許嫁「私、昨日、彼とセックスしました」 (47)
0
「私、昨日、彼とセックスしました」
声を震わせながらも、彼女はまっすぐこちらを見る。
いつかこの日が来るだろうとは思っていたので、驚きはしない。
ただ、わざわざ自分の口で伝えに来た、その律儀さにはつい苦笑してしまう。
僕の答えなど――僕の心など、6年前から決まっていたのに。
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注意:長いです。エロ無し。
1
僕が彼女と出会ったのは、忘れもしない、あるパーティーの会場だった。
僕の家はなかなか規模の大きい会社を同族経営しており、僕はその三男として生まれた。
当然、経営者間の付き合いもあり、当時10歳になったばかりだった僕も社交界に慣らすべく連れて来られたのだった。
見も知らぬ大人たちに次々と挨拶をさせられ、ひどく気疲れしたのを覚えている。
その最後の仕上げとして、父は、一人の女の子と僕を引きあわせた。
父いわく――この子がお前の許嫁だ、と。
後に聞けば、父も長兄も、どこぞの富豪の娘を妻として迎えていたようだった。
同族による大企業運営を維持するために、政略結婚が半ば慣例化していたわけである。
全く前時代的な話であるが、当時の僕はといえば、そのことに何の疑問も抱かなかった。
考えていたのは、さっさと帰って寝たいという程度が精々である。
幼少の頃から他人と付き合うことが得手ではなかった僕は、不特定多数の人間と強引に会見させられた結果、もはや生ける屍もかくやという状態に陥っていた。
そういう次第で、僕はまさに愚か者の誹りを免れない有り様だったのだが、相手たる彼女は様相が大きく異なっていた。
まあ、当然のことである。
当時、彼女の父親は経営上の難所に直面しており、その打開策として、あろうことか娘を最大の取引先に売り払ったのだから。
そんな事情があるとは露とも知らぬ僕は、初顔合わせの場で表情をこわばらせる彼女を、愚かにも不思議に思ったものである。
彼女は目鼻立ちのくっきりとした美しい容貌をしていたが、面を伏せ、ひたすらに口をつぐんでいた。
彼女の父が慌てて彼女を叱ったが、父は照れてしまっているのだろうなどと益体もない相槌を打ち、子供は子供同士で話させようと結論づけ、連れ立って何処かへ歩き去ってしまった。
困ったのは僕である。
明らかに照れではない理由で黙ったままの同年代の少女を前に、一体何をどうしろというのか。
うつむく彼女をよそに、僕はない知恵を絞ることにした。
もしかすると、自分はともかく、目の前の女の子はこんな押し付けられた縁談は不服なのかもしれない。
確かに、恋愛感情など微塵も抱いていない相手との婚姻など、絶望以外の何物でもないことは容易に察せられた。
見れば、容姿にも優れており、僕など比べるのもおこがましい。
ならば内面はどうか。10年の生のうち、友人の一人もできなかったのだから、人間的魅力にも欠けているのだと思われた。
意に沿わない婚姻、しかも相手はことごとく魅力がない。
つまり、僕が彼女に好かれる可能性はないということだった。
この事実はいかんともし難いとしても、ならばどうするのか。
僕が上等な服を着られて、上等な食事にありつけて、上等な家に住めるのは、全てこの家に生まれたからである。
この縁談を破棄したければ、それをかなぐり捨てる覚悟が必要で、それが余りに惜しいことだというのは、子供の浅知恵でもわかった。
さらに考える。
しばらく考えて、ここは父母の範に則るのが最善であると結論した。
一つ息をついて、まず、言う。
――きみも大変だね、こんなことになって。
無言は想定内なので、気にせず続ける。
――悪いけど、ぼくもこの家の世話を受ける身で、それをなくしたくないから、この話をなかったことにするつもりはないよ。それに、破談にしたら、いろんな人に迷惑がかかるんだろうし。
――でも、心配しないでほしい。
その時初めて、彼女は顔を上げて僕を見た。
その怪訝そうな表情も綺麗だと、ぼんやり思った。
