ツインテ天才美少女工学博士池袋晶葉『先端技術倫理』12講 (30)

叙述トリック的どんでん返しとそのための伏線を含みますので極端に感情移入して裏切られると気に障る方

直接的描写はありませんが受け取りようによっては百合展開にも見えますので病的に同性愛を嫌悪される方

はお気を付けください。

関係ありませんが即興です

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晶葉えもんだ支援

誰か第一講からのurl貼ってくれ
検索しても出ないんだが

新棟二階の小さな階段教室に、彼女はいた。

ぼくの姿を認めると少し眉を動かして、何事かを呟く。

そして白衣を翻し、不敵に笑んだ。

「なんだ……受講者がいるのか。残念だな」

「……先生」

「うん?」

「時間割はご覧になりましたか」

「いや」

と彼女は事務椅子に掛け、教壇の上を滑る。小さな体と、壁一面に広がる六枚の黒板が、あまりに不釣合い。

「……開講年次の必修と、重なっています」

「それがどうかしたか」

「……」

あっけらかんと言う。

「それこそだ。君はなぜここにいる」

意地悪く唇を歪めて、

「ダブりか?」

「違いますよ……」

「なに。くだらないいやがらせさ、特段珍しくもない」

言うと、少女は平然と授業を始め、泰然と終え、悠然と教室を後にした。

最後まで、ぼくだけを相手に。

――いやはや。

「アカデミーの泥沼なんて、創作だと思っていたのですけれど」

「伝説、伝記、伝承……拡張して、都市伝説、フォークロア、創作物。いずれも一片の真実味、あるいは事実を含む。
 それこそを伝えるための口伝であり、祭儀だ……おはなし部分は肉付け、きらびやかに飾り立てるだけの飴細工に過ぎない」

例えばだ、と前置きして、

「DNAの二重らせん構造を示したワトソンとクリック、今日の生命科学の大躍進、その起爆剤ともなる発見をした彼らの論文は、権威の無い小さな学術雑誌に投稿された。

 彼らの実験は再現性が高く、また特別な機材も必要とせず、論文はわずか4ページ足らず。しかしその功績は、系譜を辿るまでもなく、今の世に明らかだろう。

 ……学術雑誌は、投稿論文に査読が入る。これは知っているかい。でっちあげや勘違い、トンデモなんかを拾っていては、学術誌という体裁も保てないからな。

 専門性の高い論文であれば、同門の研究者が。名の知れた誌面であれば、その道の大家が。未発表の研究論文を頭から尻尾まで読み通し、誤りや不足が無いかをあらかじめ確かめてくれるわけだな」

滔々と、先生は言う。

「……ま、つまりそういうことだ。ワトソンとクリック、彼らは自分たちの発見がどれだけの価値を持っているか十分に知っていた。

 そしてそれを、大家たる教授陣がパクることがどれだけ容易であるかも。

 それは極東の地にあっても、地方国立大にあっても、現代においても例外ではないさ。

 アカデミック・ハラスメントの動機が『若い芽摘んどかなきゃ』から来ることなんてしょっちゅうだ」

「……随分と話が逸れたな。先週は確か……そう、不妊治療の話はしたかな?

 不妊、生殖機能不全、これを『治療』する技術が生まれたとき、同時に『石女』『種無し』は『患者』になった。

 つまり彼ら彼女らに、不妊を受け入れるか、あるいは治療するか……という、二者択一を迫る基盤が同時に発生したことになる……」

流暢に、一つの資料も持ち込むことなく先生は講義をする。

つらつらと、諳んじるように。

まるで歌うようだ、と、思った。

意外なことに、先生はほかの学生にもよく知られていた。

食堂で、数人の学生に取り囲まれているところに通りがかってしまったときのことだ。

「……いや、テレビは見ないから。わからないな……。うん、ゼミでやる分には十分なんじゃないか。論文にするなら、……そう、君の所に暇してる院生が居たろう、彼に尋ねたまえ。

