「都市伝説と戦う為に都市伝説と契約した能力者達……」 Part10 (1000)

「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」とは
 2ちゃんねる - ニュー速VIPで生まれた
 都市伝説と契約して他の都市伝説と戦ってみたりそんな事は気にせず都市伝説とまったりしたりきゃっうふふしたり
 まぁそんな感じで色々やってるSSを書いてみたり妄想してみたりアイディア出してみたりと色々活動しているスレです。
 基本的に世界観は作者それぞれ、何でもあり。
 なお「都市伝説と…」の設定を使って、各作者たちによる【シェアード・ワールド・ノベル】やクロス企画などの活動も行っています。
 舞台の一例としては下記のまとめwikiを参照してください。
まとめwiki
 http://www29.atwiki.jp/legends/
まとめ(途中まで)
 http://nanabatu.web.fc2.com/new_genre/urban_folklore_contractor.html
避難所

http://jbbs.livedoor.jp/otaku/13199/
■注意
 スレの性質上、スレ進行が滞る事もありますがまったりと待ちましょう。
 本スレとはあまりにもかけ離れた雑談は「避難所」を利用して下さい。
 作品によっては微エロ又は微グロ表現がなされていますので苦手な方はご容赦ください。
■書き手の皆さんへ
 書き手の方は名前欄にタイトル(もしくはコテハン)とトリップ推奨(どちらも非強制)
 物語の続きを投下する場合は最後に投下したレスへアンカー(>>xxx-xxx)をつけると読み易くなります。
 他作品と関わる作品を書く場合には、キャラ使用の許可をスレで呼びかけるといいかもしれません。
 ネタバレが嫌な方は「避難所」の雑談スレを利用する手もあります。どちらにせよ相手方の作品には十分配慮してあげて下さい。
 これから書こうとする人は、設定を気にせず書いちゃって下さい。
※重要事項
 この板では、一部の単語にフィルターがかかっています。  メール欄に半角で『saga』の入力推奨。
「書き込めません」と出た時は一度リロードして本当に書き込めなかったかどうか確かめてから改めて書き込みましょう。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382952233

◆用語集
【都市伝説】→超常現象から伝説・神話、それにUMAや妖怪のたぐいまで含んでしまう“不思議な存在”の総称。厳密な意味の都市伝説ではありません。スレ設立当初は違ったんだけど忘れた
【契約】→都市伝説に心の力を与える代わりにすげえパワーを手に入れた人たち
【契約者】→都市伝説と契約を交わした人
【組織】→都市伝説を用いて犯罪を犯したり、人を襲う都市伝説をコロコロしちゃう都市伝説集団
【黒服】→組織の構成員のこと、色々な集団に分けられている。元人間も居れば純粋培養の黒服も居る
【No.0】→黒服集団の長、つおい。その気になれば世界を破壊するくらい楽勝な奴らばかり
【心の器】→人間が都市伝説と契約できる範囲。強大な都市伝説と契約したり、多重契約したりすると容量を喰う。器の大きさは人それぞれである。器から少しでも零れると…
【都市伝説に飲まれる】→器の限界を迎えた場合に起こる現象。消滅したり、人間を辞めて都市伝説や黒服になったりする。不老になることもある

前スレ:「都市伝説と戦う為に都市伝説と契約した能力者達……」 Part9 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1361373676/)


   
  終章「コドクノオワリ」




 久信は目を開けた。
 顔を上げて外を見てみると太陽が赤くなっている。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「久くん、起きた?」
 顔の下から修実の声が聞こえた。
「…………ん」
 半分寝ぼけたままで応じ、久信は声の方に目をやる。
 頭の少し上の方に修実の顔がある。
 どうやら久信は彼女を抱き枕にして眠っていたらしい。
 名残惜しむように修実の胸に顔をうずめて伸びをして今度こそ起き上がり、久信は問う。
「寝てた?」
「ええ」
「ごめん、重くなかった?」
「平気よ。久くんの重さなら私には心地良いもの」
 あの事件以降、とみに久信にべったりになった修実は幸福そうな笑みで言う。
 姉と二人で蠱毒との契約をした後、二人には特に中毒症状や呪詛の暴走が襲い掛かったりはしなく、
喜ばしいことに、二人はその身に契約して受け入れた蠱毒の瘴気を完全に制御できるようになっていた。
 体の中に蠱毒の毒は入り込んでいるが、蠱毒という、最後の一つの生物残された時に真価を発揮する都市伝説を二人で分割契約したことと、
自分たちが既に蛇神憑きの契約者として、都市伝説や、毒そのものに対してある程度の耐性を持っていたということがプラスに作用しているのではないかと思われた。
 蛇は自身の毒を使いこなしこそすれ、それでは死なないものだ。
 更にもう1つ喜ばしいことに、修実が町を祟り殺した件についてはその町自体が非合法な手段に手を染めた一つの都市伝説組織として機能していたことと、
その組織と関係のあった密輸組織を壊滅させるきっかけになるという役目を果たした事で、半ば不問となり、常時の観察処分も外れていた。
 どうも久信と修実が蠱毒と契約した際にそれまで蓄積された疲労と呪詛の影響で倒れていた数日の間に、裏で小野家と見塚家が働きかけていたようだ。
 そもそも町ぐるみで人身売買や暗殺に手を染めていた町の異常な状態に事件の前も後もまったく気づくことができなかった各都市伝説組織の体面の悪さに付け込んで、
公式には事件がなにもなかったということにして処理する方向で動いているらしい。
 そのような状況もあって、まだ今は外出の際に申告が必要な状態ではあるが、
それも最近昌夫を通して行っている警察の手伝いで自分たちの安全性を示し続ければやがて撤廃させることもできるだろう。
 状況は徐々に改善されており、こうして非番の今日は一日のんびり修実の胸を枕にして過ごすことができる。

 ……ああ、幸せだ。
 晴れて、2人は、実家で2人なりの平凡な日常を形成しつつあった。
 2人で分割して契約された蠱毒だが、毒や呪詛はその多くが町を祟り殺した下手人である修実に流れていた。
そのため、姉弟が持つ力は結局のところ、弟が伸ばした力の分を、姉が更に引き離したような形になっていた。
 ……修実姉には勝てないか。
 だが、それでもいい。もとより、修実を家族の中に引き戻すことができるのなら、久信の力なんて大きかろうと小さかろうと、些細な問題でしかなかったのだ。
 それが、いつの間にか力さえあれば自分だけはずっと修実の傍に居ることができるなどという考えに拘束されてしまっていた。
 ほんの少し手段を変えればもっと広い世界を見ることができるということにすら気づかなかった。
 これは自分の独占欲が成せる視野の狭さだろうかと思う。
 固定されてしまった思考に気付くまで遠回りをしてしまったが、その遠回りも、
正解に辿り着くまでの過程でぶつかる物理的な問題の解決策の一つとしては必要だったのだから、まるっきり無駄ということはないのだろうが、
 ……それならせめて郭くらいは自分の手で殴り倒したかったけど……。
 言い換えれば、久信があまり強い契約者ではないということが幸いして、こうして別の道を選ぶことができたのだ。
 久信が下手に力を持っていたら、多くの人と関わっていられる生活はけっして得ることはできなかった。
きっと姉と2人で、2人だけの世界でコドクを抱きながら朽ち果てていただろう。
 それもそれで悪くはないと思ってしまうあたりが、いかんともしがたい久信の業だ。
「久くんどうしたの?」
「いや……修実姉は俺と心中したかった?」
 軽い気持ちに少しの本気を混ぜての問いに、修実は「うーん」と呟いてしばしの時間を欲した。
 修実の胸の鼓動が100を刻むまで待つと、「久くん」と呼びかけられた。
 顔を起こすと、その頬に修実が頬を寄せた。
「こういうことができなくなることを考えたら、やっぱり生きていてよかったって、私は思うよ」
 そう言って修実は付け根からなくなっている手足も胴体も、全身を久信に押し付けた。
 久信はそれを包むように抱きしめた。
 普段の修実は両手足を切断された、ダルマ状態でいる。
 体を洗ったり、髪を梳かしたりするのは久信の役目だ。
 両手どころか六臂を生やすことができる彼女がそれをあえてしないのは、甘えてくれているということだろう。
 それを愛おしく感じて彼女の傷跡を舐めると、くすぐったそうに息をこぼして、
「久くんも、夜は甘えてくれるし、こういうのも支え合いだね」
 そう言って笑み崩れた。

 ……ああ、もう本当に。
 1人にはさせない。
 2人で満足もしない。
「もっと多くの人と一緒に生きていこう」
「それって、家族をもう1人増やそうってこと?」
 からかうような口調に、久信は応じる。
「それもいいね。
1人でも、2人でも、歴代の誰よりも都市伝説に近い姉弟から生まれる蛇神憑きの子は一族からしても宝だろうから、歓迎されるんじゃないかな」
「ちょっと打算的だね」
 少し拗ねたように修実。
「力の無い俺はこっち方面を鍛えた方がいいってあの一件で気づいたからね」
 言って、でも、と付け加える。
「それとは別で、家族は欲しいかな」
「じゃあ、まずは1人目かしら」
 修実がコケティッシュに身をよじる。
「久くん、抱きしめて欲しい?」
「んー、まずは、そのままで。抱きしめたい」
「いいよ。私の全部で久くんを迎えてあげる」
 久信に全て委ねるように力を抜いた修実を見つめて、久信は言う。
「いろんなところを見せてもらうよ」
 蛇は執念深いのだから、これは絶対の宣言だろう。


 おつきあいありがとうございました。
 長くなってしまいましたが、これにてコドクノオリ完結です。

 結局久信は弱いので
 何かをしようと思っても1人で為すだけの力がない
 頭も冴えているとはいえないから目的を見誤ったりもするし
 自分の力を過信しちゃったりして突っ走って事故ったりもする
 そんな彼も、長年の懸念が消滅して大きな壁を乗り越えた今、これから大成するんでないかな

 ちなみにお姉ちゃんの方はまだ弟以外の人との距離がうまくつかめない人見知り的なあれです
 裏切られたトラウマとかあるので今後メンタルケアしつつのもとの性格の良さで友人は増えるんでないかな
 そんな感じでコドクノオリは幕です。
 おつきあいありがとうございました。

「お父さん・・・」
「エリザベス、はやく其奴等を始末しろ」
 いつの間に現れたのか、少女によく似た面差しの、若い女性を模した人形が男の傍らに立っている。
「おとうさん!おかあさん!」
 エリザベスが身を翻す。一瞬、エディは身構えた。
「エリザベス!何を」
 アルバートの言葉が途中で途切れる。
 エリザベスは男に駆け寄りしがみついた。まるで子が親に縋るように。
「おとうさん、もう止めよう!」
「エリザベス・・・?お前、何故」
「あの人が言ってた。わたしたちのしてた事は、悪いことなんだって!」
「エリザベス」
「わたしが罰を受けるから!お父さんの分も、わたしが代わりに罰を受けるから!だから、もう止めよう、あの人を信じて、みんなで救ってもらおう?」
 エディもアルバートも、固唾をのんで男を説得する少女人形を見つめている。
「わたし、お父さんが殺されちゃうのいやだ!」
「・・・エリザベス!」
 男が、縋りつく少女を抱きしめ返した、その時。
「やれやれ・・・とんだ三文芝居だ」
 嘲笑する声と共に響いた轟音。
「危ない!」
 男がエリザベスを突き飛ばした次の瞬間。
 男と、女性の人形を劫火が包み込んだ。
「!!」
 夕暮れの紅によく似た色の光が降り注ぎ、エディもアルバートも呆然と立ち尽くした。

「我が『ソドムの劫火』で『悪』たるものは浄化された・・・いや、まだ残っているか」
 夕闇から出ずるように現れたのは、赤い法衣を纏った数人の男―「教会」の忠実な走狗たちと、薄い唇をわずかに吊り上げて笑む、白いスーツ姿の痩せた男。
「ロゼレム、てめぇ・・・」
 光が消え、炎が弱まった其処に見えたのは。
 砕け焼け焦げた白磁の欠片と、かつてヒトだった一塊の炭だった。
「あ・・・あ・・・お、おとうさーん!おかあさーん!」
 少女の悲痛な叫びが、夕闇を切り裂くように響く。
「エリザベス!無事か!」
 アルバートが少女に駆け寄り、その白磁の身体を両腕で包んだ。
「おとうさんが・・・おかあさんが」
 呆然と呟くエリザベスを強く抱きしめ、アルバートがロゼレムと呼ばれた白スーツの男を睨む。
「もう少しで罪を悔いて自首するところだった者を、何故殺した!」
「これは申し訳ありません・・・手加減はしたつもりだったのですがね」
 ロゼレムは気障ったらしい仕草で一礼する。

~~~前回までのあらすじ~~~

【太陽の暦石】の予言通りに、永遠の眠りについた黄昏正義。

しかし、大王の忘れられた力によって、正義は【アンゴルモアの大王】としての命を得た。

正義は【太陽の暦石】に挑むが、正義の力がわずかに劣っていた。

「お願い……力を貸して!大王!」

その時、【恐怖の大王】が再び空より舞い降りた。

戦いは、真の最終決戦を迎える……!

~~~閻魔の間~~~







死ねるものへの、最後の審判。それのひとつが、『閻魔の間』。

その魂にふさわしい道を【閻魔大王】が判決する。

ギリシャ神話が死の神・タナトスは、件の報告のため、そこへ訪れた。



閻魔「どうした、タナトス。今日は1人連れてくるのではなかったのか。」

そこへ、油を売っていた【鬼】と【死神】が横やりを入れる。

鬼「珍しいねぇ、あんたが仕事失敗かい?」
死神「まさか死者を横取りされたんじゃあるめぇな?きっひっひ!」

それに対して全く動じず、タナトスは淡々と説明する。

タナトス「その、まさかです。」
鬼「なっ!?」
死神「お、おい!そりゃあ……。」

【閻魔大王】はより顔を険しくし、口を開く。

閻魔「『同業者』の横取りなら、先に当人が来ていないとおかしいが、それらしい者は来ていない。
   それでも死者の横取りが発生したというならば……。」
死神「『黄泉帰り』……!」
鬼「命の理に抗い、天に唾を吐く行為……。
  黄泉の掟により、『黄泉帰り』の力を持つものは、その名を明示し、
  闇雲な力の行使をしてはないというのに……!」
閻魔「その死者、あるいはその身内に、『黄泉帰り』の力を持つものがいたのか?」
タナトス「私もその瞬間まで気付きませんでした。」

少し溜めた後、タナトスは呟く。

タナトス「『彼』の、ようです。」

鬼「『彼』……?」
死神「心当たりがあるんなら、はっきりと……。」

不意に、【閻魔大王】が手元の台帳を開く。開いたページには、丁度[黄昏正義]と記されていた。
その下には彼の来歴があり、【閻魔大王】はその半ばに目を止める。



―――『死亡』と記された行に二重線が引かれ、訂正印が押されていた―――



閻魔「……帰って良いぞ、タナトス。『こちらの手違い』だったようだ。」
タナトス「……了解しました。」

鬼「な、どういう事ですか閻魔様!?」
死神「手違いって、閻魔帳に偽りが載るわけが……!」
閻魔「お前等も仕事に戻れ。お前等に暇などないはずだ。」
鬼「しかし……!」
タナトス「止めておけ。言うだけ、無駄だ。」
死神「……おう……。」



