『「雨だ……」』 (933)

♪20年後のコンテニュー

「雨だ……」

「傘、ないし」

「雨宿りしよう」


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「……ここでいいか、お邪魔します」

「埃っぽいし寒い、そして薄暗い」

「……暇だ。もう少し奥に行ってみるか」

「階段を昇ったら何やら重そうな扉があった。開けるか否か、いや開けるべきだ。特に理由はないが」ギィ…

「……気味が悪いほどイスがいっぱいある。巨大なスクリーンもある」

『そこでぶつぶつ独り言を言ってるのは誰?』

「声はすれども姿は見当たらず」キョロキョロ

『こっちこっち。座席の一番前の辺り』

「あ、そこね。どうもこんにちは」

『…こんにちは。今日は冷えるね』

「外、雨降ってるからな」

『そっか、道理でね。早く止まないかなあ。寒いのは苦手だ』

「同感。おかげでこんな所で雨宿りすることになった」

『こんな所って言い方はひどいなあ』

「……なあ、ここからだと声出すの疲れるからそっち行っていい?」

『いいけど怖くないの? ご覧の見た目だけど』

「うーん、生憎さっぱし」

『変な人間だね君は』

「よく言われる、よっほっよいしょ、あっ! ……」

『どしたの? 変な人』

「階段ニ段飛ばししたら軽く足首捻った、ちょっと痛い」

『やーいどじっ子ー』

「うるさい黙れでぶトカゲ」

『失礼だなあ。一応これでも竜なんだけど』

「へえ、竜なんてはじめて見た」

竜『だろうね』

「おお、近くで見るとでかいなあ」

竜『君は近くで見ても小さいなあ』

「わあ、ウロコ気持ちわるーおもしろー」ペタペタ

竜『うん、くすぐったい気がするからあまり触らないで欲しいな』

「残念」

竜『と言いつつ手を縦横無尽に這わせるのはやめてよー』

「何これすべすべ! もうちょっとだけ! もうちょっとだけ!」スリスリ

竜『ずいぶん必死だ』

「…ふう、満足」

竜『よかったね』

「ところで1枚もらってもいいだろうか?」

竜『何を? ウロコを? さすがにそれは痛いから駄目だよ』

「とんだケチトカゲだな」

竜『さっきから思ってたけど君結構口悪いよね』

「ふう。寒いな」

竜『そうだね』

「君さ、竜なら火とか吐ける?」

竜『できるけど?』

「じゃあ早速吐いて暖まろう」

竜『いいけど一歩間違えるとこの建物の周囲一帯が灰と化すよ』

「リスク大きすぎるだろ……」

竜『多分大丈夫だけど、しばらく使ってないからなあ。まあ心配なら止めといた方がいいよ』

「ちゃんと日頃から練習しておけよもう」

竜『申し訳ない』

「ああ、それにしても寒いなあ。厚着してくるべきだった、後悔」

竜『ねえ君ちょっと俺の近くまでおいで』

「嫌な予感しかしないんだが」

竜『といいつつちゃんと来てくれるあたり君は素直だね、よっと』ギュッ

「……何故僕は竜に抱きすくめられてるのだろう」

竜『おー哺乳類はやっぱり暖かいなあ』

「爬虫類は冷てえなー。あ、でも腹は柔らかいんだな。ぷにぷにして気持ちいい」

竜『ふふん』

「いや、そんな誇らしげな顔されても」

竜「ぐぎゅるるるるるる…」

「うわ、びっくりした。何今の」

竜『お腹空いちゃった、てへっお恥ずかしい』

「照れるな気色悪いなあ」

竜『何か食べる物ない? 俺としては最悪君でもいいんだけど』

「さ、さらりと恐ろしいこと言うなよ。バッグに食べかけのパンならあるけど」

竜『えー? 間接キスになっちゃうよ?』

「じゃあ当初の予定通り僕が家に持って帰って処分しとくな」

竜『冗談! 冗談だってばもう!』

「ほら、よく味わって食えよ」

竜『わーい、数十年振りのゴハンだー』

「え?」

竜『いただきます。……ほほうこれはキャラメル味ですなあ、このわざとらしくベタつく甘味がたまらないよね』ゴクリ

「一口で食われた……」

竜『大変ごちそうさまでした』

竜『あったかいねえ』

「またこの状態か、あーでも確かにだんだん暖かくなってきたなあ」

竜『そういえばさ、訊きたい事があったんだけど』

「んー?」

竜『君の名前は何ですか』

「……少年だよ」

竜『少年…へえ、なんか変な名前だね』

少年「そう言う君はどうなんだよ、大層ご立派なお名前なんでしょうなあ?」

竜『うーん、捨てちゃった』

少年「…意味がわからないんだが」

竜『昔色々あったのさ、もう俺の名を呼ぶ人なんか誰もいなかったし』

少年「ふうん、何かよくわからんけどお疲れ」

竜『どうも。なんなら好きに呼んでくれてもいいよ』

少年「んー? じゃあポチで」

竜『うん、誠に遺憾って感じ』

少年「…………」

竜『少年?』

少年「……ぐう」

竜『もしかして寝ちゃった?』

少年「…………」スヤスヤ

竜『困ったなあ、動くに動けない。動けないと思うと急にこの体勢が窮屈に感じるなあ』

竜『……暇だ、いつものことか』

竜『…ねむ……』ウトウト

竜「……すぴー」

少年「……はっ! 寝てしまった」

竜「ぐうぐう」

少年「鼻息が首筋に当たり不愉快極まりない。ポチ起きろ」ペシペシッ

竜『……んあ? あっおはよう』

少年「おはよう、なあ僕達どのくらい寝てた?」

竜『俺の腹時計を信じるなら2時間くらいかな』

少年「そうか、じゃあ外暗くなるし僕そろそろ帰る」

竜『そっか、じゃあね。帰り道気をつけて』

少年「おう、じゃっ」

竜『階段で足首捻らないでね』

少年「あいよ、よっほっよっこいしょ、はい無事到着」

竜『…………』

少年「…………」

♪再会の雨

少年「…雨、降ったら」

竜『えっ?』

少年「また雨降ったら、ここに雨宿りに来るかもな」

竜『へえ、そう。って…』

竜『……行っちゃった』

竜『……うん』

竜『雨が待ち遠しいのは初めてだ――――』

今日はここまで、次回は♪放送禁止レベル
続きは明日の多分今日と同じ時間。

おつ
竜たんかわいい

良い雰囲気
期待

―数日後―

少年「また雨だ……それも結構な量の」

少年「そして今日も傘はない」

少年「……? 何か忘れているような」

少年「ああ、そうか。雨宿りしないと」

少年「どうも。雨宿りに来ました」

竜『いらっしゃい、何もないけどごゆっくり』

少年「ああもう、雨に濡れた結果服が肌に張り付いて気持ち悪い」

竜『脱げば?』

少年「その発想はなかった。いや脱がないけど」

竜『なんで? 実に手っ取り早い解決策だと俺は思うけど』

少年「人間は他者に生まれた時の姿をさらすことに羞恥心を覚える生き物なんだよ」

竜『めんどくさい生き物だなあ、そして困ったなあ』

少年「何が?」

竜『今雨降ってるじゃん?』

少年「うん」

竜『寒いじゃん?』

少年「うん」

竜『だから君の身体で暖まろうと思うじゃん?』

少年「うん…うん?」

竜『でも今の君ぐっしょぐしょだから触りたくないじゃん?』

少年「…………」

竜『ぬーげ! ぬーげ! 真っ裸になれ!』

少年「相手が人間なら変質者ということで警察に問答無用でつきだすんだがなあ」

竜『ふっ、人間共が徒党を組んだところで我が咽喉より迸る地獄の業火にて返り討ちにしてくれよう!』

少年「おーちょっとかっこいい」

竜『ふふんっ』

少年「竜のどや顔とはレアだ」

竜『まず竜自体珍しいでしょ』

少年「ポチにつっこまれるとはショックだ」

竜『ねえ、脱がないのー? 脱いでよー俺に君のありのままの姿を曝(さら)け出してよー』

少年「うーんこれはめんどくさい、より適した表現をするならばウザい」

竜『こちとらそれだけを楽しみにしてたのにさー』

少年「ポチさ、いっつもここで何してんの?」

竜『シエスタ』

少年「? 何それ?」

竜『何でも人に訊かず自分で調べることも大切だよ少年。あ、この場合は人じゃないけど』

少年「じゃあ明日図書館で調べよう」

竜『君ほんと素直だよね…』

少年「1まーい、2まーい、3まーい」

竜『えっ? 何?』

少年「ウロコ全部で何枚あるのかと」

竜『へえ、君って馬鹿だろ』

少年「な、なんだとおぉぉー!」

竜『台詞の割に顔が無表情で怖いんだけど』

少年「こんなにあるなら1枚貰っていい?」

竜『君がその邪魔な衣服を今すぐ脱ぎ捨てればあげてもいいよ』

少年「ぐぬぬ…」

竜『恥ずかしがりやさんだなあ』

少年「あ、そうだ」

竜『ん?』

少年「見てみて、これお餅。こしあん」

竜『やったあー、でも俺つぶあん派』

少年「ウロコと交換ね」

竜『ぐぬぬ…』

少年「どうするんだ?」

竜『……や、優しくしてねっ』

少年「おっけー、よっ」ベリッ

竜「うんぎゃあああぁぁぁ」

少年「……正直力任せに剥がして悪かった」

竜『優しくって言ったよね俺!?』

♪放送禁止レベル

少年「わあい、すべすべだ」ナデナデ

竜『わあい、お餅甘いーおいしいー…………』

少年「お、おい突然幼児が見たら瞬く間に泣き出しかねない怖い顔してどうした?」

竜『お餅はもうない、当然だ、俺が食べたからね。でも君は失くさない限りウロコがある、どれだけ撫で回してもある。ずるい!』

少年「うーん僕にどうしろっていうんだ」

竜『モット食イ物ヲ寄越セ! ソレカ脱ゲ!』

少年「じゃあ今度はもっと食べ物持ってくるよ」

竜『今度は甘いの以外がいいな』

少年「あー帰ったら宿題やんなきゃなー全然わかんねー」

竜『大変だね。教科は?』

少年「えっ、数学だけど」

竜『どれ、お兄さんに見せてみせなさい』

少年「いや、君が見てもわからんだろ」

竜『いいからいいから』

少年「……はい」

竜『ふむふむ……なるほど。……ぷっ』

少年「な、何故笑う?」

竜『こんな簡単なのもわかんないのかあ、と思って?』フフン

少年「う、ウソだ! 僕にわからずポチにわかるものか!」

竜『どこがわかんないの? 言ってみなよ』

少年「……ここ」

竜『うん、ここはね難しく考えずに単純に~~~~ってやるんだよそうすれば~~ってなって~~になるでしょ?』

少年「…超わかりやすい。な、なんで?」

竜『ふははは、尊敬しなさい崇めなさい、そして称えなさい』

少年「うん、普通に尊敬する。ポチすげえ! すごい!」

竜『…て、照れる』

竜『すっかり暗くなったね』

少年「そうだなー」

竜『帰らないの?』

少年「雨止んだだろうか」

竜『でもそろそろ帰らないと親御さんも心配するよ?』

少年「……そうだな、んじゃ帰る」

竜『ばいばい』

少年「じゃあな……いや、またな」

竜『! またね』

竜『…………行っちゃった』


少年「…ウギャア、ドシャブリジャネエカアア…ー」

竜『遠くから少年の叫び声が聞こえる』

竜『…ふふっ』

今日はここまで、次回は♪固着
明日は今日より1時間ほど遅くなります。

こういうの好きだ
支援

―次の日―

竜『さぶっ!』

竜『これは雨が降ってるに違いない』

竜『……早く来ないかなあ』

少年「……おい」

竜『あっ少年だ。こんにちは』

少年「えっああ、こんにちは。じゃなくて!」

竜『どうしたの、ひどく興奮して』

少年「昼寝じゃねえか!」

竜『はあ?』

少年「シエスタってただの昼寝じゃねえか!」

竜『……ああ、それかあ。そうだよ? それがどうかした?』

少年「自分で調べることが大切とか偉そうなこと言っといてポチただ寝てるだけじゃん!」

竜『はっはっはっ』

少年「なんで笑ってるの!?」

♪固着

竜『おっ今日はあんま濡れてないね、さあこっちにおいで』

少年「さも当たり前のように言うなあ」

竜『ふー、この未成熟な身体が持つ子供特有の少し高めの体温、ぬくもり。たまらないなあ』

少年「えっ、普通にキモい」

竜『おっと口が滑った、大丈夫もう口には出さないから。心の中に留めておくから』

少年「もう離れたくてしょうがないんだが」

竜『だめー、ゼッタイ離さないよ』ギュッ

少年「……代わりに後で勉強教えて」

竜『おっけー』

竜『あー…これ言ったらまたキモいって言われそうだけどさ』

少年「じゃあ言うな」

竜『はい』

少年「…………」

竜『…………』

竜『……言っていい?』

少年「…どうぞ」

竜『今さ、俺結構幸せ』

少年「………あのさっポチ」

竜『なあに少年?』

少年「……やっぱなんでもない」

竜『?』

少年「けほっけほっ」

竜『風邪?』

少年「いや、ここ埃っぽくて」

竜『古い建物だからいた仕方ないねえ』

少年「…そう言えばここって僕が物心ついたときには既に潰れてたな。築何年だ?」

竜『俺が住み始めた頃にはこんなだったから廃館になってから結構経ってるねー』

少年「取り壊せばいいのに」

竜『壊されたら俺が住む場所なくなって困る』

少年「ホームレス…」

竜『憐憫の目で見るんじゃない!』

少年「決めた!」

竜『わっ! な、何?』

少年「ここ掃除する!」

竜『またなんで突然、いやまあわかるけどさ』

少年「ここいると僕の肺が汚染される! これはダメだ! 成長期というある意味人生を左右しかねない大事な時期にこんな環境は良くない!」

竜『でもここどれだけ広いと思ってるの? 時間ものすごくかかるよ?』

少年「全部じゃなくてこの周辺だけならふたりでやれば何とかなる」

竜『いや俺シエスタで忙しいし…』

少年「道具は明日持ってくるから」

竜『この手で箒とか塵取り持てって? それは無茶でしょ』

少年「雑巾がけくらいなら出来るだろ」

竜『いやだ! 俺は絶対に働かないぞ! 惰眠を貪るのを誰にも邪魔させやしない!』

少年「手伝ってくれたら好きなもの腹いっぱい食べさせてやるよ」

竜『よーしお掃除頑張ろう!』

少年「ちょろい」

少年「…………」スヤスヤ

竜『おーい少年?』

少年「ハッ、また寝てしまった」

竜『よく寝るねー、もしかして夜更かししてる?』

少年「してないはずなんだがなあ、どうにも眠い。なんでだろ?」

竜『病気かな?』

少年「こ、怖いこと言うなよ…」

竜『まあ寝る子は育つって言うしいいんじゃない? そう言えば君いくつ? 小学何年生?』

少年「」

竜『どしたの少年? …あっ、そうか数学勉強してるってことは……』

少年「…………14歳」

竜『……なんか、ごめん』

少年「ちっくしょおおおぉぉ!」

竜『だいじょぶ、ほら、なんていうか、その、えと…頑張れ』

少年「励ますならちゃんと励ませ!」

少年「ていうかそうだよ! いつまでも抱きついてないで早く勉強教えろよ!」

竜『えーしょうがないなあ。また数学でいいの?』

少年「うん、え、まさか他にも出来るの?」

竜『英語も多分教えられるよ』

少年「すごっ! ほんと?」

竜『ていうか俺主要な言語なら大抵習得してるよ』

少年「……なんだこの生き物、竜のくせに天才か……」

竜『まあ使う機会は今までほとんどなかったけど』

少年「じゃあ、今日から使ってもらおう。僕英語もさっぱしだから何とぞよろしくお願いします」

竜『やれやれ』

少年「あーだからこうなるのかあ」

竜『そうそう、大分わかってきたみたいだね』

少年「ポチの教え方が上手いからな、ありがとう」

竜『…そ、そろそろ休憩しない? 適度な休息も必要だと思うよ』

少年「りょーかい。あっ、そうだ、約束通り今日は甘いものじゃない食べ物もってきたぞ」

竜『わーい楽しみ何かな?』

少年「はいこれ」サッ

竜『……え? ……え?』

少年「竜って何食うのかなーて調べようとしたんだけどよくわかんなくてさ、まあ竜もトカゲも似たようなもんだろーって思ったんだけど」

竜「お、おええええええええぇぇ…」オロロロロロ…

少年「お、おい大丈夫?」

竜『虫なんか食べれるか! 早くそのゲテモノをしまうんだ!!』

少年「えー…せっかくポチのために集めたのに……」

竜『もっと普通のにしてよ……お肉とか食べたい』

少年「肉ならあるよ、あっでも生肉じゃないとダメか」

竜『いいよそれで! Welcome加工だよ!』

少年「そう? じゃあはいコンビニで買ってきたカラアゲ」

竜『やったあ、こういうのを待ってたんだよ。いただきまーす』

少年「どう? うまい?」

竜『……うぅ、うあぁ……ひっく』

少年「うえっ何!? なんで泣くの!?」

竜『……美味しすぎるよぉ、うえええん、なんだこれええぇ意味がわからないよおおおぉぉぉ』

少年「こ、コンビニのカラアゲ食って泣く奴初めて見た……」

竜『うわああぁん、おいしいいいぃぃ』

少年「よーし宿題終わり!」

竜『お疲れさまーえらいえらい』ナデナデ

少年「その鋭利な爪を生やす手で撫でられると恐怖でしかない」

竜『大丈夫、だいじょうぶ。あーでもこの前お腹が痒くてなってさあ、いつもは手の平なんだけど痒すぎて思わず爪で掻いたらうっかり貫通して皮膚突き刺しちゃってさー、尋常じゃなく血が出たよ、いやああの時は驚いた驚いた』

少年「今すぐその手をどけろ!」

竜『よーしよし』ナデナデ

少年「話聞いてる!?」

竜『なんか楽しくなってきちゃった、なでなでなでなで』ナデナデナデ

少年「ダメだ怖すぎて動けない、ただただ時が早く過ぎるのを待つばかり」

竜『いいこいいこ、よしよし、えへへ』ナデナデナデナデ

竜『少年さあ、人生楽しい?』

少年「と、唐突に深い問いをするなよ…」

竜『なんかさあ、君たち見てるとよくわかんなくなるんだよねえ。服従した態度を見せても心の中ではどす黒い欲望を飼い馴らしているし、同じ対象をまったく正反対のものとして呼称したりするし、自分で裏切っておいて後々とても後悔したりするし、せっかく苦労して手に入れたものを自分で捨てちゃうし。俺にはよくわかんないよ』

少年「…ポチ?」

竜『よく、わからないんだ。……ごめん忘れて』

少年「……えと、そのさ、人生が楽しいかはよくわかんないけどさ、何て言うか、ほら…あれだ、ここで過ごす時間僕はわりと楽しいから、これは本当だぞっ!」

竜『! ……そっかあ。ふふっ』

少年「あー視界が闇に包まれてゆくー」

竜『もう真っ暗だ、夜と言えば幽霊さんが活動し始める時間だねえ』

少年「…………」カチカチ

竜『リズミカルに歯で音を奏で始めてどうしたの? 寒いの?』

少年「そ、そそそその通りさささささ」

竜『…………』

少年「お、おい突然黙るなよ、なんか言ってよ…」

竜『……ばあっ!』

少年「」

竜『お化けだぞーなんてね冗談冗談』

少年「」

竜『き、気絶してる……』

竜『おーい少年、そろそろ起きなよー』ユサユサ

少年「ハッ、うわあぁお化けだああぁ! 憑かれるうぅ!」

竜『竜だよ』

少年「あっ……べ、別に怖がってなんかないんだからな!」

竜『へえ』ニヤニヤ

少年「だ、第一幽霊なんて非科学的なものいるわけがないだろ!」

竜『え? いるよ?』

少年「」

竜『俺が言うのもなんだけど竜がいるんだから幽霊がいたって不思議じゃないでしょ、ほら今も君の斜めうし』

少年「さよならっ!」ダッ!

竜『あっ、行っちゃった勿論嘘なのに』

竜『幽霊なんて常識的に考えているわけないのになあ、ぷぷっ』

竜『…………例え存在しても俺は幽霊にすらなれないのか』

今日はここまで、次回は♪一方通行
明日は7時くらいから。

おつ
二人ともデレてるかわいい

―次の日―

竜『今日は雨降ってないみたいだ』

竜『イコール彼がここに訪れる理由もない』

竜『……ちょっとだけならいいよね?』

竜『…よし』

少年「に゛ああああぁ」

少年「何で雲1つないのに雨降るんだ! 天変地異の前触れか!? 誰か説明しろ!」

少年「飛びこめえええぇ」ズサー

少年「」ガチャッ

竜『やあ少年……ぐちょぐちょやん(やりすぎた)』

少年「晴れてるのに雨降った、わけわからん」

竜『狐の嫁入りって奴だね』

少年「なんでそんなおめでたい日なのに不特定多数に迷惑かけるんだ…」

竜『コンコーン、キューン。どう?』

少年「うまい、うまい」

竜『まあ実際はほとんどギャァ! ギャァ! って感じだけどね』

少年「そんな話聞きたくなかった」

竜『さあ早く俺の胸の中に飛び込んでおいで』

少年「ご覧の通りめちゃめちゃ濡れてるんだけど」

竜『俺気付いたんだ。確かに最初は濡れててちょっと気持ち悪いかもしれないけど少し我慢すればお互いの熱で服は乾くって。君は服が乾くし俺は少年の身体を愉しめる良いこと尽くめ。さあ来るんだ』

少年「……もう反論するのもめんどくさい、好きにしてくれ」

竜『わあい、じゃお言葉に甘えて』ダキッ

少年「…………」

竜『…………』

少年「……なんかさ、これ」

竜『蒸し暑い……』

少年「暑すぎて嫌な汗出てきた」

竜『乾くまで我慢だ』

少年「…………」

竜『…………』

竜『うん、脱ごうか』

少年「素直に離れろよ」

竜『ありえないね』

少年「断言すんな」

竜『ああ、もういいや。あれでしょ? 自分から脱ぐのが恥ずかしいんでしょ? いいよ俺が手伝ってあげる』

少年「ち、違うよ! やめろ離せ! ちょ、あのホントに離して」

竜『ぐえっへっへっへ、大人しくしろもう逃げられんぞ、その艶やかな柔肌を俺の眼前に曝け出すんだ』

少年「えっ、うそ、ウソやめて、あばばば冗談でしょ? ポチ? ポチ!?」

竜『はいじゃあご開帳です』バサッ

少年「あっ」

少年「僕の知ってるポチじゃない……怖い」シクシク

竜『ご、ごめん。まさか泣くほど嫌だとは』

少年「…………」ジロッ

竜『うう…』

少年「……寒いんだけど」

竜『えっ?』

少年「この恰好じゃ寒い」

竜『? うん、だからもう早く着て…』

少年「寒いから早く暖めてって言ってるんだよバカ!」

竜『え? あ、それって。いいの……?』

少年「…早くしろよ」

竜『う、うん』ソッ

少年「…あったかい」

竜『あったかいねえ』

少年「あっ、新発見」

竜『何なに?』

少年「素肌だとポチの腹さらに気持ちいい」プニプニ

竜『俺も素肌だと少年の肌さらさらして気持ちいい』

少年「キモい」

竜『さらさらー、ふにふにー』

少年「顔を擦り付けるなウロコが痛い!」

竜『すりすり』

少年「すりすりってかザリザリだよ! ほらっどけって!」グイッ

竜『ひゃうっ』ビクンッ

少年「えっな、何?」

竜『あ、顎の下は止めて……』

少年「あっ! すごいなんだここ! この上ない触り心地! さらさらってレベルじゃねえぞ!」サワサワ

竜『や、やめ、やめろおおおおぉぉ!』

竜『あのね、龍はね、顎の下に心臓があるの。だからそこを覆うウロコは敏感なんだよ、触られると嫌なんだよ』

少年「ごめん」

竜『わかればよし』

少年「顎の下に心臓あるってなんかヘンなの、どんな体内構造だよ」

竜『傷つくなあ、海老だって頭にあるんだよ?』

少年「ああもうダメだ眠い、おやすみ。起きたら勉強よろしく」

竜『ずいぶん唐突だ』

少年「…すうすう」

竜『もう寝たの? 早すぎない?』

少年「…くう」

竜『よく寝る子だ』

竜『…髪いい匂い、かわいい寝顔だ』シュルシュル

竜『離したくない』

竜『もう大切なものを失うのは御免だ』

少年「…………んあ? さむっ、あれポチがいない」

少年「ポチ-?」

竜『はーい』ゴシゴシ

少年「うす汚れた壁に向かって何してるの」

竜『え? 掃除だけど』

少年「あっ、持ってきてた雑巾がない、というかポチ掃除するなら起こせよひとりでやるなんてズルい」

竜『あんな気持ち良さそうに寝てたらさすがに起こせないよ、あっ服も乾かしといたからもう着れるよ』

少年「ポチが親切すぎて怖い。ぼ、僕バケツに水汲んでくるからっ、確か廊下にあったはず」

竜『いってらー』フリフリ

♪一方通行

少年「にしても狭い廊下だ。なんか物ごちゃごちゃしてるし、入り口も資材だらけで入るの大変だったし」

少年「ん、待てよ? じゃあポチはあの体でどうやってあそこに入ったんだ?」

少年「…まあいいか。あ、バケツあった」

少年「……でも水ないじゃん」

少年「学校に来た」

少年「さっさと水汲んで戻ろう、雨に濡れて蛇口びしょびしょだ」ジャー

少年「……よし重いし半分くらいでいいや、戻るか」カシャン

「あれ? あそこにいるのあいつじゃね?」

少年「!」ササッ

「あいつって誰だよ男1」

男1「ほら、クラスにいる名前が変な奴…なんつったっけ男2? あっ行っちまった」

男2「ああ、あいつか。影薄すぎて忘れてたな」

男1「まあぶっちゃけいてもいなくても変わんないよな」

男2「ていうかアイツよく毎日学校来れるよな? 確かぼっちだろ」

男1「本人に聞いてみれば?」

男2「あんな根暗と話すとか苦行だろ、話しかけても声小さすぎて何言ってるか聞き取れないレベルだぞ」

男1「確かに、実は頭の方ちょっとアレなんじゃねえの?」

男2「…本人に聞いてみれば?」

男1「ぷっ、ははははっ!」

少年「…………(全部聞こえてるんだよ)」

少年「あー疲れたどっこいしょ」

竜『やあおかえり、どうでもいいんだけどおっさん臭い、よ…?』

少年「なんだよ人の顔ジッと見て」

竜『…何かあった?』

少年「な、なんでそう思うんだよ」

竜『否定しないってことはやっぱりそうか』

少年「っ! …………」

竜『俺でよければ相談に乗るよ…?』

少年「余計な、…お世話だっ!」

少年「(…なに意地張ってるんだ僕)」

竜『……そっか、じゃあ雑巾絞って。俺のこの手じゃ出来ないんだ』

少年「お、おう。わかった」

竜『ねえねえほら見て! 大分綺麗になったでしょ』

少年「ほー確かに見違えたなあ、ここまでやってくれるとは思わなかった」

竜『カラアゲ100個』

少年「え?」

竜『掃除したら腹いっぱい食べさせてくれるって言った』

少年「…ええとレギュラーで5個入りだから、約4000円! たっか! たっかあい!」

竜『無理なの?』

少年「スミマセン、申し訳ありませんが半分ほどで妥協していただけないでしょうか?」

竜『ええ? だって俺このために頑張ったのに』

少年「そこをなんとか…今月ピンチで」

竜『しょうがないなあ。じゃあ代わりに金銭絡み以外で俺のわがまま1つだけ叶えてよ』

少年「あ、あまり大した事は出来ないと思うんですが」

竜『んー今ちょっと思い付かないから後でお願いするね』

少年「腹一杯食べさせてやると言った昨日の自分をフルスイングで投げ飛ばしたい」

竜『なんにしよっかなーふふふっ』

少年「よし、だいぶキレイになったな、こんなもんでいいや」

竜『いやはやこんなに動いたのは何年ぶりだろ』

少年「そんなんだからメタボってんだよ」

竜『ち、違うよ! 元からこんな体型だよ!』

少年「産まれたときからおでぶさんか…」

竜『くそう、一時期は全然スマートだったんだよ』

少年「へえ? どのくらい?」

竜『ええと、腰周り直径2cmくらい?』

少年「ほっそ! 極端すぎるだろ!」

竜『スリムでしょ?』

少年「ポチの美的感覚が僕にはよくわからん…コンビニ行って買ってくる」

竜『いってらっしゃーい、……痩せたほうがいいのかなあ?』プニプニ

少年「からあげ50個くださいって言ったら変な目で見られた…へこむ……」

ドシン! ドシン!

少年「な、何か地響きが聞こえる」

少年「しかもあの部屋から聞こえてる気がする、気のせいであってくれ。いややっぱりあそこから聞こえるよチクショウ」

少年「ぽ、ポチ何してるんだよ!?」バタン

竜『あ、少年持ってきてくれたんだねありがとう』ドシンドシン

少年「そんなことよりその巨体で跳び跳ねるのをやめろ! 外にまで音漏れてるんだよ!」

竜『えっ、嘘? それはお恥ずかしい』

少年「え? で何してたの? 新しいストレス発散法?」

竜『いやあ、君に言われて少し痩せてみようかと思って、筋トレしてた』

少年「うん、謝るからそんなはた迷惑なダイエット止めて」

竜『じゃあ俺はどうやってスレンダーな肉体を手に入れればいいんだ、こんなふくよかな身体じゃモテやしない』

少年「そのままの君が一番素敵さ」キラッ

竜『やだかっこいい…惚れちゃいそう…』

少年「まあ茶番はそんくらいにして、はいカラアゲ」

竜『ふふふ、待ちに待ったぞ、いただきまーす』ムシャムシャ

少年「ポチ、君痩せる気ないだろ」

竜『んー? いや、むぐっあるよ。あるけど、んぐっ、我慢も体に良くない、でしょ? けぷっごちそうさま』

少年「まあ人様に迷惑かげずに運動しとけよ」

竜『あーい』

少年「しっぽ」

竜『何さ』

少年「尻尾を動かす感覚ってどんなのかと思って」

竜『んー? 別に手足を動かすのと変わらないよ、むしろ手の届かない背中まで届くから便利』

少年「へえーよいしょ」

竜『なんで乗るのさ』

少年「動かしてみ?」

竜『…まあいいけど。それっ』ブンブン

少年「うおっ、おぉ予想通り楽しい、ははは」

竜『それっ、それっ』ブンブンブンブン

少年「はははははっ、楽しー」

竜『へいっ、へいっ!』ブンブンブンブンブンブン

少年「はは、もういいよ、降ろして」

竜『はい高いたかーい』ヒョイッ

少年「あの、ホントに降ろして」

竜『もっと高いたかーい』

少年「あばばば、マジで降ろして怖い怖い」

竜『はい最大高度ー』ピーン

少年「あぁあああぁポチ様許して許してごめんなさいごめんなさい」

竜『あははっ、たのしーね少年っ』

少年「こわいいぃぃ、この高さそのものと恐怖に震え必死にしがみついている僕を見て満面の笑みのポチが怖いいぃぃ」

竜『はははっ、ほら少年もっと頑張らないと落ちるぞー、はっはっはっはっ!』

少年「誰かたすけてえええぇぇ」

少年「もう二度と乗らん」

竜『俺のここ、いつでも空いてますよ?』

少年「一生空席でいろバカ」

竜『いやあこれは良い運動になるね、いい汗かいた気分』

少年「僕は実に嫌な汗かいたが」

竜『それは災難だったね』

少年「殴るぞ」ゴンッ

竜『もう殴ってるじゃん、手だいじょぶ?』

少年「いてえ……なんだこのウロコ鉄かよ」

竜『鉄だなんて失敬な、生半可な兵器じゃ傷一つ付けられないくらい硬いんだよ?』

少年「へえ。でもその割りに剥がすのは簡単だったような」

竜『…………』

少年「君が背中を丸めて落ち込んでる姿は正直面白い、シュール、滑稽」

竜『追い討ちかけないでよ……』

少年「うーんそろそろ帰るべきか、めんどくさい」

竜『君の家さ、門限とか無いの? いつも結構暗くなってから帰るけど』

少年「…そんなもの家にはないな」

竜『ふうん、時代が変わったのかな? まあ夜道は危ないから気をつけてね、怪しい人についてっちゃダメだよ、飴あげるって言われてもだよ?』

少年「どんだけ子供扱いするんだよ…じゃーまた」

竜『あい、またね』

竜『……ふう行ってしまった、見た目完璧小学生だから心配だなあ』

「…………」

竜『ところでさっきからそこに隠れてるのは誰?』

「! っ……」ダタッ

竜『少年、なわけないよな。……ふむ、これは少しまずいか?』

少年「うーんそろそろ帰るべきか、めんどくさい」

竜『君の家さ、門限とか無いの? いつも結構暗くなってから帰るけど』

少年「…そんなもの家にはないな」

竜『ふうん、時代が変わったのかな? まあ夜道は危ないから気をつけてね、怪しい人についてっちゃダメだよ、飴あげるって言われてもだよ?』

少年「どんだけ子供扱いするんだよ…じゃーまた」

竜『あい、またね』

竜『……ふう行ってしまった、見た目完璧小学生だから心配だなあ』

「…………」

竜『ところでさっきからそこに隠れてるのは誰?』

「! っ……」ダタッ

竜『少年、なわけないよな。……ふむ、これは少しまずいか?』

間違えたごめんなさい

少年「……ただいま」

「弟は偉いわね、この前の試験、学年で唯一満点だったそうよ」

「ほう。この調子で勉学に励みなさい、決して誰にも負けてはいけないよ。人生の負け組にだけは決してなるな」

弟「はい、父上、母上。私は常に、周囲の人間に勝ち続けます。お2人のご期待に応えてみせます」

少年「あの、すみません。僕の食事は…」

母上「まあ、なんて頼もしいのかしら、さすが私達の子ね」

父上「ああ、私はお前のような出来た子を持てて実に誇らしいぞ」

弟「お褒めのお言葉、ありがとうございます」

少年「あの……」

母上「うっるさいわね! ほら、金なら渡すから自分で買ってきなさい!」バンッ!

少年「あ、すみませんすみませんすみません……」

父上「ああもうお前のような出来損ないを見ていると実に苛々させられる、早く出ていきなさい」

少年「はい、失礼しました…」

母上「さあ弟、そろそろお部屋に戻って勉強しなさい。何か欲しいものがあればいつでも言ってね?」

弟「はい、…………」

少年「ああ、夜は冷えるな。そろそろ冬か」

少年「今日は何にしようか、そうだなカラアゲでも食べようかああダメだ金が足りん」

少年「……さむいや」

弟「おーい、兄さーんやーい」タタッ

少年「お、弟? お前部屋に戻ったんじゃ」

弟「いやあ、見つかると面倒だから窓から抜け出してきた」

少年「お前の部屋2階だよな……?」

弟「そのためにロープ部屋に常備してるんでしょ」

少年「てっきり首をくくるためかと…。2階から伝って降りるだなんて僕には真似できないな」

弟「まあ俺兄さんと違って運動神経いいしね」

少年「おい」

弟「冗談だってあはは、ねえいくらアイツからもらったの?」

少年「このくらい」チャリン

弟「わぁお、笑っちゃうくらい少ないね、おにぎり1個くらいしか買えないじゃん。そんなんだから俺より身長低いんだ」

少年「黙れ、まだ成長期が来てないだけだ」

弟「じゃあ今日は金持ちの俺が奢ってあげるよ、なんでもいいよ」

少年「…じゃあカラアゲ弁当」

弟「へえ、兄さんにしては珍しいチョイスだね」

少年「たまにはいいかなって思ってさ」

弟「よしじゃあ、なくなる前に早く買いにいこう! それ走れ!」ダダッ

少年「お、おい待てよ!」

弟「ふははははっ、俺が先に着いたら奢りはなしだぜヒャッハアアアァ!」

少年「う、うおああおおおおおぉぉ!」ダダダッ!

少年「(なんで僕はこんな出来た弟の兄なんだろう)」

今日はここまで、次回は♪だから俺は永遠に誰にも赦されない
明日も同じ時間。

なのですが次の話からとても万人向けではないような内容になります。
もしまだ読んでくれる方がいましたら不快な思いをさせてしまうかもしれません、申し訳ありません。
無理だと思ったら読むのを即刻中止していただけると幸いです。

あと、貴重なレス腰が抜けるほど嬉しいです、ありがとうございます。

座して待つ

―次の日―

竜『今日も雨降ってないみたいだ』

竜『でも力は使わないでおこう、連日天気予報外れるのはまずいよね』

竜『……今日は暇になりそうだ』

少年「ういっす」ガチャ

竜『え? あれ? あれれ?』

少年「なんだよ、疑問符を無駄に並べて」

竜『あれ今雨降ってた?』

少年「降ってないけど」

竜『な、何故来たし?』

少年「ポチに会いたかったからだけど?」

竜『ええ!? あ、その、そ、そっか』

少年「昨日さー何気に宿題忘れててさ、罰として今日いっぱい出されたからよろしく」

竜『う、うんいいよ!』

竜『ところでなんだか甘い匂いがするね?』

少年「今僕あめ玉舐めてるから、ほらっ」ペロッ

竜『その色と香りはレモン味かな? 俺の分は?』

少年「ないよ?」

竜『お?』

少年「ん?」

竜『君の口の中にあるじゃない』

少年「どんだけ卑しいんだよ!? ウソだよあるよほらっ」ポイッ

竜『なんだ嘘か』パクッ

竜『…って妙にすっぱい! なんだこれ毒物か!?』

少年「梅干味だけどおいしくない?」

竜『不味くはないけど求めてたのと違う…。まあいいやそろそろ宿題片付けようか』

少年「…………はーい」シュン

竜『ものすごいテンションの下がりよう』

少年「うーん終わらないなコレは!」

竜『ちょっと休憩してみようか、まだ時間はあるし』

少年「あーい賛成」

竜『あーなんだか懐がさみしいなあ、何かこの胸の中にフィットするものないかなー?』チラッチラッ

少年「よいしょっ」ギュッ

竜『わわっ、な、なんで』

少年「僕も寒いから、ふう、変温動物早く体温上げろ、冷たい」

竜『そんな無茶な、……えへへ』

少年「な、なんだよ気色悪いな」

竜『少年から来てくれると思ってなかったからなんか嬉しいや、ふふっ』

少年「ち、違う! 寒いから仕方なく、仕方なくだ!」

竜『あったかいなあ』

少年「そうだなー」

少年「まずい、眠い」

竜『少年こうしてる時いっつもそう言ってるよね』

少年「う、うそ?」

竜『まあ少しくらいなら寝ちゃいなよ、起こしてあげるから』

少年「うーん、うん。じゃあ頼む、30分くらいで起こして」

竜『りょーかい、おやすみ』

少年「ん。……すぴー」

竜『相変わらず早い』

竜『…ああもうかわいいなあっ』

竜『(色んな意味で)食べてしまいたい! ……あ、あれ? 何言ってるんだ俺』

「…………」

竜『そこにいる者、姿を現せ』

「! …………」

竜『扉の向こう側にいる貴様だ、何かを隔てれば姿を隠せると思ったか愚か者め。我が視界において如何なる壁も死角にはなり得ない』

「…………」ダッ

竜『…またしても逃げるか。……あ、うっかり昔のダサい口調に戻っちゃった、危ない危ない』

竜『うーん、何とかしないとまずいなあ、ここに俺と少年以外はいらない』

竜『やっぱり片付けるか、いやでもどう考えても面倒臭い事になるよなあ』

竜『んー、そんなことより30分ってどのくらいかなあ』

少年「……ん、あれポチ?」

竜「すぴー」

少年「君が寝ててどうするんだ!」ペシッ

竜『…あ、おはよー』

少年「ちょっとは悪びれろよ」

竜『ごめんごめん。じゃあ勉強始めようか』

少年「頼むよほんと」

少年「おふっ…、もう数字も英単語も見たくない」

竜『ほらもう少しだからがんばって』

少年「うっ…うぅ……」グスッ

竜『泣いても宿題は減らないよ』

少年「ポチの悪魔ぁ…」

竜『……竜だよ』

少年「あとちょっと、がんばれ僕、負けるな僕」

少年「ひっひっふー、ひっひっふー」

竜『君は何を産もうとしてるんだ』

少年「弟が辛いときはこうすると楽になるって」

竜『楽になるのは君には縁のない出産だけだよ……って少年弟いたの?』

少年「えっ、言ってなかったっけ?」チラッ

竜『初耳だけど』

少年「そんなことより今はこのコピー用紙とインクで構成された悪魔をどうやって倒すかを考える方が先決だ!」

竜『あ、そこ盛大に間違えてるね、最初からやり直し』

少年「むぎゃああーー!」

少年「幾つもの困難を乗り換えついに僕は悪魔を討ち滅ぼすことに成功した!」

竜『よしよし、えらいえらい』ナデナデ

少年「ひいいぃ、今度は(勉強の)パートナーが敵になっただと」

竜『ぱ、パートナーかあっ』ナデナデナデナデ

少年「何故か撫でる速度が上がった。ってかあっつい! 早すぎて摩擦熱がハンパない!」

竜『わあ、少年頭から湯気出てるよ。ユニークな特技だね』

少年「ポチのせいだから! いい加減離さないと顎触るぞ!」

竜『』ガタガタ

少年「そ、そんなにイヤなのか」

竜『言っていいことと悪いことが世の中にはあるんだよ…』

少年「もう言わないから隅っこで巨体を震わすのをやめてこっちに戻ってこい」

竜『…触らない?』

少年「触らん絶対に触らん、約束する」

竜『わあい、よかったあ。これで安心して抱きつけるっ』ダキッ

少年「…なんか不公平な気がするなあ」

竜『何が? あぁ、きもちぃー』

少年「ポチさあ」

竜『何さあ』

少年「なんで外出ないの?」

竜『めんどくさいからかなあ、寝てるの気持ちいいし』

少年「でもたまには外出た方が健康的だぞ? ずっとこんな所いたらそのうちカビ生えるかもよ?」

竜『あーまあ気が向いたらねえ』

少年「うーん、この感じ絶対外出る気ないだろ」

竜『バレた?』

少年「かといって僕にポチを引っ張っていけるほどの怪力は備わってないし」

竜『なんでそこまでして俺の薔薇色の引きこもり生活を邪魔したいのさあ』

少年「僕は放課後のこの場所だけじゃなく、色んな場所でポチと一緒にもっとたくさんの時間を過ごしたいんだよ」

竜『っ……素直すぎるっていうのは罪だね、相手によっては容易く心を揺さぶる』

少年「ポチ?」

竜『はっきり言うね。俺は何があってもここを出るつもりはない』

少年「…なんで?」

竜『ここから出るのがめんどうだから』

少年「嘘だ」

竜『うん、嘘だよ』

少年「……なんで隠すんだよ」

竜『俺は隠し事はしちゃ駄目なの? 君はしてるのに?』

少年「何も、隠してなんかないっ」

竜『バケツに水を汲んで来た時のあの表情は何? あと君がさっき弟がいるって言ったとき、正確に言えば「言ってなかったっけ?」って呟いたとき目が僅かに泳いでいたよ、本当は意識的に口に出さないようにしてたんでしょ? 家族の事を隠してる。それに君は自分のことをほとんど話さない、普通竜なんて珍しいものを見たら色々訊きたがる筈だけど少年が何も尋ねないのは質問して逆に自分の事を訊かれるのが嫌だからじゃないの? ねえ?』

少年「……うん」

竜『でもそれが何でかは俺は訊かないよ、訊かれたくないことを無理に訊くほど性格歪んでるつもりはないしね。それで少年は俺がここを決して出ていかない理由を訊くの? どうしてもと言うのなら答えるけど』

少年「…聞かない」

竜『そう。じゃあこの話はおしまい』

少年「…………」

竜『うん、もう十分身体暖まったから離れるね。嫌だろうに付き合ってくれてありがとね』パッ

少年「……だめだ」ギュッ

竜『えっ?』

少年「僕がまださむい」

竜『でも顔も赤いし暑いんじゃ』

少年「…………」ポロポロ

竜『なななな泣いてるの少年!?』

少年「泣いてるよ泣いちゃ悪いかコノヤロウ!」

竜『い、いやそんなことはないけど』

少年「なんで僕が泣いてるかわかるかポチ!?」

竜『うえっ!? えと、俺が隠し事云々で少年のこと責めたから? ごめん確かに言い過ぎ……』

少年「違うこのバカポチ!」

竜『ええっ? じゃ、じゃあ俺がちょっとムキになって少年に思わず冷たい態度取ったこと?』

少年「惜しいけど違うんだよこのデブトカゲ!」

竜『じゃあもうわかんないよ! 教えてよ!』

少年「僕から勝手に離れるな!!」

竜『えっ? ……え?』

少年「何勝手にひとりで満足して離してるんだ! さむいんだよ! さみしいんだよ! 悲しいんだよ! ポチが離れたあの瞬間何故だか喪失感がものすごかったんだよ! ご覧の通り思わず泣いちゃったよ!」

竜『そ、それはお気の毒様です』

少年「わかったら早く僕を抱けバカポチ!」

竜『う、うん。…これでいい?』ギュッ

少年「…う、うぅ…それでいいんだよこのバカポチめえ……」グスッ

竜『馬鹿って言うな』

少年「メタボめぇ……」

竜『違う! ふくよか!』

少年「……ひっく、うえぇ……」

竜『…大丈夫、離さない、離れない。俺はここにいるよ』

少年「ずっといるって約束しろよバカ竜がぁ……」

竜『いいよ、約束する』ギュッ

少年「…うぅ、うあぁ……」ギュウウゥゥ

少年「離せ」

竜『「僕から勝手に離れるな!」』

少年「離せ」

竜『「ずっといろよバカ竜がぁ」』

少年「離せ」

竜『わかったら早く僕を抱けバカポチ! って台詞知らない人が聞いたら絶対に勘違いするよね! あざといね!』

少年「離せ言うとるんじゃーー!」

竜『ええ? でもさっき離さないって約束しちゃったしなぁ』

少年「知らん! そんな約束は反故だ反故! わかったら離しやがれ!」

竜『ほご? そんなむずかしい言葉俺にはよくわからないなあ』

少年「ウソだ!」

竜『うん、嘘だよ』

少年「シリアス時と同じ会話すんな!」

竜『HAHAHAHA!』

少年「なんで上機嫌!?」

竜『少年元気いっぱいだなあ。喉痛くならない?』

少年「じゃあつっこませるなよ…」

竜『いやあ少年の反応が面白くてつい』

少年「…もう知らん」

竜『拗ねないでよー』

少年「知らん、もうふて寝してやる」

竜『えー? また寝るの? そしたら俺が暇になるじゃん』

少年「ざまあみろ。おやすみ」

竜『しょうがないなあ。おやすみ』

少年「……すぴー」

竜『相変わらず早いなあ、睡眠オリンピックとかあったら優勝候補だねこれは』

竜『……いつまでもここにはいられないのかな』

竜『そんなのは、嫌だ』

竜『約束したじゃないか俺、ずっといるって』

少年「…ん、ポチぃ……」

竜『? 寝言か』

少年「……すきぃ……」ニヘラ

竜『……………………』

竜『深呼吸しろ俺、理性を保て、何考えてるんだ、だから少年に馬鹿って言われるんだ、手のひらに人と書いて飲み込むんだいや俺の場合竜と書くべきなのか』

少年「えへへ……」ダキッ

竜『少年が俺の顔に抱きついてきた、ていうか近い近い』

少年「……ぽ、ちぃ…」

竜『その距離実に数㎝、何と何がとは言わないけど』

少年「……すう、すう」

竜『ほんとに寝てるよね少年?』

少年「……すぴー」

竜『…起きた方がいいよ』

少年「…………」

竜『このままだと奪っちゃうよ?』

少年「…………」

竜『…一応俺言ったからね』

少年「…………」

竜『…じゃあ、この前の約束勝手にさせてもらうよ』

竜『ごめんね』

少年「……ふわ、よく寝た気がする」

竜『…………』

少年「あ、おはようポチ」

竜『……俺を何も言わずに殴るんだ少年』

少年「な、なんで僕が寝てる間にMに目覚めてるんだよ!」

竜『はやく! 渾身の力でぶちかますんだ!』

少年「いやだって! 殴った方が痛いんだよ!」

竜『じゃあウロコ全部ひっぺがしちゃえ! 全部あげるよ出血大サービスだよ!』

少年「おち、落ち着けよポチ」

竜『誰か俺を断罪しておくれよぉ』

少年「一体どんな罪深い行いをしたんだよ君は」

竜『駄目か…じゃあ自分で自分を徹底的に痛め付けるしかないな』

少年「そんなド変態とこれから付き合っていく勇気はないんだが」

竜『うぅ…自分で自分が赦せない。どうすれば』

♪だから俺は永遠に誰にも赦されない

少年「じゃあもう僕が許すよ」

竜『……え?』

少年「あ、えと、なんていうかポチが自分を許せないってんなら僕が代わりに許してやろうっていう僕の寛大な心構えというか、慈愛心というか、な何言ってるんだ僕、恥ずっ」

竜「ホントだね、恥ずかしいね」

少年「言わないで!」

竜『…………でも、ありがとね少年。本当に、ありがとう…』

少年「? お、おうどういたしまして」

少年「おっ」

竜『なにさ』

少年「81」

竜『え』

少年「ウロコ、背中だけだけど」

竜『…数えてたの?』

少年「実は来る度に地道に数えてた」

竜『時々背中にむず痒い視線を感じてたのはそういうわけかあ』

少年「いやあ満足まんぞく」

竜『ずいぶん時間を無為に浪費したね』

少年「貴様! 人の努力を何だと思っている!」

竜『多分本で調べれば枚数出てきたよ』

少年「……え?」

竜『そういう類の文献に載っているんじゃないかな』

少年「どゆことだよポチ?」

竜『これ以上は、今は、ね』

少年「…調べてもいいってこと?」

竜『ご自由に』

少年「……よしじゃあ明日調べてやる! ポチの恥ずかしい秘密を暴き出してやるから覚悟しな!」

竜『俺の秘密は難しいよー?』

少年「首を洗って待っていな! そうと決まればこうしちゃいられない早速帰ってインターネッツで調べてやるあばよ!」ダダッ!

竜『あーあ行っちゃった、多分わかんないだろうなあ』

竜『わかったら少年はどうするんだろうな、俺から離れるんだろうな』

竜『ならやっぱり言えないなあ、俺の口からは…くち、か……』

竜『…あまかったな』

少年「…………」カチカチ

弟「やふー兄さん元気?」

少年「目がしょぼしょぼすること以外は元気かな」

弟「兄さんがパソコン借りたいって言い出したときは驚いたけど何調べてるの?」

少年「んー何となく今は秘密にしといていい?」

弟「俺には兄さんの考えがよくわからないなあ」

少年「あーダメだもう画面見たくない、電源切ってくれ」

弟「あいよ、成果あった?」

少年「も、もちろんさ当たり前だろっ」

弟「まあ明日も貸してあげるから落ち込むなよ」

少年「……うん…じゃあ見つかる前に僕は部屋に帰るよ」

弟「気を付けてよー」

少年「うん、弟には迷惑かけないよ。おやすみ」

弟「おやすみー」

弟「…さて、行ったな。じゃあ履歴履歴、と」カチカチッ

弟「……へえ」

今日はここまで、次回は多分♪紳士はスマートに仕事をこなす

―次の日―

少年「学校に着いた」

少年「何事もない内に1日が終わるのを祈ろう、そんで早くポチの所に行こう」

竜『(あーマイクテス、マイクてすと。本日は晴天なり、多分)』

少年「やばい、幻聴が聞こえてきた。何か変なものでも食べただろうか」

竜『(幻聴なんかじゃなくてリアルだから心配しなくていいよ)』

少年「(じゃあこの脳内で響く声はなんだよ)」

竜『(まあ双方向性のテレパシー的なものという認識でいいんじゃないかな)』

少年「待ってまって、もしかしてコレ僕の考えダダ漏れ?」

竜『(強く考えてることとかはわかるよ)』

少年「(何も考えない何も考えない)」

竜『(それって結局思考してるよね)』

少年「(黙れ変なこと考えて読まれるよりましだろ)」

竜『(変なことって何? ねえ変なことってなあに?)』

少年「(やめろ思考を誘導しようとするな!)」

竜『(残念。少年今どこ?)』

少年「(学校、今教室入ったとこ)」ガラッ

竜『(帰り道気を付けてね)』

少年「(え? 何その不吉な発言)」

竜『(じゃーねー)』

少年「(え、ちょっと待って詳しく説明して)」

少年「(おーい、おーい)マイペースか!」

シン…

少年「あっ……(教室が一瞬にして静まり返った…)」

オイ今ノ何…

今言ッタノアノ根暗ダヨネ…

キモ…

アイツ何カヤバイモノデモヤッテンジャネ…

イロイロト終ワッテンジャン…

気持チ悪イ…

気持チ悪イ…

消エレバイイノニ…

ナンデ生キテルンダヨ…

死ネヨ…

死ネ…

死ネ…

少年「(聞こえない聞こえない何もキコエナイ)」

少年「(嫌だ嫌だ消えたい消えたいもうこんな現実なんてなくなれ)」

少年「(逃げたい逃げたい逃げたい怖い怖い怖い)」

男1「あのさあお前」

少年「!」ビクッ

男1「聞こえてただろ、今の」

少年「な、何が……」

男1「はあ、マジめんどくさいなお前」

少年「え、あ、そのごめん」ビクビク

男1「もう来るなよ学校」

少年「えっ……今な、なんて…?」ニヘラ

男1「迷惑してんだよ俺ら、お前がいなけりゃクラスの雰囲気格段に良くなるわけ、わかるだろ?」

少年「えっ、あっ、うん」

男1「じゃ、そーゆうわけだから、よろしく」

少年「えっ、で、でも僕…」

男1「ああマジうぜえなお前! 消えろっつってんのわかんねえのかよ!?」ガシッ!

少年「あ……あ…」ガタガタ

男2「おいそれぐらいにしとけよ」

男1「なんだお前コレの肩持つのかよ?」

男2「んなわけねえだろ、ただ騒ぎになったら面倒だろうが」

男1「……ちっ」スタスタ

少年「(よかった離れてくれた……)」

男2「あのさ」

少年「えっ、あ…」ビクッ

男2「あいつが言ってたこと、多分クラス全員思ってるから」

少年「…………」

男2「意地張ってもいいことないと思うぞ、じゃ」

「はーい、みんなおはよう……どうした何か空気重いぞ?」

男2「なんでもありません先生。早くホームルーム始めてください」

先生「ん? そうか? んじゃ皆席に着けー……」

少年「(学校に来るな、か。でも家にも僕の居場所なんかない)」

少年「(……どこにも居場所がない僕はこの世に存在してはいけないんだろうな)」

―放課後―

少年「(学校が終わった、帰ろう)」

少年「(……外靴がない)」

少年「(傘が盗られてるのはいつものことだけど今度は靴か、だいぶ直接的になってきた)」

少年「(とりあえず内履で帰ろう)」

竜『少年が来ない』

竜『…まあ、たまにはそんな日もあるか』

竜『テレパシーはあれだからもう使えないしなあ』

竜『…明日は来るよね?』

―数日後―

少年「(学校に来たら机の上に花瓶が置かれていた、ずいぶん古典的だ)」

クスクス…

少年「(笑うな笑うな僕を嗤うな)」スッ、ベチャ

少年「(……椅子が接着剤でベタベタだ、情けないことに座ってから気付いた。とりあえず立ち上がらないと)あっ…」ガタンッ

ドシャア

少年「(こけた…)」

プッアッハッハッハッハ…

少年「(うるさい黙れ)」

―放課後―

少年「(あの後は昼ご飯に虫を投入された程度で済んだ、おかげで腹は減っているが)」

少年「(外靴が戻ってきてる…ってことは)」

少年「(……ほらね、画鋲がてんこもりだ)」パラパラ…

チッ…

ツマンナイノー

少年「(…帰ろう)」トボトボ

竜『今日も来ないのか』

竜『…どうして?』

―1週間後―

少年「(あれから約1週間、だいぶエスカレートしてきた。さすがに水を頭上からかけられたのには焦った、タオルを準備してて良かった)」

少年「(我ながらよく学校に来てるな)」

少年「(さて、外靴は酸化反応の末黒焦げだしこのまま帰ろう)」

男1「よお」ドン

少年「(誰だ?…)あ……あ……」ガタガタ

男1「すげえなお前、俺だったらもう学校やめてるって」

少年「ま、周りの人達は、だ、誰…?」

男1「何しても来るんだもんな、参ったってホント」

少年「て、手に持ってる……それは」

男1「だからさあ、もっとわかりやすくいくことにしたわ。んでこれね、ナイフ、よく切れる特注品の奴」

少年「こ、来ないで……」

男1「その吐き気がするほど白い肌に一生残る醜い傷跡なんて映えると思わねえか? …取り押さえとけ」

少年「く、来るなあ!」ダダッ

男1「あーあ、逃げられちまった。…あ、いーよいーよ後は俺がやっとくから。え? 自分逹もやりたいって? そう? んじゃ行くか」

少年「(ど、どこに逃げよう)」

少年「(家、は待ち伏せされてるかもしれない)」

少年「(……隠れる場所があそこしか思い付かない)」

少年「(ごめん)」


竜『……お? 来たみたいだ』

少年「はあ…、はあ…」ガチャッ

竜『いつになく興奮した様子だね少年』

少年「ちょっとな…」

竜『最近来ないから心配してたんだよー?』

少年「僕は暇じゃないんだよ、ポチとは違って」

竜『失敬な、俺だって時間を有効活用してたのに。気付かない?』

少年「…何が?」

竜『腹部に注目』

少年「うわ、筋肉きもっ」

竜『腹筋の賜物です』ムキムキ

少年「その体型でよくできたな、すごい」

竜『ふはは、もっと誉めて誉めて』

少年「うわーカッチカチじゃないですか、やだー」ペタペタ

竜『ちょっ、くすぐったいくすぐったい』

少年「こりゃダメだ、ポチ筋肉落ちるまでもう腹筋禁止ね」

竜『俺の努力全否定!?』

少年「…………」チラッチラッ

竜『どうしたの少年、しきりに扉を気にしているようだけど。扉フェチ?』

少年「っ…いや、なんでもないよ」

竜『ふーん、そう言えばなんか調べてわかった俺のこと?』

少年「んーまだほんのちょっとしか調べてないから」

竜『今まで何してたんだよもう! シエスタか!? シエスタにでもはまってたのか!?』

少年「でもさあ、竜って一杯種類あるんだな。その中にポチはいなかったけど」

竜『だろうね』

少年「なんでいないの?」

竜『さあ?』

少年「教えろよー」

竜『じゃヒントね』

少年「よっしゃ」

竜『大事なのは見た目じゃなくて心』

少年「」

竜『その呆れ果てた顔は傷つくなあ』

少年「ポチ意味わからない」

竜『まあせっかくだから考えてみてよ』

少年「わかった、頑張る」

竜『それでこそ少年だ』

♪紳士はスマートに仕事をこなす

竜『少年ちょっと後ろ向いて両腕を上げて』

少年「なんで? いいけど」

竜『よっと』バサッ

少年「びゃあああぁ! 何故に衣服を奪った!?」

竜『あー久しぶりだこの感覚、いいねえ』ダキッ

少年「突然脱がすなよ、新手の追い剥ぎかと思った」

竜『だって1週間だよ? 1週間も少年の身体を愉しんでないとか発狂するかと思ったよ』パキッ…

少年「そ、そんなに?」

竜『やあらけー、ふにふにー。これはあれだね、一種の麻薬だね、味わってしまったらもう抜け出せない』

少年「腹筋が固くて全然気持ちよくない…」

竜『俺は最高に気持ちいいよ』

少年「は・な・せ!」

竜『言うまでもなく断る』

少年「あ、でも筋肉ついたせいかポチ温かい、そこは筋トレしてよかったな」

竜『どやあ』

少年「どやあって普通口に出して言うものじゃないぞ」

竜『そうなの!?』

少年「この前の朝のあれのことなんだけど」

竜『ん、テレパシーのこと?』

少年「そうそれ、あれってすごい便利じゃないか?」

竜『…まあ使い道は色々あるよね』

少年「な! それ使えばいつでもどこでもポチと話せるもんな! ここに来れない時とかでも会話だけならできる!」

竜『……君は実に馬鹿だなあ』

少年「な、何故だ!?」

竜『でもあれ使うのに厳しい条件があるんだよ、だからあんまり実用性はない』

少年「何それ?」

竜『まあ言わないけど』

少年「また隠すのかよー」

竜『いやあ、言ったら君に怒られるなあと』

少年「おま、僕の体に何か悪影響とかないよな!?」

竜『いや、害はないよ。うん害はね』

少年「なんだ、よかった。驚かせるなよ」

竜『まあ少年の体に何かしたのは事実だけど』

少年「おい」

竜『知らぬが仏』

少年「じゃ、いいや知らなくて」

竜『扱いやすい子だ』

少年「あっ、ごめん。今日食べ物持って来てないや」

竜『』

少年「そんなに期待してたのか」

竜『……うん、食べたかった、唐揚げとかカラアゲとかからあげとか』

少年「今度は持ってきてやるから目をうるませるのやめろ、な?」

竜『今度っていつ?』

少年「え? あーといつだろ…まあ出来るだけ早く来るよ、……来たいんだよ」

竜『少年さ、忙しいって言ってたけど何が忙しいの?』

少年「え、そりゃ学校だよ」

竜『具体的には』

少年「あ、えと、ほら……文化祭が近いんだ、その準備でさ」

竜『へーそんな時期なんだー、興味深いなあ』

少年「だ、だからさ文化祭が終わればまた毎日来れるようになるって」

竜『そっかー安心した、ねえ少年』

少年「ん?」

竜『文化祭お友達と一緒に楽しんでね』

少年「っ! ……嘘なんてつくもんじゃないなあ」

竜『…………』

少年「うちの学校文化祭ないんだよね、ていうかイベントがほとんどない」

竜『へえ』

少年「だからさ、さっきのは嘘」

竜『そう』

少年「……なんで嘘ついたか聞かないの?」

竜『前も言ったでしょ、訊かれたくないことを訊くほど俺は性格歪んでないって』

少年「…ごめん」

竜『謝る必要なんてないよ』

少年「…全部吐き出してしまいたい自分がいるんだ、でも言えないんだ、怖くて言葉が続かない」

竜『そっか』

少年「でもこれだけはポチになら言える」

竜『何?』

少年「……苦しいよ」

竜『うん、知ってた。話してくれてありがとう』ギュッ

竜『…………』

少年「……なんで眠くなるのかわかった」

竜『へえ、教えて』

少年「ポチに抱かれてるとなんだか護られてる気がする、だから落ち着く」

竜『なるほどね』

少年「ずっとこのままでいいかも…なんて」

竜『! ……今日はもう帰るんだ少年』

少年「え、いやいや今のはなんていうか言葉のあやでホントにずっとこの位置に居座るわけじゃなく」

竜『帰るんだ』

少年「なんで…?」

竜『また明日』

少年「…うん、じゃ……」トボトボ

竜『待って、今日はあっちから帰って』

少年「? わかった」

竜『さてと』

竜『壁が邪魔だなあ、壊そう』ドゴオオオォォン…

竜『やあ君達お待たせ』

男1「」ガタガタ

竜『うん、力はちゃんと効いてたみたいだね。全身が痺れて力が入らないだろう? よかったよかった』

男1「あ…」

竜『ひーふーみー、わあこれはまた大人数だね。大勢でご苦労様。何もないところだけど歓迎するよ』

男1「お、お前は、誰なんだ」

竜『そのまま言葉を返そう、何者だ貴様らは』

竜『何てね、ほんとは何となくわかってるんだ』

男1「くそっ、なんで、なんで体が動かねえんだ!」

竜『少年の靴が何故か外靴じゃなくて内履だった、雨も降ってないのに髪の毛が湿ってた、なにより服に発信器が取り付けられてた。もう壊したけどあんな目立つとこに付けるなんて何考えてるの? それとも何も考えていないの?』

男1「なにが、なにがどうなってんだよおい! 誰か! 誰か!」

竜『服を脱がして確認してみたけど幸い傷はまだつけられてないみたいだった。ところで君の持っているこの刃物は何だろう? 危ないなあ。これは隅っこに寄せておこうね』ペシッ、カランカラン…

男1「おい誰か動けるやついねえのか!? なんで誰も返事しないんだ!?」

竜『ああもう、五月蝿いな。ちょっと静かにしてよ』

男1「誰かいないのか! 頼む助けてくれ! 誰かああ!」

竜『……じゃあ小指から』ポキッ

男1「は?……あ、ああああああぁぁあああぁぁあああ!?」

竜『うーん、ニンゲンの骨は脆いなあ、じっくり骨が軋む感覚を味わわせようとしてもすぐ折れちゃう』ゴリゴリ

男1「俺の! 俺の指が、曲がっ! いだいいだいなんでなんで?」

竜『まだ騒ぐの? じゃあ次は順当に薬指ね』ボキッ

男1「がああああああああぁぁぁああぁいだいいいいぃぃぃ」

竜『これでも喚くの? それ以上耳障りな音を出すなら…喰うよ?』

男1「ぐ、うううぅぅ……」

竜『あはは、じょーだんだってば、冗談。だって君みたいなゲテモノ食べても不味いに決まってるからね。あ、でも少年は美味しそうな身体してるよなあ……』ジュルリ

男1「痛い…痛い…」

竜『まっ、ようやく静かになってくれたから本題に移れる』

竜『今から訊く質問に答えてね、それが答えたくない質問でもだよ?』

男1「…………」

竜『黙秘は1本、嘘は5本。わかる?』

男1「!」コクコク

竜『素直でよろしい、じゃ訊いてくよ』

竜『君たちは彼をいじめてた?』

男1「…………」コクリ

竜『だろうね、その理由は?』

男1「き、気持ち悪かったから…暗いし」

竜『そう? 俺には健気で素直で優しくて可愛くて愛しくて実に魅力的な子に思えるけど。まあいいや次ね』

竜『いじめてたのは誰? 直接以外でも見て見ぬフリも含むよ』

男1「クラス、全員だ。ぐう…」

竜『ふうん、ごみ溜めの中で暮らしてたんだね少年は、可哀想に。次』

男1「…………」

竜『首謀者はだあれ?』

男1「……知らねえ」

竜『ほんとに?』

男1「本当だ!」

竜『そっ、じゃあ他の皆さんにご質問、この中に首謀者さんはいるかな……わお、すごいね皆君のことを真摯に見つめているよ。目は口ほどにものを言うものだ』

男1「ちが、ちがうんだ……」

竜『じゃ、左手全部いっちゃおうか』グチャッ

男1「」

竜『えー? この程度の痛みで気絶? まったく信じられないなあ。そんなつまんない展開駄目だよ、ほら早く起きて』ドカッ

男1「ごへぁっ、げほっ、げほっ」

竜『おはよう、続けるよ。いじめの内容はどんな感じだったのかな?』

男1「…………」

竜『黙秘は1本』

男1「…普通に、無視とか、ぐうぅっ、教科書燃やしたりとか、あと色々、ありがちなことだ…」

竜『ふーん。まっ、肉体的暴力を犯さなかったのは正解だったね、傷なんてつけられてたら俺正気じゃいられない自信があるからね。まあそれも時間の問題だったみたいだけど』

男1「謝るから、謝るからもう許してくれ……」

竜『謝る相手が違うでしょ、あんまり馬鹿な発言してると自分の首を絞めることになるよ?』

男1「…っ……」

竜『んーでもまあ大体訊くべきことは訊いたかな。あ、思い出した』

男1「…なんだ?」

竜『君達の中で以前に少年の跡を付けてここに来た人はいるかな? 1週間前のことなんだけど』

男1「な、何の事だ……?」

竜『ほんとに知らない? 嘘は5本だよ』

男1「し、知らねえ! こんな辺鄙な場所に態々来ねえよ! お前らもだろ!? ……ほらっ」

竜『……へえ。じゃあアイツハ一体誰何ダ?』

男1「なあ頼むよ…もう帰してくれないか」

竜『じゃ約束して。もう少年をいじめないって』

男1「約束する! だから」

竜『破ったらこの町潰すから』

男1「……絶対破らない」

竜『あとここであった事を他言しても潰すね、言うまでもなく他の皆もだよ』

男1「…わかった、誰にも言わない」

竜『じゃ、君たちもう帰っていいよ。動けるようにしたから。10秒以内に俺の視界から消えないと消し炭にするからね』

ウ、ウワアアアアアァァァ…

竜『蜘蛛の子を散らすようにって表現はこういうことを言うんだなあ、実に醜い』

竜『ま、これで少年も前みたいに毎日ここに来てくれるだろう。よかったよかった』

竜『んー、早く明日にならないかなあ』

竜『……筋トレは禁止されちゃったしなあ。趣味にでも勤しみますか』

竜「ぐう…すぴー」

竜『…ん、あれ懐が暖かい』

少年「……くーくー」

竜『……あー、なんだ夢か。どんだけ俺は少年を欲してるんだ。まあ夢なら力を使って無理やり眠らせる必要もないし存分に愉しもう』

少年「くー…すぴー」

竜『可愛い唇だなあ。いただきます』ペロッ

少年「んっ、……」

竜『うん、美味しい。それにしてもあれだね、人間の最も愚かな文化的行為は衣服を着ることだね、どうせ夢だし破いちゃえ』ビリビリ

少年「…さ、む……」ヒシッ

竜『少年が寒さのあまり抱きついてきた、いい反応だ』

少年「すーすー……」

竜『……これは誘ってるに違いない、えいっ』ベロン

少年「うあ! ひっ、な、なにっ?」

竜『うーんこれはキますなあ。どれこちらも味見』ヌチャヌチャ

少年「ひいっ、や、やめて、ぽち! ポチ!?」

竜『……下も脱ごうか少年』

少年「ま、待ってほんとに待って落ちついて」

竜『よいしょっ』ズル…

少年「い、いい加減にしろ! くらえ逆鱗!」サワサワ

竜『おうふっ!』ビクン

竜『……あれ、感覚。あれ?』

少年「なんじゃこりゃあああ服が破れとる!」

竜『夢…じゃない?』

少年「リアルだよ何寝惚けてんだバカポチ!