 なんだこれは。ああ、アブソーバを別躯体にしたのか? 面白いが、余地が随分減らないか。いや、工夫次第で可能だろう。もう少し煮詰めてからならもう一度話を聞こう……もういいか? 待ち人だ。失礼するよ」

ぼくは踵を返す。

「待ち給えよ」

「ああ……先生」

「そう、先生だ。露骨に背を向けるとは随分だな?」

「やだなあ、気のせいですよ。……人気者だったんですね。いつもあんなふうに?」

「私はレアキャラだからな」

「シンガーの提唱する動物解放論というのは、簡単に言えば人間と動物を同様の尊厳を持つものとして扱い、工業的畜産……ケージに羽根を伸ばす隙間もなく詰め込み、卵を産むだけのめんどりとか、成長を速めた肉牛とかそういうの……に批判を加える立場だ。

 同様の尊厳を持つ、というのが曲解されやすく、パッと見で『かわいそうなどうぶつさん』論に思える上に、事実そのような論を唱える輩が溢れているが、シンガー自身は注意深く、精緻に理論立てている。

 ライオンの肉食と人間の肉食は違うのか、あるいは、獣害にどう対応するのか、と言った問いにも、彼は筋道だった回答を用意している」

「先生」

「うん……何だ?」

「なぜ、招聘に応じられたのですか」

「……どういう意味だ?」

「……」

きぃ、と背もたれを鳴らして、先生はぼくを見る。

「最高学府は、学府であるべきだよ」

「はい」

「就職、実績、派閥……ま、重要だが。それを否定する気も毛頭ないけれど……しかしそれでも、」

中途で言葉を切ると、彼女はかぶりを振って立ち上がった。

「続けよう」

「新技術はしばしば、原理主義的ともとれる文明側の慣性に曝される。非人間的であるとか、自然の摂理に反しているとかがそれだ……。しかし技術者は、その反発を無視することはできない……無視することがあってはいけない。

 無論、一人ひとりに膝を突き合わせて有用性を説けとも言わないし、そんなことは不可能だ……だが、開発者はその反発がどこから来るものかに常に目を向ける必要がある。

 宗教か、あるいは信条か、単なる懐古趣味か、ディストピア的発展を憂いてのことか……生活に新たな技術が浸透するさまは、はたから見れば侵略にも似る。そうして旧時代の互換するものが淘汰されるに至っては、というものだ……」

明朗でよく通る声。堂々とした立ち居振る舞い。

けれど、先生の、少女の講義には、どこか厭世的な気配がした。

自らを天才と言いながら、その天才の依拠するところを、婉曲的に貶めるような。

陳腐な言葉を使えば、そう、

深い絶望のような。

自らレアキャラを標榜していた先生だが、二か月もするとすっかりマスコットとして認知されるようになっていた。

常々大人びて見えるが、わらわらと学生に取り囲まれて見る姿は年相応で、実に犯罪的、もとい。可愛らしい。

その日も、売店で女子学生たちに捕まっているところをぼくをおとりにして抜け出したのだが、同日の講義では目に見えて上機嫌だった。

そのころになると、ぼくも彼女の思うところがおぼろげながらに見えていて、ああ、夢を持った学生がいたのか、と理解できたものだったのだけれど。


翌週、彼女は教室に姿を見せなかった。

さらに翌週。すっかり平生の通り、先生は不敵な光を瞳に湛えていた。

しつこく問い詰めるぼくにうんざりした様子で、「慣れてる」と言い放った彼女は、それ以上は頑なに何も言わず、事実、何事もないかのように講義は終わる。

何事もないかのように。

前回の、楽しそうな声さえ、なかった風に。


初めて、ぼくは自分のいる場所を恐ろしく思った。

科学を夢見た少女。

それを、ここまで歪めてしまう……”学校”とは、何だ?

