勇者「一人旅の方が楽でいいよな」(199)
勇者「人間関係に気を使わなくて済むし」テクテク
勇者「やりたいことをやりたい時に自由にやれるし」
勇者「装備や戦闘の経験とかもすべて独り占めできるし」
勇者「何より足手まといになる相手がいないってのがいい」
勇者「そもそも敵のボスである魔王とまともに戦えそうな奴なんて俺くらいしかいないっぽいし……」
勇者「……」
勇者「でも話し相手がいないっつーのも寂しいもんだな」
勇者「別に仲間がいたってそれはそれでいいんだよ。俺別に孤独を愛するタイプってわけでもないし」
勇者「仲間か……仲間がいたとしたら、どんなやつがいいかなあ」
勇者「勝気でちょっと我が侭な美少女とか、おっとりした癒し系巨乳美少女とか、読書好きな無口無表情系美少女とか」
勇者「あとは、そうだな……ニヤケたイケメン野郎とか……は要らんか」
勇者「元気で快活で年上のお姉さんな美少女とか、優等生で面倒見がよくて可愛いけどちょっと怖いとこもあって眉毛が太い美少女とか……」
勇者「……独り言も飽きてきたなあ」
勇者「……寂しい」
「退屈そうね。わたしでよければ話し相手くらいにはなれると思うけれど?」
勇者「だ、誰だ?」キョロキョロ
勇者「誰もいない……幻聴とか……いくら寂しいっつっても……」
「幻聴じゃないわよ」
勇者「ど、どこだ? 姿を見せろよ……まさか、幽霊とか」
「どこを見ているの? 下よ、下」
勇者「下? 地面しか見えないけど」
「あなたの腰のあたりにぶら下がってるものがあるでしょう?」
勇者「……ちんこ?」
「なっ……違うわよ。そんなわけがないでしょう」
勇者「だよなあ。ちんこが喋りだすことがあったとしても女の声でっておかしいよな」
「そうじゃなくて、横。腰の横よ」
勇者「横って……旅の途中で手に入れた、この魔力を帯びた長剣か!?」
勇者「いわゆるインテリジェンスソードってやつか……おとぎ話と大差無いような伝説の中にはわりとよく出てくるけど、実在したとは」
「だから、どこを見ているのよ。こっちよこっち。反対。腰の右側」
勇者「は? 右って……じゃあ、こっちの短剣の方か」
短剣「やっとわかったのね。あなた、ちょっと鈍いわ」
勇者「いや、だって、まさか剣が喋りだすとは。つーかなんで家から持ってきた短剣の方なんだよ。こっちの長剣の方がそれっぽいのに」
短剣「そんなことわたしに言われても知らないわよ。そっちはただ単に魔力で強化されたよく斬れる剣というだけじゃないの?」
ロスト・マジック
勇者「それでも魔力を付加された剣なんて、今では貴重な、失われた魔法技術の産物だが……じゃあお前は?」
短剣「そうね。わたしもその類のものよ。高度な魔法技術によって、擬似的な人格を付与された存在」
勇者「擬似的な人格……じゃあ魔法で人間が剣の姿に変えられてるとかではないのか」
短剣「ええ。王子様にキスされても人間の姿に戻ったりはしないわ。人工の知能を植えつけられて喋っているだけ」
勇者「なんだー、ただの人工知能か」
短剣「何よ、不満なの? 退屈そうにしていたから話しかけてあげたのに」
勇者「あ、いや。そうか、まあ話し相手がいるってだけでも助かるよ。お前なら足手まといになることもなさそうだしな」
短剣「そういうわけだから、話したいことがあるならわたしが聞いてあげるわ。何でも言って頂戴」
勇者「えっと、じゃあ……お前、今の状況を把握してるか? 俺がなんでこうして旅をしてるかとか」
短剣「全然。さっきまで眠っていたから」
勇者「剣って眠るの?」
短剣「剣ってどっちの? わたし? 左の方にいる図体ばかり大きい役立たずの方?」
勇者「今のところお前よりはこっちの長剣の方が戦闘では役に立ってるよ。そうじゃなくてこの場合の剣というのは……いやどうでもいいか」
短剣「現状を把握してるかという話だったわね。知らないけれどだいたい想像はつくわ」
勇者「そうなのか? じゃ、言ってみ」
短剣「あなたは伝説の勇者の血を引く子孫で、人間の敵である魔王を倒すための旅をしている」
勇者「なんだ、知ってんじゃん」
短剣「いえ、たぶんそういうことだろうと思っただけよ。わたしに擬似人格を与えた人もそうだったから」
勇者「それってつまり……いや、その話は後で聞こう。まずは直近の目的から話すよ」
短剣「魔王の城へ向かっているのではないの?」
勇者「その前にやることがあるんだ。俺が受けた任務は魔王の討伐じゃない。後からそれもやるつもりではあるけど」
短剣「ふむ。その任務とは?」
勇者「これ秘密だから誰にも言うなよ。……さらわれた王女様の救出だ」
短剣「ふうん」
勇者「リアクション薄っ」
短剣「そんなことよりあなたのことをもっと知りたいわ」
勇者「『そんなこと』で済ますなよ。重大事件だ。まあお前はただの剣だし人間の事情なんてどうでもいいのかもしれんが」
短剣「ただの剣ではないわ。人語を解す魔剣よ」
勇者「はいはい、魔剣ね。で、なんだ、俺のことか? まあ察しの通りで、お前の元のご主人様の子孫ってことになるな」
魔剣「つまり親から子へ、子から孫へと、わたしを代々受け継いできたというわけね。何年前からなのか知らないけれど」
勇者「何年前からかわからないのか? ずっと眠ってたのか」
魔剣「眠っていたからというのもあるけれど、封印されていたでしょう? わたし」
勇者「ああ、うん。魔法による封印で鞘から抜けないようにされてた古い剣が俺の家の倉庫に何本もあって、その中の1本がお前だな」
魔剣「数ある剣の中からわたしを選ぶなんて、なかなか見る目があるわね」
勇者「あーいや、なんつーか、お前の封印はけっこう緩くて他のより解きやすかったから、まあこれでいいか、みたいな」
魔剣「……」
勇者「そっか、封印されてた間はお前の意識も封じ込められてたのか。……どうした? 黙り込んだりして」
魔剣「数ある剣の中からわたしを選ぶなんて、なかなか見る目があるわね」
勇者「リテイク!?」
魔剣「なかなか見る目があるわね。どうしてわたしを選んだのかしら」
勇者「ああ、うん。なんとなく、この剣は喋りだしたりしそうで、旅の共には最適かなー、なんて思ってさ……封印を解きやすかったからじゃないよ」
魔剣「あら、そうなの。光栄ね。でもそんなことより、あなたの実力が知りたいわ。わたしの元の主人のように強いのかしら」
勇者「また『そんなこと』で済ませやがって……じゃあ今から見せてやるよ。ほら、敵が現れた」
魔剣「特に強くも弱くもなさそうな程度の敵がわたしたちの進路に立ちふさがっているわね」
勇者「いくぞ! くらえ、『爆炎』!!」ピロリロリンッ
ドカーン!
勇者「とどめっ」スラリ
ザンッ!
テレレレッテッテッテー
勇者「と、こんな感じだけど」
魔剣「ふむ」
勇者「まああれくらいの敵は倒せなきゃ話にならんけどな」
魔剣「攻撃魔法が得意なようね」
勇者「うん、どっちかというと剣より魔法寄りかな」
魔剣「ふむ……わたしの見たところ、あなた、けっこうやるわね」
勇者「そんなのお前にわかんのか?」
魔剣「わたしの分析力を甘く見ないで頂戴」
勇者「……じゃあ、今の戦いを解説してみ」
魔剣「そうね。まず、使った魔法についてだけれど。爆炎魔法という選択は正解ね。あの敵には火炎魔法や氷結魔法より効果が高いわ」
魔剣「次に、攻撃魔法のパワーのコントロール。過不足の無い適切な威力で、敵を瀕死にするだけのダメージを与えたわ」
魔剣「そして、最後の斬撃。これも無駄な力を使うことなく、必要充分な力でとどめをさしていたわね。戦い慣れしている証拠よ」
魔剣「相手の特性、防御力、耐久力を瞬時に見極め、余分なことは一切やらない。わたしの見た限りでは、ほぼ完璧な戦闘だったわ」
魔剣「どう? これで証明できたかしら」
勇者「あー、そうだな。忌憚の無い意見を言わせて貰うと、全っ然駄目だ。まるでわかってない」
魔剣「そんなっ!?」
勇者「知識と観察力はあると思うけどさ。分析力は皆無だ」
魔剣「……何が間違ってたのよ」
勇者「まず、火炎魔法や氷結魔法を使わなかった理由だけどさ」
魔剣「ええ」
勇者「使わなかったというより、使えないんだ。俺が使えるのは爆炎魔法だけ」
魔剣「……はい?」
勇者「パワーも調節したんじゃなくて、あれが精一杯」
魔剣「……」
勇者「最後の斬撃については……言うまでも無いな?」
魔剣「……えっと、」
勇者「その程度の洞察力でよく伝説の勇者のお供が務まったよなあ。ははっ。まあお前短剣だし、メインウェポンではなかったんだろうけどさ」
魔剣「いやちょっと待ちなさいよ! あれが精一杯って、そんなのでどうやって魔王を倒すつもりなのよ! しかも1人きりで!?」
勇者「それはまあ……その時までに経験を積んで、強くなって……」
魔剣「なにこの無理ゲー」
勇者「っていうかさ。……いないんだ。俺くらいしか。魔王とまともに戦えそうな奴が」
魔剣「どういうことなの……?」
勇者「お前が生まれた時代がいつなのかは知らないけどさ。俺が聞いた話じゃ、昔は武器とか魔法とか、凄かったんだろ?」
魔剣「……まあ、今のあなたの武器や魔法よりはね」
勇者「でも、今は……平和な時代が長すぎたんだろうな」
魔剣「平和な時代……長い時を経て、戦うための技術が衰えてしまったということ?」
勇者「人もな。伝説の中で語られてるほどの戦士や魔法使いなんて、全然いないんだ。みんな平和ボケしちまって……」
魔剣「でも、兵士くらいはいるのでしょう?」
勇者「いるけど、防戦一方だ。魔物の侵攻をなんとか食い止めてる状態」
魔剣「厳重に警護されているはずの王女がさらわれたりするなんてどういうことかと思っていたけれど、そう……そういうことだったのね」
勇者「うん、まあ、そんな感じ」
魔剣「だったら、異世界の戦士や武器を召喚するとか……」
勇者「そういう高度な魔法技術がもう無いんだってばよ」
魔剣「あ……そうね。つまり、今で言う強力な武器とは、わたしのように保存魔法によって残されていた過去のものしか存在しないと」
勇者「お前は別に強力な武器でも何でもないけどな」
魔剣「むっ。なんだか馬鹿にされてるような気がするわ」
勇者「いや、喋れる剣ってだけでも充分凄いのはわかってるけどさ……っと、余計なお喋りはここまでだ。目的地が見えてきたぞ」
魔剣「あの洞窟?」
勇者「うん。俺の調査結果が正しければ、あそこに王女様が囚われてる筈だ」
魔剣「ふむ。洞窟……となると、そろそろわたしの出番かしら」
勇者「どういうこと? ……中は真っ暗だな。少なくとも入り口付近に灯りの類はついてないようだ」
魔剣「ふっ。その言葉を待っていたわ。さあ、わたしを抜いて掲げなさい」
勇者「こう?」スラリ
魔剣「ええ」
勇者「……何も起こらないけど?」
魔剣「何をしているの? 早くわたしに光の魔法をかけなさい。道を照らしてあげるわ」
勇者「なるほどこれは便利ってお前ただ掲げられてるだけで何もしてないじゃん。そもそも俺そんな魔法使えないし」
魔剣「そうなの? 残念だわ。戦闘では全然使ってくれないから、せめて松明がわり程度には役に立つところを見せておこうと思ったのに」
勇者「意外と健気なとこもあんのな……いや、松明なら持ってるし、話し相手になってくれるだけで充分だからさ」
魔剣「でも……」
勇者「さっき言ったこと気にしてんのか? ごめんな。もう武器としてのお前を貶すようなことは言わないよ」
魔剣「別に、そんなの全然気にしてないわ。もうすぐわたしの見せ場が来るもの」
勇者「見せ場って、どんな?」
魔剣「洞窟の奥で強敵との戦闘になって、あなたは頑張って戦うのだけれど、その長剣が折れてしまってピンチになるのよ」
勇者「いや折るなよ。これ魔王を倒した伝説の武器として後世に残す予定なんだから」
魔剣「じゃあ折れはしないけれど敵に弾き飛ばされて川に沈んでしまうの。そこでわたしの出番」
勇者「洞窟の奥からどんだけ飛ぶんだよ。それにそんな強敵が相手だったら短剣で戦うのはきついだろ」
魔剣「それは……えっと、あれよ。絶体絶命の危機に追い込まれた時、わたしが、秘められていた真の力を発揮して……」
勇者「えっ、そんなのあんの?」
魔剣「……ふっ。でもだめね。今のあなたではまだ、このあまりにも強すぎる力は制御できない……」
勇者「なんだ無いのか。ちょっと期待しちゃったよ」
魔剣「あっ、あるもん! 秘められた力あるもん! 秘密の力だから見せないけど!」
勇者「キャラ変わってんぞお前!? 子供か! むきになるなよ!」
魔剣「ふん。もういいわ。もう武器やーめた。話し相手だけしかしないわ、もう」
勇者「拗ねるなよ……つーか拗ねても話し相手はしてくれるのな。そういうとこ好きだよ」
魔剣「す、好きって……なに馬鹿なことを言っているの!? け、剣とは結婚できないわよ!?」
勇者「馬鹿はお前だ! 結婚してくれとまでは言ってねえよ!」
魔剣「好きって告白されたら結婚するものだと思っていたわ。わたしの前の持ち主はそうやって結婚していたから」
勇者「まあそうやって結婚したから子孫の俺も存在してるんだろうけどさ。さっきの好きってのはそういう意味じゃねえよ」
魔剣「とは言っても、前の持ち主が結婚したところをわたしは直接見てはいないけれどね」
勇者「そりゃ結婚式に帯剣して行かないだろうよ。いや、でもケーキカットにでも使ってもらえばよかったかもな。ははっ」
