佐天「時が来る能力かぁ」 (12)

佐天「それだけだ」
初春「グフッ」

佐天「それだけだ」
初春「グフッ」

 ああ、きっと、そのトキが来たんだな。
 綺羅というには薄い布を纏い、硬い寝台に薄いタオルを引いただけのベッドに腰掛けた時、涙子はそう思った。

(堕ちるのって、早いなぁ)
 そう思う。
 あれから5年は経過しただろうか。
 電撃姫は、都市の中枢に。
 モノクロのツインテールとは、都市を電子から守る者は、その補佐に。

 その中で何も持たなかった自分は、結局、暗く昏く儚いココのこのトキに蠢くしかなかった。

 胸を押さえる。
 そこにあるのはドロドロと、瞬間接着剤よりも薄く、ボンドよりも濃い、嫉妬だ。
 彼女たちが、自分に何かしたわけではない。
 だが能力がある――それはレベルという意味ではなく――ということだけで。


 それは結局、無能力という自分と彼女たちを分かたれる分厚く大きな境目だった。

 ああ……、と後悔しない日はない。
 それでも、彼女たちとともにはいられない。
 結果は、流れに流れて身を任せ、堕ちた先はこのアリサマだ。
 
 身体はウレた。
 心はなえ……ナレた。

 すべて自分の責任で、自分の弱さだ。

なんか始まってた

 ドアがノックされる。
 返事をする。
 ドアが開く。

「やあ、また来たよ」
「あっ、来てくれたんですね」

 わざとらしくシナを作る。媚びた声と視線。張り付いた笑顔。

 部屋に入ってくる霧のような像。
 ご面相に興味を持たず、放つ言葉に関心を払わない。
 心を護る最上の手段は無関心だった。

 扇情的な薄絹に入ってきた客の鼻下が伸びる。

 下衆。

 しかしその下衆が、今の自分の相手。

(じゃあ私はそれ以下なのかなぁ)

 そんなことを思うのは、思い出したかのように来ていた、数カ月ぶりの初春からのメールを、今朝見たせいか。

 固い硬い堅い、ベッドから下腿を持ち上げるように、立ちあがる。
 薄っぺらい微笑みを顔に張り付かせて、客の首に両手を回す。

 このまま首をしめてしまえば、2時間ほどの悪夢を逃れられるのだろうか。

 このタイミングで、いつも思うこと。
 いつも思っては、諦めること。

 ああ、ほんとうに。

 どうして自分はこのトキを迎えているのだろう。

「時間いっぱい、楽しんでくださいね」

 定型文を諳んじて、唇を客のそれに重ねた。
 ナレタ。
 慣れた。
 萎えた。

 抗う気持ちはもうない。

 流されて流されて、トキがすぎるのを待つだけだ。

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