文才ないけど小説かく(実験)3 (840)

ここはお題をもらって小説を書き、筆力を向上させるスレです。





◆お題を貰い、作品を完成させてから「投下します」と宣言した後、投下する。



◆投下の際、名前欄 に『タイトル(お題:○○) 現在レス数/総レス数』を記入。メール欄は無記入。

 (例 :『BNSK(お題:文才) 1/5』) ※タイトルは無くても構いません。

◆お題とタイトルを間違えないために、タイトルの有無に関わらず「お題:〜〜」という形式でお題を表記して下さい。

◆なお品評会の際は、お題がひとつならば、お題の表記は不要です。



※※※注意事項※※※

 容量は1レスは30行、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

 お題を貰っていない作品は、まとめサイトに掲載されない上に、基本スルーされます。



まとめサイト:各まとめ入口:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/

まとめwiki:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/

wiki内Q&A:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?Q%A1%F5A



文才ないけど小説かく(実験)

文才ないけど小説かく(実験)2


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1327408977(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1344782343

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357221991

▽書き手の方へ
・品評会作品、通常作を問わず、自身の作品はしたらばのまとめスレに転載をお願いします。
 スレが落ちやすいため、特に通常作はまとめスレへの転載がないと感想が付きづらいです。
 作業量の軽減にご協力ください。
 感想が付いていない作品のURLを貼れば誰かが書いてくれるかも。

▽読み手の方へ
・感想は書き手側の意欲向上に繋がります。感想や批評はできれば書いてあげて下さい。

▽保守について
・創作に役立つ雑談や、「お題:保守」の通常作投下は大歓迎です。
・【!】お題:支援=ただ支援するのも何だから小説風に支援する=通常作扱いにはなりません。

▽その他
・作品投下時にトリップを付けておくと、wikiで「単語検索」を行えば自分の作品がすぐ抽出できます
・ただし、作品投下時以外のトリップは嫌われる傾向にありますのでご注意を

▲週末品評会
・毎週末に週末品評会なるものを開催しております。小説を書くのに慣れてきた方はどうぞご一読ください。
 wiki内週末品評会:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?%BD%B5%CB%F6%C9%CA%C9%BE%B2%F1
 ※現在は人口減少のため、不定期に開催しております。スレ内をご確認ください。

▽BNSKスレ、もしくはSS速報へ初めて来た書き手の方へ。
文章を投下する場合はメール欄に半角で 「saga」 (×sag「e」)と入力することをお勧めします。
※SS速報の仕様により、幾つかのワードにフィルターが掛けられ、[ピーーー]などと表示されるためです。



ドラ・えもん→ [たぬき]
新・一 → バーーーローー
デ・ブ → [ピザ]
死・ね → [ピーーー]
殺・す → [ピーーー]

もちろん「saga」と「sage」の併用も可能です。

ってことで、早速自分の作品を投下させていただきます! 

お読みなって感想を頂けたら幸いです!

 たくさんの雨粒が、僕の部屋の中に降り注いだ。
 もちろんこれは比喩表現などではない。文字通り、雨は僕の部屋の中へと降り注ぎ、柔らかい毛で覆われたカーペットを
濡らしていた。僕の部屋には屋根がなかった。僕がこの部屋を与えられたときから、すでにこの部屋には屋根がなく、また
僕にしたところで、屋根がなくとも特に問題がないと思っていた。なぜ人は雨に濡れるのを嫌がるのだろうか。体温が奪わ
れるから? 服が濡れるから? どちらも問題ではないね。死に関わる問題でない限り、多くの問題は僕にとってはどうで
もいい。だから、僕の部屋に屋根などいらなかった。
 この部屋、もといこの家は僕の父が建てたものだった。
 父は廃墟巡りをするのが趣味であり、世界中の廃墟を見て回っていた。そもそも父は定職につかずに、主に廃墟巡りしか
していなかった。それだけが彼の生きがいであり、人生のテーマだった。しかしここで一つの疑問が浮かぶはずだ。廃墟巡
りに限らず旅をするにはお金がかかるもの、定職にもつかない人間にどうして旅をする金がある? あなたはそう思うかも
しれない。しかし父にとって、その心配をする必要など全くなかった。父は地主の息子であり、何もせずとも金は入って来
たし、その金を転がして持続させると言うことは、少しばかり頭を使えば難しいことではなかった(むろん父はその金転が
しを他人に任せて、自分は廃墟を巡っていたわけだけれど)
 母と父が出会ったのは、廃墟巡りを通じてインドを旅していた時だった。
 インドには、世界で初めて出来た廃墟と呼ばれる「マトゥージャ・ミルカダ」という名の、廃墟マニアにとっては聖地と
も呼べるスポットがあった。そこで父と母は出会ったらしい。このマトゥージャ・ミルカダはもともとは宮殿だった建物だ
が、今では風化し過ぎていて、ただの岩の塊と、草や苔が生い茂る場所(少なくとも僕にはそう見えた)になっている。
 なにせ宮殿自体は紀元前三千年に建てられたものなのだ。既にそれは建物としての体を為していないし、廃墟と呼んでい
いのかも怪しい。しかしこの廃墟はブッダの息子、ラーフラのお嫁さんが住んでいた宮殿らしく、何故かその時代にここだ
けが取り壊されずに、自然に浸食されながらずっと後の時代を見守り続けてきたと言われている。辺りはとても美しい草原
が続いていて、爽やかな風が吹く午後には、波のような美しい草の揺れを見る事が出来る。羊たちが自由に草を食み、太陽
がゆっくりと傾いていく。とても穏やかな気持ちになれる。ここには一度行ってみる事をお勧めする。
 話が逸れてしまったが、マトゥージャ・ミカルダで二人は意気投合し、その日のうちにミルカダでセックスをし、一週間
後に結婚した。そして僕を産んだ。このように書くと二人は本当に馬鹿みたいな人物に思えるが、事実なので仕方がない。
 しかし、勿論のことながら、子供が出来れば必然的に家庭というものを作らねばならなかった。が、父は各地を旅して一所
に留まる生活をしていなかったために、自らの家を所有していなかった。だから我々家族には、家が必要だった。家庭を作る
ための家だ。
 父はもちろん普通の家に住むことを拒否した。
 だから父は、普通の人では想像もできないような発想をするに至った。
 ——廃墟を建設して、そこを我が家にしよう。
 これには誰もが絶句した。もちろん母も同様だった。
 そもそも廃墟を建設するとは、どういう事だろう。建設された建物が使われなくなり、そのまま放置されて自然に呑み込ま
れていくのを、我々は廃墟と呼んでいたはずだ。


 父は早速信頼できる建築家たちを呼び寄せ、廃墟を建設するために各方面に申請をすることにした。しかし勿論、申請を
受ける立場の彼らはお役所仕事をする人々であり、頭が固いことが仕事であったから、廃墟を建てることなど認めはしなか
った。
 以下の文が、彼らの見解だ。
 ——基本的に、景観を著しく損ねる建物を建設することは認められません。新築であるのに窓ガラスが割れていたり、一
部の部屋が崩れてしまっていたり、ライフラインが整備されない家と言うのは論外です。建てることは認められません。
 息子の僕が言うのもなんだが、彼らの主張はとても正しいものだった。多数的で、社会常識に適っていて、至極正論だった。
 勿論父としては、彼らがそんなことを言うとは思っていなかったらしく、彼らのその言葉に怒り狂った。
 父は、彼らと徹底的に戦うことを決めた。
 デモンストレーションをすることを決めたのだ。
 ちなみに、デモンストレーションには大きく分けて二つの意味がある。
 ——一、抗議や要求の主張を掲げて、集会や行進を行い、団結の威力を示すこと。示威運動。
 ——二、宣伝のために実演すること。
 この二つの意味の内、どちらを父が実行したか。
 答えはもちろん、
 二つとも実行した、だ。
 まず廃墟マニア仲間を集めて、父たちはデモ行進を行った。父がデモを行ったその時代、つまり二〇一二年は、ネット規
制をされた現代とは違い、多くの人がインターネットを嗜んでいた。彼らは面白いことがあるとすぐに飛びついて、その情
報を拡散したり、自らのブログに書き込んだりしていた。
 勿論、廃墟を立てたいと言う父の(馬鹿げた)行為は、ネット住民たちの格好の餌となり、面白がった彼らによって「廃
墟を立てたいって男がデモ行進してるぞwww」などと言う感じで、日本中に父の行為が広められる結果となった。
 それは、しかし思わぬ効果を生んだ。多くのネット住民が(大半は周りに合わせたり、面白がってだろうが)父に味方し
て、日に日にデモの人数が増えていったのだ。そして各地で同じようなデモが行われることとなった。それは社会現象とな
り、情報番組などでも話題にされるまでになっていた。彼を擁護するコメンテーターまでもが多くあらわれた。
「彼のこの行為は、現代文化への警鐘なのでは、と私は思うんですね。不景気な現在、無意味に多くの似たような施設が立
ち、商店街を風化させたり、また個人の便利な暮らしのために建てられた建物に、税金が使われたりしている。
 そんな中で街中に、廃墟を建てる。これは、お前らがそういう物を建てるのなら、俺だって意味のない廃墟という建物を
建てていいだろう? つまりデモを行う彼は、現在に次々と建てているのは、廃墟同然のゴミみたいな建物だって言ってるわ
けですね。だったら最初から廃墟を建ててやろうじゃないか、と考えているのではないでしょうか。
 これはある意味で、芸術的ですよね。もしかしたら、流行るかもしれませんよ。廃墟を建てることが。そこに住む人だって
現れるかもしれない」


 父はデモ行進を続ける傍らで、ついに実際に廃墟を建設してしまった。まだ許可を得ていないにもかかわらずだ。それが
二つ目の意味でのデモンストレーション。つまりは実際に廃墟を建てて、周りに宣伝する意味でのデモンストレーション。
宣伝と言うか、まぁ父はそのような言葉を使っていたけれど、僕から見れば軽い犯罪としか思えない。もちろん父は逮捕さ
れた。何の刑だったかは教えてもらってない。
 しかし父が逮捕されても、何故かデモは続けられていた。もちろん日本国民の多くは廃墟デモにすぐに興味を失って、ま
た新たなニュースへと飛び移っていったのだけれど、廃墟建設に関するデモは、しかし多くの外国人が興味を持つこととな
った。きっかけは父のデモ行進がユーチューブと呼ばれる動画サイトにアップされた事だった。最初に幾人かが興味を持ち
、この男は何のデモをしているんだと、コメントした。それに気が付いた日本人が、こいつは廃墟を建てたいと言って、そ
れを認めてもらうためにデモを行っている、と書きこんだ。
 それからアートに関心を持つものや、廃墟好きな外国人、さまざまな人が興味を持ち、それに伴って世界中で多くの議論
が交わされることとなった。
 そもそも世界遺産のほとんどが廃墟ではないか、廃墟とは我々の歴史の証人であり、私たちが二度と過ちを行さないよう
にするための戒めでもある。
 また、こう言った意見もあった。廃墟とは前衛芸術である、廃墟ほど人々の心に訴えかける作品はない。廃墟とは精神の
具現化であり、退廃の象徴、人間が向かう先である。
 そんな意見がちらほら出てき始め、外国では、アーティストが実際に廃墟を作り始めるまでに至っていた。
 廃墟作品や、作品を作る過程などを撮った動画がユーチューブにアップされ、その廃墟の余りの素晴らしい出来に、多く
の人が感動し、涙し、廃墟というものに興味を持つ人が着実に増えていった。
 フランスの有名アーティスト、ミシェル・コルトリーニが創った『廃墟を継ぐ者』と言う作品は、動画再生数、一億三千
万という驚異的な再生数を叩き出した。
 『廃墟を継ぐ者』と言う作品は、多くの廃墟が連なって出来た、巨大な作品だった。広大な平野に作られた作品なのだが
、これは紀元前から連なる各時代の廃墟を模して、それを順番に並べたものである。例えば石器時代の廃墟では、藁の家が
朽ち果てたような建物が建っており、その時代に使われた物を模した破損物などが置かれている。各時代特有の文明の廃墟
を作りだし、それを入り口から順番に観客は見ていく。旧石器から始まって、メロウィング朝時代、カペー朝時代、ブルボ
ン期、フランス革命期へと続いていく。もちろんすべてが廃墟であり、歩きにくいし、突然建物が崩れたりする。
 その他にもアメリカのジョン・ラッセルが創った『死んでいく希望』。
 これは何十年も見捨てられた学校の廃墟に、たくさんの奴隷の死体(を模した人形、かなり精巧でビックリする)を置い
たり、たくさんの朽ち果てた拷問器具を置いたり、子供の頭部(これも作り物)、たくさんの血の跡があったり、ガスマスク
や、銃(すべて壊れている)、そう言った刺激的な物をたくさんちりばめて、廃墟作品を作り出している。この人の作品も人
気だった。パイオニアと呼ばれたうちの一人だった。
 そうして、各国で廃墟ブームが巻き起こり、皮肉にも最初にデモを行った日本は、廃墟後進国としてブームから取り残され
ることになった。もちろん父はそれに対して憤りを感じていたが、その時は塀の中に入っていたため何もできなかった。



 父が釈放され、最初に行ったのはもちろん我が家を作ることだった。
 父は実家に頭を下げ、ひどく罵倒されながらも金を借りた。そしてその金で、父は廃墟を作ることにした。もちろん日本
では、廃墟を作ることは許されていなかったため、法律にうるさくなく、比較的廃墟を建てやすいキルギス北部へと移り
(もちろん政治的対立があったり、民族対立による紛争、麻薬組織の暗躍などの地域情勢不安、それに経済の未発達などた
くさんの問題はあったはずだけれど、父は何故かキルギスに建てると言い張ったらしい)、父はそこに廃墟を建てることに
した。それは僕がまだ四歳になろうかと言う時期だった。
 おかげで僕は今、ロシア語に加え、キルギス語も日常会話などをこなせるまでに至った。なにせそこで暮らしてきたわけ
だからね。日本語のレベルも、まぁこの文章を見てもらえれば分かると思うけれど、少しおかしいかもしれないが問題なく
使えている——日本で有名な小説家の本を読んで勉強したんだ——。
 キルギスに移った父は、早速キルギス北部の田舎町に、廃墟を建てることにした。その間にもキルギスではたくさんのテ
ロがあり、たくさんの人間が死んだ。たくさんの建物が壊され、たくさんの廃墟が生まれた。廃墟だけの町も誕生した。父
はそのことをひどく喜んでいた。人間の命よりも、廃墟の崇高さを大切にするような人なのだ、父は。
 一年もの歳月をかけて、父は廃墟を完成させた。爆弾を撒き散らされて、廃墟と化した街の中に。僕らは田舎町に家を借
りて暮らしていたわけだけれど、廃墟の完成と共に、僕らは生活の圧倒的グレードダウンを余儀なくされた。なにせ新築の
廃墟に住まなくてはならないのだ。今まででさえキルギスの田舎町と言う、ほとんど何もないような場所で暮らしてきたの
に(本屋も、おもちゃ屋も、スーパーマーケットも無い。ただ雑貨屋が一軒と、食料品店が一軒。よく分からない店が三軒
あるだけだ)、それより更に何もない場所に移ることになった。ただ、首都に近い場所でもあったので、買い物は多少は便
利になったらしい。けれど、その頃の僕からしてみれば、いきなり屋根も何もない家に引っ越し、テロを行うような物騒な
人々が辺りをうろつき、時々銃弾が飛んでくるような場所で暮らすなんて、幼心ながらに理不尽だと思ったし、物凄く嫌だ
と感じていた。
 しかしそこで育ち、それ以上の豊かで便利な暮らしを知らず、ここで暮らすのが当たり前と言う感覚になってみると、逆
に屋根のある家に住み、便利な暮らしをしていると自負している人のこと見るとひどく滑稽に思えてくるようになった。な
ぜそんなにたくさんの物に囲まれて暮らす必要がある? 何故そんなに物を消費する必要がある? 何故自分を幸せそうに
見せようとする? 何故自分を綺麗に見せようとするばかりにこだわり、このキルギスで酷い暮らしをしている人たちを見
て見ぬふりをする? 僕はこの廃墟で毎日本を読みながら、そんなことを考えていた。たくさんの映画を見たりしながら、
何故この人たちはこんなキラキラとした滑稽な格好をして、嘘くさい科白を喋っているのだろうと考えた。この廃墟には油
井一屋根がある部屋があり、そこでは父が勝手に引っ張ってきた電気を使って、テレビを見れたし、雨に濡れずに本を読む
ことが出来た。父はその部屋の事を、プレイルームと呼んでいた。
 今、僕は父が建てたこの廃墟の中で、雨に濡れながら考えている。僕はこのキルギスで生まれ、学校も行っていないし、
毎日本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたり、絵を描いたり料理を作りながら暮らしている。もちろんとても貧しい
し、ろくな服がないから季節のひどい寒暖に耐え忍ばなくちゃいけないし、両親以外の人と会話をしたことなどほとんどな
いから会話の仕方がよく分からない。こうやって文を書くのは好きなんだけれど。
 たくさんの雨粒が僕の部屋に降り注ぎ、僕を濡らしている。そらは真っ黒だし、相変わらず外では紛争ばかりが起こり、
すぐ傍でいろんな人たちが死んでいるし、それを僕に救うことだってできやしないけれど、僕はこの廃墟の中で、必死な考
え、毎日文章を書いている。それは全くもって社会的に無意味な事だろうけれど、この廃墟の中ではそれくらいしかやるこ
とがない。この廃墟は僕の心象風景の象徴であり、父の最高傑作だった。
 父は紛争に巻き込まれて死んだ。この廃墟に多くの廃墟を建てたが、誰にも知られることはなかった。父は自分の墓標を
この街にたくさん建てただけだった。
 いつかはこの廃墟も壊されて、僕はこのくらい部屋の中で死んでいくのだろう。でも僕はそれ以外の世界を知らないし、それで満足だと思っている。
母は一回僕に向かって、
「あなたみたいに全く笑わない、川原の石を死ぬまで積むのが仕事のような可哀相な子に、一度ディズニーランドを見せてあげたい。そこで満面の笑みをさせてあげたい」
 そう言ったけれど、僕にはディズニーのことはよくわからなかった。ウォルト・ディズニーはきっと精神障害者だったのだろうと思う。だからあんな幻覚的な変な世界を作ったんだ。
 でもね、僕は思うんだ。
 願わくば、いつか廃墟を建てて、世界中を廃墟で埋め尽くせたなら、幸せかもしれない。


 ヨウスケ・キタガワ著『世界の終わりの廃墟にて、暗い部屋の子供——僕がまだ世界を知らない少年だった頃——』より抜粋。

すみません。
一応書かせていただきますが、この作品に出てくるほとんどの固有名、著書、作品は、現実とは何ら関係ありません。
分かっているとは思いますが、一応書いておきます。

ヨウスケ・キタガワで検索しましたら、この名でネットをしている人が居らっしゃるようなので。
投下する前に調べっておけよっていうね……。すんません。。。


ちなみにキルギスって国は本当にあります。
友人の年賀状がキルギスから届いて、初めてそのような国があると知りました。無知すぎますね。

あと、インドとディズニーランドも本当にあります。

 第1回月末品評会  『アンドロイド』

  規制事項:10レス以内
        

投稿期間:2013/02/01(金)00:00〜2013/02/03(日) 24:00
宣言締切:三日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/02/04(月)00:00〜2013/02/13(火)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

※備考・スケジュール
 投下期間 一日〜三日

 投票期間 四日〜十三日

 優勝者発表・お題提出 十四日〜十五日

久々に作品投下します。このスレを立てて以来です。
何だかシュールと言うか、相変わらず訳の分からない世界観の作品ですが、お時間があれば暇つぶしにでも読んでくださいませ。

 僕の親友は、想像を絶するほどの馬鹿だった。
 まず成績表に記されている数字が全部「1」だなんて事は当たり前で、寝間着のまま学校に来たり、空を飛ぼうとして学
校の三階から飛び降りて大怪我をしたり、ダンベルをバウムクーヘンと間違えて思いっきり齧りついてしまったり(それで
彼の前歯は窓の外へ吹っ飛んだ)、そんな数々の伝説的エピソードを残している。
 彼はそのように、僕らの常識を軽々と超えてくるような馬鹿なのだけれど、もちろん馬鹿にも色々な種類があり、僕が思
うに彼は愛すべき種類の馬鹿だった。
 そんな彼は踊るのが大好きで、いつも登下校中に踊りを踊っていて、周りに居る僕らなんかはそれを面白がって見ていた
のだけれど、大人たちはそれを冷ややかな目で見ていた。
 ある日、そんな大人たちの一人がその馬鹿に声をかけてきた。それは立派な制服に身を包んだ警察官の人で、その人は馬
鹿に向かって「君を逮捕する」といきなり言って来たのだった。僕らは訳が分からなかった。踊っていて逮捕される者があ
るものか! それとも馬鹿だから逮捕されるのか! そんな馬鹿なことがあるか! 僕たちはもちろん警察官に対してそう
言ったのだけれど、警察官は全く取り合わなかった。「いいのだ。その馬鹿を逮捕するのだ」と言って聞かなかった。なん
でそんなバカボンのパパみたいな口調なんだよ、と誰もが思ったけれど、その時僕らを取り巻いている雰囲気がシリアスな
ものだったので、みんな口には出さなかった。
「うぉ! 拳銃じゃん。これ欲しいなぁ」
 そんな時でさえ馬鹿は、僕らと警察官が言い合っている隙に警察官の腰から拳銃を抜き取り、面白がって振り回していた。
やっぱり馬鹿は馬鹿だったけれど、さすがに拳銃を盗んじゃ駄目だろうと思った。それじゃ本当に逮捕されちゃうじゃん。
 警察官はそんな馬鹿の姿を見て、当然のことだが怒り狂った。
「貴様! 本官の拳銃を盗むとは本当に逮捕するぞ!」
 本当に逮捕っていう事は、今までのは何だったんだ。逮捕する気がないのに、なんとなく逮捕するとか言っていたのかこ
の警官は。この人は、もしかしたら阿呆なんじゃないか。テレビでもよく見るけど、最近の警察官はこんなのばかりだ。
 それでも馬鹿と阿呆の言葉の応酬を見ていると、久々に僕らの胸にワクワクとした期待感のようなものが湧き上がってく
るが感じられた。
 僕らは最近、馬鹿の馬鹿っぷりに飽き始めていたし、そもそも日常生活にそんな面白いことが起きるわけでもなかったの
で、その馬鹿VS阿呆の戦いは、久々に僕らを楽しませるものだと勝手に感じてしまっていた。
「貴様、逮捕である!」
 まず警察官が先制攻撃を仕掛けはじめた。しかしながら、馬鹿はそれを素早く察知し、手首に伸びてくる手錠をひらりと躱
す。警官はそれを見て「馬鹿っ、逃げるな!」と言いながら、走り出した馬鹿を追いかけた。もちろん僕らも、阿呆と馬鹿の
追いかけっこを見逃すまいと後を追いかけ走り出した。


 逃げ足の速い馬鹿はと言えば「俺が一番だ」などと訳の分からないことを言いながら、重そうな制服に身を包む警察官
(走る度にいろんなものがガチャガチャと鳴っていて、きっといろいろなものをポケットに詰めているのだろうと思う)を
引き離して、どんどん逃げていく。
「くっ、馬鹿は逃げ足だけは早いな……」
 そもそもこの阿呆は何がしたいんだと思いながら、僕らも警察官と並走する。僕の隣にいた山本は「まぁ、アイツは足だ
けは速いんだ。元気だせや」と、何故か警察官に向けてタメ口を聞きながら、彼の肩に手を置いて励ましていた。警察官は
悔しさのあまりボロボロと泣きながら、膝から崩れ落ちて地面に這いつくばる格好になった。本気で泣きながら、悔しさの
余り地面を拳で叩いていた。僕らはそれを見てドン引きした。いい大人がこんな惨めな格好を晒すことに、なんだか痛ましさを覚えたんだ。
 しかしまあ、これで決着。というか二人の追いかけっこのようなものは終わったかに見えた。だが、警察官の執念(信念
?)はそんな軽いものではなかった。
 ここから、二人による逮捕劇、逃走劇の幕が切って落とされるのだった。
 二人は色々な地で、闘いを始める。
 海を泳いで逃げる馬鹿を、警官はクルーザーで追いかけ回したり、万里の長城を走って逃げる馬鹿を警官は息を切らせな
がら追いかけたり、イタリアのフィレンツェでトスカーナ料理の早食い対決をしたり、ペルーのマチュピチュで遺跡発掘を
して怒られたり、ニュージーランドのマオリ族の住居で彼らと共に暮らしたり、スパイの秘密を偶然にも知ってしまい、繋
がっている組織の殺し屋に狙われて危うく殺されそうになったり、自転車でカーチェイスを繰り返していた二人が偶然にも
ツール・ド・フランスと言う自転車(ロードレース)の賞レースに参加してしまって優勝したり、紛争の激しいキルギスと
言う地域に行ってたくさんの廃墟を建てるお手伝いをしたり、なんだかとても国際的な逃亡劇を繰り返すのだ。僕らもそん
な二人を追いかけながら、この二人の戦いをフィルムに収め、ドキュメンタリー映画を作ったらとても面白い作品になるの
ではないかと思って、山本と結城と僕の三人で彼らを主役にした映画を撮り始めた。二人が早食い大会で優勝した賞金や、
ツール・ド・フランスの賞金、寝ぼけて買った宝くじの賞金などを使って僕らは映画の機材を買って、二人のインタビュー
を交えながら、僕らは六十分ほどの映画を完成させた。もともと結城が映画関係に興味を持っていて、専門学校で学んでい
たこともあり、僕らは結城を監督として、この映画を撮った。
 映画のタイトルは「ばかだもの」。
 日本に帰ってきた僕らは、その映画を公開することにした。最初は上板東映などの名画座で、自主製作映画(アマチュア
作品)として公開した。もちろん最初は人などほとんど入らなかったのだが、そのうちに観客からの口コミで密かな話題作
となり、創作とは思えないほどのリアリティと(創作ではなくドキュメントなのだが、あまりにも馬鹿らしく現実離れした
事を二人がやるので創作だと思われたらしい)、それに真剣なコミカルさが評価され、この映画はちょっとした話題となった
。その評価に自信を持ち、「ばかだもの」をアマチュア映画のコンテストに発表したところ、なんと準優勝と言うなんとも光
栄な賞をいただくことが出来たのだ。


 それから僕らは今回の事で自信をつけ、次の作品を作ることにした。
 馬鹿と阿呆が二人でサッカーをするという映画だ。学校でも落ちこぼれの馬鹿と、誰も捕まえられない警察官が、なんと
意気投合して二人だけでサッカーチームを作ってしまう。もちろん二人だけでサッカーは出来ないと皆から馬鹿にされるの
だが、二人は頑として俺らだけでやると言い張る。二人にはお互いに仲間意識と言うか、馬鹿同士の変な友情が芽生えてい
たのだ。そうして彼らは練習もせずに草サッカーの大会に出る。もちろん相手は全チームが九人で戦ってきて、こちらは二
人しかいない。それに、あまりルールも分からない。けれど彼らはどうしてもサッカーがしたかった。テレビで見たフィリ
ッポ・インザーギのごっつぁんゴールを見て、サッカーってこんなに簡単で声援がもらえるスポーツなのかと思ったからだ。
 もちろん二人はボロボロに負けた。当たり前の事だが、ルールも知らないど素人の二人が、経験者の集まる大会で勝てる
わけないのだ。しかもたった二人で。
 しかし、二人の逆転劇はここから始まる。二人の前に突如として現れた謎の老師に、稽古を付けてもらってから、彼らの
技術は飛躍的にアップした。
 少林拳をベースとしたその鍛え方で、彼らは覚醒した。シュートは炎を纏うようになり、どんな場所からでも相手のシュ
ートに反応できる動きを身につけた。それから彼らは二人で草サッカーの大会で優勝し、JFLでも勝ち続け、J2で三位
になり、昇格したJ1で残留を果たした。チーム人数はもちろんたったの二人だ。それでJリーグの規約に反するなどのい
ろいろな問題は出たが、それもうまく解決する。そしてJ1で活躍する二人は、馬鹿でありながら最高の友として、スター
ダムを駆けあがった。人生の大逆転劇を果たすのだ!
 そんな映画を撮り、僕らは発表した。もちろん散々酷評された上に、駄作だと言われ続け、映画館にも人が全く入らなかっ
た。作品に金を使い果たしてしまった僕らは、儲けが取れずに映画業界から手を引くことになり、再び馬鹿達と行動する羽目
になった。


 馬鹿と阿呆は、まだ一緒に行動しているようだった。僕らが追いついた時にはマルタ島で、脇の下に宿る神様とかいう変
な存在に仕えながら、一生懸命に修行していた。
「久しぶりだな」
「お前ら映画はどうしたんだよ」
 馬鹿と阿呆は僕たちを見るなりそう言って、脇の下を磨きながら水を汲んでいた。
「二作目にしてパァだよ。有り金は全部すっ飛んだ」
 僕がそう答えると、馬鹿はそこら辺にある草を食べながら「ふーん。頭がいいやつでも苦労するんだな」と言って笑った。
 なんだか、その人懐っこい笑顔が妙に懐かしかった。
「それよりおっさんは警察の仕事どうすんだよ。もう二年も日本に帰ってないし、首になってるだろうけどさ」
 山本がそう言うと、阿呆の警察官は頭を掻きながら苦笑した。
「俺はこいつを捕まえなきゃならんのだよ。この馬鹿を。それだけのために生きているし、それなのに日本で仕事をするな
んて阿呆らしすぎるだろう。俺は馬鹿を捕まえる、それだけに全力を注ぐんだ」
 山本はその言葉を聞いて、相変わらずのタメ口で応える。
「でもいいよな。馬鹿でも阿呆でも何でも、そう言う人生の目標があって。それに全力を注ぎこめる人生って、素晴らしい
よ。俺も馬鹿になりてぇよ。馬鹿だからこそ夢を見れるし、夢を叶えられるんだよな」
「じゃあ、お前らも馬鹿になりゃいいじゃん」
 馬鹿は呟くようにそう言って、僕らを見つめた。
 彼の純粋な瞳はやけに真剣で、本気でそう思っていることが感じられた。やっぱりこいつは馬鹿だけれど、友人想いの良
い奴で、僕らの事を考えて真剣に思って言ってくれているんだ。でも——
「もう俺らは馬鹿になれねぇよ。周りの目とか、社会の目とか、そう言うのを気にしちゃうんだ。だから、もう俺らは馬鹿
には付き合えないよ。ごめんな。俺もお前らみたいになれたらよかったのにな。そうすれば人生楽しいだろうな。うん……
でも、またいつか会いに来るよ。俺たちは日本でまじめに働いて、糞みたいな大人になって、自分が何のために生きてるの
か、そんなことも分からなくなって、家族のためとか理由をつけて頑張って生きていくやつになるんだろうけれど、それは
それで悪くないって気がするよ。俺らはもう馬鹿になるには大人になりすぎたんだ」
 馬鹿と阿呆は僕のその言葉を聞いて、悲しそうな表情を浮かべてくれた。
「そうか……。もう馬鹿は俺らだけになっちまったか。寂しいな。でも俺は、馬鹿だから。空を飛ぶっていう夢を諦めない
し、いつかは叶えたいと思ってる。だから俺らはお前らが素晴らしい人生を送れることを願うから、お前らも俺を応援して
てくれ。ずっと遠くに離れても、俺らは親友だぜ」
 馬鹿はそう言って泣きながら、僕らと握手をした。僕らも思わず泣きそうになって、でもそうすると馬鹿が別れを惜しむ
かもしれないから、必死に耐えて何とか笑顔を作ったんだ。横で見ていた警察官も別れを惜しむかのように言葉をかけてく
れた。
「そうか、貴殿らも大人になるのか……。そんなに付き合いが長いわけではないが、本官は貴殿らと一緒にいる時間は楽しか
った。本官はこの馬鹿が空を飛ぶ夢を叶えたとしても、ずっと付いて行くつもりだ。たとえ宇宙に逃げたとしても付いて行く
。本官はこいつを逮捕しなきゃいけないからな」
 そう言って、警察官も笑った。
 昔と比べて、とてもいい笑顔を浮かべるようになっていた。


 僕らはそうしてマルタ島を最後に彼らと別れた。
 その後、日本に戻った僕はフリーライターとして何とか生計を立てているし、山本は調理師免許を取って板前業を始め、
結城は映画館でアルバイトをしているらしい。僕らはそれ以来、彼らに会っていない。
 そして、それぞれの生活が馴染んできてあれから二十年が経った。
 僕は相変わらずこの日本で、社会のために真面目に生きている。それが普通の大人というものだ。馬鹿じゃなければ誰だ
ってそうする。そうしなければ生きていけないから。
 でも、馬鹿は違ったんだ。
 彼らは本気で馬鹿だったし、本気で馬鹿をやりながら夢を見ていた。
 今ではテレビを付ければ、彼らの名前がいつだって聞ける。
 彼らは生身で空を飛んだ初めての人物として、連日テレビで報道されている。僕はそんな親友を持てたことが誇らしいし、
彼は馬鹿であったからこそ、誰もが出来ないと思っていたことをやってのけたのだ。信じている限り、人は飛べる。馬鹿であ
ればあるほど高く。人は夢を見て、それを叶えられる唯一の生き物なのだと言うこと証明するかのように。
 彼は今まで馬鹿にされていた人生から大逆転し、世界中の憧れの馬鹿として、歴史に名を刻んで見せたのだ。

 そんな彼がいつもインタビューで、言うお決まりの台詞があった、僕はその台詞が大好きで、テレビで彼を見かける度に、
今か今かとその言葉を待っている。
 ほら今日だって。
「あなたは何故、空を飛ぶことが出来たのでしょう。そもそも何故空を飛ぼうと思いになられたのですか?」
 何回も訊かれたであろうその質問を、新人のインタビュアーが彼に向かって聞く。
 彼の隣にいる警察官さんは、その質問を聞いて苦笑を浮かべながら彼を見た。
 そんな彼は少しだけ考えるそぶりを見せたけれど、やはりいつものようにカメラに向かってこういうのだ。
「だって僕さ、すごい馬鹿だもの」
 笑いながらそう言う彼らは、僕が尊敬する最高に格好いい大人になっていたんだ。

気が付けば自分は暗い話ばかり書いているし、レスでも明るい話を書く人が少ないと言っていた方がいたので、明るい感じの話(?)を書いてみました。
明るいと言うよりぶっ飛んだ作品になっている気がします……。こんな作品でも、お読みになって感想をいただけたら嬉しいです。

頂いたもう一つのお題は、思いつき次第書こうと思います。

誰か、お題をおくれ
SS書き溜めが進まないので、気分転換したい

>>104 死なない

今日も俺は、生き延びた。
開戦から二年が経つ冬頃、数を減らしていく僚機と増えていく敵機がいよいよ顕著になり始めた。
こんな端土の辺境の基地にさえも敵機が飛来する事が多くなり、教練上がりのヒヨっ子が回されてくる事もまた、多くなった。
今、この基地にいるのは司令官と整備士三人、パイロットは俺だけで、噂によると、今日にでも、一人ルーキーが回されてくるらしい。
合わせてパイロットは二人、機体の数もちょうど二機。
予備のパーツなんてものもカンバンで、基地の資材を引っぺがして使い、足りない分は撃墜した敵機を回収して、使えそうな部品を回収する有り様だ。
おかげで、「できるだけ」破損を抑える器用な墜とし方、なんて貧乏くさい空戦技術まで身についた。

愚痴る事になったが、何も工夫してるのは「パイロット」だけじゃない。
司令官は司令官で、断絶する事が多くなった通信機と格闘する毎日。
整備士は暇さえあれば機体をいじって、少しでも長くもたせようと徹夜の日々で、さらに持ち回りで情報士官の真似事をして、一日中レーダーとにらめっこ。
そんな日々を生きていくうちに、いつの間にか俺は「隊長」になっていた。
二ヶ月前までは俺が「隊長」と呼ぶ側だったのに、その「隊長」が立て続けに二人もおっ死んで、その襷は俺に回ってきた。
一人きりの飛行隊で、「隊長」も「僚機」もあるわけもない。
考えながらも無事に滑走路に着陸し、機体を所定の位置まで進めて、停止を確認して降りる。
タラップなんてものはない。
乗る時にはただコクピットの縁に手をかけてよじ登り、降りる時はただ飛び降りる。
司令官が比較的ヒマな時に日用大工で踏み台を作ってくれた事もあるが、俺は上背が足りてるから使ってない。
まったくどこまでも粗末でお手軽な飛行隊だな、うちは。

整備士と話しながら食堂まで行くと、そこには———その、何と言うか、不似合な少女が座っていた。
飛行服はまるで、そのあどけない顔には釣り合っていない。
身長は俺より頭一つ半は低く、切り揃えた髪は、つやつやと黒くて、いかにも栄養が足りてるふうだった。
「あ、あの……隊長さん、ですか?」
不安そうにたずねてくる少女の声と引き換えに、俺の口からはため息が漏れた。
「……飛べる奴は、俺だけだ。で、まさか…補充要員か?」
「は、はい! 補充で参りました、私は——」
この少女が名乗る直前、俺は手でそれを制して、ここでの「やり方」を告げた。

「名前はいらん。俺の事は『隊長』でいい。お前は『ルーキー』と呼ぶ。せいぜい生き延びろ」

翌日、敵機が飛来した為、それを迎撃するために空に上がった。
二人に増えた飛行隊は、戦力の増加で言うと1.1倍ぐらいか。
まぁ、あのルーキーが一機でも落としてくれれば、それでいい。
そうすりゃ少なくともゼロで、マイナスにはならん。

空に上がって後ろを見れば、滑走路を離れたばかりの雛鳥が、まさしくフラフラとついてきていた。
敵編隊は正面を、東から西へと横切る空路だと、あの「士官もどき」は言っていたか。
しばらく飛び続けていると、目視できた。
見たところ、戦闘能力なしの大型輸送機が二機。お付きは見慣れたレシプロ野郎が、六。
ハンドサインで後ろのルーキーに合図を送り、振り返る。
まずは敵の護衛を片付け、その後、親鳥をかっ喰らう手筈だ。
首を捻って覗き込めば、おつむの回りは悪くないらしく、さかんに「聞こえた」と手旗を振っていた。

ちりちりに冷えた樹海の空で、取っ組み合いが始まった。
襲撃を察知した輸送機が足を速めて、護衛機どもが散る。
先制攻撃で機銃をぶち込み、一機は落とせたが———空中で増槽に火が付いたのか、弾け飛んでしまった。
後ろへ回ってきた敵機二機は、慣れていなかったのか、機銃のタイミングがずれていた。
その隙を逃さず空中で宙返りし、一機、また一機と落とす。

こちらにつけてこない残り三機を探すと、二機は並んで飛ぶ輸送機にへばりついて守りを固めていた。
飛び方を見てこちらの僚機が雛鳥だと察したのか、残った一機だけが、まるで猫のように「ルーキー」を追っていた。
まるでアワを食ったようにフラフラと逃げる彼女は、まだ生きていた。
不慣れな動き故に逆に読みづらいのか、追っている奴は、意外と手こずっているようだ。

俺がそちらへ助け船を出そうと近づけば、敵さんの残り二機も動いた。
だが———遅い。
慌てて逃げる「ルーキー」に執着するヤツに、真後ろから近づき、たたたん、と確実に撃ち込み、沈めてやった。

もしかすると今落とした奴もまた、あの執着と無警戒からすると、「ルーキー」だったのかもしれない。

結局その日は、俺も、ルーキーも生き延びた。
護衛機は全て片付けたが、輸送機はすでに空域を離れていた。

「…隊長、ありがとうございました」
基地に戻り、良く言えば「ささやか」な晩飯にありついていると、礼を言われた。
狭い食堂には俺と彼女が二人きりで、水と缶詰、硬いビスケットをもそもそと会話も無く食っていたところだ。
「何がだ、ルーキー」
「助けていただきました。……その、すごい…ですね。五機も落としちゃうなんて」
「そうでなきゃ、この空では生き延びられない」
「あの……お訊きしても、いいですか?」
「何だ」
「撃墜数は、どれぐらいなんですか」
「さぁな、数えてない。……五十から先はな」
「…え? どうしてですか!?」
「殺した人数を数える程、悪趣味じゃない」

どうも、俺には、いわゆる「撃墜マーク」を機体につける習慣が理解できない。
それこそ、敵を殺すたびに体に傷をつける未開の土人と同じだし、何よりマークをつける塗料もここにはない。
最初は整備士が勝手にやってた気もするが、塗料が底をついてからはスパっとやめるように言った。

「………ルーキー、一つだけ言っておくのを忘れた」
「はい、何ですか?」
「……俺を『エース』と言うのはやめてくれ。これは命令だ」
「…え、何でですか」
「『命令』に『何故』じゃないだろう。黙って従え、いいな」
「……はい」
「…わかったら、食ってさっさと寝ろ」

話せば話すほど、あのルーキーはふつうの「少女」だった。
この戦争の勝利へ燃えているふうでもなく、ギラついたところもない。
教練を上がってはいるようだがその指は白くて細く、子鹿の角のように頼りない。
歳を聞いたら十九と答えたが、三つか四つは下に見える。
何日か経っても飛行服はまるで似合わず、どこかのアイドルが仮装しているようにしか見えなかった。
俺は彼女を見る度に、この戦争の遠からぬ敗北を噛み締めるように実感した。
せめて無垢ではあっても、少年兵であればそこまでは感じなかったろう。
こんなふつうの少女が、こんな辺鄙な場所へ、たった一人で補充兵として送り込まれる。
故国は、未来を担う少女を、戦場へと送り込む事を選んだからだ。
何回か一緒に飛んでも、才能に光るものがないのは分かった。
三文小説にありがちな、未完の撃墜王、いや「撃墜女王」になれる器はない。
同じ宿舎で寝ていると、夜毎に、しゃくり上げるような声が彼女の寝床から聞こえた。
俺に気を使ってか、声を押し殺すように、毎晩、毎晩だ。
そんな事で眠りを妨げられるほど神経が細かい訳では無いが、どうにも、小娘の泣き声ってのは堪えるもんだ。

そして、あの日だ。
何度目かの、彼女にとっては恐らく五度目の出撃命令が下った。
整備士はありったけの弾を積み込んでくれていたようで、操縦桿はいつもに比べて重かった。
空に上がって見えた、基地へ向かってくる三十機もの敵機の姿は、それでも、いつも通りだった。

俺は、どう戦ったのかは覚えていない。
無我夢中で、ではなく———あまりにいつも通りの消化試合だったからだ。
三十機のハエを叩き落とす、それ以上の意味など俺には無かった。
後ろへ回り、撃つ。上空から先読みし、コクピットを撃つ。
回り込んで来たヤツには温存していた後方機銃を撃ち込み、弾が空っぽになるまで戦った。
気付けば真下に広がる樹海のあちこちで煙が上がり、空には、俺以外残っていなかった。

————そう。
————俺以外、は。

基地に引き返すと、そこには———ぼろぼろの、ルーキーの機体が帰って来ていた。
滑走路上に機体を降ろして、いつもに増して素早く機体から下り、そっちへと走る。
コクピットによじ登り、整備士達と一緒に、彼女を降ろした。
右足は千切れて、真っ白な腿が、今は赤に染まっていた。
腹部にまで弾を喰らったらしく、彼女は「生きている」というより、「まだ死んでいない」だけの状態で、苦しげに息を漏らしていた。
そんな状態にもかかわらず、彼女は薄目を開けて、抱き起こす俺の顔を見て、溢れる血とともに口を開いた。
俺は、分かっていた。
彼女は、もう———助からない事を。
だから、俺は———今までもそうしたように、彼女の最後の言葉を、聞き逃すまいとした。

「隊……長…」
「…………あぁ、聞こえてるよ」
「わたし……墜とし、まし……た……よ…。やりました、……わたし…一機……墜とし、ました」
「……ああ、よくやったぞ」
「お願……あり……ます……」
「何だ?」
「隊長……の…飛行機に……わたしの、スコア……つけて…くだ、さい」
「…………」
「隊長の、かわりに……わたしの、撃墜数……つけて、ください」
「……分かった。約束する」

俺が言い終わると、彼女は、血の塊を吐き出して————それきり、目を覚ますことは無かった。
飛行服についた彼女の血で、俺は、俺の機体に———彼女の、たったひとつの撃墜マークを、つけた。
「エース」などというのは、名誉の称号なんかじゃない。
負け戦の中、味方の命を吸い、敵の命を吸い、それでも自分だけが生き残る、「死神」の名前なんだ。
減っていき弱くなる仲間を後ろに数え、増えていき勢いがつく敵を前に、ただ、自分だけは死なない。
僚機を失う事にも、無垢なルーキーが死ぬことにも、殺す事にも、もはや感慨はない。

俺は、見上げるような「エース」なんかじゃなく————見下げ果てた「死神」なんだ。

>>105
お題ありがとう

最初は不老不死の話でいこうかと思ったけど思い直してこっちにしました
ロストオデッセイのパクリにしかならない気がして……

俺も文才ないが書いてるぜ! 間に合うかはしらん!

