フィアンマ「病室を、間違えていないか」ヴェント「ッ、」 (236)




・フィアンマさんとツンデレなヴェントさんがいちゃいちゃするスレ

・記憶を喪った右方のフィアンマさんと前方のヴェントさんがほのぼのしたりいちゃいちゃ同棲するスレ

・序盤は記憶有り

・基本は会話文進行。時々地の文が入ります

・キャラ崩壊注意

・エログロがあるかもしれないです

・時間軸不明

・雑談希望予想お気軽にどうぞ

・希望によっては百合子ちゃんや上嬢さんも出るかもしれません



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酷い雨の中。
弟を喪い、数年経って尚心の癒えぬ私は、歩いていた。
傘を差す気力もなく。泣きたい思いを懸命に堪えて。

「……、…」

修道服が濡れていた。
それすらも、気にならない。
今日は、あの子の墓に花束を添えに行っていた。
私のせいで、あの子は死んだ。

「………」

生まれてこなければ良かった。
今となっては、そう思う。
私が居なければ、あの子はきっとまだ生きていた。

黒いフードで、顔を隠す。
そのフードも濡れていて、気分が悪かった。

「…めん、ね…」

悪いお姉ちゃんで、ごめんね。
守ってあげられなくて、ごめんね。

ごめんね……。

不意に、目元が熱くなる。
きっと何年経っても、何十年経っても、私は私を許せない。


ぐし、と手の甲で目元を擦る。
ごしごしとこすっても、更に熱くなるだけ。
苦しい。思わず、咳き込んだ。
何もかも放り出して泣いたって、きっと誰も来ない。
ここはバチカンの、つまりは普通の街中だが、この大雨だ、私以外に人気は無い。
泣いている内に気分が悪くなり、思わず座り込んだ。
あの日、目を覚まして見た弟の亡骸を思いだし、発狂しそうになる。

「っ、……」

せめて、教会までは行かなければ。
思うのに、さほど疲れていないクセに、脚が思ったように動いてくれない。
地面へみっともなく手をついて泣いていると、不意に雨が止んだ。

いいや、防がれた。

のろのろと、本当に怠かったのだが、無理矢理に顔を上げる。
気恥ずかしいという思いよりも、どこかに行って欲しいという身勝手な願いの方が強かった。

私の前に立っていたのは、細身の青年だった。
血飛沫らしきシミの見える、黒い傘を差している。

「……、私に、」

構わないで。
言おうとした矢先、清潔そうなハンカチが差し出された。
あまりにもそっと手渡されたので、思わず受け取ってしまう。


彼はそのまま、私の隣を通り過ぎる。

「あ、」

声を出して、引きとめようとした。
泣いていたせいで声が掠れ、発声に齟齬が生じる。
掠れた声はどこにも届かず、雨音にかき消され。
そうこうしている間に、彼は姿を消した。
ふらふらと立ち上がり、周囲を見てみるも、見当たらない。

「……、…?」

バチカンは、私の庭のようなものだ。
住んで、もう二年になる。
だというのに、見当たらないというのは妙だ。
全力ダッシュしたとしても、後ろ姿位は見える筈。
首を傾げ、ハンカチを見下ろす。
雨で濡れているものの、清潔そうな赤いハンカチだった。
男性用でも女性用でもないのか、華美さも地味さも無い。

「………」

次に会った時には、返さなければ。
思いつつ、ポケットへとしまいこんだ。



悪夢を見た。
酷い内容だった。
世界中から拒絶される夢だった。
元より愛され易い性格だなどとは思っていなかったが。
自尊心を踏みにじられる、最低最悪の夢。
その不快感から逃れるべく、外へ出た。
土砂降りの雨の中、人気はほぼゼロに近く、心地よかった。

「………」

涼しい雨の匂いとは心を落ち着かせてくれるもので。
嫌な夢の内容も、みるみる内に薄らいでいった。

ふと。

ローマ正教の採用している正式な修道服を着用している女を見かけた。
地面へ両の手をつき、声を堪え堪え、泣きじゃくっている。
かける言葉は浮かばなかった。初対面なのだから、あるはずもない。
ただ、それを素通りするには、なけなしの良心とやらが痛んで。

「…、」
「……、私に、」

顔を上げた女の顔は、酷いものだった。
整っている顔が、哀しみと憎しみと涙に塗れ、歪んでいた。
どうすればいいかわからず、ぐい、とハンカチを押し付けた。
女が受け取ったのを確認して、通り過ぎる。
ズキズキと痛んでいた良心は、すぐさま治まった。


一歩踏み出し。
『聖なる右』を用い、平行移動した。
聖ピエトロ大聖堂は、本日も静謐を保っている。
良い事だ、と思った。騒然としているのは好かない。

「おや、お帰りなさい」

左方のテッラと目が合う。
ああ、と適当に返事をして、仕事部屋へ戻る。
仕事中に居眠りをしたから、あんな悪夢を見たのかもしれない。

「………」

現在状況についての報告書類。
これらをまとめ、整理し、片付ければ仕事は終わりだ。
別に今日中にやらなくても一向に問題無いのだが。

「……」

本棚に手をかける。
メモが挟まっていた。
一般資料に、どうやら不備があるようだ。
図書館に行かなければならないと思うと、億劫になる。

「まあ、仕方あるまい」

妥協して、本を片付けた。
雨は、まだまだ、乱暴に降り続けている。


とりあえずここまで。
更新は不定期ですが、書き溜めが出来上がり次第きます。


自分でもどうなるかちょっとまだわかってません。
皆様の希望を取り入れつつ進めていこうかな、と思う次第です。









投下。


ハンカチを返そうにも。
彼の身元はまったくもって不明であり、検討もつかない。

「……、…」

困った。
貰うというのは、少し申し訳なさのようなものがある。
ましてや、新品に近い綺麗なハンカチでは。
同じものを買って返すべく、給金を叩いて同じものを購入した。
恐ろしい値段だったので、彼は存外金持ちなのかもしれない。
その割には修道服を纏っていたような、そんな覚えがあるのだけれど。
正確には修道服に似たデザインの、赤い服だったかもしれない。
どこかの制服だろうか。だとすれば学生なのだろうか。

ぐるぐると思考する彼女に、年輩のシスターが声をかけた。

「———ちゃん、悪いんだけれど」
「はい?」

彼女はとても優しく穏やかで、とても良くしてくれる人だ。
はい、と手渡された紙袋の中には、数冊の本がある。
恐らく中身は交通費だろう、財布も一緒に入っていた。

「余ったらご飯を食べてきていいわ」
「…、…ありがとうございます」

行ってきます、と受け取り。
彼女は外に出て、図書館を目指し、歩き始めた。


今日は午後に雨が降る。
フィアンマがそんな情報を手に入れたのは、何も神の如き者の特性に沿った預言ではない。
ただ単に、天気予報を伝えるラジオから流れる声を聴いただけだ。
彼は魔術サイドに所属しながらも、決して科学を嫌っている訳ではない。
それは彼が科学サイドに対して嫌な記憶が無いからかもしれないし、上に立つ者として公然とした思考なのかもしれない。
何はともあれそのような情報を聴いたフィアンマは、傘を手に外へ出る。
昨日も使用したものと同じ傘だ。これは彼の私物だが、彼が購入したものではない。

間違って大量発注したんだ、という店員から"幸運にも"プレゼントされ。
うっかり盗まれ、待っていたら盗んだ人間が事故に遭い。
僅かに血飛沫を付着させ、"幸運にも"壊れず、手元へ戻ってきたものだ。

いわば、彼の幸運体質の象徴ともいえよう。
自分の幸運の代償として他者が不幸になることは既にわかっている。
何度も経験してきたことは、今更泣いて怖がったり、悔やむ事でもない。


図書館へは、無事到着した。
財布の中身は存外多く、それだけ信頼されているのだと思うと嬉しくなる。
自分の事は基本的に嫌いだが、それとこれとは別問題だ。

「…お願いします」

司書に紙袋ごと手渡し。
番号合わせ等があるのか、司書はいそいそと作業する。
一昔前は手書きで処理していたのだが、最近はコピー機やパソコンを導入したらしい。
科学が憎くてたまらない自分としては、目を逸らすほかない。

「……、あ」

赤い髪が、目に入った。
彼は本棚の並びを見ており、幾つもの本を小脇に抱えている。
欠伸を噛み殺し、本を手に、テーブルへ。
椅子に腰掛けて悠々と読む姿は、知的な雰囲気を漂わせていた。

「処理終わりましたよ。ごゆっくりどうぞ」
「どうも」

紙袋を返される。
受け取って畳み、財布をしまい、彼に近づく。
本の内容に熱中しているのか、私には気づかない。
声をかけても、無視された。一点集中しているようだ。


仕方がないので、向かい側の席に座る。
流石に肩を揺さぶってまで集中を切れさせる真似はしない。

「…………ん」

ぱたん。
本を閉じ、彼の瞳が私を捉える。
言葉に迷った様子で、しばらく黙っていた。
私もどう話しかけたものかはかりかね、黙る。

「…お前は、昨日の」

それだけ言って。
彼は、本を閉じて積む。
一気に読んで一気に片付けるタイプらしい。
せっかちなのか、面倒臭がりなのか。

「あの、」

買っておいた新品のハンカチを差し出す。
ブランド名も何もかも、同様のものだ。

「昨日はありがとうございました」

放っておいて欲しかったが、それはエゴだ。
自分の感情を押し付けてはいけない。
彼はハンカチを受け取り、私を見る。

「高かっただろう」

端的な言葉に。
頷く事も首を横に振る事もままならず。
困った顔をする私に、彼は小さく笑った。



流れに流されて、レストランまで来てしまった。
丁度昼時だったので、断りきれなかったところもある。
緊張する理由のない彼は、淡々と食事をしていた。

「失恋か何か、か」

もぐ、とイカを口に含み。
金色の視線が、私の方に向けられた。
別に、失恋や、目立って悲しい事があった訳ではない。
慢性的に抱えている辛さが、絶望が、時折こうして顔を覗かせるだけだ。

