【まどか×PSYREN】ほむら「結構よ、指を咥えてそこで見ていなさい。夜科アゲハ」 (201)

魔法少女まどかマギカとPSYREN−サイレン−のクロスssです。

地の文あり、改変上等となっております。

ヒリューさん、W.I.S.E勢は登場しないしようとなっております。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365807658

 またダメだった。これで何度目だろうか。
 目覚めたのはいつもの病室。
 これから九日後が何度も繰り返してきた転入初日。
 これだけ、転入を繰り返せば初めの挨拶など手慣れたものだ。
 それよりも今は如何にしてまどかをインキュベーターの魔の手から救うかを考えなければ。
 もうだれにも頼らないと決めはしたが巴マミ、佐倉杏子、両名もしくはいずれか片方の力を借りないとワルプ
ルギスの夜を超えることは無理そうだ。どう動くべきだろうか。いや、どう立ち回るべきだろうか。

「とりあえずはエイミーの保護に行きべきね」

 私の頭の中にかわいい黒猫の姿が浮かぶ。
 あの子を助けておかないと、トラックに轢かれたあの子を助けるためにまどかは契約してしまう。
 そうなれば、この時間軸はもう無為にするしかなくなる。
 行動は決まった。私はソウルジェムを目の位置に掲げ視力を魔力で底上げする。
 同時に二つに分けて三つ編みにしていた髪を解く。解いた髪を左手で軽くかきあげ、そのまま鏡に向かう。

「私、暁美ほむらは今度こそまどかを救う!どんな犠牲を払ってでも、あの子を破滅の運命から解き放ってみせ
る」

 私は未だ果たされることのない制約を自分に懸ける。
 こうでもしないと心が折れてしまうかもしれない。私はそんなに強くない。
 私は魔法少女へと変身し、そのままノータイムで時を止める。
 開け放された窓から飛び降りようとしたところでふと気づく。寝間着のままだ。

 この時私は思いもしなかった。私たちとは全く別の、そう『PSY』という力と出会うことを。










#1.出会い

 寝間着から見滝原中の制服に着替えた私は当初の予定通り時間を止め、窓から病院を抜け出して、黒猫のエイ
ミーに会いに公園へとやって来た。
 もちろん途中でコンビニによって小さな調整乳と紙皿を購入済みだ。
 交通事故が起こりやすいモデルケースのような作りの公園の中を私はキョロキョロと見回す。
 エイミーは毎回この公園のどこかでくつろいでいる。
 時にはブランコ、時には滑り台。砂場に水飲み場の影、植木の根本にいることも多い。
 見つけた。今回は植木の根本だった。
 しゃがんでエイミーと目線の高さを合わせると、こっちにおいでという思いを込めて彼女の名前を呼ぶ。
 目があった。かわいい。そのまま私たちは暫し見つめあう。かわいい。
 首だけでこちらを見ていたエイミーはのっそりと体を持ち上げかわいらしいオノマトペをまとってこちらに近
づいてくる。
 エイミーは私の真正面まで来ると、その場に腰を下ろしミーッと小さく鳴く。かわいい。
 エイミーはあまり人には懐かないらしいという話をしてくれたのは何週目のまどかだったか、今となってはも
う思い出せないけれど、一言伝えてあげたいと思った。
 意外とそんなこともないわ、と。
 エイミーを抱き上げた私は立ち上がり公園を後にする。
 向かうところは懐かしい高架下。私はそこで何度も何度も何度も魔法の練習をした。
 ふと口元が緩む。記憶に刺激されて涙腺が緩むのも感じた。けれど、すぐさま押し込める。
 目的地に到着した私はゆっくりとエイミーを地面に降ろす。
 手の中の温もりが若干名残惜しいが仕方なしだ。
 あらかじめ買っておいた調整乳を紙皿に開ける。それをゆっくりとエイミーの前へ持っていく。
 チロチロと舌で調整乳を舐めるエイミーはとてもかわいらしい。私は思わずエイミーの頭を軽く撫でる。

「大人しくここで待っていてね」

 私はその場を立ち去るべく立ち上がる。
 時間にはまだ余裕はあるが、あまり長い間病室を無人にすると何か厄介な事態に巻き込まれるかもしれない。
 もっとも、そんなことは未だに一度足りとも起きてはいない。
 けれど、用心するに越したことはないのだ。
 突如、空間がたわむような感覚をソウルジェムがキャッチする。
 魔女結界だ。魔力のパターンから恐らく鳥かごの魔女だろうか。
 こんな早期に動き出す魔女ではなかったはずだ。
 何かイレギュラーな事態が発生しているのかもしれない。私は焦りを抑えて結界へと走り出す。

 結界を開き、中へと侵入した私はその内部の惨状を見て言葉を失う。
 結界の内部はズタズタに引き裂かれていて、酷い状態だった。
 なにより訳が分からないのは結界内の一部分が綺麗な球状に消失していたことだ。破壊ではなく消失。
 ぽっかりと空間そのものに穴が開いていた。どんな魔法を使えばこんな状態にすることが出来るのか。
 どんな願いをかなえるとこんな魔法を体現するのか。私には理解が追い付かない。
 私はこんなでたらめな魔法少女と敵対して生き残ることが出来るのだろうか。私の中の弱気な私が囁く。
 けれど、そんな考えは頭を振って打ち払うことにする。今重要なのは魔法少女の正体を確かめることだ。
 時を止め、結界の主の元へと走る。奥へ行けば行くほどに空間の消失が激しい。
 ふと私はもう一つの違和感に気づく。魔法少女の魔法の残滓が『ない』。
 これは一体どういうことだろうか。魔法の残滓が出ない戦い方ならいくらでも想像がつく。
 佐倉杏子のような具現した武器での直接打撃。
 つまり、魔法少女自らが作りだした武器での接近戦闘ではあたりに魔法の発散がない。
 だから残滓がなくても当然だ。
 私は時を元に戻して消失した空間を観察する。
 魔女が魔法で作りだした結界を消失させるほどの魔法。
 もっと言えば魔法少女の絶望をかき消すような魔法。
 そういえば、私の時間停止の魔法も残滓は残らない。
 確かにこの魔法は大きな『武器』だが、武装ではない。もっと言えば盾は防具だ。
 どれだけ考えたところでこの魔法の正体を看破することが出来るとは思えない。
 ならば、直接目で見て確かめればいい。そう思い直し先を急ぐ。
 これほど強力な魔法の持ち主だ。急がなければ目で見る前にけりがついてしまう。

 私は結界の主の元へ到着して驚愕した。
 魔女と戦っていたのは魔法少女などではなく、黒髪の男の人だった。
 丁度成人式に出席していそうな年齢に見えるその人は、幾度も死線を乗り越えてきた者のみが持つ『凄味』が合った。
 私の目が彼を捉えた瞬間、私がプレッシャーをかけられた。
 違う、彼はあくまで自然体に見える。自然体で魔女と戦っている。
 私はその姿に圧倒された。戦い、いや、殺し合いに対してまるで気負いがない。
 私はただ茫然と魔女と彼との戦いを目に焼き付ける。
 戦いというより蹂躙だと、思い直す。
 男の武器は体の周りを回る二枚の薄い丸鋸のような物体だろうか。
 引き裂かれた空間と形状は一致している。けれど、消失させるにはあれでは足りないように思えた。
 魔女が男に襲いかかる。
 魔女の攻撃を男が躱すのと魔女の体が黒い丸鋸に切り裂かれるのが重なる。
 いや、男が回避に移るよりも早くに魔女が切られていたようにすら見える。
 その間も男は何かをする素振りは見えなかった。

 痛みにのたうつ魔女が男を再度叩き潰そうと襲いかかるが、やはり結果は同じだった。
 あれはなんだ。魔女を自動補足して、切り刻む武器。いや、少し違う気がする。
 私が彼の『力』を分析していると突如、黒い丸鋸の軌道が変わる。
 彼の周りを凄い勢いで回っていた丸鋸は一度空中で静止する。
 直後、直線最短距離で魔女に向かって突き進む。
 二枚の丸鋸が魔女を貫く。
 確実に魔女は倒した。
 魔女を貫いた二枚の丸鋸からはいつの間にか木の枝のようなものが鋭く伸びている。
 そして、それも丸鋸の回転運動に連動して魔女を切り裂く。
 徹底したそのやり方に私は目を見張る。
 敵の胸を撃ち抜いた軍人が、死亡確認のために頭をもう一度撃ち直すようなものだ。
 真っ二つになった魔女の体が結界の中に溶けるように消えていく。そして、同じく結界も閉じる。
 ここで私が声をかけても問題ないだろうか。あの『力』に敵対することに恐怖を感じている。

「出てこいよ。いるんだろ?」

 その声は真っ直ぐ私の居る場所に届いた。
 場所まで正確にばれていることに舌を巻く。不意打ちをかましても勝ち目はなさそうだ。
 私は観念して男の前に姿を晒す。

「えーっと、その顔は魔法少女、暁美ほむらだな。俺は夜科アゲハ。サイキッカーだ。なんつーか、お前を保護
しに来た」

 私の頭に空白が生まれる。意味が分からなかった。

 夜科アゲハと名乗った男は、穏やかな表情でこちらに歩いてくる。
 その表情に敵意は感じられなかったが、私は時を止め背後に回る。

「あなたは何者?サイキッカーっていうのは何?ただの人間じゃないのは間違いないわよね。目的は何?保護っ
ていったいどういう状態を保護と称するのかしら」

 私は警戒を露わに言葉を放つ。我ながら威嚇的だ。
 普段からこんないい方ばかりしているから不必要に反感を買うのだ。
 分かってはいるがここで止まれない。

「そんなに警戒しないでくれ。つっても、いきなりこんなこと言われても怪しいわな。わりぃわりぃ。順を追っ
て説明するからどこか別の場所にいかねーか」

 私が突如視界から姿を消して、真後ろから声をかけたことに対し夜科アゲハは微塵も動じず、こちらに向き直
ってその場に立ち止まる。
 彼には本当に攻撃の意思がなさそうだった。
 そして、私にはあの力の正体が読み取れていない。
 今の私では互角以上に戦える保障は『ない』。

「分かったわ。場所は私の病室でも構わないかしら?ただ一つだけ聞かせて」

 私は一度言葉を切ると、深呼吸をして再度口を閉じる。

「その力は何?」

 単刀直入に言葉を放つ。そしてそれは飾り気のない私の純粋な疑問でもある。

「あー、これを説明するのは難しいんだ。そうだな、魔法を感知、自動追尾して破壊する力だと思って貰って構
わない。その辺の詳しい話も含めて話をさせてくれ」

 少し長丁場になりそうだなと私は思った。

「えぇ、分かったわ。案内するついてきて」











 私は病室のベッドの上で一人思考に沈没する。
 その大部分は『PSY』という力についてだ。
 暴王の月。彼、夜科アゲハはあの力をそう呼称していた。
 『PSY』の波導を感知し、自動追尾する黒い球体だと。
 その黒い球体に触れたものは二種類の反応を示すとも言っていた。
 暴王の月とは『PSY』を吸収する性質があるらしい。
 つまり、『PSY』は吸収されそれ以外の物は破壊される。
 けれど、と私は思考を重ねる。

「私たちの使う魔法は、吸収されるのか。それとも破壊されるのか」

 思わず思考が口から出る。
 それとも、第三の結果が生まれるのか。
 恐らく夜科アゲハも答えは知らないだろう。確かめるにしても危険すぎる。
 そういえば、と私は思い出す。
 『PSY』とは人間が生きる上で封印した力だと言っていた。
 つまり私にもそれを習得する術があるということだろうか。
 何度戦っても勝てないワルプルギスに対抗する新たなる力。
 縋ってみるのもいいかもしれない。
 なんなら私が使えなくても夜科アゲハに協力を頼めれば勝ち目が見えるかもしれない。
 どちらにしろ編入初日までに今回の行動方針を固めておく必要がありそうだ。

 翌日、夜科アゲハは私の見舞いに来た。病室の扉を閉めるやいなや口を開く。

「おっす。調子どうだ?っても、もう退院も決まってるんだったな。昨日の話、考えてくれたか?」

「えぇ、考えたわ。何度問われても私はワルプルギスの夜を超えるまでこの町を離れるつもりはない。天樹院家
にはそう伝えて頂戴。私には私の目的がある」

 昨日の会話を思い出しながら私は自分の意思を言葉にする。

「まぁ、そういうと思ったぜ。ほむらの意思がそうなら、俺も手を貸す」

 あっけらかんとした様子で夜科アゲハはそういう。
 言いながら、持ってきた見舞いの品を私に押し付けてくる。

「ありがとう。それならさっそく一つ聞きたいことがあるわ」

 彼は自分が持ってきたフルーツのバスケットからリンゴを手に取って、皮をむき始めていた。
 いつの間にそんなことをしたのか私はさっぱり分からなかったが。

「ん?昨日の話の続きか?なんか腑に落ちないところでもあったか」

 私は首を横に振り彼の言葉を否定する。

「いいえ。そうではなくて、私に『PSY』は使えるのかしら。それに覚醒する望みは?あなたはどうやってそ
の力を手に入れたの?」

 私はこのイレギュラーな出会いに望みを託すことに決めていた。

「赤いテレホンカードって知ってるか?」

 彼はそういって話を始めた。
 彼がサイレンドリフトであったこと。
 サイレン世界とは荒廃した未来の世界であったこと。
 その世界の大気を吸い込むと脳覚醒というものを起こして『PSY』の力に目覚めるということ。
 正直なところ、手放しですべてを信じることは出来ない話だと思った。
 同時に魔法少女なんてものが存在しているのだから。
 私自身、時間遡行で何度も同じ時間を繰り返しているのだから。
 それぐらいはないこともないとも思った。

「それじゃあ、後天的に『PSY』能力を覚醒させることは難しいのね」

 おおよそ、私の予想通りだった。私が『PSY』を習得することは出来ない。

「出来なくはないぞ。なんだっけ、魔女結界ってのを利用すれば人為的にサイレン世界の大気を再現できそうだ」

 私の頭が追い付かなくなりそうだ。

「それはどういうこと!?魔女結界を利用してサイレン世界の大気を再現するですって?」

 つまりどういう事なのだろいうか。何をするとそういうことが可能なのか。

「あの結界ってのは完全に閉鎖されてるだろ?あのくらいの大きさなら脳覚醒を引き起こすのに必要な濃度のP
SY粒子で満たせそうだってことだよ」

 なんとなく、彼の言っていることを私は類推する。

「つまりあなたが魔女結界の中で『PSY』をばら撒いて、それが辺りに充満するまで私があなたを守ればいい
わけね」

 私の言葉に夜科アゲハは「ほー、正解正解」と驚きを露わにする。

「それなら三日後に使い魔が小さな結界を張るだろうから、その時がちょうどいいわ」

 私がそう告げると夜科アゲハは「そうか、了解。また三日後に来る」と頷いて踵を返し、病室を出ようとする。
 彼の後ろ姿を見てふと私の頭に何かがよぎる。
 小さな引っかかりだ。何故。
 何故、私の話をすんなりと受け入れているのだろうか。
 そもそもから妙だった。
 魔女結界に遭遇しておいて私に何の説明も求めず、私の目的を聞いておいて何故そこまで固執するのかも聞い
てこない。
 どういうことだ。夜科アゲハは、彼はどこまで知っているのだろうか。

「待って!あなたは何者なの?いったいどうして私の話に疑問を持たないの?」

 気づけば私は疑問を声に出していた。
 大体何故、私は天樹院家に保護されなければならないのか。
 そこからもう意味が分からない。あんな国を代表する大富豪に。

「ばあさん。天樹院エルモアは未来予知の力を持つサイキッカーだ。そのばあさんが何故か暁美ほむらの戦いと
結末を予知した。そのあとに起りうる崩壊の運命も、だ。それを予知したばあさんは俺たちに依頼をしてきた。
それが暁美ほむらの保護、もしくは回収。出来なければ、協力し敵を排除すること。まぁ要するに仕事だ。ばあ
さんがどこまでお前のことを視ているのかは聞いてねぇけど、ばあさんの予知は当てにできる。だから俺はお前
のことを信用するんだよ」

 なるほど、分かった。彼は私を信用しているのではない。
 天樹院エルモア、その人を信用しているらしい。

「それに。ほむら、お前のこと見てるとあの時の俺や桜子を見てるみたいで放っておけないんだよな」

 最後に付け足されたその言葉がどれほどの重みをもっているのか。
 私には想像がつかなかった。
 それがぶつかった壁を乗り越えたものと、未だ壁の前で立ち往生しているものの『差』だろうか。

「それじゃ、三日後にまた来る」

「待って」

 出て行こうとする彼を呼び止めながら、私は彼の前に歩み寄る。

「お願いします。私に力を貸してください」

 頭を下げる。私がこうして頭を下げるのは未だ魔法の扱いに慣れていなかった頃以来だろうか。
 もちろん相手は巴マミだったはずだ。
 彼の方から驚きの声が聞こえた気がする。頭を下げている状態では相手の顔を見ることも出来ない。

「顔を上げな、ほむら。任せとけ、大船に乗った気持ちでな!」

「ありがとう!」

 顔を上げると夜科アゲハは笑っていた。
 私は何か大きな安心感を覚え、涙を流しそうになる。
 けれど、これはまだ流すべきじゃない。そう信じて、それをグッとこらえる。

「おっす!じゃあな」

 彼はそういって今度こそ病室を後にした。











 私、暁美ほむらは今類い稀なる危機に瀕している。
 やはりここは状況を整理すべきだろうか。と、とりあえずそうしましょう。
 
 鹿目まどかにインキュベーターが近づかないように四十メートル付近から尾行をしていた。
 突如怪しげな気配を感じた私は、鹿目まどかに気づかれないようにしつつ彼女に近寄った。
 ここまではよかった。
 鹿目まどかは同行していた美樹さやか、志筑仁美と共におなじみのファーストフード店へと入っていった。
 インキュベーターの気配は感じられなかったが、なおも怪しい気配が漂っている。
 私、暁美ほむらは時間を止め、外から中の様子がうかがえる位置まで移動した。
 これが予想以上に悪かったらしい。
 十分に辺りに注意して時間を元に戻したつもりだったのだが、水色の髪をして浅黒い肌の女に気づかれた。 この時点で私の危機は決定したらしい。
 その女はいつの間にか巨大で禍々しい鎌を携えていた。
 いつ出したのかは分からななった。
 どうやらそれは魔法で作り出したものではないらしい。
 その後、彼女の武器が消えては出現しを繰り返した。
 鎖鎌、日本刀、モーニングスター、トンファー、鉄扇、スピア、杖、ククリ、斬馬刀、そしてもう一度日本刀。
 一度目と二度目の日本刀は別の物に見えた。
 空を裂くような風切り音が私の耳を吹き抜ける。
 壁を背にしている私の頬と紙一重の所に鎖鎌が刺さっていた。
 私は一目散に時間を止めてその場から離脱した。頭がどうかしているんじゃないのかさっきの女は。
 十分に距離を稼げたと踏んだ私は魔法を使うのを止め、手近な段差に腰掛ける。
 呼吸を整えるために大きく深呼吸をしていると、またもや風切り音が吹き抜ける。
 今度は日本刀だ。場所は丁度、私の足の中央。
 ぞっとし、顔を上げると先ほどの女が唇を釣り上げて笑っていた。

 うん。私に何も落ち度はなかった。
 何も言っていないし何も気に障ることもしていないはずだ。
 目が合っただけで襲いかかってくる猟奇殺人犯かなにかだろうか。

 反撃しようにも私はサイレンサーなんて便利なものを持っていない。
 この人ごみの真っただ中で銃声がするのは明らかにマズイ。どうすべきか。
 とりあえず人の少ないところへ行こう。
 このまま逃げ続けるのは埒があかないし、何より私にもプライドってものがある。
 魔法少女に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。
 私は逃げ方を変える。追手を完全に撒かないように所々で手を抜きながら、逃げる、逃げる逃げる。
 不意に、相手の動きが変わる。誘っているのに気付かれただろうか。
 けれど、その方がこちらにとっても都合がいい。
 さぁ、ついてこい。人気のない場所に出ればあんたみたいなやつ時間停止で一撃だわ。

 薔薇の魔女が結界を張ることの多い廃ビルに私は駆け込んだ。
 次にこの場所に来る時のことをふと考えてしまう。
 巴マミとはどうやって接触すべきだろうか。
 私がインキュベーターを潰そうとしている現場を見られなければ友好的に立ち回ることが出来るはずだ。
 もし、それが出来なければまた彼女と敵対することになるだろうか。
 それは何度も繰り返してきているとはいえ、やはり辛い。
 私の耳に足音が届く。来た。
 思考の渦から即座に抜けた出した私は、階段を上ってきた女の前に姿を現す。
 廊下の端と端で私たちは対峙する。この距離なら武器を投擲してきても十分避けられるはずだ。

「あなた、いったい何が目的なの?」

 私は盾に手をかけて、質問を投げる。相手の出方次第ではすぐに時を止める必要があるからだ。

「へぇ、凄いね。時間、止められるんだ」

 へっ。思考が飛ぶ。
 どういうことだ。まさか思考を読み取られたのか?この距離で?そんな、まさか。

「今日は楽しかったよ。じゃあ、ま・た・ね」

女はそれだけ言うと私に向かってウィンクして手近な窓から飛び降りる。
 女がいなくなってからワンテンポ遅れてようやく私は後を追う。
 女が飛び降りた窓からその姿を探す。
 真下、なし。
 そこから視線を正面へと移すがやはりいない。
 見失ってしまった。

「なんなのよ、いったい」

 夜科アゲハといい、さっきの女といい。この時間軸はかなりイレギュラーに思えた











 私と夜科アゲハは連れ立って街を歩く。会話はない。
 彼は、私が話をする気がないことに気がついていて話しかけてこないように思える。
 これから遭遇するであろう使い魔のことを考える。大した問題ではなさそうだ。
 黙々と私は歩を進めるが、ふと『PSY』という力のことが気になりだす。
 当然だった。
 思い切って夜科アゲハに聞いてみようか。
 そう思うと、それが一番いいような気がしてくるから不思議だ。

「ねぇ、夜科アゲハ。あなたが出会った中で一番強かったサイキッカーは誰かしら」

 私が振り向きながら尋ねると、彼は少々面食らったような顔をする。

「強かったねぇ。”生命の樹(セフィロト)”天戯弥勒といいたいところだけど、第一星将グラナじゃねーかな。
まぁ、W.I.S.Eなんて知らないだろうけど」

「それくらい知ってるわ。テロ組織でしょ?なんでも最近じゃ世界中の紛争地帯を荒らし回ってるって話じゃな
い。それで、その”生命の樹”っていうのはどんな力なの?」

 私の質問に夜科アゲハは少しだけ渋い顔をする。
 彼の話によるとどうやら殺し合いをした仲らしいので、無理もないかもしれない。
 私が巴マミの話を振られたとして、同じような顔をする自信がある。

「詳しくは分からねぇけど、あれは命そのものを操る力だろうな。この世界の命を全部まとめて作り替えようと
してたしな」

 私は茫然として、思わず口を開けたまま暫し固まる。
 夜科アゲハは私に合わせて足を止めると、反応を楽しむように話を続ける。

「っても、一番凄いと思ったのはまた別だけどな。そっちも聞くか?」

 今度こそどんなことにも驚かない覚悟で私は肯定する。

「プログラム”ネメシスQ”。前に話したサイレンの管理者たるプログラムだ。こいつが化け物じみた強力な
『PSY』でな、単純に説明するなら時間遡行。俺たちはその力で十年後の未来と現在を行き来する羽目になっ
たわけだ」

 私は今度こそ言葉を失う。まさか、そんな。私と同じ能力なんて。
 けれど、規模が違いすぎる。
 私は一ヵ月をやり直し続けているけど、そのサイキッカーは十年前の人間を召喚できるなんて!
 なんて出鱈目な!
 だけど、彼の話で分かったことが一つだけある。上位連中は何処の世界でも参考にはならないらしい。