竜『…えと、なんでここにいるの?』

少年「その前に説明することがあるよね? なんで僕の服が布切れにクラスチェンジ?」

竜『あー、ほら、俺低血圧だからさ、寝起き機嫌よくないんだよね』

少年「ポチムシャクシャしたら人の服を破壊するの!? 怖いよ!」

竜『心の底からごめん』

少年「あとさ、起きたら僕はポチに食べられかけてたわけだ」

竜『(アレな意味で)』

少年「あのな、確かに食べ物忘れたのは悪かった。でもさ夢だと思ってたとはいえ食欲を押さえきれなくなるぐらいだったら言えよ、コンビニでカラアゲぐらい買ってくるからさ」

竜『…えーと、もしかしてわかってない?』

少年「何がだよ」

竜「……はああああああああぁぁぁ」

少年「何故盛大なため息」

竜『幸か不幸かどっちなんだよって話だよ!』

少年「なんの話だか全然わからん」

竜『うん、少年だしね。しょうがないね。それで君はなんでここに戻ってきたのさ』

少年「ああ、そのことなんだけど」

竜『うん』

少年「やっぱりポチに聞いて欲しいんだ、僕が何で苦しんでるか」

竜『ああ、いじめのことでしょ』

少年「実はそうなんだ…………おい」

竜『なあに?』

少年「なんで知ってんだ」

竜『気にするな!』

少年「気にするよ! おま、僕がどれだけ思い悩んでここに戻ってきたと思ってるんだ! なんだこのガッカリな感じ!」

竜『まあまあ、少年の口から話してくれたことに意味があるんだからいいじゃない。話してくれてありがとね』

少年「腑に落ちない」

竜『辛かったね、頑張ったね』

少年「……やめろよそういうの、涙腺が刺激される」

竜『もう、大丈夫だから』

少年「何も大丈夫じゃねえよ、…怖いよ」

竜『ううん本当に大丈夫なの。もう君がいじめられることはない』

少年「なんでそんなことが言えるんだ」

竜『俺がそういう魔法をかけたんだよ』

少年「マジで?」

竜『マジで』

少年「…………」

竜『信じられない?』

少年「…奇妙なことに信じられる、わけわからん」

竜『俺と少年の信頼関係のたまものだね』

少年「否定したいが否定する材料がないなあ」

少年「あ、やばい!」

竜『どした?』

少年「ばかやろう!」ペシッ

竜『ちょ、なんなんだよもう』

少年「服! どうやって帰ればいいんだよ!?」

竜『あー…少年晴れて変質者の仲間入りかあ、おめでとう』

少年「…………」サワサワサワサワ

竜『無言で逆鱗触るのやめて、結構慣れたけど』

少年「どうしよぉ……」

竜『んー頑張れ!』

少年「き、貴様!」

竜『まあ無難に提案させてもらうと誰かに持ってきてもらえば?』

少年「そうするか…、携帯、携帯」

竜『あ、言っとくけどこの部屋に入れちゃ駄目だよ』

少年「なんで?」

竜『言いにくいけど俺の姿を見て冷静でいられた君は異常だよ』

少年「? ああ、確かにポチ顔少し怖いもんなあ」

竜『うん、もうそういうことでいいや』

少年「……あ、もしもし、僕だけど頼みがあるんだ、……うん、……に上着を持ってきて欲しいんだが、…え、なんでって…………転んで服破れた」

竜『(苦しすぎる)』

少年「うん、それはもう真っ二つに、まさに奇跡の一瞬だった。うん、うんじゃあ頼むよ、場所わかる? …了解、着いたらまた電話して、じゃ」

竜『誰に頼んだの?』

少年「前に言った弟。恥ずかしい話あいつぐらいしか頼れる人がいないんだよね。親はちょっとアレだし、学校は言わずもがな」

竜『少年の周りにはロクな人間がいないね』

少年「弟はポチに会う前の唯一の良心だったな…兄の立場ながら良くできた弟だと思うよ」

竜『ふうん』

少年「あいつがいなかったらとてもじゃないけどやっていけなかっただろうなあ、面と向かっては言ったことはないけど感謝してる」

竜『あっそ』

少年「…ポチなんか怒ってない?」

竜『別に』

少年「……絶対怒ってる」

竜『なんでそう思うのさ』

少年「雰囲気」

竜『ずいぶん曖昧な根拠だ』

少年「機嫌直せよーなんだやっぱり腹空きすぎたのか? あーゆーはんぐりー?」

竜『少年の中で俺は腹ペコキャラなのか』

少年「弟が来るまで暇だ、故にしりとりでもしよう」

竜『唐突だね、まあいいけど、なら先手は譲ろう』

少年「じゃあ無難に"しりとり"の"り"から」

竜『"リービッヒ冷却機"』

少年「"きのこ"」

竜『"光化学スモッグ"』

少年「"グミ"」

竜『"ミエローマ"』

少年「ま、"マシュマロ"」

竜『"ロシュミット数"』

少年「う…"梅干し"」

竜『し、かあ。うーんじゃあ"シアヌル酸クロリド"』

少年「あのさ」

竜『次は"ど"だよ少年』

少年「…"ドーナツ"」

竜『"対イオン液体クロマトグラフィー"。"ふぃ"でも"い"でもいいよ』

少年「……じゃあ"芋けんぴ"」

竜『"ピアレスマニュファクチャリング"』

少年「"グリンピース"あのさポチ」

竜『うーんそうだなあ、じゃあ"スツーカ"』

少年「(あ、ちょっとまともだ)"カニ"!」

竜『"ニューモノウルトラマイクロスコーピックシリコウ゛ォルケーノコニ……"』

少年「しゃあああらっぷううううぅぅ!」

竜『どうしたの突然奇声をあげて』

少年「こんなんじゃつまんないんだよ! 知らない言葉ばかり使われても面白くないんだよ!」

竜『えー聞いたことぐらいはあるでしょー』

少年「ないよ! 初耳オンリーだよ! どマイナーだよ!」

竜『じゃあもっと一般的な言葉にするかー』

少年「自覚あるじゃねえか」

少年「…………」スースー

Prrr……

少年「…………」スピー

竜『しょーねん、起きて、電話』ユサユサ、ベロン

少年『ふあっ!? あれウソまた僕寝てた!? なんで!?』

竜『いいから早く出て』

少年「う、うん。はいもしもし…わかった、今行く。……来たみたいだ」

竜『そう、またね』

少年「うん、またな」

少年「……あ、いい忘れてた」

竜『なあに?』

少年「ありがとな、じゃ」

竜『?』

少年「お待たせ、わざわざ悪いな」

弟「それはいいけどさ、兄さんこんな辺鄙な場所で何してたの? 1人廃虚ツアー? はい服」

少年「ちがっ……実はそうなんだ」

弟「」

少年「…やっぱりウソだったってことでいいか?」

弟「いや、俺兄さんの趣味がちょっと特殊でも引かないからさ…」

少年「ごめん! 嘘、ウソ冗談!」

弟「あ、半径2m以内には近づかないで。特に理由はないけど」

少年「明らかに引いてるじゃないか!」

弟「どうでもいいけど早く服着ろよ見苦しい」

少年「ごめん……」

弟「まあ俺も人のこと言えないけどなあー」

少年「ああ、あれかあ。でも気持ちはわかるし別にいいだろ」

弟「そう言ってくれるのは兄さんだけだろうね。兄さんも一緒にどう? いい気分転換になるよ?」

少年「僕にはハードルが高すぎるから遠慮しておく、ありゃあ弟だから出来ることだ」

弟「兄さんもかなり素質あると思うけどなあ、別ベクトルで」

少年「あー家着いちゃったなあ」

弟「心底嫌そうだね、まあ俺もだけど」

少年「先に入ってくれ、一緒に帰ったらまずいだろ?」

弟「悪いな兄さん」

少年「そっちはそっちで大変だろうが。お互いがんばろう」

弟「…そうだね。…………ただいま帰りました…………」

少年「……どっちの役回りの方が幸せなんだろうか」

竜『そろそろ少年家に着いたかなあ、さすがに服を破いたのはまずかったかなあ』

竜『まっいっか、早く明日にならないかな待ち遠しい』

竜『……弟さんかあ』

竜『邪魔だな』

今日はここまで、次回は♪背に腹は変えられぬ

続きが気になる

>>145
まだ見てくれた人がいたようで正直ほっとした、ありがたいです

―次の日―

少年「さてと、ついに登校時間が到来してしまった。行こう」

少年「教室前に着いた入ろう」

少年「…………(昨日はああ言ったけどやっぱり怖くて足が動かない)」

竜『(大丈夫だよ少年)』

少年「(ポチ?)」

竜『(大丈夫、俺を信じて)』

少年「(……うん)いってくる」

竜『(いってらっしゃい)』

少年「(あれ、いつもより人が少ない気がする)」キョロキョロ

男2「げっ、来やがった」

少年「えっ」

男2「おい、ちょっとこっち来い」

少年「うわっ、な、なに、引っ張らないで」

少年「(廊下に戻された)」

男2「お前さあ男1を返り討ちにしたってマジ?」

少年「え…なにそれ?」

男2「教室の中お前の噂でもちきりなんだよ。お前が度重なるいじめにキレて男1を全治3ヶ月にも及ぶ重症を負わせたとかなんとか」

少年「ば、バカな! 僕がそんなことできるわけないだろう!」

男2「へえ、じゃやっぱ噂は所詮ウワサか」

少年「当たり前だろ! 集団に囲まれてなんで反撃ができるんだよ! こちとら逃げるの一手のみだったよ!」

男2「なんだ、お前リンチにまで合ってたのか」

少年「今まではなかったんだけどな、さすがにあれは命の危険を感じた」

男2「……お前結構普通に喋れんのな」

少年「? どういうこと?」

「おいお前らさっさと教室に入れ」

少年「(あ、無能教師)」

男2「あ、無能教師」

少年「(えっ?)」

教師「男2聞き間違いとは言わせんぞ」

男2「あっ、いや無能っいうのは無農薬の略で」

少年「なに言ってんだこいつ」ボソッ

男2「聞こえてンぞ」

少年「えっう、ウソ?」

教師「はあ。くだらん茶番はそれくらいにしてさっさと教室に入れ」

男2「へーい」

少年「は、はい(クラスの人とまともに話したのは久しぶりだ)」

少年「あの後周りの視線を異様に感じた以外は何事もなく放課後になった。帰ろう」

男2「お前一人言の声でかいな」

少年「うわっ…男2だ」

男2「人の顔見てその反応はねえだろ」

少年「いじめの影響でクラスメート全員の顔が怖いからしょうがない」

男2「言っとくが俺はいじめに加担してなかったぞ、まあ傍観者も同罪だろうがな」

少年「そうなの? 男1と仲いいからてっきり…」

男2「お前さ、朝はああいってたけど本当に男1に何もしてないんだよな?」

少年「本当だってば」

男2「……パンチ」ドカッ

少年「ごふっ」バタン

男2「こんなのも避けられないんじゃ嘘じゃないっぽいな」

少年「え? それ確かめるために顔面に拳ぶちこんだの?」

男2「……じゃあどういうことなんだ?」

少年「…あのさ、そろそろ僕帰っていいか?」

男2「別に俺は止めてねえよ」

少年「……えっと、じゃあ」タタッ…

男2「…………」

―病院―

男2「よお、元気か……ってんなわけねえか」

男1「何しにきた」

男2「親友が来たのにつめてえなあ」

男1「"元"、だろうが」

男2「まあな、お前があんなつまんねえことやるからだろ」

男1「……なんだ、説教するために来たのか。下らねえ」

男2「ちげえよ、俺がしたいのは復讐だ」

男1「復讐?」

男2「どっちかって言うと敵討ちか、勿論お前のためのな」

男1「……はあ?」

男1「誰がそんなダセエこと頼んだよ」

男2「俺が勝手にやりたいんだよ」

男1「馬鹿じゃねえのかお前」

男2「俺もそう思うよ……でさ、誰にやられたんだ」

男1「……言わねえ」

男2「噂通りあいつがお前に反撃したとは思えねえ、それにあいつに味方するやつがこの学校にいるとも考えにくい。元から孤立してるからな。教師はそもそもいじめに気付いてないという無能ぶりだ」

男1「…………」

男2「しかもな、お前のアレに積極的に加わってたやつら全員今日は休みだとよ。関係してないわけねえよな男1?」

男1「…………」

男2「もう一度聞くぞ男1。誰に、ナニにやられた?」

男1「……言わねえ」

男2「"言わない"のか? それとも"言えない"のか?」

男1「…………」

男2「そうか、実にわかりやすい反応ありがとう。よくわかった」

男2「じゃあな。早く治せよ」ガラッ

男1「…………この町にはバケモノがいる」

男2「…何?」ピタ

男1「バケモノの宝に手を出したら噛まれちまった、それだけだ」

男2「どういう意味…」

男1「面会時間はもう終りだ」

男2「…じゃあな」ピシャッ

男2「……ふう。あー何やってんだろ俺、ホントに馬鹿だ。まったくもって時間の無駄じゃねえかこんなの」

男2「…いや、無駄かどうかはこれからわかるのか」

竜『うーんまた雨降ってる。早く湯たんぽ来ないかなあ』

少年「誰が湯たんぽだ」ガチャッ

竜『おっカイロが来た。早くおいで』

少年「聞く耳持たねえな」

竜『あれ? 少年今日は濡れてないねどうしたの?』

少年「今日は珍しく傘盗まれなかったんだよ、だから濡れずに済んだ」

竜『んーそれって折りたたみ傘携帯しとけば盗まれなかったんじゃないの』

少年「先に言えよ」

竜『普通気付けよ』

少年「」

少年「というかさ、僕の記憶違いじゃなきゃさ」

竜『うん』

少年「あの位置に壁が確固として存在してたよな?」

竜『うん勿論』

少年「何で壁壊れてるの? おかげでいつも以上に寒い」

竜『適応規制のせいかな』

少年「ポチまた難しい言葉で誤魔化そうとしてるだろ」

竜『まあ簡単に言えばムシャクシャしてやった』

少年「寝起きのときといい物に当たるのよくない」

竜『ごめん、多分もうしません』

少年「仕方ないな」

竜『ありがとー。それにしても寒いなあ、困ったなあ、まったくどうしてこんなことになったのやら』

少年「反省が微塵も見えん」

竜『それにしても寒い、この寒さは変温動物には堪える』

少年「ポチって冬眠するの?」

竜『うん、ご多分に漏れず(しなくてもいいけど)』

少年「そっかあ……じゃあ冬は一緒に過ごせないのか。やだな」

竜『……熱源があれば起きてられるよ、だからほら、ね?』

少年「えっ……ああ! じゃあ僕冬休みになったらいくらでも時間あるから毎日暖めに来てやるよ!」

竜『おおう、予想以上に直球だ』

少年「これで冬も安心だな」

竜『うん、ちょっと冬が楽しみだ。少年が暇人でよかった』

少年「ポチにだけは言われたくない」

少年「ちょっと失礼」サワサワ

竜『わわっいきなりなにさ』

少年「いやあ立派な角だなあと思って」

竜『あっても邪魔なだけだよ』

少年「でもかっこいい、僕も欲しい」

竜『あげれるものならあげたいよ、これ日常生活を営む上ではすっごい不便なんだよ』

少年「なんか低い天井とかなら立ち上がったら突き刺さりそうだよな」

竜『ああ、あるある、すごい焦るんだよね。動いたら天井が崩れると考えると無闇に頭は動かせないし、かといって刺さったままだと段々体勢を維持するのが難しくなるしあれは大変だ』

少年「竜のあるある話は僕には共感できない」

竜『くそう、君たち全員天井に突き刺さるくらい角生えればいいんだ』

少年「それだとアンバランスすぎるだろ」

竜『なんでもう竜なんかに生まれちゃったんだろう! もっと普通が良かった!』

少年「僕は竜の姿も結構いいと思うけどなあ」

竜『はあ? どこらへんが?』

少年「え、強いていうならビジュアル」

竜『君って変わってるよね』

少年「なんで?」

竜『人間は大抵俺の姿を見ると耳障りな大声を出して逃げ出すけどなあ』

少年「あー、ポチ顔厳ついからな。怒ってるように見えるんだよ」

竜『…そういう問題かなあ』

少年「今すぐ笑顔の練習するべきだ。1、2、3はい!」

竜『えっ、こ、こう?』ニヤアアアアアァ

少年「うーんこれを"笑顔"に区分するのは少々ためらわれる、なんかヘン、違和感を感じる、ありえない」

竜『』

竜『……ぐすん』

少年「まあまあこれでも食って落ち着けよ」

竜『やったカラアゲだ! いただきます!』

少年「うーん」

竜『ああ、やっぱりおいしい。この溢れる肉汁がたまらない』ニッコリ

少年「ポチ食べてるときは笑顔自然なんだけどなあ」

竜『じゃあ初対面の人間と会うときはカラアゲ食べながらにしよう』

少年「ポチ行儀悪い」

竜『だよねえ。まったく難しい問題だよ』

少年「僕も食べようかな」ガサガサ

竜『なあにそれ?』

少年「あんまん。……あげないからな」

竜『…………』ウルウル

少年「やめろ! 雨の日に段ボールの中からすがるように見つめてくる仔犬のような目をまた僕に向けるのをやめろ!」

竜『…クーン…クーン』

少年「ああもう無駄に鳴き声うまいなチクショウ! そんな才能いらんだろ! 半分だけだからな!」

竜『へっ、ちょろいぜ』

少年「こいつ…! ……まあいいか」

竜『こ、これは…つぶあんじゃないか!』

少年「そだな、残念だ」

竜『この点においては少年とは敵対するなあ。いただきまーす……うあ!』

少年「なんだよ」

竜『あつっあつっ、なにこれあっついよ!』

少年「ヘンなの。そういうときはふーふーするんだよ」

竜『ふーふー』

少年「違う、本当にふーふー言うんじゃなくて息を吹き掛けるんだ」

竜「ふうぅぅぅぅぅ…」ヒュゴオオォォ

少年「それはやりすぎ」

竜『あっ、すごいこれなら食べれそうだ、いただきます』

少年「おいしい?」

竜『いわずもがな。おかわり』

少年「残念。もう僕の胃の中だ」

竜『くそう。何とかして取り出せないものか』

少年「自覚ないかもしれないけどポチかなり怖いこと口走ってるよ?」

少年「あーお金欲しい」

竜『うわあ随分切実な願いだ』

少年「中学生でもバイト雇ってくれる所ないかな」

竜『昔は俺のウロコ結構高く売れたけど』

少年「ああ、触り心地最高だもんな。そりゃ売れるよ」

竜『そういう使い方じゃなくて何かしらの素材の需要としてね』

少年「えーそんなのより皆で撫で回す方がいいのに」

竜『貴重なウロコをそんな使い方したのは君だけだよ、でどうするの?』

少年「何が?」

竜『ウロコ、この時代でも場所によっては売れるかもよ?』

少年「売るわけないじゃん、バカなのポチ?」

竜『むっ……、俺があげるって言ってるのになんでさ』

少年「だってウロコ取ったら痛がるじゃん。ポチが痛がってると僕が悲しいじゃん」

竜『そのわりにはウロコ初めて取ったとき躊躇なかったよね』

少年「あ、あれはあんなに痛がると思わなかったし、これで触り放題と思って浮かれてたのも……ごめん」

竜『まあ過ぎたことだしいいけどねー。……人間がみんな君みたいだったらいいのにね』

少年「えっ、僕が言うのも何だがそれは気持ち悪い」

竜『他者の痛みを想像し己の行動を自制出来るというのは誇りに思っていいことだよ少年』

少年「ん? もしかしてそれ誉めてるの?」

竜『そーだよ。えらいえらい』

少年「やった。よくわからんが嬉しい」

竜『なでなでなでなで』

少年「ひいいいぃぃ、浮かれとる場合じゃなかった!」

少年「宿題教えて」

竜『数英どっち』

少年「どっちも、理科も出来れば」

竜『えー』

少年「カラアゲとあんまんあげただろ」

竜『むむっ、give&takeか』

少年「えっ? 今なんて?」

竜『少年リスニングもダメだね』

少年「くそう、バカにされた。大体僕はこの国から出るつもりないから英語なんて覚えなくていいんだよ!」

竜『言語を学ぶことは他文化に触れることだ。そしてそれは限られた価値観から脱却する貴重な機会に成り得る。少年が考えている以上に大切なことだよ』

少年「ほお。じゃあがんばって勉強しよう」

竜『素直でよろしい、じゃ早速英語からやろうか』

少年「英作文なんだけど……」

竜『ふむふむ……』

少年「できたー!」

竜『お疲れさま、少年前より理解が早くなってきたね。先生としては成長を感じられて嬉しいよ』

少年「本当? ありがとうございます先生!」

竜『これからはもっとビシバシ厳しくいこうか』

少年「いやです! お手柔らかにお願いします先生!」

竜『とりあえず勉強時間も倍にしよう』

少年「生徒の話に耳を傾けてください先生!」

少年「うー最近暗くなるの早すぎ」

竜『冬もすぐそこだからしょうがないね』

少年「どんどん早く帰らなきゃいけなくなる、太陽もっと働け」

竜『その分他の場所で頑張ってるんだよ。さあもう帰りな』

少年「そだな、暗くなるとポチ驚かしてくるしな」

竜『そう言われるとやりたくなってくるなあ』ウズウズ

少年「じゃな! また明日!」

―帰り道―

少年「うー寒い寒い、家に帰って早く部屋に閉じこもろう」

男2「よお引きこもり」

少年「あっバイバイ男2」タッタッタ…

男2「いやいやちょっと待てや!」

♪背に腹は変えられぬ

少年「来るな! 君を見ると僕はあの悪しき日々をイヤでも思い出すんだ!」

男2「まあ話を聞けよ、そこのコンビニでなんかおごってやるからよ」

少年「えっ、これが究極の選択…!」

男2「そんな大した二択じゃねえだろ」

少年「…仕方がない、か。行こうか男2……」トボトボ

男2「そんな嫌そうな顔されると俺がとんでもねえ悪者みたいじゃねえか」

店員「ラッシャメセー」

男2「何て言ってんだよ、日本語喋れよ」

少年「男2気持ちはわかるけどそんな堂々と…」

男2「んで何食うんだ?」

少年「カラアゲ」

男2「なんだそんだけか?」

少年「50個」

男2「ホントに買って全部口の中に詰め込んでやろうかテメエ」

少年「ごめん冗談、2つでいいよ」

男2「あっそ、んじゃ俺はこれとこれとこれと……」ポイポイ

少年「そ、そんなに買ってお金あるの?」

男2「あ? こんなの大した額じゃねえだろ。……カラアゲ2つとこれ、万札で」

店員「ウィ、オァズリャシヤース」ピッピッ

少年「男2」

男2「なんだよ」

少年「僕から人生を前向きに生きる意欲を奪うな」

男2「なに言ってんだお前」

少年「うぅ、寒いな」

男2「あーそろそろ降るらしいぞ、雪」

少年「マジか、ちょっと楽しみだ。はい」スッ

男2「あ? なんだよこれ」

少年「カラアゲ。君の分」

男2「…俺の金なの知ってるよな?」

少年「一緒に食べるとうまいよ」

男2「……まあいいか、でさお前」カサッ

少年「あーうまい、久しぶりの肉、やっぱり元気がでる」

男2「可哀想な奴だなお前」

少年「なんで? あっ!」ポロリ

男2「せっかく買ってやったのに落とすなよ」

少年「肉……僕の貴重なタンパク源、うぐううぅぅぅぅぅ」

男2「俺のやるから一々喚くな」

少年「え…いいのか?」

男2「ほらさっさと食え」ムギュ

少年「んんー! …むぐ…ゴクリ。く、口の中に無理やり詰め込むことないだろ! 死因がカラアゲを投入されたことによる窒息死とか嫌すぎる!」

男2「……ぷっ、あっはっはっはっ」

少年「何故高笑い」

男2「いやあお前あれだな。頭おかしいな」

少年「最近僕の周りは僕をバカにする人ばかりな気がする」

男2「つまり正当な評価ってことだろ?」

少年「認めたくないこの現実」

少年「ごちそうさまでした」

男2「律義だなお前」

少年「それで話って何?」

男2「あー…お前ってさ学校に友達いないよな」

少年「イヤミかい、ああご存知の通りぼっちだよ」

男2「家族以外に仲がいいやつは?」

少年「むしろ家族ともうまくいってないが。僕に知り合いと言える奴はいないと言っても過言じゃない。あ、でもひとりいるか」

男2「お前みたいな変人に付き合う奴がいるのか」

少年「あっちもあっちでかなりヘンな奴だからな、お互い様なんだよ」

男2「類は友を呼ぶってか」

少年「でもさ、男2も結構ヘンな性格してるよな」

男2「あ?」

少年「だってクラスで孤立してる僕なんかと話してる所見られたら多少なりとも白い目を向けられるだろ? だから誰も僕に触れない、目を合わせようとしない」

男2「まあな、そういう雰囲気あるよな、あそこ」

少年「なんで男2が話しかけてきたかは知らないけどさ、今思うと結構嬉しかった気がするんだよな。だからありがとう」

男2「……キモい」

少年「礼を言われてそのリアクションはひどい」

男2「そういやさ、お前が避けられるようになったのってやっぱりアレか?」

少年「お察しの通りだと思うよ。まったく両親には恨んでも恨みきれない」

男2「すげえ名前だよな、到底俺には考え付かねえよ、うん」

少年「男の名前にこの漢字使う発想がすごい、その上当て字だし」

男2「なんかすぐ死にそうだよな」

少年「ホントにな、産まれた直後に死刑宣告受けたようなもんだ」

男2「俺あれ見たことないんだよな、お前は?」

少年「ないな、ここらじゃ見れないだろう。見たくもないし」

男2「嫌われたもんだな」

少年「そりゃそうだろ、そいつの存在のせいで僕の人生絶不調だ」

男2「でもお前の変な知り合い? って奴はお前の名前知ってて付き合ってたんだろ? まだ救いがあるじゃねえか」

少年「……偽名使ってる」

男2「あーあ……、ちなみになんて名乗った?」

少年「……"少年"」

男2「……は? …少ない年と書いて?」

少年「しょうねん、それであってるよ」

男2「お、おまっ、そのまんま過ぎるだろ! 最早偽名じゃねえよ! …ていうかマジでそう名乗ったのか?」

少年「うん、とっさにそれしか思い付かなかった」

男2「それで相手すんなり信じたのか?」

少年「多分。ごく普通に"少年"って呼ぶし」

男2「確かに変な奴だな……元の名前の方がマシだろ」

少年「僕はそれだけ自分の名前が嫌いなんだよ」

男2「一応親が丹誠込めて考えた名前だろうに悲しいもんだな」

少年「変にひねらず平々凡々でいいんだよ、男2お前は特に気を付けとけ!」

男2「なんでだよ」

少年「お前みたいなチャラチャラしたイケメンは女たらしで早々に子供つくってとんでもない名前つけるんだよ!」

男2「チャラチャラしてねえし女たらしでもねえよ」

少年「でも彼女とかいるんだろ?」

男2「まあ一応」

少年「えくすぷろーじょん!」ドカッ

男2「げふっ、溝尾はやめろ!」

少年「うわっ、もうこんな時間か」

男2「なんだ門限でもあんのか?」

少年「ないけどあんまりにも遅くなると僕の晩飯が消失する」

男2「すげえ生活してんなお前、……なんか食い物分けてやろうか?」

少年「いいの!? 本当に戴いてもよろしいのですか!?」

男2「コンビニで買いすぎたし、なんかお前見てると分けないといけない強迫観念に駈られる」

少年「ありがとう! でも、どれにしようか……慎重に選ばねば」

男2「これなんてカロリー高いだろ、これ食って少しは身長伸ばせ小学生」

少年「余計なお世話だ! でもありがとう! じゃ、悪いけどこれで帰らせてもらうな、じゃなっ」

男2「あいよ、じゃあな」

男2「…………行ったか」

男2「少しは情報がそろったな…方針も決まった、ただ準備は徹底的にしておかないとな」

男2「……ん? これは」ヒョイ

今日はここまで、次回は♪テスト

からあげが食べたくなる…
…はっ!これはからあげのステマっ!?

鱗、かな
とっても面白いです

少年「やっほーポチ、元気か?」ガチャッ

竜『…………』

少年「あれ、なんだ寝てるのか、シエスタか」

竜『…………て』

少年「ん、寝言?」

竜『……どうして』

少年「何が」

竜『……まって』

少年「…ポチ?」

竜『めを……』

少年「めお?」

竜『行くなっ!』ガバッ

少年「うわっ」ドサッ

竜『…………』

少年「あのーポチさん、そろそろどいていただけないですかね、このままだと僕潰れちゃう」

竜『……あれ、彼女じゃない』

少年「彼女!? 君もリア充か!?」

竜『なんだ少年か、よかった』

少年「ポチ一体どんな夢見てたんだよ」

竜『うん、昔の夢。懐かしい夢』

少年「行くな、って言ってたけど」

竜『ああ、フラれたシーンだったからね』

少年「」

竜『どうしたの?』

少年「本当に彼女いたのか…」

竜『え、なんの話』

少年「このモテ男が! さぞかし素敵なお嬢さんだったんでしょうね! にゃんにゃんな日々満喫ってか!」

竜『少年何か勘違いしてない?』

少年「ポチですらモテるのに僕という人間はどうしてなんだ…」

竜『少年好きな人いるの?』

少年「まあいないけど」

竜『なんだ、安心した』

少年「なんで?」

竜『俺にもチャンスはあるのかと思って』

少年「? 意味がわからない」

竜『なんでわかんないかなー』

少年「お願いがあるんです」

竜『なんですか?』

少年「ウロコを1枚ほど分けて頂きたいのです」

竜『嫌です』

少年「そこをなんとか」

竜『どうして欲しいのですか』

少年「失くしてしまったのです」

竜『あんな貴重な物をどうして失くそうか、いや失くさない』

少年「失くしました」

竜『残念でしたね』

少年「ください」

竜『いやです』

少年「この前はくれるって言いました」

竜『あの時とは事情が違います』

少年「うう…あれがないと落ち着かない、禁断症状が…」

竜『大変ですね』

少年「ご慈悲を! ポチ様ワタクシに何とぞご慈悲を!」

竜『…はあ、しょうがないな。慎重に剥がしてね』

少年「ありがてえありがてえ! こいつぁありがてえ!」

竜『礼はいいから早く』

少年「じゃあいくよ?」

竜『うん、お手柔らかに』

少年「よっ……」ピリッ

竜『んっ…つっ……』

少年「だ、大丈夫か?」

竜『う、ん。ダイジョブ、だから、続けて』

少年「お、おう」ピリピリ

竜『ひうっ……うぁ、くぅ…………』

少年「ごめんな、もう少しだから」

竜『うぅぅ……も、う…む』

少年「よし取れたぞ」

竜『はぁ、はぁ、はぁ。痛かった、誇張なしに』

少年「ごめんな。ほら、絆創膏貼ってやるよ」

竜『態々準備してくれたの?』

少年「うん、……でも準備不足だったらしい」

竜『どう考えてもサイズ合わないね』

少年「ごめん……」

竜『いいよ、すぐ生えるし』

少年「ほんと?」

竜『うん、見てて。せいっ』ビキッ

少年「うわっ一瞬で再生した気持ち悪い! もう1回みたいもう1回!」

竜『さすがに怒るよ?』

竜『対価を頂こうか』

少年「いいだろう、はい」

竜『おっ、この黒々とした物体はもしかして』

少年「チョコレートだよ」

竜『おや…?』

少年「どうした?」

竜『少年このチョコいっつも食べてる?』

少年「いや、これ貰い物だから。でも多分安物じゃないよ」

竜『ふーんまあいいか、いただきまーす』パクッ

少年「僕も食べよう、どれどれ」パクッ

竜『あ、懐かしいなこの感じ。おいしい』

少年「にっ、苦いこれ! チョコなのになんで?」

竜『子供だなあ少年は』

少年「なっ、バカにするんじゃない」

竜『まっ、お子様な少年は俺が美味しく食べてるのを黙ってみてなよ』

少年「……ぱくっ」

竜『ちょっと俺の分まで食べないでよ!』

少年「人をバカにするからこうなるんだおええええぇぇ苦いいいいいぃぃ」

竜『あーあ大丈夫?』

少年「……なんか気持ち悪い」

竜『一気に食べるからそんな風になっちゃんだよもう』

少年「ダメだ、なんかグルグルしてきた。あ、ちょっと楽しい、ふへへへ」

竜『こりゃ駄目だね。早く座るか横にでもなって休みなよ』

少年「そうする、うぉなぜか足がふらつく。実にユニークだ、あっ」ツルッ

竜『よっと、危ないなあ』

少年「おおナイスキャッチ、うひひ。うえへへへヤバい笑いが止まらないふひゃひゃひゃ」

竜『少年が壊れてしまった』

少年「あーウロコ冷たくてきもちぃーぺたぺたー、ははっ」

竜『いつもは寒くて嫌っていうのにね』

少年「なんか今体妙にあっつい、風邪かな? どうしようポチ、風邪移しちゃうかも」ウルウル

竜『俺は風邪引かないし、少年も風邪じゃないと思うよ』

少年「なんでそう思うのさー?」

竜『んー少年が面白いから言わない』

少年「ええー? 言えよーケチトカゲーほらほらー言わないと逆鱗触っちゃうぞー? ほれほれー」サワサワ

竜『もう触ってるじゃないか』

少年「あーポチ前ほど反応しなくてつまんないなあ」

竜『君にそこを触られるのは正直もう慣れた。少々くすぐったい程度』

少年「んーじゃあどこ触れば面白くなるかなー、ここか? それともこっちかー? へへっ」サスサスプニプニ

竜『これが俗に言うセクハラか、でも満更でもない』

少年「つまらんー、あきたーポチひまー」

竜『少年宿題は?』

少年「うあー頭痛くなる話するなー、ポチなんて大きらいだー」

竜『理不尽だ』

少年「うそだよー僕ポチのこと大好きだよえへへー」ニヘラ

竜『…俺も少年のこと大好きだよ』

少年「やったーおあいこだねー」

竜『いやあ俺と少年じゃ好きの意味が違うんじゃないかな』

少年「んー?」

竜『所謂LikeとLoveの違い的な』

少年「よくわからんーわかりやすく言ってー」

竜『俺が少年を愛してるってことさ』

少年「あーなるほどなーなるほどなるほど」

竜『少年よくわかってないだろ』

少年「む。わかってるぞ、こういうことだろー」

竜『え』

少年「えいっ」チュッ

竜『』

少年「えへへふぁーすときすだぞー嬉しいだろー?」

竜『しょしょ少年?』

少年「あダメだもう眠いーおやすみー」ドサッ

竜『このタイミングで!? いやこのタイミングだからか!?』

少年「……ポチ」

竜『やあ少年』

少年「頭いてえ……」

竜『あらら大丈夫?』

少年「ていうか僕いつの間にか寝たんだ? 何してたっけ?」

竜『あーやっぱりそういうパターンかー』

少年「どういう意味だよ」

竜『進展してんだかしてないんだかよくわからないなもう』

少年「会話が噛み合っていない何故だ」

竜『あのチョコレートはもうあんまり食べない方がいいよ、少年弱いみたいだし』

少年「? まあもともと貰い物だからそうそう食べる機会ないし大丈夫」

竜『それはそれで残念だ』

少年「あれそんなにおいしかったか?」

竜『そっちじゃなくて…まあいいや。ところで少年学校は最近どう? もうイジメられてない?』

少年「大丈夫、今はつまらなくも平穏な生活を送れてる。あーでも何故か僕が反撃して病院送りにしたっていうとんでもない噂が学校中に広まってたのには焦ったが」

竜『それはまたずいぶん現実味の薄い噂だねー』

少年「ホントにな。でもさ、1人は本当に入院してるらしいんだよ」

竜『へえ、もしかしたら全てが噂ってわけじゃないのかもね』

少年「どういうこと?」

竜『例えばさ誰かが少年のためにやったとは考えられない?』

少年「うーんそれ前も似たようなこと言われたけどさ助けてくれるような人が思い付かないんだよな」

竜『…………前も言われた?』

少年「あ、そうなんだよ。最近さクラスの1人が僕にしつこく噂が本当かどうか訊いてきてさ、少し考えればありえないってわかると思うんだが」

竜『……その人は他に何か訊いたのかな?』

少年「ん? 何訊かれたっけかな。確か僕の親しい人について訊かれた気がする、何でそんなことを訊くのか僕にはさっぱり」

竜『…ソウダネ、一体そいつは何を考えてしまっているんだろうね』

少年「……大丈夫なのかな」

竜『? 何が?』

少年「入院してる奴さ、結構酷い怪我してるらしいんだ。正直きらいだったけどやっぱり心配だ」

竜『……少年は優しいねえ』

少年「仮にさ、噂が本当だったとして、助けてもらって言える立場じゃないけどやっぱりこんなやり方は間違ってると思う」

竜『確かにね、他に手段はいくらでもあっただろう。最善策じゃなかったかもしれない。でもさ、事実少年の問題は解決したじゃないか』

少年「解決、したのかな」

竜『いじめはなくなったんだろう?』

少年「だってさ、僕自身が何も変わってない。この問題は僕が自分で何とかしなくちゃいけなかった気がするんだよ」

竜『わからないなあ、どうして少年が変わる必要があるの? 周囲が間違ってるならそっちが正すべきだ。少年が周りに振り回される筋合いはないじゃないか』

少年「僕だって間違ってたさ。自分の殻に閉じ籠らずもっと周囲と積極的に関わっていくべきだった」

竜『苦しんでる人を見て見ぬ振りをするような奴らと関わる必要性なんて皆無だと思うけど』

少年「……ポチさ、もしかして人間好きじゃない?」

竜『うん、大嫌い』

少年「即答された…なんで?」

竜『なんで、と言われてもなあ。俺人間と付き合って碌なことがなかったんだよね』

少年「運が悪かったんだな」

竜『…そんな単純理由かな』

少年「うーん世の中には悪い人がいっぱいいるからな、どんまいポチ」

竜『ほんとにね。皆俺を利用することしか考えない自己中だから困ったもんだよ』

少年「きっとB型だったんだな」

竜『血液型性格診断は何の根拠もないよ』

少年「う、ウソをいうな! ポチ自分がB型だからそんなことを言ってるんだ!」

竜『たかが血の型で自身の性格が決められてしまう方が怖いと思うけどなんでそんなに信じたがるかな』

少年「……確かに、じゃあ信じない。あんなものウソっぱちだ!」

♪テスト

竜『そうだ、血と言えば少年俺の血を飲んでみない?』

少年「なにそのグロい提案。別にニンニクは苦手じゃないが」

竜『俺の血を飲むと長生きできるよ』

少年「えー体にいいという意味なら青汁でも飲んでる方がいいや」

竜『あと鳥が何て言ってるかもわかるようになるかもしれない』

少年「えっそれは心惹かれる」

竜『まあ彼らの知能じゃ多分「ハラヘッタ! ハラヘッタ!」ぐらいしか話せないと思うけど』

少年「じゃあもう飲む必要がなくなった」

竜『あ、語弊があるとまずいから言い直すけど長生きって不老不死のことだからね』

少年「全然違うじゃないか! 余計飲まんわ!」

竜『なんで? 不老不死って人類の王道の夢じゃないの?』

少年「だって不老じゃ身長伸ばせない」

竜『ああ…確かにそれは大問題だ』

少年「そこまで言われるとヘコむ」

少年「宿題を始める、ポチ援護しろ!」

竜『あいあいさー!』

少年「……待てよ」

竜『これまでに見たことのない神妙な面持ち』

少年「これはポチを利用してることになるのか……?」

竜『え? いや利用するっていうのはそんな瑣末なことじゃなく』

少年「黙れ! こいつは僕が一人で仕留めてみせる! そして人間が悪いやつばかりじゃないことを証明してやる覚悟しろ!」ビシッ

竜『少年が悪い人じゃないことは知ってるけど』

少年「四の五の言わずに黙って見てなさい」

竜『はーい』

少年「まずは数学からである!」

少年「…………」カリカリ

竜『(間違ってる…! あんな真面目な顔つきなのに間違えまくってるよ少年……! 思わず涙出てきた)』ブワッ

少年「…………」カリカリ、ドヤァ

竜『(アンダーラインを引きながら少年がドヤ顔をしてきた、言いたいっ! 『あなた一問目から全部間違えてますよ』と…!)』

竜『あの、しょうね…』

少年「おっと口出しは無用、もうすぐカタがつくぜ…!」

竜『(つかねえよ! 全部やり直しだよ! 時間ドブに投げ捨ててると言っても遜色ないよ!)そ、そっか……』

少年「…………」カリカリ

竜『(何故数字を書き間違える! マイナスつけ忘れるな! 単位を書け! 約分まだできるだろ! その2式結局同じこと言ってるよ! ほら変形したら同じ式になった言わんこっちゃない!)』

少年「くっ……! ここに来て難問、か」

竜『あーもう全然難問じゃないよ! 少年の実につまらないミスが足引っ張ってるだけだよ!』

少年「な、僕がいつミスをしたって!?」

竜『スタートから現在まで全てに軌跡においてだよ! 言っとくけど全部間違ってるんだからね!』

少年「う、嘘だと言ってくれ!」

竜『真だよ! この命題は論じるまでもなく真である!』

少年「そ、そんな」ショボーン

竜『はい、落ち込んでる暇があったら早くやり直す』

少年「はい…」

少年「……あ、なんでこんな間違いを」ゴシゴシ

竜『少年考え方は良いから素質ないわけじゃないんだけどなあ』

少年「じゃあ何故成績上がらないんだろうか」

竜『なんていうか少年見落としすぎ、細かい点を見逃すから間違えるんだよ』

少年「集中力無いのかな……」

竜『多分だけど解いてる時少年舞い上がってるよね』

少年「ああ、あるかもそれ。何か方針が決まるともう先に進むことしか考えてない」

竜『見直しでもいいけど数学の試験は時間が勝負だからね、間違いを後で直すよりは最初からゆっくりでも正確に解いていくようにしようよ』

少年「うわあ、ポチ本当に先生みたい」

竜『教員免許でも取ろうかな』

少年「じゃあウチの学校で教えればいいよ、基本的に頭いい生徒が多いから楽だろ」

竜『えーそれじゃやりがいがない、俺はアホな子の微々たる成長を噛み締めたいんだ』

少年「……ん?」

竜『だから俺は少年専門の家庭教師でいいのさ』

少年「……よくわからないけど今後ともよろしく!」

竜『成長、してるのかなあ?』

少年「ポチさ、なんでそんなに頭いいの? あ、いや答えたくないならいいんだけど」

竜『俺にはすごい先生がいたからね』

少年「竜の世界にも学校あるのか」

竜『言っとくけど先生は人間だよ?』

少年「そうなの?」

竜『ていうか竜なんて生まれてこの方出会ったことないよー、俺以外はやっぱり存在しないんじゃないかな?』

少年「へえ、じゃあポチ本当にレア物だな」

竜『なんかそう言われると逆に自分の希少価値が急激に下がったような……』

少年「ちなみにどんな先生だったの? 優しい? それとも恐い?」

竜『どちらかと言えば怖かったかなあ、俺に出会った瞬間猟銃をぶっ放してくるくらいだったから』

少年「そんな険悪な出会いかよ」

竜『躊躇なく眼球狙ってきたからね、目がゴロゴロしてちょっと大変だった』

少年「まるでコンタクトレンズを初めて着用した時の感想のよう」

竜『まあなんかかんやあってその人は俺の先生と言える存在になってくれたんだよ、随分たくさんのことを教わった』

少年「省略した部分がとても気になるけどまあいいや。…だからポチ物知りなのかあ」

竜『生きてるうちに自然に身に付いた知識も大概だけどね、だてに長い時間を過ごしてないよ』

少年「ポチってそう言えば何歳?」

竜『んーそれは存外難しい質問だね……正確に言うなら20歳くらいかな』

少年「うわ、大人だ。お酒飲めるじゃん」

竜『酒かー、近いものは昔浴びるほど飲まされたなあ』

少年「飲み過ぎは体によくない」

竜『そうだねえ。アルコールの大量摂取は体に良くなかったやっぱり』

少年「ポチって酔ったらとんでもないことしそう」

竜『いやあ、それは少年の方だよ』

少年「僕そんなに弱そうか?」

竜『ていうか弱いね、断言する』

少年「見たこともないくせに……」

竜『ソウダネー』

少年「家帰るの面倒」

竜『じゃあここに泊まっていきんしゃい』

少年「それは嫌だけど。生活するには不便すぎる」

竜『ですよねー。……帰る場所があるなら帰った方がいいよ。待ってる人もいるんだろう?』

少年「いやあ、親は僕のこといないように扱ってるし弟は1人でも十分やっていけてるからなあ」

竜『少年は両親とは上手くいってないの?』

少年「まあな。彼ら曰く僕は"失敗作"らしい。期待に応えられなくなったらあっさり見捨てられたよ」

竜『……普通親という存在は子に無償の愛を与えるものだったと思うけど』

少年「タダじゃくれないらしいよ。まったく厳しい話だ」

竜『…ふうん。親、かあ。俺には未だによくわからない概念だ』

少年「まあそんなわけで僕は家が嫌いなんだよし言えた!」

竜『よし言えた?』

少年「家族のこと前ポチの隠してるって言われただろ? だからずっと引っ掛かってたんだよなーいやあスッキリした」

竜『……少年』

少年「あっ! 別に僕が喋ったからってポチが言わなくちゃいけないとかじゃないぞ! 本当はものすごく気になるけど待ってやっぱ今のなしで」

竜『あ、……うん』

少年「それとさ、実は僕ポチに名前嘘ついてた」

竜『ああそれは知ってた』

少年「ま、マジで?」

竜『だって"少年"ってそのまんますぎるでしょー、我が子の名前は普通もうちょっと捻るよ』

少年「そうかー……ホントの名前聞きたい?」

竜『んー興味がないわけじゃないけど今はいいや』

少年「なんで?」

竜『所詮名前なんてただの記号だし、正直今更別の名前で呼べって言われても違和感ありまくりだしねー』

少年「そっか。ちょっとほっとした」

竜『だから今まで通り少年って呼んでいいよね?』

少年「うん。僕実はポチに"少年"って呼ばれるの結構気に入ってるんだよ。なんか不思議としっくり来る」

竜『そっかあ。じゃあ少年がよぼよぼのお爺ちゃんになっても"少年"って呼んであげるね』

少年「とんだ矛盾だな……」

竜『少年ー』

少年「なんだよー」

竜『さむいー抱いていい?』

少年「ご勝手に」

竜『よいしょ。さあ、少年いつも通り寝るんだ』

少年「そう言われるとむしろ目が覚めてきた」

竜『ねんねーんころーりよ、おころりーよー』

少年「ポチ歌うのへったくそだな」

竜『まあ自覚はある』

少年「ならよかった」

竜『まだ眠くないの?』

少年「むしろなんで僕に寝てほしいんだよ、何企んでるの?」

竜『べべべべつぬっ痛い舌噛んだ! 別に何も企んでないよっ』

少年「舌大丈夫か?」

竜『痛い……血も出てきた』

少年「いたいのいたいのとんでけー」

竜『気持ちはありがたいけど依然として痛みが口内を支配する』

少年「血! ちぃ! 口からすごい出てるぞ!」

竜『うわ、もったいない』ドバー

少年「うぎゃあ、服に付くから離れろ!」

竜『無理言うなよ』ダラダラ

少年「なんでだよ!? ってぎゃああああぁぁ」ベッタリ

竜『なるほどこうすれば合法的に少年を剥くことができる、と』

少年「ふざけるな。……洗濯で取れるかなあ」

竜『すぐに洗わないと取れないよ、今から家に帰っても間に合わないね』

少年「じゃあもう弁償しろ」

竜『やだなあ。俺が金持ってるわけないじゃないかまったく』

少年「働けよニート」

竜『雇えよ社会』

少年「ダメだこいつ…」

竜『まったく世知辛い世の中だね』

少年「……すぴー。た、タラバガニ……」

竜『どんな夢見てるんだ、まあいいや。じゃあいただきまーす』

「…………」

竜『……はあ。また君か、せっかくいいところなのになんなんだい?』

「…………」

竜『黙りしてないでなんとか言いなよ。ああもう、それ外してくれれば動きを封じられるのに面倒だなあ』

「……あなたは何者なの」

竜『竜だよ、そういう君は誰なんだい』

「……女」

竜『女、ここには俺と少年以外いて欲しくないんだ。もう来ないでくれるかな?』

女「……さようなら」

竜『ちょっと待ってよ、話はまだ……ああもうなんなんだよ一体』

少年「……うーん、僕はどちらかというとズワイガニ派かなむゃにゃむにゃ……」

竜『なんだか興を削がれた、愛しい少年の寝顔でも眺めていよう』

少年「……ぽちぃ」

竜『…なあに?』

少年「えへへ……」ニヘラ

竜『……これでご飯3杯はいけるな』ゴクリ

今日はここまで、次回は♪2つのにおい

>>188さんに今後の展開見透かされるんじゃないかと正直びびってます

予想はよそう、な?


>>1乙です

―次の日―

少年「ふう、今日も今日とて学校だ。でもあと数日で冬休みだ」

男2「よお、相変わらず独り言でかいな」

少年「あ、男2この前は貴重な食料をくれてありがとう」

男2「お前はどこぞの恵まれない子供たちか……」

少年「でもあれ食べたらめちゃめちゃ苦いしなんか気持ち悪くなったから買わない方がいいと思う」

男2「ガキだな」

少年「一体どういうことなんだ……あ(向こうから誰かこっちに来る)」

「おい、男2……」

男2「あ、なんだよ?」

「クラスの奴みんな見てるからさ、あんまそいつと話してると……わかるだろ?」

少年「…………」

男2「は? 知るかよそんなの。俺が用あるから話しかけてんだよ外野が騒ぐな」

「なっ」

男2「こいつと話した俺を孤立させたきゃ勝手にすればいい。ほら散った散った」

「でもお前」

男2「あのさあ、そういうの面倒臭くね? こういう空気ダルいんだよ、俺は降りるわ」

「…………」

男2「あーやっと帰ったなやれやれ」

少年「あの、男2、本当にあんなこと言ってよかったのか?」

男2「いいんじゃねえの?」

少年「そんな他人事みたいに」

男2「俺がいいって言ってんだからいいんだよ。んな情けない顔すんな」

少年「そ、そんな情けない顔してたか?」

男2「ほい、鏡」サッ

少年「あー…」

男2「な?」

少年「これは反論できん」

―授業中―

教師「えーじゃあ次男2答えてみろ」

男2「――――です」

教師「正解だ、相変わらず頭だけはいいな」

男2「そんなこと言っていいのか教師」

少年「(あれ、今まで気づいてなかったけど男2ってもしかして)」

―グラウンド―

「位置についてーよーいドン!」

男2「…………」ダダッ

少年「(はやっ)」

「……おおっもしかしてこれ校内新記録じゃねえか? よくやったな男2」

男2「(手抜けばよかった…)」

校内新記録ダッテヨ
マジカヨ……
スゲエナ、帰宅部ノ癖に……
ヒソヒソ

少年「…………」

男2「あーやっと昼休みだ疲れた、飯食おうぜメシ」

少年「絶交だ!」

男2「なんだよ突然」

少年「頭脳明晰スポーツ万能彼女持ち無気力系男子とか意味わからねえよ! 存在自体がムカつく!」

男2「まあそこらの奴らとはスペックが違うよな」

少年「天は二物を与えないじゃなかったのか……?」

男2「あんなの嘘だな、持ってるやつはいくらでも持ってるし何もないやつはホントにもってねえよ。お前とかな」

少年「調子に乗るなよ小僧!」

男2「小僧はお前だろ、ドちび」

少年「うるさい足長おじさん!」

男2「そう褒めるなよ」

少年「ムッカー!」


「……楽しそうだな」

「俺あいつがまともに話してるの初めて見た」

―放課後―

少年「放課後になった」

男2「わざわざ言わなくてもわかってるけどな」

ガラッ

男2「ん、お前は…女か」

女「男2、一緒に帰ろう」

少年「えーと、そちらの方は」

男2「俺の彼女」

少年「ですよねっ」

女「その人はお友達…?」

男2「多分な」

女「こんにちは」

少年「こ、こんにちは」

男2「あーと悪い、今日も一緒に帰れねえわ」

女「どうして…?」

男2「用事があるんだよ」

女「最近男2そればっかり」

男2「しょうがねえだろ、今ちょっと俺忙しいんだ」

女「……いつなら一緒に帰れるの?」

男2「明日か一週間後か一ヶ月後か……」

女「どうして? この頃2人で過ごしてない、私さみしいよ」

男2「まあ時間が出来たら、な」

女「嘘つき!」

男2「落ち着けよ女」

少年「(場違いなう)」

女「…帰る」

男2「おー気をつけてな」

女「…………」パタン

少年「えーとお疲れさま」

男2「あ、お前いたのか」

少年「うん、そう言われても仕方ない状況だったし文句は言わない」

男2「まあいいや、んじゃ帰るか」

少年「あ、じゃあな」

男2「何言ってんだ、お前も来るんだよ」

少年「オマエモクルンダヨ? ごめんちょっと僕日本語しかわかんない」

男2「お前は母国語を忘れたのか、いいからほら」グイッ

少年「やめっ襟がダルダルになる!」

ガヤガヤザワザワワイワイ

少年「なんだここは」

男2「ゲーセン。ゲームセンター」

少年「初めて来た、何ここうるさい」

男2「そのうち馴れるって、ほら何かやってみろよ」

少年「どれがどれだか僕にはよくわからない」

男2「……これなら聞いたことあるだろ、ほらバチ持ってみろよ」

少年「重っ…! 何この鈍器?」

男2「面を叩いて始めてみ」

少年「ふんっ…!せいっ!」ブンブン

男2「ああ……ほらそこに幼児用の足場あるから」

少年「なんだこのひどく屈辱的なゲームは……」

ノルマクリアシッパイ! ザマア!

少年「ハァ、ハァ……ゲームに罵倒されるとは」

男2「言っとくがこれ一番難易度低いからな」

少年「バカな…だったら人類には攻略不可じゃないか」

男2「まあ見てなって」

キチクモ~ド~

ドドドドカカカッドカドカドドドドカッ

少年「」

フルコンボ!

男2「ふう」

少年「……男2人類じゃなかったんだな」

男2「お前のその体型の方が人外染みてるけどな、ホビット族か?」

少年「食らえバチによる殴打!」シュッ

男2「効かん」パシッ

少年「白刃取られたちくしょう!」

チュドーン

少年「避けれるかこんなの!」

男2「動きに無駄がありすぎなんだよ」

少年「見本見せて」

男2「またかよ、まあいいけど」チャリン

少年「わくわく」

男2「……こんな感じに動きは最小限でな」

少年「おおすごいまるでゴキブリのような素早さだ!」

男2「喧嘩売ってんのか」

少年「なんで?」

男2「ほいクリア」

少年「おお、かっこいい」

男2「お前ちゃんと見てたか?」

少年「見てたよ、っていうか気付いたんだけど僕自分でやるより人の見てる方が楽しい」

男2「向上心がないな」

少年「全部難しすぎるんだって、何かもっと簡単なのないのか?」

男2「そうだな……まあUFOキャッチャーぐらいなら操作も単純だし出来るだろ」

少年「UFOキャッチャー!? やりたいやりたい!」

男2「随分食い付いてきたな……ほら500円」

少年「ありがとうパパ!」

男2「誰がパパだ」

少年「よしっ、絶対取って見せる!」

男2「(まあ無理だろうな)」

少年「集中だ…よっ……あ」

男2「(期待を裏切らないなこいつは)」

少年「まだだ……まだリカバー出来るはずだ…!」

男2「(お前には無理だよ)」

少年「いけっ頼む届け僕の想いっ…………ですよねー」

男2「ですよねーじゃねえよ。俺の金ドブに捨てやがって、掠りもしねえ奴とか見たことねえよ」

少年「素直にごめん……」ショボーン

男2「……はあ」チャリン

少年「え?」

男2「…………」ポチッポチッゴトン

少年「え? え?」

男2「ほらよ」ズイッ

少年「……なんで男2がモテるかわからされたチクショウ」

男2「なんだそりゃ」

少年「でもありがとう男2」

男2「…どーいたしまして」

少年「ふおぉ、ふわふわだすごい」モフモフ

男2「お前趣味変だよな」

少年「なにゆえ?」

男2「まあいいけど、じゃあ次は……」

少年「まだやるのか……ハッ!」

男2「なんだよ」

少年「あ、あそこ……」ブルブル

男2「は?」クルッ

女「…………」ジー

男2「…………」ダラダラ

少年「汗が滝のようだぞ男2」

男2「散開!」ダッ

少年「えっ? えっ?」

女「…………」フラッ

少年「(こっち来たあああぁぁ!)」

オンナが あらわれた!▼

・たたかう
・じゅもん
・どうぐ
・にげる

少年「(な、何が始まってるんだ!?)」

女「…………」フラフラ

オンナが ちかづいてくる! どうする?▼

少年「(これはもう逃げるしかないだろ!)」

にげる← ピッ

女「……逃がさない」シュバババッ

しかし まわりこまれてしまった!▼

少年「(うわああああああぁぁぁ)」

オンナは もう目の前だ! どうする?▼

・じゅもん← ピッ

少年「命だけは、命だけはお許しください!」

ショウネンは じゅもんというナのイノチごいを した!▼

女「……絶対に許さない」

しかし オンナには きかなかった!▼

少年「(ひぃえええええええぇぇ)」

オンナは ショウネンの クビにてをかけた! どうする?▼

少年「(終わったあああぁぁ!)」

女「……教えて」

少年「え?」

女「……どうしたら男2と仲良く話せるの」

少年「えと……」

女「……男2と話したいよ、また一緒に遊びに行きたいよ、男2と手を繋ぎたいよ」

少年「ごめん、僕にはわからない」

女「…………」

少年「僕はついこの間まで友達がいなかったんだ。男2と話せるようになったのもあっちから僕に接してくれたからだ。だから人と仲良くなる方法を僕は知らない」

女「……そう」

少年「でもさ、君は男2と付き合ってるんだろ? 君は男2と仲良くなるエキスパートなんじゃないか? 君が一番知ってる」

女「……でも、最近の男2がよくわからない。いつも何か思い詰めてる、でも私に何も言ってくれない。私は、必要ないんだ」

少年「君のことを考えてるから何も言わないんだよ(多分)」

女「……!」

少年「君はただ待ってあげればいいと思う、君の存在が男2の支えとなってるはずだから」

女「…………」

少年「えと、うんそんな感じ」

女「…………」ジー

少年「…………」

少年「(何言ってるんだ僕恥ずかしいいいいいぃ、彼女いない歴=年齢が何大層なこと口走ってるんだ!)」

少年「(穴があったらうずもれたい)」

女「……貴方いい人だね」

少年「えっ!? あ、うん……え?」

女「この礼は必ず……」

少年「礼? どういうこと?」

女「さようなら」

少年「あっ待ってよ……行っちゃった。ヘンな子だったなあ」

男2「ふう、ここまでくれば大丈夫だろ」

女「男2見つけた」

男2「…マジかよ」

女「私待ってる」

男2「は?」

女「待ってるから」

男2「……あいつになんか言われたのか?」

女「彼はとてもいい人。友達は大切にしたほうがいい」

男2「んなこと態々言われなくてもわかってるよ」

女「よかった」

男2「女、絶対守ってやるからな」

女「? どういうこと?」

男2「だから俺を信じてくれ、な?」

女「よくわからない。でも信じる、頑張って」

男2「おう、ありがとな」ポンポン

女「…頭をぽんぽんされるのは恥ずかしい」

男2「でも嫌いじゃないんだろ?」

女「…当たり」

男2「はははっ(明日は次に進むか)」

竜『少年が来ない』

竜『…………』

竜『今度は誰のせいだ?』

少年「ぜえ……ぜえ」バタン

竜『しょ、少年? てっきり今日は来ないものかと』

少年「ほらこれやる」グイッ

竜『え、これは……』

少年「竜のぬいぐるみ、ポチに似てたからさ。かわいいだろ?」

竜『少年趣味悪いねー』

少年「うるさい黙って受けとれ」

竜『うん、ありがとー』

少年「じゃあ悪いけど今日は帰るな、また明日!」バタン

竜『またねー』

♪2つのにおい

竜『…うーん俺こんなに不細工かなあ、へこむなあ』

竜『あ、少年の匂いがする、いい匂い。……興奮してきた』

竜『……ああもう! 大好きすぎるよ少年! うああああああ』ゴロゴロバタンバタン

竜『ふう、ふう。今日はこれ抱いて寝よう、おやすみ少年』

竜『…ん?』シュルシュル

竜『誰だこいつは』

今日はここまで、次回は♪約束未満

期待ィィィィ

―次の日―

少年「…………(誰もいないな)」キョロキョロ

少年「最近忘れてたけどちょっと調べてみるか」


少年「…………」ペラペラ

少年「……面白いなあ」

男2「お、ここにいたのか」ガラッ

少年「ぎゃあ、何故ここに?」

男2「お前と言ったら図書館のイメージがあるんだよ」

少年「それは偏見だ、……まああながち間違いでもないかもしれないが」

男2「何読んでるんだ?」

少年「動物図鑑、借りちゃった」

男2「…ガキかよお前」

少年「結構おもしろいんだよ、知ってる? ヘビって目隠ししても獲物がどこにいるかわかるらしいよ」

男2「ピット器官だろ、生体が発する赤外線を感知するからな。目を塞がれても居場所がわかって当然だな」

少年「…なんで知ってるんだ」

男2「常識だろ」

少年「そうだったのか…。じゃあ問題です! ヘビの舌が二股に分かれているのは何故でしょうか! 制限時間は」

男2「舌にニオイの粒子を付着させそれを嗅覚の役割を持つ2つの穴状のヤコブソン器官に運ぶため」

少年「へえ、そうなのか」

男2「知らなかったのかよ」

少年「なあ、男2。竜っていると思うか?」

男2「唐突だな、……まさかお前本気で存在してると思って図鑑読んでたんじゃ」

少年「ばっバカな、違うよただ竜とヘビって似てるかなと、ふと思っただけで」

男2「…まあ世界各地の竜信仰の原型は蛇だと言われてるからな。あながち間違いでもないんだろう」

少年「へえー男2博識だな」

男2「お前昨日も竜のぬいぐるみ欲しがってたよな、好きなのか?」

少年「えっす、好き!? えっと、その知り合いが病的なほど竜好きでさ、そいつの鼻を明かしてやろうかと。ぬいぐるみはその知り合いにあげたんだよ」

男2「(…まさかな)ふうんやっぱり変な知り合いだな。ま、頑張れ」

少年「もしかして男2そっち方面についても詳しい?」

男2「断る」

少年「そこをなんとか!」ドゲザー

男2「やめろっみっともねえ! わかったからさっさと頭上げろ!」

少年「ご教授してくださるのですか!?」

男2「ああうん。めんどくせえけど」

少年「ありがとう男2!」

男2「図書館で大声出すな」

少年「面目ない」

男2「んで、お前はどのくらい竜について知ってるんだ。俺だって最近知っただけで詳しくは知らねえからな」

少年「大きい、飛ぶ、火を吐く、ガオーって感じかな」

男2「…………」ゴスッ

少年「いふぁいッ! 図鑑の角で殴るのはやめろよ!」

男2「…神話上では全ての竜が炎を吐くわけではない」

少年「そうなの? ゲームとか漫画はしょっちゅう吐いてるけど」

男2「見た目が派手だからだろ。実際は、と言っても所詮創作上の話だが水とか毒とかを吐くのが多かったらしいな」

少年「毒とかえげつないな」

男2「竜の原型が蛇だからな。蛇と言ったら毒というイメージを持つ人も多いだろうし、元々蛇が水の神として信仰される傾向があったことを踏まえると納得できると思うんだが」

少年「ほー」

男2「次、東洋と西洋について」

少年「ばっちこい」

男2「東洋では細長く翼を持たないフォルムが一般的だな」

少年「ああ、"ぼうやーよいこだねんねしなー"的なあれか」

男2「東洋系では異例はあれど神として崇められることが多かった。自然を司る存在だったらしいな」

少年「なんかかっこいいな」

男2「さっきも言ったが特に水を操る力に長けるのが多い、雨を降らしたりな。豊穣の神だったわけだ」

少年「雨?」

男2「そういや少し前連続で天気予報が外れて雨が降ったな、時代が時代だったら竜神様がお怒りだーとか騒いだのかもな」

少年「……マジか」

男2「何がだ」ズイッ

少年「なな何でもない続けてくれ」

男2「…ところが逆に西洋では竜の扱いも正反対だった、キリスト教がいい例だな」

少年「扱いも正反対って?」

男2「キリスト教ではサタンつまり悪魔の別の姿とも言われている。それに蛇はアダムとイヴを唆し禁断の果実を喰わせた罪深き存在だからな、忌み嫌われて当然だ。仮に本当に竜がいて信者にでも見つかったら大騒ぎだったろうな」