「そういう訳でもないんですケドね、」
「……敬語でなくて構わん」

畏まった話し方は好かない、と彼はぼやく。
何がしかの高い地位にでもいるのだろうか。
チーズのたっぷり乗ったピザをひと切れ食べ、敬語はやめる、と頷いた。
傘の件を聞きたいような、聞いてはいけないような。
会話が弾むでもなく、酷く気まずい訳でもなく、食事が終わる。


外に出ると、雨が降っていた。

「げっ……」

思わず、嫌な声が出た。
今日の午後に雨が降るなど、知らなかった。
天気予報を聴いていればわかっていたのだろうが、科学は嫌いだ。
舌打ちをしそうになって、隣に他人が居るので、堪える。
対して、傘を開いた彼は、私を見やった。

「…お前の家はここから遠いのか」
「…電車に乗るから、まあまあってところカナ?」

なら、駅まで送る。

そんな申し出に首を横に振るも、彼は歩き出してしまう。
仕方がないので焦って傘下へと入った。

『おねえちゃん、あいあいがさしよー』
『どこでそんなコト覚えてきたの…はぁ』

誰かと一緒に傘に入っていると、弟のことを思い出す。
いいや、私の生活のほとんどは弟に関連づいているものだ。
食事を作るのも、起きるのも、寝るのも、何もかも。
弟は、私の生きがいだった。これからも、成人するまでは一緒だと思っていた。
弟に反抗期が来たら、どうしよう。
そんなことを考えては、取っ組み合いとか必要なのかな、と思ったりして。
結局、想像していた何もかもは、私の存在によって不可能になった。

「……悩みがあるのなら、誰かに相談した方が良い」

隣から、そんなことを言われて。
ちらりとそちらを見やれば、憂鬱そうな青年の顔。

「…別に、悩んで、相談してもどうしようもないコトだから」

死者は蘇らない。
『神の子』が存在していない限り。


「食事、ありがとう」

礼を言って、駅へ。
電車に乗るのは嫌だが、我慢するしかない。
目を閉じてあの子の事を考えていればすぐに終わる。
彼は私が改札口へ行ったのを見届け、踵を返す。
その背中が孤独なものに見えて、思わず呼び止めそうになった。

「……また、会えれば良いが」

そんなことをぼやいて、彼は姿を消してしまう。
幻想のような人。
思いながらフードを整え直し、教会へ急ぐ。



幸運にも、教会へ戻るまでに少し濡れただけで済んだ。
少し肌寒い。上着を着た方が良いだろうか。

「戻りました」
「お帰りなさい」

のんびりと、年輩シスターが彼女を出迎える。
勧められるまま椅子に腰掛け、差し出されたココアを啜る。
甘い味とカカオの柔らかな匂いが、冷えた身体を温めた。

「そうそう、近々、あなたは教会を移るかもしれないわ」
「え?」

思わずきょとんとする私に、シスターはほんわかといつもの優しい笑みと共に言う。

「ここより大きい場所だから、もしかすると男性が居るかもしれないけれどね」

それも、きっと良い経験になるから。
そうですか、と返事をしておく。



教会を移るだなんて、本当に久しぶりだ。


今回はここまで。
素ヴェントちゃんマジ天使。…ヴェントちゃんの本名どうしましょう。


いつかフィアンマさんが映画の話に加入するssとか書かないかと期待してる
偶然「88の奇跡」を知ったフィアンマさんが学園都市に来て……みたいな



>>37
右方無双で話が終わるわ…

>>38
少なくても社長は映画よりいい最後になりそうだし、普段は炎の魔術で戦えばいいじゃん(理由は、イギリス正教の魔術師に目を付けられないため)
「魔女狩りの王」を除けば普通の火の魔術の技量や量はステイルより多いと思う


フィアンマ「傲慢かもしれないが、鳴護アリサを助けずにはいられなかった」


夢小説は…うう…意識してませんでした、申し訳ないです >>1は夢苦手です…
名前はとりあえずつけておきました。多分すぐヴェントに切り替わりますが。

>>37>>39
>>1の財布と時間に余裕がないので映画見に行けないんです…なので書いてください(小声)











投下。


荷物をまとめ。
一週間後、私は、別の教会へと移ってきた。

「シスター・エウラーリア」

呼ばれ、返事をする。
私の名前は、聖女であるメリダのエウラリアに基づいている。
別に、名前に対してこだわりは持っていない。
何と呼ばれようと私は私という一人の人間であり。
弟を殺してしまった、大罪人に過ぎないのだから。


通された部屋には、十数人のシスター。
それから、数人の神父が居た。
正確には司教であったり、見習いであったりと様々なのだが。

自己紹介をして。
荷物を部屋の適所へと片付ける。
これで引越しは完了だ。


「……何だこれは」

ずっしりと積まれた書類に、フィアンマは眉をひそめた。
左方のテッラは少々面倒そうに、申し訳なさそうに言う。

「いえ、ローマ正教信者の、罪を犯した者の"書類処理"をしていたらこうなりましてねー」

つまり、情報捏造だ。
左方のテッラは異教徒を家畜扱いする典型的なローマ正教徒なのだが、反対に同胞には甘い。
優しいのではなく、とかく甘く、情けをかけるのだ。
なので、犯罪者といえど同胞を庇ってやりたい、という思いから、余計なことをしたのだろう。
フィアンマは書類を紙袋へと押し込む。

「……届けてくる」

ローマ正教のピラミッド構造内に存在しない暗部にして、ローマ教皇の相談役。

『神の右席』。

その中でも、右方のフィアンマは座位が『右方』だけあって地位が最も高い。
それ故に管理者的な側面が強く、常に退屈しているのだ。
結果として、このように事務処理などに追われる事で暇を潰している。
良い暇つぶしの材料だ、とフィアンマは書類を手に外へ出る。
しばらく降り続いていた雨。
今日はそれまでと打って変わって、快晴だった。


書庫の掃除を任された。
新入りというのは、どこでも掃除役が基本だ。
土地面積が広いだけあって、取り揃えられている書物も多い。

「…ん?」

吸い寄せられるように。
視線の先が、ピタリと固定された。
目を逸らしたい思いと、読んでみたい思いが拮抗する。

「……、…」

少し位ならバレないはずだ。
そっと手に取り、開いてみる。
難解な文字の数々が並んでいた。
読んでいる内に頭が痛くなってくる。
座り込みながら、それでも私は読むのをやめはしなかった。
吐き気が催し、それでも文字列を辿るのをやめられない。

『神の火』。
『天罰』。
『原罪』。

聖書で読んだ単語が並んでいた。
ただ、解釈のような図解などが描かれていて。
直接脳へぶち込まれるように、知識が私の中に蓄積されていく。


ガチャ、というドアの開く音が聞こえた。
誰かの視線を感じるも、顔を上げられない。
もうすぐで読み終わる。もうすぐで、全部理解出来る。

「…魔術師でもない人間に写本を収めている場所の掃除をさせるとはな」

男の声が聞こえた後に。
すっ、と本を取り上げられた。
返してと叫ぶ前に、体の軸がブレ、尻餅をついた。

「ッ、」
「……これがどういう代物か、知っているのか?」

現れた青年は、一週間前に会った人だった。
ローマ正教徒だったのだろう、つまりは同胞ということか。
彼は私から取り上げた本を本棚へと押し込む。
それから、自分の本来の用事であろう書類のフォルダをしまう。

「どういう、代物か…?」
「……」

視線が合う。
冷えた眼光に、怯みそうになって、堪える。

「あれは———魔道書の、写本だ」
「写、本……?」





私が魔術について学び始めたのは、その夜からだった。


今回はここまで。
投下量が滅茶苦茶少ないのは先の展開が浮かんでいないからです。
……どうしよう…。

乙。このまま行くとまた原作再構成になりそうだし、

フィアンマさん家庭教師(教科魔術)?でヴェントに教える日々→研修任務→一緒に任務→なんやかんやでヴェントのミスをフィアンマさんフォローしたら追われる身に→逃避行→何か芽生える

とか

シリアス無しでお願いします。


ではゆったり少しずつ更新、といった感じで。

>>53
ありがとうございます、そんな感じで書かせていただこうと思います。
……願わくばフィアンマSS書いていただきたいですが(小声)

>>56
記憶喪失前後辺りはシリアスになると思いますが、それ以外はほのぼのだったりいちゃいちゃだったりでいきます。








投下。


魔道書。
魔術の使用方法が記された書物のことだ。
『原典』(オリジン)とその写本、偽書が存在する。
著者や地脈の魔力を使い、本そのものが小型の魔法陣と化しているため、破壊や干渉を受け付けない。
有名な魔術師が記したものは、干渉を感知すると自動的にその実行犯に対し迎撃術式を発動させる。
仮に何らかの手段で破壊できたとしても、力ある原典なら壊されようと幾らでも復元する…とのこと。
そのため迂闊に手が出せず、封印されるのがせいぜい。
異世界の法則が綴られており、毒に耐えるだけの準備をしてから目を通さなければならない。
魔道書は不安定だと自壊してしまうため、その暴走に巻き込まれて死亡した人間も多いらしく。
故に、魔術を使うには大きな覚悟が必要であり、目的が必要となる。
その目的、或いは信念は、魔術師各人が持つ『魔法名』に表現されているようだ。

「…大きな覚悟と目的、ね」

ぽつりと呟く。
私がそれを設定するならば、それはやはり。

『科学への復讐』

この一言に尽きる。


ふと、時計に目を向ける。
魔術について学びたいと言い、部屋に呼んだのに、すっかり考え込んでしまった。

時刻は午後七時半。
フィアンマと名乗った青年はというと。

「………」

寝ていた。
机の上に腕を置き、その両腕を枕にして。
すぅ、と一定の寝息が、呑気に部屋へ響いている。

「……オイ」

男が女相手に警戒する可能性は低いとしても。
さほど仲良くない人間の前で、退屈とはいえ居眠りはいかがなものか。
揺さぶってみたものの、まったく起きる様子が見えない。