――ぼくの両親は、どっちも好きに恋人を作ってる。それでも夫婦顔してるんだから、きっとそういう夫婦のあり方もあるんでしょう。
だから、と言葉を切って、ぎゅっと拳を握る。
これからの人生を、その方向を決定づける覚悟を、決める。
――きみも好きにするといい。ぼくも好きにするから。
そう言うと、彼女は何故か信じられないものを見るような目で僕を見た。
むしろ感謝されるものと思っていたので面食らったが、感謝されることは目的にはない。
あるいは僕がふしだらな人間だと嫌悪感を抱いたのかもしれないと思い至ったが、それならそれで別に構わなかった。
特に何が変わるわけでもないのだから。
これが、僕と彼女のファーストコンタクトだった。
2
それからしばらくして、彼女が僕の通う小学校に転入してきた。
間違いなく親連中の差金であろう。
その手の早さは見習わなければならないのかもしれないが、わざわざクラスを同じにする必要もあるまいに、いらぬ横車を押してくれたものである。
生来僕には対人コミュニケート能力が決定的に欠如していることは先に述べたが、その欠陥は小学校時分から遺憾なく発揮されていた。
有り体に言えば、クラスの中で完全に浮いていたのである。
それがイジメにつながらなかったのは、我が家名の威光であろうか。
しかし、いずれにせよ、僕の置かれた状況を、仮にも許嫁である彼女に知られるのはなんとも恥ずかしい。
といっても、僕の情けない部分が隠せようと露顕しようと大した違いはないのかもしれなかった。
だから、僕は特に何の対策も打たず、今まで通り、窓際中央の我が座席を根城にし続けることにした。
彼女はそんな僕とは全く対照的だった。
転入直後から彼女の周りには人が絶えず、女子は彼女を自分のグループに誘い込もうと躍起になり、男子はなんとかして彼女の歓心を買おうと必死だった。
なるほど、人が集まるとはどういうことか、その実例がそこにあった。
我が親愛なる優秀な兄たちならこの光景を我がものとしていて、今もそうあるのだろうが、あいにく僕にそんなものは与えられなかった。
自分にないものを、彼女たちは持っている。生まれ住み、見ている世界が違う。
その事実こそ、僕の決断が正しかったことの証左である。
そんなことを、窓の外の青さを眺めながら思った。
授業中以外は誰とも滅多に話さず、授業が終わればさっさと家に帰る。
僕のひそやかな学校生活が何ら変わらず維持されたのは僥倖であったろう。
なぜなら、大人はやはり考えることが違う、なんと彼らは、許嫁を無理強いした彼女を我が家に頻繁に来訪させたからである。
僕とは違って彼女には引き留めようとする人が多いから、一緒に帰るような事態は図らずも回避された。
それは彼女の社会的地位を貶めないために役に立ったが、放課後、わざわざ帰路を同じくせず僕の家に来るとなると面倒なことになる。
実際、釈明を要求されたため、「親同士が親友なのだが、親の交友関係を子供にも及ぼそうとしている。迷惑千万である」
「僕と彼女に何ら特別な関係はない」という話をでっち上げる羽目になった。
幸運にも、僕と彼女は学校でほとんど接点が無いため、その説明は苦もなく受け入れられた。
ただ、副産物として、彼女が不憫だということで彼女の人気はさらに高まることとなった。
一方、僕に向けられる視線は腫れもの扱いから白眼視に変わったが、大して状況も変わらず実害もないため、放置した。
どうでもいいことだった。
家での生活も、大した変化はなかった。
放課後、彼女が家に寄るといっても、僕に彼女をもてなしたりなどできないのだから。
僕は専ら読書するか、勉強するか、昼寝するかしていたし、彼女もなにか暇をつぶすものを用意するよう申し渡していた。
彼女が何をするかは努めて関知しないようにした。窮屈な思いをさせることもあるまい。
最初こそ、
「何を読んでいるのですか」
「何をしていらっしゃるのですか」
と聞いてきた彼女だが、そのうち馬鹿らしくなったのか、話しかけなくなっていった。