少年「ひどい」

男2「物語の中の竜の扱いなんて大概は酷いものだ、英雄が悪しきドラゴンを倒してめでたしめでたしが王道だからな」

少年「そんなの、全然おめでたくない」

男2「大衆にとってはハッピーエンドなんだろ」

少年「…納得いかん」ムス

男2「創った奴に言え。まあかなり大雑把に言えばこんな所か」

少年「そっか。ありがとう男2」

男2「でだ、そのお前の知り合いなんだがな。実は一緒に会わせて欲しいんだ」

少年「? なんで?」

男2「どんな変人か興味あんだよ」

少年「変人、じゃないと思うが」

男2「それで会わせてくれるのか、くれないのか?」

少年「彼あんまり人と会いたがらないからなあ、まあ聞いてみるよ」

男2「頼んだぞ」

男2「……あいつは、行ったか」

男2「さてと、俺も行くか」

竜『……ダメだ、もう少年の匂いがしない。こんなんじゃ興奮できない』

竜『ていうかなんなんだ、このぬいぐるみの顔は見れば見るほど腹がたつ腹綿引き出してやろうか!』

竜『と言いたいけどそれはプレゼントしてくれた少年に失礼だよね、我慢ガマン』

少年「ハローポチくん」ガチャ

竜『Hello少年、へいパース』ポイッ

少年「うわっ、あっ」ポロッ

竜『落としちゃダメじゃないか少年ー』

少年「人があげたもの乱暴に扱うな」

竜『少年今日帰るまでその人形肌身離さず持ってて』

少年「なんで?」

竜『できれば服の下に仕舞い込むんだ』

少年「ポチの考えが僕にはわからん」ゴソゴソ

竜『俺(に似ているというぬいぐるみ)が少年の中に入ってる……ハアハア』

少年「なんだかものすごく近づきがたい、距離をおきたい」

竜『(膨らんだお腹とかまるではら…ダメだそれ以上考えたら興奮を抑えられそうにない!)なら今日はこっちから行かせてもらうよ』ユラリ

少年「こええ! 逃げっあ、足が動かない! なにこれカッチカチ金縛り?」

竜『ふはは、大人しく我が腕の中で永遠の眠りに就くがよい!』

少年「君はラスボスか! ってぎゃあああ」

少年「ポチが僕を抱いて僕がぬいぐるみを抱いているこの光景は端から見たらシュール極まりないだろうな」

竜『まるでマトリョーシカだね』

少年「でもこれ背中はポチの腹でぷにぷに、服の中はぬいぐるみでふわふわ、何て言うか幸福の板ばさみ」

竜『そう言えば少年どうして突然ぬいぐるみなんて買ったの?』

少年「買ったというか、取ってもらったというか」

竜『?』

少年「まあ友達に貰ったんだよ」

竜『……少年に友達なんかいたの?』

少年「傷つくなあ、最近できたんだよ。ほら前僕に噂が本当か聞いてきた奴がいるって言っただろ?」

竜『ああ、そいつか(タイミング的に…)』

少年「どうだ参ったか」

竜『…ふうん。まあおめでとう』

少年「ありがとう。あっ、そいつがさお前に会いたがってたぞ」

竜『…は?』

竜『少年俺のこと話したの?』

少年「うん、僕の唯一の知り合いって言った」

竜『俺が竜だってことは?』

少年「さすがに言ってない、はず。言っても信じてもらえないと思って」

竜『賢明だね。そんな突拍子もないこと口走ったらせっかくの友達を失いかねないよ』

少年「でさ、どうする?」

竜『もちろんNOだ』

少年「一目だけでも」

竜『だめ』

少年「ポチの顔がちょっと強面なことはあらかじめ伝えておくから」

竜『そういう問題じゃない』

少年「ポチやっぱり人間と会うのが嫌なのか?」

竜『結果的にはそうなるね』

少年「人間悪い奴ばかりじゃないんだけどな、どうしたものか」

竜『俺は少年さえいればそれでいい』

少年「むー、そういう問題じゃない」ムスッ

竜『まあまあ機嫌直して』

少年「…………」ツーン

竜『困ったなあ、ペロリ』ベロン

少年「びゃあ! ビックリした!」

竜『ペロペロ』ヌチャヌチャ

少年「いや普通一旦やめるだろ! なんなんだよ一体!」

竜『ほら犬とか猫とかって愛情表現に舐めるじゃない?』

少年「うん」

竜『それだよ』

少年「あっなるほど。えっ?」

竜『ペロペロ少年ペロペロ』

少年「ポチにやられると捕食されかけてる気分になる」

竜『たべていい?』

少年「いいわけないだろ!」

竜『ちぇっ』

少年「…………」カチカチ

竜『何してるの少年』

少年「メール。さっきのこと報告しておかないと」

竜『え? 俺が少年の身体を味わってたこと?』

少年「違う、その前。ポチが会いたくないって言ってるってこと」パタン

竜『よくそんな小さな機械が操作できるねえ』

少年「ポチがでかすぎるんだよ、よくもまあこんなに大きく成長してくれたもんだ」

竜『少年に分けてあげたいくらいだよ』

少年「ちょうだい」

竜『無理』

少年「体交換できたらいいのに」

竜『まったくもってお勧めしかねるけど』

少年「うそぉ。僕から見れば大変魅力的な体してるけど」

竜『具体的にはどこらへんがさ』

少年「その1、体が大きい」

竜『ああうん、それはまあ』

少年『その2、全体的にシュッとしてかっこいい』

竜『かっこいい? ほんと?』

少年「うん、特に…」

竜『特に?』

少年「な、何でもないっ。つ、次その3!」

竜『特になんだよ気になるじゃん』

少年「その3! 翼がある」

竜『翼? これ?』バッサバッサ

少年「翼があるってことは空飛べるんだろ? あと寒いから今は羽ばたかせないで」

竜『申し訳ない。まあ一応飛べるよ』

少年「いいなあ。僕も空飛んでみたい、気持ちいいんだろうなあ」

竜『うーん、夢ぶち壊すようで申し訳ないけど慣れるまではあれかなりしんどいよ』

少年「そうなの?」

竜『初めて飛んだときは何これ新手の苦行? ってぐらいに疲労困憊したしまともに飛べるようになるまで相当時間掛かるからね』

少年「がっかしだ」

竜『現実はそんなものだ。第一もう俺が空を翔ることはないだろうしね』

少年「もったいない、せっかくあるんだから使えよ」

竜『使う機会がないんだもん』

♪約束未満

少年「んーじゃあさ、僕を乗せて飛んでよ」

竜『…え?』

少年「そうだそうしよう! 我ながらいい考えだ」

竜『それじゃあ俺だけ大変じゃないか』

少年「1回だけ、1回だけだから! 5分、いや3分だけ!」

竜『……まあ、機会があったら考えておこう』

少年「やった! 楽しみだ」ワクワク

竜『やれやれ』

少年「そうだ、聞いて聞いて。今日竜についてまた少し詳しくなった」

竜『へえ。なんだかくすぐったい気分になるな』

少年「あっ! ポチ少し前わざと雨降らしてただろ!」

竜『うわあバレるとは思わなかったほんとに勉強したんだね』

少年「嫌がらせか! おかげで毎回びしょ濡れだったんだぞ!」

竜『まあまあもう降らせないから許してよ』

少年「じゃあいいよ」

竜『さすが少年』

少年「でもすごいなーポチほんとに神様みたい」

竜『神様?』

少年「今日聞いたんだけどさ、竜によっては神様扱いされていたらしいじゃん。……あれ、ポチも雨自由に降らせられるならえーと、ほうじょーの神? じゃないの?」

竜『少年センスいいねえ。惜しい、惜しいよ』

少年「?」

竜『まあ俺は神様なんて大それたものじゃないよ、ましてや悪魔でもない。でもこの力は多分本物』

少年「ん?」

竜『俺は竜であり龍でありドラゴンだ。きっと俺は寄せ集めの継ぎ接ぎの存在なんだ』

少年「…………?」プシュー

竜『ごめん難しいこと言っちゃったね、理解しようとしなくていいよ』

少年「待て、わかるわかるぞ! バカにするな!」

竜『ホント? じゃあどういうことかなあ?』

少年『えっと、ほら、そのさ……ポチ!』

竜『な、なんだよ』

少年「竜とかごちゃごちゃ言う以前に君はポチだ! そういうことだよ!」

竜『……少年自分で何言ってるかよくわかってないだろ』

少年「まあね」

竜『うん、さすが少年だ。だから俺は君が大好きだ』ニコッ

少年「…………」

竜『どうしたの少年突然フリーズして』

少年「な、なんでもない!」

少年「ぽーちー」

竜『なーに?』

少年「おすわり」

竜『わん』

少年「お手ーおかわりー」

竜『わんわん』ノシッ

少年「いや頭にじゃなくて。伏せ!」

竜『わん!』シュタッ

少年「よしえらいえらい」

竜『ご褒美は?』

少年「え? あ、はいカラアゲ」

竜『ひゃっほーい!』

少年「待て!」

竜『!』

少年「まだだぞー」

竜『グルルルル…』ダラダラ

少年「涎すげえ、よし」

竜『バウ!』ガツガツ

少年「ほんとに犬みたいだ」

竜『けぷっ、ごちそうさま。少年は犬好きなのかい?』

少年「嫌いじゃないけど、大きい犬は怖い」

竜『俺は怖くなくて犬は怖いのかあ、なんだか悔しいな』

少年「犬は吼えるし噛むじゃないか、ポチはそんなことないから怖くない」

竜『がおおおー、がぶっ』カプッ

少年「おおこれが甘噛みか、なんかうれしい」

竜「はむはむ」

少年「あ、涎でべた付くので止めて下さい」

竜『しょぼーん』

少年「ふう、そろそろ帰るか」

竜『もう? さみしいなあ』

少年「明日は学校休みだからすぐ来れるよ」

竜『ほんと? 楽しみ楽しみ』

少年「じゃあまた明日な」

竜『あ、ぬいぐるみは置いてってね』

少年「ああはい、結局これなんだったんだ?」

竜『気にするな!』

少年「腑に落ちない。じゃな」

竜『ばいばーい』

竜『……よしよし匂いは』シュルシュル

竜『ムッハー! いいねいいねこれはイイ! なんて芳しい香り最高だ!』

竜『はぁはぁはぁ……駄目だ自らの劣情を抑えられそうにない、それくらいヤバい』

竜『うう、しょうねん……こんなぬいぐるみじゃなくて本物の君が欲しいよ……むちゃくちゃにしたいよ……』ギュッ

竜『…でもこんな気持ち悪い俺を知られて嫌われたくないよお……』ギュウウウ…

男2「…………」パタン

男2「ふう、やってみると案外簡単だったな。尾行」

男2「それ相応の準備はしてある、行くしかないな」

男2「鬼が出るか蛇が出るか、それとも本当に…」

男2「……あーいい加減買い換えるか、便利らしいし」

少年「ただいま、戻りました」

弟「あいつらなら今日いないよ、仕事長引いてるって」

少年「あ、そうなのか。それはよかった」

弟「兄さん明日暇? ちょっと付き合って欲しいんだけど」

少年「明日は…ちょっと予定が入ってるな。どうした?」

弟「いんや、大したことじゃないよ。うんわかった」

少年「ごめんな。あ、そうだご飯どうする? コンビニで弁当でも買ってく?」

弟「鍋の中見て」

少年「? わあこれ何口?」

弟「甘口、じゃないと兄さん食えないだろ」

少年「ば、バカにするな! 牛乳と一緒なら食える! でもありがとう」

弟「うん、食べるならさっさと食べよう」

少年「あ、じゃあ僕が皿だすから待ってて」

弟「はいはい」

少年「…………」プルプル

弟「素直に椅子使えよ」

今日はここまで、次回は♪ヘタレ

―次の日―

少年「今日は何を買って行ってやろう。ポチ辛いのとか大丈夫だろうか」ズルズル

少年「……なんか重いな。あ、借りてた図鑑入れっぱなしだった、まあ今更置いてくるのもめんどうだしいいや」

少年「にしても今夜が楽しみだ」

男2「さむ……、さすがに少し早すぎたか」

男2「ここだな、まったくなんでこんな場所に。ホームレスか?」

男2「ええと機械の調子は良好、問題なく録れるはず」

男2「よし行くか」

少年「ぐっどもーにんぐ! ポチっ」バーン!

竜『…いい朝だね少年』

少年「……?」キョトン

竜『どうかした少年?』

少年「何かイヤなことでもあった?」

竜『どうしてそう思うの?』

少年「うーんなんでだろ、第六感?」

竜『それはまた根拠に乏しいなあ、別に何もなかったよ』

少年「そう? それならいいんだけどさ。にしても今日は一段と寒いな、ポチ全裸でよく耐えられるね」

竜『まるで俺が変態みたいな言い方はやめてよ』

男2「……誰も居ないな」

男2「(残るはこの上だけか、恐らくあの場所に繋がっているはず)」

男2「(……階段に最近人が通った跡がある、埃がここだけない。足跡も多種多様だ。つまりあいつらもここに来たってわけだ)」

男2「(階段を上りきった先、重そうな扉の横の壁が崩れている。暗くて中はよく見えないが)」

男2「(そして崩れた壁の手前には大勢が倒れたような跡が見える。これは一体?)」

男2「(まあ今はその疑問は今は置いておこう)……よし、開けるか」ギィィ・・・

竜『むぎゅー』ギュー

少年「ぐええ…ちょ、締めすぎしめすぎ、呼吸できん」バタバタ

竜『…………』ギュウウウゥ

少年「ポチ、どうした? 何かヘンだぞ」

竜『……少年』

少年「ん?」

竜『…………』ブルブル

少年「(震えてる?)」

竜『ごめん余りにも今日寒くてさ、思わず力入りすぎちゃった痛かった?』

少年「いやそこまでではなかったけどさ」

竜『はあ、やっぱりこの状態が落ち着くなあ』

少年「あのさポチ」

男2「……誰もいない? ここじゃなかったのか?」

男2「! あれは竜のぬいぐるみ……? ぐおっ」ドサッ

男2「(何だ、全身が痺れる様な……くそっ体がほとんど動かねえ)」ググッ

竜「…………」

男2「(誰か、いや何かがここにいる。だが姿がどこにも見えない……?)」

竜「…………」ノシッ

男2「ぐあ……(首が圧迫されて呼吸出来ねえ!)」

竜「…………」

男2「(やば、し、ぬ……?)」

竜『うん?』

少年「……えーと、あ、今日も食べ物持ってきてやったぞ」

竜『ほんと? わあいありがとー』

少年「ほら、これカラアゲ激辛味」

竜『おいしそーいただきまーす』

少年「あ、そんな一気に食べたら」

竜『ぐえっほ! げほげほ! 辛っ! しぬっ』

少年「言わんこっちゃない、はい口あけて」

竜『え?』

少年「牛乳投入ー」ジャバー

竜『がぼがぼ、ま、待って』

少年「遠慮せずたんと飲むのだー」ジャバババ

竜『ごぼぼぼ…やめ、やめろ!』バシッ!

少年「あ」ベチャッ

竜『あ』

竜『…………』スッ

男2「げほげほ! はあ、はあ…(? 首が解放された……? でもやっぱり体が動か)」

竜「…………」グチッ

男2「かふ…」ベチャッ

竜「(……もういい。このまま喉を噛み千切ろう)」ググッ

男2「う、あ……」ピンッ

竜「(? まずい!)」

ピカッ

竜『少年が白濁まみれだ……』

少年「うう、冷たいしにちゃにちゃして気持ち悪……あ、でもこの牛乳甘い」ペロッ

竜『…………』ブバッ

少年「ぽ、ポチ鼻血ものすごい勢いで出てる! 大丈夫か!?」

竜『馬鹿な……興奮して鼻血が吹き出るなんて創作の世界だけの話じゃなかったのか……?』ブシャアアア

少年「てぃ、ティッシュ! ほら早く詰めて!」

竜『駄目だよ少年、ティッシュを詰めちゃうと血管の多いキーゼルバッハ部位を傷つけちゃうからこういうときは圧迫止血を施さないと』プシャアアァ

少年「そんなこと言ってる場合だろうか!?」

竜『顔を上に向けたり首の後ろを叩くのもダメだよ、余談だけどチョコレートと鼻血の関係性も科学的根拠に乏しく……』ダラダラ

少年「その話今する必要無いよな!? なあ!?」

竜『衣服をゆるませ、姿勢は壁にもたれかけさせ……あ、何か眩暈してきた』クラッ

少年「ええい無理やり詰めてやる!」ズボッ

竜『ふがっ』

男2「(影が……あれは、やはり…!)」

竜『(なんでこんな子供が閃光弾なんて持ち歩いているんだ!? だめだ、目を封じられたら毒の視線が使えない!)』

男2「(体が動く! 今の内に)にげっ」ブシャアアア

男2「くそっ…(血が足りねえ)」クラッ、フラフラ…

竜『(だが臭いで辿れば)』シュルシュル

男2「(たのむ、効いてくれ!)」カチッ

竜『(拳銃? そんなもので)』

プシュッ

竜「…………へっくしゅ」

少年「へ、へっくしょん! うぅ」

竜『あちゃあ、もしかして風邪引いちゃった?』

少年「ポチのせいでなっ! ここ来るたびに服が悲惨な目に合う気がする」

竜『ざまあみやがれ! 衣服なんてこの世から消え失せてしまえ!』

少年「予備持ってきててよかった」ゴソゴソ

竜『ええー脱がせるまでの過程が面倒だからやめてよー』

少年「ポチもしかして全部わざとやってた?」

竜『俺がわざとやるならそんな回りくどいことせずにここに来た瞬間破り捨ててるよ』

少年「なんかそこまで潔いと尊敬しそうになる」

竜『ふふん』

竜「へ、へっくしょん! (やられた! 今はあんな形状の催涙スプレーがあるのか!)」

男2「う、おおおおお」ダダダッゴロゴロ

竜『(音の方向から察するに前空けた穴の方に逃げられたみたいだ、今から追っても間に合わない)』

竜『……くそっ!!』ドガッ!

男2「ハァハァ…(だめだ、もう意識を保つのが限界だ)」ズル…

男2「……うご、け(無理だ)」バタン

男2「…………(女……)」

竜『血、少年が来る前に片付けないと。仕方ない水で洗い流そう』ダバー

竜『そんでもって火炎放射を最小限にして乾かそう』ボウウ…

竜『…………(もし)』

竜『(取り逃がしたアレ、恐らく少年を利用して俺のことを嗅ぎまわっている人間がここの存在を外に広めてしまったら、いや信じるわけがない)』

竜『(見えない怪物に襲われたなんてまともな人間は世迷言としか思わないはず。血だって洗い流した、試薬でも使われなければこの部屋で血痕は見つからないはず)』

竜『(でももし信じる酔狂な人間がいたら? 俺の存在が白日の下に曝け出されてしまったら、俺はもうここにはいられない)』

竜『(そしたら少年にも……もう会えない?)』

竜『……ぅぁぁぁぁぁぁ(こわいこわいいやだいやだいやだいやだ)』ガタガタガタガタガタガタ

竜『(俺の居場所がまた奪われる、なんでみんな俺から奪うんだ、俺はただ平穏に暮らしたいだけなのになんでなんでなんで)』

竜『(少年に会いたい、ただ逢いたい。逢って彼と話したい、彼に触れたい、匂いを嗅ぎたい、啼かせたい、なにより必要とされたい)』

竜『早く来てよ…!』

少年「ぐっどもーにんぐ! ポチっ」バーン!

竜『…いい朝だね少年(嗚呼、君と共に過ごせるなんて本当に素晴らしい朝だ。愛してる)』

少年「筋トレをしようと思う」

竜『突然どうしたの?』

少年「僕実は運動苦手でさ」

竜『だろうね』

少年「だろうねって君……まあそういうわけでまずは体力から鍛えようかと思う」

竜『いい心がけだね、具体的には何するの?』

少年「んー走ったり腕立てしたり、腹筋したり?」

竜『曖昧だなあ、どのくらいできるかやってみてよ』

少年「え、ここで?」

竜『はい、じゃあ腕立てからスタート』

少年「ふんっ……ッ…」プルプル

竜『おおっと、少年選手この様子ではまさか1度も腕立てすることなくリタイアかー? え、待って少年本当に貧弱すぎない? 病気?』

少年「失礼な…あ、無理だ」バタン

竜『…………』

少年「違うねん、なんかここ床傾いてんねん、僕のせいじゃないねん」

竜『そうだね少年…』

少年「慈しむような目はやめてくれ!」

竜『次腹筋、はい足押さえとくね』

少年「あ、ありがとう。じゃあいくぞ、ふんっ」プルプル

竜『うーん、こちらもある意味目を見張るものがあるなあ』

少年「くうっ……何故届かない…?」

竜『がんばれがんばれ』

少年「う、おおお」グイッ

竜『おお、これでやっと一回だね』

少年「よし、じゃあ休憩しよう」

竜『甘ったれるな』

少年「ポチスパルタだなあ」

竜『ラケダイモーンに失礼だ、ほらもう一回』

少年「とおっ…と、届いたっ」

竜『その調子その調子』

少年「ふんっ…ふぅっ…はあ、はあ」

竜『(荒い息遣いと滲む汗の匂いがなんとも扇情的)』シュルシュル

少年「! ポチそれヤコ…なんたら器官?」

竜『うん、ヤコブソン器官(に近いもの)だよ。よく知ってるね』

少年「ウソつき!」

竜『え、何が?』

少年「ポチ竜じゃなくてヘビだったんじゃん! 騙された! 僕の夢を返せ!」

竜『嘘じゃないよ、俺は竜だよ。確かに蛇の能力も持ってるけど』

少年「……そうなのか?」

竜『うん、ピット器官とかもあるよ(本物のとは似ても似つかないけど)』

少年「ウソつきって言ってごめん、ポチウソついてなかった」

竜『誤解が解けたようで何より』

少年「でもそのシュルシュルするのダサいからやめた方がいいと思う」

竜『だ、ダサい…』

少年「ポチ顔かっこいいのにもったいない」

竜『顔かっこいい? 怖いじゃなくて? え、ほんと?』

少年「……間違えた」

竜『間違えたってどういう意味でさ』

少年「ふいぃ…疲れた」

竜『お疲れ様、と言える運動量ではない気もするけど』

少年「結果より努力する過程を尊重してもらいたい」

竜『本人が言ったら駄目でしょ…少年汗拭かないと風邪引くよ?』

少年「おお、そうだな。タオル、たおる」フキフキ

竜『…………』

少年「ふう、こんなもんでいいだろ」

竜『少年そのタオル俺に頂戴』

少年「えっ、それならこっちの新しい方やるけど」

竜『それじゃ意味がないだろ! 馬鹿か君は!?』

少年「でもポチ汗かかないじゃん、何に使うの?」

竜『HSHSするんだよ』

少年「はすはす?」

竜『うん、高貴な紳士の嗜みだよ』

少年「へえ、僕もやってみたい。やり方教えて」

竜『えっ何その新しいプレイ』

竜『少年今日はいつまでここにいるの?』

少年「結局はすはすって何か教えてくれなかった」

竜『少年には純粋でいて欲しいから…ていうかそんなに拗ねないで襲いたくなるだろ?』

少年「拗ねただけで攻撃されるとは…ちなみに今日僕帰らないよ」

竜『えっ、少年も俺と同じホームレス仲間入り? Welcome to Underground』

少年「違う、自分の意思でだ。ほらこれ寝袋」ゴソゴソ

竜『こんなもんいらん!』スポーン

少年「何故投げ飛ばしたし!?」

竜『そんなものなくても俺が君の寝袋になってあげるよ』

少年「そっか! じゃあわざわざ持ってこなくて良かったなー」

竜『お、おう』

少年「あ!」

竜『どうしたの』

少年「ポチ僕のドーナツ食べたろ!」

竜『え? 食べてないよ』

少年「ウソをつくなっ、ほら真ん中に穴が空いてるじゃないかなんて卑しい食べ方をするんだ」

竜『それは元からそういう仕様なんじゃないかなあ』

少年「まあ冗談はさておきなんでドーナツって穴が空いてるんだろう?」

竜『答えを言うのは簡単だけど是非君の答えが聞きたいな』

少年「うーん……腕につけてファッションアイテムにするとか。お腹が空いたらいつでも食べられる! これは便利!」

竜『そこまで腕の細い人間って限られると思うけどなあ』

少年「あっ、そっか。じゃあ指輪か」

竜『うーんそれだと指の体積が足りないよ』

♪ヘタレ

少年「じゃあどこにつければいいんだよ!?」

竜『まず食べ物を身に纏おうとする発想を捨てようよ。食物に失礼だ』

少年「えーでも某三角コーンの形状に似たスナック菓子は指にはめるじゃん」

竜『よくわからないけど多分それも間違ってるから即刻やめるべきだ』

少年「でも穴があったらつっこみたくならない?」

竜『それはわかる、俺も君に突っ込みたいし』

少年「え? なにを」

竜『なにってナニだよ』

少年「A=Aで返されてもわからない」

竜『突っ込んでいい?』

少年「それって痛い?」

竜『全力で優しくする』

少年「じゃあいいよ」

竜『え…………い、いいわけないだろ! 馬鹿言うんじゃありません! めっ!』

少年「怒られたーなんでー?」

少年「んーそうだいいこと考えた!」

竜『なあに?』

少年「思い出を残そうと思う」

竜『?』

少年「写メ撮っていい?」

竜『しゃめって何?』

少年「いやあ今までこの機能使う機会なんてなかったから緊張するなあ、はいチーズ」

竜『えっえっ? 乳製品がなんなのさ?』

少年「じゃあ1+1はー?」

竜『に、2?』

パシャリ

少年「よしどれどれ……あれ」

竜『ねえさっき何したのさ?』

少年「写真、撮ったんだけど。その」

竜『……あーそうかわかった。写ってないでしょ俺の姿』

少年「うん、何これ故障?」

竜『そんなピンポイントな故障ないと思うけどなあ』

少年「じゃあなんで? ……はっ!? もしや君実は竜の幽霊だったのか!?」

竜『幽霊の割にはベタベタ触ってたはずだけど』

少年「……新種の幽霊とか?」

竜『そんなに俺が生きてるのが不思議か君は』

少年「じゃあなんで写らないんだよ、わけわからん」

竜『うーんそういう体質なんだ俺』

少年「へーそんな体質あるんだ、知らなかった。どんまい」

竜『うん、ありがとう』

少年「でも困った、これじゃ写真撮れない」

竜『どうして人間はそうやって思い出を形にするの? そんなことしなくても必要なら頭の中にあるんだから思い出せばいいだけじゃないか』

少年「確かに」

竜『だからそんなもの撮らなくてもいいだろ?』

少年「……でもほら、直接会えないときでも好きなひとの姿がいつでもどこでも見られたら何か幸せじゃん」

竜『…ほーなるほどなるほど。じゃあ俺も君の写真欲しいな』

少年「えっ、それは何だか恥ずかしい」

竜『好きな人の姿がいつでもどこでも見られたら俺は幸せなんだけどなあ』

少年「ぐぬぬ…僕だって君の写真欲しいのに……」

竜『それはゴメン』

少年「じゃ、じゃあ今度家にあるの持ってくるよ」

竜『出来るだけいっぱいよろしく』

少年「えー……」

竜『少年髪長くなって来たんじゃない?』

少年「えっそうかな?」

竜『ほら髪が目にかかってる』ファサ

少年「ポチはいいよな、髪の毛なくて」

竜『遠回しにハゲ呼ばわりするのはやめてよ』

少年「んーめんどくさいけどそろそろ切るかなー」

竜『俺は髪長い方が好きだからちょっと残念だな』

少年「長い方が好きなの?」

竜『うん、まあ俺の勝手な好みだけど』

少年「……やっぱ切るのやめた」

竜『え? でも髪目に入って痛くない?』

少年「いいよこうするから」ゴソゴソ

竜『……何それ』

少年「ヘアピン、恥ずかしいから人前では付けてないんだけど」

竜『……うぉぉ、なんだこの心の底から沸き上がる感情は!?』

少年「あーとやっぱり、ヘン?」

竜『ううんいい! すごくいいよ! もうずっと付けてるべきだ!』

少年「そ、そうかな。…なんかポチに言われると嬉しい、えへへ」テレッ

竜『うわあなんだなんなんだこの気持ち! 誰かこの感情の名を教えてくれ!』

少年「よいしょよいしょ」ヨジヨジ

竜『突然許可もなしに背中をよじ登ってどうしたの?」

少年「まだだ、まだここは頂上じゃない」ヨジヨジ

竜『ちょ、首はくすぐったいよ』

少年「よっこいしょ、おお絶景なり」

竜『ちゃんと角につかまってないと危ないよ』

少年「大丈夫だいじょぶ、よしポチ走れ!」

竜『やだよめんどくさい、狭いし』

少年「ノリが悪いなあ、そんなこと言ったら写真あげないぞ」

竜『……もうしょうがないなあ』ダダダッ

少年「うわぁー落ちるぅぅごめもう少しゆっくりお願いしますううぅぅ」

竜『問題です、1~10で駐車場があります。車を止められないのは何番?』ダダダダッ

少年「うぇぇーわかんないよぉぉ」

竜『答えは9番、何故なら車は急(9)には止まれない。そう止まれない、もう誰も俺を止められないんだよ!』ダダダダダッ

少年「意味わかんねええええぇぇ誰か助けてえええぇ」

少年「もう二度と乗らん」

竜『あ、なんか既視感だね』

少年「ポチってもしかしてS?」

竜『君に対してだけね』

少年「ひぃえええ」

少年「なあそろそろぬいぐるみ出していい?」

竜『駄目に決まってるだろまったくもう!』

少年「これ何の意味があるんだろう……」

竜『俺だと思って大切に扱ってね』

少年「わかった、よーしよし君はかわいいなあ。おまけにふわふわしててえらい!」ナデナデ

竜『ちょっと』

少年「何?」ナデナデ

竜『俺も頭撫でてよ』

少年「え、だってポチほめられるようなことしてないじゃん」

竜『し、してるじゃん! さっきだって背中に乗せて走ってあげたよ?』

少年「あれでほめられると思ってるのか! 思い上がるな!」

竜『……ほらいつも勉強教えてるし!』

少年「それは僕がいつも食べ物持ってきてるからお互い様」

竜『ぐぬぬ……助けたもん! 俺少年のこと助けたもん!』

少年「いつ?」

竜『そ、それは言えないけど……』

少年「…………」

竜『ううぅ……』

少年「…………」ナデナデ

竜『ふぁっ? えっ?』

少年「よくわからないけど君がそう言うならそうなんだと僕は思う、ありがとう」ナデナデ

竜『あ、やっぱり撫でられるより撫でる方がいいや』ナデナデナデナデ

少年「ひいっどうしてこうなった! どうしてこうなった!」

少年「勝ちたい」

竜『何に?』

少年「貴様だポチ!」ビシッ!

竜『お、俺?』

少年「何だか僕は君に負けてばかりな気がする! 何か1つでも優位に立ちたい!」

竜『うーん、少年無理なものはムリだよ』

少年「ムッカー! バカにするのも大概にしろ! 勝負だ!」

竜『いいけど何で勝負するの?』

少年「……運で勝てそうなもの……道具も使わないもの……」ブツブツ

竜『(運かよ)』

少年「……! あっちむいてほいで勝負だ!」

竜『(ああもう可愛いなあ)いいよ、それでいこう』

少年「よしじゃあ……ってポチチョキってできるの?」

竜『まあ気合いで、ほらっ』ゴワッ

少年「き、キモい! まあいい、いくぞ最初はぐーじゃんけん……」

竜「(ポチの場合チョキを出すのは難しそうだ、ということは出す確率が高いのはグーかパー。だからパーを出し続けていればいずれ勝てる!)」

少年・竜「『ポン!』」

少年《パー》

竜《チョキ》

少年「無理すんなよおおおぉぉ」バンッ

竜『な、何がだよ』ビクッ

少年「……まあいい、ほら、さっさとあっちむいてほいしろよ。僕が華麗にかわしてみせる(左……いや上だ! 根拠はないが!)」

竜『……少年今上向こうとしてない?』

少年「読心術とか卑怯だろもう!」バンバンッ

竜『使ってないよ、ただ少年上見すぎなんだよ。あと椅子バンバン叩くのやめて埃が飛翔する(上目遣いはあはあ)』

少年「……目を閉じれば読まれまい」スッ

竜『少年今一度よく考えるんだ、その戦法では相手が卑怯な手を使えば確実に負けてしまう』

少年「大丈夫、僕はポチのこと信じてる」

竜『……あっちむいて…』

少年「(まさかもう一度上とは思うまい!)」

竜『ほい(…とか考えてるんだろうなあ)』ピッ

少年「……これで勝ったと思うなよ!」

竜『30回も連続で負けといてその台詞とは恐れ入ったよ、あっはっは』

少年「…………」ポカポカ

竜『無言で叩くのはよくないよ、手大丈夫?』

少年「僕今日のポチきらい」

竜『俺は毎日少年が大好きだけどなあ』

少年「…………」ポカポカ

竜『どうして叩くのかわけがわからないよ』

少年「僕もよくわからないけど叩かずにはいられないんだよ!」

竜『まあ少年にならいくら叩かれても俺は構わないけど』

少年「…………」ゲシゲシ

竜『蹴るのは行儀よくないよ』

少年「疲れた……なんて無駄な体力を使ったんだ僕は」

竜『ほらもう休みな、俺の腕の中で』

少年「ん、そうする。おじゃましまーす」

竜『はい、いらっしゃ…』

PRRRR……

少年「あ、電話だ」

竜『…………』

少年「はい、もしもし……えっ君は?」

竜『…………(やっぱり生きてたか)』

少年「うん、うんわかった。今すぐいく」

少年「ポチごめん! ちょっとだけ出掛けてくる!」

竜『……そう、早く帰ってきてね』

少年「じゃ行ってくるっ」パタパタ…


竜『……次は殺す』ギリッ

少年「男2!」バンッ

女「静かにして、ここは病院」

少年「あ、ごめん。それで男2は…?」

女「そこ。今は眠っている」

少年「容態はどうなんだ?」

女「一命はとりとめた、らしい」

少年「そうか……よかった」

女「……男2」

少年「どうして男2がこんな目に……」

女「きっと、私のせい」

少年「え?」

女「さよなら」パタン

少年「ちょ、ちょっと待ってよ……行っちゃった」

少年「どうして、こんなことに」

少年「……なんで」

少年「…………」トボトボ

竜『やあおかえり少年。元気ないね』

少年「……友達が大怪我したんだ」

竜『そうか、だから心配なんだね』

少年「……何だか、僕に関わった人がひどい目にあっている気がする」

竜『考えすぎだよ』

少年「そうなのかな、なんだか偶然には思えない…」

竜『大丈夫、少年は何も悪くないよ。君が思い詰める必要なんてない』

少年「うん……でも」

竜『でも?』

少年「生きてて……よかった…!」

竜『…………(俺が"や"ってしまったら少年は哀しみのあまり涙を流すんだろうか)』

竜『(少年が俺以外のために泣くのは)……嫌だな』

少年「え?」

竜『ほらほっぺたぐにー』グニィー

少年「いふぁいいふぁいてえはなして」バタバタ

竜『うん少年は笑ってる方が可愛いよ、だから笑って』

少年「え? こ、こう?」ニヘラ

竜『うん上手い上手い』

少年「まあポチよりはな」

竜『ひどいなー』

少年「あははは」

竜『(今はこれでいいんだ)』

少年「夜になりました」

竜『そうですね』

少年「今日は月も出てないから何も見えない、ポチよくこんなところで過ごせるな」

竜『俺には少年の姿がはっきり見えるけど』

少年「なんで?」

竜『ピット器官』

少年「ずるい、いいよ今日はちゃんと準備してきたから。ほらランタン」

竜『おお、キャンドルランタンとはまた懐かしいものを。でも明るいねえ』

少年「なんか見てるだけで暖かくなるな」

竜『確かに、なんかこういうのもいいねえ。綺麗だ』

少年「なんかあれだな、ポチとふたりでキャンプしに来たみたい」

竜『少年はキャンプに行ったことがあるの?』

少年「ないよ、親がそういう"無駄"なことに時間を使うのは許してくれなかったから」

竜『自然の中で過ごす時間は今の時代の人間にとって貴重だと思うけどなあ』

少年「だよなあ、……だからさこういう時間を過ごせて少し嬉しい」

竜『バーベキューも森林浴も釣りも花火もキャンプファイアーもないのに?』

少年「確かにその点は非常に、非常に惜しまれるが! ……でもほら、ここにはポチがいるからさ」

竜『……少年はさ、俺のことどう思ってる?』

少年「え?」

竜『別に難しく考える必要はないよ、ただ率直に言ってくれればいい』

少年「僕がポチのことどう思っているのか?」

竜『そう』

少年「うーむ…………」

竜『はは、そんな悩まなくてもいいよ。別に友達でも都合のいい話し相手でも、勉強を教えてくれる便利な奴でも何でもいい。絶対に怒ったりしないから』

少年「うーん…………うーん」ムムム

竜『そんなに難しい問いかな?』

少年「……わからん!」

竜『(できれば友達くらい言って欲しかったな)そっか、じゃあしょうがないね』

少年「友達って感じ、ではないと思う」

竜『っ!』

少年「だってさ、最近僕クラスに友達できたけどなんかそいつとは違う気がするんだよ、なんかこう……形容しがたいもやもやした感情がポチと一緒にいると湧き上がるというか何と言うか……」

竜『…へえ、何なんだろうねそれ』

少年「ほんと何なんだよ君のせいだぞポチ!」

竜『そーりー』

少年「あ、でもあれだ今のところ僕はポチのこと1番好きだからな! 光栄に思え!」

竜『やったあ、一等賞だ』

少年「逆にさ、ポチは僕のことどう思ってるんだよ」

竜『えー俺前言ったじゃん』

少年「…そうだっけ?」

竜『ひどいなあ、こちとら一世一代の大告白だったっていうのにさ』

少年「忘れた、もう1回もう1回!」

竜『だーめ、自分で思い出して』

少年「くそう、ケチトカゲめえ…」

竜『竜だよ。あ、でも俺も少年のことが世界で1番好きだよ』

少年「やった、両思いだ」クスクス

竜『そうだね両想いだ』クスクス

少年「…………」ウトウト

竜『少年もう我慢せずに寝れば?』

少年「いやだ、…もうちょっとポチと話してたいムニャムニャ」

竜『ほら寝言なのか判別つかなくなってきてる、それに早く寝ないと背伸びないよ』

少年「んぅー…じゃあ寝りゅ、る、入れて」

竜『いいよ、はいどうぞ』ギュッ

少年「ん、おやすみぃ……」スースー

竜『あらら灯りも消さずに危ないなあ、よいしょっと』カチッ

竜『……(夜、一つ屋根の下、密着、ていうか抱き合ってる)』

竜『(今気付いたらとんでもない生殺しだこれ!)』

今日はここまで、次回は♪灯台下暗し

続きが楽しみ

―次の日の朝―

少年「ふあっ……あー。朝か」

竜『お、はよう。少年……』ギラギラ

少年「うわっポチ目真っ赤だぞ!」

竜『昨夜は(興奮して)寝付けなくてね…この有様だよ。はは…』

少年「ごめんイビキとかうるさかった?」

竜『ううん、イビキはしてなかったよ。寝言は言ってたけど』

少年「え、ウソなんて言ってた!?」

竜『ふふふ…思わず顔がにやけるようなこと』

少年「心当たりはないが即刻忘れろ!」

竜『俺、記憶力いいからさ』

少年「自慢までしてきやがった! …はあ、まあいいや朝ごはんにしよう」

竜『わあい、今度は何かな』

少年「おにぎり。あ、ごめんもうポチの分ないや」モグモグ

竜『』

少年「これならあるけど、塩(瓶)」

竜『……いただき!』パクッ

少年「にぃああああぁ!? びっくりした! 手ごと食われるかと思った……」

竜『ごくり。ごちそうさま』

Prrrrr…

少年「うん? 電話だ誰だろ? はい…もしもし」

竜『(またか…)』

《よお、俺だ、男2だ》

少年「男2!? 目を覚ましたのか? 体は大丈夫か?」

《お前、今どこにいる? 家か?》

少年「えっ今は…」チラッ

竜『…………』

少年「…昨日、前言った知り合いの家に泊まったんだ、だから今そこにいる」

《そうか、じゃあもう1つ聞く、昨日お前俺の姿をどこかで見たか?》

少年「え、いや多分見てないと思うけど」

《……じゃあいったい誰が》ボソッ

少年「男2?」

《そうか、わかった。じゃあな》プツッ

少年「えっそれだけ? ってもう切れてるし…」

竜『変な会話だったね』

少年「うん、って聞こえてたの?」

竜『うん、俺耳もいいから』

少年「盗み聞きはよくない」

竜『めんごめんご』

♪灯台下暗し

男2「(昨日俺は襲われた後、建物を出る前に気絶してしまったはずだ)」

男2「(だが通報を受け駆けつけた救急隊員の話では俺は建物から数十メートル離れた場所で倒れていたそうだ、また通報した人間もすでに現場から消えていた)」

男2「(何故だ? 軽くはない俺を態々外に運び込む理由がわからない。どうしてそんな不可解な行動に?)」

男2「(そもそもあの場所に近づく人間は限られている、この件に関係しているのか……敵なのか味方なのか)」

女「どうしたの男2」

男2「うおっ、いるならいると言えよ心臓に悪い」

女「早く病室に戻るべき、医者から外出は許可されていないはず」

男2「はいはい、すぐ戻りますよっ……お前じゃないよな?」

女「? なんのこと、説明が不足しているからわからない」

男2「(いや、こいつがあの場所にいる理由がない。ありえない、はず)なんでもねえよ、忘れてくれ」

女「そう。後でまたお見舞いに行く」

男2「ほう、そりゃどうも」

女「うさぎさん、剥いてあげるね」

男2「ぶっ、んな恥ずかしいことはやめろ! …じゃあな(こいつを危険な話に巻き込むわけには…)」スタスタ

女「……私に、出来ることは……」

少年「…………」

竜『どしたの少年難しい顔して?』

少年「なんか、嫌な予感がする」

竜『あらら虫の知らせかい? 外れるといいね』

少年「まあ僕のカンは大概当たらないんだけど」

竜『なら安心だ』

少年「うん…でも何か引っかかるんだよな、大事なことを見落としているような」

竜『考えすぎだと思うけどなあー』

少年「んー…そうなのだろうか」

竜『そんな漠然とした不安に思考を巡らす位なら勉学に回すべきでは?』

少年「そんなど正論言うなよ……」

少年「はうあっ!」

竜『奇声を上げてどしたの少年?』

少年「そうだよ明日から期末テストだ!」

竜『わあ、それはそれは絶望的なタイミングで思い出したねー』

少年「まずいまずいまずい、幸い勉強道具は持ってきてるけど時間がない時間がないあばばばば」ドサドサッ

竜『少年今回色々持ってきたんだねー、そんな大荷物で重くなかった?』

少年「うん、初めてのお泊りだからと張り切りすぎた。間違って余計なものまで持って来ちゃったし」

竜『余計なもの?』

少年「学校で借りた動物図鑑とか」

竜『ははん、これで少年ピット器官とか知ったわけか』

少年「えっへん、努力家だろ」

竜『その努力を試験勉強に回せよ。…へえー子供向けの割りに結構これ内容しっかりしてるね、面白い』ペラペラ

少年「あ、じゃあ僕勉強してるから暇な間読んでていいぞ!」

竜『あいあいさー』

少年「と、とりあえず暗記科目から詰め込もう…」

竜『ふぁいとふぁいと』ペラペラ

少年「うう…」

少年「…………」カキカキ

竜『(本を読むのは久しぶりだなあ、昔は彼女によく見せてもらったっけ)』ペラペラ

竜『(あの頃も悪くなかったなあ、色んなことを学べたし一部の人間とは友好的な関係を築けていた。まあ結局は滅茶苦茶にしてしまったけど)』ペラ

竜『(番(つがい)がいないから子孫を残せるわけでもないし、同種で社会を構成することもできないし、別に他の生物の命を食らわなくとも死ぬことはない体だし、そもそも死んでも死ねないし、俺はそもそも1つの生命なのだろうかそう考えると)』

竜『(俺が生きてる意味はなんだろう)』パタン

少年「…………」ウルウル

竜『あー助けを求める時はちゃんと口に出してもらわないと』

少年「ポチ様、私めにどうかご教授くださいませんか」

竜『教科は?』

少年「できれば全部!」

竜『やれやれ骨が折れそうだ(このため…ではないと信じたい、…いやそれはそれでいいか)』ニヤリ

少年「あたまぱんくしそう」プスプス

竜『小休止入れたら?』

少年「…いや、もうちょっとがんばる」

竜『そうか、じゃあ俺も付き合おう』

少年「ありがとうなポチ、昨日寝てないから辛いだろうに」

竜『少年のためなら俺はいくらでも頑張れるよ』

少年「…そういうセリフは女の子に言えよ」

竜『? なんで?』

少年「……ヘンなこと考えちゃうだろ」ボソッ

竜『え、ごめんなんて言った?』

少年「べ、勉強しないと!」

竜『(変なことってなんだろう?)』

少年「あれ、なんかさ、勘違いかもしれないけど僕数学前よりできるようになってる気がする」カキカキ

竜『……今俺は感動している』

少年「な、なんで?」

竜『人は成長することに、正しい努力は才能に決して劣らないという事実に!』

少年「まあな! だてに毎日教えてもらってないよ!」

竜『努力は報われるんだなあ……正直何度見捨てようと思ったことか』ホロリ

少年「あきらめないでよかったな」

竜『なんでこんな簡単なのもわからないのかと小突きたくなる衝動を必死に抑えた甲斐があったよ!』

少年「ごめんさすがにヘコむ」

竜『少年もう暗くなったしそろそろ帰らないと…』

少年「もう少しだけ、もう少しだけここでやらせてくれ」

竜『それはいいけど、少年どうしてそこまで頑張るの? 多分もうそこまで酷い点数は取らなくてすむと思うけど』

少年「この教科だけは普通じゃだめなんだ、だめなんだよ」

竜『……そうか、じゃあ期待してるよ』

少年「任せとけ!」

今日はここまで、次回は♪決意

―数日後―

竜『……ん、そろそろかな』

少年「ポチーーーー!」パタパタバタンッ

竜『やあ少年、今日は元気が全身から溢れ出してるね』

少年「ふっふっふ、これを見たまえポチ君」ピラッ

竜『なになに、……え、あ』

少年「あれ思ったより反応薄い」

竜『……ま、マジかよ! え、なにこれ幻覚?』

少年「リアルだよ! どうだ見直したか!」

竜「…………ひっく」

少年「な、そこは泣くんじゃなく喜ぶところでは?」

竜『やったね少年…心の底からおめでとう、そしてありがとう』

少年「ポチ嬉しい?」

竜『当たり前じゃないか! こんなに嬉しいこと今までなかったくらいだよ!』

少年「え、えへへっ」

少年「じゃ、悪いけど僕もう帰るな」

竜『えっ、もう帰っちゃうの?』

少年「ごめん、実は今日知り合いに呼ばれててさ。今も外で待ってるんだ」

竜『……なんだって?』

少年「そういうわけだから、じゃっ」タッタッタ…

竜『……そんな』

少年「よっと、お待たせ」

女「うん、607秒待った」

少年「か、数えてたのか…怖い…」

女「冗談」

少年「君が言うと冗談に聞こえないんだが、じゃあ行こうか」

女「…………」コクリ

少年「あ、それお見舞いの花?」

女「そう、さっき買ってきた」

少年「あれ、でもそれ鉢植えだよな。見舞いの花に鉢植えってあんまりよくなかったような」

女「…そうなの?」

少年「うん、知り合いから聞いた話だけど何か入院が長引くらしいよ」

女「それは困る。……困った」

少年「まあまだ時間はあるしもう1度花屋に寄って行こうよ、その鉢植えは友達にでもあげたらどう?」

女「…………なるほど。じゃああげる」サッ

少年「えっぼ、僕に?」

女「友達にあげたらいいって今貴方は言った」

少年「あ、ありがとう」

―病院―

男2「あー、暇だー」

女「…………男2」ガラッ

男2「おお、来たか女、悪いけどまたいつも通りマッサージしてくんねえか。どうも体が凝って…」

少年「…………」

男2「って……えーとなんでお前がここに?」

少年「医療ミスでしんでしまええぇぇ!」ダダダダッ

男2「…女、悪いけど連れ戻してきてくれ」

女「マッサージは?」

男2「今日はいい」

女「わかった」

少年「うう…骨髄全部爆発してしまえぇ…」

男2「おいこら怪我人になんてこというんだテメエ」

女「友達にそんな言葉遣いはいけない」

男2「…ちっ、悪かった」

少年「そーだそーだ! もっと謝れ土下座しろ!」

男2「おい女なんでこいつ連れてきた?」ピキッ

女「男2が喜ぶと思って」

男2「今のところ真逆の感情しか沸き上がらないんだが」

少年「でも見た感じ元気そうだな、よかった…安心した」

男2「…きめえ」

少年「安堵しただけなのに!?」

少年「でさ、男2一体何があったんだ? 学校は何も教えてくれないし」

男2「…それはお前が1番知ってるはずだけどな」

少年「? 僕が?」

女「どういうことなの、説明して」

少年「い、いやそれが思い当たる節がまったく…」

男2「女、悪いが席を外してくれないか」

女「どうして」

男2「頼む、黙って言う事を聞いてくれ」

女「…………わかった」パタン

少年「なんであの子に出て行ってもらったんだ男2? 彼女も気になってるんじゃ…」

男2「…………」ギラッ

少年「えっあ、その」

男2「……いじめ」

少年「え?」

男2「何故なくなったと思う」

少年「またそれか、だから僕は何も知らないって。男1達にも何もしてないし」

男2「そうだお前がやっていないなら誰がお前のために報復した?」

少年「そんなことをする人間はいないって前も言った」

男2「そうだな、確かに"人間"はいない。じゃあお前の知り合いからそれらを除外して考えてみろ」

少年「…………?」

男2「お前本当にわかっていないのか? 何故結びつかない?」

少年「男2が頭いいのは知ってるけどさ、ならなおさら僕にもわかるように言ってくれよ」

♪決意

男2「…………(ここで暴露するのは簡単だ。だがこの事実をあの怪物が隠したがっているのも明白、下手に洩らせば怪物が暴走するかもしれない。それにこいつはどうやら怪物のことを妄信しているらしい、話したとして信じてもらえず最悪縁を切られる可能性もある。それではこいつに近づいた意味がない、いや……)」

少年「おーいどうしたー?」ブンブンッ

男2「(もう、友達を利用するのはやめだ)」

男2「……受け取れ」シュッ

少年「えっ、あっこれは…」

男2「前にお前が落としたんだよ、なかなか触り心地いいなそれ」

少年「(ポチのウロコだ……)」

男2「もう失くすなよ」

少年「う、うん…ありがとう男2」

男2「ああ」

少年「男2さ」

男2「あ?」

少年「何か悩んでるのか?」

男2「は? なんだそりゃ」

少年「いや気のせいならいいんだけどさ、もし悩んでるなら誰かに言った方が楽になるぞ? これは自信を持って言える」

男2「仮にそうだとしてもお前にだけは言わんがな」

少年「くそう、ヘコんでしまう…」

男2「あーもういいや女呼んできてくれ、多分屋上にいると思う」

少年「う、うんわかった」タッタッ、パタン

男2「…………ほんとの悪者は俺かもな」

―病院、屋上―

少年「やあ、女」

女「…話はもう終わった?」

少年「うん、でもあんまり聞き出せなかったよ。ごめん役に立てなくて」

女「そう、気にしなくていい」

少年「……えーと」

女「…………」

少年「あ、明日から冬休みだなっ」

女「そうだね」

少年「女は何か予定あるの?」

女「特には」

少年「そ、そっか……」

女「…………」

女「あなたは何かあるの?」

少年「えっ?」

女「長期休暇期間中の予定」

少年「ええと、しいて言うなら知り合いの家に所に入り浸ろうかと」

女「友達?」

少年「うーん、ではないかな」

女「……恋人?」

少年「ぶはっ! ち、違うよ! だって相手男だし!?」

女「男だとだめなの?」

少年「あた、当たり前だろ! だ、だってそれじゃいわゆる…」

女「好きという感情に性差はなんの意味があるの? 私にはわからない」

少年「……女はさ、どうして男2が好きなの?」

女「……考えたこともなかった」

少年「ええ…?」

女「わからないけど、好きなの。この感情はそうとしか言い表せない。それじゃだめ?」

少年「ううん聞いておいて何だけど、どういった答えが正しいかは僕にはわからない。答えがあるのかすらわからない」

女「そう」

少年「……そろそろ男2の所に行こうか、あんまり待たせるとさみしくて泣いちゃうかも」

女「! それは見てみたい、そのために是非もう少し時間をおきたい」

少年「ごめん冗談だから!」

竜『くそうあの人間め僕から少年を奪いやがってぇ……次は絶対に一欠けらも残さず喰い殺してやるう……』メソメソ

少年「ただいまポチー」バタン

竜『わあ! 少年が帰ってきたおかえりおかえりおかえり!』

少年「ものすごい喜びよう、まるで主人の帰りを待ちわびた犬のようだ」

竜『でも帰ってくるの遅いよーもう日が暮れちゃったよ?』

少年「まあ明日から冬休みだからずっと一緒にいれるし勘弁して」

竜『ほんと!? やった!』

少年「あーそれでさ、この鉢植えいらない?」

竜『これは…少年が買ってきたの?』

少年「そ、そうさ!」

竜『違うのか…』

少年「何故ばれたし」

竜『少年この花の名前知ってる?』

少年「ら、ラフレシア?」

竜『うん、全然違う。これはねデージーっていう花なんだ』

少年「へー全然知らん」

竜『語源はday's eye、日の目でよく恋占いに使われたことからとある国では愛のものさしって言われてたらしいよ』

少年「人がせっかくあげたプレゼントむしるなよ!」

竜『恋占いするならマーガレットだね、花言葉そのものが恋占いだから』

少年「じゃあこので、デージー? の花言葉は?」

竜『純潔、無邪気、明朗…なんか少年みたいだね』

少年「? どこらへんが?」

竜『そう言う所がだよ。さ、そろそろ帰りな、明日からはずっといられるんだろう?』

少年「んーしょうがない、じゃあまた明日」

竜『うん、花ありがとね』

少年「どういたしましてー」パタン

竜『…………(デージーの花言葉は確かまだまだあったけど確かその中の1つが…)』

竜『(もしほんとにそうだったら…なんてね)』

今日はここまで、次回は♪彼女から聞いた彼の得意技

俺は竜の感じた感情を知っている

―数日後―

男2「はあ、やっと退院か。長かった、……追試験めんどくせえな」

男2「(しかもそんなめでたい日だっていうのに誰も迎えに来やしねえ、まあ誰にも退院日言ってねえから当たり前だが)」

Prrrrr…

男2「…ん、電話か。…非通知? …もしもし」

《……聞こえる?》

男2「(ボイスチェンジャー? ……一応録音しておくか)ああ、聞こえている」ピッ

《あなたに伝えたいことがある》

男2「なんだ、まどろこっしいのは嫌いなんだ。とっとと言え」

《ロングウィットン、バジリスク》

男2「は?」

ブツッ…

男2「なんなんだ一体…バジリスクはともかく……ロングウィットン? どこかで聞いた覚えがあるような……」

少年「はいカラアゲ」

竜『ごちになります、もぐもぐ』

少年「半分ちょうだい」

竜『いいよ、でもさこのカラアゲ包んでいる外装に鶏の絵を描くとかちょっと悪趣味だよね。こんなにかわいい鶏達が憐れこんな姿に! って感じしない?』

少年「大丈夫、これニワトリじゃなくて妖精らしいから」モグモグ

竜『なんて無駄な設定…ごちそうさま』ゴクリ

少年「ニワトリ達に感謝!」

男2「バジリスク、別名バシリスク。全ての蛇の上に君臨する王であり名称の由来も"蛇の王"…」カチカチ

男2「彼らの恐るべき能力の中で特筆すべきものは猛毒の視線を用いて見たものを死に追いやる、もしくは石に変えてしまうことである…か」

男2「(あの時俺の体は突然言うことを聞かなくなった、それこそ四肢が"石"にでもなったように。そしてその呪縛は閃光弾を使った直後解けた…)」

男2「(細部は異なるが要点は伝説に一致している…のか?)」

男2「ロングウィットンの竜…こっちはもっとわかりやすい。この竜の能力は"姿を消す"だ」

男2「(異なる伝説の能力を併せ持っていた…もしかしたら、考えたくもないことだが最悪奴は)」

男2「伝説上に登場する竜の能力を全て使えるのかもしれない」

♪彼女から聞いた彼の得意技

少年「器用になりたい」

竜『突然どうした』

少年「…器用になりたい!」

竜『そんな語気を荒げられても』

少年「どうすればいい? 教えてポチ先生」

竜『具体的にどう器用になりたいの? 身体的に? 社会的に?』

少年「前者、手先的な意味で」

竜『人体が運動を行うためには、まず大脳運動野から発せられる指令が神経を媒介に…』

少年「そんな説明でこの僕が理解できると思ってるのか」

竜『…やっぱり細かい作業を要する運動を反復するのが効果的なんじゃないのかな、古典的だけど折り紙折るとか』

少年「折り紙かあ…驚けポチ、僕は何一つ折れない」ドヤア

竜『うん、どうしてそれを自慢げに言えるのか俺はますます君に興味が出てきたよ』

少年「折り方教えて、紙ならノート切って使うから」

竜『んーじゃあ鳳凰の折り方を教えよう』

少年「なんでそこでツルじゃなくて鳳凰なんだ…」

少年「…………」オリオリ

竜『しょうねーん?』

少年「…………」オリオリ

竜『結局鳳凰は断念して鶴を1時間かけてようやく折れるようになったしょうねーん?』

少年「えっ、あ、なに? 説明長っ」

竜『またどうして器用になりたいと思ったのー?』

少年「ポチのためだよ?」

竜『えっ』

少年「はっ! 間違えた忘れろ忘れろ!」ポカポカ

竜『無理、もう俺の灰色の脳細胞に刻み込んだ』

少年「頼む上書きしてくれ…」

竜『(でもなんで俺のためなんだろう?)』

少年「…………」オリオリ

竜『暇ー』

少年「…………」オリオリ

竜『ねえ少年ひまー』ツンツン

少年「…………」オリオリ

竜『無視してるとイタズラしちゃうよー?』

少年「…………」オリオリ

竜『…………お耳にふー』フー

少年「ひあっ、え、あっ」

竜『ぺろぺろ、あむあむ』

少年「うあ! やめてこそばゆい!」

竜『やめてほしかったら折り紙折るのは一端終わりにするのだー』ペロペロヌチャヌチャ

少年「わかったやめる! やめるから! 入れないで!」

竜『ちっ』

少年「やめたのに何故か舌打ちされた」

少年「なんでそうやって度々僕を食べようとするの」

竜『本能には逆らえない』

少年「いつもご飯もってきてるじゃん」

竜『それとはまた違う食欲なんだよ』

少年「…ああ、別腹的な?」

竜『そう、少年専用のスペースが空いてるんだよ。埋めてくれないかい?』

少年「暗いところ苦手だからやだ」

竜『懐中電灯一緒に持ってけばいいよ』

少年「…うーん、そうかあ」

竜『だめだこの子冗談が通じない』

少年「……せい!」

竜『?』

少年「今、ポチにテレパシー送った。届いた?」

竜『いや今別のこと考えてたから聞こえなかった、もう1回やって』

少年「とぉ! (なんでポチって緑色なの!?)」

竜『うーんドラゴンって緑色のイメージない? 多分これはそういうことだよ』

少年「(なるほど! わからん!)」

竜『まあその時によって色々体色変わるけど、前は赤』

少年「(Are you カメレオン?)」

竜『そういう意味じゃないんだよなあ』

少年「(他の色のポチも見たい)」

竜『透明色ならできるよ、ほら』パッ

少年「(やっぱカメレオンじゃん)」

少年「ポチすごいなあ、もしかして他にも一発芸できる?」

竜『伝説級の力をそう表現されるとは…、まあそこそこできるよ』

少年「エントリナンバー1番ポチさんです、どうぞ」パチパチ

竜『一発芸、電球』ピカー

少年「うおっまぶしっ」

竜『一発芸その2、ろくろ首』ニョロッ

少年「あー微妙に伸びた、か? 5cmくらい」

竜『まあお披露目出来るのはこれくらいかな』

少年「あれ案外少ないな」

竜『後は危なかったり、グロかったりするから見せられないなー。俺は何でも出来るわけじゃないんだよ』

少年「物足りない」

竜『俺も少年の一発芸見たいな』

少年「……取り出したるはさくらんぼ」サッ

竜『あっおいしそう頂戴』

少年「口に入れます、もごもご」

竜『俺の分はー?』

少年「もごっ、ん。ほら見て茎が固結び」ペロ

竜『……その器用さがなんで舌じゃなくて手に回らなかったのか甚だ疑問だ(こいつ…誘ってるのか?)』

少年「ほんとなんでだろ…」

男2「(もし奴が本当に能力を全て持っているとしたらその元となった竜の弱点も受け継いでいるかもしれない)」

男2「(それを確かめるには…)」

ピッピッピッPrrrrr…

少年「あ、また電話だ。しかも知らない番号」

竜『俺、その機械嫌いだな。それのせいで少年とゆったりした気持ちでお話できない』

少年「んー…わかった、ここでは鳴らない様にしておくよ、はいもしも…」

《コケコッコー!》

少年「…は?」

竜『…………』

少年「……どうしようこれポチ?」

竜『いたずら電話なら切っていいと思うけど』

少年「だよな、わかった。じゃあ切りますね」ピッ

少年「なんだったんだろうね?」

竜『コケッコケコケッ! 鶏のものまねー』

少年「相変わらずうまいなー 今のところ僕の中で1番評価の高い一発芸だ」

竜『(ラドンどんまい)』

ツーツーツー…

男2「不発みたいだな」

男2「……あの能力の源流がバジリスクではなくコカトリスだった場合雄鶏の鳴き声は弱点にはなり得ないが」

男2「…ダメだな、こんな不正確な情報では勝算にはなり得ない」

男2「別の手を、何も倒す必要はない。奴がこの町から去れば一先ずそれでいい、そうすればあいつに危険はない。そのためには…」

男2「奴の居場所を奪う」

竜『俺はここが気に入ってるんだ』

少年「こんな薄暗くて肌寒い場所がか? ポチって変わってるなあ」

竜『そんな場所にほぼ毎日足繁く通う少年も変わってるよー』

少年「だってポチがここにしかいないからしょうがないじゃん」

竜『前さ、少年俺と色んな場所で一緒に過ごしたいって言ったよね』

少年「んー覚えてはないけど今もそう思うってことは言ったのかも」

竜『どのぐらいそれを望んでいるんだい?』

少年「えっとこれくらい?」

竜『手を広げて表現されてもそれは少年の主観だから俺には把握できないなー』

少年「心の底から思ってるよ! 本気ホンキ!」

竜『それが全てを失う願いだとしても望むかい?』

少年「えっ?」

竜『家族、友人、社会的地位、衣食住の保証、このまま順当に進めば与えられるであろうごく一般的な人間としての未来、それらを失ってまで叶える覚悟があるのかい?』

少年「そ、そんなに大変なお願いだったのだろうか」

竜『実はそうなんだよー、無理でしょー?』

少年「…………ん、でもさ、ポチと一緒にはいられるんだろ?」

竜『…それは、まあ多分』

少年「じゃあ」

竜『駄目だよ』

少年「…まだ途中じゃん」

竜『君は物事をもっと深く考えた方がいい、自分の決断の重大さがわかっていない』

少年「考えてる、よ。多分」

竜『ほらもう自信がなくなってる、そんな覚悟じゃ絶対に後悔するね』

少年「…ポチがそう言うってことはそうなのかなあ」

竜『俺はこのままがいいよ、ずっとここにいたい。だからこの居場所を奪おうとする者を決して赦しはしない』

少年「わざわざこんなへんぴな場所誰も取らないって」

竜『…そうかもね』

男2「(絶対に犠牲を出さずに奴を追い出すには……)思いついたには思いついた」

男2「だが協力者が必要だな」

男2「待つしかないか」

Prrrrr…

男2「よお、早かったな」ピッ

《…調べた?》

男2「おお、調べたぞ。その件については礼を言う」

《別にいい》

男2「そんでだ、実はだなお前に協力して欲しいことがある」

《何?》

男2「奴をこの町から追い出すのを手伝ってくれ」

《…………》

男2「俺に情報を渡したってことはお前もあの怪物の敵、ってことだろ? 手を組もうじゃねえか」

《勝算はあるの?》

男2「ああ、この作戦はお前にも大して危険はない。ただ少しだけやってもらいたいことがあるんだ」

《あなたに危険はあるの?》

男2「赤の他人のことなんか気にするな」

《……条件がある》

男2「なんだ?」

《あなたは私の姿を決して見ないで》

男2「そりゃまた難しい注文だな……まあいい、その注文を飲んでもこの作戦は実行可能だ」

《なら、詳しく聞かせて》

男2「あいよ」

―夜、少年の自宅―

少年「おーい」コンコン

弟「入ってまーす」

少年「お邪魔していい?」

弟「どぞー」

少年「お邪魔しまーす」

弟「いらっしゃい、どうしたのめずらしい。またパソコン?」

少年「弟に頼みがあるんだ」

弟「うお、正座するとはよほどの頼みか?」

少年「料理を教えて欲しい」

弟「え? 料理? いいけどなんで?」

少年「…え、えーと」

弟「誰かに食べさせてあげるとか?」

少年「ななななななんでそう思ったし?」

弟「適当に言ったけどマジでか。すごいね誰に作ってあげるの? 彼女?」

少年「ち、違うよ! 僕は弟と違ってモテないよ! 一目散に爆発しろ!」

弟「まあ家事ができる男は印象いいと思うよ?」

少年「…じゃあなおさらがんばる」

弟「先に台所行って準備してて、着替えたら行くから」

少年「ん、わかった」パタン

少年「えーとこうやるのかな…」カチカチ

少年「……だめだ、こんないびつじゃ喜んでくれないだろ。やり直し」

少年「時間がない、あと何日だ? うわ、マジか…」

少年「急がなきゃ」カチカチ

今日はここまで、次回は♪とある竜の青春の夢

おひさ

―数日後―

少年「おはようございまーす……」ドヨーン

竜『おはよ…どうしたの少年? 体調良くなさそうだけど』

少年「ただの寝不足だよ、気にしないで…」

竜『ちゃんと寝ないと体に悪いよ? 風邪でも引いたらどうするの?』

少年「ん、だからここで寝る…おやすみ……」モゾモゾ

竜『はい、おやすみ』ダキッ

少年「……スースー…」

竜『……俺も…もう1回寝よう……夢の中なら好きにできるし……』ウトウト

♪とある竜の青春の夢

――――

竜『(……ここは、ああ夢の中か。それもよりによってあの時の)』


竜『君はどうするの?』

「私の生きる意味は失われた。これ以上語る必要はないだろう」

竜『そうか、じゃあ、さよならだ』

「もういくのか?」

竜『ああ、もういくよ。少し、この体は疲れすぎた。もう楽にさせてくれ』

「そうか、手伝おうか?」

竜『いい。自分でやれる、痛いのは慣れた』ベリッ

「さよなら××××」

竜『さよなら××××』ヒュッ

――――

少年「目を覚ましたらポチがめちゃめちゃうなされてるどうしようどうしよう」アタフタアタフタ

竜「グウウゥ……ウガァ」

少年「ポチ、ぽちおきてっ」

竜『さむい…さむい…』

少年「さ、寒いの? 暖めればいいの?」

竜『……なんて大嫌いだ』ブルブル

少年「こういう時こういう時どうすればいいんだっけ……あ、人肌で暖めるとか?」

少年「……いやいや他に何かあるだろ僕!」

竜『うぅ…』ブルブル

少年「ええい何を今更!」

――――

カツカツ…

竜『(あ、誰かがこっちに来る足音が聞こえる)』

少年「階段を降りたら何やら重そうな扉があった。開けるか否か、いや開けるべきだ。特に理由はないが」ギィ…

竜『(殺るか? それとも姿を消してやり過ごすか?)』

少年「……気味が悪いほどイスがいっぱいある。巨大なスクリーンもある」

竜『(いや、話しかけてみよう、子供なら俺の姿を見たら逃げ出すだろう。例え誰かに告げ口しても夢を見たんだと言われるのがオチだ)』

竜『そこでぶつぶつ独り言を言ってるのは誰?』

少年「声はすれども姿は見当たらず」キョロキョロ

竜『こっちこっち。座席の一番前の辺り』

少年「あ、そこね。どうもこんにちは」

竜『(……あれ、見えてるよな俺の姿?)』

――――

竜『うん、もう十分身体暖まったから離れるね。嫌だろうに付き合ってくれてありがとね』パッ


竜『(あ、これはちょっとケンカっぽい雰囲気になった時だ)』


少年「……だめだ」ギュッ

少年「…………」ボロボロ


竜『(うわあ泣いてる姿も可愛いなあ、実にそそられる)』


少年「何勝手にひとりで満足して離してるんだ! さむいんだよ! さみしいんだよ! 悲しいんだよ! ポチが離れたあの瞬間何故だか喪失感がものすごかったんだよ! ご覧の通り思わず泣いちゃったよ!」


竜『(……本当の意味で俺自身が必要だと言われたのはこの時が初めてだった気がする)』


竜『…大丈夫、離さない、離れない。俺はここにいるよ』

少年「ずっといるって約束しろよバカ竜がぁ……」

竜『いいよ、約束する』

少年「…うぅ、うあぁ……」ギュウウゥゥ


竜『(ああ、この時はっきり自覚したんだ。君への気持ちを)』

――――

竜『…ん?』パチッ

少年「ま、待ってこっち見るな!」アワアワ

竜『そう言われると見たくなるよね』チラッ

少年「あわわわわ」

竜『……責任は俺が持つよ』

少年「どういうこと?」

竜『少年のハジメテを奪った責任だよ』

少年「え。よくわかんないけど奪ったなら返してよ」

竜『冗談はさて置き……とりあえずズボンぐらいは履いてくれないか」

少年「あ、お目汚しごめん」

竜『むしろ眼福だけどね、ちょっと衝動を抑えられなくなるけど』

少年「見てみて、ほら鶴折れるようになった」ジャーン

竜『翼ぽっきり折れてるけど』

少年「それはポチの心が汚れてるからそう見えるんだ」

竜『いや明らかに折れてるって、これで直角測れるよ?」

少年「どこで間違えたんだ…」

竜『ちゃんと飛べるように作り直してあげて』

少年「そだな、やっぱ鳥は飛ばないとな。じゃあもう一回最初からやるから間違えてないか見守ってて」

竜『あいよ』

少年「今度こそできたー!」ジャーン!