宴もたけなわですが品評会5レス入ります。

 一様な凹凸が広がる壁紙。レースのカーテン。化粧板で組まれたテーブル。合成繊維

の絨毯。それらは全て白という色彩に属するもので、色でありながら居間の無機質さを

助長する。私はそれまで使っていたコンロの火を止めて今日のメインであるステーキを

皿に移し、それを持ってその部屋に足を踏み入れた。焼けた肉の立てる音が無音だった

空間を破壊し、新しい状態を構成していく。それが始まるとほぼ同時に部屋のオブジェ

と化していた無機物も目を覚まし、静かに声を上げた。
「ランチですか」
 そうよ、と私は頷いた。彼、そこにいる顔が箱型のロボットはそれを聞くと離散的な

微笑みを浮かべ、そうですか、とでも言うように私からフォーカスを逸らし、俯いてし

まう。だが私は彼のこの表情が気に入っている。何もかも悟っているような、哀憐にも

似たものを感じることのできる深みがある。私はいつでも変わらないその表情からニュ

アンスを無理やり読み取り、余計な思考が入らない内に微笑み返した。
「さあ、座って」
 彼はどうせ座る必要もないのだろうが、私はそれを促す。彼が人間と同様の食事が取

れなくとも、私と共にある以上は限りなく人間的に扱う、そう決めているのだ。白い食

卓セットに、同時に座る。私はなるべく音を立てないように、彼はカチャリと可愛い音

を立てながら、それをした。
 今日は特別メニューだ。いや、ステーキという料理が特別なものをはらんでいる訳で

はない。それがどのようなステーキであるのかが重要なのである。
「ねえ、わかるかしら」
 彼はギシギシと、私の機嫌を伺うようにしながらこちらを見た。モニターに写る表情

は動きはしないものの、電子的なものと割り切ってしまうには少々惜しく感じるほど人

間的な一瞬を捉えており、その表情が持つ悲哀を余すことなく私に伝えてくる。私はそ

の平面的な顔を、しばらく見つめた。
 今日のステーキはレアに仕上げてある。彼にはそこに気付いて欲しいのだ。切らなく

ても流れ出る肉汁。それとはまた違うワインの色彩も、白い皿を赤く飾るのに一役買っ

ていた。そんな一枚のステーキを私は彼に見せ付けている。我ながらよくこんなことが

できたものだと思う。彼のルーツを刺激する、血の赤、肉の赤。そういった歪みが皿を

伝わってこの部屋の無機質を破壊していく。この一皿はそれだけの意味をもつものなの

だ。

申し訳ないですが、改行が入りすぎているようなのでもう一度投下しなおします

 一様な凹凸が広がる壁紙。レースのカーテン。化粧板で組まれたテーブル。合成繊維
の絨毯。それらは全て白という色彩に属するもので、色でありながら居間の無機質さを
助長する。私はそれまで使っていたコンロの火を止めて今日のメインであるステーキを
皿に移し、それを持ってその部屋に足を踏み入れた。焼けた肉の立てる音が無音だった
空間を破壊し、新しい状態を構成していく。それが始まるとほぼ同時に部屋のオブジェ
と化していた無機物も目を覚まし、静かに声を上げた。
「ランチですか」
 そうよ、と私は頷いた。彼、そこにいる顔が箱型のロボットはそれを聞くと離散的な
微笑みを浮かべ、そうですか、とでも言うように私からフォーカスを逸らし、俯いてし
まう。だが私は彼のこの表情が気に入っている。何もかも悟っているような、哀憐にも
似たものを感じることのできる深みがある。私はいつでも変わらないその表情からニュ
アンスを無理やり読み取り、余計な思考が入らない内に微笑み返した。
「さあ、座って」
 彼はどうせ座る必要もないのだろうが、私はそれを促す。彼が人間と同様の食事が取
れなくとも、私と共にある以上は限りなく人間的に扱う、そう決めているのだ。白い食
卓セットに、同時に座る。私はなるべく音を立てないように、彼はカチャリと可愛い音
を立てながら、それをした。
 今日は特別メニューだ。いや、ステーキという料理が特別なものをはらんでいる訳で
はない。それがどのようなステーキであるのかが重要なのである。
「ねえ、わかるかしら」
 彼はギシギシと、私の機嫌を伺うようにしながらこちらを見た。モニターに写る表情
は動きはしないものの、電子的なものと割り切ってしまうには少々惜しく感じるほど人
間的な一瞬を捉えており、その表情が持つ悲哀を余すことなく私に伝えてくる。私はそ
の平面的な顔を、しばらく見つめた。
 今日のステーキはレアに仕上げてある。彼にはそこに気付いて欲しいのだ。切らなく
ても流れ出る肉汁。それとはまた違うワインの色彩も、白い皿を赤く飾るのに一役買っ
ていた。そんな一枚のステーキを私は彼に見せ付けている。我ながらよくこんなことが
できたものだと思う。彼のルーツを刺激する、血の赤、肉の赤。そういった歪みが皿を
伝わってこの部屋の無機質を破壊していく。この一皿はそれだけの意味をもつものなの
だ。

「僕は、元殺人犯なんです」
 元、と言うには少し語弊があるように感じた。なぜなら彼は殺人の記憶を実際に持っ
ているからである。もう少し詳しく言えば、彼は人を殺し、その肉を食べた。だが、そ
の名残は微塵も残されていない。彼の体は人を殺してなどいないのだから。
 そう、彼は人間であった。そして今はロボットである。彼をそう変えたのは、彼が犯
した法の力であった。死刑を宣告された囚人は、準備が整い次第ロボットに意識を移さ
れ、釈放される。ある程度の監視は付くようだが、基本的には自由だ。だが、その自由
とはあくまでロボットの範疇でのみ許されるものである。アイザック・アシモフのロボ
ット三原則に基づき完全制御された機械式の体は、人に対して害をなすことを決して許
さない。また、メンテナンスされ続ける限り死ぬこともない。殺すこともできない、死
ぬこともできない、「死を奪う刑」なのだと、偉そうに反り返った法律学者は言ってい
た。
 彼が私のところへ送られてきたとき、私はそのリアルな表情に悪寒を覚えずにはいら
れなかった。まるで人が箱の中に入っているだけのようでありながら、そこからは何の
気配も感じられない。あるのは深い悲しみを溶かしたディスプレイと無機質なオートマ
トンだけで、その異常性がしばらく受け入れられなかったのだ。
「何も、しませんから」
 あなたが望むなら、と彼は言う。その通り、彼は何もしなかった。しかし、私の声が
跳ね返るだけの壁にはならずにいたかったようで、時には彼から声が飛び出し、逐一そ
れに驚きながらも、私は彼と会話した。その内に彼の生い立ちや顔以外の容姿、果ては
犯行に及んだ動機やその最中の感覚というようなことも彼は話した。私にとって犯行の
一部始終はあまり意味を成さない。彼がそれを話したがったこと、それを悲しんでいる
ことが、重要なのだ。そこが彼に対する好奇心の源である。人を殺して食べるという、
ある意味で人間の究極とも言える行為をしたのに、彼は微塵も崩れずに自身を省みてい
る。そこが彼の異常性であり、言うなれば長所であるのだと、私は思う。

「僕のために、お肉を我慢して貰っていたのはわかるんです」
 でもあんまりじゃありませんか、とでも言いそうな、そんな声色が出ていたような気
がした。実際は合成音声なのだが。
 そうだ、これは裏切りなのだ。彼は、私を信じてここまでコミュニケーションを取っ
てきた。なのに、私はそれを裏切って、酷いことをしようとしている。いや、既にして
いるのだ。彼が肉に対して過敏になっているだなんて、正直思っていない。ただ私が成
り行きで肉を避けていたのが、いつの間にか彼に対して危害を加えることはないという
証に摩り替わっていただけである。そして私はそれを壊した。空間のひび割れからジュ
クジュクと誰のものでもない体液がにじみ、絨毯を悲しみで濡らしていく。その感触を、
私は確かに感じた。
「ねえ」
 私は呼びかける。無機質な表情の限界点が見たいのかもしれない。彼の視線の焦点を、
私から逸らさせたくないのかもしれない。とにかく、私は何かを求めた。
「このお肉、食べなくてもいいって思ってるわ」
 傷はしばらくふさがれないかもしれないという事。それを彼に伝える。彼は、首の角
度を変えることで拒絶の意思を示した。だが私はやめない。傷の中へと手を入れ、無機
質でない彼のそのままを感じたいと思う衝動は、既に私の理解の範疇を超えて肥大化し、
意識を押しつぶしていた。予想ができない。彼が私をどう思うかなど、想像できるはず
もない。できないから、私はそれを体験したがる。本能が、好奇心が、人間の原罪が、
私をその領域へと歩ませていくのだ。
 皿の肉は、人肌くらいの温度になっているはずだった。開いていた肉の繊維と繊維の
間、いわゆるサシの部分が熱収縮し、さっきより小さく感じる。肉の奥からにじみ出た
肉汁は、より暗い赤色に変化していた。私はフォークとナイフを取り、ゆっくりと押し
つぶすようにして一口大のピースを切り出した。肉汁が垂れている。一番脂身の多いと
ころから切り出したから、そのほとんどが白いものであった。
「いらない部分が、おいしいのよね」
 うっとりと、彼と肉を見つめながら言う。人間の精神で言えば、エゴのような部分が
これにあたるのであろうか。彼が全く反応しないのを確認してから、私はフォークを口
へ運んだ。ゆっくりと咀嚼していく。過剰な脂を、僅かな肉汁を、揉みだすようにしな
がら、それを味わっていく。と言ってもほとんど脂の風味で一杯なのだが、そこには確

かに肉の味や、香り付けのワイン、スパイスなどの味が感じられた。かつて彼が食べた
人肉の味を想像する。それが半分だけわかったような気になり、私は身悶えた。
 彼は動かないが、私は食を進めていく。肉の塊を切り出し、口に運ぶ。時に大ぶりに
切ってかぶりついたり、小さく切り刻んで肉汁が出るのを眺めたりした。しかし食器以
外は極力汚さず、きれいに食べるように心がけた。そうしないと、自分の汚れそのもの
も食べることになりそうで少し怖かったからである。そうやってこの部屋から異質な肉
塊が消えてなくなるまで、たっぷり三十分はかかったと思う。

 皿を舐めようかと考えていると、不意に彼が口を開いた。
「ひとつだけ、僕からあなたに教えてあげましょう」
 彼のディスプレイには、悲観に加えて諦観が混ざったような、新しい顔が映し出され
ている。
「人間は、求めることをやめることで、美しくなるんです」
 平坦な声が、淡々と告げていく。
「でも求めなくなるなんて不可能なんですよね」
 鼻息がマイクにかかったようなノイズが聞こえた。画面が一瞬消えてから切り替わり、
そこには薄笑いを浮かべた冷たい表情が現れる。
「だから、人間だったころの記憶があるロボットは、精神的に究極だと思うんですよ」
 死なない。死ねない。だから、生きようとする必要もない。どこかへ向かおうとする
力が全て失われたとき、時間と言う概念は消え去り、原点だけが残るのだ。彼は既に、
人間の根源と言える領域にいるのかもしれない。座標で表される世界は、彼をどのよう
に評価するのだろうか。
 彼は自分の求める究極を見極め、それを実現し、二度と求めようとすることを許され
なくなった。「望む、求める」という人間の本質を奪われた彼は人間ではなく、また無
機質にもなりきれないのでロボットでもない。そのちょうど中間に立って、全てを見渡
しているのだった。
 そして彼は付け足すように、悲しそうに合成された声で、こう言った。
「もしあなたがここまで来たいのなら、僕はそれを止めないです」


 彼は、何も喋らなくなった。無論、日常会話などは滞りなかったが、そこに彼の意思
は介在していないのが肌で感じられた。彼が充電スポットから離れて、元に戻るだけの
日々に、私は自らの内に虚無を溜め込まずにはいられなかった。
 私には、わからない。彼を物理的に壊せばいいのか、それとも私が死刑になるべきな
のか。いや、そもそも彼がそこにいる時点で、私は求めることをやめられないのである。
それから私がどれだけ溜息をついても、それをきっかけにして黒く塗りつぶされた平面
に光が宿ることは、二度となかった。

お騒がせしました。以上です。
まとめスレへの転載もしておきます。

投下おつー
ちょっと前にはまだ時間あると思ってたが今回もギリギリになりそうだぜい
10くらい集まればいいねえ

test

品評会作品投下します。

 ナオキは読み終えた小説を閉じ、それを机の上に置くと、代わりにグラスを手に取った。底に少しだけ残って
いた珈琲は溶けた氷と混ざり合い、もう珈琲とは呼べない代物になっている。濁った水をストローで啜る。結露
が雫となって机の上に一滴垂れた。ナオキは人差し指でその雫に触れ、机に指を付けたまま指をずらして水のラ
インを引いた。
 恋愛小説なんて読むものじゃないな、とナオキは思った。知り合いにほとんど押し付けるようにして渡された
小説で、気は進まなかったが、読まないのも悪いと思って彼は目を通したのだ。深刻な事情があって離れ離れに
なった恋人同士が、運命の悪戯によって再び巡り合い、強い意思によって自分達を取り巻く環境を壊し、最後は
ハッピーエンドという内容の小説だった。古典からある内容の焼き増しじゃねえか、とナオキは思いつつも、少
なからずのめり込んでいた部分もあった。それ故に彼は、恋愛小説など読むものではないと思ったのだ。
 ナオキは左手首の時計を見た。集中が切れると、急に周りのことが気になり始めた。喫茶店は満席にはなって
いないものの、それなりに席は埋まっている。談笑が止むことなく聞こえてくるが、決して騒がしさは感じない。
ナオキは若い女性の声が聞こえる方に目を遣った。おそらく大学生だろうと思われる、女性だけの四人グループ
だった。三人が髪を茶色く染め、一人だけが黒髪だった。黒髪の女性は向こうを向いていて、ナオキにはその背
中しか見えない。彼はその髪を注意深く眺め、そして溜息を吐いた。肩に掛かる髪は照明にあたって艶が出来て
いた。黒い髪は踊る。持ち主が笑い、体を揺する度に、艶を放つ位置を変える。ナオキは自然とその黒色の中に
引き込まれていった。艶やかな黒髪は、いつだって彼の記憶を呼び起こしてしまう。

 ※

 その黒髪を掬い上げると、渇いた砂のように指の隙間からさらさらと落ちていった。時計の音だけが小さく聞
こえてくる部屋のなかで、ナオキはマリナの髪を撫で、マリナはナオキの胸に鼻を寄せ、二人裸のまま、しばら
くの間そうしてお互いを感じていた。マリナの閉じられた瞼から細い睫毛が伸びている。俺の匂いでも嗅いでい
るんだろうか、とナオキは思った。手を髪から肩へ、肩から胸へと滑らせる。柔らかな乳房と、しっとりとした
皮膚の下から鼓動の音が伝わってくる。皮膚を裂けば、赤い血液が滲み出すことだろう。同じだ、全部同じ、俺
と同じじゃないか。改めてそう思い、ナオキはマリナを両手で包み込んだ。

 マリナがナオキにそれを打ち明けたのも、セックスを終えた後の気怠くて心地好い空気に満たされた時だった。
それは二人が付き合って丁度一年が経った日のことだ。マリナの中で、幸せを感じれば感じる程、それに比例し
て隠し事をしていることへの罪悪感が膨らんでいった。そしてその時、至上の幸福が齎した潰されそうな程の罪
悪感に耐え切れなくなったのだ。

 ナオキは今でもその時のマリナの声の響きを覚えている。無実の罪で牢獄に入れられた囚人が、外の世界への
思慕に狂い、爪を立てて冷たい壁を引っ掻いた時に出る音のような、そんな響きだった。
 マリナはある種の指名手配犯だった。それも、国際的な。そして正に無実の罪を着せられていると言っていい。
或いは時代と科学の犠牲者でもある。ナオキはそういう風に考えていた。
 マリナはアンドロイドだった。もちろん家電量販店で買えるような人型掃除ロボットだとか、そういった単純
なそれではない。また人間の雇用の機会を奪うという理由から世界的な規制が設けられた、人足仕事やある程度
の接客をこなす高次アンドロイドとも違う。マリナは人間の社会で人間として暮らし、人間と同じ肉体構造で、
そして人間と同じ感情や思考を持つ、科学の一つの到達点と評されることもあった、『イブ』型アンドロイドだ。
 ナオキはマリナの打ち明け話を聞いた時、すぐとそれを飲み込むことが出来なかった。押し留めようとするも
流れてしまう涙や絞り出された声の響きから、それが冗談の類でないことは明白だったが、その唐突さと思い掛
けなさは、例えばリラックスして用を足している時に背後から奇襲を受けたようなものだ。事態を飲み込むのに
しばらくの時を要した。
『イブ』と人間との間に肉体構造上の相違点はほぼない。『イブ』には人間のそれと全く違わない血液が流れて
いるし、脳からはやはり人間のそれと同一の電気信号が発せられている。人間と同じように水と酸素を必要とし、
人間と同じように老廃物も出す。子供から大人へと成長して、やがて老いて死んでいくところも違わない。人間
と違うのは、心臓の内側にある『ロッコツ』と呼ばれる一立方センチメートルに満たないサイズの肉の腫瘍のよ
うなものと、大脳、小脳、脳幹と脳内の所々に『ロッコツ』よりもさらに小さな『アドホム』という装置が組み
込まれている点だ。
『ロッコツ』は『イブ』の生体維持の為に必要不可欠なもので、いわば『イブ』の核である。『アドホム』は
『イブ』の意思や行動を司る機関であり、電気信号を介して『ロッコツ』と連動し、ただのアンドロイドとは違っ
て生物と同じように成長や老いといった経年に伴う肉体的な変化を齎している。その他の部位は、皮膚も筋肉も
骨も臓器も血液も全て人工多能性幹細胞から作り出されている。
 その研究が発表されると、『イブ』は叡智の結晶として礼賛され、そしてそれ以上に倫理的に踏み越えてはな
らない領域を侵したとして激しい非難を浴びることとなった。過去にも増して世界におけるキリスト教の支配力
が強大になっている昨今の情勢を考えればそれも当然だった。その名称に旧約聖書の創世記を引用したところも、
キリスト教社会からの反感を大いに買う要因となったようだ。
『イブ』が造られたのは、キリスト教の文化・思想的な影響を受けてはいるもののその度合いが比較的薄く、か
つ優れた科学力を持つ日本でだった。三つの大学の合同研究チームが、当初は世間に公表することなく研究を進
めていたのだ。
 告白を終えたマリナは長い時間泣いていた。ナオキはただ胸の中でマリナの頭を抱え、天井の明かりを見つめ

ていた。啜り泣く声は部屋に満ちていた静けさを際立たせ、その中でナオキは考えを巡らせた。
『イブ』が核兵器と同様に世界的に根絶の対象となったのは、その研究の目的が世間に知れ渡ってからである。
人間と同じ肉体的構造を持つアンドロイドである『イブ』は、当然人間の男性の性行為を持てば妊娠することが
可能である。その際に宿る新たな命には『イブ』のように『ロッコツ』も『アドホム』もなく、全くの人間とし
て誕生する。『イブ』の創造の目的は、深刻な少子化問題を解決しようとしてのことだった。
 数百年前までは少子化は一部の先進国のみでの問題だったが、昨今では世界的な大問題となっている。元々の
少子化の原因は、未婚化や晩婚化、仕事と子育てとの両立の難しさ、経済的な理由というのが主とされていたが、
現在では単純に出産能力を持った若い女性の数が少ない、というのが最大の要因である。少子化を改善出来ない
まま時代を重ねた結果、子供の数は世代を経るごとに逆ピラミッド型に減少していったのだ。単純な子育て支援
だけでは対策とならなかった。今更また新たな結婚・出産の奨励を打ち出しても焼石に水でしかない、根本の問
題を解決しなければいけない、と『イブ』の研究チームは考えたわけだ。
『イブ』の発表からほとんど時を置かずに記者会見が開かれ、ベビーカーに『イブ』のプロトタイプを乗せて現
れた、研究チームのリーダーである川名という男が、そういったことを説明した。
「この子達が人類の未来を救う」
 その言葉で会見は締められた。
 当然世論は大いに揺れた。人間の手で人間を造るという行為だけでも多数のキリスト教徒は問題視したのに、
さらにその人工の人間に、人間の子を産ませるというのは、完全に倫理を逸脱したものと判断された。
 そして『イブ』の発表から一年が経った頃、『イブ』の創造と研究は国際法によって禁止されることとなり、
さらにはアンドロイドの作成・研究についても基準と規制が設けられ、人間創造の範疇に抵触しないようにする
という国際条約が結ばれた。もちろん日本もその加盟国である。
 しかしその後、世界はさらに揺れることとなる。
「既に二千人の『イブ』が社会に旅立っていった」
 国際条約締結後、再度記者会見を開いた川名がそう口にしたからだ。
 零歳の子供の姿をした『イブ』達が一般家庭に養女として送り出されたのだという。もちろん大学の研究チー
ムが直接というわけではなく、間に別の機関を介してだ。養親は引き取った子供が『イブ』であることを知って
いる者もいれば、知らされていない者もいるそうだ。
 それから間もなく『イブ』の研究チームの関係者全員と、『イブ』を養子として斡旋した社団法人の一部の人
間が国際法によって逮捕された。そして世に放たれた『イブ』の行方についての尋問が行われた。『イブ』の肉
体の仕組みや成り立ちは既に公表されていたが、『イブ』と人間とを見分けることは、肉眼ではもちろんレント
ゲンやCTを用いても出来ない。『ロッコツ』も『アドホム』も金属ではなく、人間の体を構成する細胞と同様

の組織から造られており、『ロッコツ』は心臓の肉にしか見えないし、『アドホム』も完全に脳の一部分として
溶け込んでいるからだ。何か見分け方はないのかと詰問された研究チームだったが、脳と心臓を解剖して具に調
べるしかない、という答えが返ってきた。二千体の『イブ』は全て同じ年齢で、全て日本人の系統のモンゴロイ
ドだという。つまり該当する年齢の日本人女児全てを解剖すれば発見することが出来るというわけだが、それは
現実的な方法ではない。少子化といえどもその対象となり得る子供の数は十万はいるし、また特に医学上の必要
理由もなく子供の体を切り開くなど、親が認めるはずもなかった。また『イブ』を斡旋した社団法人のメンバー
も、守秘義務があるとの主張で黙秘を続けた。
「あとは自己申告だけだ」
 リーダーの川名の言葉だった。もちろんその言葉を信じられず、他にも何か見分ける方法があるはずだと、尋
問が終わることはなかった。
 そして日本国民には『イブ』を発見次第報告するという義務が課せられた。発見報告に対しては報奨金も設け
られた。報奨金の額は一体につき日本円で一千万とかなりのものだ。そしてすぐにも何体かの『イブ』が見つかっ
た。『イブ』を引き取った養親が報告をしたのだ。金と引き換えに養女を差し出したような形になるが、それ以
上に、世界を相手に隠し事をするのが恐ろしかったのかもしれない。
 身柄を拘束された『イブ』は、それが本当に『イブ』であるのかを確認する為に、まず心臓を開かれることと
なる。そこに『ロッコツ』を認めることが出来て、初めて通報者に報奨金が送られる。そして『イブ』と認めら
れた個体は国連の運営する施設に送られ、そこで『イブ』の情報を得る為の実験体となる。完全監視下に置かれ、
体力テストや知能テストを受け、食事や睡眠の制限による肉体的な変化を調べられたり、排泄物の中に含まれる
成分を検査されたり、解剖されて心臓以外の場所も綿密に調べられたりするのだ。そんな中で、気が狂ったり絶
命してしまう『イブ』もいた。『イブ』は我々人間と同じ精神構造をしているので、一昔前で言う実験モルモッ
トのような扱いに耐え切れなくても不思議ではない。
「貴様らの振りかざす倫理は間違っている」
「『イブ』は人間ではなくアンドロイドなのですよ? 我々は機械の仕組みを調べる為にテストや分解をしてい
るだけなのです」
 こういったやり取りが、研究チームと国連との間で何度も交わされた。
 しかし今日になっても、未だに人間と『イブ』を見分ける手段は見つかっておらず、捕獲された『イブ』の数
は五百に満たない。『イブ』が人間と同じ体を持つのであれば、現在ではもう出産可能な肉体となっている。ま
た時が経つにつれ、日本を出て別の国に移住する『イブ』が出てくる可能性も高くなる。だから今では『イブ』
の発見報告の義務化は日本のみならず世界中で進んでおり、またその報奨金も、一体五千万にまで値上がりした。
ただ一つ、世界にとって不幸中の幸いだったのは、『イブ』が男性ではなく女性の能力を有したアンドロイドだっ

たという点だ。もし『イブ』が『アダム』だったなら、無差別にその種を撒き散らすことが出来たからのだから。
 ナオキは中学生の時に現代社会科の授業で習った『イブ』についてのことを思い出していた。『イブ』が発表
された年を考えると、マリナの年齢と一致するな。でも、証拠は?
「マリナは何で、自分が『イブ』だってことを知ってるんだ?」
 ようやく泣き止んだマリナに向かってナオキはそう言った。
「親に…………聞いて知ってたから。誰にも言うなって言われてた」
 そりゃそうか、とナオキは思った。それ以外に知りようもない。
「今まで、騙しててごめんなさい。私、人間じゃないの……。警察に報せるなら、いいよ。もう私、人間じゃな
いのに、皆と、人間の振りして暮らしていくのに耐えられない」
 そう言うとマリナはまた涙を流した。その涙を見て、震える体を胸に感じて、ナオキは深く溜息を吐いた。
 別に、とナオキは思った。別にアンドロイドだからどうしたっていうんだ。俺達とどこが違うっていうんだ。
根絶やしにするなんて馬鹿げてる。
「関係ねーよ」
「…………」
「関係ねー。マリナがアンドロイドだろうがなんだろうが、だからどうしたってんだ」
「でも私」
「そんなことは忘れろ。お前は人間だよ。忘れちまえば、マリナは人間でしかないんだよ」
『イブ』が自らを『イブ』だと知る術はない。人間が自分の臓器の温度や質感を知り得ないのと同じ様に、『イ
ブ』もまた自らの『ロッコツ』や『アドホム』に気付くことは出来ないのだ。『イブ』が自身がアンドロイドで
あることを知る為には、それを第三者に聞かされる必要がある。もしマリナの親がマリナにそのことを言わなけ
れば、マリナは自分が『イブ』だなどと決して思うことはなかったはずだ。
 ナオキは胸が暖かく濡れていくのを感じた。それをすくって舐めると塩の味がした。俺がマリナを守る、ナオ
キはその時そう決意した。

 マリナが大学を卒業すると、二人は同棲を始めた。ナオキはマリナの人生に対して責任を持つ覚悟を持ってい
たが、籍を入れるのはそれなりの社会的地位を得て、そこそこの結婚式をあげれるだけの貯金が貯まってからに
しようと決めていた。マリナの両親とは既に顔を合わせており、秘密を知って尚マリナを愛してくれているナオ
キに対して、マリナの両親は心の底から感謝をしていた。ナオキは『イブ』の発見報告の義務を無視している。
それは世界に対して牙を剥いているということで、つまりナオキは犯罪者ということになる。そのことを理解し
ていてもマリナを見捨てようとしないナオキのことを、マリナの両親は救世主だと言った。生まれながらに罪を

背負わされた可哀想な我が子を救ってくれる唯一人の、本当の救世主だと。もちろんそれはキリスト教社会を批
判した台詞だった。
 しかし二人が結婚するまでの道のりはまだ遠かった。ナオキは大学を出て二年が経っていたが、他の多くの若
者と同様に就職口を見つけられず、アルバイトでなんとか生計を立ててる、という状況だったのだ。そのアルバ
イトですら、やっとのことで採用されたものだ。対してマリナは大学卒業後の進路は決まっており、日本国内の
大手商社への内定を在学中に勝ち取っていた。
 若者の数が少ないこの時代だが、若者の雇用口はさらに少ない。世界中で、特に旧時代からの先進国はどこで
もそうなのだが、取り分け日本では諸外国に倣って定年制度を廃止して以来、年配の男性がいつまでもリタイア
しないという状況が深刻化し、雇用口はほとんど飽和状態に達してしまっている。リタイア後の生活が保障され
ていないので、それも仕方のないことなのだが。そんな情勢の中で、大手企業への新卒就職には学歴やコネクショ
ンが必要不可欠だ。マリナには学歴があった。そして誰からも好かれる外見上のアドバンテージも持っていた。
美人の部類かというと、決してそういうわけではないのだが、綺麗な艶を持った黒髪や、見るからに柔らかで滑
らかな白い肌からは清潔感が溢れていて、ゆかしみのある笑顔も他人に好印象しか与えない。そして一生懸命な
姿勢を忘れなかったマリナは、超高倍率の面接を見事に通過したのだった。
 飲食店で働くナオキは土日祝日がほとんど必ず出勤なのに対し、マリナはカレンダー通りの休日だ。加えてナ
オキは出退勤の時間も不定だったので、二人の生活時間はなかなか合わなかったが、マリナは元々ナオキと同じ
飲食店でアルバイトをしており、そういった部分での擦れ違いは予め諒解していた。ナオキは昼下がりで退勤す
る日には、夕飯を作ってマリナの帰りを待っていたし、マリナは毎朝早い時間から家を出るのだが、ナオキの帰
りが遅い日でも先に寝ているということはなかった。たまに休みが被るとどこか遠くへ出かけたり、家具や電化
製品を買いに行ったりして仲良く過ごしていた。誰から見ても二人の関係は良好で、かつてナオキが言った通り、
マリナが『イブ』だということは何の関係もなく、そのことを考えさえしなければ、二人の間には何の問題もな
かった。マリナの稼ぎに頼る部分も大きくて、そこにナオキは不甲斐なさを感じてはいたものの、それでも二人
は幸せに日々を暮らしていた。
 そんな生活が一年ほど続いたある日のことだった。
「マリナ、俺、就職決まりそうだ」
 夜までの勤務が終わって帰宅すると、開口一番ナオキはそう口にした。
「え、こないだの面接上手くいったの?」
 マリナは若干の驚きと喜びを織り交ぜてそう返した。ナオキは他の多くの若者と同様に、アルバイト生活の合
間に就職活動をし続けていたのだ。いや違うんだ、とナオキが言う。
「今日本社の人が来て言われたんだ、正社員にならないかって。店長が推薦してくれたみたいでさ。まあ社員に

なったら休みも少ないし大変だけど、でも今より給料もずっと増えるし、すぐに返事してきたんだ。だからさ、
今までよりもっと時間合わなくなると思うけど、でも」
 何言ってるのよ、とマリナが遮った。
「そんなこと気にしなくていいんだよ。私は毎晩ナオキの隣で眠れて毎朝ナオキの顔が見れるだけで、それだけ
でいいんだから。おめでとう、私も嬉しいよ」
「ありがとう。でもすぐにってわけじゃないんだ。来月の頭から社員の試用期間ってのがあって、それが三カ月。
店長業務とかその辺のことを勉強する感じなのかな。それが終わってから社員契約ってことになるんだよ」
「社員になったらもしかして他の店舗に行くことになるの?」
「うん。多分一年ぐらいは今のとこで副店長としてやっていく感じになるけど、来年頭に新店舗が出来るみたい
だから、もしかするとそっちに行ってもらうことになるかもって言われたよ。まあそっちに行ったとしても店長
としてってわけじゃないけどさ」
「いきなり新店舗の店長ってのもね」
「まあな。でも俺に期待してるみたいなこと言ってくれてさ。だから新店舗の立ち上げを経験させたいんだって」
 ナオキがそう言うと、マリナは嬉しそうな顔でナオキに抱き付いた。自分の恋人が評価されたことが嬉しくて、
その感情からの行動だった。飛び込んできたマリナの頭をなでながら、マリナのおかげだよ、とナオキは言った。
「マリナがいたから、マリナが支えてきてくれたから、腐らずに生きてこれたんだ。マリナ、ありがとう」 
 実際に雇用先がいつまで経っても見つからないという理由から、自棄を起こして人生を踏み外す若者も多くい
た。そういう者達は自ら命を絶ったり、また自分達の勤め口がない原因の一端でもある、スーツを着て革靴を履
いた年配の男性を襲ったりする者もいた。もちろんそんなことをしても自分が就職出来るわけではない。そのこ
とを理解しながらも、鬱屈した思いをそのような方法で発散させていたのだ。他にも未来を捨て、生活を楽にし
ようと犯罪行為に手を染める者がいて、もしマリナがいなかったらそういう連中に自分もなっていたかもしれな
いと、ナオキは常々思っていたのだ。
 それから順調に三カ月が過ぎ、ナオキは晴れて正社員となった。
 書類に判を押して会社に提出したその日、ナオキは正式にマリナにプロポーズした。以前から決めており、そ
の為に婚約指輪も用意していたのだ。マリナは泣いて喜び、そんなマリナの姿を見てナオキも涙が零れそうになっ
た。俺がマリナを守っていく、この幸せを守っていく。ナオキは改めてそう決意したのだった。
 正社員という地位は手に入れ、あと必要なのは貯金だった。今までの貯金と、これから月々貯めていくことが
出来る金額を計算すると、あと一年すれば三百万程度は溜まるだろうということになり、二人は一年後に式を挙
げることに決めた。籍を入れるのもその日だ。
 その日に向けてナオキは一生懸命に働いた。マリナもある程度仕事に慣れてきた頃で、仕事もプライベートも

充実し、順風満帆に日々を過ごしていた。
 しかしそれから僅か二カ月後、ナオキはリストラされた。
 その原因は、系列他店で死者を出すレベルの食中毒が発生し、その煽りを受けて全店舗、会社全体の収益が激
減したことにある。当然新店の立ち上げの話もなくなり、それどころか一部の店は閉店せざるを得ない状況にま
でなっていた。会社は人員を抱える余裕がなくなり、そんな中でナオキもリストラを言い渡されたのだ。せめて
アルバイトという形でもいいから何とか留まらせてもらえないだろうかとナオキは頼んだが、一度仕切り直すか
ら、とそれも棄却された。
「ごめん……だから、結婚式は、もう少し先になりそう」
 打ち拉がれるナオキに、マリナは大丈夫だよ、と言った。
「きっとどこかまた働く場所は見つかるよ。私はナオキがいてくれるだけで嬉しいんだから、また頑張って仕事
探していこ。私も紹介してくれる人がいないか探してみるし、ね?」
 マリナの優しい言葉も、今のナオキにとっては惨めさに拍車をかけるという結果にしかならなかった。
「うん、ありがとう。がんばるよ」
 弱弱しくナオキはそう言ったのだった。
 それからナオキは正社員・アルバイトを問わず、毎日のように面接を受け、そして毎日のように来ない採用通
知を待ち続けた。半年が経っても、挙式を予定していた時期が来ても、リストラされて一年が過ぎても、いい報
せは何一つ齎されなかった。
 そんな日々の中でナオキの心の支えはマリナだけだった。マリナの収入で生活していくことが出来る中で、ナ
オキはせめて自分も何かしてあげたいという思いから、炊事洗濯掃除の家事全般を請け負った。そうやって自分
もマリナの為に何かをしてあげている思いで、辛うじてナオキは自尊心を保っていた。しかし同時に酷い劣等感
も感じていた。俺は、守っていくと誓った恋人に、逆に守られてるんだ……。ナオキはそうも考えていた。
 その頃になると、マリナは仕事上の付き合いで、夕飯を家で食べないことが多くなってきていた。入社当初は
月に一度あるかないかという程度だったのが月に二三度に増え、近頃では週に一度はそういう日がある。
「ごめん、仕事の付き合いでどうしても断れなくて」
 外食が多くなるとマリナはナオキにそう言う。ナオキもそういうのは仕方ないと理解していた。しかしそうい
う台詞を聞かさせる度に、ナオキの中に惨めさや不甲斐なさが蓄積されていった。俺にはそんな付き合いもない
し、そんな金もない、そんな風に考えてしまうのだ。新たな雇用口がいつまでも見つからないことで、ナオキは
どんどんと鬱屈していった。
 そしてその日は訪れた。
 ナオキは夕飯を作ってマリナを帰りを待っていたのだが、いつもなら何もなければ午後七時に帰宅するマリナ

が八時になっても帰ってこなかった。マリナから電話がかかってきたのはさらに三十分が経ってからだった。
「ごめん、緊急の会議が入ったの。隙を見て連絡したかったんだけど、丁度携帯の充電も切れてて。本当ごめん。
あと……重ねて申し訳ないんだけど、今からまた会社の人とご飯行くことになっちゃって……。ごめんねナオキ」
「いいよ、心配したけどそういうことだったなら安心したよ。俺のことはいいからご飯楽しんできて」
 ナオキは電話を切ると冷めた料理を温め直し、一人寂しく夕飯を食べた。満たされない思いを酒で埋めながら。
 やがてマリナは帰宅すると、再度ナオキに謝罪した。二人分の食事を食べて腹を膨らましていたナオキは、仕
方ないよと言った。怒った様子もないナオキを見てマリナは安心した。そう、ナオキは怒ってなどいない。ただ
惨めで情けなくて暗い気持ちにはなっていただけだ。鞄を置いたマリナに、なあ、とナオキが話し掛ける。
「今日も面接行ったけど、多分駄目だったよ。だってさ、既に他に五百人ぐらい面接に来たって言ってたんだぜ。
採用予定人数は一人なのにさ。未経験の俺が受かるわけないよ」
「そんなネガティブならないで。まだそうと決まったわけじゃないんだし」
「こんだけ面接落ちてたらネガティブにもなるさ。多分俺、学生の頃から考えたら、もう千社以上の面接受けた
んじゃないかな。同じところを何度も受けるってわけにもいかないし、そろそろ受ける企業もなくなったりして」
「そんなことないって。諦めなかったらきっといつか見るかるよ」
「お前は順調に就職決まったから分からないんだよ、俺みたいな奴の気持ちがさ。あーあ」
 ナオキは続けて言う。
「何でアンドロイドに仕事があって、人間には仕事がないんだろうな」

 ※

 喫茶店の中には静けさと喧騒が同居するという奇妙な空気が流れていた。騒いでいたのは若い女性の四人組と
三人の警察官で、他の客と店員は固唾を飲んでその様子を眺めていた。
「だから通報があったって言ってるじゃないですか。あなた達の言い分は最もなんですけど、そういう規則になっ
てるんだからご理解をお願いします。検査して白だったなら、それなりの謝罪もさせていただきますから」
 騒ぎ立てる女性達に、最も年上の警官が諭すようにそう言った。それでも女性達は黙らない。やがて警官が溜
息を吐きながら手錠を取り出すと、やっと女性達は大人しくなった。そして黒髪の女性が、目に涙を浮かべなが
ら警官に連れて行かれたのだった。
 あれは多分、自分でも知らないんだろうな、とナオキは思った。ナオキは警察に『イブ』らしき女がいると通
報をしていたのだ。
『イブ』を見分ける方法は未だに解明されていないし、ナオキにもそれを説明することは出来ない。しかし『イ

