文才ないけど小説かく(実験)4 (1000)

ここはお題をもらって小説を書き、筆力を向上させるスレです。





◆お題を貰い、作品を完成させてから「投下します」と宣言した後、投下する。



◆投下の際、名前欄 に『タイトル(お題:○○) 現在レス数/総レス数』を記入。メール欄は無記入。

 (例 :『BNSK(お題:文才) 1/5』) ※タイトルは無くても構いません。

◆お題とタイトルを間違えないために、タイトルの有無に関わらず「お題:~~」という形式でお題を表記して下さい。

◆なお品評会の際は、お題がひとつならば、お題の表記は不要です。



※※※注意事項※※※

 容量は1レスは30行、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

 お題を貰っていない作品は、まとめサイトに掲載されない上に、基本スルーされます。



まとめサイト:各まとめ入口:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/

まとめwiki:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/

wiki内Q&A:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?Q%A1%F5A



文才ないけど小説かく(実験)

文才ないけど小説かく(実験)2

文才ないけど小説かく(実験)3
文才ないけど小説かく(実験)3 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1357221991/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1327408977(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1344782343

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357221991


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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373526119

▽書き手の方へ
・品評会作品、通常作を問わず、自身の作品はしたらばのまとめスレに転載をお願いします。
 スレが落ちやすいため、特に通常作はまとめスレへの転載がないと感想が付きづらいです。
 作業量の軽減にご協力ください。
 感想が付いていない作品のURLを貼れば誰かが書いてくれるかも。

▽読み手の方へ
・感想は書き手側の意欲向上に繋がります。感想や批評はできれば書いてあげて下さい。

▽保守について
・創作に役立つ雑談や、「お題:保守」の通常作投下は大歓迎です。
・【!】お題:支援=ただ支援するのも何だから小説風に支援する=通常作扱いにはなりません。

▽その他
・作品投下時にトリップを付けておくと、wikiで「単語検索」を行えば自分の作品がすぐ抽出できます
・ただし、作品投下時以外のトリップは嫌われる傾向にありますのでご注意を

▲週末品評会
・毎週末に週末品評会なるものを開催しております。小説を書くのに慣れてきた方はどうぞご一読ください。
 wiki内週末品評会:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?%BD%B5%CB%F6%C9%CA%C9%BE%B2%F1
 ※現在は人口減少のため、不定期に開催しております。スレ内をご確認ください。

▽BNSKスレ、もしくはSS速報へ初めて来た書き手の方へ。
文章を投下する場合はメール欄に半角で 「saga」 (×sag「e」)と入力することをお勧めします。
※SS速報の仕様により、幾つかのワードにフィルターが掛けられ、[ピーーー]などと表示されるためです。



ドラ・えもん→ [たぬき]
新・一 → バーーーローー
デ・ブ → [ピザ]
死・ね → [ピーーー]
殺・す → [ピーーー]

もちろん「saga」と「sage」の併用も可能です。

お題ください。

>>1
スレ立て乙です

>>4
開かない扉

ありがとう。

あっ、新スレになってる。俺もお題ください。変なの。

>>7
フルフェイスヘルメット好きの女の子

 >>8
 ありがとう!

ここは景気づけに通常作品を投下してもらいたいものだ
いや人任せではいけない、俺にもお題を!

>>10
五感をフル活用して

>>11
おおう…難しそうだ
ありがとう

お題くださいな。簡単めの。

>>13
学生の8月

>>14
サンクス!

965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします sage:2013/06/21(金) 22:33:18.02 ID:6Na/EDJio (AirH")

じゃあ俺様が独断でお題を決める。
今回はお題出るのが遅かったので七日締切にしたい。
とくに反論がなければこれで。

第六回月末品評会  『許せない』

  規制事項:10レス以内

投稿期間:2013/07/01(月)00:00~2013/07/07(日) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/07/08(月)00:00~2013/07/13(土)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)


※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』
第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』
第四回月末品評会お題『馬鹿』
第五回月末品評会お題『依存』

月末品評会 6th 『許せない』 投稿作品まとめ

№1 「自分を許して」 1/10 ◇o2dn441Gnc

感想……勝手に第一印象で相手がどういう人間か決めつけ、ステレオタイプにレッテルを貼る人間ってのは
      少なからずいるよね。でも、「許せない」かどうかと言われれば、そこまでの問題かな? とも思う。
      辛さが圧倒的に足らない感じ。甘辛もいいとこだよね。


******************【投票用紙】******************
【投票】:なし
【関心】:なし
**********************************************

さて、時間外もなかった、ということで、◇o2dn441Gnc氏 が優勝です、おめでとうございます

次回お題は明日までに提出お願いします

あと、どなたか次レス、立ててください、尾根がします

↑のレス、最後の行削って読んで下さい

リリカルなお題下さい

>>19
リリカルなのはのお題か?
ならノーヴェとスバルの買い物

StrikerS無理ならはやてがシャマルが間違えて買ってきたお酒を飲んで酔っちゃう話

>>20
A's を5話くらい見ただけなので、いろいろ間違っているだろうけれど、後段の方を書いてみた。
書いてて楽しかったよ。お題ありがとう。
一応、知らない人でもわかってもらえるようには書いたつもり。

ちなみに、>>19では叙情的なお題が欲しかった。

 「何でも出来そうな気がしてきた」
 少女の気持ちを言葉にするとそうなった。少しでも優秀な子供というのは、何でも自分で出来てし
まうように思っている物だが、彼女はその素質にもかかわらず、そんな万能感に浸ったことはなかっ
た。彼女は、まるで講談の軍師や英傑のように活躍できるほどの才能があったが、足が悪く、天涯孤
独で後ろ盾にも恵まれているとはいえなかった。
 いい気持ちのまま、彼女の従者が持ってきたジュースにもう一度手を伸ばした。今日は、彼女の無
聊が少しでも癒えるようにと、少し変わったジュースを何本か持ってきてくれたのだった。1本目
は、キウイ味かと思って飲んでみればキュウリ味だったので、後回しにした。2本目に手を出した、
桃の味がする苦甘いジュースは大当たりだった。
 万能感に包まれながら、再びジュースを彼女は「ぐびり」とやった。実は、一口目飲んで、おいし
い一方でこれまで味わったことのない味がしたので、、二口目は躊躇していたのだった。しばらく、
迷っていたのだったが、考えている間に、だんだんと、そう万能感が彼女の中を満たしていった。
 心臓の鼓動が何となく早くなったような心持ちがした。ほんの少しだけ苦い後味が残ったので、そ
れを消すために、もう一度「ぐびり」といった。今度は後味が残らないように唾液で口の中を洗って
飲み下した。そうすると、吐息の温度が上がる心持ちがしてきた。彼女は娯楽が欲しくなってきた。
 そのとき、ぬいぐるみが一つぴょんとはねて飛んで彼女の寝るベッドの前でうやうやしくお辞儀を
した。彼女は拍手と声を立てた笑いで答える。そうすると、他のぬいぐるみもそれに応えて、彼女の
御前にまかり出て挨拶をした。
 さらに、ミュージックコンポからは陽気な音楽が流れ始め、ぬいぐるみ達は一斉に踊り始めた。四
本足の者は後ろ足で立ち上がり、足がたくさんある者、足のない者は宙に浮いて、音楽に合わせて舞
を舞う。彼女は、激しく手を叩き、黄色い声を上げて笑い、その踊りを讃えた。この世の悲惨を集め
たような境遇であり、笑っていても必ずその顔に憂いを秘めている、普段の彼女を知る人はこの時の
彼女を見たとしたら、ある者は、安心し、ある者は呆れたろう。幸いに、いや、あるいは不幸にも、
彼女の従者達は皆、所用のために出払っており、家の中には彼女の他は誰もいなかった。
 やがて、踊りに加えて、部屋の隅に置かれていたCDラジカセからは歌が聞こえ始める。音楽に合わ
せた性質で、彼女の好む歌、希望を讃える歌が流れる。本棚からは絵本から、やや難しい専門書、そ
して辞書までが鳥が羽ばたくように飛び回りだした。あたかも国家元首の前で曲技(アクロバット)
を繰り広げる戦闘機のように。背面飛行に、急降下、八の字飛行も何でもあり。機体起こしを繰り返
すコブラを完全にやって見せた西遊記の絵本を指さして彼女は賞賛を惜しまなかった。さらには、彼
女の大好きな洋服達もクローゼットから出てきて、天女のごとく舞を始める。

 このさほど広くない部屋において、彼女は星辰を定め、大地を作る事が出来た。彼女が物理の法則
であり、正義であった。彼女の寝ていたベッドも宙に浮いて、三次元的な配置の下で踊る彼女のぬい
ぐるみや洋服達が最も美しく見える位置へ動いた。逆さまになっても彼女はベッドにぴったりとくっ
ついていて何の危険もなかった。
 どんどん彼女はジュースを飲んで行く。もう半分くらいは飲んでしまったろう。飲んだ量に比例、
あるいは数乗に比例して、音楽と踊りと曲技とは激しさを増していった。もはや夢うつつの判別が着
かなくなりつつあったが、彼女は、初めの配置に、もどったこと、つまり、ベッドが地面について、
ぬいぐるみ達が地面に立つようにして踊っている事に気がついた。
 そう、今なら一緒に踊ることができるのだ。彼女の前にいる彼らと。「踊りを見るのよりも、一緒
に踊る方が楽しい」なんとなくそう思った彼女は残りのジュースを一気に飲んでから、傍らの杖を取
るのも忘れてベッドの傍らへおりようとした。彼女の忠実なぬいぐるみ達もそれを迎えに行った。

 金色の髪をした美しい従者は黙々と主人の部屋を片付けていた。所用から帰ってくると、主人の部
屋の中の本やぬいぐるみ、クローゼットの中の物、全てむちゃくちゃに散乱していたのだった。その
中心で泣きはらした目で眠っていた主人をベッドに戻してから彼女は片付けを始めた。

「ただいま」
 そう言って別の従者達が帰ってきた。彼女達は別の所用で出ていたのだった。すぐに出迎えなかっ
たので、奥まで来た彼女たちは部屋の有様を見て、何があったのかを聞いた。金髪の従者は、どうも
ジュースに混ぜてお酒を買ってきてしまい、それを飲んだ主人である少女が酔ったあげく自分の境遇
を儚んで暴れたらしいと推測を述べた。主人はうつぶせにベッドの近くに倒れ、両腕を握りしめてい
たのだから、足に障害があるせいで、立とうとして立てない自分に絶望したのだろうと思ったのだっ
た。不幸としか癒えない境遇でありながら、いつもほほえみを浮かべていた優しい主人にもこんな面
があったのかと思うと、金髪の従者は、主人に寄り添い切れていなかった自分を恥じた。
「ぜってーに手伝わないからな」
 背の低い、少女に見える赤髪の従者が吐き捨てるように言った。その責めるような調子も、金髪の
従者にとってはどこか快かった。実際に、悪いのは全て彼女だった。桃色の髪をした女の従者も、壮
年の男の従者も内心は同じだろうが、あえて何も言わなかった。ただ、彼らは皆、神が存在するとす
れば、その無慈悲をなじっただろう。どうして彼らの主人に過酷な運命を課したのか、と。
 次の日に一日中二日酔いに苦しんだ主人は何も覚えていなかった。

お題ください

>>24どんなの?

>>25
なんでもいいよ

なら剣道部のクールな彼女に告白しようと猛アタックする帰宅部オタク

>>27
ラノベの読みすぎだな、了解

お題下さい

>>29
なんでもいいなら…じゃあ…

放浪野良猫と豪邸の飼い犬

>>30
把握

がんばる

出来るかはさておき、
お題募集

>>32
お題:やればできる子

>>33
このやろうww

頑張る

   r ‐、 
   | ○ |         r‐‐、
  _,;ト ? イ、      ∧l☆│∧   良い子の諸君!
(⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l  
 |ヽ  ~~⌒γ⌒) r’⌒ `!´ `⌒)   「やればできる」
│ ヽー―’^ー-’ ( ⌒γ⌒~~ /| いい言葉だな!

│  〉    |│  |`ー^ー― r’ |  我々に避妊の大切さを教えてくれている!
│ /───| |  |/ |  l  ト、 |  
|  irー-、 ー ,} |    /     i
| /   `X´ ヽ    /   入  |

気分転換になるようなお題下さい

アイスクリームと巫女

>>37
把握 やってみる

新スレになりましたし、久しぶりに通常作投下します。


 僕の幼馴染の部屋には、フルフェイスヘルメットが散らばっている。彼女が何故そんなものを集めているのか、僕には一切理解できない。彼女
は別に二輪車に乗るわけでもないし、彼女に近しい人がバイク好きというわけでもない。ただ、彼女はフルフェイスヘルメットを好んで集めている。
 どうして彼女がそんなものを集めるのかはわからないけれど、彼女は常にそのフルフェイスヘルメットを頭にかぶり生活を送っている。それは
常に、どんな時もだ。もちろん入浴時や就寝時なんかには外すのかもしれないが、僕が見ている範囲では、彼女がそれを外しているのを見たこと
は一度もない。だから僕は、最近では彼女の顔を見る機会がなくなってしまっている。その仮面の下に何を考えているのか、どんな表情を見せて
いるのか、どんな目で僕を見ているのか。僕と彼女の間には、常にフルフェイスのヘルメットが薄い壁として存在している。
 彼女がフルフェイスヘルメットを自らのアイデンティティとし始めたのは、今から四年ほど前。僕らが十三歳くらいの時の事だったように思う。
僕らは仲が良く、良く二人でとある場所に遊びに出かけていた。
 僕らが住むA町は、B市との戦争も和解に終わり、戦争時の前線が復興され始めた時期だった。A町、B市、お互いの地域の境界、その半径五
キロメートルほどが軍事攻撃認定地域と定められ、実際にそこで戦うのは戦争のプロたちだったため、ほとんどの町民や住居には被害は出なかっ
た。それぞれの町・市から委託された軍事業務を行う会社が、その戦争認定地域で戦い、いわば住民・市民が関与することの一切ない代理戦争的
な形で戦い続けていた。実際にそれぞれの地域に住む僕らが戦うことはもちろん無かった。戦争が行われている実感すらほとんどなかった。その
戦争はいわば、お互いの地域の経済の活性のためだとか(戦争を行うことで国から資金が支給されたり、軍事企業やその他の物資や人件費で金が
回ることによって、多くの人が儲かり、それが地域に還元されたりするため)、その他には、それぞれの地域の産業が持つ技術力の確認・発展の
ためだとか、他にも色々と市政的な黒い噂などが流れたりしたものの、しかし僕たちには結局、何でそんな戦争が起こったのか、なぜ僕らの町が
そんな戦争をしなければならなかったのかすらわからなかった。
 とにかくそんな戦争が終わった後、その戦争地域の近所に住んでいた僕ら二人は、戦争跡地を探検することが主な休日の過ごし方となっていた。
僕はもともと廃墟を巡るのが大好きで、そして幼馴染の絵梨奈は珍しい廃品など変なものを拾うのが好きだったから、戦争跡地を歩き回ってお互
いの趣味嗜好を満たすのが、僕たちの最先端の遊びになっていた。本当は戦争の跡地に入ることは学校側から固く禁止されていたのだが、しかし
実際に跡地にほとんど警備はおらず、むしろ好きなように入ってくださいと言われているようにしか思えないほどのずさんな警備だったので、僕
らは特に注意も払わずにその場所に入ることが出来た。
 戦争跡地では、もちろん重火器や小規模な爆薬などによって、たくさんの建物が破壊されていた。道を歩いていると、コンクリートにわずかな
血の跡が掃除されずに残っていることもあった。爆破の痕だったり、草が辺り一面焼け焦げてしまっていたりなど、実体の見えなかった戦争の痕
が、僕らの身近にも確かに存在していることが、そこでは窺えた。
 僕らは手を繋ぎながら、廃墟に入る事が多かった。よくよく探してみると、廃墟内では空薬莢(やっきょう)や死んだ人の歯の欠片が見つかっ
たりなど、意外に生々しい物が残されたりしていた。しかしながら僕はそれらに一切の興味がなく、廃墟の美しさや、崩れた建物自体が放つノス
タルジー、誰も寄りつかない秘密めいた怪しさに浸っていたりしているのが好きだった。絵梨奈はと言えば、そこらに落ちているものを拾って、
キラキラとしたデコレーションが付いた箱に集め、じっくりと眺めるのを嗜好としていた。
 そうやって、思い思いに若干歪んだ趣のある休日を一緒に過ごしている中で、彼女は焼き尽くされた駐車場のフェンスの外に、焦げたフルフェ
イスヘルメットが落ちているのを発見した。それが彼女とフルフェイスヘルメットの出会いだった。そして彼女の倒錯した趣味の始まりでもあっ
たわけだ。
 フルフェイスヘルメットを拾った時、彼女の目が一瞬怪しく光ったように僕には感じられた。もちろんそんな事は気のせいだと言われれば、ま
あそうだと頷くしかないのだが、今思えばやはりその違和感のような予感めいた感情は、結局当たってしまっていたのだから始末に負えない。
「これ、いいね」
 拾いながら彼女がそう呟いたのを覚えている。彼女は滅多にそういう事を口にしたりはしない。それは彼女が無口だというわけではなくて、普
段はユルい感じで喋ったりするのだが、何かを拾い集め、それらを眺めている時には、彼女は寡黙になる。獲物を見定めるシェパードみたいな様
子で。表情で拾ったものの価値を表し、言葉に出すことは滅多にしない。だから、このフルフェイスヘルメットという物は、恐らく彼女にとって
最上級に自らの感情を高ぶらせてくれるものだったのだろう。僕にとっての廃墟の様に。
 



 それ以来、彼女はフルフェイスヘルメットをメインに集めるようになった。最初は落ちているものを拾うだけだったのだ
が、後々にお小遣いをためて新品のフルフェイスヘルメットを買ったり、バイク好きの親戚などからフルフェイスヘルメッ
トを譲り受けて、部屋に飾るようになった。そうしていく中で、彼女の八畳ほどの洋室は、色様々なフルフェイスヘルメッ
トで埋め尽くされるようになった。その光景はある意味では圧巻であった。一人の人間が、使いもしない無駄なものに、そ
こまで執着して部屋を飾りたてるほどに集めてしまうのだ。もちろんそのような人間だっているだろうとは思う。例えば好
きなアニメの美少女フィギュアを集めてみたり、好きな小説家の本を挿絵が違うだけでも買って全てのバージョンを集めて
みたり、精巧な電車の模型を悉く集めてみたり、そうした所謂マニアな人だってこの世には大勢いるのだろう。そして彼女
にとって、そのマニア魂をくすぐる物がフルフェイスヘルメットであっただけなのだ。
 しかし僕にとってみれば、フルフェイスヘルメットなど全くもって無駄なものを集めているようにしか見えなかった。本
当に無駄なものに心血を注いでいるようにしか見えない。そして実際に、僕は彼女に向かって一度正直にそう伝えたことが
ある。そんな無意味な事をして、何の意味があるんだよ、と。その僕の問いに対して、彼女は不思議そうな表情を浮かべて
僕にこう答えた。
「なんで無意味な事をしちゃいけないと思うの? なんで趣味なのに有意義な事をしなきゃいけないの。仕事じゃあるまい
し。私たち人間は、たくさんの無意味な事をする生物なんだよ。私にとってはフルフェイスのヘルメットが、心をくすぐる
素晴らしい物ってだけなんだから、佑介には関係ないよ。ねえ、ほら見て、ARAIのRAPIDE-IRが手に入ったんだよ! こ
の手触りと艶! 本当に職人さんが心こめて設計したのが分かるよ! 触っているだけで至福のひと時だもん。装着感にも
こだわっていて、被る人の事を考えているしさ。人間の中で一番大事な顔面と脳を守ると言う機能性と、その人の匿名性を
守ると言う、フルフェイスヘルメット愛好者が重点とする点をきちっとシンプルに守っているのが良いよね。私はさ、ヘル
メットの中でも模様がある物はあまり好きじゃないんだよ。だってフルフェイスはそうじゃないでしょ。外への見せ方じゃ
なくて、フルフェイスは、いかに装着しやすく、シンプルなデザインでその人の匿名性を守り、大事な部分を防御するか、そ
れに尽きるんだよ。フルフェイスヘルメットは、人間が開発した、最もすごい物だよ。いずれ人間はさ、ほとんどの人がフル
フェイスヘルメットを付けて過すんだよ。他人に表情を知られることなく、いつでも攻撃でき、かつ防御もこなせる。こんな
素晴らしい物を、私はたくさん持っているんだよ!」


 彼女が変な趣味に走ったからと言って、僕らの関係が崩れたわけではない。僕らは一緒の高校に通っているし、腐れ縁と
言うのかクラスまでもが一緒だ。彼女はフルフェイスヘルメットをかぶって登校してくる女の子として、校内はもちろん近
所でも名が知られていた。
 彼女がフルフェイスを被るようになったのは、高校入学と同時期だった。もちろん最初は不気味に思われていたが、彼女
が無害かつノンビリで友好的な性格の優しい少女だと分かると、彼女と友達になろうと言う人が増え、学校生活を送る中で
彼女にも親しい友人が少しずつではあるが出来ていった。なので、まあ問題はなかったと言っていいだろう。彼女は中学の
時と変わらずに、接する人物に柔らかな優しさを向けているように僕には見えた。しかし彼女の被るフルフェイスの下、彼
女の素顔、隠されている仮面の下が見えないことで、彼女が心の内で本当はどう思っているのか、喋っている時にどんな表
情をしているのか、誰をどんな目で見ているのか。僕らがコミュニケーションを図る上で見せる大切な何かが、人間的な何
かが、絵梨奈には欠落してしまったようにも僕には感じられた。僕と彼女の関係は、言葉にできないような薄い壁で隔てら
れてしまったように感じられた。それは僕の一方的な感じ方なのかもしれないけれど。僕にさえ彼女は素顔を見せてくれなく
なったのだ。それで僕がどれだけ傷ついたかなんて、絵梨奈にはぜったいわからないだろう。信じていた人から、いきなり拒
絶されてしまったような、深い孤独感を味わったのだ。せめてなんで彼女がフルフェイスを被って、自らを外界から遮断して
いるのか、それだけでも僕は知りたいと思っていた。


 高校が夏休みに入り、僕らはまたぽつぽつと、二人でまた戦争跡地に向かうようになっていた。それはなんだか久しぶり
の事だった。高校に入ってから僕らは、二人で遊ぶことも少なくなっていたし(お互いの友達もいたし、思春期の男女が二
人で仲良くするって言うのは、やはりそう言う目で見られるから)、僕の方もちょっぴり絵梨奈を避けている節があったの
かもしれない。彼女が何を考えているか分からなくて、密かに恐れを抱いてしまうような時があるのだ。そんな自分に憤る
こともあるけれど、フルフェイスヘルメットをかぶって、無機質な視線でじっとこちらを眺める絵梨奈は、時に変な冷たさ
を僕に意識させることが多かった。
「なんだか久しぶりだね」
 僕らは八月に入ったばかりの月曜日の午後八時。
 満天に輝く星空の元、廃墟の中に並んで座っていた。
「そうだな」
 なんだか付き合いたてのカップルが夜のデートに来ているみたいで、僕は変に緊張してしまい、思わず素っ気ない返事を
してしまった。
 そんな僕の返事を気にする風でもなく、彼女は手慰みに土をいじりながら質問をしてきた。
「最近、私の事を避けてない?」
 いきなり僕の抱える問題の核心を突いた、的確な質問をされて思わず動揺をしてしまう。そんな僕を見て、彼女は少しだ
け寂しそうな声音でふふふっと笑った。彼女の声は、相変わらずくぐもって聞こえたが、なんだかその微笑みは柔らかくて
優しげだった。表情は見えなかったが、その仮面の下も笑っているような気がした。
「ちょっと……絵梨奈がどんな表情をしてるのか分からなくなる時があって、すこしだけ怖くって、自分勝手に怯えてたん
だ。ごめん」
 僕は率直な彼女の質問に、こちらも真正面から正直に話してみた。別に取り繕う事でもないし、嘘を言う必要だってない。
「怯えてた?」
 僕の言葉がとても意外だったような、そんな驚いた様子の声で彼女は反応した。
「なんか不思議だね」
 彼女はそう言って、昔みたいに甘えるような声で笑った。
「怯えているのは私の方なのに」
 僕はその言葉に内心で驚いて、彼女の方に視線を向けた。彼女もこちらを向いて小首をかしげて見せた。 
「一体……何に怯えてたんだよ。あっ、まさか俺に……?」
 僕は不安に駆られて自分の声が震えているのが分かり、恥ずかしさのあまり顔が赤くなっていくのを感じた
「えーっ、違うよ。どこに佑介に怯える要素があるのよ」
 そう言われてしまえばそうなのだが、じゃあいったい彼女は何に怯えていたんだろうか。
「あのね、昔もよくこの場所に来てたよね。私はいろんなものを拾うのが好きで、こういう場所にはきっと素敵なものがた
くさん落ちているだろうなって、そんな軽い気持ちでこの場所に来てたの。佑介が連れて来てくれたときはすごく浮き浮き
してたの。でもね……」
 一つため息を吐いてから、絵梨奈は空を向いて続きを話し始めた。
「ここにはちゃんと戦争の痕があって、実際に戦った人の痕がちゃんとあって、死んだ人の痕があって……血が付いていた
り、爆発の焼け跡が残っていたり、たくさんの物が壊れて、町が破壊されているのを見た時、私は今まで感じる事の出来な
かった戦争っていうものが、実は身近で起こっていて、こんな近くでたくさんの人が戦って死んでいるだってことを感じて
しまったの」
 僕は何も言うことが出来ずに、黙って彼女の話を聞いていた。だって、僕には何も言うことが出来なかった。彼女がそう
思っていることも、怯えていることも、何も知らなかったのだ。
「なんだか死がどんどん近づいているように感じて、急に物凄く怖くなっちゃったの。だってこんなに近くで戦いが起こっ
ていて、人が呆気なく死んでるんだよ。それなのに戦争に無関心で、のほほんと暮らしている自分自身にも怖くなっちゃっ
て。もしかしたら戦争が拡大して、私たちにも戦火が及んだかもしれないのに。そんなことさえ知らないで、いつも通り暮
らしている自分にも、こうやって戦争で死んでいる人の痕を見てしまったことも、私にとってはすごく怖かったの。いきな
り真実を晒されたみたいで、すごく怖くなっちゃったの。だから、私はフルフェイスヘルメットを見た時に、安心したの。
何だかそれが自分を守ってくれる存在なような気がして。私の怯えた表情を隠してくれるような気がして。だから私は夢中
でそれを集め始めた。集めたってどうなるわけでもないのに、とにかく戦争の事を忘れたくって、生々しい傷跡を忘れたく
て、私はこれを夢中で集めた。それである時ヘルメットをかぶって見たら、とても、とっても安心することが出来たの。自分
は社会の様々な物から隔たれていて、守られている。そう感じたの。だからさ、」
 こちらを向いて、彼女はヘルメットのシールド部分を上にずらして、久々に僕の前に目を晒していた。
「怯えているのは私の方なんだよ。こんな近くでたくさんの人が死んでしまうのも、それを何も感じずにいた私も。全部が怖
かったんだよ」




 久々に晒された眼は、やはり怯えていて、潤んでいた。
 そんな彼女の告白と、彼女の内に生まれて育まれていた恐怖を目にした後で、僕はある決心を抱くに至った。
 僕は立ちあがり、彼女の手を引いて、天井が崩落した部屋へと連れ出した。
「俺が守る」
 彼女は怯えた表情のまま、ぽかんと僕を見つめていた。
「この世のすべての危険から、絵梨奈を守ってやる」
 最初からそうすべきだった。実際の死が広がる荒れ果てた場所に無責任に連れてきてしまった責任も、彼女への恋心も、
近くで起きている大人たちの争いも、それらをひっくるめて僕は今まで無自覚のふりをして逃げていただけだ。今回ばかり
は、僕は逃げることは出来ない。この場面で逃げてしまったら、僕らは一生、お互いの手を握り合って立ち直るチャンスを
失くしてしまいそうな気がした。
「別に絵梨奈が変わらなくてもいい。フルフェイスヘルメットは付けたままでもいい。絵梨奈が見てしまった傷はもう消せ
ないかもしれない。でも、これからはちゃんと俺が守る。戦争からも、見えない恐怖からも。ちゃんと全部、俺が付き合っ
て、とことん話を聞くから、俺、ちゃんとした男になるから、駄目な奴かもしれないけれど、でも俺は、きっと守って見せ
るから。この世の、あちこちに散らばる死の予感から、守って見せるから」
 彼女は右手をぎゅっと握りしめた。俯いて表情は窺えなかった。
 僕らが見てしまった現実は、大人たちが仕掛けた殺し合いは、今もこうして残っていて、彼女の心に傷を生み出した。僕
一人の力では恐らく、戦争を生み出すのを止めることは出来ないかもしれない。でも傍にいる人を守るくらいは絶対にでき
るはずだ。彼女の心の傷が治らなかったとしても、怯えた表情を隠すためにフルフェイスヘルメットをかぶりつづけたとし
ても、きっといつか、昔のような可愛らしい心からの笑顔を向けてくれるようになると信じて、僕は彼女を守りつづけなく
ちゃいけない。様々な恐怖から。僕らに近づいてくる現実から。
 彼女はやがて小さく頷きシールドを閉じて空を見上げた。この星空の下で、今もどこかで戦いが起きているのだろうか。
誰かが何かのために戦って、それぞれの主義主張のために戦って、そして死んでいく人も居て、誰かが誰かの名前を叫びな
がら助けを求めているのだろうか。僕たちと同じような子供たちが、銃で撃たれ死んでいるのだろうか。圧倒的な力で踏み
つぶされてぐしゃぐしゃな肉の塊になっているのだろうか。
 僕は絵梨奈の手を力強く握り返して、しっかりと彼女の顔を見つめ、それからしっかりとした足取りで歩き出した。大切な
人は自分の手で守り続けなくてはいけない。これから過す日々の中で、決して彼女の手を放してはいけない。放した瞬間に彼
女は恐怖に呑み込まれて二度と安らかな場所に帰って来られなくなるから。
 僕は固い決心と共に、手を繋ぎながら、彼女の傷痕の象徴のような廃墟を抜け出した。決して振り返りもせずに。彼女の冷
たい手をしっかりと握りながら。
 たくさんの魂が眠る、この暗い暗い廃墟から。
 僕らは確かに、外に出てはじめの一歩を歩き始めたんだ。
 お互いの手を離さない様に。


 
 ――――了――――

自分で要求しときながら、なかなかに書くのが難しいお題でした。ありがとうございます。

誰か次のお題を下さいませ。

妾の産んだ女の子と本妻の産んだ男の子

お題提供した者ですがあの言葉からこういう話になるとは思いませんでした
面白かったです!

>>46 すっげぇドロドロしそうなお題だwwwwww
   でもありがとう。書いてみます。

>>47 そう言ってもらえるとすごく嬉しいです!お題の提供ありがとうございました。

パッと思い付いたやつが元ネタありの奴なんだけど良いかな……?

あと「やればできる子」というか「やればできる奴」になっちゃう。年齢的に

はよ

お題ください

>>51文明衰退

>>52
ありがとうございます

>>39
全体的に回りくどい所があったけど、面白かった
あともう少し、手を繋ぎ歩き出すに至る描写までに説得力が欲しかったかな
それまでは女の圧倒的な個を感じ取れたのに、男の身勝手で一方的な告白をすんなり承諾したかのような女に違和感を覚えた
急に空っぽな人物にすり替わり、作者の望む〆に早足で向かってしまったように感じてしまった
幼なじみという関係性に逃げないで、丁寧に描いてくれたら強く心に残ったと思う

久しぶりの通常作品の投下お疲れさま

次の品評会のお題はどうするの?

通常投下します

 病室の中ではピッ、ピッ、という音が響いている。親父がまだかろうじて生きている証だ。だが
そこにいる人間は皆沈黙していた。
 親父が倒れてもう3日。当然最高級の医者を用意し、万全を尽くしてはいるが、実際もう長くは
ないだろう。周りを囲む組員たちの顔にも絶望しかない。
 突然携帯電話の音が鳴る。俺の携帯だ。ディスプレイには若い組員の名前が表示されていた。
「なんだ」
「大変です! 今情報が入りまして、中村組の奴らがシマの店荒らしてるって!」
「わかった。すぐいく」
俺はそれだけ言って電話を切った。
「実は中村にシマが荒らされてるらしいんだが……」
「で、でも……親父が……」
この中で一番若い横山が言う。
「安心しろ。俺が親父を見とく。まあ、あの親父のことだから、まだまだ大丈夫だ」
「わかりました。すぐ帰ってきます」、
そう言って倉田がすぐに立ち上がった。組で俺に続きナンバー3の倉田が立ったのだから他の連中は続くしかない。
「じゃあ、親父を頼みます」
倉田がそう言って病室を出て行き、男たちはそれについて行った。最後に横山だけは、こちらを心配そうに見た。
「大丈夫だ」
俺が言うと横山は一度頷き、病室のドアは完全に閉められた。

 念の為に足音が消えてから一分待った。
これでもう俺とこの死にかけのじいさん以外は誰もここにはいない。この中で何が起きても誰も気づきはしない。
 しかしいいタイミングで襲ってくれた。中村組万々歳だ。さあて後はこのじいさんの酸素供給マ
スクをカポッと外せばじいさん昇天。組ナンバー2の俺が順繰りで組ナンバー1つまり組長! いやー苦節20年。ようやく俺にもツキが回ってきた。きっと中村組は神の使いかなんかだったんだ
ろう。今まで頑張ってきた俺に神がご褒美をくれたんだ。
 親父はぐっすり寝ている。特に苦しんでいるようでもないがもう心臓も弱っていて医者によると
「そろそろ」らしい。つまり今この瞬間死んでしまってもまったく不思議ではない。

「もう苦しむこともないぜ」
俺は親父にそう呼びかけた。返事はない。完全に眠っている。
 俺はゆっくりと手を顔に近づけ、青いプラスチックのマスクを掴んだ。そしてそれを慎重に下へ
ずら、そうとした。
何かが視界の隅に写った。枕の下……白いシーツだからわかりづらいが、枕の下から白い何かが
少しだけはみ出ている。
俺は一旦マスクから手を離し、それを取り出した。封筒だ。裏返して表を見ると、『遺書』と書い
てある。
「阪本さん!」
いきなり名前を呼ばれ、俺は反射的に封筒を後ろに隠した。見ると病室の入り口に、倉田が立って
いた。
「な、どうしたお前! 中村んとこ行ったんじゃないのか!」
そう言いながら後ろ手でなんとか封筒をズボンの後ろポケットに押しこむ。
「い、いえ、どうしても親父のことが気になって……」
「馬鹿野郎! ノックぐらいしろお! いきなりでけえ声だして親父の体にさわったらどうすん
だ!」
「す、すみません……」
あ、危なかった。
「親父……」
倉田は親父に近づいて、じっと顔を見る。
「おい、俺はちょっと席外すから、親父頼むわ」
「あ、わかりました」
とりあえずこの遺書の中身を確認しないといけない。俺はドアノブに手をかけ、出ようとした。そ
の時、倉田が言った。
「阪本さん……親父の枕元ってなんかありませんでした?」
心臓が飛び出るかと思った。しかし、できるだけ平静を装って、
「いや、なかった」
と答え、俺は部屋を出た。

トイレの個室に入り、便器に座って、封筒を開ける。
『私、荒木吉郎は、荒木組2代目組長を、倉田義文に託す』
そう書いていた。ご丁寧に血判まで押して。
 だがどう見てもこれは荒木吉郎、つまり親父の字ではなかった。そして、倉田のあの発言。あの
時はやばいと思ったが……よく考えると、つまりあそこに何かあることを知っていたのだ。
自作自演だ。親父が死に、組員が集まって最後の別れをして、遺体をどけると枕の下から遺書が
出てくるという完璧なシナリオ。まったくとんでもない野郎だ。
しかし見つかってしまったのが運の尽き。悪いがこの偽遺書は握りつぶさせてもらう。さらに……。

「おーう」
俺が病室に戻ると倉田は顔を真っ青にしていた。残念ながら探しものは永遠に見つかることもない
が。
「おまえやっぱりあっちの応援行ってくれねぇか?」
「は?」
「いやー、親父が心配なのはわかるがな? さっき便所で電話かかってきてなぁ、やっぱり下っ端
ばっかじゃどうにもならないって。ただでさえ親父が大変なのにこれ以上組の厄介事増やすのもあ
れだしなぁ」
もちろん嘘だ。しかしこいつにはさっさとどこかへ行ってもらう必要がある。
「い、いやでも……」
「だーいじょうぶだって。俺が見とくから」
倉田はしばらくなにか理由を考えていたようだが、何も思いつかなかったらしい。小さい声で「わ
かりました」と答え、出て行った。

 完全に倉田の足音が消えたのを確認して、俺は封筒を取り出した。もちろん中身は変わっている。それをゆっくり、慎重に親父の枕の下に差し込む。中指まで使って完全に置くまで突っ込み、また
ゆっくりと指を引き抜く。
「もう苦しむことはないぜ」
やはり返事はない。俺は青いマスクに手をかけた。慎重にそれを下へずらしていく。

「阪本さん!」
「うおわ!」
二度目の突然の声に振り向くと今度は横山がいた。いや、横山以外にも若いのが大勢いる。
「なんだお前ら! 中村んとこ行ったんじゃないのか!」
「いや、もうけりがつきまして、速攻帰って来ました」
「そ、そうか」
「それで親父は!」
俺は振り返った。死にかけのじいさんは目を思い切り見開いていた。
「親父!」
若い連中がベッドの周りに集まる。
「に、二代目は……」
え?
「二代目は……倉田……」
ピーと言う長い電子音が病室に響いた。
「親父さあああああん!!」
横山が叫ぶ。親父は絶命した。最後に「二代目は倉田」と言い放って。
横山が親父の体を揺するのを俺はぼんやりと見ていた。俺の今までの、努力、苦労、そんなものが走馬灯のように頭のなかを駆け巡っていた。そのために、横山がなにか言ったことにも気づかなかった。
「あれ、なんか枕の下に封筒がありますよ!」

以上です。読んでくださった方、お題くださった方ありがとうございました。

なにかおだいをください

>>62 退出

>>55
しばらくお休みですな
執筆意欲がこの暑さで更に落ち込んでいる空気だし
9月頃から誰かが代表してやったらどうだろう

まとめwiki、入口から何から消えてない?

おいマジだよ
消えてるよ、どうすんのこれ

googleにキャッシュ残ってそうだけど、復旧させんのめんどいな

板はまだ残ってるけどどうなるんだろ?

何人か板の削除人いたはずだけど、今生き残ってる人いんの?

五文字でお題下さい。

海と五月雨
ひらがななら夕日の音(ゆうひのね)

>>70
把握
折角なんで両方頂きます。

O-die kure

>>72
『XYZ』

>>73
把握

お題下さい

>>75ファシズム

ありがとう

三題噺用のお題を

蕎麦
10年ぶり
満月

お題ください

海水浴

>>81
把握

wiki復活したね

俺はかなり慌てたもんだったが、このスレは風の弱い日の湖面のように穏やかだったでござる

ちょっと疑問なんだけど、ここで貰ったお題で書いて別のところで発表したらダメなん?

お好きにどうぞ

ひゃっほい。お題お一つ下さいな

>>87
恐怖

把握しました。ありがとう

と思ったけど、某ホラー祭りの為にじっくり書いてる最中だったので……も一つ何か下さいな

>>90
欲深い

今度こそしっかり把握しました。書いてきます

大分昔の酉だけからうろ覚えだけどこれで合ってるかな?
出来ましたので投下します。

某投稿サイトでありがちな内容に合わせましたのでアレな設定ですが、単なる歴史物と解釈されても一向に問題はありません。
主人公の主観的にはそう感じているというだけです。

「収穫を最大にすることだけを考えろ」
 半ば怒気を含んでいるのを自覚しながら、俺はそう言い放った。
 変な時代に迷い込んで早半年。苛立ちが募っていても仕方ないとは自分でも思う。
 それがどうやら某歴史シミュレーションの世界で、身分に応じた命令の強制力だけなら
ゲームの時と同様にあると分かりはしたが、それがなんの救いになるのかと。
「作りすぎて商人に足元を見られるとか一切考えるな。ただ作れ!」
 逆の意味でゲームではありえない理屈通りの相場の動きが、ゲームで培った収入増加の
ノウハウを阻害する。
 部下も足りない。かなり足りない。それへの対策を考慮して、説明して、理解を求めて
自己判断できる人材を育てようとしたが、長年その肌で米相場の変動を実感してきた農民
どもは頑なで、ほとんどが使いものにならない。
 自然と、身分を盾にしたシステムの強制力で命令するばかりになってしまう。
「次男三男ほか部屋住みの者はちょっと来い。お前ら極潰しどもには兵になってもらう」
 こんな戦国の世なら当たり前の事もわざわざ通達しなければいけない。
 例えば前田利家だって武家だから出世を頑張ったわけじゃない。結果論で前田家を継ぐ
事ができたが、彼は土豪前田家の四男に生まれて家督を継げる見込みがなかったからこそ
馬廻り集として最前線で奮戦して身代を築き上げる必要に迫られていたんだ。
 閑話休題。要するに一つの家で食っていける後継者なんてのは一家族が限界なんだ。
 だったら奪うしかないだろう。
「この山の稜線の南西裾根付近にある小さい集落を狙え。降伏したらそれでよし。どちら
にせよ兵となった者はいったん帰農し、今回の収穫の余剰が尽きるまで延々と開墾し続け
てろ」
 商人が買い叩き、武家が買い漁り、兵卒に扶持として配られる。なら最初から配ったら
いいんだ。
 土地に縛られ民に縛られる武家でもない。成功報酬で徒党を生かす傭兵集団でもない。
兵の数のほとんどは、支給された食料を貪って、けれど命を惜しんで戦場では逃げ出す、
そんな日々生きることが精一杯の貧しく惨めで懸命な者達だ。
 俺は飯を用意してそいつらを買い叩く。
 商人がいくら収穫から相場情報を計算しようが、市場に一切流さずに現物そのまま消費
してやる。そして土地を奪って与えてやる。開墾する余裕を与えてやる。

「あ? 離れたところで開発すると南の奴ばらの動向が懸念されるだと?」
 意見は聞いてやると通達してるとこういう愚にもつかない怯えに満ちた質問が舞い込ん
できたりする。
 この時代の常識を、文字の上ではなく実感で理解できていなかったときは重宝したが、
今となってごくごくたま~に砂の中から砂金が見つかる程度の価値しかない。それでも、
情報は金も同然だから大切にはするが、砂のような雑多な質問には腹が立つ。
「いいか、一から十まで説明するから良く聞けよ?」
 それでもこうして逐一教えるのは、これもごくごくたまにの砂中の砂金レベルのことで
はあるが、頭のできのマシなヤツが見い出せたりするからだ。
「俺達は山の奥地で貧しい。あいつらは平地で豊かだ。だが、だからこそ俺達は頑強で、
あいつら脆弱だ。結束も、一村一丸となってようやく食えてる俺らと違って、あいつらは
各々が好き勝手やってもそこそこ食える。つまり、こっちは全員が動くがあいつらは少し
しか動かないし動けない」
 知性の働きを瞳に見せるやつがいるかどうかじっくりと陳情に訪れた一人ひとりの目を
覗き込む。理解しているかどうかあやふやだが、とりあえず異論はないようだ。
「で、ここより平地に近い西の尾根だが。平地に慣れた者共に夜討ち朝駆けは困難だろ。
なら日中からの行軍になるが、日は西に沈むもんだ。夕日を背中にするのと夕日に目が眩
むのと、どっちが有利か少し考えたら分かるだろ」
 ていうか少しは考えてから来いよ。ゲームの通りにはいかないってのは分かったが、こ
れを理解するのには地動説も孫氏の兵法もいらんだろ。農民の経験則と知恵だけでいい。
「なるほど、では開墾に取り掛かるのは集落の更に西、南の奴バラによく見えるよう、尾
根の突端に向けて畑を広げるのですな?」
 おう。脳内で愚痴ってたら、しっかり俺の意図を察してくれたヤツがでてきたわ。
「分かってんじゃねーか。開墾は部屋住み連中の未来で、くそ貧しい家での更なる内紛を
避ける措置で、……おまけで南の平地連中への罠だ」
 なんと! だの、そうであったか! だのとざわざわ五月蝿く盛り上がってきた中で、
俺は開発提案をしてきた顔を見てみた。見覚えはある顔ではあるが、誰だ。
「お前は……村の北で、山中深くに入ってよく芋を掘ってる奴だよな。名前は何だ?」
「はっ。てつと申しまする」
「よし、お前は今後山中鉄之助と名乗れ。漢字はこう書け。確たる身分はまだやれんが、
西の攻略が済めばお前の家名を村の名前にしてろ」
「ありがたき幸せでござじゃります」

 農民が無理スンナ。
 とはいえ、知識と教養は後で付け加えればいい。今必要なのはこういうその場その場で
知恵が回る奴だ。
「いいか、最初の二年は防衛に徹せよ。落とされる前には必ず救援に向かう。だがお前ら
は山中の強みを生かして水源を握れ。水車と鼓の準備が八割方整ったら、一気に日干しを
仕掛ける。その時に、平地の連中には戦えば勝てると自惚れて貰わなくては困る。よって
それまでの間、追撃は禁ずる。いいな?」
「はっ」
「死ぬ気で守り、死ぬ気で戦え。だができれば生き延びろ。数年内に平地を手に入れる。
それに隣する海も手に入れる。山の幸は旨い。だが米も旨い。そして魚も旨い筈なんだ。
みんなでおいしいものを腹いっぱい食うぞ!」
 おうおう。欲深いものどもが目をらんらんと輝かせ始めたわ。
「殿もそれをお望みでしたか」
「あん? よりよく生きたいのはお前らの望みだろ?」
 なんだか同類を見つけたかのように馴れ馴れしく言ってきたから思わず言葉でばっさり
返してしまったが、まあ、そんなに根に持ってなさそうで笑顔のままだから別にいいか。
「では、殿は何を?」
「見てみろよ、あの纏まりのない小さな境界争いでジグザグになった田んぼの形を」
 じぐざぐ……? という呟きは聞こえるが、まあ大体の内容は通じているだろ。
「あれを全部俺のものにして、もっとよりよく整えて、もっとより沢山の米を作る」
「そんなに作っても食いきれませんぞ」
「なら、他に奴に食わせればいい。で、そいつらでまた新しい田畑を作ればいい」
 この理屈が理解できないのか一様にキョトンとした面を向けてくる。面倒臭いが、まあ
もう少し細かく説明してやるか。
「なら飯を食えずに争う奴もいなくなるだろ? だが、その分そいつらにも一度命を掛け
て貰い、また新たな土地も開墾するんだ」
 この偉大な俺の構想を理解したのかしてないのか、少しばかりの沈黙が流れて……やや
もって鉄之助が静かに口を開いた。
「殿はそれでよろしいので?」
「ああ、なんてったって俺は内政フェチだからな」

一話目のタイトルミスってましてごめんなさい
後、酉もギリギリまで思い出そうとして直前で少し弄っちゃいましたが本人です

鼓じゃねえよ堤だよ
頭の中で変換よろしくお願いします

お題下さい

>>99
限界集落

把握

どなたか小説のお題をいただいてもよろしいでしょうか
九割ぶん投げ王でも捌けそうなものをご献上いただきたく存じます

冷たい水
などはいかがでしょう
最近暑いからこそイメージは強く涌くかと思います

>>103
イメージの広がる優しいお題ですね、サンクス

某所で更新する為に頑張ってみたらスムーズに仕上がりました
2レスほど投下いたします

「最近の若いもんは……」
 会議の席で、長き沈黙を破って誰かがそう呟いた。
 その村の誰もが、それを言うべきではないと知っていた。
 知っていて尚、そう呟いてしまう気持ちには共感していた。
 老々介護。放置老人。限界集落。
 その全てに心当たりがあり、その全てが対策だった。
 人手が足りないからいざと言うときは老人が老人の相手をする。
 人手が足りないから常日頃のことは老人は一人で対処する。
 そして人手が足りないままだから、集落は限界に近づく。
 死ぬことは定めだろう。恐れはあるが覚悟もある。けれど無為に失われる事への覚悟
までままならない。
 助けてくれとは言わない。
 葬儀の手配をしてくれる者が欲しい。
 この地で家を買い。この地で墓を買い。この地に住まう。
 例え諸々の文化が尽きようと、次の世代がこの地の土で育った作物を|食《は》むのならば、
それはこの土地を継ぐことと同義だといえよう。
 そう、年老いた世代の見解は一致している。
 だが、来ない。
 交通の便が悪いのだ。
 流通が滞っているので、生きる為に作付けに終われる日々を送ることになる。
 病で死するは定命の者の定めと言えど、治せる可能性が日々高まっていく中で病を定
めだと達観できる若者は多くない。|畢竟《ひっきょう》、病院のない村には若者は来ない。
 気合でどうにかなるだろう。そんな根性論、トレーニング方法から敷地、努力の成果
を見せる舞台にルールで定められた範囲での採点以外では、過程も終わりも答えもない
人生にまで求めるものではなくなっている。

 舞台も何もない。ルールも何もない。永遠に根性だけで筋トレをしていろと言われ、
一体何人がそれを成し遂げることができるというのか。
 根性にひとかたならぬ自負を抱いてこの村にやってきた者も、この村で日々を過ごす
内に少しずつ元気が失われていき、そして「もう限界だ。もう無理だ」と言うのだ。
「まあ、仕方ないさ」
 誰かがそう言った。
 誰もがそう言うしかないのだと分かっていた。
「他に特色はないんだ」
「無理にしても続きはしない」
「だからこの村のままの姿でいるしかない」
「それが若いもんに辛い思いをさせるのだと言うのなら……」
 口々に挙げられていく意見は、詰まるところこれまでの会議で何度も語られてきたこと
の焼き直しだった。
「もう少し、求めないようにするしかない」
 そして当然の如く、結論もこれまで通りと同じになる。
 だが、それは前進の為のもののつもりであった。
「もう少し老々介護の手順を見直そう」
 若者が重責でつぶれないように。
「一人で行う日常の作業を見直し、行動の効率を上げ、負担を減らそう」
 若者が労働でつぶれないように。
「これまで以上に限界に挑戦しよう」
 そして若者の手本になるように。
 会議に集った老人たちは、笑顔でバルクアップされた筋肉をヒクつかせ、お互いにまだ
まだ現役なのだと行動で示す。
 村は貧しい。
 だから人力で輸送し、人力で農作業を行い、人力で家を建て、人力で墓石を削りだし、
人力で熊などの害獣を追い払い、人力で道路の改修を行ってきた。
 若者がきても介護で忙殺されることがないように、日々ボディバランスを気にして生き
ていこう。最近の若者はか弱い生き物なのだ。
 そのアグレッシヴでマッシヴな言動こそが若者が逃げ出している要因だとは気付かず、
彼らは朗らかに笑っていた。
 人体の限界に挑戦し続ける集落がそこにあった。

                                            END

読んでいただいた方、お題を下さった方、もしいらっしゃいましたら感想を述べていただける方
皆々様、ありがとうございました

>>107
老人たちが考える限界と、若者が考える限界にズレがあったってことかな
後半の和製英語が雰囲気に合わない気がして、若干違和感覚えたけど、若者視点からのズレを表してるって意味ではなんか合ってるような気もした。個人的には面白かった。


俺も書いてみよう。

何か夏らしいお題ください

>>96
SSとしてみれば、歴ゲーの中では単一的な存在でしかない庶民などの疑問に
いちいち答えてやる内政バカの珍問答って感じか。

ただし、ゲームというのはブログラム外のことは組み込めないわけで、
単一的存在だった民衆が、一個の人間性を持ち始める、なんてのはどうも納得できない。
主人公がどのような方法にせよ、たった一人、突然ゲームの世界に放り込まれて、
ゲーム内の人間も同じ理で動いているなんてこと、ありえないし理屈がゆるさない。

だって、プログラムされていないんだから。電脳ワールド内で、認識できないものを認識させることが
出来るのはネオぐらいのモノだよ。

>>109
バカンス

>>111
行きたくなってきた、把握

>>109
ありがとうございます

老人の手助けのつもりで田舎に行ったら、じいちゃんばあちゃん連中が自分よりもマッチョで
しかも仕事を手伝う事もできずに肩身が狭いです

という若者の気持ちが分からない老人連中の会議を書こうとしたんですが
重々しくしようとし過ぎて分かりづらくした面もあったみたいでごめんなさい……

>>110
まさに、まさに……! そう感じていただけて嬉しいです

>>93の前書きでの「主人公の主観的にはそう感じている」というのを
何とか本文中でも示唆しようとしたんですが、散りばめたつもりの経験や実感という語彙が少なすぎたようです

プログラムではありえないというその感想を合わせて、主人公が何か勘違いしていると思わせたかったのですが
要修行というか、複線は分かるように張るという基本が抜けてたようです……



ありがとうございました

通常作、投下させていただきます。


 こう言ってしまうと様々な人から反感を買うかもしれないが、僕の家はお金持ちだ。もちろん僕がそう望んで生まれたわけではないし、お金持
ちだと言うことは、それだけで幸せだとは限らない。むしろ金持ちの家に生まれると、様々な束縛を受けることもある。例えば僕は自由に買い物
をすることを許されていない。欲しい物を言えば、たいていの物は手に入るが、例えばエロ本なんかは買って貰えない。と言うかそれが欲しいと
言う事すら言い出せない。僕が何かを欲しがる時、僕は母さんにそれを要求しなければならない。母さんに要求してそれが認められれば、次の日
には望んだものが僕の手に入っている。だがエロ本は手に入らない。と言うか、高校生にもなってエロ本すら自分で買えないって言うのはかなり
の不幸だと思う。別にエロ本でなくともいい。パソコンのエロサイトでもいい。でも僕のパソコンのネットワークは常に親父たちに監視されてい
る。だからエロサイトでも見ようものなら、僕の独房行きは確定だ。独房と言うのは、我が家の地下にある、コンクリート打ちっぱなしの冷たい
部屋の事だ。正に牢屋のごとき空間で、そこには簡易のベッドと、トイレなどの最低限の品しか置かれていない。そこは両親たちには反省部屋と
呼ばれていて、仕事をミスしたメイド・執事や僕ら子供がいけないことをした時に、お仕置きとして閉じ込められる部屋なのだ。本当にそこは糞
みたいな部屋だ。自分の息子を牢獄に閉じ込める馬鹿がどこにいる? その両親の歪んだ教育思想が、その部屋には撒き散らされているような感じ
がして、僕は出来ればあんな場所は二度と入りたくはないと思っている。
 僕自身は二度と入りたいとは思わないが、僕は割とその部屋に行くことが多い。別に悪いことばかりして閉じ込められていると言う事ではなくて、
その独房によく閉じ込められている人物に会いに行くことが目的だ。僕自身は独房に閉じ込められない様に、何とか親父たちの目を欺いて、彼らに
良い印象を与えるように生きている。


 夜、親父たちが寝静まった後で、僕は足音を立てない様に地下に降り、独房の明り取りの窓越しに中を覗いてみる。そこ
には予想通りに、瑠伽(るか)が退屈そうにベッドに寝そべっている光景があった。
「瑠伽」
 僕が呼びかけると、瑠伽はベッドから身を起こしてこちらを見た。彼女の長く美しい艶を持った黒髪が、はらっと音を立
てるかのように揺れた。
「また来たの? タケル」
「だって、俺くらいしかここに来ないじゃん」
「別にタケルしか来ないわけじゃないよ。ご飯を運んでくるメイドさんがくる。体洗ってくれるメイドさんもくる。アンタ
のお父さんが性欲を発散しにここにくる。アンタの母親がストレスを発散しにここへ来る。ほら、私にはお友達がたくさん
いる」
「それはお友達じゃなくて。腐った死体みたいな奴らだよ」
「いいよ。なんでも」
 瑠伽はこの家に来てから、随分と性格が荒んでしまったように思う。まあそれも当然だろう。なにせこの家のほとんどが
糞みたい人間なのだから。もちろんそのこと自体が大きな原因ではあるのだろうけど、瑠伽は多分、この家で暮らすには純
粋過ぎたのだ。瑠伽がこの家にやって来たのは今から五年前、彼女が十歳の時で、僕が十三歳の時だった。
 僕はずっと一人っ子として暮らしてきた。たいていの我儘は聞いてもらえたし、両親は僕を甘やかした。メイドや執事た
ちは僕を怒らせない様に畏まった口調で僕に接してきた。自らの馬鹿さ加減を露呈するかのように、僕は毎日リムジンで学
校に通っていた。良く自分が荒んだ性格に育ったり、自らが偉いんだと傲慢になったりしなかったものだと思う。多分部屋
に篭って本ばかり読んでいたから、人間の業の深さみたいなものを少なくとも普通の人目線で学ぶことが出来たのだろうと
思う。親父みたいなのはくだらない人種なんだと、いろいろな本から、またはクラスメイトたちの態度から僕はそれを学ぶ
ことが出来た。なにせ僕はいじめられっこだったのだ。みんな僕の親父が嫌いで、イコールその息子である僕の事も嫌いに
なるのは仕方のないことだった。
 話はそれてしまったが、瑠伽がこの家にやって来た当初は、メイドや執事たちは瑠伽をどう扱っていいものか悩んでいた。
それは瑠伽が妾の生んだ子供だったからだ。父は若い頃、かなりの遊び人かつ好色家であり、いろいろな女性を犯すのが好
きだった。それは犯すと言う表現が適当だろう。権力を盾に、または金の力で女をねじ伏せて、のしかかりながらセックス
するのが親父は大好きなのだ。綺麗な女性に目隠しさせて、手錠をかけ、相手が動けない状態で体のいろいろな場所をくす
ぐりながら時間をかけてセックスするのが好きな変態親父なのだから(俺が親父の性事情を聞いたのは、俺のシンパである
老執事の相川からだった。一応奉公人の中にも派閥があり、少ないながらも親父を嫌って俺を信奉してくれる執事やメイド
がいるためだ)。
 そんな親父が犯した女性の中で、一人だけ変わり者の女性がいた。自ら親父に迫り、親父の子供を進んで身ごもった女だ。
それが瑠伽の母親だった。その母親は親父から手切れ金みたいなものをもらって、瑠伽と共に九州地方の都会で暮らしてい
た。だが、後にその母親が自殺してしまい、瑠伽は親父を頼らざるを得なくなった。親父はと言えば、瑠伽を喜んで我が家
の娘として迎え(舌なめずりをする親父の姿が浮かぶ)、まるで瑠伽をダッチワイフでもあるかのように、毎日毎日、幼い
瑠伽の体を舐めたり、撫でたり、性器を口に含ませたりして楽しんでいた。もちろん僕の母は、瑠伽の事をゴミクズ以下の
存在として扱い、それぞれの派閥のメイドたちは、それぞれの信奉者の通りに瑠伽を扱った。僕はそんな事情を知ることな
く、瑠伽を突然紹介された妹として、普通に可愛がった。僕がその歪んだ事情みたいなのを知ったのは、今から一年前、例
の老執事、相川から教えてもらってからだ。瑠伽が親父の慰み者になっていることも、母親の虐待を受けていることも、そ
れを知らなかった自分自身にも僕はひどく憤った。しかし、無力な息子である僕にはその状況をどうすることもできなかった。
せめて瑠伽の話し相手になって、瑠伽を大切に扱ってやることぐらいしか、僕には出来なかった。


 瑠伽は一週間に一度ほど、何かと理由を付けられて独房に閉じ込められるのが常だった。その理由はたいてい親父か母親
が、適当にでっち上げたようなくだらないものだった。廊下を歩く音が耳障りだったからとか、いやらしい体をしているか
らだとか、学校のテストで百点を取れなかったからだとか。それはどう聞いても理不尽だとしか思えない理由だった。僕と
瑠伽の間には、親父たちの差別による絶対に認めたくない嫌な格差があった。それは僕にも瑠伽にも、どうしようもできな
いものだった。
「なんでこの家を出て行かないの?」
 独房での密会をするときに、僕はたまに瑠伽にそう水を向けることがある。どう考えたって、この家で暮らすよりは孤児
院で過ごす方が、まともに生きていけるような気がするからだ。
「出て行ったって、同じような事になるよ」
 瑠伽はいつも面倒くさそうに、そう答えた。
「例えば、孤児院に引き取ってもらえばいいじゃないか」
「そうしたって同じ。どこかの金持ちか、はたまたこの家のオジさんが、孤児院に大金を渡して私を引き取ってさ、同じよ
うな事をするんだよ」
 確かに瑠伽は、大人たちの欲望の対象になるような圧倒的な美しさを放っていた。僕自身の感覚としても瑠伽は、今まで
見たどの女性よりも美しかった。すらっと長い手足と、白いカットソーをつんと押し上げるように突き出された胸は、男の
視線を釘付けにする。顔立ちもきりっとしていてクールな感じの美人だし、何より目に力があって視線を吸い寄せられる。
十五歳と言う年齢は、彼女の瑞々しさと、肌の艶やかさ、その健康的な美しさと、大人になる直前の太ももや首筋から漂う
妙な艶めかしさのアンバランスな感じが、不思議な魅力を生み出している。
「もしかしたら、どこかの良心的な家族が瑠伽を引き取ってくれるかもしれないじゃん」
「それはそれで、もう駄目だよ、私。もう純粋な頃には戻れない。どんなに優しくしてもらっても、私はもう誰も信じたく
ない。この生活に慣れた私は、もう大人を百パーセントの善人だとは見れない」
 瑠伽はそう言って顔を伏せ、自分の髪を指で巻いたり梳いたりする。
 僕は瑠伽とその会話をするたびに考えてしまうことがある。もし僕がこの家の何もかもを捨て、身分や地位を捨て、瑠伽
と共に駆け落ちをしたらどうなるだろうか。瑠伽を救い出せるだろうか。彼女は僕に付いてきてくれるだろうか。高校を卒
業して、親父たちの目を逃れて北欧辺りにでも行って、つつましく働きながら暮らせたりはするのだろうか。僕の勇気さえ
あればこの状況は変わるのだろうか。瑠伽と壁越しに話をしていると、そんなもやもやとした思いが、ずっと僕の中にくすぶ
り続ける。けれど、僕はそれを実行できないだろう。理由は分からない。この家に飼いならされてしまっているのか。僕には
そこまで実行する勇気が、持てないでいる。怯えてしまっているのだろうか。刷り込まれてしまっているのだろうか。権力や、
社会の力という圧倒的なものを。親父たちの血が流れている僕は、親父たちが行う悪に逆らえないのだろうか。


 唐突に話は変わるが、僕の性に関する関心は、日に日に増大しつつあった。
 最初にも話した通り、僕の性事情はことごとく束縛され、僕は悶々とした日々を送ることが多かった。もちろんエロ本や
エロサイトを見なくたって、性欲を発散すること自体は可能だ。男にとってそれは毎日の日課みたいなものだし、自らの妄
想で自分を慰めることは男なら当然の様にできる技能なのだ。しかしながら、性欲が上手く抑えられない高校三年生の男子
に向けて、ずっと妄想だけで自分を慰め続けろと言うのは酷な事だった。そもそも僕は、性に関する具体的でリアルな妄想
と言うのが出来ないのだ。女性の裸というのを、僕は写真でも画像でも実物でも全く見たことがなかった。セックスと言う
のが一体何をどうして、どういう結果に落ち着く行為なのかすら、僕には今ひとつわかっていなかった。だから、僕の性に
関する妄想と言うのは、言わば一種のファンタジーのようなものだった。クラスメイトのちょっとかわいいと思っている女
の子が、勝手に服を脱がされて、勝手に僕に寄り添って、体を擦り付け合って、抱き合っているうちに僕が射精するのだ。
そして、そんなファンタジーしか描けない自分の性知識の拙さに、僕はコンプレックスに近い感情を抱いていた。だって、
現代には様々な性への誘惑が溢れていると言うのに、自分だけがその性の誘惑の外側に居て、性的なものに触れられずに檻
に閉じ込められて、悶々とした生活を送らなければならない。そのストレスも、閉塞感に溢れる僕の環境自体も、僕の性欲
の強さに拍車をかけているような、そんな気がしてならない。
 突然の告白になるけれど、正直に言って、僕はセックスをしてみたかった。
 高校生の男子にとって、セックスと言うのはいわば勲章みたいなものだった。「俺、昨日彼女とセックスしたんだ」と誰
かが言えば、そいつはまるで戦争で相手国の中枢機関を潰した英雄みたいな扱いを受けるのだ。僕のクラスメイトや知り合
いは、少なからず僕を追い抜いて英雄へとなっていった。僕も相手国の中枢機関を潰してみたかった。だが、僕にはセック
スをするような相手はいなかった。なぜなら、僕は不細工な顔立ちで、あまり人と話すのが得意ではないから彼女など出来
ないのだ。クラスメイトの女子たちは僕に恋愛感情を持つことなどありえないと思っているようだったし、僕も女の子と話
すのが苦手だから、僕らはお互いに境界線の外に踏み出さずに、ただそこに存在しているだけの遠い関係と見ているだけだ
った。彼女らが動物園の観光客で、僕が檻の中でオナニーをしている猿みたいな感じだ。
 もちろん僕は金持ちであり、それは女性たちにとって一種のステータスとなるのかもしれない。しかし、ただ金持ちと言
うだけで女性と付き合えると言うほど世の中は甘くない。少なくとも、お嬢様お坊ちゃまばかりが通う高校では、僕なんかに
興味を持つ女の子は全くと言っていいほどいなかった。そして学校以外で異性と出会う場なんか、僕にはほとんど与えられな
かった。瑠伽と会うことを除いて。
 僕は本当に、気が狂うほどにセックスと言う行為に憧れていた。しかし、僕は親父みたいにはなりたくなかった。僕は自分
がどうすればいいのか、本当に分からなくなる瞬間があった。