魔剣「いえ、わたしが擬似人格を持たされたのはそれより後のことだから」
勇者「ん? 戦いの旅に出たときにはもう既婚だったってことか? 時系列がよくわからん……」
魔剣「そのへんの話、聞きたい?」
勇者「興味はあるけどそんなのは後回しだ。俺たちが今どこにいるか思い出してくれ」
魔剣「今わたしたちが益体も無い雑談に興じている場所は、王女が囚われている洞窟ね」
勇者「憶えてたか。そういうわけだから、静かに行くぞ」
魔剣「ひとつだけ言っておきたいことがあるのだけど」
勇者「なんだよ」
魔剣「爆炎魔法を使っては駄目よ。洞窟の中なのだから」
勇者「うん……やっぱそうだよな……生き埋めになりたくないし。王女様を埋めちゃうのもまずいし」
魔剣「わたしはもう武器やめたからその無口な長剣で頑張って頂戴」
勇者「お、前方に扉発見」テクテク
魔剣「あそこに王女が閉じ込められているのかしら? だとすると逃げられないように鍵をかけてあるわね」
勇者「縛られたりしてれば鍵はかかってないかもな。開けてみよう」
ガチャッ ギィ
勇者「お、開いた。中はかなり広いな。王女様は……と」キョロキョロ
魔剣「見て。あそこに人が」
勇者「どこ? 暗くてよく見えん」キョロキョロ
魔剣「どこに目をつけているのよ。あそこよ、あそこ」
勇者「そう言われても……つーかお前の方こそどこに目がついてんの?」
魔剣「右の壁際、奥の方に少し窪んでいるところがあるでしょう? あそこに人が倒れているわ」
勇者「王女様かっ?」タタッ
魔剣「……これは」
勇者「死んでる……」
魔剣「どういうことなの……?」
勇者「わからんが……この傷跡」
魔剣「巨大な斧のようなもので切り裂かれたような傷ね」
勇者「あるいは鋭い爪のようなもので切り裂かれたような」
魔剣「もしくはバールのようなものでこじ開けられたような」
勇者「いや表現はどうでもいいよ。とにかく死んでるな」
魔剣「ふむ……わからないわね、わざわざ誘拐しておいてなぜあっさり殺してしまったのかしら」
勇者「……何か勘違いしてるみたいだけど、これ王女様じゃないよ?」
魔剣「あら、そうなの? わたしは王女の顔を知らないから勘違いしてしまったわ」
勇者「いや、どう見てもおっさんじゃん」
魔剣「なんかおっさんみたいな王女ね、とか思っていたわ」
勇者「独断で王女様を救出しようとして返り討ちにあった兵士、ってとこかなあ」
魔剣「無謀ね。蛮勇と言った方がいいかしら」
勇者「……故人を悪く言うもんじゃないよ」
魔剣「あなたももうすぐこうなるのかしらね。今のうちに悪口を言っておこうかしら」
勇者「嫌なこと言うねお前」
魔剣「だって、このおっさんがここで死んでいるということは」
グルル…
勇者「殺した相手が近くにいるということに……」
ズシン
魔剣「なるかもしれないわね。たとえばあいつのような」
勇者「あー、あんな感じのドラゴンとかな」
ズシン
勇者「……ってドラゴン!? ドラゴンて! ……ドラゴンって!」
魔剣「うるさいわね。何度も同じ事を言わないで頂戴」
勇者「いやでも……ドラゴンって!」
魔剣「他の言葉を忘れてしまったの?」
勇者「最強クラスの魔獣じゃねえか! どう見ても過剰な軍備だろ! こういうの外交でなんとかできないの!?」
魔剣「あなたもけっこう平和ボケしているわね……。ドラゴンなんてただの大きいトカゲじゃない」
ドラゴン「カエレ……イノチガオシクバ……ヒキカエセ……」
魔剣「ドラゴンが喋った!?」
勇者「さて、偵察という重要な任務は果たしたことだし、そろそろ戻ろうか」スタスタ
魔剣「任務は王女の救出ではなかったの?」
ドラゴン「……」ギロッ
勇者「あー、うん。『救出したかったらしてもいいよ』とか言われたような気もするかなあ……はは」スタスタ
魔剣「なんかわたしが知ってる勇者と違う」
勇者「やっぱやるしかないのかなあ……」
魔剣「わたしのアドバイス通りにやれば勝てるわよ」
勇者「どうやんの?」
魔剣「まずはその長剣を使って斬りかかるの。でも長剣は折れてしまって、」
勇者「そういうのはアドバイスとは言わん。つーかなんでそんなに剣折りたいんだよ」
魔剣「じゃあ真面目にアドバイスするわ。まず、ドラゴンと戦う上で最も脅威になるのは口から噴き出す灼熱のブレスよ」
勇者「首の向きに注意して、射線上から外れる動きをしろってことかな。難しそうだ」
魔剣「なんとか避けながら接近して、顎の下から口を串刺しにしてやるの。その長剣でね。それでブレスは封じられるわ」
勇者「なるほど。口を開けられなくしてやれば牙の攻撃も防げるな。まだおっさんを殺したと思しき爪の攻撃もあるけど」
魔剣「あとは尻尾による攻撃もあるかしら。それもなんとか避けながら、今度は目を剣で突いてやるのよ」
勇者「剣は口に刺さったままだけど?」
魔剣「わたし、わたし」ワクワク
勇者「武器やめたんじゃなかったの?」
魔剣「ふっ。まあ、もう引退した身ではあるけれど? あなたがどうしてもと言うなら現役に復帰してあげてもいいわ」
勇者「うーん、まあ、それでいくしかないか」
魔剣「目を潰した後は、相手はあなたの動きを正確には捉えられなくなるから、長剣の方を引っこ抜いて、間髪入れずに首を斬り落とす」
勇者「なるほど。じゃあその手でいくか」
魔剣「うまくいきそうになければ最小のパワーで爆炎魔法を使って目眩ましをするという手もあるけれど。洞窟が崩れない程度に」
勇者「それは切り札としてとっておくか……なんか怖いし」
魔剣「これで作戦はまとまったわね。さあ行きましょうか。ドラゴン・スレイヤーの称号を得に」
ドラゴン「グオオオオ!」ゴオオオオ
魔剣「避けて! 鉄をも溶かす灼熱のブレスよ。まともにくらったら骨も残らないわ」
勇者「うわっとお! ……ブレスに炙られた岩は溶けてないみたいだけど?」タタタ
魔剣「……岩は溶けないけどかなり熱いブレスよ。まともにくらったらすっごい火傷をするわ」
勇者「くそっ……『爆炎』!!」ピロリロリンッ
ドカーン!
魔剣「なにいきなり爆炎魔法使ってるのよ! しかもパワーの調整も無しでっ!」
ガラガラッ
勇者「岩がっ! おわっ! 上から岩が降ってくる!」
ガンッ
ドラゴン「……」クラクラ
勇者「あ、ドラゴンの頭に直撃した」
魔剣「今よ!」
勇者「うおおおおお!!」ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!
魔剣「これはひどい」
勇者「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
魔剣「大丈夫?」
勇者「なんとか……」ハァハァ
魔剣「少し予定とは違ったけれど、これであなたもドラゴンスレイヤーね」
勇者「ごめん。お前を使ってやれなかったな」
魔剣「少々不満ではあるけれど勝ったから許すわ。あなたのことはこれからドラスレって呼ぼうかしら」
勇者「なんか聞いたことあるような略し方だな。なんかとかぶってるような気がするからその略し方はやめとこう」
魔剣「じゃあ、ドラゴンスレイヤーだから、真ん中へんをとってゴンス」
勇者「語感が悪いなあ」
魔剣「最初と最後をとってドライヤー」
勇者「もう何でもいいよ……その称号は俺じゃなくてこの長剣の方に与えてやってくれ」
魔剣「折れなかったわね、それ」
勇者「ひょっとして嫉妬してんの?」
魔剣「別に。わたしは人工知能なのだから、予め決められたパターンに従って会話を組み立てているだけだわ」
勇者「その会話パターン作った人にちょっと話があるんだけど」
魔剣「もうとっくに死んでしまったわ」
勇者「ですよね」
魔剣「さあ、行きましょう。王女がお待ちかねよ」
勇者「ごめん……もうちょっと休ませて……」
魔剣「だらしないわね。ドラゴンスレイヤーではあるけれど駄目なスレイヤーだわ。駄スレだわ」
勇者「この人工知能を作ったのは誰だあっ!」
魔剣「しかたないわね。体力が回復するまでの間に、そのへんのことを話してあげましょうか?」
勇者「ああ、聞きたいね。お前がただパターンに従うだけの人工知能とは思えん。感情表現が豊かすぎる」
魔剣「じゃあ話してあげるわ。少し重い話になるけれど」
勇者「そういうのはちょっと苦手だなあ」
魔剣「実は、わたしを作った人はすごく太っていてね」
勇者「ベタすぎるわ! そういうジョークは要らねえよ」
魔剣「じゃあ真面目に話すわ。少し悲しい話になるのは本当よ」
勇者「うーん……鬱展開とかはちょっと」
魔剣「だったらあまり重くならないように、概要だけさらっと話そうかしらね。わたしと、過去の勇者の物語を」
魔剣「わたしの人格は、擬似人格ではあるけれど。声や話し方、性格などは実在の人物を元にしているの」
魔剣「勇者とともに旅をし、魔王と戦ったパーティの一員でね。強力な攻撃魔法を操る魔法使いだったわ」
魔剣「勇者と魔法使いは相思相愛の関係で。魔王討伐という使命を成し遂げた後、ふたりは結ばれてめでたしめでたし」
魔剣「よくあるおとぎ話のような結末ね。でもお話と違ってその後もふたりの人生は続くわけで」
魔剣「不幸なことに、勇者はその妻に先立たれてしまったの」
魔剣「勇者は嘆き悲しみ、せめてもの慰めとして、亡き妻の声を持つインテリジェンスソードの製作に心のよりどころを求めた」
魔剣「勇者がインテリジェンスソード製作のベースとして選んだのは、妻が生前に愛用していた武器。それが、わたし」
魔剣「当時の魔法技術でも、意思を持つ魔剣の製作は簡単ではなかったわ」
魔剣「既に故人となった者の声や人格を再現するというのも成功への妨げになったようね。でも勇者は凄まじい執念でそれを成し遂げた」
魔剣「それほどまでに亡き妻への愛が深かったのでしょうね。ただの人工知能。まがい物の、代用品でしかなかったけれど、」
魔剣「勇者は妻とともに過ごすはずだった、失われた時間を埋めようとでもするかのように、わたしにいろいろな思い出話を聞かせてくれたわ」
魔剣「夜が来ると、宝箱の中からわたしを取り出して。ときには懐かしげに微笑みながら。ときには寂しげに涙ぐみながら」
魔剣「やがて勇者にも妻のもとへと旅立つときが来て。わたしを愛しそうに胸に抱いたまま、永遠の眠りについた」
魔剣「残された勇者の家族によって封印の魔法をかけられ、わたしもまた長い眠りについたの」
魔剣「そして現在に至る……と。簡単な説明だったけれど、これでわかってもらえたかしら、わたしという存在が。少し悲しい話だったでしょう?」
勇者「うっ……ふぐっ……うわぁああああん」
魔剣「号泣してるっ!?」
勇者「だって……勇者が……魔法使いが……かわいそうで……」ポロポロ
魔剣「そうね。でも、亡くなってしまったのは不運だったけれど、幸せだったと思うわ。わたしの元になった魔法使いは」
勇者「そうなのかな……?」グスン
魔剣「ええ。だってそれほどまでに愛されていたのだもの。生前には何百年分もの幸せを享受していたに違いないわ」
勇者「戦いの旅が終わって、結婚して、子供も当然いたってことだよな。俺の直系の先祖なんだろうから」
魔剣「そうね」
勇者「ということは、戦いの中で命を落としたってわけではないのか」
魔剣「ええ。ベッドの上で、愛する夫に看取られながら、眠るように静かに息を引き取ったと聞いているわ」
勇者「……そっか。よかった、と言うのは変だけど、せめてもの救いだな」
魔剣「そうね。詳しい死因までは聞いてないけれど、80年も連れ添った夫婦の別れなのだから、最後は静かに、」
勇者「死因は老衰だよ!」
魔剣「あら。人間の寿命って意外と短いのね」
勇者「なんだよ! めっちゃ長生きしてるんじゃん! 泣いて損した!」
魔剣「いえ、でも、すごく悲しんでいたわよ? わたしの前の持ち主は」
勇者「あー、まあ……そんな爺ちゃん婆ちゃんになってもそこまで深く愛してたってんだから、本当に仲のいい夫婦だったんだろーなあ……」
魔剣「いい話ね。まあそんなわけで、わたしには人間とたいして変わらないような感情表現をする機能が備わっているのよ」
勇者「なるほど……でもさあ、それならお前より、魔法で動く人形とか作って、そいつにその機能をつけた方がよかったんじゃないか?」
魔剣「当時の魔法技術なら、頑張ればそういうこともできなくはないのかもしれないわね」
勇者「なんでそうしなかったんだろう」
魔剣「そこまでは知らないけれど、なんか怖いからじゃないかしらね。人形って」
勇者「うーん、そういやそうか」
魔剣「美談のはずが怪談になりかねないわ」
勇者「っていうかすげー元気な爺ちゃんだな。婆ちゃんが100歳くらいで死んでからお前を作ったりなんやかんやしてたんだから」
魔剣「ええ。素敵な人だったわ。あなたにも同じ血が流れているのだから、きっとこれからもしぶとく生き残れるわね」
勇者「かもな……ちょっと勇気が湧いてきた。よし、そろそろ行くか」
魔剣「ええ。既に最大の障害は取り除いたと見ていいと思うけれど、慎重にね」
勇者「また扉だ。ここかな?」
魔剣「鍵は?」
勇者「……かかってるな」ガチャガチャ
魔剣「開錠の魔法を」
勇者「使えると思うか?」
魔剣「どうするの?」
勇者「ん、これくらいの鍵なら、このキーピックで」カチャカチャ
魔剣「そんなので開くのかしら」
勇者「まあ見てろって……ほら開いた」ガチャン
