モノクマ「舞園さんには、鳥になってもらいます!」 (95)

※ダンガンロンパネタバレ
※亀進行


――――舞園の自室

舞園「えっと……クマさん?」

クマ「クマさんじゃないよ!モノクマだよ!」

舞園「何を言っているんですか?」

モノクマ「ナニって、言葉通りだよ! 聞こえなかったのなら、もう一回言ってあげます!」

モノクマ「舞園さんには」

モノクマ「鳥になってもらいまぁす!!」

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 何をバカなことを。そう思ったのが顔に出ていたのか。目の前の彼は言います。

モノクマ「バターがあり得るんだから、鳥もあり得ると思うけどねぇ!」

モノクマ「まあ、ごたくはこのへんで終わりにしましょう!」

モノクマ「それじゃあ、いってみよう!」


 そう目の前のクマが言い終えると同時に、私の背中に熱い物を感じました。

 ――いいえ、熱いなんてものじゃあありません。鋭い痛み。皮膚が避け、中から何かが飛び出してくる。そんな感覚です。堪えきれず、床に膝を付きます。

「いっぎっ! あ゙!」

 醜い声。苦痛に喘ぎながらも背中の方に顔を向けます。涙に滲む視界に、薄い桃色の棒――羽の元型のようなものが1対、飛び出しているのが映りました。

「なに゙っ……ごれぇ……!」

 お腹が、熱い。刺すような痛みに目を向けると、藍色の毛がうっすらと伸びてきていて。

 目の前のそれは笑顔を崩しません。姿を変えていく私を、ゆらゆらと肩を揺らしながら眺めているだけです。

 口が妙な形に伸びて、喋れなくなります。生えてきた翼と両腕とが、引っ付いて離れません。

 身体が、熱い。

 周りの物がだんだんと、大きくなっていくような錯覚に陥って、景色がぐるぐる回って。

 意識がぼんやりと侵蝕されていく中、嘲るような声が聞こえました。

「うぷぷぷぷ……1日以内、と言いたいところですが。ゆとり世代のお前らに合わせて、2日以内に戻れば大丈夫、ということにしておきましたぁ!


「え? 戻れなかったら?」


「そりゃ、一生そのままに決まってるじゃん! あーっはっはっは!」

――――

――

――――???

 …………。

 …………。

 頭が……痛い。

 変な夢を見たせいでしょうか。ずきずきします。

 気のせいか、普段よりも身体が重い気もします。

 お布団がとっても暖かくて、丸呑みにされちゃいそう。

 それでも、学校に行かなくてはいけません。……寄宿舎に住んでいると、登校時間が5分とかからないので、遅くまでぬくぬくと出来ますが。それでも、そろそろ時間です。

 まだぼんやりとしながらも、目を開けました。

 ――――?

 何かがヘンです。何が、と聞かれても上手く答えられませんが……。

 あ、やけに天井が広いような気がします。

 それと、なんだか身体がフワフワするような……。

「ぴぃ……」


 ……あれ?


「ぴぴ?」


 声が……あれ?


「ぴっ……ぴぴっぴ!」

 一気に覚醒。嫌な予感がします。昨日見た悪夢が、脳裏を過ります。

 まさか、そんな。

 目の下に、黒くて細長い嘴(くちばし)。右を見れば、すらりと伸びた藍色の翼。左も同じく。胴は羽が生え揃っていて、窓から射し込んだ光を浴びててらてら光って。

 鳥肌が立つ、というのはこういうことを言うんでしょうか。全身の毛穴が開いて、べったりとした汗が吹き出してくるような感じがします。

 まさか、まさか。

 私は。


 ――本当に鳥になってしまった、とでもいうのでしょうか!?

続き書いてくる

舞園さんが焼き鳥になるかもしれないから心臓弱い人は避けた方がいいかも

「ぴい、ぴい!」

 私の存在を確かめようと叫ぶ声は、あまりに調子が高く、か細く。

 ひんやりとした朝の空気と照る朝日がやけに意識されました。


 ――どういうことなんだろう。

 なぜ、どうして。そんな言葉が頭の中を駆け巡りますが、一向に答えに辿り着く気配がありません。


 考えすぎで胸が痛いほど苦しくなって、ようやく『まだわからない』という結論に及びました。


 そして、次の疑問。

 ――今の私にとって、『なぜ、どうして』なんかよりも、ずっとこっちの方が重要だったのです。


 どうしよう。

 ふと、昔読んだ本を思い出しました。

 主人公ことグレゴール・ザムザは何の前触れもなく巨大な毒虫に変身してしまう。彼は、家族から、世間から見捨てられ――

 ――そして、死ぬ。


 悪寒。

 漠然とした不安に襲われて。何故、そんなことを思い出してしまったのだろうか。数秒前の自分を恨みます。

 そんな妄想、あまりに、あんまりです。妄想です。妄想でしかないんです!