 瑠伽に会いにいった翌日。
 自分の部屋で勉強をしている時に、親父から呼び出された。これはとても珍しいことだった。親父専属のメイドが、僕の
部屋にやって来て、早急に親父の元に向かうようにと伝えてきたのだ。何なのだろう。親父はほとんど僕になんか構わない
くせに、いったい何の用事があると言うのだろうか。まさか瑠伽と会ったことで、親父が怒ったのだろうか。ありえない。
そんなのはもう四年前から続けている。そんなことだったら、もっと前に僕を呼び出しただろうし、僕を泳がせる意味もな
いはずだった。僕は混乱しながら、親父の寝室へと足を向けた。
 僕がノックをすると、気だるげな声が扉の向こうから聞こえた。
「失礼します」
 僕はそう言って、やや畏まった仕草で部屋に入った。
 親父はまるで生きていることが面倒だと言うように、憂いを帯びた息を吐いて、面倒くさそうに僕を見た。
「久しぶりだな」
「はい」
 家族同士で交わすにはいささか変わった会話だと思うが、しかし僕らの間では、それは当然のものだった。
「何か僕に用事でもあるのでしょうか?」
「まあそう急くな。たまには親子で世間話でもしようじゃないか。そこに座れよ」
 親父は顎で自らの前にあるソファーを示し、そして僕を見る事なくワイングラスを傾けた。今までこんなことは無かった。
こいつは僕と会話しようなんて事を、今まで一度も言った事がなかった。どういう意図なのだろうか。まさか本当に世間話
のために呼んだなんて事はないだろう。きっと裏では何か、とんでもなくあくどい事を考えているに違いない。こいつの考
えることはいつだって得体が知れない。用心深くならなくてはいけない。こいつに隙を見せるようなことがあってはいけな
い。僕はそう身構えて、親父の前に腰を下ろした。
「まあそう緊張するな。俺はお前が大好きなんだ。お前は俺によく似ている……ふむ、何か飲むか?」
 いえ……、と一度断りかけてから、喉の渇きに気づき、僕はミネラルウォーターを頼んだ。親父はにやりと笑って、手を
大きく三度叩いた。
「おい、水を持ってこい!」
 親父は大声で怒鳴りながら、外に控えているメイドに命令した。それは人に命令するのに慣れた、躊躇も遠慮もない、抑
圧的な声色だった。
「昨日も瑠伽に会っていたみたいだな」
 親父がそう切り出してきた。親父のその言葉の意図や、話の方向性が分からずに、僕は頷くしかなかった。早々に届いた
水を口に含んで、僕は半分ほど飲み下した。
「あいつは本当にいい体をしてるよなぁ。目隠しさせて、胸や股間をくすぐると、本当にいい声で鳴くんだ」
 親父はいきなりそう言って、膝を叩きながら大声で笑い始めた。僕の位置から見ても分かるほどに、親父のそれは大きく
勃起していた。そんなのも見たくもなかった。僕はここに来たことを激しく後悔し始めていた。
 こいつはこんな下卑た話を聞かせるために僕を呼んだのだろうか。僕はひどく腹が立ってイライラしたが、表情に出さな
いように努めた。とてつもない怒りを、何とか腹の内に押さえ込んでいた。
「お前は瑠伽の裸を見たことがあるか? 舌でぺろぺろ舐め尽くすのに最高な体だぞ? 薄い絹のように滑らかで、柔らか
く引き締まって、甘い声を漏らして……そんでぎっちり抱きしめながら膣にモノを突っ込んで、奥に出す瞬間なんか気持ち
いいんだぞぉ。女子高生の体ってのはいいもんだよなぁ。毎週、お仕置き部屋で犯すのが楽しみになっちまった」
 へへっと気持ち悪い笑みを晒すこいつを、今すぐにでも殴り殺したいと思った。こいつを後悔する暇も与えずに殺したい
と思った。歯を全部折って、目玉を潰して、頭を踏み潰してやりたい、抑えがたい衝動が湧き上がり続けた。口にワイング
ラスを突っ込んで、バッドで叩き割ってやりたい。とにかくこいつを殺したい。
 こんなクズの息子である自分も許せなかったし、こんなクズが存在すること自体にも、強い嫌悪を感じて止まなかった。
次にこいつが何かくだらないことを喋ったら、殴り倒すことに、僕は決めた。躊躇することなく、鼻の頭を殴って骨を折って
やると言う決意を抱いていた。誰もコイツに逆らうことが出来ない中で、僕だけはこいつを殴ってやらなければならないと、
そんな決意みたいな感情が僕を支配していた。拳をぐっと握った僕を見ずに、親父は口を開いた。

「だけど、お前もよく我慢したな。そろそろお前と瑠伽がセックスするのを、俺は認めてやるぞ」
 その一言に――奴のもっとも下卑たその一言に――僕は不覚にも混乱してしまった。それと同時に、体中に先程とは違う
熱が巡っていくのを感じていた。何か解放されたような、何かに対する支配欲のような、訳の分からな期待感のような熱が、
僕の体の中を一瞬にして駆け巡って行った。
「お前には禁欲的な生活を与えたからな、どうだ、セックスしたいだろう。瑠伽みたいなエロくて美しい女と」
 親父が舌なめずりしながら、初めて僕の目を見た。僕は瑠伽の裸を想像した、彼女とセックスをする様子を想像してしま
った。親父に許されて、瑠伽にのしかかり、乱暴に犯す様子を想像してしまった。それは条件反射だった、だが僕の股間は
反応し、固く勃起してしまった。
「くくく、いいぞ。アイツにいつも通り目隠しをして拘束させよう。アイツは俺と勘違いして、お前を受け入れるだろう。
お前は瑠伽との関係を崩すことなく、アイツを犯すことが出来るんだ、性欲を発散することが出来るのだ。セックスをする
ことが出来るのだ。お前は俺と似て、醜い。普通の方法では、美しい女とセックスをすることが出来ない。だが、お前は俺
の息子だから、どんなに美しい女を犯しても、許される。最も美しい瑠伽にどんな変態的な行為をしたって許される。そし
てお前は親父のお下がりの女で、自分を慰め続けるんだ。大好きな女を、寝取られた相手に返されて、それに縋りついて自
分の股間を擦り続けるのだ。いいんだ。俺も、俺の親父も、そのまた親父も、ずっとそれを繰り返してきた。それがうちの
家系なんだ。俺の妻も、お前と瑠伽のような関係だ。俺の妻は、散々ジジイに玩ばれて、使い古された玩具なんだ。それを
俺が、涎を垂らしながら受け取ったんだ。我慢することは無い。お前には耐えることが出来ない。瑠伽を好きなように扱っ
て、犯し続けるのが、お前にとっての人生の始まりなんだ」
 俺は親父の話を聞きながら、突然湧き上がってきた強烈な性欲を、怒りを上回るほどの性欲を、押さえつけることが出来
なかった。僕は、どうしてしまったのだろうか。瑠伽を好きなようにしていいと言われた瞬間に、僕は本当に瑠伽を犯して
しまいたいと言う、抗う事の出来ない欲望に支配されてしまった。これが我が家の、血なのだろうか。僕は、この家が辿っ
てきた歴史を繰り返し、女や金に不自由しない、最低の人間になるのだろうか。僕は固く勃起しながら、瑠伽の姿を想像して
、親父の目を見た。親父は僕を見た。僕は頭が混乱して、ミネラルウォーターの入ったグラスを自分の口元に当てた。強烈な渇きを潤さなければならなかった。

  

 僕は瑠伽のいる牢屋に向かった。
 すでに親父に命令されていたのだろうか、メイドの仕業によって、瑠伽は白いワンピース一枚の姿で、目隠しをされなが
ら、腕をつり上げてIの字に拘束されていた。足も枷で拘束されている。瑠伽のその姿は、しかし圧倒的な美しさを誇って
いた。巨匠が描いた印象的な絵画が、そのまま現実の光景となっているかのようだった。無防備に脇を晒したまま、僕の前
で静かになぶられる時を待っているかのようだった。
「殺したよ」
 僕はそう声をかけた。
「今、親父を殺してきた」
 努めて明るく振舞うように、僕はそう言った。言いながら、瑠伽の目隠しを外して、僕は瑠伽の目を見た。瑠伽は僕を見
て、唇を震わせた。そして乾いた声がそこから、漏れ出した。
「なん……で?」
 瑠伽は怯えたような目で僕を見ていた。
「全部くだらないからだよ」
 僕は少しの間だけ考えて、そう呟いた。自分ではどうしようもない事柄に直面した時、僕には破壊衝動が生まれることが
あった。性欲が抑えられないようなときに、家に迷い込んだ犬を殺したり、僕に逆らえないメイドの爪を剥いだり、三階の
窓から思いっきり花瓶を叩きつけたり、抑えられない衝動があると、僕はそれを必ず破壊に変換して、外に発散させた。そ
れは恐らく、親父も知らない僕の癖だった。僕は抑えられない性欲や親父への嫌悪感を、暴力として、親父に向けた。ミネ
ラルウォーターの入ったグラスで鼻を殴り、気が済みまで顔を殴り、近くにあったゴルフクラブで、親父の醜く膨らんだ腹
を殴った。親父は気持ち悪い液体を吐き、ドロドロに濁った血を吐き、微かな呻き声を出して倒れた。そして僕は、親父の
頭を踏んづけて、全体重をかけて、骨を砕こうとし、それから散々にいたぶって、最後には首を絞めて殺した。
「やっと親父を殺せたよ。本当に気持ち良かったなぁ。親父がぐちゃぐちゃになる瞬間! 歯がぶっ飛んで、信じられない
ものを見るような目で、僕を見続けるんだ。目玉を潰した時の感触もすごいんだ! まだ指に残ってるよ! 左目を人差し
指で潰して! 右目は力づくで眼窩から引きずり出して、ほらその右目はポケットに入ってる! これ母さんに見せたらど
んなに驚くかなあ! 興奮して潰さないように気を付けなくちゃ! あと、ほら、心臓! 親父が死んだ後に体から引きず
り出して、潰したんだ! ゴルフクラブで、心臓を叩きつぶしたんだ! もう、もう僕はこうふんしすぎて、やばいよ! 
三回くらい射精しちゃった! 親父を、僕は圧倒的な暴力で殺したんだ! でも、瑠伽、やばいからにげよう、瑠伽、僕が
連れてってあげるから、逃げよう、もう親父に、いじめられないし、母さんにぶたれることもないし、好きな事を出来るん
だよ! ほら、鎖をはずしてあげるから」 
 そう言って僕はメイドを殺して手に入れた鍵を使って、彼女を拘束している鎖の錠を外そうとした。しかし興奮のあまり、
手が震えて、上手く鍵を外すことが出来なかった。
 僕は何度も、何度も何度も、おかしいなあ、おかしいなあ、と呟きながら、彼女の鎖をがしゃがしゃと動かした。おかし
いなあ、こんなはずじゃないんだけどなあ、おかしいなあ、おかしいなあ、もっと、ぼくは、おかしいなあ、もっと、ちが
うんだよ、はずれないなあ、くさりがはずれないなあ。僕は涙を零しながら、呟き続けて、でもいつまでも鎖を外すことが
出来ずに、僕はどうしていいのか分からなくなって、膝から崩れ落ちて、涙を零しながら、おかしいなあ、と呟き続けた。僕
はもうどこにも逃げることが出来ないような気がした。もう取り返しの付かないような事をして、僕は一生この牢獄から逃げ
出せないような気がした。
 おかしいよ、はは、おかしいなあ。
 そんな僕を、彼女は見下ろすように、圧倒的な美しさで縛られ続けていた。
 一人で勝手に行動し、泣き続ける僕に向かって、瑠伽は最後にこう言ったのだった。
「……気持ち悪い」
 それが、僕と瑠伽の最後の言葉だった。


 なぜか一レス増えました……次のお題を下さい。

アイスクリームと雪女

>>122
性衝動を乗り越えて破壊衝動にたどりついたけど、結局狂気しかそこには残らなくて
周りからしたら結局親父と一緒なんじゃないかって
といろいろ考えて、読み終わって物悲しくなった
引き込まれる文章で面白かったです


通常作投下します 
お題はさっきいただいたバカンス


「はぁ…」
溜息がつい漏れてしまう。猛暑が続く中の休日出勤。やる気が出るはずもない
室内を快適にするべく設置された大型クーラーの音が、もはや耳触りにしか聞こえない
「辛気臭い顔してんな」
「す、すいません」
4つ年上の上司だった。いつも自分を可愛がってくれ、部下にも人気のある人だ
「新人には、夏が山かもしんねえなあ。この時期にやめる奴は、とにかく多い」
「しかも、このクソ暑い中ときたもんだ。思うだろ、クーラー効いてんのかよってな」
「本当ですよ…」
もう帰りたい。なんでこんな会社に入ったのか。後悔しかない
「たまにはぱーっとバカンスにでも行きたいよな。知ってるか?フランスでは一カ月丸々休暇がもらえるのが普通なんだと」
「マジですか?信じられませんよ」
なんだそれは。こちとら有給だって碌に取れないんだぞ。生まれる国を間違えたか
「だよなあ。俺たちなんて、ゴールデンウィークで三連休もらったら発狂して喜ぶんだぜ」
「土曜日が休みなら、ラッキーですよね」
「日曜に出勤命令が出なければ、お祝いだな」
「……」
「……」
「……この辺にしとくか」
「はい。そうしましょう」



本当に、なんなんだろうか。こうして毎朝起きて会社に行って、書類に目を通して、上司に了解をもらって
狭苦しい部屋の中で昼食をとって、眠気を抑えて商談に向かって、終わったらタイムカードを押して、誰もいないアパートに身を放り投げて
働き始めの頃は、何もかもが新鮮だった。慣れない道を歩いて通い、知らない人ばかりの職場で口と思考をフル回転させて
失敗しまくって部長に怒鳴られて、初めて商談に成功して珍しく褒められて
初めての給料は…給料袋なんて今はなく、当たり前のように振り込みだったのには驚いたっけ
こうして自分の力で稼いで、少ない給料をやりくりして生活を維持する。サバイバルゲームをしているかのような感覚で、少し楽しかった
しかしそれに慣れてしまった今は、お金が少なく苦しい生活以外の何物でもない
「…帰るか」


真っ暗でもなく、大都会のように明るくもない。そんな夜道を重い足取りでのそのそと進んでいく
「…腹減ったな」
近くの24時間スーパーに寄って、食料を調達する。といっても、カップ麺や、おつまみ、酒がメインだ
入社したての頃は、これから自分で何でもできなくてはだめだという意気込みで
必死に自炊しようとして…本まで買った。一カ月もしないうちに挫折してしまったが
「…あ、すいません。割り箸は二膳お願いします」
「かしこまりました」
もちろん、一緒に食べる人はいない。割り箸を使えば洗い物が減って楽だ。それだけのために店員の手を煩わせる
「1360円になります」
自炊してた頃は、これが高いって思ってたな。今はそれを思い出すと虚しい
「現在キャンペーンをやっておりまして、1000円以上お買い上げの方には、福引券を差し上げております」
「あ、はい」
「まだ抽選やってると思うので、行ってみてください。郵便局の裏にあるビルの前でやってます」
どうせ、当たらないのは分かっていた…が、なんとなく行ってみてもいい気分、というより少し日常に刺激が欲しい。そんな気分だったからか
券を袋に入れスーパーから出て、帰り道と正反対の方向、つまりいつもの通勤の道のりを歩き始めた


郵便局の裏の、高層マンション前 最近建ったマンションで、その入居キャンペーンで福引をやっているようだ
こんな遅くまでお疲れ様と自分に言い聞かせるように頭の中でつぶやく
「すいません、これお願いします」
「一枚ですね。では、回してください」
福引によくあるガラガラを回す。ガラガラガラガラ…玉の音がよく響いて、周りの目を引いた
無性に恥ずかしくなり、一瞬ここに来たことを後悔した。が、次の瞬間金色に輝く玉が、台に転がり落ちた
「お、おめでとうございます!!大当たりです!!!」
キャンペーンガールの女性は興奮のあまりベルを握りしめて鳴ら…さなかった
もう夜遅い上にここは住宅街ということに気がついたのか、彼女は顔を赤らめた後、ベルを机に置き直した
「と、特賞は、二泊三日のハワイ旅行の旅です!」

まさか、当たるとは。しかもハワイ旅行…バカンスに行きたいっていったからその願いが叶ったのか
行ったことのないハワイの光景を思い浮かべてみる。花の香りが漂う、綺麗なビーチ。砂時計の中にあるような細やかな砂
輝くほどにまぶしい海。美しい大自然と女性たち。何より今の閉塞感を打ち破ってくれそうな圧倒的な解放感
あまりにも、理想的なバカンスだった。そのまま想像だけでハワイに永住できそうなくらいだ
「本当におめでとうございます」
キャンペーンガールの女性に、声をかけられた。周りにいる人たちもかなりざわついていて少し居づらい
「どうも。まさか当たるとは思いませんでした」
「ふふ、実はそれ、最後の一玉なんですよ。全部で100個入ってたんです。もちろん、特賞は一名様ですから…」
「その一玉が最後に残ってたんですね」
「お兄さん、本当に運がいいですね!」
ハワイ旅行招待チケットらしきものを俺に手渡し、はにかんでこう言った
「9月まで旅行会社で受け付けてるみたいなので、お時間を作って、是非どうぞ」
「ありがとうございます」
「ご旅行、楽しんでくださいね!」


アパートに帰り、部屋の隅っこでビールを煽りながらをチケット眺める
まさに夢物語。なんとなく行ってみた福引で特賞をつかむなんて。まだ俺に運は残っていたみたいだ
いつ行こうか。9月いっぱいまで使えるって言ってたな
そうだな、今はお盆だから一カ月後の9月の中旬に行くとしようか
会社はきっと忙しくなるだろうな、俺がいなくなって。先輩はどう思うだろうか
きっと悔しがるだろうな。お前だけなんでだ、って。他の同僚も羨ましがるに違いない
でもきっと許してくれるだろ。福引で当たったなら仕方ないって、お土産絶対買ってこいよ、って
部長や課長はどうかな。きっと自分のことのように喜んでくれるに違いない。お前はいつも頑張ってるんだから
たまにはゆっくりしてこいって言われるだろう。もしかしたら俺も連れて行ってくれと頼まれたりしてな


レンジの音が鳴った。焼き鳥ができたみたいだ
熱々になったビニールを強引に破いて、串を引っ張りだす。肉だけじゃ栄養バランスが悪いから、ネギ間しか焼き鳥は買わない
ビールは、カロリーやプリン体をカットしたものは味が淡白すぎて嫌いだから、絶対に買わない
仕事じゃないんだ、これくらい自分で決めさせてくれ
同時進行で沸かしたお湯を注ぎ、間もなくカップ麺をすすり始める。3分も待つのが馬鹿らしくて、2分ぐらいで食べることにしている
どうせ、1、2分なんて些細な違いだろ。アホらしい


ゴミ箱に突っ込まれたチケットを尻目に、溜まったストレスを今日も胃と肝臓に押しつけ始めた

お題をくださった方、読んでくださった方ありがとうございました
もし感想をくださる方がいたら、地の分だけで書いたことがほとんどなかったので
厳し目に書いていただけるとありがたいです

>>122
一レスに頭に(6の一つ目以外)とてもシンプルに場面(話題)転換のメッセージをいれ
それがレス全体の濃密な筆致と食い違って、とても素直に現在進行形のまま話の時間が進んでいるのをみて

……ああ、レス数が予定より増えたのって、と、ある意味で納得できちゃいました
これほどの人でも、ノリにノると文章量が嵩増してしまうのだなと……こういう視点で済みません

ただ嵩ます程にノったッポイだけあって、確かに感情のままに述べている感が出ていてとてもキャラが生き(?)強く見え
全体としても感情に比重を置いた重厚さはとても面白いと感じました

危うくニアミス……

>>129
文章作法の大半は、今は昔の活版印刷が全盛の頃、ありとあらゆる文章表現を許容する技術的余裕が無かったので
便宜上統一しただけで日本語としては、しかも論文などではなく、小説として
娯楽として言葉を用いるのなら、それこそ技術的に許容される限りはありとあらゆる表現を許容するべき……というスタンスではありますが

レスならともかく、小説として読む場合、文頭一字下げがないと読みづらいと感じてしまう古い人間でごめんなさい

ちなみに某投稿サイトでは、会話分と地の分の行間を一行開けるのが流行っておりまして
作法に拘らずに通すのでしたら、そちらの方面で読み易くしてみるのはいかがでしょうか


話自体については面白かったです
行けないバカンスについて色々思いを馳せている最中にも、本来はもっと楽しい妄想だろうに
かなりやけくそになっている主人公の気持ちがまざまざと伝わってきました

彼に胃薬を進呈したい気分です

ではこれにて
お題を貰えてると嬉しいです

>>132
ありがとうございます。作法も少し勉強してみます。

お題は、なんでもいいなら 
シロップ

把握しました。

>>123 
お題ありがとうございます!最近ユニークで難しいお題が多く、嬉しさを感じると共に頑張って書いていきたいと思います。

>>124
感想ありがとうございます!
歪んだ環境の中で何とか純粋に生きてみようと思っても、その子たちは結局どこか歪んでしまうのだと思います。育てる大人や環境が劣悪なのですから。もちろん現実世界においては、どんなに劣悪な環境で育った子供でも、心持や意思次第で性格は明るく変えられることが出来ると信じています。
少しでも面白いと思って頂けたなら、書いた甲斐がありました。

>>130
本当は5レス目と6レス目の前半は、同じ場面なのです。そのため当初は一つのレスとして載せようとしたのですが、文字数オーバーと表示されてしまい、仕方なくレスを分けることになってしまったのです。もともと6つの場面を書いた小説でしたが、5レス目が、仰るとおりに筆が乗りすぎてしまい書きすぎた結果、一つのレスの入りきらないと言う事故が起きたのです。
悪癖と言うのか分かりませんが、自分は地の分だけで説明してしまう癖があるので(読んだ本がそう言うのばかりだったのです)、あまり書き込みすぎて見にくい文章にならないよう注意したいと思います。
感想、面白いと言ってくださってありがとうございました!

通常作投下します
お題はシロップで


「低血糖、お前が?」
「……なんでそんなに表情にまで疑問符つけてんだ。俺が低血糖症って言われたのがそんなにおかしいか?」

 谷口雄輔のそういうところは美徳でもある。が、ダメなところでもあると思う。
 自分でも大学の学食で切り出すに特別に適した話とは違うと分かる。
 けど、それほどダメな話でもなかったはずだ。

「あんまり聞いたことない話だったし……」

 珍しい症状なのは分かってる。俺も倒れて担ぎ込まれた病院でそう診断された時には思わず耳を疑った。

「……それにお前、今飲んでるそれ、ブラックやん」
「これでも充分に甘ったるいからな……」

 それでも、今、この口で言ったこと。それを理解してもらえると思って口にしたんだ。
 仮にも、どんな時でも一緒にいようと誘ってくるような、親友と呼び合える仲なんだからな。

「聞いた話だけど……」と、斜め向かいから丹生|灯《あかり》が話に入ってきて……「高い血糖値を抑える働きが働き
すぎてもなるって聞いたけど……。きっと違うみたいね」

 と、決め付けた。
 実はそれで合ってる。

「甘いの自体は好きなんだよ」

 直接的なものではないが、摂取しすぎたからこそというのは間違ってない。
 だから少し減らしたいという気分なんだが……。

「備え付けのシロップをもってこよっか?」と、丹生は斜め上の方向に気を回すので、
「いや、もう甘いから」とすぐさま断った。
「そうだったの? 気付かなかったわ」
「原内はここ最近いっつも眉間に皺を寄せてコーヒー飲むからな。ぱっと見て分からないのも仕方ない」

 雄輔は朗らかに笑いつつ、そう彼女をフォローして……「それよりももっと俺を見てくれてもいいんじゃない?」と、
いつものように口説いた。
 それに対して、丹生は「やだもう」と満更でもないどころか全力で甘えた声を出して、これまたいつもの様にしなだれ
かかった。
 いつも通りのことだが、いつも通りだからこそ俺はそこで限界を感じて……

「見てるだけで無糖のコーヒーがシロップを入れ過ぎたかのように甘ったるく感じるんだよ、このバカップル!」

 キレた。
 キレたままに、なんで彼女ができたのに俺を誘うんだよとか。なんで俺がいるのに普通に甘えてんだよとか。勢いの
ままに言いたいことはいろいろあったが……

「俺にも誰か紹介してください!」

 単に俺は俺の分の糖分が欲しいだけだったらしい。

以上です
お題ありがとうございました
そして読んでいただいた方、お目汚し失礼しました

といっても、自分で言った手前、会話文と地の文の間に空行を入れてみようかなと思ったことについては後悔はありません
作法に慣れた方には逆に見辛いかもしれませんが、そうでない方にとっては見易くできたかなと思っております

こういう勢い頼りの作品では会話文と地の文をひとまとめにして一気に流す手法が半ば癖になっているので、アレな感じですが……


それより、一晩置いて投下前に見直してはみたのですが
勢い頼りと言いつつ勢いが無いところがいかんともしがたく……
延々と甘ったるい描写を入れすぎたらネタバレも同然でオチが弱く。ほとんど入れなかったら突き放した感じでこれまたオチが弱く
つまりこの流れを考えてしまった時点で、オチが弱い?
ラスト付近で一気に解説というほどには謎は積み重なっていないし、かといってじっくりねっとり感情交えた地の文でバカップルの観察日記は……
俺(筆者)が死ぬ……

せっかくいい素材(お題)が手に入ったのに、適当に下ごしらえ(初期プロット考察)をしたら、自分の苦手な調理手順だったような
そういう意味で……失礼しました

>>138
ルール抜きにして、非常に見やすかったです。
掲示板だと間が詰まりやすいので、見えにくいと感じる人にはいい試みかと。

内容はご自分で指摘されているように、起承転結の承転をすっとばして起結だけでまとめきった感じで
どうしてもオチが弱く感じてしまうのでは、と思いました。
話の雰囲気は好きでした、もう少し長いバージョンを読んでみたいです

私も何かお題をください

>>140
冷たい水

少し上でこのお題を貰った者だけど、他の人ならどう書くのか気になる

何かお題を下さい

>>142
滝の氷

把握しました

お題下さい

>>145
行かない

>>146
書いてみます。

通常作投下します
三レスほど

今見たら貰った御代間違えてたんだけど、とうかします


 一人で歩く夏の山道の途上で、懐かしい声が耳を打った。
 それは幻聴だったのだろうか。

  ――うらみ葛の葉のお話はね、終わってないの。

 そういった、いつかの彼女の声が聴こえた気がした。
 彼女がそう語っていたのはいつのことだったか。
 情の深い女だった。
 楚々とした佇まいに似合う服を脱ぎ捨てて、山岳服に身を包む。さほど身体が強くもなかったのに、ついていくと決めたらもう離れようとしない。
 慣れるまではよく息絶え絶えになりながらも、お上品で情念の深い言い回しはその頃から健在だった。
 確か、裏見の滝を恨みを抱きと詠んで微笑んでいたのもその頃のことだったか。

  ――葛の葉は|保名《やすな》に焦がれていたのよ。

 それは何と何の対比だったか。

  恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉

 後に安倍晴明と呼ばれる童子の為にその詩を残したとは思えない。確か、そういう風なことを語っていた。
 物語の為に既存の詩を組み合わせて作られた短歌だとか、蘆屋道満大内鑑で主人公の安倍晴明の為に盛られた話が今では主流だとか、そういうことは問題ではないのだと語っていた。

  ――死ぬところを助けてくれたのは保名。人として寄り添い続けたのも保名。

 だったら。その呟きで継いだ彼女の言葉は山の木々のざわめきより深く静かな声音で、そのせいか続く次の言葉もより深くこの心に刻み付けられていた。
 共にあることが生きることなのだと語っていた。
 だからあまり得意ではなかった登山にもこうしてついて歩きたいのだと。
 無邪気だと思っていた。
 いや、邪気と言うには憚られるが、当時の俺ではそういう言い様にあまりピンときていなかった。
 だから純粋に、傍にいるのが好きなのだという意味くらいに捉えていた。
 文意は間違ってないのだろう。だが、明確に篭められた気持ちは違う。
 深く静かな続きの文言が鮮明に耳に蘇る。

  ――保名の傍にいる日々を奪われたのなら、それは殺されたも同然なのよ。


 そういうことなのだろう。
 喪ってやっと向けられていた思いに気付けた、俺の不甲斐なさよ。
 そういう気持ちで詠むならば、恋しくばで始まる上の句は誰に向けられたものだったのか、深く考えずとも分かることだ。
 もう生きていないというのは斬新な発想だと今の知識では思えるが、もう死んだ(信太)のならば、そこに来て貰えるだけで恋しさの証拠になるのだろうと、そう解説していた彼女の気持ちがやっと分かるようになった。
 隠り世の存在だからこそ、物語で語られるその宝物は命を左右すると。けれど隠り世の存在だからこそ、そのままでは生者である保名には逢えない。だから裏を見てくれと。
 白い側の保名に逢うには白い面をみせなくてはいけない。生者は生者の側に。
 探るまでもなく葛の葉の正体を見破った清明などにではなく、ただ保名に。
 そして恨みも羨みも、己と保名との間を引き裂いた清明に。
 だが、保名は息子たる清明を伴って、清明は父たる保名を伴って、信太の森にやってきた。
 奇しくも詩に詠んだ通りに、二つの思いが綯い交ぜになっていたことだろう。
 そして葛の葉は保名が望んだとおりに妻として、息子の将来を案じて、消えていく。
 保名に向けるべき慈愛を清明に、そして……。

  ――清明に抱いていたうらみは保名に。

 男は死んで添い遂げることを選ばず、生きて離別を選んだ。
 聞いたときには当然のことだよなあと考えていた。
 何を馬鹿なことを。
 だったらどうして、俺は今あの滝に向かっているというんだ。
 表で生きる者に裏を見よと。
 そう願った彼女の心は未だ果たされていない。
 保名はいずれ死んだのだろう。
 けれど彼女の下に赴いた時を終わりの時にしたわけでもない。
 物語によっては、彼女の宝によって再び生を得る描写すらある。
 生きると言う決断が彼女との離別だったのだろう。
 だからおそらく、彼女は今も待っている。
 裏見の滝はもうすぐだ。
 動くのが苦手だった彼女が、少しずつしっかりした足取りで歩けるようになっていく中で、特に好んでいたのがこの滝だった。
 滝の裏から森が透けて見えるのだ。


  ――暗いところから、光あるところをみるのってこんな感じなのね。きっと……。

 薄く白いヴェールの向こうから、樹の葉擦れの音や生き生きとした鳥や虫の音が、向こう側は生き物の世界なのだと教えてくれるようだと彼女は言っていた。
 彼女は正しく山を恐れた衣服のままで、それでも柔らかな物腰は奥ゆかしさをみせて、あちら側に連れ出してねと手を指し出すこともあった。
 連れ出したのは俺で、連れ出されたのも俺だった。
 山の歩き方を教えたのは俺で、山で詠う喜びを教えてくれたのは彼女だった。
 どちらがどうというのではなく、互いに影響を与え合って、二人で一つの存在に近づいていく喜びがあった。
 どちらかが知らないことならお互いに教えていったし、二人とも知らないことなら二人で知りにいった。
 こうして独りで土を踏みしだいていた頃のことなど思い出すのも億劫なくらい、二人でいる時間はとても濃かった。
 もう独りでの歩き方も忘れてしまったようなものだ。
 だからこれで悔いはない。
 足を止めずに滝の裏に行こう。
 頂上に続く道から少し離れて、土壁に沿って歩いていこう。
 この世とあの世を隔てるような、幻想的なあの場所に行こう。
 鍛えれば身体の弱さなどどうにでもなると、少し元気になったならほら自分が正しかったのだと、勘違いしていたことを詫びに行こう。
 去年の秋、走り出さんまでの勢いで、せっかく彼女が案内してくれた葛の葉ゆかりの神社の説明を、あまりよく覚えていないことも詫びに行こう。説明は覚えてなくても、彼女の振る舞いはよく覚えてるというのは言い訳になるだろうか。
 思い出の中の彼女に逢いに行こう。
 湿り気を含んだ地面をしっかり踏んで、濡れた小石で足をとられないように気をつけて。
 そうは思っても、一度思い浮かび始めた彼女との最後の旅行の思い出は、日陰の暗い中での視界よりはとても鮮やかで、思わず気を奪われそうになる。
 一歩ごとに滝が近づき、斜めからでもその白さがわかる。
 その清らかな白さに、旅行のときの彼女の声が蘇ってきた。

  ――本当に葉の裏は白なのね。

 葛の葉っぱを探しに捜してやっと見つけた葉を掴んで、安堵したかのように嬉しそうにその発見を伝えてきていた時の声だ。
 幸せな想いで胸が一杯になった時に、やっと滝の真裏にたどり着いた。
 透けて見える景色が、思い出の通り白く輝いていた。
 そして、視界はさらに歪んでより白く染まった。
 色とりどりの乱反射を含みながらも、とても真白く、とても輝かしく。
 彼女の言葉を記憶の中から揺さぶり起こされながらその輝きを見ていた。

  ――だったらきっと、本当は葛の葉も保名に生きてもらいたかったのよ。

 輝きのわけは、いつの間にか流れていた涙で。
 涙も輝きも、あふれればあふれただけ滝の水に混ざっていった。

真上が3/3です
ごめんなさい自分でもテンパり具合が実感できるくらい慌てふためいてました

氷やん! 水ちゃうやん!!

投下直前で気付いて、でも投下準備してたので投下しました

読んでいただいた方、ありがとうございました
お題を下さった方、ありがとうございました。ありがとうございます
氷の方もやって生きたいと思います

字数幅きめて改行も忘れてるし、色々ともうダメだぁ……

ぱぱっと書けるお題くだせえ

>>155
三分

>>153

読んだよ。

冒頭はすごくよかった。名作の予感すらしたし、文章の流麗さに嫉妬した。

しかし、「散文詩」であって小説ではないと思った。

恐ろしいほど全く何も浮かんでこない
文才の有無以前の問題だ
もう荒唐無稽な夢オチで書くしかない気がしてきた

こちらも、氷の方は夢オチもありかなという気分ですが……いや、夢から始まっての現実オチ?
後は企業戦士のおっさん達が主役の加齢臭くさい話とどっちがマシか……

>>157
予想以上に凄まじく褒められすぎてて、最後の一行が照れ隠しというか更なる褒め文句に見えてしまいそうな……
過分な評価をいただき、光栄であります!
想起と感嘆と論述ばかりで動きの描写が乏しかった事が原因かなと思って、もう少し精進します

おだいを

惨禍

ライトでポップなやつがいいな

>>162
お題:俺の妹が腐女子

とてもいい、いただき

ポップコーン

orz 更新がおかしかったみたいです……失礼しました

なんか批評をする人、誉める人ばっかになってきたね。
別にそれでもいいんだけどさ、悪い点とかもきちっと指摘する人が居ればもっと盛り上がる気がする。個人的な意見だけど。
そして自分は批評できるほどの読解力がない。すんません。

 自分の場合は読解力と批評力のなさに加えて、空白行?がたまにでも挿入されないと目が滑ってしまい三重苦だ
 原因は、見ているガラケーの狭い画面だと一行たったの19文字で折り返しがきてしまい、文字の並びが異常に密になるせいだと思うのだけど
 そのせいで他の人の作品に目を通す気力がなかなか湧かない

上記の自分が書いた文章もわりと見辛い
そういう意見はこのスレでは見かけないから自分だけの例外だろうな

私も久々に書きたい。お題ください

>>170
能面と少女

あざーす

妙ちきりんなお題ちょうだい

五十億年物語

>>174
把握
ありがとう。

ぐぬぬ。

貰ったお題、一時保留
という罰当たりにもう一つお題下さい

>>176
薄荷

把握しました

通常作、二レスほど投下します

会話文に偏重しております


 カランカランと缶を鳴らすと甘い飴ばかりが出てくる。
「禁煙するんですか?」という、同僚の声が聞こえてきた。
 視線は俺の手にあるサクマドロップに向いている。
「ああ、最近懐が厳しくてね」と缶を振ってみせると、軽く頷いて納得してくれた。
「でも、値上がりしてからだいぶ経ちますが?」
「だからこそ。他の事にお金が使えない日々が長かったから、後悔できたんですよ」
「なるほど」
 佐久間は今度は深く頷いて見せてから「お目当てはやはりメンソール。ハッカ味ですか?」
と聞いてきた。
「ああ。けれどもう選り分けて食べきってしまってね」
「そうでしたか」
 というと、佐久間は仕事の手を止めて体ごとこちらを向くと「なら、ハッカの代わりに、それ
にちなんだ話なんかはどうでしょう」と語りだした。
「おや、何かあるのかい?」
 そう答えたのは、半ばは気分転化のため。もう半ばは期日が切迫しているはずのこの部署内で、
どうも弛緩した空気が流れていて、それに流されたせいでもあった。
「例えば、そのドロップのハッカ味。その原液には色がないとか」
「というとあの白さは……?」
「気泡の白さです。他の色と区別がつきやすくするためにあえて一手間入れているようですよ」
「なるほどな」
 こんな風にのんびりとばかげた話をする余裕があったのはいつごろぶりだろうか。
「もう一つ、ハッカはシソ科の植物らしいんですが……」
 それはそれほど興味があったわけでもなかったが、この久々ののんびりとした会話のキャッチ
ボールは楽しく、結局無意識のうちに「そうなのかい?」と聞いて話の続きを促していた。



「ええ。……で、ハッカ油があるようにシソ油もあるんですが、ハッカは茎から、シソは
種から採ることが主流らしいです」
「同じ科なのに採集方法が違うのか」
「シソ油は主に調理に用いられますが、ハッカ油は揮発用が求められますからね」
「採集効率はともかく、シソと同じ方法で採集したらハッカも調理油として使えたりしない
ものかねえ」
「おや、ご執心のようで」
「咽の奥までサッパリするてんぷらを食べてみたいなと思ったんでね」
 最近は疲れからか胃もたれが辛いが、ハッカならどうにかなるんじゃないかなという期待
もあった。
「なるほど、それはいい。長い休暇が取れたら少し試してみましょうか」
 その言葉で我に返っても、それほどショックを受けない程度の期待だったが。
「どうかされました?」
 佐久間は顔を覗き込んできていた。
 そして俺は頭を下げていたのだと自覚した。
「いや、長期どころか、少しの休みでもあったらいいな。……とね」
「ああ、それなら最後の、ハッカのような話ですが」
 そこで佐久間はしてやったりとばかりの笑顔で
「前々から納期の無茶振りばかりしていたあの会社ですが、どうやら監査が入るみたいで……」
と語った。
 思わず耳を疑った。
 けど、耳は俺に疑われながらもしっかりと佐久間の話を聞き続けた。
「今回のプロジェクトも、そう急がなくていいことになりそうですよ」
「それは……」
 ハッカの話はどこへやら。
 けれど確かに聞けてよかった話で、俺は咄嗟に「確かにスッとする話だね」と言った。

また番号を間違えました
投下は以上です

あと、酉が間違ってたので途中で打ち直しました

お題下さった方、読んでいただいた方、ありがとうございました

お題ください

>>183
古本屋の匂い

把握しました

通常作3レス投下します


 そうだ。確かにこの情報化社会において販売のプロという言葉はほぼ形骸化して久しい。ことによれば
接待のプロと混同したかのような意見もある始末だ。まあ、接客という語彙はそういった面こそを重視
する昨今の世の中を風刺していると言っても過言ではないだろうね。
 だが、販売に携わる者としてのプロ意識とは本当に接待のことだけなのだろうか。それができなければ
プロ足り得ないと思う?
 いいや、私はほぼ形骸化したとは言ったが完全に失われたとは言ってない。
 まだ居るものなんだ。販売のプロという存在は……。
 あれは……そう、二年ほど前のことだったか。よくある系列店タイプの大規模店舗とかじゃあなくてな。
テナントという感じでもなく、そうだなあ……家。平屋建てのただの家という風情だった。
 もちろん、最近よく見かけるプレハブ工法のしっかりと四方を壁で囲ってしまう様なタイプの家でもなく
てな、なんと言うかガラガラと引き戸を開けるタイプの、そう、古き良き家屋と言った風情の家だった。
瓦でもなかったんだが、何故かそういう風情の木の家だった。
 おや? と、そう思ったね。一目で古いと見て分かるほどの本が、ガラス窓やガラス戸から見える範囲
全てに詰め込まれているくらい沢山あったからだ。それに何より、そこは自宅から二駅隣の商店街の片隅
のところにあってね。それまでの人生で何度もそこは通り過ぎていた筈なのに、記憶にもその家がそこに
あったことは疑いようもないのに、それまでそこが古本屋だとは気付いていなかったんだ。
 値札もあるし、お奨めというタグがついた本もある。外から見えるようにも置いていたが、いかんせん
……その、くすんでいてね。ガラスが。気付かなかったことに驚いた後は、その店のみすぼらしさに驚いたよ。
 でもね、その店は素晴らしかった。これから言う販売のプロという意味合いもそうだが、古本屋の佇まい
としてね。だって、古本屋と言うのは斯くあるべきだろう? 煤けた本を埃っぽい書棚いっぱいに詰めて、
いかにもな豆電球のオレンジ色の明かりで薄暗く照らし出して、その奥には眼鏡が似合う店長が独り。あれ
はもう、古書好きにとっての夢の国、アミューズメントパークでもありえない幻想そのものの体現だったよ。
あのみすぼらしさこそが、まさに古本屋と言った風情だったね。もう一目で気に入ったよ。
 ああ、話は少し逸れてしまったが、そう私はその本屋に入ったわけだ。そして入ってから悩んだ。
 そもそも何を探そうかなってね。
 先ほど延べたとおり、私はその店の佇まいに惹かれて入ってしまったわけだ。本を買おうかなとは思っていた
んだが、それはあくまで漠然とした思いでね。例えるなら……そう、改めて思うと少し気恥ずかしい思いもある
がね、つまりはその時の私はその古本屋で本を買って帰る自分というものに酔いたくなっていたわけだ。
 だからこそ困った。
 その芸術的なまでに完成された昔ながらの古本屋という風情の中で、何を買うのがそのイメージに一番
相応しいのだろうとね。いや、当時はそうしっかりと目標立てて本を選んでいたわけではなかったんだが、
今思うと要するにその時の私にはそういった考えが心の奥の方に根付いてしまっていたんだろう。よさそうな
古本屋なんだ。よさそうな本はないのか。その時の、言葉に成っていた思いはそういったものだったと思う。
 そういう事情があったから、適当にその辺の本を掴んで良いも悪いも読んだ後に任せてしまおうだなんていう、
普段通りの決断ができなかったわけだ。


 特になにが困るかと言うと、そういった店では店員にお奨めを聞くものではないとった空気が
あることだね。いや、あれは店主か。どちらにせよ、昔ながらの古本屋というのは店と客の競い
合いみたいな面があってね。いい本を仕入れるのが店の義務なら、いい本を引き当てるのが客の
責任なわけだ。本の価値の目利きも利かないやつはお呼びでないといった、ね。
 そう、そういったところではお客様じゃなくて客なんだ。選ぶ愉しみも買う愉しみも読んで
楽しむのも全て自分でやっていいんだ。店はその邪魔をしない。じゃあ、何のために店番がいる
かって? それはもう、いい本を安くは売らないためさ。
 販売のプロを語るにしては我ながら酷い話だね。けれどそれこそが古書を扱う店側のいい対応
というものでね。本の価値を分かってない者から本を買っても、これはあまり楽しくないもんなんだよ。
 とても昔々、私がまだ若かった頃の話だが。とある系列の古本屋でね、『レ・ミゼラブル』
……『嗚呼、無常』の方が聞き覚えがあるかな? それを買ったんだが、とても悲しい思いをしたんだよ。
 誰もが知っている名著が百円。まあ消費税がついていたりしたから実際の単価は少し違うが。
それが四冊で四百円。安かったのは嬉しかった。でも、たかだかその程度の買い物で安さを堪能
できるよりは、しっかりとその本の価値を信じて敢えて高値で出しておいて欲しかったね。
 だから、そう。いい本を高く売る店主がいる古本屋ってのは、そういう意味で嬉しいもんなんだよ。
 本の価値を分かっている者から本を譲り受ける。だからこそその本に愛着が湧くし、その本を
しっかり読もうという気にもなる。
 適当な値段の本を適当に買って適当に部屋に置いていたって、積ん読するばかりってことになり
かねないしね。
あれ、みんな知らない、積ん読? ああ、君は知ってる? ツンさんととドク君……いやいや、
そういうのじゃなくて、積むと読むだよ。合わせて積ん読。知らない? いや、世代の差なの
かなあ。ショックだなあ。
 まあ、その積ん読。要するに積んだままって事ね。読んでない? うん、まったくその通り。
適当に手に入ったものなんて、読みもしないで放置するのが関の山って事さ。
 で、それはさておいて、だ。では、どんな店主だったからこそ、そういう意味のいい店主だったと
思ったかといったらね。
「風姿花伝ありますか」と聞いた時の対応だったんだよ。なんで風姿花伝かって? あれはとても
いい本だからね。だからよく人に貸すんだが、よく無くなるんだ。まあ、そう聞いたらだね……。
「ああ、岩波ならその辺りだよ」
 そう即答されたんだ。岩波っていうのはつまり出版社の事でね。風姿花伝と一言聞いて、その店主
はどの出版社が出したものか理解して返事をしていたんだよ。
 でも驚くのはここからだ。
「なるべく古い文がいいんですが」
「ああ、何度か改定されているからね。古い方もあるとしたらその辺りだよ」
「いえ古文で」
「ああそっち。それも確か岩波で出てたよ」
 とまあ、こんな感じでね。まあ検索すれば角川とかも出しているけど、問題はそこでは開きっぱなし
のレジが一つで、他に電化製品なんて特にない。ペンとメモ帳が昔ながらの機能を果たしている本棚の
隅っこというところでね。
 その店主は凄まじいことに、自分が取り扱ったことのある本を大体覚えているんだ。本棚は人の身長
よりも高く、一軒家の一階を埋め尽くすほどの広さの店でね。
 その本だけたまたま覚えていたって? そんなことはないよ。そう、なかったんだ。
「どうも、無いみたいです」と私は言ったんだ。ほら、そういうところだから買うそぶりを見せたまま
何も言わずには帰れないだろ。だからそれは、もう帰りますの挨拶みたいなもんだったんだが……。
「残念だねえ。何の本?」と聞かれたんだ。
 意味が分かるかい? 私はその一瞬では意味は分からなかったよ。
「響きからして華道の本かな?」
 次に彼がそう言ったと聞いた今なら、もう意味が分かっただろう? そう。その通りだ。


 その店主にしてみれば、それは今まで取り扱った数え切れない冊数の本の内の単なる一冊としての
存在感しかない本だったんだ。思い入れも何もない。ただの一冊。それでも彼は知っていたんだよ。
「いえ、花伝書……能の……」と私が言いよどむが早いか「ああ世阿弥の」と返ってきた。
「それはないなあ」の最後の一言で私はすっかり打ちのめされたよ。
 彼の視線は他の本棚を指していてね。要件が揃ったら、覚えている範囲だがあるかないかの検索が
終了するらしい。
 ハッタリかも知れないって? 知らないことをあけすけに伝えてきたその店主がかい? 読む気も
ない一冊の本のタイトルからすら出版社を特定するようなその店主がかい?
 信じられない気持ちは分かるよ。私もそうだった。いや、疑っていたわけじゃなくてね。目の前で
やられたことなのに、どうしてそんなことができるのかが全く分からなかったというべきだね。現実の
ことなのに夢でもみたかのような心持ちだったよ。
 ただで出て行けなくなった。
 その人は何も薦めなかったけどね、その人が集めた本の中から何一つ宝物を掘り返すこともできずに
立ち去っていいものか。そういう風にプライドが刺激されてしまったんだよ。
 古本屋の臭いにやられたのかもね。
 本だけじゃない。すべてが臭いを発していた。店構えからも、埃っぽさからも、電球の熱からも、
そしてなにより店主の知性からも。
 結局、その時は一冊の浄土宗関連の本を選び出して買ったんだが。私が言いたいのはそこじゃないと
いうことが分かるよね?
 長い不況が続いた。今少々上向きになったからといって、そうそう販売実績が伸びるものでもない。
 むしろ実績が落ちて辛い思いをしている者も多いだろう。
 そもそも客商売が苦手な人だっているし、そういう人は ホスピタリティとかお辞儀の仕方とか形だけ
教えられてもうまくいかないことが多いだろう。ああいうのは、実感として分かるなら言うまでもない
ことばかりだし、実感として理解できないやつはきっと言われても理解できないことばかりだろうからね。
 でも、では私の話に出てきたその店主はどうだった?
 彼は客が本を探している間中、何も言わずに自分もじっと本を読んでいるだけだったよ。それでも、
いやそうだからこそ、その読書で絶え間なく磨かれ続けた彼の知性はすさまじいものがあった。
 風姿花伝にある言葉で、老い木の花というのがあってね。若い頃には誰でも花は咲く。それぞれの人に
魅力の出るべき時がある。けれどその花は、つまり逆に言えば時の流れによって散る定めにあるわけだ。
けれど、人の力押しの魅力では決して届かない、技で咲かした老木の花はもう二度と決して枯れることは
ない。ということなんだ。
 個人の魅力やセンスに頼ったものよりも、長年のたゆまぬ努力こそが実を結ぶと言う話だよ。
 そしてそういう理想論……いや、理想論だったものには、実例がある。
 歴史書や古典の中だけじゃない。今この日本で同じ空の下で同じ空気を吸っている。同じ人だ。
 だからもう少し頑張ってやってみよう。その頑張りが店の空気を作るんだ。
 それにね。私が感動したいい言葉はもう一つあるんだよ。
「できないと言うのは嘘なんで……

                                                  END

以上で、ワ○ミ的に終わります
お題を下さった方、読んでいただいた方、ありがとうございました

お題下さい

>>191
ひやしあめ

>>192
把握しました

できました
通常作品、2レス投下します


「なんだよこれ!」
 そういう叫び声が聞こえた。
 いつもの彼なら、人の家に遊びに来ているとってもそこまでの声は出さなかったはずだが、
いかんせんあの衝撃は彼には強すぎたようだ。
「あー、一気に飲んだな?」
「飲んだな? じゃねーよ、悪戯のためにわざわざ仕込んだのかよこれ!?」
「ちげーよ。飲みもんだよ、普通に」
 俺はそう言いながら近づいて、テーブルの上に残っていたビンから茶色の液体を手近な
コップに少し注いで、飲み干した。
 甘さの中にピリリとした辛さと、穏やかな香りがした。
「ほら」
「……飲んだの少しだけじゃねーか」
「だから、飲んでもいいけど少しだけにしろって言ったろ?」
「この季節に冷えてる茶色の液体見たら麦茶だと思うだろ! しかも飲んでもいいって……」
「麦茶だったら、それくらい遠慮せずにどんどん飲めって言うよ」
「……そうか」
「そうだ」
「そう分かっても、なんかイラつく~ッ。口の中も妙な感じだし」
 どうやら理解と気持ちはまた別問題らしい。
 彼は口をヘの形に曲げて不快感を顔一面で伝えてきてる。
 まあ、その気持ちも分かる。暑い中をわざわざ遊びに来たんだ。汗もかいただろうし咽も
渇いただろう。
「ま。うがいでもして少し待ってろよ。氷もあるしすぐに茶を沸かすから」
 でも自業自得だから普通に待っててもらうけどな。
「分かったよ。ああ、酷い目にあった」
「そこまで言うか?」
「言うよ。っていうか、今でも普通の飲み物と思えねーよ。健康食品かナニかか?」
「残念だが、コレでも嗜好品だ」
「……コレでも?」
「コレでも」
 ハァ? と顔に書いたような表情をして、彼はマジマジとひやしあめの瓶を見つめる。
「ちょっと変わった味だけどな……」
「ちょっとじゃねーよ」
「そういうなよ。それでもいいものなんだよ」
「コレが?」
 未だ疑わしげな眼差しを前にして、俺は冷えたひやしあめをまた少しだけコップに移して、
今度はゆっくり時間をかけて飲み干した。


 無骨な味と言うのだろうか。
 甘さは単純な甘さだ。砂糖と蜂蜜をベースにした、誰もがイメージする甘さ。そこに
生姜の味と香りが混ざるくらいだが……それはきっと想像だけでは補えない境地だろう。
 きっと他に味わいがないせいだ。生姜の辛さがキツすぎて、心の準備がなければ飲んだ
ことがあるやつでもきっと驚く。
 それでもその刺激と香りが胸のうちをスッとさせるのが心地よくて、気付けば夏の飲み
物として手放せない一品になっている。
「どうした?」
 飲み終わった後もずっと俺のほうをマジマジと見ていたのでそう聞いてみると、
「本当にソレ、飲み物だったんだなあ……」
 と、呆けたような感想を述べてきた。
「飲み物だよ」
 そう笑いながら答えると、
「……少しだけ」と、彼はひやしあめの瓶に手を伸ばして、ほんのちょっぴりコップに注いだ。
「ああ、慣れればおいしいから安心しろよ」
 手にもって少し逡巡していたようなので、俺は彼にそう言った。
 その言葉に背中を押されたのか、
「そうか」
 といって彼は覚悟を決めたようにぐっと飲んで……、
「ブホッ」
 むせた。
「あーあ」
「あー、じゃねえよ。慣れたらおいしいってお前、今言ったろ!」
「慣れたら、な。二回程度じゃまだまだだよ」
 俺が笑いながらそういうと、彼はむくれっ面を隠そうともせずに言った。
「ソレって、慣れるまではマズいってことじゃねーか。ナニが安心しろよ、だよ」
「ごめんごめん。未来のお前に言ったんだ」
「未来って?」
「ソレに慣れた頃の将来のお前」
「慣れねーよ!」
 そうこう彼をからかっている間にやかんの麦茶が沸いていた。
「いまお茶を用意するから、機嫌直せよ」
 新しいコップ二つに氷を幾つか入れながら、俺の部屋に向かう彼にそう声をかける。
 氷がパキパキと音を立てて溶けて、夏の定番の冷えた麦茶が用意できた。
「やっぱ夏はこうじゃないとな」
 ちょっとした罪悪感のせいか、独り言がこぼれていた。
 夏に麦茶を切らすとは、俺もまだまだなってない。そんな事を考えながら、やかんを桶に
浅く張った水につけて早く冷えるようにしておいた。
 もうこれで麦茶は大丈夫。
 次に、机の上に置きっぱなしになっていた瓶の蓋を閉めて、冷蔵庫に入れた。
 これも今後は切らさないように気をつけないとな。そう思いながら。 
 きっと来年は、ひやしあめがもっと減ることになるだろうから。

今度はなるべく綺麗に仕上げるように頑張りました。
改行も会話文も適度に入れて、自然なままで読みづらくなくなるように……なっていればいいな

お題、ありがとうございました。読んでくれた人もありがとう

もう少し爽やかな文章にしたかったのにどうしてこうなったという感じなので、おられましたら
批評をしてくれる方にも感謝したい思いです
自分だけじゃ自分の文章の癖が直せないんです、マジで……。orz

たくさんお題ください

>>198
お盆

>>198
ワーグナー

>>199-200
ありがたく頂戴いたします
最近連投が続いていたので、某サイトで巣篭もりしてきます

余り自分ばっかり投下しすぎないように
こちらに投下するのは、もっとじっくり練り上げたものにしようかなと思います
お騒がせしました

お題下さい

>>202
お前の地元

把握しました

お題なにか下さい

>>205
一人の兵士

お題くだされ

>>207
熱帯夜

>>206
把握

別のお題下さい

>>210
不感症

お題ください

>>212
葛籠の中身

>>213
ありがとうございます

>>211
把握

も一つお題下さい

>>216
デパ地下

>>217
把握

一人の兵士、不感症、デパ地下

こうなったら全部まとめてくれよww

難しい。紙にお題から連想する言葉を書き殴ってるのだけど、どれも引っかからない
単純な経験値不足か感性の問題か、何かコツがあるんだろうか
文才がない小説を書くための文才がない

近くに公園があったら散歩する
ヘトヘトになったら余力がなくなるから、暑い中に木陰で佇んで汗を書く程度でもいい
帰ってきてシャワーを浴びて、スッキリしたと思えたなら問題なし

心が動けば、発想も動く

公園の散歩は良いよね
疲れて凝り固まった思考を速やかに解すことができる
メモ帳を携帯して行ってこよう

久しぶりにお題ください

>>223
見えない不安

>>224
把握しました

お題下さい

>>226
日本茶

書いてみたいのでお題下さい

>>228
お客様

>>229
把握しました

>>227
把握

通常作投下します
お題三つ複合の力作なので、一応こちらにも

三レスほど予定しています


 かつて、企業戦士と呼ばれる人達がいた。
 それは数多くの勤め人が生み出した経済成長を褒め称える言葉と同時に、数多くの人達が
文字通り命を賭け時には死んでいった事実を暗喩する言葉であった。
 大戦の敗者側だったとは到底思えない経済成長は確かにあった。
 だが、その言葉は経済復興後、日本も米国も当初はそこに至るとは予想だにしなかった
プラザ合意を果たした後の、後にバブルと呼ばれる破滅に至る上辺での経済成長を見せて
いる頃に言われだした言葉である。
 外需から内需への転換を米国に指し示されるままに受け入れてしまった事が悪いのか、
農閑期の収入を減らしてまで一芸専門の業種を生み続け政策転換が叶わなくする手法が
駄目だったのか、はたまた投資と言うものの本質は額面価の上昇ではなく産業基盤の
構築を意味することを大多数が知らなかった、または知っていても無視し続けていたのが
そもそも不適切だったのか。
 そのどれもが、かつて命を賭し、そして散っていった者達に告げるには酷に過ぎる内容
ではあるのだろう。
 けれど、彼らは誇り高き戦士だった。
 価値観の多様化とは聞こえがいいが、言い換えれば普遍的な価値が忘れ去られただけの
頃に、人と価値を結びつけて仕事と成す、答えの無い中で道を切り開く、戦士と呼べる
存在であったことに違いは無い。
 豊かな世の中とは何なのか、マルクスの幻想が崩れたのは何もそれを用いた国家の
ほとんどが外道揃いであった事だけが理由とは限らない。
 なんとなれば、マルクスは生活に無価値なものが幾重にも幻想を重ねて社会に必須と
妄信されるとは予想していなかったのだから。貨幣を概念と位置づけたにもかかわらず、
娯楽と言う概念が更なる勢いを増すということを埒外に置き、高度な産業的発展を遂げた
社会での理想的な分配に拘り過ぎた。
 彼が日本で生まれ育ったのなら、かつて安土桃山時代で茶器がその流れを生み出した
という前例を知り得ただろう。だが彼は、己ら以外の豊かな文明圏、またはフロンティア
からの収奪以外で経済発展を知りえない地域で生まれ、なまじそこの金融面を理解する
民族であったから、それが唯一の答えだろうという狭窄に陥ってしまったのだろう。
 ゆえに、資本論では企業戦士は救えなかったのもむべなるかな。マルクスは不足による
貧困に喘ぐ人達を想定はしても、産業の発達によりいずれ物資は必要なだけ揃うと予見でき
ていても、貨幣以外の更なる幻想に翻弄される彼らの嘆きは想定していなかったのだから。
 失われた十年。失われた十数年。かつての栄光を知る人は今をそう呼ぶが、何が失われた
のでもない。それが本来の姿で、彼らの栄光も挫折も……夢の中のことだっただけのこと。


 製品の性能は上がった、
 だがそれが流通する経済の実態は、高度経済成長が終わり必要な物資がいきわたった
時の当時の誰もが薄々と感じていたであろう、崩壊の引き金として土建バブルが始まる
その心理的な要因でもある、社会に不足している産業構造の不在というプラザ合意当時
の経済そのままである。
 もう、新たな概念の産業が生まれて経済が一回り大きくなることはない。だから人口増
と消費増こそが、それに裏打ちされた禁断の果実である金融商品の額面価の上昇こそが、
経済なのだと誰もが思ってしまったあの頃と何も変わっていない。
 もし国家主導で経済を発展させようと思ったなら、ある一つのハードルさえクリアでき
れば、よほどの痴政で国が傾いていない限りは、容易に実行可能だろう。
 それは、鉄道網がなかったこの国に鉄道が引かれ、それを国中に伸ばす使命を帯びた
かつての国鉄であり。各過程に電話網を配備する使命を持ったかつての電電公社である。
また、市民側から生まれたかつての数多の電力会社のことである。
 今この現代に無く、未来に必要な産業構造を見い出せて、それに投資する余裕があり、
その利益が投資を上回ると言うのなら、いつでも経済回復は可能である。
 が、そんなものはない。
 プラザ合意の頃と一緒なのだ。
 誰かが生み出した産業構造の上っ面を変えて、顧客を奪い合うに終始する社会であり、
その社会に生きる限りはそれに終始せざるを得ない業を背負う。
 誰もが未来が欲しいと願う。
 だが、誰も未来を想像できない。
 それ以前から伝わっていた情報がより早く伝わることはイメージできても、今ある製品
の品質が向上することはイメージできても、生産、流通、消費を様変わりさせるような
存在が出てくるとは誰も考えない。
 電気に変わるエネルギーが生まれても、それは電力会社のパイを奪うだけに終わり、
経済的にはなにも前進しない。
 バブルの頃に誰もが夢想した、人の増加による経済成長という夢を信じさせる糧になる
だけに過ぎない。
 巷で騒がれている三本の矢。三本も必要などとは馬鹿らしい限りだ。
 最初の二本は、すでに日本を除く先進国の大半が実施して成果が出ている、やってて当然、
してなきゃ無能、一言ごねたらただのカス程度の、この地球経済上で生きて行こうと思った
ならごく当然の、ヒト科の生き物で言うなら直立二足歩行程度の処世術に過ぎない。
 それを成せなかった愚かしさに羞恥の念を覚えて、どこかで誰かが恥ずかしさのあまり
自ら命を絶っても別段驚くべきことではないくらいの世界レベルの白痴っぷりを晒していた
だけの話であり、本来はその二本すらいまさら放つものでもない。
 二本の矢が効果が出ているように見えるのは、それ以前がどうしようもなく腐ってマイナス
に突っ込んでいただけであり、決して経済成長を期待させるようなプラスの影響などは出て
いない。
 必要なのは三本目の矢であり、三本目の矢とはつまり先ほど挙げたような新たな経済概念の
創出であり、だからこそ三本目の矢は放たれない。
 1985年の9月22日以前より、そんなものは誰の心にも存在してはいないのだ。
 だから、彼らの未来である我々は彼らに向けて何も言えない。
 彼らがその命を賭して守り続けた経済成長は、それが崩壊する以前と同様に、次世代の心に
未来を残さなかったのだから。
 誰が言えよう。今なおもバブルの残滓を掻き集めて利益を享受している輩に対してなどでは
なく、かつての企業戦士達に。あの修羅道の如き人道を死する時まで歩き切った方々に。
 結局、その先に未来は無かったなどとは。


 結果として、バブルは崩壊したのだ。その名の通り、実態経済などではない、膨れ
上がった無価値な価値観に踊らされた泡沫の夢として。
 多くの地方都市が借金に喘ぎ、数多くの大企業が崩れ、更に多くの地方経済が失速
しはした。もはや数えるのも困難なほど商店街は崩壊するものと相場が決まった。
 好景気の夢を見る管理者がいるばかりで、末端の労働者のほとんどは豊かな未来が
訪れるなど、心のどこかでそれを期待したいと願う思いはあっても、心底から希望を
抱けることは無いだろう。
 誰もがわかっている。日は沈んだのだ。
 あらゆる情報が説明している。これから長い夜が来るのだと。
 矢折れ刀尽きるまで戦った彼らが、死んでまでやり続けたそれは、敗戦だったのだ。
 だがそれでも、経済は死に絶えてはいなかった。
 まだデパ地下のマーケットは盛況だ。
 もし彼らがまさしく企業戦士だったとするなら。ビジネスに生きるビジネスマン
だったとするならば、まだ生きている。
 かつての企業戦士達が生み出した、多様な価値観に挑戦する為の、ライバルを飲み
込んで己の特色をも売り込む多彩な出店計画は今も定番となって現代に息づいている。
 だがそこにも戦士の姿は失われて久しい。
 安定した職場。つまり社会に必要とされる実際的な仕事として。実際的な仕事。
つまりすでに社会に需要と供給が存在しているありきたりな仕事がそこにある。
 永遠に広がってそうな夢をも見れた未開の地で、ドラゴンの如き夢幻と一人戦う
戦士の姿はそこには無い。
 個を尊重する風潮は確かに世に満ちている。挑戦しているつもりの者はいるだろう。
 だがそれは社会のオーダーにしたがって戦う一介の、一人の兵士としての挑戦で
しかない。
 彼が勝てば誰か負ける、限られた戦いの場で人相手に戦う者がそこにいる。
 兵士世代の気持ちなど戦士の世代には分からない。戦士の世代の気持ちなど兵士の
世代には分からない。
 お互いに不干渉で、お互いが不感症かのように思って相手を見る。
 兵士の側からは、戦士は皆平等に分かち合う為に、もう夢など見ずに今あるものを
大事に守るべき感覚がないのかと。
 戦士の側からは、兵士は己の為に例え幻想かもしれなくても一人で勝ち取ろうとする
感覚がないのかと。
 そういう意味で、今いる者たちは戦士ではない。
 ゆえにこそ、かつての彼らは企業戦士だったのだ。
 誰か任せでは無い。市民の側からの電力会社があったように。
 国とつながり腐敗する以前にあったかつての希望の光のように。
 放言の為ではない、未来の為の三本目の矢が矢が放たれることがあるのなら、……
その時まで。
 今度は夢ではない、本物の未来のために戦う戦士が生まれるその瞬間まで、企業戦士の
魂は今もデパ地下に残っているのだ。
 失わせない為に戦う、何人もの一人の兵士達に守られて。

以上です。

>>234の名前欄は(↑)コレが正しい表記でした。間違えていましたごめんなさい。

後、ドラマチックにするために、かなり色々脚色を加えておりますのでガチ経済論争とかはご勘弁下さい。
小説ですから、コレ。論文じゃないッスから!

>>236
読みました
お題三つを複合するとはなかなか斬新な試みで面白いですね!
ただ、個人的にはこれは小説や物語ではなく、エッセイか何かなのではないかと感じました
知識的な背景がしっかりしていて、興味深くはあるのですが、ともすればただの知識や時代解釈にしかならないような

勝手な感想を書き連ねて申し訳ありません失礼しやした!