魔剣「変なところで優秀なのねあなたって。盗賊の方が向いてそうだわ」
勇者「ここにいるのかなっ……と」ギイ…
「……誰ですか?」
魔剣「いたわね」
「人間の方……ですか……?」
勇者「なにこの異常に綺麗な人」
魔剣「王女でしょう?」
勇者「ああ、うん、たぶん、というか間違いない。美しさもとんでもないけどこの気品、優雅な物腰……見てるだけで気圧されそう」
魔剣「なに見蕩れているのよ。さっさと跪いて挨拶しなさい」
勇者「あっ、そ、そうか。えー、勇者と申します。お、王女様を助けに、いえ、お救いに、えっと救出に参りました。えーと、その……」
魔剣「しどろもどろってこういうのを言うのね」
王女「あっ、いえあの、わたしごときにそんなご丁寧な挨拶っ、痛み入りますっ。わっ、膝が汚れてしまいますっ。何か拭くものを……」ペコペコ
勇者「なんでそんなに腰が低いんですかっ!?」
魔剣「意外と気さくそうな人だわ」
勇者「……えっと、王女様ですよね?」
王女「はっはいっ。王女ですっ。本当ですっ。何か証明できるものは……」オロオロ
勇者「……もしかして、影武者の方とか?」
王女「いえっ、本物ですっ。ど、どうすれば信じていただけるんでしょうかっ。困りましたっ」アセアセ
勇者「あ、いや……どっちにしても本物と信じておいた方が都合がよさそうだし……信じますよ」
王女「そうですかっ。よかったです」ホッ
魔剣「さあ、王女様にも無事に会えたことだし、帰りましょう」
勇者「そうだな。では王女様、お城までお送りいたします」
王女「はいっ、ありがとうございますっ」
魔剣「王女様なのになんでこんなに腰が低いのかしら」
王女「わたし、他の王女さんの知り合いとかいませんし……王女らしい振る舞いとかよくわからなくてっ」
勇者「お城の他の方々とお話しする時もそんな感じで?」
王女「はいっ、あのっ、他の方とはあまりお話はしませんがっ。小さい頃から遊び相手になっていただいてる方がおられましてっ」
勇者「はあ。ひょっとして、その方の口調に影響されて、とか……?」
魔剣「そのお友達の立場から見れば話す相手は自分よりはるかに身分が高い人だものね」
王女「あの、わたしの言葉遣い、おかしいでしょうか……」
魔剣「ふむ。あなたの責任というわけではないけれど、王族としての教育がなってないようね」
勇者「おい、失礼だぞ」
魔剣「あら、ごめんなさい。……それで、あなた本当は何者なの?」
王女「えっ……」
勇者「なんだ、まだ疑ってるのか?」
魔剣「ええ、疑っているわ。おかしいと思わないの?」
勇者「何がだよ」
魔剣「さっきからわたしが喋っているのに、驚きもせず平然とした態度」
勇者「そういえば……普通の人間なら剣が喋りだしたら驚くはず……俺がそうだったように……」
魔剣「そう。普通の 人 間 ならね。わたしのような 人 工 知 能 なら別でしょうけど。さて、この王女様はどうなのかしら?」
勇者「……王女様。なぜ驚かないんですか? こうして剣が喋っているのに」
王女「いえ、わたし、剣にはあまり詳しくないですから、そういうものなのかと。喋らない剣もあるんでしょうか?」
勇者・魔剣「「単なる世間知らずかよ!」」
王女「ううっ。世間知らずでごめんなさいっ」ペコペコ
勇者「あ、そうだ。忘れてた。王女様、これを」
王女「この袋は?」
勇者「変装用の服が入ってます。その格好では目立ちますから、普通の平民に見える服を用意してきました」
王女「はい、わかりましたっ。えっと、どこで着替えれば……」キョロキョロ
勇者「俺はここから出て扉の向こうで待ってますから、ここで着替えて、終わったら声をかけてください」
王女「はいっ」
勇者「では」バタン
王女「……」ヌギヌギ
王女「……」スルッ ポロリンッ
王女「……」スルスル パサッ
勇者「扉越しに衣擦れの音が聞こえてなんか悩ましい」
魔剣「興奮して鼻血吹いたりはしないで頂戴。戦闘で使われてもいないのに血まみれになりたくないわ」
王女「……」ガサゴソ
王女「……?」ガサゴソ
王女「あの、勇者様」
勇者「あ、終わりました?」
王女「わわっ! まだですっ! まだ開けちゃ駄目ですっ! 今が一番開けちゃ駄目な状態ですっ!」
勇者「あ、はい……どんな状態なんだろう……どうしました? 何か問題でも?」
王女「はい、あの、この袋には下着が入ってないようなんですがっ」
勇者「いや下着はそのままでいいですよ!? 変装のための着替えですから!」
王女「えっ? あっ、そうですかっ。そうですよねっ。なんでわたし、下着まで脱いじゃったんでしょうかっ///」
魔剣「たしかに一番開けちゃ駄目な状態ね」
勇者「ということは、今、王女様は……///」ゴクリ
魔剣「全裸の美少女が扉一枚隔てた向こう側にいるというだけでそんなに興奮できるなんて、若いっていいわね」
勇者「うるせえ。そりゃお前は100歳くらいの婆ちゃんを元に……ん? そのわりには声も可愛らしいし、なんか子供っぽいよなお前」
魔剣「だってわたし、あの人の妻が若かった頃を再現して作られているもの」
勇者「やっぱりその爺ちゃんも若い娘の方がよかったんだ……」
魔剣「厳密に言うとわたしの元になっているのはあの人の記憶の中の妻だから、多少美化されているかもしれないわね」
勇者「美化してもこんな性格か」
魔剣「でも、本当にあの王女を連れて帰って大丈夫なのかしらね」
勇者「まだ言ってるのか」
魔剣「だって、わざわざ手間をかけて誘拐した目的を考えると。替え玉とか、あるいは洗脳した状態で送り返すとか」
勇者「じゃあ、俺がこうして救出するのも敵のシナリオ通りってことに……?」
魔剣「まだわからないけれど。帰り着くまでの道中でよく観察して見極める必要があるわね」
勇者「ではさっそくこの扉を開けて観察してみよう。俺の鋭い観察力で正体を暴いてやる」キリッ
魔剣「やりたいのならやれば? わたしは止めないわよ」
勇者「いや、冗談だよ……さすがに王女様相手にそんな恐れ多いこと」
魔剣「王女じゃなければやるのかしら。それにしても見た目はともかく、全然王女っぽくない王女様ね」
勇者「影武者が誘拐されてそれをさらに替え玉にすりかえて送り返されてたら笑うよな」
魔剣「笑い事で済まないような気もするけれど、でも偽者ならむしろもっと本物っぽく見えるような演技でもしそうなものよね」
王女「ううっ。王女らしくなくてすみませんっ。でも本当に本物なんです……」
勇者「聞いてたんですかっ!? いえ、こちらこそ失礼なことをっ」
魔剣「それは、まあ……扉越しとはいえ、向こう側の衣擦れの音が聞こえるくらいなのだから、こちらの声も聞かれているわよね……」
勇者「ひょっとして、全部……? うわああああ! ごめんなさい! すいません! できればさっきの不埒な発言は聞かなかったことにっ!」
王女「あの、着替え、終わりました」ガチャッ ギイッ
勇者「……あ、は、はい。では行きましょうか」テクテク
魔剣「これでもう王女っぽい要素は微塵も無くなったわね」
勇者「おいやめろ。王女様がめっちゃお凹みになってあらせられるぞ」
王女「いえ、でも、あの……証明できるかもしれません。わたしと両親くらいしか知らないような話をすれば」
魔剣「ふむ。それが本当かどうかは帰り着くまで確認のしようもないけれど。いいわ。言ってみて頂戴」
勇者「なんで王女様より剣の方が偉そうな態度なんだろう」
王女「はい、では、さっきお話しした、小さい頃からわたしの話し相手になっていただいていた方の話なんですがっ」
魔剣「ええ」
王女「剣なんです。その方も。だからわたし、剣って喋るのが普通なのかと……」
勇者「なるほど、それで……って、ええっ!?」
魔剣「わたしと同じ、人語を解す魔剣……?」
勇者「伝説の中にしか存在しないと思ってたインテリジェンスソード……こいつの他にもあったのか」
王女「はいっ、帰ったらおふたりにも紹介しますっ。剣同士ですから、そちらの剣さんとはいいお友達になれるかもしれませんっ」
魔剣「わたしのことは剣ではなく魔剣と呼んで頂戴」
勇者「ふぅ……ようやくあの洞窟から最寄りの町まで辿り着いた。王女様を守りながら戦うのはけっこう大変だったな」テクテク
王女「ううっ。足手まといになってしまってすみませんっ」ペコペコ
勇者「あ、いえ、王女様であり戦闘要員でもあるとかいう超絶ハイスペックなんて期待はしてませんから、気にしないでください」
魔剣「王女らしい威厳も無いけれどね」
王女「威厳ですか……えっと、じゃあ、やってみますっ。……女王様とお呼びっ!」
勇者「王女様ですよね!?」
王女「わっ、間違えましたっ。お、王女様とお呼びっ!」
勇者「最初からそう呼んでますが……」
魔剣「なんかいろいろ間違っているような気がするわね。というか、王女様とは呼ばない方がいいと思うのだけれど」
勇者「あ、そうか。せっかく目立たないように平民っぽく変装してるんだし、偽名とか……」
王女「はあ。では、えっと、わたしのことはオードリーとでも呼んでくださいっ」
勇者「ではそのように。こちらの言葉遣いも変えますから、無礼ではありますがご了承ください」
王女「はいっ。全然かまいませんっ」
勇者「敬語とか使い慣れてないから俺もその方が楽でいいや。つーか魔剣、お前もあんまり喋るな。町の人にいちいち驚かれるとめんどくさい」
魔剣「今夜は宿に泊まるのでしょう? 変装には必要無いとはいえ下着くらいは買っておくべきだわ」
王女「あの、でも、わたし、お金を全然持ってなくてっ」
勇者「金は俺が出すけど……買い物のしかたとか、わかる?」
王女「お買い物ですか。したことありませんが、どうすればいいんでしょうかっ」
魔剣「あなたもいっしょに店に行って買えばいいじゃない」
勇者「下着をか? うーん……まあしょうがないか……」
アリガトウゴザイマシター
勇者「めっちゃ恥ずかしかった……」
魔剣「店員にはどんなふうに見えていたのかしらね。若い男女が一緒に下着を買いに来るって」
王女「すみません、わたしのせいで恥ずかしい思いをさせてしまって……でも、初めてのお買い物、楽しかったですっ」
勇者「楽しんでもらえて何よりだよ」
王女「お城からほとんど出たことがありませんから、こうして町を見ているだけでも楽しいですっ」
勇者「じゃあ、宿に行く前にちょっと町を見て回ろうか」
王女「いいんですかっ? 嬉しいですっ」
王女「あっ、あの家の庭には鶏が2羽いますっ。生きてる鶏を絵本以外で見たのは初めてですっ」
王女「わっ、こんな道端でお店をやっている人もいるんですねっ。生麦や生米や生卵を老若男女様々な人が買ってますっ」
王女「わわっ、猫さんが3匹いますっ。家族でしょうかっ? 可愛いですねっ。にゃんこ子にゃんこ孫ま、にゃんこですっ」
魔剣「……楽しそうね。世間知らずのお姫様」
勇者「うん……こんなありふれた町の風景でも、別世界のように見えてるんだろうなあ……」
王女「すごいですっ、あんなの初めて見ましたっ」「あっ、こっちにも珍しいものを発見しましたっ」「わっ、あそこにも……」
勇者「めっちゃはしゃいでるなあ。まあ、喜んでもらえてよかった」
王女「あっ、勇者様、あれは何でしょうか? 食べ物を売ってるようですがっ」
勇者「串焼きの屋台だな。肉は何だろう、鶏かな」
王女「こんなふうに外で食事をする方もいらっしゃるんですねっ」
勇者「そういや腹へったな。食べていこうか」
王女「ほんとですかっ? 鶏は食べたことありますが、こんなのは初体験ですっ。どきどきですっ」
勇者「庶民が食べるようなものだから口に合うかどうかわかんないけどね」
王女「男の人と2人きりで食事をするのも初めてですから、そういう意味でもどきどきですっ」
魔剣「わたしの存在を忘れられてるような気がするわ」
勇者「2部屋で100Gか……」
宿屋「すいませんね。こんなご時勢だから宿屋の商売も上がったりってやつで。料金を高くしないとやっていけないんですよ」
王女「あっあのっ、わたしにはよくわかりませんが、2部屋で100Gなら1部屋に2人で泊まれば50Gで済むんじゃないでしょうかっ」
宿屋「ええ、その通りですよ。食事は別料金ですけど」
勇者「いや、でも、男女で同じ部屋に泊まるのは、ちょっと」
王女「わたしは全然かまいませんからっ。それに、ひとりでは不安で……」
勇者(そっか、さっきはあんなにはしゃいだりもしてたけど、考えてみたらめちゃくちゃ怖い思いもしてたんだよなあ、誘拐されたんだから)
王女「世間知らずですから、備え付けのものの使い方がわからずに壊してしまったりしないかと不安でっ」
勇者「そっちですか……。修理代請求されたりするのも嫌だし、じゃあ、まあ、1部屋で。はい、50G」
宿屋「では、201号室で。これ部屋の鍵です。……うまくやりなよ(ヒソヒソ」
勇者「えっ、いや、そんなんじゃ……行こうか、王j……オードリー」
王女「はい、えっと、うーん……」
勇者「何考え込んでんの? やっぱり2部屋の方がよかった?」
王女「あ、いえ、行きましょうバナージ」
勇者「俺の名前も考えてくれてたのね……。必要無いような気もするけど」
王女「こんな部屋に泊まるのは初めてですっ。あっ、あのドアは何でしょうかっ」トテテテ
魔剣「部屋に入ったからやっと自由に喋れるわ」
勇者「けっこう喋ってた気もするけどなお前。まあ傍に王女様がいればお前が喋ってるとは気づかれにくいと思うけど」
