの留守電、変じゃなかったかな?
留守電なんてほとんど使わないから、ちょっと緊張しちゃったんだけど……。
すぐ隣にほむらちゃんも居たし……」
さやか「なっ……ちょ、ちょっと待って。留守電の時、暁美さんが隣に居たの?
確か留守電入ってた時間、結構遅かったと思うんだけど……」
まどか「うん……学校終わってからね、ほむらちゃんずっとわたしと一緒に居てくれたんだ。
多分わたしが元気なさそうだったからかな。一緒に居て、話も色々聞いてくれて。
そのおかげで、わたしもちょっと元気になれたの。
何時まで一緒だったかはちょっと忘れちゃったけど……」
さやか「そ……そっか。そうなんだ……」
暁美さんが、まどかとずっと一緒に……?
そうだ……前から不思議に思ってたんだ。
なんで暁美さんはそんなにまどかを気にかけるのか、って……。
マミ『……美樹さん、あとでまた少し話しましょう』
さやか『! うん……わかった』
やっぱり、マミさんも気になったんだ。
放課後までまだ時間はある。
あとは待つだけだと思ってたけど……やれることはやっておこう。
気になることについては出来るだけ考えておくべきだ。
考えたって分からないかも知れないし、
分かったからってどうにかなるものでもないかも知れない。
でも、やれるだけのことは、やっておこう。
今日はこのくらいにしておきます
次の更新は日曜になります
・
・
・
その後、さやかとマミは僅かな時間やテレパシーを利用して色々と話し合った。
情報の共有から始まり、その上で暁美ほむらについて様々な推測を立てた。
そんな風にして午後を過ごし、あっという間に放課後が来た。
HRが終わると同時にさやかは、マミにテレパシーで連絡を取る。
そして簡単な確認を行いながら……計画を実行に移した。
まどかには先に帰ってもらい、そして今。
さやかとほむらは2人きりで歩いてる。
ほむら「……こんなに人気のないところまで連れて来て、
よっぽど聞かれたくない話なのね。もしかして、恋の相談?」
さやか「あはは、違うよ。……うん、この辺りで良いかな」
ほむら「ここで良いの? それじゃあ聞かせてもらおうかしら。話って何?」
さやか「うん……単刀直入に聞くよ。
暁美さん、杏子がどこに行ったのか知らない?」
ほむら「知らないわ、ごめんなさい」
さやか「……即答だね」
ほむら「だって、知らないものは知らないもの。
私も昨日は夜遅くまで捜したけど見付からなかった……。
知っていればすぐあなた達に教えているわ」
さやか「そっか……。じゃあ、なんで杏子が消えちゃったのかは知らない?」
ほむら「知らないわ」
さやか「……あのね、ちょっと聞いて欲しいことがあるの。
あたしが今から勝手に色々話すから……それが当たってるなら当たってるって言って。
違うなら違うって。正直に答えてね。嘘は駄目だよ?」
ほむら「……えぇ」
さやか「暁美さん、あんたは……あの晩。公園に向かってる杏子に会った」
ほむら「……」
さやか「その時にあんたは戦ったんだ。杏子と戦った。
何故なら、杏子はあんたの目的に邪魔な存在だったから」
ほむら「……それで?」
さやか「そして杏子はその戦いに負けて……消えた。
つまり杏子はあんたに消されたってこと」
さやか「……とりあえずここまででどうかな。
あたしが今話したこと、当たってる? それとも違う?」
ほむら「違うわ。というより、何を言ってるのか分からないわね」
さやか「……」
ほむら「美樹さん、あなたきっと疲れてるのよ。
そんな意味の分からないことを言って……。少し休んだ方が良いわ」
さやか「キュゥべえに聞いたんだよね、今の話」
ほむら「……何のことかしら。キュゥべえって誰?
大体、そのキュゥべえとやらのことは信用できるの? 私よりも?」
さやか「そう……そっか。自分はやってないって、そう言うんだね」
ほむら「えぇ、もちろんよ」
さやか「……」
相変わらず、ほむらは即答する。
その様子は迷いなど一切感じさせない。
しかしほむらは、今自分に向けられている目にも全く迷いがないと、そう感じていた。
迷いなく、自分を疑うものであると。
ほむら「……私だって佐倉さんのことは心配してるのよ。
なのにどうして? どうして私を疑ったりするの?」
ほむらは僅かに声を震わせ、感情を込め、自らの正当性を訴える。
しかしそんな彼女に対し、さやかは言い放った。
さやか「さぁ……どうしてかな。ただなんとなくね、分かっちゃうんだ。
あんたは嘘をついてるって」
ほむら「……」
さやか「あんたが敵だって、あたしの心の奥で……何かがそう言ってるんだよ。
今まではこれが何なのかさっぱり分からなかったし気のせいだと思ってた。
でも今は……キュゥべえからあの話を聞かされた今。確信を持って言える。
あんたは敵。いや……こっちの方がしっくり来るかな。
あんたは、『悪魔』なんだって……ね」
ほむら「……酷いことを言うのね。
そんな訳の分からない理由で疑うなんて、あんまりだとは思わない?」
さやか「あはは、普通に考えればそうかもね」
ほむら「あなたは私のことが嫌いなのね……悲しいわ。
私はあなたとも仲良くしたいと思ってるのに」
さやか「仲良く……ね。それ、まどかとも?」
ほむら「……どういう意味?」
さやか「あんたのまどかに対する態度は、何かおかしい。
クラスの子たちとはほとんど関わらないのに、まどかにだけ妙に構ってあげて……
これ、なんでなんだろうね?」
ほむら「……」
さやか「昨日なんかは夜遅くまでずっとまどかと一緒に居てあげたんでしょ?
でもさ、それ何時まで『一緒に』居たの? あんたはいつ自分の家に帰ったの?」
ほむら「何が言いたいのかしら。回りくどい言い方をせずにはっきり言ってちょうだい」
さやか「わかった。じゃあはっきり言うよ。あんたは、まどかを監視してるんだ。
いつもそうなのかは知らないけど、昨日は少なくとも……深夜まで、ずっと。
まどかが寝静まるまであの子を監視してた。
だから……キュゥべえはその隙にあたしに会いに来ることが出来たんだ」
ほむら「私がまどかを監視? 意味が分からないわ。何故そんなことをする必要があるの?」
さやか「あんた……何か昔のことで、まどかに隠してることがあるんでしょ」
さやか「……杏子は、あたしの記憶がごちゃごちゃになってるって言ってた。
それであたしを心配して、まどかに……多分、そのことを相談しに行ったんだ。
あたしの記憶について、昔学校が一緒だったまどかに何か訊こうとしたんだと思う。
でもそのせいで……あんたに消された。あんたにとってはそれが不都合だったから」
ほむら「……」
さやか「あたしの記憶がごちゃごちゃになったのも、多分あんたが原因だ。
だからあんたはあたしを心配するふりして気にかけてたんだ。
あんたはあたしの記憶を……いや、みんなの記憶を弄ったんだ……!」
ほむら「酷い濡れ衣ね……。私にはそんなことは出来ないわ」
さやか「ッ……いい加減認めなさいよ! あんたは普通の人間じゃない!
魔法みたいな、何か特別な力を持ってるってことは分かってるんだ!
その力であんたはあたし達の記憶を……」
ほむら「私には記憶を変えることなんて出来ない。私はただ、世界を変えただけ」
さやか「……!」
ほむら「相変わらず変なところで鋭いのね、美樹さやか。
でもまさか、あなたの口からそんなに素敵な推理を聞かせてもらえるとは思わなかったわ。
もしかして巴マミの協力もあったのかしら?」
……雰囲気が変わった。
と、さやかはそう感じた。
先程までのごまかすようなものではなく……
ほむら「でも2つ誤解をしているわ。まず私はまどかを監視しているんじゃない。
あの子を守っているの。昨日はあなたのおかげで、まどかは酷く不安定だった……。
予想外だったわ。この世界では大した繋がりもないはずなのに、
あなたの存在があれほどまで影響するなんて」
突然饒舌に語りだすほむらに、さやかは動揺を抑えきれない。
しかし構わずほむらは続ける。
ほむら「あなたの言う通り、昨夜はずっとまどかを見守っていたわ。
そうせざるを得なかった。キュゥべえのことも、ある程度は覚悟していた」
ほむら「でも……まさかキュゥべえの話を疑いもせず、完全に信じるなんて。
私が佐倉杏子を消しただなんて突拍子もない話を簡単に信じてしまうなんて。
誤算だったわ。そんな話でも信じるしかないほど、あなたに余裕がなかったことと、
それほどまでにあなたの佐倉杏子への愛が深かったということがね」
さやか「っ……じゃあ認めるんだね、あんた……。あたしが言ったこと……!」
ほむら「話はまだ終わってないわ。もう1つ誤解を解かないと。
さっきも言ったけど……私は記憶を弄ったりなんかしてない。
私はそんなこと出来ないのに、傷付くわ。そんなことを言われて」
さやか「とぼけるんじゃないわよ! 今更そんなこと信じると思ってるの!?」
ほむら「美樹さやか、自分で言ってて気付かない?」
さやか「はあ!? 何を……」
ほむら「自由に記憶を変えられるなら、佐倉杏子を消す必要なんてないじゃない」
さやか「ッ……!」
ほむら「私だって、佐倉杏子には全てを忘れて幸せに過ごして欲しかったわ。
でも無理だった。だってあの子は既にこの世界の住人になっていたのだから。
以前の世界の記憶を消してあげるのとは、わけが違う」
さやか「だから……だから消すしかなかったって、そう言いたいの……?」
ほむら「そうよ。仕方なかった。とても残念だわ……あの子が消えてしまったのは。
ねえ信じて、美樹さやか。私もあの子のことは好きだったのよ?」
さやか「ふ、ざけんな……! そんなわけの分からない理屈で杏子を消されて、
それで納得しろって言うの!? できるわけないでしょ!?」
ほむら「……なら、あなたはどうするの?」
さやか「決まってるよ! あんたを倒して、あたし達の記憶を取り戻す!」
ほむら「それがまどかを不幸にするのだとしても?」
さやか「っ……!? どういう意味よ……」
ほむら「そのままの意味よ。あの子は今のままが幸せなの。
何もかも忘れて、この世界で生きることがまどかの幸せ。
あの子も、本心ではそれを望んでいるの」
さやか「あんた、何を……」
ほむら「でももし記憶を取り戻したりなんかすれば、あの子はまた不幸になる。
家族や友達と離れ離れになって、寂しく永遠の時を過ごす羽目になる。
それでもあなたは、まどかの記憶を取り戻すつもり?」
さやか「わ……わけ分かんないこと言ってんじゃないわよ!!
そんなこと言ってごまかしたって……!
あんたが杏子を消したって事実は変わらないんだ!!」
ほむら「……記憶のあるあなたなら
もう少し物分りが良いのだと思うけれど……仕方ないわね」
さやか「あたしは、あんたを許さない……!
あたし達の記憶を弄って、杏子を消した……あんたを許さない!!」
さやかはそう叫ぶと同時にソウルジェムをかざす。
変身し、剣を構えるさやか。
それを見てほむらは無感情に、胸元へソウルジェムではなく……
妖しい光を放つ、ダークオーブを出現させる。
さやか「っ! それが、あんたの……!」
ほむら「ねえ……美樹さん? 今からでも考え直してはもらえないかしら。
佐倉さんは最期まであなたのことを心配していたのよ?