危惧していた所を見事に切り込まれた感じですww
一読で見破られるとは、やはりこのスレの人は侮れない……

「市場 VS 国家」という経済政策手法の変遷を綴った本がありまして
ドラマチックな思想の潮流がともすれば二陣営の対立と融和を演出する群像劇の小説かと思わせる様な見事な本でして

なるべく小説に近づけようとはするのですが、前述のような名著のイメージに引きずられてか
時代解釈を小説として読ませるような力量がないのに、そういう雰囲気を好んで書いてしまって……結果、小説みたいなナニかに……ww

とはいえ、興味を持っていただけただけでも嬉しい重いです
読んで頂きありがとうございました

>>236
 上に言われている通り、これは小説とは感じなかった。物語も主張もなく、ただドキュメンタリ的な、教科書に書いてあるような説明文のような感じだった。もちろん文書は破たんしていないし、簡潔に書かれていて悪くないと思う。けれど、小説とは想像力を使って登場人物やそれらの抱える物語を動かしていくものだと思うので、個人的にはこの作品から小説的面白さを感じることが全くできなかった。せめてこれが誰かの話であって、その人の感情や考えがこのお話に入っていたら、もっとこの話が生き生きしたと思う。このままではむしろドキュメンタリだ。登場人物の物語がない(もちろん物語でさえあれば小説だと言う事ではないと思うけれど)。
 作者がしっかり勉強して知識があるのは分かるんだけれど、それをしっかり小説として、生きている物語としてこの作品に活用してほしかった。それさえできれば十分に面白い小説が書けると思いました。


 ちなみに酷評をしたものの、あくまでこれは私の小説観から来る感想なので、これを面白いと言う方もいらっしゃると思います。あくまで一人の人物の感想としてお受け取りください。次の作品期待しております。
 

やはり小説ではない……という結果になりますか
思いついてしまった流れが全体の俯瞰と俯瞰から見た名も知れぬ人だったのですが、良く考えたらそれってドキュメンタリーですね

主観から全体像を掴んで、更に誰かの足跡を認めて行こうという事になったら
住人ぐらいの群像劇で、かつての人達の足跡をばらばらの立場からみつけていって
どこかでそれが集まって全貌が開けるという展開にするべきだったかも……

凄まじく長い文章になりそうなので、つい忌避する想いが心のどこかにあったんでしょうねww
ネタをじっくり温めて小説にするって、ひょっとしたらそれに向き合い続けるってことなんでしょうか

本当に複合してきたのか
それだけでも頑張りました賞をあげたい
感想はもう既に同じようなことが書かれてるので割愛

お題ください。

>>242
月曜日

お題ください

>>244デジタル

把握しました

>>243 把握しました。初の試みに緊張しますが頑張ります。

お題をくれい

チョコボール

すんません。お題ください

>>250
エコー

やさしいおだいを

あぜ道

>>243で頂いたお題を投下していきます。

お見苦しい文章になっているかもしれませんが、よろしくお願いします。

2レスです。

 私の最初の仕事は、家族のだれよりも早起きすることだ。
毎晩お風呂に入るときに脱ぐ服を朝一番に洗濯するためだ。
よく眠る洗濯機を叩き起こし、いつもよりちょっと少なめ
の仕事を与える。彼はとても優秀だ。私が正しく指示して
あげればちゃんということを聞いてくれる。…私の息子も
これくらい素直だったら、もうちょっと怒らずにいられる
はずなのに。
 洗濯機をかけたら朝食を作ろう。我が家の朝食はごはん、
味噌汁、たまごやき、それと昨日の夕食のおかずだ。まっ
たく同じものを出すと怒られる。だからちょっとしたアレ
ンジをする。例えばチーズを乗せたり、味付けをちょっと
変えてみたり。朝ご飯を作るついでに、夫のおべんとうも
作ってあげよう。ここにも昨晩のおかずは使えないから、
また一品作ってあげる。
 ごはんの準備が整った頃に、二人はもそもそ起きてくる。
とりあえず顔を洗って来い。そしたら一緒に一緒のご飯を
食べよう。3人そろって食べる朝ご飯は、一人で食べるお
昼ご飯よりちょっぴり美味しく感じるのは、わたしだけの
秘密。

「いただきます。」
「・・・いただきます。」
「いっただっきまーす!」

 朝ご飯を食べ終わると、二人は出かける準備をする。
私はお皿を洗う。洗い終われば次は洗濯物だ。三人分
だけだけど、そこそこ重みがある。私と、息子と、夫
の分、三人分だ。
 干し終わるころには二人の準備も整い、いよいよ出
発の時。私の朝最後の仕事だ。

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「うん、行ってきます!」
最愛の息子の顔に、曇りはない。
一秒でも早く学校に行きたいようだ。

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「うん、行ってきます・・・。」

最愛の旦那の顔は、くたびれている。
休日は終わってしまったからだろう。

 私に休日なんてない。毎日が平日だ。毎日同じ作業
を繰り返し、繰り返し、繰り返し・・・。
 私に曜日なんてない。毎日が均一だ。飽きもせず今
日も、明日も、明後日も・・・。

「あぁ、そうだ。言い忘れてた。」
玄関の戸を手に取り、ふり向いたあなたはこう言った。

「いつも、お見送りありがとう。お前のおかげで一週間、
頑張れそうな気がする!」

…たったこれだけのことだけど、月曜日はちょっぴり待
ちどしい。

以上です。
読んで下さった方はありがとうございました。

批評、お待ちしております。

頭の中に確かなシチュエーションがあって、それを写し取ろうとしたんだなあ、と思いました
風景描写や説明口調が少ないのは、キャラの心情描写に没入しているからなのだなとも

ただ、なんというか、ちょっと読みづらい……というか、なんだろう
静かな微笑みから息子を思っての苦笑、穏やかな風情での日常の所作、含み笑いからレスを改めての頑張るぞという意思そして最後の満面の笑顔まで雰囲気は伝わるけど、顔が一切浮かばないというか

映像で考えたら分かりやすいけど、ラストのカメラワークで、人じゃなくて物や情景をアップにするか、
または人を含んだ町や風景全体の雰囲気を捉えるために思いっきり引くかが目的だったら
主人公の顔はメインじゃないから別に見えなくてもいいと思うけど……

たぶん最後の表現を見るに、ラストのイメージはこの奥さんの表情のドアップだよね?
その目的までが伝わるのに、どういう笑顔か分からないという感じでした


ちょっと酷評が過ぎたかも知れませんが、表現したい方向性はしっかり伝わってきました
確固たるイメージもあるんだなとまで思えたので
ちょっと勿体無い気がして苦言を呈しました。文句という意図じゃないです

言い方がきつかったらごめんなさい。でも、へこたれずに頑張って下さい

>>257 
個人的には読みやすいと思ったし、こういう何げないシーンの描写と言うのは好きだ。
ショートショートとしては(よくある奇抜な感じではないけれど)温かいオチが付いているし悪くないと思う。
あとは>>258さんのいう通り、一つ一つの描写を細かく書ければとても良い小説になると思う。
僕はこういう作品好きです。次はもうちょっと長い小説が見てみたい。頑張ってください。

書きやすそうなお題を下さい

>>258
>>259
レスありがとうございます。

今回はテーマが月曜日、と大変はっきりとしたものだったので登場人物たちにあえて個人名をつけずにふんわりと進めていこうと思っていました。
でも確かにこのままだと「なんとなく」状況がわかるだけでそのシーン一つ一つに意味は見出せませんでしたね。

その点に留意して次も頑張っていきたいと思います。

>>260
[ピーーー]ない

>>260
死ねない

ごめん、禁止語句にひっかかってた。

>>262-263
把握

なんだかイメージがわいてきた。

おだいください

>>265バザー

お題ください

 とある日曜日。僕は近所の公園にでかけた。
目的は特にないが、毎週日曜は広い公園にある芝生が開けた歩道を堂々と闊歩する。
ダイエットと言えば少し腹が立つし、散歩というのも面白くない。かといって、当てはまる言葉もない。
そんな日曜日。

公園の入り口にはでかでかとした看板に、『第3回 梅ノ木町バザー』 と書かれてある。

 「いらっしゃいませー、梅ノ木教会です。」
初老の女性が声を張り上げる。手に持っている人形は、少々明るめの木から作られた像だ。
ただ、僕には何の像なのか分からない。

 「お兄さん、どうですか?」
 
 「これは何ですか?」
 僕は無意識に返事をした。まるで服屋で声を掛けてくる店員に気を遣ってするような、そっけない返事。
少し間があって、

 「玄関にでも飾りませんか?」

 まるで答えになっていない。こんな商売下手なら、おそらくまだ1つも売れていないだろう。

 「おいくらですか?」
 「500円です。」

 さきほどとはうってかわって明確でスマートな返答。
 「いいですよ、買います。」

 公園に入ったからには手ぶらで闊歩するのはばつが悪い。
また、他の店から呼び止められた際に、この像を言い訳に逃げられる。
ふと、それらのことが頭をよぎり、僕は普段は無料であるはずの梅ノ木公園の入場料を支払った。

 1週間後――

 どうも最近おかしなことが起こる。
玄関に置いてあるあの木の置物がひとりでに動いている気がする。
1人暮らしの僕にとっては助けを求める家族もおらず、ただただ怖い。
捨てようにも何かバチが当たるのではないかと寒気がして、行動に移せない。

 「500円支払ってこのざまか・・・・・・。」

 知り合いに相談したいが、そこまで人脈は広くない。
 「もっと友達ほしいな。」
 初めて後悔した。

1ヵ月後――

 ついに耐え切れてなくなって、直接、梅ノ木教会を訪れてみた。
中にはあのとき像を売っていた女性とは違う、神父らしき男性がいた。
 「やはり来ましたか。あなたが来る日を待っていました。」

 僕は信じることにした。1ヶ月前の僕なら完全に信じないが、今の精神状態なら誰しもこうなるだろう。
 「た、助けてください!」

 「おお、神よ。この者に神のご加護を。」


 男が帰ったあと、教会では会議が行われた。

 「今月の入会者は9人です。そのうち3人は梅ノ木町バザーで、あとの6人は柿の木町のバザーで確保。」

 「よくやった。特に梅ノ木のあの男、かなり参っていたみたいだ。1ヶ月前に比べるとかなりやせ細っていたぞ。」

 「やはり、公園で散歩している人間はやりやすいですね、神父。」

 「その通り。」

久しぶりにお題ふった後に書いてもらえた。

>>269簡易的な短めSSにしても、もう少し色んなシーンの詳細描写が欲しかった。

像売りの人の胡散臭さ、像が動くホラー描写、主人公の精神的疲労、教会の腹黒さ…これらを描くだけでもかなりよくなったのではと

ほぼ同意

具体的に言うと、公園内の観察に二行、散歩がてらの思索に二行、日常の行動に二行
一旦疑問に思わせて、否定しさせて、の不可思議な雰囲気の余韻を持たす描写に四行
教会を見たときの観察感想思索に四行くらいあったら、考えてるイメージがもっと伝わったんではなかろうかと


で、お題くれってばさってば

>>271
未確認走行物体

把握しました

268-269です。

>>270
>>271
ご指摘ありがとうございます。
次はもっと良い物を作りたいと思います。よろしくお願いします。

お題くださいです

>>275水圧

>>276
把握
ありがとうございます

他にもお題下さい

>>278
おっぱい

俺にもお題をくれると嬉しいなって

>>279
壊れたからくり時計

>>279
把握

お題下さい

>>282
朝一番

お題ください

>>284礎(いしずえ)

>>283
把握しました

通常作、一レス投下します


 朝は血流が滞っている。
 いつも通り、まだ鳥が一羽二羽鳴くか鳴かないかの頃に目覚めると、
それを解す為のストレッチから一日が始まる。
 指先や掌から腕肩胸まで、力を入れずに血を巡らすように伸ばして、
すっと深く息を吸う。
 それから指から順に力を入れて行き、力瘤をどんどん連鎖させて胸筋
まで膨らませると、そこでまた脱力する。
 朝のトレーニングは必ずしも良いとは言えない、だからといってスト
レッチを怠るのは愚の骨頂である。
 昨夜のトレーニングの成果か、今日も一段と以前より大きくなったよう
に見える。
 とても張りのある胸である。
 正直なところ、ここまで見事な胸になるとは思ってもいなかった。
 揉み魔と言われ、呆れられ、自分にないんだと嘆いたら、自分で育てて
自分で揉めと言われて早五年。
 まさに。まさに胸の美の極致。
 おっぱいマスターならぬ、おっぱいマイスターと自称しても過言では
ないだろう。
 まさか、自分の胸がここまで成長するとは。
 浴室前の鏡に映るサイドチェストのポージングを保った我が姿に思わず
見惚れてつい叫ぶ。
「ビバ、おっぱい!」
「朝から五月蝿い、この筋肉達磨!」
 嫁も寝室から律儀にこの筋肉を褒めてくれる。
 だけど謙遜することはないのだぞ。
 朝一番にみるおっぱいは自分のだが、朝一番に揉むおっぱいは嫁のだと
決めているのだから。
 育てたはいいけど揉めないしね、硬くて。

投下するほどとてもイイ出来とも、しっかり掘り下げたものとも言い難いですが
とてもアホに出来上がったので、どうかなあ……と

お題を下さった方、ありがとうございました。そして、こんなんでごめんなさい
読んでいただけたなら嬉しいです

>>289
予想と違ったからまあ楽しめたです。
でもきっと嫁のもエロイ事になってるよね

エロい事になってる設定ですが、自分の筆力だとエロいところをエロく書けんとです……
拙い小咄ですが、少しでも楽しんでいただけたようで幸いです

前スレで頂いた『色鉛筆』と言うお題で書いた小説を投下します。
途中で放置してあったのですが、何となく最後まで書いた方が良いような気がして最後まで書き切りました。
文章が固く、会話文もあまりないため読みにくいかもしれませんが(エンターテイメント性があまりないです……)、もしお暇があれば読んでいただき、厳しい批評をいただきたいです。


 たくさんの絵の具の匂いがしている。ここは父がアトリエとして使っている部屋だ。僕にはまだはっきりと区別がつかないが、様々な道具の匂いが、空気や壁に染みついたように僕の嗅覚を刺激する。油絵の具の独特の匂い、資料の本の少し黴臭い香り、画材や何かのよくわからない幼い頃から嗅ぎ続けている香りが、そこら中から漂ってきている。
 父が絵を描く仕事としていると言うことは幼い時から聞いていた。しかしながら、父は世間がイメージする画家と言った、いかにも芸術性にあふれる浮世離れした職人という事ではなくて(本格的な画家と言う職業が何を指すのか僕にも今ひとつわからないけれど)父の仕事は主にちょっとマイナーで芸術性のあるミュージシャンのPVを作るために絵を提供したりだとか、テレビ番組で使うこまごまとした、別にあっても無くてもいいような絵を提供したりだとか、何かの商品の広告ポスターのための絵を提供したりと言った、いわゆる絵の何でも屋さん的な仕事をしているのだと教えられた。そしてその仕事やら営業やらの合間に、父は自分の好きなように描いた、大きさの自由な絵を、時間の許す限りを使って何枚か仕上げ、その絵を自らが開く個展などで発表しているのだとも、僕は聞いていた。
 父の創作活動がそういう僕の見える範囲で行われるようなものであったから、僕は幼い頃から絵という存在に、猛烈に興味を持っていた。その
こともあり僕は小さい時から(とは言っても僕はまだ十四歳であり、大人から見たら充分に小さい子供だとは思うけれど)父の絵を何回も見てき
た。僕は父の絵が大好きだった。僕は父の描いた様々な絵を見ながら育ち、そして僕自身も、絵を見よう見まねで画用紙に描いたりもしたことが
あった。そうやって父に影響されて絵に関心を持っている僕ではあるが、僕が絵を描くには一つ、わりと大きな障害があることも自覚していた。
 それを象徴するようなエピソードが一つある。僕が四歳になる頃だったか。幼稚園に入園して物心ついた辺りに、僕は暇さえあれば父の絵を飽
きもせずに、アトリエにこもって眺めることが習慣となっていた。僕は物静かで無口な子供であるから、創作の邪魔をすることもなく、父も僕が
アトリエに入り浸ることを――特に口にはしなかったが――気にすることもなく許していたのだと思う。そんな日々の中。ある時、僕がずっと無
言で絵を眺めつづけていると、父は微笑みながら、「佑介は絵が好きか」と訊ねてきた。僕は特に何も考えもしないで、頷いた。父の絵は好きだ
った。何がいいのかはわからなかったが、アニメを見るよりも、特撮ヒーローを見るよりも、父の描く絵を見る事で僕は安心感を覚えた。何より
心が満たされる感覚があったのだと思う。そう口にすることは出来なかったが(幼い子供にできるわけがないとは思うが)僕が頷くだけでも父は
満足したようだった。そして僕の頷きを継いで、父はこう提案してきた。「だったら、一か月後のお前の誕生日にお前のための絵を描いてやる」
父はそう言って、実際に僕の四歳の誕生日に、自らの書いた絵を僕にプレゼントしてくれたのだった。それは海の絵だった。昼間の空と海をポッ
プな画風で描いた、子供にも親しみやすい絵だった。しかし僕は、それを貰った時に、父に向かって奇妙な言葉を発してしまったのである。父が
僕にこう聞いて来たのだ。「どうだ。カラフルで、心が浮き浮きするだろ」。僕は言葉の意味がよく分からなかったので「カラフルって何?」と
訊き返した。「色がたくさん付いていて、楽しい感じの事だよ」。父はそう答えてくれた。色という物の概念は知っていた。僕の見る景色の中に
も、濃淡の違いやら、色の境目などはあった。そして僕は父から貰った絵を見てこう言った。「全部ねずみいろだね。カラフルだね」。父は僕の
その答えに、とても不思議な表情を見せて首を傾げた。父が僕を見るその目は、害のない不思議な化け物でも見ているかのようだった。僕はその
翌日、父に病院に連れて行かれた。そしてその病院で僕はこう診断された。色覚異常。僕は生まれつき、色を上手く認識できないのだと言われた。
青系統の色、赤系統の色、それらをうまく識別、区別することが出来ないらしいのだ。全色盲というわけではないのだが、僕の世界に存在する色
というのは、他の健康な人のそれよりもごく限られていた。僕の世界のほとんどは、薄暗いモノトーンで構成されていた。なぜ両親が、僕の色覚
異常を四歳になるまで気づかなかったのかと、今でもたまに不思議に思うのだが、僕は小さい頃からほとんど言葉を発したりせず、物を見た感想
や感動を言葉で伝えようとしなかったから、その時になるまで判らなかったのだろうとそう考えることにしている。僕が伝えない限り、彼らには
僕の異常なんて分からないのだ。家族であっても、近しい愛しい者であっても僕らは他人なのだから。僕らは言葉で、自らの異常を伝えていかな
ければならない。


 自分が色覚異常を有していると分かっても、僕は絵を描くことを止めなかった。と言うよりも、当時四歳であった僕には、
自分が他人とは違う特別な病を持っていると言うことが、上手く理解できなかったのだと思う。僕にとって色の欠けた世界
と言うのは当たり前の感覚であり、生まれた時から僕はその中で生きてきた。当然、皆も僕と同じように見えているのだと
思っていたし、四歳の子供に他人との区別が上手くつくはずもなかった。自我でさえやっと芽生えて育ち始めた時だったの
だから。
 鉛筆で絵を描き続ける僕に対して、父は以前と変わらぬように接してくれていた。その事は、今だからこそわかるのだが
とても有難かった。あの時は分からなかったが、僕のその病が発覚した時に、母も親戚も、僕の異常を知っている大人はは
れ物に触るかのような態度で僕に接してきたが、父だけは僕を普段通りに扱ってくれた。そのおかげもあってか、僕は自分
がかわいそうな子だなんて思わずに済んだ。それは本当にありがたいことだった。父のそれが意識的なのか無意識だったの
か。どちらにせよ、父は絵を描き続ける僕にアドバイスをし続けてくれ、色のついた絵を描いて誕生日に僕にプレゼントし
続けてくれた。その事は僕には本当に、本当に嬉しかったのだ。
 そして、それとは別に、小学校に入学した年に父があるプレゼントをしてくれたのを覚えている。これは思い出すだけで
も笑えるのだが(もしかしたら笑い事じゃなくトラウマになっていたかもしれないが)、父はこの僕に対して色鉛筆をプレ
ゼントしてきたのだった。目が見えない僕に。しかも三十六色入りのものを(ときわいろ、まつばいろ、なんどいろ、など
と言う聞いたこともないような不思議な色まで入っていたのだ!)。母をその事で僕を慰め、父と小さな喧嘩をしたが、父
は笑いながら僕と母に向けてこう言ってのけたのだ。「別に色を識別できないからって、色鉛筆を使っちゃいけないなんて
ことは無いだろう。絵は自由なんだ。制限なんてない。ルールもない。好きなように色を使えばいい。好きなように書けば
いい。そこではお前は何にでもなれるし、どんな世界でも作ることが出来る。お前が色を識別できないと言うのならば、色
鉛筆を適当に使って、自由に絵を描けばいい。そうしたら面白い絵を描けるぞ。空が青色だなんて誰が決めた? 土が茶色
だなんて当たり前すぎてつまらない。お前はお前にしか書けない絵を描けばいい。色鉛筆はお前が思うように思うがままの
場所に、塗ればいい。それがお前の世界だ。ただ灰色なだけじゃない。全ての場所に、概念なんか関係なしに、自由に色を
塗れるのがお前と言う人間なんだ。俺は思うんだが、空が青色だと決まってしまった時から、色に名前を付けてしまった時
から、俺らはつまらない絵しか描けなくなってしまったんだ。お前はその常識から解き放たれた人間だ。お前だけは、空を
黒色に塗れるし、海を黄色に塗れる。その思いを込めて、俺はお前に色鉛筆を渡す。いいか。お前は絵を描き続けろ。絵は
きっといつかお前を救う。お前が救われるときまで。そしてお前の絵が誰かを救う時まで、お前は絵を描き続けるんだ」
 普段お茶らけているような父が、真剣な顔をしたのを見たのは、絵を描いているとき以外でそれが初めてだった。僕は、父
から渡された色鉛筆を、頷きながら、受け取った。それは僕にとって、魂と繋がっているような、そんなとても大事なものの
ように思えたからだ。


 それ以来、僕は父の言いつけを守るようにして、色のついた絵を描き続けている。
 それと、基礎的な事を学ぶために、絵画教室にも通うようになった。近所に住んでいる、昔大学で絵を教えていたと言う
お爺さんが開いている半ば趣味のような絵画教室にて。僕はそこで父から教わらなかったことを学んでいた。十四歳になっ
た今、父はもういない。既に父が死んでから三年の月日が経っていた。僕が小学五年生の時に、父は亡くなってしまった。
僕に対して父が最後に発した言葉は、絵は誰に対しても開かれている、という言葉だった。未だに僕はその言葉に込められ
た意味が、上手く掴めてはいないのだけれど。
 お爺さんの絵画教室には、四名の生徒が通っていた。週に二回、授業が開かれ、粉と油を塗り合わせて絵の具を作る方法
だとか、画布を貼ってキャンバスを作る方法などを、その先生から教わった。あまり堅苦しくない先生だった。厳しくせず
に、生徒の感性に任せて、自らの経験からくるアドバイスを丁寧に与えるやり方は、僕の性格に合っていたのだろう。だか
らこそ、こうして四年間も続けていられるのだ。先生は、もちろん僕の障害(と言っていいのだろうか)の事について知っ
ていた。だが、それでも彼は僕に絵を教えてくれている。僕に合わせた色の使い方を教えてくれる。例えば、色はどんな場
所に好きなように塗ってもいいのだが、どのくらいの厚さで塗ると色が映えるだとか、あまりこの色とこの色を近くに塗る
べきではない、と言った事を、感覚的に僕に教えてくれた。僕はそれを逐一覚えて、メモをして、体に染み込ませた。僕に
は見えないのだから、見える人に僕の色遣いを指摘してもらえるのは有難いことだった。


 学校に友達の少なかった僕だが、絵画教室ではいつも一緒になる女の子と仲良くなった。彼女は同じ日の同じ時間に授業
を取っていて、最初はあまり話をしなかったが、次第にお互い話をするようになり、一緒に帰ったりするような仲となった。
 彼女の名前は、雪原結衣と言う。僕より一つ年上で、人懐っこい性格の女の子だった。彼女は水彩画を好んで描いていた。
それに対して、僕は基本的に鉛筆画を描いていた。もちろん鉛筆画を書くきっかけとなったのは、恐らく父から貰った色鉛
筆だったのだろうが、しかし鉛筆画の素朴さは、理由もなしに僕の心を惹いた。僕の習作の為にと先生が描いた、本物と見
間違うほどのリアリティで描かれた猫の鉛筆画を見た時、僕が目指している場所はそこなんだと感じることが出来た。だか
ら僕は鉛筆画しか描かなかった。結衣は水彩画にて、ファンタジーの景色を書くのが好きだった。いろんな可愛らしい動物
が出てきたり、魔導師が描かれていたり、中世ヨーロッパ風のお城が描かれていたり。それは彼女がアニメや漫画が好きな
ところからきているのだろうが、彼女が描く不思議な色遣いの水彩画は、僕の心を掴んで止まなかった。そして彼女自身の
話し方や仕草、そして顔の美しさだったり、彼女の放つ生の感触の一つ一つが、妙に僕の心をざわつかせ、高鳴らせた。は
っきり言ってしまえば、僕は彼女に恋をしていた。恐らくこれが恋い焦がれると言う感覚なのだと思う。帰り道に、隣で歩
く彼女の声を聴くことだったり、可愛らしく笑う仕草だったり、髪から香るトリートメントの甘い匂いが、いつも僕をドキ
ドキさせ、混乱させた。僕は紛れもなく彼女に恋をしていた。しかしながら、一つだけ大きな問題があった。彼女にはすで
に恋人がいて、そこに僕の入り込む隙間はなさそうだと言う事だ。その事実がより僕の心を傷つけ、嫉妬心を煽り、孤独に
向かわせていた。そして僕は、以前よりも絵の世界に篭る時間が多くなっていた。


 学校から帰って来てからも、休日の朝から晩までも、僕は暇さえあれば絵の世界に没入することを自分に強いた。僕は言
葉を持たなかった。他人と話をすることを好まなかったこともあるが、僕には絵の世界があれば十分だった。絵画教室の先
生は、僕の絵の上達に驚いているようだった。僕は雪原さんをモデルに、人物画を描くようになっていた。それは誰にも秘
密にしていたが、恐らく先生にはばれているような気がした。
「君の絵は、私らの常識を超越しているよ」
 先生は時たま、そう呟いて僕の描いている絵を眺めた。それが純粋なる褒め言葉なのか、或いは皮肉としての言葉なのか
はわからなかったが、その言葉を聞いても悪い気分にはならなかった。僕の気持ちが塗り込められたその絵は、良い方にも
悪い方にも、常識を超越しているような気がした。色彩異常の男に塗られる雪原さんの世界。僕は彼女の背景を暗い色で塗
るのが好きだった。紫や藍色という色の感覚が僕には全く分からなかったが、その暗く濃い色が、何故だか彼女にはひどく
似合っているような気がしたのだ。一度、雪原さんをモデルとした、天国を破壊する悪魔の絵を描いている時に、隣で作業
をしていた雪原さんが声をかけてきたことがあった。
「それ、すごく醜くて美しいね」
 僕の描いていた絵を指差して、雪原さんは淡く微笑みながらそう言って首を傾けた。僕は思わず恥ずかしさのあまりに顔
を背けてしまい、小さな声で「ありがとう」と呟くしかできなかった。後から考えてみれば、それがほめ言葉だったのか、
皮肉だったのかは分からなかったから、僕の感謝は滑稽だったのかもしれない。
 しかしながら、すごく醜くて美しい。
 雪原さんが発したその言葉自体が、とても詩的で刺激的なものだったが、その言葉は雪原さんをモデルに描かれたこの絵
にとても似合っている気がした。彼女はこの絵が自分自身をモデルとして描かれていると言うことに気付いていたのだろう
か。それをわかったうえで、醜くて美しいと言ったのだろうか。僕には全くわからなかった。恐らく、醜くて美しくなって
しまったのは、僕の心の中で膨れ上がる雪原さんの偶像が、絵に現れた結果なのだろう。僕は雪原さんと恋仲になりたかっ
た。雪原さんと口付けがしたかった。雪原さんとセックスがしたかった。雪原さんを犯したかった。雪原さんの裸を描いてみ
たかった。眠っている雪原さんの肌に絵の具を塗ってみたかった。雪原さんと誰も知らない場所に行って、誰も知らないもの
を作りたかった。雪原さんを僕の物にしてみたかった。そういう欲望に塗れた、僕の心の中に存在する雪原さんの像こそが、
もっと言えば雪原さんを想う僕の心自体が、醜くて美しいのだろうと思った。


 雪原さんは、高校に入学すると共に絵画教室に通わなくなった。僕は自分の恋心を彼女に告白することはしなかったし、
そもそも彼女のメールアドレスすら知らなかった。彼女とは絵画教室で話すだけで、僕らは友達以上の関係に至れなかった。
それ以来、彼女と会う機会はなくなった。彼女の家の場所は知っていたが、そこに向かう勇気もなかった。会わなくなって、
彼女への思いがどんどん強くなるのを感じていた。思いが強くなりすぎて、僕の中で雪原さんは、どんどん神格化していく
ような感覚があった。

 雪原さんがいない生活を送るようになっても、相変わらず僕の世界に色などは存在しなかった。高校に行っても友達は出
来なかった。美術科がある高校で好きな事を学んでいたが、僕は他人とコミュニケーションを取ろうとはしなかった。友達
なんていらなかった。クラスの女はみんな雪原さん以下のクズとブスだけだったし、男は頭の悪い猿だらけだった。一人だ
け杉内と言う男がいて、そいつとだけはたまに話をすることがあった。音楽科に通う、エレクトロニカやポストロック、ア
ンビエントミュージックなどに詳しい奴だった。学校の中で、一番まともな奴だった。
「僕は死んだ人の音楽しか聞かないんだ。天才ってさ、本当に短い期間の中でその生命力、エネルギーの全部を費やして、
すごい作品を作るんだ。だから早く死ぬのなんて当たり前なんだよ。だってさ、馬鹿みたいに無益な事をやり続ける凡人の
暮らしを何十年も続けるのならさ、すごい作品を作って早死にする方が良いよな。だから早死にした天才たちは、僕にとっ
てあこがれなんだよ。僕も早く死にたい。出来れば二十五歳くらいで。遅くとも三十歳位で。まあスパークルホースのマー
ク・リンカスみたいに、若いころずっとくすぶっててあるときすごい作品を出して、結局自殺って言うのもいいけど。でも
僕は一生分のエネルギーを使って、何か音楽を作りたいんだ。それだけでいい。それが出来なきゃ。僕は死ぬよ。結局生き
たって死んでるのと同じなんだから」
 杉内は良くそのような話をした。彼には才能があったが、とても繊細で感受性の強い男だった。そしてそれは、僕の性格
とよく似ていた。だから僕ら二人は、お互い少しなりとも分かり合えたのかもしれない。もちろんだからこそ、僕らは親しい
友達にならなかったわけだが。


 僕の絵は、世間から評価されるようになった。高校に入ったばかりの頃までは、僕の絵は評価されなかった。例えば賞な
どに応募してみても、選考を通過することさえなかった。僕はそれでいいと思っていた。他人から評価される必要などない
と思っていた。僕はただ、自分の感情や思考を、筆を通じて吐き出しているだけだった。それは自分にとって必要だからや
っていただけだ。もちろん世間から評価されたらどうなるのだろうと言う、虚栄心を含んだ思いがあったからこそコンクー
ルなどにも参加したわけだが、選考の当落は本質的にはどうでもいいことだった。だが、高校三年の夏、僕の絵はとあるコ
ンクールで審査員賞を貰う事となった。それはフランスで開かれている業界内ではわりと有名なコンクールだった。今まで
は日本のコンクールにきり応募していなかったが、高校三年になって、絵画教室の先生が僕にこう言ったのだ。もしや君の
感性は、海外での方が受け入れられるかもしれん。そうして先生は業界関係者に当たって、僕の絵をコンクールに出品して
くれた。その業界関係者は、僕が持つ不思議な色遣いを高く評価してくれた。出品にかかる費用は、彼が全て負担してくれ
た。
 僕が描いた絵は、鉛筆による抽象画だった。たくさんの魚が、目から星を零れ落としながら、空に向かって逆さまに泳い
でいる。それを雪原さんが食べている。洪水に飲まれた町の巨大なビルに腰掛けて、緑色のワンピースに日傘を差して。上
手に箸を使いながら。雪原さんは目の見えない魚を食べている。そんな雪原さんの目にはたくさんの魚が写っていて、それ
は夜空に浮かぶ星雲みたいに渦巻いてキラキラと輝いている。ビルの中では男たちが殺し合いをしている。男たちから流れ
出る血は水色で、まるで涙を流すみたいに、全身から血が溢れ出している。そしてたくさんの女がその血を舐めながら、男た
ちの洋服に自らが付けた数字を書き込んでいく。空にはたくさんの藍色の向日葵が咲いていて、空を町中にばら撒かれている。
雪原さんの足は溶けかけていて、街に打ち寄せる津波と混ざり合っている。
 審査員を務める業界の変わり者の男が、僕の絵をこう評した。
「技術は拙く、構図もごちゃごちゃしていて、気持ち悪い。だが彼には気持ち悪いモナリザを描く才能はある。心に訴える気
持ち悪さは、技術を磨き過ぎた僕らには出来ない」
 僕は受賞を知ったその日に、雪原さんの家に向かった。


 雪原さんは、以前の様に優しい微笑で僕を迎えてくれた。その事で、僕は思っていた以上に安心することが出来た。もし
かしたら、僕は彼女に拒絶されるのではないかと思っていたのだ。昔一緒の教室に通っていただけの男が、ストーカーみた
いに家に訪れる。その事で彼女は、僕を罵るのではないかと密かに懸念していたのだ。だが彼女は、僕の来訪を喜んでくれ
た。家に招き入れてくれさえした。そして僕らはリビングで語り合った。主に僕の絵画が受賞したことについて。彼女はそ
れを喜び、僕を誉めてくれた。僕はこの世でたった一人の天使に誉められたことで、まるで心臓が耳に張り付いているのか
と思うくらいの鼓動の高鳴りを感じた。
「あなたの絵、見たわ」
 雪原さんは、俯きながら座る僕に向かってそう言った。
「たまたまね、いつもよく見る雑誌に貴方の名前が載っていて、私、嬉しくなって。絵画展に行ったの。かつての友達が成
功している姿って、なんだか私も嬉しく感じてしまうもの」
 雪原さんはそう言って、本当に嬉しそうな顔をして微笑んでくれた。僕はその笑顔を向けられたことで、もう自分を押さ
えることが出来なくなってしまっていた。僕は唐突に立ち上がると、汗でぬれた手をジーンズで拭って彼女の目を見つめた。
突然に立ち上がった僕を、彼女は不思議そうな表情で見つめていた。僕は拳をぎゅっと固く握り、ゆっくりと雪原さんに迫
った。鼓動がおかしなくらい早まって、額からも汗が止まらなかった。僕は顔を近づけて、彼女の薄桃色の可愛らしい唇に、
自らの唇を寄せていった。何故だろう。僕はこの家に来てから、どうしても彼女とキスをしなければならないような、そん
な気がしていた。この雰囲気なら、キスをしても許されそうな気がしていた。僕は突然に湧き上がった、彼女に対する愛お
しい欲望に身を任せた。今この瞬間なら、彼女は僕を受け入れてくれるだろうと、僕は思っていた。
 が、彼女は自らの唇と僕の唇の間に存在する空間に、拒絶をするように手を置いて壁を作った。僕も驚いた表情をしたが、
彼女の方が驚き、そして戸惑ったような、そんな困惑した表情を見せていた。
「だ、駄目っ。えっ、なに? 私たちって、そういうんじゃないでしょ?」
 そういうんじゃない――
 僕は彼女が発した、その曖昧な言葉に戸惑ってしまった。
 彼女が今言った、『そういうの』とは一体何を指しているのだろう。彼女にとって、僕はどういう事であって、どういう
存在なのだろうか。そういう、と言う語句が指す具体的な意味を、僕はよく理解することが出来なかった。
「私さ、ちゃんと付き合っている人が居るし、だから、もしあなたが私にそう言う感情を抱いてくれていたのなら、それ自
体は嬉しいんだけど……でも、ごめんなさい」
 彼女はそう言って、何故か僕に頭を下げた。僕はこの家に来てから唐突に起こった一連の流れを、自分がしでかした愚か
な行為を、まるで他人事のように思い返して、呆然としていた。なぜこんなことになったのだろう。一瞬のうちに、いろん
なことが通り過ぎて行ったような気がした。僕は彼女と付き合うことが出来ない。彼女には彼氏がいる。それなのに僕はキ
スをしようとしてしまった。僕は彼女と付き合えない。彼女をどうすることもできない。遠くからしか眺めることが出来な
い。それは僕にとって、正しく言葉の通りに絶望だった。望みが絶たれた気分だった。頭の中には、よく分からないが、笑
いながら首をつっているピエロの映像が浮かび、それは長い間離れなかった。


 それ以来、僕は時間の全てを使って絵に没頭するようになった。一日二十時間、僕は絵を描くことだけを己に強いた。そ
んな生活を、僕は五年近く続けていた。昔、絵画教室の先生が言っていたことだったが、有名な画家になる人は、一日のう
ち二十時間を絵に費やす、それを苦としない人間だけがなる事が出来る、と言っていたことを思い出した。その言葉を信じ
たたわけでもなかったが、雪原さんの幻想が壊れた僕の世界では、もはや絵しか残されていなかった。雪原さんと言う、素
敵な色が僕の世界から消え去ってしまった。だから僕は色のない世界で、皮肉にも不思議な色遣いの世界を描き続けた。そ
れは只の作業のようなものだったが、絵を描いている間だけは不思議と安らぎを感じることが出来た。僕の絵はしかし、だ
んだんとフランスを中心に評価され始め、高額な値段が付けられるようになった。もちろん、僕にとってその事実はどうで
もいいことだった。僕には最早、何の救いも存在しないのだ。僕の絵を見て救われる人が何万人いたとしても、僕自身は一
度も救われることがないのだ。大勢の人が僕の絵の色遣いを褒めてくれたところで、僕にはその色が見えないのだ。どれだ
けたくさんのお金をもらうことが出来たって、僕には使い道さえ思いつけないのだ。もう僕には絵を描くことしか、生きる
目的は残されていなかった。ずっと死ぬまで絵を描き続けて、奴隷のように描き続けて、知らない人たちに影響を与え続け
るのだろうと思った。もちろんそんな生活の中で、女の子と触れ合うこともしなかった。僕にとって、雪原さん以外の女の
人は、悪魔にしか見えなかった。と言うよりも、女の人それ自体を悪魔としてしか見られなくなった。

 かつての友だった杉内は、エレクトロニカのアーティストとして、国内外で評価されていた。が、もちろんそんな狭い業
界で評価されたところで、彼が食っていけるはずがなかった。彼は音楽を作る合間に、犯罪行為に手を出すようになった。
マイナーな麻薬を売ったり、女性を脅して犯してから金持ちに売ったり、そう言った社会的にクズな人間になっていた。そ
のクズさが、とても彼に似合っているような気がして、とても自然に振舞っているような気がして、僕は彼に好感を持った。
「お前にも女を回してやろうか」
 ある時、杉内と会った時に、彼は僕に向かってそう言ってきたことがあった。その言葉を聞いて、僕は自然と、彼に雪原
さんを犯す手伝いをしてもらうことを想像していた。彼女を薬かなんかで眠らせて、好き放題に犯す様を想像した。そこま
で堕ちてしまうのも悪くないような気がしたが、しかし何故だかそれをしてはいけないような気も、心の奥底ではしていた
のだった。社会的倫理だとか、法律のことだとか、そのような保身的な事を気にしたわけではなかった。僕にとって、彼女
は絶対に汚されてはいけない存在だと、思い出したのだ。たとえ雪原さんが他の男と付き合っていようが、彼女は僕の想い出
の中で一番清らかで美しい存在であって、そのような存在を自らが汚してしまっては、僕はもう残りの人生を、生きてはいけなくなるような、そんな気がしたのだ。


 それ以来、僕は再び雪原さんを描くようになっていた。
 美しい日本女性を描く画家として、僕は業界内で話題になっていた。
 そうして僕は生涯を通して、かつての記憶の中の雪原さんの姿を描き続けた。それはどんどん美化され、抽象化され、か
つてのそれとはもはや全く違う姿になってしまっていたが、彼女は変わらずに僕の中の天使で在り続けた。僕は死ぬまで雪
原さんを愛し続けたし、それがたとえ、普通の人からは歪んで見えたとしても、それは僕にとって、紛れもない純粋な愛だ
ったのだ。だから僕は常に彼女の幸せを願っていたし、僕は彼女の幸せを祈りつづけながら、生きていった。この寂しい生
涯の中で、不意に現れた天使に、僕は感謝し続けた。彼女は僕の人生の中に現れた、奇跡の産物だったのだろう。僕の色の
ない世界に、少しの間だけ現れた、奇跡だったのだ。僕は七十三歳になって、死ぬ間際に、一人で、病院のベッドの上で、
僕に起こった奇跡を思い出しながら、目を閉じた。あの美しい奇跡のおかげで、僕は生きていくことが出来たのだ。その短
い間の奇跡が、僕の一生分のエネルギーとなって、僕は生きていくことが出来たのだ。瞼の裏に浮かぶ彼女の姿を、僕は眺
めつづけていた。微かな涙が、一度も流したことのない涙が、頬を伝って流れていったような気がした。がん治療の末の、ひ
どい痛みが治まって安らかな気分で目を閉じると、雪原さんの姿が、可憐に揺れる髪が、幼い笑顔が、舌足らずな甘い声が、
大きく潤んだ瞳が、浮かんできた。様々な色で飾られた彼女が、僕を手招いて、優しい声で呼んでいたのだ。死ぬその瞬間に
だけ、僕の世界には色が宿ったような、そんな不思議な気が、したのだ。
 最後に、天使が迎えに来たような、そんな暖かい気持ちで、僕は闇の底に沈んでいった。
 それは悪くない心地よさだった。
 最後に見た色は、とても美しい色だった。
 気持ち悪いモナリザのような彼女が、モノクロの世界で微笑んでいる。

 投下終了です。

>>293
映像で言うとひたすら主人公の後頭部を接写してモノローグを語るような、滲むように深く、迷うほどに暗いイメージは個人的には大好物です

アマデウスという映像作品をご存知でしょうか?
あれなども煌びやかな影で織り成される陰鬱なまでの人間の業の深さが魅力的な作品ですが……
煌びやかな空気はまさしく煌びやかで、そのシーンを区切るのにやけに強いドアの音などがその空気からの隔絶を表現しているように思えたりと
翳を売りにする場合は、光源の華やかさもまた必要かと存じます

……まあ、世界的な名作と比べたらいくらでも否定文句は浮かぶ罠と思わんでもないですが、ずっと翳ばかりだけでもなく、その翳の深さも同じ様な感じが続いていましたので……

没入するキャラ的にはそういう思考が続く事に問題はないようですが、こまめに俯瞰か何かで世界の広さを確認させてみて
広い世界に背を向けた状態での一つに囚われた思考という感じならば、より深く、より孤独に、そしてより狂気が滲みでたかと思います

お題下さい

>>304
グッドバイ

僕もお題ください

把握しました
>>305
お題はキャッチボール

>>306
ありがとうございます!

オダイクダサイナ

>>308
キッチン

>>309
アリガトナス!!

>>301
主人公のピュアな童貞臭が気にならなくもなかったけれど、語るべきテーマが最期まで貫かれてて良かった。
色覚異常がもたらす感覚を、生活感の漂うディテールから掘り起こすのではなく、あくまで絵画と絡めた抽象概念として処理したのも正解だったと思う。
とことんネガティブに徹した自分語り、という雰囲気。

ただ、まさにそのような作りの反作用と言うべきか、一本調子になってしまった感は否めない。
先の感想にもあるけれど、俯瞰した世界の視野と言うべきものが無かったので、ともすれば退屈な独白につきあわされている気分になりかねない、そういう危険性隣り合わせにある気がする。
作品の長さ的に、これ以上長くなるのであれば、何かしら変化が必要なのだろうと思う。

お題、もう一つ下さいませ

>>312ゼネコン

把握いたしました

お題ください

>>315
月極

>>316
把握

>>302一人の絵描きのある種のキチ入ったモノクロ人生をよく表現していたと思う。

ただ、ぶっちゃけつまらん人生を主観視点で延々淡々書かれても読む気はあんまり起きないかな…

通常の感性を持つ他者から見た主人公とか、彼女視点では実はこういう事を考えていた、評価していたとか、エレクトの友人からの主人公とかを書いて絡めて合わせ技とかしたら面白くなったのでは

お題くださいな

>>319
ブラウス

>>320
サンキューです

お題ください。

>>322
煙管

お題下さい

>>324
走馬灯

いまって品評会やってない感じ?

避難所でもやってないみたいね
人が増えたらまたあるのかなと期待してる

>>325
把握

そろそろ品評会も再開してみていいんじゃない? 書く人増えてきたみたいだし。

増えたか?
3人くらいが回してるようにしか見えないが
再開するのに反対しているわけではないけど

あの空気は懐かしいのは分かるし、やるならするが……
品評会やったとして、取り合えず酉なしでいいから参加すると明言できる人が他に何人いる?

参加するぞ!
酉なしとは言え緊張するな!

毎週なら参加するよ
月一は逃すともうアレだし

毎週やると数がまばらになって作品すくねえ!ってなっちゃうんじゃないかな
最近月末品評会にした理由がそれだと思うけれど、やっぱり月一か隔週で参加期間を延ばしたほうがいい気がします

>>329がマジで慧眼ww
それはさて置き、お題を下さい

>>334
流星

>>335
把握しました

月一に賛成

どっちでもいいけど、どっちにするにしろ参加者は五人くらい欲しい気がする
人数が少ないと悲しいことになっちゃう

あ、自分はやるよ? (´・ω・ )ノ 条件は特にナシで

じゃあやるって方向でいいんじゃないの
月末に投下でテンプレ合わせて

久々に再開されるなら参加しようと思います。

書けた。お題は>>253。投下する

 物心ついた頃に基地は既にそこにあって、僕はそれを生活の一部分としてあたりまえに享受することができた。台所にある
ティースプーンやバターナイフといったものたちと同様に。
 そういうのは別に、僕に限ってということではないし、ごくありふれたことだ。同年代の普通の子たちはみんな、基地に対
して僕と同じような感覚を持っているだろう。
 だから幼心に不思議だった。なぜ大人たちは基地を特別なものみたいに語るのだろう。寡黙な祖母や、おしゃべり好きでい
かにも愚かしく見える母にとって、それがどれほど異質なものとして映っていたのだろう。想像するのは難しい。 
 僕の村は海にほぼ面した場所にある。浜まで歩いて一分もかからない。
 基地は波打ち際から沖合へおよそ五百メートルにあって、一本の太い連絡橋で陸地と繋がっていた。渚に寄れば四六時中、
強靭な金属同士を激しくぶつけ、噛み合わせようとする音が心地よく響いてきた。村の中心に引かれた軍用の輸送路では、昼
となく夜となく、土ぼこりと甘い排気のにおいがした。
 そういうことが生まれついてから今までの日常すべてだったから、やはり僕は母の言うことが解せなかった。
 曰く、戦争を憎みなさい。
 だけど、どうしてそれを憎まないといけないのか、母は一切の説明をしようとしなかった。学のなさゆえに、自分の浅薄さ
が露呈するのを極度に恐れていたのだろうか。しかもそのくせ、夜になると祖母と一緒に切り盛りしてる酒場に出て、軍の男
たち相手に満面の笑みで料理を提供し、酒を注いで回っていた。大きくなるにつれて、それは生活のために必要なことだった
んだと理解していったけれど、はじめは不可解で、嘘つきみたいで、肉親ながらに気持ちが悪かった。だから僕はお店に出て
手伝いをしなくちゃならない歳になるまでは、口数が少なくて無愛想だけれど、誰にでも同じ態度をとっていた祖母をなんと
なく信頼して、彼女に懐いていた。実際、祖母も僕がまだ生活の役に立たないほど小さかった頃はよく遊んでくれた。
 当時の記憶として、今でも鮮明に思い描ける情景がある。
 あれは、これ以上ないくらいによく晴れた夏の日のことだ。僕は祖母に手を引かれて村の裏手にひっそりと伸びている畦道
を歩いていた。風は、全くなかった。道の脇には砂地にきつく根を下ろすトマトの畑が青々と繁っていて、その奥にあるコル
クガシの防砂林の向こうから村市場のざわめきがひそやかに聞こえてくる。
 照りつける日差しを阻む雲は一つとしてなく、今まさに乾いていこうとする世界は視界の中で滲んでいた。行く当て処なん
て最初からなくて、僕は被っていた帽子をより目深にしたり、脱いだりと手慰みにしていた。その時、ふと祖母が立ち止まっ
て、遠くを見るように空をやや仰いだ。僕は彼女のとった行動の真意がつかめずにいたが、耳を澄ましてみると道の彼方から、
地鳴りのような音が聞こえてきた。それはどこか遠い場所で発せられた轟音が、距離をものともせず漏れ伝わってきているの
だと簡単に想像できる響き方だった。
 熱いそよ風が頬を打ち、はたと予感に教われる。僕はいてもたってもいられず、祖母を置き去りに、音のする方へ走りだし
た。風はおもむろに強くなっていった。畦道は弓なりに曲がっていき、やがて樫林に飲み込まれる。その薄暗い木立の洞窟を
抜けると、真っ白な砂浜に出た。

 視界が開けたその瞬間、僕は目撃した。四隻の宇宙戦艦が重力に逆らって飛び立つ現場を。艦影は猛然と白い煙を吐き出し
ながら、満月のように煌々とした炎に推されて、目の前をゆっくりと移動していく。その姿は完璧といっていいくらいに美し
い巨大生物そのものだった。船底はクジラのように滑らかな曲線を描き、敵から身を守る無数の砲門が全体に備わっている。
最大の牙となるであろう主砲は側部に堂々と聳え、敵の潜む宇宙に向けてまっすぐに構えられている。
 穏やかな碧海と群青の空、その二つの深い青の中を悠々と泳いでいくに相応しい風格。
 僕は息をのんだ。押しのけられた大気が波となって襲いきて、僕はさらに息をのんだ。心臓が早鐘を打ち、押さえようのな
い身震いに小一時間立ち尽くした。
 その艦の名はティアマト。すべての神々の母か、あるいは化けクジラか。いずれにしても名に相応しい威容だ。
 そんな体験があったおかげか、成長して店を手伝うようになった時、僕は軍人たちに怯むこともなく、彼らとすぐに馴染む
ことができた。ティアマトを動かしている人たち。それだけで彼らを忌み嫌う理由なんてなく、むしろ親しくしたいくらいだっ
た。
 店に出始めてからいくぶんか経ち、歳の頃も十を数えるようになると、僕にもだんだんと軍人たちの実態を把握することが
できるようになった。
 彼らは夜になると軽装車でやってきて、店先に続々と乗りつける。うちにくる連中は変わり者ぞろいだったように思う。酒
なんて基地でも飲めるはずなのに、わざわざ橋を渡って内地に来ることからも簡単に察しはついた。
 誰ともつるもうとせずに一人で静かに蒸留酒を飲んでいるごく一部の例外をのぞけば、軍人はみな愉快な人間だった。彼ら
は古いおとぎ話の海賊みたいによく飲み、よく騒いだ。しょっちゅう喧嘩もしたが決して大事にはならず、後腐れしたことは
一度もなかった。殴り合っていたかと思えば、次の瞬間には肩を抱き合って下手な歌を歌っている、そんな人たち。
 だがもしかすると、努めて陽気に振る舞っていなければ正気でいられないような事情を各々に抱えていたのかもしれない。
何にせよ、戦う力のない小さな子供には関係のないことだったが。
 夜の酒場を手伝うようになってからは、いくつかの芸を覚えた。最初はハーモニカの演奏を余興としてやっていた。自分で
もなかなかの音を聞かせられるまでに上達したと思っていたけれど、軍人たちの受けはあまり良くなかった。だからハーモニ
カは取り上げられて、別の芸を仕込まれた。
 芸事の短い変遷を経て、ようやく彼らに認められるようになったのがナイフのジャグリングだ。はじめからきちんとした刃
のついたもので練習したので、手に切り傷を負ったのは一度や二度じゃない。それこそ数えきれないほど痕になった。だけど、
祖母が僕に与えてくれる玩具といったらふた振りの小さなナイフだけだったので、暇をみては白刃と戯れ続けた。
 芸を覚えるのは苦じゃない。むしろ楽しみとしてやっていた。熱心に一つの物事を繰り返していれば、必ず壁にぶつかるも
のだ。その壁が大きければ大きいほど、乗り越えたときの胸が熱くなる感覚というか、ひらたくいえば達成感が心地よかった。
祖母がくれたのは、ただハーモニカやナイフみたいに形のある単純なものだけではなく、練達の日々の中で養われる地道さと
いう気性だった。

 そういえば一度、店の裏でナイフ芸の練習をしているとき、顔なじみの軍人に声をかけられたことがあった。彼はナイフの
達人を自称し、小ぶりな僕のナイフを取り上げたかと思うと、目を光らせて仔細に点検し、空を切った。その時彼は飲み物を
くれたので、僕はしぶしぶながらに彼の講義につきあった。訓練で習ったことだろうか、効果的に相手の急所を突く方法や、
武器ごとの対処法、格闘術を交えた総合的な戦法などの初歩を浅く広く教えてくれた。軍人は刑務所の無頼漢に神の愛につい
て説くバプテスト派の神父みたいに熱心だったけれど、僕はほとんどのことを聞き流していた。
 しばらくするとナイフを返してくれたので、僕はそれを振ったり突いたりしてみせた。その様子を見て、軍人は非常に満足
したらしく、お守り代わりの空薬莢と、偉人の横顔が掘られたぴかぴかの硬貨をくれた。僕はそれらを大事にポケットにしま
い、彼に礼を言った。結局、硬貨の方は同じ晩に祖母が持っていってしまったけれど。
 ナイフの達人とはまた別で、店にくる他の男たちの中に教育者的傾向を持つ人は割と多かった。彼らの多くは敵を倒すため
の実地的な手法ではなく、主に精神論や心構えみたいなものを語った。
 軍人たちはしきりに「殺せ」という言葉を口にする。あるいはそれに類すること。敵を駆逐する、全滅させる、根絶やしに
する。
 宇宙人――宇宙に住む人間、僕らの敵――は、救いようもなく、純粋に、絶対的に悪い奴らなのだ。だから議論するまでも
なくただちに、地球圏から排除し、皆殺しにしてしまわねばならない、と。
 まだ、十年ほどしか生きていなかった僕は、殺すということの実感をもっていなかった。蝿や鼠を殺すことの「殺す」とは、
少々事情が違うということを。僕はある時期、僕以外の人間はイラクサみたいに放っておいてもどんどん増えるのだから、殺
してしまっても構わないと考えていた節がある。誰にも言わなかったことだけれど。だから、気兼ねなく宇宙人を殺して回る
ことのできる軍人たちが、野蛮だけど英雄のようで、羨ましかった。
 そういった気持ちが高じてか、ある時うっかりして、大きくなったら軍人になりたいと、祖母に漏らしたことがある。祖母
はただ、僕を厳しく睨めつけるだけで特に何も言わなかったけれど、なんだかとても悪いことをしてしまったような気分になっ
た。こっぴどく叱られるよりも、冷たく突き放される方がよっぽど堪えた。呆れきったというか、ほとんど軽蔑したような眼
差しを向けられて、すっかり僕の気持ちは萎えてしまった。
 それ以来、僕は家族の前で軍人の話をするのを控えるようになった。母も祖母も、彼らのことを内心では嫌っていたから。
 およそすべての戦争についていえることかもしれないけれど、僕たち一般の市民単位ではこの戦いがいつまで続くか、誰に
も分からなかった。毎夜顔ぶれをかえて酒場に通う軍人たちにさえ分かっていなかったんじゃないだろうか。
 ティアマトの初運用から次々に同型艦が出撃していった。艦の出港はいつみても心が躍る。艦隊が発進する段になると、地
下からリニアカタパルトがせり上がり、艦首を空に向けて角度をつける。発射台が補助するのは初段加速だけ。巨体が動き出
してからややあって、補助ブースターに点火される。そうしてあの美しい兵器は白い航跡を空に曳きながら、暗黒の世界へと
旅立っていく。

 重力を振り切っていったクジラの仲間たちが、再び重力に引かれてこの地球に戻ってくることもある。だけど多くの場合、
それは撃沈されてしまった残骸だった。
 大人たちはこのごろ流星が増えた、という話し方をする。つまり、敗残した艦が大気に焼かれて燃え尽きる光のことを指し
た。陰に陽に軍を批判したいがためだ。戦争で死んでいったものたちは、地球の空で星になる。皮肉にも詩的なこの表現は、
村の大人たちに浸透していった。祖母は夜に外で野菜の皮を剥いているときなど、ますます際立っていく空の火の粉を目にし
て、命の灯が燃えている、と満足げに笑ったものだ。
 それから季節は確かに巡り、永遠に続くかと思われていた僕たちの平穏な生活にも影が差し始める。
 情勢が日を追うごとにきな臭くなっていくのは、酒場に来る軍人たちの顔色を見れば明らかだった。子供にだって簡単に分
かることだったのだ、大人たちが覚悟を決めていたのは必定のことだろう。一人の不安は十人に伝播し、村を包み込む嫌な空
気が膨れあがっていた。村の中心を通る輸送路には自走砲が配備された。一般人に対して情報統制がなされ、前線の目処を誰
もが見失いながら、今か今かと戦闘を待っていた。
 そしてある夜、ついに僕たちの村で火の手があがった。
 耳をつんざくばかりのサイレンが海上にこだまし、飛行機が基地から一斉に飛び立っていく。軍によりあらかじめ設定され
ていた避難場所へ逃げようとする人々の流れから外れて、僕は一人小高い丘の樹上から戦争を眺めた。基地から発進し、天空
の小さな点と化した攻撃機と戦闘機は、大編隊を組んで東へ。大陸側からやって来るであろう、敵の軍隊を迎撃しにいった。
 音速の飛行機が裂いた空気の叫びが消える頃、東の空は朱に染まり、小さな、綿毛ほどの火種が夜一面に花開いた。だけど
それは宇宙人が完遂しようとした策の一部にすぎなかった。
 空の向こうで繰り広げられている戦闘に集中していると、突然基地の方角から大きな爆発音が鳴り響く。驚いて振り返ると、
夜の暗闇にまぎれて、敵のものとおぼしい数機の攻撃機が、発艦作業で無防備な状態だった次世代艦を攻撃している。基地の
警備に当たっていた戦闘機がスクランブル発進するも、すぐ撃墜されてしまった。彼我の航跡を遠目に追っていても、その性
能差は歴然だった。敵はおそらく新型を導入している。
 防御する術を奪われて、基地上の戦艦はもはや無用の長物となっていた。魚類はおろか、鳥にさえ似ても似つかない醜悪な
飛行機に、美しいクジラは蹂躙された。敵の機影は獲物を値踏みするように、隊列を組んで基地上空を旋回していたけれど、
そのうち音もなく、まるで闇から染み出してきたかのようにあらたな機影が加わった。後続は奇妙な形状の翼を持った爆撃機
のようだった。その黒い機体は速度を落として安定姿勢をとると雨のように爆弾を降らせ、ついに戦艦を炎の中に投げ込み、
基地を無惨なまでに燃え上がらせた。
 クジラは船体の半分以上を焼かれつつも、今際のきわに怨嗟の念を成就せしめようとして、不随の体を引きずりながら、過
剰出力で主砲を放った。だが光の矢は敵を貫くことなく、星々の世界へ発散し、オーバーロードに堪え兼ねた砲門は主ととも
に散華していった。

 任務を終えた敵機のうち一機が、僕たちの村に向かって高速で飛来し、無駄な抵抗をしている自走砲にミサイルを撃ち込む。
敵ながら鮮やかとしか言いようのない手際だった。攻撃対象の沈黙を確認すると、宇宙人の戦闘機はそのまま翼を翻し、海の
方へ戻っていった。数分後、僕たち基地の攻撃機が引き返した時には、既に守るものなど一つも残されていなかった。
 その翌朝、野外で一晩過ごした僕はなにくわぬ顔で酒場に戻った。母、祖母ともに怪我一つなく、避難所で一夜を明かした
ようだった。家は無事で、というより、村全体がほぼ無傷のまま戦火をくぐり抜けた。被害があったのは軍の輸送路と、兵站
くらいのものだった。
 壊滅状態だった基地は、その後、魂が抜けたみたいに静かになった。襲撃から数ヶ月経っても強靭な鉄の響きが蘇ることは
なかった。もと通りに再建される予定もないらしくて、縮小体制のまま運営を続けている。
 それとは別にもう一つ変化があった。戦闘があったあの夜以降、いつも店に来ていた顔なじみの軍人がめっきり姿を見せな
くなったこと。多分、彼らにもプライドがあったのだろう。僕みたいな子供にあれだけ大見栄をはっておいて、いざ戦いがあ
るとこのざまだったのだ。いったいどんな顔をして酒が飲めよう。理由を考えるのは簡単だ。
 それでも僕は思い切って祖母に聞いてみることにした。軍人たちはどこに行ってしまったの、と。
 決して少なくはない男たちが、死んでしまったことにはもう勘づいている。ただ僕は、宇宙で死んだ者は空で星になるけれ
ど、地上で死んだ者たちはいったいどこへ行くのか知りたかった。
 祖母は感情を交えないで、答える。
「死んだんだよ。死んで、神の国を仰ぐ者はそこへ、悪魔と契った者は地獄へ、何も信じていない者はただ土へ還るんだ」
「じゃあ、星の光になれないんだね」
「そうさね。死人すべての墓碑を建てるには、この空は狭すぎる」
 僕はそれっきり、訪ねることをやめた。そしてポケットに忍ばせたナイフを軽く握りしめた。もし僕が死んだら、僕の魂はど
こへ向かうのだろうか。ナイフの滑らかな刀身に自分の瞳を映し、僕はしばし己を見つめた。


 
(了)

おわりよん

宇宙船が、比喩とか見間違いとかじゃなくてガチでしたかww
星空の瞬きが聞こえるくらいに静かでしんみりとした作品に思わず魅入ってしまいました

……だけど、畦道の存在感が薄い気がww

星や流星というお題だったら、これ以上はそうはないという感じだったんですが……

>>348
感想どうも。まあ、畦道ってお題は着想する上のイメージの喚起に使ったので本筋にはあまり絡んでこなかった感じですが、まあ、そのあたりはご容赦を

おだいplz

>>350
サヨナラ

お題下さい

>>352
アイドル

>>352
延長

>>351
thx。

>>353-354
把握しました

 その日俺は、近所で開催されているフリーマーケットに来ていた。
 元々、フリーマーケットには結構足を運んでいる。特に夏場が多いのだが、その理由は……まあ、察していただけるとあ
りがたい。誓って、カメラを忍ばせていたり、スマホをカメラモードにしたりはしていない。人は心のカメラで思い出を撮
るのだ。
 そんなわけで売り子さんに気軽に話しかけていい感じの映像を目に焼き付けていると、これまた焼き付けがいのある女性
を見つけた。
 目の端にその女性の姿を入れながら何気ない風を装って歩く。女性の出店スペースの前まで来たところで、人差し指を適
当な商品に向けて声をかける。
「これっていくらなんですか?」
「どれですか?」
 女性が尋ねながら身を乗り出してくる。レジャーシートの上に雑多に商品を置いてあるので、こちらが曖昧に商品を指差
せば、隙間に手を着いて身を乗り出さざるを得ない。姿勢としては四つん這いに近い体勢だ。これで無防備な感じでオープ
ンになるというわけだ。
 そしてそのオープンな部分を観察する為にこちらもしゃがむ。これで目線は女性の顔を捉えながら観察が可能で、大事な
部分もバッチリ見える。
「これです」
 さっ、と視線を巡らせて、俺はひとつの商品に指を向けた。それは大きな時計で、いわゆる柱時計というやつだろうか。
文字盤の上の方に鳩でも出てきそうな扉がある。
「あっ、これですか。これはですね……2000円です」
 俺がこの柱時計を選んだのには理由がある。小物や服などを選ぶと、その商品の説明をする時に手に持つ事が多い。そう
なってしまうとせっかくの素晴らしい体勢が台無しになってしまう。逆にこの柱時計のように大きな物なら今の体勢のまま
説明をしてくれるのだ。そうなればピンク色の大事な部分が見放題になるというわけだ。
「実はこれ鳩時計なんですけど、時間になっても鳩が出てこないんですよ。まあ、だからフリーマーケットに出してるんで
すけど」
 そういって女性は笑う。大事な部分が軽く揺れる。
「鳩が出てくるのはここですよね?」
 俺はそう言いながら身を乗り出すようにして鳩時計に身体を近づける。
「そうです。この扉が開いて出てくるはずなんですけどね」
 女性もさらに近づいてきた。
「扉は開くんですか?」

 俺は尋ねながら視線を上げた。女性は顔を鳩時計に向けている為に、俺の視線が間近で彼女のアレを見つめている事には
気づいていない。
「扉は開くんです。でも、鳩が出てこないんです。なんでなんですかね」
 言いながら扉の部分をこつこつと指で叩く。微妙に形を変えることで大事な部分が少し見えなくなった。だがこういう変
化こそが逆に望ましい。一様に眺め続けるだけなど、味気ないことこの上ない。
「鳩がどこかでひっかかってるんじゃないですかね。時計自体はきちんと動くんですか?」
「それは勿論です! 横にあるネジを回していただければちゃんと動きます。動作確認済みですよ」
 顔に満面の笑みを浮かべて答える女性。俺の方もいいものが見れているので自然と笑顔になる。
「じゃあ、これいただきますよ」
「えっ、本当ですか? ありがとうございます!」
「2000円でいいんですね」
 俺は言いながら財布を開く。中には千円札が三枚と五千円札と一万円札が一枚ずつ入っていた。俺は五千円札を取り出す。
「すいません、五千円でもいいですか?」
「あっ、大丈夫ですよ!」
 女性はにこやかに受け取ると、腰のポーチから千円札を三枚取り出した。
「じゃあ、これで」
 俺が五千円札を渡す。女性が受け取り、三千円を返してきた。
「はい、おつりです。ありがとございます」
 俺は金を受け取りながら礼を述べる。
「こちらこそありがとうございます。ところで、ひとついいですか?」
 突然の問いかけに女性は不思議そうな顔をするも頷いた。
 俺は顔を近づけ、女性の耳元でささやいた。

「さっきからずっと、乳首が丸見えですよ? とても綺麗なピンク色で、思わず触りたくなりましたよ。わざと見せてるん
ですか?」
「えっ?」
 女性は間の抜けた声を上げて、俺の顔を見る。
「これはせめてものお礼です」
 俺は返してもらった三枚のうち、一枚を女性の胸元に――乳首に当たるように差し込んだ。
「ひぃっ!?」
 女性は慌てて胸元を両手で押さえる。耳は赤く、顔は羞恥に染まっている。
 俺はもう一度「ありがとう」と告げると、立ち上がり、その場を後にした。
 いくらか歩いたところで、鳩時計を持ってくるのを忘れた事に気づき、後ろを振り返ると、女性はまだ顔を真っ赤にした
まま、胸元を押さえていた。
 まあ、壊れてる鳩時計なんかいらない。ああいうのが見られればそれで十分だ。
 これだからフリーマーケットはやめられない。

                               ―完―

久しぶりすぎて投下宣言とか忘れてた。
失礼しました。

お題をくれると嬉しいな。

>>360

>>347
最後のところで、死んだ人はどこへ行く?って投げかけがいらない気がした
読者に対する問いかけというか、主題というか、そのたぐいに思えたのだけど、むしろそういうテーマ性が無い方がしっくりくる
映像による雰囲気が良かったから、読んだ後の感慨だけで終わらせたい
青い空と海に挟まれたくだりが好き

投下します。

「また」
「また」

 そう言ってしまうと私は南の方角へ向けて歩き出した。振り返ることはしな
かったが、コツコツという華奢な靴の音から、彼女もその十字路を北に向かっ
て歩き出していることが知れた。田舎の暗闇にひびく軽い足音の中には、わず
かにためらいのようなものが含まれているように感じられたが、しかしそれは
私の思いすごしだったのかもしれない。
 私はしばらくのあいだ、アスファルトの上に引かれた、薄くなり剥げかかっ
ている白線の上を、なんとなくたどって歩いていた。彼女と別れてから3本目
の電灯に差し掛かるころに、ふと顔を上げ振り返ってみると、遠くにある彼女
の背中はすでに濃密な闇の中に消えかかってほとんど見えなくなっていたが、
その足取りは別れる前よりもずっとしっかりしているように思えた。やはり、
すんなりと別れの挨拶をしたのは正解だった。今日無理に引き止めて話をする
必要はなかったのだ。私は疲れ切っていた。彼女もきっとそうだったろう。そ
ういう話をするにはもっと適切な日というものがあるのだ。
 目の前には駅のホームの灯りがみえる。改札口の蛍光灯には黒い靄のように
小さな虫が群がっている。私はふいに眠気を感じた。そしてここ数日のきび
しい仕事のことを思い出した。私はそれを乗り切った。婚約者とデートをし、
彼女を家の近くまで送り届け、そしていま再び都会のマンションの一室に戻
ろうとしている。今回の仕事は本当につらいものだった。全てを必要以上に
消耗させる何かがあった。
 改札をくぐるために定期入れを出そうと上着のポケットに手を入れた瞬間、
わたしは後頭部に強い衝撃を受けた気がした。振り返ることはできなかった。
ただ、ぼんやりした意識がゆっくりと蛍光灯の青白い光に吸い込まれていく
のを感じた。黒い靄が、宇宙に散らばったガラスの破片のようにキラキラと
明滅していた。

 私は熱せられた分厚い木のテーブルの上に横たわっていた。強く黄色い夏の
日ざしが、台所の小さな窓から差し込んで私の目の上に直接照りつけていた。
シンクの前には逆光になった黒い人影が立っている。冷房も扇風機もないこの
ログハウスの中で、その人影はやけに厚着をしているように見える。白く長い
エプロンが脚のあいだや脇からひらひらしているのが見える。
 私は大の字に寝そべっていた。体を起こそうとしたが、腕が持ち上がらない。
最初は疲労のあまり力が入らないのだろうと思っていたが、何度か起きようと
試みるうちに、まず、胴に革製のベルトが巻かれており、それが私をこのがっ
しりとした木製のテーブルの上に押さえつけているのだと知れた。解こうとす
ると、手首にも同じような革の手錠のようなものが巻かれていることが分かっ
た。かろうじて首を起こしてみた。足首もやはり動かないよう固定されている。
視線を感じたので台所の方を見やると、大きなガスマスクのような仮面をかぶ
った男がこちらをじっと見ていた。手には何か棒状のものを持っている。半身
をねじったために見えたエプロンの表には、黒っぽいシミがべったりと付着し
ている。男はこちらに向けて何かもごもごと言ったが、聞き取れなかった。た
だ不吉な、呪いのような空気だけが私と男の間に漂っていた。こめかみから大
きな汗の雫がじっとりと時間をかけてテーブルに落ちていくのが分かった。
 男はこちらへのそのそと歩きだしていた。私は必死になって胴や、手首や、
足首の拘束具をガタガタ言わせた。何度もすばやく体を反らせ、よじり、この
状況から脱しようと試みた。そしてふと、手首に巻いてある手錠の革の表面に、
懐かしいある感じを覚えた。その革の表面には繊細な筆記体で、アルファベッ
トのようなものが刻まれていた。『S.M』。そのイニシャルは、私の婚約者のも
のだ。彼女の癖のある細い字。それがそのまま手錠に刻まれているのだ。私は
なぜだか、とても落ち着いた気持ちになった。男のことも気にならなくなった。
ただ彼女と出会った夏の日の、美しい海辺の波の音や、彼女のスカートのひら
めきや、日焼けして皮の剥けた自分の鼻のことを思い出した。男は棒を振り上
げ、私の側頭部を一撃した。私は強い衝撃を全身に感じ、体は強くのけ反り、
跳ね上がった。


「……さん。……さん。おきて……」
 私は強く目を見開いた。それと同時に彼女の手が私の頬にそっと置かれるの
を見た。
「大丈夫ですか? ほら、起きて。今日は海に行くんでしょう。もうそろそろ
起きないと道路が混みますよ」
「ああ、そうだった。大丈夫。なんだか変な夢を見たみたいで。ああ、大丈夫
だよ。もうこんな時間か。もっと早く起こしてくれてもよかったのに」
「何度か起こしましたよ。でもあとすこし待ってくれ、あとすこしだからって
何度もおっしゃるから」
「そうか。すまない。よし、君はしっかり起きているようだ。これならなんと
か混む前に海に着けそうじゃないか?」
「まったく……」
 そう言うと彼女は台所へ向けて歩き出した。いつもの習慣でパジャマの裾を
引っ張ってやりたい欲求に駆られたが、裾はすでに手の届く範囲の外にあった。
息を深く吸うとコーヒーの匂いがした。彼女はずっと前に起きていたのだろう。
そして私がベッドから転げ落ちた音を聞いて――おそらくいつものように子
犬じみた小走りで――駆けつけたのだ。私は首をひねってみた。普段通りに動
かすことができる。なんとなく手首を見てみた。何もない。たしか、夢の中の
私は縛り付けられていて、なんだかとても恐ろしい目に遭ったような気がする。
しかし、そんなこと、今はどうでもいい。重要なのは今日、海へ行くことだ。
彼女と初めて出会った海へ行くこと。そして……
 パンを焼くいい匂いがしてきたとき、ふいに彼女の携帯電話の振動音が聞こ
えた。彼女はすばやくエプロンのポケットに手を入れた。私は気付かないふり
をして、床に仰向けに寝転がっていた。薄く開けた横目で、彼女が私の目の届
かないところへそっと歩き去っていくのを見た。フローリングを歩く足音には、
かすかにためらいのような物が含まれているように感じられた。メールを打っ
ている気配もした。私はその相手を知っている。私の同僚であり、彼女の上司
であり、彼女の大学時代の先輩だ。これは思いすごしではない。私は知ってい
る。我々がいずれ別れなければならないということを。そして今日がその日で
あるということを。

お題くれ、なんか胸くそ悪いやつ

投下終了です。これからしばらくここに滞在するかもしれません。
感想などいただければ幸いです。

めるらん無記入てあったけど普通にさげてしまった。

>>367
虐待

お題欲しいけど人いるのかな

>>370
お題が欲しいなら、硝子なんていかがでしょう?