「起きろコラ」
「………」

むにゃ。

起きる気配はまるで感じられない。
とりあえず、一時間待ってみる事にした。


二時間後。
フィアンマは目を覚ました。
起き上がる事すらせずに、私を見る。

「…で、何から学びたいんだ」
「とりあえず、基礎から」
「……四大属性の話からで良いのか」

眠そうに、彼はノートを取り出して。
ペンでさらさらと文字列を綴っていく。
魔術を扱う為に知っておくべき最低限の知識の数々らしいが、随分と多い。
全て書き終えてペンを置くと、おもむろにフィアンマは立ち上がった。

「ひとまず、それを全て覚えておけ」
「今晩中に?」
「そうだな。明日にまた来る」

言葉を返し、フィアンマは部屋から出て行った。

「………」

残されたノートを開く。
几帳面な字で、びっしりと文章が綴られている。
これら全てを覚えれば、基礎知識については申し分ないのだろう。
努力しよう、と思う。
願わくば、絶対的な力と、科学サイドへの復讐を。


右方のフィアンマは、自宅へ帰ってきた。
彼は聖職者だが、どこかの教会に住んではいない。
勿論聖ピエトロ大聖堂などに宿泊することもあるが、それは希な事で。
余程急な仕事がない限り。そして、暇つぶしを求めない限り。
フィアンマはベッドへ横たわり、天井を見上げた。
少し寝てしまったが、まだ眠気は残っている。

「……、」

ごろん、と寝返りをうつ。
手を伸ばし、写真立てを掴んだ。
そこに写っているのは、自分と、もう一人。
笑顔を浮かべた、幸せそうな写真。

「………」

しばらく写真を眺めた後、元の場所に戻し。
フィアンマは目を閉じ、眠りに就くこととした。


今回はここまで。
…これ位の投下量で今後もいくと思います。
ところでご覧になっている皆様はショタ条さんと上嬢さん、どっちがこのスレに出た方が良いですか?


追加注意事項

・設定改変が少々あるかもしれません


アニメ化するならちいちがいいです、と言っておきながら>>1は黒おのDで再生してます。
レスいただいたので、上嬢さんにしようと思います。
名前は別に変更しなくても良いと思うのですが、上嬢さんの一人称は変更するべきでしょうか。









投下。


青年は、目を覚ました。
寝入ったのは午後十時。
そして現在時刻は何時かというと。

「……、…午後…四時…?」

十七時間も眠っていたようだ。
確かにここ最近徹夜をしたことはあったが、それにしても寝すぎである。
これは怠慢に相当してしまうだろうかと思いながら、フィアンマは起き上がる。
ずっと同じ体勢で眠っていた為、背中やら腰やらが痛い。
ついでに言うと頭も痛い。体調は最悪だ。

「……」

ふらふらと起き上がり、入浴する。
多少は頭がスッキリした。
香水を身に着け、そこで、昨日の修道女に自らが放った言葉を思い出す。

「……行くか」

今日も特にやるべきことはない。
フィアンマは外へ出て、昨日の教会へと向かった。


「…明日にまた来るって、いつ来んのよ」

午後六時。
シスター・エウラーリアはイライラとしていた。
元から短気というのもあるが、それだけではなく。
フィアンマの訪問時間が、予想していた常識内の時間でなかったことについて怒っているのだ。
魔術を教えてもらう身分で不満を覚えるのはいけないことなのだろうが、腹が立つものは仕方がない。

「…いや、でも」

魔術師とは何たるか、を知った。
そして、どれ位偉くて強いかは知らないが、彼は魔術師だ。
彼には彼の都合があり、境遇があり、もしかしたら。

もしかすると、戦闘に巻き込まれたり、殺されているかも。

そんなことを思考して、彼女は黙り込んだ。
沈黙して、強くノートを抱きしめる。
彼女は弟に対しての贖罪の想いからもわかるように、愛情深い性格だ。
愛情深いということは、慈悲深い、或いは心優しいということでもある。
故に、人が死ぬということは、なるべく考えたくはない。

「……」

早く来い。

ぽつりとぼやいて、彼女は目を伏せる。


一方。
フィアンマは、教会へ行く道の途中で寄り道をしていた。
食事をし、外へ出て、野良猫に目を惹かれた結果である。
真っ黒な毛並みと、黒い瞳を持つ愛らしい黒猫。
イタリアでは、黒猫は不吉の象徴だ。
黒猫だというだけで、年間6万匹もの猫が迷信を信じる市民によって殺害されている程に。
魔女裁判の時代、猫の飼い主は悪魔崇拝主義者または魔女の証拠とされた。
猫は生まれながら邪悪とみられ、裁判において人間と共に罰せられ、焼き殺された。
黒猫はその色のゆえ暗闇に他人の目に見えずに隠れ留まる能力を持ち、魔女のパートナーにふさわしいと考えられていたからである。
しかし、だからこそむしろ、フィアンマはこういった不吉の象徴を愛おしく思う。

自分が、幸運過ぎるからだ。

同様の理由で、とある少女のことも愛おしく思っている。
一緒に居れば、少しでも自分の幸運が減衰してくれるような気がして。
不吉なものは全部黒なのだろうか、とその少女を思い返して。

「にゃあ」
「……、…」

拾って帰るべきか。
放り置けば、恐らく迷信を信じる人間に殺されるだろう。
だが、この猫を死ぬまで面倒を看られる自信もない。
未来の見通しのつかないことをするのは、嫌だった。

「…まあ、頑張って生き延びるんだな」

ごろごろと喉を鳴らす猫の頭を撫で回し、フィアンマはしゃがんだ状態から立ち上がる。
そうして今度こそ、教会へ向かい、歩き始めた。


結局、フィアンマが教会へたどり着いたのは午後八時のことだった。
エウラーリアの部屋を訪ね、中へと入る。
ノートを握ったままの彼女に、キッと睨まれた。

「遅い」
「…色々とあってな」
「約束はしていなかったとはいえ、常識ってモンを考えなさいよ」
「……」
「……」

確かに自分は悪かったかもしれないが自分の立場を考えろ、と窘めかけて。
フィアンマは、彼女の瞳が僅かに潤んでいた事に気がついた。
その色は、怒りの余り、というものではなく、心配の色合いが濃いものだった。
沈黙し、彼は気まずそうに視線を彷徨わせる。
ノートの内容。
彼女は魔術師がどのようなものか、きちんと覚えたのだろう。
そして強力な魔術師は他者から狙われやすい、ということも。
口を噤む彼を見やり、彼女はため息と共に切り出した。

「…で、教えてくれるんじゃなかったっけ?」
「ああ。…初歩から学ぶか」

フィアンマは魔術師であって、魔導師ではない。
だが、右席にその身を置きながらも、例外的に通常魔術を使用出来る。
スムーズとは言い難いものの、他人に魔術を教える事は難しい事でもなかった。


魔術師には、通常、それぞれの得意分野というものがある。
勿論四大元素、願わくば五大元素であるエーテルも使えれば好ましいが、なかなかに難しい。
仮に様々なカテゴリーを飛び越えて様々な術式を行使出来る人物が居たなら、それは魔術師ではない。

魔神。

そう、呼ばれるものになる。
その為、目下のところ、基礎を学んだ彼女は専攻を考える事にしたのだった。

「…、風」
「風か」

四大属性は、土、火、風、水の四つ。
その中でも、彼女は風を選択した。
全てやってみて、学んでみて、適性を感じたのだ。
彼女はセンスとやる気があった為だろう、飲み込みは早く。
地頭が良いのか、彼女は基礎知識を元に、自分の手で術式を作り上げていく。
魔術師になるのは早いかもしれないな、とぼんやりと思う。

彼女の目的によっては、いずれ対立する日が来るかもしれない。

憂鬱な未来を想い、フィアンマはため息を吐きだした。


今回はここまで。
このスレは前半 上嬢→←フィアンマ←ヴェント 後半 上嬢→フィアンマ→←ヴェントでいこうと思います
スレタイと>>1通り右方前方のみのいちゃいちゃはまだ遠いですが、ご承知ください。
前後半の分かれ目は記憶喪失です。…実は記憶喪失のきっかけ、まだ決められていなかったり。


かわいさ重視をすると上嬢さんは↓見たいな感じか
ttp://blog-imgs-42.fc2.com/i/n/v/invariant0/10a291.jpg

面影ねぇけど……


お久しぶりです。展開についてご意見ありがとうございました。
参考にしつつ、書かせていただきます。

>>90
かわいい…それでお願いします(脳内再生を)








投下。


夜遅くまで、エウラーリアに魔術を教え。
そうしてフィアンマは、ようやく家に帰ってきた。
午前様となってしまったが、さほど疲れてはいない。
彼の生活は不規則そのもので、故に徹夜や昏睡が度々生じる。
その度に生活習慣を改めようかと思っては、職務上やはり不規則なのだった。

「……」

彼はシャワーを浴び、ベッドに横たわる。
そして日課のように、写真立てへと手を伸ばした。

「……、」

そこには、幼い少女と、まだ少年だった自分が写っている。
彼女とは未だに親交があるし、時折連絡も来る。
近々遊びに来たいと、そのようなことも言っていた。


写真の少女。
上条当麻と、フィアンマが出会ったのは、今から十一年程前の、昔の事だった。

彼女は、特別な右手を持っていた。
それは後に『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と呼ばれるもの。
神様の奇跡すら打ち消せる、神浄の右手。
だが、そんな力は、こと日常生活においては何の意味も持たない。
それどころか、意図に関わらず『神様の奇跡』たる『幸運』を打ち消してしまうのだから、不幸になるばかりだ。
彼女の人生において、極端なその性質は害悪だったのである。

『ひくっ、ふぇ…、』

あいつに近寄ると不幸になる。
あいつに関わると不運が感染る。
あいつは、疫病神だ。

物心のついて、少し経った頃。
そんな噂が流れ、彼女は孤立した。
最初こそ信用と友好を取り戻そうと努力したが、結果は裏目に出るばかり。

一生、私は幸せになれない。

そんな思いが募り。
彼女は、誰も居ない公園で。
雨の降りしきる中、ドーム状の遊具に隠れて泣いていた。
幼い子供には、目に見えることしかわからない。
だから、「辛いなら相談して欲しい」という親の思いは見抜けず。
ただ表面的な「辛いと言うと親が悲しむ」ことしか把握していなかった。
当然、愛情いっぱいに接してくれる両親を、悲しませたくなど、なくて。
自分が我慢すればそれで済むのだから、と彼女は泣く時、こうした"バレない"状況を選んでいた。