無形の意志。上へ、上へ。邪魔するものは――叩き潰してでも。

否。否。否だ。

彼女を歪んでいると評するのは早計ではないか。

厭世的だというのも、ぼくが感じていることに過ぎない。倫理学は門外だが、先生の論理は感情を、それ以前の原始的な論理に矛盾なく回帰させていく。

破綻は無い。

深い闇など、絶望など、教鞭を執る美少女という非日常に、ぼくが勝手な幻想を抱いているだけなのではないか。

答えのあるはずもない自問を、無為に繰り返すようになった。

ぼくは、すっかり彼女に夢中だった。

「ときに。君が自分を『ぼく』と言うのも広義の倫理に還元できる」

「言いませんよ、そんなこと」

「いや。存外、言うぞ」

「……困りましたね」

「ああ。困るだろうな。性的役割、ジェンダーというやつだ。僕、俺、鹿児島などの方言を除けば、これらの一人称は男性のものという文化的共通認識が存在する。

 江戸と、明治以降のジェンダー概念には大きな違いがある……明治維新以降、欧米化が強く叫ばれるようになり、当時西欧で隆盛したフェミニズムが輸入されたからだ。

 生まれ持った身体的性別によって社会的役割が決まる、ある意味では封建的制度だが、フェミニズムのおこりには歴とした因と果とが存在する。

 姦淫を不徳とするキリスト教圏の一部においては、女性の社会的地位は非人間的とも言えるありさまだった。女性の名ではあらゆる社会的契約に制限が加わり、その主人の代理どころか付属として扱われる。

 買い物すら女性だけではままならないこともあった。

 姦淫の罪を犯さず子を為すためとして、妻をずた袋に入れて、一部を切り抜き性行為を行った記録もある」

「ああ……ただ、ひとくちにフェミニスト、フェミニズムといっても様々で、

 たとえば女性の母性こそが女性性の持つ最大の能力であり、社会進出はこの妨げ……とまでは言わないにせよ、内助の功という考えを持つ、よくいう女性解放運動とは真逆のフェミニズムも存在するし、

 生殖能力、懐胎する役割こそが男性により女性に押し付けられる最大の暴力、苦痛、強制であり、女性をこれから解放すべしとする一派もまた、フェミニストだ」

「一見矛盾するようだが、特に破綻してはいない……別の方向から、異なるアプローチで以てして、ある時代まで、こと西欧文化圏では考えもされなかった女性の権利と言うものを主張しているだけのことだ。

 ああ、悪しき前例として、女人禁制のお山というのは女性蔑視だという主張を立てた団体があったが……。

 そもそも女人禁制、あの制度、遡ればアニミズムに基づく山体信仰まで行き着く……類型的に各地の民族伝承に見られることだが、山の神は男性性が強い。

 洞窟の中で交合し、――この場合の性行は、神にささげる儀式としての意味合いだ――洞窟に棲む、精霊の神秘の力を身に受けて子を孕む、そういう信仰は広く散見される。

 で、山体が男性であるから、女性が立ち入ると危ないぞと、更に現実的な意味を持ち出せば、そうだな……某国海軍、あれな、空母搭乗の女性隊員があまりに妊娠するので困ったそうだ。そういうことだ。

 ついでに言うと、海や大地はふつう女性性を強く持つな。ハイヌウェレ型神話などは特徴的だが、恵みと繁栄の象徴が、女神という姿を取る、それだけ女性の持つ力と言うのは神秘的だったわけだ。

 ああ……漁に女を連れ出すと海が荒れるというのもあった。お山と形が非常に似ているが、こちらでは豊漁の女神が醜女で、女を連れて行くと嫉妬して船を沈める、と、真逆の方向で以て説明されているのも面白い」