>>371
さんくす

お題くれさいな。

>>373
監視カメラ

>>374
よしゃ。トン。

お題下さい

>>376
集会

把握

>>366小説、SSというよりは単に1シーンを雑に説明しただけのような印象を受けた。比喩表現、描写、掘り下げ、心理描写等々が圧倒的に足りないかと

お題求ム

>>380
ブラジャーの脱がし方

お題下さい

>>381
さんくす

>>382
正三角形

>>379
感想サンクス。
その辺はこれから精進していくよ~。

odai

>>386ファインプレイ

極めて常識的かつ簡単なお題

>>388
中秋の名月

>>384
ありがとう

もう少し、いくつかお題下さい

>>390
穴ボコ
水をまきにやって来た
さようなら

>>390
線香花火

シチュエーションお題下さい

>>393
朝から両親が殺されていた

>>394
ヘビーだなあ。
よーしやってみよう。

お題ください。

>>396
時の思い出

>>397
了解しました。

>>391-392
把握しました

通常作投下します
2レスほど


「ぬーじょーさんがおるいうて、年嵩の盆介はワシを山に連れていきよった。
 大人の人らは示し合わせたように『そっしぶなんてやらはって……』とか迷惑そうに言っとった。どこ
におるんか分からへんけど、おるの見よったら無理やりにでも連れ戻すくらいに、みいんな気が立ってお
った。
 立っておったけど、どこにおるんかわからへんし、おったって連れ戻せるかもわからへんかったから、
みいんな迷惑そうに言うんやけど、言いつつもどっかこうもう知らんことのような感じで言うとった。
 そうそう、連れてったのが盆介っちゅうのも、今に思えば洒落が利いとる。洒落いうても大仰に笑える
もんでない。最近よお言いよる"ぶらっくじょーく"っちゅうに似とる。
 もうじきにお盆の季節やからって、ご先祖さんをお迎えするのに、そういうぬーじょーさんなんか村に
おったら、ご利益があるんかないんかもう分からんいうて、せやからだいぶ前におらんようなった人のこと
を、そん頃になってまた迷惑そうに語っとったんや。
 そういう時期やったのに、誰もがぬーじょーさん返ってくるとは思とらんかった。
 山ん道の人のもんちゃう道、獣の道ちう所を通ってな。普段行かん奥の奥へとずいずいと進んでいきおる
よってワシも慌ててついてった。
 足元も草に隠れてよお見えんで、ついてくのがやっとやったから今もあそこがどこやったかはわからへん。
ただあの山のどこかやった。
 息が切れて走れんようなる思た頃に、盆介は『着いたで』言いおった。
 草むらん中で穴ぼこだらけの少し開けたとこがあってな。その真ん中に穴があって、盆介は『この穴に
ぬーじょーさんおる』言うて、少し離れたとこの枝を拾ってきてつつきおった。
 すると、うおうおとくぐもった低い唸り声がしてきてな。盆介は『生きとる』言うて、いつの間にやら
持っとった蛙を穴に放り込みおった。
 唸り声はぴたとやんでな。代わりに、ぐじゅりぐじゅりと噛み潰す音が穴から響くんや。
 蛙の鳴き声は、始めからずっとせんかった。
 ぐじゅぐじゅいう音になんか息が詰まった風の嗚咽みたいな唸り声が混じり初めてな。ワシは怖あなって
『出てこんの?』て聞いたら『出えへん』て盆介がいうんや。
 その言いようがどっか暗あて、盆介に何か言おうとしたんやど、穴からの声が唸り声から吼え声に代わり
おったからワシは驚いてなんも言えんかった。


『ないとるだけや』て盆介が言いおったけど、声が続くんも怖かったもんで、ワシは盆介を見習って枝に
ムカデを引っ掛けて穴に入れたんや。
『阿呆!』
 血相変えて盆介が怒ってな。ワシの手を引いて来た道を走り出したんや。
 はじめは何でそう怒るんか分からんかったけど、鳴き声が止まってホンの少しでとてつもない叫び声が
聞こえたんや。
 死ぬ間際の人が憎しみを搾り出すような声で、うあうあと狭いところで響くような感じで広がってった。
 行きと違ごて、盆介すらぜえぜえと息しとって、ワシも何度も転んでやっとのことで村に戻ると、盆介は
ワシに『今日はずっと村におった。ええな?』いうてさっさと家に帰ってもた。
 ワシもクタクタで、すぐに家に帰ってお父に怒られて寝たんや。
 そーいうわけやから、見てはない。
 ぬーじょーさんを見んままに終わってん。
 葬式はちょうどお盆の日の晩やった。葬式をずらすこともでけへんで、なんや村の人も呆然としたままで
葬式しよったらその日やったみたいな風でな。
 あの夜中に、村長の、盆介の一家がやられたんや。ぬーじょーさんに。
 ぬーじょーさんは後から出おった周りの家の男手に押さえつけられて、そんだけで死におった。やから、
ぬーじょーさんやったちうことにした。村の皆がそう決めた。
『ぬーじょーの邪魔をするな』『山ん中、土ん中すら迷惑か』いうて、必死の形相で暴れ回ったちうはなし
を後から聞いた。誰やったかは覚えてへん。
 やから、ワシはぬーじょーさんを見てへん。
 見ようとも思わん。
 他所でここがぬーじょーさんで有名や言うんならそうなんやろ。
 しとるやつもおるかも知れん。
 やけど、穴ぼこのある広場を見つけても近づいたらあかん。
 木の腐って割れたような穴を見ても覗き込んだらあかん。
 入定の邪魔をすると穴から鬼がでてきおるで」

以上です
お題を下さった方、読んでいただいた方、ありがとうございました

お題ください

>>404
湿気たマッチ

ちょっと、上の酉を間違えてました

これでした

という訳でもないんですが、お題下さい

>>407
麦茶

把握しました

夏休みもそろそろ終わりそうだし、久々に品評会でも開こうか

九月一日〆でどうよ?

いいんじゃない?

んじゃ、お題は>>415で。レス数や制限を設けるなら一緒にレスおね



第七回月末品評会  『(´・ω・)<お題は>>415

規制事項:(レス数の制限や、シチュエーションの縛りなどを明記して下さい)

投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/01(日) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/02(月)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

はやく通常作書き終えよう
どれだけ前にお題をもらっただろうか

kskst

明るい未来

縛りはナシとか、SM好きにとっては明るすぎる未来ですな。いや、白日の下での放置プレイというのもアリか……。

ああ、ごめんなさい。制限を書くのを忘れてた。
作品は10レス以内に収まるように。その他、シチュエーション縛りなどは特になしで。
変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。

変な、かよww 把握wwww 思いっきり想像力駆使しちゃるww

明るい未来か
THE BACK HORNの未来が頭の中に流れてきたわ
書けるかなー

第七回月末品評会  『明るい未来』

規制事項:10レス以内
       変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。


投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/01(日) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/02(月)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

お題なにか下さい

>>421
最近の若者

>>422
把握しました

お題下さいな

>>424
隕石

>>425
了解しました

お題をくださいな

>>427
ブーメラン

>>428
サンクス!書いてみます

●騒動のせいで2ch規制解除みたいなんで久々にvipに立ててみません?

立てたら支援するよ?

立てますた

さっき落ちたスレで言ったBNSK入門漫画描けたよー
http://i.imgur.com/j9pKgvS.jpg
間違ってたりしたらすまんぬ

お題ください

>>434
コンセント

おだいば

>>436
母の浮気

VIPにスレ立てるなら、朝方にしといた方がいいかと
ついでに品評会告知も貼って

お題くで~

>>438
波の音

>>433
総スルーでワロタwwwwww

ワロタ……

>>440
まあ、いいんじゃないかな
そのスレ行ってないから
どういう流れだったかは知らないけど……

>>439
ありがとさん

>>440
あー、ごめん。面白かった
むしろ、面白いけど感想描かない時ってあるんだーって、今自分の行動で知った

どっちかっていうと面白いかより使用に足るかが知りたかった(白目)

面白いかより人増やしに使用できるかが知りたかったね(白目)

書き込めてないと思ったら書き込めてたか
お題くれ

>>445
白身

んで、初めての人でも分かりやすいとは思ったよ
……というか、絵も描けて小説も書くんか……多芸だなオイ

ぬへっほぅに謝ればいいと思うよ

白身把握

お題下さい

>>449
妖怪

>>450
把握

お題下さい

「煩悩」で

ありがとうございます

他にもいくつかお題ください

おおばかげろう

把握しました
もう一声、いや二声お願いします

放蕩

>>457
お尻

>>458-459
把握しました
ありがとう

ライトなおだい

>>461
割り箸

割り箸

今日は俺か
今まで、ずっと待っていた
今日、この日を
少し不安で、少し嬉しくて
でも、いよいよだ
今まで割られたあいつらは、皆喜んでいた
やっと来たその日に、この日目を輝かせていた
俺も割られるんだ
でも、何となくもう少しだけ時間が欲しかっt…………

パキャッ

さて、品評会の方はどうでしょう
皆さん書き上がってますか?

まだ

追い込まれないと実力を出せないタイプだから

まだです…
やばいです。がんばります。

はっはっはっ、それはもう……全然できてないですYO! HAHAHA! HaHaHa...

おだいください

>>468
明日

>>469
明日と言わずにいまお題を頂きたいのですが
駄目ですか? あなただけが頼りなのです!

>>469
本当にありがとうございました、はあく!

>>470
暑さで変なテンションになってるぞ……

一瞬ドキッとしました、面白いネタですねww

通常作品を投下したいと思います。三レスほど


 好きに使える拓けた土地なぞあるわけがない。
 だからこれは寝物語なのだ。
 邯鄲の枕。一炊の夢。
 けれどそれは違えようもなく、いい夢だったのだ。

 誰が言い出したか、蜉蝣は飯を食わぬもの。
 実際に、わざわざ飼って確認したという者なぞはおらぬものの、誰もが確認するまでもない事として
理解している。
 だから村の者等が彼を陽炎と呼んだのは、それがどこか他人事のように飄々として感情を捉え辛いと
いうことだけが理由ではなかった。
 やや異質な言葉使いをそれが正しいとばかりに改めようとしなかったということもある。
 やけに綺麗な綴り紙を惜しみなく使ったり、横書きに筆を滑らせたり、更には左から右へと読んだり。
 正(生)の作法とは別の、あたかも死出の作法のような振る舞いに、どこか生きている感が掴み辛かっ
たのもあるだろう。
 けれどそれよりも何よりも、彼は自分の知恵と物を吐き出すばかりに見て取れた。
 彼が失った品よりも価値のある物が彼に返った事はない。
 彼が伝えた知恵よりも意味のある知識を彼が知った事はない。
 その様がまるで己の身に蓄えた滋養が尽きれば飢え死ぬだけの蜻蛉に重なって見えたのだ。
 隠し田は隠すことそのものが本義。そう伝えた時には蜻蛉は苦笑した。
 苦労も知らぬ出で立ちで、哂えるだけのどんな理屈あるというのだと、村の衆の心に良くも悪くも火を
つけた。
 聞くだけ聞いて間違いを見つけしだい言い返してやろうと、それは村の誰もが蜻蛉の如く細い体つきの
彼に力で勝ちたいと思えなかったからに相違ない。


 彼は言った。貧しいから隠すのだろうと。豊かになれば隠さなくとも済むと。
 村の衆は言った。食える物が増えれば食い扶持も増える。豊かなど米を集めた先にしかないと。
 彼は続いて言った。魚を与えても一日でなくなる。だが魚の取り方を教えると一生食える。ならその
一生食える方法をより多く握った者はどれほど豊かに生きていけるだろうかと。
 村の衆は更に言った。その一生食える手段とは何かと。
 彼はそれを受けて言った。棚田の開発だと。
 村の衆は彼に問うた。棚田とは何だと。
 彼は村の衆に答えた。綺麗に整えられ、無駄に水を使わずに済む、棚の様に整然と並んだ斜面一面の
田んぼのことだと。
 村の衆は呆れて言った。そんな事は誰しも最初は考えると。
 彼は微笑んで応じた。どうして失敗したのかわかっているのかと。
 村の衆は激昂して言った。やってみればわかると。
 彼は大笑いして言った。そら、それが理由だろうと。しっかり測らずにやろうとするから失敗するの
だと。終わりも見えないからどこまでやっていいかわからない。どういう形にするのか決めてないから
削り出しが多かったり甘かったりする。しっかり計算してやれと。
 村の衆は彼を問い詰めた。なら貴様は算術ができるのかと。
 彼はしたり顔で言った。数の学問は一通り修めていると。
 村の衆はそれでも言った。数だけでどうにかなるもんでもないと。
 彼はそれならと聞いた。今まで斜面の盛り土に何本の杭を打ち込むのか決めているのかと。
 村の衆は不思議に思って聞いた。それを決めていたらどうなるのだと。
 彼は呆れて答えた。その場に居らぬでもその備えなら誰もが手伝えるだろうにと。
 村の衆は辛うじて言った。それでも重い岩や土を運ぶのは力だと。
 彼は優しげに言った。どこまでやればどこまで実入りが獲られるのか、先に分かっていれば励みにも
なろうと。
 それでも村の衆は隠し田の届出には渋ったが、棚田の開墾とやらをやってやろうという気になった。
 例え、隠してた罪を強く言われて新たに開墾した棚田を奪われることになっても、棚田をより早く開墾
できる技を持つ連中は大事に扱われるに違いないという彼の言葉に背中を押されて。
 どうせ。つまるところ。所詮。誰の頭にもそういう思いがよぎっていただろう。
 それでも陽炎が、盛る土に削る岩、切り倒す木に杭の数、その数を算術で弾き出す時だけは生き生きと
するもんだから、村の衆は不安を笑って追い払った。
 僕は土と木は苦手なのだと陽炎は言う。村の衆は大笑いして、誰よりも土の量、木の本数を気にかける
ヤツが何を言うと言った。
 十年も過ぎればまだ幼さを残してた陽炎もいっぱしの大人面をするようになる。


 陽炎の語る棚田も、次第次第に広がりを見せ、かつて彼が語っていた通りに隠し様がない斜面一面の眩
いばかりの田んぼの棚が揃っていた。
 その頃にはもう、寺社や城主に知れられており、それでも不思議に横槍を入れられることはなかった。
 彼の持っていた教科書とやらも、一度は没収されたが返ってきた。
 彼の指示に従って、村の衆は手が空いたなら棚田を作る。それを容認してくれたのだと、愚かしくも信
じていた。
 どうせ蜻蛉。つまるところ蜻蛉。所詮は蜻蛉。
 幾分かマシな身体つきになったとて、それでも未だ蜻蛉の如く細い彼を、寺社や城主はどんな目で見て
いたか。
 甲も乙も丙もない。XYZという奇怪な記号が並ぶそれを、他ならぬ彼に解読させていたとは。
 他ならぬ陽炎が、己が生きる糧を切り崩していっていたとは。
 他ならぬ彼を蜻蛉と揶揄した、我々がそれに気付かずにいたとは。
 好きに使える拓けた土地なぞあるわけがない。
 棚田の最後の一段が完成したとき、祝いに来ていた城主に兵に連れられて陽炎は消えた。
 勝手な開墾も罪である。
 隠し田も罪である。
 だが村すべてを罪人とするわけにもいかない。
 陽炎の語った通りに、次なる棚田の開墾を求められ、村の衆は飢えずに暮らせる十分な食が保証された。
 村の衆はこれからも働く。であるから、厳しく罰するわけにもいかない。しかし、誰かが罪を負わなけ
ればいけない。
 そしてそれを負えるのは、始めは村の衆に嘲られ、終いには村の衆から尊重された、未だ一人身の陽炎
しかいなかった。
 何しろ陽炎のいる限りは、村の衆は陽炎の指示を求めるだろうから。
 だからこれは寝物語なのだ。
 いかな栄達があろうとも、夢のままで終わってよかった事柄。
 邯鄲の枕。一炊の夢。
 そう願っても、どうしてもこれが|現《うつつ》でしかないのなら、せめて彼の名をこの地に残そう。
 小さな場しかなかったこの村に、大きな場を与えてくれたお礼に祭ろう。
 大場の夢。大場の幻。それでもこの大場の村の衆の眼に確かに映った、大場の陽炎と。
 それは違えようもなく、いい夢だったのだと。

 好きに使える拓けた土地なぞあるわけがなかった。
 やっぱりこれは寝物語なのだ。
 邯鄲の枕。一炊の夢。
 蛍光灯に照らされた見慣れた室内を見て、大人とは違う自分の体格をひとしきり確かめて、つくづくそう
思い知らされた。
 けれどあれは間違いなく、いい夢だったんだ。
 かつて夢見たような、大場町の算盤の神様の人助けの物語のように、そうなりたいと願える大切な夢。
 その夢を励みにして、また受験勉強に戻ろう。

最後に手間取りましたが。お付き合いありがとうございます
お題をくれた方、読んでいただいた方、そしてひょっとしたら感想をくれる方。ありがとうございました

お題:本当に、本当にありがとうございました!(ロリ声)

9時になったらvipにスレ立てます。品評会の宣伝も兼ねて

>>475
読んだがかんじむずかしい。形としては歌に似たものだと思う。これは絵本か何かでやる言葉運びではないか。目が滑る。

>>477の元ネタ分かる人いるの?

>>478
了解

元ネタ…見当もつかん

うむむ……
じゃあ
神の国:新宿でどうよ

【品評会】文才ないけど小説かく【開催間近】
建てました

「明るい未来」

夜が、明けた
私の望んでいた世界は、こんな世界ではない
こんな、機械に埋もれたどうしようもない人間の世界じゃない
どうしてこうなった
私は何も間違えなかった筈だ
どこでこうなり始めた
どこでどう間違えた
道を歩けば煩い機械音にのまれそうになる
空を見上げれば真っ暗な煙に覆われて見えない
一度町の外に出れば荒野だ
何なのだ。この腐った世界は
これが我等人間の科学の成果なのか

ならば、駆逐せねばならない
この世界を腐敗へと導いた
愚かな人間達を
ならば、救わねばならない
人間によって生み出された
哀れな機械達を
ならば、変えなければいけない
人間の手で腐ってしまった
この、腐った世界を

私の目には、何も映らぬ
ただ、絶望と怒りにのみ動かされる
私も愚かなのだろう
ヒトでありながらヒトを拒む、この、私も

終了

お題下さい

>>487
魔素

品評会作品を投下します

書き忘れました。3レスほどです


「明るい未来なんて想像つかないな」
 久しぶりの連絡で彼女ができてたと伝えたら、わざわざ電車を三つも乗り継いで会いに着てくれた親友には
悪いと思ったものの、僕の正直な感想といえばそういうものだった。
「なんでだよ」
 この沖守凪人という親友は昔から変わらず正直者で、今もまた痛まし気な表情を隠さずにいる。
「別に、それが悪いこととは思わないんだけどね」
「いや思えよ。お前のことだろ」
 まるで自分のことのような気迫でそう言ってくるので、僕は笑いを堪え切れなかった。
「なんだよ。俺がおかしいのか?」
「大丈夫だよ」
 笑いを堪えながらそう言っても凪人の気持ちは治まらなかったみたいで、まるで抱き寄せんばかりの勢いで
肩を掴まれた。
 それはさっきよりももっと必死な振る舞いで、自分のことでもないのに凪人は泣きそうな顔をしていたので、
酷い事をしてしまっているという自覚が今更ながらに湧いてきた。
「大丈夫だよ」
 手をゆっくりを押し退けながらそう言うと、凪人も不承不承ながら頷いてくれた。
 空はまだ青いものの日はもう落ちようとしていた。
 国道沿いの一筋隣の道路は案外人通りが少ないもので、凪人が駅に向かう道には殆ど何の障害もないと思えた。
 それが別れの近さを暗示していて、この優しい親友を不安がらせたまま帰らすわけにも行かないと、僕は早々
にタネを明かすことにした。
「メールも頻繁にしてるんだ」
「……そっか」
 なんとか納得しようとしてくれているようで、やや難しい顔をしつつもそう言ってくれた。
「業務連絡以外は、原則として三十一音までって決められちゃったけど、それも楽しくてね」
「いや駄目だろ!」
 それに甘えて肩をすくめて冗談交じりに言ってみたが、冗談とは思われなかったようで怒ってきた。
 冗談だけど嘘でもないから、知らないなら怒っても仕方ないのだけれど。
「駄目じゃないんだよ。それがいいんだ」
 気弱げに見えてもどこか芯のある。彼女は、伊藤芙美はそういう女性だ。
 花も葉も茎も大きさの割りには難なく摘み取れそうで、でも一部だけ摘んでもそれほどの魅力はなく、全体的
に柔らかなその風情を支えるその芯には侮りがたい幹がある。そんな芙蓉の木そのものだ。
 力任せに口説くのは、その風情を解さぬままに枝をへし折るも同然のことで、だから僕は芙美が願ったお遊び
に付き合う。
 その樹の葉の一つも残さずに、全てをこちらの大地に移し変えるために。


「5・7・5・7・7で思いを伝えるのも案外楽しいもんだよ」
 そう伝えると、凪人はそういうことかととても深い溜息をついて、嘆かわしいと言わんばかりの声音で返して
きた。
「つくづく変っているとは思っていたが……」
 言い表せない部分は肘となってこっちのわき腹に襲い掛かってきた。
 本気ではなかったのだろう。咄嗟の事でも足を捻って身を捩ってかわす事ができた。
「あぶないなあ」
「変に気を揉ませやがって、コイツ」
 ヘッドロックのように掴みかかってくる腕を捕らえて、圧し掛かろうとする体重を押し返す。
 やけに手加減されているお蔭か、そのまま押し退ける事ができた。
「荒っぽいな、もう」
「荒っぽくて悪かったな」
 軽く握られた軽い小突きは、三度目の正直として受けておいた。
 やっぱり、痛くない。
「でもこれくらいなら大丈夫なんだな」
「何が?」
「足」
「ああ、うん」
 ぶっきらぼうにそう凪人に言われて、そういえば足の怪我を気にしていなかったなと今更思い出した。
「歩く分には平気」
「そうか」
「思ってたよりも文芸部が面白くてさ、さっきまで忘れていたくらい」
「そっか」
 とても分かりやすく、凪人は次第次第に笑顔になっていく。
「明るい未来なんて想像つかないとか冗談いうから、彼女と何かあったと思ったじゃねーか」
「芙美に何か言ったら、さすがの僕でも怒るよ」
「なるほど。……分かった」
 うんうんと頷きつつそういうと、凪人は駅の券売機に向かっていった。
 キップを買って、改札に向かいつつ最後に凪人は言った。
「恥ずかしいからって、明るい未来を内緒にしようとするなよな」
「えー」
 反論する暇もなく、僕のぼやきに重なるように声を張り上げて凪人は言った。
「じゃ、またな。大地」
「またね、凪人」
 だから訂正する事もできないまま、僕はそう言って凪人を見送った。
 けれど本当に、明るい未来はイメージがつかないんだけどなと、一人ごちても誰も聞く人はいない。
 日が暮れる。あちこちで明かりはついていても、それでも街は暗い。
 メールが届いた。


  大地には 色とりどりの 花が咲き 一輪の花 気付かれもせず

 咄嗟に振り返ると、駅と道路を挟んで反対側、少し離れたところに芙美がいた。
 つい駆け寄ろうとしたら、手で止められる。
 どうやらご立腹を演じたい様子で、僕はメールで口説けといわれているらしい。
 見られながら考えるのもなかなか

  厭う事 もはや終わりと 花に乞う 一輪の花 ここに植われよ

 送ると、その悪戯っ子のような笑顔が赤く染まった。
 近寄る事を止める動きはもうない。
「夕日のせいかな」
 そう言うと芙美は顔を俯けた。
「そ、そうかも」
 地平線に沈もうとしている夕日は西の空を赤くしている。街を赤く染めるほどの光はもうないのだけれど
……。
「そうだろうね」
 僕はそう言っておいた。
 風情を解さないと、いや解そうとしないと、この背の小さな恋人はとても深くご立腹になられるんだから。
 隠す気はなくても、素直に伝えるのは恥ずかしいらしい。それでもどうにか伝えようと、芙美は様々な挙措
で想いを表現しているのだろう。
 だとしたら確かに、無視しては大変な事になる。
 今だって、沈黙に耐えかねてか、ついと無言のまま芙美が歩き出した。けれど、それは決して僕を置いて
いこうとするような歩幅でもない。
 これは追いついて、そして闇の深くなった公園にでも連れ込むべきかな。
 彼女の親友がいるときはとても素直に明るく、白色の芙蓉の花のように大きく朗らかで、何も警戒すること
なく安心と信頼を晒している。
 けれど二人っきりになったらこのように、闇に溶けて輪郭のぼやける赤色の芙蓉の花のように、陰を抱えては
不安を見せる。
 敢えて見せてきていると分かった今では、彼女のその不安を的中させるのが務めだとすら思えるようになった。
 僕には彼女と幸せになる未来が待っているだろう。
 彼女は僕といて悦びを覚える未来が待っているだろう。
 怪我も挫折ももう遠い昔の事と思えるくらいで、手慰みの部活動はいつしか本心からの趣味になっていた。
きっとこの喜びは、彼女と一緒にいる限りずっと続くのだろう。
 だけどそれは、白日の下で祝われるような明るいそれではなくて、もっと密やかで秘めやかな、薄暗い部屋で
一本の蝋燭の火に照らされたおぼろげで艶やかな遊女の横顔のような、暗く静かな未来になるんだろうなと思えた。


                                                          END

以上です

品評会作品を投下いたします。


 いよいよ結婚式が明日に迫っていた。
 親しい知り合いや会社の人などからは既に多数の出席の連絡を受け取っている。そもそも明日の結婚式の準備については、
もうしつこいくらい何度も確認しているし、式場で出す料理や引き出物なんかについても散々相談して、納得のいくものを
決定してある。だからもう準備は万端であり、前日ともなると特にやることは無くなってしまう。いや女性の方は色々と気
を揉んだり、なんだかんだとやることがあるのかもしれないけれど、俺なんかは本当にやることが無くて暇だ。結婚式の前
日とは言っても、明日の服装を事前に合わせて見たりするぐらいがせいぜいだ。
 でもこうして、二人が結ばれる直前の最後の日を、恋人として過ごすだろう最後の日を、彼女とこうやって一緒に過ごし
ている事に、やはり不思議な感覚と言うか、あるいは幸せと言うか、言葉に上手く例えられない気持ちを感じたりしてしま
う。一応は、俺たちお互い愛し合っているわけだし。
「ねー、やっぱり食事はBコースの方がよかったかなぁ」
「何をいまさら……」
 特にやることもなく居間の畳でごろごろと寝転がっていると、美加は少しだけ不安そうな声音で俺にそう訊ねて来た。今
更そんなことを心配したって仕方がないのだが、こいつは昔からそうなのだ。優柔不断で、散々悩んで決めた後でも、自分
の決断が間違っているんじゃないかと、ウジウジと悩んでしまう。俺は昔からそんな美加の隣に立って、いろいろと相談に
乗ってやったり、彼女が何かを決断できないときは、バシッと代わりに決断してやったりもした。だが美加にもそろそろ自
分の決断に責任を持ってもらわなくちゃいけない。結婚をして、そしていずれかはママになるのだ。だから、ここは彼女が
自分の決断に弱気にならない様に、自信をもって明日に臨めるように、ビシッと言ってやらなければいけない。
「散々悩んで、それでも美加が決断したんだろ。大丈夫だよ。みんな納得してくれるし、俺も納得してる。明日はそんな顔
すんなよ。晴れやかな日になるんだから、自分の選択に自信を持て。食事はCで大丈夫!」
「でも……翔ちゃん、Cコースの料理にあるピーマン食べれないじゃん……」
 ちらっと上目遣いで、まるで咎められているかのように見つめられる。こうやって、昔からピーマンが食べられないのを
散々からかわれてきた。子供っぽいだの、体は大きいクセに舌がお子様だのと。幼い時からそうだった。彼女は言い争いで
俺に勝てないから、そんな変なところばかりを攻撃してくるのだ。
 なんだかその事を思い出したら、思わずふふっと笑ってしまって、美加に変な目で見られた。美加との思い出が、彼女の
その言葉によってまるで走馬灯のごとく駆け巡って、胸に温かいものが満ちていくような、そんな愛おしい気持ちになった
のだ。
「俺の事はいいんだよ。どうせ大して食わないんだから。そもそも結婚式って言うのは女性が主役なんだよ。純白のさ、眩
しいほどにきらめきを放つウエディングドレスを着て、みんなのカメラのフラッシュを浴びて、そんで家族からクソ長い手
紙読んでもらって……お前の家族、手紙読んでる最中にきっと大泣きするぞ。俺には分かる。あの人と俺って結構似てるん
だ。不器用そうな人だけど、お前の事すっごい愛してたんだろうからな。あっ、愛してるっていたって別に変な意味じゃな
いぞ」
「ふふっ……分かってるよー。ん、やっぱ、そうかなあ。……えへへ、なんかありがとう、翔ちゃん。よく分かんないけど
ちょっと安心した」
「よく分かんないって何だよっ! まあ、昔からずっとお前の面倒見てきたし、今更お礼を言われようが何の感慨もないけ
どな」
 俺が照れ隠しのように茶化すと、美加はもう一回ふふっと笑ってから、ゆっくりと立ち上がった。恐らくお茶を淹れに行っ
たのだろう。長年見続けきたその背中は、先程よりも少しだけ安心したように、リラックスしたように見えたからもう大丈夫
だろう。


 しかし予想に反して、美加は事あるごとに困った顔をして俺に話しかけてきたのだ。
「ねえ、やっぱりドレス、もう一回着ておこうかなぁ、と言うかやっぱりもう一ランク高いのにすればよかったかなあ……
あっちの方が華やかだったかも」
「もう散々着ただろ? サイズの確認やら着心地やらも大丈夫だって確かめたじゃん。むしろ汚しちゃったらどうすんだよ。
それに、値段の高い華やか過ぎるのはお前には似合わない」
「あーっ! そんなこと言わないで、ひどいっ! しかも汚れるとかぁ、そんなん言われたら今日はもう何にもできなくな
っちゃうよ!」
「だから……式の前日ぐらい何もしないでゆっくりしてろって」
「うー……それが出来ない性格なのは翔ちゃんが一番よく知ってるでしょ」
「まあな。一番良く知ってるよ」
 そう言いながら、ころころと表情が変わる美加の頭を、昔からしてきたようにポンと叩いてから、彼女に座布団に座るよ
うに促した。
「ほら、とりあえず座って落ち着け。俺がお茶を淹れてやるから。テレビか映画でも見てぼけっとしてろ。ほら、なんかお
前ピクサーのアニメが見たいって言ってたじゃん。あれ、光テレビで配信されてたぞ」
「あれはもう見たの!」
「もう一回見ればいいじゃん」
「…………じゃあ見る」
 そう言って、少しだけ落ち着かない様子で座椅子に座った美加は、やがてピクサーが製作した大ヒット映画をテレビに映
し出すと、それからはじっと作品に魅入るようにして、身動きひとつせずに画面を眺めつづけた。そんな彼女の姿を見ると、
またもや思い出すことがある。彼女のアニメ好きは昔から全く変わっていない、と言う事。
 幼い頃からアニメが好きで、セーラームーンから始まって、プリキュアやらそんなものを、テレビ画面に目一杯近づいて
食い入るように見ていた姿を俺は覚えている。そんな彼女だったから、クリスマスかなんかに買って貰った変身ステッキを
持ってポーズを決めたり、主人公の台詞を一言一句間違えずに覚えて、みんなの前で披露したり、そしてそれを中学に入っ
てからも続けて痛い子扱いされてクラスメイト全員からいじめられたり、それで毎日俺の部屋に来て気が済むまで泣いたり、
挙句の果てには自分の腕をカッターで傷つけたり、ノート一杯に死にたいと書き荒らしたり、だがそうして唐突に現実との
壁にぶち当たって混乱する彼女を俺は辛抱強く慰め、登校拒否をした彼女の面倒を、学校などが終わった後で時間が許す限
り見続けた。
 そんな彼女と過ごした思い出を、彼女と築いてきた時間の一部を、俺はふと思い出してしまった。だが、今までの弱い彼
女はもう存在していない。気弱で自分の世界に入り込んでしまう内向的な少女だった美加も、今では有名な漫画家として、
少女漫画を中心とする雑誌に自分の連載を持ち、自分の描いた作品を本にして世に出している。なんだか世の中とは不思議
なものだ。誰が彼女のこんな未来を想像しただろうか。今では彼女は立派な成功者だ。そもそも彼女の集中力は、アニメを
見る姿からも分かるように、常人よりも高いものを有している。だから彼女は学校に行く時間を使って、一心不乱に原稿を
描き続けたのだ。そして漫画における一番大事な世界観というものも、彼女は幼い頃から持ち続けていた。美加の持つ世界
観と言うのは一貫している。弱気な少女が変身して、誰かを、世界を、宇宙を救ってしまうヒロインになる。みんなを大切
に扱って、自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする。そんな彼女の描く少女漫画は、いつしか自分がいじめられていた
時と同じ年齢の少女たちにも、世の中を斜に構えて見る中学生たちにも受け入れ始めていたのだ。俺はそんな漫画を描く美
加を誇らしく感じる。彼女をいじめていた奴らに見せてやりたいと思う。世の中の悪意に屈しないで、自分の世界を信じ続
けた美加を、俺は本当に誇りに感じているんだ。



 二時間半のアニメが終わって、エンドロールが流れきった後に、美加はふと窓の外に目を向けた。俺もつられるようにし
て、同じ景色を眺める。すでに外は夕焼け色に染められていて、隣の家からは夕食の準備をしているのだろうか、なんだか
懐かしいような、鼻をくすぐる美味しそうな香りが漂ってきている。思わずノスタルジックな気持ちになってしまう。田舎
の草いきれが漂う独特の雰囲気と、夕暮れ時のもの寂しさと、空全体を溶かすようにオレンジに染められた美しさが交じり
合ったような、そんな時間帯だった。
 美加はひとしきりその雰囲気に浸った後で、ゆっくりと立ち上がり、自分で食事を作ると言い始めた。
「翔ちゃん、何か食べたいものはある?」
「あー……別に何でもいい」
「もうっ! せっかく久々に二人でゆっくり過ごせる夜なんだからぁ。男の子はね、そんなんじゃ駄目なんだよ! 別に何
でもいいって言うのはね、その子に対して、『お前の事なんてどうでもいい』って言ってるのと同じなんだよっ!」
「うるせーなー……またよく分かんない理論を……。じゃあオムライス」
「えーっ、相変わらず子供っぽい」
「うるせー」
 そんな軽口を叩きながら、美加は食事の準備を始めた。いつ頃からだろうか、彼女は好き嫌いが多い俺でも美味しく食べ
られる食事を作れるようになっていた。翔ちゃんに迷惑ばかりかけたくない、食事は私が作るよ。そう言い出したのは、彼女
が十七歳の時だったように思う。確かそのあたりの時期から、俺たちの二人だけの生活が始まったから、もう八年も彼女は料
理を作ってきたのか。その事に、俺は改めて驚きを覚えてしまう。
 キッチンからは隣の家に負けないくらいの、美味しそうな香りが漂い始めた。
 彼女はいい母親になるだろう。
 唐突に湧き上がったそんな確信を胸に、かつては頼りなげに丸まっていた彼女の背中を、俺はぼうっとしながら見つめてい
た。美加の背中も、今では温かく優しい雰囲気だけを漂わせ、すっかり大人びてしまっている。


 彼女の得意料理であるオムライスを食べ終え(何度もしつこく感想を聞かれた)、俺が後片付けや皿洗いをする。明日の
主役の花嫁を、無駄に疲れさせるわけにもいかないし、これぐらいは俺がやっておかなくてはいけない。
 それが終わって二人で落ち着く時間が出来ると、何でもないようなテレビ番組を見たり、昔一緒によくやっていた花札を
したり、最近買ってきたマリオカートをしたり、そんな普段通りのことをして、式の前日を過ごしていった。
「美加、先に風呂入ってくれば?」
 九時を過ぎて眠たげに目を擦った美加を見て、俺は気を遣ってそう言った。
 美加はこくんと頷いてから、へにゃっとした笑顔を見せる。
「あー……うん。そうしようかな。今日は早めに寝ようと思うし」
「ああ、そうした方がいいな。風呂にゆっくり浸かって、それから思う存分寝ろ」
「えへへ、うん、そうする」
 それから四十分近く時間をかけてから、美加は顔を火照らせて風呂から上がってきた。彼女は風呂が空いたことを俺に告
げて、そして少しだけ神妙な顔をしながら、パジャマ姿で廊下の一番奥にある和室へと向かっていく。
 その和室の戸が閉められた後に、少しだけ何かを待つような間があってから、静けさに満ちた空気を伝って、ちんと鳴らさ
れる鈴(りん)の音が聞こえてきた。それからまた、長い長い沈黙が訪れる。この時間だけは(もちろん部屋は離れているけ
れど)彼女は何も喋らないし、俺だって物音を立てない。
 沈黙が始まってだいぶ時間が経ってから、ほんの少し目を赤くした美加が、居間に戻ってきた。俺はなんだか少しだけ居た
たまれない面持ちで、顔を背けながら声をかける。
「挨拶してたのか?」
「うん。明日、無事結婚しますよ。見ていてくださいって」
「そっか。多分、あっちからさ、見ていてくれてると思う」
「そうだね。うん……そうだといいな。翔ちゃんも、お線香あげてきたら?」
「ああ」
 俺も彼女に言われて、奥の和室に向かって腰を上げた。
 明日の結婚式が、どうか万事うまく進みますように。どうか見守っていてください。と、そう告げるために。


 いよいよ寝る段となって、美加は俺の布団に転がり込んできた。
「おい、自分の部屋で寝ろよ……」
「ええっ!? なんでそんなひどいこと言うの? うう、翔ちゃんがそんな冷たい人だったとは……昔は一緒に寝てくれた
くせに……」
「うるせーなー……本当うぜぇ。まあ、いいや、今日くらいは隣で寝てやるよ。だが一緒の布団は駄目だぞ」
「あらら、意外に貞操観念が固いようで。結婚初夜じゃないとエッチは駄目なの?」
「ブッ飛ばすぞ」
「えへへ、じょーだんだって!」
 最悪な冗句をぶっ放してから、美加は自分の部屋からずるずると布団を引きずって、俺が寝ている居間に布団を持ってき
た。
「おい、引きずったら布団汚れるだろ」
「いいじゃん、もう使わないんだし」
「いや、そう言う問題でもねーし」
「もーうるさいなー。ほらほら、美加ちゃんが添い寝してあげるから、お手手つないで寝ましょーねっ!」
「なんだよ、その誤魔化し方。今夜はやけにテンション高いし………………うざっ」
「小声で『うざっ』とか言うなあっ!」
 そんなくだらないやり取りをしながら、俺たちはそれぞれのタオルケットを羽織って寝転んだ。窓からは涼しい風が入り込
んで、暑さで火照った頬を撫でていく。蚊取り線香の、妙に心を落ち着かせる香りが、鼻をかすめて遠くへと運ばれていく。 そして辺りは、まるで世界中で人が死んでしまったかのように、しんと静まり返っていた。
 時々、バイクの音や犬の鳴き声、風が木々の葉を揺らす微かな音が聞こえてきて、その度に少しだけ安心する。世界で二人
ぼっちになったような奇妙な不安から、抜け出せる気がするのだ。


 いつの間にか、手に汗ばんだ温かさに包まれるような、妙な感触があった。
 隣に眠っている人に目を向ける。
 美加は本当に俺の手を握りながら目をつぶっていた。もちろん初心な恋人同士じゃあるまいし、それぐらいでいちいち何
かを言ったりはしないけれど、やっぱり久々にお互いの手を握るのも、不思議な感じがして戸惑いを覚えてしまうのも事実
だ。いや、お互い愛があるからいいんだけどね。でも、うん、懐かしいような、上手く言葉にできない、何とも言えない感
情だ。これは。
「あのね」
 美加は唐突に、微かに息を吸い込んでから、静けさに満ちた空気を震わせて言葉を紡ぎ始めた。
「私、明日、本当に大丈夫かな」
 不安が現れたその声は、しんとした空気に響いて、妙に大きく広がっていく。
 美加は言葉を続けた。
「本当に結婚してよかったのかな」
「なんだよ、急に」
「なんか不安になっちゃって」
「またいつもの癖か……。言っとくけどな、お前の選択は、いつもなんだかんだで間違っちゃいないんだよ。学校を辞めた
ことも、漫画家を目指したことも、自分の信じる作風を選んだことも、商業主義に流されず自分の好きな出版社を選んだこ
とも、全部お前が決めた事だし、全部がお前の幸せにつながって来たじゃないか。今回の結婚も、きっと大丈夫だよ。俺が
付いてる。つか大丈夫じゃないと、俺はどうすりゃいいのって話だよ」
「ははっ、うん、そうだね。でも、今回ばかりは、本当に、本当に不安なんだよ」
「素直にぶっちゃけるなぁ」
「ごめん」
「まあ、いつもの事だし」
「そっか、そうだね……いつも翔ちゃんにこうやって相談したもんね。だから結婚も――――うん」
「お前はさ、お前の人生の中で、最高の選択をしたと思ってるよ。結婚相手はいいやつ過ぎるだろ? 考えても見ろ、だっ
て優しいし、相談に乗ってくれるし、いつも笑顔だし、困ってる人見ると放っておけないし、最高物件だろ?」
「あははっ、そうかな。うん……そうだよね……。ありがとう、翔ちゃん」
「どういたしまして。でもさ、うん、不安に思うのも分かるよ、だからやっぱり、今夜は思いっきり泣いていいと思う。そ
んでいっぱい泣いた後で、明日は晴れやかに笑え。いっぱい笑え。きっと一生の思い出になる日だ。みんな祝福してくれる
し、お前の綺麗な姿は、きっと俺の自慢になる」
「うん……うん」
 彼女は鼻を啜りながら、ぎゅっと俺のシャツを掴んで、もう隠そうともせずに、泣きじゃくっていた。誰だって同じだと
思う。これから始まっていく新しい生活を、不安に思うのは。もちろん俺だって同じだ。でも、美加はこれから幸せになっ
て行かなくてはいけない。うんとうんと、今までの辛い人生を取り返すくらいに、力いっぱい幸せにならなくちゃいけない
んだ。俺は心からそう信じているし、そうさせなくちゃいけないと思っている。だから、俺はこうやって、彼女の小さく震
える体を抱きしめながら、彼女が明日、心から笑えるように、その背中を撫で続けてやるんだ。悲しみや不安に満たされな
い様に。一人ぼっちの夜を送らせないために。明日を晴れやかに迎えられるように。
「そうだ。お前、泣くと豚っ鼻になるからな。気を付けろよ。明日」
「……くっ……死ねっ」
 丸まって泣いている美加に、どこにそんな力があるのか、思いっきり顎を叩かれる。
 力いっぱい叩かれたその痛みは、なんだかとても懐かしいもののように思えた。
 このちょっと弱気で小さな女性が、明日で妻になる。
 なんだかそれは、美加が新しい人物として生まれ変わるみたいで、不思議な感じだった。
 この可愛らしい女性が、ほんの子供だった美加が、いつかはママになって、小さな生命を育て上げていって、親の気持ち
を知って、たくさんの愛情を注いで行って、そしていつかはお婆ちゃんになって、そして孫が出来て、生命はどんどん未来へ
と繋がって行って、自分たちが生きた証を、家族を、繋がりを、愛情を、明日へ脈々と残していく。美加が未来を生み出す、
お母さんと言う存在になる事に、俺はなんだか不思議さと、そしてとても温かい気持ちを感じるのだった。
 俺がそんな男っぽい感傷に浸っていると、美加は今まで溜め続けた不幸を洗い流すように泣き続けた後で、微かな寝息を立
てて明日へ向かっていった。俺の右手の親指を握りながら。涙の痕をうっすらとつけながら。
 俺はそんな彼女のさらりとした前髪をそっと撫でる。
 未来へ向かって、脈々と続いていく今日と言う一日を、俺はとても幸せに感じた。
 星空は明日の晴れを早めに見せつけるように満天に輝いていて、俺は彼女の体温を感じ続けながら、星空を眺めつづけた。
 次から次へと、涙が溢れて止まらなかった。
 悲しくなんてないのに、涙を止めることが出来なかった。


 近くの森の方から、不思議な鳥の鳴き声が響いてくる。
 夏の清々しい朝日が、庭の百日紅の花たちに栄養を与えている。
 ずいぶんと早く目が覚めてしまった。遠足なんかでも早めに起きたことは無かったのに、今日はやはり緊張しているのか、
ふと目が覚めてしまってからはもう寝つけなかった。
 しかし美加の方はと言えば、すっかり可愛らしい鼻息を立てて眠り続けている。どうやら俺だけが、妙に心持ちそわそわ
しているらしい。まあ起きてしまったものは仕方がないから、とりあえず美加が起きるまで、軽い朝食を作ることにした。
 朝食の素材を冷蔵庫から取り出し、胃に優しそうなメニューを作り始めたところで、美加が目を四分の一ほど開けながら
(まるで睨んでいるかのように)リビングに入り込んできた。こいつはすごい低血圧なのだ。
「良く眠れたか?」
「うん、ばっちしー……」
「良かった」
 全然ばっちしに聞こえないその声に、皮肉を込めて俺は思いっきり微笑んでやる。すると、
「あーっ、何それっ! すごい、翔ちゃんの笑った顔、久々に見た!」
 いきなり眠気が吹き飛んだようにテンションをあげ、手に持っていたアイフォンをこちらに向けてきた。もちろん俺は顔を
背けて料理の作業に戻った。
「馬鹿なことやってんな。朝飯つくるから、顔洗ってこい」
「ふぁーい」
 彼女の言うとおりに、久々に笑顔を見せたかもしれない。さすがに俺だって、今日くらいは晴れやかに笑ってやるさ。



 朝食を食べ終えて、諸々の準備をする。まあ、彼女の方は式場で着飾ったりするから、家でするのは簡単なメイクくらい
だと思うのだけれど、しかし男の俺にはよく分からない。もしかしたら女性は色々な準備があるのかもしれない。何年経っ
ても、女は男にとって不思議な生き物なのだ。彼女が何を思って、一人で何をしているのか。永遠に分からないのかもしれない。
 部屋に篭って何をしていたのか、長い時間をかけて準備を整えた彼女が、バッグを持って玄関へと出てくる。
 扉の前で佇んでいる俺に声をかけずに、彼女は横を通り過ぎていく。
 俺はその背中をじっと眺めながら、先に会場に向かう美加を黙って見送る。
 事前に呼んであったタクシーが道に停まっていた。車の扉が開かれ、彼女はゆったりとした足取りで、そこへ向かう。
「美加」
 俺は少しだけ逡巡してから、その背中に向かって呼びかける。
 今日と言う日を、お互い上手に飛び立つためにも。
 俺はこの言葉をかけなければいけない。
「幸せになれよ」
 美加が、俯くようにして立ち止った。
 それからゆっくりと顔を手で覆って、微かに肩を震わせ始めた。
「それから敦人にも礼を言っといてくれ。結婚前夜を、俺たち兄妹二人が過す、最後の時間にしてくれたことに」
 美加は肩を震わせ、ぼろぼろと涙を零しながら、こちらを向いた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃぁぁん……」
 何度もしゃっくりあげながら涙声で言うので、もうそれは言葉になっていなかった。昔からそうなのだ。こいつは泣き虫で、
世話が焼ける奴だった。でも、その世話も今日で報われると言うか、美加が立派に未来へ歩みを進めていくのは、兄としては誇らしい気分なんだ。


 俺が十九歳、美加が十四歳の時に両親が死んで以来、三年間は親戚の家で面倒を見てもらったものの、俺は入っていた大
学を辞めて色々と高級が貰えるアルバイトをしながら、二人で暮らす生計を立ててきた。今から四年前にようやく生協の工
場の正社員になってからも、休みのない忙しい日々が続いていた。妹を養うために。彼女を幸せにしてやるために。俺は無
我夢中で働いてきた。笑顔も忘れてしまうほどに、工場で働きまくった。
そして彼女の結婚前夜。俺は一ヶ月ぶりに休みを取って、妹と過ごすことが出来た。本来は婚約者と過ごすであろう、恋人
同士で過ごすであろう最後の日々を、その婚約者から譲って貰って、俺は掛け替えのない妹と最後の日を過ごしたのだ。
 美加の婚約者である敦人は、昔から超が付くほど良い奴だった。俺の幼馴染であり、親友である彼と美加が付き合い始め
たのは、今から五年ほど前だった。当時の俺にとって、妹と親友が付き合っているだなんて言うのは、まさにとんでもない
ことだった。その告白を聞いた当初は、必死に働く俺に内緒で二人だけで楽しみやがって、俺だけに働かせて二人だけで幸
せな人生を歩みやがって、俺の見てないところでイチャイチャしやがってと、結構な妬みや憤りを感じていた。自分だけが
不幸なままで、奴らだけがのうのうと幸せになりやがってと、そんな僻みも感じていた。だが時間が経って落ち着いてみれ
ば、美加が付き合うのにこんなに相応しい人物は彼以外にいないことも、俺は十分に分かっていたのだ。俺が最も信頼出来
て、美加を支えてやれる人物は敦人以外にはいない。昔からの幼馴染で、美加の相談にも乗ってやって、俺たちが家族二人
で暮らすためにと色々とサポートとしてくれて。だから、昨年末、美加と敦人が揃って家へやって来て、結婚をしたいのだ
という相談を受けて、俺はその最後の一押しをしたのだ。お前らが結婚したいのなら、すればいい。ずっと昔から知り合い
だった敦人と美加が結ばれるなら、俺が祝福しなくてどうするんだ。二人で勝手に幸せになれ、お前らの結婚を、俺は認め
るよ、と。なんだか素直じゃない父親みたいな感じで、俺はそう言ったんだ。
 今回も、小学校の頃から一緒に遊び続けて、ウチの家族の事情を知り尽くしている敦人だからこそ、俺と妹の事を慮って
くれ、こうやって最後のプレゼントをくれたんだ。本当は結婚前夜を美加と過ごしたかっただろう。でも、敦人はそんな自
分の想いを捨てて、美加との時間を俺に過ごさせてくれた。何気ない、けど掛け替えのない妹との最後の一日を。そんな親
友兼、妹の夫となる敦人に、俺は感謝してもしきれない。
「もう泣くな。豚っ鼻になるぞ」
「お兄ちゃん……」
 妹は必死に泣き止もうとして、ごしごし目を擦りながら、くしゃくしゃになった顔で俺を見た。
「今まで、育ててくれてありがとうございました」
 美加は丁寧に頭を下げた。
 その言葉に対して、俺は戸惑うこともなく微笑んでいた。 
 なぜか視界は歪んでいるけれど、とても晴れやかであったかい気持ちだった。
「お前ら絶対幸せになれよ。お前の選択は正しいよ。アイツ以外にお前を幸せに出来る奴なんていない。それにさ、優柔不
断なお前が、散々悩んで、でも自分でちゃんと決断したんだ。敦人と結婚することを。だから、大丈夫だ。お前が選ぶ未来
はいつだって正しい」
 美加は俯きながら、首を振った。
「わたし……お兄ちゃんにばっか負担かけて……本当に――――」
「それはもういいんだ。俺もさ、そろそろ工場を辞めてさ、公務員を目指すよ。しっかりと自分のペースで働けるところに
いって、そんで彼女見つけて幸せになってやるよ。だからお前は何も心配せずに、堂々と前へと歩んでいけ。明るい未来が
お前を待っている。今日がその始まりなんだ!」
 美加は何度もうなずいて、それから泣きじゃくってメイクがボロボロになった顔で、
「翔ちゃんが公務員になるまでは、私がお金出すから、絶対に幸せなりなさい! 私はもう大丈夫だから、今日、その事を
見せつけてやるから、だから翔ちゃんも、明るい未来を歩き出すの! これは二人の約束だから! や、敦人との三人の約
束」
 涙を流しながら、胸を張ってピースマークを送る妹の姿がそこにあった。
「生意気になったもんだよ……俺を養うだなんて」
 何故だか、妹の姿がぼやけて、上手く声が出せなくて、目からは滝のように涙が溢れて止まらなかった。お互いに馬鹿み
たいに泣いて、俺らは玄関前で向かい合っていた。
でも、このまま泣いているわけにもいかない。今日は俺が主役じゃないんだ。泣いている場合じゃない。俺は目の前の美加の
背中を押して、前へ歩き出すように促した。お兄ちゃん、ありがとう、本当にありがとう、と呟き続ける彼女を、タクシーま
で連れて行った。
「運転手さん、こいつ、今日これから結婚式なんです。明るい未来へ、送り届けてやってください」
 俺がそう言うと、運転手はにかっと笑って、
「そりゃあ、めでてぇな! 任せとけよ。絶対安全に届けてやるよ。それにしても……お前ら涙拭けって、今から泣いてどう
すんだよ、顔ボロボロじゃねえか」
 笑いながらそう言う運転手さんにつられて、俺たちも顔を見合わせて、心からの笑顔で笑った。



 青空はどこまでも伸びている。
 風は俺たちの進む道に向かって真っ直ぐに吹いている。
 タクシーは花嫁を乗せて、明るい未来へ向かってゆっくりと走り出した。
 俺はその光景を眺めながら、ある決心を抱く。
よし、今日はすっげえ笑ってやる。
そんな単純な決意を。
 今までの分を取り返すくらいに、笑顔でお前を送り出してやる。
 そして、いつかは俺も今までの辛さを忘れるくらいに、恋人を見つけてイチャイチャしまくって、妹と親友を安心させて、奴らの前で盛大な結婚式を開いてやるんだ。
 そうと決まれば、今日は全力で祝ってやる。
 お前らが引くくらい祝ってやる!
 お前らの未来を。
 そして俺の未来を。
 今日は何と言っても抜群に快晴だしさ。
 涙も乾くくらいに、黄色い太陽が照りつけているわけだし。
 そして何より、明るい未来へ向かって、俺の背中を押し出すように、風は吹き始めているのだから。

「美加、おめでとう」

 青い風に乗って走っていく彼女に向かって俺はそう呟く。 
 何もかもが幸せに思える日になりそうだった。



――――了――――


投下終了です。

№3?

>>483-485は品評会作品であることを明言してないから外していいんじゃないか?

テンプレにも目を通してないようだしな

>>501 6レス目
>>504 9レス目

容量オーバーです。よく見る酉の人だから確かめずに転載してました、ごめんなさい。

削除依頼出しておきますので、調整して一から再投稿お願いします。

あと、>>483-485に関しては品評会作品であることを明言していませんでしたので外しました。

ちなみにまとめとここの容量比較↓

まとめ掲示板のほうの限界バイト数がおおよそ4000弱、行数60

こちらのSS速報は限界バイト6000、行数80(80は一般的なブラウザでの行数、専ブラだと160表示)

つか>>420に1レス30行って書いてあるんだけどそれはガン無視なの?

>>511
その辺はね、まあ多少の誤差は以前からあったし多めに見ようよ、今回のはあれだけど

失礼しました。
規則を守って投稿が出来ず、申し訳ありません。

棄権します。

 6レス目と9レス目を容量内に収めようとすると、そして1レスを三十行以内に収め、小説のそれぞれの場面を保ちつつ作品を10レス以内に収めようとすると、どうしても場面同士の区切りが変になったり、10レスを越えてしまったり、あるいは文章の密がなくなってしまうような気がして、上手く調整することが出来ませんでした。 
 言い訳となりますが、規則を守れなかったことも含めて、再投稿をしないとともに品評会には参加しないことを宣言します。
 

そこまで大袈裟な事なのかしら

あんまり厳しくしたりきつい言いかたをすると新規さんとか離れちゃいそうだからやな感じはする。
ともあれ、通常作ではなくてやはりルールが決められた品評会作品なので、違反はいくない。ある程度はしめよう。

品評会終わったら個人的に感想つけようとおもいます。

品評会恐い

どうせ2,3人しか参加しないんだから変なルールつけなければいいのに

まあ確かに、もうお題だけでもいいかもしれないですね、レス制限解除して

行数の制限は何か意味あるんでしたっけ
VIPの制限でしたっけ

VIPは30行しか書き込めなかった

昨日鯖移転?で品評会作品投下出来なかったんだけど、締め切り延ばしていただくとか…できないですかね

>>521
では一日延ばしましょうよそうしよう。

まとめに転載する際は№2からです。5-10レス目は削除以来出てますので、
11レス目からそのまま投稿なさってください。


第七回月末品評会  『明るい未来』

規制事項:10レス以内
       変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。


投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/02(月) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/03(火)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

レス数などの規制事項については基本撤廃の方針でいきますか

優勝者が縛りを設けたい場合はおkとしましょ



では次回からの注意事項は↓

※※※注意事項※※※
 容量は1レス60行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

空気を読まずにお題をお恵み下さることをお願い申し上げまする

>>524
ハイブリッド


◆/xGGSe0F/Eさん、良い作品なのにもったいないなぁ。真面目な人なんかな。

>>522
ありがとうございます!
ほんっとうに拙稿で申し訳ないのですが、帰宅したら投下させて頂きます。

棄権は勿体無いよな
でも再投稿で心が折れるのも理解できる
これからも品評会をするなら、テンプレの改善案を募ってからだな

>>527
注意事項をちょろっと変えるだけでいい気ガス

※※※注意事項※※※

 容量は1レス60行/4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)
 この容量制限はまとめサイト準拠です。転載の都合上、まとめサイトのレス容量を超えるとそのまま転載できなくなりますので悪しからず。
 なお、お題を貰っていない作品は、まとめサイトに掲載されない上に、基本スルーされます。


別にスレも落ちないし、1000いっても見られるから無理に転載する必要もないような…。

あ、もう必要ないですか。分かりましたご自由にどうぞ

品評会ごとにしっかりと分類して保存しておくアーカイヴの利用上の注意としてはかなり有意義かと……
その時の読者様や得票についてのみ考慮するならあまり深く考えなくてもいいというだけで

お題下さい

ほら、それに書き込めなかったときとか、かなり助かってきたし

オーバーしても時間外でいいんじゃないかしらん
正直時間外なら割と何してもいい気がする

>>530
いやいや、必要でしょ
他の意見も仰いでくれよww

>>532
尾行する

そんでもって投下しますのでお気をつけ下さい!

>>532
浮気性


 兄の白い寝顔。ここはほんとうに、なにもかも白い。白いし、四角い。まるで豆腐の中にいるみたいだ。
さしずめ兄貴は豆腐の住人か――そう思ってもう一度兄の顔を見る。すると、かすかに眉間が痙攣して、薄らと目を開いた。
「――おお、妹よ」
 そう言うと、兄は「あああ……」大きなあくびをひとつした。
「眠い……」
「起こしてごめんね」
「いいよ、眠るのにも飽きた。咲也加、知ってるか? 目が覚めた時に『眠い』と感じるのは、目が乾いてて開かない
からなんだそうだぞ。錯覚なんだ」
「ええ? でも眠いよ、実際」
「それが錯覚のすごいとこなんだよ。脳に支配されているんだな、人間は!
だから、朝起きられなかったら無理やりにでも目を開いてればいいんだ。」
 寝起きでよくこれだけつらつら喋られるものだと、適当に相槌をうったところで、扉の向こうにおいてきた人のことを思い出した。
どれだけ抜けているのだ、私よ。
「今日は兄貴に会わせたい人がいてさ」
「うん?」
「呼んでくる。待ってて」
 入り口扉に向かって歩き出すと、途端に緊張してきた。でも、なんだかワクワクする緊張感だ。



「はじめまして。加藤カケルと申します。咲也加さんとは、その、お付き合いをさせていただいています」
 カケル君は私よりずっと緊張していた。日本語がなんか変だ。体の内側からくすぐられているような気がする。
なにより、兄のリアクションが楽しみだった。
兄は目ん玉を真ん丸にしていた。
「か、加藤くん?」
「あ、はい」
「お、おお。じゃ、じゃああれか。咲也加は、加藤咲也加になるのか」
「兄貴に紹介するくらいだから、そういうことだね」
「おまえ、オセロだったら名前全部『加える』になっちゃうぞ」
「オセロじゃなくて良かったよ」
「いや、そうじゃない……そこじゃないな、言うことは……」
 黙り込んだ兄はややあって
「ていうか、君、俺に顔似すぎだろう!?」
 理想通りな兄のリアクションに、ついに私はお腹を抱えて笑い出す。
「は、僕も、似ているとは聞いていたんですが、こんなにとは……」
「咲也加はブラコンだったのか!」
「違うよ、ばか兄貴」
「これじゃあ双子の兄貴と妹の三兄妹みたいだなあ」
 カケル君と私の顔をしみじみ眺める兄貴は、ただただ目を丸くしていた。



 私達は、今年の九月に結婚する。

「――でも、あんなに似てるとは思わなかったよ」
「でしょ。色が白くて目が真ん丸なところとかね。病人には見えないよね」
「……ほんとに、お兄さんに似てるから付き合ってるとか――」
「じゃ、ないってば! モーレツアタックしてきたのはそっちでしょ」
「否定はしない!」
 冗談のつもりだったけど、即答してくれるのが彼だ。
 照れ隠しにニッと歯を見せて、私達は手をつないで帰った。

 きっといつか、私の左手をあなたに、右手を兄に預けよう。三人で手をつないで帰ろうね。


終わり

終わりです。
せっかく投稿時間に猶予を頂いたのに拙くて申し訳ない。
精進しますのでボコボコにしてください。
まとめてきます。

>>536-537
把握しました

感想は全感の時に……

あと、だからまとめサイトは要りますって意見ですからね
いろいろテンパって物書きの癖に文章変でしたけど!