「もう少し、現実味のある力はないの?」

「あぁ、確かに俺を含めて、今話したのは特殊すぎるな。ほむらの参考になりそうなって言ったら、やっぱりミ
ラクルドラゴンだな」

 なんとまともそうな名前だろうか。おおよそ想像がつく。

「それでどんな力なの?」

「どんなも、そんなもなくバーストで竜を作り出すんだよ。それを身にまとって戦う。一応空中戦にも対応して
るぜ。最初は馬鹿でかい竜だったんだけど、最近じゃ密度を上げて随分小さくなってる」

「最近って、随分親しいのね」

「あぁ、朝河飛龍って言ってな。一応幼馴染だ。俺はこういう仕事してるけど、ヒリューの奴は小学校の先生に
なるってんで大学で勉強してるぜ。まあゴツイ見た目の割に子供に好かれてるからなアイツ」

 サイキッカーっていうのは随分と世界が狭いのかしら、と思ったところで気づく。魔法少女の世界も存外に狭
いということに。日陰者の宿命というやつかしら。

「色々とありがとう、参考にさせてもらうわ。それじゃあ、開くわね」

「おう、任せとけ」

 もう少し時間がかかるかと思っていた結界探しは、案外すんなりと終わりを迎える。
 私はソウルジェムを正面へと向け、その力を使って見つけた結界をこじ開ける。

 いつ来てみても、どの結界に入っても奇妙にグロテスクな風景を作り出しているその様は、ある意味称賛に値
するだろうか。
 などと、私は感傷的な気分にさせられた。

「どのあたりがいいのかしら?そもそも、使い魔を逃がさないようにしないといけないわよね。ついてきて、夜
科アゲハ」

 私は彼に声をかけて返事も聞かずに歩き出す。

「つーか、魔女ってのはどいつもこいつもこんな気色悪いところに潜んでんのかよ。マジで趣味ワリーな」

 私はその言葉に心の中で同意しつつも、結界の主の正確な場所を割り出すために索敵をかける。

「見つけたわ。こっちよ」

 距離は少し遠いだろうか、けれど問題ない。
 この距離なら逃げられる前に辿り着ける。幸いにもこの結界は障害物が少ない。

「あぁ、分かった。俺の方も、もう始めてるから先に行ってくれ」

 見れば、夜科アゲハは目を閉じて集中を高めているようにも思えた。
 その立ち姿からは先ほどとは比べ物にならない凄味のようなものが滲み出ている。

「気を付けて」

 私は短く言葉を告げ、結界の主の元へと駆ける。

 某有名ゆるキャラをかなり過激にグロテスクにしたような見た目をした使い魔を発見した。
 この結界の主だ。
 私は盾の中からベレッタM9を取り出して構えてはみたけれど、結局引き金は引けなかった。
 当然と言えば当然ではあるのだが、どうすればいいのか分からなくなってしまう。
 何せ私は時間停止を使用しない時間稼ぎなどしたことがないのだ。

「こういうのは巴マミの十八番だっていうのに」

 しかし、ここで逃げられるわけにはいかない。
 状況を打破できそうな道具を探すためとりあえず盾の中に手を突っ込む。
 使いかけのビニールテープと猫の首輪。
 なぜこんなものが入っているかはさて置き、使える。
 即座に時間を停止する。
 使い魔の首と思しき所に首輪を嵌めて、首輪にリードの代わりにビニールテープを結ぶ。我ながら完璧だ。

「我ながら完璧な拘束だわ」

 ちょっとだけドヤ顔をしたい気分にかられるが、我慢だ。
 そんな顔を夜科アゲハに見られては私のメンツに関わるわ。
 あとは、夜科アゲハが全てを終わらせるまでここで待っていればいいだけだ。

 縛り上げた使い魔を撫でまわして、突きまわして遊んでいた私は突如、体調の変化を自覚する。
 体が熱い。鼻血が出そうだ。目の痛みと共に涙が溢れそうになる。

 使い魔を拘束している手からほんのりと力が抜け始めている。
 私はそれに気づいて慌てて手綱を掴みなおす。
 けれど、掴みなおした手は震えていておよそ使い物にならなさそうだった。
 悔しい、と思う。なぜこんなことに。突然こんな風になる要素なんて何一つなかったはずなのに!

 ぶつり、と一瞬意識が崩れた。
 手綱を掴んでいた手に力を入れてみてもそこにはもう何もない。
 まさか、私はこんな小さな使い魔に殺されるのだろうか。
 いやだ、いやだいやだ!まだ私の目的は果たされてない!まどかを守らないと。
 ワルプルギスだって倒せてない。このままじゃ、最悪の結末しか迎えられない!
 立ち上がるのよ、暁美ほむら!!
 倒れた体を持ち上げるために私は両手に思い切り力を入れる。
 使い魔がどこに行ったのかもわからないけれど、立ち上がらないことには何にもならない。

「まさか、もう脳覚醒が始まっちまってるのか」

 私の耳に夜科アゲハの声が聞こえる。私はそちらに顔を向けて、声を発しようとしたが口が回らない。

「安心しろ、ほむら。すぐ片づける」

 彼のその言葉に私の意識は崩れ落ちる。











 鼻に挿れてある詰め物が血液でドロドロになってしまったので私は新しく詰めなおす。

「脳覚醒がこんなに厄介だなんて。どうして彼は先に教えておいてくれなかったのかしら?」

 脳覚醒の詳しい症状を聞いておかなかった私にも、当然落ち度はある。だけど納得いかない。
 脳覚醒が始まると体調が悪くなること、くらいは教えておいて欲しかった。
 ベットの横に紙切れが置いてある。
 綺麗とは言い難い字で「一晩寝れば良くなる」とだけ書かれていた。
 恐らく、書いたのは夜科アゲハだろう。

「三八度七分、文句なしの高熱ね。鼻血とそれから目の充血も酷いのよね。これが一晩経てば治るっていうのだ
から驚きね。まぁ、倦怠感だとか悪寒だとかいったものがないだけマシ、と思うべきかしら。というか、まるっ
きり風邪の症状じゃない」

 腋に挟んだ体温計を見て、それから自分の顔を鏡で見ながら私は小さな声で呟く。
 本当にため息が出そうだ。
 私はこれからのことを考える。見滝原中への編入。巴マミとの解遁。
 インキュベーターへの妨害方法。美樹さやかの契約阻止。
 佐倉杏子への接触。そして、ワルプルギスの夜の討伐。

 やることは山積みだ。思わずため息が出る。
 いくら考えても頭がマトマラナイ。はぁ、今日はもう寝ることにしよう。
 なんだか今日は寝てばかりいる気がする。

 次の日、私は夜科アゲハと連れ立って思い出の高架下に来ていた。

「特訓というと、私はこの場所を一番最初に連想するのよね」

 まさかこの場所にこんな形でもう一度特訓しに来ることになるとは思ってもみなかったけれど。

「そーかい。んじゃ、早速始めるぜ」

 そう言って夜科アゲハは手近な柱に寄り掛かる。

「レッスンワン。その場所から一歩も動かずに俺に触ってみせろ。いいか、重要なのはイメージだ。それを具現
化することに意識を集中しろ。どんな形でもいい。お前が描く一番強いイメージが力になる!」

 私は夜科アゲハの言葉を咀嚼する。重要なのは形じゃなく、『思い』だろうか。
 彼の体に触れる。そのための形は選ばなくていい。
 私のソウルジェムから小さな火花が散るような感覚が走る。
 それは、私自身の体にもフィードバックされ体の芯がほんのりと熱くなる。
 私は夜科アゲハとの位置を目線で測る。
 おおよそ五メートルほどに思えた。その距離を一気に通過する。
 いや、動かずにだ。ということは何か遠距離に伸びる力だ。
 私にとっての力。まどかへの思い。未来を変える力。
 私の天使のようなまどか。そのためならどんな困難だって乗り越えて見せる!
 天使、天使か。
 体の芯からほんのりと感じていた熱が私の背中から勢いよく放出されていく。
 なんだか妙に晴れやかな気分だ。燻っていたもう一つの手足が解放されたようなそんな気分がした。
 そして、私はその力で夜科アゲハの体に触れる。

「うっし、合格。にしても、飲み込み早ぇな。さすがは魔法少女ってことか?それとも単純に才能の問題かもな。
なんにしても誇っていいぜ、ほむら。俺はこの修行終わるまでに一晩丸々かかったからな」

 今はまだ拙いこの力で私はワルプルギスを倒せるようになるのだろうか。いや、なる!そのために私は今まで
諦めずに戦ってきたのだから!!

「まだよ、まだ足りないわ。教えて、私に『PSY』を。強くなるための方法を!!」

 私は半ば叫ぶようにそう口にしていた。
 けれど、私はひどい頭痛に襲われる。あまりに強烈なそれに対して、立っていることが出来なくなる。

「『PSY』の力を長時間使い続けることが困難な理由がそれだ」

 夜科アゲハは私の方へと歩み寄りながらそう告げる。

「大昔、人類は誰でも『PSY』の力を使えたらしい。だけど、危険すぎるその力は進化と共に封印された。
『PSY』能力は脳に大きな負担を強いるんだよ。だから、少しでも頭痛を感じたら使うのを止めるのが当たり
前だ。無理して練習しても死ぬだけだからな」

 私は彼の言葉を聞きながらも、時間のなさを自覚していた。
 私にあるのは同じ一ヵ月だけ。そのうちの一つたりとも諦めるわけにはいかない。
 本気でまどかを助け出すために。
 私は無意識のうちにソウルジェムを額に押し当てていた。
 注ぎ込んだ魔力に伴って頭痛は和らぎ、ほどなく消える。

「もう大丈夫。だから、早く続きを」

「大丈夫なわけあるか!!無理をしても、意味がないんだよ。この力は。だから、今回は説明だけにするぞ。異
論は聞かねぇ」

 夜科アゲハのあまりの剣幕に私は驚き、気勢を削がれてしまった。
 いや、プレッシャーに気圧されたというべきか。

「『PSY』っていうのは基本的の三つの要素から成り立っている。烈破のバースト、心波のトランス、強化の
ライズだ。さっきお前にやらせたのはバーストの訓練だ。バーストは外に向かう力、トランスは人の内側に作用
する力、そして、ライズは自身を強化する力。ほむらが戦う相手にトランスが効くかどうかは分からないとして
も、有線ジャックなんかのテレパシーは盗聴対策の意味でも便利だぜ」

 夜科アゲハはそこで一度言葉を区切ると、両の手のひらを音を立てて合わせる。
 そして、その手を離すとそこにはテレビの音声端子にさすような端子が具現化されていた。
 彼はそれを私に向かって投げつける。
 投擲されたそれを見て、私は思わず回避行動に出るが、その端子は吸い付くように私の元へとやってくる。  そして、刺さった。
 刺さった。
 けれど、痛みはない。その代りに奇妙な感覚と共に夜科アゲハの声が私の頭に響く。

<これが、有線ジャックを使ったテレパシーだ。実際にやった方がわかりやすいだろ?>

<確かにわかりやすいけど、あまり脅かさないでほしいわ>

<ちなみに、これはバーストで簡単に破壊できる。まぁ、今回は試させねぇけどな>

 夜科アゲハは空気を震わせるような見えない力で自身の有線ジャックを一瞬の間もなく瓦解させる。

「んで、ライズだけど。これも実際に見せた方が早いだろうな」

 そういうと、軽く首を回して、大きく息を吐き出す。
 そして、圧倒的な速さで動き出した。
 その速度は魔法少女の私から見てもゾッとする。なんて言うか、速すぎる。
 魔法で視力を強化していても所々で彼の動きについていけなくなる。
 こんな速度で奇襲されたら、私など一溜りもない。

「反射神経なんかの五感を強化する、センス。筋力なんかの身体能力を強化するストレングス、っつーんだ。ち
なみに今のはセンスで反射神経を強化して、ストレングスで行動速度を最低限確保してる。適性にもよるけど、
センスとストレングスのバランスは重要だ」

 魔法での身体強化以上の力が人の身一つで扱えるというのは衝撃的だった。
 あれだけの身体能力を持っていれば、それだけで普通の魔女に後れを取ることはなくなるだろう。

「もう一つ、バーストストリームってのがあるんだ。これは負担の大きな『PSY』を扱うための技術でこれが
出来るのと出来ないのとじゃ戦闘継続力が段違いになる」

 言葉と共に夜科アゲハはその場で自分を中心にした球形のPSY空間を展開してみせる。

「負担の大きなバーストってのは、自分の体だけで制御しようとするから負担が大きくなるわけだ。だったら、
身一つで制御しようとしなければいい。そうやって考えられたのがバーストストリーム。自分を中心とした球形
の空間の中で『PSY』を循環する。そうすることで自分の体の負担を外へと放出する。つっても、やっぱりあ
る程度は負荷がかかるけどな」

 負担が大きな力。負担を小さくする技術。
 夜科アゲハの口ぶりから察するに、慣れてる。そして、彼の圧倒的過ぎる力を思い出し納得する。
 つまりは、そういうことだろうか。

「待って、バーストストリームっていうのを使ってるのは分かったわ。でも、それだけじゃあなたの力は説明足
りない」

 私は夜科アゲハに鎌をかけてみることにする。

「ん?あぁ、暴王の月は出力が高すぎる、制御不能、強制終了するとあり得ないほど体に負担がかかるの三拍子
揃ってるからな。バーストストリームのほかにもう一つ、プログラムで発動前から制御してるんだよ」

 プログラム?
 パソコンなんかで使うあれと同じような意味で捉えるならば、あらかじめ決まった命令を『PSY』に与えて
ることでそれを制御するっていうことかしら。

「まぁ、プログラムは覚えといて損はないだろうけど、別に重要度は高くないと思うぞ」

夜科アゲハの言う重要度、とはなんだろうか。
 『PSY』に関して私はド素人だ。 

 何せ、力自体に目覚めたのは昨日の今日で、しかも自力で目覚めたわけでもない。
 そして、私には時間がないことも恐らく彼は知っている。
 何故、時間がないのかについての理由は詳しく知らないだろうにしても確実に何かを知っている。

「そう、重要度は高くないのね。それじゃあ、さわりだけ聞かせてもらえるかしら」

 それでも何かの役には立つだろうと思い、私は話を聞くことにする。

「まぁあれだ。パソコンで使うプログラムと大体似たり寄ったりだよ。発動前から『PSY』をどういう風に動
かすか決めておく。そうすることで、『PSY』の負荷を小さくしつつ、複雑な行動制御を可能にする。けど、
デメリットもあるぜ。例えば、あらかじめプログラムした行動を相手に読まれたとするぜ?するとどうなると思
う?」

 夜科アゲハの質問の意味を、意図を飲み下すように意識に流す。

「つまり、こちらが仕掛けたプログラムを相手に看破されれば手の内をすべて晒すことになる?」

「惜しい、半分正解だ。相手にこっちの手札をすべて読まれた状態でそのまま、戦いを続けるかって話だ。普通
は一度仕切り直して、新しくプログラムを書き換えようとするだろ?」

 確かにそうだ。
 私なら絶対に手の内を知られている相手とは戦いたくない。
 何せ私はこの力以外はその辺の新米魔法少女にすら劣る。
 いや、単純な身体強化だったらそこそこの才能を持っている魔法少女にすら劣らない自信はある。
 けれど違うのだ。私の身体強化は周回を重ねる中で経験を積みやっとのことで最適化しているのだ。
 単純に身体強化に回せる魔法のリソースが違う。
 時間を巻き戻す魔法と収納の魔法で私の扱える魔法の容量の七割を使ってしまっている。

 例えば、美樹さやか。
 彼女が魔法少女になったときに扱う固有の魔法は回復。

 傷なんてよほど大怪我じゃなければ放っておいても治る。
 つまりは、身体強化の延長上だ。
 あとは剣の生成と高速移動だろうか。どれもこれも、自分の身体能力を上げる延長線上にある。
 これなら魔法のほとんどを身体強化に使っているも同然だ。

 佐倉杏子、巴マミを考えるとさらに差は広がる。

 まずは佐倉杏子。
 彼女は自身の固有魔法を封印して、槍と多節棍を掛け合わせたような武器とその派生の魔法だけで戦っている。

 本来扱えるはずの幻惑の魔法がどれほど容量を使うのかは私にはわからないが、彼女の戦い方を見る限りでは
それをメインに据えて戦えるほど大きな容量は使っていなかったはずだ。

 そして、巴マミ。
 彼女は前の二人とは大きく違っている。どちらかといえば固有魔法への比重が大きい。
 といっても、多くて五割ほどだと私はみている。
 そもそも彼女の固有の魔法はリボンだ。それを結び、紡ぎ、つなぎ合わせて彼女は戦っている。
 傷を癒す回復魔法にしても、あのマジカルマスケット銃にしても、あの強固な結界にしてもすべてだ。
 しかも何を隠そう、あの人はこの私の師匠でもある。
 それどころか佐倉杏子の師であり、美樹さやかの師であり、また鹿目まどかの師でもある。
 油断や慢心がなければ大抵の魔女に後れを取ることなど考えられない。
 あくまでも、油断や慢心がなければの話だが。

「どうした?そんなに考え込むほど難しい話じゃないと思うぜ」

「えっ、えぇ。ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて。そうね、私なら絶対にそんな事態になるのは避けた
いわね」

「んで、ここで問題になってくるのが『PSY』の性質だ。単純なテレキネシスで精密な動きが出来ればまぁ、
関係ない話なんだけどな。そんな化け物じみたサイキッカーはほとんどいないから問題になってくるんだ。プロ
グラムを組み込んだ『PSY』を強制終了するには体に大きな負担がかかる」

「それってつまり、不利な状況に陥っているって分かっていても、同じ力をある程度使い続けないといけないっ
てことかしら」

「あぁ、その通りだ。そのまま続けてもジリ貧。打開の一手を打つには体に負荷がかかり過ぎて、そのあとが持
たないかもしれない。しかも最悪の場合、打開の一手すら相手に読まれる恐れがある。そうなればもう消化試合
も同じだろ?」

 単純な力押しなら、からめ手でかき回せる。
 逆にからめ手でかき回して来ればそれを逆手にとって力押しで突破すればいい。
 そうやって戦況を有利に進めるための手段はいくつも講じるものだ。
 そして、それが出来ない状況を考える。
 力で負けている相手に正面から力で立ち向かう。
 巧妙な小細工を仕掛ける相手に、同じように小細工で応戦する。
 つまり、相手に合わせて相手の土俵の上に立つ。勝てるわけがない。
 勝負とはいかに相手を自分の土俵に引き込めるかで、大方の勝敗が決まる。
 少なくとも私はそう思う。
 それは、私の固有魔法とそれについてまわる魔法少女としての力の弱さからくるものかもしれない。

「『PSY』に複雑なプログラムを施すことで一辺倒にならない戦い方を実現することは出来ないの?」

 私は自分の現在の力とこれから来たるべきときに、必要になるだろう戦力を比較しながら夜科アゲハに疑問を
ぶつける。

「あまり勧められたやり方じゃねーな。複雑なプログラムを組み立てるってことは、単純にエラーが増えるだろ。
小さなエラーならまぁ、無視もできるし修正も簡単だ。だけど、それがいくつも、いくつも積み重なるとどうな
る?エラーを処理しきれなくなれば『PSY』を強制終了するしかなくなる」

 なるほど、結局はそこに帰結するわけか。強制終了による体への負担。PSY能力を行使するうえで重要にな
るのは、如何にして体への負担を減らすか、らしい。

「さて、そろそろ日も暮れてきたし俺は帰るぜ。じゃあな、ほむら」

 そう言って彼は上にあげた手をひらひらと振りながらさっさと歩いて行ってしまう。
 私はそれを見送ると、病院とは反対方向へ歩き出す。
 そろそろ、インキュベーターとの接触を試みるべきだろうか。
 夜科アゲハにも、もしかしたらアイツの姿が見えるかもしれない。











 私を廊下に待たせたままにしている早乙女先生が、目玉焼きについての議論を生徒たちにぶつけているのが聞
こえる。
 今回は目玉焼きか。と私は軽くため息をつく。繰り返してきた中で、ここでの会話が目玉焼きだと、大きな事
件に遭遇する確率が高い。私が取った統計ではそうだった。比較的平和なのは味噌汁にネギを入れるかどうか辺
りだった気がする。

 そんなことを考えていると、早乙女先生に入室を促される。
 私が教室に入るとざわついていた教室の、質が変わる。ざわめきの感覚が先ほどと今とで全然別物だ。
 私はその変化を無視してホワイトボードの真正面に立つ。

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 一礼して、一度教室を見回す。席順は毎回同じだ。そして、ついまどかの方へと視線を飛ばしそうになる。
 駄目だ。一度しっかりと視界にとらえると目が離せなくなる。だから我慢しないと。
 奥歯を強く噛み締めて、早乙女先生の言葉が終わるのを待つ。
 案内された席につくと、案の定女子の群れが私を取り囲む。若干の煩わしさを感じながらも、邪険に扱わない
ように受け答えをする。
 二限目が終わってから行動開始だ。

 毎回毎回、なぜこの子達は私に対してこんなにも興味を示すのだろうか。
 世間的にはどうやら私は美人に属するらしい。そのせいだろうか。いや、それはやっぱりおかしい。もしそう
だとしたら、あんなにかわいらしいまどかがちやほやされない筈がない。
 やはり、この時期の転校生という物珍しさだろう。にしても、こう毎回毎回は正直、うっとおしい。といって
もこうして繰り返しているのは私一人だけなわけだから彼女たちに文句を言うのは筋違いだろうけど。

「ごめんなさい。私、保健室で薬を飲まないといけないの」

「それなら私が案内するよ」

 私がそういうと、彼女たちはすかさずそういう。毎回毎回、同じことの繰り返しだ。

「いえ、迷惑を掛けるわけにはいかないわ。係りの人にお願いするから」

 今回はクールさを少し控えめにする。人当たりのいい人を演じるのだ。クールすぎて人を寄せ付けない感じじ
ゃなく、知り合いは多いいけど、友達は少ない、そんな感じがベストだ。

 「っえ、でも」だとか、何だとか食い下がろうとする彼女たちを制するために手で額を触る。

「ごめんなさい」

 間を置かずに席から立ち上がりまどかの元へと歩み寄る。

「鹿目まどかさんよね。このクラスの保険係の」

 美樹さやか、志筑仁美と共に遠巻きにこちらを眺めていたまどかに声を掛ける。

「えっと、どうして私が保険係だって」

 少しだけ怯えるような仕草をするまどかは、言葉の最後「知ってるの?」まで口にできない。
 またやってしまっただろうか。

「早乙女先生に聞いたの。二人から奪い取るみたいで申し訳ないんだけど案内してもらえるかしら?」

 なるべく柔らかく。柔らかく。意識的に二人にも発言の機会を作る。

「まどか、美人の転校生の頼みだぞー。ついて行ってあげなよ」

「えっ?」

「そうですわ、まどかさん。転校初日で不安もあるでしょうし、きっとまどかさんならうまくやれますわ」

「うん。仁美ちゃんありがとう」

 病弱設定の転校生の私よりもまどかの方が心配されているように聞こえる。

「ありがとう、少し鹿目さんを借りますね。えっと」

 正直、この二人のことは知っている。けれど今は初対面の転校生だ。だから知らないふり。

「志筑仁美ですの」

「美樹さやか。さやかでいいよ」

「ありがとう。志筑さん、美樹さん」

 わざわざ、美樹さんと呼ぶ。案の定、美樹さやかは少し微妙な顔をする。

「それじゃあ、案内するね」

 私とまどかは教室を出る。


 私はまどかと連れ立って廊下を歩く。透明張りの教室からは他の生徒たちの好奇の目線が集まってくる。全く
見世物じゃないっていうのに。

「えっと、もしかして保健室の場所知ってるの?あ、暁美さん?」

 しまった。ついまどかに先んじて曲がり角を曲がってしまった。

「ほむらでいいわ。鹿目さん」

「ほむら、ちゃん」

 私の名前と、『ちゃん』の間の少しの逡巡がまどからしくてかわいい。

「何かしら」

「あぁ、えっと、その、変わった名前だよね。い、いや、だから、あのね。変な意味じゃなくてね。その。カ、
カッコいいなぁなんて」

 何度目だろうか。もう数えることも放棄してしまった。それでも、毎回この言葉を聞くのはつらい。この言葉
だけは、辛い。否応にも『初めて』を思い出す。
 私は思わず奥歯を強く噛み締めていた。駄目だ、こんなんじゃ友好的な関係なんて築けないじゃない。