それ以上言葉はなく、タナトスは外へといった。



閻魔「全く、面倒なものだ……。」

ぽつり、【閻魔大王】は呟いた。

~~~世界~~~





正義の蘇り、大王の帰還。
たった2つの出来事で、場の空気が変わったように感じられる。

勇弥達は、現実を確認するために、正義と大王に近づく。

勇弥「正義ィ!大王さん!」
楓「大王様!よくぞご無事で!」
大王「……すまない、お互い死に損なった。」
正義「未練もあったし、仕方ないよ。……ごめん、皆。心配をかけて。」
奈海「正義くん……。」



麻夜「何故だ……!?我の予言と違う……!何故、お前まで生きている!?」
大王「俺も予想外だ。せっかくの覚悟が無駄になって少々恥ずかしいと思っていたところだ。
   もっとも……お前を倒さずに消えることの方が恥ずかしいか。」
正義「そういうこと。……【太陽の暦石】、覚悟はできた?」

大王「……会長。」
楓「はい!」
大王「正確にはカウントに、だが……質問がある。」
楓「……はい?」

正義「勇弥くん、奈海!」
勇弥「ん!」
奈海「なに、正義くん!?」
正義「……勝とう。【太陽の暦石】に。そして麻夜ちゃんを助けよう。」



正義「……みんなの力で……!」



勇弥「……あぁ!任せとけ!」
奈海「うん、やろう!」

空中で、正義と大王が横に並ぶ。
今まで見慣れた光景のようで、どこか違う。
きっと、それは服装のせいではないだろう。

正義「行くよ、大王!」
大王「任せろ、正義!」



2人は同時に【太陽の暦石】に斬りかかる。
しかし動揺しながらも、【太陽の暦石】はその鎧で2振りの剣を弾く。

麻夜「……我の予言は狂わぬ!生き返ったというなら、また死んでもらうまでだ。」
正義「それはどうかな?」
麻夜「何……?」

2人の波状攻撃が【太陽の暦石】に襲い掛かる。
【太陽の暦石】は拳に風を纏い、剣を華麗にあしらう。

正義の剣と【太陽の暦石】の拳がぶつかり合い、お互いを弾き飛ばす。
そのまま正義は距離を取り、持っていた剣を投げ飛ばす。
その軌道は、予言などなくとも避けるには容易かった。

麻夜「この程度の攻撃……。」

しかし避けた瞬間……真上から、大王が降ってきた。
大王は剣を振り下ろし、鎧となった【太陽の暦石】を斬りつけた。

大王「ふぅ……まずは1本。」
麻夜「なん……だと?」

大王は後退し、正義の横につく。
互いにちらりと視線を視線を合わせ、微笑んだ後、改めて【太陽の暦石】を睨む。

麻夜「……何故だ、奴はどうして上から……!?」

【太陽の暦石】が頭上を見ると、そこには白雲が広がっていた。

麻夜「これは奴の……しかし、何故気付かなかった……!?」

しかし【太陽の暦石】には予言の力がある。
例えば、『正義の投げた剣に気を取られ、大王の存在に気が付かなかった』など、ありえないのだ。
そんな小細工など、今まで何度も予言し続けて、対処し続けてきたのだから。

大王「なに、簡単な話だ。お前の認識に1つ、間違いがある。」
麻夜「何……?我に間違いなどない!過去も、未来も……!」
大王「お前の予言は、『俺達の予言』に勝らない。」
麻夜「ッ……!?」

正義は頭上に白雲を生成し、そこから2振りの剣を取り出す。

正義「ボクが……ボク達が!お前の未来を、滅ぼす!」

勇弥「大王さん!ちょっと来てくれ!」
大王「……正義、ここは任せた。」
正義「了解。」

大王が消えたかと思うと、勇弥の傍に黒雲が広がり、大王が降ってくる。

大王「さて、要件を聞こうか。」
勇弥「前々からやってみたかったことがあるんだ、黒雲を貸してくれ。」
大王「ふむ、それなら……。」

そう言いかけると、勇弥の近くに白雲が広がった。

大王「これを使った方がいい。」
勇弥「了解、ではさっそく……。」

勇弥は白雲に触れる。すると、白雲は0と1のヴェールを纏って淡く光る。

勇弥「第一段階成功、続きまして……。」

その様子を見て、改めて戦闘に向かおうとすると、楓が引き止める。

楓「大王様!」
大王「む……なんだ?」
楓「刀を……1振りお借りしたいのですが。」
大王「その程度なら、俺でもできるか。」

大王は黒雲を生成し、楓の前に鞘に入った刀を降らせる。
楓はそれを受け取り、鞘を腰に当て、構える。

楓「手によく馴染む……いい刀ですね。」
大王「どうも、死んで覚え直したようでな。そういった物ならいくらでも出せるぞ。」
楓「ありがとうございます。ですが、この1振りだけで充分です。」

楓はその場で目をつぶり、精神を統一する。

大王「……これで布石は完了か。では。」

改めて、大王は黒雲を生成し、正義の近くへ瞬間移動する。
同時に、【太陽の暦石】に斬撃を試みるが、予知により受け止められた。

大王「不意打ちは無意味か……。」
麻夜「何故だ……?予言が使えないわけではない、なのに、何故……?」
大王「ふむ、では予言勝負と行こうか。」
麻夜「なんだと?」
正義「大王?」
大王「(奴の精神を乱すのも攻撃の内だ。)さぁ、先手は御本家様に任せよう。」
麻夜「……いいだろう、どうせ口にしたところで何も変わらん。」

【太陽の暦石】は一瞬集中し、開眼する。

麻夜「まず、日向勇弥とやらは、あそこでただ妙な機械を妄想するだけで何もしない。
   次に、十文字楓とやらは、あそこで剣を振るうが、当然何も斬れはせん。
   そして、お前達は我には勝てない、絶対に。」
大王「……ふむ、ずいぶん具体的で、分かりやすい予言だ。」
麻夜「さて、お前の番だ。我の動きを読めるか?」



大王「お前の予言は外れる。」



麻夜「なに……?」
大王「はてさて、どちらの予言が当たるかな……?」
正義「話はそこまで。そろそろ始めるよ。」

正義と大王が同時に【太陽の暦石】に斬りかかる。
大王の攻撃は目視もせずに受け止めたが、正義の攻撃は受け止めるのに若干手間取った。
さらに大王の言葉が、【太陽の暦石】をさらに惑わせる。
しかし、今は正義の攻撃と大王の攻撃を受け止めるのが精一杯だった。



勇弥「―――エネルギー制御システム、砲門耐久度、シミュレート完了。そのまま実装。
   各種構成、再チェック……OK。エネルギーケーブル……接続開始!」

そう言い終わって間もなく、勇弥の傍にあった白雲から、大砲のような巨大兵器が降ってくる。
それの後端にはケーブルのようなものが繋がっており、その先は白雲から出てこないようだ。
勇弥はそれを何とか受け止め、すこしよろめく。

麻夜「なに!?!?」
勇弥「……重量シミュレートを怠った……。まぁいいや、エネルギー充填。
   10%……20%……。」

ケーブルが淡く光り、巨大兵器に何かを注ぐ。
【太陽の暦石】はその光景に理解が追いつかなかった。
予言とは違う光景、かつ、自分が知りえないモノの存在。
おそらく、その時【太陽の暦石】が覚えた感情は……。

大王「余所見を、するなァ!」
正義「てぇぇぇえええい!」

その感情に支配されるより前に、正義達の攻撃が襲い掛かる。
【太陽の暦石】は我に返り、攻撃を受け止める。

勇弥「80……90……100%!」

勇弥が持つ兵器が輝きだし、奇怪な電子音を鳴らし始める。

勇弥「行くぜェ……バースト!」

おもむろにその兵器の引き金を引くと、その砲身から光が放射線状に飛び出す。
光は【太陽の暦石】の方へ向かい、あっという間に【太陽の暦石】を飲み込んだ。

麻夜「ぐわああああああぁぁぁぁぁぁ……。」

数秒後、光が小さくなり、やがて消える。同時に、兵器は煙を出し、音を立てて崩壊した。

勇弥「……やっぱり冷却装置に問題があったか。あとエネルギーも全然現実的じゃねぇや。
   【恐怖の大王】パワー様様だよ、まったく。
   おっと……ターゲットは……。」

【太陽の暦石】を見ると、鎧自体はそれなりのダメージを受けているようだった。
しかし、どうも麻夜には、何も悪影響は無いようだった。

勇弥「計画通り……かね。正義は……心配するまでもないか。」

その瞬間、白雲より正義と大王が同時に現れる。

正義「でえりゃあああぁぁぁ!」
大王「だぁぁぁあああ!」
麻夜「くっ……!?」

反応が遅れ、【太陽の暦石】に2人の斬撃が命中した。
先ほどの攻撃と比べれば個体へのダメージは僅かかもしれないが、精神へのダメージは充分だった。

麻夜「……何故だ、あれは何処から出てきた……?」
正義「次……いくよ!」



楓「(十文字流……その極意は、南を目指すものの道しるべなり。)
  (力を求めるものは、見てくれに騙され大きな剣を取る。)
  (しかし真の『道』は、小さくとも鋭く、確実に目的を貫く……【心】。)」

楓は刃を【太陽の暦石】に向けながら心の中で呟く。
やがて納刀し、ゆっくりと目を瞑る。

楓「(たとえ、この身が5つに別れようとも、『道』で繋げば1つのしるべとなる。)
  (十文字をつくる星がひとつ、【技】により砥がれた刃を【体】で制御せよ……!)」

不意に、楓の姿がそこから消えた。かと思うと、【太陽の暦石】の前の白雲から降ってくる。

楓「十文字秘伝……地平一閃!」
麻夜「なっ……!?」

高速の抜刀と同時に、鋭い一太刀が【太陽の暦石】に命中した。
ただの刃だったが、食らうと同時にダメージが増幅され、【太陽の暦石】が苦しみだす。
【太陽の暦石】は反撃を試みるが、紙一重で楓の姿が消えた。

麻夜「小癪な真似を……。」
大王「小癪な真似に引っかかる予言者には言われたくないな。」
麻夜「何故だ……何故、我の予言が外れた!?」
大王「簡単な話だ。」



正義「お前の予言では……ボクが死んでいるからだ!」



不意に、正義が【太陽の暦石】に斬りかかる。
反応が遅れたのか、その斬撃は【太陽の暦石】に完全に命中した。

正義「お前の予言と、現実……その中で最も大きな変化が『ボクの存在の有無』。
   いない人間の行動は予言する必要がない。だからお前には、ボクの行動が予言できない。」
大王「予言の絶対性が裏目に出たんだろう。お前は『もしも』を推測できないんだ。
   己の予言は、絶対だからな。」
麻夜「ッ……!」

【太陽の暦石】は怒りと屈辱の表情を浮かべる。
しかしやがて、その表情は笑みへと変わる。

麻夜「……なるほど、我の予言を破ったことは褒めてやろう。
   だが、お前達にとって『これ』は大事なものであろう?傷つけていいものか?」

そう言いながら自分を、いや、麻夜を指さす。
それを見て、正義と大王は、堪えきれずに笑い出す。

麻夜「……何がおかしい?」
正義「まさか、気付いてすらいなかったとはね。」
大王「まったく、もしそうだとしたら、俺達は攻撃などしないぞ。」

その様子に、【太陽の暦石】は全く理解はできなかった。
理解させる暇も与えず、正義と大王の猛攻が始まる。



コイン「ふぅん……分かると思ったんだけど。分かってても、理解できないのかな?」



陰「(次の攻撃は30秒後です。準備してください。)」



伯爵「(カウントまでもう少し時間がかかります。攻撃を控えてください。)」



大王「(正義!まだ攻撃できないのか!?)」



コイン「(私たちが正義くんに情報を送ってることに。)」

正義くんに与えられた忌まわしき縁、「黄昏の呪い」。
正義くんには都市伝説の心を読む力が与えられている。
そのおかげで、正義くんの命中精度や回避能力が底上げされているんだけど……。

この力は、敵に向けるだけのものではない。
元々、大王さんと言葉なく息を合わせたりすることだってできた。
【アンゴルモアの大王】となった今なら、この乱れ飛ぶ情報を、全て整理できる。……らしい。
私達が、自分と契約者の動きを伝えれば、正義くんはそれに合わせくれる。

勇弥くんが武器を造った時、正義くんは微妙な動きで攻撃のタイミングを調整していたの。
【数秒ルール】が発動できるタイミングになるまで、ね。
カウントが、【数秒ルール】で麻夜ちゃんを守ってる時間を報告。
陰さんは、勇弥くんの行動について解説。
そして私は……。



コイン「(正義くん!火炎弾が来るから、斬り払ってほしいんだけど……。)」

このように近未来余地を飛ばして。

麻夜「第三の破滅……『トロメア』!」
正義「遅いッ!」

正義くんに対策してもらう。



1人1人は離れているけど、皆の心は確実に繋がっている。



互いが互いを信頼しているから。



これが、「絆」の力。



あなたにはない、「絆」の力。



これでも、あなたに勝ち目はあるの?【太陽の暦石】









正義「(でも……『まだ倒せない』のは本当だ。)」



仮にこのまま倒したとしても、麻夜ちゃんの心が無事は保証できない。
どのような手段で操っているかは分からないけど、場合によっては麻夜ちゃんの心は戻ってこない。
「心」を取り戻せなければ、おそらく麻夜ちゃんを救うことはできない。

なにより……この力は、強すぎる。
始めに当てた時、【数秒ルール】の壁を貫きかけた。
どうやらその気になれば、あらゆるものを滅ぼすことができるらしい。
だから今は、力を可能な限りセーブして戦っている。

……これでは、勝てない。
精神的に追い詰めてはいるけど、あいつを滅ぼすには「本気」を出す必要がある。
その力を、完全に制御できる自信はない。
しかし、持久戦にも限界がある。
ボクはどうか分からないけど、あいつよりも奈海達が倒れる方が早いだろう。
早く終わらせないといけない。



「麻夜ちゃんの心と体を解放する」……その方法って?



大王「ッ……!少年!」



正義「……あっ……!」



そうか……!まだ、希望はある。



彼なら、きっと……。



正義「漢くん……!」






マヤの予言編第X4話「キズナ」―完―

失礼いたしました。

兄者……遅くなってごめんよ……就活終わってないけど
あとは兄者→また自分となるのかな?
それでは。

☆はっぴーハロウィン☆

こども「「とりっく・おあ・とりーと!」」「おかしくれないとー!」「いたずらするよー!」

大王「ハロウィン、もうそんな季節か」
正義「なんか、なつかしいね」

こども「うわぁ、おっちゃんはなんのコスプレ?」
大王「おっちゃん……!?」
こども「かっけー!なにそれなにそれ!」

大王「……少年!見てないでどうにかしてくれ!」
正義「ふふっ、ボクはもうお菓子あげちゃったもん」

●大王は子どもに弱かった


☆トリック・オア……☆

コイン「トリック・オア・トリート!お菓子くれないと、悪戯だー!」

正義「ごめん、道中でお菓子配りきっちゃった」
コイン「えぇ!そんなひどい……」
大王「そもそも、悪戯って何をする気だ?」

コイン「ちょっと、お呪いさせてもらおうかな」

大王「しょしょしょ少年、本当にお菓子はもうないのか!?」
正義「全部使っちゃった……」
コイン「えっ!?冗談だよ!?」

●呪いはやめて、マジやめて

☆お菓子だけど☆

勇弥「どうかしたのか?」
正義「勇弥くん!」
大王「友よ……来てくれたのか……!」

コイン「お菓子くれないからって呪うわけないじゃん!」
勇弥「コインちゃんの呪いには、色々お世話になってるからな。ほい」
コイン「わぁい」

[十円チョコ(たくさん)]

コイン「勇弥くんのいじわる!鬼!」
勇弥「えっ!?これのどこに問題が!?」






●女心は、難しいものですな……(他人事)


☆そういえば☆

勇弥「ハロウィンと言えば、カボチャを刳り貫いて……。」
奈海「ジャック・オ・ランタンの完成ー!」

コイン「あとは、ウィルさんに入ってもらって……」
奈海「って、ウィルさんは【ウィル・オー・ウィスプ】でしょうが」
勇弥「ん?【ジャック・オ・ランタン】で合ってるんじゃないか?」
楓「いや、【つるべ落とし】だと思ったんだが……」

大王「最初にあった時【鬼火】だと名乗っていただろ?」
正義「あれ、【人魂】だって聞いた記憶が」

……あれ、どれだっけ……






●正解は、「複数混じってる」です

☆過去☆

(正義「とりっく・おあ・とりーと!」)
(大王「なんだその姿は?俺の世界征服を手伝う気にでもなったか?」)
(正義「ちがうよ、ハロウィンだよ」)

(正義「というわけで、おかしくれないと、いたずらするよー」)
(大王「俺の知ってる【ハロウィン】と違うんだが」)
(正義「そんなのしらないよ。あ、くもからふらすのもダメだから」)
(大王「では……」)

(大王「悪戯しろよ、お前にできるならな」)

正義「……それ以来、『トリック・オア・トリート』って言わなくなったなぁ」
コイン「鬼だ……!」
大王「覚悟もないやつに、脅しなぞされても怖くないという教訓を与えたまでだ」






●実際、悪戯されてる家なんてみたことないけどね


☆ハロウィンの夜は☆

こども「「わぁい、おかしだ、おかしだ!」」「みんなで食べよー!」「やったー!」
勇弥「……平和だな」
楓「全くだ」

奈海「これが、私達が守ってきたものなのね」
コイン「つらいこともあったけど……今が幸せなら、それでいいや」
大王「まったく……お人よしどもが」
正義「だから……」

正義「お前たちに、この笑顔を壊させやしない」
勇弥「【ハロウィン】に乗じて、騒ぎを起こそうって魂胆は読めてるんだよ」
奈海「というか、1年前から成長してないわね」
コイン「まったく、飽きないねぇ」
楓「では、始めるか」

大王「ということだ、お前達。『悪戯』される覚悟のないやつに、『悪戯』なぞさせん」
野良都市伝説「(あ、終わった)」「(今年は、勝てると思ったのになぁ)」「(もう俺都市伝説やめるわ)」






●今年のハロウィンも平和です

遅刻気味ながらハロウィンほのぼの

ちょっと落ち着いた気がする、では~

そろそろ学校へ行かなければ遅刻してしまう。
そう思って急いでいた俺の腕を掴んで
「お兄ちゃん、ゲームしよ!」
と妹が言った。
俺は学校へ行こうとしていた所であり、今日は平日だ。
当然、妹だって学校がある。というか、俺と同じ学校だ。
「お前、学校行けよ」
「今日は休む」
『今日は』ではない。『今日も』だ。
何を隠そう、妹は引きこもりだ。
「俺は学校行きたいんだけど」
「お兄ちゃんは学校と私、どっちが大事なの!」
「いや、学校だけど」
「……、死んでやる!」
物騒な事を叫びながら部屋に駆け込んでしまった。俺の部屋だ。
……今日は学校を休むしかないようだ。
妹の「死ぬ」は洒落にならないのだ。
妹は「ウサギは寂しいと死ぬ」の契約者だから、寂しいと本当に死ぬ。
ちなみに、ただ死ぬだけなので、戦闘には全く使えない。

「なんでお前、学校行かねえの」
一狩りしなが妹に聞いてみる。
「……だって恐いし」
「恐い?」
「私、契約者だよ?外に出たら、都市伝説とかに襲われるかもしれない。そう考えたら、恐くて……」
わりと真面目な理由だった。ビックリだ。
「それにね?そんな危ない外にお兄ちゃんが行っちゃうのも心配なんだよ?だから、一緒に部屋で」
「あ、俺は契約したから自分の身くらい守れるぞ」
「……え?いつ?」
「先週。花子さんと」
「え?」
「ん?」
「花子さん?花子さんて女子トイレにいるやつだよね?え?何?なんで?」
「いや、トイレにゴキブリが出たからなんとかしてくれって女子に頼まれて」
「え?なんでそれお兄ちゃんに頼むの?」
「知らん。よく頼まれるんだよ。買い物の荷物持ちとか、委員会の仕事の手伝いとか、夜恐いから家まで送ってくれとか
 友達とか結構いるはずなのに、何故か俺に…………どうした?」
「」
「おーい?」

次の日から何故か妹は普通に学校に行くようになった。
休み時間のたびに俺のクラスや女子トイレをうろうろしていて、ちょっとうざい。
都市伝説恐いのはどうしたんだ。

乙です!

>>41
ジュース買ってんじゃねーよwwwwww

『捨てても捨てても戻ってくる人形』みたいなタイプの都市伝説と契約する→アンティークショップで売る→戻ってくる→売る→以下繰り返し

呪われそう? そこは自己責任

       _,-――-.、

  \  ./:::::::::::::::ヽ:::.ミヽ、     、l | ll l || l l||| l l| l || l l||| l |l | ll |l l || l l|
    /::::/| | ハ :::ヽ::ミ:l    ヽ`
    |::/ ´ |八:八|ヽ::|::ミ::}   三 多々買え・・・もっと多々買え・・・
    ムイ::○::::::::::::○:イ::ミ:ノ    彡,
     |人" r‐┐" |.ノ^)      ' / l | ll | ll |l |l | ll |l l || l l| |l | ll |l l || l l|
    (ゞ:ミ/ハ ` ´ ‐< ´
 ゚ヽ | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | ダンッ

。 ゚ _(,,) つべこべいわず (,,)_ / ゚

 ・/ヽ|   課金しろ    .|て ─ ・。 :
/  .ノ|________.|(  \ ゚ 。  【イメージ図】
 ̄。゚ ⌒)/⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ヽ\  ̄ 。

【都市伝説 殺 し 屋】
能力『対価として金銭を支払う事でそれ相応の殺傷力を持つ弾丸を放つ』
対価として支払われた金銭が何処へ消えるのかは不明
日本円で一発1000円から(殺傷力及び命中率は値段相応なので1000円では当たらない可能性も有り)
逆に言えば金を注ぎ込めば注ぎ込むほど威力と命中率は上がる
殺されるのはターゲットか契約者の財布かその両方

>あれだね、徳川の埋蔵金とかM資金的なのと多重契約しとかないと
>金稼ぎ系の都市伝説は少なくないけど、多重契約するのも怖いかwwwwww
二重の意味で燃費最悪なので多重契約すると多分死にますww
>>44
多分それが一番平和な金稼ぎかもww

「力が欲しくはないか?」
突然、耳元で声が聞こえた。チビは、慌てて後ろを振り返るが、誰もいない
「力?」
画面に視線を戻したチビは、感情を感じられない声でそうつぶやいた。どことなく、目が虚ろだ
「そう、力だ。これさえあれば、貴様は新しい自分になれる」
「新しい自分…」
チビは思い返す、今までの惨めな自分を。そして、自分を見て笑う者達のことを。
「僕は変わりたい…」
それは、ずっと叶わないと思っていた願いだった
「あいつらを倒して新しい自分になりたい!」
「ならば、契約せよ。望み通りの力を授けよう」
もう、迷いはなかった。チビは、「契約」をクリックした

「よう、チビ。元気にしてたか?」
チビが教室に入ると、金髪の男が笑いながら声をかけた。周りの取り巻きも笑っている
「うん」
「へー、別に来なくてもいいんだぜ」
「ちょっと~、せっかく来たのに酷いって~」
彼らは、まだ知らない。チビが、昨日までのチビではないことを。だから、自分たちの首を絞めるような言動を平気で出来る
「あのさ」
「あ?気安く話しかけんなよ」
「うっわ、ひっど」
幸せな時間は、いつまでも続かない。必ず、終わりが訪れる
「死ねよ、くそ金髪」
人が宙に舞う、それは滅多に見れる光景ではない。だから、突然空中に吹き飛ばされた金髪に、皆唖然とした
金髪は、そのまま黒板にぶつかり、床に落ちた。意識はない、どうやら気絶しているようだ
あまりに現実離れした出来事に、誰も口を開こうとしない。それどころか、誰も金髪に近寄ろうともしない
彼らは、認めたくなかった。これが現実だということを
「なんだ、この程度だったんだ。僕を支配するものって」
無音の空間の中で、チビの喜びに満ちた声だけが響き渡る
彼らにとっての幸せな時間はこうして終わり、チビにとっての幸せな時間が始まろうとしていた

金髪の件は、学校側が事故として処理をした
クラスの人間や、金髪は、真実を話したが、教師も親も信じなかった
その後、金髪の取り巻き等が、チビを犯人だとして、リンチをしようとしたことがあったが、それは見事に失敗をした
金髪の時のように、「見えない力」によって、返り討ちにされたからだ
普通の暴力と違い、「見えない力」は犯罪行為にならない。日本の法律では、説明のつかない力を裁くことができないからだ
チビは、クラスの王者となった。「見えない力」で、恐怖を与え、脅し、従わさせた
それだけでは、とどまらず、チビは欲望に任せ、様々な悪行を繰り返した
復讐者だった彼は、こうして支配者となった。その姿は、チビが憎んだ者達にそっくりだった

「やった、やった!…ん?」
勝利に浮かれはしゃぐチビだったが、突然顔に何かが張り付く
手でつまみ、見てみると、それは…
「…え?」
独特な生々しい感触、滴る血液、そして形容しがたい匂い
肉片だった
「え?え?」
チビは、もちろん人が死ぬことを知っている。が、どこかで思っていた
自分と同じ力を持つ巨漢ならこれくらいでは死なないだろうと
「え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?」
頭をかきむしるチビ、顔は青く、目は血走っている
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ」
現実を拒むように、下を向きながらひたすらそう呟く
チビは、いくら悪行をしようと、「人殺し」はしなかった。いや、できなかった
あくまで、「日本の普通の人間」であるチビには
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
腰が抜け、地面に座り込み。絶望に包まれながら、チビは意識の底に落ちていこうとしていた
その時だった
「ん?」
チビは、思わず顔を上げる。微かな音が聞こえたからだ
そして、気づく
「ま、さか」
その音が、足跡だということに
「どうした?もう終わりか?」
低いハスキーな声、ゴミひとつ付いていない制服、傷一つない巨体
クレーターの中から、巨漢は出てきた
「あ」
思考が停止するチビ。だが、再び動き出した時、今受けた衝撃で三つの事実に気がついた
一つ、ヒトガタの右拳が粉砕されたこと
二つ、先ほどの肉片はヒトガタのものだということ
「次は、こちらから行かせてもらう」
三つ、巨漢が「普通の人間」ではないということ

やば、文章矛盾した

現時点まで登場した都市伝説の紹介

【デブは喧嘩が強い】
形を持たない概念系の都市伝説
デブじゃないと契約できない。都市伝説としての格は低く、契約しても容量をあまり食わない
・能力…『戦闘時、身体能力と肉体が強化される』
肉体強化系としては、弱めなほう。発動条件が、単純なのが長所

【ターボ孫】
ターボばばあの孫とされている都市伝説
姿は、引き締まった姿をした若い男。ジャージを着ているとされている
ターボばばあより速いと噂されている
・能力…『脚力強化』
肉体強化系としては、かなり強め。脚力強化に限ればほぼ最強

【ヒトガタ】
北極に出現すると言われている都市伝説
姿は、白く人型。数十メートルの長身を誇る
・能力…『水中を自由自在に移動できる』
水中限定で、呼吸も必要とせず、自由自在に移動できる

以上です
ターボ孫は、契約者がいなかったので、能力を出せませんでした
ヒトガタは、劇中で能力を出せず、本体による攻撃しか書けませんでした
デブが喧嘩が強いは、能力としては弱いけど、契約者(主人公)が元々バカみたいに強いので、無双状態になっています

ヒロイン初登場会
いつもどおりの駄文です

 まだ、耳に馴染んでいない、目覚まし時計の音で、私は今日も目を覚ました。すぐに、体を起こし、時計のボタンを押す。針は、午前5時を示していた。
 「よかった」
 昨日、パズルにのめり込みすぎて、ついつい夜ふかしをしてしまった。なので、朝ちゃんと起きれるか心配だった。杞憂で済んで何よりだ。その後、布団をたたみ、制服に着替えた。おかしなところがないか、姿見で確認をする。うん、特にないようだ。そうこうしているうちに、お母様も起きた。
 「おはよう、お母様」
 こうして、私のいつもの一日が始まった。

 台所に向かうと、いつもと同じく彼はいた
 「おはようございます」
 「ああ、おはよう」
 包丁でネギを切りながら、拳次君は挨拶を返してくれた。巨体に似合わない、繊細な包丁の動きには、ついつい見とれてしまう。
 「卵を割っておいてくれ」
 「はい」
 冷蔵庫からたくさんの卵を取り出し、割ってボウルに入れていく。簡単な作業だけど、油断をすると殻が混じってしまう。
 「そこのだし汁と調味料を卵に入れてくれ。配分覚えているか?」
 「はい」
 どうやら、今朝はだし巻き卵のようだ。拳次君の作るだし巻き卵はとても美味しい。配分は、以前教えてもらった。
 「…ナダレ」
 「はい?」
 卵をかき混ぜていると、拳次君が話しかけてきました。
 「ここの生活には慣れたか?」
 「慣れた…とはまだ言えないです。ここの生活は楽しいですけど」
  洋風の家で暮らしてきた私には、この立派な日本家屋にはまだ慣れない。けど、いい家だとは思う。それに、拳次君を含む家族の方々は親切な人ばかりだ。
「楽しいか…、騒がしいの間違いじゃないか?」
「違いますよ、ちゃんと楽しいです」
「こんな朝からうるさいのにか?」
 確かに、この家は早朝からとても賑やかだ。というのも
 「いいじゃないですか、道場」
 そう、この家は敷地内に道場を構えている。それもいくつも。家族の方々は皆、格闘家や武道家で、人に武術を教えて生計を立てている。ちなみに、今も朝練の真っ最中で、この台所にも掛け声や物音が聞こえている
 「とっくに慣れはしてるけど、楽しいとは思えないな」
 そう言い、拳次君は調理に戻った。私もそれに従う。実は、拳次君に言っていないことがある。というのも、これは彼に言ってもどうしようもないことだからだ。だって、それは私自身の問題だから。
 「ボウルを渡してくれ」
 恩人である彼に、これ以上迷惑をかけたくないから

 教室のドアを開ける瞬間、私はここを立ち去りたくなる。けど、教室の中に入ればそんな気はなくなる。
 「昨日のロンハー見た?」
 「え~、嘘だろ」
 「見てみて」
 「お前すげーな」
 ここには、いつも雑音が広がっている。人の感情がごちゃまぜになった音が。耳を塞ぎたい、その思いを実行に移さず、私は自分の席に座る。
 「でさ~」
 「まあまあ、しょうがないじゃん」
 「は~!?」
 「うわ、食いてえ」
 鞄から、図書室で借りた本を取り出す。有名な文豪の短編集だ。私は、すぐに物語の中に潜り込んだ。ここから逃げるように。

 『お疲れ様です!』
 「お疲れ様。みんな、元気だね」
 ありがとうございます、威勢のいい声でそう言って、小学生達は道場の門をくぐっていった。彼らは、ここの道場に通っている子供達だ。この家の人たちは、皆礼儀に厳しく、挨拶などを徹底させている。道場とは、無関係の私にもさっきのような態度をとってくれる。
 「いい子達だな」
 しみじみとそう呟き、彼らとは違う門をくぐる。この家には、二つ門があり、一つは道場用、もう一つは家用だ。私が今通ったのは、後者だ。
 「あの子達みたいに人に接することができたらな…」
 自分と彼らを比べ、私は勝手に落ち込んだ。そのまま、広い庭を歩き、玄関に着く。
 「ただ今帰りました」
 どこか他人行儀な声だった。

 「ナダレ、ちょっとお使いに行ってくれないか?」
 「お使いですか」
 台所で、お手伝いをしていると、拳次君がそう話しかけてきた。
 「ああ、ちょっと足りないものがあってな。このメモのものを買ってきてくれ」
 「はい」
 手渡されたメモを読む、品数は少なくどれも軽いものだ
 「じゃあ、金」
 拳次君は、エプロンのポケットから財布を取り出すと、私に差し出した。受け取ると、その低いハスキーな声で私にこう尋ねた。
 「店の場所はわかるか?」
 「はい、何回か行ったので」
 「そうか」
 そう言うと、拳次君はすぐに調理に戻った。
 「では、行ってきます」
 

 私は、お金を使うことに慣れていない。そのせいで、人に迷惑をかけることがある。今回もそうだった。
 「…はぁ」
 茜色に染まる住宅街を、鬱々とした気持ちで歩く。体に力が入らず、右手に持ったビニール袋を落としてしまいそうだ。
 「どうして、ああなっちゃんたんだろう…」
 おつかいに行ったスーパーで、私はとんだ失態をしてしまった。レジでの会計の際、手が滑り、財布の小銭を周囲に撒き散らしてしまった。そのせいで、並んでいる人たちと店員さんに多大な迷惑をかけてしまった。
 「はぁ…」
 また、ため息が出てしまった。こんな時、私は必ずある言葉を呟く。
 「私はここにいていいのかな」
 「いい訳がない」
 後ろから聞こえた返答に、驚いた私は、思わず後ろを振り向く。動きやすそうな服装、赤がベースのキャップ帽、そして凛々しい顔立ちが特徴の青年がいた。左手には携帯ゲーム機が、右手には紅白のボールが握られている。
 「お前は俺がゲットするんだからな」
 今日は、いつもの一日にはならないようだ。

 「まさか、『鬼神の血族』のところにいるとはな。おかげで、お前が外に出るのを待つはめになった」
 不気味に笑う男、私は警戒度を急激に高める。
 「あなた、契約者ですか?」
 「ああ、もちろん。だが、いきなり襲う気はねえよ」
 その言葉を聞いた瞬間、私は少しだけ気を緩めてしまった。すぐにそれが失態だと気づき、再び警戒度を高める。
 「へえ、素直な性格だな」
 一連の私の行動に、気づいていたらしい男は、馬鹿にするような口調でそう言った。
 「襲う気がねえってのは本当だ。ただし、こちらの条件を飲んだらだがな」
 「条件?」
 「ああ」
 男は、ボールが握られた右腕を前に突き出し、こう言った。
 「俺のものになれ、都市伝説と人間のハーフ」

 私が、都市伝説と人間のハーフであることを、知られていることにいまさら驚きはしない。そもそも、知っていないと私のところに来るはずがないからだ。
 「…あなたと契約しろということですか?」
 「いや、違うな。契約ではなくゲットだ」
 「ゲット?」
 「ああ、このボールを使ってな。ちょっと見せてやる。出てこい!白ワニ!」
 男は、右手に握られたボールを上に投げた。すると、聞いたことのないような機械音と眩しい光が、ボールから発せられた。思わず、目を瞑る。少ししてから、目を開けてみると男の足元に、白い大きなワニが一匹いた。
 「どうだ?驚いたか?このボールは、都市伝説をゲットすることができる。そして、ゲットした都市伝説は俺に絶対服従する。契約したわけでもないのにな」
 恐ろしい都市伝説、素直にそう思った。人間が、契約できる都市伝説の数には限度がある。というのも、契約するのには、容量というものを消費する必要があって、それには限界があるからだ。人によっては、常人より多い容量を持っていたりもするけれど、それにも限りがある。それらを考えると、男の能力は反則と言っていいものだ。
 「おお、驚いてくれているようだな」
 私の顔を見て、男はにたりと微笑んだ。
 「さて、じゃあ話を戻すが、俺にゲットされる気はあるか?」
 「…」
 「お~や?」
 男はさらに顔を歪ませた。ありません、その言葉を言うことがどうしてもできなかった。私は、ずっと悩んでいた。あの家に来てからずっと
 「もしかして、お前「私はあの家にいて本当にいいのかな?」とか思っちゃってるか?」
 図星だった

 地獄から救い出してくた拳次君は、帰るべき家まで私に作ってくれた。家の人達や道場の人達も、とてもいい人ばかりだった。だからこそ、私は悩んでいた。私はここにいていいのかと。本来、ここまで親切にしてもらう義理はない。それにも関わらず、みなさんは私に様々なものをくれた。初めての学生服、美味しいご飯、自分の部屋、私にはもったいない洋服、そして温かい感情。もらうたびに、引け目を感じた。他にも、悩んでいることはあった。元々、人見知りな私は、高校に入学するにあたりとても緊張していた。強ばった体で、初めて教室に入った時、そこで気づいた。自分が、社会から外れた者であるということを。すぐに、私は雑音に飲まれ、身動きができなくなった。街に出てもそうだった。けど、それらの悩みは誰にも打ち明けなかった。当然だ、ここまで尽くしてもらっているのに、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。そう思い続けて、今私はここにいる。

 「そうだよな、お前みたいな異端中の異端者が人の生活を送れるはずがないよな~」
 その言葉に、何も返答することができない。喉が異常に乾く
 「なあ、俺のところに来いよ。そんな、悪い扱いじゃねえぞ。三食昼寝付きだ」
 それなら悪くないかもしれない、内心そう思ってしまった。だって、私は長年飼われていたんだから。昔の生活に戻るだけだ。
 「何も悩まずに、ただ俺の命令に従うだけの生活だ。結構、いいと思うぞ。余計なことを考えることもないしな」
 一切苦しまずに、ただ毎日を過ごす。それは、なんて幸せなことなんだろうか。
 「さあ、来いよ。このボールを触れ。その瞬間、お前は俺のものになる」
 気がついたときには、男に向かって歩を進めていた。止める気はない。男の前に立ち、右手のボールに私の右手を伸ばす。
 「歓迎するぜ、ハーフは貴重だからな」
 新しい主人の言葉に耳を傾けながら、ボールに触れようとした。
 「…どうした?」
 私の右手は、ボールの手前で止まっていた。なぜだか知らないが、急に石のように重くなり、動かなくなってしまった。
 「ん、ん」
 いくら、力を込めても右腕は動かない。それどころか、左腕も、右足も、左足も、首も、どこも動かない。困惑しながら、その理由を考えた私は、あることに気づいた。
 「…すいません」
 「気にするな、緊張することは誰にでもある」
 「いえ、そうじゃないんです」
 「何?」
 「私…」
 全身がようやく動き始めた。一度、大きな深呼吸をする。心を落ち着かせた私は、両手を握りしまながら、力を込めた声でこういった。
 「やっぱり、あの家にいたいんです!」
 瞬間、私の体が強い冷気を放った。

 「ち!」
 男は、素早く私から距離をとると、舌打ちをした。
 「簡単に行くと思ったら、そうは行かないか。こうなったら、力づくだ。いけ、白ワニ!かみつくだ!」
 白ワニが、大きな口を開けながら、私めがけ飛びかかってくる。大きな体に似合わぬスピードで。それを、私は避けることはしなかった。ただ、来るのを待っていた。
 「ははは!びびって動けなくなったか?」
 男の言葉に、耳を貸す必要はない。だって、私にとってこの白ワニは脅威じゃないのだから。
 「何!?」
 男は、間抜けに口を開けて驚いていた。それもそうだろう、だって突然私の体が雪煙となったのだから。私が、雪煙となったことにより、白ワニの噛み付きは空を切ることになった。そのまま、白ワニの背後に移動し、姿を人に戻す。そのまま、白ワニの背中に手を当てる。こんなことをすれば、普通はすぐさま襲いかかってくるだろう。だが、白ワニはピクリとも動かなかい。
 「凍らせたか…」
 氷の塊となった白ワニから、手を離し、男のほうを向く。その顔は、苦々しかった。
 「さすが、雪女の血を持つだけはある」
 男は、口ではそう言いながら、指先は震えていた。

 あの瞬間、私は気づいてしまった。自分が、あの家に負い目を感じている以上に、あの家が大好きだということに。たとえ、迷惑をかけてもあそこにいたいと思っていることに。問題は多い、それでも私は、この思いを選んだ。

 「なら、これでどうだ!」
 男が、携帯ゲーム機のボタンを押すと、空中に先ほどのボールが大量に現れた。
 「数の力を教えてやるよ!」
 先ほどとは比べもにならないほどの、音と光が周囲に広がる。今度は、目を閉じなかった。
 「絶望しろ!俺の軍勢に!」
 ありとあらゆる魑魅魍魎が、私を取り囲んでいた。鱗を身にまとったもの、毛を生やしたもの、刃物を持ったもの、翼を持つもの、マイナーのものからメジャーなものまで、様々な都市伝説がいる。確かに、絶望した。『鎖』に縛られている私には、これだけの敵を相手に勝つことはできない。
 「ははは!いい顔だ!…ん?」
 そう、私は勝つことができない。私は。
 「おい、何を企んでいる!」
 「何も企んでいませんよ。ただ…」
 本当は、こんなことはあまりしたくない。けど、あの家に帰るにはこの方法しかない。
 「お母様に戦ってもらうだけです」
 体中が、先程より強い冷気を放った瞬間、私の意識が薄れていった。ごめんなさい、そう思いながら。

 「まったく、遠慮なんてしなくていいのに」
 わたくしは、そう言いため息をした。あの子のためならなんでもするというのに。
 「お、おい!」
 例の男が、わたくしを指さしてなにやら叫んだ。虫を見る目で、彼に視線を向ける。
 「どういうことだ!なんで!なんで!」
 本当にうるさい男だ。正直、今すぐ殺してしまいたいが、それはあの子の思想と反してしまうのでできない。
 「なんで、お前の目が明くなった瞬間、俺の奴隷共が一瞬で全員凍ってるんだよ!」
 「そんなの決まってますわ」
 どうやら、どうしようも無い低脳のようだ。仕方がない、このわたくしが親切に教えてあげることにしよう。
 「わたくしの娘は世界一だからですわ」
 娘の体で、わたくしは胸を張ってそう言った。

 娘は、本来強大な力を持っているのに関わらず、クズ共のせいで能力を制限されている。クズ共から、離れることができた今でも、それは変わっていない。だが、これには一つ抜け目がある。あの子が力を使う場合は、制限されてしまうが、わたくしが使う場合は制限が無い。それは、あのクズ共が油断した結果の盲点だった。なので、あの子がピンチになった時、代わりに私がこの体を操り戦う。あの子は、そのたびに申し訳なさそうにする。

「ち、こんなの予想外だ!ここはひとまず」
 「逃しませんわよ」
 「ひ!?」
 目の前に移動していたわたくしに、男は悲鳴を上げると、地面に尻餅をついた。見下す格好になったが、中々悪くない。わたくしは、ドSという人種なのかもしれない。
 「こ、こうなったら!」
 男が、再び携帯ゲーム機を操作し始めた。が…
 「な!?」
 生み出した氷のナイフで、ゲーム機を突き刺す。画面にヒビが入ったかと思うと、すぐに映像が消えた。
 「やはり、それが能力を使う上でのキーアイテムみたいですわね」
 「な、なぜそれを!」
 やはり、この男は低脳だ。ゲーム機がキーアイテムだってことくらい、見ていれば気がつく。
 「で、あなたが契約しているのは、なんていう都市伝説ですの?」
 彼の首筋にナイフを当て、平坦な声で聞く。怯え上がった男は、涙を流しながら情けない声でこう言った。
 「え…え『Aボタンを連打するとポ○モンが捕まりやすくなる』」
 ポケモンというものは、知らないが、どうやらゲームに関係する都市伝説らしい。その後、男の服を脱がし、他にゲーム機がないかチェックしたが見つからなかった。とりあえず、男の両足と両手を氷によって拘束しておき、路上に寝転がしておいた。これで、全てが終わり、あの子に意識を変わるだけでいい。わたくしは、そう思っていた。男が、最後の悪あがきの際、少し離れたところに、一つだけボールを呼び出したことに気がつかずに。その中から出てきていた都市伝説、『幻のスナイパー』がわたくしを狙っていることにも。銃声が住宅街に響いた。

 「…来て正解だったな」
 背後からの銃声に気づき、振り返ったとき、そこにはわたくしに背を向けた拳次がいた。
 「お、お前は『デブは喧嘩が強い』の契約者!」
 男が、なにやら騒いだが、首をナイフで薄く切ると、すぐに黙った。
 「…相変わらず、タイミングのいいところに来ますわね」
 「たまたまだ」
 皮肉を込めた言葉に、彼はそう言い返した。
 「で、どこから撃ってきたかはわかっていますの?」
 「当たり前だ、でないと」
 彼は、握り締めた右拳を解いた。
 「掴むことができない」
 金色の弾丸が地面に落ちた。

 その後、『幻のスナイパー』は拳次によってすみやかに処理された。あのクソ男は、拳次が呼び出した黒服によって連れて行かれた。これで、本当に一件落着だ。
 「…また、借りができましたわね」
 「気にするな」
 呑気に、拳次は言う。が、わたくしの心はおさまらない。
 「気にしますわ!だって、あなたは…」
 「どうでもいいことだ」
 あなたって人は!
 「いつも、いつも、そんなことを言って誤魔化して!助ける側の人間として、助けられた側の思いも受け取りなさい!」
 「俺は手伝いをしただけだ」
 ああもう!
 これ以上話しても、きりがないと判断し、気持ちを無理やり抑える。
 「…なら、もう一つ借りを作るとしますわ」
 「なんだ?」
 「絶対にあの子を嫌いにならないでください」
 あの子は、これからどんどん変わっていくだろう。色々なものに触れ、様々なことを知り、あらゆるものを失う。今回のように、迷うことも多くなるだろう。それらを承知した上で言った。
 「ならないよ、一生」
 拳次は、何でもないことのようにそう言った。わたくしの、思いをすべて理解しているはずなのに。
 「だってな―」
 それに続く言葉は、とても気恥ずかしいもので、温かいものだった。
 「まったく、あなたって人は」
 思わず、ため息が出てしまう。そのくらい、拳次という人間は、馬鹿で、優しくて、頼りがいのある人間だ。
 「それでは、私はそろそろ退散しますわ」
 「そうか」
 ナダレに体の主導権を返すため、意識を集中する。しだいに、体の感覚が薄れていく。
 「そうだ」
 突然、拳次はそう呟いた。思わず、彼に視線を向ける。
 「戦闘以外でも、たまには表に出ろよ」
 「…考えておきますわ」
 少し、頬が緩んでしまう。拳次は、どうせ気づかないだろうが。私の思い人は、とても鈍い。

 「戻ったか」
 「…はい」
 意識は、まだもやもやするが、口は動かせる。
 「また、迷惑をかけてしまい、すいません」
 拳次君に向かい、頭を下げる。助けてもらったのはこれで何度目だろう。
 「…意識の共有を出来るんじゃなかったか?」
 「え?」
 頭をあげた私は、突然の言葉に、思わずそう呟いた。
 「いや、ユキにも同じことを言われたんだ」
 「ああ、そういうことですか」
 お母様の名を出され納得する。
 「意識の共有ができるといっても、ぼんやりとなんです。なので、会話の内容とかは全然…。お互いの意思を伝えることはできるんですけど」
 私の体には、魂が二つある。自分の魂と、お母様の魂だ。普段は、私の魂が体を操っているが、お母様が私の体を使うこともできる。そして、お互いの心や意識を共有している。まあ、これが出来るようになったのは少し前のことだけど。
 「ああ、それでか」
 どうやら、拳次君は納得したらしい。
 「…帰ろう」
 夕日が沈もうとしていた

 「…拳次君」
 「ん?」
 暗闇に染まろうとしている住宅街を、拳次君と並んで歩いていた。
 「あのね」
 これから言おうとすることを考えると、胸が熱くなる。けど、口に出さないといけない。そうすることで、私は前に進めるはずだから。
 「私は、このままあの家にいていいのかな?」
 駄目だ、そう言われてもいいと思った。私は、ただ拳次君の思いを知りたかった。
 「いいに決まってるだろう」
 「本当に?」
 拳次君が、そう言うであろうことは、予想していた。けど、その言葉が彼の真意だとは限らない。だから、私は目を見て、確認の言葉を言った。
 「当たり前だ、家族が家にいてダメな理由がない」
 言葉が出ない、その意味を身をもって知った。彼は言い切った、確かな口調で、確かな瞳で、私を家族だと。
 「それとな」
 拳次君は、珍しく呆れたような表情をしていた。
 「自分の家をあの家だなんていうな」
 「…はい」
 久しぶりに、私は笑った。

長く書きすぎた…
ナダレとユキの過去話はそのうち

今回登場した都市伝説の紹介

【Aボタンを連打するとポ○モンが捕まりやすくなる】
某国民的ゲームに関する概念系の都市伝説。
ポ○モン廃人でないと契約できないと言われている。
・能力…『モン○ターボールを生み出す』
何もない場所からモン○ターボールを生み出す。
これを使うと、都市伝説を捕まえて操ることができる。
いくら捕まえても、契約と違い容量を消費しない。正し、契約したわけではないので能力は使えない。
任○堂の携帯ゲーム機とポケ○ンのソフトがないと能力を発動できない。

【幻のスナイパー】
敵軍の士気を下げるため捏造された実在しないスナイパーが実体化した都市伝説。
・能力…『気配遮断・百発百中』
気配や足音をほぼ完全に消すことができる。
正し、センサー類などには反応してしまう。
狙った的にほぼ確実に銃弾や投擲したものを当てることができる。
弱点は、あくまで自身のコントロール能力を良くすることしかできないということ。
銃弾や投擲物の軌道を無理やり曲げたりはできない。

【ユキ(雪女)】
雪女だったが、現在は魂のみの存在となり娘であるナダレの中にいる。

【ナダレ(人間と雪女のハーフ)】
人間と雪女のハーフ。
並みの都市伝説や契約者を圧倒する力を持つが能力の大部分を封じられている。
が、ユキと体の主導権を交換した場合は、封印の対象外となり全力を出せる
・能力(封印時)…『触れたものを凍らせる・氷を生み出す・自身の体を雪煙とする】
・能力(交代時)…『周囲のものを凍らせる・他多数』
封印時とは比べもにならない力を持つ
氷雪系の様々な能力を使えると言われている
(氷雪系最強と書こうと思ったんですが某隊長みたいになりそうなので止めときました)

幻のスナイパーの能力を出せなかったのが後悔

「皆さん久しぶり、黄昏裂邪だ」

「とは言っても、作者が書かなさすぎて大半が忘れているか知らないだろうがな」

「作者さんが完全にリア充ライフを満喫しちゃってますからね;」

「ったく、書かねぇならマジで爆発しちまえよリア充め!」

「まぁまぁ落ち着きなせぇ」

「因みに、今日は彼女が出勤で自分が休みだから、暇すぎてこの話を書いてるらしいよ」

「理由、最低、であります」

「なんて人望の薄い作者なんだろう」

「そ、それよりクリスマスイヴですよ! 年に一度の楽しいイベントですよ!」

「町は憎悪と悲哀に満ちてるだろうけどね、主に非リア充達の所為で」

「安心しろ、そういう者達はそもそも部屋から出て来ない」

「大体あってるけど冷たい」

「つぅか主もリア充の1人だろ!? どうせミナワと性の6時間愉しむんだろ!? テメェも爆発しろ畜生め!」

「畜生はお前だろ……てか、何僻んでんの?」

「うるせぇ! 雌の「獏」に出会わねぇ俺様の気持ちが分かるか!?」

「理夢大佐、よしよし、であります」

(理夢さん…恋愛願望あったんだ…)

(ところで裂邪、今日もミナワと寝るのか?)

(シェイドはまた明日な)

(…うん(´・ω・` ))

「クリスマスといやぁ、あっしらがプレゼントを配った事もありやしたね」

「へぇ、そんなこともあったんだね」

「あー懐かしいですね! えーっと確か3年前でしたっけ?」

「信じられるか? クリスマスネタってその話と2年前にあげたエロネタしか無いんだぜ?」

「そうだったのか?」

「ほら、2年前は「マヤの予言」があったろ? あれから執筆ペースがガタ落ちしたろ?」

「「マヤの予言」からもう2年経ってやしたか…」

「終了、去年、であります」

「しかもまだ『夢幻泡影』以外は「マヤの予言」でストップしてんだぜ?」

「あれ? クリスマスネタの筈なのに作者への不満しか出て来ない」

「そりゃそうだ、作者自身も何書こうか考えもせずにメモ帳開いてキーボード叩いてんだもん
 そしてあろうことか、これを本スレに上げようとしてんだぞ」

「大丈夫なのかそれ、止めなくて良いのか? 下手したら我々も危うくないか?」

「れっきゅんファンクラブかラピーナファンクラブの皆様方がフォローしてくれるだろ、多分」

「他力本願かね」

「…おい、これってオチはあんのか?」

「無いからビオの一言で〆ようと思う」

「めにーくるしみます、であります」

「結局クリスマスの話全然してない!?」

「というか都市伝説との戦闘は!?」

                                          ...to be continued?

知らない内に面白い連載ががが
デブは喧嘩が強いの人乙ですの
Aボタン連打…その発想は無かった、いつか使おう(

>>95
シャドーマンの契約者さん乙です
他のポケモン関連の都市伝説はあったのにAボタンはなかったので使ってみました

単発の人乙ですの
うぉいwwwギャグなのかシリアスなのかどっちだwwww
良い子も悪い子も知らないおじさんに声かけちゃダメだぞ! 変態との約束だ!

>>97
ポケモンやドラクエなんかのゲーム内の都市伝説ばかりだったからなぁ
そういやAボタン以外でプレイヤーのアクションを絡めたゲーム系都市伝説って他にあるのかしら
64とかでしょっちゅうやってたソフト抜いてふーふーする奴くらいか?w

「ひひひ、大量だ」
 聖夜の住宅街、屋根の上で黒づくめの男が笑っていた。背中に大きな白い袋を背負っている。
「さ~て、そろそろ帰るかな」
 男が、そう言った瞬間、目の前に立派な黒いソリが現れた。二匹の黒豚が繋がれている。
「まったく、この国の連中は無防備すぎだぜ」
 男はソリに乗ろうとした。その時だった。
「ああ、そうだな」
 後ろから聞こえた、低いハスキーな声に、思わず男は振り向く。
「そのくらい、安全な国とも言えるがな」
「お前、何者だ!」
 そこには、コートを羽織った巨漢がいた。
「ただの契約者だ、『黒いサンタ』」
「ちっ、しょうがねえ。これを喰らえ!」
 黒づくめの男が、巨漢に向かって指を刺した瞬間、空中に大量の臓物が現れた。
「メリークリスマス!」
 大量の臓器が、一斉に巨漢に向かって高速で飛んでいった。弾丸並みの速度だ。
「食い物を粗末にするな」
 巨漢が宙に突きを放っただけで全て吹き飛んんだが。
「ひっ」
「その袋を渡せ。渡してくれたなら見逃してやってもいい」
「な、なぜだ!なぜ、この袋を欲しがる!」
「誘拐犯から子供を助けるのは普通だと思うが?」
「子供?子供だって!こんな屑どもがか!」
 腰を抜かしながらも、男は激昂した。
「どうせ、この屑どもはろくな人間にならない!将来、世の中に迷惑しかかけない!だが、法律があるから処分することができない!それを、俺は俺達は代わりに処分してやってんだ!感謝はされても、邪魔をされる覚えはない!」
 上から目線の考え、だがどこか説得力がある。

「ひひひ、大量だ」
 聖夜の住宅街、屋根の上で黒づくめの男が笑っていた。背中に大きな白い袋を背負っている。
「さ~て、そろそろ帰るかな」
 男が、そう言った瞬間、目の前に立派な黒いソリが現れた。二匹の黒豚が繋がれている。
「まったく、この国の連中は無防備すぎだぜ」
 男はソリに乗ろうとした。その時だった。
「ああ、そうだな」
 後ろから聞こえた、低いハスキーな声に、思わず男は振り向く。
「そのくらい、安全な国とも言えるがな」
「お前、何者だ!」
 そこには、コートを羽織った巨漢がいた。
「ただの契約者だ、『黒いサンタ』」
「ちっ、しょうがねえ。これを喰らえ!」
 黒づくめの男が、巨漢に向かって指を刺した瞬間、空中に大量の臓物が現れた。
「メリークリスマス!」
 大量の臓器が、一斉に巨漢に向かって高速で飛んでいった。弾丸並みの速度だ。
「食い物を粗末にするな」
 巨漢が宙に突きを放っただけで全て吹き飛んんだが。
「ひっ」
「その袋を渡せ。渡してくれたなら見逃してやってもいい」
「な、なぜだ!なぜ、この袋を欲しがる!」
「誘拐犯から子供を助けるのは普通だと思うが?」
「子供?子供だって!こんな屑どもがか!」
 腰を抜かしながらも、男は激昂した。
「どうせ、この屑どもはろくな人間にならない!将来、世の中に迷惑しかかけない!だが、法律があるから処分することができない!それを、俺は俺達は代わりに処分してやってんだ!感謝はされても、邪魔をされる覚えはない!」
 上から目線の考え、だがどこか説得力がある。

「ひひひ、大量だ」
 聖夜の住宅街、屋根の上で黒づくめの男が笑っていた。背中に大きな白い袋を背負っている。
「さ~て、そろそろ帰るかな」
 男が、そう言った瞬間、目の前に立派な黒いソリが現れた。二匹の黒豚が繋がれている。
「まったく、この国の連中は無防備すぎだぜ」
 男はソリに乗ろうとした。その時だった。
「ああ、そうだな」
 後ろから聞こえた、低いハスキーな声に、思わず男は振り向く。
「そのくらい、安全な国とも言えるがな」
「お前、何者だ!」
 そこには、コートを羽織った巨漢がいた。
「ただの契約者だ、『黒いサンタ』」
「ちっ、しょうがねえ。これを喰らえ!」
 黒づくめの男が、巨漢に向かって指を刺した瞬間、空中に大量の臓物が現れた。
「メリークリスマス!」
 大量の臓器が、一斉に巨漢に向かって高速で飛んでいった。弾丸並みの速度だ。
「食い物を粗末にするな」
 巨漢が宙に突きを放っただけで全て吹き飛んんだが。
「ひっ」
「その袋を渡せ。渡してくれたなら見逃してやってもいい」
「な、なぜだ!なぜ、この袋を欲しがる!」
「誘拐犯から子供を助けるのは普通だと思うが?」
「子供?子供だって!こんな屑どもがか!」
 腰を抜かしながらも、男は激昂した。
「どうせ、この屑どもはろくな人間にならない!将来、世の中に迷惑しかかけない!だが、法律があるから処分することができない!それを、俺は俺達は代わりに処分してやってんだ!感謝はされても、邪魔をされる覚えはない!」
 上から目線の考え、だがどこか説得力がある。

「迷惑をかけて何が悪い」
 巨漢は、それをあっさり否定したが。
「なんだと!」
「人は生きてれば誰だって世の中に迷惑をかけるさ。それが多いか少ないかだ」
「そんな詭弁で!」
「それに」
 いつのまにか、巨漢は男の前に移動していた。
「どんな悪ガキにも悪党にも家族がいる。そいつらを」
 巨漢は、右拳を握るとそれを男に向かい突き出した。
「悲しませたくない」
 血しぶきが聖夜を彩った。

「さて」
 男とソリが消えた屋根の上、巨漢こと拳次は白い袋を開けた。すると、袋の中がまばゆい輝きを放った。
「一件落着か」
 袋に入れられていた子供達は、今頃ベットの上でスヤスヤ寝ているだろう。
「いや、そういえば」
 男は、周囲を見渡した。
「もう一つ問題があったな」

「あの、拳次君」
「なんだ?」
 朝の台所、台所に入るなり、ナダレは拳次にそう声をかけた。非常に困惑した顔で。
「なんで、朝からモツ煮なんですか」
 拳次は、モツ煮を作っていた。この家で一番大きな鍋で。
「…もったいなかったからな」



クリスマス外伝でした
>>98
かもしれませんねww

…クリックしすぎた

ヒロイン回の裏側の話です

「ああ、やっぱり返り討ちにされたか。あの若造」
 町外れの駐車場、小汚いという言葉がよく似合う中年の男が、携帯電話で部下から報告を受けていた。
「バカだよな、あいつ。反則能力くらいでハーフに勝てるはずがないってのに」
 情報を売った男のことを思い出し、鼻で笑う。
「おまけに、『鬼神の血族』も関わってるのにな。ん?」
 男は、一瞬眉をひそめた。
「あ~、そっか。お前、まだ日が浅いもんな。それなら、知らなくてもしょうがないか」
 納得したらしく、小さく頷いた。
「『鬼神の血族』ってのはな、この業界じゃ関わっちゃいけない存在なんだよ。『鬼神』の血を受け継ぐ奴らのことを言うんだけどな」
 その言葉は、どこか熱を帯びていた。
 学生が、自分が知っている喧嘩が強い人間について語っている時のように。
「まあ、どいつもこいつも化物なんだよ。……は?契約者は、みんな化け物みたいなものだって?」
 部下の返答に男は苦笑した。
「まあ、俺も契約者だからいいたいことはわかる。けどな、違うんだよ。お前さ、範馬勇○郎に勝てるか?……そう、そういうことなんだよ」
 昔、自分も同じようなことを言われたことを男は思い出した。
「しかも、あいつらだいだい契約者だからな。超能力使える範馬勇○郎なんて反則どころの話じゃないぞ」
 だが、求める者には彼らの情報を売る。
 男はそういう人間だった。
「よし、組織に見つかると面倒だしそろそろ退散するぞ。学校町ほどじゃないがこの街もそこそこ危険だしな。……おい?……なんだ、突然切りやがって。まだ、話は終わってねえのに」
 すぐに、かけ直す。が、繋がらない。その瞬間、男の脳内に一つの考えが浮かんだ。
「……捕まったか」
 男の契約都市伝説は、『第六感』。
 その能力は、簡単に言うと勘がよく当たる。
 ただ、それだけだ。
 一見、しょぼい力だが、これのおかげで男は今まで生きてこれた。
 だからこそ、あいつは捕まったんじゃないかという勘を信じた。
「さっさと退散するか」
 助ける、なんてことはしない。
 そんなことはできない、自身の勘がそう言っているから。
 ……という訳ではない。
 たとえ、助けられたとしても男は助けないだろう。
「そうじゃないと、長生きできないからな」
 呟いた言葉には、何とも言えない重さがあった。
 男は、自身の車に向かう。

「にしても、組織にでも捕まったのか?」
「違うよ~、捕まえたのはうちの自慢の妹だよ。まっ、後で組織に引き渡すけどね」
「そうか」
 後ろからの返答に男は振り向く。
 取り出した拳銃を右手に握りながら。
 が…。
「いない?」
「こっちだよ」
 声の主は、男の車の前にいた。
「……フリーの契約者か?」
「そうだよ~、情報屋さん」
 学生服を着たその女は、笑顔でそう言った。
 整った顔立ち、豊満な胸、長身のせいで中高生に見えない。
「でも、あなた達にはこういったほうがいいのかな?」
 それに続く言葉を、男は『第六感』により事前にわかってしまった。
 そのため……。
「『鬼神の血族』って」
 銃をその場に捨て、両手を上に挙げた。
「あらら、素直だね~」
「ああ、そりゃ」
 範馬勇○郎とは戦いたくないからな、その言葉を口には出さなかった。
 言わないほうがいい、『第六感』がそう警告したからだった。

「情報屋は組織に渡しといたよ~」
 女は、自分以外がいなくなった駐車場で弟に携帯電話で連絡をしていた。
「それよりもさ~、拳次。ナダレに本当に怪我はないんだよね?」
 どこか間の抜けたような口調。
 だが、憂いのある表情をしていた。
「そっか、良かった~。よし、今日はナダレと一緒にお風呂に入ろうかな~。そのほうが、心の傷が癒えるのが早くなるよ!」
 憂いはすっかり消え、欲望にあふれた顔になっていた。
「え~、ダメ~?しょうがないな、じゃ代わりに優と一緒に入って我慢するよ!」
 誰かと入るのは決定のようだ。
「それもダメ~?い~じゃん、姉妹なんだからさ~」
 拗ねる女だったが、いい考えが閃いたらしく、にこやかに微笑んだ。
「じゃあ、拳次も一緒に入ろうよ!……切れた」
 女は、不機嫌になり、そのまま自宅に向かった。
 彼女はまだ知らない、今夜の食卓に、彼女と妹の好物が並ぶことを。

姉登場回兼説明回でした。
姉も契約者ですが能力を出すのはもう少し経ってからになりそうです。
妹は、次の次の話で出せるかも。

「お洋服屋さん?」
「そうなのですよ!可愛くてエレガントで、ゴシックでロリータなお洋服屋さんなのですよ!」
 学校町にある某雑居ビル。その扉の前でふたりの少女がかしましくおしゃべりしていた。
 その傍らには少女達の連れらしい三人の男達が突っ立っている。
「俺としては、子どもにはあまり派手な格好をさせたくないのだが」
 ムーンストラックはいささか渋い顔だ。
 笑顔でまあまあと取りなしたのは柳で、貴也は既に諦め顔。言いだしたら人の言うことなど聞かない同居人が、この店で友人知人を着せ替え人形扱いしても、どうにも止めようなどないのだ。
「いやー、こんな女らしい服なんて、何十年ぶりねー」
 着せかえ要員として連れてこられた飛縁魔は興味津々。窓から店の中の様子をのぞき込んでいる。
「すみません」
 遠慮がちな少女の声に一同の視線が向いた。
 白杖をかつかつと操る少女は、手探りで入口のドアノブを探す。
「あ・・・どうぞ!」
 少女の様子に気づいたノイがさっとドアを開ける。
「ありがとう」
「あの子、目が見えないんだ・・・かわいそう」
 何気なく呟かれたノイの言葉に、少女が声のした方を勢いよく振り返る。
「可哀想なんて言わないで!」
 少女の剣幕にノイは驚いた。何気なく言ったことだったが、それが少女をいたく傷つけたことだけは、なんとなく理解できた。
「ノイ・リリス」
 ムーンストラックがノイの肩にそっと両手を置いて諭すように言う。
「もしお前が、一生懸命頑張ってもどうにもならない事があって、でも努力する姿を可哀想などと言われたら、どう思うのだ?」
 ・・・あたしだったら。
 もし、死神のせいで、なかなか外にも出られなくて、学校にも行けなくて、友達もなかなか作れない。
「あの子、お外にも行けなくて可哀想」
 そんな風に言われたら?きっと酷く侮辱されたような気持ちになるだろう。自分が彼女に言ったことは、そういうことなのだ。
「・・・かわいそうなんて言って、ごめんね」
「いえ、わたしこそいきなり怒ってごめんなさい」
 淡々と言葉を返すと、少女は扉の中に身を翻した。

「・・・『人が消える試着室?』」
 さほど広くない店内。胡桃材のテーブルの上に様々なアクセサリーが並べられ、衣服の掛かったラックや、服一式をコーディネイトしたトルソーが飾られた店内を、小さなシャンデリアが照らしている。

猫拾ったの人乙です
読んでるだけで気持ちがやすらぎました
代理投下の人も乙です

久々のバトル回
ほぼ深夜のノリで書いたのでいつも通りの低クオリティです


「ちょっと買いすぎたかな」
 夕日が茜色に照らす住宅街を制服姿の輝は歩いていた。
 右手には学校指定の鞄、左手には食材がぎっしり詰まったエコバックを持っている。
 他に通行人がいないのをいいことに彼女は歌を口ずさんでいた。
 数十年も前に流行った歌謡曲だ。
 聴いてるだけで、気楽な気持ちになれる歌詞が特徴的だ。
 輝の少年のような中性的な声が路上に響く。
 それが突然止まった。
 目の前に人影が現れたからだ。
 その者は、赤いマントを羽織っていた。

「契約者だな」
 赤いマントを羽織った男は輝の正面に立つとそう話しかけてきた。
「そうだよ、『赤マント』」
 同様した様子を見せずに輝は返答した。
 さりげなく、エコバックを路上に置いた。
「ほう、どうやら我らのような存在とは戦い慣れているらしいな」
 自身の正体を一瞬で看破されたことから『赤マント』はそう推測した。
「まあね、そういうあなたも戦い慣れてるんじゃないの?」
「ふっ、それほどでもないさ」
 『赤マント』は苦笑した。
 そして、いつのまにか左手に大ぶりなナイフを握っていた。
「では、悪いが」
 『赤マント』は既に一歩を踏み込んでいた。
「死んでもらおう――」
 普通の人間には出せない速度で『赤マント』は輝にナイフを突き出した。

 佐々木輝、彼女は契約者であることを除けば普通の人間だ。
 拳次やその家族のような超人ではない。
 それに、契約している都市伝説もそれほど戦闘向きのものではない。
 が、彼女はある偉業を成し遂げている。
 彼女は契約者となってから一度も都市伝説に敗北したことがないのだ。

 突き出されたナイフを輝はあっさり躱した。
 右側に体を移動するという実に単純な動作で。
 『赤マント』は一瞬驚いたがすぐに輝の背中をとった。
「なるほど、君は肉体強化型か」
 そう呟き、輝の首めがけナイフを突き出した。
「残念、違うよ」
 輝は、首を少し逸らし、ナイフを躱した
 次の瞬間、『赤マント』の視界から彼女が消えた。
 『赤マント』は唖然とした。
 が、すぐに気配により気づいてしまった。
 自分の背後に彼女がいることを。
 『赤マント』は、前に跳ねながら振り向くと、ナイフを後ろに投擲した。
「あちゃー、つけ刃の技じゃ通用しないか」
 地面に着地した『赤マント』は見てしまった。
 輝が呑気にそんなことを呟く姿を。
 空中に静止する自身のナイフを。
「……『ヒエロ二ムスマシン』か」
 『赤マント』はいつのまにか新しいナイフを握っていた。
「正解」
 輝は、発光したカードを右手に持っていた。
 それには、回路のようなものが描かれていて、光線のようなものが空中のナイフに対し発せられていた。
「エロプティック・エネルギーの電気的特性を強調してナイフを操ってるんだよ。ナイフは金属だからね」
「なるほど」
 相槌をうちながら、『赤マント』は輝に向けナイフを振り下ろした。
 会話をしている間に輝の前まで移動していたのだ。
「はい」
 振り下ろされていたナイフが止まった。
 輝の左手には発光したカードが握られている。
「隙を突いたつもりだったんだろうけど、ナイフを手放して素手で攻撃したほうが良かったね」
 輝の右足が地面から離れた。
「そうだな」
 次の瞬間、『赤マント』の腹部に衝撃が走った。

「前蹴り、空手家か」
 輝から距離をとった『赤マント』は、腹部に放たれた攻撃を冷静に分析した。
「そうだよ、ちなみに黒帯だよ」
 黒帯、それは様々な格闘技で強者を示す言葉だ。
「ほう、だがさっきの背後を取った技は空手のものではないな」
 『赤マント』が、握っていたナイフと空中に静止していたナイフが突然跡形もなく消えた。
 どうやら、彼はナイフを自由に生み出すことや消し去ることができるようだ。
 輝の能力の前では、邪魔にしかならないということを身をもって体験したので消したのだろう。
「あ~、あれね」
 輝は恥ずかしそうに苦笑した。
「大切な人に教えてもらった忍術なんだ。でも、使い慣れない技は使うもんじゃないね。すぐに気配がバレちゃったし」
「いや、あれだけ使えれば十分じゃないか」
「全然ダメだよ。あんなんじゃ――」
 輝は少女の顔のままでこう言い放った。
「危なげなく君達を殺すことができない」


「……面白い」
 『赤マント』は興奮していた。
 目の前の少女否好敵手に対して。
 これほどの敵とは、今までに戦ったことがなかったからだ。
「君は一流の戦士だ」
「そんなことないよ、私なんてまだまだだよ」
 謙遜する少女に『赤マント』はますます興味を持った。
 これほどの強さを持ちながら、傲慢な態度をとらないことが気になったのだ。
「……君は自分以上に強い人を知っているのか?」
「もちろん、沢山いるよ。身近にね」
「ほう、それはぜひ――」
 手合わせしてみたい、その言葉を彼は口には出さなかった。
 彼女を倒してから言うのが正しいと思ったからだ。
 正し――。
「……君以上の強者か」
 『赤マント』は感じていた。
 自分はおそらく彼女に勝てないということを。
 それでも、彼は立ち向かう。
 赤いマントを揺らし、汚れた魂を燃やし、眼光を光らせて。

 『赤マント』は、子供を誘拐し殺すと言われる怪人だ。
 噂の派生パターンも多く、知名度も高い。
 そんな、『赤マント』の一体である彼は極めて特殊な存在だった。
 『赤マント』であるにも関わらず、一切子供に手を出さず、契約者だけを襲った。
 それに、契約者が戦闘能力を持たないと知ると、すぐにその場から去った。
 彼はただ戦うことを望んでいたからだ。
 最強の『赤マント』となるために――。


 『赤マント』は『口裂け女』等と並ぶほどのメジャー都市伝説だ。
 そのため、個体がとても多い。
 彼らは、それぞれに微妙な違いはあるものの、ほとんど個性らしきものがない。
 大多数のものは、そのことに疑問を抱かず、『赤マント』として活動する。
 が、例外は存在した。
 それが、この彼だった。
 彼は、『赤マント』として生まれてからずっと疑問に思っていた。
 なぜ、自分達には違いがないのだろうと。
 そして、そのことに嫌悪感を抱いた。
 いつしか、彼は自信を苦しめるそれから解き放たれたいと思うようになった。
 そのために、彼は最強の『赤マント』になろうとしたのだった。
 最強という絶対の個性を得るために。

 夢を動力に彼は立ち向かう、目の前に立つ最高の敵に。
「いくぞ」
 赤マントは、彼女に向け一歩を踏み出した。
 重く、勇ましい一歩を。
 そして――。
「な」
 彼の胴体が横に切り裂かれた。


 夕暮れの路地が血の色に染まった。
 一体の都市伝説の死によって。
 生臭い匂いが立ち込める中、輝は『赤マント』であったものの後ろに立つ人影を見つけた。
 凛々しさを感じる眉と釣り目が特徴的な整った顔立ち、肩まで伸ばしたストレートの黒髪、そしてこの街のある中学校の制服を着ている彼女は輝がよく知っている人物だった。
「……優ちゃんか」
「お久しぶりです、輝さん」
 輝の親友の妹は、無表情で軽く礼をした。
「愛さんとはよく会うけど、優ちゃんと会うのは久しぶりだね。道場に行ってた頃はよく会ってたのになー」
「そうですね」
「それでさ」
「はい?」
「どうして、手を出したの?」
 あくまで、にこやかな表情で輝は尋ねた。
「……都市伝説に知人が襲われていたら普通助けると思いますけど」
「まあ、そうだよね。正直、女子高生兼契約者としては感謝をしてるよ、ありがとう。でもね――」
 輝はいつもどおりの調子でこう言った。
「格闘家としては『よくも水を差したな』と言わざるを得ないけどね」
「そうですか、それはすいませんでした」
 優は深くお辞儀をした。
 それが、輝をさらに苛つかせる行為だと知って。
「正直なところ、危ない状況でもないのに、わざわざ輝さんの戦いに手を出したのには理由があります」
 顔を上げた優は無表情でそう言い放った。
「理由?何かな?」
「経験を積みたかったからです」
「経験?」
「はい、強くなるためにはそれが必要ですから」
 何の経験かは優は言わなかった。
「強くなるためにねー、私よりずっと強い君にそう言われてもしっくりこないな」
 輝は愛想笑いをした。
 少しでも気まずい空気を和らげるため――ではない。
 こうでもしないと、腸が煮えくり返りそうだったからだ。
「いえ、私は弱いです」
 輝の気持ちを全く察していない優は、謙遜のように聞こえる本音を言った。
「だって、私は」
 最弱ですから、眉ひとつ動かさずに彼女は自分をそう評した。

「それでは失礼します」
「うん、師匠によろしくね」
「はい」
 『赤マント』の亡骸が自然に消え去り、住宅街は元の姿に戻った。
 そこには、赤いマントも、血に染まった肉片も、異臭もない。
 実に平和な夕暮れの風景が広がっていた。
 その中、優は輝に挨拶をすると背中を見せ、自宅に向かって歩き始めた。
「じゃあ、私も帰ろうかな」
 路上に置いていたエコバックを手に取ると、輝は自身も家路につくことにした。
 その前に、左腕の腕時計を見た。
 どうやら、予定外の出来事があったために、時間を気にしているようだ。
 が、それは杞憂に終わったようだ。
 彼女は、安堵した様子で顔を上げた。
 その時、彼女は見てしまった。
 優の隣を巨大な何かが歩いているところを。
「……こっちも久しぶりに見たね」
 巨大な何かの正体を輝は知っている。
 それは、優の契約都市伝説だからだ。
 
 夕日が照らす道を二人の少女は歩いていく。
 その先に、予想外の出来事が待っていることを知らずに。

終わり

第一の妹登場回兼輝初戦闘回でした
今回、初めてまともなバトルを書いた気がする(いつもワンパンなので)
妹の契約都市伝説の正体は次あたりでバラす予定です

今回もバトル回

 『テケテケ』。
 それは、下半身を失った女性の亡霊が足を求めて人を襲うという都市伝説だ。
 話に様々なバリエーションがあり、呼び方も様々だ。
 見た目の気持ち悪さ、あまりにも早すぎる移動速度、そしてエピソードの悲惨さ等によって、学生時代に怯えた者も多いだろう。
 そんな、『テケテケ』の一体がとある中学校の体育館にいた。
 彼女は、暗闇の中でキョロキョロと首を動かしている。
 そんな姿を月明かりだけが照らしていた。
 体育館はもちろん、校舎にもまったく人気がないことからかなり遅い時間なことがわかる。
 彼女は、二本の腕で己の体を支えながら困惑していた。
 獲物を見つけて、ここに来たはいいものの見失ってしまったのだ。
 彼女は、これまでに一度目をつけた者を逃がしたことは一度もなかった。
 ハンターとしての高い能力を持っていたからだ。
 そんな、自分が獲物を見失ったことに、彼女は酷くショックを受けた。
 彼女は、肩を落としながら体育館を後にしようとした。
 彼女は気付かなかった、己のハンターとしての高い能力ゆえに。
 天井に張り付いてる者がいることを。
 確かな経験と能力があるゆえに、そんな非常識な場所に人間がいることを想定しなかったのだ。
 背後から聞こえる、木製の床が悲鳴を上げる音を聞いて、彼女は振り向いた。
 同時に体を真っ二つにされた、天井から降りてきた者によって。
 彼女と天井から降りてきたきた者の距離は十数メートルはある。
 それにも関わらず、彼女は真っ二つになった。
 声を出す権利も、思考をする権利も失った彼女は、ただ静かに消えていこうとしていた。

「……消えたわね」
 『テケテケ』だったものが、光の粒子となり、宙に消えていく様子を優は見ていた。
 その瞳は、何も映していない。
 自分が手をかけた者が消えていく様子を見ているにもかかわらずだ。
 光の粒子が、全て消え去ったのを見届けると、彼女は出口に向かって歩きだした。
 だが、すぐに止まった。
「よくも殺してくれたわね、同胞を」
 無数の視線が自分を見つめていることに気づいたからだ。
「この恨み、返させてもらうわ」
 静寂に満ちていた体育館に無数の人影が現れた。
 彼女達は皆、下半身がない。
「一人だけじゃなかったのね」
「そう、そうよ。契約者」
 一人の『テケテケ』が優の前に出た。
 どうやら、彼女達のリーダーのようだ。
「私達は運命共同体。生者の足を求める者」
「……あなたたちも元々は『テケテケ』の被害者でしょ? なぜ、犠牲者を増やそうとするの」
「そう、そうね。そこに足があるからかしら」
「……ふざけないで」
「ふざけてなんかいないわ、契約者。今の私達にとっては足、下半身が全てなの。だから、いくらでも人を襲うわ。そして、同胞にする」
「狂っている」
「そう、そうね。狂っているわ。でも、一つのことに純粋に打ち込むというのはとても気持ちのいいことなの。この世で一番の幸せだわ」
「だからといって、人を殺していい理由にはならない」
「そう? 何事にも犠牲はつきものだわ。それに、そんなつまらない目をしているあなたには言われたくないわ、契約者」
「……黙れ」
 優は両手を前にだし身構えた。
 それに、呼応するように『テケテケ』達の雰囲気も変わった。
「それじゃあ、始めましょうか、契約者。復讐という名の聖戦を。……それとも、あなたのことはこう呼んだほうがいい?」
 リーダーは『都市伝説』とは思えないほどに優しく微笑んだ。
「糸使いと」

「糸を生み出す能力、随分と頼りない力だわ」
 優は、『テケテケ』達によって囲まれていた。
「糸を扱う技量は大したものだけど。糸と自分の力だけで『都市伝説』を切断するとは。かなりの玄人ね、糸使い」
「……中々の観察力と考察力ね」
「まあ、私達も戦闘経験はそれなりにあるの」
「……で、どうするつもり?それだけの経験があるならわかっているでしょう?」
「ええ、分かっているわ、糸使い。あなたは圧倒的に強い。私達がいくら束になっても勝てる存在ではない」
「おせじはいらないわ」
「いえいえ、本音よ、糸使い。あなたは強い。……けれど、無敵ではない」
 リーダーの目が妖しく光った。
「だから、死んでもらうわ、糸使い。私達の――」
 『テケテケ』達の体が一斉に謎の赤い光に包まれた。
「進化の力によって!」

 都市伝説は語り継がれるうちに徐々に姿を変えていく。
 インパクトの強い内容に、時代にあった題材に、より恐怖感を与えるストーリーに。
 そのため、元となる話は随分とシンプルなものだったりすることが多い。
 最初に、噂を流した者は驚くことだろう。
 情報の驚異的な変化に。
 そして、きっと思うに違いない、これは一種の進化だと――。

「私達は進化する、『テケテケ』に怯える者達や面白がる者たちがいる限り」
 そう語る、リーダーの背中から二本の腕が生えていた。
 他の『テケテケ』も同様だ。
「彼らの恐怖心や創造力が私達を進化させる。より恐ろしく、より強く――!」
 『テケテケ』達の背中の両腕が姿を変え始めた。
 肘から先が金属のような色に変わっていく。
「さあ、この進化にあなたはどう立ち向かう?」
 肘から先が刃物と化した背中の腕を、リーダーは優に突き出した。
「言っておくけど、進化したのは外見だけじゃないわ。体の中身もかなり強化されているわ」
 優は何も答えない。
「今なら、あなたの糸を切るくらい造作もないわ」
 それでも、優は何も答えない。
「……わかったわ、一瞬で蹴りをつけてあげる!」
 次の瞬間、一斉に『テケテケ』達が優に飛びかかった。
 それに対し、優は両手の指先から長い糸を十本を生み出した。
「無駄よ、そんなものこの腕で!」
 たった、十本の糸と何十本もの刃物。
 戦力差は明らかだ。
 だが、優は表情を変えない。
 それもそうだ、彼女にとってこんなものは――。
「なっ!」
 修行の一環でしかないのだから。
 言葉にならない叫びを数名の『テケテケ』があげた。
 彼女達の背中の腕が糸とぶつかり合った瞬間、真っ二つになったからだ。
「そ、そんな」
「刃物ごときで私の糸は切り裂けないわ」
 優の冷静な目がリーダーを見つめる。
「さあ、続きをしましょう」
 リーダーは悟った、自分達と彼女には進化などでは到底埋まらない差があることを。
 そして、一方的な殺戮が始まった。

 血と肉体が飛び交う体育館を数名の『テケテケ』が逃げ出した。
 彼女達は、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を焦りながら走っている。
 余裕のある者は、一人もいなく、全員顔が青い。
 そのため、気がつかなかった。
 目の前に罠があることに。
 「いっ!」
 『テケテケ』達は突然身動きがとれなくなったことに驚いた。
 すぐに、身動きを取ろうとじたばたと動き始める。
 だが、それは無駄な行動だった。
 彼女達が動けば動くほど余計に身動きがとれなくなっていく。
 その内、一人が気づいた。
 自分達が、身動きがとれないのは粘着性の糸に絡まっているからだと。
 そして、この罠がクモの巣のような形をしていることを。
「ひっ!」
 彼女たちの目の前に、突然巨大な蜘蛛が現れた。
 横に並べば下手な人間より大きいだろう。
「来るなっ! 来るなっ!」
 一人の『テケテケ』が怯えながら叫ぶ。
 だが、蜘蛛はそれに構わず彼女達に近づく。
「来るなっ! 来るなっ!」
 すると、蜘蛛が動きを止めた。
 『テケテケ』は思わずホッとした。
 だが、安堵の時間はすぐに過ぎ去る。
「え?」
 動きを止めた蜘蛛は口から何かを吐き出した。
 それは、極太の糸だ。
 糸は、一人の『テケテケ』に巻き付いた。
「い、いやっ!」
 彼女の拒絶は意味をなさず糸は全身を覆っていく。
 しまいには、糸によって彼女の肉体は全く見えなくなってしまった。
 その姿は、まるで芋虫のようだ。
 その状態でも、数十秒は動いていたがついに動きが止まった。
 この光景を見ていた、『テケテケ』達の恐怖はさらに増した。
 蜘蛛は彼女達を眺めると、その内の一人に吐き出した糸を巻き付かせた。
 そうして、全員が糸に覆われ動きを止めるまで、この惨劇は続いた。

「『チバ・フー・フィー』」
 蜘蛛は自身を呼ぶ契約主の声に反応して振り向いた。
 そこには、蜘蛛と同じく一仕事を終えた契約主こと優がいた。
「ご苦労様」
 そう言い、優は蜘蛛こと『チバ・フー・フィー』の頭を撫でた。
 『チバ・フー・フィー』は、その行為を嬉しそうに受けている。
 まるで、契約都市伝説というよりペットだ。
「それじゃあ、帰ろうか」
 戦闘中は見せなかった優しい顔で、優は『チバ・フー・フィー』にそう言った。
 『チバ・フー・フィー』はすぐに頷いた。
 その様子を、微笑ましく見つめていた優だったが、あることに気づいた。
 顔は戦闘中の時の無表情に戻り、屋上を見つめている。
「屋上にもいたのね……!」
 そう呟くと同時に、優は跳ねた。
 地上から屋上に向かって。
 まるでバッタのように。
 ちなみに、『チバ・フー・フィー』はいつのまにか姿を消していた。
 1秒もしない内に屋上に着陸する。
 そこで、優は見た。
 つい、先刻まで生きていたはずの『テケテケ』だったものを。
 そして、その近くに佇んでいる巨漢の肉親を。
「……兄さん」
 優の兄、拳次だった。
「……どうしてここに?」
 拳次から目をそらしながら優は尋ねた 。
 すると、拳次はいつものように無表情なまま、ハスキーな平坦な声でこう答えた。
「今、何時だと思ってるんだ」
 その簡潔な言葉には、近しい者にしかわからない軽い怒気が含まれていた。
「……ごめんなさい」
 優は素直に謝った。
 自分に非があることは確かだったからだ。
 だが、どこか本当の意味で反省をしてはいなかった。
 それは、きっと相手が拳次だったからだろう。
「……分かればいい、早く帰るぞ」
 拳次は、そう言うと近くの民家の屋根まで跳んだ。
 兄に抱く複雑な感情を抑えながら優もそれに続く。
 こうして、今日もこの街の都市伝説が消滅した。

終わり

妹の能力説明回でした
ぶっちゃけ、この能力は糸を生み出すだけなので糸使い以外が持っていても仕方のない能力だったりします
妹の契約都市伝説の『チバ・フー・フィー』は都市伝説というよりUMAです
しかも、検索してもほとんど引っかからないようなマイナーUMAです
正直、蜘蛛関係(というか糸関係)の都市伝説ならなんでも良かったんですがなんとなく『チバ・フー・フィー』にしました
次も妹メイン回の予定です

デブけんの番外編です
かませ犬が主人公になるまでの話

 力を持つ者が人を支配する。
 僕がそのことを知ったは、確か幼稚園児のころだった。
 当時、僕が通っていた幼稚園には、ドラ○もんでいうジャ○アンのようなガキ大将がいた。
 乱暴者だった彼は、大柄な体格と恵まれた運動能力を使い、子分達とよく他の園児を苛めていた。
 ひ弱な僕はよくターゲットになった。
 内容は、遊んでいるところを邪魔されたり、カバンや玩具を取り上げられたりされた等だ。
 今、思い出すと、ちょっとした悪ふざけだが、当時は本当に嫌だった。
 苛められるたびに、彼らに僕は立ち向かった。
 が、毎回結果は同じだった。
 ガキ大将やその子分の力の前に僕は泣くことしかできなかった。
 そして、力を持つ者が人を支配するという当たり前のことを知り、彼らに立ち向かうことをやめ、逃げるという選択肢を覚えた。
 当時の僕は思いもしなかっただろう。
 こんな情けない自分が、今では力を得て、人を支配する側の人間になったのだということを――。


「おはよう! 羽柴!」
 校門をくぐると、ジャージを着た男性教師がそう挨拶をしてきた。
 実に、爽やかな笑顔だ。
「おはようございます」
 僕も微笑みを浮かべて挨拶をする。
 少し前まで、学校でこんな明るい顔をすることはなかった。
「おっ! 朝から元気だな!」
「そんなことないですよ」
 そう言い立ち去ろうとする。
 が、そうはいかなかった。
「羽柴、ちょっと聞きたいことがあるんだが――」
 教師が呼び止めてきた。
 それに対して僕はただこう返答した。
「僕は一切関係ないですよ」
「え?」
 振り返ると、教師の間抜けな顔が目に入った。
「僕の周りで起きた事件のことですよね?」
「あ、ああ。そうだが……」
「おかしな話ですよね。突然、僕をからかっってきた人が黒板に吹き飛ばされたり、僕を襲ってきた人達が当然倒れたり、もはや怪奇現象ですよね」
「そ、そうだな」
「で、先生は僕がそれを起こしたと思っているんですよね?」
「そ、そんなことは思っていない。ただ、お前の周りで次々とこんなことが起こるのは不自然だと思っただけで……」
 教師の目は明らかに泳いでいた。
 僕は、わざとらしい溜息をつくと、こう言い放った。
「無理ですよ」
「え?」
「僕は、事件の際に彼らの周りにいただけで指一本触れてません。特別なトリックがない限りあんなことは人為的にできません」
「そ、それはそうだが……」
「それに、僕の親がモンスターペアレントだったら下手したら訴えられますよ、今の話。根拠もないのに生徒を疑ったてことで」
「え……」
 あからさまに教師はうろたえた。
 その姿は、ひどく滑稽だ。
 どうやら、かなり単純な脳みそをしているらしい。
「大丈夫ですよ、僕の両親はそんなことしません」
 あの二人はそんなことをしない。
 毎日を楽に生きることしか考えていないあの父親と、常に全てに怯えている母親は。
「それじゃ、そろそろ教室に行きますね」
「あ、ああ。 呼び止めて悪かったな」
「いえいえ」
 支配する側の人間になってから、こんな余裕のある態度をとることができるようになった。
 あの時は彼に答えることができなかったが、これは今の生活を過ごす上で得たものの一つなのしれない。
 生徒玄関に向けて歩きながらそんなことを考えていた。
 周りでは、様々な学年の生徒が入り混じって歩いているが、皆僕から一定の距離をとっている。
 それもそうだ、触らぬ神に祟りなしという言葉を日本人は大事にしている。
 生徒玄関にまであと少しというところで、僕は足を止め、振り返った。
「先生」
「ん? ど、どうした」
 僕の少し後ろに教師は立っていた。 
 まるで、僕を見張るために後ろをついてきたかのようだった。
「さっきの話ですけど、もしかしたら悪霊の仕業かもしれませんよ」
「あ、悪霊?」
 教師はあからさまに戸惑いを浮かべた。
「そうです、悪霊です。僕に取り付いた悪霊がこの騒ぎを起こしているのかもしれませんよ」
 吹き出しそうになるのをこらえながら僕はそう話す。
「だとしたら、ちょっと危ないかもしれませんね」
「え? だ、誰が危ないって」
「先生ですよ」
 瞬間、教師が半歩後ろに下がった。
「な、なんでそう思うんだ?」
 青い顔になりながら教師は尋ねる。
「だって、この瞬間にも――」
 僕は今まで生きてきた中で一番の作り笑顔を浮かべた。 
「近くにいる先生を襲ってしまうかもしれませんよ?」

 教室のドアを開けると、僕の王国がそこに広がっていた。
「おはよう、羽柴君」
「おはよう、羽柴」
「おはよう、牡丹君」
「おはよう、牡丹」
「おはよう」
 次々と投げかけられた挨拶にただそう答えた。
 彼らの顔が強ばっているのは毎朝のことだ。
 ちなみに、支配する側になる前は一切挨拶などされなかった。
 自分の机に座り、朝の準備をする。
 そうしている間にも、次々と教室の中にクラスメイトたちが入ってくる。
 ほとんどの者が、僕に挨拶をしてくる。
 そうしないと、僕に酷い目に合わされると思っているからだろう。
 一通り、準備を終えると、トイレに向かうことにした。
 僕は、窓際の一番後ろの席なので、後方の教室の入口に向かう。
 それだけの動作をしているだけなのに、クラス中から視線を感じる。
 支配する側の人間は、常に衆人環視されてしまう。
 前なら、それを誇らしく思ったが、今となっては正直少し鬱陶しい。
 軽く舌打ちをしてドアを開ける。
 一体、今の舌打ちだけでどれだけの人間が怯えたかを想像しながら。

 廊下を歩いていると、異質な視線が後方から向けられていることに気づいた。
 見てみると、丸々と太った男子が目に入った。
 特に、親交のある人間ではない。
 ということは、彼は、おそらく僕のファンだ。
 僕は、基本的にクラスの者はもちろん全校生徒や教師から恐れられているが、彼のように僕のことを好ましく思う者もいる。
 その多くは、前の僕と同じような境遇の者、つまりいじめられっ子だ。
 彼らにとって、スクールカーストの底辺から頂点に上り詰めた僕のような存在は、まさしくヒーローなのだろう。
 彼らから、視線を向けられることは正直嬉しい。
 だから、僕は振り返り、彼に向かい軽く手を挙げた。
 すると、彼は慌てながら深い礼をした。
 それを見て、僕は苦笑すると再びトイレに向かい歩き出した。
 少し前に、力を使い校内の苛めをしている者を何人か懲らしめたことがあった。
 そのせいか、どうやら今、校内で苛めと思われる行為は行われていないらしい。
 今の状態が長く続けばいい、純粋にそう願った時だった。
 目の前に、兎が現れたのは。
 正しく言うと、兎のような少女だ。
 異常なまでに美しい長い白髪、ルビーのように赤い大きな瞳が目を引く。
 が、その他のパーツも異質だった。
 肌はまるで一度も陽の光を浴びたことのないように真っ白だが、不健康さは一切感じない。
 顔は、そんじょそこらの芸能人よりも整っていて、足も腕もモデルのように細い。
 唯一、普通なのは背丈くらいだろう。
 まあ、僕より高いわけだけど……。
 自虐に苦笑いをし、彼女の姿を再び見る。
 すると、先程はあまりの美貌に気付かなかった点があったことを知った。
 彼女は、もちろんこの中学の制服である黒のセーラー服を着ている。
 が、スカートがひと目で校則違反だとわかるほどに短い。
 というか、風が吹いたら中身が見えそうだった。
 思わず、目をそらし歩く。
 が、なぜか少女の方から僕に近づいてきた。
 驚き、顔を上げると、少女は僕を見下ろしていた。
 少女は、僕の目を見ながらニッコリと笑った。
 正気な話、めちゃくちゃ可愛い。
 同年代の三次元の女子に興味がない僕がそう思うほどに。
 そして、その表情のまま僕にこう言った。
「おはよう」
「お、おはよう」
「こうして、直接君と僕が会うのは初めてだね」
 ……まさかのボクっ娘だった。
 正直、三次元のボクっ娘は気持ち悪いだけだと思っていたが、彼女は例外だ。
 ここまで、浮世離れした容姿をしていると、妙に様になる。
 そんなことを考えていたが、一つ気になる点があった。
「直接は初めてってどういうこと?」
 それが気になった。
 もしかしたら、ネットか何かで彼女と出会ったことがあるのかもしれない。
 その問いに、彼女は無邪気な可愛らしい声で答えた。
「うん、君のことはずっと見ていたから」
 ……これはあれか。
 告白イベントか!
 しかも、すごい美少女だ!
 二次元一筋だった僕でも、正直心が揺れる。
「朝から晩まで。家の中での様子もね」
 ……心の揺れが収まった。
 うん、ちょっと落ち着こう。
 これはあれか、まさかのストーカーか!
 又はいわゆるヤンデレか!
 まあ、それでもいいやと思った瞬間、再び心が揺れ始めた。
 脳内では、これから始まるであろうヤンデレ学園ストーリーが妄想されている。
 包丁で刺されることだけは避けたい。
「だって、君を試さなきゃいけなかったからね。『ヒトガタ』を託した者として」
 時が止まった。
 再び体が動き始めた時、すぐに彼女と距離をとった。
「そんなに警戒しなくていいよ。君に危害を与えるつもりはないからさ」
 彼女は、今も微笑んでいる。
 特に、先程と変わった様子はない。
 が、どこか邪悪さを感じた。
「昼休みに体育館裏に来てよ、そこで詳しい話をするから」
 そう言うと、彼女はその場を去っていった。
「じゃあね、チビ君」
 今となっては、誰も使わない蔑称で僕を呼んでから。

「やあ、さっきぶり」
 給食を食べ終えた後、体育館裏に急いで行くと、既に彼女はそこにいた。
「さっきぶり、ずいぶん早いね」
「まあね、早く君と話をしたかったからさ」
 彼女はそう言うと微笑んだ。
 さっきまでの、彼女のことを何も知らない僕なら、確実に魅力されただろう。
 けれど、今は違う。
「それは嬉しいな。でも、今は早く本題に入ろうよ」
 完全無欠の作り笑顔を返す。
 おそらく、朝のものよりさらに完成度が高いだろう。
 こうでもしないと、強がることができない。
「そうだね、そうしようか」
 赤い目を細め、少女はこう言い放った。
「実は僕達は君を試していたんだ」

「僕はとあるグループの長をしてるんだよ」
「グループ?」
「そう、グループ。活動内容は、君のような特殊な才能を持つ者の発掘とお世話をすることさ」
「特殊な才能?」
 特殊な才能と言われても、まったくしっくりこなかった。
 僕は、同年代の中でも欠点が多い人間で、得意なことなんて何一つない。
 そんな自分に、才能なんてあるとは思えなかった。
 それを見透かしたのか、彼女は僕の才能について語り始めた。
「君の才能の一つはまず莫大な容量だよ」
「容量?」
 いきなり、理解不能の言葉が出てきた。
 もしかしたら、専門用語か何かなのかもしれない。
「例えば、君が契約した『ヒトガタ』。あれは、かなり強大な力を持つ存在だ。そのかわりに、巨大な器を必要とする。そんじょそこらの人間じゃとても契約なんてできない」
 契約という言葉は分からないが、おそらくネットでした行為だということは検討がついた。
 あの瞬間から、僕は『ヒトガタ』を得たからだ。
 彼女の話の内容を、僕は自分なりに纏める事にした。
「つまり、僕の器とかいうのが他の人と比べて大きいことが才能だって言うの?」
「そういうことだよ、普通の人間が500ml ペットボトルだとすると君はポリタンクだ」
「ふ~ん」
 ということは、僕は他人よりも多く『ヒトガタ』のような特殊な力を持てるのか。
 確かに、それは才能と言っていいのかもしれない。
 そんなことを考えながら、僕は彼女に新たな質問をした。
「一つって言ってたけど、あと何個かあるの?」
「うん、もう一つ君には特殊な才能があるよ。けど――」
 そう呟くと、彼女は僕に背を向けた。
「今は言わないでおくよ」
「えー」
 ここまできて、焦らすのは勘弁して欲しかった。
 僕にM気はない。
 ……はずだ。
「それに――」
 校舎の方から大きな音が聞こえてきた。
 昼休みの終わりを告げる鐘の音だ。
「もう時間だしね」
 彼女はそのまま走り出した。
「じゃあね、さっきの話覚えていてね」
 そう言い残し、彼女は去っていった。
 校舎とは正反対の方向に。
「……やっぱり、学校の人間じゃないのか」
 一人残された僕は独り言を呟きながら溜息をついた。
 今日、僕は初めて彼女を見た。
 けれど、あんな目立つ少女を今まで校内で見たことがないというのは明らかにおかしい。
 おそらく、彼女は何らかの方法を使って、この中学に潜り込んだのだろう。
 それこそ、僕が以前持っていた『ヒトガタ』のような特殊な力を使ったのかもしれない。
「……とんでもない人間と出会っちゃったな」
 けれど、彼女がいないと僕は今も苛められていたのかと思うと、複雑な気分になる。
 再び、大きな溜息をつき、校舎に向けて歩き出した。

「田中君、ここを読んでください」
「はい」
 静かな教室の中で田中は立ち上がった。
 今は、5時間目だ。
 定年間際の山田先生が国語の授業を行っている。
 田中の朗読を聞きながら、僕は自分の席で考え事をしていた。
「実は僕達は君を試していたんだ」
 脳内で、昼休みに彼女に言われた言葉が再生される。
 彼女は説明をしてくれた。
 僕の才能を活かすには『ヒトガタ』のような存在が必要なことを。
 あんな危険な存在を与えて、大丈夫な人間かどうかを試すために、お試しとして『ヒトガタ』を授けたことを。
「本当なら、最初から直接会って話をして渡すんだけどね。メンバーの一人が、君と会うことを認めなくてね。結局、こんな方法をとることになったんだ」
 まあ、そのメンバーの選択は正しかったと思う。
 よく、ドラマや漫画ではよく優しい苛められっ子をよく見る。
 けれど、そんなのは誤解も甚だしい。
 苛めなんてものを受けた人間が、優しい人間になんてなるはずがない。
 確実に、性根が腐るか捻じ曲がる。
 実際、僕もそうだ。
 自分で言うのもアレだが、人間性はお世辞にも良いと言えない。
 だから、『ヒトガタ』を得た僕は欲望のままに暴れた。
 『ヒトガタ』を失ったあの日まで。
 この試し方は正しかったと思う。
 もし、直接会って渡されていたら、僕はありのままの姿を晒すことはなかったはずだからだ。
「で、結果はどうだったの?」
 単刀直入に聞いてみる。
 といっても、結果はなんとなくわかる。
 あれだけのことをしたのだから、どうせ不合格だろう。
 そう思っていたが、予想外の言葉が帰ってきた。
「う~ん、それがね。五分五分なんだよ」
「五分五分?」
「うん、『ヒトガタ』を得てからの君をずっと僕は見ていたんだけどね」
 彼女は、自身の長い髪をかきあげた。
 すると、陽の光に反射してガラスのように輝いた。
「正直な話、ほとんど不合格寸前だったんだよ、君は」
 まあ、あれだけのことをやったんだから当たり前だろう。
「けど、君は彼と出会った」
 彼、その言葉が指し示す人物はなんとなくわかった。
 あの頃の僕に、影響を与えた者は一人しかいない。
 そして、彼は僕から『ヒトガタ』を失わせた人間でもある。
「荒ぶる神『鬼神』の血を受け継ぐ彼と戦ったことで君は変わった」
 そうだ、僕は彼と出会って確かに変わった。
 彼との戦いで力を失ったことで、精神的に落ち着き、冷静になれた。
 また、褒められたことではないが、ハッタリを利かし人を支配するすべを会得した。
 力を持ったままでは、決してこんなことができるようにはならなかっただろう。
 人間性が良くなった訳ではないが、彼には感謝している。
「だから、悩んでるんだよ。今の君なら、再び力を与えてもいい気がするし、やっぱりやめておいたほうがいい気もするし」
 彼女は目を閉じ腕を組んだ。
 唸り声を出しながら必死に考えている素振りを見せている。
「まあ、正直な話、貰えるなら欲しいよ。ハッタリ利かせるのにも限界があるし」
 そうだ、いくら事前に力を見せつけているかといって、力を失ったことがバレれば意味がない。
 その時点で、ハッタリを利かせることもできなくなる。
「やっぱり、そうなんだ。……あっ、そうだ!」
 彼女は、目を開けると、何か閃いたことを示すように、握った右手で左手を叩いた。
 うん、正気な話、結構可愛い動作だ。
 笑顔だし。
「じゃあ、君が本当に大事なことに自力で気づいたら、また力を授けるよ」
「本当に大事なこと?」
「うん、一番大事なことだよ」
 一番大事なこと、その正体はまったく見当がつかない。
 昼休みも、今もだ。
「それじゃ、次は塚本君に……。って、今日も塚本君は来てないのか。じゃあ、寺田君呼んでくれ」
「はい」
 思案しているうちに、田中の朗読は終わっていた。
 クラス一のDQN、塚本は今日も学校に来ていない。
「はい、ありがとう。次、東条君」
「はい」
 授業の内容はほとんど頭に入らなかった。
 本当に大事なこと、その言葉だけが脳内を渦巻いていた。
 その正体を知った時、僕はどんなものを得ることができるのだろう。

 ウル○ラマンや仮面○イダーから子供達はどんなことを学ぶのだろう。
 学校からの帰り道、ふとそんなことを考えながら歩いていた。
 僕は、昔から特撮ヒーローや怪獣が好きだ。
 日曜日の朝は今でもテレビに齧り付いているし、僕が生まれる何十年も前の作品のDVDを借りて見たりもする。
 もちろん、自室にはフィギュアやグッズもそれなりにある。
 特撮オタクといっても差し支えがないレベルの人間だ。
 けれど、特撮から何か大事なことを学んだかと言われると、正直な話答えることができない。
 それは、僕の理解力が低いからかも知れないし、あくまで娯楽として特撮を楽しんでるからかもしれない。
 言葉にすることはできないけれど、体には染み込んでいるという、臭いものかもしれない。
 まあ、一つだけ言えるのは、デカイものは強い、困ったら回転すればどうにかなる、最大の敵は予算とスポンサー等のどうでもいいことはたくさん学んだということだ。
 自分があまりにも情けすぎて、思わず溜息が出る。
 もしかして、特撮のことを考えたら、一番大切なことについて、何かわかるかもしれないと思ったがとんだ的外れだった。
 なぜ、特撮なのかというと、あれには様々な大切なものが詰め込んであるからだ。
「正義とか、正義とか、正義とか」
 ……正義しか出てこなかった。
 まあ、他にも様々なものが特撮には詰め込まれている。
 ……はずだ。
 また、出そうになった溜息を抑えながら、曲がり窓を曲がる。
 すると、そこには非常に目に毒な光景が繰り広げられていた。
「……あれは」
 僕を(というか『ヒトガタ』を)叩きのめした彼がいた。
 それは、別にいい。
 あの日の帰り道、それなりに話したので、いい人だということは分かっている。
 問題は、彼の両隣にいる人達だ。
「美少女二人侍らしてるとはどういうことだ」
 おかしい、非常におかしい。
 なぜ、大巨漢の彼の両隣に美少女がいるんだ。
 右側は、黒髪ロングの清楚そうな子。
 左側は、ブラウンのショートカットが似合っている活発そうな子だ。
 しかも、様子を見ているとかなり仲が良さそうだ。
「いつから、この街ではデブがモテるようになったんだ……」
 僕の知る限り、デブがモテる時代が到来したという話は聞いたことがなかった。
 というか、聞きたくもない。
「デブがモテるならチビもモテていいだろう」
 来ないかな、チビブーム。
 ちっちゃくて可愛いとか言われたい、グラマーなお姉さんに。
「……遠回りするか」
 これ以上、あの三人を見ていたら、頭がどうにかなりそうだった。
 本当は、彼らと同じ道を通ったほうが、家に早く着くが、今日ばかりは仕方がない。
 そうだ、どうせ遠回りするなら、レンタルビデオ屋に寄ってDVDでも借りよう。
 ちょうど借りたい映画もあるし。
 無理矢理、楽しいことを考えながら僕はその場から去っていった。

 レンタルビデオ屋をよく利用する人ならわかるだろう。
 借りる気満々だったDVDが既に全て借りられていた時の絶望感を。
「パシ○ィックリムって結構人気あったんだ……」
 思わず、棚の前で項垂れる。
 興行収入があまりよくなかったらしいから、DVDもあまり借りられてないと思ったらこれだよ!
「しょうがない、他のを借りよう」
 そうだ、他にも見たい作品はいくつかある。
 今回は、それらを借りることにしよう。
 気を取り直し、他の棚に向かうことにする。
 まさか、見たい作品全てが借りられているってことはないだろう。

 5分後、レンタルビデオ屋の店先で僕は絶望していた。
「なんで、全部借りられているんだよ!」
 通りすがりのオバサンが、可哀想なものを見る視線をこちらに向けてきたが気にしない。
 というか、気にする余裕がない。
「……今日はもう帰ろう」
 ここまで、運が悪い日はそうそうない。
 きっと、今日は厄日だ。
 そう考え、家に向かった歩き出した。
 さっさと自室にこもって、ゲームでもしよう。
 いや、溜まったアニメを見るのもいいかもしれない。
 いざ、考え出すとアイディアは止まらなかった。
 家に帰ってから、何をするのかを考えるのはかなり楽しいことだと個人的に思う。
 まあ、代々は考えていた通りにいかないんだけど……。
 そんなどうでもいいことを考えていたから、気付かなかった。
 目の前に、フードを被った男が立っていることに。
 そいつの髪の毛が金髪なことに。
「よう、チビ」
 そう蔑称を呼ばれて、初めて男の存在に気がついた。
「塚本……」
 塚本王子。
 我がクラス一のDQN。
 そして――。
「お前の天下も今日で終わりだ」
 僕を苛めていたグループの中心人物だ。 

 塚本は『ヒトガタ』により、黒板まで吹き飛ばされてから学校に来なくなった。
 きっと、突然巨大な力を手に入れた僕のことが怖かったのだろう。
 その、塚本が僕の目の前に現れた。
 僕を苛めていた時のような表情で。
「どういうことかな? 僕には全く心当たりがないんだけど」
 笑顔でそう言ってやった。
 取り敢えず、探りを入れるためだ。
 塚本が、こうして僕の前に再び現れたのは何か理由があると考えたからだ。
「ふ~ん、そうか」
 塚本はただニヤニヤしている。
「けどな、そうやって白を切れるのも今のうちだ」
「……どういうこと?」
「俺は知ってるんだよ、お前が――」
 塚本は獣のような目で僕を見た。
「あの、オカルトパワーを失ったことを」
 体中に電流が走った。
 けれど、表情は崩さない。
 笑顔を貼り付けたまま、言葉を紡ぐ。
「ふ~ん、君はそう思っているんだ」
 口元を歪めハッタリをかます。
 いかにも、意味ありげな表情になっているはずだ。
 それに対し、塚本は強気な態度を変えない。
「ふん、ハッタリかまそうたって無駄だぜ。俺は思っているんじゃくて、知っているんだからな」
「知っている?」
 知っているとはどういうことだろう。
 『ヒトガタ』は一般人には見えない。
 だからこそ、説明不能の『見えない力』として恐れられた。
 力を失ったことを塚本が知ることなんてできるはずがない。
 そこまで、考えてある可能性が閃いた。
 それは、突拍子もない考えだが、理には叶っている。
「やっと、気づいたか」
 塚本は、犬歯をむき出しにして邪悪な笑みを浮かべた。
「そうだ、俺にはお前の力が最初から見えていたんだよ!」
 おそらくその報いを受けることになる、あの日彼に言われた言葉を思い出した。

「昔から、俺は他の奴に見えない物を見ることができた。だから、お前が俺をぶっ飛ばした時もあの巨大な腕が見えていた。誰も信じないことを分かっていたから黙っていたけどな」
 塚本は、僕に向かい一歩を踏み出した。
 それに対し、僕はまったく動くことができなかった。
「今日、たまたまお前を見ることができてラッキーだったよ。おかげで、お前が力を失ったことがわかったからな!」
 腹部に衝撃が走ったとき、僕は宙に浮いていた。
 蹴りをくらったと分かったのは、コンクリートの上に受身も取れず落下した時だ。
 そのまま、地面に仰向けになる。
 思わず、右手に握っていたカバンを落としてしまった。
 背中が強烈に痛む。
「チビのくせによくも今まで好き勝手やってくれたな!」
 その言葉と同時に、投げ出していた右手を塚本に踏まれた。
「ぐっ!」
「おいおい、この程度で声漏らしんてんじゃねえよ!」
 すかさず、右手を足で踏み捻られる。
 より強い痛みが体中を駆け巡った。
「お前はその姿がお似合いなんだよ! 一生、そうやって這いつくばってろ!」
 塚本の罵声が路上に響く。
 運が悪いことに、近くには誰もいない。
 それ以前に、たとえこの場から逃げることができたとしても問題はある。
 学校に行けば、塚本から真実を聞いた、僕に恨みを持つ者が確実に報復してくるだろう。
 完全に詰みだった。
「このゴミカスが! お前なんて人間以下なんだよ!」
 そうかもしれない、塚本の言葉に僕はそう思った。
 勉強もできない、スポーツもできない、友達もいない、そしてキモオタな僕は確かに社会のゴミだろう。
 力を得ないと、今のような蔑まれない日々も送れなかった。
 短い間だったけど、極楽の日々を送ることができた。
 本来、僕には送ることができなかったはずの日々を。
 どんなものにも始まりと終わりがある。
 きっと、僕にとっては今日が最後の極楽の日々だったんだ。
 心の底からそう思った。
「そう、その目だよ! お前は、その目をしていればいい!」
 塚本が何か言ったがよく耳に入らなかった。
「そして、俺達の玩具であればいい! お前になんか、その程度の価値しかないんだからな!」
 まだ、塚本に右手を踏まれているが、不思議と痛みは感じなかった。
 きっと、痛覚が麻痺したのだろう。
 力を得る前の日々もそうだった。
 いつもより、苛めが少ない日はそれだけで幸福な気分になった。
 今、考えるとひどく滑稽だ。
 けれど、僕はその日々を過ごしていた時のような、考え方に戻らなければならない。
 そう考えるのはひどく憂鬱だったが、拒絶はしなかった。
 どうせ、すぐに慣れることを知っているからだ。
「今日はこのくらいにしてやるよ、人に見つかる面倒だからな」
 そう言うと、塚本は右手から足をどけた。
「明日、学校サボるなよ。サボったら、どうなるかわかってるよな?」
 塚本のドスを聞かせたつもりの声が耳に響いた。
 正直、怖くもなんともなかった。
 どうせ、痛めつけるなら今すぐ痛めつけて欲しいくらいだ。
 いつの間にか、僕の神経はだいぶずぶとくなっていた。
 悪い方向に。
「ん?」
 そこまで考えて、僕は疑問を抱いた。
 僕が、悪い方向に図太くなったのは『ヒトガタ』を得る前からだ。
 だから、それは問題ない。
 おかしいのは、塚本に恐怖を感じなかったことだ。
 いくら、僕が図太くなっていても、『ヒトガタ』を得る前に塚本達に恐怖を感じなかったことはなかった。
 苛められっ子は基本的に弱虫だからだ。
 なのに、前と同じ力がない状況なのにも関わらず、僕は塚本を怖いと思っていない。
 なぜだろう、気になった僕はすぐに頭を働かせ始めた。
 こんな、酷い状況にも関わらずだ。
「おい、早く立て!」
 急かす塚本の声も無視して。
 脳内では、何か手がかりがないかと過去の記憶を思い出していた。
 が、僅かなヒントさえない状況だ。
 これといった記憶は、思い出せなかった。
 仕方がないので、諦めて立つことにした。
 その時だった、脳に閃きが生まれたのは。
「おい、早くしろ!」
 僕は、無言のままゆっくりと立ち上がった。
 そして、地面に落ちていたカバンを拾う。
「ったく、手間掛けさせやがって。罰として、有り金全部渡せ。……って、おい! 聞いているぐへっ!」
 体を半回転させ、そのカバンを塚本の脇腹に叩き込んだ。
 困ったら回転すればどうにかなる、その知識が初めて役に立った。

 『ヒトガタ』を失ったあの日、僕は今までの人生の中で最大の恐怖を感じた。
 それの発生源は、この街のとある高校の制服を着た一人の少年。
 彼は、人の形をしているにも関わらず、化物としかいいようがない圧倒的な力を僕に見せた。 
 その様は、今まで見たどんなものよりも恐ろしく、同時に気高かった。
 そんな彼に比べれば、塚本なんて蠅でしかない。
 だから、馬鹿らしくなったのだ。
 こんな男やその仲間に自分が支配されることを。
 だけど、一つ問題がある。
「今の僕は蠅以下の力しか持ってないんだよな……」
 万年、体力テスト最下位の僕は恐ろしく貧相だ。
 さっきは、回転の力とカバンを利用し、脇腹という誰しもが弱い部位を狙ったために、なんとかダメージを与えられた。
 だが、二度目はおそらくない。
「てめえ! よくもやってくれたな!」
 僕に比べ、塚本は非常に恵まれた体格と身体能力を持っている。
 長身に広い肩幅、帰宅部にも関わらず運動部に負けない腕力と脚力。
 しかも、今はかなり激怒しているため、容赦もしないだろう。
「うん、詰んだ」
 重大な判断ミスを犯してしまった。
 こうなったら、生きて帰るという極めて低い目標を胸に、なんとかここを切り抜けよう。
「生きて帰れると思うなよ!」
 死刑宣言を告げられた。
 塚本は、指の関節を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
 もう、絶望的すぎて泣きたくなってきた。
 塚本に対する恐怖心ではなく、死に体する恐怖心で。
「できれば、天国に行きたいな……」
「いや、地獄も案外楽しいかも知れないよ」
 そんなわけないよ、そう言おうとして気づいた。
 僕の隣に突然現れた、第三者に。
「やあ、さっきぶり」
 兎のような風貌の少女はニッコリと微笑んだ。

「あん!! てめえは誰だ!!」
「誰でもないよ、金髪君」
 その返答で、塚本の怒りが見てわかるレベルで増した。
 漫画の世界だったら、確実に青筋が出ているくらいに。
「ちょっと! 危ないから逃げたほうがいいって!」
 さすがに、女の子を巻き込むのだけは避けたい。
 そんな僕の気持ちを踏みにじるように、少女はこう言った。
「やだよ、金髪君がボコボコにされるの見たいし」
「あん!! てめえ、今なんつった!」
 思いっきり、火に油を注げられた。
「いやいや、誰がボコボコにするんだよ」
「君に決まってるんじゃん」
「はあ!? 無理だよ! リアルの○太くんの異名を持つ僕じゃ!」 
「できるよ」
「だから、無理だ「これがあれば」……え?」
 彼女は、一枚の紙を僕に差し出した。
「……これは?」
「僕達が契約書と呼んでいるものだよ。これさえあれば、君が以前持っていた『ヒトガタ』のような異形の存在『都市伝説』の力を扱うことができる」
「これが……」
 まじまじと契約書を眺める。
 こうして、見ているだけでは特別な紙には見えない。
「でも、僕はまだ本当に大事なものに気づいてないよ」
 そうだ、彼女はあくまで、それに気づいたら力を再び授けると言った。
 僕はまだ、何も気づいていない。
「ううん、それは違うよ。君はもう気づいているよ」
 にも関わらず、彼女は首を振った。
「一番大切なこと、それは意思だよ」
「意思?」
「そう、意思。君は、力を持っていないのに意思だけで彼に立ち向かった。その時点で、もう合格なんだよ」
「いや、それは……」
 僕が、塚本に立ち向かったのは、彼に比べると塚本なんて蠅だからという後ろ向きな理由からだ。
 とても、褒められるものではない。
 顔を俯かせた僕に、彼女は優しい声色でこう囁いた。
「理由なんてどうでもいいんだよ。大事なのは、意志を持って立ち向かったってことなんだから」
 僕の心を読んだような言葉に、思わず彼女の目を見つめる。
「君は自分を誇っていい。そして、この力を使っていい。力の正体に気づいていたにも関わらず、立ち向かおうともせず逃げた金髪君に対して」
 僕は、少しの間、動くことができなかった。
 胸の中の様々な感情によって。
「ありがとう」
 体が動き出すと、すぐに彼女が差し出した紙を受け取った。
「茶番もいいかげんにしやがれ! お前は、さっさと殺されればいいんだよ!」
 塚本は、ポケットから何かを取り出し右手に握った。
 警棒だ。
「おとなしく死ね!!」
 塚本は右腕を高く上げると、僕に対し警棒を振り下ろした。
 一発でも当たれば、病院行くは確実だろう。
 だから、僕は紙を強く握り、頭の中に湧き上がる名前を叫んだ。
「来い! 『スカイフィッシュ』!」
 瞬間、周囲が金色の光に包まれた。

「な、なんなんだよ! これは!」
 光が消えると、そこには振り下ろしていたはずの警棒を空中で静止させている塚本の姿があった。
 だが、すぐにその認識が間違っていることに気づく。
 塚本は、警棒を静止させているではなく、静止させられているいる。
 警棒の前に、盾のように広がっている、無数の生物のようなもの達によって。
 彼らは皆、虫のように小さい。
 彼らこそが、僕の新しい力――。
「『スカイフィッシュ』だよ、塚本」
 そう言うと、どこからかまた無数の『スカイフィッシュ』が現れた。 
 『スカイフィッシュ』達は、僕と少女の周りを囲い込むように広がっていく。
「ふ、ふざけやがって! こんな虫けら! 敵じゃねえんだよ!」
 塚本は、警棒を今度は僕の右脇腹に向けて叩きつけようとした。
 それに対し、僕は一切の動作を行わない。
 代わりに、頭を使う。
 今や、この無数の『スカイフィッシュ』を操る管理棟となった、僕の最大の武器を。
 まず、軽くイメージをする。
 先ほど、警棒を塞いだ、『スカイフィッシュ』の集団で形成された盾を。
 次に、脳内でスカイフィッシュに対する指示を行う。
 イメージ通りの盾になれと。
 これで、全ての工程が終了だ。
「なっ!」
 予定通り、警棒は再び、『スカイフィッシュ』の盾に衝突し静止した。
 右側にいた、一部の『スカイフィッシュ』達が集まり、盾となったためだ。
 なぜ、ここまでうまく能力を使えているかは自分でもわからない。
 一つだけ言えるのは、金色の光に包まれた瞬間に、何かが頭の中に入ったということだけだ。
 おそらく、それによって僕は、『スカイフィッシュ』を自由に扱えている。
「さて、そろそろ反撃と行くよ」
 僕は、『スカイフィッシュ』にただ簡単な指令を下した。
「塚本君を襲って」
 瞬間、塚本の全身が不規則に揺れだした。
「や、やめろぉ!」
 塚本は、顔を手で覆いながらそう叫んだ。
 無理もない、無数の『スカイフィッシュ』が目にも止まらぬ速さで塚本に突進しているのだ。
 いくら、小さくて軽い存在だといっても、十分な驚異だ。

「く、くっそ!」
 全身を丸めたまま、塚本は僕に背を向け、我武者羅に走り出した。
 おそらく、逃げる気だ。
「そうはさせない!」
 ここで塚本を逃がすわけにはいかない、さっきの件のお礼をまだ返せていないからだ。
「くらえ!必殺!」
 ついつい、ノリでそんなことを言ってしまった。
 ……どうしよう、必殺技なんて一切ない。
「えっ!? 必殺技!? こんな短時間でできたの!?」
 僕の横で、少女が目をキラキラさせている。
 ……ここは、期待に応えるとしよう。
 特に意味はないが、目を閉じ、意識を集中させる。
 すると、無数の鼓動を感じた。
 『スカイフィッシュ』達だ。
 こうすると、目で『スカイフィッシュ』達を見ている時より、非常に身近に感じる。
 これはいい。
 偶然の発見に、軽い感動を覚えながら、僕はもう一つの事実に気づく。
 この状態でなら、全ての『スカイフィッシュ』達に指示を出せることを。
 先程のように、指示を出すだけでは全ての『スカイフィッシュ』を動かすことはできない。
 もちろん、これもなぜ知ることができたかは分からない。
 ただ、急に頭の中に知識として浮かんできたのだ。
 僕は、疑問を覚えながらも、躊躇いなく力を使うことにした。
 全ての『スカイフィッシュ』に脳内で指示を出す。
 目を開くと、引き続きワクワクしている少女と、背を見せて逃げている塚本が目に入った。
 そして、塚本に追いつき、囲み始めた『スカイフィッシュ』達も。
 そろそろ、技名を叫ぶとしよう。
 ……冷静に考えると、技を放ったあとに技名を叫ぶというのは中々滑稽だ。
 そんなことを考えながら、人生初の必殺技を叫ぶ始める。
「くらえ!必殺!」
 『スカイフィッシュ』達が、完全に塚本を囲み終えた。
 よし、このタイミングしかない! 今こそ叫ぶ! 必殺技の名を!
「囲んでボコる!」
「すごい地味!」
 少女が、ツッコミを入れてきたが気にしない。
 経験上、これが一番確実なダメージの与え方だということは知っている。
 絵ヅラは、地味で陰湿だけどね!
「ギャー!」
 目前で、塚本が『スカイフィッシュ』達にボコられながら、情けない悲鳴を上げていた。
 そりゃ、あれだけ高速で動くものが、大量にぶつかってきたら悲鳴くらいあげたくなるだろう。
 その後も、塚本は長い間悲鳴をあげていた。
 ……見ているうちに気がついたが、この技の恐ろしいことは、あくまで小さな物体がぶつかってくるだけなので、中々意識を失わないということだ。
 それのどこが、恐ろしい点なんだと一瞬思ってしまうが、冷静に考えるとすぐにわかる。
 中々意識を失わないために、拷問のように、延々と耐え難い痛みを味わうはめになるのだ。
 自分で考案しておきながら、恐ろしい技だ。
「ねえ、これいつまで続くの?」
 少女が、悶えている塚本を見ながら、つまらなそうに尋ねてきた。
「さあ、もうちょっとで終わるんじゃない?」
 その、約3分後、塚本はやっと意識を失った。

「やっと、終わったね」
 意識を失った塚本を見ながら、少女は微笑んだ。
 僕も、微笑み返す。
 中々、バイオレンスでシュールな光景だ。
「ありがとう、君のおかげで苛められっ子生活に逆戻りせずにすんだよ」
「いいんだよ、君は力を持つにふさわしい人間になったんだから」
 力を持つにふさわしい人間、そんな存在に自分がなったとは正直思えない。
 けれど、前よりは一歩くらい前進できたのかなと考えると、正直嬉しい。
「あっ、そういえば僕の名前教えてなかったね」
 そういえばそうだ、僕は彼女の名前を知らない。
 それに、僕も彼女に自己紹介していない。
 まあ、おそらく彼女は僕の名前を知っているんだろうけど。
「僕の名前は、ヨツバだよ。漢字じゃなくカタカナでだよ」
 ヨツバ、変わった名前だなと思った。
 幸運を持つ子になって欲しい、そう考えて付けられた名前なのかも知れない。
「じゃあ、僕も。僕の名前は、羽柴牡丹。ちなみに、豊臣秀吉とは一切関係がないよ」
 よく聞かれることなので、そう付け加えておいた。
「よろしくね、牡丹」
 ヨツバに笑顔で名前を言われた。
 それだけで、胸が激しく振動し始めた。
 苦しいほどに。
 な、なんて青春イベント……!
 思わず、生まれてきたことを神やら仏やらに感謝する。
「よ、よろしく。ヨツバ」
「うん、よろしくね」
 もう、その笑顔は反則だと叫ぶたくなっていると、ヨツバは片手を差し出してきた。
 握手をしようということだろう。
 すぐに、その手を握る。
 女子とまともに握手をするのなんて初めてだ。
「それでさ、牡丹。一つお願いがあるんだけど」
「な、なに?」
 おもわず、緊張しながら受け答える。
「僕達のグループに入ってくれないかな?実は、人手不足でね。ちょっと、戦闘要員が欲しかったんだ」
「戦闘要員……」
 正直な話、そういうのはできるだけ避けたい。
 彼に前にされた脅しが尾を引いているのだ。
「まあ、そう怯えないでいいよ。戦闘をする機会なんて、そうそうないし。もし、戦闘になったとしても牡丹には後方支援くらいしかやらせないからさ。それに、『都市伝説』のことについてももっと知りたいだろう?」
「うん、まぁ……」
 正直な話、それは興味があった。
 こんな不思議な力、男の子なら誰しもが興味を惹かれるはずだ。
 それに、僕にあるというもう一つの才能も気になる。 
「じゃあ、取り敢えずお試しで入ってみようかな」
「そう、良かった」
 ヨツバは、そう言い手を離した。
 手に残る彼女の体温に名残惜しさを感じる。
「それじゃあ、今からちょっと来てもらいたいところがあるんだけどいいかな?」
「え、今からか……」
 流石に、ちょっと急すぎる。
「悪いけど、明日にでも」
「お前に選択肢はない」
「へっ」
 突然、聞こえてきた僕ら以外の声に驚く。
 低い女の声だ
「えっと、どちらさまで「黙れ」ぐへっ!」
 そう訪ねている途中に、突然強い衝撃を受けた。
 すると、すぐに足から力が抜け、地面に倒れ込んでしまった。
 視界も、徐々に暗くなっていき、頭もぼんやりしていく。
「ちょっと! ○△! いきなり、なにするのさ!」
 聴覚も、薄れてきているために、ヨツバの言葉がいまいちよく聞こえない。
「言ったろ、私はこんな奴を信用できないと。だから、こいつを連れて行くならせめて気絶させてからだ」
 低い声の女が何か言ったが、もはやまともに聞き取れない。
 そのまま、暗い意識の底に飲み込まれていく。
 いったい、何がどうなってるんだ……。
 最後に、心からそう思った。

終わり

[ピザ]けんの人乙ですー
このチビ割と好きだったので、再登場嬉しいです

久しぶりの投下です
前回は>>8-9

 アルバート、否、ヴィクトリアのロゼレムを睨む瞳がいっそう険しくなったが、エディは脳内で数回ほどロゼレムが呼んだ名前を反芻して。

「はああああああ!?」

 緊迫感もなにもありはしない。ロゼレムが呆れたようにエディを見る。
「まさか本気で気がつかなかったのかい?君は観察眼がないね」
「うるせえ」
「其れは兎も角・・・陛下、その人形をお渡しいただかないと・・・御孫様・・・クラレンス公の潔白、証明できませんよ」
「こんな子どもに、『教会』の過酷な尋問など許さない。それに・・・」
 ヴィクトリアはちらりと人と人形の残骸に目を遣る。
「犯人は既に死んだ。被疑者死亡で始末をつければよいだろう」
「お言葉ですが陛下。その人形は言わば重要参考人です。易々とは放免できません。そこでお話なのですが・・・取引をしませんか」
「取引・・・?」
「左様です。その人形を教会ではなく僕個人にお譲りいただけるならば、此方から手を回して被疑者死亡と言うことで片をつけます」
「もし断れば?」
「名高い『切り裂きジャック』だ。王孫クラレンス公と」
 そこでロゼレムはいったん言葉を切り、エディをさも面白そうに眺める。
「流れ者のアイルランド人。どちらがより、犯人として相応しいかな?」
「なっ・・・!」
 顔色が変わったのは当のエディではなく、ヴィクトリアだった。
「馬鹿な!何故エディを巻き込む!」
「教会が俺を放り出す気になったからさ」
 交渉が成立し、エリザベスが手に入ればそれでよし。
 決裂すれば、クラレンス公を犯人になどヴィクトリアには出来ないだろうから、これをいい機会にエディを犯人に仕立てて「教会」から放逐する。そういう筋書きなのだろう。
「丁度良いぜ。こっちも偽善者共とのお付き合いにはうんざりしてたとこだ」
 躊躇うことなくエディはその銃口を、ロゼレムに向けた。
「はっ、やはり君は狂犬だ・・・君のそういうところは嫌いではないがね、残念だよ」

(さっきエリザベスを撃って弾を一発使ってる・・・最後の一発は使えねぇから、あと4発でカタをつける)

 ロゼレムの周囲の空気が熱を帯びる。「ソドムの業火」を召還するつもりなのだろう。

「させるかよ!」

 エディは2発、立て続けに撃つ。勿論、狙うのは頭部。例え心臓に命中させても、息絶えるまでに業火を発動されたら、3人とも助からない。

(一発で意識を失わせるには頭しかねぇ・・・しかし、狙いづらいもんだぜ)
 それでもエディの弾丸は「魔法の弾丸」狙った獲物は外さない、悪魔の弾丸・・・だが。

 じゅっ、と嫌な音が二度響き、硝煙の臭いが立ちこめる。

「マジかよ・・・」

「いかな『魔法の弾丸』も、ソドムの業火の前では、ただの鉛の弾だよ」
 ロゼレムは、業火の熱を全て、弾丸という一点に集中させて、弾丸そのものを蒸発させて防いだのだ。

「くそったれ!」

 更に2度、続けて引き金を引くが―

「君も大概、諦めの悪いことだね」
 結果は、同じだった。悪魔の望むところに当たる一発を残して、弾丸を使い切ったエディにはもはや、対抗する術はない。

(もう賭けに出るしかねぇ)
 エディは再び、銃口をロゼレムに向け、引き金に指を掛ける。
「もしかしたらこの銃の悪魔はてめぇが嫌いかも知れねえぜ。精々用心するんだな」
「4発が5発になっても同じだよ」
 ロゼレムの纏う空気が熱をはらむ。

(・・・頼む!)

 そして、乾いた銃声が響き―

 数瞬遅れて、陶器の砕ける音が一同の耳に響く。

「・・・なっ!」
「エリザベス!」
 胴体の中心を撃ち抜かれ、そこからひびわれて砕ける陶器の欠片を手に、ヴィクトリアは愕然とした。
「エリザベス!くそっ、ダメだったか・・・!」
「なんて事をしてくれた!折角の興味深いサンプルが・・・」
 エディとロゼレムが駆け寄り、慎重に人形の無事だった頭部に触れる。
 だが胴体が砕け、頭部と手足のみになった少女の人形は、もはや言葉を紡ぐことはなかった。

「エリザベス―!」
 慟哭するヴィクトリアと、呆然と立ち尽くすエディに背を向け、ロゼレムは立ち去ろうとする。
「いいのかよ、俺らの事は」
「僕が興味があったのはその人形でね。正直君達などどうでもいい」
「犯人はどうすんだ」
「適当に報告しておく。いざとなったら罪を被って貰うよ」
 走狗たちと去ってゆくロゼレムの背を睨む気には、不思議と起きなかった。

 ―後日。サウザンプトンの港にて。
「結局、迷宮入り扱いか・・・あんだけ骨折ったのによ」
「まあいいではないか。犯人にされなくてよかったろう?」
「まあな。それにしても」
 エディは隣に佇む少女の姿を模したビスクドールの頭をぽん、と叩いた。
「悪魔もたまには粋な真似をしやがるもんだぜ」


―あの後、ロゼレムが去った後。
「エリザベス・・・!」 慟哭するヴィクトリアと、悄然とするエディの耳に―否、精神に響いた、少女の声。
「―この声は―」
「エリザベスか!」

(しー、ふたりとも)
(わたしはここにいるよ、しんぱいないよ)

「エリザベス、良かった・・・!」
 手放しで喜ぶヴィクトリアだが、エディは怪訝な表情を隠しきれない。
「改めて聞くが・・・お前、なんの『伝説』だ?」

(わたしはね、『魂』だよ。『人が死んでも、魂は残る』の)

(わたし、死んでからもずっと側でお父さんを見守ってた。ひとりぼっちになっちゃったお父さんが可哀想で、お父さんが創った体に入って、お父さんといっしょにいたの)

(そのうち、お父さんが捕まって殺されてしまうかも知れないってわかって、なんとかお父さんも、刑事さんたちも止めたかったの)

(だから、女王さまが、お父さんを助けたいって言ってくれたのが、とてもうれしかったの)

「エリザベス・・・」

(ありがとう、女王さま)


「良かったじゃねえか、新しい体まで貰えてよ」
 事件が一段落付き、ヴィクトリアが用意させた、破壊される前とほぼ同じ大きさのビスクドールに宿ったエリザベスは、以前と殆ど同じように立ち居振る舞い出来ている。
「でもやっぱり関節がすこしきしきしする。やっぱりお父さんの創った体がいちばんだったわ。それとエディ、レディの頭をぽんぽん叩かないで」
「何がレディだ。出るとこも出てねえガキンチョが」
 案外生意気なエリザベスと、精神的に同レベルに近いのではないかと思われるようなエディとのやりとりを、ヴィクトリアは微笑んで眺めている。

そしてエリザベスとエディは、「教会」の追求を避けるため、アメリカに渡ることになった。
「船のチケットまで手配してくれて感謝するぜ、女王さんよ」
「礼を言うのはこちらだ。お前の言った事、深く考えさせてもらった。これからは、国の基盤が・・・何の犠牲の上にあるか、よく考えるようにする」

 船の汽笛が鳴り渡る。出航の時間だ。
「ありがとう、女王さま!」
「じゃあな、精々長生きしろよ!」
「二人とも、元気で―」

  ┏━━━━ふっかつのじゅもんを いれてください ━━━━┓
  ┃                                   ┃
  ┃                                   ┃
  ┃http://www29.atwiki.jp/legends/pages/4980.htmlのつづき┃
  ┃                                   ┃
  ┃                                   ┃
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 突如土管から現れたバカ――否、男は黒かった。
 国民的人気を誇るゲームの主人公のコスプレそのものではあるが――黒かった。
 赤い帽子も赤いシャツも青のオーバーオールも白の軍手も、それどころか、どうやってか生えてきた土管すらも黒かった。
 身長は一五〇半ば、小太りの体型も団子鼻も髭もまるでゲームのキャラそのもののようだが、身に纏う全てが黒かった。
 色の他に異なる点はふたつ。
 元ネタのキャラはかけていない黒のサングラス。そして帽子の中央に書かれた文字。本来「M」と書かれているはずの文字が「A」と記されている。

「……一応訊いておくが、あれが前に言ってた六人目か?」
「まさか。――前に言ったろ、至村くんは死んだ。新居くんの火葬が終わったその日にね」
「となると、あれは――」
「きみの想像通りだろうね」

 ふたりの声が聞こえているのかいないのか、黒の男は周囲をきょろきょろと見渡して江良井と錨谷の姿を確認するとにやりと笑みを浮かべた。
 そして高らかに宣言するように胸を張って。

「イッツミー! メールィオオゥ! ナンバー! ワン! オー! シックス! アアアイイイイイム!! ナンバアアアアアアアア!! ワアアアアアアアンンンンン!!!」

 二度目の名乗りを上げた。
〈組織〉に属する黒服――A-№106と。
 しかしそれは、かつて江良井を監視していたが〈ゲーム王国〉の手によって殺されたはずのナンバーではなかったか。
 江良井を監視し、〈ゲーム王国〉に殺され、錨野が江良井に渡そうとし、A-№102が持ち帰った首。
 二人の疑問に答えるように、A-№106の後方から新たな黒服が現れた。

「私達の技術によって再生しました」

 現れたのは黒服に身を包んだ男、A-№109。
 他の黒服よりもやや小柄なA-№109は、半死半生の錨野を視界に収めると何の抑揚もない声で新たに告げる。

「やれ」

 たった一言。
 誰への言葉かは言うまでもない。
 言葉と同時に動いたのはA-№106だけではなかった。
 江良井、錨野も動いた。
 ひとりはA-№109へ、ひとりは距離を取り、ひとりは錨野に。

「ィィイイィィ! ヤッッハァァァァァァアアア!! ポォォォゥゥウウウウウゥゥ!!」
「……くそ!」

 A-№106の連撃を躱した錨野だが、江良井からのダメージのせいで躱すことすら精一杯だった。
 しかしA-№106は攻撃の手を緩めない。
 それもそのはず、江良井と錨野のふたりは知らぬことではあるが、A-№106はそういう風に造られているのだから。

「ひとつだけ言うのならA-№106の都市伝説は『ゲーム脳』です」

 江良井の攻撃を微動だにせず、全て躱したA-№109は告げる。
 それは、かつて錨野が欲し、しかし手に入れることができなかった都市伝説。
 都市伝説『ゲーム脳』を分離し再構成した存在。言うなれば改造都市伝説。『ゲーム脳』としての影響が強く出た結果が、今攻撃の手を緩めずに錨野を追い詰めていた。
 敵を斃さねば次のステージに進めないゲームのように。

「なんとも皮肉なもんじゃないか――行け、バキュラ!」

 生み出されたバキュラがA-№106と迫る。
 たかが数撃では破ることもできるはずもない。どんな力、どんな能力をもってしても軌道を変えることもできない。
 攻撃手段としても防御手段としても申し分ない能力。
 能力がわかっていたとしても江良井のように事前に用意でもしない限り破れることもない。

「アワワワワ!」

 バキュラと同じくゲーム系の都市伝説のせいか、それとも黒服としての知識があったのか、慌てた様子で避けるA-№106。その様子すらもどこかふざけているのだが。
 同じ大きさのバキュラを次々に生成し、A-№106の四方を囲う。

「出てくるな!」

 とどめとばかりに上方にバキュラで蓋をする。
 バキュラによる即席の箱。出てくるにはそれなりの時間がかかるだろう。
 もしもA-№106が錨野の予想通りならば、現れた際に生まれた土管は使えないはずだ。
 A-№106が基としているゲームに準じているのであれば、土管から土管への移動は可能だが土管を出現させる技は存在しない。

「私達と〈ゲーム王国〉が戦う理由はわかりますがあなたはどう絡んでいるのですか?」

 三人の様子を見ていた江良井を向いて問う。
 おおよその流れはわかっているが、本人の口から聞きたいとでも言うように。

「俺の敵だ」

 江良井の答えは常にシンプルだ。
 対するのが誰であっても、何であっても。

「私達〈組織〉と敵対するつもりは?」
「ない」
「私達〈組織〉と共闘するつもりは?」
「ない」
「私達〈組織〉が彼らを殺しても問題は?」
「ない」
「私達〈組織〉があなたと敵対したら?」
「殺す」

 表情ひとつ変えず問うA-№109に、同じく表情ひとつ変えずに応じる江良井。まるで〈組織〉の黒服のように。
 江良井の答えに満足したのかA-№109から読み取ることはできないが、次に息も絶え絶えの錨野に目を向ける。

「どうやって〈ゲーム王国〉なる国を造るつもりですか?」
「ここは至村くんの言葉を借りようか――企業秘密だ」
「あなたが捕まえたとされる猫が鍵ですか?」
「……そこまでわかってるんなら答える必要はないと思うんだけど」
「それではあなたが捕まえたとされる『山崎渉』の契約者である猫が〈ゲーム王国〉建国の鍵であると解釈します」
「『山崎渉』……?」
「そういえばあなたも被害に遭っていましたね」

 以前、江良井の父親が経営するラブホテル――江良井曰く最低のネーミングセンスの――ローペロペコンマに突如落書きされたことがある。
 都市伝説を使用しての落書き。厄介なことにただの落書きではなく、言語の上にも上書きする。
 害意はないと判断して終わったのだが、契約者がいたとは――否、契約者が猫だったとは流石の江良井でも考えもしていない事態であった。

「そうだ、こいつが俺らの切り札さ」

 巨大な二刀を構えるA-№102に対峙するのは嘉藤。
 この場にいないのは先に死んだ新居と至村――そして、江良井に当たっている錨野。
 対して、三人の前にはA-№102とA-№104が立っている。
 幾度か拳を交え、A-№102が中元に一撃を与えてからわずかに距離を取った。
 高城の手には持ち運び用の動物用ケージ。
 猫が入るにちょうど良さそうな大きさだ。

「こいつの能力――『山崎渉』は恐ろしいぜ、何しろ物だけじゃなく言語にまで干渉してくるんだからな」
「それをどう利用するつもりだ? いくら干渉するとはいえ、『山崎渉』としか書き込まなければ何も変えられんぞ」

 厳しい目をしたままのA-№102を嘉藤が嘲笑う。

「お前らそれでも黒服かよ。俺達契約者にはお前らにも解明できない世界があるんだよ」
「まさか拡大解釈……!」
「ご名答。この猫が拡大解釈で貼り付ける言語を山崎駅から〈ゲーム王国〉に替えればいいのさ」
「そのようなことができるとでも?」
「ダメなら契約解除させて俺らが使う。安心しな、猫を殺すほど俺達は腐っちゃいねえよ」

 けらけらと笑う嘉藤と、苦笑を浮かべる中元。
 そろそろいくぜ――そう呟くとふたりの横にイリアスとシルビアが現れる。
 ゲーム系都市伝説の『スパルタンXを24周クリアするとシルビアが襲ってくる』と『ドラクエ8のラスボスは主人公の兄イリアス』が発動された。

「俺にしてみればどうでもいいことだが、いい加減誰かが何か言わなきゃいけないことなんだとよ」
「どこにも存在しないこの町の不自然をね。この町をどう捉えているのか、あなた方の話も聞いてみたいですね」

 にやりと笑うふたりの〈ゲーム王国〉を前に、黒服達は即答する。

「愚問だな。総ては――」
「――A-№0のために」

 A-№104の言葉が引き金となり、同時に動き出すふたりと四人。
 イリアスが吐き出した灼熱の炎をA-№104が起こした風で消す。同時に殺到してきたシルビアは苦無の影縫によって行く手を阻まれる。
 嘉藤の剣を太郎太刀で、中元の足刀を次郎太刀でそれぞれ受けて返す刀が一閃――二閃。

 動けぬ高城を除いても戦力差は単純に倍の差がある。
 それなのに、これだ。
 戦力は拮抗――否、〈ゲーム王国〉が若干劣勢だ。何しろ、ひとりでふたりの攻撃を抑えられている。
 嘉藤も中元も戦闘の素人というわけではない。何度も苦戦もしたし死線も越えてきた。
 並の都市伝説契約者が相手では引けを取らない自負もある。〈組織〉の黒服を屠ったこともある。
 奇襲とはいえA-№106を斃したのは嘉藤だ。

 ――それなのにこのザマだ。

 自分達の実力と相手の実力を見誤るほど愚かではない。だからこそ、この状況は劣勢と判断できる。
 現状を打破するのは簡単だ。ふたりで同じならば倍の数をぶつければいい。A-№104を相手しているイリアスとシルビアもこちらに来ればいいだけのことだ。
 しかしそれができればの話だ。到底できそうにない。
 ならば――奥の手。

「イリアス!」

 以前肩を割られたイリアスは本調子には程遠く、今動けるのは痛みを取り除いた結果にしか過ぎない。
 江良井とは違い回復呪文を使用できない制約。そのおかげで強力にもなったが、そのせいで今追い詰められていた。
〈組織〉のナンバー持ちは確かに強敵だ。
 だが――この程度。このザマではあるが、この程度にしか過ぎない。そして、この程度ならば苦境とは言えない。
 まだふたり欠けただけ。頭が無事なら――錨野さえ無事なら〈ゲーム王国〉は何度でもやり直せる。錨野が死んでいない以上、最悪には遠く及ばない。

「いいのか?」
「出し惜しみしても仕方ねえ。やっちまいな」
「――心得た」

 嘉藤の言葉が終わらぬうちにA-№102に特攻するイリアス。
 振るう拳の一撃一撃は重く、爆裂拳と呼ぶに相応しい威力を備えている。

「当たらねば無意味と知れ」

 連撃を往なされ、無防備の体は二刀で斬り裂かれる。
 それでも立ち上がるが、A-№104が放った苦無の雨がイリアスの体を串刺しにして地に縫いつけた。

「これが出し惜しみしない結果か?」

 冷徹とも言えるA-№102に、嘉藤は笑う。嘉藤だけではなく中元も高城も。
 そして――変化が訪れた。
 イリアスの全身が内側から盛り上がり、変わりだす。
 頭が。
 顔が。
 眼が。
 首が。
 肩が。
 腕が。
 背が。
 胸が。
 腹が。
 腰が。
 脚が。
 額が。
 手が。
 足が。
 角が。
 瞳が。
 牙が。
 爪が。
 鱗が。
 尾が。
 躰が。
 人が――竜へ。

 イリアスの元となったゲームでは、主人公は竜神族と人間とのハーフであることがゲームクリア後に明かされる。
 そして竜神族の長――竜神王と主人公は戦うことになるのだが、その姿は巨竜。
『ドラクエ8のラスボスは主人公の兄イリアス』の都市伝説そのままの解釈をするならば、イリアスも竜神族と人間のハーフということになる。
 そして都市伝説そのものの黒服には永遠にわからないことだが――元となったゲームのシリーズでは過去二作を除き、ラスボスは変身する。

「第二ラウンドといこうか」

 設定上の親と同じく〈永遠の巨竜〉と化したイリアスは竜の姿で雄々しく咆吼した。


こちらに顔を出すのは去年の年末振りです。
いつの間にやら年も明けて周囲は新生活だけど実際は去年と変わらぬ日々を過ごしている皆さん乙であります。

遅れたことは申し訳なく思ってはいるものの内容についての反省や後悔はしていない葬儀屋がおよそ一年振りにゲーム王国編第八話お送りしました。
A-№106や『山崎渉』についてはまとめwikiを御覧ください。


高層ビル群が林立する「学校町」の不夜城、南区――
繁栄の影に紛れるようにして存在し、忘却された旧い雑居ビルには人知れぬ闇がある

深夜二時をとうに過ぎた時分、男はそんな一室に独り佇んでいた
もう長らく使用されていないであろうその部屋に、当然明かりなどあるはずも無い
この部屋はビルの最上階に位置するが、天井からは漏れた雨水が床を打っていた
割れたガラス窓からは湿気を多量に含んだ大気が入り込んでくる
しかしこの男はそんな室内の様子など意に介さず、ワンカップ大関を啜っていた
足元に打ち捨てられたカップヌードルの容器から微かに湯気が立っている
先程までささやかな食事を摂っていたに違いない

――来たな!?

男は大関をあおると手を振るってカップを壁に叩きつけた
派手な音と共に砕け散る
トレンチコートを翻し、男は丁度真後ろへ向き合った
外部からの照明が逆光となって判別しづらいが、何かがいる――!

「そ、『組織』です! 名を名乗りなさい! 貴方が契約者であることはわかっています!」

女の声、それも若い女の声だ

――Fuck Off Baby!!

瞬間湯沸かし器の如く、男の頭に血が上り、筋肉が隆起する

「ぬぅぅぅぅぅんン!!」

両脚に力を込め、女に向かって突進する!!


「ふンはァッ!!」

女はパンツスーツにサングラスという出で立ち、間違いなく「組織」の「黒服」だ!

男は女の腰を掴みかかる。幸いなことにベルトはする派のようだ
それとほぼ同時に彼は女の胸倉も掴んだ。間違いなく女の胸部は豊満である

両の腕をぶん回すようにして男は「黒服」を壁に向かって投げ飛ばした!
だが!!

「ま、負けません!」

なんということだろう!
女はあろうことか投げ付けた壁に貼りついているではないか!

「行きます! やああああああああッッ!!」

かくして男の眼に飛び込んできたのは、女「黒服」のブーツ底面であった











――ッ!!

男の意識が覚醒する
全身が打ち付けられたように痛む
すぐさま男は己が仰向けになって倒れていることに気づいた
急ぎ半身を起す


そこは先程まで男がいた雑居ビルの一室では無かった
まだ完成して間もない場所なのか、真新しさを感じさせる独特の臭気が鼻をつく
周囲に視線を向けるが、やはり先程の場所では無い
新調された事務用品が整然と配置されており、男が倒れていた場がガラスや礫の破片で汚れている
正面はガラス窓が砕け散っており、横殴りの雨が入り込んできている
ようやく状況を把握した――あの女に蹴り飛ばされて、別のビルへと突っ込んだのだ

男はすぐさま立ち上がる

――あの女はどこだ!?

しかし今いる空間に人の気配は無い、が

「どうもこんばんは、トレンチコート姿の紳士殿」

「ALAS!」

声のした方向へと男の裏拳が飛ぶ!
速いぞ!!


「いい攻撃です、しかし」

なんと相手は男の拳を捌いていた!

「私相手には無駄だ! ふんッ!!」

なんということだ!
男の体は舞い上がり、再び床へと叩き付けられてしまったのだ!
眼から星が飛んだが先程のように気絶する程度では無い!
男は身を立て直そうとする! しかし!

――馬鹿な!? 動かないだと!!

体が微動だにしないのだ!! これは一体どういうことなのか!?

「今宵はハードボイルドに決めたかったのですが、どう考えても朝方です
 本当にありがとうございます。どうも、いい子いい子でお馴染みの思考盗聴警察の神田です
 デブけんの人と鳥居の人、毎度乙でございます
 兄と妹の緊迫した関係の行き着く先は目が離せそうにありませんね
 『ヒトガタ』の契約者が主人公のスピンオフもこれから先どうなるか気になります
 鳥居の人もまた変化球をデッドボール気味に飛ばしてくるとは思っていませんでした
 これは新大陸アメリカ編が来るのでしょうか! 期待していいのでしょうか!?
 この田中、ハッスルし過ぎてとうとうBitCashに5万も振り込んでしまいました!!
 カーッ!! それはさておき」

そこにいた人物は一言で表現するなら、警官だった
どこからどう見ても言い逃れのしようが無いくらいに警官だった
神田、と自称した男はひとしきりまくし立てた後に、床に倒れた男を見下ろす


「ご安心を、先程の女性黒服は撤退しました」

――!? この男、何故それを!?

「しかし新たな問題が差し迫っていますですね
 過激派が第三次包囲作戦を展開するようです
 ほら、皆様お馴染みの、あの音が聞こえますでしょうか」

男の眼が見開かれた
テクノ的な音響をまき散らしながら、しかし着実に此処へと近づいてきている
あの音は忘れもしない、名前を書いたら主に著作権関係で抹殺しにくる、あの連中のパレードのBGMでは無いか――!

「まさかこのタイミングで『夢の国』が南区にやって来るとは誰も思って無かったでしょうね
 ほら、貴方もお早くお逃げなさい。命が惜しければ逃げることです。『いのちだいじに』とはよく言ったものです」

「それは出来ん! 俺はここでやらなければならんことが――」

「ご生憎ですが、貴方が落ち合おうとしていたお医者は過激派の黒服に処理されました
 『インフルエンザは地球外のウィルス』に対する抗ウイルス薬、ですか
 『組織』的には入用の筈ですが、どういうことでしょうね
 ちなみに、先程貴方を蹴り飛ばしたあの女性黒服も過激派所属です
 お医者を保護しようとしたらしいですが、もう一歩で間に合わなかったようですね」

警官は一旦そこで言葉を区切った

「貴方だって元黒服でしょう? しかし過去の作戦で見捨てられ、IDを抹消され、
 それでも『ウイルス』に冒された、大切な誰かを助けようとした――そうでしょう?
 しかし今回はもう無駄です、諦めてお早く逃げることです。次の機会に賭けることです
 『いのちだいじに』――ですよ」


「貴様……何故それを」

「ふっふっふ、私は『思考盗聴警察』――
 運が良ければまたお会いしましょう
 それでは元黒服の紳士殿、ご機嫌よう」

不意に警官の姿が、まるで大気に溶けるかのように消滅してしまった
これは、一体どういうことなのだろうか――?

男はややあって身を起こした
いつの間にか、体は動かせるようになっていたようだ
それにしても、先程の警官、まるで己の心の内を全て知っていたかのような口振りだったが――

男は頭を振った
奴は「思考盗聴警察」と名乗った
つまりはそういうことに違いない

パレードのBGMが大きくなっている
『夢の国』がそこまで近づいてきているのだ
それなりに腕に覚えがあるとはいえ、相対して決して勝てる規模の相手では無い

男は立ち上がった
一刻も早く此処から去った方が良い
落ち合う約束だったはずの医者は死んだ――あの警官はそう言っていた
裏付けが欲しい所だがすぐ近くに『夢の国』が居るとなれば、話が変わってくる
男はここで失敗し、死ぬわけにはいかないのだ


オフィスの入り口のドアを蹴破ると、男は足早にその場を去って行った
ガラス窓が破壊され激しい雨が侵入してくるオフィスには、外部からの照明と一際大きくなったパレードのBGMも流れ込んでくる
ちなみに、入口のドアの脇には「シャドーマンの人、ルートさんのネタ借りましたorz」と書かれた貼り紙が湿気に満ちた大気に揺さぶられていたのだが
あの男には知る由もない





かの悪名高き「夢の国」が倒される、丁度一年前の晩春の出来事である

誰かが過去編をどうのと言った気がしたので
満を持して思考盗聴警察初登場

しかし女黒服とこの男の都市伝説書けてないぞ
これはまた書かないといけないフラグか

                  「氷肌玉骨にして熱血の少女」
こんにちは、初めまして…。私は氷山 熔火(ひやま ゆうか)。ようかじゃないですよ。氷麗ちゃんのお友達、です…
自慢ではないですが氷のように透き通った肌をしている、とよく言われます。
火山みたいに煮え滾る熱い血をもっている、と自負しています。そんなどこにでも居ない女子高生、です…。何だろう、この自己紹介
熔火「今日も良い朝日です…。こんな日は早起きしてジョギングに限りますね」
私の毎朝の日課、ジョギング。毎日の運動は健康な身体を作ります
心なしか身体も暖まってきましたよ。ぽかぽかです…。さて、次はあの角を曲がって…

熔火「…っ!!」

角を曲がった私が見たものは。巨大なハンマーを振るう赤い人(?)と…
その傍らで真っ赤に染まる…血と青痣で赤と青に染まる氷麗ちゃんでした

熔火「あ」
その光景を見て、私の心に…怒りに火がつく
熔火「ああああああああああああ!」
私はいつの間にか高く飛び上がって…赤いハンマー使いにとび蹴りをかましていました
『がふっ』
熔火「あなた…てめぇよぉ! 私の氷麗ちゃんに何してんだ…このキチ●イハンマーがぁッ!!」
私は氷麗ちゃんを傷つけたこのゴミクズに馬乗りになり、殴る蹴るを繰り返す…絶対にゆるさねぇ!
熔火「死ね、死ね、死ね、死ね…! 地獄で侘びろ!」
『ぐふっ…がっ…み、ミタ、ナ…』
私は怒りに任せ…熱い気持ちに任せ、ハンマー使いをタコ殴りにする

そう、冷静さを失い、激情に任せて…攻撃を続けたんだ
だから私は。「既にこいつがハンマーを持ってねぇ」なんてそんな初歩的なことにも気づかず、気づけず。
故に頭上にハンマーが来ていることも察せずに…
『私をミタやツは…私のように真っ赤に染まれ!』
氷麗「あぶな…っ」
無慈悲に振り下ろされるハンマーを…遠隔操作で私の体を砕かんとするハンマーを、避けることも受け止めることも出来なかった。

私の体は。粉々に砕け散った…
ああ、畜生。頭に血が上ってた…この氷山熔火、一生の不覚だ…

目の前の都市伝説、『赤ハンマー』に手痛い、というか体中痛い打撃を受け、
血塗れになって痣だらけになっている私は白雪氷麗。ゲーム研究部の部員で、熔火ちゃんの友達…
紆余曲折あって、この『赤ハンマー』に襲われて、だから私は応戦した。
契約都市伝説『雪女』で応戦したわけだけれど。最初に不意打ちで一発貰ってしまったせいか、苦戦を強いられた
…そして結局、このザマ。惨め。『雪女』の方は雪だから大丈夫だったけれど…私は一歩も動けない
ああ、これはもう、終わったかな…
まぁまぁ楽しい人生だったわ。

「ああああああああああああ!」
と、目を閉じかけた私の耳に響く、私の目を覚ます声。熔火ちゃんの声だ
熔火「あなた…てめぇよぉ! 私の氷麗ちゃんに何してんだ…このキチ●イハンマーがぁッ!!」
熔火ちゃんは私に止めを刺さんとする『赤ハンマー』にとび蹴りを当てる
助けに来て、くれたんだ…
熔火「死ね、死ね、死ね、死ね…! 地獄で侘びろ!」
とび蹴りを当てて体制を崩した『赤ハンマー』に馬乗りになりつつ、殴る蹴るを繰り返しながら、罵倒する熔火ちゃん
少し言葉遣いが乱れているけど、私のために…あら?
さっきから『赤ハンマー』と呼んでいるが。
この都市伝説…“ハンマーを持っていない”…? さっきまでは持っていたのに…?
氷麗「……!」
上を見上げると、熔火ちゃんの上には『赤ハンマー』がもっていたハンマーが。
こいつ、ハンマーの遠隔操作もできたの…!?
『私をミタやツは…私のように真っ赤に染まれ!』
氷麗「あぶな…っ」
咄嗟に危険を知らせようと声を上げたときにはもう既に遅く。
鮮血で真っ赤に染まったハンマーは、無慈悲に容赦なく振り下ろされ。
熔火ちゃんの身体は、肉体は。
粉々に
砕 け 散 っ た …
私の、せいで。私がもっと早く、気づいていれば…

『くひっ…ははははは! わわ、私を見るからこうなるのよ…!
さて、少し邪魔がはいっ、入っちゃったけど…』
振り下ろしたハンマーを携え、『赤ハンマー』が私にゆっくりと近づく。
粉々に砕け散った熔火ちゃんの身体を間近で見ていた私は、当然茫然自失になっていたので
そのさまを目を虚ろにして眺めている。
『つつつ次はああ貴方よ…! わた、私みたいに真っ赤に染まりなさいいいい!』
ハンマーが私に振り下ろされる。
当たったら死ぬだろうけど…友達も守れなかった私に生きる価値など既にない。
だから…
『雪壁…』
…? 既に私の頭はハンマーで潰されているはずなのに、私の頭はしっかりと形を保っている。
というか、何時までたってもハンマーが落ちてこない。これはいったい…?
『まったく、氷麗ったら…今の攻撃は避けられたでしょう?』
私の契約都市伝説、『雪女』が雪で壁を作り、ハンマーを受け止めていた
赤槌『くっ…』
雪の壁を砕こうとしている『赤ハンマー』だが、苦戦しているよう…
氷麗「どう…して…?」
私は自分の傷口と血液を凍らせて応急処置しながら、『雪女』に尋ねる。
雪女『どうしてって…決まってるじゃあないですか。都市伝説が契約者を守るのは当たり前ですよ?』
氷麗「違う…」
そうじゃない。そんなことを聞いてるんじゃない。
雪女『え?』
氷麗「私が聞いてるのは、それが出来るのならどうして…熔火ちゃんを助けてくれなかったのか、ってこと…」
雪女『………』
しばらくの沈黙の後、雪女は口を開いた――いや、雪の壁を作ってハンマーを受け止めている雪女は当然向こうを向いているので、
私からは雪女の口元は見えないのだが、声がしたという理由からそう判断しただけなのだが
雪女『…できなかったんですよ。私も、ギリギリまであの赤ハンマーがハンマーを遠隔操作していることに気がつかなかった…気がつけなかったんです。
だから間に合わなかった…。その時は私の体も砕かれていて雪の量が足りなかったから、そこまで届かなかったんです…ごめんなさい』
申し訳なさそうに『雪女』は言う
氷麗「……いえ、貴女のせいじゃない。私が、もっと早く気づいていれば…。
もっと早く察していれば、あの子は攻撃を受けずに済んだ。
熔火ちゃんは、死なずに済んだのに…」
……めったに感情をもらすことがない私の目から、雫が落ちてくる。頬が濡れて、止まらない
雪女『え?』
と、『雪女』は驚いたような声を上げる
雪女『何を言っているんですか? 氷麗。あの子、熔火さんはまだ死んでいませんよ?』
え?
氷麗「……え?」
そんなわけない。そんなはずはない。私の目に焼きついて離れない。だってあの子はハンマーに叩き潰されたんだから
動くことも助けることも出来ず、無残にあっけなく圧死したんだから。
赤ハンマーに真上から叩き潰されて、
氷麗「粉々に、砕け散ったんだから」
………ん?
あれ?『粉々』?
『粉々に砕け散った』…?
待てよ、待てよ…おかしくないかしら?
『ぐちゃぐちゃに潰れた』なら分かる。けど、人間が…脊椎動物が、
氷麗「ハンマーで叩かれて粉々に砕け散るなんて、ありえない…」
そう、私の親友熔火ちゃんは、まるでガラスのように――薄氷のように、割れて砕けてしまったんだ

雪女『…ああ、そろそろ限界です…ね!』
とうとう雪の壁が破壊される。しかしそれを破壊したハンマーの勢いも殺され、つまり仕切りなおしの状態になったわけだ
赤槌『ああ…恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいッ! 顔から火が出そうだわ…だから叩き潰す!』
と、ハンマーを『赤ハンマー』の顔面に、氷の弾丸が飛んでくる
赤槌『…え?』
「これで冷えました?」
弾丸が飛んできた方向から聴きなれた声がして、そこに見慣れた少女の姿が
…あの位置は、雪女の雪が積もった場所で…そして何より。

熔火ちゃんが、砕かれた場所…
雪煙が晴れ、影の正体が露になる。そう、そこにいたのは、やっぱり…

熔火「ありがとうございます雪女さん…お陰で、頭が冷えました」
まるで、あの時の破壊が無かったかのように。氷細工のように美しい少女が佇んでいた
赤槌『お前、は…! さっき確実に殺したはず…このハンマーで!
まさか、まさか私がしくじったとでも言うのか!? ああ恥ずかしい! 私がハンマーで仕留め損ねるなんて…!』
熔火「いえいえ、確かにしっかり砕かれましたよ、私は…。だけど残念なことに、私は砕かれたくらいじゃ死にません」
熔火ちゃんは赤ハンマーを指差しながら、ポーズを決めて、次の言葉を言い放つ
熔火「恥ずかしさで焼けてしまいそう? だったら安心してください。この私、氷山熔火の熱血で、貴女の頭を冷やして差し上げ…」
氷麗「熔火ちゃん!」
良かった。良かった。良かった…熔火ちゃんが生きてて、良かった……!
私は思わず、熔火ちゃんに抱きついていた
熔火「~///」
……ん? あれ? 熔火ちゃんから湯気が出てる? というか熔火ちゃんがどんどん痩せていってる?
熔火「駄目ッ…です氷麗ちゃん…こ、こんなところで…!」
雪女『……』
氷麗「え? な、何? どうしたの熔火ちゃん!? 大丈夫!?」
熔火ちゃんはなぜか顔を赤くしているし、雪女は冷ややかな目でこちらを睨んでいる。どうしたのかな…
よく分からないけどこのままではまずいと思ったので、熔火ちゃんから身体を離した
すると熔火ちゃんはしばし残念そうな表情をした後、自分の頭に手を当てる。すると熔火ちゃんの顔の赤みが消え、湯気も出なくなった
熔火「氷麗ちゃんにこんなところで抱きつかれるなんて……頭がフットーしちゃったよおっっ…」
氷麗「沸騰しちゃったの!?」
大事件だ。でも一体どうしてそんなことに…
雪女『氷麗、貴女はハーレムラノベの主人公ですか…?』
相変わらずの冷ややかなジト目で、雪女は私に言う
氷麗「え? ハーレムラノベに喩えるなら私はヒロインその3あたりだと思うんだけど」
クーデレポジション的な。自分で言うのもなんだけれど……最近はメインヒロインってことも多いのかしら。

熔火「こほん。では気を取り直して…。
『赤ハンマー』。私のこの煮え滾るような熱血で、貴女の頭を冷やして差しあげます……!」
どうやら立ち直った様子の熔火ちゃんは、律儀に待っていてくれた『赤ハンマー』に向き直り、ポーズをキメながらそう言った
赤槌『やってみなさい。貴女が私をどうこう出来ると思っているなら、そのふざけた幻想ごと叩いて打破して壊して砕いて、潰してあげる…って何言わせんのよ!』
顔をより一層真っ赤にしながらハンマーを構えつつ熔火ちゃんに飛び掛ってきた。照れるならやらなければいいのに…
熔火「『封氷被鎧(アイスタンク)』」
熔火ちゃんは身体に氷を鎧のように纏い、ハンマーを受け止めてしまう。もしかして、これが熔火ちゃんの契約都市伝説…? 氷を操るタイプの都市伝説は結構あるけど…
赤槌『くっ…硬い! ならば私も…「落槌注意(フリーフォール)」…ってどうしてさっきから私に恥ずかしい台詞ばかり言わせるのよぉ!』
熔火ちゃんの上空にハンマーを転送する『赤ハンマー』。そのハンマーは重力に従い、熔火ちゃんの頭上へ落ちる…咄嗟に避けようとする熔火ちゃんだったが、間に合わず、ハンマーは熔火ちゃんの頭部を砕く…
赤槌『ふんっ。口ほどにも無いわね。私を辱めるからそうなるの…え?』
頭部を砕かれたはずだが、見ると熔火ちゃんの首から上がどんどん凍っていき、頭が完成すると元の熔火ちゃんに戻った
熔火「今のは…痛かったですよ?」
赤槌『っ!! どうして!? 貴女それでも人間なの!?』
熔火「ええ、勿論人間ですよ。それにさっき言ったでしょう? 私は砕かれても死なないって」
何これ、私の応急処置なんか目じゃないくらいの再生能力…「氷で肉体を修復する」それが熔火ちゃんの能力!? それならさっきの雪女の発言にも合点がいく…!
ん? 「氷で肉体を修復する」? それってもしかして…じゃあ熔火ちゃんの契約都市伝説ってまさか…
氷麗「『ハボクック』…?」
私がぼそりと呟くと、『赤ハンマー』は何かに気が付いたように表情を変える
赤槌『「ハボクック」…!? まさか、貴女の契約都市伝説は「氷山空母」!? 計画のみに終わった、氷で出来たイギリスの航空母艦! 氷で出来ているから、「水さえあれば凍らせて損傷を補修できる」というあの…!』
熔火「おや、なかなか鋭いですね二人とも。ええそうですよ。私の契約都市伝説は『氷山空母』。私の身体は氷で出来ています」
雪のような美白と、氷のように透き通った肌を持つガラス細工のように美しい氷肌玉骨の少女、氷山熔火。けれどまさか、本当に肉体が氷で出来ていたなんて…!
熔火「だから私は冷気で空気中の水分を凍らせることが出来ますし…身体が砕かれても凍らせればすぐに元通りです。空中の水分の凍らせ方を工夫すればこんなことも出来るんですよ…?
食らいなさい、氷の巨砲、『銃凍砲(クレバスカノン)』!」
熔火は器用に氷の大砲を作ると、そこから氷の砲弾を飛ばす
赤槌『その程度!』
しかし『赤ハンマー』はそれを難なく打ち落とし、叩き壊す
氷麗「…! 『雪女』、私たちも…!」
雪女『はいはぁーい♪』
氷麗「『寒射寒撃雨霰(サンキューブリーザード)』!」
広範囲にわたって吹雪や霰を発生させ、敵にぶつける技『寒射寒撃雨霰』。本来なら味方も巻き込んでしまう諸刃の剣だけれど、私の読みが正しければ…
熔火「そう、その通り…氷で出来ている私にとって、吹雪は寧ろメディアラハンです!」
ベホマズンではなかった。ケアルガでもなかった。熔火ちゃんはどうやらメガテン派らしい…
…と、いうか。私今までこういうのに名前つけたこと無かったんだけど。これはまさか、熔火ちゃんのペースに乗せられてる…?
幼馴染ながら恐ろしい子…!
赤槌『ぐっ…吹雪で前がよく見えないわ…! だがっ』
『赤ハンマー』のハンマーが長く伸び、先端の鈍器が反対側にも出現する。そして彼女は、それを高速回転させた
赤槌『「回転木槌(ハンマーゴーランド)」! 』
すると扇風機のように――扇風機以上の強風が、暴風が発生し吹雪を吹き飛ばした
吹雪が晴れれば視界も開ける。視界が開けば当然――
赤槌『また私に恥ずかしい台詞をォォオオオオ!!! 死ね! 血に塗れて赤く染まれぇ!!』
高速回転するハンマーを瞬間移動を利用して『射出』する! そのハンマーは真っ直ぐ私の方に――
『くひっひ…そっちの『氷山空母』の契約者には効かないだろうけど、貴女には十分有効でしょう――だから先に片づけてあげるわよぉ!!!』
この速度――しかも遠隔操作が可能……避けるのは不可能ね。雪の壁でガード? いや、この回転では破壊されてしまうでしょうね…
その前に本体を倒す? ……いえ、さすがに間に合わないわ。一体どうしたら――
熔火「これ以上氷麗ちゃんを傷つけさせない……!」
すると私の目の前には熔火ちゃんの背中が。熔火ちゃんが身を挺して守ってくれた……
赤槌『くっひひひひひひひ……!』
『封氷被鎧』を展開し、回転するハンマーを受け止める熔火ちゃんだったが、しかし当の赤ハンマーは「笑っていた」。これは、嫌な予感……
赤槌『ひっ、引っ掛かったわねぇ! 必殺……鬼殺し火炎ハンマー!』
やはり予感は的中した。赤ハンマーの高速回転するハンマーが火を放ったのだ。摩擦によるものか、都市伝説の力かは定かではないけれど――
でも、熔火ちゃんの身体は氷……! 氷タイプに炎技は「こうかばつぐん」……つまり!
熔火「くっ……氷の私に対しては、炎による攻撃が有効……!」


「……とでも、思っていたんですか?」
炎のハンマーを受けて体が溶けているが、余裕そうなセリフを吐く熔火ちゃん。……強がりとかじゃ、ないよね……?
熔火「そんなに熱いのが好きならあげますよ……飛びっきりに熱いやつをね! 『指火山(マグマズルフラッシュ)ッ!』」
熔火ちゃんは指を銃のように構えると、指先から弾丸を飛ばしました。……マグマの。
赤槌『ああああああああああ!!!! 熱い熱い熱い熱いッ!!!
こ、氷使いじゃなかったの!? 多重契約者……しかも高温と低温、真逆の能力だなんて!』
確かにそうだ。氷とマグマ。高温と低温。凍結と燃焼。全くの真逆の能力――これらを同時に扱うのは非常に難易度が高く思える
熔火「まぁ、確かにこの二つの能力――高温と低温同士折り合いをつけるのは苦労しましたけどね」
赤槌『何なんだ、この能力……! 名前からしてマグマ……『ペレ』か?『ヘーパイストス』か? 『ミノア噴火』か?
くっ……! か、顔が焼ける……! 熱い熱い熱いッ!』
顔を押さえながら狼狽える『赤ハンマー』。熔火ちゃんのファインプレーだ
赤槌『い……いや、そうね。どんな都市伝説かなんて重要じゃない……それに、私の顔が焼けるように熱いのなんていつものことじゃないか……
最初から、恥ずかしさで……顔から火が出そうなんだか、ら!』
誰かと会話しているのか、あるいは自分自身に語りかけているのか――どちらにしてもともかく、赤ハンマーは冷静さを取り戻したようだ。
いや、冷静さというのは正確ではないと思う。羞恥心に苛まれているのだし。
まぁ、とにかく調子が戻った赤ハンマーは、やはりハンマーを飛ばしてきた。私に向かって
赤槌『あんたを狙ったところでそこの二重属性女が守ってくるんでしょう。だったら――そっちから壊すまでよ』
……ではなく、そのハンマーは熔火ちゃんに向かって飛んでいた
熔火「無駄ですよ。打撃だろうと斬撃だろうと炎だろうと氷だろうと、私に物理攻撃は通じません!」
『氷山空母』の能力によって、氷の鎧を身にまとい、ハンマーを受け止める熔火ちゃん
赤槌『――かかったわね?』
しかし、その瞬間、赤ハンマーの口角がにやりと上がった
熔火「んぐ……ああああああああああああああああ!!!」
すぐに熔火ちゃんの悲鳴が聞こえる。どういうこと? 熔火ちゃんに鈍器は通じないはずなのに……!
赤槌『ビンゴ。やっぱりね。いくら氷でできていようと所詮人間。電気を流せば痺れるわ。
名付けて「雷神の鉄槌(トールハンマー)」……じゃないわよ私! 何名づけてんのよ! ああ恥ずかしい恥ずかしい! 』
顔を真っ赤にして騒ぐ赤ハンマー。でも、それどころではなく、熔火ちゃんは電撃を浴びている。
確か『氷山空母』は海水を使用することを前提に作られているし、強度の関係上パルプが混じっている。
混じりけのある水は、特に海水は電気をよく通す――つまり電気は効果覿面っ!!
赤槌『さて……厄介な壁役を封じられたし、貴女だけなら余裕よ。傷口は凍らせてある程度処置したみたいだけど、
それでも打撲や骨折まではどうしようもないでしょう……? ただでさえ一度ぼこぼこにした相手、満身創痍とあれば、ねぇ?っと!』
そう言いながらハンマーを飛ばしてくる赤ハンマー。その通りだ。一応動くことはできるとはいえ、この身体では満足に動けない