『もう、いやだ…』

何もしていないのに嫌われる。石を投げられる。
疫病神と呼ばれ、あっちへ行けと追い払われる。
両親が絶対的な味方でいてくれていても、少女の精神はもう限界だった。

『…、…』

自分が消えれば、皆幸せになるのでは。
そんなことを思考し、沈黙する。
少し雨に濡れた身体が、冷えていた。
ぶるりと身を震わせたところで、入口に陰が差す。
明白な、人の気配。

『……、…どこか、怪我でもしているのか?』

優しげな、青年の声だった。

不審者かもしれない。
誘拐されるかもしれない。
仮に優しい人だったとして、自分の正体を知ったら嫌な顔をするかもしれない。

思うところは多々あったが、それ以上に、心配された事が申し訳なくて、嬉しくて。
これで誰かを信じるのは最後だと決め、上条は顔を覗かせた。

顔色の悪い、少年が居た。
歳の頃は16、あるいは17。
赤髪と、赤金入り混じった色合いの瞳。
涼やかで整った顔立ちは、或いは人形のようでもあり。

綺麗なお兄さんだ、と上条は思った。
人間関係の範囲が狭く、持ち合わせの知識が年齢相応のものしかない上条には、その推測・判断が精々だった。

彼が、若かりし頃の右方のフィアンマである。


『けが、はしてない』
『そうか。…何か、悲しいことでもあったのか』

子供をあやすのに慣れた声に、彼女は安堵する。

『…うん。…、…あ』

くきゅるる

上条の腹の虫が、愛らしく鳴いた。
気まずさに口ごもる彼女へ、彼は存外軽い口調で言う。

『空腹か』
『…おなかすいた』
『なら、何か食べさせてやる』

おいで。

その言葉に、上条は悩み。
結局本能に基づく欲に耐え切れず、外へ出た。
誘われるまま、彼の差す傘の適用範囲内へ入る。


高価。
メニュー内容を表現するには、この一言で充分だろう。
メニューを握ったまま、上条は固まる。
この年齢でも、お金がどれだけ大事かはわかっていた。
そして、この並ぶ数字がお金の消費に直結することも。
いつも両親と行く外食の、良心的な値段ではない。

『…こ、…これ、たのんでも、いいの?』
『腹が減っているんだろう?』

既に注文を決めているフィアンマは、退屈そうに言う。
上条は緊張しながらも、まごまごと注文内容を決めた。

運ばれてきたものは、一人前のパスタと、お子様ランチが一つ。
お子様ランチといえど、内容は華美なものだ。
やたらと素材にこだわる店なので、自然と値段も釣り上がる。

『おいしい!』
『そうか』
『…おにいさん、おなまえは?』

甘い人参のグラッセを口に含み、上条は首を傾げる。
対して、少年は少しだけ考えてから答えた。

『フィアンマ、でいい』

少し前に与えられた、職業名を。


上条を家に送り届け。
あれよあれよという間に引きずり込まれたフィアンマは、上条の両親と話した。
そして、彼女がどのような境遇にいるか、よく理解した。
その上で、その原因を突き止め、敢えて言わなかった。
代わりに、彼は上条の頭を優しく撫でて、諭した。

『これからも同じような扱いを受けることは多々ある。
 だが、だからといって全てに立ち向かう必要はない。
 逃げても良いし、戦っても良い。両親に泣いて縋っても良い。
 縋れるものがある内は、沢山頼っていいんだ』

そう諭した彼には、頼るものも、縋るものも特になくて。
上条は、そんな彼を見上げながら、こくりと頷いた。

『うん。でも、あのね、おねがいがあるんだ』
『お願い?』
『もしよかったら、おともだちになってください』
『……わかった』

それからずっと、彼らは文通をして。
やがて、携帯電話同士の、メールへと変わって。


上条当麻は、寮の一室で寝っ転がっていた。
携帯電話をいじり、メールの文面を綴り。
そして長く綴っては電源ボタンを連打して消す。

「…だああああ…」

フィアンマに何かを伝えようとして。
しかし嫌われては嫌だと、再度消してしまう。
ごろんごろんとベッドの上で転がり、上条はだらけていた。
短いスカートはめくれ、下着が見えてしまっている。
一人暮らしでなければ大問題だ。
セーラー服のリボンを指先でぐりぐりといじり、上条はため息を吐き出す。

「……また会いに行っても良いですか、とか…?」

ぐしゃ。

黒い髪をかき乱し、上条は枕に顔を埋める。
自分を救ってくれたあの男性のことを、数年前から異性として意識してしまった。

「…………」

とりあえず世間話を。
思って打つも、やっぱり消して。

上条の長い夜は、続く。


今回はここまで。
現実の方の事情で遅くなってますが、完結はさせるつもりです。


やっと>>1の注意事項通り会話文メインに。











投下。


それから、三ヶ月もの時間が経過して。
驚異的な特性が判明したエウラーリアは。
シスターとしての身分をほとんど捨て、魔術師となり。
魔法名を誰に明かす事もないまま、ローマ正教最暗部の『神の右席』へその身を置くこととなった。

前方の風<ヴェント>

それが、今の彼女の名前であり、職業名。
最暗部だけあって、人を殺す必要だって出てくる。
だが、彼女が何かを恐ることはなかった。
何故なら、弟という大切なモノを失って以来、喪うもの等何もないから。
暴力を手に入れ、組織の力を手にいれ。
機を狙って科学サイドを潰せるなら、何でもいい。
新しい生きがいを昏い方向で見つけた彼女には、それしかなかった。

的外れの復讐。

自分に対しての憎悪を晴らす為の、復讐。
空っぽだった自分に力をくれたフィアンマに、彼女は感謝していた。

そして。
それと同時に。

現在進行形で。

「オイコラ」
「んー…?」

呆れていた。


フィアンマ「………」ウトウト

ヴェント「日中から寝てんじゃないわよ」

フィアンマ「寝てないだろう」ウトウト

ヴェント「今にも寝そうに見えるケド?」

フィアンマ「ははは」

ヴェント「笑って誤魔化すな」

フィアンマ「眠いものは眠いんだ」

ヴェント「病気の類じゃないの?」

フィアンマ「いやあ、頭が良すぎると眠くて困るな」

ヴェント「……」

フィアンマ「冗談だよ。単なる疲れだ」

ヴェント「体にガタがきてるとか?」

フィアンマ「そういう年齢でもない筈なのだが」

ヴェント「…今何歳?」

フィアンマ「何歳だと思う?」

ヴェント「……88」

フィアンマ「当たらずとも遠からず、といったところかな」スヤ

ヴェント(嘘つけ)


フィアンマ「…で」

ヴェント「何?」

フィアンマ「何故俺様の家に住む事になったんだ?」

ヴェント「…身分がない以上教会や修道院にはいられない。
     金は入ってくるが、ホテルじゃ底をつくかもしれない」

フィアンマ「なるほど」

ヴェント「聖職者同士なら間違いもないでしょうよ」

フィアンマ「だろうな」ウン

ヴェント(そこまでキッパリと言い切るなよ)

フィアンマ「…まあ、適当に使え。俺様は寝る。あまり汚すなよ」

ヴェント「汚さないわよ」ハァ

フィアンマ「……」

ヴェント「…もう寝てんの?」

フィアンマ「……」スヤスヤ

ヴェント「………」

ヴェント(毛布、かけておいてやるか)


ヴェント「……」

フィアンマ「……」スー

ヴェント「…何時間寝るつもりだ…」

フィアンマ「……」ムニャ

ヴェント「…毎晩、必ず夜位に来てたのは寝てたせい…?」

フィアンマ「……」

ヴェント「…まさかね。…まさか」

フィアンマ「……む」ムクリ

ヴェント「目ぇ覚めた?」

フィアンマ「……ん…」


のろのろ。

ゆっくり持ち上げられた腕。
別に筋骨隆々ではない。普通の成人男性の腕だ。
彼は眠気半分に手を伸ばし、彼女の裾を掴む。
ぐいと引き寄せ、そのまま抱きしめた。
何の悪気も、意図もなく、抱き枕と暖を求めて。

「ちょ、ッ」
「……」

再び目を閉じ、彼はそのまま寝入ってしまう。
ヴェントの鼻腔を、あの日貸されたハンカチと同じ香りが柔らかくくすぐった。

「…ん」

心地良い。

そんなことを思ってしまい、ヴェントは抵抗をやめた。
別に添い寝したところで何がどうという訳でもない。

(そう、いえば)