行制限はまとめサイト転載の問題だったんですね

自分もまとめサイトはあったほうがいいと思います、ないならないで支障はないと思いますが、過去の作品を確認できるのは有意義ですたぶん

ところでここで議論していいんですかね? 一応まとめ板に雑談スレありますけれど


 全感書きます。

 ちなみに自分みたいにこんな長々と書かなくても大丈夫なので(って言うか長すぎ)、投下してない方でも新規の方でも、感想とか、なんか興味があったら書いてみてはいかがでしょうか。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


******************【投票用紙】******************
【投票】: なし
【関心】:NO.1 明るくない未来 ◆d9gN98TTJY氏
     NO.2 明るい未来 ◆kbHlbuKuKQ氏
**********************************************



 こうして今回、品評会作品として投下された二つの小説を並べてみると、まずタイトルの時点で真逆の事を言っているの
にもかかわらず、両者とも恋人と、そして主人公に近しい人物を使って、同じような目論見で明るい未来というテーマを描
いているのが面白いと感じた。(もちろん本人たちからすれば全然違う! なんて意見も聞こえるかもしれないけれど、あ
くまで僕の感じ方として)
 今回は、一応、迷惑をかけて勝手に棄権した僕の作品を含めて、どれも恋人と、主人公にかなり近しい人物との関係性、
自らが内包する過去を乗り越えようとする意志、恋人とそうじゃない人との距離感や、過去の関係性からの脱却(を示唆す
る)ことで『明るい未来』を描く作品が揃ったと思う。見事にテーマが被った中でも、それぞれの持ち味というか、個性は出
せているので、これは評価する側としてはむしろ比べやすいのではないかと思う。似た舞台の中で、どちらを面白く感じるこ
とが出来たのか、と。
 個人的にはどちらも面白く読めた。
 以下に、それぞれ個別の感想を記していきたい。


 ― 感 想 ―

 >>No.1 明るくない未来。
 短歌を使って愛情表現を求める女の子と言うアイデアは、とても面白いと感じました。
 女の子がメールで送った拗ねているような短歌も、それに対する主人公の返信も、上手い表現になっていると感じました。
 ただ、どうしても彼女の不安の正体と言うのが何一つわからないので、どうして『僕ら』が暗い未来へ向かってしまうの
かが、説得力を感じられないと共に、結末に今一つ納得できませんでした。もちろんあえて説明していないことは分かるの
ですが、何も見せてもらえないまま物語が終わってしまったようで、少し歯がゆい思いを感じてしまいました。主人公の挫
折と怪我、女の子の主人公にだけ見せる影、お互いに何かあったんだろうなと言うことは分かるんですが、でもそれが明る
くない未来へ向かうと確信できるほどの説得力が感じられなくて、思春期の恋人同士にありがちの、漠然とした不安を語っ
ているようにしか感じられませんでした。故に、最後の一文が唐突に現れて浮いてしまったように思い、明るくない未来(
けれど明るい未来)を感じられませんでした。もう少し、主人公たちの掘り下げた部分、深い所を見たかったです。
 文章に関しては、全体的に古風な比喩や、モチーフ、語句などは僕自身かなり好きなので、良い雰囲気だなあと読みなが
ら感じていました。割と、他の作品でも良く古風な表現を使われると時が多いですよね? 個人的に大好きです。
 ◆d9gN98TTJYさんの小説を見て、結構よく抱く感想なのですが、(もちろんとてもお節介だと言うことは重々承知ですが)、
もう少し長い小説を見てみたいなと、思うのです。今回もせっかく10レスまで書けるのですから、もうすこし描写や心理
を詳しく、人物象などを掘り下げた小説も読んでみたいなと、期待してしまうのです。
 なんだか読解力ない癖に偉そうに感想を書いてすみません。いちいち文章の言い回しが分かりづらいですよね。本当にい
つも自分の下手糞加減に嫌になります。

◆d9gN98TTJYさんの小説、とても楽しく読ませていただきました。次回作も楽しみにしています。
 


 >>No.2 明るい未来
 とても読みやすいショートショートだと思います。
 一つ一つの会話のセンスが、なんだか不思議と面白いなと感じることが出来ました。なんか、上手く飲み込めてしまうと
言うか、ショートショートらしいと言うか。例えば、起きていきなり薀蓄語っちゃうとことか、オセロの辺りとか、なんか
短い小説であるにもかかわらずキャラクターがうまく書けていて、自らのセンスを出せている点が良いなと思いました。あ
ー、そうそうなんかこういう人もいるよなあ、みたいな、リアルさと小説のバランスが、上手いと思いました。
 妹が兄貴を恋愛対象にしてたんじゃないか、と匂わして終わってるのも、長々と描写されるより全然素敵な終わり方だと
思います。
 ただ、どうしても決定的に面白いか? なにか読者の心をつかむような場面はあったかと言われると頷けないのですが、S
Sとしては(不思議さをにおわせる感じで)良いと思いました。
 なんか小学生並みの感想でごめんなさい。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 相変わらず頓珍漢な感想で申し訳ない。

 ちなみに品評会のルール、個人的には行数を増やすのに賛成ですが、反対意見が多ければ素直に退きます。まとめ転載も今まで通りアリでいいと思います。
って言うか、ほんとに今度からはルールちゃんと守ります! 久々の品評会を変な空気にさせてごめんなさい! すみませんでした! 


全館乙ですー

思ったんですが、まとめサイト、2ch型のスレッドじゃない方がいいんじゃないでしょうか
転載に、名前欄変えて行数確認してコピペしてを、5レスなら5回も繰り返す。正直面倒かと

個人的にはまとめがスレの体裁をとっていてくれたお陰で、久々にBNSKを見つけたときには状況が追いやすかったのですが……
管理されている方々にとってそのスタイルが面倒なのであれば、確かに変えるのもありかと思います

>>546
wikiに品評会のページがありますし、そこを使うのもありでしょう。
しかしその場合、自分はhtmlの知識が皆無なのでまとめから手を引きます。

>>547
管理というか、ただまとめを率先して行っているだけです。

3.4年前ぐらいにwikiの立ち上げ者、機動編集と呼ばれていた通称猫さんという方々が
引退? されたので、それから後は参加者が各々まとめていました。
(引退される前から、参加者が転載を行う決まり、というかお願いでした。猫さんと呼ばれる方、もしくは他参加者がまとめを怠った作品をまとめていました)

まとめ板の削除権限を持っている方は何人かいらっしゃったと記憶していますが、このスレの釈明期からいたわけでは
ありませんので、「管理人」という存在がどういう形態なのか、把握していません。

ですので、自分も一参加者にしか過ぎませんし、いついなくなるか分かりません。
まとめが必要と思うのであれば、皆様が率先して、行動を起こすことを願うばかりです。

おだいどらいば-

>>550闇雲

よし追撃しよう
>>550
群雲

それじゃ俺も
>>550
叢雲

かわいそうに
>>550
蠅捕蜘蛛

お題
読めねえ!

お題くだ

粘土細工

く、クロコおだいーン

>>558
鳥人間

鰐人間

私もください

じゃあ>>561下半身の守り手《パンツ》

うん……ありがとう……

>>559-560
把握

お題無視小説って書けないのね
どうしてだか

>>565
自分でそう言うスレ作ればいいんじゃないの?
同じように思ってる人が集まって来るかも。

普通に小説投稿サイトをきいているだけなら「小説家になろう」と「ハーメルン」がおすすめ

お題ください

ラッパ

「お兄ちゃん、ラッパ。これね」
 妹がラッパを僕の部屋に持ち込んできた。もちろん妹がラッパを持ち歩こうが、パンツを持ち歩こうが、ツバメを食べていようが、僕としては
どうでもいいことなんだけれど、よくよく見てみると、妹が手に持っているのは、吹奏楽でよく目にする金管楽器、ホルンだった。なぜバトミン
トン部で、音楽にほとんど興味を示さないことで有名な妹がホルンなんかを僕の部屋に持ち込んだのかは全くの謎だけれど、そもそも妹がホルン
の事をとても大雑把にラッパと呼んでいること自体も僕を混乱させるわけだけれど、まあつまり今の状況を簡潔に言ってしまうと、全くよく分か
らないと言う事だけだった。もはや突っ込みどころが多すぎて、僕は何も言えなかった。とりあえず、僕はまず分かりやすい点から指摘しようと思った。
「それ、ラッパじゃなくてホルンって言うんだよ」
「ふーん、でね、このラッパね」
 すごい。僕の指摘を完全にスルーした上に、速攻で自分の話をはじめやがった。いや、あえてやっているのだろうか。妹は僕をからかうために
わざとやっているんじゃないだろうか。だって、さすがに妹も今年で中学三年生になったのだ。そこまで馬鹿じゃないと信じたい。ホルンの事を
ラッパと呼んでしまうなんて、そんなの物を覚えられない中年じゃあるまいし、妹がそれほどのお馬鹿さんだとは信じたくない。それに僕の指摘
を完全にスルーしたことも信じたくない。いや、でもよくよく考えてみると、女の子ってわりと人の話を聞かないで、自分の話題ばかりを語りた
がる傾向にあるもんじゃないか? 例えば、二週間前に、僕の親友である三崎が開いた合コンに行った時なんかも、女子はひっきりなしに自分が
語りたい事だけを語って、僕らの話を聞く段になると、ふーんだとか、そうなんだー、すごーい、の三つのワードを駆使して、聞き流すように目
の前に並んだ食事に手を伸ばしていた。そのくせ、自分が語った話題に対して僕らの反応が今一つだと、えっ、話聞いてた? なんて怒りだすも
のだから、全く女性というものは面倒で、扱いづらい生き物だと、僕はその時に身を持って思い知ったわけだ。妹も、やはり女性であり、胸も膨
らんでいるから、おそらく女性的な傾向はあるのだろう。最近はお洒落にも気をつかい始めたし、時々ヒステリックになることもあるし―――否、
ヒステリックになる事はないな、妹はいつもぼーっとしながらなんかどこを見てるか分かんないし、時々、唐突に訳の分からないことを呟いたり
するし。例えばさ、昨日なんかも、夕食の席で、僕の向かいの席に座っていた妹は、ハンバーグを咀嚼しながら、いきなり「明日はバルタン星人
」と呟いたのだ。なんだ、「明日はバルタン星人」って。まさかお前はウルトラマンなのか? 明日はバルタン星人と戦うスケジュールが入って
いるとでもいうのか。僕は妹のその呟きに対して、ずーっとそんなことを考えていたのだけれど、一緒にその場にいた母さんなんかは、妹の呟き
を全く気にしていなかった。「今日は涼しいわねえ」なんて、誰でもわかることを僕らに喋りながら、美味しそうにさんまを食べていた。いや、
もしかしたら妹は全く別のワードを喋っていて、僕が勝手に意味不明なワードとして聞き間違えただけなのかもしれないけれど、それでも改めて
思い返してみると、それはやっぱり「明日はバルタン星人」としか聴こえなかったと僕は思っている。多分、妹が、戦うのだろう。バルタン星人
と。いや、まて、そうしたら、なぜ妹は今ここに居る? 呟いたのが昨日の出来事だから、妹は今日バルタン星人と戦うのではなかったか? な
ぜ妹はバルタン星人とは戦わずに、俺の部屋にラッパと呼ばれているホルンを持って、何事かを喋り続けているんだ? もしかして妹はウルトラ
マンじゃないのか?
「――ってわけなんだけど、いい?」
「えっ?」
 どうやら妹が喋り終えたようで、僕に確認を取るような、そんな風に首を傾げる仕草をしながら、僕の事をじっと見ていた。まずい、何も聞い
ていなかった。どうして僕は妹が何かを喋っている時に、くだらないことを考えてしまっていたんだ。だから僕は妹から変な兄みたいに思われて
るんだ。まったく、嫌になってしまう。と言うか、僕はどうして、どうでもいいことを考えてたんだ。妹がウルトラマンなわけないだろう。
「またお兄ちゃんぼけっとしてたでしょう」
「面目ない」
「もう同じこと二回も話すの嫌だよ。とにかく、このラッパここに置いとくから、明後日まで触らないでね。あっ、一応さ、汚れないように時々
拭いておいてね。じゃっ、私、部屋で漫画の整理するから、邪魔しないでね」
 そう言い残して妹は部屋を出て行った。何が何だかわからない。いや、もちろん僕が話を聞いていなかったのが悪いとは思うのだけれど、もう
本当に僕は妹の事情から完全に置いてけぼりにされた上で、その事情を任せられたらしかった。唯一分かったことと言えば、僕が昨日の妹の「明
日は漫画の整理」と言う呟きを、「明日はバルタン星人」と聞き間違えていたことぐらいだった。いや、何で聞き間違えたんだろう。多分、くだら
ないことを考えていた所為だ。

トリ付け忘れたんだにゃあ。

[たぬき]

>>570
電車に揺られたのが何らかの効果を発揮したのか、笑いの沸点が低く、にやにやして読みました

結局理屈を語りたいだけの男は話を聞けずに立ち止まり、日々成長していく女に圧倒されるんだよね、という結論?
1レスという短さで、上手に纏められていたと思います
面白かったです

お題
中学生レベルで頼む
難しいの無理

>>574
中学生レベルかはわからないけど、
『飛べない人』

ダメ?

>>575
やってみるわ

まずは、>>478様に
感想ありがとうございました
歌にと思えてもらい、絵本か何かと言っていただけ、目がすべるといわれたのは残念ではありますが、そういう感じで受け取っていただけるとわかって安堵しています


さて、これから品評会の投票、及び全感を投下します


******************【投票用紙】******************
【投票】: No.3 (棄権のままなら関心票に)結婚前夜 ◆/xGGSe0F/E氏作
【関心】: No.2 明るい未来 ◆kbHlbuKuKQ氏作
**********************************************

 ―― 全作品感想 ――

No.0(番外?) 「明るい未来」 ID:GhcmzNJOo氏作

 こういうタイプの作品は星バーーーローーを思い出します。恐らくはそれ以前からあっただろうとは思っても……。
 発展の先に破滅があるとする高めて落とすパターンも、誰もがどこかで見知った覚えがあるだろうという
意味ではコテコテの王道でもあるのでしょう。
 ただ、物語の骨格はそれでいいとしても、物語の肉付きが足りなさ過ぎる気がします。
 結果として、説明不足を押し通して最後に説明して驚きを得るにはそれほど奇をてらえてなく、深い人間
描写からくる王道が王道足るに必要な抒情的な面も薄くなってしまっていると思いました。

 この感想を述べるにあたっての一番の問題は、最近の自分の作品もかなり薄い方だというところです。
 おまえがいうなと言われるパターンですが、それでもこの作品をより良くするならばより深く掘り下げる
しかないのではと思えてなりませんでした。

No.1 明るくない未来 ◆d9gN98TTJY 拙作

 以前投下した作品の後日談という形でのリベンジ作品でした。
 リベンジをするにあたっての最大の問題は昔の酉を忘れてしまった事ですが、どうしてもあのまま
放置しておけず、こうして再びその時のキャラに登場してもらいました。(とはいえ、風景と化して
いた人物が今回の主人公ですが)
 前作は主人公が思索と詩作に没頭しているところから、語彙選びのセンスを古いものとして、字の
文を時には矢鱈に堅苦しく、時には思うままに感情的に書いてみたのですが、場面展開や言葉の堅苦
しさや短歌の説明臭さが際立ってしまったようなので、思い切って説明の殆どをカットしてシンプル
に仕上げようと思いました。

 今度は逆に説明不足で感情も掘り下げ不足になってしまったようです。
 特に今読み返すと、なるほど最後にストンと落としたつもりでも、イメージが浮かぶような描写が
少ないなと自分でも思いました。
 平安時代や江戸時代の白粉姿などはあれは夜にこそ映える化粧らしく、その前提条件を説明しない
ままキーワードで一つ二つあるだけだと、確かに説明不足だったかなと反省します。
 つまりは夜の淫靡な雰囲気こそが最高潮である未来の場合には、果たして明るいと表現するのか適当
かどうか。その疑問をコトリと舞台の床に置いて演者は皆立ち去って幕が降りるような、そういう
雰囲気を狙ったのですが表現し切れませんでした。

 某小説投稿サイトで粗製乱造の限りを尽くしていたこともあって、袋の包み方に満足して中身を十全
につめ切れなかった面は確かにあります。
 それでも、逆にそのお蔭で久々でも拙くても物語のスタイルとして始まりと終わりをきっちり作る事
ができるようになっていた部分では、自分でも安堵のため息をつくところです。

No.3 (棄権作?) 結婚前夜 ◆/xGGSe0F/E氏作

 ご感想とご提言ありがとうございます。
 というかこれが棄権って勿体無いですよ。自分の中で折り合いがつかないかもしれませんが、ならばファンがいる
ってことで外に理由をつけて復帰してもらえないかなとすら思ってしまいます。

 重過ぎない重厚な文章といいましょうか。これなら行の調整とかができないと仰っていたところも納得いきます。
 ああ、全てが必要なんだな。自然とそう思えたくらい詰め込まれた言葉は自然とそこにありました。十のレスが
すんなりと読めて、深さは感じてても只長くは思えませんでした。
 作品外の感想にもなりますが、感想を素直に受け取る覚悟をきめているでもなかなか難しいものですが、なるほど
この人に言われたら素直に聞けると思えました。
 物語の大筋としては、何故かお兄さんと説明される前に、ああお兄ちゃんだよねと思ってしまった部分はありまし
たが、登場人物の心理描写にはもう文句のつけようがないできでした。
 思い出も、動きも、風景描写も、全部がしっかり一つの仕事を果たす為に集まって、それがこの作品の雰囲気を確
たるものとしている。そう感じました。

 今回、誠に勝手ながら投票させていただきました。
 もしお心変わりされましたら、受け取っていただければ幸いです。
 そうでない場合は、関心票として捧げさせて頂きます。

No.2 明るい未来 ◆kbHlbuKuKQ氏作

 掛け合いの勢いとセンスと朗らかさに織り成された、掌編に相応しい綺麗な出来だと思います。
 オセロのくだりでは、「あれ、”しんぶんし”にしないんだ?」と、もっとド直球なギャグに走るもんだと勝手に
へんな方向で期待してまってました。
 ◆/xGGSe0F/E氏とはまた別のスタイルで、必要な言葉をしっかりつめたんだなと、短いからこそ会話全体での兄の
テンパり具合が素直に出ているのだなと思えました。
 ただ、その部分の会話のテンポがしっかりと作品を支配している分だけ、彼氏の惚れっぷりや妹の幸せの未来の
部分のテンポが弱く感じられました。
 とはいえ、これ以上後半を強くされてもしんみりとした終わり方ができなくなるんだろうなとも思えて、この
スタイルの作品を選んだ以上は出てきてしまう問題なんだろうなと勝手に納得してしまっていますが。

 なので今回は関心票ということで、投票させていただきました。

以上です

何故か酉を入れても酉が表示されない

お題いくつかくれると嬉しいです

>>583
1日友

私は空を飛べない
この、永遠と広がる美しき空を飛ぶ事は、私には出来ない
この、ずっと憧れていた青空を飛び回る事は、もう出来ない
せめてこの足が動くのならば
せめてこの体が起き上がるのならば
私は空を駆ける事が出来るかもしれない
この世にはその様な物は意外に多くあるのだ
でも、私には空は飛べない
何故なら、私の体はもう壊れてしまったから
もう、動かないから

私は空を見れない
この、果てしなく雄大な青空を感じることはもうできない
この、ずっと見ていた大空も、もう見れない
せめてこの夢が覚めぬのなら
せめてこの時がまきもどるなら
私はもう一度空が見れるかもしれない
この世界では、上を見上げればすぐにあるから
この大空はいつでも見えるから
でも、私には空が見えない
何故なら、私の思いは廃れてしまったから
もう、忘れてしまったから

私は何も出来ない
私は何もしない
私は何でもない
私は私かもしれない
私は私でないかもしれない
私はもう分からない
私は私であるのか
私はなんなのか
わたしは、わたしとはなにか
わたしだったものは、なにか
このなんでもないなにかは、わたしなのか
わたしわからなしわたしわたわたたし
わたししわたしわたたわたし
わたしわわたし

私、私は、私じゃなかった
それは、私じゃなくて、私
私は、私になれない
私じゃ、ない

なんかもう、病んでる感が凄いww

>>584
把握

病みの闇風♪

私に、お題を、ください

詩かと思ったら、ヤヴァい日記風になってて、4/3という表記が
「ぼくのなつやすみ」の8/32のようなヤヴァいい空気出してて……直後にそのテンションですかww

ごめんなさい

>>591

みっつのうちのよっつめ

お題信長

妙ちきりんなお題ちょうだい

>>596
タバコと流れ星

把握

なんだかアタゴオルを思い出した。

身長

>>595
信長(しんちょう)公記から転じて、身長というお題でした

……と思ったら、あれか。>>591へのお題だったのか
ノリにのって変わった変わったお題の求め方したんかと思った

>>601
お題求めてますよwwwwww

   投票 関心

No.1 -   1  明るくない未来 ◆d9gN98TTJY氏
No.2 -   2   明るい未来  ◆kbHlbuKuKQ氏


というわけで、第七回月末品評会優勝者は、◆kbHlbuKuKQ氏氏 でした。おめでとうございます。


※次回あるなら、優勝者用テンプレ




(この辺の空間に、メッセージがあったらどうぞ)

第八回週末品評会  『(´・ω・)<ここにお題!』

規制事項:(レス数の制限や、シチュエーションの縛りなどを設けたい場合は明記して下さい。無ければこの項ごと削除お願いします)

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:七日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※

 容量は1レス60行/4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)
 この容量制限はまとめサイト準拠です。転載の都合上、まとめサイトのレス容量を超えるとそのまま転載できなくなりますので悪しからず。
 

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

仕切り、参加した方、全感乙でした

投票期間いつまでかと思って見に来たら終わってるゥ!
うわ~…今日の夜にでも全感だけでも投下しますんで…ほんとすいません…
お題も!出します!夜に…

あれ品評会の変更点は結局どうなったんだっけ?
行数気をつけてね、てことと投下締め切りに猶予を持たせるくらいだったかな?

まとめサイトで綺麗に見せたいなら1レス30行
まとめサイトに転載する際に変に区切られないで済むだけなら60行
それを超えたら、まとめサイトに転載する時に区切られる必要が出てくる

>>607
・規制事項の撤廃(但し、優勝者が規制を設けたい場合は可とする)
・まとめサイトのレス容量を基準とする(行数30→60へ変更)
・規制事項の撤廃により、レス数制限無し(優勝者が制限を設けた場合はそちら優先)

お題発表するよ~

君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。

第八回月末品評会  『犯人』

規制事項:レス数制限なし。
     1レスは30行程度まで。1行は最大50字程度で改行して下さい。

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※
1レス60行/4000バイトの容量を超えるとまとめサイトに転載できなくなりますのでご注意下さい。

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』第四回月末品評会お題『馬鹿』
第五回月末品評会お題『依存』第六回月末品評会お題『許せない』
第七回月末品評会お題『明るい未来』

肝心なときに酉外れちゃったよなんなんだよ
いろいろ意見があったのを読みましたが、今回はこんな感じでいってもらえたらなと思いました。
30行程度におさえてくれたら読みやすいけど、容量内であれば何行でもいいのはいいです

優勝したからいろいろ決めていいよね!優勝したから!

おkです!
今度はお題をじっくり捏ね繰り回しますぜ、ゲッへッへッ……

全感投下しやすぜ

№1 明るくない未来 1/3 ◇d9gN98TTJY氏
冒頭で穏やかでない発言をして、友人にもさんざん気をもませたくせに結局ラブラブなんかい!往ね!
なんか、登場人物たちの距離感が謎でした。なんていうのかな、作者にもよく定まってないんじゃないかと思う
のですけれど。
↑までは一度読んだ記憶を頼りに書いたんですが、今読み直してみるとそういえば主人公は足が不自由なんでしたね。
その設定蛇足じゃねえでしょうか足だけに。いらないところは削って、どこか一点を掘り下げたほうが面白くなる
と思います。結局どこがチャームポイントなのかが分からなかったんですよねこの小説の。
いっそ沖守凪人君が主人公のほうが良かった。彼のほうがキャラ立ってる。

№2 明るい未来1/3 ◆kbHlbuKuKQ 自作
反省点が多すぎて今まで使っていた酉ではなく偽名を使いました。小説に詫びたい気持ちです。ほんとごめん。
少ないレス数で、小さな宝物みたいな小説が書きたかった。次も頑張ります。
あと「明るい未来」っていう響きが素晴らしい(意味的にではなく、語感的に)のでそのまま使いました。なげやりじゃないよ。

以上です。
いや~お疲れ様です。投票間に合わなくて申し訳ない。
話題に乗り遅れたけど、まとめの人にはほんっとうに感謝しています。
とてもとてもありがたい。負担が減らせるように、自分も頑張りますゆえ、どうぞこれからもよろしくおねがいします

お題ください。ファンタジーな感じで。

背中の翼

自分にもお題下さい。ぬへっほぅな感じで

高笑い

ユートピア

>618 ありがとう、初めてだけどがんばるよ

一番どうでもいいのが優勝したな。

おっ言うねえ

>>623
なんかワロタwwww

それにしても、スレも後半になれば過疎りますなあ。

>>623
なんかワロタwwwww
それにしても、スレも後半になると過疎りますなあ。

なぜwを足し空白を消して書き直したのか

そういう拘りは文章を書く人の習性みたいなものなんだよ(迫真)
メールでも改行の有無を気にしたりする
草はよく分からんww

そういう拘りは文章を書く人の習性みたいなものなんだよ(迫真)
メールでも改行の有無を気にしたりする
草はよく分からんwwww

草を増やしたのは森林伐採に対するアンチテーゼだろ(迫真)

魔王っぽいお題下さい

魔物養成学校

>>620-621
把握

>>632
頑張る

簡単なお題下さい。

マモノ

>>636
把握

通常投稿します。
テーマは『背中の翼』

 翼を生やした少女は無表情に、鉄格子に縁取られた青空を見上げていた。


 この世界ではまれに、本当にまれなことに、獣の特徴を持つ子どもが生まれることがあった。たとえば羊の角
を持つ子、魚のひれを持つ子、とかげの尾を持つ子など。
 少女はその中にあって、純白の鳥の翼を背に宿して産まれてきた子だった。
 そういった奇形を持つ子は諍いの種にならぬよう、生まれた村では内々に処分されることが多いのだという。
だが少女の両親は娘を処分することを良しとせず、彼女を護る為に村を離れて生きることを決めた。
 決して裕福な生活ではなかったが、両親はそれに耐えながら彼女を慈しんで育ててくれた。少女もまた生活の
ため両親を手伝い、手を汚して作物の手入れをしたものだ。
 ――あの頃は本当に楽しかった。
 思い出を振り返って少女は深く悲しみに沈む。人生で一番楽しかった時間はもう二度と戻っては来ない。
 人里はなれた場所でつつましく暮らしていた家族を、教会の人間に見られてしまったのがいけなかったのだ。
 その聖職者は家族と共に笑う少女を遠くから目に留め、彼女を「神の御子だ」と思ったそうだ。そして、住ま
いにもどってから彼女のことを仲間に話したらしい。「私は天の御使いを見た」彼自身はただそう報告しただけ
かもしれない。だがその言葉が教会を動かし、彼女の生活を崩壊させてしまった。
 教会はすぐに動いた。少女は大勢の聖職者が少女と家族の住まいに突然詰め掛け、恐ろしい剣幕をして両親を
問い詰めていたのを覚えている。そして聖職者たちは泣き叫ぶ母の腕から少女を奪い取ったのだった。
 わけもわからず怯える少女が聖職者の環の中で最後に見たのは、膝をついて嘆く母と、その肩に手をかけなが
ら奪われた少女を呆然と見つめる父の姿だった。
 それきり両親とは会っていない。

 この教会へ連れてこられた時の一度しか見ていないのでよくわからないのだが、そのときに眺めた風景の賑や
かさから察するに、いま少女が身を寄せている教会は、それはそれは大勢の人間が集まっている村に建っている
ようだ。昔、両親から聞かされていた街という場所ではないかと少女は考えている。
 ともかく少女は教会へ連れてこられ、大勢の大人に品定めされ、そして今後の生活についてこう言われた。
「天の御使いにふさわしくあれ」
 それから少女は「教育」を施されるようになる。
 人前では常に微笑んで他の感情を表すな。姿勢を正しまっすぐな姿を決して崩すな。とにかく、天の御使いの
完璧な姿を体現し信者にその威光を示せ。
 あまりに厳しいそれに無理だと泣けば罰を受けた。
 従うより他に道はない。だから少女は生きる為にそれらを受け入れ、そして教会の望む通りに生きた聖像とし
て今日まで振舞ってきたのである。


 教会の人間たちの手によって彼女の姿は整えられている。伸ばした髪は香油で手入れされて艶をもち、肌は丁
寧に磨かれ滑らか、着るものは清潔でな純白のローブ。とりわけ翼は丁寧に扱われ礼拝の度に必ず羽の列を整え
られる。
 少女自身は普通の顔立ちの娘だったが、磨かれた姿を信者たちは美しいと称え彼女を崇めた。
 だが、その賛辞が何になるというのだろう?
彼女を前にした大勢の人間が喜び安らぎを得る姿を見るのは、無理やり押し付けられた仕事とはいえ確かに嬉し
い。だがそれ以外のときはどうだろうか? こうして逃げられないように閉じ込められ、ただただ一人ぼっちで
時が過ぎるのを待つだけ。
 外へ出る自由はない。
 少女は一度も飛んで見せたことなどないというのに、教会の上層部は彼女が空へ逃れてしまうことを恐れてい
たのだ。


 少女は鉄格子の空を舞う鳥を見て考えた。
 きっとこの背の翼は、飛ぶためではなく縛られるためにある翼なのだと。
 それはとても物悲しくなる考えだったが、少女は決してそれを顔には出さなかった。

 終わりです。
 ごめんなさい、分子を間違えてしまいました。
 そしてテーマをくれた方、読んでくださった方々、ありがとうございました。

 自由なイメージのある翼ですが「神聖視されていると人間味なくなりそうだな」と思い、逆に不自由さをテーマに書いてみました。
 私自身は感情描写がちゃんとできているか気になっています。それと、文の語尾に言い切りの形が多いかもしれません。
 感想や批評をしてくださると嬉しいです、どうぞよろしくお願いします。

すみませんトリップのつけ方間違えました

>>639-640

お話としてはもう一ひねり欲しい感じ。
設定はなかなか想像力を刺激していい物だと思った。
いろいろと妄想が走った。
文章もきれいだし、次回作に期待してる。



どなたかお題を恵んで下さい。

>>643
青い梅と鴎

>>644
把握

>>643

ありがとうございます!
初投稿だったので、文章を読みやすいように気をつけました。
それが伝わったようで嬉しいです。

次のお題をください。

紅茶とジャム

復讐的なお題

>>648
皆殺し

>>647
把握

>>649
把握

めんどくさい。本当にめんどくさい
人間と関わるのがめんどくさい
勉強をするのがめんどくさい
言われた事をするのがめんどくさい
人仁教えるのがめんどくさい
楽しくもない事がめんどくさい
己の死すら選べないのがめんどくさい

……………そうだ、皆殺しちゃえ
めんどくさい物は、壊してしまおう
めんどくさい事は、消してしまおう
めんどくさい人は、殺してしまおう
めんどくさい心は、忘れてしまおう
めんどくさい現実なんて、変えてしまおう
めんどくさい決まりなんて、破ってしまおう
めんどくさい世界なんて、捨ててしまおう

おしまい♪

復讐……

>>652
お題に答えたとは言え小説でなくてただのポエム(笑)
酷すぎる

>>652

確かにこの作品はポエムだと思う(それが善いか悪いかは置いておいて)。

この作品で書きたいことは伝わってくるし、書かれた自意識過剰な感情はほとんどの人が経験したことがあるだろうから伝わ
りやすいんだけれど、どうにも書き方が浅すぎる。
詩として上手いとも面白いとも感じなかった。表現にも惹かれなかった。
ただ中学生が書くような自作のポエムを見せつけられたような気持ちになった。

もちろん自分の書きたいことをストレートに書くのは、あるいは文章に表すのは、自己の感情の整理や発露であり、悪いこと
ではないと思う。本をいろいろ読んで、もう少し技術的に表現できるようになれば小説として表現できるのではないかと思う
。あるいは最果タヒさんとか現代詩の方の作品を読んで、技術を学んで詩を書き続けるのもいいと思う。

色々厳しい指摘をしてしまったけれども、まったく悪い作品とは言えないと感じた。
少なくとも文章を書き始めた時って、だいたいみんなこういう作品を作る物だと思うし。



……あとはタイトルにしっかり作品名とかお題を書いてくれると、なお良かった。

>>639
文体は読みやすさを意識した三人称で、特に突っかかることもなく滑らかに読むことが出来た。
作品としては短い中でしっかりとした物語になっているし、少女の外見の描写も細かく記述されているし(香油や純白のローブなどのアイテムが雰囲気を出していてよかった)、文章は破たんが無く安定していると思う。私的な表現が多めなのも作品にあっていて良かった。

外国の地方の伝承だとか、ゲーム内に登場する物語とか、在りがちだけど妄想が膨らむアイデアで面白かった。
こういうのファンタジーチックなのっていいよね。

あとはこの物語の中で登場人物同士の掛け合いとか、ドラマ性なんかがあれば良かったかな。
まああんま長いの書くのも面倒だろうし、このぐらいが丁度いいのかも知んないけど。
とりあえずお疲れ様です。

>>657

ごめん、二行目『私的』と『詩的』を完璧に間違えて打ってた。
どーでもいいじゃんって言われたらそれまでだけど。

色々と優しい人だなww

お題
比較的非現実な

>>660
お題:時間移動なんてどうですか

お題くれ~

>>661

>>661

お題ください

>>664
おやすみ

>>665
ありがとう

ポポポポーン!

お題くんろ

>>668
さよなら

お題下さい

>>670
仮面を被った女教師

>>671
把握

お題ください

>>673
大麻とヒグマ

抽象的なお題下さい

>>675
色塗り

>>676
把握

なんかもうお題下さい

>>678
大麻栽培

ありがとうございます。

このスレお題スレになってる

投下します

 前日から風が強く、その日は朝のTVのニュースでも「日本列島に今世紀最大の超大型台風が今夜にも上陸の
可能性!」と注意を呼びかけていた。
 昼頃にもなると天気も悪くなり暗い雨雲が空を覆っていて、嵐になるのは火を見るよりも明らかだった。授業
は昼を午前中だけとなり、全校生徒は午後の授業を切り上げて一斉に帰らされた。
例外を除いて。
 その例外というのが、この学校の生徒で二年の一樹(かずき)であった。彼は昨夜の時点で今日の授業が切り
上げられるであろう事を予想していた。そしてSNSを使ってこう宣言していた。
『明日もし台風で休校したらこの今世紀最大の台風の中、俺は学校にこっそり宿泊するぜ』
 偶然にも一樹と同じ学校の生徒の何人かがそれを見ていたらしく。賛同者が集まり総勢五人で無断宿泊をする
運びとなった。
 宿泊する場所が立ち入り禁止になっている旧校舎の一室となった理由は「なんか、それっぽいから」だった。
 夕方前には数人残っていた教員も全員帰り、ようやく学校に誰もいなくなる。それを校庭の隅に潜んで待ちわ
びていた一樹は旧校舎の裏へと走って向かう。
一樹は当然一番乗りは自分だと思っていたが、すでに先客がいた。
「よう、じゃあちゃっちゃと開けようか」
「了解了解!」
 そこにいた人物と顔を見合わせ互いににやっと笑うと簡単に言葉を交わし次の行動へと移る。以心伝心と言う
べきか、彼らは多くの言葉を語る必要はなかった。
 先に旧校舎の裏口に来ていた少年、次春(つぎはる)と名乗った少年は軽く準備運動をすると、扉に向かって
ショルダーチャージを開始した。一回、二回、三回と。
 この旧校舎の裏口の扉は鍵がかかってはいるが、老朽化の所為かこんな風に衝撃を与えると鍵が外れてしまう
という困った構造をしていた。
 四回目のバンという体当たりの音のあと、カチャリという鍵が外れる音が次春とすぐ横で見ていた一郎の耳に
届く。再び二人はにやりと笑うと旧校舎の中へと足を踏み入れ、二人は内部を探索し始めた。

 午後六時を過ぎる頃には外は真っ暗になり横殴りの雨が吹き荒れて始めていた。旧校舎の二階の予備の体育用
具の置いてある一室を一樹たちは寝床と決め、集まっていた。ここにした理由は若干カビ臭いとはいえ体育マッ
トがあったし、何より機材が積まれていて窓の半分の高さほどは覆い隠していので、窓の外は木が立ち並んでい
たので少しの明かりなら外に漏れにくいだろうという理由だった。
 その窓の外の木の間からまばらに見える住宅街の明かりを見ていると、まるで夜空がそのまま地上に落ちて来
たのかとさえ思えた。
 そう思えたのは、ロウソクの薄暗い灯を照明代わりにしていた所為もあるかもしれない。
「そう……ちょうどこんな嵐の日だった。
 その建物は古い木造の建物で、ところどころピチャリ、ピチャリと雨漏りがするような……廃墟と言っていい
かもしれない。……そこで彼らは肝試しをしていたんだ」
 低いトーンで怪談話をしているのは三太(さんた)という少年で彼は人を怖がらせる事に喜びを感じる困った
奴で、実際一樹と次春は彼にこの旧校舎で出会った時に驚きをプレゼントしてもらっていた。
「ひっ!」
 その正面で息をのんで小刻みに震えているのは三太の連れてきた伍代(ごだい)という彼の友人。三太にここ
に連れてこられた時もすぐさま「三太によって一人にはぐれさせられて」しまっていた。要するに三太の玩具。
 そんな伍代を階段下の隙間に隠れていると自分に教えたのが司郎(しろう)だったなと一樹は思い返す。
その司郎は最初から跳び箱の上に座っていて、微動だにせず天井に映るロウソクの揺らめく灯をぼうっと見つめ
ているように一樹には見えた。

 ずっと続く三太の怪談話。止める者は誰もいないまますでに二時間は経過している。
「……あれ、おかしいな? と周りを見回すと確かに一人、いなくなっていたんだ」
 なおも続く三太の怪談話。気のせいか、何か違和感。
「なあ、何か聞こえないか」
 次春が一樹にポツリと声をかけてきた。それはとても小さな声であったけれども、三太だけが喋っているその
空間に響いてその声を途切らせ、静寂。

 継続的に聞こえる音は、吹き荒れる風をそれによって旧校舎に叩き付けられる雨音、木々の葉音。雷光の後に
低く響く音。それらは一樹たちが先程聞いた音ではなかった。
先程聞こえた音は、断続的に三度何かを打ち付ける様な……、そう例えるならば閉ざされた扉を開けてくれと言
うように扉を誰かが叩くような音で、バン! と突然大きな音が旧校舎に響き渡った。
「何!? 今の音!!」
「シ! ちょっと落ち着け!」
「多分扉が勢いよく閉まった音だろ……問題は誰が扉を開けて入って来たか、だ!」
 騒ぎだした彼らの言葉を遮るようにすぐ今までで一番大きな雷の光と同時に大きな音が響いた。
「近かったな。あれ、暗い……停電したのか?」
 窮屈そうに窓から光った方角を見ていた一樹はすぐにその異変に気がついた。
断続に起きている雷の光が消えれば、窓の外の世界は黒一色だった。
「だろうな。近くの通信基地も逝ったな」
 スマホを見て呟く次春の言う通り電話のアンテナは圏外の表示になっていた。
  ペチャリ  ……  ペチャリ
「ねえ、何か……」
 おびえた伍代のか細い声を  ……  ペチャリ
 言い知れない身の危険を感じ、四人は立ち上がる。伍代はその際よろめいてロウソクを置いていた台にぶつか
り、ロウソクを倒して消してしまうが気にする者はいなかった。相変わらず雷の光は差し込んで来ていたし、何
より今はそれどころではなかったからだ。
「上がって来た  よ  」
 ペチャリ  ……  ゆっくりと、しかし迷う事なく一樹たちのいる方へとその音が近づいて来るにつれ、彼
らの鼓動の早さは段々と ……  ペチャリ!
 思うまま覚悟していたままに、その音は彼らのいる場所の扉の前で止まる。
 キュルキュルと音を立てて扉が開いて、何かが部屋の中に入り込んで来る。

 雷の光に断続的に照らされたその姿はまるで三途の川から這い上がって来た亡者。のように見えた。
 全身ずぶぬれで、前髪がぺたりと顔の全面に張り付いていて、その下に見える口が一層大きく強調されて見えた。
「やっと、見つけた」
 その口がにやっと形を変えてそう言う音を発した。
 その瞬間ぎゃあと短く大声で絶叫した伍代は、そのままその場に倒れ込み気絶する。
「なんだぁ!?」
 ずぶぬれの男が何事かとその音のした方を、倒れた伍代を見ていた。その姿を落ち着きを取り戻した三太が携
帯電話のライトを光らせて照らし出すと、男は眩しそうにその光を手で遮る。
「驚かすなよな、本当に。てか誰だ?」
 人間である事を確認した次春は心底落ち着いたふうを装ってその男に話しかける。
「おい、俺も合宿に参加するって言ってたし!
 しかし最大級の台風も大した事がないな、よゆーよゆー!
 俺が来たからとにかくこれで五人全員揃ったという事だな!」
 彼は陸人(りくと)と名乗り、その大した事のない台風で水没したという携帯電話をパカパカと開閉させてな
がら周りを見渡して笑う。
「しかし酷いな。宿直室らしき所が下にあったから何か探しに行くぞ」
 次春がそう提案すると陸人はそうだなと同意して二人は部屋から出て行く。
「俺トイレ行って来る」
 ロウソクの代わりにLEDライトをつけて部屋の中心に奥と、その強い光で一気に緊張が解けた。
一樹はため息を吐きながら気だるそうに誰にともなくそう言うと、伍代の様子を見ていた三太が「俺も」と声を
かける。見ると伍代はうんうん唸っていたが別状はなさそうだった。この様子なら一人にしていても大丈夫だろ
うと一樹たちも部屋を出て行く。
 一樹たちがやって来たトイレの窓にも強い雨風が打ち付けられていた。その情景を見て明日になればこの『お
祭り』も終わってしまうんだなと一樹は感慨深く思った。予報によると今夜のうちにこの台風も過ぎ去ってしま
うみたいで、こうして集まった自分たち五人も……?

 違和感。
 自分、次春、三太、司郎、伍代、陸人。……うん、『五人はいる』気のせいか。
 違和感。
 動機が早くなり、一樹は理解できない寒気が、鳥肌がたっている事に気がつく。
「……な、なあ三太。もしさ、肝試しをするために廃屋に五人集まるはずが現地に行ったら六人いたとしたら
……そいつは一体何者だと思う?」
 それは可能性の問題で、
「お、怖い話か?
 そうさね、そこにいた幽霊か、怪物か、紛れ込んだ殺人犯か、それ以外のナニモノか……ひょっとしたらそい
つらだけが見えていた幻覚か、そういうのじゃなければ例えば偶然紛れ込んだ廃墟マニアとかじゃねえの?」
 三太は嬉々として語りだす。
「増えるパターンはいくつかあってだな?」
 そうだな、確かに今日ここに来るとはっきり返事したのは五人だったというだけで、返事は返さないで直接こ
っちに来てみたという奴がいてもおかしくはない。もしくは、伍代はこういう事は好きでないみたいなはずだか
ら、三太に無理矢理連れてこられたのだろう。六人いても何もおかしくない。
 疑問が晴れ一樹はお前のかけた謎は解いたぞと言わんばかりの得意げな顔をしながら隣を歩く三太を見ると、
いまだに熱心に何かを喋っていた。
自分で話題を振っておいて無視するのは可哀想だったので適当に耳を傾けて相づちを打つ事にした。
「ま、そうなったら面白いかもしれないけどなって話で、実際ここにいる俺たち五人の誰かが増えたり減ったり
はしてないからな、残念ながら。」
「……え?」
ここに来ると言っていたのが五人。しかしここに実際にいるのが六人。でもやっぱり三太が言うにはここには
五人しかいない。という事はつまり……
 一樹は訳が分からなくなり混乱しながら部屋へと戻って行く。

 二人で元いた部屋に戻ってみると、そこに倒れ込んでいるはずの伍代の姿はなく部屋には誰もいなかった。
三太は部屋中を見回り伍代を捜し始めるが、結局伍代の誰の姿も見つけることは出来なかった。
 次春とリク……ナントカと言ったあの遅刻者もまだ戻って来ていないようだった。
「どうした? 何か気になる物でもあったか?」
 三太は一樹が壁際にある跳び箱の上の方をじっと見つめているのを不思議に思い声をかけた。
「いや、『誰もいないみたいだな』」
 と素っ気なく返事を返す一樹はそのあとぶつぶつと「いない、いるはずない」と独り言を呟いたあと突然「捜
して来る」と、彼らは足早に部屋を出て行ってしまった。
 最初三太はここに来た当初にはぐれてしまった碁情を見つけ出したのも一樹だったから彼らに任しておいて大
丈夫だろうと思い、一息つこうとして――何かよくない予感がしたため急いで一樹を追う事にした。しかし三太
が廊下に出たときにはすでに一樹の姿は見えなくなっていた。
 すぐに追いつくだろうと思っていたが、誰にも会う事はなかった。暗い廊下を一人で携帯電話のライトだけを
便りに歩いていると、先程までは感じなかった孤独感が押し寄せる。
 というよりも恐怖感だろうか、三太はなぜか今に限ってはそういう気分になった。何故だろうか……わりと有
名な心霊スポットへ何度か行った事もあったが、平気だった。その時は一緒に行った他の誰かの怯える様を見て
楽しんでいたが、今はその対象がいないからだろうかとも思えた。
 結局誰にも出会わないまま、元いた部屋に着いてしまった。ふと時間を見るともう午前零時に近づいていた。
 おいおい、もう明日になっちまうじゃないかとため息をつきながら携帯電話を胸ポケットに突っ込みその場に
座り込み、どうしたものかと天を仰ぐ。
 実際に三太の視線の先にあったのは天井だった。何の変哲もないただの天井。何か無いのかと聞かれたとして、
強いて言うとするのであれば所々黒いシミがあり多少汚れている事と、天井点検口が一つあるくらいだった。
 三太はその点検口の下にふらふらと歩いて行ってそれを見上げていると「開けてみようかな」という気になっ
てくる。
 すぐ横には部屋に唯一ある跳び箱が置いてあり、その上に乗れば容易に手が届く事だろう。

「そういえば、一樹は度々この跳び箱を眺めていたな……」
 一樹は既にあの点検口に気がついていて、ひょっとしたら天井裏に隠れているんじゃないかと思い込む。
じゃあ、早速見つけ出してやろうと真横にある跳び箱によじ上る。
 三太はその跳び箱の上で埃まみれとなってしまった。この部屋の床はここに来たときにざっと掃除をして積も
った埃を取ったが、その他の場所は手を入れていなかったからだ。
 舞い上がった埃により数回咳き込むが、三太は物ともせずに点検口に手を伸ばす。
何かに操られるように迷い無く、それを示すようにその四十センチ四方の天井点検口は何の抵抗も無く三太の手
に押され天井側へと持ち上がった。
 三太は言われるままに点検口の板を右にずらしてその暗闇への入り口を開いていく。しかし何かに引っかかり
その板は半分以上動かす事は出来なかった。
 中途半端にしか開かないその場所に光は入り込まず、ただの黒一色だけが見えている。
その暗闇を見ていると、その奥にいる何者かの視線を感じるようにさえも思えてくる。
『人が暗闇を恐れるのってそこに何かよくない物が潜んでいるかもしれないって想像するからなんだってさ』
 三太が昔その話を聞いたとき、「じゃあ俺はより恐ろしいモノを想像するようにしとく」と話し相手に余裕を
見せていた。実際にはいくら想像してもそれはただの妄想で、何かが起こる事は今までは無かった。
 この場合は……そうだな、このバケモノと俺は目を合わせていて、俺が目をそらすとその瞬間に俺を頭から食
い殺そうとしている――というのはどうだろうか。
「ピピ!」
 突然電子音が鳴り三太は反射的に携帯電話のある自分の胸ポケットを見る。数回ちかちか点滅だけした携帯電
話の動作を見て「ああ、そうか明日になったのか」とその時報で日付の変更を認識した。
 早速、自分の作った設定が消え去ってしまったことに苦笑いをすると、誰かが部屋の中に立っているのが視界
の端に見えた。
 一樹が戻って来たのだろうかとその人物の姿を確認しようとその視界の端に映る誰かの足元から次第に上へと
視線を動かしていると、

「やっと見つけた」という誰かの声が頭上から聞こえた様な気がして、三太はその声のした方に直ぐさま振り向
いた。
 その振り向いた勢いの所為だろうか、三太は足を滑らせ跳び箱の上から真っ逆さまに落下していく。
三太は遠ざかって行く天井の点検口を見つめながら、正確にはそこの真っ暗な空間の向こう側から自分をじっと
見つめているであろう何者かの目を見つめながら「このお祭りは今日限りで明日になれば終わりだから」と一樹
の言っていた言葉を思い出していた。
 ゆっくりと動いていく時間の中で三太は何かを思い出そうとしていた。
 ……そういえばあったな。こんな感じの話が。人がおかしくな――
 その三太の思考は大きな衝撃音と激痛によって中断されてしまった。



おわり

総レス数間違えただけで順番自体は問題ないハズ…

>>691
ホラー、いいですな。夜の旧校舎、悪天候、といったシチュエーションや、不審な第三者、人数の問題等明快な怪談モノの
お膳立てが整えられていく中、さあどんなオチが待っているんだ!?とわくわくしながら読みました。
テンポが良くてすいすい読めたのですが、ところどころに「意味は分かるがちょっとヘン」な文があったような気がしました。
ホラーゆえに想像力をかき立てる表現をしなくてはならないせいなのでしょうが、つっかかるような文も少しあるかな、という感じですかね(あくまで個人的に)。
勝手な感想失礼いたしました!

あと一レス目に一郎なる人物がおりますが、一体・・・。

感想サンクス。
読み返してみると文章的にもおかしな所があった。以後気をつけるので、
1レス目の一郎(初期名)→一樹への置換漏れは大目に見てください。
わろた… ワロス… orz

お題ください。

>>694ネイル

ナメック星人か

面白そうなお題下さい

>>697
おでんと紅茶を売る女

>>698
なかなか個性的なのをありがとう

君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。

第八回月末品評会  『犯人』

規制事項:レス数制限なし。
     1レスは30行程度まで。1行は最大50字程度で改行して下さい。

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※
1レス60行/4000バイトの容量を超えるとまとめサイトに転載できなくなりますのでご注意下さい。

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日


月末品評会8th 『犯人』 投稿作品まとめ

やばい!

えっ品評会やるの?
当分止めた方がいいと思うよ

……すまん遅れた今から書……って、え? 一作品も無し?
という状況なんですが、流石にこの状況で急いでも……

◆kbHlbuKuKQさんがいらっしゃって、他にも参加する人がいるなら……延期とかあったらぜひ参加したい感じなんですが、駄目ですかねぇ?

毎回延期してたら投稿期間の意味がないし、もし本当に品評会に出す気があるのなら前々から書いとくべき。
もし時間切れでも作品を書きたいなら、ルールを守って時間外で投稿するべき、だと自分は思う。

まあでも各品評会を管理してる人の判断によっても変わるだろうし、その都度でルールが甘くなったり厳しかったりするから
、あくまでこれは個人的意見として。

201X年、春夏秋冬としてやればどうだろう?
開催前にエントリー期間を設けて、アカ付きで挙手し、きちんと参加者を募り把握する
お題やその他の決まり事は継続して行う

準備期間が長くてダレる可能性はあるが
そもそもその準備期間に文才スレを一度も覗かないのであれば、投稿期間内に書き上げることも期待できないのでは
まあ飛び入り参加も良いと思うけど

もちろんこれは個人の意見でしかありませんが

通常作、投下します。


 星を散りばめられた群青色の空は相変わらずひどく澄んでいて、僕はそれを心から美しいと思った。この物寂しい田舎町
も、空の美しさだけは他の町に誇っていいと思う。ダイオキシンや排気ガスやらの空気汚染が少なくて、とても綺麗な空が
映し出されるこの街。だけれどそんな穏やかなで綺麗なこの街の人口は、ここ数年で着実に減り続けてしまっている。その
理由は専門家を持ってしても分かっていないが、七年前を境に、唐突に(まるで最初からそこに存在しなかったみたいに)
人々の魂が消えてしまうという謎に満ちた原因不明の現象が相次いでいた。市の出した統計では、三年ほど前から、その現
象が起こる割合が加速度的に増えているのだと言う。このペースだと二十年後には、この街自体が消え去ってしまうのでは
と予測されているとも聞いた。
 そもそもお年寄りばかりが暮らしているような町だから、自らがこの世から消えてしまうことを覚悟している人と言うの
は結構多いのではないかとも思う。もちろんそれは僕の勝手な想像にすぎないのだけれど。しかしつい先日にあった出来事
を思い返してみれば、やはりこの世に未練を持たずに消えていく人と言うのも、しっかりといるんだなと実感することが出
来た。これは四日ほど前に起こった出来事なのだけれど、僕の隣の隣の部屋に住んでいたお婆ちゃんが、例の原因不明の現
象によってこの町から消え去ったのだ。いつも犬を連れて散歩をしているお婆ちゃんで、会えば気さくに話しかけてくれる
気のいい人だった。深い皺が刻まれた笑顔がよく似合う人で、誰からも好かれる優しい人だったように思う。痴ほう症の気
があったのか、結局、最後まで僕の名前を憶えてはくれなかったけれど(いつも間違った名前で僕の事を呼んでいた)、そ
れでもお婆ちゃんが僕のすぐ近くの場所で消えて亡くなってしまったことは、とてもショックだったし、なぜ気付いてあげ
られなかったのだろうと、後後ながら思ったものだ。お婆ちゃんが消えたことが発覚したのは、連絡が付かない事を心配に
思ったお婆ちゃんの息子が、もしやと思いお婆ちゃんの家の窓から侵入し、そしてお婆ちゃんの持ち物全てが消え去った部
屋を見て、もうこの世から消え去ってしまったことに、気が付いたのだと言う。しかし幸運な事に、部屋には(この現象に
しては珍しく)魂が消滅したお婆ちゃんの抜け殻が残っていたらしい。お婆ちゃんの抜け殻は、まるで祈りを捧げるように、
膝を折ってリビングで倒れていたとその息子さんから聞いた。抜け殻と言うのは、たくさんの人から愛された人が、そのお
礼に少しでもこの世に姿を留めておきたいと言う想いで消えていき、そこに残される物だと言われている。よほどされ家か
ら深く愛された人でないと、この世に抜け殻は残せないのだと言う。そんな抜け殻を残した人生の終わりは、敬虔な仏教徒
らしいお婆ちゃんの最後だったのではないかと、僕はなんだか、物凄く月並みで勝手な感想を抱いてしまうのだ。お婆ちゃ
んの事をよく知りもしないくせに、と誰かに笑われるかもしれないけれど。
 お婆ちゃんが消えてしまったことで、僕の住むアパートからは、今年に入って三人ほどが消えてしまった事になる。そも
そもこの現象、お婆ちゃんみたいに魂の抜け殻が残っているのは稀で、むしろ誰にも気づかれることなく消えてしまう人の
方が圧倒的に多い。そしてその中では、愛しい人の前で唐突に消えて亡くなってしまった人だっている。キスをして居る瞬
間に目の前から恋人が消え去ってしまう人だっている。縁側で二人でおしゃべりをしている途中に、愛する人がふっとこの
世から消えてしまうことだってある。それはとても理不尽に。消失の傾向など無く。そしてもちろんそれぞれの年齢に関係も
なく。突然起きる始めたこの現象については、原因が分からないから止めようがないし、この町に生まれ生きる僕らは、もう
消えてしまう運命なんだと、僕を含めた恐らく全員が、そう受け止めるしかない状況に置かれている。


 それでも、理不尽にこの世から消え去ってしまうかもと言う不安におびえながら、僕の生活は変わることなく続いている。
 毎日のように誰かが近くで消え去っていくのを眺めている中で、今日も僕は、この暗く澄んだ星空の様に、変わり映えも
ない日々を過ごしている。朝八時半に起きて隣町の工場に行き、延々と流れ続ける同じ形の発泡スチロールに同じ商品を入
れ続けて、仕事をしていると言う満足感を得て過している。こんな仕事を死ぬまでやり続けるのかと考えた時に、二十九歳
の僕はうんざりとした気持ちを抱いて、死にたくなってしまうことだってある。もちろん僕がその職業、もっと言えば生き
方を選択したわけだから、文句をつけるなんておこがましいとは思うのだけれど、でもふとした時に、なんだか寂しくてつ
まらない人生だなあと感じてしまうことは、仕方がないことのような気もするんだ。だけれど、それを変えようと言うエネ
ルギーもわいてこないし、努力もしないから、結局僕は延々とこのままなのだろうと言うことも、逆らうことが出来ない運
命の様に受け入れてしまっている。流れてくる発泡スチロールたちと同じように。僕は何にも希望を持っていない。
 ただ唯一、最近楽しみなことが出来た。それは僕の単調で乾いた人生に、充分な潤いを与えてくれていた。その楽しみな
事と言うのは、長らく女性に縁がなかった僕に、恋人が出来た事なんだ。まさか愛しい人と一緒に暮らせるなんて、これは神
様が僕に与えてくれたご褒美に他ならないだろう。これはとんでもなくハッピーな事なんだ。なにせ、ずっと恋い慕ってきた
想い人と、僕はようやく結ばれることが出来たんだからね。僕の生活にも、ようやく潤いのようなものが出てきたのではない
だろうか。


 約二時間の残業も終わり、真っ直ぐ電車に乗って家へ向かう。時刻は既に十一時半を過ぎている。もう既に体中がクタク
タで、今すぐにでも眠ってしまいたくなる。ずっと立ちっぱなしで同じ動きをしているだけなのに、どうしてこんなに疲れ
るのだろう。単調な動きを繰り返す、却ってそれが精神的にも肉体的にもきついことだと言うのが、こういう仕事を始めて
から分かったことだ。もちろん、一般的に言えばそんなこと知らなくたって、むしろ知らない方が幸せに暮らせるような気
もするのだが。
 まあ、そんな暗いことばかり考えていても仕方がない。せっかく部屋で待ってくれている愛しい人が居るのだから、もう
ちょっとポジティブな思考で、家に帰ろうじゃないか。僕はそう思いながら、楽しいことだけを考えるように努めた。いくら
月三万円のぼろアパートと言えども、愛しい人が待ってさえいれば、そこはユートピアも同然になるのだ。そうだ彼女と食べ
るためのケーキを買おう。デコレーションが派手なやつ。彼女は確かそう言うケーキが好きだったはずだ。僕は妙に浮き浮き
とした気持ちになって、早足で我が町へと戻った。


 商店街でケーキを買った。いつもより奮発して高級な品を買ってしまった。別に今日は、特別な記念日でも何でもないの
だけれど、日常の中でこういう特別な喜びを作るのは、生活に楽しさを生み出すうえで欠かせないことだと、そんなポジテ
ィブな気持ちでケーキを買うことにしたのだった。
 アパートに帰りついて、今にも朽ち果てそうな雰囲気がある階段を上って、自室の扉の鍵を開ける。踏み潰された猫の鳴
き声みたいな、妙に甲高く軋むドアを開いたら、僕はなるべく明るく響くような声音で、ただいまと言う。やはり待ってい
る人が居ると言うのは、とても明るい気持ちになれるものだ。
 返事はない。
 とりあえず明かりをつけてからリビングに向かい、買って来たケーキを入れるために、小さい方の冷蔵庫を開けて中に仕
舞う事にした。冷蔵庫の中を見ていつも思う事なのだが、中は相変わらず寂しい。もっといっぱい食材なんかが詰まってい
れば、少しは幸福そうに見えるのかもしれないけれど、やはり僕はお金持ちじゃないし、インスタントでも食べられさえす
れば構わないと言う人間なので、冷蔵庫はだいたい空っぽと言う状態に近くなってしまう。
 ケーキだけを仕舞った冷蔵庫を閉めて、隣に置かれた二倍の大きさはあろうかと言う業務用冷蔵庫を、僕は浮き浮きとし
た気分で開いてみる。毎日毎日、この冷蔵庫を開ける瞬間だけが、僕の生きがいなのだ。ゆっくりと扉を開けると、霞がか
った冷気が僕の肌に纏わり付くようにして、中から放出された。それを見て、少し氷を入れ過ぎたかもしれない、と反省し
た。でもそうしなければ中の大事なものが腐ってしまうから仕方がないのだ。その霞を眺めながら、少しだけ時間を空けて、
霧が晴れるようにして視界がクリアになると、冷蔵庫の中身がはっきりと見えるようになった。とても美しい肉が中に置かれ
ている。思わず、中に入っている愛しい人と目が合ってしまって、僕は思いっきり微笑みながら、待ちに待った言葉を告げる
のだ。
「ただいま、お姉ちゃん」
 冷蔵庫の中に綺麗に納まったお姉ちゃんの抜け殻は、とても美しい造形を保ったまま、無言で僕の帰りを迎えてくれた。




 この世から消えてしまったお姉ちゃんの抜け殻を発見したのは、今から二週間ほど前の事だった。
 週末の休みの日に、近くで一人暮らしをしているお姉ちゃんの為に、夕食を作ってあげようと僕は彼女の部屋に向かった
んだ。その時はもちろんお姉ちゃんが消えてしまっているだなんて夢にも思わなかったし、いつもの晴れやかな笑顔で、僕
の恋心に気づかないふりをしながら、お姉ちゃんは迎えてくれるだろうと、そう思っていた。けれど、そこにお姉ちゃんの
姿はなかった。いや、姿だけはあったと言うべきかもしれない。しかし、そこに肝心の魂はなかった。そこにはお姉ちゃん
の抜け殻だけが残っていた。お姉ちゃんはこの世から消え去って、ただその器だけを僕の元に残したのだった。
 僕は混乱した。なぜこんな状況になっているのだろうと。なぜ、いつかこんなことが起こるだろうと、僕は想像していな
かったのか。僕はただ膝を折って、その場に座り込みながら、泣き続けた。いや、泣いていると言う感覚もなかった。ただ、
ひたすら目からは涙が流れ続け、虚無になった感情とは無関係に、体は僕の悲しみの全てを受け止めて、体現していた。心
はいつまでも、お姉ちゃんの消失を拒否するかのように、何も感じることなく、何も考えることが出来なかった。
 発見から二時間ほどが経って、僕はようやく立ち上がり、この状況をどうするべきか、これからどうするべきかを考える
ようになった。その時に浮かんだのは、ただ一つの明確な思いだった。この抜け殻は、僕に与えられた最後のプレゼントな
のだと。
 だから僕は、それを誰にも見つからない様に、車の荷台に乗せて持ち帰ることにした。寝室のベッドに、蜘蛛の巣に絡め
取られた蝶のように美しい姿で固まっている彼女を、壊れないように気を付けて、そっと持ち上げて外へ運ぶことにした。
動かなくなったお姉ちゃんの肌は、相変わらずきめ細やかな白色をしていて、さらさらとした手触りをしている。虚空を見
続ける瞳はこの町の夜空の様に澄んでいて、永遠に僕に焦点を合わせることは無い。持ち運びながら、香水ぐらい付けてあ
げるべきだろうか。瞼を閉じさせてあげるべきだろうか。とも考えてのだが、それだとお姉ちゃんが死んでしまったみたいな
気がして(事実、この世から消え去っているのだから死んでいる事と同義なのだろうけれど)、僕は結局どうすることもしな
いまま、ただ抜け殻になってしまったお姉ちゃんの器を、車で運んで自宅に持って帰ってのだった。



 自宅へと運んでからまず最初にしたことと言えば、彼女の服を脱がせて(思えば成人になったお姉ちゃんの体を見るのな
んて初めてだった)、とりあえずお湯を染み込ませたタオルで体を拭いてあげる事だった。相変わらず母性を過分に含んだ
かのように胸は豊かで大きく、柔らかそうだった。黒々とした陰毛は、思っていたよりも濃く、子供の頃に一緒に入浴した
時とは違う、大人の肉体と言うのがそこにはあった。彼女はどちらかと言うと肉付きの良い肉体だけれど、そんな男受けし
そうなお姉ちゃんの体に、僕は欲情することは無かった。ネクロフィリアのように、屍姦をするなんてもってのほかだし、
そもそもお姉ちゃんは僕にとっての、とても美しく汚れないもの、その象徴のような存在だったのだ。以前、僕の友人が
「特定の異性を宗教として感じてしまうことがある。何と言うか、性の対象じゃなく、もちろん恋愛感情は抱いているんだ
けど、とても美しすぎて、その人の全てに僕は影響を受けてしまう」と語った奴がいたが、今となっては、そいつの言いた
かったことが十分に理解できる。お姉ちゃんはやはり、僕にとっての宗教そのものであり、神であり、絶対的な美しい存在
なのだ。だから、僕は決してお姉ちゃんの抜け殻を腐らせたりはしたくなかったし、誰にも手渡したくなかった。誰かに気
づかれてその肉体を奪われてしまえば、きっと簡単に焼いて処分されて、一握りの骨になってしまうのだろう。それは絶対
にあってはならない事だった。お姉ちゃんの肉体は、僕だけの物であり、誰にも渡したくはないのだ。だから僕は体を拭い
て、白装束の代わりにバスローブを着せて(あまりに唐突な事だったし、夜だから店が開いてなかったんだ。もちろん次の
日にちゃんと白装束を買ってきた)、僕はそのお姉ちゃんの抜け殻を、冷蔵庫にしまった。その時は、一人暮らし用の小さ
な冷蔵庫しかなかったから、食材を全部取り出して、棚も全部はずして、何とかその狭い空間に、申し訳ないと思いながら
もお姉ちゃんの体を詰め込んだのだった。
 それから、僕と動かないお姉ちゃんとの愛しい生活が始まったのだった。抜け殻を冷蔵庫に仕舞って喜んでいる精神が、
異常だと言うことは理解している。他の人から見れば、僕のこの生活、精神、考え方はとても異常なのだろう。抜け殻は、
魂が抜けたそれはもうお姉ちゃんではないのだ。人ですらないのだ。ただの抜け殻と、暮らしているのだ。それが異常だっ
てことぐらいは、さすがに僕にだってわかってはいる。けれど、しかしそうしないわけにはいかなかった。だって僕はお姉
ちゃんが居るからこそ、何とかこの辛くてつまらない人生を生きてきたのだ。彼女だけが僕の生きがいだったのだ。そんな
彼女が先にこの世から消え去ってしまった。自分の信じる神が、唐突に消え去ってしまった。であるのならば、その神を崇め
ていた信奉者たちは、やはりどうしようもなくなってしまうだろう。せめてその神が残した物に、縋るしかなくなってしまう
のだろう。そして僕もそうだった。それだけの話だ。異教の信奉者を異常者と否定するのが世界なら、その世界は僕にとって
の世界ではないのだろう。




 毎日家から帰ってきて、冷蔵庫に仕舞われたお姉ちゃんを眺める。それは至福の時だった。唯一絶対の神が、僕だけの物
になる。この神々しい彼女の抜け殻が、お姉ちゃんに惚れていた糞虫どもの手に渡らなくて本当に良かった。発見したのが
僕で本当に良かった。いや、僕だったからこそ、お姉ちゃんは抜け殻を残してくれたのだろう。
 お姉ちゃんの抜け殻を冷蔵庫から出して、じっくりと眺める。その際に衣装がはだけてしまい、胸元や太ももが露わにな
って、お姉ちゃんはとても扇情的な格好になってしまった。思わず僕はドキドキしてしまう。最近の僕は変だ。お姉ちゃん
の体を見る度に、妙にドキドキしてしまう。少しだけ興奮してしまう。それはいけないことだとは分かっていても、湧いて
くる感情はどうしようもなかった。僕は服がはだけたお姉ちゃんの体に抱き着き、昔一緒に寝ていた時の様に、甘えるよう
にして横になった。彼女の体はまさに氷を抱いているかのように凍えていた。それは人間の体温ではなく、冷たい物体だっ
た。それは僕に、お姉ちゃんの消失をよりリアルに実感させ、僕はその冷たい感覚に泣きそうになった。僕はただ、お姉ち
ゃんの代用品を、人形遊びの様に、好きなように玩んでいるだけではないか、と言うとても嫌な考えが浮かんで、思わず体
中から力が抜けて、冷たくなった部屋の中で、僕は立つことも出来ずにずっと横になっていた。僕は異常だ。僕は異常者だ。
頭のおかしいキチガイだ。だから、このまま、もっともっともっと狂ってしまいたい。お姉ちゃんのいない世界なんて、狂っ
てしまえばいい。僕は横になりながら目をつぶり、そんな子供様な事を、何時間も何時間もつぶやき続けていた。徐々に、お
姉ちゃんの体が温まっていくのが感じられた。ようやくこの異常な世界が、僕を受け入れ始めたのだと感じた。