あなたが私の存在に辿り付くことを、佐倉さんは望んでいなかったのよ?」
さやか「な……何、言ってんのよ……」
ほむら「消える直前……。
佐倉さんは私の背後からこっそり、手がかりを掴み取ろうとしていたわ」
ほむら「服の切れ端か、髪の毛か……。
なんでも良いから私が犯人だと示す手がかりを残そうとした。
だけど思いとどまった。そして結局、何の手がかりも残さなかった」
さやか「っ……」
ほむら「それは、あなたが私の正体に気付いて戦ったりしないため。
戦えば命はないと、そう思ったんでしょうね。
佐倉さんはあなたに、私と戦って欲しくないと思っていた。
ねえ、美樹さん。それでもあなたは私と戦うの?」
さやか「ゆ……許さない。お前だけは……お前だけは絶対に許さないッ!!」
ほむら「……残念ね」
ため息混じりにそう呟いて変身しようとした、その瞬間。
赤いリボンがほむらの全身に巻き付いた。
ほむら「!」
マミ「美樹さん、今よ! 彼女のソウルジェムを奪って!!」
さやか「マミさん……!」
さやかはマミの合図を聞いてほんの一瞬だけ思考し、そして覚悟を決めた。
ほむらに向かって飛び掛り、胸元に浮かぶダークオーブを掴み取る……のではなく。
剣を振り上げ斬りかかった。
マミ「ッ!? 駄目、美樹さ……」
マミの制止はさやかには届かなかった。
さやかは既に、ほむらを単に無力化することは考えていなかった。
親友を消された怒りと憎しみに理性は支配され、目の前の仇を取ることしか考えられなかった。
振り上げられた剣はそのまま一直線に、
ダークオーブ諸共ほむらを両断する勢いで振り下ろされた。
……が、しかし。
さやか「っ、ぐッ……!」
マミ「え……!?」
マミのリボンによって拘束されていたはずの、ほむらの手。
その手が今、さやかの腕を掴んでいた。
見ると……リボンは無残に引き千切られている。
素手でリボンを引き千切られるなどマミにとっては未知の経験だった。
しかしほむらはそんなことは全く意に介さず、さやかに話しかける。
ほむら「美樹さん……お願い、考え直して。
私はあなたには本当に生きていて欲しいと思ってるの」
優しい口調で囁くように語り掛けるほむら。
しかしそんな彼女と対照的に、さやかの表情はみるみるうちに苦痛に歪む。
さやか「あ、ぅうああッ……!」
ほむら「昨日はっきりしたわ。この世界でも、まどかにとってあなたの存在はとても大きい。
あなたが不安定になったせいで、まどかのバランスまで崩れかけた。
一晩かけて以前よりもしっかりと安定させたけど、
もしあなたが消えたりすればまた崩れないとも限らない」
穏やかな口調で語り掛けるほむらと、苦痛のうめき声をあげるさやか。
さやかの腕にはほむらの指が食い込み、不吉な音と共に形を歪ませていた。
ほむら「だから私は、出来ればあなたにはこれからもずっとまどかの友達で居て欲しいの
全て忘れて今まで通りまどかの友達で居て。
これ以上苦しい思いをしたくないでしょう? だから、黙って肯いてはくれないかしら」
さやか「ッ……ゆ、るさない。絶対……絶対に……!」
ほむら「……そう」
次の瞬間、さやかの右腕が地面に落ちた。
さやか「ッうぁあぁあアアアアア!?」
マミ「なッ……!?」
ほむら「大げさね。その気になれば痛みなんか消せるでしょう?」
悲鳴を上げ地面にうずくまるさやか。
ほむらはそれを、相変わらずの無表情で見下ろしている。
マミ「み……美樹さん!!」
迂闊に手を出せないと、それまで様子を窺っていたマミ。
彼女はその判断を後悔していた。
さやかの腕が落とされるのを止められなかった自分を責めた。
しかしそれでもマミは冷静に、
今すぐさやかに駆け寄りたい気持ちを抑えてその場から銃を構えた。
それを見たほむらは銃など眼中にないと言うように目を瞑り、
そして……変身を終えた。
ほむら「あなたも……私に立ち向かうの?」
そう言ってほむらは向きを変え、マミへと静かに歩み寄る。
もう少し、もう少し待たなければと、マミは自分に言い聞かせた。
待てば待つほど、ほむらはさやかから離れる。
自分がほむらを引き付ければ、それだけさやかが回復する時間を稼げる。
そう言い聞かせ、ギリギリまで待った。
そして、これ以上は自分が危ないという距離まで引き付け、ついに引き金を引いた。
銃弾はまっすぐにほむらの肩へと向かい、そして……
マミ「ッ!? そんな……!」
ほむら「…………」
目前で弾かれた。
まるで見えない壁がそこにあるかのように。
それからマミは、あらゆる攻撃を試した。
一点への集中射撃、全方位からの同時射撃、銃や弾丸の種類を変えたりもした。
時間にすればほんの数十秒の間に、あらゆる手段を試した。
しかし……
ほむら「……もう気は済んだ?」
マミ「あ、あなた、何なの……!? その力は一体何!?
そんな、そんな強大な力、見たことがない!!」
ほむら「そうね……。言うなれば『愛の力』、かしらね」
マミ「ッ……随分、ロマンチックな説明をしてくれるわね。
でももう少し分かりやすい説明をお願いできるかしら……!」
ほむら「説明なんて要らないわ。そんなもの、必要も意味もない」
ほむら「私はまどかを幸せにするためだけに悪魔になった。
まどかを幸せにすることを願って、世界を作り変えるほどのを手に入れた。
だったら、まどかの幸せを守るためにこの程度の力が備わっているのは当然のことでしょう?」
マミ「……それで『愛の力』、というわけね……」
ほむら「そうよ。理由なんてそれで十分。
まどかを守れるこの力に、何の理屈も理論も必要ない」
マミ「そう、鹿目さんを守るために、ね……。
でも鹿目さんは本当にそれを望んでいるの……?」
ほむら「えぇ、もちろん。これはあの子が本心で望んでいる世界。
全てはまどかの幸せのため。あの子はこの幸せな世界を望んで……」
さやか「……違う。そうじゃない」
その言葉を聞いて、ほむらは首を少し傾け背後に目を向けた。
地面にうずくまっていたさやかは、ゆっくりと、目線を伏せたまま立ち上がる。
落とされた右腕は既に元通りになっていた。
マミ「! 美樹さん……!」
ほむら「……あなたに何が分かるの? 私はまどかの本心を聞いた。
あの子のことを一番わかってるのは……」
さやか「あんたがまどかから何を聞いたのかは知らない。
でも、この世界はあの子の祈りを……!
勇気と覚悟を、無駄にしてる! それだけは確かだ!!」
ほむら「っ! あなた、まさか……」
さやか「いい加減気付きなよ! あんたは勘違いしてる!
あんたのやり方は間違ってるんだよ、ほむら!!」
今日はこのくらいにしておきます
・
・
・
――憎い。
暁美ほむらが憎い。
あの子を奪ったこいつが憎い。
なんであの子が。
なんで、あの子を。
許さない……絶対に、許さない……!
「ッうぁあぁあアアアアア!?」
「大げさね。その気になれば痛みなんか消せるでしょう?」
……殺してやる……。
呪ってやる、殺してやる、呪ってやる、殺してやるッ……!
憎い、憎い、憎い、憎い……
『……こえる……? ……の声が分かる……!?』
誰……あなた。
『さやかちゃん……わたしだよ、まどかだよ。
ねぇ聞こえる……? わたしの声が分かる……!?』
……うるさい。
『ねぇお願い……! 元のさやかちゃんに戻って!!』
邪魔するな、うるさい、うるさい……!
『やめて! もうやめて!! さやかちゃん、わたし達に気付いて!!』
うるさい、うるさいうるさいうるさいッ!!
『ぁッ……さやかちゃ……お願いだから……!』
黙れ黙れ黙れ、うるさいうるさいうるさ……
『さやかあッ!!』
・
・
・
マミ「み、美樹さん、右腕は大丈夫!?」
さやか「大丈夫。血だらけだけど、傷はもう塞がってる。
それに……初めての経験じゃないしね」
マミ「えっ……?」
ほむら「……思い出してしまったのね、全て」
さやか「あんたのおかげでね。1つ何かが違えば……あのまま呪いに飲み込まれてた。
そう、あたしはあの真っ黒な感情に飲み込まれたことも、救われたこともある。
全部、思い出したよ」
ほむら「思い出したのなら分かるでしょう?
あなたが今何をしようとしているのか、その愚かさが」
ほむら「まどかに記憶を取り戻させることは、ただあの子を不幸にするだけじゃない。
あなた自身も、この世界の幸せを捨てることになるのよ」
さやか「……あんたにはちょっとだけ感謝してるよ。確かに嬉しかった。
朝みんなと会っておはようって言えて、
別れる時にまた明日って言えることは、幸せだった」
ほむら「だったら……」
さやか「でも駄目なんだよ……。
あたしは、この世界を認めるわけにはいかないんだ!」
マミ「み……美樹さん、あなたは……」
さやか「マミさん、ここはあたしに任せて。
こいつはあたしが足止めしてる。だからマミさんは、まどかを呼んで来て!!」
ほむら「そんなこと、させると思う?」
さやか「ッ! マミさん、早く!!」
ほむらが翼を広げ、宙へ飛ぼうとしたのとほぼ同時。
巨大な剣がそれを上から止めた。
剣を振り下ろしたのは異形の人魚。
魔獣に匹敵するほどの巨大な人魚がさやかの背後から現れ、ほむらに向かって剣を振り下ろしていた。
マミ「っ……!?」
さやか「円環の……この力を使っても、今のほむらは倒せない。
あたしに出来るのはほんの少しの足止めだけ……!
だからマミさん、急いで!!」
マミ「わ……わかったわ!」
ほむら「……どうしてそんなことができるの。何故またまどかを犠牲にしようとするの。
あなたはまどかの親友でしょう? まどかのことをよく知るあなたが何故……」
さやか「そう、よく知ってるよ。悪いけどあんた以上にね……!」
さやか「あんたも導かれてみれば、今あたしがこうしてる理由も分かると思うけど……?」
ほむら「まどかを不幸にする理由なんて……知りたくもない」
その瞬間、ほむらは真っ黒な翼を口調とは裏腹に荒々しく広げた。
そしてたった一度大きくはばたかせる。
直後すさまじい衝撃が発生し、さやかは人魚の魔女諸共吹き飛ばされた。
さやか「ぐっ!? うぁああぁあ!?」
マミ「美樹さん!!」
さやか「ッ……止まっちゃ駄目! そのまま行って!!」
一瞬引き返しそうになったマミだが、さやかのその言葉で再び前を向く。
正直この状況は半分も理解できない。
しかしそれでも分かるのは自分の役割はまどかを呼びに行くことなのだ、と。
さやかが決断した以上、引き返してはいけない……と。
しかしマミのその決意は、次の瞬間耳に飛び込んできた声で霧散した。
なぎさ「えっ……? こ、これ、何がどうなってるのですか……?」
少し離れたところに、なぎさは居た。
目の前に広がっている光景にどうしようもないほどの困惑の色を浮かべて、立っていた。
なぎさ「さ、さやか……! その怪我はどうしたのですか! 大丈夫なのですか!?」
さやか「なぎさ、あんたなんで……!」
ほむら「……そう言えば、あの子もあなたと同じだったわね」
さやかにギリギリ聞こえる程度の大きさで、ほむらはそう呟いた。
その声色の持つ雰囲気に、さやかは思わずほむらの方へ顔を向ける。
ほむらは……なぎさに向かって、手をかざしていた。
さやか「ッ!? 待っ……!」
さやかがほむらの言動の意味に気付いた時にはもう遅かった。
彼女の手からは既に巨大な魔力の塊が、なぎさに向けて放たれていた。
なぎさは、自分に向かって来るどす黒い光をただ呆然と見つめていた。
そしてその光が何なのか理解する暇もなく……横から、強い力で突き飛ばされた。
なぎさ「きゃあっ!?」
さやか「っ、え……!?」
ほむら「……!」
直撃だったはずのほむらの魔力は、なぎさにはかすりもしなかった。
その巨大な魔力が通った軌跡に居たのはなぎさではなく……。
マミ「ぅ、あっ……ぐ、うぅっ……」
全員がその姿を確認したのと同時に、マミは地に倒れ伏した。
呼吸は荒く、もはや立ち上がることすら不可能なように見えた。
しかしそれでもほむらは、マミが意識を繋ぎ止めていることに少なからず驚いた。
即死してもおかしくない魔力放ったはずだが……と、彼女の生命力の強さに感嘆すらした。
ただそうは言っても、既にマミは限界だった。
全身へのダメージだけではない。
彼女のソウルジェムはこれ以上魔法を使うのは危険な程に濁ってしまっていた。
さやかはすぐにマミのもとへ向かうため、立ち上がろうとした。
が、その時初めてさやかは、自分の両足の骨が砕けていることに気付いた。
回復にかかる時間自体はさほど長くはない。
しかし、近くにはほむらが居る……助太刀は、絶望的だった。
悔しさに唇を噛み、遠くからマミを見ることしかできないさやか。
その時……マミが、ぴくりと動いた。
なぎさ「あ……マ、マミ……」
突き飛ばされたそのままの体勢で、なぎさはマミを見つめ、名前を呼ぶ。
マミはその声の聞こえた方に、這うようにして、ゆっくりとなぎさとの距離を縮める。
そしてやっとなぎさに触れられる距離まで近付き……なぎさの、擦り剥いた膝に手を伸ばした。
マミ「突き、飛ばして……ごめんね……。痛かった、よね……」
なぎさ「い、痛くなんかないのです!