弟に、よく添い寝してあげてたっけ。

思い出して、彼女は小さく笑みを浮かべる。
勿論、目の前の男は年上で、弟と重ねるまでもなく別人だ。
けれど、誰かと一緒に寝る感覚は、誰が相手でも変わらない。

「………おやすみ」

ぽつりと呟く。
誰かとこうして並んで寝るのは、何年ぶりだろう。
少なくとも、こうして抱きしめ合って眠るのは。


今回はここまで。
しばらく(初代)右方前方いちゃいちゃ(?)会話でいこうと思います。
会話文に関して何か希望がありましたらどうぞ。


会話文の方が自分には向いているような気がしてきた。
いや、ストーリー進行する時には地の文書きますけど。

そうか、ヴェントさんスーパーサイヤ人に…。書いてるけど知らなかった…そんな展開が…。














投下。


フィアンマ「……」パチ

ヴェント「……」スー

フィアンマ「」ビクッ

ヴェント「……」スヤ

フィアンマ(眠っている間に抱き枕にしてしまったのか)フム

ヴェント「……」ムニャ

フィアンマ「……」モゾ




ヴェント「…ん」パチ

ヴェント(…良い匂いがする)スン


ヴェント「…朝食?」

フィアンマ「いかにも」

ヴェント「…何作ってんの?」

フィアンマ「最初は目玉焼きの筈だったのだが」

ヴェント「…筈だった?」

フィアンマ「気付けばフレンチトーストになっていた」

ヴェント「どういう料理の仕方してんのよ」

フィアンマ「行き当たりばったりだ」フフン

ヴェント「誇って言うなバカ。…ま、美味しそうだケド」

フィアンマ「お前の分はない」

ヴェント「……」ムゥ

フィアンマ「嘘だよ。…在庫が少なかったから、量は少なくなるが」

ヴェント「少しでいい。朝食なんて馬鹿みたいに食うモンでもないし」

フィアンマ「朝食が一日の食事の中でも最も大事らしいがね」

ヴェント「脳関係の科学話ならお断りする」

フィアンマ「しないさ。…人を虐げる趣味はない」

ヴェント「意外」

フィアンマ「そうか?」

ヴェント「気づいてないだろうケド、アンタなかなかに嫌味っぽいわよ」

フィアンマ「んー。性格だ。死なない限り治らん」


ヴェント「部屋掃除?」

フィアンマ「お前が来たからな」

ヴェント「人を汚いもの扱いか…」

フィアンマ「そうではない。人が増えるなら掃除をして気持ちを入れ替えるべきだろう」

ヴェント「…そ」

フィアンマ「」ガチャ

黒猫「にゃーん」

フィアンマ「」パタン

ヴェント「…換気は?」

フィアンマ「予想外の来客が居たからやめようと思う」

ヴェント「は?」

フィアンマ「……」

ヴェント「…来客ならあげなさいよ」

フィアンマ「人ではないんだ」

ヴェント「獣?」

フィアンマ「そうだな」

ヴェント「…犬猫?」

フィアンマ「……」コク

ヴェント「……いやいや、上げなさいよ」


黒猫「にゃー」

フィアンマ「頑張って生きろと言っただろう」

ヴェント(言って分かる脳みそ持ってねえだろ猫じゃ)

黒猫「うなー」

フィアンマ「…此処にこられても俺様は飼ってやれん」

黒猫「にー」ゴロゴロ

フィアンマ「だから…」

黒猫「みゃあ」

フィアンマ「……」ナデナデ

ヴェント(…『右方のフィアンマ』といっても、結局は普通の人間ね。
     ……ま、泣いてる女に気まぐれでハンカチ押し付けるようなヤツだし。
     仕事以外では結構甘い性格してる…のか)フム

フィアンマ「……里親を捜してやる。お前もそれが狙いだったんだろう?」

ヴェント(猫に糞真面目に話してるのは天然と評価すればいいワケ…?)

黒猫「みー」ゴロンゴロン


ヴェント「あっさり里親見つかったわね」

フィアンマ「猫だからな」

ヴェント「黒猫だから貰い手なんかいないと思ってたケド」

フィアンマ「全員が全員、迷信を信仰している訳ではないだろう」

ヴェント「まあね。…アンタは?」

フィアンマ「何がだ?」

ヴェント「黒猫は不吉の象徴…つまり、迷信」

フィアンマ「信じているよ。正確には信じたいといったところか」

ヴェント「なら何で餌付けを?」

フィアンマ「不運になりたいからな」

ヴェント「不運に?」

フィアンマ「生まれつき幸運なものでな。『聖人』とはパターンが違うが」

ヴェント「幸運で何が不満?」

フィアンマ「んー。…いつでも、無傷で生き残る事が不満だ」

ヴェント「……、」

フィアンマ「俺様が生きていて、何かしらの事件に遭う度。
      俺様の代わりに誰かが死に、傷つく。今更一一気にしてはいられないが。
      ……それでも、まあ、自分が生きているせいで誰かが苦しむのは気分が良いものではないよ」

ヴェント「…なら、あの猫飼えば良かったじゃない」

フィアンマ「生憎動物の飼育は向いていない性格をしていてな」フフ


今回はここまで。
超電磁砲S見ました。電磁右方スレやりたくなりますね。

>>140
お前だけだ


>>141
え…はい…。

いや立てませんけど。
立てるとしたら————スレですが。













投下。


ヴェント「そういえば」

フィアンマ「ん?」

ヴェント「煙草は吸わないのね」

フィアンマ「火種ならマッチで充分だろう」

ヴェント「だろうケド。ただ、炎魔術扱うヤツは大体タバコ吸ってるから」

フィアンマ「身体機能の低下を招くだけだ。好かん」

ヴェント「ふーん」

フィアンマ「これ以上身体機能が低下すると不味いしな」

ヴェント「…そんなにガタきてんの?」

フィアンマ「そうでもないのだが」

ヴェント「だが?」

フィアンマ「時々行き倒れることはある」

ヴェント「」

フィアンマ「外に出ないからだろうな」

ヴェント「出ればいいだけだろ」

フィアンマ「ほぼ必ず交通事故に出くわすからな。面倒だ」

ヴェント「……」


ヴェント「日中は何して時間潰してんの?」

フィアンマ「読書、魔術研究、…昼寝か?」

ヴェント「私に聞かれても」

フィアンマ「まあそんなところだ」

ヴェント「なるほど」

フィアンマ「一日15時間睡眠が理想なものでな」

ヴェント「長い」

フィアンマ「いつもは三時間程度に留めているよ」

ヴェント「短い。…極端過ぎる」ハァ

フィアンマ「時々反動で一日昏睡状態にあったりするな」ウン

ヴェント「ちゃんと寝なさいよ。程よく、…七時間位」

フィアンマ「七時間も寝たら後八時間程寝たい気分にならないか?」

ヴェント「普通はならない」キッパリ

フィアンマ「……」ムー


ヴェント「昼食は?」

フィアンマ「んー。キャベツだ」

ヴェント「何か作るなら手伝うケド」

フィアンマ「手伝うようなことは無いと思うが…」

ヴェント「キャベツで何作るのよ」

フィアンマ「包丁で切って鍋で煮る」

ヴェント「何と?」

フィアンマ「湯で、キャベツを。一玉」

ヴェント「……それが昼食?」

フィアンマ「? そうだよ」

ヴェント「ダイエット中の女かテメェは」

フィアンマ「痩身願望は無いぞ」

ヴェント「男の料理にしちゃ豪快且つ残念過ぎるし。キャベツのみって、兎じゃないんだから」

フィアンマ「兎はロメインレタスの方が良いぞ。キャベツはガスを溜めるからあまり与え過ぎないほうが」

ヴェント「いいから、そういう真面目な話したかったワケじゃないから!」


フィアンマ「………」

ヴェント「…何?」

フィアンマ「いや、他人の料理風景を眺めるのは楽しいだろう」

ヴェント(弟も似たようなコト言ってたっけ。…男って皆そうなの?)マキマキ

フィアンマ「……」ジー

ヴェント「…見てるなら手伝いなさいよ」

フィアンマ「手先が不器用なんだ」

ヴェント「嘘言うな」

フィアンマ「料理下手なんだよ」

ヴェント「…やる気ないだけでしょうが」

フィアンマ「否定はしない」ウン

ヴェント「……」


何だかんだで、ヴェントにとって、フィアンマは魔術を教えてくれた恩人だ。
なので、あまり強くは言えない。
仕方がないので、彼女はそれ以上文句を言わずにロールキャベツを作っていく。
柔らかな春キャベツでしっかりと包み、爪楊枝を突き刺して留める。
その上で熱を通す為に、包丁で切込を入れようとして。

「あ、」
「…、」

うっかり、指を切った。
正確には、切れたのはフィアンマの指だ。
ヴェントの指が包丁の当たる直前、彼の左手が介入したのだ。
よく切れる包丁の先端は彼の指の腹に直撃し、傷がついた。
じわじわと鮮血が滲み出し、ぴりりとした微妙な痛みがフィアンマの指に走る。

「…いきなり手を出すなっての。……何で、アンタが怪我してんのよ」

はー。

ため息をつくも、彼女自身、何故彼が手を出したかわかっている。
自分の手が切れてしまわないように、痛みを顧みずに手を出してくれたこと位。

自分を庇って、誰かが傷つく。

それは一人の人間として守られる嬉しさに浸れると共に。
彼女自身の、嫌な過去を思い起こさせる事でもある。

少しだけ、泣きそうになる。

ヴェントは一旦調理の手を止め、救急箱を探した。
科学に頼るのは嫌だったが、彼を放っておきたくはなかった。

「この程度なら自分で治せる。心配するな」
「心配なんてしてない」

言いつつ、絆創膏と消毒液を引っ張り出して。
存外手早く治療を済ませるヴェントに、フィアンマは少しだけ驚いて、それから笑みを浮かべた。

「……ありがとう」
「……礼なんか要らないから、次から手を出すんじゃないわよ」

ゴミを捨て、そっぽを向き、手を洗い。
再び調理を再開しながら、彼女はぼそりと、聞こえないように言った。

「………、…アリガト」

残念ながら、その声は青年の耳に届いてしまった訳だが。


今回はここまで。
…気をつけていますが、ヴェントさんの口調がブレてる気がする。


フィアンマさんが魔法名を言うとしたらどんな感じだろうか?
もしフリーの魔術師と装うとしたら一応そういうのが必要だと思うんだよ


寝取りとか書けないし(震え声) …嘘です。
でも電磁右方を書くとしたら可愛い女子中学生と謎多き大人のお兄さん、の関係性が安定しているような。

流石にフィアンマスレは食傷気味ですよね、すみません。
次は別のホモスレにします…。

>>158
これまでに使用したものの使い回しにしようか新しく考えようか、悩んでます。
ちなみに魔法名ったーですと『Ventus348』と出てきました。
魔法名が風ってそれは…えんだああああry









投下。


フィアンマ「素直ではないな」

ヴェント「ばッ、」

フィアンマ「まあ、扱う術式の性質から考えて人に嫌われるような態度、言動の方が都合が良いだろうが」

ヴェント「……」

フィアンマ「…どうかしたか?」

ヴェント「別に。…傷ついたって意味かと思っただけ」

フィアンマ「俺様は言葉では傷つかんよ。…一部例外はあるがね」

ヴェント「例外?」

フィアンマ「自分の信念をコケにされれば、多少は傷つくだろう」

ヴェント「…そ。じゃ、アンタに悪意を持たせたい時はそうする」

フィアンマ「傷つくことと悪意を向けるのはイコールではない」

ヴェント「……変な考え方」

フィアンマ「そうか? 嫌いと苦手が直結しないことと同じだよ」

ヴェント(普通は直結すると思うケドね)