竜『やり直しまくって随分くしゃくしゃになっちゃったけどね』

少年「まあまあ今は無事完成したことを喜ぼうではないか」

竜『やったあああぁおめでとおおおぉ!』

少年「ちょ、頭に響くから静かにして」

竜『喜べといったり静かにしろと言ったり我侭が過ぎる』

少年「静かに喜ぶという選択肢はないの?」

少年「ふっ! …よっ!」プルプル

竜『はい後10回だよー』

少年「くう…!」


竜『はいお疲れー』

少年「ぜー…ぜー…、ちくしょう腹筋しんどい」

竜『でもすごいね、前より断然体力ついたよ』

少年「ほんと? やった嬉しい」

竜『なんかさー少年変わったよね』

少年「え? そんなに身長伸びた?」

竜『いんやそっちはさっぱし』

少年「ちぃっ! え、じゃあ僕何が変わったの? 目じりの深さ?」

竜『整形はおすすめしない。何ていうか最初に会ったときより色んな事に積極的になったよね』

少年「んー確かにそれはあるかも」

竜『やっぱり? とてもいいことだけどなんで?』

少年「僕さ、あんまり自分が好きじゃないんだよね」

竜『まあ自分が大好き! 俺最高! って人はあんまりいないよね』

少年「でもさ、ポチ僕のこと好きって言ってくれたじゃん」

竜『大好きだよ』

少年「ポチが好きなものは僕も好きになりたいなあ…って思ってさ、なら自分を好きになれるように変えればいいんだ! っていう思いつきを実行してみてるんだけど」

竜『…時々少年の思考回路は俺には理解しかねるなあ』

少年「えーなんとなくわかってよ」

竜『まあ応援してるよ(そうだ)』

少年「ありがとう、だから引き続きご協力お願いします」

竜『おっけー("変化"を望んでいないのはきっともう俺だけなんだ)』

少年「次はこれ、長期休暇期間の課題」ドサッ

竜『これはまたてんこ盛りだね』

少年「この量休ませる気まったくないよな」

竜『まあ君らの年代は知識の吸収に最適な時期だから今の内に詰め込ませたいんだろう』

少年「こんなの一気に詰め込んだらパンクしそうだけど」

竜『丸ごと覚えるんじゃなく必要な部分だけ要領よく記憶して行こう、ほら早くやらないと終わらないよ?』

少年「しょうがない速攻で片付けてやる…!」


少年「ふええもう無理だあ、これ絶対終わらないいぃ」

竜『ちなみに宿題開始から30分後の台詞である』

少年「ポチ代わりにやってー」

竜『俺ペン持てねえよ』

少年「……口! 口でくわえれば!」

竜『無理、ほら咥えようとすると』バキィッ

少年「折れるとわかってて何故実践した」

少年「手が痛い」

竜『腱鞘炎になる前に止めといた方がいいよ』

少年「いやあでもさっさとこっち片付けて集中したいことがあるからさ」

竜『へえ、何それ?』

少年「今はまだ秘密」

竜『ちぇー』

少年「急がないと」カキカキ

《作戦決行日は》

男2「今日から7日後、準備はもう出来てる」

《どうしてその日に?》

男2「この日なら物音を聞きつけ巻き込まれる奴は近くにいないだろ、大抵の人間は街中か家にいる」

《わかった、ではその日に例の時間に》

男2「ああ、あれを持ってくるのを忘れないように」

《わかってる》プツッ

男2「……はあ、あいつに何て言い訳するかな」パタン

少年「…………」スースー

竜『あらら、勉強しすぎで疲れたのか寝ちゃったよ。少年風邪引くよー?』

竜『…ねえ少年、いつになったら君は俺の気持ちをわかってくれるんだろうね?』ダキッ

少年「んん……」スースー

竜『……いや本当はわかってもらわない方がいいのかもしれない。だってさ、気持ち悪いだろう?』

竜『俺みたいなバケモノが、人間の、同性の、子供に本気で欲情してるんだよ? こんなの何から何まで倫理に反している、こんな気持ちが赦される訳がない』

少年「た、たこ焼きはたこ抜きでお願いします…」ムニャムニャ

竜『何度か君に俺の気持ちを伝えようとしたけど今思えば伝わらなくて良かった。だって、俺が君にこんな歪んだ感情を抱いていると知ったら君はここにもう二度と来てくれないかもしれない、いや絶対に来なくなる。そしたら俺は、生かされることに耐えられない』

竜『なら、もう君に俺の想いを伝えようとするのは止めようと思う。君にこんな醜い感情を知られて君に拒絶されるぐらいなら俺はこの想いを封印することを選ぶ』

竜『元々あらゆる意味で叶う筈のない恋なんだ、希望を抱くこと自体が間違ってる。ただ、それでも、俺が一つだけ望んでいいとしたら』

少年「…………」スースー

竜『俺を孤独にさせないで』

―自宅―

少年「弟ー起きてるかー?」

弟「ちょい待ち」バタバタ

少年「もういいかー?」

弟「いいよ、どうぞ」

少年「また料理教えて欲しいんだけど……」ガチャ

弟「兄さんも熱心だな、あとそれ踏まないで」

少年「うわ、ごめん! 弟の勝負服踏んづけてた!」

弟「いや違うけど、まあいいや。なら先に行って準備しといて」

少年「もうした、ほらエプロンも付けたし」クルリ

弟「…やる気満々だなあ、わかったわかった着替えたら行くから」

少年「いやあ、手間かけさせて悪い」

弟「いいよどうせ暇だし。それに兄さんの色恋は貴重だから是非貢献したいしね」

少年「だ、だから違うって…!」

弟「あ。足元注意ね」

少年「うわ、危なっ、前から思ってたけど弟部屋汚いよな。こんなとこに置いたら割っちゃうだろ」

弟「まあ安物だから割っても大して困らないけど、はいじゃあ着替えるから出てった出てった」

少年「早くなー」

少年「あと7日かあ」カチカチ

少年「これ喜んでくれるかなポチ」カチ…


弟(それに兄さんの色恋は貴重だから是非貢献したいしね)


少年「うわ、唐突に思い出した……くそう弟めえ人をおちょくりやがって」

少年「でも、……本当に違うのか?」

少年「……………………いやいや何言ってるんだ僕! ありえんだろう相手竜だし男だぞ!?」

少年「そうだよ、そんなの許されるはずがないじゃんか。そもそもこんなの恋として成り立ってないよ僕」

少年「でも、なんでだろ。よくわかんないけど胸が苦しい」ギュウゥ

少年「…………ほんとはわかってるじゃん僕」

少年「僕気持ち、悪いなあ。あはは…」ポロポロ

―次の日、夕刻―

少年「うおおお宿題オワター!」

竜『おめでとさんー!』

少年「よしじゃあ、僕帰る」

竜『ええ? もう? もっとゆっくりしていきんしゃい』

少年「今ちょっと忙しいんだ、ごめんな」

竜『ねえ、少年。こっち見て』

少年「えっ、なっ何?」

竜『少年今日俺と目を合わせようとしないけどどうして?』

少年「き、気のせいじゃないかなあ」

竜『あからさまに目が泳いでるよ』

少年「マジで?」

竜『マジで』

少年「まあその件は置いておこう、な?」

竜『じゃあやっぱり見なかったのは間違いじゃないんだー』

少年「…うう、勘弁してください。ちょっとこちらの方でトラブルがあったもんで…」

竜『トラブルなら仕方ないねー』

少年「早急に問題の解決を図っているもので、はい、もう少々お待ちいただければ……」

竜『ちなみにどんなトラブル?』

少年「もう聞くなよバカトカゲ! 怒るぞ!」

竜『うーん逆鱗に触れてしまったようだ』

少年「じゃあ今度こそ帰る、ばいばい」トテトテ

竜『まったねー』

少年「……あのさポチ」ピタ

竜『なあに?』

少年「…………6日後楽しみにしておけ!」ビシッ

竜『うんわかった楽しみにしておく』

少年「じゃな!」タッタッタ…

竜『……6日後なんなんだろう?』

―5日後―

少年「……出来た!」

少年「なんとか期限までに完成したぞ!」

少年「これでポチも寒くなかろう、ふっふっふっ喜んでくれるかなあ……あれ」

少年「……………………バカか僕は!」ベシッ

少年「サイズが途方もなく合ってないよ! こんなのはめたらポチ窒息するわ! なんで作ってる最中に気づかなかったんだよ!」

少年「……どうしよう明日なのに、クリスマスイヴ」

今日はここまで、次回は♪護るべき夜空

―次の日―

竜『う、今日いつにも増して寒いな。ここに住み始めて以来の寒さだ』

竜『少年早く来ないと俺冬眠しちゃうよーなんて』

竜『うー、ホントに寒い。ここ薄暗いから尚更寒く感じるんだよね』ブルブル

竜『早く冬終わらないかなあ。春が来て、夏が来て、そんでもって当たり前に秋が来て、いつの間にか1年が過ぎて…』

竜『その頃になっても少年は俺の下に会いに来てくれるのかなあ』

竜『……俺はパフじゃないと信じたいよ少年』

少年「…よし、忘れ物はないな」

弟「お、もう出かけるの兄さん?」

少年「うん、なんだか落ち着かなくてさ」

弟「いやあ毎年無味乾燥なクリスマスを送ってた兄さんがまさかねえ」

少年「弟何か勘違いしてないか?」

弟「さあ?」ニヤニヤ

少年「くぅ…弟は今日どうするんだ?」

弟「兄さんと一緒でデートだよ」

少年「僕は違うし弟は速やかに爆ぜてください」

弟「俺は今日朝まで帰らないけど兄さんはいつ頃帰るの?」

少年「僕はまあ夜までには帰るけど、え? ていうか弟帰らないのなんで?」

弟「それを聞くのは野暮ってもんだぜ兄さん」

少年「?」

少年「重っ…だがある意味このために筋トレをしたんだ、絶対に無事に持っていく」

少年「ふふふ…ポチの驚く顔が容易に浮ぶぞ、がんばれ僕、ファイトだ僕」

竜『ん? 足音が聞こえる』ピクリ

少年「ポチー扉開けてー」

竜『いや、そっちの穴から来たらいいじゃない』

少年「なるほどー、…………ふう! よっこいしょ!」

竜『わあ、少年今日大荷物だねどうしたの? 家出? 夜逃げ?』

少年「ふふふふふポチ君、君は今日が何の日か知っているかね?」

竜『え? なんだろ、天皇誕生日?』

少年「惜しい!」

竜『惜しい? んー…、そもそも今って何月だっけ?』

少年「正解はクリスマスイヴでしたー」

竜『……別にクリスマスはキリストの誕生日ではないよ?』

少年「…そ、そういう説もあるよな」

少年「そんなことはどうでもいいんだ! それよりやるぞ!」

竜『何を?』

少年「クリスマスパーティー!」

竜『…………ほえ?』

少年「なんだよもっと喜んでよ」

竜『いやなんかもう予想外すぎて……えっと俺と少年で?』

少年「うん、何を当たり前なことを」

竜『ええ…いやクリスマスイヴって普通家族と過ごすもので、あれこの国は恋人と過ごすって考え方だっけ』

少年「僕がポチと過ごしたいんだからしょうがない」

竜『俺の意向は?』

少年「じゃあポチ誰とがいいの?」

竜『まあ少年以外ありえないけど』

少年「ほらな、えーと…そーしそうあい?」

竜『多分色んな意味で間違ってるよ』

少年「さて、この箱の中身はなんでしょーか? 制限時間は…」

竜『あーごめん、実は俺透視できるからもうわかってる』

少年「僕のサプライズ計画があっさり破綻した。うん、まあ中身はこれだよ」パカッ

竜『わーこれはまたオーソドックスな感じだね』

少年「もっと見た目奇抜な方がよかったか」

竜『ううん、シンプルな方が俺の好み。おいしそうだよこのショートケーキ』

少年「だろ? いやあ、がんばったかいがあったなあ」

竜『え? もしかしてこれ少年が作ったの?』

少年「うん、手作りだと思うとよりおいしそうでしょ?」

竜『……少年俺の嫁に来ないか?』

少年「ふぇっ!? なな何を言いなさって?」

竜『ねえ早く食べようさっきから口内で唾液の分泌が止まらないんだ』

少年「ああそう…」

竜『おいしいいいぃぃ!!』

少年「うるさっ」

竜『なにこれおいしっ、えっ、美味しい! 見た目普通のショートケーキなのにどうなってんだわけがわからない! うまっ!』モギュモギュ

少年「喜んでくれたようでなによりだ」

竜『うわあ、こんな美味しいもの初めて食べたなあ。少年才能あるね、パティシエでも目指したら?』

少年「才能あるのは弟のほうだろうなー、あいつから作り方教えてもらったし」

竜『ああおいしかった、おかわり』

少年「もうないって」

竜『あるじゃんここに、いただきます』ペロン

少年「……あ(唇舐められた?)」

竜『んー甘い』

少年「ひ、ひきょうだ! 返せよ!」

竜『ええ? 生憎もう食べちゃったし、油断した方が悪いよねえ?』ニヤリ

少年「な、ならこっちだって考えがある! くらえ!」ペロリ

竜『う、うえっ!?』

少年「ふふふこれでおあいこだなポチ…………」

竜『……少年顔真っ赤だよ』

少年「ポチだって照れてるじゃん……なにやってるんだろう僕達」

竜『さ、さあ……』

少年「ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る♪」

竜『Oh, what fun it is to ride
In a one-horse open sleigh, Hey♪』

竜『じんぐるべーるじんぐるべーるすずがなるー♪』

少年「お、oh, what fun it is to ride
In a one horse open sleigh♪ 言えた!」

竜『おぉーおめでとー』

少年「ありがとう! なんか楽しくなってきた!」

竜『じゃあ次は2番教えようか?』

少年「うん!」

少年「喉痛い…」ヒリヒリ

竜『歌いすぎたね』

少年「ポチ喉痛くないの…? 僕以上に大声で歌ってたけど」

竜『え? まさか気付いてなかったの?』

少年「何がさ、けほけほ」

竜『俺が今まで少年と話してたとき全部テレパシー使ってたよ』

少年「え? え? ……新手のジョーク?」

竜『竜が人間の声帯なんかもってるわけないじゃないかもうやだなあ』

少年「ええ!? だってだって口一緒に動いてるじゃん!」

竜『昔人間にいきなりテレパシー使ったらすごい驚かせてさ、それで口で喋ってる風にテレパシー使う習慣身についちゃってね。気付かなかった?』

少年「気付かないよ! 君は逆腹話術師か!?」

竜『てへぺろ☆』

少年「ええー…なんかショック」

竜『なんか騙したみたいな形になってごめんね』

少年「前学校でポチの声が聞こえた時すごって思ったけど、出会った時からテレパシー使われてたとは…」

竜『学校で使ったのと、今こうして会話してるのは原理が全然違うんだけどね』

少年「? 聞こえ方は一緒だけど」

竜『対象が俺の近くにいるときは問題ないんだけど、あんまり遠いと届かないんだよね普段のテレパシーは』

少年「じゃあ学校で何で聞こえたの?」

竜『それは……言いたくない、言ったら、もう君はここに来てくれなくなるかもしれない』

少年「大丈夫、もしもポチが来るなって言っても意地でも来るから」

竜『……君の言葉を信じたい。でも』

少年「僕はまだまだポチと一緒にいたい。だから心配なんていらないって」

竜『…そんなにテレパシーについて訊きたいの?』

少年「正直そんなに興味はない」

竜『ええ…? じゃあ言わなくても』

少年「でも言えないでいるポチが苦しそうに見える。僕もポチに隠し事してた時すごい苦しかったから出来れば話して欲しい」

竜『…………じゃあ、お言葉に甘えて話そうかな。少年なら受け入れてくれると信じて』

少年「よしばっちこい!」

竜『えっとね、使う相手が俺の体の一部を一時的にでも体に取り込んでれば、相手と意識を共有出来るんだよね。学校で使った方は』

少年「ふむふむ」

竜『唾液とかって一応俺の体の一部なんだよね。だからそれを摂取すれば短時間だけど使えるというか…』

少年「えっ、僕そんなの飲んだ覚えないけど」

竜『うん、舌をね、あれしたらね、随伴的に吸収するよね』

少年「さっぱりわからん、もっとわかりやすく言って」

竜『いやですからね、睡眠中に少年の咥内に私めの味覚器官を身勝手ながら差し込ませて頂いたというわけでして、はい』

少年「……?」

竜『ここまで言ったらいい加減わかれよ! KING OF 鈍感か!?』

少年「むっかー! なんだよなんだよポチが小難しく言うからこんがらがるんだよ!」

竜『もー! わかれよ仮にも中学生だろ! 多感なお年頃だろ! なんでもそっち方面に思考が行くのが普通だろ!?』

少年「そっちってどっちですかー!?」

竜『口吸いとか親吻とかクスとかベーゼとかオースクルムとかどれか聞いたことあるだろ! そっちだよ!』

少年「はいぃぃ? どこの国のお言葉ですかああ!?」

竜『こんのピュア野郎があああああああぁぁ』

竜『疲れ果てた…』

少年「なあさっき言ってた言葉の意味ってなに?」

竜『さすがにこれ以上は俺の口からは言えないよ…』

少年「じゃあいいや、ポチ僕に話せて気持ち楽になった?」

竜『むしろ俺は余りに純潔なものを汚した事を思い知って罪悪感に押しつぶされそうだよ』

少年「ええと、ほら。ばれなきゃ大丈夫だよ」

竜『君がっ! 言うな!』

少年「ポチなんか怒りっぽいなあ、牛乳飲む?」

竜『それあんまり信憑性ないからなあ。ていうか持ってきてるの?』

少年「成長期にカルシウムは大事だろ」

竜『なんて涙ぐましい努力…この無駄に大きい体をわけてやりたい』

少年「どうやったらポチみたいに大きくなれるんだろう、なりたい、切実に」

竜『サンタクロースに祈ってみれば?』

少年「世界が僕を除いて縮みますように…」

竜『願い事が後ろ向き過ぎる』

竜『ところで少年はさ、クリスマスプレゼントもらった?』

少年「僕の家はサンタ契約結んでないから来ないらしいよ」

竜『サンタクロースもビジネス社会に適応してきたなあ…ちなみに貰えたとしたら何が欲しかったの?』

少年「……笑わない?」

竜『内容によるかな』

少年「…………サンタさんのヒゲ」

竜『ぶへっ、あ、ちょっ、ごめ、あひゃははははっ』

少年「だってなんかふわふわしてて気持ちよさそうじゃん! わかるでしょ!」

竜『いやあそりゃ君の家に来ないわけだよ、トレードマーク毟られたくないもん。ていうかプレゼントが髭って…くっくっくっ』

少年「だから言いたくなかったのに…」

竜『ははっ、ごめんごめん。じゃあ髭じゃないけどいいものをあげよう』

少年「えっなになに? 金一封?」

竜『ちょっと目閉じて、手出して』

少年「ん、こう?」

竜『はい、目開けていいよ』

少年「ん…これは、ウロコ?」

竜『ただのウロコと思うことなかれ、触ってみて?』

少年「……! この素晴らしい触り心地はもしかして」スリスリ

竜『うん、逆鱗だよ。格別でしょ?』

少年「で、でも大丈夫なの? 確か逆鱗って…」

竜『うん、まあ地獄のように痛かったけど暫くしたらまた生えるし。気になさんな』

少年「でも、僕……」

竜『もー俺は少年の喜ぶ顔を拝みたくてあげたんだよ? ほら笑って?』

少年「ポチ……」

竜『ね?』

少年「……ありがとうポチ! 大好きだ!」ダキッ

竜『うん、俺もだよ』ギュッ

竜『忘れ物はない? ウロコちゃんと持ってる?』

少年「心配性だなあ、持ってるよちゃんとほら」

竜『帰り道気を付けてね、こんなに遅い時間に帰るの初めてだからさ』

少年「大丈夫だいじょぶ、小学生じゃあるまいし」

竜『相手はそう思わない可能性が大なんだって、攫われそうになったら大声上げるんだよ』

少年「わかってるって、じゃまた明日ポチ」

竜『うんまたね少年……今日は本当に楽しかったありがとう、こんな楽しい日二度とないと思うくらいに』

少年「大げさだなあ、知ってるかポチ? クリスマスは来年も再来年もあるんだぞ?」

竜『! うん、そうだったね。楽しみにしてる』

少年「来年はもっとおいしいもの食べさせてやるから覚悟しておけ! じゃっ」タッタッタ…

竜『まったねー』ブンブン

竜『来年も再来年もかあ』

竜『あーだめだ顔にやけてるな俺、幸せすぎて死にそうってあながち間違いじゃないかも』

Prrrrr…

男2「お、準備は出来たか?」

《問題ない》

男2「そうか、じゃ、俺の後よろしく」

《わかった》

男2「にしてもお前、こんな日だっつーのに災難だな。元々他に予定とかなかったのか?」

《あなたには関係ない》

男2「おー悪い悪い赤の他人のプライベートを詮索するのはだめだよなあ、聞かなかったことにしてくれ」

《…ではまた》プツッ

男2「はあ、ったく誰なんだろうなこの野郎は」パタン

カツカツカツ…

竜『! (少年?)』バッ

男2「よお、今日は姿隠さないのか?」

竜『……貴様は』

男2「なんかここ前より物が増えてるな。? この写真の山は……?」ヒョイッ

竜『触るな!!』ゴオッ

男2「うおっ、いきなり炎吐くのは危ないだろドラゴンさんよ。大事な写真、燃えるぞ?」

竜『貴様がテュポーエウスの寝室に入室することを我は許可していない』

男2「あいつは許してるのにか? 不公平だな、ていうかこの写真とかどんだけあいつが気に入ってんだよ」

竜『死ね』ドカッ

男2「危なっ、うぉぉ床に穴開くくらいの威力とか本気も本気だな」

男2「まあ待てよ、少しばかり話そうぜ。お前は何者なんだ? 何故ここにいる?」

竜『答える義理はない、大人しく息絶えろ』ドカドカッ

男2「くはっ、ほんと危ねえな! 当たったらぺしゃんこってレベルじゃねえぞおい!」

竜『……その双眸に掛けた物体はなんなのだ、実に鬱陶しい』ドカッ

男2「これか? 日食グラスつーもんだ。お前からは俺の目は見えないし、おまけに赤外線も通さない優れものだぜ?」

竜『……何故気付いた』

男2「まあ諸々の状況を整理したらわかるわな。まったく壁ごしですら感知できる器官とかチートだよな。それ使えばちゃちなカメラと違って美女の水着の下だって見放題なんだろ?」

竜『下らん。そのような下種な思惟を有するから我はニンゲンが不好きなのだ』

男2「あいつだって俺と同じ人間だぞ」

竜『少年を貴様等のような下等種族と同列に語るな』

男2「うはっ、マジで少年って名乗ったんだなあいつウケる」

竜『貴様の目的は何だ、何故我の前に再び相対した?』

男2「いやあ、単純にさこの町から出てって欲しいんだよ。出来れば地球の反対側にでもさ」

竜『それを望んで貴様が何の得をする』

男2「少なくとも住む町にバケモノがいなけりゃ俺の親友は傷付かなかったし、これからも知り合いが襲われる心配はしなくてすむ」

竜『ほう、その知り合いとは友人か、家族か?』

男2「さあな」

竜『ふむ、なら恋人だな。貴様の衣服から雌の臭いが僅かに漂っている』シュルシュル

男2「…だからどうしたんだよ」

竜『恋は偉大だな、物語の中では常に勇者が悪しき竜を討ち姫を救う。貴様が成そうとしてる事はそれとそう変わらぬ』

男2「まあお姫様は囚われてるわけじゃないけどな」

竜『ならば取り戻す者が不在している中この争いに価値など殆どないのではないのか。言っておくが貴様らニンゲンが我に関知しなければこちらから手出しはせぬぞ、我は貴様らに毛ほども興味がないのだから』

男2「嘘吐け。じゃあ親友の両手が使い物にならなくなったことはどう説明する? あれは、"あいつ"が受けていたイジメはお前自身には何ら関係ない問題だっただろうが」

竜『…………』

男2「いいか、もしあいつがやばい事件にでも巻き込まれてみろ、生命を脅かすようなやつだ。お前はあいつのためならそこらの人間皆殺しくらいはするだろ」

竜『……そうだな、彼のためならば我は町一つ程度ならば躊躇なく滅ぼせる。幸か不幸か我にはそれを可能にする力があるからな』

男2「ほらみろ、ヤンデレってレベルじゃねえぞ。お前はこの町にとっていつ爆発するかわからない時限爆弾なんだよ。しかも起爆条件も酷く不安定だ。たかがガキ一人の身のせいで全部終わらせてたまるか」

♪護るべき夜空

男2「ていうわけでさ、頼むからここから出て行ってくれないか? あいつのことはスッパリ忘れてさ」

竜『不可だ。我は少年と約束したのだ、ずっとここにいると』

男2「なんつーはた迷惑な約束交わしてくれてんだあいつは……」

竜『我は彼の願いためにこの場所を守らなければならない、ここを奪おうとする者を決して赦さぬ』

男2「…こんな寂れた元プラネタリウムにそれほどの価値が生まれるとは誰も思わなかっただろうな」

竜『仮初の空では我が翼で翔ることは出来ん、我が身を隠す用途以外に価値などない』

男2「だったらとっとと出てけこの引きこもり、お前が存在していい場所はこの世界に存在しない」

竜『……そうだ、ニンゲンは決して我を認めようとしなかった。だから我は我が手で居場所を死守しなければならない』

男2「来いよバケモノ、出ていかないなら力ずくで追い出してやる」

竜『……………………"やれるものならやってみろ!!"』ゴゥッ!

今日はここまで、次回は♪罪の軌跡

―30分後―

男2「よっほっうひい!」ピョンピョン

竜『小道具は切れたようだがちょこまかと……』ドカッ

男2「くっ、どうした全然当たってねえぞ? また獲物を仕留め損ねるか?」ハアハア

竜『威勢がいいな、だが貴様の心音の乱れが決着までそう長くないことを告げている、ぞっ!』バクンッ!

男2「ぁ…ぶねえ!! 喰うなら丸呑みにしておけ! 痛いのはやだから!」ダッ

竜『喰らうならヒトよりトリだなあれは美味であった、そして足元注意だ』ドバー

男2「げえっ水!? ふお…踏ん張れ俺!」バシャバシャ

竜『動きを止めたな』ビシュッ

男2「ぐはっ(尾で壁に叩きつけられた…)」ドカッガラガラ…

竜『肋骨一体何本無事だ?』ノシノシ

男2「…………(? なんでこんな場所にナイフが落ちているんだ……?)」

竜『何か、最期に言い残すことはあるか?』ピタ

男2「……顔が近えよ」

竜『これから生きたまま喰われる者の顔だ、よく記憶しておくことが捕食者としての礼儀かと思ってな』

男2「お心遣いどーも…」

竜『それが遺言か?』

男2「……勇者は姫を救うんだよな」

竜『創作ではな、生憎ここは現実だが』

男2「どうやって勇者は悪いドラゴンを倒すと思う」

竜『……多くは剣を以ってしてだな』

男2「これは賭けだ、都合のよすぎる解釈だ。言わばクリスマスイブの奇跡だ」

竜『何を言っている…?』

男2「あいつ、ふわふわとか"つるつる"した触感が好きらしいんだ」

竜『……聴く価値はなかったな、喰らってやる』ガバア

男2「驕ったなバケモノ! この位置なら逆鱗の下の心臓に手が届く!」ヒュッ

竜『! しまっ(……逆鱗、あげちゃったよ)』

グチャリ

男2「…………」

竜『…………』

男2「がはあっ……」グチャ

竜『……壁に叩きつけられた際、双眸からグラスを取り落とした時点で貴様は負けていた』ギリギリ

男2「な、…だよ、期待…させんな」ドバァ

竜『…この国では死者の弔いは火葬であったか。貴様の最期の一矢に免じて我が炎で天へと送ってやろう』

男2「…………」

竜『さらばだ、……人間』スゥゥ…


女「待って」

竜『! 誰だ!?』バッ

女「私、女」

男2「う、……なん、で?」

竜『貴様か…もう逃げないのか?』

女「もう、決着はついた。これ以上争いは必要ない」

竜『何を言っている、貴様が登場したということは今度は貴様が狩られることになるのが理解できないのか?』

女「違う。もう終わり」

竜『貴様等の灯火がな』

女「いいえ、あなたの負けよバケモノ」

♪罪の軌跡

竜『我の負けだと…?』

女「ええ、あなたはもうここにはいられない」

男2「馬鹿野郎、とっとと逃げ…」

女「これを見て」

竜『…? 携帯電話か?』

女「惜しい、それをさらに高機能にさせたものがこれ。スマートフォン」

竜『そのような稚拙な機械で我を倒せるとでも思っているのか、片腹痛いわ』

女「あなたたちの争いはこれで先ほど撮影していた、これは証拠になる」

竜『生憎だが我の声も姿も機械では捉えることが出来ない、映像の信憑性は限りなく薄い。それにどうせ貴様はここから生きては帰れん』

女「撮影した映像はネット上で生放送していた。生放送、わかる?」

竜『…………貴様、まさか』

女「あなたの姿は捉えられなくとも、あなたが傷つけたものは映る。突然陥没する床、ひび割れていく壁、そして傷ついていく彼の体」

竜『貴様、…………貴様』

女「彼の体がぼろぼろになったのは覆しようのない事実。そうなる過程を世界中が間接的に目撃した。ここには確かに争いの跡が残っている、これは」

女「あなたという未知の存在が今、ここに、確かに実在していることの間接的証拠に他ならない」

竜『きさまああああああああぁぁぁ!!!』

女「きっとここに映像を見た大勢が興味本位でやってくる、姿を消しても辺りを隈なく捜索されあなたは発見される」

竜『……ああ』

女「もうあなたの日常は続かない、彼との逢瀬は叶わない」

竜『…そうだな』

女「彼の、兄の幸せを望むならもう。黙ってここを飛び立ってください。あなたが大衆に晒され辱められる姿を見たらきっと彼は悲しむ、それはあなたも望んでいないはず」

竜『ああ、……待て、今、兄と言ったか?』

女「その前に彼に処置を、このままでは出血死してしまう」

男2「(忘れられてると思った……)」ダラダラ

男2「……処置うまいな」

女「覚えさせられたから」

竜『貴様先ほど、兄と言ったな。ということは貴様は少年の妹か』

女「違う、私は…弟」

竜『お、弟だと。だがそのような格好は』

男2「やっぱり野郎だったか、電話の時から疑っていたが」

弟「……どうしてわかった、声は変えてたはず」

男2「お前の口調が知り合いにそっくりだったから一応録音しといて後で調べたんだよ。あんな安物のボイスチェンジャーじゃ声紋解析すりゃ一発だ」

弟「…そう」

男2「ちなみになんでその喋り方なんだ? 必要最低限の会話を心がけているようだが」

弟「男だってばれたくないから、たくさん喋ってボロが出ないほど私は演技が上手くはない。本当は顔を見られたらすぐにばれると思った」

男2「いや、自分から正体をばらされなきゃえらくかっこいい女だとしか思いようがないな。んなでかいサングラスで顔隠さなくとも絶対わかんないって」

弟「…ありがとう」

竜『……そうか、そういうことだったのか』

男2「一応聞いておくが何がだ」

竜『この女、……の格好をしたニンゲンに名を問うた時こう答えたのだ、"女"と。誰かと酷似した偽名の使い方だ』

男2「兄が兄なら弟も大概だな……」

竜『少年には男の兄弟がいるという先入観に嵌まってしまった…まさか貴様それを狙って…?』

弟「違う、これは、ただの趣味」

竜『ニンゲン、…そちらの男装をした方に1つ問いたい』

男2「俺は普通に男だ、なんだ?」

竜『貴様この女装が止めに入らねばどうしていた』

男2「そりゃお前が殺そうとしてるんだから死ぬだろ、実際あきらめてたし」

竜『わからぬ、我が床や壁を破壊した時点で種を明かすか逃げ出せば貴様の命は保障されただろうに何故最後まで黙っていた? 有限の命が惜しくはないのか』

男2「惜しいさ。でもこのやり方じゃなきゃ駄目だったんだ、俺の命を掛ける方法じゃなきゃ意味がない」

竜『意味だと?』

男2「友達が、大切にしている奴を手前の都合で勝手に奪おうとしたんだ。自己満足だろうが罪人は罰を受けるべきだ」

竜『それが自らの命を落とすことになったとしてもか?』

男2「ああ。それに俺が死ねばより確実にお前の存在を証明できるしな。…まあ結局助けられて締まらなかったが」

竜『……くっくっく、ははははっ完敗だ。貴様らニンゲンの完全勝利だ。僭越ながら我は貴様らが各々の目的を完遂したことに心から喝采を送りたい』

男2「…そりゃどーも」

弟「…………(これでよかったのだろうか)」

竜『男装、貴様我が何者で何故ここにいるか訊いたな?』

男2「なんだ? ネタばらしタイムか?」

竜『そうだ、勇者が悪しき竜を打ち倒す話は物語だ。これが物語なら伏線は回収されねばならぬ。話を聞いて納得できるとは限らんがな?』

男2「お前という存在そのものがファンタジーなんだ、どんな話でも驚かねえしとりあえずは鵜呑みにするぞ」

竜『ではニンゲン共が来る前に手短に話すぞ。そう、あれは前回の話だ――――』

今日はここまで、次回は♪邂逅。過去編。

さすがに厳しいか……

――――――――

「迷ってしまった」

「不覚だ」

「まあ私の智恵があればこの程度の危機を打破することなど造作もないがなはっはっは!」

「…………私1人しかいないであろう鬱蒼とした森の奥で高笑いを上げるのは止めておくか、畜生が寄るかもしれん」

「駄目だ自分がどこにいるか皆目見当もつかん」

「今日は運が悪いのだ、私はベストを尽くしたはずだ。うむ」

「さて、とにかく雨風を防げる場所を探さねばな」

「……さすが私だ。決心するや否やもう見つけてしまうとは。いやはや今日は運がいい」

「……よし」スタスタ

♪邂逅

「暗いな、ランプを点けるか」パッ

「うむ、これならば進むのに支障はない」

「(動物の排泄物は……見当たらないな。ならここには猛獣の類いはいないだろう)さすがだ私! 今日の十二星座占いで天秤座は独走に違いない!」

「…………グルルル」

「! …………」ターンー…キンッ

『む、鉄砲玉かこれは。煩わしい』

「な、人間か?」

『貴様らのような下等種族と同列にされるとは実に心外だ。我は竜である』

「竜だと? 馬鹿な、そんな非科学的存在がいるわけが」

竜『ほう、ならば今貴様が見ている存在は幻覚か? 喰らってやらねば現実と空想の判別もつかぬか?』ガバァ

「くっ…」ダタッ

竜『逃げようとしても無駄だ、我と視線を交わした時点で貴様の四肢の自由は我の掌の中だ』ギン!

「ぐっ足が…!」

「私を殺すのか…?」

竜『無論だ』

「私が今日この森へ訪れていることを私の友人は知っている」

竜『……! 面倒な真似を』

「…………」

竜『今貴様を殺し行方不明になれば人間どもはこの森を捜索するだろう。最悪の場合我は発見されこの住み処を失うことになる。そして貴様が今言ったことの真偽を確かめる術は我にはない』

「その通りだ、頭の回転が速くて実に助かる」

竜『だが、このままおめおめと逃がしたところで貴様はここで見た光景を言い触らすに決まっている。ならば殺した方が幾分我の気も晴れるというものだ』

「私はここでの出来事を決して他人に言い触らしはしない」

竜『それを信じろというのか?』

「第一森に竜が住んでいるなどという世迷い言この科学技術躍進の時代誰が信じるか、今時の子供はサンタクロースの正体すら看破しているというのに。恐らく私は精神科を勧められて終わりだ」

竜『……そう、か。時代が変わったのだな』

「これでわかっただろう? 私を殺すメリットなど存在しないということを」

竜『……いいだろう、私と相見えて臆することなく振る舞って見せたその度胸に免じて生かしておいてやろう。体の震えは押さえられなかったようだがな』

「限りある命が失われる恐怖に襲われているのだ、震えもする」

竜『貴様名をなんという』

「学者だ」

竜『学者、貴様はもう自由の身だ。早くここから立ち去るがいい』

学者「……厚かましい願いなのは重々承知なのだが」

竜『なんだ、申してみろ』

学者「ここに今夜泊めていただきたい。この寒さと暗さでは無事帰還するのは困難を極める」

竜『…………』

学者「意外にも顔面の筋肉が器用なのだな。そのようなあきれ果てた表情はやめてもらいたい」

竜『貴様の頭部には鳥の脳味噌が詰め込まれているのか? 我は今しがた貴様を殺そうとしていたのだぞ?』

学者「私は過去は振り返らない女だ!」

竜『……勝手にするがいい』

学者「ありがたい、ではこの草藁で出来た巨大かつ貧相な寝床を拝借してもいいか?」

竜『貴様自殺願望でもあるのか?』

学者「ちっ、わかりましたよ自分で調達してきますよー」スタスタ…

竜『……ふん』

学者「はあ、よっこらせ」ドサッ

竜『ようやく運び終えたのか』

学者「正直少しは手伝ってくれると思ったのだがまったくだったな、とんだ期待外れだ」

竜『そこまでする義理などない』

学者「さてでは、こしらえるか!」

竜『……何故我の寝床の隣に作ろうとしている』

学者「入口付近は風が吹いて寒いのだ。故にこの位置がもっとも望ましい」ガサガサ

竜『勝手に寒さに震えていろ』

学者「…よし完成だ! 我ながら良い出来だな!」

竜『……ただ敷き詰めただけではないか』

学者「何問題でも?」

竜「……ふうううぅぅぅ…」ヒュゴオオオォ

学者「私の労作が霧散していく! 息を吹くのをやめんか!」

竜『そのような粗悪品は見ていて不愉快だ、作り直せ』

学者「無茶をいうな! 今のが私の全身全霊だ!」

竜『我が教えてやる、言う通りに作れ』

学者「ほう、熟練者の助言とは頼もしい。よろしく頼む」

竜『違う! 何故言う通りにできないのだ!』

学者「こちとら初心者なのだ! 相手の技術水準に合わせて教えるのが監督者の責務だろう!」

竜『まったく人間とは手先が器用な種だと思っていたが見当違いだったようだ』

学者「ふっ、私には秀抜な頭脳があるからな。そんなものは必要ない」

竜『では己が不器用であることは認めるのだな』

学者「……まあ、天は二物を与えずという言葉が東洋にはあるようだし」

竜『ほう、見た目に反して博識だな貴様』

学者「見てみろこの白衣、私は学者なのだぞ! 頭良いに決まっている!」

竜『森の中を白衣を着てうろつきさ迷う女のどこに知性が感じられるというのだ馬鹿馬鹿しい』

学者「ふふん、畜生にはわからぬだろう。これがギャップ萌えという奴だ」

竜『何を言っているかさっぱりわからぬ』

学者「ふむ、腹が減ったな。我が今世紀最大の力作であろう寝床の上にてそろそろ食事とするか」ゴソゴソ

竜『…………』チラッ

学者「……うむ、不味い」モグモグ

竜『なら食さなければいいものを…』

学者「馬鹿な、生物である以上定期的に栄養を摂取しなければこの個体は保てない。生きるには不味かろうが口に入れなければならない事くらい貴様にもわかるだろう?」

竜『……我は、食事というものをしたことがない』

学者「なんだと、貴様光合成でもしているのか? いやだが体表は真紅のウロコにて覆われているな…」

竜『他の生物を糧とせずとも我は生命維持しつつ自由に行動出来る。……学者、我のような生物は貴様の知見の中に他に存在しているか?』

学者「しないな。無から有を生み出すなどこの世の理の外だ。貴様は生物というカテゴリーに分類すらされまい」

竜『……だろうな』

学者「貴様食事したことがないといったな? ならこの携帯食料を食ってみろ。不味すぎて私はもう食う気になれん」

竜『必要ない』

学者「いいから食え、咀嚼する器官が存在しているのなら有効活用するべきだ。あと個人的にどんな反応が起こるか興味深い」

竜『…………害はないだろうな?』

学者「知らん。それを知るために今から実験をするのだ」

竜『貴様……』ギラッ

学者「私の勘では問題ない、何ら根拠もないがな。信じろ」

竜『…………いいだろう。我の体に何かあったら貴様の命で償って貰うことにする。いただくぞ』パクッ

学者「なんだと!? そのような条件私は了承していないぞ! 反故だ反故!」

竜『…………』モゴモゴ

学者「わ、悪いことは言わん今すぐ戻せ。吐瀉物は私が片付けてやる」

竜『……好ましい感覚ではないな』ゴクリ

学者「……ほう。それが"不味い"という感覚だ。よく覚えておけ!」

竜『"不味い"……か』

竜『学者、貴様は何故この森を訪れたのだ。人間には殆ど益のない場所だと我は認識していたが』

学者「待て、その前に貴様の名を聞こう。一方的に名を呼ばれるのは不公平であり不愉快だ」

竜『我に同種など存在しない。故に名など必要ない』

学者「なんだと名無しか貴様。仕方ない私が名付け親になってやろう、そうだな……グリムというのはどうだ?」

竜『貴様我の顔を見て決めたな?』

学者「如何にも」

竜『却下だ』

学者「何故だ!? ぴったりな名前ではないか!?」

竜『…これだから人間は好かんのだ』

学者「やれやれ仕方ない、いずれ貴様をぎゃふんと言わせるような名前を付けてやるからそれまで覚悟しておけ」

竜『ぎゃふん? いや、そんな下らない事より先ほどの我の問いに答えろ』

学者「研究に使うサンプルの採取兼食料の確保」

竜『……見たところそのようなものは所持していないようだが成果はあったのか?』

学者「察しろ」

竜『なかったのだな』

学者「態々口にするな! ……そういえば貴様何故口を開かずに私と会話が出来ている? 腹話術師か?」

竜『知らん。その問いは如何にして歩行を覚えたかというのと同義だ』

学者「……まさかな」

竜『何がだ?』

学者「いずれ話すかも知れん。今は訊くな」

竜『……ふん』

学者「さて、そろそろ床に就くとするか」カチッ

竜『これから就眠するというのに何故灯りを点けた』

学者「私は寝る前に数分間本を読むことを習慣としているのだ。それはどんな状況でも例外ではない」

竜『自ら定めたルールに厳格なのだな貴様は』

学者「まあ難解な本に目を通すとよく眠れるという理由もあるが」

竜『少しでも感心した我が愚かだった』

学者「さて、我がバイブルに再び触れるとするか」ペラッ

竜『…………』チラッ

学者「…………」ペラ…

竜『……その本には数字やおかしな図形ばかり書かれているな』

学者「貴様、文字が読めるのか?」

竜『昔、見て覚えた』

学者「……数学というものは知っているか?」

竜『数と空間について研究し定理を求めていく学問、と耳にしたことがあるが』

学者「ちっちっち…何もわかっていないな貴様は。数学の本質はそこではない」

竜『ほう。では本質とは何だ』

学者「暴く楽しさだ」

竜『……?』

学者「一見ただの数字の羅列でしかないその世界には幾多の法則が隠されている。その法則を自らの知恵と努力と閃きで見出し隠された答えを暴き出す。これほど愉悦を感じる行為はないのだぞ?」

竜『ふうむ、言葉で言われても今一つ理解できないな』

学者「なら実践するのが早い。問題を出してやる、考えろ」

竜『断る、そんな無駄なことに時間を浪費する気にはなれん』

学者「まあいいではないか、どうせ暇なのだろう? たまには頭を使わなければ脳が腐るぞ?」

竜『なっそれは本当なのか?』

学者「ぷっ、あっはっはっはっは!」

竜『何が面白い』

学者「いや、失敬なんでもないのだよ。では問題を出してやる、なにヒントはいくらでも出してやるから貴様はただひたすら愚直に且つ奇抜に考えろ。それが脳の防腐剤になる」

竜『む、むう。わかった、かかって来るがいい』

学者「ああ、まずは――」

竜『ぐう…もう少しで答えが見えそうなのだが』ムム

学者「…なあ、私はもう眠くて眠くてしょうがないのだが」ウトウト

竜『待て、貴様が出してきた問いなのだぞ。最後まで付き合え』

学者「あ、だめだ。これよりスリープモードに入る……」

竜『おい起きろ学者、起きねば喰ってしまうぞ』ユサユサ

学者「ぐがー…ふしゅー…」スヤスヤ

竜『くっ、仕方ない。我だけで考えるか……。ここにこの数式を代入してみるという手がまだあったな……』ガリガリ

学者「ぐごごご…ぐー。…う、さむ」ゴロゴロ、ピト

竜『おい寄るな、貴様の寝床はそっちだ』

学者「…………すぴー」ピトッ

竜『…………まあ書くには問題はないか。……あたたかいしな』

―次の日の朝―

学者「ぐがっ? ……あー、どこだここは」

竜『目覚めたか人間』

学者「うおおおおおぉぉ!?」ズザザ

竜『! …………』

学者「あ、そうか思い出した。すまない、貴様の姿形は目覚め明けには非常に刺激が強いのでな」

竜『……見ろ、これが昨夜出した我の答えだ』

学者「おっどれどれ…ふむふむ」

竜『ど、どうだろうか?』ドキドキ

学者「よし、頭を私の手の届く範囲まで下げてみろ」

竜『何故人間に我が頭を垂れねばならんのだ』

学者「いいから早くしろ、悪いようにはせん」

竜『…………』スイッ

学者「うむ、よくやったな偉いぞ」ナデナデ

竜『何故頭を擦る、火でも起こすつもりか』

学者「人間は相手を褒め称えるときこうするのだ。素直に喜べ」ナデナデ

竜『む、むう…仕方ない喜んでやる。感謝しろ』

学者「ぷっ、ははっなんだそれは」

学者「さてと天気は良好、体調も悪くない。てっきり夜の寒さで体力が低下すると思っていたがはて何故だろう?」

竜『…くれぐれもここのことは漏らすなよ、でなければ人間共とてただでは済まさんぞ』

学者「心配するな私は約束は守る女だ。信じろ」

竜『ならとっとと去れ。人間といると空気が汚れて不愉快だ』

学者「わかっている。……では世話になったな」

竜『……うむ』

学者「あ。余り洞窟に篭ってないで外に出たほうがいいぞ? その内ウロコにカビとか生えるかもしれんぞ?」

竜『帰れ』

学者「やれやれ素直じゃない奴…達者でな」スタスタ

竜『…………』

竜『ふん、やっと去ったか。まったく災難であった…』

竜『……この胸に広がる空虚感は一体なんなのだろうか。訊ねておくべきだったか』

竜『……くそっ、これだから人間と関わると碌なことがないのだ』

―1週間後―

学者「失礼する!」バーン!

竜『……我は幻覚を見ているのだろうか』

学者「頬をつねってやろうか? そうすれば現実かわかるぞ?」

竜『そうか、そんなに我に喰われたいか』

学者「この前初めて食事を経験しておきながらその脅し文句は弱いな、経験を積んで出直してこい!」

竜『…ふう、それで何故再びここを訪れた。まさかまた迷い込んだわけではあるまい』

学者「……てへっ☆」コツン

竜『何故か殺意が沸いた。今後命が惜しければその動作を二度と行うな』

学者「ぐはあ…自信失くす……」ズーン

学者「見ろ、これが今日の獲物だ!」

竜『猪か。よく獲れたな』

学者「2頭獲ったはいいが一方はサイズが大きすぎて私のような可憐な乙女が全て持ち帰るには重過ぎる」

竜『乙女…? その者はどこにいるのだ?』

学者「貴様の目の前にいるではないか!」

竜『? 我には見えん。霊の類か?』

学者「…………帰る」グスッ

竜『冗談だ』

学者「貴様の冗談はそれに聞こえないのだ自覚しろ!」

学者「というわけで貴様これを受け取れ、代わりに1泊させてくれ」

竜『いらん。故に帰れ』

学者「遠慮するな、焼いて食うと旨いぞ?」

竜『……"うまい"とはなんだ?』

学者「貴様がこの間経験した"不味い"という感覚の対極的なものだ。知りたければ食え、そして私を泊めろ」

竜『……今回だけだぞ』

学者『恩に着る。では遠慮なく入らせてもらうぞ』ツカツカ

竜『実に図々しい人間だ』

学者「そう褒めるな。照れるだろうが」

竜『…これは褒め言葉だったのか』

学者「おお! 意外にも私の力作が残っているではないか、既に撤去されているとばかり予想していたが」

竜『片付けるのが面倒だっただけだ。他意はない』

学者「うーむ、この寝転ぶと自然と一体化したかのような感覚がたまらないな。枯れ草が付くのが難点だが」ワサワサ

竜『おかしな人間だな、人間は快適さを求めて自然を淘汰し文明を発展させてきた生物だろうに』

学者「人は時に過去を懐かしむだろう? 思い出の良し悪しに関わらず。これはきっとそういうものだ」

竜『我は過ぎた事など、想起したいと思わないが』

学者「なんと勿体ない。記憶は己が積み上げてきた歴史だ、それを埃の下に埋まらせるなどその瞬間を全力で生きた過去の自身に失礼だとは思わないか? たまにでいいから思い出してやれ」バサァ

竜『枯れ草を飛ばすな、目障りだ』

学者「ふふっ、昔は私に擦り寄って来る男共にこのように枯れ草を顔面にぶちまけて追い返したものだ懐かしい」

竜『貴様に好意を持つ男がいるとは思えんが』

学者「貴様女を見る目がないな。私ほどの美貌を持つ人間などそうはおらんぞ?」

竜『中身が伴っていなければ意味などなかろうに』

学者「外見で判断する愚か者共の期待になど応える必要などない」

竜『ふん、その点は同意だな』

学者「さて、私は腹が空いた。然るに貴様も食事にしろ」

竜『何故我が人間に合わせなければならない』

学者「食事は誰かと共にすると旨さが倍増するのだ。故に付き合え」

竜『…あれを焼くのだったか』

学者「うむ。そうだ貴様そのような見た目をしているのなら炎の1つや2つ吐けるのではないか? どれやってみろ」

竜『炎を…吐く? そんな非現実的事象を起こせるわけがなかろう馬鹿馬鹿しい』

学者「今まさに精神遠隔感応という非科学的能力を用いている貴様がそれを言うか。やれないと思うからやれないのだ、自分は出来ると思い込め」

竜『学者とは思えぬとんだ精神論だな…、しかしやれと言われてもその実行方法がわからん』

学者「腕を動かせるからといってその際の筋肉や関節の動きなどを説明できるわけではないだろう。腕を動かすには動かしたいと思うだけでいい。喉奥から火炎が噴出すイメージをしてみろ、炎を吐きたいと願え」

竜『……イメージ、炎……吐く』スウゥ

学者「さあ、己が内に潜む火の奔流を吐き出せ!」

竜「……ふっ!」ゴオオオォォ

学者「ほらみろ出来るではないか! ……いや待てそろそろ止めろ」

竜『…………』ゴオオオオオ!

学者「馬鹿者自らが住む地を燃き尽くす気か!? ええい止めねばウロコを全て引っぺがすぞ!? って固っはがれんっ」ギギギ

竜『がっ! き、貴様よくもやってくれたな……』ヒリヒリ

学者「ああでもしなければ貴様は止まらなかっただろう、感謝こそされど罵られる筋合いは無い」

竜『…元々炎を吐かせたのは貴様だろうが』

学者「それはそれ、これはこれだ。己の中に眠っていた力に気づけたのだ良いではないか」

竜『気づいた所で何の得もないがな』

学者「いやいや得はあるだろう、いつでも肉が焼け、る……」

竜『なんだ、獲物を視界に捕らえたまま直立不動をして』

学者「あれでは食物ではない、もはや炭だ馬鹿者」

竜『炭は食えないのか?』

学者「……こちらに来い」スタスタ

学者「これを見ろ」ドサドサ

竜『なんだ? 書物か?』

学者「これを読み一般常識を少しは学べ。貴様はあまりに常識に疎すぎる」

竜『何故我がそのようなことを……』

学者「知識はいくらあっても重荷にならず一生を豊かにする素晴らしい道具だ。貴様は知識はなくとも知恵はある、馬鹿ではない。そのような逸材が機会が与えられないというつまらない理由で埋もれて行くのは私には耐え難いのだ」

竜『…変わった人間だ』

学者「知っている。うん? 待てよ貴様のその手では紙をめくることも叶わんか」

竜『その点は問題ない。こう見えて我は器用なのだ、手を見ていろ』ゴワッ

学者「うおっ、気持ち悪っ!」

竜『…………』

学者「あっすまない、つい本音が出てしまった。なら私は食事にするから貴様は適当な本を読んでいろ。わからん所があったら私に聞け」ガサガサ

竜『……それはまたあれか?』

学者「うむ、栄養の点だけは評価できるからな。保存も効き、匂いもないから畜生が寄りにくい、こういった場では実に重宝する」モグモグ

竜『…我にも寄越せ』

学者「うん? 貴様は食事の必要がなかったのではないのか?」モグモグ

竜『あの感覚を忘れないようにするためだ、わかったらとっとと我にも分けんか』

学者「そう焦るな、半分こしてやる。ほれ」ポキッ

竜『うむ、…………"不味い"な』モグモグ

学者「だが食事を共にする相手がいると幾分ましな気がせんか?」

竜『……ふん、さあな』ゴクリ

竜『…………』ペラリ

学者「どうだ? どこかわからない所はあるか?」

竜『話しかけるな、気が散る』

学者「……拗ねるぞ」

竜『…………』ペラ、ペラ

学者「(ふん、いざ読ませてみれば夢中ではないか。この前のことといい素質はあったのだろうが、この姿に生まれたのが災いしたな…)」

竜『おい、読了したぞ。他に書物はないのか?』

学者「…は? もう全て読み終えたのか? まさか流し読みしたのではあるまいな?」

竜『……そうだな貴様三桁までの間で好きな数字を言ってみろ』

学者「335。一体何の意味が」

竜『シアヌル酸クロリドの分子式C3C13NS、分子量は184.41、比重1.92、蒸気圧0.8 mm Hg…』

学者「! まさか」パラパラ

竜『…性質。無色結晶性粉末で水に溶けると加水分解し次亜塩素酸を与え…』

学者「いい、もういい。貴様が書物の内容を一字一句正確に暗唱できるのはわかった」

竜『我は、流し読みなどしていない』

学者「そうだな疑った私が悪かった、すまなかった」

竜『…意外だな』

学者「何がだ?」

竜『言動から貴様は自尊心が高いと推測していた。よもや人間でもない相手に謝罪するとは予想していなかった』

学者「自分が悪いと思ったら素直に謝る、子供でも知っている常識だぞ?」

竜『…記憶しておこう』

学者「ううっ寒い! 貴様場所を交換しろ、その巨体なら良い風避けになるだろう」

竜『だが我が寒くなるではないか』

学者「か弱き淑女が震える姿を男子たるもの見逃せないだろう? 我慢しろ」

竜『男子…雄のことか』

学者「む、もしや違ったか? すまん脳に響く声質や口調から判断してしまったのだが」

竜『いや、確か今はそれで合っている』

学者「"今は"? なんだ貴様雌性先熟か?」

竜『前回は、雌だった。その前は性別そのものがなかったな。その時々による』

学者「待て待て何を言っているのだ、まるで何度も性転換を繰り返してきたかのような言い方ではないか」

竜『事実そうだが』

学者「どういうことだ、竜とはそういった生態なのか? そもそも貴様以外の同種はどこにいる?」

竜『我は同種と出会ったことがないが。他に存在しているのか?』

学者「ではなんだ、貴様は無生物から産まれたというのか。馬鹿な、自然発生説はとうに否定された」

竜『…恐らく我は無より生まれている。幾度も』

学者「……さすがの私でも先ほどから頭痛が収まらん。面倒だ貴様がこの世に生まれてから今この瞬間までを掻い摘んで語れ」

竜『気が付くと我は初め地面を這い蹲っていた』

学者「ふむ、その頃は四肢が発達していなかったのか?」

竜『そもそも四肢などなかった。我は身を捻りながらでしか動けなかった』

学者「…よくそれで自然界を生き抜けたな」

竜『何故自分がここにいるのか、自分自身が何者なのかもわからぬまま我はただ進み続けた。そうしてある日』

学者「うむ」

竜『空から飛来した猛禽類に我が身は攫われ、生きたままこの身を啄ばまれた』

学者「…は?」

竜『とてつもない苦痛が続いた後我が意識は遠くなっていった。何がなんだかわからなかったがこれで終わるのだと思った、そうして我が意識は消えていった』

学者「……終わってしまったではないか」

竜『目が覚めると見知らぬ場所で我は地面を這い蹲っていた』

学者「…………」

竜『先ほどの光景は夢だったのだろうと我は結論付けまた歩を進め始めた。それから数日後、我は二足歩行の生物が持つ何か鋭利な武器で串刺しにされ息絶えた』

竜『そして気が付くと見知らぬ場所で我は地面を這い蹲っていた。終わり方は異なれど終わることに違いはなかった、…我の場合終わりではないか』

学者「(信じ難い、が虚実を吐く理由もなし、か)つまり貴様は既に何度も死んでいたと。いや、通俗的に言えば転生していたということだな?」

竜『死から生への移行を転生というのならその通りだ』

学者「だが今私と相対している貴様は捕食者でこそあれど被食者にはなるまい。初めの頃と違い強靭な四肢も兼ね備えているがそれは如何にして手に入れた?」

竜『目覚める度に我の体には微々たる変化が起こっていた。死を繰り返す内に以前は生えていなかった脚が生まれ、腕が生まれ尾が生まれていった。初めは外部より与えられる暴力に蹂躙されるだけだったが少しずつ逃げおおせることが出来るようになっていった。まあ時間の問題だったのだが』

学者「ふむ、……それが外部からエネルギーを得ることのない者が成長する方法というわけか。いやこれほどの変化であれば進化か」

竜『それから年月が経ち、ある程度今の姿に近づいた頃……ある日人間共に見つかってしまった、人間に発見されるのは今まで何度もあったのだがその時は違った』

学者「ほう、何がだ?」

竜『当時は何を言っているか理解できなかったのだが、今ならわかる。彼らはこう騒いでいた、"我らの神が現れた!"とな』

学者「…なるほどな、それで」

竜『彼らは我を祀り上げ、必要のない捧げ物を押し付け、実に身勝手な願いを口にした。村を豊かにしろ、雨を降らせろ、流行り病を何とかしろ…それこそ数え切れんほどにな。自分達に出来ることを模索しようとせずにただひたすら頭を垂れ、自らが造り上げた偽りの神に祈りを捧げていた。その下らぬ戯言を聞くうちに彼らの言語を覚えたのは皮肉だがな』フフッ

学者「学習能力の高さはその頃から顕在か」

竜『さて学者、この後彼らはどうしたと思う?』

学者「……苦境の中で献上品を捧げているにも関わらず願いが叶わなければ彼らの中には恐らく焦りや不満が生まれていっただろうな。そしてその負の感情の行き先は」

竜『うむ、察しの通りだ。彼らはいつしか正反対のことを口にするようになった。我は実は神ではなくこの村を苦しめる悪魔なのではないかとな。神と崇めたり悪魔と罵ったりと忙しい奴らだ』

学者「実に、人間らしいな」

竜『その後は語るまでもない。村内で我は悪魔であることが決定付けられ、村の者総出で我を退治しに来たわ。皆それで自分達が救われると本気で信じていたのだろうな、どこまでも哀れな奴らだ』

学者「貴様はどうしたのだ、まさかみすみす殺されたわけではあるまい」

竜『…いや、抵抗などしなかった。どうせ殺されようが再び蘇させられる身だ、彼らの気が済むのならそれでいいと思ったのだ』

学者「ふん、私なら私に刃向う全村民半殺しぐらいにはするがな」

竜『下らん、一時的な気晴らしの後に待っているのは虚しさだけだ』

学者「それをわかっていて無抵抗に殺された貴様は非道極まりないな」

竜『…………』

学者「まあ赤の他人、それも生者でない者のことなどどうでもいい。その後貴様はどうしたのだ?」

竜『我は今まで以上に人間を避けるようになった。日に日に険しい土地へと身を寄せた。しかし、どんな辺境の地に隠れ潜もうが必ず奴らが来てしまう。ありえない偶然が重なり奴らとの邂逅が果たされてしまうのだ』

学者「ほう、なら私が貴様と出会ったのも運命の赤い糸という奴で繋がれていたのかもしれんな!」

竜『言っている意味がよくわからんが…』

学者「後で懇切丁寧に解説してやる、今は話の続きを」

竜『…人間の反応は二択だ。神として崇めるか、悪魔若しくは怪物として畏怖し倒そうとするかだ。これほど単純な反応しか出来ぬのに自らを知的生命体だと信じているのだから滑稽極まりない』

学者「私なら殺さず生け捕りにして全身隈なく調査するところだが」

竜『ああ、そういったパターンも初期にあったな、我にまだ身を守るほどの力が備わっていない頃の話だ。全身のウロコを呪(まじな)いに使用するためといって剥ぎ取られ、爪も煎じて薬にするという理由で全て切り落とされた。神の加護とやらが宿っているらしい』

学者「神を自らの手で苦しめておきながら神の加護を期待するなど呆れて何も言えんな」

竜『結局彼らが好意的に見たところで我は都合の良い道具に過ぎなかったのだろう。人間は合理的な生き物だとはよく言ったものだ』

学者「貴様の人間に対する価値観には幾ばくか興味がそそられるが話が逸れているな。軌道修正を要求する」

竜『ああ、といっても語ることなどもう殆どない。そうして我は可能な限り人の目を避け、この地に身を置いたのだ。恐らく数百年程は見つからなかったためこの地なら、と思っていたのだが…』