氷麗「それはどうかしらね……『雪女』!」
雪女『いえす、まむ!』
何故か軍隊みたく返事した雪女は、能力で猛吹雪を生み出す――攻撃力よりも、視界を奪うことに重点をおいた吹雪を。
そして吹雪に紛れてハンマーをかわす。……『雪女』に手伝ってもらって。
赤槌『くっ……またしても! み、見えない……!』
さて、この状況、はっきり言ってどうしようもない。だから一時撤退だ。私達は吹雪に紛れ、その場を離れた。
そして、吹雪が止む。吹雪が止めば、視界も晴れる
赤槌『ん……? あいつらはどこに行った? 逃げたのか……おや』
何かを見つけた様子の赤ハンマー。いや、見つけたのは何かではなく誰か。具体的には熔火ちゃんだった
赤槌『おやおや。随分と薄情なお友達じゃないか。私のハンマーで痺れたこいつを置いていくなんてさぁ。じゃ、止めと行くわよ――』
先ほどの『雷神の鉄槌』を、今度は手に持ったハンマーから直接電撃を流し込んで行う赤ハンマー
赤槌『死になさい!! 感電死させた後で、たっぷり真っ赤に染めてあげ………!?』
「『噴火の魔剣(ヒートソード)』。そんなに真っ赤なのが好きなら、真っ赤な炎で焼いてあげますね?」
しかし、その瞬間、赤ハンマーは背後から燃え盛る剣で刺されていた。貫かれていた。そう、これは勿論――

赤槌『二重属性女……! な、何故……!? 確かにあなたは目の前で倒れて……!』
熔火「ああ、ごめんなさい。それ、偽物なんです」
氷麗「私が氷で作った、ね。私だって多重契約くらいしてるのよ?」
赤槌『多重契約者――貴女もか! いったい何の都市伝説……ぐふっ』
ただでさえ赤い身体を、鮮血と炎で赤く染めながら赤ハンマーは言う。
赤槌『さっきの剣、芯はマグマだった……それに氷で人を作る能力……この都市伝説は
……いや、どうでもいいわね。こうなったら切り札を切らせてもらうわよ――打撃だけどッ!』
血を吐きつつ、恥ずかしいと言いながらハンマーを飛ばしてくる赤ハンマー。一見すると、ただのハンマーだけど……これが切り札?
熔火「氷麗ちゃん、危ない!」
身体がぼろぼろになっている私は、ただのハンマーでも十分に危ない。なので、熔火ちゃんは私をかばった。
かばって、ハンマーを腕に当て、『氷山空母』の力で弾いた。
熔火「ぐはっ……!?」
その瞬間、熔火ちゃんの背中から胸にかけて、焼けたような穴が開いた――そう、丁度そこの赤ハンマーと同じように。
氷麗「……! あ、貴女……! 熔火ちゃんに何をしたの……!?」
赤槌『く、くふ、くっふひひひ……き、決まったみたいねぇ。私の切り札、「偽り写し記す大槌(ヴェルグ・アヴェスター)」ってね……。
私は「赤ハンマー」として当たり前のことをしただけよ……あの女を、私と同じようにした』
氷麗「ま、まさか……!」
赤ハンマーは、出会った相手を『ハンマーで殴り』、『自分と同じように』真っ赤にしてしまう現代妖怪。
まさか、この『ハンマーで殴る』という部分と、『自分と同じようにする』という部分を拡大解釈して……!?
赤槌『その通り……ハンマーを当てた相手に、自分の今のダメージと状態異常を写す。これが私の切り札よ……ぐふっ』
血を吐きながら、不気味に笑いながら、赤ハンマーは言う。
熔火「そんな……さっきから何度も氷で補修してるのに、傷が塞がらない……!」
そういえば、赤ハンマーの方に気を取られて、惨状の方に気が行って、気が付かなかったが、
よく見ると熔火ちゃんの胸部から滴り落ちる血は、何だが煮えたぎっているように見える。
いや、さらによく見るとこれは――マグマ?
赤槌『へぇ。そこの女、体は氷で出来てるのに血液はマグマなのね……ぐふっ。まるで、火山、だわ……
ねぇ、私も種明かししたんだし――教えてくれてもいいんじゃない? 貴女たちの、二つ目の契約都市伝説……げほっ』
氷麗「『つらら女』。雪女と近縁種、もしくは同一とされる妖怪」
熔火「ごほっ……ちぇ……『チェルフェ』……ですよ。チリの火山に住む、岩と炎で出来た怪物です……ぐふっ」
情報1に対し、2では割に合わない――とも思ったけれど、ここは素直に答えておいた。
別に隠すほどのことでもないし。
しかし、赤ハンマーの傷口が開くのと、悪化するのと比例するように――同調するように、熔火ちゃんの容体も悪化しているようだった。
まぁ、同じ傷なのだから当然か。……しかし、その悪化も『氷山空母』で治せないところを見ると、本家本元の『偽り写し記す万象』より使い勝手がよさそうだ。
赤槌『貴女たちにはこっぴどくやられたけれど――それでも私と同じにできた。
叩き潰して、真っ赤に塗りつぶせた。……だから、今回はこのあたりで満足しておきましょう。
でも、覚えておきなさい――』
血まみれで、息も絶え絶えに、生まれたての――死にかけの小鹿のように、赤ハンマーは捨て台詞を吐いた
赤槌『次は勝つ。完膚なきまでに潰す。叩いて潰して塗りつぶす。真っ赤に深紅に紅蓮に――鉄槌下して塗り上げる。
首を洗って待ってなさい。腕を磨いてまた来るわ』
流血に慣れたのか――あるいは、都市伝説ゆえか。先ほどと打って変わって、途切れることなく言った。
そして、一呼吸おいて、
赤槌『それじゃあ、また会いましょう……って、何格好つけてるのよ、私! 負けたくせに! 最後のも一矢報いただけだし(ハンマーだけど)、
結局2つ目の都市伝説の謎解きは諦めちゃったし――格好つけられる要素がないでしょう!
何を大物ぶってるのよ、恥ずかしい恥ずかしい恥ず…………』
と、ただでさえ赤い顔を一層紅く染めながら、騒いでいた、喚いていた赤ハンマーは突然にも、忽然と姿を消してしまった。
文字通り跡形もない――ほかの誰かに消滅させられた、とは考えにくいだろう。それならばもっと反応していいはずだ。
少なくともただで不意打ちでやられるような都市伝説ではない――そう言い切れる。そのくらいには強かった。
氷麗「空間移動系、かな……」
私の部活仲間であり、同級生であるところの、任天堂寺君――彼の契約都市伝説、『ゲーム脳』を思い出した。
これは敵による攻撃でなく、避難、逃亡であると考える。彼のそれと同じ、もしくは似た、『空間移動系』――あるいは、『異空間生成系』の能力であると推察した。
でも、赤ハンマーにはそんな逸話ないわよね……。もしかして、あの赤ハンマー……
と、思案する私だが、その思考は強制的に中断させられることとなる。

熔火「つ、ら、ら、ちゃーん!!!」
氷麗「ぐえっ」
ぐえっとか言ってしまった。乙女チックの欠片もないし、女子力なんて微塵もなかった。
でも許してほしい。傷だらけの肉体に、自分と同じくらいの身長、体重の女の子が飛びついては、こんな声も出ようというものだ。
え? 何キロか、ですって? 女の子にそういうことを聞くものじゃない――と、取ってつけたような女子力を発揮しておきましょう。
熔火「無事でよかったよー氷麗ちゃん! 心配したんだからね! 痛くなかった?」
痛いのは今だし、無事でよかったも心配したも私の台詞だ。
氷麗「それは私の台詞だよ――本当、死んじゃったかと思ったんだから。
ああ、そういえば――もう大丈夫なの? さっきの傷……」
熔火「ええ。どうやら永続するタイプの呪いじゃないみたいですね。あるいは射程外に出たのかも」
氷麗「へぇ……。それにしても、ハンマーの遠隔操作までならまだしも、発火や発電、伝説を拡大解釈、曲解した呪いに、そして最後の消失マジック。
私にはどうも、あの都市伝説が……『赤ハンマー』が、野生の都市伝説とは思えないのよね」
熔火「確かにそこは私も気になっていました。おそらく契約者持ち――それも、多重契約者だと思いますよ」
炎までならギリギリ曲解と言えなくもなさそうですけれど、発電や消失までとなると、ね……
と、熔火ちゃんは言った。直情的で情熱だが、冷静で思慮深いのが彼女、氷山熔火ちゃんなのだ。
その矛盾した人間性こそが、性格こそが、あのつじつまの合わない二つの都市伝説――低温と高温、『氷山空母』と『チェルフェ』を同時に扱える理由だろうか。
気になったので、私は熔火ちゃんに聞いてみた。
すると、別に隠すほどのことでもなかったらしく、
熔火「そうですね。私が先に契約したのは『氷山空母』の方ですけれど、この二つの都市伝説。
『氷山空母』と『チェルフェ』――氷の体と熔岩の血液。氷を融かすマグマと、マグマを固める氷。
この二つに折り合いをつけるのは、相当苦労しました。
折り合いをつけられたのは、私の性質のこともありそうですけれど――もう一つの、3つ目の契約都市伝説も、理由の一つ、きっかけの一端でしょうね」
一呼吸置き、
熔火「『マクスウェルの悪魔』――熱力学第二法則のエントロピー増大則に逆らう、化学の悪魔。温度差を生む都市伝説。それがあったからこそ、ここまでうまく馴染んだんだと思います」
計画中止に終わった兵器に、火山のUMAに、思考実験――性質どころか種類も違う、3つの都市伝説を同時に操るだなんて。
親友ながら恐ろしい。
氷麗「熔火ちゃんはすごいなぁ……私の契約都市伝説は、みんな似通ったものなのに」
冷気を操る『雪女』、氷を人間に変える『つらら女』。似通ったというか、同じといってもいいくらいだ。
熔火「氷麗ちゃんもすごいですよ。似たような2つの都市伝説から、全く別の能力を解釈するなんて……格好いいですよ」
格好いいと言われるほどのことでもないと思うが、しかし褒められて悪い気はしない。
否定しないのは熔火ちゃんらしいと思ったし、女子に対して格好いいはどうかとも思ったけれど。
氷麗「くすっ……ありがと」
私は小さく微笑んで、素直にお礼を言った。
熔火「つ、氷麗ちゃん……」
熔火ちゃんの頭から湯気が出た。……顔が若干赤い?
扱えてると思ったけれど、扱い切れてないのかしら?
雪女『鈍いですね……心まで氷柱ですか、貴女は』
と、ひどいことを言う『雪女』のことは無視した。私にだって感情くらいある。
名前は氷柱だが、心は雪解け水だ。
熔火「あ……あの……その……」
どうやらもじもじしている様子の熔火ちゃん。花を摘みに行きたいのか――と聞くほど、私はデリカシーに欠けてない。
花も恥じらう乙女なのだ。さりげなく行かせてあげるべきだろう――
熔火「その……今から一緒に、お食事、行きま、せんか……?」
氷麗「そんなにかしこまらなくても、改まらなくても、もちろんOKよ」
友達なんだし、顔を赤らめながら、もじもじしながら言う必要はないと思うのだけれど。
まぁ、改めて誘うのも小恥ずかしいということなのかな?
氷麗「じゃ、行こうか?」
と、私は熔火ちゃんの手を引いた――すると、じゅっという音と共に、熔火ちゃんの頭が消滅した。
というか蒸発した――全然制御できてない。仕方ない子ね……
氷麗「もう……折り合い付けたんじゃなかったの?」
私は氷麗ちゃんの頭に――頭だった位置に手をかざして、冷気を放った。
冷気を操れるのは何も『雪女』だけではないのだ。
熔火「あ……ありがとうございます」
頭部は氷に戻ったが、目はまだとろーんとしている。まぁ、そこは自分でどうにかできるだろう。
瞬きとかすれば。
氷麗「しっかりしてよね……大好きな熔火ちゃんが蒸発しちゃったら、すっごく悲しいんだから」
涙腺も表情筋も固い私も、大声で泣き喚いちゃうわよ。そんな格好悪い真似、させないでよね。そう言った。
熔火「あ、あぅ……」
またもや真っ赤になって湯気を出してる熔火ちゃんだが、流石に高校生にもなってあぅ……はないでしょ。
ライトノベルか。
そういうのが許されるのはフィクションだけだと思うが、まぁ可愛いのでよしとした。
氷麗「それで、どこに行こうか? 満身創痍だけれど、まぁ、傷をいやすためにもデートと洒落込みましょうか」
その後、食事に行くまでに何度も熔火ちゃんの頭部再生に手を焼いた――冷やした。
まったく、本当に……熔火ちゃんは、私がいないと駄目なんだから。



                      続く

久しぶりの投下です。
みなさん乙です!
マリオっぽい人のの契約都市伝説がそのまま『ゲーム脳』だったとは……てっきり『マリオはキノコ中毒患者の妄言から生まれた』とか、そのあたりだと思ってました
思考盗聴警察格好いい!

ソニータイマーの人乙です
不足していた百合成分を補充することができました
赤ハンマーさんノリいいですね

約2ヶ月ぶりの本編です(チビに時間かけすぎた……)
このペースだと終わるの何年後になるんだろう……

 あの日の彼の姿を今でも覚えている。
 倒れ伏した『人面犬』達の中央に立つ彼の姿を。
 今まで見た誰よりも勇ましい顔。
 どこまでもまっすぐな瞳。
 ヒーローという言葉がピッタリ合う少年だった。
 彼は、『人面犬』達が消えると私に手を差し伸べた。
「立てるか?」
 その手を私は握り返さなかった。
 恐怖で竦んだ足に無理やり力を入れ立ち上がる。
「……ありがとう」
 潤った瞳で彼を見つめそう言った。
 1滴も涙を零さずに。
 こうして、力に怯えていた私は力を求める者になった。

 師匠、私にはそう呼べる人間が1人いる。
 その人は、空手道場の師範で、私はそこの元門下生だ。
 彼女は、私の何十倍いや何百倍も強く、とてもかっこいい。
 だから、私は彼女を師匠と呼び、尊敬している。
 ……だけれど。
「セイヤッ!」
「エイッ!」
「セイッ!」
「エイヤッ!」
「ソリャ!」
「ソリャッ!」
「トリャッ!」
「ヘイヤッ!」
「ハイヤッ!」
「オリャッ!」
 久々に道場に顔を出してみたら、いきなり10人纏めて組手しろというのは酷いと思う。


「今日こそ死ね!!」
 とんでもない暴言を吐かれながら、同期の女子から左ジャブを放たれた。
 それを、私は咄嗟にスリッピング・アウェーで躱し、お返しとして前蹴りを腹部に叩き込む。
 彼女は、苦痛の表情を浮かべそのまま倒れる。
 すると、今度は右方向から後輩の女子がタックルを仕掛けてきた。
 それに対し、私は彼女の背中に向けジャンプをした。
 彼女の背中を踏み台としてさらに高く飛ぶ。
 そのまま、体操選手のように空中で1回転し着地する。
 後輩の男子の頭の上に。
 彼は、私の重みに耐えきれずに、バランスを崩しそのまま前へと倒れこんだ。
 そこへ、ヌンチャクを振り回しながら同期の男子が突っ込んできた。
 ……いつものことながら、カオスな道場だ。
 まあ、師匠の方針が何でも有りだから当然なんだろうけど。
 ヌンチャクを奪い取り、相手の体に叩き込みながら、懐かしさを感じた。
 中学生までは、ここに週5~6のペースに通っていたから当然だろう。
「くそっ! 先輩はブランクがあるはずなのに全然攻撃が通らない!」
「落ち着け! 焦っても何の解決にもならない!」
「落ち着けるわけ無いでしょ! 私を含めてあと4人しか残ってないのよ!」
「喚くな、ここは俺が行く」
「なっ! あんただけで行ったて勝てるわけが」
「なに、一瞬の隙くらい作れるさ。その隙に、お前らが総攻撃を仕掛けろ」
 固まっていた4人の集団の中から、一人の男子が現れ私の前に立った。
 彼は、半身の構えを取り、私を睨みつけた。
「君は確かジークンドーもやってたっけ?」
「そうです、先輩。ちなみに、残りの三人は空手の他にそれぞれムエタイ・サバット・レスリングを使います」
「ああ、そうだったね」
 この街には、やたらと格闘技ジムや道場が多い。
 そのため、ここの他でも格闘技を習っているという門下生が多い。
 私は、空手しか習っていないけど。
 ちなみに、ここの道場はこの街の他のジムや道場と比べてもレベルが高いと思う。
「先程までは思わず圧倒されてしまいましたが、冷静になればいくら先輩といっても勝てない敵じゃありません」
「ふ~ん、そう」
 彼と話をしているうちに、周りを他の3人に囲まれた。
「覚悟を!」
 そう叫ぶと、彼は私へ向かって1歩踏み込んだ。
 だから、私は――。
「遅いよ」
「なっ!?」
 一瞬で彼の背後に回った。
「う、嘘!」
「そんな馬鹿な!」
「ありえない!」
「ありえるんだな、これが」
 ジークンドー君に、金的を叩き込むながら言った。
「さあ、次は誰かな?」
 残った3人に向け、歩を進める。
 後ろでジークンドー君が倒れる音がした。

「そこまで」
 平坦な声が、10人の門下生が横たわる道場中に響いた。
 声の主は、脇で腕を組んで佇んでいた師匠だ。
「ふ~、やっと終わった」
 思わず、一息をつく。
 来て早々これは、さすがに堪える。
 体中から汗も吹き出ているし。
「あ、あの」
「ん?」
 声のした方向を見てみると、そこにはタオルを持った可愛い女の子がいた。
 道場に通っていた頃には、見たことのない子だ。
「ど、どうぞ!」
「ん? ああ、ありがとう」
 差し出されたタオルを、感謝して受け取る。
 こんな細かい気配りができるとはよく出来た子だ。
 一通り、汗を拭き彼女にタオルを差し出す。
「ありがとね」
「い、いえ。あ、あの」
「何?」
「さっきはすごくかっこよかったです!」
 彼女は、大きな声でそう言い、頬を赤く染め俯いた。
 その動作一つ一つがすごく可愛い。
 というか、家に持ち帰って思いっきり甘やかしたい!
 まあ、さすがにそんな犯罪を起こす気はないはないので、せめて精一杯のお礼をしよう。
「じゃ、これお礼ね」
「え? へ!?」
 突然、頭を撫でられたことに彼女は驚いた様子だ。
 それに構わず、私は彼女の頭を撫でる。
「いやー、可愛いなー」
「か、可愛くなんかないです」
 さらに、彼女は赤くなった。
 うん、犯罪的なほどに可愛い。
 そのまま、数分ほど彼女の頭を撫で続けた。

「いい加減にしろ」
 撫で撫でを中止させたのは、頭部に直撃したチョップだった。
 めちゃくちゃ痛い。
「ちょっと痛いですよ、師匠」
 頭部をさすりながら、後ろを振り返る。
 そこには、いつものように無表情な師匠がいた。
 40過ぎとは思えないキメの細かい肌、化粧をしていないのに綺麗な顔立ちは何一つ変わっていない。
 髪型もショートカットのままだ。
「いいじゃないですか、ちょっとくらい。来て早々、こんな無茶な組手させられたんですから」
「いや、だいぶ余裕そうでしたけど……」
 誰かが、何か言ったような気がしたけれど気にしない。
「黙れ、あのくらい努力すれば誰でもできる」
『無理です!!』
 私以外の門下生が皆突っ込んだ。
「うるさい、文句を言っている暇があったら練習しろ」
 師匠がそう指示を出すと、皆渋々それぞれの練習に入った。
 師匠の言葉は絶対の権力を持つからだ。
 その風景を眺めていると、頭を軽く小突かれた。
 もちろん、師匠に。
「見てないでお前も練習しろ、輝」
「分かりましたよ、師匠。そういえば、拳次って今日どうしてますか?」
「あいつなら、朝飯の片付けをした後、すぐに山にトレーニングでかけたぞ。何か用でもあるのか?」
「いや、読みたがってた漫画本貸そうと思って。あ、師匠も読みます?」
「……ジャンルは?」
「料理漫画です」
「……ならいい」
 師匠は割と漫画好きだ。
 特に、少年漫画を好んで読む。
 けど、料理漫画は興味がないらしい。
「って、早く練習に入れ」
「はーい」
 他の皆と同じように、おとなしく指示に従って練習をすることにした。

「今日はここまで」
 師匠のその言葉に、道場中から吐息が漏れた。
 窓から漏れる光はもう茜色。
 すでに、皆クタクタだ。
「着替えたらさっさと帰って飯食って風呂入って寝ろ」
『はい!』
 その言葉に嘘はないだろう。
 皆の疲れた表情を見るだけでわかる。
「じゃあ解散!」
『おつかれさまでした!』
 その後、片付けが終わると、すぐに全員更衣室に向かっていった。
 私を除いて。
「師匠、この後ちょっといいですか?」
「……例の技か?」
「はい、それなりに使えるようになってきたので見てほしいんです」
「わかった、他の連中が帰ったら始めるぞ」
「はい」

 数時間後、道場から出ると夜空にたくさんの星が浮かんでいた。
「すいません、師匠。こんな遅くまで付き合ってもらって」
「別にいい」
 道着姿のままの師匠は、ただそれだけ言うと、話を変えた。
「そんなことより、もう夜も遅いし飯食ってけ。拳次の奴に用意させるから」
「じゃ、遠慮なく。……といきたいんですけど、今日は遠慮しときます」
「何か、予定でもあるのか?」
「まあ、いつもの通り母がちょっと体調崩してて……。できれば、一緒に夕飯食べてあげたいんです」
 本当は、今日ここに来ることも中止にしようと思っていた。
 けれど、母さんはそれを許してくれなかった。
 母さんが、自分のことで私を振り回したくないと思っているからだ。
 こんな日なのに、居残り稽古をしたのも、中途半端に練習を終わらせてくると、すぐに母さんにバレてしまうためだ。
「それに、拳次も急に私の分を作るとなったら大変ですし」
 苦笑をしながらそう言った。
 こちらは、取って付けた理由に過ぎない。
「……そうか」
 師匠は、私に背を向け家屋の方に向かって歩き始めた。
 その姿には、勇ましいという言葉がよく似合う。
「まあ、どっちにしても家には寄っていくんだろ」
「はい、拳次に漫画本貸さないとダメなので」
 師匠の一歩後ろを付いて行きながら、会話を交わす。
 前は、よくこうして師匠と話した。
 空手のことや、漫画のことや、拳次のこと等を。
 大抵、師匠はそっけない返事し返さない。
 けれど、私は知っている。
 短い言葉の中に、師匠なりに様々な感情を込めていることを。
 話をしていると、いつのまにか玄関の前まで辿り着いていた。
 そして、そこには見慣れた巨大な人影が。
「あ、拳次」
「……よう」
 腕を組んだ拳次がそこにいた。
 拳次は、師匠と目を合わせると溜息をついた。
「お袋、稽古で遅くなるなら教えてくれって前に言っただろ。飯すっかり冷めちまったぞ」
「別にそのくらいいい」
「俺が良くない」
「レンジを使えばいい」
「味が落ちるからできるだけ使いたくない」
「なら、今からまた作れ」
「……あのなあ」 
 ああ言えばこういう、その言葉がぴったりな光景だった。
 さすがの拳次も、母親である師匠には弱い。
「ごめんね拳次。私が師匠に居残り稽古頼んだから遅くなっちゃんたんだよ」
 罪悪感を感じ2人の会話に介入する。
 元はといえば、私の居残り稽古が発端となって起こった口論だ。
 黙って見ているわけにはいかない。
 すると、拳次は私のほうを向いた。
「別にお前は悪くない、練習熱心なのはいいことだろ。悪いのは、遅くなることを言わなかったお袋だ」
 拳次は師匠を睨む付けた。
「だから、別に冷めた飯でもいいって言ってるだろ」
「俺が良くない」
「じゃあ、自分で作る」
「お袋、捌くことと焼くしかできないだろ。しかも、野菜食おうとしないし」
「野菜なんて摂らなくても生きていける」
「若いうちはな。お袋も歳なんだから野菜摂れ」
「お前に心配されるほどやわな体じゃない」
「油断が危ないんだよ。爺さんの道場に通ってる藤原さんも偏った食事摂ってたせいで入院した」
「『血』の力でなんとかなる」
「『血』もそこまで万能じゃない」
 その後も、二人の口論は続いた。
 話がどんどん脱線していきながら。

「……すまん、輝」
 数分後、師匠との口論が終わったことで冷静になった拳次は僕に謝った。
 ちなみに、師匠は既に家の中に入っている。
「別にいいよ、1日ナダレを好きにできる権利をくれるな「最後の晩餐は何がいい?」すいません、調子に乗りすぎました」
 全力で謝った。
 遠まわしな脅しを拳次がする時はかなり怒ってるからね!
「……そういや、例の漫画持ってきたか?」
「ああ、それならこれだよ」
 肩にかけていたスポーツバックから漫画本を取り出し差し出す。
「はい、て○まんアラカルト」
 て○まんアラカルト、月刊マ○ジンに連載されていた料理漫画だ。
 個性豊かな主人公、斬新な調理方法、見ただけで美味しいとわかる料理の数々など、見所はたくさんあったのに残念なことに打ち切りになってしまった漫画だ。 
「この漫画、一流シェフが監修してるから出てくる料理の完成度が高いんだよ」
「ふーん」
「でも、一番の見所はね」
「ああ」
「幼女だよ」
「あ?」
「天満ちゃんっていう5歳の女の子が出てくるんだけど滅茶苦茶カワイイんだよ! お父さんの残したレストランを守ろうと頑張ったり、美味しそうに料理をほおばったりする姿がもっ最高! 萌え死ぬ! それと「黙れ」……ごめんなさい」
 ついついいけないスイッチが入ってしまった。
「まあ、とにかく面白いから読んでみなよ」
「ああ、そうする」
「……これで、拳次がロリコンへの第一歩を踏み出「さねえよ」ですよね~」
 予想どうりのツッコミだった。
 そんなことをしていると、突然玄関の戸が開いた。
 すると、私服に着替えた師匠が現れた。
「おい、拳次。もう遅いし、輝の奴家まで送ってけ」
「いいですよ、別に。もう高校生ですし」
「いいから、送られてけ。拳次、頼むぞ」
「わかった」
 こういうところは、息がぴったりの拳次と師匠だった。
「……分かりましたよ、おとなしく送られていきます」
 私がそう言うと、師匠はその答えに満足したからか、すぐに家の中に入っていった。

「拳次さ、最近元気ないよね」
「……そんなことはない」
「そんなことあるよ」
 街灯が照らす夜道を私と拳次は歩いていた。
 最近の拳次がどこかおかしいことを話題にしながら。
「ツッコミのキレがいつもよりないし、ドスも普段より利いてないし」
「判断基準がおかしいだろ、おい」
「ほら、いつもよりキレがない」
「お前な……」
 拳次は呆れた顔をした。
 ……本当は、もっとちゃんとしたおかしい点がある。
 たぶん、私や拳次の家族しか気づかないような些細な点だけど。
「話してみなよ、親友に悩み事を相談するのはお決まりの展開だよ」
「そんな展開望んでいない」
「私は望んでいる」
「……わかった」
 普段は、強情なくせに、こういう時は素直な拳次だった。
「実はな」
「うん」
 何とも言えない沈黙が生まれる。
 おそらく、よほど重大な話なんだろう。
 それから、少し経つと、拳次は重い口を上げた。
「……優の奴が俺に対して反抗期だ」
「シスコン乙!」
 直後、鈍い打撃音が周囲に響いた。


「……まさか、1日で親子両方にチョップされるなんて」
「何の話だ?」
「こっちの話だよ」
 まだ、微かに痛む頭部をさすりながら答える。
「で、優ちゃんが反抗期だって」
「……ああ」
 そう呟くと、拳次はどこか暗い顔をして俯いた。
 ……妹が反抗期だからってことを抜きにするとシリアスな光景だ。
「反抗期って言ったて、具体的にどんなふうに反抗期なのさ?」
 反抗期にも色々な種類がある。
 軽度のものだったら、口をきかなくなったり、重度のものだったらグレて非行に走ったり等だ。
 まあ、優ちゃんは生真面目な性格なので、非行に走ったりすることはないだろうから、おそらく口をきかない程度だろう。
 私は、優ちゃんの性格を考えながらそう予想した。
「……言わないんだよ」
「え?」
「言わないんだよ、料理の感想を」
 ……予想より大分しょぼかった。
「あいつの好物の納豆料理作ってもうまいの一言もない。飽きたのかと思って、別の納豆料理を出してみても何も言わない。こんな酷い反抗期があるか」
「いや、それ反抗期じゃないから」
 反抗にしては可愛すぎる。
 とういか、優ちゃんがこれで反抗をしているつもりなら正直萌える。
 しかも、拳次がいつもとキャラが変わって饒舌になってるし。
「他にもある。休みの買出しに付き合わないし、俺と姉貴がス○ブラやっていても参加しないし、姉貴にばっかり勉強しててわからないとこ聞くし」
「……」
 ……断言しよう、鬼神拳次は正真正銘のシスコンだ。
 また、チョップされそうだから口には出さないけど。
 というか、相変わらず仲いいな鬼神家。
 一人っ子の私としては正直羨ましい。
「おい、聞いてるのか?」
「ん? もちろんだよ、シス……拳次」
「……今、明らかにシス「な、何も言ってないよ。心の声が漏れたりなんてしていないよ。……ハッ!」そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」
「なぜにエー○ール!?」
「俺は授業で習った話なら走れメ○スが好きだったけどな」
「あ、私も。セ○ヌンティウス、まじイケメン。って、なんで右手を振り上げてるの!?」
「それはもちろん」
 拳次の右手が振り下ろされた。
「おしおきのためだ」
 私の頭部に。

「で、どう思う?」
「どう思うって言われてもね……」
 本日、3回目のチョップの痛みは中々消えず、あれから少し経った今も残っている。
 そろそろ、ふざけるのはやめよう。
「まあ、私は一人っ子だから詳しくはわからないけどさ」
「ああ」
「優ちゃんは、拳次に反抗しているというより、嫉妬しているんだと思うよ。『血』のことで」
「……嫉妬か」
 拳次は小さな声でそう呟いた。
「そう、嫉妬。まあ、私は鬼神家の『血』の件について詳しく知らないけどさ。要は、拳次達の身体能力が人間離れしているのって『鬼神』とかいうのの『血』を受け継いでるからなんだよね?」
「ああ」
「で、拳次は家族の中でも特に血が濃い。つまりは、生まれつきのステータスが高い。一方で、優ちゃんは家族の中で最も血が薄い。つまり、生まれつきのステータスが低い」
「……言っとくが、優と俺にそれほどの差はない。ジ○ック・ハ○マーと刃○くらいの差しかない」
「いや、それ割と差があるような……」
 ジ○ックさん、勇○郎に血が薄いとか言われてたし。
「とにかく、優は気にしすぎだ。そのくらいの差、工夫次第でどうになるレベルだ」
「まあ、そうだろうね。けど、優ちゃんは気にしている。おそらく、2年前のことを思い出して」
「……あの時は、俺も何もできなかった」
「優ちゃんは、拳次以上に何もできなかったと思ってると思うよ」
 会話が途切れ、沈黙が生まれた。
 それから、少ししてから私はこの前のことを語りだした。
「この間さ、戦闘中に優ちゃんと出会ったんだ。その時、優ちゃんがね、自分のことを最弱って言ったんだよ」
「……」
「正直、ふざけるなと思った。あれだけの力を持っているのに、何が最弱だと。本当の弱者を馬鹿にしているとさえ思った。けどね」
 顔を上げ、星の広がる夜空を見た。
 おそらく、明日は晴れだろう。
「その時の優ちゃん、本気でそう言ってたんだよ。それほどまでに、優ちゃんは自分の弱さについて思い詰めている」
 視野は狭すぎるけどね、そう付け加えた。
 すると、拳次は静かにこう言った。
「……あいつは強い、俺より」
「謙遜はやめなよ、ムカつくから。今の優ちゃんと拳次なら拳次のほうが強い」
「だが、優は俺には持っていないものを持っている」
「ああ、私も持っているものだね」
「そうだ、俺以外の家族や道場の門下生は持っている。俺は持っていないものを」
 拳次以外の鬼神家の人間や道場の門下生が持っていて、拳次が持っていないもの、それは――。
「俺は武術を修めてないからな」
 これが優に嫉妬される要因の1つなんだろうな、と拳次は続けて言った。

「そういえば、ここだったね」
「何がだ?」
 家まであと少しの場所まで来て私は立ち止まった。
 そこは、一見何でもない住宅街だ。
 けれど、私にとっては特別な意味を持つ場所だ。
「初めて拳次に出会ったの」
「ああ、そうだったか」
 数歩先を歩いていた拳次も立ち止まった。
「ここで『人面犬』に襲われていたところを拳次に助けてもらったんだよね」
 当時小学3年生だった私は、『ヒエロニムスマシン』と契約したてだった。
 そのため、ろくに能力を使うことができず、契約者である私を襲ってくる都市伝説から逃げる日々を送っていた。
 ある日の下校中、私は数匹の『人面犬』に襲われ追い詰められた。
 そこへ駆けつけた拳次に、私は助けてもらったのだ。
「あの時、ここで拳次と出会わなかったら私はきっとここで喰い殺されていたよ」
 苦笑しながらそう言う。
 あの頃のように弱いままだったら、こんな表情は浮かべることはできない。
 それを誇らしく思う。
「あの日、拳次に助けてもらったから私は強くなることができた」
 私が空手を始め、強くなるきっかけを得たのは、拳次が師匠を紹介してくれたからだ。
「……お前が強くなったのは必死に努力したからだろう」
「うん、それは否定しないよ。でも、それだけじゃない」
 あの日、私はただ助けられただけじゃない。
 『人面犬』と戦う、まだ痩せていた頃の拳次を見て思った。
「それだけじゃないんだよ」
 彼のようになりたいと。

「ありがとね、ここまで送ってきてもらって」
「別にいい、じゃあな」
 拳次は、マンション前で背を向け、そのまま帰っていった。
 私も、すぐにマンションの中に入り、自室へ向かった。
「ただいま」
 鍵を開け、家の中に入る。
 すると、暗闇が私を出迎えた。
 明かりが一切、点いてないからだ。
 そのまま、リビングに向かい電気を付けると、両親の寝室に向かった。
 扉を開けると、そこには朝と同じようにベットに寝ている母さんの姿があった。
「ただいま、母さん」
「あら、おかえりなさい。輝」
 母さんは、上半身を上げると、私のほうを向いた。
 長時間、ベットに横になっていたせいか、長いブラウンの髪の毛に癖がついている。
「ごめんね、遅くなって」
「何言ってるの。むしろ、朝まで練習してきてもいいのよ」
「そんな健全な朝帰りしたくないよ」
 苦笑しながら、母さんの顔色を窺う。
 こうして見た限りは、そこまで具合が悪そうには見えない。
 決して、良いとはとても言えないけど。
「じゃあ、ご飯食べようか。食欲はある?」
「もちろんよ、どんぶり飯でもいけるわよ」
「いやいや、太るよ」
「……じゃあ、輝も一緒に」
「道連れにしようとしないで」
 子供は、親相手だとツッコミに徹するしかないようだ。

 ご飯を食べ終えると、母さんはすぐに寝室に戻っていった。
 やっぱり、具合はそんなによくないらしい。
 私は、することもないのでリビングで勉強に取り組んだ。
 やがて、数式を解くのに飽きて筋トレに励んでいると、扉の開く音が聞こえた。
 父さんだ。
「ただいま」
「おかえり、今日も遅かったね」
「まあね、最近は一段と忙しいから」
 リビングに入ってきた父さんは、どこか爽やかな笑みを浮かべた。
 長時間の労働を終えてきたとは思えない表情だ。
 こんな顔ができる人間を私は目指している。
「それより、母さんの具合はどうだ?」
「うん、そこまで悪くないよ。そんなに良くもないけど」
「そうか。まあ、昔のことを考えるとこのくらいで済んでることを感謝するべきかな」
「……そうだね。あ、ご飯用意するね。ビールでも飲んで待ってて」
「うん」
 ああうまいな、幸せそうにビールを飲む父さんの声を聞きながら私は料理に取り掛かった。

 母さんが病院に運ばれたのは、私が小学2年生のときだった。
 夕飯の準備中、突然母さんは倒れ、私は慌てて救急車を呼んだ。
 その後、病院で治療をしてもらったものの、具合は良くならず、そのまま入院することになった。
 様々な治療を試すも、母さんは一向に良くならず、ただ月日だけが過ぎた。
 父さんは、治療費を稼ぐため必死に働き、忙しい合間を縫って、私の世話を嫌な顔1つせずにした。
 そんな毎日が、当たり前になったある日、母さんの具合が急に良くなった。
 日を追うごとに、母さんは元気になっていき、十数日後には退院することもできた。
 家に帰ってきた母さんを、父さんは笑顔で祝福した、もちろん私も。
 だけど、それから母さんはちょくちょく体調を崩すようになった。
 幸いなことに、入院するほどのものではないけれど。

「よし、そろそろいいかな」
 行っていた作業を止め、椅子に座りながら背伸びをした。
 目の前の勉強机に置いた時計を見ると、もうすぐ深夜1時になることを示している。
 私は、机上に置かれたカードを集め纏めると、1枚を除いて、プラスチック製のケースに入れた。
 このカードは、私の契約都市伝説『ヒエロニムスマシン』を扱うために必要な道具だ。
 『ヒエロニムスマシン』を使うには、特定の回路を物体に刻む必要がある。
 かといって、戦闘中物体に回路を刻んでいる暇はない。
 そのため、こうして事前に白紙のカードに回路を刻み、準備している。
 なぜ、カードなのかというと、色々試した結果、これが1番都合が良かったからだ。
 一度でもエロプティック・エネルギーを放ったものは、その時点でボロボロになってしまう。
 いくつか、例外なものもあるけど、それは安々と使えるものじゃない。
 そのため、回路を刻むものは、安価で大量に購入できるものが向いている。
 白紙のカードは、その点で非常に優秀だ。
 さらに、ただの紙と違って、持ち歩いてもかさばらなく扱いやすい。
 だから、私は白紙のカードを愛用している。
「さすがにもう寝ているだろうし」
 私は、白紙のカードを1枚手に取り立ち上がると、自室を出た。
 暗闇に包まれた廊下を抜け、リビングへ続くドアを開ける。
 リビングにも、明かりは点いていなかった。
 予想通り、父さんの姿はない。
 この分だと、今夜もうまくいきそうだ。
 そのまま、父さんと母さんの寝室へ続く扉を開ける。
 すると、2人のすこやかな寝顔が私を迎えた。
 父さんはもちろん、母さんも幸せそうな顔をしている。
 寝ている間は、苦しみがやわらぐくようだ。
 寝室はとても静かだ。
 というのも、母さんも父さんもいびきをかかないからだ。
 私は、静寂の中、足音が響かないように、窓側の母さんのベッドに向かう。
 そして、枕元に立つと、右手に持つカードを母さんの額に当てた。
「すぐ終わるからね」
 そう呟くと同時に、発光するカードから、エロプティック・エネルギーを母さんの額に向け放つ。
 エロプティック・エネルギーは、すぐに母さんの全身に広がっていった。
 もう、数えられないぐらい見た光景だ。
 この体勢のまま、しばらく待つ。
 そうしていると、段々母さんの顔色が良くなっているのが自然とわかる。
 この時間に、私は喜びと罪悪感を感じる。
 やがて、カードは発光を止め、母さんの体中で光っていたエロプティック・エネルギーも消えた。
 治療が終わった証拠だ。
 私は、右手を額から離し、すぐに寝室を出ていった。

「治したくないか? 母親の病を」
 その誘いを受けたのは、私が小学3年生になってすぐのころだった。
 とある休日、父さんに連れられて、私は母さんの入院する病院に来ていた。
 久しぶりに、親子3人で話を出来ることを楽しみにしてだ。
 けど、現実はそう優しいものじゃなかった。
 親子3人というのは、家にいる時と変わらなかったのに、病室に漂う雰囲気は別のものだった。
 それに耐えられなくなった私は、売店に行ってくるといい、母さんの病室を飛び出した。
 父さんは、何も言わなかったけど、このままだと母さんは死んでしまうことが私はなんとなくわかっていた。
 だからこそ、余計に苦しかった。
 私は、2人に言った通り、売店に向かうことにした。
 別に、何か買いたいものがあったわけじゃない。
 ただ、気分を入れ替えたかった。
 私は、誰も人の載っていないエレベーターに乗り込んだ。
 扉が閉まり、売店のある下の階へ向かいはじめると、なんともいえない感じが私を包む込んだ。
 閉鎖空間独自の気持ちの悪い雰囲気。
 ただでも、病室のことで参っていた私は、余計に気分が悪くなった。
 気がつくと、涙を流していたぐらいに。
 そんな時、声が聞こえた。
「治したくないか? 母親の病を」
 突然の声に驚いた私は、エレベーターの中を見回した。
 もちろん、中には私しかいない。
 けど、足元に1枚の紙が落ちてあった。
 こんなものあったけ、そう思いながらそれを手に取る。
 その瞬間だった。
「昔のような日々を取り戻したくはないか?」
 紙からさっきと同じ声が聞こえたのは。 
 これが、始まりだった。

「おめでとう、お母さん」
「ありがとう、輝」
 あの日から十数日後、我が家に帰ってきた母さんは私を抱きしめた。
「もう、二度とここには帰ってこれないと思ってた」
 涙を流しながら母さんは語った。
 自分のありのままの思いを。
 それに対し、私は笑顔を返した。
「もう大丈夫だよ、これからは」
 そう、これで全てが解決したと私は思っていた。


 あの日、私は『ヒエロニムスマシン』と契約した。
 母さんを病から救うために。
 『ヒエロニムスマシン』は、エロプティック・エネルギーを生み出し様々なことを行うことができる。
 その中の1つが、病気の治療だ。
 これを、私は母さんに対して使った。
 すると、次の日から母さんの病は次第に弱まり始めた。
 日に日に、母さんの顔色は良くなり、症状もあまり出ないようになった。
 十数日後には、退院も許された。
 これで、昔のような日々に戻れると私は思った。
 契約を行なったことで、『都市伝説』によく絡まれるようになったけど、これもはあと少しの我慢だと自分に言い聞かせ、毎日の苦難を乗り越えた。
 『都市伝説』を契約解除さえすれば、ただの小学生に戻れることを、私は契約した際に無意識に知ったからだ。
 あと少し、契約をして、母さんが完全に良くなったようだったら、解除をしようと考えていた。
 この時の私は知らなかった。
 世の中にうまい話なんてそうそうないということを。

 母さんの病が、再び発症したのは退院してから2週間後のことだった。
 私が、学校から帰ってくると、母さんはリビングで仰向けに倒れていた。
 すぐに、駆け寄り揺すってみたも反応はない。
 私は慌てながらも、『ヒエロニムスマシン』の能力の一つ、身体のチェックを発動した。
 これは、エロプティック・エネルギーを流した肉体の内部を、まるでCTスキャンのように、自分の目で見ることができるというものだ。
 すると、私の目は忌々しいものを捉えた。
 母さんの肉体内部に広がる腫瘍だ。
 これこそが、母さんの病の原因だということを私は知っていた。
 あの日、『ヒエロニムスマシン』を母さんに使うと、この腫瘍は消え、母さんが健康になったからだ。
 それが再生していた。
「どうして……」
 訳がわからなかった。
 『ヒエロニムスマシン』のような特別な力をもってしても、感知できない病があることを信じられなかったからだ。
 しかし、腫瘍を見ている間に私は気づいた。
 これが――。
「まさか、『ヒエロニムスマシン』と同じ……」
 特別な力を持つ病だということを。

 その日から、私の地獄の毎日は始めった。
 第一に、『ヒエロニムスマシン』では腫瘍を抑制することしかできないと知ったから。
 第二に、契約を解除したらその抑制すらできなくなるため、このまま都市伝説に追われる毎日を続けるしかないと悟ったから。
 第三に、希望が全く見えなくなったから。
 それでも数日は、涙を流しながらも毎日を乗り越えた。
 いつか、救いがあると信じて。
 けれど、それも長くは続かなかった。
 真実を知った日から5日後、もう投げ出したいと思った。
 10日後、母さんなんか助けなければよかったと後悔した。
 15日後、弱い自分が嫌になった。
 20日後、全てがどうでもよくなった。
 25日後、下校中に『人面犬』に囲まれた。
 ああ死ぬんだ、数匹の『人面犬』に囲まれて思ったことはたったそれだけ。
 もう疲れ果てていたから、この運命に、この世界に、自分自身に。
 『人面犬』が飛びかかってきた瞬間も、楽に死にたかったなとしか思えなかった。
 けれど、『人面犬』が突然現れた少年によって吹っ飛ばされた時、そんな考えが消し飛んだ。
 彼は、勇ましい雰囲気を醸し出しながら、その整った顔立ちを『人面犬』に向けた。
「き、君は?」
 地面に座り込んだ私を庇う様に、前に出た少年にそう聞いた。
「……親より先に死ぬのは一番の親不孝だ」
「え?」
「だから死ぬな、そんな目をするな」
 残りの人面犬が一斉に少年に襲いかかった。
「教えてやる、この世界はそんなに悪くないところだってことを」
 言い終わると同時に、少年のパンチが1匹の『人面犬』に直撃した。
 『人面犬』は為すすべもなく、コンクリートの塀に叩きつけれれる。
 そして、そのまま次々と『人面犬』を倒していった。
 『人面犬』達は次々と路上に転がり、少年の攻撃はさらに激しさを増していく。
 あまりにも圧倒的な光景だった。
 きっと、普通の人間が見たら『人面犬』よりむしろ少年に恐れを抱いてしまうほどの。
 けれど、私が彼に抱いた感情は全く違った。
 憧れ。
 それが私が彼に抱いた感情。
 あの、圧倒的なまでの力。
 目をそらしたくなるほどの気迫。
 そして、どこまでも真っ直ぐな姿。
 彼になりたい、本気でそう思った。
 一度決めた思いをいつまでも貫くために。

「さて、寝ようかな」
 台所で、水を飲んだコップを片付けながら呟いた。
 抑制を行ったのでもう起きている意味はない。
 自分の部屋へ向かうため、リビングを出ようとする。
 その時、ポケットのケータイが振動を始め、電話の着メロが鳴り始めた。
「こんな時間に誰だよ……」
 もうすぐ、深夜1時になる時間帯。
 今、電話をかけてくるということはよほどの急用かもしれないと思い、ポケットからケータイを取り出す。
 そして、画面に映る名前を見て拍子抜けした。
 溜息を一度つき、通話を始める。
「もう、こんな時間になんですか。どうせ、大した用事じゃないんですよね。だったら、明日にしてくださいよ。え? 急な頼みごと」
 この人が私に頼るなんて珍しい。
 あらゆることを完璧にこなす超人である彼女が。
「頼みごとって、一体どんな。…………ふんふん、ってえー。いや、私はいいですけど、というか血が騒ぐくらいですけど」
 その内容に、思わず絶句する。
 いや、私としては大歓迎なものだけど。
「いいんですか? こんな荒治療で。あんなに大事にしているのに。え? たまには崖に落とさないとダメ?」
 普段の彼女からは考えられない、厳しい意見だった。
「へー、珍しいですね。そんなこと言うなんて。はい、分かりました」
 私は思わず微笑した。
「やりますよ、鬼退治」
 楽しみなイベントが1つ増えた。

終わり

>>245 ×感知 ○完治

輝「都市伝説スレ、五周年おめでとう! イェイ!」

ナダレ「お、おめでとうございます」

拳次「……唐突すぎるしテンションが高すぎる」

輝「だって、五年だよ! 五年! 週刊少年誌のコミックスが最低でも二十巻は出てるくらいの年数だよ!」

拳次「なんだ、その微妙な表現は……。まあ、でも五年も続いてるのはすごいな」

輝「だよねー、ということで記念になにかしようよ」

ナダレ「うーん、記念といっても一体何を……」

輝「そうだね、じゃあナダレのバストサイズを公表し「ちなみに輝はAカップだ」ちょっと拳次!?」

拳次「自業自得だ」

輝「それにしても酷すぎるよ! コンプレックスなのに!」

拳次「黙れ、まな板」

輝「傷口をえぐられた!?」

ナダレ「……あの」

拳次「ん? どうした、ナダレ」

ナダレ「疑問に思ったんですけど」

輝「なになに? なんでも聞いてよ」

ナダレ「……そもそも、どうして、拳次君が輝さんのバストサイズ知ってるんですか?」

拳次・輝『……あ』

ナダレ「やっぱり、二人はそういう関係だったんですね……」

輝「ち、違うよ! ナダレ!」

ナダレ「いえ、いいんです。そういうことなら、私は二人を応援します」

輝「ほ、本当に違うんだってば! だって、拳次って童貞だし!」

拳次「おい、てめぇ」

輝「い、今のはしょうがないって! 疑惑を晴らすためには! だから、右手を下ろして! ナダレからも何か言ってよ」

ユキ「よくも、あの子を悲しませてくれましたわね!!」

輝「なんか、別人格発動してる!? しかも、殺気が凄いんだけど! え、何!? 洒落になってないよ!」

ユキ「当たり前ですわ! あの子を悲しませた落とし前しっかり払わせていただきますわよ! 行きますわよ、拳次!」

拳次「ああ」

輝「え、え!?」

ユキ「娘を悲しませるものは全て凍りつけ! エターナルフォースブリザード!」

拳次「シェ○ブリッド!!」

輝「ギャーーーーーー!!!!」

この日、輝は一日中ナダレに土下座をすることになったとさ。

どうも、記憶されているか怪しい「舞い降りた大王」の作者です
本日は、待望の沖縄編……と言いたいのですが、ちょっと大筋の記憶が……ふふふ(

なのでリハビリがてら、いつか上げた読み切り単発をシリーズ化させました
題して「吸血鬼の路」。ヴァンパイアのロードですね

それでは、単発のリテイクからどうぞ

男「おい、もう帰らねぇか?」

ある夜、俺はクラスメイトと共に、墓地へ肝試しに来ていた。……というか。

女生徒A「なにここ、こわぁい……」“フルフル”
男生徒A「大丈夫、俺がついてるから」“ギュッ”
女生徒B「マジで変なのとか出たら、どうする気……?」“ウルッ”
男生徒B「その時は、俺が倒してやるよ」“ニッ”

……こいつらのデートのお守をしにきた。
まったく、今のご時世に肝試しデートとか流行らねぇだろ。

男生徒A「ところで君、今『帰りたい』と言ったか?」
男生徒B「いいぜ、帰っても」

自分の彼女に良いところを見せたいのか、男友達2人に耳には俺の忠告は届いていないようだ。

男「帰った方が身のためだ、と言ったんだ」
女生徒A「あぁ、怖いのね。強がらなくてもいいのに……」
男「怖いか!親の方が数倍怖いわ!」

墓場なんて怖くはない。―――人が眠る所、か。変な気分にはなるな。
空気も悪いし、あちこちから妙な気配を感じる……そんな気分だ。

女生徒B「つかマジで、こいつなんで来たの?」
男生徒A「あぁ、こいつも彼女連れてくると思って誘ったんだけど……」
男「はァ!?本気で呼ぶ気だったのか?」

実は、俺にも彼女はいる。いるにはいるんだが……。
彼女の性質上、この肝試しデートとの相性が最悪だと考えて、今日は措いてきた。

男生徒B「という事は、都合が悪いんじゃなく?」
男「どうせ冗談だ、って言って置いてきたんだよ」
男生徒A「なんだぁ、それならぜひ来て貰って、トリプルデートしたかったんだが」

気を使ったはずなのに、なぜ悪い事をしたような空気になっているんだろうか。
そして、墓場でトリプルデートとか流行らないし、絶対に流行らせない。

女生徒A「なになに?もしかしてすっごい怖がりなの?」
女生徒B「そんな子なら、マジで盛り上がったんじゃない?もったいない……」

墓場で盛り上がるな。
そういえば、この2人は俺の彼女を知らなかったな。
もはや初対面の相手にはお約束となった紹介を、2人に返す。



男「いや、俺の彼女さ、『見える』んだよ」




女生徒A「ぷっ、はは、あはははは!」
女生徒B「なにそれ、『あそこにお化けいます』とか言ってくんの!?マジで!?」

そういうと、2人は声を上げて笑う。ここまで揃ってお約束。
そのくせ、実際にお化けがいると言うと黙る。こうなると思ったから連れてきたくなかったんだ。

男生徒B「しかし実際に、学校の奇怪な事件を解決したりと大活躍なんだぞ」
男「まぁ先生の病気がどうとか、トイレの詰まりがどうとかって程度だけどな」
女生徒A「え、本当?信じられないなぁ」

半信半疑のまま、くすりと笑った。
そう、その程度。その事件には霊も怪物も関与していない。



―――彼等の中でだけでも、そういう事にしておこう。



男生徒A「ちぇ、ここら辺は出るか出ないかぐらい聞いたらよかった」
男「俺は聞いてるから帰ろうと提案をだな」
女生徒A「えっ、えっ?どこどこどこどこ!?」
男「えっと……」

あらかじめ聞いていた『出るポイント』を探すため辺りを見渡すと、数十メートル先に木を見つける。

男「あれだ、『あの木には近づかない方がいい』とさ」
女生徒A「まさか、あそこで誰かが首吊りを……?」
男「そこまでは知らん。あ、あと……」

(女「3、4人くらいかな?ちゃんと眠れなかったみたい。可哀想だね」)

男「だとさ」
女生徒B「ま、マジ怖いんだけど。なにそれ?」
男生徒B「大丈夫だって。何が出ても怖くない怖くない」
男「……何が出ても知らねーぞ」

言葉では強がりながらも、その声のせいで内心怖がっていると分かってしまった。
口では知らないと言っておきながら、俺の脚はあいつ等についていくのをやめなかった。

男生徒A「だいぶ近づいたが……」
女生徒A「何もいないみたい……きゃあ!?」

ふと、物音と共に地面で何かが動いた。思わず全員が地面の様子を見た。
そこに向けて懐中電灯の光を当てると……花が咲いていた。

女生徒B「……マジ、ビビったし。風かぁ」
男生徒B「こんなもので驚いているから、幽霊が出るなんて噂が広まるんだよ」

そう言うと、あいつはゆっくり歩きだし、花の方へ手を伸ばす。



……なんだ、この感覚。何かしてはいけない事をしている感覚。
してはいけない事?花か?花をむしるのを止めろと言うのか?
何故だ?花に何か意味があるのか?それとも花の下に何か……?



不意に、俺はあいつのかばんをつかんでこちらへ引っ張り戻す。
それと同時ぐらいに、花の下から、人の腕が伸びる。
間一髪、なんとかその腕から救出に成功した。

男生徒B「ちょ、は……?」
女生徒B「……マジ……?」

地面から生えてきた腕は、地面を掴んで己の肉体を引きずり出した。その姿はまさしく……。

男生徒A「ぞ、ゾンビ……?」
女生徒A「嘘、でしょ……?」

腐りかけた体、ボロボロになった服、なにより生気の感じられない顔、間違いなく『ゾンビ』だ。
……彼女の言った通りだったか。面倒なことになった。

ゾンビ「ゲヘヘ、ミミック作戦しっパぁい。上手クぅいくト思っタんだガなぁ」
男生徒B「なぁ、あれだろ、ドッキリだろ?最初に、お化けがどうこう、ありがちな台詞を言ってたし」
男生徒A「お、俺達を驚かせるにしては、よ、良くできたメイクだな」

ありそうな展開だが、きっと2人も本当は気付いているんだろう。
肉が剥がれた部分からは、骨や向こう側が見えている。メイクで誤魔化せる範囲を超えてしまっているんだ。

男「あんなハリウッドレベルのメイクができる知り合いが居ると思ったか?」
女生徒A「じゃあ、本……物……?」
女生徒B「マジ……?」

『ゾンビ』は俺達を改めて見定め、不気味な笑みを浮かべる。

ゾンビ「うまソぉウ……」
全員「「ッ!?」」

男友達2人は、自分の彼女の手を掴んでほぼ同時に走り出した。
女心は分からないが……このデート中、もっとも男らしいシーンだったと思う。

女生徒B「えっ!逃げるの!?」
男生徒B「当たり前ぇだろ!化け物相手に戦えるかァ!せいぜい不審者が俺の限度だ!」
男生徒A「あ、じゃあ俺はスリまで!」
女生徒A「変な部分で張り合わないでよ!」

……思ったより元気そうだな。しばらく安心か?
そう考えながら追いかけようとした時、ふとあの言葉が頭をよぎる。



―――3、4人くらいかな?ちゃんと眠れなかったみたい―――



男「お前ら止まれ!」
男生徒「「 えっ? 」」

止まったと同時に、上から死体が降ってくる。
間一髪、あいつらの頭上ではなく地面に落ちたみたいだ。間に合ってよかった。

ゾンビ2「……失敗」
ゾンビ3「おイ何しテンだよ、今ノは上手クいキソうだっタろう」

……急にもう1体現れた。これで3体。あいつの言った通りか。

男生徒A「上から、ゾン、ビ……」
女生徒B「あ、ちょっと!?大丈夫!?」

さすがにあいつ気絶したか。あ、この状況で度胆座ってる俺がおかしいのか。

ゾンビ「アぁ、ざんネぇン。でモ挟ミ撃チはぁ成功ダナぁ」
ゾンビ2「結果……オーライ」
ゾンビ3「何言ってンダよ。作戦ガ成功シタ方が気持ちガいイダろ」

どうも、この3体が計画を練り、みごと嵌ってしまったらしい。
しかし、ゾンビって案外個性的だな、なんて考えている場合じゃないか。

男生徒B「いいいだろ、う、ここここうなったら俺1人でも戦っ、たう……」
ゾンビ3「アぁ、威勢ガいいジャないかコイツ。オまえモ一緒に人を喰オウぜ?」
ゾンビ「オぉ、仲間ガ増エるノハぁ大歓迎ダぁ。さっソク死んでくれぇ」

仲間が増える―――こいつらに殺されると、俺達もゾンビの仲間か。
そして人を襲って……そんな人生、俺は嫌だ。

女生徒A「こここ、殺され、る……」
女生徒B「ちょ、あんたまで、マジで!?」

やばいぞ、既に2人も倒れた!
担いで逃げる事もできなくはないが、問題は……。

ゾンビ2「倒れた……」
ゾンビ3「そウカ、ジゃあマズはこいつかラダ、痛ッ」

俺はとっさに石ころを投げつけた。どうやら効いたみたいだ。注意がこちらにそれた。

ゾンビ3「おイ何すンダよ。弁償できルノか。マッタく」
男「……は?」
ゾンビ3「石でモ打ち所ガ悪カッタら死ぬんダゾ、弁償できルノか」
ゾンビ2「……死んでる」
ゾンビ3「あ、ソウカ。既に死ンデタな、スマんすマん」

なんだこいつら。話しするだけでも疲れる。さっさと逃げたいんだが。

ゾンビ「とりアエずぅ、こいつカラやるカぁ」
ゾンビ2「コロす……」
ゾンビ3「へへへ、コイツの方ガ元気がアルな」
男「くっ……」

よりによって3体か。ダメ元で塩でも持ってくれば良かった。効かないか。
逃げるにしても、あいつ等は腰を抜かしてて動けそうにない、か。
色々なことを考えているうちに、「彼女を誘わなくて良かった」と思う自分と、
「彼女がいれば助かったかもしれない」と思う自分がいることに気付き、自分の無力さを悟ってしまう。

せめて武器でもあればいいんだが……バールのようなものでも落ちてないか?

男生徒B「おい、……」
女生徒B「これ、マジでやばいんじゃない?」
男「さて、どうすっかな……」


既に頭は回っていなかった。


ただ我武者羅に戦う事だけ考えていた。


諦めていたんだ。



???「騒がしいなァ」


男「なっ!?」

その時だった。向こうからコツコツと足音が聞こえてきた。俺もゾンビも声の方を注目する。

そちらには何故か霧が立ち込めていてよく見えないが、男の影がうっすらと見える。
その影から妙な気配を感じる。その瞬間、彼女の言葉を思い出した。
3、4人くらい……まだ1人、この場には足りなかった。
これはまさしく……。

男「4体目、か」
男生徒B「はァ!?まだ増えるのかよ!?」
女生徒B「今度はなんなのよ……」

足音はゆっくりと、着実にこちらへと近寄ってくる。


???「リビングデッドの呼び声……求めるものは『獲物』か、あるいは……」


ゾンビ「誰ダぁ、いっタイぃ」
ゾンビ2「……知らない」
男「仲間じゃないのか?じゃあ何者だ……?」

近づいてくると霧が晴れ、男の姿が露わとなった。
翼のように広がるマント、いい音のなる黒い革のブーツ、口からはみ出た鋭い牙。その姿はまるで……。



男「…………デフォルメされたコウモリ!?」

さっきまで見えていた虚像はなんだったのか。
そこにあるのは一頭身で大きな目、航空力学を無視していますと言わんばかりの小さな翼。
玩具じゃないかとも疑ったが、すぐにその疑惑も晴れる。

蝙蝠「下らない事は止めろ。そんな事をしても、仲間が増えるとは限らないぞ」
ゾンビ「ウルさぁぁぁイ」
ゾンビ3「何言っテンだよ、おレ達ノ存在を否定スンじゃネぇよ」
蝙蝠「聞く耳持たず、か。なら、成仏してもらう!」

そう言うと、蝙蝠はどこからか笛を取り出し、吹き鳴らす。

蝙蝠「スネークチェーン!」ピィロ・ピロピィー♪
ゾンビ「なんダぁ、ずいぶんユカいな音色ぉ鳴ラしてェ、ぬおォ?」

笛の音と共に、鎖らしきものが蛇のように這いまわり、ゾンビ達を絡め捕った。

ゾンビ2「何……」
蝙蝠「しばらく大人しくしてろ、すぐに終わる」

ゾンビ達は抵抗するが、今のところ鎖が解ける様子はない。
今なら、もしかすると逃げられるかもしれない。このコウモリのようなモノをどうにかすれば。

男生徒B「ヘビだあああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!?」
女生徒B「マジ来ないでぇぇぇぇぇぇええぇええええぇぇぇえ!?」
男「ゾンビを耐えた精神が、蛇に負けた!?」

ここに来て4人全員脱落。
おいおい、蛇は実在の生命体で、『ゾンビ』は本来存在しないものだぞ?
だいたい、本物の蛇じゃないし、それでいいのか?
……まぁ目の前に『ゾンビ』はいるし、そういう問題じゃないか。

とりあえず、コウモリもどきと交渉だ。

男「おいコウモリもどき!お前はいったい何なんだ?」
蝙蝠「『コウモリもどき』とは失礼な。俺にだって名前ぐらいある!」
男「なら名乗れよ」
蝙蝠「……吾輩は蝙蝠である。名前はまだない」
男「やっぱねぇのか」
蝙蝠「うるさい、お前もしばらく大人しくしていろ。スネークチェーン!」

うお、俺に鎖を巻きやがった!
くそっ、この鎖、鉄製じゃなくて石のようだ。そして妙に生温かい……なんか気持ち悪い!

蝙蝠「そうしていたら、命の保証はしてやる。あと血の保証もな」
男「ふざけんな!捕縛しといて信じられるか!」
蝙蝠「あ、そうだ。もし撃退に成功したら少し血を……」
男「血の保証は!?」

やばいぞ、これは。早くこれを何とかして逃げないと。
しかしこの鎖、生きているように俺を締め付ける。生半可な力ではどうにもならないか?
ぐぬぬ、解けろ……って。

男「……解けた」ガシャーン
蝙蝠「なんだと、人間が俺の鎖を……?」

なんというか、びっくりするほどあっさり解けた。
鎖はバラバラとなり、動く気配は全くない。
よし、さっさと逃げるか。と思って、あたりを見渡してて気付く。

俺……囲まれてたんだった。どうしよう。

ゾンビ「クぅぅ」ギシッギシッ
ゾンビ2「……」メキッ

しかも、ゾンビも鎖から解放されそうだ。これは本格的にまずい。

男「さて、どうしたものかな」
蝙蝠「おいお前。話しを聞け」
男「……」
蝙蝠「おい、お前だお前。聞こえるなら元気よく返事を!」
男「なんだよ面倒くさい!お前の相手なんかしてる場合じゃないんだよ!」

うるさいなこのコウモリ。変な技も使うし、おとなしく聞くか。
……いったいどこのコウモリなんだよ。

男「で、何の用だ?」
蝙蝠「俺と契約しろ」
男「契約ね、はいはい。……契約?」
蝙蝠「そうだ。まさか知らない訳はないだろう?」

知らねぇよ。お前はどこの会社の社員なんだよ。非合法な売り込みの勧誘か?

蝙蝠「本当に知らないのか?まったく……なら説明しよう、契約とは
   都市伝説と人間の間で行われるものである
   人間と契約した都市伝説は、自身の力をさらに高めることができる
   都市伝説と契約した人間は、その都市伝説に応じてその力を得る
   しかし代償として、契約者の都市伝説は半ば運命共同体となってしまう
   そして都市伝説が契約者を探す理由は……」
男「あぁ分かった分かったもういいもういい。
  つまり強くなりたいから契約してくださいって事か」

本当に詐欺の勧誘だった。
ただでさえ奇妙な力を持つコウモリが、これ以上強くなったら手に負えない。
これは無視して逃げるに限る。

蝙蝠「都合の悪いところだけ切り取るな!お前、【ゾンビ】共を素手で倒せるのか?
   お前に【ゾンビ】共を倒す力をやろうと言っているんだ」
男「都合の良いところだけ切り取って騙そうとしても無駄だぞ
  俺はここから逃げたいんだ。じゃあな」

背を向けた俺に、コウモリはまだ言葉を続ける。

蝙蝠「仲間を置いて、か?まさか人間3人を担いで高速で動けると言い出すんじゃないだろうな
   お前の選択肢は2つ。【ゾンビ】を倒すか、全員死ぬかだ」

一瞬たじろぐ。確かに上手く逃げられる保証はない。
しかし、こいつと契約して無事である保証もないはずだ。

ならば既に八方塞なんじゃないか。
こう考えている間にも、ゾンビの鎖は解けようとしている。

もう賭けるしかない。





……何に賭ける?


『正義の英雄』が助けてくれる事?こんな時間に、こんな場所に来るやつが他にいる確率は低い。


ゾンビが自然消滅する事?そんな奇跡に頼る事しかできないのか。


奇跡……例えば不意に俺の身体に力が漲り、ゾンビを投げ飛ばす事ができれば、全員助かるだろう。


その奇跡を現実にするためには……あぁ、そういう事か。







ゾンビ「喰ってヤルぅ、お前らァ全員ナぁ」
蝙蝠「ち、仕方がない。お前ももう逃げろ!あとは俺が」
男「待てよ」



―――そうだ。危うく重大な選択を間違えるところだった。



男「お前やあいつ等を囮にして、俺1人で逃げる事も確かにできる
  だが、あいつ等はバカで、俺に迷惑かけてばかりでも、
  俺の……友達だ」



―――友を見捨てて一生を得るなら、死んでも友を救いたい―――



男「俺と契約しろ!コウモリもどき!」
蝙蝠「……良い眼だ。気に入った!」



その瞬間、コウモリは俺の腕にかみついてきた―――って。



男「痛ってえええぇぇぇぇぇぇ血の保証はぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!?」
蝙蝠「安心しろ、立派な契約の儀式だ。……この血、やはりお前は……」
男「呑気にテイスティングしてるじゃねぇか!」

ほらこんな事をしている間にもゾンビが……。

ゾンビ2「……解けた」
ゾンビ「オぉ、俺モだァ」
ゾンビ3「おイ待テよ。俺も解けタンだよ」

もう解けてるし。腕痛いし。早くしろよ……。

蝙蝠「よし、契約完了!では、キバって行くぜ!」
男「よし!さっそく俺に力を、ってえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

腕から離れたと思ったら、今度はスライム状の液体となって俺に覆いかぶさる。
そしてそのまま俺は……。




ゾンビ「ナンだァ仲間割レカぁ」
ゾンビ3「おイそンな事よリ早くコロしておこウぜ」
ゾンビ2「危険……」



“ダッ!”――――――










――――――“ボゴッ!”



ゾンビ「ぐワアアアァァァ!」
ゾンビ2「ッ……!?」
ゾンビ3「ギャヒィ!?」



目を開けると、そこには『ゾンビ』が倒れていた。いったい何が起こったんだ?
ふと手を見ると、自分のものとは思えない感覚に襲われる。
背中にはマントがあり、靴も自分のものではないようだ。
この服装、どことなくあの霧の中に見たシルエットを思い出す。

男「これは……?」
蝙蝠「変身完了だ。どうだ、力を得た心地は」

声の元を探ると、俺のベルトにコウモリがぶら下がっていた。

男「……どうしてそこに?」
蝙蝠「他にいいところが無かったんだ。それより調子はどうだ?体は動かせるか?」

とりあえず、手を動かしてみる。妙な違和感こそあれど、動きは正確だ。
脚もしっかりと動く。服装の割に、けっこう動けるものだ。

男「今のところ、異常はない。いったいどうなったんだ?」
蝙蝠「説明したいのも山々だが、まずは倒してからだ」
男「……そうだな。了解、うっ!?」

今度は頭痛が響く。同時に体から力が漲り、何かに飲み込まれそうになる。

男「うぅ、あぁぁぁ……!」
蝙蝠「おい、どうした!おい!」
ゾンビ3「おイちゃんすジャネェか、じゃア俺かラバラバラにしてくる」






―――俺が気を失っている間に、何が起こったのか。



ゾンビ3「おイおイおイ」
ゾンビ「終ワったなァ」





―――あとで蝙蝠が教えてくれた。





男「……はぁぁぁ、だぁ!」
ゾンビ3「」“ブチッ!”



ゾンビ「ナニ、が、起こっタ……?」
ゾンビ2「……強い」



蝙蝠「……驚いた、まさかパンチ一発とは。恐ろしい」
男「……くぅ、はぁあああ……!」
蝙蝠「まずい、力が増幅し続けている!一か八か、スネークチェーン!」



男「うっ、くぅぅぅ……、……あれ?」

気を取り戻すと、今度は腕や脚に鎖を巻きつけられていた。
せっかくの貴族風な恰好がヘビメタ風に豹変してしまった、違う違う。

男「今度はなんだよコウモリもどき!俺に鎖を巻きつけやがって!」
蝙蝠「上手くいったか」
男「お前、やっぱりゾンビの仲間だったのか!」
蝙蝠「そんな訳ないだろう。お前が死んだら俺も死ぬんだぞ。
   その鎖は、お前の暴走を止めるためだ。あれを見ろ」

コウモリが指した方向には、頭を失ったゾンビが倒れていた。
そのまま『ゾンビ』は光となって、消えていった。

男「……あれをお前が?」
蝙蝠「お前がやったんだよ。パンチ一発で跡形もなく、な
   鎖の説明や暴走の分析は後だ。残りを片付けるぞ」
男「……いいぜ、やってやる」
蝙蝠「いいか、一度しか言わないからよく聞け」

先頭なんて初めてだ。俺はしっかりとコウモリの言葉に耳を傾ける。

蝙蝠「画面上端に伸びている緑色のゲージは《HP(ヒットポイント)》、お前の体力だ」
男「……は?」
蝙蝠「《HP》が0になったらお前の負けだ。注意しろ」
男「いや、『画面上端』って?」
蝙蝠「次にその横の『○○%』と書かれているのは《BP(ブラッド・ポイント)》
   お前の血液の量だ。健康的な食生活のおかげか、100%になっている」
男「褒めてるのかは分からないけど、『その横』って?」
蝙蝠「変身中は俺の血液も貸してやる。これで300%か」

なんだこのコウモリ。

ゾンビ2「……強い」
ゾンビ「どうやらァ気ヲ引き締メた方がイイようだナぁ」

うおっ。ゾンビが急にこっちに向かってきた!本格的な戦闘の始まりだな。

蝙蝠「まずは《回避》だ。Bボタンを押すと前転ができる!」
男「だから『Bボタン』って、うおっ!?」
ゾンビ「チぃ、反応ガいいナぁ」
男「か、間一髪……」
蝙蝠「そうだ。タイミングよくBボタンを押すと細かく回避できる」

だから……誰かこいつを何とかしろ。

蝙蝠「次は攻撃だ。Aボタンで《パンチ》、Xボタンで《キック》だ」
男「格闘だけか?投げる武器とか無いのか?」
蝙蝠「たしかコウモリを召喚できたと思う。が、やり方は忘れた」

はァ!?格闘なんてやった事ねぇぞ……。
こいつ、どうでもいい情報ばかりで、大事な情報を忘れやがって……。

男「あ、コウモリいたぞ」
蝙蝠「俺を投げようと思うな!」

と、漫才をしていてもゾンビ共は笑うどころか止まってすらくれない。

ゾンビ「ごちゃごちゃァ、ウルサいなァ」ダッ!

迷ってる暇はないか。俺は渾身の力を振り絞って殴りつけた。

ゾンビ「ぐわぁぁぁ!?」
男「え、効いた!?」

ゾンビが大きく仰け反った。本当に自分じゃないような強さだ。

蝙蝠「当たり前だ、お前の身体能力は俺の力で底上げされている
   鍛えているのか?素の能力が合わさって凄まじい威力だ」
男「生憎、ケンカでしか人を殴った事はねぇよ」

そのままキックで『ゾンビ』を吹き飛ばす。おぉ、気持ちいい。
……コウモリが《コンボ》とか何とかうるさいけど、もう気にしないことにした。

ゾンビ2「……仕返し」
男「ぐっ!?ちっくしょう!」ブゥン!

もう1体の『ゾンビ』の後ろからの不意打ちを受けてしまう。
爪を立てていたのか、腕に浅い切り傷が刻まれた。
とっさに回し蹴りで反撃したが、こちらの攻撃も深くは入らなかったようだ。

男「くっそ、変な病気にならねぇよな?」
蝙蝠「いや……回し蹴りのコマンドは、無いんだが……」
男「ゲームっぽい話はいいんだよ!なんか無いのか!?」

理解不能な愚痴を無視だ。解決策がないかコウモリに聞いてみる。

蝙蝠「ん?あぁ、怪我をしたのか!ならばRとBボタンを同時押しして、傷口に集中しろ!」
男「なんかよく分かんねぇけど、分かった!」

とりあえずRとBの事は忘れて、傷口に意識を集中させる。
すると、あっという間に傷が治った。しかし、感覚的に自分の中の何かが減った気がした。

蝙蝠「そう、それが《回復》だ。ただし《回復》にはBPを消費する。
   使い過ぎで血が足りなくなって……だけは絶対に避けろ。
   もっとも、怪我を放置していてもBPは減っていく。《回復》をケチるのも良くないぞ」
男「回復には血を消費するのか。分かった」

まぁ薄々勘付いていたがな。それで……というわけか。

男「どうやらお前は力自慢のようだな。まずお前から倒す」
ゾンビ2「やってみろ……」




殴打を繰り返し、相手が殴り返す瞬間に後ろへステップする。パターンに入ると、案外戦いやすいものだ。
爪は鋭利になっているようだが、逆に言えばそれ以外はただの人間と同じ。
爪の攻撃をされそうなときは、あえて懐に入り爪を立てづらくすれば、出血は避けることができる。
出血さえなければ、ダメージなんて大したものではない。この姿はけっこうタフなようだ。

しかし、相手は既に一度死んだ『ゾンビ』。そもそもダメージは蓄積しているのだろうか?
持久戦になった時、本当に不利なのはこっちじゃないのか?
いつまでも変わらない表情に、その疑問は膨らみ続けるだけだった。

蝙蝠「そろそろ良いだろう」
男「なんだ、まだ何かあるのか?」
蝙蝠「【ゾンビ】は俺達と同じで、ある程度のダメージに耐性がある
   しかし、この程度の威力で攻撃を続ければ、そろそろ限界のはずだ」
男「なんでそんな事分かるんだよ。顔色も変わってないぜ?」

ちょうど考えていたという事もあり、俺は少々食いつき気味に質問する。

蝙蝠「【ゾンビ】のほとんどは顔の筋肉が動かない
   つまりダメージそのものに鈍く、怯まないだけなんだ。ダメージ自体は通っている
   そしてこれは直観だが、俺達と同じように回復にも制限があるはずだ
   例えば、『回復には時間がかかる』といった制限がな。
   もしそうなら、ダメージに回復が間に合わなくなる……それが『そろそろ』だと予想した」
男「……参考になる」

改めて様子を見ると、ゾンビの動きが一層ぎこちなくなっている。
なんとなく『これ以上攻撃を受けたくない』という雰囲気を纏って見えた。
無駄のように思える知識も、決して役に立たないわけではないのか。おかげで勝機が見えた。

男「つまり、必殺の一撃で終わらせろって事だな」
蝙蝠「よく分かってるじゃないか。R+Xボタンで大ジャンプキックだ!」
男「よし、やってやるぜ!」

俺はコウモリの言葉を信じて力の限りジャンプする。まるで翼でも生えたような感覚だ。
地面には『ゾンビ』がいる。動きは鈍っているんだ、狙いを定めて……。




蝙蝠「景気付けだ!」ピィロ・ピロピィー♪


コウモリが笛を吹くと、右足の鎖が解け、全身の力が集中してゆく。


同時に、また意識が飛びそうになる。


男「くぅ、まだだ、持っていかれてたまるか……」


―――あいつ等を助けるまで、俺は、死ぬわけにはいかない!


ゾンビ2「……来い」


男「いっけえええぇぇぇぇぇぇ!」


蹴りはゾンビにクリーンヒットした。
表情の変わらないと言っていたゾンビが、苦しがっているように見えた。

そのままゾンビはだんだんと姿が消えていき、光となって俺の靴に吸い込まれていく。
完全に消えた瞬間、靴についていた石が1つ外れた。

ゾンビ「ばカな、そんナ事ガ……」
男「……だァ!」

最後の最後で意識が飛び、無意識の内に石を踏み壊してしまった。

蝙蝠「なん……だと……?」
ゾンビ「……チクショオオオォォォォォォ……」

最後に残ったゾンビは、俺に怯えてか、全力で闇の彼方へと走っていった。

男「あ……お、おい!うッ……?」
蝙蝠「血が切れたか。ここで止めておかないと命に係わる
   だが、友達を救えたんだろ?」
男「……そうだ、助かったんだ……良かった」

一瞬真っ暗になったと思うと、コウモリが目の前に移動していた。
自分の服装を確認すると、元の服装に戻っていた。

男「おぉ。じゃない、あの石すまなかったな」
蝙蝠「ん、あぁあれか。気にするな。あんな物また探せばいい
   その様子だと、血の量は50%になっていないようだな。低血量性ショックの様子も見られない」

怪我こそ少なかったが、あの姿でいる事自体に血が必要なようだ。
もう二度とならないだろうが、面倒なものだな、あの姿は。

男「そうか。すまんな、いろいろと。じゃあな」

俺はコウモリに別れを告げて、友達4人を墓場の位置口まで運ぶ。
正直、今日一番面倒な作業だった気がする。あの姿になってやればよかった。










男「おい、起きろ!」

俺は友人達を起こすために大声を上げる。

男生徒A「ん……ここは?」
女生徒A「……墓地の入り口だ。なんで?」
男「何言ってるんだ。『地面が盛り上がった』とか言って全力で逃げてたじゃねぇか」

そう、俺達は『地面が盛り上がった瞬間に』逃げ出したんだ。

男生徒B「……そうだ!ゾンビと蛇は!?」
女生徒B「あ!マジであんなの居たんだ!」
男「何言ってるんだ。気絶しているうちに変な夢でも見たんじゃないのか」

ゾンビも居なければ、デフォルメされたコウモリなんてのもいない。

女生徒A「じゃあ、盛り上がった地面から何が出てきたの?」
男「えぇっと……も、モグラだったよモグラ」
女生徒B「マジ!?見たかったなぁモグラ」
男「ははは、モグラは臆病だから、もう逃げたかもしれないな」

今日の出来事は、夢だったんだ。

男生徒A「じゃあ、すまなかったな。俺達はもう帰るな」
男生徒B「また何かあったら宜しくな。気をつけろよ!」
男「またやる気かよ。お前等も気をつけろよ!」



―――あいつ等の中でも、俺の中でも、そういう事にしておこう―――







こうして、俺はいつも通りの帰路についた。
思い返してみれば、『化け物を倒して友を救った』なんて、本当に夢のような話だ。
こんな経験は、一生に一度あるものでもないだろう。



……家につけば、またいつも通りの人生だ。それでいいんだ。
あいつ等も、いつも通りの人生を送るだろう。
あのコウモリには、感謝の言葉しかない。



男「コウモリ、ありがとうな。縁があったら、また一緒に戦ってくれ」



こうして、俺の奇妙で、とても貴重な経験は終わった。


















蝙蝠「何が『縁があったら~』だ。契約したら運命共同体だと言っただろう?
   まぁいい。積もる話と、血の件もある。話しは家に帰ってからにするか」





―――完―――

というわけで、単発リテイクでした
……実は、リテイクしていて恐ろしいミスに気付いたのはナイショ
その辺りも修正したので、今度こそ大丈夫だといいなぁ

コンセプトはお察しの通り、キバって行く仮面をつけたバイク乗りです
気持ち熱めの、バトル重視な物語にしたいなぁというコンセプトでやっていく予定です
ドガバキな仲間も登場予定!?

では最後に、次回予告をどうぞ


☆次回予告SS

男「お前、なんでここにいるんだよ!」
蝙蝠「まったく、もう一度説明してやろう。」


女「あなたが彼を苦しめたのね。退治してくれるー!」
男「止めてくれ!そいつは俺の命の恩人なんだ!」


蝙蝠「それがいるんだ。最終的に己が一族を神にせんと、数々の所業を尽くした男と、その末裔……。」


―――この力が、呪われた血の代償だとしても―――


→Next Card「血の代償」

大王の人乙です!
土壇場になると男より女のほうが精神的に強いですよね(主人公はもっと強かったけど)
主人公の彼女の登場が楽しみです

キバはもっと評価されてもいいと思う

毎週日曜部投稿とかやってみたかったけど無理でした
とりあえず出来上がってはいるので、こっそり投下します

>>272-273
おつありです~
キバは、2週目で面白いと思う人が増えるタイプかな、という気がします

それでは、第2話どうぞー!

男「んんー、いい天気だ!」

昨日、俺は奇妙な夢を見た。
コウモリの姿をした化け物と契約を交わし、【ゾンビ】の群れを退治して友達を助ける夢。
まるでヒーローにでもなった心地だった。



実は、現実の出来事だ。
しかし、こんな事を話してもおそらく誰も信じないだろう。
実際、自分さえも信じられない出来事だった。
だから、あれは夢にする。それでいいのだ。
年老いた時に思い出せたら、孫に話せる種となるだろうか。



男「……そうか、今日は休みだったんだ」

うっかり肝試しに行った事まで夢にしてしまった。
早起きしたのに勿体ないな、どこかへ散歩にでも行こうか。
これからまた、新しい人生が始まるんだ。たまには変わった事でもしよう。

蝙蝠「おぅ、起きたか。今日の朝食はなんだ?」
男「あぁ、そうだな。まずは朝食……は?」

声の方を見ると、広げた覚えのない新聞が床に敷かれていて、その上に何かが浮かんでいた。

蝙蝠「消費税増税だとさ。政府のお偉いさんは取る側だろ?取られる側にもなってみろ
   会社も消費税に合わせて値下げを図り、その下の子会社・孫会社が苦労する事になるというのに
   デフレはデフレを招く。それが繰り返されれば消費税の税収が悪くなるか、
   あるいは回収できても、まるで民衆から金を搾り取る王宮の様になるだろう
   やはりここは、税率を下げる賭けに出るのが妥当だと思わないか?」
男「お前、なんでここにいるんだよ!」
蝙蝠「……ちゃんと聴いてたか?2択だぞ。増税に賛成か、反対か
   350文字以上の理由もつけて答えられるのが望ましい。試験で出るぞ?
   面接なら、1分で丁寧に、はきはきと答えるのがベストだ」
男「質問に質問で返すな。いいか、『 ど こ か ら 来 た ? 』」

まったく、相変わらず訳の分からないコウモリだ。
起きたそばから不法侵入とは、どんな了見だよ。
蝙蝠「勝手に新聞を読んだのは謝る。なんせ新聞なんてしばらくぶりでな
   久しぶりに世界の情勢をと思って借りたんだ
   しかしここにいる事は謝らん。契約の範囲内だ」
男「契約?そう言えばしていたな。どんな内容だったか」
蝙蝠「まったく、もう一度説明してやろう」



(蝙蝠「説明しよう、契約とは。都市伝説と人間の間で行われるものである)
(   人間と契約した都市伝説は、自身の力をさらに高めることができる)
(   都市伝説と契約した人間は、その都市伝説に応じてその力を得る」)



(蝙蝠「しかし代償として、契約者の都市伝説は半ば運命共同体となってしまう」)




男「あぁなるほど、って は あ あ あ ぁ ぁ ぁ !?」
蝙蝠「そんな調子では詐欺に遭うぞ」
男「既にあったよ!昨夜、お前に!」
蝙蝠「代償として、お前は力を得たぞ?」
男「嬉しくは無ぇよ……」



どうにかして追い出さないと。……あれ、どうなんだ?
追い出さなくても、これから俺はヒーローとして……いやいや、ありえん
こいつと暮らす事になれば、あの化け物と命を懸けて戦う事になる
血がいくらあっても足らん。どうするか……



と、考えていると、玄関の方から物音がする

蝙蝠「客人か。じゃあ俺はベッドの下にでも隠れている」
男「窓から帰るという選択肢もあるぞ」
蝙蝠「もし帰れというなら、日が出ている間は無理だ。日に弱くてな」
男「……分かった」

こいつがあの時来なかったら、おそらく全員死んでいた。
仮にも命の恩人だ。自殺してくれとは言える訳がない。
……と言っても、そのまま居つかれる可能性もある。夜までに追い出す方法を考えないと。

色々考えながら、俺は玄関のドアを開ける。

女「おはよう」
男「あ、お前か。おはよう。何でこんな早くに?」
女「買い物に付き合ってくれる約束、忘れたの?」

あ……忘れてた。それで早起きしたのか、俺。
しかし、あのコウモリを置いて外出もなんか不安だ。
仕方がない、今日は断るか。

男「あー、悪い。忘れてた。すまないが今日は調子が悪いから、止めとく」
女「えぇー、残念。じゃあ今日はゆっくり休んで……」



女「……もしかして、誰かいる?」
男「は……?お、俺が浮気なんてするガラに見えるか?」

俺の言い訳も聞かずに勝手に上り込む。やばい、信用されてない。

男「だ、だから俺は何も……」
女「昨日の肝試しの時、悪霊さん持ってきたでしょ?だから調子悪いんだよ」
男「え、あぁそういう……、じゃなくて、それとこれは違うと思うぞ」
女「でもこの部屋何かいるよ。あ、大丈夫、また私が何とかしてあげる」



まずい、お仕事モードだ。こうなるとコウモリを追い払うまで帰らないかも……。
どこかにコウモリを隠すか。しかしどこだ……鍋の中や箱の中ならすぐにバレて開けられてしまう。
冷蔵庫はコウモリに悪いか、いや、冷凍保存と言えば許してもらえる、って開けたらバレバレか。
この部屋の可能性を考えろ……待てよ、あいつもしかして……よし、これだ!

女「見つけたぁ!」
蝙蝠「なんだと!?」
男「って、俺が必死に作戦を練ってる内に見つかってんじゃねぇよ!」



女「あなたが彼を苦しめたのね。退治してくれるー!」ブンブン!
蝙蝠「ちょ、ちょっと待て!目が回るー!」



やばいぞ、あいつなら出来かねん。何とかして止めないと。
こうなったら、一か八か……。



男「止めてくれ!そいつは俺の命の恩人なんだ!」
女「え、そうなの?」ピタッ

信じたァァァ!?そこは疑えよ!こんなコウモリに救われる命があるか!
……ここにあるけども!

女「そういえば邪気もないし、見かけも可愛らしいし
  なんだ、悪霊さんじゃなくて妖精さんなのか」
男「……それでいいのか?」

蝙蝠「可愛いとは失礼な。騎士たる者、可愛げは不要!
   しかし賛美の言葉と言うなら、気持ちだけ受け取ろう」
男「よく分からん。だいたい騎士って、お前は何者なんだ?」
蝙蝠「お、よくぞ聞いてくれた」

するとコウモリは彼女の掌から飛び立ち、テーブルに降りる。

蝙蝠「まぁお前は気付いているかもしれないが、改めて自己紹介しよう
   俺は【吸血鬼】の都市伝説だ。以後宜しく」

薄々勘付いてはいた。霧の中から現れて、あのシルエット。
そして俺が変身した姿とその能力。
正しく【吸血鬼】と言えるだろう。……って。

男「トシデンセツ?『都市伝説』って言ったのか?
  そう言えば契約云々の時も『都市伝説』って言ってたが、妖怪の間違いじゃないのか?」
蝙蝠「『都市伝説』というのは、人の噂や妄想を元に生まれたものの総称だ
   妖怪も、怪談も、UMAも。実在しないはずのものが具現化された存在だ
   カブトムシも蜘蛛もダンゴムシもムカデも、『虫』と一括りにされるのと一緒だ」
女「あぁ、チワワからセント・バーナードまで、姿は違えど全部『犬』、みたいな?」
男「それでいいのか……?両方とも」

説明に関しては納得いかないが、『都市伝説』という存在は理解できた。
【幽霊】も、あの【ゾンビ】も、都市伝説として現れたんだろう。
むしろ、それ以外での説明の方が困難だ。ここは大人しく信じておこう。

女「でも、【吸血鬼】ってあの……。血を吸ったり死ななかったり、
  マントを翼にして飛んだり、ぐるぐる回転しながらキックする人でしょ?
  なのにどうして妖精さんはそんな姿なの?」
男「変な認識が混じっているが、俺も気になっていたんだ
  【吸血鬼】の都市伝説なら、そのコウモリみたいな姿はなんなんだ?」
蝙蝠「ふむ、それを理解するためには、まず【吸血鬼】からだな」



説明しよう、【吸血鬼】とは。
『ヴァンパイア』とも呼ばれ、人々の血をすすり自分の糧とする、怪人の一種である。
日の光に弱いため、日中は棺の中で眠り、夜に活動する。
前述の日光の他の弱点としては、聖水、十字架、ニンニク、流れる川、バラの花が挙げられる。
または銀の武器・弾丸などが非常に有効である。
これらのものがあれば、【吸血鬼】を退かせる事ができるだろう。

【吸血鬼】の主な特徴は、コウモリや霧に姿を変える事が可能で、
ネズミ、コウモリ、オオカミなどの群れを操る事もできる。
非常に優れた再生能力を持ち、仮に物理的に破壊したとしても、棺桶に戻り休息する事で再生できる。
また、血を吸われた人間は【吸血鬼】の仲間なる、というのも有名な話だろう。



蝙蝠「他にもあるが、今はこれぐらいでいいだろう」
女「ふぅん、意外と知らない事もいっぱいあるね」
男「で、本題だ。何故その姿なんだ?」
蝙蝠「『コウモリや霧に姿を変える事が可能』と言っただろう?
   そこから、俺はありとあらゆる姿に変身できるんだ」
男「なら人間の姿にもなれるだろ?どうして人間の姿にならないんだ?
  人型になれば【ゾンビ】共にも苦戦しなかっただろ」

ふと、コウモリが少し悲しげな顔になる。

蝙蝠「確かにお前の言うとおり、人間態にもなれた。昔はな」
男「『昔』?今はできないのか?」
蝙蝠「変身には血が必要なんだ。特に人間態なら、人間の、多くの血が
   今では俺の生前の血が枯れて、もう人間態にはなれなくなった
   しばらくは『あの力』で戦ってこれたがな」

男「生前の血って、血なんて補充できるものじゃないのか?」
蝙蝠「【吸血鬼】の都合上、勝手に血は増えん。他人から吸わない限りな
   だが俺は一滴も人間の血を口にしていなかった
   おそらくお前と契約した時の血が、最初で最後だ」
女「ふぅん、妖精さんも大変なんだね」

かなりシリアスな会話だったのだが、彼女のせいでよく分からない空気になる。
要は『人間の血が足りないせいで人間の姿に戻れない』という事だ。

ただ、同時に『生前』は人間だったという事まで明らかになってしまった。
当たり前のようだが、自分も死ぬと【ゾンビ】か【吸血鬼】みたいなものになるのか。
人生の寂しさを垣間見た瞬間だった。

男「で、『あの力』ってのは?」
蝙蝠「気付いてなかったのか?」
男「どこに気付く要素があるんだよ」
蝙蝠「そうか、では」



説明しよう、【石には魂が宿る】とは!
『石を媒体として、生き物の魂が宿ると信じられていた』事から誕生した都市伝説である。
故に、河原の石を拾うと、その中に宿った霊に呪われる事がある。
また、古来より水晶や翡翠が儀式に使われるのも、これが由縁と言われている。

俺はそれと契約していて、その能力を得ている。
その力は、『都市伝説を封印する』というもの。
霊を封印する力が拡張され、そのような能力となった。



女「へぇ。そう言えば、河原とかでよく人の声を聞くね。それでだったんだ」
男「聞かねぇよ。聞いても聞こえないフリしてるぞ普通
  ……で、じゃああの鎖はなんなんだ?石を生き物のようにコントロールできるのか?」

蝙蝠「いや、本当に生き物が入っているんだ」
男「……は?」
女「なにそれこわい」

するとコウモリはどこからか鎖を取り出した。
無造作に床に置かれた鎖は少しずつ動き出した。
その容姿と動きから、嫌でも蛇を思い浮かべる。

男「……これも、【石】が何とかの力か?」
蝙蝠「正確には【吸血鬼】の能力も組み合わせたものだ
   【吸血鬼】には小動物を操るという伝承もあってな
   その力も駆使して蛇の霊を、石の鎖に定着させていたんだ」

そう言いながら、コウモリは事前に出していた石を鎖にコンとぶつけてみせる。
すると鎖はバラバラになってしまった。

女「ありゃりゃ、なんで?」
蝙蝠「霊力でくっついていたんだ。元々はこのバラバラの石で構成されていた、という事さ
   今はこっちの石に蛇の霊を移動させたから、また鎖に返すと元に戻る」

持っていた石を、バラバラになった鎖にまたコツリとぶつける。
するとあっという間に鎖状に戻り、活き活きと動き出した。

蝙蝠「俺よりも強くない限り、封印している都市伝説の意志を反映するか否かは自由に選択できる
   厄介な都市伝説は石に閉じ込めたままにできるし、
   利用できる都市伝説は、このように石に閉じ込めたまま利用する事もできる、という訳だ」
女「へぇ、面白いね」

能力の実態が分かったところで、本題だ。

男「で、なんでこいつを巻きつけたんだ?しかも封印できていなかったようだが」
蝙蝠「お前が人間だという事と、『俺よりも強かった』せいで封印はできなかった
   血があったら、【ゾンビ】共も封印できたんだろうが……
   まぁ元々、お前を封印するためにお前に巻いたわけではない
   封印だけでなく、力を吸収する拘束具としても使えるんだ。都市伝説に対しては、な」

鎖の蛇と石をどこかへしまいながら、解説を続ける。

蝙蝠「普段は敵に巻きつけて徐々に力を奪って、って戦法だった
   そしてお前と契約したおかげで、俺は『お前を変身させる』力を得た」
男「そこはお前が変身するところだと思うんだが……」
女「え、【吸血鬼】に変身しちゃうの!?」
男「違ッ!……あ、合ってるな」

蝙蝠「ところが、だ。少々問題が発生し、力が著しく暴走した
   このままでは俺もお前も危ないと判断し、力を封印させてもらった
   それでも、【ゾンビ】共をあしらうには充分な力だったがな」
男「力が暴走……どういう事だ?お前の能力に何かあったのか?」

蝙蝠「正確にはお前の『力』だ。契約した事によって、都市伝説の力が上昇する
   それが前の場合、一般人の場合とでは比にならんほど上昇し、暴走したんだ」
男「……えっと、だから?」

女「彼は特別製って事?」
男「何だよ、都市伝説と契約する事に特化した人間って」



そんなバカげた事、と思っていると。



蝙蝠「それがいるんだ。最終的に己が一族を神にせんと、数々の所業を尽くした男と、その末裔……」



蝙蝠「知らないのか?[黄昏]」
男「は……?」









男「なんで俺の名字知ってるんだ……?」








.

蝙蝠「はぁー、良い空気だ。しばらく墓場の淀んだ空気しか吸ってなかったからな」
女「ふふっ、外に出れてよかったね」



男「ちょっと待て、何かおかしいぞこの状況……。お前日に弱いんじゃなかったのか?」
蝙蝠「おぉ、太陽……俺には眩しすぎるぜ……
   あ、そうだ。純粋な【吸血鬼】は日を浴びても消失しない
   日を浴びて消失するのは【吸血鬼】に襲われて【吸血鬼】になった奴だけだ
   これは覚えておいた方がいい」
男「マジかよ。さっさと追い出せばよかった」

急に『話しの続きは買い物でもしながらでいいだろ』とか蝙蝠が言い出したので俺達は外に出ていた。
よく考えれば、俺達に気を使ってくれたのかもしれない。おかげで彼女の約束を破らずに済んだし。
案外良い奴なのかもな。

……じゃない、話の続きだ。

男「[黄昏]って名字にどんな意味があるんだ?」
蝙蝠「……まぁ、子に教えたくもないほど、忌まわしい歴史だろうからな
   親に教わる事なく育てられても不思議ではないか」
女「そんなに……。悪い人だったの?彼のご先祖様」

蝙蝠「悪いというより、超マッドサイエンティストと言った方がいいだろう
   都市伝説……当時は【妖怪】やらが主流だったか、
   初代[黄昏]はそれらの研究をしていたんだ」
女「へぇ、畑の豊作を願うとか、雨乞いするとか?」
男「マッドじゃないだろ、それ。研究のために平気で盗みや殺人をしていた、とかか?」
蝙蝠「そんな事はしない」
男「だろうな。安心したよ」



蝙蝠「……と言って欲しかっただろうが、残念だな」
男「……はァっ!?していたのか!?」
女「な、何のために!?」



蝙蝠「実は情報が無くてな、噂程度にその話が残っているだけだ
   『人を喰うとその力を得られる能力』を得るため、あらゆるものを喰らった、
   【神】になるために自らを祭り上げた、
   恐ろしい力を持つ何かと契約した、その他もろもろ……」

男「『神』か、なれたなら俺は神の末裔になるな」
女「え……。わ、私、なんて恐れ多い事を……」
男「俺が神様に見えるか?神になるのは失敗したんじゃないか、って事だよ」

蝙蝠「その通り。だから初代[黄昏]は己の夢を、子に託す事にした
   ……が、失敗した」
女「何があったの?」

考えられる理由は、2つ。
『その子どもがいなかった』または『何者かに妨害された』。

1番目は、末裔がいる時点で普通に考えればありえない。
しかし、神隠しにあえば一時的に行方不明になり、初代の魔の手から逃れる事もできよう。
だとしたら、運の良い2代目さんだ。

2番目だとしたら、誰が妨害したんだ?
まぁ、『私は神になる』なんて言ってる人間を野放しにする方が怖いか。
となると当時の侍とかが何とかしてくれたんだな。
……待て、それでは血を絶やすために2代目もコロされていないとおかしい。
いったい何故助かったんだ?



蝙蝠「いやそれがな、2代目が……」
男&女「「2代目が……?」」










蝙蝠「恐ろしいほど善人だったんだ」



男「は?」
女「え?」



蝙蝠「これほどにない真人間で、『よく働く』『面倒見がいい』『明るい』の3拍子が揃っていた
   2代目は今の生活に満足しきっていたため、当然『神になりたい』なんて思う気にもならなかった
   だから研究を継ぐ事を蹴ってしまい、そのまま初代は息絶えてしまったんだ」

女「その後2代目はどうなったの?」
蝙蝠「まるで初代との関係を感じさせない2代目は、村人にも好かれ、初代とは逆の意味で有名人だった
   最初は[黄昏]の血を絶やそうとする輩もいたが、村人のおかげと当人の努力もあり、2代目は事なきを得た
   やがて良妻と結婚。そのまま幸せに暮らしましたとさ」
女「うぅ、良かった。やっぱりいい人は救われるんだね……」

……信じていいのか、この話。
おい、殺人を平気でする親の子だぞ。生かしておくなよ。危険だろ。
我が祖先ながら恐ろしいぞ初代[黄昏]。そして2代目も。

男「ちなみに、その後はどうなってるんだ?」
蝙蝠「お前が[黄昏]の名字を持っている事からも分かるだろう?
   そのまま3代目、4代目も善人の集まりになり、初代の存在は忘れ去られていった
   さらに初代の遺志を中途半端に受け継ぎ、能力が評価されたり、人の上に立つ人間が多い
   これは『黄昏家のジンクス』と呼ばれている」
女「うわぁ、ご先祖様、ちょっと可哀想だね」
男「同情してやる相手じゃないだろ」

……しかし、祖先に対して失礼だ、とかあるかもしれないが、それにしても疑問が残る。

男「善人ばかりってのは信じられんな。そんなのありえるのか?」



蝙蝠「実際お前がそうだろ」
女「実際あなたもそうでしょ」

ハモるなよ。なんか恥ずかしいじゃん。
まぁ、あんまり気にしていなかった自分の祖先の過去がしれて良かったよ。
俺の祖先は2代目以降だ、うん。
……あれ、なんか忘れてるぞ?

蝙蝠「おっと、『能力』の件だな」
男「そうだ、何が起こったんだ?」

蝙蝠「簡潔に言うと、初代は自分の子孫にある力を与えたらしい」
男「それが、あの暴走に繋がるのか」
蝙蝠「おそらく、な。なにせ[黄昏]に会うのは初めてでな。
   それ自体が都市伝説だとも思っていたぐらいだ。情報が少ない」

無駄に知識の多い奴だと思っていたが、知らない事もあるのか。
それでも、全く知らない俺には充分価値がある。

女「どんな、力なの?」
蝙蝠「それはだな……」







コウモリはじっくり溜める。






じっくり溜めて、じっくり溜めて。






買い物カゴの中に、すっぽんの血がたっぷり入った瓶を、こっそり入れた。



男「おいちょっと待て」
蝙蝠「俺の隠密に気付くとは、さすがは黄昏家」
女「私も気づいてたよ!すごいでしょ!」
男「誰でも気づくし、精算の時にばれるだろうが……」

俺が元の場所に戻そうとすると、妨害するように俺の手の甲に乗っかる。

蝙蝠「まて、これは俺の大事なエネルギー源だ。買ってくれ」
男「エネルギー源って……俺の血じゃないのか?」
蝙蝠「俺は人間の血なぞ吸いたくない。だから動物の血をエネルギー源としているんだ
   これ1本で生きていけるんだ、毎日吸われるよりはマシだろう?」

まぁそうだが。しかしすっぽんの血って……。

男「生きるためとはいえ、お前もつらいだろ?」
蝙蝠「いや、生前好きだったんだ。すっぽんの血」
男「……は?」

蝙蝠「まぁ、あれは大人の味ってやつだ、分からないのも無理はない。
   だが俺は愛飲していてな、クラスメイトに付けられたあだ名は『血吸いコウモリ』だった」
女「だから【吸血鬼】になっちゃったんだ。それにしても、おませさんだったんだね」
蝙蝠「はっはっは、非行に走っていた時期でな。その由縁で飛べるわけだ」

……無視しよう。

女「ところで、『力』って都市伝説に気付く事なの?」
男「急に話が戻ったと思ったら、どうしてそんな思考になった」
女「だって、コソコソやってたときに『さすが黄昏家』って言ってたから」
男「そんなんだったら、ぶん殴ってやるよ」

だいたい、都市伝説の気配ぐらい分かるだろ。
その理屈なら、お前だって黄昏家の一員じゃねぇか。

蝙蝠「まぁ、ひとつはそうだな」
男「はァ?!」
蝙蝠「殴らないでくれ。常識的に考えろ。誰でも都市伝説が気配で分かるなら、近寄らないだろう?」

……それもそうか。
俺の友人がバカばっかなのかと思ってたんだけど、気付かないのが普通だったのか。

蝙蝠「その性質上、黄昏家は表立って、あるいは人知れず都市伝説と戦うものが多い。
   『鬼退治伝説』のいくつかには、裏で黄昏家が活躍していたんだという説もあるらしい」
女「なるほど……」
男「おいおい、都市伝説の気配なんて、こいつだって分かるんだぞ?すごい事なのか?」

それを聞いたコウモリは、ただでさえデフォルメされたように丸い目をさらに丸くする。

女「え、私?」
男「お前、肝試しするっていった墓地を見て、なんて言ったか覚えてるか?」
女「んっと……『3、4人くらい悪霊さんがいる』って言ったっけ?」

蝙蝠「……あそこに居たのは、俺と【ゾンビ】3体……」
男「しかも『ちゃんと眠れなかった』……つまり、死にぞこないだということも言い当てた
  俺なんかよりも、よっぽど正確に都市伝説の気配を感知している。それに、退治だって」
蝙蝠「なんとッ?」

女「悪霊さんの退治なら任せてよ。私がガツンと言えば、すぐ帰ってくれるから」
男「これは事実だ。俺が把握しているだけでも、教師に憑りついた霊を成仏させたり、
  作法を誤って怒らせた【こっくりさん】を帰らせたり……」

蝙蝠「……契約者、なのか?」
女「けーやく?都市伝説って言葉も初めて聞いたんだけど、身に覚えが……」
男「そもそも、こいつの周りから都市伝説の気配を感じないだろ?それはない」

出会ってまだ1日も経っていないが、コウモリがうんうんと頭をひねる様は新鮮だった。
「黄昏家以外にも、霊感や特殊な力を持った人間はいる。彼女もそれだろうか」と
それらしい考えを言ったものの、コウモリ自身が納得していなかった。
そして、事の発端が閃いたように顔を上げる。

女「あ。私のお母さん、[黄昏]」

……ここにまで浸食していたか、黄昏家!

男「そういえば初めてあった時から思ってたんだよな。
  なんで従兄妹でもないのに家族ぐるみで会うのか……。
  あれは黄昏家の集会だったのか……?」
蝙蝠「……なるほど、それならしっくりくる。やはりこのニオイが黄昏家のものか……。
   お前よりも薄いが、ほのかに香るこの禍々しくも優しいニオイ。
   ならば、都市伝説を退かせる力もまた……」
女「黄昏家の……力?」

口調的に、分かってはいたが……もうひとつあるのか。

蝙蝠「俗に、【黄昏家の呪い】と呼ばれる力……その共通点は……。
   『都市伝説に影響を与える』という点だ」
男「都市伝説に……影響?単なる人間に、そんなことができるのか?」
蝙蝠「そもそも噂から生まれた『都市伝説』だ。
   『契約』だって影響を与えているといえば、一般人でも影響を与えることができる。
   だが……黄昏家の人間は、『都市伝説との親和性が高い』んだ」

「親和性」―――なかなか奇妙な単語だ。
初代黄昏は、俺の先祖は、何をしたかったんだ?

蝙蝠「俺だって話半分に聞いていた。だがお前に会った時、真実だと認めた。
   黄昏家の人間は、『契約すら介せず都市伝説に影響を与えられる』」
男「……えっと」
女「どういうこと?」

コウモリは、どこからともなく鎖の蛇を取り出す。

蝙蝠「俺が最初に、お前にこれを巻きつけた時、覚えているか?」
男「【吸血鬼】に変身した時、だったよな?」
蝙蝠「もうひとつ前だ」
男「ん?……あぁ、訳が分からなかったから、引きちぎったやつか」

彼女が「貸して」といって鎖を受け取り、おもむろに引っ張る。
当たり前のように、それが千切れる気配はない。

女「霊力でくっついているんだよね。簡単に千切れるものなの?」
蝙蝠「当然、普通は千切れん。簡単に壊す方法はあるが」
男「俺はなにをやらかしたんだ?」



蝙蝠「俺の契約都市伝説の能力をな、使ったんだよ」



男「……それって、やっていい事なのか?」
蝙蝠「契約者どころか、都市伝説の意志すら無視して、能力を勝手に使う……
   やっていい事だと思うか?俺は規格外だと思うが」

規格外……それが【黄昏家の呪い】か。
都市伝説、なんていう掟破りな存在にも、『契約』というルールがある。
そのルールを無視して、都市伝説を支配する。
そんなやつがいっぱい居るんだと思うと、怖くて仕方ないが。

女「じゃあ、私もこれを壊せる……よね?」
男「うーん、無意識に使ったから何とも言えないが……意識をそいつに飛ばすような感覚、か?」
蝙蝠「おっと、言い忘れていたが……【黄昏家の呪い】は唯一無二らしい
   きっと『都市伝説を退かせる力』だけが彼女の力だ」
男「逆に言うと、俺にその力はない、と」

まぁ、どうであれだ。
俺はこの力を使いこなす事で、あいつらと戦う事ができるってこと……。
あれ?なにか忘れているような……あ。

女「これからよろしくね、妖精さん」
蝙蝠「あぁ、共に都市伝説と」

男「ちょっと待てぇーい! 俺は『友達を助けたい』とは言ったが、
  『一生、都市伝説と戦い続ける』とは言っていない!」

蝙蝠「……なら、どうする?」
男「都市伝説と戦いたいならひとりでやれ。契約を切る方法を教えろ」

そうだ、俺は一般人。都市伝説と戦う義務なんてない。
あんな特殊な経験は、一生に一度で充分だ。
今度こそ、いつも通りの人生を……。



―――聞いた?昨日、【ゾンビ】が出たんだって―――



男「ッ!?」



―――知ってる、ゆらゆらと夜道を彷徨っていたんだっけ?―――



―――トモコ、襲われそうになって必死に逃げたんだって―――



―――転んで怪我したんだってさ。その程度で済んでよかったね―――



男「あの時……逃げた【ゾンビ】か……?」



女子高生「こわーい!夜道は気をつけよっ」「「ねー♪」」「夜道といえば、最近【狼男】が―――」



蝙蝠「『契約解除』だ」



男「は?」
蝙蝠「その一言で、俺達の縁は切れる。お前は日常に帰ることができる
   だが、これだけは言っておきたい」



蝙蝠「この世のすべての人間が、契約すれば都市伝説と戦えるわけではない
   例えどれほど勇気が満ち溢れていようとも、力が無ければただの愚者として散る
   例えどれほど力が満ち溢れていようとも、勇気が無ければただの弱者として朽ちる
   都市伝説と戦うことができるのは、勇気を持って力を使い、愚者と弱者を守れるものだけだ
   ……あくまで、持論だがな」

勇気と、力……

昨日、俺はこのコウモリと出会った。
俺には、【黄昏家の呪い】という力があって、『友達を守る』という勇気があった。

もしもあの時、俺がいなかったら……他の誰かが契約していたら……
あいつ等は、助かっていたんだろうか?

ふと、俺の服の裾を引く手に気が付く。

女「私はね、別にあなたが【神】になっても【吸血鬼】になってもいいよ
  だから……後悔だけは、しないで」



この感覚は、昨日も感じた。

昨日、俺は奇跡に懸けて【吸血鬼】と契約した。

そのおかげで、俺達は助かった。奇跡が本当に起きたんだ。



……そうか、あの時起きた『奇跡』は……
あの日起きた、本当の『奇跡』は……





ゾンビ「仲間、ナカマぁ……マた仲間ヲ、つくラナいと……」

ゾンビ「……もウ、独りは、いやダぁ……仲間ぁ……」






男「そこまでだ、ゾンビ野郎」

ゾンビ「ヒィッ……ば、バケモノぉ……」



男「おいおい……【ゾンビ】に化けもの扱いされるとはな」
ゾンビ「くるな、来るなァ……」

俺は、ゆっくりと【ゾンビ】に歩み寄っていく。
【ゾンビ】は、俺に怯えて後ずさる。

男「この力が、忌むべき血の代償だとしても……
  俺はこの力で、お前達を倒す!」

天高く手を掲げ、大声で叫ぶ。



男「来い!コウモリもどき!」

蝙蝠「キバって!いくぜぇ!」

コウモリがドロドロの液体となり、俺の身体にまとわりつく。
その液体はゆっくりと固まっていき、不快感がなくなる頃には、立派な衣装に変化していた。
そう、俺はまた【吸血鬼】の姿になった。

男「とっとと終わらせるぞ」
蝙蝠「そうか、ならあれで行くか!」

俺が大ジャンプすると同時に、コウモリが笛を吹く。
その瞬間、右脚の鎖が弾け飛び、全身の力が右脚に集中する。



今回は気を抜かないようにと集中し、気付いたことがある。



これは、誰の力だ?



俺はいったい、何の都市伝説から、この力を奪っているんだ?



俺の脚は、あの【ゾンビ】へ向けて一直線に飛んでいく。



俺の脚は、禍々しいオーラを放ちながら、敵の元へと飛んでいく。



……これは、本当に俺の足か?



これは、本当に俺の……



蝙蝠「意識を強く保て!」
男「ッ!?」
蝙蝠「お前はお前だ!自分を信じ、貫け!」



その言葉を頼りに、俺は再度集中する。



ゾンビ「イヤ……」



俺の脚は、確実に【ゾンビ】を貫いた。

ゾンビ「ァ……ぁぁ……」



振り返ると、ゾンビの身体はじわじわと何かに吸収されているようだった。
最後に残ったのは、妙な輝きを放つ丸い石……どうやら、俺の靴にあった装飾品の石が、また外れたようだ。

男「今度こそ、踏み壊さないぞ」
蝙蝠「いや、踏み壊しておけ」
男「……いいのか? いや、やるべきなのか」

俺はコウモリにいわれて、石を踏み壊す。
壊した瞬間、瘴気のようなものが溢れ出たが、すぐに霧散してしまった。

男「大丈夫なのか?今のでアイツを解放しちまったんじゃ……」
蝙蝠「今のは『魂解』。魂を、本来あるべき場所へ送り届ける力だ
   お前は、都市伝説化という魂の呪縛から、アイツを解放してやれたんだ」
男「……お前、そんな力まであったのか」
蝙蝠「そんな力があると知っていれば、とうの昔から使っていただろうな」

意味が理解できずに小首をかしげていると、すぐにその答えが返ってきた。

蝙蝠「お前が見つけたんだよ、俺の契約都市伝説の、新たな使い方を」
男「俺が……?」
蝙蝠「お前の能力は、決して卑怯なものではない
   お前の工夫次第で、誰かを救う事だってできる
   ……その能力を手にしたのが、お前で良かったよ」

……相変わらず、よく分からない事を口にするコウモリだが……。
とりあえず、『俺は俺の力で戦える』ってことは分かった。
まだまだよく分からないが……この呪いとも付き合っていかないといけないようだ。

また、感謝する事がひとつ増えてしまった。

蝙蝠「奴らが、俺と同じ元人間だったとしたら……人間を襲うことに抵抗があっても、野性には逆らえなかったとしたら……
   あるいは、呪縛から解放されたことを感謝しているのかもしれないな」
男「感謝するのは俺の方だがな」
蝙蝠「ん?」






―――あの日、もしもあそこに【ゾンビ】がいなかったら。


俺とこいつは永遠に出会わなかっただろう。


きっと、あの日起きた、本当の奇跡は―――






俺とこいつが、出会ったこと……なんてな。






蝙蝠「……臭いな」
男「はぁっ!?」
蝙蝠「いや、【ゾンビ】の残り香。【吸血鬼】は嗅覚が犬並でな……つらい」
男「そうかい。じゃあ今晩はニンニク祭りにしよう」
蝙蝠「冗談でなくやめてくれ」
男「ははは、冗談だよ。まぁ……」



仲良くやろうぜ、コウモリもどき。



―――Draw to Next Card ?

うぅむ、ドリアンに見られたら「アマチュアのお遊びね!」って言われそうな……
ちょっと突貫工事過ぎました。反省。

さて、裂邪と正義よろしく「黄昏家」の設定が、まさかのこっちで初お披露目
(本当は、光彦が語る回があるんだけど……なぜか投稿していなかったんだよね)
兄者と話しつつ決めた部分もあるんですが、結局自分が押し通したり捏造した設定もいくつかあったり……
今度、改めて設定について話し合うべきかなぁ

では、次回予告コーナー
なんとなく、ライダーの次回予告ってこんな感じ~というイメージで作っているので
構成など、本編とは異なる場合がございます。あしからず
実際、「全く違うシーンで会話成立」みたいな次回予告があった記憶が……



☆次回予告SS

?A「目が覚めたと思ったら、この仕打ちとはね」
?B「今回のゲームはッ?!……もうゲームオーバーは、御免だッ!」


狼男「グルルルルルルゥ……」
男「丁度いい……実験台になってもらうか!」


狼男「俺の契約者となれ!」
女「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」


―――魔性の月よ!今宵だけでもいい、俺の傷を癒すための……力となれ!―――


→Next Card「魔性の月」

前回から13日も経ってる……

 武術の達人は基礎鍛錬を怠ることがない。
 それは、武術というものが身につけるのは難しく、手放すのは容易いものだからだ。
 そんなことはない、一度身につけた技術はそうそう消えないと考える人間もいるだろう。
 例えば、自転車に数年乗っていなくとも運転することができるようにと。
 しかし、その場合、数年前並に運転することはできないだろう。
 僅かではあるが、バランスが取りにくくなっていたり、前ほど軽快にペダルを漕げなくなっているはずだ。
 武術のような勝負の世界では、そのような小さな事柄が命取りとなる。
 また、ひどい場合だと技を使う上で必要な勘を失ってしまうこともある。
 一度失った勘を取り戻そうとすると、かなりの時間を使わないといけない。
 武術はひどく繊細なものだ、達人はそれを理解し常に基礎鍛錬を怠らない。
 私が習得しているような、特殊な戦闘技術の場合、その事実が顕著に現れる。
 約十メートル先の大岩に載っている、アルミ缶を見つめながら、そのことを強く意識する。
 今からする鍛錬は単純なものだ。
 糸でアルミ缶を真っ二つにする、ただそれだけ。
 私の実力からすれば簡単にできることだ。
 けれど、これを一日行わないだけで僅かに腕と勘が鈍る。
 そのため、毎日欠かすことなく行っている。
「……」
 ゆっくりと深呼吸を行い、右手の人差し指から能力で糸を生み出す。
 細く透明な糸だ。
 しかし、見た目に反して、耐久度は普通の糸と比べ物にならない。
 右手を前に突き出し、人差し指を軽く動かす。
 これだけの行為で、アルミ缶を真っ二つにする準備が出来たことを悟ることができるのは、同じ技術を持つ者か武術の達人くらいだろう。
 感覚を強化する能力を持つ者もわかるかも知れない。
 あくまで憶測に過ぎないけれど。
 それよりも、今は目の前のことに集中するべきだ。
 微かに吹いている風、先程の模擬戦闘で温かくなった体、少し早くなった心臓の鼓動。
 その他の様々な条件、これらが糸の動きに影響を及ぼす。
 全てを意識しながらも、目線はアルミ缶から離さない。
 体感時間で数秒が経った頃、鳥が木から飛び立つ音が聞こえた。
 私の中でそれが合図となった。
 脳内に浮かび上がった刀のイメージを胸に、人差し指を横へ動かす。
 指には力を込めない。
 あくまで、水面を波が立たないように、なでるかのように慎重かつ潔く。
 この技術を授けてくれた恩人の言葉が蘇る。
「……今日も問題なしね」
 真っ二つになった空き缶の上部が岩の上に落ちた。

一回目が成功したあとも私は同じ鍛錬を続けていた。
 技は、気が遠くなるほどの反復練習を繰り返して初めて身につくものだからだ。
 十五回目も成功し、真っ二つになったアルミ缶を新しいものに交換していると、鳥の飛び立つ音が聞こえた。
 それも無数の。
 山中からありとあらゆる種類の鳥の鳴く声が聞こえる。
 普通なら異常事態と判断できる現象だ。
 しかし、私は驚かない。
 なぜならば、これは毎朝この山で起きている現象だからだ。
「今日もピッタリ四時半ね」 
 左腕の腕時計を見て呟く。
 そして、顔を上げた時、私はほぼ毎朝ここで繰り広げられている光景を見た。
 大きなリュックを背負った巨漢の男が猛スピードで斜面を一直線に下っていく姿を。
 何も知らない人が見たら夢だと思ってしまうだろう。
 しかし、これは現実だ。
 彼こと私の兄は、大胆な行動を危なげのない精密な動きで行い、今日も斜面を下っていく。
 その姿を見ていると、いつものようにある感情が生まれた。
 それは、今日も心に粘りつく。
 猛スピードで斜面を下るだけなら私でもできる。
 けれど、兄さんと同等のスピードは二つの理由のせいで出せない。
 一つ目の理由は、兄さんは我が家の中で唯一、武術や戦闘技術を収めずに肉体の鍛錬だけを集中的におこなっているからというが理由の一つ。
 そのため、単純な身体能力だけで我が家でもトップラクスだ。
 二つ目の理由はもっと単純なもの。
 それは――。
「どうしたの、『チバ・フー・フィー』?」
 隣に姿を現した自身の契約都市伝説である巨大蜘蛛に声をかける。
 山での鍛錬中は、基本的にこの子を自由にさせていて、この子自身も私に気を使ってか接触をしてこない。
 なのにも関わらず、この子が現れたということは……。
「ごめんね、気を使わせちゃって」
 そう言い、『チバ・フー・フィー』の頭を撫でてあげる。
 すると、『チバ・フィー・フィー』は目を細めて気持ちよさそうにしてくれた。
 本当に、優しい子だ。
 今のように、感情に押しつぶされそうになった時は必ずそばにいてくれる。
 そのおかげでどれだけ助かったことか。
 私という人間は、この子がいてくれるから成立しているといっても過言ではない。
「それじゃあ、ちょっと手伝ってもらっていい?」
 チバ・フー・フィーにそう尋ねると、すぐに頷いてくれた。
 本当は、もう少し基礎鍛錬をするつもりだったが、予定を変更することにした。
 中途半端な状態では中途半端な成果しか得られないと思ったからだ。
 それならば、この子と一緒に他の鍛錬をしたほうがいい。
 どの鍛錬をするか考えながらも、私は既に山を下り、公道を走り抜けている兄を目で追っていた。
 優は焦りすぎなんだよ、姉の言った正しい四つ目の理由が脳内で再生された。
「……焦るに決まっている。だって、私は」
 最弱なんだから。

 物心をついて初めて求めたものは、玩具でも、母の温もりでもなかった。
 誰にも負けない強さ、それが私の求めたものだった。
 それは何も不思議なことではない。
 私達『鬼神の血族』にとっては。
 『鬼人の血族』の発祥は大昔まで遡る、詳しい年代はわからない。
 まだ、そのころ神は人の身近にいた。
 科学が発達していないかったため、神の存在を信じる人が多かったからだ。
 その思いがたくさんの神を生み出し人々の願いを叶えていた。
 そんな中、一体の荒々しい神が生まれ、暴虐の限りを尽くした。
 もちろん、人々はその神が消滅することを他の神に祈ったが無駄だった。
 圧倒的な力を持つその神の前に、他の神々は敗北しからだ。
 唯一頼れるものを失った人々は、その神に屈服し、『鬼神』と名づけ崇めた。
 名を得た『鬼神』は、益々強力な力を得たが、暴虐を行うことはなくなった。
 それどころか、圧倒的な力を使い人々を災いから守りさえした。
 こうして、恐ろしい神でしかなかった『鬼神』は、善い神なのかもしれないと人々に思われるようになった。
 しかし、ある日鬼神は人々にこんな要求を行った。
 この国で一番の美人を献上しろ、と。
 女達はその要求に震え上がった。
 『鬼神』に生贄として喰い殺されると解釈したからだ。
 その後、この国では奇怪な騒動が繰り広げられることとなった。
 とある山村で一番の美人と言われた女は、自慢の顔を自らの手で包丁を使い傷だらけに。
 美しい純粋な少女は、『鬼神』に喰い殺されるくらいならと、自身の思い人と心中。
 裕福な商人の美人妻は、娘に化粧を教え込み、自分以上の美人にしようと。
 女達は生贄になることをおそれ、それぞれ様々な手段を取った。
 が、要求があってから一月、自体は急展開を迎える。
 年端もいかない少女が、自ら『鬼神』の生贄になると名乗り出たのだ。
 その少女は、文句のつけようがない美人で、都合がいいことに身寄りもなかった。
 少女は、すぐに『鬼神』へと献上され、奇怪な騒動は終わりを告げた。
 それから十数年、大きな厄災も争いもなく、平和な時が流れていた。
 だが、ある日、事件は起きた。
 例の生贄の少女が、年相応の姿で帰ってきたのだ。
 それだけなら、大事にはならない。
 問題は、少女改め女の姿と、連れている者達だった。
 女は、腹を膨らませていて、幾人もの子供を連れてきていたのだ。
 人々は、ある予想をしながら女に尋ねた。
 これは誰との間にできた子だと。
 その質問に、女は笑って答えた。
 この子達は『鬼神』との間にできた子だと。

 この子供達が、最初の『鬼神の血族』と呼ばれている。
 話通りだと私達は、彼らの遠い祖先にあたるわけだ。
 けれど、そもそもこの『鬼神の血族』に伝わる話が、真実だとは限らない。
 むしろ、後から捏造した話の可能性の方が高い。
 確かなことは、『鬼神の血族』と呼ばれる者は、並外れた身体能力や五感、都市伝説に対する親和性と耐性をほぼ生まれつき持ち、その力は子孫に遺伝するということだ。
 そして、もう一つ。
 『鬼神の血族』は物心がつくと同時に強さを求めるようになる。
 本能的に。
 衝動的に。
 絶対的に。
 その効果は凄まじく、まるで自身の体に欠けている何かを探すように、強さという酷く曖昧なものを必死に追いかけてしまう。
 大抵の者は、強さを得るために武道の道に走る。
 我が家が特にいい例だ。
 私の両親と祖父母は、皆『鬼人の血族』だ。
 そのため、祖父は剣術、祖母は薙刀と弓道と独自の体術、父は柔術、母は空手と八極拳の道を強さを求め極めた。
 今は、それを生かし敷地内で道場を開き、それぞれ習得した武術を教えて生計を立てている。
 勿論、強さを求めていくうちに、何か強くなりたい他の理由が生まれることはある。
 けれど、核はあくまで、誰よりも強くなりたいという本能だ。
 このあまりに強力すぎる効果から、私達はこの本能をこう呼んでいる。
 『鬼神の呪い』と。

 自分が同じ『鬼神の血族』である姉達に比べ劣っていると気づいたのは、まだ武術を学ぶ前のころだ。
 ある日、家の中を徘徊していた幼い私は、たまたま姉達が鍛錬を行っているところを見てしまった。
 行っていたのは、別に特別な訓練等ではなく、基本的なもの。
 けれど、私はその風景を見て、感覚的に、自分と姉達の間に差があることを知った。
 数年後、都市伝説を知り武術を習い始めた私は、あの日なぜそう感じたのか、詳しく理解できるようになった。
 『鬼神の血族』は、都市伝説に対する親和性が高いほど、自身の異形の力をより引き出すことができる。
 私の場合は、その親和性があまり高くないため、姉達に比べ力を引き出すことができず、身体能力等が劣っている。
 ちなみに、この親和性が高いことを血が濃いといい、低いことを血が薄いという。
 大きなハンディキャップの存在を認識した私は、それでも強くなることを諦めることはしなかった。
 いや、できなかったというほうが正しい。
 『鬼神の呪い』は壁を知ってよりいっそう力を求めるようになり、私自身も弱い自分を許せなかったからだ。
 普通の武術を習うだけでは、姉達に勝つことができないと思い、祖父母の知人が使っていた糸の曲芸を戦闘に使えないかと考え、その技術を伝承した。
 それからは、より一層強さを求めた。
 曲芸の習得、曲芸を戦闘用にするためのアレンジ、基礎鍛錬、武術の鍛錬。
 忙しい時間を経た私は、昔の自分の何十倍も強くなった。
 糸を自由に操れるようになり、『チバ・フィーフィー』というパートナーを得て、実戦経験も磨いた。
 それでも、私は一家最弱だった。

 両親や祖父母には、最初から勝てると思っていなかった。
 いくら、私が強くなったとしても、差がありすぎる。
 少なとも、天と地ほどは。
 私が勝てるかもしれないと思っていたのは、姉こと鬼神愛と兄こと鬼神拳次だった。
 二人のほうが才能が上でも、これだけの鍛錬をしたんだからチャンスはあると。
 けれど、それはとんだ思い違いだということは、私は姉と戦いすぐに知る。
 磨き上げられた忍術、かけひきの上手さ、鋭い観察眼、予測を安々と超える行動。
 何もかも完敗だった。
 姉はちょっとした差だと言った、私のほうが経験が長いからと。
 私は、そこまで楽天的には考えられなかったが、少しは納得することができた。
 優れた年長者に勝つというのは、一筋縄ではいかない。
 そのため、いまだに姉に勝てないことについては、ある程度納得がいっている。
 ……けれど、兄さんに関しては事情が違う。
 兄は、『鬼神の血族』の中でも極めて異端な存在だ。
 なにしろ、兄は『鬼神の血族』であるにも関わらず、強さを求めることに執着を見せない存在だからだ。
 本来は、そんなことは考えられない。
 『鬼神の血族』として生まれた人間は、誰にも負けない強さを求め生き死んでいく存在だ。
 特に、兄は人一倍親和性が高く、その分『鬼神の呪い』の効果も高い。
 なのにも関わらず、兄は強くなることを、あくまで手段としか見ていない。
 力を求めるのは、あくまで何かを成し遂げるために必要だからに過ぎないと。
 さらに、兄は一家の中で唯一、武術や戦闘技術を習っていない。
 その代わりに、人一倍体の鍛錬に力を入れているからといっても、『鬼神の血族』としては極めて珍しい。
 これらのことから、私は一時期兄が自分より弱いと思っていた時期があった。
 強さに執着を見せず、武術も習っていない兄が、必死に強くなるための努力を重ねてきた私に勝てるはずがないと。
 その思い込みを砕かれたのは、山での修行帰りに襲ってきた契約者との戦闘中でのことだった。
 契約者は、『村正』・『グロック17はプラスチック製』と多重契約をしている中々の手馴れだった。
 近距離では『村正』での斬撃、中距離では能力で生み出したグロッグ17での銃撃を行い、運動能力で勝るはずの私を翻弄させた。
 それでも、徐々に私が押して行き、勝利が目前となった瞬間、予想外の出来事が起こった。
 突然、背後から耳をつんざくような音、銃声が響いたのだ。
 振り返ったときには、私の胴体に既に着弾していた。
 目線の先には、猟銃と思える銃を構えた男が。
 どうやら、仲間は何かしらの能力の力で気配を消していたらしい。
 これが、普通の銃弾だったら、致命的な問題にはならない。
 もちろん、『鬼神の血族』だからといって銃弾は肉体を貫くが、そう簡単に致命的な損傷にはならない。
 最低でもS&WM500を超近距離で使わないと無理だよ~、と姉は言っていた。
 付け加えてこうも言っていた、普通の銃だったらの話だけど。
 銃弾を喰らった私は、その場に膝をついてしまった。
 このままだとまずいと判断し、痛みをこらえながら立ち上がろうとする。
 しかし、膝に全く力が入らなかった。
 後から知ったことだが、私を撃った契約者は『麻酔銃最強説』という都市伝説と契約していたらしい。
 この都市伝説は、言葉の通り、麻酔銃の効果を極限まで高め、まさしく一撃必殺の最強の武器とする。
 その効果は、『鬼神の血族』に対しても有効なそうだ。
 そんなことを知らなかったあの日の私は、せめて指を動かそうとするが、震えが止まらずまともに動かすことができなかった。
 頼りの綱の『チバ・フィーフィー』も、『村正』の契約者の相手をするので精一杯だ。
 死を覚悟した。
 この絶望的で致命的な状況に。
「――おい」
 そんな時だった。
「お前ら、俺の妹に」
 ただ歩くだけで周辺の道路にヒビをいれながら。
 『麻酔銃最強説』の契約者の銃弾を右拳で弾きながら。
 隠れていた三人目の契約者の『狐火』を左拳で吹き飛ばしながら。
「何をしている……!!」
 兄は現れた。
 私の意識が遠のいたのはその直後だった。

 この戦闘の被害は凄まじかったらしい。
 道路は粉に、電柱は石になり、クレーターがいくつもできてしまったらしい。
 しかし、『組織』が全力で隠蔽したらしいので大事にはならなかった。
 聞いた話によると、『組織』は我が家に多大な借りがあるらしく、祖父母達がそれを理由に組織に速やかな隠蔽を要求したらしい。
 私の怪我は、目が覚めた時には既に治っていた。
 『鬼神の血族』のもつ高い再生能力と、懇意にしている契約者の能力のおかげで。
 兄は、あれだけのことをしたのに、一切怪我を負っていなかった。
 さらに、三人の契約者も生きたまま捕まえ、組織に引き渡したそうだ。
 姉からその話を聞いた私は、ある感情を強く抱いた。
 それは、兄に対する感謝でも自身に対する憤りでもなく、どこまでも純粋で粘着的なもの。
 嫉妬心だった。
 圧倒的に優れた才能を持つというだけで、戦うための努力を重ねてきた私よりも高い位置にいる。
 戦う技術を持っていないのにも関わらず。
 そのことが、たまらなく不快だった。
 この日から、私は兄にコンプレックスを抱くようになる。
 それが本格的なものになったのは二年前で、態度に出るようになったのは少し前のことだ。

続く

7月中には終わらせたい……

お酒回っているので変なことを書いてそうです、書いていたらすみません

>>302
【黄昏家の呪い】は、無尽蔵に都市伝説と契約できる器を作ろうって計画なんです。発端は
当然、それを体現できた黄昏家の人間はいません
最も近づいたのが裂邪でしたが、都市伝説と融合できる裂邪でも「未完成」です
これについてと、「偽りの噂」も吸血鬼の路で明らかにしたい所存

>ワンパン

敵の悪行を強調する、敵が自分より強い相手と遭遇した時の心理描写……自分ではこの程度です
「ワンパンで敵を倒した主人公を見て、彼の背中を追いかけようとするサブ主人公」なんていうものアリなんでしょうかね?
限界が来るかもしれないと思った時、ワンパンから徐々に、かつ違和感なくダイエットできますから
メインとサブ両方の主人公によるWパンチ……というのもまたいい気がする

>>303
>ワンパンで敵を倒した主人公を見て、彼の背中を追いかけようとするサブ主人公
自分のだと輝がその立ち位置です

先に影の人と大王の人へ
裂君ですが存在を匂わせる発言だけで個人名称は出てきません
ただ、融合の設定をお借りします
問題がある場合は申告お願いします

それでは始めます

「ゆっちー、ちょっとゆっちー」
 隣に座る人物が発する不快な呼び名によって、私の意識は遠いところから戻ってきた。
「……その呼び方は、前にやめろと言ったはずです」
「えー、ココロ的にはーかわいいと思うんだけどなー」
 海老名ココロは、首をかしげ、二つに結った髪を揺らしながら、両手に顎を載せ言った。
 典型的すぎるぶりっ子ポーズだ。
 日常的にこんなことをするのは、きっと彼女くらいだろう。
「前に言ったように、苗字か名前で呼んでください」
「いやだよー、私とゆっちーの仲でしょー」
 ぶかぶかなジャージの裾を掴みながら彼女は嘯いた。
 私と彼女はクラスメイトなだけで友人でも何でもない。
 ただ、少し特殊な関係ではある。
「いいから仕事の話をしましょう」
「えー、もう少しーお喋りしようよー」
「時間の無駄です、早く本題に入ってください」
「もー、わかったよー」
 こちらに向かって、羽根が飛んできたのは、彼女が渋々納得したのと同時だった。
 私は、それに対し仰ぐように右手を動かす。
 すると、予想通りに羽は方向を転換し、使っていたプレイヤーの下へ飛んでいった。
 ラケットを片手に、プレイヤーは唖然としていたが、こちら向かいお辞儀をするとすぐに試合を再開した。
「触れてないのにー持ち主の場所にー返すなんてねー。相変わらずー、ゆっちーはすごいよー」
「私は、恥ずかしげもなくぶりっ子ぶるあなたのほうがすごいと思います」
「えー、ぶりっ子ぶってなんかないよー。ココロはーもとからこうだよ」
 海老名ココロは、胡散臭さしか感じないウインクをした。
「……一度あなたの面の皮をはいでみたいです」
 思わず溜息が出る。
 疲れた心を気分転換するため、体育館の風景を見ることにした。
 今、私達第一中学校二年A組は体育の授業を行っている。
 男子はグラウンドでサッカー、女子はこの体育館でバトミントンを行っている。
 私と海老名ココロは、バトミントンを行わず、体育館の隅でこうして座りながら会話をしていた。
「じゃあー、最初にーサービストークでもしようかなー」
 海老名ココロは、私の気分が良くなった頃にそう切り出した。
「第二中学のー『ヒトガタ』使いの件はー知ってるよねー?」
「もちろん、あれだけ派手に力を使っていたら」
「うちの学校の生徒もー被害に遭ってたしねー。まあ、不良とかにしかー手は出してなかったみたいだけどー」
「で、彼がどうしたんですか? このごろ、噂を聞かないので組織に始末されたと思ってましたけど」
「それがねー、なんとなんとーゆっっちーのお兄ちゃんがー彼と戦ったらしいんだよ!!」
 唐突に出てきた兄の名前に、私は特に驚かなかった。
「あれー、驚かないのー?」
「そのくらいのことじゃ驚きませんよ。よくあることですし。で、どうせ兄が『ヒトガタ』を倒して肩がついたんですよね」
 兄は、よく都市伝説絡みの事件に手を出す。
 そのたび、都市伝説を倒し、契約者は見逃すか組織に引き渡す。
 この行動は、一見正義感ゆえの行動に思えるがおそらく違う。
 兄は、この街が好きだ。
 そのため、街に事件が起きることを極端に嫌う。
 今時、見上げた地域愛だと思うが、力を一方的に振りかざしているだけとでも言える。
「要約するとーそうなんだけどねー。契約者はーそのまま更生してー元の生活に戻ったらしいよー」
「それだけですか?」
「いやいやー、問題はここからだよー。その契約者がー、また他の都市伝説とー契約したらしいんだよー」
「……一度、都市伝説と関わった人間は再び都市伝説と関わる可能性が高いです。それを考えると、そう大したことではないです」
「それはココロもー知っているよー。ココロがー、なんで気にしているかっていうとねー」
 海老名ココロは、その大きな瞳を細めた。
「どうもー裏でー、ココロがー最近調べている集団がー関わっているらしいんだよねー」
「その集団というと、前に言っていたあの」
「そうだよー、正体不明のーリーダーが率いる謎の小集団。中にはー、きょーりょくな能力を持つ人間がいるって噂だよー」
 謎の小集団。
 海老名ココロは、それについての情報を集めている。
 しかし、大したことを知ることはできず、今に至っているらしい。
「うーん、ココロがーここまで頑張っているのにー情報が集まらない存在なんてー初めてだよー」
 海老名ココロ、彼女は都市伝説関係の情報屋であり契約者だ。
 自身で集めた情報を売り、他人の情報を買うということを日常的に行っっている。
 思いのほか、繁盛しているらしく、彼女の財布の中にはいつも福沢諭吉がいるという話だ。
 ちなみに、不本意ながら私も彼女のお得意様の一人だ。
「あなたが、そこまでしても見つからないってことは、ただの噂にすぎないんじゃないですか?」
「そんなことないよー、きっと存在するもん。だからー、ココロはー諦めないよー」
 海老名ココロはそう宣言した。
「でー、見つけるためにはーたくさんのー情報を買う必要があるんだよねー。そのためにはー、たくさんのーお金が必要だからー」
 次に続く言葉は簡単に予想できた。
「ゆっちーにはー、ココロからーできるだけ多くのー情報を買って欲しいんだよねー」
「品揃えがよかったらお金に糸目はつけません」
 ジャージのポケットから財布を取り出しながら私は言った。
「そうこなくっちゃー」
 海老名ココロは、本当に嬉しそうに笑った。

『幽霊探知機』、それが海老名ココロの契約している都市伝説だ。
 かつて、あのエジソンが開発しようとしたという話を元として生まれたと思われる。
 能力は、幽霊や都市伝説の探知。
 これを使い得た、都市伝説の位置情報をメインに売り、彼女は情報屋稼業を営んでいる。
 私がよく買うのも、この都市伝説の位置情報だ。
「まいどありがとねー、ゆっちー。お礼にー今度なにか奢るよー」
「お礼なら、情報量の割引にしてください」
 財布をしまいながら私は溜息をついた。
 海老名ココロの情報はかなり正確だ。
 彼女の情報通りの場所に行って、目当ての都市伝説と遭遇しなかったことはない。
 そのかわり、かなり値段が高いのが難点だ。
「それはーできない相談だよー。でもー、ゆっちーはいつもーよくこれだけのお金を払えるねー。しょーじきー、学生にはかなり厳しい額なのにねー」
「普段、あんまりお金を使わないから貯まってるんです」
 この言葉は、真実の半分でしかない。
 というのも、私は複数の家族からお金を得ているからだ。
 一人目は、我が家の家計を預かっている祖母。
 毎月、他の家庭から見たら、多めのお小遣いをもらっている。
 二人目は、父。
 母さん達には内緒だと言い、中々の額をたまにくれる。
 三人目は、母。
 急に、数枚の札を渡してくることがある。
 四人目は、姉。
 手伝いをした時等に、かなりの額を渡してくる。
 なぜ、同じく学生である姉が多額のお金を持っているかというと、忍者業を行っているからだ。
 忍者業こと現在でいうスパイ活動は、危険を伴うことなのでそれなりに報酬がいい。
 姉はフリーの忍者なので、特に報酬が高い。
 以上のことから、私は海老名ココロの情報を大量に買うことができている。
「そうなんだー、まーあーココロ的にはー情報をたくさん買ってくれるならーそれでいいんだけどねー」
 彼女は満面の笑みを浮かべた。
 正直な話、私は海老名ココロという人間が苦手だ。
 考えを読み取れない表情、あきらかに作ったキャラ、情報屋稼業という常識から外れたことを平気でできる異常性。
 何をとっても不気味だ。
 彼女が有能な情報屋でなかったら、近づこうと思わなかっただろう。
「ところでさー、ゆっちー」
「なんですか?」
「ゆっちーはどうしてー都市伝説と戦うのー?」
「前にも言ったと思いますが、実践経験を積むためです。強くなるためには必要なことです」
「ふーん、そうなんだー。でもー、本当にそうなのかな?」
「……どういう意味ですか?」
「いやさー、たまにいるんだよねー。都市伝説を殺すことをー無意識のうちに楽しんじゃってる人」
「私はそんな人間じゃありません」
「じゃーあー、聞くけどさー」
 海老名ココロは、先程から変わらず笑顔のままだ。
 まるで、顔に貼り付けられているかのように。
「ゆっちーはー、都市伝説をーサンドバックか何かのようにー思ったことはないー?  自分のー苛立ちをーぶつけたりしたことはないー?」
「そんことは一度もな――」
 否定の言葉は途中で言えなくなった。
 私は、強くなるために実戦経験を積むという名目で都市伝説と戦ってきた。
 けれど、それは偽りの理由だったのではないか。
 都市伝説を殺す本当の理由を隠すための。
 そう思えてきた。
「戦士とー殺戮者はー全くの別物だよー」
 海老名ココロの、耳障りな声が鼓膜を刺激した。

 放課後、私は夕飯の時間まで毎日鍛錬を積んでいる。
 内容は、日によって違う。
 肉体の鍛錬を集中的に行う日もあれば、糸の操作を中心にする日や、祖母や両親に稽古をつけてもらう日もある。
 今日は、基礎鍛錬の後、家の庭でひたすら打撃の鍛錬をした。
 朝の敗北の件の影響もあったが、複雑な鍛錬を行える気がしなかったというのが一番大きな理由だ。
 日が暮れ、夕飯の時間が迫った頃、私は家の中に入りシャワーを浴びた。
 鍛錬の際に、溢れ出した汗を洗い流すことは気持ちがいい。
 けれど、今日はそんな気分になれなかった。
 浴室から出たあと、洗面台の前で髪を乾かしていると、赤い何かが一瞬鏡に映った。
 慌てて、背後を振り返るも、そこにはいつものように壁しかなかった。
 赤い何かを、ただの見間違いと思えなかった私は、警戒心を高めながら再び鏡を見る。
 そして、私は再び見てしまった。
 赤い何かを。
 今度ははっきり。
 また、一瞬で消えてしまったが、しっかり瞳に焼き付いた。
 私は、すぐにドライヤーを切り、急いでジャージを着ると廊下に出た。
 早歩きで、あと十数分で夕飯が並ぶはずの茶の間に向かう。
 赤い何か、その正体は私の肉眼では本来直接見ることができないもの。
 血に染まった私の顔だった。
 目も、鼻も、口も、眉毛も、髪も、何もかが私そのもの。
 同じ顔が、鏡に二つ並ぶとこんなにも気持ち悪いということを、私は初めて知った。
 そして、まったく同じ二つの顔は、血を浴びているかいないか以外にも、もう一つ違いがあった。
 表情だ。
 私は、普段と同じ特に感情がない顔。
 血に染まった顔は、その真逆の表情をしていた。
 茶の間に通じる戸に右手をかけるが、開くことを躊躇ってしまう。
 けれど、無理矢理力を込め、戸を開けた。
 血に染まった顔は、ひどく愉快そうに口元を歪ませていた。
 まるで、弱い者いじめをする下衆な人間のように。
 内に溜まった感情を吐き出しているかのように。

「あ、優~。おつかれ~」
「おつかれさまです、優さん」
 茶の間に入ると、テレビの前に座る姉とナダレさんが声をかけてきた。
 二人は、W○iで遊んでいた。
「……スマ○ラですか」
 ちなみにXではなくDXだ。
 なので、使っているコントローラーはゲーム○ューブのものだ。
 我が家には、Xもあるが、いつ頃からかDXばかりをプレイするようになった。
 というのも、兄も姉も私も、DXのほうがシンプルで面白いと思っているためだ。
「うん、優もやる?」
「私はいいです」
 とても、のんきにゲームをプレイする気分ではなかった。
 私は、既に茶碗や小皿が用意されているテーブルの近くに座る。
「え~、つまんないの~」
 姉は、そう言うと、拗ねたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
 邪悪さが滲み出ている笑みを。
「じゃあさ、こういうのはどう~?」
「何ですか?」
「優がス○ブラで勝ったら~、私が教わった戦闘用の忍術を直々に教えてあげる」
「……本当ですか?」
「本当に、本当に」
 これは、中々魅力的な提案だ。
 姉が習得している忍術は、他の武術と比べてかなり特殊な技術で使い手も少ない。
 そのため、忍術を習得できるということはかなりの得だ。
 私は、すぐに姉に了承の返事をしようとしたが、あることが頭に引っ掛かった。
「……私が負けたらどうなるんですか?」
「あっ、やっぱり気づいたか」
「当然です、何年一緒に暮らしてると思ってるんですか」
「……なんか今のセリフエロ「くないです」もう、最後まで言わせてよ~」
 文句を垂れる姉は子供そのものだった。
「いいから、早く教えてください」
「う~ん、わかったよ。優が負けた場合は、土曜日に私とデートしてもらうよ~」
「……」
 姉と二人っきりで出かけて疲れなかったことは一度もない。
 それを考えると、一瞬ためらいが生まれた。
 けれど、忍術を習えるのはかなり魅力的だ。
 それに、最近は姉とス○ブラで戦った場合、ほぼ三分の二の確率で私が勝っている。
 二つの異なる考えに、頭を悩ませた私は一つの結論を出した。
「わかりました、その勝負受けてたちます」
「おっ、そうこなくっちゃ~。じゃ、早速やろうか~」
 そう言うと、姉は自分のコントローラーを手放した。
「え?」
「あ、言ってなかったけど相手をするのは私じゃなくてナダレだよ~」
「え!?」
 ナダレさんは口を大きく開けて驚いた。
「優さん、私そんなの聞いてないですよ!」
「大丈夫だって~、ナダレの腕は私が保障するよ!!」
「そ、そんなー」
 うな垂れるナダレさんだった。
 ……ナダレさんには、可愛そうだが私は自身の勝利を確信した。
 ス○ブラなどの対戦ゲームは経験が物を言う。
 例え、ナダレさんにゲームのセンスがあったとしても、長年姉や兄達と腕を競ってきた私に勝てるとは思えなかった。
「それじゃ~、始め!」
 私は、姉の言葉を合図に、コントローラーを動かし使用キャラを選び始めた。

 土曜日、午前十時ごろ。
 普段なら、鍛錬を行っている時間、私はバスの座席に座っていた。
「楽しみだね~、優」
 隣には、新品と思われる丈の短い黒のワンピースを着た姉が。
 とても上機嫌な様子だ。
 私は思わずため息がこぼれ出てしまった。
 ……あの日、私はナダレさんに見事に敗北た。
 別に手を抜いたわけではない。
 選んだキャラも、使い慣れたサ○スだった。
 それでも私は負けた。 
 というのも、ナダレさんのプレイヤースキルが予想以上に高かったのだ。
 ナダレさんは使用キャラであるアイス○ライマーの特性を十二分に発揮していた。
 私も、負けじと奮闘したもののあちらのほうが上手だった。
 大差ではないが、僅差とも言えない結果で私は負けた。
 プレイ後、ナダレさんはうな垂れる私に頭を下げ謝罪した。
 私は、土曜日のことを考え気が滅入りながら、ナダレさんに謝る必要がないことを伝え宥めた。
 見ただけでわかるほど、うきうきしている姉を横目に。
 そして、今日に至る。
「姉さん」
「何、優? スリーサイズでも教えようか?」
「どうでもいいです。それより、聞きたいことがあります」
「うん、なんでも聞いてよ~。私はなんでも知っているからね!!」
「……そうですか、すごいですね」
 手放しに褒めてみる。
「突っ込む気がないならせめてスルーしてよ!! それが一番非道な反応だよ!!」
 姉は全力で突っ込んだ。
 ちなみに、姉は実際にあらゆることに詳しかったりする。
 忍者はあらゆる事柄に通じてなければならないと、自身の師匠に教育されたからだそうだ。
 普段は、クイズ番組の時くらいしか、それを活用していないが。
「それじゃあ、本題に入りますよ」
 頬を膨らませている姉を無視し話題を切り出す。
「こないだのナダレさん、いくらなんでも強すぎませんでしたか?」
「あ~、さすがに気にかけるよね」
「当然です、昔からずっとやってきたゲームなんですから。つい最近、始めたばかりの人があそこまで強いのが異常だってことはわかります」
 ナダレさんの腕は、スマ○ラをやり込んだゲーマー並みだった。
「だよね~、まあ優には別に言っていいかな。私が調べたナダレの秘密」
「……秘密ですか」
「そう、秘密。とりあえず、拳次がナダレをうちに連れてくる前、都市伝説研究者の団体に実験動物扱いされてたことは覚えてるよね?」
「はい」
「その時にね、だいぶ体を弄られたみたいなんだよ」
「……人体実験ですか」
 思わず顔をしかめる。
「うん、都市伝説を利用した超科学によるね。幸い、体に傷がつくようなことはされなかったみたいだけど」
 いつもよりトーンが低い声で姉は言う。
 どこか憂いるような目をしながら。
「目的は、ナダレを最強のハーフにすること」
「……科学者がやるにしては随分夢見がちなことですね」
「まあね、そもそもこの計画はあくまで代表者の娯楽みたいなものだったらしいしね。本筋の計画は、資金集めのための融合者の強制製造」
「融合者というと」
「そう、R-No所属のあの子の劣化品を人工的に大量に生み出す。人間を改造してね。そして、『組織』に反抗する組織に売り渡す」
「……恐ろしいですね」
 その契約者の噂は有名だ。
 何体もの都市伝説と契約し、その力を己の身に宿すことができると。
 おそらく、私では勝てない相手だ。
 劣化品といっても、彼と同じ力を扱える人間が大量製造されればかなりの脅威だ。
「調べたところ、まだ実用段階には至ってないみたいだけどね。じゃ、そろそろ話しを本題に戻すよ」
「はい」
「ナダレを最強の存在にするために施されたのは、能力の強化、融合度の上昇、そして天才といっていいレベルまでの知能の上昇」
「知能の上昇ですか」
「そう、優も知っての通り戦闘は頭を使うからね。いくら、優れた能力を持っていても頭が弱かったら宝の持ち腐れだしね。そして、これがナダレがゲームの強い理由だよ」
「……知能が高いからアクションゲームが強いというのは少し無理がありませんか?」
 ボードゲームなどでなら、話は別だが、アクションゲームでその理論はどうかと思う。
 しかし、姉はこう言い返した。
「考えてみなよ、優。それだけ、頭がいいってことは普通の人よりはやく、ゲームのコツに気づけるってことなんだよ。ということは、常人より何倍もの速さで強くなることができるってことだよ」
「……そんな」
 姉の説明を聞いたあとでも、いまいち受け入れがたい話だ。
 しかし、ナダレさんが私に勝ったのは揺るがない事実だ。

「これがナダレが異常にゲームが強い理由だよ~。ナダレが妙に勘がいいのも同じ理由。あと、何か聞きたいことはある~?」
「はい、もう一つ」
「お~、なになに?」
「姉さんは」
「うん」
「なんで全て知っていたのにナダレさんと私を戦わせたんですか?」
 あの日、ナダレさんは私に謝った。
 すごく申し訳なさそうに。
 姉は、普段から私や兄やナダレさんに迷惑をかけてくる。
 けれど、それは悪質なものではないし、困っている時は助けてくれたりもする。
 しかし、今回はいつもと違い、少しタチが悪い。
 なによりも、姉がナダレさんが落ち込むようなことをするのが不自然だ。
 私の問いに対し、姉は考える様子も見せずにこう言ってきた。
「優はさ~、自分がス○ブラでナダレに絶対に勝てないと思う?」
「当たり前です、姉さんの理論だとナダレさんは、これから戦闘を重ねるごとに今以上に強くなることになります。そんな相手にどうやって勝てというんですか」
「もしかしたら、運良く勝てるかも知れないよ~?」
「無理です、姉さんならまだしも私みたいな凡人には」
「ス○ブラなら優のほうが私より強いじゃん」
「それは、姉さんがやり込んでないからです」
 私の姉、鬼神愛は普段の言動から想像できない、とても器用な人間だ。
 あらゆることをそこつなくこなす。
 しかし、何でも出来る分、一つのことを極めるということはほとんどない。
 唯一の例外は、忍術だろう。
 姉さんは、まだ若いにもかかわらず、師匠からお墨付きをもらうほどの一流忍者だ。
 このように、姉が何かを極めれば、私をはるかに凌駕する能力を発揮する。
 ス○ブラで、姉より強いのは、ただ単に私のほうがやり込んでいるからに過ぎない。
「とにかく、私では無理です」
 私は、口を閉じ、窓の風景を見始めた。
「……やっぱり、体でわからせるしかないね」
 姉が、何かを呟いたような気がしたが気のせいだろう。

「……姉さん」
「何~? 優」
「確か、姉さんはデートに連れて行くとかぬかしてましたね」
「うん、そうだよ~。楽しい~、楽しい~デートだよ」
「じゃあ、なんで山に来てるんですか」
 バスから降りた私は、先導する姉に連れられてきた場所。
 それは、私達が普段から修行している持山だった。
 ちなみに、今朝は姉に長距離ランニングに連れ出されて来ていない。
「ほら~、いま山ガールとかブームだし」
「もう古いです」
「……ブームの廃れって早いね~」
「話をずらさないでください」
 なんというか、もういい加減にして欲しい。
「なんで、こんなめんどくさい事したんですか? 山に連れてくるならそう最初から言ってください」
「いや~、今日はちょっといつもと事情が違うからね」
「どういうことですか?」
「実はね、今日優にはある人と模擬戦をして欲しいんだよ~」
「……模擬戦ですか」
「そう、だから敢えて教えなかったんだよ~。緊張感を持ってもらいたかったし、変に準備とかして欲しくなかったからね」
 確かに、事前に知っているのと知っていないのでは緊張感が違う。
 それに、実戦を想定するなら準備はしてないほうがいい。
 中々、考えられたプランだ。
「わかりました。で、相手は誰ですか?」
 一家で最弱といっても、私も『鬼神の血族』だ。
 おそらく、相手はかなりの強敵だろう。
「うん、そろそろ出てきてもらおうかな~。お~い、出てきていいよ~」
 すると、近くの木の陰からその人物は現れた。
 にこやかな顔で。
 リラックスした様子で。
 殺気を身に纏わせて。
「こないだぶりだね、優ちゃん」
 兄の親友、佐々木輝はそう挨拶をしてきた。

続く

>【黄昏家の呪い】
マジかよ…

デブけんさん乙です
妹さん、これからどのような成長を遂げるのかな……そして次回、いったい何が始まるんです?

ナダレの過去に、間接的とはいえ裂邪が関わってくるとは……
しかし、劣化とはいえ「融合」の再現ですか。吸血鬼の路で言葉だけ引用してもよろしいですか?
その話題に食いつきそうな新キャラがいるので……

>>313
「1万の都市伝説と契約すれば『万能』、全ての都市伝説と契約すれば『全能』」という脳筋論ですけどね
なまじ行動力がある人間がやったせいで、中途半端に力を持っちゃったけども

また、体現している能力として常人よりも器が大きいという傾向もありますが
正義みたいに「兄に器を喰われたせいで誕生した、契約すると寿命が極端に減る器」という欠陥品もあったり
「黄昏家」の歴史を見ていけば、そういった貧乏くじを引かされた人間も見つかるでしょうね

7月中に終わらせるといったな。あれは嘘だ
……なんかすいません



「ルールは簡単。先に、相手を気絶させるか先に三回攻撃を当てたほうが勝ち。都市伝説の使用もありだよ~」
「生命の危機に関わるようなことになったらどうするんですか?」
「その場合は、私が全力で阻止するから大丈夫。まあ、輝ちゃんはともかく優はそう簡単に死ぬような体じゃないしね~。優の方は何か質問ある~?」
「……いえ、特には」
「そっか~、じゃそろそろ始めよっか~」
 突如現れた輝さんと、私は向き合っていた。
 数メートルほどの距離感を保って。
 ちなみに、彼女の服装は私と同じパンツルックだ。
 中間地点には姉が立っている。
 場所は、よく私達が鍛錬の際に好んで使う、木々に囲まれた比較的平坦な所。
「輝ちゃんと優が手合わせするのは初めてだね~。私はどっちともやったことがあるけど」
 呑気に姉はそんなことを言った。
「愛さんがやったっていうと卑猥な意味にしか聞こえないですね」
「ちょっと~、輝ちゃん失礼だよ!! 義理の妹でもないのにそう簡単に手は出さないよ!! ここは足利でも千葉でもないんだよ!!」
「いや、それって義理の妹だと容赦なく手を出すってことじゃ……。ハッ! ということは、ナダレの貞操が危ない!?」
「大丈夫だよ~、ナダレには手を出さないから」
「ふー、そうですか」
「……少なくとも調教が終わるまでは」
「ちょっと愛さん!?」
「義妹だけど愛と性欲さえあれば関係ないよねっ」
「不穏なワードが混ざってるんですけど!?」
「いい加減、コントをやめてもらっていいですか?」
 このままでは、いつまでたっても始まりそうもなかったので私は言った。
「コントなんかじゃないよ!!」
「じゃあ、漫才ですか?」
「あんまり変わってないよね、それ!! ……いい加減に始めようか」
「最初からそうしてください」
 姉は右手を上げた。
「私が手を下ろしたら始まりだよ~」
「わかりました」
「わかりました。それと輝さん」
「ん? なに?」
 こんな状況にも関わらず輝さんは微笑んでいる。
 それが、何か秘策があるからなのか、勝つ気がないための笑みなのかはわからない。
 けれど、私は一言こう告げた。
「手は抜きませんよ」
「それは喜ばしいね」
 姉が右手を振り下ろしたのはその直後だった。

 佐々木輝。
 彼女の戦闘能力は中々に高い。
 母の指導により身につけた空手。
 幼い頃から契約してる『ヒエロニムスマシン』を使い繰り出す数々の能力。
 磨き上げられた高い戦闘センス。
 これらを使い、とても女子高校生とは思えない戦闘を行う。
 けれど、私の敵ではない。
 あくまで、普通の人間である輝さんの打撃は『鬼神の血族』である私には通用しない。
 『ヒエロニムスマシン』も同様だ。
 都市伝説と人には系統というものがある。
 強化系、放射系、操作系、変化系、創造系の五つが特に一般的だ。
 そして、契約者と都市伝説の系統が一致した場合、強力な能力を発揮する。
 私の系統は、強化系と創造系。
 『チバ・フィーフィー』の系統は、放射系と創造系だ。
 私が、強靭な糸を生み出せるのは、『チバ・フィーフィー』が同じく創造系なのと、強化系だからだ。
 輝さんの場合は、全ての系統を持っているも、その分全ての力が低い。
 いわゆる、器用貧乏というやつだ。
 なので、『ヒエロニムスマシン』を使っても、殺傷性の低い攻撃しかできない。
 輝さんにとって『鬼神の血族』は最高に相性が悪い相手ということだ。
 なのにも関わらず、模擬戦をするということは、おそらく新しい都市伝説と契約したのだろう。
 『鬼神の血族』を相手に戦える、強力なものと。
 それでも、私は負ける気がしない。
 いくら、強力な都市伝説だろうと、輝さんの系統だとあまり力を発揮できないというのが一つ目の理由。
 二つ目の理由は、この場所が私の知り尽くした場所だということ。
 三つ目の理由は、私が『鬼神の血族』だということだ。

 模擬戦が始まると同時に、動いたのは私だった。
 すぐさま、地を蹴り輝さんへ真正面から突っ込む。
 輝さんが、新しい能力を使う前に速攻で終わらせようと思ったからだ。
 今回、糸と『チバ・フィーフィー』は使わない。
 輝さんの『ヒエロニムスマシン』から放たれるエロプティック・エネルギーは電気的特性を持つ。
 よって、糸を伝ってエロプティック・エネルギーが私の体に流れてしまう。
 殺傷力が低いため、私の体なら楽に耐えることができるので、実戦なら無視してもいいが今回はそうはいかない。
 この模擬戦のルールでは、気絶させるか先に三回攻撃を当てた方が勝利する。
 そのため、エロプティック・エネルギーが体に流れると、ダメージはなくとも攻撃を受けたことになってしまうからだ。
 『チバ・フィーフィー』と共に戦わないのもほぼ同じ理由。
 あの子の主な攻撃手段も糸なので、同じくエロプティック・エネルギーが流れてしまう。
 頑丈な私と違い、あの子はおそらく痺れてしまう。
 そのため、私は一人素手で輝さんに挑むことした。
「おー、元気がいいね」
 正面から襲ってくる私に対し、輝さんはそう呟いた。
 一切の構えをせずに。
 その態度に、一瞬怒りを覚えた私は、さらに足を速める。
 輝さんまで、後数歩というところまできた私は、左拳を放つ構えをした。
 一撃で気絶させることを決意して。
 その刹那だった。
 私の顎に向けて、足元の土中から小さな鉄塊が勢いよく飛び出したのは。
 突然の攻撃を、私は思わず顔を逸らし躱した。
 だから、気付かなかった。
 この一瞬に、輝さんが私にむけ拳を放ったことを。
 腹部に説明のしようがない衝撃が来るまで。
「ちょっと強引すぎたね」
 直後、私は宙に吹き飛ばされた。

 地面に仰向けに倒れた私は、右手で痛む腹を押さえながら立ち上がろうとした。
 けれど、力が入らない。
 そればかりか、吐き気がこみ上げ、思考もまともに纏まらない。
 最悪の状況だった。
 頭を少し上げ、輝さんの方を見てみると、先程と同じ場所に構えもせずに立っていた。
 余裕が有り余っているかのように。
 湧き上がる感情を抑えながら、私はバラバラな思考を纏め始めた。
 本来、輝さんの打撃で私が吹き飛ばされるなんてことはありえない。
 しかし、私は輝さんの打撃を食らった直後に、味わったことのない痛みを感じ吹き飛ばされた。
 そう考えると、あの打撃には何かしらの都市伝説の力が備わっていたと考えるのが自然だ。
「あ、そうそう」
 推論を考えていると、突然輝さんが声をかけてきた。
「さっきの打撃、都市伝説の力は直接的には関係ないから」
 その一言で、積み上げた推論が崩れた。
「……どういうことですか」
 徐々に動き始めた体で、膝立ちをしながら私は言った。
「そのまんまの意味だよ、さっきの打撃はちょっと特殊な殴打技にすぎないってこと」
「……殴打技」
「うん、名称を言うとあの有名な発勁だよ」
「発勁!?」
 発勁、それは中国拳法の奥義の一つだ。
 高度な技術を必要とする技なので、本来達人クラスの人間しか使うことができない。
 それを、輝さんは使ったという。
「発勁は、そんな安々と使えるものではないはずです。母さんですら、習得までに長い時間がかかった技のはず」
「ああ、そうだよ。だから、私が初めて成功した時、師匠は悔しそうにしていたしね」
「でたらめを! あなた如きが発勁を使えるわけが」
「『ヒエロニムスマシン』」
 輝さんは右手に握った、回路が書かれた一枚の紙を前に出した。
「これを使って反則気味の方法で習得したんだよ」
「……どういうことですか?」
「『ヒエロニムスマシン』を使い発したエロプティックエネルギーを自分の体に流すんだよ。そして、能力で肉体の内部を細かく見渡す。発勁の動作を確認するために。さらに、確認してもどうしても直せないところがあったらエロプティックエネルギーを使い無理やり矯正する」
「そんな無茶苦茶な方法で習得できるわけがありません!」
「けど、私は実際その方法で習得したんだよ。ま、本物の達人のには劣るけどね」
 苦笑する輝さんを私は睨みつけた。
 本来、多大な努力の上に成り立つ技を簡単に習得し使う。
 その行為が、どうしても許せなかった。
「侮辱です、それは武術に対する侮辱です!!」
 震える足で、無理やり立とうとする。
 バランスを保てず、崩れかけるも、必死で踏ん張る。
「そうかな? 武術ってのは元々は生き残るための術だよ。侮辱も何もあったもんじゃないと思うけどな」
「それは……」
「戦闘は、勝利こそが全て。敵はこっちの努力なんて認めてくれないしね」
「……」
 何も言い返せず口ごもる。
 輝さんの言ってることは正しい。
 けれど、気に入らない。
 私より遅く武術を始めた人間が言っていることが。
 宿命を持たぬ人間が語っていることが。
 ただの人間がほざいているいることが。
 どうしようもなく気に入らない。
「きついなら、立たないほうがいいよ。発勁ってのは肉体の内部に衝撃を届ける技だからね。内蔵がだいぶ痛んでるはずだよ」
「……黙れ」
 なんとか立ち上がるも、体にはほとんど力が入らず、立っているだけできつい。
「だから、無理しないでよ。いくら、丈夫だからといっても内蔵にダメージを食らってるんだから。大怪我なんかさせちゃったら師匠に顔向け出来ないし」
「黙れよ、人間!!」
 それでも、私は駆け抜ける。
 歯を食いしばりながら。
 壊してしまいたい敵を目指して。

「もー、しょうがないな」
 敵は、『ヒエロニムスマシン』からエロプティック・エネルギーを地面に向け発した。
 次の瞬間、いくつもの鉄塊が地中から飛び出した。
 エロプティックエネルギーの電気的特性を利用した金属の操作だ。
 先ほども、確実にこれを使ったのだろう。
 いくつもの鉄塊が、私を囲い込むように飛んでくる。
 しかし――。
「見えていればなんでもない!!」
 襲いかかる鉄塊を最低限の動作で躱す。
 このくらいの攻撃、不意打ちでない限り、当たり前に対応できる。
 全ての鉄塊を交わし、私は再び敵に向け歩を進める。
 拳を固く握りながら。
「あらら、せっかく朝から準備したのになー」
 敵は、私が近づくと、呑気にそんなことを呟きながら、鋭い上段蹴りを放ってきた。
 それを体を反ることで避け、左拳を放とうとした時だった。
 敵の靴裏から、こちらへ向かいエロプティック・エネルギーの光線が飛んできたのは。
 まさかの事態に慌てながらも、斜め後方へ跳ぶことで回避する。
 光線は、そのまま空へ吸い込まれるような軌道をとった。
 足裏に回路の紙を貼っていたのは完全に予想外だった。
 よく考えれば、先ほど紙を持ってもいないのに鉄塊を操った時点で察しておくべきだった。
 が、これであちらの手札も切れたはずだ。
 これ以上の奇策を、さすがに用意はしていないはず。
 なら、今すぐに決着をつけるのが得策だ。
 鞭を打つように、未だに痛む肉体に力を込める。
 狙うは目の前の敵、たった一人。
「終わらせる!」
 意思が決まった時には、体は既に動き出していた。
 足は歩を進めることを望み。
 拳は肉を殴ることを望み。
 脳は汚れを取り除くことを望む。
 痛みは次第に消え失せ、強い思いが心を満たす。
 目の前の目障りな敵を叩き潰したいという思いが。
「終わるかな?」
 敵はついに構えを取った。
 左足を前にだし拳を構える。
 だが、そんなことに意味はない。
 人間が策を持たず『鬼神の血族』を超えることなどできない。
 私達は人を凌駕した存在。
 呪いを力に変える者達。
 求めるのは圧倒的にして単純な概念。
 その誇りにかけて、ただの人間にこれ以上好きにはさせない。
 目前に迫った敵に、疼く拳をぶつけようとする。
 全てを終わらせることを誓って。
 だが、その拳は途中で止まった。
 空から降り注ぐ刃に気づいて。
 バックステップを踏むと、目の前の地面に幾本ものナイフが刺さった。
 それらは、文具であるカッターナイフではなく、かなり本格的なもの。
 当たっていたら、切り傷くらいは付いただろう。
 そんなことを考えてしまったのがミスだった。
 敵のことを一瞬忘れてしまった。
 慌てて、目線を戻すもそこに既に敵はいない。
 だが、すぐにどこにいるか気づく。
 敵はすぐ近くにいた。
「一言言わせてもらうね」
 そう、私の背後に。
「寝てろ、超人」
 振り返った私の顔面に拳が直撃した。

続く

キャットファイト()回でした
それにしてもこの妹慢心しまくりだ

おつです~
妹さんが最弱と評される理由……十中八九慢心なんじゃ?(タブンチガウ
慢心を直すだけで、一回り二回り成長できる気がする。逆に言うと、伸び代がある気がする、とも
しかし、輝さんも強いなぁ。負けるヴィジョンが浮かばない

>「そうかな? 武術ってのは元々は生き残るための術だよ。侮辱も何もあったもんじゃないと思うけどな」

楓「[道]とは[精神]、[術]とは[手段]。武を極めるとは、心と技、そしてその器たる体を鍛えること
  しかし、精神の強さだけでは敵には勝てない。時に心を捨て獣となる覚悟も必要かもしれない……
  それこそが、陸奥に勝つための……」
勇弥「陸奥って誰だよ」

「かはっ……」

男が血を吐きながら、呻き声をあげて倒れ伏す
震える腕で己の身を起こそうとするが、目の前に漆黒の刃が向けられた
目を見開き、諦めたように男は俯く

「……ま、まいった…」
「フン、面白味の無い」

黒い鎌を下げ、彼は――顔の無い仮面を被った少年は男を背に立ち去った
そして、湧き起こる歓声
観客席にある巨大モニターには、“SEMIFINAL Winner Noface”と表示されていた

《決まったぁ!!
 決勝戦への切符を勝ち取ったのは、顔の無い仮面を被った謎の少年“ノーフェイス”!!
 平均5分で勝利を手にしてきた彼を、『エフェクター』が導いているとでもいうのかぁ!?》

実況が響き、また歓声が湧き上がる
ハァ、と少年は誰にも届く事の無い溜息を吐き、武舞台を後にする

「…もっとマシな奴はいないのか
 俺は目隠しをしているんだぞ? これ以上のハンデは無いだろ?」
「仕方無イ。コレモ任務ダ」

少年の持った鎌が、黒いローブを羽織った人影に変わる
それを見て、少年も口を開いた

「確かにそうだが…こんな下らん催し物に付き合わされる俺の身にもなって欲しい」
「普段カラ戦イバカリ求メテイルオ前ニハ好都合ジャナイカ」
「ただ戦うだけなら何時だってできる…俺が求めるのは、俺に本気を出させるような奴との戦いだ
 5分程度で降参するような弱者ではなく…全身の血が煮えたぎらせるような強者との…」
「言ッテオクガ、オ前ノ任務ハコノ大会ノ優勝賞品デアル『エフェクター』ノ回収ナノダゾ?
 頼ムカラ、本来ノ目的ヲ忘レルナ」
「分かってるよ、シェイド」

そう答えると、一度無貌の仮面を取り外して、
少年―――黄昏裂邪はまた、深い溜息を吐いた





     †     †     †     †     †     †     †

それは昨日の事だった

「“闇のコロシアム”だと?」
「ええ、どうやらそういった催し物が存在するそうですの」

ノートパソコンのディスプレイに映し出されたのは、
件の“闇のコロシアム”についての詳しい情報
場所や日程、参加資格などが細かく記されていた

「いつからこんなものが始まったのかは分かりませんけど…問題はもう一つ、」
「……優勝賞品が『エフェクター』…か」

資料の一部を裂邪が読み上げると、
御明察、と言うようにローゼは大きく頷き、話し始めた

「貴方もご存じかと思うけれど、近年『エフェクター』の使用者が増えつつありますわ
 確かに中には無害な物も存在しますわ
 それは、100ある内の半分だと言っても差し支えありません
 けど、そのもう半分は……」
「都市伝説との同化を促進させ、最悪の場合……使用者は破滅の運命を辿る
 俺は1度、その瞬間をこの目で見ている」
「そのような悲劇をこれ以上起こす訳にはゆきませんわ
 そこで……貴方にはこの“闇のコロシアム”に参加し、『エフェクター』を獲得して頂きたいの」
「成程な。というか、ローゼちゃんなら大会参加なんてまどろっこしい事しないで、
 適当に潜入して『エフェクター』の奪取だけ指示するもんだと思ってたが」
「それも考えに入れておりましたけれど、リスクが大き過ぎますわ
 参加者としてなら、疑われるようなことは少ないし安全に任務に臨めますの
 まぁ、貴方でしたら心配無用だとは思ったけれど…万が一の場合に備えて、ね?」
「確かにその方が賢明だな…」
「あら、珍しくノリ気じゃありませんのね?」
「参加者は『エフェクター』を狙ってる訳だろ?
 『エフェクター』を使えば、都市伝説の情報を歪曲させて新たな力を引き出せる
 だが実際、そこまでしなくても殆どの都市伝説は応用すればある程度の戦闘は可能だ」
「正直、貴方の場合はナントカ補正が入ってると思いますけれど」
「メタっぽいからスルーするぞ
 それでも大した力を引き出せない奴が『エフェクター』なんて物に縋る
 つまり、この大会ははっきり言って雑魚ばっかりな訳だ
 俺に言わせれば、俺じゃなくとも“Rapidity”や“Reflector”、最悪“Reader”でも良い筈だろ?
 なのに俺を呼んだって事は……他に何かあるな?」
「おほほほほ、本当に察しがよろしいですわね
 『Rangers』はその立場上、R-No.の構成員以上に顔が知れやすいですわ
 貴方が挙げた様な主力メンバーの皆さんは特に、ですの
 中でもトップクラスで有名なのは“Rainbow”……貴方なのだけれどね」
「そんな奴が参加すりゃ、主催者側も黙ってない筈だ」
「その通り。だからこそ貴方が“Rainbow”だとバレないように変装して頂きたいの」
「やっぱりそういうことか…」
「別に女装しろ、という訳ではありませんわ
 仮面を被って頂くだけでも立派な変装ですし」
「こういう時が来ると思って蓮華ちゃんに作って貰ったんだ」

そう言って、裂邪が取り出したのは、金色に眩く輝く仮面だった
いや、目も鼻も口もないそれは、仮面と言うには程遠く、寧ろ円盤と言った方が近いだろう

「…それは?」
「少し殴られたくらいじゃ壊れない素材で出来てる
 南極の一件以来、「ジャック・オ・ランタン」の力が強化されて余所見してても戦えるようになったからな
 良い機会だし、ハンデして戦ってやろうと」

す、と彼は仮面を被り、軽く御辞儀をするような素振りを見せた
その瞬間、ローゼの背筋が凍てつきそうになったことを、誰が予感しただろうか

「……あの、裂邪さん? それだけはちょっと……」
「ん? 安心しろ、バレそうになったらそれなりの対処はする
 この大会は殺しOKらしいが、不殺を貫くことも約束するよ」
「いえ、そうではなくて―――」
「それじゃ、皆と作戦練ってくる」
「あ、ちょっ、裂邪さん!」

早々に部屋を出て行くその背を見て、深い溜息を吐くローゼ
彼女が抱くは、たった1つの不安

「……また一つ、近付いてゆく……
 ねぇ、貴方は何処まで行ってしまうの? 裂邪さん…」





     †     †     †     †     †     †     †

《お待たせ致しました! 決・勝・戦です!