王女「勇者様っ、たいへんですっ。この部屋、お風呂がひとつしかありませんっ」
勇者「いや、普通そうですから……部屋に風呂がついてない宿屋もありますよ。大浴場みたいのがあるだけで」
王女「はあ。その場合は、他のお客さんといっしょに入ったりするんでしょうか?」
勇者「そういうことですね」
王女「なるほど、わかりましたっ。わたし、男の人といっしょにお風呂に入るのも初めてですから、恥ずかしくてどきどきですっ///」
勇者「いやそういうことじゃないですよ!? この場合は1人ずつ順番に入ればいいだけの話ですからっ!」
王女「えっ? あっ、そうですよねっ。勘違いしてましたっ。恥ずかしいですっ」
勇者「ちなみに大浴場でも普通は男女で分かれてますから」
魔剣「馬鹿ね。黙っておけば王女様と一緒に入れたのに」
勇者「うわあああああしまったああああああ……ってそんなことしないよ……」
魔剣「そんなことよりベッドが1つしか無いことの方を気にするべきじゃないのかしら」
勇者「いや、それは別に……俺は長椅子の上ででも寝ればいいしさ」
魔剣「あら。人間はベッドの上で寝るものだと思い込んでいたから他の方法なんて考えもしなかったわ」
勇者「お前けっこう思考に柔軟性が欠けてるとこあるよな。所詮は人工知能か」
王女「あっあのっ、勇者様はお疲れでしょうからベッドで寝てくださいっ。わたしが長椅子の方で寝ますからっ」
勇者「王女様は柔軟すぎですっ! そんなわけにはいかんでしょうが常識的に考えてっ!」
王女「ううっ。また怒られちゃいましたっ」
勇者「いや、怒ってるわけでは……お気持ちは嬉しいですよ。優しいんですね」
王女「ほめられましたっ」
魔剣「わたしだって優しいわよ」
勇者「なんで対抗意識出しちゃってんだよお前は」
魔剣「あなたは疲れているでしょうからベッドで寝なさい。わたしは長椅子で寝るから」
勇者「しかも王女様のまるパクリか! つーかそれおかしいだろ! 王女様を床で寝かせるつもりか!」
王女「わっわたしは別に床でもっ」
魔剣「何ならわたしがベッドで」
勇者「わけわかんねえ! その絵面を想像してみろ! シュールにも程があるわ! ああもうめんどくせえ! さっさと風呂入って寝るぞ!」
魔剣「怒られてしまったわ」 王女「怒られちゃいましたっ」
宿屋「ゆうべはおたのしみでしたね」
勇者「あーはいはい、楽しかったですよー。さあ、帰るぞ」スタスタ
王女「はいっ。わたしも楽しかったですっ」トコトコ
魔剣「わたしも楽しかったわ。床で寝かされたこと以外は」ヒソヒソ
勇者「いやだってお前剣だし……」ヒソヒソ
宿屋「いいなあ、あんな可愛い娘と。あっそうだ、恋人同士がなんやかんやする用の宿に商売替えしようかな。うん、その方が儲かりそうだ」
王女「この町ももう見納めですねっ。なんだか名残惜しいですっ」キョロキョロ
勇者「なあ魔剣、これほどまでに世間知らずってことは、もう本物の王女様と思っていいんじゃないか?」ヒソヒソ
魔剣「まだ結論を出すのは早いと思うわ。まだ誘拐の目的も不明だし」
勇者「誘拐の目的か。普通に考えたら人質とって脅迫するとかだろうな。もう助け出しちまったからどうでもいいような気もするけど」
魔剣「どうでもいいかどうでもよくないかで言えば誘拐の目的も本物かどうかも何もかもどうでもいいわ。わたしにとっては」
勇者「最初からリアクション薄かったしな……実際に会ってからも、なんか王女様に対して冷たいような気もするし」
魔剣「別に嫉妬しているわけではないわ」
勇者「やっぱり嫉妬してたのか。可愛いなお前」
魔剣「違うと言ってるでしょう。まだ信用してないだけよ。どうでもいいけれど」
王様「勇者よ。よくぞ大役を果たし、無事に戻った」
勇者「はっ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じます(こんな感じの答え方でいいのかな)」
王の側近「そうそう。ちゃんと教えた通り、無礼のないように振舞えよ」ヒソヒソ
王様「この国の王として。それ以上に1人の父親として、心から礼を言うぞ。勇者よ」
勇者「はっ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じます(あっまた同じこと言っちゃった。まあいいか)」
王様「うむ。まあ、そんなに固くならなくていいぞ」
勇者「はっ?」
王様「こういうの慣れてないだろ?」
勇者「ええ、まあ。こんなふうにお城に来る機会もあんまり無いもんで」
王様「わしも堅苦しいのあんまり好きじゃないし。とにかくありがとうな、娘助けてくれて」
勇者「いやあ、当然のことをしたまでですよ。まあ途中でドラゴンが立ちふさがったりもしましたけど俺ならそんなん超余裕ですし」
王様「こやつめハハハ」 勇者「ハハハ」
側近「せっかく礼儀作法を叩きんだのに……」
王様「で、だ。何か褒美をとらせようと思うんだけど、何がいい?」
勇者「いえ、報酬はもう側近さんから頂きましたから」
王様「それは知ってるけどさ、もっと何か無いの? 大事な一人娘を助けてもらって、金を払うだけじゃわしの気が収まらんのよ」
勇者「そう言われましても、今は特に欲しいものとかは……」
王様「地位や権力的なものとかさ」
勇者「正直そういうのはめんどくさいです」
魔剣「くれるものは何でも貰っとけばいいのに」ボソ
勇者「こら、お前は喋るな」ヒソヒソ
王様「地位や権力に興味が無いなら、女は? 何ならわしの娘を嫁にしてもいいよ」
勇者「たいへん魅力的なお話だとは思いますけど、その場合、地位と権力もついてきちゃうんじゃないですか?」
王様「うん。そうなったらお前、わしの息子ってことになるからね」
勇者「光栄ですけど、それはちょっと」
王様「そんなに嫌なの? 偉い人になるの」
勇者「いやそこまで嫌ってほどでもないですけど、なんかめんどくさいです」
王様「わしの娘、おっぱい大きいよ?」
勇者「謹んでお受けいたします」キリッ
魔剣「いいの? それで……」
勇者「あっいや、すいません。前言撤回します。少し考えさせてください」
王様「うん、考えといてよ。わしも世継ぎのこととか考えとかなきゃいかんしさ。それはそれとして、他に何か望みは無い?」
勇者「うーん……じゃあ、魔王を倒すための武器とか、なんかいいの無いですかね」
王様「お前が持ってる魔力を帯びた長剣と同じようなのなら宝物庫に行けばあるかもなあ。でもそんなたいしたもんは無いよ」
魔剣「わたしを超えるほどの名剣はここには無いということね」
勇者「喋るなって。あ、それで思い出した。王女様から聞いたんですけど、このお城にも喋る剣があるんですよね?」
王様「うん、あるよ。でもあれは娘のお気に入りだから、譲っていいかどうかは娘に聞いてみないとなー」
勇者「いえ、譲っていただかなくてもいいんですけど、ちょっと会わせていただけたらいいなー、なんて」
王様「じゃあちょっと待って、娘呼ぶから。おい、側近」
側近「はっ。仰せの通りに」
王様「そうそう、言うの忘れてたけど娘がお前のこと、えらく気に入っちゃっててね」
勇者「マジっすか」
王様「マジマジ。だからさっきの話、ちゃんと考えといてね。わしの方もお前だったら安心して娘も国も任せられるし」
勇者「娘さんの方だけなら喜んでお引き受けするんですけど国の方はちょっと重いっす……」
王女「勇者様っ」トタタタ
勇者「あ、どうも、王女様。例の喋る剣のことなんですが……」
王女「はいっ、ご紹介しますっ。わたしの自室までご案内しますので、こちらへどうぞっ」キラキラ
魔剣「気のせいかしら、完全に恋する乙女の瞳になっているように見えるのだけれど」
勇者「……そんなことの前に言うことがあるんじゃないのか?」
魔剣「時候の挨拶とか?」
勇者「いや、しかたがないこととはいえ、王女様のこと偽者じゃないかとか疑ってたじゃん。もう本物だってことは証明されたんだからさ」
魔剣「ふむ。『本当に本物だったのかよ!』ってツッコミ入れとくべきだったかしら」
勇者「ちげーよ。王女様、疑ったりして済みませんでした」
王女「いえ、全然大丈夫ですっ。わたしの方こそ、本物なのにこんなんですみませんっ」ペコペコ
勇者「いや……この部屋ですか?」
王女「はいっ。どうぞお入りくださいっ」ガチャッ
「あっ、王女様っ。おかえりなさいっ。お客様ですか? 王女様以外の人間さんとお会いするのは久しぶりですっ」
勇者「……確かに短剣が喋ってるな」
魔剣「……確かに王女様と似たような喋り方ね」
王女「ごめんなさいっ。キャラがかぶっててすみませんっ」ペコペコ
短剣「……そして現在に至る……というわけですっ」
勇者「ふむ。つまりあんたは、過去の勇者によって擬似的な人格を与えられた存在で……」
魔剣「そのベースになっているのは、勇者とともに旅をした僧侶と、その僧侶が生前に愛用していた武器であると」
勇者「どっかで聞いたような話だなあ! ひょっとしてわりとよくある話だったりするの!?」
魔剣「そうなのかしらね。まあ、話を聞く限りではそちらの元ご主人様よりわたしの前の持ち主の方がかっこいいけれどね」
短剣「なっ……わ、わたしのご主人様だってかっこよかったですっ!」
勇者「いや、どっちも爺さんだろ?」
魔剣「ふん。年老いてはいたけれど素敵な老紳士だったわ」
短剣「わたしのご主人様もそうでしたっ。上品で、知性的で、素晴らしい人格者でしたっ」
魔剣「今のこの勇者のかっこよさを1勇者とすれば、わたしの前の持ち主は100勇者くらいのかっこよさだったわ」
短剣「わ、わたしの方は200勇者くらいのかっこよさでしたっ!」
魔剣「嘘ね。わたしが100と言ったから200と言っただけでしょう? だいたいあなた、この勇者のことなんかよく知らないじゃない」
短剣「ううっ。図星をつかれちゃいましたっ。悔しいですっ」
勇者「俺の方が悔しいわ! 俺を単位にして言い争うのはやめろ! しかもけっこう細かい単位に使われちゃってるじゃん!」
魔剣「うるさいわね。口を挟まないで頂戴。この小生意気な短剣を凹ましてやってから聞いてあげるから」
勇者「俺が一番凹むっつーの。小生意気な短剣なのはお互い様だし。そもそもお前の方が先に喧嘩売ったんだろーが」
王女「あっあのっ、喧嘩はだめですっ。なかよくしてくださぁいっ」オロオロ
勇者「つーかさ、そっちの短剣……紛らわしいな。僧侶が使ってた武器って話だから、聖剣とでも呼ぶか」
聖剣「聖剣ですか。なんだかかっこいいですっ」
魔剣「む……魔剣と聖剣って言われると、なんだかわたしが悪役みたいだわ」
勇者「聖剣の方のご主人様も勇者と呼ばれる人だったんだろ? だったらその人も俺のご先祖様ってことになるよな?」
王女「そうですねっ。だとすると、聖剣さんと魔剣さんも親戚のようなものってことになりますっ。生みの親が同じ家系の方ですからっ」
勇者「同じ家系っつーか、ひょっとして同一人物だったりしない?」
王女「その場合は、おふたりは姉妹ということに……」
勇者「お前らの元の主人のパーティ編成ってどんなんだった?」
魔剣「勇者、魔法使い、戦士、僧侶よ」
聖剣「勇者様、僧侶さん、戦士さん、魔法使いさんですっ」
勇者「ほら」
魔剣「でもわたし、こんな剣知らないわ」
聖剣「わたし、魔剣さんとお会いした記憶はありませんっ」
勇者「そっか……まあどうでもいいか。今の持ち主は魔剣が俺で、聖剣は王女様だ。張り合うなら今の持ち主の方でやれ」
魔剣「そうね。しかたないわ。認めましょう。わたしの負けよ」
聖剣「勝ちましたっ。嬉しいですっ」
勇者「どっちにしても俺が凹まされるのか! ちくしょう!」
王女「いえ、とんでもないですっ。勇者様はわたしなんかよりずっと素敵な方ですっ」
勇者「いえいえそんな、王女様の方こそ……とか言い出すときりがなさそうなんで、両方とも素敵な方ってことにしときましょう」
聖剣「でも、もしかしたらわたしたちの他にも喋れる剣はあるのかもしれませんねっ」
魔剣「そうね。魔法使い、僧侶ときたら戦士の人格を持った剣とかもあってもよさそうなものだわ」
王女「そういえば、そんな話を聞いたことがあるような……王家に昔から伝わる予言なんですがっ」
勇者「どんな内容ですか?」
王女「えっと、最後の方が、3本の剣を携えた勇者が邪悪を滅ぼす……とか……ごめんなさい、前半部分が難しい言葉だったので……」
魔剣「それだけではその3本の剣がインテリジェンスソードかどうかはわからないわね」
勇者「その剣という言葉自体、何かの比喩とも考えられるしな。勇者に仕える3人の仲間とか。昔の予言ってそんなん多いだろ?」
王女「でもっ、たしか前半部分は、そのインテル入ってるソードですか、知能を持った剣を表すような言葉だったと思うんですっ」
魔剣「インテリジェンスソードよ。その前半部分って、王様ならちゃんと憶えてるかしらね」
王女「はいっ、わたしはそれをお父様から聞いたので、お父様なら憶えてるはずですっ。ごめんなさい、お役に立てなくてっ」
勇者「いえ、充分です。……もしかしたら魔王を倒すための重要なヒントが隠されてるかもしれない」
王様「うん、憶えてるよ」
勇者「前半部分はどんな言葉なんですか?」
王様「確か、『勝気な傍若無人系美少女、おっとりした癒し系美少女、無口無表情系美少女の心が集う三振りの剣』だったかな」