学者「いやあ残念だったな、はっはっは」

竜『…………』

学者「まあ見つかったものは仕方がないだろう? 別に私は貴様が神だとも悪魔だとも思っていないわけなのだしそう落ち込むな、な?」バシバシ

竜『気安く触れるな』

学者「まったくつれないな。多少親睦が深まったと思っていたのだが片思いだったか」

竜『人間と親交を持つなどありえん』

学者「うーむ、これは筋金入りの人間不信のようだな。仕方がない私が一肌脱いでやろう」

竜『……何をする気だ?』

学者「近いうちに秘密兵器を携えて来よう。それを見れば、たちまち人間がめんこくなるだろう」フフン

竜『おい、誰が再びここを訪れて良いと言った?』

学者「書物読みたくないのか? 先ほど催促された覚えがあるのだが私の勘違いだったかな? うん?」

竜『ぐっ……勝手にしろ!』プイッ

学者「ふふっ、では勝手にさせて貰うよ」

学者「ふう、さてそろそろ床につくとするか」モゾモゾ

竜『やっとか、貴様が一々話しかけてくるために我は著しく疲れ果てたぞ』

学者「貴様は無愛想ながら律儀に答えを返してくれるからな、恋人にするなら最適だ」

竜『我は人ではない、竜だ。間違えるな』

学者「なら恋竜か? 語感としては微妙だな」

竜『1つ訊きたいのだが…』

学者「一つといわず百だろうが千だろうが何でも訊くがいい」

竜『恋、とはなんだ? 昔人間が恋の成就を願っていったことが何度かあったのだが我にはよくわからなかった』

学者「あー…強いて言うなら脳内物質が生み出す錯覚だろうか」

竜『自ら錯覚を望むのか? わけがわからぬな』

学者「錯覚が現実になることを望むのだ。多分」

竜『そんなことがありえるのか? 空想が実体をもつなど』

学者「錯覚を持つ者同士がそれを認め合えば現実になるというかなんというか…ええいそれは私の専門分野外だ訊くな!」

竜『先ほど何でも訊けと言ったではないか、責任を持て』

学者「私が答えられる範囲でだ! 私だってよく理解していないものはあるのだ自分で答えを見つけろ!」

竜『ふむ、書物を積めばわかるだろうか』

学者「こればかりは経験を積まねば難しいだろうな」

竜『学者貴様は恋の経験はあるのか? あるなら語ってみろ』

学者「な、何故私がそのようなことを話さねばならぬのだ!」

竜『先ほど私の過去を聞いておきながら自分は話さないというのは不公平ではないか?』

学者「ぐぬぬ…確かにそれはそうなのだが」

竜『なら語ってみろ、話を聞くだけでも理解できる部分はあるかもしれん』

学者「経験と言ってもあれは私が若輩者だった頃の遠い昔の話だ! 今はそんなものに毛ほども興味などないんだからな!」

竜『興味があるのは我だ。今貴様が何を考えていようと関係あるまい』

学者「ぐっ…し、仕方ないな…いいか一度しか言わんからくれぐれも聞き逃すなよ!」

竜『わかった、一音たりとも聴き洩らさぬ』

学者「うう…」

学者「…とこのような甘く切なくメランコリーな感情を恋というのだ、わかったか!?」

竜『うむ、さっぱりわからん』

学者「ああ正直話を聞いている間の貴様の表情で薄々察しておったわ! 欠伸が2桁を越えたあたりで私の話術の自信は霧散した!」

竜『とにかく我には一生縁のない感情ということは理解した、同種など恐らくこの世に存在せぬしな』

学者「いやそう決め付けるのは時期尚早というものだ。何しろ虎と獅子が子を成す世の中だぞ?」

竜『畜生に執着心など抱くものか』

学者「ならやはり人間だな、美女と野獣の物語など王道ではないか。ほれ軽く私に惚れてみろ」

竜『生憎だが貴様のような捻くれた人間に魅力など微塵も感じられない』

学者「貴様清純派黒髪長髪美少女とか好きだろ、いや絶対そうだ」

竜『…………』

―夜―

学者「ぐがああああああぁぁ…」グビー

竜『…五月蝿くて眠れん』

学者「ごごごっ…ぷしゅぅ…」プクー

竜『おい、離れろ。貴様の汚らわしい鼻提灯が付くではないか』

学者「ぐごっ、ずぃー…ずぃー…ずぃー…」パンッベチャア

竜『…………(こんなもの絶対に喰いたいと思わない)』

―1ヵ月後―

学者「ふーよっこらせ」ドサドサッ

竜『配達ご苦労。帰っていいぞ』

学者「ただ働きなど御免だ。邪魔するぞ」

竜『貴様もよくこんな場所に飽きもせずに来るものだな』

学者「ここには実に興味深い対象があるからな」

竜『ふん…』ペラ…

学者「時に竜よ、実は頼みたいことがあるのだ」

竜『なんだ、今我は知識を得るのに忙しい。手短に話せ』ペラペラ

学者「実験に協力して欲しい、貴様の体を使ってな」

竜『…それを我が了承すると本気で思っているのか?』ペラペラ

学者「貴様は己が何者なのかを知りたくはないか?」

竜『……! それが貴様にはわかると言うのか』

学者「それを知るための実験だ」

竜『害はあるのか』

学者「ないと私は信じている、そしてそうであってほしいと心から願っている」

竜『……我はどうすればいい』

学者「まずはこの本を読んでくれ」スッ

竜『これは、説話集か』

学者「それも想像上の生物について書かれたものだ。竜とかな」

竜『…通読してやる、そこで待っていろ』

学者「うむ、気長に待たせてもらうよ」

竜『…………』ペラペラ

学者「なあそういえば」

竜『気が散る、口を慎め』ペラ

学者「暇な私の話し相手にくらいなってくれてもいいではないか…」ショボーン

竜『別に時間はいくらでもあるだろう。後で相手してやるから今は大人しくしていろ』ペラ

学者「…………」ニヤニヤ

竜『……なんだその不気味な顔は』

学者「いやあ? 私の努力も無駄ではなかったのだなあーと思って?」

竜『実に気色悪い女だ』ペラペラ

学者「貴様女性にそういう言葉を使うな! 普通の女だったら傷付くだろう!」

竜『普通じゃないだろう』

学者「まあな!」

竜『読了したが…有益な内容とは言い難いな』

学者「何故だ? 貴様と同じ種族について記されているのだぞ?」

竜『所詮は創作だ、今ここに確固として存在している我とは何の関係もない』

学者「…それはどうかな」

竜『何?』

学者「姿を消す竜というのがその本にあったはずだ」

竜『ロングウィットンの竜か。姿を消すことができるというがあまりに現実離れ…』

学者「やってみろ」

竜『……馬鹿か貴様は』

学者「そんなこと出来るはずがない、か? 出来るであろう根拠はあるぞ」

竜『根拠だと? なんだそれは』

学者「貴様はいつの日か私の動きを一睨みで止めたはずだ、それと似た能力を持つ生物がいたじゃないか」

竜『バジリスク、もしくはコカトリスのことか。だがあれは竜ではないぞ』

学者「どちらも由来は蛇だ。竜の由来も蛇だと言われている。恐らく貴様の最初の姿と同じだ」

竜『バジリスク…しかし我は』

学者「それにこの間は貴様火を吐いたはずだ、それは特別なことなどせずただ"火を吐きたい"と願った結果ではなかったか?」

竜『…そんな、荒唐無稽な話が……』

学者「貴様がそれを言うか。ええい、さっさと願え、姿を消したいと! 願うだけタダだ!」

竜『…………(姿を消したい、いや違う、我は、我の願いは)』

学者「ほれもっと本気で願ってみろ!」

竜『(この姿を、誰にも見られたくない)』スウゥ…

学者「ほれみろ、実に簡単にやってくれおったわ。はっはっは」

竜『う…うぉぉ!? ど、どうすれば戻るのだ!? 教えろ学者!』

学者「さあ? 元に戻りたいと思えばいいんじゃないか?」

竜『(元に戻れ元に戻れ元に戻れ…)……おい』

学者「やべっ」

学者「うおっ待て待て姿は見えないが貴様が私に危害を加えようとしてるのはなんとなくわかっている! しかしここは一度冷静になろうではないか!」

竜『案ずるな、痛みは一瞬だ』

学者「やめろ! そんなことをしたら本当に戻れなくなるぞ!」

竜『ならさっさと戻り方を教えろ』

学者「うーむ、そうだな。とりあえずもう一度ウロコひっぺがしてみるか。痛みのショックで戻るかもしれん」

竜『そうか、では我だけでは不公平だから貴様の生皮も剥がす事にしよう』

学者「他案でいこう。うーむ、戻る方法、いや戻れない理由か…」

竜『…………』

学者「思いついたには思いついたのだが…怒るなよ?」

竜『内容による』

学者「貴様本気で戻りたいと思ってないんじゃないか?」

竜『! ……そんなはずは』

学者「貴様は人間を今まで避けて生きてきたそうだな。深層心理では誰の目にも触れられない今の姿を望んでいるのかもしれん」

竜『他人に心境を分析されるほど不愉快なことはないな』

学者「失礼。私だって必要がなければこんな不躾な真似したくないさ」

竜『…結局我はどうすればいいのだ』

学者「心の底から戻りたいと願うしかないだろうな」

竜『ぐう…』

学者「すまないな、私のせいで」

竜『なんだそのしおらしい反応は。気味が悪い』

学者「私の軽はずみな提案がこのような事態を招いたのだ。しおらしくもなるさ」

竜『ふん、いくら謝罪したところで我の姿が戻らないことは変わらんがな……おい』

学者「なんだ」

竜『何故先ほどから背中を向けている、謝罪すらならこちらを見んか』

学者「…断る」

竜『ふざけるな、喰うぞ?』

学者「…無理なものは無理だっ」

竜『貴様…ならむりやり向かせてやろう、ふんっ』グイッ

学者「な、ばか、やめろっ……くっ」

竜『! 学者……?』

竜『顔が紅潮し、両目からは水が僅かに零れているがどうした?』

学者「それを私に聞くか馬鹿者め…泣いているのだ」

竜『な、何故泣く? 花粉症か?』

学者「違う、私は責任感が強いのだ…後は察しろ」

竜『(馬鹿な…こいつは人ですらない我のために涙を流しているのか? 信じられぬ、ありえない、なんだコレは? 人間とは傲慢で利己的な生物だろう?)』

学者「ふっ、笑いたければ笑うがいい。女々しい私の浅ましい姿をな」

竜『(今の我には到底理解できぬ、だが)……学者』

学者「なんだ、さっさと笑わんか、若しくは罵らんか」

竜『どうしたらその水を止められる』

学者「……は? ……ふん、覚えておけ、男はな、女が泣いていたら黙って抱きしめてやるのだ」

竜『…………』ギュッ

学者「ふ、ふひゃあ!?」

竜『…………』

学者「お、おい…」

竜『…………』

学者「うう…」

竜『(何なのだろう、この感情は…わからないが。ただ…もしかしたら…)』

学者「…………」

竜『(この人間に見つかったことは不幸ではなかったのかもしれん)』スゥゥ…

学者「……! お、おい、戻ってるぞ姿が!」

竜『む、いつの間に。それより貴様はどうなのだ?』

学者「わ、私? あっ。と、とうに涙など止まっておるわ!」

竜『ん? 涙は止まったようだが顔の紅潮は寧ろ増しているようだがどうした?』

学者「き、気のせいだええい、いつまでくっついておるのだ離さんか!」パシッ

竜『ふう。やれやれ感情の起伏の激しい人間だ』

学者「さて、続けるぞ!」

竜『…何をだ』

学者「実験に決まっているだろう」

竜『いいだろう今度は何だ』

学者「なっ…本当にやるのか?」

竜『貴様が今続けるといったのだろう、責任感が強いと言い張るなら先刻の己の発言くらい覚えておけ』

学者「いや、今のはタチの悪い冗談みたいなもので…また先ほどみたいな事態になってしまったら……」

竜『なんとかなるだろう』

学者「…聞き間違いではないようだな、いいだろう、なら続けよう。今度はこの竜だ」

竜『ふむ』

学者「……本当に神のようだな、よもや天候まで操れようとは」

竜『雨を降らせられるのなら、彼らの願いも叶えてやれたのだな…』

学者「過ぎたことを言っても仕方あるまい。…ふむ、しかし文献には記されているが使えない能力もいくつかあったな」

竜『地震を起こす、全身を炎で包み込む、それと…人間の姿に化ける等であったか』

学者「不老不死の竜もいたが貴様は何度も死を経験しているのだな?」

竜『間違いない』

学者「うーむ、転生はウロボロスだとして……使える能力の条件がよくわからんな」

竜『1つ気になっているのだが』

学者「ん? なんだ?」

竜『このまさに今我が使用している精神遠隔感応という奴に当たる能力。これを使ってる竜がどの書物にも載っていなかったように思えるが』

学者「ああ、それはこの地域に伝わる民間伝説の竜で一般の本にも載らないぐらいのマイナーさだからな。……能力は知名度に影響されないということか?」

竜『…会話が出来たのはつまり我自身が会話を望んでいたからなのだな』

学者「うん? 今更気づいたのかさびしんぼめ。嫌いだ嫌いだといいつつ本当は仲良くなりたかったのだろう?」

竜『そんなことは……』プイッ

学者「おお拗ねるな拗ねるな、いいではないか現に今仲良く私と言葉を交わせているのだから。これは劇的な変化だろう?」

竜『まあ…以前のような険悪な関係ではないのはマシだがな』

学者「ふふ、まったく貴様は素直じゃないな」

《昔々、ある所に小さな町がありました。》

《そこには人間と共に竜が一緒に住んでいました。》

《竜は人間と神通力を介して交流をしていました。》

《その竜には奇跡を起こすようなたいそれた力は備わっておりませんでしたが、竜には智恵があり訪れる人々の悩みを聞いたり話しをしたりしてその町に必要な存在になっていました。》

《ある日竜の下に1人の青年が訪れました。彼は言いました。私はもうすぐこの土地を離れなければいけません、家族や友と別れなければいけません、それがとてもさみしいのです。どうすればいいでしょうか。》

《竜は訊きました。問おう、我はそなたの友だろうか。》

《青年は答えました。あなたが私を友と思ってくれるなら我らは友でしょう。》

《竜は言いました。ならそなたがどんなに遠い地にいようと我の声が届くようにしよう。いつ、どんな場所でも互いの声が聴こえるようにしよう。》

《竜は青年に自身の牙を授けました。》

《竜は言いました。さみしさに耐えられなくなったとき、少しだけ牙を体に刺してくれ。そうすれば我らの意識は1つになる。》

《それから青年は土地を離れましたが、さみしさに震えたときは友の声を聴き立派に勤めを果たしたそうです。》

学者「めでたしめでたし…と、どうだ感想は?」

竜『そうだな…違和感、を感じる』

学者「ほう、違和感とは?」

竜『登場する竜の扱い、だろうか』

学者「確かにな、西洋独特の自然の象徴に排他的な気風とは真逆の作風だ。だからこそこの伝説は国に広まらず一地方に留まったのだろう」

竜『それもそうなのだが…』

学者「うん?」

竜『例え人間に受け入れられたとしても大概それは神に近い存在としてだったはずだ、両者の間には確固とした上下関係がある。にも拘らず竜と人間が友となるなど…』

学者「ありえないか? 私はそうは思わんがな」

竜『その根拠は?』

学者「私が貴様を友と認識しているからだ」

竜『……馬鹿な。我らはそのような浮ついた間柄ではあるまい。貴様はその職業柄我のような奇特な存在に関心を持ち、観察しているだけだろうに』

学者「…このひねくれ者め!」

竜『なっ、貴様今なんと言った?』

学者「知らんもう私は怒った、機嫌は今世紀最悪だ。このにぶちんめ」

竜『おい我を愚弄するのもいい加減にしろ』

学者「馬鹿にしているのはどちらだこの馬鹿者め、これでは私が馬鹿みたいではないか惨めではないか」

竜『貴様が何を言っているのか理解できん』

学者「ああもう片思いだったのだ、だから私はむかついているのだ。後は自分で考えろ鈍感男め」

竜『ど、鈍感男……』

―夜―

学者「…………」

竜『おい、もう寝入ったのか学者』

学者「…………」

竜『むう、散々我を罵倒しておきながら勝手な奴め』

竜『…我なりに考えたのだがな、今も答えは出ていないのだ』

竜『何故貴様が怒りだしたのか、我らの関係は何と形容するべきなのか何一つわからない』

学者「…………」

竜『ただ、確かなことは…我は貴様の落ち着きなく変わる愉快な表情を出来る限り眺めていたいと思っている』

竜『それだけだ。……ふう、我は何故聞く相手もいないのに言葉を発しているのだろう。もう、眠りに就こう』

竜「…………」スースー

学者「(…………馬鹿者め)」

―数日後―

学者「さて、そろそろ頃合かな」

竜『…………』ペラペラ

学者「おい本の虫、少しは私の発言に興味を持て」

竜『虫ではない、竜だ。何だ』パタン

学者「明日貴様が目をみはるものを見せてやろう!」

竜『そうか、期待しないで待っている』

学者「ふふん、その余裕の表情がどのように崩壊するか今から実に楽しみだふはははっ」

今日はここまで、次回は♪Please call my name!

―次の日、洞窟―

学者「たのもー!」

竜『朝から騒がしい声を出すな、鬱陶しい……おい』

学者「ん? どうした?」

竜『そ、それは何だ?』

学者「見てわかるだろう。私の愛娘だ」

竜『む、娘だとお!?』

「ひっ……」ブルブル

学者「おい、私の娘を怖がらせるな! 見ろこんなに怯えているではないか!」

「あ、う……わ、わたし」

竜『おい貴様』

「ひうっ……」ブルブル

竜『…………』

学者「ふむふむ、なるほどな。おい竜よ」

竜『…なんだ』

「っ……」ビクッ

学者「この子はどうやら得体の知れぬ声が突然脳内に響くのが怖いらしい。何とかしろ」

竜『無茶を言うな』

「わっ」ビクビクッ

竜『…………』

学者「そうだな、とりあえず口パクでもしとけ」

竜『何故我がそのような……』チラッ

「…………」ウルウル

竜『……くっ、これでいいのか』パクパク

学者「ほら奴が珍しく気を使ってくれたのだからいつまでも私の後ろに隠れでいないで自己紹介ぐらいせんか」

「あう、あ、あのわたし少女です。その、ごめんなさい」

竜『何故謝る学者の娘』

少女「その、わたしさっきから怖がってて、それで、ドラゴンさんに嫌な思いさせたと思うから」

竜『おい、学者。これは本当に貴様の娘か?』

学者「無論だ。私に似て淑やかな子だろう?」

学者「さて、では私はまた狩りに向かうからこの子のことを頼んだぞ」

竜『は、はあ!? 貴様正気か!? 娘の身が心配ではないのか!?』

学者「何を言っている、心配だから貴様に預けるのだろう? ではな」テクテク

竜『ふざけるな止まれ!』ギンッ

学者「ふはは石化視線など目を合わせなければ何の意味もないわ! さらばだっ」ダダダッ

竜『……なんだこの状況は』

少女「あ、あのドラゴンさん」

竜『…なんだ、学者の娘』

少女「ひうっ…! あ、ごめんなさいごめんなさい」

竜『おい、今貴様は何故怯えた。我は口を無様に開閉していたではないか』

少女「えっと、そ、その」

竜『なんだ早く言わんか』

少女「その、ドラゴンさんの顔が怖いんです……」

竜『…………』ムスッ

少女「あううごめんなさいお願いだから食べないで食べないで」

竜『…………(面倒なことになった)』

少女「…………」ビクビク

竜『……おい』

少女「きゃっ、は、はい?」

竜『いい加減その態度は止めろ、不快だ』

少女「ご、ごめんなさい」

竜『貴様はすぐ謝るな、矜持はないのか』

少女「ごめんなさ…………あう」

竜『…………(どうしろというのだ)』

少女「…………(こんなんじゃダメだわたし。そうだ、あれを読んで落ち着こう)」ゴソゴソ

竜『…………』チラッ

少女「…………」ペラッペラッ…

少女「……ふふっ」

竜『今、貴様』

少女「は、はいなんでしょうか!」

竜『本を読んで笑ったか? 何故だ?』

少女「な、何故といわれましても、登場人物の掛け合いが面白くて、その」

竜『登場人物…説話集か?』

少女「えっと、というよりは小説です」

竜『しょう、せつ……? 読んだことがないな』

少女「あ、そのそれは多分お母さん小説とかあまり読まないから……」

竜『(だから持って来させた本の中に1冊もなかったのか)貴様はその本が気に入っているのか?』

少女「は、はいっ。この本を読んでると気持ちが和むので」

竜『ならばその本我にも通読させろ』

少女「え、えっとそれは構わないんですが」

竜『なんだ、何か問題があるのか』

少女「その、この本は文庫本なのでドラゴンさんのその手じゃ厳しいかなと……」

竜『……確かにそのサイズでは無理そうだな』

少女「ご、ごめんなさい…」

竜『ふむ、そうだな。なら貴様音読しろ』

少女「お、音読ですか?」

竜『なにも全文読めとは言わん。貴様の最も好む場面のみでとりあえずは良い』

少女「でもわたしあんまりうまく読める自信ないです…」

竜『我の興味はあくまで内容だ。何度読み間違えようがその都度修正すれば問題ない』

少女「…わ、わかりました。では読みますね」

竜『うむ、頼む』

少女「――そしてふたりは手を取り合いながら星空をかけていきました。…えっと終わりです」

竜『うむ、ご苦労』

少女「(全然笑ってくれなかったな)」

竜『貴様は』

少女「ひゃ、なな何でしょう? やっぱり聞くに堪えませんでしたか?」

竜『この話のどこが気に入っているのだ?』

少女「え…? わたしは、その、本当は全部好きなんですけど、特に物語に出てくる少年が好きです」

竜『この間の抜けた男児のことがか?』

少女「はいっ、ちょっとぼんやりした所もあるんですけど彼の言葉遣いや行動全部がすごく癒されて…」

竜『雄の割には軟弱な物言いをする人間だと我は思ったが』

少女「そこがいいんですよ! 一人称はちょっと強気なのに、話し方は柔和でそこが彼の隠そうとしても隠し切れない温和な性格を絶妙に表現していて! ……あ、わたし、その、あう」

竜『……貴様はこの架空の人物を心の底から気に入っているのだな』

少女「…はい、現実に存在してくれたらと願っちゃうくらいに。変ですよねわたし」

竜『……もし、我がその人物だったら貴様は我を怖がらないか?』

少女「え、それはその…多分」

竜『……………………我、いや、"俺がこんな感じに話したらどうかな?"』

♪Please call my name!

少女「……あ」

竜『や、やはり駄目か?』

少女「もう1回その喋り方お願いします」

竜『む、む? ……"こ、こんな感じでいいのかな?"』

少女「すごい、わたしのイメージ通り……あのドラゴンさん!」

竜『"な、なあに? 学者の娘?"』

少女「わたしの名前ちゃんと呼んでください!」

竜『"しょ、少女?"』

少女「はいっ!」

竜『(……取り返しの付かないことをしてしまった気がする)』

竜『"ちょっと君に訊きたいことがあるんだけどいいかな?"』

少女「はいっ何でも訊いてください!」ニコニコ

竜『"今日君はどうしてここに来たのかな?"』

少女「えっと、お母さんがいい男を紹介してやるからついてこいって昨日の夜突然言ってきたんです」

竜『"それはなんというか…大変だったね"』

少女「はい、お母さんいっつもやることなすこと突拍子もなくて困っちゃいます」

竜『わ…"俺もわかるよ、彼女突然ここに来て勝手に寝泊りしてったから"』

少女「ごめんなさい、家のお母さんがご迷惑おかけして」

竜『"いや君が謝る必要はないよ。それにしてもあんな人間が母親だと苦労してるんじゃない?"』

少女「確かに苦労することはいっぱいあります」

竜『やはりな。あ、"やっぱりね"』

少女「ふふっ、でもそれ以上にお母さんといると毎日が楽しいんです。日常が良い意味でしっちゃかめっちゃかです」

竜『"…お母さんのことは好きかい?"』

少女「もちろんです!」

竜『(親子、我には存在しないもの、か)』

少女「あの、ドラゴンさん。ドラゴンさんはどうしてここに住んでるんですか?」

竜『"それは…答えたくないな"』

少女「あっごめんなさい、いきなり変な事聞いてしまってって」

竜『"いや本当は言ってもいいんだけどその場合君が嫌な思いをするだろうと慮ってのことなんだけど"』

少女「え、気を使わせてしまったようで申し訳ありません」ペコリ

竜『"また謝った、君はどうにも自分に非があることにしたいみたいだね"』

少女「すみません、わたし自分に自信がなくて…」

竜『"君の母親が少女の分の自信を吸い取っちゃったなんて我ながら下らないこと考えたくなるね。だからいい大人なのにあんなに天真爛漫でいられるのかもなあ"』

少女「ぷっ、ドラゴンさんも冗談を言うんですね」

竜『"…俺が言ったらそんなに変?"』

少女「いいえ、意外ではありましたけど変じゃないです。むしろ安心しました、ドラゴンさんも私達と感性…心は変わらないんだって」

竜『心は変わらない?』

少女「あ、ごめんなさい勝手に決め付けて。不愉快な思いをさせてしまいましたか?」

竜『……"いや、なかなか興味深い考え方だと思ってさ"』

少女「ドラゴンさん、ドラゴンさん」

竜『"なんだい少女?"』

少女「はうっ」

竜『? "どうしたの少女?"』

少女「もっと、もっと私の名前呼んでください!」

竜『え、…"少女、少女、少女…これ何の意味があるの?"』

少女「はあはあ……もっと! もっとお願いします!」

竜『(この娘時々気色が悪いな…)』

―夕刻―

竜『"君のお母さんなかなか帰ってこないね"』

少女「あ、そういえばそうですね」

竜『"そういえばって…"』

少女「あうそんな目で見ないでください。その、1人で待ってるのはいつものことなので慣れてしまったというか…」

竜『"1人で? 他に家族は?"』

少女「いないです。わたしの家族はお母さんだけです」

竜『"それは…人間にしては珍しくないかい?"』

少女「ええ、そうかもしれません。…変なこと訊いていいですか?」

竜『"内容によるかな"』

少女「あの、わたしって可哀想ですか?」

竜『? "なんで?"』

少女「みんなが言うにはお父さんがいないことは不幸らしいんです。当たり前のものを与えられなかった子供は可哀想なんだそうです。だから…」

竜『馬鹿を言うな』

少女「ひうっ」

竜『あ、"ごめん、えっと、いややっぱり馬鹿言うんじゃないよ"』

少女「えっと、どこらへんがバカだったんでしょう?」

竜『"だって君に君を大切にしている人間が存在していることには変わらないじゃないか。俺にはそんな存在1つもいない、君は間違いなく恵まれてるよ"』

少女「あ、ごめんなさい……ドラゴンさん両親いないそうですね…」

竜『"親どころか兄弟も親戚も同種もいないよ。まったく人間は我侭が過ぎるね"』

少女「あう、ごめんなさい。わたしドラゴンさんの気持ち何も考えずに」

竜『"まあともかくそんな何もわかっていない愚か者の言葉なんか気にすることないよ"』

少女「はい…あの、もしかして、もしかしてですけどドラゴンさんもさみしかったんですか?」

竜『"ん? 誰が寂しいって? よく聞こえなかったからもう一回言ってくれるかな?"』ニコニコ

少女「ひゃあごめんなさいごめんなさい!」ペコペコ

竜『"まあ冗談だけど、……俺は寂しいっていう感情がよくわからないんだ"』

少女「え、それってどういう…」

竜『"生まれてこの方ずっと孤独だったからね、多分その感情を学ぶ機会を逃したのさ"』

少女「……じゃ、じゃあ今から勉強しましょう!」

竜『は?』

少女「わたしとお友達になってください! そうすればきっとわかると思います!」

竜『"……君のお母さんも似たようなことをいったけどそれは無理だよ。人間と竜が対等な関係になるなんてありえない"』

少女「あう…」

竜『ごめんね』

少女「…………」

少女「……いやです!」

竜『"い、嫌?"』

少女「そんなのだめです! わたしはあなたとどうしても友達になりたいんです! ですから却下します!」

竜『"い、一旦落ち着こうか少女?"』

少女「いいえ絶対落ち着きません! わたしがこの本の男の子が大好きなのは知っていますよね! わたしは今夢だと思っていたものを手に入れられそうなんです! だからあなたはわたしと友達になる運命なんですわかりましたか!?」

竜『"いやいや論理が飛躍してるよ!"』

少女「もうとんだわからずやですね! というかもうわたしとあなたは実はもうお友達なんです! 決定事項です! ですから!」

竜『"で、ですから?"』

少女「よろしくお願いします!!」

竜『えーと…』

少女「よ・ろ・し・く・お願いします!!」

竜『よ、よろしく…』

少女「やった! わたしの勝ちですね! ふふっ」

竜『…確信した、君は間違いなく学者の子供だ……』

―夜―

学者「くそう、今日は不調だったな。……晩飯はまた携帯食料だな」トボトボ

学者「おーい帰って来た…」

竜『"そう、だから君からもお母さんにあの放縦さをもう少し抑えるように言ってくれないかな?"』

学者「…ん?」ピタ

少女「いえでもお母さん、ああ見えて意外に女の子らしい所もあるんですよ?」

竜『"あ、それわかるかも。この前ね、彼女俺の前で泣いちゃったんだよ"』

少女「え、本当ですか。一体どういう経緯で?」

竜『いやあ実はね…』

ズキューン!

少女「ひあっ!」

竜『"いたっ、もうなんだよ…あ、銃弾だ"』

学者「本人不在の場でずいぶん楽しそうな話をしているじゃあないか? ん?」

少女「聞いてお母さんわたしドラゴンさんと友達になったんだよ!」

学者「なにっ!? 娘に先を越されただと! さすが私の娘だこのこの」ワシャワシャ

少女「お、お母さん恥ずかしいよぉ」

竜『"ふふっ、嬉しそうだね少女"』

学者「時に竜よその口調はなんだ?」

竜『…あ。……こ、これはだな、その、少女の戯れに付き合っていたのだ。うむ』

少女「ドラゴンさん話し方戻しちゃった……」ウルウル

竜『む、むう!』

学者「おい私の娘を泣かす気か。さっさと先ほどの口調に戻さんか」

竜『ぐっ!…"これでいいかい少女?"』

少女「うん! ありがとうドラゴンさん!」パアアアァ

学者「"これでいいかい少女"……くっくっくっくっく、あっはっはっはっはこれは傑作だ! あの尊大な竜がまるで年端もいかぬ少年のような物言いをするとは……ふひひひひ……わ、笑いが止まらず腹が痛い!」

竜『…………』

少女「ドラゴンさんまた顔怖いよ?」

竜『"今ぐらいは許してくれよ…"』

竜『"それで学者?"』

学者「ふひっ! な、なんだ竜よ?」

竜『"見たところ手ぶらみたいだけど"』

学者「……なかなか観察眼がするどいな貴様」

少女「お母さん最近不調だねー」

竜『"本当は獲るの下手なだけじゃないの?"』

学者「ぐ、た、単独での狩りは運がいるのだ。決して、決して私に実力が欠けているわけではない」

竜『"まあそういうことにしておこうか"』

学者「むかつくな貴様!」

少女「そういうことにしておこーかー」

学者「娘まで!? お前は私の味方だろう!」

少女「んー今はわたしドラゴンさんの味方な気分かな」

竜『"あちゃー残念だったね学者。もう少女は俺のものだ"』

学者「貴様そんな横暴許さんぞ! 少女は私のものだ! 帰って来い少女!」

少女「お母さんがお肉調達して来たらねー」

学者「うぅ娘がどうにも意地悪い…あんなに優しかった娘がどうして……」

竜『"いいざまだね、お・か・あ・さ・ん?"』

学者「うっさい!」

学者「まあそういうわけで今日の晩飯はこれだ」

竜『…………』

少女「…………」

学者「ええいそんな目を私に浴びせるのならやらんぞ! 空腹に咽び泣くがいい」

少女「わ、わーい…おいしそうな携帯食料……」

竜『"いいから早く寄越しなよ学者"』

学者「よーし素直な少女にだけ食べさせてやろう」

少女「やったあ」

竜『"ちょっとそんな不平等が自分の娘の前で横行していいと思ってるの!?"』

学者「ふはは無様に唾液を分泌し続けるがいいわ!」

少女「はい、ドラゴンさん半分こだよ?」ポキッ

竜『"わーいありがとう少女"』

学者「それ私も前にやった! でもリアクションがまるで違う!」

竜『"もぐもぐ。うーん味はいまいちだけど一緒に食べると美味しい気がしないかい少女?"』

少女「します! えへへドラゴンさんと同じ気持ちでなんだか嬉しいです!」

学者「くそっ! なんだこの己の成果を横から掻っ攫われたような状況は! 不公平だ!」

―深夜―

少女「すーすー…」

竜『む、寝入ったか…』

学者「なんだあの愉快な遊びは終わりか?」

竜『貴様の前でまで陳腐極まりない物言いをする必要はないだろう』

学者「残念だな、せっかく似合っていたのに」

竜『…嘘だろう?』

学者「真だが」

竜『貴様らの思考は本当に理解できない…、"よ"』

学者「ぷっ、硬い硬い、もっとフランクに羞恥心などという役に立たぬ感情は溝に捨てて!」

竜『う、……はあ、もうなんかどうでもいいや』

学者「おっ、今のはナチュラルな感じがしたな。よしよし一皮剥けたな」

竜『剥けたくなかったよ。まったくあの子のせいで今日は大変だった、さすが君の娘だ』

学者「ふふん」

竜『いや褒めてないからね』

学者「そうだ、礼を言うのを忘れていた。今日はあの子の面倒を見てくれてありがとう」

竜『そりゃどういたしまして。でさ、なんであの子を今日連れてきたのさ?』

学者「娘から聞いてないのか?」

竜『訊いたけどあんなので納得すると思ってるの? 本音を言いなよ』

学者「うむ、まあ貴様には訊く権利があるだろうな。……あの子に父親がいないことは知っているか?」

竜『聞いたよ。学者もなかなか苦労してるみたいだね』

学者「私のことはいい、ただあの子がいつも1人でいるのを見ていられなくてな」

竜『別に父親がいなくても同年代に友人ぐらいいるんだろう? ちょっと過保護すぎやしないかい?』

学者「…あの子は本来自分の内に篭る気質なのだ。他者との接触を必要以上に恐れる」

竜『確かに思い当たる節はあるかな、随分自分に自信がないみたいだった』

学者「周囲に父親の不在を指摘され続けたことが原因だと推測している。私のせいだ」

竜『…つまりあの子に友人と呼べる存在はいなかったと? でもそれがなんで少女をここに連れて来る理由に…』ハッ

学者「本来は時間を掛けて少しずつ…と考えていたのだがいやはや予想以上の成果だったぞ竜よ」

竜『信じられない…そんなの常人は上手くいくはずがないと思う』

学者「だが事実上手くいった、いや上手く行き過ぎたと言っても良い。私がいない間何があったのだ?」

竜『まあそこはご想像にお任せするよ』

学者「やれやれ、ならあとでもう一方に訊いてみるとしよう」

竜『それにしても、君が既婚者だったとは意外だったな』

学者「? 私に婚姻の経験はないが」

竜『えっ…不潔!』

学者「待て待て何か勘違いしているな。あの子はな、私と血の繋がりはない」

竜『えっ、でも君の子供なんでしょ? どういうこと?』

学者「あの子はな、冬のとある日に公園に捨てられていたのだ」

竜『…………』

学者「いやまあ確かに私も貴様の立場であれば、にわかには信じがたい。だが事実拾ったのだから仕方がないだろう」

竜『まあ嘘をつくなら君ならもう少し真実味のある嘘をつくよね。そのことを少女は知っているの?』

学者「言えるものか、母親ですら偽者だと知ってしまったら…」

竜『…なーんだその程度か』

学者「何?」

竜『いやあ傍から見れば深い絆で結ばれた仲睦まじい親子だとばかり思ってたけど、そうか、血が繋がってない事実が露呈するだけであっさり壊れるようなペラペラの薄ーい紙のような関係だったのかと思ってさ』

学者「貴様…」ギリ

竜『どうせそんなものだろう? 人間は』

学者「…それで挑発のつもりか」

竜『まさか、ただ俺は自分の見解を述べただけだよ? 今までの経験を踏まえた上でね』

学者「…こんな、残酷な事実を伝えられるわけがないだろうが……」

竜『事実をどう解釈するかは本人にしかわからないと思うけど』

学者「それは、そうかもしれんが……」

竜『…あ、わかった。なるほどねー』

学者「…なんだ、勝手に納得するな」

竜『うーん、言ってもいいけど多分君は怒るし認めないよ?』

学者「いいから早く言え…」

竜『ただ単に少女に拒絶されるのが怖いだけでしょ』

学者「……人でないくせによくわかっているではないか」

竜『ありゃ、予想外の反応』

学者「そうだ所詮私が臆しているだけだ、怖いのだよ大切なものが自分から離れていくのが」

竜『大切なものねえ…俺にはそんなものは何一つないからよくわかんないや』

学者「いつの日か、貴様にとって大切なものが見つけられればわかるさ」

竜『そんなもの俺には未来永劫現れないと思うけどね』

学者「ふっ…」

竜『何だよその小馬鹿にしたような目つきは』

学者「昔の私と同じことを言っていると思ってな」

竜『俺は、君達とは何もかも違う』

学者「私も私は周囲の人間とは違うと思っていたがな…悪かったそう睨むな」

竜『…………ありえないよ』

―数時間後―

少女「……」スースー

学者「ぐごおおおぉぉぐがあぁぁぁ…」

竜『(大切なもの…)』

竜『……眠れないな』

竜『…………夜風にでも当たるか』

ゴソゴソ…

―洞窟の外―

竜『…ふう。寒いな、この森の木々もすっかり寂しい姿になっちゃったな。…不味い、口調があちらの方に定着しつつあるかもしれん』

少女「あの…」

竜『わ、びっくりした。起こしちゃった?』

少女「えっと、起きちゃいましたごめんなさい」

竜『この場合謝るのは君じゃなくて俺でしょ、変な子だなあ』

少女「あ、そうですよね。…あの、もしかしてお母さんのせいですか?」

竜『…え』

少女「お母さん寝てるときいつもいびきうるさくて…」

竜『あ、そ、そっちね』

少女「そっち?」

竜『ああ何でもない、大したことではないんだ気にしないで』

少女「そうですか。わかりました…」

竜『…………』

少女「…………」

竜『…………』

少女「…………あ」

竜『? 母音の一つを口に出してどうしたの? 発声練習?』

少女「いえあの、今流れ星が」

竜『え? どこどこ?』

少女「もう消えちゃいました。でもすごい綺麗だった…」

竜『綺麗? ゴミが?』

少女「ご、ゴミ?」

竜『うん、だって宇宙空間に漂う塵が大気圏に突入した時にプラズマ化したガスが発光してるんだよね、アレ』

少女「は、はあ」

竜『うーん、ゴミに美しさを感じられるとはいやはや卓越した美的センスをお持ちだね少女は』

少女「…変、ですか?」

竜『共感はしかねるかな』

少女「そっかあ…」ショボーン

少女「知ってますか、流れ星に3回願い事をすると叶うらしいですよ」

竜『少女多分それ騙されてるよ、しつこいようだけどあれただの塵だよ』

少女「知ってます。わざと騙されてるんです」

竜『え、ええ? なんだそりゃ』

少女「叶うか叶わないかは重要じゃないんですよ。叶うかもしれないっていう神秘性が大事なんです」

竜『うーん…もしかして宗教の勧誘? 崇拝されることはあれど逆の立場になるとは…』

少女「そんな堅苦しいものじゃないですよ。ほら、サンタクロース的な感じです」

竜『クリスマスは俺には永遠に関係のないイベントだし』

少女「ドラゴンさんも何かお願い事しましょうよ」

竜『いやそんな無意味な行為をした所で…』

少女「いいじゃないですか! どうせ願うだけタダですよ!」

竜『君は謙虚なんだか強引なんだか判別がつきかねるなあ。…しょうがない、少しだけなら付き合ってあげるよ』

少女「ありがとうございます! えへへ、じゃあわたしはこっちの空を担当するのでドラゴンさんはあっちの空を見ててください」

竜『りょーかい、早く流れてくれないかなあ』

少女「夜は長いんです、気長にまったりのんびりと待ちましょう!」

竜『のんびりねえ…』

少女「…………」ウトウト

竜『ちょっと』

少女「はうあ!? いいえ寝ていませんが!?」

竜『何そのあからさまな嘘』

少女「あうう…ごめんなさい、ほんとは寝てました…」

竜『眠いならもう寝床に戻りなよ、こんなことで無理する必要ないよ』

少女「こんなことじゃないです、わたしにとっては大事なことです」

竜『そんなに叶えたい願いがあるの?』

少女「正確にはすでに叶っているといえるかもしれないんですけど…」

竜『? 具体的に言ってよ』

少女「え、それは、そのちょっと恥ずかしいです……」

竜『なんだ、疚しい願望か』

少女「や、やましくなんてないです! じゃあ言いますよ! お、お…」

竜『お?』

少女「お母さんとずっと一緒にいられますようにって…」

竜『ずっとは無理でしょ』

少女「なんでそんな身も蓋もないことを言っちゃうんですかあ!?」

竜『いやだって君達はいずれ死ぬじゃないか。あ、そうか遠まわしの不老不死の願いだね? さすが人間』

少女「もー! ドラゴンさんのお馬鹿!」

竜『何を根拠に』

少女「願い事は自由なんです! お星様は懐の広い方なんです!」

竜『そっかあ、これはどんなに荒唐無稽で非現実的な祈りでもいいんだね。面白いなあ』

少女「ところでドラゴンさんは何をお願いするんですか?」

竜『え、ああ考えてなかったな、どうしようか?』

少女「うーん、例えば何か欲しいものとかないですか? それを願い事にするとか」

竜『欲しいものねえ…………ん』

少女「何か思いつきましたか?」

竜『うん、決めた。願い事は"大切なものが欲しい"だ』

少女「……なんだかロマンチックですね!」

竜『…………』

少女「…………」

竜『…………』

少女「…流れませんねえ」

竜『んーだねえ…』

少女「……くしゅっ」

竜『ありゃ、大丈夫?』

少女「ちょっと、冷えてきましたね。毛布とかあればいいんですけど」

竜『寝袋だからねえ。あ、寝袋に入って仰向けになればいいんじゃない?』

少女「えっと、でもあんまり出入りするとお母さん起こしちゃうかもしれないので」
  
竜『自分のいびきで他の音なんてかき消しちゃうと思うけど』

少女「とりあえずもう少し我慢します」

竜『そっか。なら俺からはもう何も言うまい』

少女「はい、あの…もう少しそっち行っていいですか? 風があたって寒いので」

竜『君も俺を風よけにするのか…あ、いいこと思いついた』

少女「? 何を思いついたんですか?」

竜『よいしょ』ギュッ

少女「わ、ど、ドラゴンさん?」

竜『これなら殆ど風が当たらないだろう?』

少女「え、ええ確かにそうですね…」

竜『……君もかあ』

少女「え?」

竜『君のお母さんもこうしたら顔を紅潮させてたんだけど人間はそういった性質があるのかい? どの本にもそんな情報は載ってなかったけど』

少女「……すけこまし」

竜『?』

少女「(…不思議、お母さんとは違うあったかさだ。わたしの身体がまるまる包まれて、とても心が落ち着く。もしかしたら…)」

少女「(お父さんに抱きしめられたらこういう感じなのかな)」

竜『あ』

少女「どうしました?」

竜『今、星流れたよ』

少女「え!? ど、どこですか?」キョロキョロ

竜『もう消えちゃったねー残念』

少女「そんなあ…」

竜『大丈夫だよ』

少女「はい…あきらめずにもう1回探します……」

竜『そうじゃなくて、少女の分も俺が願っておいたから』

少女「だ、だめですよそんな願い事2つもするなんてルール違反です!」

竜『お星様は懐の広いお方なんだろ?』

少女「確かにそう言いましたけど…」

竜『なら大丈夫だ、きっとどっちも叶えてくれるよ』

少女「…はい! そうですよね!」

竜『よし、じゃあもう寝床に戻りな。本当に風邪引いちゃうよ?』

少女「風邪なんて引きませんわたし体の丈夫さには自信があるんですはっくしゅん!」

竜『わあ、その自信改めた方がいいね。もう仕方ないなあ、ほら一緒に戻るよ』

少女「は、はい」

―再び洞窟―

少女「あ、あの…」

竜『ん? どうしたの?』

少女「その体勢辛くないですか? そんな気を使わないで頂かなくても…」

竜『何言ってるの君たち人間は弱いんだからそれ以上体冷やしたら風邪悪化しちゃうよ? 余計なことは考えずに早く寝ちゃいな』

少女「はい…あの……ありがとう」

竜『? よくわからないけどどういたしまして』

少女「じゃあ、おやすみなさいドラゴンさん」ニコ

竜『うん、お休み少女』

今日はここまで、次回は♪A half line or a line segment?

お、復活してる
少女も馴染むの早いなぁ

―数日後、洞窟―

少女「――と降りしきる雨の中、これが引きこもりの少女とどこか風変わりな少年の不思議な出会いでした。ふう」

竜『そこまでで第一章かい? ありがとう、読むの疲れただろう?』

少女「いえ、何だか口に出して読むと新鮮で楽しいので苦じゃないです。続き読みましょうか?」

竜『…いや止めておこう。楽しみは少しずつ消化していきたいからね、君がまたここを訪れてくれた時に物語を進めてもらおう』

少女「わかりました、じゃあそれまでたくさん練習してきます!」

竜『ん、期待してるよ』

竜『それにしても君が突然ここに来たときは驚いたよ、よく1人で来れたね』

少女「えへへ、方向感覚はいい方なんです。お母さんと違って」

竜『言うねえ。そういえば今日お母さんはどうしたの? 仕事?』

少女「はい、研究で忙しいみたいです。何でも興味深いテーマを見つけたらしくて」

竜『へえ。そういえば訊いた事なかったけど分野はなんなのかな? 少女わかる?』

少女「えーと、特にないそうです」

竜『特にないってどゆことさ?』

少女「えと、お母さん興味のある分野には何でも手を出しているそうでなので。何でも「こんなにも世界には興味深いものが溢れているのにたった1つの物にこだわるなどツマラナイではないか!」だそうです」

竜『学者らしいというかなんていうか』

少女「なのでいつもバタバタしてます。何日も家を空けていることもあるし」

竜『何? その間家では君は1人だろう? 危ないなあこれは学者に一言言わないと』

少女「そんないいんです、確かにちょっとさみしいんですけどでもお母さんが研究に没頭してるときは本当に楽しそうなので邪魔したくないんです」

竜『…やっぱり俺にはそうは見えないんだよなあ』

少女「? 何の話ですか?」

竜『俺からは言えない話だよ』

少女「むう。気になります」

竜『いずれわかる日が来るさ。きっとね』

竜『あ、そういえば風邪はよくなったかい?』

少女「はい、おかげさまで。風邪引いたのなんて初めてなのでなんだか新鮮でした」

竜『そっかー俺はかかったことないからうらやましいなあ』

少女「大丈夫です、生きてればそのうちかかりますよ!」

竜『生きてればねえ、だとしたら難しいかもなあ』

少女「え? どういうことですか?」

竜『あ、そっか学者からこれは聞いてないのか。うんとね、俺って死んでも死ねないんだよね不思議なことに』

少女「え、…え?」

竜『死んでも何故だか別の場所に別の姿で目を覚ましちゃうんだ、俗に言う転生ってやつらしいね』

少女「は、はあ」

竜『生と死が対極的位置且つ不可分な関係にあるのならその一方が欠けている俺は果たして生きているといえるのかな? 俺にはそうは思えないんだよなあ』

少女「えっと、あう…その難しくてよくわからないです、ごめんなさい」

竜『あ、ごめんごめんこんな悩み君達にはわからなくて当然だよね。今のは忘れて』

少女「…ごめんなさい」

竜『(この悩みを理解してくれるとしたらそれは同じ立場に立った者だけだろう、多分)』

竜『そういえばこんな時間にここに来るってことは少女は学校には通ってないの?』

少女「今日はみんなお休みの日ですよ? お母さんは休めないそうですけど…」

竜『あ、そっか俺には勤労の概念がないから失念してたよ』

少女「そんな社会不適合者みたいな発言してどうするんですか何かしましょうよ」

竜『えーだって俺出来るだけ外に出たくないもん、無理だよ』

少女「ただの引きこもりじゃないですか! あの小説ではむしろ逆のポジションなんですよ!?」

竜『現実と空想の区別をつけないと帰って来れなくなるよ?』

少女「やめてください心が折れそうになります!」

竜『今俺は本を読んで知識を得るのが楽しいからね、勉強しているという点では君とそう違わないじゃないか』

少女「うう…学校は勉強するためだけにあるわけじゃないですよ……多分」

竜『別に俺はコミュニケーション能力を養う必要はないからねー』

少女「…そんな悲しいこと言わないでください、ドラゴンさんだってきっと……」

竜『……あのね少女、万が一にも勘違いしてたら困るから忠告させてもらうけどね。君は本当は同じ人間同士で友人を作るべきなんだ。俺みたいな人でないモノで妥協しちゃ駄目なんだよ?』

少女「妥協…? ち、ちが…わたしは」

竜『確かに会話はできるけどさ、それ以外は君達とは全然違うだろう? 姿も能力も生き方も境遇も価値観も過去も未来も君達とは大きく異なっている。有体に言えば住む世界が違うんだよ』

少女「そう、なのかな…」

竜『そうだよ。俺も君のことは嫌いじゃない、だからこそ君には間違えないで欲しいんだ。こんなあからさまな誤った選択はしちゃいけないよ』

少女「…………」

竜『俺はね、君のためを思って言ってるんだ。わかってくれたかい?』

少女「……わかり、ました」

竜『よかった、じゃあ…』

少女「あなたが何もわかっていないことはよくわかりました」

竜『』

少女「つまりあれですよね? わたしが友達も1人もいないような可哀想な奴だからあなたで我慢してると考えてらっしゃるんですよね?」

竜『え、ええと』

少女「はっきりしなさい男の子でしょう!?」ダン!

竜『はい! その通りです!』

少女「見くびるな!!」

竜『すみませんでした!』

少女「ああもうがっかりです。あなたはわたしの憧れた男の子じゃありませんでした、ただの勘違いがっかりドラゴンさんでした」

竜『それはいいすぎじゃあ…』

少女「うるさい! それでもわたしはあなたと友達になれて嬉しかったんです、あなたと一緒にいる時間は心の底から楽しいと思えたんです。この気持ちは例えドラゴンさんでも否定させません」

竜『…いやでも俺と君達にはあまりにも相違点があるわけでして』

少女「黙れ今わたしが話してるんだ!!」

竜『口を慎みます!』

少女「第一違いがあるからなんなんですかそりゃ誰だって自分と同じじゃないですよ? むしろ違いがあるから惹かれるんじゃないですか」

竜『…そうなの?』

少女「そうですよ、わたしはあなたしか持っていない良さに惹かれたんです。確かに最初は小説の登場人物をあなたに投影していましたよそれは認めます」

少女「でもそんな幻想はさっきのあなたのがっかり発言で砕かれました。それでもわたしはあなたが好きです、あなた自身が好きなんです」」

竜『…わからない、俺には理解できない分野だよ。好きなんて意味のわからない言葉を使うのはやめてくれ』

少女「ならお願い、これだけは間違えないで。わたしはあなたでいいんじゃない、あなたがいいの」

竜『…………(いつの間に、この子は)』

竜『(俺の目を見て話せるようになったんだろう)』

竜『…ごめん、やっぱり俺には君の言うことがわからないよ』

少女「…そうですか」

竜『でも、わかるように努力はしたいと思う』

少女「えっ?」

竜『君達が必死に俺に伝えようとしてくれるものを俺も理解出来るようになりたい、君達と同じ世界を見てみたいんだ。だからさ』

少女「は、はい」

竜『これからもよろしくお願いします』ペコリ

少女「こ、こちらこそです! 覚悟しててください!」

竜『じゃあ早速だけど君の言う好きってどういう意味? 君の言葉で教えてくれるかな』

少女「えとですね、わたしが思うに好きって言うのにも種類があってですね。友人としてとか、家族に対してとか、あと、その…異性とか」

竜『ふうん。あ、じゃあ俺と君では性別が不一致だから少女は俺のことを異性として好きってことかな?』

少女「ふ、ふえええぇぇ!? ちがっ、異性への好きっていうのはそのいわゆる恋とかそういう意味であって必ず異性なら成り立つわけじゃなくてそもそも異性じゃなくてもありえないわけではなくて…」ゴニョゴニョ

竜『恋? それなら学者から聞いたな。じゃあ君は俺に惚れてるってことか、なるほどね』

少女「違います! それじゃ思春期真っ盛りの痛々しい男子と同じですよ!?」

竜『ううん? やっぱり難しいなあ、何を持ってそこの所区別付けてるんだ?』

少女「そうですね…その人とずっと一緒にいたくて仕方がないとか、その人がいないと耐えられないとか本気で思えるのとかという違いはあると思います」

竜『……依存心?』

少女「そ、それだけじゃないですっ、他にもその人を自分の手で守りたいとか、誰にも渡したくないとか」

竜『……独占欲?』

少女「うぅ、うまく伝えられない…どうすればわかってもらえるんだろう……」

竜『聞く限りでは随分醜い感情の集大成なんだね恋っていうのは』

少女「違います違いますそれだけは違いますよ! 確かに綺麗なところばかりじゃないかもしれないけどそれでも大切なものです!」

竜『大切なもの? 大切なものって言った今?』

少女「え? は、はい勢いで言っちゃいましたすみません」

竜『そうか…恋っていうのは大切なものなんだね、どうやら流れ星さんは働き者のようだ』

少女「えっ? あっ」

竜『なら俺はそれを大切にしていこう、いつの日か恋をしたらその気持ちを大事にしていくことにするよ。まあまだよくわかってないけどね』

少女「あの、えと、…………応援してます」

竜『うん、頑張ってみるよ俺』

竜『そういえば君は数学は得意かい?』

少女「数学ですか? 正直解くのは苦手かもしれません…」

竜『そうかあ、俺は結構好きだけどな。暇つぶしに最適』

少女「あ、でもお母さんが時々教えてくれる雑学的なものは好きですよ、数学じゃなくて算数かもしれないですけど…」

竜『へえ、例えば?』

少女「そうですね…1/9801とか、電卓があればいいんですけど」

竜『……うわあ!』

少女「ど、どうしたんですか?」

竜『何これ気持ち良い! すごいすごい!』

少女「え、もしかして計算できたんですか?」

竜『うん。他にもあるのかな教えてよ!』ワクワク

少女「そ、そうですね、では11×11=?」

竜『121』

少女「111×111=?」

竜『12321。はっ!? …1234321……123454321…………12345678987654321だと……?』

少女「あとはお母さんが神秘の数って言っていたもので…142857に7まで掛けてみてください。この数確か他にも面白い特徴があったんですけど…」

竜『…ムッハー! なんか俺テンションあがってきたよ!』キラキラ

少女「(なんていい笑顔……)」

竜『他には他には他には他には他には!?』

少女「では有名なのを一つ」

竜『どきどき…』

少女「わたしがいるクラスには23人の生徒がいます。さてこの中で同じ誕生日がいる確率は?」

竜『50.7%?』

少女「…正解です、正解ですけども! え、もしかしてこの問題知ってましたか?」

竜『ううん、初耳。でもこれ単純に確率論で考えるだけでしょ?』

少女「なんでこういうのには先入観ないんですかね…。なんかくやしいのでもう1問いきます」

竜『おお、どんとこい』

少女「仮にドラゴンさんとカメさんでかけっこをするとします」

竜『何そのシュールな光景』

少女「でもカメさんはのんびり屋さんなのでハンデをつけます、ドラゴンさんは100メートル後ろからスタートします」

竜『そういうの東洋では焼け石に水って言うらしいよ』

少女「ではスタートします。あなたはすぐにカメさんが最初にいた場所にたどり着きますよね?」

竜『まあそりゃあね』

少女「でもその間にカメさんは少し進んでるわけです、あなたは目の前のカメさんが今いる場所を通らなければ絶対にカメさんと並べません」

竜『…ははん、なるほどね』

少女「あなたがカメさんがいた場所に辿り着いたときカメさんはそこより先に進んでいるはずです。あなたはまたそこまでいかなくてはカメさんと並ぶことも出来ません…」

竜『その論法でいくと距離はいくら詰められても俺はカメにも勝てないのか、まいったね』

少女「ふふふ」

♪A half line or a line segment?

竜『…あ、そうか』

少女「わかりましたか?」

竜『厳密な解答ではないかもしれないけどとりあえずの解釈は』

少女「聞かせてください」

竜『この問題は無限に積み重ねたものは無限だと思い込ませようとしたんだ、でも実際はそんなのまやかしだ。ただ有限の内にある無限を数えているに過ぎない』

少女「ええと、これもドラゴンさんにとっては簡単すぎたみたいですね…」ショボーン

竜『でもね、気付くためのいい機会になったよ』

少女「気付く? 一体何に…?」

竜『もしかしたら俺は点しか見ていなかったのかもしれない、いくつもの点の正体は線に過ぎなかったのかもしれない。そう考えると少しだけ今を前向きに生きられそうなんだ』

少女「……な、なるほど! よかったですね!」

竜『うん、君のおかげだありがとうね』ナデナデ

少女「は、はふぅ…」

少女「ドラゴンさん、よかったら少し外を歩いてみませんか?」

竜『外か…まだ日が高いから出歩くのはちょっと遠慮しときたいかな』

少女「普通暗くなったらじゃないですか……?」

竜『可能性は低いけどもし人間に見つかったら大変なことになるからね、リスクは避けたいのさ』

少女「でも今ドラゴンさん姿消せるんですよね?」

竜『あ。……そうだね、久しぶりに日の光を浴びるのも悪くない』

少女「はい行きましょうっ」

―森の中―

竜『で、適当に森の中を歩けばいいのかな?』ノシノシ

少女「えへへ見てもらいたい場所があるんです、こっちですっ」タッタッタ…

竜『見た目に似合わず体力がある子だなあ、あんまり走ると危ないよ』

少女「心配しなくとも大丈夫ですよー、ずひゃあ!?」ズデーン

竜『ああもう悪い意味で期待を裏切らない子だなあ、大丈夫?』

少女「はい…いっ…」ビリッ

竜『……膝のとこ怪我してるじゃないか、ちょっと見せて』

少女「いえあの大した怪我では…」

竜『何言ってるんだ人間は弱いんだからもし傷口から雑菌が入り込んだら大変なことになるよ? 少女今清潔な水持ってたりする?』

少女「いえ見ての通り手ぶらですごめんなさい…」

竜『ううん、仕方ない。痛いかもしれないけどちょっと我慢ね』

少女「えっ、何を…ひぅ…!」ビクン

竜『…………』レロ…

少女「ひっ、あ、あのドラゴンさ、ん」ビクッ

竜『心配ないよ、学者が言うには俺の唾液にはバクテリアや菌の類がまったく含まれてないらしいから感染の恐れはない』ピチャピチャ

少女「そ、そうじゃなく、てっ、うぁ、…んっ……」ビクビクッ

竜『…………はい、お終い。さて、困ったなこれからどうしようか。血は止まったとはいえその怪我じゃ歩けないだろう?』

少女「……這えばなんとか」

竜『どこの軍事訓練だよ、はあ仕方ないちょっと失礼』グイッ

少女「わあっやっぱり食べる気ですか!?」ジタバタ

竜『だから食べないって、はい背中掴まってね』パッ

少女「え? ここドラゴンさんの背中ですか?」

竜『そだよー、まあ傍から見たら少女が空中浮遊してる感じだけど』

少女「ちょっと待ってください誰かに見られたらわたしなんて説明すればいいんですか?」

竜『んー、厳しい修行の賜物ですとか』

少女「人類に可能性を夢見すぎだと思います」

竜『いやーそれにしても軽いなあ、ちゃんとご飯食べてる?』ノシノシ

少女「…………」

竜『おーい少女聞いてるー?』

少女「…………は」

竜『は?』

少女「吐きそう」

竜『え? ええ!?』

少女「わたし乗り物酔いしやすいのすっかり忘れてました、もってあと数秒ですうぷっ…」

竜『ちょちょ待ってよ、こちとらそんなデンジャラスな展開聞いてないよ!?』

少女「今更思い出しちゃいましたすみません……うっ!?」

竜『やめてぇぇ今までにない類のトラウマになっちゃうぅ!』

少女「……時間です」

竜『いやだああああぁぁ』

竜『まさか背中から飛び降りるとは…大丈夫? 二重の意味で』

少女「はい、今回は受身を取れましたので無傷です。一先ず吐き気も収まりました」

竜『ていうか移動手段なくなっちゃたなどうしよう…』

少女「カメさんのようにゆっくり移動してくれれば多分大丈夫なのですが…」

竜『ううん、だとしたら時間的に洞窟に帰るまでが関の山だね』

少女「はい、残念ですが…」

竜『まっ、また今度案内してもらうとするさ。さあ乗って』グイッ

少女「あっあんまり揺らされると決壊します」

竜『ジャイロスコープ式の爆弾を扱う気分だ』

―夜、洞窟―

学者「お? おーい」

竜『おや、学者だ。どうしてここに?』ノシノシ

少女「お母さん!? お仕事は?」

学者「家に忘れ物を取りに戻ったらお前の姿がどこにも見当たらなかったんだ、まったく心配させおって馬鹿娘め」

少女「ごめんなさい、本当は暗くなる前にはお家に帰るつもりだったんだけど…」

竜『この子膝の所怪我しちゃってね。歩けないんだ』

学者「何っならば早く医者に診て貰わねば、帰るぞ娘よ!」

少女「で、でもお母さんお仕事…」

学者「ああもううるさいうるさい、さっさと私の背中に乗れ」

少女「う、うん。ドラゴンさん」

竜『あいよ。はい丁重に扱ってね学者』グイッ

学者「無論だ、我が娘が迷惑を世話を掛けたな。では行くぞ少女」

少女「うん、あのっドラゴンさん、今日はありがとうございました」

竜『どういたしまして。じゃあね2人とも、一応気をつけて』

少女「はいっまた明日」

学者「馬鹿者怪我が治るまではここには来させんわ、またな竜よ」

少女「えー…」

竜『行っちゃった。…寝床に戻るか』ゴソゴソ

竜『なんでだろ本来これが普通のはずなのに、ここが酷く静かな気がする』

竜『……これがさみしいって感情なのかな』

―帰り道―

学者「ふう、大事には至らなかったからよかったもののさすがに驚いたぞ」

少女「ドラゴンさんといると楽しくてついはしゃいじゃって」

学者「だからといって怪我するほど浮かれる者は愚か者だ」

少女「反省してます…」

学者「というかそもそも誰が1人で行っていいと許可した!? この山には猪が生息しているのだ、1人の時にもし出くわしたらどうする気だったのだ」

少女「でもお母さん、刺激しなければ襲われないって言ってたよね。それにドラゴンさんが住んでる辺りには餌となるものがないから猪はいないとも言ってた」

学者「だ、だが万が一という可能性もあるだろうが」

少女「大丈夫だよーいざとなったらわたし木に登るし」

学者「それで降りられなくなると」

少女「そ、それは昔の話だよ!」

学者「ははっ、だが出かけるなら必ず私に一言告げてからにしておけ、でないと私が仕事に集中できん」

少女「うん、今日はごめんね。お母さんに迷惑かけちゃって」

学者「子供は親に迷惑をかけるものだ、謝る必要など無い」

少女「……わたし、お母さんの子供でよかったなあ」

学者「…そうか、わたしもお前が娘でよかった」

少女「えへへ、なんだか照れちゃうね」

―学者と少女の自宅―

学者「さて、家に着いたわけだが」

少女「お母さんまだご飯食べてないよね? 今わたし、作るね」

学者「馬鹿かお前は、お前は馬鹿か。怪我人に料理させる親がどこにいる」

少女「2回も言われた…。でもお母さん料理できないよね?」

学者「……ふ、ふかし芋とか」

少女「……わ、わーいっ」

学者「娘よ、時には優しさが人を傷つけることもあるのだぞ…」

学者「一応完成したが…」ゴロリ

少女「わあ、ほくほくしておいしそうだね!」

学者「少女の作ってくれる飯と比べるのもおこがましいぐらいの手抜き具合だがな」

少女「そんなことないよー、これはゆで時間を綿密に計って、火加減を絶妙に調整しないと出来上がらないほくほく具合だもん」

学者「…まあな! ほれどんどん食え、ジャガイモだけならまだまだあるぞ!」ゴロゴロ

少女「わたしはさすがにそんなに食べられないからお母さんが責任もって全部残さず食べてね」

学者「……うむ」

学者「うぷ…(飽きた……芋なんてこの世から消えてしまえ…)」モシャモシャ

少女「あのねお母さん」

学者「なんだ食うのを手伝ってくれる気になったのか」

少女「その気は今のところ更々ないけど…。訊きたいことがあるの」

学者「そうか…なんだ訊きたいこととは?」

少女「お母さんドラゴンさんのこと好き?」

学者「ぶほぉっ!?」

少女「汚いよ」

学者「な、何を突然言い出すのだお前は…ま、まあ話し相手としてはそこらの愚鈍な人間に比べれば悪くない」フキフキ

少女「わたしも好きだよドラゴンさんのこと。だからね、わたしドラゴンさんのために何かしてあげたいの、でもドラゴンさんがどうしたら喜んでくれるのかわからない、お母さんはわかる?」

学者「そんなもの考えるまでもないだろう、ただ足繁く会いにいってやれ」

少女「それだけでいいの? でもわたし今日みたいにまた一杯迷惑かけちゃうかもしれない」

学者「奴が迷惑だと一言でも洩らしたのか? 第一本当に迷惑だと思ってたら私など何度も追い返されているだろう」

少女「そっか…そうだよね、あのお母さんですら受け入れてくれてるもんね」

学者「娘よ、悪意はないのだよな?」

少女「じゃあ今度はお母さんも一緒に会いに行こうね、ドラゴンさんもきっとお母さんに会いたがってるよ」

学者「…ああ、また今度な」

今日はここまで、次回は♪不平等な命
多分明日も同じ時間

―1週間後、学校―

「…で、あるからにしてー」カキカキ

少女「(授業……退屈だな)」

「…………」チョイチョイ

少女「わっ、な、何男の子くん?」ヒソヒソ

男の子「消しゴム、机の下にある奴取って」

少女「えっあ、はいどうぞ」ヒョイッ

男の子「ありがとう」

少女「(久しぶりにクラスメイトに話しかけられてびっくりした…)」ドキドキ

男の子「…………」チョイチョイ

少女「えっ、ま、また? 今度は何?」ヒソヒソ

男の子「これ見てみて」

少女「わっ、何これ、鳥?」

男の子「鶴って言うらしい。すごい?」

少女「すごいけど…これどうやって作ったの?」

男の子「紙で折って作った。東洋に伝わる"折り紙"って技術で」

少女「へ、へー…」

男の子「よかったらこれあげる」

少女「え? いいのもらって?」

男の子「別にいくらでも作れるから、ただし先生に見つからないように」

少女「う、うんありがと男の子くん」

男の子「…………」

少女「(すごい…紙でこんなものが作れるんだ)」

「はい、じゃあ次の問題男の子」

男の子「はい、えーと…ちょっとシンキングタイム使わせてください」

「なんだそれは、いいからさっさと答えんか」

男の子「…………」チラッ

少女「(心なしかこちらを見ているような…)」

男の子「…………」ジー

少女「(絶対見てる! 視線を肌でひしひしと感じる!)」

少女「(仕方ない…ノートに答えを書いて…)」カキカキ

男の子「あ、ひらめきました。答えは42です」

「うん、まあ正解だけどな。人から答えを教えてもらうのも教えるのもよくないからな、男の子と少女」

プッアハハハハ…

少女「(ばれてたー! 恥ずかしすぎるー! こうなるんだったら気付かないふりしとけばよかった!)」

男の子「…………」チョイチョイ

少女「なんですかもう…」ヒソヒソ

男の子「さっきからずっとそれ見てるけど気に入ったの?」

少女「……ええ、まあ、不本意ながら」

男の子「尻尾引っ張ってみて」

少女「え? こう? わっ(翼が動いた……)」パタパタ

男の子「驚いた?」

少女「…………」パタパタ

男の子「作り方教えようか?」

少女「え、……わたしにも出来る?」

男の子「さあ? やってみなくちゃわからない」

少女「…………いや、やっぱりわたしは…」


竜『(……あのね少女、万が一にも勘違いしてたら困るから忠告させてもらうけどね。君は本当は同じ人間同士で友人を作るべきなんだ。俺みたいな人でないモノで妥協しちゃ駄目なんだよ?)』


少女「…………」

男の子「? どうしたの?」

少女「(違う、絶対に妥協じゃない。でもそれを証明するには……)……教えて、わたしにも作り方教えて!」

男の子「わかった、じゃあ放課後みんな帰ったら教えよう」

少女「う、うん」

―放課後、教室―

少女「(…来ないな、予想の範囲内ではあるけど)」

少女「(勢いで教えてって言っちゃったけど、よくよく考えると気まずいし……)…帰ろうかな」ガラッ

男の子「…………」

少女「わっ、男の子君? そ、その大量の紙は何?」

男の子「先生達からいらない紙もらってきた。これでたくさん折れる」

少女「そ、そう…わざわざごめんね」

男の子「別にいい、じゃあ早速教えるからそこに座って」

少女「う、うん」

男の子「じゃあまず、この紙を正方形に切ろう。はいハサミ」

少女「あ、わたしあんまりうまく切れないかも…」

男の子「…………」チョキチョキ

少女「(聞いてないし…)」


少女「…………」チョキチョキ

男の子「…………」チョキチョキ

少女「(なんでこんな状況に…早くドラゴンさんに会いたいのに)」

男の子「よし、もう切らなくていいや。折ろう」

少女「(やっとか…)う、うん。どう折ればいいの?」

男の子「じゃあ今から折るから真似して」

少女「わかった」

男の子「…………」シュバババッ

少女「……え?」

男の子「…………はいこれで完成、出来た?」ジャーン

少女「出来るかあ! 何ですか今の動きはアホですかあなたは!?」

男の子「…アホ?」

少女「こちとら初心者なのにあなた教える気ゼロですか!? それともまさか今ので理解できると思ったわけじゃないですよね!?」

男の子「思った」

少女「ダメだ馬鹿だこの子! 教育者の素質ゼロだよ!」

男の子「……もう一回教えようか?」

少女「今度はゆーっくりお願いしますね」

男の子「善処する」

少女「こ、これ結構難しいなあ」オリオリ

男の子「そこ違うよ、この辺に合わせるように」オリオリ

少女「え? こうかな?」オリオリ

男の子「違う違う、こっち」

少女「えっと…」

男の子「手、借りるよ」

少女「えっ、なっ」

男の子「この手をこっちに持ってきて…」

少女「(お、男の子にわたし手握られてる…!)」ドキドキ

男の子「こうやって折れば…少女聞いてる?」

少女「ふぁ、ふぁい! 聞いてますともええ!」

男の子「じゃ、後は教えた通りにやってみて」

少女「う、うんわかった」

少女「出来た……出来たよ男の子くん!」ジャーン

男の子「…………」パチパチ

少女「うわあ本当にわたしにも出来ちゃった…すごいちゃんと羽ばたく!」パタパタ

男の子「そういう設計だからね」

少女「あ、あの男の子君! わざわざこんな時間使わせちゃってごめんね」

男の子「気にしないで、……俺も楽しかったから」

少女「…また、教えてもらってもいいかな?」

男の子「いいよ、代わりに授業のとき助けて欲しい」

少女「それはどうしようかなあー」

男の子「…………」ショボーン

少女「ぷっ、気が向いたら助けてあげるよ」

男の子「…………」パアッ

―日暮れ、帰り道―

少女「ふうすっかり遅くなっちゃった、早く家に帰らないと…」

少女「ちょっとだけ、ドラゴンさんのとこに寄っていってもいいかな?」

―山道―

少女「み、道が暗くて怖い…、やっぱり家に帰ればよかった……」

少女「でも今日あったことドラゴンさんに伝えたいし…うん、どうせあと少しで着く、がんばれわたし」

ガサガサッ

少女「……え?」

「フシューフシュー…」

少女「(い、猪? なんでここに!?)」

猪「ブシュルルルルル…」ギラッ

少女「(だめだ、これは完全に敵として見られてる…ど、どうしよう!?)」

猪「ブルルァ!」ダダダダ

少女「ひぃっ!」ダッゴロゴロ

猪「ブル!? ……フシュー」フラフラ

少女「…っ(まずい足首くじいた)」

猪「ブシュルル」ノシノシ

少女「(こっちに近づいてくる、這ってでも逃げないと…)はあ、はあっ!」ズリ…ズリ…

猪「グォォ…」ダダッ

少女「はあっ! はあっ!(だめだ、これじゃとても避けられない……)」ズリ…ズリ…

少女「誰か…(お母さん、…ドラゴンさん…助け)」

―洞窟―

竜『ふう、今日は学者も少女も来なくて久しぶりに静かな一日だった。思えばこれが俺の日常のはずなんだよな』

竜『……ちょっと外出てみようかな』ノシノシ

竜『ん、今日は月が出てて明るいな』

竜『そう言えば少女と始めて会った日も夜空を見上げたなあ、なんだかずっと前のことのような気がする』

竜『…少女、今何をしているのかな。早くまた話したいな』


少女「(い、猪? なん…こ…に!?)」


竜『…ん? なんだ今の声は?』


少女「(だめ…、………完全に敵として見られてる……どうし……よう!?)」


竜『……この声はまさか』

少女「(まずい足首くじいた)」

竜『…………匂いは』シュルシュル

少女「(こっちに近づいてくる、這ってでも逃げないと…)」

竜『…………見つけた、ここからそう遠くない。よし』

少女「(お母さん、…ドラゴンさん…助け)」

竜『……今助けるよ』ビュオッ

ダダダダダ!