 教室を通り抜け、私たちは渡り廊下へさしかかる。
 教室からの視線がなくなる。まどかに何かを伝えるなら今がチャンスだ。けど、何というべきだろうか。
 少しの、躊躇い。まどかに電波な子だと思われる覚悟。
 私は心を決める。

「鹿目さん。あなたは自分の人生が尊いと思う?家族や友達を大切にしてる?」

 まどかの目の前に立って、彼女の目を見て放つ。酷い言葉だ。我ながらそう思った。これももう数えるのを放
棄しているけれど。

「え、えっと。わ、私は。大切、だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ」

 何度繰り返しても変わらない鹿目まどかの本質。ここでの問答はまどかに警告する意味も強い。だけど、それ
だけじゃない。私にとってのたった一人の友達を、たった一つの道標を、再認識する場所。
 どれだけ繰り返しても変わらないこの少女の本質の一端を垣間見て、私が安心する場所。

「本当に?」

「本当だよ。嘘なわけないよ」

 いつもと同じように用意した答えを口にしようとした瞬間にふと夜科アゲハの言葉が頭をよぎる。『世界は繋
がる。信用されないだろうから、なんて高を括ってると本当に信用されなくなるぜ。詳しいことは話せなくとも
感情は通じる。俺は親父にそうやって突き放されたぜ』だったかしら。
 感情、感情。私は想う、あなたのことを、あなたの今までを。守りたいあなたの未来を。

「私は、その『大事』の中に鹿目さん自身のことも入れてほしい。何の取り柄もないなんて、何の役にも立てな
いなんて自分を卑下してほしくない。なにより、あなたを大事に思っている人にとっては大事なあなたなんだか
ら」

 自然と言葉が口から零れる。こんな、こんなこと言うつもりじゃななかったのに。
 私は薄らと涙すら浮かべていたような気がする。

「ほむらちゃん……?」

「ごめんなさい。忘れて」

 私たちは二人して俯いたまま保健室へと向かう。











 今日一日の学校生活を私はよく覚えていない。普段なら、魔法で身体能力を補って無駄に無双して見せていた
はずだが、何せこんなに早く仮面を取ってしまうとは思わなかったのだ。
 どうしようか、明日からまどかとはどう接すればいいのか。
 そうだ、切り替えなくては。インキュベーターがまどかに接触してくる。阻止しなければ。けど、私はもう何
度もこの妨害を失敗している。今回もそうするべきか。それとも、いっそのこと友好的にまどかとインキュベー
ターを接触させてみるか。ただ、どちらにしてもインキュベーターとまどかの交わるあの場所には行かなくては。

「おっす、ほむら。んな難しい顔してどうしたんだよ」

 この声は夜科アゲハか。思考に埋没していた私は意識を外へと向ける。気づけばインキュベーターと私がいつ
も接触する廃ビルの前まで来ていた。

「なんというか、あなたって神出鬼没なのね」

 突如現れた夜科アゲハに対して私は思ったことを素直に伝える。

「ん?なんなら連絡先教えておくぜ。今回の俺の仕事はほむら、お前を助けることだからな」

 ケラケラと笑う夜科アゲハは、私に向かって小さな紙切れを投げつけてきた。
 その小さな紙は、普通では考えられない軌道を描き、ふわりと私の手のひらに納まる。

「って、これ名刺じゃない」

「おう、便利なんだよ。職業柄な」

 そういえばそんなことを聞いた気がする。

「んで、これからインキュベーターってのを潰しに行くんだろ?その役目は俺が変わってやるよ」

 何故、彼は私の行動にこんなにも先んじて動けるのだろうか。それほどに彼のバックについている、天樹院エ
ルモアとやらの予知は精度が高いのか。
 けれど、それならそれで好都合だ。まどかたちを騙すのは少々気が引けるがうまくいく可能性の高い方を取ら
せてもらうことにしよう。

「それじゃあ私はまどかたちの方へ向かわせてもらうわ」

「おう」

 私は踵を返して向かいのCDショップへと入る。

 どうしよう。自分から声をかけるべきか、それともどうにかまどかから声をかけてもらうのを待つべきだろう
か。いや、最悪美樹さやかからでもいい。
 とりあえず店の中を一回りしてから気づく。まどかたちまだここにいないわ。

「どうしましょう。あまり音楽って興味がなかったからどこを見ていいか分からないわ。とりあえず、演歌でも
物色していようかしら」

 まどかが好きだったはずのジャンルのCDを探してみる。
 ずらり、と棚に並んだそれらは私にはとても雑然として見える。
 あいうえお順にソートされているはずなのに全く探しやすくなっているように見えないのは気のせいだと思い
たい。
 記憶を頼りにまどかが好きだと言っていた歌手の名前を探してみるが記憶に靄がかかったようでなかなか思い
出せない。これじゃあ、まるで私が棚とにらめっこしているみたいだ。

「あれ?転校生じゃん。おーい、こんなところで何してんの?」

 声、私に対する呼称、このタイミングで私に話しかけてくる人物。そう、美樹さやかだ。
 振り返るとそこには青い髪の少女が立っていた。顔が近い。

「美樹さん。いつの間にそんなに近づいていたの」

 あまりの顔の近さに少々面食らう。

「ん?いつってまぁ、今だよ。おーい、まどかぁ!やっぱり転校生だったよー」

 美樹さやかはそういってどこかに向かって大きく手を振る。
 棚の奥からひょっこり顔を出したのはピンクの髪が特徴的な少女、まどかだ。赤いリボンがよく似合っていて
かわいらしい。

「ほむら、ちゃん?」

 少し不安げなその表情を見て、私は不覚にも今日の出来事を思い出す。
 喉が震える。それでも、何か言わなくては。

「鹿目さん」

 絞り出すようにそれだけ言うのが精いっぱいだった。
 ゆっくりとまどかがこちらに歩いてくる。

「昼間はごめんなさい。つい、緊張して変なことを口走ってしまって」

「えっと、ううん。気にしてないよ。大丈夫、だよ」

「そう?ありがとう。でも、何だが怖がらせてしまったみたいだから。今度お詫びに何かさせてほしいわ」

 私はそうまどかに言った。そのはずなのにどういうわけか美樹さやかが横から入ってくる。

「おっ、いいねー。転校生との親睦会!まどかとあたし、それに仁美でしょ。あと、クラスの女の子を何人か誘
って!」

「美樹さん。せめて最初はあなたたち三人だけの方が、私はうれしいわ」

 まどかに町を案内してもらって、仲良くなろう作戦。失敗だろうか。

「えっ?そーお?そいじゃ、明日いつものファーストフードに転校生をご招待だ!」

「さやかちゃん、そんな急じゃ、ほむらちゃんに悪いよ。もう少し落ち着いてからの方が、ね?」

 さやかの即断にまどかが少し食い下がる。やはり、そう簡単に打ち解けられるものでもない、か。

「も、もちろん、ほむらちゃんが明日、他に何にも用がないんだったら、私も一緒にお茶したいな、なんて」

 好感触!意外だわ。この展開は思いのほかに好都合。まどかと放課後にお茶なんて、いつ以来かしら。

「明日、ね。えぇ大丈夫。ご一緒してもいいかしら?」

「よっし!じゃあ決まりだね。明日からほむらはあたしの嫁になるのだぁー」

 美樹さやかがそう言ってワキワキと手を動かす。誰に対してもこんな言動をしているのかしら、この子は。

「ふふっ、美樹さんって面白いのね。もしよければなんだけど、明日色々案内してもらえないかしら?まだ、退
院してから日が浅くて、買い物する場所も良くわからないの」

 嘘だ。けど、こうして口実を作っておけばこの二人なら間違いなく断らない。

「そう、だよね。ほむらちゃん入院してたんだもんね。それなのに、あれだけ色々出来るなんて、すごいね。挨
拶の時にもそういってたのに、今日一日のほむらちゃんを見てると、そんな感じ全然しないのになって思っちゃ
って」

 まどかの表情に少し陰りが見える気がする。

「それじゃ、あたしはなんかよさそげなCD探してくるから。二人も適当にその辺見ててよ」

 私とまどかの返答が重なる。
 そういえば、そろそろのはずよね。夜科アゲハが順当にインキュベーターと接触していれば、そろそろまどか
に接触があるはずだ。

「鹿目さんはどんな音楽を聴くの?好きなジャンルって何かあるのかしら」

 とりあえず無難な話題で、お茶を濁すことにしよう。

「えっと、ね。笑わないでほしんだけど、その。演歌、が好き、なんだ」

 顔を赤くしてちょっと照れてるまどかかわいいわ。

「演歌?そうなの。てっきり流行のポップスなんかが好みなんだと思ってたわ。珍しいけど笑うほどじゃないわ」

 そう言って私は小さく笑って見せる。
 しまった。あまりにまどかがかわいいものだからつい笑ってしまった。

「ほむらちゃん。ありがとう」

 まどかは少し照れたように笑う。

 ピクンと、まどかの首が跳ねる。どうやら接触が来たようだった。

「ほむらちゃん?」

「どうしたの鹿目さん?」

 けれど、どうしてかしら。随分と驚き、困惑、そして何より怯えているように見える。

「今、何か、言わなかった?」

「私は何も言っていないわ?」

「今、ね。助けてって聞こえた気がしたの。なんだか、とても弱ってるみたいで。また!ねぇ、一緒に来てほむ
らちゃん!」

 言うが早い、まどかは走り出してしまう。
 慌てて私はまどかを追いかける。
 それにしても、まどかが出会ったばかりのインキュベーターを離そうとしなかった理由がこんな形で分かるな
んて。
 私があの場面でアイツを襲撃していたからこそ、あの反応なわけだ。けど、それならば今回は違う!
 私は見慣れた廃ビルの中を走る。いや、正確にはまどかを追いかけている。
 そろそろインキュベーターと遭遇してもいいはずだ。もしくは夜科アゲハと。
 矢で的を射ったような音が聞こえた。これも、夜科アゲハの力だろうか。だとすれば、音の方向にまどかを進
ませるのは危険極まりない。

 私の考えとは裏腹に、いや予想通りではあるのだけれど、まどかは音の方向へと進んで行ってしまう。

「鹿目さん!こんな得体のしれない音の方に行くなんて危険だわ!一回考え直しましょう?」

 私はとっさにまどかの腕を掴む。

「ほむらちゃん!でも、さっきからずっと助けてって!今にも死にそうな声なの!」

 死にそうな声、ね。いや、恐らくもう何度か死んでいるはずだ。

「分かったわ。でも、危険な状態かもしれないからここからは歩いていきましょう?あと、私に前を歩かせて」

 私は一歩まどかに詰め寄り、そしてまどかよりも前に出る。
 瞬間、曲がり角から一筋の黒い流星が走る。
 夜科アゲハの暴王だ。私はゾッとし、硬直する。

「ほむらちゃん。大、丈夫?」

 振り返れば、まどかも硬直していた。

「鹿目さんもう一度聞くけど、本当にこの先に進むの?」

 正直なところ、私自身がこの先を見るのを躊躇っている。

「怖いけど、でも、今、いかないと!」

 私は覚悟を決めて、先へと進む。

 まどかの手を引いて進んだ私が見た光景は凄まじかった。予想を超えたその光景に、私とまどか二人は硬直す
る。
 辺りの壁には無数の穴が開いている。直径五センチ位の穴だ。穴の周りにひび割れなどはなく、綺麗に穴だけ
が開いている。そして、それは壁だけにとどまらず、むき出しの鉄骨だろうと、置きっぱなしにされた土嚢だろ
うと同じだった。綺麗にぽっかりと穴が開いている。

 その光景の端にまどかにテレパシーを送っていたであろう奴が転がっていた。

 右の耳が半ばから欠損している。同じように左の後ろ脚も完全に消失していた。もう、立ち上がる気力もない
ようで、小さく蹲り浅い呼吸をしている。
 その惨状に圧倒されて動けないでいる私の隣をまどかが走り抜く。
 まどかは傷だらけのインキュベーターを抱きかかえ、「大丈夫?」と声をかけていた。
 どう考えたって大丈夫じゃないだろうに。

「おい、そいつから離れな。さもなきゃ嬢ちゃんごとぶち抜くぜ」

 夜科アゲハが姿を見せる。はっきり言って悪役だ。奇しくもこれは自分の行いを客観的に見るいい機会だ。

「あなた誰なの?なんで、こんなに酷いことするの?止めてよ。この子怪我してる」

 瞳いっぱいに涙を溜めたまどか夜科アゲハに懇願するように話しかける。

「いいから、そいつを離しな。はっきり言ってそいつと関わり合いになってもろくなことになんねーぜ」

 夜科アゲハの凶悪な顔でまどかは完全に怯えてしまっている。これ以上は一緒に居させられない!

 何か口を開きかけたまどかを、私は思い切り掴んで引っ張る。インキュベーターも一緒だがこの際しょうがな
い。

「まどか!いいからこの場から逃げるわ」

 恐怖で腰が抜けたらしく、まどかは引っ張っても立ち上がれなかった。
 私は一瞬で決意を固めまどかのことを抱き上げる。俗にいうお姫様抱っこだ。

〈うまくやれよ〉

 どうやら追いかけてくる気はないらしい。まぁそれはそうだろう。しかし、何という気迫だ。私でさえ心臓を
潰されるかと思った。

 まどかを抱えて走っていた私の視界がぐらりと揺れて、辺りの景色が一変する。
 薔薇の魔女の使い魔の結界。

「こんなときに!」

 私は思わず小さく呟く。
 どうすべきか、魔法少女になるべきかそれとも、巴マミが来るのを待つべきか。
 けれど、私は即断だ。

「鹿目さん。ちょっと降ろすわね」

 まどかをしっかりと立たせると、私は魔法少女へと変身する。

「ほむら、ちゃん?」

 私の姿が変わったところを見てまどかが何かを言おうとするが、それは別の声に遮られる。

「まどかー?転校生ー?ここは何処ー。うわぁ、こっち来るなあっち行けぇ!」

 どうやら、美樹さやかも結界に巻き込まれているらしい。

「美樹さんもいるみたいね。鹿目さん、彼女と合流しましょう。掴まって」

 私はまどかと手をつなぎ、美樹さやかの声のした方向へと進む。
 怯えるまどかを先導しながら使い魔の横を通り抜けていく。

「鹿目さん、この地面にあるバラの花は踏まないように注意して。もしバラの花を踏んでしまうとこいつらは怒
って襲ってくるわ」

 まどかの返事が小さく聞こえる。衝撃映像二連発は伊達じゃない、か。

「ほむらちゃんは、こ、怖くないの?」

「今はそんなに。まだ詳しくは教えられない。けど、慣れているから」

「そう、何だ」

 消え入りそうな声色だ。こんなにも弱弱しい子が魔法少女になるだけで、ああも変わるのかと私は再認識する。
 人っていうのは変われば変わるものなのか。

「さやかちゃん!」

 元々声の聞こえる位には近くにいたわけだけど、それでも思いのほか早く合流することが出来た。

「まどか!それに転校生。はー、良かったよ。あれに襲われてるんじゃないかと思った。って!なにそれ、随分
、その」

 安堵したように駆け寄ってきた美樹さやかはまどかの手の中にいるボロ雑巾のようなインキュベーターを見て
言葉を濁す。まぁ、当然だろう。私としてはこのまま息の根を止めておきたいが、そんなことをしても警戒され
るだけなので我慢する。

「って、転校生。どうしたのさその服。さっきまで制服だったよね?コスプレ?」

 さやかってホント馬鹿。

「事情は後で説明するわ。今はここを脱出するのが先決」

 短くさやかに声をかけ、私は盾の中に手を突っ込むと、ベレッタM9を取り出す。
 広範囲を一気に制圧するような攻撃手段が乏しいことに私自身少し落胆する。

「転校生、それって本物?」

 服装に対して似つかわしくない武装だと思われたかしら。

「えぇ。こっちよ、私から離れないで」

 といっても別に急いでこの結界から出る必要などない。この程度の使い魔なら取るに足らないというのも一つの理由。そしてもう一つ。

「あら?あなたたちも魔法少女なの?人のテリトリーに勝手に入ってくるのはお行儀悪いわよ」

 快音を響かせながら巴マミが現れる。この魔女結界を慌てて出る必要がない理由がこの人だ。

「かねがね噂は聞いています、巴さん。それと、魔法少女なのは私だけ」

 戦力、という点を考えるならばこの人を頼るのが一番だろう。まぁ、それ以上に不安要素も大きいのだが。

「そう、なら一先ず片付けちゃうわね」

 一歩、踏み出すと同時に両手に余る量の銃口が辺りにいた使い魔を打ち抜く。私も聞きなれたマジカルマスケ
ット銃の快音が響く。

「一気に片付けちゃって悪いわね!」

 辺りにひしめいていた使い魔たちは、あっという間に一掃される。本当にこの人は流石だ。

 巴マミの圧倒的な火力の前に使い魔の結界はあっという間に敗れ、ほどなく私たちは元の廃ビルの風景を取り
戻す。

「きゅうべえ?って、酷い怪我じゃない!!その子を私に渡して?治癒魔法をかけるわ」

 あんな奴に治癒魔法なんてかけるだけ損だ。そう思ってしまうのは真実を知っているものの特権だろうか。

「えっと、あの、はい。この子、助かるんですか?」

 先ほどから良くわからないことが立て続けに起きているからだろうか、まどかと美樹さやかは言葉もなく放心
してしまっている。

「巴さん。この後少し時間ありますか?」

「えっ、えぇ。今日はもうパトロールも終わりにするわ」

 私が巴マミと話をしている間にもインキュベーターの体が徐々に修復されていく。なくなっていた耳が、足が、
再生されていく。
 そして、インキュベーターが全快する。
 瞬きを数度繰り返し、巴マミの腕の中から可愛らしい擬音がよく似合う仕草で飛び出し、着地する。

「まどか、さやか。実は僕君たちにお願いがあってきたんだ」

 私は、今すぐにこの生物を撃ち殺したい衝動に駆られる。けれど、ダメだ。この場でこいつを始末するのは駄
目だ。

「僕と契約して魔法少女になってよ」

 強く奥歯を噛み締める。











 心地いい日差しが教室に差し込み、授業は滞りなく進んでいく。
 時折、指名されることがあるがそれは私の思考を止める一石にもならない。
 昨日の出来事が頭の中で反芻されていく。もっといい方法はなかったのか。やはり、あれだけはもっと徹底的
に潰しておくべきだったか。インキュベーターとの接触は何としてでも阻止すべきではなかったのか。

 昨夜、巴マミの家でまどか、美樹さやかの両名に魔法少女というものについて説明した。
 インキュベーターを交えて、私と巴マミは二人に願いの重要性、魔法少女とはどんなリスクを持つのか。戦う
覚悟とは何か。そして。

「ソウルジェムとは魂の結晶」

 授業中だというのに私はそんな言葉を呟いてしまう。
 それ以上のことは説明できなかった。
 巴マミの狼狽えようが鮮明に思い出される。友好的な関係が築けていても魔女化の真実を話すのは難しいだろ
うか。
 それでも一応、巴マミの魔法少女体験ツアーに私も同行できるだけマシだと思っておきたい。

「そういえば昼休みに話をするんだったわね」

 私はまどかと一緒に食べる昼食を思い浮かべる。さぞ幸せを噛み締められるだろう。問題は山積みだけれど、
一時くらいは許されるだろうか。

 私は、いいえ。私たちは近場のファーストフード店に集まっていた。集まっていたとはいっても、そのうちの
三人は一緒に学校を出て一緒にこの店に入ったわけだ。

「さて、それじゃあ魔法少女体験ツアー第一弾行ってみましょうか?準備は出来てる」

 上品に笑う巴マミに二人はなんだか照れているように見える。

「準備なんて必要ないわ。私が二人を守るもの」

 ここはちょっと格好をつけて二人の気をほぐしておこうかしら。もっとも、やはり最低限の覚悟はしておいて
もらわなと困る。

「準備になってるかどうかは分からないけどとりあえずこれ持ってきましたぁ!」

 美樹さやかはそういって店の中で金属バットを取り出す。そんなものを店の中で見せびらかすなんてどうかと
思うわ。

「転校生ぃー?何さ、その眼はー」

「いえ、何でもないわ。気にしないで」

「それはそうと、まどかは何か準備してきた?」

 美樹さやかはそういって矛先を私からまどかへと変える。
 ゴソゴソと鞄の中を探していたまどかが何かを掴んで取り出す。

「ええっと、こんなの考えてみた!」

 バーン!と開かれたノートには魔法少女姿のまどかの姿が描かれていた。
 あのまどかだ。私が回避しなければならないあの『まどか』。
 巴マミと、美樹さやかが声もなく肩を震わせている。もしや、笑っているのだろうか。巴マミなんか人のこと
言えないと思うのだけど。

「えっ、えぇー」

「鹿目さん。私はとっても可愛らしいと思うわ」

「さ−!準備も整ったし行きますかー!!」

「えぇ、そうね」

「ひどいよー」

 もう、こんな関係になるつもりなんてなかったのに、やはりここは居心地がいい。

 私たち四人は他愛ないおしゃべりをしている体を装って、繁華街を歩く。

「このソウルジェムが光ってるのが分かる?」

 そう言って巴マミは自身の魂たるソウルジェムを差し出す。
 まどかと美樹さやかは揃って頷く。

「これは、昨日のと同じパターンね」

「えぇ。基本的に魔女探しはこのソウルジェムの反応を頼りに行うのよ」

 足を使って魔女を探す。魔法少女の基本なんてそんなものだ。

「結構地味ですね。もっとこう、マジカルパワーでバーッと探すのかと」

 よくある勘違いその一だ。

「魔法少女の真実なんてそんなものよ。あまり夢見ていると痛い目を見るわ」

 そう、あの魔女化の真実を知った日のあなたたちのように。

「原因のはっきりしない傷害事件や自殺は魔女の呪いが関わっている可能性が高いわ。だからそういう事が起こ
りやすい場所を優先的にチェックしていくの。こういう繁華街や、寂れた廃ビル。あとは風俗街なんか」

 まさか巴マミの口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。驚いた、なんてものじゃない。

「?ごめんなさい、私何か変なこと言ったかしら?」

 きょとんとした顔で巴マミが私たちの方を見る。私だけじゃなくまどかと美樹さやかも面食らっていたらしい。

「いえ、巴さんの口から風俗街なんて言葉が出てくるとは思わなかったので」

「えっ!いや、違うのよ?別に私はそんなつもりじゃ、」

 驚いた理由を言うと巴マミの顔が若干赤くなる。照れているのだろうか。

「あっ、マミさんソウルジェムの反応が!」

 まどかが巴マミの腕を揺する。

「本当!こっちね、近いわ!」

 いつの間にか私たちは近郊の廃ビルに来ていた。忌々しい記憶が頭をよぎる。

「あ、あれ!屋上に人が!!」

 美樹さやかが叫ぶ。
 二十代後半位だろうか。今はそんなことどうでもいい。

「巴さん私が行くわ!」

 ライズ全開!巴マミが魔法少女に変身するより早く、私は飛び出す。
 地を踏みしめ三歩でトップスピードへ。そのまま飛び降りようとしているOLっぽい人へ向かって跳ぶ。
 私が地を蹴るのが、OLが飛び降りるのよりも後手に回る。
 大丈夫だ。このままいけば空中で捕まえられる。

「ほむらちゃん!前、前!」

 まどか、それも織り込み済みよ。
 空中でOLをキャッチした私は勢いもそのままに廃ビルへと突っ込む。
 壁に激突する瞬間、体を前へと回転し、ビルの壁に両足を付ける。
 そして、そのままビルの壁面を思い切り蹴る。

 二人が驚いている表情が見えた。けれど、巴マミは眉間に皺を寄せている。
 OLを抱えた私は三人の正面へと着地する。我ながら見事な着地だ。

「気を失っているみたいね」

「えぇ。飛び降りた瞬間、でしょうね」
 いち早く巴マミが駆け寄ってくる。
 巴マミはすでに魔法少女の姿になっていた。早いなんてもんじゃない。この人は変身すらもノータイムでこな
すというのか。