勇者「うわあ! 王家に伝わる予言にあんまり相応しくない言葉がふんだんに盛り込まれてる!」
王様「いや待て、『無邪気でちょっと頭は緩いけど可愛らしい妹系美少女』だったかもしれん」
勇者「うろ憶えなんじゃん! 当てにならねえ! つーかどっちでもいいわそんなもん! それ単なるあんたの好みじゃねーの!?」
王様「アホ言うな。最近のわしの好みは幼馴染の僕っ娘に決まっとるだろーが」
勇者「知らねーよそんなの!」
王様「いや、現代の言葉にするとそんな感じになるってだけで、原文はもっと仰々しい感じだったと思うよ」
勇者「原文は残ってないんですか? あるいはそれを書き写した書物とか」
王様「残ってないなあ」
勇者「それ絶対、語り継がれるうちに伝言ゲームみたいに原文からかけ離れてる……ちゃんとメモっときましょうよそういう大事そうなことは」
王様「後半部分はちゃんと憶えてるよ。『三振りの剣を携えし勇者、邪悪を滅ぼした』」
勇者「過去形!? 予言ですらねえ!」
王様「いやでも、予言じゃなくても、過去にそれで上手くいったって話なら、真似すればいいんじゃないかなー」
勇者「それはまあそうかもしれませんけど、魔剣から聞いた昔話には剣を3本も持って戦った勇者なんて出てこなかったし……」
王様「どこの海賊だよって話だよなあ。でもまあ一応、全部揃えてみたら? っていうかもう揃ってないか? 三振りの剣」
勇者「はい? 2本は揃ってると思いますけど……」
王様「勝気で我が侭な剣」
勇者「魔剣はそんな感じと言えなくもないかなあ」
王様「おっとり癒し系」
勇者「聖剣、というか王女様がそんな感じですよね。もう少し落ち着きがあればですけど」
王様「無口な剣」
勇者「いや確かに俺の長剣は無口ですけど! 一切喋らないインテリジェンスソードって意味あるんですかね!?」
王様「駄目?」
勇者「時間に余裕があるならもっと詳しく調べたいところですが……」
王様「その前に滅ぼされかねないよなあ」
勇者「一応、心当たりは無くもないんで、少しだけ調べてみますよ。それで駄目だったらその時にまた考えます」
王様「うん、期待してるぞ。頑張れよ。すべてが上手くいったら結婚云々は抜きにしても娘のおっぱい揉んでいいから」
勇者「その発言って父親としてどうなんですか……いや、娘の遊び相手として刃物持たせてるって時点で既に相当エキセントリックですけど」
勇者「……というわけで、王様の言うことはあまり当てにはならないんだけどさ」テクテク
魔剣「そうね」
勇者「三振りの剣とやらが揃うことによって今後の戦いで役立つ強力な武器になるのかもしれないからさ」
聖剣「そうですねっ」
勇者「そのためにこうして、その剣を入手できそうな場所に向かっているわけだよ」
魔剣「なるほど。で、なぜわたしの隣にこの小生意気な剣がぶらさがってるのかしら」
勇者「いや、話聞いてた? 3本のうちの1本がたぶんこの聖剣だから、王女様から借りてきたんじゃないか」
聖剣「はいっ、お役にたてるかどうかはわかりませんがっ、精一杯がんばりますのでよろしくお願いしますっ」
魔剣「ふむ。この聖剣を王女様から借りパクした理由はわかったけれど、」
勇者「借りパクじゃねえよ。全部終わったらちゃんと返しに行くっつーの」
魔剣「それで、どこに向かっているの?」
勇者「俺の家」
聖剣「勇者様のご自宅にその剣がある、ということなんでしょうか?」
勇者「わからんけどさ、魔剣があったのは俺の家の倉庫だし、聖剣も過去の勇者によって作られた武器なんだろ?」
魔剣「つまり、勇者の血を引くあなたの家に、残る1本も置いてある可能性があると」
勇者「前に話したことあんだろ? お前以外にも封印された剣が何本もあったって」
魔剣「言ってたわね。でもその中のどれがあなたの求める剣かはわからないのでしょう?」
勇者「それを今から調べるんだってばよ。さあ、着いたぞ」ガチャッ ギイッ
聖剣「剣がたくさんありますねっ。この中にわたしのように喋れたり、特別な効果を持ってたりする剣があるんでしょうかっ」
魔剣「特別な効果?」
聖剣「はいっ、ほら、わたしを身につけていると回復効果があるじゃないですか。それと同じように、」
勇者「ちょっと待って! なんか当たり前のようにさらっと言ってるけど何それ!? 回復効果!?」
聖剣「言ってませんでしたっけ? わたし、傷の回復をお手伝いすることができますよっ。深い傷だとちょっと時間はかかりますけどっ」
勇者「すげえ! まさに聖剣じゃん! そっか、それがあるから王様も娘に刃物持たせたりできたのか。それでも充分頭おかしいけど」
聖剣「いえ、そんなたいしたものではないですっ。そんなに褒められると照れてしまいますっ」
勇者「なるほど、伝説の勇者のパーティで、僧侶が持ってた武器……それっぽい能力が備わってるんだなあ」
魔剣「……ふん。けっこうやるじゃない。まあ小生意気なところはあるけれど足手まといにはならなそうだわ」
勇者「正直剣より鎧か盾にそういう能力つけといてくれた方がありがたかったような気もするけど。で、大生意気なお前は何ができるんだ?」
魔剣「……ふっ、まあ、わたしだってそれなりに凄いことができるけれど、なんか自慢してるみたいでかっこ悪いから言わないでおくわ」
勇者「何も無いのか……」
魔剣「あっ、あるもんっ」
勇者「お前確か魔法使いが愛用してた武器だったよな? 攻撃魔法みたいな感じのなんかできねーの?」
魔剣「……わたしを振りかざすと爆炎魔法が」
勇者「えっマジで?」
魔剣「普段よりちょっとかっこいいポーズで使える、とか」
勇者「いやそれお前ただ振りかざされてるだけじゃん。松明がわりにすらなってないじゃん」
魔剣「うるさいわね。攻撃魔法なんて野蛮なものはわたしは嫌いよ」
勇者「うわこいつ最初の持ち主のこと否定しやがった! つーかお前の人格のベースも魔法使いなんだろ!?」
魔剣「はいはいわかりました。わたしは攻撃魔法のひとつも使えない駄目な剣です。もうわたしなんか売り飛ばしてしまえばいいわ。100000Gで」
勇者「卑屈なこと言ってるわりには自己評価額高いなあ!」
聖剣「あの、なんか、すみません。わたしの能力を自慢しちゃったみたいで」
勇者「いや、お前は別に謝らなくても。この魔剣が……いや、悪いのは俺だな。いじめるようなこと言ってごめんよ」
魔剣「……何よ、それ」
勇者「いや、お前らに凄い能力があろうとなかろうと、戦うのは俺なんだから、強くなきゃいけないのは俺の方なんだよな」
魔剣「……そうね。その通りだわ」
勇者「武器の強さに頼るばかりじゃ駄目なんだよな。それを忘れそうになってた」
魔剣「ふっ。わかってくれたようね。それを教えるためにあえてわたしは、」
勇者「おい調子にのんな。……まあ、また強敵と戦う時にアドバイスでもしてくれよ。今度はあのドラゴンの時より上手く戦えるように頑張るからさ」
聖剣「ううっ。いい話ですっ」
勇者「それはそれとして、武器探しはするけどね。さて、この中にあるのかなっと」
魔剣「なにか手がかりのようなものはあるのかしら」
勇者「うん、この何本もある剣の中からお前を選んだ理由、前に話したろ」
魔剣「確か、わたしのあまりの美しさに魅せられて、自然に手が伸びたとかいう理由だったかしら」
勇者「全然違う。お前の封印が弱かった原因を考えてたんだけど、考えられる理由のひとつとして、封印を施した人間が違うってのがあるよな」
魔剣「そうね。最後にわたしに封印を施したのは、前の持ち主の遺族だったから」
勇者「それ以外にも何かあるかもしれないって思ったんだよ」
聖剣「と言いますと?」
勇者「箱とかでもさ、蓋を開けたり閉めたりを何度も繰り返してると、そのうちゆるゆるになって蓋がパカパカしちゃったりするじゃん?」
聖剣「はあ。つまり魔法による封印もそれと同じように、何度もかけたり解いたりを繰り返すと弱くなってくるのでは、ということでしょうか?」
勇者「察しがいいな。魔剣が昔の勇者の話し相手をしてた頃って、話してる時以外はどうしてたんだ?」
魔剣「……こまめに封印をかけられて、宝箱に大事にしまっておかれてたわね。あの人にとってわたしは大切な妻の形見だったから」
勇者「だろ。そうだと思ったんだ。お前らが作られた経緯ってそっくりなのに、お前ら同士では面識が無かった理由がそれだ」
魔剣「つまり、わたしたちを作った昔の勇者は、」 聖剣「同一人物……」
勇者「聖剣、お前の元のご主人様って、奥さんはどんな人だったんだ?」
聖剣「はあ、すでに亡くなられていましたが、旅仲間の魔法使いさんだったと聞いてます……」
魔剣「……同じだわ」
勇者「つまり魔剣、昔の勇者は最愛の妻の再現であるお前を作った後に、そのノウハウを生かして、他の旅仲間の人格も再現したんだ」
魔剣「ということはあとの1人……戦士の擬似人格を持った剣も存在する可能性は極めて高いということに」
聖剣「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ。それならそれで、わたしの元のご主人様は、なぜわたしたちとバラバラに会話してたんでしょうかっ」
魔剣「ふむ。確かにせっかく昔のパーティを再現したのだから、3本揃えてみんなでお喋りしてもよさそうなものだわ」
勇者「そこまではわからんけどさ。たぶんあれだ。お前らって2本揃ってるだけでもうるさいじゃん」
聖剣「……はい?」
勇者「そこに3本目も加わったらさ……姦しすぎて思い出に浸る暇もなくなりそうだからだろ」
魔剣「そんな理由!?」
勇者「最後の1本はもう少し物静かな性格だといいなあ。この推測が正しかったらそれも望み薄だけど」
聖剣「ともあれ、魔剣さんの封印がゆるゆるだったことを考えると、」
魔剣「この人の推測が正しいとするならあなたの封印だってゆるゆるのガバガバになってた筈だけれどね」
勇者「魔剣ほどガバガバではないにしても、ここにある剣の中で最も封印が緩いやつが最後の1本である可能性が高いんじゃないかなあと」
魔剣「そうかもしれないけれど、そもそも魔法による封印ってそんなことで弱くなったりするものなのかしら……?」
勇者「別に確信があるわけじゃないけどさ、まあ封印が弱い方が解きやすいってのもあるし。1本ずつ確かめてみよう。えいっ」グイッグイッ
魔剣「いやちょっと待って頂戴、あなたの封印の解き方って鞘から力任せに引き抜くだけ!? わたしもそうやって封印を解かれたの!?」
「うるさいなー、せっかく気持ちよく眠ってたのに、目が覚めちゃったじゃないか」
聖剣「あっすみません、今、封印が弱くなってる剣があるかどうか調べていて……って、えっ? 今の声、どこから……?」
勇者「最後の1本か!? 既に封印が解けてるのか!? どれだっ!」ガチャガチャ
「うるさいってばー。さっきから封印封印って何? 流行ってんの? 封印って言いたいだけなの?」
勇者「おい答えろ! お前、どこにいるんだ!?」
「あたし? あんたの腰の左側にぶらさがってるけど?」
勇者・魔剣・聖剣「「「お前かよ!」」」
長剣「えっ? 何?」
勇者「なんで旅の途中で手に入れたお前なんだよ! 俺の家の倉庫にある剣の方がそれっぽいじゃん!」
長剣「そんなのあたしに言われても」
魔剣「なぜ今まで喋らなかったのよ。鞘から抜くことはできたのだから封印は既に解けていたのでしょう?」
長剣「うん。寝てた」
勇者「王様のテキトーな発言が当たってたとは。無口無表情系美少女って感じでは全然ないけど」
聖剣「口調がなんか、女戦士っぽい感じですっ。この方が最後の1本に間違いないですねっ」
勇者「旅の途中で偶然手に入れた剣なのに……」
魔剣「こうなると、さっきあなたが得意げに披露していた仮説も怪しくなってくるわね」
勇者「いや、たぶんあれで合ってると思うんだけど……たぶん……」
聖剣「長剣さんは何か特技などはお持ちなんでしょうかっ?」
長剣「ん? あたしの特技か。そうだなー、斬るのが得意だな」
勇者「うん、剣だからね」
魔剣「そんなのわたしだってできるわ。ちょっと短いけれど」
勇者「短剣だからね」
長剣「あとは雷撃の追加効果くらいかなー」
勇者「マジでっ!?」
魔剣「本当にそんなことができるのかしら。今までの戦いでそんなの無かったじゃない」
長剣「だから寝てたんだってば」
勇者「ドラゴンを滅多斬りにしてた時とかも眠ったままだったのか……」
長剣「雷撃効果のON/OFFはあたしの意思で切り替えができるから起きてればできるよ」
勇者「そっか……まだ実際に見たわけじゃないけど、暫定的にお前のことは雷剣とでも呼ぶか」
雷剣「雷剣か。なんかかっこいいな」
勇者「じゃあここから出てその雷撃効果とやらをちょっと試してみるか」
勇者「さて、この切り株の上に薪を置いてみたわけだが」
雷剣「うん」
勇者「お前を薪に軽く振り下ろすから、雷撃を発動させてみてくれ」
雷剣「うんわかった」バチッバチッ
聖剣「わっ、雷剣さんが光って火花が散ってますっ」
魔剣「どうやら能力の話は本当だったようね」
勇者「俺が感電しそうで怖いんだけど」
雷剣「魔法の雷だから大丈夫だよー」
勇者「魔法って便利だなあ。じゃあ、いくぞ」
雷剣「どれくらいのパワーでやればいいの?」
勇者「ん、じゃあ、小さめで」
雷剣「おk」
勇者「いくぞっ」コツン
バチッ! バキバキッ!