「ぴぃ……」

 ――どうしよう。

 いったい、どうすればいいんでしょう。

 ベッドの上で1人――1匹、途方に暮れてしまいました。


 とりあえず、動かないと。

 ただじっとしていると、真っ黒な不安に押し潰されてしまいそうで、怖くて。

 ――教わっていないのに、不思議と飛び方は分かりました。

 腕を上下させるのと同じ要領で、翼が動かせます。

 身体中に風を受けるのを感じた瞬間には、私は宙に浮いていました。

 私は少し羽ばたいて、窓のサッシの上へと移りました。

 何故そこへ向かったのかは、不思議なことに自分でも分かりません。本能か、何かでしょうか。

 ただ、暗い部屋から明るい外の世界へ。そう目指すのが動物の性(さが)だとしたなら、ずいぶんと素敵な物だと思うことが出来ました。

 少し開かれた窓から、さあ、外の世界へ飛び立とう、という時に。なんだか嫌な感じがしました。

 もう、二度とここへは戻ってこれないような。

 私が――『舞園さやか』が『舞園さやか』でいられるこの部屋が、もう、そうで無くなってしまうかのような。


 ……また、あのよくわからない不安な感覚です。思わず部屋の中を振り替えってしまいます。

 部屋の中は、小綺麗に片付いていました。

 壁にかけていた制服も、飾っていた写真も、本棚に並べておいた教科書も。何もかも、きれいさっぱり。

 無くなっていました。

 小さな心臓が、きゅっと締まって。情けない悲鳴をあげそうになって。

「ぴぃ」

 たまらず、私はぎらぎらと照らす日差しの中へと飛び込んでいきました。

今日はここまで。

ゆっくり、のんびり書いていきます。

支援ありがとうございますね。

――――空。

 身体が軽い。

 外に出て数分、ある程度高く翔んだら翼を広げるだけで滑空出来ることに気付いたので、楽に泳げます。

 嬉しくなって口を開けば、いつの間にか囀(さえ)ずっていて。

 ほんの一瞬ですが、あの暗くて重い感情を忘れる事が出来たのです。


 雲1つない大空の下、まだ朝が早かったのか、私の他に鳥は見当たりませんでした。

 ふと我に返って見下ろすと、希望ヶ峰学園がありました。とても美しく。無駄な装飾など一切なく。

 どこか、白々しいほどよそよそしい。そんな印象を受けます。


 急にばつが悪くなり、口をつぐんで囀ずるのを止めます。


 ――私が通うクラスに行けば、何か分かるかも知れない。

 ふと、頭に浮かびました。

 そうだ、みんななら何かを知っているかもしれない。こんな鳥になった理由も、元に戻る方法も。仮に知らなかったとしても、一緒に考えるなり、助けてくれるだろう。

 そんな気がしました。

 いえ、それ以外手段が思い浮かばなかったのです。

 私の家も、所属してる事務所も、何もかもが絶望的に遠すぎて。仮に、線路に沿って翔んで行っても、辿り着く事ができるのか怪しいものでした。

 だから、もしクラスの皆が助けてくれなかったら――


 胸元が、チクリと痛みました。

 ……私は考えるのを止めて、皆がいるクラスへと向かいました。

――――

――

――――校舎。

 無い。

 無い。

 無い。

 どこにも、無い。


 窓越しにのぞき込んだ教室の中には、昨日と同じように騒ぐ皆の姿がありました。朝日奈さん、霧切さん、大神さん。桑田君、葉隠君――苗木君。

 近くの木に留(と)まって中を必死に探しても、そこに舞園さやかの姿は存在しません。

 しかし、それよりも。


 席が、ありません。


 そして、クラスの皆がそのことについて、何でもないように過ごしていることが、私には信じられませんでした。

 まるで『舞園さやか』という存在など、なくて当然であるかのように。

 教室のドアが開いて、十神君と腐川さん、他にも大和田君達3人が入って来ます。遅れて、山田君とセレスさん。戦場さんと、江ノ島さん。

 ――時折その窓ガラスがチラチラ反射して、鏡のようになるのに気付かないフリをしました。


 教室を眺めていると、ふと、絶望してしまいます。

 葉隠君と桑田君。

 不二咲君と石丸君、大和田君。

 山田君とセレスさん。

 十神君と腐川さん

 大神さん、朝日奈さん。

 江ノ島さん、戦場さん。

 霧切さんと、苗木君。


 私の席が無くなっても、誰1人として困らない。

 アイドルとして皆の笑顔を作るのに一役買っている、と思っていたのは私の傲慢だったのでしょうか。私がいなくなっても、心配どころか気付かれもしません。

 私の存在意義と、ちっぽけなプライドとが、粉々に砕け散る音が聞こえました。

 なんで。

 なんで、私が。

 どうして?