少女「ひぅっ…………」
 
ゴオオオオォォ! シュパッ

少女「えっ(あれ、わたし……生きてる?)」

竜『やあ少女、間一髪だったね』

少女「え、あ、あれ? ドラゴンさん? なん、で?」

竜『君の声が何故か聞こえてきたから文字通り飛んできたのさ。飛ぶのは久しぶりすぎて翼がちょっと痛いよ』バサバサッ

少女「え? 飛んで…? と、飛んでるーーーー!?」

竜『そうだよ、ようやく状況理解したの?』

少女「ちょ、怖い怖い降ろしてください!」ジタバタ

竜『あんまり暴れると落としちゃうよ?』

少女「…………」シーン

竜『嘘だよ、まあとりあえず洞窟の近くに一旦降りようか。一応掴まっててね』バサバサッ

少女「…………」ガクブルガクブル

竜『はい到着と』バサッ

少女「これほどまで地面に親しみを感じるのは初めてです…」ナデナデ

竜『そんなに空は怖いかい?』

少女「わたしはドラゴンさんが手を離したら急転直下しか選択肢がありませんからね…、私的に空を飛びたがる人はちょっと特殊だと思います」

竜『ふうん。でさ、君はどうしてこんな時間にあんな場所にいたのかな?』

少女「実は……」

竜『…なるほどね。じゃあ半分は俺の責任かな』

少女「そ、それは違いますよ! わたしが夜は危ないことを知ってて来たのが悪いんです」

竜『そうは言うけど…、うん、君はもうここに1人で来ちゃだめだ』

少女「そ、そんな。…今日襲われたのは運が悪かっただけで」

竜『別に二度と来るなって言ってる訳じゃない、学者と同伴ならいいけど君だけここに来るのは危険すぎる』

少女「で、でもいつもなら猪なんて本当にいないんですよ? 今日みたいに暗くならない内になら会う前に気付けただろうし…」

竜『…あのねえ少女』

少女「し、心配しなくとも大丈夫ですよ! 今度からは周りに注意していくので、だから…」

竜『…………』

少女「また来ても…」

竜『いい加減にしろよ!! 死んだらどうする!?』

少女「あ……」

♪不平等な命

竜『いいか! 君達は死んだらそこでお終いなんだよ! だからこそ自分を大切にしないといけないんだろ!! なんでそんな当たり前のこともわかんないんだよ君は!?』

少女「…はい」

竜『ああもうこんなにも腸が煮えくり返ったのは初めてだくそっ、己の罪深さが理解できているんだろうな人間?』

少女「ひう、ごめんなさいごめんなさい、本当に…ごめんなさい」

竜『…………はあ、ごめん俺も何故か熱くなりすぎた、なんか俺も変みたいだ』

少女「…ごめんなさい」

竜『とりあえず町の近くまで乗せてくから…わかってるだろうけど君に拒否権はないからね?』

少女「はい…」

―山道入り口付近―

竜『…よし、着いた。もう歩ける?』

少女「はい大丈夫です…ごめんなさい」

竜『(参ったな…これじゃ最初に会った頃に逆戻りだ)あのね、少女』

少女「は、はい」ビクッ

竜『また会いに来てくれるの楽しみにしてるから…今度は笑顔で来てね』

少女「…はいっ、はい! わたしとびっきりの笑顔で来ます! だから…」

竜『だから?』

少女「絶対に待っててください!」

竜『うん、ずっと待ってるよ。またね少女』

少女「さようならドラゴンさんっ」タッタッタ…

今日はここまで、次回は♪見えない糸

更新キテター!
続きも楽しみにしてます。

―数週間後、洞窟―

竜『…………最近あの2人来ないな』

竜『あ、そうか』

ザァーザァー…

竜『連日雨振りっぱなしだしね、雨降ってたらそりゃこんな場所まで来れないよね』

竜『そっかあ、うん』

竜『…早く止まないかな』

チャプチャプ、チャプチャプ

竜『ん?』

学者「うひー、白衣がぐしょぬれだまったく。また少女に怒られるではないか」ポタポタ

竜『が、学者? なんでここに?』

学者「連日私も娘も来ないから暇を持て余してるだろうと思ってな、ほれ、新しい本だ」ドサドサッ

竜『あ…』

学者「うん?」

竜『ありがとう……』

学者「お、ついにデレたか、苦労して持ってきたかいがあったな。はっはっはっ」

竜『ところで少女はどうしてる? 元気?』

学者「むっ……そんなにも娘のことが気になるのか」

竜『そりゃ最後に見たのがあんな姿だったし』

学者「まあ始めは落ち込んでいたが大分持ち直した。今では早く貴様に会いたいと言っていたよ」

竜『そうか……ずっと少女のことが気になってたんだ、これで安心したよ』ニコッ

学者「…………」

♪見えない糸

学者「……貴様は雨は好きか?」

竜『雨? そうだな、特に好きでも嫌いでもないよ。俺の生活に何ら影響を及ぼさないし』

学者「そうか、私は好きなんだがな、雨」

竜『へえ、雨が君にどういったメリットをもたらすの?』

学者「別にメリットはないさ、むしろ日常生活を営む上ではデメリットばかりだ」

竜『…マゾヒスト?』

学者「違う。…ただ何と言うか、雨の音を聴いていると1人じゃない気がするのだ」

竜『? なんで?』

学者「1人きりで研究室に篭っているとき、私のような人間でもふと孤独に襲われるときがある」

学者「だがそんな時にガラス窓を通じて伝わる雨の音を聴いているとだな、これと同じ音を聴いている人間がそこら中にいることに気付く。自分が音を通じて誰かと繋がっていると再確認できる」

竜『…学者って結構女の子っぽいよね』

学者「なっ、ば、馬鹿にしたな! 人が真面目に話すとこれだまったく!」

竜『別に馬鹿にしたつもりはないけど。ただ学者って結構、ええと…何ていえばいいのかな……そう! かわいい所あるよね!』

学者「ななななななななきさ、きささささまままま」

竜『あれ、なんか学者が壊れた』

学者「貴様二度とさっきのような私を愚弄する言葉を使うなよ!」

竜『別にそんなつもりはなかったんだけどなあ。まあ確かに思ったことをそのまま口にするべきじゃない時もあるよね』

学者「と、とにかくっ私はもう帰るから! じゃあな!」

竜『止めておいた方がいいんじゃないかなー、今風雨の勢いやばいよ』

学者「…え?」クルリ

ゴオオオオオォォドシャアアアアアアァァ

学者「……これは無理だな」

竜『止めようと思えば止められるけどどうする?』

学者「いや、悪戯に天候を操作して自然界に悪影響がない訳が無い。自然に収まるまで待つとする」

竜『まあそれが賢明だね』

竜『…………』ペラペラ

学者「…………」スタスタ、ペタン

竜『…ちょっと、くっつかれると本読みにくいんだけど』

学者「暇なのだ、たまには一緒に読むのも悪くないとは思わんか?」

竜『思わない、読書は孤独にするものだ』ペラペラ

学者「つまらんなあ。しかもまた数学書か、好きだな貴様も」

竜『うるさい、静かにしてないと外に放り出すよ』

学者「なら静かにしてればこのままでいいのだな?」ピト

竜『…はあ、好きにしなよ』

竜『…………あ、ねえこれなんだけど学者』

学者「…………」

竜『もう喋っていいから。これ少女が頭に付けていたのとちょっと似てない?』

学者「ん? ああ、この図形か。この図形は面白いぞ」

竜『向きつけ不可能、って書いてあるけどこれって?』

学者「簡単に言えば裏表がないということだ、境界を決められないのだな」

竜『……これ、あれにも似てるね、無限大の記号に』

学者「由来はまったく別だがな、だが確かにこの図形の性質と関わりがあるように感じてしまう気持ちはわかる」

竜『無限に続く、裏表のない図形。ねえ学者これって俺にすごく似てると思わない?』

学者「は? …まあ確かにある側面からはな」

竜『本当に、偶然とは思えないよ』

学者「……ふふ、ようやく決まったぞ竜よ」

竜『何が?』

学者「貴様の名前だ。偉大な数学者の名であり、その者が見つけた図形は貴様の宿命に酷似している。これ以上貴様に相応しい名はないと言っても良いとは思わんか?」

竜『悪趣味だねえ』

学者「今この瞬間から貴様の名前はメビウスだ、いいな?」

竜『ご自由に』

ザァー……

竜『……さて、ようやく学者も帰ったし本の続きでも読むかな、雨音を聴きながら』ペラリ

竜『…ふむ』ペラペラ

ザァー……

竜『…………』パタン、ノソノソ

竜『たまにはじっくり雨音に耳を傾けるのも悪くない』

ザザアー……

今日はここまで、次回は♪blue tree
更新遅くて申し訳ないです。

おつ

About one year after

―学校―

少女「じゃあまた明日ね、みんな」

「またねー」

「ばいばいー少女ちゃん、男の子くん」

「男の子と末永くお幸せになー」

少女「そ、そんなんじゃないよもう! ……ごめんね男の子?」

男の子「…………」フルフル

少女「じゃあ途中まで一緒に帰ろっか」

男の子「うん」

―帰り道―

少女「君とこうして一緒に帰るのも何度目だろうね?」

男の子「さすがに覚えてない」

少女「だよねー、男の子と始めて話したのが大体1年前だとして…いつの間にか私達結構一緒に行動するようになったよね」

男の子「そうだね、あの頃はこんな風になるとは予想していなかった」

少女「君と話すようになって、そうしたら君を通じて段々友達が増えていってどんどん学校が楽しくなって……男の子くんのおかげだよ、ありがとう」

男の子「どういたしまして。そして俺からもありがとう」

少女「えっ? 何に対して?」

男の子「それは秘密で」

少女「えーそれじゃわたし、どういたしましてって言えないよ」

男の子「いいんだよ、ただ俺が感謝を伝えたかっただけだから」

少女「ふーん…」

少女「あ、そういえば今日帰ってきたテストどうだった?」

男の子「これだよ」ゴソゴソ

少女「わー立派な鳳凰だこと…ってなんで折り紙に使ってるの」

男の子「テストの点数を知りたくばこの芸術作品を解体しなければならない、つまり鍵をかけることなく誰も中身を暴けないのさ」

少女「はい、暴きまーす」ビリビリ

男の子「何故だ…」

少女「テスト用紙の右上に丸い記号があるんだけど…」

男の子「知らなかった? その丸い記号はゼロ、つまり完全なる無を意味してるんだ」

少女「知ってるよ、無は君の学力でしょ」

男の子「まあまだ俺達まだ若いんだし、これからこれから」

少女「その台詞を数年経っても使ってたらさすがに危機感を感じてね?」

男の子「そんなに言うならまた勉強教えてよ」

少女「ええ? うーん、しょうがないなあ、じゃあ代わりにさっきの折り紙のやり方教えて」

男の子「わかった。じゃあこのまま家に行っていい?」

少女「いいよー……いや待ったダメだった」

男の子「別にお母さんがあられもない姿で出迎えても俺は構わないけど」

少女「そっちじゃなくて…今日はちょっと明日の準備しなくちゃいけないんだ」

男の子「何の準備?」

少女「わたしの初めての友達のお祝い」

―次の日、洞窟―

竜『…………む、来たかな?』パタン

少女「こんにちわーメビウスさんー」

学者「来てやったぞーメビウスー」

竜『やあよく来たね少女、こんな所で良ければゆっくりしていって。入り口は寒いから俺の近くにおいで』

少女「ありがとー。メビウスさんは優しいね」

竜『おだてたところでなにも出てこないよー?』

少女「別にそんなつもりじゃないよー」

少女・竜「『あはははは』」

学者「待て、何故私を抜きにして平然と会話を進められるのだ貴様ら」

竜『あっ、……学者も、いたんだ』

学者「その台詞をどう好意的に解釈すれば私は傷つかずに済むのだろうか」

竜『ところで…何だか今日はやけに甘い匂いがするね』

少女「ふふふ、一体なんだと思いますか? あ、透視はだめですよ。ルール違反です」

学者「ヒントはオーブンを使うぞ」

竜「ううん? …クッキーとか?」

少女「ぶー」

竜『じゃあケーキ』

少女「ぶっぶー、次がラストチャーンス」

学者「特殊な菌が使われている…といえばもうわかるだろう?」

竜『パン? それにしてはずいぶん香りが強いような…』

少女「正解です! 何故ならそれは…はい見てください!」ジャーン!

竜『…お、おお! これは選り取り見取りだねえ!』

学者「バターロール、シナモンロール、クリームパン、メロンパン、ジャムパン、キャラメルパン、チョコチップパン、くるみレーズンパン、アップルパン、はちみつパン、コーヒーパン、フルーツサンドパン……まだまだあるぞ!」

竜『よくもまあこれだけ買い集めたものだ…』

少女「違いますよ、わたしとお母さんで作ったんです」

竜『学者が!? あの娘がいなくては料理は芋を茹でることしか出来ないと俺の中でもっぱらの噂の学者がだって!?』

学者「ふははどうだ見直したか!」

少女「お母さんにはひたすら材料を混ぜてもらう作業とオーブンの操作を任せました」

竜『そんなこったろうと思ってたよ』

学者「くそっ! あれはあれで精神的にかなりくるのだぞその苦労がわかっているのか貴様ら!?」

♪blue tree

竜『それでなんでこんなに大量のパンを? 秋のパンまつり?』

少女「えっと、わたしが得意なのって料理くらいで、それでこの日くらいは是非メビウスさんにいっぱい食べてもらいたくてですね」

学者「パンならここまでの道中でも崩れにくいだろうと私が提案したのだ。菓子パンならカロリーも高いから貴様の無駄にでかい腹も膨れるだろう」

竜『待って、今少女"この日"って言ったけど何か特別な日だっけ?』

学者「…………おい今の聞いたか娘よ」

少女「メビウスさん本当にわからないんですか…?」

竜『えっ? えっ? 待って、ちょっと考えさせて、今日って10月22日だろ…』

学者「これは残念だがパンは没収だな」

少女「…お母さんがそう言うなら仕方ないね、家で2人でさみしく食べよう」

学者「ああ、パンが涙で濡れて塩辛くなるのが目に見えるな……」

竜『わー! ごめん謝るからせめて一口くらい食べさせて!』

竜『なんだよ、今日の丁度1年前に学者と会ったとかわかんないよもう』

少女「駄目ですよメビウスさん、女の子は記念日を大切にする生き物なんですからちゃんと覚えててあげないと」

竜『あ、そっか学者って言動に似合わず結構女の子だったね』

学者「撤回しろ、今すぐその発言を撤回しろ」

少女「実はですね、この日にメビウスさんのために何かしたいって言ったのわたしじゃなくてお母さんなんですよ」

竜『えっ』

学者「ばっ、ばかやめろっ」

少女「一週間前に「私は自分がこういった側面では不器用な人間であることを自覚しているから何をしたら奴が喜ぶのかわからない、お前ならどうする」って聞かれたんです。それでわたしだったら何かお腹一杯食べさせてやりたいって答えたら、お母さん必死に大の苦手な料理の勉強…むぐっ」

学者「おい、いくらなんでもお喋りが過ぎるぞ我が娘よ? うん?」グリグリ

少女「ごめんなさいぃ謝るから頭ぐりぐりしないでー!」

竜『……そろそろ頂いてもいいかな?』

学者「食え食え、これほど様々なバリエーションを揃えた我が娘に感謝しながらよく噛んで味わうのだぞ」

竜『じゃあ頂くよ。……んぐっ』モグモグ

学者「ど、どうだ?」

竜『……うん、これは文句無く美味しいね』

学者「…そ、そうか良かったな娘よ! やはりお前が作る料理は最高だ!」

竜『うん、確かに最高かもね。学者が作ってくれた料理は』

学者「な、何を言っている。私はただ単純作業をしただけで料理をしたとは言えん…」

竜『でもこのパンが生まれたのは学者がきっかけだったんだろう? そういう意味では学者が作ったと言っても良さそうだけど』

学者「うなっ、なんだその貴様らしからぬ屁理屈は」

少女「お母さん、わたしはただお母さんの料理を手伝っただけだよ?」

学者「しょっ、少女お前まで」

竜『俺なんかのためにありがとうね学者。こんな美味しいものが食べられて俺嬉しいよ』

学者「……その台詞と顔は卑怯だろ馬鹿者」ボソッ

竜『いやあどれもこれも本当に美味しいねえ! 甘味一色なのに全然飽きないよ』パクパク

学者「見ていて気持ちいいほどの食いっぷりだな、その調子でじゃんじゃん食うがいい」

少女「…ごほごほっ」

学者「うん? どうした娘よ? また風邪か?」

少女「えっ? う、うんそうかもしれない、でも大したことないよ」

学者「おかしいなあ、お前は体の丈夫な子だったろうに一年ほど前からよく引くようになってしまったな」

少女「うん…」

竜『…………おっ、これ特においしい。黒い粒が入ったこのパン』モグモグ

学者「おお貴様もつぶあん派か!? だよなあ、こしあんなど邪道だよなあ!? いやあ遠方から取り寄せたかいがあったな」

少女「わたしはどっちもおいしいと思うけど、こっちがこしあんですどうぞ」

竜『いただきます……うん、断然つぶの方が美味しいといわざるを得ないね』

少女「そんなあ…」

学者「ふははっ異教徒は迫害される運命なのだよく覚えておけ少女よ!」

竜『学者は大げさだなあ』ゴクリ

竜『大変ごちそうさまでした』

学者「これだけ食っても体型が変わらないのだから羨ましい限りだよなあ…なあ少女?」

少女「…………」

学者「おい、聞こえているか?」

少女「…………」バタン

竜『…えっ?』

学者「お、おい、少女!? しっかりしろ!」

少女「…………おかあ…」ゼーゼー

竜『な、何が起こってるの学者?』

学者「……とんでもなく熱があるではないか、何故言わなかった?」

少女「…………」

竜『…そんなことより早く何らかの処置を施すべきじゃないのかな』

学者「そうだな…とにかく町に帰って医者に診てもらわんと」

少女「…………そん、な」ゼーゼー

竜『途中までなら俺が背中に乗せてってもいいけどどうする?』

学者「よろしく頼む。行くぞ少女」

少女「……うん」

―病院―

学者「……今、なんと言った?」

「原因不明、です」

学者「原因不明……? 本気で言ってるのか医者よ?」

医者「…はい、免疫機能が著しく低下しているのは間違いなのですがその原因がどの検査を駆使しても……」

学者「馬鹿な、現代医療では病因を特定できない新種の病だとでも言うのか?」

医者「……先天的な疾患があるわけでもなければ、何かしらのウイルスが免疫細胞を破壊しているわけでもない、勿論免疫機能を低下させるような薬物の反応も見当たらない」

医者「ただ、それでも彼女の体は着実に弱まっているんです。まるで彼女自身がそうあることを望んでいるかのように」

学者「ふ、ふざけるなよ…なら私の娘は、少女はどうなるというのだ!」ガタン

医者「こちらとしても最善の治療を尽くしますが…、残念ながら時間はそう多くは残されてはいないでしょう」

学者「…………ありえん、認めんぞ私は」

医者「お母さん、お辛いでしょうが気をしっかりもって…」

学者「私の娘が死ぬだと? ようやく友達も出来て外でも笑顔を振りまけるようになったのに? そんな理不尽があってたまるか、あいつは、少女はもっと幸せにならなければならないのだ」

医者「こちらとしても出来るだけの延命を尽くします。ですから残された時間で彼女との思い出を…」

学者「黙れやぶ医者! そんなものは逃避だ見捨てるのと同義だ! 子を見捨てる親など親ではないわ!! 例え世界中があの子を見限ろうが私だけはあきらめんぞ!」

―病室―

学者「…………」トボトボ

少女「あ、お母さんお医者さんのお話どうだった?」

学者「あ、ああ。ただの風邪で大したことはないらしい。ただ一応大事を取って数日間入院してもらうそうだ」

少女「え…入院……? それは困るよ」

学者「なんだ、何か予定でもあったのか?」

少女「だって、お母さんその間ご飯どうするの? ずっとお芋食べてるの?」

学者「…人の心配してないで自分の体の心配をせんか馬鹿者」

少女「えへへ、ごめんね。私早く治して……げほっ、ごほっ」

学者「……もういい、寝ていろ。明日また顔を見せに来るから」

少女「…うん、ごめんね。私のせいで苦労かけて」

学者「苦労などいくらでもかけろ、そして将来その分私に恩返しすればいい」

少女「ふふっ、うんわたし頑張るから……」

学者「うむ、とにかく今は治すことに専念しろ。いいか? 私の娘であるなら決して自分に負けるなよ?」

少女「けほっ、大げさだなあ…私なら大丈夫だよ、また来てねお母さん」

学者「ああ、…また明日な」

今日はここまで、次回は♪世界の針は止まらない

―1ヵ月後、少女の病室―

学者「……来たぞ少女」ガチャ

少女「…………」

学者「寝ているか、…ふう」ギシッ

学者「(あれから考えられる手は尽くした、より大きな病院で検査もしたし、私の方でも以前所属していた研究所を借りて調査している)」

学者「その結果が……これか……」

少女「…………」ヒューヒュー

学者「全身を管で繋がれ、呼吸器を取り付けられ、咳をする度に血を吐くような人間が、私の娘だと。くははっ笑わせてくれる」

学者「……もう、残っているのは骨と皮だけではないか」

少女「………ぁ…(おかあさん)」ヒューヒュー

学者「すまん少女、お前が起きるまで待っていられない、今はとにかく時間が惜しい。早く、早く治療法を見つけなくては……」フラフラ

少女「…………(まって)」ヒューヒュー

学者「また来るぞ…」パタン

少女「…………(わたしをひとりにしないでおかあさん)」ヒューヒュー

―研究所―

学者「治療法、治療法、治療法、治療法、治療法、治療法、治療法、治療法、治療法」ブツブツ…

「あの室長…少しお休みになられてはいかがですか、もう何日も満足に寝ていないようですしたまには家に帰って休養をとられては? 僕を含め皆心配していますよ…?」

学者「黙れ無駄口を叩く暇があるのならさっさと成果を出せ。貴様はいつから私に指図できる立場になったのだ」

「も、申し訳ありません。すぐに職務に戻ります」スタスタ

学者「時間がない、時間がない、時間がない、時間がない、時間がない、時間がない……」ブツブツブツブツ…

―少女の病室―

学者「…………」フラフラ、ガチャ

学者「…………む、貴様は?」

男の子「あ、……こんにちは」

学者「…そうか、見舞いに来てくれたのか。娘に代わって礼を言わせてもらおう」

男の子「いえ……」

学者「もう見違えてしまっただろう。少女は」

男の子「…………そうですね、見ているのが辛くなるくらいに」

学者「私もだ…娘を見て辛いと思うなどあってはならんというのに」

男の子「もう、少女は学校には行けないんでしょうか?」

学者「…私にはわからないと答えるのが精一杯だよ」

男の子「…すみません」

学者「確か貴様が初めて学校で娘と友達になってくれたのだったな」

男の子「そう、みたいですね」

学者「ありがとう、おかげで娘の幸せなそうな顔を見られたよ」

男の子「そんな言い方…しないでください」

学者「…すまない、私も弱気になっているようだ」

男の子「…こんなこと言う資格は俺にはないのかもしれないけど、やっぱり俺は少女とまた学校に行きたい、もっと少女と話したいです」

学者「……私も少女の笑顔を見たい、少女が作ってくれる美味い飯を食いたいよ」

男の子「もしよかったら…これ置かせてもらってもいいですか?」ガサッ

学者「これは…確か折り紙だったかな、実に大量だな」

男の子「はい、鶴っていう鳥を千羽折ると早く治るっていう言い伝えがあるんです、だから…」

学者「聞いたことはある、それにしてもこの量を全部貴様1人で作ったのか?」

男の子「こういうのは得意だし、…俺が少女のために出来ることってこれくらいしかないから」

学者「…貴様は、もしかして少女が治るのを信じてくれているのか?」

男の子「俺は、最後まで絶対にあきらめたくはないです。…勝手なこと言ってすみません」

学者「そうか……そうだな、あきらめるなどあってはならないよな。ありがとう、おかげで私はまだこの子の親でいられそうだ」

男の子「…少女のこと、どうかよろしくお願いします」ペコリ

学者「ああ、任せておけ。絶対にこの子を見捨てはせん」

―1週間後―

学者「…………」フラフラ

「あ、室長そっちにいったら…」

学者「…………」フラフラ、ゴッ

「うわっ、頭から血出てますけど大丈夫ですか!?」

学者「……少女」フラフラ…ガラッ

「……あの人がこんな風になるなんて」

「俺もう見てられないよ…」

「そうだな…、室長には悪いがどう考えてももう間に合わない。早く楽になってもらいたいものだ…」


学者「(私だけは、この世界で私だけはあきらめてはいけないのだ)」フラフラ

♪世界の針は止まらない

―2週間後―

チッチッチッチッ…

学者「…………」カチカチ

チッチッチッチッチッチッ…

学者「…………」カチカチ

チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ…

学者「ぅっるさい!!」ガシャーン

学者「私を焦らすな焦らすな焦らすな焦らすな焦らすな焦らすな」ガンッガンッ!

学者「頼むから止まれ止まれ止まれ止まれ私から時間を奪うな奪うな奪うな奪うな」ガンッガンッガンッ!

……チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ…

―3週間後―

学者「…………」ガクガク

「室長! 私です入りますよ!? 大変です娘さんが!」

学者「…………あ?」ガクガク

「容態が悪化したそうで至急病院まで来て欲しいそうです!」

学者「容態……病院……?」ガクガク

「ですから娘さんが大変なんです早く病院に!」

学者「…………あ、ああ、だが私は早く治療法を見つけなければ」ガクガクガクガク

「しっかりしてくださいその娘さんが死にそうなんですよ!? 早く行ってあげてください!」

学者「だからむす、娘をはやく救わねば救わねばすくわねば…時間が時間がじかんがじかんががががが」ガクガクガクガクガクガク

学者「少女!!」ガラッ

少女「…………」ヒューヒュー

医者「…なんとか一命は取り留めました…が、お母さん来るのがいささか遅すぎませんか」

学者「そ、それは」

医者「理想を追うのを止めろとは言いませんが、その結果が子供を1人きりで逝かせるようではお話になりません」

学者「…………」

医者「恐らくもってあと数日です。出来るだけ傍にいてあげてください、では」ガラッバタン

学者「少女…」

少女「…………」ヒューヒュー

学者「私、もうどうすればいいかわからないよ…」

少女「…………」ヒューヒュー

―洞窟―

竜『…………ねえ』

学者「…………」

竜『黙っていられてもこっちは何もわからないんだけど』

学者「…………」

竜『ちょっと、聞いてる?』

学者「…………」

竜『髪はぼさぼさだし白衣もよれよれ、顔からは生気が失われている。この二ヶ月弱の間に何が君をそんなに追い詰めたんだよ』

学者「…………」

竜『……学者、ちゃんとこっちを見ろ』グイッ

学者「…………」グラッ、ペタン

竜『そんな君が今更ここに来たってことは助けを求めに来たんだろう? でも、抱えている悩みを声に出してもらわないと俺は君を何の不幸から助けてあげればいいのかわからないよ。だから君を苦しめているものの正体を俺に教えて、お願いだ学者』

学者「…………」

竜『…………』

学者「…………少女が」

竜『うん』

学者「このままでは少女が死んでしまう」

竜『…そっか、その事実が君をこんなにも追い詰めてしまったんだね』

学者「うああああぁぁああああ助けてよメビウスううううぅぅ」ボロボロ

竜『…………』ギュゥゥッ

竜『……話はわかった。予想以上に深刻な状況だね』

学者「…私は、私はあの子に何もしてやれなかった。私は無力だ」

竜『……1つ聞きたい、君の望みは少女が生き延びることなんだよね?』

学者「当たり前だろう…だがもう無理だ、間に合わない…」

竜『その望みだけなら叶えてあげられるかもしれない』

学者「…な、治せるのか? あの子の病を」

竜『ううん、それは無理だ。君の知らない病気を治す方法を俺が知っているわけがない』

学者「じゃあ、…どうやって?」

竜『簡単だよ、死なない体にすればいい』

学者「ふざけてるのか…?」

竜『前読ませてもらった説話集に載っていた竜の血を体に浴びて不死身になった人間の話、覚えてる?』

学者「…ありえない、それなら大昔に貴様を殺した人間達は皆返り血を浴び今も生き残ってることになるぞ」

竜『それは違うよ学者、思い出して。俺が物語に登場する力を使えたのはどんな時だった?』

学者「……貴様が何かを願ったときか」

竜『うん。肉を焼きたければ炎の吐息を、動かないで欲しいと思えば石化の視線を、誰にもこの姿を見られたくなければ透明な体を得られたようにさ。俺がたった1人の女の子を救いたいと心から願ったなら、今この瞬間から俺の血には不死の力が宿るんじゃないかな』

学者「…なんて、なんて都合のいい話なんだ。そんな夢物語に私の娘の命を託せと…?」

竜『お願いだ、信じてくれ。少女を、少女と君を救いたいと心から願う俺の気持ちを信じて』

―少女の病室―

学者「…………」ガチャ

少女「…………」ヒューヒュー

学者「少女……」

学者「……頼む、力を貸してくれメビウス…!」パシャッ

少女「…………」

学者「(メビウスから貰った血を体に振りかけたが……)」

少女「…………」

学者「(駄目か……?)」

少女「…………ゴホッ」ゴフッ、ドバァ

学者「(喀血…! しかもこれまでの比ではないではないか……)」

学者「(駄目だ…やはりまるで効いていない……)」

少女「…………」

学者「(もう、終わりなのか…?)」

学者「……………………あきらめるな学者」

学者「(あいつが少女を救いたいと言ったのだ、ならこの血には少女を救う力が宿っているはずなのだ……それだけは間違いない)」

学者「(なら……間違っているのはなんだ?)」

学者「(そもそも血を浴びることによって得る不死身はあくまで皮膚が硬質化するものだったはず…外傷には効果があっても病気では意味がないのか? いやだが…)」ソッ

学者「(これは血がかかった部分もまったく固くなっていない。何故だ…?)」

学者「…考えろ、思考を止めるな、きっとその先に答えがあるはずだ…」

学者「(……待てよ、確か英雄が不死身になるあの話には別のパターンも存在していた。その方法は…竜の心臓を喰らうこと…?)」

学者「(馬鹿な、子を助けるために私に友を殺せというのか!? だ、だがあいつは死んでもどうせ生き返るではないか……ならば…1度くらい…)」

学者「…………」

学者「…………」ツカツカ

学者「…ふんっ!」ゴンッ

学者「次同じことを考えたら本気で頭かち割るぞ学者」ダラダラ

学者「(血が抜けて幾分冷静になった気がする、もう1度考えよう)」

学者「(だが実際どうなのだろうか。メビウスの場合不死身の力が宿るのは血か? 心臓か?)」

学者「(…血を浴びせる、若しくは心臓を喰らう……)」

学者「(このどちらか……いや……もしかして)」

学者「(どちらも合っているのか?)」

学者「(何を言っている学者そんなわけがないだろうが、だが、何故だ? 今まさに悩みに悩んでいた数学の難問を解くための手がかりを得た時のような感覚を感じたのは……?)」

学者「(この血には不死の力が込められている、やはりこれだけは間違いない。だって私の愛する彼がそう言ったのだから。思えば最初からその点において疑う必要などなかったはずなのだ。だが先ほどの私の感覚を信じるなら心臓を喰らう話も無関係ではないはずなのだ。ならば、導き出される結論は…)」

学者「…………わかった、間違っていたのは私の行動だ」

学者「(恐らく混在しているのだ、2つの似て非なる話が。つまり血を浴びせる話と、心臓を喰う話、これがメビウスという個体において1つの話に纏め上げられている。だから私が取るべき行動は)」

学者「この血を浴びせるのではなく喰わせればいい」

学者「もうこれしかない…少女、呼吸器外すぞ」

少女「……かはっ」

学者「頼む、合っていてくれ…!」トプトプ

少女「…………」

学者「…………」ギュゥゥ

少女「……………………けほっ」

学者「…少、女?」

少女「ごほごほっ、げほっ…………ぁー、あ、…おか…さん?」

学者「少女…お前…」ヘタリ

少女「あ、あー、お、は、よう、お、かあさん」

学者「……ああ、おはようだ少女」ポロポロ

今日はここまで、次回は♪原始的欲求

―数ヶ月後、夏、洞窟―

竜『ふうー、本はあらかた読み終わったし今日もあれの練習しようかな』

竜『よっこらせっと』

ガキン!

竜『……あ、やば』

学者「ういーす、来てやったぞー」

竜『うわっ、ヤなタイミングで来るなー』

学者「む、……珍しく二足で立ち上がっているがなんだ、芸の練習か?」

竜『違う、俺の頭の上見て』

学者「ん? ……ふひっ」

竜『今君笑ったね? 他者の不幸を嘲り笑ったね?』

学者「いやだって角両方ともがっつり天井にささっとるがな! いやはやこれは滑稽極まりないっぷーくすくす」

竜『角抜けたら覚悟しておけよ悪女め!』グググ

学者「あ、そういえば私都合よくカメラという便利な道具を持ってきているのだった。どれ記念に一枚」パシャリ

竜『ちょっと誰が撮影許可出した!?』

学者「ふはは貴様の痴態は永遠にフィルム上に記録されるのだ、羞恥心に身悶えるがいいっ」

学者「さあて写真写りのほどは如何ほどかなーと…おや?」

竜『も、もう少しで抜け…』ググ…

学者「……そうか」

竜『ふんっ! やった抜けた!』スポンッ

学者「おやもうその滑稽な状況から脱したのかつまらんな」サッ

竜『もうって言うけどこちとら小一時間あの体勢だったんだからね。さあ後ろ手に隠した写真を渡すんだ』

学者「ぴゅ、ぴゅー」

竜『そこらの鳥達に口笛の仕方伝授して貰うと良いよ。はい、止まれ』ギンッ

学者「あっ、卑怯だぞ! 艶やかで魅力的な私の身体の自由を奪ってナニをする気だ!?」

竜『用があるのは写真だけだよ、ほい回収っと』ピッ

学者「こ、こらっ、見るなっ」

竜『ん……これは』

竜『…………へこむ』ズーン

学者「だから見るなと言ったんだ馬鹿者が」

竜『……いや、だってさあ…何で写らないんだよ。何で機械に存在否定されなきゃならんのさ』

学者「ううむ、これまた不可思議な事象だな。私の目には確かに泣きべそをかいている無様な竜が見えるというのにな」

竜『泣きべそはかいてないけど……本当なんなんだろ俺。自分で自分が気味悪くて仕方がない』

学者「科学者の私からすれば大変興味深い体だがな」

竜『そんなの知んないよ、俺は普通がよかった』

学者「…改めて考えると本当に不思議だ。貴様はあらゆる物理法則を無視してここに存在しているのだから」

竜『俺は何者なんだろう? この謎が解ける日はいつか来るのかな?』

学者「わからん、が解こうとしなければ絶対にその日は訪れないだろう。ということで研究に使うためにまたサンプルが欲しいのだが」

竜『仕方ないな、結果が出たらすぐに知らせてくれよ』

学者「無論だ」

―学者と少女の自宅―

学者「ということがあったのだ娘よ」ザクッ

少女「お母さんばっかりメビウスさんに会いに行ってずるいなー、私も会いたいのに」モグモグ

学者「試験の出来が悪かったばかりに毎日補習とは可哀想になー」

少女「数学さえ、数学さえなければ…」

学者「あんなにも興味をそそられる教科が苦手とは我が娘ながら理解しかねるな」ムシャムシャ

少女「お母さんだって文学作品とかには全然興味もってくれないよね、それと同じだよー」

学者「ううむ、興味がないわけではないのだ。ただ苦手というかつい敬遠してしまいがちでな…」

少女「メビウスさんを見習いなよ、わたしが遊びに行く度に続きを催促するぐらい興味深々だよ?」

学者「それは恐らく話の内容ではなく読み手の側に興味が……いやこれ以上洩らすと奴に角で突き刺されかねんな」

少女「メビウスさんはそんなひどいことしないよ?」

学者「そうだな、突き刺すのは人体ではなく天井だったな」クスクス

少女「あはは、今の言葉今度メビウスさんに会ったら伝えておいてあげるね?」

学者「よ、余計な気遣いは無用だ!」

学者「そうだ、娘よ。たまには私が食器を洗ってやろうではないか」

少女「え? いいよ、割れたお皿片付けるの面倒だし」

学者「何故割る前提なのだ馬鹿にするな!」

少女「家事はわたしの仕事って2人で決めたでしょ? お母さんは家ではごろごろしてくれればいいのー」

学者「むう…わがままな奴め。仕方ない、ならお前が洗い終わるまで久しぶりに新聞でも読むことにするかな」

少女「コーヒーいる?」

学者「夜に飲むと眠れなくなるから遠慮しておこう、さて今日の運勢は…」ペラ

少女「今日あと数時間で終わるんだけど…」ジャー

学者「なにい最下位だと!? ちっ、何がもう少し周囲に合わせましょうだ…むしろ周囲が私に合わせるべきだろうに」

少女「お母さんに合わせてたらみんなくたびれちゃうよー?」キュッキュッ

学者「私の周囲にいるのは軟弱者ばかりだからな。……む、この記事は…」ペラ、ピタ

《近隣国との交渉難航 高まる国際緊張》

少女「ふんふーん」キュッキュッキュ

学者「(以前からこの国は隣国と友好的な関係を築いてきたとは言い難かったが…最近はこのような不快な話ばかり耳にするな)」

学者「(それにここ最近は科学技術の促進とは名ばかりの兵器開発の仕事ばかり上から持ちかけられる、無関係ではなかろう)」

学者「(…………私なら、他国でもやっていける。技術があるから。しかしこの子はどう思うのだろう、せっかくこの土地で友人が出来たというのに)」

学者「(それに……彼を残してはいけない)……ふう」

少女「どうしたのお母さん? 何だかいやなため息だったよ?」フキフキ

学者「ふふっ、その言い方だといいため息があるのか?」

少女「あるよー、例えば大掃除が終わった後に出るため息は気持ちいいでしょ?」

学者「ふっ、確かにそうだな。……悪いため息をつくのにはまだ早いよな」

少女「?」

学者「…なあ少女、今度私と少女とメビウスで何かしないか?」

少女「? 何かって?」

学者「ええとほら、いつぞやに奴にたらふく手作りパンを食べさせてやる企画を決行しただろ? ああいう面白いおかしなことだ」

少女「それはいいけど突然どうしたの? それにお母さん仕事は?」

学者「う、うむ。たまには休暇を取るのも悪くはないかと思ってな、折角だから何か有意義なことに時間に費やしたいのだ」

少女「ふうん、お仕事大好きなお母さんが休みたいなんて珍しいね。…うーん、何しよっか?」

学者「お前が私達とやりたいことにしろ、お前の言うことなら奴は尻尾を振って聞くだろう」

少女「そうだねえ……うん、1つ思い付いたよ」

学者「ほう、言ってみるがいい」

少女「皆でお出かけしよう」

学者「お、お出掛け?」

―数日後、洞窟―

学者「さて準備は万端か諸君!?」

少女「おー!」

竜『いや待って準備も何もこんな朝っぱらからいきなり起こされた理由すら聞かされてないんだけど』

学者「行くぞー!」

少女「おー!」

竜『朝からテンション高いなこの2人は! 行くってどこにだよ?』

学者「それはだな」

少女「とってもいい場所です!」ニコッ

竜『うん、穢れなき笑顔は見てて心洗われるけど残念ながらその回答には著しく具体性が欠けてるよ?』

学者「ごちゃごちゃ言わずにほれさっさと荷物と私達を乗せんか」ペシペシ

竜『君は俺のこと馬車馬と勘違いしてるのかな?』

少女「お母さんは昔よくリュックごとわたしのことおぶってくれたよ?」

竜『それは2人が親子だからであって俺がそこまでしてあげる筋合いは…』

少女「んー……じゃあお父さん乗せて!」

竜『なっ』

学者「ぶほお! げほげほ! ごほがはっ」

竜『何で君のほうが動揺してるんだ』

―山中―

学者「ほほう! これはいい眺めだ動植物がミニマムに見える! この下等生物どもめ!」

竜『学者うるさい、静かにしてないと振り落とすよ』ノシノシ

少女「あ、お父さんそこの木を右に曲がってください」

竜『あいよ…ってその呼び方はやめてくれよ』グリン、ノシノシ

少女「どうしてですか?」

竜『いや…その…』

学者「照れているのだ、かわいいやつめ」

竜『なっ!? そんなわけあるかあ! 本当に落とすよ!?』

学者「ふははこんなにも座り心地のいい特等席をみすみす手離すような私ではないわ!」

少女「ダメだよお父さん、落とすなんてひどいことお嫁さんに言っちゃ!」

学者「…………」ズルッ、ドシャアアアァァ

竜『学者ーー!?』

竜『まさか本当に落ちるとは』

少女「お母さん大丈夫…?」

学者「ああ、五点接地で着地したからな」

少女「さすがだねお母さん!」

竜『(妙に受け身に長けた親子だな……)』

学者「やれやれまったく、どれ今度はもっと慎重に歩いてくれよ?」

竜『さりげなく落下した責任を押し付けるのやめろ』

学者「む? 湖だ! 湖があるぞ!」

少女「丁度いいですね、メビウスさん少し休んでいきませんか?」

竜『ん? 俺ならまだまだ歩けるけど?』

少女「あの、お恥ずかしい話実はこれ以上揺らされると決壊しそうです」

竜『降りて! 早く! 頼む!』

少女「はい、うぅ…」スルスル

学者「まったく我が娘ながら情けないな」ピョン

竜『大丈夫少女? 学者、酔いやすさは気合いで克服できるもんじゃないんだから……あ』

学者「ほれ落ち着いたか」サスサス

少女「うん……ありがとうお母さん」

竜『…………(手、爪……)』チラッ

学者「さあて! 目の前には水がある、ならばすることは決まっているな!」

竜『…わかる少女?』

少女「んー、もしかしたら、いやさすがに…」

学者「さすがだな我が娘よ! そうSWIMMINGだ!」ビシッ

学者「さて泳ぐためには邪魔な衣服を脱ぎ捨てならんな!」

竜『おまわりさーんこの人を公然猥褻罪で速やかにしょっぴいてくださーい』

学者「ふふ、愚か者め。何のためにこの巨大な荷物があるのだと思う? このようなシチュエーションなど想定済みだ!」

少女「色んな意味でやっぱりお母さんはすごいなー、楽しんでね?」

学者「何を言ってるのだ? 当然お前も泳ぐに決まってるだろ、ほれお前の水着だ」ズルリ

少女「な、なんで勝手に持ってきてるのー!?」

竜『随分と派手な水着だなあ、少女にしては意外だ』

少女「ちがっこれはお母さんが勝手に買ってきただけで…!」

学者「買ってやったはいいもののなかなか泳ぐ機会がなくてなあ。よかったなメビウス、娘の可憐な水着姿を思う存分凝視できて」

少女「わたしそんなの着ないから!」

学者「わがまま言うんじゃありません!」

少女「わがままじゃないよ! 正当な主張だよ!」

竜『(何でこの子は人間の文化的行為である着衣を頑なに拒むのだろう?)折角あるんだから一度くらい着てみればいいのに』

少女「うぅ…だってこんなの恥ずかしいよぉ…」

学者「自信を持て! 私の目から見てもお前はなかなかいい素材を持っているぞ、メビウスもそう思うだろう!?」

竜『えっ? ……ええと、少女は(健康的な意味で)とても、魅力的な身体してるよ?』

少女「ふえっ」

学者「貴様! 私の娘をなんて下賎な目で見てるんだ失望したぞ!」

竜『待って多分誤解だ』

学者「では私達は向こうの茂みで着替えて来るから貴様はここで待機しているように」

少女「いやだあ…」

竜『なんで態々移動するの? 俺と一緒の方が動物が寄って来たとき安心だよ? 着いていこうか?』

少女「…………」

学者「いや、うん、貴様の事だから何の悪意も思惑もないのだろう。だが敢えて言うぞ、寄るな変態性欲者」

竜『』

竜『(何故合理的思考に基づく提案をした俺があんな屈辱的な罵倒を浴びせられるんだ…)』ズーン

学者「よし着替えたぞ待たせたな!」ガサガサ

少女「うぅーもうどうにでもなれ…」

竜『わあ少女、なんだかいつも以上に愛らしさが際立っているね』

少女「あ、ありがとうございます…」

竜『なんで礼を言うの?』

学者「おい私の優美な肢体を目にとめて何の感想も述べないとは何事か!」

竜『え? いたのか学者……って』ジー

学者「な、なんだ誰が熟視していいと言った? それ以上見たら金を取るぞ!」

竜『……綺麗だ』ボソリ

学者「!?」ダダダダッバッシャアアァァン

少女「お、お母さーーん!?」

竜『そんなに泳ぎたかったのか』

少女「わあ水冷たいっ気持ちー」チャプン

竜『よかったね、ところで学者はまだ水面に上がってこないの?』

少女「ええと、心の整理がつけば戻ってくると思いますが…」

竜『? はあ。ならいいけど』

少女「メビウスさんは入らないんですか?」

竜『俺? 俺は…やめとこうかな』

少女「そうですか? でも水に浸かると気持ちいいですよ?」

竜『いや、そんなこと言われても俺泳げないし…』

少女「え、メビウスさん泳げないんですか?」

竜『な、なんだよその目は? 仕方ないだろ君達とは体の造りが全然違うんだから』

少女「もしかして水の中に入ったことは…?」

竜『ないよ。怖いもん』

少女「……ぷふっ」

竜『なにさ?』

少女「なんだかかわいいなあと思いまして」

竜『なかなか卓越した美的センスをお持ちだね、子供に好かれるような容姿ではないと自負しているのだけど』

少女「外見じゃなくて中身がですよ」

竜『中身…? 内臓…?』

少女「そういった意味ではなくて…まあいいです、とりあえず入りましょう?」

竜『いやだよ溺死はなかなか苦しい死に方だと聞いてるから』

少女「そんなすぐに溺れませんって、まずは手先だけからとか」

竜『……まあそれくらいなら』パシャン

少女「ではそのままもっと体を沈ませましょう!」

竜『いやいやこれ以上は危ないって、やめよう危ないから』

少女「大丈夫ですよ、ここならメビウスさんの身体なら余裕で足つきますから」グイッ

竜『水中で転ぶ可能性もありうるだろ!? 引っ張らないで怖い怖い! 離しやがれ!』

少女「むー、だったらわたしにだって考えがあります」

竜『な、なんだよ君に俺の体を引っ張れるような怪力は備わっていないと認識してるけど?』

少女「お母さんからあなたの弱点は聞いてるんです」

竜『え、ま、まさか』

少女「ここですよね……逆鱗?」サワサワ

竜『うひゃああああああああああぁぁあ』ビクビクンッ、ツルン、バッシャアアアアン

少女「……勝った」グッ


学者「な、何の音だ!? 鯨か!?」

少女「クジラじゃなくて竜だよお母さん」

竜「ぶくぶくぶく……」

学者「おい死にかけてるぞ」

少女「やりすぎたかも……」

竜『……うわあ! 危ねえ!』バシャン

学者「おお生還したか、よかったなメビウス」

竜『学者……コロス……』ギロリ

学者「私の不在の間に何があったのだ!?」

少女「お母さんだめだよ怒らせちゃー」

竜『君もだ少女! あの世で後悔するがいい!』

少女「そ、そんなあ! ひどいよあんまりだよ!」

学者「何が何だかさっぱりわからんが逃げるぞ娘よ!」バシャバシャ

少女「わかったよお母さん! ばいばいメビウスさん元気でね!」パシャパシャ

竜『待たんかこらあああぁぁ! ああでも怖くて一歩も動けねえええええ』ガクガク


竜『くそう、向こうで学者が手で下瞼を引き下げつつ舌を出しながらこっちを見て笑っている。何故だかわからないが屈辱的だ』

少女「メビウスさーん! 気持ちの問題です! 気合で頑張って!」

竜『君ももう少し具体的なアドバイスをしてくれよ…うん? 気持ちの問題?』

竜『(そう言えばあの書物には海に住む竜とかもいたな、ならもしかして…)』

竜『(泳げるようになりたい泳げるようになりたい泳げるように……よし!)』ソロリソロリ、ボチャン、バシャバシャバシャ!

学者「あれは何をしているのだ…?」

少女「多分泳いでるつもりなんだよ…きっと…」

竜『(くっそ何故体が水底へと吸い込まれていくんだ理解不能だ! …もしかしてもしかすると俺泳げてないのか!?)』ズブズブズブ


竜『(馬鹿な俺はちゃんと願ったぞなんでだ!?)』ゴボゴボ

学者「…………」

少女「あ、あれ……。お、お母さん! どうしようこのままじゃ本当に死んじゃうよ!?」

学者「……生きたければそう簡単に死なんだろう」

少女「え?」

竜『(浮べ浮べ浮べああもうなんで現実は真逆なんだ、ていうかやばい息できない、ほんとに苦し……)』ゴボボボ

竜『(あ、死んだこれ…)』ズブブブ

学者「まったく世話が焼ける男だ」ザブン

少女「お母さんどこ行くの!?」

竜『(でも思ってたほどの苦痛ではないかな、全身を槍で貫かれたときの痛みに比べれば全然ましだ)』

学者「…………」スイー

竜『(ああ不味いな次はどこに転生するんだろ、ここからそう遠くない場所がいいな、転生したら急いでここまで飛んで……)』

学者「…………ぐぼっ」グサッ

竜『(……あれ、俺の爪が学者の腹に刺さって……え!?)』ドクン!

学者「(おい何勝手にあっさりポックリ逝こうとしてるのだこのたわけが)」

竜『学者! 何やってるの早く爪を抜かなきゃ!』グイッ

学者「(こうでもせんと水中で会話出来んだろうが愚か者め、それより貴様何をしているさっさと上がってこんか)」ガシッ

竜『(無理だよ、泳ぎたいってさっきから願ってるけど何故だか全然泳げないんだ。でもほら、どうせ俺なら生き返るから大して問題は……)』

学者「…………」グリッ、ジワァ

竜『(ばっ、ばか何してんだそんなに押し付けたら傷口が…!)』

学者「(馬鹿はどちらだこの馬鹿が、貴様それでよく人の娘に命の尊さを語れたな)」

竜『(だって……有限と無限じゃ価値が違いすぎる)』

学者「(価値? そんなもの観測者によるだろ下らん。だがな、貴様のその腑抜けた生き方だけは私は絶対に認めんぞ)」

竜『(俺の生き方?)』

学者「(得体の知れない何かから押し付けられる生によってのみ動き、ましてや死を受け入れる今の貴様は決して生きてなどいない。生かされることは生きることとは違うのだ)」

竜『(でも、終わりがない俺はどうやっても生きているとは言えないよ)』

学者「(私は死ぬために生きているわけではない、生きたいから生きているのだ。この意味がわかるか?)」


竜『(…学者にとって終わることは重要じゃないってこと?)』

学者「(そうだ、だからゴールがあろうがなかろうが生きることに違いなどない)」

竜『(なら、俺はどうすれば生きることが出来るのかな?)』

学者「(簡単だ、自らが生きたいと願えばいい。そう思えることだけが生きている証だ)」

♪原始的欲求

竜『(……なら俺は、本当の意味で生きたい、俺自身の意思で生きてみたいよ学者)』

学者「(なら生きるために今度は何を願えばいい?)」

竜『(…生きるために死にたくない、だから俺は泳げるようになりたいんだ)』

バッシャアアアン!

少女「うわあ!? め、メビウスさん!?」

竜『泳げる、泳げるぞ! うひょーー!』ヒュゴゴゴゴ、ドヒュン!

学者「すごいな。あれは泳ぐというよりは、水中を飛ぶといった表現が適しているな」ザブン

少女「お母さん!? お腹から血が出てるよ早く止めないとっ」

学者「そうだな、私の荷物から救急箱を持ってきてくれ。傷口はそれほどではないが万が一のために消毒はした方がいいだろう。……死にたくはないからな」

少女「じゃ、じゃあ今すぐ持ってくるから待ってて」タッタッタ…

竜『ひゃっはっあーー! たんのしいいーー!』シュババババッ

学者「ぷっ、こっちはそこそこ大変なことになっているというのに何て浮かれようだ。……まあ、あいつのあんな楽しげな声を聞けただけで良しとするか」

竜『こんなに心から楽しいと思えるのは初めてだ!』

―1時間後―

竜『びっくりした…気がついたら2人ともどこかに消えててようやく見つけたと思ったら、いつの間にやら釣り上げた魚を焼き魚にして食事しててびっくりした……もう着替えてるし』ポタポタ

学者「新しい玩具を与えられた幼子の如くはしゃいでいたからな、そっとしておくのが優しさかと思ってな」

竜『誰も居ない場所ではしゃいでいる事に気付いた瞬間の疎外感はとんでもなかったよ…。ところで俺の分は?』

学者「ない」

竜『ないの!? 魚の骨はそこらにいっぱいあるのに俺の分はないってどういうことだよ!?』

少女「あの、わたしのでよければ…」ソッ

竜『おお、さすが少女だ。ありがたくいただくよ』

学者「おやおや、娘よそれだとメビウスと間接キッス! になるがいいのか?」

少女「な、何言ってるのお母さん!?」

竜『なあにそれ? あ、塩が効いててうまっ』モグモグ

少女・学者「「…………」」


学者「さて、予想以上に時間を食ってしまった。目的地に急ぐぞ」

竜『ねえいい加減どこに向かっているのか教えてくれよ』

少女「とっても綺麗な場所です!」

竜『綺麗、ねえ…はてさて俺もそう思えればいいんだけど』

少女「絶対そう思いますよ、楽しみにしててください」

竜『ちなみに学者はそこがどんな場所か知ってるんだよね?』

学者「うん? 私も知らんぞ?」

竜『えっそうだったの?』

学者「ネタバレほど興が冷めるものもないからな。少女が一体どんなサプライズをしてくれるか実に楽しみだ」

竜『ほー、じゃあ今のうちに驚く準備しておこう』

少女「そんなことしなくても絶対大丈夫ですよー自信ありまくりですから」


竜『ん?』シュルシュル

学者「どうした獣でも見つけたか?」

竜『いや、何だか匂いがね』

学者「何の匂いだ?」

竜『何か、妙に甘ったるい匂いが。これは……?』

少女「もう少しで見えますよ、ほら…!」

学者「これは……」

竜『花畑、だよね? 視界の中全部に花が見える…』

学者「いやしかし自然の中でこれほどまでに多種多様な花が密集し、花畑が形成され得るものなのか…?」

少女「どう? すごいでしょ?」

竜『…………』

学者「…………」

少女「あ、あれそうでもなかったかな? うぅ自信あったんだけどな…」

学者「いや何と言うか余りに想像を脱した光景でな、何を言えばいいのやら…」

竜『長い時の中を過ごしてきたけど、こんな驚かせられる風景は初めてだよ…』

少女「え、ええとわたし喜んでいいのかな?」

学者「…………」ボー

竜『…………』ボー

少女「わ、わーい……やっぱりわたしが期待してた反応と違う……何で…?」

学者「それにしてもこんな場所をよく知っていたな少女?」

少女「1年前ぐらいにね、偶然見つけたの。あの時は感動したなあ…」

竜『ここがあの時、少女が転んで学者に背負われて帰った日に俺に見せたがっていた場所なんだね?』

少女「そうです、今日ようやく見せることが出来ました。わたし的には大満足です」

竜『……綺麗だな。世界ってこんなにも綺麗だったんだ』

学者「今更気付いたのか? いい年して洞窟に引きこもっているからそんな当たり前のこともわからないんだぞまったく」

竜『そうだね、君達が強引に外に引っ張ってくれたおかげだね。ありがとう』

学者「いまいち礼を言われている気がしないな…」

少女「メビウスさん、一つ聞いていいですか?」

竜『なんだい少女?』

少女「ここに来て、少しでもよかったですか?」

竜『……ああ、今なら断言できる、俺はここに来ることが出来て本当によかったと思えているよ』

少女「えへへ、嬉しいなあ」

竜『ねえ学者、少女は一体向こうで何をしてるの?』

学者「もう少し時間が経てばわかるさ。やれやれここは本当に花だらけで座ることも出来ないな」

竜『……なんだかさ、夢を見ている気分だ』

学者「逆鱗に触れてやろうか?」

竜『さっき少女に触られたから必要ないよ。……少女、楽しそうだね』

学者「ああ、見ていると心が洗われるな」

竜『…本当は絶対に見ることの出来なかった光景なんだ』

学者「何が言いたい?」

竜『俺達は本来ありえない方法で彼女の命を繋いでしまった、これって実はとてつもなく罪深い行いなんじゃないのかな』

学者「私はあの子が救われるなら例え罪だろうが禁忌だろうが犯す事を躊躇しないがな」

竜『でもさ、これで本当に少女は救われたの?』

学者「……あの子の笑顔が嘘だとでも言う気か?」

竜『だって彼女の笑顔は永遠に変わらないよ。笑顔にしわが増えることも、大人の気品が漂うこともない。彼女はずっと無垢な少女の姿であり続けるしかない』

学者「それでも私は後悔していない、確かに少女はその身故に普通の人間には訪れない幾多の不幸を背負うことになるだろう」

学者「しかしそれ以上の幸福にだって出会えるはずだ。それらを知らずに終わってしまうよりはずっといい」

竜『その幸福は周囲との間に必然的に生まれる孤独という不幸を上回るほどのものかな』

学者「孤独ではないだろう、メビウスがいるからな」

竜『お、俺?』


学者「厚かましい願いなのは重々承知している。だがどうかあの子のことを見守ってやってくれないか?」

竜『…俺なんかが彼女の孤独を埋められるのかな?』

学者「貴様はあらゆる意味で適任だ。もっと自信に思っていいぞ」

竜『そう、かな』

学者「まあ、本音を洩らすと私が見守ってやりたいのだがな」

竜『それは駄目だ、こんな苦しみはこれ以上絶対に増やしちゃいけないんだ。もうこの血は誰にも使わせない』

学者「と、貴様は譲らんからな。だから頼んだぞメビウス」

竜『…………』

少女「メビウスさーん!」タッタッタッ

竜『なんだい少女…その手に持っているのは?』

少女「これはお花で作った冠です、あげます!」

竜『え、あ、ありがとう。これはどうやって食べればいいのかな?』

少女「違いますよ、頭に乗せるんです」

竜『……なんで?  頭部の保護にはいささか強度が足りないと…』

学者「ずべこべ言わずに黙って乗せろ、ほれ」パサッ

竜『なんかこそばゆい』

学者「ぷーくすくす! うひゃひゃひゃっ!」

少女「メビウスさん今とってもかわいいですよ!」

竜『か、かわいいだと!? この俺が!?』

学者「いやはやこれは可愛すぎて悩殺されてしまうなうひひひっ」

竜『…外していい?』

少女「お気に召しませんか?」

竜『なんかこれつけてると学者に指差されて笑われて不愉快だからさ…』

学者「こらこら外すな、ぷぷぷ、ある意味とても似合っているぞ」

竜『あ、でもこれなんだかいい匂いするね』シュルシュル

学者「はい、この紅白の花ここで始めて見つけたんですけどとても香りが良くてわたしのお気に入りなんです。花畑の隅っこの方に数本しか咲いていないので探すのにちょっと時間掛かっちゃいました」

竜『…うん、こういうのも悪くない。気に入ったよありがとう』

少女「はいっよかったです」

学者「なあ少女、私にはないのか?」

少女「うーん、お母さんには似合わないかなと思って」

学者「嘘だろ!? こいつより似合わないと言うのか!?」

少女「…………」ニコッ

学者「これほどまでに納得できぬ事案は初めてだ…」

―洞窟―

竜『やれやれ結局山道の入り口まで送っていくことになった、誰かに見られたらどう弁明するつもりだったんだ』

竜『……ふう、今日は少し疲れたな。でも、それに見合うだけの充実した時間だった。泳げるようになったし、いい香りのする冠は貰えたし』

竜『魚はほとんど食べられなかったけど代わりに花畑でご馳走になったサンドイッチという食べ物はとても美味しかったなあ、また食べてみたい。ああ考えただけで涎が出てきた』

竜『……生きるって楽しいことだったんだなあ』

今日はここまで、次回は♪てっぽう

おつ

―数日後、学校―

「えー、最近学校の近くで不審者が目撃されているそうです。ですので生徒の皆さんは、怪しい人を見つけたら決して近寄らないように」

少女「不審者だって男の子くん、気をつけないとね」ヒソヒソ

男の子「…………」コクリ

「見た目は大人の男性で、サングラス、マスク、帽子を着用。夏にも関わらず黒のコートを着ているそうです。また、歩く動作もどこかぎこちないそうなので特にこういった条件に当てはまる人を見かけたら近くにいる大人の人に知らせてください」

「重ねて言いますが決して近づくことのないように。では今伝えたことを忘れずに皆さん気をつけて帰ってください、以上。では起立」

少女「ねえ、なんで先生の言ってた不審者さんって暑いのに態々コートなんか着てるんだろうね?」

男の子「…俺その人見たことある気がする」

少女「そ、それほんと!? どこで?」

男の子「近くの公園で、帰り道に見かけた」

少女「ど、どんな人だった? やっぱり危なそうな人だった…?」

男の子「危ないかはわからないけど何故かその人、常に息が荒かった」

少女「それ間違いなく危ない人だと思うよ…、他に何か特徴は?」

男の子「うーんと、確か公園で遊んでいる女の子を離れたところで凝視しながら「もうここでいいか…いやこんな所じゃ……まだ早まるな……ハアハア」とか呟いてた程度」

少女「よくわからないけど何故かとてつもない恐怖を感じる……」

男の子「俺気になったからずっと見張ってたけど、その後すぐに公園から出て行ったよ。ずいぶん歩きにくそうだったけど」

少女「うぅん、でもやっぱり怪しいなあ。そんな人が近くにいるのかあ…」

男の子「心配ならこれをもっておくといい、催涙スプレー」サッ

少女「なんでそんなものがすんなり出てくるの…?」

男の子「1人で出かけるときは出来るだけ携帯しておくように」


―帰り道―

少女「わざわざ家まで送ってくれなくてもいいのに」

男の子「あわよくば送ったついでにお菓子でも馳走にあずかれるかなという魂胆」

少女「今日家にお母さんいないからお菓子出ないよ?」

男の子「!」ガーン!