聖剣「わわっ、すごいですっ。薪が焦げ焦げの真っ二つになっちゃいましたっ」
魔剣「あら、薪割り機能付きの剣だなんて便利ね。下の切り株まで焦げ焦げの真っ二つにしてしまったのはいただけないけれど」
勇者「すげえな。これで小さめのパワーなのか?」
雷剣「うん、本気出したらこの100倍はすごいよ」
勇者「100倍!? ……勝てる! これなら魔王にも勝てるぞ!」
聖剣「すごい強さですっ。さすがにわたしたち3本の中でも最後に仲間に入っただけのことはありますねっ」
魔剣「あまりインフレされると最初からいるわたしの立場がないのだけれど」
勇者「こいつもけっこう前からいたけどな。寝てただけで」
雷剣「よくわかんないけど魔王倒しにいくんだろ? あたしにまかせろー」
勇者「というわけで魔王の城に着いたぞ」
聖剣「ここに来るまでにたくさんの敵が立ち塞がりましたけどっ、雷剣さんの活躍でばんばんなぎ倒しちゃいましたねっ」
雷剣「えへへ、かっこよかった?」
勇者「聖剣の回復効果のおかげでもあるな。軽い怪我くらいならしばらくほっとけば治っちゃうもんなあ」
聖剣「何よりも、勇者様の成長が著しいですっ。さすがに一人旅で戦闘経験を独占してるだけのことはありますっ」
魔剣「誰も触れてくれないから自分で言うけれど、わたしの豊富な実戦経験に基く的確なアドバイスのおかげでもあるわね」
勇者「ああ、うん。言うまでもない当たり前のことだから誰も触れなかったけどな」
魔剣「……ひょっとしてわたし、役立たずだと思われてないかしら」
勇者「いや、俺よりはるかに多くの実戦を経験してるのは確かだけどその頃にはまだ知能を付加されてなかったじゃんとか全然思ってないよ」
魔剣「邪魔だったらここに置いていってくれてもいいわよ? 剣を3本も持っていたら重いでしょう。帰りに拾っていってくれればいいわ」
勇者「いやいや、何言ってんだよ。ここまで来たんだから最後までずっとつきあってくれよ」
魔剣「でも、雷剣と聖剣がいれば魔王にも勝てるでしょう? 話し相手だって、わたしじゃなくても」
勇者「あ……またやっちゃったか。ごめん、お前を貶すつもりはなかったんだ。軽いジョークのつもりでさ」
魔剣「わかってるわ。別に怒っているわけではないのよ。でも、わたしがいなくてもいいのは事実でしょう?」
勇者「いや、そんなことは……どう言えばいいのかな……俺はお前が好きだから、手放したくないんだ。ずっとそばにいてほしい」
雷剣「えんだああああああいやあああ」
聖剣「わっ、静かにしておきましょうっ。勇者様と魔剣さんは真面目な話をしてますからっ」
魔剣「何それ。わたしと結婚したいということではないのよね?」
勇者「もちろん違う」
魔剣「じゃあどういうことなのよ。『剣にも……穴はあるんだよな……ゴクリ』みたいなこと?」
勇者「いや無いから。あったとしても俺はそんな特殊な性的嗜好は持ってねえよ。何が悲しくて大事なちんこをお前らみたいな刃物に……」
魔剣「刃物に、何?」
勇者「ああすまん。なんかちょっと怖い想像しちゃってゾクッとした。この話やめよう。ちんこの話と刃物の話は相性が悪い」
魔剣「よくわからないけれど、まあいいわ。で、何なの? この場合の好きというのは」
勇者「うん。人間っつーか、男の場合は特にそうだと思うんだけどさ、」
魔剣「やっぱり性的嗜好の話?」
勇者「違うって。つまり、道具に対する愛着ってもんがあってな。お前らの場合は喋ったりするから尚更なんだけど」
魔剣「よくわからないわね。必要な道具だけ持って、要らない道具は置いていった方が余分な荷物を持たずに済んで合理的だわ」
勇者「お前からは必要が無いように見えても他者にとっては大切なものってこともあるんだよ。この場合の他者とは、俺のことね」
聖剣「あっ! なるほどっ、わかりましたっ!」
雷剣「静かにしとくんじゃなかったん?」
聖剣「すみません、でも、わかったんですっ。つまりそれは、勇者様がお優しい方だからですねっ」
雷剣「どういうこと?」
聖剣「勇者様は人間だけではなく、わたしたちのようなただの道具にも等しく愛情を注いでくださる、とてもお優しい方だということですっ」
勇者「良く言えばそうなるのかなあ。優しいというか、感受性の問題かな? 道具を人間と同じように扱うってのは」
魔剣「言い方を変えると、あなたは人間を道具のように扱う人であるとも言えるわね」
勇者「人聞きの悪い言い方すんな! 確かにその通りなんだけど意味が変わってきちゃうだろそれ!」
雷剣「そっかー、あたしにもわかった。あたしたちは仲間だってことだな。戦友ってやつかー」
勇者「そうそう。人間だとか剣だとか、役に立つ立たないとかは関係ない。俺たちは仲間だからみんなで戦うんだ。うん、俺今いいこと言った」
魔剣「むしろ人間の方が、役立たずな人は置いていかれがちな気もするわね。弱いと死んでしまうから」
聖剣「『修行はしたがハッキリいってこの闘いにはついていけない……』みたいなことを言われて置いていかれてしまうかもしれませんっ」
雷剣「その台詞を言ってる本人もついていけてなかったりしてなー」
勇者「いい話っぽい感じでまとめようと思ったのに台無しだ! おまえらほんと3本揃うと姦しいなあ!」
魔剣「まあ、だいたいわかったわよ。あなたは思い込みが激しい人だから、わたしに過度の思い入れを持ってしまっているということね」
勇者「もうそれでいいや。そう、だから俺はお前を離したりはしない。最後までつきあってもらう。さあ、あと一息だ。魔王を倒しに行くぞっ」
聖剣「再び敵を蹴散らしながらたどりついたこの扉の向こうに魔王が待ち受けてるような気がしますっ」
雷剣「それっぽい扉だなー」
勇者「さて、どんな作戦で行こうか」
魔剣「そうね。まずは敵が何かしてくる前に、ここまで温存してきたあなたの魔力を使い切るつもりでフルパワーの爆炎魔法を連発」
勇者「先手必勝ってやつだな」
雷剣「うまく先手をとれるかなー」
聖剣「魔王といえば、戦う前になにやら長ったらしい前口上を述べるものと相場が決まってますから、大丈夫なんじゃないでしょうかっ」
魔剣「その後、一気に走り込んで接近戦に持ち込む」
雷剣「あたしの出番だな。まかせろー」バチッバチッ
魔剣「そして必殺技でとどめ」
勇者「何それ?」
魔剣「何って、必殺技よ。敵のボスにとどめを刺すときは、やっぱり必殺技でしょう?」
勇者「いや……そんなん、俺、無いんだけど」
魔剣「なんで無いのよ! 普通、ラスボス戦の前に必殺技くらい会得しておくものでしょう!?」
勇者「そう言われても」
魔剣「しかたないわね。今からここで必殺技の特訓を」
勇者「この部屋の扉の前で?」
聖剣「騒音で部屋の中の人に迷惑そうですっ」
雷剣「人っていうか魔王だけどなー」
聖剣「そうでしたっ。あっ、だったら、ここでうるさくして魔王に精神的なストレスを与えるという戦法もアリかもしれませんっ」
勇者「ただの嫌がらせじゃん」
魔剣「じゃあもう必殺技はいいわ。とにかく魔法をばんばんぶちかまして剣でざくざく斬り刻めば勝てるわよ」
勇者「そんなんでいいの? 単純すぎるような」
聖剣「でもっ、シンプルイズベストって言いますからっ」
雷剣「そうそう。『下手の考え休むに似たり』って、あたしを作ってくれた爺ちゃんがよく言ってた」
勇者「お前らの生みの親の発言だと思うとすごく説得力があるよなあ」
魔剣「む……なんだか馬鹿にされているような気がするわね」
勇者「いや、俺にも他にいい考えがあるわけじゃないしな。お前の作戦で行こう」
魔剣「上手くいかなくても恨まないで頂戴」
勇者「上手くいったら褒めてやるよ。さあ、扉を開くぞ」ガチャッ ギィッ
魔王「よくぞここまd」
勇者「『爆炎』!!」ピロリロリンッ
魔王「ちょっ」ドカーン!
勇者「最初からクライマックスだぜぇ! 『爆炎』!『爆炎』!『爆炎』!」ピロリロピロリロピロリロ
ドカーン! ドカーン! ドカーン!
勇者「オラオラオラオラオラオラアアアァーッ!」ピロリロリロリロリロリロリロリロリロリ
ドカーン! ドカーン! ドカーン! ドカーン! ドカーン!
勇者「はぁ、はぁ、はぁ……」
魔剣「次は接近戦よ! 走って!」
勇者「よっしゃあ! うおおおおおおおっ!!」
雷剣「あたしの体が光ってうなる! 魔王を倒せと輝き叫ぶっ!」バチバチッ!
勇者「いくぜ! これが俺の必殺技! ライトニングスパーク!! ……って、あれ?」
魔王「 」プスプス
勇者「えっと、あれっ? もしかして爆炎魔法だけで倒しちゃった? せっかく即興で技の名前とか考えたのに?」
魔王「 」
聖剣「勝ちましたっ」
魔剣「ふん。思ったよりたいしたことなかったわね。わたしたちの時代の魔王の方が100倍は強かったわ」
雷剣「話で聞いただけだけどなー」
魔王「 」
勇者「俺が強くなりすぎちゃったのかもなあ。ははっ」
魔王「 」モゾリ
聖剣「お城に帰りましょうっ。早く王女様に会いたいですっ」
魔王「 」メキ…
魔剣「帰ったら聖剣とはお別れということになるわね……」
雷剣「なんか魔王がぴくぴくしてる」
聖剣「あ……そうでした……皆さんとお別れするのは寂しいです……」
雷剣「なんか魔王がもこもこしてきた」
魔剣「この人が王女と結婚すればあなたともずっと一緒にいられるんじゃないかしらね」
雷剣「なんか魔王がおっきくなってきた」
勇者「王女様と結婚してハッピーエンドか……でもそれは、まだ……先の話になりそうだなあ! 見ろ、魔王の体を!」
魔剣「魔王の体が、変形して……」
雷剣「なんか尻尾が生えてきた」
聖剣「あの姿は……」
魔剣・聖剣・雷剣「「「ドラゴン……」」」
ズシン ズシン
雷剣「魔王じゃなくて竜王だったのかー」
聖剣「すごく……大きいです……」
魔剣「質量保存の法則とかどこへ行ってしまったのかしらね。非科学的だわ」
勇者「そんなこと言ってる場合じゃねえ! 戦うぞ!」
雷剣「よーし、あたしにまかせろー」バチバチッ
勇者「うおおおおお!」ブンッ
ガキン! クルクル グサッ
聖剣「わっ、雷剣さんが竜王の爪で弾き飛ばされて遠くの床に刺さってしまいましたっ」
魔剣「ブレスが来るわ! 避けて!」
勇者「うわっ! くそっ、一旦退くか!? おわっとぉ! 危ねっ、なんとか奴の突進をかわしたけど……やべえ、退路を絶たれた」
竜王「……」
魔剣「……入り口の扉の前に居座ったまま動かなくなったわね」
勇者「くそ、むやみに攻撃して逃げられるより退路を塞いで何が何でもここから生きて帰さないってつもりか」
聖剣「その傍の床に雷剣さんが突き刺さってます……」
魔剣「あそこに居座られたままだと雷剣を回収することもできないわね……近づいたらブレスで焼かれてしまうわ」
勇者「この位置はブレスの射程圏外なのか……? ちょっと近づいてみよう」ジリジリ
竜王「……」カパ
勇者「……そういうことみたいだ」ススス
聖剣「えっと、つまり……根くらべってことですか……?」
魔剣「ふむ。ここで一生暮らすことになりそうね。着替えとか持ってきた?」
勇者「アホか、そういうわけにもいかんだろうが。俺が疲れて眠っちまいでもしたらそれで終わりだ。他に出口は無いのか……?」キョロキョロ
魔剣「あら。雷剣を見捨てて逃げ帰るつもり?」
雷剣「たすけてー」
勇者「そういうわけじゃないけど、爆炎魔法の連発で魔力も使い果たしちゃったし、一旦退いて出直してきた方が今の状況よりはましだろ……」
聖剣「あっあのっ、隠し扉とかは無いんでしょうかっ」
魔剣「玉座の後ろとか怪しいわよね」
勇者「あー、隠し階段とかありそうだよな。調べてみるか」
聖剣「でもっ、罠があるかもしれませんっ。落とし穴とかっ」
勇者「なるほど、何かありそうな場所には罠もありそうだな」
魔剣「ロープとか持ってないの? 落とし穴があっても命綱を繋いでおけば」
勇者「あるなあ。こんなこともあろうかと持ってきてよかった」スルスル
魔剣「ロープの長さは?」
勇者「10mだな」
魔剣「それ、穴の深さが9mだったら死ぬんじゃない?」
勇者「ん、それもそうか。じゃあちょっと短めに、5mにしとくか」
聖剣「穴の深さが4mかもしれませんっ」
勇者「えっと、じゃあ、2mで」
魔剣「穴の深さが1mだったら……」 聖剣「50cmくらいかもしれませんっ」
勇者「ガキの悪戯か! いいよ別にそんなんだったら落ちても!」
竜王「……」 雷剣「たすけてー」
勇者「よし、命綱もちゃんと結んだし、玉座の後ろを調べるぞ」
魔剣「ええ」
勇者「えーと、このへんに何かスイッチ的なものはないかな……」ウロウロ ガタン ウロウロ
魔剣「何か音がしたわ。そこのちょっと色が違ってて少し浮いてる感じの床を踏んだ時に」
ガチャン ギリギリギリギリ…
聖剣「わっ、逃げてくださいっ!」 魔剣「罠だわ! 上からなんか凄く重そうなものがっ!」
勇者「うわっ! ちょっ、ロープがっ!」ビーン
ズシーン!