 お姉ちゃんと一緒に買って来たケーキを食べる。二人で冷蔵庫に入り(大人二人が入れるほどの業務用の冷蔵庫をカード
払いで買ったのだ)、一緒に食べる。もちろん彼女が食べられるわけじゃないから、彼女と一緒に食べている様を想像しな
がら、僕はお姉ちゃんの抜け殻と向き合って、一人で食べ続ける。異常だ。相変わらずお姉ちゃんの衣装はすぐはだけてし
まう。いやらしい胸が誘うように、僕の目に焼き付いてしまう。思わず目を背けて、その衣装の乱れを治そうと手を伸ばし
た時に、彼女の体に手が触れて、僕はその妙な感触に、戸惑ってしまった。目を逸らしていたためにお姉ちゃんのお腹辺り
に手を触れてしまったのだが、そこには何かぐにゃりとするような、空気の抜けたボールに触るような、ひどく違和感のあ
る感触があったのだ。僕はそこを慎重に触って確かめている。中には、恐らく骨はあるのだろうが、内臓らしきものの感触
が一切なかった。中は空っぽで、骨だけが彼女の外郭を形作っているように、感じられた。中にあるほとんどの物が、命を
構成する重要な物質が、消えて亡くなってしまっているようだった。なぜ、今になって内臓が消えてしまっているのだろう
か。もしや、時間が経つごとに体の内側からどんどん、消えて行ってしまっているのだろうか、そう思った瞬間、僕は例え
ようのない感覚に襲われた。ひどく空虚な、砂のお城を作って自分で壊している作業を続けているような、何とも言えない
空虚感と絶望感が混じったような、空しさを感じることになった。僕はお姉ちゃんのお腹を触りながら、美しいお姉ちゃん
の顔を見て、笑った。何で笑ったのか自分でも理解できなかったけれど、何故か僕は酷くおかしく感じてしまって、気持ち
悪い笑みがこぼれてしまった。もうどんどん、お姉ちゃんであった部分が消えていって、空気の人形みたいになっていく。
僕はそんなお姉ちゃんを愛し続けて、一緒にケーキを食べている。これはとんでもない、喜劇ではないか。面白い。すごく
面白くなって、僕は笑いをこらえることが出来なくなって、声を出して笑い始めた。ケーキが口から零れて、お姉ちゃんの
脚にたれてしまった。口の中で咀嚼されてぐちゃぐちゃになったケーキは、まるでいやらしい液体みたいに、お姉ちゃんの
脚を汚していた。僕は笑いながら、お姉ちゃんの脚に付いたそれを、舐めとった。そしてお姉ちゃんの綺麗で扇情的な脚を舐
め続けた。それは、とても空しい行為ではあったけれど、何故だか僕はその行為を続けてしまう自分の醜さに興奮していた。
僕はこの日を境に、どんどんくるってしまうのではないかと、半ば他人事のように予感しながら、お姉ちゃんの脚を舐め続け、
ズボンのチャックを降ろした。僕のパンツに収まった雛は、ひどく興奮してカチカチになっていた。


 この愛おしく狂った日々が、すでに三週間ほど続いていた。お姉ちゃんの体は、中身は亡くなったものの、腐る気配はな
い。もしかして腐らないのだろうか。それでも一応用心のために、冷蔵庫に入れておいた方が良いだろう。
 この日も仕事から帰って、アパートに向かうと、自室の扉の前に知らない誰かが座っているのが見えた。どうしてこんな
ところにいるのだろうか。ひょっとして僕に用があるのだろうか。しかし、僕が考える限り、僕に用がありそうな人物など
一人も思いつかなかった。
「あの……」
 とりあえず僕は、部屋の門番であるかのように座り込んでいる青年に、声をかけることにした。別に僕に用事があろうが
なかろうが、とにかくそこに居られると邪魔だった。そこに座っていれば、僕が部屋に入ることが出来ないだろう。この人
はそんなことも分からないのだろうか。僕は少しだけイラつきながら、声をかけた。
「ちょっと、どいてくれませんか?」
 青年は僕が訪れたことにようやく気付いたかのように、はっと顔を上げて、僕を見た。その青年の目には濃い隈ができ、
頬は少しこけて、全体的にやつれている印象があった。ホームレスだろうか。お若いのに大変だ。
「加藤靖さんですか?」
 青年は、僕を見ながら目を細めてそう訊ねた。
「そうですけど、何か用でしょうか? と言うか、こんな時間まで待っていたのですか? ずいぶんと――」
「美樹の抜け殻を持っていったのはお前か」
 青年はそのやつれた顔で、精一杯に僕を睨みながら、そう言った。今にも掴みかかってきそうだった。
「誰ですか? 美樹って」
「いるんだろう!? お前しかいないんだよっ! 今ならもう怒らない。返してくれさえすれば警察にも言わない。だから
返してくれ……お願いだ……美樹の抜け殻を」
「なに意味の分からない言葉を言っているのですか? 気持ち悪い、そんな変な妄想を根拠に、僕の家で待ち伏せして、い
きなり訳の分からないことを叫ばないでくださいよ」
 本当に意味が分からなかったので、そう返すと青年は驚いたように僕の顔をまじまじと見つめ始めた。気持ち悪い。
 青年は微かに息を吐きながら、僕の胸ぐらをつかんで喋り始めた。
「…………俺がいない隙をついて、防犯カメラにお前の姿が映ってた。ようやくお前を探し当てることが出来た。お前が盗
む姿も。美樹の抜け殻を発見して、笑いながら喜んでいたお前の気持ち悪い姿も、全部、俺んちの防犯カメラに写っていた
んだよ! 今更言い逃れしてんじゃねえよ!」
「ちょっと何を言っているのか分からないですね。僕はただ、お姉ちゃんの家で、抜け殻を発見しただけです。それは、あ
なたの物ではないし、そもそもあなたは一体誰なんです?」
 僕がそう返すと、青年は気持ち悪いものでも見るような目で僕を眺め、憮然とした表情で言葉を返してきた。
「お姉ちゃんって……いつから美樹がお前の姉になったんだ! 仕事場からずっとストーカーしやがってよぉ! もう証拠
は揃ってるし、全部わかってるんだ……。お前が女性の肉体を運ぶところをこのアパートの住人は見てたし、お前が毎日一
人で大声で喋りながら、美樹お姉ちゃんと連呼しているところだって、住人達は聞いてるんだ。この部屋の中に、美樹の抜
け殻があるんだろう? もう返してくれ……せめて俺たち夫婦の最後の時を……返してくれよ……」
 青年はそう言いながら、僕の服から手を放し、項垂れて泣き始めた。情けない奴だ。訳の分からないことを喋りつづけて、
僕に変な疑いをかけている哀れな男だ。僕はただ、お姉ちゃんの抜け殻を発見して、ここへ持ち帰っただけなのに。さては、
こいつはお姉ちゃんの体を狙ってる、糞虫だな。だけど糞虫だから、頭が悪くて、変な言い訳しか思いつかなかったのだろ
う。だからこんな頓珍漢なでたらめ話を作って、自分に抜け殻をよこせなんて、横柄な事を言って泣きついてくるんだ。
「本当に、もう帰ってください。美樹なんて人はここには居ませんし、あなたの妄想に付き合ってる暇はありません」
 僕はそう言うと、無理やり青年の顔を蹴って吹き飛ばし、急いで扉の鍵を開けて中へ入った。そしてまた鍵を閉める。心
臓が耳に張り付いたかのように、早いビートを叩きながら鳴っている。
「てめぇ、今から警察呼ぶからな! このキチガイ野郎が。もうお前はおしまいだからな!」
 顔を蹴られた青年は、逆上したのかそんな与太を叫びながら、僕の部屋の扉を激しく叩き続けている。近所迷惑だからやめてほしい。

 僕は悪くなった気分を戻すために、冷蔵庫の扉を開けてお姉ちゃんをリビングへと移動させた。そうだ、僕らが愛し合っ
ているところを見せれば、そしてこの抜け殻が美樹なんて名前ではない他人だと分かれば、アイツも帰ってくれるだろう。
僕はそう思いついて、笑みが浮かぶのを止められなかった。早速、お姉ちゃんの服を脱がせて、お姉ちゃんのいやらしい体
を、全裸にした。柔らかくて豊満な胸も、固まった黒々とした陰毛も、全てが僕の前に曝け出されていた。僕は、自らも服
を脱ぎ始める。なんだか、興奮が抑えきれない。僕の陰茎なんてもうそそり立つぐらいに勃起してビクビクとしているし、
心臓は信じられないくらい高鳴っている。僕はゆっくりとズボンを降ろしながら、仁王立ちになって、お姉ちゃんの前に立
った。なぜだか圧倒的な征服感が心の内から湧き出して、止まらない。僕はそのままお姉ちゃんに抱き着く。汚らわしい僕
が、お姉ちゃんを汚している感覚は、すさまじい快感を生み出した。陰茎からは、信じられないくらいの白い液体が放出さ
れた。僕はそのまま、お姉ちゃんの柔らかい乳房に頬ずりしながら、その柔らかい肉体を思う存分に堪能する。異常じゃな
い。そしてお姉ちゃんと見つめ合ってキスをしてから、ようやく満を持して、お姉ちゃんと繋がる。その生まれて初めて、
女性と結ばれる瞬間。僕は唐突にあることを思いつく。その愛し合った恰好を保ったまま、さっきの男に見せつけるのだ。
それはとてもいい案に思えた。そうすればアイツは帰ってくれるだろう。僕は早速、お姉ちゃんと繋がった姿勢で、玄関ま
で行くことにした。僕は異常じゃない。お姉ちゃんの体は歩くたびに、ぐにゃりぐにゃりと動き、首がいろんな方向に動き
始める。どんどん美しい彼女が空っぽになっていく。いつしか彼女は、僕にとっての神から、ただの女性の代用品へと変貌
を遂げていた。気持ち悪い。僕は異常なんかじゃない。美樹じゃないお姉ちゃんは歩くたびに、髪の毛が抜け落ちて、醜い
頭部を、どんどん晒していく。脳みそもなくなった彼女の頭は徐々に潰れていき、目玉が飛び出して、廊下をころころと転
がっていった。先ほどの男は驚くだろう。だってこれは美樹などと言う女性ではない。僕の人形なのだ。空っぽの、魂のな
い人形なのだ。だったら、それを拾って好きにするぐらいどうでもいいじゃないか。これはもう、ただの偶像で、この世に
生けるものではなくて、永遠に失われてしまったものなのだ。だからあの男は、こんな空っぽの人形に囚われているべきで
はないのだ。まるで空気が抜けていくように、お姉ちゃんの体から中身が消えていって、すでに骨さえもなく、皮だけが僕
の下半身に張り付いている。僕はその恰好のまま玄関の扉を開けた。その瞬間に、大勢の男たちが僕の部屋に突入し、そし
て僕の身柄を押さえ床にたたきつけた。
「容疑者確保!」
 僕は無理やり背中に回された両手に手錠をかけられ、大勢の男たちに醜い姿をさらしながら、笑っていた。なにせとても
面白いことが目の前で起こっていたのだ。
「どこだ、美樹! 美樹の抜け殻は!」
 警察に続いて入ってきた青年は、皮だけになったお姉ちゃんの抜け殻を靴で遠慮も無しに踏みつけながら、必死に叫んで
いた。廊下に転がっていた目玉は警察の者たちによって踏みつぶされ、お姉ちゃんの生きた証は完全にこの世から消え去ろ
うとしていた。
 僕の神様は消え去ってしまった。僕の希望そのものは、みんなに踏み潰されてしまった。
 僕はずっとずっと、次に縋る物を探しながら、象徴になる希望を探しながら、絶え間なく笑い続けていた。
 やがて、僕は心療内科みたいなパトカーに乗せられて、棺桶みたいな独房に入ることを許された。
 そこが僕にふさわしい場所なのだと、どうせ最初から分かっていたんだ。
だって僕は、ここ数年間をかけて、徐々に内側から良心が消え去ってしまっていたのだから。時間をかけて、正常な部分が消
え去ってしまっていたのだから。脳みその判断を司る部分が、そして理性が欠け続けていき、僕の良い部分が例の現象によっ
て消え続けてしまっていたのだから。この町に住んでいる限りは、やがてはこの肉体も消えていくのだろう。かつての正常だ
った僕のかたちさえ残さずに。それがこの町のルールなのだ。
 そして宗教も希望をも失った僕は、やがてただの空気人形となるしかない。
 ああ。
 僕も早く、この世から消え去りたい。
 魂ごと完全に。
 こんな不完全な魂など、消失してしまいたい。


 ――――了――――

投下終了です。

お題ください。ちょっと変わった奴。

>>718
側溝

品評会、投稿数ゼロでしたか。残念ですね。といいつつ自分も投稿出来ていないんだけど
どうしたらいいか…正直、判断がつかないのですが、少なくとも今回の品評会について延期はしないつもりです
投稿するなら時間外という形で受け付けます
なので皆様、どうぞ投稿して下さい。自分も書きます、時間外を投稿します。
ひとまずそんな感じで!

ほいよー

お題ください

>>722
剣道の面と女教師

11レス投下しまーす
投下してなかったら連投規制だと思うのでながしちゃってください!

愉快なお題下さい。

>>725
コーラと暴れ馬

>>726
把握

ぱっと書いてみる。

通常作を投下します。

お題はコーラと暴れ馬

長さは1レス

 地方ローカルの居酒屋チェーン店を経営する俺は、もうすぐ冬の足音がする
頃に、久々の休暇を取った。親父の一周忌に参加するためだ。提携交渉を進め
ていた会社の社長が警察沙汰に巻き込まれたりしてごたごたしていたのではっ
きり言って、幸運すら感じた。

 うちの親父は甘いものが大嫌いだった。北関東の牧場主でコテコテの古い考
えの持ち主だった祖父とは逆に、アメリカかぶれと呼ばれていた。好きな酒は
バーボンで、見る映画は西部劇、英語もろくすっぽ読めないのに分厚い原書の
写真集を取り寄せては家計を預かる母さんを泣かせていた。俺にもアメリカに
留学しろと強く勧めていた。

 それでも、40年前、村おこしのために観光客の前でカウボーイハットをかぶ
り、コーラを引っかけては牧場の馬でロデオをやって見せていた。本当はバー
ボンにしたかったらしいが、一度やってみて落馬しかけたとかで酒はダメだと
気づいたらしい。飲み干したコーラの瓶を片付けるのは、母や俺たち子供の仕
事だった。
客の入りは大してよくなかったが、少しは利益が出ていたらしい。ロデオな
んて危ない事をやって、母を心配させていたことに見合うかどうかは別として。

 俺は親父が大嫌いだった。自分は好き勝手にやるくせに、従業員にも息子や
娘、そして妻にも厳しかった。性別が男であれば理不尽な暴力を振るった。掃
除に少しでも手抜かりがあれば、「サボり」を責め立てたし、自分の思い通り
に事が進まないと、それを人の責任にして、長いこと忘れなかった。酒の肴に
人の法令違反を責める一方で、自分は法律をほとんど顧みていなかった。

 牧場を弟に押しつけて俺は、板前になると言って家を出た。正直に言うと、
去年、親父が死ぬまで一度も顔を出さなかった。親父が死んで、母さんもよそ
へ嫁いでいた妹もみんなほっとした顔になっていたのを思い出した。親父と俺
から牧場を押しつけられた弟だけは親父の乱脈経営の後始末にきりきり舞いさ
せられていたので、青い顔をしていたが。

 そんな親父の一周忌の少し前に、俺は親父の墓に缶のコーラを供えた。そ
う、親父が昔、まずいまずいと言いながらロデオの前に飲んでいたものと同じ
銘柄だ。瓶と缶との違いはあるが、昔ながらの甘いコーラ。

 もう一本買って置いた同じコーラを開けて、俺は墓の前で飲んだ。口の中に
雑味の少ないさわやかな甘みが広がる。最近流行りのダイエットだのゼロカロ
リーだのを売りにするコーラではこの味が出ない。でも、自分のチェーン店で
の、甘いコーラの売れ行きはどんどん鈍っていった。

 げっぷをこらえながら、コーラを飲んでいると、提携予定だった居酒屋のオ
ーナーが逮捕された一件を思い出した。自分よりも年上なそのオーナーは、印
象的な笑顔を持つ、快活な男だ。従業員もその面倒見の良さに惹かれる人が多
かった。店にもオーナーのこだわった食材や酒に付いたリピーターが大勢いた。

 しかし、あまりにも古い考え方だったのかもしれない。彼は、若い従業員に
暴力を振るったのだった。さらには、その時に様々な労働法令違反についての
内部告発、あるいはちくりが行われて、あの店は大混乱に陥っていた。もう提
携どころではなかった。

 話を聞く限りだと、親父の暴力とは五十歩百歩だった。親父が生きていれば
憤慨しながら言っただろう、「なんでこんな事で逮捕されるんだ?」と。

 甘くておいしいコーラが売れなくなったのも時代のせいならば、親父のよう
な理不尽が警察沙汰になるようになったのも時代のせいなのだろう。

 医者から言われた「糖尿病に注意して下さいね」の言葉を思い出しながら、
コーラを飲み干した俺は、握りつぶした缶をポケットに入れて墓を立ち去った。

以上です。

感想や批評がいただければ大変嬉しく存じます。

スパッとしただお題下さい

>>731漬物石

こちらに「道祖神のお導き」というのを載せたので転載おねがいします
連投規制がかかっちゃってて・・・

>>733を転載します。
長さは11レスです。

もし、規制に引っかかって途中で転載できなくなったら、どなたか続きをお願いいたします。

 先週の台風の影響がまだ色濃く残っている山道はどろどろとぬかるみ、ただでさえ気が乗らない仕事を前に、庄
助は足取りがどんどん重くなっていくのを感じていた。
 庄助は親方に預けられた重い刀を両手に抱え、ぼろぼろの草履が泥にまみれて冷たくなっているのを不快に思
い、顔をしかめる。台風が去ったばかりの秋空は抜けるように青々としていたが、風は冷たく、山の木々がやけに
寂しそうに音を鳴らしている。
 深い木々の間をとぼとぼ歩きながら、庄助は親方と仲間達の冷ややかな視線を思い出していた。
 ーー庄助は先の飢饉で両親を失い、天涯孤独の身であった。そこで幸か不幸か山賊に拾われ、雑用をしながら悪
事の片棒を担ぎながら、飯にありついて来た。手を血に染めようが、定住地がなかろうが、戦に飢饉のこんな時代
で曲がりなりにも集団に保護され、空腹に喘がずに済んでいる自分はツイている方だ、と庄助は思っていた。しか
し昨日、山賊の親方に「ある村を襲うから、村を偵察して、ついでに盗みをしてこい」と命令された庄助は「ツキ
もここまでか」と内心覚悟した。

 田舎の村ほど、外部の人間に敏感なものである。人口も少ないから、見知らぬ小僧がやって来て村中をうろつこ
うものならすぐに注目されることだろう。その上で盗みを働いて、無事で済むはずが無い。間違いなく捕まるし、
幕府から遠くはなれるほど村役人が横暴で、裁判なんてろくにしないから、問答無用に殺されてもおかしくない、
ということを庄助は知っている。要は親方は「村にいちゃもんをつけやすくする為に殺されてこい」と言ったので
ある。山賊といえども、今時は何の前触れも無く突然村を襲撃することはない。争いのリスクを避けるためになん
らかの因縁を付けるのが普通である。大方「よくもまあウチのかわいい子分を痛めつけてくれたじゃねえか落とし
前つけやがれ」という感じだろう。
 そして今回は庄助に白羽の矢が立ってしまったわけである。親方がこれまで庄助を養って来たのは、もちろん慈
善行為ではない。こんな時に使い勝手の良い鉄砲玉として使うためなのだ。事実、親方に命令され、分不相応に大
きい刀を渡された時、仲間の誰もが庄助の最期を連想したことだろうが、誰一人として同情する様子を見せなかっ
た。むしろ冷ややかな、「穀潰しがいなくなって清々した」とでも言わんばかりのーー

 うねうねとした山道をずっと歩いていると分かれ道にぶちあたった。分かれ道の中心に道祖神らしき石像が倒れ
ている。
 さてどっちが村に続く道だろう? と庄助が立ち止まって考えていると、道祖神の右側に続く道の方から、籠を
背負った貧相な身なりの老人が姿を現した。
「おお? どちらさんだね」
 老人が庄助に気付き、しゃがれた声で言う。庄助がまだ子供だからだろうか、警戒している様子は無い。むしろ
そのままずかずか近づいてくる。しかし、どう答えたものか、庄助は考える。山賊の偵察ですと答えるわけにはい
かない。建前をあらかじめ考えておけば良かった、と一寸後悔した。
「おれは・・・た、旅人だ」
 とっさに嘘をついたが、あまりにもあきらかな嘘だと気付き、また後悔した。子供が一人で旅をするというのが
まず嘘くさく、そもそも旅装でもなく、刀だけを抱えているのがまた嘘くささを主張している。追求されればどう
しようもない。孤児だとか、浮浪者だとか答えておけば良かったものを、小さな虚栄心がそうさせなかったのだ。
 しかし老人は朗らかに笑って「そうかそうか」と言った。笑うと前歯が何本か抜けているのが見えた。
 老人は禿げた頭を手拭いで拭うと、背に背負っていた籠をおろした。籠には、芋が入っていた。よく見ると、老
人の手足、着物は土で汚れている。きっと、老人が来た道の先には畑があるのだろう。ということは、その反対の
道の先に村があるのだろう。山奥の村ではよくあることで、土地の関係で人々が住む場所と、田畑をわけているの
だ。庄助は「もしかしたら、村人にバレずに作物を盗み出せるかもしれない」と思いつく。田畑に村人がいないな
らば、村を偵察したあとで、帰りに畑に寄って、好きなだけ畑を荒らせば良い。・・・親方はそれでは不満かもし
れないが、一応命令を達すれば、殺されることはないだろう。また別の手段で村に因縁をつけるはずである。
「旅人さんなら腹減ってるだろう? 芋、食うか?」

 老人はぬっと芋を庄助に差し出した。もちろん生で食えということではないだろう。村までついてきて、食わせ
てくれるということだ。しかし、全く疑いもせず、食べ物まで分け与えるというのは、それだけ村が豊かなのだろ
うか。台風の影響で、作物が駄目になった村もあると聞いていたので、庄助は意外に思った。しかし渡りに船とい
うべきか、庄助にとっては思わぬ幸運であるに違いない。
「それでは村まで案内してくれるか、じいさん」
「付いて来なさい。こっちこっち」
 老人は芋は片手に握ったまま籠を背負い直し、道祖神の左側の道に向かって歩いていく。やはりそっちが村か、
と庄助が考えていると、老人はがりがりと生で芋をかじり始めた。まさかさっきのは「生で食え」という意味で芋
を勧めていたのだろうか。田舎の老人はなにを考えているか分からない、と庄助は肩をすくめた。
「あいててて、生は流石に歯が欠けそうじゃ・・・」
「・・・・」
 本当にこの老人に付いていって平気だろうか?庄助は不安になった。

 老人のあとをついてしばらく歩いているうち、庄助はふと「この老人も賊に襲われるのだ」と思い至り、同情の
念が湧くと同時にあまり知り合わないようにしようと決めた。
 だんだんと道が広がって来てようやく人里に着いたらしい。山の麓まで降りて来たようで、道が平坦になった。
すると道の脇に巨大な釜が現れた。
「じいさん、こりゃなんだ。焼き物でも作るのか?」
 庄助は身長よりずっと背の高い釜をぺしぺしと叩きながら訊く。
「ああ、違えよ。これで炭作んだよ。ここいらは田畑で年貢を納められるほど実りが良くないから、林業が盛んな
んじゃ」
「へえ、今は使ってないのかい?戸が閉まってるが・・・いや、やっぱりそんなことはどうでもいい」
 興味本位でいちいち話を聞いても無駄だ、と庄助は思い直し、好奇心を押し殺す。
 また歩くとすぐに村に到着した。小さな村だ。平屋が一つあって、あとは小屋のように小さな家がいくつか。馬
小屋もあるが、馬は一頭もいない。というより、人間も見当たらない。
「じいさん、誰もいねえのか?」
「はあ、いねえみてえだな」
「みてえだなって・・・ああ、そうか」
 庄助は思い至る。ここは林業の村だと聞いたばかりだ。おそらく働き手は普段、山の中なのだ。あるいは馬で炭
を運んでいる最中なのだ。人口もそうない村では総出で働かなくては手が回らないに違いない。
 むしろこれは良い状況だ。皆が留守にしているうちに畑を漁って、とっととずらかるのが吉だ。庄助はそう判断
し、急いで村の様子を見て回ろうと思った。しかし
「おい、旅人さん。わしの家はこっち。芋を蒸かすからおいで」

 老人はやけに庄助を気に入った様子で、もてなさないと気が済まないとでも言わんばかりだった。飯を食ってか
らでも遅くあるまい、と庄助はあっけなく老人に付いていくことに決めた。
 朽ちかけた蔵のような建物が老人の家だった。今にも風に吹かれて崩れそうな有様に、庄助はおっかなびっくり
家の柱をつついてみたりするが、流石にその程度でぐらついたりはしなかった。
「じいさん、なんでこんなにおんぼろなんだ。というか村の家みんなぼろぼろじゃあないか」
「ほれ、台風があったろう。あれじゃ」
「へえ、よく保ったもんだ。それより雨で炭は駄目になんねえのかい」
「あー、大丈夫、大丈夫じゃ。でかい釜の中に入れときゃあ平気なもんだ」
 庄助はもう平気で老人に話しかけていた。というのも、この規模の村なら、おそらく賊による虐殺などにはなら
ないと予測したからだ。ここの村人全員が集まっていたって、明らかに山賊一味には敵わない。圧倒的な戦力差を
前に、冷静な判断力があれば村人は唯々諾々と作物を差し出すはずである。抵抗しなければ、この老人も殺される
はめにはなるまい。ちょっと不幸な目に遭うだけだ。そう思うと、庄助は気負った気持ちが軽くなった。山賊に属
していた所で、殺しが好きなわけではない。
 鉄砲玉として駆り出されたけれど、どうやら死なずに済みそうだし、村を襲うことになるが、皆殺しにはしない
で済みそうだし、飯は貰えるしで、どうやらツキはまだ庄助の味方らしい。そう思うと、庄助はぐっと気が楽にな
り愉快な気持ちになった。

「じいさん、おれあの釜で炭を作るところを見てみてえな」
「ちっと濡れた木ばっかでなあ、今しばらくは炭作らないんじゃ。ほれ、芋」
 庄助と老人は薄暗い小屋の中で囲炉裏を挟んで向かい合っている。老人は鍋に箸を突っ込み、そのまま茹で上
がった芋を庄助に差し出す。庄助は手拭いでそれを受け取った。
「あちち・・・」
 芋を割ると湯気が広がり、芋の香りが鼻孔を刺激した。庄助はそのままかぶりつくと、熱さと甘さが口に染み渡
るのを味わった。
 老人は夢中になって芋にかぶりつく庄助を見て莞爾と笑っていた。孫でも見つめるような穏やかさだった。
 それから庄助は2つ3つと次々芋を食べた。美味いというのは勿論だが、老人がどんどん芋を「ほれ、ほれ」と
渡してくるのだ。老人は一緒になって芋を食べたが、大きな実は全て庄助にやって、自分は小さい実ばかり食べ
た。
「じいさん、もう食えねえよ・・・。こんなに腹一杯になったのは久しぶりだ・・・」
 庄助は腹をさすり、立ち上がる。
「ん? もうでかけるのか?泊まっていってもいいんだぞ」
 老人はびっくりしたという顔をする。
「ありがとうよ。でも、もう俺は行くよ。・・・・また、来るかもな」
 それはきっと山賊として・・・とは言わず、庄助は老人から目をそらす。
「じゃ、じゃあ、これ、もってけ」
 老人は籠に残っていた芋を両手にとって、まるで献上するかのように庄助に手渡す。
「おいおいおいこんなに良いのか・・・いや、ありがたく頂戴するけどよ」
 やっぱり変な老人だな、と庄助は思う。
 自分に親族がいたら、こんな風にしてくれるのだろうか、などと考えてから、すぐにそれを振り払う。今度来る
ときはきっと憎しみの目を向けられることになるだろうから。庄助は甘えた妄想をする自分を戒めた。

「じゃあな、もう行くよ。芋、ありがとうな。じゃあな」
 庄助はほとんど駆け足のようにして老人の家を出た。老人は大声で「また来い」とか「いつでも」とか言った
が、庄助はなんだかそれを聞いてはならないような気がして、聞いたら気持ちが揺るぎそうな気がして、聞こえな
い振りをした。

 日が暮れそうだった。西の空が眩しく朱に染まり、対して東の空は深く暗い群青になっていた。しかしそんな風
景に見とれる暇も残されてはいない。村の大体の地図が描けるくらいに見て回る必要があるのだ。
 庄助は人気の無い村の中をきょろきょろと見て回る。誰もいない。夕暮れ時なのに煙のあがる家も無い。家畜の
鳴き声もない。
「なんだこりゃ、本当に誰も・・・」
 庄助は困惑したが、とりあえず偵察を終了し、ようやく村を去ることにした。帰りに畑に寄る必要はない。貰っ
た芋を盗んだことにすればきっと問題は無い。
 村を出て、山に入るところで、再び大きな釜の横を通り過ぎようとした。そこで庄助は歩みを止める。ちょっと
釜の中を見てみたくなったのだ。後で山賊としてここに来るときには、おそらく釜を見物する時間はないだろうか
ら。
 庄助は釜の戸をぐいと引っ張ってみる。しかし、びくともしない。蹴飛ばしてみたり、押してみたりしたが、う
んともすんとも言わない。大きな4尺四方ほどの釜の戸は岩を綺麗に切り取ったもので恐ろしく重かったのだ。よ
くよく観察すると、戸の一部が欠けて隙間が出来ていた。庄助は刀をそこに差し込み、てこの原理で戸を開けるこ
とにした。抱えていた芋を地面に置き、刀を隙間に上手く差し込む。
「開けよ・・!」
 半ば意地になっていた。刀に力を込めてぐいと押すと、引きずる音を立てながら戸が僅かにずれた。
「やった!」
 刀を脇に抱えて、庄助はちょうど西日が差し込む釜の中を覗き込んだ。

「なんだ・・・これ・・・うっ」
 異臭が鼻を突く。吐き気と頭痛を伴う不快感が肺腑から全身に広がっていく。脂汗が吹き出し、庄助は無意識に
後ずさり、釜から離れる。しかし、視線だけは釜の中に釘付けになったままだ。
 そこにあったのは炭、ではなく、骨だった。一度だけ飢饉の時に見たことがある・・・人骨。火力が足らなかっ
たのか、肉らしきものが焦げ付いている。一人二人ではない、十、二十という大量の人骨が釜の中に収まってい
た。
 手や足が自分のもので無いように力が入らなかった。刀を取り落とし、足ががくがくと震えた。先ほどまで腹一
杯食べたものをすべてその場に吐き出してしまう。庄助は涙を流しながら芋だけ拾って駆け出し、山へ入ってい
く。村から一刻も早く離れたかった。
 いつの間にか日は完全に沈み、山の中は真っ暗だった。冷たい風が身を切るように吹き付ける。庄助は途中なん
ども転びながら、やっとの思いで道祖神の分かれ道までたどり着いた。
 汗が噴き出し、息も絶え絶えだが、混乱はようやく収まって来た。
 あの人骨の山は一体なんだったのか。あれではまるで、あの釜が火葬場のようではないか。
 すると、昼に庄助が通って来た山道の方から提灯の灯りがやってくるのが見えた。人骨を見た後のせいか不気味
な火の玉のようにしか見えなかったが、提灯を持っているのは、山賊の仲間の一人だった。年も近く、同じ天涯孤
独の孤児だ。つまり、自分と同じ、良いように使われる下っ端の一人である。
「ん?・・・おう、庄助まだこんなとこにいやがったのか。迎えに来たから、早く帰ろうぜ。親方が、まだ帰って
こねえなら村まで助けにいくとかなんとか言ってたぞ」
「ああ、清八・・・悪い」
「なんだ、ひどい顔色じゃねえか。何かあったのか?」
 覗き込むようにして清八がじろじろと庄助の顔を見る。

「いや、平気だ。これ、芋、盗んで来たぞ・・・持つの手伝えよ」
「おっ、上手いことやったんじゃねえか」
「それより・・・お前今度襲う村のこと知ってるか? さっき見て来たんだが、どうも変でよ」
 「村」と言いながら、庄助は親指で来た道を、道祖神の左側の道を指差した。
 それを見て、清八が怪訝な顔をする。
「はあ? おい、庄助、どっち指差してやがる? お前が行くべきなのは、逆だろうが」
 清八は、道祖神の右側を指差した。
「え・・・? 待てよ、そっちは畑で・・・」
 庄助ははっとする。自分は、老人が右側から来たからそっちは畑なのだと思った。否、思い込んだだけだ。庄助
は再び気分が悪くなって来た。
「ちげーよ。何勘違いしてんのか知らねーけど・・・。それに、お前が言ってる村の方は、台風の時にもう襲った
んだよ。庄助はそん時別の仕事でいなかった、かもしれない」
「もう襲った・・・? じゃああの死体の山は・・・」
 庄助が属する山賊の仕業、ということか。
 あの老人は、山か、どこかに隠れて、賊の虐殺を逃れたのだ。
 炭を生業とする村で、炭作りの釜で自らの身を焼かれた村人たち。
 重く閉ざされた釜の戸。
 庄助はぐらぐらと視界が揺れているのを、まるで自分が遠くにいるように客観的に感じていた。
 あの荒れ果てた家々は台風のせいだけではない。賊の襲撃の仕業だったのだ。
 庄助は老人の声がどこかから聞こえてくるような気がした。美味しい芋を煮て、自分に差し出してくるような気
がした。

「清八、悪い、刀忘れて来ちまった。先に帰っててくれよ。ちょっと取ってくるわ」
 庄助は言う。
 清八はこれを訝しんで、何度も大丈夫か?と聞いたが、庄助は平気だ、と答えるだけだった。清八は結局、二個
持っていたうちの提灯の一つを残して、山道を戻っていった。
 一人残った庄助は思う。これからやるはずだったことが、先にやられていたというだけのことだ。
 親族、どころではない。村ごと、全てを失った老人。人懐こく話しかけ、これでもかともてなそうとする老人。
 庄助は倒れた道祖神を立て直し、芋の半分を石像の前に置いて、合掌した。そしてそのまま、どこへともなく、
山の中へと駆け出していった。


・・・・


「この通り。お願いいたしします・・・・」
 老人は両手を地に付け、額を地に付け、ひたすら懇願する。
「食べ物を分けでくださいませぬか・・・」
「賊に襲われたのは同情するけどねえ・・・いっそのこと、こっちの村に越して来たら良いじゃないか。あんな、
誰もいない村出てさ・・いや、悪く言う気はないけどよ」
 老人はただただ黙って地に伏せる。
 地主の男は困り果てたようにそれを見下ろす。
 それからやれやれとため息をつき、家の中へ消えてしまう。それでも老人は地に伏せたまま、動かない。
 すると、地主は家からまた現れて、籠を老人の頭の横にどしと置く。
「これだけやるから、もう帰ってくれよ。これでしばらく保つでしょ。その間にお宅の炭売るなりしてさ、なんと
か自分で生活してよ。ほら、帰った帰った」
 地主は地に伏した老人の肩を揺すって、今度こそ家の中へ姿を消した。
 老人はひとしきり頭をたれたあと、籠を背負って、村を出た。
 老体には重すぎる籠を背負い、ぜいぜい言いながら山道を歩いていると、道祖神のところで、一人の子供が腕を
抱えているのが見えた。
 老人は、少しばかり子供を観察する。それから、着物に付いた土をできるだけ払ってから、驚いたふりをして、
声をかけた。
「おお? どちらさんだね」
 声が弾みそうになるのを抑えるのが難しかった。

転載終了

>>735-745
「何が言いたいのかよくわからない」という言葉が感想として浮かんだ。

背景のリアリティをがんばって構築したのではないかと思うけど、それよりも重要なものが欠けているような印象を受けた。
少なくとも自分にはこのお話が「面白い」とは思えなかった。

楽しいお題をちょうだいな。

>>748
クリスマス

把握

とあるなお題を
ください

とあるなお題をください

連投ごめんなさい…

>>752
禁書目録?
神裂と五和で何か書いて
普通のお題なら
高鬼

>>754
禁書

>>755
神裂の看病

新約2巻第0.5章 『彼』の帰還とそれに対する驚愕 Surprised

五和の爆弾投下直後。
「ちょっ、え、マジですか!?とりあえず学園都市まで行ってぶん殴ってくるいったい今までどこほっつき歩いてたッッッ!!」
「落ち着いてください女教皇様!気持ちは分からなくもないですが役割が――――」
「そんなもん知るか!とにかく殴らないと私の気がすみません!!」
「あらあら、そんなときはお茶でも飲んで落ちついたほうがいいのではないでございましょうか?」
「是非もらう熱っ!?」
にこにこ笑いながら差し出したオルソラからひったくるように熱々のお茶を奪い、一気飲みしてその熱さに目を白黒させてついでに正気を取り戻す。
「…すいません、つい頭に血が……、というか、今回の件も彼絡みなんでしょうか」
「……あり得ますね……」
「いなくなったらいなくなったでお通夜ムード漂わせて、戻ってきたら厄介事同伴…はあ…」
がっくりと肩を落とす女性一同。
「…では、私はラジオゾンデ要塞に行くための霊装の調整をしてきます」
「あ、はい」
とりあえず、幻想殺しの少年にくっついてきた厄介事を始末するため、準備を進めていく魔術師達。
余計なおまけのせいでお祭りムードにもならず、何となくぐったりした空気のまま、事態は進行していった。

>>756
あっ…みる前に書いちゃった
あと投下しますいい忘れた

>>747
転載、感想ありがとうございました
つまらないという点に関しては自ら同意です。
しかし「何が言いたいのかわからない」っていうのは、文章が意味不明ということでしょうか・・・。
一応叙述トリック的なものを組み込んで、またできるだけ直接的な表現を避けるようにして書くことを試みたので
「わかりにくい」だけなら別に良いのですが、全くイミフな感じなんですかね?

他の方も感想をいただけると嬉しいです。

自己満足











無知蒙昧

品評会作品投下します

 ほんの小さな時分から、仲の良い姉妹だった。他人に言われるだけじゃなく、自分たちでもそうだと思っていた。
私達の間だけ透明なパイプがあって、何も言わなくても、お互いの感情が液体になって直接頭に流れ込んでくるような、
そんなふうに通じ合っているものだと思っていた。お互いが二十代になった今でさえ。だからこの瞬間、私が最も
ショックを受けているのは、実の妹に同性愛者と打ち明けたことを拒絶されたことではなく、妹が、あの気丈で
負けず嫌いな妹が、走って戦線を離脱してしまうくらい、同性愛者に嫌悪感を持っていることを、
私が知らなかったということだった。

 旅行でホテルに泊まる時、男同士よりはずっと抵抗がない。ちょっと「安く済ませたいし、まあいっか」という顔をすれば、
ダブルベッドを旅行代理店で予約するのだって怖くない。おしゃれなレストランにだって行けるし、酔ったふりをすれば
街なかで手を繋いで歩ける。
「つかれた?」
 彼女に声をかけられて、思わず体がびくっと跳ねた。――情けない。けれど彼女は気づいていないのか、気づいていて
触れないでいてくれるのか、のんびりした口調で、けっこう歩いたもんねぇと微笑んだ。土曜日のドーナツ屋はそこそこに
混んでいて、いつの時間も絶えずどこかの子供がシュガーパウダーで口の周りを白くしていた。
 私の恋人は優しい。三つ年上の彼女は、同じ職場の先輩で、仕事のできるおねーさんだ。目がぱっちり大きくて、スタイルも
良くて、でも近寄りがたい美人というわけではなくて。それに何より、私のことを好きだと言ってくれる人。
「ううん」
 今日のデートで、私は一体何度頭のなかで言い訳を繰り返しているのだろう。私の笑顏に力のなかったことは明らかで、
可哀想なことに、彼女は話を聞き出さなければならない雰囲気になってしまった。

朝帰りになってしまった私を、妹は物凄い形相で睨み、自室に閉じこもってしまった。心にぽっかり穴を埋めるのは、
身体じゃだめなんだ。たとえどんな部位でも。私は妹の名前がゆらゆら揺れているドアプレートを見詰め、視界が滲む世界に身を委ねた。

 後ろ手にドアを閉めた妹は、ベッドの上に飛び込み、手にした携帯電話を素早く操作し、友人に電話をかけた。
「聞いて! 聞いて! おねいちゃんが朝帰りした!」
「日曜日の朝からなんなの、もう」
「かねてから百合漫画を撒いておいた甲斐があったよ。勉強したのかなあ。興奮し過ぎて五秒も顔見られなかった。
涙目になってるおねいちゃん可愛い」
「そんなんだから、お姉さん、あんたに嫌われてると思ってるんじゃん」
「押して、引いて、だよ。次押したら、落ちるかな?」

以上です
まとめてきます

読んでもらえると嬉しいです

>>763

時系列がバラバラなので、少し読みにくかった。
バラバラでも記述がもっとあればもっとわかりやすかったと思う。

また、オチで妹が姉に恋人がいるというのに自分のもくろみがうまく行ったと無邪気に
喜んでいるのが、どうしてなのかわからなかった。この時にはまだ、姉と恋人との仲が
パラ2で示唆されるようにぎくしゃくし始めたとしても妹がそれを知ることはできなかったはず。
妹が姉の恋人に勝てるという確信をもっと描写して欲しかったところ。

ついでに言うと、言わずもがなかも知れないが、性的嗜好はともかくとして、性指向(異性愛、同性愛等)
が外部からの誘導で変わる、という考え方はセンシティブなので、よほど表現したいことが無ければ
避けた方が賢明と思われる。

「俺、大人になったら漬物石を切れるほどの剣豪になるんだ!」
彼は何かある度にそう言っておりました
何故かって?……そんな事は簡単な理由だと思います。だって、既に世界は闇に呑まれかけているんです
そりゃあ剣豪にだってなりたくなりますよね。多くの人が消えていくのを見た訳ですし
ただ、何故漬物石なのかはよく分かりませんがね。そして、実際に彼が剣豪になる事は出来たんですが、その時には既に世界は闇に呑まれていましてね
で、実は彼、鬼の一族から力を貰っていたんです。……ここまで言えば分かりますよね?

彼、「鬼武者」でこざいます

はい、世界を救う救世主ですね。幻魔と言う名の「闇」に呑まれた世界を光で切り開くは鬼の力の継承者、「鬼武者」と言う
勿論大人になった彼は「狗」「沙流」「雉」と言う名の従者を連れて、幻魔を倒しに行きました
え?やっぱり漬物石は関係ないじゃないかって?いや、あったんですよね、これが
まあ、それは別のお話と言う事で

お題ください

>>766
コロッケ

>>764
お読みいただきありがとうございます!
ついつい時系列を示す言葉は野暮ったく思えて敬遠してしまいますが、
それでわかりにくくなってしまっては元も子もないですな 精進します

「妹が姉の恋人に勝てるという確信」について
なるほど確かに弱かった、というかほぼないに等しいですね
ここはもっと文量が必要でした

「性指向」について
言い訳がましいですが最近セクマイの人達と接しすぎてむしろ感覚が麻痺してしまっていした
自分が客観的にこの作品を読んだら「うーん、萌えジャンル化してるなあ」と思ったでしょうね
これまた精進です
ありがとうございました

お題をくれ

>>769
折り畳みかさ

かなり久しぶりにvip覘いた時にブンサクスレ無かったからもうなくなっちゃったのかなーと思ってたんだけど
ここでやってたんだね、嬉しい
これからバイトだけどお題ください

>>771
世界遺産

>>772
遅くなっちゃったけど把握

通常作投下します。
長い小説ですので、お暇な人は、時間つぶしにでも読んでください。

 なぜか今日は雨なんて降らないような気がする。そんな確信めいた、いわゆる根拠のない自信を抱えながら、僕は学校に向かったのだけれど、
もともと僕の勘というものはそもそも頼りにならないものだったし、何より昨日の報道番組のお天気コーナーでは、台風が接近しているとのこと
だったので、まあこんな日に雨が降らないと確信して傘も持たずに家を出た僕は、相当に能天気なお坊ちゃんか、或いは何にも左右されないマイ
ペースな奴とでもいうべきか。ともかく他人からしてみれば馬鹿の一言で片付けられるような状況で、僕は降り始めた雨をぼんやりと眺めていた。
 真っ黒な雲、サースデイ、二時間目、ストッキング、いきなりなんだと言われそうな単語を並べ立てて、僕は別に詩人を気取っているわけでは
ないのだけれど、そんな散文的な言葉が浮かんでしまうくらいに、眠たい数学の授業が始まっていた。僕はだいたいにおいて数学の授業では小日
向先生のストッキングを見ている。別に性的欲求から来るスケベ目線の凝視なんかじゃなくて(あくまで僕の名誉を守るために言うけれどね)、
たまに小日向先生のストッキングは穴が開いていることがあるから、それを見つけるのが楽しみになっていて、いわゆる暇つぶし、他人がどうで
もいいと思うようなことに、僕は楽しみを見いだしているわけだ。まあそんなくだらないことで時間をやり過ごしているから、僕の数学の成績は
いつまでたっても2とか3なわけなんだけれどね。そして一番の問題は、僕としても別にそれでいいと本気で思っていて、全く数学の成績を上げ
ようとしていない投げやりさこそが一番の原因なのだろう。僕は元々が面倒くさがり屋で、興味のない勉強なんてしたくないから、楽しめる教科
だけ、成績が良ければいいと思っているから、だから数学なんて本当にまったく、心の底から、勉強しようと思わないのだ。あーあ、本当に、数
学なんてつまらない。こんなのは、ただ人間が真面目くさった顔して作ったパズルじゃないか。こんなものは大学の研究者、或いはそれを目指す
人間だけがやればいいんだ。だいたいが小学、中学の数学問題さえできれば事足りるのだから、高等な数学なんて、別に興味がなければ学ばなく
たっていいんじゃないの? 僕は常々そう思うのだ。いや、日本の学校のシステムからしてさ、僕は元々、疑問を抱いていたのだ。みんながまる
で普通な顔して、高等学校に通って、高等な勉学を学んでいるのだけれど、その高等な学問を本気で理解し、本気で数学や文学や歴史学の道を歩
む、または学んだ事を将来の研究にいかそうだなんて人物は、数えるほどしかないないだろう(いや、全くいないかもしれないね、僕の学校には)。
ああ、またこうやって言うと、屁理屈な佐伯くんだなんて言われてしまうから言いたくないんだけれど、僕の考えとしては高等学校なんて行かな
くても、例えば自分のやりたいことがあったら、専門学校にとっとといけるようなシステムが浸透すればいいんだ、ってことを本気で思っている
んだ。そもそもなんで、当たり前みたいに、高校に僕らはいかなければいけないのだろう。これだって、別に高等な勉学なんて学ぶつもりじゃな
く、中学校の延長として、大学進学への切符を手に入れるために、或いは仕事をするにはまだ幼すぎるから、とりあえず高校と言う場所に、同じ
年代の子供を集めて見張っておきましょう、と言うシステムにしか、僕は思えないんだ。いや、もちろんさ、これは僕のとても穿った見方だって
ことは分かっているんだよ。でもね、もっと言わせてもらうと、高校だって、大学だって、何だって、そんなところに平気で通っている僕らみた
いな奴ってさ、本当は将来やりたい事だの、何かを成し遂げたいだの、自分の進むべき道の具体的なイメージだって碌に思い付いちゃいないのさ。

 なんとなくふわっと、何とかなるでしょうとか、別に本気じゃないけれど、何となく雰囲気で将来の自分のイメージを思い描いているだとか、そ
んな程度の幼稚な奴らが集まってるだけなんだ。いや、中には相当にまともな奴だって、いるにはいるんんだよ。それは知ってる。僕の友達の杉井
なんて、プログラマーになるために、なんだかよく分からないスペシャリストの資格を取って、昨日のホームルームで表彰されてたし、もう行くべ
き専門学校も決めてあるし、隣のクラスの真崎なんかは、美容師になりたいとか言ってたから、まあとりあえずは将来の姿はおぼろげながら描けて
いるわけだ。でもさ、そんなに本気で目指しているものがあるなら、なんで専門的な事を学ぶわけでもない私立高等学校、普通科、特別進学コース
に通っているんだ、って時々思うわけなんだよ。まったくの言いがかりみたいな言葉で申し訳ないけれどね。とにかく僕が文句を付けたいのは、杉
井や真崎と言った連中じゃなくて、自分のやりたいことがあるなら、なぜ高校に通わなければならないのか? その風潮に対して僕は文句をつけ
ているわけだよ。この数学の授業中の、小日向先生のストッキングを見つめながらで申し訳ないけどさ。いや、文句を付けたいのはそれだけでは
ない。高校だけじゃないんだ。むしろ大学にしたってそうさ。大学入試を受ける奴らの中で、本気で研究者の道に進もうなんて奴は、賭けたって
いいけれど、1パーセントにも満たないだろう。ただ就職へのパスを得るため、何となく決められない自分の将来への猶予期間をそこで過ごすた
めに、別に仕事なんかしたくないから、親から言い逃れするための免罪符を得るために、入学をするだけなんだ。新しい自分を探すとかなんとか
ふわふわしたこと言って、サークル活動ばっかりに精を出して、人脈とか言って特に目的もなくいろんな人に話しかけまくって、碌に勉強もしな
いで親の金で大学の4年間を過ごしたり、恐らくさ、そういう人ばかりだと思うんだよね。僕もそうなるだろうし、まあそれはそれでしょうがな
いと思うんだよ。僕が考えるには、現在の大学のシステムって言うのはさ、(もともとそうなのかもしれないけれど)大学の研究者たちの研究資
金を集めるために、巧妙に築かれたシステムだと思うんだ。特に目的もなく過ごすであろう大学受験生と言うカモを釣ってお金を得て、それで一
応その対価として研究者たちが学んだ事の一部をとても分かりやすく馬鹿でもわかるような感じで入学者たちに教えて、そんでちゃんと4年間ち
ゃんと座って聞けた子たちには、それぞれの企業へのパスをプレゼントするよ(最近はその当選率が少ないけれどね、就職するには抽選で何名様
のプレゼントに当たるくらいの運が必要らしいんだ)てなシステムだと思う。大学側だってそれぞれの専門を研究して論文を発表するため(本来
大学ってそう言う場所だと思うんだ。もちろん専門知識を学ぶ場でもあるんだけれどさ)、或いは学会で地位を得たり、何かを研究、実験するた
めには莫大なお金がかかるし、そのためには多くの学生から入学金と言う形で費用を得なきゃいけない。だから対価としてお金を払って入学すれ
ば知識を提供するよ。就職先も提供してあげるよ。簡単に言うと、大学って言うのはこういう場所だと思う。だって本当に、真面目に学問を研究
するために大学行く人だけを集めたら、それこそ毎年数十人くらいしか入学者がいなくなっちゃうもん。その点、僕らみたいな無目的で流動的で、
無知で、能天気で、とりあえず学校の勉学だけはなんとかできるよって学生は、大学にとってはいいカモなんだろうね。思えばこのシステムは、
高校にだって通用する。高校だって、別にこんなに皆が高等勉学を学ぶようになったのは最近の話で、僕たちなんかは特に学ぼうと思って入学し
ているわけではないのだ。でもなんだか雰囲気的に入学しなくちゃいけないから、入学する。それに味を占めたそれぞれ私立学校なんかは、自ら
の高校のいいところをアピールするわけだけれど、しょせん金集めのカモを引き寄せる行為でしかないんだよ。本気で高等勉学を学びたい奴なん
て数えるほどしかいないさ。でも高校には入学しないと生きていけない雰囲気がある。社会から零れ落ちる雰囲気が漂っている。だから僕らは仕
方なく高等勉学を学ぶ。僕らもうんざり。教える教師たちもうんざり。でも金は動いていく。そんなシステム。でもさ、そういう僕らみたいな、
現代のいろいろな選択肢を与えられすぎて逆に身動きが取れなくなりそうな若者、皆と同じように雰囲気で自分の未来を決めてしまいがちな若者
がさ、そんなふわふわしてるけど幸せに生きてるやつらみたいな者が大勢いないと、やっぱり駄目なんだろうね。だって社会を支えるのは、研究
者じゃなくて、こういう何となくで生きている奴らなんだもの。そういう人がたくさんサラリーマンやら、作業者になって、生活を作っていくわ
けなんだろう。スペシャリストがいっぱいいても仕方がない。手足がしっかり動くからこそ、脳は発達していく、なんて言う例えはおかしいかも
しれないけれど。まあ、その点で言えば、この教育システムは理に適っていると言うか、自然にそうなっていったのかは知らない。僕みたいな馬
鹿な奴でもなんとか落ちこぼれずに大学に行けて、そんで将来は僕でもできるような仕事をしながら、ぎりぎりで生きていくのだろう。そう考え
ると嬉しくて涙が出ちゃう。この国って言うのは、案外僕らを守ってくれているのだろうね。



「佐伯君、この問題を解いて」
 そんなことを考えていると、例のパンティストッキング先生が僕をご指名なさった。この人はいつもこうなんだ。僕がこ
うやって何かを真剣に考えている時にこそ、遠慮なく指名してしまうわけだ。とりあえず僕は立ちあがって黒板に書かれた
数式と睨みあったわけだけれど、そこに描かれる不思議な模様からは何も読み取れなかったので、僕は黙って下を向いた。
僕の落ちこぼれている姿が、教室中のみんなにさらされているようで恥ずかしい。分かりませんと言う勇気もない。ただや
りきれない時間が、誰も発言しない妙な時間が過ぎていく。僕が俯いていると、しかし隣の席の島本さんが小声で、7Xだ
よと教えてくれた。
「7Xです」
 と、僕が素直にいったら「は? この問題にXなど出てこないが」なんて言われて、女子にたちに笑われて終了、何て被
害妄想が浮かんできたけれど、しかし先生は、僕の7Xオウム返しに対して「正解」と言っただけで、その後はすぐに解説
に移ってしまった。島本さんは僕に正しい答えを教えてくれたようだった。
 僕は急いで座ってから、こっそりと隣を向いて小声で「ありがとう」と呟いた。島本さんは少しだけ微笑んでから、再び
前を向いてしまった。しかし、何で僕に答えを教えてくれたのだろうか。気まぐれか、からかいか、或いは僕が好きなのか
なんて事はさすがに中学生じゃあるまいし、思わないけれど、とにかくなんだか僕は、その島本さんの一瞬の微笑に、やら
れてしまった。僕に一瞬だけ見せた微笑において。完全に、否応なく、僕はその微笑で、僕の全てを許してくれるような笑
顔で、島本さんに、恋をしてしまったようのである。これは全く理屈じゃなしに。大学のシステムやなんかとは関係なしに。
恋は突然に始まってしまった。これは、本当に、馬鹿みたいだ。陳腐だ。恋なんてくだらない。と馬鹿にしてきた僕が、全て
を皮肉って屁理屈で片付けてきた僕が、なんだか馬鹿みたいに、何でもないような理由で、恋に落ちてしまったらしい。事実
は小説より陳腐なり。

 



 帰りのホームルームが終わる。掃除当番の人たちが机と椅子を後ろに下げ始める。先生はとても良い姿勢で廊下を歩いて
いく。僕は特に予定もなく、家に帰ろうとしている。ただ一つだけ問題なのは、僕らの町に大きな渦が出来てしまっている
事だ。相変わらず雨は降り続いている。雨脚は強まり、風は勢いを増し、台風は僕らの町に予定通りにやって来ている。そ
して僕は傘を持ってきていない。ああ、惨めだ。こんなことなら傘を持ってくれば良かっただなんて、そんな愚にも付かな
いような後悔をしたところで、これが僕と言う人間なのだから、どの道傘なんか持ってきやしなかっただろう。学校の玄関
口に置いてある傘立ての置き傘を盗むって手もあるけれど、そもそも他人の持ち傘と置き傘なんて区別もつかないし、だい
たい盗みなんか僕はしたくない。これは僕の責任であり、それで他人の傘なんて盗んだら、僕はただの屑じゃないか。僕は
間抜けだれど屑ではない。これはとても大事な線引きだ。というわけで、僕はどうしようもなく、傘を差さずにこのほとん
ど嵐と言ってもいいぐらいの大雨の中を、駆け抜けて行くしかないわけだ。みんなに後ろ指を差されようとも、それが僕の
キャラクターであることを自覚しつつも、僕はこのひどい雨の中をかけていかなければいけない。
 下駄箱で上履きと靴を交換している時に空に稲光が走り、そして数秒後に辺りに轟音が響き渡った。辺りに居た女子たち
は悲鳴を上げ、男子たちはこのちょっと非日常ともいうべきか、いつもとは違う雰囲気にはしゃいでいる。僕はと言えば、
豪雨に強風、おまけに雷ときて、非常にうんざりした気分に駆られた。もう傘を盗もうかな、とちょっと思ってしまったぐ
らいだ。
 靴を履いて、玄関の庇の下に立ってみる。そしてじっと雨を見つめる。ああ、僕の人生はいつもこうだ。ひどい雨になる
事が分かっているのに傘を持って来ない。怒られることが分かっているのに、宿題をやってこない。雰囲気が悪くなること
が分かってるのに、理屈ばかりを捲し立てる。まるで本当に、ひどい雨の中を傘も差さずに走る抜けるみたいな人生だ。土
砂降りの雨に濡れて、寒さに震えながら、笑われるような人生だまあ、そんなポエティックな言葉を頭に浮かべてみたとこ
ろでどうしようもないし、問題が何一つ解決するわけじゃないので、僕はいよいよ、意を決して雨の中に踏み出すことにした。
「あれ佐伯君。傘ないの?」
 その瞬間に、僕の後ろから、まるでタイミングを計っていたような感じで(いや、まさかそんなことは無いだろうけれども)、
少しハスキーな特徴のある女の子の声が聞こえてきた。
「ああ、傘、忘れたんだね。いや、佐伯君らしいけどさ、さすがにこんな日ぐらいは、気を付けないと。ずぶぬれになって
風邪ひいちゃうよ。心ない人からだって笑われちゃうし」
 僕が振り向くと、何故か島本さんの顔が近くにあって、僕は慌てて後ずさった。結果、短い階段を踏み外して、ぬかるん
だグラウンドに背中から突っ込む形になった。周りにいたやつらは僕の姿を見てくすくす笑い、知り合いなんかは「また佐
伯かぁー」とあきれるように笑い、そして僕に手を差し伸べていた島本さんは、とてもおかしそうに、思わずこらえきれな
いと言うように僕を見て笑いを吹き出していた。
「佐伯君、面白いなあ。今のこけ方漫画みたいだったよ? ああ、ごめんごめん、私の所為なのに」
 そう言って、島本さんは僕に改めて手を伸ばして、僕はその手を取って立ち上がった。そして僕はまた例の、言い訳やら
屁理屈を並べ立てることに専念した。
「ありがとう。いや、もちろん島本さんの所為ではないんだけれどね、でもあんな場所で声をかけられて、それで振り向い
てあんな近くに顔があったなら、誰だって驚くだろう。そう、僕が転んだのは不可抗力なんだ。仕方がない。いや、屁理屈
なのはわかっているけれど、これはどうしようもなかったんだ。ただ、雨が降って階段が滑りやすくなっていて、グラウン
ドもぬかるんでいて、絶妙なタイミングで声をかけられたと言う、僕の不運でしかないんだ」
 僕がそう言うと、島本さんはまたおかしそうに一つ吹き出した。
「あー、また屁理屈言ってる! 私、佐伯くんのその屁理屈って、なんだか好きなんだよねー。妙におかしいのに、本人が
真剣だし。なんか悪い人じゃないんだなーって思うし」
 佐伯さんは、立ちあがった僕の制服の、泥のついた部分を、まるでお母さんがやるみたいにしてパンパンとはたいてくれ
ながら、慰めるようにそう言ってくれた。
 僕はなんだか恥ずかしいと思った。いや、いつもみたいな惨めな恥ずかしさではなくて、女の子にこういう事をしてもら
ってるのを、みんなに見られている恥ずかしさと言うか、なんかクラスメイトにからかわれるんじゃないかとか、そんな純情
な少年みたいな恥ずかしさでいっぱいだった。

「ねえ、傘忘れたんでしょ? だったら私の傘、貸してあげるよ」
「え、いや、それは悪いよ。と言うか、そうしたら島本さんの傘がなくなるんじゃないか?」
「ううん、私は自転車通学だから、レインコート着て帰るし。一応さ、いつも鞄に予備の折り畳み傘を入れているんだけど、
全然使うこともないんだよねえ。だから今日はそれを使って帰っていいよ。あ、と言うかさ、佐伯君っていつも傘忘れそう
だからさ、その傘あげるよ。それでいつも鞄に入れっぱにしておけば、もう傘忘れないじゃん。やばい、これっていいアイ
デア! ということで、じゃあ、それあげるね」
 そう言って、島本さんは鞄から折り畳み傘を取り出して、僕の胸元に押し付けるようにして渡してきた。水玉模様が可愛
らしい、いかにも女の子の好みそうなデザインの傘だった。収納袋にはフリルも付いているし、有難いけれどこんなの僕が
持っていたら、それこそ心ない人たちにからかわれそうな気もする。でも、島本さんから物をもらったと言うだけで、僕は
今、人生の最高潮の幸せを感じていて、有頂天になっていると言うのも事実なのだ。なんだかこんなに突然に偶然みたいに
して、女の子からプレゼントを、好きになった子からプレゼントをもらってもいいものかと、なんだか不思議な気持ちにな
った。しかし自分の幸運を疑うと言うか、自分の人生にこんな幸運が訪れるはずがないと信じていると言うか、この幸運の
分の、それを取り返すような不幸せがこの後に起こるんじゃないかみたいに、僕なんかはすぐに思ってしまうのだから、案
外、不幸が板についているのかもしれない。
「ありがとう。なんか本当にありがとう。でも、何で僕なんかに傘を? 理由がないと思うんだけれど」
「あー、すごい佐伯君。そう言うのをドストレートに聞けちゃうの凄い。そりゃあさ、うん、何であげたのかと言うと、何
か見ていて気になるからだよ。佐伯君のこと。放っておけないと言うかさ。私、なんか駄目な人が気になると言うか。いや、
どうだろう。恋愛感情と言うのでもないかもしれないし、佐伯君を変に舞い上がらせて傷つけたくはないからさ、はっきり
言葉にできないけれど、でも佐伯くんって、私が昔好きだった人に似てる」
 なんだかんだ言ったって、島本さんだってあけっぴろげなく自分の思った感情や気持ちを言ってるように僕には聞こえる
けれど、でも、なんか、これは僕の今までの人生ではなかった、不思議な状況に置かれているような気がする。えっ、この
後どうすればいいのだろう。アドレスでも聞けばいいのだろうか。一緒に帰ればいいんだろうか。僕はこういう時の対応な
んて全く分からないんだ。と言うか、え、島本さんは、僕の事、好き? いや、そうと決まったわけではないし、ここで舞
い上がったらだめだ。まだ罰ゲームの可能性だってある。罰ゲームで島本さんが、僕に接して来ている可能性もある。我な
がらこんな発想をしてしまうのはかわいそうで仕方がないが、それだけ僕の人生はパッとしないものだったし、こんな僕に
惚れるような子がいるだなんて、あるわけがないんだ。いや、惚れられているのか? ああ、何なんだ本当に、この状況は。
だいたい怪しいじゃないか。いきなり僕の事が好きかも知れない子が現れるだなんて。おかしいじゃないか。神様。なんだ。
どうした。神様は、僕を徹底的に不幸にしたいんじゃなかったのか。それとも僕のこれまでの不幸を唐突に埋め合わせよう
としているのか? 帳尻合わせしようとしているのか? それとも島本さんと接することで、これ以上に僕は不幸になるの
か? 
「あっ、またなんか考え込んでる。いいねー。佐伯君って見てるだけで面白いなー」
 僕はそう言われて、ちょっと顔が赤くなるのを感じた。
「そうだ。佐伯君。一緒に帰ろうよ。佐伯君は電車通学だったよね。駅まで一緒に歩かない? 私自転車押していくから」
 何なんだ島本さん。ぐいぐい来るな。こんな積極的な性格だなんて知らなかったよ。大人しい子が集まった女子グループ
にいたから、もっと控えめな性格の子だと思っていたのに。時々、友達と笑いながら、僕の方を見て噂話しているから僕の
事をからかっているのかと思ったのに、いや、これも現在進行中でからかっているのか? なんだ、どうなんだ? なんだ
か島本さんの事が、分からない。島本さんが分からない。なんなんだ島本さん。あなたは僕の予想を超える、予想外の生命
体みたいだ。
「それじゃあ行くよ! ほら」
 そう言って島本さんに手を引っ張られながら、僕は駐輪場へと向かう。後ろから、島本さんと仲のいい友達二人組が、高
い声で「バイバーイ、頑張れ!」って言ってるのが聞こえた。え、何を? ああ、僕をからかうのを頑張れって? 僕の面
白い場面を引きだして、そのネタを明日話すために今日は頑張れって事? そうだな。あの二人はやけにニヤニヤと僕たち
の事を見ているし、そうだきっとそういう事なんだろう。ああ、僕の恋は終わった。


「もう、あの馬鹿たち……」
 当の島本さんは、頬を少しだけ赤くしながら、恥ずかしそうにずんずんと歩みを進め、僕の手を無理やり引っ張っていた。
正直かなり痛い。島本さん力強すぎ。握力強すぎ。
「島本さんって、力強いね」
 僕がそう言ったら、なんだかちょっとだけ睨まれて、思いっきり肩をぶっ叩かれた。
「もうっ、そう言うのって、あまり女の子に行っていい言葉じゃないでしょ!」
 何なんだ島本さん。さっきはご機嫌そうだったのに、なんでいきなり怒りだしたんだ。まったく島本さんが分からない。
ああ、まあそりゃあ、好きでもないやつから痛いだのと文句を言われれば怒るか。うん、僕の配慮が足りなかった。
「と言うかさ、佐伯君。折り畳み傘さしなよ? すっごい濡れてるし、それに私たちさ、佐伯君が傘差さないから、すごい
目立ってる……」
「あっ」
 そう言われてみて、僕は唐突に自分が傘を差し忘れていることに気が付いた。が、よくよく考えてみれば――
「島本さんも、レインコート……着てないんじゃ」
「あっ」
 島本さんはポカンとしたように、自分の服装を眺め、空から落ちる本降りの雨を眺め、濡れているお互いの姿を見て、そ
れから笑い出した。
「あ、あはは……いや、あー……うん。なんか、私たち、ちょっと馬鹿っぽいね。うん、なんか、あはは、面白くなってき
ちゃった」
 そう言って島本さんは、急にまた吹き出した。それからまた僕の手を握って、振り回し始めた。
「なんだか、私たちは案外お似合いかもしれないね」
「そうなのかなー。僕は島本さんが全然わからないよ。でも、島本さんが楽しそうで良かった。あ、あとちょっとしたこと でも楽しそうに笑う人だってことは、分かった。あと、喜怒哀楽が激しそう」
「あー、そうかもね。うん、そうやってお互いの事を知っていくのがいいかもね。これから。ねえ佐伯君。良かったら後で、
佐伯君のアドレス教えてよ」
「う、うん。あの、僕でよかったら全然いいんだけど。え、もしかして島本さんって僕のこと好き?」
「うわぁ、すっごい! 佐伯君てビックリするぐらい思ったこと口にするんだね! うんうん、また一つ佐伯君の特徴が分
かったよ」
 島本さんは誤魔化すようにそう言って、濡れた前髪を手櫛で整えた。
 駐輪場に着いた僕らはずぶ濡れで、島本さんのショートカットの髪も、黒色のブレザーも、プリーツスカートも、ごまか
しようがないくらいに濡れていた。
「もう少しだけ、秘密」
「え?」
 唐突に島本さんはそう言って、僕は思わず顔を上げた。
「佐伯君が好きかどうかって言うのは、もう少し秘密。仲良くなったら教えてあげる」
 島本さんは下を向いてはにかむような笑顔で、僕を見た。それからすぐに、鞄からレインコートを取り出して身に着ける。
うむ、女の子ってわけ分からないな。なんか独特の考え方があるな。
「そうか。まあ、とりあえず折り畳み傘。ありがとう」
「ううん。いいの。気にしないで」
 それから僕らは、ひどい天候の中を、ゆっくりと並んで歩いて行った。島本さんのことは何もわからない。僕をどう思っ
ているのか。僕とどう接したいのか。そして彼女の性格、好きな物、嫌いな物、血液型、正座、誕生日、好きな教科、好き
な食べ物、お気に入りのサイト、本は読むのか、兄弟はいるのか、音楽は好きなのか、秋の風の匂いは好きなのか、花火を
とても楽しそうな笑顔で振りまわすのか、楽しくなると踊り出したくなる気分になるのか。島本さんのことは何一つわから
ない。それでも、なんだか、島本さんは、僕にとって、このどうしようもなく続いていくシステムの中の、高校、大学、会
社と続いていくくだらないシステムの中の、太陽のような存在になる気がした。
 島本さんが分からない。
 それならば、この長い期間の中でゆっくりわかっていけばいいのだと言う気もする。せっかく邂逅したのだから、この偶
然のような関係を、大切にしていかなければいけない気がする。
 故に、僕はこの折り畳み傘を大切にしようと、理屈じゃなしに思ったのだった。