 遂に『エフェクター』に相応しい最強の契約者が決まります!》

熱い歓声の中、武舞台にスポットライトが照らされる
輝く鮮血の痕が、ここで繰り広げられた数多の戦いを物語っているようだった

《まずはAブロック代表!
 貌の無い仮面を被りながらもたった5分で、それも殺人OKのこの大会で1人の死者も出さなかった強者!
 謎多き無貌の少年、ノーフェイス!!》

紹介が終わると、彼は―――裂邪は通路から出て、スポットライトと歓声を浴びる武舞台に上がる
「だっせぇ前振りだな」という呟きは、巻き起こる声に飲まれて消えた

「……ま、今までの連中は寒気がする程弱い奴等ばかりだったからな
 俺に半殺しにされる為にここまで勝ち上がってきた雑魚か、俺と対等に渡り合えるようなそこそこ出来た馬鹿か……
 どちらにせよ、この長過ぎる茶番劇がようやく終わる訳だ」
《そしてBブロック代表!
 奇しくもノーフェイスと同じく不殺を貫いて勝ち上がってきた、烏の仮面を被った少年!
 燃え盛る漆黒の翼、紅(クレナイ)グレン!》

「うおおおおおおおおお!!」という雄叫びと共に、翼の生えた火球が裂邪とは反対側の選手入場口から飛び出した
ばさっ!と黒い羽根を散らしながら翼を羽ばたかせてスピードを殺し、
火球はゆっくりと武舞台に舞い降りて、気合を込めた一声と共に炎が弾け飛んだ
先程の紹介通り、烏をモデルにしたらしい仮面で目と鼻を覆った少年
背格好から見るに裂邪と同年代くらいだろうか

「じゃじゃああああああああああああああん!!」
「…は?」
「カーッカッカッカ、お前がノーフェイスだな? 俺様は紅グレン!
 お前の試合は観客席で見させて貰ったが、相当に出来る奴だと見た!」
「あぁ、そう」
「しかぁーし!! お前の命運はここまで!
 あの『エフェクター』は俺様が頂く!」

―――何だこの暑苦しい奴は
呆れた裂邪は小さく溜息を吐いた
その直後、試合開始を告げるゴングが響いた

「行くぞ! 『戦天必焼』ォ!!」

先に動いたのはグレンだった
彼の背から黒い翼が生え、羽ばたいて裂邪に急接近すると同時に、燃え盛る炎の拳を振りかぶる

「『シャドーサイス』」

裂邪は己の影から現れた漆黒の鎌を手に取り、グレンを押さえるべく振り下ろした
グレンは空中で身体を捻って脚を烏のそれに変化させ、鋭い爪と鎌の刃をぶつけて火花を散らした

「ひゅー、危ねぇ危ねぇ、今終わっちゃ烏の行水も良いところだぜ」
「……ほう、少しは楽しめるか」

裂邪は爪を弾いてグレンを遠ざけると、
影から2個3個と、黒いスパークを放つ球体がふわりと飛び出し、浮き上がる

「…『シャドーボール』」

球体は真っ直ぐに、グレンへ目掛けて放たれる
対するグレンは大きく飛び上がり回避を試みたが、球体は彼を追尾し続ける
ばちっ、と黒い雷光が邪悪に煌めいた

「本当に少しだけだったな…これで最後(レッツト)だ―――」
「『昇天霹靂』ィ!!」

一瞬の雷光の後、場内に轟くは雷鳴
その刹那の間にグレンを追っていた球体は跡形も無く消滅していた
ただ、漆黒の翼を織りなすグレンが、炎と雷を纏って悠然と降り立とうとしていただけだった

「カッカッカ! お前やっぱすげぇな!
 久しぶりだぜ、こんなにワクワクするような戦いはよぉ!
 ……だが、目隠しなんてしてないで、そろそろ見せてくれねぇか? お前の“本気”を」
「…ウヒヒヒヒヒ……前言撤回、だな
 この戦い……大いに楽しめそうだ!!」

裂邪は俯いて仮面を外し、何処かに投げ捨てた
瞬間、彼の影から夥しい数の黒い腕が伸び、その身体を包み込む
昆虫のような4枚の翅と長い触角、鋭い爪
その両目は闇に浮かぶ光の如く、紅く輝いた

「……影、推参」
「そうそう、そう来なくっちゃなぁ!」

グレンは身体に炎を纏い、翼を羽ばたかせて裂邪に急接近する
対する裂邪はその攻撃をひらりと躱し、すれ違い様に膝蹴りを入れた

「ごふっ!?」
「この程度か……はぁ!!」

そのまま打ち返し、武舞台の壁に強く打ちつけられるグレン
小さく呻き声をあげる彼に、裂邪は態勢を整える猶予すら与える気配はない

「『シャドーズ・アスガルド/ooting(スラッシューティング)』」

瞬く間に、裂邪の姿が変わり始める
長い爪のあった両腕は長い砲門になり、背からも同じような砲門が伸びた
直後に黒い稲妻が走り始めた3つの砲口は当然ながら全てグレンに向けられている

「しまっ――――」
「『シャドーブレイカー』」

放たれる黒い3本の光条
咄嗟に、グレンは右手を大きく振るうと、稲妻がその場に弧を描いた
電気特性を持つ光条は稲妻の弧を伝わってグレンに命中する事なく、大きく反れて会場の天井を破壊した
彼はふっ、と呼吸を整えて立ち上がり、舌を打つ裂邪に向けて拳を振りかぶって接近した

「今度はこっちの番だぜぇ!『業炎拳乱』!!」

名の如く赤々と燃え盛る炎を纏った拳を何度もぶつけるグレン
先程の形態から元の身軽な姿に戻った裂邪はそれをひらりひらりと躱してゆく
「鬼火」の一である「ウィル・オ・ウィスプ」の能力で、目を瞑ってでも容易に回避出来る彼ではあるが、
グレンによる息も吐かせぬ連続攻撃は、当たれば相当のダメージを受ける事は目に見えて分かる
しかし、そうでなくとも熱を発する彼の拳は確実に裂邪の体力を徐々に奪っていった
当たれば直接的に、避ければ間接的に、相手を苦しめる
自分も得意とする戦法だけに、ちっ、と裂邪は舌を打った

「…『レイヴァテイン・シールド』」

呟いた瞬間、裂邪の目の前――グレンと己を隔てるように、金色の壁が出現した
ぎょっとするグレンに構いもせず、裂邪は盾――「レイヴァテイン」を持ち、
殴られた勢いに身を任せて後方へとグレンとの距離を取った

「…俺が2つの都市伝説を使う羽目になるとはな」
「す、すげぇ! お前も多重契約者だったのかよ! カーッ燃えるじゃねぇか!!
 けどよ、まだ俺は物足りねぇ……お前、まだ本気を出しちゃいねぇだろ?」
「は?」
「俺はお前の本気と戦いてぇんだ
 こんなうずうずする戦い、初めてなんだよ!
 なぁ、早くお前の本気を見せてくれねぇか!?」

それは、まるで玩具を強請る子供のような、純粋な眼だった
ふん、と裂邪は鼻を鳴らし、盾を降ろした

「…グレンと言ったな。人が強くなるにはどうすれば良いと思う?」
「え?」
「俺の身の回りの人間は皆、己を鍛えていた
 確かに、そうすれば契約者は勿論、運命共同体である契約都市伝説も強化されるかも知れない
 だがもっと効率的なものがあるんじゃないか」
「……んー……難しいことは分かんねぇが……何が言いてぇんだ?」

―――脳筋かこいつ
思わず裂邪は溜息を吐く

「“心”…特に怒りや恨み、妬み…殺意
 邪悪な心を持ち、その気持ちを高めれば、自身と、契約者と“心”で繋がっている都市伝説を大幅に強化できる
 お前に分かるように言えば…お前を殺したいと強く願えば、俺も本気を出せる…という事だ」
「だったら話が早ぇ! 俺も殺されないようにするからよ!」
「お前は本ッ当に馬鹿だな…俺はこのつまらん催しに任務で参加してるんだ。“お前と同じ”で、な」
「ッ……き、気付いてたのか?」
「ごろつきの多いこのコロシアムで不殺を貫き、尚且つ『エフェクター』のような道具に頼らずとも高い戦闘力を持つ…
 判断材料としては十分だと思うが」
「…お前の言う通り、細かい事は言えねぇが俺は上からその『エフェクター』って奴を取ってくるよう言われてる
 けどそれ以上に、俺は戦いてぇんだ! 本気を出したお前と! 全力で!!」
「どこの組織か知らないが、同じ『エフェクター』を処分する側だとすれば俺にお前を殺す必要はない
 悪いが諦めてくれ」

そう言うと、裂邪は盾を黄金の鎌に変え、
くるくると振り回して構えた

「……と言いたいところだが、」
「?」
「人が自由に己の“心”を…感情を変化できるとしたらどう思う?
 怒りや悲しみ、優しさや殺意の配分を、思いのままに操作できれば……人間は簡単に強くなれる」
「なっ…そ、そんなこと―――」
「悪いが9割9分9厘人間じゃなくなってから“心”が不安定でな
 感情の配分を満遍なく、もしくは極端に、振り分ける事が出来る…殺意100%も容易い
 俺の計算では約50%…半分の殺意も出せばお前を夢幻泡影に帰すことも出来るが今日は特別だ」

その直後だった
鎌に変えた「レイヴァテイン」がどろどろと融けて金の水となり、
裂邪の影から夥しい量の影が溢れ出て、裂邪を包み込もうとする

「楽しかった…こんな戦闘をしたのは本当に久しぶりだった
 今見せてやろう…お望みの殺意100%をなぁ!!!」

びくっ、と小さく跳び上がってしまったグレンの目の前に現れたのは正しく“化物”
武舞台の3分の1を占めるその巨体は龍のような長い身体に昆虫のような6本の脚を持ち、
太い腕には黄金の爪、背には黄金の翼、頭部には黄金の兜のような角、
そして身体中に骨か血管のように、黄金の甲殻が張り巡らされている

【『シャドーズ・アスガルド“王金武装(ゴールデンアームズ)”』!!!】
「な……なああああああああああああああ!?
 マジかよすげぇ!! こ、これがお前の―――」
【無駄話はそこまでだ!!】

ずんっ!!と巨大な腕が振り下ろされる
寸でのところで避けたグレンだが、裂邪の身体から伸びる刃の生えた触手が彼を襲う
間一髪で電撃を放って触手を撃退し、裂邪に向けて火球を放った
が、火球は虚空を真っ直ぐに突き進んで武舞台にぶつかり掻き消えた
化物が、どこにもいない

「ッ!? 消えた!?」
【『シャッテン・ゴルト・ファウスト』ォ!!!】

重過ぎる一撃を背に受け、グレンは力強く地面に叩きつけられる
2、3回バウンドし、横たわった身体はぴくぴくと痙攣していた

【まだ息があるか? だろうな、これは貴様が望んだ事……
 地獄で俺に戦いを挑んだ事を後悔するが良い】

裂邪はその腕を振り上げ、グレンを踏み潰そうとした
だが、彼はぴたりと止まって、会場の観客達に向けて声を張り上げた

【ここに集まった馬鹿共に告ぐ!! 俺を殺したいならするがいい!!
 だが貴様ら如きが何千、何万と集まろうが、大軍隊を率いようが俺は殺せん!!
 その胸にこの光景を、そして俺の名を深く刻み込め!!】
(オ、オイ、裂邪、興奮シ過ギd―――)
【俺はR-No.所属契約者集団『Rangers』…“Rainbow”!! 黄昏裂邪だ!!!】

しー……ん
と、一瞬静まり返ったコロシアムに、突然声が溢れ出した
それは殆どが怯え、恐れ、慄く声だった
会場に、マイクの音声が響く

《た、た、た…黄昏裂邪ぁ!? 『Rangers』最強の契約者が何でこの大会に参加してるんだ!?》
【…あ、やべ、ばらしちまった】
(遅イワ脳筋)
【うるさい、殺意100%にすると色んな事が疎かになるんだよ
 あぁそうだ、おい貴様等! 『エフェクター』はR-No.が回収させて貰う!!
 ついでに全員ブタ箱送りだ、覚悟しやがれ!!!】
《ひっ、つ、次はーえぐり出しー!えぐり出しー!!》

裂邪の周囲を、巨大なスプーンを持ったボロ布を纏う小人がわらわらと群がる
が、裂邪は触手を伸ばして僅か2秒で大量虐殺を行なった

《そんなっ……!?》
【ウヒヒヒヒヒヒヒ……ヒハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
 ヒィッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!】

     †     †     †     †     †     †     †







―――その後、「組織」R-No.の部屋にて

「お前が“Rainbow”だったのか! カーッカッカッカ!! そりゃ勝てる訳ねぇな!」
「…まさか身内の人間だったとはな」

R-No.の救護班に治療を施され、元気になった(ついでに仮面も外した)紅グレンが、
裂邪の肩をベシベシ叩いて朗らかに笑っていた
どうやら、グレンも『Rangers』のメンバーだったようだ
こほん、とローゼが咳払いをする

「……言いたい事が山ほどありますけれど、まずは彼を紹介致しますわ
 R-No.の研究班に所属して頂いてる“Raven”…“大烏”の―――」
「ノワール・アカオウだ! 宜しくな裂邪!」
「へぇ…で? 上位メンバーの前で堂々としてるってことは」
「…えぇ、その高い戦闘力から、研究班トップである蓮華ちゃんから直接指示を出すことがございますの
 それは今回も例外じゃありませんわ…」

珍しくジトっとした眼差しを向けるローゼ
視線の先ではR-No.1――六条蓮華が丸くなって両手の人差し指をくるくる回していた

「…蓮華ちゃん、何故ワタクシに黙って“Raven”に『エフェクター』回収の指示を?」
「うー……だって『エフェクター』分解したくてたまりませんでしたから…」
「『エフェクター』は謎も多くて危険極まりないものですのよ!?
 もしものことがありましたらどうするつもりでしたの!?」
「で、でも、謎だらけだからこそその謎を解明するのが我々研究班の仕事であって…
 というか、あわよくば構造さえ分かれば裂邪さんのベルトのようなアイテムを簡易化して量産できるのでは、と…」
「他には何か?」
「……一研究者の……好奇心……です…」

―――ローゼちゃんが蓮華ちゃんを説教してる…珍しいな
そっとしとこう、と裂邪は2人に向けていた視線をグレン、もといノワールにシフトした

「ノワールだったか。“大烏”っつってたが、契約都市伝説は「烏は太陽の化身」とかか?」
「カーッカッカッカ! 流石だな“Rainbow”! もう一つは「烏は不吉の象徴」だ!」
「なるほど、あの雷はそれか…」
「それよりよ! お前の都市伝説も教えてくれよ!
 あんな芸当ができるってんならすげぇ都市伝説使ってんだろうなー」
「まぁ俺が契約したのは名の通り7つだが、あの時使ったのは―――」
「そうですわ裂邪さん! 貴方にもお話がありますの!」

どきっ、と裂邪が硬直する
その場から逃げようとしたが時既に遅し

「『エフェクター』の回収はお疲れ様でしたの
 それとコロシアムに参加していらっしゃった契約者の方々の殆どが犯罪者でしたの、そこは評価致しますわ
 けど逮捕者の100%が大怪我をしてるのはどういうことかしら!?」
「それは、ほら、動かない方が補導しやすいと思tt」
「や・り・す・ぎ・で・す・の!!
 万一殺してしまった場合はどうなさるおつもりですの!?
 実際、殆どが失血死寸前でしたのよ!
 貴方は少し命というものを軽く見過ぎですわ!
 いつから貴方はたった一つしか与えられない命を奪おうとお考え始めになって!?
 そもそもワタクシ達R-No.は、たとえどんな犯罪者であろうと殺しを行なう事はガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ―――」

この後、裂邪は2時間以上もローゼに説教されたそうだ



   ...To be Continued

読み直してしくじったことに気付く

1:ノワール(グレン)の一人称(俺様→途中で俺になってる)
2:終盤の裂邪の融合(正しくは『シャドーズ・ラグナロク“皇金武装”』)

話あげたのは久しぶりだなー
書きたいものは山ほどあるけどまずは一眠りするわー(ぇ

その前にデブけんの人乙ですの
優ちゃん負けちまったか…
そういや輝さんの「ヒエロニムスマシン」がうちのレクイエムと使い方が違って新鮮だわ
こういうことがあるからこのスレは楽しい


そういや弟よ、仮○ライダーキバ風の話さー
何でサブタイが遊戯王縛りなんd(ここから先は影に覆われて読めない

そうそうついでに
裂邪の感情の配分だけど、『夢幻泡影』を最初から読み返すと地味に殺意100%やってると思われるシーンがちょいちょいあるよ
「あー呼吸しかすることないわー」っていう時に読んでみよう(ヤだわ

影の人乙です
実は今回みたいに大暴れている裂君の方が好きだったり
ローゼちゃんに責められる蓮華ちゃんが予想以上に可愛かった(小並感)

>そういや輝さんの「ヒエロニムスマシン」がうちのレクイエムと使い方が違って新鮮だわ
あーこっちの『ヒエロニムスマシン』は元ネタと大分乖離しているので(ハガレンの錬金術並みに)
話の都合上エロプティック・エネルギーを電気に近いものとして扱ってますし

>自分で最弱だって思ってるのに慢心していくのか……
あくまで『鬼神』の血を持つ家族の中で最弱なので
ただの人間相手には慢心しちゃってます

ぶっちゃけた話、優は血もそうですけど武術の才能の方も乏しかったり
それを特殊な戦闘術と幼い頃から続けてきた努力で補っている感じです
輝の方もかなり努力はしてますが元々戦闘センスは高いです
なので輝がもし『鬼神の血族』だったら優には普通に勝てます
拳次にも主人公補正が入らない限り勝てます

……そういえばうちのキャラって幼女いないな
まな板ならいるk(激しい打撃音

おまけで自キャラのバストサイズ(唐突)
ナダレはFカップ・愛はHカップ、拳次はDカッp(より激しい打撃音

>>336
>実は今回みたいに大暴れている裂君の方が好きだったり
俺も書いてて楽しかったりする
ただしやっぱり主人公らしさが皆無www
元々“主人公らしくない主人公”がコンセプトだから良いんだけどね

>ローゼちゃんに責められる蓮華ちゃんが予想以上に可愛かった(小並感)
良かったー、彼女が出来てから「今の俺に女の子キャラが可愛く書けるのだろうか」と割とガチで悩んでた(
俺の彼女が可愛すぎt(以下のろけ話なので省略

>あーこっちの『ヒエロニムスマシン』は元ネタと大分乖離しているので(ハガレンの錬金術並みに)
ははは、俺なんて設計図の刺青して契約者自身を「ヒエロニムスマシン」化させたりしてるんで大丈夫!(何がだ

>……そういえばうちのキャラって幼女いないな
※影の人の作品に登場する女の子は全て18歳以上です♪(

>まな板ならいるk(激しい打撃音
>ナダレはFカップ・愛はHカップ、拳次はDカッp(より激しい打撃音
無茶しやがって…

>>338
学校町にくる前に6,000体の都市伝説倒してたことが主な原因ですね(邪笑
ノワールも割と強いはずなのに相手が悪過ぎた
寧ろ裂邪にどうやって手を抜かせるか考えるのが面倒…

そうだ、こいつにもう一人弟子ができるんだ
その話も書かんとなぁ

>>339
皆忘れてるけど先祖の霊に狙われてるからね!

遊戯王カードでサブタイっぽいの…
『魔性の月』『闇より出でし絶望』『早すぎた埋葬』『終焉のカウントダウン』『大革命』『ラストバトル!』
探せば結構ありそうね

>>339
サブタイトルっぽい遊戯王のカード名……
『ライバル登場!』『デーモンの召喚』『ヒーロー見参』『ヒーロー逆襲』『選ばれし者』『苦渋の選択』
意外とたくさんありそうですね

>>340
>皆忘れてるけど先祖の霊に狙われてるからね!

いや、確かに狙ってたけど、あの時は「体現者になれるかも」程度で、10%ぐらいの可能性だったんだよ?(当然、正義は0%。光彦は1%未満)
このままいけば、もしかすると裂邪の「地球の器」が覚醒するんじゃないかと
裂邪はこれ以上契約しないから、覚醒せずに済むと思ったけど……

>探せば結構ありそうね

問題は、「物語の内容から、カードを探す」のパターン
既に大筋は決まっているから、「カード名からシナリオを書く」なんてことできないのよね……しばらくは

ちなみに、現在のサブタイトル集(ネタバレ)
「魔性の月」(ガルル初登場)、「野性解放」(ガルルセイバー回)
「ウォーターハザード」(バッシャー初登場)、「ハイドロプレッシャーカノン」(バッシャーマグナム回)
「闇晦ましの城」(ドッガ初登場)、「ゴーゴンの瞳」(ドッガハンマー回)
「牙竜転生」(キャッスルドラン回)、「竜魂の城」(キャッスルドラン初戦闘)

ガルルセイバー回は未だに迷ってて、最初は「身剣一体」だった。
でも自然な台詞にならないから没った

あと候補に「一族の掟」「終わりの始まり」「団結の力」「封印されし者の右腕」だけメモしてあった

>>341
「選ばれし者」「苦渋の選択」は使うかもしれませんね
パピヨン登場回にでもしようかな

妹編完結回です
だいぶ粗い締め方になっちゃったような気がしますがどうぞ

「いや~、あれは優も予想外だっただろうね~。外れた光線が木の上のナイフを操っただなんて」
「正直、賭けでしたけどね。あの時、冷静に対応させられてたら負けてましたし」
「でも、勝ちは勝ちだよ。勝負なんて正直時の運だしね~」
「愛さんとか師匠はそこらへん割り切ってますよね、絶対的な強さを求める呪いなんてものを持っているのに」
「まあ、戦い続けているうちに折り合いのつけ方がわかっちゃうからね~。優は生真面目だから実力が全てだと思い込んでるけど」
「真面目過ぎるのも毒ですね。そういえば、拳次に至っては呪い自体を押さえ込んでるんでしたっけ?」
「うん、結構きついはずなのに頑張ってるよ~。言ってしまえば、アル中が酒を我慢しているような状態なのにね~。しかも、アル中と違って治療のしようがないし」
「うわ、中々えぐいですね……」
「まあ、その分料理でストレスを発散してるみたいだけどね~。どんどん、レパートリーは増えるし、手が込んできてるし」
「……拳次は一体どこを目指してるんでしょうね。あれ、もうプロの域ですよ。こないだなんて、デザート付きの料亭みたいな弁当持ってきてましたし。ナダレが困惑してましたよ」
「その割に、将来は公務員になるとか言ってるしね~。あそこまで入れ込んでいるのに、あくまで趣味として割り切れるのは弟ながらすごいと思うよ」
 暗い闇の中に私はいた。
 どこからか聞こえる二人の女の声を耳にしながら。
 聴き慣れた声のようが気がするが思い出すことができない。
「発勁を顔面に当てたのはすいませんでした。一歩間違えれば障害を負う可能性もあったのに」
「大丈夫だよ、輝ちゃんもだいぶ力を抑えてたし。なにより、あのくらいじゃ『鬼神の血族』は壊れない。まっ、脳震盪にはなっちゃたけどね~」
「……このまま目が覚めなかったりしないですよね」
「大丈夫だって~。それにしても、今は随分と冷静だね。さっきは、あんなに容赦なかったのに」
「いやー、戦闘中はちょっと私怨が混ざってましたしね」
 二人が繰り出す言葉一つ一つがなぜか私を刺激する。
 まるで、仇敵に嘲笑されているかのように。
 とてつもなく不快な気分だ。
 それに、比例するかのように次々と感情が生まれた。
 あの二人を超えたい。
 あの二人を倒したい。
 あの二人を殺したい。
 願いは段々と生々しくなっっていく。
 その時――。
「力を欲したな」
 目の前に、突然巨大な何かが現れた。
 具体的な形がなく、霧のように広がるそれの色は深紅。
「ならば、貴様の望むままに力を授けよう。さあ、思いを述べよ」
 深紅のそれは語る。
 ただ静かに。
 私は、頭に浮かんだ言葉を深紅に叫ぶ。
「ああ、私は欲する。あの才能に恵まれた同族を殺す力を。ただの人間であるにも関わらず私を横たわらせた女を殺す力を。あの憎らしい男を殺す力を。この世界で一番の力を!!」
 すると、肉体が変化を始めた。
 鉄の棒のように鍛え上げた腕は、今以上に密度を増し。
 獲物を追う肉食獣と遜色ない足は、より無駄のない形へ。
 刃物のように磨き上げた指は、さらに鋭利に。
 全てが強靭に生まれ変わっていく。
「強くなることを選んだお前に、昔の記憶は必要ないだろう。戦いの邪魔にならないために私が貰おう」
「ああ、それでいい。私に必要なのは力だけだ」
 私は生まれ変わる。
 ただ本能のままに。
「では、早速取り出そう」
 深紅が私を取り囲む。
 すると、体がより強く変化し始めた。
「目が覚めたとき、お前は新たな存在となっている。そう――」 
 説明しようがない力が湧き溢れる。
 今の私なら、どんな者にも勝てると確信できるほどの力が。
「『悪鬼』に」

 闇の中から解き放たれた私を、赤と黒だけで構成された世界が出迎えた。
 黒い樹木。
 黒い草花。
 黒い地面。
 赤い大空。
 全てが私好みだった。
「……愛さん」
「大丈夫だよ、予想はしていたから。だからこそ、酷くならないうちに荒行事をすることにしたんだから」
 この世界の異分子達は何かを話していた。
 けれど、そんなことはどうでもいい。
 私が行うべきことは、あの二人を消し去ることのみ。
 圧倒的な力を魅せつけながら。
 肉体から噴き出る深紅の光は輝きを増していく。
「あれが『悪鬼』……」
「うん、まだ初期段階だけどね。紋章が右手の甲にしか浮かんでないから。あの蜘蛛みたいなの」
「あれですか」
「うん、優らしい紋章だね。今ならなんとかできるよ」
「良かった、具体的にはどうするんですか?」
「そんなの決まってるよ」
 髪を一つに結った異分子が動くと同時に私も動く。
 奴を上回る移動速度で。
「取り敢えず戦う!!」
 異分子に距離を詰め、紋章が浮かんだ右手をぶつけようとする。
 だが、奴が地面から拾ったナイフがそれを向かい打つ。
 しかし、それは無意味なことだ。
「やっぱりね」
 異分子は樹木へ跳びながら言った。
 私の五本の指によってバラバラとなったナイフの柄を捨てて。
「一応、対人外用の特別製なんだけどね。予想通り通用しないか」
 当然だ。
 私の指はあらゆる刃物を凌駕する切れ味を持つ。
「『悪鬼』化による肉体の情報変換ってところかな。優の指は今刃になってるわけか」
 小生意気な分析をする異分子に構わず、奴が登った木めがけ右手を振りかざす。
「おっと」
 異分子は倒木するその前に、他の樹木へ飛び移った。
 地面に木片が衝突する激しい音が、周囲に響き渡る。
 奴の身のこなしはかなりのものだ。
 倒すことは当然できるが時間がかかるだろう。
 そう考えた私は、短髪の異分子に飛び掛った。
 短髪は、特に何をするでもなく棒立ちしている。
 きっと、私に怯えているのだろう。
「そうはいかないよ」
 激しい音がしたと同時に、私の鼻先を高速で通過したものがあった。
 銃弾だ。
 後ろに下がり頭上を仰ぐと、樹木の枝の上で二丁の拳銃を握った異分子が目に入った。
「やっぱり、記憶がないみたいだね。私がSIG SAUERP266を使ってるのを初めて見たって顔をしているし。それに、動きも荒い」
 異分子が何かを言っているが詳しい内容はわからない。
 だが、おそらく私を貶している。
 そうに違いない。
 いつの間にか、体は勝手に動いていた。
 一瞬で異分子の頭上まで飛び跳ね、奴めがけ両腕を振り下ろす。
 掠るだけでも負傷を免れない一撃。

「私のことを忘れちゃ困るな」
 当たらなければなんの意味もないが。
 両横から飛んできたナイフの群れを両手で切り裂く。
 すぐに、全てを無効化させたが、髪を結った異分子は既に枝の上にいなかった。
「愛さんが言ってた通り本当に記憶がないみたいだね」
 枝の上に立った私は、邪魔をした短髪の異分子を見下ろす形で睨みつけた。
 奴の握るカードから放たれた光線がナイフを操ったのだ。
 脅威となる力とは思えないがひたすらに鬱陶しい。
 すぐに、単発に向かって飛び落ち、苛立ちに震える左手を奴の顔に向かって放つ。
 異分子は私の速度に反応しきれてない。
 あっさりと、鋭利な五本の指によって、一瞬で顔面スライスが出来上がる。
 はずだった。
「っ!」
 思わず舌打ちをする。
 私が切り裂いのは、異分子の顔面ではなく、ただの太い棒きれ。
 奴は、スライスされる瞬間に姿を消したのだ。
「変わり身の術だよ、これもよく優に使ったんだけどね」
「結構メジャーな技ですね。それと、愛さん」
 二人の異分子は、いつの間にか少し離れた樹木の枝の上にいた。
 思い通りにならない事態に唇を噛む。
「別にお姫様抱っこをする必要はなかったんじゃ……。片腕貸してくれたらなんとかなりましたよ」
 髪を結った異分子は、短髪を両手で抱えていた。
「いいの、いいの、輝ちゃんいや輝は頑張ってくれたしね」
「……姉としてその呼び方をしてくれるのは久しぶりですね」
「最近はあっちの立場としてばっかり呼んでたからね。けど、輝が私の第二の妹だってことには変わりないからね」
「ありがとう、愛ねえ」
「輝がその呼び方してくれるの久しぶりだね」
 微笑する異分子達。
 その姿を見ていると猛烈な怒りがこみ上げてきた。
 まるで、自分の何かを侵されたように感じながら。 
 気がついたときには、片手で引き抜いた樹木を異分子達に向け投擲していた。
 当然のように、異分子達はそれを躱し、他の樹木の枝に飛び移る。
 苛立ちは頂点に達した。
 私のほうが性能は上にも関わらず、一向に奴らを倒すことができない。
 それは、奴らが小賢しい真似で翻弄するから。
 ならば、答えは一つ。
 より強力な力で何もかを押し潰せばいい。
 そう思考した瞬間、目の前に再び形のない奴が現れた。
 私に力を授けた者、深紅が。
「力をよこせ、もっと強力な力を」
 感情のままに私は叫ぶ。
「よかろう、だが条件が必要だ」
「条件?」
「そうだ、貴様の心を貰おう。これさえなければ、お前は最強の戦士となることができる」
 誘いに躊躇する必要はなかった。

「わかった、私の心を貴様にやろなっ!?」
 契約の言葉を述べていると、突然深紅は消えた。
 その代わりのように、目の前に現れた者があった。
 人間と遜色ないほどの全長を誇る巨大な蜘蛛だ。
「何者だ! 邪魔をするな!!」
 突如現れた、蜘蛛の都市伝説に対し右手を振りかざす。
 しかし、何も反応がない。
「なら!!」 
 そのまま、右手を振り下ろす。
 こんな奴に構っている暇はない。
 私は一刻も早く、奴らを粉砕する力を手に入れる必要があるからだ。
「なにっ!?」
 だが、右手は奴の目前で止まってしまった。
 力を入れるもなぜか動かない。
 ならばと思い、蹴りを出そうとしたが、なぜか足が上がらない。
 左手も動かそうとしたが無理だった。
 まさか、奴の能力か。
 そう思い、奴に視線を向けるも、特に何かをしている様子はない。
 深まる謎に、苛立ちと焦りを感じる。
 それに、今攻撃されれば為すすべがない。
 いい的だ。
 けれど、異分子達も目の前の蜘蛛もなぜか何もしてこない。
 舐められている、そうとしか考えれない状況。
 吹き上がる怒りが、そのまま力に変換されるが、一向に肉体を動かすことはできない。
「なぜだ、なぜ動けない!!」
「そんなの簡単だよ」
 いつのまにか、枝から地上に降りていた、髪を結った異分子がすぐ近くにいた。
「その子が優の大事な相棒だからだよ」
「相棒だと、こいつが」
 蜘蛛に視線を向けるも、八つの瞳で見つめてくるだけ。
 実に間抜けだ。

「こんな奴を相棒にした覚えはない!! そもそも、最強は一人だけでぐっ!?」
 急に激しい頭痛が起こった。
 思わず、頭を押さえ蹲る。
 吐き気がこみ上げ、視界が不規則に揺れ始める。
 しまいには、何も見えなくなり、意識も曖昧になってきた。
 すると、突然目の前に映像が見え始めた。
 まるで、映画のように。
 そこに映し出されたのは――。
「私?」
 幼いが私によく似た少女だった。
 しかし、こんな記憶はない。
 そもそも、強さ以外のものなど不要だ。
 映像は、私に似た少女の姿を次々と移していった。
 ある時は、老婆に糸の使い方を教わり。
 ある時は、幼い頃の異分子達や、見ているだけで何故か苛つく男等と遊び。
 ある時は、都市伝説と戦っていた。
 この映像も、何かの能力によるものなのか。
 やっと、そこまで思考が巡った時には、映像の中の少女はだいぶ背丈が伸びていた。
 糸の戦闘技術は上達し、肉体も逞しくなっている。
 都市伝説もより容易く倒していた。

 だがある日、少女は男の契約者に追い詰められた。
 男の契約都市伝説は『ゴーレム』。
 人が作り出した、動く巨大な人形。
 一般的に、土や泥を素材として生まれると言われている。
 男の『ゴーレム』は、岩や泥ではなく金属でできていた。
 それも、普通の金属ではなく、おそらくオリハルコン等の伝説上のもの。
 少女が、いくら糸で攻撃しても、傷がつかないことがそれを証明している。
 その上、数が多い。
 といっても、少女の実力なら、契約者本体を狙うことはできる。
 だが、彼女の後ろに邪魔者がいるからそれはできない。
 先程、私の目の前に現れた蜘蛛型の都市伝説だ。
 同一個体かはわからない。
 少女は、男に襲われていた巨大な蜘蛛を助けるために戦っている。
 今も映像の中で、蜘蛛を守るように立っていた。
 くだらない。
 淘汰されるだけの存在である弱者を庇うなど愚の骨頂だ。
 少女の糸は、しまいには切れてしまった。
 彼女は動揺しながも、素手での勝負を仕掛けたが、鉄壁の『ゴーレム』の前には通用しない。
「終わりだ」
 少女は、蜘蛛ともに無惨に殺されるだろう。
 無駄な情けをかけたがゆえに。
 ゴーレム達は、少女を囲い込んだ。
 ある『ゴーレム』は足を上げ。
 ある『ゴーレム』は岩を持ち。
 ある『ゴーレム』は拳を握る。
 数秒後に、血潮が飛び散るのは確定した。
「やれ」
 男の命令が告げられ、『ゴーレム』達は止めを刺すために動き出した。
 そのときふしぎな事が起こった。
「なにっ!?」
 男は驚愕した。
 それもそうだ、なぜならたった一瞬で『ゴーレム』達がバラバラになったからだ。
「お前、一体何をした!?」
 崩れ落ちた、『ゴーレム』達の破片の中から少女と蜘蛛は出てきた。
 彼女の指先には、先程切れたはずの糸が。
「この子の力を貸してもらったんだよ」
 少女は蜘蛛の頭に手を載せた。
 蜘蛛は、気持ちよさそうにそれを受け入れている。
 しばらく黙っていた男は、目を見開き言った。
「まさか、契約を!? しかし、そんな雑魚都市伝説と契約したところでなぜ」
「二人だからだよ」
 少女は迷いのない瞳で断言した。
 同時に、再び頭痛が起こり始める。
 とても、不快な気分だが、なぜか安心感がある。
「私一人じゃ糸を操ることしかできない。この子一人じゃ糸を吐き出すことしかできない。けど、二人なら強靭な糸で切り裂くことができる。どんなに硬いものでも!」
 脳内に見覚えのない場面が次々と映し出された。
 山で鍛錬を積む私と蜘蛛。
 月に照らされながら都市伝説と戦う私と蜘蛛。
 広い庭で蜘蛛に餌を食べさせている私。
 そこまでで十分だった、全てを思い出すのには。
 ああ、私はなんて馬鹿だったんだろう。
 こんなに頼れる存在が側にいたのに、全てを一人で抱え込んでいた。
 醜い嫉妬心も。
 溜め込んだ鬱憤も。
 己の弱さも。
 あの子は、全てを受け入れてくれると分かっていたのに。
 私は、唯一無二の相棒のあの子に、何もかをさらけ出すことができなかった。
 その結果がこれだ。
 力に溺れ我を失い、武人として失格といってもいいだけのことをしてしまった。
 今の私に、あの子の隣に立つ資格はないのかもしれない。
 それでも、私はまた相棒になりたい。
 今度こそ、二人で最強を目指すために。
「やめろ、お前は力を求めていたはずだ」
 いつのまにか現れた深紅の言葉に耳は貸さない。
 私の答えは決まっている。
「あんな力はいらない。私はあの子と二人で強くなる。お願い、来て」
 相棒の名前を私は呼ぶ。
 不安と確信の狭間で。
「『チバ・フィーフィー』!!」
 瞬間、周囲を包み込んでいた暗闇と深紅は消え去った。
 その代わりのように、隣にはあの子がいた。
 込み上げる言葉にならない感動を抑えながら、腰を低くする。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
 『チバ・フィーフィー』の頭を撫でると、いつものように嬉しそうにしてくれた。

「あ、起きた~」
 目を開けて、最初に目に入ったのは姉の顔。
「なんで、膝枕をしているんですか?」
 起き上がりながら気づいたことを言う。
 ここは、ビニールシートの上のようだ。
 姉の隣には、優さんが座っている。
 輝さんのものと思われるバックも置かれてあった。
「いや~、こっちの方が早く目覚めるかなと思って」
「どういう理屈ですか」
 辺りを見渡すと、見慣れた森林が広がっていた。
 山から下りてはないらしい。
「今、何時頃ですか?」
「一時だよ」
 輝さんが答えた。
 私がここに来たのが、十時過ぎ。
 戦闘時間は、おそらくそれほどかかっていない。
 ということは、二時間少し気を失っていたことになる。
「……すいませんでした」
「いいよいいよ、気を失わせたのは私だし」
「そうではなく、あなたを侮っていたことです」
「それも別にいいよ。第一、優ちゃんが糸を使ってたら私は負けてたし。卑怯な罠とルールのおかげで勝てたようなもんだしね」
「でも……」
「だから、気にしなくていいって。この戦いは、元々優ちゃんにある教訓を教えるためだけのだったしね」
「教訓ですか」
「そう、大事な教訓だよ~」
「姉さんは黙っててください」
「ちょっと酷いよ!?」
「そうです、黙っていてください。愛さん」
「輝ちゃんにも苛められた!?」
 ビニールシートの隅で、俯きながら体育座りを始めた姉さんを無視しながら、輝さんは語り始めた。
「強弱なんてものはさ、結構曖昧なんだよ。大番狂わせなんてものが起こるのはそのためだよ」
「……私にはどうもそうは思えません」
 私の知っている強者は、皆圧倒的な強さを誇っている。
 あの人達が、自身より弱い者に負けるところなんて想像のしようがない。
「まあ、正面勝負なら弱者が強者に勝つのは難しいと思うよ。でも、それが奇襲だったりすればどうかな?」
「……運さえよければ倒せると思います」
「だよね、私が言いたいのはそれ。何も卑怯な真似をしろとは言わないけどさ、工夫をして運さえよければ強者にも勝てると思うよ」
 輝さんの言葉の説得力はとても強い。
 なにしろ、私は先程、この人に負けたばかりだ。
「だからさ、優ちゃんの実力なら拳次くらい簡単に倒せると思うよ。所詮、拳次なんてただの筋肉馬鹿だしね」
「……はい」
「よし、じゃあ話は終わり。もう、午後だしお昼にしよう。拳次ほどじゃないけど、それなりに腕によりをかけたよ」
 輝さんは、バックの中から大きなプラスチック製の容器を取り出した。
 中を開けると、彩りみどりの美味しそうなおかずが入ってあった。
「美味しそうですね」
「たくさん食べてね。おにぎりもあるから」
「それじゃ~遠慮なく」
「愛さんが食べていいのは少しだけです」
「まだ苛めが続いてる!?」
 二人の掛け合いを聞きながら私はあの子を呼んだ。
「『チバ・フィーフィー』」
 すぐに、『チバ・フィーフィー』は現れた。
「一緒に食べよう」
 誘うと、素直に頷いてくれた。

「あ、おかえりなさい、優さん。」
 玄関の戸を開けると、靴を履いたナダレさんが挨拶をしてくれた。
 右手には回覧板を持っている。
「ちょっとお隣まで出かけてきます」
「私が行きましょうか?」
「いいですよ、今帰ってきたばかりで疲れてるでしょうし」
「……すいません」
「いえいえ」
 微笑むながら、私の横を通り抜けようとしたナダレさんは急に立ち止まった。
「あれ、優さん。何かいいことでもありましたか?」
「……はい」
「それは良かったですね」
 まるで、自分に幸せが訪れたかのようにナダレさんは言うと、玄関を出て行った。
 私は、どこかこそばゆいまま、台所へ向かった。
 これから、私は宣戦布告をする。
 今までの自分にけじめをつけるために。
 台所では、いつものように巨体の男が料理をしていた。
 緊張しながらも、私は彼に声をかける。
「兄さん」
 すぐに、兄は振り向いた。
「どうした?」
「話があります」
「話?」
「はい、大事な話です」
 話すことは決まっている。
 けれど、うまく声が出せない。
 今日話すのはやめよう、思わずそう考えてしまう。
 でも、それは絶対にとってはいけない案だ。
 窮地に陥った私は、必死に思考を巡らせた。
 すると、一つの策が思い浮かんだ。
 普段なら絶対にしないようなやり方。
 しかし、今に限っては最善の方法だ。
「兄さんいや拳次にい」
 いつのもように、着飾った言葉を使わない。
 たったそれだけのことで、口は滑らかに動き始めた。
「私、いつか拳次にいを超えるから。『チバ・フィーフィー』と二人で誰よりも強くなるから」
 伝えたい思いを全て口にした。
 これで、私はけじめをつけることができた。
「……そうか」
 兄はただそれだけ言った。
 その日の夕飯には、私の好物が食卓に並んだ。

終わり

あれは夏の暑い日の事です。
部活で疲れていた私は何時もは使わない人通りの少ない裏道を使って帰る事にしました。
何時も使わない理由は単純に人通りが少なく物騒だから。
今日使おうと思ったのはここは日陰が多く、さらに普段の道よりも距離が短いから。
だから家を目指して軽く走っていると妙な物を踏んづけてしまいました。
「ふぎゅ」
ゴギッ
「え?」
見れば私の右足が見知らぬ男の人の後頭部を思い切り踏んでるんじゃないですか。
しかも何か砕けた様な音。
「だ、大丈夫ですか?!」
抱え起こして揺すってみる、無視するのは流石に申し訳なさ過ぎるし
見ると歳は高校生か大学生位?私よりは年上の男の人。
こんな若い人がこんな所で何で…
「お…」
「お!?」
か細い声で紡がれた言葉は
「お腹空いた…」
「は?」
何と言うか私の想像からは外れていた。

「10日近く何も食べてない?!」
「ん」
私が持っていたお弁当をかっ込んだ男の人は次にコンビニで買ってきたおにぎりに手をかけるとそうのたまいました。
「お金持ってないし、ここ何処だかわかんないし、簡単に言うと行き倒れてた?」
「いや、行き倒れてたって…」
「学校町に行こうとしてたんだけど、道に迷っちゃうし変なのには襲われるしでへとへとになっちゃって」
「はぁ…」
まるで他人事の様に話す彼に私の思考は一寸着いていけない。
「とりあえずここ学校町ですよ?」
「ホント?」
「えぇ、ってか嘘つく必要ないじゃないですか」
そっかーとまぁ、嬉しそうに見えなくも無いけど抑揚の無い声で話す彼を見て少々不安がよぎる。
これ、かかわっちゃだめな部類の人じゃないかな、と。
「じゃ、私はもういきますね」
「え?お握りとお弁当の分のお金は?」
持ってたら貴方行き倒れてないじゃないですか。
「いいですよ、無一文の人間からお金取る程鬼じゃありませんから」
「…天使?」
「はい?」
何を言ってるんだろう、この人は。
「ま、反省したなら二度と行き倒れないでください
 ではサヨウナラ」
彼をこの場において去ろうとすると後ろから声が
「この恩はその内返すよー」
「……期待できそうにないので忘れてくれてもいいですよ?」
「そー?」
今度こそ私はそこを去りました。

その翌日
今日も今日とて部活だった私は
「…流石に今日は大丈夫だよね」
等と言いながらも
「……ハァ」
気になってしまい昨日と同じルートで様子を見に行く事にしたのです。
何と言うか彼は抜けていると言うか関心が乏しい様に見え、もしかりに金銭を入手していてもうっかりほかの誰かに取られたりしてそうな感じが…

「みぃつけた」
「!?」

突然背後からかけられた声に振り返ると
「あれ?君確か同じクラスの」
同じクラスの男子がそこにいた。
「……誰だっけ?」
生憎、大人しく内向的と言うか、存在感の薄い人間まで覚えてられない。
「やっぱり覚えてないよね、でもそれで良いんだよ
 どうせこれから起こる事も忘れるんだから」
…何を言ってるんでしょう。
昨日の息倒れと言い暑さで頭をやられた人間が多いんでしょうか。
「いや、何の話?」
「……き、君はさ
 都市伝説って…知ってる?」
…ヤバイ
何がヤバイって色々と、本格的に。
こいつは正気なんだろうか、頭がやられてるんじゃないかな。

「噂位は聞いた事あるけど、生憎私はそういうオカルトの類は信じない事にしてるの
 そういうマニアックな話をしたいなら他を当たってくれる?」
そう言って私が完全に彼の方へ振り返ると…
「そんな事言わずにさ、知らないなら教えてあげるから」
彼の姿は無く、背後から声が
「!?」
「都市伝説ってのはね…あぁ、ほぼこの町に限っての話だけど存在するのかしないのか不確定な物も含むんだ」
こいつ何言って…いや、どうやって私の背後に回ったの?
「で、その都市伝説と契約して力を使える様になった人間が契約者」
「悪いけど、私にはアンタの相手してる時間無いから」
と、背後を振り返りもせず走ろうとすると
「だぁめぇ」
目の前に彼が
「………」
「僕が契約したのはね、タイムマシン…聞いた事位あるよね?○ラえもんとかにも出てくるもんね?あれだよ」
いや、訳わかんないし…
「時間を移動できるんだ…僕は
 例えばこうやって…」
「同じ時間の一寸ズレた場所に移動すれば瞬間移動したみたいだろう?」
目の前にいた彼が後ろに…「あんまり距離は稼げないけどね」とか言ってるけどまじめに考えたら気がおかしくなりそう
「でも、この力で過去に戻ればそれは無かった事になる」
「だから僕は何をしても許されるんだ」
そう言いながら彼…"タイムマシン"の契約者がこちらの体に手を伸ばしてくる
「そう、何をしても…」
「やっ「おーい」…え?」
「え?」
二人そろって声のした方を見ると………昨日のお兄さんが

「だ、誰だよお前!!」
「…昨日のお兄さん?」
「何かヤバそうだけど助けいる?」
いや、見たらわかりません?
「いります!!」
「ん、わかったー」
「邪魔する気か?
 でも、僕には"タイムマシン"があるんだ」
そう言いながら"タイムマシン"の契約者は次々に瞬間移動してお兄さんを威嚇する。
動き回ってるけど攻撃する気配が無い所を見ると戦うとかそういう度胸は無いんだろう、だからただ威嚇して、後は逃げるだけ……"タイムマシン"の契約者の言葉が本当なら逃げてもすぐにチャンスを作れるから。
「最悪過去に逃げれば良い、何しても無駄だよ」
「んー………どうしよう?」
「いや、私に聞かないでよ!」
駄目だ、こいつアテにならな…「あ、タイムマシンか!」…ん?
「それがどうかしたの?」
「タイムマシンってさ、機械だよね?」
まぁ、マシンって言う位だからね。
「ねーねー、君ー」
お兄さんが…"タイムマシン"の契約者に声をかけた。
「何だよ?」
「……グレムリンって知ってる?」
「え、そりゃ――」
そこまで言った所で"タイムマシン"の契約者は消えた。

「…………何が起こったの?」
「んー、僕ねーグレムリンなんだ」
「…グレムリン?」
話位は聞いた事がある、と言うか映画も見た事ある。
グレムリン…機械にいたずらをする妖精。
コンピュータとかの原因不明のトラブルはグレムリンの所為なんて話もある…とか。
「あ…タイムマシン」
「うん、タイムマシンが機械だったみたいだからさ…一寸悪戯しちゃった」
グレムリンの悪戯、原因不明のトラブル…
「あいつは?」
「多分消えて出てこれなくなったんだと思う、タイムマシン壊しちゃったし」
うわぁ…うちの学校から行方不明者とか勘弁してよ。
「…お兄さんは、グレムリンの契約者なの?」
「詳しくは違うけどそれでいーよー」
ふむ…
「助けてもらったのは確かだし何かお礼しなきゃね」
「昨日のご飯のお返しの積もりだったんだけど…」
「ならお礼いらない?」
「……ご飯ください」

こうして、私と彼は出会いました。
ここから話が続くかどうかは今の私にはわかりません。

終わり

以上
腹ペコグレムリン系男子と比較的まともな感性してるであろう女の子のお話でした
お目汚し失礼

拳次「なんだ、この出オチなタイトルは」

輝「こらこら、メタ発言しちゃだめだよ、拳次。私達はあくまで二次元の人間なんだから」

拳次「お前も十分メタ発言してるじゃねえか。で、今回は何をするんだ? タイトルからしてナダレ回か? それともユキ回か?」

輝「どっちでもないよ」

拳次「あ?」

輝「いやー、今回はカラオケ回なんだけどさ。作者が気の利いたタイトルが思い浮かばなかったんだよ。で、こないだカラオケ行った時に隣の部屋の男子学生達がひたすらLet It Goを歌ってたのを思い出した結果、このタイトルになったらしいよ」

拳次「……ちょっと三次元に行ってくる」





愛「次レスから始まるよ~」

~鬼神家 居間~

ナダレ「カラオケですか」

愛「うん、カラオケ。今度、みんなで行こうよ!」

拳次・優『……』

ナダレ「でも、私。歌はそんなに知らなくて……」

愛「大丈夫だよ! 私が手取り足取り教えるから」

ナダレ「それなら……」

拳次「おい、姉貴。みんなの中に俺も入ってるんじゃないだろうな?」

愛「もちろん、入ってるよ~」

拳次「……行かないからな」

愛「え~、来てよ。拳次、割と歌上手いじゃん。何歌っても声のせいで異常に渋くなるけど」

拳次「だから、行きたくないんだ。それに料金も馬鹿にならない。誘うなら、輝の奴にでもしてくれ」

愛「もちろん、輝ちゃんは誘うけどさ~。拳次も来なよ~。最悪、ドリンクバーとトイレ往復するだけでいいからさ~」

拳次「そんな無意味なことをするはめになると知って誰が行くか。金の無駄だ」

愛「……本当に来ないの~?」

拳次「ああ」

愛「ふ~ん、だってナダレ」

拳次「!」

ナダレ「……拳次君、行かないんですか?」

拳次「……」

拳次「……姉貴」

愛「な~に?」ニヤニヤ

拳次「年長者で職持ちの姉貴が誘ったってことは全員分の料金出すってことだよな」

愛「! い、いや~、それは……」

拳次「この前の仕事の収入が最近入ったとか言ってたよな」

愛「そ、それはほとんど弾代とかナイフ代とかで消えて……」

ナダレ「拳次君、愛さんに悪いですよ。お金ならちゃんとあるので大丈夫です」

愛(ナイス! ナダレ!)

拳次「……ナダレ、確か最近大型パズル買ったって言ってたな」

愛(……あ)

ナダレ「はい、奮発して買っちゃいました。毎晩、寝る前にやるのが楽しみで。……あ」

愛「……私が全員分出すよ」

~鬼神家 廊下~

優「……」コソコソ

優(……人前で歌うなんて拷問でしかない。逃げるのが最善だ)コソコソ

愛「ゆ~う」ガシッ

優「」ビクッ

愛「も~ち~ろ~ん、優も来るよね?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

優「」ビクッビクッ

愛「お金なら心配しなくていいよ~。私が全額出すからさ~」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

優「」コクッコクッ

愛「良かった~」ニッコリ

優(やはり、私は最弱だ……)

~後日 カラオケ店前~

輝「おまたせしましたー、早いですね」

愛「おはよ~、輝ちゃん! ちょっと早く来すぎちゃってね~」

ナダレ(一時間前はちょっと早いの内に入るんでしょか……)

輝「お、ナダレ。今日は、なんだか浮き足立ってるね」

ナダレ「そ、そうかな?」

輝「いつもより心拍数が高いよ」

ナダレ「なんでそんなことがわかるの!?」

輝「ふっふーん、それは私がナダレの全てを知っているか「黙れ、変態」……ふふふ、甘いよ拳次。今日の私はその程度の暴言に屈しない!」

ナダレ「ちょっと拳次君! いくらなんでも酷すぎますよ。輝さんは女の子が大好きなだけです!」

輝「まさかのナダレからの攻撃!?」

拳次「いいんだ、こいつマゾだから」

輝「人の性癖を勝手に決め付けないで!?」

愛「はいは~い、輝ちゃんが来たから中に入るよ~」

優(……帰りたい)

~カラオケ店 個室~

ナダレ「カラオケってスープバーまであるんですね。ちょっと感動しました」コーンスープ

愛「初めて来たらそうだろうね~」コーラ

輝「拳次ってさ、なにげにコーヒー好きだよね。もしかして喰○?」ウーロンチャ

拳次「……進んで料理をする喰○がどこにいる。それに俺はペ○スマン派だ」アイスコーヒー

優(ペ、ペ○ス!?)ココア

愛「それじゃ、言いだしっぺの法則に従って私が最初に歌うよ~」

ナダレ「が、頑張ってください!」

拳次「……変なの歌うなよ」

愛「大丈夫だよ。そんなマニアックなのは歌わないって~」ピッ


甲賀忍法帖 陰陽座


拳次「……姉貴の割にまともだ」

愛「ちょっと、拳次!! 失礼だよ!!」

ナダレ「輝さん、この曲は?」

輝「ああ、バ○リスクってアニメのOP曲だよ」

ナダレ「へー、そうなんだ」

優(アニソンという時点で十分マニアックだと思うのは私だけなのか……)

愛「下弦の月が朧に揺れる夜を
  包む叢雲」ギセイ

ナダレ(ふ、普段と声が違う!? しかも、うまい)

輝(うわー、いきなりハードル上げたなー。声も完璧に真似てるし。完全に本人だよ、これ)

拳次(……相変わらずなんでもこなすな)

愛「水の様に優しく 花のように劇しく
  震える刃で貫いて」ギセイ

優(な、なんて格好良い歌詞)ウットリ

輝(優ちゃん厨二病か)チラッ

愛「貴方を瞼が憶えているの」ギセイ

愛「へっへ~ん、どうだった。ねえ、どうだった?」

拳次「……姉貴の割に普通の選曲すぎてあまり印象に残らなかった」

愛「変な選曲するなって言ったの拳次だよね!?」

輝「まあまあ。それじゃ、次は私が歌いますね」

ナダレ「頑張って、輝さん!」

輝「チッチッチッ、ナダレ。カラオケってのは、頑張っちゃダメなんだよだよ」

ナダレ「え? どうして」

輝「カラオケってのは、力を抜いて歌ったほうが良かったりするからさ」

拳次「で、何歌うんだ?」

輝「これだよ」ピッ


恋しさとせつなさと心強さと 篠原涼子 with t.komuro


ナダレ「こいしさとせつなさと心強さと?」

輝「あー、違うよナダレ。こいしさじゃなくていとしさって読むんだよ」

ナダレ「あっ、そうなんだ」

拳次「当て字だからな、読めなくてもしょうがない」

輝「恋しさとせつなさと心強さと
  いつも感じている あなたへと向かって」

優(輝さんもうまい……)

ナダレ「あれ? 愛さん、拳次君は?」

愛「拳次ならトイレに行ったよ~」

輝「出来なくて あこがれて
  でも少しずつ理解ってきた 戦うこと」

愛「この曲もアニソンなんだよね」

優(!?)

ナダレ「そうなんですか?」

愛「ス○リートファイターっていうゲームのアニメ映画の曲だよ~」

優(……知らなかった)

愛「あやまちは おそれずに 進むあなたを
  涙は見せないで 信じていたいよ」

輝「ま、こんなものかな」

ナダレ「輝さん、うまかったよ!」

輝「いやー、久しぶりだったから緊張したけどね」

拳次「ま、悪くなかったぞ」

輝「あれ? 拳次、いつの間に戻ってたの?」

拳次「ちょっと前だ。それより、次は誰が歌う?」

優「……私はまだいいです」

拳次「そうか。じゃあ、ナダレ歌うか?」

ナダレ「は、はい」

輝「そんな緊張しなくいいって。何もステージで歌う訳じゃあるまいし」
 
愛「大丈夫だって~、練習の時はちゃんと歌えてたじゃん」

ナダレ「……はい!」ピッ

拳次(普段の姉貴なら、ナダレに変な曲教えそうだが、今日は大丈夫だろうな。さっき、割と普通の曲歌ってたし)

輝(いくら、愛さんでも、ナダレのトラウマになりそうな曲は歌わせないはず)


さくろんぼキッス KOTOKO


拳次「このクソ姉貴が!!」ファーストブリット

愛「ふっふふ~ん」カワリミノジュツ

ナダレ「あ、あれ?この曲って、人気があるんじゃ……」

輝「……ナダレ、ちょっとは人を疑おうよ」エンソウチュウシ

優(……KOTOKOって誰?)


輝「じゃー、気を取り直してナダレ歌う?」

ナダレ「え!? いいの?」

輝「もちろん、どっかの誰かさんのせいで台無しになっちゃったからね」ジー

愛「電波ソング歌う女の子って素敵だよね!!」

拳次「いっぺん、死ね。……ちゃんと、普通の歌も教えたんだろうな?」

愛「もちろんだよ~。どうせ、阻止されるってわかってたしね~。ナダレ、あの好きだって言ってた曲歌えば?」

ナダレ「はい! そうします!」ピッ


北風 槇原敬之


輝(割とストレートだな、ナダレ。無自覚なんだろうけど)

ナダレ「小さなストーブじゃ窓も 曇らないような夜
    毛布を鼻まで上げて 君のことを考えるよ」

輝(なんだ、うまいじゃん。ナダレ)

優(ナダレさんもうまいなんて、私の立場が……)

ナダレ「手の届く距離で君を 感じるたびに
    かっこ悪い位 何も話せなくなるよ」

輝「拳次、ちゃんとこの歌を聴いておくように」コソコソ

拳次「……わかってる」コソコソ

ナダレ「明日もしこの雪が 積もっているなら
    小さく好きだといっても 君に聞こえない」

ナダレ「お、おかしいところなかったですか?」

愛「ぜ~んぜ~ん。完璧だったよ~ナダレ~」

拳次「……良かったぞ」

ナダレ「あ、ありがとうございます」テレテレ

輝(初々しいねー)

輝「じゃあ、次優ちゃん歌う?」

優「え、その……」

優(ど、どうすれば。この流れで下手な私が歌うなんて……)ウツウツ

愛「……拳次」チラッ

拳次「……わかった」

愛「ゆ~う~、ドリンクバー行こうよ~。グラスの中空っぽだよ~」

優「え」

愛「喉が渇いてちゃ歌えるもの歌えないよ~。ということで、先にドリンクバーに行こう~」

優「で、でも……」

拳次「だったら、しょうがない。俺が先に歌うぞ」

愛「うん、それがいいよ~。ほら、優!」スタッ

優「は、はい」スタッ

拳次(……ちゃんと策はあるんだろうな)チラッ

愛(もちろんだよ~)ウインク

拳次(ならいいが)

バタン

輝(……過保護すぎない?)チラッ

拳次(ひとんちの教育方針に口を出すな)チラッ

輝(わかったよ)ハァ

ナダレ(なんで、みんな視線だけで会話できるんだろう……)

拳次「じゃあ、これにするか」ピッ


冬の稲妻 アリス


輝「相変わらず渋いねー」

拳次「ほっとけ」

拳次「あなたは稲妻のように 私の心を引き裂いた
   青ざめた心ふるわせて 立ちつくす 一人立ちつくす」

ナダレ(う、うまい。けど、それ以上に迫力がすごい)

輝(改めて聞くと本当に低いな、拳次の声)

拳次「忘れない あなたが残していった傷跡だけは」





拳次「……俺だけ尺短くないか?」

輝「だから、メタ発言は駄目だって」


拳次「……姉貴達来ないし二人で歌ってろよ」

輝「そうしようかな。あ、ナダレ。これ、歌える?」

ナダレ「この前、聞かせてくれた曲だよね。歌えるよ。デュエット曲だよね」

輝「うん、どうせなら二人で歌おうよ」

ナダレ「いいの?」

輝「もちろん、そっちのほうが楽しいしね」

拳次「お前の聴いてるデュエット曲……。フロンティアか?」

輝「違うよ、私は歌姫じゃなくて――」ピッ


逆光のフリューゲル ツヴァイウイング


輝「適合者だからね!」ドヤッ

拳次「……」イラッ


輝「「聞こえますか?」 劇場奏でるムジーク」

ナダレ「天に」

輝・ナダレ『解き放て!』

ナダレ「「聴こえますか?」 イノチ始まる脈動」

輝「愛を」

輝・ナダレ『突き上げて』

拳次(ナダレの奴、輝からあんまり変な影響受けないばいいが)

輝「遥か」 ナダレ「彼方」 輝「星が」

ナダレ「音楽となった彼の日」

ナダレ「風が」 輝「髪を」 ナダレ「さらう」 輝「瞬間」

輝「君と僕はコドウを詩にした」

ナダレ「そして」 輝「夢は」 ナダレ「開くよ」

輝・ナダレ『見た事ない世界の果てへ』

拳次(……まあ、少しくらいならいいか)

輝・ナダレ『Yes, just believe 神様も知らない
      ヒカリで歴史を作ろう』

ナダレ「逆光のシャワー」

輝「未来照らす」 

輝・ナダレ『一緒に飛ばないか?』

輝・ナダレ『Just feeling  涙で濡れたハネ
      重くて羽撃けない日は Wish」

ナダレ「その右手に添えよう」

輝「僕のチカラも」

輝・ナダレ『二人でなら翼になれる Singing heart』


ガチャ

愛「おまたせ~」

拳次「遅いぞ。……おい、クソ姉貴」

愛「なに~?」

拳次「お前、優に何をした!」

優「(*´∀`*)」ベロンベロン

愛「いや~緊張を取り除こうと」

拳次「取り除こうと?」

愛「一服盛っちゃった」テヘ

拳次「よーし、そこ動くなよ」セカンドブリット

愛「大丈夫だって~、一時的に酔っぱらいと同じ状態になるだけの薬だから」ヒョイ

拳次「そういう問題じゃない!!」ラストブリット

優「でへへー。何歌おう?」ベロンベロン

輝(完全に酔っ払ってるね、これ)

ナダレ「あ、あの優さん。水でも飲んだほうが……」

優「みーずー? いーらない。ジョッキないの? ジョッキ」ベロンベロン

輝(おっさんかい)

ナダレ「いや、あの未成年ですからお酒はダメですよ」

優「えー固い事言わないでよー。ナダレねえ」ベロンベロン

ナダレ・輝『!?』

ナダレ「い、今なんと言いました」

優「だーかーらー、ナダレねえって言ったんだよ。そーれーとーもお姉ちゃんの方が良かったー?」ウルウル

ナダレ「ぐはっ!?」ズキューン バタッ

輝「ちょっと、ナダレ!? ナダレ!?」

優「あーれー、輝ねえ。ナダレねえどーしたのー?」ウルウル

輝「ぐ、ぐはっ!? こ、この程度で!」ズキューン

優「あっ、どうせーならー輝お姉さまの方がー良かったー?」ウルウル

輝「」バタッ

優「あーれー、輝ねえも倒れちゃったー」ベロンベロン

優「あっ、これいいなー。歌おうっとー」ピッ


Marionette -マリオネット- BOOWY


拳次「もっと輝けぇぇー!!」シェルブリット

愛「速さが足りないよ!」ラディカル・グットスピード ヒョイ


優「もてあましてる Frustration
  You've got an easy day 」ベロンベロン

輝(呂律が回ってない。でも、それがいい!)ビクンビクン

ナダレ(倒れながら輝さんが興奮している……)

拳次「俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!」シャイニングフィンガー

愛「当たらなければどうということはないよ!」ヒョイ

優「疑う事をいつからやめたのさ
  そろえた爪<ネイル>じゃ OH! NO NO! とても狙えないぜ 」ベロンベロン

優「鏡の中のマリオネット もつれた糸を絶ち切って
  鏡の中のマリオネット 気分のままに踊りな
  鏡の中のマリオネット あやつる糸を絶ち切って
  鏡の中のマリオネット 自分の為に踊りな」ベロンベロン

チバ・フー・フィー「(m´・ω・`)m」

優「(-_-)゜zzz…」

ナダレ(歌い終わったら寝ちゃいました……)フッカツ

輝(優ちゃんの寝顔ハスハス)フッカツ

拳次「」キゼツ
 
愛「ふっふ~ん、修行が足りないよ! 拳次!!」ドヤ

輝(拳次が喧嘩で愛さんに勝ったの見たことないな)

ナダレ(愛さんってこんなに強かったんだ……)

愛「さ~て、これでも歌おうかな」ピッ


fancy_baby_doll 田村ゆかり


輝「キタ━(゚∀゚)━!」サイリウム

ナダレ「どこから取り出したの!?」

愛「チェックのキャミソールを着て 今夜」

輝「今夜!」サイリウム

愛「ねえ」

輝「ねえ!」サイリウム

愛「遊びにゆくわ」

輝「ふーふふっふっふ!」サイリウム

ナダレ(こ、この合いの手は一体……)

愛「Happy! fancy baby doll!」

輝「おぉぉぉぉっ いぇい!」サイリウム

愛「Love me fancy baby doll!」

輝「おぉぉぉぉっ!」サイリウム

輝「世界一可愛いよ!!」サイリウム

愛「ありがと~!」

ナダレ(も、もう何が何だか……)

愛「何万回 生まれても 君に会いたい」

輝「ふーふふっふー!」サイリウム

愛「約束よ」

愛「輝ちゃん、いくらなんでも準備良すぎない?」

輝「いやー、サイリウム常備してますし」

ナダレ「いやいやいや!?」

輝「おお、ナダレが突っ込んだ。珍しい」

ナダレ「さすがにこの状況なら突っ込むよ……」ツッコミニメイゲキチン

愛「ふっふふ~。あ、次ナダレ歌えばいいよ~。輝ちゃんは今ので消耗してるし」

ナダレ「あ、はい。それじゃあ、愛さんに教えてもらったこれで」ピッ


届かない恋  上原れな


輝「……愛さん」

愛「私はどっちでもいいんだよ。ただ、後悔はして欲しくないけどね」

ナダレ(何を話してるんだろう?)

ナダレ「孤独なふりをしてるの?
    なぜだろう 気になっていた」

輝「トイレ行ってきます」

愛「行ってらっしゃ~い」

ナダレ「どうすれば この心は鏡に映るの?」

ナダレ「届かない恋をしていても 映しだす日が来るのかな
    ぼやけた答えが 見え始めるまでは 今もこの恋は 動き出せない」

拳次「……クソ姉貴」フッカツ

優「お、生き返った」

拳次「勝手に殺すな。……今はナダレが歌ってるのか」

愛「そうだよ~」

拳次「そうか」

愛(……なんで、輝ちゃんの思いには気づかないかな)

輝「うわー、せっかくのナダレの歌声を全部聞けなかったー」

ナダレ「いいよ、別に。上手いわけでもないのに」

拳次「あれだけ歌えれば十分だ。もっと、自身を持て」

ナダレ「そ、そうですか?」

愛「そうだよ、ナダレはもっと自信を持つべきだよ~。なんたって、私が手取り足取り教えた「じゃあ次、拳次歌う?」ちょっと輝ちゃん!?」

拳次「……お前が歌えよ。俺は別にいい」

輝「私はナダレとも歌ったから拳次が歌えばいいよ。別に、歌うこと自体が嫌いなわけじゃないんだしさ」

拳次「……わかった、そうする」

ナダレ(輝さんは拳次君のことなんでも知ってるな……)

愛「……」チラッ

愛「で、何歌うの~?」

拳次「これだ」ピッ


旅立ちの鐘が鳴る 酒井ミキオ


愛「本当に好きだね~。まあ、私も好きだけどさ~。主にか○みちゃんが」

拳次「黙れロリコン」

輝「私は君○が好きだよ」

拳次「そうか」

輝「何かリアクションとってよ!?」

ナダレ(会話の内容に全然ついていけない……)

拳次「今歩き始めた 新たな扉開けるように
   失われた大地へ その足跡を刻み込め」

拳次「深く激しく傷つけあうたび 迷う心消えてゆく
   今ならばわかるはず 本当の強さを」

愛「なにげに下ネタ多いよね~、ス○ライド」

輝「太いんだよ?固いんだよ?暴れっぱなしなんだよっ!」

愛「僕の大事な玉を~!!」

ナダレ(……助けて、拳次君)

拳次「果てなき空の彼方に 信じるべき明日があれば
   譲れない誇りととともに それぞれの場所へと旅立て」

~その後のダイジェスト~

愛「アイタイloveloveloveのに
  アエナイlovelovelove今夜は」

輝「最後のガラスをぶち破れー」

ナダレ「ありがとうって伝えたくて あなたを見つめるけど
    繋がれた右手が まっすぐな想いを 不器用に伝えてる」

拳次「くだらねえとつぶやいて 醒めたつらして歩く」

優「ひとすじに ひとすじに
  無敵の男 ス○イダーマン」ベロンベロン

愛・ナダレ『何もかも忘れられない 何もかも捨てきれない
      こんな自分がみじめで 弱くてかわいそうで大きらい』

拳次・輝『今から一緒に これから一緒に
     殴りに行こうか』

~帰り道~

愛「いや~、楽しかったね~」

拳次「……誰かさんがいなかったらな」

愛「え~、誰のこと?」

拳次「……」イラッ

輝「じゃ私はここで」

ナダレ「うん。さようなら、輝さん」

拳次「じゃあな」

愛「バイバ~イ」

優「さようならー」ベロンベロン

輝「じゃあね」スタスタ

数分後

拳次「姉貴、先に帰ってくれ。ちょっと、買い物してくる」

ナダレ「あ、私も一緒に行きます」

愛「りょうか~い。気をつけてね~」

拳次「……優に変なことするなよ」

愛「大丈夫だって~。今日は、これ以上何かするつもりはないよ~」

拳次「ならいいが。行くぞ、ナダレ」

ナダレ「はい」

スタスタ

優「愛ねえ」ベロンベロン

愛「ん? どうしたの~、優」

優「この間の模擬戦のときってさー」ベロンベロン

愛「うん」

優「『チバ・フィフィー』がー私を止めてくれるってー確信してたんでしょ?」ベロンベロン

愛「もちろんだよ~。でも、どうしてわかったの?」

優「愛ねえが保険無しでー危ないことするはずがないもーん。愛ねえ、頭がいいからー」ベロンベロン

愛「いや~、優に褒められるなんてね~。実際のところ、確信はしてたよ~。あの子なら、優が『悪鬼』化しても止めてくれるって」

優「どうしてー? どうして、そこまで『チバ・フィフィー』を信頼したの?」ベロンベロン

愛「そんなの決まってるよ~。だって――」

優「だって?」ベロンベロン

愛「あの子は優をずっと支えてきてくれた子だもん。だから、今回も、きっと何とかしてくれると思ったたんだ」

優「……そっか」ベロンベロン

愛「さあ、早く帰ろう~。いつまでも、優をその状態にさせるのはちょっと罪悪感があるしね~」

優「……愛ねえ」ベロンベロン

愛「ん?」

優「ありがとう」ニコッ

愛「どういたしまして」

拳次「……ナダレ、ちょっとユキと変わってもらっていいか?」

ナダレ「いいですけどどうしたんですか?」

拳次「いや、ちょっと話したいことがあってな」

ナダレ「わかりました、ちょっと待っててください」

ナダレ→ユキ

ユキ「――いきなりどうしたんですの?」

拳次「カラオケに行ったことで謝りたいと思ってな」

ユキ「どういうことですの? 別に謝られるような覚えはありませんわ」

拳次「……前にナダレから聞いた。お前、歌好きなんだって?」

ユキ「……別にわたくし自身は大して好きじゃありませんわ。だから、謝る必要はありません。どうせ、生殺しのような目に合わせて悪かったと言おうとしたんでしょうけど」

拳次「そうか」

ユキ「そうですわよ」

ユキ「……」

拳次「……」

ユキ「……前にあの人が言ってくれたんですの。わたくしの歌声が好きだと」

拳次「そうか」

ユキ「きっとあの世で喜んでますわ。ナダレが、私の歌声を受け継いでくれてることを知って」

拳次「……」

ユキ「そろそろ戻りますわ。ナダレにあまり重い荷物を持たせにように」

拳次「ユキ」

ユキ「なんですの?」

拳次「今度、聞かせてくれ。お前の歌」

ユキ「い、嫌ですわよ!! はしたない! で、でも、まあ、どうしてもというのなら歌ってあげないことも……」セキメン

拳次「嫌なら別にいい」

ユキ「う、歌いますわよ!! 歌います!!」

拳次「そうか」

ユキ(なんなんですの!! この鈍感男は!!)

ユキ「もうナダレと変わりますわ!!」

拳次「ああ、ありがとな」

ユキ「礼を言う暇があったら自分という人間を見つめ直しなさい!! まったく……」

拳次「ユキ」

ユキ「今度は何ですの!」

拳次「歌、楽しみにしてるぞ」

ユキ「あ、あああああ」セキメン

ユキ「あなたって人は!!」バチーン



ナダレ「ご、ごめんなさい!!」

拳次「……大丈夫だ、問題ない」ヒリヒリ

終わり


「ん…」
「気づきましたか」
目を開けるとそこは…ファミレス?
何故に?
「えっと…私は…」
「我々の戦闘に巻き込まれ気を失ったのです。
 貴方は普通の人間だったのですね、 貴方をグレムリンの仲間と勘違いし巻き込んだ事を謝罪します」
向かいの席で私に頭を下げているのは確かお兄さんと私を襲撃した黒服の女性。
「あの…彼は?」
「逃げられました…こちらに多大な被害だけ残して
 貴女を保護できたのも運が良かったと言う外無い」
えっと…もしかして…
「…助けてくれたんですか?」
「都市伝説の存在を貴女達の様な一般人から秘匿し、またその被害を最小限に食い止めるのが我々の責務です」
こちらを見る目はまっすぐで、それこそ恥じる様な事はしてないとそう胸を張ってる様にすら見えて……悪い人じゃ無いのかな?
「でも、それなら何で彼を狙ったんです?
 あの人は確かに都市伝説みたいですけど、割と人畜無害と言うか…私の前では大人しかったですよ?」
「しかし、現に私の部下はアレの犠牲になった」
「先に仕掛けたのは貴女達じゃないんですか?」
「えぇ、しかしそれもアレを生かしておくわけにはいかないだけの理由があったからです」
理由?
「聞いても?」
「貴女はもう巻き込まれてるから構いませんよ、全て終わった後に必要なら記憶を消させていただく可能性はありますが」
なら教えてもらうとしよう。


「元来、我々組織は都市伝説の秘匿を第一に活動を行っていました。
 しかし、漏れる時は漏れます、組織だって万能ではない」
「あれだけ何でもありなのに?」
タイムマシンにグレムリン。
私が今まで見てきたそれらは確かに理解の外に居る存在だった。
「それでもです…そして、都市伝説の存在にある機関が気づいてしまった」
「ある機関?」
「流石に名前は伏せさせていただきますが…まぁ、某国の軍隊やら何やらですよ」
話が大きくなってきてません?
「彼らが考えたのは、都市伝説を軍事利用する事」
「突飛も無い話ですね」
「えぇ、ですがそれは実行に移された
 その中の一体があのグレムリンです」
お兄さんが?
「身寄りの無い子供等を実験台に捕獲に成功した都市伝説と無理矢理契約させる
 契約した都市伝説が身の丈に合った存在ならば能力を制御できますが……器を越える容量の物と契約した場合、器からあふれた部分が肉体にまで影響を及ぼし…呑まれます」
「呑まれる?」
「都市伝説に取り込まれ、都市伝説契約した人間ではなく、人間を取り込んだ都市伝説となるのです…あのグレムリンの場合は後者だ」
外国、日差しの強い所…お兄さんの言葉の意味が少しずつ繋がって行く様な気がする。
「そうやって、生まれた化物達は実際に戦場に投入され大きな戦果を上げたと言います…まぁ、当然ですよね。
 戦場に出すだけで相手の戦闘機から戦車から…機械仕掛けの兵器を片っ端から機能不全に陥らせられるのだから」
「だけど、今彼はこの町に居る…逃げてきたんですか?」

「えぇ、何人かで脱走を試みた様です。
 アレの他にも何人か居る様なのですがそちらの発見には至ってません。
 そして…組織も一枚岩ではない、あのグレムリンは人為的に契約させられた上で都市伝説となりながらも僅かながらに理性と記憶を保持しているレアケースだ…組織にだって研究材料としてほしがってる輩も居ます」
「だけど…」
「えぇ、その様な連中にアレを与える訳には行かない」
「だから始末するんですか?」
「えぇ、そして私はその過程で部下を奪われた…アレを見逃す理由はもう何処にもありません」
黒服さんと私は店を出る。
「貴女の記憶はしばらく放置します…がくれぐれも他言無用でお願いします」
こんな事まじめに語った所でキ印扱いだと思うんだけど…
「それは…私を泳がせておけば彼から接触してくると?」
「否定はしません」
はっきり言う人だ。
「ですが、貴女の身の安全は保障する積もりです」
「保障するって言い切ってほしかったな」
「確約はできませんから」
個人的にこういう生真面目堅物は嫌いじゃないけど…どうするのが正解なのかなぁ。

「では、私はこれで失礼します」
そう言って黒服は去っていく。
「……私も帰ろ」
もう、夜も大分遅いし「お姉さん、お姉さん」…ん?
見れば目の前に可愛らしい女の子。
だけど…何で私は今までこの子が目の前に居る事に気付かなかったんだろう。
いや、それ以前に何でこんな時間にこんな子供が出歩いてるの!?
「き…「駄目よ」!?」
口を指で押さえられる。
「声を上げちゃ駄目よ、さっきの黒服に気付かれるかもしれないわ」
………この子は
「そう、静かにしてなさい、命は惜しいでしょう?」
軽く物騒な事言ってるよね!?
「一応彼の恩人みたいだし名乗ってあげる。
 私は"グレムリンの契約者"…ま、それ以外とも契約してるんだけど」
今、何て―――
「私の大事な彼の恩人さん、少し付き合ってもらうわよ?」
私は、まだまだこの事件から抜けられなさそうだ………


そして、その頃…
「随分派手にやったみたいですねぇ」
「ここの組織は地元のよりは真面目なんだろ」
「ま、とりあえず僕らも自分の仕事ガンバろっか」
更に三人程この町に入り込んでいた様なのですが
この時点では私も、黒服さんも、彼も
誰もその事には気付けて居なかったのです。

続く

そんなこんなでグレムリン3話め
[ピザ]の人いつも感想ありがとうございます

次は何時になるかなぁ

 深夜、あらゆる場所は不気味さを醸し出す。
 闇があらゆる物を引きずり込むように存在しているからだ。
 そんな中、路地裏に一組の男女が佇んでいた。
 男は、一目で分かるほど高級なスーツを着ていた。
 オールバックでまとめた白髪、意地の悪そうな顔。
 いかにも、悪人といった感じだ。
 女は、ジーンズと黒いTシャツを着ている。
 色気を振りまく長い黒髪、整っているが勝気そうな顔立ち。
 美人だが、どこか危なげだ。
 共に怪しげな二人は、先程から押し問答を繰り広げていた。
「だから、早くそれを渡せっての。金なら大元叩いた後に返すって言ってるだろ」
「馬鹿を言うな! 俺の金で買ったものをほいほい渡せるか!!」
「だからあ」
 宥めるように話す女と抵抗する男。
 どちらも乱暴な口調だ。
「それは危険なものなんだって。悪いこと言わねえから渡せ」
「うるさい! 危険なことは百も承知だ!! だからこそ、武器としての価値が有る!」
 男は、右手に球状の物体を握っていた。
 手頃な大きさで、上半分は黒、下半分は白い配色をしている。
 上半分には黄色のラインも入っている。
 真ん中には、スイッチと思われるものが。
「あのなあ、それを銃や刃物なんかと同等に思うなよ。別次元なんだよ、危険度が」
「いい加減にしろ! こうなったら、力で認めさせてやる!!」
 男は、球状の物体を前に突き出し、スイッチを押した。
「出てこい! 『クー・シー』!!」
 瞬間、眩い光が周囲を包み込んだ。
 発光源は、もちろん球状の物体。
「さあ、その姿を見せろ!!」
 光が消えると、アスファルトの上にそれは立っていた。
 暗い緑色の毛が特徴的な犬だ。
 長い尾も目を引く。
 しかし、最大の特徴は別の点。
「……でかいな」
 思わず、女は呟いた。
 目の前の犬、『クー・シー』があまりに巨大だからだ。
 路地裏を埋め尽くすほどの胴体、人の頭部をも飲み込んでしまいそうな口、あまりにも太く長い足。
 おそらく、仔牛くらいのサイズはあるだろう。
「さすが、『妖精犬』ってところか」
 『クー・シー』は、スコットランドに伝わる『妖精犬』だ。
 妖精達の番犬と言われているが、厄災の前兆としても有名。
 どこにでもいるような都市伝説と比べ強力な存在だろう。
「どうだ! 痛い目を見たくなかったら降参しろ!!」
 男は勝ち誇った表情を浮かべた。
 恐らく、都市伝説についてある程度の知識を持っているのだろう。
 『クー・シー』を出した途端、傲慢さがさらに増した。
 しかし――。
「そっちも犬か。いいな、面白い」
「あ?」
 女は笑みを浮かべていた。
 どこからか取り出した、鋭い短刀を手に。
「犬だと。なんだ、お前は『人面犬』とでも契約しているのか?」
 挑発するように男は言う。
「違う違う、というかこいつとは契約しているわけじゃないからな」
「あ? どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。私が契約しているのはあくまでこれ」
 男によく見えるように、女は短剣を掲げた。
 柄頭に宝石が飾られたそれを。
「――『アゾット剣』だ」
 宝石が輝いたのはその直後。
 光に反応した『クー・シー』が動いのも同時。
「で、宝石の中にこいつが入っているってわけだ」
 見えない何か、女の言葉を信じると犬が現れたのは、『クー・シー』が女を襲おうとする寸前。
 『クー・シー』の首が路上に落ちたのはコンマ一秒後だった。
「……あ?」
 刹那の出来事に男は目を丸くしていた。
「よし、これで片付いたな。じゃあ、色々話してもらおうか」
 詰め寄る女に気づかず、男はあることだけを思考している。
 ――透明な犬ってなんだ?
 と。

 数十分後、女は歩道を歩いていた。
 どこか不満げな顔をしながら。
 そんな彼女に近づく人影があった。
「凛々香さ~ん」
「ん? ああ、お前か。愛」
 トレードマークのポニーテールを揺らしながら、鬼神愛は微笑んだ。
 格好は、ショートパンツに紺色のTシャツというシンプルなもの。
「どうした? 仕事帰りか」
「そんなところです、今日は打ち合わせだけですけど~。愛さんもですか?」
 二人は歩きながら会話を始めた。
「いや、帰るのは事務所にこれを届けてからだ」
 凛々香は、右腕に握っていたそれを愛に見せた。
 先程の男から回収した球状の物体だ。
「あ~、これって」
「そうか、お前は知ってたか」
「はい、前に『あいつら』を調べたので。にしても、便利ですよね~それ。都市伝説の捕獲と使役がこれ一つでできるなんて」
「契約をする必要もないからな」
 凛々香は、物体を上に投げて遊び始めた。
「ポ○モン系の都市伝説をベースに作り上げた都市伝説捕獲兼使役装置。まあ、長いんでハ○パーボールでいいですか~」
「いいだろ、私もハ○パーボールって呼んでるし」
「今日の任務は、これの回収ってところですか?」
「そうだ、あとハ○パーボールの購入者からの聞き取りもだ」
「なるほど~。で、様子を見る限り目ぼしい情報は得られなかったと」
「……ああ」
 先程のことを思い出したのか、凛々香は苛ついた様子を見せた。
「ハ○パーボールの所持者から聞き出そうとしたのは良かったが何も知らなかったんだよ。そいつ曰く、急にチンピラ風の男が現れてハ○パーボールの取引を持ちかけられたんだと。購入後は、連絡が通じなくなったらしい」
「なんか、都合のいい話ですね~」
「だろ? かといって、嘘をついてはなかったしな」
「よっぽど手際がいいんですかね。あと、チンピラ風の男ってことは」
「ああ、『あいつら』の一員ではないな。多分、下請け団体か何かの奴だろう」
「なるほど~」

 会話はそこで途切れた。
 二人は、どこか考えるような表情をしながら歩を進めていく。
「そういえば、ナダレの奴は大丈夫か?」
 何でもないことのように凛々香は切り出した。
「健康面で言えば極めて大丈夫ですよ~。裸の付き合いでちゃんと確認してますから!」
「……」
「無言で『アゾット剣』構えないで! 宝石がちょっと輝きかけてますよ!」
 愛を睨みつけながら、凛々香は『アゾット剣』をしまう。
 安堵の息を吐いた愛は、いつにもなく真面目な表情になった。
「家や道場の人間には馴染みましたけど学校ではまだまだですね。クラスの中でも孤立しているみたいですし」
「……そうか」
「まあ、悪い虫がつかないので私的にはいいんですけどね~。本人の事を思うとあれですけど」
「ああ」
 哀しげな目をして俯く凛々香。
 彼女との付き合いが長い愛は知っている、凛々香が年下の人間を心配して世話を焼こうとする面があることを。
 だからこそ、彼女を安心させるように愛は言葉をかける。
「でも、ナダレにも友達ができましたよ」
「本当か」
「ええ、輝ちゃんと仲良くなったんですよ~」
「ああ、輝か。あいつなら安心して任せられ……ないな」
「変態ですからね~」
「お前が言うな」
 言葉とは裏腹に、凛々香の表情は柔らかなものだった。
「友達はノーマルな奴に限る」
「なんか、凛々香さんが言うと説得力ありますね。さすが、同性に押し倒された経験が豊富なだけはある」
「やめろ、思い出させるどな! 相手の好意とノーマルな自分の間で悩んだ日々を思い出させるな!!」
「え~、羨ましいですけね~。女学院の王子様なんて最高のポジションじゃないですか」
「私がノーマルじゃなかったらな!! つーか、私の高校生活はかなり悲惨な部類だろ」
「ええと、確か『アゾット剣』で悪魔達を倒したり~、八極拳使いの神父と戦ったり~、同性に惚れられたり~、百合ハーレムを形成したり~、壮絶な修羅場が発生したり~とかでしたっけ」
「細かいところだと、文化祭でバンド演奏をするはめになったり、生徒会に無理やり加入させられたり、謎のクラブに強制的に入れられたりとかだな」
「楽園じゃないですか」
「だから、私はノーマルだ!!」
「で、卒業後には白さん達にスカウトされて辛組之零(辛No)に所属ですか。なんか、すごい人生歩んでますね~」
「忍者なんて訳わからん職業に就いているお前には言われたくない」
 もっともな指摘だった。
「いや~、でも人間なのにNo持ちなのは珍しいですよ。しかも、一桁って」
「別に、いいだろ。噂だと他の部署にも人間のNo持ちはいるらしいし。あと、一桁なのはうちの部署の人員が異常に少ないからだ」
「いや、一桁なのは実力があるからだと思いますよ~。あ、じゃあ私はここで」
 いつのまにか、二人は鬼神家のすぐ近くまで来ていた。
 向かって右の道を行けば、鬼神家に。
 向かって左の道を行けば、辛組之零の事務所に辿り着く。
「ああ、じゃあな。……今回の件はナダレには内緒にしておけよ」
「もちろん、そのつもりですよ~」
 この言葉には、二つの意味があることを愛は察していた。
 一つは、ナダレのことを心配していたことを恥ずかしいから隠しておけというもの。
 もう一つは、ハイパーボールの件をナダレに知られるなというもの。
 それはなぜか。
「過去のことなんてさっさと忘れさせたいですし」
 二人は知っている。
 ハ○パーボールを製造しているのが、かつてナダレを実験動物として扱っていた団体だということを。
 愛がハ○パーボールのことを知っていたのは、ナダレ絡みの調査を行った時に偶然知ったためだ。
「……そうだな」
 哀愁が漂う言葉を最後に二人は別れた。

 その後、事務所に戻った凛々香は驚愕することになる。
 なにしろ、愛の仕事の打ち合わせというのが、自身の上司が依頼したハ○パーボール絡みのことだったからだ。
 つまり、愛はすべてを知っていた上で、何も知らないふりをしていたということになる。
 からかいやがって、怒りを隠せない凛々香に上司は諭すように言う。
 あれは、彼女の忍としての癖のようなものだと。
 こちらの情報はできるだけ隠し、相手から情報を引き出す。
 人には誰しも職業病があるさ、と言って上司こと辛組之零の〇(ゼロ)は笑った。

続く

伏字が多すぎていまいち締まらない……

グレムリンの人乙です
三つ巴になりましたか
人外達に囲まれてヒロインがどうなるか気になります

>>415の9行目
×「そんなところです、今日は打ち合わせだけですけど~。愛さんもですか?」
○「そんなところです、今日は打ち合わせだけですけど~。凛々香さんもですか?」

結構重大なミス

 少女は可能性に愛されていた。
 あらゆることを粗忽なくこなす力を与えられ、この世に生まれてきたからだ。
 テストを受ければ高得点。
 歌を披露すると人を魅了。
 創作をさせると必ず入賞。
 その上、容姿も非常に恵まれていた。
 まさに、神に選ばれたような子供。
 だが、そんな彼女にも勝てない存在がいた。

 畳が敷かれた狭い部屋。
 そこには、年代物と思われる箪笥や、古びた勉強机等が置かれている。
 過度な装飾がされたものは置いてなく、質素な印象が漂う。
 最低限のものだけが揃えれれていると人は感じるだろう。
 電子機器に関しては、たった二つしかない。
 その内の一つ、黒いノートパソコンは絶賛使用中だった。
 キーボードの上で踊る十本の指。
 素早くかつ軽やかに入力を行っている。
 画面に、次々と数字やアルファベットの羅列が映っていく。
 指の持ち主は茶色の髪の少女。
 豊満な胸と整った顔立ちが特徴的だ。
 少女の指さばきは段々とゆっくりとなっていた。
 やる気がなくなったから――ではない。
 あと少しで作業が終わるからだ。
「おい、姉貴。早く、朝飯食え。片付けられないだろう」
 彼女の指が止まるのと、廊下に通じた障子が開くのは同時だった。
 敷居を挟んだ先には巨漢の男が。
「はいは~い、今行くよ~」
「ああ。なんだ、朝からネットでもやってたのか」
 男は遠慮せずに少女の部屋に入りパソコンを眺める。
「違うよ! 仕事だよ! 仕事!!」
「仕事? ああ」
 男は苦々しい表情をした。
「ハッキングか」
「うん、しょぼいセキュリティだったからすぐに終わったけどね~。これぞ、本当の朝飯前!!」
 朝だというにも関わらず、少女の気分は高揚しているようだ。
「ハッキングな」
「ん? どうかした」
 まだ、苦々しい表情をする男はこう言った。
「……ハッキングで仕事を済ませる忍者を忍者と言っていいのか?」
「いいに決まってるよ! 昔とやり方が違うだけで結果は同じだからね!!」
 茶色の髪の少女こと鬼神愛は、笑顔で弟である鬼神拳次に親指を立てた。

「そういえば、優とナダレは?」
 畳張りの広い部屋、大きなローテブルを挟んで愛と鬼神拳次は向き合っていた。
 愛は朝食を摂り、拳次はコーヒーを飲んでいる。
「優もナダレも朝飯を食べてすぐに出かけた」
「え~、面白くない」
 だし巻き卵を箸で掴みながら、愛はつまらなそうな顔をした。
 好意を寄せる妹達がいないことが不満なのだろう。
「普段から十分拘束してるんだから別にいいだろ」
「ダメだよ! 姉は妹分を常に補給しないと死んじゃうんだよ!!」
「変な成分を捏造するな。勝手に死んでろ」
「そういう拳次だってナダレと優がいないと寂びそうにしてるじゃん!」
「目の錯覚だ」
「ふっふ~ん。姉である私にそんな戯言は通じないよ!!」
 愛は拳次に向かって指を差した。
「ナダレや優がいない時、拳次の作る料理の品数が明らかに減るからね!」
「そんなことは」
「あるよ! 私の記憶力を舐めてもらっちゃ困るね!!」
 拳次は閉口した。
 十数年もひとつ屋根の下で暮らしてきただけあって、姉の能力の高さを知り尽くしているからだ。
「ふふ~ん、何も言い返せないみたいだね~。ねえ、今どんな気持ち!どんな気持ち!」
「てめえ……」
「いや~、シスコン兄貴とか誰得なんだろうね~。百合要素のあるシスコン姉には遠く及ばないよ!!」
 拳次の拳が怒りで固く握られた。
 とてつもないほどの力が込められている。
 一方の愛も、いつでも立てるように備えていた。
 まさに、一発触発の状況。
 今にでも、壮絶な姉弟喧嘩が開かれようとしていた。
 ――が。
「……はあ」
 拳次は拳を解き、コーヒーに口をつけた。
「あれ? やんないの?」
「こんな朝っぱらからやってられるか。第一、今は飯の途中だ」
「さすが、主夫だね~。食に対する敬意が違う」
「うるせえ」
 拳次は決して言わない。
 喧嘩をやめたのが、姉が自分より強いからだと。
 勝機のない戦いだと無駄でしかない。
「俺も食器片付けたら山に出掛けるから早く食え」
「はいは~い。あっ、私もこの後出かけるから~。遅くなると思うから夕飯はいいよ~」
「……仕事か?」
「うん、白さんからの依頼だよ~」
「そうか」
 拳次はそっけなく言うと、テレビの画面に目を向けた。
 地方の特産品を紹介する番組が放送されている。
「あ~、そうそう」
「なんだ?」
 鮭の身をほぐしながら愛は呟いた。
「『あいつら』がこの辺でも活動を始めたよ」
「……」
 具体名が出ていないにも関わらず、拳次は何も聞き返さなかった。
 彼の直感が囁いているからだ。
 愛の言う『あいつら』が自分の想像したものと同じだということを。
「まあ、仕事は下請けにやらせてるみたいだけどね。内容もある装置を売りさばいているだけだし」
「それでも『あいつら』にしては大胆だな」
「まあね、ひたすら隠れて組織から逃げてきた『あいつら』にしては大胆だよ。でも、何もかも曝け出してるわけじゃないよ」
 緑茶をすすると、愛は推論を語り始めた。
「まず、売っている装置というものがそこまで貴重なものじゃない。
 都市伝説の捕獲と使役ができるって言う便利な品物だけど技術的な価値はそこまでじゃないからね。
 組織も作ろうと思えばすぐに作れるレベルの品物だよ。
 本命の品は最低限露出しないようにしているんだろうね」
「本命、前に言ってた劣化融合者か」
「多分ね。拳次と母さん達には言っておくけど、もう実用までこぎつけているらしいよ。量産できているからは怪しいところだけど。もし、成功してたとしても一体一体の性能は低いだろうね。ナダレにはもちろん、優にも内緒だよ」
「……話を戻すぞ。なんで、あいつらは今更こんな大胆な行動をやり始めたんだ。本命の商品を出してないとしても今までの『あいつら』からは考えられない行動なはずだ」
「うん、ここからは完全な想像だよ。私が思うに『あいつら』は――」
 テレビから流れるグルメリポーターのありふれた感想を遮るように、愛は言い放った。
「この国から逃げる気だよ」

「つまり、急にその装置を大胆に売りさばき始めたのは国外逃亡前のデータ収集と資金集めのためってことか」
 拳次は、もう冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「私の考えだとね。『あいつら』の技術力は高いから、手元に置きたがる結社は海外にいくらでもあると思うよ」 
「そうだな」
 しばらく、二人は沈黙に徹した。
 愛は食べることに徹し、拳次はただ番組を眺める。
 静かに時は流れた。
「ごちそうさま」
 朝食を片付けた愛は、食器を持ち立ち上がった。
 そのまま、廊下へ通じる障子へ向けて歩き出す。
 だが、急に彼女は振り返り――。
「安心した」
 小さな声で呟いた。
「もう『あいつら』がナダレに手を出すことがないかもしれないと思ったら」
「……」
 『あいつら』が海外に逃げた場合、ナダレに手を出す可能性はほぼなくなる。
 高度な都市伝説を応用した科学と、便利な道具を要する『あいつら』は『鬼神の血族』にとっても厄介な存在だ。
 いくら、『鬼神の血族』が強いといってもナダレを完全に守りきれるとは限らない。
 なので、あちらから消えてくれるに越したことはないのだ。
 しかし、移住先の住民達が何らかの被害に遭うことは確実だろう。
 ナダレをかつて実験動物として扱っていた団体はそういう存在だ。
 それを見越した上で、愛は安心したと言った。
「もう誰も失いたくないからね」
 愛は明るく微笑んだ。
 まるで、道化師のように。
 行動により、沢山の他人よりも一人の家族が大事と肯定した。
「なんてね~、ちょっとシリアスモード入っちゃったよ~」
 前を向き、愛は障子に手をかけ、廊下に出ようとする。
「俺もだ」
 彼女の背後から言葉は届けられた。
 低くハスキーな声で。
「誰も失いたくないのも同じだ」
「そっか」
 愛は思う。
 弟が短い言葉に込めた感情について。
「そうだよね」
「ああ」
 そっけない返答を聞き、愛は改めて確信した。
 この声が既にいない自分の思い人のものと似ていないと。
「まあ、感情論だけで言わせてもらうと『あいつら』をこの手でぶっ潰したいんだけどね~」
「それも同じだ」
「だよね~」
 振り返った愛は、偽りのない笑顔を浮かべた。

続く

 夜道を少女は逃げていた。
「はぁはぁ」
「急いで! 契約者さん!! 奴らが来る!!」
 おかっぱ頭の友達とともに。
「で、でも……。もう足が……」
「駄目だよ!! 走らないとあいつらがキャッ!?」
 少女達の目の前に、突然炎の壁が現れた。
 暗闇をから二人を炙り出すように。
 その先には……。
「『ジャックランタン』……」
 無数の宙に浮くかぼちゃが待ち構えていた。
 彼らは『ジャックランタン』。
 日本で言う人魂に近い存在だ。
 かぼちゃに己を宿し光を放っている。
「……契約者さんは逃げて。私が足止めをするから」
「で、でも! それじゃ『華子』さんが!!」
「いいから早く!!」
 契約者を押しのけ、『トイレの華子さん』は前に出た。
 能力を使い、両手から水を出しながら。
 それを見た、『ジャックランタン』達は火球を作り出した。
「華子さん……」
「今まで楽しかったよ、契約者さん。ありがとう、私を生きながらさせてくれて」 
 絶体絶命の状況。
 しかし、『華子』さんは笑っていた。
 もう思い残すことはないとばかりに。
 だが――。
「そんなの認めないよ」
 バットエンドを許せない者がいた。
「だ、誰!?」
「誰? そうだね、全ての美少女の味方かな」
 乱入者は現れた。
「眺めいいね、ここ」
 木の頂上から。
「そ、そんなところで何をしているんですか!! 早く逃げてください!!」
「逃げる? そういう訳には行かないな。私はそこのかぼちゃたちにあるセリフを言わないといけないんだから」
 そう宣言すると、乱入者である高校の制服を着た女は木の先端に立った。
 とんでもないバランス力だ。
「まったく、ハロウィンは仮装したロリを愛でる日なのにね。異常発生した『ジャックランタン』のせいで台無しだ。ということで」
 女は、いつのまにか両手にあるものを掴んでいた。
 右手には数本のナイフ。
 左手には回路らしきものが書かれたカード。
「トリック・オア・デス!!」
女は、『ジャックランタン』達めがけナイフを投げつけた。
 だが、こんな雑な投げ方をしても本来なら目標には当たらない。
 ――補助をするものがあれば話は別だが。
 ナイフが手から離れた瞬間、カードから光が放たれた。
 それは、いくつかの光線となり、ナイフに当たるとそのまま包み込んだ。
 すると、急速に速度を増し、それぞれ『ジャックランタン』目掛け飛んでいった。
 ナイフは、次々と『ジャックランタン』の宿主であるかぼちゃを切り裂いていく。
 どうやら、光がナイフを操っているようだ。
「す、すごい……」
 少女は目の前の圧倒的な光景を見て思わず呟いた。
 助けられた、という事を理解する前に。
「聞いたことがある」
 『トイレの華子さん』は語り始めた。
 少女に聞かせるためではなく、自分を納得させるように。
「この街には、凄腕の『ヒエロニムスマシン』の契約者がいるって」
 空中に舞う『ジャックランタン』は残り一体にまで減っていた。
 光を浴びた数本のナイフが一斉に追尾する。

 たった一校にしか伝わらないマイナー都市伝説の契約者は、こうして街の有名人に出会ったのだった。

ちょっとだけ続く


「まったく、小学生がこんな時間まで外に出てちゃダメだよ。契約者なら尚更さ」
「ご、ごめんなさい」
 『ジャックランタン』達との戦闘後、少女と『華子さん』は学生服の女に自宅まで送ってもらっていた。
 また、彼らに襲われるかもしれないからと女が申し出たのだ。
「さっきの様子を見る限り戦闘は初めて?」
「は、はい。都市伝説を見かけたらいつも逃げてたので」
 緊張した様子で少女は答える。
 どうやら、人と話すことが苦手らしい。
「二週間前に契約したばかりなんです。契約者さんが存在が消えかかっていた私を生きながらせるためにしてくれて」
 庇う様に、『華子さん』が事情を説明する。
 まるで、少女の保護者であるかのように。
「なるほどね。割とよくあるケースだ。マイナー都市伝説は生存競争が激しいからね」
 女は、腕組をし、わざとらしく幾度か頷いた。
 自分はよく分かってると表現しているのだろうか。
「で、君達はこの先どうするつもりなんだい?」
「そ、それは……」
 二人にとって痛い所を女は突いた。
「今回の件でわかったと思うけど、契約者である限り戦いは避けられない。非戦闘系都市伝説ならまだしも『華子さん』は違うだろ?」
 神妙な顔で『華子さん』は頷く。
「力を持つ都市伝説は同類を引き寄せてしまう。これは避けられない宿命だ。だから、君達はこれからどうするか選び必要がある」
 女は三つ指を立てた。
「一つは、『華子さん』と契約解除し元の生活に戻る」
「そ、それは駄目です! そんなことをしたら『華子さん』が!!」
「でも、契約者さんにとっては一番安全な選択肢だよ。そうですよね?」
 『華子さん』は、取り乱す少女を制して言う。
「一度都市伝説と関わった人間は引き寄せやすくなっちゃうから、絶対に安全とは言えないけどね。まあ、取り敢えず三つ全部聞いてよ」
「はい……」
 少女が落ち着くと、女は一つ指を折った。
「二つ目は他の契約者に守ってもらう」
「守ってもらう?」
「そう、お人好しの強い契約者に守ってもらう。この街は割と契約者が多いからね。そこまで難しい話じゃないよ」
「でも、そんな押し付けるようなこと」
「契約者の中にはヒーロー願望を持つ人間も結構いるんだよ。そういう、人種からすれば大歓迎さ」
「で、でも……」
 顔を下に向け、唇を噛む少女。
 彼女はまだ幼い。
 心根も優しいのだろう。
 『華子さん』を助けるために契約したのが証拠だ。
 そのため、他人を利用するようなやり方には賛同できないのだろう。
「それじゃ、三つ目の選択肢。これが一番過酷かな」
 言葉と裏腹に、女の声には変わりがない。
 彼女が冷酷な人間なため――ではない。
 だったとしたら、そもそも『華子さん』と契約者を助けていないだろう。
「君達が強くなる。どんな都市伝説も倒せるほどに」
 女は語る。
 どこまでも真っ直ぐな様子で。

「私は水を集め操ることしかできません」
 『華子さん』は、広げた右手の上に水の塊を浮かせていた。
 子供の顔くらいの大きさだ。
「トイレの中ならもっと色々な物を操れますがここではこれが限界です」
「なるほどね。その辺は、『花子さん』と変わらないか。他に、何か独自の特徴はない?」
「特徴ですか。そうですね、身体能力がちょっと高いことです。私の噂に、怪力だという話があるので多分その影響です」
「へえ、それは面白いね」
 三つの選択肢を提示された少女は、まだ答えを決めきれずにいた。
 『トイレの華子さん』の契約を放棄したくない、誰かを頼りたくない、という思いはあったものの、三番目の選択肢を選ぶのも不安だったためだ。
 なので、今こうして、通りかかった公園で自分達の戦闘能力を改めて検査している。
 判断基準を増やすために。
 主に話しているのは、自分の能力をよく知っている『華子さん』と、都市伝説について中々の知識をもっているらしい女だ。
 二人は、細かいところまで語り合っている。
「あ、あの」
「ん? どうしたの?」
 黙っていた少女は、顔を赤くしながら女に話しかけた。
 自分なりに、勇気を振り絞ったのだろう。
「私、契約者なのに能力が使えないんです。『華子さん』みたいに、トイレのものを操ったり水を集めたりできないんです」
 彼女は自身の苦悩について喋り始めた。
 何かあった時のために、役に立とうと思って、能力を使う特訓をしていること。
 しかし、それが実にならず、一向に能力が使えないこと。
 今日も、特訓のために学校に遅くまで残っていたことを。
「いや、それはしょうがないよ。都市伝説の個体によって、契約者が能力を使えたり、使えなかったりするから」
「そうなんですか?」
「うん、中には後から能力が使えるようになる人もいるけどね」
 教えられた知識に少女は目を丸くした。
 隣で、『華子さん』も感嘆している。
 彼女も知らなかったようだ。

「それじゃあ、一旦纏めるね。
 『華子さん』は、トイレの中のものを操ることが出来る。
 正し、他の場所だと水を集めて操ることしかできない。それもあまり強力なものじゃない。
 あと、身体能力が高いか。                             」
 纏めてみると、 都市伝説から身を守るためには、心許無いことがさらによく分かる。
「……やっぱり、契約を破棄しよう。契約者さん」
 『華子さん』は、述べられた自身の能力を聞き、改めて少女にそう言った。
「私はもう消えていたはずの存在。この世に未練はないよ。だから、契約者さんを危険に巻き込んでまで存在したくない」
 静かだが力の篭った言葉。
 『華子さん』の心の底からの思いが全て込められていた。
「い、嫌だよ!!」
 しかし、少女はそれを受け入れることができない。
 なぜなら――。
「一番の友達を見捨てることなんてでいないよ!!」
 彼女にとって、『華子さん』は唯一無二の友。
 絶対に失いたくない存在だ。
「私の代わりなんていくらでも見つかる」
「そんなことはない! 『華子さん』は『華子さん』じゃないといけない!!」
「それじゃあ、契約者さんは戦えるっていうの? 都市伝説達と」
「それは……」
 白熱していた会話が止まった。
「震えずに、常識の通用しない存在と戦えるの?」
「……」
「諦めずに、理解不能の敵に立ち向かえるの?」
「……」
 『華子さん』は、諭すような口調となっていた。
「私は自分よりも契約者さんが大事。だから、お願い。私と約束して、元の生活に戻るって」
「……『華子さん』」
 少女の瞳は濡れていた。
 押し寄せる感情によって。
「契約者さんならこれから先も大丈夫。誰かの為に行動できる契約者さんなら」
「それは、私には夢も目標もないから、そうしているだけで」
「違う、契約者さんのしたことは誰にでもできることじゃない。だから、きっと――」
 轟音が響いたのはこの直後だった。
「キャッ!?」
「な、何!?」
 三人が最初に感じたのは、生暖かい風。
 次に、宙を舞う無数の火の粉が目に入った。
「あ、あれは!?」
 彼女達から数メートル離れた場所で、太い火柱が上がっていた。
 先程まではこんなものはなかったはずなのにだ。
「二人とも下がってて」
 女は、一人前に出た。
 どうやら、火柱の正体に心当たりがあるようだ。
「まさか、私の所に来るなんてね。ついてないよ」
 女はそう呟きながら、ポケットから取り出した黒い手袋を両手に装着した。
 火柱は、段々と火力を失い、細くなっていく。
 すると、人型としか言えない形になった。
「ゲーム風に言うとイベントボスだね、こいつは」
 炎は、驚くべきことに、肉体へと変わり始めていた。
 骨、肉、皮、爪、毛。
 あらゆる物が再現されていく。
 人間そっくりに。
 五体が完成すると、残った炎が体を包み込み、派手な衣服へと変わっていった。
「初めて見たよ、人間態は」
 炎は完全に人間となった、頭部を除いて。
「さあて、ボス戦と洒落こもうか」
 かぼちゃでできた頭部を揺らし、人間態の『ジャックランタン』は三人へと近づき始めた。

もうちょっとだけ続く

 先に動いたのは女だった。
「脚部限定強化」
 取り出した二枚のカードから、光線を自身の両足に放つ。
 言葉の通り、自身の脚力を強化したのだろう。
 それを見た『ジャックランタン』が、宙に幾つもの火球を生み出す。
 だが、その時既に女は動き出していた。
 『華子さん』とその契約者がいる反対側へ向かい、人間離れした速度で走っている。
 そのまま、使った二枚のカードを捨て、新しいカードを取り出すと、すぐに『ジャックランタン』に向け光線を放った。
 青い一閃が闇を切り裂いていく。
 しかし、『ジャックランタン』は焦る様子を見せない。
 こんなものは驚異にならないとばかりに。
 次の瞬間、火球の一つが光線を向かい打つように飛んでいった。
 光線に負けないほどの速度で。
 戦いを眺めていた二人の予想通り、火球は光線と衝突した。
 園内に、爆炎の花が咲き、眩しい光と激しい爆発音が響く。
 少女は思わず目を閉じ耳を塞いだ。
 これは、人間否生物として当たり前の行動。
 軍人でもない限り、普通はこうする。
 音も光もない世界で、少女は想像した。
 光線が通じず、火球の前に敗れる女の姿を。
 それほどまでに、『ジャックランタン』の力は圧倒的だった。
 あんなのに勝てるわけがない、誰かの声が囁いた。
 少女が現実に戻ってきたのは、数十秒ほど経ってから。
 そして、驚愕した。
 爆炎の中を駆け抜け『ジャックランタン』を拳で殴る女を見て。
 よろめく『ジャックランタン』。
 女は、その隙を逃さず打撃を与える。
 『ジャックランタン』の火球は強力だ。
 生身の人間が巻き込まればひとたまりもないだろう。
 同時に、その威力が仇となっている。
 あまりに強力な為に、自身の近くでは使えないのだ。
 それを素早く見抜いた女は、『ジャックランタン』に張り付き、ひたすら鋭い打撃を浴びせている。
 『ジャックランタン』は、身体能力の方は高くないようで、なされるがままだ。
 離れようとはしているものの、女はその動作を見逃さずに下段蹴り。
 決して、自分の優位を失おうとしない。
「す、すごい」
 少女は、目を見開き呟いた。
 女の見せる熟練した強さに。
 同時に思う。
 自分もあれだけ強ければ『華子さん』を守ることが出来るんじゃないか、と。
 そのまま、しばらく彼女は見惚れていた。
「契約者さん、もっと離れよう」
 怯える少女を見ていた『華子さん』は心配した様子で言う。
「ううん、ここでいいよ」
 何かに取りつかれたように返答する少女。
 彼女は魅せられているのだ、強さを披露する女の姿に。
「契約者さん……。ん? に、逃げて!! 契約者さん!!」
「え?」
 背後を振り返った『華子さん』が慌てた様子で言った。
 少女もそれに倣う。
 すると――。
「そ、そんな……」
 絶望は一つだけではなかった。

「腕部限定強化」
 幾多もの打撃を受け、今にも倒れそうな『ジャックランタン』を前に、女は光るカードを手にして呟いた。
 輝く両腕。
 そのまま、『ジャックランタン』に向け殴打のラッシュを放った。
 左。
 右。
 左。
 右。
 左。
 右。
 三発目の右拳で、『ジャックランタン』は地面に両膝を付いた。
 すかさず、かぼちゃの顔面に前蹴り。
 一切の容赦がない。
「思ったよりは苦労しなかったか」
 さらに、数発の打撃が当てられ、『ジャックランタン』は光の粒子へと変わり始めていた。
「師匠にもらった耐火手袋。あんまり意味なかったな」
 女の手に嵌められた黒い手袋。
 それは、組織の人間でも手に入れるのに苦労するほどの品物だ。
 おそらく、伝説上の鉱物や生物の皮膚が使われているのだろう。
「二人共、もう大丈夫だよ」
 少女と『華子さん』に、振り返りながら女は言った。
 安心感を与えるような笑顔で。
「……嘘だろ」
 一瞬で崩れ去ったが。
「脚部限定強化!!」
 再び、二枚のカードを使い両足を強化して走り出す。
 目指す先は、ただ一つ。
 二人の後方で、貼り付けられた笑みを浮かべる人間態の『ジャックランタン』。
 空中には、既に幾つもの火球が浮かべられている。
「どうして、もう一体いるって気づけなかったかな。私は!!」
 自身に対する怒りを吐き出しながら、女は向かう。
 何でもできるが強引に事態を突破できない、自身の器用貧乏な系統を呪いながら。
「お前の敵は私だ!!」
 注意を引くために、女はカードを取り出し光線を放とうとする。
 しかし――。
「は、『華子さん』!!」
 二人に向かい火球が飛ばされるのが先だった。 

 少女は夢を抱いたことがない。
 理由は不明だ。
 両親が現実的過ぎるからか。
 夢を持つという感覚がよくわからないからか。
 それとも、生まれつきの欠陥なのかもしれない。
 幼稚園に通っていた頃、将来の夢を絵に書かされたことがある。
 他の子供達は、すいすいとクレヨンを動かした。
 花屋さん。
 看護師さん。
 女優さん。
 ケーキ屋さん。
 色とりどりの絵が描かれていく。
 何も書いていないのは少女だけだった。
 しばらく、そうしていると一人の先生が話しかけてきた。
「なんでもいいから書いてみて」
 少女は困った。
 できることならとっくにそうしている。
 しかし、どうしてもできない。
 どうにかしようと、少女は他の子の絵を見た。
 カラフルで、希望にあふれた未来予想図の数々を。
 彼女はそれらを眩しいと思った。
 真っ白な自分には刺激が強すぎると。
 けれど、同時にこうも感じた。
 自分が持つことができない、綺麗なこれらを守りたい。
 夢を持つことができる人達の役に立ちたいと。
 少女は警察官になった自分の絵を書いた。
 別に、本当になりたかったわけではない。
 ただ、警察官のように人の役に立ちたいという意識の表れではあった。
 この日以降、少女は意識的に優しい性格になった。
 少しでも美しいものの糧となるために。
 そんな日々を送り数年、小学校のトイレで少女は出会った。
 今にも消えそうなおかっぱ頭の女の子と。
「あなた、私が見えるの?」
 女の子は驚いた顔で言った。
 その後、おかっぱ頭の女の子こと『華子さん』と少女はすぐに仲良くなった。
 気弱な少女としっかり者の『華子さん』は相性が良かったのだろう。
 仲良くなると同時に、都市伝説や契約者についての知識を少女は知った。
 これを『華子さん』は今でも後悔している。
 そのせいで、存在が消えかかっていた彼女と少女は契約してしまったからだ。
 契約を申し出たのは少女。
 最初、『華子さん』は申し出を断った。
 契約をしたら、少女を危険に巻き込んでしまうからだ。
 しかし、少女は食い下がった。
 『華子さん』が、思わず承諾してしまうまでに。
「だって、『華子さん』に消えて欲しくないから」
 その一言だけを武器に。
 だから、彼女達は今ここにいる。
 新たに現れた、人間態の『ジャックランタン』の前に。

「そ、そんな……」
 『ジャックランタン』を前に少女は一歩も動くことができなかった。
 足は震え、瞬きをすることも忘れている。
 『ジャックランタン』は、そんな彼女を追い詰めるように宙に火球を生み出す。
 先程の個体より、さらに多くの数を。
「こんなのって……」
「契約者さん」
 怯える少女の肩に、『華子さん』が手をかけた。
 彼女は、こんな状況にも関わらず笑みを浮かべていた。
 怖いものなど何もないとばかりに。
 少女は、その笑顔に安心感を感じた。
 温かいものが体に溢れていく。
「『華子さん』……」
「大丈夫だよ、契約者さん。だって――」
 『華子さん』の笑みは崩れた。
「えっ?」
 次の瞬間、少女は『華子さん』に突き飛ばされていた。
 宙に浮かんでしまうほど、強い力で。
「うわっ!」
 少女は、仰向けで地面に倒れた。
 突然の事態に思考が追いつかず、唖然としている。

  体のあちこちが痛んでいるが、大きな怪我はないようだ。
「ど、どうして。『華子さん』! 
 動揺しながら少女は立ち上がった。

 なぜ、あの『華子さん』がこんなことをしたんだろうという疑問を持ちながら。
 しかし、それは目の前の光景を見て一瞬で消えた。
「は、『華子さん』!!」
 『華子さん』は、飛んでくる火球を交わしながら『ジャックランタン』に近づこうとしていた。
 『花子さん』では出せない、強い脚力を持って。
 思えば答えは明白だった。
 『華子さん』が理由もなく、誰よりも大事な少女に暴力を加えるはずがない。
 だとしたら、真実は単純。
 少女が、時間稼ぎのための突撃を止めるであろうことを予想して突き飛ばしたのだ。
「『華子さん』……」
 少女は思う。
 今の『華子さん』はとても勇ましく美しいと。
 誰よりも強く光り輝いていると。
 何もできない自分がどうしようもなく情けないと。
 少女の中で負の想いが膨れ上がる。
 何が誰かの役に立つだ。
 大切な友達一人守れないじゃないか。
 なぜ、自分みたいな欠陥品が生きて、彼女が消えねばならないんだ。
 自分を責める言葉が無限に溢れ出す。
 中断されたのは、友達が爆発により吹き飛ばされた時だった。
「『華子さん』!!」
 火球の爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた『華子さん』の元に駆け寄る少女。
 その途中で彼女は見た。
「え?」
 女と戦う、三体目の人間態の『ジャックランタン』を。

「ふざけすぎじゃないかな!!」
 突如現れた三体目の『ジャックランタン』と女は交戦している。
 本当は、二人の元へ早く向かいたいのだが、目の前の敵がそれを許さない。
「面倒くさいんだよ!」
 彼女の目の前の『ジャックランタン』は、他の二体とは違う力を持っていた。
「『ジャックランタン』は生前鍛冶屋。そして、煉獄の石炭を持っているとは言うけどさ!」
 敵の攻撃を躱しながら女は隙を伺う。
「炎の剣を振り回すってのはどうなのかな!!」
 『ジャックランタン』は、見事な身のこなしで女と戦っている。
 炎を纏った剣を使って。
 いつもなら、女は都市伝説との肉弾戦を楽しんで行う。
 自身の格闘家としての血が騒ぐからだ。
 しかし、切羽詰まった今の状況ではそんな余裕はない。
 目の前の『ジャックランタン』は、女が苦戦するほどに強い。
 隙のない構え。
 鋭い斬撃。
 素早い身のこなし。
 そして、灼熱の炎。
 先ほどの二体と違い、火球を飛ばしたりはしてこないものの、女としてはこちらの方が何倍も厄介だ。
 一度、『ヒエロニムスマシン』の力で剣を操ろうとしたが不可能だった。
 おそらく、特殊な金属が使われているためだろう。
「ちっ」
 『ジャックランタン』の背中を取ろうとした女だったが、見事に反応される。
 並みの武道経験者では反応できないはずの技を使ったのにも関わらずだ。
 おそらく、彼ら『ジャックランタン』は熱による探知ができるのだろう。
 だから、相手の盲点と隙を利用した忍の技が効かない。
 女は、動揺を見せずに相手の懐に入り一気に決めようとする。
 しかし、『ジャックランタン』の剣がそれを許さない。
 打撃を加えようとしても、必ず剣に邪魔をされる。
「くそ、このままじゃ」
 女はちらりと二人の方を伺う。
「駄目!! 契約者さん!!」
 『華子さん』の叫び声を耳にしながら。

「『華子さん』!! 『華子さん』!!」
「駄目……。契約者さん、逃げて……」
 倒れ、息も絶え絶えとなっている『華子さん』の手を少女は握っている。
 再び、瞳を濡らしながら。 
「そんなことできないよ!!」
「逃げて……。そうじゃないと敵が……」
 『ジャックランタン』は、火球を飛ばしてこない。
 まるで、苦しむふたりを弄んでいるかのように。
「嫌だ。嫌だよ!! 私の命なんかどうでもいい!! 『華子さん』のいない世界に生きてる意味なんてない!!」
「駄目……。生きて、お願いだから……」
「嫌だ!! 嫌だ!!」
 少女は、ただ涙を流す。
 それは、友を嘆いてのものであると同時に、何もできない自分を情けなく思うからの涙でもあった。
 彼女はただ思い返す、二人で過ごした楽しかった日々を。
 初めて一線を超えた友達である『華子さん』。
 彼女と一緒にいると、ただ毎日が楽しかった。
 しっかり者の『華子さん』は抜けたところのある私を助け、いつも帰りの遅いお父さんとお母さんの代わりにずっと一緒にいてくれた。
 役に立ちたい以上の感情を私に抱かせてくれた。
 少女の顔は酷い有様になっている。
 顔と目は真っ赤。
 鼻水が垂れ、目からは涙。
 口からは大声と涎。
 『華子さん』と過ごした日々が宝物だったことを何よりも表していた。
「『華子さん』!! 『華子さん』!!」
 少女は願った。
 『華子さん』を失いたくないと。
 そのためなら、自分はどうなってもいい。
 だから、『華子さん』を助けてほしいと。
 願いは虚しく、現状には何も変化が見えない。
 『ジャックランタン』は、貼り付けられた笑顔をただ浮かべる。
 この世界はどうしようもなく残酷だ。
 都合のいいヒーローは存在せず、魑魅魍魎の悪ばかりがあちらこちらにいる。
 そんな世界で、この弱い二人は淘汰される運命にあるのかもしれない。
 ――だが、微かな光はある。

「……」
 急に、少女がある一点の方向を凝視し始めた。
「けい…やく……しゃさん。どうしたの?」
 先程より弱ってきている『華子さん』は尋ねる。
「戦ってるんだ」
「え?」
「戦ってるんだ、お姉さんは」
 少女の見つめる先で、女は『ジャックランタン』と死闘を繰り広げていた。
 強敵相手にも関わらず、闘争心を潜める様子を見せずに。
 少女にとって、その姿は強者そのものだった。
「すごいよ、お姉さんは」
 心の底から少女は思う。
 あの人はすごいと。
 こんな、恐ろしい存在を相手に一歩も惹かずに戦っている。
 大人の人でもそうできることじゃない。
 なのに、当たり前のようにやってのけている。
「私もなりたい」
 少女は無意識に呟く。
「あんな風に戦って」
 虚ろな目で。
 確かな口調で。
 拳に力を込めて。
「大切な人を守りたい」
「け……いやく……しゃさん?」
 少女は立ち上がった。
「たくさんの輝きや夢を守りたい」
 先程とは別人のような顔をして。
「糧なんかじゃ足りない。私は守る人間になりたい!!」
 少女が叫んだ瞬間、幾多もの火球が二人に向け発せられた。
 つまらない茶番は見たくないとばかりに。
 だが――。
「負けない」
 茶番は終わらなかった。
「絶対に負けない」
 『華子さん』を抱えた少女は、先刻までと反対の地点にいた。
 『ジャックランタン』は首を傾げる。
 宙に新たな火球を生み出しながら。
 それに対し、少女は足元に『華子さん』を置いた。
「ここで待ってて。『華子さん』」
「ま……て。いまのは……一体?」
 『華子さん』の疑問に答えず、少女はただ笑みを浮かべた。
「大丈夫。すぐに終わらせるから」
「駄目!! 契約者さん!!」
 気力を振り絞り『華子さん』は呼びかけた。
 少女の後ろ姿に。
「大丈夫だよ」
 少女は走り出した。
 人間離れした速度否『華子さん』以上の速度で。
 動揺したように、火球達が一瞬揺らめく。
 しかし、すぐに『ジャックランタン』により発射される。
 少女を狙い、無数の火球が闇夜を飛行する。
 だが――。
「効かない」
 今の彼女の敵ではない。 
 飛びかかってきた全ての火球を躱し、爆炎の中を走り抜ける。
 その姿に、先ほどの彼女の面影はない。
 『ジャックランタン』は、初めて露骨に狼狽を見せた。
 頭を揺らし、これでもかというほど火球を生み出す。
 ――もう手遅れだったが。
「終わらせる」
 『ジャックランタン』が気がついたとき、既に少女は目の前にいた。
 強く握った拳を振りかぶりながら。
 そこで、『ジャックランタン』は暗闇に飲まれた。
 何も見えず聞こえず、体に残る痛みだけが唯一の感覚。
 時の狭間に閉じ込められたかのようだった。
 意識が戻った時、『ジャックランタン』は驚愕した。
 先程までいた場所から数メートル離れた木の下にいたからだ。
 重く痛む体で立ち上がり、『ジャックランタン』は気づく。
 先程まで、自分がいた地点に浅い穴のようなものができていることを。
 首をかしげる『ジャックランタン』。
「まだ足りなかった」
 なぜか、『ジャックランタン』は悪寒を感じた。
 近くに佇む、小さな少女の声に。
 『ジャックランタン』は覚えていない。
 少女が自分を拳で吹き飛ばしたことを。
 穴がその際の衝撃によりできたことを。
 自分が狩る側から狩られる側になったことを。

「なるほど。そういうことか」
 『ジャックランタン』に光線を使った牽制をしながら女は納得した。
 少女が『華子さん』のように能力を使えなかった訳、契約者の中でも特に高い身体能力を発揮した理由を。
「あの子は強化特化型か」
 都市伝説と契約者は主に五つの属性のどれかを持っている。
 強化系。
 放射系。
 操作系。
 変化系。
 創造系。
 そして、都市伝説は、自身の持つ属性に関する能力を持つ。
 また、契約者と都市伝説の属性が一致していれば、特に強い力を発揮することができる。
 その最たるものが特化型契約者だ。
 普通の契約者は、自身の系統以外の能力も扱うことができる。
 しかし、特化型契約者はそれができない。
 あくまで、自分の持つ系統の力しか使えないのだ。
 一見大きなデメリットに思える。
 しかし、特化型契約者は一つの系統しか扱えない分、強力な力を発揮する。
 かつて、世を騒がせた『ハーメルンの笛吹き』等がその例だ。
 少女は強化系統の特化型契約者。
 『華子さん』のように、操作系や放射系の力を使えないのは必然だ。
「まったく、ぐずぐずしている内に後輩契約者に美味しいところ取られちゃったな」
 お気楽な口調で女は言う。
 微かな安心感を見せながら。
「さて、私も覚悟を決めようかな。こんな時くらい、博打を打ってもいいだろうさ」
 女は、新たに二枚のカードを取り出す。
「腕部限定強化最大出力!!」
 両腕が凶暴なまでに光り輝く。
 優しさのいっぺんも感じられないそれは、まさに暴力の象徴。
「来なよ。ハイリスクなことをしたんだ。そっちも全力で来てよ」
 挑発の言葉に、『ジャックランタン』は行動で意思を示す。
 剣を中段に構え、女に向かい前進してくる。
「そうだ、そうじゃないと面白くない!!」
 女は、改めて構えを取る。
 膝を曲げ、左足を前に出し、両手を前に出す。
 激闘が始まったのは直後。
 『ジャックランタン』の鋭い斬撃と、女の素早い拳が次々と放たれる。
 炎の剣と光り輝く両腕が高速で動く光景は、とても幻想的だが、勝負の内容はどこまでも凄惨。
 どちらかの攻撃が当たった時点で、生き残っているのはおそらく片方のみだからだ。

「ちっ」
 先に、限界が近づいたのは女だった。
 両腕の輝きが段々と失われてきたのだ。
 そのせいで、拳の速度は先程より遅くなってきている。
 運は『ジャックランタン』に向いてきた。
 炎の剣が、一刻でも早く女の肉体を裂こうと襲いかかる。
 対し、力が薄れている女は反撃ができない。
 『ジャックランタン』の炎が勢いを増す。
「……ちょっとやばいかな」
 女は段々と『ジャックランタン』にペースを握られていった。
 打撃を放つことが困難になってゆき、斬撃を交わすことで精一杯となる。
 女にとって苦しい展開。
 そして、ついに女は決定的な隙を生み出してしまった。
 回避の際によろめいてしまっただ。
 すかさず『ジャックランタン』は横薙ぎの一撃を放つ。
 完璧なタイミングで。
 勝負は決まったも同然。
 『ジャックランタン』は、魂を愉快そうに燃え上がらせる。
 ――剣を左手で抑えられるまでは。
「!?」
 『ジャックランタン』は慌てふためく。
 自慢の業火を纏った剣が、手袋を握っただけの女に取り押さえられるなど予想もしていなかったのだ。
「冥土の土産に覚えておくといいよ。相手の隙を突くと言うことは自分の隙をさらけ出すっていうことをね!!」
 女の右拳が唸る。
 目の前の敵を完膚なきまでに叩き潰すために。
「発勁」
 『ジャックランタン』は吹き飛ばされた。
 まるで、紙くずか何かのようにあっさりと。  
 そのまま飛ばされ、地面に落下すると光の粒子となり始めた。
 あれほど苦戦したかと相手とは思えないほどあっさりと。
 塵一つ残らず消えるのに時間はあまりかからなかった。
 消滅を確認した女は、強化を解き、ため息をつく。
「ふう、やるもんじゃないね。こんな賭け」
 強化の副作用により、女の腕は酷く傷んでいた。
 二三日、筋肉痛になるのは確定だろう。
「精神消耗の方も大きいな」
 『ヒエロニムスマシン』を使うたびに、女は精神力を消費する。
 肉体は疲れないが、使いすぎると意識が朦朧となり、倒れることもある。 
「さて、この後どうしようかな。このまま、一人で戦うのはきついし、あの子達を安全なところに送ったら誰かと合流しよう「お姉さん」ん? ああ、お疲れ。よく頑張ったね」
「ありがとうございます!」
 戦闘前の弱々しさがさっぱりと消えた少女が頬笑みを浮かべる。
「本当によく頑張ったよ。小学生の時の私じゃここまでできなかったね」
「お姉さんにも弱かったころがあるんですか?」
 心底不思議そうな表情で少女は尋ねた。
「そりゃ、あるよ。私も生まれた時は普通の人間だったんだから。いや、そんな嘘だーみたいな顔しないでよ!!」
「でも、お姉さんの戦う姿を見てたら信じられなくて」
「そりゃ、半分鬼の師匠にしごかれたり、格闘漫画みたいなトレーニングしてたら強くなるよ」
 女は自虐的な笑みを浮かべる。
「まあ、でも私が強くなったきっかけはあるけどね」
「きっかけですか?」
「うん、憧れたんだよ。ある奴の戦う姿に。こんなふうに己を貫き通せる強さが欲しいって」
「……私もです」
「え?」
「私もお姉さんの姿に憧れました。だから、戦うことができました!! お姉さんは凄いです。すごくすごく強いです!!」
 瞳を光らせ少女は語る。 
「……参ったな」
 女は苦笑いを隠せない。
 自分より強い人間がいくらでもいることを知っているから。
 少女があまりにも無邪気だから。
 こんなふうに言ってもらえることがどうしようもなく嬉しいから。
「私も出世したもんだ」
 星が散らばる夜空に女は呟いた。

「おまたせ」
「遅いぞ。……まあ、今回はしょうがないけどな」
「そうそう。しょうがない、しょうがない。あの娘とついついキスをしちゃったのもしょうがな「葬儀場はどこがいい?」すいません、なにもしてません。嘘です」
「……早く行くぞ。郊外の方に『ジャックランタン』の残党が集まってる」
「おお、最終決戦って奴か」
「そうだ、ちゃっちゃっと終わらせて寝るぞ」
「別に徹夜くらいいいじゃん。明日は休みだし」
「朝飯の用意がある」
「主夫乙!!」
「……一回、ドレスをやってみたかったんだ」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。人間凶器にするのは勘弁してください」
「わかればいい。……そうだ」
「何?」
「お袋も今現場に向かっている」
「……それ、私達が行く必要ないんじゃ」
「取りこぼしを始末しないと駄目だろ」
「逆に言うとそれくらいしかやることがないってことだよね」
「……とにかく行くぞ」
「了解」

終わり

お菓子も仮装も出てこない誰得ハロウィン話でした(ぅゎょぅι゛ょっょぃ話ともいう)
……いや、最初はもっと別の話にする予定だったんですけどね
女子メンバーが仮装して拳次がデレる話とか
拳次と輝が大量のお菓子を作って門下生に配る話とか
ツインテールのジャックランタンが出てくる単発とかいろいろ考えたんですが最終的に出来たのがこれです
ハロウィン要素が敵側にしかありません(せめてロリ二人を仮装させとけばよかった……)

なお、あの二人は単発か何かでまた出すかもしれません

 ある日少女は感じた。
 兄に得体の知れない力が眠っていることを。
 それは、彼女も持っている力だが明らかに格が違った。
 少女は考えた、まともに戦っても兄にはどうやっても勝てない。
 ならば、自分の能力を活かした独自の技を身に付けるべきだと。
 以降、少女は両親の旧友から忍術の指導を受けるようになった。
 武の才能以外にも、様々な力を必要とする忍術は彼女にぴったりのものだったからだ。
 変化は、もう一つあった。
 あの日以降、兄に強く惹かれるようになったのだ。
 頭のいい彼女は、すぐに気づいた。
 自分が抱いている感情が恋心というものだと。
 この時、少女は知らなかった。
 自分が、兄に対する強い嫉妬心と、恋心を抱いた原因が、自分達の持つ血によるものでしかなかったということを。
 彼女は本能的に引き寄せられただけなのだ、自分より濃い『鬼神』の血に。

「……捕まったな」
 椅子にもたれ掛かりながら男は呟いた。
 応接用のソファなどが置かれた簡素な部屋だ。
「いや、社長。そうと決まったわけじゃ」
 正面に立つ部下と思われる者は冷や汗をかいている。
「もう何時間連絡がないと思ってる」
「なにか事情があるのかもしれませんし」
「そんな訳ねえだろ! どんな状況でも連絡を欠かすなってのがうちの決まりだろうが!!」
「す、すいません」
 頭を下げる部下。
 社長と呼ばれた男に怯えきっている。
「ちっ、こうなったら拠点を変えるぞ」
「え、そこまでしなくても」
「お前は本当に馬鹿だな! 用心しないとこの世界生きていけねえぞ!!」
「は、はい!!」
 社長は心底呆れた様子で部下を見る。 
「たぶん、組織が動き出した」
「組織がですか」
「ああ、お前『学校町』は知ってるな」
「は、はい。あの有名な危険地帯ですよね」
「そうだ。で、この周辺にも似たような街がある」
「似たような街?」
「ああ、都市伝説関係者は『格闘町』って読んでる。『学校町』ほどじゃないが都市伝説が多く生息している街だ」
「そんなところがあったんすね」
「……言っとくが、こないだお前が行った街だぞ」
「……え!?」
 部下は必死に記憶を思い返す。
 一体、どの街が『格闘町』だったのかと。
「もしかして、『クー・シー』の取引をした街っすか」
 直感を信じて部下は言った。
「馬鹿のくせに相変わらず勘はいいな、お前。そうだ、あの街だ。で、あそこには組織の辛Noっていう部署がある」
「辛No?」
 部下にとって初めて耳にするNoだった。
「『格闘町』周辺でしか活動していないマイナーNoだ。……少数精鋭の手ごわい連中らしいがな」
「ま、まさか。そいつらに目を付けられたって言うんすか?」
「確定じゃねえけどな。可能性は十分にある」
 社長は立ち上がると部下に指をさした。
「今晩中にここを出るぞ。すぐにほかの奴らにも身支度させろ」
「こ、今晩中っすか?」
 あまりに急な命令に部下は呆然とする。
「あ? 文句があんのか」
「い、いいえ!!」
「なら返事をしろ!!」
「は、はい!!」
 部下は慌てた様子で部屋を出ていった。
「たく、あれでもうちょっと馬鹿じゃなかったら使えるのによ」
 煙草を更かしながら社長は呟く。
 どうやら、ある程度は部下のことを評価しているようだ。
「俺も準備しとくか」
 煙草を吸い終えると社長は立ち上がり、部屋の端に置かれた大きなダンボールに近づいた。

「お、お前!! 何者だ!!」
 隣室から部下達の怒声が聞こえたのは同時だった。
 社長は、扉に目を向けた。
 が、隣の部屋には行こうとせず机の引き出しを開ける。
 中には黒光りする物体。
 トカレフTT-33。
 言わずと知れたソ連生まれの自動拳銃だ。
 社長は、トカレフを手にすると、スーツの内側のホルスターに収める。
 すると、今度は机上のパソコンに手をかけた。
 マウスで簡単な操作をしたかと思うと、ディスプレイに幾人もの人相の悪い男達が出た映像が表示される。
 隣の部屋の映像だ。
 おそらく監視カメラを設置しているのだろう。
 彼らの視線の先には黒いスーツを着た一人の男がいる。
「おい、手を上げろ!!」
 部下の一人が、黒服に対し取り出した拳銃を向ける。
 しかし、彼は動じる様子を見せない。
「おい、聞いてんのか!!」
「びびってんじゃねえぞ!!」
「返事しろ!! おら!!」
 罵声を浴び続ける部下達。
 その中には、先程まで社長室にいた男も含まれている。
「おい、なんとか「落ち着いてください」あ?」
 今まで、口を開けなかった黒服が急に喋りだした。
「私は組織の使いです。あなた達の活動は非常に危険なものなので止めに来ました。今すぐ、投降してください」
「はっ、何が投降しろだ」
 金髪の男が露骨に嘲笑を浮かべる。
 他の男達も同じような顔をしていた。
「組織なんか別に怖くねえよ。俺達も都市伝説の力を扱えるんだからよ!!」
 懐から男達は球状の物体を取り出す。
 都市伝説捕獲兼使役装置だ。
「俺達全員がこれを持っている。商品も合わせればまだまだあるぜ。その上、拳銃もだ」
 装置と拳銃を金髪は誇るように見せつけた。
「お前一人くらいどうどでもなるんだよ」
 男達全員が黒服に銃口を向ける。
 装置のスイッチもいつでも押せるように準備をしていた。
「そうですか」
 黒服はこんな状況にも関わらず無表情だ。
「それは非常に残念です」
「ああ、残念だな。せっかくの命が消えちまうんだからな!!」
 社長は確信した。
 終わったなと。

「では、実力行使をさせていただきます」
 ――自分の部下達の命が。
「あ?」
 それはあまりにも一瞬だった。
 金髪の男は黒服に対し引き金を引こうとしていた。
 だが、気がついた頃には銃がなくなっていたのだ。
 一体、どこにいったんだ?
 男は落としたのかと思い下を見る。
 大量の血液によって濡れた床を。
「……は?」
 男は理解できなかった。
 なぜ、こんなことになっているのかを。
 この時点で、彼は自身の異常に無頓着だった。
 周りの仲間はすっかり唖然としているというのに。
「……せ、先輩」
「あ? なんだよ」
「あの、そこ」
 男は後輩の指さした先にあるものを見た。
「……嘘だろ」
 拳銃を握った一本の腕を。
 男が肉体の欠損に気がついたのはこの時だった。
 刹那、言葉にならない叫びを上げ床に崩れ落ちる。
 それもそうだ、自身の片腕が見事に切断されたのだから。
 むしろ、今まで気づかず、痛みを感じなかったことがおかしい。
 呆然とする男達は、切断をした張本人に視線を向ける。
 どこからか取り出した短刀を手にしている黒服に。
 彼はいつの間にか、金髪の男の隣に移動していた。
 人間の腕を切り落としたというのに衣服には血の一つもついていない。
 切断の証明は赤く濡れた刃のみだ。
「お、お前いつの間に!!」
 一人の男が怯えきりながら問いかける。
 彼らは男に銃口を向けていた。
 なのにも関わらず、気づかぬ間に移動をされ、仲間の腕を切断されたのだ。
 疑問を抱くのは当然だ。
 黒服は何も答えなかったが。
「こ、こうなったら!!」
 長髪の男が装置に手をかけた。
 だが、都市伝説を召喚する事は叶わない。
 なぜなら――。
「う、嘘だろ……」
 黒服が投擲した短刀が装置に突き刺さったからだ。
 男は、諦めずにスイッチを押すが反応はない。
「く、くそが!!」
 圧倒的な力を魅せつけられた男達は、狂ったように黒服に向かって引き金を引く。
 絶えず響く銃声。
 だが、気づけば射線上に黒服はいなくなっていた。
「そ、そんな馬鹿な……」
 再び、目の前から消失した黒服。
 男達は、今度は困惑ではなく恐怖を抱く。
 一体、どこにいったんだと目を動かしながら。
 黒服の居場所を知ったのは、またしても仲間の負傷が原因だった。
「ぐが……」
 長髪の男が突然崩れ落ちる。
 血に濡れた腹部を押さえながら。
 側には、もはや当然のように黒服が。
 男達は驚愕する。
 二度も気づかれずに致命傷を与えた黒服に。
 そこから先は、彼の独壇場だった。
 仲間の近くのため拳銃を使えない男達を、短刀でひたすら切り裂き突き刺し殺していく。
 美しいとも思える程の卓越した動作で。
 男達は状況を理解できずに意識を失っていく。
 ただ一つわかるのは、目の前の黒服が圧倒的に強いということだけ。
「こ、こんなことが……」
 戦闘が始まって一分も経たないうちに、男達は一人を残し屍となった。
 白かったはずの床は、血液により紅に染まり、肉片が散らばっている。
 黒服は、相変わらず靴以外には血が付着していない。
「……潮時だな」
 画面越しに惨劇を見ていた社長は、冷たい瞳をしながら呟いた。
 この光景を見ていたら当然出る言葉だ。
 だが、一つおかしな点がある。
 社長は、諦めの表情は浮かべているものの、死に体する恐怖を抱いている様子を見せなかったのだ。
「しょうがねえ。ボールと『新商品』を失うのは惜しいが――」
 部屋の中央に何かが現れた。
 黒い翼を広げながら。
「逃げるか」
 社長は、その言葉を最後に部屋から姿を消した。 
 画面の中では、先程までこの部屋にいた部下が首を切断されていた。

 男達が全滅して一分も経たずに、なぜか部屋から惨劇の痕跡はなくなっていた。
 紅に染まっていたはずの床は白さを取り戻し、死体は一つ残らず消えている。
 室内には、机や椅子等と黒服しか存在していない。
 黒服は、隣の部屋に続く扉のドアノブに手をかけた。
 開くと、その場で室内を軽く見回す。
 仲間がいないか警戒しているのだろう。
 やがて、誰も見つからなかったためか部屋の中に入った。
 彼は、室内の机や棚を物色する。
 出てくるのは、大量の都市伝説捕獲兼使役装置や銃火器。
 物騒なものばかりだ。
 黒服はポケットから携帯電話を取り出しボタンを押し始めた。
 おそらく、上司か仲間に連絡をするのだろう。 
 その時だった。
 黒服が人間の気配を感じたのは。
 咄嗟に彼は、その方向を見る。
 そこには大きなダンボールが置いてあるだけだった。
 特に怪しそうには見えない。
 だが、黒服は携帯をしまうと、油断した様子を見せずにダンボールに近づき始めた。
 新たな短刀を握りながら。
 慎重な足取りで。
 ダンボールから物音が聞こえたのは、後三歩ほどの地点だった。
 黒服は、動きを止め短刀を構えた。
 その判断は正しい。
 なぜならば、ダンボールから突如飛び出てきた者の攻撃に落ち着いて対応できたからだ。
 黒服は、唐突すぎる襲撃に慌てず、接客用のテーブルの上に跳ぶことで躱した。
「不審人物に存在を認識されました。これより、自己防衛行動に移ります」 
 ダンボールから飛び出た少年は、虚ろな瞳で説明をするように語る。
 どこまでも無感情な声で。
 しかし、彼の変わっている点はそれだけではない。
 赤く光る眼球。
 黒く長い体毛に覆われた手足。
 頭部に生えた獣のような耳。
 何もかも異常だった。
 競泳用水着のような白い服を着ていることが普通に思えるほどに。
「噂の劣化融合者ですか。主に置いて行かれたんですね。契約都市伝説は『ブラックドック』でしょうか」
「……」
 少年は何も答えない。
 黒服もそれ以上話そうとはせずに短刀を構える。
 見つめ合う二人。
「これより戦闘を開始します」
 律儀否機械的な少年の言葉により火蓋は切って落とされた。

 夜道を社長は走っていた。
 アスリートのような軽やかな足取りで。
 チンピラとは思えない速力だ。
 場所は町外れの林。
 道路こそ整備されているが人気は全くない。
 社長は、息切れをする様子を見せずに駆けていく。
 向かう先には、一件の廃屋があった。
「車を用意しておいて正解だったな」
 社長はそこに逃走用の車を準備していた。
 今夜のような事態を想定して。
 相当用心深い性格のようだ。
 そう時間の経たないうちに、社長は廃屋に辿り着いた。
 すぐに、裏手に置いてある車の元に向かう。
 しかし――。
「はじめまして~。社長さん」
 先客が既にいた。
 鬼神愛だ。
「……組織の使いか」
「違うよ~。雇われてはいるけど普段はフリ~だよ」
 愛は、いつもと変わらない間延びした口調で答える。
 歪に潰されたワンボックスカーの前で。
「なら、俺に雇われる気はないか?」
「残念ながらその気はないよ~。雇い主さんとは長い付き合いだしね~」
「そうか」
 社長はホルスターから銃を抜かない。
 愛が、拳銃くらいでは対抗しようのない強者だと見抜き諦めているからか。
 それとも、別の理由があるかもしれない。
「そもそも~、あなたも元は雇う側じゃなくて雇われる側でしょ~」
「調べたのか、嬢ちゃん」
「調べるまでもないよ、裏の世界じゃあなたは有名人だったからね~。師匠に教えてもらったよ、神出鬼没の殺し屋として」
「昔の話だ。あんなリスクの高い仕事はもう勘弁だからな」
「だから~、今の仕事を始めたってこと?」
「ああ、研究者の連中の下につくのは癪だったがメリットが多かったからな」
「ふ~ん」
 二人は何でもないように会話を交わす。
「嬢ちゃん。俺のことを有名人だといったがお前の師匠のほうが遥かに有名だろ」
「あれ? 誰か、気づいたの~?」
「当たり前だ。これだけの人材を育てられる忍なんて今時奴くらいしかいない」
「へえ、師匠ってすごいね~。見ただけで私を忍だって見抜いたあなたもすごいけど~」
「すごいのはお前もだろ。『鬼神の血族』なんだからな」
「ありゃ~、そっちも気づいてたのか~」
「奴が『鬼神の血族』を弟子にとったって話は小耳に挟んだことがあったからな」
「ふ~ん。私も思ってたより有名だったんだね~。じゃあ、私をさらに有名にするために――」
 愛が針を取り出すのを社長は見逃さなかった。
「捕まって「そうはいかねえよ」ん?」
 突然、男の頭上にそれは現れた。
 黒い翼を広げ、巨体を揺らしながら。
 何よりも目を引くのは頭部。
 まるで、人間のような顔をしていた。
 烈風が周囲に吹き渡る。
「その都市伝説はぐっ!?」
 突然、愛は喉元を抑えた。
「こっちの能力を使うのは久しぶりだ。引退してから戦闘は避けてたからな」
 愛は、それに対して何も答えずに体を丸める。
「いくら、『鬼神の血族』と言っても呼吸器をやられたらどうもこうもないようだな」
 社長の契約と都市伝説は、アフリカに伝わるUMAだ。
 空間移動や呼吸不全を引き起こす超常的な力を持つ人面蝙蝠。
「これが俺の契約都市伝説『ジーナフォイロ』だ」
 喉を抑えながら、愛は地面に崩れ落ちた。

 都市伝説と契約者の半融合。
 それは、組織でさえ把握しきれていない未知の力だ。
 強力な能力を発揮するということは認知されているが詳しいことはよくわかっていない。
 R-No所属のとある少年くらいしか使い手がいないのだから当然だろう。
 しかし、それを独自に研究していた団体があった。
 組織のように有名な存在ではないが、技術力は確かだったらしい。
 何しろ、融合者の人口製造を可能としてしまったのだから。
 現在、黒服と先頭を行っている『ブラックドック』の契約者がその一人だ。
 彼は、尋常ではない身体能力を発揮していた。
 普通の強化型契約者を軽く凌ぐほどのものを。
 だが――。
「損傷重大。損傷重大」
 『ブラックドック』の契約者である少年は目の前の黒服に圧倒されていた。
 四肢に刻まれた無数の切り傷がその事実を物語っている。
 一方、黒服は一切傷を負っておらず、血液も付着していない。
 短刀は何本か壊されていたが。
 少年のために言っておくと、彼は決して弱いわけではない。
 あくまで人工的に作られた融合者のため、本物には遠く及ばないが十分な強さを持っている。
 ここまで苦戦しているのは、この場所が狭い部屋の中だということもあった。
 彼が真価を発揮するのは屋外だ。
 高い身体能力は広い場所でこそ生かされる。
 一方、ここはその真逆。
 力を十二分に発揮できない。
「現状での敵の排除を不可能と判定。リミッターを解除します」
 少年を赤い光が包み込む。
 すると、彼の肉体に変化が現れ始めた。
 全身の筋肉が高速で肥大化し始めたのだ。
 細身だったはずの体が、ボディビルダー顔負けの筋肉の塊へと変わっていく。
「これも融合の力ですか、恐ろしいですね」
 言葉とは裏腹に眉一つ動かさない黒服。
 ただ、突然握っていた短刀を床に投げ捨てた。
「最終形態に移行。これより攻撃を再開します」
 何も道具を持たない黒服に、変化を終えた少年が突進する。
 家具を吹き飛ばし踏み潰しながら。
 豪腕と鋭い爪で黒服を切り裂いてしまおうと。
 その姿は圧巻としか言えない。
 直後、血しぶきが吹いた。

「『ジーナフォイロ』の能力の一つは呼吸不全だ。俺は拡大解釈で窒息死を可能とするけどな。発動条件は簡単、こいつの姿を見るだけだ」
 倒れ伏している愛を見下しなが社長は語る。
 自身の契約都市伝説の能力を。
「それともう一つの能力、空間移動。二つを組み合わせて俺は殺し屋として活動してきた。これが神出鬼没の殺し屋の実態だ」
 勝利をより決定的なものにするように言葉を並べる。
「残念だったな、『鬼神の血族』。お前は俺の暴力の前に屈する、人間の構造上避けられない弱点によってな!!」
 社長は勝ち誇る。
 愛する暴力によって、『鬼神の血族』を仕留めた喜びから。
「あ?」
 信じられない、社長はそんな表情をした。
 なにしろ、仕留めたはずの獲物。
 ――鬼神愛が立ち上がったのだから。
 本来、『ジーナフォイロ』の能力を使われた人間は何もできずにうずくまる。
 こんな異例は初めてだった。
 だが、能力は効いているらしく顔が青い。
「お前……!!」
 社長は、慌ててトカレフを取り出した。
 『鬼神の血族』に銃撃があまり効果がないことは知っている。
 ただ、窒息死するまでの時間稼ぎにはなると思ったのだ。
 引き金を引く社長。
 静寂に包まれた森に戦場を思わせる音が鳴り響く。
「ちっ!」
 しかし、金色の弾丸は愛に当たらなかった。
 躱したわけではない。
 そんな事をすれば、体により強い負担が掛かり死が近づくだけだ。
 彼女は片手だけで窮地を脱した。
 自身の愛銃、SIG SAUER P226を瞬時に取り出し、社長と同じタイミングで引き金を引いたのだ。
 すると、恐ろしいことに銃弾同士がぶつかり合いあらぬ方向に飛んでいってしまった。
 まさに神業、ワンホールショットどころの話ではない。
「特別なのは肉体だけじゃねえってことか!!」
 社長は舌を巻く。
 目の前の少女の特別さに。
 だが、社長が優位なのに変わりはない。

「『ジーナフォイロ』!!」
 愛が続けて放つ銃弾を『ジーナフォイロ』が肉厚な翼で受け止める。
「無駄だ! そのまま死ね!!」
 今、社長は『ジーナフォイロ』の翼を盾替わりとしている。
 おかげで、前が見えないが今の愛相手になら心配ないだろう。
 このまま、彼女が窒息死するのを待てば社長の勝ちだ。
「ふん、諦めたか」
 突然、銃撃が止んだ。
 社長はそれを諦めの意思だと判断した。
 この際、社長が前を見ることができていれば気づいていただろう。
 鬼神愛がまだ諦めていないことを。
 逆転の策を見つけたことに。
 再び銃声が鳴った。
 社長はそれを悪あがきと思い気に止めない。
 悠然と構え彼女の死を待つ。
「ぐ!?」
 だからこそ、左肩に痛みを感じるまで気付かなかった。
 『ジーナフォイロ』の翼が覆いきれていない角度から銃弾が飛んできたことに。
 社長は、自覚と共に広がった耐え難い苦痛に思わず膝をついた。
 口からは呻き声が漏れる。
 しかし、戦闘に慣れているからか社長の思考は回っていた。
 それが当たり前のように。
 社長は考える、一体どうやって自分に銃弾を当てたのだと。
 あの女は動くことがままならない状況だったから移動したわけじゃない。
 とすると、奴は『魔弾』の契約者か。
 いや、それならもっと早く俺を撃っているはずだ。
 次々と考えが浮かんでは消えていく。
 ここで社長は気づくべきだった、今はそんなことを考えている場合ではないということに。
 なぜなら――。
「あ~、苦しかった~。も~、私達だって不死身じゃないんだよ~」
「お、お前!?」
 銃撃による激しい痛みにより、『ジーナフォイロ』の能力が切れてしまっていたのだから。
 社長は今まで気づけなかった。
 痛みが『ジーナフォイロ』と繋がっている感覚を麻痺させていたからだ。
「ちなみに~、さっきのはただの跳弾だよ~。あの状況で角度を計算するのはきつかったけどね~」
 翼を隔てた先で語る愛に対し、社長はもう一度能力を発動する。
 この化物め、侮蔑の言葉を込めて。
 だが、今度はうまくいかなかった。
 社長は背後から生々しい音を聞いた。
 金属や機械のものではない。
 生物だけが発することができるであろうものだった。
 悪い予感を抱きながら社長は振り向く。
 最悪の事態が起こったことは、浴びせられた温かい血液が初めに知らせてくれた。
 次に、真っ二つにされた『ジーナフォイロ』が目に入る。
「チャックメイトだね~」
 最後に、ナイフを持った愛が瞼を開くのを見た。
 もちろん、刃は赤く染まっている。
「目を閉じて能力の発動を防ぐ気だったのか」
「うん、確証はなかったけどね~」
「お前は俺が能力を発動しようとする瞬間に『ジーナフォイロ』を殺したんだろ。だったら、関係ないだろうがよ」
「保険だよ~、保険。念には念を入れないとね~」
「保険は弱者が使うものだ、化物」
「その化物を追い詰めた人に言われても説得力ないな~」
「怪物を倒すのはいつだって弱者だ。俺の暴力はお前に通じなかったけどな」
「あんな初見殺しを使っておいてよく言うよ~。ちなみに~、この後自分がどうなるかは予想ついてる~?」
「『ジーナフォイロ』を真っ先に殺したってことは拘束するつもりだろ。あいつら、研究者達の情報を聞き出すのが目当てで」
「ごめいと~。ま~、後のことは全部、組織がやるから私はあんまり関係ないけどね~」
「そうかよ。……最後に酒飲んでもいいか?」
 ポケットから取り出したスキットルを手に社長は言った。
「だ~め。毒が入ってたら困るしね~」
「ちっ、お見通しかよ」
 スキットルが地面に捨てられた。
「協力しだいでは生かしてくれると思うよ~。まあ、記憶は消されるだろうけどね~。いいじゃん、真っ白な体にさせてくれると思うよ~」
「馬鹿言うな、欲のない生活送るくらいなら死んだほうがましだ」
「少なくとも悲惨な人生を送って悲惨な結末を迎える可能性はなくなると思うけどな~」
「誰だろうと死ぬときは悲惨な結末を迎えるもんだ、くそったれ」
「まあ、誰でもってのは言い過ぎだと思うけどちょっとは賛成するよ~。少なくとも、私は悲惨な結末を迎えそうな気もするしね~。でも――」
 社長の吐き捨てた言葉に愛はこう返した。
「大事な人達にはハッピーエンドを迎えて欲しいよ」

 部屋には血の海が出来ていた。
 なにしろ、劣化融合者である少年の片腕が切り裂かれたのだから。
「み、右腕消失。右腕消失」
 血が溢れ出る切断面を抑えもせずに彼は語る。
 相変わらず、声に感情がこもっていない。
 しかし、わずかの焦りが見られた。
 一方、窓際に佇む黒服は至って落ち着いている。
 いつの間にか、手には太刀が。
 この太刀で黒服は、少年の逞しい獣の腕を切断した。 
 見事としか言えない足運びと鮮やかな太刀捌きで。
 まさに達人技だった。
「もうやめましょう」
 黒服は無機質な声で提案する。
「あなたに自己意識が少しでも残っていることを祈って提案します。もうやめましょう」
 黒服は知っている。
 劣化融合者は、誘拐され人体改造や洗脳を受けた哀れな元一般人だということを。
 ゆえに、殺さずに済む道を模索したいのだ。
「あなたは加害者ではなく被害者だ。だから、やめま「質問の意味が不明です。戦闘を続行します」……わかりました」
 彼は悟った。
 少年は、もう日常に戻れないほど壊されていることを。
「なら――」
 黒服の目の色が変わった。
 何も映さない灰色に。
「遠慮はしません」
 片手で太刀を構える。
 呼応するように、少年は態勢を低くし残った左腕を前に出す。
 死ぬか生きるかという状況なのにも関わらず、どちらも殺気は出していなかった。
 少年は感情を奪われているからだろう。
 黒服に関しては不明だ。
 ただ一つ言えるのは、彼がおそらく殺しに慣れている人間だということ。
 それも二桁ではきかないほどの数を葬ってきたのだろう。
 あまりに冷静すぎるのがその証拠だ。
 先ほどの太刀筋には一切の迷いがなかった。
 今にもどちらかが動き出しそうな緊迫した時間が過ぎていく。

「おい、霧! 手伝いに来てやったぞ!!」
 ドアを開けて現れた女がぶち壊したが。
「敵の増援と思われる存在を確認。迎撃に入ります」
 少年は、背後を振り返り女と距離を詰める。
 左腕を振り上げて。
 鋭い爪を月光に照らしながら。
「ぐ!?」
 彼は理解ができなかった。
 女に攻撃を与えようとした瞬間、突如体が浮き上がり、自分から見て右側の壁に叩きつけられたのだ。
 黒服が何かをした素振りはない。
 女も一切動いていなかった。 
 けれど、少年が強い力を感じたのは確かだった。
 壁の砕け散る音を聞きながら少年は床に崩れ落ちる。
 すると、身体の上にずしりとくる重みを感じた。
 そのせいで立ち上がることができない。
 だが、少年がいくら目を凝らしても何も見えなかった。
「話は聞いてたぜ。しかし、最近犬に妙な縁があるな」
「……おい、何しに来た」
 先程とは打って変わった口調で、黒服こと霧は女に話しかけた。
「あ? だから、手伝いに来たって言っただろ」
「必要ない」
「強がり言うなって。一人で敵のアジトに乗り込んで怖かったろ?」
 茶化すように女は言う。
「お前と一緒にするな」
「は? ふざけんな、私が敵ごときにびびるかっての。こそこそと斬るしか能のないお前の方がよっぽど臆病だろ」
「使い魔に頼って自分で戦わないお前に言われたくない」
「戦う必要がないから戦ってないだけだ」
「口でなら何とでも言える」
「あー!! 一々言い返しやがって!!  わかった、私が直々に戦ってやる!!」
 女は宝石が飾られた短剣を手に声を荒らげた。
「私が殺るから下がれ!!」
 少年の身体の上から重みが消えた。
 彼はふと目を上げ気づく。
 何もないはずだった宙に、少しずつ姿を晒し始めているものがいることを。
 『ブラックドック』以外の獣の毛が舞い漂う。
「『グラシャラボラス』!!」
 翼を持つ犬はいて当然のように現れた。
 毛の色は灰色。
 大型犬くらいのサイズだ。
「よし、私はお前なんかより強いってことを教えてやるよ!!」
 翼をはためかせ後退する『グラシャラボラス』。
 女こと凛々香は、入れ替わるように少年に近づく。
 『アゾット剣』を携えながら。
「悪いが殺らせてもらうぞ。遺体はちゃんと埋葬「ソロモン七十二柱の一体、『グラシャラボラス』を確認。戦闘の継続は無意味と判断。よって、隠匿処理を開始します」おい、何をするつもり……あ!?」
 凛々香は驚愕した。
 倒れていた少年から、大量の煙が溢れ出たのだ。
「な、なんだよ。これ」
「文字通り隠匿処理だ」
 慌てる凛々果と対照的に霧は落ち着いていた。
 予想通りだと言わんばかりに。
 少年の肉体が溶け出したのはその直後だった。
「劣化融合者は『あいつら』以外からすればブラックボックスだ。なら、研究材料にならないよう肉体が残らない細工をするのは当然だ」
 毛。
 皮。
 肉。
 骨。
 全てが平等に溶けていき液体となる。
「……勝手に誘拐して体と脳を弄っておいて遺体を残すことすら許さないってか」
「技術を守ることを考えれば当然の判断だ」
「……ちくしょう!」
 煙が消えた頃、部屋には赤い水たまりが広がっていた。
 中心には先程まで白かった服が浮いている。
 少年が残せた遺物はこれだけだった。
「……霧。お前の『死体洗いのアルバイト』で転送できるか」
 服を拾い上げ凛々果は言った。
 着用しているTシャツが汚れることも気にせずに。
「死体には変わりないから問題ない」
 言葉通り、水たまりは一瞬で消失する。
 後に残るものは何もない。
「……なんなんだろうな」
「なにがだ」
「いや、殺すのに躊躇いはなかったんだ。あいつはもう手遅れだったから」
 服を握る手に凛々果は力を込める。
「でも、なんでだろうな。今、すげーむかついてるんだよ。いや、元々『あいつら』のことは潰してえと思ってたけどな」
 彼女は湧き上がる感情をそのまま言葉にする。
「ここまで何かを憎むのは久しぶりだ」
「……そうか」
 二人はそれから暫く口をきかなかった。
 鬼神愛からリーダー格を捕まえたとの連絡があるまで。

「ただいま~。……あれ?」
 玄関に入ると、鬼神愛は食欲をそそる匂いを嗅いだ。
 時刻は深夜。
 とっくの昔に家族は食事を終えたはずだ。
 愛は靴を脱ぐと、暗い廊下を歩き、匂いの発生源へと向かった。
 辿り着いたのは台所。
 ここだけ、明かりがついているらしく、光が廊下にまで漏れていた。
「まさか」
 愛はある予想をしながら台所の中に入る。
 そして、見事的中していたことを知った。
「拳次~? 何してるの?」
 ガスコンロの前に彼女の弟、鬼神拳次が立っていた。
 コンロの上では、小ぶりな鍋が温められている。
 鬼神拳次は、その巨漢ぶりに反して普段夜食を取らない。
 その分、三食を大事にしている。
 なので、拳次がこうして夜中に料理を作っているのは、姉の愛からしても珍しい光景なのだ。
「……やっぱり聞いてないか」
「え? 何を?」
 拳次は、淡々とこう言った。
「凛々香さんから連絡があったんだ。姉貴がろくに飯を食ってないみたいだから何か作ってやれって」
「あ~」
 愛は思わず苦笑する。
 あの人らしい気遣いだと。
「で、何作ってくれてるの~?」
「フレッシュ雑炊だ」
「フレッシュ雑炊? あ~、それって」
 にやりとする姉に、拳次も口元を緩める。
「懐かしいね~。第一巻のレシピだっけ?」
「ああ、一度作ってみたかったからな。不味いはずはないから別にいいだろ」
「もちろ~ん。面白いしね~」
「出来るまで居間で待ってろ。持って行くから」
「りょ~か~い」
 愛は踵を返し、台所から出ていこうとした。
 だが、突然立ち止まる。
「拳次」
「なんだ」
「今日さ、拳一兄のこと思い出したんだ」
 刹那、静寂が訪れた。
「そうか」
 何でもないように拳次は相槌を打つ。
「でさ~、思ったんだよ。寂しいな~って」
「だからどうした」
「そんな冷たいこと言わないでよ~。家族だったんだからさ~。それに~」
「……なんだ」
 背を向け合っている二人は顔が見えない。
 だが、拳次にはわかった。
「一番引きずってるのって拳次じゃん」
 姉が今、どんな顔をしているか。

「俺は引きずってい「『鬼神の血族』は厳密には人間じゃない」……姉貴」
 微かな苛立ちを見せる拳次を愛は無視して続ける。
「『鬼神』を宿し、呪いも背負わされているから。だけじゃない」
「姉貴」
「肉体の作りが人間とは違う。『鬼神』を宿すのに耐えられる頑丈な肉体に変貌させられている。見た目は人間と変わらないし子供も作れるけどね。そのおかげで先祖達は人の世界で生きていけた。
 けど、人と私達は同族ではない。同じようで全く違う。だから、私達が本当の意味で心を許せるのはほとんど、同じ血を持つ『鬼神の血族』だけ。私達の家族愛が強いのはそれだけのこと。
 『鬼神の血族』が近親相姦をすることが多いのも同じ。家族以外での同族はそうそう見つけられるものじゃない。母さんに父さん、おじいちゃんとおばあちゃんはラッキーだよ」
「いい加減にしろ」
「なのにも関わらず、拳次はナダレを我が家に引き入れた。確かに、人間と『雪女』のハーフであるナダレは私達に似た存在だよ。でも、近いように見えてより遠い存在でもある。
 そんなナダレを引き入れたのは、拳次が誰よりも拳一「違う!!」……拳次」
 鬼神拳次は、感情をほとんど顔に出さない。
 また、怒りを覚えている時こそ直接的な言葉を使わない。
 しかし、今の拳次はどちらも当てはまらなかった。
 振り返った愛が見たのは、感情を剥き出しにした弟。
 こんな姿は滅多に見ることができない。
「ナダレは替りじゃない! ナダレがナダレだったからこそ、俺は家にいて欲しいと思った。
 ユキのナダレに普通の生活を送らせたいという願いを叶えたかったから。あいつを実験動物として見る連中から遠ざけたかったから。そして、なによりも」
 拳次は吐き出す、ありのままの感情を。
「俺自身が離れたくなかったから」
 鬼神拳次は、お人好しであっても善人ではない。
 都市伝説退治や悪質な契約者を懲らしめることはあるが、それは正義によるものではない。
 あくまで、彼がそうしたいからやっているだけだ。
 正義漢だったとしたら己の持つ力をもっと世のために活かしているだろう。
 そんな彼の言葉ゆえに嘘偽りはない。
「……やっぱり拳次は拳次だね」
 愛は穏やかな様子で呟いた。
 姉である彼女にはきっとわかっていた、弟がする返答を。
 その上で試した。
「安心した」
「……」
 拳次は何も言わなかった。
 ただ、普段通りの無表情に戻ったかと思うと愛に背を向ける。
「ごめんね、試すようなことをして。ちょっと憂さ晴らししたくてさ」
「……別にいい」
「うん、ごめん」
 愛はいつものように茶化したりしない。   
「拳次はさ、やっぱりすごいよ」
「……何がだ」
「自分を貫くところが」
「……それは褒めてるのか」
「褒めてるよ、血に縛られている私としては」
 またしても、拳次は何も言わない。
 彼は知っているからだ。
 強い血を持つ『鬼神の血族』は同族を惹き寄せることを。
 姉が兄に抱いている想いを。
「おかしい話だよね。一番拳一にいに惹き寄せられているはずの拳次が自我を貫いていて、私は血にいつまでも縛られているって」
 愛は自嘲する。
 いつまでも前に進めない自分を。
「私は今でも拳一にいを超えたいと思っている。そして、今でも好き。もういないっていうのにね」
 彼女は思い出す。
 最後に見た『悪鬼化』した兄の姿を。
「……一つ聞く」
「何?」
「今でも兄貴のことが好きっていったな」
「うん、未練たらしいでしょ。だから、私は駄「その言葉は」え?」
 拳次は鍋を見ながら言った。
「その言葉は本当に血の言葉なのか」
「え?」
「血の影響はあっただろう。でも、それ以上に」
 彼は明らかにする。
「姉貴は兄貴のことが好きだったんじゃないか」
 誰よりも近くで二人を見てきたゆえに断言できる、真実を。

 鬼神拳一は、いわゆる天才だった。
 武術に対して天賦の才を持ち、幼い頃からあらゆる技を叩き込まれた。
 それも父と母、祖父と祖母の四人からだ。
 彼らは、もちろん自分の得意とする武術を教えた。
 父は柔術。
 母は空手と八極拳。
 祖父は剣術。
 祖母は薙刀術と弓術と合気よりの柔術。
 その全てを恐るべき速度で拳一は習得していった。
 もちろん、才能のおかげもあったが、それ以上に拳一の向上意欲が高かったからだ。
 彼は鬼神家の中で最も濃い血を持っていた。
 そのため、強さに対する呪いが誰よりも強く、ただ貪欲に高みを目指していた。
 かといって、ただ修行だけをしていたわけではない。
 長男として三人の妹や弟の世話もちゃんとしていた。
 少なくとも平均的な兄よりは。
 つまり、真面目な性格なのだ。
 妹や弟は当然、拳一によく懐いた。
 彼の後ろには必ずと言っていいほど、三人が引っ付いていたほどに。
 特に長女である優は兄にべったりだった。
 正し、他の二人と違い女としての顔を見せながら。
 自分にとって、あなたは兄以上の存在であると示すように。
 しかし、拳一はそれらに反応を示さなかった。
 全て、冗談だと思っていたからだ。
 確かに、愛の行動は全てが本気だったわけではない。
 茶化すものや面白半分の行動も多かった。
 ただ、中には本気としか思えない行動も多数あった。
 それすらも拳一は冗談の一言で済ました。
 別に、本物の愛情を向けてくる妹を危ないと思っての行動ではない。
 『鬼神の血族』では、近親相姦が大して珍しいことではなかったからだ。
 ならばなぜか?
 恐ろしいことだが、彼は本当に妹が向ける好意に全く気づいていなかった。
 雀の涙ほども。

「まったく~、下手なラノベ主人公よりタチが悪いよ~」 
 縁側に座りながら愛は呟いた。
 どうやら、食事は終えたようで満足そうな顔をしている。
 雲一つないよざらには月が輝いていた。
「……生まれつき、意中の女がいるようなものだからな。兄貴は」
 隣に座る拳次が相槌を打つ。
「強さを求める呪いが恋人だからね~。攻略難易度MAXだよ~」
 制御しきれないくらいの強さの呪い。
 その代償により、鬼神拳一はただ武術に打ち込んでいた。
 他の物が見えなくなるほどに。
「……まあ単純に鈍かったてのもあるんだろうけどな」
「だろうね~。ぶっちゃけ、天然だったし~」
 愛は笑う。
 悲しいことなど何もないと言わんばかりに。
「でも、そんな人を好きになっちゃんたんだよね~。私は」
 初めは血による本能的な想いに過ぎなかった。
 けれど、長い時間一緒に居るに連れて、愛の中で芽生えてしまったのだ。
 本物の愛情が。
「まったく、ここまで惚れさせた上で消えちゃうとかふざけるなって話だよ~。悪質すぎるって~」
 言葉と裏腹に愛の表情は穏やかだ。
 あくまで外目でそう見えるだけかもしれないが。
 しばらく沈黙が続く。
「ね~、拳次」
 それを破ったのは愛。
「何だ」
「拳次の初恋の相手って拳一にい?」
 破るどころか爆弾を投下した。
「あ!?」
「いや~、恥ずかしがることはないよ~。もしそうだったとしても、血の影響なんだから!!」
「ふざけるな! 俺にそっちの気は……ん?」
 突然、拳次は黙ったかと思うと顎に手を乗せ始めた。
「…………ん? …………あ? …………!?」
 拳次が頭を抱えるまで約十秒かかった。
「しょうがないって~。拳次は拳一にいの次に血が濃いせいで惚れやすかったんだから~。
 それに、倫理の壁のおかげで長くは持たなかったんだからさ~。いや~、同性の壁はきつかったか~」
「…………」
 しばらく再起できなそうな弟を愛は励ます。
 彼女にしては珍しいことだ。
「いや~、私達二人共被害者か~。ま~、優には影響がなかったみたいだからいいか~」
「……だな」
 溺愛する妹の話題になると復活する拳次に、思わず愛は苦笑した。
 それからしばらく、二人は会話を続けた。
「う~ん、すっきりした~」
 その一言が愛から漏れるまで。
「よ~し、もう寝ようか~」
「そのほうがいいな」
 二人は立ち上がった。
 拳次が縁側の窓を閉める。
「あ~そうそう。最後に一ついいこと教えてあげる~」
「ん? なんだ」
 愛に目を向けた拳次は気づく。
 いつの間にか、彼女が髪を下ろし眼鏡をしていたことを。
「前に思ったことがあるんです」
 その声色には品があった。
 普段の騒がしさとは無縁のものが。
「拳次が兄だったら良かったのにって」
「……それは無理だってわかってるだろ」
「ええ、拳一にいがいたから拳次が今の拳次になったことはわかっています」
 姉である彼女はよく知っている。
 拳次が兄の反対になろうと意図的にしていることを。
「それでも思うんです。拳次が兄だったらよかったのにって」
「……そうか」
 気恥ずかしそうにそっけない返事をする拳次。
 そんな弟を見て愛は微笑む。
「はい」
 この後、自室に戻った愛はある行動を取る。
 拳次の親友であり、母の弟子である佐々木輝への連絡だ。
 彼女に対して愛はあることを頼む。
 妹の荒療治に対する協力だ。
「ガス抜きは早めにしないとね~」
 いつもの間の抜けた口調で愛は呟く。
 切実な思いを胸に秘めながら。



「教授。第一陣があちらに到着したようです」
「ああ、そうですか。報告ありがとう」
 僅かな光が灯る暗い一室。
 白衣を着た二人の男が佇んでいる。
「引き続き、第二陣と第三陣も到着予定です」
「ふむふむ。で、組織に目は付けられてないだろうね」
「安全対策には念を入れておきました。おそらく、大丈夫です」
「君がそう言うなら大丈夫だろうね。うん、わかった」
「……それで教授。例の件についてですが」
「うん、それについては心配いらないよ。僕の方でメンバーを揃えているから」
 教授と呼ばれている初老の男は頬笑みを浮かべる。
「商品をあまり使うわけにもいかないからね。戦闘要員以外のみんなを巻き込みたくもないし。君も作戦開始前にあちらに渡るといい」
「いいんですか?」
「半分、私の不始末の処理だからね。優秀な君を巻き込みたくはないよ」
「……わかりました。では、失礼します」
「うん」
 部下の男は、一礼をすると部屋を出えいった。
「……さて、そろそろ個人的な準備も始めようかね」
 教授は、右手に握る一枚の紙を改めて見る。
「ナダレ君奪還作戦兼」
 そこには一組の男女の写真が載せられていた。
「鬼神拳次君捕獲作戦の」
 野望が動き出そうとしていた。

終わりそして続く

姉回兼町名初登場回でした
……町名に関しては事前に許可取っといた方よかったかな?
次の話からは主人公()も本格的に動かします(今年に入ってからただの保護者になりかけてたからな……)
その前に拳次達の短編をいくつか挟もうかと(チビもできれば書きたい)
ではでは

久々に主人公が主人公する回

 元祖という言葉に惹かれる者は多い。
 飲食店等がいい例だ。
 初めに、ある料理を作り始めたというだけの理由で沢山の客が訪れる。
 始まりの味を求めて。
 例え、近辺にもっと完成度を高くしたそれを提供する店があってもだ。
 それだけ、オリジナルの価値が高いと人々は思っている。
 意地が悪く言うと、そう思考に植えつけられている。
 磨かれた技術よりも独創的な発想のほうが偉いと。
 ゆえに、人は二番煎じのものを批判する傾向がある。
 独創性がない。
 面白みがない。
 元祖への冒涜だ等の言葉を用いて。
 少し頭の回る人なら、そんな風潮をくだらないと言うだろう。
 細かいことを気にせずに一番優れたものを選べばいいじゃないかと。
 真っ当な人間ならここで思考は終わり行動に移るだろう。
 だが、無駄な事を考える癖のある弄れた人間ならこう考えるかも知れない。
 これだけオリジナルを信仰する人間が、自身の偽物に会ったらどんな反応をするだろうと。
 未知の恐怖に竦んでしまうかもしれない。
 自分こそが本物だということを必死に強調するかもしれない。