わたしより、マミの方がずっと、ずっと痛そうなのです!」
目に涙を浮かべてそう言うなぎさに、マミはにっこりと微笑む。
そしてマミの手は暖かい光を放ち、みるみるうちになぎさの擦り傷が治っていく。
なぎさ「え、怪我、が……? っ……マ、マミ!
わ、わたしより、マミの怪我を治すのです! マミの方がもっと、もっと……!」
しかし、マミは治療をやめない。
そのままなぎさの傷を癒し続け、元通りの綺麗な肌に戻った。
そして恐らく、なんとかしてなぎさを逃がそうと思ったのだろう。
なぎさの体にリボンが括り付けられ、遠く離れた建物へと結びついた。
そして、それと同時に……マミの変身は解けた。
リボンも消滅し、マミはそのまま動かなくなった。
なぎさ「マミ……? マミ、どうしちゃったのですか?
起きるのです、目を開けるのです! マミ、マミ……!」
なぎさは名前を呼び体を揺するが、マミは全く反応を返さない。
ほむらはそんな彼女たちの様子を黙って見続ける。
いや……ほむらが見ていたのは彼女たちではなかった。
その視線の先にあったのは、マミのソウルジェム。
さやかがそれに気付いたのとほぼ同時に……彼女のソウルジェムは、穢れと共に消滅し始めた。
なぎさ「え……? な、なに……」
さやか「まさか、これ……」
ほむら「……」
よく目を凝らさなければ、ひとりでに消滅しかけているようにしか見えなかっただろう。
しかしよく見るとそこには確かに居た。
『円環の理』が。
それは少女の形をしていた。
髪を2つに結んだ、ピンク色の可愛らしい服を着た少女だった。
そんな少女マミの頭上に浮かび、彼女を見下ろしていた。
しかしその可愛らしい外見には似つかわしくないほど少女は……酷く無表情だった。
少女はただ見下ろしていた。
その表情からは、不気味なほどに感情を読み取れなかった。
ただただ無機質な表情で、目で、少女は足元のソウルジェムを見下ろしていた。
少女は黙って、足元へ向かって片手をかざしている。
そうしてその無機質な少女はついに、マミのソウルジェムを消し去った。
マミの体を消し去った。
後には何一つ残らないほど完全に巴マミを消滅させ、少女自身も姿を消した。
なぎさは両目にいっぱいの涙を浮かべ、既に何もない空間を呆然と眺める。
さやかはかつて自分を救済した少女の変わり果てた姿に、拳を震わせた。
さやか「何よ、あれ……。今のが、まどか……?
あんな、優しさも暖かさも、何もなくて……ただ魔法少女を消滅させるだけの……!」
ほむら「勘違いしないことね。あれはまどかじゃない。
ただの概念よ。『円環の理』という名のね」
さやか「あんなのっ……あんなのをまどかは望んでたんじゃない!
まどかは魔法少女の魂を救ってあげたかったんだ!
救済があの子の願いだったんだ! なのに、あれじゃ……!」
ほむら「同じことでしょう? この世から消え去ることで絶望の輪廻から解脱する。
そこに何も違いはないわ」
さやか「違う、あんなの救いじゃない! あれじゃ魔法少女は、絶望から救われない……!」
ほむら「だとしてもそれがどうしたの?
まどかの犠牲の上に成り立つ救済なんて、無くたって構わない」
さやか「っ……あんたの気持ちは分かるよ、だけど……!」
ほむら「いいえ、分からないわ。あなたになんて、絶対に分かるわけがない。
分かってもらおうとも思わない。私の気持ちは、誰にも分からない」
さやかとは対照的にほむらは冷めた視線と静かな口調で答える。
さやかはそんな彼女の態度に……埋めようのない絶対的な差を感じ取った。
思いも、力も、自分とほむらの間には大きな隔たりがあることが今のさやかには分かっていた。
さやか「でも……だからって!」
さやかは剣を握り締め、再び立ち上がる。
それを見たほむらは彼女に向き直る。
そして……
なぎさ「……だからって、何もしないわけにはいかないのです」
その声色は、明らかに先程までとは違っていた。
ただ守られるだけの子供のそれではなかった。
その声と、そして表情からは……強い決意と意志が読み取れた。
さやか「っ!? なぎさ……!?」
ほむら「……やっぱり、私の判断は間違ってなかったわね」
そう言うが早いか、ほむらはなぎさに向かって再び魔力を放つ。
が、それはまた外れた。
ただし今度は誰かに助けてもらったのではない。
なぎさが、自分でかわしたのだ。
なぎさ「さやか! わたしはまどかのところへ行くのです!
だから少しだけ足止めをお願いしたいのです!」
さやか「わ……わかった! 頼んだよ!!」
ほむら「だから、させないと言ってるでしょう……!」
なぎさは大きな黒い泡の集合体のような形へと姿を変え、まどかの家の方へと飛んで行く。
それを追おうとほむらが翼を広げて飛ぼうとした、その時。
さやかが逆の方を見て叫んだ。
さやか「ま、まどか!? あんた、なんでここに!」
ほむら「っ……!?」
反射的にほむらはさやかの視線を追って振り向く。
……が、そこには誰も居なかった。
そしてほむらが再びなぎさの方へと向くより先に、人魚の魔女の剣がほむらを押さえつけた。
さやか「まどかのこととなると、あんた本当単純よね!」
ほむら「……まさかあなたが、こんな小賢しいマネをするようになるなんてね」
さやか「まぁね。あたしはもう酸いも甘いも噛み分けた大人なさやかちゃんなのさ!
まどかの願いを守るためにこの程度のズルい手を使うくらいにはね!」
ほむら「願いを守る? ……ふざけないで。
あなたがしていることはただ、まどかを不幸にしようとしているだけよ」
さやか「不幸か……不幸って、何なんだろうね。まどかにとっての不幸って、何だと思う?」
ほむら「そんな時間稼ぎに付き合うつもりはないわ。もう良い……もう分かった」
次の瞬間、さやかはぞくりと全身に悪寒が走るのを感じた。
その声色、目付き、纏う魔力……その全てがさやかを硬直させた。
ほむら「いつもそう。いつだってあなたは、まどかを不幸にする。
今回もそうだというのなら……もう良い。
今度こそ、今、ここで。あなたを殺してあげるわ、美樹さやか」
・
・
・
なぎさ「まどかの家は、確か……」
時間にすれば、まどかの家へ向かってからほんの数十秒。
しかしなぎさは平均的な魔法少女を遥かに上回る移動速度を以って、
着実にまどかのもとへ近付きつつあった。
……が、それでも。
なぎさ「っ……!」
尋常でない速度で接近してくる存在を、なぎさは感じ取った。
強大でおぞましい魔力……間違いない、ほむらだ。
まずい、このままではあと数秒後には追いつかれる……。
とてもじゃないがまどかの家には辿りつけない。
なぎさはそう焦りを感じた。
しかし、幸運……と言うべきなのだろうか。
なぎさは眼下に、買物袋を下げて歩くまどかを見付けた。
なぎさ「まどか!!」
名前を呼び、彼女のもとへまっすぐに飛ぶなぎさ。
その声にまどかが反応するより早く、なぎさは地に降り立ち、まどかへ接触した。
まどか「きゃっ!?」
なぎさ「まどか、大変です! 思い出すのです!」
まどか「え、えっ? なぎさちゃん、今、どこから……?」
なぎさ「どこでも良いのです!
まどか、あなたは今とても大切なことを忘れてしまっているのです!
あなたはそれを思い出さなければいけないのです!」
まどか「え、っと……? ま、待ってなぎさちゃん、ちょっと落ち着いて……」
なぎさ「まどか、あなたは魔法……」
ほむら「もう、あまりまどかを困らせては駄目よ? 百江なぎさちゃん?」
今日はこのくらいにしておきます
乙
QB「宇宙のために命を使ってくれないかな」
さやか「魔法少女のために命を使ってくれないかな」
まどっちカワイソス
なぎさ「っ……!」
まどか「あ、あれ? ほむらちゃん? なぎさちゃんのこと知ってるの?」
ほむら「えぇ。……さ、なぎさちゃん。お家に帰りましょう?」
なぎさ「ま……魔法少女なのです! まどか、あなたは魔法少女だったのです……!」
なぎさはまどかの腕にしがみ付き、彼女の目をまっすぐに見つめ叫ぶ。
しかしまどかは、困惑と混乱の色を浮かべるばかりだった。
まどか「えっ、ま、魔法少女……?」
ほむら「なぎさちゃんったら。それはあなたの夢のお話でしょう?」
まどか「? そうなの? また面白い夢を見たんだね、なぎさちゃん」
なぎさ「ち……違うのです! 夢なんかじゃないのです!
まどか、あなたは忘れてしまってるのです……!」
まどか「えっと……ありがとう、なぎさちゃん。
わたしが魔法少女だなんて、もし本当だったら嬉しいけど……」
なぎさ「ち、違うのです! そうだ、まどか! これを見ればきっと思い出すのです!」
そう言い、なぎさは変身しようとする。
円環の理による力を見せればきっと思い出してくれるはずだ、と。
だが……その考えに至るのが、ほんの少し遅かった。
ほむら「駄目よ。訳の分からないことを言って、まどかをあまり困らせちゃ」
なぎさ「あっ……」
穏やかな、静かな微笑みを浮かべながら、ほむらは……なぎさの腕を掴んだ。
その瞬間、なぎさの全身の力が抜ける。
まどかの腕に力いっぱいしがみ付いていたはずの自分の手がするりと解けた。
ほむら「さぁ、お家に帰りましょう」
ほむら「さよなら、まどか。また明日」
まどか「えっと……うん、またね。ほむらちゃん、なぎさちゃん」
なぎさ「ま、どか……」
駄目だ、ここを離れたらきっと、おしまいだ。
自分は消されて、まどかも祈りを思い出せなくなる。
そう思い、なぎさは懸命に抵抗しようとした。
しかしほむらに軽く手を引かれるだけで、自分の意思と関係なく足が勝手に進んでしまう。
駄目、このままじゃ、駄目、まどか、思い出して、まどか、あなたは……
なぎさ「希望……あなた、は……みんなの……」
まどか「え?」
ほむら「もう、なぎさちゃん? おかしなことを……」
まどか「……みんなの、希望」
まどかの口から漏れるように出た、小さな小さな呟き。
しかしその呟きはほむらの全身に悪寒を走らせた。
その声に浮かんだ色は困惑や混乱などではない。
何か核心的なものに触れられ、まどかの心が、肉体が、思い出そうとしている……。
そう、転校初日のあの時に感じた雰囲気とよく似たものだった。
まどか「そうだ、みんなの希望に……。
希望を求めるんじゃなくて、わたし自身が、みんなの……」
淡い、しかし神々しい光がまどかを包む。
周囲の景色がぐにゃりと歪む。
ほむらは……なぎさの手を離し、まどかに駆け寄って、思い切り抱きしめた。
ほむら「違うわ、まどか! あなたはあなたのまま! 鹿目まどかよ!」
まどか「みんなを救うため……わたしは、祈りを……」
ほむら「違うっ……あなたはそんなことしなくて良い!