 それから、僕は当てにならない確信めいた気持ちを胸に抱いた。
 これからは何故か、僕の人生では、雨が降らないような気がする。
 サースデイ、放課後、折り畳み傘、自転車を連れた帰り。
 事実は小説より陳腐なり。
 嵐が僕たちの町を襲っている。
 そして隣を歩く島本さんが分からない。
 それはそれで、なんだか楽しそうな気がする。
 

 
 



高校生の頃は、しどろもどろになりながら、一歩一歩前に進んでいたような気がします。

ご感想や批評をいただけたら嬉しいです。

お題ください

>>782
紅茶の香り

>>783
ありがとうです。

どうも私です。
連投で鬱陶しいかと思いますが、通常作を投下します。
読みたくないと思われる方は、スルーしてください。
ショートショート風に書いてみました。

 私が勤める企業もここ最近、めっきり業績を上げ、私自身もそれにつれて忙しくなってきていた。主に外国の家具を日本
に輸入して販売する企業に勤めているのだが、最近の外国家具ブームが始まる前から、我が社には先見の明があった。三年
ほど前から北欧の国のとある家具デザイン企業などと繋がりを持ち、そこから多く、安く家具を仕入れることが出来たのだ。
そしてその北欧製の家具が、日本の中で、我が社の予想以上のヒットとなったものだから、会社の経営も右肩上がりに良く
なっている。だから、私の勤める販売促進部の仕事も、倍以上に増えたのだった。しかしそれはそれで、私にとっては嬉し
いことなのだ。会社の経営が危ういのに忙しいなんて状況とは違い、ランナーズハイの様に、仕事が楽しいと言う状態が続
いている。
 とはいうものの、ここ最近は、連日会社に泊まりっぱなしという状態になっていた。二週間ほど、私は一向に我が家に帰
れていない。
 どうせ独り身であるのだから、家に帰ったところで誰も迎えてはくれないのだが、しかし時期を見計らって家に帰らない
と、とも思うのだ。なにせ請求書の支払いやら、部屋の掃除やらを済ませなければいけない。
「そろそろ帰るかあ」
 そんなことを思い、喫煙室の中で、椅子にもたれながらそう呟いたのを後輩に聞かれていた。
「あー、そういえば先輩、会社に泊まりっぱなしですもんね」
 後輩の塩見が、眠そうな顔をして私に笑いかけてきた。
「そうなんだよ。まあ別に女がいるわけでもないから、あんまり帰る気もしないんだよな」
「そう言うの駄目っすよ。家っていうのは、人が居ないとどんどん駄目になっていきますからね。変な虫とかも住み着きま
すし」
「おい、怖いこと言うなよ。俺、虫って苦手なんだから」
「まあ二週間ぐらいじゃそんなに変わらないと思いますけど、でも流石にそろそろ家に帰った方が良いんじゃないですかね。
もうそろそろ仕事もひと段落つきますし」
「うーん……そうだなあ。じゃあ、今夜あたりはちょっと家に帰ってみるかなあ」
「先輩も彼女が出来れば、もっと家を大切にすると思うんすけどねー」
「あいにく俺はお前みたいに所帯を持つ気はないんだよ。仕事一筋」
「なんか早死にしそうっすね」
「うっせ」
 そう言って、お互いに疲れた顔で笑いあう。後輩と軽口を叩くと、やはり気分が安らぐのが感じられた。私の所属する販
売促進部はイメージとは違い、営業成績で争うなどのぎすぎすした感じはなく、人間関係も良い。だから何となく居心地が
よくなってしまうんだなと、そんな妙な感想を抱いている。しかし、今夜こそはしっかり帰ろう。そう心に決めて、私は煙
草の吸殻を灰皿の中に落とした。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻るか」
「うへぇ」
 塩見が嫌そうな顔したので、私は笑いながら彼の背中を叩いた。
 それと同時に、塩見が何気なく私の方を振り向いて訊ねてきた。
「あっ、そいえば先輩。俺がお土産にあげた紅茶の味、どうでした?」
「ああ、あの不思議な味のする紅茶か。うん、最初はどうかと思ったが、だんだん癖になってきたよ。今じゃ結構ハマって
る。」
「そうですか。あれ、スリランカで麻薬って言われるほどに人気な紅茶なんですけど、紅茶好きの先輩にそう言って貰えて
うれしいです。あれ俺も気に入って、毎月仕入れるようにしたんで、良かったらこれからも分けてあげますよ」
「そうか、そりゃ嬉しいな」
「いいんです。社内でも好評みたいだし、先輩も近所の人にあげてみたら、冷え切ったご近所づきあいも解消されるかもしれませんよ」
「お前はいつも一言多いんだよ」
 そう言って笑い合いながら、私はもう一回、彼の背中を大きく叩いた。


 午後八時。
 今日は思ったよりも早く、仕事に一区切りつけることが出来た。
 書類の作成も終わり、私は部長や後輩に声をかけてから、帰宅をすることにした。
 会社のある駅から電車で三駅分。私の住む町はこんなにも近くなのに、二週間も帰らないだなんて、思えば不思議な感じ
もする。
 地元の駅に着いてから、とりあえず駅前のスーパーで適当に惣菜を買い、暗い住宅街の帰路を歩いた。
 我が家への道のりを十分ほど進む。
 複雑な路地の最後の角を曲がると、そこには聳え立つようにしてマンションが建っている。十二階建ての、中所得者向け
のマンションだ。私はここの九階に住んでいる。
 久しぶりに帰った我が家を、私は仰いでみる。
 午後九時と、まだ遅くはない時間帯なのだが、仕事をしている単身者が多いのか、九階には数えるほどしか灯りは点いて
いなかった。九階にある七部屋の内、二部屋しか灯りが付いていない。右から三番目、三号室に住む市村さんの家庭と、七
号室に住む家庭の灯り……と、そこで私はとても奇妙な違和感に取り憑かれることとなった。
 七号室? 七号室は、私の住んでいる部屋ではないか……。
 さすがに二週間帰っていないと言えども、私は自分の部屋番号は忘れていないつもりだ。七〇七号室。なんとなく覚えや
すいし、そもそも自分の部屋番号など、よほどの事じゃない限り忘れはしないだろう。
 では問題は、なぜ私が住む七〇七号室の部屋の明かりが点いているのだろうか、と言う事だ。もしかして二週間前に、私
が電気を消し忘れて部屋を出て来てしまったのだろうか。いや、変に几帳面な自分の性格からして、それは考えづらい。鍵
の施錠や、電気の消し忘れ、コンセントの抜き差しなどについては細かく何度も確認するので、まさか自分がそんな単純なミ
スを犯すとは思えない。
 ではいったい誰が……?
 私は、なんだか急に恐ろしいものを感じて、背筋が凍える感覚を味わった。
 もしや、私の部屋に誰かが住みついているのだろうか。誰かが勝手に入り込んでいるのだろうか。もし棲みついたり待ち伏
せしていたりするのが、殺人者や頭のおかしい奴だったら……。そう考えると恐ろしい。私にとって合鍵を渡す人物などいな
かったし、渡した記憶もない。だから、部屋に明かりが点いているのは、非常におかしい事なのだ。
 私は混乱しながらも、しかし自然に足が我が家に向くのが分かった。
 とりあえず近くで確認してみようじゃないか。
 いきなり警察に電話したところで、邪険に扱われるかもしれない。
 私はそう思い、意を決して七〇七号室へと上がることにしたのだ。




 七階に上がって自らの部屋の前に立っても、やはり灯りは点いたままだった。私の見間違いでもなく、リビングとダイニ
ングの灯りがそこに灯っている。表札も、間違いなく【稲葉】と言う私の苗字が記されていた。
 どうしよう、やはり警察に連絡するべきだろうか。
 どうしていいか分からずに、私が部屋の扉の前で無防備に迷っていると、いきなり扉のノブが音を立てて回されるのが分
かった。私は思わず身をすくませて、後ずさる。しまった、待ち伏せされていたのか。しかし私に逃げる暇など与えずに、
扉は無情にも開かれた。中から人影が飛び出すのが、まるでスローモーションのようにして見え、走馬灯に近い、様々な思
いが私の胸をよぎっていった。
 さすがに私は、無防備過ぎたのかもしれない。
 そんな後悔が頭をよぎった瞬間。
「お帰りなさい。あなた」
 中から出てきた人物が、私の顔を見ながら、晴れやかな笑顔でそう言った。
 だ、誰だろうこの見知らぬ女は。頭のおかしいストーカーか何かだろうか。
 私は思わず腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
 そんな私の様子を見て、前に立った女はおかしそうな私を指差して笑った。
「なーに? ふふ、いきなり飛び出したからってそんなに驚かなくてもいいじゃない。ほら、ご近所さんに見られると恥ず
かしいから、さっさと中に入って。ご飯出来てるから。スーツはベッドの上に放りっぱなしにしちゃ駄目よ。ちゃんとハン
ガーにかけてね」
 そう言って女は、浮き浮きとした足取りで、部屋の中に戻っていった。
 私は尻もちをついたまま、状況が分からずに、混乱していた。
 そして先程の驚きで足が震え、立ち上がることが出来ない。
 鼓動が早鐘を打つように響いて、おさまらない。
 私はそれから一分ほど、彼女が再び心配そうな顔で見に来るまで、狐につままれたような気持ちで、閉じた扉を眺めてい
たようだった。


「いただきます」
 私がそう言うと、女はきらきらとした瞳で、私の事をじっと見て微笑んだ。
「うんっ、召し上がれ!」
 なんだか食べづらい。
 結局訳が分からぬまま――有無を言わせない不思議な雰囲気も手伝って――私は彼女の作った食事と共に食卓に着いてい
た。さすがに何もせずに家に入るだなんて、自分でも頭がおかしいと分かっている。こんなのは異常事態なのだから、はっ
きりとこの妻気分の女を追い出すか、警察に連絡すべるきなのだ。もちろん、それはしっかりわかっているのだ
 しかし、私は彼女を追い出すことも、問い詰めることもしなかった。なぜなら、女は私の理想をそのまま具現化したかの
ような器量の良い美人だったし、その声、雰囲気、全てが、私の心を自然に癒してくれるような穏やかなものを持っていた
からだ。
 だから私はこの、世にも奇妙な状況に流されてしまっている。
「まーくん、おいしい?」
 女は小首を傾げながら、可愛らしくそう訊ねてきた。
「あ、ああ……美味い。うん」
「良かった! あのね、そのお浸しにした小松菜、三号室の市村さんから頂いた物なの。さっき私も食べたんだけれど、す
ごいシャキシャキしてて美味しかったなあ」
「え、市村さん……? なぜ? と言うか、何にも言ってなかったか? 市村さんは。その点…君を見て、不審がったりとか」
 私がそう言うと、女はポカンとした表情を浮かべた後に、抑えきれない様子で爆笑し始めた。
「あはは! もう今日の、まーくんおかしいよ! 私の事を君って言ったり、ドアの前で尻もちついたり、私と市村さんの
奥さんが仲良いこと知ってて、からかったり。もー、最近のまーくんはユーモアのセンスがあるよね!」
 女はそう言いながら、私の頬に着いたお浸しの汁を、指で拭ってくれた。しかし、なぜ彼女は俺の名前を知っているのだ
ろう。いや、まあそれくらいは調べられるのかもしれないが。
「でもやっぱり、いつも通り凛って呼んでくれると嬉しいな。まーくんに呼び捨てにされるのって、なんか嬉しいんだよね。
ほら、私って最初、まーくんに相手にされてなかったじゃん。三回くらい振られたし。でもやっと、紆余曲折あって、私た
ち結婚出来たわけだし。呼び捨てで呼んでもらえると、はれてまーくんの妻になれたんだなって。なんかそう思えるんだよ
ねぇ」
 私は彼女と出会ったことなど無いし、結婚した事実なんてあるわけがない。この女は虚言癖を持っているのだろうか。さ
も当たり前の様に、私の妻を気取っているが、この凛と言う女は何者なんだろう。それに市村さんに小松菜を貰ったと言う
のは本当なのだろうか。いや、明らかに嘘だろう。市村さんの奥さんは私と同年代らしいが、ほとんど挨拶ぐらいしか交わ
さない仲だ。夫の方もほとんど姿を見せないし、私と市村家に交流など無いはずだ。この女は先ほどから、ばれるような嘘
を吐き続けて、私の妻を演じ続けて、何がしたいのだろう。
 いや、正直に言えば、こんな美しくて優しい妻がいる気分に浸れるのなら、騙されたい気もするが……。だが新手の結婚
詐欺かも知れないし、男をたらし込んで金目のものを奪ったり弱みを握る手口の犯罪者かも知れない。やはり、追い出すべき
なんだろう。常識で言えば。


 そんなことを考えながら夕食を咀嚼していると、インターホンの音が甲高く鳴らされるのが聞こえた。
「はいはーい」
 凛と名乗った彼女は、パタパタとスリッパを鳴らしながら、玄関へと向かった。まるで私の妻として当然の義務みたいにして。
そしてすぐに玄関から、女性同士の姦しい声が聞こえてきた。
「あら、市村さんの奥さん!」
「凛ちゃん。どう? 小松菜イケてたでしょ!」
「うん、すごくおいしかったよ。わざわざありがとうね。まーくんも珍しくおいしいって素直に言ってくれて」
「そうなんだー。正行さんはいい人だよねー。ウチの夫なんて、野菜なんか全然食べないの。もうすぐパパになるって言うのに、好き嫌いなんかしちゃって。恥ずかしいの」
「あはは。でもそうかー、幸恵さん、お腹もうだいぶ大きくなってますもんね!」
「うん、もう八か月なの」
「無事に生まれるといいですね」
 私はまたもや、混乱し始めていた。果たして市村さんの奥さんは妊娠していただろうか。一か月前にゴミ捨ての際に会っ
たような気もするが、別にお腹は膨らんでいなかった気がする。いや、問題はそこだけじゃない。彼女は何故、当たり前み
たいに凛を受け入れ、旧知の中でもあるかのように会話しているのだろうか。なぜ彼女は、俺と凛が当然の夫婦であるかの
ように、会話を進めているのだろうか。俺の頭がおかしくなってしまったのか? 仕事のし過ぎで、狂ってしまったのか? 頭が割れるように痛んでいる。 
 なんなんだ。この状況は。
 俺はすっかり食欲まで失せてしまった。
「あれ、もう食べないの?」
 会話を終えて戻って来たらしい凛が、少し心配そうな声音で私に声をかけてきた。
「あ……ああ、少し疲れてるのかもしれない。頭が痛いし、なんかすごい混乱してて。なあ、俺たちって、その、変なこと
を聞くが、本当の夫婦……なのか?」
 凛は私の言葉に対して、いよいよ本格的に心配するような様子で、上目遣いで見つめてきた。
「ど、どうしちゃったの? え、もしかして仕事の疲れで、一時的に記憶喪失になってる? そういうの、前にテレビでや
ってたよ?」
「いや、そうじゃない。ただ、なんとなく、ほら、あれだ、久しぶりに家に帰ってきて、なんだか様子がおかしかったから、
それに雰囲気も変だし……というか、俺は結婚なんて……」
「あ、ああ! 確かにそうだね。私がまーくんに内緒で勝手に部屋の内装を変えちゃったから。ごめん、でもこれは二週間
も家に帰って来ないで、私を寂しくさせたまーくんへの仕返しも込めてるんだよ。でも、うん、ちょっと落ち着かなかった
かな、まーくんも仕事で疲れてるのに」
 やさしい目をして、凛は私に近づいてくる。
「今日は早く休んだ方が良いよ。毎日、仕事仕事で疲れてるんだよ」
 凛はそう言って、座っている私の後ろから、優しく抱擁をしてくれた。
「お疲れ様っ」
「あ、ああ……」
 彼女からはほんのり紅茶の、鼻をくすぐるような、心を落ち着かせる香りが漂ってきた。
 ああ……なぜ紅茶の香りなんだ? 私の忙しい日々の唯一の癒しであり、昔から好きな紅茶の香りを纏って……。ああ、
まずい……すごい落ち着く……。
 俺は思わず目を閉じて、彼女の優しい抱擁に身を任せた。
 彼女の髪から漂う、安らぐ紅茶の香り。
 紅茶依存症とまで言われた私の大好きな、この香り。
 それは心休まる暖かさを私にもたらした。
 なぜ彼女から、この香りがするのだろう…………。
 それから数分間ずっと抱きしめられて過ごした。



 そっと私から離れた彼女は、囁くように私の耳元で喋った。
「お風呂入れてくるから、ちょっと待ってて。あ、薬箱の位置は変えてないから、早め頭痛薬飲んだ方が良いと思う。あと、
まーくんの好きな紅茶、入れてあげるから。今日は蜂蜜も入れてあげるね」
 私は目を瞑り、うとうととしながら、彼女の柔らかくたおやかな声を聴いていた。椅子にもたれたまま、先程の心から安
らぐような凛の感触を感じ続けていた。もうこのまま騙され続けてもいいかもしれない。いつの間にか奇妙な世界へ入り込
んでしまった感覚と共に、その世界の温かさに、つい私は呑み込まれてしまうような、そんな気分に浸ってしまっていた。
 それから、私と凛の夫婦生活が始まったのだ。

 何故か周囲の人物たちは、凛が私の妻であると、認識しているようであった。私に女っ気がないとからかっていた後輩の
塩見でさえ、唐突に、私が所帯を持っていると言う風に記憶をすり替えられてしまった様子で、私に接してくるのだった。
「いやー、凛さんみたいな奥さんがいると、やっぱ家に帰るのが楽しみになるんじゃないっすか?」
 私と凛が出会った翌日に、喫煙室で彼は唐突にそう訊ねてきたのだった。私は、なぜ塩見が凛の事を知っているのか、そ
もそもなぜまるで世界が塗り替えられてしまったように、皆が皆、私と凛が夫婦であると思い込んでいるのか。全く分から
なかった。
「お前、凛を見たことあるのか?」
「やだなー、先輩。結婚式に俺も居たのに」
「結婚式? 俺と凛のか?」
「当たり前じゃないっすか。先輩仕事のし過ぎでボケちゃったんじゃないっすか?」
 職場の他の人々や、私の知人友人たちも、当然、私と凛が夫婦であることを当然として接してきた。こうなると、まるで
私がおかしくなってしまったみたいだ。本当に凛と私が夫婦であり、私がそれを忘れてしまったかのように。私からしたら、
唐突に姿を変えた世界の方がおかしいのに、まるでその世界に入り込んでしまった私がおかしいかのように。
 それでも、私は凛との生活を受け入れた。と言うか、むしろそれは幸福な生活だった。彼女の紅茶の香りも、作る料理も、
心の純粋さも、全てが私を包んで温めてくれた。


 そんな唐突に変わった生活が、三年ほど続いたころ。異変が起きた。
 この生活になってから、是が非でも仕事を切り上げて毎日家に帰るようになっていたから、その日も私は午後十時に家へ
と帰りついた。
 そして扉を開けて、中へと入る。夕食の香りと、彼女特有の紅茶の香りが、私の家特有の匂いとして、鼻をくすぐってくる。
「ただいま」
「お帰り! 今日も遅いのねー」
「ああ、明後日プレゼンがあるから、ちょっと資料の作成でね。まあ残りは家でもできるから大丈夫なんだが」
「あんまり無理はしないでね」
「ああ、ありがとう」
 妻の相変わらずの気遣いに、疲れが癒される感覚を覚える。
 夕食の席について、キッチンの方を覗き込んでみるが、しかし妻の姿は見えかった。いつもなら冷めた料理を温めるため
にキッチンに居るはずなのだが。先ほどもそこから声がしていたし、はて風呂のお湯を淹れにでも行ったのだろうか。 
 と、そんなことを考えていたら突然に目の前に夕食が現れた。私は思わずのけぞって驚いてしまう。まるでマジックでも
見るように、夕食がぱっと、瞬間移動してテーブルに現れたのだった。
「ふふふ、あなたっていつも驚くわねえ。また疲れてるんじゃないの?」
 向かいの方からそう声がして視線を挙げたが、しかしそこに妻の姿はなかった。
 私は内心首を傾げながら、また奇妙なことが起こっていると感じ始めていた。
「なあ凛。驚かすのは止めてくれ。どこにいるんだい?」
「あなたこそ何を言ってるの? 目の前に座っているじゃない。そんなにきょろきょろして、私の姿でも見えなくなってし
まったの?」
 いつも通りの、優しい妻の声音が聴こえる。だが、やはり姿は見えなかった。確かに声は向かいの席から聞こえるのだが、
紅茶の匂いも、彼女の息遣いもそこから感じられるのだが、しかし何故か姿を捉えることだけは出来なかった。
 そしてこの日を境にして、私は妻の姿を捉えることが出来なくなったのだった。
 しかし私に周囲の人物たちは、今までどおり妻の姿が見えるものとして、姿形がある物として、当たり前のように接して
いた。事実、妻は存在しているらしかった。見えはしないが、扉が勝手に開閉したり、食事が運ばれてきたり、会話をする
ことが出来る。妻の魂だけは、そこに存在している。なので私としては、なぜ姿が見えなくなったのかは、あまり気にしな
かった。そもそもが奇妙な始まりだったのだ。異常なことが起こったとして、驚きはするものの、もうありのままに受け入れ
るしか、正常な思考を保って生きていく術は無いように感じられたからだ。




 妻の姿が見えなくなってから、さらに七年後。
 妻がよく咳をするようになった。体調が悪いと訴えるようになった。私は妻を励ますが、しかし妻の体を撫でさすってや
ることも、抱きしめて慰めることも出来ない。最近は、触れることまでできなくなってしまっていた。しかし声は伝わる。
言葉で励ますことが出来る。私は、妻の看病をしてやれない自分を不甲斐なく思いながら、しかし何とか妻が体調の悪い時
は、言葉で彼女を慰めることに、専念していた。
「最近、変なニュースが多いのねえ。」
 最近の妻は、外出することも少なくなり、ソファーに寝ることが多くなっていた。だが私が休日の時は、こうやって二人
並んでソファーに座って、テレビを見たり映画を見たりしながら過ごしているのが専らだ。
「ああ、自殺者が増えたり、各国で変な事件が起こっているらしい」
「怖いわねえ」
「ふふっ」
 私が笑うと、妻の顔が近づいてくるような気配があった。
「何笑ってるのよぉ」
「いや、自分の体調が悪いのに、他の心配をするんだって思って」
「当たり前じゃない。私は滅んでいく自分の体よりも、世界の良く末の方が心配だし、気になるの」
「お前は不思議な奴だなあ」
「もう、からかわないでよっ!」
 その妻の子供っぽい怒り方に、私の方が慰められる心地がしたのだった。


「最近、奥さん体調悪いんですって?」
 ある日会社で、塩見からそう訊ねられた。お互いにもう、職場では人の上に立つ立場の人間になっている。
「お前、どこからそんな話聞いたんだよ」
「いや、俺の妻が、凛さんとたまにお茶してるじゃないですか。そこから俺の耳にも入ってくるんですよ」
「ああ、そうだったか」
「なんか最近、先輩は上の空ですね。まあこの室内じゃ先輩が一番偉いわけですから、怒る人はいないですけど、あまり気
を抜いてると上層部に見られて小言を言われますよ。凛さんが心配なのはわかりますけど。と言うか、先輩も体調悪そうで
すよね」
「なあ、塩見。一つ変なことを話していいか?」
「な、なんすか。先輩……いきなりシリアスな顔になったりして」
「いや……うん、やっぱりいいわ」
「なんなんですか。まああまり深く悩むようでしたら、ちゃんと誰かに相談した方が良いと思いますよ。僕じゃ頼りないでし
ょうし、誰かに語った方が良いですよ」
「いや、お前が頼りないとかじゃないんだが……」
 周囲には、きっと私の苦しみや焦燥感、そしてこの状況に置かれた立場というものが、きっと一ミリだって理解できないだ
ろう。私は、姿の見えずままに老いていく妻に対して、少しずつ弱っていく妻に対して、何をすればいいのだろうか。そんな
ことを、誰にも相談できるはずはなかった。



 妻が入院したらしい。
 私は市村さんの奥さんから連絡を受けて、すぐさま病院に向かった。どうやら買い物帰りに郵便受けの前で倒れていると
ころを彼女が発見して、救急車を呼んでくれたらしい。
 病室には、六つほどベッドがあり、そこには凛の姿はもちろん、誰の姿もなかった。
 市村さんの奥さんが私の背後に立って、涙を流しながら告げた。
「肺結核で倒れたらしいんです。私が見つけた時も、血を吐いていらして。それに、もともと心臓の病気も持っていらした
んでしょ? 恐らく正行さんはいつかこうなることは覚悟していらしたんでしょうが、私はもう悲しくて……」
 そのまま嗚咽を繰り返して、奥さんは俯いてしまったようだった。
 しかし、その並ぶベッドのどこに妻が居るのか、私にはまるで分らなかった。ただその病室には紅茶の香りだけが漂って
いた。私は、何故かその香りを嗅いで、落ち着くことが出来た。妻の柔らかい声が、抱きしめられたときの感覚がよみがえ
ってきたように、想起された。
「まーくん。大丈夫だよ。私を受け入れてくれてありがとう」
 どこかから、窓の外からそんな声が聞こえたような気がした。
 私はよく分からないが、涙を止めることが出来なかった。
 別に泣きたくもないのに、何故か、目から涙が次々に溢れて、止まらなかった。
 その病室では、紅茶の香りだけが漂っていた。
 その香りだけを残して、彼女は消えてしまった。
 完全に。
 私は、見えない彼女に対して。消えてしまった彼女に対して、心の中で祈った。
 彼女はきっと、私に幸せを与えるための精霊だったのだ。この短い十年間を、彼女は精一杯、私に尽くしてくれて、そし
てはかなく消えていった。理由も分からないし、正確に彼女が何であったのか、何のためのこんなことをしたのか。現実を塗
り替えてまでこんなことをしてくれたのか、一切わからない。だが、私は彼女のために祈った。
 ――次の彼女の人生が幸福でありますように。次の人生では、僕らが生まれた時から会えますように。
 窓から風が吹き込んで、白いカーテンが揺れた。
 私は膝を折って、死んでしまった彼女の事を悲しんだ。何故か、そうしなければいけないような、思いっきり泣かなければ
いけないような気分に私は陥っていた。私は顔を覆って、泣き続けた。妻を失った悲しみが、見えない彼女が風に乗って消え
てしまったような、どうしようもない慟哭が私を絶え間なく襲ってくるのだ。



 あれから数年。
 私は紅茶の香りをかぐたびに、不思議な彼女の事を思い出す。
 あれは幻だったのか。現実だったのか。
 それとも紅茶が見せた幻影だったのか。
 あれから世界は元のように動いている。
 そしてみんな心から当たり前のように消え去った私の愛した人は、私の心の中にだけずっと残っている。
 あの香りと共に。


私自身、かなりの紅茶好きです。紅茶は麻薬だと思う。
実際に紅茶の葉には中毒性のある物質(?)が入っているらしいですね。
名称は忘れましたが、なんかあったと思います。カフェインとは別に。
一時期、紅茶が好き過ぎて確か中学校の時期にいろいろ研究したのですが、ほとんど忘れました。恐らく的外れの研究だったと思いますけど。

もし本当に麻薬みたいな紅茶もあったらどうしよう。幻覚を起こさせたりする紅茶とか。


感想や批評などありましたら頂けると嬉しいです。

無駄に長くなった。感想投下します。

>>786-794
拝読しました。

まず最初に日本語の使い方について気になった点。

>>786の“めっきり業績を上げ”
「めっきり」って後にマイナスイメージの言葉が続くような印象がある。
調べてみると必ずしもそうじゃないみたいなんだけど、個人的にとても引っかかったので。

>>787の“変に几帳面”
特に変ではない。「几帳面」の性質を逸脱していないと思う。

>>789“すごいシャキシャキ”
>>790“すごい落ち着く”
前者はまだ会話文の中だから…まあ…。
けど文字で書かれているのを見ると気持ち悪い。
いずれ将来的に正しい表現になるんだろうけどさ…。「すごく」って書いてほしいです。

>>794“恐らく正行さんは…”
今度は逆に会話文で「恐らく」なんて言うかぁ?と思った例。奥さんは名探偵か何かか。

次に作品全体を通しての感想。

冒頭部分と妻・凛のセリフが説明くさくてきらいだと思った。
どんな企業に務めているかという説明は必要だったのか?
説明くさい割にいらない情報が多すぎるせいで興味がわきにくい。
「紅茶」なら「紅茶」、「北欧家具」なら「北欧家具」に絞って、掘り下げてくれたほうが、よっぽど魅力的。
特に作者が「ショートショート風に書いてみました」という割には、余計な肉が多い。

それから、突然現れた妻に対して、不自然なくらい警戒心が失われていく様について、
書かなければ突っ込まれただろうけど、「俺は頭がおかしくなっているのか~」っていうのが
読者に対して言い訳がましかく、うざったかったです。
作者も不自然に感じるところは、やっぱ伝わりますよね。

すごくつまらなかったわけじゃないけど、すごく面白かったわけでもない。
「魅力」と呼べる部分があまりにも少ない小説だ。
魅力的なものとして、ほんとうに端的な例だけど、「美人」があるとする。
「美人」を表現するのに「美人」なんて言葉を使ってたら、魅力も何もない。
川を泳ぐニジマスの腹のようななめらかなきらめきを彼女からは感じた、とか。
彼女と目が合った瞬間、小学生の頃、ゼムクリップをコンセントの穴に突っ込んだ時のような、電撃が走った。とか。
ひどい表現だな!
ともかく…
「表現したい」と思うことを、とにかく多角的に捉えて、表現する。
その中には絶対に作者にしか見えていない面があるはずだ。
読者は、少なくとも自分は、そういうものを読んで、心動かされたり、作者の想像力や表現力に嫉妬したり、したい。
今回の作品では特に「紅茶の香り」について、そういう表現がなかったことが残念だったと思う。

ともあれ、お疲れ様でした。
また読ませていただきたいです。

投下宣言と投下を同時に行ってしまった。失敬失敬


 長文でのご批評、ありがとうございます! 非常に嬉しいです。
 鋭いご指摘も多く、勉強になりました。反省(そしてちょっとの言い訳)レスをさせていただきます。


>>786の“めっきり業績を上げ”

 個人的には(過去から現在における特定の物事の)状態が大きく変わることを表す言葉というイメージでこの副詞を使っ
ていたので、特に引っかかりはしなかったのですが……そうですね。仰られる通りに現代で広義的に使われている意味合い
で使った方が、読者の引っ掛かりをなくす上で無難なのかもしれません。一意見として受け取らせていただきます。ありが
とうございます!

>>787の“変に几帳面”

 確かにそう指摘されても頷けてしまいます。あくまで言い訳になりますが、【細かく何度も確認する】のはいくら几帳面
な人であっても、病的のようで、私は少し異常だと感じてしまうのですが、いかがでしょう。確かに主人公の細かく点検す
る様を描写しておりませんので、とても伝わりづらかったと思いますし、やはりこの表現自体が間違っているのかもしれま
せん。もっとわかりやすい意味で異常でないと、この副詞は使わない方がよかったかもしれません。読者に違和感を与えて
しまいますしね。
ご指摘ありがとうございました!

>>789“すごいシャキシャキ”
>>790“すごい落ち着く”
 私はこのSS速報に投下した作品群でもそうなのですが(もし読んでいらっしゃらなかった場合は分かりづらいとは思い
ますが)、よく“書き言葉としての口語体”を使って小説を組み立てていくという癖があります。これは庄治薫さんやライ
麦畑で捕まえての翻訳作品等々に影響を受けて現在のスタイルを始めたのですが、その悪癖が出てしまったようです。確か
に文語体を思わせる小説の始め方をしているのに、口語体が出てくると非常に違和感を覚えられたと思います。>>790は主人
公の心情を表した一文なので、手癖でいつもの口語体が出てしまったのだと思います。ただ主人公の心情描写で口語体を使
うのは必ずしも間違いではないと私は思っています。もちろん今回の翻訳調の文語体で出てくるのは違和感があるので、直
していきたいとは思います。

※(>>797さんは気になっただけと仰られているので、もちろん間違いを指摘しているわけではありませんし、僕が勝手に間
違いか間違いではないか議論に広げてしまっているわけで申し訳ないのですが)、他の方のご意見も窺ってみたいです。



>>794“恐らく正行さんは…”
言いませんか? そうですか……。ふむ……。そうですね。確かに先程まで口語表現を使っていたのに、ここでいきなり固
い形式ばった表現が出て来てしまったのですから、これは間違いですね。会話文で【恐らく】という言葉を使う場合もある
とは思うのですが(ミステリー小説などでよく使われませんか?)、この点で使うべき言葉ではありませんでした。文章表現
の統一(みたいな意識?)には気を付けていなかったので、非常にバランスの悪い文章となり、違和感を与えてしまいました。
もっと手癖に頼らず、丁寧に文章を書いて行かなければと教えられたような気がします。ご指摘ありがとうございました!







>>冒頭部分と妻・凛のセリフが説明くさくてきらいだと思った。
どんな企業に務めているかという説明は必要だったのか?
説明くさい割にいらない情報が多すぎるせいで興味がわきにくい。
「紅茶」なら「紅茶」、「北欧家具」なら「北欧家具」に絞って、掘り下げてくれたほうが、よっぽど魅力的。
特に作者が「ショートショート風に書いてみました」という割には、余計な肉が多い。

これまた、いつもの悪癖のなせる業だと思うのですが、私はだいたいにおいて説明文で小説を始めてしまうという、とんで
もない変な癖がついてしまっています。これは素直に反省します。直すべきです。というか多分、そう言う小説の読み過ぎ
なんだと思います。ああ、いつからこんな癖がついてしまったのか……。
それに加えて、会話文。はい、ご指摘の通りものすごく下手くそですよね。自分でも只々反省するばかりです。いつまでた
っても巧くなりません。柔らかくなり過ぎないように気を付けていると、市役所の受付のお姉さんみたいな文章になってま
す。説明ばかりです。


>>それから、突然現れた妻に対して、不自然なくらい警戒心が失われていく様について、
書かなければ突っ込まれただろうけど、「俺は頭がおかしくなっているのか~」っていうのが
読者に対して言い訳がましかく、うざったかったです。
作者も不自然に感じるところは、やっぱ伝わりますよね。

そうですね。ご指摘ありがとうございます! この点も私の悪癖だと(ry。読者に伝わらないのではと思い、つい描写や説明
を書きすぎてしまう癖があります。ちなみに作者は不自然に感じていませんでした(小説家としてクソですね私は)
ああ、もうざっくざく私の悪い点が出て来て、すごい!


>>すごくつまらなかったわけじゃないけど、すごく面白かったわけでもない。
「魅力」と呼べる部分があまりにも少ない小説だ。
魅力的なものとして、ほんとうに端的な例だけど、「美人」があるとする。
「美人」を表現するのに「美人」なんて言葉を使ってたら、魅力も何もない。
川を泳ぐニジマスの腹のようななめらかなきらめきを彼女からは感じた、とか。
彼女と目が合った瞬間、小学生の頃、ゼムクリップをコンセントの穴に突っ込んだ時のような、電撃が走った。とか。
ひどい表現だな!
ともかく…
「表現したい」と思うことを、とにかく多角的に捉えて、表現する。
その中には絶対に作者にしか見えていない面があるはずだ。
読者は、少なくとも自分は、そういうものを読んで、心動かされたり、作者の想像力や表現力に嫉妬したり、したい。
今回の作品では特に「紅茶の香り」について、そういう表現がなかったことが残念だったと思う。

うーん……例として出された比喩表現ではうまく伝わってきませんでしたが、確かにその通りだと思います。そうですね、
読んでくれる人のために書くのならば、それが一番大切な事であるのが分かります。魅力。しかしながら、それは小説家に
おける基本でありながらも最も難しいこと、だと私は感じます。プロでもそれを読者に必ず感じさせられるという方多くは
ないと思います。もちろん、そうであっても私自身、その高みに上れるように努力し続けたいと感じ続けております。ご指
摘ありがとうございました!


>>>>798で仰られた通り、この作品のモチーフとされる紅茶の香りの描写が圧倒的に足りませんでした。鋭いご指摘に反省するばかりです。この小説において、(或いは私の書いた小説において)魅力を感じられなかったのも当然だと思います。まだまだ小説書きとして、精進しなければなりません。それを身をもって感じることが出来ました。

改めて、このような作品をお読みになり、なおかつ長文で批評をしていただき、ありがとうございます! 非常に勉強にな
りました! 言い訳ばっかでごめんなさい!(ああ、この辺が言い訳がましい説明ばかりの文章を書く所以なのかも知れません)

>>800 四段落、四行目。
「庄治薫さんやライ麦畑で捕まえて」と書いてしまいましたが
正しくは「庄司薫さんやライ麦畑でつかまえて」でした。
訂正させていただきます。

作者さんからレスが! 読ませていただきました。
言い訳だなんて思いませんでしたよ。こちらも「間違いを指摘した」という認識ではありませんでしたし、あくまで「感想」とのつもりでした。
作者さんに固い意志があってこの表現であるなら、むしろそのまま変えずにいてほしいと思います。
だからこそ、次の作品に期待しています! どこを残して、どこを変えてくるのかを。

あ、あと「恐らく」はミステリーなどでは使うと思いますよ、もちろん(探偵役とかが)
ただ、一般の主婦があの場で発言するのは、違和感があるなあと思ったので。

まじめそうな感じのお題下さい

>>804
誓い

>>805
サンクス

お題をください

>>807
ごみ箱

オダ-イ

>>809
オノマトペ

恋っぽいお題下さい

>>811片思い

>>811
相席

なんも思いつかないのでお題ください。

>>814
始発電車

お題下さいな

>>816
雪崩







>>818
死刑宣告

お題お願いします

>>820
ダーツバー

お題くれ

>>822
はじまり

お題ください

>>824
終点駅

お題ぷりーず

>>826
ライダースーツ

お題ください

>>828
わっしょい!

>>828
流星群

お題おひとつくださいな

>>831
着ぐるみ

相変わらずのお題スレ下さい

>>833

お題おねがいします

>>835
ことわざ

>>836
SUNX

書ききれるかわかりませんがお題ください

>>838
迷信家

お題下さい

>>840
シャッターチャンス

感謝

>>840
ありがとうございます

どういたしまして

お題下さい

>>845カブトムシ

>>846
把握

話が浮かばない
お題三つほどください

>>848
死んだ女
手紙
矢の刺さった猫

>>849
Thank、何とか一つくらい書けそう

二つの単語から小説書くんで、お題お願いいたします

>>851
植毛
宗教

この男、あることに悩んでいる。今日もいつもと同じように起き、顔を洗い、ふと鏡を見つめた。
「少なくなってきたかなぁ ......」
そんな言葉をつぶやく彼には、言うほど髪がないわけではなかった。だが、人より薄かったのだ。そのせいか社内での存在感も幸も表情も薄い。それが原因でそんな苗字でもないのに、『うすいさん』というあだ名がついた。
若い自分の髪質を同年代の他人と比べると、やはり薄い。幸せがここから逃げていっていると、本気で思っていた。何度か植毛を考えたが、いかんせん金がかかって仕方が無い。正直諦めていた。
そんな時、会社で仕事をしていると、隣の机で書類を作っている同僚に声をかけられる。
「うすいさん」
「どうしたんだよ」
「今日の新聞、広告」
もったいぶった言い方である。男は新聞をとっていなかった。情報はニュースで間に合うと思っているからだ。
「それがどうしたんだよ?」
「うすいさん新聞とってないもんね。はいこれ」
同僚に渡された新聞のページを手に取る。そこにはたくさんの小さな広告が付いており、特におかしい点はない。
「これがどうしたんだよ?」

同僚がニンマリと笑う。この男がこういう顔をする時の話は相当くだらない物が多かったので、あまり期待はしていなかった。
「そこの右下の広告、うすいさんに教えておこうと思って」
ちらりと視線を言われたところに落とした時、男の目は止まった。
「『髪毛教』?なんだそれ」
「毛の事で悩んでいる人達が集まるところなんだと。人より陰毛が濃くて嫌だとか、ハゲって言われたくないとか言う人が集まって、何かする所らしい」
確かに、同僚の説明のとおりのことが書かれている。『毛の悩みがある方は、是非いらしてください』ともあった。
髪の薄さについて悩んでいた男は、ここに行ける資格を持っている。そして、でかでかと記されている、入会無料の4文字。一度行ってみるのも手か。
「......行こうかな。ありがとよ」
「うすいさん、頑張ってね」
仕事終わりに、この場所を目指して進んでみることにした。

やっぱ即興難しいわ......落ち見えてこないからまた後で書く。

別に無理やりオチをつけなくてもいいと思うし、取っつきやすくて良かったと思うよ
即興である必要はないかもしれないが

おだいください

>>857

こたつ

お題ください

>>859
しりとり

お題くだしゃあ

>>861許す

お題くださー

>>863
カモミールティー

どなたかお題くださいな

>>865
かぶとむし

>>865です。
投下します。
ちなみに酉ってつけたほうがいいんですかね?

 新月であったのか、はたまた雲がかかっていたのか、月のない夜であった。夜11時を過ぎようかという時間に、塚田康
介は埼玉と栃木の県境にほど近い国道で車を走らせていた。辺りは暗く、まばらな街灯がぽつりぽつりと寂しげに道を照
らしているだけであったが、何度もこの道を車で行き来したことのある塚田にとっては大した危険も感じなかった。とい
うのも、この辺りは塚田の出身地であり、3年前に両親が続けざまに他界するまでは様子見によく実家へと足を運んでい
たからである。両親の早い死に、孫の顔も見せてやれなかった、と悔んだことも、今では遠い昔のように思えた。とはい
え、調布のマンションに住み、千駄ヶ谷にオフィスを構える小さな商社で働く平凡なサラリーマンである塚田には明日も
仕事がある。急な「帰省」を済ませたら、東京へと急いで帰らなければならなかった。

***
 その日、塚田康介は父の運転する車の助手席に乗せられていた。小学4年生である塚田にとって、夕飯を食べた後に出
かけるのはなんだか新鮮で、まるで自分が冒険に旅立つ勇者であるかのように思えた。もちろん目的は魔王の討伐などで
はない。カブトムシを取りにいくのである。
 塚田の住む小さな町から車を少し走らせれば、すぐに山のふもとに辿り着く。日中であれば友人たちと自転車で向か
い、山中を駆け回ることも慣れ親しんだ遊びのひとつであったが、夜の暗い山は幼い塚田にとっては恐ろしい迷宮であっ
た。もっとも、この日はわざわざ山に分け入る必要はなかった。山のふもと、車通りのまばらな国道沿いに自動販売機が
3台並べて設置されていた。山で遊ぶ小学生たちにとってはこの自販機の前が休憩場所であり、たまり場であったため、
塚田にとっては慣れ親しんだ場所といっていいのだが、この自販機の光に誘われてカブトムシが寄ってくるという噂を聞
いてきたのは父のほうであった。「おい康介、カブトムシ、取りに行かないか」と仕事帰りの父が友達のような口ぶりで
話しかけらると、塚田は「うん、行く」と反射で答えていたのだ。
 自販機の脇の空き地に車を止めると、塚田と父は「念のため」と母に持たされた懐中電灯を車に置き去りにしたまま、
虫取り網だけを持って自販機の前に向かった。煌々と発せられる光に誘われ、カナブンやガ、あるいは見たことはある
が名前は知らない虫が数匹ぐるぐると意味のない回転を繰り返していたが、目当てのカブトムシの姿は見つからなかった。
「いないね」
 そう口の中でつぶやく塚田に、父は、
「まあ、そんな上手くはいかないだろう。少し車で待つか」と答え、二人は車に戻ろうと自販機に背を向けた。
 すると、闇の中からするりと何かが滑り出すような気配を感じた。塚田が思わず振り返ると、父もつられて振り返っ
た。それは自販機のウインドゥにピタリと張り付くと、白い光の中に堂々としたシルエットが浮かび上がった。カブト
だ!そう叫びたくなる心を落ち着かせ、父の方をちらりと見る。父は小さくうなずき、目で合図をした。
 塚田は足音を立てず、ゆっくりとカブトムシに近づいた。カブトムシが虫取り網の射程範囲に入ったことを目視で確
かめると、素早く網を振り下ろした。カブトムシは危険に気づき逃げ出そうとしたが、塚田の網の方が一瞬だけ早かっ
た。塚田は網を返しカブトムシを確保すると、父を振り返り、親指を立てた。父は一言「カゴだな」と答え、車に虫か
ごを取りに戻った。

 翌日、授業が終わると塚田は友達にカブトムシをとったことを話した。彼らは口々に「コースケ、いいなあ」とか「俺
も自動販売機に取りに行こう」とか話し、塚田はいい気になっていたが、後ろのほうから「へえ、見せてよ」と声がす
るのを聞くと、微かに嫌な予感を覚た。声の主は楠本といい、塚田はいけ好かないやつだと感じていた。とはいえ、二
人の間に直接何かあったわけでもないし、取ったカブトムシを見せない理由もない。それに他の友達も見たいと言って
いるのだ。
「じゃあ、うち来いよ。帰ったらすぐな」
 そういって、いつものように帰路に着いた。
 家が近い者から順に、5人が塚田の家にやって来た。最後に来たのは楠本で、遅れてすまん、というようなことを小さ
く口にしながら玄関をまたいだ。塚田は虫かごを彼らの前に置き、
「そんなでかいってほどじゃないけど」と正直な感想を述べた。
「まあそうだな、でもケガもないし、ツノ綺麗じゃん」とひとりがコメントすると、周りもそれに同意した。これには
塚田も賛成だった。このカブトムシは大きさこそ平凡だが、塚田が今まで見た中で唯一美しいと思える姿をしていた。
この宝石のようなカブトムシの躰もツノも、生死までもが自分の物になったことが塚田にとっては至上の喜びだった。
楠本も、
「すげー綺麗じゃん、カゴから出してみてもいいか?」と自分の捕まえたカブトムシを誉め、塚田は優越感が心の中に
じわじわと広がっていくのを感じた。
「もちろん、いいぜ」
 そう答えると、楠本はすぐに虫かごを開け、カブトムシを指にのぼらせた。そのまま虫かごから指を引き抜くと、カ
ブトムシの黒い躰は窓から射す午後の太陽を受け、鈍く光をはね返した。どこからともなく感嘆の声が漏れる。それが
友達から発せられたものなのか、それとも無意識のうちに自分から流れ出たものなのか、塚田には分からなかった。そ
のとき、カブトムシがふわりとその翅を広げた。

「うわ、窓閉めろ、窓!」
 友達の一人がそう声を上げると、別の一人ががぱっと窓に向かって駆け出し手早く閉めた。カブトムシは琥珀色に透
き通った翅で優雅に部屋を一周し、逃げ道のないことを悟ったのか、楠本の胸に止まった。
「網は?」
「手で?まえられるだろ」
 そう話す友達の声を、塚田はぼんやりとしか聞いていなかった。カブトムシの飛行がこんなにも美しいとは思ってい
なかったからだ。カブトムシが楠本に止まったのを見てようやく冷静になった塚田は、楠本に、
「捕まえられるか?」
と聞いた。内心では、もう一度カブトムシが飛んでくれれば、楠本はカブトムシ一匹捕まえられない奴だと心の中で
罵倒できるという思いもあった。楠本は、ああ、というような曖昧な返事をし、カブトムシに手を伸ばした。
 それからの出来事は、映画のフィルムの1コマ1コマのように、塚田の目には映った。楠本がカブトムシに手を触れた
瞬間、カブトムシは翅を広げ飛び立とうとした。あせって楠本がカブトムシを抑え込もうとする。指に力を入れる。そ
の指が翅の付け根に引っかかった。誰も声を出せなかった。それまでまっすぐに伸びていたツノは胴に対しておかしな
角度を描き、カブトムシは短い乱雑な飛行の果てに塚田の部屋の床に墜落した。
 塚田は何も考えていなかった。楠本が口を動かすのが見えたが、それは謝罪の言葉を述べたのか、それとも言い訳で
あったのか、それすら分からなかった。塚田は右手を強く握ると楠本の顔をめがけて振り下ろした。何度も。何度も。
止める者がいたのかさえ分からない。気づくと、右手は楠本の鼻血で汚れていた。
***

 カーブの連続する山道を走っていたからか、塚田は手首に疲労感を感じた。もう山はほぼ下りきり、道も真っ直ぐに
なってくる。片手でハンドルを握っていれば十分だ。そう判断し、ハンドルから右手を離してぐるりと手首を回した。
ぽきり、と小気味よい音が車内に響く。そのとき、塚田の目は、赤黒いシミのようなものを見た。クーラーの効いた車
の中で、汗が一滴背中を伝うのを感じた。もう一度右手を、今度は注意して見た。血だ。オフになっていた感情のスイ
ッチが入るような感覚を覚えた。

***
 その日、塚田は大阪への出張を早めに切り上げた。妻には帰りは遅くなると伝えてあったが、昼過ぎには仕事が片付
き、暇を潰すのも勿体ない気がして、すぐに新幹線に乗って帰路に着いた。1泊2日の出張は塚田にとって珍しいもので
はなく、わざわざ観光しこようとも思わなければ、今日が水曜日で明日も仕事があるのだからさっさと体を休めたいと
いう思いもあった。自由席の車両に空き席を見つけると、妻に夕飯前には帰るよとメールして、缶コーヒーのプルトッ
プを引いた。
 マンションのエレベーターの中で、塚田は何とはなしに腕時計を見た。時計の文字盤は5時15分を指していて、こん
な早くに帰るのは久しぶりだ、と独りごちた。
 4階でエレベーターを降りると、塚田の住む403号室から男が出てくるのを見た。男は34歳の塚田よりちょっと若いく
らいだろうか、スーツを着ているわけでも宅配便業者の制服を着ているわけでもなく、何の用でうちに来ていたのだろ
う、と思いながら軽く会釈してすれ違った。家の鍵は閉まっていた。男が出てからすぐに妻が鍵をかけたのだろう。ポ
ケットの中から地味な革のキーホルダーを取り出した。
 家の扉を開けると、そこには妻の驚いた表情があった。
「あれ、メール見てなかった?」
「え、うん。全然気づかなかった」
そう話す塚田の妻は首筋にうっすらと汗をかいている。
「さっきの人は?そこですれ違ったけど」
「ええと、ちょっとDVDの調子が悪くって、その修理の人」
そういって妻はテレビ台の下のブルーレイレコーダーを指差した。

「ふうん、最近はそういう人も私服で来るのか」
「そうみたいね」
「まあ作業服着るような―」
 汚れる作業じゃないし、と言いさして、塚田は寝室の扉があいていることに気付いた。小さな袋が無造作に打ち捨て
られている。
塚田は考えるより先に、寝室へと歩みを進めた。
「あ、ちょっと」
塚田は妻が後を追っていることも意に介さず寝室に入ると、その袋をつまみ上げた。
「これは何だ」
 そう言って塚田が睨み付けた妻の衣服はわずかに乱れ、表情は明らかにこわばっている。何も言わない妻にもう一度
同じ質問を投げつけ、答えが無いのを確かめた。
「浮気か」
 塚田はつまんでいたコンドームの袋を投げ捨てると、そう冷たく言い放った。やはり妻は何も答えなかったが、泳ぐ
目がそれを肯定していた。
「浮気なんだな」
「そ、そうよ!別にいいわよ、離婚するっていうのなら!子供もいないし、好都合ね!」
 その妻の言葉を理解した塚田の目の色が変わった。塚田は何も考えていなかった。しかし、決して激情に囚われたわ
けではなく、むしろ氷のような冷静さ、もしくは無感情を保ったまま、機械的に妻の姿を見据えていた。今、何をすべ
きか。それだけが塚田の脳内にある唯一のことだった。台所に向かい、棚の中から包丁を取り出した。妻はおびえた表
情で、何か喚き散らしているようだったが、口の動きだけは見えても声は聞こえてこなかった。塚田は右手に包丁を持
ち、正確に腹の中心に突き立てた。溢れ出る鮮血は蛍光灯の光を鈍く反射し、塚田は動かなくなった妻の肢体を美しい
と思った。
それからも、塚田の冷静さは途切れなかった。妻の遺体をゴミ袋で覆うと、先週末に買ったばかりのマットレスが入
っていた段ボールに詰めた。それを持って地下の車庫に向かい、後部座席に段ボールを置くと塚田は運転席に乗り込
んだ。迷わずカーナビに3年ぶりに地元の住所を入れる。妻の遺体を埋める場所は地元のあの山以外ないと本能的に感
じたのだ。不思議な満足感とともにアクセルを緩やかに踏み込むと、車は心地良いエンジン音を響かせて走り出した。
***

 この血はいつから付いていたんだ、妻を刺した時か、それとも埋めた時か?妻を刺し殺した後、俺は手を洗ったのか?
塚田は自問したが、ほとんど何も思い出せなかった。ハンドルを持つ手が小刻みに震えているのを感じた。
そう、俺は妻を殺したのだ。塚田はようやく、はっきりと恐怖を認識した。子供がいない塚田にとって、妻はこの世で
唯一の宝と言っていい存在であった。その妻を自らの手にかけたのだ。何故だ?何故そんなことをした?何故、俺は妻
を殺したんだ?
ふと、煌々とした明かりが目に留まった。あの自動販売機だ。まだここにあったのか、という驚きと、往きはこの自販
機に気付かなかったという事実に対する焦りがないまぜになった感情の中、塚田はふと、手に着いた血を洗うなら今し
かない、と思った。車を止め、自動販売機にコインを入れる。ペットボトルのミネラルウォーターがごとり、と音をた
てて出で来ると、塚田は震える手でキャップを開けた。
そのとき、闇の中からするりと何かが滑り出すような気配を感じた。塚田が怯えて振り返ると、一匹のカブトムシが自
販機に止まっていた。
 ―見られた?
 いやいや、と塚田はかぶりを振った。たかがカブトムシに、例え殺人現場を目撃されたところで何になるわけでもな
い、と自分に言い聞かせながら、血の付いた右手に水を掛けた。カブトムシはじっと動かない。塚田は濡れた手をYシャ
ツの裾で拭うと、もう一度カブトムシの方を見た。カブトムシは、美しい琥珀色の羽を広げ、どこかへと飛んで行った。
 塚田はペットボトルを茂みに向かって投げ捨て、車に戻ろうとした。そのとき、見られた、と声が聞こえたような気
がした。辺りを見回しても、もちろん誰もいない。そうか、これは錯乱した俺の脳が呟いているんだ、落ち着け。そう
念じてみても、その声はだんだんと大きくなっていった。あのカブトムシに、見られたんだ―。
 塚田は車に飛び乗ると、シートベルトを着けないまま車を発進させた。ハンドルを切り、今来た道、山へと向かう道
に戻っていく。何故だ。俺は何故戻ろうとしているんだ。東京に帰らなければならないんだ。冷静な脳の半分がそう命
令しても、体はアクセルを強く踏み込み山を目指した。右手がガタガタと震えていた。体はもはや言うことを聞かない。
あのカブトムシに見られたからか?そんなことは馬鹿馬鹿しい、そう言い聞かせても、もはや無駄だった。車はいっそ
うスピードを上げていく。崖があるな、と塚田の冷静な半分の脳は思った。ブレーキを踏もうとしても、右足はアクセ
ルに張り付いて動かない。あの自販機でのカブトムシ取り。楠本の微笑した顔。友達の歓声。断片的な記憶がフラッシ
ュバックしていく。力なく落ちていくカブトムシ。そういえば、あのカブトムシの亡骸も、同じようにあの山に埋めた
のだったな。塚田は「ああ」と間抜けな声を出した。何故、俺は妻を殺したんだ、か。何でそんな簡単なことが分から
なかったんだ。楠本の奴に、ようやく目に物見せてやれたよ。俺の宝物は、最期まで俺の物にしたいもんな。

お題ください

>>876
ララバイ

カブトムシ、オチで「おっ?」となった
深読みでなければある人とある人は同一人物なのかな
文章が丁寧で読みやすかったと思う

久しぶりの投下だね
後で読む

>>878
感想ありがとうございます。
同一人物というより、塚田にとって「宝物を奪おうとした」点で同じような存在、
というような意味合いのつもりで書いてみました
本当に同一人物だったのかどうかは、読者の想像にまかせるということで・・・

ついでにもう一つお題ください

>>880
「遺影」で

お題下さいな

>>882
球体

お題をください

>>884
チーズ

投下します


 眼下にはとても懐かしい景色が広がっていた。二十年近く前に自分が通っていた小学校のグラウンドが、強い郷愁を伝え
るように僕の視界に晒されている。その光景を見ながら、僕は久しぶりに感じる穏やかな気持ちで、校舎の影に覆われた草
の上にゆっくりと寝そべった。用務員の人が草木の手入れをする以外に、ほとんど人の訪れることがないこの場所は、とて
も狭いスペースの中にあって、すぐ近くがグラウンドとの高低差を示す崖になっている。しかもそこに柵がないから少し危
険な場所でもある。グラウンド全体を見渡すには絶好の位置だが、ここに来る物好きなんて今の僕以外にほとんどいないだ
ろう。なにせ、ここは遊具も何もない。ただ危険な場所というだけであるし、しかも職員室から丸見えの場所でもある。大
人はもちろん子供たちが遊びに来ることもほとんどない。
 それにしても、なぜこんな危険な場所に柵を設置しないのだろうか。
 ここは峠の中腹に位置するド田舎の学校だから、その辺の意識はゆるいのだろうか。坂の下方向にあるグラウンドと、そ
こから長い階段を上った先に作られた校舎は、結構な高低差がある。今までここから落ちて死んだ奴はいないのだろうか。危ないだろう。
 ……いや、止めよう。最近はこんな暗い想像ばかりするようになってしまっている。
「博彦くん」
 今しがたの考えを振り払うように一つ欠伸を浮かべると、懐かしい声音が耳に入り込んできた。呼応するように顔を上げ
ると、かつての親友である三崎遥が、僕を見下ろすようにして立っていた。淡い風にスカートの裾がひらひらと揺られている。
 シルエットの様に陰になっていて、彼女の表情は窺えなかったが、久々に聴いた声は昔と変わらずに明るい印象を僕に与
えていた。
 僕は少し嬉しくなって、手に貼りついた萎びた草を払いながら遥に挨拶を返す。
「遥も来てたんだ」
「うん。同窓会が始まる前に、なんかここに来たくなって」
「そうか。僕もなんとなくここに来たくなってさ」
「そっかー。って、あー。雪香も来てるじゃん」
「うん、アイツなんか知らんけど、僕が着た時からジャージ姿でグラウンド走ってんの。ずっと」
 見下ろした先にあるグラウンドでは、昔と変わらないポニーテールを結った女性が、グラウンドを同じペースを保ちなが
ら走り続けていた。女性の名前は、かつての友達であった木崎雪香。しかし何故彼女はこんな場所で、一人で走り続けてい
るのだろう。木崎雪香は、僕の記憶が正しければとても病弱な少女だったはずだ。体育の授業はいつだって見学していたし、
だいたいにおいてマスクをして咳き込んでいた印象がある。そんな彼女が、大人になって元気にグランドを走っている光景
は、感慨を通り越してとてもシュールなものだった。誰もいないグラウンドを、大人になった彼女が走り続けている。その
光景から読み取れるものは、或いはそこから推測する彼女の感情や過去や、今の彼女を形成するたくさんの出来事は、難解
で超現実性を持ったものであるような気がした。つまり大人の彼女が小学校のグラウンドを走っている行為は、なんだかこ
の世のものとは思えない、異質な光景に見えた。
 僕は思わず側に座り込んだ遥に問いかけた。
「あの子は病弱だったよな」
「うん。でも今では元気に走ってるね」
「なんで小学校のグラウンドで走っているんだろう。こんな寒い季節に。一人で」
「知らないよ。走りたかったんじゃない?」
「そんなもんか」
「そんなものでしょ」
 もしかしたら、あれは木崎雪香ではない、他人の空似かもしれない。でも遠くから見た彼女の印象は木崎雪香そのものだ
った。間違いはない。僕らはいつも三人で一緒に居たし、ここ十年近く会っていなかったけれど、彼女を見間違うはずもな
かった。いや、“はずもない”なんて断言できることが、この世の中に果たしてあるのだろうか。はずがないなんて断言で
きるものこそ、本当はとても曖昧であやふやで、自身の欠片もない予想なのかもしれない。あれは木下雪香ではない人物か
もしれない。


「しかし、ずっと走り続けてるね」
 彼女は相変わらず僕らに気づくこともなく、一周二百メートルの砂利のグラウンドを、シュールに走り続けている。この
場所も、彼女自身も、そしてその行為も、全てが異質さを浮きぼりにし、何一つとして似合っていなかった。でも不思議と
それは僕の目を惹きつける。彼女はどうして走り続けているのだろう。
「私、結婚したんだ」
 唐突に、まるで脈絡など無く、遥はその報告をした。あまりに突然だったので、僕はおめでとうと言うことしか出来なかった。
「もう五年前だけどね」
「結婚式に呼んでくれたらよかったのに」
「呼ぼうとしたけど、何処に住んでるか分かんなかったし」
「ああ、そういえば誰にも教えてなかったな」
「博彦くんは、他人とのコミュニケーションとか、人間関係を良好に保っていくこととか、そういう社会の煩わしいことが大っ嫌いだもんね」
「そうかもしれない。と言うか鬱病になってたんだ。他人の事を考える余裕がなかった」
「そうなんだ」
「分かんないけど、医者によれば僕は鬱病らしい。そういうカテゴライズに属するらしい」
「ふーん」
 僕は足元の草を引き抜きながら、それを目の前に放った。ひらひらと力なく落ち、それはすぐにほかの雑草に紛れて分から
なくなった。
「博彦くんは彼女とかいないの?」
「彼女はいない」
「なんか含みのある言い方だね」
「うん。僕は女の人は愛せない。ゲイだったんだ」

 彼女は少し驚いた表情をして、こちらを向いた。彼女は果たして、僕のこの告白を受け入れてくれるだろうか。しかし僕
としては、受け入れられようが受け入れられまいが、どちらでもよかった。僕にとって女性とは、あまり執着できる存在で
はなかった。僕は男だけの世界でも自己を完結することが出来た。
「ゲイ……だった?」
「だったという言い方は変かもしれないな。正確には二十七歳の時に、自分は男の人と肉体関係を持つことに抵抗がないっ
てことが分かった。そしてすぐに、男の人じゃないと愛せないようになった。もともと僕は女性に恋をすることなんてなか
ったからね。自分でもわかっていながら、認めていなかっただけなのかも知れなかったけど」
「だから私はフラれたのか」
 彼女はそう言って喉を鳴らすようにして、さもおかしそうに笑った。笑いながら手を後ろに付いてけらけらと、そして少
しだけ目を細めて空気の澄んだ青い空を眺め始めた。遠く過ぎ去ったあの時の出来事を、見つめるようにして。
「あの時はまだわからなかったんだ。でも、遥と恋をして、お互いに愛し合う関係になるだなんて想像できなかったし、す
ごく不自然な気がしたんだ。遥には本当に、申し訳ないと思ったんだけど」
「いや、まあ当時はすごく落ち込んだけど。今はまあ男と女の関係が、少女や少年が想像するようにスムーズに、希望通り
の方向に向かうなんてありえないってことはわかるからさ。フラれることだってあるし、付き合ったって上手くいかない事
の方が多いもん」
「そうかな?」
「そうだよ! とりあえずそうしておこう」
 そう言って、遥は満面の笑みで僕の肩を叩いた。それはとても懐かしい感覚だった。こんな素敵な彼女と結婚できた人は
幸せだろう。こんな明るい人と一緒に居られる男は、自身も明るさや希望を持っている人なのだろう。なぜだか少し卑屈に
なるように、僕はそんなことを思っていた。
 崖の下を見れば、相変わらず雪香は小さなグラウンドを走り続けている。
「これが僕の彼氏だった人だ」
 僕はデニムのポケットに入れていたスマートフォンを取出し、フォトギャラリーを開いて目的の画像をタップした。
 その画像の中では、眼鏡の奥の冷たい瞳を隠そうともせずにレンズを睨んでいる男が、映し出されていた。まるでスマー
トフォンを通して画像を見る者を蔑んでいるような、自分よりもくだらない存在を見下しているかのような、そんな印象を与
える冷たい表情だった。
「なんか、こう言っちゃ失礼だろうけど、すごく感じのよくない人だね。この写真を見る限りだと」
「うん、榊はドSなんだ。そんでもちろん僕はゲイでドMなんだ」
「いや、もちろんって言われても……。ねえ、冗談で言ってるんじゃないんだよね」
「はあ? ねえ、僕はすごく真剣な話をしてるんだ。とてもシリアスな問題を打ち明けてるんだ! なんで冗談だと思われなきゃいけないんだよ!」
 僕は思わずかっとなってそう言い返すと、遥は慌てたように胸の前で手を振った。
「いや、ごめん。馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくて。ただ私にとってもあまり聞いたことのない世界だったから、ショックもあって、受け入れないとかじゃなくて、ちょっと慌てちゃったと言うか、ごめん、傷つけるようなこと言って」

「いや、こちらこそ怒鳴ってごめん。分かってるよ。ゲイでドMって。まああまり良い目で見られないのは分かってるよ。
でもさ、そう言うマイノリティな人間もちゃんといるってことを、理解してほしい。僕らにとってはそれが自然で、君たち
が恋をしてキスをするように、当たり前で抑えられないものなんだ。君たちが自然に異性を愛してセックスを求めるように、
僕はクールな男に馬鹿にされながら、自慰をするのが大好きなんだ。例えば昨日もそういうプレイをしたんだよ。榊がさ、
そいつは会社の同僚なんだけどさ、いきなり僕のいる部署に入って来て、僕を誰もいない会議室に連れて行くんだ。そこで
僕に命令するんだよ。服を脱げって。僕はもう誰かに見られるんじゃないかってドキドキして、すごく興奮してしまったよ。
それで榊は冷たい目で僕を見ながら言葉責めをするんだ。男が好きな、気持ち悪い屑だな、とか。お前はこの社会の中で最
も醜い生き物だ、とかこんなことされて興奮してるのか、救いようのない変態め、だとか、そんで僕はとても苦しい気持ち
になりながら、顔から火が出るくらいに恥ずかしさを感じながら、土下座をするんだ。こんな気持ち悪い思考で生まれてき
てすみません、って。そうすると榊は僕の顔を踏んづけてくるんだ。糞でも踏みつけるようにしかめしい面をして。恥を知
れ。そう言って。僕はもう自分の股間がはち切れそうなほどに勃起しているのが分かった。もう触った瞬間に射精してしま
いそうなくらいに勃起してるんだ。それを見た榊は僕を見下しながら、汚いものをぶら下げてるんじゃない! と怒り僕の
顔を力強く踏む。もう僕は興奮を抑えきれなくて、オナニーがしたくて堪らなかったけど、まだ我慢だ、もう少し我慢すれ
ば、最高に気持ちいい射精が出来るんだと思って我慢した。榊は踏むのもめんどくさくなった後で、僕を窓際に立たせて、
背を向けさせて、ペットボトルをケツ穴に入れながら人々に見られながら自慰をしろ、って言ってきた。僕は床に放り投げ
られたペットボトルを、だらしないものぶら下げながら掴み、窓際に立って、そこは四階だから地上を歩く誰かが顔を上げ
ればすぐに見えちゃうんだけど、もう本当に興奮して、僕は左手に持ったペットボトルをケツに突っ込みながら、猿のよう
に狂ってオナニーした。見ていてください! 僕を見下しながら、見ていてください! そう叫びながら、僕は自慰をしま
くった。二回くらい発射して、精液は窓にベッタリ貼りついた。後ろを振り返ると、そこに榊はもういなくて、慌てて服を
着ようとしたら、運悪くそこに宣伝部の人たちが入って来て、と言うか一時間後の会議の準備があったから当たり前なんだ
けど、榊もそれをわかって僕をそこに呼んだんだろうけれど、それで僕は宣伝部のやつに裸でいるのを見られて、そんで、
そんな知らないやつに、そいつはどう見ても僕より年下なんだけど、え、何してるんですか、アンタ、頭おかしいのかって
言われた。窓にベッタリ貼りついた精液。下半身丸出しの僕。ケツに突っ込まれたペットボトル。もうそれを見れば、そこ
に居た僕は変態としか判断ができないよね。それで僕は、その会社をクビになった。それでも榊との縁は続いて、彼はたま
に僕を呼び出し、己のうっ憤を晴らすためだけに僕を踏みつけ帰っていく。僕は自慰をし続ける。でもさ、たとえ世界中の
人に気持ち悪いと思われながらも、僕はそうじゃないと生きていけないんだよ。誰にもわかってもらええないかもしれない。
少数派の僕は社会から迫害され続け、気持ち悪がられ、異常者として扱われるだろう。でも、僕と遥たちとで何が違う? 
僕とその僕を見つけた宣伝部の奴とで何が違う? ただ愛し方のカテゴリーが違うだけなんだ。セックスのやり方が少しだ
け違うってだけなんだ。犯罪でもないし、頭が狂ってるわけでもない。僕が少数派と言うだけで、多数派から異常者扱いを
されてしまうんだ。僕はそれから鬱病になったよ。それから僕はまた新たな自らの性癖を発見した。僕はどうやら臭い物を
嗅ぎながら自慰をすると、すごく興奮できることを知った。一番いいのはチーズだった。ブルーチーズなんかは最高だった。
あの臭い匂いを嗅ぎながら全裸で自慰をすると、快感がまるで違う。それから僕はチーズにハマった。ゲイでドMで鬱病の
男が、チーズにハマった。世界中のありとあらゆるチーズを調べ、実際に買って食し、チーズの本場に行って様々なチーズ
を研究し、チーズの匂い、風味、熟成具合、硬さ、旨味などなど、それをデータ化しリストを作った。僕は己の性癖から、
チーズ自体に興味を移したわけだ。それから僕は取り憑かれたようにチーズばかりを食べ続け、己もチーズ臭くなった。鼠
もびっくりするほどの量のチーズを食べた。それから僕は、インターネットを使って外国のチーズを個人輸入して販売する
事業を始めた。最初は規模の小さなもので、軌道が乗ってきたころに、少し大きくして、小さなレストランなどにチーズを
卸したりもした。何とか今では借金も返して、利益も上がっている。僕はチーズによって救われたんだ。もちろん店で出す
チーズは僕のケツ穴に突っ込んだり、自慰に使ったものなんかじゃない。あ、それに、今ではちゃんとした彼氏もいるんだ。
草食系で、ゲイと言うよりはバイの人なんだけど、ちゃんと愛のあるSMプレイをしてくれる。いい人だ。チーズが嫌いな
事だけが難点だけどね」

 僕がちょっとジョークを交えてそう言い、笑いながら隣を見ると、そこにはもう遥の姿はなかった。スマートフォンには
新着メールが受信されていた。遥からの『キモッ』と言う一言だけのメールだった。これだから女は嫌いなんだ。
 眼下に広がるグラウンドを見つめる。先ほどから走っていた雪香は、いつの間にか全裸になって大声で笑いながら、万歳
のポーズで走り続けている。アイツは露出狂だったのか。まったく女の裸なんて気持ち悪いもの見せるんじゃないよ。最悪
なものを見ちまった。
 僕はひどく気分が悪くなって、電話をすることにした。二度目のコールで目的の相手は出た。僕の部下だった。
「あっ、榊か? 十万やるから僕を踏んでくれないか? あ、あと人気のない場所を走る、露出狂の女を発見したぞ。なんか
バカそうだから拉致して薬打って誰かに売るかAVでも出させれば金になるんじゃないか? ああ、まあ現物を見てから判断
してくれ。うん、そう、踏んでくれるだけでいい。いつも通りだ」
 そして僕は電話を切って、青空を仰ぎながら寝そべった。
 全裸で笑っている雪香はまだ走り続けている。
 僕は病気なんだろうか。
 どうして平気で人を迫害する連中の方が、健常者として生きているのだろうか。アイツらの方が心の部応期だろう。自分が
正常だなんて思っているんだ。
 僕は改めてこの社会が大っ嫌いになった。
 そして射精した。

投下終了です。
最初打ち忘れましたが、お題はチーズです。5/5の下から四行目の誤字『部応期』は『病気』の打ち間違いです。

以上。

>>891
色々引っかかるところがあって、まずそもそも主人公が長々と語った内容をそのまま本篇にするわけにはいかなかったのだろうか
という疑問がとても強く残った。
小学校の同窓会で昔なじみと再会する下りとか、「だから振られたんだね」の辺りとか、全裸で走るところとかは、この話の中で
特段効果を発揮していないように思われるし、完全に蛇足の印象。
榊との色々屈折してよく分かんなくなってる関係だけに焦点を置いて描いてたほうが、色々ストレートに伝わると思った。
多分いくらでも面白くなる余地があった、惜しい作品だと思いました。

あと随所で気になったのがヘンテコな描写の数々。
まず冒頭から。
>強い郷愁を伝えるように僕の視界に晒されている。
すごく違和感を覚えるフレーズ。
「強い郷愁を訴えかけている」でもくどすぎるくらいなのに、こういう持って回った表現でなければならない理由があるのだろうか。
あと、描写する順序というか流れもあまりよろしくない。
眼下に懐かしい景色が広がっていた(高所にいるのだな)→校舎の影に覆われた草の上にゆっくりと寝そべった(??)→校庭は崖下にある
もっと大きい視点から見えるものをざっくり描写してから、細々とした描写に移ればいいのにと思った。
全体的に、ストーリーの仕立てから描写に至るまで、行き当たりばったりな印象でした。

あとお題ください

>>894
おもちゃ箱

>>895
把握

>>891
面白かった
ノスタルジックな導入からの落差がすごいww
確かに語り手のいる場所の描写がいまいち分かりにくいな

>>891
予想を完全に裏切られたという意味では面白いと思った

ただ話の主眼がどこなのか、という感じはあった
「性癖で身を滅ぼした主人公が性癖で成功を収める」という体験を語るのがメインなのかな、と思ったが、
だったらもう少しその部分を強調する書き方があったかもしれないな、と

>>891
お読みになってくださり、嬉しいです!
確かにご指摘くださった部分は、全て納得できました。と言うか、ごもっともです。

構成が下手なんですよね。全部思いつきでやってしまう。
久々に小説を書いたので、肩慣らしで色々挑戦し、なんだかおかしな部分も多くなってしまいました。

描写に関してはここのところ、現代詩を多く読んでいた所為で、回りくどい表現に挑戦したくなったのだと思います。
もちろん現代詩の所為と言うよりは己の実力の無さの所為ですけど。

この小説はもともと三日前に見た夢を小説にしてみようかな、と思いで書き始め、それを忠実に書いた結果、前半の抽象的で意味の分からない描写になり、四レス目からは夢の内容を思いだせなかったので、いつも通りの自分の小説になりました。
確かにゲイを語る部分は自分で書いていて筆が進んだし、楽しみながら書けたので、こちらをメインにすればよかったと言うご指摘は、自分でも深く納得しました。

最近、よく序盤辺りに関係ない、あるいは変に凝った意味のない描写を入れてしまいがちなようですね。反省いたします。


>>全体的に、ストーリーの仕立てから描写に至るまで、行き当たりばったりな印象でした。

まさにこれですよね。すばり言い当てられました。
読む人の事を考えた、ストーリーの面白い読みやすい小説を目指したいと思います。


ご批評ありがとうございました。とても勉強になりました!