魔剣「……」
聖剣「……」
雷剣「……」
竜王「……チッ」
勇者「怖かった……死ぬかと思った……」ガクブル
聖剣「危く押し潰されてしまうところでした……」
魔剣「わたしを抜いてロープを切るのが間に合ってよかったわね。凄い早業だったわ」
勇者「くそっ、竜王の奴、これを狙ってやがったな」
聖剣「他の場所にも罠が設置してあるかもしれませんし、これで八方ふさがり、でしょうか……」
魔剣「ふっ。わたしの活躍のおかげで命拾いしたわね」
勇者「うん、まあ、そうだけど、お前的にはロープ切っただけで満足なの?」
魔剣「……一応、この窮地を脱する方法も考えてはいるけれど」
勇者「何か思いついたのか?」
魔剣「ええ、まあ……結論から言えば、あの竜王を倒せばここから大手を振って出て行けるわね」
勇者「そりゃそうだけどさ、どうやって倒すんだ?」
魔剣「えっと……つまり今の状況は、まずあなたが斬りかかったのだけれど、剣を弾き飛ばされてピンチになったわけよね」
勇者「……」
魔剣「だから、ここでわたしの秘められていた真の力が発動して、みたいな感じで」
勇者「……あるの?」
魔剣「ええ、まあ、……あるわよ」
聖剣「すごいですっ。どんな力なんでしょうかっ」
魔剣「そ、そうね。あまり見せびらかすようなものでもないから今まで黙っていたけれど」
勇者「いや、ほんとにあるなら出し惜しみしないで見せろよ。もう使う機会ってここしか無いぞ」
魔剣「そうね、でも……あまり見せたくないというか」
勇者「なんで見せたくないの?」
魔剣「それは、ほら、だから、あれよ」
勇者「どれ?」
魔剣「……は、恥ずかしいじゃない」
勇者「……はい?」
魔剣「あ、あなたがどうしてもみ、見たいと言うなら見せてあげるけれどっ」
勇者「見られると恥ずかしいような能力なのか……?」
魔剣「なっ! ばっ、違うわよっ! そんな、あなたが想像しているようないやらしい能力ではないわっ!」
勇者「してねえよそんなもん。なんだよいやらしい能力って。つーかお前人工知能だろ? 羞恥心とかあんの?」
聖剣「あのっ、昔のご主人様の話によると、魔法使いさんはかなりの恥ずかしがり屋さんだったとか……」
勇者「いらんとこまで再現してんのな……」
魔剣「とにかくわたしが真の力を見られるのは、人間で言えば裸を見られるようなものなのっ。だから恥ずかしいのっ」
聖剣「よくわかりませんが、能力が常時発動してるわたしって常に全裸でいるようなものなんでしょうか……」
魔剣「でもこの状況を打破するにはもうこれしか無いし……いいわ。見せてあげるわ。言っておくけれど見ても別に楽しいものではないわよ?」
勇者「いや別に楽しくなくてもいいよ勝てれば」
魔剣「じゃあ、いくわよ。…………トランスフォーム!」ピカッ! パァアアア
勇者「うわっ、ほんとにあったのか」
聖剣「姿が……変わって……魔剣さんの能力は、変身……!」
勇者「これは……銃……異世界の武器か!」
魔銃「あら、知っているの? それなら話が早いわ」
勇者「うん、書物で読んだだけだけど、どういうものかは知ってる……引き金を引くと弾が飛び出すやつだろ?」
魔銃「ええ、そうよ」
勇者「お前の能力めちゃくちゃすげーじゃん! ……でもなんかちっちゃくないか?」
魔銃「えっ? そうかしら」
勇者「異世界の武器とはいえ、こんな片手で軽く持てるようなサイズで、あの竜王を倒せるほどの威力があるものなのか……?」
魔銃「威力? そうね、人間が相手なら当たりどころ次第で殺せたり殺せなかったりくらいかしら」
勇者「駄目じゃん! 相手は竜王だぞ! めっちゃ凄いことやってるわりに効果は妙に地味なところがお前らしいなあ!」
聖剣「あっあのっ、他の武器にも変身できるんでしょうかっ」
勇者「そうか、他の武器……おい、何でもいいからもっと威力がある武器に変わってくれ。そういうこともできるんだろ?」
魔銃「できないわ」
勇者「やっぱりか! ちくしょう!」
魔銃「……何よ、あなた、前に自分で言っていたことを忘れてしまったのかしら。わたしたちの力に頼るばかりで、あなたは満足なの?」
勇者「うっ……それは……そうなんだよな。戦うのは俺なんだから、俺が強くなきゃ……」
魔銃「ドラゴンと戦った時のことを思い出して頂戴。今度はもっと上手く戦えるのでしょう?」
勇者「ドラゴン……そうか、竜王の目に弾を当てることができれば……」
魔銃「ふっ。とどめはあの雷剣に譲ってあげるわ」
雷剣「そろそろたすけてー」
勇者「よし、やってみるか」
魔銃「わたしの上面の、先の方に突起があって後ろの方には凹みがあるでしょう? その2つと標的がぴったり合わさるように狙いをつけて」
勇者「こうか、よし……撃つぞ」
カチッ
勇者「弾が入ってねええええええ!」
魔銃「あら」
勇者「ちくしょう! そういうオチか! 読めなかった自分が憎い! でもあんなに引っ張られたら期待しちゃうじゃん!」
魔銃「ちょっと、落ち着いて頂戴。言うのを忘れていたわ。撃つ前にスライドを引くのよ」
勇者「えっ? スライドってどれだよ。わかんねーよ」
魔銃「大雑把に言ってわたしの上半身がスライドで下半身がフレームよ。上半身を後ろに引っ張って頂戴」
勇者「こうか?」ジャキッ
魔銃「んっ……そうよ。一杯まで引いたら手を離して」
勇者「こうか」ジャキン
魔銃「あんっ」
勇者「おい変な声出すな。これで撃てるのか?」
魔銃「ええ、撃てるわ」
勇者「思ったんだけどさ、撃ったら弾が飛んでくわけじゃん?」
魔銃「飛んでくわね」
勇者「その分、元の短剣の姿に戻った時に前よりちょっと短くなっちゃったりしないかな?」
魔銃「……たぶん大丈夫だわ。わたしって魔法的なアレだから」
勇者「魔法って便利だなあ!」
勇者「じゃあ、撃つからな」
魔銃「早く撃ちなさいよ」
勇者「……」パン!
竜王「?」
勇者「ありゃ、外れた」
魔銃「もっとよく狙って、引き金はそっと、優しく引きなさい。わたしが揺れると狙いが外れてしまうわ」
勇者「そ、そうか……」パン! ピキッ
魔銃「また外れだわ。下手ね」
勇者「えっと、これ何回撃てるの?」
魔銃「あと13回ね」
勇者「それだけあれば1回くらいは……ん? これ、なんだ?」
魔銃「何?」
勇者「おいちょっと、お前……下半身に割れ目があるぞ!?」
魔銃「なに唐突にセクハラしてるのよ」
勇者「じゃなくて、フレームっつーのか? ヒビが入ってる!」
魔銃「あら。それは……ちょっとまずいわね。保存魔法をかけられていたとはいえ、長い年月の間に経年劣化で脆くなっていたんだわ」
勇者「ど、どうしよう、やばいじゃん。これ以上撃ったりしたら、ヒビが広がって……」
魔銃「でも、大丈夫だわ。フレームが少々割れる程度で、射手が大怪我したり死んだりするようなことにはたぶんならないわよ」
勇者「いやでも、お前はどうなるんだ!?」
魔銃「壊れるでしょうね」
勇者「えっと、この姿の時に壊れたらどうなるんだ? 元の短剣の姿に戻った時も壊れたまま……?」
魔銃「…………大丈夫よ。元に戻るわ。だってわたし、魔法的なアレだもの」
勇者「おい、今の間は何なんだ。ひょっとしてお前……」
魔銃「大丈夫と言ってるでしょう。それに、どちらにしても、このままではあなたは死ぬのよ? そうなればわたしもここで朽ち果てることになるわ」
勇者「でも……」
魔銃「……わたしはただの道具よ。道具にとっての幸せとは、最後まで役に立って使い潰されることじゃないかしら」
勇者「でも俺は、お前を壊したくない」
魔銃「主人の役に立つこともできずに、何もせずにただ朽ち果てるのを待てと言うのかしら?」
勇者「でも、お前を犠牲にしてまで……何か他の方法を考えよう」
魔銃「嫌よ。わたしを使って頂戴」
勇者「壊れたら、擬似人格まで消えちまうかもしれないじゃないか。そこまでして使ってもらおうとする必要があるのかよ」
魔銃「『お前からは必要が無いように見えても他者にとっては大切なものもある』だったかしら。あなたの言葉よ。この場合の他者とは、わたし」
勇者「確かにそう言ったけどさ、お前にとってそこまで価値があることなのか? そんなに使ってもらいたがる理由は何なんだよ」
魔銃「あなたって本当に鈍いわ。恥ずかしいことを言わせないで頂戴。あなたが好きだからに決まってるでしょう?」
勇者「えっと、結婚したいってことではないんだよな、それ」
魔銃「結婚したいわ」
勇者「なっ……」
魔銃「わたしが人間だったらよかったのに。わたしの元になった魔法使いのように、あなたに愛してもらえたかもしれないのに」
勇者「ちょっ、お前、それが人工知能の台詞か……? いくら実在の人物の性格がベースになってるっつっても」
魔銃「学習能力があるもの。でも人間になるのは無理だわ。わたしは武器だから戦うことしかできない。だからあなたのために戦いたいの」
勇者「やめろよ……そんなこと言われたら尚更、」
魔銃「あなたはわたしを好きだと言ってくれたのに、わたしの望みを叶えてはくれないのかしら?」
聖剣「あのっ、勇者様、生意気なことを言うようですが……使ってあげてください。いえ、使ってあげなかったら、駄目です。わたし、怒ります」
勇者「お前まで……なんだよ、ほんとに生意気だよ。王女様と全然違うじゃん。あの性格ってお前譲りなんじゃなかったのか?」
聖剣「好きな人のために何かしたい。人間の方でも同じなんじゃないでしょうか。でも、わたしたちは人間と違って自分では何もできないんです」
魔銃「……たまにはいいこと言うじゃない」
聖剣「できることをやりたい。でも使ってもらわないと何もできない。もどかしいんです。使ってくれと、言うしか無いんです。わたしたちは」
魔銃「あなたは常時発動の能力があるだけまだましだわ」
聖剣「そうですねっ。でも、何かしてあげたいという気持ちはあるのにそれができないもどかしさはわかりますよっ」
魔銃「そうでしょうね。たとえば、主人が落ち込んでいるときに抱きしめて慰めることもできない。ただ声をかけるだけ」
聖剣「人間なら暖かく柔らかい手で頭を撫でてあげることもできるのに、わたしたちにあるのは冷たく硬い刃、それすら自分では動かせない」
雷剣「飛んでって突き刺さってても自力で抜け出せない。はやくたすけてー」
魔銃「わたしたちって、本当に不自由だわ。この欲求不満、あなたが何とかして頂戴。あなたのご先祖様がわたしたちを作ったのよ?」
勇者「ご先祖様の尻拭いか。言っとくけど、人間にだってできることとできないことはあるんだぞ」
魔銃「今のあなたにはできることとやるべきことがあるわ」
勇者「……わかったよ。やるよ。こんな状況でもなければ壊れかけの銃なんて危なすぎて撃てねーけどさ……」
魔銃「ふっ。わかればいいのよ。もしわたしの部品が吹っ飛んであなたに突き刺さってしまったら、聖剣に治してもらうといいわ」
勇者「幸い竜王はお前がどういう武器なのかわかってないみたいだ」
魔銃「まだ根比べのつもりでいるようね。もう状況は変わっているのに」
聖剣「雷剣さんを弾き飛ばした時に、向こうにも雷撃によるダメージが少なからずあったはずですっ。大丈夫です、勝てますっ」
魔銃「兜の面甲を下げて。狙いが安定するように、腰を下ろして、膝を立てて、その上にわたしを持った手を乗せて」
勇者「動くなよ竜王……そのままじっとしてろ」
魔銃「目に当たったら後はどうするか、わかってるわね?」
勇者「ああ。よし、撃つぞ」パン! ピキッ
竜王「?」
パン! ビキビキッ
竜王「……?」
パン! バキッ!