ただ、彼女が僕の家に寄っていることが明るみになり、僕が吊るしあげられた日だけは別だった。
彼女は自分のせいで僕の立場が悪くなったと自分を責めているようだったので、気にする必要はないと言っておいた。
それで話が終わりだと思っていたら、その途端、彼女は眉を立てて詰問するような口調で問うてきた。
「どうして本当のことを言わなかったんですか」
何故怒っているのか皆目見当がつかなかったので、嘘はついてない、と答えて様子を見る。
すると、
「あんな言い方をすれば、あなたが損をするだけなのに、どうして……」
と続けたので、彼女が真に気に病んでいたのは、彼女自身は擁護され、同情されたのに、僕は一方的に糾弾されたことだと知れた。
しかしそれは的はずれな後悔である。
彼女が同情されたのは彼女自身の人望によるものだし、僕においてもまた然りであろう。
だから気にすることはないのだと伝えたが、依然、愁眉は開かれなかった。
言うべきことは言ったので、後は彼女の問題である。僕にできることはもはやなかった。
僕と彼女の関係は、概ねこのような感じであった。
3
中学生に上がると、親からのプレッシャーが次第に強くなっていった。
つまるところ、お家の安定のために、子弟間の横のつながりを作っておけということらしかった。
他者との関係をなるたけ希薄にしようとする性分が邪魔をしたが、僕が逃げれば、そのしわ寄せが彼女に向かう。
僕のわがままで彼女にいらぬ迷惑をかける訳にはいかないので、我慢して付き合った。
間違いなく僕は頑張っていたと思う。誰も褒めてはくれないが。
それでなんとか上手くやれていたところで、慢心してしまったのかもしれない。
同年代の子弟の集まる場で、僕は失敗してしまった。
たまたま参加した集まりでの事だった。
集まりの中でも中心的な男の行きつけのホテルの店らしいが、どこか店内は薄暗い。
そこでは未成年にもかかわらず、アルコール類が供されているようだった。
僕は固辞したし、彼女にも飲ませなかったが、皆はまるで気にせずに飲む。
参加するべきではなかったな、と帰る算段を考えていると、隣りにどっかと誰かが座った。
見ればかの中心的なる男だったが、顔は赤く、呼気も酒臭い。
随分と飲んでいるようだし、体格差もあって、少し警戒していると、この男は次のようにのたまった。
やれ、この店は俺の行きつけである。
やれ、だから俺達でも酒が飲める。いくらでも融通がきくのだ。
やれ、この俺に感謝するように。
などと、やたらと大声で喚き立てる。面倒な奴につかまった、とげんなりとしていると、男は言った。
「そういえばさぁ、俺、ずっとお前の横に立ってた女の子、ああ、今も座ってんな、気になってたんだよね」
「お前の彼女かぁ? いやいやぁ、お前にゃもったいねぇだろ。ギャハハ」
「俺にちょっと貸せよ。いいだろ?」
「貸すって、そりゃそのままの意味だよ。もしかすると寝取っちゃうかもだけどぉ、そんときゃ勘弁な!」
ガシャン、とグラスを床に落とした。グラスの砕ける音は意外と大きく響いて、周囲が一瞬静かになった。
その空白をついて、気分が悪くなってしまったので帰る、と謝り置いて、彼女の手を掴み、店を出た。
後ろからなにか聞こえたが、気に留めなかった。
ホテルから通りに出る。
外の冷たい風が肌を差して、自分が彼女の手を掴んでしまっているのを思い出した。
慌てて手を離す。
失敗したな、と思った。
僕が不快に思ったからといって、彼女も不快に思ったとは限らない。
なにより、僕には彼女を無理やりどこかに連れ出す権利も、そもそも彼女に触れる資格さえも無いはずだった。
しかし、悔やむよりも先にしなければならないことがある。
僕は彼女に頭を下げて謝った。彼女は思わずと言った体で、僕が掴んでいた手首を握った。
もはや彼女に合わせる顔はなかった。
彼女に背を向け、店に戻るならともかく、もし帰るなら迎えを呼ぶよう言って、そこから立ち去った。
僕は卑怯にも、彼女から、いや己の行いから、逃げた。
それ以外に、僕に何ができたろう?