「先生」

「あん」

「先生はきっと、先生に向いていないのでしょうね」

「不遜な奴だな……もう慣れたが」

そう言って、少女は笑った。

「いいえ、一般に思われる、一般に定義される、教師、講師、教授……そういったものに、先生はとても理想的です。

 けれど、そう……口伝、伝承、創作、伝記、それは一片の真実を表すに過ぎない」

「ああ、確かそんなことも言ったかな」

「ええ、仰いました。そうして、真実にはごてごてした砂糖菓子が、たっぷり肉付けされると」

「……」

「砂糖菓子は、時に、とても魅力的です」

学問の徒。という、真実に。

まといつくきらびやかな言葉たち。

水あめのように、離れない。

もがけばもがくだけ、絡み付いて、白く濁って、いつしか、見えなくなって。

「……私は別に、持て囃されるためにロボを作っているわけじゃない」

「ええ」

「だが、私はそうだ、と言うだけの話だ。人がどうあれ、私にそれを批判する権利はない」

「先生」

「……もう、この話はやめよう」

「先生、その通りです。人がどうあれ、誰にも貴女の志を否定されるいわれはない」

力なく、彼女は息をついた。

「理詰めをやっているわけじゃ、ないんだ」

「そんなつもりはありません」


「ぼくは大学をやめます」

「なに?」

ああ、懐かしいな。

その表情――初めて出会ったときと同じだ。

意表を突かれた顔。

「おい、笑ってるなよ。知ってるんだぞ、君、既に卒業単位をそろえてるだろう」

「そうだったかもしれませんね。でも、もう必要ありません」

「バカいうな。私は就職のための学歴偏重だって否定した覚えはない。そもそもこんなアウトローに感化されるやつがあるか」

感化。感化ね。

「ねえ先生。私は随分前から、先生に夢中ですよ」

「そう、夢中です。もうこてんぱんにやられちゃってるんです。

 先生のその真摯で、ひたむきで、純粋で、絶望しても、絶望しても、絶望しない、バカ一辺倒なところに」

「褒めるかけなすかどっちかに……いや、そんなことを話してるんじゃないぞ」

「だからねえ、先生、私思うんです。

 私一人に喋ってるより、もっと多くの人に……そう、まずは手始めに関東一円にでも、授業をしてやればいいんじゃないかって」

「はぁ?」

うんうん。可愛い。私、こういうの、結構向いてる気がします。可愛いところを、えぐり出……もとい、より一層輝かせる……。


「ですから、先生。

 アイドル、やりません?」

「……何を言い出すかと思えば……」

「本気ですよ。ていうか、もう全部準備できてます」

おや、頭を抱えてしまいました。

「……それは」

「はい」

「それは、ロボ、作れるんだろうな」

「それはもう。経費で落ちますとも。経費の出所は、先生のアイドル活動ですけど」

「ふっ……マッチポンプもマッチポンプ、自転車操業もいいところだな」

「そうそうコケませんよ……夢みる機械は」

「しゃれてるようでわけのわかんないことを言うんじゃない」

「まあ、手厳しい」

「良いだろう、まあ、なんだ、いつまでも腐ってるのも、不健全だからな」

「お……喜んでいいですか?」

「ああ。この天才、池袋晶葉、アイドル道も極めてみせようじゃないか」

「やった、所属アイドル第一号ですね」

「やっぱり君は裏方か……つくづく黒幕の似合う……」

「そう、褒めないでくださいな」

――
――――

「…………」

あれ、何か呼ばれてる。

「……ちひろ? 珍しいな、寝ているのか」

「起きてますよ、先生」

――あら、その顔。懐かしい。

相変わらず可愛いですね。

「バカを言え……君こそ、すぐそうやって素が出るところ、変わらないな」

「知りませんよ……夢でも見たんでしょう」

そう、夢でも見たんでしょう。

もしかしたら、きっと、まだ夢の途中で。

随分ごちゃごちゃと、砂糖菓子がくっついてしまいましたけど。

「行ってらっしゃい、晶葉ちゃん。みんなも」

「ああ。この私に……私たちに、私と君に、不可能な仕事など無い」

ロボは世界を救うのだ!

終わり。

彼女は権威主義とか嫌いそう、っていう話。
依頼出してきます

文のキレが凄まじいな

黒幕はやはりちっひだったかー

凄く惹き込まれる文章だった
乙乙

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