ヴェント「白黒はっきりつけたいのか、グレーゾーンで生きたいのかアンタの好みがわかんないんだケド」

フィアンマ「どちらも必要だろう。要は使い分けの問題だ」

ヴェント「…ふーん」

フィアンマ「さて、いただくとしようか」

ヴェント「……お祈りは?」

フィアンマ「面倒だから省略する」

ヴェント「ローマ正教陰のトップがそんなんでいいと思ってんの?」

フィアンマ「何なら"右手の奇跡"で聖書に『お祈りは必要無い』と筆記しても良いんだぞ?」

ヴェント「職権乱用禁止」

フィアンマ「冗談だ、冗談」

ヴェント「はー…」

フィアンマ「……」モグモグ

ヴェント「……」チラ

フィアンマ「…まあまあだな」

ヴェント「まあまあなら世辞でも美味いって言えよ」

フィアンマ「正直な性格なんだ。嘘をつけない」

ヴェント「………」

フィアンマ「…必要な時にしか吐かない」フー


ヴェント「出かけんの?」

フィアンマ「買い出しだ。お前も来るか?」

ヴェント「…、…アンタが嫌じゃないならね」

フィアンマ「嫌な人間を誘うと思うか?」

ヴェント「………行く」




ヴェント「ほとんどサービス品とオマケね」

フィアンマ「金を使う事はあまりないな。幸運故だよ」

ヴェント「常人からしたら羨ましいモンだ」

フィアンマ「当事者からすれば、さほど嬉しくはないさ」

ヴェント「重くないワケ?」

フィアンマ「この程度は持てないと困る」

ヴェント「……交代で持つ。貸して」

フィアンマ「……」


少しだけ考え込んで。
彼は、袋の持ち手の半分を、彼女に渡した。
ヴェントは戸惑いつつも、それを受け取る。
ずっしりとした重みは、二本の腕、二人の力によって一人当たりのそれは軽減された。

「…、」

不意に、指先が掠る。
男慣れしていなければ、多少は動揺するもので。
視線を適当な方向へ逸らし、ヴェントは一度だけ深呼吸する。
彼の指は細いが、自分とはまた違う細さだ。
きちんと成長した後の、成人男性の、すらりとした指。
弟と重ねずとも、色々と思うところや感じるものはある。

「……」

ちら、と視線を向けた。
フィアンマは何か考え事をしているのか、夕陽に照らされつつ真面目な表情を浮かべている。
整った顔立ちは、表情が特に無い時こそよく目立つ。
冷たく感じられる程に整った顔、その瞳には、悲哀のようなものが窺えた。

「………フィアンマ」
「んー?」

彼の顔が、こちらを向いた。
ヴェントはゆっくりと呼吸し、ずっと気になっていたことを問いかける。

「アンタの、魔法名は?」

彼は、悩む素振りを見せずに名乗った。

「俺様の魔法名は—————」


ヴェント「ただいま」

フィアンマ「お帰り、で良いのか」

ヴェント「でしょうね」

フィアンマ「買ってきたものは片付けておく。お前は好きに…勉強でもしていろ」

ヴェント「そうする」



携帯<ブルルル


フィアンマ「……ん、」カチカチ


--------------
From:上条
Title:今度
--------------
イタリアに行っ
ても良いですか

久々にお会いし
たいと思いまし
て(´ー`)

--------------


フィアンマ「……」カチカチ


--------------
To:上条
Title:(無題)
--------------
構わないが、一
人で来られるの
か?

--------------


ヴェント(……携帯電話?)

フィアンマ「……」ニコニコ

ヴェント(……幸せそうなツラしやがって)


楽しそうな表情で、彼は携帯電話をいじっている。
メールのやり取りでもしているのか、返信が来る度に微笑んでいた。
その幸せそうな微笑みを見る度に、ヴェントの胃からムカつきがこみ上げる。
科学の利器を彼が使用しているせいだ、と自らを納得させようとしては。
ただそれだけならここまで腹が立たないのでは、とも思う。

「………」

深い理由など無い。

自分にそう言い聞かせ、ヴェントは本棚から一冊の本を抜き出す。
その本棚には『ハムレット』や『人魚姫』といった救いの無い物語ばかりが納まっている。
彼の趣味なのだろう、と彼女は勝手に判断している。

「…ふ、」

くすくす、という愉快そうな笑い声。
自分以外にそれが向けられている事に苛立ちを覚えながら、彼女は本を読む。

(ムカつくケド、私の『天罰術式』には勝てないんだから)

暴力では勝るから。
そんなことを心中で吐き捨て、彼女は本に没頭する。
読書に費やした時間の七割は、意識がフィアンマにとられて終わりだったが。


今回はここまで。

おつおつ。今日は書けるだけ書く日かww

>可愛い女子中学生と謎多き大人のお兄さん、の関係性、
大人にツンも頻発には出ず、純粋に恋愛に悶えるみこっちゃん、すき。
見たい。期待させてもらっても構いませんか…?(小声)


(とりあえずこのスレの流行語は『いらねぇよ』なんだろうか。フィアンマ「いらねぇよ」とか想像したら萌えますね)


>>177
平日に更新出来なかった分を…と思ってますが取り返せてない感ありますね。

>>179
いつか…いつか…。
電磁右方は出会うきっかけ考えるのがすごく大変なので…。














投下。


人魚姫は、王子様を殺せませんでした。
愛する人を傷つける位なら、自分が消えた方が良い。
そう思った彼女は、自ら身を引きました。
お姉様が美しい髪と引き換えに魔女からもらってくれた短刀を握り直し。
王子の部屋から抜け出ると、そのまま海の中へと飛び込みます。
彼女の体は泡となり、空気の精となって、天国へ昇っていきました。
しかし、王子や他の人々は人魚姫が空気の精となって天国へ昇っていった事は、誰一人も気付きませんでした。


人魚姫を読み終え。
ヴェントは本をパタリと閉じ、本棚へとしまう。
同時にフィアンマはポケットへ携帯電話をしまいこみ。

「…暗いな。夕食にするか」
「ん。…で、何作んの?」
「ポトフだ」
「丸ごと煮込めば良いと思ってるだろ、絶対」
「そんなことはないぞ。…切るのが面倒なだけだ」
「物臭過ぎるでしょうが」

ツッコミを入れつつ、ヴェントは椅子から立ち上がり。
そしていそいそと調理準備を始めた。

「夜の分は一人でやる」

そう告げたのは、昼間に怪我をさせてしまった罪滅ぼしといったところか。
フィアンマもそれはわかっているのか、特に何も言わずに頷く。
ポトフね、と再度確認し、彼女は丁寧に野菜の皮を剥き始める。


料理は得意だった。
母から習い、弟の好きなものをいつも作ってあげていた。
弟が死んでから、両親との関係もぎこちなくなって。
勿論、両親が自分を慰めようとしてくれていることはわかっていた。
だが、自分は弟を殺し、生き残った人間で。
両親にとっては何も変わらず実の娘であっても、自分が穢れている気がして。
家から逃げ出し、飛び出し、修道院へと足を踏み入れた。
何度も懺悔をして、何度も謝罪をして、生活を始めて。
優しくされる度に罪悪感を覚えては、弟が生きていた頃のことを想い。
いい加減弟とのことに多少なりとも心理的にケリをつけなければとは、思っているのに。

「痛っ」

余計なことを考えていたら、指先を切った。
じわじわと、赤い鮮血が滲みだしていく。

「っつ……」

B型の、Rh-。
この希少な血液が、あの日、自分ではなく弟に行っていたら。
自分は死んで、生き残るべきあの子が、今日を過ごしていた。
自分は生きているだけで、呼吸をしているだけで、大罪人なのだ。
一生かかっても、この罪は消えない。
自分は、大切で大事で愛おしかった愛する家族を殺した、人殺しなのだから。


「……ッ、」

ぽた。
ぽたぽた。

血液が、透明な体液で薄まる。滲む。
痛みで涙が溢れた訳ではないが故に、止まらない。
堪えなければいけないと思うも、止まらなくて。
包丁を一旦まな板に置き、彼女は溢れ出す涙を手の甲で拭った。
生きているのが辛い。けれど、自殺をする勇気も無い。
科学サイドに復讐をしたところで何も残らないことはわかっている。

「わ、たし、」

あの子の命を喰ったんだ。

「うう、…」

思わずしゃがみこむ。
憂鬱と指先の痛みと血液の赤が、脳内を支配していた。
しゃくりあげ、恥も外聞も気にせずに泣きじゃくる。

「ヴェント」

違う"赤"が。
その指が、彼女の目元を拭った。
同じようにしゃがみこみ、目線を合わせる。

「痛むのか」
「ち、がう。指なんか、」
「そうではなく。過去の過ちで、心が痛むのかと、聞いているんだ」

その問いかけに、彼女の心臓が握りつぶされたかのようにズキリと強く痛んだ。
後悔という名の鈍痛は、いつまでたっても消えないまま。
懺悔しても何をしても、たとえ誰から許されても、一生消えない心の傷。


迷いのある腕が、彼女を抱き寄せた。
ヴェントの整った顔は、フィアンマの胸元へ押し付けられる。
溢れ出す涙が彼の服を濃くしていったが、気にならなかった。
フィアンマは、彼女の過去を知っている。
彼女は口にしなかったが、身元について、書類が来た。
そこに綴られていた経歴や過去から、フィアンマは彼女の心の傷を推定している。
そしてその予想された深度は、適切なものだった。

「……」

安易な慰めの言葉はかけない。
自分がそうされても、嬉しくないからだ。
だから、何も言わずに、彼は彼女を抱きしめたまま沈黙する。
その沈黙という優しさに、彼女の涙は一層誘われた。