「それにしても、ほむらちゃんすごかったね」

「マミさんもあんな風に動けるんですか?」

 まどかと美樹さやかがそれぞれ口を開く。
 今のはライズであって魔法じゃない。魔法による身体強化で今の動きを再現できるとしたら、それはそういう
願いで契約した魔法少女だけだろう。けれど、そういう事は口が裂けても言えない。もしかすると、巴マミは気
づいているのかもしれないが。

「いえ。私はあそこまでは動けないわね。あれは暁美さんの固有魔法の一種じゃないかしら?」

 やはり、そう来るか。ここはどう切り抜けるべきか。なるべくなら手の内は晒したくない。けれど、ここで嘘
をつくのも後々厄介な火種になる可能性がある。

 沈黙は金。ということにしておこうか。

「私の願いに直結することだから、私の力についてはあまり聞かないでくれるとうれしい」

 そう、嘘は言っていない。

「そう、よね。まだ言いにくいわよね」

 巴マミに勘違いされたようだ。取り合えず弁明した方がいいだろうか。

「いえ、あなたを信用していないから教えられないわけじゃないの。ただ、私の力は種が分かれば、あっという
間に瓦解するから、だからなるべくなら人に教えたくない。それだけよ。誰にも知られていないことが前提にあ
る力だから。例外は作らないようにしているの」

 そして、何より辛いのだ。私自身が話をすることが

「あ、あぁ!違うのよ。そんな顔をさせたかったわけじゃないの。そうよね。出会って二日、三日の相手に手札
を見せるのがあまりに無謀だってことくらいわかっているわ」

 どうやら今度は気を遣わせてしまったらしい。むぅ、やはり面倒臭い人ね。

「そんなことよりも、早く中へ入りましょう。魔女に逃げられるわ」

「えぇ、それもそうね。二人とも行くわよ!」
 巴マミが一番に駆け出す。まどか、美樹さやかがそのあとに続き、私はしんがりを務める。恐らく守るならこの布陣が一番安全だ。

 巴マミが開いた結界の中を私たちは進む。
 使い切りのマスケット銃を撃っては投げ捨て、時には打ち終わった銃で手近な使い魔を殴り飛ばす。いつみて
も鮮やかな手並みだ。洗練されたそれは中距離型の魔法少女の完成形といってもいいのかもしれない。
 リズムよく使い魔を倒し、なおかつ全く進撃の速度を緩めない。そんな圧倒的な実力を備えた魔法少女に小さ
な違和感を感じていた。
 もしかして、少しはしゃいでいるのかしら。
 まどかにもしものことがあったら大事だ。私は少し迷ってから声をかけることに決めた。

「巴さん、もうすぐ魔女に行きつきます。気を引き締めて行きましょう!」

 ここまでほとんど何もしていない私が言えた義理ではないが。というか、変身するのも忘れていた。
 私は巴マミに声をかけながら魔法少女の姿へと成り変わる。

「今頃変身するあなたに言われたくないわね」

 そう言って笑う巴マミは否が応でも私に懐かしさを与えてくる。
 けれど、巴マミが言葉と同時に開いた扉の先にいたものが強烈に私たちの視線を奪っていく。

「あれが魔女よ」

 いつ以来だろうか。あの魔女とこうして対峙するのは。

「うえぇ、グロい」

「あんなのと戦ってるんですか?」

「大丈夫、私たちは負けないわ、ね?暁美さん」

 そうだ、こんなところでまどかを危険にさらすわけにはいかない。

「えぇ、大丈夫。ただ、これからするのは殺し合いよ。決して気持ちのいいものじゃない。そこだけは肝に銘じ
ておいてね」

 巴マミが手に持った使用済みのマスケット銃を地面へと突き立てる。結界を張るのだろう。
 程なく、強固な結界が作り上げられる。よくもまぁこんな結界を一瞬で張れるものだ。
 しかし、今重要なのはそこではなく、魔女だ。
 ウミウシを溶かしたような形をした巨大な図体には幾輪もの薔薇が巻き込まれている。
 さしずめ薔薇の魔女といったところだろうか。まぁ、私にしてみれば見慣れてしまっているけれど。

「暁美さん。行くわよ!」

「えぇ、援護は任せて」

 攻撃担当が巴マミ、援護攪乱担当が私だ。
 巴マミが数十本ののマスケット銃を作り出し、魔女を撃つ。撃つ、撃つ!嵐のような猛攻に見えてその実、威
力を重視した攻撃ではなさそうだ。威嚇射撃からのリボンでの拘束。そして、大技ティロフィナーレ。

 ならば私に出来ることはこれだろう。

 強く、地を蹴る。目的地は巴マミの正面。薔薇の蔓を叩くために。
 取り出したベレッタで、動く的を正確に打ち抜く。こんなことをするよりも時間を止めて連射した方がよほど
手っ取り早いがそこは置いておく。

「巴さん今です!」

「えぇ、それじゃあ。カッコいいところを見てもらうわね!」

 巴マミのリボンの魔法が馬鹿でかい図体の魔女を縛り上げていく。
 元々軽快な速度で翻弄するタイプの魔女ではないとはいえあまりにも無抵抗だ。
 それだけ、力量の差が大きいということだろうか。

「ティロ、フィナーレ!」

 強大な砲身からその名に相応しい一撃が放たれる。火力、という一点でいえばこれほど強力な魔法はそうお目
にかかれない。
 ド級の一撃が魔女を貫くと、徐々に景色が薄れ始め、次第に揺らぎ、そして最後には元の廃ビルへと私たちを
誘う。
 コツンッ、と小さな音が響く。恐らくグリーフシードが落ちたのだろう。私は振り返らない。

「これはグリーフシードというの。まぁ魔女の卵ね」

 巴マミの言葉に二人は驚きの声をあげる。それが魔法少女のなれの果てだとも知らずに。

「けど、大丈夫。この状態なら役に立つものよ」

 大方、自身のソウルジェムを浄化してみせているのだろう。

「こうすると、ほら。濁りが取れるでしょう?これで私の魔力は、いいえ違ったわね。私の魂は元通り」

 声に陰りが見える。気にしていない風を装ってもやはり、ダメなものは駄目か。

「これが魔女退治の見返りってわけ。ねぇ暁美さん?」

 これ以上静観を決め込むことは出来ないらしい。

「何でしょう?巴さん」

 ゆっくりと、振り返る。するとすかさずグリーフシードを投げられた。

「私たちの手柄だもの半分は使って?」

 受け取り、少し考える。

 変身を解き、私自身のソウルジェムがよく見えるように手のひらに置いたまま彼女たちへと一歩前へ出る。

「それには及ばないわ。私はほとんど魔力を使っていないから」

 そう言って差し出した私のジェムは、自分でいうのは何なほど明るく輝いている。

「あら、本当ね。暁美さんって省エネ魔法少女なの?なんてね」

「ほんとだ。ほむらちゃんのソウルジェムとってもきれいだね!」

 まどか。

「まどか、なんかそれだとちょっと妖しい響きだぞー。まどかは私の嫁になるのだー」

 あなたにとられるくらいなら私が殺してしまった方がましだわ、美樹さやか。

「美樹さん、変なことをいうのね」

<暁美さん、この後時間あるかしら?出来ればあなたと二人で話がしたいの>

 二人には聞こえないようにテレパシーで巴マミがコンタクトを図ってきたか。
 どうすべきだろうか。私もいろいろと話しておきたいことはある。
 けれど、どうすべきだろうか。
 沈黙は肯定、だろうか。それとも。
 結局私はそれを選ばずに回答する。

<……えぇ、構わないわ。場所は噴水のある公園でいいかしら>

 二人の話に耳を傾け、巴マミは微笑んでいる。随分と器用なことだ。

<オーケー。それじゃあそこで落ち合いましょう>

「ごめんなさい。これから少し用事があるから先に失礼しますね。それじゃあ、鹿目さん美樹さん。巴さん」

 頭を下げ、別れの挨拶をする。
 後ろから二人の声が聞こえてきたので、振り返り軽く手を振る。
 ビルを出ると横になっていたOLが起き上がりぼんやりと辺りを見回していた。

<巴さん、口づけを受けていた女性が起きたみたいですよ>

 テレパシーで事実を端的に伝えておく。

 夜、この公園でこうして巴マミと話をするのは何度目だろうか。やはり、これも数えるのを止めてしまった。
 けれど、こうして待ち合わせをしたのは今回が初めてだ。
 もちろんこの場所でこうして巴マミを待つのも、初めてだ。

 少し寒さを残す夜風が頬撫でる。イレギュラーとは重なるものなのか。あるいは、小さなイレギュラーに突き
動かされて私が別の道を辿りはじめたのか。今度こそはまどかを救えるのだろうか。
 思考は留まることを知らない。好奇も不安も一緒くたに思考の渦へと飲み込まれる。それは渦を巻きどんどん
と深みへと嵌っていく。

「もしかして、待たせちゃったかしら?」

「えぇ、少しだけ」

 足音と共にようやくやってきた巴マミが声をかけてくる。

「そこは、今来たところよ。って言ってくれないと」

「そんなことを言いにわざわざ来たわけでもないでしょう?」

 何を下らないことを言っているのだろうか、この人は。まぁ、それらしいといえばそれらしいけれど。

「そうね。冗談を言うような間柄でもないものね」

 それはどういう事だろうか。少なくともこちらに敵対の意思がないことは伝わっていると思っていたのだけれ
ど。

「魔法少女同士でこの手の話に乗ってくれた人が誰もいなかったってだけよ?特に他意があるわけじゃないの」

「そう、ならいいわ。もしかして、ことを構える羽目になるかと少し心配になっただけよ」

「あら?さっきまでとは大分雰囲気が違うのね。まぁ、それは今は置いておきましょう」

 この場で和やかに話をすること自体が私にとっては驚くべきことなのだ。雰囲気とかそんなこと知ったことか。

「少し、前置きが長くなってもいいかしら?いやなら、大事なところだけ話すけど」

 あまり長くなるのならこの寒空の下は勘弁してほしい。そう思ったけれど、私はとりあえず先を促すことにす
る。

「聞くわ。話して」

「えぇ。それじゃあ話すわね」

 ふっ、と一呼吸分の間が訪れる。彼女はこんな間を取るような話し方をする人だったろうか。

「一週間くらい前にね、私のところに雨宮さんって方が訪ねてきたの。ちょっと影のある感じで、でもとても綺
麗な人だったわ」

 陰のある感じの美人。それにキチガイをプラスしたようなのとは最近遭遇したわね。しかも去り際に「またね」
なんて言葉を頂戴してしまったわ。

「その雨宮さんが私に面白い話をしてくれたの。それによると、私は近いうちに奇妙な場所で重要な出会いを経
験するんですって。そして、その出会いは私に過酷な真実をもたらすだろう、とも言っていたわ。なんだか、占
いの序文みたいなことをいわれたのよ」

 占いの序文。巴マミの口から直接それを聞いてみたい気がするわ。

「それ、聞かせてもらってもいいかしら。覚えてないのなら構わないんだけれど」

 十中八九、覚えているはずだ。

「えぇと、確か。『戦いに魅入られた少女は光の届かぬ箱庭で定められた出会いをするだろう。片割れは巨大な
原石。傍らに小さな原石と漆黒のダイヤモンドを携えて。その出会いがもたらすものは、真実の結果であり、ま
た衝撃。真実を知るダイヤはそれ故にすべてを包み隠す。ほかでもない巨大な原石のために。恨み言を言うより
先に魂の真実を求めよ』だったかしらね」

 恐らく、一語一句同じであろうその言葉を、妙に芝居がかった口調で話す巴マミに、思わず吹き出してしまい
そうになる。妙に似合っているから余計に、だ。

「ってことはもしかして、私たちがそうだっていいたいのかしら?」

 恐らく、ドンピシャだろう。まどかは最強の魔法少女になり、そして最悪の魔女になる。巨大な原石というの
は間違いなくまどかだ。
 小さな原石とはまぁ、美樹さやかだろう。
 そして、私。

 意識的に自分の指に着けているソウルジェムを撫でる。
 黒いダイヤ。言い得て妙かもしれない。

「確証はないのだけれど。どうも、あなたは何かを知っている風に見えるのよ。もちろん私の色眼鏡の可能性も
あるけれど。それに、鹿目さん」

 もう、気づいているのか。今、この国で最強の魔法少女は伊達じゃない、か。

「彼女の資質は、正直恐ろしいくらいよ。魔法の扱いに慣れたら一週間で私なんか追い抜くでしょうね」

 私は巴マミの言葉に思わず首を横に振るう。

「そんなものじゃないわ。彼女だけは絶対に魔法少女にしてはいけない。一週間どころか、初めて魔法を使った
瞬間から歴代で最強の魔法少女よ」

 いつか、インキュベーターから聞き出した魔法少女の平均寿命は一年と一三六日。ここ五十年ほどに絞ればお
およそ九九日。このループでどれだけズレが生じているのかは分からないが。
 その数字と照らし合わせると巴マミはかなり長いこと生きている。もっとも時間だけを考えれば私だって同じ
くらいにはなるはずだが。

「暁美、さん?どうしたのさっきから難しい顔をして。やっぱりあなた何か知っているんじゃないの?もしそう
なら教えて!」

 顔に出てしまっていたらしい。けど、やっぱり今はまだ話せない。この人の心が持つとは到底思えない。

「この石が、私たちの魂ってこと以上にショックなことなんて、そうそうない筈よね?あなたは一体何を見てき
たの。あなたは一体何を知っているの?あなたは一体、何者なの!?」

 巴マミの声が震えている。強すぎるこの人の唯一にして最大の弱点。それが正義。
 巴マミは正義の味方でなくては生きていけないのだ。
 正義の味方で無くなった巴マミは破滅する。美樹さやかが上条恭介の腕を治すことを祈って破滅するように、
魔法少女になった鹿目まどかがワルプルギスに挑んで破滅するように。
 そして、ソウルジェムの最大の秘密はそれを根底から揺さぶる。
 何より恐ろしいのは彼女の破滅はその矛先が他者にすら向けられることだ。

「今は、まだ、詳しいことは言えないわ。けれど、これだけは覚えておいて。ソウルジェム最大の秘密は、巴さ
んあなたの生き方を、あなたの魔法少女を根底から揺さぶるわ。自分のすべてを否定されても生きていく覚悟が
出来たら。それが出来たなら、その時にもう一度同じ質問をして」

 必要なのは生きる意志だ。
 弱音を吐いてもいい、挫けても、逃げ出してもいい。大事なのは最後にもう一度立ち上がれることなのだから。

「あなたは、暁美さんはその真実を知って平気だったの?」

 そんなわけ、あるはずがない。けれど、それを認めることはただの馴れ合いだ。私はそんなもののためにこの
人に接触しているわけではない。

「平気だといえば嘘になるでしょうね。けど、私には叶えたい願いがあるから、前に進み続けるだけの理由がある。例え、その先に待っているのが私自身の破滅だとしても」

 ヒントはもう十分に与えたはずだ。これで何かに気づかないほど巴マミは愚かな人間じゃない。少なくとも、
私が見てきた巴マミはそうだった。

「巴さん。私から一つお願いがあるの」

「この期に及んで、お願い、ね」

「えぇ、お願い。私とチームを組んでほしい。こんな得体のしれない魔法少女を信用しろなんて不躾かもしれな
いけれど、でも出来れば考えてほしい。私はあなたと違ってみんなのために戦っているわけじゃない。だけど、
あなたの守りたいみんなの中には私が守りたい人も入っている。だからこれはお願い」

 沈黙が流れる。
 少し追い詰めすぎただろうか。嵐の前の静けさでないことを祈ろう。

「すぐに、答えがほしいわけじゃない。だから考えておいて」

 このあたりが引き際だと思う。あまりに一方的に話をし過ぎた。

「一応、私の目的も伝えておくわ。一つは鹿目まどかの契約の阻止。もう一つはワルプルギスの夜の討伐。三週
間後、この町に奴は現れる」

 私がそれを言い終わると、巴マミの小さな悲鳴が聞こえた。
 けれど、このまま一緒にいてもしょうがない。
 小さく巴マミに声をかけて私はその場を後にする。

「あけみ、さん」

 もしかすると泣いているのかもしれなかった。

一旦休止

再会は九時五十分予定

まどマギのクロスssはよく見かけるけど…
こりゃ期待できそうだな…かなり面白い!!

〉〉73
驚かせてしまったところ悪いけどヒリューさんもドルキさんも首長父ちゃんも出ないんだぜ
〉〉74
ありがとう!

それでは再開します。











#2.接触

 私がこの時間軸で目覚めてから明日で二週間が経つ。転校してからなら四日だ。もっとも、登校したのは今
日で二回目なのだが。
 少し、気になるところはあるけれど、まぁある程度友好的な関係が築けているはずだ。

「ねぇ、夜科アゲハ。あなたはどこまで知っているの?」

 目下最大の懸念事項はお菓子の魔女。
 この魔女を相手にした時の巴マミの勝率は四割を下回る。特に、まどかと行動を共にしている時の勝率はゼロ
だ。

「どこまで、って言われてもな。俺だって大したことは知らねぇよ。ただ、お前にかかわりのある魔法少女は今
のところ三人で、うち二人は所在が確認できているってぐらいだよ」

 私にかかわりのある魔法少女。三人という事なら巴マミ、佐倉杏子はまず間違いないでしょうね。もう一人は、
まどかなのか美樹さやかなのか。

「私としては魔法少女が四人じゃないだけマシと思えるわね」

 どちらが魔法少女になる運命を背負っているのかは今の時点では分からないのだろうか。
 どちらにしても、私はまどかが魔法少女になるのだけは阻止させてもらう。

「そういえば、段々と掴めてきたわ。私のバースト」

 今はこれ以上考えても何も進みはしない。だったら、自分の新しい力を磨く方が賢明なはずだ。

「骨組みが、出来上がったとしても実際に使ってみないと使いかってが分からないかもしれないぜ」

 それも、そうだ。それに私は魔法少女でサイキッカー。恐らく前例を見ないはず。ならば、当てにできるのは
自分だけ。

「そうね。それなら少し相手をしてもらえないかしら」


 夜科アゲハに完敗した私は、仰向けに体を投げ出していた。
 彼は用事があるとかで、私を負かした後すぐにどこかへと去っていってしまった。なんて薄情なんだろうか。

 それにしても、空が青い。快晴絶好調といった様子だ。
 けれど、そんなことは今の私には関係がない。重要なのは私の力の改善点のリストアップだ。時間操作の魔法
との兼ね合いもある。バランスとタイミング、あとは力を分散させない一極集中。

 来るワルプルギスとの戦いに備えて戦闘パターンの構築と地理効果の見直しも必要だろうか。
 改善点は山積みだ。けれど、それが山積みということはこれまでよりも戦略面で肉薄していることを意味する
はずだ。
 今回は、今回こそは!

「あら、暁美さんこんな高架下で寝転んでちゃ行儀が悪いわよ?」

 この声は巴マミだ。こんなところで偶然、なんてことはなさそうだ。

「巴さん。今日は二人と一緒じゃないんですか?」

 確か、まどかと美樹さやかは放課後にこの人と一緒に魔法少女体験ツアーに行くと言っていたはずだ。

「私にも思うところがあってね。今回は遠慮してもらったのよ。あなたにあれだけ脅されちゃったもの」

 巴マミはそういってクスクスと笑う。これは少しマズイ兆候かもしれない。

「確かにあなたは町のみんなのために使い魔まで倒すような人には見えないわ。けれどね、暁美さん。私は必ず
しもそれが悪いとは言えないわ。そりゃ、見つけた使い魔をわざと逃がして人を襲わせるなんて許せることでは
ないわ。だけど、誰しも他人の命より自分の命の方が大事だもの」

 決定的だろうか。正義の味方を止め、自分の気持ちに素直になった巴マミは魔女化の真実を知って自らソウル
ジェムを砕いたことがある。その時も、こんな風に笑っていた。

「えぇ、そうね。否定しないわ。私だって自分の身かわいさにあなたを裏切ってしまうかもしれない」

「あら、そんなこと冗談でも言わないでほしいわ。それに暁美さんは自分かわいさに他人を切り捨てるような人には見えない。ただ、目的のために誰かを諦めることは簡単にしそうだけどね」

 やっぱりこの人は鋭い。どうしてこうも、厄介な勘の良さを持ち合わせているのだろうか。

「そういえば、巴さん。今日はキュゥべえと一緒じゃないのね?」

 このまま話を続けると不用意な発言をしかねないので、私は思い切り話をそらす。
 あんな奴、いないに越したことはない。それでも、奴がまどかに近づいていることを考えると手放しでは喜べない。

「この間の今日だもの。あの口ぶりから察するにまだ私たちに隠し事をしているでしょうし、どうも一緒にいる気分になれなくて、ね。それに、今は鹿目さんにご執心みたいなの」

 思った通りか。
 特にこれといった願いのない今のまどかなら不用意に契約してしまうことはないだろうけど、やはり心配だ。

「やっぱり鹿目さんのことが心配?」

「えぇ、少し」

 いいえ、かなり。

「でも、あまり付け回すと鹿目さんの気が滅入ってしまいそうだから」

 これは本当だ。次にまどかが結界に出くわすのは恐らく明日。最低でも三日後のお菓子の魔女までに一回、だ。

「それじゃあ、明日の体験ツアーに同行しないかしら?」

 まさか、そちらからお誘いが来るとは思わなかった。
 これは好都合だ。
 巴マミと一緒ならお菓子の魔女まで危険が及ばないとはいえ、不測の事態もありうる。

「もちろん。あなたさえ良ければこれからはなるべく一緒に行動することもやぶさかではないわ」

 巴マミは孤独を埋めてくれる相手を求めている。自分に敵意がなくて、かつ自分のやり方に賛同してくれる同
志を求めているのだ。
 往々にして、私は彼女に選ばれることはないけれど。

「そうね、やっぱり一人きりじゃないっていいものね」

 私は、巴マミの飛び切りの笑顔を初めて頂戴した。

 ドアの正面に立ち、小さく深呼吸をする。
 過去に幾度となく通い、色々な話をした場所。
 ついこの間も、まどか、美樹さやか、巴マミと一緒にここで過ごした。
 けれど、三人一緒と一人とではやはり違う。
 もう一度、一人でここに来ることになろうとは予想していなかった。
 震える指をゆっくりと呼び鈴へと運ぶ。
 ッ。
 ピンポーン、という音が私の耳にも聞こえてくる。
 ほんの少しの間。そして、内側から扉が開けられる。ドアに近づきすぎていた私は、開いたドアにぶつかりそ
うになって、思わず一歩後ろに下がる。

「いらっしゃい、あがって?」

 内側から開かれたドアの中から巴マミが顔を出して、私を中へと促す。

「お邪魔するわ」

 軽く頭を下げ、彼女の後に続いて中へと入る。
 これまでに私が訪れた中で、もっとも簡素な部屋だ。最低限のインテリアに、ほんの少し奇妙な観葉植物が置
いてある。
 けれど、やはり素敵な部屋だった。
 案内されたリビングルームも同じようにやや簡素に映る、けれど素敵な取り合わせだ。
 この人の家に来るとまず、三角形のガラステーブルを探してしまう。
 そして、やっぱりあった。

「やっぱり、素敵なテーブルですね」

「ふふっ、ありがとう。今お茶を入れるからちょっと待っていてね」

 部屋の入り口から見て下座を選んで腰を下ろす。ふわふわとしたクローバーのクッションが暖かい。

 それにしても、話とはなんだろうか。
 考えられる可能性は二つ、いや三つだろうか。
 一つ、心の準備が出来たから魔法少女の真実を教えてほしい。まだ、この話をしてから数日だ。正直望み薄だ
ろう。