>>893へのレスでした。

>>897

>>ノスタルジックな導入からの落差がすごいwwww
>>確かに語り手のいる場所の描写がいまいち分かりにくいな

少なからず面白いと思って頂けたようで、安心しました。
最初の崖や幼馴染の部分は、作者が夢で見た不思議な描写を忠実に書いた結果(そんなもの書くなという声も聞こえてきそうですが)、
最後の二レスは作者の地の書き方が出てしまったので、良くも悪くも変な落差が出来てしまいました。

ちゃんと自分で考えたものを書けって話ですね。本当にゲイの話を中心に書けばよかった。というか書きたい。


感想ありがとうございました!




>>898


>>予想を完全に裏切られたという意味では面白いと思った

ありがとうございます。そこだけは成功していたのかもしれません。


>>ただ話の主眼がどこなのか、という感じはあった

そうなんですよね。
作者自身も焦点の置き方が曖昧になっているので、語りたいことがぶれてしまっている印象を与えてしまったように思います。短編ですから、ストレートに一つの事を語るべきでした。


>>「性癖で身を滅ぼした主人公が性癖で成功を収める」という体験を語るのがメインなのかな、と思ったが、
だったらもう少しその部分を強調する書き方があったかもしれないな、と

ここなんですよね。やはりここをメインとするべきなんですよね。
作者もここは書いていて面白かったし、読者もこの部分を物語の強いフックとして読んでくださったので、
ここをしっかり腰を据えて書くべきでしたね。
最初は何を書いたらいいのか分からずに、思いつくまま書いていたので、新たに書き直した方がよかったかもしれません。

鋭いご指摘ありがとうございました!

>>880です
投下します

<thief>
 彦坂大輝は小さい頃、よく友達を家に呼んでゲームをしていたことを思い出していた。一番やったのはド定番ともいえ
る「スーパーマリオ」のシリーズだった。囚われのお姫様を救い出す、そんなストーリーは誰も気に掛けず、ただ目の
前のカメを踏みつけながら進んでいくのが彦坂や友人にとって楽しかった。現実世界で、お姫様が攫われたら一国の軍
隊が動くだろう。一般市民だって警察が動く。ちょっとジャンプ力が異常なだけのしがない配管工が、なぜ単身敵の根
城に乗り込んで姫を救い出さなければならないのか、これはいまだに彦坂の中で謎として残っている―だが、彦坂自身
が似たような事態に遭遇するなんてことは、「スーパーマリオ」に触れてから今に至るまで、一度も考えたことはなか
った。
 館野亮は彦坂よりも2つ年上で、二人は大学のヨットサークルで知り合った。後輩たちに対していつだって頼れる存在
としての顔を見せ続けていた館野は、皆から亮さん、と呼ばれ慕われていた。いかにも兄貴めいた雰囲気のある男だっ
たが、実際は弟も妹もおらず、地元では地主だか何だかで名家の一人っ子だと彦坂は聞かされていた。館野は自分の地
元を山奥で何にもないよ、と自嘲していたが、確かに彼にとっては何もないと言ってよかったのだろう、と彦坂は考え
ていた―彦坂から見た館野は、海でしか生きられない男だったからだ。
今、館野は、実家の一室で、身動きが取れなくなっている。

<prison>
 俺は今、真っ黒な檻の中に閉じ込められている。外へ出ることすらできない今のこの状況は、不自由も最も忌み嫌って
きた俺にとって、とても耐えられるものではない。救いがあるとすれば、周りにいる人間が俺に悪意を持っているわけで
はない―すなわち拉致監禁されているわけでも罪を犯して投獄されているわけでもないことぐらいだろう。そもそもここ
は俺の実家だ。
 田舎の人間にとって、慣習や付き合いというものは手錠や足枷よりもきつく四肢を縛り上げる。俺は幼いころからそれ
を疎ましく思ってきた。館野の跡取りなんだから、と何かにつけて「お行儀」を強要してきた両親に反発して横浜にほど
近い大学に進んでから9年、この土地に戻るのは初めてのことだ。だが、特に郷愁めいたものは感じなかった。むしろ、
このくだらないセレモニーから逃れることはできないのだと思うと、うんざりを通り越して恐怖さえ感じていた。

<thief>
 彦坂は立ち上がり、散らかった部屋の中心に置かれたさらに散らかった机を見た。まず鍵と携帯を探してポケットに突っ
込んだ。電気代の明細に通夜の知らせの葉書、空になったコンビニ弁当の箱。お前らはゴミ箱行きだ、と呟きながらゴミ
箱に向けて投げ捨てる。飲みかけの麦茶を飲み干し、掛けてあった厚手の上着を羽織った。気は進まないが、しょうがな
いな。頭の中で何度か繰り返し、家を出た。
彦坂の住むアパートから最寄駅までは10分弱かかる。歩きながら彦坂は、ヨットサークルにいたころの館野を思い出して いた。

 彦坂が大学に入ったとき、2つ上の館野はまだ2年生であった。全然勉強しなかったら留年しちゃってさ、とあっけらか んと話す館野には、確かに大学の講義なんて似合わないように思えた。
 自由な男。
 それが彦坂にとっての館野の第一印象であり、いまでもそれが揺らぐことはない。一人乗りの小型ヨットを乗りこなす 館野の姿は、いまでも彦坂の目に焼き付いている。サークル自体が大会での勝利を絶対の目標にするような堅い雰囲気で ないのも館野にとってはよかったのだろう。時に風に乗って滑るように走り、時に荒れた海に強引に突っ込んでいく、た だそれだけが楽しいのだ、と館野は彦坂に何度も語っていた。
「亮さんは、何で二人乗り、やらないんですか」
 あるとき彦坂はそう尋ねた。二人乗りで館野と組みたい、という下心があったのも事実だが、館野が頑なに一人乗りに こだわる理由が知りたかったのだ。
「んー、なんか、一人の方が楽しいんだよ。海と、ヨットと、俺。それだけで十分じゃないのか」
「そんなもんなんですかね」
「そんなもんだろう」
 そう言って、その日も館野は子供のように気の向くままヨットで海を駆け回っていた。
 そんな館野から、二人乗りヨットに乗ろう、と持ちかけられたのは彦坂も大学を出てからのことだった。驚く彦坂に、 館野は
「中古で安く売ってたから」
 とだけ答えた。
 それからというもの、毎週末のように彼らはヨットを走らせた。彦坂は、館野と乗るたびに他の誰と組んだ時でも得ら
れない不思議な高揚感をはっきりと感じ取っていた。サークルにはもっと上手い奴もいたはずであるが、海全体と共鳴す
るような館野のヨットさばきは彦坂の琴線に触れた。それと同時に、館野が無茶な操縦をしなくなっていることにも気づ
いた。大学にいた頃はどんなに風が強くても、その風を味方につけヨットを飛ばした館野が、いまでは風の穏やかな日を
選び、ゆるやかにヨットを滑らせることに終始している。彦坂は何か引っかかるものを感じながらも、自分を危険に巻き
込まないよう配慮しているのだろうとそのときは結論付けた。事実、館野はいつだって後輩たちの危険な行為には厳しか
ったのだ。

 彦坂は、気づくと駅のホームにいた。いつもの習慣で、思い出に浸りながら無意識にでもここまでは辿り着くことがで
きる。だが、今日の目的地は会社ではなく館野の実家であり、普段とは逆の電車に乗らなければならない。
「しまったな」
 そう口の中で呟き、向かいのホームを目指して階段を下った。

<prison>
 じっとしていると、昔のことを思い出す。大学に入って、俺はヨットサークルに入った。きっかけは、単に山の麓で生
まれ育ったことに対する反発心だった。あるいは、普段の生活では目にすることのなかった海に対して幼い憧れを持って
いたのかもしれない。何にせよ、半ば気まぐれでヨットを選んだことは正解だったと思っている。当時の自分にはいくら
感謝してもしきれない。
 それから、俺は可能な限り海に出続けた。大学は1年留年したが、それも後悔はない。就職してからも暇を見つけては
海に出た。だんだんと激しい操縦はできなくなったが、一人でのセーリングが辛くなってからは後輩の彦坂を誘った。
だが、もう2度と、海を見ることすらできないのだろう。何の雑音もない檻の中、どこかで波の音が響いているような気
がした。

<thief>
 彦坂が電車を降りたとき、太陽はとうに姿を隠し、まばらな街灯と月明かりが辺りを照らしていた。駅から延びる道は
ゆるやかな登り坂で、この時間にはほとんど人通りもない。彦坂がこの、館野の実家に至る2kmほどの道を通るのはこれ
が2回目である。彦坂はその時のことを思い出していた。

 3か月ほど前のある日、彦坂は館野といつも通りセーリングの約束をしていたが、普段なら集合時間に10分も遅れるこ
とのない館野が30分も姿を現さなかった。メールの返信もないことを訝しがって彦坂は携帯に電話をかけてみたが、それ
にも出ない。待ち合わせ場所から館野のアパートまではたかだか15分くらいの距離だ。彦坂はため息を一つつき、館野の
家に向かった。
 館野の部屋の前に立ち、チャイムを鳴らす。しかし、中からは何の反応もなかった。あれ、行き違ったか、と思いなが
ら彦坂はドアノブに触れたが、彦坂の予想を裏切りドアはあっさり開いた。館野は家にいるときはドアに鍵を掛けないこ
とがよくあったが、そのことがむしろ彦坂に冷や汗をかかせた。何かあったのではないか?そう思うと声も出せず、全身
がこわばったような感覚を覚えながら館野の部屋に入っていった。
 ベットの脇で倒れている館野を見つけたときも、彦坂は声を上げられなかった。死んでいる。そうとしか思えず、彦坂
はその場にへたり込んだ。そのまますがるように館野の手を握ったとき、ようやく彦坂は落ち着きを取り戻した。その手
が生者の温かさを保っていたからである。そのまま手首に親指を当て、脈を測る。正常だ。携帯を取り出し、119番通報
するとともに、館野の姿勢を安全な体位に変える。その時になって、館野の髪にわずかに血がついていることに彦坂は気
付いた。転んで頭を打って気絶したのか。そう思えば、一応は安心できた。
病院に搬送されて1時間ほどで館野は意識を取り戻した。すぐに精密検査があるため彦坂が話せる時間は廊下を移動する
ときだけであったが、その時館野が
「面会できるようになったら連絡する。お前には話さないといけないことがあるんだ」
 と言い残したことが彦坂の心には引っかかっていた。
 次の週末に、彦坂のもとへ館野からメールが来た。彦坂が駆けつけると、館野は今までに見たことが無いような重い表
情をしていた。
「ほとんど動かないんだ」
「は?何がですか、亮さん」
「足が、だよ」
 館野は続けて、自分が神経の病を患っていて以前から足に多少の痺れがあったこと、朝、急な痺れを感じてバランスを
崩し転んでしまったこと、今回の一件でかなり病状が悪化し、おそらくもう立って歩くことも難しいだろうということを
話した。
「体が本調子じゃなかったからな、お前を誘って海に出てたんだよ」
 館野の声を、彦坂は虚ろな目で聞いていた。
 そして今から2週間前、館野の退院が決まった。館野の家族の要望もあり、実家に戻るという。館野は家族の迎えを断
り、病院から実家までの運転手役に彦坂を指名した。彦坂には何も言えなかった。遠回りと分かっていたがわざと海沿い
の道を通り、ただただゆっくりと、車を走らせた。

 彦坂は館野の家の門の前に立った。ここに来るのは退院した館野を送った日以来2回目であり、おそらくもう二度と来
ることがないだろう、と思いながら、玄関のチャイムを押す。彦坂には敢えて策を翻す必要もなかった。ただ館野の顔が
見たいと彼の家族に告げ、そして館野を連れて帰るだけでよかった。インターホン越しに、「彦坂です」と言うと、館野
の母らしき人物は小さくどうぞ、と答えた。
 館野の家の中でも最も広い和室が、今館野がいる場所である。そこに至るまで館野の両親や親戚らしき人物に会ったが、
適当な受け答えでお茶を濁しながら館野のもとへ歩みを進めた。

<prison>
 日中は、この部屋にも人が入れ替わり立ち代わりやってきたが、夜になって誰もいなくなった。襖は締め切られ、薄暗
い和室の中、蝋燭の明かりだけが怪しく揺らめいている。
 ふと、誰かの気配を感じた気がした。いや、その言い方はあまり正しくない。この家にはこの時間でもある程度の数の
人間がいるはずだからだ。ただ、彼らは皆一様に空虚で暗い顔をしている。その中に、高い熱量を持った人間が現れた、
そんな気配を感じたのだ。やがて速い足音が聞こえた。間違いない―彦坂だ。
 しゃっ、と小気味良い音を立ててふすまが開くと、思った通りの彦坂の人のよさそうな顔つきがそこにあった。遅かっ
たじゃないか。そう声を掛けたかったが、今の俺にはそれができない。
「館野さん、迎えに来ましたよ」
 彦坂は、遺影の中の俺を真っ直ぐ見て、そういった。

<thief>
 彦坂が襖を開けると、中からは線香のむっとするような匂いがした。白木の棺が重々しく置かれ、その奥に菊の花で飾
り立てられた館野の遺影が飾られていた。
「館野さん、迎えに来ましたよ」
 そう一言声をかけた彦坂には、館野が遅かったな、と笑いながら言ったのが聞こえた気がした。彦坂は襖を閉め部屋に
一人だけになると、遺影の黒いフレームを外し、館野の写真を取り出した。
「亮さんがこんなところに閉じ込められて平気なわけないですもんね」
 そう言って、館野の写真を丸め上着の内ポケットに入れると、遺影のフレームだけを元に戻して部屋を去った。

 館野の家から半ば逃げ帰り、急いで彦坂が向かった場所は、海であった。すでに時間は深夜となっていた。岸壁に腰掛
け、彦坂は2週間前、館野に車で病院まで呼び出された時のことを思い出していた。病気が進行し、治療の施しようがな
い上もう長くないため、病院を退院し実家に戻るのだ、という館野の目には、深い絶望が宿っていた。
「何を言ってるんですか。今度は俺が亮さんを、何度でも海に連れて行きますよ」
 そう言った彦坂の目にも光るものがあったことを、彦坂は鮮明に覚えている。

 急に空全体が燃え上がるように明るくなった。彦坂には、生きるものを照らすために太陽が昇ってきたように感じら
れた。彦坂はヨットのもとにゆっくりと歩いていった。マストとロープ、全ての金具を館野がかつてしたようにチェッ
クしていく。よし。小さく声に出して、彦坂は滑るように海に出た。
「すみません、何度も、と言ったのに。1回だけになっちゃいましたね」
穏やかな波の上で、彦坂はポケットから館野の写真を取り出し、海へと投げ捨てた。波に浮かぶ館野の笑顔を彦坂はず
っと見つめていたが、それはやがて海のどこかに消えていった。

以上です。
2/6で改行のミスがあったようで申し訳ないです。

>>遺影
遺影に拘る彦坂の価値観がよく理解できなかったわ
でも話の進行とオチに意外性を感じられて良かった

お題下さい

>>911
久方ぶり

>>912
ほんとになんか書き込んじゃダメなのかと思ったよ
ありがとう

お題ください

>>914
12/26

久々に来た・・・流石に2chにスレ立てはやらなくなったのか
とりあえずお題何個かください

>>916

>>916
初夢

>>917-918
いただきます
常駐してる人結構いるのね

お題plz

>>920
しおり

浮かばない。もう一個くださいな

>>922
撒き餌

お題ください

>>924
隠し味

>>925
把握

――私がコレと呼ぶ男と話すようになったのは一月前のことだった。
 コレは俗に言うストーカーと呼ばれるモノで、金髪碧眼の私に興味を抱いたのだろう、ク
ラスに馴染めない私を遠くから観察していた。絶対に接触はしてこない。なぜなら、コレも
いじめられっ子で、わたしもいじめられていたからだ。
 
――私はアメリカから日本に渡ってきた外国人で、半年前に私立香坂高校に編入した。
 父がアメリカ人、母が日系アメリカ人の子供として生まれた私に、アジア人的な外見の特
徴はなく、見た目は完全に白人であった。それは母が日系とはいっても、クオーターだから
だろう、と父が言っていた。事実、写真の中の母は日本人には見えない。白人とアジア人の
混合が生み出したアンバランスな人種だ。しかし、日本語は上手だった。それは母方の祖父
の影響もあり、私は幼い頃から日本語を教わってきたのだから、それも当然である。けれど、
言語を扱えるからといって、まったく違う環境の同い年の人間たちとコミュニケーションを
上手にとれるかといえば、そうでもない。第一に外見の違い。これは自惚れではなく、客観
的事実としての自己評価だけれど、私は美しいのだ。そのおかげで、わたしは転校して数日
はちやほやとされていた。しかし、知ってはいても、使い慣れない言語と、アメリカ人とし
ての仕草と日本人としての仕草の違いがハナにつくと、一部の女子が私の美しさからくる嫉
妬からだろう、やっかみだし、いじめがはじまった。
 最初は小さなことだった。
 教科書に悪口を書かれたり、体操着が水浸しになっていたり。彼らは間接的にいじめを敢
行した。
 そして私はそのいじめに抵抗してしまったことで、ピラミッドの最下層へと転落してしま
ったのだ。
 素直さはときに民衆の怒りを買う。私は、自身の美貌に絶対の自信があった。少なくとも、
この学校のなかでは、私が一番美しいと断言できるだろう。その肥大した自意識が、私に言っ
てはならないことを言わせた。
 ブスをブス呼ばわりすると、大抵の者は怒りに顔を染める。それが事実だったとしても。
私にとって些細な諍いが、醜いアヒルの子たちの態度を硬化させ、そして、いじめは直接的
に行われるようになった。
「キモ」
「ばーか」

「臭いんだよ」
 そのような取るに足らない罵倒を無視していると、今度は物を投げてくるようになった。
あるときはチョーク、あるときは黒板消し。それでさえ、私に期待したとおりの反応がない
とわかると、奴らはコレをぶつけてきた。
 コレは私と同じいじめられっ子である。身長はそこそこあるものの、その中身はガリガリ
で体力がなく、イヤらしい口から漏れる言葉は吃音がひどく、聞き取りがたい。顔はにきび
だらけの、一目で嫌悪感を抱くような男だった。
 コレは奴らに囃し立てられ、私に恐る恐る接近してこようとする。私はコレがそばによる
こと自体、イヤだったので、奴らの計画は成功した、といえよう。
 しかし、私がコレの目――ビクビクしながらこちらを窺うコレの目に、慕情のような淡い
光――を見たとき、稲妻のように脳天にある計画が生まれた、と同時に、私は密かにほくそ
笑んだ。なぜなら、奴らに対して、最高の仕返しを思いついたから。
 私は怯えるコレの手を取り、教室の外へと連れ出した。背中には罵倒の声。振り返ると、
コレの怯えに引き攣った顔に、はにかむような表情が一瞬、浮かんだ。
 このときから、私とコレの報復が始まったのである。


――女性にとって、最大の侮辱はなんなのか、私は考える。甘いやり方でネチネチといたぶ
るよりも、一気に最大限の復讐を果たしたい。私が味わった辛酸の何倍もの復讐。それには
どうしたらいいか。答えは既に頭の片隅にあった。やりすぎなんじゃないか、とも思う。で
も、私はちまちまといたぶるような陰険なやり方は嫌いだ。なにより十数人ものターゲット
がいるのだ。やるなら一度きりのほうが面倒もないし楽だ。撮影用のカメラと、人気のない
場所と、コレ。条件は満たしている。私は決意を固めた。あとは、誰を最初のターゲットに
するか。それももう、半ば決まっていた。コレがストーキングしている女だ。どうやら思い
を寄せているらしい。あの女のモノなら、何でも収集しようとするキチガイにほれられて、
あの女も気の毒だけど、自業自得というものだろう。ただ問題は、コレがあの女に対して危
害を加えられるのかどうか、だが、それも多分大丈夫だろう。何せストーカーだ。精神異常
に決まっている。あの女を自由に出来ると説けば、説得はたやすいだろう。従わなければ変
態の所業を暴くと脅すまでだ。一連の復讐を想像すると笑いがこみ上げてくる。私はもしか
すると邪悪な人間なのかもしれない。いや、そうだろうか。むしろ邪悪なのは、人の痛みも
分からずにいじめをして悦に入る女なのではないのか。やはり女は邪悪な存在なんだ。だか
ら私が分からせてやらないといけない。たとえそれが悪魔的行為だとしても。



――「うっ、うっ、うっ」
 使われなくなって久しい旧校舎の一角にある、薄暗い体育倉庫のなかで、人の姿をした一
組の動物が交わっていた。体育用具の放つ独特な臭いと、動物共が放つ激臭が混ざり、混沌
としたその空間に、畜生の浅ましい息遣いと鳴き声が響く。
 私はマットの上で繰り広げられるその光景を見ながら、報復を遂げた喜びを感じるのかと
思っていた。けれど、心にあったのはただ、汚らわしい、という気持ちだけだった。
 ネットなどで見たセックスの模様も、想像していたものと間逆で、ケガラワシイモノに映っ
たけれども、今、眼前に展開されている生の行為は、それを上回るものだった。
 ううう、と、コレがくぐもった声を漏らすと、腰の動きがとまり、あの肉と肉が叩き合う
不快なリズムが終わりを告げた。
 報復の対象となった少女はコレから身を離すと、うずくまったまますすり泣き始めた。浴
びせてやろうと思っていた罵倒の言葉は、喉を通らなかった。ビデオレコーダーを止め、う
ずくまる女に向けて何かいわなければならないのだが、言葉が出ない。なぜか鈍磨する頭に
聞こえるのは、うずくまる少女に語りかけるコレの声だった。
「あっ、だっ、だいじょぶ、ですか?」
 つい先ほど自らの手で少女を陵辱したレイプ魔は、中腰になった腰から奇妙なほど長い男
性器をブラブラさせながら、優しげに語り掛けていた。
 コレの手が少女に触れるたびに、少女はビクっと今できうる最大限の拒絶を示していた。
しかし、コレにはそれが面白いらしく、やたらめったに少女の身体を突き回す。その度に少
女の身体がビクビクと動き、陸に上がった魚のようだった。
 私はやりすぎてしまったのだろうか。復讐の一歩目から、既に憎悪は哀れみに変わった。
これからもっともっと、私をいじめた奴らをコレに陵辱させようと思っていたのに、踏み出
した足は後ずさっていく。もういい。もう止めよう。そうやって傾きかけた天秤を振り戻し
たのは、うずくまった少女の声だった。
「絶対に許さないから。うちのパパは警察の偉い人と仲がいいんだから。あんた達なんか、
あんた達なんか」
 泣きはらした女の顔から漏れる報復の声。怯えた目の奥にちらちらと瞬く怒りの光。その
様子を見るに、反省の二文字はどこにもないことは明白だった。やはり女は邪悪なのだ。猿
でも出来ることを、女は出来ない。哀れみの心は瞬く間に憎悪へと変わった。

「そんなことしたら、どうなるか分かってるでしょ? このビデオを全世界にばらまく。そ
れでもいいの?」
「出せるもんなら出してみなさいよ。それこそ、あんた達の終わりよ」
 唇を戦慄かせながら女が言う。その様子に、かつての母が重なった。どうして。どうして、
と。
「本当にいいの? 一度ネットに流れれば、一生残るんだよ? 将来、結婚しようとすると
き、相手が君の名前で検索したら、このビデオが出てくる。それでもいいの?」
「いいわよ。できるもんならやってみなさいよ。名前なんて、変えれば解決よ」
 口の減らない女の顔は喋れば喋るほど気を持ち直していくようだった。唐突に怒りがこみ
上げてくる。私はコレに女をはたくよう命じた。コレの骨ぼったい手が女の顔をなぶり、バ
シンと耳心地のよい音とともに、女の口から血が漏れ出る。罰を与えたという悦びもつかの
間、またしても憎憎しい顔から減らず口が飛んできた。
「絶対に許さない。絶対に許さないから」
 恐怖と怒気がないまぜになった女の顔は醜悪そのものだった。その顔に再び母の顔が重な
る。そんな格好、絶対に許さないわよ、と。
「許さない、か。これは君の問題じゃない、私の問題なんだよ。もとはと言えば私がこんな
ことをするのは君達のせいなんだ。陰険ないじめが被害者に与える心の傷について、思いを
馳せたことないのかな? 自分には何の非もないと思っているのかな? ここまでされるい
われはないと――」
「うるさいうるさいうるさいっ! オトコのくせに、わたしわたしって、あんたキモチ悪い
のよ。それがハブられる原因でしょ、この変態」
 怒りに顔をゆがめた女と母が重なる。あんたはオトコの子なのよ、オトコの子なのよ――
「黙れ黙れ黙れっ! 私はオトコじゃないっ! 女性なんだっ! この身体は間違って生ま
れてきたんだっ! 私は女性なん――」
「あたまおかしいんじゃないのあんた。どうみてもオトコじゃん、この変態」
 女の口元に嘲笑が浮かぶ。私は怒りに身を任せて、コレに命じた。もう一度、いや、なん
どもやれと。女の口から悲鳴が漏れる。その様をみるにつけ、心を満たす愉悦に、私は我を
忘れた。



「それで、そのあとは?」と、目の前の、生活にくたびれたような刑事が聞いてきた。私は
肩をすくめて、「見回りに来た先生に見つかって、警察呼ばれて、ここにいます」と答える。
これで三度目の事情聴取だった。いい加減、私もこの刑事のようにくたびれてくる。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
「私はいじめを受けていました。これはその復讐です」と、三度同じ答えを返す。
「君と安藤君がしたことはあまりにもひどい。たとえいじめの復讐だとしてもだ。邪悪な行
為だと言っていい。君はそれを分かっていながら犯行に及んだんだね?」
「そうです。何度も言ったとおり、私は、私の受けた屈辱を何倍にもして返したかった。で
もねえ刑事さん。女なんていうものは、押しなべて邪悪な存在なんですよ。許す、許さない
なんて問題じゃない。動物には躾けが必要なように、私は女に躾けを施してたんです。それ
だけ、それだけの問題なんですよ」

終わり

深夜のテンションでマスをカく。最高の気分だ。賢者タイムが来るまえに寝るとしよう。ついでに、お題も貰っておくか。

てなわけで、お題ください

>>932
人を頃す前に食べたもの

まだ読んでなくてすまん

>>931
読んだので感想を

典型的な叙述トリックなのかもしれないが、上手いとおもった
それに文章も綺麗だし、違和感のあるところも特になかった
強いて言えば、「私」が○だったということに必然性があったりすると完璧かな、という感じ

次回作も期待してます

>>895
非常に間が開いてしまったけど、投下します

お題:おもちゃ箱
タイトル:トイボックス
レス数:3

 窓の外にはまばらに雪が残っている。帰省したばかりの僕に、この雪がいつ降ったもの
であるのか、見当もつかない。必ずしも東京で降る雪が珍しいと言うことでもないけれど、
山間の田舎であるこことは較べるべくもない。
 部屋には灯油ストーブから漏れる揮発臭が淡くたち込めていた。実家住まいをいていた
子供のころ使っていた部屋だ。正確には、高校を卒業するまで使っていた勉強部屋だった。
二階の南西に面した角部屋で、夏場は西日がやたらとキツかったのを覚えている。
 いざ社会人として数年を経過した今、ここでの暮らしを回顧してみるに、高校時代はや
はり子供時代の延長でしかなかったように思う。何がどうそうであるのかと訊かれれば言
葉に詰まってしまうが、とにかく印象の上ではそうなのだ。そしてこの部屋には、子供の
ころという言葉で一括りにされる、あらゆる記憶の断片が転がっている。
 大晦日に実家に帰れば、部屋の掃除を手伝わされることは火を見るよりも明らかだった。
家主ならぬ部屋主がいなくなって十年が過ぎようとしているこの部屋も、掃除の対象とし
て例外ではない。両親によると、そろそろ趣味なんかで使う部屋がほしいとのことであり、
要はこの部屋をきれいにして明け渡せということだった。ならば両親が好きに片づければ
いいと思うしそれが筋なのだろうという気もするが、僕に断りなく昔の所持品を処分する
のも気が引ける、などいうもっともらしい理由とともに、その雑事を押し付けられる羽目
となった。
 僕がチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の文庫本を掘り当てたのは、
そうした脈絡のさなかだった。カバーが外れていかにも古ぼけた本が、ガラクタと成り果
てた玩具とともに段ボール箱に無造作に放り込まれていたのをみつけたのだ。今日が大晦
日であることを勘案すれば、クリスマスは一週間前のことだ。極めてタイムリーに時機を
逸したその本は、あらゆる意味で異分子感を放っていて、かえって放っておけなくなって
しまった。

 手持ちぶさたになると喫茶店に通う習慣は、高校時代末期からのものだ。もっとも、高
校生だったころは単に無聊を持て余したという理由以上に、気詰まりな大学受験の空気か
ら抜け出したいというより積極的な動機があったように思う。とはいえ、受験を控えた
シーズンに純粋にサボりのために外出するのはそれはそれで気が咎めたため、もっぱら英
単語の暗記などのために時間を費やした。
 部屋の掃除を中途半端に完了させた僕は、『クリスマス・キャロル』の文庫本を片手に、

大晦日なのにそれなりに繁盛している駅前の喫茶店へ向かった。本自体、コーヒーを片手
に読書するのにはちょうど良い厚さである。それに、別に完読する必要も無かった。
 窓際のカウンター席に腰を下ろす。東京と違って、店内のスペースは心持ち広めに設計
されていて、このささやかな違いをありがたいと思う。当時と何も変わっていない。少な
くともこの店の雰囲気は、僕の心根に鬱積したあれこれを解きほぐしてくるようなゆった
りとしたあの感じは、変わっていなかった。
 実際に訪れてみると、色々と記憶が刺激されて、思い出すこともある。高校時代、僕に
は完全にプラトニックな関係に終わった恋人がいた。眼鏡をかけた色白の大人しい女の子
だった。つきあい始めたきっかけは、勉強のことでいろいろ教え合うようになって、図書
館からの帰り道で僕がつきあおうと声をかけたことだ。彼女になんて応えられたかは覚え
ていない。ただ日が暮れたにもかかわらず異様に蒸し暑くて、隣の車道をひっきりなしに
車が往来していたような気がする。
 僕がこの喫茶店に通うようになったのも、思えば彼女に教えてもらったのがきっかけだ。
しかしながら、彼女とこの店を訪れたことは数えるほどしかない。そもそもここは、地元
の高校生が行き着けるような店ではない。繁華街のマクドナルドか、スターバックスが精々
だ。僕たちの間に会話は少なかった。向かい合わせに座って、黙々と勉強して過ごすうち
に夜になっていた、そんな感じだったと思う。
 今思えば不可解なほどに、僕たちの交際は人目を憚ってのものだった。下校するときも、
敢えて学校から離れた場所で待ち合わせたものだ。デートらしいデートも数えるほどしか
していない。僕たちはどのような過程を経て別れたのだろう。それに関してはもう、思い
出せなかった。
 ここのところ、記憶の俎上に上ることもなかった人だ。ここら辺が地元のはずだから、
ふと、この場所に現れても不思議はないのだな、と思った。

『クリスマス・キャロル』を読み終える。最後に読んだのは、恐らくは中学生の頃だった
と思われる。自信は無い。話の筋はおろか、スクルージという主人公の名前すら忘れてい
たくらいだ。吝嗇家が再生を果たす物語。一言でまとめてしまうとそう言うことだ。何事
もそうやってまとめられ、しまいには忘れられていく。
 コーヒーの最後の一口はひどくぬるく、口直しをしたい気分に襲われた。家に帰れば紅
白歌合戦が始まるのだろう。そして日が昇っておせちやら雑煮やらが振る舞われる、テン

プレな正月に巻き込まれるのだ。
 彼女はついに姿を現さなかった。と、待ち合わせをすっぽかされた人間が未練がましく
語るような顛末でもない。それに、彼女がいざ目の前に現れて、他にごまんといる色白の
眼鏡をかけた女性と区別が付くかと問われればその自信も無い。髪型が変わって、コンタ
クト・レンズにしているかも知れない。
 ただ、『クリスマス・キャロル』はしっかり保管しておくつもりだ。どの道古本屋で値
が付くような状態の本でもない。かつては宝物庫だったガラクタの山から拾い出せた、唯
一の価値ある記念品として。そして次こそは、時機を逸することなく然るべき日にその本
を開けたら、と思う。

<fin>

以上になります

>>927
序盤部分、一人称が「私」と「わたし」になっているのが気になります。
あえてそうしているのかなとも思いましたが、そうする理由が判然としないので、やはり気になります。

他に気になった点としては、「仕返し」に至るプロセスですね。
「仕返し」をひらめく決め手として「コレ」の存在があります。
そして「コレ」の具体的な描写が、ガリガリ、吃音、ニキビ、「一目で嫌悪感を抱くような男」なんですが、
まったく嫌悪的なイメージが湧いてこなかったんです。だからその後に続く、私の「イヤ」な気持ちもいまいち分からない。
分からないからさらにその後の「仕返し」にまで至る理由もぼんやりとする、そんな感じでした。
レイプさせるほどに「イヤ」と思ったのであれば、もっともっと何かひどい描写があってもいいのではと思ったのです。
嫌悪的描写さえしっかりしていれば、私の「イヤ」だという気持ちも理解でき、「仕返し」の理由もはっきりしてくる。
またレイプされている場面でも、ああそんなに醜い物に襲われているのだな、気の毒だな、
というふうに場面の説得力も増したのではないかと。
他にもいくつかありますが、そこが最も気になった部分でした。

レイプ後にツンツンと突つくシーンはよかったです。


>>936
起承転結の希薄な物語ですね。ストーリーよりも雰囲気を楽しむ類いの。
文章も綺麗ですし、どちらかといえば好きです。
欲を言えば、もう少し細部と全体のボリュームが欲しかったです。

お題暮れ

>>941
蝋燭

>>942
把握

新年になったし小説書く
お題ください

>>944
半月

通常作投下します。
6レスです。

 私の家には代々、台所において、女性の間だけで密かに受け継がれてきたものがある。
それは厳格な決まり事として曾祖母から祖母へ、祖母から母へと、先祖から今日に至るま
で連綿と受け継がれてきた。大まかに言うと一つは調理の技術。これは技術を含む、台所
に関わる知識や知恵すべてを指している。そして一つは調理をするための道具である包丁
だった。どちらも、ともすれば一般的なことかもしれない。けれど私の家では、台所はま
さに聖域であり、完全な男子禁制、さらに言えば、直系の女性しか入ることを許されなか
った。つまりもし、私の弟に彼女ができ、その彼女が嫁いできたとしても、この家の台所
には入ることができないということだ。そしてなによりも一般的ではなかったことは、こ
れは技術の一つではあるけれど、私の家では動物の解体という特別なことを行っていた。
 調理の技術は幼い頃から教え込まれる。そして包丁は一人前と認められた証として、母
から娘へ、娘から孫娘へと受け渡されていことになっている。決まり事に習って、私は物
心ついた頃から母と祖母(祖母は去年他界したけれど)によって調理の技術をとことん教
え込まれていた。

 私は今日、母から包丁を譲り受けた。まだ陽も昇っていない朝の台所だ。十二月の朝は
とても寒く、私はまだ寝起きということもあってブルブルと震えていた。母は相変わらず
朝からシャンとしていた。大した物だなと私はいつも感心する。台所を見渡すとすでに
諸々の準備は整っているようだった。シンクからワークトップ、コンロ、アイランド型
テーブルに小ぶりの作業台、すべてが丁寧に磨かれたのだろう、母のようにシャンとして
いる気がする。その中でも特に目立つのが中央に位置しているテーブルだ。テーブルの上
には様々な食材が用意されている。人間が一人寝そべることができるくらいの大きな木製
のテーブルだ。とても年季が入っており、大きな染みや小さな染み、黒ずんだ細かい傷が
所々に見て取れる。そこには野菜や魚や色々なお肉、キノコ類やフルーツ、一通りの食材
たちが積み上げられていた。床にさえ、邪魔にならないように置かれている。作業台には
数々の調理器具がいつでも使えるように、フレンチのカトラリーのように整然と並べられ
ている。完璧だなと私は思った。ただ、ひつだけ足りない物があるとすれば、この空間の
温度だろう。ほんとうに寒い。私は調理に関する様々な知識や技術の習得に対しては、苦
労することも多かったがなんとか乗り越えてきた。けれど寒さだけはどうしても克服する
ことができなかったのだ。テーブルや床に置かれている食材たちも、心なしかブルブルと
震えているように見える。

 私は祖母や母から、ずっと決まり事について聞かされてきたし、包丁自体も母が使って
いたから何度も目にしていた。だから私は包丁を譲り受けることが決まっても、さして何
も感じなかった。ただ、ああそういう時期が来たのだな、というふうにしか思わなかった
のだ。けれど実際にその包丁を母から受け取り包丁の柄を握りしめると、私はえも言われ
ぬ感慨に襲われた。私はほんとうに幼い頃から技術を教え込まれていたのだが、包丁を握
った瞬間に、今までの台所での情景や心象が、鋭く鮮やかに蘇ってきたのだ。


 私の教育(というか訓練に近かったが)は基本的には母が担当した。けれど祖母がまだ
健在の頃は、ときどき祖母に教えを受けることもあった。私はどちらかと言えば祖母の方
が好きだった。調理の技術や食材に対する考え方や捉え方に対してではなく、ただ祖母の
人柄が好きだったのだ。祖母は私に対してはとても優しい人だった。祖母は母を一人前と
認めていたけれど(私の訓練が始まったときから母は包丁を手にしていたから間違いない
と思う)、祖母はよく母を説教していた。そうじゃない、そうでもない。あんたはまった
く……。そのような言葉をときどき耳した。母には厳しく接していたが、一方私に対して
はとても柔和な話し方と姿勢だった。祖母の柔らかい声のトーンを聞いていると、私の気
持ちはとても安らいだ。祖母はまた、当然のことながら調理の腕も一流だった。
「食材に敬意を払いなさい。その魂に感謝しなさい」と祖母はよく口にした。私はときど
き祖母の包丁さばきを見ることがあったが、そのどれもが素晴らしく華麗だった。魚の鱗
を削ぎ落とす動作や、骨から肉を削ぐ太刀筋から野菜を断つ簡単なものまで、祖母の手は
まるで風のようだった。「食材を苦しめてはだめ。苦しめるということは食材を冒涜する
ことよ」そんな言葉も耳にした。
 祖母はまた「鮮度が命」ともよく言っていた。「食材は新鮮な物ほど良い物なの。そし
て鮮度を保つにはスピードが必要。そしてスピードを可能にするのは技術なのよ。だから
私たちは技術を磨かなければならないし、伝えなければならないの」
 私の家の台所では生きた動物をその場で解体し、調理することがよくあった。なぜなら
「鮮度が命」は絶対だからだ。だから当然動物たちを生かしておくための倉庫、というよ
りは飼育小屋のようなものがあった。その小屋からその日食べるべき物をその日のうちに
解体し調理するのだ。祖母はまた解体の包丁さばきも一流だった。できるだけ動物たちに
苦痛を与えないように配慮する心遣いや、無駄を出さないようにする意識もまた高いもの

だった。解体した後に残ったのは、ほとんど骨と皮だけだった。ほんとうに骨と皮だけが
残るのだ。私はときどきその技術に笑いそうになった。どうやら尊敬や感心を越えると笑
ってしまうらしい。私が見とれているうちに体毛や皮が剥がされ、切り開かれ、内蔵がそ
の形を保ったまま取り除かれ、血液の洗浄、四肢の切断から筋肉の削ぎ落としまであっと
いう間に終わってしまう。私はそれらの作業を頭に叩き込もうとするのだが、気がつくと
綺麗な骨と皮だけが後に残っているという始末だった。それは紛れもなく特別な技術だっ
た。私はいつかそれらの技術を習得したいと、子供ながらに思ったものだった。

 一方母は祖母とは違い、どこかドライで冷めたような人だった。「敬意なんて必要ない。
私たちはただエネルギー源として食物を調理して摂取するだけ。犬や虎やカブトムシが果
たして獲物に敬意を払ったり感謝したりするかしら」と母は祖母のいないとき、ときどき
呟いた。祖母に叩き込まれたということもあって、母の腕も素晴らしかったが、母の動き
や姿勢はどこか投げやりで雑に見えた。機械的なルーチンワークの一つとして処理してい
るような。母の顔は無表情だったが、体中、動作の一つ一つもまた無表情に私には見えた。
私は一度調理が嫌いなのかと母に尋ねたことがあったが、母はただ「嫌いでも好きでもな
い」と応えただけだった。母には遣り甲斐もなければこだわりだってなかった。祖母のと
きのように、見ていてきらめくものは、母には皆無だった。
 そして私は母が、というよりは母の一部、一面がとても嫌いだった。母はどこか合理的
で、効率的に、できるだけ短時間で調理を済ませようとする部分があったが、こと解体と
いう作業においては(さらにいえばより大型の動物に対しては)、母はまったくの別人に
なった。というのも、祖母は「食材を苦しめてはだめ」と口にし実行してもいたが、母は
その真逆のことを行うことがあったのだ。つまりは、「できるだけ苦しめ」ということだ。
母の腕は祖母と遜色なく一流だ。食材を苦しめずに解体することができる。けれど逆に言
えばそれは、苦しめて解体することもできるということだ。そして母はそれを実行してい
た。私の目の前で。私は大きな動物が、まるで魚の活け造りのように捌かれるところを何
度も見せられた。それは魚のように秩序だって透き通った身ではなく、無秩序で、赤赤と
していて、ドロドロで、鼓動していて、うめいている、冒涜された生命の姿だ。腹の皮を
丁寧に剥ぎ取った内蔵の造形は、ただただグロテスクで、私は胃が萎縮するのを何度も感
じた。私はもちろん母としての母が好きだった。けれど私は母のそんな姿を見るたびに、
母を好きな私と母の嫌いな私が引き裂かれるような気持ちがした。精神の細胞が引きちぎ

られる気持ちがした。私はそれからどのような経緯を経て、今、自分が母と接しているの
かあまり覚えていない。ただ一つ今思うことは、グロテスクというのは鼓動しながら外界
に晒された内蔵の集合なんかでなく、そんな状態を作ろうとした、いや、実際に作った母
の意識、意思ではないだろうか、と今では思っている。

 私はまた、私自身の手によって初めて動物を解体したときのことを思い出した。私は震
えていた。いや、怯えていた。何度も目にしてきたことではあったけれど(母の残虐な行
為とは別にである)、実際に自分が包丁を握り、生きた物を殺めるということに対して、
私はとても怯えていた。私は意識して今から解体するべき動物の目を見ないようにしなけ
ればならなかった。そしてこれから行うことを想像しただけで吐き気がした。ただ見るの
と実際手を動かすのとでは天と地ほどの隔たりがあることを痛感した。経験なんてしたく
ないと心底思った。けれど私はしなければならなかった。それが決まりだった。そんな私
を見て母はそっと言った。「恐れなくていいの。怖がらなくていい。私たちはやるべきこ
とやるだけ。決まりなんて関係ないの。生きるために包丁を動かすだけ」。その言葉はそ
の瞬間の私を救いはしなかった。私は吐き気と怯えを抱きながら必死に包丁を振るった。
腕や肩や全身が疲労していくのを感じた。私はなんとかそれをやり遂げた。そして解体が
終わったとき私は泣いていた。ただ悲しかった。祖母の優しい言葉と、母の残虐な行為と、
自分の経験が、私の体中に混沌と渦巻いていた。私はとにかく悲しくて、そしてそれはど
うしようもなかった。
 私には覚えることが山のようにあった。食材の種類や調理法だけではなく、動物の解体
から捌き方という特別なことや保存の仕方、飼育の仕方、または道具の使い方から手入れ
の仕方、ほかに様々な知識に知恵に経験すべきことが山積みだった。私はそれらのことを
考えると目が回るような気持ちがした。経験と知識は際限なく私の目の前に差し出され、
吸収されることを、ずっとずっと未来まで並びに並んで延々と渋滞を作って待っていた。
私はとにかく一日一日できることをできるだけするしかなかった。先を見るとうんざりす
るだけだった。
 私は一度、この決まり事について母に聞いてみたことがあった。どうして私の家にはこ
のような決まり事があるのか、どうして他の家にはないのか。私はまだ小さくて、周りの
友達との違いに困惑していたのだ。そして私はそのことを母に聞いてみた。すると母は
「私たちは特別なことしている。普通の家庭では動物なんて解体しないから、だからそう

した技術を伝えることはとても大事なことなの。時には味の悪い食材や味のない食材を使
わないといけないときもある。だから私たちは調理によって美味しいと感じる味を作らな
いといけないの。悪い味をどうにかして隠してしまわないといけない。私たちの技術はい
わば隠し味っていうわけ。もちろん一般的な隠し味とは意味合いが違うけど。実際のとこ
ろ、私たちはその恩恵を受けて生きている」
 私は動物の解体なんてしなければいいのにと思ったが、それを口にすることはしなかっ
た。おそらく口にしても仕方が無いということは子供ながらに感じたのだろう。



 相変わらず台所は冷え冷えとしていた。
「決まり事だから私はあなたに技術を教えたし、この包丁も渡す。けど、あなたが私やお
ばあちゃんと同じように守ることはないのよ。こんなことを言うとおばあちゃんは怒るだ
ろうけれど、もういないし。私は正直もういいんじゃないかって思ってるのよ。普通の家
庭みたいに普通の食材を買ってきて、普通に調理して、あなたがそういうふうに暮らして
も良いと思ってる。この包丁だって特別使いやすいことはないのよ。私はなんとなく使い
続けてるけど、扱いやすい物なんて他にいくらでもあるわ。だからもし、あなたが嫌なら、
もう何もかも終わりにしても良いのよ」包丁を渡すとき、母はそんなことを言った。「あ、
そうそう、もしその包丁を使うなら研いだ方がいいわよ」と適当に付け加えて。
 母が台所から姿を消した後も、私はしばらくその包丁を握っていた。それは妙に手にな
じむ包丁だった。どこか安堵している自分に気がつく。確かに使いにくそうであるし、そ
れは母が言ったように、実際に使いにくいのだろう。けれど私はそれを使おうと思った。
私はほんとうにこの包丁を初めて持ったのだろうかと疑ってしまうほど、それは私の手の
中にしっくりと収まっている。重量、重心、柄の太さ、刃先の曲線、刃境の波線、峰の力
強い線、すべての部分がいちいち私の何かに語りかけていた。
 私はこの包丁をずっと使い続けるのだろうと思った。そしておそらく、娘ができれば、
この包丁や、この技術を伝えていくのだろうと、ぼんやりと考えた。もちろん、まだまだ
先のことだろうけれど。私はとりあえず包丁を研ぐことにした。

 台所はとても静まり返っている。明け方の神秘的な光と沈黙の音が私の五感を満たして
いる。そして包丁を研ぐ音が、私の指先からテンポよく生まれている。指先や手のひらか

ら伝わる感触がとても心地いい。ざらざらとしていて、つるつるとしている。空気も水も、
心臓が震えるほどに冷たいが、私はこの研いでいる感触がとても好きだ。

「ん……んん……」台所の隅からうめき声がしている。
「大丈夫、そんなに怯えないで」私は包丁を研ぎながら、豚肉のように紐で縛られた男を
ちらりと見て言った。「すぐに終わるから」




(了)

以上です。

テーマが未消化ですが、ギブアップ。

お題ください

>>954

ボランチ

>>955
把握

お題ください

ブランチ

>>957
異常な嗅覚

挑戦したい。ひとつたのんます

>>960
禁煙

通常投下します。

声が聞こえる。誰かの話し声。どこかで聞いたような声。意識がだんだんはっきりしてき
て、言葉の意味がわかるようになり、誰と誰がしゃべっているのか、思い出す。
私は目を開けた。
「明美!」
そう、これは優子の声。もう一人は優子の隣の美幸。
「大丈夫? 痛いところ無い?」
「……うん」
痛いところ? どうやら私は何かで怪我をしたらしい。
「明美もしかして覚えてない? 階段から落ちたんだよ!」
……階段。思い出そうとするが何も出てこなかった。教室を出たところで記憶が止まっている。
「今お医者さん呼んでくるね」
そう言って美幸は出て行った。
「ああー、よかった。このまま目覚まさなかったらどうしようと思った」
「私……どうなったの?」
「教室出て下に降りる時に階段で躓いたんだよ! 慌てて先生呼んで、救急車呼んで、その
間ずっと意識なかったから怖かったー」
「それで、優子病院についてきてくれたの?」
「そうだよ、当たり前じゃん!」
「……ありがとう」
その時病室の戸が開いた。美幸と、その隣に若い医師が立っていた。医師は私の前に座ると、
何か書類を載せたボードを膝に置き、ボールペンを内ポケットから取り出した。
「さて、体調どうですか? 脇野明美さん」
脇野。私の名前だ。
「はい。もう痛いところもないです」
「先生、明美落ちた時のこと覚えてないって言ってるんだけど!」
「ああ、事故にあった人は大抵そうなるものなんだよ。その前の記憶はちゃんとあるんだよ
ね?」
「はい」

「そう、よかった」
医師は安心したという顔を見せて、書類に何かを書き込んだ。
「それで、とりあえずここに来てすぐにした検査では異常なかったんだけど、念のためもう
一度精密検査をしなきゃならないから。明後日までは入院してもらうね」
「あ、そうなんですか」
「いいなー明美学校サボれんじゃん」
「よくないわよ」
優子の言葉を美幸がたしなめる。いつもの光景になんだか私はホッとした。

 精密検査の結果も異常なし。私は退院してすぐに学校に通えることになった。
そうして迎えた最初の登校日、教室に入った途端に大勢の女子に囲まれた。
「大丈夫だった?」
「どこを打ったの?」
「後遺症とか無い?」
私はとりあえず検査の結果異常もなく、どこも痛くないことを説明した。
「よかったー」
彼女らはホッとした顔を見せた。どうやら本当に心配してくれていたようだ。私はそれが
なんだか申し訳なく、同時に嬉しくもあった。
「ねえねえ、落ちる時怖かった?」
「いや、覚えてないの」
「え、そうなの! 私の名前覚えてる?」
その言葉にクラスの皆が笑った。私も笑いながら答えた。
「覚えてるよー、槇原仁美ちゃん!」
仁美はその言葉ににっこり笑って言った。
「久しぶり。明美」

優子には私が落ちた階段に連れて行ってもらった。
「ここ。A棟の2階中央階段」
「うーん」
何の変哲もないごく普通の階段。特に足をひっかけそうなものもない。私はどうしてこんな
ところで躓いたのだろうか? ここに来ても記憶は何も戻ってこなかった。

「ま、忘れたほうがいいでしょ」
優子が言う。確かに忘れた方がいいのかもしれない。きっと恐ろしい記憶だろうから。
「ふたりともー次の授業始まるよー」
むこうから仁美の声がした
「やばいよ明美! 次音楽じゃん!」
「うん、急ごう!」
二人で走って教室に戻り、教科書とリコーダーを持って出た。優子が先を走るが、
「優子音楽室3階! 上だよ!」
「あ、ごめん!」
階段を降りようとした優子が慌ててUターンしてくる。まったく、彼女のほうが階段から
落ちそうだ。

「安達―」
あれから7日。特に後遺症らしいものも出てこず、私は毎日学校に来ていつもと変わらず
つまらない授業を受けている。今日は世界史のテスト返却だ。苗字が脇野だから当分呼ばれな
い私は先生の声がする中でグラウンドをぼーっと見ていた。やっていたのはマラソンの練習。
生徒たちはひたすらにグラウンドを回っていた。
 そこから少し目線を移動すると、仁美が水飲み場に座っているのが見えた。しかしあれは
……よく見ると携帯電話を耳にあてていた。
まさか電話してる? 確かに先生には見えない位置だけれど、いくらなんでも電話は見
つかった時大変じゃない?
 今のところ先生は何も気づかずにただマラソンをする生徒監視しているが、いつうしろ
を向いて仁美に気づくかわからない。そこまでしなきゃいけない用事があるの?
「―きのー」
もしかして家族に何かあって、それで特別の許可でももらってるのかな?
「わきのー」
でも緊急の連絡にしては長い。それにもし命にかかわる病気ならいますぐ電話なんか切っ
て病院へ行かないと……。
「脇野!」

「はい!」
驚いて振り返ると、先生の顔が目の前にあった。
「授業中だ!」
「す、すいません」
先生はテストを机の上に置くと教壇に戻っていった。ちらっと外を見ると、仁美はもう電話
を終えておとなしく体育座りをしていた。

昼休み、私は早速仁美のところへ行った。
「なんの電話だったの?」
「え?」
「体育の時!」
仁美はその言葉を聞いた途端に青くなった。
「あ……あー、見られてたか……」
「なんで授業中にするの? 何かあった?」
仁美はしばらく話すのをためらっていたが、意を決したように口を開いた。
「実は、ライブのチケットが電話販売しかしてなかったんだ。それであの時間から売り出し
だったから。あれがどうしても欲しくてさー」
そう言って仁美は肩をすくめてみせた。
「ああ、そうだったの。私何かあったのかと思った」
「あーごめんねー」
「でもそんな隠すようなことでもないじゃない」
「いや、そうなんだけど……なんか恥ずかしくて」
まあ確かにやっていいことではないけれど。
「それが気になって私名前呼ばれてるのに気づかなくて、先生に怒られたんだからねー」
「名前呼ばれてるのに気付かなかった?」
その時、仁美の表情が一瞬だけ変わった。
「……うん、テスト返してたんだ」
「そう……あ、昼休みだね。お昼ごはん食べよう!」
取ってつけたように仁美が言う。その顔はもういつもの彼女のものに戻っていた。

「もうマラソン飽きたよね」
「だね。おんなじところぐるぐるぐるぐるアホかって」
電車の中でいつもどおりに愚痴を言い合う。優子、美幸、私は途中の駅までは同じなのでい
つも一緒に帰るのだ。
「あ、そういや仁美がさー、体育の時マラソンサボって電話してたんだよー」
「電話?」
「そう、体育の授業中に」
「いつ?」
「え、今日の……何時間目だったかな」
「なんで?」
「……えーっとね、なんかライブがどうとか言ってた。そのせいで私先生に名前呼ばれたの
気づかなくて怒られたの」
「ふぅん……」
二人はそこで黙り込んだ。
「……どうしたのふたりともそんな怖い顔して」
まるであの時の仁美のような。
「あ、そんな顔してた?」
「うん」
「いや、ばれないのかなと思って」
「案外ばれないんだねー」
私はそう答えたが、何か違和感を感じていた。私は笑い話のつもりでこれを話したのに、二
人の表情はまるで悲惨な事故の話でも聞いたかのようだった。
「あ、ここ明美の降りるとこじゃん!」
見ると、確かに見慣れた駅名の標識が窓の外にあった。
「うん、それじゃ」
私はかばんを持って立ち上がり、電車を降りた。

 やっぱり変だ。いま何か、優子に急かされたような気がした。何か……何か隠してる? 何を?
 行ってしまった電車のほうを振り返ると、ホームに優子と美幸が立っていた。

「どうしたの?」
二人は今までに見たことがないくらい怖い顔をしていた。
「帰り道思い出せるかなって心配になって」
優子が言う。
「何言ってるの?」
「思い出せる?」
もう一度優子が言う。そして、気づいた。
ここは知らない駅だ。ホームも、駅名も、全て。初めて見る。
「ダメか……」
そう言って彼女は携帯電話を取り出した。
「どういうこと? ねえ、どういうことよ!」
「私達の名前は?」
「あなた達……」
じっと二人の顔を見てみた。
「え? あなた達誰?」
知らない二人の女性。こっちを見てため息をついた。携帯を持っている方は電話越しに誰か
と話している。
「だからなんなのよ! 家に返して! 私の家に!」
私が叫ぶと二人は顔を見合わせ、またため息を付いた。そうして、一人の女が歩いて近づい
てくる。逃げようとしたが足が動かない。女がかばんから何かを取り出した。長い針。注射
器だ。
「やめて……やめてよ」
女は私の両手を左手で抑え、右手で首筋に注射器を構えた。
「じゃあ、あなたは、誰?」
「私は……私は……誰?」
首筋に鋭い痛みが走り、視界が暗くなった。

「7日かー。まあ前よりはいいと見るべきかな」
白衣を着た男は目の前の3人の女性に言った。その間には一人の女性が横たわっている。
「徐々に日数は増えてますけどまだまだ足りないですね」

「最初はかなり良かったけど、加速度的にダメになったね」
「地理データまできちんと入っていたのは確かな成果になりますが」
「あ、そういや被験者に中途報告の電話を見られたんだって?」
男は女性の一人に茶化すように言った。
「……すいません。まさかあんなところから見られてると思わなくて」
「まあ気をつけてね。じゃあ、次の実験は2日後に開始。エキストラの人たちにももう伝え
てあるから。またこの病院からスタートね。今度もまた電圧を少し上げる。詳しくはこの資
料を見て」
男が三人の女性に分厚い紙の束を配った。
『電気的なニューロンの形状変形による記憶の改ざんと定着実験』

以上です。
お題くださった方、読んでくださった方ありがとうございました。

お題ぷりず

>>971
しゃにむに

おだいくだせぇ

>>973
黄昏

タンスに小指をぶつけた時の痛み

おだい下さい

っと、すんません

>>976
告白

告白の意図は問わない

>>974
ありがとう

お題ください

>>980
感染者

>>981
ありがとうございます!

ファンタジーっぽいお題ください

>>983
祭囃子
吹雪

>>984
把握

何でもいいのでお題をください

>>986
同胞

>>986
本当の嘘

そろそろ次スレを誰か

もう実験は書かなくていいかな

久々に探したけど、もう週末のアレやってないのか

実験はもう要らないでしょ

>>991
通常作品やお題安価はそれほど問題ないんだけど
品評会みたいに縛りがあると参加者が集まらなくてね
色々と改善案も出し合ったんだけど
まあ暫くお休みしてる状況です

だいぶ前に読ませてもらった、上にある『私たちの台所』
感想がないけど良かったな
途中何となく不穏な予感はしていたが、まさかのオチに良い意味でひいた
自分もそろそろ貰ったお題で何か書きたいな、と思いながらも保留中
小説は難しい

まだ新スレ建ってない?

文才ないけど小説かく 5 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391418769/#footer)

あ、梅てなかったのか

うめ

うめ

うめ

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