 目の前の存在こそが本物ではないかと疑うかも知れない、と。
 今宵、そんな夢のような出来事を体験している男がいた。
 彼の名は鬼神拳次、呪われた血族の巨漢。
 拳のみで異形を消滅させることができる者だ。
 彼の場合は偽物と殺し合いをしていた。
 自分と同じ容姿、運動能力、都市伝説を持つ者。
 偽物の鬼神拳次と。
 武器を使わずに己の肉体だけを用いて。
 ここで人は思うだろう、自分自身が相手なら実力が均衡して決着が着かないんじゃないかと。
 だが、本当にそうだろうか。
 現実の戦いというものはゲームのように数値では表しきれない。
 ステータスでは表すことができない要素により勝敗がつくことがある。
 今回の戦いも例外ではなかった。
 同等の力を持つ巨漢二人が戦った結果、現在優位に立っているのは――。
 偽物の鬼神拳次だった。

 激闘の舞台は町外れの廃工場の敷地内。
 周辺に人影は見えず戦うには絶好の場所だ。
 それを歓迎するかのように、両者は闘争をしていた。
 場違いなほど穏やかな月明かりの元に。
「……!」
 片方の拳次が、左のジャブを放ち注意を引いた後で前蹴りを繰り出す。
「……!」
 もう片方の拳次は、ジャブは防いだものの前蹴りを腹部に喰らう。
 だが、眉一つ動かさずに相手が蹴りに使った足を掴もうとする。
 それをすぐに察せられたのか、足は素早く元の位置に戻された。
 おまけのように右のストレートが放たれ頬に直撃する。
 これも彼は耐え打撃に移った。
 ちなみに、前者の拳次が偽物で、後者の拳次が本物だ。
 ここだけ見ても明らかのように、本物の拳次は偽物の前に苦戦していた。
 受けているダメージも、本物の方が圧倒的に多い。
 それには理由がある。
 偽物の正体は『ドッペルゲンガー』、自分そっくりの姿で身を現す都市伝説。
 見てしまった者には死が訪れるという不気味な存在だ。
 能力は、人の姿形や能力を模倣すること。
 また、噂に従って模倣した相手を殺そうとする。
 拳次が今こうして、『ドッペルゲンガー』と戦っているのは街の住民に危害が及ぶ前に倒そうとしているからだ。
 そして、今拳次と対峙している個体には一つの特徴があった。
 感情がないのだ。
 『ドッペルゲンガー』の中には、相手の心まで模倣する者がいる。
 ただ、この個体はあくまで肉体と能力しか模倣しない。
 おかげで、本人のふりをすることなどはできないが戦闘ではそれが有利に働いていた。
 感情がないため、機械的とも言える確実な動作を行えるのだ。
 自分は論理だけで動いていると言わんばかりに。
 その上、戦闘技術もこの個体は高かった。
 場数慣れしている拳次相手に有利に立てるほどには。

 偽拳次は、顔面に向かってくるジャブを躱し下段蹴りを放った。
 空手家にも引けを取らないほどの鋭さで。
 本物は何もできずにそれを受ける。
 二人の技量差は明らかだった。
 拳次は、場馴れをしているといっても武術や格闘技を習っているわけではない。
 そのため、技の一つ一つが洗練されていない。
 まったくの素人よりはだいぶましだが。
 戦闘はどこまでも地味に続いていた。
 人外同士の戦いであるにも関わらず、行われているのはただの肉弾戦。
 これなら、そこらの都市伝説同士の戦闘の方がよっぽど派手だ。
 ――二人が動くたびにアスファルトが砕け散ってはいたが。
 偽拳次の拳が本物の顔面に直撃した。
 鈍い音が響く。
 拳次は倒れこそしなかったが、一瞬ぐらついた。
 偽物はそれを見逃さない。
 畳み掛けるように、次々と打撃を繰り出す。
「……」
 容赦のない打撃の雨を浴びせる偽物、必死に躱し防ぐ本物。
 この光景を見てもオリジナルは優れていると人は言えるだろうか?
 打撃の雨は、遂に拳次の体を捉えた。
 男の最大の急所、睾丸を蹴り上げたのだ。
「……!」
 今度こそ、拳次の動きが止まった。
 歯を食いしばり耐えるが解決には至らない。
 偽拳次は、この最大のチャンスを逃さずさらなる打撃を加える。
 左拳。
 右拳。
 左拳。
 右拳。
 左拳。
 一撃一撃が必殺の力を持つ殴打のラッシュ。
 それをこれでもかというほど、偽拳次は放つ。
 二度と本物が立ち上がらないために。
 機械的な模造品は、ただ確実に己の目的を果たそうとする。
 拳次は、自分より技量の優れた偽物の前になすがままとなっていた。
 肉体に痛まない箇所など存在せず、視界は振り子のように揺れ、顔面は見るも無残なことになっている。
 構えもまともに取れていない。
 普段の彼からは考えられないような惨状だ。

 しかし、鬼神拳次は倒れない。
 どれだけ、優れた偽の拳を受けてもだ。
 肉体の耐久性は既に意味をなしていない。
 今の彼を支え立たせているのはまったく別のものだ。
 偽拳次は、倒れない拳次に対して延々と拳を振るう。
 拳が赤く染め上がることを気にせずに。
 そんな単調な動作が止まったのは突然のことだった。
「……」
 偽拳次は本物から急に距離をとった。
 瀕死の獲物から逃げるような愚かな行為。
 ――ではない。
 彼は噛まれたのだ、今にも息が耐えそうな猛獣に。
 証拠は右手。
 近くで見れば一瞬で気づく。
 五本の指がおかしな方向を向いていることに。
 指の骨が砕けてしまったのだ。
「……握りが甘かったな」
 ぼそりと拳次は呟いた。
 彼がしたことは実に単純。
 偽拳次の拳に自分の額をぶつけたのだ。
 一見、血迷ったかの行為。
 しかし、相手の拳の握りが甘かった場合は攻撃になる。
 拳というものは人が思っているより脆い。
 何も鍛えていない人間が、顔面を殴ると指を骨折してしまうと言われる程に。
 一方、頭蓋骨は厚く硬い。
 ちょっとやそっとの打撃では、どうしようもできないほどに。
 豆腐を壁にぶつけた光景を想像してもらえばいい。
「……」
 偽拳次は駄目になった右拳から目を離す。
 実にそっけない動作で。
 次に、彼は残された左拳を固く握った。
 同じ失敗は繰り返さないということだろうか。
「……来い」
 一方、拳次はだらりとした体勢のまま手招きをした。
 挑発だ。
 感情のない偽物は、この行為に何も感じない。
 しかし、彼は目の前に踏み出す。
 獲物は牙を残しているといっても既に瀕死。
 右手が使えない状態でも殺すことが出来ると判断したのだろう。
 迫る偽物、待ち構える本物。
 初撃を放ったのは、偽拳次だった。
 腰の捻りを利用し右足を本物の脇腹にぶつける。
 中段蹴りだ。
 文句のつけようがない速度、体重もしっかり乗せられていた。
 だが、拳次は動じない。
 それどころか、偽物をじろりと睨みつけている。
 脇腹への攻撃が効いていない。
 そう推測した偽拳次は、左拳でむき出しの顎を狙うことにする。
 この瞬間、拳次も動いていた。
 といっても、ガードをするためではない。
 偽物の拳が顎を捉えようとしたころ、もう一つ宙を切るものがあった。
 拳次がしたことは実に単純だ。
 彼は足を動かした。
 蹴りを繰り出したわけではない。
 ただ、地面に転がるアスファルトの破片を蹴り上げたのだ。
 偽物の目に向かって。
「……!」
 見事、眼球に破片が直撃し、左拳がわずかに逸れた。
 拳次はそれを見逃さない。
 安々と左拳を躱すと、一気に偽物の懐に入った。
 そして、次々と急所を殴打する。
 先程と比べ、段違いに速度が上がった拳で。
 こめかみ。
 水溝穴。
 顎。
 喉仏。
 鎖骨。
 鳩尾。
 あばら。
 圧倒的な爆発力を持つ打撃は止まらない。
 偽拳次は離れようとするが、ままならずなすがままにされる。
 戦況は短時間でひっくり返ってしまった。
 外傷は拳次の方が酷いが、追い詰められているのは偽物。
 足取りが覚束なく、今にも倒れそうだ。
 ダメ押しをするかのように、拳次は金的を決めた。

「ぐ……」
 偽物は音を上げ地面に膝をついた。
 驚くことに、感情が存在しないはずの顔に苦しみを浮かべている。
 拳次は、勝ち誇ることなく彼を見下ろしていた。
「……なぜだ」
 偽拳次が口を開いた。
「なぜ、お前は私に勝てた。私の方が技術が優れていたというのに」
 それは、本物よりも優れた偽物である彼には理解できない事柄だ。
 肉体と能力の条件は同じ。
 技術についてはこちらの方が上。
 彼は自分が勝って当たり前だと思っていた。
「……喧嘩だからだ」
 問いに対し、拳次は一言そう答えた。
「どういうことだ?」
「簡単なことだ。これが試合か何かだったら俺は負けていた。お前のほうが技量が優れているからな。だが――」
 本物は偽物と目を合わせた。
「これは喧嘩だ。負けたほうが死ぬ。だったら、俺は負けるわけにはいかない」
 偽拳次否『ドッペルゲンガー』はこの瞬間気づいた。
 自分が負けた理由を。
「……そうか、そういうことか」
 鬼神拳次にあって『ドッペルゲンガー』にないもの。
 それは――。
「勝ちたい、負けたくないという意思」
 『ドッペルゲンガー』は、あくまで自分の伝承に従って人を殺していたに過ぎない。
 義務的な作業でしかなかったのだ。
 勝ちたいから殺すのではなく、そう決められているから殺す。
 ただそれだけだった。
 だが、目の前の男は違う。
 彼は負けたくないから勝つ。
 帰りたい場所があるから。
「そうか、そういうことか」
 『ドッペルゲンガー』は理解する。
 人の持つ強さを。
「本物」
「なんだ」
「私はお前に勝ちたい」
 『ドッペルゲンガー』が立ち上がった。
「そうか」
「ああ、お前に勝ちたい。どうしようもなく」
 本物と偽物は再び向かい合う。
 一人は変わらぬ不屈の精神を持ち。
 もう一人は手に入れたばかりの意思を武器に。
「覚悟しろ、本物」
「……」
 さらに厄介となった偽物を前に、拳次は何も答えない。
 ただ、急に右腕を挙げた。
「何の真似だ」
「……『ドッペルゲンガー』。お前の一番の目的は何だ」
「お前に勝つことだ」
「そうか、俺の一番の目的は」
 この時、『ドッペルゲンガー』は気づいていなかった。
 自分に忍びよるものに。
「生きて家に帰ることだ」
「ぐ!?」
 拳次が言い終える寸前に、『ドッペルゲンガー』が苦しみだした。
 激しく悶えているが、体はピクリとも動かない。
「俺は今のお前に勝てない。だから貸りる」
 意識が途絶える瞬間、『ドッペルゲンガー』は見た。
 自身の肉体に絡みつく細い糸を。
「妹の手を」
 赤い花が闇の中に咲いた。
 六つに分断された肉塊と共に。

「終わりましたね」
「ああ、助かった」
 『ドッペルゲンガー』が光の粒子となり消えた頃、物陰から鬼神優は現れた。
「……兄さんが弱らせていたからこそ殺すことができました。だから、礼は言わないでください」
「お前がいなかったら俺は負けていた。礼を言うのには十分な理由だ」
 今回、『ドッペルゲンガー』と戦うのにあたって拳次は一つの保険をかけていた。
 優の同行だ。
 普段、彼は一人で都市伝説と戦っている。
 しかし、今回のような特殊な敵の場合、万一のことが起こる可能性があった。
 そんなケースを想定して、拳次は優に同行を頼んだ。
 最初から二人で戦わなかったのは、二人ともコピーされる可能性があったからだ。
「兄さんは私がいなくても勝ってましたよ」
「……世辞はいい」
 妹の言葉に拳次は無愛想な返事をする。
 そして、ぼそりとこう呟いた。
「……それより悪かった」
「何がですか?」
「嫌な役目をやらせた」
「別に気にしてません。生き残るためには手段を選ばないことも大切です」
「……そうか」
 拳次は確かに妹の変化を感じ取っていた。
 前の優ならここまで割り切ることができなかったはずだと。
「それよりも早く帰りましょう。傷の手当てをしないと」
「ああ、そうだな」
 二人は敷地の外に向かって歩き出そうとした。
 だが――。
「……!」
 拳次が突然、バランスを崩し倒れそうになる。
「兄さん!」
 それに気づいた優が支えた。
「悪い、もう大丈夫だ」
「……駄目です」
 そう言うと、優は拳次の手を自分の肩にかけた。
 左手も拳次の背中に回す。
「さすがに損傷が激しすぎます。痩せ我慢はやめてください」
「……大丈夫だから離せ」
「嫌です」
 優は、無理矢理歩き始めた。
 彼女らしくない行動だ。
「たまには私にも何かさせてください」
 それは優の心の底からの本音。
 彼女が拳次に向ける瞳はどこまでも純粋だ。
「……わかった」
 ついに折れた拳次は、優に体を預ける。
 この夜、二人はこのまま家に帰った。
 それが原因で、姉にからかわれたり、ユキにとある誤解を受けたりするのだがそれはまた別の話。
 翌朝、優の好物である納豆オムレツが食卓に並んだのも別の話だ。

終わり

こんなタイトルなのにデブが喧嘩らしい喧嘩をするのはこれが初めてっていうね
あと妹はデレ期に突入しました
まあ、この二人は千葉の某兄妹(電撃のほう)みたいには絶対ならないけどね
せいぜいGAの某兄妹レベルが関の山(あっちもあっちで結構あれだけど)

―鬼神家 居間―

(障子を開く音)
  
ナダレ「拳次君、すいません。部屋の電球が切れそうなんですけど。……あれ?」

愛「これで終わりだよ~! レダメでダイレクトアタック!!」

拳次「手札から『速攻のかかし』発動だ」

愛「その子がいたか~。でも、状況は私のほうが有利だよ! カードを伏せてターンエンド」

拳次「俺のターンドロー。……これか」

拳次「手札から『カップ・オブ・エース』を発動。……効果はわかってるな」

愛「もちろん。そう都合よく表が出るとは思わないけどね~」

拳次「何もしないよりはましだ。……いくぞ」

(コインを弾く音)

拳次「……表だ」

愛「!!」

愛「運がいいね。でも、いいカードが来るとは限らないよ」

拳次「どうだろうな。とりあえず二枚ドローする」

拳次「……」

愛「いいカードは引けた?」

拳次「……『ジャンク・シンクロン』を召喚」

愛「!!」

拳次「効果で『ドッペル・ウォリアー』を墓地から特殊召喚」

拳次「そして、シンクロ召喚」

拳次「来い、『ジャンク・ウォリアー』」

拳次「『ドッペル・ウォリアー』の効果で俺の場には『ドッペル・トークン』が二体並ぶ」

拳次「よって、『ジャンク・ウォリアー』の攻撃力は三千百に跳ね上がる」

愛「確かに、レダメの攻撃力は上回ったね。でも、このターンで蹴りは着けられない」

愛「私には次のターンに拳次を倒せるだけの備えがある!! この勝負もらったよ」

拳次「……それはどうだろうな」

愛「なに!?」

拳次「俺は手札から装備魔法『最強の盾』を発動。『ジャンク・ウォリアー』に装備する」

愛「そ、そのカードは!?」

拳次「このカードは装備モンスターの守備力分、攻撃力をアップさせる」

拳次「『ジャンク・ウォリアー』の守備力は千三百。つまり、攻撃力は四千四百になる」

拳次「バトルだ」

拳次「『ジャンク・ウォリアー』でレダメを攻撃」

拳次「一撃必殺(スクラップ・フィスト)」

愛「あ、ミラフォ発動するよ」

拳次「……」

拳次「……ターンエンド」

愛「はい、私のターンだね~」

愛「レダメでダイレクトアタックだよ~」

拳次「……終わりだな」

愛「うん、楽しかったね~」

拳次「……楽しかったな」

ナダレ(拳次君がこの瞬間見せた虚しそうな顔を私は忘れることがないだろう)

終わり

効果とか省力しているので遊戯王知らない人はわからないかも

「君の命は百円だよ」

 ピエロは笑顔で言った。

「厳密に言うともっと安いけどね。こう言ったほうがわかりやすいだろ」
「そうだな、そっちのほうがイメージしやすい」
「随分冷静だね」
「それだけが取り柄だからな」

 手足にかけられた手錠は本物。
 いくら力を入れてもびくともしない。

「『マク○ナルドのハンバーガーには人肉が混ざっている』か。随分悪趣味な都市伝説だな」
「挑発はほどほどにしたほうがいいよ。ミンチになる時間が早くなるから」
「別に気にしないさ。なんなら、今すぐにでも実行すればいい」
「……生意気なガキは好きじゃないよ」
 
 ピエロは肉切り包丁を手にした。
 やけに様になっている。

「今まで何人バラした?」
「君は今まで食べたハンバーガーの数を覚えているかい?」
「四個だ」
「随分少ないね」
「ああ、だって俺は」

 下半身に慣れた痛み。

「フライドチキンが好きだからな」
「なっ!?」

 ピエロが驚愕の表情を浮かべた。
 
「サイコキラーが何を驚いている」
「……そりゃ驚くよ。いくら僕が手馴れだからって六本足の人間は捌いたことがない」
「足が四本増えただけだ。気にするな」
「いやいや、そこまで図太くないよ。しかも、それが商売敵の都市伝説とあっちゃね」

 俺の契約都市伝説は『ケン○ッキーに使われている鶏の足は六本足』。
 飲食系都市伝説の中ではメジャーな方だ。

「まさか、手錠を外さずに移動を可能にするなんてね」
「といっても、割と不便だぞ。いくら、足が六本あるといっても中心の二本が使えないから歩きにくくてしょうがない」
「いいんだよ、それで。じゃないと、捌くのが余計難しくなる」

 いつの間にか、ピエロは空いていた手にも肉切り包丁を握っていた。

「包丁の二刀流ってはどうなんだ?」
「君の足が六本なんだ。このくらいしないと見劣りする」
「そうかい」

 会話はそれっきりだった。
 俺とピエロは睨み合う。
 一瞬の隙も見逃さないとばかりに。

「ラン」

 ピエロが小さく呟いた。

「ラン」

 俺も同じ言葉を口にする。

『ルー』

 俺と奴はほぼ同時に動き出した。

―完―

「初詣の帰りにこんなもん見つけるなんてな」

 目の前に全裸の死体が転がっていた。
 全身の皮が剥かれている。

「で、お前がやったのか?」
「ああ、俺が殺した」

 犯人はあっさり自供した。

「こいつに何か恨みでもあったのか」
「いや、俺が恨んでいるのは人類そのものだ」
「随分話が大きくなったな」 

 ただの殺人事件が地球規模の話になった。
 正月だからだろうか。

「人間は俺の同族を管理し利用している」
「否定はできないな」
「俺にはそれが許せない。だから、こうして実力行使に出た」
「人一人殺したくらいじゃ何も変わらないだろ」
「そうだな。だが、俺いや俺達には人間を殺す権利がある」
「かもしれないな」

 犯人は語る。
 自分という存在を誇示するために。

「で、お前は俺も殺す気か。怪人『ヒツジ男』」
「ああ、この体がある限り俺は目に入った人間を殺し尽くす」

 どうやら、見逃してはくれないようだ。
 なら、戦うしかない。

「奇遇だな、『ヒツジ男』」
「何がだ、人間」
「俺はお前と同じ遺伝子組み換え系の都市伝説と契約してるんだ」

 下半身に慣れた痛み。
 肉体の感覚が一気に増える。

「『ケン○ッキーに使われている鶏の足は六本足』か」
「知っていたか」
「似たルーツの都市伝説だ、把握している」
「そうか。なら、さっさと始めよう」
「ああ、そうだな。六本足」

 『ヒツジ男』がこちらに踏み込んできた。
 圧倒的な速力で。 
 もともにぶつかり合えばひとたまりもないだろう。

「!!」

 だから、俺は跳んだ。
 六本の足を使い『ヒツジ男』の背後へ。
 すかさず、空中で奴の後頭部に回し蹴りを叩き込む。

「空中戦は苦手か、『ヒツジ男』」

 『ヒツジ男』は吹き飛んだがすぐに体勢を立て直した。
 さすが、怪人なだけはある。

「……鶏が空中戦を得意とするのはどうかと思うが」
「気にするな。それと『ヒツジ男』」
「なんだ?」
「後ろを見てみろ」

 『ヒツジ男』の顔面を細く逞しい足が踏みつけた。
 そのまま、体勢を崩し倒れる。 

「黒服ですか」
「ええ、そうです。『ヤギ男』の顔面を踏んでるのは『首切れ馬』です」

 『首切れ馬』の後ろから現れた女の黒服は、懐から拳銃を取り出すと『ヤギ男』に銃口を向けた。

「邪魔をするな黒服!」
「邪魔はしません、駆除はしますが」

 黒服は躊躇なく引き金を引いた。

「ご協力感謝します」
「俺は何もしていません」
「あなたが『ヤギ男』と遭遇してなかったら一般人が被害に遭う可能性がありました。礼をするには十分な理由です」
「そうですか」
「ちなみに、組織に所属する気はありませんか?」
「ないです、面倒事に自分から首を突っ込む気はないので」
「……そうですか」
「それじゃあ、俺はこれで」

 たまにはジンギスカンでも食べたい、なんとなくそう思った。

―完―   

「あ、カーネル君!」
「おう」

 コンビニからの帰り道。
 中学以来の知り合いに会った。

「コンビニ帰り?」
「ああ」
「そっかー。私は今からコンビニに行くところ」
「入れ違いか」
「そうだね」

 この知り合いの名前を俺は覚えていない。
 誰もが彼女をそれぞれのあだ名で呼ぶからだ。
 なので、頭の中でディズニーと名づけている。
 ミッ○ーやミ○ーのキーホルダーをカバンに付けていたからだ。

「そういえば、彼女とは最近どう? なにか進展した?」
「特に何も」
「クリスマスやお正月があったのに?」
「いつも通り暮らしてただけだ」
「……ああ、そっか! カーネル君達の場合はいつも通りがすごいからね」
「すごいって何が」
「学校で噂になってるよ。同棲して夫婦同然の生活してるって」
「昼飯と夕飯をいつも一緒に食ってるだけだ」
「いや、それって十分にすごいからね!?」

 ディズニーのような明るい人間と話すのは久しぶりだった。
 俺の周りには彼女のようなタイプは少ない。

「それじゃ、この辺で」
「ああ、今年もよろしく」
「こちらこそ。あ、それとね」
「何だ」
「帰り道、気をつけてね。ちょっと嫌な気配がしたから」
「都市伝説か」
「多分」

 ディズニーはいわゆる霊感体質だ。
 幽霊や都市伝説の気配に敏い。

「有害なのではないと思うけどね。嫌な感じもあまりしなかったし」
「そうでないと困る」
「いやいや、カーネル君は私と違って契約者じゃん」
「面倒くさい」
「理由が単純すぎる!!」
「早く家に帰ってプレミアムチキンが食べたい」
「即物的だね!!」

 ツッコミを入れ彼女はコンビニに向かった。

 結論を言うとディズニーの勘は外れていた。

「足、足、足、足、足、足をよこせ!!」
「どう見ても有害だ」

 目の前の『テケテケ』を見て呟く。
 なぜか、やたら荒ぶっていた。
 
「お前の足をよこせ!!」
「豚足でも食ってろ」

 六本しかない足をやるわけにはいかない。

「ここは沖縄じゃない!」
「鹿児島でも食うらしいぞ」
「知るか!!」

 『テケテケ』が俺めがけ飛びかかってくる。
 腕だけでよくやるものだ。

「殺られる気はないけどな」

 上段蹴りで迎撃する。
 幸いなことに顔面を捉えた。

「ぐがっ!?」

 『テケテケ』はブロック塀に激突した。
 それも頭から。

「く、くそ! 人間のくせに!!」
「丈夫だな」
「都市伝説を舐めるな!!」

 頭から血を流しながらも『テケテケ』は俺を睨みつける。

「許さない!! 絶対にお前の足を……あれ?」
「どうした」
「あ、足。そう、私は足を。いや、違う? 違うの? いや、そんなはずは!? え? え?」
「おい」
「私。私が求める者。私、私が。欲しいもの、それはそれは。それは!?」

 『テケテケ』は頭をかきむしる。
 よくわからないが錯乱しているのだろう。

「それはそっか。それはそれは」
「気が狂ったか」
「そうだ、私は」

 虚ろな言葉を吐き出すことを『テケテケ』は止めた。
 同時に、奴の額が赤く光り始める。

「私は私は!!」

 額には文字らしきものが浮かぶ始めていた。 
 よく見てみるとそれはさっきみたばかりのもの。
 六六六。
 不吉な三ケタの数字。
 
「不幸を求める! 死という不幸を!!」

 瞬間、肉の弾丸が横を通り過ぎる。
 反射的に移動していなかったら危なかった。

「さっきとは段違いだな」
「絶望しろ、私の力に!!」

 『テケテケ』は明らかに強化されていた。
 おそらく、六六六によって。
 
「こっちも六でいくか」

 下半身に慣れた痛み。
 一瞬にして足が四本増える。

「絶望しろ、絶望しろ、絶望しろ!!」
「したことがないな」

 襲いかかる『テケテケ』の脇腹に蹴りを入れる。
 だが、さきほどと違い吹き飛ばない。
 体重が変わっていないはずなのに、という疑問は持たない。
 都市伝説に常識を求めるだけ無駄だ。
 それに――。

「効かないのならもっと打撃を加えればいいだけだ」

 休みなく反対の足で蹴りを加える。
 二本足ならこんな芸当はできない。
 片方の足が宙に浮いている状態で蹴りは不可能。
 バランスが崩れる。
 だが、足が複数あれば話は別。

「無駄だ! 無力なお前の蹴りなんて効かない!!」
「かもな」
「そうだと決まっている!!」

 蹴りを加えて離れる、という行動を繰り返す。
 今の『テケテケ』とまともに戦えばどうなるかは明白。

「ちょこまかと!!」
「それが好きなんだ」

 俺はこの戦い方が嫌いじゃない。
 同じ行為を繰り返す、というのが鍛錬に似ているからだ。

「いい加減にしろ!!」

 『テケテケ』が前列の右足を掴んだ。
 引きちぎろうと力を入れられる。
 左足で蹴りを加え引き剥がそうとするも離れない。

「もいでやる、もいでやる、もいでやる!!」
「俺は果物か」

 右足が悲鳴を上げる。
 そろそろやばいかもしれない。

「そうだ」

 いい考えが思い浮かんだ。
 六本の足に力をいれ跳躍し宙返りをする。

「無駄だ! 遠心力など通用しない!!」
「誰が遠心力に頼るなんて言った」
「なに!?」

 俺が頼るのはもっと単純なもの。

「ブロック塀だ」
「が!?」

 回転を利用しブロック塀に『テケテケ』を叩きつける。
 不意をつかれたせいか奴は右足から手を離した。

「お、お前!!」
「まだやるか」
「当然だ!! お前の攻撃なんてちっとも効いて……あ!?」

 体勢を立て直していた『テケテケ』は路面に倒れ伏した。

「か、体が重い!?」
「あれだけ蹴りを食らったらな」
「ダメージはほとんどなかったはずだ!!」
「蹴りってのは後から響くんだ。で、まだやるか?」
 
 さっさと家に帰ってプレミアムチキンを食べたい。

「ふ、ふざけるな!! この私が人間如きに!!」

 『テケテケ』は諦める気がないらしい。
 震える腕を動かそうとする。

「お前に死という不幸を与えるまではやられるわけにはいかない!!」
「お前、最初は足が欲しいと言ってなかったか」
「違う、私が欲しいのはお前の死という不幸!! ……不幸? 私は不幸を……。不幸?」
「またか」 
「私が求めていたのは不幸。……ではなく、そうそれは」

 『テケテケ』は恐る恐る呟いた。

「足?」

 奴の額から六六六が消えた。
 まるで、最初からなかったかのように自然と。

「そうだ、私は足を足を求めていた」
「みたいだな」
「じゃあ、私はなんで不幸を求めた?」
「俺が知るか」

 六六六が関係しているのは確か。
 しかし、六六六こと『獣の数字』が洗脳能力を持つというのもおかしい。
 拡大解釈というレベルじゃない。

「で、続けるか?」
「……今日は見逃す。整理をしないといけない」
「上から目線だな」
「うるさい! さっさと家に帰って豚足でも食べてろ!!」
「俺が家に帰ってから食べるのはドラムだ」
「知るか!!」

 俺は家に向かい歩き始めた。
 
「今度会ったら覚えてろよ!!」

 背後から捨て台詞を吐かれながら。

「……連絡しとくか」

 ポケットからスマフォを取り出す。
 電話帳を開き登録したばかりの番号をタッチ。
 幸いなことに相手はすぐに出てくれた。

「黒服さんですか」
「はい、どうしました?」
「六六六を発見しました」
「……早いですね」
「といっても、もう消えましたけど」
「いえ、情報だけでも十分です。発見した経緯を教えてください」
「はい、あの後……「どうしました?」すいません、ちょっと事故が起きまして」
「事故!? 大丈夫ですか!」
「俺は大丈夫です。ただ」

 目線の先、バンがブロック塀に突っ込んでいた。
 路上には血痕。

「もう一人の当事者が死にました」

 電車にひかれ両足をなくした女は、車にひかれ命をなくした。

―完― 

「本当に大丈夫!? 怪我してない?」
「大丈夫だ」

 自宅に帰ってきた俺は、玄関で恋人に抱きしめられていた。
 都市伝説絡みで遅くなると連絡していたので心配していたらしい。

「怪我の一つもない」
「本当?」
「本当だ」

 『テケテケ』の死亡後、『首切れ馬』の黒服と合流した。
 六六六こと『獣の数字』のことを話すためだ。 

「洗脳ですか」
「はい、足を求めるはずの『テケテケ』がなぜか急に不幸を求め始めました。それに戦闘能力もなぜか上がって」
「……妙ですね、『獣の数字』にそんな能力があるなんて」
「ちなみに、『獣の数字』の能力ってどんなものがあるんですか」

 『獣の数字』が洗脳能力を持つというのがおかしいとはわかる。
 けれど、具体的にどんな能力かはいまいち分からない。

「不幸や不吉に関するものだとは想像できるんですけど」
「それもありますが皇帝の力と呼ばれる能力もあります。まあ、普通の人間には扱えないはずなので今回は関係ないでしょう」
「大体、俺の想像通りってことですか」
「はい」

 情報を得た黒服はすぐに仕事に戻った。
 色々と調べてみるそうだ。

「本当に大丈夫なんだよね?」
「ああ」
「……うん、わかった」

 恋人は俺から離れた。

「絶対に無茶なことはしないでね」
「わかった」
「約束だよ」
「約束だ」
「うん、それじゃあ温かいもの淹れるね」
「ウーロン茶で頼む」
「わかった。居間であったまってて」

 居間では、カンさんがテレビを見ていた。

「おかえりなさい」
「ただいま」
「災難でしたね」
「だな」
「詳しく話を聞いてもいいですか」
「ああ」

 ウーロン茶を持ってきた恋人にも話をした。
 ドラムを食べながら。

「そうなんだ。へえ、黒服さんと二人でお話をしてきたんだ」
「ああ」
「へ~」
「……六本足さん」
「なんだ、カンさん」
「ちょっと一緒に来てください」

 カンさんに連れられ廊下に出る。

「あなたって人は……。黒服さんのことは話さなければいいのに」
「なんでだ」
「……いいです、忘れてください」

 言われた通り忘れることにする。

「それよりも改めてお願いがあります。これから先、厄介事に巻き込まれる可能性がありそうなので」
「なんだ」
「死なないでください」
「いつまで」
「契約者さんが死ぬか、契約者さんがあなたへの愛情を失うまで」

 居間から恋人の独り言が聞こえていた。
 何と言ってるかはわからない。

「契約者さんにとって、あなたは誰よりも大事な存在です。彼女にとって、あなたは王子様ですから」
「白馬に乗ったことなんかない」
「でも、ピンチのお姫様は助けましたよね」
「あれは俺がいなくてもなんとかなった」
「だとしてもです。あの日、契約者さんはあなたを王子様に認定しました。そして、あなたは彼女の告白を受けとった。責任はとってください」
「めんどくさい」
「……ご飯を作ってもらってる恩を返すと思ってください」
「ならしょうがないな」
「……」
 
 カンさんはなぜか、六本の腕で頭を抱えた。

「……俗世の人間よりはまし、俗世の人間よりはまし」
「何か言ったか」
「自分で想像してください」

 ちっともわからなかった。

―完―

「すいません、呼び出して」
「いえ、仕事ですから」

 新学期が始まり数日後。
 俺は『首切れ馬』の黒服をある要件で呼び出していた。

「でも、学生であるあなたがこんな時間に外に出て大丈夫なんですか」

 時刻は十一時過ぎ。 

「うちは放任主義なので」
「……ならいいのですが。それで見せたいものというのは何ですか」

 彼女には都市伝説絡みの件だということしか伝えていない。

「はい、実は知り合いが許せないものを見つけまして」
「許せないものですか」

 夜の街を黒服と並びながら歩いていく。

「黒服さんはファーストフードを食べますか?」
「あまり好みはしませんが食べることはあります」
「そうですか、俺は好きです。ハンバーガー以外は」
「……なぜ、ハンバーガーが例外なのかは聞きません。で、ファーストフードが関係しているんですか?」
「関係どころかそれが本題です」

 俺は足を止めた。
 目的地の前についたからだ。

「ハンバーガーショップですか。……健康志向というのは珍しいですね」

 ガラスに貼られたポスターを黒服は既にチェックしていた。

「最近、出来た店です。何でもカロリーが低いとか、素材にこだわってるとかで人気みたいです」
「主に女性にですか」
「男は油を好みますから」

 会話を交わしながら裏口に足を向けた。

「正直な話、ある程度の予想はつきました」
「気づきましたか」
「定番ですからね。健康志向という言葉もありましたし」
「低カロリーですからね、あれ」
「漢方としても使われてますね」
「それじゃあ、念を入れて答え合わせと行きましょうか」

 鍵がかけられたドアを蹴破る。
 その先には厨房が広がっていた。

「お、お前達は!?」

 厨房には一人の男がいた。
 おそらく、店主だろう。

「保健所です」
「う、嘘をつくな! 正体を言え!!」
「黒服です」
「フリーの契約者です」
「こ、この!!」

 店主は包丁を握っている。
 俺達を警戒してではない。
 その前から、彼は包丁を握っていた。
 食材を捌くために。

「で、黒服さん。組織的にこれはアウトですか」
「アウトですね、人体に影響がないとは言い切れませんから」
「お前ら、無視するな!!」

 怒鳴る店主の前には巨大な食材が置かれていた。
 太く長い体。
 ヌメヌメとした肌。
 口も目も鼻もない顔。

「やはり、『ミミズバーガー』ですか。巨大ミミズは能力で発生させたものですね。それを捌いて肉として使っていると」
「だ、だったらなんだって言うんだよ! 別にいいだろうが!! ヘルシーなのには変わりないんだから!!」
「先程も言ったように人体に影響がないとは言い切れません。それに食品偽造です」
「う、うるせえ!! こうなったら、ただで返すわけには行かねえ!!」

 厨房中から異音が鳴りだした。

「教えてやる!」

 どこからともなく、幾匹もの巨大ミミズが湧き出した。

「ミミズの力を!!」
「別に知りたくない」
「え?」

 俺は、巨大ミミズを無視し店主に上段蹴りを決めた。
 鍛えていない彼では、耐えられなかったらしい。
 前のめりに倒れ伏した。

「相変わらず鋭いですね」
「さっさと済ませたいので」

 巨大ミミズ達は厨房から消えていた。
 店主が気絶したためだろう。 

「後は私に任せてください」
「お言葉に甘えます」

 俺は帰ることにした。
 ここに長居する理由はない。

「最後に聞いてもいいですか?」
「なんですか」
「あなたはなぜ、この男を許せなかったんですか」
「ファーストフードが好きだからですよ」

 誰だって、好きなものが汚されたら洗い流したくなる。

「それと」
「それと?」

 この厨房は油の匂いがあまりしない。

 ハンバーガーショップだというのに。    
 
「俺は健康志向が嫌いなんです」


―完―

「っこの、逃げてないで戦いなさいよ!!」
「んー、プリティーな女の子を傷つける趣味はないのでねぇ」

私が追っているのはとある都市伝説
頭には2本の角、半裸で腰巻1枚、背にはいつくもの小太鼓
そんな格好でさらに雲に乗って飛んでいる
その姿はどう見ても「雷さま」と呼ばれるものに違いない
あからさまに怪しいから退治してやろうと思ったんだけど…

「ええい面倒ね! これでも喰らいなさい!!」

足を止め、私は勢い良く腕を振りかぶる
直後に私が起こした“風”はナイフのように鋭く、「雷さま」に向かって飛んでいった
「鎌鼬」
私の重く鋭い風は、どんなものでも切り刻む

「これで真っ二つに!!――――――ッ!?」

風は文字通り空を切る
「雷さま」の姿が、何処にもない
―――消えた!?

「ウソ!? あの一瞬でどこに!?」

辺りを見回す私
ふわりと、お腹周りを冷たい風が撫でた

「んーこれはプリティーなヘソだな」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

「雷さま」が私の目の前に現れた
私のシャツをあげてヘソを舐めるように見ている

「きゃああああああああああああえっちいいいいいいいいいいい!!??」
「ごろごろごろ、このヘソいただき」

随分長い間、眠っているような感覚だった
実際、ほんの数秒だけ何も見えず、何も聞こえない状態だっただけなのに
たった一瞬の光と音
それが、私の視力と聴力を少しの間だけ無力化していた

「か、雷……「雷さま」だから当然よねッて、あれ?」

いない
さっきまで私の目の前にいた「雷さま」が、何処にも
それともう一つ、お腹の違和感

「やられた……ヘソが取られてるぅ……どうしよう、とりあえず黒服さんに……」

スマホを取りだしたけど、それもおかしかった
何故か、スマホが使えない
契約が切れてサービスが使えないって、どういうこと!?
さっきの雷の所為!?

「もぉ~~~~!!……あ、お母さん!」

良かった、丁度良い所に通りすがってくれた
私が契約者だって事は内緒だけど、何とかごまかして携帯を借りよう
黒服さんの番号はちゃんと覚えてるし―――

「?……ご、ごめんなさいね、誰かと間違えてるんじゃないかしら」
「へ? 何言ってるのお母さん? 私は」
「あら、そんなに似てる? そっくりさんは3人いるっていうけど不思議ね
 でもごめんなさい、私まだ子供がいないの」

そんなことない
そのカバン、私が誕生日にプレゼントしたじゃん!
何でそんなこというの!?

「ねぇ、お母さん!! 私だってばぁ!!!」




「パパぁ、どうしてカエルにはおへそがないの?」
「卵から生まれるからだよ。カエルだけじゃない、ヘビやお魚、鳥や虫も、卵から生まれる生き物はおへそが無いんだ」
「へぇ~…パパはおへそあるね」
「ははは、お前もパパも、犬や猫も卵から生まれないだろう?おへその無い人間なんて、この世界には存在しないんだ」

   ...end

ひっさびさに書いたけどこういうテイストどうっすか?
ダメ? 反省しよう

仕事中にね
「ヘソ出して寝たら雷さまにヘソ取られるって……ヘソ取られたらどんなデメリットがあるんだろう」
とか考えてものの数十秒で導き出した答えがこれでした
もうちょっとギャグと外道をはっきりさせたかったんだけどね、難しいね

よーしやっと追い付いたから感想書いてこう

デブけんの人乙です~
例の劣化融合きたね、こりゃ本人がこのプロジェクトの全容知ったら大暴れする前にローゼにぶん殴られて3日寝こむレベル(
しかもナダレちゃんだけじゃなく拳次まで狙われるだと…!?

グレムリンの人乙です~
グレムリンかっけーな! 契約者可愛いから俺の妹にする(
そして色々事件に巻き込まれすぎて財布空っぽの女の子にはマジで頑張ってほしい

六本足の人乙です~
ランランルーからの連載化でコーンスープ吹いたぞどうしてくれるwww
学園ラブコメwktkと同時にヤンデレ彼女可愛いから俺の妹にすr(

単発の人乙です~
偏食、いや変食か?何にせよ雪女ちゃん可愛いから俺のいもうt(
マジレスするとナポリタンは美味い。シチューは外側だけ美味い。コンポタは喰い逃した

「よう、サンダース!」
「ヒーローか」
「その呼び方はやめろって」

 食堂の自販機前で面倒くさい奴に出会った。

「なんだ、お前もコーヒー買いに来たのか」
「ああ」
「なんか、意外だな。お前は流行とかには左右されないと思ってたけど」
「匂いには左右される」

 缶コーヒーのプルタブを開ける。
 香りはあまり漂わない。

「ブラックか、渋いな」
「コーヒーだから渋くて当然だ」
「ふっ、そりゃそうか」

 ヒーローはどれを買うか悩んでいた。  

「うーん、俺は微糖にしとこう。ブラックはまだ早い」
「コーヒーに早いも何もないだろ」
「いやいやあるぜ、ブラックを飲むのは大人の証拠だ」
「勝手に人を成人にするな」

 しばらく高校生のままでいい。

「まあ、大抵の奴らはミルクとか砂糖がたっぷり入った奴を飲んでるけどな」
「糖尿病になりそうだ」
「それは気が早いだろ。まあ、俺も甘すぎるのは飲む気がしねえけど」

 空手家の敵だからな砂糖は、ヒーローは笑った。

「そういや、会長から聞いたぜ」
「何を」
「『ミミズバーガー』の件」

 会長、ヒーローはディズニーのことをそう呼ぶ。
 中学時代、二人が同じクラスだった時、彼女が学級会長をしていたからだ。

「まさか、お前が自分から進んで都市伝説退治をするなんてな」
「あれは例外だ。ファーストフード絡みだったからな」
「でも退治したのは確かだろ? やっぱり、お前もいい奴だよな」
「お前らと一緒にするな」

 ヒーローも契約者だ。
 俺と違い、積極的に都市伝説を退治する。
 仲間達と共に。

「いやいや、お前もあいつらと同じでいい奴だよ。……そういや、サンダース」
「今度は何だ」
「六六六って数字に心当たりはないか?」
「ない」

 真実を言えば、こいつらの活動に巻き込まれる。

「そうか。いや、今それを使った契約者がこの辺で暴れててさ。最近、みんなで犯人を追ってるんだ」
「成果は」
「ない。仲のいい黒服に色々教えてもらったりはしてるんだけどなー」

 こいつの顔は広い。
 契約者はもちろん、黒服にも協力者がいる。

「お前も協力してくれないか」
「断る」
「そこを頼む! お前がいてくれれば助かるんだ」
「仲間がいるだろ」
「あいつらのことはもちろん信用している。けど、お前の技と経験があれば「それは無理な頼みですね」……君か」
「お久しぶりです」

 カンさんは、ヒーローに軽く頭を下げた。

「六本足さん、契約者さんが掃除当番を終えました」
「わかった」

 空になった缶をゴミ箱に投げ捨てる。

「じゃあな」
「ちょっと待ってくれ!」
「勇者一向に加わる気はない」
「サンダースじゃない。『姦姦蛇螺』の君に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「さっきのことだ。なんで、サンダースに協力を要請したら駄目なんだ」
「ああ、そのことですか。六本足にはもっと大事な役目があるというだけの話です」
「大事な役目?」
「はい」

 カンさんは微笑した。

「王子様はお姫様の隣にいないといけませんから」

「助かった」

 歩きながらカンさんに礼を言った。

「契約者さんに使える者として当然のことをしたまでです」
「だとしてもだ。あいつを振り払うのはめんどくさい」
「私もあの人は苦手ですから。生贄になる前の自分を見ているみたいで」
「そうか」
「……詳しく聞かないんですね」
「今のカンさんさえ知っていればいい」
「そういう格好良い台詞は契約者さんにだけ言ってください」

 思ったことをを口にしただけだ。

「あと、六本足さん。六六六の件なんですが」
「あれがどうかしたか」
「いえ、例の矛盾点のことです」
「六六六の影響下に合った『テケテケ』が俺を殺そうとしたことか」
「はい。他の事件では、死者が出ないようにされている中で六本足さんだけは命を狙われました」
「一件ぐらいミスが出ることもあるだろ」
「楽観視はできません。私は意図的に命を狙われた可能性があると思っています」
「他の事件では死者が出ないようにされてるのにか」

 黒服と師匠は、犯人は人の不幸を楽しんでいると言っていた。
 俺も同意見だ。

「はい、私の推測だと六本足さんは特別扱いされているんだと思います」
「犯人が俺に恨みのある奴だってことか」
「かもしれません。ちなみに、心当たりはありますか」
「ありすぎて困る」
「……今までどんな生活を送ってきたんですか」
「契約者だからな」

 人や異形に恨まれやすい。

「それは一旦置いておいて、今後起こるかも知れない危険を考えておきましょう」
「また、襲撃されるかもしれないってことか」
「はい、私の憶測通りだったら」
「外れていることを祈る」

 厄介事からは距離を置きたい。

「それにしても、あいつといると疲れる」
「六本足さんならそうでしょうね」
「カンさんは一緒にいると落ち着くけどな」
「……だから、そういうのは契約者さんに言ってあげてください」

 教室の前で恋人が手を振っていた。

―完―

そろそろバトルよー

六本足さんは美味しいんだろうか(錯乱

恋人さんは「私を食べて♪」とかやらないんだろうか
恋人さんは「私を食べて♪(物理)」とかやらないよね……?

「え!? シシャモってシシャモじゃないの!」

 下校中、俺達は会話に興じていた。

「そうですよ」
「知らなかったのか」

 驚く恋人に対しカンさんは説明を始めた。

「スーパーや居酒屋でシシャモとして売られているのは、カラフトシシャモと呼ばれる魚ですよ。本物のシシャモは北海道の一部でしか獲れないから貴重なんです」
「へーそうなんだ」
「味もまったく違うらしいしな」

 一生に一度は食ってみたい。

「あれ? なんで、シシャモの話になってるんだっけ。たしか、夕飯の話をしてたんだよね」
「おかずを魚にしようかという流れで脱線しましたね」
「で、どうする」
「んー、バランスを考えると魚だけど」

 昨日のメインは生姜焼きだった。

「ちなみにロク君は何が食べたいの?」
 
 ロク君というのは、恋人が俺に対して使う愛称だ。

「鶏の照り焼き」
「おもいっきり肉じゃないですか」
「よし、照り焼きにしよう」
「即決するんですね、契約者さん……」

 現在、自宅の冷蔵庫に鶏肉は入っていない。
 なので、スーパーに寄ってから帰ることになった。

「前にテレビで、照り焼きのタレにマーマレードを入れると美味しいと言っていました」
「へえ、マーマレード。でも、甘すぎないかな」
「そうでもないらしいですよ。風味が良いそうです」
「そうなんだ」

 マーマレードも有名だがオイスターソースを入れるのもいい。
 味にコクが出る。

「六本足さんは何か隠し味に心当たりはありますか?」
「俺が知っているのだと」

 オイスターソースの事を話そうとした時だった。

「ん」

 背後から風切り音が聞こえたのは。
 反射的に後ろ回し蹴りを放つ。
 足に確かな感触。
 襲撃者は吹き飛び、コンクリート塀に叩きつけられた。

「だ、大丈夫!?」
「問題ない。それより、カンさん。こいつの名称は」

 翼を持つ襲撃者に目線を向ける。
 今はもう、ぐったりとして動けそうにない。
 図鑑で見た翼竜にそっくりだ。

「『コンガマトー』、アフリカのUMAですね。人を襲うことで知られています」
「あれか」

 知っているUMAだ。

「で、六本足さん。『コンガマトー』の額に注目してください」
「当たってたか」
「そうですね、残念なことに」

 六六六。
 三桁の不吉な数字が、額にしっかりと刻まれていた。

「さらに残念なお知らせもありますしね」
「ああ」

 上空には二つの大きな影。
 仲間の『コンガマトー』だ。

「カンさん、一体頼んでいいか」
「一体でいいんですか?」
「二対二のほうが見栄えがいい」

 二体の『コンマガトー』が降下を始めた。

「わかりました。でも、補助はします」

 瞬間、俺とカンさんの下半身に変化が起こる。
 俺は足が六本に。
 カンさんは、胴体の断面から大蛇の尻尾が生える。

「動きを鈍らせることしかできませんが」

 『コンマガトー』達の動きが微かに乱れ始めた。
 尻尾が生えた状態のカンさんを見たものは呪いを負うからだ。 
 ただの人間だと瞬殺、都市伝説や契約者なら肉体に異常を起こす。
 俺と恋人は対象外に設定されているので問題ない。


「契約者さん、ここは私達に任せて逃げて「その必要はないよ、カンさん」……しかし」
「大丈夫、足でまといにはならないから」 

 恋人の手に、幾枚もの札が握られれていた。

「それに、身の程知らずの雑魚には落とし前をつけないといけないよ」
「……わかりました」

 宙に恋人が持つのと同じ札が大量に現れた。
 重力を無視して浮いている。
 これもカンさんの能力によるものだ。

「痺れろ」

 大量の札が、一匹の『コンガマトー』に向かい飛んでいった。
 圧倒的な物量を前に回避など叶わない。
 『コンガマトー』の全身に札が張り付く。
 
「完全に弾幕だな」
「そんな便利な品物じゃないですよ」

 無駄口を交わす内に、札が貼られた『コンガマトー』の動きは悪くなっていた。
 羽ばたくことすら精一杯という有様。
 しまいには、ここから少しずれた場所に墜落した。
 
「では、私達は落下地点に向かいます」
「わかった」
「……大丈夫ですか? 同じ手はおそらく通用しませんよ」

 もう一匹の『コンガマトー』はすぐそこまで迫っている。

「大丈夫だ、問題ない」
「それ、死亡フラグだよ!! やっぱり、私達も「本当に大丈夫なんですね」カンさん!」
「策がなかったら逃げてる」
「わかりました、行きましょう契約者さん」
「でも!」

 渋る恋人にカンさんが近づいた。

「あなたの王子様を信じてください」
「そ、それは……」

 カンさんがそっと何かを囁いた。
 小さな声なので聞き取れない。

「わかった。行こう、カンさん」
「はい」
「絶対に無事でいてね、ロク君」
「当たり前だ」

 入院する予定も棺桶に入る気もない。

「終わらせたらすぐに来ます」

 足早に二人が去っていた。
 残されたのは俺と『コンガマトー』。

「来るか」

 前方から『コンガマトー』が向かってきた。
 地表ギリギリの飛行。
 だが、危なっかしくはない。

「蹴りは通用しないな」

 さっきの蹴りは不意打ちだったからこそ効いた。
 最初からわかっていれば悠々と避けられる。
 奴らは、空を自由に翔けることができるのだから。
 『コンガマトー』が急降下ではなく、前方から突っ込んできているのもそれが関係しているのだろう。
 斜め上より平行の方が、いざという時に動きやすく視界もいい。
 奇声を上げながら、『コンガマトー』が目前まで迫ってきていた。
 対して、俺は動かない。
 奴が巨大な嘴を広げても。
 鉤爪が鋭い光を放っても。

「これしかないな」

 『コンガマトー』との距離が皆無となる瞬間。
 俺は飛び跳ね、奴の嘴を踏み台とした。
 そのまま、よろめく『コンガマトー』の背中に飛び乗る。
 重荷を背負った『コンガマトー』は、地面に滑り込んだ。
 甲高い悲鳴が奴の口から漏れる。
 おそらく、摩擦で皮膚はボロボロだろう。
 『コンガマトー』が苦しんでいる内に、両翼をそれぞれ二本の足で踏む。
 飛び立たれるのを防ぐために。
 これから止めを刺すのだから。
 残された前の両足で『コンガマトー』の首を締め付ける。
 頚動脈を押さえつけるのが目的だ。

「対翼竜用三角絞めってところか」

 『コンガマトー』は、意識のある限り悶えた。
 声にならない声を上げ、体を必死によじらせる。
 都市伝説なだけあってしぶとい。
 二人が戻ってきたころ、『コンガマトー』はやっと消滅した。

「ロク君、怪我はない!?」
「ああ。そっちは」
「直ぐに終わったよ、だいぶ弱っていたから」
「そうか」
「……あのロク君」
「どうした」
「早くズボン履いたほうがいいと思うよ」

 すっかり忘れていた。

「いや、私はいいんだけどね! ほら、人に見られたらまずいから」
「そうだな」

 足を二本に戻しズボンを履く。

「私はいいんだけどね! うん、本当に」
「……強調しないほうがいいと思いますよ、契約者さん」

 なぜか、恋人が顔を赤らめていた。
 意味がわからない。

「ズボンも履いたしスーパーに行くぞ」

「え、もう? もう少し休んでいかなくても大丈夫?」   
「別に疲れてない。それより、腹が減った」 
「う、うん。じゃあ、行こうか」


 俺達は再びスーパーに向かい始めた。

「六本足さん」
「なんだ」

 普段の状態に戻ったカンさんに、制服の袖を引っ張られる。

「ちょっと淡々としすぎてませんか」
「何が」
「都市伝説、それも難敵との戦闘があったというのに、あなたは普段と様子がまったく変わっていません」
「そんなもんだろ」
「普通の人間ならもっと動揺してますよ」
「普通の契約者なら動揺しない」

 時代遅れの鳥を殺しただけの話だ。

「……あなたはやっぱり」
「やっぱりなんだ」
「いえ、ちょっと思っただけです。六本足さんは」

 生まれる時代を間違えたんだなって、カンさんはそんな失礼なことを言った。

―完―

巫女は弾幕を使うもの(東○感)

>>524
若鶏並にジューシーです

>>525
まだ病み度が足りない
今後に期待してね(え

それはさておき、カンさんの仕草が好感度かなり高め
このスレのせいで姦姦蛇螺はかわいいという定義付けが自分の中でできてしまう

「なるほど。『獣の数字』の契約者はあなたに恨みを持った人物かも知れないと」
「はい、二回も襲われましたし」
「わかりました。こちらとしては、あなたに協力を要請したいのですが大丈夫ですか?」
「もちろん。俺も厄介事は取り除きたいので」
「そう言ってもらえるとありがたいです」

 『首切れ馬』の黒服は、コーヒーに口をつけた。

「俺が嘘をついているとは思わないんですか。黒服さん曰く、六六六によって操られている都市伝説を見たのは俺と連れだけなんですよね」
「ええ、そうです。本来ならあなたの証言を疑うべきでしょう」

 コーヒーカップが受け皿に置かれた。

「ですが、私はあなたが嘘をつく必要があるとは思えません」
「犯人と共犯なのかもしれませんよ。捜査をかく乱するためにあなたに近づいているのかも」
「あなたは人の不幸になんて興味ないでしょう」
「ええ、もちろん」

 食えない蜜よりも食える蜂蜜のほうがいい。

「そう言うと思っていました。ちなみに、昨日も聞きましがこんな時間に外に出て大丈夫なんですか?」
「普通に送り出されました」

 ゴムはちゃんとしておきな、とも言われた。

「深夜の喫茶店に来るのは初めてですけどね」
「高校生ならそうでしょう」

 待ち合わせ場所で黒服と合流した後、この喫茶店に案内された。
 個人経営の店で、木製の家具が多く使われているのが印象的だ。
 雰囲気は悪くなく心地いい。

「いい店ですね」
「気に入ってくれてなによりです」
「何よりもハムサンドがおいしいです」

 手にしたハムサンドを頬張る。
 ハムとレタスのバランスが最高だ。
 マスタードもほど良い。

「よく食べますね」
「成長期ですから」

 今度来た時は、卵サンドを食べてみよう。

「今日もありがとうございました」
「礼を言うのはこちらです」

 店を出た後、黒服と並んで歩いていた。
 途中まで道が一緒らしい。

「いえ、いい店も教えてもらいましたし」

 その上、奢ってもらった。

「……これは昨日の謝礼だと思ってください。都市伝説の発見と討伐の」
「謝礼ですか」
「はい、組織に所属していないあなたには金銭が渡せないので。その代わりです」
「俺はこっちのほうが嬉しいですよ」
「そうですか。なら、幸いです」
「じゃあ、俺はこっちなので」
「はい、ありがとうございました」

 黒服と別れようとした時だった。
 エンジン音が急に聞こえたのは。

「ん」

 振り返ると、そこには一台のバイクが停まっていた。
 たまに見かけるありふれた機種だ。
 
「あー」

 おかしいのはバイクではなく、ライダーだった。

「『首なしライダー』か」

 頭部のないバイク乗りは、アクセルをふかした。
 俺達を轢くつもりだろう。

「黒服さん、どうしますか」
「……」
「黒服さん」

 応答がない。

「すみません。ちょっと確認をしてまして」
「そうですか。で、どうします」
「あなたは乗り物酔いするほうですか」
「いえ、平気なほうです」
「そうですか。だったら」

 馬の嘶きが響いた。

「逃げましょう」

 現れた『首なし馬』に飛び乗るのと、『首なしライダー』が走り出すのはほぼ同時だった。

―完―

どう見ても浮気です本当にありがとうございます(作者が言うな

>>532
姦姦蛇螺ってポテンシャルが高いと思うんですよ
モンスター要素+巫女要素ですから

「乗馬するのは初めてですけど思ったより安定してますね」
「馬といっても『首切れ馬』ですから。本物とは違いますよ。それと跳ねるので気をつけてください」
「はい」

 一瞬、浮遊感が訪れた。

「舌を噛まないように」

 落下の衝撃が体に響く。

「大丈夫ですか」
「警告されましたから」
 
 体を預ける『首なし馬』は、足を休めることなく走る。
 止まったら殺されるから。

「『首なしライダー』にか」

 後方から、頭部のないライダーが乗るバイクが追いかけてくる。
 両手をハンドルから離しながら。
 よく見ると、十本の指先にワイヤーが付いているのがわかる。

「反撃に出ます」

 背後に座る黒服が、懐から拳銃を取り出した。
 すぐに構え、引き金を引く。
 夜の街に銃声が響いた。

「……」

 『首なしライダー』は、何事もなかったかのように走っている。

「いい反応ですね。ここまで強い『首なしライダー』は初めて見ました」
「あの個体は特別なんです。それと見えたんですか?」
「目はいい方なので」

 黒服の狙いは正確だった。
 本来なら、『首なしライダー』かバイクに銃弾が当たっていただろう。
 しかし、それは阻止された。

「ワイヤーで銃弾を切断なんて漫画以外で初めて見ました」

 ライダーから糸使いに名称を変更したほうがいい。

「私もあの個体くらいしか知りません。あと、また跳ねるので気をつけてください」

 再び、浮遊感が訪れた。
 下を見ると、一本のワイヤーが月光に照らされている。

「走りながらトラップを仕掛けられるって厄介ですね」
「厄介で済ませていいレベルを超えています」

 追いかけられてから、幾度もワイヤーのトラップを仕掛けられた。
 その度に、『首切れ馬』が跳ねたり、俺達が頭を引っ込めたりして躱していた。

「で、どうします」

 このままだとジリ貧になるのは確定だ。

「応援を要請します、と言いたいところですが正直厳しいです。あの個体に対応できて、尚且ついますぐ動ける人員とというのは心当たりがありません」
「でしょうね」

 いくら組織でも限界はあるだろう。

「あなたに何か策はありますか?」
「ありますよ」
「……即答ですか。一体、どんなものですか?」
「その前に試してもらいたい事があります。『首なしライダー』に、あと何発か撃ってもらってもいいですか」
「わかりました」

 銃声が続けて何発か鳴った。
 それでも、『首なしライダー』に変化はない。

「どうですか?」
「だいだいわかりました。で、作戦の内容ですが」

 黒服の耳に顔を近づけた。

「……確認しておきますが本当に大丈夫なんですね」
「はい」

 おそらくは。

「わかりました。では、十秒後にやりましょう」
「はい」

 風切り音とエンジン音だけが聞こえる。
 お互いに反発しているように。

「ズボンを頼みます」

 足に慣れた痛み。
 下半身の感覚が一気に増える。 

「気をつけてください」
「はい。じゃあ」

 六本の足で馬上に立つ。

「――行きます」

 垂直に跳躍した。
 六本足は伊達じゃない。
 すぐに、二本足では到達できない高度にまで上昇。
 下では、『首切れ馬』が先に進んでいき、『首なしライダー』が向かってくる。

「さて」

 『首なしライダー』のワイヤー捌きはかなりのものだ。
 正面から突破するのは難しい。
 だが、穴はある。
 さっきの動きを見てわかった。
 奴は、前後と左右しかワイヤーで迎撃できない。
 正しく言うと、それで十分だと思っている。

「そりゃそうだ」
 
 真上や真下からの攻撃などそうそうあるはずがない。
 そんな、滅多に来ないものを想定するくらいなら四方向に注意を向けたほうが効率的だ。
 首なしライダーが俺の真下に到達しようとしていた。
 その瞬間を狙う。
 右手に握る物を下に向けた。
 ごつごつとした握り具合と、腕を疲れさせるほどの重量を感じながら。

「終わりだ」

 引き金を引いた。

「銃を使えたんですね」
「前に、師匠の知り合いから教えてもらったんですよ」

 うちの組に入らないか、とも言われた。

「……どんな知り合いかは聞かないでおきます」

 黒服は、返却した拳銃を『首なしライダー』に向けている。 
 俺の銃弾は命中した。
 『首なしライダー』は、バランスを崩しそのまま転倒。
 ガードレールにぶつかった。
 今はもう虫の息で、仰向けに倒れている。

「どうするんですか、この『首なしライダー』」
「殺します」
「そうですか」

 黒服が引き金に手をかけた。
 その時。

「たすけて」

 か細い声が聞こえた。

「これ、『首なしライダー』の声ですか」
「おそらく、そうでしょう」

 口どころか頭がないライダーは助けを請う。 

「で、どうします」
「殺します」
「でしょうね」

 一発、銃声が鳴った。

「これで本当に終わりました」
「お疲れ様でした」
「いえ、巻き込んでしまいすいませんでした。あなたには関係がないのに」
「しょうがないですよ、あの状況じゃ。あと黒服さん」
「なんでしょうか」
「あの『首なしライダー』、元人間ですか」
「……気づいていたんですか」
「なんとなくは」

 『首なしライダー』だった物は、輝く粒子に変わり始めている。

「ええ、あの『首なしライダー』は元人間です。組織に所属していた契約者でした」
「道理で妙に強かったわけですか」
「はい、呑まれる前はやり手として活躍していたので」

 黒服は拳銃を懐にしまった。

「担当者は私でした」
「そうでしたか」
「……やはり、あなたは驚かないんですね」
「何にですか」
「昔、担当していた者をあっさりと殺したことについて」
「あの状況じゃあれが適切です」

 殺そうとしてくるのならやり返すしかない。

「相手が助けを求めたとしてもですか」
「戻れませんよ、あそこまで染まっていたら」
「わかっています。それでも、躊躇くらいはしたかった」

 実際は容赦なく撃ちましたが、黒服は自嘲した。

「皮肉な話です。都市伝説に強く飲み込まれた彼が助けを請い、ある程度人間らしさを保てている私は引き金を引いた。私は彼と違って思考ができるのに」
「だからこそじゃないですか」
「……そうかもしれませんね。だとしたら、この世で一番恐ろしいのは人間なのかもしれません」
「違いますよ」
「なら、なんだって言うんですか」
「蚊です」
「え?」
「人間を一番多く殺しているのは蚊だそうです。二番目が人間です」
「よく知ってますね、そんなこと」
「テレビで見たので」
「でも、私は人間が一番怖いです。そして、自分自身が何よりも怖い」

 人それぞれ意見は違うだろう。

「都市伝説は人を襲います。が、その都市伝説を生み出すのも人間です」
「全人類が間接的に同族殺しをしていると言いたいんですか」
「はい、飛躍しすぎている気はしますが。この言い方が一番わかりやすいと思いませんか」
「確かにわかりやすいですね。一部が文句を言いそうですが」
「言わせておきましょう。ここまで聞いてもあなたは蚊が怖いと言うんでしょうね」
「海外の蚊は強力みたいですから。それと、俺は人間が好きですよ」
「……なぜですか。できれば理由を聞かせてください」
「だって――」

 ハムサンドを食ったのに腹が減ってきた。
 戦闘をしたせいだ。

「人間にしかフライドチキンは作れませんから」
「…………ふふ」

 含み笑いを黒服はした。

「この場面でそれを言いますか」
「おかしいこと言いましたか」
「おかしいというか何というか。あなたらしい答えだとは思いますけど。でも、そうですね。結局はそんな答えに終極されるのかもしれませんね」

 彼女は、ついに声を出して笑い始めた。

「ありがとうございます。少し吹っ切れることが出来ました」
「それはなによりです」
「思い出すこともできました、私にとってのフライドチキンを」
「何の料理ですか」
「秘密です」

 なぜか、『首切れ馬』が嘶きを上げている。

「じゃ、俺はこの辺で」
「送っていきますよ、迷惑をかけましたし」
「事後処理はいいんですか」
「後で同僚とやります」
「なら、お言葉に甘えて」

 本日、二度目の乗馬体験をしながら帰宅した。
 機嫌のいい黒服と会話をしながら。

―完―

だいぶ荒めの出来上がり

「お前、今日から三代目な」

 一年前、師匠にそう宣言された。

「いきなりですね」
「いや、前から決めてた」
「それ、初めて聞いたんですけど」
「言ってなかったからな。そもそも、お前にしかこの喧嘩殺法は教えてない」

 俺は足技のみの喧嘩殺法を習っている。
 元々、ある喧嘩師が使っていたもので師匠がそれを受け継いだらしい。
 なので、師匠は二代目を名乗っている。
 
「師範代にも教えたらいいじゃないですか」
「あいつはダメだ。俺の息子なのに短足だ」

 師匠の本業は空手家だ。
 道場を経営しているが、今はもう息子である師範代に任せきっている。

「じゃあ、道場の門下生にでも」
「駄目だ駄目だ、こんな荒っぽいもの教えられるか」
「弟子の前でよく言いますね」
「いいんだよ、お前は。直弟子だし」

 道場に俺は所属していない。
 空手は習っていないからだ。
 施設はよく利用している。

「そこまで嫌がらなくてもいいだろ。むしろ喜べ」
「俺は稽古が好きだから続けているだけですよ」
「そんなマゾ野郎はそうそういねえよ。資格としては十分だ」
「不十分です」

 こういうのは、やる気のある奴に任せればいい。

「とにかく、今日からお前は三代目だ。覚えとけ」
「忘れておきます」

 実際、今日この瞬間まで忘れていた。

「お前が三代目だな」

 朝のジョギング中、見知らぬ男に問い詰められるまでは。

「人違いだ」
「白切るなよ。裏付けは取ってあるんだ」
「誰から」
「お前の師匠から」

 この後、文句を言いに行こう。

「で、どこの流派だ」

 三代目、と俺を呼んだことから武術家なのは疑いようがない。
 
「ふん、言ってもわからねえと思うぞ」
「ならいい」
「……いや聞けよ! 漫画なら聞くだろ」
「現実だしな」

 そもそも興味がない。

「いいか! 俺の流派は狼牙拳だ!!」
「ふーん」

 聞いたことがない流派だ。
 狼牙風○拳なら知っている。

「で、ヤ○チャが何の用だ」
「その呼び方やめろ! 結構気にしてるんだからな」

 繊細な奴だ。

「武術家が武術家のところに来たんだ。やることは一つだろ」
「俺は武術家じゃないけどな」

 師匠曰く、喧嘩師らしい。

「やるなら場所を変えるぞ。橋の下でいいか」
「ああ、人目がない場所ならどこでもいい」
「わかった」

 正直、めんどくさいが仕方ない。
 今逃げても、また挑まれることは予想できる。

「ここだ」

 河川敷を走っていたので、目的地にはすぐに着いた。
  
「確かにここなら人目はないな」
「油断はできないけどな」

 通報されたくはない。

「安心しろ。さっさと終わらせる」

 ヤム○ャは構えを取った。
 両腕を前に突き出し、脚を広げる。
 癖のない構えだ。

「こっちもそのつもりだ」

 俺も構えを取る。

「……随分と変わったスタイルだな。腕は使わないのか」
「使えないんだ」
「まあ、なんでもいいや。そろそろ始めようぜ!!」

 言い終わると同時に、ヤム○ャは踏み込んできた。
 そこらの格闘家より速い。
 
「速いな」
「じゃねえと挑んだりしねえよ!」

 迎撃の準備をしようとした時だった。

「ちょっと待て」
「は?」

 約束を思い出したのは。

「やっぱり、今日は無しだ」
「は!?」
「そういえば、出かける予定があったんだ」

 恋人とデートをするよう、カンさんに頼まれていた。
 そんな日に闘う訳には行かない。

「じゃあ、また明日にでも」
「おい、待てよ! お前、それでも男か!!」
「性別上はな」
「……この野郎。人をおちょくりやがって」

 瞬間、ヤム○ャが眩い光に包み込まれた。

「嫌でも闘ってもらうぞ!」

 光が消えると、ヤムチャの姿は変貌していた。
 全身から灰色の毛が生え、手足には鋭い爪が。
 何よりも頭部が獣のものとなっていた。

「『狼男』と契約しているのか」
「ああ、そうだ! 聞いた話だと、お前も契約者らしいから遠慮はしねえぞ!!」

 再び、『ヤムチャ』が突っ込んできた。
 先程とは比べ物にならないほどの速度で。

「しょうがない」

 六本足になるためズボンを脱ぐ事にする。
 長い戦いになりそうだ。

「大丈夫か! サンダース!!」

 予想はあっさりと覆った。
 突然現れた第三者と水の束によって。

「なっ!?」

 ヤムチャは、自分へと向かってきた放水を躱した。
 いい反応だ。
 かなりの水量だったが当たらなければ意味がない。
 まともに当たっていたら吹き飛ばされていただろう。

「だ、誰だ!」
「こいつのダチだ!」
「嘘をつくな」

 第三者ことヒーローに文句を言う。
 いつの間にか隣に並んでいる。

「なんで、ここに」
「いや、ジョギングしてたらたまたま。それより、怪我はないか」
「大丈夫だ」

 闘いはまだ始まってすらいない。

「部外者が邪魔をするな!!」
「悪いがそうはいかない。サンダースは用事があるそうだ。今日は止めにしてくれ」
「ここまで来て水に流せるか!!」

 ヤム○ャは引く気がないようだ。
 ヒーローは、悩む表情をしたが、すぐにある提案をした。

「なら、代わりに俺が戦うってのはどうだ」
「お前が?」
「ああ。俺も契約者だから条件は同等だ。で、俺が負けたらサンダースとお前が戦う」
「……お前、何か齧ってるか」
「空手をやってる」
「ふん、空手か」

 ヤム○ャは鼻で笑った。

「いいぜ、やってやる。ちょうどいい練習台だ」
「あんまり舐めるなよ。で、サンダース。これでいいか?」
「ああ、頼む」

 借りを作るのは癪だが今回はしょうがない。

「それとサンダース」
「なんだ」

 ヒーローが顔を近づけてきた。

「彼女は大事にしろよ」
「気づいてたのか」
「まあな。俺もデート前は気をつけてるし」

 勘のいい奴だ。
 ヒーローは俺から離れると、ヤム○ャの正面に立った。

「ルールは合った方がいいか」
「いらねえよ。入院しない程度で済ませるってだけでいい」
「わかった。それと始める前に教えてやるよ」
「なんだ?」
「俺の契約都市伝説を。お前が晒してるからな」

 そう言うと、ヒーローは地面に向け拳を放った。

「ぐ!?」

 瞬間、大量の土埃が宙に舞う。
 目と鼻が苦しい。

「ちっ、なんつー馬鹿力だ!」

 土埃が消えた時、地面は大きく凹んでいた。

「さっきの水といい、お前の都市伝説はあれか」
「ああ、予想通りだ。正し、俺のはミイラだけどな」
「ミイラ?」

 ヒーローは胸を張った。

「俺の契約都市伝説は『河童のミイラ』だ」
「ふん、そんなことどうでもいい。要は『河童』と同じような能力なんだろ」
「完全に同じだと思っていいぜ」
「そうか。まあ、少しは歯応えがありそうだ!!」

 挑発を合図として、両者は動き出した。

―完―

細かいミスが滅茶苦茶多いけど気にしないでね(オイ
推敲はもっと時間をかけてするべきだった

「あなたに恨みがあると思われる人物達を当たってみましたが成果はありませんでした」
「そうですか」

 『首切れ馬』の黒服は結論を初めに言った。
 彼女と会うのは久しぶりだ。

「中には契約者もいましたが、『獣の数字』とは似つかないものばかりでした」
「役に立てなくてすみません」
「いいんですよ、私が言い出したことなので」

 『首切れライダー』に襲われた夜。
 俺は彼女に捜査の協力を要請された。
 内容は情報提供。
 俺に恨みを持つ人物を教えて欲しいというものだった。
 理由は、その中に『獣の数字』の契約者がいるかもしれないから。
 実際は空振りだったが。
  
「……それにしても、あなたはよく人に恨みを買いますね」
「向こうから売ってくるんですよ」
「売り手が多すぎます」

 テーブルの上に、黒服は紙束を載せた。
 ちなみに、今夜も前と同じ喫茶店に来ている。

「かさ増ししてませんか」
「する余裕がありません。……それで一つ聞きたいことがあるんですが」
「何ですか」
「この男についてです」

 一枚の紙を黒服に突きつけられた。
 人相の悪い男の写真が載っている。

「ああ、この人ですか」

 この男も俺に恨みを持つ一人。
 今は刑務所の中だ、脱獄していなければ。

「懐かしいですね」
「犯罪者の顔を見てその言葉はどうかと思います」
「気にしないでください」
「無理です、調べて驚きましたから。一体、どういう経緯で関わったんですか」
「修行の一環で捕まえろと言われて」
「……無茶苦茶ですね、あなたの師は」

 黒服は溜息をついた。

「連続殺人犯と対峙させるなんて」

「満月の夜は人を殺すべきだと思わないかい?」

 男は微笑んだ。
 日本刀を片手に握りながら。

「いや、月見うどんを食うべきだ」
「それもいいね、僕は生臭い赤ワインの方が好きだけど」
「健康に悪い」
「不健康なくらいがちょうどいいんだよ」
「大人だな」
「君と違ってね」

 周りには人気が全くない。
 深夜なのだから当然だ。

「で、子供な君は何をするつもりだい?」
「大人に押し付けられた課題をこなす」
「へえ、具体的にどうするの?」
「目の前の殺人犯を蹴り倒して通報する」
「それは大変だ」

 男の持つ日本刀が赤く光った。

「殺人犯は『村正』と契約しているよ」
「切れ味が良さそうだ」
「骨もさくさく斬れるよ」

 俺は脚を開く。
 男は『村正」を構える。

「蹴り倒す」
「斬り殺す」

 お互い踏み込んだ。

「その後、初発の飛び膝蹴りで相手が沈みました」
「……随分あっけないですね」
「鍛えていない肉体だったので。剣術も能力によるものでしたし」

 付け焼刃は付け焼刃でしかない。
 
「ちなみに、脱獄していませんでしたか」
「いえ、刑期を受け入れていましたよ」
「そうですか」

 元契約者なので頭数に入れていたが杞憂だったらしい。
 それにしても――。

「この卵サンド美味しいです」

 ふわふわの食パンに濃厚な卵。
 食材にこだわりをもっていることがわかる。

「……あなたはマイペースですね」
「そうですか」
「そうですよ。まあ――」

 黒服は微笑した。

「好きですよ、あなたのそういう所」

―完―

「二月十四日ですね、六本足さん」
「二月十四日だな、カンさん」

 自宅の居間、俺とカンさんは茶飲み話をしていた。

「今年はチョコレートの売り上げが減っているらしいですよ」
「十四日が土曜日だからか」
「はい、義理チョコを渡さなくて済むので。そのかわり、自分へのご褒美チョコが流行っているとか」
「どっちにしてもチョコは買うんだな」
「女性とスイーツは切り離せないんですよ」

 コーヒーを口にする。

「で、六本足さん。あなたの場合は、恋人から本命チョコが貰える訳です」
「ラッキーだ」
「ええ、ラッキーですね。ですが、幸運が強すぎます」

 カンさんは溜息をついた。

「契約者さんは昨日からかかりっきりでチョコレート菓子を作っています。超大作ですよ」
「食いごたえがありそうだ」
「ありすぎて食べきれませんよ」
「カンさんも食べればいい」
「……本命チョコですよ?」
「みんなで食べたほうが美味しい」
「正論ですけどこの場合は当てはまりません」

 玄関のチャイム音が鳴った。
 おそらく恋人だ。  

「完成したみたいだな」
「……そうですね」
「腹でも痛いのか、カンさん」
「昨日、茶色の山を見たので」

 足音が居間に向かってくる。
 恋人には鍵を渡してあるので自分で開けたのだろう。

「六本足さん、先に渡しておきます」
「ん」

 カンさんに包装された箱を渡された。

「契約者さんの材料を少しお借りして作りました。クッキーです」
「悪いな」
「あなたとはいい関係を築きたいので」

 廊下と居間を繋ぐ扉が開こうとしていた。

「契約者さんのために」

―完―

バレンタインデー?
いえ、知らない子ですね(現実から目を逸らしながら)

 俺は年相応の外見をしている。
 童顔でも老け顔でもなく、背も低くない。
 なので、年齢を確認されるということは今までなかった。

「六本足さん、あなたは十六歳ですよね」

 こうして、カンさんに問われるまでは。

「高一だからな」
「留年もしていませんよね」
「したら殺される」

 母親に。

「なるほど、なるほど」
「質問はそれだけかか」
「いえ、もう一つあります」
「どうぞ」
「あなたが十六歳だということはよくわかりました。だったら、なぜ――」

 居間のテーブル上に置かれたそれを、カンさんは手にとった。

「日本酒を普通に飲もうとしているんですか」
「カンさんと一升瓶似合うな」
「元巫女ですから。……話をずらさないでください」
「思ったことを言っただけだ」
「だとしたら、余計タチが悪いです。私が言いたいのは、未成年のあなたが飲酒をしてはいけないということです」
「酒は十二歳からいいって師匠が言ってた」
「そんな言葉を間に受けないでください」
「ちなみに、その日本酒も師匠からもらった」
「……一回、師匠さんとはゆっくりお話をしたほうが良さそうですね」
「カンさん、落ち着いて! お酒を飲んでいないのに顔が真っ赤だよ!! あと目が怖いよ!」

 家から出ていこうとするカンさんを恋人が引き止める。
 彼女がこういう行動をするのは珍しい。

「ロク君もカンさんを止めるの手伝って!」
「師匠は女に弱いからそこを狙え」
「まさかのアドバイス!?」

 数分後、カンさんは落ち着きを取り戻した。

「……すみません、契約者さん。つい取り乱してしまいました」
「別にいいよ。いつも、私が迷惑をかけているし」
「本当にすみません」
「だからいいって。ねえ、ロク君」
「ああ」
「六本足さん……」
「じゃあ飲むか」
「ちょっと待ってください」

 グラスを握った腕を六つの手で掴まれた。 

「だから飲んではいけません」
「別に初めてじゃないしな」

 師匠に勧められて幾度も飲んだことがある。

「余計に駄目です。そもそも、お酒をもらっても自分で飲もうとしないでください。お母様に渡したらいいじゃないですか」
「うちの母親はビール党だ」
「だとしてもです」
「まあまあ、カンさん」

 恋人が間に入った。
 すぐにカンさんが、申し訳なさそうな顔をする。

「すみません、契約者さん。また取り乱してしまいました」
「いいよいいよ。でも、もうちょっと落ち着いて話をしよう。らしくないよ」
「……はい」 
「ということで、ロク君。私も飲んでいい?」
「契約者さん!?」
「別にいいぞ」
「六本足さん、グラスを用意しようとしないでください!」

 立ち上がり台所に向かう。
 貰い物のグラスがあったはずだ。

「ちょっと六本足さん!」
「カンさん、ごめん。今回だけは許して」
「そういう訳には『お酒のどさくさ』契約者さん?」
「よくある話だよね。酔っ払って一線を越えるっていうのは」
「……まさか」
「これはチャンスなんだよ、カンさん。私を大事に扱い過ぎているロク君と契りを交わすための」
「でも、そのやり方は」
「これしかないんだよ、私とロク君が本当の意味で結ばれるには」
「グラス、これでいいか」

 居間に戻ると、二人が真剣な顔で見つめ合っていた。
 大事な話でもしていたのかもしれない。

「うん、ありがとう。それじゃあ――」

 恋人は笑顔で言った。

「飲もうか」

「寝たな」
「寝ましたね」

 カンさんは、寝転がっている恋人に毛布を掛けた。 

「予想は出来ていましたけどね」
「だったら、なんで止めなかったんだ」
「……私は彼女の従者にすぎないので。出過ぎた真似はしませんよ」
「そうか」

 恋人が静かな寝息を立てる。
 聞いていて心地いい音だ。

「カンさんは強いんだな、酒」

 空になった一升瓶を手に取る。
 恋人が早々に潰れた後、カンさんも飲んだ。
 しかし、顔は赤くなっていない。

「元巫女ですから。あと六本足さん」
「なんだ」
「台所に契約者さんのグラスを取りに行った時、何をしていたんですか」
「気づいてたか」
「はい、なんとなく。答えを教えてもらってもいいですか?」
「ちょっと待ってろ」

 台所からそれを取ってくる。

「なるほど」

 カンさんの言葉を聞きながらテーブルの上に置く。
 飲み干した牛乳瓶を。

「牛乳を飲むと悪酔いや二日酔いを防げる、有名な話ですね」
「ああ」
「でも、俗説ですよ」
「知ってる、前にテレビで見た」
「なら、なぜ」 
「この牛乳の場合は本当に効果があるんだ」
「……まさか」

 俗説を実現している、都市伝説の能力によって。

「『酒を飲む前には牛乳を飲むと良い』、都市伝説化していたんですね」
「大分前からな」

 師匠の行きつけの酒屋。
 そこの店主は、『酒を飲む前には牛乳を飲むと良い』と契約していて、裏でこの牛乳を売っている。
 師匠もお墨付きをつけている一品で、酒を貰う際に一緒に渡された。

「便利な品物ですね」
「ああ、これさえ飲んでおけば明日のことは心配しなくていい」
「……そんな便利なものをどうして一人で飲み干したんですか」
「義理がない」

 恋人は酒を飲みたいと自分の意志で言った。
 なら、必要以上に世話を焼く必要はない。

「厳しいですね」
「普通だ」
「……そうかもしれません」

 それっきり、カンさんは黙った。
 テレビの音と恋人の寝息だけが室内を満たす。

「今夜」

 番組が変わった頃、カンさんは口を開いた。

「契約者さんを泊めてくれませんか? 彼女のお父様に見られたら大変なので」
「最初からそのつもりだ」
「こっちの義理はあるんですね」
「恋人だからな」

 この後、帰ってきた母親は特に何も言わなかった。

―完―

「まだ終わらないのか」

 隣の席に座る同僚はそう話しかけてきた。

「『獣の数字』の契約者を追ってだいぶ経つだろう」
「ええ、そうですね」

 彼の言うとおり、この案件に関わってもう数ヵ月だ。
 解決の糸口は未だ見えない。

「他の事案も並行しているんだし一旦諦めたらどうだ?」
「そういうわけにはいきません」

 都市伝説を悪用する人間を野放しにするわけにはいかない。
 
「資料を見たが死人は出ていないんだろう? だったら、後回しにすればいい。俺達は暇じゃないんだから」
「……確かに死人は出ていません」
「だろう」
「ですが地獄は生まれています」
「は?」

 『獣の数字』の契約者。
 彼もしくは彼女は能力を使い、人々を不幸に陥れている。
 ある者は、経営する店で食中毒を引き起こされ倒産の危機に陥った。
 ある者は、自転車事故を誘発され多額の借金を背負った。
 ある者は、借りている部屋で小火を起こされ賠償させられた。
 確かにどの件でも死者は出ていない。
 しかし、被害者は生き地獄を味わっている。
 犯人から笑われながら。

「私は許せません、この犯人を」

 拳銃をショルダーホルスターに入れ席を立つ。

「……相変わらず熱血漢だな」

 同僚の言葉を聞き流し、今日のスケジュールを確認する。
 『獣の数字』の件はもちろん、他の事案についても動かなければいけない。
 しかし、その前に行く場所があった。

「……あんたか」 

 裏口から入った私に、元『ミミズバーガー』の契約者は露骨に不機嫌な表情を見せた。
 朝の早い時間帯のため、厨房に彼以外の人間はいない。

「お久しぶりです」
「何の用だ、あんたは監視役じゃないだろ」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、なんで」
「あなたに聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「はい」

 早速、本題を切り出すことにした。

「監視役から聞きました、あなたの仕事に対する熱心ぶりを」

 監視役の黒服は不思議そうに語っていた。
 なんで、あんな真面目な人間が『ミミズバーガー』を作っていたんだろうと。

「そうかい。で、それがどうした?」
「聞きたくなったんです。そんなあなたが『ミミズバーガー』を販売していた理由を」
「……聞いてどうするんだよ」
「どうもしません。ただ知りたいだけです」

 一人の黒服として。

「本当にそれだけか」
「はい」
「……」

 彼は腕組をしたまま口を閉ざした。

「……」
「言わなかったからといって監視が重くなったりはしま『あんた』はい」
「……ミミズ肉を食ったことはあるか」
「いえ、ありません」
「だろうな。俺も初めて食ったのはたった一年前だ」
「あなたも口にしていたんですか」
「味のわからないものを客に出せるか」

 その顔はプロ独特のものだ。

「初めて食ったときは流石に緊張したよ。ゲテモノは嫌いじゃないがミミズなんて食ったことなかったからな」
「味の方はどうだったんですか」
「……うまかった、牛肉や豚肉なんて目じゃないほどに。その後、カロリーも調べてみたら驚く程に低かった。感動した、こんな食材が世界にあったなんて。だから――」
「もっと沢山の人に食べてもらいたいと思った」
「ああ。勿論、やましい気持ちもあった。ミミズ肉は『ミミズバーガー』の能力でいくらでも生み出せる。だから、材料費を減らせるって」
「なるほど」

 厨房に光が差し込み始めた。
 店主の持つ包丁が煌く。

「わかりました。では、これで」
「……本当にこれを聞くためだけに来たのか」
「はい」

 裏口のドアに手をかける。

「私にはその責任があるので」

「お疲れ」
「お疲れ様です」

 隣の同僚に挨拶を返し、自分の席に座る。

「今日はどうだった」
「どの事案も大した進展はありませんでした」
「こっちもだ」
「そうですか。……でも」
「でも?」
「いいこともありました」
「ふーん。そりゃ、幸いだ」
「はい」

 会話をやめ、キーボードに手を掛けようとした時だった。
 ポケットの携帯が振動を始めたのは。
 取り出してみると電話だった、すぐに出る。

「はい、もしもし。はい、……え? わかりました。これから、私も向かいます」
「おい、どうした」

 立ち上がった私に同僚が声をかけた。

「火事です」
「火事?」
「はい、例のハンバーガーショップが」
「……それって、あの『ミミズバーガー』の店か」
「はい」
「でも、なんでわざわざお前が行く必要が『見つかったんです』え?」

 焦る気持ちを抑えながら答える。

「焼けた店内から六六六が」

―完―

「子供の頃傘持ってジャンプとかしたよね」
ざあざあ、ざあざあ。ざあざあ、ざあざあ。雨が降っている。学校の屋上に、傘をさした少女が一人。
屋上は弁当を食べたり、黄昏たりする場所であるというイメージがある。いくら傘をさしているとはいえ、本来雨の日に行く場所ではない。
しかしそこには確かに少女が居た。傘をさした少女が居た。ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、長靴で水たまりを踏みながら歩いていく。
 そして。次の瞬間―――

 「え~いっ!」
傘をさしたまま――――少女は飛び降りた。屋上から飛び降りた。
コンクリートから足を離した少女の身体は、そのまま地球の重力に従って、真っ逆さまに―――

―――落ちなかった。何ということだろう。その少女の身体は、ふわふわと。ふわふわと、宙を舞っているではないか!
背にパラシュートを背負っているわけではない。天使のような翼が生えているわけではない。
あるものと言えば、手に握った傘ひとつ。にもかかわらず、少女の身体はふわふわしていた。
 「やっぱり気持ちいいなあ、雨の日の空の旅!」
少女の名は傘松 小雨(かさまつ こさめ)。小学生である。黄色い傘が可愛らしい。
 「こんな~雨の日は~ヘリとか~鳥とかもいないし~。雨空は~私だけの~フリ~ワ~ルド!」
傘を差すだけで宙を舞っている。その異常性だけで気づく人は気づくだろうが、彼女は都市伝説契約者である。
彼女の契約都市伝説、それは『傘をパラシュート代わりにできる』。星のカービィなんかでイメージが付いたのだろう。
我々は子供のころ、傘を差して飛び降りるとパラシュートのようにふわふわ舞い降りることができると信じていた。
それが形になった、その『子供たちの夢』から生まれた都市伝説。それが『傘をパラシュート代わりにできる』である。
 「地面ならともかく~、こ~んな雨の日に空飛んでる都市伝説なんていないだろうしね~」
言いながら、少女はふわふわ空を舞う。雨音をBGMに、空を舞う。
 「あっ、そろそろ地上かぁ。しょうがない、また昇り直……」
その瞬間、びゅん、と何かが飛んでくる。器用に位置を変え、小雨はそれを間一髪躱した。
 「なんなの~、も~……」
呟き、地上に足を付ける。何が飛んできたかは分からないけど、危ないじゃない。気を付けてよね―――と、思っていると。
 「きゃっ!」
躱したはずの『それ』が戻ってきて。小雨の小さな体を突き飛ばした。
 「ひっひっひっ」
飛んできた何かは不気味に笑う。動きを止めたことでその正体が露わになった。老婆だ。
 「何~、何なの~?」
 「こんな雨の日に出歩くなんて危ないじゃないかい」
 「そんなこと~、聞いてないんだけど~?」
 「暗くて誰もいない時に一人で出歩くだなんて……私達に襲われたいって言ってるようなもんだよぇ!」
言いながら、老婆は腰を曲げ、小雨めがけて飛びかかる。
 「当たらないよ~? 何なのお婆さん?」
しかし、小さな体躯を生かしてすらりと躱す小雨。
 「やっぱり子供は子供。甘いねぇ!」
二度も同じ手に引っ掛かるだなんて――――言いながら、老婆は戻ってきた
 「んぐっ……!」
クリーンヒット。小さな体に老婆一人分の体重は大ダメージとなり得る。
 「何で……羽根もないのに~……。いや~……そっかぁ~」
苦しそうにしながらも立ち上がり、小雨は言う。
 「『ブーメラン婆』~! だから避けても避けられなかったんだぁ~~!」
 「ひっひっひっ、ご名答。子どもにしちゃ賢いじゃないか」
 「どうしてこんなことするのよ~。人が気持ちよ~く飛んでるときに~」
 「ひっひっひ、都市伝説(わたしたち)が人を襲うのに……理由が必要かい?」
 「あはは~、そりゃそうだ~!」
言いながら、小雨は飛び退き『ブーメラン婆』と距離を取る。

 「逃げるつもりかい? 無駄だよ、遠距離(それ)は私の間合いだ!」
『ブーメラン婆』はその名の通り、ブーメランのように回転しながら、小雨めがけて飛んでくる。
 「逃げる? ちがうよ~?」
その瞬間、強い風が吹いた。こんな天気だ、風くらい吹くだろう。しかし―――それが何だというのだ?
 「戦うつもりかい? でも残念! 私はこの程度の風、物ともせず飛んで行ける!」
一方お前さんの得物は傘じゃないかい。突風の中じゃまともに傘なんか差せない。
どうやら天は私に味方したようだね!言いながら、『ターボ婆』は飛んでくる。
確かにそうだ。この状況、普通なら圧倒的に小雨の不利。
 「違うよぉ~? 天運はどうかしらないけど~……天気はいつでも、私の味方なの~」
そう、あくまで普通なら。普通も常識もないのが都市伝説や契約者の戦いだ。
『ターボ婆』の身体は風にあおられ、地面にたたきつけられた。
 「ぐえっ……! お前、何をしたんだい!?」
 「『何をした』~? おかしなことを聞くんだね~? 貴女は風に吹き飛ばされ落っこちた。それだけでしょ~?」
 「そんなわけあるかい! 私が吹き飛ばされるくらいの風なら、お前が吹き飛ばないわけがない! お前、契約者だね!?」
都市伝説の力で風を起こしたんだろう!? と、『ターボ婆』は吠える。
 「さぁ~? ど~だろ~ね~?」
間延びした声で、小雨は答える。しかし、質問には答えない。
 「なめんじゃあないよっ、ガキめ!」
『ターボ婆』は体勢を立て直し、再び飛びかかろうとする。しかし、それは叶わない。
 「全く~、大きな声をあげるものじゃ~ないよ~? お婆さん。血管切れますよ~?」
頭では冷やしたらどうです~? と小雨が言うのと同時に、『ターボ婆』の頭上に滝のような鉄砲水が降り注いだからだ。
 「ごぽごぽ! げほっ、げほっ! やっぱり……契約者!」
恐らくは水や風……つまり、嵐を操る能力! 『ターボ婆』は推理する。
 「残念だけど~、お婆さんに勝ち目はないよ~?」
 「言ってろ!」
と吠えてみるものの、しかしその通りだ。ターボ婆は本来雨の日の都市伝説ではない。
嵐という、最上級の悪天候を操る能力者への対抗法を持ち合わせていない。
しかし――――
 「あれ~~~?」
心なしか、雨足が弱まってきた? いや、気のせいではない。確かだ。なぜなら――――
 「ひっひっひっ、どうやらやっぱり、天は私に味方しているようだねぇ!」
突如雨が上がるばかりか、雨雲も晴れ上がったからだ! これ幸い、と『ターボ婆』は反撃の体勢に入る。
 「だ~か~ら~、言ったでしょ~? 天運はともかく、天気はいつでも私の味方だって~」
言いながら少女は『ターボ婆』に傘を向ける。傘に付いた水滴が日光を反射し――――
 「うぎゃああああああああ!」
ビームのように、『ターボ婆』を焼いた。
 「何……『嵐を操る能力』じゃあないのかい……?」
 「嵐を操る~? そ~んな怖い能力、私が持ってるわけないじゃな~い」
私はただ、天気を味方に付けるだけだよ~? 言いながら、少女は指鳴らそうとする。
が、鳴らない。すっ、となるだけである。
 「う~~~~……」
可愛い。
しかしその可愛さと裏腹に、能力はしっかりと働いていて。
天から降り注ぐ光が、『ターボ婆』を焼き尽くした。
 「まさか~……私の持ってる傘がただの傘だとでも思ってたのかな~?
答え合わせしてあげるね~。『幽霊傘』。それが私の、もう一つの契約都市伝説だよ~」
その声に答えるように、傘は―――否、『幽霊傘』は目と口を開き、ぺろりと舌を出す。
 『幽霊傘』。『唐傘お化け』の類話の妖怪であり、突風の日に人を空へ巻き上げてしまう。
契約によって得た能力は、『天気の影響の超強化』。
即ち風であらゆるものを吹き飛ばし、雨を鉄砲水に変え、日光を熱光線に変える。そんな能力。
 「屋外で私に勝負を挑んだのが~、貴女の敗因だよ~? な~んて、聞こえてるわけないか~」
そう呟き、少女は踵を返す。
 「あ~あ、晴れちゃった。スカイダイビングはおしまいだね~。しょうがない、帰ろ~」
空はすっかり晴れたけど、小雨は相変わらず傘を差し。長靴で水たまりを踏みながら、ちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷ、家に帰るのであった。


               続く


六の人乙です!
エタはよくない、私も書かなきゃ……

saga忘れてたけど大丈夫かな……

「元『ミミズバーガー』の店が『獣の数字』の契約者によって燃やされました」

 『首切れ馬』の黒服は、携帯電話越しにそう告げた。

「幸い、怪我人はいませんでした。……店は全焼しましたが」
「どうして、『獣の数字』の契約者の犯行だとわかったんですか」
「焼け跡から六六六が見つかりました。まず、間違いないでしょう」
「そうですか」

 物騒な話だ。

「ところで黒服さん、一つ言っておきたいことがあります」
「なんでしょう」
「今、コンビニからの帰り道なんですけど」
「はい」
「『獣の数字』に操られた都市伝説に襲われてます」
「……え?」
「それじゃ」

 通話を続けるのはそろそろ限界だった。
 電話を切りポケットにしまう。

「お話は終わったみたいね」
「ああ」

 返事をするより前に、都市伝説こと『口裂け女』は飛びかかってきた。
 額に刻まれた六六六を光らせて。
 右手に持った手斧を振り上げながら。
 
「だったら死になさい」

 重量を感じる音を出しながら、斧が振り下ろされる。
 中々の速度だが、隙が多い。
 体を右に逸らすことで躱し、中段蹴りを放つ。

「そうはいかないわ」

 蹴りを中断し、後ろに下がる。
 理由は単純。

「助かったわ、私」
「油断大敵よ、私」

 何もないところから、『口裂け女』がもう一人現れたからだ。
 新しく出てきた個体は、出刃包丁を持っている。

「『口裂け女』の姉妹か」

 有名な話だ。
 それを元に数が増えたのだろう。

「違うわ、私は私でしかない」
「そうよ、私の言う通りだわ」
「私がゲシュタルト崩壊しそうだ」

 彼女らは、自分達を同一存在だと思い込んでいるらしい。
 どうでもいい話だ。

「重要なのは」

 背後から微かな殺気。
 ちらりと後ろを見ると、そこには三人目の『口裂け女』が鋏を持って佇んでいた。

「口裂け女は三姉妹だということ」

 前方には二体の『口裂け女』。
 後方には一体の『口裂け女』。
 あまり良くない状況だ。

「私が現れたわ」
「私が揃ったわ」
「私が囲んだわ」
 
 口裂け女達は、それぞれの得物を構えた。

「与えましょう」
「与えましょう」
「与えましょう」

 こっちも準備をするとしよう。
 足に慣れた痛み。
 いつものように、足が四本増える。

「死という不幸を」
「死という不幸を」
「死という不幸を」

 『口裂け女』達が一斉に走り出した。
 額に刻まれた六六六を赤く光らせながら。

「急ぎすぎだ」

 伝承通り、『口裂け女』達は瞬足だ。
 あっという間に距離を詰めてくる。

「切り裂いてあげる」
「切り刻んであげる」
「切り乱れてあげる」

 好き勝手なことを言いながら、彼女らは襲いかかってきた。
 それに対して、取る術はただ一つ。

「なっ!?」
「えっ!?」

 六本の足による迎撃。
 手始めに、前列の両足で二体の手首を蹴り上げる。
 しっかりと、握っていなかったのだろう。
 宙に手斧と出刃包丁が舞い上がった。
 次に、中列の両足で二体に前蹴り。
 確かな手応え、二体が微かに後ろに下がる。
 その隙に、落ちてきた手斧と出刃包丁を掴む。
 凶器は確保しておいたほうが後々楽だ。

「よくも!」

 振り返り、三人目の『口裂け女』に中段蹴りを加える。
 前列の両足で交互に。

「ぐ!?」

 動きが怯んだ瞬間を狙い、中列の右足で前蹴り。
 駄目押しをするため、前列の左足で上段蹴りも叩き込む。
 よろめく『口裂け女』、手から鋏がこぼれ落ちた。
 すかさず、鋏を遠くに蹴る。

「物騒なものは遠ざけておくに限る」

 背後を見ると、二体の『口裂け女』が距離をとり始めていた。
 目の前の口裂け女もだ。

「どうした、綺麗に切断するんじゃなかったのか」
「そ、そうよ!」
「ここからが!」
「反撃の時間!」

 そう言っているが、『口裂け女』達は動こうとしない。
 時間だけが過ぎていく。

「しょうがない」

 俺から行くとしよう。
 取り敢えず、前方の個体を始末しようと一歩を踏み出す。

「――見つけた」

 謎の声が聞こえたのはその直後だった。
 同時に、突風が吹く。

「だ、誰の声!」
「と、突風が!」
「落ち着い」

 三人目の『口裂け女』の声はそこで途切れた。
 当然だ。

「喋ることができなくなったんだから」

 路上に、球体が転がった。
 その近くで、奇形のイタチが毛づくろいをしている。
 真っ赤に濡れた体で。

「『鎌鼬』か」

 背後から悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、知り合いと体格のいい男が二体の『口裂け女』を殴り飛ばしていた。

「ヒーロー」
「よっ、サンダース。助太刀するぜ」
「頼んだ覚えがない」
「そう言うなって。契約者は助け合いだろ」
「勝手に決めるな」

 ヒーローの手のひらから大量の水が噴射された。
 よろめいていた二体の口裂け女に直撃、派手に吹き飛ばす。

「それとサンダース。後で聞きたいことがある」
「なんだ」
「この六六六が刻まれた『口裂け女』についてだ」
「俺が知るか」
「嘘つけ、仲のいい黒服から聞いたぞ。『首切れ馬』の黒服と『六本足』の契約者は、特別な情報を握っている可能性があるって」
「聞き間違いだ」
「んな訳あるか。とにかく、後から聞かせてもらうからな」

 ヒーローと男は止めを刺すため、『口裂け女』達の下に向かった。

「バックれるか」

 説明なんてめんどくさい。
 逃げるなら今の内だ。

「駄目」

 再び、突風が吹いた。
 すると、隣に見覚えのある少女が現れた。

「ヒーローの仲間か」
「うん」
「『鎌鼬』の契約者はお前か」
「うん」
「ヒーローに惚れてるのか」
「うん」

 話をしている内に、『口裂け女』達は止めを刺された。
 二体は光の粒子に姿を変え暗闇を舞う。

「六六六のこと、説明してもらう」

 少女の肩にイタチが乗った。

―完―

大分、間隔が空いちゃいました

ソニータイマーの人乙です
ワドルディ系ロリと思わせてクラッコ系ロリとは(変な造語つくるな
自分もロリキャラ出そうかな(枠が無い

                「ジャンクフードジャンキー」

人通りの少ない道を、一人の女性が歩いていた。彼女はハンバーガー……おそらくテリヤキであろう、を頬張っている。
食べ歩きだ。お世辞にも行儀がいいとは言えないが、器用に欠片のひとつもこぼさず、口元を汚すこともなく食べている。
彼女の名は六手 理亜(むて りあ)。あだ名はロッテリア。が、しかし別に□ッテリア派というわけではない。
マ○ドナルドでも、モス○ーガーでも、とにかくジャンクフードが好物なのだ。
 「…………」
黙々とハンバーガーをもぐもぐする理亜。食べ物を口に入れたまま喋らないあたり行儀がいい。
いや、食べ歩きしている時点で行儀も何もあったものじゃないが。
 「…………ごちそうさまでした」
どうやら食べ終わったようだ。指に付いた塩気を舐めとる。やはり行儀はよくないのか。
 「美味しかった。こんなこと、お母さまにばれたら怒られてしまいますわ。外だからこそできる贅沢ですわネ」
なんと、若干片言だがお嬢様口調である。育ちがいいのだろうか。『お嬢様が庶民的食べ物をとても気に入る』だなんて、それこそ都市伝説だが。
 「さて、そろそろ帰り――――」
バーガーの余韻に浸りながら歩く理亜は気づかなかった。気付なかった。そこに仕掛けられたトラップに。―――ピアノ線に。
頑丈なピアノ線が理亜の首元に引っ掛かり。そのまま歩く勢いと理亜自身の体重により―――
ぷつん。
いつの時代も終わりはあっけないもので。残念ながら理亜の人生はここで終わってしまった。
理亜の首が宙を舞ったことを確認し、満足したのか、ピアノ線の犯人――『首なしライダー』は、バイクに跨り、その場を後に

しようとしたが、できなかった。なぜなら腕に噛み付かれていたからだ。
誰に?
この場で噛み付くことができる者など一人しかいない。そう、理亜に、である。
いや、そんなはずはない。たしかにこいつの首は飛ばしたはずだ。ピアノ線で、確実に!
焦る気持ちを抑え、自らの腕を確認する『首なしライダー』するとそこには、力いっぱい噛み付く理亜の頭部が存在していた。
否、それでけではない。何か様子がおかしい? と、怪訝に思う間もなく。彼女の頭部が縄のような形に変質した。
縄はどんどん伸びてゆき、地面に落ちたはずの理亜の肉片を回収しつつ。最終的に彼女の身体と繋がり。
その過程で、『首なしライダー』は引きずられ、引き寄せられた。
そして、『首なしライダー』の腕を縛っていた縄のようなものは、理亜の身体に戻ると、何事もなかったかのように、頭部が再構成された。
 「マったく、危ないですわネ。『首なしライダー』。全く、ゆっくり家にも帰れませんわ」
表面だけではなく、内部にも問題はないようで。彼女は首が取れた後だというのに、当たり前のように喋ってみせた。
そのことが、『首なしライダー』をますます戦慄させる。
 「まぁ、いいでしょう。食後のいい運動になりそうですしネ―――」
いや、いい。こいつが自分に首を切られても無事だったのは確か。ならば、そのカラクリを見極めるまで。
と言わんばかりに、『首なしライダー』は複数のピアノ線を展開する。
ぷつん。
理亜の首が、腕が、腹が、足が。同時に真っ二つに切り裂かれる。

――――いや。よく見るとそうではない。(首がないのに『見る』というのもおかしな話だが)
首元が、腕が、足が、腹部が。自分からばらけている! 『ろくろ首』の拡大解釈か? 『泳ぐ切り身』の曲解か?
『首なしライダー』は思案する。そんな彼を尻目に、
 「あらまぁ、セっかちですこと!」
そう言って理亜は自らの腕を飛ばす。飛行できるというわけではないようで、地面を蹴るようにして勢いをつけ、『首なしライダー』に迫る。
近づく腕。その切り口。よく見れば、何かの集合体――――これは、ミミズだ!
ピアノ線を使って腕を更にばらし、攻撃を回避する『首なしライダー』。
 「………!」
身体がミミズになるとはな! とでも言いたげに向き直る『首なしライダー』。
 「ええ、その通りですわ。この通り、私の肉体はミミズで構成されていますの」
理亜が『首なしライダー』ににじり寄る。ライダーは反撃の機会を窺う。
 「『ハンバーガーの肉』。それが私の契約都市伝説の総称ですわ。今回のこれは『ミミズバーガー』と『ハンバーガーの肉には人肉が混じっている』ですわね」
歩きながら、解説を始める理亜。体が少し小さくなったものの、五体満足の状態に戻っている。先ほどの腕を回収したのだろうか。
 「都市伝説が契約後に『解釈』によってその能力を変質させることは御存じでシょう?
たとえば『拡大解釈』。3番目のトイレを3回ノックして呼びかけると出てくる『トイレの花子さん』を『契約者の呼びかけでそこに現れる』能力にする、とか。
たとえば『曲解』。人を道に迷わせる『八幡の藪知らず』を『攻撃を道に迷わせ命中させない』能力にしたりとか、そういうのですわ」
黙って(元々喋れないが)話を聞きながら、ピアノ線を用意する『首なしライダー』。どんどん近づいて来い。射程距離に入ったら、すぐに。
 「私の場合はそうですわね。連想? は少し違うのかしら。まあともかく、『歪んだ理論、証明』といったところでシょうか。
『ハンバーガーの肉にはミミズが使われている』。『ハンバーガーの肉には人肉が使われている』。『ゆえに、人間の肉はミミズで出来ている』―――とまぁ、こんな具合ですわ」
そろそろだ、そろそろこのピアノ線で―――と思う『首なしライダー』だが、ここでふと、ある疑問が存在しない頭をよぎる。
待て、この女。どうして自分が尋ねたわけでも、ましてや既に勝敗が決しているわけでもないのに、自分の能力を解説し始めたのだ? まさか―――
と、気づいた時にはもう遅く。『首なしライダー』は直立ができなくなっていて、その場に倒れこんだ。
 「ああ、そうそう。言い忘れていましたわネ。『ハンバーガーの肉にはネズミの肉が使われている』という説もありまスの。
先ほどあなたに私の腕が切られた時―――ミミズを少々、体内に潜入させていただきましたわ。それをネズミに変え、あなたの体内を貪った―――」
と、ここで理亜は歩くのをやめる。
 「―――なんて、もう聞こえていませんわネ、ええ。checkmate、ですわネ」
『首なしライダー』。頭部がないにもかかわらず、正確にバイクを運転する彼らは、視覚や平衡感覚に関しては群を抜いているが、
しかし逆に『触覚』――特に痛覚は鈍感なのだ。でなければ、常に外気にさらされた首の切り口の痛みで、まともに行動することができない。
今回はそのことが仇となった。
 「oh,もうこんな時間ですわ。急いで帰りませんと。……近道、してしまいまショウ」
と、理亜は体をミミズに分解し―――猫の姿に再構成し。屋根伝いを身軽に駆けていった。
ハンバーガーの肉には、猫の肉が使われている。いやはや、ジャンクフードの風評は尽きないものだ。


                         続く

六の人乙です!
『口裂け女三姉妹』ですか。そういえば、『鎌鼬』も『転ばせ担当』『切り裂き担当』『傷薬担当』の三体で構成されるって話を聞きますね。
六だけでなく、三も重要……?

>六だけでなく、三も重要……?
別にそんなことはないです(断言)

主人公と何かしら共通点がある都市伝説を出すようにはしています

ファーストフード→『ミミズバーガー』・『ハンバーガーの肉には人肉が混じっている』
足→『口裂け女』・『テケテケ』
鳥→『コンガマトー』
DNA→『ヒツジ男』
六→『姦姦蛇螺』・『獣の数字』

『首なしライダー』や『鎌鼬』のように特に関係ない都市伝説を出すこともあります

「『獣の数字』によって操られた都市伝説!?」

 大声でヒーローは復唱した。

「そんなの初耳だぞ! どうして、今まで言わなかった!!」
「知ってると思ってた」
「……あのなあ」

 ヒーローは長々と語りだした。
 いつものことだ。

「――ってことだ。わかったか」
「ああ、聞き流してた」
「おい!!」

 『口裂け女』との戦いの後、俺とヒーロー一行は近所の公園に場所を移していた。
 道端で長話はしたくないと、向こうが言い出したからだ。

「とにかく、今度からはわかったことはすぐに教えてくれ」
「気が向いたらな」
「向かなくても教えろ!! で、操られた都市伝説について何か知っているか?」
「詳しいことは何も」

 俺の命を狙ってくる、とは言わない。
 こいつにそんなことを知られたら、めんどくさいことになる。

「……そうか」
「そうだ。それとヒーロー」
「なんだ」
「さっきよりお前の仲間、増えてないか」

 体格のいい男と『鎌鼬』の契約者が、先程までいなかった二人の少女と会話をしていた。
 傍から見る限り、仲が良さそうだ。

「ああ、二人には待機してもらってたんだ。戦闘に向いてない能力だから」
「あの二人も契約者か」

 相変わらず、仲間に恵まれている。

「サンダース、夜道には気をつけろよ。今回はパトロール中の俺達が通りかかったから良かったけど」
「一人でも倒せた」
「……まあ、そうだと思うけどさ。油断は禁物だぞ、街の治安も最近悪いしな」
「わかった」

 二月の夜風が体を冷やす。
 家に帰ったらすぐに風呂に入るとしよう。

「じゃあな、サンダース」

 公園での話が終わった後、ヒーロー達は俺と反対側の道を歩いていった。
 行きと同じように、一人帰路に着く。

「ん」

 丸出しの殺気を感じたのは、自宅まであと少しのところだった。
 振り向くと、離れた場所に見覚えのある人影。
 しばらく、じっと見ていると向こうからこちらへとやって来た。

「よう、久しぶりだな」
「さっきぶりの間違いだろ」
「……その様子じゃ覚えてねえみたいだな、『野獣』」
「昔の呼び名は止めろ、嫌いなんだ」
「あれだけ暴れといてよく言うぜ」
「で、何の用だ」

 ヒーローの仲間の一人、体格のいい男に問う。
 中学時代の呼び名を知っているということは不良だろう。

「お礼参りだよ」
「神社に行け」
「……舐めた口聞きやがって! 二年前、俺とダチをボコっといてよく言うぜ!!」
「覚えてない」

 不良の顔なんか一々覚えていられない。
 契約者や物騒な奴を除いて。

「てめえ、よっぽど殺されてえみてえだな!!」
「事実を言っただけだ」

 ヒーローの仲間ということは、こいつも契約者。
 記憶にないのは、二年間の間に都市伝説と出会ったからだろう。

「あいつの前じゃ抑えてたがやっぱり我慢できねえ! 俺とタイマンを張れ!!」
「断る」 

 『口裂け女』の相手で十分に疲れていた。
 家路を急ぎたい。

「……だったら、嫌でも戦わせてやるよ!!」

 拳を握り男は殴りかかってきた。
 顔面めがけた右のストレート、速度は上々。
 だが――。

「隙が多い」

 おそらく我流、洗練された格闘技の拳ではない。
 上半身を逸らして躱し、中段蹴りを横腹に叩き込む。
 男の顔が苦痛で歪んだ、感触からして肋骨が折れたらしい。
 畳み掛けるため、次に上段蹴り。
 これも決まった。

「ぐ!」

 覚束無い足取りで、男は距離をとる。
 追撃してもいいが、あちらが引くのを待ったほうが楽だ。

「ちっ、能力を使わねえでこれかよ」
「これくらいできないと能力を使う意味がない」

 二本の足を使いこなせないで、六本の足を使いこなせるはずがない。

「……なら、しょうがねえ。対等な条件で叩き潰したかったけどよ」

 男の足元から煙が舞い上がった。
 すぐに、彼の全身を覆い尽くす。

「使わせてもらうぜ、能力を!!」

 煙が消えると同時に、男は飛び掛かってきた。
 その顔に、先程の苦しみはない。

「掴まえてやる!」

 体制を低くし、男は足に掴みかかろうとしてきた。
 タックルだ。
 俺の生命線が足だと気づいため繰り出したのだろう。
 しかし、技工が拙い。
 後ろに下がり、顔面に膝蹴りを叩き込む。
 男の鼻が確かに潰れた。

「ん」

 だが、それは一瞬のことだった。
 潰れたはずの鼻は一瞬にして元に戻る。
 男は、何事もなかったかのように強引に両足を掴んできた。
 そのまま、押し倒そうとしてくるが――。

「あ、足が離れねえ!?」
「鍛えてるからな」

 男が悪戦苦闘している内に反撃。
 両耳を平手打ちする。

「が!?」

 一瞬、男の力が弱まった。
 耳の中に衝撃を叩き込んだのだから当然だ。
 その隙に、腕を振り払い距離を取る。

「やっぱり、耳までは回復できないか」
「ちっ、勘づいたか」

 耳に手を当てながら男は立ち上がった。 
 見る限り、蹴りは殆ど効いていない。 

「お前の契約都市伝説は『骨折実験』だな」
「ああ、そうだよ」

 わざと骨折させ治療過程を記録するバイトがある、それが都市伝説『骨折実験』の内容だ。
 肋骨や鼻骨が瞬時に治ったのはこれを拡大解釈させた結果だろう。
 男の様子を見る限り、多少の麻酔効果もあるようだ。
 流石に耳までは対応していなかったが、厄介な相手であるのに変わりない。

「壊しても壊れない人間か」

 最高に面倒だ。

「ぶつぶつと何を言ってやがる!」
「独り言に過剰反応するな」
「……口が減らねえ奴だ。いいのかよ、そんな余裕こいて!」
「苦戦してはないしな」
「あ!?」

 もっと強力な回復能力などいくらでも存在する。
 その上、体術は素人。

「ゾンビだと思えばいいか」
「て、てめえ! とことん人を舐めやがって! こうなったら、奥の手を見せてやる!!」 
「見せたらどうなるんだ」
「お前は死ぬ!!」

 男は上着のポケットから、ペットボトルを取り出した。
 中身は茶色の炭酸、コーラだ。

「これが奥の手! 俺のもう一つの契約都市伝説だ!!」

 男はコーラを一息で飲み干した。
 路上に空のペットボトルが投げ捨てられる。

「後悔させてやる! 俺に二つも能力を使わせたことを!!」

 瞬間、男の肉体が様変わりした。
 只でさえ、盛り上がっていた筋肉がさらに増強されたのだ。
 ボディビルダーも真っ青なパーフェクトボディが完成される。

「『炭酸抜きコーラ』か」
「ああ、そうだ! もう、お前なんか敵じゃねえ!!」

 回復と筋肉、 二つの力を得た男は声を張り上げ踏み込んできた。
 先程とは比べ物にならない速度、足元のアスフェルトが爆ぜ破片が飛び散る。

「今度こそ、ぶちのめしてやる!!」

 殺気に満ち溢れた言葉。
 それを聞き――。

「フラグ立て過ぎだ」

 いつものように体が動きだした。 

―完―

そろそろ日常回を書きたい(´;ω;`)

「『野獣』?」

 その名を初めて聞いたのは中二の春。
 ダチと駄弁っている時だった。

「ああ、俺達とタメの奴だ。相当に腕が立つらしい」
「ふーん、随分と大袈裟な異名だな」
「俺も詳しいことは知らねえけど、戦闘スタイルから付けられたらしいぜ」
「噛み付いたり引っ掻いたりしてくんのか」
「だったら、おもしれーな」

 適当なことを言い二人で笑う。
 この時はまだ知らなかった、奴が『野獣』と呼ばれる理由を。
 実感したのは数ヵ月後、ダチがでかい喧嘩に巻き込まれた日のことだった。

「ど、どうなってやがる……!」

 助太刀に来た俺は目にした、横たわる無数の男達を。
 ダチの姿もその中にあった。

「おい、しっかりしろ!」
「よ、よう。お前か」
「一体、何があったんだ! なんで、お前らも敵も倒れてるんだよ!!」
「はは、それがな。乱入されたんだよ」
「乱入!? どこのグループにやられた!!」
「グループじゃねえ、個人だよ」
「は!?」
「たった一人いや一匹に、敵も俺達もやられたんだ」

 話を聞いた後、俺はまだ近くにいるはずの乱入者を探し見つけた。
 喧嘩場所からあまり離れていないコンビニ前で。

「おい、ちょっと顔かせや」
「不良に絡まれる覚えはない」
「シラ切るな! お前がさっきまで喧嘩してたことは知ってるんだよ!!」
「さっきの残党か」
「ああ! 落とし前付けに来たぜ『野獣』!!」

 『野獣』はダチに言われた通りの外見をしていた。
 整っているのに、どこかのんびりとした印象を受ける顔。
 短めな黒髪に無駄に長い手足。
 喧嘩よりも陸上競技が似合いそうな奴だ。

「言っておくが俺は被害者。喧嘩には巻き込まれただけだ」
「全員倒しおいてよく言うぜ!! とにかく来い!」
「わかった」
「よし」
「ここで寝てろ」
「あ?」

 この喧嘩を通して俺は知った。
 奴が洗練された足技を使うことを。
 一切の躊躇なく蹴り飛ばすことを。
 あいつが俺より強いということを。

「お前でも駄目だったか」

 数日後、ダチは俺の顔を見て苦笑した。
 お互い、体はボロボロ。
 入院していないのが奇跡に近い状態だ。

「あいつが『野獣』って言われる意味がわかったな。ありゃ、人間じゃねえよ」
「んな訳あるか。今回は負けたが次は負けねえ! こうなったら、筋トレだ!!」
「相変わらずポジティだな。まっ、俺の分も頑張ってくれ」
「何言ってんだ! お前も鍛えるんだよ!! 舐められっぱなしでどうする!!」
「……あー実はな」
「ん、どうした?」
「俺、喧嘩出来なくなったわ」
「……は?」
「情けねえ話しだけどさ、『野獣』と戦ってから怖くなったんだよ。喧嘩をするのが」
「お、お前何言って」
「それどころか、外に出るだけでもヤバいんだ。あいつがいないか常に確認しちまう」
「う、嘘だろ! なあ!!」
「……悪い、もう――」

 ダチは笑顔を浮かべながら泣いていた。

「お前の背中、守れねえや」

 この日以来、ダチとは違う道を歩むようになった。
 俺は今まで通り不良として生き、あいつは家に引きこもり始めた。
 今でも連絡は交わす。
 けれど、もう昔のような関係には戻れない。

「お前のせいでな!!」

 現在、俺は『野獣』と拳を交えている。
 二年前は持っていなかった二つの能力、『骨折実験』と『炭酸抜きコーラ』を武器に。

「お前がいなければあいつは今も俺の隣に!!」

 右の拳を『野獣』に突き出すが躱された。
 勢いを殺せず、そのまま奥のアスファルト塀に激突。
 大量の破片を生み出す。

「ちっ、ちょこまかと!」
「当たったら死ぬ」

 軽口を叩きながら、『野獣』は蹴りを繰り出す。
 脇腹に直撃したが――。

「効かねえよ!!」

 今の俺は、筋肉の鎧と回復の力を持っている。
 『野獣』の蹴りなど恐れるに値しない。

「何度やっても無駄だ!!」
「みたいだな」

 追撃をしたがすぐに距離を取られる。
 鬱陶しい奴だ。

「骨と筋肉に愛された俺を倒せるわけがねえだろう!! 大人しく這い蹲れ!!」
「布団を敷いてくれたらな」

「てめえ!!」 
 
 気づいた時には体が動いていた。

 今まで一番の速度で、『野獣』に近づき最高の拳を振るう。
 奴に対する怒りが生み出した力だ。

「終わりだ!!」

 好都合なことに奴は離れようとしない。
 これで俺の勝利――。

「!?」

 形容しがたい痛みが全身を駆け抜けた。
 耐え切れず倒れ伏す。

「あ、ああああああああ」

 何が起こった理解できない。
 俺の肉体は奴の攻撃を通さないほどに頑丈だったはず。
 なのに、なぜこうして悶え苦しんでいる。

「金的には骨も筋肉も関係ない」

 『野獣』が何か言ったが理解することはできなかった。
 ただ痛みのみを感じる。 
 やがて、それすらも薄れ意識が遠のき始めた。

「あいつは『野獣』は人間じゃない。生まれる生物を間違えたんだ」

 視界が黒く染まるまで、ダチの言葉が脳内で繰り返された。

―完―

かませ犬の方がよっぽど主人公っていうね

 胴体と足が切り離される。
 そんな体験をした人間は少ないだろう。
 かくいう俺も――。

「二本減ったか」

 数回しか経験したことがない。
 新しく生えた両足を見ながら過去を思い返した。

「……生えた」

 切断犯は、イタチを撫でるのを止め呟いた。
 口調と合わぬ鋭い目つきをして。

「なんで生えたの」
「まだストックがあったから」
「ストック?」
「俺は六本の足を持っている。だから、足を無くした時に他の足で代用することができる」
「じゃあ、今のあなたは四本足?」
「ああ」
 
 ちなみに、足は一時間で一本回復する。
 俺が六本足に返り咲くには後二時間必要だ。 

「切り落とされた足はどうなるの」
「跡形もなく消える」

 会話をしている間に、足だったものは光の粒子に姿を変え始めていた。
 数分経てば完全に消滅するだろう。

「面白い都市伝説」
「欲しいか」
「いらない、癖が強すぎる」
「それもそうだ」

 俺にとっては価値のある都市伝説だが、他人からすれば無用の長物だ。
 もっと便利な都市伝説など、いくらでも存在する。

「で、続けるか」

 これ以上、時間を無駄にしないため話を戻す。
 体は先程より冷え、風呂がますます恋しくなってきた。

「もちろん」

 『鎌鼬』の契約者が頷くと、再び強風が吹き始めた。
 肩の上のイタチも威嚇するように俺を見る。
 一発触発の状況、しかし――。

「二人とも止めろ!!」

 戻ってきたヒーローが俺達の間に立った。

「早かったな」
「誰かさん達が危なっかしいからな!」
「どこの誰の話?」
「とぼけるな!」

 相変わらず、突っ込むのが好きな奴だ。
 もしかして、芸人が天職なのかもしれない。

「とにかく、ツムジはみんなと一緒に帰れ!」
「嫌」
「絶対に駄目だ!」
「……どうしても?」
「どうしてもだ!! 今度、本屋巡り手伝うから引いてくれ!」
「……わかった」

 思いの外あっさりと、『鎌鼬』の契約者は引いた。
 さっきまでの姿が嘘のようだ。
 それにしても、ツムジというあだ名は安直すぎる。

「じゃあ、俺も帰『サンダースは残れ! まだ終わってない!!』さっきの続きでもやる気か」
「ああ! お前と話し合うには殴り合いが一番だからな。能力は抜きだ」
「わかった」

 ここまで熱くなったヒーローを止めることはできない。
 大人しく従うことにする。

「よし、その前にバンチョウを道場に運ぶ。薬を使えばなんとかなるはずだ」
「バンチョウって言うのか、そいつ」
「ああ」

 自分より身長のある男、バンチョウをヒーローは両手で抱えた。
 怪力のおかげか、まったくふらつかない。

「殴り合いをするのも道場でいいな」
「今の時間ならいいんじゃないか」

 とっくに門下生は帰宅しているはずだ。
 誰かいたとしても師匠か師範代だろう。
 あの二人なら喧嘩に口出しはしない。

「問題は無しと。……そろそろ行くか。ツムジ、みんなのこと頼んだぞ」
「わかった」

 『鎌鼬』の契約者は、小さく頷くと歩き去っていった。
 ヒーローは彼女を見届けると反対側の道路を歩き始めた。
 俺もそれに連いていく。

「覚悟しろよ、お前には伝えたいことが山ほどある」
「こっちは全くない」
「……だろうな」

 強いて言えば、話しかけてくるなってことだ。

「お前はいつもそうだ。自分の中で全てが完結している」
「人間だからな」
「そんな人間ばかりだったら世界は滅んでいる」
「滅んでないじゃないか」

 適当に応酬を繰り広げる。
 ほどよい月明かりを浴び、永い夜に呆れながら。
 だが、道場まで続くと思った時間は幕切れを迎えた。     

「ロク君!」

 聴き慣れた声を耳にして足を止める。
 後ろを振り返ると二つの人影、片方が俺の胸にめがけ飛び込んできた。
 寄りかかる重さを感じながら抱きしめる。

「無事で良かった……!」

 胸の中で人影こと恋人は涙をこぼした。 
 誰よりも月光に照らされながら。
  
―完―

正妻登場

「良かった! 本当に良かった!!」
「どうしたんだ」

 恋人に尋ねるが、泣くばかりで何も答えない。
 すると、もう一つの人影が口を開いた。

「契約者さんは心配していたんですよ、六本足さんの帰りが遅いから。何か危ない目に遭っているんじゃないかと思って」
「そんなに時間経ってたか」
「……時計を見る習慣を作ってください」

 いつものように、カンさんが溜息をつく。
 今度からは時間を気にすることにしよう。

「まあ、何事もなくて良かったです。……お友達とお喋りでもしていたんですか?」
「いや、そうじゃなく『そんなところだ』おい、サンダース!」

 ヒーローが睨みつけてきたが無視する。

「そうですか、ではそろそろ帰りましょう。時間も遅いですし」
「そうだな」
「うん! 早く帰ろう、ロク君」

 俺と二人は自宅に向かって歩きだした。

「ちょっと待て!!」

 すぐにヒーローに邪魔されたが。

「おい、サンダース!! さっきの話はどうなった!」
「時効だ」
「早すぎるわ! いいから来い、帰るのは拳を交えてからだ!!」

 ヒーローが俺に近づこうとしてくる。
 だが、それを遮るものがあった。

「っ!?」

 突然現れた、宙に浮く無数の札。
 それに触れようとした瞬間、ヒーローは反射的に体を引っ込めた。

「ロク君は家に帰るって言ってるんだよ」

 いつの間にか、泣くのを止めていた恋人が呟いた。
 両手に、宙に浮くものと同じ札を持っている。

「あなたの都合で連れて行かないで」
「……そうはいかない! ダチに間違った道を進ませる訳にはいかない!!」

 勝手に友達にされた。
 ヒーローと距離を置きたい俺にとっては迷惑でしかない。

「間違った道?」
「ああ、サンダースは昔からやり方が強引なんだ。そのせいで、出なくてもいい被害が出てしまう。今日もそうだ、俺に連絡すれば良かったものを最悪の手段を取った。だから、バンチョウはこうして気絶している。何事もなく穏便に済む未来もあったのに!」

 ヒーローは今日のあらましを語り始めた。
 呆れるほどに達者な口で、熱のこもった言葉を用いて。

「なあ、頼む! サンダースのことを思うなら喧嘩をさせてくれ! それでわかってくれるはずなんだ!!」

 全てを語り終え、ヒーローは頭を下げた。
 それに対する恋人の返答は――。

「ロク君、何も悪くないじゃん」

 きっぱりとした一言だった。

「え!?」
「その男はロク君を殴り倒そうととしたんでしょ。だったら、蹴り返されてもしかたがない。因果応報だよ」
「そ、それはそうだけどさ。サンダースはバンチョウの睾丸を潰したんたぜ。さすがにやり過ぎだ」
「そいつのパンチが当たったらロク君は死んだかもしれないんだけど?」
「……」

 正論の前にヒーローは言葉を無くした。

「あなたは理想主義過ぎる。自分でそれを貫くのはいいけどロク君を巻きこないで」

 恋人はそう言うと、「じゃあ行こうか」と俺とカンさんに声をかけた。
 異論は無いので従うことにする。

「じゃあな」

 沈黙するヒーローに別れの言葉を告げ帰路に着く。
 返答は届いてこなかった。

「さっきは助かった」
「え?」

 帰路の途中、俺は恋人にさっきの礼を言った。

「お前がいなかったら面倒くさいことになってた」
「そ、そんな。私は思ったことを言っただけだよ」
「結果的にヒーローは黙った」
「ま、まあ。そういうことになるけど」
「ありがとうな」
「……え?」

 恋人はなぜか足を止めた。
 どうしたのだろう。

「今、なんて……」
「ありがとうって言っただけだ」
「あ、ありがとう?」
「ああ、感謝してる」
「そ、そんな! 照れるよ!! ……私なんかにそんな言葉。ロク君には感謝してもしきれないのに。ああ、でもここは素直に受け取ったほうが――」

 今度は顔を赤くし、独り言を呟き始めた。
 内容はいつものように聞き取れない。
 手持ち無沙汰なのでカンさんに話しかけてみる。

「迷惑かけたな」
「かまいませんよ、契約者さんがあんなに喜んでますし」
「礼を言っただけだ」
「それで十二分なんです」

 カンさんと適当な話をしながら歩いていく。
 明日の夕飯を何にするか?
 恋人がダイエットを始めようとしている。
 最近ドラマが面白い。
 話題は極めてどうでもいいもの。
 明日には、恐らく忘れてしまうほどに。
 なのに――。

「どうしました、六本足さん」
「なんでもない」

 三人でいるというだけで妙に心地よく感じた。

―完―

ヤンデレ恋人は男性相手だと割とまともだよ(今回みたいにキツイ反応は取るけど)

誰もいない
投下するなら
今のうち


避難所の代理投下スレに投げた話をこっちに投下し直すだけなんですけどね

 彼女は、己の容姿に絶対の自信を持っていた
 自分のような美少女を前にして、堕ちない男等存在しない、と本気で考えていた
 事実、彼女の周囲から、男性の影が絶える事はなかった
 いつだって、クラスの男子達の視線は自分に釘付け。男性教員だって、その例外ではなかった
 だから、高校生になってからも。クラスどころか学年中の男子が、常に自分に釘付けになって、自分を巡って争うという愉快なことをシてくれるんだろうな、と
 今までそうして生活してきたがゆえに、高校は地元ではなく少し遠い場所を選ぶことになったが、それでも、今までのような生活に変わりはない
 ………彼女は、心からそう信じて疑っていなかった

 の、だが

「いい加減にしろ、このナチュラルホモ共ぉ!!」

 華やかになるはずだった、彼女の高校生活は
 今現在、主に突っ込みに回る側として、消費されていっていた


「……はて、ナチュラルホモ、とはなんでしょうか」

 彼女の言葉に、クラスメイトの少年の一人が首を傾げた
 ここは、校舎の屋上。そして、今は昼休み
 大体皆、昼食を食べ終えてのんびりとする時間帯である
 今、屋上にいるメンバーは、皆で一緒に昼食を食べ、その後こうしてのんびりとしているのだが
 メンバーの男女比が偏っているのはいいとしよう
 これくらいの年頃は、同性同士で固まっている場合の方が多いのだから
 しかし、しかし、だ
 だとしても、この光景は突っ込みたい
 彼女は心からそう考えた故に、彼女は盛大に突っ込みの言葉を吐き出したのだ

 まずは、首を傾げた少年。仮にRとしよう
 成績優秀、今時珍しいくらいの真面目な性格。何でも、この街でも古い家柄の生まれだとか、彼女はそう聞いていた
 そんな男性ならば、ぜひとも堕として侍らせたい、と思っていた、の、だが

「まずはあんた達がそうよ。男が男に膝枕とか、なにそれ寒い」

 そうなのである
 Rは、今、膝枕をしてやっている………クラスメイトの、別の少年に

「えー、いいじゃん別に。これくらい。なー、龍哉」

 彼女の突っ込みの言葉を物ともせずに。少年に膝枕されていたもう一人が、楽しげに笑った、仮にNとしよう
 こちらは、成績は中の中。運動神経も並。発言にお調子者成分多め、と賑やかし成分が多めの少年だ
 Rとはタイプ的に正反対だが、この二人、仲がいい。なんでも幼馴染らしい
 まぁ、幼馴染なのはいいのだ。幼馴染同士で仲がいい、と言うのもよくある事だからいいのだ。そう言う二人が、一人の女性を取り合って仲違いする、とか見て楽しいし

 しかし………しかし、だ
 いくら仲がいいからって、男同士で膝枕はないだろう
 しかも、ごくごく自然にやっているからタチが悪い
 お昼を食べ終わった後、正座していたRの膝の上にNはごくごく自然な流れで頭をおいて横たわり。Rはそれをさせたいがままにしていた
 この、このナチュラルホモ共め!
 彼女から見て気に食わないのは、このRとN、どちらも彼女に対して特に恋愛的な視線を向けてきていない事だ
 単なるクラスメイトの一人、としか見ていない
 Nの方は「美人だよな」とは言ってくるがあくまでもそれだけで、恋愛方面やら何やら、そういうのはさっぱりだった
 おかしい、おかしいのだ
 今まで、男性からそんな視線を向けられなかった事、一切なかったのに
 これも、こいつらがナチュラルホモってるせいだ。彼女はそう信じて疑わない

「そうですね。特に、問題はないと思われますが」
「さっきも言ったけど、男同士で膝枕は!周りから見ていて問題しか無い!!ってか、男の膝枕って硬くない!?」
「この程よい硬さがいいんだよ。慣れ親しんでるし」
「慣れ親しむ程やってんの!?」

 駄目だこいつら、やっぱりナチュラルホモだ!
 彼女は心の中で追撃の突っ込みである
 自覚ないってのは、本当、タチが悪い

「まぁ、二人は仲いいからな。昔からこうだったぞ」

 と、そんな言葉をかけてきた、三人目の少年
 彼もまた、クラスメイトである。仮にHとしよう
 サラサラとした綺麗な金髪に透けるような白い肌。体格はなかなかがっしりとしているが、それでも美少年の範疇に入れて問題ない。何でも、ハーフらしい
 当然、彼女としては、そんな女子の注目集めまくりのこの少年のハートを、ぜひとも射止めたかったのだ、が

「あんたらもよあんたらも!!このナチュラルホモパート2!!その体勢は何っ!?」

 悲しいかな、Hもまた、ナチュラルホモの片割れである
 こちらは今、何をやっているか、と言うと
 ……もう一人、四人目の少年を、背後から抱きしめるような体勢で座っている

あら、こっちだとトリ変わっちまうか
本人証明できんな、どうしたもんか………とりあえず、投下は続けるよ

「え?いや、こいつが読んでる本、俺も読みたいから。一緒に読んでた………あ、今のページ、俺読み終わったぞ」
「だとしてもその体勢はナチュラルホモと呼ばざるをえない!!そして憐も言われるがままにページめくらないっ!!」

 盛大な突っ込みをHはスルーし、そして、Hに背後から抱きしめられている少年……先ほど名前を呼びはしたが、一応Lとしようか
 やや癖毛気味の髪と若干タレ目気味の目の色はどちらも日本人の物ではない。彼もまた、ハーフなのだ。ここに集まっている面子の中では小柄な体格をしている
 ……小柄であるが故、やや大柄なHに背後から抱きしめられると、腕の中にすっぽりと収まってしまうのだ
 Lは、どちらかと言うとNに近い雰囲気のへらっ、とした笑顔で………でも、どこか困っているようなそんな表情で、口を開いた

「あー……やっぱこの体勢、おかしいんすねー」
「え?おかしくないだろ、普通だろ。憐とこの両親だって、よくこの体勢やってんじゃん」
「それは男女だから!夫婦だから!!男同士では!やらない!」
「……そっすよねー」

 彼女の言葉にHは反論したが、Lはだよなぁ、と納得の表情だ
 しかし、Hの腕から逃れようとはしない。単に逃れられないだけかもしれないが
 HとLも、大体いつもこう言う感じなのである
 主にHがLにべっとり、と言う感じで、Lはそれにちょっと困ったような表情をしながらも、おおっぴらには拒絶していない
 故に、Hは余計調子に乗ったようにLにべったり、と言う悪循環だ

 いつもへらへらとしていて何もかもが軽薄な印象を与えてくるLと、どこか兄貴分気質で周囲から頼られることが多いらしいH
 彼女としては、どっちも堕としてやろうと思っていたのに
 ……どちらも見事に、彼女に特別な感情等抱いてこない
 HもLも、恋愛には興味が無い、と言ってはいたが………この状況。少なくともHの方はLに何かしら、それっぽい感情を抱いているのでは、と疑ってしまわざるを得ない。たとえ、腐女子じゃなくとも

 R、N、H、Lの四人は、昔から仲の良いグループらしい
 今、この場には居ないが、正確には他にも数人、男女の双子等仲の良い相手がいる。親同士が仲がいいとかで、昔からよくつるんでいたらしい
 彼女になびいてこないのは、主にこの仲良しグループなのだ
 彼女の美貌と魅力を持ってして、今までそうして仲良しグリープもいくつも壊滅させてきたというのに、彼らは違う
 一切、彼女に恋愛的感情は抱かず、特別扱いなどせず
 ……それが、彼女にとってなんとも気に食わない
 故に、何が何でも、この男共を堕としてやる。この仲良しグループ壊滅させてやる!と躍起になっているののだが………現状、うまくいっていないが故の目の前のナチュラルホモ×2の光景である

「大体あんたら、いっつも男同士でつっくきすぎ!今の組み合わせだけじゃなくて、龍哉と遥もどっちかってとくっつき気味よね!?」
「まぁ、龍哉とは親父の代からの付き合いだし」
「遥様は、主様の息子さんですから。次を継ぐ者としてお仕えする事は、当たり前の事なのです」
「遥の発言は若干わかるけど、龍哉の発言は時代が違いすぎる感じでわからないしっ!?」
「龍哉は昔からこうだぜ。ま、家同士の付き合いが長いって事だ」

 俺達もな、とNが言うと、そうですね、とRはのほほんと笑って答えた
 えぇい、こいつら、こいつら………っ!!
 次の突っ込みの言葉を口にしようとした時、あぁ、とLが声を上げた

「そろそろ、休み時間終わるっすよー。教室、戻らないと」
「っと、もうそんな時間か。直斗もほら、龍哉の膝解放してやれ。龍哉も足しびれてくるだろ」
「正座は慣れているので、これくらいは平気ですが………教室に戻らねばなりませんね。直斗」
「ほいほいっと。次の授業なんだっけか。移動教室ではなかったよな」

 ようやくHはLを腕の中から解放し、Nも起き上がった
 目の前のナチュラルホモ状態がようやく終わった、と思いきや、RとNはともかくHはLの腰に手を回している
 もう一度いう。肩ではない、腰だ

「いい加減にしろ、このナチュラルホモ代表格ーーーーーっ!!」
「うごっふ!?」
「あぁっ!?は、はるっち、しっかり!?」

 ついつい、彼女がツッコミの勢いそのままにHに回し蹴りをかまし、それがクリーンヒットしたりもしたが
 それもこれも全て目の前のナチュラルホモ共が悪い、と、彼女はそう結論づけて特に反省はしなかった



「………ったく、もう。本当に。この学校の男共は……」

 ブツクサとつぶやきつつ、彼女は学校の廊下を一人で歩いていた
 放課後、少々用事があって、先ほどまで職員室に居たのだ。今は、教室にかばんを取りに戻っている最中である
 今日は部活動もまだ本格化していないせいか、校舎に残っている生徒は少ないようだ。辺りはしぃん、と静まり返っている

 あぁ、本当に、この学校の男共は見る目がない
 あのナチュラルホモ共以外にも、この学校には彼女になびかない男が多いのだ
 彼女としては、それがなんともつまらないし、イライラとする

「もーちょっと、積極的に色仕掛けとか色仕掛けとかするべきかしらね………」

 この年頃の男子はそういうのにも興味津々だし、きっと引っかかるはず
 この高校生活を突っ込みで埋めることなく、輝かしいものにする為に、彼女が今後のことを考えていた………、その時、だった

 とんとんっ、と後ろから、誰かに肩を叩かれた

「ん、なぁに?」

 振り返って、彼女は怪訝な表情を浮かべた
 そこにいたのは、野球帽にマスク、と言う出で立ちの男
 一体、何者だろうか。学生には見えない
 ………まさか、不審者?、と彼女が警戒の体勢をとったのと

「俺は与田惣だ」

 と、男がそう、名乗ったのは、ほぼ同時で
 そして更に同時、与田惣と名乗ったその男は、片手を振り上げた
 鎌を握った、手を

「…………え?」

 え?え??
 ………………………え?

 彼女は、混乱していた
 与田惣?
 名前、なのだろ、きっと
 それはいい。ただ、何故……鎌を、振り上げている?

 不審者なのだろう、きっと
 それも、とびきり質の悪い犯罪者に違いない
 それは理解できた、理解できた、けれど………

 体が、動かない
 恐怖に支配されて、体も、思考もフリーズする

「さかさまだ」

 与田惣が、続けてそう言ってきた
 意味がわからない
 ただ、唯一、唯一、理解できたことは

 きっと、自分はこのまま
 殺され


「うそだよ」


 不意に、誰かに腕を捕まれ、軽く引かれた
 とんっ、と背中に感じた誰かの体温に、はっ、と顔を上げる

「……直斗?」
「どうしたよ、こんなとこでぼーっとして」

 彼女の腕を引いてきたのは、Nだった
 どうした、と。不思議そうに彼女を見つめてくるその眼差しは、いつもの軽いお調子者の目

 その目に、意識を引き戻された
 慌てて、答える

「っふ、不審者!犯罪者がっ!!」
「へ?………ここに居んの、俺とお前だけだけど。え、何、俺犯罪者??」

 慌てた彼女の言葉に、Nはきょとんっ、とした表情になった
 何を、言っているのだ
 今、目の前、に……

「………え?」

 いない
 与田惣と名乗った、野球帽にマスクの不審な男は……そこには、いなかった
 つい先程まで、そこにいたはずなのに。影も形も存在しない
 まるで、幻のように消え失せてしまった

「どうした?まさか、歩きながら寝てたのか?」
「違う!そんな訳……ない……」

 そんなはずがない
 しかし、だとしたら、説明できない
 つい先ほどまで、目の前に居たはずの男が、突然消え失せるなんて、そんな事
 ………あるはずが、ないのに

「お前、こっちに引っ越してきたばっかで、疲れとか溜まってるんだろ。ほら、早く帰って休んだほうがいいんじゃないのか?お前いっつもハイテンションだから疲れやすいんだろ」
「ハイテンションなのは、主にあんた達ナチュラルホモのせいなんだけど!?」

 盛大にツッコミを入れると、Nは楽しげに、からかうように笑ってきた

 ……あぁ、そうだ
 きっと、さっきのは、夢だったのだ
 たちの悪い悪夢
 知らないうちに疲れがたまって、一瞬でも寝ていたのかもしれない
 まったく、自分としたことが、うかつだ、彼女はため息を付いた

「…じゃ、私、鞄とったら、帰るから。直斗は?」
「俺は荒神先生に用事あっから、もうちょい後で帰る。あ、最近また物騒だから、帰り道気をつけろよ」

 じゃあな、と手を振ってきたNに手を振り返し、彼女は教室に戻った
 恋愛的な目では見られていないにしろ、一応、気にかけてはくれるらしい
 その事実に、彼女はちょっとだけ、ほっとして

「……………」

 彼女を見送った、Nが
 与田惣が立っていた辺りを、普段とは全く違う表情で鋭く睨んでいた事に
 気づくことは、なかったのだった






to be … ?






 日常とは、常に非日常の犠牲の上に成り立っている




               Red Cape

 4月も半ば過ぎ、新入生達が、まだまだ新しい学校に馴染もうとしていくこの時期
 彼、直斗は放課後の今もまだ、校舎に残っていた
 人気のない校舎の中を、ゆっくりと、まるで、何かを探すように歩きまわる
 かつん、かつん、と足音を響かせながら歩く様子は、普段のおどけた様子の彼とは、違って………

「あれ、なおっち。まだ帰ってなかったっす?」

 と、声をかけられ、直斗はぴたり、と足を止めた
 いつもの戯けた表情に戻ると、くるり、と振り返る
 そこにいたのは、クラスメイトの憐だ

「や、憐。憐もまだ帰ってなかったんだな」
「俺っちはー、部活決まったから、そっちの用事もあったっす。けど、なおっちは?」
「龍哉も、部活決まったみたいでそっちの用事があるっていうから、それ終わるまで、時間つぶしだ」

 いつものおどけた拍子で笑いながら答えると、なるほどー、と憐は笑った
 直斗とはまた違う、へらりとした笑顔を浮かべたまま

「それで、本当の理由は?」

 と、首を傾げてきた
 見ぬかれている、と感じ、直斗は苦笑する

「半分は本当。もう半分は、まぁ、見回りかな」

 見回り、と言う言葉に。憐が心配そうな表情を浮かべた
 そう言う表情をされるだろうな、とはわかっていたのだが。実際にその表情を見ると、申し訳なくと同時、劣等感のようなものを覚えた

「……危ないから、なおっちは、あんまそういう事しないでいいっすよ?」
「ま、そうだけどさ。怪しいもん見たら、すぐに誰かしらに伝えて、俺は逃げるから。そんな心配しなくて大丈夫だって」

 でも、と、憐は不安げな表情を消さない
 ……わかりきっていた事なのだ
 自分は、小学校から………いや、それ以前からの付き合いのグループの中で、「自分だけ」が、周囲とは違う
 だから、自分はこんなにも心配されているのだと、直斗は理解していた
 自分だけが違うが故に………ずっと共に親しく付き合ってきた仲でありながらも、ほんの僅か、壁が存在している事を理解していた

(………………俺だって)

 自分だって
 その気になれば、皆とは違うとは言え、皆と同じように、出来るのに
 ………その事実を知られていないが故、心配されてばかりで、皆と同じような事をしようとしても、周りはなかなか許さない

 仕方ないのだ、とも思っている
 だから、そのことで皆を恨むなどと言う、見当違いの事をするつもりはないが
 …………………それでも

「…?なおっち、どうか、したっす?」

 と、憐が首をかしげてきて、直斗は思考を引き戻した
 考えても仕方ない事を考えこむものではない
 ……自分、らしくない

「いんや、なんでもない………見回りは、もうちょいするつもりだからさ。心配してくれるんなら、一緒について来てくれるか?」
「へ?……まぁ、いいっすよ。戦闘向きではないっすけど、全然できない訳じゃないんで」

 直斗の言葉に、憐はへらり、と笑って了承してきた
 巻き込んで悪いな、と思いつつも、こうした方が憐を心配させずにすむのだから、仕方ない

 足音が、二人分になる
 かつん、かつん、と、二人分の足音が、夕暮れの校舎の中に響く

 かつん、かつん、かつん、かつん、かつん、かきん

 ぴたり、と、二人はほぼ同時に、歩みを止めた

 かきん、かきん、かきん

 何か、金属同士がぶつかり合う音
 音の発信源は………家庭科室
 憐に視線を向けると、こくり、と、小さく頷いてきた

「家庭科室で、出る可能性があるのはー………」
「「家庭科室の包丁」辺りか。飛び回ってるだけだから、ほっといてもいいっちゃいいが………」
「んー、でも、都市伝説を知らない人が、その現象に巻き込まれたら危ないっす。出来りゃあ、なんとかしたいっすけど」

 かきん、かきん、かきん、と聞こえてくる音を聞きながら、直斗は考えこむ
 「家庭科室の包丁」は、「放課後に無人の家庭科室で包丁が飛び回る」と言う都市伝説だ

 ある意味、「本体が存在しない」都市伝説である
 契約者が存在するならば、それを叩けばいいだけの話であるが、都市伝説単体、となると、少々対応が難しい
 まさか、家庭科室の包丁を破壊する訳にもいかないだろう。付喪神系ならそれで対処出来るかもしれないが、この都市伝説はそういった類ではないのだから

「一応、様子だけでも確認するか?」
「聞こえてくる音的に、包丁同士がチャンバラしてる予感っすから、覗くだけでちょっと危ない気が………先生に、報告した方が」

 と、憐の言葉が終わるよりも、前に

 ばりぃんっ!!と、ガラスが割れる音が響き渡った
 思わずそちらに視線を向けると、家庭科室の扉の窓が割れていて…………ふわり、と。包丁が、宙に浮いていた
 一振りではなく、いくつもの包丁が家庭科室から割れた窓を通って廊下へと飛び出してきていて

「………あっれ。あの都市伝説って、家庭科室から出て飛び回るもんだったっけか?」
「違うと思うっすー………あれ、まさか契約者、あり………?」

 都市伝説が、本来の伝承とは異なる行動パターンを見せた場合………それも、このような概念系都市伝説がそのようなパターンを見せた場合、高確率で契約者が存在する
 ならば、その契約者は、どこにいるのか
 契約者さえ見つけてなんとかすれば…………この飛び回る包丁を、何とかする事は、できる

 直斗はとっさに、契約者を探そうと家庭科室の中を覗きこもうとしたのだが

「危ないっ!」

 ぐっ、と憐に腕を引かれる。直後、直斗の目の前を包丁がひゅんっ、と通り過ぎた
 飛び回る包丁は、確実に直斗と憐を狙ってきている

「っち。さっさと家庭科室入って、契約者見つけるべきだったか」
「そうみたいっすねー………ちょっち、判断ミスっす、まずは、この包丁どうにかしねーと………」

 す、と、憐が直斗を庇うような位置に立った
 その様子に、直斗はほんの少し悔しげな表情を浮かべる

 あぁ、ほら
 結局、また、守られる
 自分は、本当なら「守る」立場に、なりたいというのに

「………憐、誰か呼んでくる。それまで、時間稼げるか?」

 ここに、憐を一人置いていく、と言う選択肢
 本当ならばとりたくない手段だが、自分がここで足手まといになるよりはマシだ
 憐は戦闘能力を全く持たない訳ではない………の、だが。契約都市伝説の能力で戦うとなると負担が大きいし、万が一としての「予備の都市伝説」を持ってはいるが………肝心のそれが、今、手元にはない
 自分がここにいる事で、憐が自身を庇おうとするだろう事はわかりきっているのなら、憐が傷つく可能性を少しでも減らす行動を取るべきなのだ

 直斗のその判断は、間違ってはいなかった
 ただ、直斗が動くよりも、早く、更に家庭科室の窓ガラスが割れて………ひゅんっ、と、新たな包丁が姿を現し、二人を挟み撃ちにする体勢をとってきた為、それは不可能となってしまった

 小さく舌打ちし、直斗は憐と背中合わせに立つ

「…俺っちが、なんとか道、開けるんで。そこを通って行ってほしいっす」
「できりゃあ、憐に怪我させたくないんだが………」

 ひゅんひゅん、と包丁が飛び回る
 二人が覚悟を決めるとほぼ同時、包丁は一斉に、二人に襲いかかってきて

 甲高い金属音と、低い激突音が、廊下に響き渡った

「………っ!」
「ぁ………」

 包丁は、二人には届いていない

「我が親友(とも)を傷つける事は、許しません」

 直斗の前に、その手に刀を手にした龍哉が立ち

「………俺の親友(ダチ)を、傷つけようとするんじゃねぇ!!」

 普段は翡翠色のその目を、爛々と金色に輝かせた遥が憐の前に立っていた
 直斗と憐に襲いかかった包丁を、龍哉と遥の二人が、それぞれたたき落としたのだ

 龍哉は刀を手にしているから、それで叩き落としたのだろう
 ただ、遥は素手である。その拳で飛び回る包丁を叩き落としたのならば、その拳は血にまみれているはずなのだが、傷ひとつついていない

 その理由を、直斗も、憐も。当然、龍哉も遥も理解している
 昔から、よくつるんでいたこの仲間内の中で、誰が何と契約しているのか、どんな能力なのか………自分達は皆、しっかりと理解しているのだから

「契約者はっ!?」

「推定、その家庭科室の中!」

 家庭科準備室からも、出た気配はない
 そして、ここは2階だ。窓から脱出するにも時間はかかる
 いるとしたら、まだ、家庭科室の中だろう
 直斗の言葉に呼応し、龍哉と遥はそれぞれ、家庭科室の左右の扉から家庭科室の中へと飛び込んでいった

 ………家庭科室から、何やら悲鳴が聞こえてきた
 勝負は、さほど時間がかかる事なくつくだろう、直斗も憐も、そう確信していた
 あの二人を相手にすると言うのなら、よほどの者でなければ、引き分けにすら持ち込めまい

「…りゅうっちとはるっちが来てくれて、良かったっす」

 ほっとした表情を浮かべる憐に、そうだな、と直斗は頷いてみせた
 ……おかげで、憐が怪我をせずに、すんだ

「じゃあ、俺、荒神先生に伝えてくるよ」
「あ、う、うん、お願いっす。俺っちは、一応、怪我人出た時に備えて、ここに残ってるっすから」

 直斗の言葉に、憐はこくり、と頷いてきた
 …まぁ、怪我人は出るだろう、間違いなく。「家庭科室の包丁」の契約者が十中八九怪我をする。多分、殺さないとは思う
 怪我人が、出なかったとしても。憐としては伯父と授業以外で顔を合わせるのは、なんとなく気まずいのかもしれない
 ………ならば、自分が、報告の役目を担うべきだ。直斗は、そう考えた
 せめて、そう言う方面で、役に立てるように

(…ま、一人で遭遇してたら、俺が全部片付けたんだけど)

 報告の必要もない状態に、していたのだけど
 まぁいいか、とそう考えて
 直斗は一人、戦闘の音を背後に聞きながら職員室へと向かう

 その、途中に

「…………」

 三階へと向かうクラスメイトの姿を見かけて
 その後ろをついていく存在に、気づいて

(……あぁ、あっちを片付けるのが先か)

 と、そう考えて、進路を変更したのだった



.




 非日常を知らぬ者が非日常に気づく必要はない
 気づいてしまえば、その瞬間から
 非日常と言う犠牲の中へと、足を踏み入れるのだから




               Red Cape

投下、と言うか避難所のやつをこっちに投下し直し終了なり
スレに戻ってきたの久しぶりだけど、本スレのここ仕様とか変わったりしたんですかね、ピンと来ない

またちょこちょこ、ネタ投下出来そうだったら投下していきますね

 六本足が『口裂け女』に襲撃された夜、その様子を遠くから眺める者がいた。

「……」

 彼又は彼女は部外者などではない。
 何しろ、『口裂け女』を嗾けた本人なのだから。

「今日も無理か」

 三人の劣兵が消えるのを見届け、『獣の数字』の契約者は溜め息をついた。
 心底無念そうに、どこか嬉しそうに。
 その後も『獣の数字』の契約者は、六本足と他の契約者巻き起こす騒動を見ていた。
 哀れな少年の敗北を心から悦び、六本足の足が切断されると飛び切りの笑顔を浮かべた。
 狂っている。
 『獣の数字』の契約者はそうとしか形容できない行動の数々を見せた。
 だが、本人からすれば、これは当たり前の行動だ。
 『獣の数字』の契約者にとっては、人の不幸が三度の食事よりも大切なのだから。
 やがて、六本足は正義漢と別れ恋人達と帰路に着いた。
 ここに来たあたりで、『獣の数字』の契約者は飽き始めていた。
 自分が放った劣兵が全滅し、契約者達による見世物も終わったからだ。
 今、上映されているのは滑稽な恋愛劇に過ぎない。
 『獣の数字』の契約者は、自分も帰宅するため踵を返そうとした。

「ん?」

 その時だった、六本足が変化を見せたのは。
 それは常人が見ても気づかないような微かなもの。
 しかし、『獣の数字』の契約者は違った。

「……フフフフフ」

 視てしまったからだ、その不幸と幸福を見通す異常な瞳で。
 六本足が、恋人とその契約都市伝説に対して心地良さを感じたのを。

「あの六本足が幸福を抱いた。……最高すぎる」

 『獣の数字』の契約者は歓喜する。
 不幸も幸福も持っていなかった六本足の変化を。

「そう、幸せを知りなさい。甘すぎて吐き気がする喜劇を演じなさい」

 闇の中で魑魅魍魎が蠢き出す。
 六六六、三桁の刻印を赤く光らせながら。

「天上からドブ底に堕とした方が不幸は上質になるのだから」

 悲劇の幕が上がろうとしていた。

――完――

花子さんの人&鳥居の人乙です
本スレに人が戻ってきて嬉しい

ホモと残念美少女の掛け合いいいですね
俺も真似しよう(オイ

学校町のエイプリルフールか
いたるところで世界がヤバくなってそう

花子さんとかの人乙です
久しぶりかと思ったらいきなりフルスロットルで来やがって…
てかこの人達、新世代の子供達ですよね?奴とか奴とか登場するかな

鳥居の人もお久しぶりです
ノイも極もいつも通りの日常だった
裏設定にあった新世代ネタも気になりますねえ

そして六本足
六六六が動くということは遂にクライマックスか
と思ったがよく読み返すと六六六がフラグ立てまくってるようにも見える…
あの面子相手だとどんな手を使っても返り討ちというかpgrされそうだが大丈夫だろうか

 中央高校に転校してから自分は以前とは少し変わった………と、彼女はそう感じていた
 今まで、女友達と言うものを彼女は持った事がなかった
 なにせ、自分は今まで周囲に男性ばかりが集まってきていて、女性の友達を作って遊ぶ暇なんてなかったのだ
 そんな事をするよりも、男共を魅了し、嫉妬の視線を浴びる方が楽しかったし、快感だった
 悔しそうな表情を、恋人を取られた憎悪の眼差しを。受け取るのがなんともなんとも心地よかったのである

 しかし
 ……しかし、である
 この中央高校に転校してきて以来、どうにも、自分に心奪われる男性が少なくなってしまい、その手の眼差しを受ける事も少なくなり
 …そして
 今の彼女には、一人、友人ができていた

「うー……なーんか、手首痛い」
「あはは、慣れない動きだしねー」

 体育の授業中、少し休んでいた彼女に、その友人…ここではYとしておこう…が話しかけてきた
 肩の辺りまで伸びた黒髪で、ややきつめの目つきをしている。体つきは、胸こそ大きくないもののすらっとしていてバランスがとれている
 新体操部をやっている、と聞いているが、なんとなく納得してしまう体格だ。レオタードとか着たら、映えるんじゃないだろうか
 …そういえば、本日の体育の授業は新体操のフープを使った授業で。大半の生徒が、初めて使うフープに悪戦苦闘している中、Yだけは軽々とフープを操って見せていた
 なるほど、納得である

「変に捻った、とかではないんだよね?」
「えぇ、多分大丈夫……だと思う」
「んー、ほら、ちょっと見せて」

 Yに言われて、なんとなく痛む右手首を見せる
 どれどれ……とYは彼女の手首を診察してくれた

「……撚ってはいないみたいだね」
「そう?……ちょっとほっとした。ありがと、優。流石、保健委員」
「あははっ。周りに生傷絶えないのが多いからさぁ。慣れてるんだよね、こういうの」

 怪我の具合見るのとか、と、Yは笑った
 Yの言う「周りの」、と言うのは……恐らく、あの仲良しグループなのだろう、と彼女はそう考えた
 Yは、彼女が日頃突っ込みを入れまくっている仲良しグループの、その一員でもあるのだ
 正直、Yと仲良くなったのもあのナチュラルホモ共へと突っ込みを入れまくっていたのがキッカケなのだ
 ……彼女としては、Yにもあの集団に突っ込みを入れてほしいところなのだが。残念ながら、Yはあんまり突っ込み入れてくれない。おかげで、彼女ばかりが突っ込み要員になってしまっている

 ひとまず、ふぅ、と息を吐きだして彼女は体育館の反対側を見た
 大体育館で体育の授業を行う場合、体育館を天井から下ろす編み幕で分けて男女別に分かれて授業を行う
 幕の向こうでは、男子達がバスケットボールの授業の真っ最中だった
 Hが、その高身長をいかしてダンクシュートを決めている様子等、他の女生徒達も見とれている
 うん、あれは見とれる
 ついでに、Rと見事なコンビネーション等見せていると、ますます見とれる
 あれはずるい、反則だ
 彼女が、そんな事を考えつつ男子の授業を見ていた……その時、だった

「………っあ」

 男子生徒の一人が、具合悪そうに座り込んだ様子が見えた
 顔色悪く座り込んでいる、その人は

「あ、晃。また貧血かな」
「双子の弟のことなのに呑気ねっ!?」

 思わず、Yに突っ込む彼女
 そう、座り込んでいるその男子生徒は、Yの双子の弟、Aだったのだ

 Aは、長い前髪のせいで目元がよく見えず、どことなく暗い印象を感じさせる少年だ
 ひょろっ、とした体型で、体があまり丈夫じゃないらしく、四月も後半となってきたこの時期の段階で、既に数回、保健室に運ばれている
 Yとは双子ではあり、似ていると言えば似ているが、似ていないと言えば似ていない………と言った感じである
 少なくとも、性格はあまり似ていない、と彼女は思っていた
 Yは割りと明るく社交的だが、Aは物静かで一人を好むような……正反対、とまではいかないものの、それに近い

 まぁ、とにかく。そのAが体育の授業中座り込んでいる、となると………やはり、貧血だろうか
 あ、先生も「大丈夫か?」と声をかけに行った
 これは、また保健室へ強制連行コースになるのかな………と、半ば他人事ながら眺めていた
 その時、だった

 周りの女子達が、黄色い悲鳴を上げた
 男子の方からも「おぉおお………!」みたいな声があがった
 うん、あれは思わず、そんな反応になるかもしれない
 彼女と同じようにぽかーん、と見ている者もいるが、声を上げたくなる気持ちもわかる
 何故ならば

「抱っこよ!お姫様抱っこだわっ!!」
「流石、遥!俺達に出来ない事を平然とやってのけるっ!!」
「そこに痺れる!憧れるぅ!!」

 …………

「何やってんの、あのナチュラルホモォオオオオオオオオオ!!!

 ぐったりとしているAを、軽々と横抱きにして運んでいっているHの、その姿に。彼女は思わず盛大に突っ込みの声を上げて
 そんな彼女の隣で、Yは「いつも通り」とでも言いたそうな表情で、からからと笑っていたのだった



「遥様は、昔から面倒見の良いお方ですからね」

 ほわんっ、と、Rはやんわりと笑いながら、そう口にした
 放課後、彼女はRと並んで帰路についていて、その最中に体育の授業中のあの件の事が話題になったのだ

「もうご存知かもしれませんが、晃さんは彼のお母様に似て、お体の弱い方でして。昔から、あぁして体調を崩されることが多いのですが。遥様は晃さんがそのような状態に陥っている様子を見ると、すぐにあぁして、対処してくださるのです」
「うん、まぁ、それはわかるのよ。彼、面倒見いいし。それはわかるんだけど、どうして横抱きになるのかって言う事よ」
「荷物のように運ぶのは、失礼だから、ではないでしょうか?担いで運ぶわけにはいかない、となると、あぁなるかと」

 半ば突っ込み混じりの彼女の疑問に、Rはさらりとそう答えた
 暗に、HはAくらい担いで運ぶくらいできる、とRは言っている訳だが、そこはあまり驚かない
 Aは小柄だし細いので、Hは体格もいいし力もあるので、Aくらいは軽々担げるんだろうなー、と思ってしまうからだ。なんとなく、納得してしまう説得力がある
 が、だからと言って、男が男を自然と横抱きで運んだ件については、納得してはいけない予感がしていた
 こう、納得したらなんか負けのような、そんな気分になってしまうのである

 これも、彼らがナチュラルホモのせいだ
 彼女としては、そう結論づけざるを得ない

(と、言うか………せっかく、龍哉君と一緒に帰ってる、って言うのに、こんな話題って言うのも……)

 我ながら失敗した、とは思うのだが。ついつい、「あれでいいのか」と問うてしまう気持ちを、恐らく自分以外もわかってくれるはずだ、と彼女はそう考えていた

 てくてくと、隣を歩くRは、背筋がしゃきっと伸びていて姿勢がいい
 なんとなく「あぁ、いい家の出身なんだなぁ」とそう感じる雰囲気が、歩いているだけで感じられる
 ……やっぱり、なんとか堕とせないかなぁ、とも思うのだが、どうにもその手段が思い当たらない、と言うのも困ったものである
 あぁ、こうしているうちに、家についてしまった

「っと、私、ここのマンションだから」
「おや、そうだったのですね。では、これで。さようなら。また、明日」

 ぺこりっ、と、Rは丁寧にお辞儀してきた
 その様子に、彼女もついつい、釣られてお辞儀する
 またね、とそう言って、彼女はマンションの中に入っていった。さっさとエレベーターで自分の部屋のある階層まであがり、自分の部屋に入る
 ん~、と伸びをして。さぁ、早く制服を脱いで着替えよう、と思って、制服に手をかけて

 ……その時。ふっと、窓の外を見た
 マンションの前の、つい先程まで、Rと一緒に歩いていたその道を、窓の外から見下ろして

「…………?」

 何か、居る
 多分、人間………だと、思うのだが。なにかおかしい
 それは、白かった。白くて、人間っぽく見えるのだが、人間とは違う………人間とはかけ離れた動きをしていた
 なんだか、こう………

(くねくね、しているような………)

 そう、一言で簡単に言うならば。それは「くねくね:していた
 くねくね、くねくねと。人間とはかけ離れた動きで、体をくねらせてるように見えた

 人間、だと思ったのだが、違うのかもしれない
 だって、人間が、あんな動きを出来るはずがない

 ………それじゃあ、あれは、何?

 見てはいけない
 あれが「何である」のか、理解してはいけない
 なぜだかわからないが、彼女はそんな予感を覚えた

 見てはいけない、知ってはいけない、理解してはいけない
 本能が、それを警告してくる
 だと言うのに………彼女は、その白くくねくねしたものから、視線をそらせなく鳴っていた

 くねくね、くねくね
 それを見てしまった瞬間から、気づいてしまった瞬間から、もう手遅れだったのだろうか
 くねくね、くねくね
 くねらせ動くそれが、「何」であるのか
 彼女がそれを、理解してしまいそうになった、その瞬間

 ひゅんっ、と
 くねくねしたそれに、何かが飛んできたように見えた
 飛んできたそれの動きは早く、彼女の目はそれを捕らえきることはできず

 …………ただ
 それが、通り過ぎていっただろう、その直尾

「……あ、れ」

 いない
 あの白く、くねくねしたものは、どこにもいなかった
 確かに、いたはずだったのだが、居ない
 最初から居なかったかのように、消え失せていた

「うぅん………?」

 この間の、与田惣だかなんだかの時といい、やはり、自分は疲れているのだろうか?
 きっちり寝ているつもりなのだが………なれない土地での生活は、思った以上にストレスを溜め込みやすいようだ

「早いとこ、慣れなくっちゃ、ね」

 そうして、男共を籠絡してやらなくては
 彼女は改めて、制服から私服へと着替え始めた


 窓の外、マンションの直ぐ側のその道で
 まだ帰っていなかったRが、慎重に、慎重に、辺りの気配を探っている様子に
 もはや、窓の外から意識を逸らした彼女が気づく事は、なかった





to be … ?

執筆スピード落ちてんなぁ、と思いつつ、またほいほい投下してみた
近日中に非日常パートもそぉいっ、しますね


>>622
>久しぶりかと思ったらいきなりフルスロットルで来やがって…
久々にこのスレ用のネタ書いてすげー楽しかったです
フルスロットルなつもりはなかった。スローリィな感じ

>てかこの人達、新世代の子供達ですよね?奴とか奴とか登場するかな
以前書いてたネタからは、大体20年後くらい、ですかね?多分
「彼女」以外の連中の親を現時点で全部わかった人居たらすげーと俺は思います
少なくとも、今回出したYとAはヒントも少ないしわかりにくいだろ

≫619
>学校町のエイプリルフールか
いたるところで世界がヤバくなってそう
何でもやりたい放題、各組織が忙しくなりそうです
≫621
>不吉だ………不吉の気配を感じる……
少なくとも新田家は通常運転でございます
≫622
>裏設定にあった新世代ネタも気になりますねえ
いちおうキャラは居るんですけどねー。エイプリルフールが片付いたら何か書くとしましょうか

花子さんとかの人乙ですー
美少女ちゃん友達ができて良かった。そのまま順調に腐女子への道を歩んでおくれ。そして龍哉くんGJ



 虎の子がにゃーにゃーと鳴いている
 友達がほしいと猫の側で鳴いている
 鳴き声につられて、他の虎の子が近づいてきた
 猫は虎の子に気づく事なく、猫だけで遊んでいた


               Red Cape

 彼は、基本的に「当たり前」と思っている事を実行に移す
 それはつまり、「学校にはまじめに通うべきだ」と言う事であったり、「困っているお年寄りが居たら手助けすべきだ」と言う事であったりする
 もっとも、彼はどこか、常識が若干ズレているところがあるのもまた、事実である
 よって、彼の言う「当たり前」の中には「仕えるべき主の役に立つべき行動をとる」と言うものや、「己は獄門寺家の14代目であるのだから、その自覚を持つべき」というものであったりもする

 獄門寺 龍哉。獄門寺組14代目若頭。獄門寺組13代目組長 獄門寺 龍一の息子
 父親が、「獄門寺」と言う家の本来の役割を思い出し、その役目を必要以上に背負い込もうとしていたように………龍哉もまた、「獄門寺」家が学校町においてどのような役割を持っているのかを理解し、その役目を果たそうとしていた
 龍一と違い、龍哉にとって幸いであったのは、龍哉が背負おうとしているその宿命を理解している存在が幼い頃から居た事だろう
 幸いであると同時、その環境は龍哉により強く自覚を抱かせ、まっすぐに、まっすぐに………どこまでもまっすぐに、その道へと突き進ませているのだが
 若干スレてしまっているその常識もそのままに、龍哉はどこまでもどこまでも、まっすぐに進んでいた


 「獄門寺」家の役目
 「日景」家に仕え、それを守り支える………と言うのが、かつての役目
 その役目は、今では薄れており、今背負うべきは別の役目
 龍哉が自覚し、果たそうとしている、その役目は………


「っと、私、ここのマンションだから」
「おや、そうだったのですね。では、これで。さようなら。また、明日」

 ぺこり、と龍哉はクラスメイトの女生徒に頭を下げた
 学校町とは別の土地から、中央高校に通う為に一人でやってきて生活していると言う
 この街に慣れていない彼女の事が、龍哉は少し心配だった
 なにせ、この街は特殊なのだ
 この土地に慣れてない者は、この土地の「餌食」になりかねない
 住んでいるうちに、自然と危険から遠ざかるすべは身につくだろう。当人すら無意識のうちに、そういった感覚は磨かれていくはずだ
 そうなるまでが、危険なのである
 今日、彼女から「一緒に帰ろう」と誘われた時、龍哉が承諾したのはそういった心配もあったからなのである
 自分が、とりあえず家まで「護衛」すれば、大丈夫だろう、と。そう考えたのである
 マンションへと入っていく後ろ姿を見送り。さて、と、龍哉はこの場を立ち去ろうとして

「……………」

 ぴたり、と、足を止めた
 感じ取ったのは、不穏な気配。人間ではない、異質の気配
 …………都市伝説の、気配

「………っ!」

 視界の隅に入った、それの姿に
 龍哉はばっ、と、素早く物陰へと跳んだ
 そこに居たのが何であるのか、即座に見抜いたからこそ、身を隠し、それを直接、見ないようにする

「白い姿、あの動き。クネクネですね」

 クネクネ、その都市伝説に関しては、龍哉はきちんと情報を持っていた
 それが、「何」であるのか………「クネクネとは何であるのか」を理解すると、発狂する。その理解は「クネクネを見つめ続ける」事で進んでしまい、発狂へと近づくのだ
 だから、クネクネを直接見てはいけない。見たならば、即座に攻撃を開始し、理解する前に倒すべきである
 龍哉は、一度クネクネを視界から外す事によって理解を止めた。そうでなければ、「理解」が進み、自分は発狂する
 クネクネの能力の発動範囲から逃れるのは、至極「当たり前」の行動なのだ………その能力が自分に向けて使われていたなら、尚更の事
 そして、次にとるべき「当たり前」の行動へと移っていく

「あれは………さて、契約者ありでしょうか、それとも、なしでしょうか」

 クネクネが、悪意を持って行動しているのか否か……それは、龍哉には完全には判断しきれない
 そもそも、クネクネと言う都市伝説自体は自我を持っていないパターンが多いのだ。半分、自然災害に近い…いや、それを言ったら、大半の都市伝説は自然災害みたいなものだが…故に、見つけたら対処できる者が対処すべきだ
 契約者が居るならば厄介だが………そうで、なければ

「僕一人で、どうにかなりますね」

 そう、自分一人で大丈夫だ
 龍哉はそう判断した

 それは、決して慢心ではない
 ただ、自分の実力をきちんと理解しているだけの事である

 気配を感じる。相手の位置を理解し、そして………静かに、それを呼び出す

「「大通連」、「小通連」!!」

 ひゅんっ、と
 呼びかけに応え、何処からそれが飛び出してきた
 ひゅんひゅんと、それは龍哉の意思に従って回転しながら飛んでいき………

