はるちはトイレでまいっちんぐ (25)
「お疲れ様でした」
その声を皮切りに、現場に居たスタッフ達が振り向き、同じように「お疲れ様でしたー」と返してくれる。
それを耳で確認すると、下げていた頭を上げ、現場を後にする。
「…………ふぅ」
緊張の糸が切れたのか、意図せず口から空気がもれる。
仕方あるまい。 今日は野外の撮影だった。
野次馬根性と言ったところか、野外での撮影はどうしても部外者が集まる。
それ故、通常より視線の数が増え、神経が過敏になり緊張につながったのだ。
「あ……プロデューサーの所に戻らないと……」
近くで、春香との打ち合わせがあるらしく、残念ながら現場に居合わす事が出来なかったプロデューサーに、
今回の撮影の報告をしなければ。 滞りなく成功に終わったと。
…………因みに、今の「残念ながら」と言うのは別に私が残念だと思った訳では無い。 決して。
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※アイマスSS、はるちはです
※地の文あり
「…………っと」ブルルッ
「その前に……」
寒気にも良く似た嫌悪感が全身を駆け巡る。 それと同時に下腹部に力がこもる。
先ほどまで沢山の視線に晒されていた為か、無意識の内に我慢していたものが液体となって流れようとしている。
「えっと…………」
キョロキョロと辺りを見回す。 確か近くに公衆トイレがあったはずだ。
撮影器具やセットを運ぶスタッフ、撮影が終わり離散していく野次馬、もとい熱心なファン達が視界に触れる中、
時間を知らせる為に設置された時計塔のすぐ傍に、それらしき建造物を発見する。
「あっ、あったわ。 急がないと」ダッ
遅れてはプロデューサーを待たせてしまう。 しかし、この下腹部に溜まった違和感を拭い去ってしまわなければならない。
二つの意味での焦りが今の私を突き動かす。
男性と女性を象ったマークが少しだけ欠けている。 良く見るとこの公衆トイレ全体がかなり老朽化していた。
それだけ長く時が経ったのだと、時間の経過を末端で感じながらも、迷わず女性用トイレへと駆け込む。
中は個室が三つ。 至って普通の公衆トイレだ、手入れも行き届いている。
全ての扉が開いているのを見るに、誰か先客が居るわけでは無いようだ。
……などと悠長に見ている場合ではなかった、いそいそと一番手前の個室へと入り鍵をかける。
「んっ……しょっと……」スルッ
どうやら洋式のようだ、個人的にはこっちの方が馴染み深いので助かる。
デニムと下着を同時に下ろし、便座に座る。 少しヒヤッとした感覚に襲われるが、それも直に無くなった。
「んっ…………」
…自分が思っていたよりも限界は近かったらしい。
腹筋に力を入れるまでもなくあっさりと流れていくそれは、重力に従って便鉢へと落ち、封水に溶け込む。
封水の透明と、薄く黄色がかった私のそれが混ざってクリアイエローになっていく。
「………………はぁぁ……」
誰も居ないという開放感のためか、喘ぎにも良く似た声も軽々と出してしまう。
変わらず流れ続けるそれは、次第に勢いが無くなっていた。
それと同時に下腹部の圧迫感解消されていくのを感じる。
「…………ふぅうぅ…………」
段々とそれの勢いが無くなっていく。
便鉢に掛かっていたのが封水に落ちようになり、ピチャピチャと音を立てる。
それが少し恥ずかしくて、思わず服の裾を握り締めてしまう。
「んんん……ん……」
少し丹田に力を込める、それと同時にそれがピュッと勢い良く射出される。
今ので殆ど出切ってしまったのだろうか、それは完全に勢いを無くしている。
残り少ないそれが水滴となってピチョンピチョンと封水へと吸い込まれていく。
「…………っ、あぁぁ…………」
ピチョン、と最後の一滴が落ちる。 それと同時に言い知れぬ感覚に恍惚とした表情になる。
虚脱感、背徳感。 なんとも言えぬ快感のようなものに襲われる。
その悦楽に流されぬよう気分を落ち着かせるのに、数十秒は使っただろう。
と、同時に通常より少し早めのテンポで足音が鳴るのを感じた。
「ふあぁ、やばいやばいやばい……!」
明らかに余裕の無さそうな声色で隣の個室へと入っていくのが聞こえる。
……とても聞き覚えのある声なのは気のせいだろうか。
「早く済ませないとプロデューサーさん待たせちゃうよ~っ」
……前言撤回。 気のせいではなかったらしい。
この声でプロデューサーに「さん」を付けると言ったら一人しか居ない。
(春香…………!? まさかそんな……)
なんでここに、という疑問が頭の中を埋め尽くす。
そういえば春香との打ち合わせがあるとプロデューサーは言っていた。
ならば打ち合わせが終わってここに来たのか?