家族や友達に囲まれて幸せに暮らすの! それがあなたなのよ!!」
まどか「ずっと昔……わたし、魔法少女……」
ほむら「駄目、やめて! まどか、違う、そんなことない! まどかぁッ!!」
まどか「……あ、れ……。えっ? ほ、ほむらちゃん? な、なんで……」
ほむら「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
あの時と違うと、ほむらはそう感じた。
あの時と違い、まどかの目覚めをすぐに抑えられなかった。
昨夜はあれほど入念にバランスを安定させた。
にも関わらず……今それが、あっという間に崩壊寸前にまで行ってしまった。
百江なぎさ……円環の理の一部に触れたことで、記憶の眠りがより浅くなったのか。
それは分からない。
分からないがしかし、何らかの要因であることには違いない……。
やはりこの世界からは消さなければならない存在が居る。
ほむらはそう確信した。
なぎさ「っ……!」
視線を向けられ、なぎさは背筋が凍りつく。
先程までとは違う、もっと明らかな敵意がその視線には込められていた。
ほむら「さぁ……今度こそ、帰りましょうか。あなたの、帰るべき場所へ」
なぎさ「ぁ……ぅ」
強い敵意……憎悪にも近い感情が自分に向けられているのをなぎさは感じた。
まどかに背を向けているためかそれを隠すことなく、ほむらは歩み寄る。
今すぐに逃げ出したいとなぎさは思った。
しかし、足が地面に固定されたかのように動かない。
ほむらが、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
この手に捕まったらきっと逃げられない。
なぎさはそう直感した……が、動けない。
思わず目を瞑り、その目からは涙がこぼれる。
そしてその手はなぎさまであと数cmにまで距離を縮めたところで……ぴたりと止まった。
ほむら「っ……!」
さやか「あんまり……子供をいじめるもんじゃないわよ、ほむら……!」
なぎさ「っ!? さ、さやか! 無事だったのですか!?」
ほむら「……まだ、動けたのね……」
さやか「まぁね……こう見えても神様の使いだからさ」
まどか「さ、さやかちゃん、その格好……? 神様の……えっ……?」
さやか「神様の使い兼、あんたの親友ってとこかな。
ねぇ、まどか。あたしはあんたの……」
ほむら「黙りなさい……! これ以上、まどかにおかしなことを吹き込まないで!」
さやか「おかしなこと、か。そうやってごまかすしかないわよね。でもね、残念。
あんたはまどかに色々隠したいかも知れないけど……あたし達はそうじゃない!」
それを合図にしたかのように、さやかとなぎさは力を開放した。
まどかの目の前で、円環の理の力を使った。
・
・
・
まどか「――こ、これ……何なの? どういう、こと……?」
まどかはただひたすらに困惑していた。
目の前で友人達が、見たこともない力を使って戦っている。
そのことがまずまどかを驚かせた。
しかし彼女の困惑の最も大きな原因は別のところにあった。
何故か理由は分からないが……自分はそれを知っている気がするのだ。
不思議な力を使って戦う少女達の姿……。
初めて見るはずの彼女達の姿。
なのにそれをどこかで見たことがあると、まどかは思った。
しかし思い出せない。
思い出さなくてはいけないような気がするのに、こんなことを忘れるはずがないのに。
記憶を上から押さえつけられているかのように、あと一歩のところで思い出せない。
そのことが一番、まどかを困惑させていた。
ほむら「くっ……!」
さやか「はぁ、はぁ……! さ、流石のあんたも、
まどかの記憶を抑えながら戦うのは難しいみたいだね!」
なぎさ「しかもこっちは、2人がかりなのです!」
ほむら「っ……」
今のほむらは、その力のほとんどをまどかの記憶を抑えることに使っていた。
戦いに使える力はほんの僅かなものに限られ、
しかも一瞬でも気を抜くとまどかの記憶が、力が目覚めてしまうかも知れない。
そんな状況でほむらは戦っていた。
当然さやかには先のダメージが残っていたが、
それでもなぎさと2人がかりでなら渡り合えるほど、ほむらの力は激減していた。
しかし長引けば長引くほど徐々にほむらが有利になる。
そのことは3人とも分かっていた。
理由はやはり、さやかだ。
彼女が一時、戦闘不能に陥ったことは間違いない。
少なくともほむらは、そのまま力尽きて死ぬ程度のダメージは与えていたつもりだった。
しかしどういうわけか、さやかには体力と魔力が残っていた。
これはほむらにとって誤算ではあったが、それでもこの状況は長くは続かない。
こうしている間にも徐々にさやかのこの世界での寿命は削られている。
だから自分は現状維持に努めていれば取り敢えずこの状況は超えられる。
ほむらはそう信じ、まどかの抑制と、さやか達との戦闘に全集中力を注いでいた。
だから気が付かなかった。
1つの影がまどかに接触しようとしていたことに。
QB「ようやく会えたね、鹿目まどか」
ほむら「なっ……!?」
さやか「イ……インキュベーター!!」
なぎさ「そんな、どうして? 何の目的で……!」
その存在に、3人はほぼ同時に気が付いた。
まどかとインキュベーターの接触。
魔女の世界においては最も避けなければならない状況。
が、この世界においてはこれが何を意味するのか……。
まどか「あ、あなたは……?」
QB「僕の名前はキュゥべえ! ずっと会いたかったんだよ、まどか。
君という存在を見つけてから、僕は何度も君との接触を試みた。
ただそのたびに暁美ほむらに阻まれていたんだ」
まどか「ほ、ほむらちゃんが……?」
ほむら「っ……えぇ、そうよ……! 私は決めたの。
もう二度とインキュベーターにまどかは触らせないって!!」
ほむらはキュゥべえに向かって手をかざし、魔力を放つ。
しかしその魔力は弾かれた。
人魚の魔女の剣によって。
ほむら「なッ……!? 美樹さやか、あなた……何を考えているの!?
今度はインキュベーターの肩を持つつもり!?」
さやか「そういうわけじゃない……。ただ、もう少し様子を見たいと思ってさ。
どちらにしろこのままじゃ埒が明かないだろうしね……!」
ほむら「様子を見る……!? 馬鹿なことを言わないで!
あいつは、あいつらは私達の! 人類の敵なのよ!?」
さやか「何よ……あんた、まだちゃんと自分が人間だって自覚があるんじゃない!」
ほむら「ッ……!!」
なぎさ「わたしも……さやかに同感なのです。
インキュベーターのことは嫌いだけど、今は賭けてみるのです!」
ほむら「ふ、ふざけないで……。そ、そうよ、大体、あいつに何ができると言うの?
だってまどかは、あの子はもう既に……!」
QB「……どうやらゆっくり説明している時間はなさそうだから、早速本題に入らせてもらうよ。
鹿目まどか。僕は君の願いをなんでも1つ叶えてあげる」
まどか「えっ……?」
ほむら「うッ……嘘よ! そんなことできるはずがない!」
QB「やっぱり。君は何か知っているんだね、暁美ほむら。
それなら君が僕の邪魔をし続けたことにも納得がいく。
この子の素質は、今までに類を見ないものだ。その大きさだけじゃなく、質そのものがね」
QB「契約済みの子とも未契約の子とも違う。まどかの素質は極めて異質なものだ。
こんな子は今まで見たことがない。
だからこそ見てみたいんだよ。この子が契約し魔法少女になった時、一体何が起きるのか」
ほむら「そんな……それじゃあまさか、本当に……!」
なぎさ「今のまどかなら、契約できるのですか……?」
QB「可能だよ。それに関しては間違いない」
まどか「わ、わたし、えっ……? 契約、魔法少女……?」
QB「わからないことだらけで混乱するのも無理はない。
僕だって君の素質については全く理解できていないんだ。
ただ……彼女達はそうでもなさそうだけどね。
特に暁美ほむらが色々と知っていることは間違いないと思うよ。
知りたいことがあるなら彼女に訊いてみると良い」
まどか「そ……そう、なの? ほむらちゃん……」
ほむら「っ……まどか、私は……」
・
・
・
本当に、何がなんだか分からない。
不思議な生き物、契約、魔法少女、素質……。
初めて見るもの、初めて聞くものばかり。
だけど……
まどか「ほむらちゃんは、最初から知ってたの……?」
ほむら「ぅ、っ……駄目よ、まどか……そいつの言葉に耳を貸しては……」
まどか「……ほむらちゃん……」
不思議……やっぱりわたし、知ってる気がする。
今初めて知ったこと、全部。
だけど本当に知らなくちゃいけないことを、わたしは多分……知らないんだ。
QB「さぁ、まどか。もし君に願い事があるのならそれを口にすると良い。
君の祈りは間違いなく叶うよ」
ほむら「駄目っ……やめて! まど……」
さやか「っと! ごめん、ほむら! もう少しだけ待って!!」
なぎさ「まどかの口から、まどかの気持ちを聞くまでは……!」
ほむら「嫌ッ、離して!! まどかぁ! まどかぁあああッ!!」
まどか「っ……」
願い事ならある。
叶えて欲しいことは、ある。
でも……分からない。
本当に良いのか分からない。
叶えなきゃいけないと思ってるけど、本当にこれで良いのか分からない。
わたしは本当に……
さやか「まどか! あんたはあんたの心に従って! 自分の心を信じて!!」
まどか「! さやか、ちゃん……」
さやか「あたしはあんたを信じてる! だからあんたも、自分を信じて!
嫌なら嫌と言えば良い、でももし叶えたい願いがあるなら!
あんたはそれを叶えるんだ!」
なぎさ「わたしも、まどかの判断に全部任せるのです!
わたしたちは、あなたの一部なのですから!」
まどか「……ありがとう、さやかちゃん、なぎさちゃん。
わたし決めたよ。わたしは……今の自分の気持ちを信じる」
2人の言葉を聞いて、急に心が落ち着いた。
そうだ……理由は分からないけど、はっきり分かる。
QB「願い事は決まったようだね。言ってごらん。君はどんな奇跡を願うんだい?」
わたしはこの願いを叶えないといけない。
わたし自身のために。
そして……
ほむら「だ、め……! まどか、お願い、やめっ……」
まどか「わたしは、ほむらちゃんと気持ちを伝え合いたい!
わたしの想いを、ほむらちゃんの想いを! 全部伝え合って、分かり合いたい!!」
――次の瞬間。
真っ白な光がまどか達を包み込んだ。
何もない光の空間に居るのは、まどか、ほむら、さやか、なぎさ、キュゥべえのみ。
少女達の服装は既に戦闘体勢ではなく、全員いつもの制服へと戻っていた。
その空間でまどかは目を瞑り、ほむらは逆に、呆然と目を見開いて跪いたまま動かない。
そしてそのまま数秒か、あるいは数分が経過し……。
まどかは出来たばかりの自分のソウルジェムをその両の手のひらで包み込み、空へと送った。
QB「! ソウルジェムを自らの手で消し去るだなんて、君は一体……」
さやか「……思い出したんだね、まどか」
なぎさ「全部、何もかも……」
そんな2人の呼びかけに、まどかは黙って小さく頷いた。
皆まどかが何か言うのを待っていた。
しかしまどかはただ黙って、胸元に手を当て黙っている。
そのまま何秒かの沈黙が続き、
まどか「っ……ぅ、ぇぐっ……」
嗚咽が沈黙を破った。
さやかもなぎさも、それには少し動揺した。
そしてその嗚咽に、茫然自失としていたほむらもようやく反応を見せる。
跪いたまま、ほむらは目の前に立つまどかの顔を見上げた。
しかし顔を上げきるより先に、まどかは腰を下ろした。
いや……膝から崩れるようにへたり込んだ。
そして地面に手を付き、震えた声で……
まどか「ご、めんなさい……本当に、ごめんなさい……!」
今日はこのくらいにしておきます
・
・
・
……初めて会った時から、ほむらちゃんは不思議なことばかり言う子だった。
わたしには、ほむらちゃんの言ってることが分からなかった。
だから分かりたかった。
『……やっぱりあなたは優しいわね。
あんなに訳の分からないことを言った私を、まだ理解しようとしてくれている』
『その気持ちだけでとても嬉しいわ、ありがとう』
そう言って笑ったほむらちゃんはどこか寂しそうだった。
そしてわたしもちょっと、寂しかった。
あなたには私の気持ちは理解できない、って。
そう言われたような気がして……寂しかった。
でもわたしは分かりたかった。
だってほむらちゃんは、すごく優しい子だと思ったから。
あの時見せてくれた笑顔を思い出すたびにわたしは、
いつかきっとお友達になれるって、そう思った。
だからわたしは、ほむらちゃんの言ってることを分かりたかった。
わたしは頑張った。
頑張って、ほむらちゃんのことを少しでも分かろうとした。
そしたらきっとお友達になれる、って。
だけど……
『でも良いの。私のことなんて気にしないで』
『気にしないで。変な子がまた変なことを言ってると、そう思ってくれれば良い』
『あなたの気持ちはとても嬉しいわ』
『私は、その気持ちだけで十分』
『あなたは私なんかより、あなたの友達を大切にしてあげて』
ほむらちゃんは、わたしに分かってもらおうだなんてこれっぽっちも思ってなかった。
ほむらちゃんは、分かってた。
わたしがほむらちゃんのことを分かってないって、分かってた。
ううん。
これからもずっと分かることはないんだって、ほむらちゃんは多分そう思ってた。
それが寂しくて……ちょっとだけ悔しかった。
こんなに分かってあげたいのに、全然分からないことが悔しかった。
ほむらちゃんにそんな風に思わせちゃうことが、悔しかった。
でもそれと同時に、不思議だった。
どうしてだろ……?