 ……わからない。

 胸がズキズキします。私がいない。ただそれだけです。何も変わりはしません。

 薄い窓ガラス一枚隔てた向こうの教室が、酷く遠いもののように感じてしまいます。


 一度頭(こうべ)を垂れ、そして気を保つように再び顔をあげました。



 ――窓ガラスに映った鳥と、目が合いました。

 醜い鳥でした。


 お腹の底がヒヤリとしました。

 可愛いだとか美しいだとか、そういうのは個人の主観によるもの、なんて聞きます。

 だとしたらその鳥は、愛らしさや華麗さ、慎ましさといった物を微塵も感じさせない、思わず『できそこない』と言ってしまいたくなる程の嫌悪感を、私に抱かせました。

 偶像として人前に立つ者の姿では、決してありません。

 本当は、私は、もっと、もっと。


 こんなのが私で、『舞園さやか』であってたまるか……!

 私は鳥なんかじゃない、人間なんだ!



「ぴい」

 ……そうか。

 これは悪い夢なんだ。

 そうに違いない。


 月並みな表現だと自分で笑い飛ばすことさえ出来ません。これが夢だったのなら、どんなにいいでしょうか! そう分かっていても、そうやって逃げないと今にも気がふれてしまいそうで、怖くて。

 ぶるぶる震える身体が、自分の物では無いみたい。


 いつの間にか石丸君が、クラスの出欠を確認しています。

「朝日奈くん」

「はい!」

「戦場くん」

「はい」


 嫌な予感がします。もしかしたら、自分の名前が呼ばれないのでは…………そんな、まさか!


 ――どんなに聞きたくないと思っても、翼になった両腕では耳を塞ぐことは出来ず。ガチガチに固まった足は握り締めた木の枝を、決して離そうとはしませんでした。

「腐川くん」

「……はい」

「不二咲くん」

「はい」

「やす……セレスくん」

「はい」


 ――――ああ。

 本当に。


「山田君」

「はいっ!」


「――よしっ、今日も全員揃っているようだな!」


 本当に。

 皆は、私の事を忘れてしまったのでしょうか。

 ぴいぴいとかん高い声が耳につきます。

 それが私の物だと気付く前に、身体が勝手に動いていました。


――――

――

今日はここまで。

支援ありがとうございます。

ゆっくり、進んでいきますね。

…関係無いですけど、参考資料として焼き鳥を買ってきました。

 次に私が認識したのは、身体中を叩きつけられたかのような衝撃でした。

 ガツンという音と一緒に、目の前に星が飛びます。

 見えない壁にでも――


 そこまで思って、やっとガラスにぶつかった事を理解します。

 滑稽なことに、一時の感情に流された私は目の前に壁があることも忘れて突撃していたのです。

 皆に見てもらいたかった。気付いてもらいたかった。

 その思いは、届きました。

 幸か不幸かは別として。

「鳥だ!」

 誰の声かは分かりませんでした。葉隠君だったかもしれませんし、朝日奈さんだったかもしれません。

 その声を聞いた瞬間、私に視線が集まるのを感じました。


 ――――私は、見られることをこれ程まで苦痛に思った事はありません。

 脚光を浴びる。スポットライトを当てられる。注目を集める。


 そんな表現よりも、『晒し者にされる』という方がしっくりきます。

 無様な格好で窓ガラスにへばりついている私に向けられるのは、好奇の目ばかりです。

「ケガしてるみたいだよ!」

 ――――え?