(ともかく、そんな事を考えていても仕方ないわね…………)
幸い、用はすでに足した。 後は出て行くだけだ。
そう思いトイレットペーパーに手をかけた、その瞬間だった。
(……!!! 紙が…………無い…………!?)
このような事があり得るのだろうか。 あって良いのだろうか。
確かに、公衆トイレなどではこうした事例が良くあるとスタッフとの世間話で聞いたことがある。
だがしかし、よもや自分自身にその災難が起こるとは思っても見なかった。
(くっ…………、どうする……?)
一瞬、このまま拭かずに出て行くという選択肢が迫ってくる。
確かに、今日の仕事はここの撮影で終わりなので、後はプロデューサーに駅に送っていってもらうだけなのだ。
そこから先は電車に乗るだけ、人と接する事もほぼ無いだろう、良い選択肢だとは思う。
(けど………………!!!!!)
許せるわけが無い。 不潔極まりないし、仮にも今の自分はアイドルだ。
だが、なによりも、"女の子"としてこの行為を許すわけにはいかない。
(なら、方法はひとつしか無い……!!)
隣に居る春香にトイレットペーパーを分けてもらうしか無い。
しかし、春香は隣に私が居るということに気づいていない。
別に言ってしまっても良いのだが、今日会って初めて交わした会話がトイレで「紙貸して」ではあまりにも格好がつかない。
(…………よし、ここは、声を変えていきましょう……!)
色々と考えた結果、この結論に至ったのである。
自分で言うのもなんだが、声には自信がある。 mid1CからhihiEまで出せるこの喉ならば、声を変えるなど容易い。
因みに、mid1Bと言ったが、ある程度低い音域に慣れればmid1Aまで出せるのが密かな自慢だ。
たとえいつも一緒に居る春香でさえ、私だと気づくことは出来ないだろう。
喉を整える、この際声を出してしまっては元も子も無いので咳払いをするだけだ。
首を回し手を当て暖める、これをする事によってより良いパフォーマンスを発揮出来るのだ。
口を前と後ろにスライドさせるストレッチ。 口の筋肉を慣らすことにより美しい発声が出来るn(ry
舌を上下左右に伸ばす、舌の筋肉を慣らす事により滑舌が良くなり、よりよい発声g(ry
「…………ふぅ」
現状求めうる発声に関係するストレッチは終わらせる事が出来た。
本当は柔軟もしたい所ではあるが、場所が場所だ、妥協するしかあるまい。
隣では春香が「ふぇ~……」と安堵の息を漏らしている。 究極的に可愛い。
おっと、春香の可愛さに胸を打たれている場合では無かった。 胸…………くっ。
状況が状況でなければ、春香の可愛さをたっぷり丸三日使って説きたい所ではあるが仕方ない。
先ずはこの窮地を脱することからだ。
コンディションは概ね良好。
完璧ではないが、私なら行けるはずだ。 出す声も決まった、低い声で行く。
低めの声ならともかく、極限まで低くした私の声を春香は聞き慣れていない筈だから――。
「あ、あの、すいません…………」
決まった。 ぶっつけ本番だったにも関わらずかなり理想的な声が出た。
百点満点中、八十五点くらいと言ったところか。 若干点が足りないのは柔軟が足りなかった為だ。
だがしかし高水準。 これで春香も私を私と解らず、トイレットペーパーを渡すに違いな……。
「あ、千早ちゃん? わたしわたし、春香だよ~」
……………………………………………………あっれぇえぇぇえぇええぇぇ~~~~~~?????
「……あれ? 千早ちゃーん?」
おかしい、絶対におかしい。 何故バレてしまったのか解らない。
それほどまでに自信のある出来だった。 にも関わらずバレでしまったのだ。
実は天井に隠しカメラが仕込んであって、春香はそれを確認したのではないかと疑うレベルだ。
「……もしかして違う人だったり、しま、す? 千早ちゃーん?」
向こうでは変わらず私に声を掛け続けてくれている。
どうする? 諦めて自分は千早だと認め、トイレットペーパーを乞うか?
(いいえ…………、答えはNOよ!!)
ここで諦めてはアイドル、いいえ、如月千早の名が廃る。
奇跡的にも春香は出来ていなかった為か、段々と私に疑問を抱いてきている。
このまま続行する、如月千早の名に掛けて!!