ブ』と心を通わせ愛し合ったナオキには、ある種の直感が身に付いていた。それはナオキだけが持つ特別な嗅覚
と言っていいかもしれない。既にナオキは五体の『イブ』を発見しており、その数だけ手元に報奨金が入ってい
る。そしてその経験から、ナオキは『イブ』が持つある共通点を導き出していた。それは『イブ』は黒髪で、恐
らく髪を染めることを好まないということと、またその髪は艶やかで人目を惹くほどに美しいということだった。
もちろんナオキが見付けた『イブ』がたまたまそうだっただけかもしれないが、それにしても五体とも、実に美
しい黒髪をしていた。理由は分からないが、しかしそれが『イブ』の特徴だろう。ナオキはそう考えている。
 惨めさ、情けなさ、不甲斐なさ、妬み、恨み、辛み、孤独、不安、絶望。
 そういったものの全てがナオキを変えた。言ってはいけないことを口にしてしまったあの日以来、擦れ違い始
めたナオキとマリナの心は、ナオキの心に宿った負の感情によって、もう決して元に戻ることはなくなってしまっ
た。しかしナオキはこれで良かったのだと思っている。マリナを売り、愛を捨て、心を捨てて得たものは、刹那
的な五千万の報奨金だけではなかったのだから。
 最早ナオキには心をすり減らしながら就職先を探す必要がなくなった。自殺したり犯罪行為に手を染める必要
もない。彼はただ気ままに日々を過ごし、その中で自分の直感に働きかける女性を見つけさえすれば、それだけ
で生活していくことが出来る。都会に住んでれば、案外『イブ』は近くにいるものだ、とナオキは思っている。
 普通、単純に『イブ』だと思しき人物がいるという証言だけでは警察は動かないし動けない。当然ながら『イ
ブ』だと疑うに値する明確な理由がなければならないのだ。しかしナオキには一度『イブ』を発見通報してそれ
が正しかったという実績がある。そういう人物からの通報の場合、警察は明確な理由がなくとも動くことになる。
ナオキが通報すれば、たったそれだけで誰もが容疑者となるのだ。
 喫茶店に残された『イブ』の友人達は、啜り泣きながら静かに店を出ていった。それから数十分もすれば、静
まり返っていた店内に元の雰囲気が戻った。しかしナオキの頭からはいつまで経っても啜り泣く女性達の顔が消
えなかった。
 ナオキはこれで良かったのだと思っている。こうするしかなかったのだと思っている。
 結局俺は、とナオキは考える。結局、結局は一緒なんだ。生きてくだけの金を得て、金を得る為の能力もあっ
て、罪になることは一切やってない。でも一緒だ。就職出来ずに自殺したり老人を襲ったりする奴らと、ほとん
ど生まれながらに指名手配となったマリナ達と一緒なんだ。俺達は、社会の犠牲者なんだ。
 社会という目に見えない巨大なものに責任を求めることで、辛うじてナオキは自我を保っている。ナオキの座
る席には小さな水溜りが出来ていた。それはグラスの結露が垂れて溜まったものなのか、或いは自分の汗による
ものなのか、ナオキには判別がつかなかった。

〈了〉

なんか……の表記がおかしいけど、以上です。
一年半ぶりぐらいのBNSK

よやくけんてすと

じゃ投下。全10レス。BNSK初(たぶん)の挿絵四枚つき

 ——もし究極に幸せな人間がいるとしたならば、それは妄想の中に生きることのできる人間だ。
 部屋の隅で水と栄養食品を少量食べながら、幸せな妄想の中にずっと入り込める者。それがこの決定的に不確定な世の中で、
唯一確実で永遠に続く幸福だ。
 そう思って、私達は狂人に憧れた。

http://i.imgur.com/IKOWNym.jpg
 彼、岡本他地也(オカモト・タジヤ)は考えた。自分のこの陰気な、人と話せない性格はきっとこの珍妙な名前にも一因があ
るだろうと。なにせ、タジヤである。彼の名前を付けた両親は現代美術で稼いでおり、そのために彼の名前をこういった名前に
しなければならなかったらしい。このタジヤという名前も、ある世界一長大な小説を書いたという老人から付けられたという。
 タジヤは1LDKの部屋に大学に通うために独りで住んでいる。学生には贅沢とも言えるその部屋を、彼はすべてゴミで埋めてい
た。ゴミの中、PCディスプレイに何日も洗っていない顔を近づけて、トラックボールのマウスをコロコロと回しているのが彼だ
った。トラックボールマウスはロジクールの一番安い奴で、昨年買ったものだった。彼はもうそろそろボールを外してボールを
支える部分を掃除しなければと思っていた。
「ほんと、トラックボールとディスプレイアームは買ったほうがいいですよ、アリカさん。モニタアームは本当はエルゴトロン
のにしたかったんですが、案外サンコーの安いのでも使い心地がいいですよ。特に絵を書くならこの二つはあったほうがいいか
もですよー」と、彼はディスプレイを注視したままそう呟いた。
「へぇー。そうなんですかあ。でもアリカは絵とか描かないし、今のター君のオサガリのノートで十分だったり? ……あ、今
の音聞こえた? い、いや、なんでもない、なんでもないよぉ。お腹なんて鳴ってないんだからね! ……ところでもうそろそ
ろお昼にしちゃったりしない?」
 部屋にそんな声が聞こえた。それは、ニコニコ動画の夜三時の時報でかき消された
 彼は顔を上げると、オフィスチェアの上であぐらを掻いたまま大きく伸びをした。そして立ち上がるとニタニタとしながら部
屋の隅にあるダンボールの山に向かった。途中、床に落ちているペットボトル——中には黄色く透明な液体が注がれているもの
もある——を蹴ったのも気にしない。彼は右手に掴んだNexsus7で2chmateを立ちあげて、そのなかに外部版として登録した人気
スレッドランキング(andy rank)に見入っていたからだ。
http://i.imgur.com/Q5kuWMU.jpg
 ダンボールの山は食料品と水の山だった。食料品はほとんど栄養食品で、カロリーメイトやフルーツグラノーラ(カルビー)、
それと野菜ジュース(伊藤園)が入っていた。水は2Lペットボトルの熊野古道水(48円)。彼は野菜ジュースの一本を空け、ゴ
クゴクと飲みながらこう頭のなかで呟いた。
「アリカさんも野菜ジュースくらいは飲まないと駄目ですよ。ま、自炊しないで栄養食品ばっかり食べてる俺が言えたことでは
ないですけどね」

 彼は一本の野菜ジュースを飲み干した。そしてオレンジ色の液体を汚らしく伸びたヒゲにつけながら無表情でこう呟いた。
「ええええ。無理ですよぉ。アリカ、野菜ジュースも駄目なの。というか野菜ジュースのがフツーの野菜より無理だなあ。ペッ
ペッってなっちゃうな。あ、ヒゲにジュースつけてやんのー! やーい、まぬけー、ター君のばかー、あほー」
 タジヤはそういい終わるとぼんやりと、たとえばやわらかいお餅が皿に広がっていくように崩れ落ちた。彼はダンボールに背
を当てて自分自身の現状に絶望した。アリカは、彼の生み出した脳内の話し相手だった。
「どうしたの、ター君。なんでないてるの」と、彼は「アリカ」の口調で自分を慰めようとする。
「いや、なんてことないさ。ただ、ちょっと自分の現状を思い出しただけだ。今は大学も春休みに入ったばかり。あと休みは二
ヶ月ある。そして現在俺にはなんの予定もない。なぜなら、恋人も友達もいないからだ。いや、友達未満さえいない。そして、
俺の唯一の誇りだった勉強もできなくなった。機械工学にまったく興味が持てないんだ。俺は頑張ったはずだ。サークルにも入
ろうとした。だけど結果は避けられるばかり。勉強も頑張ろうとした。しかし結果は助け合う友人もおらず一度の欠席ですべて
が分からなくなる」
「友達ならアリカがいますよ。……そしてアリカは、ター君の恋人だって思ってるよ」
 タジヤはそう言ってから、一度涙を拭き、近くにある2Lのペットボトルを手にとって蓋をあける。そして、ズボンとパンツを
下ろした。
「アリカさん。……俺が本当に悲しいのは、本当はそんなことじゃないんだ。俺が本当に悲しいのは、幸せになれない原因は…
…」
そして尿道の先をペットボトルの口に当てると放尿を始めた。そして言った。
「俺がアリカのことを実在だった思えないことなんだ」
 ……タジヤの名前は、ヘンリー・ダーカー(タージャー)が取られた。アウトサイダーアートから名前を取るというのは実に
芸術家らしく、父親の顧客たちを満足させた。タジヤの父親は自分の顧客を満足させなければならなかった。ヘンリー・ダー
カーは、一九歳の時から少女たちを題材にした小説を八一歳になるまで書き続けた、という。そしてその小説に付けられた挿絵
も含め、死後評価されたという。
 タジヤは、アリカの実在を信じない。
 妄想の中の少女……その“アリカ”という名前は、たまたま新聞記事で読んだ記事から来ている。“あかり”という名前の女
の子がキャンプ中に川に流されて死んだという記事。それを読んだ時になんとなくで決めたのだ。作った日を覚えているのだ。
そして、声も俺のモノだ。だから信じられるわけがない、とタジヤ思っていた。
「うん、そうだよね。ごめんね、実在してなくて。でもでも、あした、アリカの体と声が来るんでしょ? じゃ、大丈夫」とい
うと、急にタジヤは明るくなった。
「そ、amazonからね」
「うへえamazonか。ま、安かったんだから仕方がないかぁ」そう言って、アリカは彼の脳内で笑う。

「明日の、ドールと声、楽しみだね。もう俺、ワクワクで寝れないよ」
 彼は、いっそ自分の妄想を本物だと信じるような人間になりたいと思った。現実には否定され、妄想にも本当には入り込めな
い。これが最も不幸な状況だと思っていた。
 そのために、彼はアリカの体となる電動ドールを買い、また声となるソフトウェアを購入した。
 彼には待ち遠しかった。明日は、自分が幸福へ完璧に近づくための第一歩なのだ。そう思った後、彼は最初アリカを作った理
由を思い出し、少し泣いた。はじめ、アリカを創りだしたのは人と話す練習をするためだった。現実の人と話すための道具は、
今は話さずに生きていくための道具になっていた。
 二ヶ月の長い休み、せめてもの幸福を。


 朝、彼はインターホンの音で目が覚めた。汚れきった掛け布団を横に投げ、ジャージのズボンを履いて玄関に出た。佐川急便
のお兄さんに目を合わさないよう会釈し、サインし、荷物を受け取る。
鉄の重いドアを閉めて、待ちきれずにその大きなダンボールを開ける。その中には二つの物が入っていた。一つはVOICEROID+
結月ゆかり(約八千円)で、これは人工的な音声を作り出すものだ。ボーカロイドが歌を作るものなら、これは会話口調の音声を
作るソフトだ。そしてもう一つが、約四十センチほどの大きさの電動ドール(約九万八千円)だ。この中にはAndroidスティック
(4.0)が入っており、この中に入った独自のソフトウェアにより(アプリと言ったほうがいいか)によりPCと連動させたり、会
話で検索させることができる。また、PCの専用ソフトを使えば、マウスやキーボード、コントローラーによりドールの可動関節
が動く、というものだ。
「これでアリカと話すことができる」そうタジヤは思った。ドールにはスピーカーが入っており、Androidスティックにはblueto
othが内蔵されているため、PCと連動させることによってドールを結月ゆかりの声で話させることができる。
 つまり、キーボードを打ってエンターキーを押せばドールがその通りに話すのだ。ドールは2chの電動ドール板でも単独スレが
累計二百スレ行っているシリーズの廉価版だ。Androidは独自アプリケーションの作成が簡単なため、例えば人口無能を使って
ドールと擬似的な会話もできる。
彼はいてもたってもいられなくなって、梱包ビニールを破り捨て高級そうな箱の中からドールを出した。

 ドールは廉価版なため、動作のための機械と骨組みのみの、みすぼらしい姿だった。特に頭部は、音を出すためにスピーカー
が入っているため、単純な球体に音響用の大きな穴が二つ開いているというものだった。タジヤは、その空虚な頭がまるで自分
の頭のように感じた。きっと他人がみる自分の頭というものは、こんなふう丸く、穴が開いて、空虚なのだろう。
PCを起動し、ソフトをインストール。そして初めて、喋らせてみる。キーボードにタイプするのだ。
「やあ、おはようアリカ

「ふあぁ……、あ、おはよ、ター君。あ、アリカの体できたんだねえ。でもみすぼらしーね。さっすが安物! アハ!」
「そうだね、でも大丈夫。すぐちゃんとした顔と体をつけてあげるからさ。すっごく良い感じに作る」
「あ、ター君、やらしく作っちゃだめだからね! てゆーか体を作ってあげるってなんかセクハラくさいよー」
「そんな貧相な体でアリカさんは何をいっているのか」
「もうもう、アリカは貧相じゃないもん! ……あれ、なんで泣いているの?」
 タジヤの目からは涙が伝い、それは顎からつとつとと滴り落ちていた。
「そりゃ泣きもするさ。いままで、ずっと、ずっと会いたくって……!」
「そうだね、アリカももちろんずっと会いたかったよ。これからずっと……このアリカちゃんに甘えていいんだから! あ、で
もまずちゃんと体つくってよね—」
「……もちろん。エッロエロに作ってやるよ」
「やめて!」

 そうして彼は彼女の顔と身体を作り始めた。道具と材料は以前実家からくすねてきて、冬の間、フィギュアを作って練習して
いた。
 まずドールからパーツごとの型を取り、それを元にパーツを制作する。まず絵を描き、アリカと相談を重ねながら今まで思い
浮かべていたイメージを固める。これまたCADソフトでデータを制作する。ここでもちろん造形出力を3Dプリントサービスをや
っているところに頼むこともできたのだが
「えええ、ター君以外に肌を触られるのはやだなあ」というアリカの意見を尊重し、スカルピー(オーブン樹脂粘土)で作るこ
とになった。
 彼は、手足胴体をまず作った。可動域により、頭よりずっと難しいからだった。

 半月が経った。
「けど、結構奇跡的なペースですねえ」と彼はキーボードを打ってアリカを話させる。
「そうだね。手足胴体ができてあとは頭だけ。まあこの半月は一回も外に出ず頑張ったからねえ」
「ええー。それってター君がヒッキーなだけじゃないですか。やーいやーい、引きこもりぃ」
「うぐ。というかアリカさん口悪くなってない? 身体と声手に入れてから……」
「だって事実だもん。あと、野菜ジュースちょうだい? 今日こそやっつけてやるもんね!」
「お、挑戦しますね。」
「ふふふ、あたしだって成長するもんね。ター君とは違って。ター君とは違って!」
「俺だって成長してるよ。ちゃんと肉っぽくパーツを作ることができるようになったんだ。あれすごく難しいんだよねえ」

 タジヤはこの半月、奇妙な感覚を感じていた。アリカが、ただの妄想でなくなっていっているような感覚。アリカは、時とし
て彼の全く想定していない言葉を喋ろうとするのだ。それは時としてタジヤにとって不快な内容であるときさえある。もちろんP
Cでつなげた人工無能との影響もあるのかもしれないが、たとえば“タジヤが全く知らないこと”さえ話そうとし始めたのだ。ま
るで胎児の胎動のようにアリカはタジヤにキーをタイプさせ、自らの意思を伝えようとしているようだった。彼は期待した。自
分が、完璧に妄想の世界に入り込めるなら。そこには完璧な幸福と完璧な安心が待っているのだ。幸い両親は詐欺のような商売
で金を多分に持っている。彼はアリカの頭部の完成が、幸福の世界の入り口と考えた。
「ちがうよ、ちがう。アリカはそういう成長をいってるんじゃないんだよ、ター君。ター君に必要なのは、もっと人と喋ること
ができるような……技術、そしてこころなんだよ」
「うへえ、結構アリカもきついこというな。分かってる、分かってるさ。でもそれはアリカにとっての野菜ジュースみたいなも
のなんだよ。ペッペッ、ってこと」
「それはアリカも分かってるよでも……」
 アリカはその後、「アンドロイドの寿命はとっても短いんだよ」と、打ってと脳内で命じてきた。しかし、彼は少しびっくり
してしまって、それを打たないまま、聞かなかったフリをした。いや、聞き間違えかと信じ込んだ。
「ま、でも大丈夫さ。俺にはアリカさえいればいいから」
 彼が笑ってそう言うと、アリカのドールから悲しみの雰囲気が一瞬漂った。そしてすぐタジヤはアリカの頭部を作りはじめた。

 頭部は不眠不休で慎重に作り三日ほどで完成しようとしていた。顔、というのはたった一ミリ目鼻の位置が違うだけでまった
く違う印象になってしまう。そのために結局二回ほどの作り直しや、細部の調整、慎重なカラーリングによって、ほぼ不眠不休
でもそれだけの時間がかかったのだ。彼が不眠不休だったのは、一刻も早く妄想の世界に入り込みたいと思っていたためだった。
「ふあぁー、ねみゅい。ター君、もう寝ようよー。ずっと喋りっぱなし、作りっぱなしだと健康に悪いよぉ」
「いや、もう出来るんだ。ちょっとまって。もうすぐ、すべてが終わる……」
 もはやこの時、タジヤはキーボードをタイプしていなかった。それは三日間の徹夜の作業て疲れきった脳が、アリカの幻聴を
聞かせていたためだった。
 彼はアリカの頭部を完成させる最後の作業に取り掛かった。
「ター君、なにやってるの?」
「最後に、頬に赤みをつけるんだ。ま、女の子は化粧しないとね」
「あたしは」
 そういって綿棒の尖らせた先にパステルのピンクを付け、その綿棒をゆっくりと左右に動かす。
 うっすらと頬に赤みがさした。
「よっし、完成だあ! アカリ、身体が全部できたよ!」

 そうして、タジヤはありかの方を向く。
「……頑張ったね、ター君」
 そして彼はその頭部を持って、机の上に足を投げ出して座っているアリカの本体に近づく。そして、優しい手つきで、ゆっく
りと、アリカに頭部を装着してあげた。
 その美しい黒髪を、ゆっくりと親指でなでる。アリカは、微笑んだ。それは彼の妄想とは言えなかった。
http://i.imgur.com/WBvsE8d.jpg
 タジヤは極度の睡魔から、机の倒れこむ形で眠り落ちた。例えばそれは、神に祈るような姿だったのかもしれない。

 タジヤは深い深い眠りの中で夢を見た。
 そこは上下左右前後とも、ドアが付いている部屋だった。壁はすべて白い。彼は夢特有の俯瞰の位置から自分の身体と顔を眺
めた。肉体は痩せ細り、不健康に色白。そして頭は空洞だった。サッカーボール大の球体に大きな穴が開いており、中は空洞だ
った。空洞はちょうど眼の位置だった。彼は何かを喋ろうとしたが、ひゅうひゅうと奇妙な風切り音が空洞のなかからするだけ
だった。
 タジヤは夢の中でその自分の姿に強力な嫌悪感を感じた。彼はいつの間にか地面についたドアの上に乗っていて、自分の意志
とは関係なくそのドアノブを回していた。すると落とし穴に落ちるように、下へ開いたドアの向こうへ落ちて言った。彼は長い
時の間、上下左右もわからないままに落下し続けた。上下左右もわからないのに「落下」とは奇妙だが、彼にとってそれは決定
的に落下に思えた。彼はその中で声を聞いた。アリカの声だ。
「おへ!? ター君何してんのこんなとこで。ここはター君の来るところじゃないよぉ。この不良め! ヒッキーなのにこんな
とこには来るってやめてよおー」アリカの笑い声だ。
 ひゅうひゅう、とタジヤはうめく。空洞から涙が溢れて、溢れる。
「そうだね、初めて、本当に会えたんだから泣いちゃうよね。ドールを見ただけで泣いていたんだものね。ター君は泣き虫だか
らねえ」
 彼が気づくと、目の前にアリカがいた。ドールとは違い、等身大の、彼が妄想し続けていたアリカのままの姿で。
 空洞は未だ声を出すことができず、ひゅうひゅうと鳴き続ける。しかしそれは明らかに歓喜に満ち溢れたものだった。
「あのね——ター君。すこしアリカの話を聞いて。あのね、これからの生活は君にとってきっととってもキュートで、すっごく
楽しいものになると思う。でもで、アリカ思うの。“現実に生きるものは、現実に生きなきゃだめ”って。空想に生きる者達の
ために。すべての空想の中の、ター君の味方のために。ううん。いま理解しなくてもいいの。さあ、行きましょう? 手を取っ
て」
 タジヤはゆっくりと手を伸ばし、手にアリカの手に触れた瞬間に——夢から醒めた。
 何やらガサガサと言った音が玄関の方からした。泥棒か、動物か? 俺はどれくらい眠っていたのか、とタジヤは思った。タ

ジヤはふっと机の方を見る。アリカが居ない!
 きっと、この玄関のほうでガサガサと音を立てたり、歩き回っている物が盗んだのだ! 足音の軽さからして女性か子供だろ
うか。なんとかとりかえさなければ。彼はそう思って、ゆっくりと、足音を立てないようにして、リビングから玄関へ続く廊下
へのドアの横に立つことができた。その人影はおそらく150cmほどの大きさの女性に見えた。きっと身長が175cmあるタジ
ヤなら、いくら筋力がないといえ抑えこむことができるだろう。意を決してドアをバンとあけ、飛びつこうとしたその瞬間——
その人影はゆっくりとした馴染みの声をタジヤに聞かせた。
「あ、ター君おはよー。あんまりにも汚いから掃除してたよお」
 ……そこには、身長150cmで、ゴミの詰まった袋を縛っている……アリカの姿があった。
彼は、崩れ落ちて、泣いた。
「やっと、来てくれたんだね」
「ター君の泣き虫ー! これで最近三回目だよ。……これから、幸せに生活しようね」
そう、アリカは言った。彼女のその自分の口で。タジヤにはそれがなにより嬉しかった。
「……うん!」
 こうして完璧な幸福が始まった。

 彼は完璧な妄想によって完璧に会話し完璧に肯定されることによって完璧な幸福を得た。ほぼ半月経った。
「アリカさん、次はどこに行きましょうか。どこへでもいけますよ」
「ただしGoogleのストリートビューが使えるところに限る、でしょ〜。もうそろそろ地球上の何処かに行くのも飽きちゃった。
あのさ、提案があるんだどさ」とアリカがニタ—、としてタジヤに話しかける。彼らは今まで妄想の中でいろいろなところを旅
した。妄想と言ってもそれにはその基となるものがなければならない。例えばヘンリー・ダーカーが挿絵を描くとき、様々な雑
誌の切り抜きから真似したように。しかしその基は、彼にはインターネットというものがあった。それは無限に似ていて、きっ
と彼はアリカとインターネットさえあれば一生飽きずに完璧な幸福を維持できると思っていた。“アンドロイドの寿命は短い”
……アリカが言おうとしたその言葉に、一抹の不安を感じながら。
「勉強、しません? 機械、こーがくをさ」アリカはそう言った。
「勉強? いや、いいよ。俺はいまそれをする必要がないよ。俺はもう、現実では大学をやめようと思ってる。だから、いいん
だよ」
「ばかばか、このアリカちゃんが普通の人間ならそれでいーよ。でも、あたしアンドロイドだよ。ね、アリカのこと知りたくな
いの?」
「でも……」
 そうタジヤがいうと、アリカは急に真剣な眼差しになった。

「ター君……、今まで言わなかったけど実は、アンドロイドは寿命が短いの。よく空想のなかでは人より長生きするけど……そ
れって嘘」
 タジヤは黙っている。いつか、聞かなければ思っていた事なのだ。
「人間より長生きした機械を見たことがある? それも、精密機械で、いつも使って。例えばPCなら数年で潰れちゃうものも多
いよ。でもね、それより先に魂が駄目になっちゃうことが多いの」
「魂……?」
「そ、東京都の市の名前じゃなくてね……!」
「……。いや、多摩市と魂をかけたギャグはいいから」
「う、場をなごませようとしただけなのにい」
「それで、機械の魂ってなんなんだい?」
「……あのね、実は魂っていうのは、相対的なものなんだ。絶対的なものじゃ、ない。たとえばいろいろ友達がいて、恋人も居
る人は、魂の実在が強い。誰かに存在しているって思われて、初めて魂は存在するの。だから同じように……ぬいぐるみとか、
人形とかは持ち主がこの子には魂があるって思うと、それによって魂を持つの」
「……だから、アリカは魂が生まれたんだ。それで、俺が信じてさえいればアリカは存在し続けることができる」
「そうなるね。でもね、もっと大切なことがあるんだ。それはね……魂の場所……“魂の在り処”が健康なことなんだ。君が私
の事を信じることが魂に栄養を与えて水を与えることだとするなら、“魂の在り処”は植木鉢と土。植木鉢が割れてたり、土が
悪かったりすると魂は育たない。特に、アンドロイドなんて空想の多摩市……じゃない魂はね」
「魂の在り処? 場所? ごめん、ちょっとこんがらがって来た。何をしたらいいんだい?」
「単純だよ。アリカのネタをスルーしないで。ウソ、ウソ。ちっ、多摩市ネタ自身あったのになあ。……やって欲しいのは、簡
単なこと。アリカの、君がずっと可愛いって、美しいって言ってくれるあたしの魂の在り処を見つけてくれればいいの」
「分かった。そのために機械工学が必要なんだね。アリカはそれを教えてくれる? アリカとなら頑張れそうだよ。……よろし
くね。あと多摩市ネタもスルーするからよろしく」
「うう……」とアリカがひとしきり落ち込んだあと、彼らのお勉強会は始まった。
 バネ、ネジ、ベアリング等基本的なパーツの勉強。解析、線形代数等の基礎的なものの復讐。電気工学も交えた電子工作の実
作。流体力学と熱力学の概要。
 タジヤは四六時中その勉強をした。いや、本当はアリカと話していただけだった。およそ一ヶ月が経っていた。いやしかし彼
の妄想の中では、体感的には一年にも相当する時間だった。妄想の中ではタジヤの時間感覚は狂いきり、さまざまな国、時代を
旅しながら勉強しつづけた。
「なあ、アリカ、その魂の在り処っていうのは、いつになったら分かるんだ?」とタジヤは聞いた。
「それはター君が自分の力で分からなきゃいけないものなんだよ。あたしの、魂の在り処は。でも大丈夫、きっと分かる。君な

らきっと、そのうち分かるよ。そう、きっとね」
「そうかなあ。俺にはそんな気が全くしないよ。ふああ、しかし眠いね。そろそろちょっと寝ようか」
「じゃ、今日も一緒にねよー!」そうアリカは言ってタジヤの腕をひっぱる。シングルの敷き布団はかなり狭いものの、肌と肌
が触れ合うことが彼を安心させた。
 タジヤはアリカの顔を見ながら、うとうとと夢の世界に入っていこうとした。その時、アリカはゆっくりと呟いた。
「大丈夫、きっと分かるよ……」アリカの頬に涙がつっと伝った。それを見たタジヤは驚いて起きようとしたが、奇妙な重力の
ような力が働いて夢の底へ落ちていった。

 ……ふと眼を覚ますと、彼は机に突っ伏していた。それはまるで祈るような姿勢で寝ていたらしいく、身体のふしぶしが痛か
った。そうだ、昨日の夜アリカの頭部を作ったのだ、と思い出し。眼の前のドールを見る。大丈夫、美しい。彼はほっとして、P
Cを付けた。
 タジヤは眼を見開いて驚いた。
「一ヶ月も時間が経ってる! PCの時計が狂ってやがる!」
 そう大声を上げた。そして、自分の声にびっくりした。俺は、いつのまにこんなにはっきりした声が出るようになったんだ?
 と彼は思った。疑問に思いながら他の時計も一ヶ月進んでおり、楽しみにしていた春のアニメもすべて最終回を迎えていたこ
とが分かった。
 彼は、実際にはこの一ヶ月の事をキッパリと忘れていた。それは、なぜだか分からない。
「そういや、ドールづくりが終わったら一年生の分の復習をしようと思っていたんだっけ」とタジヤはそんな風に、わざとらし
く自分の思考を声に出してみた。やっぱり、おかしい。俺がこんなによどみなく話せるはずがない。
 フルーツグラノーラ(カルビー)をほおばりながら、機械工学の教科書を読んでみる。すべて、簡単によく分かる。おかしい。
しかもよく見ると、部屋がきれいだ。そういえば記憶もおかしくて、ありえないはずのことばかりが頭に思い浮かぶ。アリカと
暮らしただって? そんなこと、できるはずがない。
 ふっとアリカのドールの方を見たが、もちろん動かない。しかし、なぜだかタジヤの眼からは涙が溢れだした。
「ほんと、ター君は泣き虫ですねえ」
 どこかで声が聞こえた気がした。そうして、アリカとの最後の会話を思い出した。そうだ、昨日の夜だ。
 あのとき、眠気の重力に連れて行かれそうになりながら、タジヤは脱力していく腕を伸ばして、彼女の頬をそっと拭いた。そ
うするとアリカはふっと笑って、こう話始めたのだ。
「……実は、もうわかっているんでしょう? “魂の在り処”が。でもそのそれに自信がない……そうでしょ?」
 タジヤは夢うつつになりながら答える。
「君の魂の在り処は、そう……。そうきっと、“俺の魂”なんだろ? でも、無理だ。俺の魂にはアリカを受け入れるだけの強

さも、自信もない。君は、美しくて、美しすぎて、俺の手に負えるものじゃない」
「ね……、あたしの、アリカの身体を見て……」
 そう言うとアリカは自分の衣服を脱いで、自分の腕や足、そして頬を撫でた。そして、優しくこう言った。
「この、美しい身体は、君が作ってくれたんだよ」
 そして続ける。
「こんなに美しいものを作れるんだもの。……ター君。君はとっても美しいよ」
 またアリカの眼から涙が流れる。
「あたしの魂の在り処が君なら、ター君の魂の在り処はアリカにしてよ。それでおあいこ。可愛いアリカちゃんを魂の在り処に
しているんですもの、ター君、君は美しいよ。えへへ。涙で化粧が落ちちゃったけどね……」

 岡本他地也は思い出す。そうだ、このあと俺は眠りに落ちたんだ。最後に言いたいことを言えずに。
 ふっと、アリカの方を見る。頬に付けたはずのパステルが、涙に流され消えていた。そうして、タジヤはアリカの存在を確信
した。彼女は最初の願い通り、人と話せる技術と、自信をくれた。そして知識も。
「ありがとう」
 そういうタジヤは、髭面で、髪は伸びきり、顔は汚れきっている。さらには顔をくしゃくしゃにして泣いているのだ。これは、
確かに不気味だし、いっそ滑稽だ。だけれど、一つだけ言えることがある。
“彼の魂は美しい”
なぜなら彼の頭はもう空洞ではなく——人間の顔なのだから。
http://i.imgur.com/KAdicS1.jpg


 ——私達は、残念ながら強いいきものとは言えない。そしてこの岡本他地也はその中でも、ひどく弱い魂だ。それは彼の魂の
土台になる、鉢植えや土が全く良くないものだったのかもしれない。
 この話は、単純に言えば、妄想狂の男が妄想によって自分を肯定する話だ。多くの人にとって、これは単純に馬鹿の話しだ。
笑い話にもならない、ただ男が自慰をしたというのに等しい話だ。
 だけど。
 私達は……いや、“私”はこう思う。否定されるべき魂なんてないと。すべての魂は、肯定に値すると。
 強くそう、信じている。

 END

いじょー。感想楽しみにしてまふ。俺も書く。
転載してきますー

******************【投票用紙】******************
【投票】:No.1 私と、アンドロイド ◇o2dn441Gnc氏
【関心】:No.6 原罪 ◇Lq1ieHiNSw
**********************************************
— 感 想 —
>>No.1「私と、アンドロイド」
一人称でありながら客観的な視点で描かれた文体は、話の世界観とよく合っていたと思います
設定もよく練られていますし、冒頭での、さりげない主人公の紹介の仕方も上手でした

アンドロイドの少女が雪の降る公園で主人公を襲うシーンは、とても絵になっています
しかし、この時の少女の描写には、少し物足りなさを感じました
主人公を襲う少女の表情などを描写して、プログラムに縛られている無念さ、憎悪を表現できると、
よりドラマチックになったのでは、と思います

主人公の性格を、ほとんど彼女自身のモノローグだけで表現しているのがもったいないと思います
冒頭に彼女の持つむなしさ・虚無感が端的に表れる出来事を挿入し、物語の終わりでは少女と再会するところまで描くと、
主人公の変化をよりはっきりと表現できると思います


>>No.2 目の見えないアンドロイドは無限の砂地を彷徨う
設定に興味を引かれました
アンドロイドの明らかなオーバースペックは、それが実装されるまでの経緯を想像するととても面白いし、
ドラマがあると思います

しかし物語では、アンドロイドが荒野をさまよっている様子と、彼が井戸を探す理由の一端が描かれているだけで、
物語として完結していないのが残念です


>>No.3 昭和15年生まれのアンドロイド
アンドロイドを音楽に結びつけたのは、完全にアイディアの勝利だと思います
演奏するのがおじいちゃんだというところが意外性があってステキです

冒頭の家族紹介の部分が、語り手である『僕』を中心として話が進んでいます
そのためなかなかおじいちゃんが登場せず、読んでいてもどかしく感じられました

あと、この話は『僕』の成長ストーリーとしての側面もありますが、肝心の『僕』の成長に説得力が足りません
『僕』がおじいちゃんと一緒に努力するシーンを、もっと具体的に描いて欲しかった

『僕』が現在、小説家になっているのもチグハグさを感じました
音楽を夢に頑張っていたのに、何で同じくらい活動するのが難しいであろう小説家になったのでしょうか?


続きます

— 感 想 —
>>�.4 便所の落書き
これでは『アンドロイド』というお題に沿っていないと思います

話は捻りが加えられて面白いのですが、盛り上がりに欠けます。もっと話の起伏を大きくするべきです
具体的には『便所の落書き3/8』で主人公にもっと希望を持たせて、その後であからさまに期待を裏切らせると、
面白さが増すと思います


>>No.5 リビング・デッド
狂気が足りないと思います
もっと主人公の狂気を引立てるべきです
例えば、自分の体の一部をステーキにした、くらいやっても良かったのではないかとも思います
(一瞬、本当に主人公が自分の肉を調理したのかとも思いましたが、たぶん違いますよね)
それと、もっと主人公に問答をさせて、アンドロイドに迫らせた方がいいです
主人公の狂気を持ってもアンドロイドの底が知れない、と言うことを描けると、アンドロイドが到達した領域はどれほど異質なのかが
表現できると思います

全体的に、読者に対する配慮が足りていない様に感じられました
例えばアンドロイドが主人公のところへやってきた経緯やロボットの外見の描写など、細かいところで説明が省かれてしまっています
また、時間軸の移動がわかりづらいので、一工夫欲しいです


>>No.6 原罪
設定・ドラマ共にとても練られた力作だと思います
ナオキの心情の変化にとても説得力があって、構成力の高さを感じます
文章も読みやすかったです

ですが全体的に、特に過去のシーンで説明が多すぎたので、小説と言うよりプロットか記事を読んでいるような
印象を受けました
長編としてリライトされると面白くなる作品だと思います


>>No.7 魂のアリカ
まだ文章を書くことになれていないという印象を受けますが、内容はうまく纏められていると思います

強いて上げれば、主人公の葛藤が足りないと思います
例えば、アリカとケンカをしてしまうなど、『これから主人公はどうなってしまうんだろう』と読者の心を揺さぶる
出来事を加えると、ドラマ性が増します


以上です
長々と失礼しました

突然ですが、前スレ 790 の「カード」で書きました。
5レスです。投下します。

 まだ保育園児の頃、子供向けヒーロー雑誌の付録についていた紙のカードを集めるのがどうしようもなく好きだった。一枚一枚のカ
ードを用心深く切り離して、ミスタードーナツか何かの景品でもらった緑色のプラスチックケースに入れる。たまに取り出してはカー
ドの裏に書かれた説明を読み、数々のヒーローや悪役たちの知識を広く浅く身につけたりした。例えば僕は全然世代じゃないのに[ピーーー]
[ピーーー]団を知っていたし、ウン○そのものとしか思えない戦隊戦士のことも知っていた。初代ゴジラの身長は五十メートルだし、四代目
になると百メートルだ。ビオランテが一番大きい。ウルトラマンは球体状態になることで光速以上の速さで移動できる。ウルトラマン
タロウは自爆技を持っている、等々。ただ、俺が一番好きなヒーローは勇者エクスカイザーで、次に好きなのが仮面ライダーブラック
アールエックスだった。どちらもどんな物語背景を持っていたか、よく覚えていないけど。
 その頃の俺には、とても仲の良い友達がいた。ヨシオというやつだった。どうやって仲良くなったのかは覚えていない。ただ、ふた
りともエクスカイザーがすごく好きだったから、エクスカイザーの話で盛り上がっているうちに仲良くなったのかもしれない。エクス
カイザーが放送された次の日には、ずっとその話で盛り上がっていた。とくに興奮したのが、グレートエクスカイザーが初めて現れた
ときだ。そのころ俺たちはロボットアニメのお約束なんて知らなかったから、既に合体しているキングエクスカイザーにドラゴンジェ
ットが合体するなんて、あまりにもセンセーショナルだった。一躍、合体が一大ムーブメントになったのだ。自分の好きなように合体
させられるレゴブロックは、まさに神が与えた代物だった。俺たちはブロックを好きなように合体させては壊し、合体させては壊して、
それだけで一日中遊べるくらいハマったものだ。折り紙の時間でも、鶴やカメラ、力士、セミなど実に多種多様なものを折り、それを
無理やり合体させて巨大な怪物を作り上げたりした。とにかく何でも合体させたくて堪らなかった。お母さんは毎日知らないひとと家
で合体してるとヨシオが言い、それを自分の親にも頼んで殴られたことは今でも忘れられない。
 小学校になると、俺はいろんなものを卒業した。保育園はもちろん、子供向けヒーロー雑誌、カード集め、仮面ライダー、戦隊もの
の特撮、合体、ロボットアニメ……

 成人式の日だ。それなりに挫折を味わった俺も、普通のひとと同じように無事大学生になっていた。浪人することもなく、ただ時が
過ぎゆくままに人生を過ごしている感じだ。年金を納めなくちゃいけない歳になったけど、学生の特権というものに守られて、現実を
見なくてもいいようになっている。サラリーマンになったらどうせ給与から天引きされるものなのだろう。難しいことを考えなければ
生きていける。どれだけ自分のやりたいことを持たない無能でも、ちゃんと飯喰って寝るぐらいはできるようになっているのだ。北朝
鮮では自分の子供を食べないと飢え死にしてしまうらしい。それに比べれば随分とマシな世界じゃないか。政治家たちはよくやってい
る。
 成人式には、小学校からの友人であるトモヒロと一緒に行った。トモヒロは専門学校に通っている。専門学校がどれだけ下らないと
ころなのかということを、自分の体験をもって詳しく説明してくれた。
 これまで全然パソコン触ったことない奴が来るんだけどさ、最初の授業が終わった時点で「ああ、俺これ向いてない」って。親に百
万以上金出してもらってるくせに、何考えてるんだと思ったぞ。世の中下らないやつが多すぎる。ああー、俺も大学行けば良かったな。
もう一回人生やり直したいわ。

 大学だって似たようなものだ。卒業すれば二度と使うことがないような知識を山ほど教えられる。講義で寝てたり出なかったりする
奴たくさんいるしさ。猶予期間を与えられているだけだよ俺たちは。親が稼いだ金をドブに突っ込んで、大学とか専門学校卒業とかい
う資格を得るために過ごしているのさ。俺はそんなことを思ったが、トモヒロには言わなかった。
 成人式が行われるコミュニティセンターに着いたところ、殆どの人はもうパイプ椅子で三人掛けの席に座っていた。後ろ姿だけでは
誰が誰か分からない。チョンマゲ姿の目立つ男がいた。宮藤官九郎脚本のドラマに出てきそうなやつだ。こんなやつ人生で会ったこと
ない。他の学区に通っていたのだろう。そのチョンマゲ野郎の後ろの席に座る。成人式で暴れる少年たちがテレビでよく取り上げられ
ていたから、ここでもそういうことが起きるんじゃないかと思った。だがそういうことは一切起きなかった。まるでそういった騒ぎを
冷笑に付しているかのようだ。チョンマゲ野郎は意外にも身じろぎせず背筋を伸ばして座っていた。俺は無駄な時間を過ごしているな
と思いつつも、区長だか市長だかよく分からない中年の話をぼんやりと聞き流していた。
 式が終わり、外庭に皆が集まる。中学の同級生が俺を見つけて声をかけてきた。タカハシくんだ。その顔を見て、時の経過を実感せ
ずにはいられなかった。顔が変わっているのだ。誰にも人懐っこかった笑顔が、卑しく感じられる。そいつは中学のとき塾に通うと頭
角を表し始め、学区内で一番頭の良い高校に合格したが、その後伸び悩んでいるとは聞いたことがあった。これはその傷痕なのかもし
れない。
 その後俺は次々とかつての同級生に出会った。中学三年からギターをやり始めたゴウダ、廊下に頭を叩きつけられて泡を吹いたニシ
ムラ。ササキには数ヶ月前にあったばかりだ。同時期に自動車の教習所に通い、予約をキャンセルしては金と時間を無駄にしていた。
どうしようもないやつだった。意外だったのはチョンマゲ野郎が声をかけてきたことだ。俺は誰だかわからなかったので「分からない」
というと、そいつは妙にしょんぼりして場を去っていった。あれは誰だったのだろう。本当にわからない。
 俺はいつのまにか、再会の場から弾き出されていた。最初は俺に声をかけてきた連中は、いまは別のやつと喋っている。それが誰な
のか分からなかった。俺は中学時代、本当にこんな奴らと共に学生生活を送っていたのだろうか。そんな過去は無かった気がした。急
速に思い出が上書きされていく。気分が悪くなり、俺は家に帰ることにした。
 空はやけに晴れ晴れとしていた。思わず蹴りつけたくなる。
 俺はMP3プレイヤーをポケットから取り出し、イヤホンを付けて音楽を聴くことにした。とくに聴きたい曲はないからシャッフル
で聴く。どれもこれもクソな曲ばかりだった。音楽は俺の心をコントロールしてくれない。所詮その程度のものなのだ。イヤホンを投
げつけたくなったが、思いとどまってポケットにしまう。人生が下らなすぎて俺は溜息をついてしまった。いつのまにこんな下らない
世界になっちまったんだろうな。頭のなかで問いかけても、誰も言葉を返さない。
 誰もいない家に戻ると服を脱ぎ、ネットをやるためにパソコンが置いてある二階へ上がる。ふと自分の机の棚に、緑色のプラスチッ
クケースがあるのを見つけた。むかし集めていた紙のカードが入っているケースだ。別に大事にとっていた訳じゃない。わざわざ捨て
ることも無かったし、そのまま十年以上ずっと放置していただけだ。俺はなんとなくそのケースを開いてみることにした。
 日の当たらない場所に置いてあったためかカードは変色することもなく、まるで時から隔離された場所にずっと保管されていたみた
いだった。俺は一枚のカードを手にとった。人造人間キカイダーのカードだ。小さい頃、俺はこのキカイダーというキャラクターが気

