響「マカロニ」 (21)


 自分の未来は、既に約束されていた。


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 沖縄を離れて、学校の友達やアクターズスクールのチームメイトとも連絡を取らなくなっていった。
 連絡をとっていると、いつしか自分は故郷に依存してしまうと考えたから。

「美希ちゃん。今回のアイドルアルティメイトは、君のみに出場してもらうよ」

「えっ……? ひ、響と貴音はどうなるの」

「今回はフェアリーの美希ちゃんではなく、アイドル星井美希として出場して欲しい。
 それが私はベストだと考えたのだ。…………分かるね?」

 東京に出てきて、初めて出来た友達。
 それは、同じアイドルユニットの美希と貴音だった。


 ――社長室を出て、美希はマネージャーに連れて行かれる。

「……また明日なの。響、貴音」

「ええ、また明日」

「頑張ってきなよっ」

 プロジェクト・フェアリーは、美希をリーダーとした、自分と貴音との三人ユニットだ。
 事務所のおかげか実力か、簡単にトップアイドルへの階段を登っていった。


 駅に着けば、美希の化粧品ブランドの広告が大きく鎮座している。
 電車に乗れば、貴音のサイダーの中吊りが揺れているのが見える。
 街中を歩けば、自分の歌う曲が街頭ビジョンで大々的に放映されている。

 テレビを付ければ美希。ラジオを聴けば貴音。検索サイトを開けば自分。
 フェアリーはそこまで順調に、世間に認められたアイドルとして活動していた。

「……帰りましょうか」

「そうだね……外、寒いけど」


 とある事務所の無名アイドルにオーディションで負けたことがある。
 のびのびと、笑顔で、とても楽しそうにアイドルをやっている姿を見て、自分は素直に羨ましいと思った。

 ――外は寒い。

「……ねぇ、貴音」

「はい……?」

「手、つないでいいかな」

「……いいですよ。今日は寒いですから」


 彼女は売れていない。事務所の規模も段違い。それでも、見る度に楽しそうに活動している。
 自分たちはどうだ。

 美希は睡眠時間を削って、ドラマの台本に毎日目を通している。
 貴音は好物をもう何ヶ月も食べずに、サンドイッチを咀嚼しながら車で移動する。
 自分はクールキャラでいることを強要され、他事務所のアイドルと友達になることも出来ずにオーディション会場を去る。

 ――ふと、貴音が呟いた。

「……響」

「うん?」

「どうか、しましたか」


「なんともないよ」と、笑ってみせる。

「……嘘はよくありません。心配をかけるような嘘であれば、余計にです」

「……ちょっとだけ、ちょっとだけだぞ」

 冬を先取りした風が、思い切り吹いた。
 コートが揺れる。

「自分たちは、必要とされてないんじゃないかな、って思ったんだ」

「……」

 貴音は喋らない。


 ただ、手を握る力が、少しだけ強まった。

「3人で、アイドルアルティメイトに出るために頑張ったよね」

 大きな舞台は、ひとつのミスが命取りだから、って。
 精密機械のようにダンスを練習した。
 自分たちのベストを超える歌声を出した。

 それでも。

「結局フェアリーは、出られないんだ」

 現実は非情なもんだった。


「……わたくしには、何故黒井殿が美希一人で出場するように言ったかは分かりません」

「……うん」

 ――君の夢を、東京で叶えないか。
 そう言ってくれた黒井社長は、とても優しい瞳をしていた。
 人に認められたことが、嬉しくて。

「それでも、美希が一人で出場することが”べすと”であるのでしょう」

「……自分と貴音は邪魔だったのかな」


「……どうでしょうか」

 貴音が俯いて、そしてすぐに顔を上げた。

「わたくし達の猛特訓を、美希がきっと活かして優勝してくれます」

「……貴音」

「あんなに練習を重ねたのですから、美希が失敗するはずがありません」

「貴音」

「ですから……、二人で精一杯、応援を」

「たかねっ」


 美希を応援することで、フェアリーが出場する夢を諦められるのなら。
 貴音はどうして、

「……どうして……涙が、止まらないのでしょう……」

 そんなの、わかっちゃうよ。

「……自分、悔しかった」

 社長が美希を特に気に入っていることには気づいていた。
 それはきっと、目の敵にしている765プロから奪い取ったアイドルの原石だったから。


 でも。

「自分、すっごく出たかった」

 その光り輝くステージに、立ちたかった。

「三人で、歌いたかった」

 楽しく、笑いながら、真剣に。
 自分は、そんなアイドルが理想だったんだ。

「……貴音だって、悔しいんだよね」

 悔しくないわけがないんだ。
 いくら大人びていても、気持ちをすぐに切り替えて、美希を応援することなんて無理だ。


 風が冷たい。
 澄んでいる空は、とても高い位置にあるように見える。

「……わたくしは、美希を恨みたくなどありません」

 美希だけが選ばれて、自分と貴音は外された。
 そういう考え方だって、出来る。

「ただ、今はとても…………美希が、羨ましい」

 美希は、大きなステージに立って歌える。踊れる。
 自分と貴音とは違う。


「……響」

「うん」

 貴音はあいている方の腕で涙を拭って、

「来年こそ、三人で頂点に立ちましょう」

「……うんっ」

 自分は、再び貴音の手を強く握った。


「…………寒いね」

「……ええ、寒いですね」

 今年の秋はあっという間に終わってしまった。
 これから、長い長い冬が始まる。

「ねえ、貴音」

「なんでしょう?」


「今年の冬はさ、美希と貴音と自分で、鍋パーティーでもやろうよ」

「ふふっ……良いですね」

「それでさ、お正月にも集まって、みんなで神社に行くんだ」

「冷える身体を甘酒で温めて、おみくじを見せ合いましょうか」

「そう! それで絵馬を買って、そこに三人で書こうよ」

 一緒にいると安心できる大切な仲間と、

「『アイドルアルティメイトに出場する』、って」


 こう言う風の、ぬるい会話をしながら。

「……ねぇ、貴音」

「はい……?」

「……だいすき」

「…………わたくしも、ですよ。響」

 いつまでもいつまでも、こんな感じでいたいよね。


 タイトルと雰囲気はPerfumeの「マカロニ」よりいただきました。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

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