 ーーーーーざしゅっ、と
 刃が、踊り狂うクネクネに、斬りかかる

 己の手に握っていなかったのだが、龍哉はその感触を感じていた
 故に、気づく

(斬り込みが、浅かった………避けられた)

 まだ、致命傷には至っていない
 そして、こちらの攻撃を避けたのだろうクネクネの気配が薄まった
 逃げようとしているのか、こちらに反撃しようとしているのか

 ばっ、と龍哉は改めて通りに出た
 自分以外に、人影はないまま。クネクネの姿も見えない
 薄い薄い、クネクネの気配を探す

(…見ては、いけない。今度、クネクネの姿を見たら。本格的に攻撃されるかもしれない)

 見た瞬間に、「理解」を一気に進められるかもしれない。それだけは避けるべき「当たり前」の行動だ
 ………それならば、と
 龍哉は、「当たり前」のように目を閉じた


 くねくね、くねくねと
 それは気配を隠そうとしながらも、本能に従ってくねくねと動いていた
 こちらに気づいたあの少年が、即座に隠れると言う行動をとった瞬間から、クネクネは相手が契約者である可能性を感じていた
 こちらの正体を、能力を知っており、それに対応しようとしたのだろう、と
 そのまま逃げるのか、と言う予想は外れ、飛んできた攻撃を何とか避けて………そして、今、反撃の隙を伺っている

(敵………敵、敵…………人間、「餌」………狂、狂…………、「餌」、主………)

 くねくねとうねりながら、少年に近づいていく
 少年は、辺りの気配を伺っているようだった
 くねくねの攻撃手段は限られている。その姿を見せて、相手を発狂させる事だけ
 その姿を見せ続けなければその能力は発揮されないが………

(敵、見………能力、全開………!)

 このクネクネは…………いや、クネクネを「纏った」契約者は、自らのその能力を強化させていた
 普段は、通常通り「見つめられ続ける事により、自らが何であるのか理解させ発狂させる」と言う能力
 しかし、契約によって強化された能力は、「相手が自分を見た瞬間に一気に理解させて発狂させる」と言うもの
 姿さえ見せれば確実に相手を発狂させられる………勝利を確定させるにふさわしい能力
 問題があるとすれば、乱発すると「飲まれる」危険性が高まる、と言う事か

(敵、狂、狂、敵…………勝利、勝利、勝利!!)

 …このクネクネの契約者は、既に「飲まれ」かけていた
 飲まれかけている事を自覚する事なく行動し………自らを従えている存在の意思に答えようとするかのように、人間を発狂させ集める為に行動すべく、動く

 するりっ、と、体をくねらせ、少年の前に踊りでた
 もはや気配を隠す必要もない
 目の前の少年が自分を見た瞬間に、勝負は決まる………

 はず、だった

「ーーーーーーっ!?」

 少年は………目を閉じていた
 じっと、目を閉じた状態
 これでは、姿を「見せて」「理解」させる事が、出来ない…………っ!

(……っ、無理矢理、開、見………!)

 無理矢理にでも、目を開かせよう
 目を閉じたままの状態で、自分に対応出来るはずがない

 クネクネは、クネクネ契約者は、そう考えた

 油断していた
 忘れていた
 この少年は、こちらの姿を見ていない状態で、攻撃をしてきて………自分が避けていなかったら、確実にあの一撃で命を奪われていたであろう、その、事実を

「大通連」

 少年の声に答えるように、その右手に三尺一寸、厳物造りの太刀刀が姿を現した

「小通連」

 もう一振り、また別の刀が少年の左手に出現する

 それらが、どんな刀であるのか、クネクネは知らない


 それは、鬼の刀
 鬼女が振るいし三振りの刀のうちの、二振り
 鬼の宝剣
 通常、契約には多大なコストを必要とするその刀を、少年が飲まれる事なく契約出来ている理由も、クネクネは知らない
 目の前に居る少年が、鬼に最も近い血筋であるその事実に、クネクネは気づく事は出来ずに

 ーーーーーざんっ、と
 少年が振り下ろした二振りの刀によって、クネクネの体は綺麗に切り裂かれ、この世から消失した



「…………っふぅ」

 手応えを感じて、眼を開く
 龍哉の目の前には、一人の男が倒れていた
 恐らくは、クネクネの契約者だったのだろう

 龍哉が振るった刀は、クネクネ「だけ」を切り裂いた
 契約者にはダメージを与える事なく、都市伝説だけを切り裂いて消失させたのだ
 龍哉が契約しているその刀に、元からそのような能力があったのか。それとも、龍哉の力量によるものか。判断出来る者は残念ながら、この場には居ない

「さて、契約者の方は、どうしましょうか」

 むむぅ、と、倒れている男を前に龍哉は考える
 契約都市伝説を倒した以上、この男性はもはや契約者ではない
 さて、これをどうしようか
 話は聞き出したいが、このような路上では、少々面倒な事になるかもしれない
 出現させていた刀を一旦手元から消しつつ、龍哉が思案していると

「………なぁにやってんだ、坊や」

 聞き覚えのある声
 その声に、龍哉はぱっ、と表情を輝かせて、そちらへと視線を向けた
 ゆっくりと、龍哉に近づいてくるのは和装の男。褐色の肌に濃い茶色の長い髪。左目が大きな切り傷で潰れているその男に、龍哉は警戒を見せない

「お久し振りです。学校町にいらしていたのですね」
「あー、今日ついたばっかりだよ………そうだってのに、お前が戦ってる現場見る事になると思わなかったわ」

 強くなったな、とぽふぽふと頭を撫でられ、龍哉は少し嬉しそうに笑った
 そんな龍哉の様子を見て、男もふっ、と笑う

「ま、積もる話はあとだ。そこで倒れてる奴、なんとかしねぇと駄目だろ………「先生」の診療所にでも、運ぶか?」
「そうですね。そちらで、お話を聞かせていただいきましょう」
「一応、お前の親父にも連絡入れとけ。大丈夫、とは思うが………」

 ………この街に、「嫌な気配」がする

 男のその呟きに、龍哉はむぅ、と声をあげて
 わかりました、と鞄から携帯を取り出し、父親へと連絡を撮り始めた
 その間に、和装の男はよっ、と気絶しているクネクネ契約者を担ぎあげて。龍哉の電話が終わると、二人で歩き出したのだった




 虎の子達が遊んでいると、怖い獣がやってきた
 獣は虎の子達を無視して、猫達の元へ向かおうとした
 虎の子達は猫達を守ろうと立ち向かい、獣を追い払った
 猫達がその事実に気づく事は、ない


               Red Cape

と、言う訳で宣言通り投下完了ー
>>623-625の裏側と言うか続きっぽいのでした
バレバレだっただろうけど、Rが誰の子供なのかの答え合わせ
あ、最後に顔出したのは、今までに出したこと無いやつです

>>627
>何でもやりたい放題、各組織が忙しくなりそうです
またどこかで、誰かの胃が犠牲になるのか………

>そのまま順調に腐女子への道を歩んでおくれ
彼女「断るっ!私は清く正しく爛れたハーレムを目指すっ!」
 無理だって諦めろ

「最近、ジョギングが楽になってきた」
「もう三月ですからね。少しずつ、暖かくなっているんでしょう」
「そ、そうだね」

 休日の昼下がり。
 自宅の居間で、俺と恋人とカンさんはくつろいでいた。

「『口裂け女』の襲撃以来、何事もなく終わったな二月は」
「……『獣の数字』の契約者はまだ捕まってませんけどね」
「その内捕まるだろ」
「二月にも同じこと言ってましたよ」

 カンさんは溜め息をついた。
 もはや、定番となりつつある光景だ。

「溜め息をつくと幸せが逃げるぞ」
「今が幸せだから溜め息をつくんですよ」

 よくわからない返事。
 カンさんのことだから、適当なことを言っている訳ではないんだろう。

「早く捕まるといいですね、『獣の数字』の契約者」
「まあな」

 トラブルの種は少ないほうがいい。
 自分から積極的に駆除しようは思えないが。

「……もう少しで新年度ですよ。気分を一新したいとは思わないんですか?」
「そもそも四月が来て欲しくない」

 四月は色々と面倒が多い。
 何事も始まりはエネルギーを使うからだ。

「五月から三月の間をループしたい」
「どれだけ、がさつなんですか……」

 また、カンさんが溜め息をつこうとした。
 その時だった。

「ロ、ロク君!」

 今まで黙っていた恋人が急に声を上げたのは。

「ん、どうした」
「うん。あ、あのねロク君。私、さっきまで寝ていたよね」
「ああ、寝てたな」

 昼飯を食べた後、恋人は少し横になっていた。
 カンさん曰く、昨日あまり寝ていなかったらしい。

「ぐっすりだったぞ」
「そ、そーなんだ。……恥ずかしい」
「何か言ったか」
「な、なんでもないよ。え、えーとそれで聞きたいんだけどね」
「ああ」
「ど、どうして……」

 恋人は顔を真っ赤にした。

「どうして、私の頭がロク君の膝の上に乗っているのかな!?」
「膝枕をしているからだな」

 簡潔に結論を答えた。

「それはわかってるよ! 私が聞きたいのはどうして膝枕をしてくれているかってことで」
「俺がそうしたいから」
「え!?」
「嫌なら止める」
「い、嫌じゃないよ!! むしろご褒美! でも、最近のロク君の行動が突飛すぎて戸惑っているというかなんとういうか! 幸福メーターが振り切っちゃってるというか!! あ、あのーそのー!!」

 思考の渦に恋人は呑まれているようだ。
 取り留めのない言葉をひたすら口走っている。

「六本足さん、デレるのはいいですが段階を踏んでください。契約者さんが負担に耐えられません」
「落ち着くんだ、傍にいたら」
「……いい傾向ではありますがどうしたんですか? 『口裂け女』に襲撃された日以来、契約者さんへの対応が急激に変わっていますよ」
「気のせいだろ」
「……まあ、契約者さんが幸せそうなのでいいですが」

 そのまま、しばらく時間が過ぎていった。
 ゆっくりと、しっとりと。

「ロ、ロク君」
「どうした」

 恋人が急に立ち上がった。

「ちょ、ちょっとトイレに行ってくるね」
「ああ」

 恋人が居間から去り、カンさんと俺の二人になった。

「カンさん」
「どうしました?」
「膝枕してほしいか」
「……契約者さんにだけ、やってあげて下さい」

 カンさんに半眼で睨みつけられる。
 どうしてだ。

「わかった。それと一つ言っておく」
「なんですか?」
「前に俺は死なないって約束しただろ」
「そうですね、よく覚えています」
「あれ、無かったことにしてくれ」
「……は?」

 再び睨みつけられる。

「六本足さん! それはどういう『更新だ』……更新?」
「俺が死なないってのは無しだ。代わりに俺が死ぬまで死なせない」
「ああ、そういうことですか」

 カンさんはほっと一息を付いた。

「契約者さんを死なせないってことですね。いいと思いますよ、契約者さんもきっと喜びま『違う』え?」
「一人じゃない、二人だ」

 外から風の吹く音が聞こえる。
 春一番だろうか。

「俺が生きている限り、あいつとカンさんは死なせない。何があっても」
「……何を言っているんですか? 私はあくまで契約者さんの従者。あなたに守られる必要はありません」
「俺が死んで欲しくないからそうするだけだ」
「そ、そんな必要は!」
「とにかく、俺は二人を死なせない。以上だ」

 形容しがたい沈黙が生まれた。
 カンさんは目を伏せ、俺はテレビに視線を戻した。
 前に見たことのあるような番組を見流す。
 つまらない。

「……六本足さん」

 しかし、そんな時間はすぐに終わった。

「どうした」
「私からも約束をします。あなたが私と契約者さんを死なせないというのなら、私は契約者さんとあなたを死なせません。何があっても」

 凛とした力強い声が居間に響く。

「そうか」
「そうです」

 廊下に続くドアが開かれた。

――完――

花子さんの人乙です
まあ、Rと言ったら彼の子供だよね
新キャラも出てきたしこの先どうなることやら……

>>622
まだクライマックスではないですよ
三月編で終わる予定ではありますが

花子さんの人と六本足の人乙ですー
龍哉くん強いすなあ。真面目なのは親譲りか
そして六本足の人…なにやらほのぼのとしたやりとりの裏に不吉な台詞が見え隠れしているような

「それじゃー、極の奴が仮契約書をもってやがんだな」
「と、届けては、頂けない、でしょうか」
 一同の視線を一身に浴び、ノイは困り顔。
「うーん、イタルは落とし主を捜して返すって、言ってたけど」
 絶対あれは、なんか考えてる顔だった。それを言ってしまって良いんだろうか。
 でも契約書を持ってるのはイタルだ。
「じゃーあたし、イタルに、桜たちに契約書を返すように伝えるから、桜たちもイタルを探すの手伝ってくれる?」
 考えてもよく判らなかったので、まずは行動あるのみだ!
(でも、あの契約書、使ってみたいなあ)
 なんでもホントになるんだったら、試しにあんなコトやこんなコトも言ってみたいなあ。

 そう考えたノイの心は、既に悪魔のささやきがつけ込む余地があったのだ…


 その頃、学校町内のファーストフード店内。
 喧噪に紛れて、ひとりの少年が契約書にペンを走らせようとしていた。
 もちろん少年とは新田極。彼は「嘘から出たまこと」を何に利用しようというのか?
(ついた嘘は、何でも本当になる…それが、どんなに実現不可能なことであっても)
 やるしかない。
「よう極。こんなとこで何してんだ?」
 いきなり知った声に呼び掛けられ、思わず極の手が止まる。
「黄昏くんに、泡沫さんですか。いつも仲の良いことですね」
「まあな。俺とミナワの絆は永遠かつ絶対だからな。ウヒヒヒヒ」
「もうっ、裂邪ったらぁv」
 いつもなら羨望で多少なりともいらっと来るものだが、今日は全く気にならない。
「あら、契約書ですか?」
 ミナワの視線の先に気づいた裂邪がふと極の手元に目を留めた。
「何だ?…『嘘から出たまこと』?」
「たまたま手に入りまして」
「…読めたぜ、極。お前のこの都市伝説の使い途」
「なんだっていいでしょう」
「ウヒヒ、漢だろ?…ま、所詮嘘は嘘だよな。でも、たまにはそういうのに縋るのもありなんじゃねえか?健闘を祈るぜ」
「それじゃあ、また新学期に学校で」
 二人の背を見送って、今度こそこれでひとりきり。あとは目の前の紙にサインをするだけだ。

(これにサインをして、『神崎さんとデート出来る』と言えば、本当になる…どんなウソでも本当に…待てよ…ウソ…?)

『ま、所詮嘘は嘘だよな』

(…判った!この都市伝説!)

「イータルっ!」
「わっ!」

 つーかまえた!とイタルの服の袖を掴むノイを振り払った。
「イタル、それ落とし主見つかったよ」
「え…」
 ノイの意外な一言に、思わず動きが止まる。
「桜たちが捜してたの。あたしが渡して上げるから、それ、ちょーだい?」
 にこにこ笑って手を出すノイを前に、極にはもはや迷いはなかった。

「ほら。確かに届けてくれよ」
「はーい!」
 妙にすっきりした心持ちで、極はノイの小さな背を見送った。…十数分後の結末も知らずに。

 十数分後。
 ひとりの女が学校町を闊歩していた。
 黒く艶やかな長い髪。薄青色の瞳。身長は160センチ程、年の頃なら18、9。スリーサイズは86、58、84といったところか。「えへへー」
 街のショウウィンドウに映った己の姿に頬を緩め、くるりと回ってご満悦だ。
「あ!響に桜!」
「…失礼ですが、どちら様ですか?」
 桜が問うた。こんな人は、覚えている限り知り合いには居ない。
 ただ、彼女の兄は、何かに気づいたようで。
「…まさか、お前」
「あたし!あたし、ノイだよ!」
 双子の表情が怪訝にひそめられ―
「お前、契約書使ったろ!」
「え、な、何のことかなあ?」

『とぼけるな』

「…つまり、契約書を極から預かった後、あんたがパクって使ったわけね。このお馬鹿さんが!」
 呆れ顔のるりを前にノイはてへへ、と笑って誤魔化そうとした。
「だってね、いっぺんでいいから、大人のオンナってゆーのになってみたかったんだよ。いつまでたってもチビのまんまなんてヤだもん!どーお?大人になったあたし、ミリョクテキでしょ?」
 ニコニコ全開の笑顔は何時もと変わらずに、あー楽しい!とくるくる回る度にスカートがふわふわと揺れる。
「…あんたもつくづくお馬鹿さんね」
「なによーるり!るりだって、オトナになってみたくないの?」
「わたしは今のままで満足していてよ」
 それより、と、びしっと手にした『ケーリュケイオン』の先をノイに突きつける。
「あんたは大人になってみたくて『嘘から出たまこと』と契約した」
「うん!」
「いいこと?『嘘から出たまこと』なのよ?嘘から」
「…うん?」
「黙ってればいずれ大人になれたかも知れないものを、自分から『嘘』にしてどうするのよ」
「……」
「……」
「……あー!」
 ことここに至って、初めて自分のしでかした事が飲み込めたらしいノイが大声をあげた。

「ど、どうしよう」
 ノイがうろたえ始める。今は「嘘から出たまこと」のおかげで大人の姿を保っているが、もしこの契約が切れたら…
「あたし、一生チビのまんま!?そんなのやだー!」
 るりの肩をつかんでぶんぶん前後にゆさぶる。というより振り回す。
「やめなさい、お馬鹿さん」
 しっかり肩を掴んでいるノイの手を振り払った。
「ま、仮契約だから、効力はもって一日ってところね。そこから先どうなるかは、まあ運任せよ」
「やーだー!大人になりたいー!」
 じたばたと暴れる姿は、ちっとも大人っぽくはないのだが。
「お黙りなさい。人の子が大人になるには、どんなに頑張っても20年は掛かるのよ。騒ぐならそれより後になさい」
 なおもぶーたれるノイに、るりが高圧的な一瞥をくれた。
「まあ、こちらの管理不行き届きもあったことだし、契約書をパクった件は、此方からは不問にしてあげるわ。此方からは、ね」
「こちらからって…?」
 首をひねるノイの背後に、人影が立った。

「ノイ・リリス!」
「む、ムーンストラック…」
「人様が落としたものを勝手に使うなど!俺はお前をそんな子に育てた覚えはない!」

「るり、ムーンストラックに言いつけたの!?」
「当然でしょ。子の罪は親にチクってなんぼよ」
 るりに詰め寄るノイの肩を、ムーンストラックががっちりと掴む。
「お前のしたことは、盗人と同じだ!今日という今日は…」
 ノイはそのまま、怒りで頭から湯気が出ていそうなムーンストラックに連れられて、半べそをかきながら連れられていった。
 その様子をちょっと離れたところから、極が眺めていたことは、ノイが知る由もない。
「やれやれ、悪魔に魂なんか売るもんじゃないな」

 その日ノイに下された罰は、夕飯抜きと、三日間の自室謹慎、つまりは軟禁だったとか。


「大丈夫だよ!ノイちゃんが大人でも小さくても、俺は愛せるから!」




END

よーし四月中に投下できた!
影の人にはスライディング土下座を進呈しますのorz三ズザー

鳥居の人と六本の人乙です!
嘘から出た誠にそんなデメリットが……

>>651
それは悪魔のパスポートですね
デビルカードは振ると自分の身長と引き換えにお金が出てくるやつだったと思います

 彼女は、授業はなるべく、まじめに受ける方である
 何故ならば、モテる為には知識が、学力が必要となる事もあるからだ
 もちろん、ちょっと頭が足りない感じがモテる事もある。しかし、それは「ふり」でいいのだ。頭の悪いふりをするのは簡単だが、頭のいいふりと言うのは難しい。知識は、蓄えておくにこした事はないのだ
 なので、彼女はこの日もまじめに授業を受けて、ノートを取っていたのだが

(………遥、また寝てる)

 ちらり、と、クラスメイトの席に視線を向ける
 そこでは、Hが机に突っ伏して眠っていた
 Hは、授業中寝ているのは、これが初めてではない
 まだGWに入る前のこの時期だと言うのに、彼女は既に数回、Hが授業中に眠っている様子を目撃していた
 こんなんで大丈夫なのだろうか、と、他人事ながらちょっと心配になったりもするのだが

「……それじゃあ、日景。教科書の14ページ、三行目から読め」
「………………ん、む?」

 英語教師に指名され、Hが目を覚ました
 寝ぼけている………と言う様子はなく、むしろ、「本当に寝ていたのか」と言うくらいにすぱっ、とあっさりと起きて、そうして

「The ruin where I don't get the sun and the hallway which is mineral matter. In the room of an end, bou RARURU children」

 すらすらと、きれいな発音で指定された文章を読み上げた
 Hは、授業中寝ていることが多い癖に、成績は全体的にいい方だ。特に英会話は得意で、下手な英語教師より発音が綺麗なのだ
 そうやって読み上げて、自分のやるべき事が終わると、またぽてんっ、と机の上につっぷして眠り始める。教師も注意するのは諦めたのか、そのまま授業を続行した

(本当、勿体無いのよねぇ)

 整った外見、抜群の運動神経、成績優秀、となればどう考えても良物件だ
 良物件、なんだけど…………



「れーん、今日は放課後、予定あるか?ないなら、俺とデー「今日はー、教会の方にお手伝いに行く予定っすー」ド畜生っ!?」

 ……うん、これである。帰りのホームルームが終わった瞬間、これである
 ナチュラルにLをデートに誘おうとして、さらっと断られているHの姿に「こいつは……」と言う表情を浮かべてしまうのは、決して悪いことではない、と彼女は感じていた
 男が男を、ごく自然にデートに誘うな、ナチュラルホモめ。この残念なイケメンめ
 と、言うか、どうしてこのやりとりに誰も突っ込まないのか
 Hの言葉が、冗談である、と受け止められているだけなのかもしれないが、だとしても突っ込みの一つや二つ、飛んできてもいいだろに
 まさか、突っ込み入れるの面倒なくらいの日常なんだろうか
 駄目だこのナチュラルホモ筆頭格、早くなんとかしないと

「龍哉ー、今日、お前の家行っていいか?おふくろがグレープフルーツ取り寄せたから、お前の家におすそ分けしろって」
「はい、構いませんよ。ただ、家にちょうどお客様が来ている最中ですが」

 ………っは!?
 しまった、ナチュラルホモ筆頭格に気を取られていたらこっちでも!?
 い、いや、落ち着け、あの二人は幼馴染、それに、Nも言っているではないか。果物のおすそ分けにいく、と。Hと違い、妙な意味合いはないはずである、うん

 彼女のそんな動揺などまったく知らぬ様子で、NはRの言葉に「客?」と首を傾げていた
 Rは「はい」、とやんわり微笑んで返事を返している

「鬼灯さんが、来てくださっていまして」
「……え!?あの人、来てるっすか!?」

 おや?
 Rが口にしたその名前に、Lがぐっと反応した
 なんだろう、こう………目をキラキラさせている、と言うか。Rのところに来ているというお客様は、Lの知っている人なのだろうか
 まぁ、そこはどこか、微笑ましさを感じるからいいとして………凄い、Hが、一切合切隠す様子のない嫉妬をみなぎらせている。これは酷いナチュラルホモだ。ツッコミを入れるべきなんだけど、どう突っ込んだらいいのかわからないほどに
 もう、突っ込みは放棄してゴールしていいだろうか
 ちょっと、現実逃避したくなってしまった。いや、現実逃避しても、許される
 彼女はそう、自分に言い聞かせたのだった

「飲んだら乗るな、小学生でも知っていることのはずなんですけどね」
「アルコールで脳が焼けてたんだよ、あのキチガイは」
「同感です」
「俺もだ」

 帰宅した俺達は、食卓を囲みながら夕方の出来事を話していた。

「昼間から酒を飲んだ挙句に飲酒運転。おまけに人を轢きかける。ただで済まないでしょうね、あの原付バイクの運転手は」
「あれが自動車だったら即死だったね。本当、死ねばいいのに」

 いつになく辛辣な言葉を恋人は吐く。
 事故に遭いかけたのだから当然だろう。

「最初は『獣の数字』の契約者の仕業かと思いましたが勘違いでしたね」
「うん、原付バイクからも運転手からも都市伝説の気配はなかったからね。本当、死ねばいいのに」
「……少し抑えましょう、契約者さん」
「二人を殺しかけた野郎に遠慮なんかいらないよ」

 ちなみに、恋人は運転手を殺そうとしていた。
 すぐに、カンさんに止められて諦めたが。
 正直、助かった。
 公共の場での殺人は、業者でも隠蔽のしようがない。

「それにしても……」

 箸を持つ手を止め、カンさんは俺に視線を向けた。

「いつになく、無茶苦茶な方法を取りましね。六本足さん」
「大したことをした覚えはない」
「……あなたにとっては、そうでしょうが普通はおかしいです」
「まあ、ロク君だし」

 恋人は苦笑、カンさんは溜め息をついた。

「片足で原付バイクを受け止めるなんて聞いたことがありません」
「鍛えているからな」

 今晩のおかずである鯖味噌を口に運びながら答える。

「……万能じゃないですからね、その答え」
「実際、そうなんだ」

 と言っても、足はある程度負傷していた。
 歩けないこともなかったが、念の為にストックと交換し自宅まで帰ってきた。
 負傷した足は、今はもう能力で回復しきっている。

「……都市伝説の私ですら、アクセル全開の原付バイクを受け止められるとは思えません」
「ほ、ほら。カンさんは身体能力が高いタイプじゃないし」
「少なくとも人間よりは高いはずなんですが」
「……あははは」

 二人の会話を聞き流しながら鯖味噌を味わう。
 うまい。
 生姜が良く効いているし、味噌もいい塩梅だ。

「六本足さん。前から聞きたかったんですが、あなたは師匠さんからどんな鍛錬をさせられてきたんですか?」
「大したことはしてない。足をひたすら鍛えてただけだ」

 逆に言うとそれ以外はやっていない。
 突きは一切教えられなかったし、柔術は師匠の専門外だった。
 実践で身につけた技の中には、手を使うものや体勢を崩すものもあるが専門家には敵わない。
 
「……そうですか。ちなみに、どんな内容でしたか?」
「最初の頃は、ひたすら走らされてたな」
「へー、やっぱり基本が一番なんだね」
「そうだな」

 恋人と同じことを言いながら、師匠は俺を走らせていた。

「毎日、倒れるまでやってたな」
「……え?」
「そんなとこだろうと思っていました……」

 それぞれ違う反応を取る二人を眺めながら、更に記憶を漁った。

「小学生の頃は基礎を中心に。中坊になってからは実戦も積極的にやらされたな」
「実戦って喧嘩?」
「いや、都市伝説戦」

 喧嘩も売られることは良くあった。

 顔を引きつらせる二人。
 しかし、恋人は急に不思議そうな表情をした。

「そういえば、前から確認したかったんだけどね。ロク君が『ケン○ッキーに使われている鶏は六本足』と契約したのって中学二年生の時なんだよね」
「そうだ」
「もしかして、その前に他の都市伝説と契約してたの?」
「ああ、してた。言ってなかったか」
「今、初めて聞いたよ」

 そういえば、恋人とカンさんには言ってなかった。

「体ができてない頃は蹴りだけじゃきつかったからな。結構、助けられてた」
「へー。今、その都市伝説はどうしてるの?」
「中二の頃に死んだ」
「……ごめん」
「別にいい」

 三年も前の話だ。

「で、でも……」
「過去は過去だ。今以上の価値なんてない」

 記憶の中のフライドチキンより、今食べている鯖味噌の方がよっぽど価値が有る。
 空想で腹は膨れない。

「そ、そっか。あとね、ロク君」
「何だ」
「今日は本当にありがとう」
「原チャリを止めただけだろ」
「……相変わらずのロク君クオリティだね、うん」

 でもね、恋人はそう言葉を続けた。

「私は本当に感謝しているよ。そもそも、ロク君と出会ってなかったら私は一年前に死んでいたし。私がこうしてご飯を食べられているのは、ロク君がいたからだよ」
「偶然だ」
「人はそれを運命と呼ぶんだよ」

 よくわからない言葉だ。
 恋人は読書家のせいか、たまに変な事を言う。

「とにかく、これからもよろしくね。ロク君」
「ああ」

 適当に返事をする。
 難しいことを考えてもしょうがない。

「私からもお礼を言っておきますよ、六本足さん」

 今度は、カンさんが口を開いた。

「私では原チャリに反応できませんでした。契約者さんを守れたのはあなたのおかげです」
「約束だからな」
「ええ、約束ですからね」

 微笑するカンさんを見て、恋人が慌て始めた。

「や、約束!? カ、カンさん!! 約束って一体何!?」
「秘密です」
「え!? じゃ、じゃあロク君教えてよ!」
「秘密だ」
「ファ!?」

 混乱する恋人を眺めながら食事を再開する。
 さっきより、どの料理も美味しく感じた。

「い、一体二人の間に何が!?」
「何もありませんよ、何も」
「逆に意味深な感じがするよ、カンさん!!」

 二人を守る、その約束に偽りはない。
 心地いい場所を失いたくないから。
 けれど、夕方の件で気づいてしまった。
 守るも何も、トラブルに巻き込む可能性が一番高いのは自分だと。
 現にここ数ヶ月、『獣の数字』の契約者に狙われている。
 今までなら、特に気に止めなかったことだ。
 襲ってきたなら返り討ちにすればいいだけだったから。
 だから、こうして放置してきた。
 ヒーローや黒服に任せて。
 しかし――。

「生き残ると守るは違うか」

 今の俺の傍には二人がいる。 
 契約者と都市伝説ではあるものの、積極的に命を狙われることのない彼女らが。
 彼女らが危ない目に遭うとしたら、それは俺に巻き込まれての可能性が非常に高い。
 あまりにも滑稽な現実。
 ガードマン本人が命を狙われるなんて聞いたことがない。

「あれ、どうしたのロク君。難しい顔をしているけど」
「どこか体でも悪いんですか」

 恋人とカンさんの声が思考を中断させた。

「頭なら悪い」
「……堂々と言わないでください」
「ほ、ほら。ロク君は勉強をしないだけだから!」
「致命的じゃないですか……」

 どうでもいい会話を無駄に交わす。
 何も考えずに、どこか満たされながら。

「……やっぱり今が大切だ」
「うん、ロク君何か言った?」
「明日の夕飯を考えてただけだ」
「食事の最中に考えることじゃないですよ、それ」

 俺はこの場所を失いたくない、例え二人がリスクを背負おうとも。
 向かってくる者を全て排除すればいいだけの話なのだから。
 
――完――

 飲酒運転で不幸になるのは誰?
 この問いの答えは非常に簡単、運転手と関わりを持つ人間達だ。
 酒を飲んだ運転手は自業自得だが、関わりがあるというだけで被害を被る者達は不幸としか言えない。
 
「だから、最高に愉快」

 『獣の数字』の契約者は笑う、一軒の飲食店の前で。
 店の前に停まったパトカーを見ながら。

「運転手にアルコールを提供してしまった側も罰を受ける。……フフフ」

 全てを仕組んだ本人は、おかしそうに顔を歪める。
 子供のように無邪気に、道化師のように怪しげに。

「ここまでうまくいくとは思ってもいなかった」

 『獣の数字』の契約者が行ったのは簡単なことだ。
 目の前の店に、六六六を刻み込み飲酒運転という店側への不幸を誘発させた。
 ただそれだけだ、運転手と原チャリには一切手を出していない。
 しかし、被害者が六本足一向になったのは偶然ではなかった。
 不幸を名目に『獣の数字』の契約者は操ったのだ、因果律を。
 六本足達が事故に遭うように。
 勿論、これは容易なことではない。
 不幸を何よりも愛し、契約者として高い才を持つからこそできたことだ。
 
「店の主人は不幸に、六本足達は絆が深まり更に幸福となった。一石二鳥と言っていい」

 その言葉は、六本足達を最初から[ピーーー]気がなかったことを証明していた。
 『獣の数字』の契約者にとって、今回は餌遣りをしたに過ぎない。

「さあ、もっと肥えろ。そして、極上の不幸を味あわせろ」

 悪趣味な美食家の声に気づく者は誰もいなかった。

――完――

『獣の数字』「こ、殺す気なんてなかったんだからね! もっと幸せになってから奈落へ突き落とすんだから!!」→ツンデレだね、うん

本編のタイトルはあれですよ、脳内に555の「EGO」が流れた影響でこうなりました
歌詞は六本足と合わないんだけどね、あいつ悩まないから

花子さんとかの人乙です
TUTAYAか、ゲオ派なので馴染みがないな(そもそも、カードすら持っていない)
さあて、自称美少女は何に襲われるのかな(ワクワク

>>652
そうですそうです
リスクのある感じが似てるなと思ったので

六本足の人乙でしたー
投下ペース早いなぁ

じゃあ、今夜誰もいないだろうからもちょっとで投下開始する




 ドラゴンが守る宝には手を出してはいけない
 宝を守るドラゴンは、宝にさえ手を出されなければ恐ろしい存在ではないから
 もしも手を出すのならば、命をかける覚悟を決めろ


                        Calamity・Runic



 帰りのHRも終わり、帰路についたところで。彼、荒神 憐が最初にした事は、本日手伝いに行く予定の教会の司祭へとメールを送る事だった
 今日は、手伝いに行く予定だったのだ。その手伝いの中に「おつかい」があるのだとしたら、学校帰りについでにそれをこなしてしまおう、と考えたのだ
 予想通り、買い物を頼まれた。放課後、まっすぐに商店街に向かい、頼まれた物を買っていく。リ料金は、教会についてから受け取ればいい
 あの教会には、普段、見た目の若い司祭が二人いるだけだ。その癖に、あの教会はそれなりに広い。掃除やら何やら、どうしても手が足りなくなってしまう。憐は幼い頃からその教会に通っていた為、その司祭達とも顔見知りだ。手伝いをするようになったのも、ごくごく自然な流れだった

(カイザー司祭様は、家事それなりに出来る方だけど。メルセデス司祭様は家事、全然できないし……)

 それを考えると、やはり、手伝いは必要なのだ。憐はうん、と納得しながら、教会への道を歩いて行く
 確か、先日、そろそろ教会の裏庭の手入れをしたい、と言っていたはず
 そちらの手伝いは出来そうにもないから、自分は掃除か何かを手伝って………と、そう考えていた時だった

「あ………」

 ちょうど、十字路になっている辺りに差し掛かったところで、見覚えのある姿を見かけた
 クラスメイトの、女生徒だ。今年になって、学校街にやってきたと言う彼女。天然のものなのか、狐色のポニーテールがぽんぽん、と歩みに合わせて揺れている
 ………そんな、彼女の後ろに、犬が付いて行っている様子が見えた
 黒い犬だ。やけに大きい。そう、不自然なほどに

「や、ば…………」

 その犬が何であるのか、憐は即座に気づいた
 クラスメイトと、その大柄な犬を追いかけるように走りだす

(黒い、大柄な犬。それと、あの、目………)

 そう、一番の問題は、目なのだ
 一瞬見た、あの犬の目は

(赤く、光って………)

 赤く光る目
 犬の巨体と合わせて考えるに、その犬の正体は恐らく、「ブラックドック」
 日本ではあまり馴染みのない存在だが、イギリスにおいては古くから伝わる存在だ。ヘルハウンド、もしくは黒妖犬とも呼ばれる、不吉な妖精の一種とされている
 大抵の場合、夜中に古い道や十字路に現れ、その姿は燃えるような赤い目に黒い体の大きな犬の姿をしている、と伝えられている
 そして………本来の伝承では、「火を吐く」と言った能力に関しては伝えられていないのだが。「ヘルハウンド」とも呼ばれるせいだろうか。そして、今日のファンタジーゲーム等で、ヘルハウンドが火を吐くモンスターである事が多いからか

「ーーーーーっ危ない!」

 憐がそう、声をかけたのと

「…………え?」

 クラスメイトである、その女生徒が振り返ったのは、ほぼ同時
 そして、女生徒の後をつけていたブラックドッグが、火を吐き出そうとしたのも、ほぼ、同時で

 ブラックドッグの姿を確認した瞬間から、憐は動いていた
 故に、間に合う
 地面を蹴って、一気に距離を詰める
 背後から近づいてきた憐に、ブラックドッグが気づいて………ごぉうっ、と、火を吐きかけてきた
 横へと跳ぶ。横には住宅の堀があったが、その堀を足場に上と跳ぶ。くるりっ、と、ブラックドッグを飛び越えて、女生徒とブラックドッグの間へと着地した
 ブラックドッグの吐き出した炎が、アスファルトの塀に焦げ目を残す

「え…………え?」

 女生徒は、目の前の光景が信じられない、とでも言うように………呆然とした表情を浮かべていた
 当たり前だ
 目の前で犬が火を吐き、クラスメイトがまるでアクション映画さながらの動きを軽々とやってのけたのだ

 しかし、この場において、固まってしまった状態は危険だった
 何故ならば、ブラックドッグはくるり、と顔を女生徒と、女生徒の前にいる憐へと向けて
 再び………改めて、女生徒を焼こうとするかのように火を吐き出そうとしていたのだから

「っ!」

 そんなブラックドッグを前にして、憐は迷うことなく、女生徒へと向き直って………彼女を抱えて、横へと跳ぶ
 ブラックドッグの吐き出した炎が、二人の横を通り過ぎる
 炎は、僅かながらに憐の腕をかすり、激しい火傷の痛みを憐に与えた
 痛みを堪える憐の様子に、女生徒はますます混乱したように「え、え………」と、小さく、声を上げて

「ーーーーーーーっ!!」
「お、っと!?」

 声にならない悲鳴を上げて、女生徒は気絶してしまった
 その事実に、憐は少しだけほっとする………己が、火を吐く犬という怪物に襲われた事実に発狂されて暴れられるよりは、だいぶ楽だ

 ぐるるる………、と唸り声をあげるブラックドッグを睨みつけながら、憐は女生徒をそっと、自分の背後に降ろした

 そして、買い物袋を投げ捨てる。買い物を頼まれた中に壊れやすい物がなくてよかった、とこの場にそぐわぬ事を考えながら、鞄から己の武器を取り出した
 一見、アーチェリーに使う弓に見える、それ
 憐はアーチェリー部に所属している為、学校へ持っていく物の中にあっても、さほど不自然ではない

 ただ、その弓は
 憐が、ブラックドッグに向かって構えるのと同時、弓は明らかに、「普通」ではない状態へと変化した

 弓が、光を放つ。まるで目を潰さん限りの激しい輝きだ
 その輝きを、憐はものともしていない。この弓が輝いても驚きもせず、当たり前の事として受け止めている
 弓を手に、矢は持たずに弦を引く。しかし、そこにはたり前のように、輝く矢が出現した
 この弓は、都市伝説だ。都市伝説と言うよりは「伝承」に近いものだが、とにかく、本来ならば、一回の男子高生が持つような物ではない

「…俺っちー、犬、好きな方っすから。なるたけ、戦いたくないしー、さっさと退散してほしいんすけどー」

 へろんっ、と。いつもの緊張感のない笑顔を浮かべて、軽い調子でブラックドッグに語りかけた
 しかし、ブラックドッグは唸り声を上げ続けている
 二度、炎を避けられたからだろうか(二発目は、憐の腕をかすって火傷を負わせてはいるが)、ざっざっざっ、と地面を蹴って、飛びかかってこようとしている

「んんー………最初から、人襲う気満々っぽかったっすしねー……駄目かー」

 困ったなぁ、と言うような表情を浮かべる憐
 矢を構えた状態のまま、すぐには打とうとしない。牽制するように、ブラックドッグに矢を向け続ける

「これ、母さんから借りてる物だし、あんま使いたくないんすけどねー……」

 ぼやく憐に、ブラックドッグが飛びかかってくる
 引き絞ったその矢を、憐は放とうとして

 が、その手は直前で止まった
 何故ならば、憐と、女生徒の後方から、誰かが一気に二人の横を通りすぎていって
 そして、その人影が、ブラックドッグを殴り飛ばしたからだ
 ゴガンッ!!と言う、重たい重たい音をたてながら、ブラックドッグの体が吹き飛ぶ

「………は、はるっち?」
「憐。無事かっ!?」

 ブラックドッグを殴り倒したのは、遥だ。あの巨体を、見た目通りの………いや、「見た目以上」の腕力で持って、殴り飛ばしたのだ
 そして、遥は憐の腕の火傷を見て、ただでさえ怒りに染まっていた表情を、さらに怒りで染め上げる

「っの、犬っころ。憐に何しやがる!!」

 吠えるような声
 遥に殴り飛ばされたブラックドッグは、素早く体勢を立て直し、自らを攻撃してきた遥に唸る
 ブラックドッグの目標が、憐と女生徒から、遥へと移ったことは明らかだ

 ブラックドッグから剥き出しの殺意を向けられて………しかし、遥に怯えた様子は一切ない
 剥き出しの殺意に対して、剥き出しの殺意を返していた
 遥のその様子に、憐は慌てる

「ちょ、はるっち、ちゃんと加減するっすよ!?」
「あの犬だけぶっ飛ばす程度にすりゃあいいんだろ」

 大丈夫だ、と遥はブラックドッグを睨みつけたまま、憐に返事を返した
 怒りに感情を支配されているその口元に、牙が顔をのぞかせ始めた

 あ、ヤバイ、と
 遥との付き合いが長い憐はそれを察して、気絶したままの女生徒を抱え直した。ついでに、買い物袋も

 唸り声をあげていたブラックドッグのその口内で赤くちろちろと燃える炎が顔を出して
 そして、それは目の前の遥に向かって、容赦なく吐きかけられた


 勝った、と
 ブラックドッグは、そう確信していた
 己を殴り飛ばしたあの人間の腕力は脅威だ。人間ではなく、都市伝説である己ですら脅威を思える力だった
 しかし、所詮は人間だ
 己が吐き出す炎を受けて、人間が生きていられるはずがない、と

 過信していたのだ、己の炎を
 己を殴り飛ばした人間のその腕力が、人間離れしたその力が
 一体、何の都市伝説に所以するものか、気づけなかった

 炎の中から飛び出してくる人影
 それは、ブラックドッグを殴り飛ばした人間のもので
 その人間の皮膚に、鱗のようなものが浮かび上がっている様子と、その口元から覗く牙。そして、鋭い爪
 鋭いその爪が目前まで迫ってきて………その爪が、己の体を貫いた事実を確認したのを最後に、ブラックドッグの意識は永遠に闇へと沈んだ


 赤い
 ………赤い
 周囲を赤く染め上げるような炎が迫ってきても、遥は気にした様子なく、あっさりとそれを受け止めた
 憐達を庇うように炎を受け止めたまま、まっすぐにブラックドッグへと突撃し………契約都市伝説の力を発動させていた
 遥が契約しているその都市伝説の名前を、憐は幼馴染グループの中では一番はじめに教えてもらっていた
 幼い頃の遥が、どこか得意気に教えてくれたその名前は、「ベオウルフのドラゴン」

『ドラゴンはな、宝を奪った奴には容赦しないんだ。俺にとっての宝はお前達だから、俺が絶対に護ってやるからな』

 叔父から聞いたのだという「ベオウルフのドラゴン」の話をして、遥はそう言ってきた

『俺にとって一番の宝は、親友だからな』

 と

 その言葉に、偽りはないのだろう
 故に、遥は親友達の為に、常に全力を尽くす
 都市伝説との戦いにおいて、迷うことなく親友達を庇う位置に立ち、敵対者には決して容赦しない

 赤い
 ………あぁ、赤い
 ブラックドッグの肉体を、ただの一撃で肉塊へと変えた遥は、その返り血に染まっていた
 その赤い姿に、憐はぞくり、と震えた
 一瞬、思い出したくない記憶を思い出しそうになって、頭を振る

(大丈夫、あれは、遥の血じゃない)

 あれは、返り血だ
 ……遥が負傷した訳では、ない

「はるっち!」
「…お、憐。ほら、ちゃんと倒したぞ。だから、憐は早く治療を……」
「怪我は、もう治してるから大丈夫っす」

 返り血まみれのまま、こちらの心配をしてきた遥に憐は苦笑した
 ブラックドッグの攻撃で負った傷は、既に治している
 憐の契約都市伝説は治癒能力を発動する事もできる。憐にとってはあまりにも大きすぎるその都市伝説の力を、憐は主にその治癒能力のみを使っているのだ

(だから、あれくらいの怪我。心配しなくてよかったのに)

 ……自分は、平気なのに
 そう考えながら、ほら、と、傷を癒やした腕を見せた
 焼けた服はどうしようもないが、火傷が治ったのならば、それで問題あるまい

「…うん。治ってる」

 良かった、と、遥がほっとしている
 …心配させてしまた事実が、憐にとっては申し訳ない

「それよりもー、はるっち。その返り血まみれはまずいっす。流石に職質待ったなしな状態っす」
「え?………あー、しまった。焼いてやりゃあよかったか」

 爪でズタズタにするのでなく、とぼやく遥
 いや、まぁ、確かにそうなのだけど、問題はそこではないような
 ……仕方ない、遥は時々、常識がちょっとズレているから
 こう言う時、自分がなんとかしないと

「あ、そうだ。そいつは怪我、ないのか?」
「ん?……あ、彼女なら、大丈夫っす。怪我はないっす………気絶、しちゃってるっすけど」

 倒れているクラスメイトを指さした遥に憐はそう答えた
 ならいいか、と遥は頷く

「とりあえず。俺っちは彼女を先生の診療所まで運ぶっす。はるっちは、とにかく着替えっす。その血まみれで歩いてちゃ駄目っす」
「学校帰りだから着替え持ってねーよ……いいや、お前と一緒に診療所行く。あそこなら着替えあるし」
「ん、りょーかいっす」

 よっ、と、投げ出した買い物袋を持ちつつ、気絶しているクラスメイトの体を抱き上げた
 ……遥の方が、彼女を運ぶには適しているのだろうけれど、今の遥が彼女を抱き上げると、彼女まで血まみれになる。それは阻止すべきだろう

(あぁ、司祭様達には、遅れる、って連絡しないと………)

 クラスメイトを抱きかかえたまま、診療所に向かって歩きながら
 少し、ぼぅっと考える

(………今回は、守れてよかった)

 三年前のようにならなくて、良かった
 心からそう考えて、ほっとしたのだった



 失いたくない
 もう二度と後悔したくない

 だから、力を
 失ってしまわないように護れるだけの、力を



               Red Cape

今までの話のリンク冒頭につけるの忘れてた
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656辺りなのですよ

とりあえず、LとHの親については、これでわかるかなーって感じなのですが、思えばLの方はこれではまだわからんですね、失敗失敗
後でもうちょっとちゃんと答えわかる話ぶん投げます

(間違って文字赤いままにした)
(まぁいいや)

誰もいない
書きながら投下するなら
今のうち?

 何か、夢を見た気がする
 怖い、怖い夢を
 暗い暗い闇の向こう側から、何か
 何かが、私に手を伸ばしてきて………………ーーーーーーー


「ーーーーーっ!!」

 ぱちっ、と目を覚ました
 まず飛び込んできたのは、真っ白な天井
 視界を動かすと、どこもかしこも、白い部屋

(病室……?)

 そう、「病室」と言う言葉から連想するイメージそのままの部屋だ
 どうして、自分はここに……と、まだ少しぼんやりとした思考で、彼女が考えていると

「あ。目、覚めたっすー?」

 ひょこっ、と、その部屋に顔を覗かせたのはLだ
 うん、と頷き、彼女は体を起こした

「えっと、ここは……?」
「東区の診療所、っすー。ちょうど、転んで気絶したところを見かけたんで、ちょうど近かったから、ここまで連れてきたっす」

 へらっ、と、いつも通りの軽い調子の笑みを浮かべながら答えてくるL
 話し方などの印象で一見チャラい性格だと思われがちなLだが、実際はもうちょっと真面目で優しい性格だ
 転んだ、と言う彼女を診療所に運んでくれた辺りからも、それがわかる

「っこ、転んで?やだ、全然覚えてない……」
「道端に落ちてたゴミに足を取られてすっ転んで、電柱に後頭部ぶつけてたっすからねー。衝撃で記憶飛んだっすかね」
「え!?そんな漫画みたいな転び方したの!!??」

 ……っこ、これは、目撃されていた、となると恥ずかしい
 ぷしゅるるる、と、彼女は赤くなってしまう
 そんな彼女の様子を特に気にした様子なく、Lは彼女に近づいてくる

「どっか、痛いところとか、あるっすー?」
「んん、それはない、大丈夫………そ、その、わ、私がそんな恥ずかしい転び方したっていうの、皆には、な、内緒にしてね?」
「え?…………はぁい、了解ー、っす。内緒っすね」

 少し恥ずかしく、もじもじしながら申し出た彼女の言葉に、Lはへろーん、と笑って頷いてくれた
 ふぅ、と、彼女はほっとする
 よし、これで、カッコ悪いやら残念やらいわれずにすむ、大丈夫!!

「おや、目がさめたのだね」
「あ、せんせー。うん、目を覚ましてくれたっすー。も、大丈夫みたいっすよー」

 と、そうやってLと話していると、白衣を着た男性が部屋に入ってきた
 長めの白髪を首元でくくっていて、真っ赤な瞳で眼鏡をかけている………おぉ、これはけっこう、いい男?
 彼女としては、ぐっとセンサー的に惹かれなくもない
 どうやら、Lとは顔見知りのようだ。二人で話している様子から、それが感じ取れた
 先生、と呼ばれたその男性の赤い目が、彼女を捉えた

「ふむ、痛むところはないのだね?」
「は、はい、大丈夫です。えっと……」
「少年のクラスメイトである、と聞いている。はじめまして。私は、この診療所を任せられているものだよ」

 そう言って、その先生はにこやかに手を差し出してきた
 彼女はそれに答えるように、その手を握り返して握手する
 そうして、先生はふっ、と笑って………その視線が、く、と彼女の胸元へと、向けられて

「うむ、ナイスおっぱい」

 と、にこやかに言い放ち

 数秒間、時が止まって
 直後、先生は病室に乱入してきた約2名によって、盛大に殴り倒された



「はっはっは。いや、これは失礼。素敵な神々の谷間をお持ちだったのでつい、な」
「黙れおっさん」

 にこやかな先生の発言に、H(どうやら、途中でLと合流してついてきていたらしい)がツッコミを入れる
 そっか、H、突っ込みで来たんだ、と、ちょっと違う点に注目してしまう
 そして、そうか、先生はおっぱい好きか。よろしい変態だ。この先生までナチュラルホモでなくてよかった、と言うべきなのか。いや、でもおっぱい魔神っぽい

「とりあえず。先生がセクハラじみた発言したら遠慮無く殴って大丈夫だぞ。この人、見た目と違って丈夫だから」
「っふ、相変わらず手厳しいな、君は」

 もう一人の言葉に、先生はセクハラ発言に関してはさっぱり反省していない様子である
 そのもう一人は、彼女の知らない人物だ
 ただ、なんだか、知っている人に似ている気がした。どこかで見たことあるような、と言うか………

「っと、憐。お前、教会の手伝い行くんだろ。遅れるって連絡入れたって言ってたが。そろそろ向かったほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうっすね………じゃ、カイ兄、はるっち。ここはお願いしますー、っす」

 どこかで見たことあるようなその人の言葉に、Lは頷いている
 そうしてから、にこっ、と彼女に笑みを浮かべてきた

「それじゃあ、お大事にー、っす。痛いところもうないって言っても、頭打ってるんだから、今日一日は大人しくしてるっすよー」
「うん、それじゃあ、またね」

 ひらりっ、と手をふって、Lは病室を後にした
 に、しても、本当、迷惑をかけてしまったようだ。教会の手伝いがあったのに、こっちを優先してくれたとは

(いつもなら、こっちに気があるかもー………って思う所だけど。ないんでしょうねぇ)

 うん、ないんだろうな。脈ないな、と言うのが、勘でわかってしまう
 Lも、もうちょっと女の子に興味を持ってもいいだろうに

 ……まぁ、それは、ともかく
 彼女的いは、Lが「カイ兄」と呼ばれたその人が、気になった
 そんな彼女の視線を感じたのか、その人………おそらく、彼女達と同じくらいか、もうちょっと年上くらいのその人が視線を返してくる

「親父や憐から、話は聞いてる。今年、学校街に来たらしいな」
「えぇ、そうです。貴方は……」
「あ、そいつ。俺達の担任の息子」

 さらっ、と答えてきたのはH
 え!?と、彼女は思わず、まじまじとその人………Kを見つめてしまった
 あ、言われてみると、確かに………自分達の担任である化学教師に、よく似ている
 そうか、どっかで見たことある気がしていたら、そうだ、担任の先生に似ているんだ!
 なんか、こう、気だるげな雰囲気も似てる!!

「……まぁ、そういう事だ。俺は、通ってる高校は違うけどな。親父と同じ高校とか、気まずいし」
「あー……うん、確かに。ちょっと、気まずいかも」

 だろう?と肩をすくめてきたK
 そうか、あの先生、息子いたんだー………と、言うか、結婚してたんだ。結婚指輪、つけてたっけ?今度、もうちょっと注意して見てみよう
 それによって、略奪愛を目指すかどうか、変わるし

「さて、君はもうちょっと、休んでいたまえ。その後で、もうちょっと検査をしよう。大丈夫とは思うが、頭へのダメージは洒落にならん」
「はい、ありがとうございます。えーと、その………」
「あ、診察代などはいらんよ。君のような素晴らしき神々の谷間の持ち主を助けるくらい、当然のこtオベッハッ!?」

 あ、またダブルパンチくらった
 どっちも見事なスピードだ。見えない

(………ちょっと、憐君に恥ずかしいとこ見られたみたいだけど。まぁ、知り合いも増えたし、いいかな)

 ……先生もKもなかなかいい男だし
 こちらも、こちらの魅力でたらしこんで………あれ?

(…あれ、そういえば。二人共、私の魅力に………対して、反応がない?)

 そう、いつもなら、と言うか、学校街に来るまでは
 男共がこちらを見てくる視線的に、こっちにメロメロになったな、とか、一目惚れしたな、とか、すぐわかったものなのだけど
 ……ないのだ、二人共の視線から、そういうのが
 先生はこっちの魅力に惹かれた、とかじゃなく、単におっぱい見てるだけだし
 それも、そうやって見ておきながら、特に性的な対象としては見てない雰囲気を、本能で感じ取ってしまう

(うむむ………こ、これではいけないわ。もっと、女の魅力を磨かないと!!)

 こっそりと、闘志を燃やす彼女



 そんな、彼女を
 ダブルパンチを食らって床の上に沈みつつも、先生がどこか、鋭さを含ませた視線で見ていたことに彼女は気付かず

 この診療所に運ばれた事の真相も
 気づくことは、なかった



to be … ?

痛恨のタイトル入力ミス!

そして、Lの親を特定させるはずが、新キャラが増えたよ!どういうことなの!
いやまぁ、これでLの父親誰かはわかるかなー、とは思わなくもねーんですが

不吉の気配はちょっとずつでもいいからじわじわ忍び寄らせろってばっちゃが言ってた

花子さんとかの人乙ですー
美少女ちゃんはなんでこんなに都市伝説に目を付けられるんだ?
そのうちうちの次世代と絡ませてみたいですー
六本足の人乙です
ヒーローくん悲しい過去があったんだなあ
学校町においで!手荒く歓迎するよ!

本編の続きいくよー
ちなみに前回は>>155-156

「あいたたた・・・」
「いきなりなんなんですかちくしょー」

何が起きたのか、皆目見当がつかなかった。
「幻、だいじょーぶ?」
 そのうすら暗い空間で、近づいてきたノイの手をしっかり握った。
「都市伝説の気配なのですよ」
「うん…」
 ぼそぼそと何事か声が聞こえてくる。
 ふたり手を取り合って、声のする方向へ歩み出した。

 近づくと、すぐに声ははっきりと聞こえてきた。
「991、992、993…」聞いたことのある声が、数字をひたすら数えている声。
「この声…」
「さっきの、目の見えないコの声だ!」
 さらに声の方に近づくと、件の少女の姿が、ぼんやりとした輪郭を伴って見えてきた。
「な…なに、してるの?」
 おそるおそる、といったノイの問いにも答えることはなく、ただひたすら、気を失っているらしい他の少女の後頭部、うなじに近い辺りをとんとんと軽い調子で叩いて…いや、つついている。

「…1000!」

 その声と同時に、ぽんっ、と軽い音をたてて―

「…目が」
 幻がぽそっと呟く。ノイはといえば声も出せずに、ただ、目の前の光景を見つめていた。

 ぽんっと軽い音を立てて、飛び出したのは失神していた少女の、両の目玉。
 失神している少女の眼球が、まるではじめから取り外せるものであったかのように、眼窩から飛び出した。
 そして盲目の少女は、手探りでその眼球を拾い上げると、自らの窪んだ瞼を押し広げ、その眼球をはめ込む。

「違う…これも、違う!」

 叫ぶやいなや、少女は乱暴に眼球を自らの眼窩から引きずり出して叩きつける。

「いつになったら巡り会えるの?私に合う目…私に世界を見せてくれる目に!」

 ふと少女が気配を感じたのか、瞳のない目をノイ達に向ける。
「そこにも誰かいるのね。あなたの目はどう…私に世界を見せてくれる?」
 慄然と立ち尽くすノイ達の周囲には、まるで壊れた人形のように横たわる少女たちと、いくつもの、いくつもの眼球が棄てられたもののように散らばっていた。


 そして、「黒いパピヨン」

「やっぱり、『人の消える試着室』で間違いなさそうね、兄上」
「都市伝説の気配が充満してるもんねー」
「まったく、なんで揃いもそろって、この気配を見抜けなかったのよ、このお馬鹿達は」
 残された一同―都市伝説ふたりと、契約者ふたりはただただ自らの不明を恥じ入るばかり。

「まあ、過ぎたことをとやかくいっても仕方ないわ。先ずは突入あるのみ!」
「オイラも行くよー。ケガ人が居たらなんとかしなくちゃだしねー」
 既に戦闘態勢のるりと、あくまで肩の力が抜けている蘇芳。
「まったく、対照的な兄妹だね」
 にこにこ見守っているのは新橋蒼。「レテ川」の水で被害者の記憶を操作するために、ここに控えている。
「僕はここで待ってます。No.3、No.0、…ご無事で」
「はいよー」
 蘇芳がひらひらと手を振る。

「あの…よろしければ、わたしも行かせて貰えないかしら」
 言い出したのは店主のせせり。
「わたしも契約者なの…わたしの店の事だもの。なにか役に立ちたいわ」
 きっぱり言い切ったせせりの微笑みには、一同に否とは言わせない迫力があった。



続く

六本足の人乙でしたの
女の子の集団に男一人とか、たとえ彼女持ちであろうとももげろと咲けばれそうな予感がしなくもなく


んでは、投下しますよー、っと
今までのお話は
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683
辺りをゆっくり参照の事だよ




 どこもかしこも どいつもこいつも 縄張り争い



               Red Cape

「…覚えてない感じだったな」
「自己防衛本能から、自主的に記憶から消去したんだろう。ごく自然な反応だな」

 クラスメイトが診療所の先生に改めて診察されている間、遥は灰人と話をしていた
 彼、荒髪 灰人は憐の従兄弟だ。遥達より一つ年上で、やはり、昔から一緒に遊んできた仲だ
 とはいえ、一つ年齢が違うせいか、他の面子と比べると、ほんのちょっと、距離が開いているような印象はある
 同じ学校町内とはいえ、通う高校が違う、と言うのもまた、少し距離が開いている理由かもしれない

(ま、どちらにせよ。こうして結構、顔は合わせるんだが……)

 本音を言えば、遥は灰人の事は少々苦手だ
 戦闘能力だけで言えば、負ける気はしない
 しかし、何かこう、別の面で勝てない気がしてしまうのだ
 姉に対して抱く「敵わない」と言う思いに似たものを、どうしても感じ取ってしまう

 遥のそんな考えには気づいていない様子で、灰人は何やら考え込んでいた
 そうして、不意に顔を上げて

「………お前は、どう思っている?」

 と、ある意味一番肝心な部分を省略して、問うてきた
 通常ならば「何をだ」とツッコミを入れるところだが、長年の付き合いのせいか、遥はだいたい、理解してしまう
 だからこそ、肩をすくめてみせた

「ま、俺は皆に危険が及んだら対処するまでだ」

 こちらも、肝心な部分はぼかして答えるのだが、灰人は灰人で、それを理解して「そうか」と頷いてくる
 はぁ、と、小さくため息をついてきた

「…とりあえず。何かあったら、俺にも連絡しろ。通う高校が違うつっても、やれる事はあるから」
「憐から直接、言ってもらえばいいんじゃないのか?」
「………わかってるだろう。あいつは、巻き込むのを嫌がるだろう」
「それは………まぁ、そうだけど」

 さすがに、ほぼ身内と言ってもいい灰人相手なら………と、そう考えたのだが

(身内だから、こそ。言わない可能性があるか)

 憐は何もかも、一人で背負い込みがちだ
 だからこそ、自分達周りが、しっかり見ていなければならない

(あの時のようには、ならないように)

 三年前の、あの時のように

 脳裏をよぎった記憶に、遥はぎりっ、と、己の拳を握りしめた
 あの時の事件は、自分達の心に、例外なく傷跡を作った
 特にあの件を深刻に背負っているのは、龍哉と憐
 ……二人に、あの時と同じ思いをさせる訳にはいかない、絶対に

「…遥」
「あ?」
「牙が出てる。隠せ」

 灰人に指摘され、「ベオウルフのドラゴン」の能力を発動しかけていることに気づいた
 …どうにも、自分は能力の制御が苦手だ
 もっと、制御できるようにならなければ

「……まぁ、いい。とりあえず、遥。お前のクラスメイト、検査終わったら家に送ってやれよ」
「わかってるよ。その為に、俺は憐についていかないで残ったんだし……本当なら、憐についていきたかったんだが」
「憐は今日は教会の手伝いだっつってたろ。お前、あそこ行ったら氷の方の司祭と毎回喧嘩になるだろうが。炎の方の司祭に迷惑だからやめとけ」
「あれはあの氷悪魔が悪い」

 うん、あれはあの悪魔が悪い、色々と
 そうやって自分を納得させている遥の様子に、灰人は呆れたようにため息を付いた

 これ以上話していると、なんだか墓穴を掘りそうな気がしてきた
 そう考えて、遥は部屋を出ようとした
 やはり、自分は灰人にはなんだか、勝てない


 ………診療所のインターホンが、来客を告げた
 はいはい、と診療所の手伝いである灰人がそれに応じる

 ぴたり、と足を止める
 来客が何者であるのか、大雑把ながら感じ取れたのは、ドラゴンとしての勘が働いたからか

 灰人が向かった診療所の入り口に向かう遥
 そこで、灰人が応対していた相手に、あからさまに嫌そうに眉をしかめた
 若い……大学生くらいの男と、黒いスーツを着た女
 それらが何者であるのか、遥も灰人もよくわかっていた

「……なんで、てめーらが来てんだよ」
「全くだ。俺も、今、それを問い詰めようとしていたところだ」
「あらあらまぁまぁ。相変わらず容赦ないのね貴方達。「組織」相手いなんとも容赦無いその言葉。嫌いじゃないけど悲しいわ」

 ころころと、黒服の女は笑う
 隣にいる大学生程度の男も、ニヤニヤと笑みを浮かべている

「「組織」の人間が来たんだから、どんな用件かはわかってるだろ?」
「どうせ、ロクな用じゃねぇんだろ」

 男の言葉に、遥は警戒心を露わに返した
 「組織」相手と言っても、こうして毎回警戒している訳ではない
 ただ、今回の相手は、少々警戒が必要である事もまた、遥は理解していた
 それは、灰人も同じ事
 彼もまた、男を冷たく睨みつけた

「……「組織」強硬派の用件、となるとろくでもない予感しかないな」
「あらあらあらあら、本当、容赦がない事。私達「強硬派」だって、昔よりはずっとずっと、ずっと大人しいのよ?」

 くすくすころころ、黒服の女は笑う
 それえも二人の視線の鋭さが変わらぬ様子に肩をすくめると、ようやく用件を述べた

「こちらに、都市伝説に襲われた被害者が運び込まれたでしょう?こちらは把握していましてよ。「組織」には目も耳もたくさんたくさん、たくさんありますもの」
「……そうか。特に大きな怪我は負わなかったし、都市伝説と遭遇した、と言う記憶も保っていない。お前達が関わる必要性はない」

 黒服の女の言葉に、灰人は冷たく答えた
 そんな灰人の様子に、男は少し面白くなさそうだ

「それを判断するのはこっちの仕事だぜ」
「…黙れ、角田。お前達は必要ないと言っているんだ」

 男………角田 慶次の言葉にも、ぴしゃり、と告げる灰人
 その返答が、さらにおもしろく感じなかったのだろうか
 慶次の側に、ぶぅんっ………と、何か、姿を現した
 それは、一匹のカブトムシだ
 どこから現れたのか、それは慶次の肩にちょんっ、と止まる
 出現したそのカブトムシを見て、遥が警戒を強めた

「……ここは診療所だぜ?荒事厳禁だ」
「あらまぁあらまぁ。もうもう、慶次君、駄目ですよ」
「黙ってろ、黒服………俺の契約都市伝説なら、こんなれんちゅ………」

 ぴたり、と
 慶次の喉元につきつけられた冷たい物
 灰人の手元にいつの間にか一本のメスが出現しており、灰人がそれを突きつけているのだ

「………荒事厳禁だ。ここは、怪我人病人を診察、治療する場所だからな」
「おぉ、怖………お前は治療ってより、解剖してくるタイプだろ」
「なんなら、焼いてやってもいいぜ」

 ず、と、灰人の隣に遥が立つ
 口元からうっすらと牙が顔を出し、その目が金色に輝き始めた
 あらあら、と、黒服の女はころころと笑い続けている

「もうもう、三人共喧嘩っ早いんですから。駄目駄目、駄目ですよぉ。慶次君はどちらかと言うと遠距離攻撃系なんですから、こんな至近距離で戦闘しようとしちゃいけません。灰人君も遥君も、接近戦闘強いんですもの、ちょっと分が悪いわ」
「………………っち」

 黒服の女の言葉に、慶次はようやくカブトムシを消した
 灰人と遥はまだ警戒したまま、二人を睨みつけている

「でもねぇ。せめて、被害者の方とお話くらいはさせてもらえないかしら?」
「却下だ。せっかく、都市伝説に関して覚えてない状態なんだ。うっかり思い出したらどうする」
「うーん、困ったわね。私の立場で言うと、ちょっと無理矢理にでも聞き出したいの。思い出しちゃっても、記憶を操作すれば大丈夫ですもの」
「………却下だ」
「あらあら………困ったわねぇ」

 どこか上品……と言うにはちょっとおばちゃん臭い仕草を見せる黒服の女
 どちらも、一歩も引かない、と言う状態だ
 いつでも戦闘が開始されてもおかしくない、その状況に

「おや、「組織」の者かね。さて、一体どのような御用かな?怪我をしているようには見えないのだが」

 奥から、この診療所の主が姿を現した
 白衣の裾がひらり、と揺らめき、赤い目がじっと、黒服の女と慶次を見据えた

「まぁ、こんにち………そろそろこんばんはの時間でしたわね、先生。こちらに、都市伝説に襲われた被害者がると聞きましたの」
「うむ。いるよ。だが、怪我と言っても倒れた拍子に後頭部を打ったくらいでな。もうちょっと本格的な怪我人は、自力でその怪我を治して今はもうここにおらんしな。君達の出番はないよ。帰り給え」

 にっこりと笑い、白衣の男は黒服の女に答えた
 うぅん、と女は考え込み………

「仕方ありませんね」

 と、この場は引くことにしたようだ
 慶次が不満そうな表情を浮かべたが、相手の関係上分が悪いと感じたのか、渋々従う

「しかし、先生。貴方は「薔薇十字団」所属でしょう。もうちょっと、中立らしい立場でいてほしいものです」
「はっはっは、中立のつもりであるよ?まぁ、助手に若干肩入れするくらいは許してもらいたいものだがね」
「んもぅ………まぁ、仕方ありませんね。慶次君、まずは帰りますよ」

 診療所の主と話し、黒服の女は視線を慶次に向けた
 わかった、と慶次は頷く

「では、私達はこれで………この学校街に、少々厄介な都市伝説が入り込んだ、と言う情報がありますの。まぁ、入り込んだ後が、まだわかっていないのですけれども」
「おや、そうなのかね。それでは、こちらも気を使っておくとするか………こちらは身の回りに気を配っておく故、そちらも気をつけておきたまえよ」
「えぇ、それでは」

 黒服の女と慶次が、診療所を後にする
 立ち去って行く後ろ姿を睨みつけながら、遥はぐるるる…………と、唸り声をあげる
 「組織」の「強硬派」相手の、忌々しい記憶が脳裏をかすめる

(三年前、あいつらが余計な事をしなければ。彼女だって死ぬ事はなかったってのに……!)

 体の内側から、炎が沸き上がってくるような感覚
 憎悪や怒りが炎となって内側から沸き上がってくるような、そんな感覚だ
 湧き上がるそれを抑えよう、と言う意思は薄かった
 炎は、遥の内側でどんどん、どんどんと強くなっていって………

「ほら、竜の少年は落ち着きたまえよ。我が助手も、メスをしまおう?今すぐにでも娼婦辺り見つけて腹をかっさばきそうな顔をしないでくれたまえよ」

 白衣の男の言葉に、遥ははっ、と意識を現実に引き戻された
 灰人も、はっとした表情になって手元に出したままだったメスを消した

「君達二人は、三年前に一度暴走をやらかしてるからな。あの時のようにはならんでくれよ?」
「………わかってるよ」
「…わかっている」

 ……わかっている
 一度やらかしたからこそ、遥も灰人も都市伝説の能力を暴走させた場合の危険性はわかっている
 一歩間違えれば、どちらも飲み込まれるか、そのまま死んでいたかどちらかだっただろう

 死ぬつもりはない
 飲み込まれるつもりもない

 自分達は、ただ

(大切な親友を、失いたくはない)




 大切な存在を守るためならば、自分達は容赦はしない
 敵対する者は容赦しない

 三年前の「あいつ」を[ピーーー]事は許されなかったが
 もしも、あの時のような事があったら、その時は





to be … ?


 

 貴方の中で飼われている化け物は

 いつだって貴方を内側から食い破ろうとしている



               Red Cape

伏せ字制限忘れてーら、って顔
まぁ、前後からピーのところには何が入るかわかる………よね?
わかんねって人いたら、避難所の方で改めてそぉいしますの。あっちなら伏せ字にならんし

フラグたてていこうぜ!!



―――ここは、学校町の外れにある、不思議なアパート。



人気の少ない場所に建つそのアパートには、「人ならざるもの」達が暮らしている。
「人ならざるもの」として生まれながら、「人としての心」を持ってしまった彼らのために、
かなり良心的な対価で部屋を貸しているのだ。

「対価」とは、人間たちに混ざって労働できない彼らのために、労働を提供しているのだそうだ。
人知れず街が綺麗になっていたり、夜道を安全に歩くことができるのは、もしかするとこのアパートの住人のおかげかもしれない。

このアパートの住人は、「契約者」という居場所を見つけると、このアパートから去ることになる。
そして新たな空き部屋に新たな住人が入り、契約者を見つけて離れていく……それを繰り返しているのだという。



―――そんなアパートの、とある1部屋のお話。



「ふぅ……ただいま」
「おかえりなさーい」

この部屋に、パーカーを着た一人の男が帰ってくる。
それを迎えた声の主は、セーラー服を着た女子高生のような少女だった。
男が部屋に上がると、少女はテーブルの上にお菓子と飲み物を並べ、くつろいでいた。

一見、彼らは人間のように見えるが、彼らは人ならざるもの、都市伝説である。

「今日は早かったね。何かあったの?」

少女は、男のために湯呑にお茶を注ぐ。
男はそれを受け取り、テーブルの上からせんべいを拾う。

「いや、仕事中に家主に見つかってしまってな……」
「あらら、それは災難だったね」

彼が行う「対価」は、一般人の家の護衛らしい。
人を襲うために棲みついた【悪霊】や【隙間女】といった都市伝説の退治が基本的な仕事である。
まれに、空き巣といった悪人を退治することもあるらしい。

そんな彼も、知らぬものの目から見れば「悪い都市伝説」と区別がつかない。

「仕方ないんだがな。もしも俺の同業者なら逃げるべきだ。茶を出される方が困る」
「『元』同業者じゃん。同じ【ベッドの下の男】でも、やってることは違うよ」

どうやら、この男は【ベッドの下の男】らしい。
【ベッドの下の男】とは、本来は『女性の家のベッドの下に、得物を持って潜り込んでいる怪人』とされる都市伝説である。
それに何の目的があるのか、物語によっては明かされていない。
ただ、彼はそのような行為に意味を感じることができなかった。それがきっかけで「悪い都市伝説」を卒業したそうだ。

「だからこそだ。すべての【ベッドの下の男】が善人だと思われる方が危険だろう?」
「うーん。むしろ、そう広まれば本当にそうなるんじゃない?都市伝説の本質が書き換わって」
「それでも、悪人が生まれる可能性は消えない。悪人ばかりとされる都市伝説の中にも、善人が生まれてくるように」

少女は「堅いなぁ」と呟きながら、一口サイズのチョコレートを拾い、口の中へと放り込む。

「お前はどうなんだ?悪い都市伝説と誤解されないのか?」
「そういうことはないね。追いかけまわすか倒すかが仕事だけど、私、足が速いから。」
「ははは、羨ましいよ。俺は隠れるばかりが能だからな」

少女が行う「対価」は、街のパトロールらしい。
主に、泥棒などの逃げる犯罪者を追いかけ、警察の方へと誘導する仕事だ。
しかし、その外見からは想像もできないが、ひとりで都市伝説を倒す事もできるという。
また、その外見から日中にパトロールしていても怪しまれない。が、時間帯によっては補導されそうになることもあるそうだ。

「あと、あの人の管轄なら、警察の人が優しいからねぇ」
「俺も、あの人には何度か救われたこともあったな。戦闘も含めて。」
「後輩の人も『お勤めご苦労様です』って言ってくれるからね。学校町に来てくれてよかったよ」

【ベッドの下の男】は、あられの袋を開けながら、ふとした疑問を問いかける。

「そういえば、たまにはターゲットを見失うようなことはないのか?」
「ないよ。一度ターゲットと決めたら、何kmか離れない限り、方角と距離が分かるの」
「なるほど。やはり便利だな、【テケテケ】は」
「【トコトコ】もいるよ」

どうやら、この少女は【テケテケ】らしい。
【テケテケ】とは、本来は『自分の下半身を求めて彷徨う、上半身だけの妖怪』とされる都市伝説である。
ただ、偶然にも少女の下半身も【トコトコ】という都市伝説となって上半身を探していた。
いくつもの奇跡が重なり、上半身と下半身が巡り合い、それがきっかけで「悪い都市伝説」を卒業したそうだ。

「前から疑問だったんだが、【テケテケ】と【トコトコ】は別の人格を持っているのか?」
「ううん。合体してからは、人格も記憶も共有してる。下半身を遠隔操作してるって感覚かな?
 バラバラだった時は、記憶だけ半分ずつ持って動いていたみたい。」
「そうか……」

少女は、正確には「猟奇殺人犯に上半身と下半身を分断された女子高生」という背景から誕生した都市伝説である。
それが「死体が都市伝説になった」という意味なのか、「その事件を基に誕生した、本人とは異なる都市伝説」なのかは不明だ。
事実として言えることは2つ。
「コレクションの下半身がひとつ動き出して、俺に襲いかかった」という意味不明な供述をして出頭した猟奇犯がいること。
少女は人間だった頃の記憶を有し、「半身を取り戻せば人間に戻れる」と信じて、半身を探し回ったということである。

【ベッドの下の男】は、人間だった過去など全くない純粋な都市伝説である。
故に、仮初かもしれないとはいえ、人間だった過去を持ちながら【テケテケ】となった少女の気持ちは想像できない。
ただ、過去にはあまり触れないようにと気遣うばかりだった。

「楽しいよ、第二の人生も。昔はできなかったこともできるようになったし、友達も増えたし」
「そう言ってくれると助かるよ」
「……別に、あなたのせいで都市伝説になったわけじゃないから、気を使わなくてもいいのに」

そういいながら、【テケテケ】は手を差し出す。
【ベッドの下の男】は、あられを一掴み取り出し、その手に乗せる。

「ただねぇ、生理がつらい。」
「……人間でもつらいと聞くが?」
「この身体でも生理は来るんだけど、その前後に半身の接続が悪くなって……お通じが……」
「はぁ……」

【ベッドの下の男】は、その名の通りベースは男性である。
故に、女性の生理現象も分からないし、女性特有の苦痛や悩みも想像できない。
ただ、つらそうだなと思うばかりだった。

「というか、繋がっているのか。物理的に」
「言ってなかったっけ?分離している間は、下半身にエネルギーが送られないし、お通じも溜まったままなの」
「初めて、その身体の不便なところを知ったぞ」
「合体したのが原因なんだけどね。あと、1日以内ならエネルギー切れもないし、合体して1分もすれば回復するよ」

【ベッドの下の男】は、少女が戦闘する様を思い出す。
半身を分離し、挟み撃ちによって逃げられなくする。そしてそのまま手数を増やして攻撃する。
便利な戦術だと思っていたが、半ば命懸けの行為だったのかと思うと、他人事ながら血の気が引いてしまう。
せっかく取り戻した下半身なんだ、二度も離れ離れにしないであげよう。密かにそう誓った。

「そうだ。【ベッドの下の男】さんが、最初に襲った家って、どんな家?」
「何故そんな事を聞く?」
「今だから言える、ぶっちゃけトークってあると思うんだよ」
「まったく……」

【ベッドの下の男】は、口の中で飴玉を転がしながら回想する。
すると、はっとした表情を浮かべ、飴玉を噛み砕く。

「……そうだ、俺が最初に忍び込んだのは『少年』殿の家じゃないか」
「あれ、そうだったの?……そういえばさ、なんで女性の家じゃなくて、男の子の家に忍び込んだの?」
「当時は、外をうろつくのも嫌でな……目についた家で夜を過ごそうと考えていたんだ。」

先の通り、【ベッドの下の男】は自分の存在意義そのものに疑問を持っていた。
しかし、生まれた以上「存在意義」には逆らないと思い込み、かといって死ぬことも怖くてできなかった。
それ故に、物語の通りの行動を実行できず、うっかり女性でない家のベッドの下に潜り込んだらしい。
……それこそが、人生の転機になったのだが。

「生まれた時から、ねぇ。そう言うこともあるんだ。」
「大家さんが言っていたが、お前のように『悪玉の都市伝説が善玉になる』方が珍しいらしいぞ。
 もっとも、お前は悪玉とは言い難いが」
「……人を襲っていたのは事実だよ。悪玉と言われて当然」

うっかり口が滑ったと、【ベッドの下の男】はお茶を口に含みながら別の話題を考える。
その若干の沈黙を破ったのは、意外にも【テケテケ】の方だった。

「だからこそ、『少年』くんには感謝してる。あの子のおかげで、私はここにいるんだから」
「……それは俺も同じだ。『少年』殿から【ベッドの下の男】という物語に囚われない生き方もあると教わった」

『少年』との出会い―――それが、自分たちの人生を変えるきっかけ。
過程や都市伝説の種類は違う2人の、唯一の共通点は、かけがえのないほど大事なものだった。
【ベッドの下の男】は、湯呑のお茶を一気に飲み干す。

「『少年』殿に出会えて、本当に良かったよ」
「……そうね」

【テケテケ】もジュースを飲み干し、グラスに新たなジュースを注ぐ。

「そういえば、『少年』くんはどうしてるかな?」
「しばらく会ってないな。元気にしているといいが……。」

その後、しばらくお菓子を食べる音のみが響いた部屋に、来客を知らせるチャイム音が響く。

「はぁーい、今行きますよー」
「【注射男】か【赤マント青マント】か?」
「だったらチャイム鳴らさないよ、あなたみたいに。誰だろう?」

【テケテケ】が戸を開けると、黒いマントに身を包んだ、白髪の男性が立っていた。
その意外な来客に、【テケテケ】は思わず声を上げる。

「だ、『大王』さん!?」
「【恐怖の大王】だと?珍しい来客だな」

『大王』と呼ばれた彼は、【恐怖の大王】
とある予言者の【大予言】に記されし王の通称で、何かをするために空より舞い降りると言われていた。
その予言通りに舞い降りた大王は、とある少年と契約してしまう。
その契約者こそが、2人の言う『少年』である。

大王もまた、少年によって人生を大きく変えられた都市伝説だった。
もっとも、少なくともこの2人の前では、それを口にしたことはない。

「少年くんは?」
「別の用事があってな、俺ひとりで来た。ところで、隣が空き部屋になってたが?」
「【スカイフィッシュ】なら、少し前に契約者を見つけたよ」

大王は、座りながらクッキーの袋を開け、一口齧る。

「たしか、前の契約者が嫌で、縁を切ってもらったんだったか」
「前の契約者は、【スカイフィッシュ】に女性の衣服だけを裂かせる変態だったそうだ。
 まったく、都市伝説の権利も考えてほしいよ」
「大家さんが【縁切り包丁】で契約を切ってから、林業に励んでいたっけ」

【テケテケ】によると、「最初は不満だったが、これはこれで楽しい」
「一息で何本枝を切れるかに挑戦している。自己ベストは20本」と言っていたそうだ。
そんな彼(?)にも、新たな契約者が現れたそうだ。いい契約者に巡り合えていればいいのだが。

「お前達も、契約書を作ってもらったらどうだ?すぐに契約者が見つかると思うぞ」
「うーん。今更、契約者なんてねぇ。」
「フリーに慣れ過ぎたというのもあるな。ここから離れるのは名残惜しい」

大王は「そんなものか?」と呟きながら、2枚目のクッキーを齧る。
すると、はっとした表情を浮かべ、2人に尋ねる。

「……忘れるところだった。このアパートに【鬼】が泊まっていなかったか?」
「こっち隣だよー。でも、仕事が忙しかったらしくて、今は寝てるよ。」
「地獄で問題が発生して、徹夜作業になったらしいな。何があったんだ?」

大王は、「申し訳ないことをしたな」と呟いたあと、クッキーを口に放り込んだ。

「すまないが、菓子折りを置いていくから、起きたころに渡しておいてくれ」
「そろそろ起きると思うけど……何かあった?」

大王がせんべいを手に取り、一口齧る。すると、急に咳き込む。

「なんだこのクッキーは、堅い上に辛いぞ」
「落ち着け、それはせんべいだ」
「……そうか、これはクッキーじゃないのか。知らなかった」
「今、飲み物出すねー」

来客用のコップにジュースを注ぎながら、【テケテケ】は疑問を投げかける。

「……あまりにも自然体だったから気付かなかったけど、大王さん。食べ物、食べれたっけ?」
「そういえば、飲み物も飲めたか?」
「……それは飲んだことがある。アップルジュースだな。
 その件についても、話そうと思って来たんだ。」

3人は同時に飲み物をくっと飲む。
一息つく間もなく切り出したのは、【ベッドの下の男】だった。

「それは、地獄の一件と関係があるのか?」
「……まさか」
「そうだ」

【テケテケ】の言葉を遮るように、大王は断言した。
「すべてを語るには、かなり面倒な事件でな……順を追って話そうか。
 まずは、全ての始まりだ」

大王の真剣な表情を見つめながら、2人はコップを持ったまま静止する。

「お前達も知っているかもしれないが、とある大きな事件があった。」
「【マヤの予言】……か。お前と同じ、世界破滅の都市伝説。」
「私達も避難誘導には参加してたけど、少年くんたちも戦ってたんだ。」

ジュースを一口飲み、大王は答える。

「あぁ、黒幕とな」
「黒幕……【マヤの予言】そのものとか!?」
「少年くん達が倒したんだね……そして、世界を救ったんだ」

大王はジュースをもう一口飲み、ため息のように一息ついて、答える。

「……俺達は【太陽の暦石】と戦い……一度、敗北した。その過程で、[正義(セイギ)]は死んだ」
「え……正義って……」
「少年殿が……?」

その時、静かな部屋を裂くような音が、玄関から響く。来客のようだ。
無言でずしずしと入ってきたのは、【鬼】だった。

「【鬼】さん……起きていたの?」
「先ほどな。しかし、こんなところで会えるとはな……。」
「俺も思っていたよ。世間は狭い」

ふと、意を決したように【ベッドの下の男】が立ち上がる。

「【鬼】殿、非礼を承知で頼みがある。黄泉で少年殿と面会させてほしい」
「なんだと……?」

【ベッドの下の男】は、大きく頭を下げて、強く願う。

「少年殿は、命の恩人と言っても過言ではない。その恩人の死に目に会えぬままとは、恩知らずも甚だしい」
「わ、私も!会って、今までのお礼が言いたい!」
「……それはできん」

【鬼】は眉間にしわを寄せ、目を細めながら、その頼みを断った。

「……黄泉の掟には逆らえないか」
「なら、せめて伝言を……!」
「直接会って話せばいいだろう」

それができないから、と【テケテケ】が言おうとする前に、【鬼】の怒気が混ざったような声が響く。

「【恐怖の大王】。お前の契約者、[黄昏正義(たそがれマサヨシ)]は何故黄泉帰りを果たせた?」
「……は?」
「黄泉……帰り?」

部屋に緊張が立ち込める中、大王は、ひとりジュースを口に含む。

「黄泉の関係者でも、知らないことがあるんだな」
「閻魔様は、あの死を『手違い』とおっしゃった。だが、【閻魔帳】に手違いが載ることなどありえない。
 お前の契約者は、どのような小細工をした?」

【恐怖の大王】を【鬼】が睨みつける。2人はただ、見守るだけだった。

「では、お前にも話そう。俺には3つの能力がある。ひとつは『黒雲からなにかを生成し、降らせる能力』、
 もうひとつは『黒雲へなにかを転送し、降らせる能力』だ。」
「……その2つは俺達も知っているが、3つ目は知らないぞ。」
「それは当たり前だ。正義にも教えていなければ、あの時まで、使う機会すらなかったんだ」

それを聞いた瞬間、【鬼】は目を見開いて「まさか」と声を漏らす。
それを察したように、大王は相槌を打つ。

「3つ目の能力は、『【アンゴルモアの大王】を蘇らせる能力』」
「まさか、少年くんを……!?」
「……【恐怖の大王】!貴様、それがどういう意味か分かっているのか!」

【鬼】は、大王の胸ぐらを掴んで凄む。その勢いでテーブルが大きく揺れ、コップが倒れる。
【ベッドの下の男】は止めに入ろうとしたが、大王が制止する。

「たしかに、俺は『黄泉の掟』に反する行為をした。だからその詫びとして菓子折りを……」
「ふざけるな!そんなもので許されるなどと……!」
「大王さん!黄泉に喧嘩を売るのは良くないよ!おとなしく罰を……」




「いや、『アレ』に罰則規定はないだろ?」
「「え?」」
「ぅぐっ!?」



大王は【鬼】の手を払い、ぞうきんを取って零れたジュースを拭き取る。

「『黄泉の掟』はな、【閻魔大王】が黄泉を管理『しやすく』するために定めたルールなんだ。
 あれが今なお尊寿されているのは、他でもなく【閻魔大王】の威厳。あと守った方がメリットが多いからだな。
 管理されているものは手当も職も貰える上、手続きさえすれば、大手を振って蘇生の能力を使える。
 だが、あれに特殊能力的拘束力はない。名前だけのルールなんだ」

妙に落ち着いて解説する大王を見て、2人は平静を取り戻す。

「じゃあ、『舌を抜かれる』っていうのは?」
「【閻魔大王】を怒らせると怖い、という例えが広まったものだ。
 【閻魔大王】は、むしろ広まっている方が都合がいいと判断したため、今も流布しているらしい」
「『地獄に落とされる』というのは?」
「それが仮に事実でも、適用されるのは死んでからだ。生きている間は地獄に落とせん。
 そしてさっきも言ったが『【閻魔大王】が黄泉を管理しやすくするために定めたルール』だ。
 これに逆らったからというだけで地獄に落とすのは、『【閻魔大王】の、個人的感情を挟んだ審判』とされる。
 むしろ、地獄に落とした方が罪に問われるんだ」

完全に落ち着いたところで我に返り、大王の掃除を手伝う。

「ところで、さっき『地獄に落とした方が罪に問われる』と言っていたが」
「死者の魂をどこに送るかについては、〈死人罰則規定〉に載っている。
 これは【黄泉】という都市伝説が創り出したもので、特殊能力拘束力により、独断でこれに逆らうことはできない。
 複雑な事情があれば、地獄にいる期間を短くできたり、一定期間【守護霊】となる権利を得ることはできるんだが、
 最終的な決定権は【黄泉】にあり、【閻魔大王】は【黄泉】に提案できるだけだ。」

やっと【鬼】も我に返り、大王に切り返す。

「だが、『黄泉の掟』は〈死人罰則規定〉を守るためにも必要なものだ!」
「そう思うなら、『黄泉の掟』に書いてある『都市伝説と化したものは、都市伝説化届を提出する』という文を広めたらどうだ?
 あの書類の入手方法どころか、存在そのものを知らないやつだっていると思うぞ?
 もっとも、人材難の黄泉にそれができるとは思えんがな」
「……そんなものがあるのか」
「私、提出した方がいいのかな?」

ぐっと【鬼】の言葉が詰まる。しかし大王は言葉を続ける。

「数こそ多くないが、『黄泉の掟』には不合理的な点がある。死文化した掟もいくつかある。
 あれは一度整理し直すべきだと思うね。【閻魔大王】はとっくに気付いているだろうが……多忙ゆえ、か」

大王は呆れたような溜め息をつき、紙袋から何かを取り出す。

「それって、菓子折りの……」
「事後承諾になるとはいえ、提出するべきだろう?
 【太陽の暦石】は倒した。こちら側の問題は概ね解決。
 残ったものと言えば、黄泉の徒労ぐらいだろうと思ってな」

菓子折りと共に入っていたのは、二枚の紙。
それぞれ、『蘇生提案書』、『黄泉所属変更手続き書』と書かれていた。

「【恐怖の大王】と【アンゴルモアの大王】、その身をもって黄泉に詫びる。
 これでは不満か?人手不足の黄泉は」
「……いいだろう、その菓子折りを届けてやる」
「また、日を改めて伺う。その時はよろしく頼む。」

【鬼】は黙って紙袋を受け取り、その部屋を出て行った。

「……行っちゃった」
「騒がせてすまないな」

さてとと言いかけた時、大王が耳を押さえながら黙り込む。
数分経たず、すくりと立ち上がる。

「すまない、正義に呼ばれた」
「えっ?何かあったの?」
「どうやら手こずっているようだ。助けに行ってやるとするか」

その言葉を聞いて、【ベッドの下の男】はとっさに立ち上がる。

「待ってくれ、少年殿はひとりで……!?」
「あぁ、言っただろう?正義はもう『少年』ではない。自分の力で戦える男だ」
「……そう。」

【テケテケ】は、【ベッドの下の男】に座るよう促す。
【ベッドの下の男】はそれに従い、ゆっくりと腰を下ろした。

「助太刀は不要か?」
「あぁ。この程度の敵で怯んでいては、【恐怖の大王】の名が廃る。
 ……次は正義と来る。その時にまた話そう」

そう言い終えると、大王の姿はそこから消えた。

「……強くなったな」
「そうね」














「見せてあげるよ!破滅の力の一端を!」
「ひっ……」

某年某月―――【恐怖の大王】、空より舞い降りる。

白雲より、大王は姿を現した。
そこには、王の姿を身に纏う[黄昏正義]の姿があった。
その姿こそ、あの予言に記されし【アンゴルモアの大王】。正義が手にした、第二の命。
場所は、2人が『修行場』と呼ぶ、大地と岩が広がるだけの場所。
ここなら、被害も少なくて済みそうだ。

「正義、何に手こずっている?」
「あれ。最近流行している〈エフェクター〉」

正義が指した【それ】は、見た目では何の都市伝説か分からなかった。
人の顔が張り付いたような犬の頭を持っているが、人型である上にその様は……『巨人』のようだった。

「どういう状態だ?」
「都市伝説を人型にするタイプみたい。だけど、出力をどんどん上げて……」
「こうなったと。そろそろ限界のようだがな」

だからこそ、と言わんばかりに正義は飛び上がる。
その様子を見て、呆れたとも安堵したとも取れぬ笑みを浮かべ、大王は姿を消す。

「ヤツは、ドコに……」
「お前程度では、破滅の力を相殺できない……これで充分だ!」



白雲にスパークが走り、雲同士が摩擦し合い、ガラガラと音を立てる。
あるいは、その音を聞くだけで恐怖するものもいるだろう。
……では、その音を立てる雲が頭上にあれば?



「雷撃槍(ライトニング・ランス)!」



雷は【それ】を容易く貫いた。その衝撃は音を伴い、周囲を轟かせる。
その力を全身に浴びた【それ】は、大気に溶けるように消滅した。
最後に残されたのは、〈エフェクター〉と呼ばれる機械と、大王の姿だった。

「……やったか」

大王は、〈エフェクター〉を拾い上げながら周囲を見渡す。
幸い、ここは住居から離れた場所。雷による被害は少ないだろう。

「まったく、厄介なものが出回ったものだ」

そう言いながら、大王は〈エフェクター〉を持つ手に力を籠める。
しかし、正義はそれを制止する。

「待って、それは回収しよう。」
「回収?」
「勇弥くんが調べたいんだって。弱点とか、なにか情報が掴めるかもしれない。」

たしかに、〈エフェクター〉については謎が多すぎる。
誰がどうやって作成したのか、誰がばら撒いたのか、その目的はなんなのか……。
なんらかの情報が掴めるなら、その方が賢明か。
大王は正義に〈エフェクター〉を手渡した。

「何か分かるといいね」

〈エフェクター〉を仕舞い込み、正義が仲間の元へ向かおうとするとき、大王が告げた。

「では、それを渡してから行くんだな?」
「うん、それから行こう」






「【黄泉の国】」


―完―

※大王が言う【黄泉】とは、複数ある都市伝説のうちの1つです。
実際の黄泉、及び他の【黄泉】とは一切関係はございません……たぶん。

ほのぼの書いていたはずだったんです。
最初はベッド下の男とテケテケが駄弁っているだけだったんです。
ですが今後の伏線というか展開予告を大王に言わせたら、これですよ。

「ちょっとした座談会」は第二回を予定していますが、次こそほのぼのします。リベンジします。

遅くなりましたが、皆様乙です。
またゆったり読み進めます。

六本足さん一気読み完了!
666……いったい何者なんだ……

しかし、六本足ってそういう能力で使うものなんですねぇ
その辺りの真っ当な都市伝説の能力、及び普通の戦闘を最近考えてないので……
今度テケトコと誰かを戦わせようかな?

>>725
このテケトコ、某ゲームの霊媒師が混じってる気がするんですよねぇ。いつ書きはじめたのやら
とりあえず、ほのぼの書くならテケトコ出せばいいってことに気づきました
あるいは、生活感溢れる日常トークすればいいだけ……?

                 「アイギスと土の七不思議」





お久しぶりです。宛奈盾子です。時間軸的には世界滅亡事件は解決した後です。
しかし全然世界滅亡編書いていませんねぇ……まぁ、こうして私が平和に毎日を過ごしている以上、
あれは解決したんでしょうね。平和主義の私でも戦わざるを得なかったあの現象たちをどう解決したのか。
気になるけれど、もう過ぎたことだしまぁいいか。
さて。ところで私、最近変な土を拾ったのよね。

『変な土とは何ですの変な土とは』
「だってそうでしょう? 普通の土は喋らないもの」
『確かにそうですけれど。そこは変なじゃなくて不思議な、じゃなくって?』
「どっちでも似たようなものよ」
『えー……』

そう、言葉を話す土。袋の中に入れて持ち歩いているけれど……何かの都市伝説なのかしら?

「ところであなた、都市伝説よね?」
『言うまでもありませんわ。喋る土が都市伝説でないならあなたは統合失調症ということになりますわ』
「言えてるわね」
『むぅ~……』
「あら、どうしたのぴーちゃん?」
『お姉ちゃんったら昨日からずっとその泥人形とばっかりお話しして……!』
『あらあら? 焼餅ですの? ごめんあそばせ、盾子様は私にぞっこんでしてよ!』
『拾い物のくせに……!』
「け、喧嘩はやめてよ!」

私は争いが蛇蠍よりも嫌いなんだから。前にジャガー人間と戦ったのは特例中の特例だったのよ?

『ぴぃ……ごめんなさいお姉ちゃん』
『申し訳ありませんわ……』
「分かればいいのよ」

物分りのいい都市伝説で本当に助かるわ。

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は宛奈盾子よ。ほら、ぴーちゃんも」
『う、うん。僕はぴーちゃん。不死の幻獣、『フェニックス』だよ―――って言いたいところだけど、残念ながら偽物なんだ。
泥にん……じゃなかった。あなたは?』

と、私とぴーちゃんは喋る土に自己紹介をする。

『よくぞ聞いてくださいました!私は大国、中国の妖怪。増殖する土。その名も――――』

と、喋る土が言いかけたところで。
「ッ………!」
突如、水による一撃が飛んできた―――私は『アイギス』でガードした。
え? 効果音? いや、気の利いた効果音が思い浮かばないのよ。
ばしゃん、じゃ弱いし、どばっしゃああああん! って感じでもないし……難しいわね。

「誰なの何なのいきなり!」

ともかく、いきなり攻撃されては私もこう叫ばざるを得ない。
私は平和主義なんだ。

「あー……残念。結構本気で撃ったのになぁー……ガードされちゃった」

声をした方向をみると、指先で水の塊を弄びながら。
セーラー服に水兵帽の少女――――私と同じくらいの年齢だろう――が、近づいてきていた。

「盾……んー、有名どころだと『アキレウスの盾』か『アイギス』辺りかなぁ。マイナーどころだと『スヴェル』……そうそう、『白楯』なんてのもあったっけ」

私のことを―――私の盾を舐めるように見回しながら、彼女は言う。

「いや、大穴で『矛盾』とか、あるいは『ロールスロイスは壊れない』辺りで普通の盾を強化してるって線もありえるよねぇ」
「な、何なんですか、いきなり……!」

と、ですます口調になってしまうのも仕方ないと言えよう。
いきなり不意打ちしてきて(いきなりでない不意打ちなどないが)、自分の都市伝説の解析を始められて、
警戒しないほど私は人間ができていない。

「おっと、これは失礼。申し遅れたわね」

全く失礼だとは思っていないような口調で、表情で。

「私の名前は船坂――と言っても、某不死身の日本兵とは字が違うわよ」

ハムじゃなくてハロね、などと言いつつ彼女は続ける。

「下の名前は洋海。太平洋の洋に南極海の海で、洋海」
「いや、あなたの名前とか、そんなことは」
「どうでもいい?」

と、先読みしたかのように――いや、この場合先取りね。
横取りと言った方がいいのかも。どっちでもいいけど。

「ま、そりゃあそうよね。いきなりあらわれていきなり名乗られても、ねぇ?」

と、彼女―――船坂は言う。自分で名乗っておきながら、何を言っているのだろう……。

「ええ、私が聞きたいのは『何ですかいきなり』――つまりいきなり撃ってきた理由についてよ」

と、ここまで来て私は平静を取り戻し、ですます口調をやめた。

「んー、いきなりあなたを鉄砲水で撃った理由、ねぇ……」

と、彼女は考え込むような動作をして。

「別にないけど」

どうやらその動作はただのフリだったらしく。彼女はあっさりとそんなことを言った。

「理由もなく人を撃ったっていうんですか!?」
「ああいや、誤解しないで」

何が誤解しないで、なのか。

「確かに理由はないけれど――目的ならあるのよ。ほら、私、ちょっと前に契約者になったんだけど」
「………」
「契約したならやっぱり試したくなるわよね――能力」

にやり、と笑いながら。

「ドラクエとかで新しい魔法だとか……特技だとかを覚えた時。雑魚敵に試し撃ちするでしょ? それと同じよ」

嬉しそうに、誇らしそうに。

「だから私は何度も腕試しした。口裂け女を。赤マントを。人面犬を。首なしライダーを。注射男を。トイレの花子さんを。
野性の都市伝説と戦いまくって―――倒しまくった。だけど」

にやにやにやにや、笑いながら。

「だけど全然物足りない。どいつもこいつも弱い。サンドバッグにもなりやしない。
だからぁ……契約者で腕試しすることにしたのよ」
「は……?」
「あなたの肩に乗ってるそいつ……『フェニックス』でしょ? ふふ、幻獣の契約者だなんてやりがいがあるわ!
しかも盾っぽい都市伝説との多重契約……嬉しい誤算だわ!
あははっ、だからぁ~」

心底嬉しそうに微笑みながら、

「私の練習相手(サンドバッグ)になってよ!」
「………」

ああ、だめだ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
私の一番嫌いな戦闘狂(タイプ)だ。
私の平穏を、世界の平和を脅かす許し難い存在だ。

「いやよ。争いは何も生まないわ」

だから私はそう答えた。
たとえ許せなくとも耐えがたくとも。
よほどのことがない限り、矛は交えない。盾はつかない。

「えい」

と、立ち去ろうとする私に向かって彼女は水を発射した。
私は『アイギス』を変形させてそれを防ぐ。

「いやいや、何言ってるの? あなたに拒否権はないのよぉ?」
「……」
攻撃されたからといって相手にする必要なし。このまま帰るわ。

「逃げる気? へぇ……なぁーんだ。期待はずれねぇ~」
「…………」
「ばきゅん」
ガードする。
「言っておくけど、挑発したって無駄よ。たとえ何を言われたところで私は……」
「そ。ざーんねん。じゃあそこら辺の誰かを片っ端からぶっ倒しまくるとするわ。
雑魚でも数をこなせばそこそこの経験値に――――」
「『アイギス・ウォールver.万里の長城』」
その言葉を聞いた瞬間、私はほぼ反射的に『アイギス』を変形させ―――私と彼女を取り囲むように展開する。
「させないわよ」
「あら? あらあら? やっと戦う気になったのね!?」
「まさか。私が戦うのはあのジャガー人間が最後―――と、思いたいところよ。あんなものがこれ以上いるだなんて思いたくないし」
「何を言っているのか分からないわねぇ。そんな薙刀(もの)まで構えちゃって」
「言ってなさい! いくわよぴーちゃん!」
そう啖呵を切ると同時に、ぴーちゃんを飛ばし、私は薙刀を振るう。

「面白くなりそうだわ!」

……かかった! 今だ!

――――『四方八方睨み(オールレンジ・ゴルゴーン)』!
ぴーちゃんと薙刀に意識を集中させ、その隙に取り囲むように展開された『アイギス』のメデューサで―――

「ふぅーーーーーん。なるほどねぇ。薙刀とフェニックスで無理矢理隙を作って即石化、かぁ」
「!?」
な――――どうして!?

「『明鏡止水』。なるほどどうやら、『戦う気がない』ってのは本当だったみたいねぇ。
攻撃に殺気が……いえ。闘志がなさ過ぎて本命がバレバレだったわ。
寧ろ、分かりやすすぎて逆に罠なんじゃないかって疑うくらいにね」

まさか――水で鏡を作って……!
なるほど、確かにメデューサの石化は鏡で防げるけれど。
『アイギス』という言葉から瞬時にそこまで推測する頭の回転、
私の作戦を見抜く洞察力、そして透過させないように水で鏡を作る精密性! どこをとっても強すぎる!

「やっぱり期待はずれねぇ。もう少しできると思ったんだけど」
「私は平和主義なのよ。戦う人間じゃあないんだから仕方ないわ」
「まっ、良いけどね。防御力は高いみたいだし……サンドバッグにはもってこいよ」
「ああ、やっぱり駄目だわ。あなたのような戦闘狂をここから出すわけにはいかないわね! 『アイギス・ドーム』!」

私は『アイギス・ウォール』をさらに拡張し、ドーム状の屋根を作る。

「忌々しいけれど……これであなたがどれだけ暴れても町の平和は保たれるわね!」

私はぴーちゃんを薙刀と融合させ、空を飛んで翻弄しつつ火球を放つ

「無駄よ。水に炎が通じると思って?」

彼女は、船坂は水で盾を作り炎をかき消す。……今だ!
私は『アイギス』の隠された能力により雷を放つ―――――

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

雷が直撃し、悲鳴がドーム中に木霊する。

「炎の攻撃を敢えてガードさせ、本命の電撃を直撃させる。『電気は水に強い』という性質を利用した作戦」

雷の直撃を受けた側は、全く身動きを取ることができない。『からだがしびれてうごけない』というやつだ。
だが、当初の作戦と違うのは――――

「なるほど、良い作戦ですね。で? そんな子供騙しが私に通じるとでも?」

雷の直撃を受けたのが、他ならぬ私だったという点だ……いや、正確には直撃を受けたわけではない。
一応、薙刀が避雷針代わりになり、微妙に逸れてはいる。

「弱いわね、平和主義者。期待外れも甚だしいけど、サンドバッグにしてあげる」

船坂がゆっくりと近づいてくる。でも問題ない……はず。ギリギリまで引きつけて……
ここ!

「ぴーちゃん!」
「おっと」

!! そんな……!
ぴーちゃんの治癒能力を利用し、ギリギリまで引きつけて炎の刃で足を取るつもりだった。
けれど、また水にかき消された。今度は上手くいくと思ってたのに……!

「甘すぎるのよ平和主義者。殺す気でこなきゃこの私には1のダメージも与えられない。
それにそもそも。火が水に敵うはずないでしょう?」

ああ、駄目だ……! どんな作戦で言ってもどんな戦術を練っても、こいつはその上を行く!
どうしよう、このままじゃ私の平和が……! ああ、戦闘アレルギーも出てきた!

『おほほほほほほ!』

!? 今の笑い声は!?

『な、何なのあなた! お姉ちゃんを笑わないでよ!』
『いやー……情けないですわね盾子様! どうしますー? どうしてもとおっしゃるなら私が協力することもやぶさかじゃあなくってよ?』
『偉そうに……こんなやつ僕とお姉ちゃんで十分なんだから!』
「いえぴーちゃん。そうも言っていられなくなったわ……。このままじゃあ私たちの平和は永遠に訪れない」
キャラはうざいが、土の都市伝説の協力がなければこの場を切り抜けられそうもない。
『それで、どうなさいますの? 私と……』
「ええ、勿論よ。私と契約して頂戴」
『うふふ……契約成立ですわね』
私の『七不思議』に“土”が追加される。この都市伝説の名前は――――
『では契約も完了したところで。改めて自己紹介させていただきますわね。中国妖怪、増殖する土「息壌」。それが私ですわ』

土の都市伝説は、泥人形は、まるで深窓の令嬢のように、優雅にお辞儀をした。

「……終わった?」

と、ここで、私達が話している間一切手を出してこなかった船坂が口を開く。

「さっきから何で土人形を使わないのかと思えば、契約してなかったのね。
さ、これで所謂“パワーアップ”でしょ? やりましょうよ。 ラウンド2」

攻撃する隙はいくらでもあったろうに。やはりこの人は骨の髄まで戦闘狂らしい。

「やらないし、ノーコンテストよ」
「あなたにその気がなくっても。私は攻撃するだけよ! 『大津波(タイダルウェイブ)』」

船坂が水の塊を津波のようにうねらせ発射してくる。

『無駄でしてよ』

しかし、『息壌』が瞬時に増殖し、堤防に変化して波を防ぐ。

「……へぇ~。なかなかできるじゃない。土剋水。私の能力じゃあちょっぴり不利かなあ?」
『でしたら諦めたらいかがです? 盾子様は「平和主義者」ですし。降伏するなら許して下さるはずですわ』
「『降伏』? あはは、『参った』とでも言えって? けれどお生憎様。私は初詣にも参らない!」

船坂がまたしても大量の水を発射してくる。心なしかさっきより量が多い気がするが……。

『どれほど強くともどれほど多くとも無駄でしてよ。私の増殖力はその上を……!?』

増殖による堤防で激流を防ごうとした『息壌』だが、流れに削られ押し流される。

「雨垂れ石を穿つ。石が流れて木の葉が沈む。まあ、なんにせよ。激流は土を削り、泥を流す!
五行説じゃあ土は水に有利でも。ポケモンじゃみずはじめんに有利なのよ?」
『そん……な……ごめんなさい盾子様……』
「……いや。問題ないわ。私の平和は揺るがない。『息石城(インスタントキャッスル)』」

私にぶつかる寸前で、地面から生えてきた『アイギス』の壁が『息壌』を受け止める。
それだけではない。相も変わらず「アイギス・ウォール」で周囲が覆われているにもかかわらず、至る所から壁が出現する。

「こ、これはいったい……!?」
「ふふ……あはは! ああ、よかった。やっとびっくりしたのね? これでようやく……」
「!! まさか!?」

どうやら感づいたらしく、何かをしようとする船坂だけど。

「残念。もう遅いわ」

船坂の足元から出現した壁の光が、彼女の下半身に直撃する。

「ッ………!」
「『石の下にも因縁(ロックフット)』……なんてね。全部は石にしないであげる。それじゃあね?」

下半身を石にされた彼女は、私を追いかけることができない。ついでに手も石にしておいたので、反撃もできないはずだ。

「しばらくしたら解けるだろうから、安心してちょうだいな。私の平和を脅かした罰。そこで反省してなさい」
「くっ……待て! まだ勝負は……」
「だから私は戦わないって」

喚く船坂を背に、私はその場を去る。

「あー……蕁麻疹ができそうだわ。世界を平和にできる都市伝説でも転がっていないかしら」

ああ、そうそう。ちなみにさっきのいくつも生えてくる『アイギス』は、『息壌』と『アイギス』を融合させた能力よ。
激流で飛んだ『息壌』の一部が、ドームになってる『アイギス』に付いた。故に、融合させられた。

「私の……私たち一族の、『都市伝説と、都市伝説や道具を融合させる能力』は読まれなかったみたいね」

まあ、何にしても。これで今日も私の平和は保たれるわ。
ああ、それにしても。支配系の都市伝説が欲しいわ………。








「まさかこの私をここまで追い詰めるなんて……! ああ、激流の如く、津波のように燃えてきたわ!
次は必ず倒す! それで私は今よりもっと強くなれる! あなたもそう思うでしょう、『舟幽霊』?」
『そーね。船に柄杓で水を入れて沈没させるだけの妖怪である私の能力をここまで強力にするなんて。
船長には感謝してもし切れないね。ま、今回の敗北はしっかり噛み締めておきましょう』
「『敗北』? いや、敗北どころじゃないわ。あいつは結局最後まで、私を『攻撃』してこなかった。
使ったとしても全て囮だった。私達はあの平和主義者と、『勝負にすらなっていなかった』のよ。
この屈辱は決して忘れないわ……!」

『ほう? なら俺の屈辱も忘れないでいてくれたのかな?』
「ッ……!」

船坂の背後から、謎の影が現れる。いや、謎ではない。船坂にとっては。

「誰かしら、あなた? どこかで見たような……ああ! そうそう。私が倒した有象無象(ザコども)の中の一体ね?」
『有象無象ね。果たしてその余裕がいつまでもつかな?』
「ふん。あなたのような雑魚なんか、手足が使えなくても十分よ!」
(とは言ってみたものの……これはちょいときついかしらね……)
『そうか。ならばとりあえず……』

どうやら謎の影は一人ではなかったらしく。

『『『『『『『『『『十人組手と行こうか』』』』』』』』』』
「ッ~~~~~! 整理運動(クールダウン)には丁度いいハンデね!」




                            続く……

鳥居の人と六の人と大王の人と花子さんの人……で、合ってるのかな?
乙です!

大王の人乙です
都市伝説アパート行ってみたいなー(絶対に腰抜かすけど)
テケトコさんが想像以上に女の子でなんか驚いた
エフェクターの件も期待

ソニータイマーの人乙です
相変わらずキャラ濃いわ(褒め言葉)
俺の発想力じゃこんな派手な戦闘が思いつかないので参考にします

>>726
>しかし、六本足ってそういう能力で使うものなんですねぇ
元々>>481のネタのためだけに作った能力なんで地味なんですよ
おかげでシリーズ化するに当たって主人公の格闘能力が高くなってしまったというね


それじゃ投下します

「いいか! この三つの技を使っていのは非常時だけだ」
「非常時」
「ああ!」

 小学生の頃、師匠は俺に三つの技を教られた。

「負担がでかいし、威力が高すぎる。よっぽどのことがない限り、普通の蹴りだけで戦え」
「例えば、どんな時にですか」
「んなもん、決まってるだろ。死にそうな時、漏れそうな時、後は……」

 にやりと笑い、師匠は言った。

「女を守る時だ」

「お、お前何をした!?」

 蜘蛛怪人は喚いた。
 なぜか、驚いたような反応を見せている。

「網を迎撃しただけだ。そいつも同じ事をしてたろ」

 ヒーローと蜘蛛怪人に向かって歩を進める。

「ふ、ふざけるな! そいつは水を使っていたが、お前は空を蹴っただけだ!! どうして、それで糸が散る!」
「蹴り飛ばしたからに決まってるだろ」
「お、お前! この私を舐めるとは!! 何の都市伝説を使ったか言え!」
「能力じゃないしな」

 事実を話したが蜘蛛怪人は納得しない。

「おい、ヒーロー。説明しろ」

 隣に立ち話を振った。
 
「ここで俺に振るのか!? お前が言えよ!」
「めんどい」
「お、お前……」

 諦めたように溜め息をつくと、ヒーローは口を開いた。

「おい、節足動物。サンダースの言う通り、今のは都市伝説の能力じゃない。ただの衝撃波だ」
「しょ、衝撃波!?」
「お前、知らないのか? 格闘技を長年やってると、衝撃波を飛ばせるようになるんだよ」
「は!?」
「俺も拳からなら飛ばせるししな。放水が便利だから使わねえけど」
「はぁ!?」

 ちなみに、うちの喧嘩殺法ではこの技を『空撃』と呼んでいる。

「格闘技を極めるとソ○ックブームを使えるようになるの!? リアルガ○ルになれるの!?」
「契約者さん、間に受けないでください。あの人達を人間の基準にするのは間違っています」

 恋人達が何か騒いでいたが内容は聞き取れなかった。

「き、貴様ら! ワケのわからないことをほざきおって! 全員まとめて葬ってやる!!」
「事実だしな」
「そうだな」
「こ、この! 楽に殺しはしないぞ!!」

 蜘蛛怪人の形態に変化が生じた。

「我が第二形態を見ろ!!」

 急速に肉体が膨れ上がり、人型を失い肉塊となった。
 すると、徐々に新たな形状へと形作られていく。
 それは蜘蛛。
 正し、俺達が知っているのは比べ物にならない大きさ。
 大型トラックと並んでもタメを張れるほどはある。

「つ、『土蜘蛛』!?」
「……いいえ、違います契約者さん。あれからはもっと強大な力を感じます」
「そうだ、蛇巫女! 私をあんな下等妖怪と一緒にするな!」

 元蜘蛛怪人こと巨大蜘蛛は、この形態でも悠長に言葉を話した。

「私は神の力を植え付けられ改造された選ばれし者! ただの契約者や都市伝説とは格が違う!」
「神? ……っ! もしかして、あなたは!! 六本足さん、危険です!」
「もう遅いわ!」

 巨大蜘蛛の口から、先程とは比べ物にならないほどの糸が放たれた。
 それらが、特大の網となり飛んでくる。

「後悔しながら死ね!!」

 大きさの割に網は速い。
 もう、すぐそこまで迫ってきている。

「おい、ヒーロー」

 右足に意識を集中させる。

「何だ、サンダース」

 ヒーローが右手を前にかざす。

「三分で終わらせる、合わせろ」
「今日は、いつもよりせっかちだな」
「気のせいだ」
「……大事なのか、あの二人が」

 青い一閃、大気の震え。
 水の刃が網を切り裂き、空気の砲弾が残りカスを吹き飛ばす。

「当たり前だ」

 巨大蜘蛛に向かい走る。
 同時に、ヒーローも動き出した。

「な、今の網を切り裂いた!?」

 敵は呑気に驚愕していた。
 格好の隙だ、巨大蜘蛛の頭部に近づく。

「……ちっ! 油断も隙もない!!」

 気づかれた、奴の口から突起物が発射される。
 おそらく毒針だ。
 俺に向かって真っ直ぐに飛んでくる。

「させるか!」

 ヒーローの放水がそれを阻止。
 毒針を弾き飛ばす。

「行け、サンダース!」

 言葉に甘え全力で行く。
 ベルトを抜き取ったズボンを下げ能力を発動。

「お前とは二本違いか」

 下半身に慣れた痛み。
 六本になった足で一気に跳躍する、目標は巨大蜘蛛の顔面。
 
「人間の蹴りなど効くか!!」
「どうだろうな」

 確かに、普通の蹴りならこいつには効かないだろう。
 師匠なら話は別だろうが俺には無理だ。
 なら、取るべき手段は決まっている。

「『侵撃』」

 脆弱な内部器官に直接ダメージを与えればいい。
 この三つの技の一つで。

「なっ!?」
「少しは効いたか」

 『侵撃』を用いた膝蹴りを叩き込む着地。
 頭上にはのけぞる巨大蜘蛛。

「い、今のはぐはっ!?」
「効いているみたいだぜ」
 
 ヒーローは、八本の足の一つに打撃を加えるとすぐに離れた。
 ヒットアンドアウェイ。
 示し合わせたように巨大蜘蛛が体勢を崩し、俺も巻き込まれるのを避けるため下がった。

「そうだな」

 再び、『空撃』。
 奴の六つ目の一つに直撃する。

「ぐが!?」
「目の一つぐらい安いもんだろ、神性の模造品」
「き、貴様!!」

 巨大蜘蛛は立ち上がると、六つの真紅の瞳で俺とヒーローを睨みつけた。

「貴様ら、一体何者だ!!」

 答えは決まっている。

「ただの空手家だ」
「ただの六本足だ」

 ヒーローが何故か、ポーズを決めていた。
 後で後悔するだろう。

「……」
「おい、返事しろよ節足動物。どうした、怖気付いたか」

 黙りこくった敵にヒーローが声をかける。

「……」
「悪いが俺とサンダースが組んで負けたことはないんだよ。おとなしく降参しろ」
「コ……」
「ん?」
「……コケにしおって!! ゴミ屑共が!!」 

 巨大蜘蛛の肉体に再び変化が訪れた。
 全身の皮膚が急速に溶け始め、足元に粘着性の液体が流れ落ちる。
そして、巨大蜘蛛の中身が現れた。

「メカ!? 」

 生々しい皮膚が消え、光り輝く鋼鉄が姿を見せる。
 赤い眼球はランプに、口元は銃口を連想する形になっていた。
 最終的に、メカ蜘蛛という呼称がぴったりな存在に変わり果てる。

「な、なんだこのメカク○ンガ!?」
「ク○ンガはもっとでかい」
「それはどうでもいい! というか、一体どういう構造してるんだよこいつは!? 巨大化したと思ったら中身は機械でしたって滅茶苦茶すぎるぞ!!」
「俺が知るか」

 変化はこれで終わりではなかった。
 背中部分が音を立てかと思うと、内部から金属製の筒のような物体が現れる。

「私を怒らせたことを後悔しろ! こうなれば、もう加減などしない!!」

 筒の空洞から暴力的な光が生まれる。
 徐々に膨らんでいるようだ。
 
「……おい、カーネル。ちょっとやばくないか!? あれ、どう見ても人間相手に使う兵器じゃないぞ!!」
「大丈夫だ、違う」
「そ、そうか?」
「ただの大量破壊兵器だ」
「もっとタチ悪いぞ!?」

 実際にあれが大量破壊兵器なのかはわからない。
 適当に言っただけだ。

「細胞の一片も残さず消去してやる!!」

 当たりだったらしい。

「……取り敢えず三分で終わりそうにはないな」
「その前に終わる可能性もある」
「俺達の人生がだろ」
「ご名答」
「御免被りたいな、おい」
「なら殺るしかない」
「そうだな」

 六本の足を軽く伸ばす。
 巨大蜘蛛も微かに動き始めた。

「俺がかく乱する。ヒーローは筒を叩け」
「了解。……じゃあ、あれ使うぞ」
「任せる」

 瞬間、ヒーローの周囲を猛風が吹き始めた。

「任された!!」

 叫ぶと同時に、空中から一本の日本刀が舞い降りてきた。
 風は更に強さを増していく。

「チェンジ、『天狗のミイラ』!!」

 ヒーローが日本刀を手に取ると、背中に黒い羽らしきものが生えた。
 何度か目にしたことのある光景だ。

「ふ、愚かな。姿が変わったくらいでこの私を倒せると思ったか!」
「思ってるさ! なんたって、今の俺は一人じゃないんだから!!」

 こちらに目を向けてきたので逸らした。

「お、おい! サンダース!!」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと待て! 今、決め台詞言うから!!」

 やけに気合を入れた表情でヒーローは叫んだ。

「さあ、振り抜くぜ!!」

 黒い旋風が吹き荒れた。
 
――完――

三つの技の件はやりすぎたかなと思っています

六本足の人乙ですー
巨大蜘蛛かと思えば機械蜘蛛……なんの都市伝説だろ?

>>735
>都市伝説アパート行ってみたいなー(絶対に腰抜かすけど)

【入居者募集】夜中でも奇妙な笑い声が絶えない、楽しいアパートです【都市伝説限定】

残念ですが、『人払いの結界』があるため、普通の人間は入れません
ちょっとでも都市伝説っぽい顔をしていたら入れますけど
この結界は、大家さんが施したものです。たぶん巫女系の都市伝説です

>テケトコさんが想像以上に女の子でなんか驚いた

ここまで「何で【ベッドの下の男】と【テケトコ】が同棲してるの?」というツッコミなし

皆様乙ですのー

さて、人いない隙に投下しますよー、っと
今までのお話は
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683 >>702-706
それと、避難所の透過できないスレに投下されてる俺と鳥居の人の小世代編のネタ辺りをゆっくり参照の事だよ




 私達が貴方達の側にいることは、アタリマエのことなのです




               Red Cape

 雨が降る
 しとしと、しとしとと
 振り続ける雨が、空気をじっとりと重たくする
 じとり、じとり、じとり

 空は雨雲で覆われ暗く
 振り続ける雨は空気を重たくしていき

 その暗く重たい空気は
 人ならざる者にとって、これ以上ない程快適なもので



 いつもなら空が茜色に染まる時間帯、雨具も分厚く空は見えず、光届かず暗く、しかし闇と呼ぶにはまだ明るい、曖昧な中
 時刻は学校帰りの時間帯…………よりは、ちょっと遅い、その時間帯
 彼女、浅倉 澪・マリアツェルはおつかいからの帰路についていた
 梅雨入り間近のこの時期の、この天気、この時間帯

 ………こんな天気を好む都市伝説は、決して少なくない
 だからこそ、澪はちょっぴり警戒しながら歩いていた
 濡れたコンクリートの道を踏みしめ、歩いていると

(………あれ)

 前方から歩いてくる、二人組。その一方に、澪は見覚えが合った
 以前、顔を合わせて………互いに、名前を名乗りあった
 もっとも、あの時は、向こうは中央高校の制服を着ていたけれど

「…おや」

 と、あちらも、澪に気づいたようである
 今どき珍しい和傘の下、今どき珍しい和装を着こなすその少年は、澪に対してやんわりと笑みを向けて「こんばんは」と挨拶してきた
 こんばんは、と澪も挨拶を返して………その、隣にいる人物に自然と視線を向けた
 そちらも、今どき珍しく和傘をさしていて。服装はまるで時代劇から抜け出してきたかのような着物姿だ

「…龍哉、知り合いか?」

 と、少年……獄門寺 龍哉に。その人が声をかけた
 はい、と、龍哉はその問いかけに頷いている

「鬼灯さん、この方ですよ。以前、話していたのは」
「んぁ?……………あぁ、なるほど」

 つ、と。鬼灯と呼ばれたその人が澪を見た
 濃い茶色の瞳が、じっと、観察するように見つめてくる
 ……それは、まるで。値踏みしているようにも、見えて

 しかし、澪がその視線の意味を問うよりも先に
 その場にいた全員が、一つの気配を感じとり、そちらに意識を向けた

 ずる、ずる……っ、と、何かを引きずる白いぼろぼろの着物を着た女
 うつむきがちのその顔に浮かぶ目は釣り上がっており、口は避けている

 ひきこさん
 そう呼ばれる、都市伝説
 まさしく、今日のような天気を好む都市伝説
 それが、こちらを「獲物」として見てきているであろう敵意を、はっきりと感じ取った

 とっさに戦闘態勢を取る澪
 龍哉も、戦闘態勢を取ろうとした……ようだったが。彼は和傘の他にもう一つ。何やら、抱えるようにして持っているのだ。布に包まれたそれは、どうやら彼の武器ではないらしいようで。どうやって戦うつもりなのか
 そうしていると、ひきこさんが血を蹴った
 こちらに向かって腕を振り上げながら飛びかかってくるが

「「大通連」、「小通連」っ!」

 ひゅんっ、と、風を切るような音と共に、まるで龍哉の呼びかけに応えたように、二振りの刀が飛んできた
 くるくると空中を舞うように飛び回るそれが、飛びかかってきたひきこさんを迎え撃った

 ぱっ、と、血飛沫が飛び散る
 くるくる、くるくる回る刃へと飛び込む形になってしまったひきこさんの体は一瞬でずたずたに切り裂かれて………すぅ、と、消えた

「………」

 そう、確かに消えたのだ
 しかし、澪は警戒態勢をとかなかった
 何故だろうか、ざわざわとした感覚が消えない

 まだ、「何か」来る、と直感が告げてくる
 龍哉と鬼灯も同じ感覚を覚えているのか、警戒を解く様子はない

「………っと」

 ぎんっ、と澪は攻撃を出現させた大鎌で受け止める………ひきこさんの攻撃を、だ
 先ほど倒したはずのひきこさんが、無傷の状態で姿を現したのだ

 先ほど、確かに切り刻まれて死んだはずだった
 死神の力を持っている澪には、それがはっきりとわかる
 そのはずなのに、何故?

「………そいつ、「契約者」持ちだな」

 と、鬼灯がぼそり、そう口にする

「死んでも、契約者がいる限りは復活するタイプだな」
「むぅ、つまり、契約者の方を見つけ出されなければいけない、ということですね」

 二振りの刀を制御したまま、龍哉が辺りを見回している
 澪も気配を探るのだが………ひきこさんの契約者は気配を消すことに慣れているのか
 それとも、少し離れた場所に潜んでいるのか
 どちらにせよ、気配をうまく察知できない

 この場にいる誰かが、ひきこさんをここで足止めして。他の者が契約者を探すべきだろう

「僕が……」
「………あぁ、待て、坊や」

 す、と
 ひきこさんを引き受けようとした龍哉を鬼灯が制した
 和傘を手にしたまま、鬼灯はひきこさんに向かって、軽く傘を手にしていない方の腕を突き出す

 その手には、いつの間にか一振りの刀が握られていて
 赤黒い刀身のそれは、ひきこさんの体に深々と、突き刺さった


「………おや?」

 ひきこさんの契約者は、ひきこさんが戻ってくる気配に顔を上げた
 この契約者、臆病な性格である
 とにかく、臆病である
 よって、ひきこさんを何度でも復活させられると言う能力をフルに活かし、倒されるのを即座に感知・復活させる、と言う戦い方をしている
 ひきこさんとは感覚共有はできないが、倒されればわかる。その瞬間に己の力を送ればひきこさんは復活するのだ

 そのひきこさんが、戻ってきた
 適当な獲物と戦闘していたはずだったが、戻ってきたということは終わったのだろう
 どれくらいの距離引きずっただろうか、相手、まだ生きてるだろうか

「生きててくれないと怒られるしなぁ……」

 臆病なこの契約者
 この契約者に、欠点があったと、すれば

「へぇ、誰に?」
「ーーーーーーーぇ?」

 それは、ひきこさんの気配以外に関しては、酷く鈍感である、と言う点だったのだろう
 ひきこさんともどもやってきたその気配に、気づけずに

「や、ば」

 慌てて逃げ出そうとするも、時既に遅く
 振り下ろされた一撃を避けきれずに、その意識をあっさり奪われる

「…な、ぜ………獲物を倒してないのに、ひきこさんが、もどって………」

 意識を失う間際、耳に届いた声は

「……さてね。「魔が差した」んじゃないのか?」

 と、どこか楽しげに、くつくつと笑ったのだった



「まだ、生きていらっしゃいますか?」

「うん、峰打ちしたから」

 倒れているひきこさん契約者を見ての第一声がこれである龍哉は色々と問題があるが、動じることなく返答した澪もいい勝負なのだろうか

 ちらり、と澪は鬼灯を見る
 ひきこさんに刀を突き刺した鬼灯。しかし、鬼灯が刀を引き抜いても、周囲に赤が撒き散らされる事はなかった
 ……むしろ、ひきこさんの体には傷跡すら残っておらず

『さぁて、お前さんの契約者はどこにいる?教えてもらえると嬉しいんだがねぇ?』

 そして、鬼灯のその言葉に、ひきこさんは突き動かされるようにして、契約者の元へと向かっていった
 …鬼灯からは、「都市伝説そのものの」の気配がする。彼が、その都市伝説としての能力を使ったのだろう、と、澪には推察できた

「…それでは。鬼灯さん。僕は、この方をお言えに連れ帰って、お話を聞いておきますね」

 と、龍哉が鬼灯にそう告げた
 鬼灯は特に気にした様子なく「そうか」と答えている

「えぇと、澪さん。それで、よろしいでしょうか」
「うん、構わないけど……家に連れ帰って、大丈夫なの?」
「はい。家に帰れば、尋問が得意な組員の方がいらっしゃるので」
「そっか、それなら大丈夫だね!」

 一部、微妙に大丈夫じゃない会話が繰り広げられているのだが、この場にそれを突っ込んでくれる猛者はいない
 龍哉はぽてぽてとひきこさん契約者に近づこうとして………あ、と声を上げると、Uターンして鬼灯のもとに戻る

「と、いう訳でして。僕は一度お家に帰らないといけませんので。三味線、返しておきますね。鬼灯さんのお仕事についていって、演奏、聞きたかったのですが」
「あぁ、気にするな。三味線ならいつでも聞かせてやるから」

 あ、龍哉の持っていた荷物、三味線だったんだ、とそんな事を考えながら
 くるり、と鬼灯が振り返る
 和傘の下、隻眼の目が、じっと澪を見つめてくる

「互いに、妙なことに巻き込まれたな………まぁ、怪我がなくなてよかったな」

 くつくつと笑うその様子は、どこか楽しげで
 しかし同時に、どこか冷たく、薄暗いものに、見えた




to be … ?



 お前達は 本当は何も知らないままでいいんだ
 何も 何も 何も 何も 何も



               Chinese lantern plant

本編の執筆が進まないので暇つぶしに書いてみたぜ

・バーガー

恋人「ロク君ってハンバーガー嫌いなんだよね」

六本足「嫌いじゃないが好きではない」


カンさん「……要は、自分から食べようとは思わないってことですか」

六本足「そんな感じだ」


恋人「ふーん、そうなんだ。……でも」

六本足「ん」


恋人「なんで、テリヤキバーガーは喜んで食べるの!?」

六本足「ハンバーガーじゃないからな」ムシャムシャ

カンさん「訳がわかりません」


・部活

恋人「ロク君って何で運動部に入ってないの? あれだけ運動できるのに」

六本足「師匠から止められてる」


カンさん「稽古に専念しろということですか」

恋人「古風だね」


六本足「いや、違う」

恋人「え? じゃあなんで?」


六本足「カタギの人間と競っちゃ駄目らしい」

恋人「カタギ!?」

カンさん「ヤクザか何かですか、あなたは……」

・映画

恋人「あれ、映画見てるの?」

カンさん「はい」


六本足「この前、録画しておいた」

恋人「あー、セガールの」


恋人「……」(鑑賞中)

カンさん「……」(鑑賞中)


恋人・カンさん(き、既視感がすごい)

六本足「やっぱり、戦艦が一番だな」←原因


・苦手

恋人「人ごみって苦手だな」

カンさん「慣れれば大丈夫ですよ」


恋人「どうだろう。カンさんは苦手なものとかないの?」

カンさん「苦手ですか……。爬虫類ですかね」


恋人「へー、意外だね」

カンさん「まあ、苦手というよりは」


カンさん「憎んでいますね、はい」(暗黒微笑)

恋人(じ、地雷踏んじゃった!!)

※【姦姦蛇螺】は、大蛇の生贄にされた巫女の成れの果てです

――完――

で、出来が微妙……
かりあげクン読んで口直しだ!



 世界には、当たり前のように化け物じみた者達が存在しているのだ、と知ったのは10歳の時だった
 その日、自分は父と母と一緒に祭りに出かけていて
 大好きなヒーローの写真がプリントされた袋のわたあめを買ってもらった自分は上機嫌で、両親と手を繋いで歩いていた
 暗い夜道も、両親が一緒ならば、何も怖くはなかった
 家まで後少し、と言うところで、アレが現れさえしなければ

「私、綺麗?」

 にたりと笑った、その女の口は耳元まで裂けていて
 自分をかばった両親の首から、真っ赤で暖かなものが噴き出していって自分を汚したあの瞬間は、決して忘れる事はないだろう



 風を切るような音が音があたりに響く
 振り回される鎌は、こちらの首を切り落とさんとするかのように大振りで何度も振り下ろされた

「ったく、鬱陶しい!」

 彼、角田 慶次はその攻撃を全て、ギリギリのところで避けていた
 余裕打っている訳ではない、本当にギリギリなのだ
 彼の契約都市伝説は、どちらかと言うと遠距離戦闘に向いているものであり、このような近接戦闘向きではない
 そのせい、と言うべきか否か、彼は接近戦闘能力はかなり低いのだ
 本来なら、こうなる前に仕留めるのであるが、今回は仕方ない
 新作DVDでも借りに行こうと家を出て歩いていたら、いきなり背後から「私、綺麗?」と話しかけられてしまったのだから
 全く、任務外の時に襲い掛かってくるのは、かんべんしてほしいものだ

「とりあえず、だ。襲ってきたのはそっちなんだし、正当防衛だよな!」

 己の契約都市伝説を具現化する
 現れたのは、一匹のカブトムシ
 出現したそれは、慶次の意思にしたがって、ぶぅん!と、口裂け女に向かって一直線に飛んでいった


 あるところで、バイクで事故を起こして死んでいる男が発見された
 いや、正確には事故を起こした訳ではなかった
 死体の脳天には、ヘルメットを貫通するほどの穴が開いていた
 ショットガンで撃ちぬかれた傷跡を調べると、そこに埋まっていたのは一匹のカブトムシだった

 それが、「カブトムシと正面衝突」と呼ばれる都市伝説である
 バイクの運転中にカブトムシと正面衝突し、男は死んでしまった……そんな都市伝説
 角田 慶次はそれと契約し、自在にカブトムシを召喚できるようになった
 そして、そのカブトムシは、弾丸を超えた速度で相手に向かって飛んでいき…………


「ーーーーーっぎ」

 口裂け女の脳天にそれが命中し、血が、頭のなかに詰まっていたものがぶちまけられた
 一撃必殺にふさわしい威力
 今回のように、相手の攻撃を避けながらでは、急所を狙いにくいのが欠点か
 もっと、鍛えなければ

「あー、くそ、新作、まだ残ってっかな……」

 このくらいの相手なら、報告の必要もあるまい
 慶次は息絶えた口裂け女を無視して、さっさとDVDレンタル店へと駆けて行った
 倒れた口裂け女は、そのうちさらさらと崩れていって。まるで最初からこの世に存在していなかったかのように、この世から消滅した


「貴方は、貴方のお母さんとお父さんを殺した存在が憎い?」

 どこかおばさんめいた、黒いスーツを着た女は、自分にそう問いかけてきた
 憎い、と、自分はそう頷く
 目の前のこの女によってあの口裂け女は殺されたけど、それでも憎しみは消えなかった

「そっか………じゃあ、おばちゃんのところに、来る?あぁいう怖いのと戦えるように、おばちゃん、色々教えてあげるから」

 優しく笑って伸ばされた血塗れのその手を、自分はしっかりと掴んだ
 行き場のない憎しみを発散する方法が欲しかった
 そして、それを与えてくれる眼の前の存在は、たとえ血塗れでも聖母のような存在だった


 憎しみをカブトムシの形に変えて、弾丸のごとく発車する
 あの日消えなかった憎しみは、もう二度と消えることはないのだ


to be … ?

パソコンのデータを整理したら2年前にこのスレの8スレ目に投げた話が見つかったので投下
・バトルシーンオンリー
・お前のような首無しライダーがいるか
・天ちゃん可愛い

それではごゆるりとお楽しみくださいまし

 逢魔ヶ刻──という言葉がある。
 日が沈みだす頃という時間帯は、怪異現象に遭遇しやすいという意味を指す言葉だ。
 怪異現象なんてものは、勘違いや思い違いが生んだものと古来より相場が決まっているが──どうも、その言葉ばかりは真実らしい。
 唸るようなエンジン音が周囲に響く。その主はV-MAX。速度こそ隼の方がわずかに上だがそれ以外のスペックにおいては最強を誇る、モンスターバイクだ。
 直感的にわかる。このバイクの乗り手は『都市伝説』だ。人々から語られる存在が闇夜の力を得て実体化した存在。伝承通りに人を殺すしかないあたり、こいつらも被害者なのかもしれない。

 「ね、ねえ……この男の人……」
 「ああ、わかってる」

 隣にいた彼女が俺の腕にしがみつく。この手の遭遇は初めてじゃないというのに未だ慣れきってないらしい。可愛いなと微笑ましさを感じたのも一瞬、目の前の相手に意識を切り替える。
 まあ、彼女――天(そら)が怖がるのも無理はない。
 なぜなら、このライダースーツを一分の隙もなく着こなした男には――

 「来いよ首なし。ただ暴れ続けるだけも疲れたろう。俺がお前の噂を終わらせてやる」

 首から上が、綺麗に存在しなかったのだから。

 手招きと同時。ノーモーションで加速したV-MAXが俺を跳ね飛ばさんと肉薄する。

 「天」
 「はい、芳一さん!」

 瞬間、重力をキャンセルし飛翔。やつの攻撃を間一髪で回避する。
 やつが地上を戦場とする以上これからの追撃はないだろう。

 「っ! ……はっ」

 と思った矢先、内臓に伝わったダメージに耐えきれず、口から血反吐を吐き出した。

 「……直撃しなくてもこの威力か」
 「芳一さん! ……っ!」

 伝わるのは明確な殺意、これは首なしのものではない。やつの圧力にも似たものとはまた違う鋭利な殺意が、俺を透過して首なしに向けられる。

 「――星よ。行きなさいっ!」

 イメージは、引き絞られた矢が放たれるその瞬間。
 中空に現出した無数の魔弾が光の尾を描いて首なしを直撃する。並の『都市伝説』ならかなりのダメージになるはずだ。それをあの男は――

 「……」
 「嘘だろ。いよいよ化物だな」

 かわすでもなく防ぐでもなくただただ受け止めやがった。なるほど、どうやら本体はバイクみたいだな。

 「芳一さん! 後ろ!」

 あまりにも呆気なく耐えられてしまったことにより思わず考察が始まる。そして、その隙を逃すほどやつもアホではない。
 男から放たれたのは無数のワイヤー。かつてその首を切断した斬首の権化が俺の首を刈り取らんと絡みつく。


 ――まさか、こんなやつに切り札を使わせられると思わなかった。
 首にくい込んだワイヤーに力が込められ、肉が裂けたその瞬間。

 「獅子星の加護(レグルス・アステル)――顕現(リアクト)」 

 告げられた言霊と同時、首から血液の代わりに炎が吹き出す。
 巻きついたワイヤーを一瞬で溶解するほどの爆炎が、俺の肉体を形作る。
 獅子は、炎のエレメント――火は断てず、穿てず、切り裂けない。

 「相乗(アクロス)・射手星の加護(サジタリウス・アステル)――黄泉路に沈め。『首無しライダー』――!」

 とどめとばかりに放たれたのは俺の手に現れた巨大な洋弓から繰り出された必殺の一矢。
 音をたやすく超えるその矢は核であるバイク、そのエンジンを一撃で貫き――『首無しライダー』はこの世から消え失せた。


 「星の海に抱かれて眠れ――終わったか。天。お疲れ様」

 文字通り塵となった首無しの残滓を眺めながら、相棒である少女に語りかける。
 彼女の名は霧雨(きりさめ)天。俺、こと八雲芳一(やくもほういち)が契約した都市伝説である。
 電車から見えるマンションの一室に佇む空を眺める少女に心を奪われた男は想いを告げるためにその部屋に訪れる。そこにいたのは、星を眺める少女ではなく、少女の首吊り死体だった、という都市伝説――『空を眺める少女』
 その少女こそが天で――何を隠そう、この話自体俺が彼女を蘇らせるために生み出した都市伝説だったりするんだが。

 「お疲れ様です。ごめんね芳一さん。足引っ張って」
 「足引っ張るって、何が」
 「……私が最初の星で倒せていたら星象顕正(アステロイド)まで使わなくてすんだのに」
 「何言ってんだバカ。結果的に生き残れたからこれでいいんだよ」

 涙ぐむ天の頭に手を乗せ諭す。
 そう、なにもかも命あってのものだ。
 俺と彼女では、人生の規模があまりにも違いすぎるから。俺は彼女といる今を大切にしたい。
 もう一度訪れた彼女の生を、少しでも有意義なものにするために。
 それが、彼女に命を与えた俺の責任だ。

終わりです。芳一くんの能力は「星にまつわること全般」切り札が擬似太陽の生成とかそんなんです
天ちゃんは黒髪ロングの美人さんです。芳一くんにやや依存気味です。爆発しろ。
お付き合いありがとうございました。続きは近日中に。

 ぺんっ、と三味線の音が響く
 縁側に腰掛けて、鬼灯は三味線の弦を弾いていた
 その隣に、獄門寺家を訪れていた憐が腰掛けていて、鬼灯の演奏に合わせて小さく、歌を口遊む
 龍哉は二人のそばに腰掛けて、三味線と歌に耳を傾ける
 しばし、ゆったりとした時間が流れて

 どぉんっ!!と
 盛大な爆発音が、そのゆったりとした時間を破壊する…………と、思われたのだが
 三人共、爆発音には割合慣れているのか、さほど気にしている様子はない
 ここが「獄門寺家本家」でなければ警戒の一つでもしたのかもしれないが、場所が場所なせいか、あまり警戒していない
 演奏が一段落ついた頃に、ぱたぱたと足音が近づいてきた

「麦茶出来ましたよ、どうぞ」
「あ、すみません、ありがとうございますー、っす」
「ありがとうございます、お母さん」

 やってきたのは、龍哉の母親である在処だ
 龍哉と憐が、在処から麦茶の入ったガラスのコップを受け取る
 氷の入ったそれは、うっすらと表面に汗をかいていた
 麦茶を口にする二人の様子に鬼灯は三味線を傍らにおきながら、和んだ笑みを浮かべる

「あぁ、坊や達の分、どうも。俺の分がない件はつっこまないが、推定麦茶を入れるってだけで何を爆発させたのかを詳しく」
「あなたが来てから龍一さんが忙しそうで私へのツッコミがちょっとおざなりなのであなたの分はないです。後、爆発したのは薬缶です。せっかくなので新鮮な麦茶作ろうと思ったんですけど」
「旦那からのツッコミがおざなりで寂しいってどういう夫婦関係だ。あと、麦茶作るだけで薬缶爆発させんな」

 わりと容赦無い鬼灯のツッコミに、さらりと返す在処
 居候状態(一応、ある程度宿泊費はいれているが)の鬼灯への態度はこんなものだが

「お母さん、あんまり爆破させて壊してしまうと、補修工事をする組員の方達が大変だと思うので、ほどほどでお願いします」

 と、龍哉が微妙にズレた突っ込みをすると、うぐっ、となってしまった
 息子からの突っ込みには、若干弱いらしい

「りゅうっちー、爆破はどっちにしろ、駄目な予感がするっす」
「そうでしょうか?お母さんは、昔から色々と爆破してきているのです。とりあえず、神棚爆破はしていないので、問題ないかと」
「問題しかねーっす」
「問題しかねぇな」

 息子のどこかズレた発言と、それに対する息子の友人と鬼灯の突っ込みと言うあわさ技も、微妙にダメージ受けたのがぐぬぬぅ、となっている在処
 普段なら、夫である龍一がフォローを入れたり入れなかったりするのだが、今現在龍一は外出中であり、フォローしてくれる人すらいない

「孤立無援とは、この事ですか………っ」
「日頃の行いは大事だ、と、お父さんが言っておりまいた」
「息子が時々容赦無いっ!?」

 微笑ましい(?)母子の会話に、鬼灯がけたけたと笑う
 憐は、在処に対して若干同情と言うか哀れみというか、そんな感じの表情を浮かべていた

「えっとー………在処さん。ファイトっす。大丈夫っすよ、何も、食べた人を一発で気絶させたり、なにか喋りながら跳ねまわる料理を作り上げる、って訳じゃないんすし、まだ大丈夫っす!」
「あんまし慰めになってない上、なんかそう言う料理作る人若干一名心当たりがっ!?」

 さすがに、某生物兵器のような料理をつくる人物とは一緒にされたくない
 うぐぐぐ、となっている在処の様子に、鬼灯はますます、楽しげにけらけらと笑っていた


「……と、いうことが、今日ありまして」
「そうか」
「妻が他の男に弄ばれたというのに、龍一さんが冷たいっ!?」
「………誤解を生む発言はやめておけ。あと、本日、台所を爆破で半壊させた件について。お前の小遣いから引く事にしたんだが」
「了承取るまでもなく決定されたっ!?」

 がびびびびん、となっている在処の言葉を流しつつ、龍一は書類に目を通している
 時折、やや難しい表情
 ちらり、と在処が書類を覗きこんでみると、どうやら新年度が始まる少し前からの、学校街での都市伝説事件についてまとめられた物のようだが………

「気になることがありましたか?」
「……いくつか。やはり、鬼灯が追ってきた対象が、学校街に入り込んでいるのも間違いないようだ」

 ぱさり、と書類を置く龍一。長い前髪の下、鋭い眼差しが、射抜くようにその書類を睨みつけている

「………三年前の件の、親玉だ。見つけ次第、動かせてもらう」

 ぼそり、そう呟いた龍一の声は、恐ろしいほどに、冷たかった



to be … ?

乙でしたのー
そして、避難所の投下できないスレにそぉい、してたネタですが、こっちにもそぉい
ちまちまと伏線とかちょこちょこちょこ

 それは、GW中での出来事

 少し、と言うか結構うきうきとした気持ちを抱えてM血合わせ場所である南区の繁華街入り口へと向かっていた
 そう、今日はYとAが、他の仲良しグループのメンバーも誘って、学校街を案内してくれる日だ。特に繁華街を中心に教えてくれるようで、まだこの街のどこに何の見せがあるのかをきちんと把握していない自分には大変とありがたい
 待ち合わせ時間より少し早く付くように歩いて行く。待ち合わせ時間より早めに着くようにするか、遅めにつくようにするか………相手によってそれをコントロールするのも、良い女の条件だ。今回は、ちょっと早めについた方がいい、と判断したのである

「………って、あ」

 自分も、ちょっと早めについた、つもりだったのだけど
 待ち合わせ場所には、すでに二人の影があった
 和装に身を包んだRと、どことなく軽そうな印象を与えてくる服装のLだ
 きちんとした性格のRはともかく、Lがすでにいたのはちょっぴり意外だった
 まぁ、Lは軽そうに見えて案外しっかりしているので、待ち合わせ時間なんかもちゃんと間に合わせるタイプなのだろう

「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「大丈夫ですよ、僕達も、つい先程、ついたところですので」
「俺っち達ー、ちょっと早めについたみたいっすねー」

 はんなり、と微笑むRと、へらっ、とした笑みを浮かべるL
 こうして見るとタイプが全く違うのだが、仲が良いのだから不思議だ

 そうして待っていると、次に来たのはYとA
 家族か誰かに、車で送ってもらったらしく、赤いポルシェから降りてきて、こちらい駆けてくる

「おまたせー。一応待ち合わせ時間に合うように来たつもりだったけど。龍哉と憐はやっぱ早いね」
「……ん、おは、よ」

 ひらり、と明るく手をふってくるYと、その後ろに少し隠れるようにしながらぺこり、と頭を下げるA
 この双子も、けっこう対照的だよなぁ、としみじみ思ってみる

 そうして、待ち合わせ時間からちょっと遅れて、HとNがやってきた
 なんというか、こうして待ち合わせしてみただけで、各々の性格とかがちょっとわかってくるような気もする

「神子にも声かけたけど、今日は用事があるから無理だってよ」
「おや、せっかくですから、神子様もご一緒に……と思いましたが、仕方ありませんね」

 結局集まったのは、自分を含めて七人
 これだけ集まれば、十分だろう
 個人的に、男性が多いのだから、誘惑チャンスも多い、ということだろう
 心の中で、ぐっとガッツポーズを取った
 ……が

「それじゃ、全員揃った事だし、行こうぜ」

 と、いいながら、すっ、と、ごくごく自然な動きで、HがLの腰に手を回した様子を目撃して

「ーーーーーーせいっ!!」

 ごがすっ!と

「おぐっ!?」
「あぁっ、はるっち!?」

 思い切り、Hに向かって盛大に回し蹴りを放ってしまった訳だが
 決して、自分は悪くないだろう、うん



 こうして、繁華街を中心に、あちこち案内してもらった
 制服が有名な地元レストランやら、Rの親戚がオーナーをやっていると言うブティックやら、美味しいパン屋さんやら
 個人的に、ブティックを教えてもらったのは、たいへんとありがたい。めちゃくちゃ混んではいたものの、服のブランドひと通り揃っていたし、今度時間がある時にじっくりと服を選びたいものだ
 そして、案内してもらいつつ、R達とどうでもいい事を話したりもしていた

「へー、優と晃って、家族以外の人達とも一緒に生活してるんだ………大変じゃない?」
「そんな事ないわよ。昔から一緒だから、ほとんど家族みたいなものだし。ね、晃」
「……うん………父さん、と、母さん達にとっても………みんな、家族みたいなもの、だから。ボク達にとっても、家族のような、もの」
「まぁ、それ言ったら。憐だって従兄弟家族とも一緒に生活してるしな」
「そうっすねー。俺っちんとこの場合、父さんが伯父さんと離れるのをすっげー嫌がったってのと叔父さんが家事全滅で生活能力ないのに伯母さんが仕事の関係で家にいない事あるから心配ってのもあるっすけど」
「龍哉んとこも、家族以外も一緒だよな」
「そうですね。僕の家の場合、お手伝いさんや、組員の方の一部も一緒に生活しておりますから」

 ………うん、時々「ん?」となるような単語が聞こえたような気がしないでもないけど、気のせいである
 スルー能力も、いい女には必要な能力だ

 そうして、あちこち案内してもらい、お昼ご飯
 てっきり、昼食は繁華街のどこかのお店で、と思っていたのだけど、そうではなく

 案内されたのは、東区の、住宅街の一角だった
 看板らしい看板も出ていない喫茶店。「閑古鳥」と言う店名らしいそこに、案内された
 さほど広くない店内、他にお客さんはなく、ちょっぴり不安を感じていたのだけど

「……美味しい」

 っく、お、美味しい!
 なるほど、隠れ家的お店と言うやつは侮れない、そういう事か!
 こちらの反応に、Nが楽しげに笑ってくる

「な、美味いだろ?看板ないせいか店名のせいか、客あんましいないけど。その分、ゆっくり出来るし」
「店主が聞いてる前で容赦無いな。まぁいいけど」

 カウンターの向こうから、店主らしい男の人が突っ込んできた
 うん、なかなかいい男じゃないか、この店の店員さん
 これは、いつか堕とすリストにチェックを入れ…………

「……ただいま、風夜」
「あ、アーサー、ギル、お帰りー」

 ……買い物に出かけていたらしい他の店員二人、どちらも男性であるその人達を、店主がぎゅっとハグしてた
 片方は無表情のままだが、片方はあわあわしつつ、少し赤くなっている
 えぇい、こいつらもか!こいつらもナチュラルホモか!!
 思わずだぁんっ!!と、テーブル叩きたくなってしまった
 耐えた自分は偉いと思う
 こう、ぐぐぐっ、と、耐えぬいていると……足元を、何か、もこっ、としたものが通りすぎた気がした
 あれ?と視線を下に向けると、Lの足元辺りに、何かがちょーん、と座っている

「きゅーん」

 と、聞こえてきたのは、子犬の声
 デザートのひつじババロア(羊みたいな形にしたババロア)を食べようとしてた;が、表情を輝かせる

「ん、ポチ、どうしたっすー?………ババロアは、ポチには分けてあげられないっすよ?」
「……きゅぅん?」

 ちょーん、と、Lの足元でおすわりしている柴の子犬が、首を傾げている
 あれ、こんな子犬、いつの間に

「憐君、その子犬、知ってるの?」
「このお店の看板犬っすよー」

 可愛いなぁ、とポチと言う名前らしいその子犬に和んでいるL
 なんか、Hがぐぬぬ状態になっているのは、突っ込み入れるべきだろうか

 …に、しても、犬
 まいった、自分は犬はどうにも苦手な方だ
 しかし………相手は子犬だ
 よくよく見ると、なかなか可愛いじゃないか
 こう、子犬なら、いけるんじゃないだろうか、子犬を愛でていれば、こう、こっちへの好感度もあがるのでは

「なるほど、看板犬か………ほら、こっちおいでー」
「…わふ?」

 くるんっ、と、子犬がこちらに振り返った
 あ、っつ、つぶらな瞳がこっちを見上げてくる
 これは、犬が苦手な人間から見ても、可愛………

「わふ」

 ぷいっ

「…あ、あれ?」
「そっぽ向かれたな」
「憐に甘えたい気分なんじゃない?憐、店に来るたび、ポチをかわいがってるし」

 こちらからそっぽをむいて、きゅーんきゅーん、とLに擦り寄って甘えている子犬
 な、謎の敗北感が………っしかし、そうされても可愛いとは、子犬の魔翌力恐るべし!!
 Hとは別の意味でぐぬぬぬ、となってしまって



 店主が、こちらをじっと見ていたことに
 彼女が気づく事は、なかった


to be … ?

ようやくGW中のお話書いたって言う
本当執筆スピード落ちたねぇ

そして、今までのお話のリンク貼り忘れてーら
今までのお話は
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683 >>702-706 >>749-753
辺りをご参照くださいませ

 さて、昼食を終えて
 学校街案内ツアーに、新メンバーが加わった
 へっへっへっ、としっぽを振りつつ、Lにリードをふられている、柴の子犬だ
 喫茶店「閑古鳥」の看板犬らしいが、Lにもよく懐いているらしく平気でリードを握られている

「……と、言うか。憐、嬉しそうね」
「…………憐、犬、好き」

 Aの言葉にあぁー、と声をあげる
 「閑古鳥」でポチの相手をしてやっていた時から思ってたけ、犬好きか、なるほど
 ちなみに、こちらもポチを撫でてみようと試みてはみたのだけど、ポチはふんふん、とこちらの匂いをかぐと、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。自分じゃ駄目らしい

「犬って、犬が苦手な人間を敏感に見分けるからな。そのせいじゃないか?」
「うぅ………子犬相手なら、ちょっとは平気、かもしれないのに……」

 Nに言われた通り、確かに自分は犬が苦手だ
 苦手だけど………っポチは可愛いから、いけそうなのに!
 犬克服チャンスは、自分には訪れなかったらしい
 ……いや、でも……こう、犬苦手なの……って、弱々しくする方が男ウケいいか……?子犬だけならなんとか平気ー、とか、男ウケいいかも?

 そんな邪な考えを抱いてしまったせいだろうか
 道中、ポチがちっともなついてくれないまま、時間は過ぎていって

「……さて、最後は、こちらになります」

 連れて来られたのは、北区の神社
 おぉ、これは神社お約束の長い石階段。これ、登るの大変そう
 なんとか、登るのを回避した………

「きゅん!」
「っわ、ちょ、ポチ、あきっちもいるんだから、もうちょっとゆっくり………」

 っは!?
 しまった、子犬に、人間の疲労を気遣う気持ちは備わってなかったっ!?
 い、いや、ここは新たなチャンス到来と考えるべきだろう
 そう、先程;も言っていたが、Aがいるのだ
 体が弱めのA。あちこち歩きまわってちょっと疲れているみたいだし、ここはAを気遣って好感度をあげ………

「晃、疲れてきたでしょ、平気?」
「………大丈夫。でも、上に登ったら、さすがにちょっと、休む」

 うぐっ!?
 しまった、さすが双子。Yが先に、Aにそう声をかけた
 仕方ない、双子の絆と言うやつは強いのだ、勝とうにも強敵である。自分にはまだ早かった、というだけだ
 いつかは、Aもしっかり落とすつもりだが、慌てちゃいけない

「あちこち歩きまわったから、さすがに疲れたよな。階段、登っていけそうか?」

 と、Nがひょこ、とこちらの顔を覗きこんできながら、そう言ってきた
 あぁ、なんだ、ちゃんと気遣い出来るじゃないか、うん

「んー、ちょっとつかれたけど、登るくらいは平気、かな?」
「そうか、じゃ、問題ないな」

 っく、惜しい!
 ここでこう、こっちの手をとって登ってくれたりしたらもっと良かったのに!
 N、非常に、惜しい!
 Rも

「無理はしないでくださいね」

 と優しく声はかけてくれたが、手は貸してくれない
 惜しい、本当に、惜しい!!

 そんなことを考えつつ、皆と一緒に石階段を登っていった
 一番上まで登り切って、先に登っていたR達の傍まで行って…・・

「………わぁ」

 思わず、小さく声を上げた
 学校町の中では、どちらかと言うとまだまだ田舎な北区
 しかし、山の上であるこの神社からは、街を一望するかのように見下ろすことができた
 そして、夕日がゆっくりと沈みゆくこの時間帯、夕日に照らされる町並みはとても、綺麗で………思わず、見とれてしまった
 何かにこうして見とれるなんて、久しぶり………どころか、初めて、かもしれない

「ここ、綺麗だろ?」

 そこに立つと、なんだか風が強く感じられるような気がした
 下は、見ない
 上だけを見るようにする

 すぅはぁ、と深呼吸
 怖気づいてはいけない、いけないのだ

「……私が、やらないと」

 誰かを頼ってはいけない
 誰かを巻き込んではいけない
 これは、私の戦いだ
 私が成すべき戦いだ

 私が悪いのだ
 私が、気づけなかったから
 私が気づいていれば、こんなに犠牲者は出なかったかもしれなかった
 私が説得に成功していれば、こんなに犠牲者は出なかったかもしれなかった

 そう、私が悪い
 私が全て、悪いのだ

 しかし、私はこれによって、責任を取ると言う訳ではない
 逃げるのではない、戦うのだ
 これに私が勝利することができれば、もう犠牲者は出ない
 負けるわけにはいかない
 戦って、勝つのだ

「みんなが、巻き込まれたら大変だもの。みんなが、死んでしまうのは………嫌だもの」

 だから
 さぁ、ここから一歩を踏み出すのだ

「………ごめんね、さよなら」

 そう呟いて
 私は、そこから飛び降りた


 落ちていくまで、一瞬だったはずだった
 しかし、落ちていく間際、見えた
 みんなが、こちらを見ていたのが
 慌てて、こちらに向かおうとしているのが


 大丈夫
 そんな顔しないで

 私が、今から戦うから
 そうして、勝ってみせるから
 みんなを傷つけさせはしない
 苦しめさせはしない
 みんなを、都市伝説の一部になんて、させない

 私が止めてみせるから
 もう、みんなが悲しむことがないように

 だから、安心して
 大丈夫だから
 そんな顔、しないで

 どうか
 どうか、どうか

 私がいなくなっても、みんな仲良くしていてね
 大好きなみんなが、これからも仲良く、幸せに暮らせるように
 私は、祈っているから


                   「鬱宮憂子の憂鬱」

はぁ……。あ、どーも。鬱宮憂子(うつのみやゆうこ)です……。鬱宮は苗字だから仕方ないにしても憂子って……。
憂う子って……。いったい何考えて名付けたんでしょうね……。はぁ……。
花の女子高生、人生の絶頂期、青春真っ只中です……。つまり後は落ちる一方枯れる一方……はぁ……。
あー……あと昔はクラブ『八つの枢要罪』に入ってました……ああ、今は学生会『七つの大罪』でしたっけ……。
まぁ、どーでもいいですけど。はぁ……。ちなみに『憂鬱』担当でした……。はぁ。

「はぁ……」

おっと、思わずため息が出てしまいました……はぁ……。
え? さっきからずっとハァハァ言ってるって? はぁ……やめてくださいよ本当に。
それじゃあまるで私が発情してるみたいじゃあないですか……はぁ……。小百合ちゃんじゃああるまいし……。
地の文だからセーフですよ、セーフ。……何この独り相撲。空しい……憂鬱だわ……。

「はぁ……。それにしても、太陽が燦々と輝いていて、雲一つない青空。まさに台風一過ね……。
こんなに空が真っ青に晴れてると―――――気分もブルーになるってもんだわ。はぁ……」

なーんて。空が青かろうが赤かろうが黒かろうが。私の気分はいつだって青一色なんだけどね……。
わーお私の心ったら麻雀の役みたーい☆ ……いやこれはないわぁ。何が☆よ私……。

「死にたくなるわ……」
『そうか、ならば殺してやろう』
「……!?」

突然、向こうからマントを羽織った男がやってきた。距離は……10m? 100m? どうでもいいけど。はぁ……。

『私は紳士だからな。死にたいならば殺してやろう』
「何あなたいきなり……はぁ……」
『ん? 私か? 私は通りすがりの紳士だよ。そこに死にたい人間がいるなら殺す』
「いや……別に死にたいなんて」
あんなのただの口癖だし。……というか。死にたい人間が死にたいとか言うわけないでしょ。
本当に死にたい人間は、この言葉を頭に思い浮かべた時には実際に首を括って、既に終わってるから。
死んじゃった、なら使ってもいいって使えるか! ……なんだこの一人乗りツッコミ。寒いわ……。はぁ……。

『何かね? やっぱり死にたくない? おいおい君ィ、そんな横紙破りが通用するとでも思うのかね?
自分の言葉には責任を持ちたまえよ。一度外に出した言葉は取り返しがつかんぞ?』
言いながら、近づいてくる。ああ、もう……どうして私がこんなのに絡まれなきゃいけないのよ……憂鬱だわ。

『だがまぁ私は紳士だからな。死に方くらいは選ばせてやろう。
なぁ君、そこの君、死にたい君。死に装束は――――「赤いマントと青いマント、どっちがいい?」』
……『赤マント青マント』。メジャーなやつね。はぁ……。
「まず……」
『何かね?』
「まずひとつ。赤いマントだけれど」
私は男を指さしながら言う。その間にも、男は少しずつ歩み寄ってくる。
「私は赤が嫌い。情熱的で激しい赤が嫌い。眩しくて熱すぎて生命を象徴するかのようなその色は私には似合わないし―――大嫌い。
だから赤いマントは嫌……。はぁ……」
『ほう? ならば青いマントがお好みかな?』
「……ふたつめ。私は青が嫌い。いつでもどこでも真っ青に青ざめた私の心を思い出すから。
どんな時でも気分が沈んで、アンニュイでメランコリックでブルーな私を。私の嫌な部分を見ているようで、余計憂鬱になる。
だから青は嫌い―――大嫌い。だから青いマントも嫌……はぁ」
『ん? んん? 何かね君ィ。赤も嫌で青も嫌? どっちも嫌だって? おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい』
言いながら、『赤マント』は私に近づいてくる。

『「赤か青か」。君に許された選択肢はこれしかないんだよ』

じわりじわりと、にじり寄ってくる。

『「どっちも嫌」とか、「そんなの選べない」、とか』

男の姿がどんどん大きくなっていく。

『子供じゃあないんだから』

男の声がどんどん近づいてくる。

『わがまま言っちゃあいけないよ』

そして、いよいよ距離が正確に測れるくらいまで男―――『赤マント』は私の傍に寄った。
そして、マントから、注射器と刃物を出現させる。

『そんなわがままな子には、きついお仕置きが必要だなぁ。
サービスだ。今回は特別に、両方着せ……て……』
と、ここで。どういうわけか取り出した武器の数々を、『赤マント』は取り落とした。

『紳士って……。自分で紳士って。私はただの殺人鬼の都市伝説じゃないか……。
自分で言ってて恥ずかしくないのか……。他人を赤青させる前に自分の赤っ恥を自覚しろよ……。はぁ……』
と、どういう理由か全くわからないけど。『赤マント』はまるでネガティブホロウでも喰らったかのように。
その場に倒れ伏して、ブルーになってしまった。いやぁ、本当……何でかしら……?
まぁ私のせいなんだけどね。白々しいわ……はぁ。

「あー……ごめんなさい。私っていつもこうなのよね……。いっつも嫌なことは後回しにしちゃう。
この世には嫌なことしかないってのに、ね……。じゃあいったい何から手を付けりゃいいのよって話……はぁ」
『何だ……? 私のような似非紳士にいう事でもあるのか……? はぁ……』
「―――――みっつめ。どういうわけか全然分からないんだけど……」

「私の傍に近づいた人間は――――生物は。何故かそんな風に……。
気分が沈んでブルーになっちゃうみたいなのよね……はぁ……」
と、私は親切にも、私の忌まわしきブルーなスキャンダルを教えてあげた。やっさしー☆
……馬鹿じゃないの。はぁ……。はぁ……。

『近づいただけで気分が沈む、だと……? そんな都市伝説は聞いたことも……
ああ、何と愚かなんだ私は……。紳士じゃなくて馬鹿じゃないか……。ここで上手いことのひとつも言えないし……はぁ……』

「あー……どーも違うらしいのよねぇ……。私達の『これ』は都市伝説じゃあないらしいのよ」
『な……に……?』
「『過負荷(マイナス)』。私の数少ない友達は、私達のこれをそう呼んでいるわ……はぁ……。
つまり私のこの力(スキル)を。過負荷(マイナス)を呼ぶとしたら。
ありとあらゆる憂いを閉じ込めて。ありとあらゆる憂鬱で心を閉め付ける。
憂鬱のスキル『憂閉(メランコール)』になるわね……はぁ……」
なに格好つけてるのよ……はぁ……。

『ははは……はぁ……。過負荷。『憂閉』……か。
そんなことも知らずに紳士を名乗っていたとは……はぁ……。私はどこまで井の中の蛙なのだ……はぁ……。
はぁ……。そしてなるほど……。どうやら長く君の傍にいるほど気分が沈むらしいな……はぁ……
……もっとも、分かったところで動く元気もないわけだが……はぁ……』
「動く元気もない……? そこは元気を振り絞った方がいいわよ……はぁ……」
と、もはや動く気力もない――――否、動く気力だけがない『赤マント』に向かって、言う。
「ため息ってあるじゃない? そうそう、私達が吐いてるやつよ……はぁ……
こんな風に、ため息を吐くとさ……はあ……」

次の瞬間。偶然にも『赤マント』が伏していた位置に、台風の影響で壊れかけた看板が落ちてきて。
『赤マント』を―――――潰した。そこにはブルーな紳士はもうおらず。真っ赤になった看板だけが残る。

「幸せが……逃げるらしいよ? なーんて……もう遅いか……はぁ」
嫌なことを……あんまり強くない自分の都市伝説の説明なんて、そんな嫌なことを。
後回しにしちゃうのが……私の悪い癖だわ……。はぁ……。

「憂ちゃんっ!」
「きゃん!?」
「あーやっぱり。見慣れた鬱屈オーラが見えると思ったら。予想通り憂ちゃんでしたわね!」
「飾ちゃん……」
この子は形桐飾。私の元同僚。クラブ『八つの枢要罪』の『虚飾』担当……だった人。
え? もう知ってる? そのくだり余分? はぁ……いいじゃないのよ別に既登場キャラの紹介したって……はぁ。
「やめてよ飾ちゃん……知ってるでしょ、私の過負荷『憂閉』。私に近づいた人間は、誰であろうと気分が沈む。憂鬱になる……はぁ……」
「あらあら憂ちゃん、水臭いですわよ? あなたこそ知っているでしょう? 私に――――
私の異常性(アブノーマル)、『卵にも衣装(チートドレスコード)』に憂ちゃんの『憂閉(それ)』は通用しないって」
ああ……そうそう。そうだったわね……。飾ちゃんの『異常性』。
『卵にも衣装』―――――ひと言で説明するなら、『着飾る』スキル。『聞かザル』じゃないわよ。『着飾る』。
……なに糞つまんないこと言ってんのよ……はぁ……。あ、クソとかいっちゃったわ……はぁ……。
心を、姿を、言葉を、行動を、雰囲気を、人相を、意識を、無意識を、人生を。
服を着替えるみたいに自由自在に着飾って――――コーディネートするアブノーマル。
言ってしまえば、演技力の極致。子どもが親の前でいい子ぶるのを極端にしたもの。心の仮面を自在に付け替える能力。
空っぽの卵みたいな本性を、空しく着飾って飾り立てる絢爛豪華な衣装。
ゆえに―――――『卵にも衣装』。

「……でも、それは。憂鬱になった自分を、『明るい自分』で着飾って……見ないことにしてるだけじゃない。
本当は……思いっきり効いていて。本当は……どん底まで沈んでるんじゃない」
「何を言っているのかしら憂ちゃん。たとえ本当はそうでも、本性はそうでも。外から見て問題ないなら……それは効いてないのと同じじゃありませんの」
「違うよ……全然違う……はぁ……」
着ているときは大丈夫でも。脱いだらどうなるの? 着飾った心を裸にした瞬間、死にたくなるんじゃあないの?
いや……むしろ、たくさんの虚飾(ふく)を着せられて、貴女の卵(こころ)にはもうひびが入ってるんじゃないの……?

「違わないわ。狂人の真似とて大路走らば即ち狂人なり。逆に言えば」

「強がりも、最後まで折れなきゃマジに最強、ですわ」
と、飾ちゃんは笑顔で言った。
「やめてよ……そんなわけないよ……私を慰めようとしてるんだろうけど。
やめてよそんな気休めにもならない気安い言葉……私には効かないわよ……」
やめてよ、そんな顔で見ないでよ。いくら空っぽでも。いくら虚しく飾ってても。
憂鬱(わたし)には眩しすぎるよ……。

「あら、そんなことはないわよ?」
「嘘! 飾ちゃんも実は思ってるんでしょう!? 私みたいなやつは死んだ方がいいって」
「死んで良い人間なんていませんわ」
演技だ。演じてるだけだ。言葉を着飾ってるだけだ。綺麗ごとだ。
「騙されないわよッ! あなただって知ってるでしょう、私がどういう人間か!
『過負荷』で見境なく誰もかれもをブルーにして、鬱にして!
ため息つかせて、根こそぎ幸せを奪い去る! そんな疫病神みたいな人間が、悪霊みたいな人間が!
生きていていいはず、ないでしょう……! やめてよ、気休めの言葉なんてかけないでよッ! 私なんて必要ないのよ、殺すしかないの、死ぬしかないの!
さっきだって罪なき――――いや、罪はあるけど……とにかく! 都市伝説から幸せを奪っちゃったのよ!?」
珍しく私は声を荒げた。こんなことは初めてだ……いや、前にもあったかしら?

「そんなことありませんわ。自分を大切にして?」
「だからそんな気休め……」
「それに」
被せるように、飾ちゃんは言う。
「たとえ世界が貴女を憎んでいても……たとえ世間が憂ちゃんに死んでほしいと思っていても。
憂ちゃんが死んじゃうのは、居なくなっちゃうのは困りますわ。だって……」

やさしく、眩しく、微笑み―――――笑顔の仮面で着飾り。

「だって、私が寂しいんですもの」
……ああ、そうだ。もちろんこんなのはいつもの演技だ。良い人ぶってるだけだ。
取り乱した私の、自棄になった私の、憂鬱な私の。『理想の人間』で……自分を着飾ってるだけだ。
ああ、わかってる。分かってる。分かってる。分かってる……。

分かっているけど……分かっていても。
そんなこと、面と向かって言われたらさ……ドキドキしちゃうじゃない。
勿論わかってる。飾ちゃんは誰にでもこういうことを言うって。飾ちゃんは、誰に対しても理想の人間で……理想の女性だって。
でも、でも、でもさ……しちゃったものは、しょうがないじゃない。私は悪くないじゃない。
ああ、ああ……。何でよ、何で優しい言葉なんかかけるのよ。気休めの言葉ならこんな気分にならずに済んだのに。突き放してくれればよかったのに……。

ああ……でも。もしも願いが叶うなら、今この瞬間だけでも。飾ちゃんが私だけのものになってくれないかな……なんて、はぁ……。
私はどこまで馬鹿……

「憂ちゃん!」
「?」
「何をしているの? せっかく会ったんだし、どこかに遊びに行きましょうよ。

……二人っきりで」
「う……」
やめてよ……やめてよ……そんなこと言わないでよ。私のしてほしいことをしないでよ……。
演技だって分かるのに。仮面だって分かるのに。偽物だって分かるのに……。
やめてよ……虚しいだけなんだから。これ以上ときめかさないでよ……。

「どうしたの? 行きたくないの?」
「行き、たい……。デート、したい……」
って何言ってるのよ急に私! 気持ち悪いわ、はぁ……。
「そう。じゃあ、行きましょう? デート!」
――――――――っ! 本当に、本当にもう……! やめてよ私をこれ以上誑かさないでよ……!

「うん……」
「? どうしたの?」
「何でも、ないわ……」

私はさり気なく飾ちゃんの手を握る。……握ってしまう。嘘だって、その場限りだって、口だけだって分かってるのに……はぁ……。
本当駄目だわ、私ったら。いつもいっつも……嫌なことを後回しにしちゃう。