どうしてわたしはこんなにほむらちゃんのことが気になるんだろ?
ほむらちゃんが不思議な子だから?
それもある。
ほむらちゃんの笑顔がすごく優しいから?
それも、ある。
でもきっとそれだけじゃないんだと思う。
不思議な子だからもっと知りたいとか、
仲良くなれそうだから分かってあげたいとか……。
そんな気持ちとは、ちょっと違う。
わたしはほむらちゃんのことをただ分かりたいんじゃなくて……
分からないといけないんだ、って。
なぜか、ずっとそんな気がしてた。
ほむらちゃん、どうしてそんな不思議なことを言うの?
どうしてそんな風にわたしに笑いかけてくれるの?
どうしてそんな悲しいことを言うの?
どうして……さやかちゃんと、なぎさちゃんと、戦ってるの?
魔法少女、インキュベーター、契約、素質……初めて聞く言葉ばかり。
でも……知ってる。
使い魔、結界、縄張り、ソウルジェム、祈り、グリーフシード、魔女、絶望、魔獣……。
たぶん、全部知ってる。
でも……知らない。
わたしは本当に知らなきゃいけないことを、知らない。
どうしてほむらちゃん、戦ってるの?
さっきから言ってるのは、どういう意味なの?
どうしてさやかちゃん達と戦ってるの?
マミさんは?
杏子ちゃんは?
2人とも戦ったの?
もしかして、杏子ちゃんが居なくなったのと、関係あるの……?
『……私……だった』
……どうして、こんなことになってるんだろう。
『……会い……の気持ちを……なら……』
わたしは、ほむらちゃんのことを何も知らない。
何も分かってない。
それにわたしのこの気持ちも、伝えられてない。
『どんな姿……果てたと……平気だわ……』
あ……だからだ。
だからきっと、こんなことになってるんだ……。
『大丈夫。もう……ったりしない』
わたしが分かってなかったから。
わたしが伝えてなかったから。
そうだ、わたしは今までずっと……だから今、願わないといけないんだ。
わたしは、わたし達は……!
『誰にわかるはずもない』
まどか「わたしは、ほむらちゃんと気持ちを伝え合いたい!
わたしの想いを、ほむらちゃんの想いを! 全部伝え合って、分かり合いたい!!」
・
・
・
ほむら「――まど、か……?」
まどか「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
契約を交わし、願いを叶えたまどかは……ただ謝罪を繰り返していた。
ほむらにはその謝罪の意味が分からなかった。
一体なぜまどかは謝っているのか。
誰に対して何を謝っているのか……
まどか「ごめんなさい、ほむらちゃん、ごめんなさい……!」
ほむら「え……」
まどか「わたし、ほむらちゃんのこと何も分かってなかった……。
わたしのせいでほむらちゃんがあんなに辛くて悲しい思いをしてたなんて、知らなかった……!」
まどかは両手で顔を覆い、謝罪を続ける。
悲痛な声でただただ謝り続ける。
そしてその謝罪が自分に向けられていることを知り、
その意味を知り、ほむらの胸もまた強く締め付けられた。
ほむら「ま、まどか……! 違うの、謝らないで!
まどかが謝る必要なんて、どこにもないわ!」
ほむらは同じくらい必死になって、まどかに話しかける。
しかしまどかの謝罪は止まらない。
まどか「わたし、分かったつもりになってた。だけど……全然駄目だった……!
わたしの祈りは、ほむらちゃんの想いを台無しにして、無視して……!」
ほむら「そんな……やめて! そんな風に、自分を否定しないで!
あなたの祈りを否定しないで!!
私のことなんかどうでも良いの! ただあなたは、優しすぎて……!」
まどか「ううん、わたしは……自分のことしか考えてなかった。
ただ自分の願いを叶えることしか考えてなくて……。
少なくともわたしは、
ほむらちゃんにあんな思いをさせるために魔法少女になったんじゃない……!
わたし、間違ってた……わたしが、間違ってたの……」
ほむら「違うわ! そんなことない!
あれほどの優しさと勇気を持ったあなたが、間違ってるはずがない!
あなたは正しかった! 間違ってたのは……」
その言葉の続きはほむらの喉で止まり……
代わりに目から、一筋の雫が零れ落ちた。
ほむら「間違ってたのは……私……?」
ほむら「私、間違えた……? 私は、また間違え……。そう、まどかは、幸せに……。
あの願いは……まどかは、私は……まどかのため……」
まどか「えっ……ほむら、ちゃん?」
ほむら「……違う……私は、まどかのために……。
まどかの……うそ、私、私は……違う、私は……私の……!」
ほむらは俯き、頭を抱える。
ブツブツとうわごとのように、文章にならない言葉を口にし続ける。
その時、コロン、と音を立て何かがほむらの膝元へと転がった。
それは彼女のダークオーブ。
様々な色が混ざり合い、複雑な濁りを見せるダークオーブ。
しかしその色は今……みるみるうちに1つの色に侵食されつつあった。
さやか「っ! まさかあの色……っ!」
なぎさ「あの濁り方は、『絶望』の……!?」
QB「へぇ……ソウルジェムとは別物だと思っていたけれど、絶望で濁りはするんだね。
となると、暁美ほむらは一体これからどうなってしまうのかな」
ほむら「……そっか。私……また、間違えたんだ……。
私はまた……う、ぅうっ……うぁぁああぁ……」
ほむらは頭を抱えたままうずくまる。
自分がまた間違っていたのだと気付き、愛が絶望に侵されていくのをほむらは感じていた。
ほむらの想いが、愛が、全てが、みるみるうちに絶望に染まっていく。
しかし……彼女がそれを許さなかった。
まどか「違う、ほむらちゃん……! あなたは間違ってなんかない!」
小さくうずくまるほむらを包み込むように、まどかは彼女の体を抱きしめる。
その瞬間、ほむらは今までにない温かさを感じた。
体の震えがぴたりと止まるのが分かった。
ほむら「まど、か……」
まどか「わたし、すごく嬉しいよ。ほむらちゃんがわたしのためにあそこまでしてくれたんだもん。
それを間違ってるだなんて、言えるはずないよ……!」
まどかはほむらを抱きしめたまま、力強く言う。
しかしほむらは、そんな彼女の肩を掴み、自分からぐいと引き離した。
ほむら「っ……違う、違うわ……! あなたも、もう分かっているんでしょう!?
私の想いが、すべて伝わってしまったんでしょう!?」
まどか「……うん、伝わったよ。
ほむらちゃんがわたしのこと、すごく大好きでいてくれてたこと」
悲痛な歪みを見せるほむらの表情に、まどかは、涙を浮かべつつもにっこりと微笑みを向けた。
しかしその微笑みから目を背けるように、ほむらは俯く。
そしてぽつりと呟いた。
ほむら「私、は……あなたに、傍に居てほしかった。どこにも行かないで欲しかった……」
俯いたままほむらは続ける。
自分の感情を吐き出すように、体を震わせ、声を震わせ……
ほむら「あなたの幸せももちろん考えていたけど、それだけじゃない……!
私は……あなたを自分の近くに置いておきたかった!!」
まどか「……うん」
ほむら「あなたに私と同じ世界に居て欲しかった! 笑顔を見せて欲しかった!
幸せな姿を見たかった! 私は、幸せなあなたを、この目で見たかった……!」
まどか「うん……」
ほむら「私は……あなたに幸せになって欲しかったんじゃない……!
……私の手で……あなたを、幸せにしたかった……。
私がこの手で、あなたを、あなたの幸せを……守りたかった……」
ほむら「でもそのためには、まどかの願いを無視しなくちゃいけない……。
だから、私は……あの時のまどかの言葉を免罪符にして……。
自分の願いを、ただ自分勝手に……」
ほむらの言葉はそこで途切れた。
吐き出したいものを全て吐き出したというように、嗚咽のみがまた溢れ出した。
そんな彼女の両頬に、まどかはそっと手を添える。
まどか「ほむらちゃん、顔を上げて」
静かにそう言って、優しくほむらの顔を上げさせた。
涙を浮かべたほむらの瞳に映ったのは、同じように涙を浮かべた2つの瞳。
まどか「本当に……ごめんね、ほむらちゃん」
ほむらはその瞳を見て、何かを感じ取った。
ただ謝罪をするだけでなく、今のまどかの目には……
何か決意めいたものが浮かんでいることにほむらは気付いた。
まどか「ねぇ、ほむらちゃん。1つだけ聞かせてもらっても良いかな?」
ほむら「……何……?」
まどか「わたし、今のほむらちゃんの気持ちを知りたい。
さっきの願い事で知った、『今まで』の気持ちや想いじゃなくて……。
『今』のほむらちゃんの気持ちを知りたいの」
ほむら「今の……私の気持ち?」
まどか「今でもまだ……わたしのこと、幸せにしたいと思ってくれてる?」
ほむら「……それは……。でもあなたは、もう……。
だったら……私にできることなんて……」
まどか「ほむらちゃん。わたしね、今度は……ううん。
今度こそ、あなたに幸せになってもらいたいの。
だからもしほむらちゃんが望むなら……わたしはもう一度、あなたの世界に戻るよ」
なぎさ「えっ!? そ、それ……えぇっ!?」
さやか「まどか……本気なの?」
まどか「……うん」
ほむら「私の、ため……? あなたは、私のために、この世界に残ろうとするの……?」
まどか「わたしは……自分の祈りのために、ほむらちゃんの幸せを犠牲にしてた。
だから……」
そこでまどかの言葉は途切れた。
突然ほむらに、強い力で肩をつかまれて。
まどかは驚いて目を見開く。
ほむらの手は小刻みに震え、そしてその目からは、更に大粒の涙がこぼれていた。
ほむら「……あなたは、本当に優しすぎる……!」
その震えた声には、喜びと、感動と、悲しさと……ほんの僅かな叱責の色が滲んでいた。
まどか「ほむら、ちゃん……?」
ほむら「そう言ってくれるのはとても嬉しいわ……でも、言ったでしょう!?
その優しさがもっと大きな悲しみを呼び寄せることもあるって……!」
まどか「でも、わたしは……」
ほむら「あなたが友達や家族と一緒に居たいと言うのなら、喜んであなたの望みを叶えるわ……。
でも違う! この世界に残ることはあなたの本当の望みじゃない!
あなたは私のために……今度こそ自分を犠牲にしようとしている!!」
まどか「っ……!」
ほむら「そんなの、嫌……そんなことをされたら私は、私は、また……!
私はもうそんなこと望んでない! あなたの本当の気持ちを知って、私は……!」
まどか「ごめん……。わたし、やっぱり駄目だね。
ほむらちゃんのこと、やっぱり全然わかってなかった……」
まどか「……ほむらちゃん。わたしは駄目な子だから、
もしかしたらまた間違って、ほむらちゃんのこと傷つけちゃうかもしれない」
ほむら「っ……まどか……」
まどか「だから……聞かせて欲しいの。今、ほむらちゃんが望んでることを、
ほむらちゃん自身の口から、はっきりと。もうほむらちゃんを傷つけなくても良いように」
まどかはほむらの目を見つめて、そう言った。
ほむらも潤ませた瞳を大きく見開いて、まどかを見つめ返している。
手を取り合い、向かい合っている2人。
互いに重なり合う視線はこのまま動かないかのように思えた。
……が、その視線は前触れなく外される。
ほむらはまどかと見詰め合うのをやめ、彼女にめいっぱい力強く抱きついた。
ほむら「私は、ただ……まどかと一緒に居たい!! どこでも良い、あなたが居ればどこだって良い!!