「いいえ違います、私は千早などという方ではありません」
そう、今の私は如月千早ではない。 私の名は――。
「私の名前はゴンザレスです」
ゴンザレス……、なんて良い響きだろう。 凛々しくも儚げな美しい名だ。
この素晴らしい名前なら春香もきっと信じることだろう。
そのことを確かめる為に、隣の個室に向けて送る。
「どうですか、私は千早という方ではないでしょう?」
「72センチ」
「くっ」
「やっぱり千早ちゃんだ!!」
「ちょっと春香今のどういう判断のしかたか教えてもらえるかしら!?!??!?」
なんと失礼な、もし私が千早ではなく別の誰かだとしたら、
………………72センチでは無かったとしたら、どう説明するつもりだろうか。
「あ、元の声に戻った。 良かった~、いつもより凄く低い声だったから一瞬違うのかもって思っちゃった」
「よ、よりにもよって、胸のサイズで当てられるなんて…………くっ!」
「あはは、ごめんね千早ちゃん、これしか無いと思って」
「もっとあるじゃない!?!!?」
相手が春香じゃなかったら張り倒していたところだ。
もしこれを言うのがプロデューサーだったらプロデューサーの首を180度回すレベルである。
「ごめんってば~。 ……あ、なんで声低かったの?」
そういえば、と続けながら私に対して問う。
声を聞くだけでも解る、人差し指を唇に当て小首を傾げる姿が。 可愛い。
「実は………、こっちトイレットペーパーが無くって…………」
もうバレてしまった以上、理由を隠す必要も無いだろう。
大人しく質問に、紙が無いという旨の答えを返す。
「あっ、そうなんだ!? 成る程ね了解りょうか……」
そこまで喋ってピタと止まった、どうしたのかと訝しんでいると、意外と次の言葉は早く出た。
「…………なんで、声変えてたの?」
「……っ!!」
恥ずかしさからか、顔が赤らむ。 聞かれたくない事を聞かれてしまった。
面白半分、純粋な求知心半分といったような声色で再び質問が投げられてくる。
だがしかし観念する他あるまい。 今頼れるのは春香だけだ、逆らう事は出来ない。
「…………あの……その……、春香が入ってきた時、春香だとは気づいてたの……」
「ふんふん」
「で…………その、こんな所で話すなんて恥ずかしくて……その……」カァァァ
半ば涙声で俯いてしまう。 俯いた先には太ももが寒そうにしていた。
こんな場所でこんな事を喋らされるなんて、なんの罰ゲームなんだろうとまで思ってしまう。
「成る程! つまり千早ちゃんは絶対バレないと思って自信満々に声変えて話しかけてみたら即バレたわけだ!」
「合ってるけどそういう言い方やめて!!!!!」
顔から火を噴きそうなほど顔が赤くなる、血が昇り過ぎて頭がクラクラしてくる程に。
あんな作戦やめれば良かった、今になって後悔が波となって押し寄せてくる。
「えへへ、ごめんつい。 えっと、トイレットペーパーだよね? 今渡すか……ら……」
「…………? 春香??」
「…………無い………………」
「春香? どうしたの? 何が無いの?」
「…………………………紙」
「…………What?」
「私のトコにも紙が無い…………!!」
「……………………………………」
「………………どうしよ」
「…………泣くこと~なら容易いけ~れどぉ~♪」
「千早ちゃん現実逃避やめよ!? 蒼い鳥になってここから逃げようとするのやめよ!?」
その後、春香がプロデューサーに連絡を取り、トイレットペーパーを買ってきてもらいました。
プロデューサーは最後まで女子トイレに入るのを躊躇っていましたが、春香の「はーぁあ、私のアイドルの道もこれまでかぁ」
と呟いた瞬間泣きそうな声で叫びながら私たちにトイレットペーパーを渡してくれたのを鮮明に覚えています。
それから少し経って、春香が事務所内でこの事を言いふらしたのか、765プロの間で、
「公衆トイレに入ってトイレットペーパーが無い」と言えばプロデューサーにトイレットペーパーを持ってきてもらえる。
という噂で持ちきりになったのはまた別のお話だったりします。
……もう公衆トイレはこりごりです。
おしまい
ヤマ無し落ち無し申し訳無し。
いったいなんなんだこれは……。
お疲れ様でした、ここまで読んでくださりどうもありがとうございました。
乙
なさっている描写がリアルすぎるよう
乙です
無くともいいじゃないか
日常っぽくて
アンタバカだろ(誉め言葉)
さり気なく、かなりちーちゃんがアレだったな
カワイイ
スカトロかと思いきやノーマルだったでござるの巻
どうかしてる(褒め言葉
おつおつ)
銀魂を思い出したぜ乙
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