~~~~~~~~~♪

……と。私のそんな思考を、メロディが遮った。

「あ、ごめんなさい憂ちゃん。私よ。……はい♪ ああ、疾風君ですのね。何か御用かしら? これから憂ちゃんと……」
『憂ちゃん……? ああ、憂子さんですね。デートですか? 妬ましい』
「まだ何も言っていないのによく分かりましたわね……」
『師匠は女たらしというか人たらしですし……まぁそう演じてるだけなんでしょうけど。
ともかく、師匠の性格と声の調子で大体察しはつきますよ……妬ましい』
「相変わらず出来た弟子ですわね」
『おやおや、皮肉ですか? それとも強者の余裕? 嫉妬しちゃうなぁ……。
で、まぁ。そんなことより、用なんですけど……』
「なあに?」
『明日10時。昼のです。「芙向生物研究所」の隣……「芙向病院」に集合、ですって』
「……? わかりましたわ」
『……ああ、それともう一つ。僕の異常性、少し成長したかもしれません』
「と、言いますと?」
『電話越しでも。直接相手と話さなくても。嫉妬心を操れるようになりました……増幅させるだけですけどね。
だから今回は実験的に……』

「ねえ、飾ちゃん……」
「!?」
「誰と話してるの……?」
「は、疾風君だけど……」
「ああ、あの私たちが出てった後、名前を変えた『七つの大罪』に新規加入した?
……そうそう。そういえば、あなたの弟子とも言ってたわね……はぁ……」
「な、なんですの……?」
「ねぇ、飾ちゃん」

「飾ちゃんはさ……あいつと私。弟子と恋び……友達、どっちが大事なの?」
「そ、それはもちろん……」

『あははははは! 気を付けてくださいねぇ、師匠!
僕のこの力のこの使い方は、今のが初めてで……うまくコントロールできませんから!
加減が効きませんから……ちょっとだけやり過ぎちゃってるかもしれませんよぉ!』
飾ちゃんの携帯から、泥棒猫……猫か? まぁいいか。ともかく、あの男の声が響く。

『まぁでも大丈夫ですよね。師匠は僕が師匠と認めた、僕が尊敬し敬服する唯一といっても差し支えない人間ですから!』
「黙りなさい新人のくせにッ! 飾ちゃんは私のものよ!」
『おやおやおやおやおやおやおやおや。効果抜群じゃあないですか……マジでたらしですねぇ師匠。妬ましいなぁ……』

『まぁ、そんなわけで頑張ってくださいな。僕の尊敬すべき師匠。
……まぁ、尊敬しようと敬服しようと。誰であれ平等に――――不平等に。妬ましいんですけれどねぇ……』
これ以上私と飾ちゃんの時間を奪うなッ!

『流石にこれ以上はあれですからね……そろそろ退散させてもらいますよ。ああ、そうそう。言い忘れてました。
憂子さん。明日集合するのはアンタもですよ。午前10時に『芙向病院』に集合です。
なお、このメッセージは自動的に消滅する……なーんて、ね!』


『そんなわけで!』

『リア充』

『爆発』

『しろ!』

その言葉と共に、飾ちゃんの携帯はけたたましい爆音とともに―――――爆ぜた。

「あっ!! ちょっと何してるのよ疾風君! 買い換えたばっかりなのにぃ!
……仕方ない。疾風君の友達に直せる人いたわよね。その人に直してもらいますわ……」
「また私以外の人間の話してるの? 私のことはどうでもいいの? そんなに他の人間のことが大事なの?」
「ま、待ってくださいまし憂ちゃん……落ち着いて……ね?」
「殺さなきゃ……飾ちゃんに近寄る悪い虫は殺さなきゃ……。そうよそうでしょそうじゃない。
私にはその『過負荷(ちから)』が、その『都市伝説(ちから)』があるじゃない……」
「やめて!」
「やめない待たない落ち着かない!」
「やめてッ!」
言いながら、飾ちゃんは私を抱きしめる。……あったかい、わ……
「やめてよ……あんな狂った人間でも、私の大事な弟子なのよ。
まだ会ったこともないけど、その弟子の大切な友達なのよ。だから、やめてよ……」
「……やっぱり飾ちゃんは私よりあいつらの方がいいんだ……。だったら……」
「違う」
「!?」
「違う、違うわ、違いますわ。私にとってはあなたが一番。あなたが誰より大切よ……大好きよ」
着飾ってるだけだ。勢いに任せてるだけだ。ご機嫌を取ってるだけだ。
「ほら、だからそんなに怖い顔しないで? 可愛い顔が台無しですわ」
口だけだ。心にもないことだ。言ってるだけだ。
「早くいきましょう? 云って忘れましょう? ね? 行きたかったんでしょ、デート」
伊達男の口説きみたいなものだ。本気じゃないんだ。演技なんだ。
ああ、でも……。でも、でも、でも……

「はい……」
今だけは、騙されていたい……そんなわがままくらい、許されてもいいよね?
いや、たとえ許されなくても。私は悪くないし……。騙す方が悪いんだし。
だからもう、騙されるわ……。
「エスコート、してくださいね?」
「ふふっ、誰に言っているの憂ちゃん。私はエスコートをさせたら学校で一番の人間よ?」
「そうねっ!」
私は、さりげなく飾ちゃんの指に指を絡め。くっつきながら、歩くのであった。
このくらいなら。過負荷な私でも、このくらいの幸せなら。もらっても、いいよね……?

「……まったく、疾風君もまだまだ甘いですわね。この私の心を、言葉を、キャラクターを。
『卵にも衣装』を……この程度で丸裸にできるわけがないじゃないですの」

「私(の心)を裸に剥きたかったら、これの100倍は持って来いって話ですわ!」
「えっ!? 裸に剥く!? やっぱりあの男、妬ましい妬ましいとか言いながら本性はケダモノだったのね……!
嫉妬を司る蛇は、確かどっかじゃ性欲の象徴だったわね……! あの男ッ」
「いや剥かないわよ!? 何言ってるの!?」
と、まぁ……そんなこんなで私と飾ちゃんはデートに向かうわけだけど。
あの男……妬見女疾風の異常性の効果が切れて、私が沈むのは……そう遠いことじゃなかった、とさ。
めでたしめでたし……めでたくないわよ。はぁ……。

あーあ、本当……。最初から最後まで憂欝だわ……。



                      (もうちょっとだけ)続く




「と、言うか憂ちゃん。疾風君は、貴女にとっても友達だし……『過負荷(どうるい)』でしたわよね?」
「友達だろうと仲間だろうと、泥棒猫はゆる、さ……な……」

「……はぁ~~~~~~~~……。何やってるのよ私……! 勝手にときめいて勝手に嫉妬して勝手に……はぁ……。
あ~~~~~~あ……もう……憂鬱だわ……。恥ずかしいわ……」


                     続く……と言っていいのだろうか?

花子さんの人乙ですっ!

花子さんとかの人乙ですー

やっべ二人称間違えた……。飾は疾風のことをさん付けしますね……本当ごめんなさい!

ソニータイマーの人乙ですー
憂ちゃんイ㌔!
そして嫉妬の権化疾風くん可愛いよハアハア

ソニータイマーの人乙でしたよー
なんという嫉妬の権化


さて、今他に誰もいないかな(投下準備しながら)

「なー、神子」
「何?」
「なんで俺、出会い頭お前に殴られたんだ?」
「今日の学校町集まりの会に参加できなかったのが悔しい八つ当たり」
「てめぇ」

 なんとも和やかな会話が繰り広げられる
 彼、日景 遥を一切の遠慮なく、手加減もなくぶん殴ったのは彼女、大門 神子だった

 本日、遥は他の幼馴染達と一緒に、今年になって学校町にやってきた同級生の為、学校町をあちこち案内して回っていたのだが………その集まりに、別件の用事があった神子は参加できなかったのだ

 神子は、それが悔しかった
 遥、龍哉、直斗、憐の、特に仲の良い四人相手に、若干の疎外感を感じることがあるがゆえ、余計に今回、参加出来なかったのが寂しいのだ
 まぁ、とどのつまり。遥をぶん殴ったのは本当に、完全なる八つ当たりである
 遥にしてみればたまったものではないだろうが、殴られた当の本人は、案外平気そうな顔をしている
 契約者でもない普通の人間に殴られた程度では、あまりダメージを感じないのだ、遥は
 「ベオウルフのドラゴン」と契約しているから、と言うのもあるが、遥自身が鍛えているが為である
 対してダメージを受けていないその様子に、もっかいくらい殴っても許されるだろうか、と神子が拳を構えようとしていると

「ほら」

 と、遥がずいっ、と、神子の前になにか差し出してきた
 きょとん、とそれを見つめると、かすかに甘い匂い

「………何、これ?」
「お前が用事あって参加出来なかったから。せめて、土産用意しただろうが。フォーチュンピエロのケーキより、もうちょっと本格的なケーキの方が好きだろ、お前。だから、「閑古鳥:のケーキ。いらなかったか?」
「いる」

 即答して、ケーキの箱を受け取った
 なんだ、これくらいは気を利かせることが出来るのか
 後で、美味しく食べさせていただこう

「……それで、あの子。どう?学校町に馴染めそうだった?」
「ん?………あー、大丈夫じゃね?多分だけど」
「いい加減ね」

 一応、案内してやった相手だろうに
 苦笑する神子の言葉に、そうか?と遥は首を傾げてきた
 そうよ、と言葉を返す

「それなりにゃ、気にかけてやってるぜ。憐が心配している相手だし」
「憐が心配してなかったら、さほど気にかけてないでしょ」
「おぅ」

 酷い即答である
 まぁ、遥らしい、と言えば遥らしいけれど

(なんと言うか…………まぁ、憐の事、心配する気持ちも、わからないでもないんだけど)

 幼い頃から、遥は「自分が友人達を護るのだ」と、そんな考えを持っていたようだった
 その考えは小学生の頃、「ベオウルフのドラゴン」と契約して以降、更に強くなった
 そして、さらに決定的になったのは、三年前の、あの事件の時

 遥にとって印象的である、その二つの件、どちらにも憐は関係していた
 前者も後者も、憐だけではない。仲の良い幼馴染グループ全員が巻き込まれてはいる
 いる、けれど
 それでも、遥にとっては、憐に関する印象が強いに違いない

 小学生の時、都市伝説に襲われて
 龍哉と憐がいてくれたから、自分達は助かった
 遥はあの時に自分の無力さを思い知って、そして「ベオウルフのドラゴン」の呼びかけに応えた

 三年前のあの日
 遥が決定的に怒りを爆発させたのは、憐が泣いていたからだった
 憐があんなにも泣いたから、遥はあそこまで怒ったのだ
 怒りによって、半ば「ベオウルフのドラゴン」に飲まれかけるほどに暴走した
 その暴走した憐を止めたのも、また憐だった

(もうちょっと、憐以外に誰か、遥に影響与えてやれてれば、別なんだろうけど)

 決して、他の面子が遥に影響を与えていない訳ではない
 ただ、憐の影響が強すぎる、それだけ

 ここまで考えて、神子は一旦、思考を打ち切った
 この問題について考えると、なんかこう、考えちゃいけない方向性まで思考が及びそうになりかける
 以前話した、「首塚」所属の「ハンガーの女幽霊」の契約者の腐れた至高の影響を若干は受けているのだろうか
 うん、よろしい、これに関して考えるのは諦めよう

「神子?どうした、ぼんやりして」
「うぅん。なんでもない………なんで、私には生えてないんだろう、って思っただけ」
「へ?」
「うん、本当に何でもないから気にしないで。ケーキはありがたくいただいておくから」
「??おぅ、まぁ、夜遅くなってからは食うなよ。太るから」
「一言多いっ!!」

 ごがっ!!
 遠慮無く遥に一撃加える神子
 今度の一撃は入ったところが良かったのか、遥をうめかせることに成功した

(……まぁ、黙って一撃受けてる分、心を許してはくれているんだろうけど)

 それでも、微かに感じる疎外感


 遥達は、今。「何か」をしようとしているのだ、と
 神子はうっすら、気づきつつあるのだった




to be … ?

>>770-771 >>773-776と同日、ってかその日の案内終わった後の様子みたいなそんなの

それ以外の関連のお話は
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683 >>702-706 >>749-753 >>759 >>768 >>780-782
辺りをご参照くださいませ

っと、しまった、はないちもんめの人への焼き土下座を忘れていたorz
神子ちゃん、あんな感じで大丈夫でしょうかね

花子さんとかの人乙ですー
ああ、現代編も書きたい、本スレが恋しい

言ってるそばからちまちま書き終えた
前レスは
>>691-692ねー

「なに、これ…」
 目の前に薄暗く展開する酸鼻な、でもどこか幻想のような光景に、それでもなんとか自我を保つノイと幻。
「…ね、なにしてるの?」
 おそるおそる尋ねるノイに、ぽっかりと黒い空洞になった眼窩を向けて、少女は言った。

「あなたの目をくれない?」

 あなた言ったわよね、私の目が見えなくて可哀想だって。ほんとにそう思ってるなら目を頂戴。
 少女に気圧されたノイは2、3歩後ずさった。
「で、出来ないよ。そんなの…」
「出来ない?」
 次の瞬間、少女は弾かれたように笑い出した。
「あっははははは!そうよねえ?」
 可哀想なんてお為ごかしな事を言う人に限って、結局は自分が大事なのよねえ。
 自分は安全なところでやれ可哀想だとか同情するとか、そのくせ苦痛も不便も肩代わりしてくれない。
「ほんっとに、いいご身分よねえ」
 ノイは一言もなく、ただ立ち尽くしていた。
 あたしのせい?
 あたしが不用意に「可哀想」なんて言ったから?
 彼女をここまで追いつめてしまったの?
 頭からさあっと、血の気が引くのを感じたその時、肩に手が置かれたのを感じた。
「人のせいにするもんじゃねーですよ」
「幻…」
 幻の紅い瞳が、少女を見つめている。少女の見えない目に、彼女の視線は届いているのだろうか?
「君はさっき、ノイの同情を拒んだ。それは君の矜持からでしょう?」
「勿論よ」
「ならば何故、こんな事をしやがるですか。見えないなら見えないなりの矜持が有るはず。何故それを大事にせずに、見ることに拘るですか」
「貴女に…貴女たちに何が解るっていうの!」
 幻の説得も、少女には届かない。
「とにかく私は目が欲しいの。見たいのよ!街を!海を!空を!この世界を!」
「…見ない方が幸せなものも、この世界には沢山あるですよ」
「幸せかどうかは、私が決めるわ」
 少女は手元のスタンガンを握りしめると、手探りでノイと幻の気配を探る。
「私が契約した都市伝説…『後頭部の一番出っ張った骨のすぐ下くらいをトントントンと1000回以上突っつくといきなり目玉がポンッと飛び出すらしい』貴女達の目も、貰うわ。相性が合えばいいんだけど」
 もはや少女には、説得の余地はない。
「ノイ、逃げるですよ」
「うん…あっ!」
 運悪く、少女がノイの足を探り当て、掴んだ。

 ノイはものの見事に転んでしまい、少女の手に足首を掴まれて身動きが取れない。
「ノイ!」
 もはや戦闘は避けられない。そう感じた幻が手鏡を手に取る。

「お待ちなさい!」

 薄闇の中、複数の人影が駆けてくるのが見えた。
「るり!蘇芳!」
「店長さんも…!どうしてここに来たですか」
「話は後。とりあえず、この状況を何とかするわよ」
 るりは「ケーリュケイオン」を手に、静かに少女に対峙した。



続く

皆様乙です
しばらく投稿していない間に賑やかになっていますね
自分も頑張ろう

投下開始します

「いやあ、蜘蛛怪人は強敵だったね」

 下校中、恋人は屋上の件について話し始めた。
 時間は既に夜、辺りは闇に包まれている。

「あの女たらしとロク君をあそこまで追い詰めるなんてね。けど、あの場面での判断ミスが命の分かれ目だったね。まさか、二人があんな行動を取るとは思ってなかったんだろうけど」
「……誰に説明しているんですか、契約者さん。それと、かなり内容が抽象的です」
「細かいことは気にしない!」
「……契約者さんがそう言うのなら」

 いつものようにカンさんは溜め息をついた。

「でもさ、何だったんだろうね。あの蜘蛛怪人。口ぶりからして改造人間ぽかったけど。というか、改造人間って実在するの?」
「さあ、どうでしょう。六本足さん、わかりますか?」
「する」

 事実を答える。

「……あっさり言いますね」
「前に師匠から聞いたからな」

 都市伝説関係の科学者は狂人が多い。
 そのせいか、トチ狂ったものがよく作られる。
 改造人間もその内の一つだ。

「あれは中でも特殊なパターンだ」
「……神を埋め込んでいると言ってましたからね」
「正しくは神の情報だろうけどな」

 神クラスの都市伝説本体を宿しているとしたらあんなものじゃすまない。

「ちなみに、やっぱりアレなのかな。蜘蛛怪人が言ってた神って」
「アレじゃないですか、確証はないですけど」
「蜘蛛を操ったりしてれば確定なんだけどね」
「世界が滅んだほうが確実だろ」
「私達も死ぬよねそれ!?」

 確かにそうだ。

「とろこで、あの蜘蛛怪人って誰いやどこが作ったんだろう?」
「悪の秘密結社、じゃないですか」
「……やけに説得力があるね。ロク君はどう思う?」
「同感だ」

 少なくとも、まともな集団が作ったものではない。
 師匠曰く、改造人間は兵器として不完全。
 一体を作るのに莫大な資金が掛かる割に、それに見合った戦果を出せるとは限らないからだ。

「改造人間を一体作るより、チャカ持ったガキを百人集めた方がお得だ」

 つまり、趣味の一品。
 人型巨大ロボットと同じく括りだ、兵器として運用するなんて正気の沙汰じゃない。

「悪の秘密結社ねー。……なんか、モヤモヤするけどいいか。これ以上、考えてみても何もわからないだろうし」
「そうですね。私としては他に気になっていることもありますし」
「カンさんが気になっていること?」
「はい」

 カンさんは俺と目を合わせた。

「六本足さん、ヒーローさんは多重契約者ですか?」
「いや、違う」
「えっ!?」

 恋人が狼狽した。

「でも、途中から天狗の能力を使ってたよね。なんかノリノリで」
「ええ、ノリノリでしたね」
「ノリノリだったな。けど、あいつは【河童のミイラ】としか契約していない」
「ど、どういうこと!? 河童と天狗の能力を共有できるなんて聞いたことないよ!」
「……ミイラ繋がりですか」
「え?」

 鋭い切込。
 カンさんは推論を語り始めた。

「契約者さん、彼が使っていたのはあくまで【天狗のミイラ】の能力です」
「そう言えば、能力を使う前に叫んでたね。……あっ」
「おそらく、ミイラの部分が重要なんでしょう。それ以上はわかりませんが。どうなんですか、六本足さん」
「正解だ」

 相変わらず勘がいい。

「あいつの都市伝説で重要なのは【ミイラ】の部分だけだ。【河童のミイラ】は基本形態に過ぎない」
「基本形態ですか」
「江戸時代の頃、妖怪を模したミイラが作られているのは知っているだろう。ヒーローはそれらのミイラという概念を能力として使えるんだ」
「……じゃあ、妖怪の能力使い放題!?」

 という訳ではない。
 ヒーロー曰く、【ミイラ】として扱える妖怪は数種類だけ。
 それに【ミイラ】を一々使いたいものに切り替える必要がある。

「んー、そうなんだ。なんか器用貧乏だね」
「そうでしょうか」

 恋人の感想にカンさんが異を唱えた。

「いくつもの能力を使い分けられるというのは充分に驚異だと思いますよ。何より、契約しているのが一つだけというのも注目点です」
「い、言われてみればそうかも」

 ちなみに、【河童のミイラ】の消費容量は意外と少ないらしい。
 能力の割に、得な都市伝説と言える。

「でもさ、あの女たらし。どうして、蜘蛛怪人を倒した後にあっさりロク君を解放したんだろう。どう見ても肉体言語で会話する気だったのに」
「……安心したのかもしれません」

 一瞬、カンさんに視線を向けられた。

「安心? 何に?」
「さあ、適当に言っただけですよ。六本足さんみたいに」
「えー、嘘だ。カンさんが考えずに発言するはずがないよ」
「私も頭を使わない時くらいありますよ」

 その後もどうでもいい会話を続けた、話題は様々。
 今日の夕飯。
 テレビ番組。
 本。

「ロク君、最近よく小説を読むようになったよね。この前、貸したのってどこまで読んだ?」
「アパッチとイージス艦がやり合う所まで」
「もうそこまで読んだの!? じゃあ、続編も貸そうか?」
「頼む」
「意外ですね、六本足さんがここまでハマるなんて」
「面白いからな」

 気に入った本を読んでいると指が勝手にページをめくっていく。
 体が続きを求めているからだ。
 感覚としては鍛錬の時に近い。

「……なんか嬉しいよ。ロク君が本を面白いって言ってくれるのは」
「そうか」
「そうだよ。今まで、本の話を出来るのはカンさんだけだったから」
「いなかったのか、周りに本好きの人間は」
「いたかもしれないね。でも、私は知らない」

 恋人は顔を伏せた。

「ロク君はさ、意外と人間関係が広いよね」
「主に師匠関係だけどな」

 後はヒーロー関係だ。

「でも、沢山の人と繋がっている。私と違って」
「……契約者さん」

 通り過ぎていく車のライトが彼女を照らす。
 ぼんやりと頼りなさげに。

「私は二人に出会うまで一人っきりだった。家には家政婦さんしかいなかったし、学校に馴染むこともできなかった。だから、ただ本を読んで過ごしていたよ」

 恋人は早くに母親を亡くした。
 父親は地元企業の社長、帰りはいつも遅いらしい。

「どっぷりと読書に漬かっているとね、現実があやふやになるんだ。まるで、本と一心同体のように思ってしまうの」

 読書歴が浅い俺には、彼女の言う感覚が分からない。

「勧めた本を楽しんでくれると嬉しいのはそこが関係しているのかもしれないね。自分が褒められていると心の底で勘違いしているのかも」

 苦笑する恋人。
 カンさんは、ただ哀しそうな目をしている。
 そして、俺は――。

「昨日の筑前煮、うまかったぞ」

 褒めた。

「へ!?」
「一昨日のシチューもうまかった」
「ロ、ロク君!?」
「一昨々日のロールキャベツも『ストップ! ストップ!!』どうした」
「どうしたはこっちの台詞だよ! なんで、急に褒めだしたの!? 突然過ぎて動揺したよ!!」

 慌てる恋人に簡潔に答える。

「褒められたいんじゃないのか」
「え?」
「褒められたいからそう考えてるんだろ。だったら、本じゃなくてお前を褒める」
「え、え!? そういう解釈するの!? これって、そんな単純な問題なの!?」
「そうなんじゃないですか」
「カ、カンさんまで!?」
「冗談です」

 片目をつぶり、カンさんは意地悪げな微笑みを浮かべた。

「契約者さんの苦悩は私達では解決できません。根が深すぎますし、あくまで個人の問題です」
「そ、そうだよね」
「私としては、このままの契約者さんで構いません。あなたに仕えたいと思って契約した身ですから」
「……うん」
「しかし、あくまで変わりたい。交友関係を広げたいと思うのなら力になります。……本当は俗世にはあまり触れて欲しくありませんが」
「気持ちはありがたいけど、最後ボソッと何か呟いたよね!?」
「気のせいです。それと、人見知りは直しておいたほうが得です。俗物共と関わる上で邪魔になります」
「俗物!? 今、俗物って言ったよね!?」

 二人の間で軽妙な会話が紡がれていく。
 恋人は高揚した様子で、カンさんはからかう様に。
  
「きょ、今日のカンさん何か変だよ!? フランクとも言えるけど!」
「誰しも仮面を持っているものですよ、契約者さん」
「最もらしいこと言うね! でも――」
「はい?」
「ありがとう」

 街を夜風が吹き抜ける。
 二月の頃ほど冷たくないそれは、春が近いことを感じさせた。

「話したら気持ちが楽になったよ、色々と吐き出せたみたい」
「それは幸いです」
「まあ、問題は全く解決してないけどね!」
「長い目で見ましょう」
「そうだな」
「だ、だよねー。あとね、ロク君もありがとう」

 なぜか、俺も礼を言われた。

「褒めただけだ」
「うん、ロク君にとってはそうなんだろうね。でもさ、ロク君は変えたんだよ」
「何を」
「さあ、何だろうね」

 女の言いたいことはよくわからない。
 男とは思考方法が違うんだろうか。

「多分、すごいものだよ。身近だけど凄いもの」
「曖昧だな」
「解釈は自由ってことで」
「ふふ、面白いですね」
「うん、面白い」

 微かな笑い声が生まれた。

「さーて、もうちょっとでスーパーだね。今日は何にする?」
「筑前煮」
「食べましたよね、昨日」
「食い足りないんだ」
「よし、じゃあ作ろう『契約者さん』じょ、冗談だよ」
「それなら――」

 リクエストを口に出そうとした時、そいつらは現れた。

「ちょっと、そこの君達」
「え?」

 背後からの声、咄嗟に振り向く。
 そこには、スーツを着た二人の男がいた。
 片方は中年、もう片方は二十代だろう。

「な、何か御用ですか?」
「うん、少しね。おじさん達さ」

 中年は、スーツの懐に手を入れある物を取り出した。
 ドラマでお馴染みの小道具だ。
 
「刑事なんだ」
「え、え!?」

 警察手帳を掲げながら中年は近づいてきた。

「ちょっと聞きたいことがあってね」
「わ、私達! 何も悪いことしてませんよ!!」
「うん、落ち着いて。何も逮捕しに来たわけじゃないから。それに――」

 視線が俺に向けられる。

「お話をしたいのは、そこの彼の方だから」
「俺ですか」
「うん、君」

 にこやかな笑みを中年は浮かべた。
 全く気を緩めずに、見えない壁を作り上げながら。

「今、ある事件の捜査をしていてね。その過程で君の存在が浮かんだんだ。だから、ちょっとお話を聞きたいなと思ってね」

 事件。
 それがどの一件を示すのかは分からない。
 大抵の面倒事は、師匠が知り合いに頼んで握り潰しているはずだ。
 人間が絡んでいる件なら特に。

「逮捕しに来た訳じゃないってことは任意ですよね」
「もちろん。それとも、何か心当たりでもあるのかい?」
「いえ、全く」
「そうかい。にしても、君さ」

 中年は笑みを濃くした。

「手馴れてるよね、対応が。もしかして、初めてじゃないの? こういうの」
「はい」
「……ふーん、そうなんだ。で、お話の方はしてくれるのかな?」
「いいですよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、場所を変えようか。……そこの彼女には席を外してもらっていいかな?」
「……え?」
「ほら、デリケートなお話だからね」
「で、でも『わかりました』ロク君!」

 身を乗り出していた恋人を手で制す。

「近くのコンビニで待ってろ、すぐに終わらせてくる」
「……ロク君がそう言うなら」
「それと」

 小声でちょっとした事を話す。

「じゃあ、行ってくる」
「うん、気をつけてね!」
「だから、逮捕しに来た訳じゃないんだけどなー」 

 二人の刑事と共に歩き出した。

「ここでいいかな」
「はい」

 中年は近くの公園内で足を止めた。
 手振りで、ベンチに座ることを勧められたが首を振る。

「そうかい。じゃあ、早速質問の方に移ろうかな」
「その前にいいですか」
「うん、なんだい」

 首を傾げる中年。
 二十代の方は、鋭い目付きで俺を観察している。

「ちょっと確認したいことがありまして」
「確認? 何かな? もう一度、警察手帳を見て本物か判断したいとかかな?」
「いえ、違います」

 警察手帳の見分け方くらい師匠から習っている。
 先程、中年が見せたのは間違いなく本物だ。

「例の事件についてです」
「ああ、その詳細なら今からゆっくり話すか『本当にあったんですか?』え?」

 呆ける中年に言葉を浴びせる。

「その事件とやらは本当にあった事件なんですか」
「き、君は何を言って――」
「あなたはその事件の内容を思い出せますか」
「な、な――」
「おい! 一体、何を言っている!!」
「ただの質問です」
「こ、この大人をおちょくりやがって!」

 二十代が前に出て俺と対峙する。
 一方、中年は頭を抱え悶えだした。

「じ、事件。そ、そう事件があった……のか? いや、あったんだ。 いや、いや、いや、いや!!」
「せ、先輩しっかりしてください!! こんな変な奴の言葉に惑わされるなんてどうか『しているのはそっちですよ』お、お前!!」
「そっちの人が正常です。あなたも疑問を持ったほうがいいですよ」
「疑問だと!?」
「はい」

 手っ取り早く、俺は事実を口にした。

「あなた達、洗脳されてますから」

 瞬間、刑事達は人形となった。
 目は活力を失い虚ろに、四肢は糸に操られているかのように不自然な動きを取った。
 どうやら、完全に乗っ取られたようだ。

「……なぜ気づいた、【野獣】! 能力の気配は消していたはずだ!!」

 中年が白目を剥きながら喚きたてた。
 だが、喋っているのは本人じゃない。

「ああ、感じなかったな。能力の気配は」

 二人を洗脳し操っている契約者だ。

「お前の気配は中からしたけどな」
「我の気配だと!?」
「ああ、どこの誰かは知らないが濃すぎだ」

 刑事達を見ていてすぐに気がついた、彼らの中に他者が居ることを。
 本人たちがそれに気づいていないことも。

「ちっ、鼻だけは効く下等生物が!!」
「褒められても困る。で、お前は誰だ」

 さっさと核心に迫る。
 無駄口を叩くほど暇じゃない。

「ふっ、我の正体だと。いいだろ、教えてやる」

 操られた二人の刑事は懐に手を入れる。
 そこから取り出したのは、警察手帳ではなく黒光りする鉄の塊。

「猟師だ!!」

 刑事達は回転式拳銃の引き金に手をかける。
 だが、俺は何もしない。

「くたばれ【野獣】!!」

 なぜ、中学時代の呼び名をこいつは語るのか。
 そんなことを考えている時だった。

「なっ!?」

 刑事達が仰向けに倒れ伏せたのは。 
 二人共、そのまま動かない。
 勿論、中年の口元もだ。
 驚嘆が最後の声になった。

「……どうやら、肉体を遠隔操作することはできても乗り移ることは出来ないみたいですね」

 隣に目を向ける。

「そうだな。おかげで、姿を見せるまでカンさんを視られずに済んだ」
「幸運でしたね、本当に」

 いつもと違い、尻尾を生やした状態のカンさんは安心したように一息を付いた。

「でも、賭けでしたよ。私の能力が彼らに効くかどうかは」

 【姦姦蛇螺】の下半身を目撃した者は死ぬ、有名な伝承だ。
 カンさんはそれを能力として扱うことができる。

「都市伝説相手には効き目が薄いんだったか」
「はい。なので、能力に操られていた二人に効くかどうかは怪しい所でした」

 結果は大成功だったのだから問題ないだろう。
 ちなみに、カンさんが能力を弱めたため刑事達は死んでいない。
 失神しているだけだ。

「……ところで、六本足さん」
「なんだ」

 カンさんは上目遣いで俺を見つめた。

「どうして、珍しく私に頼ったんですか? 警官くらいなら、あなただけでもどうにか出来たと思いますが」
「出来なかったから頼んだんだ」
「……というと?」
「銃声だ」

 簡単に説明することにした。

「スーツの膨らみで拳銃を持っていることがわかった。相手が俺を殺す気なら間違いなく使うことも。そんなことになったら、確実に騒動になる」
「だから、穏便に事を済ませられる私に頼んだと」
「そういうことだ」

 警官を倒すだけなら容易い。
 しかし、あの状況で引き金を引かせずにというと難しい。
 だが――。

「私の能力は尻尾さえ生やしていれば、相手が視認した瞬間に発動しますからね」

 カンさんの能力なら戦わずに相手を制圧できる。
 それこそたった一瞬で。
 対人間では最強といっていい。

「今回は助かった」
「気にしないでください、これも約束の内です。それよりも――」

 カンさんの視線が刑事達に向けられた。

「一体、この二人が誰に操られたかが気がかりです。……おそらく奴だと思いますが」
「ああ」

 三桁の数字が脳内に浮かぶ。

「今までと違い、操っているのが人間なので別人の可能性もありますけどね」
「額に数字もなかったしな」

 しかし、【獣の数字】の契約者が最有力容疑者なのには変わりはない。

「……まあ、話の続きは後でしましょう。今はこの二人をどうするか考るのが最優先です。まさか、このまま放置しておくわけにも行きませんし」
「それなら心配するな」

 ポケットからスマフォを取り出す。

「専門家に頼む。ついでに今の件も話しておく」

 相手の名前をタッチ。
 コールが始まる。

「専門家ですか。……まさか」
「ああ」

 スマフォを耳に当てた。

「【首切れ馬】の黒服だ」

 帰りが遅くなる。
 今更、そんなことを思った。

――完――

ちなみに、例の悪の秘密結社は話に全く絡まないので忘れていいですよ
ヒーローごっこをさせたいがために出しただけなので

進路は開いているな?
よろしいならば投下だ

 以前までは、クラスの女子と一緒に話す事なんてあまりなかった
 そんなことをする暇があったら男を堕としていたし、そもそも女友達なんてものは存在しなかった
 ……そのせいだろうか。こうして、女友達と話すのが新鮮だし、とても楽しく感じていた

「…そう、貴方も、わかってくれるのね…!」
「えぇ、わかる、よくわかる……っ!昔の自分に言ってやりたい、矯正するなら今だ、って…!」
「あぁ……昔は、もうちょっとまともだったんだ」
「うん、昔はもうちょっと………まとも………だった、はず………」
「途中で自信なくさないでお願いっ!?」

 うん、本当、途中で自信なくさないでっ!?
 Hが昔からあぁだったら、こう、世も末って気持が強まるから!?

 今、話してるM、Aと同じクラス……つまり、隣のクラスだ
 Hとは従兄弟同士らしく、昔からの付き合いがあるらしい
 ならば、余計に自信なくさないで、お願い
 Hにもまともな時期があったのだと、夢見させて

「まぁ、遥はガキ大将って言うか。回りを護ろうとする気持は昔から強かったけどね」

 Yがコロコロと笑っていう
 うん、それはわかる。そう言う感じがあるなって言うのは今の感じでもわかる
 ……ただ、微妙に行き過ぎてるというか距離感がおかしい、と言うか

「んと、うん、そんな感じだったと思う………私が知ってるのは、中学生になってから、だけど」

 少しおとなしめに言ってきたのは、K
 彼女は、同じクラス。YやMとは中学校で一緒だったらぃい
 つまりは、あの男共とも中学校は一緒だった、と言う訳だ

 ちなみに、こちらがガールズトーク(の、はずだ、多分)をしている間、その男共はと言うと

「男は運転手のことを知っていたのか?」
「いいえ、っすー。男が運転手を見たのは、そん時が初めてっす」
「…それでは、運転手は、男の方を知っていましたか?」
「それもいいえ、っすー。運転手の方も、男を見たのはその時が初めてっす」

 ……何やら、ゲームをして遊んでいるようだった
 ちょうどLが問題を出しているようで、他の皆はメモ等取りながら質問を出している
 どんなゲームなんだろ、あれ

「かなえは、中学校から、皆と同じだったのね」
「う、うん………まぁ、その。日景君や獄門寺君は、その、中学に入った頃から、結構有名だったし………」
「有名の方向性は別々だけどね、めだってたって言えば、目立ってたのかなぁ」
「遥の目立ち方が、途中からおかしな目立ち方になっていた訳だけど……あれ、今思えば、あの頃にしっかりと突っ込んで矯正いれてればなんとかなった………?」

 あぁっ、Mが若干深刻な表情にっ!?
 確かに、その頃にMなりYなりがもうちょっと、もうちょっとツッコミ入れて矯正してくれてれば、なんとかなったかもしれないけどっ!?

「い、今から!今からでも、突っ込みは遅くないと思う!矯正、まだきっと間に合う!」
「間に合う……間に合う、のかな………叔父さんからの影響もあると思うし……」
「遥君の叔父さん何者っ!?」

 えぇい、諸悪の根源はそこか、そこなのか!?
 まだ会った事のない遥の叔父とやらに突っ込みたい気持でいっぱいになってしまう
 まぁ、いい男だったら堕とさせてもらうけどっ!?

「……えと、その………な、仲いいのは悪いことじゃないと、思うけど……」
「まぁ、そうなんだけどさ。三年前のあの時から、遥のあの態度余計に悪化したし……」

 Kの言葉に、Mがそう答えた……その時、だった

「あ、わかった!」

 やや大きめなNの声
 まるで、こちらの会話を中断させるように聞こえたような気がしたのは、気のせいだっただろうか?

「運転手の男への殺意が湧き上がったのは、男が行き先を告げた瞬間。間違いないな?」
「はぁい、間違いないっすよー」
「…それで、男が告げた行き先は運転手の自宅で……」
「運転手は、自宅に誰かが通っているのを知って…………っあ」

 Hもわかったようで、ピンと来た表情になっている
 そして、Aもわかったようで

「………憐、この問題、えげつない…」

 と、ぼそっと呟いた

「え、そうっすー?わりと簡単な問題だと思ったんすけど」
「いや、難易度の問題じゃないだろ………まぁ、ある意味お前らしい問題っちゃ問題だけど。お前的に、殺された男は殺されて当然、って感じなんだろ?」
「なおっちの言うとおりっすー」

 へらーん、といつも通りの笑顔を浮かべている憐
 えっ、何、どういう問題だったのそれ。そして、どういう答えだったの
 さっきから中途半端に聞こえていたせいか、微妙に気になるっ!?
 ねぇ、と、訪ねようとしたところで、チャイムが鳴りそうになってしまい、MとAは隣のクラスに戻っていった
 どうやらMは、半分Aの付き添いもあってこっちのクラスに来ていたらしい………まぁ、Aは体弱いんだし、心配なんだろうなぁ、とそう思った


 そして、聞きそびれてしまったのだ
 「三年前のあの時」とは何なのか、と、言う事に



「え、あん時やってたゲームっす?」
「うん、何やってたのかなー、って」

 結局、どうしても気になったと言うのと、会話をして好感度あげたいなと言う思いがあって、放課後、Lに聞いてみた
 アーチェリー部に練習に向かいながら、Lは答えてくれた

「「ウミガメのスープ」っすよー。水平思考パズル、とも呼ばれるっす。問題文に対して、回答者は質問を出し、出題者が「はい」「いいえ」「関係ない」で答えていくゲームっす。まぁ、それ以外にもちょこっとヒント出したりするっすけどね」
「なるほど……ちなみに、今日の昼休みに出してた問題の答えって?」

 こちらの問いに、Lはこそこそっ、と耳元で教えてくれた
 えっ、なにそれえげつないってか怖い
 その答えで、殺された男は殺されて当然、と言う意思を示したLもちょこっと怖い
 へらへらっとしてはいるけど、Lはそう言う方向に関しては厳しい考え方なんだろうか

「今度、「ウミガメのスープ」一緒にやってみるっす?今日の昼休みは俺っち達男だけでやってたっすけど、みこっちとかゆうっちも、普段は一緒にやるっすよ」
「あ、やってみたい………けど、難しそうだなぁ」

 ここで、「えー、むずかしそー、あたしきっとわかんなーい☆」みたいな馬鹿っぽい回答をした方が受ける場合もあるが、L相手にその回答は駄目だろう
 ここは、興味はあるけど難しそうかな…と言う態度の方がいいはずだ
 読みは正解だったようで、Lは大丈夫、と笑ってくる

「初心者がいる時は、まずは初心者用に簡単な問題出すっすから………間違っても、いきなり最初からなおっちの問題出させないっす」
「えっ、何、直斗の出す問題、難しいの?」
「鬼っす。激ムズ問題よく出してくるっす。いや、最初にどの点に目をつけるかによっても難易度は変わるっすけど。なおっちのは全体的に難しいっす………あきっちは、わりあい優しい問題だしてくれるっすけど」

 そ、そうなのか………難しそうだけど、面白そうだよなぁ
 うん、今度、参加出来たらいいな

(……本当なら、男とふたりきりでー、とか。私以外全員男で遊ぶのが、嬉しいんだけど)

 でも、まぁ
 ……せっかく、女友達が出来たんだし。そっちも一緒でいいかな、と、そう思ってみる
 我ながら、学校町に来てから、と言うか中央高校に来てから、考え方が変わってきたものだ

「………っと、アーチェリー部の練習場はここっす……せっかくだし、部活、見学してくっす?」
「あ、いいの?」
「問題ねーっすよ。新入部員はいつでも募集してるんで。見学者も歓迎っす」

 それならば、せっかくだ
 Lとのさらなる好感度アップを期待して、見学するしかあるまいて

「あ、でも。見学するなら、携帯の電源は切っとくなり音消すなりしといてくれるとありがたいっす。集中してる時に携帯の着信がなると大惨事ったりするんで」
「うん、オッケー。ちょっとまってね」

 鞄から携帯を取り出し、操作する前にちょっと画面を見て………届いていた非通知に、むぅ、となってしまった
 あれ、と、Lが覗きこんでくる

「どしたっす?」
「最近、非通知で悪戯電話かかってきててさー……最初の頃の2,3件以外は全部無視してんだけど、気味悪くて」
「最初の方のは、出たんす?どんな悪戯電話だったっすか?」
「えぇとね……「わたしメリーさん」だかって言ってきた電話」

 なんか都市伝説でそんなのあった気がするけど、興味がないからピンと来ない
 大方、たちの悪い悪戯電話だろう

「………そっすね。無視しとくのが一番っすよ。そのうち、相手も諦めると思うっすから」
「そうよね。着信拒否しても来るから不気味なんだけど………そのうち飽きるわよね」

 こういうのは、相手するからつけあがるのだ
 無視するに限る

 アーチェリー場へと入ると、すでに何人かの生徒が練習していた
 この部活は男女の区分がないから、男女一緒に練習しているようだ

「それじゃ、こちらのベンチに座ってご見学くださいー、っす」
「うん、わかった………あ、そうだ、憐」
「ん、何っす?」
「あのさ、貴方達。三年前に、なんかあったの?」

 三年前
 そのことが気になっていて、そう訪ねてみた

 こちらの、その問いに

「……………………なかったっすよ。なぁんにも」

 へらりっ、といつも通りの笑みを浮かべて、部室へと入っていったL
 なんだか誤魔化されたような気分になると同時、何か拒絶めいたものを、確かに感じた


 Lが、こっそりと携帯でどこかへと連絡をとった事には気づかず
 気づいたのは、当たり前のようにHもやってきて、Lの後をついていくような動きをした事で
 とりあえずツッコミ入れてもいいよね、と判断し、Hの元へと駆けたのだった




to be … ?