あなたが、あなたの願いを叶えて、幸せを手に入れた姿を……
あなたの傍で見ていたい! これからずっと、まどかと一緒に居たい!!」
まどか「……ありがとう、ほむらちゃん。わたし……すごく嬉しい」
まどかはほむらに負けないくらい力強く彼女の体を抱きしめ、優しく囁いた。
そのまましばらく抱き合った後、そっとほむらの方から離れ、再び2人は目を合わせた。
ほむら「元の……まどかが祈った世界に戻りましょう。あの時の、あの瞬間に」
まどか「うん……」
ほむら「だけど、その前に……1つだけお願いがあるの。聞いてくれる?」
まどか「良いよ、何?」
ほむら「私……謝らなくちゃいけないわ。だから……」
まどか「……うん」
優しく微笑み、まどかは頷く。
そしてその直後……ほむらのすぐ後ろに淡い光が生まれ、徐々に形を成し、2つの人影となった。
なぎさ「っ……!」
マミ「……2人とも仲直りできたみたいで安心したわ。すごく心配したんだから」
杏子「ったく……あたしが言うのもなんだけど随分やんちゃしてくれたよな、ホント」
さやか「杏子、マミさん!!」
杏子「よぉ。なんか変な感じだよな、こうしてまた会うってのはさ」
さやか「き、杏子、あたし、あたし……!」
杏子「大丈夫、もう向こうで十分聞いたよ。あんた滅茶苦茶謝ってたじゃないか。
あたしもさ……色々悪かったよ。ごめんな、さやか」
さやか「ぅっ……杏子ぉ……」
なぎさ「マミぃー!」
マミ「きゃっ! ……ごめんね、不安な思いをさせちゃったわね」
なぎさ「良いのです! マミのおかげで私は……! うぅ、マミぃーっ!」
あの世界で失った2人との再会を喜ぶさやかとなぎさ。
そしてそんな彼女達を見て、ほむらは気まずそうな、申し訳なさそうな顔で、
だがしっかりとした口調で話しかける。
ほむら「本当に……ごめんなさい。
謝って済むような問題じゃないことは分かってるわ……」
マミ「暁美さん……」
ほむら「だけど、世界が造り変わって元の世界に戻ったら
あなた達2人は体を取り戻して……そしてこの記憶を忘れてしまう。
だから、あなた達が私の罪を覚えてる今……」
謝罪の言葉を、節々に力を込めながら紡いでいくほむら。
しかしそれは思いも寄らないほど優しい口調で止められた。
マミ「良いの、気にしないで。あなたにはあなたの信念があったんだってちゃんと分かってる。
それに、そんなに反省しているんですもの。責められるはずがないわ」
杏子「まぁね。それになんつーか……。
あんた、自分で言うほど悪魔って感じでもなかったみたいだしね。
その気になりゃあたし達のことなんか文字通り瞬殺できたはずなのに、
あんたは最後まで、結局誰一人殺さなかった」
ほむら「……!」
杏子「あたしの時はわざわざ魔力使わせて、円環の理に導かせただろ?
マミの時だってトドメを刺さなかったし、
そもそもあんたが本当に全力だったら最初の一撃で間違いなく死んでたはずさ」
さやか「……考えてみればあたしの時もそうだ。
あたしの命を奪おうと思えばそのチャンスはいくらでもあったはずなのに、
何故かあたしは生き延びた……」
なぎさ「じゃあさやかが生きてたのは運が良かったというわけではなかったのですか?」
マミ「えぇ。暁美さんは無意識のうちに……私たちを殺すのを避けていたんだと思う」
杏子「逆にそんなあんたを殺す気満々のどっかの誰かさんも居たけどさ」
さやか「うっ……は、反省してます」
杏子「冗談だよ。あたしのために怒ってくれたんだし……そんな悪い気はしてないさ。
……ま、とにかくそういうこった。あんたは思ったより人間だったってことだよ」
予想外の反応にほむらは目を丸くする。
しかしすぐ、再び顔を俯かせた。
ほむら「だとしても……私があなた達を切り捨てようとしたことに変わりはないわ」
そう言い、やはり謝罪を続けようとするほむら。
その表情からは彼女の強い罪悪感が読み取れた。
しかしその謝罪も、今度は強い口調で中断される。
杏子「あぁー、もうわかった! 確かにほむらは悪い、悪かった!
だけど許す! だからもうウダウダ言うんじゃねぇ!」
ほむら「っ……でも……」
杏子「うるせぇよ! やられた本人が許すって言ってんだからそれで良いだろ!
それとも何? あんた文句でもあるわけ?」
ほむら「……本当に? 本当に、許してくれるの……?」
マミ「えぇ、もちろん。私も佐倉さんと同じ気持ちよ」
ほむら「ぁ……ありがとう。ありがとう……!」
恐らくは心の奥底に隠していた罪悪感から解放され、
ほむらはようやく謝罪以外の言葉……感謝の言葉を口にした。
そして目元を拭い、まどかの方へ振り向いた。
ほむら「……これで私はもう、この世界に思い残すことはないわ」
それを見てまどかは微笑み、声をかけようとする。
しかしその前に、表情を改めたほむらが先に口を開いた。
ほむら「でも、まどか。あなたはそうじゃないはず」
まどか「えっ……?」
ほむら「あなたは後悔してた。大切な人たちと離れ離れになったことじゃない……。
大切な人たちに何も伝えられないまま別れてしまったことを、後悔してた」
ほむらの言葉が何を意味しているのか。
何を言おうとしているのか。
それは次のほむらの言葉で、はっきりと分かった。
ほむら「今ならまだ、私の世界も残ってる。
あなたも人として……家族に会うことができる」
まどか「……!」
ほむら「どのくらい伝わるかは分からない。だけど、伝えるべきだわ。
あなたの想いと、言葉を。それから美樹さんと、なぎさちゃんも。
想いを伝えておきたい人が居るのなら、会うべき」
なぎさ「えっ、でも……」
ほむら「あなた達がそうしてくれれば……
私の作ったあの世界にも少しは意味があったんだって、そう思えるから」
さやか「……ほむら……」
ほむらはうつむき気味に微笑んだ。
しかしすぐに目を上げ、まどか達を見つめなおす。
そしてその目に促されるように……まどかはようやく応えた。
まどか「そ、それじゃあ……1日だけ、お願いしても良いかな」
ほむら「えぇ。大丈夫、安心して。
キュゥべえのことは私が見張ってる。邪魔はさせないわ」
QB「あぁ、僕のことを忘れてたわけじゃなかったんだね。
だったら色々と説明してはくれないかな」
ほむら「その必要はないわ。どうせ全て忘れてしまうのだから」
QB「それが本当なら確かにそうかも知れないけど……」
マミ「それじゃあ……私と佐倉さんはここでみんなとお別れね」
杏子「しっかり挨拶済ませてきなよ。
あたしはマミと2人で、いつか迎えに来てもらうの待ってるからね」
そう、マミと杏子が人の形で存在できるのはこの空間でのみ。
まどか達がほむらの世界に戻るということは、
次に出会うのは世界が作りかえられた後の、更に円環の理に導かれた後ということになる。
マミも杏子も、他の皆も、やはり少し寂しそうではあった。
しかし、悲しみは無かった。
さやか「……うん。そんじゃ、あたしもまどかと一緒に迎えに行ってあげるよ!」
なぎさ「もちろんわたしも行くのです!」
まどか「あははっ……じゃあ、みんなで迎えに行くね! もちろん、ほむらちゃんも一緒に」
ほむら「えっ……良いの?」
杏子「なんだよ、あんただけサボる気かい?」
マミ「暁美さんに会えるの、楽しみにしてるわね」
ほむら「……ありがとう、2人とも」
まどか「マミさん、杏子ちゃん……わたし達、応援してるね」
なぎさ「マミ、頑張るのです! なぎさも一生懸命応援するのです!」
マミ「ふふっ。えぇ、ありがとう」
さやか「ずっと見ててあげるから、手ぇ抜いたりするんじゃないわよー?」
杏子「はいはい、頑張らせてもらうよ。
んじゃ、そろそろ行きな。そっちも別れの挨拶しっかりやんなよ?」
ほむら「えぇ……それじゃあ、まどか」
まどか「……うん」
ほむらの合図でまどかは目を閉じる。
その直後、まどかの体は光を放ち、徐々に強まり、その場の全員を飲み込んだ。
そして気付けば周りの風景は先程の街中へと戻り、
マミと杏子以外の全員が、そこに残っていた。
さやか「あ……本当に残ってたんだ。ほむらの世界」
ほむら「今は、ね。だけどまどかの力が完全に戻った今、
世界のバランスそのものが安定を失っている」
なぎさ「! それじゃあ、この世界はもう……」
ほむら「えぇ、長くはもたない」
さやか「……そっか」
ほむら「今日の24時、あの丘で待ってる。だから、まどか……」
まどか「うん……わかった。ありがとう、ほむらちゃん……!」
そう言い残し、まどかは駆け出した。
家へ向かって、家族との最後の時を少しでも長く過ごせるように。
ほむら「……あなた達も、行って」
ほむらに促され、さやかとなぎさも背を向けて走り出した。
ほんの少しだけ笑顔を浮かべて、ほむらはその後姿を見送った。
そして後にはほむらとキュゥべえだけが残される。
ほむら「さぁ……インキュベーター。あなたは私と時間を潰しましょうか」
QB「その間に出来れば僕にとって有益な話を聞かせもらいたいものだね」
ほむら「言ったでしょう? 話したってどうせあなたは忘れてしまう。
そうでなくても、私の口からあなたに情報を与えることはないわ。
もう二度と、決して」
QB「やれやれ……」
今日はこのくらいにしておきます
次の更新は多分土曜になります
その更新で多分終わります
・
・
・
まどか「はぁ、はぁ、はぁ……ただいま!」
タツヤ「! ねーちゃ、おかえりー」
知久「おかえり、まどか。おつかいご苦労様」
まどか「う、うん。ねぇパパ! 今日はママ、早く帰れるんだよね?
晩ご飯、みんなで食べられるんだよね!」
知久「そうだけど、それがどうかしたかい?」
まどか「あ、あのね、えっと……。
今日の晩ご飯、わたしも一緒に作りたいの」
知久「えっ、まどかも一緒に?」
まどか「い、良いかな……?」
知久「それはもちろん良いよ。でも、どうして突然?」
まどか「えっと……今日お友達と料理の話になって、
それでなんとなくって言うか、うまく言えないんだけど……」
知久「あははっ。わかった、それじゃあ手を洗って準備しておいで」
まどか「! うん!」
知久「タツヤー、今日はお姉ちゃんのご飯を食べられるぞー? 楽しみだなー」
タツヤ「たのしみー!」
・
・
・
詢子「ほぉー、今日の夕飯はパパとまどかの合作か!