竜王「!?」ガンッ! クラクラ
勇者「しまった、頭に当たっちまった! お前がどんな武器なのかばれて……って、おい、フレームの亀裂がこんなに……」
魔銃「……何をしているの……竜王が、クラクラしているわ……は、やく、走って……雷剣、を……」
勇者「お前……くそっ!」ダッ
聖剣「いっ急いでくださいっ」
勇者「雷剣! 頼む!」ズボッ
雷剣「よしきたぁ!」バチバチッ!
勇者「まずはその口を塞いでやる! おりゃあああ!」
竜王「???」クラクラ ブンッ バシッ
勇者「うわっ! 痛た……くそっ、暴れんなっ!」
聖剣「わっ、わたしの回復効果を一時的に高めますっ。その後しばらくは能力を失いますがっ、効果が切れる前に強引にでも倒してくださいっ」
勇者「わ、わかった。でやあああ!」
竜王「???」クラクラ ブンッ バシッ! バシッ!
勇者「ぐっ! いてっ! くそっ、これでどうだっ!」ビュッ! ザクッ! バチバチッ!
聖剣「やりましたっ! 口を塞ぎましたっ! 次はわたしで目を! 回復だけじゃないってところを見せてやりますっ!」
勇者「うりゃあああ!」ザクッ! ザクッ!
雷剣「やれー! やっちまえー! 目が見えなくなっちまえばこっちのもんだー!」
勇者「雷剣! またお前の力を借りるぞ!」ズボッ
雷剣「あたしの力はあんたの力だ! 貸し借りなんてないよっ!」バチッ! バチッ!
勇者「竜王の首、もらったぁ!」ブンッ!
ザンッ!
竜王「 」バタバタ
勇者「うわっ、首を落としてもまだ暴れてやがる。なんて生命力だ……まさか、また生えてきたりとかするんじゃ……」
竜王「 」ブンッ! ブンッ!
聖剣「あっ危ないですっ。前脚がっ、尻尾がっ」
勇者「ぐぁっ! ……このっ、全部斬り落としてやるっ!」ザンッ! ザンッ! ザンッ!
雷剣「なんか竜王がでっかいローストチキンみたいになってる」
聖剣「の、暢気なことを言ってる場合じゃないですっ。ま、ま、まだ動いてます……! とどめをっ!」
勇者「雷剣! フルパワーの雷撃だ! 心臓にブチ込むぞ!」
雷剣「よーし、あたしの力、全部出し尽くすくらいの本気全開パワーでいくぞー」バチバチバチッ!!
勇者「いっけえええええええええええ!!」ザクッ!
ドゴオオオオン!!
勇者「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
竜王「 」
勇者「や、やった……もう再生とか、無いよな……?」
聖剣「 」
雷剣「 」
勇者「おい、お前ら……力を使い過ぎて疲れて眠っちまったのか? ……そうだ、魔剣っ!」ダッ
魔剣「 」
勇者「元の姿に戻ってる……おい、まさか、死んじまったんじゃねえだろうな」ツンツン
勇者「疲れて眠ってるだけなんだろ? ま、まあ、寝かせといてやるか。無理に起こして不機嫌になられても困るしな、はは」ジワ
勇者「しばらく休んだらまた起きて喋りだすんだよな……? それまで待ってるから、起きたらまた話し相手になってくれよ」ポタッ
勇者「一人旅ってやっぱり寂しいからさ……お前らが……お前がいてくれないと、俺……うっ……」ポロポロ
勇者「……」トボトボ
勇者「……こいつらのおかげで竜王を倒せたけど」
魔剣「 」 聖剣「 」 雷剣「 」
勇者「なんで、こいつらは武器なんだろう」
勇者「昔の勇者は、寂しい老人の話し相手として、武器に擬似的な生命を宿した。でも、話すだけなら他のものでもいいじゃないか」
勇者「仲間たちが愛用していた道具、仲間たちの形見の品だからってのはわかるんだけどさ……」
勇者「形見の品だって、他にもあるだろう。こいつら全員が武器であることに、何か意味があるのか……?」
聖剣「……それはわかりませんが、」
勇者「聖剣! 目が覚めたのか」
聖剣「あ、はい。すぐに回復能力を再起動しますからっ、ちょっとお待ちくださいっ」
勇者「いや、休んでていいよ。疲れただろ」
聖剣「はあ……では、お言葉に甘えまして。……さっきの話ですけどっ」
勇者「お前らが武器である理由か」
聖剣「はいっ。たぶん、責任のようなものを感じていらっしゃったんじゃないでしょうかっ。昔のご主人様は」
勇者「責任? 擬似生命を生み出すことに対して?」
聖剣「はい。ただ生み出すだけではなくて、生きがいのようなものも与えてくださったのではないかと。わたしたちの能力を考えると」
勇者「生きがい、能力……役割を与えたってことか」
聖剣「はい、ご自分が亡くなられた後のことも考えて、わたしたちに使命を与えてくださったのではないかと思うんです」
勇者「つまり、自分が死んだ後は新しい主人のために戦えと……」
聖剣「そういうお話をご本人からお聞きしたわけではないですから推測でしかないですけどっ。実際、役に立ちましたよね? わたしたち」
勇者「ああ、うん。すごく役に立った。……人間が住む街を魔物から守るというやりがいのある仕事……それができるのは、武器か」
聖剣「お役に立てて嬉しいですっ。長い間待ち続けてた甲斐がありましたっ」
勇者「長い平和な時代を経て、か。こうなることを予見して、危惧していたのかもしれないな。で、どうせ作るのなら後世で役に立つものをと」
聖剣「むしろ、本来そのために作られたというのは考えすぎでしょうかっ。戦訓を記憶して後の人に伝えることができる武器としてっ」
勇者「どうだかな。買いかぶりすぎかも。それより気になるのは、お前らの耐久性についてなんだけど……」
聖剣「保存魔法も完璧ではありませんから、わたしたちにもいつかは壊れる時が来ます。えっと、その、魔剣さんのように……」
魔剣「 」
勇者「こいつ、死んじまったのかな……」ジワ
聖剣「いっいえ、まだそうと決まったわけではっ。でも、人間の方にも寿命があるのと同じです。しかたのないことなんです」
雷剣「なーなー、思ったんだけどさー。壊れたら修理すればいいんじゃないの?」
勇者「えっ?」 聖剣「はい?」
雷剣「いや、あれ、なんかあたし、変なこと言ったかな」
勇者「えっと、何から言えばいいのかな。まず、雷剣、お前起きてたのか」
雷剣「さっきまで寝てた」
勇者「そうか……で、壊れたら修理って話なんだけどさ。やっぱり限度ってもんはあるんじゃないか?」
聖剣「魔剣さんは、経年劣化とか言ってましたし……」
雷剣「そっかー、あたしも真っ二つに折れちゃったらあたしのままでいる自信無いしなー」
勇者「そういやこいつ、やたらと雷剣のこと折りたがってたような……自分の方が壊れちまいやがって……」
魔剣「……あれは冗談よ。本気で折れればいいなんて思ってなかったわ」
勇者「! お前……」 聖剣「魔剣さん!」 雷剣「あ、生きてた」
勇者「だ、大丈夫なのか!? よかった……」ジワ
魔剣「無事に竜王を倒せたようね。主にわたしの活躍のおかげで。……なに泣きそうな顔してるのよ」
勇者「泣きそうになんかなってねえよ。泣いてるんだよ」ポロポロ
魔剣「あなたって、あの人に似ているわ。涙脆いところがそっくり」
勇者「子孫なんだからそりゃ似てるとこもあるだろうよ。そんなことよりお前、ほんとに大丈夫なのか? どこか痛いところ無いか?」グスン
魔剣「痛くはないけれど、あまり大丈夫ではないわ。もうトランスフォームはできないでしょうね」
勇者「そっか……」
魔剣「この姿のままでも、わたしに残された寿命はせいぜいあと100年といったところかしら」
勇者「けっこう長いな。先に俺が死ぬわ」
魔剣「あなたに先立たれてしまうのは悲しいわね」
勇者「じゃあ俺の人格を元にしたインテリジェンスソードでも作るか? いや、その前にやることができちまったな」
雷剣「やることって何? 王女と結婚してハッピーエンドじゃないの?」
勇者「王女様と結婚か、それも考えなきゃいけないんだけどさ。俺、お前らを俺の子孫にも受け継がせたい」
魔剣「わたしたちの寿命を延ばす、ということかしら」
勇者「あるいは、お前らの人格の部分を今の器から新しい器に移しかえるとか。方法はまだ考えてないけど、研究してみようかと」
魔剣「……わたしは別に、あなたとともに土に還ってもかまわないのだけれど」
勇者「そうなるかもな。昔みたいな高度な魔法技術はもう失われてるし。でもやるだけやってみるよ」
魔剣「そう。それがあなたの、これからの生きがい?」
勇者「それだけじゃないな。また敵が現れる時に備えて強い魔法とか、武器とか、戦士とか……人間たちが戦える力を育んでいきたい」
聖剣「大仕事ですねっ。となると、王女様と結婚して、地位と権力を得た方がいいかもしれませんっ」
勇者「かもな。いや、その言い方だとなんかちょっと不純な動機で結婚するみたいに聞こえちゃうけど」
魔剣「でも、王女が好きなのも事実でしょう? 結婚したいという意味で」
勇者「ああ、うん、好きだよ。そういう意味でな」
魔剣「ふられてしまったわ、わたし」
勇者「いや、その、あれだ、人間の中では王女様が一番好きだけど、剣の中ではお前が一番好きだよ?」
聖剣「ふられてしまいましたっ」 雷剣「ふられちゃったー」
勇者「あ、いや、お前らも好きだから……」
魔剣「ふっ。でも、一番はわたしだわ」
聖剣「ううっ。悔しいですっ。でもわたしには王女様がいますからっ」
雷剣「くそー、次の勇者はあたしに惚れさせてやるー」
勇者「……ハーレムパーティの会話みたいで悪い気はしないんだけど、これ全部剣の発言なんだよな。なんか複雑だ」
魔剣「昔の勇者も子孫が1人で3本とも装備することまでは想定外だったかもしれないわね。でも人間の女が3人いるより楽でいいでしょう?」
勇者「そういやお前らの昔の持ち主って、男1人と女3人のパーティか。たいへんそうだよなあ、刃物持ってる女に囲まれて旅してたんだから」
魔剣「その辺りの話、聞きたい?」
勇者「帰り道の暇潰しに聞くとするか。そうだ、俺の子孫にも聞かせてやってくれよ。3本の剣と共に喧しくも楽しい一人旅をした男の話をな」
エピローグ
王様「勇者よ。よくぞ大役を果たし、無事に戻った」キリッ
勇者(あれっ、なんか王様、威厳出しちゃってるな。今日は隣に王妃様がいるからか。合わせておこう)
勇者「はっ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」キリッ
王妃「わたしからもお礼を言わせてください。娘のことも含めて、本当にありがとうございました」
勇者(王女様の美貌は母親譲りか。父親に似なくてよかった)
勇者「はっ。王妃様におかれましては、ご機嫌麗しく、光栄の至りでございます」キリッ
王妃「わっ、あっいえっ、そんなっ、ご丁寧な挨拶、痛み入りますっ。あのっ、わたしの方こそっ」
勇者「あんたの影響かああああ! 王女様があんなんなのはっ!」
王妃「ううっ。こんな母親ですみませんっ」ペコペコ
勇者「そういやなんか違和感があったんだよ! 聖剣はそこまで極端に腰が低くなかったもん!」
王様「ははは、可愛いだろ、わしの嫁さん」
勇者「王様もこんなんだし……だめだこの国俺がなんとかしないと」
王様「いや、でもさあ、今回の件が上手く片付いたのってわしの功績もちょっとはあるよね」
勇者「ああ、予言のアレですか。そういや王妃様もご存知なんですか? あの邪悪を滅ぼすだか滅ぼしただかいうやつ」
王妃「王家に伝わる予言ですか? はい、知ってますよっ」
勇者「どんな言葉だったかも憶えてます?」
王妃「たしか、『雷鳴轟かす剣 癒しの力纏う盾 清く静謐なる衣 集いし三筋の尊き光 邪神を払いて闇を滅する』とか……」
勇者「王様のと全然違うっ!?」
王妃「ひゃっ、えっと、違ってましたかっ!?」アセアセ
王様「ははは、こいつあんまり記憶力ないからなー」
勇者「あんたのよりは信憑性高そうな感じだけどなあ!」
おわり
このSSはフィクションです
よいこのみなさんは壊れかけの銃を撃ったり王族をあんた呼ばわりとか、真似しないでくださいね
読んでくれた人、支援してくれた人、ありがとう
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