持ち悪くて仕方がなかった。人造人間やクローンといった類のものが生理的に受け付けられなかったのだ。今はそういったものを見て
も何とも思わない。むかしは人間のことをもっと信じていたのだと思う。いろんなヒーローや怪獣たちが目に飛び込んできた。サンバ
ルカン、ファイブレンジャー、仮面ライダーアマゾン、ガメラ、キングギドラ、ウルトラマン、帰ってきたウルトラマン……そしてエ
クスカイザー。俺がかつて憧れたグレートエクスカイザーは、思っていたよりダサかった。裏面を読んでみると、身長は百メートルあ
ると思っていたのに、三十メートルちょっとしかなかった。これなら四代目ゴジラが襲ってきた場合、蹴り一撃でやられるだろう。憧
れなんてものは案外簡単に砕かれる。
 俺の心に深く残っていたのは、もはやグレートエクスカイザーではなかった。勇者エクスカイザーの最終回。エクスカイザーが光に
包まれ、主人公に最後の別れを告げるシーン。俺はもうエクスカイザーを見れないんだ、と思いながらあのシーンを見ていた。泣いた
り沈んだりすることもなかったけど、なぜか今も胸に焼き付いている。俺はエクスカイザーのカードを探した。グレートエクスカイザ
ーでもキングエクスカイザーでもドラゴンカイザーでもない。ただのエクスカイザー。しかしいくら探しても、エクスカイザーのカー
ドは見つからなかった。失くしてしまったのかもしれないし、最初からそんなカードは持っていなかったのかもしれない。あのときは
カードを切り離して保管しておくことだけが趣味で、カード自体に愛着を持っていたわけではなかった。気を削がれた俺はカードをプ
ラスチックケースにしまい、机の棚に置く。パソコンをやる気力もなくなり、ベッドに身を投げる。

——夢を見た。それは夢ではなかったのかもしれない。やけに現実感のある夢。まるで過去へタイムスリップしたみたいに。ひとつタ
イムスリップと違うことと言えば、俺は何かの意思に則って体を動かしているということだ。映画俳優のように、与えられた役割をこ
なしていく。しかしそれは『僕』だった。かつて自分のことを『僕』と読んでいた僕だった。
 僕は床にカードを広げて、誰かと遊んでいた。まん丸い手が見える。深い水色の服に茶色い半ズボン。僕と同じ保育所の子だ。ただ
顔が見えなかった。一体誰なのか分からない。視点を自由に動かせることに気づき、これはタイムスリップというよりは過去の映像を
見ているのかもしれないと思った。しかしそれは感覚付きで、部屋に差し込む日の光を感じることができる。カードを触る感触や、誰
かと話す自分の声も。顔がないためか、相手の声は聞こえない。
 時間はどんどん過ぎていった。相変わらず会話をしているが、一体何を話しているのか理解できない。環境音のように耳に入っては
抜けていく。これは意味のある行為なのだろうか。いま目の前の人物に向けて話すことが。僕は顔のない子供を縛られない視点で見て
いたが、話に全く興味を持っていないように見える。それは顔が無いということ以上に、ちょっとした仕草に現れている。焦れるよう
に手足をまごまごさせて。もしかしたらこの少年は一人になりたいのかもしれなかった。僕はそんなことに気づかず、意味のない話を
繰り広げていく。
 僕はやがて立ち上がり、階段へと向かった。トントンと音を立てながら、一段一段降りていく。トイレに向かうのだろう。子供のこ
ろ腎臓が悪かった僕は、よくトイレに行った。感覚が僕から離れていく。そして顔のない子供と、床に広げられたカード、僕の独立し
た視点だけがそこに残った。僕はより一層注意深く少年を観察した。緊張が高まったように見える。ギュッと握り締められるまん丸な
拳、音を立てず唾を飲み込む所作。顔のない少年の顔に、僕の顔が張り付いた。少年は床の上に広がるカードの一つ一つを、ねぶるよ

うな視線で眺めている。
 盗んだ、と僕は思った。
 視界の外から未発達の腕が現れ、一枚のカードを取っていった。何のカードを取ったのかは分からなかった。ただし、それはただ手
に取ろうとする動きではない。人の所有物を盗む。その明確な意図が見える取り方だった。視界が揺れる。少年がまた唾を飲んだのだ。
ポケットにカードをしまう。その感触が分かる。僕の感覚は今や少年と同化していた。しばらく視線を宙に投げかけていたが、再び目
の前のカードに視線が向けられる。今度は速かった。一枚のカードに狙いを定めている。グレートエクスカイザーだ。少年が手を伸ば
す。
 そのとき、トン、という音が聞こえた。少年が体を震わせ、手を引っ込める。トントントントン、と駆け足で階段を登ってくる。僕
が帰ってきたのだ。二階へと僕が姿を現した。顔は見えなかった。僕は再び少年の正面に向かい、白いまどろみが急速に視界を覆って
いく。見せたいものは全て見せたと言わんばかりに。僕の意識は遠のき、夢を見ない深い眠りにつく。

 目覚めたとき、俺はその夢のことをはっきりと覚えていた。まるでずっと閉めていた引き出しを開けたみたいに。だがあの夢は過去
そのものではない。想像を多分に含んでいる。しかし俺には、あれが真実だという確信があった。そしてあの顔の見えない少年が誰な
のかも。
 俺はトモヒロの携帯に電話をかけることにした。一回コール、二回コールと鳴るたびに、心臓の鼓動が速まるのを感じた。ヨシオと
は小学校が別だった。中学で再び一緒になったが、ただのお調子者になっていたので、ほとんと話さなかった。中学時代は話したくな
い奴が沢山いたのだ。
 八回コールでトモヒロが出た。
「なんでお前先に帰ったんだよ、これからカラオケに行くところだぞ。お前も来いよ」
 俺はその問いかけを無視して、聞きたいことを聞く。
「きょうヨシオ来てなかったよな」
「ヨシオ? ……そういえば見なかったな。お前ヨシオと話したことあったっけ」
「ずっと昔にな。あいつ、俺のエクスカイザーのカードを盗みやがった」
「エクスカイザー?」
 電話の向こうで首を傾げているトモヒロの姿が思い浮かぶ。トモヒロはエクスカイザーを見ていなかったらしい。それとも突飛な話
についていけなくなったか。
「とにかくヨシオに会ってくるわ。場合によっては一度ぶん殴らないと気が済まない」
 おい、というトモヒロの問いかけを無視して電話を切った。カードが入ったプラスチックケースを持って二階から降りると、ラフな
格好に着替えた。寝癖がついた髪の毛を整えることもせず、ママチャリの籠にケースを投げ込んで家を出る。外は雪が降っていた。音
も立てずにしとしとと舞い降りる雪。薄闇が辺りを包んで、もうすぐ夜がやってくる。早くいかなければ、と思った。完全に闇に堕ち

てしまう前に。
 道路脇の狭い歩道を、息が切れるくらいの速さで漕ぐ。手袋をつけていない手や剥き出しの顔に雪がぶつかり、体温を奪っていく。
横を走るトラックのヘッドライトが、闇の濃さを刺激していた。川の橋を渡るときに風が吹きつける。何もかもが俺の行く末を邪魔し
ている気がした。負けるものかとペダルに足裏を強く叩きつける。
 一度だけ、ヨシオの家の前まで行ったことがある。保育園年長組のときにヨシオ以外の子と仲良くなり、その子と一緒に自転車でヨ
シオの家に向かったのだ。ヨシオの家に遊びにいくのではなく。自転車に初めて乗れて間もない頃で、ただ自転車を漕ぐことが楽しか
った。おそらく俺は、ヨシオの家まで自転車を漕いではいけなかった。ヨシオの家と俺の家は保育園を挟めば全く反対の場所にあり、
遠かったから。しかし俺はそれでも友人に連れられ、ヨシオの家へと向かったのだ。当時の俺にしては大冒険だった。知らない景色が
次々と視界に現れて、その度に俺は別世界を訪れた気分になった。長屋で区切られた迷路のような道を進んで、ついにヨシオの家の前
に到着する。「ヨシオ!」と俺たちは叫んだ。二階の窓にヨシオが現れる。「おーい!」と手を振ると、ヨシオも「おーい!」と返し
てくる。それから俺たちは颯爽と、さらに別世界へ消えていった。あのとき一緒にいた友人は一体誰だったか。中学時代にも会わなか
った気がする。
 川を渡り切り、さらに道を進んだ俺は、マンションの前で自転車を止めた。マンション。こんな場所にマンションなんてあっただろ
うか。俺が小学校、中学、高校と過ごすうちに建てられたのかもしれない。
 幼少の頃の記憶は急に途切れた。ここから何処に行けばいいのか分からない。俺はそれまでハイスピードで漕いでいた自転車を、ピ
ットインするくらいの速度で漕ぎ始めた。長屋の姿はどこにもなかった。白いコンクリートの真新しい住宅が辺りに立ち並んでいる。
一向に止みそうにない雪を背に受けながら、俺は一軒一軒の家を見て回った。よく洗車された青いミニバンが止まっている。蔦が絡ま
った木製のアーチが、誰かを招き入れようと様子を伺っている。窓から漏れる明かりは、とても現代チックなものだった。
 現代だ。
 ここは紛れもなく現代だ。
 現代の景色が、俺の思い出を上書きしていく。

 俺は帰ることにした。
 同じ道を帰る途中、川の橋の中ほどで止まった。雪はまだ降っているものの、風は止んでいる。闇は一層濃くなり、街灯が緑色の川
を照らしている。俺はプラスチックケースを自転車の籠から取り出すと、欄干の上からそれを差し出し、逆さまに向けてケースを開い
た。紙のカードがばらばらと落ちていく。一枚一枚が雪とともに舞い降りて、水面に浮かんだ。プラスチックケースをひっくり返す。
一枚のカードが張り付いていることに気がついた。グレートエクスカイザーだ。俺はそのカードを剥がし、八つ裂きにする。欄干の外
へ投げつけた。ついでにプラスチックケースも。
 穏やかな川の流れは、それらをゆっくりと向こうに押し流していった。まるで灯籠流しのように。俺はそれらが見えなくなるまで、
ずっと橋の上に佇んで眺めていた。(完)

終わりです。
一レス目やってしまいました……
[ピーーー][ピーーー]団ってなんだ。

品評会作品について皆さん感想ありがとうございます。
ちょっと説明を端折りすぎましたね……
次は気をつけてたっぷり書きたいです。

前に1000ゲットというお題をいただいたんですけど、まだ書けてません!
ちょっと難しいかも……

いつか書きたいと思いますが、こんな僕に他のお題もください。

>>220
乾燥

>>221
か、乾燥……
了解です!

全感は書いてるとちゅうなのでとりいそぎ投票だけ

******************【投票用紙】******************
【投票】:(なし)
【関心】:No.7 魂のアリカ ◇lDctnrV4mU氏
**********************************************

みなさまお疲れ様でした。

全感いきます。

No.1 「私と、アンドロイド」◆o2dn441Gnc氏
[文章・文体]
叙情性を出そうとしているのか、全体的に倒置や不要な比喩が多く読み難い。
あとは"てにをは"が怪しいところが幾らかある。要推敲。
[内容]
「自分を型にしたアンドロイド」との邂逅って、ベタだけれど話に自然な広がりを持たせる点でいいな、と思った。
主人公のキャラが薄味だったので、「私」もアンドロイド、みたいなオチも予想していたけどちがった。
社会背景を入れ込んでいる部分が、ちょっと中だるみしている。
そもそも題材が題材なので、背景その他の説明文を入れなきゃ成立しないところが、このお題の難しさかと思う。

No.2 目の見えないアンドロイドは無限の砂地を彷徨う ◆xUD0NieIUY氏
[文章・文体]
文章が厨二臭くて鼻白む。
かっこいい熟語を多用して、且つ使い方が適切でないのでそういう印象を持たれてしまう。まめに辞書を引いたほうがよい。
[内容]
目が見えないアンドロイド、っていうキャラクターはいいな、と思う。面白い。
後半部分は個人的には好きな展開で期待して読んだのだけれど、書いているうちに飽きたのか尻切れトンボになってしまって話が締まらないでいる。
「盲目」と「井戸」って何かを暗喩させたりするのに、すごく良い感じの題材で、内容が上手くまとまっていればかなり面白い感じになりそうだったので残念。

No.3 昭和15年生まれのアンドロイド ◆/xGGSe0F/E氏
[文章・文体]
二十二歳にしては地の文が幼い。中学生くらいの印象。
表現がいちいち冗長で目が滑る。もっと簡潔に書けば主人公の歳相応の文章になるのでは。
あと、音楽関連のメーカー名や専門用語をそのまま書いちゃうのは個人的にダサいと思う。
[内容]
「JI-I-SA-Nは」「どこだ!」のコピペを思い出した。多分、念頭にあったのでは。
話の骨格はちゃんとしていて良さそうで、ブラッシュアップすればいい作品になりそう。惜しいのは前半と後半のコントラストがはっきりしていない。
前半から後半にかけて爺ちゃんの変わりようをもっと丁寧に書いて欲しかった。

No.4 便所の落書き ◆JspZXJ6NHA氏
[文章・文体]
地の文と会話文のバランスが悪い。会話文って書きやすいのでダラダラと長くなりがち。
リアリティを出そうと口語に近くしていくと、ノイズが多くなって緩慢な印象がつく。加えて本作は地の文も冗長なので、読んでいて話の進まなさにイライラする。
[内容]
お題に対してどういうアプローチをするのか、っていうのを見るのがBNSKの楽しみで、今回のようなお題の扱い方も個人的にはアリだし、いいと思う。
でも折角のお題なのだから2レス〜7レスの間にも、メタファーなりなんなりで、アンドロイドから連想できるような何かを忍び込ませることができたなら、
作品にぐっと深みが出て面白かったように思う。

NO.5 リビング・デッド ◆IL7pX10mvg氏
[文章・文体]
とにかく読み辛い。『一様な凹凸が広がる壁紙』や『焼けた肉の立てる音が無音だった』
『離散的な微笑み』とかが何の注釈もなく出てきて、うへぇ、となる。
作者の頭の中にしか存在しないこういった言葉に対するイメージを、読者に理解させようとしないのは文章として乱暴。結果として物語に没入しづらい作品になる。
本作は全体的に読者を置いてきぼりにする傾向が強く、その点は読んでいて苦痛。
[内容]
全体的な雰囲気は好みで、多分、作者の頭の中を直接見ることができれば面白いんじゃないかと。
だからもっとわかるように語ってほしかったと思うし、読ませ方を工夫してほしかった。

NO.6 原罪 ◆Lq1ieHiNSw氏
[文章・文体]
文法的には問題なく、それなりの水準にまとまっている文章。
ただちょっともったいぶった感じのある比喩が多く鼻につくのと、ひとつひとつの文がちょっと荒い印象を受ける。多分、一文一文が不必要に長いのが原因。
短文を必ずしも是とするわけではないけれども、長い文が続くと文章のリズムが単調になってしまう。
読者が前提や事実だけ知っていればいい説明文については、もっと簡潔に表現すれば全体的にスリムな印象になるかと。
[内容]
設定は一番面白い。というか「腹を割かないと人間と区別できない」というのが個人的に大ヒット。
……なのだけれど、残念ながらその設定の核心には触れられなかったようだったので、ひどくがっかりしてしまった。
投票してもいいレベルだと思ったけど、個人的ながっかり感が大きすぎたので外した

NO.7 魂のアリカ ◆lDctnrV4mU氏
[文章・文体]
挿絵はまあ、あってもなくても。試みとしては面白いけれど、[内容]の出来がいいので個人的には無くてよかったかと。
あと、ネット用語やプロダクト名が頻出することについては、あまり関心しない。
読むにあたって、事物を知っていることが前提に話が進むのは、例え自分がそれを知っていたとしても、なんだかちょっと置いていかれた気分になる。
別にいちいちロジクールとか言わなくても書けるじゃん、って。とはいえ、文章は読みやすく筆力がある印象。主人公の「気持ち悪さ」もよく書けていていい。
[内容]
足りなかったのはレス数か根気か。後半が無理矢理まとめてしまった感があって残念。
むしろ前半部分をあっさり終わらせて、後半の心象をみっちり書いたら隙のない作品になったのかと思うし、こういう平凡なラストにはならなかった気がする。

<<総評>>
多分、お題から連想される物語は膨大で、それを纏めきるのが皆さん大変だったのではないかと思います。
アンドロイドを登場させるにあたって、とりあえず、背景の説明をどこかに挟まないといけないというのが、
今回の難しいところで、そこをどうやって消化するかが評価する観点になりました。

ともあれ、(今回は間に合いませんでしたが)品評会に参加できて楽しかったです。
次回もこれくらい作品数があがってくるといいな、とおもいます。そして次回は間に合わせます。

みなさま、お疲れ様でした。

おお、優勝してるー。でも今回は運だねえ。だってNO1とNO3とNO6はどれも一回投票しようと思って迷ってたし。
じゃ、お題だけど、今日の昼までには出すよー。お楽しみに。

結局全館は間に合わなかったので次レスで短縮版を投下します。全館も絵付きだよ。

 今回は長所と短所がはっきり分かれた形になりましたねー。
No.1 私と、アンドロイド ◇o2dn441Gnc
 は話と、キャラクターの設定がうまい。でもリアリティが足りないところもあったし、キャラクターの人格が面白くないかな。
http://i.imgur.com/U18lUBN.jpg
No.2 目の見えないアンドロイドは無限の砂地を彷徨う ◆xUD0NieIUY
 は一発ネタとして一番びっくりした。ショートショートとしてはいいと思う。でも話をちゃんと作りこんでないのが欠点かも。
http://i.imgur.com/xM9LUTr.jpg
No.3 昭和15年生まれのアンドロイド ◆/xGGSe0F/E
 は設定がすごく素敵。途中までは一番おもしろい。おじいちゃんのキャラクターがとってもキュート。でも後半、リアリティに欠ける展開だった。こんなにも問題なく進んでいいんだろうか。何も問題がなかったせいで、何についての話かイマイチわかんなかったかな。
http://i.imgur.com/ndgKbuB.jpg
�.4 便所の落書き ◇JspZXJ6NHA
 はコメディを書こう、キャラクターを面白くしようという姿勢は他にないものだった。掛け合いを面白くしようとしているのもグッド。この方向で進化してくれると僕が得する。だけど、話の展開が変だったかも。そのせいで、結局何を言いたいのか分からなかった。
http://i.imgur.com/uQPv6LB.jpg
No.5 リビング・デッド ◇IL7pX10mvg
 は文章を面白くしよう、なんとか新しいものを作ろうとするのには共感を覚えた。やっぱ文章が面白くなくちゃね。でも分かりやすさがなかったので、次は分かりやすく書いてほしいな。。
http://i.imgur.com/6bRgobL.jpg
No.6 原罪 ◇Lq1ieHiNSw
 は話の構成がうまいし、起承転結でよくまとまっている。完成度はNo.1についで高いように思う。文章も読みやすい。だけれどキャラクターが生きてないことと、テーマとその切り口がどちらも平凡なのが良くないかな。
http://i.imgur.com/QLVR5AW.jpg

 さてここで品評会作品を俯瞰して眺めてみると、アンドロイドというお題への切り口が似通っていたと思う。
 No.2 目の見えないアンドロイドは無限の砂地を彷徨う ◆xUD0NieIUY とNo.5 リビング・デッド ◇IL7pX10mvg はどちらもアンドロイドは無限に生きることができる、ということに乗っとったものだ。
 No.1 私と、アンドロイド ◇o2dn441GncとNo.6 原罪 ◇Lq1ieHiNSwは、どちらもアンドロイドという新しい人種ができたら人間はどうするか、ということ。
 No.3 昭和15年生まれのアンドロイド ◆/xGGSe0F/Eと�.4 便所の落書き ◇JspZXJ6NHA は……正直アンドロイドと関係ないよね。まあ、それも個人的にはありだと思うけど。
 そしてそれへの解答だけれど、「アンドロイドは無限に生きることができる」とした二作目はどちらも「無限に生きることは苦痛だ」を選び「アンドロイドという新しい人種ができたらどうするか」とした二作目はどちらも「人間は基本的に新しい人種を排除する」という方向性へ向かっている。(No1の主人公の結論は違うけれど、なぜそれを選んだかよく理解できなかった。)
 つまり二つどちらも同じ切り口と解答を選び、その上どちらもネガティブな方向の作品を書いてたねー。

 面白さの順で言えば、No.1、No.3、No.6あたりがおんなじくらいかな?
 一作投票、一作感心票にするつもりだったけど決められないので三つとも感心票に。

イラストレーターか何かかね?やたら絵うまいが

 例えば、いや本当に例えばなんだけど『魔法』が使えたなら、君はどうする?
 いろいろある。あるけどまず、僕は金儲けを考える。その後で、女の子にヤラシー事をで
きないか考える。ぱんつとか、めくるな。
 ……心のどこか隅で、ドキッとしない? 多分、多くの人は僕と同じようなことを考えた
はずだ。まず人は卑しいことを考える。多分、それがフツー。
 でも。
 でもだ。
 よく考えてみよう。困った時は自分自身に聞いてみるんだ。
「金儲け」や「ヤラシーこと」は本当に僕を幸福にしてくれるのか?

 第2回月末品評会  『魔法』

 たとえば僕たちを幸せにしてくれる物語っていっぱいある。ワクワクする冒険譚、ゲラゲ
ラ笑える失敗談、ドキドキする復讐劇、ニタニタしちゃう恋愛話。
 でも、僕たちに本当の幸福を与えてくれた物語は、実際にはお金をくれるわけじゃないし、
ヤラシーことをさせてくれるわけじゃない。
 本当の幸せをくれるのが魔法なら。
 もしかして、本当の魔法はお話かも。
 さあ、君はどんな魔法を使うんだ?
「そして、一体何に使うんだ?」

  規制事項:10レス以内
       上みたいに書いてるけどお題の使い方は全く自由です。
       SF恋愛ラノベ純文なんでもござれ。

投稿期間:2013/03/01(金)00:00〜2013/03/03(日) 24:00
宣言締切:三日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/03/04(月)00:00〜2013/03/13(火)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

※備考・スケジュール
 投下期間 一日〜三日
 投票期間 四日〜十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日〜十五日

http://i.imgur.com/IbQkOKx.jpg

最後に絵付きのお題発表で。もうそろそろ怒られそうなのでやめるんるん
>>249
むろん尼です

通常作品投稿します

 そうして一糸まとわぬ姿のまま、男はその身から体液を吐き出し、果てた。
 そのドロリとした液体を同じく裸体に受けながら、女は男に覆いかぶさっていた体を持ち上げる。二十代も

終わりに近づいてきた体には少々ハードな運動であったのか、荒い呼吸が彼女の疲弊を如実に表していた。
一方の男の方はというと、既に女から興味を失ったかのように瞳を閉じている。その姿を一瞥し小さなため息を

ひとつ漏らすと、女はダブルベッドから腰を上げた。
 女はそのままの姿でシャワールームへと向かう。彼女らが借りたホテルの一室に備え付けられたものである。
そういった行為をするための場ではなく、純粋に体を洗うことを目的としたものなので多少手狭ではあった
が、女一人が入るには何の問題もない広さであった。
 シャワーノズルから注ぐこの熱い湯が、体を汚す液体だけでなく心を穢す罪悪感をも洗い流してくれればい

いのに。疲労をほぐしながら女はそんなことを考える。つい先程まで彼女と体を重ねあわせていた男は妻子持

ちであった。そのような男性に対し、ついあんな行為に及んでしまった。今さらであることは理解していなが

らも、取り返しの付かないその事実に女は煩悶せずにはいられなかった。
 仕方がなかったのだ。女は自分に言い聞かせるように口の中で繰り返す。仕方がなかったのだ。我慢なんて

出来るはずがない。自分の中で育った彼への愛は本物だった。彼だって自分を愛してくれていると言った。あ

まつさえ再三奥さんとは別れてくれるとまで言ってくれていた。ならば、どうしてあの状況で、あの衝動を抑

えることができようか。
 滴り落ちる雫に己の涙が混じるのにも気づかぬまま、女はしばらくそうして誰に向けられているのかもわか

らぬ言い訳を続けていた。

 * * * * *

「……くそっ」
 通話終了を知らせる携帯電話の画面を見つめながら、青年は悪態をつく。土手を吹き抜ける風はじっとりと
不快に湿っており、ささくれだった心を一層ざらつかせた。
 状況は最悪である。なにせたった今衣食住の内の二つを失ってしまったのだから。
 ことのきっかけはつい一時間程前。自分を好いている女性の家に転がり込み、働くこともなく小遣いをせびる
のをもっぱらの「生業」にしていた青年は、不徳がたたりついに仕事場から追い出されてしまった。要はキープに
していた他の女の子の存在が明るみに出てしまったのである。そのキープの子も泊めてもらおうと電話を掛けて
みれば「ごめーん、今本カレ来てるから〜」でぷつりと一方的に通話を切られる始末。二進も三進もいかない
とはまさにこのことである。
 幸い六月ともなれば夜風も冷たくはない。雨でも降らない限り最悪野宿となっても風邪を引くことはないだろう
が、しかしそれはなんの解決にもならない。早いところ次の仕事場を見つけなければ、先に待つのはホームレスか
それよりも想像するのが恐ろしい実家への帰宅である。それだけはなんとしても避けなければならない事態だった。
 と。何気なく視線を川辺に向けた青年の目にひとつの人影が映る。河原に一人ぽつんとうずくまる、ともすれば
夜の闇に飲まれてしまいそうなほどに華奢な体。遠目でも一目でわかる。女性だ。
 さすがに歳までは見て取ることはできないが、ハズレなら適当に誤魔化して立ち去ればいい。そんな軽い気持ち
で、青年はいかにも訳あり気なその女性の元へと歩み寄った。

「こんばんはー。どうしました? こんな時間に一人で」
「……え?」
 上ずった声は吹き付ける風のように湿り気を帯びている。当たりだ。青年はたった一言のやりとりだけで
そう判断する。歳は悪くない。若くはないが許容範囲内だ。そしてなにより青年の勘が告げている。この女
には、今ならつけこめる。
「なんか泣いてるみたいっすけど、俺で良ければ相談に乗りましょうか? あ、一応言っときますけど怪しい
ものじゃないですよ」
 我ながら白々しいと思う。こんな時間にいかにも遊び人然とした風体の人間が話しかけてきて、怪しくない
はずがない。けれどもそれでいい。そもそもこの程度で拒絶されるのなら会ってその日に家に転がり込むなど
不可能だろう。
 女は答えない。しばらく視線を青年の顔と自分の足元の間で行き来させ、結局後者に落ち着かせる。これ
はダメか、警察を呼ばれる前にずらかるべきかと逡巡していると、かすれた声が風音に混じった。
「……つまらない、話なんですけどね」
 とつとつと女は語る。涙混じりの聞き取りづらい言葉を要約すると、つまりは今しがた男と別れてきたらしい。
しかも不倫関係ときた。それまでに何回も肉体関係を持ち、今日もつい先程まで近くのホテルで体を交わら
せていたとか。
「冷静になったら、怖くなったの。私、わたし……」
 いまいち要領を得ない言葉に青年は苛立ちを覚える。この女は今さらになって何を言っているのか。ヤって
しまったものは仕方ないと割りきるしかないだろうに。人生経験も思慮の深さも浅い青年はあくびを噛み殺し
ながら内心でため息を繰り返していた。
 しかし見方を変えればこの女、つくづく当たりである。まず貞操観念に関しては問題あるまい。顔立ちも整って
いるしスタイルも申し分ない。歳上だということも定職に就いているという点で見ればメリットになる。なにより
傷心の女ほど口車に乗せやすいものはない。
 次にかけるべき甘ったるい台詞を模索しながら、男は口の端を歪める。
 次の職場はこの女の家だ。

 * * * * *

 眠りから目覚めた青年は、一瞬だけ目眩に似た感覚に襲われる。見ている風景と記憶が一致しない。二、三
度目を瞬かせ、ようやくそこが女の住むアパートの一室であることを思い出す。
 そして一緒に記憶の底から引きずり出されてきたのは昨晩の情事。腕の中に抱いた柔らかな肢体と、鼓膜を震
わせた蜜のような嬌声が、脳の片隅にこびりついているのを確認する。口をついて出てきた言葉はたった一言、「よ
かった」。体を芯から震わせた快楽に語彙力が追いつかない。射精時の快感はまさしく果てるという言葉が相応し
いものであった。
 鼻孔をくすぐる匂いに体を起こすと、ワンルームの先、玄関の横に位置するキッチンで女はせわしなく動いている。
朝食の準備をしているのだろう、まな板を叩く包丁の音
が心地良いリズムを刻んでいた。青年が目覚めたことには気づいていない様子である。
 再びその身を布団に預け、ずり落ちたタオルケットを引き寄せる青年。行為の後そのまま眠りに落ちたため当然の
ごとく全裸である。朝の空気はまだ衣服を身に纏わずに耐えられるほどの暖かさではない。背筋を舐める冷たさに小
さく体が震えた。
 ふと枕元に視線をやると、青年の携帯電話がちかちかと明かりを明滅させていることに気づいた。見るとメールを
受信している。スパムか何かだろうとたかをくくり大口を開けてあくびを漏らした青年は、送信者の名を見て息を詰
まらせた。昨日喧嘩別れした
ばかりの元雇い主からだった。
 慌てた手つきで中身を確認する。どうやら相手は青年のことを忘れられないらしく、感情的になったことを謝る文が
つらつらと並べられた後、帰ってきて欲しいと一言添えられていた。ただしキープの娘とは縁を切れ、とも。
 一も二もなく了承しかけた時、後ろで朝食を作る女性の存在を思い出す。正直あの体を、あの快楽を手放す
のは惜しい。しかし喧嘩別れを後悔し相手とよりを戻したいと考えていたのは青年も同じであった。
 青年は彼女に恋をしていた。ひもにあるまじき感情である。相手を自分に惚れされることは必須であっても、自分
が惚れることは致命的なミスだと青年は考えていた。
 それでも。両者を天秤にかけた時、傾いたのは元雇い主の方であった。今後ろにいる女は、快楽こそ自分に与え
ても満足感を与えてくれはしない。自分はひもに向いていないのかもしれないとため息をつきながらメールに返信する。
了承の言葉に謝罪の意を添えたメールは何の問題もなく送信完了された。これで一段落と思うのと、部屋のチャイ
ムが鳴るのとが同時であった。何の気なしに玄関へと振り向く青年。

 すぐ背後で、女がこちらの手元をのぞき込んでいた。
 昏い闇をたたえた瞳が真っ直ぐに青年の携帯電話を見つめている。昨夜とは真逆の感情が体を芯から震わせ
た。再び鳴るチャイム。女は気にする様子もなくその闇を青年の瞳へと移す。
「あなたもなのね」
 起伏も無ければ感情もない、平坦な言葉。だというのに、青年にはそれが怨嗟の言葉にしか聞こえない。
「別れてくれるって、言ったのに」
 そんな覚えは青年にない。ゆるゆると首を振るも女は無視したまま一方的に続ける。
「別れてくれるって言ったのに。私のことを好きだって言ったのに。ずっと一緒だって言ったのに。——やっぱり離婚で
きないって、なによ?」
 なおもぶつぶつとわけの分からないことを繰り返す女。最初こそ威圧感に負けていた青年であったが、落ち着きを
取り戻せば湧いてくるのは乱暴な感情だった。所詮相手は華奢な女、いざとなっても組み敷くのは容易い。まさか
そんなことをしてくるはずもないと思い込み、青年はプレッシャーを押し返すかのごとく口を開いた。
「あのな、わけわかんねーこと言ってんじゃねぇぞ!? 俺は最初からお前のことなん、ざ、」
 見えていなかったわけではない。彼女の手に握られたままの包丁が。
 しかしまさかと思っていたのだ。まさかそんなことをしてくるはずもない、と。
 予想を裏切り、女はなんの迷いもなく青年を一突きにした。
「え、あ……ぅぐ」
 いかに女が細腕であっても、体重を乗せれば包丁の一本を人間の腹に埋め込むことなど容易い。いつの間にか
マウントポジションをとられていた青年は、自分の腹部から生える包丁の柄を信じられないものでも見るかのように
見つめていた。
 痛みは少し遅れて訪れた。体から力が抜けていく。気づけば女の手は自分の首に回されており、視界も薄れて
いく。ぼんやりと現実味を失いかけてきた世界の中で、青年はいくつかの音を捉えた。
 遠慮無く連打されるチャイム音。一転して乱暴に扉を叩くノック音。
 その向こうから聞こえる叫び声。かろうじて捕まえた警察という単語。
 女の低く唸るような声。「私はもう捕まる」「手遅れ」「一人も二人も変わらない」
「なん、で……」
 細くかすれた声が絞められた首を通って口から漏れる。意味のない言葉だった。理由などもはや意味が無い。
だというのに女は、真剣な口調で答える。
「だって、好きだから」
 ああ、狂ってる。それが最期の思考だった。同時に胃袋に溜まった熱く錆臭い液体がこみ上げてくるのを感じる。
 
 そうして一糸まとわぬ姿のまま、青年はその身から体液を吐き出し、果てた。

以上です
1レス目失敗して読みづらくなり申し訳ありませんでした

>>284
Cause I love you (お題:果てる) 1/5 ◆JB1ajkvmnNLM 感想
 もちろん棚上げ。個人的な考え入りまくり。
 〜だ、〜であるは、〜かもしれない、〜と思うと読み替えて貰えれば。

基礎的なデータとか

・レスごとの要約
1 女、不倫している
2 ヒモ男、路頭に迷う。そこで女に会う。
3 男、女のヒモになろうと思う。女の相談に乗る。
4 男、女の身体が好きに。男の昔の女からよりを戻さないかという相談。
  問題:どちらの女を選ぶか
  選択:昔の女
5 女、それを見て起こり男を刺す。
 
・出だしとむすび
 出だし:性交の場面。「体液を吐き出す」というキーワード。
 むすび:殺される場面。「体液を吐き出す」というキーワードの繰り返し。
 長所;出だしを印象的な場面から始めること。出だしとむすびをつなげること。
    二つともが効果している。お題をよく表している。
 短所;ありきたり。新しさを。

・構成と話
 起承転結型。
 起 二人のキャラクター説明
 承 二人の出会い。仲良くなる。
 転 男に選択肢。どちらの女を選ぶか。
 結 男、女に殺される。
 長所;大枠の構成がきちんとされている。キャラクター設定もできている。
 短所;転と結がありきたり。もう少し転で話を別の方向へ転がすべきかと。
    女に恨まれて殺された、というだけではオチにならない。もう一捻りを。

・文章
 一レス目を抜き出し、何が描かれているか要約。
 U…アップ。顔のみ、単一の物を書いた時。もしくは心情。
 M…ミドル。人一人、もしくは二人が同じ画に入っている時。(そのうちで、背景が空間を成してないもの)
 L…ロング。背景も含めての人物。
 という定義でどういう変化をしているか見てみる。

>  そうして一糸まとわぬ姿のまま、男はその身から体液を吐き出し、果てた。
 男(M)
>  そのドロリとした液体を同じく裸体に受けながら、女は男に覆いかぶさっていた体を持ち上げる。二十代も
> 終わりに近づいてきた体には少々ハードな運動であったのか、荒い呼吸が彼女の疲弊を如実に表していた。
 男と女(M)
> 一方の男の方はというと、既に女から興味を失ったかのように瞳を閉じている。その姿を一瞥し小さなため息を
> ひとつ漏らすと、女はダブルベッドから腰を上げた。
 男(U)。★女とダブルベッド(L)。
>  女はそのままの姿でシャワールームへと向かう。彼女らが借りたホテルの一室に備え付けられたものである。
 ★女とホテルの室内(L)。
> そういった行為をするための場ではなく、純粋に体を洗うことを目的としたものなので多少手狭ではあった
> が、女一人が入るには何の問題もない広さであった。
 体(M)。シャワールーム(L)。
>  シャワーノズルから注ぐこの熱い湯が、体を汚す液体だけでなく心を穢す罪悪感をも洗い流してくれればい
> いのに。疲労をほぐしながら女はそんなことを考える。つい先程まで彼女と体を重ねあわせていた男は妻子持
> ちであった。そのような男性に対し、ついあんな行為に及んでしまった。今さらであることは理解していなが
> らも、取り返しの付かないその事実に女は煩悶せずにはいられなかった。
 ノズル(U)。★シャワーを浴びる女(M)。女の心情(U)。
>  仕方がなかったのだ。女は自分に言い聞かせるように口の中で繰り返す。仕方がなかったのだ。我慢なんて

続く

続き

> 出来るはずがない。自分の中で育った彼への愛は本物だった。彼だって自分を愛してくれていると言った。あ
> まつさえ再三奥さんとは別れてくれるとまで言ってくれていた。ならば、どうしてあの状況で、あの衝動を抑
> えることができようか。
>  滴り落ちる雫に己の涙が混じるのにも気づかぬまま、女はしばらくそうして誰に向けられているのかもわか
> らぬ言い訳を続けていた。
 彼、奥さん(U)。女の顔(U)。

 人間グループと物、空間グループに分けてみて個数を数えてみると。
 人間
  U…5
  M…4
  L…2
 物、空間
  U…1
  M…1
  L…3
 となった。
 長所:次何を書くかというところがしっかりしている。カメラでいうと、人の全身が映るほどの画が多いため、安定
している。
 最初はロング多めで状況説明、山になるとアップ多めで感情的に書いている。そのため、どこで、何が起こっている
のかわかりやすい。
 欠点;上に書いたように、室内を描くときにアップの画が少ない。そのために室内の様子がよく分からない。
 上で★を付けた所など、人が物の近くで動きをすると一瞬でイメージが広がる。その描写を定期的に書いているのは
いいけれど、その一瞬のイメージが広がりにくい。それはアップで部屋の細部をちゃんと描写できていないためだ。ア
ップで部屋の事前説明をしたあと、最後に★のように描くとイメージが広がる。
 それと理想としては、数はバランス良くミドル>アップ>ロングになるようにするのがいいかと思う。序盤はロング
とミドル多め、終盤はアップとミドル多めで。
 また表現が陳腐な場合が散見される。陳腐が悪いのは、ことばの内容をちゃんとイメージさせず表面的な意味しか伝
えないことばだからだ。
 例えば「一糸をまとわぬ」ということばは裸の映像を喚起しない。それどころか、単に裸というよりも薄く裸という
意味を伝えるだけだ。
 構造としての文章力があるだけに、語の選択が気になった。
 また文章そのものの面白さというのがない。いいかえて、口調で面白がらせようとする気がない。

・テーマ
 特に目新しいものはなし

・総評
 キャラクターと話の構造はちゃんとしている。文章もときどきわかりにくいものがある以外は悪くはないと感じる。
 ただ、決定的に意味が足りない。お話というのはどうしても意味を求められる。有意義さも面白さの要因の一つだ。
 この話は「それで何が言いたいのか」という質問に耐えられるだけの強度がない。その上、エンターテイメント性だ
けで有意義さを補えるだけのアイディアも、語り口もない。
 品評会で言えば感心票の候補には入れた後、他の作品の比較によって決めるぐらい。

・率直な感想
 おポルノでございますな。シャワーシーンはエロスの基礎にして究極。
 男のキャラがええな。こういうスケベが正義みたなタイプのキャラって基本みんな好きだよね。俺も好きだ。格好よ
い。
 ところでこの女の子のおっぱいはいかほどなんでしょうか? きっと大きさで男主人公は昔の女の子を選んだのでし
ょう。それなら仕方がないよね。そしてちっぱいな女の人に殴り殺される、と。なんまいだ。
 基礎的な能力はとってもある人だと思うので、もっとこう、ガーッと情熱的に、パッション全開で書いてくれると、
こっちもガーッと読むんで、次もガーッてくれると嬉しい。

 以上。長文乱文失礼。

>>290
おお、細かい指摘ありがたいです

>ただ、決定的に意味が足りない。お話というのはどうしても意味を求められる。有意義さも面白さの要因の一つだ。
>この話は「それで何が言いたいのか」という質問に耐えられるだけの強度がない。その上、エンターテイメント性だ
>けで有意義さを補えるだけのアイディアも、語り口もない。

書いてる時に不安に思ってたことをもろに言い当てられて笑ってしまった
精進します

投下しますよん

「ひだり先輩」と僕は言った。「連れションにいった男子がトイレで何をしているか知ってますか」
「知らねー」とひだり先輩は言った。“ひだり”なんて名前が男か女か分からないだろうが、むろん女だ。
「性交してるんですよ」
「まじで!?」ひだり先輩のメガネがずりおちる。
「そうです。男二人。個室。いっしょに行こうぜという誘い。ここから導かれるものは性交しかありません」
「男子校出身者がいうなら間違いないな」
 そうひだり先輩はなるほど、という顔をしていた。
 こんど機会があれば女子たちがトイレで何をしているのか聞こうと思った。