「本当だ、翼が――」


 ちらりと右の方に目をやると、へし曲がった翼がそこにはありました。

 数秒遅れで鈍い痛みがやって来ます。

 ぶつかった時に打ち付けたせいで、折れたのか。痛い、痛い。ついでに頭もクラクラする。

 溺れるように残った左の翼で羽ばたくも、まるでバランスが取れず。あえなく墜落し、仰向け(あおむけ)に地面に激突します。


「ぴぎっ!」

 濁った悲鳴をあげてしまいましたが、それどころではありません。

 うめき声をあげることは出来ても、ろくに身体は動かせません。のっぺりと青い空と不細工な雲が目に映る傍ら、ただただ痛みに息を荒くします。

 まぬけ。笑い声が降ってくるような気がしました。

 ――――突然のことでした。

 苗木君が、視界に飛び込んできたのです。普段は私よりも小さな彼は、今の私よりもずっと大きくて。


 彼は両手で私をそっと抱き上げます。「手当てをしよう」と学級の皆に言ったのも聞こえました。

 ズキズキする身体に、苗木くんの暖かさが重なって。


 …………ああ。


 こんな身体じゃあ、涙を流すことすら出来ないんだ。



――――

――

 希望ヶ峰学園には、動物や、その治療の分野に明るい人がいるそうです。おかげで治療設備も揃っているらしく、レントゲンを撮った後にあっさりと手術をされました。


 今は右の翼がギプスで固定されていますが、3週間もすれば外せるそうです。

 苗木君達が担当の方に頭を下げるのを見て、少なからず嬉しく思いました。私を治療してくれた方は答えます。

「鳥はバイ菌が一杯ついていて汚いから、世話をした後はしっかり手を洗わなきゃダメですよ」

「はい、分かりました」

 ……仕方がない事なんだと分かっていても、傷ついてしまいました。

「鳥カゴは、これで大丈夫だと思いますから。元気そうだったら、エサは捕えてきたのをあげて大丈夫ですよ」

――――

――

――――教室。

 今日1日は、鳥カゴが私の席でした。そして、その状態で過ごして分かった事が2つあります。

 1つは、『舞園さやか』は最初から存在しない事になっていること。


 そして、クラスの皆は今の私を悪いようにしようとは考えていないこと。

 授業が終わる度に誰かが私の様子を伺いに来て、そして心配そうに見つめるのです。

 『大丈夫』と答えることは出来ないので、ぴいと小さく鳴きます。すると、きまって皆は嬉しそうに笑うのです。

 4回もそれを繰り返した頃には、始めは抵抗があった鳴き声にも慣れてしまっていました。


 1日の授業が終わった後、クラスの皆は私を取り囲むように集まりました。

 どうやら、私の事についてお話し合いをするみたいです。

「……それで、こいつはどうするよ?」

 口火を切ったのは、桑田君でした。


「野生の鳥って、なんか、アレだ。世話が難しいんだろ? この中に出来るヤツいんのかよ」

「鳥なら捌(さば)けるよ? 食べられる所は少ないかもしれないけど、たんぱく質が豊富だし」

 ――私の事を言っているのだと理解するのに少し時間がかかりました。世話の意味を取り違えた戦刃さんが、物騒な事を言い始めます。

「やっぱり、食べられる物は食べないといけないと思うから」

「焼き鳥も旨そうだべ」

「唐揚げも捨てがたいよ!」

 洒落になりません。金属が擦れる音と共に、戦刃さんが大きなナイフを取り出しました。

「ちげーって! なんで食べようとしてんだよ!」

「? 食べるために助けたんじゃないの?」

「いやいやいや!」

 どうやら桑田君に止めてもらえなければ、私は戦刃さんに料理されていたようです。想像したら寒気がします。


「ボクが世話をするよ」

――――

――

――――苗木 誠君の部屋。

『ボクが世話をするよ』

『苗木? お前、世話できんのか?』

『さっき、保健室でお話を聞いてきたし、それに』

『さっきからずっとボクと目が合ってて…ほっとけなくなっちゃったかな』



 苗木君は私の入ったカゴを机の上に置くと、鞄の中から何冊か本を取り出しました。

 勉強をするのかと思いじっと見つめていると、そのうち一冊の表紙に『はじめての鳥の世話』と印字されている事に気がつきます。

 どきりとしました。

 恐怖や苦痛から来る嫌なそれでは決してありません。もっと暖かくて、優しくて、柔らかい。そんな感触です。


 違和感。

 ……本当に、それだけでしょうか。


 一瞬、例えようもないくらいの幸福を感じたのは事実です。けれども、その薄皮一枚をめくった所にあるのは。

 ただ、私のことを理解して欲しい。

 鳥でいいから。


 『舞園さやか』じゃなくてもいいから。


 なんだっていいから。

 考えない。考えない。考えない。


 なんて品の無い心だ。苗木君が私のことを心配してくれている。私のことを思ってくれている。それでいいじゃないか。私の思いなんて、関係無いじゃないか。


 ぺらりと苗木君がページをめくります。なんでも無いフリをして、彼の真剣な横顔に視線を張り付けます。

 そこには、いつも私が見下ろしていた、頼りない笑みを浮かべる彼はいませんでした。

 ひたすら純粋に私の事を考えている。開いたページをじっと見つめて、それからまた、めくる。


 恥ずかしい。

 なぜ、でしょうか。あんなに遠く感じていた彼が、こんなに近くにいるのに。


 苦しくなるばっかりです。辛くなるばっかりです。私は、自分のことばっかりです。

 胸にぽっかり空いた傷口から、ざらざらと砂がこぼれて、止まらない。重たい胸の痛みがまた主張してきます。

 これは何でしょう。

 取り留めの無いこの気持ちは、いったい何でしょうか。

 今、私がこんな姿だから?