っと、今までのお話へのリンク貼り忘れてーら
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683 >>702-706 >>749-753 >>759 >>768 >>770-771 >>773-776 >>780-782
辺りになるます
あと、避難所の投下できないネタスレにもいくつか

そして、神子ちゃんちょっとお借りしました。はないちもんめの人に焼き土下座

それは、遥か遠い上空のこと――――




【ぐっ……くぅっ…】
【おやおや、もう虫の息ですか?】

相対する二つの影
血を流す白き毛並みに青縞模様の大きな獣
けらけらと笑う、気品ある格好をした仮面の男

【…小僧……北西にのさばる神々の一柱が何の用だ……!?】
【んーそうですねぇ…強いて申し上げれば、“未来”の為です】
【“未来”だと?】
【えぇ、“創造神”が願う“未来”を作り上げる為に貴方がどうしても必要で
 おっと失敬、語弊がありました……貴方と戦う事が必要なのです】
【分からんな…その“創造神”とやらが何故……】
【知りたければ、今ここで私に殺されなさい!】

仮面の男が、何処からともなく無数の槍を出現させ、白き獣を貫かんとする
刹那、白き獣の周りを強い旋風が纏い、槍を弾き跡形も無く消し去った

【何っ!?】
【お前達の思い通りにはさせん
 そこまで私を消したいのならば……私は全力を以てここから消えよう!!】

風は勢いを増し、あっという間に旋風はその場から消え去った
傷ついた白き獣と共に

【…がっひゃっひゃっひゃっひゃ……そう、それでいい】

呟き、仮面の男は移動を開始した
己の目的の為に、白き獣を追って







†       †       †       †       †       †       †       †








「――――――――――はっ!!」

とある女子高生は振り返る
下校途中、友人達と共にしていた話を止めて
満面の笑みで

「小早川さん?」
「ん? どうした、輝虎」
「あ、もしかして…」
「悪い! オレ、ちょっと用事を思い出した!」

小早川 輝虎(コバヤカワ キトラ)
そう呼ばれた少女は、三人の友人を置いて走り去る
それも、途轍もない速さで

「あららー、行っちゃいましたね;」
「また出たか、輝虎の『ネコレーダー』」
「この近くに野良猫でもいたのかな…?」
「近くっつっても、あの速さじゃ多分700m圏内だな
 仕方ねぇな、俺達だけで行くかー『フェアリーモート』」
「うん…また今度、もう一度小早川さん誘って行こ?」
「そうですね……やっと1人減りました」
「何か言ったかミナワ?」
「何でもありませんよ裂邪ぁ♪」






―――数分後

「大丈夫か?…ほら、飲める?」
「みぃ」

コンビニの前で、輝虎は青縞の白い子ネコに牛乳を与えていた
彼女は極度のネコ好きである
己の身の回りにネコがいる気配を感じると、何があろうと一目散にネコの元へ走り出す
その度に教師や友人に制止されるのだが、今回はその所謂『ネコレーダー』が功を奏したようだ
というのもこの子ネコ、怪我をしているようで身体中が血だらけだったのだ

「じっとしてろ……大人しいな、良い子だ」
「みぃ、みぃ」

子ネコを抱き上げると、輝虎はスマートフォンを取り出し、
最寄りの獣医の住所を検索し始めた

「……よし、10分くらいで着きそうだな
 もうちょっとで元気になれるからな」

優しく子ネコを撫で、輝虎は歩き出す
そこへ立ち塞がる、怪しい影

「…誰だ?」
「失礼、私のネコを拾ってくれてどうも有難う
 その子は私が病院へ連れていくよ」

突然現れて、手を差し出してきた紳士
一件清潔そうな服装をしているが、不思議と顔が認識しにくかった
輝虎は子ネコを紳士に渡そうとした、が不意に引っ込めた

「む? どうした?」
「この子、怯えている……アンタ本当に飼い主か?」
「……そうか、ならば仕方がないっ!!」

瞬く間に、男の姿が変わる
気品ある仮面の男の姿に
それを見た瞬間に、輝虎は驚き、子ネコの全身の毛が逆立った

「っ!? な、何が起こった!?」
【がっひゃっひゃっひゃ……申し遅れました、私の名は『ロキ』
 小早川 輝虎……その子ネコをこちらに渡しなさい
 そうすれば貴方の命は保証します】
「何でオレの名前を……ますます怪しいな
 この子は絶対に渡さない!」

振り向き、輝虎は走り始めた
が、目の前に複数のナイフが降ってきて、行く手を阻んだ

「なっ!?」
【言ったでしょう? 渡してくれさえすれば命は助かります
 でなければ……貴様を殺す】

『ロキ』の周囲をふわふわと、ナイフが、槍が、剣が浮遊する
ぎり、と輝虎は歯を食いしばり、あちこちに目を向けた
彼女はネコ好きだった
自分の命がどうでも良い程に

「くっそ、どうすれば……!」
「…みぃ」
「心配すんな、絶対オレが守って――――」
「もういいにゃ、ありがとにゃ」
「――――――へ?」


輝虎の手の中に風が生まれ、子ネコを包み込む
その後風は彼女を離れ、成長し、一匹の獣を産んだ
翡翠の瞳が凛と輝き、白い毛並みに走る青縞模様は雲の切れ間の青空のよう
鋭い爪と牙を持ち、雄々しく咆哮をあげるその姿は、

「白い…虎?」
【娘よ、私を置いて早く逃げろ!!】

風を纏い、白い虎は前足を振り上げ爪を叩きつける
対する『ロキ』はナイフを操り、それを防いだ

【探しましたよ? わざわざ日本にまで逃げてくるとは
 その様子だと傷は大分癒えましたか?】
【黙れ小僧! あの娘をこれ以上巻き込むな!!】
【んーどうしましょうかねぇ、何せ私、嘘吐きなもので、ねぇ!!】

一本の槍が、白い虎を貫かんとした
虎はそれを躱そうとしたが、動きが鈍り、僅かに掠った

【ぐぅっ……!?】

痛みを堪えながらも、突風を起こして『ロキ』を飛ばし、距離を取る
『ロキ』は涼しい顔をしているが、白い虎は既に息を荒げていた

【ふむ、体力は癒えていなかったようで】
【黙れ……お前を消すくらい、造作も……!】
【やれやれ、説得力がありませんね…これで、終わりです】
「もうやめろ!」

剣を構える『ロキ』の前に、輝虎が立ち塞がった
肩で呼吸をしている白い虎を守るように

【む、娘…!?】
【まだいらっしゃったのですか? そこを……どけ】
「退かない! ネコを虐める奴をオレは許さない!」
【貴様には関係ないだろう? それにネコではない、虎だ】
「一緒だ! 虎はネコ科だし、同じ命を持った生き物だ!
 アンタがいなくなるまで、オレは退かない! 絶対に!」
【ならば、共に殺すまでだ】

振りあげられる剣
その一瞬で、白い虎の脳内を様々な思考が駆け巡った
何百、何千、何万と
幾つもの自問自答を“NO”で解決し続け、ようやく、絞り出した答え
それは最良であり、最悪の回答だった

【…娘よ、私と契約を結べ】
「え? ケイヤク?」
【頼む、それしかお前を救う方法が―――】
「いいよ」
【軽い!!】

直後に振り下ろされた剣が、輝虎の寸前でぴたりと止まった

【ッ!? こ、これは……!?】

否、止められていた
『ロキ』がどれだけ力を入れようと、刃は全く進まない

【風を一点に集中した…少しの力では突破できん。しかし…】
「あ、熱い…これが、ケイヤク?」
(何という事だ……この私をすんなり受け入れる器……この娘、一体……?)
【ふっ、面白い! なら今度は―――】
【次は無い!!】

『ロキ』の腹部を、雷光を纏った虎の爪が貫いた
鮮血が、紅い華を咲かせる
―――速い!?

【ごふっ!?】
【よくも散々私を痛めつけてくれたな……その、お礼だ!】

一発、二発と雷爪が『ロキ』を引き裂き、幾多の眩い閃光がその身体を貫いた
断末魔が一帯に響き、焦げた煙を漂わせながら、
『ロキ』の身体は力無く崩れ落ちた

【……ふん、流石にもう立てんだろう?】
【っひゃ……がっひゃっ……ここまで、とは……驚いた…
 あの方も、きっと……喜ばれる、ことだろう…】
【最後に言え。“あの方”とは…“創造神”とは何者だ
 そして…お前も真の「ロキ」ではないな?】
【がっひゃ、ひゃっひゃ……いずれ分かる……
 貴様と、あの小娘が、破滅しなければ、な…?】
【何だと?】
【その、時まで…二度と再び千なる我に、出会わぬ事を…
 この宇宙に、祈るが良い…がっひゃっひゃっひゃっひゃ―――】

最期に力無く、しかし心底嬉しそうに笑いながら、
仮面の男は光の粒子となって絶え果てた
後に残ったものは勝利の美酒とも敗北の苦汁ともとれぬ、得体の知れない複雑な味の何か

【…あの男……まさか……】
「おい、大丈夫か?」

白い虎が振り向くと、心配そうな表情を浮かべる輝虎が立っていた
ふっ、と笑い、虎は優しげに話しかけた

【私は無事だ。それより…お前が無事で何よりだ
 力を貸してくれて感謝する
 それと……この先、永く世話になる。悪いが先程の姿でお前と行動を共にさせてくれ】
「それもケイヤクって奴か
 分かった、何だかよく分からんが、ネコは好きだから苦にはならんし
 これから宜しくな!」
【…いや、さっきもそうだったが少し軽すぎないか―――】
「あ、名前がいるな! えっと…よし、改めて宜しくな、リンクス!」
【それはヤマネコの種だ。そもそも私は】
「いいやもう決めた。可愛いし、元は“光”って意味だし
 リンクスで決まりだ! な、リンクス!」
【……よ、宜しく……】

こうして、この地・学校町にて、
少女――輝虎と、白い虎――リンクスという、奇妙なコンビが新たに誕生したのだった

†       †       †       †       †       †       †       †       







「っち、一足遅かったか!」

先刻、リンクスと『ロキ』の戦場となった場所
ここに1人の少年が、輝虎達が過ぎ去った後に訪れた
長い前髪で右目が隠れた、学生服姿の少年

「確かにここだった筈だ…片方は馬鹿デカイ気配、もう片方は……!」
「大キイノカ小サイノカスラ判別不能…読メナイ気配、ダナ」

突如、少年の傍に現れた黒いローブの人影が現れる
少年は溜息混じりに悪態を吐きながら、髪を掻き毟った

「畜生、今までこんなのあったかよ…!
 何なんだ、この妙な気配は!」
「聞イタ事ガアル…下級ノ都市伝説ヤ其ノ契約者デハ読ム事ノ出来ナイ気配ヲ持ツ都市伝説
 其レヲ如何ヤラ“神”ト言ウラシイ」
「はっ、大方『DBZ神と神』見て感化されたどっかの馬鹿が思いついた新設定だろ
 言っとくが作内時間はまだ2013年春だからな?」
「メタ発言ハ止セ」
「とにかく!……この事はローゼちゃんに報告しよう
 アルケミィの一件と言い、これと言い……本当に毎日が飽きない町だな、この人外魔境は!」

苛立ちながら、少年―――黄昏 裂邪は、ポケットからスマートフォンを取り出し、
己が所属するR-No.の長たるR-No.0――ローゼ・ラインハルトにこの件を報告した



   ...つづく

山猫のリンクスの語源となった言葉は“光”だそうで
タイトルは『風来の光(リンクス)』とお読みくだ紫亜


本当は昨日中に書きたかったんだが…久々に書くとダメだねぇ
時間軸も間違ってるな、2012年春か?

影の人乙ですー。
お久しぶり!今度は神が相手か!

>>830
流石に神々と毎回戦ってたら神様不在になっちゃうよ!w
嫁からの要望が「最初はロキ戦で!」ということだったので
本物の「ロキ」は勿体ないから代役だけどね、毎度便利な這い寄る混沌


忘れてた、この『風来の光』が嫁との合作でござる
キャラ設定が嫁、ストーリーが俺

俺「書いたけどこんな感じで良いっすか」
嫁「やっと書けたんか! どれどれ……………あぁ、失敗した」
俺「はい?」
嫁「『オレ』が凄い違和感…」
俺「だからお前と一緒で『ボク』にしとけっつったのに」

>>831
>本物の「ロキ」は勿体ないから代役だけどね、毎度便利な這い寄る混沌
なるほど、千なる我ってそう言う事ね
>俺「だからお前と一緒で『ボク』にしとけっつったのに」
嫁さんボクっ娘やと!

シャドーマンの人お久しぶりです&乙でしたー!
設定考えたお嫁様も乙であります

這い寄る混沌はいつでも僕らの日常の影に

>>832
>なるほど、千なる我ってそう言う事ね
どっかで拾ったニャルの台詞をそのまま引用してるという
いまやうちのニャルの死に際の言葉は専らあの台詞になっちゃってるw

>嫁さんボクっ娘やと!
人前だと恥ずかしいからって俺と二人きりの時だけボクっ子になる俺の嫁かわいい
嬉しい時にみぃみぃ鳴く俺の嫁かわいい
「かわいい」っていうと照れ笑いしながらぶん殴ってくる俺の嫁かわいい

>>833
そういや挨拶がまだだった、お帰りなさい!(遅っ

>這い寄る混沌はいつでも僕らの日常の影に
初戦闘の生贄からラスボスまで手広くカバー
さすがニャルさん!俺達にできないことを(ry

進路クリアーかな?投下します
今までのお話は
>>601-610 >>623-625 >>629-633 >>655-656 >>674-678 >>682-683 >>702-706 >>749-753 >>759 >>768 >>770-771 >>773-776 >>780-782 >>819-821
辺りになるます
あと、避難所の投下できないネタスレにもいくつか





       さぁ、犯人はだぁれ?




               Red Cape

 くいくいっ、と服の袖を引っ張られた
 振り返ると、晃が携帯を握りしめて、困ったような表情でおちらを見つめてきていた
 どうしたの、と聞かずとも何があったのかはなんとなく察することができる
 なので、聞くべきは詳細だ

「何が出たの?もしくは出そうなの?」
「………メリーさん。電話が何度も着てる。最初の電話しか受けてないから、どこまで近づいてきているかはわからない………」

 なるほど、と頷く
 メリーさんは、毎回電話に出てくれていれば、どこまで近づいてきていたのかわかるけれど、電話に出ていないとどこまで近づいたかわからないのが欠点だ

「どうせなら、無理矢理にでも通話を繋げてくるタイプだったら接近具合がわかってよかったんだけど」
「……それだと、怖がる、駄目……」
「んー、まぁねー」

 全くもって、難しいしめんどうなものだ
 どちらにせよ、自分達のする事は決まっているのだが

「それじゃあ、さくっと片付けちゃおうか、晃」
「………ん、でも、油断は駄目、だよ。優」

 当然、と笑ってみせる
 油断はしない、確実に片付けてやろうじゃないか
 優が笑ってみせると、晃もわずかに笑みを返してきた

 さぁ、それじゃあ
 狩りの時間だ


「むむー……」

 むぅうううう
 ぷぅ、と頬をふくらませている幼女が一人
 否、幼女の形の人形一体
 ふわっふわの金髪に青い瞳、ひらひらふりふりのかわいいドレス
 「アンティークドール」と聞いて日本人が思い浮かべる人形そのものである
 名前をメリーと言う

 貴方は「メリーさんの電話」と言う都市伝説を知っているだろうか
 有名な都市伝説であり、バリエーションがいくつも生まれている都市伝説である
 うっかり萌え系な流れやオチが作られまくる程度にポピュラーな都市伝説
 簡単にいえば「もしもし、私メリーさん」と名乗ってくる電話が突然かかってきて、メリーさんと名乗る声は「今、○○にいるの」と現在位置を告げてくる
 電話は何度もかかってきて、その伝えてくる位置はだんだんと電話を受け取っている相手の位置へと近づいていき、最後には「今、貴方の後ろにいるの」と告げてきて……
 最後に、どうなるかは実は不明である
 しかし、話の流れ的に電話を受け取っている相手がろくな目にあわないだろうパターンを予想してしまうだろう

 このメリーさんは、つまりはその「メリーさんの電話」である
 メリーさんの正体は捨てられた人形である、という説があり、その名前からアンティークドールが連想される、故にこのような姿だ
 とにかく、そのメリーさんはふくれっ面をしていた
 なにせ、自分がターゲットと決めて電話をかけているその相手が、最初の2,3件以降の電話をガン無視してきているからである
 メリーさん的に、大変と不愉快だ
 これでは、自分がじわじわと近づいていっていることを知らせる事ができない
 つまりは、恐怖を煽る事ができないのだ
 「メリーさんの電話」と言う存在である彼女的に、不愉快であるに決まっている

「まったく、電話がかかってきているのに無視するなんて、最近の子は困ったさんなの」

 むーむーむー、と不機嫌になりつつも、メリーさんは意識を集中し始めた
 仕方ない、ちょっと疲れてしまうけれど、無理矢理電話をつなげてやろう
 このメリーさん的には、それをやると大変と疲れるので嫌なのだが、背に腹は変えられない
 意識を集中し、ターゲットの電話につながり………

「……あれ?」

 …繋がらない?
 あれ?あれれ??とメリーさんは首を傾げる

「……もっかい、もーいっかい!」

 再び、集中チャレンジをしてみた
 そう、ターゲットの電話は、中央高校クラブハウス内にある
 つい先ほど電話をかけた時には、アーチェリー部の前だった
 恐らく、そのあたりにいるはずで………

「……あれれー??」

 やはり、繋がらない
 どういうことなのだろうか

「……うーん、仕方ないの。近づいて、確認しなきゃ」

 もしかしたら、何か対抗策をとったのかもしれないし
 そうなったら、直接近づいていくしかない

 ひょこりっ、と隠れていた校舎の窓からクラブハウスを見つめた
 うん、あそこに向かえばいいのだ
 人形サイズな自分が歩いて行くとなると、ちょっと大変な距離だが仕方ない、がんばろう
 気合を入れて、メリーさんが歩き出そうとした、その時

「………!」

 人間が近づいてくる気配がする
 まずい、と感じて、メリーさんは再びぴゃっ、と隠れようとして………

「……あ、隠れなくてもいいや。口封じすればいいんだもんね」

 そう、口封じ
 自分には、それができるのだから

 メリーさんは手元に鋏を出現させた
 どのような獲物を使うのかは逸話によって違うが、このメリーさんが愛用するのは鋏である
 突いてよし、切ってよし、の素晴らしい武器であるとメリーさんは認識している
 近づいてくる気配に意識を集中する
 その相手は………よし、携帯電話を持っている
 メリーさん的特殊能力でその携帯電話に電話をかける………よし、相手が出た

「私、メリーさん!今、貴方の後ろにいるの!!」

 メリーさん的美学には反するが
 最初の電話で一気に相手の真後ろへと転移した
 さぁ、この鋏、相手の首筋に突き立て…………

「どーん」

 どんっ!!

 大きな音が鳴り響いて
 メリーさんの首は、何か強い力によって一瞬で破壊されてしまった


「ーーーーっし!!」

 背後に転移してくる、とわかっていれば対処は簡単なのだ
 待ち構え、転移してきたそれに、後ろ回し蹴りを放った優は、制服の上に赤いちゃんちゃんこを羽織っていた
 「赤いちゃんちゃんこ」、学校の怪談の一種だ
 他者を真っ赤なちゃんちゃんこを羽織っているかのように真っ赤に血塗れに出来るだけの高い身体能力を手に入れている………優はそれの契約者なのだ

「……優、まだそいつ、動く」
「おぉっと」

 しゅっ、と、首のなくなったメリーさんが鋏を突き出してきた
 ひらりっ、と、優はあっさりとその攻撃を避ける

「優、油断、駄目……」
「うん、ありがと、晃。あ、でも、晃ももうちょっとちゃんと隠れてなさい」

 ん、と、晃はこそこそっと隠れた
 接近戦闘に優れている優と違い、晃は接近戦闘は苦手なのだ
 自分が、戦うべきなのだ

「むぅう~、もう、なんなのぉ!」

 首のなくなったメリーさんがぷりぷりと怒っている
 なんとも不思議な事だが、首から上がなくなって口もないと言うのに声を発してしゃべっている
 まぁ、都市伝説に常識とかそんなものは、通じないのがよくある事だが

「襲われたからには反撃する、当たり前でしょ?」
「むぅむぅむぅ!人間の癖に、生意気!」

 じゃきんっ、とメリーさんが、両手に鋏を構えた
 口がなくてもしゃべることができるように、目がなくとも恐らく、見えるのだろう。面倒な相手め

「……ま、そっちが喋れるってのは、好都合なのよね」
「むぅ?どういうこと?」
「……決まっている」

 ぼそり、と、口を開いたのは、晃

「………お前が本来襲うはずだった相手。何故、狙ってるの?」

 メリーさんが動いたら、いつでも対応できるよう構える優
 晃の質問に、メリーさんは首を傾げるような動きをしてみせた。首はないが

「襲う?…………襲う、うん、そうだね。襲うの範疇だろうねっ。でも、そんな事、答える必要はないのっ!」

 中に浮かぶメリーさんの体が、動く

「こっちの女を殺したら、今度は隠れてる方も殺して口封じっ!!」

 目にも留まらぬスピードで、優に突進するメリーさん
 いかに赤いちゃんちゃんこと契約している優であっても、反応は難しいだろう

 しかし
 メリーさんの鋏は、優には届かない

「……………あれ?」

 腕が
 メリーさんの腕が、消えた
 両腕とも、一瞬にして消えた………否

「…質問、答えられなかったから。もらう」

 晃のスマートフォンの画面に、何か写っている
 それは、頭しかない男の子で………その男の子の両側に、何か浮かんでいた

 それは、腕
 ハサミを持ったメリーさんの、腕だった

『僕と契約者の質問に答えられなかったんだから、もらってもいいよね?』

 と、スマートフォンの画面に映るそれは、けたけたと笑った
 このメリーさんの敗因は、実にシンプルである
 晃が戦闘要員ではないと誤解し、まったく注意を払わなかった事
 注意を払っていたら、気づいたはずなのだ。晃が質問をした時、同時に、メリーさんに向かって、不気味な頭部だけが写ったスマートフォンの画面を、向けていた事に。そのスマートフォンから伸びた腕が、メリーさんの両腕をむしりとった事に

「…アンサーさんの質問に答えられないと………体のパーツ、持っていかれる」

 怪人アンサー
 初めは誰かが作った作り話でしかなかったそれは、恐ろしいまでの速度でネットを通して広まり、都市伝説として息づいている

 晃は、その「怪人アンサー」と契約している
 もっとも、それだけではなくもうひとつとも契約しており………メリーさんが、本来のターゲットの携帯へと電話をかけられなくなっていたのはそのせいなのだが、メリーさんがそれを知ることはできない

 鋏を持っていた両腕を奪われた今、メリーさんに戦う手段等、ない

「さって。降参して、情報話してくれるかな?」
「む、ぅ………むぅううううううううううううううううううううぅううううううううううううう……………………っっっっっっっ!!!!」

 恐らく、口があったならば、ぎりぎりと歯ぎしりしていたのかもしれない
 激しく悔しさをにじませるメリーさん
 頭もなく、両腕も奪われた、今…………メリーさんにできることなど、ないに等しい

「……ッ駄目、言わない!だってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだって、仲間を売るような行為は裏切り行為だから、消されちゃうんだから、だから、だからっ!!」

 ぐるんっ、とメリーさんの体が、回る
 最終手段として、体当たりを仕掛けるつもりになったのだろう
 まるで、ドリルのように体を回転させて優へと突進する

「あっ、そう」

 そんなメリーさんに、優は冷めた声で告げる

「じゃあね、ばいばい」

 ひゅっ、と風をきる音がして
 直後、メリーさんの肉体は、優の拳を受けて粉々に砕け散った


「……優、怪我。ない……?」
「うん、へーきへーき。一発も食らってないよ」
「…良かった」

 ほっとした表情になる晃
 晃を心配させずに住んでよかった、と優は笑う

 広瀬 優と広瀬 晃の双子
 性格や身体能力は双子であるにも関わらず全く違う
 ……違うからこそ、余計に、互いを気遣いあっていた

 優は、体の弱い晃を心配し、戦闘においては常に護ろうとする
 晃は、健康体ではあるものの「赤いちゃんちゃんこ」と契約しているがため接近戦塔が多くなりがちな優が怪我をしないよう、全力でサポートする
 互いに互いを気遣い合うがゆえに、調度良い状態になっていた

「……それじゃ、優。一応、荒神先生に、報告……」
「あ、そうだね。校内で戦ったし、校長先生が察知するだろうけど。一応、言っとかなくちゃね」

 行こうか、と二人は職員室へと向かう
 優の一撃で粉々に砕け散ったメリーさんの体は、そのうち最初から存在すらしていなかったかのように、静かに消え去ったのだった




    さぁ、名前を言ってごらん
    私達の名前を
    貴方は、それを知っているのだから




               Red Cape

前回の続きでした
ついでに、親に関してノーヒントに等しかった双子の親のほぼ答え




   たとえ 世界のすべてが 君の敵になろうとも

   君に、その覚悟はある?




               Red Cape

 かつて、学校町では恐ろしいほどの頻度で都市伝説事件が起きていたらしい
 しかし、ここ十数年、「組織」や他の都市伝説集団などの努力のかいもあり、事件数は減少傾向にあった
 それが、今になって再び増加傾向にある

「どういうことなんでしょうね」

 高校生程の容姿の少女が、少し不安げな表情でそう呟いた
 高校生程………と言うか、彼女はまだ高校生だ
 紅 かなえ。中央高校に通う一年生。そうであると同時に………「組織」所属の、契約者
 ぎゅっ、と薙刀の柄を握り、少し緊張している様子だ

「………さぁな。また昔みたいに、学校町で何かやらかそうとしている奴でもいるんじゃないのか?」

 慶次がそう答えると、かなえの表情が少し強張った
 薙刀を握る手に、少し力がこもったように見える

 ………またやってしまったか、と慶次は少し、後悔した
 怖がらせたい訳ではないのだが………どうにも、自分は彼女を怖がらせてばかりだ

「やれやれ。あんまり怖がらせないでやってくれないか?」

 そして、こうして怒られるまでが、形式美のようになってしまっている現実が、解せない
 かなえの背後に控えていたゴシックロリータ風衣装に身を包んだ黒服が、呆れたように慶次を見上げている

「確かに、その可能性は否定出来ないのは事実ではあるが。何も、今、言わずともいいだろう?」
「警戒心抱かせるのは必要だろうが」

 どうにも、この黒服は苦手である
 この黒服の言葉には、反射的に反論してしまう
 やれやれと、肩をすくめられた

「……まぁ、いい。かなえちゃん、そろそろ、ヤツが出没する時間帯だ。いつでも戦えるようにしておくんだよ」
「は、はいっ…………大丈夫、です」

 かなえの長い黒髪が、揺れる
 薙刀を構え、静かに深呼吸し…………ぼぅっ、と。その薙刀が、一瞬、ブレた
 そこから、僧兵のような服装の巨体の男が姿を現した

『主ぃ、仕事か?』
「はい………慶次さんが迎え撃って。それで倒しきれなかったら、私が。岩融さん、補助をお願いします」
『心得た』

 岩融………武蔵坊弁慶が使っていたと言われる武器。形状については諸説あるが、彼女の使うそれは薙刀の形をとっている
 そして、武蔵坊弁慶の姿を真似たかのような「岩融」の意識がこうして、人の形をとって出現する
 普段はかなえがふるっているが、いざとなれば岩融自身が己を振るって戦うのだという
 ………何か、そう言うアニメ作品だかゲームだかがあったようななかったような、と言う記憶が慶次にはあった
 案外、そこら辺の影響でも受けたのだろうか

「………、来た」

 と、ゴスロリの黒服が、そう呟いた
 ぶぅんっ、と、慶次は傍らにカブトムシを出現させる

 三人が立っている道の、その前方から………何か、来る
 聞こえて来るのは、バイクのエンジン音
 暴走族めいたバイクが、たった一台で走っているような、そんな音
 やがて、姿が見えてくる。真っ黒なライダースーツを身にまとったライダーの乗ったバイク

 ただ、そのライダーには
 あるべきはずの首から上が、なかった

「出やがったな、首なしライダー!」

 ……先手必勝!
 具現化させていたカブトムシを放つ慶次
 ひゅんっ、と目にも留まらぬ早さでカブトムシは首なしライダーに向かって飛んでいった、が

 キラリッ、と
 夜の蔵焼きの中、しかし、何かが光った
 それがワイヤーであると気付き、慌てて、カブトムシの進路を変える
 急に進路を変えたせいかカブトムシの速度が落ちてしまい、ライダーに直撃したものの、ダメージにならない
 …「カブトムシと正面衝突」の欠点だ
 相手にダメージを与えるには、飛ばしたカブトムシが十分な速度が出ていなければいけない

「下がって!」

 かなえが、一歩前に出た
 薙刀を構えるその姿に、岩融の化身がふっ、と重なる
 真正面からやってくるその首無しライダーに向かって、かなえは薙刀を振るった

 金属と金属がぶつかり合う、鈍い音
 首無しライダーが周囲に展開していたワイヤー毎、一気に首なしライダーを切断にかかる

「………っきゃ!?」
「かなえっ!」

 が、ライダーの方が一枚上手だった
 首無しライダーは己の体が切断される直前、バイクを捨てたのだ
 バイクを足場に、だんっ!と大きくジャンプする
 ……「首なしライダー」にとって、バイクは大切なものだろうに、よくもまぁあっさり捨てられるものだ
 とにかく、ライダーがバイクから離れたせいで、かなえの体勢が崩れた
 かなえの振るった岩融は首なしライダーのバイクを真っ二つに切り裂く
 飛び上がったライダーが、狙うのは………

「危ないっ!」
「きゃぅ!?」

 慶次は、とっさにかなえを抱きかかえるようにして跳んだ
 一瞬後に、先程までかなえが立っていた場所に、ライダーが強烈なケリを放ちながら着地する

「っの、糞が!!仮面ライダーとでも混合してんのか!?」

 逃げられるわけにはいかない
 倒されるわけにはいかない
 ………かなえを、傷つけさせる訳にはいかない

 しかし、かなえは体勢を立て直し、前に出ようとする
 ……仕方ないのだ
 「カブトムシで正面衝突」は接近戦向きの都市伝説ではない
 対して、かなえの契約している「岩融」は、完全なる接近戦向きなのだ
 ともに戦うのならば、かなえが前に出て戦う、当たり前の事
 …それでも、かなえが傷つくリスクが高まる事が、慶次は嫌だった

 出現させたカブトムシを構える
 首無しライダーは、ゆらり、とその身を揺らす
 ひゅんひゅんと、首無しライダーの周囲でワイヤーが踊る様子が、見えて

「………させないよ」

 ゴスロリの黒服が、動いた
 首無しライダーが展開するワイヤーに向かってわざと突進し………すぱぁんっ、と、その肉体が、胴体から横真っ二つに斬られる
 しかし、血は流れない
 切り飛ばされた上半身は、そのまま首無しライダーに突進する
 ゴスロリ黒服の体当たりを食らった首なしライダーは、予想外の攻撃だったようでまともに弾き飛ばされる
 その体が、どんっ、と、自動販売機にぶつかった

 ………がしりっ、と
 二つの自動販売機の隙間から、手が、伸びる

「はぁい、捕まえたよ」

 少し、おばさんめいた声と共に、手が、首なしライダーをとらえた
 自販機と自販機の間の隙間から、ずるり、と慶次の担当の黒服が姿を現した

 かなえの担当であるゴスロリ黒服は「てけてけ」、慶次の担当のややおばさんくさい黒服は「すきま女:
 ……どちらも、担当契約者のために控えていて、しっかりとサポートに入った

 今回の相手の首無しライダー相手は討伐、もしくは捕縛が目的であった
 できれば捕縛したいところだが、殺されそうになってまで捕縛する必要はなく、討伐してしまっても問題ない、そんな任務だった
 それを考えれば、慶次の「カブトムシと正面衝突」による攻撃が不発に終わったのは、正解だったのかもしれない
 なにせ、慶次は首なしライダーの心臓目掛けて、カブトムシを放ったのだから

(こいつも、ここんとこ学校街を騒がせている連中の仲間かもしれないから、情報引っ張りだすって理由はあるんだろうが……)

 ………それでも、こうした人間の敵となっている都市伝説相手に、慶次はどうにも手加減ができない
 どうしても、「[ピーーー]」方向へと動いてしまう
 両親を都市伝説に殺された恨みは消化されず、常に慶次の中でくすぶり続けているが故に………こうした任務の際に、どうしても表に出てしまうのだ

(………それに)

 ちらり、と、呼吸を整えているかなえを見る
 彼女に傷ついてほしくなかったからこそ、余計に、「さっさと仕留めたい」とそう考えてしまった

 その事実を、否定はできなかった

「かなえ、怪我ないか?」
「あ、は、はい。大丈夫です」

 声をかけると、こくり、と頷いてくるかなえ
 …そうか、良かった
 慶次がほっとした………その、直後

「ーーーっな!?」

 聞こえてきた担当黒服の声に、慌ててそちらに目を向ける


 ワイヤーが、街灯に照らされて輝く
 首無しライダーが具現化させたそのワイヤーは、そのまま、首なしライダーへと絡みついて
 その肉体は、辺りに血の花を咲かせながら、一瞬で肉片と化した


「………っ」
『主、見るな』

 かなえの視界を、岩融が塞いだ
 慶次は、肉片と化したそれが光の粒子へと変わっていく様子を、呆然と見つめる

「んな………どうして」
「…情報が漏れるのを、阻止したようだね」

 ゴスロリの黒服が、悔しそうにそう呟く
 つまり………首なしライダーは、自らが情報源となることを恐れて自決した、と……そう言う、事なのか

(そうまでして、知られたくないってのか)

 このところ、学校街を騒がせているその大本を、そこまで知られたくなかったと言うのか
 慶次にはその心理は理解できず、ただ呆然とすることしか、出来なかった





   人ならざる者の心理を人が理解するなど、できるはずもない




               Red Cape

今までのお話はwikiの方で「次世代の子供達」でまとめたからゆっくり確認していってね!


それと、昨晩避難所でもちらっと口滑らしたので宣言
今回投下した分のネタに登場した人物のうちいずれかは、外部介入なしだと今後死亡します

「………情報が漏れることを恐れた、か」
「恐らくは、そうであるかと」

 首無しライダーの捕縛、失敗
 それを、黒服、赤鐘 愛百合と黒服、小道 郁(かおる)はしっかりと報告した
 相手が自決した、と言う事実
 ……それほどまでに、情報を漏らそうとしない態度に、悪寒に近いものすら感じた

「わかった。赤鐘は、自分の上司にも報告しとけ」
「わかりましたわ…………しかし、任務は失敗のようなものですのに、お咎めはありませんの?」
「もともと、捕縛が無理だったら討伐、って事になってたんだ。逃げられた訳じゃないから問題ない」

 二人の報告を聞いたその男………門条 天地は、そう結論づけた
 そう、逃げられなかっただけ、マシなのだ
 天地のその言葉に、二人はほっとした表情を浮かべる

「それでは、私は上司に報告してくるわね」
「……では、ぼくは報告書をまとめて」
「あぁ、郁は少し、待て。ちょい話しておく事がある」

 愛百合と一緒に部屋を出ようとした郁だったが、呼び止められてしまった
 じゃあね、と涼しい顔で部屋を出た愛百合が若干、恨めしい

「何だろうか?」
「……かなえの様子は、どうだった?」
「うん?あぁ、彼女か。うまく捕縛できそうだったのが失敗してしまって、ショックな様子だったな。これは、ぼくと愛百合の責任なのだから、彼女が気にすることはないのに」

 ふぅ、と小さくため息をつく郁
 郁が担当している紅 かなえは、少々真面目、と言うか………思い悩んでしまいがちな性格をしている
 真面目なのは、悪いことではない
 しかし、背負い込みすぎるのは問題なのだ
 郁の言葉に、天地はそうか、と考えこむ

「………なんとなく、察してんのかもしれないな、かなえも」
「それは…………今、学校町で都市伝説事件が増えている背景に。「三年前」の事件の黒幕が絡んでいる可能性に、と言う事かい?」
「そうだ。三年前の、「中学校連続飛び降り事件」。その主犯は捕まった。が、あいつをそそのかした奴は逃げ失せやがった。俺達「組織」も奴の行方を追い続けたが、結局、奴の痕跡をたどるので精一杯だった」

 三年前、学校町東区の中学校で発生した飛び降り事件
 世間的には、あれは飛び降りではなく、とある教師が生徒達を屋上から突き落としていたのだ、と言う幕切れにされている
 ……実際には、確かに、彼らは、彼女達は飛び降りてしまったのだ
 最後に飛び降りた土川 咲李を除き、全員、都市伝説の影響を受けて
 土川 咲李が犠牲となってしまった直後、無事に犯人は捕縛された

 その時の騒動は、郁にとっても苦い思い出の残るものだ
 あの時、強硬派が先走った行動をとってしまい、その結果、咲李は屋上から飛び降りてしまったのだ
 残された遺書を読む限り、彼女は死んだとしても、戦いぬくつもりだったのだろう
 しかし……無理だったのだ、彼女では
 彼女の死は、ただ、無駄なものでしかなかった
 土川 咲李の死にこちらが慌てているその僅かな間に、今度は彼らが動いてしまった
 結果的には、彼らのお陰で犯人を捕まえることが出来たとも言う
 だが、同時に日景 遥、荒神 灰人の二人が都市伝説を暴走させ、あわや飲まれる寸前までなってしまった
 もしも、あの時あの二人が飲まれていたら、と思うとぞっとする
 両名の親がどういう態度に出たか、考えただけで背筋をつめたいものが降りていく

「………三年前のあの時の犯人は、自決はしなかったね」
「だな。黒幕相手にそこまで忠誠を誓ってなかったからな…………もっとも、黒幕はあの野郎の時のことを反省したのか、そっからは手駒とっ捕まえようにも、捕まって情報源になるくらいなら死を選ぶ連中ばかりになりやがった」
「わりと最近、獄門寺家の方で「くねくね」の契約者を捉えましたよね、そちらは?」
「ダメだ。生きてはいるが、まともな返答がないらしい。半分飲まれかけてたのかもしれない。都市伝説関係者専用の収容所に入ったんで一応事情聴取やらせたが、成果なしだ」
「あぁー………精神まで「くねくね」っぽくなっていた、か。そりゃ無理だろうね」
「どちらにせよ、奴は今、学校町に入り込んでいる………手駒は見つけ次第、捕縛、もしくは討伐だ。三年間で、鬼灯に削られたとはいえかなり手駒増やしてるらしいからな。戦力は削っておくに限る」

 はい、と頷く郁
 こちらがやる仕事は今までどおりだ
 特に、変わりはない

「まぁ、お前はしばらく紅 かなえのケアな。三年前の件も、真相知らないなりに「自分にも責任があったのでは」と考えている節があるからその辺も、な」
「……やれやれ、担当持ちの苦労とはこの事かな。了解した」
「おぅ…………で、ついでに聞くが。お前、その服装、どうにかならないか?」

 天地の言葉に、郁は首を傾げる
 はて、この服装をどうにか、とな?

「何か、問題はあっただろうか。スーツではないとは言え、きちんと黒一色。黒服と呼んで問題無いと思うのだが」
「黒一色だな。確かに黒一色だな。ただ、お前、男だよな?」
「可愛らしいものを好む心に男女の違い等些細なものさ」

 ふふん、と言い切り、用件はすんだとばかりに部屋を出る郁
 やれやれ、と言うように、天地はため息を付いた

「………ったく。どこに潜伏してやがる。あの狐」

 忌々しげに呟かれた声は、彼の執務室の中でどこか虚しく、こだました


to be … ?

昨晩の続きっぽいのそぉいっ!!
しつつ、フラグぽんぽん

今までのお話はwikiとかチェックしておいてね

>>869
>うん、そうだよね、可愛いものを愛する心に男女はないよね!(力説)
男女はないよ!
と、言うわけでゴスロリ黒服は男の娘でした
単にゴスロリ衣装が好きなだけでおねえとかおかまではなく、純粋にゴスロリ服だけが好きで着ているというちょっと特殊例ですが

 ………よし、なかなかに調子がいい
 最後まで油断は出来ないけれど、このままの調子でいけば……勝てる

(誰が狼であろうが村人であろうが、関係ない。私さえ、生き残ることができればいい)

 今回が最後の話し合いだ
 とにかく、この夜を生き残るのだ
 そうして、勝利してみせる………

「さて、今日が最後の話し合いになる訳だが……占いの結果、言うぜ」

 Nが、口を開いた
 その視線が………こちらに、向く

「狼は、こいつだ」

 ……え?

「ち、ちょっと待ってよ。私が狼って………」

 それは、つまり
 「私を占った」ということである
 でも、待って
 ちょっと………待ってほしい
 そんな事は「ありえない」
 そもそも私は狼ではないし、それに………

「嘘をつかないでよ」
「いや、嘘じゃないぜ」

 笑うN
 いや、違う………「嘘」だ
 本当にNがこちらを占ったと言うのならば、こちらは今、こうして話し合いの場に参加できていないはずなのである

 何故、Nが嘘を付いているのか考える
 考えて………最悪の答えが、浮かんだ

「N、貴方が「狼」だったのね」
「へぇ?つまり、晃の方が本物の占い師だった、そう言いたいのか?」

 えぇ、と、頷いてみせる
 村人側は、選択ミスをしてしまった
 初日に吊られてしまったAこそが、本物の占い師
 そして、自分を含めて、皆………Aに踊らされてしまった

「あ、えぇと、でも、その。それじゃあ、えっと………N君が狼、だったとしたら。N君、L君が本当は霊能じゃなくて狼だ、って、占い結果、出してたよね……?」

 恐る恐る、と言った感じでKが発言した
 そう、確かにNはLはクロだった、狼だったと占ったのだ
 だが、Nが狼であるとすれば、その占いすら罠ということになる
 完全に………踊らされた

「まぁ、かなえがどっちの発言信じるかは自由さ。ただ………俺が本物の占い師じゃない、って保証はない。そうだろ?証明できるのか?」
「それは…………」

 証明は……できる
 できる、けど、しかしそれは………

 時間が来た
 投票の結果、吊られたのは、私

 あと少し
 ……あと少し、だった、のに



「………はい。それで、四日目の夜。狼の遠吠えが聞こえて」
「え、ぁ、あれ??」
「かなえは無残な死体で発見されました、と。悪いな、かなえ。俺が狼だ」

 にんまりと笑うN
 あぅあぅあぅ、とKはおろおろとしている
 うん、その………負けた
 ぐでー、と、私は力尽きたように、テーブルの上に突っ伏す

「ん?直斗が狼だったんだよな。じゃあ、Lは……」

「あ、俺っちも狼っすー。霊能じゃないっす」
「………霊能は、こっち」

 っあー!?
 最初の話し合いの後、狼にやられたYが霊能だったんだ!?
 途中まで、Lにも完全に踊らされてたからなぁ……

「じゃ、役割発表。神子とかなえが村人。龍哉が狩人、優が霊能、晃が占い師、直斗と憐が狼で、遥が狂人な。で、狐が…」
「………私です」
「そういう事だ。最後に直斗とかなえが残ったから、直斗がかなえ食い殺して狼陣営の勝利だ」

 K君(Lの従兄弟の方。Kと混ざってややこしいから、こうする)が、淡々とそう結果を告げてきた
 うん、そういう事なんだよねー………これは完全に、直斗と憐に踊らされてしまった

「直斗と憐が狼とかなにそれ怖い………この二人が狼になった時って、勝てた試しないぞ」
「神子様と直斗が狼だった場合も、そう言うパターンが多いですね」

 HとRがそう口にする
 そ、そうだったのか………ちら、とY達を見ると、こくこくと頷いている
 うぅ、つまり、最初に配られた配役からして、こちらに負けフラグがたっていたのか……

「うぅ、憐って、嘘とか結構ヘタそうだなー、って思ってたのに……」
「そうっすー?………俺っち、結構嘘吐きっすよ?」

 へららんっ、と笑うL
 うぐぐぐ………っく、悔しい

「まぁ、こっちも。貴方が狐だって、見抜けなかったんだしね。初心者、なのよね?」
「えぇ。人狼ゲームは今回が初めてよ」

 …………そう
 放課後、皆で集まって自分達がやっていたのは「人狼」と言う対話によるゲームだ
 ざくっと説明すると、「村人」側と「人狼」側に分かれて対戦し、村人は人狼を見つけ出して処刑し、村の安泰を図る。人狼は処刑されないように正体を隠しながら村人を食っていく……と言うもの
 今回は、村人の中に「狩人」や「占い師」などの役職をフリ、さらに「人狐」と言う別陣営を加えたルールで行っていた
 私に当てふられた人狐の役割は単純、「生き延びる」事
 村人に吊られないようにしながら、最後まで生き残る事だ
 狼には食われずにすむのだけど、占い師に占われた場合、その場で死亡すると言う弱点がある為、吊られないようにかつ、占い師に占われないように………と言う難しい役割だった
 それでも途中までいい線いってたと思ったんだけどなぁ………

「おや、勝負はついたのかね」
「あ、先生」

 と、診療所の先生が顔を出した
 私達は、診療所の一角を借りて、人狼ゲームをしていたのだ
 ちょうど患者さんがいないとはいえいいのだろうか、と思わなくもないのだが、診療所の主である先生がOKだしてきたのだから、問題ないのだろう

「それならちょうど良かった。我が助手よ、ちょっと、手伝ってほしい事が………包帯やらのストックについて、少し確認したい」
「あぁ、わかった。じゃ、みな、もう1ゲームやるかどうかはさておき、まずは休憩しとけ」

 K君が立ち上がり、部屋を後にしようとする
 しゃべりっぱなしでちょっと疲れてたし、ちょうどいいかも

「飲み物は、キッチンの方の冷蔵庫にある物、好きに飲んでいいよ」

 と、先生は部屋を後にする

「んじゃ、俺、飲み物とってくるな」

 すくり、とNが立ちあがる
 ……ふむ、ここは。好感度アップのチャンスの場と見た

「私も行くわ。一人で人数分コップ持ってくるのは大変でしょ?」
「ん?………あ、そうだな。じゃあ、頼む」

 よし、Nとふたりきりだ
 ちょっとは好感度アップしないとね

(………それに。気になる事も、あるし)

 綺麗に片付けられたキッチンにおじゃまする
 Nは何度か入った事があるのだろうか、診療所を歩いている間も迷いなく歩を進めて、そのまま冷蔵庫に向かう

「あ、麦茶作ってある。これにするか」
「うん、そうね、えっと、コップは………」

 そっちだな、と、Nが指さした先のコップを出させてもらう
 うん、ちゃんと人数分、ありそう

「………ね、直斗。直斗達って、皆、中学校も一緒だったんだよね?」
「あぁ、そうだよ。灰人も学年は違うけど、一緒だったし………それが、どうかしたのか?」
「えぇと………そのみんなが中学生だった頃に、さ。なんか事件、って言うか………大変なこと、なかった?」

 「三年前」と
 具体的に聞いたら、ぼかされてしまう気がした
 だから、少しごまかして聞いてみたの、だけど

「なかった」

 きっぱりと、即答してきたN
 その返事に、拒絶の意志を感じたのは、気のせいだろうか
 表情を、見ようとした
 けれど、Nはちょうど、こちらに背中を向けていて………表情は、見えなかった

「…ん、お盆もあった。さ、持って行こうぜ」

 くるりっ、と、こちらに振り返った時
 Nは、いつも通りの表情をしている

「さ、行こうぜ。あんま待たせたら悪いし」
「え………えぇ、そうね」

 …やはり聞き出すのは無理、か
 Nに気づかれないように、そっと溜息つく


 何故だろうか
 彼らとは、少しは仲良くなったつもりでいたのだけれども
 自分と彼らとの間に、大きな…………大きな大きな、壁があるような
 そんな感じがしたのだった




to be … ?

連投気味になっちゃってるけど、平和な日常回ぶん投げて起きますね

乙ですー
頭の悪い俺には人狼ゲームのルールが未だに理解できない

>>867
乙ありですの

大丈夫、俺の人狼ゲームきっちりルール把握してなくて調べながら書いた
そして、そうして書いたにも関わらずまだちゃんと理解しきれてない予感しかなくて間違えてるかも




   なくしてしまわないで
   どうか見失わないで

   どうか、どうか
   見つけてしまわないで




               Red Cape

 その日は、朝からしとしとと雨が降っていた
 夕暮れ頃には雨は止んだのだが、代わりにうっすらと霧が発生し始めてした

「……ん、我が助手よ。そろそろ遅い時間であるし、霧も出てきたから、今日は帰り給え」

 包帯等の在庫をチェックしていた灰人に、診療所の主はそう声をかけてきた
 灰人は顔を上げて、時間を確認する

「…普段よりは早い時間だと思うが」
「いや、霧が出ているのでね。このところ、また都市伝説事件が増えてきて物騒であるし」
「………まぁ、早く帰れる分には、いいんだが」

 心配し過ぎではないだろうか
 そう考えながら、灰人は帰る支度を始めた
 家に連絡は…………まぁ、いらないだろう
 どちらにせよ、夕食までには帰るようにしているのだから

「……じゃ、これで。リアは早めに寝かしつけとけよ」
「うむ、わかっておるよ」
「つまりは、あんたが早く寝ろって事だからな。あんたが起きてるとリアも起きてるんだから」

 診療所の主には、娘が一人いる
 基本的に良い子なのだが、父親が起きていると、そちらを心配して寝ないで起きてくることがよくあるのだ
 まだ幼い身体で夜更かしは、成長に悪い
 わかった、と診療所の主は笑ってくるが、さて、実行できるかどうか

「………本当に、気をつけたまえよ。霧が深くなってきているようだ」
「…わかっているよ」

 半ば、言い捨てるようにして診療所を出て、家路につく

 わかっている
 「気をつけろ」と言ってきた、その意味を

(………わかっては、いるんだ)

 頭で理解していようとも、いざそうなってしまうと、自分はどうしようもないだろう
 無差別に暴れるとまではいかないものの、衝動に流された時、自分がどこまで暴走してしまうのか、予想しきれない
 己の契約都市伝説を思い、灰人は小さくため息を付いた
 それと契約したことを、後悔する訳ではない
 制御しきれず、暴走する自分が悪いのだ
 だから、己はもっと、この都市伝説を制御できるようにならなければいけない
 三年前に一度暴走させて以降、より強くそう感じるようになり、制御できるように、と鍛錬してきたつもりではあるが

(……霧)

 この深い霧は、たしかにいけない
 ざわざわと、己の内側でざわめくものを、確かに感じた

 ……とにかく、早く帰ろう
 家路を急ごうと、駆け足になって

 ぞくり、と感じた気配
 とっさに、横に飛び退いた
 ぬちゃり、と、どこか粘着性を帯びた手が、捕らえるべき目標を見失ってべちゃりと落ちる

「逃げちゃあ、いやぁあああ」

 ずるり、ぬちゃり
 それは、ゴミ捨て場からゆっくりと這い出てきた
 半ばゴミにまみれていて姿ははっきりと見えないが、それは女性のように見えた

「……「ゴミ子さん」、か」
「当たりぃいい」

 ぎちぎちと、ゴミ子さんの爪がアスファルトの地面に食い込む
 げたげたとどこか不気味な笑い声をあげながら、ずるり、とはい寄ってくる

「ねぇえええ、あなたぁあ、私を捨てたやつ、知らなぁいぃいいいいい?」
「知らん。さっさと消えろ」

 ずる、ずる、ずる、ずる
 霧の中、はっきりとした存在感を持って、それは灰人に這いよってくる
 感じるのは、はっきりとした敵意

「ねぇえええ………教えてよぉおお…………私を、捨てたやつぅうううううう………!?」

「知らんといっているだろう」
「いいえぇええ………知ってる、あなたは、知ってるはずぅううう………」

 べちゃり、と
 手が、伸びてくる

「教えてくれなきゃあぁ……………あなたから、八つ裂きだぁあああああああああああああっ!!!」

 ゴミ子さんの手が、伸びる
 目の前の灰人を捕らえ、八つ裂きにせんとしようとしている
 伸びてくるその手を、灰人は冷めた目で見ていて

 軽く、横へと避ける
 不自然に曲がりながら、ゴミ子さんの手は灰人を追いかけようとしたが

 ぼとんっ

「…………あらぁ?」

 手が、落ちた
 鋭利な刃物ですっぱりと切られたかのように断面は綺麗だった
 吹き出した血を避けるように、灰人は後方へと跳んだ

「……近寄るな。これ以上、切り裂かれたくないだろう」

 灰人の手元には、いつの間にかメスが出現していた
 契約している都市伝説で出したそれは、通常のメス以上の鋭さを持っている
 この霧の中、灰人が契約している都市伝説は、真の力を発揮する

「やだ、こわぁあああいぃいいい………」

 メスを向ける灰人に、ゴミ子さんはげたげたと笑う
 片手を切り落とされながらも怯んだ様子は全くない

「見つけなきゃあ、ダメなのぉぉおおおお…………あってぇ、あの方は、私を捨てたんだからぁああ……………捨てたから、きっと、何も命令が来ないのよぉお………」
「……俺は知らんと言っているだろうに」
「嘘吐きぃいい…………知ってる、あなたはぁ、知ってるはずうううう………!」

 濁った目が、灰人を射抜く
 その目に、正気の色は、ない

「見つけなきぁあああ……………私達のぉおおお………私達のぉ、あのお方ぁああ……………あのお方の、為にぃいい……このっ、この、街ぃいいいいい………あの方の、「巣」にしなきゃぁああ………!」

 正常とは思えぬ精神で、ゴミ子さんは喚き散らす
 説得は、どう考えても不可能
 こちらを逃すつもりも、己が逃げるつもりもないらしい
 …………仕方ない

「…鬱陶しい」

 手元に出現させたメスをそのまま構える
 げらげらと笑いなら、ゴミ子さんは残った片手で襲い掛かってきた

(…遅い)

 そう、その動きは、あまりにも遅く見えた
 通常の人間ならば反応しきれないのだろう。しかし、灰人にとっては簡単に反応できる速度しかなかった
 ゆらりと攻撃を避けながら、メスをふるう
 鋭い刃はすぱぁんっ、とゴミ子さんの残った片手を切り落とし、その流れのままにゴミ子さんの首筋を切り裂く
 辺りに、血の花が咲く
 それでも、ゴミ子さんの動きは止まらない
 にちゃあ、と笑みの形に歪んだ唇の隙間から、ギザギザの鋭い歯が姿を現す
 にちゃにちゃとして、しかしまるで肉食獣のように鋭い歯は、灰人を獲物と見定めたように襲い掛かってくる
 もう一度、メスをふるう
 ゴミ子さんの牙が灰人に届くよりも、灰人のメスがゴミ子さんに届く方が早かった
 再び、血の花
 ゴミ子さんの胸元が、どす黒い赤で染まり上がっていく

「ぎ、っげ、げげげげげげげ…………っ」

 げらげらと笑う声
 あぁ、うるさい
 五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い
 笑い声が、癇に障る

「どぉしてぇええ…………私ぃ、ちゃんと、あの方の命令に、従ってるのにぃいいいいいいいい……………どぉして、捨てるのぉおおお………私ぃいい、あの男とはぁああ、違うのにぃいいい………」

 ギリギリと歯ぎしりの音が響く
 あぁ、不快だ、忌々しい
 生命力が強いのか、心臓を摘出してやったと言うの、まだ生きている

「………あの男ぉおおおおお……………っあの男がぁあああ、「三年前」に余計な事したからぁあ……………捕まりなんかして、喋っちゃったからぁあああ………!だから、あの方が困っていらっしゃるのぉおお…………面倒な隠れ方、しなきゃダメになってるのよぉおおお…………っ」

 ぴくりっ、と
 ゴミ子さんの言葉に、灰人は小さく、反応した

「…娘すら殺して取り込んでも、気にしなかった癖にぃいい…………いざ自分が死ぬかもしれないとなったらぁああ、馬鹿みたいにべらべらべらべら喋ってぇえええ………だからぁああ、私は反対だったのよぉおおおお、あぁんな男ぉおおお、あの方にはふさしくなんて…………」

 言葉は、最後まで続かなかった
 灰人のメスが、再びゴミ子さんの喉を切り裂く
 しゃべることすら出来ないレベルで喉が傷つけられて、ただ、口がぱくぱくと動いただけだった

「…………そうか、てめぇは、アレの仲間なのか」

 灰人の声が、ただひとつの色に染まる
 漆黒の憎悪が、灰人を突き動かす

「じゃあ、死ね」

 メスが振り下ろされる
 鋭いメスはゴミ子さんの身体を容赦なく切り裂き、腸を辺りに飛び散らせた
 ぐちゃぐちゃと、肉が切り裂かれる音が真っ白な霧の中に吸い込まれていく

(あの男の仲間なら、俺の敵だ)

 腸を引きずり出す
 引きずりだしたそれを、切り裂く、切り裂く、切り裂く

(あの男の「上」に仕えていると言うのなら、俺の敵だ)

 悲鳴は聞こえない、喉を切り裂いたから
 正解だった、と思う。悲鳴が聞こえていたら、鬱陶しくて仕方ない

 切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む、切り裂く、刻む

 何度、メスを振るったのかすら、わからなくなってきた
 ただ、目の前のそれを、刻み続けて

「はい、ストップ」

 振り下ろそうとした腕を、誰かに掴まれた
 聞こえてきた声に、びくりっ、と、大きく身体が振るえる
 ゆっくりと振り返ると、そこにはよくミシッた顔がいた

「………直斗」
「それ、もう死んでる。そろそろ消えると思うからやめとけ」

 直斗の言うとおりだった
 灰人が切り裂いたゴミ子さんは腸を全て引きずり出され、引きずり出された腸は全て切り裂かれて原型すら残っていない
 そして、その身体は静かに、光の粒子となって消えていこうとしていた

「ほら、落ち着け」
「………もう、落ち着いてる」

 軽く頭を振る
 大丈夫だ、落ち着いている
 ………落ち着いている、はずなのだ

「…霧のせいか?」
「…………かもな」

 深い霧は、契約都市伝説の能力を一気に強めてくれる
 しかし、同時にその都市伝説のちからが暴走し、飲み込まれそうになってしまう

 深い霧の中現れ、そいて永遠に正体がわからないままであった存在
 「切り裂きジャック」
 荒神 灰人が契約した都市伝説は、それである
 はるか遠き国、イギリス発祥の正体不明の連続殺人犯
 当時ですら様々な憶測が飛び交っていたそれは、今の世ではさらに様々な説が飛び交い、その正体は霧の向こう側にいるかのように見えないままだ
 灰人が契約した「切り裂きジャック」は、「切り裂きジャックの正体は医者であった」と言う説に則り、その手元にいつでも鋭い切れ味を持ったメスを出現させる事が出来る
 敵対者の腸をスムーズに切り裂き散らすことができるのも、「切り裂きジャック」と契約した恩恵だ


 ……ただ、「三年前」に一度飲み込まれかけたがゆえに、欠点もある
 このような深い霧の中では、時として殺人衝動が湧き上がる。その上、感情の制御も難しくなってしまう
 ゴミ子さんを、必要以上に切り裂いて殺したのが、その結果だ

「……しっかし、こんだけ辺りに血をまき散らしても、お前は返り血ついてないってのも不思議だよな」
「…そう言う都市伝説だからな。証拠は残さない」

 ふー…………と、息を吐き出す
 辺りに漂っていた血の匂いすら消えて、ゴミ子さんは存在していたことが事実である、等と信じられない程に、何の痕跡も残さず消え去った
 都市伝説とは、基本、こう言うものだ
 死ねば、存在していた証すら、残らない

「ほらほら、襲ってきた相手は消えたんだし、帰るぞ」
「………そのつもりだが、直斗。何故、ついてくる気まんまんの顔なのか聞こうか」
「え?だって、この霧だと、またなんかに遭遇したら灰人暴走しそうでヤバイし。俺としては灰人と行動した方が、万が一、ヤバイのと遭遇した時安全だし」
「……お前な」

 ため息を付きながらも、灰人は直斗を伴い、歩き出した

 ……正直な所、酷くホッとしていた、というのもあった
 己は、友の言葉で正気に戻る事ができた

 大丈夫
 自分は、まだ人間なのだ、と

 いつ、飲まれるかもわからない
 一度暴走させてしまったがゆえに、飲まれるリスクは高まってしまっている
 そもそも「切り裂きジャック」は、飲まれるリスクが高い都市伝説なのだから
 それと契約したことに後悔こそないが、飲まれる恐怖がない訳でもない
 ……そんな自分にとって、「現実」と言う「日常」にとどまらせてくれる存在は、貴重なのだ
 高校は、あえて皆が選ばないだろう高校を選び別の道を歩もうとしているとはいえ、それでも、こうして会話をすることを酷く重要視していた

(俺は、人間であり続けなければいけない)

 ……そうでなければ、守れないのだから


 夜の闇の中、霧は少しずつ、晴れていって
 月の光が、静かに、静かに、街を照らしたのだった




  いつか、私が人ではなくなってしまったとしても
  どうか、覚えていてください
  人であった頃の、私の事を




               Red Cape

連投状態になっていて申し訳ない
もぞもぞと伏線っぽいのとかバレバレだっただろうけどあいつが契約している都市伝説ぽぽい

花子さんとかの人乙です
相変わらず投下スピード速いですね
どんどん雲行きが怪しくなっていますがどうなることやら

遅くなりましたが影の人も乙です
リンクスと言われると某ロボットゲームしか重い浮かばなかったり
スケールの大きな話になりそうですが果たして

今回は二本立て
六本足と新作を一本投下します
連投になってしまうので事前に謝罪を
新作の方はテーマが「王道」となっています

 黒服は二種類に分けることが出来る。
 元人間と人工的に生み出された者にだ。
 後者は上の命令に従うロボットでしない、融通が効かないので話すだけ無駄だ。
 ならば、前者は人間らしいのかと言えばそうでもない。
 感情豊かな者もいれば機械的な者もいる、一概にこうだと決め付けることができない。

「事情はわかりました。刑事達はこちらで預かります」

 俺に言えるのは、【首切れ馬】の黒服には恩があるということだけだ。

「助かります」
「いえ、都市伝説絡みの事件は私達の担当ですから」

 彼女はいつもと同じ生真面目な態度を取る。
 この公園に来たのも、連絡を入れてすぐだった。

「では、あなた達は刑事を。私はもう少し話をします」
「はい」

 引き連れてきた二人の黒服が指示に従い行動を始める。

「記憶を消して解放ですか、あの二人は」
「ええ、その前に体を調べさせてもらいますが。身元が割れた以上、操られることはないと思いますが念の為に。後遺症が残ったら大変です」

 人命を重んじる、穏健派の彼女だからこその発想だ。
 過激派の場合、一般市民相手だろうと容赦ない。

「で、話というのは何ですか。さっきの件は一通り話しましたけど」
「その件についての補足事項です。あなたの話から思い当たる節がありまして。ですが、その前にいいですか?」
「なんでしょう」

 黒服は、微かに眉を下げた。

「お連れの方の顔色が良くありませんが大丈夫ですか?」

 後ろを振り返ると確かにそうだった。
 恋人は顔が赤く、何かを我慢しているような表情。
 カンさんは逆に青く、苦痛を感じているように見える。

「具合悪いのか」

 聞くと、二人とも首を振った。

「ううん、何ともないよ。……ちょっと牝豚の臭いが気になるだけだから」

 恋人は、ぎこちない笑みを浮かべた。
 最後の言葉は小声なので聞き取れない。

「いいえ、胃が痛いだけです」
「変なものでも食べたか」

 問うと、カンさんは恨めしげな顔をした。

「ええ、どこかの誰かさんのせいで」

 一通り会話を終えると、黒服がさっきの件について話し始めた。

「実はここ数ヶ月、街の治安が急速に悪化しています」

 どこかで聞いた話だ。

「凶悪な事件が多数起きました。傷害、窃盗、強姦。その他にも様々です」
「それがこの件とどう関係しているんですか?」

 カンさんの質問に、黒服は淡々と答えた。

「実は、それらの加害者は皆こう言っているんです。『記憶がない』と」

 「記憶がない、誰かの陰謀だと言ってね」、ディズニーの声が脳内で再生される。

「ということは」
「はい、調べてみると何らかの能力によって操られていることがわかりました。おそらく、あなた達を襲ったのと同じ人物による犯行でしょう」
「ひ、酷い……」

 恋人が顔をしかめる。
 その様子を見て眉を下げつつも、黒服は語りを再開した。

「それと、街の治安が悪化し始めたのと【獣の数字】の契約者が行動し始めたのはほぼ同時期です。今までは偶然だと思っていましたが……」

 黒服と視線が合う。

「あなたが襲われたことを考えると同一人物による犯行と考えたほうがいいかもしれません」

「時間も遅いので送っていきます」

 話が終わった後、黒服はそう言い出した。
 先程、襲われたことを考慮したんだろう。
 俺は了承、カンさんは苦い顔をしながら頷いた。

「背に腹は変えられません」

 という、よくわからない事を呟きながら。
 恋人は「二人の意見に従うよ」と賛成した。
 どこか無理をしているような口調で。
 そのまま、四人で帰路に着いたが――。

「契約者さん、深呼吸をしましょう。私も一緒にしますから」
「やだなぁ、深呼吸の必要なんてないよ。……消毒の必要はあるけど」

 恋人の機嫌が悪い。
 夕飯を食べていないせいだろう。

「どうかされましたか?」
「いいえ、何でもありません」
「そうですか」

 隣を歩く黒服は無表情のまま言った。

「……どうして、豚が人間と対等に話しているのかな? 隣を歩いているのかな? 本来、あそこには私がいるべきだよね。同行を許したからって調子に乗ってるんじゃないかな?」
「ええ、そうですね。しかし、今は譲りましょう。六本足さん宅までの辛抱です」

 カンさんが恋人に何かを訴えている。
 だが、お互いに小声なので内容が耳に入ってこない。

「仲がいいんですね、あなたのお連れさん方は」

 黒服は、口元を綻ばせながら二人を見ていた。

「対等な関係に見えます」
「はい」

 契約者と都市伝説の関係は人にとってそれぞれだ。
 主人と道具、同じ道を進む同士、一線を超えた仲。
 恋人とカンさんの場合は――。

「家族ですよ、あの二人は」

 この二字がぴったりな気がする。
 カンさんは認めないだろうが。

「……あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
「思ったことを言っただけです」

 口が勝手に動いたともいえる。

「そうですか。でも、どこか他人めいた言い方ですね」

 後ろの二人は、会話をヒートアップさせていた。
 恋人が積極的に話し、カンさんがそれに返答をする形だ。

「お連れの人間の方はあなたと交際してますよね」
「はい」

 いつのまにか、見抜かれていた。

「なのに、あなたの言葉は二人だけを表しているようでした。まるで、あなたは二人に関わっていないように」

 二人に関わっていない。
 今まで、考えたこともないことだった。

「……すいません、部外者が出しゃばり過ぎました」
「いいえ、参考になりました」

 確かに、俺は二人の傍にいるだけだった。
 そこが心地よく安らぐことができるから。
 なぜ、こんな思いを抱くか考えたことがなかった。
 俺にとっての二人とは何なんだろうか。

「大丈夫ですか?」
「はい、気にしないでいください」

 考え込んでいた俺は顔を上げた。

「いい機会になりました」
「なら、良かったのですが。……あなたには恩があるので」

 黒服は微かに微笑んだ。

「何かしましたっけ」
「ええ、大切なことを思い出させてくれました」

 まったく覚えがない。

「いつのことですか」
「あの夜のことです」

 後ろの二人が会話を止めた。
 なぜか、突然に。

「あの夜というと」
「始めてあの店に行った日です」

 あの店。
 おそらく、深夜営業している喫茶店のことだろう。
 ということは、【首なしライダー】に襲われた日の話だ。

「ハムサンド食べてただけですよ、俺」

 【首なしライダー】との戦闘では引き金を引いただけだ。
 恩を着せた覚えなんてない。
 しかし、黒服は頑なに言い張る。

「あなたにとってはそうでしょうね。でも、私にとっては違います」

 やはり、女心はわからない。

「……ねえ、カンさん。あの夜とかハムサンドって一体何のことだろうね?」
「さ、さあ? 何でしょうね」
「私は牝豚が深夜にロク君を連れ出したと思うんだけど」
「か、かもしれませんね」

 恋人から毒々しい気配を感じる。
 よっぽど、腹が減っているんだろう。

「……恋人さんの機嫌が悪そうですが大丈夫ですか?」
「腹が減っているんですよ。夕飯がまだなので」
「なるほど。良ければ、私が奢りま――」

 黒服がありがたい話を持ちかけた瞬間。

「ん」

 俺は彼女を後ろに突き飛ばした。
 驚愕の表情を浮かべる黒服、突然の事態に慌てる恋人とカンさん。
 だが、俺は三人からすぐに目を離し横を見る。
 なぜなら――。

「あ、あれは!?」

 カンさんが叫びを上げるのと同時に右腕に衝撃が走った。
 さらに、ぬるりとした感触が服越しに伝わる。
 触手。
 グロテスクな風貌をしたそれが右腕に巻き付いたからだ。

「ロ、ロク君!?」
 
 三人は、触手が伸びる先に目を向けた。
 そこは空中。
 暗闇の中で、一人の男が浮いている。

「【スレンダーマン】!!」

 顔は能面、背中からは触手が生え、黒いスーツを着用。
 間違いなく、ネットが生み出した怪物の姿だった。
 おまけに、額には三桁の数字。

「奴の差金か」

 締めつけが強まり、足が地を離れる。
 触手によって持ち上げられた。
 悲鳴を上げる右腕、一気に上がる高度。
 【スレンダーマン】に対して、抵抗をする三人が小さく見える。
 触手は強くしなり、一軒の民家に向けられた。
 先端の俺は、抗う術もなく民家の壁に叩きつけられる。
 激痛が全身を駆け巡り、肺から空気が絞り出された。
 あまりの衝撃に触手も千切れた、右腕から縛りが消え体が落下していく。
 鍛えた体は反射的に行動を取っていた。
 空中でバランスを崩さずそのまま着地、民家の庭に降り立つ。
 そして、肉体の損傷を確認していた。

「折れたか」

 触手によって縛られていた右腕は、使い物にならなくなっていた。
 幸いなことに、他の部位は深手を負っていない。

「さて」

 目線を上げると、コンクリート塀の上に浮かぶ【スレンダーマン】が目に入った。

「続きと行こうか、のっぺらぼう」
「……」

 口がないので返答は帰ってこない。
 背中に生えた幾本もの触手を、【スレンダーマン】はただ唸らせるばかり。

「治療費くらいは払ってもらう」

 右足で【空撃】を放とうとした。
 その時だった。

「ん」

 頭に見覚えのある記憶が流れ込んできたのは。
 思わず、足を止める。
 
「お前の仕業か」

 【スレンダーマン】の能力の一つに、幻覚を見せるというものがある。
 これはその応用なのだろう。
 当の本人は何もせず、ただこちらに能面を向けている。
 それだけで、脳内に懐かしい映像が溢れかえる。
 やがて、現実を塗りつぶしてしまった。

――完――

次は新作

・第一話 注射男から逃げろ!

 四月は出会いの季節。
 新しい環境での生活が始まり、みんな期待と不安でいっぱいになる。かくいうボクも、その内の一人。この春から高校一年生だ。
 今のところ、友達と呼べる存在は出来てはいないけど、きっと時間の問題だ。……きっとそうだ。中学の時よりは友達が出来るはずだ。男友達が、五人もいないなんて状況は免れれるに決まっている!
 自分を励ましながら、帰り道を歩いていく。
 夕焼けに照らされた住宅街は、どこか静かで幻想的だった。何でもない光景のはずなのに、感動を覚える。

「いつも見ているのになー」

 夕方という時間は特別だ。見慣れた場所さえ芸術にしてしまう。
 ボクの不安な気持ちも和らいできた。
 明日は頑張ろう、誰かに話しかけてみよう。特に男子に。小さな誓いを立ててみた。守れるかどうかは怪しいけれど。何もしないよりはマシなはずだ。
 弾む足で自宅を目指す。
 今日の献立は何にしよう、昨日はお肉だったから魚にしようかな。それとも、野菜中心の料理にしようか。たまには、パスタなんかもいいかもしれない。

「ちょっと、ちょっとそこの君」

 突然、掛けられた言葉にビクッとする。
 見ると、電信柱の影に人がいた。ひどく、奇妙な格好をしている。ほっそりとした体に白衣を羽織り、顔には包帯を巻いている。不健康そうなオーラを身に纏っていて、どこか近寄りがたい。失礼だけど不気味だと思ってしまった。
 お医者さんと思うには抵抗がある。病院から逃げ出した重症患者、と説明された方がしっくりきそうだ。

「え、えーとどうしました?」

 半歩、後ろに下がり尋ねてみる。
 すると、白衣の人は嬉しそうに近づいてきた。

「いやー、実は僕ちゃんねー。科学者なんだよ、科学者」
「は、博士ですか」
「そんな偉い存在じゃないよ。でさ、ちょっと君にさ」

 いつのまにか、白衣の人は注射器を持っていた。
 どこから取り出したんだろう。中の液体は、毒々しい緑色をしている。

「実験台になって欲しいんだねー」
「……へ? ……あ!?」

 そこで、やっとボクは気がついた。目の前の人が【注射男】だとうことに。
 【注射男】、有名な都市伝説の一つだ。包帯を巻き、白衣を着た男が下校中の子供に毒薬を注射するというもの。
 昔、テレビで見たときは怖くて姉ちゃんにしがみついた。
 けれど、【注射男】はあくまで都市伝説。実際に存在するはずがない。
 でも、白衣の人は【注射男】の条件に当てはまり過ぎだった。

「その様子だと気づいたようだね、僕ちゃんの正体に」

 【注射男】はひどく嬉しそうな声をした。
 それが怖くて、思わず足が震える。

「そうだよ、僕ちゃんは【注射男】さ」
「で、でも【注射男】は都市伝説じゃ」
「その都市伝説なんだよ、僕ちゃんは」
「へ!?」

 【注射男】は注射器をボクに向けた。回答者を指名する司会者のように。

「おクスリで天へ登っちゃう前に教えてあげる。都市伝説はね、実際に存在するんだよ」

 理解不能の状況に、一歩も動くことができなかった。息をするのすら困難になる。
 ボクは知った、あまりに恐ろしいと逃げることすら出来ないということに。

「それじゃあ、バイバイ」

 針が肉体を目指して突き出される。
 助けて姉ちゃん、心の中で叫んでしまう。

「お前がな!!」

 助けは予想外の形で来た。
 【注射男】の腕に、動物らしきものが噛み付く。

「い、痛っ!!」

 【注射男】は、慌てた様子でボクから離れ腕を振り回す。そこに噛み付いているのは犬だった。割と大きい、秋田犬とかだろうか。
 理解不能の状況に放心していると、犬の顔が目に入った。

「え!?」

 犬は人の顔をしていた。どこか、おじさんっぽい。

「じ、【人面犬】!?」

 【人面犬】、これも都市伝説だ。
 中年男性の顔をしていて、とんでもない運動能力を持つと言われている。
 そして――。

「くそっ! この注射マニアが!!」

 人の言葉を話す。
 コンクリート塀に叩きつけられ、アスファルトに落ちた【人面犬】がそれを証明した。

「おい! そこのガキ!!」
「は、はい!!」

 【人面犬】に呼びかけられ、固まっていた体が動き出す。

「今すぐ逃げろ! こいつは俺が何とかする!!」
「わ、わかりました!!」

 頭は全く働いていない。でも、【注射男】が敵で【人面犬】が味方だといことはわかった。

「お、お気をつけて!!」

 言われた通り、全速力で逃げ出した。
 人生でトップクラスに入る速度、一刻も早く家に帰りたい。

「はえーな、あのガキ」

 耳にまで神経は避けない。
 都市伝説達の声がただ流れていく。

「ああ、そうだね。でも、よそ見をしている余裕があるのかなっ!」
「ぐはっ!」

 今はただ逃げないといけない。
 でないと、【注射男】の餌食になってしまう。まだまだ、死にたくはない。もっと生きたい。
 家に帰りたい、ご飯を食べたい、友達を作りたい!
 
「これで終わりだよ!」
「く、くそっ……!」

 でも――。

「待ったー!!」

 やっぱり、命の恩人を見捨てるわけには行かない!
 ボクの大声に、【注射男】が動作を止める。その隙に、二人の元へ走っていく。
 足裏に感じたことのない感触、体がどんどん前へ進んでいく。まるで、止まった時間の中を走っているみたいだ。

「なっ! あれが人間の速度だっていうのかい!?」
「ああ、俺も驚いたぜ!」
「がっ!」

 ぐったりとしていた【人面犬】が、【注射男】の足に噛み付く。だけど、必死の一撃は虚しく散った。【注射男】が、反対の足で【人面犬】を蹴り飛ばす。

「【人面犬】さん!!」

 真っ直ぐ、倒れた【人面犬】の下へ駆け寄る。

「大丈夫ですか!」
「な、何戻ってきてんだ。ここは俺に任せろって言ったはずだぞ」
「で、でも!」
「死ぬ覚悟くらいしている。だから、今からでも」
「それは無理な相談だね」

 目線を上げると、勝ち誇った【注射男】が目に入った。

「そっちから来てくれるとは好都合だ。僕ちゃんはそんなに足が速くないからね。追いつける自信がない」
「くそっ! ガキ!! 今からでも逃げろ!! 今の俺でもちょっとくらいなら抵抗できる!」
「だ、駄目です!」

 【人面犬】に腕を伸ばし抱える。
 重い、ボクの細腕ではいつまで保つかわからない。

「逃げるなら一緒に!」
「駄目だ!! いくら、お前の足が速くても――」
「お荷物を持った状態で僕ちゃんからは逃げられないよ!」

 咄嗟に横へ移動する。
 すると、今までいた場所に【注射男】の腕が伸びた。安心したの束の間、今度はボクへ蹴りが飛んできた。

「わっ!」

 脇腹に直撃、耐え切れない痛みが全身を駆け巡る。
 あまりの衝撃に、【人面犬】と一緒に倒れた。

「さーて、これで袋の鼠だね」

 近寄る【注射男】、今さら体の震えが止まらなくなる。このまま死ぬんだ、熱くなっていた心が急激に冷めていく。
 友達が欲しかった、可愛い女の子と付き合いたかった、姉ちゃんにもっと優しくされたかった。もう叶えられない願いが、胸の中をぐるぐると回る。

「……おい、ガキ」

 【人面犬】が急に喋りだした。

「お前、生きたいか」
「はい」
「そのためなら、これから先ちょっと苦しい目見てもいいか」
「は、はい!」
「よし、なら」

 【注射男】が必殺の一撃を放とうとしている。

「俺と契約しろ!!」
「はい!!」

 視界を眩しい光が包み込んだ。 

 その後のことはよく覚えていない。
 記憶が飛んでいて、気づいたときには自宅の前にいた。

「あ、あれ? いつの間に」
「……お前の家なのか、ここ」
「は、はい。そうですよ。でも、ボクいつの間に」
「覚えてないのか、ここに来るまでのこと」
「は、はい。確か、契約っていうのをしたのは覚えているんですけど」
「そうか」

 【人面犬】は、それっきり黙った。
 気まずくなった僕は、取り敢えず家の中に入ることにした。【人面犬】は、まだ少しぐったりとしているので休ませよう。

「あ、あの家の中に入りませんか? 【人面犬】さんも休みたいでしょうし」
「助かる。あとな、その【人面犬】さんって言うのはやめろ。お前も人間さんとは呼ばれたくないだろ」
「そ、そうですね。無神経ですみません。お名前は何というんですか」
「トバだ」
「トバさん、ですか」

 トバさんを一旦下ろし、バックから鍵を取り出す。

「今更ですけどありがとうございました。おかげで助かりました」
「なーに、これから長い付き合いになる。気にするな」
「はい。……え?」

 思わず、鍵を取りこぼした。
 軽い金属の音が耳に響く。

「残念だが、契約するってのはそういうことだ」

 頭の中が真っ暗になった。

――続く――

チキン野郎の方は学校町が舞台(のつもり)
ボクこと主人公は中央高校に在籍していることにしたいんですけど大丈夫ですかね?

「………あ?「教会」から、学校町に追加の人員が来る?」

 その書類の文面に、天地は嫌そうな表情を浮かべた
 そうです、と、郁は頷いてみせる

「実に、約20年ぶりの事だね」
「だな………えぇと、来るのは…………っげ」

 書類で、その名前を確認して
 天地は、ますます嫌そうな表情になる

「…この名前、間違いは」
「ないね。間違いなく、来るのはその男だよ」

 無慈悲に言い離れた郁の言葉に、天地は机に突っ伏した
 馬鹿じゃねぇの、と、ぼやく

「………ほんっと、馬鹿じゃねぇの、「教会」!!なんて野郎を学校町に派遣しようとしてんだ!?」
「「バビロンの大淫婦」が、今学校町にいる可能性を考えると、派遣されてくるのが彼一人、と言うのは「教会」としてはだいぶ抑えたと思うんだ」
「あーっ、もう、それだよ、それ!!「三年前」の件の黒幕に加えて、「バビロンの大淫婦」とか!!久々に学校町に大物問題児が揃い踏みしようとしてんじゃねぇかど畜生。他にも赤マントの大量発生やら何やら!!ほんっと面倒くせぇ!」

 苛立たしげに叫ぶ天地
 40代にふさわしい落ち着きは、そこには存在していなかった

「くっそ、それぞれ大本見つけたら、俺がぶっ飛ばしてやる」
「…勘弁してくれ。貴方が戦った場合、「教会」から派遣されてくる彼が周囲の被害を考えずに戦った場合と同等かそれ以上の被害が出る」
「おいこら、郁。俺をなんだと思ってるんだ」
「書類仕事をさせていれば有能だけど、現場に出すと周囲の被害を考えずに戦うハッピートリガー」
「てめぇ」

 とても、上司と部下の会話とは思えない会話がそこで繰り広げられていた
 まぁ、この天地の執務室にこの二人以外に誰もいないからこその会話であり、他の部下がいたらさすがに天地ももうちょっと落ち着いた雰囲気になるし、郁ももうちょっとは遠慮する
 郁が、かつて天地を担当していた黒服であり、今は彼の助手的な立場に収まっているC-№572の後輩にあたり、天地との付き合いも長いせいか、やや気心の知れた対応になりがちなのである
 天地としても、そのような会話してくれる相手がいた方が落ち着くために許されている対応だ

「……とりあえず、これをさらに上へ報告する役目、頼んだよ」
「わーってるよ、くっそ………事態が事態がだけに、「教会」に抗議もできねぇしな。ある意味でまっとうな人員だし」

 あぁ、面倒この上ない
 これから、学校町で何が起きようとしているのか
 何を、起こそうとしている輩が集まっているのか
 ………正直、あまり考えたくない

「本当、まとめてぶっ飛ばしてぇ」

 久々に、思い切り能力を使って戦いたい
 天地のその愚痴に、郁は「諦めたまえ」と、無慈悲にそうつっこんでいたのだった


to ve … ?

フラグをたてるだけの簡単なお仕事です
そういや、「教会」から人来るってフラグたて忘れてたわ

 今日は特に誰かと一緒に帰る、とかはせず、一人で帰ることにした
 まぁ、実際は、商店街辺りであちこち寄り道して帰るから、なのだけど
 雑貨屋を覗いたり、ついでに夕食の材料をちょっと買ったり、のんびりと歩いていると

「…………あ」

 ラッキー、かもしれない
 あちらも、学校帰りそのままに寄り道していたのだろうか、Lの姿を見かけた
 辺りにHの姿は見当たらない。よしっ、つっこみを入れる仕事をしなくてすむ!いや、待て、別にツッコミは自分の仕事ではない!!
 自らセルフツッコミしつつ、Lに声をかけようと近づいていって

「…あれ?」

 気づいた
 Lは誰か、こちらの知らない男の人と一緒に歩いている
 思わず、こちらが注目してしまったのは、その男の人の服装だ
 その人の服装は……一言で表すならば「神父」とか「司祭」とか、そんな感じだろう
 Lは教会に手伝いをしに行く事が結構あるみたいだから、その関係での知り合いだろうか?
 なんとなく気になって、近づいていってみた、その時だった

 Lの隣に居た男性が、くるり、と、こちらに視線を向けてきて
 …………ぞくりっ、と、悪寒がした

(……え?な、なんで?)

 悪寒
 そう、悪寒だ
 男性からの視線で、悪寒を感じるなんて…………それに、この悪寒の種類はなんというか、背筋をつぅ、と、冷たいものがおりていったような
 …………まるで、喉元に鋭い、危険なものをつきつけられているような、そんな…………

「…あれ、ジェルトヴァさん、どうかなさったっす?」

 と、Lが、その男性に話しかけた
 どこか固い表情をしたその弾性は、Lへと顔を向けて、表情が見えなくなる

「………こちらを見ていた少女がいた」
「え?…………あれ、そちらも寄り道、っすー?」

 ぱっ、とLがいつものへらんっとした笑みをこちらに向けてきた
 だいぶ馴染んできたこの笑顔に、なんとなくほっとする

「えぇ、そうよ。えっと、そちらの人は……」
「こちらの人はー、俺っちが普段お手伝いに行ってる教会に派遣された方っす」

 どうやら学校帰りに、駅から出てきたところに出くわして、合流していたらしい
 今日は教会に手伝いに行く日ではないようだが、教会まで一緒に行くつもりらしい
 Lによって紹介され、その男性は改めて、こちらを見つめてきた
 ……やはり、視線から悪寒を感じる
 突き刺さるような、そんな感覚
 こちらの反応に気づいたのか、Lはくい、と、男性の服の袖を軽く引っ張った

「ジェルトヴァさん、初対面の人睨んじゃ、めっ、っす」
「…………睨んでいるつもりは、ないのだが」

 Lの言葉に、少し困ったような表情を浮かべた男性
 ……どうやら、単に目つきが鋭かっただけのようだ
 それでも、なんとなく、突き刺さる視線を怖く感じてしまう

 …………不思議だ、と、そう思った
 男性からの視線を、ここまで「怖い」と感じるなんて、初めてな気がする
 それも、「怖い」の種類がなんというか………

(……命の危険を、感じる、ような)

 気のせいだと思うのだけど、どうしても、そんな感覚を覚える
 あぁ、本当に、初めてだ
 初めてだから、こそ。どうしたらいいのか、わからなくなってしまう

「……っと、ジェルトヴァさん。俺っち、ちょっと本屋さん、よっていくっす」
「…あぁ、わかった」

 ちょっとだけお待ちをー、と言って、Lは本屋さんに入っていった
 結果、この弾性と二人、取り残されてしまう

 ………
 っく、空気!
 空気が!重たい!!
 こんな時こそ、今まで男性相手に培ってきた技術を使うべきなのだと思う
 が、それをうまく使えない程に、この弾性は妙なプレッシャーを持っていた
 それでも、なんとか言葉を紡ぎ出そうとする

「………え、え、っと。こ、今度から、この学校街に派遣される、って事は………学校街に住むん、ですか?」
「そうだ。学校街に派遣されるのは、三年ぶりになる。レンと会うのも、三年ぶりになる」

 なるほど、前にも、学校町に住んでいた事があったのか
 少しでも言葉を交わせば、少し落ち着いた
 もうちょっと、この男性を観察してみる

 名前からして日本人ではない事は明らかな訳だが………この顔立ち、どっちかと言うとロシア系、だろうか
 背は高い。ひょろ長いと言う訳でもなく、ごついと言う訳でもない。バランスのとれた体格、とでも言うべきなのだろうか
 顔立ちは特別整っている訳でも、醜い訳でもない。ただ、目つきが鋭く厳しい。表情の硬さが、それに拍車をかけているようにも見える

「憐君とも、三年前からお知り合いなんですね」
「あぁ、そういう事になる」

 ………「三年前」
 以前から気になって、仕方ないキーワード
 …この人は、知っているだろうか

 好奇心にかられる
 と、同時に、踏み込んではいけないような、そんな思いも感じていて
 二つの感情がぐるり、と頭のなかで混ざり合う中、こう、口にしてみる

「三年前、大変なことがあった、らしいですね」

 今、口に出して
 この男性が「そんな事はなかった」とでも言えば、諦めるつもりだった
 もしかしたら、本当に三年前、何もなかったのかもしれないし

 ……けれど

「………………あぁ。あれは。痛ましい事件だった」

 ぼそり、と
 男性は、こちらの言葉にそう答えてきた
 厳しいその眼差しの内側に、一瞬、何かの感情が揺らいだように見えたのは、気のせいだろうか

「三年前のあの件以来、レンもずいぶんと、変わったように見える」

 ………え?

「憐君、が?」

 いつもへらへらとした態度、表情、話し方。でも実際は真面目で優しいL
 …三年前は、そうじゃなかった?
 変わった、と言うのは………何が?

 この人からなら、聞けるんじゃないだろうか
 そう考えて、もっと聞き出そうとしたのだけど

「すみません、おまたせしましたー、っす」

 本屋から、Lが戻ってきた
 こちらと男性を見つめて、きょとん、と首を傾げてくる

「なんか、お話してたっす?」
「え、えぇ、ちょっとね」

 「三年前」の件に関して聞こうとしていたことをLに知られてはいけない気がして、適当にごまかした



 ………つきつき、と、小さく、心が傷んだ気がする
 やはり、「三年前」、何かあったのだ
 それも、痛ましい事件、と呼ばれるような、何かが
 そして、それが原因でLは「変わった」と言う

 自分には知らせてもらえなかった事
 なんとなく、自分がのけものでしかないような
 …所詮は、つい最近学校町に来たばかりの、高校に通うためだけにここにいるよそ者でしかないような

 そんな、寂しさにも似たものを、感じたのだった





to be … ?

誰もいない間にこそっとな
とりあえず、フラグたってたのできましたね





   知らぬままの幸福を貴方は知らない
   その幸福は、知ってしまえばもう二度と手に入らない




               Red Cape

 廃墟と化した建物の中で、複数の人影が蠢いている
 それらは、一応は「人間」のように見えなくもない
 しかし、それらは明らかに「人間」ではなかった

 筋骨隆々な体つき、までは良いとしよう
 しかし、その口元から覗く鋭い牙は明らかに人間のものではない
 彼らは「オーガ」と呼ばれる存在、ないしそれらに「飲まれた」元契約者だ
 人喰いの化け物であり、悪魔の一種等とも呼ばれている
 単体で活動する事も多い彼らが、こうして一箇所に集まる、と言うのは少々珍しい
 それも、彼らが本来語られるヨーロッパではなく、日本と言う国で

「この街で、間違いなかったな?」
「あぁ。問題ない」
「ここでは、好き勝手暴れれば良いのだったな」
「ここでは、好きなだけ人を喰うて良いのだな」
「あぁ、あぁ、楽しみだ」
「この街を我らの牧場としようか」
「それが良い、それが良い」

 ぼそぼそと、しかしがやがやと、オーガ達は会話する
 人喰いの化け物達は、この街を「餌場」にすると決めていたようだった
 この街には都市伝説契約者が多い、それを彼らはわかっていない訳ではない
 わかっていて、その上で餌場にしようとしているのだ
 彼らは人間に化ける力を持っている
 その力でもって、人間に化けて隠れ住み、人間たちを食らうつもりなのだ

 彼らは、何者かによって導かれて、この学校町へとやってきた
 ここならば、餌に困ることはない、と
 人喰いであるが故に、人間の味方をする都市伝説達に退治されやすく、餌に困る場合が多い
 だからこそ、彼らはいつでも、安定した餌場を求めているのだ


 ここならばうまくいくだろう
 久々に、腹いっぱい食事ができるだろう
 そんな人喰い化け物の願いは、しかし、あっさりと打ち壊される事になる


「…………なるほど。人喰いをやめるつもりは毛頭ない訳だ」

 冷えきった声が、その空間に響いた
 はっ、とオーガ達はその声の方向に視線を向ける

 そこにいたのは、一人の男性だった
 長身のその男性は司祭服を着ており、眼光鋭くオーガを睨みつけている。胸元には、銀の聖印が揺れていた

「「教会」の人間かっ!?」
「もう追手が来たのか………まぁ、いい。「教会」の坊主共の肉は、女子供の柔らかい肉に次いで美味い。こいつから食らってやろう」

 これだけの数のオーガで、あの男一人を分けるとなると、一人が食える量は少ないが…………前菜にでもしてやろう
 オーガ達はそう考えた
 たとえ、「教会」の人間であろうとも、これだけの数でかかったならば、負けるはずがない
 そう、負けるはずなどない
 ……しかし、オーガの一人は気づいた
 その男が、何者であるかを

「……っいかん!あいつは………」

 逃げるよう、促そうとした
 しかし、遅かった

 司祭服を着た男の手元に、出現したそれ
 それは、一見するとただの鞭のように見えた
 しかし、男が軽く振るったその瞬間、鞭の姿が変貌する
 鞭の先が、一瞬にして60にも枝分かれし、そして………鞭全体が、燃え上がった

 男の正体に気づいていたオーガの悲鳴が、響き渡る

「あの男は、「アナフィエル」の契約者…………っ「教会」の異端審問官だ!!」

 悲鳴が終わるか終わらないかのうちに、再び振るわれた鞭
 炎をまとったそれは、そこに集まっていたオーガ達へと、一切の容赦なく襲いかかり、彼らを打ち据え、その身を焼き焦がした



 オーガ達の絶叫を、彼、ジェルトヴァは冷たい表情のまま聞いていた
 ジェルトヴァが炎に包まれた鞭を振るう度、オーガ達は悲鳴をあげて倒れていく
 ジェルトヴァが契約している天使は「アナフィエル」
 水を司ると言われる天使であるが、同時に炎の鞭を武器に使う存在でもある
 かつて、メタトロンにその鞭で持って罰を与えた事があるのがアナフィエルだ
 ジェルトヴァはその鞭を振るい、彼らにとっては悪魔の一種でもあるオーガ達を屠っていく

 このオーガ達は、今回ジェルトヴァが学校町にやってきた理由の一つであった
 ヨーロッパ中あちらこちらのオーガ達がこぞって日本の………それも、学校町へと集まっている
 その報告を受けて、彼らが人喰いを続けるようであればそれを討伐する事
 アナフィエルクラスとなると、この程度のオーガ、いくら群れようとも敵ではない
 暴風のように荒れ狂う鞭から逃れるのは、至難の業なのだ

「っと………ジェルトヴァさん、ちょろっと攻撃範囲絞ってくれないと、この廃墟が止め刺されそうなんすけど!?」

 ………が、アナフィエルの炎の鞭の攻撃には、欠点もあった
 攻撃範囲が広い、のはいい。威力が高いのもいい………ただ、少々、手加減が苦手であった
 よって、このような屋内で攻撃を繰り出した場合、辺りへの被害が甚大すぎるのだ
 ジェルウトヴァの背後で待機していた憐が指摘した通り、廃墟に止めを刺しかねない
 すでに攻撃によって、辺りはかなり破壊されており、大小様々な欠片があちこちを飛び散っている

「……わかってはいる。だが、オーガ共を逃がす訳にはいかない。元々ここは廃墟だ。いっそ壊しても問題あるまい」
「微妙に問題ある気がするんすけど!?っつか、天井落ちてきたら俺っち達もアウトっすよね!?」
「問題ない。我々の頭上に瓦礫が落ちてきたとしても、私が破壊する」
「普段はそうでもないのに、どうしてこう、戦闘の時は脳筋全開っすか!?」

 力一杯のツッコミを憐が口にするが、ジェルトヴァは気にした様子を見せない
 実際、頭上から瓦礫が降ってきたとしても、己の鞭で全て粉砕できると強い確信を持っているのだ
 無論、己の背後にいる憐を守りきれる自信もある
 オーガ達の討伐に加え、他にも多数の使命を一人で同時に任命されるだけの実力を、この男は確かに兼ね備えていた

「……!一匹、逃げるっす」

 と、憐が、この場から命からがら逃げようとしているオーガを見つけた
 ひゅんっ、と、ジェルトヴァは鞭を構える

「……少し遠いが、この程度なら」
「………残り一体だけなんだし、俺っちで十分、っす」

 攻撃を繰りだそうとしたジェルトヴァを言葉で制して、憐はその弓を構えた
 輝くその弓から放たれた光り輝く矢は、逃げ出そうとしていたオーガへと、目にも留まらぬスピードで吸い込まれるように飛んで行く

「ぐ、がぁっ!?」

 どすっ、と
 矢はオーガを背中から貫き、その生命を燃やし尽くした
 ほぅ、とジェルトヴァは小さく感嘆の声をあげる

「さすがだな、「シェキナーの弓」の威力は」
「俺っちが契約してんのじゃなくて、母さんからの借り物っすけどね。母さんが使えば、もっとちゃんとした威力になるっすよ」

 ……そう、憐が母親から借りているその都市伝説は「シェキナーの弓」と呼ばれるもの
 それは、天使ケルビムの長ケルビ得るが構えていると言われる弓だ
 太陽の36万5000倍明るいと言われる、聖なる光輝シェキナーの弓は、その本来の使い手にふさわしい威力を持っている
 母親から借りる形で使っている憐が使用しても、十分な威力を持っていた

(…とは言え。レンにこの武器を使わせるのは、あまり良くない事だな)

 優しい憐には、この武器は似合わない
 三年前に学校町に来た時にも憐と交流があったジェルトヴァは、憐の優しい性格を知っていた
 その性格ははっきりと言って、戦闘に向いていないとジェルトヴァはそう感じている
 いざ戦いともなれば怯える事なく戦うとはいえ、相手を傷つける事に躊躇してしまう面があるのだ

(……今後の学校町での任務でも、レンと行動する機会はあるだろうが。なるべく、戦わせないようにしなければ)

 優しい憐に戦わせたくはない、と
 ジェルトヴァは、そう結論付けた
 戦闘力は、どう考えたとしても自分の方が高い
 憐を無理に戦わせる必要性はないのだ

「………あ、ジェルトヴァさん、怪我」
「うん?………あぁ、大した怪我ではない」

 憐が、ジェルトヴァの頬についていた傷に気づいた
 鞭でもってオーガ達を倒していっていた際に辺りの廃墟まで破壊してしまい、その小さな破片が掠ったのだろう
 放置して問題ない、と判断したジェルトヴァだったが、憐はそう判断しなかったようだ

「駄目ー、っす。せっかくのいい男が台無しっすよ。ほら、じっとして」

 す、と憐が手を伸ばす
 身長差的にぎりぎり、その傷の辺りに手が届いた
 憐が軽く意識を集中すると、ぽぅ、と、その掌から光が溢れだした。暖かで優しい、白い光。それが、ジェルトヴァの頬に出来たかすり傷を一瞬で癒やし、傷跡すら残さない

「…はい、綺麗に治ったっすよー」
「あぁ、すまない………さすがは、「ラファエル」の治癒能力だな。この程度なら、一瞬か」
「ふふー、俺っち、ちゃーんと訓練して、一杯怪我治せるようになってきたっすよ」

 ジェルトヴァの言葉に、へろんっ、と気の抜けたような笑みを浮かべる憐
 憐が真に契約しているものの正体は、「ラファエル」
 四大天使が一人に数えられる程の存在であり、さらに言えば聖書聖典に登場する三人の天使の一人でもある。「旅の守護者」や「若者の守護者」、「悪魔祓い」「病気の治療者」等様々な呼び名が存在している
 はっきり言って、天使の中ではかなりの大物である
 普通に契約すれば飲まれかねない存在だが、憐は飲まれる事なくきちんと人間のままだ
 それは、憐が「ラファエル」と相性が良かった、と言うのもあるが、契約により扱える「ラファエル」の力を制限しているから、と言うのが大きいだろう
 憐は「ラファエル」との契約において、使用するのは「ラファエル」の治癒能力のみとしているのだ
 戦闘力も高いと言われる「ラファエル」だが、憐はその戦闘力を扱う事は出来ない
 だからこそ、戦闘に巻き込まれた時に供えて、母親から「シェキナーの弓」を借りているのだ

「……さて、では帰るか。家まで送ろう」
「?帰るのはさんせーっすけど、俺っち、一人で帰れるっすよ?」

 ジェルトヴァの言葉に、きょとん、と首を傾げて見せる憐
 この軽い調子の話し方に、ジェルトヴァは微かに表情を険しくする
 「三年前」の件以来、会うのは久しぶりだが………以前は、こんなちゃらけた話し方では、なかった
 あの時の件が憐の心に深い傷を残した結果がこれなのだ、とジェルトヴァはそう考える

(あの時は、力になってやることができなかったが……)

 ………だが、今回こそは
 憐をそのような目に合わせないし、万が一そのような事になったならば………今度こそ、護ってみせる
 ジェルトヴァはそう強く、決意したのだった





    芯が強ければ強いほどに
    それがぽきりと音たて折れた時の衝撃は




               Red Cape

投下完了
出せそうで出せなかった憐の契約都市伝説判明させました

乙ありですの

>投下できないスレでちらっと出てた「汚染」って、汚染されるとどうなります?
汚染ですね、簡単に言うと

・汚染の原因である相手にメロメロドキュンになっちゃうよ!
・そいつの命令なんでも聞いちゃう!
・そいつの為なら命なんて惜しくない!

って感じになりますね
汚染度が高ければ高いほどに、下の方へと症状が増えていきます
ぶっちゃけて言っちゃえば、「魅了」されたようなもんですね、がっつり強めに

避難所の投下できないスレの続き的なネタぶん投げます
向こうに投げようかとも思ったけど、一応こっちで

「あ、えぇと………」

 クラスメイトの桐生院 真降に話しかけれて、かなえは少しおたおたとした
 ちらり、と、龍哉達の方を見る
 彼らは、男子で集まって昨晩TVでやっていた刑事ドラマの話をしているようだった
 こちらには注意を払ってはいない、が………

「えっと……あ、あのね。お話、してもいいけど………ここじゃ、なくて」
「あぁ、そうだね。他の人に聞かれると、まずいか」

 こくんっ、と、かなえは小さく頷いた
 このクラスには都市伝説契約者が集まっている。とはいえ、都市伝説とは無縁の生活を送る者もいるのだ
 かなえは真降と共に、そっと昼休みの教室を出た

 自分達に向けられていた眼差しには、気づかぬままに



 二人が移動したのは、空き教室
 この時間だと、あまり人が来ない場所だ
 かなえが適当な椅子に腰掛けると、その背後に岩融が姿を現す

『主、話してもいいのか?』
「う、うん………桐生院君は、同じ「組織」の仲間だから……」

 それなら、「ある程度」は話せるはず
 ……そう、「ある程度」は

「えっと、私が話してもいい範囲、になっちゃうけど……」
「構わないよ。「組織」で働いている以上、ある程度の守秘義務も発生するからね」

 ごめんなさい、と謝罪して………あの時の、「首なしライダー」の件を語る
 事件を起こしていた首なしライダーを捕縛しようとしたら、自決されてしまった、その事の顛末を

「情報を漏らさないために死を選ぶ、か……」
『「組織」には、思考や記憶を読み取れる者もいるからな。恐らく、それを警戒したのだろうな』
「郁さんと慶次さんも、そう言っていましたね………」

 そう言って、かなえは小さく俯いた
 正直なところ、かなえは少し怖い
 情報を漏らさない為に、自らの命を、自らの手で消し去ったのだ
 そこまで、黒幕の情報を漏らそうとしなかった
 それほどまでに………黒幕に対して忠誠を誓っていたのだろう
 狂信とも呼べるそれを、恐ろしく思ったのだ

 ……そして、今、この学校街にはその黒幕の魅了の力によって精神を汚染された者が集まっていると言う
 今のところ、学校街では新たに手駒を増やしてはいないようだが………

(もしも、身近な人が。その被害にあってしまったら……)

 そんなことになってしまったら
 ……かなえは、それが恐ろしいのだ

「……大丈夫?」
「え?」
「顔色、真っ青だよ」

 指摘されて、気づいた
 慌てて「大丈夫です」と答える

「その………黒幕は、学校街のどこかにいるようではありますが。今、どのような姿をとっているのかすら、わからない状態なのだそうです」
「外見も名前もわからない………他者の精神を汚染するような相手の情報がないのは、警戒しよういも難しいし、困ったものだな」
「そうなんです………け、警戒しようがないかもしれませんが、もしも、身近な方の様子がおかしくなったりしたら、ちょっと気をつけたほうがいいかもしれません」

 一応、魅了の解除方法は全くない訳でも、ない
 ようは、その魅了さえ解除すればいいのだから、方法がない訳ではない(それが難しいのだ、と言う意見もあるが)
 もしも、「組織」の者で魅了された者が出た等となれば、大問題である
 見つけたら、即座に対応しなければいけない

「あぁ、でも。その黒幕がどういう都市伝説か、はわかっているんだよね。一体、どんな都市伝説なんだい?」

 真降が気づいたように、そう問うた
 あっ、そうだ。そこは……うん、伝えて大丈夫だ
 かなえは、そっと真降にそれを答えた

「………!?それはまた、大物だね」

 かなえから答えを聞いた真降は、少しだけ驚いたような表情を浮かべた
 そう、その黒幕は、はっきり言ってかなりの大物である

『昔は「都市伝説」なんて呼ばれ方ではなかったがな。妖かし等と呼んでいた………昔も大きな災いをもたらしていたが、今の世でも変わらないようだな』
「かつて、「組織」にはそれと契約していた方がいらっしゃった、と言う話も聞きますけど……」
「…何にせよ、できれば遭遇はしたくないところだな」

 彼からすれば、家族のことも心配なのだろう
 …何せ、色々と首を突っ込みそうだ、と言うか現在進行形で首を突っ込んでいるから、余計に心配なのだろうが

「……ねぇ、紅さん」
「?えっと、ど、どうしたの?」
「…今、学校街にやってきているという、黒幕に関して。少し気になる事があるんだ」

 それは、かなえが話さなかった範囲の事
 しかし、真降は自分の持っている知識の中の情報と組み合わせて、ある事に気づいていた

「その黒幕……もしかして。「三年前」のあの事件の黒幕でも、あるのかい?」

 そう、「三年前」の事件
 中学校での、連続飛び降り事件の事
 世間では、教師が生徒を次々と突き落としていたと言う事になっているそれは、真実はその教師が契約していた都市伝説の能力により、次々と生徒を飛び降り自殺させていたものだった
 飛び降りた生徒が増えれば増えるほど力を増していく非常に厄介な相手だった
 今は都市伝説事件関連専用の刑務所に入っているその犯人の男は、「組織」の尋問に対して、こう答えたのだ


『あの女だ。あの女が、俺に力を与えてくれた!!あの女の下につけば、俺は何もかも、全てを手にすることができる!!』


 その男が契約したきっかけは、何者かにそそのかされたから
 …「黒幕」がいたのだ
 そしてその黒幕は逃亡し、その生家はわからないまま。詳しい情報は何もない
 「三年前」の事件の黒幕と今回の件の黒幕は、恐らく同じ、もいsくはつながっている。真降はそう考えたのだ

 真降の指摘に、かなえはあわあわと慌てる
 隠そうとしているのかもしれないが、これではバレバレだ
 主の様子に、岩融はそっと苦笑する。主の正直な面は悪いことではないのだが、「組織」の人間としては、若干、問題があるように思える

「うぅ、その…………あの、な、内緒に………」
「うん、わかっているよ。紅さんは、その事については話さないようにしていたからね」

 本当なら、話してはいけない事だったのだろう
 …それでも、真降としても家族を護るために、情報は必要なのだ
 聞き出さなければならない

「紅さんは、「三年前」の件は…」
「ご、ごめんなさい。私、詳しくは知らなくて…」

 その当時は、まだかなえは「岩融」と契約していなかった
 都市伝説の存在を知らず、世界の裏側を……非日常を何も知らなかった頃だ
 ある程度の真実を知ったのは、事件が何もかも終わってしまった後だった

「私が、知ってる事、って言うと……「土川 咲李」さんの事、くらい」
「「土川 咲李」……「三年前」の事件で最後に飛び降りた人ですね」
「そう………あの人は、とても優しい人だったから。私も、親切にしてもらったんです」

 そう、「土川 咲李」は優しい人だった
 誰にでも優しくて、明るくて………誰からも好かれていた
 だからこそ、「三年前」、彼女が飛び降りてしまった時、誰もが悲しみ、葬儀にはたくさんの人がかけつけた
 かなえもそのうちの一人であったし………彼らもまた、参列していた
 あの時、泣いていた憐のことを、かなえは今でも覚えている

「龍哉君達は、咲李さんと仲が良かったから………あの時は、すごく、ショックだったと思う。特に、憐君は………」

 かなえが、そう言いかけた、その時だった

「お前ら、こんなとこで何してんだ?」

 がらっ、と二人が話していた空き教室の扉が、突然開いた
 はっ、と二人がそちらに視線を向けると、そこにいたのは

「あ、は、遥君……」
「次、移動教室だろ。そろそろ準備した方がいいんじゃないか?」

 ……言われてみれば、教室を移動する事も考えると、そろそろ支度しなければいけない時間だ
 思ったより、説明に時間を使ってしまったようだ

「あぁ。ありがとう……それじゃあ、紅さん。話は、また今度」
「う、うん………」

 こくり、と頷くかなえの隣で、岩融はふっ、と姿を消した
 真降も一旦教室に戻ろうと、立ち上がり……


「あぁ、そうだ。真降」
「うん?何だろうか?」
「……あんま、首突っ込んでくるなよ」

 告げたのは、警告の言葉

「特に………咲李の事、よく知りもしないのなら。首突っ込んでくるな」

 ほんの少し、苛立っているような声で真降に告げて、遥はふい、と背を向けて、この場を立ち去っていった


 まるで、その件に踏み込まれる事事態を嫌がっているかのような
 「土川 咲李」に関して、触れられることを嫌がっているような
 ……その件事態が、彼らにとって触れてはならないものであるような


 そんな気配を、真降は確かに、感じ取ったのだった





to be … ?

真降君の話し方すごく自信なくて申し訳ない鳥居の人に焼き土下座orz
「三年前」の件はほとんど情報与えられてなくて御免
「組織」で調べれば、すぐわかる事ではあるのだが

 その子達は、他の子供達とはちょっと違っていた
 いつも同じグループで固まっている………と言うのは、よくある事
 けれど、それだけではなくて。なんだか、他の子供達を寄せ付けないような
 緩やかにではあるけれど拒絶しているような、そんな雰囲気があった

「ねぇ、どうして、他の子達と遊ばないの?」

 気になって訪ねてみた事がある
 そうすると、そのグループのリーダー格であるらしい、他の子より大きめの体格のハーフの男の子は、こう答えてきた

「だって、他の奴らはきっと、理解してくれないから」

 何を、と
 口を開くよりも先に、さらに答えてくる

「お前だって、「見えて」ないだろう?見えてないし知らない奴を、ヘタに巻き込むわけにはいかないからな」

 はっきりとした拒絶だった
 そして、その時の男の子の様子は、まるで己の群れを護ろうとするリーダーのようでもあった


 今度は、いつも和服を身につけている男の子に、同じことを聞いてみた
 そうすると、その子はちょっと困ったような表情をしながら、答えてきた

「カタギの方に、迷惑をかける訳にはいきませんから」

 ぴしりと背筋を伸ばし、こちらを見上げてきながら、迷いのない瞳で、そう言い切った

「心配してくださるお気持ちは、ありがたくいただきます。しかし、僕達としましては、一般の方に万が一のことがあってはいけないと、そう考えてしまうのです」

 ……それは、「責任」を背負っている者の目だった
 本来ならば、自分よりも年下の子供がするような眼差しではない
 己の背負う者をはっきりと自覚している、そんな様子だった


 よく、リーダー格の子の背後に隠れている、これまたハーフの子にも訪ねてみた事がある
 その子は、たいてい他の子と一緒にいて。その時に話しかけようとすると怯えたように他の子の背後に隠れてしまう子だった
 なんとか一人でいるところを見つけて訪ねてみれば、悲しそうに俯いて

「……………だって。きっと、嫌われてしまうから」

 と、そう答えてきた
 どうして、と尋ねる
 悲しそうに俯いたまま、男の子はこう答えてきた

「だって、ボクは………怖がらせてしまったから。みんな、気づいてしまえば………ボクの事、怖いって思ってしまうから」

 あなただって、と
 こちらを見上げてくる表情は、今にも泣き出しそうで
 そんな事ない、とこちらが答えるよりも先に、その子は逃げ出してしまった


 確かなのは、あの子達には何かしら抱えているものがあって
 それらは、もしかしたらあの子達に共通した「秘密」であって
 それがあるがゆえにあのグループでの結びつきが強く、しかしそれが強すぎて、他を拒絶してしまうのではないか、と言う事だった

 純粋に、心配だった
 あの子達が同じグループでつながり続けて、他とは全く繋がりを持たないまま成長してしまうのではないか、と

 思えば、それはただのおせっかいだったのかもしれない
 余計なお世話だったのかもしれない
 それでも、きっと、自分は放っておけなくて


 そして、私は、あの非日常へと足を踏み入れた

 たとえ、誰に何を言われようとも、私はその選択を後悔した事等、一度足りともなかったのだ



to be … ?

誰もいない間にそっと過去情報ネタをぶん投げる程度の

チキン野郎兼六本足の人乙でしたー
お姉さんから大物の予感を感じ取ってみる
まずは基礎知識を覚えたね、やったね雀君!
せっかく同じ一年生だし、後々こちらの小世代ズが雀君契約したのに気づいたりしてみたいなぁ

>ラファエルだと!? 滅茶苦茶大物じゃないですかー
めちゃくちゃ大物なせいで憐だと治癒能力くらいしか使えないよ!
いや、天使のつばさだして飛ぶとかもちったぁできるでしょうけど、とりあえず普段は戦闘能力引き出す事はできません

 カタン……………タンッ、……タン

「……………それで、そっちはどこまで把握してるの?」
「こっちは、「バビロンの大淫婦」を追ってる最中だからな。お前らが一番警戒している狐についてはほぼノーマークだな。もっとも、雑魚悪魔連中や「教会」の下っ端を学校町に連れ込んだのは、お前らの警戒しているそれだろうが」
「……その可能性は、高いね。と、いうか。「バビロンの大淫婦」が連れてきたとは考えないんだ」
「その可能性もある。一部はそうだろうな。だが、全員ではねぇよ」

 コトン………タン……コトトンッ、タン、コトン………

「あの女、ヨーロッパでトライ・ミニッツ・ライトニングに見つかってな。軽くドンパチやって、命からがら逃げたんだよ」
「……あぁ、なるほど………その際に、怪我を負った?」
「そういう事だ。体に傷がある状態じゃ、あの女の魅了は十分な効果を発揮しねぇだろ。特に、顔の傷だからな………あれが連れだしたのは、芯まで魅了漬けにされてる連中だけ。トライ・ミニッツ・ライトニングに取り巻きかなり蹴散らされた事も考えて……」
「…………それなら、確かに「バビロンの大淫婦」が連れてきた数は少ない、か………だとしても。面倒な時期に来やがって」
「面倒か」
「面倒だよ。こっちが、狐をなんとかしようって時にさ………正直、少しまずいかもしれない」

 ……カタン、コトン……………………………………………コトン

「似てるんだよ、能力が、一部」
「あ?」
「狐と、「バビロンの大淫婦」。性質的にも近い面がない訳じゃない………………もしも、両者が接触してしまったら」
「……気があって手を取り合って協力しあうか。同族嫌悪で殺しあうか、もしくは…………」

 ……………カタン、タン、コトンッ、タンッ、コトン、コトン…タン………

「同族嫌悪で殺しあってほしい、って気はするけど。それだと、こっちで今やってる作戦的に嫌だな」
「……情でも湧いたか?」
「最初から。助けるつもりで動いているからね」

 タン、コトン、タン、コトン、タン、コトン、タン、コトン…………

「何故かはわからない。でも、学校町に入ってから、狐は能力を発揮出来ないでいる。その隙に狐の戦力を削いでいって、孤立したところで、狐本体を叩くつもりだった」
「流石に、どれだけ手駒がいるかわからない状態で叩く程無謀な餓鬼じゃないか」
「……そろそろ、餓鬼扱いはやめてよ。とにかく、手駒は今んとこ、順調に減らしてるんだ。どうやら、狐はその手駒連中に連絡すらしていないようでね。そいつらも、狐からの指令がなくて、動くに動けない状態らしい。お陰で、汚染された手駒連中は意外な程に被害を出していない」
「…確かに、それらしい被害はあまりないな。もっとも、そのせいで狐がどこにいるかも、わからない状態のようだが」
「「組織」も「首塚」も…………そして、「教会」もつかんでいないのが現状って事になるね」
「だが、お前達は掴んでいる。狐の居所を知っている」

 ……コトン、カタン……コトン、カタン……コトン、カタン、コトン、カタン………

「どこの集団も発見出来なかった狐を何故、お前達は見つけられた?」
「……偶然だよ、ただの。そして、俺達が見つけた時には、狐は何故か能力を使えなくなっていた」

 …コトン………………………………

「チャンスなんだ。狐が能力を使えるようになるまでに、どこまで出来るか。被害者が出始める前に、どこまで出来るか」
「……ヘタに狐と「バビロンの大淫婦」が接触して、狐が能力使える展開になるのは御免だ、と」
「そういう事になるね」

 ……………………………………………………

「おい、手ぇ止まってるぞ」
「五月蝿いなぁ」

 …………コトン

「げ」
「待ったはなしだからね」
「わかってるよ」

 …………カタン

「……結論としては。お前達は狐と「バビロンの大淫婦」にゃ接触されたくない。狐の居所はわかっているが、「バビロンの大淫婦」の居場所まではわかってない、ってとこか」
「そういう事………狐につきっきりになる訳にもいかないし。本当、面倒な時期に来てくれたものだよ」
「で、それは。俺に話しても良かったのか」
「黙ってくれるでしょ?」

 ……………コトン……………………………カタンッ

「あ」
「チェックメイト…………まぁ、勝負で勝てて気分がいいし、黙っててやる」
「…俺が勝ってたら、話してた訳?」
「そん時は、お前に負けたから黙ってた」
「……………変わらないじゃん」
「俺の気分の問題だ」
「っち……………まぁ、いいや。とりあえず、こっちの邪魔はしないでよ」
「はいよ……つっても、こっちも「バビロンの大淫婦」の動きは把握できていない…………覚悟だけは、決めておけ」
「わかってる………………………わかってるよ。俺達、全員」


「もう二度と、あの悲劇を繰り返してなるものか。今度こそは、死なせやしない」



to be … ?

何なんだろうね、誰なんだろうな
まぁ、そういう事

ところで、次レスっていつ建てりゃいいんだっけ

 ………その日
 女子に囲まれていた空井 雀に向けられた男子の視線の、中に
 「敵意」とは明らかに違うものが混ざっていたのだが、さて、彼は気づいただろうか


「直斗」
「……お前らも、気づいただろ?」

 いつものように、屋上で皆で昼を食べよう、ということになり、廊下を歩いて行きながら
 龍哉達は、こそこそと会話をしていた
 高校になってから、彼らの昼食の輪に加わるようになった彼女は、今日は昼の前に提出物を教師に出してくるようで、今はまだいない
 だから、話せるならば、今のうち

「はい。微かに、気配が」
「何かしらと契約したんだろうな、あれは」
「んー………悪いもんじゃなけりゃ、いいんすけど」
「流石に、何と契約したまではなぁ」

 空井 雀
 彼が何かしらと契約したであろう気配を、彼らは確かに感じていた
 ……が、肝心のそれが何なのか、までは推察しきれない
 契約した都市伝説が、契約者の傍に常に寄り添っているタイプなら、楽だったのだが

「晃、アンサーに聞いてみたら?」
「…………無理。こっちが、直接遭遇した訳じゃ、ないから……」
「クラスが別だものね。ちらっと見ただけじゃ、わからないだろうし」

 神子の言葉に、晃が少し申し訳無さそうに答え、優もうーん、と考えこむ

「……機を見て、ちょっと話した方がいいかもな。都市伝説について、どれだけ知ってるか、も確認したい」

 ぽつり、と、そう口にしたのは直斗だった
 ですね、と、龍哉も頷く
 契約してしまったのならば、非日常に足を踏み入れてしまったのならば
 遅かれ早かれ、知るべきなのだから

「だな、ヘタに「組織」過激派とか、あんましよくねぇ集団に接触されちゃ、問題ないし」
「そこんとこも、きちんと説明しないと駄目っすねー………まぁ、俺っち達で説明できる範囲で、っすけど」
「「組織」「首塚」「獄門寺家」「教会」「レジスタンス」……こんだけ説明すれば、大丈夫じゃない?」
「……いっぺんに、説明したら。混乱される、かも」

 何せ、相手はクラスメイト
 慎重に、慎重に
 ただし、なるべく、早く


 ようこそ、「こちら側」へ
 きっと、契約してしまったからには、知ってしまったからには、巻き込まれてしまうだろう
 せめて、自分達が戦うべき「狐」との、その戦いには、巻き込まれませんように
 そう、祈るしかないのだ



「……そういえば、直斗。貴方が一番先に気づいたの?」
「ん?……あぁ、まぁな、皆との付き合い長いせいか、案外、気づくの早くなってな」

 神子の言葉に、そう言って直斗は肩をすくめてみせた
 もう、と、神子は少し呆れたような表情を浮かべる

「直斗も、私と同じで契約者じゃないんだから。あんまり敏感になりすぎないでよ?アブノーマル持ちでもないんだから」
「わかってるって。ま、気をつけていくから、大丈夫だよ」

 気楽な様子でそう答える直斗の、その姿が
 神子にはどうにも、危なっかしく見えて仕方ないのだった


to be … ?

と、言う訳で、チキンの人とはないちもんめの人に焼き土下座!
彼らが雀君が契約したことに気づいたようです

>同じクラス、その手があったか!
>花子さんとかの人さえ良かったらその設定にしてみようかな そうするとうちの真降とも同じクラスになりますねー
俺もそれでネタ書いてみようかな

新スレ立て乙ですー
どれ埋めがてら次世代の小話など

 時は昼食。
「ねえ、空井くん」
 弁当を広げた雀に声を掛けてきたのは、桐生院真降。勉強、スポーツ万能で、人付き合いも悪くない優等生。ともすれば他を寄せ付けない、あの幼なじみグループとも、そこそこ巧く行っているようだ…やはり壁はあるようだが。
「何かな?」
 弁当を広げた雀が答える。
「前、いいかな?」
 雀の返事を待たずに真降は前の席の椅子に腰を下ろすと、自らの弁当を広げた。
 ご飯の上にはおかかと海苔が乗っており、おかずは刻みネギの入った甘い卵焼きと肉じゃが、それにつくねの団子だった。
「美味しそうだね」
「卵焼き以外は昨夜の残り物だよ。空井君のお弁当こそ、手が込んでいて美味しそうだね」
 雀にしては大した手間を掛けてはいないのだが、今日も今日とて女子たちが彼の弁当を絶賛していた。…照れると同時に、少々戸惑う。
 程良く醤油味がのったご飯を口に運びながら、真降が何気ないように切り出す。
「空井君」
「なに?」
 かぼちゃの挟み揚げを箸でつまみ上げながら雀が答える。
「最近、何か変わったことない?」
…変わったこと
 トバさんとの契約…とか?でもそれを言っても良いのだろうか?
「まあ…変わったといえば、変わったけど」
 とりあえず無難な返事をする。
「都市伝説って知ってる?」
「!」
 思わず真降をじっと見てしまう。
 口元には微笑みを浮かべているが、目は笑っていない。何と答えてよいか解らなくてどぎまぎしたまま黙っていた。
「あ…」
「いや、言いたくないなら言わなくて良いよ、特に困ってないなら良いんだ」
 真降は軽く手を振って会話を打ち切った。
「僕は都市伝説の『組織』に属してるんだ。もし何か困ったら相談して」
 そこまで言ったところで教室の扉がばんっと開く。
「真降兄ー!」
 入ってきたのは中学のセーラー服を着た、緩い縦ロールをツインテールに結わえた少女。顔立ちは可愛いが、少しきつそうな感じもする。
「キラ」
「轟九兄、お弁当忘れたみたいでさー、届けに来たんだけど教室に行っても見あたらないし」
「キラは学校は?」
 まーまーカタいこと言わない、とキラは真降の弁当のつくねをぽいっと口に放り込む。
「確かに兄さんに渡しておくから、キラは早く学校に戻って」
「はーい」
 カルい返事を残して、キラは風のように教室を去っていった。
 それじゃ、と席を立つ真降を雀はぼうっと見送った。
(都市伝説の「組織」か…)
END

以上!次世代ですがこちらに書かせていただきましたー
チキンの人に土下座ーorz

>さて、こちらからの接触も考えてはいたけど、どうするかな(「組織」とかのざっと簡単な説明をこちらの子達でするかな、と企んでた)
ありゃりゃ。申し訳ない。
とりあえず真降は組織について突っ込んだ説明していないので、花子さんのところでしていただいて差し支えないですよーorz

 夏休みに入る前の、ある日の事
 本日は、調理実習の授業があった
 男子三人女子三人のグループに分かれて、本日作るメニューはカレーライス

「それでは、桐生院さん、一緒のグループですし、よろしくおねがいします」
「うん、よろしく……って、獄門寺君、料理は」
「…お料理は、苦手です」

 真降の言葉に、龍哉は少し申し訳無さそうに答えた
 何せ、お手伝いさんがいるような家である。家で料理をする機会、と言うのもなかなかない

「あ、そっか、獄門寺君は料理苦手か………ふふ、それじゃあ、私が頑張らないとね!」

 と、何やら気合を入れているのは、同じグループに入った少女
 こちら、中央高校に通うために学校町にやってきたと言う少女である
 はっきり言って美少女の範疇に入る彼女、通常であれば学校中の男が彼女の虜になりそうなのだ、が

「まぁ、龍哉は包丁使うのは上手いしな。切り分けるのとか頼んでいいか?」
「はい、わかりました。正直、僕は手際もあまり良くないので、直斗、指示をお願いします」
「……完全スルーっ!?」

 もっとも
 何故か、学校町では、特にこの中央高校では虜になる男はおらず
 その様子に、真降はこっそり、苦笑したのだった


 一方。その頃

「それじゃあー、すずっち、そっちは任せちゃって大丈夫っすー?」
「あ、うん………えぇと、「すずっち」?」
「すずっちはー、すずっちっすー」

 へらんっ、と笑みを浮かべる憐
 こちらは、空井 雀と同じグループになっていた
 雀同様、憐も料理は慣れているようで手際がいい
 まぁ、その一方で

「あっ」
「はるっちー、ジャガイモは握り潰しちゃ駄目っすー」

 じゃがいもを、某伊○家の食卓でもやっていた簡単な方法で皮向こうとしてそのまま握りつぶしてしまっている遥の姿もあるのだが

「と、言うか、ゆでた物とはいえ、握りつぶせる物……?」
「んー、はるっちはちょっぴり力強いっすからねー」

 どういうことなの顔をしている雀の言葉にも、憐はのほほんと答える
 なお、普通、日本人はこの裏技を使う際にほいほいジャガイモを潰してしまったりはしない。ドイツ人にやらせてみたらあっさり潰してしまった、と言う話はあるが
 憐の言う通り、遥が若干、力が強いせいだろう

「ほらほら、遥は食器洗いの時までおとなしく………食器洗いも危険か」
「おい、それ、俺が足手まといみたいじゃね?」
「足手まといよ」

 同じグループの容赦無い言葉にorzになっている遥
 それでも、同じグループの他の女生徒は目がハート気味なのだから、世の中不思議というか理不尽である

「に、してもー。すずっち、本当、手際いいっすね。普段からお料理してるっす?」
「え?あ、う、うん………荒神君も?」
「そうっすー。お弁当も、父さんや母さんに先を越されない限りは、自分で作るっすよー」

 憐は、へらんっ、とした笑みを浮かべながら雀と離す
 基本、憐は誰に対しても愛想がいい………と言うより、馴れ馴れしい
 直斗もそう言う傾向があるが、憐の方がその傾向は強めだ
 基本、同年代であれば「○○っち」と勝手に愛称を作って呼ぶくらいである
 雀に対しても普段と同じように愛想よく、かつ馴れ馴れしく話していく

「……ちなみに、すずっち。お菓子は作れるっす?」
「え?………えぇと、簡単なのなら……」
「それならー、今度、作り方教えてもらってもいいっす?………俺っち、料理それなりに出来るつもりだけど、お菓子作るのは、苦手でー………弟に、なんか作ってあげたいんすけど」
「あ、えぇと………その、荒神君。なんか、こっちに嫉妬に似た視線が飛んでるような飛んでないような」
「気のせいっすー」

 気のせいではなく、思い切り遥から嫉妬視線が飛んでいたのだが、別の班からきちんとツッコミ(物理)が飛んできたのでそれは問題ない
 とりあえず、調理実習は順調に進んでいって………無事に、美味しいカレーライスが完成した
 辛口が苦手な人でも安心の、ちょっぴり甘口仕様だ
 遥がうっかりジャガイモ2,3個握りつぶした以外は特にミスもなく、ついでに言うと潰してしまった芋は付け合せのポテトサラダとして活用したおかげか、きちんと良い得点ももらえた

「すずっちー」

 そして、授業が終わって
 憐が、雀に駆け寄ってきた

「すずっち、LINEのアドレス交換しないっす?……Twitterのアカウントでもいいっすけど」
「あ、うん……やっぱり、何か嫉妬に似た視線がこっちに飛んできているような」
「問題ねーっす。今度、すずっちも一緒に、みんなで遊ぼうかなー、って思ってるんで。それならきっと問題ないっす」

 憐の言葉に、遥から雀に飛んでいた嫉妬の視線が少し和らぐ
 単に、ツッコミ(物理)によって視線が外れただけという説もあるが

「あ、でも………荒神君達は、いつも、同じグループで一緒にいるよね?……混ざっても、いいの?」

 そう、彼らはたいてい、いつも同じグループでつるんで行動している
 隣のクラスである広瀬 晃や大門 神子も混じって、一緒に
 そこにもう一人二人、加わっている事もちらほらあるが、たいていいつも一緒であり、それは時として、他者からは「拒絶」にも見える


 そんなグループの一人である憐が、雀に誘いをかけた事
 それは、都市伝説に関わるいくつかの「組織」について説明するためであったのだけれども


 それ以外にも、意味があるのかどうか
 それは当人達にすら、わからない




to be … ?

鳥居の人と六本足兼チキンの人に焼き土下座
話し方とか色々間違っている気がしてならない

説明に入る前の前準備、まずはおともだちになりましょう

なお、憐のTwitterは「弟かわいい」か料理の写真でメシテロしてるかどっちかばっかりです

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