 俺の部屋。一軒家の二階。大きさは四畳半。となりは物置。その隣は妹の部屋である。
 もとは隣の部屋が俺の部屋である。物置は八畳くらいはある。かなり広い。窓を伝ってよく妹の部屋を覗いてたためにこの監獄のように狭い部屋に移動させられたのだ。
「覗いたんじゃなくて揉んだんじゃねえか」とひだり先輩は言った。長くぼさぼさな髪を掻きながら。髪だけでなくあぐらも掻いていた。なぜあぐらを掻くなんだろうという疑念はさておき、ひだり先輩の姿はしこたまエロかった。
「覗いておいて揉まずにはおれますか。というか人のモノローグに勝手に入って来ないでください。何? 新機能ですか? 乳首とか押したらそれできるんですか? じゃあ、さっそくためそう」
「好奇心旺盛だな。死後の世界には興味ないかい?」
「寝ぼけた笑顔で[ピーーー]宣言しないでください」
 ひだり先輩は、タンクトップと短パンだけを着ていた。
 男物のタンクトップが内包されたものによってテント状に張っている。短パンはジーンズ生地の奴だ。なにか固有の名前がある気がしたが思いだせない。ただ、その短パンからはおしりの肉と太ももの境目がはみ出していた。尻オンリー。太ももオンリー。どちらもいい。しかしながらその境目。しっとりとしてすべすべな太ももと、白くそして顔を埋めたくなる尻のその境目。はみ出た尻肉。それがもっとものエロポインツである。
「お前口に出してるって」
 先輩は壁に持たれて、本を読んでいた。放り出された生足。僕はストレッチをするフリをして股間を床にこすりつけていた。ちょうど放り出された足と直角に“L”字に。つまりほぼ足の近くに頭があった。
 なぜ足の近くに頭が。それはストレッチをするふりをして匂いを嗅ぐためである。
 目の前にあった足が、少しずつ近づいてきた。ご本の指。熱気で少し汗ばみ、それがより白い肌の美しさを艶やかにしている足。
 げむ。
 顔面に足がついた。時系列がおかしいが、ちょうど「お前口に出してるって」とひだり先輩がいったときに顔に足の平(?)がついた

のである。
「へーんーたーいー」ニヤニヤと先輩がいう。
「もっとだ! もっと言うんだな」と僕は鬼教官的口調そして表情で言った。
「にーくーどーれーいー」
 ぺろっ。
 僕は先輩の足の裏をなめた。舌先で。できるだけ唾液をふくませて。
「ひゃうっ」
 ぺろぺろぺろ。
 なめ続ける。
 おいしい。美味。きっとグルメ細胞が活性化している。
「おい、やめっ、やめろって。あっ」
 卑猥な声をだし続ける先輩。
 なめる。
「あっ、だめっ」
 なめる。なめ続ける。
「だめだって。やっ、やあっ」
 そうして先輩の親指をもくわえようとした瞬間——目の前が暗くなった。その一瞬前には後頭部にショックがあった。きっと先輩が反
対の足でかかと落としをしたのだろう。
 僕はゆっくりと意識を失っていった。幸せに。
 先輩の足を舐めながら死ぬなら本望である。 


 ……世界が“箱”になったのは、去年の暮れ。
 人類が、“箱”に閉じ込められたのは。
 いや最初から閉じ込められていたのは、と言い換えた方がいいか。
 絶望した人類は次々と“箱”になっていった。
 両親も、ばあちゃん、じいちゃんも。友達、親戚、同級生。ほとんどの人間が“箱”になった。
 ……そして、妹も。
 現在の総人口は約五万人という。もちろん、地球上でだ。
 最後に見たテレビ放送でそう言っていた。


 むくり。
「むくり」と短文系コミュニケーションサイトに投稿する。

 そしてひだり先輩に見せる。
「口で言え」
「ネット中毒なんですよ。そして僕は、ひだり先輩中毒でもあるんですよ」
 決めゼリフ。ちょうかっこいい。
「このひだり先輩は毒性が高いからやめておくんだな。あ、そしておはよう」と先輩は手をあげて言った。笑顔で。
「いい笑顔ですね。先輩、僕の子供を産んでください」
「断る」
「つれないなあ」男子同士の性交はすきなくせにー。
「また気絶したい?」にやり、と先輩は言う。勝ち誇っている。
「わりと結構」というか本気で。
「変態め……」
 先輩は呆れたように言った。
「先輩も変態ですよ。あれですからね、男子は連れションで性交しませんし」
 僕は勝ち誇ったように言った。
「知ってるし」
 逆に勝ち誇られた。カウンター勝ち誇られ。威力倍増。
 えっへん。おっぱいがたわわに揺れる。
 試合と勝負に負けたが性的に勝った気分。
 オッパイ・イズ・ジャスティス。
 もみたい。
「もませてください」
 僕は自分に正直である。
「文脈がわからん」
 どうやらもうモノローグは聞こえていないみたいだ。
 ならば良い。脳内でこってり犯し尽くしてしんぜよう。
「バーカ」ぴんっ。

 乳首が立った音ではない。デコピンされたのだ。先輩はくくくと笑っている。
「おい、ミドリ」そう先輩は言った。
 ようやく僕の名前が出た。そうだ、合併してエディオングループに入りそうな名前をしているのだ。
「さっきの男子の性交だけどさ」
「ツレセックスですね」
 ツレセックスというのはいい語感をしている。自分で言ってなんだが。
「ツレセックスですね」
 もう一度言う。
「そうツレセなんだが」
 略しやがった。さすが先輩。おっぱい揉ませて。あとお尻も。
「もしそういう状況があるとするとそれはどういう状況だろう」
「そういう状況ってなんですか?」
 僕は先輩のオッパイを揉みながら言う。殴られる。血が出る。
 擬音はダヴァ—。血が出てるってヴァ。
 血のついた拳を(僕の服で)拭きながら先輩は言う。
「男と男が連れション感覚でツレセする状況」
「どうでもいいですがツレセックスよりツレホモセックスのほうがいいんじゃないんですか」
「長い」
「ツレホセ」
 なんかホッケーあたりの外国人選手に居そう。
「外国人選手にいるよ。ホッケーの」
 居たのかよ。ホッケーで。それはアイス? ホット?
 ホットホッケーは巨大なホットプレートでやるのだ。よくプラスチックの円盤が溶けてくっついてしまうのが難点だ。
 時々ウィンナーを焼いている奴もいる。野菜も食え。ちゃんと。
「起きてる?」
 先輩が心配そうに僕を見る。
「ええ、ちゃんと野菜も食べてます」
「……」
 俺の方をジト目で見る。先輩の方が僕より背が低いので見上げる形になってる。ジト目の下には巨乳。挟みたい。ウィンナーを。僕の。
いきり立った。よく焼けた。

 などと思いつつもうそろそろ怒られるので僕はちゃんと返事をする。
「冗談ですよ。聞いてますって。男同士が簡易に、そして学校で性交する状況でしょう」
 僕ったらいい子。
「うん。もしそんなことがありえるとしたら。どんな状況だろうな、って」
 この“どんな状況だろうな”というのは先輩の口癖だ。
 だ。いや、なってしまった。口癖になってしまった。
 人は遊ばずには居られない。人は生きる。人生という永遠に似た長い時間を生きている。
 その中で狂わずに生きていけるのは。それは、遊びがあるから。
 歩くという単純作業の中で人類はずっと遊び続ける。脳内で。言葉で。映像で。
“箱”だから。世界は“箱”だから。
 遊ばずには居られないのだ。
 いつだって“箱”だったから。

 六ヶ月が経った。
「先輩ところでですね」僕は言う。「女の人って一緒にトイレ行って何してんですか?」
「ツレホセ」
「まじっすか!?」
 俺は驚く。目が飛び出るイメージ。一応舌をピーンと伸ばした。
 今日も僕の部屋で密会。昼三時の日差しは温かい。
 先輩は今日もタンクトップと短パンだった。未だジーンズの短パンの名前を思いだせない。ここ六ヶ月悩み続けているというのに。
 むしろそこまでくると最初から覚えていなかったのではないか疑惑。
「てか先輩。女性にツレホモセックスはできないんじゃないですか。だってホモだし」
 僕は久々に常識的なツッコミをする。意外な一面。これモテの秘訣な。
「女の子には恐るべき秘密があるのさ」またまた勝ち誇る。「実はちんぽ生えてる」
「嘘こけい」
 しかしそれはいい光景だ。人類全部ちんぽ。
 減ってしまったちんぽを補うのだ。しかし焼け石に水か。
 もとい焼けチンに聖水。
 いやこれはさすがに下品すぎるか。口には出さない。
「だから聞こえてるっつーの」

 様式美。
 いったい何度この会話を繰り返しただろう。何度繰り返しても外は暖かい日を射していた。
 ある日から、僕たちの世界は急速に記憶能力を失っていった。最初はゆっくり、次第に速く。
 今では、ほとんどの人が、三日前の事を覚えられなくなった。
 それは人だけではなかった。モノもだ。
 食べた缶詰は三日で内容物を詰めた頃に戻る。
 書いたノートは白紙に戻る。
 季節は夏のまま。
 世界は“箱”だった。今までは無限に思えてたものが、すべて縮まった。
 広い広い箱の中にいる者はそこが檻のようなものだとは気づかない。広い。広いと思う。自由と。
 だけれど箱は箱だ。もともと人間の記憶は有限だ。それがノートの数ページに収まるほどになったというだけ。
 ついでに言うと、記憶はすべてなくなってしまったわけじゃない。薄ぼんやりとは覚えてる。強烈なことなら、少しは覚えていられた。
 もちろん、それだけじゃ人類はここまで減らなかったけど。始まりはそれだったんだ。
 そのあと、世界は、女の人にもちんぽをつけるようになったのである……。
 ウソである。
「同性愛ってのはインモラル。良かないね」先輩は漫画を読みながら言った。
 漫画をめくった。たぶん僕たちはこの本を何度も読んでいるのだろう。それも百、千単位で。
 お得だ。ずっと刃牙のトーナメント戦が楽しめる。二日も前に読んだのだ。俺が好きなのはボクサーとヤンキーの奴。
 忘れかけていた。名前も。シーンも。
「インモラルなのは僕たちだっておなじじゃないですか」
「一緒にトイレ入ってるってだけじゃねーか。その先はない」っは、と先輩は一笑に付す。
「いけずぅ」
「ちびまる子ちゃん風に言っても断る」
「せ、せめて処女だけでも……」
「全部じゃねえか」ばさ、と僕に漫画を投げる。
 ちょうどボクサー対ヤンキーを見ていたみたいだ。
 さすが兄妹。気が合う。お兄ちゃん嬉しい。
「シスコンとか病気臭せえよ。インモラル野郎」
「ははは、伏線が回収されたんだから喜ぼうじゃないですか、先輩」
 僕は処女が駄目ならヴァージンを、と思った。


 ——君はあの日を覚えてる?
 冬。今となってはほとんど思い出せないモノ。冬。
 フユハサムイ。
 それは知ってる。
 サムイハツライ。
 それしか知らない。
 それしか覚えられない。
 記号のつながり。残骸。中身がなく、音と記号だけが残る。それだけは残っていてそれが僕たちの理性をつなぎとめている。
 あの日。それは特別な日。僕が妹のオッパイを初めて揉んだ日……じゃあないわ。
 それは幼少期にもっさり揉んだ。
 あの時は良かったなあ。冬の中身が思い出せなくなっても、オッパイの感触は残ってるのである。もみ放題。パラダイス・ラビリンス。
 ひだりはくすぐり遊びだと思っていた。
 思いを馳せる。僕たちは幸せだったんだろうか。
 遠い記憶。残っているのは、近くの人が箱になって行ったことだ。
 まずは隣人が消えた。同時多発的に人が消えて、ニュースになった。
 人は徐々に消えていった。両親も、友人も消えていった。消えた後には“箱”が残されていた。
 この現象は、箱化、と単純に呼ばれた。人が“消えた”という事を人は受け入れなかった。消えた、という言葉を誰も使いたくなかっ
た。あまりに正しい言葉は人を傷つけるから、人はズラすのだ。言葉を。本質から。
 三十万人になった所時、都市のすべての機能が止まった。
 その時には、人の記憶力がほとんどなくなっているのにも、誰もが気づいていた。
 人類の数が圧縮された分だけ、記憶も圧縮されたように思えた。記憶の圧縮のため、データ量の多い映像や、感触は出来る限り捨てら
れた。そしてテキストだけが残った。
 BOX。人はいつも明日を糧に生きる。明日を担保に、努力したりする。明日のために今日を努力する。それは、脳の記憶がある程度無
限に近いからだった。
 だけどここは箱。記憶はできない。残るのは中身のないテキストだけ。
 僕たちは考えたね。よく。どうして俺たちは残ったのかって。
 七十億から三十万人。その圧縮を乗り越えたのはなんでだろう。
 ある占い師が言っていた。
「箱化の原因は、世界が限界の容量を迎えたからなのです。世界は膨張し続けています。だけれど、世界の容量は一定です。体積を増や

しながら同じ重さでいるには中身をすかすかにしなければならないのです。すべてが劣化していくのです」
 きっと占い師は確信をもって言ったわけではないのだろう。
 しかし、ただなんとなく信じたくなっていた。
 ——あの冬の日、君は、ひだりは箱になった。

「ひだり先輩。こういうの知ってます?」と僕は言った。「連れションした兄妹がトイレで何をしているか」
 ひだり先輩は刃牙の最大トーナメント戦を読んでいた。二十九巻。柴千春対アイアンマイケル。ちょうど俺もさっき読んでいたところ
だ。
 ひだり先輩は開いた「刃牙」の上から目をのぞかせる。
「男子トイレ? 女子トイレ? どっち?」
「ブブー答えは性交でしたー!」
 ぐに。
 僕の顔面に足の裏が。ひだり先輩の足は柔らかかった。舌を伸ばそうとした瞬間、逃げられた。ヒットアンドアウェイ。ボクサーか。
 しかし足を上げた時にデニムパンツの間から御ビラビラがちらりと見えた気がするので良しとする。
 デニムパンツ。この名前もさっきひだり先輩から聞いたことです。
「ミドリ兄はさ、何? あたしと性交するためにここに来たの?」
 呆れて言った。
「YES」僕は笑顔で言った。
「FUCK」
「FUCKしましょう!」僕は笑顔で言った。
 ひだり先輩は笑顔でスルーした。
 ひだりはこの箱の先輩だからひだり先輩なのだった。
「せ、せめてヴァージンだけでも……」
 僕は追いすがる。
「全部じゃねえか」
 ひだり先輩は呆れる。
 全部、全部、全部。
 そう全部だ。
 残念ながらこの世界はひだり先輩の処女を中心にしている。
 別段、ギャグではない。冗談のつもりではない。

 人は人を求める。人は人が居ないと生きられないからだ。
 人はなぜ性交するのか。もっと新しい面が見たいからだ。
 性交する。新しい面を見る。射精する。その先に待っているのは?
 ああ、愛はこれだけなんだ、という感触。
“コレ以上先はないのか”
 そう思う。“愛”はこれでおしまいなの?
 同性愛者は子供を産めないと分かっていて性交する。ステップとして恋愛の先だから。それ以上の意味はない。それ以降のステップも
ない。愛は魔法。とってもキュートで、憧れて、そして存在しない。先が。
 この“箱”の中には二人しか居ない。
 彼女が箱になって。僕が彼女の“箱”に入ったからだ。
 彼女が箱になったあの日。僕はもはや親、友人、知人のことを記号でしか思い出せていなくなっていた。
 僕は恐れた。このまま、誰も知っている人がいなくなることを。
 ……そして、俺は逃避した。妹の箱の中へ。妹……ひだり。箱の世界の先輩。だから、ひだり先輩。
 僕たちは恋人という設定にした。先輩と後輩という……設定も。そうすることで、性交する前提ができる。性交という甘みを残してい
れば、どうにか理性を維持できる。唯一の他人であるひだりの、まだ見ていない姿があるということ。それが救いだった。

 そのうちに、記憶できる時間は少なくなっていった。記憶が抜け落ち、食べている途中からご飯は元の場所に戻り始めた。
「これはひどいことになりましたね」俺は真剣な顔をする。しかし右手はひだり先輩の乳を、左手はおしりを揉んでいる。
 顎にアッパーが決まる。グッ、成長したな妹よ……。(体も。)
「体も、じゃねーよ」とひだり先輩は呆れる。
「なんとカッコの中身まで……」
「だだ漏れな感じで流れてるっての。ザ・ヴァカメ」
 データの圧縮は、ほとんど極限まで来ていた。すべてはテキストへ変わった。僕たちの存在さえも。テキスト化は以前からだった。油
断をすれば思考がテキストとして漏れた。ひだり先輩はそれを読んでいたのだった。
 今では、人さえもテキストになっていた。
 僕は「ミドリ」という記号に過ぎず、ひだり先輩は「ひだり」という記号にしか過ぎない。
 変化は加速度を増す。データの多い人間だけでなく、周りのモノも記号になっていく。
「マンガ」「座布団」「飲み物」「部屋」
 いつかは、テキストでさえなくなるのかもしれない。一つの「・」としてか扱われないのかもしれない。
「ひだり先輩。こういうの知ってます?」と僕は言った。「連れションした兄妹がトイレで何をしているか」

「さあ、ともかく性交ではない」
 データの劣化が加速度を増す。時間が短くなる。時間が、固定されていく。
「ミドリ兄はさ、何? あたしと性交するためにここに来たの?」
 呆れて言った。
「YES」僕は笑顔で言った。
「FUCK」
「FUCKしましょう!」僕は笑顔で言った。
「せ、せめてヴァージンだけでも……」と言って僕は追いすがる。
「全部じゃねえか」
 この部屋は箱だ。
「ひだり先輩。それはともかく、こういうの知ってます?」と僕は言った。「連れションした兄妹がトイレで何をしているか」
「さあ、ともかく性交ではない」
「ミドリ兄はさ、何? あたしと性交するためにここに来たの?」とひだり先輩は呆れて言った。
「YES」僕は笑顔で言った。
「FUCK」とひだり先輩。
「ひだり先輩。それはともかく、こういうの知ってます?」と僕は言った。「連れションした兄妹がトイレで何をしているか」
「さあ、ともかく性交ではない」
「ひだり先輩」
「何?」
「抱きしめていいですか?」
「どうぞ。ミドリ兄」
 時間が加速した。時間の固定が、死と知った。ふわりとした、ひだりの感触。




        ・

        END

あ、ごめんNo2だった。
転載するとき直しますー

お題:通学路投下します

 久しぶりに妹の住んでいる実家に帰ってきた俺は、まるで思い出したかのようにこんな提案を妹の佳奈にして
みた。
「なあ佳奈。今度の日曜日、暇なら小学校の時の通学路を歩いてみないか?」
 リビングのソファに俯せで寝転び、ハイティーン向けのファッション誌を読みふけっていた佳奈は顔をこちら
に向けることなく俺に聞き返してくる。
「小学校ってどっちのさ?」
 俺にとっての小学校と佳奈にとっての小学校とが噛み合っていない瞬間だった。だけどそれはしょうがないこ
とか、と一人納得する。でも俺はその小学校を卒業してるんだぜ。
「そりゃ、こんなこと言うのは俺が通ってた小学校に決まってるだろ?」
 俺と妹は春先のある事件をきっかけに一度転校している。俺はその時丁度小学校を卒業したので、一人ぼっち
の中学デビューをする羽目になったのをよく覚えている。
「ああ、そっかお兄ぃがこっち来たのは丁度中学に上がる時だったんだっけ」
 佳奈の奴はようやっと顔を上げて俺の方を向く。
「ところでさ、おかえり」
 佳奈のその言葉に俺は一人暮らしで失念していた習慣を思い出す。
「おう、ただいま」
 順番が逆になってもこういうのはいいものだな、素直にそう思えた。
「てか、なんでまた小学校の通学路? そんなに妹と思い出に浸りたいの? もしかしてシスコンだったの?」
 「マジで引くわー」などと言いやがる妹に対して若干むかっ腹が立たないこともないが冗談だとわかっている
ことにムキになるほど子供なつもりもないので不本意ながらその発言は流すことにする。
「実は俺さ、お前に内緒で一回あそこに行ったんだよ。もう七年くらい前になるんだけどな。んでさ、恥ずかし
ながらそこに踏み込んだ時に吐いちまったんだよ」
 思い出しただけで、体が震える。俺にとってあれはそれほど強烈な記憶だってことだ。
「んー? お兄ぃさ、それ隠せてると思ってたの? あれでしょ? 夜遅くに青い顔して帰って来た時のことで
しょ?」
 あれ? もしかして、バレテタノか?
「もしかして、義父さんたちにもばれてる?」
 俺は疑心暗鬼になりながらも、佳奈に尋ねる。そうかそんなにわかりやすかったか。
「そりゃ当然でしょ?あんなに体震わせて帰ってきたら何かあったのくらい誰だって気づくよ。だってあの時の
お兄ぃ、『大丈夫、何でもない』しか言わなくなってたし」

 マジでか。俺はそんなにわかりやすくテンパったまま帰宅してたのか。むしろ良く今までバレテないと思って
いたな。なんて言うか後から冷静に指摘されると恥ずかしさが半端じゃないな。
 しかも、あの時のことを追及されることもなく今に至るってことは相当気を使われてたってことだよな。
「うわっ、なんか今更ながら恥ずかしくなってきた」
 自分の顔が赤く染まるのを自覚する。なんか完全に余計なことを聞かされた気がする。
「まっ、今更気にすることもないっしょ。あれから随分、時間もたったことだし時効でしょ、ジ・コ・ウ」
 佳奈の奴はそういうともう一度雑誌に視線を落とす。
「んで、それがどういう風の吹き回しであたしと思い出の通学路に行こうって思考になるの?」
「いや、別にこれといった目的があるわけでもないんだけどさ、この間母さんのことも決着つけられただろ?」
 長らく行方不明になっていた実母との感動の再会を果たした三か月ほど前のことを思い出す。
「あぁ、嫌な事件だったよね」
 妹は妙に芝居がかった口調に頭を振る仕草で冗談めかしにいう。
 その言葉自体についてはほとほと同意するが、あんまりな言い草だ。
「そういうなって。まぁ、父さんへの報告自体はこの間、二人で墓参りに行ったからそれで解決じゃん?んで、

そうすると残った問題は俺があれを克服できるかどうかなわけだよ」
 あの時の事故現場に佳奈がいなかったことは本当に幸運だったな、としみじみ思う。
「それで、ようやく落ち着いてきたからあたしに付き添ってもらって確認したいと、そういうわけなんだ。やっ
ぱり、お兄ぃシスコンなんじゃん。普通そういうのって彼女とかに付き添ってもらうもんじゃん?」
 妹から二度目の「マジ引くわ—」という言葉を頂戴してしまった。しかし、俺はこんなことでへこたれる男で
はないのだ。
「いや、流石に普通に付き合ってるだけの彼女にちょっとトラウマ克服に協力して。とは言いずらいじゃん?」
 結婚を考えるレベルで真剣にお付き合いしているならともかくとして、ただ恋愛ごっこしてるだけの彼女に頼
むには、少しハードルが高いのだ。
「その点、妹のお前ならどうせ一生付き合っていかないといけないわけでさ、こう頼みやすいっていうか、なん
ていうか」
 最も、俺自身これがわがままだっていう自覚くらいはあるので駄目なら一人でもいくつもりだったりする。
「全く、しょうがないお兄ぃだな。まぁたまの頼みくらいは聞いてあげるよ。その代りあれだよ?夕ご飯はお義
父さん達と一緒に外食ね。もちろんお兄ぃの奢りで」
 いつの間にか体を起こしてソファに深く座り込んだ妹は俺の方を向いて、とてもいい笑顔を浮かべていた。そ
れはもう素晴らしい笑顔だった。

 実家の最寄駅から、電車に揺られること一時間二十分。俺と妹は幼い日々を過ごした町へと足を踏み入れた。
 昼下がりの太陽が十年前と似ているように思えて少しだけ顔をしかめる。
「ここから直行するつもりなのお兄ぃ?」
 佳奈の声色は俺を気遣っているようだった。全く、妹にこれだけ心配されるなんて少し情けなくなるな。
「あー、いや。取り合えず通学路、歩こうぜ?」
「うん。そだね」
 普段よりも少し大人しい妹と二人で駅からほど近いところにあるマンションまで歩く。そのマンションは俺た
ちが昔住んでいたところだ。
 駅の周りは存外と様子が変わっていなかった。スーパーも潰れていなければ、百円ショップもそのままだ。唯
一東口の正面に在った小さな本屋が閉店していた。何かの情報によるとここ十五年で全国の本屋の件数は四分の
三ほどになったらしい。そう考えると仕方のないことなのかもしれないな、と思うが、やはり寂しさは感じる。
「あそこにあった本屋なくなったんだね」
「みたいだな。それ以外は特に変わった様子は無いっぽいけど」
 どうやら佳奈も俺と同じようなことを考えていたらしい。
 小さなコンビニの横を通り抜けて俺たちはマンションの入り口までやってきた。
「やっぱりここは変わってないな」
 一年に一人は飛び降り自殺をする輩が出る位には高層のマンション。何階建てだったかはもう覚えていない。
「ってか流石にここは変わりようがないでしょ」
「それもそうか。んじゃ行こうぜ」
 俺と佳奈は足並みを揃えて懐かしい通学路へと足を向ける。
 マンションの入り口を出てすぐに西へと向かう。そこそこ広い駐車場が立て続けにあるイメージがあったその
道は随分と狭く感じられた。
「この駐車場ってもっと広かったイメージがあるよな」
「やっぱり、お兄ぃもそう思うんだ」
「まぁな」
 そこを抜けると小さな郵便局の分署があって、その先に駄菓子屋があったはずだ。
「あの駄菓子屋、まだあるかな?」
「あるといいよな。あの駄菓子屋。よくあそこに友達と集まったっけ」
 まだ歩き始めて五分も経っていないのに記憶の淵が削れたように思い出が溢れてくる。
「学校帰りに寄らないようにって先生に怒られたよね」

「だな」
 郵便局の横を通り抜けると小学校中学年くらいの子供たちがはしゃぎ回ってるのが目に映る。その手には見慣
れた駄菓子が握られている。
「良かった、潰れてないみたいだぞ」
「用事終ったらさ、寄っていかない?」
 なんだやっぱり俺らって兄妹なんだな。
「俺も丁度そう思ってたところ」
「決まりね。もちろんお兄ぃの奢りだよね」
「一番高いの買っていいぞー」
 笑いながら駄菓子屋の正面を通り抜ける。走り回る子供たちに俺自身の記憶が融けているような錯覚を受けて
自然と頬が緩むのを感じる。
「何、笑ってんの?」
「やっぱ、なんか懐かしくてさ」
 駄菓子屋を通り過ぎ、一度南に曲がる。このあたりは街灯が少なくて夜になると真っ暗になってしまうような
場所だったはずだ。
「おっ、ここ街灯増えてるな」
「よく覚えてるね」
「夜通るとさ、暗すぎて怖かったんだよ。このあたり」
 あっという間に小道を通り抜け小学校正面の商店街に出てしまう。
「ありゃ、シャッター街になちゃってんね」
 道を抜けた先の商店街は、六割ほどのテナントがシャッターを閉じた状態になってしまっている。こういうの
を寂れたと表現するんだろうな、としみじみ感じる。
「開いてる店も知らない店ばっかりになってるな。あの向かいの魚屋くらいか? 変わってないのは」
「どうなんだろう」
 あとはもう、商店街を西に少し歩けば俺の母校はすぐだ。
 俺と佳奈は小学校の門の前で足を止めると、どうやら工事中らしい校舎を眺める。
「なんかさ、こんなに短かったんだっけ?」
 所要時間はおよそ八分くらいだろう。昔は十五分くらいかかっていたはずなのに、随分と短くなったものだ。
「子供の足と大人の足じゃやっぱり全然違うんだな」
 それよりなにより、懐かしさで胸が詰まっていた。ヤバイ、そんなことを意識すると目頭に熱がたまる。

「なんか、兄ちゃんちょっと泣きそう」
「何、突然。ちょっとキモイよ」
 妹に一蹴された。佳奈の奴はいつからこんなに辛辣になったんだろうか。昔はもっと素直だったような気がし
てきた、そこはかとなく。
 一度大きく深呼吸をする。確かにこうして感慨耽るのも今日の目的の一つではあるけれど、あくまで本命は別
にあるのだ。ここで満足する理由はない。
「よし!本命の方に行こう」
 自分を奮い起こすために無理に明るい声色を作って宣言する。
「無理しないでね。お兄ぃ」
 来た道を引き返し、駄菓子屋の横の通りをそのまま北に通り抜ける。少し、体が震える。頭を振って軽く息を
吐きだして、呼吸を整える。
 程なく少し大きめの道路とかち合う。東側すぐのところにある高架下の小さな公園。それが俺の目的地。
 公園を視界にとらえた瞬間。記憶がフラッシュバックされる。だけれど、止まらず足を踏み出す。

 あの時、俺は公園で父さんとキャッチボールをしていたんだ。それをベンチで母さんが眺めていた。夕方を知
らせるチャイムを聞いて、俺は三人で一緒に家に帰るつもりで、父さんと手を繋いで公園の出入り口で母さんを
待ってたんだ。佳奈は友達の誕生パーティに御呼ばれしていて俺たち三人だけだった。だから、佳奈が帰ってく
る前に俺も家に居たいと思ったから。母さんを少しだけ急かしたんだ。ただ、それだけ。
 高架下の公園は出入り口と車道がかなり近い作りになっていて、今だったら危ないだなんだとPTA辺りがク
レームを入れるんじゃないだろか。
 そんな出入り口に立っていた俺と父さんを母さんは突き飛ばした。いや正確には、俺と手を繋いでいた父さん
だけを突き飛ばしたんだ。
 理解できなかった。なんでそんなことをするのか。父さんと俺の体が浮いて、後ろによろけた。だけれど、父
さんはすぐに俺の手を離して公園の中へと俺を突き飛ばした。父さんの体だけが後ろへと倒れこんでいく。横か
らは大型のトラックが走りこんできていた。
 このあたりは信号が少ないから、車も直線でそれなりに速度を出していることが多々あった。そのトラックも
見事にそうだった。結果、父さんの体は地面に倒れこむことなく車のバンパーに跳ね飛ばされてしまった。俺は
その瞬間を恐ろしいほどにくっきりと鮮明に目に焼き付けるハメになった。
 腰と首がありえない角度に屈折する。勢いに揺さぶられた腕が千切れそうなほどに流される。父さんの体は宙
に浮き、空中で人体の構造を無視したようにグルングルンと回転してアスファルトの地面に激突した。頭から落
下した父さんの体は首の角度が明らかにおかしくて、体中が青くなっていて、どこから出たのか分からない血溜

まりを作っていく。

 フラッシュバックした記憶は一瞬のはずだった。それでも、息は荒くなり両足が笑い出している。多分、冷や
汗も書いているだろうし、心臓は爆発しそうだ。
 しかし、俺はその場にへたり込むこともなければ発狂するようなこともない。深呼吸しながらゆっくりと顔を
上げて公園を直視することも出来る。
「お兄ぃ。それ以上無理するのは駄目だよ!」
 一歩踏み出そうとしたら佳奈に右手を掴まれた。その手は震えている。俺の様子を見てこんなに心配してくれ
る優しい妹だ。
 振り返り、佳奈と目を合わせる。そして、兄らしく彼女の頭を撫でる。
「ありがとう。もう大丈夫。ただ、公園の中に入っておきたいんだ」
 佳奈の目が涙で潤むのが如実に見て取れた。
「分かった。だけど、このまま私も一緒についていく」
 手は掴んだまま一緒に中に入ると宣言されてしまった。そして、その言葉を聞いて安堵している自分に気付い
て、ふと顔が綻ぶ。
 一歩ずつ、ゆっくりと公園の入り口に近づいていく。
 さっきまでの震えが嘘のようにすんなりと足が動く。
 そして、ラインを越える。もう一歩完全に公園の中へと入りこむ。
 入ってみればあっけないもので、取り立てて自身に異常は感じられなかった。それよりも、妹の前で弱い兄に
なってしまう方がよっぽど怖いことなのかもしれないな、などと考える余裕すらある。
「なっ?平気だろ」
 手を離した佳奈は両手で俺の頬を挟む。次に頬を引っ張る。痛い。ぐりぐりと頬を撫でまわす。最後に額に手
のひらを当てて、熱を測る動作をする。
「そうみたいね。よかったー。あんまり心配させないでよね」
 先ほどまでの心配で目が潤んだ表情が引っ込み、いつも通りの妹が戻ってくる。
「よーし、んじゃ駄菓子屋で一番高いもの買いに行こう! 確か二千円くらいするはちみつとか置いてたはずよ

ね!」
 マジですか!? 駄菓子屋にそんなものおいてたなんて知らなかったぜ。
「はっはっはー。それくらい安い安い!」
 取りあえず見栄を張ることにしよう。でも、妹のおかげでちゃんと乗り越えられた。ありがとう、佳奈。

以上です。
お題くれた方ありがとうございましたぁ!

酉合ってるかな。投票できず申し訳ない。
さすがに一作品を投票するかしないかは決められないです。
お題発表はパス。◆p4MI6fJnv2氏に決めていただければと思います。

>>437
僕も抵抗があって投票できなかったです
今度はたくさん作品が集まるといいですね

では適当にお題を発表します


冬が終わって、日毎に暖かくなっていきますね。
新しい生活が始まる人も多いのではないでしょうか。
今まで通り何も変わらないよという人も、もちろんいることでしょう。私はそうです。
クラス替えがあるわけでもなく、学生から社会人になるわけでもなく、仕事場や仕事内容が変わるわけでもない。
今まで通りの日常を繰り返すだけです。
けれど本格的な春がやって来くると、目や耳に入る情報から私は、新しい空気の中へと否応なく突入していることを実感します。
それは新芽を出す観葉植物や、新生活応援セールという広告や、人々の服装の変化や、暖かい日差しなどが、「今まで通りではないんだぞ」と、私に強く囁いてくるからです。
ところで先日ふと夜空を見上げると、とても綺麗な月がそこにありました。



 第3回月末品評会  『月』



  規制事項:10レス以内

投稿期間:2013/04/01(金)00:00〜2013/04/03(日) 24:00
宣言締切:3日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/04/04(月)00:00〜2013/04/13(火)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)


※備考・スケジュール
 投下期間 一日〜三日
 投票期間 四日〜十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日〜十五日

随分前にもらった季節外れになったお題だけど投下します
初投下なんだけどうまく貼れるかな?

「由々しき問題だ!!」

どたどたという足音が聞こえたかと思うと、何者かがそう叫びながら、突如リビングに飛び込んできた。
「んー?」
私は、戸棚に頭を半分突っ込むようにしてある物を探していたのだが、そのあまりの剣幕に思わず声のしたほうを振り返った。
そこには、すっかり息を荒くしている一人の男がいた。この家の階段はそれほど長くないので、
息が荒いのはおそらく階段を駆け下りたせいではなく、興奮によるものだろう。
夜道で見かけたら迷わず通報するレベルの不審な男である。そして、私の記憶が確かならば、非常に残念なことに、
その不審な男と私は兄妹という間柄のはずだ。
これは、対応を間違えると長くなるパターンだ。これまでの経験からそう察した私が、どうやり過ごしたものかと思案していると、
彼は右手に握りしめていた『それ』を、私に向かって突き出して、こう言った。
「これは罠だ!」

「あ、かゆみ止め探してたんだわ。ちょっと貸して」
あまりにも突然すぎる彼の台詞を意図的に無視すると、私はそう言って、手を差し出した。
私が先ほどから探し回っているものこそ、彼が世紀の大発見のように掲げているかゆみ止めなのだ。
だが、そんな私を彼は怒鳴りつける。
「お前、これが何かわかっているのか!」
「何って、かゆみ止めでしょうが」
さらに詳しく言うなら、そのかゆみ止めは、5年前に発売され、世界的な大ヒットとなったものだ。ヒットの理由は単純で、とてもよく効くから。
従来のかゆみ止めのように、スースーしてかゆみが緩和されるといったものではない。塗ると何事もなかったかのように、
本当にかゆみが消える。やや値段は高いが、その効果は確かで、我が家でも重宝されている。

いきなり怒鳴られた私が、睨んでいるのも気にせず、彼は更にヒートアップして続ける。
「この薬はかゆみを止めるものだ!」

「何を当たり前のことを」

「違う!かゆみを止めるということは、さっきまで感じていたかゆみを、感じなくさせるということだ!
かゆみの原因である虫刺されは、依然としてそこに存在するにも関わらず!」
唾を飛ばし、力説する彼とは対照的に、私は、ああ、またいつものあれかと心の中で溜息を吐きつつ、頭の芯の辺りが徐々に冷めていくのを感じていた。
今までだってそうだった。この男は普段から、働きもせず、ほとんど自室に籠って出てこない。
そのくせ、時々部屋を飛び出してきては、発見だったり、警告だったりを家族に大声でぶちまける。
しかし、その大半は発想が飛躍しすぎて、支離滅裂な突拍子もないものばかり。そうでなければ、何を今さらと言いたくなるような常識的なことばかりだった。

 だが、聞き始めてしまった以上は、最後まで聞かねばなるまい。私は覚悟を決めると、彼に説明を求めた。
「で、何が言いたいの?」

「つまり、かゆみ止めという薬はかゆみを防止するもので、虫刺されを防止するものではない!
それどころか、このかゆみ止めがあることによって、我々は蚊に刺されることを許容するようになった!」

「で、何が言いたいの?」

 相変わらず要領を得ない彼の説明にイラつきつつも、再度同じ質問をする私に、彼もまたイラついた様子で答える。

「最初に言っただろう!つまり、これは罠だ!!人類の警戒心をなくすことで、蚊に有利な状況を作り出すための罠だ!!」

 なるほど。確かに、このかゆみ止めができてからというもの、人間は虫に刺されることにそれほど頓着しなくなったかもしれない。しかし……、

「その罠っていうのは、どこの誰が仕掛けたものなの?」

「そ、それは……か、蚊が……」

 私の質問に対し、彼は途端に消え入りそうな声で答える。私はそんな彼を見て、この国には『蚊の鳴くような声』という慣用句があったなと、皮肉なことを思った。
だが、こんな妄言を、あちこちで叫びまわられたら、たまったものではない。
早急に黙らせる必要があると瞬時に判断した私は早口で捲し立てた。

「蚊が一生懸命かゆみ止めを開発して、工場で大量生産して販売したの?いつの間に蚊は、そんなに有能で勤勉で口がうまくなったのかな?
それに、蚊の手足で作るには、ちょっとサイズが大きすぎるよね?言葉が通じない人間相手に売り込むのも大変だったろうね。
そんな幾多の困難を乗り越えて、蚊達がこの商品を売り出したとしたら、凄いよね。本当に立派だわ。
こんなところでくだらない妄想を喚き散らすだけのアンタみたいな人間よりよっぽどね!!」

 最後の部分には思い切り皮肉を込めて、怒鳴りつけてやった。彼は私の迫力に気圧されつつも、
まだ不満げにモゴモゴと何か言おうとしていたが、そこは半ば本気の殺意が込もった視線で、強引に黙らせる。

「じゃあ、話も済んだみたいだし、私は、ちょっと用事ができちゃったから、出かけてくるけど、家で大人しくしててよね!
間違っても、その妄想を外で喚いたりしないで!周りの人から、変な風に思われると私たちが迷惑するんだから!!」


 私はそう言い放つと、うなだれてしまった彼を残し、家を出た。夜道を歩きながら、携帯電話を取り出すと、私はすっかり指に馴染んだ番号を押す。

 呼び出し中のコール音を聞きながら、私は先ほどのやりとりを思い返す。まったく、彼には困ったものだ。
奇妙な言動はいつものことだが、まさかあんなことを言い出すとは。
他の人間がさっきの話を聞いたところで、信じるとも思えないが、早めに対処するに越したことはないだろう。
せっかくここまで、穏便かつ秘密裡に作戦を進めてきたのだ。
たまたま、外見的特徴が我々に似ていて、なおかつ他の生物に接近しても怪しまれない都合の良い生き物がいる星だ。失敗するわけにはいかない。
今の段階では、人間達にほんのわずかな疑いすら持たれたくはない。
例の薬も5年の歳月をかけて世界中に普及させ、ようやく作戦を進めやすい環境になってきたところなのだ。
となれば、多少強引にでも彼を黙らせるしかないだろう。他者との関わりが極端に少なく、周りへの影響力などほぼ皆無な人間だったので、後回しにしていたのが、それが仇になるとは思わなかった。多少の反省をしつつ、私はようやく答えた電話の相手に向かって、伝えた。

「もしもし、私だ。次の『入れ替わり』の候補なんだが……」

以上です

お題やきいも投下します。
八レスです

 私、紅村こまちは至って普通の十四歳です。ごめんなさい、正直少し嘘をつきました。というか、こんな嘘で
もつかないとやってられない気分なのです。
 その原因は私の目の前、つまりリビングルームのど真ん中に積み上げられた段ボールの山にあります。五段に
積み上げられた段ボールが三列並べられています。普段ならばリビングルームから見えるであろうキッチンが見
えなくなっています。
 私はこの荷物を注文したであろう人物が潜んでいるキッチンに突撃をかけることにしました。あの男に後悔、
という言葉を教えてやろうと思います。
 段ボールの山を迂回して私は堂々とキッチンへと乗り込みます。そこには正面から襲いくる私という名の脅威
にまるで気づかずに両手に持った物に現を抜かしている兄、紅村だいちがいます。もうなんていうか、気勢のそ
げる弛緩しきった表情をしていました。
 私は堂々と兄の後ろに立ち、飛び跳ねて兄の頭を叩いてやりました。
「この馬鹿兄貴ぃ! ついこの間前のが無くなったっていうのになんでまた注文してるのぉ!!」
 目いっぱい大きな声で叫んでやりました。
 流石にびっくりしたのか、兄は「うわっ、痛いけど痛くない」などと、のたまってきやがりました。しょうが
ないのでもう一度飛び上がって頭を叩きます。こんなとき百四十五センチの身長が恨めしくなるのです。
「おいこまち、二度も叩くなよ。痛くないけど痛いだろ」
 身長百七十五センチの兄はようやく私の方を振り向きました。距離が近いと見下げられているのが丸わかりで
ちょっぴり悔しいのです。
「そんなことよりも、問題はあれです! アレ!!」
 私は兄が両手に掴んでいる物には触れず、積み上げられた段ボールの山を指さします。
「あんなに頼んでどうするんですか! 前回あれの半分で消費するのに一月半かかったのに! しかも毎日欠か
さずに食べて、ですよ!!」
「なんだよ、こまちだってうまそうに食べてたじゃん?それに、俺はあれの調理を母さんに丸投げしていたわけ
じゃないんだぜ?」
「確かにあれらが、おいしかったのは事実ですが……。でもだからと言ってこんな暴挙は許されないです!!」
 というか、十五箱ってなんなのですか。十五箱って。
「まぁまぁ、今回はそれだけじゃないんだぜ?」
 まさか、あの量が氷山の一角だとでも言うのですか!? などと私が叫ぼうとした瞬間にお母さんがよく使っ
ているキッチンタイマーのけたたましい音が響きます。
「おっ! 丁度できたみたいだ。ほら、お前にも一個やるから!」