 一つ、魔法少女のチームを組む話の可否について。これが一番妥当なところだろう。どっちに転んでもまどか
だけは守り切れるように動かなくては。

 最後に一つ、私という敵性の排除。確率的にはないと言ってしまって差し支えないはずだ。今のところ私はか
なり友好的に接しているはず。

「お待たせ、暁美さん」

 柔らかな声と共に巴マミがアルミトレイの上に紅茶とスコーンを乗せて持ってきていた。

「ごめんなさい。せっかく呼んでもらったのに考え事をしていたわ」

「いいのよ。気にしないで。それより、冷めないうちに、ね?」

 舞い上がるように軽やかな香りが鼻をくすぐる。質のいい木材のようなこの匂いはダージリンだろうか。けれ
ど、これは。

「ダージリンとアッサムのブレンドかしら?」

 この人はあまり茶葉をブレンドしたりしていなかったはずだ。だとすれば何か、心境の変化だろう。

「もしかして暁美さんも紅茶、好きなのかしら?それともちょっと雑な配合になっていた?」

 私の紅茶の先生は何を隠そうあなたです。そう、伝えたかった。

「えぇ、ちょっと知り合いの伝手でおいしい紅茶を淹れてもらったことがあって。それから、その人に教わった
の。おいしい紅茶の淹れ方から茶葉の種類別によく合う焼き菓子の作り方まで」

 最近では菓子を作ることはもちろん、紅茶を淹れることすらやっていない。一息つくときは大抵マズイ缶コー
ヒーだ。

「なんだかその人には親近感を感じるわ。今度、紹介してくれないかしら」

 それは、無理な話だ。何せ親近感も何もあなた本人なのだから。

「ごめんなさい。実はその人とはもう三年以上あっていないので、連絡先が分からないわ」

 実時間に換算すると凡そ、そのくらいになるはずだ。

「そう、それなら仕方ないわね。それに、私が親近感を感じているのはその人だけじゃないもの。今の話を聞い
てますますあなたに興味が出てきたわ。暁美さん?」

 もしかして、今の話は私にとってかなりプラスに働いたかしら。なんにせよ。この人から話を聞くことぐらい
は出来るはずだ。

「好意的な意味で受け取っておきます、巴さん。それで、話っていうのを」

 何故、今日なのだろうか。何故、昨日ではなかったのか。そんな巡り会わせの悪さに少しだけ苛立ちを感じる。

 何せ今日はお菓子の魔女の出現予定日だ。

「もう、もう少し世間話に付き合ってくれてもいいじゃない」

 昨日なら、それも良かった。何せ、私はあなたとこうして友好的な話が出来ることは久しぶりだから。

 だけど、今日は。今日だけは。
 考えると考えるだけ気持ちが急いていくのを自覚する。

「私も巴さんと話をするのは嫌いじゃないです。けど、あまりダラダラと会話を続けると決心が鈍りそうなので」

 誰のとは言わないでおこう。けれど、かなり棘のある言い方になってしまった。
 それに、早ければそろそろまどかたちはお菓子の魔女の結界に出くわす。遅くとも一時間半後には確実に。
 話は早く聞くに越したことはない。すぐに済んでしまうのなら、まどかが私に連絡をくれるまで巴マミと一緒
にいればいいだけのことなのだから。

「ふふ、そうね。当たってるわ暁美さん。私は時間を先延ばしに、先延ばしにしていた。やっぱりこわいのあな
たから持ちかけられた話とはいえ、もし拒絶されたらどうしようって、震えてるの。もう一度誰かと一緒に戦っ
て、そして拒絶されたらって、恐れてるの。あなたのことが信用できないってわけじゃないのよ。でも、それで
もね」

 何かを思い出したかのように巴マミは自らの手で体を抱く。
 それは佐倉杏子との思い出だろうか。それとも私が知らない魔法少女との思い出だろうか。
 けれど、私にとってこれまでは関係がない。

「大丈夫。私はあなたとけんか別れする覚悟で声をかけたもの。生半可な気持ちじゃないわ。それと、ありがと
う。かしら」

 もう一つ話しておかなければいけない。

「これからチームを組むにあたって私は言わないといけないことがある」

 巴マミは私に小さく頷く。その顔は今にも涙がこぼれそうだ。
「ワルプルギスを乗り越えたら、恐らく私は魔法を使えなくなる。その時が来たらこの町を去るつもりでいるの。
私は魔法が使えなければ何の能力も持たない魔法少女になってしまうから」

「いやよ!ダメ!そんなのあんまりだわ。今チームを組むって言ってくれたのにどうしてもう別れることを考え
ているの!?」

 巴マミの弱々しい泣き言が聞こえる。

「別に永遠にこの町から、あなたたちの前からいなくなるなんて言っていないわ。ただ、もう一度あなたと並ぶ
のに相応しい力を手に入れるまでは戻ってこないつもりだけれど」

 別に永久に会うつもりがないなんてことはないし、会えないなんてこともない。
 ただし、ワルプルギスを倒せたならばの話だ。

「それでもやっぱりあなただって私の前からいなくなってしまうのでしょう」

 孤独に戦ってきた巴マミはだからこそ孤独を恐れる。
 一人に慣れ切ってしまった巴マミはだからこそ一人を嫌がる。
 友情に、愛情に、飢えているからこそ強く、そして脆い。

「必ず戻ってくるわ、この町に」

 私だって出来ることならまどかやあなたたちと離れ離れになりたくはない。
 けれど、弱い私が傷ついた姿を見せたくない。それこそ、心配をかけたくないからだ。ショックを与えたくな
いからだ。
 ワルプルギスを乗り越えた私はきっと長くは持たない。『PSY』の力をどれほど使いこなせるようになるか
にもかかってはいるけれど、どうやったって今の私の戦い方からは大きく外れる。慣れた力を突然手放せば、結
果は明白だ。

「巴さん、あとのことは後で考えればいい。今大事なのはワルプルギスに備えることと、それまで生き残ること」

「そして何より、いつかは今じゃないわ」

 言葉を放つ。何時かの時間軸で佐倉杏子と行動を共にしていた幼い少女の言葉だ。

「いつかは今じゃない、ね。分かったわ。ワルプルギスを倒したら私はあなたを縛ってでもこの町に留まらせるわ」
 涙を浮かべて、けれど巴マミは笑って見せた。本当に強い人だ。

 私の携帯が鳴る。
 着信先はまどかだ。火急を知らせる鐘が鳴るとはこのことだろう。

「ちょっと失礼します」

 通話をつなげると、上擦ったまどかの声が聞こえてくる。

『ほむらちゃん?病院に、孵化しかけのグリーフシードがね、あって』

「鹿目さん?病院って見滝原病院よね?分かったわ。すぐ行く。丁度、巴さんとも一緒にいるから」

『そうなの!?良かった、今、マミさんの家に走ってた、ところなんだ。えっと私は、』

「とりあえずはその場から動かないで、ところで今は一人なの?美樹さんは一緒じゃない?」

『さやかちゃんは、キュゥべえと、一緒に、グリーフシードを見張って、くれてるの』

 少し息が整ってきた来たのが電話越しでも分かる。

「なんて真似を!分かったわ、すぐに向かう」

 通話を切り、顔を巴マミへと向ける。

「見滝原病院に孵化しかけのグリーフシードがあるそうです。急ぎますよ、巴さん」

「なんっ!二人は無事なのよね」

「えぇ、まだ孵化していないみたいです」

 私たちは部屋を飛び出す。
 そのまま手すりから飛び降りてやろうかとも考えるが、流石にこの高さは人目に付きすぎる。

「階段の方が早いわ」

 エレベーターに乗り込もうとする巴マミを階段へと引っ張り込む。

「そうね、私たちなら一歩でいいものね」

 一歩、そう一歩だ。階段の上から踊り場までで一歩。一気に飛び降りる。そして、間髪を入れずに方向転換し、
そのまま次の踊り場まで一歩で飛び降りる。その繰り返しだ。
 大きな音が鳴るがこの際しょうがない、と諦める。
 十数秒ほどで一階まで下るとその勢いのままマンションの入り口まで駆け抜ける。
 自動扉の開く速度の遅さに苛立ちを感じるなんて滅多にないはずだ。

「巴さん、まどかと合流したら私は先に美樹さんの所へ向かうわ!私一人だけなら、多分結界が出来上がる前に
到達できるはず!」

「分かったわ。お願い。私もあとから追いかけるから無茶だけはしないように!」

 走りながら私たちは会話を交わす。
 およそ女子中学生の走りとは思えない速度で走り抜けていく私たちは幾人かの視線を頂戴することになった。
けれど、今はそんなことには構っていられない。
 角を曲がり、見つけた。不安そうな表情をしたまどかが立っている。

「まどか!」
「鹿目さん!」

 私と巴マミの叫びが重なる。

「それじゃあ、手筈通りに」

 それだけ言って私は変身し、右手を盾にのばす。
 聞きなれた駆動音の後に、やはり見慣れた風景が広がる。

 全てが止まった世界。
 動くのは私一人だけ。世界に取り残される私。世界を置き去りにする私。
 時間停止を繰り返すとあたかも私は瞬間移動をしているように見えるはずだ。けれど、それを確かめようとし
ても私は次の瞬間にはもうその場所にはいない。
 どんなに人目に付こうが全員が全員錯覚だと思えば関係ないのだ。

 見つけた。美樹さやかだ。
 息も絶え絶えになりつつも止まった時間の中で美樹さやかの腕を掴まえる。

 瞬間、時間が動き出す。

「えっ?うぇっ!!ちょっと転校生?いつの間に、」

 美樹さやかの言葉が途切れる。当然だった、私が彼女の手を握った瞬間に時間停止が解けて、同じくその瞬間
に魔女結界が生成されたのだから。

「間一髪間に合ったわ。美樹さん、私から離れないで」

 どうやら頭が混乱しているらしい彼女に私は声をかける。けれど、それに答えたのは別の存在だった。

「君が来るなんて意外だね。暁美ほむら。それにまさかこんな早くに到着するなんて」

 こいつの存在を意識した瞬間に思い切り奥歯を噛み締める。

「キュゥべえ、その言い方はあんまりじゃないかしら。なんだか私がこの場に現れたら都合が悪いみたいに聞こ
えるわ」

 事実、都合が悪いんでしょうけどね。これで、美樹さやかの契約タイミングを一つ外すことが出来たはずだ。
もっともこの場では巴マミが本命だけれど。

「そうだ、転校生。まどかは一緒じゃないの?マミさんは?まどかにあんたとマミさんを呼んできてもらうはず
なんだけど?」

 ようやく、ショートした頭が回復したらしい美樹さやかが横から口を挟む。

「そのことなら心配いらない。まどかと合流した後で私が一人で先に来ただけの話だから。そのうちに追いつい
てくるはずよ」

 そして、出来ることなら二人が追い付いてくる前に決着をつけたい。

「結界が出来上がってしまっただけでまだ魔女自体は孵っていないのね」

「えっ、そうなの転校生?」

「暁美ほむら、君は何者だい?そういったことが分かるようになるまでにはとても時間がかかるはずなんだけど」

 本当に忌々しい。こちらの発言一つから、二も三も情報を掬い上げてくる。

「キュゥべえ。あなたには関係ないでしょう?それから美樹さん、私から離れないようにして」

 魔力を派手に散らせばそれなりに孵化を促すことは出来るはずだ。と言っても、私自身はそんな派手な魔法は
扱えない。

 あとはグリーフシードを破壊するか。もっとも方法が分からない。

「キュゥべえ、グリーフシードを破壊する方法って知っているかしら」

 恐らく、答えは分からない、だろう。多分、知っていても教える気はこれっぽっちもないはずだ。

「聞いたことがないね。ただ、不可能じゃないはずだ。でもいいのかい?そんなことをするよりも魔女を倒して
新しいグリーフシードを得た方がよほど合理的じゃないか」

 ほら、予想通り。やはり、聞くだけ無駄だった。

「普段なら私だってそうするわ。だけど、背に腹はかえられない時だってあるのよ」

 まぁ、私自身に方法がない以上、普段通りに魔女を狩るしかない。油断だけはしないようにしなければ。

「そうだ、美樹さん。こんな機会だからあなたに一つ忠告をしておくわ」

「え?忠告って何さ。なんか私が失敗するって分かってるみたいな言い方」

 事実、あなたは選択に失敗するわ。私が繰り返した時間の中では大体七割がた魔法少女になって、十割魔女に
なっているのだから。

「まぁ、話半分で聞いてもらって構わないわ。もしかしたら巴さんに言われているかもしれないし」

 そこでいったん言葉を区切る。
 美樹さやかの頷く声が聞こえてから、口を開く。

「願いを叶えた先の未来を想像してごらんなさい。そこであなたはどうしている?どうしたい?人のために願い
を使ったあなたはその人にどう思われたい?そもそも、どうしてその人のために命を差し出すの?その人にはそ
れだけの、あなたの一生と同じだけの価値があるの?」

 「んな!」という、美樹さやかの反論が聞こえたが私はそれを視線で黙らせる。

「いつか私が出会った魔法少女が言っていたわ。奇跡なんてのは徹頭徹尾自分のために使うもんだって。私はそ
れが全てじゃないとも思うけど、それでもそれは正論だと思うわ。それに、他人のために願いを使ってあなた自
身は納得できるの?多分、出来ると思っているのよね。でも、それは嘘。人はそんなに強くは出来ていない。私
だって、巴さんだってそう」

 恨みがましい目で見つめる彼女は今にも掴みかかってきそうだ。

「酷いことを言ってるなんて百も承知よ。でもね、そこをはき違えたままで、献身を正義だと信じたままで、こ
の先に進んでも訪れるのは破滅だけよ」

「あんたはさ、私のことを心配してくれてるの?それとも、もっと別な理由でそんなことを言ってるの?なんて
いうかさ、私にはそれが本心からの言葉だとは思えない。確かにあんたの言っていることは正しいかもしれない
けどさ。私の願いは私だけのものだよ」

 美樹さやかは以外にも冷静な言葉を返してくる。けれど、まるきり反論にはなっていない。

「あなたがどんな選択をしても私は止められない。だけど、迂闊なことだけはしないでほしい。それだけよ」

「なんて言うか、やっぱりあんたのこと信用できな」

 お菓子の魔女の孵化が始まった。
 ゆるゆると結界内の魔力が集まってくる。
 ポンッ、という小さな破裂音の後に魔女が姿を現す。
 その姿は某何とかランドのファンシーキャラクターを思わせる。大きさは大きめのぬいぐるみ位で、ピンクを
基調としたかわいらしい色合いだ。明らかにほかの魔女たちとは毛色が違う。

 最も、中身の方はほかの魔女たちと大差ないグロさだけれども。

「お出ましね。なるべく早めに片付けてやるわ」

〈暁美さん、私も到着したわ!〉

〈もう、魔女が孵化しました。先に叩きます〉

「巴さん、ついたそうよ」

 美樹さやかに言葉を投げつけ、私は愛銃を取り出して魔女の前へと躍り出る。

 構え、引き金を引く。二回、三回。

 弾丸の勢いに弾き飛ばされてお菓子の魔女の体が吹き飛ぶ。けれど、それだけだろう。
 核となる魔女の体から黒い攻撃形態が排出された後からが本番だ。
 大きな攻撃力を持つ攻撃形態はカモフラージュの意味も持つのだ。あれだけのものが勢いよく内側から現れれ
ば急所となる本体からは目が離れる。恐らくはそういった構造なのだろう。

「早く、本体を現しなさい!」

 焦り、思わず声が漏れる。巴マミがここに辿り着く前に。
 一定の距離を保ったまま魔女に対して銃弾を撃ち込み続ける。
 けれど、魔女に変化はない。これでは効果が薄いか。
 銃を持ったままの右手を盾の中へと突っ込み、デザートイーグルに持ち替える。
 引き金を引く、引く引く!暴力的な発砲音が耳を揺らす。
 先ほどよりもお菓子の魔女の転がり方が大きくなる。
 そして、ようやくお菓子の魔女の体が震えた。
 黒い攻撃形態が小さな口からぬるりと現れる。
 タイミングを合わせて盾を傾けようとした瞬間に、私の体が後ろに大きく引っ張られる。

 いったい何が起きたの!?

「暁美さん!」

 なるほど、巴マミか。もう少しでけりがついたというのに余計なことをしてくれる。

「巴さん。急に引っ張られると驚きます」

「あら?もしかして、邪魔しちゃったかしら?でも、虚を突かれて友達の頭が喰いちぎられる瞬間を見せるわけ
にもいかないでしょう?」

 微笑む巴マミに対してオウム返しをしてやりたい。
 甲高い発砲音が響き、追撃を迫ろうとしていた魔女を迎撃する。

「そうね、対処の仕方を間違えていたら私の頭が食べられていたところだったわ」

 いつかのあなたのようにね。
 隣に巴マミが並ぶ。

「今回は私が仕留めるわ。サポートをお願い」

 このタイミングなら、私が前衛で何も問題ないはずだ。

「オーケー。早いところ終わらせましょう」

 私が駆けだすと、巴マミがマスケット銃を乱射する。
 その弾丸は魔女に掠るばかりで真面に命中しない。けれど、これがこの人の戦い方だ。
 弾痕からリボンが伸び、魔女を拘束する。

 時間を止めて、口の中へと爆弾を放り込む。そして、無防備にへたり込んだままの本体へ弾丸を叩きこむ。

 止まっていた時間が走り出す。
 強烈な爆発は音と風を撒き散らす。それと共に結界の景色が解けてゆく。

 気づけば病院の前に戻っていた。

「おつかれさま」

「ほむらちゃん凄いよ!」

「まぁ、えっとおつかれ。それと、ありがと」

 先輩らしく労いの言葉をかける巴マミ。嬉しそうに私に向かって声をかけるまどか。少しバツが悪そうに労い
と、感謝を口にする美樹さやか。反応は三者三様だ。

 地面に落ちたグリーフシードを拾い上げる。

「無事に済んでよかったわ」

 私は思わず心からの安堵を口にする。

 そんな私の言葉を聞いて三人は笑う。

「それじゃ、みんな私の家に寄っていかない?」

 巴マミの言葉に反対することは出来なかった。もちろん、これはいい意味で。

小休止
十分後再開
>>74
>>75
安価失敗しちまったぜ。すまぬ

再開







#3.遭遇



 どうにか巴マミを失わずにお菓子の魔女を退けられた。けれど、障害はまだまだある。
 佐倉杏子との接触。
 美樹さやかの決断の行方。そしてその顛末。
 最後に、ワルプルギスの夜。
 何があっても手を抜けないイベントのオンパレードだ。
 さて、これをどう切り抜けようか。

 それはそうと、私は今一人で喫茶店にいる。まどかや美樹さやかたちとは一緒に来ないような店だ。
 運ばれたコーヒーを口にする。
 暖かい、酸味が少なめで私好みの味だ。

「それにしても、ようってなんでしょうね」

 確かに一応同盟を組んではいるけれど、彼の目的は私のはずだ。
 それなのに彼から私に用があるとは不思議な話だ。
 閑散とした店内に入店音が響く。ドアにベルがついていて開けるとカラカラなる店は初めてだ。

「おっす、ほむら。またせたな」

 店に入ってきたのは件の夜科アゲハだった。

「えぇ、構わないわ」

 おいしいコーヒーに免じて許そうと思う。
 けれど、それはそれとして彼の後ろの人物に視線が向く。

「夜科アゲハ。あなたはいったい何者なの?」

 なぜ、テレビで大人気のイケメン俳優がいるのだろうか。
 特撮からラブロマンスまで幅広くこなし、その飛んだ発言はバラエティですら通用すると評判な望月朧。その
望月朧が何故、夜科アゲハと一緒に?

「ん?一応世間には秘密なんだけどな、朧もサイレンドリフトだったんだよ」

 普通に溜め口でさんすらつけない夜科アゲハに奇妙な親近感を得る。

「どうも、初めまして。ご存知望月朧だ。それにしても君、面白いね」

 私の向かい側の席に座りながら望月朧はじっと、私を観察してくる。
 やりづらい。そこはかとなく、変わり者の雰囲気を纏う彼に私はそう、思わざるを得なかった。

「ふぅん。君の本体はそれかい?その左手につけている指輪」

 っんな!!

「夜科アゲハ。あなた彼にどこまで話をしたの?」

 今の口ぶりから察するにそう多くは知らないのだろう。けれど、予備知識なしでそんなことが分かる人間がい
ては堪らない。

「いいや、ほとんど何も話してないぜ。精々ちょっと不思議な中学生ってぐらいにしか」

「いやいや、アゲハ君。奇跡の対価に魂をなくした中学生なんて言われたら邪推位誰だってするよ」

「いや、朧。俺はそんな言い回しをした覚えはねぇぞ?」

「そうだったかい?まぁ良いじゃないか」

 夜科アゲハのそんな口ぶりを想像してみるが、イメージしづらかった。

「なんだかちょっと想像つかないわね。あなたがそんなセリフを言うところは」

「だろ?ほら見ろ朧。やっぱ、俺はそういうキャラじゃねーぞ」

「なんだい。僕を中二病扱いするのは止めてほしいな」

 私から見れば大人な二人が軽口を叩きあっているのは何とも微妙な感じだ。

「そんなことよりも、望月さん。どうして、そう思ったのか教えてもらいたいのだけど」

「ほむらお前、俺のことはフルネームで呼ぶくせに朧にはさん付けなのかよ。なんか、納得いかねーぞ」

「アゲハ君はまだまだ子供っぽいってことだろうね」

 望月朧はにっこりと微笑む。なるほど、これはイケメン俳優で有名なだけはある。

「いや、ただ十年離れてるとさすがに」

 単純な理由だ。さすがに一回り年が離れている人を呼び捨ては抵抗がある。

「まぁ、そうだろう。それで、理由だったかな?なに、別に大したことはないんだけどね。僕も一度人間を止め
たことがあるってだけだよ」

 夜科アゲハ以上に意味の分からないことを言いだした。人間を止める?確かに魔法少女は人間やめましたと言
えるだろうけど。サイキッカーってのはどう頑張っても人間以外の物にはなれないんじゃないだろうか。

「詳しい、説明は省くよ。僕は一度死にかけた。その状態から生き長らえるために、イルミナと呼ばれる別の生
命の核を取り込んだんだ。そして、その力で僕は人から禁人種と呼ばれた生命体へとシフトしたんだ。まぁ、今
は元通り人間に戻っているけどね」

 禁人種とは、確か夜科アゲハの話の中で聞き覚えがあった。確かサイレン世界に存在する人類が変質した姿だ
ったはずだ。

「んで朧、ちょっと聞くぜ。ほむらの魂を体の中に戻すことってのは出来るか」

 夜科アゲハが私の指輪を指さす。

「ん、そうだね。正直今の僕の力じゃ難しいな。サイレン世界での僕ならば出来たかもしれないけどね。今の僕
の生命融和(ハーモニウス)じゃ魂同士を結合させられない。イルミナなしじゃさすがにね」

 つまりそのイルミナという核があれば別々の人間を融合させて一つの別人を作ることが出来るということだろ
うか。正直おぞましい。

「そのイルミナというのを人に使うとどんな感覚がするのかしら。ちなみに私たち魔法少女は実感としては特に
人間と変わりがないわ」

「うーん、そうだねぇ。まず、初めは非常に気持ちが悪いな。次に自分の意識とは別の、そうだな衝動、みたい
なものに襲われる。次にそれが自分を乗っ取ろうとするんだ。ちなみに大抵の人間はこの段階で人ではない別の
何かに成り果てる」

 正直に言って聞かなければよかったと思う話だ。
 けれど、私のそんな思いも虚しく無情にも望月朧は言葉を続ける。

「それを乗り越えると不思議な快感と高揚感に包まれる。そうまるでエクスタシーを感じるような」

「おい、ほむらはこんなでも女子中学生だぞ。中学生。あのころの俺や桜子よりも年下なんだぞ?その辺分かっ
てんのかお前」

 夜科アゲハのチョップが望月朧の頭を叩く。酷くいい音がした。

「中学生ならこのくらい平気さ、アゲハ君。それに君だってそんなシャイボーイじゃなわけじゃないだろう?」

「えぇ、そうね分かるわ。だから先を続けて」

 どれだけ私が時を重ねても、重ねられるのは時だけだ。年は重ねられていない。加えて私はそういうものに免
疫が出来ていないのだ。

「ほら朧。今の反応は完全にアウトの奴だぜ」

「最近の中学生ってのはもっと進んでるって聞いていたんだけどな。まさかこんな子がいるなんて。いや、出会
ってしまうなんて!」

「余計なお世話よ!」

「まぁ、その辺は置いておくとして。エクスタシーの後なんだ、問題は。一度過ぎ去ったと思った衝動がもう一
度乗っ取りを始める。この段階で恐らく殆どの凡人が無残にも人ならざる者に落ちるわけだ。何せ、わざわざ油
断させておいてもう一度攻めてくるんだからね。余程じゃない限りまず乗り越えられない」