少女「むしろ家にいるほうがめずらしいことは知ってるはずなのにどうしてそんな魂胆が湧いてきたのか不思議」

男の子「…少女がこっそりお菓子を戸棚から出してくれれば何も問題はない」

少女「そんなことしたら私が勝手に食べたんじゃないかってお母さんに疑われるもん。だからダメ」

男の子「…………痛恨の、ミス…! 何のために……俺は!」ガクッ

♪てっぽう

少女「本当にそれが狙いだったんだね、少なからずショックだよ」

男の子「…君の身の安全を守る二次的目的もある」キリッ

少女「前半だけなら最高にかっこいいんだけどなあ。そういえば男の子くんは帰り道大丈夫なの? 私にこのスプレーくれちゃったけど」

男の子「心配ない、これがある」サッ

少女「なにこれ? また折り紙?」

男の子「これを勢いよく振ると…」パァン!

少女「きゃっ!? な、何今の音?」ドキドキ

男の子「これで威嚇するから大丈夫」

少女「確かにびっくりするけど普通に逃げた方が賢いと思うよ…」

男の子「さて、彼女を無事送ったものの何も収穫はなかったし小腹を空かせたまま帰るか…」

男の子「…………(公園、気になるから見ていくか。予備のスプレーもあるから大丈夫だろう)」テクテク

―公園―

男の子「……(公園に着いたけど)」

不審者「…………ハアハア」

男の子「……(まさか本当にいるとは、またコート着て息荒げてるし)」

不審者「ハアハア……おや、君は……この前も僕を見ていた子だね」

男の子「……気付いてたんですか」

不審者「あんなに熱烈な視線を向けられたら気付かないわけないよ、ふふっ」

男の子「今日はここに女の子はいないようですが」

不審者「うん、そうだね。女児のいない公園なんて存在価値が消失してしまうからね、至極残念だ。まあ俺は君でもいいんだけどね?」

男の子「俺は嫌です」

不審者「そうかい、それは残念だ。なら私は他の子を探すことにしよう」

男の子「…どうして夏にコートを羽織っているんですか?」

不審者「とっておきの凶器を隠すためさ。そして見せたい相手が現れたら見せ付けてやるんだ、見てみたいかい?」

男の子「興味ないのでお断りします。では何故先ほどから息を荒げているんですか?」

不審者「これはね、これから自分がしでかすことに興奮を隠せないからだよ。ハァハァ」

男の子「なるほど、がんばってください」

不審者「おや、僕が何をするつもりなのかは訊かないのかい?」

男の子「訊いて欲しいのですか?」

不審者「そうだねえ、是非聴いて欲しいねえ。ある意味でそれが俺の目的だから」

男の子「そうですか、でも生憎俺はあなたが何をするつもりなのかについてはまったく興味を持てないのでお断りします」

不審者「ありゃりゃ、2回もこんなかわいい男の子に興味ないと言われるとは傷つくなあ」

男の子「そろそろ帰らないと俺の夕飯が消失するので帰ります」

不審者「ご飯より美味しいものをあげるからもうちょっとここにいなよ、ほらキャンディー」ガサゴソ

男の子「ありがとうございます」パシッ

不審者「そんなスプレーを向けなくても襲わないって、かわいい子だなあ」

男の子「かわいいという形容詞は普通男に向けて使うものじゃないです」モグモグ

不審者「それは君がものを知らないからだ。世の中には美しいものを醜いと言ったり、大切なものをどうでもいいと言う人達もいるんだよ。あ、勿論私は本当に君がかわいいと思ってかわいいという言葉を選んだんだけどね?」

男の子「…ならあなたは何を知っているというのですか」

不審者「知りたくもないこと、だよ。まったく不平等だ、なんで僕だけが知らないといけないんだ」

男の子「不平等なのはこの世界じゃ当たり前のことです」

不審者「へえ、その年齢でそう言えるって事は君は極端に上か下かどちらかの人間だね? でも俺は平等であろうとする心を失くしてはいけないと思うんだ」

男の子「……どんなやり方で平等を目指しているのですか?」

不審者「最低なやり方さ。……さて、こんな胡散臭いおじさんの与太話に付き合ってくれてありがとう。家まで車で送ってあげよう」

男の子「歩く方が健康にいいんで遠慮します」

不審者「なるほど、確かにそうだ。なら私も長生きするために徒歩で帰路に着くとしよう、車なんてもってないしね」

男の子「嘘つき」

不審者「はは、3つも嘘ついてごめんね。なら今度会ったときは本当のことだけを言うことにしよう。じゃあまたね、男の子くん?」ズル、ズル…

男の子「…………その妙な歩き方はなんなのか訊き忘れた」

今日はここまで、次回は♪はっぴーえんどいぞんしょうしょきしょうじょう

♪はっぴーえんどいぞんしょうしょきしょうじょう

―数週間後、洞窟―

少女「そうして、2人は不幸の連鎖に引き裂かれ2度と出会うことはありませんでした――」

竜『まさかのバッドエンドだった』

少女「これで終わりじゃないですよ、もう少しだけ続きます」

竜『えーでももう2人が結ばれることはないのは確定でしょ? だったら不幸で終わるような話はもう聞きたくないなあ』

少女「そうとは限りませんよ、2人がそれぞれ新しい幸せを掴むことだってありえるじゃないですか」

竜『…ううん、それ以外のハッピーエンドなんて俺には思いつかないけどなあ』

少女「あともう少しでわかりますよ、あと数回で恐らく読み終わりますから」

竜『そうかあ、もう終わりと思うとなんかちょっとさみしい気持ちになるねえ』

少女「わたし他にもまだまだ一杯小説持っているんです。ですから、その、興味があるならわたしが読むのを聞いて欲しいなあなんて…」

竜『おお、それは本当かい? それは実に楽しみだ。今度は何の憂いもなく幸せな結末を迎える物語を聞かせて欲しいな』

少女「……なんか、メビウスさん本当に変わりましたね」

竜『いい意味で? それとも?』

少女「もちろんいい意味です」

竜『だと思ったよ、ふふっ』

少女「そういえば、花冠ずっと付けてくれてたんですね」

竜『付けてるとずっといい匂いがするからね、でも最近はほとんど香らなくなってきたなあ』

少女「やっぱり生花だとどんどん元気なくなりますから、でも造花で作っても香りませんし…」

竜『あの花畑はちょっと遠いしねえ、でもこんなにいい匂いのする花この近くにはないし…』

少女「…そうだ、わたし今度お花屋さんでこれと同じ花探してきますよ」

竜『えっ、花なんかを店で売って商売として成り立つのかい? そこらにいくらでも咲いているのに? 食べられないのに?』

少女「はい、野生じゃめったにない貴重な花とかが売ってて結構人気はあるんですよ……ところでメビウスさんって知識変に偏ってますよね」

竜『か、偏ってる? できるだけ幅広いジャンルの本に接してきたつもりだったのにな……』

少女「そんなあなたにおすすめなのがこの本です」サッ

竜『準備いいね、これは植物図鑑?』

少女「というよりは植物、特に花に関するうんちくが載っている本です。例えばわたしの誕生花は……この"チランジア"という花で花言葉は"不屈"です」

竜『これはどういう法則に基づいて決められているんだい?』

少女「これはそういった小難しいことは考えずに楽しむものですっ」

竜『そ、そうなんだ。じゃあ…学者の誕生花は?』

少女「ええと、お母さんの誕生日は10月7日だから"シオン"で花言葉は"あなたを忘れない"」

竜『確かにあんな濃いキャラクター性を持つ学者のことはなかなか忘れられないよね』

少女「色んな人に色んな印象を残す人ですからねお母さんは…」

竜『それにしても少女が"不屈"、ね』

少女「お母さんと違って全然似合わないですよね、なんだかなあ」

竜『……所詮言葉遊びみたいなものだからさ』

少女「前から思ってたんですけど綺麗ですよね」

竜『主語を言いたまえ主語を』

少女「メビウスさんのウロコのことです。宝石みたいにきらきらしていて、わたしとっても好きです」

竜『あー、まあそういう需要も昔あったなー。コレクションとかね、嫌な思い出だ』

少女「コレクション…?」

竜『いや君がそんな邪なことを考えてないことはわかっているんだ。…でもなあ、君達にはいっつも与えられてばかりだからなあ、うーん』

少女「あの、何を深く考え込んでいるんですか?」

竜『いやね、いつものお返しにこのウロコをプレゼントしようかと思ったんだけどこれ固くてなかなか剥がせないんだよね。人間の素手じゃ絶対に無理』

少女「え、でも剥がしたら痛くないですか? それにちょっとグロテスク…」

竜『まあ洒落にならないぐらい痛いけど俺があげたいんだからその件は別にいいんだよ。うーん、しょうがない無理やり自分で引っぺがすか、剥がれるかなあ自信ないなあ……』

少女「いやいやそんなことされたらわたしの方が罪悪感で一杯になりますから止めてくださいよ!」

竜『え、でも欲しくないのウロコ?』

少女「…確かに欲しくないと言えば嘘になっちゃいますけど……」

竜『すーはーすーはー…よし剥がします!』ググッ

少女「わーー! 早まらないで!」

竜『くっそ、やっぱ痛くて途中で力が抜けてしまう…俺はなんて意思が弱いんだ……』ズーン

少女「メビウスさんからあんな奇声が飛び出してくるとは思いもしませんでした。あの、でしたら少し触ってみてもいいですか? わたし1度でいいから宝石に触れてみたかったんです」

竜『本物の宝石ではないけどね、それくらいならどうぞご自由に』

少女「やった。失礼します、わーなんかすごい…」ペタペタ

竜『なんかこそばゆいな』

少女「(これ、本当に剥がれないのかな?) んしょっ……」ペリッ、ポロン

竜『え』

少女「あ、あれ。剥がれちゃった…え?」

竜「お、おごごごごごごごごごごごごごご」ブクブク

少女「ひいー! メビウスさんが泡吹いて失神しかけてるそんなに痛いんですかどうしよー!?」

竜『君……握力何キロ?』

少女「多分いたって平均的ですけど」

竜『信じられない、こんなこと今まで1度もなかったのに何故だ…?』

少女「あの、体はもう大丈夫ですか? さっきはわたしのせいで大変なことになってましたけど…」

竜『我ながらとんだ醜態を晒してしまったよ。まあ結果的には渡すことが出来たから良しとしよう』

少女「あ…えと、わたしこれ一生大事にします! 本当にありがとうございました」

竜『うんうん、そう言って貰えるとあげた方も嬉しいよ』

少女「……もう少しで…できました完成です!」ジャーン!

竜『ええと、これはいつぞやに見せてくれた鶴とかいう生物とは違うようだけど』

少女「これはフェニックスです、ようやく折れるようになりましたこれで彼にぎゃふんと言わせられます!」

竜『フェニックスというと、火の鳥、または不死鳥という異名で有名な?』

少女「え、そうなんですか? 実はわたし名前しか知らないんです」

竜『…伝説によると不死鳥という名の通り生と死を繰り返すことによって永遠の時を生きるらしいよ。そしてその血を飲んだものには――』ハッ

少女「? どうしたんですかメビウスさん?」

竜『……飲んだものには不老不死が宿るらしいよ』

少女「へー、そんなすごい力を持っていたんですねその鳥さんは。不老不死かあ…」

竜『俺と、同じだね』

少女「え、あ、そういえばメビウスさんもずっと生きてきて…」

竜『そうだね、途方もなく長い時間だったよ』

少女「…どうでしたかその長い時間は?」

竜『退屈だったよ、とても。それに苦しかった』

少女「今も、苦しいですか?」

竜『君にはどう見える?』

少女「とっても楽しそうに見えます」

竜『…ばれた?』

少女「ばればれですよ、一緒にいればわかります」

竜『周知の事実だったか…、そうだね、今は不老不死も悪いもんじゃないのかもと思ってるよ。だから俺は君に訊かなきゃいけないんだ』

少女「え、何をですか?」

竜『もし少女が俺と同じ立場になったら、君はそれでも耐えられるかい?』

少女「え、えっと、どうしてそんなことを訊くんでしょうか…?」

竜『少女、今質問をしてるのはこっちだよ』

少女「あ、あう……」

竜『よく考えて、偽りのない君の答えを聞かせて』

少女「…………多分、耐えられません」

竜『……そう、か。そうだよな…』

少女「…1人なら、無理だと思います、わたし弱いから。でも、誰か他の人と一緒なら」

竜『…一緒なら?』

少女「いける、かも?」

竜『疑問系?』

少女「ごめんなさい、やっぱり実際そうなってみないとわからないですね」

竜『だよね、うん、突然変な事訊いてごめんね?』

少女「あの、どうしてそんなことを訊いたんですか?」

竜『未来に希望を求めているから、かな』

少女「あ、そういえば本当に天井に刺さったんですね。あそこに穴が空いてます」

竜『あのお喋り学者め…』

少女「でもその体勢だと天井にまで届かなさそうな気がするんですが」

竜『いやあ、ちょっとした思い付きで二足歩行出来ないか試してたんだ。そしたらこの結果だよ』

少女「何故そんなことを…?」

竜『新しいことが出来るようになったら楽しいと思わない?』

少女「…なるほど、それでできるようになったんですか?」

竜『ふふっ日ごろの特訓の成果を見せてやろう、表に出るがいい!』

少女「…ええと」

竜『どうだ、驚いたか!』ゼーハー

少女「合計まさかの5歩でしたね」

竜『これ以上は足腰に負担が…でもすごいだろ!』ムフン

少女「う、うーんすごいといえばすごいんですけど、他の能力に比べると恐ろしく地味っていうか…」

竜『…………』ムスッ

少女「いえでも驚きました! 見ていてこんなにハラハラしたのは初めてです! お疲れ様です!」

竜『全然嬉しくないんだけどっ』ムッスー!

少女「数学なんてこの世からなくなってしまえばいいと思いませんか?」

竜『微塵も共感できん』

少女「彼数学だけはできるから悔しいんです。他の教科は壊滅的なのに…」

竜『その男の子って人、実は結構頭良いんじゃないかな』

少女「ええ? そんなことないですって彼は紛れもなくアホの子ですよ?」

竜『そうかなあ…まあどっちにしても君が数学への苦手意識を克服しないといけないことに代わりはないけどね』

少女「どうすれば出来るようになるんですかね…」

竜『自分でやってみたい! と本気で思えれば自然と出来るようになると思うけど』

少女「思えないから苦労してるんですよもう」

竜『学者のことなんだけどさ』

少女「はい?」

竜『最近君をここに送迎する時以外来ないけどもどうしたの?』

少女「んー、なんでも国のとっても偉い人たちからお仕事を依頼されて忙しいらしいです。具体的な内容は教えてくれませんでしたけど」

竜『ふーん…彼女が自分の興味のある分野以外で他人のために働くとは思えないんだけど』

少女「全然ツマラナイ仕事だそうで何度も断ってるんですけどそれでも協力をお願いされているみたいです」

竜『なかなか粘着質な連中だね』

少女「そこまでして何をお母さんに手伝って欲しいんですかね?」

竜『(少女に仕事の内容を隠していることを考えるとロクな仕事ではないだろうな)まあ学者はあの性格だから絶対にやりたくない事はどんなに金を積まれてもやらないでしょ』

少女「収入が不安定だからそこを何とかして欲しいんですけどね」

竜『そんな現実的過ぎる言葉を子供から聞きたくなかったなあ』

竜『そういえば少女は髪をリボンで束ねているよね』

少女「はい、これお母さんから貰ったものなので大事にしています」

竜『学者も後ろ髪長いけど邪魔じゃないのかなあ』

少女「冬場暖かいからあの髪型らしいです」

竜『だったら夏は暑いだろう』

少女「そっちはへっちゃららしいです」

竜『基準がよくわかんないな…』

少女「参考までにメビウスさんは短いのと長いのどっち派ですか?」

竜『……長いほうかな、見てて綺麗だなと思うから』

少女「なるほど、ではお母さんにメビウスさんが髪型を褒めていたことを伝えておきますね」

竜『伝えてどうするの?』

少女「お母さん口には出さずとも絶対大喜びしますよ」

竜『はあ、そんなことで喜べるのか人間は』

少女「この場合大事なのは誰が褒めたかですよ」

竜『…ふうん?』

少女「メビウスさんには夢ってありますか?」

竜『えっとそれは睡眠中に現れる方ではなく?』

少女「将来叶えたいことという意味でです」

竜『現状で満足してるよ』

少女「何かやりたいことはないんですか?」

竜『やりたいことねえ…そうだな、恋がしたい』

少女「えっ!? そ、それは意外ですね」

竜『そう? 君達が言うには大切にするべき感情なんだろう? 俺がまだ体感したことのない気持ちだ』

少女「…本当にまだ味わったことないですか?」

竜『そのつもりだけど』

少女「う、うーんそれを聞いたら確実に落ち込む人がいますよ」

竜『元気出して』

少女「わたしに言われても…ううん、あんなにわかりやすいリアクションしてるのに何で気付かないんだろうなあ」

竜『何の話?』

少女「どっちもそういうのとは疎遠な生き方をしてきたからだろうなあ…これは大変だ」

竜『なにが大変なんだ』

少女「あれです、理解したいならメビウスさんなんなら恋の練習してみればいいです」

竜『はあ。出来るならしてみたいけど一体どうやって?』

少女「お母さんとデートしましょう」

竜『えー…絶対お断り』

少女「ばかやろう! なんでですか!?」

竜『ストレートに罵倒された…いやあだって学者って今は恋とか興味ないって聞いたよ? そんな相手とやっても練習にならないじゃん』

少女「くあー! これはひどい! ひどすぎる!」ジタバタ

竜『落ち着きなよ、ほら深呼吸』

少女「お母さんはあなたの場合に限っては例外なんですよ! 興味ありまくりなんです!」

竜『…ああそうか、異種間で成り立つのは珍しいからか。獅子と虎的な』

少女「なんでそうなるかなあああぁぁ」

竜『違うの? 自信あったんだけど』

少女「メビウスさん! あなたはお母さんのことどう思ってるんですか!?」

竜『え、…見ていて面白い』

少女「うーん! 何か違う! 他には!?」

竜『他にと言われても…あ、たまに可愛い』

少女「それですよコノヤロウ!」

竜『でも少女も可愛いよ?』

少女「あ、ありがとうございます…じゃないですよスケコマシ! ほらわたしのは自分で言うのもなんですけど多分小動物的可愛らしさですよね?」

竜『う、うん? そうなのか?』

少女「でもほらお母さんのはこう胸が…キュンとしません?」

竜『……心筋症とかじゃなくて?』

少女「健全な反応ですっ」

竜『…やっぱよくわからないな。それが恋してるときの感覚なの?』

少女「らしいですね」

竜『実体験があるわけじゃないのか』

少女「怒りますよ?」

竜『ご、ごめんなさい』

―夕方―

竜『……学者迎えに来ないねえ』

少女「もしかしてお仕事忙しくて迎えに来るの忘れてるのかなあ」

竜『しょうがない。これ以上暗くなったら危険だから送っていくよ。いつも2人とも同じ道を通ってきてるから行き違いにはならないでしょ』

少女「そ、そうですよね。…どうしたんだろお母さん?」

竜『ほら、着いたよ』

少女「はい、ありがとうございますうぷっ」ピョンッ

竜『…結局行き違わなかったねえ』

少女「やっぱり忘れてるのかなあ…わたし家に帰って確認してきます」

竜『そっか、じゃあまたね』

少女「はい、ではまた」タッタッタ…

竜『……学者が少女の事を忘れるなんて絶対ありえないんだけどな』

―自宅―

少女「…あれ、玄関の鍵が開いてる」

少女「? お母さん帰ってきたのかな?」ガチャ

少女「お母さーん…わっ」

学者「…………」

少女「お母さん電気も付けないで何してるの?」カチッ

学者「……少女…か?」

少女「う、うんわたしだけど」

学者「そうか…すまんな迎えに行けなくて」

少女「それはいいけどお母さんどうしたの、顔怖いよ…? メビウスさんみたい」

学者「…ぷっ、おいおいそんなことを言っていいのか」

少女「だってわたし達はメビウスさんの外見に惹かれたわけじゃないでしょ?」

学者「そうだな、私達は奴の心柄に惹かれたのだろうな」

少女「そうだ、お母さんにお願いがしたいことがあるんだけど」

学者「うん? お前のためなら可能な限り応えよう」

少女「あのね、メビウスさんとデートの練習して?」

学者「ほうなるほどメビウスとデートか……ほあああぁ!?」ガタッドサッゴンッ

少女「お、お母さん頭打ったけど大丈夫!?」

学者「だ、大丈夫だほんの少しだけ動揺してしまった。え、すまん今何と言った?」

少女「メビウスさんとデート」

学者「ふおおおおおぉぉ!?」ゴロゴロバタンバタン

少女「お母さんいくらなんでも動揺しすぎだよ!」

学者「お、落ち着いとるっ私はこの上なく落ち着いているぞ娘よっ…」ゼーハー

少女「デー…」

学者「やめろその単語を口にするなそろそろ心臓が爆裂する!」

少女「それでいつならしてくれるの?」

学者「未来永劫せんわ! そもそも何故私があいつとででででデートなどわけのわからんことを…」ゴニョゴニョ

少女「メビウスさんがしたいって言ったんだよ?」

学者「メビウスがきゃ!? ほほ本当にか? からかってるんだろう!?」

少女「ううん、からかってないよ。すごい興味津々だった」

学者「む、むう……し、信じられん…だがこれはある意味チャン…」ゴニョゴニョ

少女「ちゃん? ごめんよく聞こえなかった」

学者「ななななんでもないのだ気にするな! ……う、うむしかしデートの練習など聞いたこともないしするべきでもないんじゃないか…?」

少女「難しく考えずに楽しめばいいよー、それともメビウスさんとじゃいや?」

学者「そ、そんなことはないが…」

少女「じゃあ決まりだね。いつにする? 明日?」

学者「まてまて勝手に決めるな! そもそも何をすればいいのかもわからんし…」

少女「うーん、じゃあこういう時にしか言えない言葉を言うとか」

学者「…?」

少女「アイラブユー、とかね?」

学者「」

少女「ほらあくまでデートしてるときはどっちも好き合ってるって設定だから、ね?」

学者「…………しゃ、シャワー浴びてくる! その話はまた今度だ!」ダダッバタン

少女「あ、行っちゃった、もう奥手にもほどがあるなあ」

少女「このままじゃ絶対に進展しないしわたしが何とかしないとね、どうしようかなあ」

少女「って、考えるのは晩御飯作ってからにしないと」

少女「まずテーブルの上のコップ二つ片付けて、そうだ、今日はお母さんの大好物の……」

今日はここまで、次回は♪奇跡

―数日後、町中―

男の子「眠い」

少女「もうこんにちはの時間だよ、でもわざわざ買い物に付き合わせちゃってごめんね?」

男の子「構わない、早起きは健康にいいから」

少女「だからもうお昼だって…あ、男の子くん寄りたい場所ある?」

男の子「菓子屋」

少女「相変わらずお菓子好きだねー、ちなみに持ち合わせは?」

男の子「……道端に小銭が落ちてる可能性を考慮すればいける」

少女「そんなミジンコレベルの可能性にすがらなくとも付き合ってくれたお礼に奢るよ…」

男の子「よっしゃ」

少女「そうだわたしフェニックスも折れるようになったんだよすごいでしょ!?」

男の子「な、なに? 物証はあるのか物証は!?」

少女「あるよーほらっ」ジャーン

男の子「ぐはあっ! そうか……ついに師匠を超えたか…」

少女「特に弟子入りした記憶はないんだけどなー」

男の子「仕方ない、免許皆伝だ…!」

少女「すごいわざわざ作ってしかも持ち歩いていたんだ……無駄に達筆だし」

男の子「額縁に飾って置くように」

少女「机の中に大切にしまっておくね」

男の子「…まあそれでもいい」

少女「そういえば男の子くんお昼ご飯食べた?」

男の子「モンブランを少々」

少女「とんでもない答えが返ってきた。ちゃんと野菜も食べないと体に悪いよ?」

男の子「サラダにハチミツをかけるとおいしいよね」

少女「君その乱れ切った食生活を改めないと将来絶対に病気になるよ…」

男の子「背に腹は代えられぬ」

男の子「…………」モチャモチャ

少女「わたし歩きながらショートケーキほお張る人初めてみたよ」

男の子「店員が再三に渡り「箱に入れなくていいんですか!?」と訊ねてきて困った」モシャモシャ

少女「そりゃ目の前の客が持ち帰り用の小皿を懐から取り出すとは思わないでしょ」

男の子「いちご食べる?」

少女「食べる」

男の子「はいあーん」

少女「歩きながらは危ないから普通にもらうね」ヒョイッパクッ

男の子「…………」モグモグ、ゴクリ

少女「あ、着いたよ。お花屋さん」

男の子「芳しい香りが現代社会で荒んだ心を癒す」

少女「こんにちはー、店員さんお久しぶりです」

店員「あら、久しぶり少女ちゃん。今日はボーイフレンドと一緒?」

少女「えっ、ちが」

男の子「(友人として)お付き合いさせていただいております名を男の子と申します、以後お見知りおきを」ペコリ

店員「これはこれはご丁寧に…少女ちゃん面白い子を掴まえたわね」

少女「ええ、幸か不幸か。ところで今日は探している花があるんですけど名前がわからなくて…」

店員「いいわよ、探してあげる。特徴は?」

少女「香りが特徴的で…」

男の子「(2人とも店の奥に行ってしまった、仕方がないから入り口付近で棒立ちでもしてよう)」ボー

男の子「(花屋って初めて訪れたけど結構色んな客が来るんだな、様々な人が頑なに仁王立ちを崩さない俺のことを不審な目で見てくる)」

男の子「(……また、誰か来たみたいだ。あれは……何だ、ただの土気色の顔をした若人か)」

男の子「(…………素通りした? 奇怪なポーズをしている僕のことを一瞥もせずに。小汚いコートをはためかせながら……コート?)」

男の子「…………」

店員「うーん、やっぱりそんな花は聞いたことがないわね」

少女「そうですか…残念です」

店員「ごめんねお役に立てなくて、今度知り合いに聞いてみるわ。代わりにといったら何だけどとってもいい香りの花が入ったの、見てみない?」

少女「ほんとですか? 是非見てみたいですっ」

店員「こっちに置いてあるんだけど…」

不審者「あー、ちょっといいかな?」

店員「あ、ごめんなさい今こちらのお客様をご案内しているところでして…」

不審者「あはは、すみませんあなたじゃないんです。用があるのはそっちの可愛らしいお嬢さんの方です」

少女「えっ、わ、わたしですか?」

不審者「そうだよ、こんにちは少女ちゃん」

少女「えっと、以前お会いしたことがありましたか?」

不審者「いやあ、直接会ったことはないかな。ただ不公平にも話とか写真で君のことを一方的によく知っているんだ、学者からね」

少女「お母さんから…?」

不審者「そう、僕が心から尊敬していたあの学者からね。学者は俺に彼女自身のことよりもたくさん話してくれたよ、血の繋がっていない娘の自慢話をね」

少女「えっ、血の繋がっていないってどういう意味…?」

不審者「悪いけどそれは私にとってどうでもいいんだよ、重要なのは今君が生きていることなんだ」

少女「わ、わたし…」

不審者「どうして生きているのかな? 君は本来あの奇病で死んでたはずなんだ」

少女「わかり、ません、あなたが何を言っているのか…」

不審者「僕達が全力で研究したのに関わらず何もわからなかった奇病だ。君が助かる可能性なんて万が一にもなかったはずだ」

少女「もう、もう帰ってください…」

不審者「ところがだ、ある日を境に君は急激に回復した。魔法でも使ったみたいだ」

不審者「そして学者は奇病の研究を突然やめてしまったんだ。ありえないよね、あの学者が娘を死の寸前まで追いやった病の謎を何も解明しないまま放置するか? そんなこと絶対ありえない」

不審者「きっと彼女は君が治った原因について心当たりがあるんだ。そしてそれについて触れられたくないから研究から身を引いたんだ。だとしたら」

不審者「彼女はどんな禁忌を犯して君を救ったんだろうね?」

少女「…………」

不審者「さてここで別の話をしようか」

店員「あの、お客様…こちらのお客様をこれ以上怯えさせるのは…」

不審者「そうだねじゃあ店員さん、今この国がどんな状況下に置かれているか知っているかい?」

店員「は、はあ?」

不審者「実はね、この国のトップ、つまり国王が謎の奇病で死に掛けているんだ。知ってた?」

店員「え……は?」

不審者「知ってるはずないよねえ、だって隠してるんだもん。このままじゃ戦争が起きちゃうのに国民にそれを秘密にするなんてひどいよねえ」

店員「ま、待ってくださいあなたさっきから何を言っているんですか!?」

不審者「真実だよ。ポイントはそこじゃないからなんでそうなるかの説明は省くけど、とにかく国王の死がきっかけで戦争が始まっちゃうんだ。といっても早々に白旗を揚げるから死人は少ないと思うよ」

不審者「代わりにこの国の人は他国から人間として扱われなくなるけどね」

不審者「さて、そんな最悪の結末を回避するにはもう少しだけ国王には長生きしてもらわなければいけない、せめて彼ほどの手腕を持つ後継者を見つけるまではね」

不審者「でも国王の体は日に日に謎の病に蝕まれていく、だからこの国の偉い人たちは奇病の治療法の模索をこの国のとある偉大な学者に依頼した」

不審者「君のお母さんにね」

少女「お母さんに…」

不審者「でも彼女は依頼を断ったんだ。治療法に心当たりがあるはずなのに、そして依頼を断れば祖国がどうなるかわかっているのに」

不審者「今この国と、彼女は秘密を抱えすぎなんだ、そしてその秘密に国民は陥れられようとしている。そんなのは駄目だ、俺達にはそれを知る権利がある」

少女「あなたは、一体何をする気なんですか…?」

不審者「彼女が口を閉ざしているのは間違いなく君を守るためなんだ。だからさ、ごめんね?」グイッ

少女「きゃっ」グラリ

店員「な、何をしてるんですか手を離しなさい!」

不審者「近づくな、このコートの下の爆弾の巻き添えになりたくなければね」バサッ

店員「え、は、爆弾…って、は?」

不審者「早く逃げた方がいいよ、君の死はこの国の何の糧にもならないただの無駄死にだからね。あ、この店ちょっと爆破しちゃうけどごめんね?」

少女「て、店員さん……!」ブルブル

店員「しょ、少女ちゃん…」ガクガク

不審者「何してるの良心が痛んでるの? どうせ力を持たない君には自分以外誰も助けられないよさっさと逃げな、ほら事情をようやく察した他の客達は一目散だ」

店員「えっ、あっ、わ、わたし…」ガクガクガクガク

少女「店員さん…お願い…逃げてください…」

店員「ご、ごめんなさい! 本当に!  わたし、ごめんなさい!」ダダッ

不審者「あーあ、見捨てられちゃったね可哀想に」

少女「悪くない…店員さんは悪くない…」

不審者「そうだね、悪いのは全部私のせいにしてしまえば誰も傷つかずに済むだろうね。さて、ちょっと入り口付近に移動しようか、やれやれ爆弾が邪魔で移動するのが大変だなあ」ズルズル…

少女「……なんで、こんなことに」

不審者「ほら下ばかり見てないで外を見てごらん、野次馬と警官だらけだ。君の人生の中で間違いなく一番注目を浴びてるよ」

少女「…………」

ジリリリリリン!

「おや、電話だ。店員がいないから僕が出るしかないね、よっこいしょ……ハロー?」ガチャ

《こんにちは、私は…》

不審者「警察の人だろう? お勤めご苦労様です、前口上は時間の無駄だからさっさと本題に入ってね」

《……要求はなんでしょうか?》

不審者「そんなものないよ。ただこうやって君達が集まってくれればそれでよかったんだ」

《……?》

不審者「某新聞社に送りつけた告発状の内容は全部本物だよ、ただそれだけじゃ証拠が何もないから説得力を持たせるためにもこんな事件を引き起こしたってわけ。告発文がいたずらだと思われたら困るからね」

《どうすれば人質を解放する?》

不審者「それは無理だよ、だってこの子を殺すことが俺の目的だもん。だから君達の仕事はその愚かで憐れで愛らしい野次馬達を安全な場所に避難させることだけだよ」

《…………》

不審者「いや、もう一つお願いがあったな」チラッ

《……?》

不審者「それはね……」ゴソゴソ

男の子「う、あああああああああああああああああ!!」ダダダッ!

不審者「…………」カチャリ

パンッ

男の子「……あ」ドサッ

少女「え、男の子くん……え、なんで……なんで!?」

不審者「まだ1人店内に逃げ遅れがいるから持っていってくれない? あ、早く処置しないと銃傷による大量出血で死ぬよ?」

《! …………》ガチャリ、ツーツー…

男の子「…………」ビクビクッ

少女「男の子くん! ねえ!? しっかりして!!」

不審者「さて、警察が回収にくるから店の奥に移動するよ」グイッ

少女「やだっはなして! 男の子くんお願い目を開けてよ!? 男の子!!」ズルズル

男の子「…………」ダラダラ

不審者「…彼のような人がいるから私はやりとげなければならないんだ」

少女「ひっく……男の子…うえぇん…」ポロポロ

不審者「…………」

少女「おとこのこぉ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃ…」

不審者「……それはこっちの台詞だ。さて、始めようか」

少女「ごめんなさい…わたしのせいでごめんなさい…許して許して」

不審者「大丈夫、死は全てを赦してくれるよ。だから怖がらないで」ナデナデ

少女「…………ごめんなさいごめんなさい…」ブツブツブツブツ

不審者「もう君には誰の声も届かないか……。じゃあ……いこうか」カチッ

ウオオオ本当ニ爆発シタ!

スゲー見レテラッキー!

マジデ!? 人質モ犯人モ死ンダノ!?

ココハ危険デス近付カナイデクダサイ! 繰リ返シマス近付カナイデクダサイ! 写真ヲ撮ラナイデクダサイ!

オマエ犯人ノ、告発文ッテ読ンダ? アレウケタワーマジ笑エル

読ンダ読ンダ、ダレガアンナ妄想話信ジルカッテナ? 犯人モ馬鹿ダヨナー、コンナンデ国民ヲ騙セルトデモ思ッタノカ? マサニ無駄死ニ

オイ、チョット中入ッテミヨウゼ、オレ死体トカ興味アルンダヨネー!

ドウセ木ッ端微塵デショー、何ニモ残ッテナイッテ…

「おい、見てみろよあそこに落ちてるの腕じゃないか?」

「うわ、マジかよ気持ちわるっ吐きそうおええ」

「すげーってっきり跡形もなく吹っ飛んだとばかり……おい」

「あー? なんだよ、気分悪くなったし飽きたしもう帰ろうぜー? 警察がいて中見れそうにないし」

「ちがっみろっ! 腕! 見ろ!!」

「なんでまたあんなきしょいものを…あ、あれ?」

ズゾ、

「あ、あれ、待って俺変なもの見える。お前は違うよな? な?」

「い、いや、お、俺も…」

ズゾゾ、ズゾゾ、

「う、嘘だ。だ、だって腕が、か、勝手に動いて…?」

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾ、

♪奇跡

ズゾゾゾゾゾゾ、ズゾゾゾゾゾゾゾゾ…

「う、うわあああああああ足が動いてるぞおおおお」

「こっちは耳が動いてる! こ、こっちにくるなああ!」

「肉片が臓器に変わっていってるなんだこれはありえないありえないおえええええええ」

「お、おい肉片が一箇所に集まって……まさか」

ぐちゅりぐぢゅりくちゅりぐりゅり、ぐりゅぐにゅ、ぐちゅん

少女「……………………ぁれ」

少女「…………あれ、わたし」

少女「…………(わたし、裸だ。それに大勢の人がわたしを見てる、恥ずかしいな)」ボー

「…………だ、そいつはバケモノだ!」

少女「……え」

「あんなおぞましい光景を見せたこいつが人間なはずがない! 近くにいると殺されるぞ!」

少女「え、わたし」

「喋った! きっと私達を油断させて食べる気なんだ! 早く殺さないと!」

少女「ち、違う…話を聞いて」

「お、おいお前も見ただろう、バケモノが大人しい今の内に本当に処分したほうがいいんじゃないか?」

「でも全身バラバラになって生き返るようなバケモノだぞ、下手したらこちらが殺されるかも…」

少女「待って、お願いです、何がどうなってるんですか…?」ヨロヨロ

「う、うわああああこっちにきたぞ! 喰い殺される!」

「邪魔だどけ! お前らが代わりに喰われろ!」ドン

「く、来るなあ! 死ねえええ!」パンパンッ

「ば、馬鹿こんな人ごみの中で撃ったら一般市民に当たるだろうが!」

「ぐあああああ痛えええええよおお!」

「誰か喰われたぞ俺は絶対にいやだ助けてくれえええ」

少女「はあっはあっ!」バタバタ、バタン!

少女「はあ…はあ……(何とか人ごみに紛れて家まで逃げてこれたけど…)」カチャリ

少女「(…なんで? なんでわたし追われてるの? なんでバケモノってみんなから言われてるの? なんでわたし死んでないの…?)」

少女「(なにこれわからないよ、いやだ、誰か、助けて、わたしがわたしじゃなくなる、怖いよこわいよ)」ガクガク

少女「(だれかたすけて)」

ドンドン!

少女「ひいっ」ビクゥ

「おい本当にこの家に逃げ込んだんだよな?」

「ああ、間違いない。だが鍵が掛かっているな」ガチャガチャ

「どけ、緊急事態だ、こいつでそんなものふっ飛ばしてやる」カチャ

少女「(こ、殺される……逃げなきゃ…、でも足が動いてくれない)」ガクガク

「よし、いくぞ。離れてろよ…」カチッ

学者「貴様らそこで何をしている?」

「ああ、家主の方ですか。実は私達警察のものでして」

学者「警察が不法侵入か? いよいよこの国の国家権力は腐りきったようだ」

警察「実はですね、この家にバケモノが侵入したという通報を受けたのですよ」

学者「化け物? なんだ貴様らその年になってサンタクロースを信じている輩か? 馬鹿馬鹿しい」

警察「それが本当なんですって、今町じゃその噂で持ちきりで」

学者「町に下らぬ噂が蔓延るのは世の常だろう。そして噂の真偽を見極められず踊らされる奴が愚か者というのだこの愚か者どもが」

警察「…ともかく、開けてもらえませんか。万が一という可能性があるので」

学者「生憎防犯には気を配っているのでな、ネズミ1匹この家には入れはせん。だからこの家には絶対に侵入者などいるはずがない」

警察「相手はバケモノですよ。何か特殊な力で侵入という可能性も」

学者「だったらバケモノがこの町にいるという証拠を先に示さんか、写真でもなんでも持ってくればいい。あるわけないがな」

警察「…まさかあなたのご家族がバケモノなんじゃ…」

学者「……わたしに血を分けた家族はいない。戸籍でも何でも調べるがいい」

警察「…………少し中を見せてくれればいいだけです」

学者「乙女の部屋を覗くなどそれ相応の理由がなければ出来るわけないだろう馬鹿が、まったくデリカシーの欠如した奴らだ。だから貴様らはそんな冴えない顔つきなのだ自覚し猛省しせめて内面ぐらいは磨いて見せろ」

警察「…出直します。大変、失礼いたしました」

学者「まったくだ。二度と我が家に近づくな」

学者「……帰ったか、まったく何が化け物だ。やれやれ…」ガチャ

学者「さて、玄関なんぞに素っ裸で座り込んでいないで何があったか話してもらおうか少女」

少女「…お、かあさん」

学者「そう、か。そんなことが……」

少女「どうして、どうしてこんなことになっちゃったのかな…?」

学者「すまない、全て、全て私の責任だ……」

少女「説明、してよ。わたし何もわからないよ」

学者「……本当はお前はあの時病気で死んでいたはずなんだ」

少女「それはもう聞いたの、ならどうしてわたしは生きてるの? 治療法が見つかったんじゃないの?」

学者「いや……すまない。見つからなかった、それどころか何もわからなかったのだ。徒に時間を費やしてしまった、もうどうしようもなかった、だから、だから……」

少女「言ってよ話してよもう隠さないでよ!」

学者「メビウスの血を使って死なない体にした。だから、もう老いることもない」

少女「ま、待ってよ死なないって…えっ、じゃああの人たちが言ってた化け物って…」

学者「そ、そんなわけあるか! お前は間違いなく人間だ!」

少女「そっか……だからわたし"バケモノ"なんだ…あは、あははは」

学者「しょ、少女」

少女「ふふふふっ、そっか、わたしメビウスさんと同じだね」

学者「な、何を言っているのだ!」

少女「だってそうだよ! この体のどこが人間だって言うの!? 1年経っても身長も体重もちっとも変わらないしトイレに行く事だってなくなったしお腹が極端に空くこともなくなったし包丁で切った指は一瞬で治るし他にもあの時からおかしな所いっぱいあるよ!!」

学者「な……な……」

少女「わたしの体がおかしくなったのは病気の後遺症だと思ってたよ! 思い込もうとしてたよ! でもみんなわたしの病気が治ったこと心から喜んでくれたからわたし怖いの我慢してたのにこんなの酷いよ! わたしの体を返してよ! わたしを返して!!」

学者「あ、ああ……」

少女「もういやだよ…こんなことならわたしあの時死んでおけば…」

学者「…………」パシンッ

少女「……なんで叩いたの、わたし何も悪くないじゃん、全部お母さんとメビウスさんのせいだよ?」

学者「わ、私達がどんな気持ちでお前を救ったか知っているか…?」

少女「だったら! お母さんも同じ立場になってよ! みんなからバケモノって言われてよ! 人間やめてみせてよ!!」

学者「! …………」

少女「死にたい……死にたいよぉ……うぇぇん」

今日はここまで、次回は♪次点

―1週間後―

ゴトン

少女「…………ポスト、手紙」ゴソゴソ、ペラ

《バケモノはこの町から出て行け》

《怪物を匿うな、さもなくば天より罰が下る》

《死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね》

《お願いです、二度と学校に来ないでください》

《家宅捜索依頼にご協力を》

《初めまして私はあなたの味方です! あなたを助けたいので以下に示す場所まで来てください! なおその際は荷物など持たずに絶対にお一人でお越しください》

《どうすればその神のごとき素晴らしい肉体を手に入れられるのでしょうか? 謝礼は弾みますのでどうか我が教団にご連絡を》

《お前のせいで俺の家族が死んだ。ずっとお前を見ている逃げるな人殺し》

少女「…………さい」ビリビリ

少女「ごめんなさいみんなごめんなさい悪いのはわたしです許してください助けてくださいそんな目で見ないでください嫌わないでください放って置いてください赦してください死んでください」ビリビリビリビリ

学者「だから私の娘は化け物などではない! 言いがかりはよしてもらおうか!」

「しかしあんたは絶対に家の中を見せようとしないじゃないか! それこそバケモノを隠している証拠だろう!」

「そうだあんたもバケモノの仲間なんだろう!?」

学者「違う! 貴様らが私の娘に危害を加えようとするから匿うしかないのだ! 第一化け物が確かに存在した証拠は何一つないのだろう!?」

「写真に写らなかったことがバケモノの証拠だ! それに目撃証言ならいくらでもある!」

学者「物的証拠がなければ話にならん! さっさとこの家から立ち去れ!」

「……ちっ、めんどくせえもう無理やり入っちまうか」

「そうだな、中にいるガキをバラせば証拠になるだろ。…姉ちゃん痛い目に合うのと黙って大人しく案内してくれるのどっちがいい?」

学者「ほう、今の言葉は立派な恐喝だな。私は正当防衛になら自信があるぞ…?」

「……ちっ、冗談だよ。次は絶対に家の中見せてもらうぞ」

学者「断る、負け犬は尻尾を巻いてとっとと逃げろ」

「……バケモノ親子が」ボソッ

学者「…ただいま」

少女「お、お帰りなさい。あ、あの人達は…?」

学者「何とか帰らせた、…性懲りもなくまた来るだろうがな」

少女「ごめんなさい…わたしのせいでごめんなさい…」

学者「……その紙切れは」

少女「…………あっ、これはね、ただのごみくずだよ」ニコッ

学者「……そうか。なら、いいんだ。夕食の用意は出来ているだろうか?」

少女「うんっ、今日はねお母さんの好きな…」

ピンポーン…

少女「ぃやあ…」ビクビク

学者「すぐに追い返す。食べる準備をしていてくれ」

少女「わかった…じゃあ…」パタパタ

―数日後、洞窟―

竜『……ん、この臭いは?』シュルシュル

学者「…………」

竜『あれ、おかしいな学者か。久しぶりー、新しい本は持ってきてくれた?』

学者「…………」

竜『…何があったの? いや……何が起きるの?』

学者「…大人しくしていてくれ」

竜『…………』

ザッザッザッザッ、ザザッ!

竜『…何者だ貴様ら、見たところ殆どが軍人のようだが』

「ふむ、まさかこのような怪物が現実に存在していたとはね」

竜『学者、一体何が起きているのかいい加減説明してくれないか?』

学者「…………」

「人語を介するとはなかなかに知能が高いようだ。これは実験体としての価値がますます高まるな」

竜『実験体……学者、君が洩らしたのか? どうして…?』

学者「…私は」

「学者さん、ご苦労様でした。もう下がっていいですよ」

学者「……ああ」

竜『待って説明をしろよ学者! 目を合わせろ! 行くなっ!』ギンッ

学者「…………」スタスタ

竜『…………(そうか、君は…)』

竜『…………(つまり、やっぱり、そういうことなんだ。ばらしたんじゃない、ばれてしまったんだ)』

「さて、これほどの軍勢だ。命が惜しければ我々と共に大人しく来てもらおうか」

竜『……………………いいだろう、連れて行け』

学者「……何故だ」ボソッ

「ではここから少し離れた場所にあるトレーラーに設置されたコンテナの中に入ってもらおう、怪物には少々手狭だけどね」

竜『わかった』

学者「……違うだろうが…!」ギリッ

竜『おい人間、さっさとそのコンテナがある場所まで案内しろ』

「こっちだ。着いて来い」

学者「何故抵抗しないのだメビウスよ!? どうして理不尽を受け入れようとしている!? 貴様なら逃げることも滅ぼすことも出来るだろうが!」

竜『…………』

「あなたの役目はもう終わりましたよ学者さん。これ以上この場であなたが何かをする義務も権利もありません」

学者「私は! 私は貴様を裏切ったのだぞ!? その理由も明かしていない! 裏切り者の私ごとこの場にいる人間を全て屠ってしまえばいい!」

竜『……やっと目を合わせてくれたね学者』

♪次点

学者「な、何を、そんなことはどうでもいい! 早く何もかも壊してしまえ!」

竜『学者、そんな誰も救われない選択を俺に託そうとするなんて君らしくないよ。君は負い目を感じる必要もないし、ましてや迷う必要もない、ただ君が1番大切にしているものを守り通せばいいだけなんだ。苦しまなくていいんだよ』

学者「い、いやだっ……そんな優しい言葉を私なんかにかけないでくれっ…! 私は貴様をっ…!」

竜『大丈夫、君達ならきっとまだやり直せるよ、やり直して見せてよ。もうそれだけが俺に残された、たった1つの希望なんだから。…………だから後は頼んだよ、お母さん』

学者「う、ぁぁぁ……」ドサッ

「……そろそろ行くよ」ザッザッザッ

竜『ああ…………』

今日はここまで、次回は♪魔法使いが縋るもの

―1ヵ月後、実験室―

ビリリリリリリ

竜「ががががぐぐっ」ビクン

「……データを記録しました。電気ショックを強くしてください」

「了解」ピッ

ビリリリリリリリリ

竜「あがががががががががが」ビクビクッ

「データを記録しました。電気ショックをさらに強くしてください」

「…これ以上やったら死にませんかね、あれ」

「今のところそのような兆候は見られません、実験を続行してください」

「了解しました。電気ショックを再開」ピッ

ビリリリリリリリリリリリ

竜「! あ、が……」ガクガク

「まだまだ耐えられそうですね、素晴らしい。…失礼。今度はレベルを3段階飛ばしてください」

「了解しました」ピピッ

ビリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

竜「……ぁぁぁぁ…はっ……」ガクンッ

「実験台が意識を失いました。実験を中断してください。直ちに炭酸アンモニウムを吸引させ実験台の意識を回復させてください」

「了解…………作業完了」

竜『う、あ……?』パチッ

「実験台の意識の回復を確認。実験を再開、電気ショックを開始してください」

「了解しました。電気ショックを開始します」ピッ

竜『く……ぅ』

ビリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!

―研究所廊下―

「いやはや素晴らしい! あの怪物から摂ったウロコの耐久性がこれほどまでとは」

「現存のあらゆる科学兵器に耐られるそうですね。我が国にとってこれほど価値ある物質の存在はないでしょう」

「この物質を解析し、軍備に応用できれば我が国の国際的地位は間違いなく向上するだろう。問題はその解析が難航していることだが…」

「なに、研究材料ならあの怪物から剥ぎ取ればいいだけです。そしてこの研究は国自らが推し進めている研究です、研究費についても懸念することはありません」

「うむ、思う存分利用させてもらうことにしよう。ところでその怪物とやらを私は自分の目で見たことがないのだが…」

「それなら見学しにいきますか? 確か今の時間は怪物の痛覚と耐久性のテストをしているはずです。私も先ほど実験に参加していました」

「おお是非とも見学させてくれ。ちなみにそのテストの内容とは?」

「なあに、これといって珍しいものではありません。電気を流したり、薬物を投与したり、毒ガスを吸わせたり、呼吸を止めたり、凍らせたり、焼いたり、絞めたり、斬ったり、撃ったり、潰したり、剥いだり、掻っ捌いたり、引き摺り出したり、××××したりそのぐらいですよ」

「ほほう、それに耐えるとはまさにバケモノだな」

「ところでですね、怪物が一番苦しんだ様子を見せたのは何だと思います?」

「ううむ、焼死は最も苦しい死に方だと耳にしたことがあるからそういった類ではないか?」

「ははっ、それが違うんですよ。実はですね、面白いことにどうもウロコを無理やり剥がした時が最も苦痛を感じるらしいです」

「ウロコをか? それはまた何故だ…?」

「あくまで推測ですが、怪物にとってあのウロコを剥がされるということは防御を奪われることに等しい。事実ウロコの下は比較的脆弱でした。ですからウロコを奪われることを極めて危険な状態として体が本能的に認知しているからこそ、最も苦痛を感じるのではないでしょうか」

「なるほどな。ならばウロコを剥がすのも一苦労だろう?」

「そうですね、これが並大抵の道具と力では剥がれない。まるでお前らには絶対に渡さないとでも言うようにね」

「ははは、面白い冗談だな。ならあの怪物自らが我々にウロコを譲りたいと願えばポロッと落としてくれるのではないかね」

「例えそうだったとしてもそんな状況はありえないでしょうね、あんな醜悪な形相をした怪物に誰が好意を抱き、示せるでしょうか? 鎖で全身を余すことなく縛り付けられていなければ近づくのだって御免です」

「しかし話によるとあの怪物は人間と交流を持っていたらしいじゃないか? 信じられんなあ」

「どうもその人間というのはあの学者らしいですよ、あの変わり者で有名な」

「なるほど、研究対象を独占しようとしたわけか。あの狡猾な女の前では怪物も誑かされたか、あの悪女め」

「ええまったくです。これほど素晴らしい研究対象を世間から隠すとはなんて極悪非道な事をするものだ。人類にとって有益な情報は平等に与えられなければならないというのに」

―実験室―

「さて、着きましたよ。この部屋からなら怪物の姿が見えます。あの強化ガラスの向こうです」

「おお、これが……。ふむ、ここからだとよく見えんな、全身を観察してみたいのだが何か映像はないのかね?」

「それがどうもこの怪物は機械に感知されないようなんです。動画も、写真も、音声ですらも記録できません」

「なんと……これは本当にこの世界の物質で構成されているのか?」

「はてさてそれはこの後の研究次第でわかるでしょう。おや、ついに始めるみたいですね」

「む? 研究員が機械を操作してウロコを剥がしにかかっているようだが…」

竜『ぐ、あ……ぁぁああああああああああああ!』

「っ……、今の声は…ぐう、頭に響く」

「すみませんね、どうにもあの音は空気を媒介にしているわけではないようなので通常の防音設備では意味がないのですよ。どうしても辛いようでしたらあの怪物から単純に距離を置けばいいようですが」

「いや…我々科学者という生き物は知的好奇心には逆らえない、ここで見物させてもらおう。今しているのは研究材料の採取か?」

「そうですね、ウロコともう1つ」

「もう一つ?」

「血液の採取……この研究の本懐です」

「ふん、不老不死…か? 下らん、研究をさせてもらっている立場だがそんな非科学的事象の存在を本気で信じているようではこの国は終わっている」

「……あなたも価値観の狭い人間だ」

「何?」

「どうせ時間が経てばわかりますよ。この世界に希望はあるのかどうかね」

―1週間後―

「そうか、成功したか…」

「はい、ラットを使った実験結果では例え分子レベルで分解されても蘇生したようです。また病原体に侵されたラットの場合、病原体そのものの死滅、いえ消滅を確認しました。さすがに人体実験はまだですが」

「そうか…それならば王の命も救われるだろう、人体実験が終了した暁には国王に献上するとしよう。ところで」

「はい?」

「血液は今どこに保管しているのかな?」

「ええと、それなら××××に保管してあるはずです。何かご入用が?」

「いや、私が把握していなかったから尋ねたまでだ。上司の私が知らないのは由々しき事態だからね。教えてくれて感謝する」

「いえ…では私は仕事があるのでこれで」

「そうか、頑張ってくれたまえ」

「はい、失礼します」カツカツ

「……さて、行くか」

―保管室―

ピッ、ウィーン

「(……カードキー1つでこんな価値ある場所に出入りできるというのは如何なものだな。まあそこらの研究員のカードキーでは無理なのだが)」

「…これか、例の血液は。見た目は人間のと変わらないな。偶然かはたまた…」キュ、ポンッ

「まあ何はともあれ、戴こうか。乾杯」ゴク、ゴク…

「……ふう。酷い味だな。当たり前か」フキフキ

「さて、これで私は永遠だ」

「永遠の王国を統べる者は永遠でなければならない、そして王の右腕を担う存在も同様だ」

「…くっくっく。ああ、私達の未来には希望が満ち溢れている! 無限の時間を費やせば大抵の願いは叶うだろう! もはや居もしない神に頭を垂れる必要もない!」

「これこそが人類の究極の進化だ!!」

「後は…」

―副所長室―

「やあ職務中に呼びつけて申し訳ない」

「いえ……一体なんの御用でしょうか?」

「君は永遠になりたくはないか?」コトン

「は? それは、あの怪物の…」

「そうだ、血液だ。これを飲めば永遠に生きられるんだ。皮肉に感じるほど簡単だろう?」

「し、しかしその血液を摂取することはおろか保管室から私的に持ち出すことすら上層部から固く禁じられているはず」

「ああ、その上層部って実際は私1人のことだよ。私、ここの副所長兼、王の側近つまりこの国のNO.2だから」

「…は、は? 側近って…そんなばかな…」

側近「こんなものが一般に出回ったら混乱は目に見えているから一応禁止しているがね、この血を飲むに値する人間には分けてあげてもいいと思ってるんだ」

「わ、私が選ばれたということですか…?」

側近「ただし飲んだからにはもう普通の生活には2度と戻れないことは覚悟しておいてくれ、少なくとも今まで築いてきた人間関係は全部リセット。君の体と魂はこの国を永久に支えるためだけに存在することになる」

「なっ、そんな条件飲めるわけがないでしょう!?」

側近「そう? 老いて朽ちて土に成り果ててやりたかったことを最期の瞬間に後悔する運命より、永遠の時間の中で自分の願いを叶える無限のチャンスがある不老不死の方が断然いいと思うけど。君は死ぬとき何の後悔もしない自信があるの?」

「そ、それは…」

側近「あとね、この血液を飲んだら確かに今の日常は失ってしまうけど代わりにもっと裕福な生活を送れるようにしてあげるつもりなんだ。決して歴史の表には知られることのない地位だけど確実に金と権力は手に入れられる地位に就かせてあげよう。大抵の幸せはそれで手に入るんじゃないのか?」

「…………」

側近「何を悩んでいるの? うーん、まず君達は愛する人に先立たれることは耐えられないとかそんな腑抜けた事を抜かす人達じゃないよね、死別の悲しみなんて実際は"慣れる"だろうしね。他には限りある命だから人間は頑張れるっていうのもあるけど、そんなの期限を誰かに設定してもらわなければ動けない怠惰な人間の言い分でしかないと思うんだよね、君はどう思う?」

「…その点は、私も概ね賛成です」

側近「なら君が逡巡している理由はなんだろう。あれかな、人類が滅びたらとか、この星が寿命を迎えたら自分はどうなるのかとか考えているのかな?」

「…そ、そうですよ。そうなったらそこに残るのは永遠の孤独と終わることのない苦痛だけですよ」

側近「上を見てみなよ。何がある?」

「…天井と蛍光灯が見えます」

「違う、もっともっと上、そこには何が見える?」

「空……今は夜空ですか?」

側近「そうだね、今日は天気がいいから多くの星が見えるだろう。遠い遠い未来に私達が住まうことになるかもしれない希望の星達だ」

「て、"テラフォーミング"?」

側近「例え人類と地球が滅びても、滅びることのない我々が新天地を目指し新たな人類を創りだせばいい。ほら、何も問題はない」

「そんなの、余りに非現実的すぎる」

側近「それなら目の前にあるこの血液をどう説明する、これはどう考えても非現実的ものの象徴だろう? 不老不死が"あり"ならテラフォーミングくらいわけないと思うけどね」

「…………」

側近「科学者の1人である私が言うのも可笑しな話だがきっとこの世界は物理法則なんてものだけに支配されていないんだ、あのバケモノの存在がその証拠だ。バケモノを解析出来ればきっと私達は既存の技術とは比べ物にならない、そう、ある種"魔法"と言えるものを手にすることが出来ると思う」

側近「その魔法は我々が科学の限界によりあきらめていたあらゆる奇跡を可能にするかもしれない。そう考えるとほら、死ぬなんて余りにも勿体ないと思わないかい?」

「魔法……」

側近「まあ私の言い分はこのぐらいだ。後は君が自分で決断するしかない」

「…………」

側近「……制限時間はあと1分だ。その間に飲まないなら残念だが次の候補者にこのチャンスを渡すことにする」

「……わ、私は。私は……」

側近「後悔しない選択をしてくれよ? 間違っても選択しないっていう最悪の選択だけはしないでくれよ?」

「…………私は、まだこの世界のことを知りたい。"魔法"なんてものを目の前に突きつけられて見て見ぬ振りなんて出来ない」

側近「それでこそ科学者だ」

「…飲みます。よろしくお願いします」

側近「うん、一緒に頑張ろう」ニコッ

♪魔法使いが縋るもの

―実験室―

側近「やあやあご気分はいかがかな怪物よ?」ピッ、ウィーン

竜『…………』

側近「君のおかげで何もかもが上手くいきそうだよ。礼を言う」

竜『…………』

側近「無視、か。こちらは訊きたい事が山ほどあるというのにここに来てから君は一言も話さないな。まあだからこそ君の体に直接聞いている訳だが」ペシペシ

竜『…………』

側近「……バケモノに語りかけたところで所詮無駄か。……ん、まだ頭部にこの"枯れ草"を乗せていたのか」ソッ…

竜『触るなあああああああああああああああああ!!』ガシャンガシャン!

側近「…………驚いた。どれだけ苦痛を与えられても感情を露にしなかった怪物がこれには怒るのか。やはりバケモノの心情など理解できそうにない」

竜『…………』

側近「憐れだな。君はそのような姿に生まれたばかりに絶対に幸せになれないのだから。君はどうあっても最後には孤独になる運命だ」

竜『…………』

側近「誰とも結ばれることのない君は何のためにこの世界に生まれてきたのだろうな?」

竜『…………(わからない)』

今日はここまで、次回は♪目覚め

―数週間後、少女と学者の家―

少女「(ある日を境にしてこの家を訪れる人がいなくなった、手紙もぱったりと届かなくなった)」

少女「(でもお母さんは何故か日に日にやつれていった。お母さんはわたしの前で無理な作り笑いしかしなくなった)」

少女「(それが全部わたしのせいだと思うとわたしは自分が嫌で仕方がない)」

少女「お母さん…朝ご飯できたよ」

学者「……すまん、今日もあまり時間がない。行ってくる」

少女「う、うん。お仕事行ってらっしゃい」

学者「ああ、戸締りはしっかりしておくように。ではな」パタン

少女「(お母さんは今まで以上に仕事に時間を掛けるようになった。口には出さないけど迷惑をかけ続けるわたしのことを嫌いになってしまったのかもしれない。仕方のないことだけどやっぱり悲しい)」

少女「(わたしには、もうどうすればいいのかわからない。わたしがいてもいい場所はもうこの家しかない)」

少女「(…でも行きたい場所がある。行って確かめたいことがある)」

少女「…だから、お母さんごめんなさい。約束を破ってわたし出かけます。どうしても会いたい人がいるんです」パタン

―病院―

少女「(フードで顔を隠してるけどばれないよね…)あ、あの受付の方すみません」

受付「はい、なんでしょうか?」

少女「男の子って言う名前の人ここの病院に入院していませんか? いたら会いたいんですけど…」

受付「男の子さんね、少々お待ちください……。あっ…」

少女「あの、もしかしてここにはいませんか…?」

受付「いえ、確かに入院してはいるんですけど……」

―病室―

少女「……入るよ男の子くん」トントン、ガラッ

男の子「…………」

少女「受付の人から聞いたよ。あれからずっと目を覚まさないんだってね、もう覚めないかもしれないんだってね」

男の子「…………」

少女「これじゃわたしが病気だったときと立場が逆になっちゃったね。後で聞いたんだけどほとんど毎日お見舞いに来てくれてたんだってね、そんなこと全然言ってくれないからお礼言いそびれちゃったよもう、まあそこが男の子くんらしいんだけどね」

男の子「…………」

少女「……そ、そういえば男の子くんが作ってくれた千羽鶴まだわたしの部屋に飾ってるよ、1つ1つ丁寧に折られててやっぱり男の子くんは手先が器用なんだなあって改めて感心しちゃった」

男の子「…………」

少女「わ、わたしもね、鶴ならもう完璧に折れるから…男の子くんみたいに早くは折れないけど頑張ってすぐに作るから、千羽折って、それでね、男の子くんがまた甘いものいっぱい食べられますようにってお願いするから……だからね、だからね…!」

少女「目を覚ましてよぉ男の子くん…うわああぁぁん……」

男の子「…………」

少女「ごめんなさい、ひっく…わたしのせいでごめんなさい……」

ガラッ

「……男の子…え?」

少女「ひっく……あ、あなたは…………男の子くんのお母さん……」

お母さん「少女ちゃん…? あなたどうして、どうしてここに……?」

少女「わ、わたしは…」

お母さん「…どうしてなんてわかりきってるわよね。お見舞いに来てくれたのよね」

少女「そ、そうです。あの、わ、わたし…ごめんなさい」

お母さん「どうして謝るの?」

少女「だってわたしのせいで男の子くんは……」

お母さん「……あなた、泣いていたのね。だめよ、ほらこのハンカチを使って」ソッ

少女「う、受け取れません。わたしにそんな資格ないです」

お母さん「あなたが泣いてる姿を見たら悲しむ人がそこにいるの、だからお願い」

少女「……ごめんなさい」ギュッ

お母さん「お医者様が言うにはね、この子が目を覚ます可能性はほとんどゼロに近いらしいの」

少女「そんな…」

お母さん「私ね、怖いの」

少女「…え?」

お母さん「限りなく可能性の低い希望に縋ってこの病室に通う毎日が、これから先何年も続くと考えるととてつもなく怖いの。叶いもしない夢を持ってこの子が目を覚ますことを願い続ける日常がたまらなく嫌なの」

少女「そんな言い方…しないでください」

お母さん「私は強くないわ、だからあきらめることにする。これを使って」チャキッ

少女「それは…………け、拳銃…? 待ってよ…どうして、どうしてまたそれが出てくるの!?」

お母さん「私が全部終わらせてあげるの、夢も希望もね。でもあなたは違う、あなたにはこの子と違って未来がある。だからこの子の分まで一生懸命に生きて幸せになってね?」カチャリ

少女「だめ…やめて! 男の子くんを殺さないで!」ドンッ!

お母さん「うぐっ……」カシャン

少女「こんなものっ…!」ゲシッ、カラララ…

お母さん「……殺さないで…? 殺したのはあんたでしょうが!」ガシッギリリ…

少女「うくっ……首、くるしっ……」ジタバタ

お母さん「お前があの日買い物なんかに連れて行かなければ……お前が病気で死んでいれば……お前が永遠にひとりぼっちだったら……私の息子はこんな目に合わなかった! 死ななかった!」ギリギリ!

少女「くぁ………」ブルブル

♪目覚め

お母さん「お前が死ねばよかったんだ……あの時死ぬべきなのはお前だったんだ!」グググ!