 ――――いいえ、私が鳥であろうと人間であろうと、この痛みは関係が無いように思えます。


 もしも今、私が人間だったなら。すぐにこの部屋から出ていって、自分の部屋に入って、鍵をかけて、ベッドに潜りこんで。がたがた震えながら涙を流してしまうかもしれません。

 漠然と、怖いのです。

 私のことを思い出して欲しいのに、それ以前に何かを見失っている気がする。

 私は――――。


 ――――私は、本当に。

 『舞園さやか』なのでしょうか?

 なんだよ、それ。

 私は私でしかない。そんなの、決まってるじゃないか!

 私は……私は!



 ぱたりと、苗木君が本を閉じる音。

 一気に現実に引き戻されます。

 ばくばくと耳元で騒いでいた心臓が、ゆっくりと落ち着きを取り戻していきます。


 そうだ。

 まず最初に考えるべきは、どうやったら元に戻れるか、です。

 私が何か、ということは一旦どこかにおいておいて、ただそれだけを考えることにします。

 そして、そのとっかかりとしてしなければならないのは――。


「んん……あ。……お腹、空いちゃってるかな?」


 苗木君に気付いてもらうこと。

 そう考えます。

「元気そうだから、エサはさっき捕まえておいたので大丈夫だよね?」

 鞄を漁る彼の背中を見ながら、どうするべきか頭を回転させます。


 ぴいぴい呼び掛けるか。

 ――いや、ただ心配させるだけでしょう。


 私の部屋に連れていくのは。

 ――私の部屋は、もう私の部屋ではなくなっている。そんな気がします。


 外に出て、私と一緒に行ったことがある所に行ければ、何かのはずみで。

 ――どうやって外に? 翼も無いのに、どうやってその場所まで?


 あっという間に暗礁に乗り上げてしまいます。

 方法も手がかりも、足りなすぎるのです。

「あ、あった!」

 そうこうしているうちに、苗木君が鞄の中から何かを取り出しました。なんだか、いい匂いがします。

 そういえば、ずっと物を食べていませんでした。お腹がペコペコなことに気が付きます。

 どうやら苗木君は、私のご飯を用意してくれたみたいです。


 そして、彼が私の前に置いたのは、虫カゴ――――

 うわあああっ!

 そんなっ、そんな!

 嘘だっ!

「ぴいっ!」

「元気そうだから、大丈夫だよね?」

 やだっ! いやだっ!

 そんなもの、食べたくないっ!


「あはは、喜んでるみたい。それじゃあ」


 香ばしい匂い。身体が勝手に。お腹がくるくる鳴きます。


 いやだ、いやだ。いやだよ……。

 やめてください……!

 こっちのカゴに、入れないで――!



――――

――

 お腹が、痛い。

 死骸が中で生き返って、胃を食い破っているんじゃないか。

 ごそごそと身体の中で這いずり回るその姿を想像しただけで、吐き気に襲われます。

 その一方で、お腹が膨れたのは事実でした。

 身体もいくぶんか楽になっています。

 残りは明日の朝。そう彼が呟いた時には、頭が、おかしくなりそうでした。


 ……これを、毎食?

 あはは。

 ははは。

 はは。

 笑えない冗談です。

 人が食べる物じゃあ……私は鳥でした。

 ああ、私は鳥です。鳥だから、これは、普通のことなのです。

 人間だった時にもあった吐き気を催すような常識が、これに代わっただけです。

 だから、普通。普通なんです。



 それよりも、今は苗木君に気付いてもらう方法を……。

「おやすみ」

 鳥カゴに、布がかけられました。



 そして、暗がりの中で輪郭の無い悲しみに襲われながら。

 私の意識は、ゆっくりと閉じていきました。

今日はここまで。


…本当はあと700字ぐらい舞園さんの食事に関する描写がありましたが、あまりにあんまりだったので削りました。マイルドになった……かな?

クラスメイトが舞園さんに付ける名前の案を募集します。

(誰も来なかったら「からあげ」か「シューティングスターウィング」になります)

良かったら考えてあげてください。

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