見た目は美味しそうだが、さて味の方はどうかなー?」
まどか「あ、味もちゃんと美味しいよぉ! 多分……」
知久「あはは、じゃあ早速いただこうか」
タツヤ「いただきまーす!」
詢子「どれどれ……む! なるほどね、味付けはまどか担当か」
まどか「えっ。も、もしかしてまずかった?」
詢子「ふふっ、いいや。まずいなんてとんでもない……腕を上げたね、まどか! 」
まどか「! それじゃあ……」
詢子「あぁ、パパとは違う味付けだけどちゃんと美味い! ねー、タツヤー?」
タツヤ「うん! おいしー!」
まどか「そっか……えへへっ。良かったぁ」
詢子「いやー、まどかも随分成長したもんだね。初めて作った料理なんか、
一体何をどう間違えればあんな味になるのか逆に関心したくらいだったのに」
知久「あぁ、あれは確かに……」
まどか「ず、ずっと昔の話でしょ! もうあんな失敗しないよぉ!」
詢子「あん時は将来まどかの旦那になる奴は苦労すると思ったもんだが、
これなら心配はいらないな! いつでも嫁に行けるぞ!」
知久「ママったら気が早いよ。結婚なんてまだまだ先の話さ」
まどか「あ……あはは、そうだよママ! わたしは、まだ、結婚なんてしないよ!」
タツヤ「? けっこん?」
詢子「そ、結婚。お姉ちゃんもいつかね、ママになっちゃうのさー」
タツヤ「ママ? ねーちゃ、ママになるのー?」
まどか「も、もうタツヤまで。だからそれはまだ……まだ、先の話!」
・
・
・
そうしてまどかは家族との夕食を終えた。
今はリビングでのんびりと、テレビを見て、他愛無い会話を交わして、
普通の少女が普通に過ごすように、家族との時を過ごしている。
しかしその『普通』は、なんでもないようなことをきっかけにして終わりを告げた。
知久「あれ? タツヤ、もしかして寝ちゃってる?」
タツヤ「くー……くー……」
詢子「ほんとだ。こんなとこで寝てると風邪ひくぞー?」
まどか「あ……じゃあ、わたしが部屋まで運ぶね」
知久「そうかい? それじゃ、よろしく頼んだよ」
まどかはタツヤをおぶり、部屋まで運ぶ。
起こさないようゆっくりとベッドに降ろし、布団をかけた。
すやすやと幸せそうに眠るタツヤ。
その寝顔を、まどかはベッドの淵に腰掛けてじっと見つめる。
そして布団から出てる手を、そっと握った。
まどか「……覚えててくれて、ありがとう」
そう言葉にした瞬間、つんと鼻が痛くなるのをまどかは感じた。
……いけない、我慢しないと。
こんなことで泣いてたら、何も伝えることなんてできない。
そう思い、決意し。
タツヤの頭を軽く撫でて立ち上がった。
まどか「おやすみ……タツヤ」
・
・
・
知久「あ、お帰りまどか」
詢子「タツヤはちゃんと寝付いた?」
まどか「うん、大丈夫。ぐっすりだよ」
まどかはにっこりと笑って言った。
しかしその表情はどこかいつものまどかのそれとは違う。
両親は敏感にそのことを感じ取った。
2人がその疑問を口にするより先に、まどかは話を切り出した。
まどか「あのね、パパ、ママ……。聞いて欲しい話があるの」
詢子「……大切な話?」
知久「……」
詢子はその表情を柔らかくも真面目なものにし、知久は黙ってテレビを消した。
ソファに並んで座っていた2人だが、その間を少し開けてまどかの座るスペースを作る。
まどかは黙ってそこに座って、『話』を始めた。
まどか「話って言ってもね……これは『お話』。
1人の、女の子のお話なの。どこにでも居る普通の、幸せな女の子のお話」
そうしてまどかは語り始める。
ずっと昔の、とある少女の不思議な物語を。
・
・
・
契約、奇跡、魔法少女……。
場合によっては笑い飛ばされかねない言葉が次々と出てくる物語。
そんな物語をまどかは静かに語り出し、そして詢子も、知久も。
静かに黙って聞いていた。
まどか「――それで、女の子は……また居なくなることにしたの。
せっかく戻ってこれたんだけど、やっぱり自分の願いのために……」
物語は、一度現世に帰ってこられた少女が再び消え去ろうとするところまで進んだ。
まどかはそこで一呼吸置き、そして続けた。
まどか「でも女の子は後悔してたの。家族に、何も伝えないまま居なくなっちゃったから。
だから今度は、今度こそは、って……自分の想いを、家族に伝えることにしたの。
……すごく、幸せだった、って……」
それまで淡々と語っていたまどか。
しかし『少女』の想いを語り始めてから……その口調は変化を見せる。
言葉の流れは滞り、声も僅かに震え始める。
まどか「わたしに、幸せをくれて……ありがとう……。
それから、勝手に、居なく、なっちゃって……ごめん、なさい……」
小さかった震えが、徐々に大きくなる。
震えは嗚咽になり、しかしそれでも、その言葉は止まらない。
まどか「……ごめんなさい、勝手で、ごめんなさい、っ……ごめんなさい……!
自分勝手で、わがままで……ごめんなさい……!」
少女は悔いていた。
家族に自分が忘れられたことではない。
家族に、自分を忘れさせてしまったことを。
少女の家族は自分たちも知らぬ間に、少女のことを忘れさせられた。
少女は祈りのために、家族に自らを忘れさせた。
それも別れの言葉も謝罪の言葉も何一つ伝えることなく、一方的に……。
少女はその気持ちを忘れていた。
いや、忘れようとしていた。
悔やんでも仕方ない、届かない謝罪に意味はない、と。
しかし今、少女は初めて家族に対する謝罪の気持ちを面と向かって口にした。
そして自らの口から出た謝罪は、抑え付けられていた少女の罪悪感を爆発させた。
体は嗚咽に震える。
震えながらも謝罪の言葉を繰り返す。
繰り返せば繰り返すほど、その言葉は少女の心を締め付ける。
しかし少女は謝らずにはいられなかった。
過去だけでない。
未来の行いをも少女は謝る。
自分は昔、家族に自分を忘れさせた。
そして今、再び同じことを繰り返そうとしている。
そのことを少女は謝る。
許しを得られるとは思ってなかった。
しかし謝らずにはいられなかった。
だからこそ謝らずにはいられなかった……。
だがふいに、謝罪と体の震えはぴたりと止まる。
少女の体が、心が……自分のよく知る温かさに包まれた。
詢子「『ありがとう』、ってさ。その言葉だけで十分だと思うんだよ」
まどか「え……」
詢子の言葉に、まどかは顔を上げて両親を見る。
困惑して当然の突拍子もない物語と、涙と謝罪。
しかし両親は、とても優しい笑顔を浮かべて娘を見つめていた。
知久「……僕はね、その子はすごい子だと思う。
まどかの話を聞く限りじゃ、その子はきっと自分が犠牲になったとさえ思っていないんだろう?
そんな風に誰かのために頑張れるなんて、なかなかできることじゃないよ」
まどか「パパ……」
詢子「パパの言う通り。そんな立派に育ってくれて、
きっと両親にとってその子は……自慢の娘だったんだろうな」
まどか「っ……ど、どう、思うかな……?
その子のパパとママは、その子が居なくなっちゃうこと、どう思うかな……」
詢子「そりゃあ寂しいに決まってるさ。愛する娘が自分のもとを離れるんだから」
詢子「でもね、そういうもんなんだよ。親子ってのは」
まどか「そ……そういう、もの?」
知久「そうだね……。子供はどんな形でもいつか親離れをして、自分のことを一生懸命がんばる。
そして親は子供の旅立ちを笑顔で見送らなきゃいけないんだ。
それが、親が子供にしてあげられる最後の仕事なんじゃないかな」
まどか「で、でも、忘れちゃうんだよ?
パパもママも、その子のこと、忘れさせられるんだよ……?
なのに、怒ったりしないの? 悲しくないの……?」
詢子「自慢の娘が正しいと信じて、自分で決めた道だ。
それを応援してやるのが親ってもんだよ。
ちっとは寂しいと思うかも知れないが、間違っても怒ったりなんかするもんか。
きっとその子の親も誇りに思ってるさ。娘の成長をね」
詢子「ただまあ、不安がないわけじゃないだろうな。
娘を送り出した後のことよりも寧ろ、娘を送り出す前……。
今までの自分たちがどうだったかってことがさ」
まどか「い、今までの……?」
詢子「今まで自分たちは、その子を幸せにできていたか。
親にできることを全部やってやれたか……そういう心配は、するんじゃないかな」
知久「そう。だからさっきママは言ったんだよ。
『ありがとう』っていうその言葉だけで十分だって。
その言葉が聞ければ安心できるからね。
自分たちはちゃんと、娘に幸せをあげられたんだ、って」
まどか「……!」
詢子「そういうことさ。だから……『ごめんなさい』も『さよなら』も要らないんだよ。
『ありがとう』って言われるだけで、こっちは満足なんだからさ」
まどか「じゃ、じゃあ、もしも……」
まどか「もしも、パパとママがその子の両親だったら……!」
と、まどかが言いかけたその時。
リビングのドアが開く音がした。
3人揃って振り返るとそこには、
タツヤ「ねーちゃ、どったの……?」
まどか「タツヤ……」
涙目の姉を心配してか、じっとまどかを見つめるタツヤ。
知久は黙って立ち上がりタツヤの元へ行き、そして抱えて戻ってきた。
再びまどかの隣に座りなおし、自分の膝の上にタツヤを座らせる。
知久「その子にも、タツヤくらいの弟が居たんだよね?」
まどか「あ……うん……」
タツヤ「?」
詢子「それじゃ、話の続きをしようか。
あたしらがその子の両親だったら……何?」
まどか「……も、もしも、そうだったら……。
もう一度居なくなっちゃうその子に、なんて言うの、かな……って」
ほんの数秒の沈黙。
そしてその沈黙は、2人の声に同時に破られた。
「がんばれ」
詢子「……かな。あはは、パパと思いっきり被っちゃったね」
知久「な、なんだかちょっと恥ずかしいな」
全く同時に、全く同じ言葉を発した2人。
照れくさく笑い合う両親を見て、まどかは一瞬目を丸くした後、
まどか「……ぷっ、あはははっ……! 2人とも、仲良すぎだよぉ」
そう言って、まどかは笑い出す。
そんなまどかに両親も、にこやかな笑顔を浮かべる。
と、まどかの手に、小さな手が重なった。
タツヤが知久の膝の上から身を乗り出し、まどかの手を握っている。
まどか「あはは……ん、どうしたのタツヤ?」
笑顔を残したまま、まどかはタツヤに目を向けた。
そしてタツヤはじっとまどかの目を見て、言った。
タツヤ「ねーちゃ、がんばってー」
この時のタツヤが何を考えていたのか、それは分からない。
知久と詢子の言葉を聞いて、深く考えずにまどかにその言葉を言ってみただけかも知れない。
しかし少なくともまどかとってその言葉は……
まどか「……あはは、ぅん……うんっ……ありがとう、タツヤ。
あは……ぅ、ぁあ、ぅあぁああん……うあぁああぁああん!」
笑顔は泣き顔に、笑い声は泣き声に変わった。
まどかは、今度は嗚咽を抑えることなく泣いた。
タツヤを抱き、両親に抱きしめられながら泣いた。
何度も同じ言葉を繰り返しながら泣きじゃくった。
先程とは違う……感謝の言葉を何度も何度も繰り返した。
わたしを幸せにしてくれてありがとう
わたしを信じてくれてありがとう
わたしを応援してくれてありがとう……
言葉では伝えきれない想いを少しでも伝えようと、何度も何度も繰り返した。
途中からはその言葉も途切れ、泣き声だけとなり、
徐々にその泣き声も小さくなっていき、最後の最後に残ったのは……
今までで一番の、笑顔だった。
・
・
・
――もうすぐ、日付が変わる。
家族はみんな寝室に行って、多分もう寝静まっている。
まどかは着替えを終えて自分の部屋を出て、階段を降り、
玄関へ行って靴をはき、そして扉を開けた。
玄関を出る前に、もう一度家の中を振り返る。
そして小さな声で、笑顔で一言。
まどか「ありがとう」
そう言い残し、外へと駆け出した。
・
・
・
ほむら「……」
今夜は月が明るい。
丸くて大きな月が浮かんでる。
そんな夜空の下、ほむらは丘の上のベンチに1人、座っていた。
キュゥべえは少し離れたところからその様子を見ている。
と、キュゥべえは1人の影がほむらに近付くのを見、
一瞬遅れてほむらもそれに気付き振り返った。
ほむら「……早かったのね。まだ時間はあるわよ」
さやか「良いよ。もう挨拶は済ませちゃったから」
ほむら「そう」
一言だけ返して再び前を向くほむら。
その対応に少しだけ笑みをこぼし、さやかはほむらの隣に座った。
さやか「そんな冷たい反応しないでよ。あんたと話をするために早めに来たんだからさ」