少女「…………(そんなこと知ってる)」

お母さん「死ね、死ね、死んであの世であの子に詫び続けろ」

少女「(許してくれるなら、いや赦してくれなくてもそうする)」

お母さん「そして」

少女「(だめだ。意識がもう…)」

お母さん「あの子と一緒に逝け」

少女「! …………ぃ」ググッ

お母さん「あ?」

少女「……そ、れだけは…赦さない…!」カチッ

プシュッ

お母さん「うぎゃああああ目が痛いいいい」ゴロゴロ

少女「げほげほっ! はあ、はあ……その、くらいで痛がるなっ…! 彼はもっと痛かったはずだよ!」

お母さん「くそおお殺す殺す殺してやる!」

少女「わたしを殺せるものなら殺してみろ! でも男の子くんだけはわたしが守る! だって彼にはまだ希望があるから!!」

お母さん「そんな残酷なもの私達にはいらないんだよおおおおお!」

ガラッ

「な、なんですか今の叫び声は…………そこに落ちてるのは? それに君、どこかで見たことがあるような…」

少女「っ、この人が男の子くんをそこに落ちている拳銃で殺そうとしていたので催涙スプレーを吹きかけて妨害しました、だから警察に連絡して二度と会わせないようにしてくださいよろしくお願いします!」ダダッ

「ま、待ちなさい君どこへ行くんだ!?」

少女「はあ、はあ、……わたし、逃げてばっかりだな。あはは」

少女「もう、どこに逃げればいいのかなあ…」

少女「……そうだ」

―洞窟―

少女「着いた」

少女「あれ、メビウスさん…?」キョロキョロ

少女「散歩にでも出かけたのかな、でもメビウスさんらしくないな……」

少女「帰ってくるまで待っていよう」

少女「…メビウスさんすごいなあ。こんなに難しい本読んでるんだ」

少女「そうだ、こんなに難しい本を読んでるなら学校の宿題なんて簡単に解いてくれるかもしれない。今度教えてもらおう」

少女「それで先生なんて呼んでみたりして、ふふっ…………あ」

少女「……そっか、もうわたし宿題なんてやる必要なんてないんだった」

少女「…外すっかり暗くなっちゃったな」

少女「さむい」

少女「……もう帰ろうよ、わたし。いくら待ってもわたしがこの世界でひとりぼっちだってことに変わりはないよ」

少女「でも、小説の続き聴いて欲しかったな」

―少女の家―

少女「ただいま」

少女「お母さんはまだ帰ってきてない」

少女「一応、ご飯は用意しておかなきゃ」

少女「さむい」

―深夜、少女の部屋―

学者「…………」ガチャ…

少女「……ん、あれ……お母さん? 帰ってきてたの…?」

学者「……起こしてしまったか」

少女「…どうしたの? ご飯なら……」

学者「…………」ギシッ、モゾモゾ

少女「…わ、ベッドに2人も入ったらちょっと狭いよ」

学者「お前は小さいから、大丈夫だ」

少女「もうしょうがないな……昔は、2人でよく一緒に寝たね」

学者「ああ、お前が何かと理由を付けて私の寝床に潜り込んで来たからな」

少女「えへへ、迷惑だった?」

学者「いいや、子供は体温が高いからな。冬場は暖かくていい」

少女「そっかあ……わたしもね、お母さんと一緒にいるとさむくないよ」

学者「…そうか」

学者「少女、聞いてくれ。暫く家に帰れなくなる」

少女「……いいよ、もう」

学者「こんな時にすまないな、心細い思いをさせることに…」

少女「もう、いいよお母さん。わたしのことは放っておいて大丈夫」

学者「! 何を言って…」

少女「わたしはお母さんのことが好きだから、だからお母さんがわたしのせいで苦しむのは見たくないよ。だからね、もうわたしを捨て…」

学者「……はあ。やれやれ馬鹿を言うのはこの口か? うん?」グニッ

少女「い、いふぁいよおかあさん!」

学者「私はな、少女の母親だ、他人が何と言おうともな。子を見捨てる母親などいないのだわかったか馬鹿娘め」ナデナデ

少女「でも……」

学者「心配ない、私が全部取り戻して見せる。だから私を信じて待っていてくれ」

少女「うん……待ってる。わたし、お母さんが帰って来るのをずっと待ってる」

学者「ああ、ありがとうな少女……」

―?―

竜『…………(睡眠はいいものだ)』

学者「おい起きんかメビウス。せっかく私が会いに来てやったというのにそんなに寝ていては豚か牛になるぞ」ペシペシ

少女「メビウスさん本の続き知りたくないんですかー?」ユサユサ

竜『うーん、あと5分だけ寝かせて…』

少女「そんな台詞毎朝のお母さんだけで十分ですよメビウスさーん」

学者「他者が使うとこれほどまでに腹の立つ台詞なのだな、すまん娘よ」

少女「じゃあこれからは1人で起きてね?」

学者「はっはっは少女は面白い冗談を言うなあ」

少女「わたしとしては切実な問題なんだけど…メビウスさんもそろそろ起きてお母さんに一言ガツンと言ってやってくださいよ」

竜『うーん俺も寝るのが好きだからなんとも言えないかな……というわけでおやすみ。ぐう』スピー

少女「もう!」

学者「おい少女、こいつのウロコいっその事全部ひっぺがしてしまおうか」

少女「ええ!? さすがにそれは」

竜『うっ……』ズキッ

学者「お? さすがにそれは嫌か? ならさっさと目覚めて…」

竜『うううううううぅぅ』ズキズキ

学者「お、おいどうした。腹でも痛いのか? 変なものでも食ったか?」

少女「メビウスさん、大丈夫ですか?」

竜『だい、じょぶ……だから。ああでも…』ズキズキズキ

学者「しっかりせんか、何がおきt」

少女「ど、どうしy」

竜『ああ……だめだ、いやだ俺はここにいたいんだ、戻りたくないんだ…』ズキズキズキズキ

学sy「つhfづおへふぃせおf!?」psps!

sy女「あkhfんじゅいえおh」oror

竜『いやだ消えないでくれ俺の側にいてくれ終わらせないでくれ終わらせてくれ……』ズキズキズキズキ…

―実験室―

竜『』ピクッ

竜『』

竜『』

竜『(痛い)』

竜『(体中が痛い。どこが痛いのかわからないぐらい痛い。声が出ないぐらい痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛)』

竜『(…ガラスに全身のウロコを剥がされた自分の姿が映っている、気持ち悪い。ああ、俺の姿はなんてキモチワルイんだろう)』

竜『(あまりの激痛にとても眠れそうにない。夢の中で過去を現実として錯覚したいのに出来ない、逃げられない。救いようのない現実を無理やり認識させられる)』

竜『(逃げたい。ここから逃げたい。でも逃げられない、逃げたら今度はあの子がこの苦しみを味わうことになる)』

竜『(ああ……)』

竜『(どうして俺はいきているんだろう)』

―次の朝―

学者「うむ、やはり少女の作る朝食は最高だな。これが暫く味わえないかと思うと何の面白味もない仕事などサボタージュしたくなるな」

少女「忙しくてもちゃんとご飯食べなきゃだめだよ? 食後は歯磨きして朝もちゃんと1人で起きてシャワー浴びたら髪乾かして…」

学者「わかった、わかった、やる全部やるから。まったくこれではどちらが親かわからんな」

少女「わたしはお母さんの子だよ、ね?」

学者「ああ、間違いないぞ、私のような偉大な母を持てた事を誇りに思うがいい!」

少女「そうだね、えへへ」

少女「じゃあ、いってらっしゃいお母さん」

学者「ああ、いってくる。ではな」パタン

少女「……さてと、何をしようかな。まずは部屋の掃除からしようかな」

―数分後、少女の自室―

少女「あ、あれ? やっぱりない、あの本どこにいったかな」キョロキョロ

少女「……あ、そっか。洞窟に置いて来たんだ、どうせメビウスさんに読み聞かせるからって…」

少女「…もうあそこに置いてても意味ないよね。だったら……」

―洞窟―

少女「(メビウスさんは……いない)」

少女「(もうここにはいないのはわかってた、わかってたけどそれでも期待していた自分がいることに気付いて嫌な気分)」

少女「…早く探して帰ろう、誰かに見つかったら怖いし」ゴソゴソ

少女「…………見つからない! ここ本ありすぎだよ! ちょっとした図書室だよ!」

少女「…文句を言っても仕方がないよね、整理しながら探そう」

少女「……あれ、なんだろうこれ」ヒョイッ

少女「見た目は普通のノートみたいだけど鍵が取り付けられてて開かない。鍵は……数字を揃えて開けるタイプみたい。でも桁数がちょっと多いな…」

少女「…気になるけど今はあの本を探さなきゃ、あと探してないのはこの辺だけ……あっ」ゴソゴソ

少女「あった、見つかってよかった…………あと少しで終わりだったんだよね。確かあの辺りまで読み聞かせたはず、そう確かこのページ……」ペラペラ

カサッ

少女「…なにこれ。開いたページに見覚えのない紙切れが挟まってる。それに何か書いてある、えーと」

《少女へ 3つの鍵は"この世界に2つの愛が生まれたことを忘れない"の中に。鍵は持ち主が大切にしている順に使うこと》

少女「……え?」

少女「わたしへ、ってことはわたしに対するメッセージなんだろうけどどういう意味なんだろう? それに見たことのない筆跡だけどこれを書いたのは…?」

少女「この世界に、2つの愛が生まれたことを、忘れない…」

少女「…わたしに、ってことは多分わたしならわかるっていう意味だよね。いや、むしろ"わたしにしかわからない"のかも…?」

少女「ちょっと、考えてみよう。こんなところにこんなメッセージがあるのには絶対に意味があると思う、だったらきっとわたしはそのメッセージを正しく受け取らないといけないんだ」

今日はここまで、次回は♪彼女の答えとハッピーエンド

―30分後―

少女「……だめだ、さっぱしわからない。ヒントが1つも書かれてないのはさすがに苦しいよ」

少女「…でも書かれてないからヒントがないわけじゃないかもしれない。ならどこに……そうだ……これは変だよ」

少女「(このメッセージが挟まっていたのはわたしがメビウスさんに読み聞かせたページだった、それが偶然とは考えにくい)」

少女「(でもメビウスさんは文庫本を開くことも出来ないし、ましてやペンを持って字を書くことなんて出来ないだろう、だからこのメッセージを挟んだのはメビウスさんじゃない)」

少女「(でも本をどこまで読んだか知っているのはわたしとメビウスさんだけ、だと思ってたけど違ったんだ。多分わたしが知らない場所でこの小説の内容についてメビウスさんから聞いてた人がいたんだ、だからこの位置にメッセージを挟めたんだ。そしてメビウスさんと関係を持っている人間はあの人しかいない)」

少女「(訊いてくれればわたしが教えてあげたのに……お母さん)」

少女「(間違いない、筆跡は変えられてるけどこれを書いたのはお母さんだ。そう考えるのが自然だ)」

少女「(そう考えると……このフレーズの意味がわかる気がする)」

少女「(メッセージの最後の部分、"忘れない"はシオン、お母さんの誕生花の花言葉に使われているフレーズだ)」

少女「(鍵は"数字"のはずだからきっとこれはお母さんの誕生日を指しているんだろう)」

少女「(ならもしかして他の鍵も誕生日…?)」

少女「(世界に、2つの愛が生まれた)」

少女「("生まれた"って言葉は誕生日を指している気がするけどそれが誰の誕生日かわからない、ならそれを特定するのが"世界に2つの愛が"の部分なのかな)」

少女「(……"世界"という言葉が指しているのはわたしたちが住むこの世界のことではないだろう、もしそうならこの世界に愛なんて数えきれないぐらい存在してるから"2つの愛"を特定できない)」

少女「(ならきっと"この世界"は誰かの個人的な世界、つまり心の中のことを言っているんじゃないのかな)」

少女「(その誰かはお母さんのことだから、お母さんの心の中に2つの愛が生まれた日が鍵ってことになる)」

少女「(……なら、お母さんが大切にしている愛は)」

少女「(…………そっか、わたし間違えてた。鍵は誕生日じゃない、正しくは記念日だ)」

少女「(2つの愛のうち、1つは母性愛だ。うぬぼれなんかじゃない、だってお母さんがわたしを愛してくれていたことはわたしが一番知っている)」

少女「(その母性愛が生まれたのはお母さんがわたしを拾った日であり、この間までわたしの誕生日だと思い込んでいた12月13日だ)」

少女「(そしてもう1つの愛は……お母さんが彼に抱いている想いしかありえないだろう。その愛が生まれるきっかけになった記念すべき日はお母さんと彼が出会ったあの日以外考えられない)」

少女「(これで3つの鍵は揃った、あとは"大切な順に使う"だけだ)」

少女「(まず初めにお母さんの誕生日を1番目だと仮定してやってみよう)」カチャカチャ

少女「(……開かない。なら今度はお母さんの誕生日を真ん中にして)」カチャカチャ

少女「(開かない。…………ああ、本当は試してみるまでもないことはわかってた。この選択肢の中でお母さんが自分を優先するわけがないから)」

少女「(つまり誕生日は3番目の位置になる。そして残るは2パターン、いや、もう逃げるのはやめよう)」

少女「(お母さんにとって1番大事なのはわたしかそれとも彼なのか)」

少女「(…………答えは、きっとこれだ)」カチャカチャ…

カチャリ

少女「開いた……」

少女「な、中身は……え? "何も書かれてない"?」

少女「そんなはずは……でもどのページも真っ白……」ペラペラ

少女「(でもそれなら鍵をかける必要なんて……鍵?)」

少女「(なんで、ノートに鍵をかけたんだろう。正直中身が見たければノートを破るなり鍵を壊すなりすればいいだけだ)」

少女「(この鍵、まだ何か…?)あっ!」

少女「(鍵そのものが分解できるようになってる。やってみよう)」カチャカチャ、カチン

少女「(…分解したら、また紙切れが出てきた。書いてあるのは一言だけ)」

《冷やせ》

―自宅―

少女「すごい……冷蔵庫に入れたら文字が浮かび上がってきた、どういう仕組みなんだろう…?」

少女「よし…読もう」

《まず始めにこれほどまでに面倒な手順を踏ませたことを少女に詫びたい。何故こういった手の込んだ過程が必要だったかと言うと、このメッセージは"私の心情を真に理解した"少女にだけ受け止めてもらいたいからだ。》
 
《例えば第三者やお前がメッセージを解かずに鍵を物理的に破壊した場合、このノートは何の価値も持ち得ないだろう。本文は熱を加えることにより消色する特殊なインクで記述されている。》

《これは私が個人的な趣味で偶然開発したものであり、克つこれと同様な性質を有した筆記用具の存在を私は現時点で確認していないから"冷やすことで隠された文字が浮き上がる"という発想に至る人間はいないだろう。例え第三者がこのノートには隠されたメッセージがあるかもしれないという発想に至ろうが蜜柑の汁を炙り出しするようにはいかない》

《今、お前がこのメッセージを読んでいるとしたらそれは奇跡に違いない。何故ならこのノートを読むことの出来る時間は私がお前の元から消えてから、私が"計画"を完遂するまでの数週間でしかないからだ。》

《実はその洞窟にある枯れ草で出来た寝床の下には時限発火装置が隠されている。私が計画を終える時間に作動するように設定してあるため、本で埋め尽くされている洞窟は炎に包まれ自動的にこのノートも消失する。》

《何故このような仕掛けを用意したかといえば、それは私がこのノートに書かれた真実をお前に知られることを心の底から恐れていたからだ。》

《だが私は弱い人間だ。一方で私はお前が本当のことを知ってくれる希望をどうしても捨て切れなかった。》

《だからお前が発火装置が作動するまでの短期間の間にここを訪れ、このノートを発見し、ノートに掛けられた鍵を正しく開錠するという限りなく低い可能性を残すことにした。可能性とは名ばかりのただの未練だ。実際今この文章を書いている私はそんな可能性は万が一にもありえないと確信している。言わばこのノートは私が計画を実行するために必要な儀式なのだ。》

《それでももし、今お前がこのノートを読んでいるのなら、それは奇跡などではなく運命だったのかもしれない。》

《さて、以下の文では真実を綴ることにする。それは少女にとって紛れもなく残酷で身を引き裂かれるような事実の列挙になる。しかしここで語らねば人々の手によって真実は歪められ、断片的な事実しかこの世界には残らないだろう。》

《もしお前が真実を拒絶したければこのノートをいつぞやの手紙のように破り捨て忘れてほしい。でももし、お前が本当のことを知りたいのであれば、是非読んで欲しい、受け止めて欲しい。私の過去と未来の罪を。》

《お前がこのノートを発見したという事は、メビウスが洞窟から姿を消していることに気付いたはずだ。だが勘違いしないでくれ、彼は決してお前を見捨てたわけではない、むしろお前を助けるために今もなお苦しみに喘いでいる。》

《メビウスが洞窟から姿を消す直前、私はこの国の上層部に恫喝されていた。》

《国王を救うため不老不死になる方法を教えるか、少女の身を引き渡すかどちらを選ぶかと。》

《国王と同じ奇病に罹った学者の娘がどういうわけか助かったこと、またこの町に殺しても死なないバケモノがいるという噂があったことから少女が不老不死になったことに感づいたようだった。そもそも上層部の一部がお前が蘇生する光景を直接目撃していたから言い逃れも出来なかった。》

《初め私はお前をどうにかしてこの国から逃そうと考えた、だが用意周到なことに奴らは私達の家を隠れて見張っていたらしい。もし少女がどこかに逃げようとしたならばその時点でお前は研究所送りだった。》

《ならば少女の身代わりに私がなろうと考えた、だがそれも無理だった。何故ならメビウスはお前に飲まして以来私に決して血を譲ろうとしなかったのだ。そのため私が不老不死になりこの身を捧げることは適わなかった。》

《少女を奴らに引き渡さないためには不老不死になる方法を教えるしかない。しかしそれはメビウスの存在を奴らに漏らすことと同義だった。人間である少女ですら解剖にかけようとしている奴らに竜などという余りに魅力的な研究対象を知られてしまったらメビウスがどんな恐ろしい目に合うかは想像に難くなかった。》

《私はこれまでの人生の中でかつてないほど悩んだ、少女とメビウス両方を救うにはどうすればいいか。しかしそれらを考えるには余りに時間が短すぎた、なにしろ恫喝された次の日までに答えを出さなければ強制的に少女を連れて行くと言われていたのだ。冷静な判断を行う時間を奪われた私はいつしか愚かにも、"どちらも救うにはどうすればいいか?"ではなく"どちらを救うべきか?"という愚問に取り付かれてしまった。》

《そして私は少女を選んだ。いや、メビウスを切り捨てた。私達のために尽くしてくれた親愛なる友を私は裏切ったのだ。これが私の決して赦される事のない過去の罪だ。》

《それなのに彼は私を赦したのだ。一切の事情を話さぬまま、決して彼の存在を外部に漏らさないとかつて結んだ約束を裏切った私を見て、彼は自分の身より私達の心配をしていた。そして一切の抵抗をせず、心の底から嫌っていたであろう人間たちに連れられていった。彼ならばあの場で彼を取り囲んでいた人間を全て皆殺しにして逃げることも容易かったはずなのに私達が置かれた立場をあの場のごく僅かな間で察し、彼はお前の身代わりになることを選んだのだ。》

《今現在彼はとある街の研究所に幽閉されている。そこでどんな非人道的な実験が行われているかについてはここでは記さない、彼も知られたくないだろう。》

《ただ彼はその実験を受け続ける苦痛から私達のために決して逃げ出さずただひたすらに耐え続けるのだろう。だから、誰かが、彼を救わねばならない。》

《彼を救う責任が誰にあるかは語るまでもないだろう。》

《ここで少し話を変える。》

《ここ最近私が家を空けることが多かった理由は、とある兵器の開発に勤しんでいたからだ。その兵器とは端的に言えば爆弾のことだ。》

《何故私がそんなものを作っていたかについては後で触れることにして……この爆弾だが既存の爆弾にはない新物質が火薬として使われている。その新物質とは、》

《竜の唾液だ。》

《原理はまだ解明されていないがこの唾液は純粋のニトログリセリンとは違い非常に安定していながら、極少量で、莫大なエネルギーを取り出すことができる。そしてある意味最も恐ろしいことに、爆弾への加工が非常に容易なのだ。やり方さえわかれば子供ですら製作できる、大した手間も道具も必要ない。》

《こういった理由から唾液さえ入手できれば個人が大量破壊兵器を製作、所持及び使用することができる。そして私は私自身の目的の達成のために作ってしまった。》

《私の目的……それはやはりメビウスを救出することだ。問題はどう救い出すかだが、メビウスが囚われている研究所は監視が厳しく彼の元に近づくこともできないのが現状だ。だから、》

《研究所の周囲一帯をこの爆弾を使い吹き飛ばす。結果研究所は跡形もなくなるだろう。勿論中にいる人間も全員死ぬ、メビウスも死ぬだろう。》

《しかしメビウスは"生き返る"ことができる。……ああ自分でも最低なことを言っているのはわかっている、わかっているが奴を一秒でも早く地獄から救い出すにはこの方法しかないのだ。》

《事が済んだ後私はテロリストとして名乗り出るつもりだ。私は大罪人として後世に語り継がれるだろう、だが罪を犯した理由については誰にも知られないのだろう。これを読んでいるお前以外には。》

《聡明なメビウスなら自分が死んだ理由を察するだろう。転生した後はすぐにお前を迎えに行くはずだ。》

《彼なら私の代わりに必ずお前を守ってくれる。だから、どんなに今が苦しくてもメビウスと共に生きてくれ。生きて幸せになってくれ、それだけが私に残された最後の希望だ。》

《爆破の準備が完了するまでの数週間、私はこの町でもなくメビウスの捕らわれている研究所のある街でもない誰にも知られていない場所に潜伏している。だからこのノートを読み、これから私が為そうとしていることを知ったお前でも私を止められない。ただ然るべき時が訪れるのを待っていてくれ。》

《では潜伏する前にこのノートを発火装置と共に洞窟に隠しておく。ああ、そうだ、最後に愛しい我が娘の顔を見るぐらいは許してくれ。お前が眠っている間に訪れるからお前は気付いていないだろうがな。》

《他に何か記すことはあっただろうか。いや、むしろ書きたいことがありすぎて筆が止まってしまった。思うに言葉というものは重ねれば重ねるほど曖昧になり伝わらなくなると思う。だから最後はありきたりでシンプルな言葉で締めくくってしまおう。》

《愛しているよ、少女》

少女「…………い」

少女「……いやだ、そんなの……ダメだよ」

少女「だってお母さん、メビウスさんと一緒にいるときあんなに幸せそうなんだよ、メビウスさんだって口には出さないけどお母さんのこと大好きなんだよ、それなのに、そんなことしたら…」

少女「全部、全部わたしのせいで……皆が不幸になる、こんなのおかしい、間違ってる…!」

少女「もう、誰かが不幸になるのなんてたくさんだ」

♪彼女の答えとハッピーエンド

少女「……どうすればいいの、どうしたら皆がこれ以上不幸にならずにすむの…? "どうすればわたしなんかが皆を助けられるの?"」

少女「…あきらめちゃだめだ、希望を捨てちゃダメだ、皆がわたしのなんかために苦しんでるんだ。だったらわたしが救わなきゃいけない…だから」

少女「わたしに出来る方法で皆が幸せになれる答えを見つけ出すんだ…!」

少女「……これじゃない、これじゃない」バサバサ

少女「…あった、この本だ。きっとこの説話集の中に答えがあるはず」ペラペラ

少女「…これは……だめか。これじゃ意味がない。…でも、待って。もしかしたら……」

少女「"あれ"について詳しく書かれた本、ここにあったはず、どこだどこだ…」

少女「見つけた」

少女「これならきっと皆を救い出せる」

少女「…時間がない。行こう、彼の元に」

少女「(……聴こえますか。メビウスさん)」

―実験室―

竜『(あれからどのぐらいの時間が経ったのだろうか)』

竜『(永劫にも刹那にも感じられる、最早俺の中の時間は狂いきっている)』

竜『(いっそ身も心も狂いきってしまえば楽になれるのかもしれないがこの体と精神は案外丈夫に出来ているらしく、今もなお度重なる苦痛に鋭敏に反応する。俺はこんな呪われた心身を望んだことは一度もない)』

竜『(…しかしこの所業に精神が疲弊しているのは確かのようだ。最近は、いやもっと前からか? だめだわけがわからなくなってきた。ともかく感情が込み上げる感覚を覚えなくなってきた)』

竜『(ここに連れて来られた頃に確かに感じた幸福から切り離された悲しみや、理不尽に享受させられる苦痛への怒りを見出せない思い出せない。諦観かもしれないが、本当はこうあることが俺にとっては当たり前の日常なのではないかと思えて仕方がない)』

竜『(……そうだ、そうなのだ。ここに来るまでの日常の方が本当は非日常だったのだ。あの喜びと幸福に満ち溢れ生きる素晴らしさを享受出来ていた日々、あれこそが異常であり俺のような異形の存在にそんな素晴らしき日々を謳歌する資格など本々あるはずがなかったのだ)』

竜『(だとしたら身の程をわきまえず一時の間だろうと幸福に浸かった自分の罪に対する罰が今の現状なのだろう。ああ、それなら至極納得できる。あの非日常はこの地獄に堕とされるだけの価値はあった。あの日々がなかった事になるぐらいだったら俺はこの地獄に何度だって堕ちよう。とはいっても、ここから這い上がれる可能性なんて万が一にも存在しないが)』

竜『(…俺にとって幸福の象徴だった彼女達はどうしているのだろうか。どうか彼女達なりの幸せを見つけて欲しい。2人は俺と違って人間だから幸せになる資格も可能性も存在している。彼女達には精一杯生きて欲しい、俺が出来なかった分まで。これはエゴだろうか)』

竜『(学者、少女…願わくばもう一度だけ……)』

少女「(……と、やっと繋がりましたね。メビウスさん)」


竜『(…幻聴、かな今のは。なんだ、ちゃんと狂えてるじゃないか俺)』

少女「(違いますよ、現実です。あなたは狂ってなんかいません)」

竜『(……これは一体)』

少女「(あの話覚えてますか。自身の牙を譲った竜の話。たった今メビウスさんがわたしと話したいと願い、わたしもメビウスさんのことをずっと思っていたからこそこうして会話出来ているんです)」

竜『(覚えてるよ、けど、けど俺は君に牙をあげた覚えはない)』

少女「(聡明なメビウスさんなら気付いてるんじゃないですか、"目印"は牙である必要はないんです。花畑に向かう途中でわたしが転んだあの日、怪我をした膝からメビウスさんの唾液を図らずも吸収していたように、今わたしの体内にはあなたの血が存在しています。この意味がわかりますか?)」

竜『(そん、な…)』

少女「(メビウスさん、自分が今どこにいるか正確にわかりますか? わかっているならわたしに場所を教えてください、早急にお願いします)」

竜『(もしかして、君は今俺がどんな状況にあるかわかっているの?)』

少女「(わかってます、あなたがどんなに辛い目に合っているのかも、どうしてわたしの前から姿を消してしまったのかもわかっています。わからないのはあなたがこの世界のどこで苦しんでいるかだけです)」

竜『(ならそれを知ってどうするつもりなんだ。その情報が何を変えられる?)』

少女「(あなたとお母さんを助け出せます、皆を救って見せます)」

竜『(待って、待ってよ、今……"お母さん"って言った? 学者が、学者がどうしたんだ!?)』

少女「(話します。というより補足しながら読み上げます、お母さんがわたしに宛てて書いたメッセージです)」

竜『(メッセージ…?)』

少女「(まず始めにこれほどまでに面倒な手順を踏ませたことを少女に詫びたい……)」

竜『(なんて、なんてことだ……馬鹿だ、あいつは大馬鹿者だ! なんで俺なんかに構うんだ!?)』

少女「(このままじゃお母さんは破滅してしまいます、だからそれを止めるためにもメビウスさんの居場所を教えてください。お願いします)」

竜『(でもどうやって止める気なんだ、君にそれが出来るとは思えない)』

少女「(違います、これはわたしにしか出来ないんです。皆を救うにはこの方法しかないんです)」

竜『(その方法とは)』

少女「(今は明かせません、直接会ってお話します。……身勝手なのはわかっています、でもどうか信じてください、お願いします)」

竜『(…………俺は俺だけが犠牲になれば君達を救えると思ってた。でもそんな考えは思い上がりも甚だしかったようだ。結局は何一つ守れていなかったんだ、全部無意味だったんだ)』

少女「(それは間違いです。メビウスさんが身を呈してわたし達を守ってくれたからわたしはこの方法に気付くことができたんです、意味は確かにあったんです)」

竜『(……1つだけ訊いておきたいことがあるんだ、君を信じるためにどうしても)』

少女「(なんでしょうか?)」

竜『(その方法を実行したとして……君自身も救われるんだよね? 自己犠牲で全てを解決しようだなんて思ってないよね?)』

少女「(……大丈夫です、わたしも含めて皆がハッピーエンドを迎えられます)」

竜『(そう…なら信じるよ、君が俺達を取り巻いている絶望を全て消し去ってくれると信じるよ。俺が今いる場所はね……)』

少女「(…なるほど、あの街の研究所の地下ですか)」

竜『(地上と違って地下の存在は公には秘匿されている。一般人が出入りできるような場所じゃない。監視の目も厳しい。子供の君が単身で侵入できるほど甘くはないよ)』

少女「(でも地下に降りるためにはエレベーターのパネルを特定の手順に沿って操作すればいいだけなんですよね? その手順もメビウスさんは知っている)」

竜『(研究員達がガラスの向こう側で羽振り良く情報を漏洩してくれるからね。まあ目の前の実験体がテレパシーで情報を外に送るだなんて想像もつかないだろうから仕方ないと思うけど)』

少女「(…監視の目、っていうのは具体的には)」

竜『(監視カメラが至る所に。2つ隣の部屋の警備室を覗いて見る感じカメラの性能は人の顔がなんとか区別できる程度だけどあまりにも数が多すぎる。それら全部に察知されないように行くというのは無理そうだ)』

少女「(警備員の目はありますか?)」

竜『(え? えーと…警備員は基本的に地下全体を巡回してるみたいだ。でもほとんど機械に任せているせいか巡回する人はそう多くはない。人の目なんて必要ないぐらいここのセキュリティは強固ということだ)』

少女「そう、ですか……」

少女「(…なら大丈夫ですね。なんとかいけそうです)」

竜『(は、はあ!? 一体何を言っているんだ…)』

少女「(まずわたしは服を全て脱げばメビウスさんと同じく機械に感知されません」

竜『(ああ……えっ、いやえっ?)』

少女「(ですので、問題は"直接誰かに目撃される"ということだけです。それもメビウスさんに協力してもらえばなんとかなりそうです)」

竜『(確かにその姿を見られたら色々不味いよね……いやそんなことより俺が協力? 一体どうやって?)』

少女「(隣の隣の警備室から監視カメラの映像を盗み見てください。人がいないタイミングをメビウスさんに指示してもらえば絶対に見つかりません)」

竜『(…………)』

少女「(メビウスさん? どうかしましたか?)」

竜『(君がそんなアグレッシブな人間だとは思わなかったなと)』

少女「(わたしが誰の娘か忘れちゃいましたか?)」クスッ

竜『(敵わないな…ああ君達には敵わないよ。……でも残念ながら君の言う作戦には大きな問題がある)』

少女「(問題、ですか?)」

竜『(地下の扉で重要な場所はカードキーがないと開かないんだ。特にこの部屋の扉はごく限られた人物のカードキーでしか開かない、一般人はどうあがいてもここには辿り着けない)』

少女「(カードキー……どこかに忍び込んで盗み出すというのは)」

竜『(カードキーは職員全員が首に提げて身に付けている。カードキーを首から外しただけで解雇らしいからどこかに置き忘れたのを…というのも難しいと思う。研究所を出る際にはカードキーの返却が義務づけられているから外部で盗むことも不可能だ)』

少女「(…なるほど、なら仕方ないですね)」

竜『(うん、やっぱり無理だよ)』

少女「(こっそり盗むのが無理なら持っている人を堂々と襲って奪いましょう)」

竜『』

竜『(……仮に、仮にだ。無事奪えたとしよう。でもそのカードキーはすぐに使えなくなると思うよ)』

少女「(何故ですか?)」

竜『(そりゃ奪われた当人がどこかに報告して、そのカードキーで開錠できないように遠隔操作するから)』

少女「(……ハイテクですね)」

竜『(だからその手段は使えない、第一そんなことしたら子供といえど捕まるよ? いやまずそれ以前に…)』

少女「(…………今わたしとっても最低なこと考えました、聞いてもらっていいですか)」

竜『(あんまり聞きたくないけど…何?)』

少女「(ばれなきゃいいんですよ)」

少女「(……という作戦です。これならカードキーを無効化されずに奪うことができます)」

竜『(…言いたいことは色々とある、それは山のように。でもまず…君にそんなことが出来るの? 君は一瞬もそれを躊躇せずに実行出来るの?)』

少女「(わたし、最近気付いたことがあるんです。"何かを守るには何かを傷つけないといけないんだって"、その現実から目を背けたら大切なものを失ってしまうんだって)」

竜『(……確かに俺が協力すればその作戦は上手く行くだろう。でもその作戦の辛い部分は全部君がその手でやるんだよ? 堪え切れる?』

少女「(わたしはもう大事なものを失わないためなら、なんだって出来るんです。信じてください)」

竜『(……わかった。なら君と俺でその作戦の詳細と考え得るシチュエーションを全部検討しよう、失敗したらそこで全部終わりだから)』

少女「(! はいっ!)」

竜『(……こんなところかな)』

少女「(はい、これならきっと上手くいきます。ありがとうございましたメビウスさん)」

竜『(礼を言うのはこっちのはずなんだけどな、俺達を助ける作戦でしょこれは)』

少女「(あ、そういえばそうでしたね。えへへ)」

竜『(……この作戦が成功したらまた皆で過ごせるようになるんだよね?)』

少女「(大丈夫です、お母さんとメビウスさんがまた一緒に過ごせるようになります。わたしもお母さんもメビウスさんももう一度心の底から笑えるようになります。……そうだ、いい加減お母さんの気持ちに気付いてあげないとダメですよ)」

竜『(? うん?)』

少女「(……なんだか助ける気が失せてきました)」

竜『(え、ええ!? ここまで来てそれはないでしょ!)』

少女「(冗談ですよ、まったく…。そうだ思い出した、ノートのことに関して是非伝えておきたかったことが…)」

竜『(! ……ごめん、今日はもうこれ以上話せそうにない)』

少女「(えっ、もしかしてこのテレパシーって時間制限が?)」

竜『(違う……大の男が悲鳴を上げる所なんて君には聞かせたくないんだ。情けない話だけどね)』

少女「(あっ……わかり、ました。あ、あの! メビウスさん、その、えと…)」

竜『(大丈夫、俺が弱いだけで本当は全然大したことじゃないんだ。君の苦手な注射より少しだけ痛い程度だ。だから心配しなくていいんだよ)』

少女「(あ、あう…。は、はい)」

竜『(じゃあ今日はここまでだ……少女)』

少女「(は、はい?)」

竜『(ここで待ってるよ)』

少女「…………」

少女「……絶対に、助けてみせる」

―少女の部屋―

少女「はあ…はあ…はあ…(もう一度、もう一度だ)」

バチバチッ!

少女「いっ!」ビクン

少女「……ふー、ふー、ふう(これじゃだめだ、もっと、もっとがんばらなきゃ)」カチッ

バチバチッ!!

少女「ああああああ!(離すな離すな離すな離すな!)」ガクガクガクガク

少女「ひっ、はっ、あ……(5、6、7…)」ビクビクッ

少女「あ、あう……」ガクンッ、ドサッ

少女「あが…………(10秒)」ピク、ピクッ

少女「…………(10秒だ。確実にやるには10秒間必要だ…)」

今日はここまで、次回は♪∞×10 seconds

>>1

更新超楽しみにしてます

長らく更新出来ず申し訳ありません。諸事情でまだしばらく更新出来そうにないです。
必ず完結だけはさせますので、もしまだ読んでくれている人がいましたら気長に待っていただけると幸いです。

待ってる

いつまででも待ちます

―数日後、研究所の前―

少女「(メビウスさん、今研究所の前に着きました。これから入りますね)」

竜『(一応確認するけど全身を覆い隠せるような服装で来たよね?)』

少女「(はい、お母さんのコートを借りてきました。ちょっと大きすぎますが)」

竜『(地下に入るまでは顔を見られてもいいけど肌の部分はカメラに映さないでね。フードも深く被ること)』

少女「(…この格好あんまり好きじゃないので早く脱ぎたいです)」

竜『(どうせすぐに脱ぐことになるさ。さあ覚悟ができたらおいで、ここから先はまぎれもなく戦場だ)』

少女「(…いきます)」

―研究所内―

竜『(ちなみに練習はしてきた?)』

少女「(はい、それはもうたくさん。目を閉じてても出来そうなぐらいです)」

竜『(それは心強い。じゃあ指示した場所に隠れてて)』

少女「(はい。……ああなんだかすごい緊張してきた!)」

竜『(気持ちはわかるけど落ち着いて。失敗したら何もかも終わりだよ?)』

少女「(やんわりとプレッシャーかけないでください! そ、そうだこういう時はこうすれば)」ササッ

竜『(…何をしてるの?)』

少女「(手のひらに東洋で"人"という意味の言葉を3回書いて飲んでいるんです。こうすると緊張がほぐれるって友達が教えてくれました)」

竜『(…それ本当に飲めてるの?)』

少女「(……まあ気持ちの問題です)」

竜『(緊張は解れた?)』

少女「(それはわかりませんがただ言えることは今わたしの体は石膏のようにカチカチです)」

竜『(そりゃあ愉快だね、こっちまで顎の下が疼きだしてきたよ)』

少女「(ターゲットについて1つ確認しておきたいんですけど)」

竜『(不安要素は出来るだけ取り除いておこう、何?)』

少女「そのターゲットは血を飲んでいないんですよね」

竜『そうだね、じゃないと作戦の大前提である"あの場所"にターゲットは来ないからね』

少女「……じゃあ、万が一もあり得るかもしれませんね」

竜『可能性は限りなく低いけど心臓に持病があったりしたらゼロとは言えないね。……やっぱりやめたいかい?』

少女「(大丈夫です、全部覚悟の上です。だから今更迷うこともありません)」

竜『(…強くなったね、君は)』

少女「(少しはお母さんに近づけましたかね?)」

竜『(それは……。! 来たよ、ターゲットだ。もうすぐ部屋に入る)』

少女「(周囲に他の人の姿は?)」

竜『(彼以外いない。絶好のチャンスだ)』

少女「(……作戦、開始します)」

竜『(幸運を祈る)』

―男子トイレ―

少女「(落ち着けわたし、焦るのは後にしろ、今はただ決められた手順をなぞることだけを考えるんだ)」

少女「(……ターゲットが入って来た)」

カチャカチャ、ジー

少女「(今だ、まずは鍵を空け個室から出る)」カチャ、ギィ…

「ふんふーん」ジョロロロ…

少女「(用を足している隙に静かに背後に忍び寄る)」ソロリソロリ

「……ふう」ジー…

少女「(完全に無防備な今の内に背後から確実に膝の裏に向けてスタンガンを押し当てる)」バチィ!

「うがあっ!?」バタン

少女「(相手がうつぶせに倒れたパターンなのですかさず髪を上方に引っ張り顔を天井に向けさせる。そして顔面に催涙スプレーを吹きかける)」グイッ、プシュー

「んぐっ!? あ、うがあああああ!」

少女「(今度は相手が痛みにうずくまったパターンなので馬乗りになって動きを封じながらスタンガンを10秒間当て続ける)……いち…」バチバチバチッ

♪∞×10 seconds

「ぎぃゃああああああああぁぁああぁぁ!!」ガクガクガク

少女「(10秒間、わたしが自分で試してほぼ確実に数分間行動不能になるまでの時間。例え気絶しなくても、指先一つ動かせなくなるまでの時間)よん……ご……ろく……」バチバチッ!

「うがががががががががああああああぁぁ」ガクガク

少女「(この10秒間はきっと、わたしの一生で最も罪深い10秒間だ。この10秒の悲鳴がわたしの耳から離れることは永遠にないだろう)なな……はち……!」

「あがっうごっ、がっがっ……」ガク

少女「(それでもわたしはこの痛みと罪を引き換えに守ってみせるんだ。だって、きっとこれが"生きる"ってことだから!)きゅう……じゅう!!」バチィ!

「…………あ」ピクッピクッ

少女「(後は簡単だ。麻痺が治っても動けないように縛りあげる)」ギュッギュッ

少女「(縛り上げたら、口元にガムテープを巻きつける)」グルグル

少女「(うなり声が聞こえないように顔に袋を被せて、個室に運び込む)」ズルズル…ギィ

少女「(内側から鍵を掛け、忘れずにカードキーを回収し、使った道具と服を全部ここに置いていく。最後に上によじ登ってわたしだけが脱出する)」ストン

少女「(……メビウスさん。今外はどうですか?)」

竜『(…ん、大丈夫誰も居ないよ。今の内に出ておいで)』

少女「(はい……やっと、終わった)」ガチャ

竜『(とりあえず…お疲れ)』

少女「(さすがに、疲れました。…ちなみにカメラからカードキー映って見えますか?)」

竜『(いや、本々のカメラの性能に加えてリノリウムと色がまるっきり同化してるからほとんど見えないよ。だからカードキーだけ宙に浮いて見える不思議現象に気付く人間はほぼいないね)』

少女「(よかった、打ち合わせ通りですね。だとすると問題は扉を潜るときですね)」

竜『(そうだね、どうしても誰もいないのに扉が開くように見えるから…まあそこは俺が警備員が画面から目を逸らしたタイミングを指示するからさ)』

少女「(冷静に考えると今メビウスさん何もない壁を睨みつけているんですよね、なんだかおかしいですね)」

竜『(確かに。こんなに真剣に壁を凝視するのは初めてだよ)』

少女「(ぷっ、今のメビウスさんの姿想像したら……ってこんなふうに悠長に話してる暇はないですよね)」

竜『(そうだね。すぐにはバレないと思うけど閉じ込められたターゲットが見つかるのは時間の問題だ。急いだ方がいい)』

少女「(指示、よろしくお願いします)」

竜『(任せて。俺が君を導いてみせるよ)』

チン♪ ウィーン…

少女「(ここが地下…)」キョロキョロ

竜『(着いたみたいだね。ならその廊下を直進して)』

少女「(はい、……ここって何をしている場所なんですか?)」

竜『(一言では説明しきれないけど、少なからず良心を持つ人間なら耐えられないような実験と研究ばかりしているような所さ)』

少女「(……自分の住む町の近くにこんな嫌な場所があるだなんて知りませんでした)」

竜『(俺が思うにこんな場所は珍しくないと思うんだ、ただその存在を知る機会が希少なだけで)』

少女「(知る機会……を他人が無理やり与えることについてどう思いますか?)」

竜『(え? うーん……例えばさ、サンタクロースが現実にはいないってことを知りたくなかった人もいると思うんだよね。でも、知らないまま大人になったら社会生活を営む上で色々と弊害が生まれて来るはずだ。そう考えると生きるのに必要な真実は例え知ることで精神的ショック、"痛み"を伴ったとしても必要なんじゃないのかな)』

少女「(子供がその真実を受け入れてくれなかったら? それでも頑なにサンタクロースを信じてしまったら?)

竜『(…残念ながらその子供は真実を受け入れられるほどの心を持ち得ていないのだろう。その子供には自分の中の世界を外界に合わせて変える事が出来ないから他人にはどうしようもない)』

少女「(そう、ですか。なんだか、切ないな…)」

竜『(突き当りを右に折れて、そしたらもうすぐ……なっ…?)』

竜『(貴様は…何故ここに…?)』

少女「(…メビウスさん?)」

竜『(馬鹿な…この時間は実験は行われないはず…)』

少女「(メビウスさんどうかしましたか? メビウスさん?)」

竜『(予定変更…? よりにもよって何故今なのだ!? くそっ、少女!)』

少女「(は、はい!)」

竜『(今から指示する場所に隠れるんだ! 時間を置いたらまた連絡するから! いいかそこから先の、ぐあっあああああああぁぁああっぁ!!)』

少女「(メビウスさん!? 大丈夫ですか一体何が!?)」


少女「(…………だめだ、返事がない。もう、繋がっていない)」

少女「(どうしよう、指示がないとどう進めばいいかわからない…)」

少女「(いやそれよりまずいのはこのままじゃ誰かに見つかってしまうかもしれない。どこかに隠れようか? でもどこに隠れればいいの? そもそも隠れるのが本当に正解なの?)」

少女「(わからない、わからない、怖い、知らない場所でひとりきりというのがこんなにも怖いだなんて知らなかった。心細さに押しつぶされそう)」

少女「(……それはメビウスさんも同じはずだ。いやメビウスさんの方がもっと辛い状況にあるはずなんだ。だったらわたしは)」

少女「(ここで立ち止まっているわけにはいかない。迎えに行かなきゃ)」ペタペタペタ…

―実験室―

竜『ああああぁぁあああぁぁあっあっあああ』ベリベリベリ

側近「痛いかバケモノよ? 機械の動きを止めて欲しいか?」

竜『あああああああ(痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)』バリッブチブチッ

側近「このままだと話にならないな、仕方ない一旦止めてやろう」カチッ

竜「がはあっ、はあっ、ひゅー…ふゅー……」

側近「目尻に涙を浮かべて情けないことこの上ないな。…最近君の研究が上手くいっていなくてね、データは揃ってきているが君の体のメカニズムについては未だに何の情報も掴めていない。このままでは君というせっかくの秘密兵器を活かせそうにない」

側近「そこでだ、君が君自身について知っていることを私に教えて欲しいんだ」

竜『…………』

側近「でね、話してくれるまでこうすることにしたよ。拷問」カチッ

ベリベリベリベリ

竜『ぃ、ああああぁぁああいやだああああっ!』ガシャンガシャン

側近「嫌なら早く話しな。こっちは君の代わり映えしない鳴き声なんて聞き飽きたんだよ」

少女「(! メビウスさんの声が聞こえる。でもこの声は普段使っている方のテレパシーだ…!)」

少女「(あの声を目指していけば多分たどり着ける……でも間違いなくメビウスさんがいる部屋には今他にもニンゲンがいる。そう考えると今行くのはまずい…)」

少女「(ここは、堪えるのが最も賢い選択だ。時間を置けばいずれ今あの部屋にいるニンゲンが出てくるだろう。作戦を絶対に成功させるには、全てを救いたいなら今は、今は我慢だわたし)」

少女「…………」

竜『ぃたいいいいいとめてくれえええぇぇえ!!』

側近「君が話さない限り機械は作動させておく。ウロコが剥がれそうで剥がれない絶妙な痛みを絶え間なく生み出してくれるだろう。それが嫌なら話すんだ、特に"何故何の変哲もない壁を凝視していた"のかを」

竜『ああああだめだだめだそれだけはいうわけにはいかないぜったいにだめなんだぁぁぁぁ』

側近「…………だったら永遠に苦しめばいい」

―10分後―

側近「そろそろ話す気になったか? さすがのバケモノの君といえどこのまま続ければいずれ"壊れる"ぞ?」

竜『あっあぁっもうっ、いやだっ、たすけてくれあたまがおか、おかしくなるしにたいしにたいしにたい』

側近「君に死なんて甘ったるい逃げ道は赦されていないんだ、それでもこの現実から逃れたければ全てを話せ。そこまでして守りたいものを捨ててしまえ」

竜『うぐうぅうぅぅそれっでも、おれはっ、いばしょをうしないたくないんだあああああああ!』

側近「……愚考を捨て去るには時間が必要なようだな。一先ず24時間そこで鳴いていろ」クルリッ

少女「動かないで。今すぐ機械を止めてください」

今日はここまで、次回は♪666の裁き

おつ

側近「……なるほど、すごいね君。ここまで辿り着けたんだ」

少女「機械を止めてください」

側近「自分でやったら? 制御盤ならそこにあるよ」

少女「それじゃないです、さっきあなたはリモコンを使ってあの機械を操作しているようでした」

側近「なんだそこまで見られてたのか。…まあそうじゃなきゃ態々私の前に姿を現すリスクなんて冒さないか」

少女「右ポケットに仕舞ったリモコンをこっちに渡してください」

側近「……面白いと思わない? こんな手のひらに収まるほどのちっぽけな機械が至上の苦痛を生み出すことが出来るんだ。こんなふうにね」カチッ

竜「ぎっ…ぎぎ、ぎぃぁ……」

少女「やめて!」

側近「と言われて素直にやめる人間が世界にはどれぐらい存在するんだろうね? 勿論私はそれに当てはまらない」

少女「……どうしてもだめですか」

側近「ここまで来れた君ならもう答えはわかっているだろう?」

少女「…………どうしても守りたいものがあるんです、叶えたい願いがあるんです」

側近「そのために君はどうするの?」

少女「わたしはあなたを倒します」

側近「素晴らしい! 武器どころか一切の衣服も纏わない無力な人間が宣戦布告をした! ならばそれに応えないわけにはいかないだろう!」

少女「先に言っておきますがわたしは死にませんよ」

側近「奇遇だね私もなんだよ。とっくに死の呪縛からは解き放たれている」

少女「そうでしょうか。わたしにはむしろ呪われているように思えます」

側近「…君には永遠は荷が重すぎるようだね。さて、私と君の決定的に異なる点を見せてあげよう」カチャッ

少女「……それ見飽きました、拳銃なんてなくなればいいのに」

側近「職業柄護身用に携帯していたがまさか子供相手に使うことになろうとはね、……ところであんまり怖がらないんだね」

少女「そんな"人"を殺す道具わたしには無意味ですから」

側近「あっそ」パンッ

少女「え…?」ドサッ

少女「(胸が焼けるように熱い、そしてなにより痛い痛い痛い)」

側近「例え死を与えられなくとも痛みは与えられる、痛みは恐怖を生み出せる、恐怖は意志を捩じ伏せる。…本当はもう動けるんだろう? なのに君は」

少女「(傷つけられるのがこんなにも痛いだなんて知らなかった、自分で自分を痛めつけるのとは全然違う。他者から与えられる痛みはあまりにも怖すぎる)」ガタガタ

側近「いつまでも地面に伏したまま立ち上がろうとしない、この鉄の塊を向けられる恐怖が君をどこまでも束縛する」カチン、スタスタ

少女「ひっ、こ、来ないで……」

側近「そうしている内に君は頭部に銃口を突き付けられてしまった。脳天を死ねずにぶち抜かれる痛みとはどれほどのものなんだろう? ああ、可哀想に」グリグリ

少女「い、やぁぁぁ、やめてこわいよこわいよ」ブルブル

側近「嫌ならその細腕を振り回して抵抗すればいい、地を這って逃げ出せばいい。どうせ死なないんだから。それさえも出来ないなら」

少女「あ…あっ……やめ」

側近「残念、時間切れだ」 パンッ

ぐちゃり

ぐちゅんぐりゅぐりゅ

少女「あが…」

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐりゅぐりゅ

少女「ぎっ」

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐちゅぐちゅぐりゅん

少女「い、いやあ! もういやあ! やめてよ待ってよお願いだからねえもうこんなの耐えられないだから」

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐちゅりぎゅちゅぐちゅ

少女「ぅ、ぅぁぁぁぁぁぁぁぁ」ガタガタ

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐちゅぐりゅぐにゅん

少女「……あ」

少女「ぁはっ。あははははははははは」

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐちゅぐちゅぐぎゅり

少女「ひはっ、あふぇっ。えへへへへへ……」

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

少女「…………」ボー

側近「…………」パンッ

ぐちゃっ

ぐちゅぐちゅ……

側近「……うん、そろそろいいだろう」

少女「」

側近「……予想通り」カチャッ、グリグリ

少女「」

側近「体は直っても心は治らないみたいだね、結構」スチャッ

側近「さて、貴重なサンプルが増えたんだ。人を呼んで来なければ」

側近「じゃあまたね」スタスタ…

少女「」

少女「」

少女「」

少女「(なんで)」

少女「(なんでわたしは、じめんに座りこんでいるんだろう)」

少女「(とめなきゃ、あのヒトを止めないと、だめなのに体がうごかない)」

少女「(わたしは、あのヒトにかてないと、からだに直接おしえこまれてしまった。だから、もう、なにも、できないんだ)」

少女「(ああ、おわってしまった)」

竜『(みえない、みえない。痛みにのみこまれて何もみえないきこえないわからない)』

竜『(いまのおれには痛みをかんじることしかできない)』

竜『(どこ? どこにいるの? きみはいまどこにいるの?)』

竜『(あの子を、みちびかないと。かのじょを1人にしちゃいけない。だって、きっとさみしがっている)

竜『(さみしいというのは、くるしいんだ、かなしいんだ、なにより怖いんだ)』

竜『(たのむよ俺、すこしの間だけでいいんだ。痛みなんかに負けないで、ほんとうに恐れないといけないものを間違わないで)』

竜『(そしたらほら、痛みに瞑った目をひらいて、想って、あの子に声を届かせて)』

竜『(痛みと向き合って)』


竜『(生きることをあきらめないで)』

少女「……………………って」

側近「! …………」クルッ

少女「まって」

側近「…驚いた。まだ動けるのか」

少女「……声が、聴こえたんです」

側近「動くな、それ以上近付いたら撃つ」カチャ

少女「…想いが届いたんです」

側近「……痛みが怖くないのか?」

少女「怖い、です。でもわたしようやくわかったから、教えてもらったから」

側近「…………」パンッ

少女「…痛い。でもこの痛みから目を逸らしちゃいけないんだ」

側近「やめろ…」パンッパンッ

少女「まだ生きる望みを捨てるわけにはいかないんだ」

側近「その希望に満ちた眼をやめろ…!」パンッ、カチン、カチン

少女「生きるということは痛みに立ち向かうということなんだ!!」ダダッ!

少女「(視界がぼやける、意識が薄れる。例え意志が折れなくても心がもう限界なんだ)」ガシッ!

側近「くっ、離せ!」ガンガン!

少女「(お願いだからもう少しだけもってわたしの心。痛みなんかに負けないで)」グイッ

側近「ぐお…」フラ…、ガシャン!

少女「(眠い…瞼がどうしようもなく重い…)」クラッ

側近「仕方ない、手段を変えよう」ガシッ、ググッ

少女「かはっ……(首が、締められ……)」ジタバタ

側近「しばらく眠ってもらうよ」

少女「(だめだ、眠っちゃだめだ、何か武器は、スプレーは、スタンガンは。ない、今度こそ何もない)」フルフル

側近「堕ちろ、潔くあきらめてしまえ」グググッ

少女「(いやだ、あきらめたくない、絶対にあきらめたくないのに。届かない、あと一歩がどうしても届かないよ)」

側近「……今度こそ終わりだ」ググッ!

少女「(お、……か…………)」

側近「…………ぅあ?」ドサッ

側近「な、んだ、これ」

少女「げほげほっ。……え?」

側近「体が、動か……息、も……!」

少女「何が起きて……あ、ああ!」

竜『側近、貴様は…"二度と動くな"』ギン!

少女「え、あれ…なん、で?」

竜『君がリモコンを壊してくれたおかげでようやく“視る”ことが出来た。その様子だと無意識の内にみたいだけど』

少女「あ、さっき服を引っ張った時……いや、そんなことよりも」

竜『よく、戦ってくれた。本当に、本当にありがとう』

少女「わたし、わたし、もう戦わなくていいんですよね…?」

竜『ああ。もう、誰も苦しまなくていいんだ』

少女「そ、か。えへ、えへへへ…。変だなあ、嬉しいのになんで、なんで涙が出てくるんだろう…?」ポロポロ

竜『…こっちに来てくれないか』

少女「ひっく…うえぇっ」ピッ、ウィーン

竜『そう……そのままこっちに。ああ、やっと、やっと会えたね』

少女「メビウスさぁん、メビウスさぁん…」ピトッ

竜『ごめんね。鎖が邪魔で君を抱き締めてあげられない、だから。…………君の涙はしょっぱいね』

少女「ふ、うえぇぇん……」

竜『落ち着いたかい?』

少女「はい…もう、大丈夫です」

竜『そうか、それじゃあそろそろ教えてくれないか。ここから俺をどうやって救ってくれるのか』

少女「……わかりました。でもその前にこれだけは言っておきます」

竜『なんだい?』

少女「わたしはこの答えがみんなが幸せになる唯一の方法だと確信しています、決して後ろ向きな結論ではありません」

竜『…わかった、なら俺は君の出した答えを最大限尊重しよう。もう一度訊くよ、ここから俺を救い出す方法とは?』

少女「わたしをあなたの手で殺してください」

竜『……なんて、なんてことを言い出すんだ君は』

少女「洞窟にあった世界の神話について書かれた本の中にありました。竜の体内の毒を受けて激痛に苦しむことになった不老不死の男の話です」

少女「その不老不死の男は痛みから逃れるために自らの体を燃やし、永遠から逃れました」

少女「でもわたしが自分の体を焼いても再生してしまいました。ただ燃やすだけじゃだめなんです」

少女「わたしが死ぬためには竜が作り出した毒が必要なんです」

少女「だからわたしにあなたの毒をください」

竜『待って、待ってよ…。そもそも君が死ぬことがなんで俺と学者を救うことになるんだよ?』

少女「お母さんはわたしを助けるためにメビウスさんを犠牲にせざるを得ませんでした、きっとこれからもわたしという"やっかい"な存在のせいで自分が本当に選びたい選択肢を選べなくなると思います」

少女「メビウスさんはわたしが実験台になることを回避するために一切の抵抗を放棄して囚われてしまいました。逆に言えばわたしが"いなくなれば"もうここにいる必要はありませんよね? 例え鎖が邪魔で逃げられなくとも最悪舌を噛み切って別の場所に生まれ変わればいい」

少女「そしてメビウスさんがここから脱出すればお母さんが過ちを犯す必要はなくなります。みんな助かります」

竜『ふ、ふざけるなよ!? それじゃ君が助かってないだろうが!』

少女「助かりますよ。わたしはようやく永遠から解放される」

竜『…あ、あぁぁぁぁぁ……そうか、そうだったのか。君にとって永遠とはそんなにも耐え難いものだったのか……悲しいなぁ』

竜『…………』

少女「メビウスさん、時間がありません。早くしないとヒトが来てしまいます、手遅れになります」

竜『…疑問がある、どうして君は態々ここまで来たんだ。君のその計画なら俺がここを脱出した後に君を外で殺すのでも大差はないはずだ。こんな苦労する必要はなかったはずだ』

少女「ダメです、そっちだとメビウスさんは優しすぎるから絶対にわたしを殺してくれません。確実にわたしを殺してもらうしかない状況でお願いする必要があったんです」

竜『状況って…』

少女「このままでは侵入者のわたしは捕まってしまいます、そしてあらゆる非人道的な実験にかけられるでしょう。それはメビウスさんが身を挺してまで絶対に避けたかった展開ですよね? ほら、"この状況でわたしを救うにはもうわたしを殺すしかない"」

竜『全部、全部計算ずくだったって言うのか…!? そんな、馬鹿げたことが』

少女「ごめんなさい。あなたの選択肢を奪ってしまって、あなたの優しさを利用してしまって」

竜『……ずるいよ君は』

竜『君は、本当に自分が死ぬ願いを叶える為にここまできたのか』

少女「そうです、これが皆が幸せになれるたった一つのハッピーエンドなんです。ですから、お願いします。毒を作りたいと願ってください」

少女「わたしを殺したいと願ってください」

竜『断る! そんな、そんなの俺には無理だ…』

少女「メビウスさん、こっちを見てください」

竜『……なんで』

少女「…………」ニコッ

竜『なんでそんな笑ってられるんだよ!?』

少女「嬉しいんです、ようやく解放されることが。そしてお母さんとメビウスさんが幸せになれることが」

竜『学者が君の死の上に成り立つ幸せを受け入れることができると思うのか!?』

少女「大丈夫です、お母さんにはメビウスさんがいますから。お母さんが一番必要としているものをわたしは知ったから」

竜『そんなはずない…彼女にとっての一番は君だよ』

少女「メビウスさんは鈍感だからなあ。きっといつの日か気付ける日がやって来ますよ、楽しみだなあ」ニコニコ

竜『(その日に君はいないじゃないか)』

竜『…………』

少女「メビウスさん」

竜『こんな、こんなはずじゃなかった……こんな結末俺達は望んでいなかったのに、なんで、なんで…!』

少女「…いい加減にしてください!」ペシッ

竜『……なんだよ』

少女「いつまで甘ったれてるんですか! あなたはお母さんを幸せにしてあげる責任があるんですよ!?」

竜『! 俺にそんな資格は』

少女「あなたにしか出来ないんです! …お願いです、わたし、心配しながら逝きたくないんです。だから、だから」フルフル

竜『(どうしたら彼女の震えを止めてあげられるんだろう。……わかってるくせに)』

竜『(どうしてこんなことになってしまったんだろう。それは俺が少女に永遠を与えてしまったからだ)』

竜『(全部、俺のせいなんだ。俺が彼女達の側という唯一の居場所を失いたくなくて禁忌を犯してしまったから)』

竜『(……永遠なんてこの世界で最大の不幸で苦しむのは俺だけで十分だ)』

竜『(だから、俺が全部終らせなきゃいけない)』

竜『……少女、聞いてくれ』

少女「……はい」

竜『…………俺が(ああ、俺にはそんな未来が描けるわけがないことはわかっているのに)』

少女「…はい」

竜『俺が、学者を(少女を安心させるためだけに)』

少女「はい」

竜『俺が学者を幸せにしてみせる』

少女「…はい!」

竜『(見え透いた嘘を吐いてしまうんだ)』

少女「わたしの最期の無茶なお願い、聞いてくれますか?」

竜『出来ることなら、いいよ』

少女「最期に、外が見たいんです。こんな真っ白で殺風景な光景を見て逝きたくないんです。なんとかなりませんか?」

竜『…ちょっと離れてて、ふっ』ゴオオォォ!

少女「うわあ、火炎放射で天井に穴空けるとか無茶しますね。上にいるヒトたち今頃大慌てですよ」

竜『これなら外が見えるだろう。…そうか、もう夜か』

少女「綺麗ですね。星空」

竜『ああ、綺麗な夜空だ』

少女「あっ」

竜『なんだい』

少女「流れ星。えへへ、今度はメビウスさんより先に見つけることができました」

竜『そうか、それはおめでとう』

少女「メビウスさん、流れ星のこと確かごみって言ってましたよね。今でもそう思いますか?」

竜『…いいや、あれは願いを叶えてくれる希望の星だ。君がそう教えてくれた』

少女「そっか、よかった。…そうだ、ごみといえば少し頭を下げてもらっていいですか」

竜『? こう?』スッ

少女「ほら、頭の上に変なごみがついてますよ。とってあげますね」ソッ

竜『あっ……』

少女「どうかしましたか?」

竜『……なんでもない、なんでもないんだ。ああ、とってくれてありがとう。ずっと気になっていたんだ』

少女「どういたしまして」ニコッ

少女「…聞こえますか、大勢のヒトがこの部屋に向かってきてる足音が」

竜『…ああ、聞こえているよ』

少女「……本当は、もっとこの空をみていたかったけど、もう時間みたいですね」

竜『…………うん』

少女「…じゃあ、お願いします」

竜『…ああ、わかったよ……(俺の願いは、毒を作りたい、少女を殺したい、少女を楽にしてやりたい。いや)』

竜『(少女の願いを叶えてやりたい、だ)』ドクン

竜『(手がほとんど動かせないから……舌を噛んで)』ガリッ、ポタポタ

少女「……いただきますね。ん…」ペロッ

少女「ふあっ…う、うぐううううぅぅ」

竜『少女……』

少女「やっぱり、痛いのは好きじゃないから、早く楽になりたいから、さいごはあなたの炎で…お願いします」

竜『……わかった、いくよ』

少女「…はい」

少女「(メビウスさん)」

竜『…………』スウ…

少女「(友達になってくれてありがとう)」

ゴオオオオ…

―地上、研究所外―

「あー今日も仕事疲れたな。星が綺麗だー」

「ずっと地下に篭ってたら気が滅入るよな。…ん? なんか変な臭いがしないか?」

「うん? 本当だ、なんか…ガス臭い。でもここ外だぞ? ここまで漏れてるって相当…うげ」バタン

「おいおいどうした? …い、ってえええええええ!? げほごぼっ!」バタン、ゴロゴロ

「うげえっ! げぼっ! おろろろろ…」ビシャビシャ

―地下、エレベーター付近―

側近「(死体が)」ズルズル…

側近「(死体がそこかしこに転がっている。そうでないもの、つまり"死ねないもの"は)」

側近「(血や吐瀉物を撒き散らし続けながら、いつまでもいつまでも地面を転げ回っている)」

側近「(地上はどうなっているのだろう)」ウィーン…チン♪

―地上、外―

側近「(ここも同じだ)」

側近「(数多の死体と、全身を焼き尽くされるような痛みに悲鳴を上げる者しかいない)」

側近「(この謎の毒の霧は研究所全域に広まってしまったようだ)」

側近「(こんな悪夢のような光景を見せるために、奴は私を再び動けるようにしたのか)」

側近「(…あのバケモノはどこにいったのだろう。気を取り戻したときあの部屋にはどろどろに溶かされた鎖と、天井に広くこじ開けられた穴と、"炭"しか見当たらなかった)」

側近「(……空に浮ぶ月が黒い。いや違う、あれは、あの影は……)」

側近「悪魔だ」

♪666の裁き

竜『(眼下は汚物と耳障りな音を口腔から漏らし続ける醜悪なニンゲン達で満ちている)』

竜『(なんだ、醜いのはお互い様だったんじゃないか)』

竜『この声が聴こえるか、この姿が視えるかニンゲン共』

竜『我は貴様らに裁きを下す者、永久に終焉をもたらす存在だ』

竜『この断罪は本来1人の人間が遂行すべきはずだったもの。我はその代行者に過ぎない』

竜『彼女の嘆きが聴こえたか? 彼女の孤独を感じたか? 例えそうでも貴様らに彼女の痛みは理解できまい。貴様らの叫喚など彼女が嘗て上げた内なる悲鳴に比べれば無音にも劣る』

竜『彼女には未来を歩む資格があった、幸福に包まれる権利があった。そのいつか存在したはずの幸福な未来を奪った貴様らの魂には至上の罪が刻み込まれた』

竜『罪とは生の終結を経て赦されるもの、故に罪を背負う者には等しく死という慈悲が科せられるべきであろう』

竜『永遠をも焼き尽くす我が地獄の業火にてその身を焦がせ。灰燼に帰せよ』

竜『さらばだ罪深きバケモノ達よ』

今日はここまで、次回は♪ゲームオーバー、等

―数日後、洞窟―

竜『…………やあ、久しぶり』

学者「……1つの街が消えてしまった」

竜『知ってる』

学者「世間では核実験の失敗が原因ではないかと噂されている」

竜『そうなんだ』

学者「…………」

竜『……ここは暗い、外で話そうか。何かを語り合うには星空の下がうってつけだ』

竜『……これで俺の知っていることは全部話した。…まさか街まで跡形もなくなるとは思わなかったよ。脆いね、彼らは』

学者「…何も、何もかもなくなってしまった。私が生きた証がどこにもない。私の人生の意味は」

竜『きっと俺達がしてきたことは何もかも無意味だったんだよ。俺達に残されたのは空っぽの心だけ』

学者「その心を埋められるものはもう永遠に失われてしまった」

竜『なら俺達は未完成をずっと受け入れるしかない』

学者「…これからメビウスはどうするのだ」

竜『君に真実は伝えられた。もう、ここに留まる理由もないだろう。…あとさ』

学者「……?」

竜『やっぱり竜なんてバケモノに人間の名前は似合わないよ。だから、もう』

学者「…そう、か」

竜『君はどうするの?』

学者「私の生きる意味は失われた。これ以上語る必要はないだろう」

竜『そっか、じゃあ、さよならだ』

学者「もういくのか?」

竜『ああ、もういくよ。少し、この体は疲れすぎた。もう楽にさせてくれ』

学者「そうか、手伝おうか?」

竜『いい。自分でやれる、痛いのは慣れた』ベリッ

学者「さよならバケモノ」

竜『さよならニンゲン』ヒュッ

グチャ

竜『(彼女は……もう行ったか)』

竜『(急所を潰してもすぐに逝けないのがこの体の辛いところだ)』








ぽつり、

ぽつり、


竜『(これは……この冷たさは……)』

ぽつり、ぽつりぽつり。ざあああ……

竜『……あ』



竜『雨だ……』

♪永訣の雨

竜『(寒い、雨が当たって寒い)』

竜『(さむいのは嫌だ、誰かのぬくもりが恋しくなる。さみしさに耐えられなくなる)』

竜『(…ようやく、意識が薄れてきた。でもこれは死じゃない、生まれ変わるだけだ。だから俺は永遠に誰にも赦されない)』

竜『(さむい、さむいなあ。……ああ)』

竜『(雨なんて大嫌いだ)』

♪ゲームオーバー

―元プラネタリウム―

竜『…………』パチッ

竜『(……ここは、どこだろう。暗い、とても暗い場所だ)』

竜『(この場所は、本で見たことがある。確か星を擬似的に観測できる場所だ)』

竜『(でも、ひどく寂れた場所だ。きっと何年も人が訪れていないのだろう)』

竜『(…よかった。しばらくは誰にも会わずに済みそうだ。もう、傷つけ合わずに済む)』

竜『(ここでずっと孤独に過ごそう。希望も願いも捨て去ろう)』

竜『(だってバケモノは幸せにはなれないのだから――――)』

20年後
>>1へ続く

過去編終わり。
今日はここまで、次回は♪アイデンティティの崩壊
>>430の続きから

お知らせです。
あとほんの少しでこのお話は終わる予定なのですが、このまま続けるととても中途半端なところで次のスレとまたぐことになりそうです。
ですので今のうちに新しいスレを立てたいと思います。
新しいスレを立てましたらこちらにURLを載せますのでまだ読んでくれるよという方はそちらに移動よろしくお願いします。

>>486

訂正

×竜『何故謝る学者の娘』

○竜『何故謝る少女、もとい学者の娘』

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年10月13日 (火) 21:40:07   ID: yaG3ZYg2

過去編長すぎ...。まだ続くのか。

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