「私が、いなければ」

言っても仕方のない文句。
人体の違いと医療技術に向けた敵意と、自分自身に向いている殺意。

「あの子は死ななかった。私が死ねば良かった。
 どうして、死ぬべき人間が生きて、生きるべきあの子が死んだの」

かつてフィアンマも幸運故に周囲の人々が死んで同じ疑問を持ち、悩んだ事がある。
誰も縋る相手が居なかったから、自分で無理やり結論を出したものだ。

「神がそれを選んだからだろう」
「…神、様が?」
「お前の弟の意思を、主が尊重した。…それ以外に理由があるか?」

おねえちゃんをたすけて。

その一言を聞いて悩み、医者は結果的にヴェントを救う選択をした。
血液量が充分足りていれば、絶対に弟の方も救っていたことだろう。
絶体絶命の状況下で、弟は自らの愛する姉を救うように願った。
そしてその願いを医者は聞き入れ、ヴェントの命が助かった。
神が医者と弟の意思を無慈悲に取り下げれば、ヴェントも死んでいた。
姉弟揃って助からず、二人の両親が死ぬ程悲しみに暮れただろう。

「お前は、今生きていることを誇って良い」

それは、お前の弟が死の直前の苦しみの中で勝ち取ったものだ。

慰めるというよりは諭すように、彼はそう言った。


「それに」

加えて。
彼は、彼女の髪を優しく撫でて言葉を付け足した。

「…自分の命より姉を優先出来るような、優しい心の持ち主なら。
 ローマ正教を信仰していなかったにせよ、いずれは楽園に招かれる」

フィアンマ自身は、ローマ正教などどうでも良いと思っている。
その教義も、組織も、何もかも。
そもそも、こんなクソッたれの世界に何を思うでもない。
だが、利用出来るものは何でも利用するようにしている。
だから、教義を引き合いに出して彼女の心が少しでも慰められるのなら、そうする。

「お前は悪く無い。弟は、頑張ってお前を救った」

生きていることに罪悪感を覚える必要はない。

何度もそう囁かれ、ヴェントは無言で頷いた。
求めていた言葉よりも上位のそれを、もらった気がした。
弟を殺してしまったという恐怖に怯えなくていい。
弟が救ってくれたこの命を大切に、誇りに思うべきだ。

「……が、とう」

掠れ掠れの声の謝罪に、フィアンマは首を横に振る。
彼は今まで、誰かに手を差し伸べられたことがない。
誰かに助けてもらったり、誰かにすがったことがない。
周囲を利用して利己的に生きてきた。
だから、誰かに優しくしたいと、人一倍思っている。
そんな自分の自己満足から発露しているこの行動に礼を言われるのは場違いだ、という想いがあった。
そういった彼の生き様が、いつも誰かを救っているとも知らないままに。


ヴェント「…作るって言ったのに悪いわね」

フィアンマ「人には無性に感情が揺れ動く時がある。仕方あるまい」

ヴェント「……」

フィアンマ「……」ヨイショ

ヴェント「……結構、優しいのね」

フィアンマ「…どうかな。自己中心的なだけだよ」

ヴェント「一人称から考えれば違いない」

フィアンマ「……」ムスー

ヴェント「冗談だよ、冗談。…アンタ、親兄弟は?」

フィアンマ「気づいた時には居なかったな」

ヴェント「…そ」

フィアンマ「だから、"これだけは守りたい"と心から思ったものが、今まで無いんだ」

ヴェント「……、」

フィアンマ「だから、本当の幸福も、本当の絶望というものも知らん。
      知らなくて良いとも思っているがね。俺様を愛し、俺様から愛された人間は不幸になる」

ヴェント「必ずしもそうと決まってるワケじゃない」

フィアンマ「お前に何がわかる」

ヴェント「ッ、」

フィアンマ「……、…。……別に怒っている訳じゃ、ないんだ。
      …一時間後には出来ているから、休んでいて良いぞ」

ヴェント「……そうする」


今回はここまで。
進展したので嫉妬タイム入れます。

ほほぅ、期待してもいいかね?

質問
>>161に書いてあった過去の魔法名ってどういうもの?
参考にしたい
・あとここのヴェントの年齢はどれくらい?(自分は16あたりのイメージ)


>>197
思ったより修羅場になりませんでした。無念

>>198
魔法名は
『rappresaglia094(報いる者)』(右方のフィアンマ)
『Dilige666(愛に全てを捧ぐ者)』(垣根帝督)
『relevium057(我が存在は救済の為に)』(右方のフィアンマ)

ですかね。
ほかにも上条さんもとい神浄さんのもあったのですが…忘れてしまいまして。
当スレのヴェントさんの年齢は18〜21でやっております。






投下。

(今の無し)


それから、一週間後。
フィアンマの家に、一人の来客があった。
彼女の名前は、上条当麻。
黒いふわふわの猫毛を長く伸ばした、東洋人の女学生だ。
普段は学園都市にその身を置いている。

「お久しぶりです」
「ああ、久しいな。直接会うのは何年振りだったか」

彼女はスカートの端を指で撫で、緊張した様子を見せる。
対して、フィアンマはそんな彼女を微笑ましそうに見つめていて。
何だか腹が立つ、とヴェントは思った。
そのムカつきの原因が嫉妬と呼ばれる大罪だということには、気づけない。

「……フィアンマさん」

上条は、フィアンマの服袖を引き。
首を傾げた彼の耳元へ、背伸びしてひそひそと問いかける。

「……もしかして恋人、ですか」
「いいや、同居人だ。気にしなくていい」
「…そう、ですか」

ひそひそ話をして安堵の表情を浮かべる少女と、笑みを見せるフィアンマ。
仲睦まじいその光景は、ヴェントの神経をいちいち逆撫でする。

「……という訳で少し出かけてこようと思うのだが」
「勝手に行けば」
「…そうするつもりだがね。留守は任せたぞ」

刺々しいヴェントに首を傾げ。
フィアンマは、上条を伴って外へ出て行った。
一人残されたヴェントは、一層強く募る苛立ちに思わず舌打ちをするのだった。


フィアンマと上条は、喫茶店へとやって来た。
甘いアイスココアを注文し、彼女はゆっくりと深呼吸する。
何を緊張しているのだろうか、と彼は頬杖をついた。

「……」
「…近頃は、何かあったか」
「うぇ!? …いや、何もないですよ」
「そうか。友人は」
「少し増えましたかね」
「良かったな」
「……でも、半分は避雷針扱いって感じですから」

運ばれてきたアイスココアにストローを突き刺し。
口に含みながら、彼女は憂鬱そうに言う。
彼女の不幸体質は幼い時と変わらないまま。
むしろ、一層どの不幸度合いは増しているかもしれない。
学園都市というオカルトを信じない場所へ行った事で、差別は減退したようだが。

「……」

本当に特別な人間は、自らが特別であることを誇らない。
途中からなったのならともかく、生まれつき特殊というのはただのコンプレックスにしかならない。

フィアンマは手を伸ばし、ぽん、と上条の頭を撫でた。
くすぐったそうにはにかみ、彼女は身じろぐ。

「な、何ですか」
「いや何、妹を見ているようだと思ってな」

くすりと笑うフィアンマに、上条はむすくれる。
彼女は妹といった風ではなく、女性として見て欲しいのだから。


「あの女の人とは、どうして同居することになったんですか?」
「成り行き、といったところかな」
「好きとか、そういうのは」
「特に無い。…俺様は、誰かを特別愛する才能が、恐らく無い」

前に言っただろう、とぼやき。
彼は温かなカフェモカを啜る。
甘いチョコレートの味が、口内を占めていった。

「俺様個人は、どうなってもいいんだ」

つまらなそうに、彼は呟いて。
上条を見やり、僅かな笑みと共に言葉を紡ぐ。

「お前が幸せになれれば、それで」
「…フィアンマさんは幸せになりたくないんですか?」
「お前と違って、俺様が幸福になることは、そっくりそのまま誰かの不幸を指す」

だから、幸せにはなりたくない。

吐き捨てるように言って、啜る。
甘さは気持ちを解しても、心を癒すことはない。

「俺は、フィアンマさんに幸せになって欲しいですよ」

対外的な『私』ではなく。
本人らしい一人称で、上条はそう言った。
セーラー服のリボンを弄り、少し怒ったように。

「お前がそう言ってくれるなら、俺様は既に幸せだよ」

酷薄な笑みを浮かべ。
カップをテーブルに置きつつ、フィアンマは目を伏せた。


物心がついた時。
親兄弟は居なかった。
教会の中で、庇護を受けながら生きていた。
生きていたといっても、それはただ呼吸するだけの日々。
誰かに愛されることはなく。
食事や入浴といった、文化人として生きていくだけの権利だけは与えられていて。
自主的に何かをしなければ、何も与えられない状況だった。
だからといって、自分が不幸だったとは思わない。
産まれる前に死亡した子供や、ストリートチルドレンとして生きるよりは幸福であったとは思う。
現在の自分の状況で不幸だなどと言えば、それらの恵まれなかった人間への冒涜になってしまう。

『……』

周囲の大人が、金銭や権力に躍らされているのを見ていた。
その状況から、人間は金や力、暴力で動くことを知った。
どのようにすれば人を騙す事が出来るのかも、よくわかった。
世間一般でいうところの愛情や優しさは何一つ見えなくて。
悪意という言葉の本当の意味ばかりを知らしめられていた。

そうこうしている間に、魔術に触れて。
専攻をどうするか考えた時、火を扱うことに決めた。
火を扱えれば、冬場に追い出されても寒い思いをしなくて済む。
そんな、くだらない理由で学び始めた。
やがて炎魔術を専攻として究めていく内に、『神の如き者』の適性が判明し。
まだ20にもならない内に、『右方のフィアンマ』の座へその身を置いた。
元より自分の名前にこだわりなど無かったから、それからはずっとフィアンマと名乗っている。

誰にも愛されなかった人間が、誰かを愛せる訳がない。

そして、世界を救える程の力と類まれなる幸運を持つ自分は、人を不幸にする存在だ。

だから、これまで誰かを大切だと思ったことはない。
ずっと傍にいて欲しいと人間に対して思ったこともない。
それでいいと思っている。その方が良いと、わかっている。


「……フィアンマさん、賭けしませんか」
「んー? 俺様相手の賭博はまず勝てんぞ」

ちら、とフィアンマは視線を上条に向け。
上条はどこか覚悟を決めた様子で言う。

「俺は、運がありません」
「そうだな」
「何度も何度も事故に遭って、酷い目に遭って」
「……、」
「それでも生きてますが、早死することは間違い無い」
「……そうかもしれないな」
「だから、…もし、俺が二十歳になっても生きていたら」