 兄はそういうとコンロにかけてある見慣れない鍋のような物の元へと歩いていきます。
「兄さん、それはなんです?」
 コンロの火を止め右手にミトン、左手にシリコントングを持った兄がふたを開けました。
「これは焼き芋壷っていうんだぜ」
 なんと安直なネーミングなのでしょうか。しかし、とてもいい匂いがするもまた事実です。
「ほら、家で焼き芋作るのはなかなか難しいだろ?んで最初は十万位する業務用の焼き芋焼き器でも買ってやろ
うかと思ったんだけどさ。流石にあんなでかいもん置いておくと邪魔じゃん?だからどうすっかなーって考えて
たら見つけたんだよ。これを」
 兄さんは嬉しそうに顔を綻ばせて鍋の中に転がっているサツマイモを皿に移していきます。
 私はその立派な焼き加減に思わず目を奪われてしまいました。
「ちょっと待ってろよ。今新聞紙巻いちまうから」
 はっ、いけない。私はあんなにサツマイモを買い込んでしまった馬鹿な兄さんを叱りつけに来たというのにこ
こで、あれを受け取ってしまっては元も子もありません。
「私は、そんなもの食べませんからね! というか、どう考えてもあの量は買いすぎです!! 少しは反省して
ください」
「ん?食わねぇの?そうか、ならまぁ出来立て一発目のは俺が独り占めすっかなー」
 兄さんは四本の焼き芋を一つの大きなお皿によそうと私に見せつけるかのごとくちょっと低い位置で持ってリ
ビングルームへと歩いて行きます。
 兄さんがすれ違った瞬間、私の鼻を焼き芋の匂いがくすぐっていきます。まるで、トラックで走り売りしてい
る石焼き芋のような香りです。私の勘が告げていました、あれは絶対においしい。
「あっ」
 思わず声が漏れてしまいます。
「ん?なんだ、やっぱり食うか?」
 匂いというのはなぜこうも魅力的なのでしょうか。ここでバシッと突き放さないとこの兄さんは又調子に乗っ
てサツマイモを大量に通販することでしょう。だけど、この匂いには抗いがたい魔力が宿っています。

 数拍の空白の後、私は陥落しました。
「あの、えっと。私もやっぱり食べたいです」
 兄さんはとてもとてもいい笑顔で私の頭をなでます。
「おう、一緒に食おうな!」

(一行空白)
 次の日の放課後、私は閑散とした教室で兄さんの奇行を幼馴染の藍野あさがおに話して聞かせました。
「あははー! 昔から変な人だとは思っていたけどそこまでぶっ飛んでるとは思わなかったなー」
 あさがおはお腹を抱えて笑っています。だけれども私にとっては切実な問題なのです。
「いやー、にしてもあれだよね。こまちあんたやっぱりチョロイわー」
「何を言いますかあさがお。私はチョロくなどないのです。むしろあの兄の作る芋料理のおいしさがいけないの
です」
 あんまりな評価を下すあさがおにすぐさま反論します。
「いやー。こまちのチョロさはクラス中どころか学年中で評判だよ?なんでも一説では土下座して頼み込めばヤ
ラせてくれそうランク堂々の第一位だとかっ?」
 私の体に電流が走ります。比喩です。ですけれど、きっと今の私の表情はとある少女漫画の「恐ろしい子!!
」のシーンのそれでしょう。
「なんという、なんという不名誉な評価でしょうか。私はそんな尻の軽い女などでは断じてないのです」
「いやー、あくまで噂だって、噂。こまち落ち着こうよ?」
 握り締めた拳がプルプルと震えます。落ち着いてなどいられるものですか。
「そもそもどうして、私がチョロイなどという評価を受けねばならぬのですか!?」
「それはあれでしょ?結局、最終的に面倒な役を引き受けてしまうからでしょ?」
 確かに私は小学生の時からクラス委員にならなかったときはないですけれど、あまつさえ祝校祭の役員やら、
球技会の実行委員。はてはリレーのアンカーまで、人がやりたがらないものを引き受け続けてきた私ではありま
すが、ですがそれは私の善意によってであって決して私がチョロイからなどでは断じてないのです!!
「人の厚意をなんだと思っていやがるんですかね、この学校の生徒は!! わかりました! 私はもう卒業する
までは何かを引き受けたりなどするものですか!! 精々困り果てればよろしいのです!!」
「いや、卒業するまでってあと五か月くらいしかないじゃん。しかも、元生徒会長だから卒業式で卒業生代表を
務めることは決定事項なわけだし」
 怒りに憤慨する私にあさがおの奴が苦笑いで答えてくれました。
「ちくしょう! shitです! なんてむかつくのでしょうか。他人に頼っているだけの癖にいい気になりやがっ
て!!」
 おっと、いけないいけない。ついヒートアップしました。そして、私は唐突に大事なことを思い出しました。
「そうでした、本題を忘れていました」
「ん? 本題って何? こまち」

「さっき話したじゃないですか。兄が段ボール十五箱ものサツマイモを通販してしまったと」
「うん、言ってたね」
「それで、兄さんがですね『豪華絢爛、サツマイモパーティーを開催するから友達呼んで来い!』とか意味の分
からないことを言い出したのですよ」
「その心は?」
「友達の少ない私のために家に遊びに来てください」
 私はどうしてこんなことを自分で言っているのでしょうか?
「こまちが友達少ない? どう聞いても嫌味に聞こえるんだけど? 大体、クラスの女の子たちと遊びに行った
りしてるじゃない? しかも結構色んな子達と」
「確かにそうなのですが、なんて言えばいいんでしょうね。強いて言うなら彼女たちは『お友達』って感じなの
ですよ。あさがおや、かずらとは違うんですよ」
 果たして、この微妙なニュアンスの違いがあさがおに伝わるのでしょうか。
「あー? うーん? 良く分からないけどあたしやかずらが特別なのは伝わったよ」
「それだけ分かれば十分なのです」
「それで、かずらには連絡したの?」
「一応しましたが、望み薄だと思うのです」
「そうだよねー。電車で二時間だからね」
 まぁ、かずらの場合その他にも問題はたくさんあるのですが、というかメールで連絡を取り合えてるのがまず
奇跡的なくらいです。
「でさ、それっていつ?」
「今週の日曜日に予定してます。兄がそう叫んでました」
「分かったー。ばっちり予定開けておくよ!」
 あさがおはサムズアップしてニッコリと笑います。なるほど、この笑顔にやられる男が多いのですね。まぁ、
私には関係ありませんが。

 三月十六日。今日は卒業式なのです。と言っても、それ自体は今しがた恙なく終了いたしました。とても感動
的な私の答辞で式場の四割を泣かせた自信があるほどです。
 そして私は形だけの別れを惜しむ女生徒たちの涙に付き合うため両親を先に家へと返して校門前に陣取ってい
ます。
 本当はあさがおを捕まえてとっとと帰りたい気分でいっぱいな私は泣きながら別れを惜しむ女生徒たちに混ざ

っています。
 涙ながらの「またね」や「元気でね」、「ありがとう」、「連絡頂戴ね」などといった言葉を受け流し、時に
は一緒に涙ぐんで見せたりします。完全に馴れ合いです。
 正直ちょっと面倒臭くなっていた私に不意のサプライズが送られてきました。
「おーい! こまち!! 久しぶりぃー」
 心地よい声色を持つ私の幼馴染、茂宮かずらが遠路遥々、卒業式を迎えた私とあさがおを祝いに来てくれたの
です。
 校門の正面で手を振るかずらはその声と相まって人目をかなり惹きつけていました。
 当然です。かずらは容姿端麗、頭脳明晰に加えて甘い声色とミステリアスな雰囲気を兼ね備えた良家のお嬢様
なのです。ちなみに年は私とあさがおの一つ上、つまり来年高校二年生です。
「かずら!! まさか来てくれるとは思わなかった!」
 私は思わず走り出し、かずらの胸に飛びつきました。
 後ろからあさがおが人をかき分けて走り寄ってきます。
「来てくれたんだ!? 久しぶりだ、かずら」
 私は後ろからやってきたあさがおと交代で、かずらの正面に立ちます。
「うん。実はダイチさんから連絡貰ってね。二人とも卒業式の日付教えてくれないから、こっそり来ちゃった」
 柔らかく微笑むかずらはまるで女神です。というか、嬉しすぎます。兄さんも憎いことをしてくれるのです。
「あのサツマイモパーティ以来ですから五ヶ月ぶりだね」
「もうあれからそんなに立つんですね」
「いやー、あの時は楽しかったね。こまちのお兄さんがあんなにモテるとは知らなかったよあたし」
「そのダイチさんがなるべく早く二人を家に連れてきてくれって頼まれてるんだよ?」
 む? なんなんでしょう。何故、兄さんはかずらとそんな連絡を取り合っているのでしょうか。
 いや、それよりも今は級友たちに別れを告げておくべきですか。
「二人ともちょっと待っててください」
 それだけ告げると、私は最後の挨拶をするために元の女の子たちの所へと踵を返します。
「みなさん、私はちょっと急ぐ用事が出来てしまったのです。なので、お先に失礼します」
 固まっていた女生徒たちに深々と頭を下げ、返事も聞かぬままかずらとあさがおのところに戻ります。
「そういえば、あさがおはちゃんと別れの挨拶は済ませたのですか?」
 私たち三人は足早に校門を出て帰路につきます。目的地はどうやら三人揃って私の家のようです。
「んー? あれ? こまちもしかしてあたしがクラスでいじめられてるの知らないの?」

「へっ?」
「あさがお! なんでそんなこと黙ってたの!?」
 私の間の抜けた声とかずらの驚きの声が重なりました。
「いや、いじめって言っても些細なことだよ? どのグループも私を輪に入れてくれないとか、二人組作ってっ
て言われて一人余った女子が泣いてあたしを拒んだりとか、まぁその程度だよ? 盗難とかもなかったし」
 へらへらと笑うあさがおに私は一発くれてやりました。
「そういう事はもっと早く言うべきです。かずらもそう思うでしょう?」
「いやさ? だって私にはかずらとこまちがいるじゃん? だから別に気にするほどでもないかと思ってさ」
 あさがおは何かを気負う様子も恥ずかしがる様子も、なしにそんなことを言います。
「あっ! でも、こまちのお兄さんには相談したよ? てっきりそこからこまちに伝わってるかと思ってさ?」
「なるほどー。あさがおのことで一瞬口をつぐんだのはそういう理由があったわけか」
 かずらはかずらで一人で納得していやがります。
「まぁ、過ぎたことはしょうがないのです。それよりも、かずらは兄さんと共謀して何をたくらんでいるのです
か?若干ながら嫌な予感がするのです」
 私の問いにかずらは目を泳がせながら白を切りました。
「詳しいことは何にも聞いてないのよねー。帰ってみたら分かるんじゃないかなー?」

 私は二人を伴って自宅に帰ってきました。
 ドアを開いた私たちを出迎えてくれたのは父でも、母でもなく、ましてや兄さんでもありませんでした。それ
は匂いでした。サツマイモの甘く、深みのある香りが私たちを包みこみます。
「ダイチさん、またサツマイモ使ってるみたいね」
「えぇ、そのようです。なんだってこんな日にまでサツマイモなのでしょうか」
「さっすが! こまちのお兄さんってばかわってるぅー! でも、いい匂いだ!」
 私たちは兄の居るであろうキッチンへと突撃しました。
「おっ! やっと帰ってきたかこまち! 実はちゃんと卒業のプレゼント用意してあんだぜ?」
 兄さんの足元にはベニハルカと書かれた白い段ボールが一箱置いてありました。
「まさかとは思いますがそのダンボールのことじゃないですよね?」
「良く分かったな! これも、そうなんだよ!! 多分、お前が一番好きな品種だと思うんだけど?」
 なんとなく読めてはいたんですよ。家の兄はこういう人ですからね大方予想通りですよ。
 ですけど、外れてほしかったのです。

 そして、既視感を感じさせるタイミングでけたたましいキッチンタイマーが響きます。
「焼き芋ですか?」
「おお!焼き芋だ!大丈夫、ちゃんとみんなの分もあるから」
 とてもいい笑顔です。
「いぃやった!」
「ごちそうさまです」
 あぁ、みんなの笑顔が眩しい。
 私たちはテーブルの中央においた大量の焼き芋を囲んでいます。
「そうそう、私からもちゃんと卒業のプレゼントもってきたのよ?」
 そう言ってかずらは高そうな万年筆をくれました。
「また、なんだか高価なものを」
 正直ちょっとたじろぐほどです。
「かずらありがとう! 使う機会なさそうだけど!!」
 あさがおの素直さが羨ましいのです。
「ありがとうなのです、かずら。大切に使います」
 微笑むかずらに大人の余裕を感じました。
「俺からも実はあるんだぜ?」
 はい?
 先ほど貰ったベニハルカ以外にも兄さんが祝いの品を用意している? まさか、そんなことあり得るのでしょ
うか。もしかしたら聞き間違いかもしれないのです。
「今なんといいましたか、馬鹿兄貴?」
「うん? だから俺からもプレゼント用意してるんだぜ?」
「芋じゃなくて?」
「芋じゃないやつ」
 きっと今の私は間抜け面に違いないでしょう。
 兄さんが取り出したのは大きな葉っぱの髪飾りでした。数は二つです。
 その髪飾りは私とあさがおに一つづつ手渡されました。
「それな、ヒルガオの葉のデザインなんだってさ」
 私がビックリしている横であさがおは早速髪飾りを付けてしまいます。
「ほらー、こまちも早くつけてよ。せっかくお揃いなんだよ?」

 私は慌てて兄さんから受け取った髪飾りを付けてみます。
 私がそれをつけ終わると、みんながニッコリと笑っていました。
 なんだか嬉しくなって私も笑います。
「ありがとう!」
 私は今日初めて心からうれし泣きしてしまいました。

以上になります。
お題くれた方�クス

 薄暮の中、在来線は進んでいた。
 つり革に揺られ、私はぼんやりをした頭のまま周りの人々を眺めていた。何か意図があったわけではない。風
景を眺めるのに理由があるだろうか。強いて言うなれば、疲れきっていたのだった。

 ふと、ある女の姿に目が留まった。見覚えがある気がしたのだ。白いゆるやかなチュニックにタイトなデニム
のパンツ、アッシュブラウンの髪はショートボブだった。しかしそのような格好の人物などごまんといる。いっ
たいどこに見覚えがあるのだろうか? 私は風景の一部となっているその女をどことなく眺めてみた。
 それは髪から覗いた耳であった。ピンと尖り、頭にべたりと張り付いたような角度でこちらを向いている、奇妙
な既視感の原因はその耳のせいであった。
 もしやあれは知り合いだろうかと一旦は考えるも思い当たる人物などいなかった。事実、電車が揺れ女の顔が
にわかに見えたのだが、まったく見覚えの無い顔であった。
 耳だけが似ていた。誰とも分からない誰かの耳に似ていた。

 それから十分ほどで自宅の最寄り駅に着き、私は電車を降りた。帰宅してからも耳のことを考えていた。電車
の女の姿は私の脳裏からとうに消え失せ、耳だけがくっきりと浮かび上がっていた。それもこちらを向きピンと尖
っていた左耳だけが。
 まさか自分の耳ではないかとも思ったのだが、私の耳はそのような形でないことを知っていたし、鏡の前に立
ち耳をつまんで確認したのだが、やはりそこには平凡な小判型の耳が映っているだけであった。
 酒を飲んでも耳の形が頭から離れなかった。のみならず、耳の交換を強いられるという夢まで見た。翌朝目が覚
めてからも頭はぼんやりとしたままであった。昨日の疲労感を引きずりながら私は通勤電車に乗ったのである。
 車内に昨日の女の姿を何気なしに探してみたものの都合よくいるわけも無く、私は頭の中の耳に苛まれ続けた。
耳はぐるぐると私の周りを旋回し嘲笑っているようであった。
 ふとアナウンスが流れ私ははっとした。電車が会社のある駅に着いたのである。こんなことを考えていてはきっと
仕事にも差し支えるだろうと内省した。私はため息をつき、上を見上げた。すると網棚の上の、とある出版社の広告
が目に入り、既視感の理由がわかったのである。あの耳は、いつしか子供の頃に絵本で見た悪魔の耳だったのだ。

 たしかあの話は幸福な結末を迎えたはずだ。


>>487
上を見上げる はやっぱおかしかったか
他のは変じゃないと思ったんだけどな
背伸びしてるつもり無いんだがこれが平易な文かと言われれば違うな

>>486
読むも価値も無いといいながら、そのイラつき具合を見るに
最後まで読んでくれたんだろきっと

内容についても感想くれよ 上の二人でも他も人でもいいから

あと、くやしいからお題よこしやがれ

>>484
お題が『異形』でありながら、ラストに悪魔と言う単語が出てきて、
耳という不安要素を引っ張った割には幸福というプラスな〆。
それが結果的にパンチの弱い作品になったのではないかと思いました。

ミステリーなのか、カオスなのか恐怖体験なのか、どの世界に入り込んだのか分かり難いためモヤモヤする内容でした。

> たしかあの話は幸福な結末を迎えたはずだ。
の〆ですが、私でしたら、
— たしかあの話は不幸にはならなかったはずだ。
と書くかな?

>>488
お題は『屁の河童』でお願いします

第3回月末品評会『月』
作品投下します

 夢の続きを見続ける人がいたら、その人にとっての現実ってなんなんだろうね。
 客層の八割が女子という、間接照明とモスグリーンのソファがありがちな、今時よくある隠れ家的
カフェ。まあ大通りに面してるから全く隠れてはないんだけどね。正面が大きな窓のカウンター席に
通された私は、頬杖をついて、隣に座るカレシに話しかけた。二十一時の店内はほどほどに混んでい
て、近頃のこの手のカフェの乱立具合から見ても、私のような女子大生含む、二十代女性は商業的に
たいそうカネになるんだろうな☆キャハー☆ けれど私はそんな「いわゆる」なカフェがだぁい好きで、
トモアキとの食事、その他諸々の用を済ませたあとは決まってこう言う女子向けなカフェに足を運ぶ
のです。頑張ったワタシへのご褒美なのです。初めは女の子ばかりの空間に居心地悪そうにしていた
カレも、最近は諦めたのか馴染んだのか、率先してブランケットを店員にとりに行くようにまでなって
しまいました。便利なので私としては全く問題ないですけれど。
「そんな人、いるの?」
「いたら、って言ったじゃん」
 私はテーブル席が好きです。なのでカウンター席なうな現状には若干イライラしています。相手の
顔が見えないと、言わなくていいような余計なことばかり喋ってしまう気がしちゃって苦手なのです。
「眠ると、必ず昨日の夢の続きを見るの。そんで、その世界でも時間は同じように流れてて、
 その世界の社会があって、生活があって、人間関係が構築されているとしたら、私達の言う、現実
世界って何なのかなぁって思わない?」
 そんな人、いないでしょ、とカレは言いました。私は内心怒りで頭がドッカーン、ですが「もういい」
という女子お得意の言葉はぐっと噛み殺してあげます。ただでさえ苛ついているのに! なんと人間が
出来ているのでしょう!
そう、落ち着くのです、私。ここは大衆の場で、大好きなカフェで(ひょっとしたら背後にいる女子
の中にはは友達の友達かもしれないし)、隣にいるのは、想像力と思考力と経験値が乏しいことを除
けば優しくて大好きなカレシですし。私は長い溜息をひとつ吐き、にっこりと微笑んで、そう言えばさ、
と話を切り替えてあげます。何がそう言えばなのかは、甚だ疑問ですがね。
「スーモでいいとこ見つけたんだ。2LDKで、駅チカ、家賃八万」
 スマートフォンを指先で操作する。男の人は、こういう現実感を伴った話の方が好きなのでしょう?
トモアキが特別想像力がなさすぎるせいかもしれないけれど。

 それとも、夢の続きを見続ける人の話が自分の彼女のことだって知ったら、少しは興味関心を持って
もらえるのでしょうか?


 厳密に言うと、私は眠ると必ずその夢の続きを見るわけじゃありませんし、時間も現実世界と同じ
ように流れているわけでもありません。だから、トモアキに語ったのは、私の話であって、私の話で
ない話ってなわけですね。
 何日も何日も何日も連続で夢の続きを見続ける日々もあったし、何ヶ月間もずーっとその夢を見て
なくて、ある時不意に、それはもうsuddenlyに、その夢に再会することもありました。茹だるような
夏の日、寝苦しくて寝苦しくて、やっと眠りに落ちたその日は、窓の外が白銀の雪景色であった……
こともあるし、夢を見るのが大抵いつも夜だからといって、その世界がいつもいつも真夜中であると
いうわけではないしね。けど、主人公の目というか、その世界を見ている「私」は現実世界とシンク
ロしていて、十歳の時には十歳の、十七歳の時には十七歳の「私」としてその世界に存在しています。
その世界には、実に私の好みの靴ばかりを扱っている靴屋さんや、現実世界では到底食べていけない
だろう風鈴屋さんなどが平気な顔をして存在しています。
 夢の世界って、結果しかないんですよね。なにもかも当たり前に目の前にあって、私はそれを「そ
んなもんだよね」って受け入れている。目が覚めて、だんだん夢の感触が薄れていく時に初めて、な
んであんなにあっさり受け入れられたんだろうってぼぅっと考えたりします。
 その世界の私には、いつの頃からか同居人がいて、名前は月(つき)くんと言います。顔が満月の
ようにまんまるで、ものすごく色白。僅かに白く発光しています。点と線だけでできたような単純な
目鼻立ちですが、体つきは成人男性です。いつから同居しているのか、どうして同居しているのか、
まったく経緯というものが存在しませんが、少なくとも恋人同士ではないようです。そういう雰囲気
では全く無いのです。ですが、それでも眠るときは同じベッドで一緒に眠ります。夢の中だけれどね。
設定らしい設定といえばこれくらいで、あとは夢の中らしく、部屋の構造は定まらないし登場人物も
知人だったり全く知りもしない人だったり。私は時々、現実世界の「誰かが変えない限り、変わらな
い」というルールにびっくりしてしまうのです。夢の世界は、あまりにもふにゃふにゃで定まってい
なくて、母体の中の赤ちゃんみたいなのです。無限の可能性が広がっているのです。

 そんな夢の話を急にトモアキに話したのは、この夢の世界が現在、ある事態に直面しているから、
かもしれないです。
 最近、この世界ではもうずぅっと長い間雨が降っています。それで、その雨が降り続いた五十日目に、
世界が終わってしまうそうです。
 夢の世界はそう、いつだって私に結果しか用意していないのです。


 世界の終わりの前日に、私と月くんは崖の上に立って、谷になみなみと溜まった水を見つめていました。
雨は相変わらず降り続いていて、水面に波紋を描き続けていました。一本の傘にふたりで入るのは少し
狭かったけれど、濡れた肩は少しも冷たくなんかありません。私のだぁい好きな、ずっと贔屓にして
いたあの靴屋さんは谷底にあって、この長雨ですっかり水の底に沈んでしまいました。そこで私は
ぴこーんと名案をひらめいたのです。水面に靴屋さんの靴が浮かんできているんじゃないのかと。今
なら好きな靴をタダでゲットし放題なんじゃないかと。そんな姑息な思いを瞬時に頭に巡らせた私は、
さっそく月くんにこの素晴らしく利益しか生まないアイデアを嬉々として報告しました。月くんは顔
をぴかりと光らせると「いいね」と言ってにやりと微笑みました。月くんは優しくて、倫理観の備わっ
た男ですが、こういう悪巧みには協力的です。まるで双子のようなシンパシィを感じます。そうして
私は月くんを連れて、しめしめいそいそと崖の上にやって来たのです。
 果たして水面には、あの靴屋さんの靴がぷかぷかぷかと浮いていました。だけれど、ああ、なんて、
だけれども。
 世の中にこんなに私悲しくさせる光景があるのだろうかと思わずにいられないほど、その光景は悲
しいものでした。
 月くんが、浮かんでいる靴をひとつ、拾い上げます。
「これ、そんなに濡れてないみたいだけど」
 優しい橙色のパンプスは、確かに靴屋さんに並んでいる頃ならば、たいそう私の好みの靴だったでしょう。
だけど私は大きく首を振って、いやいやをするように月くんに抱きつきました。
 色とりどりの靴がぷかりぷかりと水面に浮かんでいます。それらは雨粒に打たれて、どんよりぐっ
しょりと変色しております。それでも雨粒は靴を叩き続けてる。革靴だろうとスニーカーだろうと
お構いなしに。
 世界の終わりは、私に随分ひどいことをするなぁ、そう、思いました。
 月くんは、この鈍色の雨の中でも、控えめに顔面を輝かせています。私とは違い、じっと、真面目
な顔つきで水面を見つめているのでしょう。でも、私にはわかります。彼も本当は私と同じくらい傷つき、
心の中は悲しみに暮れていること。そしてその悲しみは、世界が終わること自体に対してではないこと。
そんなことは、私達はとっくに受け入れて——諦めて?——いるのです。
 夢の中のすべての事象は、受け入れるしか選択肢はないのです。


 「なんか唸ってた」 
 目を覚ますと、トモアキが居ました。それもそうですよね、ここはトモアキの家なんだから。
時刻を確認すると、朝の五時でした。私はもう一度目をつぶり、トモアキの胸に顔を擦り付けてみま
した。くんくん。人間の匂いがする。月くん——月くんはどんな匂いだっけ? 毎晩一緒に寝てるのに、
嗅いだことないなぁ。
「今日学校どうする」
 頭の上からトモアキの声。この世界では、私は実にたくさんのことを決めなければならなくて、
ほとほとうんざりしてしまいます。全て思う通りになる、とは言いません。何も決めなくていい、何
も選択肢なくていい、あの世界は、そういう、世界。
「う〜ん、休む……」
 トモアキが頭をナデナデする。タイミングが変でしょ……。変だよね? 女の子だっていつもいつ
でも撫でられたら嬉しいわけじゃないんですよ……。サイレントため息をつく。ともあれこうして、
ぐだぐだな一日の始まり始まりなのです。

 先ほどわたくし、ぐだぐだな一日と申しましたが、午後十六時、現在、ワタクシぐっだりしております。
ぐったりではなく、ぐっだりです。誤字じゃありませんし、五時じゃありません。心身共に大変疲弊
しておりますため、思考回路もおかしくなっております。というのもね、次の一文を読んでもらえた
らすべてお察しいただけるものと思いますのよ。
“トモアキは、セックスがあまり上手ではありません。”
 疲れた。ものすごく疲れた。カレと行為に及んで、私はゴールに辿り着いたことがない満たされた
ことがない。平たく言うとイッたことがない。
そして件のカレは爆睡中です。いつも思うけど、トモアキの性行為は生身の女性を使ったオナニー
なんだよね。こんなことなら、大学に行って授業を受けたほうがよっぽど疲れずに済んだと思わざる
をえないのです。
「……帰ろう」
 無駄な一日だったって思いたくないから、何か買い物して帰ろう。だけれど靴は、やめておこう。
何かを選択するの、面倒くさい。早く月くんに会いたい。


 世界の終わりの日。その夜。
私と月くんは暗い部屋でモスグリーンのソファに座って夜のニュースを見ていました。天気予報の
コーナーの週間天気予報は日一日と短くなっていっていて、今日はどうなるのかなってわくわくと月
くんと話していたら、今日は天気予報のコーナー自体がありませんでした。
「アナウンサーの人、家に帰らなくていいのかな」
 私がつぶやくと
「この仕事が終わったら帰るよ」
 と月くんが答えました。そっか、と私は体育座りの膝小僧に顎を乗せます。それは良かった。

 窓の外はひどい雨で、ざあざあという雨音が止むことなく世界に満ちています。だけど家の中は
安全です。むしろ水の檻に守られているような安心感さえあります。
 世界の終わりの日も、私達はいつもと変わらない感じでベッドに潜り込みました。
「手を繋いで寝ない?」
と私が尋ねると月くんは「いやだ」と即答し、私は思わず吹き出しました。その拒絶が全然嫌味な感
じではなかったからです。それでも一応テンプレート通りのセリフを返してあげます。
「ふんっ、じゃあいいわよー」
 そう言って目をつぶると、途端に心地よい睡魔が覆いかぶさってきました。
左隣の月くんが、私の左手をそっと包みました。ひんやりとしたシーツのように気持ちいい感触に心
が満ち足りるのを感じます。私は目をつぶったままごろんと体勢を変え、頭を月くんの顔と肩の間に
埋めます。大きく息を吸うと、雨の匂いがしました。抗えぬほどの眠気に、心の底までうっとりと酔
いしれながら、夢みたいに、世界は終わろうとしていました。


 目が覚めると、ひどい雨でした。まるで夢と現実世界が完全にシンクロしてしまったような気がして、
いつものぼぅっとする時間が二倍くらい長くなりました。寝癖で絡み合った髪を直しもせず、窓の外
の雨を眺めること数十分。どうして私はこんなところに居るんだろう、ということが、どうしても分
からなくて、ただひたすら呆然とするしかありませんでした。
 こんな大雨ですが、今日は大学へ行くことにします。そろそろ出席日数もやばいのです。教室に居る
トモアキの姿を見つけて、私はその隣へ腰掛けます。
「世界が終わる夢を見たよ」
 何気なく、いつもの感じで話しかけたけれど、口に出した途端、ああ、そうか、世界は終わったん
だって、その時初めて思いました。思いながら動揺して、でもそれを悟られないように言葉を続けま
した。こんな大雨がずっと降っていてね、ちょうどその五十日目に、世界が終わってしまうの。それ
でね、今日がその五十日目だったの。
「へえ、なんで?」
 トモアキが尋ねました。
「なんでって?」
「雨が降って、それからどうなるの?」
「どうもならないよ。雨が降り続いて感染症がひろまって人類が滅亡するとか、地球が爆発しちゃう
とか、終わりってそういうことじゃなくて、続きがないっていうことが終わりってことなんだよ」
そうなのだ。続きがないことが終わり。トモアキに説明しながら、けれど私が一番納得していました。
終わりとは、何か劇的な、クライマックスを経て起こることではなく、ただ単に、その続きがないと
いうことだけ。私がするべきなのは(というよりできることは)月くんに、あの世界に、もう二度と
会えないという事を悲しむことではなく、あの世界が続かないということを「そんなもんだよね」と
受け入れるしかないということ。でもそれは、夢の世界のルールであったはず。私は首をかしげます。
現実世界でもそれがルールだったっけ?

 世界の終わりのような雨が降り続いている。授業はずっと上の空で、私はずっと月くんと、夢の世界
のことを考えていました。私は、何かを失ったのかなぁ。でも、何を? 私は「夢の世界を選ばない」
という選択をした? 選んだ? 私が? 頭のなかに雨が降り続いている。


 世界の終わりの後もこんなふうに味気ないものなのかもしれない。
 驚くべきことに、午前中にあれだけ台風のように降り続いていた雨が、お昼過ぎには弱まり、夕方
にはあっけなく上がってしまいました。いっそ脳天気なくらい太陽が輝いていて、人々の手には閉じ
られた傘。
 そして私はトモアキに話しかけます。
「ご飯、食べに行こうか」
 
「トモアキ、お願いがあるの」
 フォークを動かす手を休めずに、私はカレに話しかけました。
今日はさ、私がイクまでしてくれない? トモアキの周りの空気がぴくっと揺らぎ、カレは少し驚い
たようでした。だからあえて目を合わせて続けました。
「あなたで満たして欲しいの」
 お酒で、目が潤んでいるのをはっきりと自覚しながら瞳を見詰めました。
「AVみたいなこと言うんだね」
 嘲笑するように、舌なめずりするように、トモアキが言います。ばっかみたい、だけど、上も下も、
物理的でいいから満たされたい。出来れば、心も満たされたい。
 私は、夢の世界を失ったことを認める。そういう選択を、きっとどこかでしたのだ。とにかく今は、
失ったものを埋めたくてしょうがない。

終わり

投下終了しました。
よろしくお願いします。

test 品評会投下いたします

「お前が生まれて間もない、七月二十四日の昼下がりことだ。
 多分あの女性は、A病院の患者さんだったのだろう。フラフラと危うい足取りで、ひとりの女性が、新生児
室にいるお前のもとまで歩いて来たのだ。ガラス窓に頬を押し付けて、『どれが彰人(あきと)?』と、女性は
しきりに、隣の医者に尋ねていたっけ。
 それがよくわからんが、何だか可哀想でな。ついつい俺は、『彰人ならそこですよ』と、お前を指差してし
まったのだ。それは、その女性を落ち着かせたいからだったし、彰人という名前が、それほど悪くないように
も思えたからだった。
 女性も隣の医者も、ぽかんとして、俺を見つめていたがな。やがて、その女性はにっこり笑ってくれたよ……。
 ……そんなわけで。お前の名前は、彰人なのだ」
 彰人の父親は、彰人という名の由来を、このようにして諭したものだった。
 これを初めて耳にしたのは、彰人がまだ五歳のころだ。とうぜん、父親のこの横暴な名前の付け方に、腹を
立てることもなかった。ただ、多くの子供がそうであったように、自分の出生もまた恵まれたものだったらしい、
ということだけはわかった。
 そういうわけで彰人は、ひとりの女性を笑顔にしたという自信を覚えたまま、十歳の誕生日を迎えようとして
いる。

 彰人は十歳の誕生日を、父親とともに過ごした。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日のことだ。
 親子はこの日のため、日本海に臨むB海岸の貸し別荘で寝泊りしていた。彰人の誕生日はここ数年、海水浴
でもって済まされることが常だった。
 B海岸は、日本有数のC砂丘を南に駆け下りるとすぐに見えた。遠浅で、海底の落差もないことから、家族
連れの海水浴には最適であった。交通の便も、彰人の住む市街から車で数十分と近く、悪くない。それゆえ、
日中のB海岸はまこと殷賑(いんしん)をきわめた。
 いかにも狭いB海岸で、彰人は、二十歳の玲奈(れいな)に出会ったのだ。
 もっとも、当時の彰人には、その女性が玲奈だとは知るよしもない。
 玲奈は波打ち際に腰を下ろして、打ち寄せた余波にちょんと足先を浸らせていた。玲奈は学生時代、空手
の気鋭の選手だった。トライバルな紋様をえがいたパレオから、すらりとのびるか細い両足は、かつてそうで
あったようには見えない。玲奈の水に濡れた体は、すこしやつれて、このごろのひ弱さに溢れた女性と何ら変
わりがなかった。
「こんにちは」浜辺を駆け走る彰人に、玲奈はそう声をかけた。「彰人くん」
 見知らぬ女性にその名を呼ばれると、彰人ははたと立ち止まって、「お姉さん、誰ですか?」

「私はあなたのことを知っている。岩村彰人くん」玲奈は、十歳の彰人の問いには答えず、「あなたは城南小
学校の四年生。習い事は、空手と少林寺拳法の掛け持ちをしている。仲の良い友達には、少年野球にも誘わ
れている。勉強は、苦手だ。とくに算数と国語が苦手だ。それなのに、町の図書館では、大人の本をよく読んで
いる。文字しかない本は、漫画より情報量が多くて得だからという、とても立派な理由で」
 紡がれる言葉は、ほとんど怠慢な感じがした。玲奈は、変わりのない詩を復唱させられているようだった。
 だが、たしかに、玲奈の言葉は正しかったのだ。彰人は名前の付けがたい、いやな気がしていた。洟をすす
りながら、「うん」とか「そうだ」とか、馬鹿みたいに相槌を打つしかない。
「で、今の私から言わせてもらうけど」と、玲奈は言うのである。
「私は病気になるから、約束は叶えてあげられない」
 そう言うと玲奈は、親指と人差し指で丸をつくると、彰人の額に手痛いデコピンを食らわせた。
「あとは、辛抱強くなってね」玲奈はそう言って、その場を辞す。

 彰人は十一歳の誕生日を、ひとりで迎えた。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日のことだ。
 昨夜の天気予報のとおりに、街には台風が上陸して、空は重い灰色の雲がひろがっていた。降る雨はことご
とく、風に吹きちぎられている。この嵐では、海の波も荒い。そうでなければ、親子は今年もB海岸へ赴く予定だった。
 彰人は行き所もなく、部屋に閉じこもっていた。父親は彰人の暗い胸中を汲んで、たいそうなバースデーケーキ
をこしらえた。とは言え、彰人の目は澄んでいて実に清らかである。その目の澄み方は、誕生日にはしゃぐ子供
の目の澄み方ではない。それは知的な目の輝きだった。彰人は、昨年の誕生日のことを思い返していたのだ。
 若草色のパレオを腰に巻いた、あの慌ただしい女性は、いったい誰だったろう? 鍛えた体をベッドに横たえな
がら、午睡のついでに、彰人は物思いに耽った。一年という歳月を経たにもかかわらず、彰人はあの女性、二
十歳の玲奈の姿を鮮明に憶えていた。
 このときの彰人は、まだ玲奈を知らない。
 かくして、出し抜けにドアを開けて顔を出した、十九歳の玲奈を見ると、彰人は鋭い速度で午睡の床から飛び
起きたのだ。
「こんにちは」玲奈はニイッと微笑んで、慌てふためく彰人を見据えた。「彰人くん」
 玲奈はエメラルドグリーン無地のタンクトップを着て、青色のデニムのミニスカートをはいていた。その配色が、
彰人にB海岸を連想させた。
「お姉さん、誰ですか?」彰人は、ベッドの上に神妙に正座をした。玲奈のいたずらっぽく微笑む顔に、昨年に
はなかったあどけなさを見た。
「私はあなたのことを知っている。岩村彰人くん」玲奈は、十一歳の彰人の問いを無視して、「あなたは城南小
学校の五年生……」

 続く言葉は昨年に変わらず、彰人の現状を述べたものだった。彰人も彰人で、うんうんと頷く動作は変わり映
えがしない。
「ところで、二十歳の私には出会ったかな」首を傾げる玲奈の表情は、まるで自分の体を気遣うようで、不安の
色が濃い。
「分かりません。でも、お姉さんとよく似た人には出会った」そう言うと、玲奈はほっと胸を撫で下ろして、彰人
のとなりに腰を下ろした。「お姉さん、誰ですか?」
「ところで、彰人くん」玲奈の言葉は、あくまでもその話題には触れない、という卑怯さに満ち溢れていた。「月
の満ち欠けは知ってる?」
「知ってる。満月になったり、新月になったり」彰人がそう言うと、玲奈はひと息おいて、続ける。
「私たちは、光と影なんだ。きみは十一歳、私は十九歳。たして?」
 とつぜん尋ねられたために、彰人は両手の指を用いた。だが、即座に、指で数えるまでもないと赤面して、「え
えと。三十歳」
「そのとおり」玲奈はにこにこ笑って、耳まで赤色のさした彰人を見ていた。
「月の明暗であるところの私たちは、三十歳になったら、本当に巡り会えるのかもね」玲奈はそう言って、その
場を辞す。

 彰人は十二歳の誕生日を、城南道場で待ち受けていた。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日のこ
とだ。
 道場では夏休みを契機に入部した子供たちの、やわらかい打ち込みの音がしていた。重心の乗りが悪いため、
インパクトのタイミングも合わないのだ……。最上級生になった彰人は、冷静に返って彼らを指南していた。冬の
県大会では、惜しくも入賞を逃した彰人である。彰人はここ数年で、見事な筋肉の保有者となった。彰人が空手道
に向ける誠実な姿勢が、体格にそのまま反映されたみたいだった。リンゴみたいな真っ赤な顔だけが、彰人の年
齢の幼さをあらわしていた。
 新入部員の稽古をつける合間、彰人は道場の入り口付近を、目を皿にして見つめていたのだ。ふとした加減で、
熱した道場に吹き込む冷えた風に、あの女性、玲奈の予感がしていた。
 休憩を告げる甲高いかけ声が、道場にひびいた。彰人は、次に始まる団体型の稽古にそなえ、稽古着の襟をな
おす。
 喉の渇きを癒そうと、入り口を出て道場を裏手にまわって、水道の蛇口をきゅ、きゅとひねったとき。
「こんにちは」玲奈の声が、頭上にきこえたのだった。「彰人くん」
 彰人は玲奈の来訪を見越していたため、さほど狼狽することもなく、「こんにちは」
 玲奈は、城南高校の制服である白無地のポロシャツを着ていた。ただでさえ短かった黒髪は、さらに短く、ちょう

ど眉毛のあたりで切り揃えられていた。田舎くさいおかっぱ頭だが、彰人にとっては、それは好印象だった。一昨年、
昨年の夏の病弱な感じとはうって変わって、玲奈は元気はつらつとした少女に返ったようだ。
「私はあなたのことを知っている。岩村彰人くん。あなたは城南小学校の六年生……」
 白い柱にもたれかかって、玲奈は前口上を垂れた。彰人は彰人で、水道水を飲み終えると、生垣にのびのびと広
がったサザンカの葉っぱを眺めた。玲奈の言葉が一字一句違わぬことを、彰人はたしかめもしない。そこには、玲奈
に対する厚い信頼があった。
「十二歳の誕生日おめでとう、彰人」玲奈はそう言って、話を打ち切った。玲奈に誕生日を素直に祝われたのは、こ
れが初めてだ。
「ありがとう。ところで、お姉さん、誰ですか」
「今日はね、誕生日プレゼントを持って来たの」例年のごとく、彰人の問いかけをなおざりにして、差し出されたそ
れは、表紙の剥げかけた文庫本である。表題は厳しい(いかめしい)金字で、書かれてある。近ごろ、読書から遠
ざかっていた彰人には、それは眩しくもあった。
「中学生のころ、私が好きだった『惡の華』だよ。ぜひとも読んでみてね」そう言って、玲奈はくすぐったそうに
笑った。その笑顔に彰人は、どきりとするほど、玲奈とのあいだに何か近しいものを感じたのだ。
 ここにきて、ふたりの精神の波長は合ったのだった。それは、ふたりの距離が近付いたしるしだった。
 彰人は不意に呼びさまされた胸苦しい気持ちを、それが恋だとは知らずに、「十九歳のお姉さんは、月の満ち欠
け、と言いました。どちらが光で、どちらが影なのですか?」
「ふうん。私は、そんなことを言うのか」彰人の予言に、玲奈は興をひかれたようだ。「私は光がいいな」
「俺も、光が良いです」彰人は、このごろ口にするようになった「俺」を、ことさら強調してみせた。
「そっか。じゃあ、私たちは満月を目指そう!」玲奈はそう言って、その場を辞す。