「それでも、あなたは乗り越えたのよね?」

「そうだね。乗り越えたよ、何度もね。そして最後に声が聞こえるんだ。『おめでとう、選ばれし者よ。ともに
星喰いを始めよう』とね。まぁ、言葉を聞いたこと自体はその場で忘れてしまうけどね」

 忘れてしまう。そういっているのに何故彼はそれを覚えているのだろうか。
 それに、何度も何度も、というのもやはり気になる。

「何故?忘れてしまうはずのそのことを貴方は記憶しているのかしら?」

 我ながらド直球だ。けれど、核をつくのが一番手っ取り早いと私の勘が言っていた。

「それは、僕が天才だからさ」

 とてもいい笑顔でそう言い放たれた。
 いや、いやいや。なんだそれはどういう事だ。まるで理由になってない!
 いや、分かった。この人がこういう類いの変人だということが。

「あの時のお前って結局幾つぐらいイルミナ使ってたんだ?」

「ん?なんだいアゲハ君そんなことに興味があったのかい?あんまりきっかり数えてはなかったから、覚えてな
いけど二十から三十位だったと思うよ?」

「ほむら、そういう事だ。ついでに言っとくとイルミナ二つつけた奴に当時の俺らほとんど全滅まで追い込まれ
てるからな」

 夜科アゲハの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。余程強烈な記憶なのだろう。

 それにしても、自分が何者かに乗っ取られる感覚を二十数回も乗り越え続けるというのは称賛を通り越して正
直おぞましい。
 それはおそらくソウルジェムがグリーフシードになる直前まで穢れをため込むのを繰り返すのと同義だ。自分
の中の何かが壊れていく感覚。私はもう二度とあんな経験をするのはごめんだ。そうなるくらいなら自分で魂を
砕く覚悟があるくらいだ。

「さてと、僕はこれでも時間に余裕がないタイプの人間でね。アゲハ君。それと、ほむらちゃんだったかな。そ
ろそろ、現場に向かわせてもらうよ。きっともうマネージャーがカンカンだ」

 無駄に爽やかな微笑みを浮かべて望月朧は去っていった。

「さて、ほむら。これまでの経過を教えてくれよ」

 夜科アゲハは追加のホットコーヒーを頼み、そう切り出した。











 今日、もしくは明日。美樹さやかが魔法少女になるか、ならないかの運命が決まる。最終的に選ぶのは彼女自
身だとしても、恐らく待っているのは後悔と絶望だけだろう。できればそんな道に足を踏み入れてほしくはない。


「ねぇ、まどか?あなただって美樹さやかが絶望に飲み込まれるところなんて見なくないわよね?」

 誰もいない寂れた一画を闊歩しながら小さく呟く。
 もしかしたら、そろそろ結果が見れるかもしれない。


 魔女結界の中を美樹さやかが漂う。辺りを青で彩られた空間の中でより深い青が揺蕩う。
 まどかは無事だ。
 それにしてもどういう事だ。この箱の魔女はあまり手ごわい魔女ではなかったはずだ。それこそ、美樹さやか
でも切り伏せることが出来る程度の。

「まどか!美樹さん!」

 状況を整理しながら私はまどかと魔女の間に割って入る。

「ほむらちゃん!さやかちゃんが!さやかちゃんが!!」

 まどかは美樹さやかが吹き飛ばされて完全に混乱してしまっている。
 まずは落ち着かせることが先決か。

「まどか落ち着いて。大丈夫美樹さんは気を失っているだけよ。それより何があったか分かるかしら?」

 恐らく今回も癒しの願いで魔法少女になっているはずだ。あの程度のダメージなら問題ないはずだ。そもそも
致命傷ならソウルジェムの変化が始まっていてもおかしくない。

「えっ、と。えとね。さやかちゃんがあの魔女に思いっきり、剣で攻撃したの。そしたら机を叩くみたいな大き
な音がして、そしたら、さやかちゃんが凄い叫んで!!それで吹き飛ばされて動かなく、なっちゃって、」

 目の端に涙を浮かべるまどかは自分の言葉に現実を再認識したのか体を震わせる。
 変だ。いや、妙といいうべきか。本質的には同じようなものか。この魔女ははっきり言って紙みたいな装甲の
はずだ。それを美樹さやかが貫けなかった?
 私の経験から言わせてもらえば、ありえない。その一言に集約されていた。

「私が魔女の注意を引き付けているからそのうちに美樹さんをたたき起こして結界から脱出して、まどか!」

 この魔女に私の心を映されたりしたら堪らない。

「大丈夫。巴さんとももう連絡を取ってあるから」

 これは本当だ。結界に入る前に場所を教えてある。

「ほむらちゃんはどうするの!?そんな、一人じゃ危ないよ?」

「はっきり言うわまどか。二人を庇いながら魔女と戦う方が危険なのよ。私は巴さんと違って結界も作れない。
足手まといだから一度離脱しなさい」

「ほむらちゃん」

 とても弱々しく、消え入りそうなまどかの声が聞こえた。けれど、もう構っている暇はなさそうだ。

 「早く!」

 魔女に爆弾を仕掛けつつまどかと美樹さやか、から意識が逸れるように魔女との位置を調整する。
 そもそも、本来の箱の魔女ならこの一発で幕引きのはずだ。
 けれど、そうはならない。爆風の中から煤けた姿の箱の魔女が現れる。

「くっ!」

 盾の中からデザートイーグルを取り出し、引き金を引く。
 馬鹿でかい発砲音で魔女の意識をこちらに集中させるためだ。
 視界の端に何かを言いあう、二人の姿が映る。つべこべ言ってないで早く逃げなさい。
 それにしても、硬い。本当にこれは箱の魔女なのだろうか。
 正直に言って睨み合いだ。私の魔法ならば、箱の魔女の攻撃はまず当たらない。けれど、同時に私の攻撃力で
は箱の魔女に致命傷を付けられない。
 それならば、使える手は一つだ。

 視界の端に青い軌道線が走る。それは曲線を描いてはこの魔女へと突っ込む。
 こんなときになんてことを!

 慌てて、盾を傾ける。
 止まった世界では美樹さやかが魔女と激突する直前だった。

「なんて、世話の焼ける!」

 美樹さやかの手を掴んで結界の出口付近へとブン投げる。
 折角近くまで来たからには魔女にも一発くれておいてやろうか。
 恐らく手持ちの火器では火力が小さすぎる。とすればやはりあれか。
 右手を横へと薙ぐ。その行動に合わせて背中から純白の羽を形成する。

「はぁぁああ!」

 形成した翼で魔女を思い切りぶん殴る。二度、三度、四度。
 時間停止の解放と同時に自らの『PSY』を折りたたむ。

「美樹さん。無茶をするのは止めて。二度も同じことを繰り返してどうするの!」

「転校生!邪魔すんな。あいつは私が倒す!」

 全く、何故この子はこんなにも私に突っかかってくるのか。

「あの魔女は巴さんクラスの攻撃力じゃないとダメージが通らないわ。今さっき契約したばかりのあなたじゃ足
手まといよ」

 それに、なんでまだまどかを危険な場所に晒しているのよ。

「それに美樹さん、今はまどかの安全を優先して!」

 声に怒気がこもってしまったか。

「てん、こうせい?」

 煩わしい。

「つべこべ言わずに行きなさい。早く!」

「さやかちゃん、今はほむらちゃんに任せよう?」

 ビクリッとして動かなくなった美樹さやかにまどかが声をかける。

「さやかちゃん!」

「転校生任せるよ」

 やっと、か。これで魔女に集中できる。
 結界に出口へと走る二人をしり目に私は魔女と向き直る。ご親切に待ってくれていたのかしら?
 手に持ったデザートイーグルを構えなおして魔女と対峙する。
 魔女を倒すだけなら恐らくバーストで押し切れる。
 けれど、魔女を倒す前に箱の魔女を調べなおしておこうか。
 空間内の魔力量はおよそ、五割増しから十割増しだろうか。
 魔女の装甲自体は恐らく三倍以上。
 けれど、使い魔の方は概ね普段通りだ。
 つまり、魔女の本体だけが非常に強固になっている。

 銃を撃ち、爆弾を投げつけ、バーストの翼で魔女を弾く。ライズで攻撃を見切り、避ける。
 魔女の本体はループごとで差異が発生することが多い。それのどれとも違うものはないだろうか。

 正面。後ろ、右側面、左側面。下方。上方。
 見つけた、上部右端に手のひら大の球形の何かが埋め込まれている。

「それが弱点かしら?」

 誰も見ていないのに不敵に笑って見せる。
 時を止めて、テザートイーグルの弾を球体に打ち込む。
 時が動き出すのと同時にバリンッ、という甲高い破裂音が響く。その瞬間、魔女の内側から魔法とは違う何か
が溢れ出る。
 ぞっと、背筋が寒くなる。

 そして、魔女結界が消失していく。
 終わった。奇妙なイレギュラーがまた増えたわけだ。私は思わず右手で髪をかきあげる。
 魔女結界の中から戻ってきた私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「まどか、大丈夫よ?」

 そういえば私はいつからまどかのことを名前で呼んでいたんだろうか。

「美樹さんは少しは頭が冷えたかしら」

「転校生。やっぱりあんたはヤな奴だ」

 顔を歪めてそういうと、美樹さやかは踵を返して私から離れるようにこの場所から去っていく。

「さやかちゃん!ごめんねほむらちゃん。それから、ありがとう!」

 背を向けて立ち去る美樹さやかを追いかけながら声をかけるまどか。けれど、途中で私に向き直って手を振っ
てくるのがとてもかわいらしい。
 その姿を見送っていると、まどかたちが去っていった方向とは逆の方向から声がかかる。

「あら、もう終わってしまったの?」

 振り返ると巴マミが駆け寄ってきていた。

「遅いですよ巴さん。それから、一つ悪い知らせがあります」











#4.遭逢

 どうしたものか。まどかのと関係は概ね良好だ。巴マミともとりあえず信頼関係は結べた。けれど、問題はこ
の二人じゃない。
 やはり、というべきだろう。美樹さやかだ。今は巴マミについてもらっているからある程度の安全は保障され
ている。だけれど、それもいつまで持つのか分からない。
 美樹さやかは潔癖すぎる。正義の味方を望むあまり相応しくない自分を嫌いすぎるのだ。いい自分、悪い自分。
そんなものは誰しもが持っているし、誰しもがそれについて悩むものだ。だけれど、彼女は美樹さやかはそれが
強すぎる。
 それを望みすぎるのが好ましくないと理解させる方法はある。けれど、それをすれば美樹さやかは間違いなく
持たない。心が壊れて魔女になる。
 今はまだ良い。けれど、もし理想の正義の味方のメッキが剥がれたら。もし、自分の本当の気持ちに気づいて
しまったら。もし、努力虚しく結果がでなければ。もし、大切な何かを誰かに奪われたら。もし、もし、もし。

 懸念事項が多すぎる。それ自体が悪いことだとは言わない。けれど、それはつまり彼女自身が『普通の女の子』
にすぎないということだ。普通の女の子には自己犠牲が空回りしたら耐えられないし、思い人を友達に横取りさ
れたら耐えられない。親切をして唾を吐かれたら憤慨だってするだろう。だけれど、それでは魔法少女としては
致命的なのだ。
 巴マミのようにそれを糧に出来なくては、佐倉杏子のようにそれを踏みにじれなくては、私のようにそれを切
り捨てなくては。そして、まどかのようにそれを受け入れられなければ。

「私だけの力じゃ、本当に手詰まりだわ」

 しかも、今の美樹さやかは決して、決して私の言葉に耳を傾けたりしないだろう。
 こういう肝心な時にどうして夜科アゲハは見当たらないのかしら。電話も繋がらないし、本当に頼りにならな
い。

「佐倉杏子と接触を図るべきかしら」

 色々なゲームの音が雪崩のように私の耳へと流れ込んでくる。騒がしいくらいに強烈な原色が私の目に映り込
んでくる。
 正直こんなところに入り浸る人の気持ちが私には分からない。

 けれど、探さないわけにはいかないのだ。
 私は真っ先にダンスゲームの大きな筐体のところへと向かう。佐倉杏子はそこにいることが一番多いのだ。
 佐倉杏子が遊んでいるゲームにランクを付けるとするならば、二位以下にトリプルスコアのぶっちぎり一位が
このダンスゲームだ。

「あら?いない。どこか、別のところかしら?」

 辺りを見回すと、肩から大きなカバンを下げた青年が目につく。その青年は右手に大きめのかなりしっかりと
したカメラをもって、頭には変な絵柄のバンダナを巻いている。
 彼は、右へ左へ視線を彷徨わせて誰かを探しているようだった。
 けれど今はそんなことに構っている場合ではない。
 佐倉杏子は何処にいるのだろうか。

 辺りを見回す。リズムゲームのコーナーにもいない。ガンアクションの所にも、対戦格闘ゲームの所にも、い
ない。
 あの、赤い髪の毛が目立たない場所なんてあるのだろうか。
 それとも、今日はこの場所にいないのか。どちらにしても、次のところが最後だ。
 レースゲームのコーナーだ。あの大きな椅子に座ってしまえば私たち位の年の女の子なら丸々隠れられてしま
う。ここにいたなら、ざっと見まわして見つからないのも納得がいく。

「あっ」
「リトルハニーみーつけた!」
「げっ」

 三つの声が重なった。私が覗き込んだ席には佐倉杏子が座っている。これ自体には特に驚きはない。
 問題は向かい側から顔を出している男だ。先ほど見たカメラを持った青年だった。

「おお、やっと来たのか遅かったな。悪いけどカブト。あたしはこれからこいつと一緒に遊びに行くんだよ。だ
から諦めろ」

 って、え?
 この時間軸では私と佐倉杏子は初対面のはずでは?
 いつの間にか、どこかで出会っていたなんてことはないはずだ。

「悪いな。ちょっと話を合わせてくれ。このゲーセン出るまででいいからさ」

 佐倉杏子が私に小さな声で話しかけてきた。
 良くわからないが、とりあえず話を合わせることにする。

「あなたの姿が見つからなくて探してしまったわ。とりあえず、いつものところでお茶しましょう?」

「にゃ!?まさか杏子に友達がいたなんて!!てっきり一人で寂しさに震えているもんだとばかり思ってたのに!?」

 一人寂しさに震える杏子。それはそれでありかもしれないわ。私は思わず想像を働かせる。

「んにゃろう!あんたは、あたしをなんだと思ってるんだ!んなわけないだろ。そこらの生娘じゃあるまいし」

 さすが不良少女だ。ホテルに忍び込むのは伊達じゃないらしい。

「しょうがないなぁ。今日は引き下がるか。じゃあねー。リトルハニーとその友達!」

 カブトと呼ばれた青年は、無邪気な笑顔でその場を後にする。

「悪かったな、急にこんなことにつきあわせちまって」

「いえ、気にしないでいいわ。それよりこれから時間はあるかしら?」

「ん?なんでだ。別に時間はあるけど、それがどうしたってんだ」

 毒気の抜けた佐倉杏子の返答に私は、最大限彼女が私に興味を持つような返答を返す。

「これから、外の喫茶店でお茶でも飲まない?魔法少女佐倉杏子さん?」

 ギラリ、と彼女の目の色が変わる。


 私と杏子はテーブルを挟んで向かい側に座る。

「なんだ、あんたも魔法少女だったのか。それで、要件は?」

 こういう形で佐倉杏子と出会うのは今回が初めてだろうか。いまいち記憶が曖昧だ。

「単刀直入に言うわ。二週間後に見滝原にワルプルギスの夜が来る。その討伐に手を貸してくれないかしら?」

 まずは素直に本題を吹っ掛ける。

「へぇ、その根拠は何だい?」

「統計、とだけ答えておくわ」

「いえないなら言えないで、いいよ。だけどさー、あたしがあんたに手を貸して何の得があるのさ?」

「そうね、あなたの知らない魔法少女の秘密。というのはどうかしら?」

「へぇ、私が知らないってのがどうしてあんたに分かるのさ。それにあの町にはマミの奴がいるだろう。あたし
なんかに頼まなくてもそっちと組めばいいじゃないか」

 さて、手札の切り方を考えた方がいいかもしれないわね。

「確かに巴マミの戦闘力は申し分ないわ。だけど、それだけで勝てるほどワルプルギスの夜は甘くない。せめて
ベテラン魔法少女二人分は戦力がほしい」

「ふーん。でもその様子だと、あんたもベテランだろ?私じゃなくてあんたとマミが組めばそれでいいじゃんか」


「たったの二人で勝てるほどワルプルギスは甘くないわ。巴マミクラスの魔法少女を二人含む三人パーティで戦
って引き分けるのがやっとよ。しかも、その三人のうち二人は戦いの途中で息を引き取ったわ」

 実際には負けたのと同じだ。それでも私は生き残って時を遡った。

「ふぅん。あんたはその時の生き残りってわけか。でもおかしいね?あたしはここ最近であの魔女が出たなんて
話、聞いたことがない」

「それはそうでしょうね。だって誰にも知られていないから。そう、キュゥべえにすら」

 そう、この世界であの出来事を体験したのは私一人だけだ。何せ、これから来るべき未来を私は幾度も体験し
ているのだから。

「へぇ、それがあんたの魔法なのか?まぁ、どうだっていいけどね。あたしはマミの奴と組むのは嫌だね。例え
あたしのわがままで見滝原と風見野、両方の街が壊滅するとしても、だ」

 やはり、単純な説得ではダメか。ならば手を変えよう。

「ところで、見滝原に新しい魔法少女が生まれたのは知っているかしら?」

「あー?知ってるよ。キュゥべえの奴に聞いた。なんでも他人のために奇跡を使い潰して正義の味方ごっこを楽
しんでるんだってね。一度、様子でも見に行こうかと思ってたところだよ」

 佐倉杏子が意地の悪い笑顔を見せる。けれど、恐らくこれはブラフだ。本来の彼女の性格はこうではないのだ
から。
 そして、だからこそ今の杏子を巴マミや美樹さやかに接触させる意味があるのだ。それが諸刃の剣になろうと
も。

「一度巴マミを交えて話がしたいわ。だから見滝原に来てほしい」

 私はボールペンを取り出し、紙のナプキンに電話番号を書きつける。

「冷やかしでも構わないから一度連絡を頂戴」

 それだけ言い、私は伝票をもって席を後にする。

最近読んだクロスssじゃ一番オモロイで!
投稿されるのも早いし、頑張って完結させてな!

 やはり、魔法少女になった美樹さやかは厄介だ。正直、放っておきたいくらいなのだが、そうもいかない。何
故なら美樹さやかが魔女になればそれ自体が大きな火種になるからだ。

 もし、そうなったらそれを討つために佐倉杏子は命を張りかねない。
 それだけに飽き足らず、巴マミの破滅の原因になりえる。
 さらに付け加えれば、そこまでいってしまえばまどかが契約する確率は飛躍的に上昇する。

 美樹さやかが魔法少女になることで発生する問題は大きいものだけでこの三つだ。小さなイレギュラーを数え
だすと枚挙に暇がない。
 正直言って、恨めしいを通り越してほとほと呆れかえるばかりだ。

 そんなことを考えながら私は美樹さやかの元へと走っている。
 理由は簡単だ。まどかから連絡があった。それだけだ。
 美樹さやかと相手の魔法少女がいるのは大きな道路にある陸橋。恐らくいつものあそこだろう。


 見つけた。息を切らしたまどかが美樹さやかと佐倉杏子に対して何かを言っているのが遠目に見える。
 佐倉杏子はすでに変身を終え、槍を構えている。対して、美樹さやかは未だ変身していないとはいえ、ソウル
ジェムをかざして今にも変身しそうだ。

「ウザい奴にはウザい仲間もいるもんだねぇ」

 そんな佐倉杏子の声が聞こえた。
 私は時間を止め一気に彼女の真後ろまで距離を詰めると、そのまま声をかける。

「一度、連絡を頂戴って言ったじゃない。佐倉杏子」

「それとも、私や巴さんと一緒に話をするよりもこんな新米魔法少女を痛めつける方がお好みなのかしら?だと
したら幻滅だわ」

 そういうと、杏子は槍を構えなおして私から距離をとる。

「あんた今何をした?」

「転校生!突然出てきて、あたしの戦いに茶々いれるなんてどういうつもりだ!?」

「さやかちゃん!魔法少女同士戦うなんてよくないよ!」

「まどかの言うとおりだわ。どうしてもやりたいなら私が二人まとめて相手をしてあげる。かかってきなさい?」

 取りあえずまどかに乗っかりつつ二人を挑発しておこうか。

「んだと!」
「あんたねぇ!」

 二人はともに怒りの言葉を口にするが、行動は正反対だった。

 言葉と共に魔法少女に変身して私に突進してくる美樹さやか。
 そう口にしたものの私の得体のしれない能力に警戒を示して槍を長く持ち替えて牽制を図る杏子。

 私は両者を見比べながら向かってきた美樹さやかだけを相手にする。
 時間停止を使うまでもない。ライズで美樹さやかの突進より早く、彼女の後ろに回り込み、首筋に手刀を叩き
いれる。

 いい音が鳴った。我ながら完璧だ。
「んなっ!」
「さやかちゃん!?」

 どうやら私が美樹さやかに危害を加える可能性は考慮されていなかったらしい。
 しかも、このタイミングでもう一人の人物が現れる。

「暁美さん?あなた何をしているの?」

 完全に気絶している美樹さやかを含めて役者が全員揃う。いや、揃ってしまった。
 タイミングが最悪だ。どうしたものか。
 けれど、場の硬直が解けないうちに新たな乱入者が現れる。

「はにゃ?なんでこんなところにリトルハニーがっ!?ってか、なにその格好?コスプレ大会?あ、この間のお
嬢ちゃんもいるじゃんか、二人ともコスプレ趣味?」

 この間の変な男だ。チャンスかもしれない。
 強引に流れを変えさせてもらう!