それ以来僕は、できる限り彼女の行動を制限しないように取り計らうことを心に決めた。
思えば、例の席で酒を飲ませなかったのも余計な世話だったかもしれなかった。
二度と同じ轍を踏んではならない。
彼女の望まぬ婚姻の片棒を担いだ、これは僕の義務だった。
4
「今日、告白されました。……引き受けようと、思います」
彼女がそう言ったのは、僕と彼女が高校生になって、しばらく経った日のことだった。
家庭教師や日々の弛まぬ勉学のおかげか、僕はなんとか兄たちの通っていた高校に滑り込むことができた。よく勉強のできた彼女については言わずもがなである。
僕にはわからない感覚だが、新しい環境に慣れたということだろうか、はたまた義務教育が終了して、なにか踏ん切りがついたのか。
彼女には恋人ができるらしかった。
実際、彼女はよくモテる。異性から愛の告白を受けるのはしょっちゅうだった。
しかし、彼女がそれを受けたことは一度もないようだった。
あるいは、僕に対して気兼ねしているのだろうか。
彼女が僕と同じ小学校に通い出してすぐ、相談を受けたことがあった。
「同じクラスの男の子に告白されてしまいました。どうすればいいですか?」
僕の答えは決まっていた。
――きみの好きにしたらいい。相手がいいやつで、きみも好きか、好きになれそうなら、恋人になったらいい。
そう答えると、彼女はうつむいて、わかりました、と呟くように言った。
そんなに僕と話すが嫌なのか、それとも嬉しいのか、判断がつかなかった。
それでも告白を引き受けようとしなかった彼女に、やっと恋人ができるというのである。
それはきっと、とても良いことのはずだった。
人並みの幸せはともかく、僕という負債を抱えてなお、トータルではプラスになってくれればいい。
そう願って、僕は彼女を祝福した。
しかし彼女は、どこか傷ついたような、苦々しげな顔で、そうですか、と言った。
僕の祝福など不愉快なだけなのだろう、と思って、気付かぬうちにたいそう嫌われたものだ、と少し笑った。
こういう、人の気持ちに鈍いのが、僕に友人がおらず、恋人など望むべくもない理由なのだった。
それから一週間後、彼女は恋人とキスしたことを告げ、さらにそのひと月後、冒頭のごとく、恋人と性交に及んだと言ってよこしたのである。
キスはよいが、ことが性交渉となると、はいそうですか、では収められまい。
僕には、彼女に対して一つだけ、注意をしておかなければなければならないことがあった。
僕は、避妊をしたかを聞いた。
彼女はひどく戸惑っていたが、それは僕に対して赤裸々に語りたい類いのことではないからだろう。
詳しい説明の必要を感じたので、ちゃんと言うことにした。
――性交渉はいいけど、子供ができるとなると少し困る。両家を納得させるためには僕の子供ということにしなければいけないから、これはかなり厄介だ。
――だから、君には悪いけど、子供を作るのは、僕と君が正式に結婚して、ちゃんと離婚してからにしてほしいんだ。そうすれば立つ角も幾分丸くなるだろう。
――ああ、でも安心して欲しい。
――もちろん、子供ができちゃったら、君や君の子供には悪いけど、法的には僕の子供ということにせざるをえなくなる。その時は、頃合いを見て、親権を君にして離婚する。その間、君の恋人と君がちゃんと会えるように取り計らうつもりだよ。
――そういうことでいいかな?
と最後に、なぜかブルブルと震える彼女に確認した。なにか葛藤があるのだろう、と見守っていると、彼女がやにわに近寄ってきた。
思わず一歩下がろうとしたが、時すでに遅し。
思いっきり殴られた。
4.5
私が彼に出会ったのは、十歳の夏の夜のことだった。
それ以来、私は彼に対して、なんだこの人は、と思い続け、ずっとずっと思い続けて、
今私は、その許嫁の部屋で彼を殴りつけ、襟首をつかんで締め上げていた。
5
今の私を支配しているのは怒りだった。それが彼に対するものなのか、自分に対するものなのかも分からず、感情のままに怒鳴る。
「なんで、どうしてあなたはいつもそうなんですか! 私が、私が今まで、どんな気持ちでっ……!」
「ちょ、ちょっと……落ち着いて……」
「落ち着いて!? 落ち着いた結果がこれでしょう! こんな、こんなの……こんなのって……」
ここまでしてこれか、と思った。
もう、答えが出ちゃったな。
視界がぼやけて、涙が頬を伝った。
第一印象は最悪だった。突然、許嫁として紹介された相手に、自由恋愛宣言をする人がどこにいるだろうか。そして、そんな男の人を信用する人も。
当然私も人間性を疑ったわけだが、すぐに自分の間違いを悟った。
彼は女の子を弄ぶどころか、そもそも友達らしい友達すらいかったのである。結局、恋人を作るような素振りを全く見せないまま、今日に至っている。
ならば彼の言葉の真意はどこにあるのか。
私が告白されたと言えば、まるで勧めるようなことを言い、かと思えば、私と彼の関係が邪推された時は(邪推も何もないのだが)、自分を悪者にして私を庇ってくれた。
また、ホテルのバーで助けてくれたかと思えば、それ以来、私からできるだけ距離を置こうとする。