ほむら「……話?」
さやか「うん。まぁ話っていうか……謝らなきゃいけないと思ってね。
……言い訳になっちゃうんだけどさ、一応、色々と理由はあるんだよ……」
ほむら「……」
さやか「まどかが祈った時の気持ちを全部知ってたからとか、
円環の理の一部としてはそれを取り戻さないわけにはいかなかったからとか、
一度救済されたからこそ、その大切さがよく分かるからとか……。
まぁそんな感じの理由があってさ。
それにあたしは……あの時のまどかの気持ちを否定したくなかったんだ」
さやか「だけど、少なくともあんたのことを間違ってるだなんて言うべきじゃなかった。
あたしも結局、よく分かってなかったんだと思う。
ただまどかの世界を取り戻すことだけを考えて、そればっかりだった。
そういう意味じゃ、間違ってたのは寧ろあたしの方だったのかも、って思ったりして……」
ほむら「……あなたも私も、似たもの同士だったということよ」
さやか「え?」
ほむら「私はまどかの祈りより、あの子の人としての生を守ろうとした。
あなたは、その逆だった。逆だからこそぶつかった。
2人ともまどかを守るという点では同じ立場だったはずなのにね」
さやか「ん……そうだね」
ほむら「何が間違ってるとか、正しいとか、そんなことを言い出すとキリがないわ。
ただ、まどかを大切に思うその気持ちだけは絶対に間違いなんかじゃなかった。
それだけは絶対確実。そうでしょう?」
ほむら「私は今でも、人としての生を送ることも幸せの1つの形だと思うし、
仮にそれがまどかにとって唯一の、最大の幸福であったなら、
私はやっぱりそれを守るために手段は選ばなかったでしょうね。
そういう意味では、私は自分が間違っていたとは思わない」
そこでほむらは一度言葉を切る。
そして一瞬だけさやかに目を向け、続けた。
ほむら「ただ……もちろん反省はしているわ。
あなたにした色々な酷いことを含めて……。ごめんなさい、美樹さん」
さやか「えっ、あぁいや……。あはは、良いよ別に」
ほむら「……とにかく、そういうこと。あなたが私に謝る必要なんてないわ。
あなたは私の敵だったけれど、あなたにはあなたの正しさがあった。
そしてそれを信じて行動していたのだから」
さやか「うん……ありがと、ほむら」
ほむら「どういたしまして」
会話はそこで途切れ、それからしばらく2人はただ並んで座り続けた。
・
・
・
なぎさ「……あっ、ほむら、さやか! お待たせなのです!」
二人の会話が途切れてから少し経って、なぎさもやって来た。
手に持ったチーズケーキを食べながら。
さやか「あんたこんな時にまで……」
なぎさ「こんな時だからこそなのです。チーズを食べられるのはこれが最後なのですから」
ほむら「家族とのお別れは済ませたの?」
ほむらのその質問に、
なぎさはチーズケーキの最後の一口を飲み込んでから、笑顔で答えた。
なぎさ「はい。たくさん、たくさんたくさんお話したのです。
いつもよりずっと遅くまで起きてるからみんなちょっと不思議がってたけど……。
だからもう、大丈夫なのです!」
さやか「そっか。じゃああとは……」
と、言葉を言い切る前にさやかは気付いた。
なぎさも気付いて振り向き、ほむらはベンチから立ち上がる。
まどか「……みんな、待たせちゃったかな?」
さやか「ううん、全然」
なぎさ「なぎさは今来たばかりなのです!」
ほむら「もう、良いの?」
まどか「うん……。ありがとう、ほむらちゃん。
ほむらちゃんのおかげで、心に残ってたモヤモヤがすっきりしちゃった」
ほむら「……そう、良かった」
まどか「ほむらちゃん……わたしね、今なら胸を張って言えるよ。
わたしは今、これまで以上に幸せなんだって」
ほむら「!」
まどか「だって、わたしのことを愛してくれてる人が居る。
大好きな人たちがわたしのことを応援してくれてる。
こんなに幸せなことって、きっとないと思うの。
ほむらちゃんのおかげで……わたし今、とっても幸せだよ」
ほむら「……まどか……」
まどか「この世界を作ってくれて、わたしにもう一度人生をくれて……ありがとう。
本当に……ありがとう、ほむらちゃん」
ほむら「っ……まどか、私、わたし……!」
まどか「これからは……一緒に、幸せになろうね、ほむらちゃん」
ほむら「うん、うんっ……!」
2人は手を取り合い、笑顔で涙を流した。
雫に映った満月は、優しい光で2人の姿を照らしていた。
ほむら「それじゃあ、まどか……そろそろ行きましょう」
まどか「うん……」
ほむら「あ、でも最後に1つだけ」
そう言って、ほむらは涙をぬぐう。
そして視線をまどかからずらした。
ほむら「インキュベーター、来なさい」
QB「? もう近付いても良いのかい?」
なぎさ「えっ。珍しく大人しいと思ったら、ほむらの言うことを聞いていたのですか?」
さやか「あんた、いつの間にほむらのペットになったの」
QB「そういうわけじゃないさ。今は逆らわない方が良いと判断したから従ってるだけだよ。
それで、何の用だい? そろそろ事情を説明してくれる気になったのかな」
ほむら「いいえ、そのつもりはないわ」
QB「だと思ったよ」
そうこうするうちに、キュゥべえはほむらの足元まで近付いた。
そしてほむらは屈みこみ、キュゥべえに目線を寄せて、
ほむら「結果が悪くなかったから許すけれど、
今回のまどかのような強引な契約は今後控えることね」
QB「強引なんてことはないだろう? 本人の同意を得ての契約だったんだから。
説明不足のことを言ってるのなら、あれは仕方ない。
事態が切迫していたから契約を結ぶのに必要な最低限の情報を示しただけだよ。
確かに大部分の説明を省いたけれど、訊かれればちゃんと答えたさ」
ほむら「……やっぱりそういう生き物よね、あなた達って」
QB「まぁ、まどかのような件は例外だ。基本的には初めから全部説明するようにはしてるよ。
だからその点については安心して良い。用はこれだけかい?」
キュゥべえの質問に、ほむらは目を逸らして黙り込む。
そして再びキュゥべえに目を向け、静かに言った。
ほむら「あなたには……色々と迷惑をかけたわね。でも、それも今回で終わりだから……」
QB「そうかい、そうしてくれると僕も助かるよ。
君には何体の個体を潰されたか分からないからね」
ほむら「あなたのことは好きになれないけれど、それでも頼りにはしているわ。
これからも地球の呪いを処理してくれるわね?」
QB「もちろんそのつもりでは居るよ。それより本当に詳しい説明はしてくれないのかい?
色々と仮説を立ててはいるんだ。だからそれについて答えてくれるだけでも……」
ほむら「言ったでしょう? 私の口からあなたに情報を与えることはないって」
QB「そうか……残念だけど、どうやら意志は固いようだね。
君にその気がない以上、今は諦めよう。もし気が変わったらまた今度聞かせてくれ」
まどか「ごめんね、キュゥべえ。残念だけど……」
なぎさ「『また今度』は無いのです!」
さやか「きっともう二度と、ね」
QB「……もしかして君達は本当に……」
ほむら「そうそう、今のあなたに言っても忘れてしまうと思うけど……。
そのついでにもう1つ、忘れてもらうことにするわ。
……さよなら、インキュベーター」
その別れの言葉を合図にしたかのように、まどかとほむらは同時に変身する。
羽の生えた、白い少女と黒い少女。
2人は向かい合って手を取り、微笑み合って……直後、その体は光を放つ。
光は広がり、混ざり合い、輝きを増し、そして――
・
・
・
杏子「――行っちまったんだな」
マミ「えぇ。暁美さん、幸せそうな顔をしてたわ」
周囲には荒野が広がっている。
そんな場所にマミと杏子は居た。
ちらと目を向けると、ソファにはほむらの結界に引き込まれた者たちがぐっすりと眠っている。
ついさっきまで、もう1人ここに眠っている者が居た。
しかし長い夢を見ていた彼女はようやく目覚め、そして……迎えられた。
目覚めて初めに母親の顔を見た子供のような、穏やかな笑顔で。
杏子「あたし達も……最期はあんな風に消えることができるのかな」
マミ「……えぇ、きっと。だって円環の理は、魔法少女を救ってくれるんですもの」
マミ「……キュゥべえ」
杏子「何か用か?」
QB「さっきまで僕達が行っていた実験のことで君達に訊きたいことがあるんだ。
予定では円環の理を観測するまでは行かないにしても、その正体と存在は確認できるはずだった。
なのに今、何故かすっぽりと抜け落ちてしまっているんだよ」
杏子「はぁ……?」
QB「ほむらの結界には『円環の理』が引き込まれていたのか否か、
今の僕達にはそれすら思い出せない。記録にも残っていない。
だから君達に訊きに来たんだ、杏子、マミ。
君達は、ほむらの結界に知らない人物が紛れていたのを見てはいないかい?」
マミ「そんな人、見た覚えはないわ」
杏子「あたしも知らないね」
QB「そうか……だとするとお手上げだね。どうやら実験は失敗に終わってしまったようだ。
だけどもし何か思い出したことがあればその時はすぐ……」
杏子「うるせぇよ。二度とそのツラあたし達の前に見せるんじゃねぇ。
知らない奴云々は覚えてないが、
てめぇが最悪に気に食わない奴だってことはしっかり覚えてるんだ。
今回だけは見逃してやるが、次に見かけた時は問答無用でぶっ潰してやる」
マミ「残念だけど、私も同じ気持ちよ。
あなたはそれなりに良いパートナーだったと思っていたけど、もう無理ね。
もう二度と会いたくないわ。実験台にされたりなんかしたらたまらないもの」
QB「円環の理を観測するのに役立ちそうな魔法少女はほむらだけだった。
だから他の魔法少女で実験する予定は特に……」
杏子「うぜぇ。目障りだからとっとと消えな。それとも今すぐ殺されたいか?」
QB「やれやれ、わかったよ」
そうしてキュゥべえは、その場から姿を消した。
しばらくの沈黙の後、杏子がため息をつく。
杏子「ったく……せっかく悪くない気分に浸ってたってのに。
あいつのおかげで台無しだ」
マミ「まぁ、これで二度と私達の前に姿は現さないでしょうし……。
それに暁美さん以外の子で実験をするつもりがないことも分かったんですもの。
今はそれで良しとしておきましょう?」
杏子「……それもそうだね」
そう言い、杏子は首を傾けソファへ目を向けた。
杏子「さてと。そんじゃ、こいつらどうする?
流石にここに放っておくわけにはいかないよねぇ」
マミ「そうね。少し大変だけど家まで運んであげましょうか」
杏子「……そう言えばさ。
ほむらの結界の中じゃ1ヶ月くらい経ってたんだけど、こっちじゃどうなんだろ。
もしこっちでも1ヶ月経ってたら結構やばいんじゃない?」
マミ「えっ!? き……きっと大丈夫よ。多分……」
杏子「だと良いけどね」
苦笑いを浮かべつつ、マミはリボンで眠っている者達を優しく包み持ち上げた。
杏子もその半分を負担する形でマミを手伝う。
杏子「よっ、と。……なぁマミ」
マミ「なぁに、どうしたの?」
杏子「なんつーか、2人になっちまったけど……。まぁ、頑張ってこうぜ」
マミ「……ふふっ。えぇ、もちろん。
あの子達にまた会えるその日まで、一生懸命がんばりましょう」
おしまい
そう呟いたマミの顔は少し寂しげではあったが、やはりとても穏やかな表情をしていた。
杏子はそんなマミの表情を見て、自然と笑みがこぼれる。
杏子「そっか……そうだよな」
そう言い軽く伸びをして杏子は、大きく息を吐く。
杏子「なんか、すっごく長い夢を見てた気がするよ」
マミ「そうね……でも夢なんかじゃないわ。あれは実際にあったこと。
美樹さんも、ベベも……たった1ヶ月の間だったけれど確かにこの世界に存在していたわ」
杏子「あぁ、そうじゃなくてさ。なんていうのかな……いや、悪い。
自分でも何言ってんのか分からなくなった。忘れてくれ」
マミ「……ううん。私もなんとなく分かる。
夢なんか見てる暇はなかったはずだけど……夢を見てたような、そんな気分」
QB「2人とも、ちょっと良いかな」
これでおわりです
解釈はどれで行こうか迷いまくった結果このSSではこんな感じにしました
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした
このSSまとめへのコメント
ブラボー!ブラボー!
この路線での叛逆アフターももちろん気になっていたのだよ
あんがと1、成仏でけた㌧