「この間はどうも。さっきまでみんなで遊んでたんですけど、この子が調子悪いみたいで、突然倒れちゃったん
ですよ。それで、心配して駆け寄ったら疲れすぎて寝てしまったみたいで。笑っちゃいますよね!」

 ちょっと苦しいか?何が、というか私が。

「私たちあまり遅くなると、家族に心配かけちゃいますから、急いでるんですよ。巴さん!美樹さんの肩を半分
担いでもらえますか?」

 私は硬直したままの巴マミに声をかける。

「っえ?えぇ!!」

 弾かれたようにいそいそと動き出した巴マミと二人で美樹さやかを抱き起す。
 近くに来た巴マミに小声で話しかける。

「色々と弁明させてほしいわ。あと、少し相談事と。だからこの後時間あるかしら?」

「分かったわ。しっかり、聞かせてもらいます。あとお説教も」

 目配せをして、何とかこの場を取り繕う。

「まどか、杏子。早く帰りましょう?」

 私は巴マミと一緒に二人を先導するように陸橋を下る。


 目を覚ました美樹さやかを強引に自宅へと連れて行き、そのあとでまどかを家まで送っていった私は、現在巴
マミの家にいる。

「で、なんであたしがここに来ないといけないんだ?あんたら二人だけだろうさ、お互いに用があるのは」

「いいえ、佐倉さんあなたにもしっかり用があります!」

「そうね、まずはワルプルギスの夜について、辺りが妥当かしらね」

 しれっと、佐倉杏子が私に協力してくれるの前提で議題をでっちあげることにする。

「だから、あたしはあんたらとは組まないって言ってるだろ!」

「そうね、じゃあこうしましょう。今日のところはとりあえず私は席を外すわ。巴さんと佐倉さん、積もる話も
あるのでしょう?それに、私がいると話しづらいことも」

 あまり安易に私がかき回しても、恐らくうまくは回らない。
 それならば、丸投げしてしまえばいい。

「そうね、私も佐倉さんには色々聞きたいこと言いたいことあるのよね。不本意だけどそうして貰えると助かる
わ」

「んだよ!こっちは話すことなんてなんもねー、つーの。こいつが帰るんならアタシだって帰らせろ!」

「そんなこと言わずにね?ちょうど今日はナッツタルトを作ったのよ?せっかくだから食べて行ってくれたって
いいじゃない?」

 さっそくいい流れかもしれない。佐倉杏子の性格上食べ物がらみの提案は断らないはずだ。それが良いことだ
とは一概に言えないとはいえ、だ。

「あー!分かったよ。食べてけばいいんだろ。食べたらすぐに帰るからな。絶対だぞ!」

「そうね、分かったわ。食べ終わるまででもいいわ。あっ、暁美さんもタルト持って帰る?」

 まさか、巴マミにお土産を持たされることになるとは。

「ありがとう、お願いするわ。家に帰って食べるのが楽しみね」

 私がそういうと、パタパタと台所の方へと急ぐ巴マミ。

「そういうわけだから、佐倉さん。いえ、杏子って呼んだ方がいいのよね?またね」

「ん?なんだよそれ。ほむらっつったか?あんた名前くらい教えろよ」

「そういえば私は名前を名乗ってなかったわね。暁美ほむらよ。じゃあね杏子」

 私は渋い顔をした佐倉杏子に別れを告げる。

「暁美さん。はいこれ」

 台所から戻ってきた巴マミは小さなお弁当箱を私に持たせてくれる。

「ありがとう、巴さん。それじゃあ、ごゆっくり?」

 巴マミにも別れの挨拶をすると、私は玄関から外へと向かう。
 さて、明日はどうなっているだろうか。











 巴マミと佐倉杏子。二人の間に何が交わされたのか、私は深く詮索していない。
 けれど、恐らく何かがあったらしいことは確かだろう。
 ただ、それよりも問題なのは志筑仁美が動いだことだ。彼女が甘酸っぱい青春を謳歌すればするほど美樹さや
かの負担は大きくなる。
 しかも、全てじゃないとはいえ魔法少女の本体が何かを知ったうえで契約している。それは果たしてどれほど
の自己嫌悪を生むのだろうか。いや、産んでいるのか。
 美樹さやかは誰が見ても明らかに消耗していて、ともすれば、すぐにでも壊れてもおかしくないのが見て取れ
た。
 それを裏付けるように今日、彼女は学校に来ていない。昨日から様子がおかしいことには気づいていた。けれ
ど、早すぎる。

「ほむらちゃん?ほむらちゃん!」

 私はまどかの声で現実に引き戻される。
 どうやら、問題を当てられたらしい。
 もう何度も繰り返した授業内容など聞いているはずもない。ので、とりあえず正解を口にする。
 学科教師のむっとした顔が私に向けられるが気にしている場合ではない。
 美樹さやかはもう諦めざるを得ないか。
 それとも無理を承知で望月朧を頼らせてもらおうか。
 藁にもすがる思いとはまさにこのことだろう。


 放課後、まどかと巴マミと共に美樹さやかを探すために一先ず巴マミの家に集まる。

「まどか、美樹さんの行きそうなところに心当たりはない?」

「さやかちゃんのいきそうなところ。駄目、全然わかんないよ」

「それじゃあしょうがないわね。足を使って虱潰しに探しましょう」
 妥当な判断だろう。

「それじゃあ、巴さんは廃ビル街の方を。まどかは繁華街をお願い。私は大通りの裏手を重点的に見ます」

「そうね、そうしましょうか。鹿目さん、いいかしら」

「はい!」

「何かあれば必ず連絡を取り合いましょう?」

 まぁ、当然だろう。 
 私たちはお互いに確認を取り合うと、一斉にドアを開けて飛び出す。
 言葉を交わす時間すら今は惜しい。


 美樹さやかを探す片手間に私は夜科アゲハに連絡を取る。
 けれど、電話に出ない。全く、本当に肝心な時に頼りにならない。
 望月朧の方は連絡先が分からないし、美樹さやかが魔女化するのも恐らく時間の問題だろう。

「くっ!ここからなし崩し的に全てが崩壊するのだけはどうにか止めないと!!」

 今、美樹さやかを救う事よりもその先を考えている自分に気づく。
 なるほど、これが「嘘」ね。本当に美樹さやかは嫌なところばかり鋭い。
 ソウルジェムに、彼女の魔力のパターンは確認できないがふと存在を意識してしまう。

「ん?君はほむらちゃんかい?」

 その声に私は、ハッとする。

「望月さん?どうしてこんなところに!?」

 なんという偶然だろうか。運がいい。それ以外の言葉が浮かんでこない。

「僕は撮影が終わったところなんだ。ところでほむらちゃん、僕のことは朧さんと呼んでくれ」

「朧さん。それなら少し協力して!私たちの命がかかってることなの」

「それは面白いことかい?それともその君の本体に関係することなのかい?」

 発言が危ない。けれど、そんなことには構っていられない。

「後者よ」

「へぇ、話を聞こうか」


 恐らく、巴マミは美樹さやかと合流できただろう。
 そう思って私は望月朧を伴って巴マミを探していた。そして、見つけたわけだ。

「巴さん。何があったの?」

 心ここにあらずといった様子で碌に話も聞けていない。

「美樹さんが、いえ。でも」

 仕方がない。ほとんどぶっつけ本番になるけれどトランスで記憶の上辺だけでも覗かせてもらうことにしよう。

 巴マミの記憶が奔流となって私に流れ込む。
 拒絶。それは相手を思うが為の明確な拒絶。
 孤独を受け入れ、けれどそれを隠して一人で泣いていた少女にとって、それは辛いものだろう。
 だけれど、

「巴マミ!しっかりしなさい!!あなたがするべきことはここでこうして震えていることなの!?大事なことを
見失わないで。今あなたがすべきことは何か考えなさい」

 気づけば私は巴マミの頬をひっぱたいていた。

「暁美さん?」

 驚きと戸惑いだろうか。そんな表情が巴マミの顔に広がる。

「そうね、ありがとう暁美さん!美樹さんを追いかけましょう?」


 まどかからの着信があり、私たち三人はそこに合流するつもりだった。
 けれど、だけれど。それがこんな結末になるなんて。

「暁美さん?これはどういう事なの?」

「巴さん!話は後にしてください!!まどかが結界の中にいるんですよ!早く助けないと」

 美樹さやかの姿が魔女結界の中から出てくるのが見えた。その場所にはまどかと杏子が一緒にいた。
 そして、美樹さやかが変身を解き手にソウルジェムを掲げた瞬間にそれは起った。
 つまりは魔女化だ。
 ソウルジェム最大の秘密。穢れをため込み過ぎたソウルジェムはグリーフシードとなり魔女を生んで消滅する。

 今まで隠していた真実を巴マミにばっちり見られた。
 事態は悪化の一途を辿るばかりだ。

「どんな責め苦も受け入れる覚悟はあるわ。けれど、後にして!さぁ早く!!」

 私は巴マミの言葉を聞かずに結界を開き飛び込む。

「朧さん。あなたも一緒に来て!!」

「もちろんだ。こんな面白そうなことは放っておけないよ」

 がらり、と景色が豹変する。
 降り立ったのはコンサートホールの入り口通路だ。本当にわかりやすい。

「へぇ、まさか。この気配は?」

「朧さんどうかした?」

 何か意味深な表情を見せる彼に私は問いかける。

「いや、こっちの話」

 私は短く「そう」とだけ返答する。

 そして、結界の中に巴マミも入ってくる。
 まるでタイミングを見払ったように急速に景色が変わる。
 何枚もの扉が流れるように開かれ、そしてまどかと杏子と合流する。

「まどか!怪我はない?」

「ほむらちゃん!マミさん!」

「マミ!お前遅いんだよ!!」

「佐倉さん!鹿目さん!それは美樹、さん?」

 私たちは互いに声をかけあう。
 その声に呼応するように人魚の魔女はこちらに狙いを定める。

「やはり気のせいじゃないみたいだ」

 望月朧の表情が見たこともない獰猛な色を映し出す。

「ほむらちゃん。あれがその倒れてる子の魂のなれの果てだね?」

「っ!!そうよ!でも、戻せるの?」

「出来そうだね。何の因果か知らないけど、あれの胸のところにイルミナが埋め込まれてる。あれの力を利用す
れば造作もないことだ」

 そうか。あれはイルミナだったのか。ならば魔女が強くなっていることにも納得がいく。けれど、どうしてそ
んなものが魔女に埋め込まれているのか。

「赤毛の君!その抜け殻ちょっと借りるよ。ほむらちゃんは僕があいつに近づくまで囮になってくれるかい」

 そのくらいはお安い御用だ。
 私は盾の中に手を突っ込むとありったけの閃光音響弾を取り出す。

「全員!目と耳を塞ぎなさい!!」

〈朧さん私が誘導します!〉

〈その必要はないよ。あれの気配がこれだけ濃ければ目と耳を塞いでいても場所が分かる〉

 ピンを抜く。
 一瞬の空白。
 辺りに眩いばかりの閃光と金属をかき鳴らしたような高音が爆発する。
 そして、人魚の魔女の攻撃が私へと集中される。
 翼のバーストを展開しつつ両手でデザートイーグルを構え襲いかかる車輪を叩き落とす。

「その程度では私は倒せないわよ!無様ね!!」

 叫ぶように言葉をぶつける。大事なのは意味じゃない、音量だ。
 飛来する歯車の量が徐々に増えていく。
 撃ち落とす、叩き落とす、弾き飛ばす。物量自体は大したことはない。問題は大きさだ。
 破片が足場を埋め尽くす。それは徐々に逃げ場を塞がれていくのに似た感覚だった。

「ほむらちゃん。おつかれさま。これが僕の生命融和(ハーモニウス)だ」

 遠くで、望月朧の声が聞こえた。
 人魚の魔女が溶けるように姿を失っていく。
 それは望月朧の手のひらに収束していく。
 手のひらに集まった青い何かを彼は躊躇なく美樹さやかに押し込んだ。
 それをきっかけにして魔女結界が解ける。
 そして、美樹さやかが息を吹き返した。

「なんだもう終わりか。それじゃあ僕は帰るよ」











「ねぇ、暁美さん。あなた知っていたのよね。私たち魔法少女が魔女になるって」

 巴マミの言葉が私に刺さる。そう、知っていたのだ。知っていて黙っていたのだ。もっとも残酷な真実を。

「えぇ。知っていたわ」

「おい、ほむら。だったらなんであんたは黙ってたんだ」

 杏子が私に喰ってかかる。

「それは、あなたたちに絶望してほしくなかったから」

 私は平静を装う。もし、巴マミに拘束されても今の私にはバーストもライズもある。時間停止を使えなくても
脱出は可能だ。

「そう、私って信用してもらえてなかったのね」

 巴マミはマスケット銃を召喚するがそれをどこかに向けることはしなかった。

「巴さん?」

「そうね、確かにそれはショックだわ。私のこれまでを余すところなく否定する真実だもの」

 心を落ち着けるかのように巴マミは深呼吸をする。

「でも、それ以上にね。あなたに信用してもらえてなかったのがショックなの。不思議ね、まるで幼馴染に裏切
られたような気分だわ」

「待って、巴さん。私だってこんな形で真実を知られるのは不本意だった。それに覚悟が出来ていれば私は話す
つもりだった」

「あんたが知っているソウルジェムの秘密ってのはこのことだったんだな」

 杏子が割り込んでくる。

「えぇ、でもこれでワルプルギス討伐の対価が無くなってしまったわね」

「いいよ、今更そんなもん。手伝ってやるよ、ワルプルギスの夜」
 三人揃った?

「あー?正直、さやかの奴が魔女になっちまったときはどーなるかと思ったけどな」

 本当に?嘘じゃないのかしら。
 私は思わず右手で頬をつねっていた。

「んだよ、ほむら。そんなにあたしらが信用できねーか?」

「いいえ。だけどなんだか夢みたいで。ちょっとおかしな気分だわ」

 あまりにも強くつねりすぎたために右の頬がひりひりする。

「ほむらちゃーん!さやかちゃん寝ちゃってるだけみたいだよ」

 美樹さやかの容態を確認してくれていたまどかが私に向かってそう叫ぶ。

「ありがとうまどか。もう少し待っていて?」

「さやかちゃんが風邪ひいちゃうかもしれないから、なるべくなら早くしてほしいなっ」

 この期に及んでまで、まどかは優しい。

「マミ、杏子。明日私の家に来て。ワルプルギスについて、私について少しだけ話したいことがあるわ。マミは
私の家知っているわよね?」

「あら?暁美さん、もう猫を被るのは止めちゃうの?」

 巴マミがからかう様にいう。

「えぇ、もう必要なさそうだからやめるわ。それで、私の家分かるのよね?」

「あはは、大丈夫よ。知ってるから、だから落ち着いて。ねっ?」

「別にそんなに怒っているわけじゃないわ。杏子はマミと一緒に来てくれるかしら」

「あぁ、問題ないよ。ワルプルギスを倒すまではマミと一緒にいるからな」

「そう。ならいいわ。私はまどかと一緒にさやかを家まで連れて行くから」

 二人にそう告げる。

「えぇ、それじゃあね」

「おう、明日な」

 私は向き直りまどかの方へと駆け寄る。

 私は美樹さやかを背負いまどかと共に歩く。

「ねぇほむらちゃん。キュゥべえから聞いたんだけどね、ワルプルギスの夜って言う魔女がこの町に現れるって
いうのは本当?」

「えぇ、間違いないわ。というか、まどかアイツに会っていたの?」

「実はちょくちょく私の部屋に来ては魔法少女の勧誘をしていくの。もちろん毎回断るんだけどね。それでね、
その時にキュゥべえが色んなことを私に教えてくれるの。やれマミさんに厄介者扱いされるだの、やれ杏子ちゃ
んにゴキブリ扱いされるだの、ほむらちゃんにゴミを見るような目で蔑まれるだのってね」

 あの小動物なんてことをまどかに吹き込んでくれてるのやら。

「そうだったの。私はここのところアイツを見かけてすらいないからなんだか以外だわ」

 もしかすると今回に限ったことじゃなく、私が見てないところでもしつこくまどかに言いよっていたのかもし
れない。

「うん。それでね、この間キュゥべえが来た時にね『最強の魔女、ワルプルギスの夜が来る。この魔女を倒せる
可能性があるのは君だけだ、鹿目まどか』ってなんだか真剣に言うの。そのキュゥべえがちょっと面白くってね」

 表情のないアイツらだだからこその面白さだろうか。

「へぇ、インキュベーターがそんなことを言ったの。だけれど、私たちは倒すわ。ワルプルギスの夜を。あの最
強の魔女を。数多の魔法少女を屠ってきたあの化け物を」
 そう、倒すのだ。

 倒そうでも、倒したいでもない。
 私はここで終わらせる。絶対に倒す。何度も胸に刻んできたその誓いを、今強く誓いなおす。

「じゃあ、やっぱり来るんだね。ワルプルギスの夜が来ると、町も人も根こそぎ無くなっちゃうんだってね。私
も魔法少女になって戦った方がいいのかなって、」

「止めてまどか!そんなことを言わないで。大丈夫、私たちは勝つわ!確かにこの町が全部綺麗なままなんて生
ぬるいことを言っていられる相手ではない。けれど、絶対に勝つわ。あなたに誓って!」

 あなたのために、あなたに誓って。私はワルプルギスの夜を超えて見せる!

「そっか。やっぱり私じゃ力になれないよね。ごめんね、ほむらちゃんなんだか調子に乗っちゃったみたい」

「それは違うわ、まどか。あなたがいるから私は頑張れるの。あなたがいるから私は戦える。まどかはそこにい
るだけで私に勇気と力をくれるの。それが何より私にとっては大切だから」

 出会ってから一月しか付き合いのないはずの転校生にこんなことを言われるのは不気味かもしれない。だけど、
これが私の本心だ。

「ほむらちゃんはさ、何か大事なことをまだ隠してるんだよね?もしかして、私とは小さいころに会ったりして
るのかな。もしそうならごめんね、全然覚えてないの」

「いいえ。気にすることないわ。それに小さいときに会ったこともないはずよ」

 私はそういってまどかに微笑みかける。
 少し心配そうな表情をしていたまどかに笑顔が伝染するようにと。

「だから、そうね。私たちがワルプルギスの夜を越えたらその時に私の、私自身の秘密をあなたに話させて?」

「うん。待ってるよ。ほむらちゃんとマミさんと杏子ちゃんがみんな元気に帰ってくるのを。約束だよ?」

「えぇ、約束ね」

 そう言って、私たちは笑いあう。











 巴マミから今からくるという旨のメールが来てから早二十分が過ぎた。
 何もなければそろそろインターフォンが鳴ってもいい頃合だろうか。

「私ったらなんでこんなに気合いを入れているのかしら?」

 随分と昔にまどかと巴マミと一緒に買いに行ったティーサーバーを引っ張り出して紅茶を淹れている。確かこ
の茶葉も巴マミのお勧めだったはずだ。
 サーバーと大きなボウルに沸騰した湯を流し込みながら、そんなことを思い出す。
 そして、あとから気づいた。

「先にカップを入れてからお湯を入れるべきだったわ」

 けれど、やってしまったものはしょうがない。ボウルに注いだ湯の中へとマグカップをゆっくりと入れる。
 お茶の基本はお湯の温度よ。というのはもちろん巴マミの言葉だったはずだ。
 やかんに水を入れなおして、もう一度火にかける。
 茶葉の量を量り、適正な分量と自分の好みを天秤にかける。
 短い逡巡の後、後者を選ぶ。私にとって重要な、本当に重要なことを話すのだ。私自身のためにも、少しだけ
好みで選ばせてもらいたい。

 やかんの口が笛を鳴らしたような高音を発する。
 それを合図にしてサーバーから湯を抜き、茶葉を中へと落とす。
 火を止めずにやかんを掴み、沸騰したままの湯をサーバーの中へと一気に流し込む。
 立ち上る湯気を惜しみながら私はサーバーに蓋をしてボウルの中からマグカップを取り出して布巾の上に乗せ
る。
 あとは蒸らし終えたら中の茶葉を取り出すだけだ。
 そして、まるで図ったようなタイミングでインターフォンが鳴ならされる。
 そのあまりもドンピシャなタイミングに私は思わず小さく笑う。
 ドアノブに手をかけて、そのまま押し開ける。

「待ってたわ。入って」

 にっこりと微笑みを浮かべた巴マミと普段通りの佐倉杏子を出迎える。

「それじゃ、遠慮なく上がらせてもらうよ」
「お邪魔します」

「こっちよ。少し待っていて」

 私は二人を居間へと案内する。

「なんだこれ?」

「暁美さん……」

 居間を見た二人が何か言いたそうにこちらを見てくる。

「別にそんなに散らかってはいないと思うのだけど?」

 二人から良くわからない視線を頂戴した私は、不思議なことなどないと言い張ることにする。

「こんなのどうやって集めたんだよ!?」

「まさかこれだけ膨大な量の資料があるなんて、どういう事?」

 あぁ、なるほど。傍から見ればこんな膨大な量の魔女の資料があること自体が奇異なのか。
 確かにワルプルギスの模型だの、出現時の災害予測地図だの、あからさまなものもたくさん置いてある。

「それも、私の話にとって重要だから今は触れないでおいて。お茶を持ってくるわ」

 私は二人を座るように促して、足早に台所へと戻る。
 少し、茶葉を抽出し過ぎたかもしれない。渋みが出てなければいいのだけれど。
 丸い木の盆にティーサーバーとマグカップを乗せ、二人の待つ居間へと運ぶ。

「お待たせ」

「ふふふ、ようやく暁美さんのお茶を頂く機会が出来たみたいね」

「意外だ。ほむら、あんたは珈琲派だと思ってたよ」

「少し長い話になるから飲み物だけでもと思って。用意させてもらったわ」

 心を落ち着ける意味も多分に含んでいたけれど。

「実はお茶請けにピーチパイを焼いてきたのよ」

 巴マミはそういって持ってきていた手提げ袋の中から大きな箱を取り出す。

「どこから話しましょうか」

 私は私自身のこれまでを、二人に話し始める。











 気づけば、高かった日が暮れていた。

「ほむら、お前……」
「暁美さん……」

 そういえばこの二人にすべてを打ち明けたのは初めてだったような気がする。
 正しく『全て』をだ。

「概ね信じてもらえて良かったわ。けど、一応証明もしておきましょうか。いるんでしょう?インキュベーター、
姿を現しなさい」

「おや、なんだい。気づいていたのか。それで僕に何を証明させたいんだい?」

「そんなの決まってるわ。私が話した魔法少女の真実とお前たちの目的。それに偽りはあったかしら?」

「ああ、そのことかい。訂正するほど間違ってはいないね。でも、勘違いしないでほしい。僕らは何も君たちに
敵意や悪意があってこんなことをしているわけではないよ」

「えぇ、そうよね。あなたたちってそういうやつらよね。もう用はないわ。消えなさい」

 私は淀みなく言い放つ。

「そうかい?じゃあそうさせてもらうよ。どうも二人が殺気立っているみたいだからね。無意味にスペアを潰さ
れるともったいないからね」

 インキュベーターはそういって闇へと紛れる。その姿は間違いなく悪役を彷彿させる。

「ある程度端折っているとはいえ、これが私が経験したことよ」

 話し始めてしまえば楽なものだった。何故あんなにも緊張していたのか理解できないほどに。
 私の話が終わったというのに二人は沈黙を守り続ける。まぁ、無理もないか。恐らく、二人の想像を超えてい
ただろうから。
 私にだって自分の行動が常軌を逸していることくらい理解している。
 少し、伏し目がちになっていた巴マミの瞳がしっかりと私を見据える。そこには覚悟が宿っていた。
 強い瞳だと、心の底からそう思わせられた。

「倒しましょう。絶対にワルプルギスの夜を!」

「そうだな。そんな話を聞かされたらやらないわけにはいかないね」

 二人が私に力をくれた、そんな気がした。

「それじゃあ、早速だけれどワルプルギスのために色々と相談があるわ。今日はとことんまで付き合ってくれる
かしら?」

「ふふっ、お安い御用ね」

「まかせな!」











#5.——

 ワルプルギスの夜と対峙している。

 もう何度も見てきたそれは、やはりあまりにも強大で絶対だ。
 本体の魔女が強力過ぎて、使い魔ですら弱い魔女に匹敵する戦闘能力を有している。
 そして、その使い魔たちが辺り一面を覆い尽くすほどに跋扈する。

 それに加えてワルプルギス自身も辺りに甚大な被害を撒き散らす。
 対して、私は。私は一人でそれと対峙している。

 傍らには巴マミが、佐倉杏子が、倒れている。
 二人のソウルジェムは無残にも砕かれ、もう生き返る見込みはない。

 私は持ち込んだ数多の銃器を用いてワルプルギスへと攻撃を仕掛ける。
 単発式の無反動砲を十数本撃ちこむ。
 迫撃砲を可能な限り、叩き込む。
 地対艦ミサイルを、トマホークを、大型のタンクローリーを。そして、ありったけのプラスチック爆弾を。
 全弾命中した。持てる全てを出し切った。

 爆風が頬を撫でる。ここまでやった。致命傷まではいかなくともそれなりのダメージにはなったはずだ。
 それは、そんな都合のいい妄想はワルプルギスの反撃と共に打ち砕かれた。

 放たれた光線をギリギリで躱すが、突き抜けるような衝撃に体が吹き飛ばされた。

「かふッ!」

 コンクリートのビルに叩きつけられる。
 どうやらコンクリートの壁面に放射状のヒビが入っているようだ。

 不思議と痛みはなかった。
 けれど、私の前に一人の少女が現れる。しかも、インキュベーターを連れて。

「まどかっ、まどか!」

 手を伸ばすが、届かない。
 私に微笑みかけるまどかは、白い光に包まれて———!





