私にはもう、彼がどういう人間か、一体何がしたいのか、よくわからなくなってしまっていた。
そうこうしているうちに、気付けばもう高校生になっていた。今年、私は法律上、結婚できる年齢になる。
いい機会だと思った。
私は、彼の気持ちがどこにあるのか、確かめることにした。
ただし、正面から聞いたところで埒が明かないだろうから、強硬手段を取ることにした。
つまり、実際に恋人ができた、という嘘をでっち上げたのである。これで、彼が私をどう思っているのかが判明するだろう。
しかし彼は強敵だった。恋人ができたと言えば祝福され、キスをしたと言えば、よかったね、などと流された。
ついに、セ、セックスをした、なんてはしたない告白までする羽目になったが、彼は何を思ったか、避妊がどうこうと言い始めた。
いや、本当はわかっているのだ、彼の気持ちなんて。
彼は私のことなんて、本当に、どうでもいいと思っていることぐらい。
ずっと前から――わかっていた。
7
襟首ごと拳を握りしめて、呟くようにひとりごちる。
「こんな、嘘までついたのに……どうせ、あなたは私のことなんて……」
「え?」
「わかってはいましたけど、そんな相手と結婚するなんて、あんまりです……」
「いや、いやいやいや、うん?」
なにか彼の様子がおかしい。知らず下を向いていた顔を上げると、彼は少したじろいで、
「君が僕を嫌いなんだろう。だから恋人を作ってくれて構わないというか、むしろ作るべきだと言っていたのであって、別に僕が君を嫌っているとか、そんなのあるわけないだろう?」
「はい? あの、えっと……、いつ私がそんなこと言いました……?」
「いや、普通そうでしょう。無理やりだし、相手こんなだし、嫌に決まってる」
……ということは、つまり、
「今までのは、全部、私のためということ……?」
信じられないというか、あまりに馬鹿げたことを聞いてしまった。いやいや、そんな馬鹿なことが――
「まあ、そうなるのかな」
ここにあった。
思わず唖然としてしまう。
私の6年間の苦悩は一体なんだったのだろう。
呆然と立ち尽くしていると、彼がおずおずと、声をかけてきた。
「大丈夫? なにかマズいこととか、気に障るようなこと言った?」
その心配そうな顔を見て、一気に感情のボルテージが上がった。
「誰がそんなことを頼んだんですか! 気遣いの方向があさって過ぎます!」
「待って待ってそれ以上締めないで……苦しい……」
この男をどうしてやろうか思案していると、彼の手が私の手首に触れた。その瞬間、ある記憶が一つ、脳裏から転がり落ちてきた。
冬の日に、下衆な男に劣情を直接向けられた時のこと。怯えて竦んでしまった私を助けてくれた、あの手の暖かさを、私は今でも覚えている。
その暖かさを信じることにして。
覚悟を、決めた。
「聞いてください。言いたいことがあります」
「……なに?」
「私を好きになってください。私もあなたを好きになります」
「……ごめん、よく聞こえなかったんだけど」
「ならもう一度言います。私を好きになってください。私もあなたを好きになります。私を愛してください。私もあなたを愛します。もう一度言った方がいいですか?」
「……いや、十分だよ。それは、なんというか、斬新だな……」
「許嫁なんですから、はじめからこうするべきでした。多少順序が変わっただけでしょう」
「それ大問題だと思う……。あ、あと僕友達いないし、人に好かれる人間じゃないし……」
「なら私があなたを好きになる最初の一人になります。それで文句ないでしょう」
売り言葉に買い言葉で、何かとんでもないことを言ってしまっている気がするが、ここは勢いに任せて言いたいことを言ってしまおう。そうじゃないと、目の前のこの人には届かない。
彼は、あー、だのうー、だのと唸っていたが、そのうち大きくため息をついた。
「わかった、わかりました。完敗です。君に好きになってもらえるよう、精一杯頑張るよ」
「……私を好きになる件については?」
「それなら大丈夫。初めて会った時からずっと、一目惚れしてるから」
彼のさらりと言った言葉が、頭の中を反響する。
その意味を正しく理解して、沸き起こる衝動のままに、彼をベッドに押し倒した。
「だったら、もっと早く言ってくれれば……!」
「うん。えらく遠回りさせちゃったな。だから、恋人とかが嘘だって知って、実はほっとしてる」
「……もういいです。浮気、しないでくださいね」
「うん。あ、そういえば、ちゃんと言ってなかったかな」
「なんです?」
「僕と結婚を前提に付き合ってください」
「……はい! 喜んで!」
彼我の距離は、ゼロセンチ。
終
ごめん嘘ついた、あんまり長くなかった
初SSだから下手なのは大目に見て
しばらくしたらHTML請求します
このSSまとめへのコメント
すごく面白かったです!
おもしろかったです
また書いてください
感動した!これからのssにも期待してる!
何回読んでも飽きない内容ですごく面白かったです
夏目漱石や芥川龍之介がssを書いたらこんな風になったのかもしれない
めちゃくちゃ面白かった
すげー面白い
良い話ダな!
いいねー!
5さん、森鴎外も有り得ますよね。
川端康成もロマンチックですが。