 彰人は十三歳の誕生日を、日がな一日読書して過ごした。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日のこ
とだ。
 彰人の家は、日あたりのいい南向きの高台にあって、窓から降りそそぐ夏の光が熱い。天井の低い彰人の部屋
には、蒸し暑さがこもった。頬にしたたる汗もぬぐわず、彰人は昨年の夏、玲奈に贈られた詩集のページをめくって
いる。その贈物は、紐解こうとして、結局、三日坊主に終わったものだった。と言うのも、彰人の感性はまだ、この
詩が抱える孤独とか憂愁とかいった感情の振幅には、うまく共鳴しなかったのだ。
 とは言え、中学に上がって初めの誕生日を迎える今日、玲奈の愛読書に目を通さずにいるのは、不誠実だと彰
人は思う。
 彰人の頭には、本日の来客には、十七歳の玲奈が訪れるという日程がすでに組み込まれていた。
 だが、尻に火がついた心地であるから、一編の詩とて理解は及ばない。嘆息しながら、彰人はますます、玲奈が

いっそう謎めいた、深遠な女性に思われた。
 空想上の玲奈に頬を寄せようとすると、彰人はいつも、はるかに遠い距離を感じるのだった。それでも、すぐ近く
に玲奈がいると信じ込ませて、彰人は鬱屈とした精通を済ませていた。
 とつぜん、ドアが叩かれた。見ると、十七歳の玲奈が、小さな顔を覗かせていた。
「こんにちは、名前も知らないお姉さん」もはや板についた彰人の反応に、玲奈はいささか面食らったようだった。
「こんにちは、彰人くん」玲奈の顔には、どういうわけか、不安の色が浮かんでいた。年を重ねるごとに、玲奈は小さ
く、幼くなっていく。
 玲奈は昨年に変わらず、城南高校の制服を着ていた。白無地のかがやきは、ちょっと真新しくもある。呼吸のた
びに、健康そうな胸はやわらかく高まった。
「俺はこの春、城南中学校に入学しました。お姉さんのその制服、城南高校のでしょう?」
 一年という時期のあいだで、彰人は推理していたのだった。
 玲奈という奇妙でありながら、心そそられる女性について。
「もしかしたら、お姉さんは城南中学の卒業生なんじゃないかって、思ったんです。でも、名簿を何度見てみても、お
姉さんみたいな女子はいなかった」
「ふうん」彰人が物語る暗中模索の日々を、玲奈は事もなげに聞き流して、「ところで、いま読んでるその本はもしか
して、私の『惡の華』?」
「そうですよ。十八歳のあなたがくれたんだ」言って、彰人は話に取り合わない玲奈にムッとして、「内容は、まった
くわからない」
「当たり前だよ。私だって、十三歳のときは、そんなの、読まなかったと思うし」
 意中の人に慰められると、彰人はますます自嘲して、「わかりたいとは思うんだ。それは本当だ。でも、だめだよ」
「そう……?」
 玲奈は人差し指を顎先にあてて、ほのかに閉ざされた唇から、このようなひとりごとを言った。
「なるほどなあ。私の気持ちが、よくわかった」
 すると不意に、玲奈の両腕が、彰人に向かって伸びたのだ。鍛えられた女性の、しなやかな腕だった。
 玲奈の腕が、鋭く彰人の肩を掴む。彰人がはっと体をこわばらせたときは、玲奈の唇が近付いていた。
 感触は硬く、何も潤さなかった。彰人は、胸が固く貼りついてしまったような、急な息苦しさを感じたばかりだ。
 気が動転して、彰人は、綺麗に上方に反った玲奈の上睫毛にしか目につかなかった。体が離れたとき、彰人は
玲奈の息遣いを嗅いだ。なぜだかは知れないが、玲奈から立ち昇る香りは、夏の潮の匂いにとてもよくにていた。
「ありがとう。彰人は理解しようと、してくれていた」玲奈はそう言って、その場を辞す。

 彰人は十四歳の誕生日を、空手の地区大会の会場で迎えた。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日

のことだ。
 昨年度までこの地区大会は、祝日前後に開催されていた。彰人の誕生日までもつれ込んだのは、ひとえに曜日
の都合にかかっていた。観戦席は、休日でそろった保護者たちの人いきれで、ほとんど金色の煙幕が張られてい
るみたいだった。
 彰人はすっかり大人びた顔立ちをして、口を閉ざしているかと思えば、次のようなことを考えていた。親は黙然と
して、子供の雄姿を見守らなければばらない。子供がこける前から、親は手を出してはならない……。つまりは、
彰人は父親を嫌悪していた。親は子供を贔屓(ひいき)してとうぜんだと思い込んで、父親は、彰人の試合にか
ぎっては、声援を飛ばしていたのだ。
 武道を父として、兄として仰いで来た彰人に、父親への反抗心が目ざめた瞬間であった。
 彰人は今日訪れるはずの、十六歳の玲奈を思った。もし、彼女にこんなに浅ましい父親を知られてはたまらな
かった。
 次の試合までに、彰人は平静を取り戻す必要がある。外の空気を吸うため、観戦席を横目に彰人は会場を出た。
 その際に、通路にかけられた時計を彰人は睨んだ。暑い夏の、昼下がりだった。そろそろだろうか、と彰人がこ
れから訪れるはずの、よろこびの心づもりをしたとき。
「彰人!」やはり、玲奈の声がきこえたのだ! 玲奈は両手でラッパをつくって、「ちょっと、こっち来い!」
 彰人は、一年ぶりの再会に胸が震えた。玲奈の声に、怒気が見え隠れしていることにも気づかず、駆け寄って行く。
 玲奈は空手の稽古着を、黒帯でまとめて、肩にさげていた。おかっぱの前髪は汗に濡れて、小さな額にはりつい
ている。玲奈は空手の練習帰りに、ふらりと立ち寄った、という出で立ちだった。あの強い接吻のときから、玲奈が
スポーツ少女であることに疑いはなかった。だが、事もあろうに、それが彰人と同じ空手だったとは!
 玲奈は会場の出口に通じる、登り口のてっぺんから彰人を見下ろしていた。眩い逆光で、怒りに歪んだ玲奈の
顔が、彰人にはよく見えなかった。
 昨夜の雨で、石段には雨滴に濡れた名残がある。彰人は滑る足もとに用心して、階段の手すりに手をついたとき。
「私より先に、キスしやがって!」
「は?」
 一瞬、彰人は、この玲奈は別人の玲奈なのだと思った。彰人が夢想する玲奈は、こんなに汚らしく声を荒げるよ
うな女ではない。
 玲奈は口のなかで何事かを叫んだ。鋭い正拳突きが、彰人の高い鼻梁(びりょう)にまともに当たった。
 行き交う人々は仰天して、若い男女の喧嘩に立ち止った。彰人の目の前は、白っぽい陽光に閉ざされ、階段から
勢いよく転げ落ちる。
「私は絶対に、キスしてやらないから!」玲奈はそう言って、その場を辞す。

 彰人は十五歳の誕生日を、夜のC砂丘で迎えた。夏の長期休暇に入って間もない、七月二十四日のことだ。
 深い瑠璃色の夜空に、月のかたちは、ちょうど綺麗な上弦の月である。
 彰人は二分された月の光と影に、自分と玲奈との年齢を、重ね合わせてみた。いま、彰人のとなりには、十五
歳の玲奈が腰を下ろしている。玲奈は、致死量にいたる分量の睡眠薬を、一息に飲み込もうとしていた。『惡の
華』を、胸に抱えて。
 彰人は刺すように拳をふるって、そのガラス瓶を殴り飛ばした。空手を極める彰人が、玲奈をねじ伏せるのは
容易かった。軽い砂埃が立って、若い男女のいさかいはそれきりだった。
 薄い月明かりに照らされた、金色の砂の上に、病的な白の錠剤が散らばっている。
 血走った目で半月を仰ぎ見て、玲奈は押し黙っていた。月をじっと見つめているその目の輝きは、前年までの
玲奈とまるで結び付かない。その目は暗い、どす黒い、ウサギのような臆病な光をたたえていた。
「玲奈」彰人は、恋焦がれていたこの女性の名前をようやく知れた。「その詩集を、読むのをやめろ」
 彰人は、玲奈の自殺の要因は『惡の華』にあると考えていた。この年頃の少年はいずれも浅はかな推測を立てる。
「彰人に何がわかるの?」そう言う玲奈の言葉には、芝居がかったところがあった。少女はいずれも夢見がちである。
「玲奈、空手を始めろ。俺は、日本一の空手選手になるから」
「日本一って、あの日本一? 正気かな? それに、空手なんて、私には無理だよ」
「無理とか、そういうのじゃないんだ」彰人は強く首を振って、「同じひとつのことを続けていれば、俺たちは出会えた」
「あはは。出会えた……か」玲奈は弱く笑って、「じゃあ、私も予言していいかな。彰人はこれから、十四歳、十三歳の、
もっとひどい私を見ることになった」
「構わない。俺は、もっと良い玲奈を見てきた」それは、ほとんど愛の告白だった。
 やがてふたりは、別れの接吻を交わしたが、彰人の唇は自然に運ばれて、十五歳の玲奈をおどろかせた。
「彰人は、まさかこれが、ファーストキスじゃないのかな」
「ああ」彰人は悪びれもせず、「十七歳の玲奈と、一度だけ」
「は?」玲奈は眉間にかすかなしわを刻んだ。「私は、私に先を越されたの?」

 彰人は三十歳の誕生日を、A病院の新生児室で迎えた。彰人がA病院の非常勤の医師として、勤務し始めて間
もない、七月二十四日のことだ。
 慌ただしく病院内を駆け走りながら、彰人はこれまでの誕生日を回想していた。十五歳のとき、空手で日本一
を目指すと言い切った彰人は、その夢を断念して医者になった。挫折したわけではない。三十路と齢を重ねすぎ
てしまったが、もうちょっと若ければ、彰人は本当に武道で頂点まで登り詰めたかも知れない。それでも、医療を
志したのは、やはり彰人が十六歳、十七歳のときに、十四歳、十三歳の玲奈と出会ったためだった。過去をさか
のぼるにつれて、玲奈があまりに病弱な少女だと、彰人は知ったのだ。

 十五歳という節目を過ぎると、今度は彰人が、玲奈のもとを訪れるようになっていた。
 玲奈は、いつもA病院の病室の、白いベッドの上に寝かされていた。そこからは、B海岸の眺望がとても良かった。
玲奈は『惡の華』を片手に、じっと沖の半島を見つめていたのだ。玲奈はあのときから、死に場所を探していたのだ
と、彰人は今にして思う。
 玲奈は同室する患者とそろいの寝間着で、誰よりも若く、誰よりも病状は重かったという。だが、恥じらうように玲
奈は、病名をついぞ彰人には打ち明けなかった。
「だって、今日は私の誕生日なんだから。今日ぐらい、いやなことは忘れたいからさ」と、玲奈は言ったのだった。
 ……彰人は、二階の新生児室まで駆けた。彰人はそこで、若き日の父親の姿を見ることになる。
「おや、どうも」と父親は、白衣姿の彰人に、「このたびは……本当に」
 父さん、と喉元まで出かかった声を、彰人は噛み殺す。それどころではない。
 彰人は、新生児室の沐浴(もくよく)台に寝かされた、赤子たちを見やる。
 このなかに、0歳の彰人と、0歳の玲奈がいる。
「……私の子供には、明るい子になってほしい」と、彰人の父親は語る。「……ただ、光を知っているだけではいけな
い。意地が悪いようだが、私の子供には、ちゃんと影も知っていてほしい……」
 開かれた扉の先、フラフラと危うい足取りで歩いて来る、女性の影を、彰人は認める。
 彰人はその女性が、三十歳の玲奈だと、知っている……。
「そう……。ちょうど、月みたいにね」父親はそう言って、にっこりと笑う。
 その夜は、東の夜空に満月が昇ったのである。〈終〉

以上です
最初の数レス、不手際で酉がミスしていますが、◆/qebjGO89.で

感想を投下します。一つだけ。やっぱり参加人数が少ないと寂しいね

『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏

主人公の造形は、世代感覚のずれたオッサンが妄想した「イマドキの女子大生」って感じがプンプンにおってきて、
どこか哀愁を誘います。無理をしてもぼろが出るだけだと思います。もっと普通に一人称としての語り手であって
くれたら僕個人としては嬉しかった。なぜなら、
>『眠ると、必ず昨日の夢の続きを見るの。そんで、その世界でも時間は同じように流れてて、
 その世界の社会があって、生活があって、人間関係が構築されている』
という設定が実に好みだから。
夢と現実の関係、それがただの夢では終わらず、現実に強い影響を及ぼしてくるような物語。
僕自身もたまに題材として取り上げるくらいの思い入れがあります。

さてさて、本題に入りましょう。主人公が夢見る世界にはルール(設定)があるようです。
>あまりにもふにゃふにゃで定まっていなくて、母体の中の赤ちゃんみたいなのです。無限の可能性が広がっている
>夢の中のすべての事象は、受け入れるしか選択肢はないのです。
物語が進み、やがて夢の世界にも終わりが訪れるわけですが、主人公はその終わりに対して戸惑いを覚えます。
>私は「夢の世界を選ばない」という選択をした?
ここでちょっと整理してみると、彼女の中で夢と現実の関係が再確認されたみたいですね。彼女の抱いた疑問、
その深い部分に「夢は現実に起因しているもの」、現実なくして夢はありえないといった考えが(意識的でないにしろ)
あったのでしょう。夢と現実が完全に独立したもの同士であれば、「現実での選択」は関係のないのだから。
彼女はこの上位・下位構造を識りつつも、現実をないがしろにしがちです。現実の世界ではうんざりするほど
たくさんのことを決めなくてはならないし、彼氏のトモアキ君はセックスが下手でおまけに冴えてもいない。
夢の世界は真逆です。何も決めなくていいし、月くんという素敵な男の子がいる。好みの靴をたくさんおいている
靴屋さんもある。だから彼女は常に夢見がちです。夢を(意識的に)現実の上位に位置づけようとしています。

感想投下します。一つだけ。やっぱり参加人数が少ないと寂しいね。

『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏

主人公の造形は、世代感覚のずれたオッサンが妄想した「イマドキの女子大生」って感じがプンプンにおってきて、
どこか哀愁を誘います。無理をしてもぼろが出るだけだと思います。もっと普通に一人称としての語り手であって
くれたら僕個人としては嬉しかった。なぜなら、
>『眠ると、必ず昨日の夢の続きを見るの。そんで、その世界でも時間は同じように流れてて、
 その世界の社会があって、生活があって、人間関係が構築されている』
という設定が実に好みだから。
夢と現実の関係、それがただの夢では終わらず、現実に強い影響を及ぼしてくるような物語。
僕自身もたまに題材として取り上げるくらいの思い入れがあります。

さてさて、本題に入りましょう。主人公が夢見る世界にはルール(設定)があるようです。
>あまりにもふにゃふにゃで定まっていなくて、母体の中の赤ちゃんみたいなのです。無限の可能性が広がっている
>夢の中のすべての事象は、受け入れるしか選択肢はないのです。
物語が進み、やがて夢の世界にも終わりが訪れるわけですが、主人公はその終わりに対して戸惑いを覚えます。
>私は「夢の世界を選ばない」という選択をした?
ここでちょっと整理してみると、彼女の中で夢と現実の関係が再確認されたみたいですね。彼女の抱いた疑問、
その深い部分に「夢は現実に起因しているもの」、現実なくして夢はありえないといった考えが(意識的でないにしろ)
あったのでしょう。夢と現実が完全に独立したもの同士であれば、「現実での選択」は関係のないのだから。
彼女はこの上位・下位構造を識りつつも、現実をないがしろにしがちです。現実の世界ではうんざりするほど
たくさんのことを決めなくてはならないし、彼氏のトモアキ君はセックスが下手でおまけに冴えてもいない。
夢の世界は真逆です。何も決めなくていいし、月くんという素敵な男の子がいる。好みの靴をたくさんおいている
靴屋さんもある。だから彼女は常に夢見がちです。夢を(意識的に)現実の上位に位置づけようとしています。

テス

うわ、ごめんなさい、深夜に書き込もうとしたら全然反映されなくて変に連投しちゃった。
もう一回投下します

『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏

主人公の造形は、世代感覚のずれたオッサンが妄想した「イマドキの女子大生」って感じがプンプンにおってきて、
どこか哀愁を誘います。無理をしてもぼろが出るだけだと思います。もっと普通に一人称としての語り手であって
くれたら僕個人としては嬉しかった。なぜなら、
>『眠ると、必ず昨日の夢の続きを見るの。そんで、その世界でも時間は同じように流れてて、
 その世界の社会があって、生活があって、人間関係が構築されている』
という設定が実に好みだから。
夢と現実の関係、それがただの夢では終わらず、現実に強い影響を及ぼしてくるような物語。
僕自身もたまに題材として取り上げるくらいの思い入れがあります。

さてさて、本題に入りましょう。主人公が夢見る世界にはルール(設定)があるようです。
>あまりにもふにゃふにゃで定まっていなくて、母体の中の赤ちゃんみたいなのです。無限の可能性が広がっている
>夢の中のすべての事象は、受け入れるしか選択肢はないのです。
物語が進み、やがて夢の世界にも終わりが訪れるわけですが、主人公はその終わりに対して戸惑いを覚えます。
>私は「夢の世界を選ばない」という選択をした?
ここでちょっと整理してみると、彼女の中で夢と現実の関係が再確認されたみたいですね。彼女の抱いた疑問、
その深い部分に「夢は現実に起因しているもの」、現実なくして夢はありえないといった考えが(意識的でないにしろ)
あったのでしょう。夢と現実が完全に独立したもの同士であれば、「現実での選択」は関係のないのだから。
彼女はこの上位・下位構造を識りつつも、現実をないがしろにしがちです。現実の世界ではうんざりするほど
たくさんのことを決めなくてはならないし、彼氏のトモアキ君はセックスが下手でおまけに冴えてもいない。
夢の世界は真逆です。何も決めなくていいし、月くんという素敵な男の子がいる。好みの靴をたくさんおいている
靴屋さんもある。だから彼女は常に夢見がちです。夢を(意識的に)現実の上位に位置づけようとしています。

何故なのか。答えは実に簡単なこと。本文にも書いてある。彼女はただ満たされていないだけ。僕はそう考えました。
ただ、夢を失ったからではなく、最初から(これまで)満たされていなくて、最期まで(これからも)満たされていない。
だから、最後の締めくくりで失ったものを埋めようと快楽を求める彼女の態度を見て、少し痛々しく思いました。
彼女は、自分自身のことをよく理解していないのかもしれません。子が親から、親が子から離れていくように、
彼女も夢から離れられたか。その答えは、おそらく否。いくらトモアキくんに頑張ってもらって(イッたとしても)、
彼女は満たされない。身体的な欲求でどうにかなる問題ではないから。お気に入りの靴を履いたって、いわゆるな
隠れ家的カフェで食事したって、満たされない。そういったただ表象にしか過ぎない事を求めていても、結局は
虚しいだけ。
思うに、彼女は少女のまま肉体だけ大人になってしまった存在なのでしょう。現実との折り合いがきっとついてない
のです。生活していく力の欠如とでもいいましょうか、それは僕自身も含め、多くの若い世代が抱えている問題でも
あります。国家を支え、家を守ってきた世代のお歴々から揶揄されても仕方のないことなのですが、僕は彼女に
共感することができます。でもそれは大した共感じゃないです。あなたの態度はなんとなく理解できるよ、という
程度です。夢の世界が終わったと確信して、簡単に諦め、認めてしまうところ。子どもと大人の永遠の過渡期に
いるみたいな振る舞い。
夢の終わる前後で、実のところ彼女には何の変化もない。夢の世界が終わることは彼女にとってハッピーでもバッド
な結果でもない。最初からただの傍観者にすぎないから。彼女自身の意志で自己を変革しようと決めるまでは、
たとえ彼女の周りで何が起きようともきっと無意味なのでしょう。彼女は何も選んでいない。
>私は、夢の世界を失ったことを認める。そういう選択を、きっとどこかでしたのだ。
彼女はそう独白する。だけどそれは、きっと間違いなんじゃないだろうか。夢の世界は「続きがないこと」を
迎えただけで、彼女自身がきっぱりと決別したわけじゃない。彼女の物語は、まだ終わっていないのです。
少なくとも僕の目にはそう映りました。

以上です。投票はまた後で

現在、月末品評会3thの投票受付中です。今回の品評会お題は 『月』 でした。
投票期間は2013/04/13(土)24:00:00までとなっております。

感想や批評があると書き手は喜びますが、単純に『面白かった』と言うだけの理由での投票でも構いません。
また、週末品評会では投票する作品のほかに気になった作品を挙げて頂き、同得票の際の判定基準とする方法をとっております。
投票には以下のテンプレートを使用していただくと集計の手助けとなります。
(投票、気になった作品は一作品でも複数でも構いません)

******************【投票用紙】******************
【投票】:<タイトル>◆XXXXXXXXXX氏
【関心】:<気になった作品のタイトル>◆YYYYYYYYYY氏
     <気になった作品のタイトル>◆ZZZZZZZZZZ氏
**********************************************
— 感 想 —

携帯から投票される方は、今まで通り名前欄に【投票】と入力してください。
たくさんの方の投票をお待ちしています。 
時間外の方も、13日中なら感想、関心票のチャンスがあります。書いている途中の方は是非。

【第三回月末品評会作品】

�1 moon of the inversion  ◇Mulb7NIk.Q氏
�2 陰に沈む ◇Gr.Ti1RX5s氏
�3 『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏
�4 七月二十四日前後 ◇/qebjGO89. 氏

品評会の作品が増えないのは何故だろう?

15日までには次回お題が決まるから、投稿期限まで18日あるんだけどなぁ。

なあ、おまえら何で書かないんだ?

まあそうだよな。問いかけてる自分自身も書く気がおきなかったからだし。

でも毎回二桁はいってほしいなぁ。という希望。

・参加者が少なくて、競って勝ってもあまり嬉しくない
・締切2週間以上あると、明日から書けばいいやとなって結局書く前にダレる
・そもそもこの板自体、人が増えにくい環境にある

などなど色々理由は考えられますが、最も大きな理由は「読んで感想を書く人がいない」これに尽きると思います
それも、読んでただ「面白い」「つまらない」といった感想ではなく、もらって嬉しい感想を書ける人がいない
小説を書くことの最高の瞬間の一つは、自分の書いたものを他人に認めてもらったときだと思うので
以前は、それが品評会の優勝であり、もらって嬉しい種類の感想であったと

>>567
感想は大事だよね。次につながるモチベにもなるし。
やっぱあれだよ、文豪先生とか、おっぱいについて熱く語ってた酉の最初がLとXの人とか、
憎まれ口叩くぐらいの愛ある感想が欲しいよね。

今回も古参が二人参加してるし、昔の猛者たちは帰ってこないのかな

以前、『読んで感想を書く人がいない』という点について指摘し、私自身の提案を述べました。

「お題を振った人は必ず感想を書いてはどうか」

すると返ってきた言葉が『書きたいときに書くのがこのスレの持ち味。そんな縛りは面倒だ』でした。
なるほど、と思う反面、ここで書くことは無いな。とも感じました。

一人だけ読みたい作者がいるので張り付いてます。

>>570
ふーむ。まあでも参加した大体の人は感想を書いてるし、強制はさすがになあ。

文サロに移転できないかなぁ……

強制を求めるんじゃなくて、なんというか、緩いというか……情熱がない?
冷めてるんだなって感じただけっすよ

お題振って書いてくれたら自然と感想書く気にもなるけどね
その他の作品については、よっぽど興味を惹かれたか、自分好みの文体だったかに限る
通常作品についてはまあまあ動いてると思うよ
感想もよくついてる

ではなぜ品評会になると減るのか?
品評会となるとどちらも「構えなきゃいけない」
ここらへんが気が乗らないという面倒さに変わるんだろう
あくまで提案だけど、全感というスタイルを見直してはどうだろう
作品がなければ感想も糞もないわけだが
感想の手軽さを向上させれば書き手の期待を促すことが出来るのでは
というまあ提案のような独り言

>>572
元々vipにあったスレだし、緩いのは書きやすくするためでもあるんだよねぇ。スレの方針も書きたいときに書く、って感じだしね。

そもそも「文才無い」がスレタイなわけだから、緩くなるのはしょうがない部分でもあるんだよ。

見た感じ投下された作品のほとんどに感想ついてるように思えるけど

お題ください

>>573
全館は規則ではないんだけど、習慣として根付いてしまっているよね。
それでも全館しない人はしないけど。

>>575
閉塞感

忘れてたお題をください


てか、読みたい作者がいるから張り付くってスゴイな

>>581
一筋の希望の光

>>570
その読みたい作者って教えて貰えませんか?
無理だったらお題ください

>>585
すいません、相手作者に不快な思いをさせるかもしれないので……

お題は『冷やし素麺を』

家に帰ると感想云々の話になっている。じゃあ、とりあえず全館しますか
暫しお待ちを

遅くなりました。それでは残りの作品に対する感想を。

�2 陰に沈む ◇Gr.Ti1RX5s氏
これは、小説ではないような。小説風に書かれた文章というやつですか。
なので感想もクソもないです。じゃあ、文章がどうだったかというと、
悪い意味で特に言うことはないといいますか、興味がわかない文体ですね。

�3 『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏
投下済み

�4 七月二十四日前後 ◇/qebjGO89. 氏
んー、これは難しい。物語の焦点はどこなのだろう。父親の最後の科白、
「……私の子供には、明るい子になってほしい」
「……ただ、光を知っているだけではいけない。意地が悪いようだが、私の子供には、ちゃんと影も知っていてほしい……」
「そう……。ちょうど、月みたいにね」
このあたりがヒントになってくるのかな。彰人と玲奈の光と闇の関係。でもそれじゃ単純すぎるよなあ、と思ってちょっと
歯がゆい。まあいいや、とりあえず玲奈ちゃんが闇で、彰人くんが光の側の人間だと仮定して進めましょうか。
玲奈ちゃんは「悪の華」を愛読している。これには別に深い意味はなくて、闇っぽいイメージを醸すためにそういう設定に
したんだろうな。ただ、大した意図もなしに引用すると失笑を受けることもあるので注意したほうがいいかもしれない。
(そんなことをいいつつも、自作の冒頭で思い切り引用しちゃったりしてるが)。闇の側で生きる玲奈ちゃんは、病弱で、
いつもベッドの上でしっと沖をみている。わかりやすいイメージなのだがそこに悲壮感や、日本的な湿っぽい悲しみなど存在しない。
あるかのようにみせかけて、実は存在していない。だって玲奈ちゃん、とりあえず三十歳になれるし、どんどん健康になるって
読み手には分かってるから。ただ、これが構造上の欠陥なのかといわれると微妙。病弱な少女と屈強な少年、光と影を抱えた
二人の関係が、もっとも鋭くなる場面に重きをおいてるなら失敗と言えるかもしれないけれど、そうとも限らない。30歳から
0歳まで、ひとつのエピソードの配分が細かいから、メリハリがあまり効いてなくて、どこが作者の狙いなのか分からないから。
それでもまあ、緩急とかストーリー運びなんかと関係なしで、よくわからない内に惹きこまれる物語ならまだ救いはある。
だけどそうじゃなかった。ありきたりで面白みがなかった。七月の終わりに織姫と彦星に遅れ馳せて、自分の対となる存在に出会う
少年少女。それだけの話だ。もし僕か同じような話を書くなら、燦々と降り注ぐ陽の光のもとで生きながら、
心に深い闇を抱える少年と、じめじめとしたいつも薄暗い病室で生きながら、心のなかは暖かい光で満ちている少女の交わりを
描くだろうな。そのへんは書き手当人の人間に対する見方の問題かもしれないけれど、僕は矛盾を抱えた人間いうものを愛おしく
思います。そんなところ。

今月もおつかれさまでした。さあ、みんなで全館しようか

全巻を投下します

�1 moon of the inversion  ◇Mulb7NIk.Qさん
 洗練された文章がとても読みやすいです。好きです。ラブラブアイラブ。が、理解及ばず。
 ルニアのキャラ造形もありますけれど、異質だった点は他にも作中の時代設定ですよね。ケネディ大統領が公約に
掲げた月面着陸も、いよいよ達成間近かと言う時代背景。作者さんがあえてこのシーンを選んだのは、月まで支配勢
力を伸ばした人間(つまり俺)が、月側の人間(つまりルニア)に生かされている……。ことを強調するため?それって
つまりアイロニー!と、私は、一読にはそう感じたのでした。これは機械文明を皮肉する、多くのSF小説のたぐいかな
と。でも、その枠組みのなかに、この話をカテゴライズして良いのでしょうか。文体は諧謔的と言うよりも、叙情的に書か
れたもの。そもそもルニアがアンドロイドとか言う叡智の結晶体です。話の路線ははなからそっちには向いてないのかな
あ。情熱のありか、祈りの速度、少年時代の「俺」などなどが物語のカギを握っているんでしょうけれど。
 結論、私には難解でした。私の浅知恵で、咀嚼しきれなかったようへへって感想です。

�2 陰に沈む ◇Gr.Ti1RX5sさん
 この話で言う月とは、夜空にかかる月だけではなく、一か月の月初め、という意味もあるわけですね。
 私も月末に追われるようにして、今回の品評会を書き上げたのでした(ここで言う)。
 で、正味な話。過去のBNSK品評会で、お題『月』はすでに出題済みだったんですよね。その品評会では中年男のハゲ
頭を満月に例えたナイスな小説があったんです。いかしてますよね。氏にも、もっと突き抜けてもほしかったかな。根本か
ら発想を変えるか、はたまたこの悪魔もどきに違約者を狩らせ続けても良かったですよね。いかんせん短いので、設定
を語るだけじゃドラマは生まれなかったのかな。

�3 『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZEさん
 明るい文体がとてもよいですね。読後は、まあ現実世界で仲良くやっててくれな、という温かな気持ち。
 夢の世界を失くしたことで「私」は >現実世界の「誰かが変えない限り、変わらない」というルール に従うことになって
しまうのです。夢の世界では、月くんにおててつないで寝よっかなどアグレッシブな「私」でしたけれど。その後の現実世界
では、とうとう「私」はトモアキくんに……AVみたいなことを言えるようになれたのです。うわーお成長ストーリーだこれ!
 さてさて。良くも悪くも「私」の独り善がりでしたね。それはそれで良いのです。けれど「私」が現実世界で選択しようとしな
いために、トモアキくんに言い寄る女性のひとりやふたりぐらい出してあげても良かったかな。

�4 七月二十四日前後 ◇/qebjGO89.
 自作。彰人くんの成長していく姿を書けたらなあと、お題発表からちまちまと書き始めたのでした。でも、月末品評会な
らではの中だるみを体験いたしまして。おかげでお話の終盤は週末品評会のライブ感が出せたかと思います。

******************【投票用紙】******************
【投票】:�3 『世界の終りみたい』 ◇EqtePewCZE氏
【関心】:なし
**********************************************
バリさしぶりのBNSK、楽しませてもらいました。
作品数が少ないわりには、月の性質を活かした男女関係のお話が……ええと、私の拙作を含めて3/4個ありましたね。
作品数が少ないから数えやすいですね。もっと増えるとよいですね。お目通しいただきありがとうございました。

投下します。
どうでもいいけどこの顔文字ってどんな時に使うんだか
それともオリジナルキャラかなんかなのか

 美しく光り輝く棍棒を右手に、(*゜Q゜*)を象った頑強な盾を左手に構えた勇者ナカムラは万感の思いで暗黒
風雲城の最上階、魔王の間の扉を押す。
 高さ三メートルはあろう巨大な扉は、その姿に相応しい重量をもってしてナカムラの行く手を阻む。
「ふぬぅぅぅぅ!!」
 気合いを入れなおし全身全霊をもって彼は扉を押す。しかし、扉はビクともしない。
 四十トンの大岩を軽々持ち上げるナカムラの細腕をもってしても扉は開かない。
 仕方がないので勇者ナカムラは扉から手を離して後方に十歩ほど後退する。
「ふふふ、扉を頑丈に作り過ぎたのが運のつきだな、魔王よ!!」
 余裕たっぷりに笑みを浮かべ、お決まりの文句を口にすると同時にナカムラは強く地を蹴る。実際に蹴っているのは城の石畳だがまぁ気にすることではない。
 物凄い雄叫びを上げ、般若のような表情でナカムラは扉にたいあたりをぶちかました。
 ゴオンッ!! ともの凄い衝突音が廊下に響き渡る。その音はまるで爆撃ミサイルの炸裂音のようだった。
 だけれども扉は開かれない。
「なんという硬さ!! それでこそ魔王の間の扉よ。しかし、これしきで勇者の足を止められると思ったら大間
違いだぞ、魔王よ!!」
 勇者ナカムラはついに右手に持った輝く棍棒を振りかぶる。
「俺の棍棒は魔物を一度に千匹屠ることが出来ようぞ!!」
 ゴオン、ゴオン。と右手に持った棍棒を扉へと打ち付ける。
 一振り一振りがまさに必殺の一撃だ。しかしながら何度打ち付けようとも、扉が開くことはない。
 片手で百度ほど扉を殴り続けたところでナカムラは膝をついた。
「クッ。はぁ、はぁ。なんと強固な扉か。天晴だな。だが、まだまだ本気はここからだ。棍棒は両手で振るった
ほうが一撃一撃の重みは増すのだ!!」
 すっかり上がってしまった息を整えて、ナカムラはもう一度、扉へと攻撃を仕掛ける。
 ドゴン、ガゴン、バゴン。と爆音が石畳に反響する。その音は近くにいるだけで内臓を揺さぶられるような衝
撃だった。もはや、余波だけで人を失神させられるだろう。
 そんな衝撃音も百度ほど繰り返したところでパタリと止む。
 あまりにも変化がなさ過ぎて勇者が手を止めたのだ。
「ぬぅ、うぐぅ。なんという硬さ。もはやこれは称賛に値するぞ、魔王よ。貴様の配下の精鋭たちでさえこの勇
者をここまで苦しめたものはいない」
 勇者ナカムラはまた少し後退すると、手に持った棍棒を腰に下げ、(*゜Q゜*)を象った盾を背に背負い込む。

「しかしながら、この勇者には剛拳のほかにもう一つ取り柄がある!!」
 緩く腰を落として構えを取った勇者はまたも雄叫びを上げながら般若のような形相を見せる。
 両手で何か球体を掴むような構えをとると、「フンッ!」と鼻息を荒げる。
 すると見る見るうちに両手の間に黄金色に輝く光の弾が形成される。
「そう!それは魔法だ!!とくと見るがいいこの勇者の光魔法の威力を!!」
 言い、勇者はそれを扉に向かって全力投球した。
 形容し難い暴力的な音の嵐が石畳に反響する。
 圧倒的な光量の爆発が辺りを蹂躙していく。
 それらがすべて納まると、砂埃が残る。
「やったか!?」
 次第に砂埃が晴れていく。
 廊下の壁面が無くなっている。
 七メートルはあろう天井の彼方此方がボロボロと崩れてくる。
 なのに、いやここはだのに、とさせてもらおうか、扉には傷一つついてはいない。
「まさか、これほどとは!!なんという事だ」
 勇者ナカムラの顔には絶望が広がっていた。
 これまで幾多の難敵、強敵を屠ってきたナカムラにとってこれが初めての挫折だったのだ。
 魔王なんて結構簡単に倒せる。ナカムラは心のどこかでそう思っていた。それがこのざまだ。
 魔王の間の扉一つ開けられない。つまり、ナカムラは魔王と対面する資格すらないというわけだ。
 ナカムラが自身の絶望と対面していると突然、扉が開かれた。
 横に。
「うっるさぁい!!」
 物凄い勢いでガラララッ、と扉が横にスライドする。
「なんなんだ騒々しい!!むっ、もしや貴様が今代の勇者だな」
 突然の出来事に勇者ナカムラは放心状態で何も言えなかった。その表情は彼が持っている盾によく似ている。
つまりは(*゜Q゜*)だった。
「どうして、勇者というのはいつもいつも引き戸を開き戸と勘違いするんだ」
 突如引き戸を開けて登場した魔王はヤレヤレといった様子でため息をつく。
「それで、なんだお前は私を殺しに来たんだよな?」
「どう見ても!! その扉は開き戸じゃないかぁ!!」
 そう、この扉は開き戸にしか見えない。この状態で気にするところはそこなのかと、そう思わないでもないが

あまり、突っ込まないであげるのが優しさかもしれない。
「なんだ、引き戸を開き戸の模様に塗っただけじゃないか。大体、ちょっと触れば継ぎ目がないことくらい分か
るじゃないか」
「もういい、カエル」
 途方もなく落ち込んだ様子の勇者ナカムラは背中に(*゜Q゜*)と哀愁を抱えて魔王に背を向ける。
 魔王はその背中に危害を加える気は無いようで、どこか暖かみのある眼差しを向けるのみだ。
「おいドラキュラ秘書よ」
「ご用でしょうか」
「この勇者は何代目だ?」
「魔王様が就任してから六十四人目にございます」
「そうか、廊下の改修もそんなになるのだな」
「勇者というのはいつの時代も変わらぬものでございます」
「全くだな。今回の改修は前回よりも時間がかかりそうだ。それまでは休職してもいいか?」
「魔王様執務室をお使いになればよいかと」
「はははっ、そう怖い顔をするなよ」

以上です。
笑っていただければ幸いかな、と

投下しまーす。
一日で全部の感想を書いたわけじゃないので作品によって文体がまちまちですがお気になさらず。

No.1 moon of the inversion 1/10 ◆Mulb7NIk.Q氏
●1レス目に「カーテンをわずかに引くと〜」という表現がありますが、
「カーテンを引く」という言葉、自分には「閉める」というニュアンスで受け取れるのですが、
このシーンは「開けて」ますよね。なのでおや?と思ったのですが、
皆さんどうなのでしょうか?「幕を引く」はイコール「幕を閉じる」ですが、
自分のイメージはそこからきているのかな。
それともこの「引く」は「引っ張る」の意味?
言葉ひとつを捉えて何を言ってるのかと思われるかもですが、気になったので。
●自分に経験のない感覚が表現されていて、
だから理解したり、納得したりはできなくて、
どうも頭の中にもやがかかったようになるが、
言葉の流れや、言葉の色彩が非常に美しいなあと感じました。
詩のような一文が幾度か登場する。
よくもまあこんなに何度もクリティカルヒットが出せるもんだなあ。
●全体に「理解できなかった方の負け」という、有無を言わさない威圧感がある。
前後の文章の繋がりが欠けている、自然に流れていないんじゃないか、と思っても、
それが味、それが表現と言われたら黙ってしまう他無いといった感覚だ。
ピカソのゲルニカを見た時の感覚に似ている。自分の価値観ですが。
●タイトルのinversionって言葉おもしろいね〜。
●最後を読んで、救いがあったんだろうなあと思います。
だけど腑に落ちない、めでたしめでたしでは全くない読後感。
そうか、救いがあることが必ずしもハッピーエンドじゃないのか。深い。かも知れない。

No.2 陰に沈む 1/2 ◆Gr.Ti1RX5s氏
正直言葉遊びレベルかと…。小説を読んだ! という読み応えが感じられませんでした。
あと説明がくどいです><マンガだったら、説明に何ページ割くんだよってキレられそう。

No.3『世界の終りみたい』終/7 ◆EqtePewCZE
自作。テーマは『喪失感』でした。
「続きがないことが終わり」ということ、それに伴う喪失感を書きたかったのですが、
最後まで書き終わり推敲をしていくと、あれれ?結論が…結論が…こ、これが自分の言いたかったことか…?
とずれていってしまいました。結局どこに焦点をあてているのかがわからなくなってしまいました。
反省点です。
当初主人公はもっと冷たくてツンとすましてる感じの女子大生でしたが、物語が動かなくなってしまって
キャラ変更に踏み切りました。伝えたかったことはボケてしまったけど、最後までいけて良かったです。

No.4 七月二十四日前後 1/8 ◆jPpg5.obl6氏
 全体的に不気味な雰囲気が漂っているなあと思った。
悪い意味ではない。むしろそれが心地よく、次の行を次の行をと読みたくなった。
最後まで読んだ感想としては、腑に落ちない部分がいくつかあって、残念だなと思った。
読んでいる途中で、これはきっと腑に落ちないまま終わるんだろうなと
予感はしていたけど、やっぱりだった。残念である。
こういった、理不尽なループもの? の作品は世にいくつも出ているし、
作者もかつてそういった作品を読んだことがあるからこの形態を使ったものだと推察する。
ついてはその作品を何度も読み返し、どういった技法が、技術が、使われているのかを
分析することが必要だと思われる。
そこには、理不尽ながらも人を得心させるというものすごい力が働いている。
学ぶべき点はたくさんありそうだ。
 ちなみに自分が思いついた作品は乙一の「きみにしか聞こえない」だった。まあ参考程度に…。

No.4 七月二十四日前後 1/8 ◆jPpg5.obl6氏〜続き〜
 実際の作品について突っ込んでいこうと思う。
気づいた点を羅列するつもりなので、前後の繋がりは無いに等しいと思ってください。
1レス目
「とうぜん、父親のこの横暴な名前の付け方に、〜〜恵まれたものだったらしい、ということだけはわかった。」
この件、世間にアンケートをとったら七割は横暴だと感じると思うのだが。
なおかつ、こんな危うげな女性が原因となる名付けを、恵まれたものとして納得しがたい。
むしろ呪詛をかけられたようでよっぽど不幸ではないか。
2レス目
「「あとは、辛抱強くなってね」玲奈はそう言って、その場を辞す。」
その場を辞す、のフレーズはこの後も出てくる。
それによって「同じ事が繰り返されている」という感じを読者に与えることができると思うのだが、
最初に目にしたときは違和感があった。
砂浜で物憂げに海に足を浸している女性がさっさと立ち上がって何処かに去るという描写が想像できない。
作者はどういう去り様をイメージしていたのだろうか?
「とは言え、彰人の目は澄んでいて〜〜それは知的な目の輝きだった。」
謎。謎表現。前の文章と「とは言え」が全く繋がっていないように思う。
「とは言え」が「その目の澄み方は〜」の前にくっついている方が自然だな。いやむしろそうとしか思えない。
3レス目
「彰人はここ数年で、見事な筋肉の保有者となった。」
一年ずつ刻んで紡がれている物語なのにそりゃないんじゃないかと思った。
「ここ数年」て。一緒に彰人の人生を追っていたつもりになっていた読者としては急な置いてけぼりだ。悲しい。
4レス目
「彰人の感性はまだ、〜孤独とか憂愁とかいった感情の振幅には、〜〜」
これまでの文体で「〜とか〜とか」は違和感。
5レス目から最後までもう一度読んでみたけど、
なんだかぼやーっとしててどこを指摘していいのかわからない。
全くわけがわからない。さっぱりわからない。
玲奈との関係がいつ進展したのかとか、彰人が医者になる伏線が全くなく、
ご都合展開にしか思えないこととか、もやもやする。なんじゃこりゃですよ。

******************【投票用紙】******************
【投票】:なし
【関心】:No.1 moon of the inversion ◆Mulb7NIk.Q氏
**********************************************
===========
 久しぶりに品評会に参加するにあたり、自分の過去作を読み返しました。
これまでの作品を改めて読むと、結末に向かうにつれて説明不足、描写不足、
とにかく書き込みが足りない状態になっていました。一週間に一作を書き上げる。
時間がない、ということも大きな要因だったとは思いますが、一番は「どうせ伝わらないだろう」と
自分が思っていたことです。この「どうせ伝わらないだろう」というのは読者の読解力を侮っていたり、
信じていないからではありません。
自分が信じていないのは「言葉の強さ」だったのです。
どんなに言葉を重ねても、文章を連ねても、どうせ自分のこの想像は表現できないだろう、
この感情を伝えることはできないだろう。そんな自分の頭の中の物語をあたかも神格化させるように、
自己完結してしまっていました。「諦めざるを得ないこと」である意味満足してしまっていたのだと思います。

自分には大きな誤解がありました。
言葉は、自分が思っているよりも、はるかに強いということ。
過去の自分の作品には、言葉に対する信頼が欠けていました。
客観的に見て、それは明らかでした。
これから作品を書くときは、言葉をもっと信頼して、言葉を重ね、連ねる。
文字にしてみると思ったよりもシンプルで驚きましたが、つまりそういうことなのです。
せっかくなのでこういった気づきを共有できたらと思って、書かせて頂きました。
まあ作品でそれを示すのが一番だろうけどね!
あと、過去の自分の作品を読むときに、一緒についてる感想も読んだけど、
よくもまあこんな拙作を読んでこんな感想をくれたものだよ…!と感動した。
こんなの読ませといて感想をもらおうだなんて横柄な奴だなと自分のことながら思った。
感想くれる人、ほんと皆立派だと思う。感想書いてくれる人は全員忍耐力があるって履歴書に書けるレベル。
===========

以上です

俺、八つ当たりというかストレス解消で目についた作品酷評することあるわ
ただ、目についた作品適当に読むということは、必然的にその作品が駄作の可能性の方が高いわけで、読むのに余計ストレスがたまるという
酷評するつもりで読んだ作品が面白かったりすると、何故かすごく悔しいし

>>629
作者を傷つけようとするんじゃなくて、作品を酷評しようと思うことは、結果的に悪いことにならんからいいかもね
温情で「あ〜ここちょっとイミフだけどまあいいか〜」って何も言わずスルーするよりは
粗探しみたいなんでも指摘したほうがその人のためになるだろうし
>目についた作品適当に読むということは、必然的にその作品が駄作の可能性の方が高い
こ、これは基本的にBNSKに駄作しかないということ…?