#5.再会

一旦休止
再開は三十分後
ID:XRDm/ApA0は少し落ち着け、なっ?そんな展開一切ないじゃん?
>>121
ありがとう!
応援してくれて嬉しいけど本編自体は全部出来てるんだ

同じジャンプ漫画でも覚えたり使えてもあまり効果がないモノとあるモノの違いが激しすぎませんか……

再開
の前に少しだけ
PSYRENキャラを大量投入するとまどかたち要らなくなっちゃうのでバランスとるために意図的に数減らしてます。
ただ、最終盤で少しPSYRENにも触れるのでもうちょっと待て
ほむらちゃんはレズじゃない。ガチマドなだけだ。
>>161は何に対して言っているのかが分からん

それでは再開

「まどか!」

 夢、だったらしい。
 けれど、それ自体は決して夢なんかではない。私自身が幾度も経験した光景だ。
 汗が酷い。取りあえず顔を洗おう。
 鏡に映る自分の顔のあまりの悲惨さに、愕然とする。

「駄目ね。これじゃあ、二人に心配をかけるだけじゃない」

 少し、外を歩いてくることにしよう。この時期はまだ冷えるだろうか。
 コートを羽織り、早朝というには早い時間へと足を進める。
 少し、歩いたところで見知った顔に出くわした。

「あら、夜科アゲハ最近見ないと思ったらこんなところで何してるのかしら?」

 何かを考えるようにあたりを見回していた夜科アゲハの顔がこちらに向けられる。

「ん?ほむらか。いや、ここ何日かで気になる痕跡が結構あってさ、少し調べてんだよ」

 気になる痕跡。そういえば魔女にイルミナがついていたことを思い出す。

「そういえば、イルミナといったかしら?」

「ん?イルミナをどっかで見たのか?あの技術は現代にはない筈だぜ?」

「けど、見たのは事実よ。魔女についていたわ」

 箱の魔女、人魚の魔女。もしかしたら影の魔女にもついていたのかもしれない。

「魔女ってあれか?あのグロイ奴ら」

「えぇ、その魔女ね」

「なるほどな。なら、納得いくぜ。そういえば、ほむら。そろそろ詰だろ?頑張れよ!」

「えぇ、今度こそは負けないわ」

「そうかい。まぁ、いよいよって時は手を貸すぜ?」

「その必要はないわ。そんな事態にならないようにするもの」

 私はわざと強い言葉を選ぶ。

「そうかい」

 それに対して夜科アゲハは小さく笑い、それだけ言って背を向ける。
 どうやら、これ以上私と話す気はないらしかった。
 全てが終わったら、一度お礼を言っておきたい。素直にそう思えた。

 未だ昼だというのに辺りは薄暗い。
 これは前兆だ。つまり、そろそろ奴が姿を現すということだ。

〈マミ、杏子。それじゃあ手筈どうりにお願い〉

〈まかせな!〉
〈暁美さんも、ね?〉

〈えぇ。負けるつもりはないわ!〉

 外気の中にワルプルギスの魔力が滲みだしてきた。背筋が凍るような純度のそれは、その痕跡だけで人を恐慌
状態にするには十分だ。

 どこをどう切り取っても化け物。災害級という枕詞に全く引けを取っていない。

 何をどう表現しているのか全く理解できないカウントダウンが行われる。

 その間にも、幾多の使い魔たちがどこからともなく漏れ、溢れてくる。

 4。

 2。

 1。

 そして、幕が開かれる。
 出現場所は予想地点よりも、やや東南よりだろうか。

〈マミ!出現位置が誤差で済まさない範囲にズレている可能性があるわ。最後に追加の一発をお願い!〉

 そしてそのままギリギリまでワルプルギスへと近づく。
 爆発に巻き込まれないギリギリの位置取りでバーストを展開し、空へと飛ぶ。

「空を飛べるってなんて便利なのかしら」

 間近で轟音が鳴り響く。突き抜けるような振動が体を揺さぶる。

〈マミ!いくわよ!!〉
〈そう来なくっちゃ!〉

「ティロ、フィナーレ!!」

 私が無言でバーストの一撃を叩きこむのと巴マミの叫びとが重なる。
 二つが交差するようにワルプルギスを叩く。
 そして、ワルプルギスの体が地面に叩きつけられた。丁度、トラップのど真ん中だ。我ながらいい位置に誘導
できた。
 私が仕掛けた最後のトラップが起動する。
 数百のクレイモアを円形に配置し、爆風の指向性を調整することによってど真ん中の相手に連鎖した爆発全て
が集まるようにした。

 瞬間、薄暗かったはずの世界が体中が焼けるようなオレンジに塗り替えられる。
 けれど、戦いはここからだ。

〈第二段階に移行するわ!二人ともいける?〉

〈あたしはいけるけど、マミの結界が緩んでる!!〉

〈暁美さん、もう少し時間を頂戴!〉

〈了解!杏子合流して、ワルプルギスを叩くわ!〉

〈大丈夫だ、位置はしっかり捕まえてるよ〉

 私はゆっくりと着地して、ワルプルギスへと翼を叩きつける。
 複数の金属が擦れるような音と共に杏子の巨大な槍がワルプルギスの一部を掴まえる。

「っらぁっああ!」

 豪快な叫びだ。
 私は杏子の元へと走る。
 そして、豪快に軽機関銃をぶっ放した。

「わりぃなほむら。さすがに使い魔に手を裂く余裕はないよ」

「えぇ、あなたはそのまま抑えていて。マミの準備が終わるまで私が援護するわ」

 放たれる光線を盾で防ぎつつ、軽機関銃で使い魔を一掃する。
 けれど、次から次へと溢れてきて、際限がない。

〈おい、マミ!さっさとしてくれ!さすがに二人じゃ止めるのが精いっぱいだよ〉

〈今、今!終わったわ佐倉さん。攻守交代よ!!〉

 私たちは巴マミと合流すべくワルプルギスを解き放ち、一目散に駆け抜ける。

「杏子、これを!」

 私が投げたグリーフシードを杏子は受け取るとすぐにジェムを浄化する。

「ありがとな!お前も浄化しとけよ」

 使い終わったグリーフシードを私に投げ返して杏子は叫ぶ。

 グリーフシードを盾に突っ込むと、代わりを取り出して、自分のジェムを浄化する。消耗はあまりしていない。

「暁美さん、佐倉さん。こっちよ!!」

 辺りにマスケット銃をばら撒き、撃っては捨てを繰り返す巴マミに呼ばれた。

「マミ、使って!」

 私は自分が使ったグリーフシードを投げる。

「助かるわ」

 ようやく三人が合流できた。

「杏子、ワルプルギスのダメージはどんな具合に見えた?」

「良くて一割ぐらいのもんだな。ただ、ほむらの銃器よりも、マミのマスケットの方がダメージが通ってるっぽ
いね」

 今まで確証が持てないでいたけれどやはり近代兵器よりも魔法兵器の方が効きが良いらしい。

「なら、やっぱりここからが本番よね?」

「そうなるわ。行くわよ、杏子」

「しくじるなよマミ。あんたにかかってるんだからな!」

 前衛でワルプルギスへ直接攻撃する役を杏子。後衛でワルプルギスへ高威力の攻撃を当て続ける役のマミ。私は中距離で二人のサポートだ。

「ぶっつけ本番ってのはキツイけど、やるしかないね」

 杏子の姿がぼやけ、二人になる。
 ぼやけ、増える。ぼやけ、増える。
 総勢五人の杏子がワルプルギスへと突っ込む。

「佐倉さん、ロッソファンタズマを取り戻したのね!」

 赤い幻影?まぁその通りなのだろう。

「マミ、あなたにはあなたの役割があるでしょう?」

「そうね。やりましょう」

 マミが大筒を作り出す。一つ、二つ、三つ。その数は順調に増え続ける。

「はああぁぁぁっぁああ!」

 マミに迫りくる攻撃をすべて叩くのが私の役目だ。辺りに乱れる魔力の放射を盾で弾き、バーストで砕く。
 一発一発はワルプルギス本体の比ではないにしても、それなりの威力だ。


 ワルプルギスの魔力が一点へと集中されるのを感じ取る。
 見れば射線上には杏子の本体がいる。恐らく、あの様子だと気づいてはいない。
 考える暇はない。ライズ全開で間合いを一気に駆け抜ける。

「間に合って!!」

 バチン!と何かが落ちた。
 体が宙を舞う。
 意識が揺らぐ。
 ちらりと確認したジェムは砕けていなかった。
 けれど、濁りが酷い。さすがにダメージが大きいか。
 薄れる意識の中巴マミの一斉砲撃が唸りを上げるのが見える。











「お目覚め?」

 辺りは廃墟になっていた。

「奴は!?ワルプルギスはどうなったの!マミは杏子は?町の人たちは?まどかはっ!!」

 私の目の前には何時かのキチガイ女がいた。

「安心して、あなたが気を失って十分ほどしか経ってないわ。と言っても、この惨状だけどね」

 そう言ってその女は私の横を指さす。
 マミと杏子が横たわっていた。

「安心なさい。生きてるわ。ちゃんとソウルジェムもある」

「私はあいつを倒さないと!!」

「頑張るね。もう、武器も力も底をついているっていうのに」

 目の前の女は何かを懐かしむような表情をしている。

「私のたった一つの道標だもの。絶対にやり遂げるわ」

 けれど、今の私には何一つ残っていないのも事実だ。
 無意識に盾に手が伸びる。

「暁美ほむら。君たちの努力は称賛に値するよ」

 インキュベーター!!

「何しに来たの?用はないわ」

「ほむらちゃん?」

「まどか!?駄目よ。契約してはダメ!!」

「大丈夫だよほむらちゃん。ワルプルギスは倒せるよ」

「まどか何を言って?」

「この子と初めて会った日にもう一人、男の人と会ったでしょ?アゲハさん」

「なんで夜科アゲハの名前を?」

 何故?あんなに怖がっていたはずなのに。

「違うのほむらちゃん。だから大丈夫。ワルプルギスは倒せるんだよ。だから、終わったら私の話を聞いてほし
いんだ」

「まどか?」

「私はここで待ってるから。信じてるよほむらちゃん」

「鹿目まどか君は何を考えているんだい?でも、それならしょうがない僕たちも奥の手を出さてもらうことにす
るよ」

 空が、割れた。

 薄暗い中へと光が差し込む。けれど、差し込んだ光は太陽の光なんかではなかった。

「インキュベーター!何を!?」

 したのか。そう問いただそうとしたけれど、そこにあるのはただの死骸だった。

 鎖鎌で真っ二つに引き裂かれている。

「ふふふっ。悪い子にはお仕置きね。アゲハ、出番来ちゃったよ」

 女がそういうと、どこからともなく夜科アゲハが降ってきた。

「そうみたいだな、桜子。よう、ほむら!」

「全く無意味に潰さないでくれないかな、雨宮桜子。それに君たちも知りたいだろう?僕らが作ったウロボロス
について」

「へぇ、丁寧に教えてくれるの?あなたたちにしては珍しいわね」

「そうすることに意味があるからだよ、ほむら。あれはね、魔女になったまどかを食い殺すことを目的に作られ
たんだよ。つまり、最悪の魔女すら殺す最強の兵器さ。人類が滅んでしまっても困るからね。僕たちなりの保険
だよ」

「おい、インキュベーター。あれは星喰いクァトネヴァスをもとに作りやがったな!」

「それは違うよ、夜科アゲハ。もともと、あれは僕らだったんだ。遠い昔にね、強い精神疾患を患ったインキュ
ベーターが居た。そいつは必要もないのに飢えていて、いつだって食べ物を欲していた。そのインキュベーター
が長い年月をかけて変質していった姿があの、クァトネヴァスなんだよ」

「それじゃあ、イルミナもあなたたちの技術なの」

「それも違うね、雨宮桜子。イルミナは変質していったあの個体が独自に作り出したものだよ。僕らはそれを解
析して、少し改良したに過ぎない」

「そう、じゃああれを魔女に。いいえ魔法少女に組み込んだのはあなたたちなのね」

「そうだね。ただ、イルミナが機能するようになったのはつい先日からだよ。具体的に言えば二週間くらいだね」

「まどか、君はこれでも契約する気はないのかい」

「そうだよ、キュゥべえ。私はみんなを信じてるから」



 私はたった一人で、ワルプルギスの夜と対峙している。
 夜科アゲハと雨宮桜子はウロボロスへと向かった。
 巴マミと佐倉杏子は未だ目覚めない。
 もう、戦えるのは私しか残っていない。

 けれど、苛烈な猛攻を、ギリギリで凌ぐことしか今の私にはできない。
 盾で防ぎ、翼で弾く。けれど、酷使しすぎたのか白かった翼が徐々に黒に染まり始めていた。
 何度目かのインパクトで私は大きく吹き飛ばされる。
 立ち上がり、砂埃を払う。そして、また苛烈な猛攻の中へと身を投じる。

 幾多の使い魔を翼で薙ぎ払う。
 連続した魔力の放射を、全力のライズできり抜ける。
 もはや、私の盾に時を止める力はない。本当にただのマジカルな盾になってしまった。
 致命傷はまだない。けれど、明らかにジリ貧。
 段々と追いつめられていく感覚が全身に広がる。
 ジワリ、ジワリと。

 諦めない。いや、諦めたくない。
 精も根も尽き果てて、それでもなお私は立ち上がり続ける。
 衝撃に飛ばされて、地面を転がる。それでも立ち上がる。

 真正面から叩き潰されて、それでも立ち上がる。

 幸い、グリーフシードにはまだ若干の余裕がある。
 もはや、絶望してしまった方が楽なのではとさえ思う。けれど立ち上がる。

 嫌だった、ただ嫌なのだ。信じて待っているまどかを裏切るのが。
 まどか、まどか、まどか。

 ジワリ、と私の翼が黒く染まる。緩やかに絶望しているのだろうか?
 私はもうわからない?
 ソウルジェムは未だ濁っていない。
 じゃあ、この翼の黒はなんだろう。

 ワルプルギスの本体から放たれた魔力が私を直撃した。

 崩れたビルに叩きつけられ、私は叫ぶ。

「ああああぁぁぁっぁっぁぁぁぁっぁ!!!!」

 まどか、私に力を貸して!
 一度でいいから。私を、私の、まどか!!
 その時なぜか、見たこともないまどかの姿が、微笑みが、私の頭をよぎった。

 私の翼が噴射へと変わる。白が宇宙のような輝きを孕んだ漆黒へと変質する。
 ただの四次元ポケットと化した盾からしまった覚えのない弓が頭を出す。

 触れるとそれは暖かかった。
 引き抜いた弓は私の身長の五割増しほどの全長を誇っていた。
 濃い紫色をしたその弓を私はただ、引く。

 初めて手にしたはずなのになぜかよく馴染んだ。
 いつの間にか、つがえた覚えのない矢がつがえられていた。弓の上部が綺麗な紫色に輝いている。
 私はその矢を解き放つ。
 それは紫の光の筋となってワルプルギスを穿つ。

 そして、そのまま雲を突き抜けて太陽の光の道を作った。

「まどか、やったよ」











「ほむらちゃん。起きて、ほむらちゃん」

 そんな優しい声が聞こえた。
 そういえば私はなんで眠っているのだろうか。
 ぼんやりとゆっくりと意識が浮上してくる。


「ま、ど、か?私は、勝ったのよね?」

 濁っていた記憶が漏斗にかけた水のように濁りを落としていく。

「そうだよ。ほむらちゃん、ほむらちゃんは勝ったんだよ」

 私はようやく自分の状態を意識する。
 どうやら、寝かされているらしい私の顔の真上にはまどかの顔と普段よりも豊満に見える胸があった。
 頭には暖かくて、仄かに柔らかい何かが当たっている。
 膝枕だろうか。
 思わず、反射的に体を起こしてしまった。
 ボロボロだったはずの体からはなんの痛みも感じられない。

「どうしたの?ほむらちゃん。突然飛び起きて」

「いえ、何でもないわ」

 膝枕に照れたなんて言えるわけがない。
 それよりも、ここは何処だろう。
 辺りに瓦礫はない。それどころか、他の何もない。だけれど、どこか懐かしくて、暖かい。

「まどか、ここは?」

「そうだよね。話すよ、全部。それが私がした約束だもんね」

 そういえば、まどかの姿が変わっている。
 白いドレスは大きく胸元が開いていて、そこから覗かせる胸は明らかに普段よりも大きかった。
 それを筆頭に身長が伸びていて、髪が長い。
 極めつけは、金色の瞳と純白のドレスのスカート部分の内側だった。
 スカートの中にはまるで宇宙が内包されているように黒く、深い闇を抱えて、そして美しい瞬きが犇めいてい
た。
 金色の瞳はまるで、輝きという輝きを隈なく集めたように煌めいている。

「ほむらちゃんは、パラレルワールドって知っている?ううん。知っているよね」

「えぇ、もしこの世界にパラレルワールドが出来ていたとしたらそれは私のせいだもの」

 パラレルワールド。この世界自体が複数の世界を抱え込むような構造をしている場合にそういう呼称をするは
ずだ。

「それがね、実はそうでもないんだよ、ほむらちゃん」

「えっ?それって?」

 もしかして、過去に私と同じような願いをした魔法少女がいた?

「今のほむらちゃんの予想も外れ。もともと、一つの宇宙だったこの世界にもう一つの宇宙を生み出す原因とな
った出来事はねアゲハさんが関わっていたの」

「夜科アゲハが?」

 そう言えばサイレンドリフトがどうとか言う話を聞いていた。
「そうアゲハさんたちが、行き来していた未来の世界はこの世界の未来じゃなくて、四年ぐらい前に分岐したパ
ラレルワールドなの」

「けど、それとこの状況はどういう関係があるの?」

「つまりね、ほむらちゃん。二つの世界でほむらちゃんは同じように私のために戦ってくれていたの」

 言葉の後でまどかは微笑みながら「状況は全然違うんだけどね」と付け足す。

「そう、どの世界でも私たちって変わらないのね?」

「そうだよ。大体同じ。ただね、もう一人の私が、この私よりも先に答えに辿り着いたの。ううん、違うかな。
私だけの答えを見つけ出せたの」

 まどかの答え。まどかだから出来うる答え、だろうか。

「その答えって言うのは?」

「すべての魔女を消し去りたい。この世界の過去と未来のすべての魔女を生まれる前に消し去りたい」

 それって、そんな願いは!!

「そんな、そんな!!それじゃああなたはどうなるの!?」

「私はこの世界に概念として永遠に固定されるの。ただ、魔女を消し去る概念として」

 そう言って微笑むまどかは、ただ、ただ優しかった。

「でもね、ほむらちゃん。そのおかげで私は全てを知ることが出来たの。ほむらちゃんが頑張ったこれまでも、
そしてこれから頑張るほむらちゃんも」

「そんな、そんなことって!」

「これは多分私にしかできないことだから。許してほしいなほむらちゃん。それから一つ、誤っておきたいの」

「謝る、ってなにを」

 私は多分泣いている。だけれど、だけれど、それでも、まどかと言葉を交わす。

「あの時、私は信じているって、言ったよね?だけど、実際には知っていたの」

「しっていたって?」

 まるで答えあわせをするみたいだ。

「実はね『PSY』の力に目覚めていたんだ。私はその力でこれから起こる全てを視たの。本当はね、その力は
並行世界の私の力なんだけど、因果の糸を束ね過ぎた私たちが共鳴しちゃったの」

「それで、あなたにも同じ力が流れ込んできたわけね?」

「うん、そうだね。それでね、その時に全てが視えたの。ほむらちゃんたちの戦いの結末と並行世界の私が使う
願いの結末まで」

 まどかが、突然私を抱きしめる。
 腕の中は暖かくて、溢れた涙が止まらなくなった。

「だからね、私は納得してるんだよ?私たちが望んだ結末をほむらちゃんに生きてほしんだ」

「まどかっ!」

 まどかが自身のドレスの袖口を掴むと、そこから赤いリボンが紡がれる。

「私たちは魔法少女だよ?奇跡を信じよう?他の誰もが忘れても、きっとほむらちゃんなら大丈夫だよ」

「まどかっ!まどかぁっ!」

 突き放されるようにその場所から弾き出される。
 弓をつがえるまどかの姿が目に焼き付いた。
 恐らく、これが私が最後に見るまどかの姿になるのだろう。

「まどかっ!」

 まどかが自身のドレスの袖口を掴むと、そこから赤いリボンが紡がれる。

「私たちは魔法少女だよ?奇跡を信じよう?他の誰もが忘れても、きっとほむらちゃんなら大丈夫だよ」

「まどかっ!まどかぁっ!」

 突き放されるようにその場所から弾き出される。
 弓をつがえるまどかの姿が目に焼き付いた。
 恐らく、これが私が最後に見るまどかの姿になるのだろう。
 私の手にはいつの間にかまどかのリボンが握られていた。





















#.ending

 早いもので、あれから一月あまりの時間が経っていた。

 私、暁美ほむらはまどかの居ない世界を生きている。
 再編された世界で、一週間は泣いていただろうか。でも、それはもう過ぎたことだ。

 私は、まどかが望んだこの世界を精いっぱい生き抜いていく心積もりが出来ていた。
 再編された世界では魔女は存在しない。けれども、それに成り変わるように魔獣というものが徘徊していた。
 魔獣は恐らくまどかが作ったこの世界の歪を正す存在なのだろう。だから、常にまどかを求めている。

 それはつまり、この世界において私だけが纏うであろうまどかの匂いに引き寄せられるということだ。
 なので私個人としては全くグリーフシードの心配をする必要がない。

 探さなくても、敵が集まってくるというのはある意味でイージーモードだ。何せ、待っているだけで済むのだ
から。
 反面、必要以上に数が集まりすぎる場合も多々ある。

 そんなときには、一人じゃないっていう事がとても心強い。
 巴マミと佐倉杏子。こちらの世界でも、私は二人と協力関係にあるらしい。

 私が一人で泣き続けていたあの日々に、心配して様子を見に来てくれたことが何度もあった。
 その時は、鬱陶しいとか思っていたけれど、思い返せば随分と二人には助けられていた。
 そういえば、もう一人の協力者については未だ出会うことが出来ていなかった。

「ほむら、君はまたこんなところに来ているのかい。探す僕らの身にもなってほしいよ」

「あら、キュゥべえ。今回は随分と時間がかかったわね」

「そりゃあ、そうだよ。このビルの頂上に君がいることを知るのは僕らにとっても容易いことだけど、ここまで
到達することは容易いことじゃないからね」

「つまり、昇ってくるのに時間がかかったと」

「言ってしまえばそういう事だね。それで、君は大事そうにリボンを撫でて、またまどかとやらのことを考えて
いたのかい?」

「いいえ、近いけど違うわ。私は結局色々な人に助けられてこの場所に立っている。そんなことを思い出してい
た、ただそれだけよ」

「そうかい。なんだかやけに感傷的じゃないか。君らしくもない」

「そうね。それよりも今日も瘴気が濃いわ。奴らのお出ましよ」

「全く、またこの高さから飛び降りるのか」

「嫌なら、ここに残ればいいじゃない」

「?何を言っているんだい、ほむら。ここにいるよりも、君と一緒に行動した方が何かと効率的じゃないか」

「そうよね。あなたたちってそういうやつらよね」

 そして、私は高層ビルの最上階から飛び降りる。
 こんな高さから飛び降りるのも、もう慣れたものだ。始めはインキュベーターを撒くためにわざわざ高いとこ
ろに昇っていたというのに、今はこうして肩に乗せて飛び降りている。これも、一つの変化だろうか。
 地面に着地したところで、私はなんだか懐かしい声を聞いた。

「よお、ほむら。相変わらず精が出るな。ちょっと手伝ってやろうか?」

 ふと、笑みが零れる。

「結構よ、指を咥えてそこで見ていなさい。夜科アゲハ」




 end

全量投下完了です

本編時間中の他キャラの行動とかリクエストあれば書いてみます。

頑張ればかけそうなネタリスト
1.さやかちゃんのその後
2.マミ杏の密談
3.暗躍する雨宮さん
4.どこかの国の魔法少女とW.I.S.E.
5.五年後の世界、飛龍さんとたっくん

思っきし忘れてたことが一つ
番外編最速で三日後になります。遅くとも一週間以内の予定です。
それにしても流石の人気だなW.I.S.E.

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