小指が差し出される。
少女の、細い指だった。
首を傾げる青年に、彼女はいう。

「付き合って、くれませんか」

あれから十一年が経過して。
顔立ち自体は変わらなかったが、気の弱さは多少なりとも減ったらしい。
上条の言葉に、フィアンマは驚きを覚え、沈黙し。
その後に、小指を差し出した。優しく絡ませる。
少なくとも、既にどん底まで不運な彼女の運を奪ってしまうことはない。
ある意味において、フィアンマが結ばれるには最適な相手ではある。

「…わかった。約束しよう」


上条をホテルへ送り届け。
フィアンマは、無事に自宅へと帰ってきた。
何となく良い匂いがする。牛乳の匂いのようだった。

「…ただいま」

鍵を開けて中に入る。
当然といえば当然なのだが、料理をしていたのはヴェントである。

「お帰り」

つっけんどんに出迎え、彼女は調理を続ける。
作っているのはミルクシチューらしい。
確かに野菜や鶏肉は余っていた。
ルーは恐らく買い出しにでも行ってきたのだろう。
フィアンマは彼女に近寄り、鍋の中を見る。
長時間煮込んでいたのだろうか、野菜はやや溶けていた。

「……あのガキは」
「ん? ああ、当麻ならもうホテルに戻ったが」
「そ」

冷たく返事をして、パンを切る姿は拗ねているように見え。
自分は何かしただろうか、とフィアンマは眉を潜めた。

「……何を怒っているのかさっぱりわからんのだが」
「別に怒ってないケド」
「なら良いが」

小さく頬を膨らませつつ、ヴェントはパンを切り終えて。
それから、自分の優位性を確認するかのように、もう一度だけ言った。

「お帰り」
「…? …ただいま」

何だかよくわからないまま、フィアンマももう一度挨拶をするのだった。

今回はここまで。
いちゃいちゃさせるネタってなかなか浮かばないものですね…。


>>1の過去作で垣根が出てくる作品のタイトルを良かったら教えてくだされ

この世界が上嬢さんなら美琴さんは↓みたいな感じの男だよね?(押付け)


>>217
ちょっと調べてみたところ

安価が

【安価】インデックス「いい加減私も怒るかも」フィアンマ「……ふん」 シリーズ後半(悪役ていとくん)
垣根「安価で…何だっけ?」フィアンマ「…何だったか」(未元右方物質)
フィアンマ「許されるのなら、もう一度だけ」(CP無し。悪役?ていとくん)
フィアンマ「あ、あん、安価で世界を」上条「あんかけが何だって?」シリーズ半ば〜後半(未元崩し)

フィアンマ「…天使…?」垣根「それじゃ、安価旅行に洒落込むとしようぜ」
垣根「本当の意味で」フィアンマ「世界を、救う」(安価スレ)
↑連作(未元♀右方)

フィアンマ「アックアに性的な悪戯をしようと思う。安価が導くままに」(左方物質)

非安価が

僕の彼女は未元物質(青ピ♀物質)
垣根「しょたなおれとー」麦野「お姉さん」(未元崩し)

でした。


>>221
ファッ!?
百合じゃないの…?(震え声)














投下。


上条を空港へと送り届けた、その帰り道。
フィアンマは、偶然とあるものを拾った。
簡単に言ってしまえば、福引券だ。
ご丁寧にも束になっており。

「…落としたぞ」

落とし主は、中年の女性だった。
彼女は振り返って受け取るも、思い出したように言う。

「これから用事があってね。お兄さん、代わりに引いてくれないかしら?」
「いやしかし、」
「今日までだもの、これ」

買い物をしていたら溜まっただけなので、景品には興味がない。
だから引いてくれと促され、仕方なしにフィアンマは券を受け取った。
いつもの幸運だった。仕方のないことだ。珍しく不幸を生み出さない内容というだけである。


そんな訳で、引いた。
結果は"いつものように"最高のそれ。
つまりは、一等だった。

「おめでとうございます」

祝いの言葉と共に渡されたのは、チケット。
ペアチケットだった。それも、とあるテーマパークの。


「ただいま」

そうして。
右方のフィアンマは、無事に自宅へと帰ってきた。
懐には、先程貰ったペアチケットが仕舞われている。
そして彼は、それを一人で使い潰すつもりはなかった。

「お帰り」

出迎えは特に無かった。
単調な挨拶を返した彼女は、調理をしていた。
もっぱら、夜ご飯を作るのは彼女の仕事となっている。
その代わりに朝はフィアンマが作っているのだが。
ちなみに昼食はお互い外食で済ませる事が多かったりする。

「今日はラッキーデイだ」
「今日も、の間違いでしょ。…何かあったワケ?」
「……まあ、とあるものをもらった」

彼は懐から、長方形の封筒を取り出す。
ヴェントは彼からそれを受け取り、促されるままに中身を見た。

そして彼の予想通り、あからさまに嫌な顔をした。


「遊園地のペアチケット、か」

かつて、弟と行った学園都市の遊園地ではない。
イタリアの、このフィアンマの家からそう遠く無い場所にあるそれだ。
しかしながら、遊園地には変わりない。
ヴェントとしては嫌な思い出しかなく、当然、表情に出た。

「…ま、イイんじゃないの?」

アンタが行く分には。

別にフィアンマまで自分のトラウマに巻き込むつもりのないヴェントは、そっけなく言って。
チケットを封筒に戻して返そうとした手を、握られた。
その優しい握り方にビクリとし、次いで固まって。
ヴェントは、彼の表情を窺った。

「お前を誘う為に持って帰ってきた」
「な、」
「拒否権は無い」
「……ふざけるな。遊園地だけは行かない」

ギリ、と歯軋りをする。
ジェットコースターが暴走して、訪れた身体中の痛み。
目の前が真っ白になり、目が覚めれば弟が死んでいた哀しみ。
もう二度とあんなことはないのだとしても、連想させられるのすら嫌だった。
自分の心的外傷を把握して誘うとは悪趣味だ、と罵倒しようとして。

彼の視線が、存外真剣であったことに気がついた。

「……何よ」
「ジェットコースターに乗れとは言わん。
 ただ、遊園地を訪れ、お前の心的外傷の荒療治をしたい」
「余計なお世話」
「自覚はあるが。…どうしても、ダメか」

じ、と見つめてくる明るい色合いの瞳。
ヴェントは基本的に、フィアンマの言葉は頷きたいと考えている。
魔術を教えてもらったからであり、住まわせてもらっているからであり。
理由は多々あれど、彼に対してはツンと見せかけて素直なのである。

「………本当に、ジェットコースターは乗らないからね」

条件付きの、渋々の承諾だった。


それから一週間程経過して。
ヴェントとフィアンマは、遊園地へとやって来た。
定番のアトラクションと、少しのイロモノ。
大きい訳でも小さい訳でもない、一般的な遊園地である。
ペアチケットは窓口で一日フリーパスと引き換えられる。
そのパスさえあれば、後は一日中遊園地を満喫出来るということだ。

すんなりと引換を終え。
早速尻込みしているヴェントを見、フィアンマは首を傾げた。

「さて、どうするか」
「帰りたい」
「それは却下する」
「大体遊園地ではしゃぐような歳でもないでしょうよ、お互い」
「それを言ってはおしまいだろう」
「大体アラサーの男がはしゃいでたらキモイだけだし」
「…俺様を罵倒して帰る方向に持っていこうとしても無駄だぞ。
 そもそもはしゃいでいない以上何のダメージも受けないが」
「ぐ……っ」

浅はかな考えを看破され、ヴェントは口ごもり。
それから、誤魔化すように食べ物を食べたいと口にした。


遊園地値段と書いて、ぼったくりと読む。
さほど良い材料を使用しているとは思えないワッフルをかじり。
ヴェントとフィアンマは遊園地内のカフェでおやつをしつつ。
コーヒーカップで遊ぶカップルや、家族の様子を眺めていた。

「……、」

彼女の頭に浮かぶのは、弟との記憶。

『おねえちゃん、こーひーかっぷのろっ!』
『あんまりぐるぐるしないでね?』
『やだー』

楽しそうにはしゃぐ、幼い姉弟の姿が、かつての自分と弟に重なる。
最初から最後まで楽しく遊んで、疲れて帰る筈だった。
弟を背負って帰ろうと考えていた自分は余力を残しつつ。
それでも、とても楽しかった覚えがある。懐かしい、思い出。

「……あれに乗るか」
「は?」
「何だ、あれにも心的外傷があるのか?」
「無いケド」
「なら問題無いな」

ワッフルを食べ終えるなり、フィアンマはきっぱりと言い。
立ち上がると、彼女を手招いて歩き出す。
流石に遊園地で一人取り残されるのは辛いので、ヴェントも後を追った。


運が良く、或いは最高に悪く。
少なくともヴェントが気まずい思いをする程度には。
今回カップに乗る予定の客は、カップルである。

「……、」
「…どうかしたか?」
「いや、別に。…アンタ、遊園地ならあのガキと来た方が良かったんじゃないの?」
「ガキ? …ああ、当麻か」
「……私なんかと来ても楽しくない事位予想はついてたはず」

つっけんどんに言い放つ彼女に。
フィアンマは首を傾げて笑みすら浮かべて言葉を返す。

「楽しいが」
「…は?」
「だから、楽しいと言っている」
「……アンタの感覚は理解出来ない」
「よく言われるよ」
「私の嫌がる姿が愉快って話?」
「まさか。…ただ、お前と話していると楽しいという話だ」
「……まさかとは思うケド、口説いてる?」
「そう思うか?」

お互い適当な調子で会話をしている内に、順番がやって来て。
開口一番、ヴェントはフィアンマを見つめて言った。

「あんまり過激に回すのはやめてくれると嬉しいんだケドな?」
「んー。断る」

のんきな調子で返事をして、彼は中央の円盤へ手をかけた。


今回はここまで。
前ンマさんは穏やか卑屈属性かもしれない。

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