>>616-618
よくあるネタだなあと。
最初にやったの誰なんだろうね、引き戸ネタ。
まあ読みやすい、展開もわかりやすいで、サクサク読めた。
真新しさがないからあたりまえかもだけど。
1レス目
>実際に蹴っているのは城の石畳だがまぁ気にすることではない。
2レス目〜3レス目
>この状態で気にするところはそこなのかと、そう思わないでもないが
>あまり、突っ込まないであげるのが優しさかもしれない。
ここが笑いを取りに行っているみたいで気持ち悪かった。
しかし(*゜Q゜*)のお題によくぞ挑戦したもんだ。誠に天晴。
魔王の顔が(*゜Q゜*)っていうのもいいアイデアだったと思う。
もっと作者のオリジナリティがあふれた作品だったら面白かっただろうになー。

うわあ全然嬉しくない形で優勝してるううう
30分位内にはお題出します



第4回月末品評会  『馬鹿』


  規制事項:10レス以内

投稿期間:2013/05/01(水)00:00〜2013/05/03(金) 24:00
宣言締切:3日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/05/04(土)00:00〜2013/05/13(月)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)


※備考・スケジュール
 投下期間 一日〜三日
 投票期間 四日〜十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日〜十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』
第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』

時間過ぎてた
よろしくお願いします

 ヘリコプターの窓から外を見下ろすと、真っ青な海、点々と浮かぶ島々。どの島にも葉の大きい植物が鬱蒼と茂って
いて、白い砂浜とのコントラストがまさに南国然とした雰囲気を醸し出している。そしてその中で一番大きい島には巨
大なリゾートホテルがそびえ立っている。よく目を凝らせば、ホテル以外にもコテージのような建物がちらほらと見え
る。いやなにより目を引くのは、その島の中央にある大きな湖である。このリゾート地の観光の目玉であるらしい。
 ヘリコプターはホテルの屋上を目指している。ホテルは外壁すべてが真っ白に塗装されているため、強い日差しをよ
く反射している。写真で見るぶんにはいかにもリゾートチックで、なかなかいいホテルだなどと思っていたが、実際現
地に来てみると「暑そう」というネガティブな感想しか浮かばない。
 ネガティブになってしまうのはきっと、私の正面に座っている年寄りのせいであろう。白髪に白い口ひげ、アロハ
シャツにハーフパンツにビーチサンダルという出で立ち。「遊んじゃうぞ」という気概を全面に押し出しているこのじ
いさんは、名を島崎典明といい、民俗学研究界隈ではまあ知れた顔であるらしい。M大学の教授である。そして私は島
崎教授の助手。院生時代に教授にはお世話になっていたものだが、卒業後も結局、お世話になり続けることになってし
まったのである。
 そういう意味では、教授には感謝しているし、尊敬もしているので、決して嫌いではないのだが、しかし、それはあ
くまで私の先生として、上司としてなのであって、決してプライベートで交友を深めたいとは思わない。教授とはプラ
トニックな関係でありたかったというのが隠されざる私の本音である。
 ところが先日のことである。研究に行き詰まっている私を見かねた教授は、このリゾート地に遊びに行こうと誘って
来た。気分転換が必要だとか、新たな着想は研究室には落ちていないのだとか、なんだかんだと言われて結局お誘いに
乗ることになってしまった。
 名目は東南アジアのフィールドワーク。しかし今回私も教授も、それに必要な準備はなにもしていない。教授に至っ
ては海パンや浮き輪の準備しかない。普通は調査先の地理だとか、歴史なんかを予習しておくものだが、私と教授がし
た予習といえばパンフレットに目を通しただけである。完全に研究を建前にした休暇である。界隈で有名なのはもしか
したらその悪名高さなのかもしれない・・・。
 そんなわけで、教授と2人切りである気まずさ、そして研究を建前にした勝手な休暇がなんとなく後ろめたくて、リ
ゾートを前にしても乗り気になりきれないのである。

「荷物はすでに部屋に運んであります」
 私たちがホテルにつくと、ホテルマンの男性がやや発音に違和感のある日本語で宿泊部屋に案内してくれた。日本語
を話せることが以外だったので話を聞くと、日本人はこのリゾートのお得意さま、なのだという。しかしその話では日
本語を話せるスタッフがいるから日本人客が多いのか、日本人客が多いからスタッフが日本語を勉強したのかは、いま
いちわからなかった。しかしそこを深く追求しようと思うほど関心があったわけでもないので、「そうなんですか」と
だけ返しておいた。今の私に足りないのは好奇心かもしれない。
 さすがに、教授と私の部屋は別々である。しかし元々そういう客が来ることを想定してなのか、私たちの部屋は一応
入り口は別々だが、ベランダがくっついているので、来ようと思えばいつでも互いの部屋を行き来できるようだ。とは
いえ、私も教授も、大人である。距離感というものは互いに把握しているのだから、ベランダ越しにどちらかの部屋に
遊びにくるということはなかろう。
「夜中にお酒もってそっち行っていい?」という教授の言葉はジョークの類いであろう。
 そう信じたい。
 ホテルマンは「ごゆっくり」と言葉を残して去っていった。部屋はなかなかに広く、清潔である。荷物を確認してか
ら、くだんのベランダを調べてみると、ガラス窓の他に、分厚い雨戸が設置されていた。かなりがっしりした造りをし
ているので、夜はこれを閉めれば教授の侵入を防げそうである。いや、教授の言葉はジョークなのだからそんな心配は
いらないのだが。
 時刻はお昼すぎ。私たちはひとまずホテルの食堂でお昼を食べることにした。
「今日はこのあとどうやって過ごします?」
 私はコーヒーとサンドイッチを注文し、教授も同じくサンドイッチ、そしてココナッツジュースを注文した。食堂
は、まあ、南国風の音楽が流れているだけで、普通のホテルの食堂である。
 いくつもある席の中に、子供だけで集まったテーブルがある。みんな、旅行客の子供だろうか?子供はすぐに仲良し
になるもんだと感心した。ちらちらとこちらを見ている気がしないでもない。
 一方私と教授は二人きり、向かい合って食事をしながら現地調査のミーティングをしていた。
「ヘリで島を眺めた時、大きい湖があったでしょ?あそこウィスパーズビーチとかいったかな・・・それがここの観光
名所らしいから、まず行ってみよう」
「ビーチ?湖なのにビーチなんですか?」
「さあ僕もよく知らないよ詳しいことは・・・」
 パンフレット斜め読みしただけですものね・・・。

 とはいえ、私は小さなメモ帳とペンを胸ポケットに忍ばせてホテルを出た。
 研究職の性というわけでもないのだろうが、まあ、実際には単なる観光でも、何かメモしたくなることがあるかもし
れない。
 一方教授は、カメラを首からさげているだけだった。完全に観光なんですね。
 屋内にいると「外は暑いに違いない。出かけるなんてばかげてる。」と思い込みがちだが、一度外に出てしまえば想
像よりも不快感はない。日本のように湿度が高い暑さではなくからっとしているし、何より、風が吹いている。生い
茂った植物が揺れて、少し騒々しい気もするが。
「風のあるなしでずいぶんと環境に差がでるもんだなあ。おかげさまで帽子とかは飛ばされちゃいそうではあるけど
も・・・」
 教授は風を確認して大きな麦わら帽子をホテルに置いて来ていた。
「僕のかつらも飛ばされちゃいそうだよ、なんちゃって」
 年寄りに言われるとこちらとしてはリアクションに難しいジョークである。
「ホテルから湖まではそんなに離れていませんでしたよね?」
 私と教授はホテルから北上して、白い石畳の道を進んでいた。まっすぐ行けば、ウィスパーズビーチへたどり着くは
ずである。数グループの旅行者と途中ですれ違った。人種は様々。どうやらこの島は世界的に知られた場所のようであ
る。それとも英語圏のリゾートならばこんなものだろうか。
 それと、ホテルとビーチをつなぐこの道は、ヘリから島を見下ろした時に見たコテージへの道も合流していて、そち
らの道は子供ばかりが行き来していた。
「しかしコテージからずいぶん子供たちが来ますね。何があるんでしょう?」
「確か幼い子供の預かり所とか、お土産屋さんとか・・・そうだ、このホテルの従業員達の家族が住む建物とかもある
みたいだね。きっと、現地の子供たちと旅行者の子供達が交流してるんだろう」
「パンフレットにそんなこと書いてありました?」
「いや、食後君がトイレにいっている間にドアマンに聞いた。ここの従業員はどこで生活してるんだ?ってね」
 そうこうしているうちに、ウィスパーズビーチにたどり着いた。何故「ビーチ」なのか、その理由はそれを見てしま
えば、まさに一目瞭然だった。
「これは、ビーチだね」
「そうですね。ビーチですね」
 教授はカメラでその風景をパシャリと撮った。

 湖の周囲はまさにビーチのような白い砂浜だったのだ。しかも、どうやら湖はすり鉢状に水がたまっているらしく、
その淵はとても浅い。さらに、暑さを紛らわせてくれるこの風が吹く度に、水面が僅かに波立ち、まるで本物の海を丸
く切り取って移したかのようだ。
 海辺よろしくパラソルや椅子が設置されているし、湖をぐるっと等間隔に小さな売店が並んでいる。他の旅行客
も見受けられる。
「面白いなあ。こんなちっぽけな島が観光地にもなるわけだよ。この島独特の気候と、地形が重なりあっているだけな
のになあ」
「本当ですね・・・。やっぱり、どうせなら予めこのことを調べておけば良かったです。そうしたらこの土地の由来と
か、観光地に至るまでのこととか、知っておけたのに。ここに来るまでの期待値も高くなっただろうし・・・」
「それは違うよ」教授は、ここに来て初めて、先生の顔をした。私はその変化を見逃さなかった。「確かに予め調査し
ておくことで、現地での調査効率は上がるだろう。理解も深まろう。けれども、予備知識も何もない、行き当たりばっ
たりでことに臨むことも重要なんだ。未知に触れる時、どう対応すればいいのか、ということは経験から学ぶことしか
出来ない。未開の領域に踏み込む時には、予備知識なんてそもそもないんだからね・・・。ただただ文化と土地のささ
やき声に耳を傾けるだけだ。研究するということは、そういうことなんだ。頼れるのは自分の経験と、勘だけ。君は
もっと経験しなければならない。資料を探せば知識は得られる。その蓄積も重要だけれども、それだけではやはり、発
見には近づけない」
 教授は一度もこちらを見なかった。ぼうっと湖を眺めているようだった。私は下を見つめているだけだった。教授の
方を向かなくてはならないと思ったけれど。見えない力に押さえつけられているように、頭が上がらなかった。
 反省とか、悔しさとか、そういうことで下を向いていたのではない。教授の言葉は私に火をつけてくれた。私は自分
の気持ちのベクトルを定めるために少し、集中する時間が必要だったのだ。
「ま、文化人類学とか民俗学の基本はフィールドワークだってことだよ。学部生の頃に教えられなかった?」
 教授は笑いながら湖へ歩き出した。
 私は「知ってますよっ」といって砂を蹴飛ばした。宙に舞った砂は風に吹かれて、すべて私の方へ飛んで来た。

 その後ビーチを歩き回り、コテージでお土産を買い、写真を撮って、偶然出会った日本人旅行者と世間話をしている
うちに、日が暮れていった。
 元々風は強かったけれど、日が落ちるにつれ、だんだんとその強さは増していった。びゅうびゅう言い始めたころ
に、私と教授は足早にホテルへと退散した。
「いやすごい風ですね・・・嵐かな・・・」
「ううん、参ったな。明日には帰ろうと思ってたのに。明日までには止むかなあ止まないかあ」
「あれ、教授、あれ、さっきの・・・」
 ホテルのロビーで、今日知り合いになった日本人旅行者に遭遇したので、私たちは一緒にホテル内の喫茶店に行くこ
とにした。
「田中さんは夫婦でいらしたんです?」
 田中さん夫婦と私、教授はコーヒーを片手に向かい合って座っていた。
「いいえ、息子も来ていますよ。でも、今はコテージの方にいるみたいですね。さっきロビーに電話があって、そっち
で遊んでいるって知らされました。風が強いので、ちょっと、心配ですけどね」と旦那。
「そうそう、風が強いんですよね。僕もかつらがとばされるところだったんですよ」
「えっ、ああ、それは大変でしたね・・・」
 旦那さんは視線を教授の頭部に合わせないようにしているようだったが、ちらちらと教授の生え際を見ていた。
「教授・・・」
 私は教授をにらんだ。
「嵐にでもなりそうですよね・・・今のうちにお子さんを引き取りに行った方がいいのではないですか?」
 ちょっと余計なお世話かもしれない、と言った後に気がついた。
 しかし田中さん夫婦は「大丈夫ですよ」と迷う風でもない。
「私たち、休暇を貰うとよくここに来るんですよ。今回で・・・5、6回目くらいかな。夜になると風が強くなるの
は、この島ではいつものことなんです。だからここの建物は、防風対策がしっかりしてあるんです。部屋の雨戸を見ま
したか?すごくがっしりした造りだったでしょう?夜はあれを閉めておけば、全然窓も揺れないんですよ。コテージ
も、そのように対策がなされているらしいです。きっと他の子供達と楽しくしているでしょう。それに、これ以上風が
強くなることもないですよ」
「へえ、いっつも風が吹いてるんですね・・・まあ、だからこそのウィスパーズビーチなんでしょうけど」

 教授はコーヒーをすすった。予想通りとでも言わんばかりの顔である。私も風が吹いているから「ビーチ」として成
り立つんだろうなとは考えていた。
「そんなことより」と奥さんが顔を近づけていった。「ここの子供達、ひそひそ話をよくしていません?わたしそれを
見て、息子に何を話しているのと聞いたんですけど、絶対に秘密だっていって教えてくれないの。ここいろんな国の子
供たちがくるでしょう?何かおかしなことじゃないといいんですけれど・・・」
 旦那さんは「ちょっとそんなこと今言わなくても」と口を挟んだが、奥さんが「あなた子供のこと何もしてくれない
じゃない・・」というと黙ってしまった。
「まあまあ、奥さん。子供っていうのは、子供同士でしか通じないコミュニティやルールがあるものですよ。ここの子
供達は、独自のルールを共有しているんでしょうね。すぐに仲良しになってしまう、そんなルールがきっとあるんです
よ。親にも秘密の話題がね・・・」
 教授が言っても奥さんは納得していない様子だった。
 しかしそういえば確かに、子供ばかりで集まっているシーンをよく目にした。私はコテージのほうから大勢の子供達
が出て来たのを思い出した。
「ところで、そろそろ夕飯にしませんか?是非教授のお話を聞きたいですな」
 旦那さんが時計を見て言う。確かに、もうそんな時間である。
「構いませんよ。・・・僕の話を聞くと、不思議なことにみんな眠ってしまうんです。大学ではいつもそうなんですよ。
あなた方はそうじゃないといいんですが」
 教授ジョークはさておき、私はタバコが吸いたくなって来たので、一服してから行くことにした。了解した田中夫婦
と教授は食堂へと歩いていき、私は部屋へと戻った。
 廊下で子供達とすれ違った。指を指されて何語かで笑われた。これがアウェイというやつか・・・。

 ベランダでタバコを吸おうとしたけれど、風が強くて全然火がつかない。しょうがないと雨戸を閉じてタバコに火を
つけようとしたら、結局、火はつかなかった。100円ライターのガスが切れていたのだ。
 諦めて食堂に行こうかと思ったが、私はコテージでライターを売っているのを思い出した。
 数分で往復できるし、風だってそれなりに強いが外出できないほどでもない。私は、コテージに行くことにした。
 ホテルを出ると、風が吹きすさび、髪がめちゃくちゃになる。けれどもその音ほど強い風ではない。どうやら、豊富
な植物がこすれる音が大きいので、実際以上に強い風のイメージを持ってしまっていただけのようだ。
 そんなわけで、風は問題ない。しかし、別の問題がそこにはあった。
「ま、真っ暗だ・・・」
 そういえば、街灯の類いが見当たらない。そして、建物の窓は分厚い雨戸で覆われているので光が漏れ出ない。星の
光なんて頼りにならない。私は田舎の実家を思い出した。子供の頃、完全な闇に包まれた学校の帰り道が怖かった。自
転車通学になってからは、そんな恐怖は忘れたものだったが・・・。
 携帯の画面を地面に向けて足下を照らし、コテージへ向かう。そこまでしてライターを買いにいくことはないような
気もするが、今の私は未知に挑む意志に満ちている。そんな蛮勇に足を突き動かされていた。
「?」
 一瞬、何かが横をすり抜けていったような気がする。樹木のざわめきで足音は聞こえなかったが、足下を照らす携帯
の光の端を何かがかすめた。携帯を前にかざしてみるが、勿論、数メートル先も照らせない。
 外が暗ければ暗いほど犯罪発生率が高いとか、海外の治安のレベルとか、そういった情報が脳内を駆け巡った。
「なんだ?」という独り言も、ざわざわという音にかき消されていく。
 なんとかコテージまで行き着いたが、なんと、売店は完全に店じまいしていた。冷静に考えれば、当然だが・・・。
 私はため息をついたが、むしろ口の中へ侵入してくる風圧の方が強いような気がした。
「帰ろう・・・」
「・・・こっちだよ」
「えっ?」
 私はきょろきょろと周囲を見回す。
 しかし、何も見えない。そのささやき声の発生源もわからない。耳をすましても、風の音しか聞こえない。
 気味が悪い。私はきびすを返した。
「・・・こっち」
 また、ささやき声。そして影が私の横をすり抜ける。
「ひっ」
 つい声がでてしまった。が、確実に見た。この島には、何かいる・・・。
 ぞっとしたので、私は逃げるようにホテルへ戻った。

「教授、私たしかに見たんですよ!」
「・・・・何を?」
「何かですよ!」
「・・・そう」
 教授は時計を見ながら言った。時刻は7時。夕飯を終え、私と教授は部屋に戻っていた。
 そして、コテージ前での出来事を教授に話したのである。しかし、教授は全くとりあってくれない。曰く「幽霊とか
信じてないし」とのことだった。
 このアロハ髭と言うかどうか迷っていると、教授は立ち上がって、言った。
「じゃあ、今から二人でコテージに行こう。何か面白いことがあるかもしれないし。ね?」
「えー」
 行って確かめてみたいような、知らずにいたいような、半々な感情がうみだした「えー」という言葉は、教授の耳に
は届いていなかった。
 教授は部屋に備え付けられていた緊急用のライトを取り外した。
 なるほどその手があったかそれで光源になる、と思った矢先、ライトの明かりは弱々しくなり、消えてしまった。
「電池、切れてるみたいね・・・」
「そんなあ・・・こんなのスタッフの怠慢ですよ!」
「タイマン?・・・ああ怠慢。日本じゃないんだから、しょうがないよ」
 結局、携帯のあかりを頼りにコテージへ向かうことにした。
 相変わらず、風の音が騒々しい。教授がいる分、さっきよりも状況はマシだ。役に立つかどうかは、謎だが・・・。
 何ごとも無く、コテージとビーチの分岐路にたどり着く。
 てっきりそのままコテージへ進むのかと思ったが、教授は立ち止まってしまった。
「教授?」
「君がここへ来た時、何かは君の横をすり抜けて、コテージから出て行ったんだね?」
「そうです」
「けれど、僕たちがここに来るまでの道中、何もいなかった・・・」
「そうですね」
「じゃあ僕はコテージへ、君はビーチへ行こう」
「なんでですか?!」

 教授は携帯の明かりであごから顔を照らした。ホラーチックだが、残念ながら現代においてそれはまぬけな顔にしか
みえない。
「つまり、君の横をすり抜けた何かは、ホテル側ではなく、ビーチ側へ向かった可能性が高い。だがコテージにもまだ
何かがいるかもしれない・・・。二人でビーチに言った時、その何かに挟み撃ちに合う可能性がある。コテージに二人
で向かっても同様だ。ならば、互いに背中を守るように進んだ方が安全というわけだ」
 教授は、もっともらしいことを言っているが、その顔は少年のようにわくわくしているし、演技がかった口調であ
る。まるでごっこ遊びに熱中しているような・・・。きっと幽霊がどうとかじゃなくて、今置かれている「面白い事
態」に興奮しているのだろう。
 私はというと先ほどまでの恐怖(いや怖かったわけじゃない!)は教授のテンションを見て、逆に醒めてしまった。
 人間にはこのような現象が多々ある。ホラー映画は、びびりの友人と見ると怖くないものだ。
「はあ、じゃあ、そうしますか・・・」
 私はビーチへ歩みだした。教授が私に敬礼のポーズを向けた気がするが、きっと気のせいだ。
 ウィスパーズビーチの広い空間にでると、風の音は小さくなった。しかし、夜の海が不気味なように、この疑似海た
るウィスパーズビーチも、不気味な雰囲気である。
 ざくざくと砂浜を歩き、湖の淵まで来る。月光と星の光をわずかに反射して、その水面が揺れているのがわかる。淵
は浅いということがわかっていても、底が見えないと恐ろしい。実は浅くない場所があって、不意にそこに落ちてしま
いそうな不安がよぎった。
「やっぱり怖い・・・」
 私は教授を待つことにした。コテージに何も無ければこっちに来るだろう。
 コテージに何かあった場合は・・・ご冥福を祈るしか無いのだろうか・・・。
「こっちだよ」
 びっくりした。背筋が寒い。
 また声だ。風の音がさっきより穏やかなので、よく聞こえる。湖の西の方からだ。さっきとは、違う声のような気が
する。

 私は、もう待っていられない。毒を食らわば、乗りかかったなんとやら、行くだけ行ってやろう。
 声のするほうへ歩いていく。影はうっすら見えるが、はっきり見えない。本当に真っ暗だ。
 近づくと、ざくざくと遠ざかっていく足音。
「そこにいるのは誰?」
 と聞く。
「君が新しい子?」
 と返事。
 日本語が話せる?新しい子とはなんだ?
「どこに向かっているの?」
「もう少しだよ」
「こっちだよ」といって声は遠ざかる。
 私はささやき声に導かれて、どこに行くのだろうか?
 次第に、さらに多くの声が聞こえて来た。一人ふたりではない、十人、いやそれ以上の声だ。風の切れ目にざわざわ
と声が聞こえる。
 私を導く案内人は駆け出して、そのざわめきの中に加わった。
 終着点はここなのだ。
 私は今だ、と思った。
 教授が持って来たカメラを構え、フラッシュをたいた。
 マグネシウムが燃焼し、一瞬だけ眼前が光に照らされる。
 視界がほんのわずかだけ開ける。
 そこにあるものを、私は目にした。
「えっ?」

 田中夫婦が言っていたように、風は朝になるにつれ穏やかになっていった。
 私と教授は荷物をまとめて、といっても一日分の衣類とお土産くらいのものだが。
 ホテルマンはあいかわらずの発音で「荷物を運んでおきます。ヘリコプターはすぐに飛べます」と教えてくれた。
 田中夫婦はまだ滞在するようで、「また今度」と社交辞令なのかなんなのかわからない挨拶をして見送ってくれた。
田中少年はこのときは夫婦と一緒で、「またね」と照れながら手を振った。
 屋上に行くと既にヘリが来ていた。二人で乗り込む。
 数分後、ヘリは飛び立った。
 リゾート地とはこれでお別れである。
 茂った樹木が相変わらず揺れている。湖も、相変わらず海のように波打っている。
「来るときよりもずいぶんいい顔してるよ、君」
「え?焼けました?」
「いやそうじゃなく・・・まあいいよ」
 私は、教授のカメラに写っていた写真に目を移す。
 ウィスパーズビーチ、砂浜、売店、コテージ、そして、最後の一枚には、夜に営業する駄菓子屋と、子供たち。
 子供達は髪の色も違ければ目の色も肌の色も違う。異国籍子供達が集まっている。
「きっと、人間のくくりは国籍や血、肌の色だけではないんだろうね。もっと大きくて、懐の深いくくりが存在してい
るんだ。不思議なようだけど、きっと当たり前のことだね。見落としているだけでさ。僕は小学生のころを思い出した
よ。転校生が、次の日にはみんな仲良くなっちゃうんだよな。1年生で初対面同士の時にはみんな緊張感あるのに。あ
れって何故だろう?」
 私は昨夜のメモに再び目を通した。


 夜のウィスパーズビーチは、子供達の秩序が支配していた。
 あの時、私はあの島の子供達に「子供」だと思われていた。だから導かれた。明らかに年寄りの島崎教授にくらべ、
私はまだ若輩者だし、確かに、日本人女性は子供に見られる、とは聞いたことがある。きっと教授の娘だとでも思われ
たのだろう。そのことは、この島の子供たちのコミュニティにすぐに伝わった。新しい仲間が来た、と。
 そしてウィスパーズビーチには子供達だけの秘密があった。それがあの駄菓子屋だ。コミュニティは新しい仲間にそ
のことを教えようとする。そのために、子供達は連携して、夜に出て来た私を声で誘導し、駄菓子屋まで導こうとし
たのだ。ホテル前、コテージ、ビーチ周辺に子供達は配置され、私が近づいたら誘導を開始する、というコンビネー
ションを行った。それがあのささやき声と横をすり抜けた何かの正体である。
 普通に考えれば、そんなことをする必要はない。私の所へ来てこっそりと「夜のビーチには駄菓子屋がある」とだけ
伝えればいい。けれども、子供達にとって重要なのは効率ではない。コミュニティの秩序ある連係プレー、私を駄菓子
屋まで導く「作戦」いや「作戦会議」こそが重要なのだ。
 私は思い出す。小学生の頃、駄菓子屋に寄り道することが禁止されていて、同級生達と集まって、どのルートで寄り
道すれば見回りの先生に見つからずに済むのか話し合ったことを。大人数でいくと危ないから何人かずつの班を作って
駄菓子屋へ行ったりと、くだらない作戦会議をしていた。大抵重要なのは駄菓子を買うことではない。先生を出し抜きい
たずら心を満たすことや、皆でひそひそ声で作戦会議をすることの方が、子供達に取って重要なのである。
 それが子供たちの秩序である。
 そしてそれはどうやら、万国共通であるらしい。
 私は駄菓子屋の店主に聞いた。何故こんな時間に店を開くのか。暗闇に紛れて万引きされる可能性もあろうに。教授
よりも年寄りの店主は言った。
「駄菓子屋はなんとなく始めただけさ。まあ、最初の頃は、たまーにやってただけなんだが、ある時子供達の会合を聞
いちゃってね。あいつら、『何曜日と何曜日は駄菓子屋をやっている』とか『何時から開店する可能性が高い』とか額
ひっ付けあって大真面目に話し合ってるんだよ。適当にやってるから、そんな法則性無いのにねえ。なんならわしに聞
けばいいだけのことじゃないか。いつやってるんだってなあ。でも連中はそんなことは頭にない。きっと、あの会合こ
そが子供達の楽しみの根っこなんだと、すぐに気付いたよ。それからは、子供達の予測通りに店を開いてやってたん
だ。で、子供達は万引きなんてしやしないよ。そんなことをするやつはいない。何故ってそれがルール違反だからさ。
法律のルールのことじゃない。道徳のルールのことじゃない。子供達の間にある暗黙のルールのことさ。毎日団結して
お菓子を買いに来てる子供達のなかで、自分だけ万引きなぞしてみれば、きっと仲間はずれにされてしまうよ。子供達
は、何よりそれが恐ろしいのだ。それが、ここの子供達の価値観、正義なのだ」
 世界中の子供達共通の暗黙のルール。
 それは、時代を経ても普遍のルールだろうか?
 地域差があるだろうか?
 宗教や教育は干渉しうるか?
 私は、何か面白い研究材料を見つけた気がした。勿論先行研究があるだろうが、さらに未開へ踏み込んでみよう。日
本にいるだけじゃ駄目だというなら、海外へも足を伸ばそう。基本は、フィールドワークなのだから。

通常投下します

〈一〉
 静かな夜だった。夏だというのに虫や夜鳥の鳴き声一つしない。吉田は帰路にある公園で、その不気味とも
言える静けさに不審を抱いた。あまりにも静か過ぎる。深更ならばまだ納得もできようが、夜になったばかり
の今この時間にこれほどの静寂が訪れるだろうか。人影はなく、風はあれど、木々もざわつくことなく沈黙を
守り続けている。気付けば、外の喧騒もぱたりと止んでいた。
 この公園は、都市部にありながら敷地面積に恵まれている。そうは言っても、動植物の類はともかく、そん
な公園の中心付近にいるから外の喧騒が聞こえないのだとは考えにくかった。何より、幾年と通勤帰宅を問わ
ずこの公園を通っていた吉田は、その考えが間違いだと知っていた。大気中で伝播する音は、概ね気温の高い
日中よりも気温の低い夜間の方がより遠くまで届くのだ。加えて、この時間帯は公園のどこにいようとも、自
動車の往来を初めとする外の喧騒が小さくとも絶えることなく聞こえるはずだった。自分の足音や息遣いとい
った自ら発せられる音を除く、他の音がまったく聞こえないというのは妙な話だった。
 今、立ち止まり、耳を澄ましてみても一切の音が聞こえない。ここまでに靴音は聞こえていたので、自分の
耳が異常を来しているわけではなさそうだった。異様とも、または何かの前兆とも感じられる静けさだった。
しかし、あくまでも静かなだけだ。身に危険が迫っているでもなし。もっとも、公園を抜けても同じ症状が続
くなら病院へ行ってみる必要があるだろうが。とまれ、深刻に受け止めるようなことでもないだろう。そう思
い、吉田は再び足を進めた。
 園内の中心にある広場へ着いた時に、そこで珍しいものを見付けた。幟だ。噴水の側、闇に紛れるように置
かれたベンチの横へ、幟が立ててあった。けして幟そのものが目新しいのではない。ただ、この公園で幟を普
段見かけることはなく、そのことが殊更物珍しく感じられたのだった。
 幟には何か文字が書いてあるようだったが、街灯の明かりから逃れるような位置にあるため、何と書いてあ
るのかは分からなかった。幟と言えば、祭りや商店街の店先に置かれているものだという考えがあった。であ
れば、場所を鑑みるに露天商だろうか、とぼんやりとした推測が頭に浮かんだ。ところが、屋台と言えるよう
なものは見て取れなかった。そして、今夜は新月だ。雲がなくとも月明かりはなく、街灯の光がほとんど届い
ていないベンチに人が座っているのかどうかも判然としなかった。
 こんな時間に、それも人気がまったくない中で、商売をしようという風変わりな人間がいるとは思えなかっ
た。しかし、そういった考えに反して吉田の足は吸い寄せられるようにそちらへと向かっていた。純粋な好奇
心によるものだった。
 二歩、三歩と近付くにつれ、幟に書いてある言葉が次第に見て取れるようになった。それは、今は昔使われ
ていた古風な文体で、次のように記されていた。
 『幸福ノ箱売リ〼』

 幟全体はあからさまにくたびれており、支柱たる金属の棒は錆び付き、布部分は端がほつれていた。そこの
文章から察すると、街商に違いなかった。遠目には分からなかったが、なるほど確かにベンチへぽつねんと、
それらしき人が一人腰掛けていた。吉田の目に映るその人物は老人のようだった。山高帽に、黒っぽい色のス
ーツ、両手で突いている杖、曲がった腰、俯いた顔からちらりと覗く豊かそうな顎髭といった、いかにも老紳
士然とした身形だった。この人が店主なのだろうか。せいぜいが三人掛けのベンチは元より、他に人影はなく、
その考えは間違いのないものと思われた。
 また一方で、『幸福の箱』という商品が一体どのようなものなのか不明だったが、だからこそ興味が湧いた。
それは、およそ一昔前に雑誌等で取り上げられたパワーストーンのような胡散臭い神秘性を謳ったものかも知
れないし、お守りのような小箱かも知れない。あるいは、単に『幸福の』と大仰に銘打っただけのただの箱か
も知れない。様々な憶測が脳裏を過ぎった。けれど、あれこれ予想したものの中に、何となく正解はないよう
に思えた。吉田はベンチに座っている老紳士に声を掛けた。
「あの、すみません。この『幸福の箱』というのは、どんなものなんですか」
 返事はなかった。眠っているのか、聞こえていないのか、老紳士はぴくりとも動かなかった。困ったな、と
吉田は思った。せっかく面白そうなものを見付けたのに、肝心の店主がこれでは埒が明かない。いや待てよ、
と頭に別の考えが浮かんだ。ひょっとすると、この人は店主でも何でもないのではないだろうか。たとえば、
そう、幟は置き去りにされているだけで、この老紳士は散歩の途中で身体を休めているだけかも知れない。だ
とすると、この人にとって今の自分は、わけの分からないことを尋ねる不審人物同然ではなかろうか。そんな
風に考えを巡らせていると、件の人物からようやくの反応があった。
「……客か」
 しゃがれていたが、低く、良く通る声だった。その反応から、この老人こそが先の想像通り店主なのだと判
別できた。意識を別のところへと向けていた吉田は突然の声に驚き、
「え、ええ。そうです。ちょっと興味がありまして」と、吃りながら返事をした。
「そうか。モノは私の隣にある。興味があるのなら、好きなだけ見ると良い」
 言うだけ言って、店主はむっつりと黙り込んだ。無愛想な人だ、と吉田は思った。一方で、それが不快だと
か不愉快だとかいうような感情は沸き起こらなかった。店主からは人を拒絶するような刺々しい雰囲気が感じ
られないからかも知れない。不思議な人だ。改めてそう思った。
 店主を中心とした点対称の位置に、旅行者が使う小さめのトランクのような物体が置かれていた。吉田は
「では、失礼して……」と言って、それを手に取り、目を見張った。小さめとはいえ、アタッシェケースよりも大
きなその物体は、大きさとは裏腹に、まるで重さというものを感じなかったのだ。一体全体どのような材料を
用いればこうなるのか。中々どうして興味深い。他にも何か変わったところはないだろうか。そう思い探ろう

としたが、薄暗闇の中とあって革製の手触りがあることと、黒っぽい色彩だということ以外、どうにも分から
なかった。
「ご主人。失礼ですが、明かりのあるところへ持って行っても構いませんか」
 十分な明かりのある場所が目と鼻の先くらいの距離にあるとはいえ、店の商品を余所へ移動させるのはさす
がに拒否されるかも知れなかった。ともかく、聞くだけなら問題なかろう。藪蛇になりはしないはずだ。
「好きにしろ」
 僥倖とも言うべきか、店主は了承してくれた。礼を言いつつ、吉田はさっそく箱を街灯の明かりの下へと持
って行った。
 箱は漆のような光沢のある黒色で、角張り、把手が付いていた。さらに、縦に二分するように切込みが走っ
ており、把手の片脇に四角形の錠前があり、また把手と反対側の面には四本のゴム足と二枚の蝶番が取り付け
られていた。錠前の鍵穴は小さく、綺麗な円形をしていた。電子機器のリセットボタンのようなその形から、
ペン先のように細いものがあれば簡単に開けられそうだと思えた。その通りなら、錠と呼べるのかも怪しい。
そこへ差し込むための鍵はどこにもなく、それはおそらく購入者に直接渡すとかそんなところだろうと推量で
きた。
 黒塗りの箱は見れば見るほど、トランクにしか見えず、これ以上見るべきところはなさそうだった。中身を
見れないことが残念ではあったが、見れないのであれば無理に見る必要もない。吉田は店主のところへ戻り、
箱を元あった場所へと置いた。
「どうもありがとうございました。ところで、これは一体どういう商品なんですか。トランクのようですけど……」
 まさかその通りなんてことはないだろう。ただのトランクにあんな大袈裟な名前を付けたりはすまい。そう
であれば、期待はずれの拍子抜けも良いところだった。
 老人は慎重な口振りで言った。
「そう……そうだな。見た目は確かにそうだろう。どういうもの、か。無論、私はこれが何であるか知ってい
る。しかし、それを直截に言うことはできない。その理由についても。曖昧な言い方で申し訳ないが、この箱
は名の通り、ある方法によって所有者に幸福をもたらすものだ。……まあ、それはとどのつまり当人次第だがな」
 言葉少なだとばかり思っていただけに、店主の長広舌は意外だった。そして、彼の言葉に吉田は硬直した。
何を言い出すんだ、この人は。店主の言った台詞は、この箱がファンタジー小説に登場する魔法の品であるか
のようなものだった。持ち主に幸せを運ぶ魔法の箱。本当であれば、どんなに素晴らしいことか。だが、現実
にそんな都合の良いものが存在するはずもない。普段ならば、思わず鼻で笑ってしまうことだろう。反面、彼
の声音に冗談めかした感じはない。どころか、真実を語っているのだという有無を言わせぬ雰囲気さえあり、
それが吉田をたじろがせた。この店主が言っていることは本当なのではないか、と。それでも、おいそれと信

じるにはあまりにも非現実的な内容だった。
「魔法の箱だということですか。は、はは……中々冗談がお上手なようですね」
「……信じるも信じないも、お前の自由だ」
 店主はあくまでも冗談ではないのだと言いたいらしかった。
 だが、どうだろう。仮に店主の言に嘘偽りがないのだとしたら。吉田ははっとした。そうだ。今も続く園内
のこの一種異様な静寂は、この箱と自分を巡り合わせるために起きたことなのではないか。小話の筋書きのよ
うに空想的な話だが、そう考えると何となしに合点が行ったような気がした。というよりも、箱を買うための
理由を欲しがっているだけなのではないか。吉田は自問した。なぜなら、これがあれば自分の夢を実現できる
かも知れないのだ。他人からは詰まらないと評される、自適で自堕落な生活を送るという夢を。藁にも縋る、
その慣用句ほど切羽詰まっているわけではないが、この機会を逃してもまた次があるという保証はどこにもな
い。ともすれば、絶好とも言えるこの機会を逃す手は考えられなかった。
 もちろん、益体もないただの箱という場合も十二分に考えられる。何せ、この世界は小説のそれとは違うの
だ。そうであったとしても、仕方のないことで、文句を言えた筋ではなかった。仮にそうなってしまった場合
は、この箱には見た目通りの役目を与え、小旅行用の鞄として使えば良いというだけのことだ。
「ご主人、これを頂きたいのですが。おいくらですか」
 いくらかの間があった。その間隙に、まさか値札が付いていないのを良いことに吹っ掛けてくるつもりでは
あるまいな、と吉田は訝しんだ。ただ、商売気のないこの店主がそんなことをするとは思えないのも道理だっ
た。この間は何なのだろうか。すると、店主は感慨深そうに幾度かゆっくりと頷いた。
「そうか、引き取ってくれるのか。そうか……」
 店主の言動は、誰も買い手のいなかった商品が初めて売れたというものとは異なっているように感じられ
た。そもそも論として、そうであるにしてはあまりに挙動が大袈裟に過ぎるのだ。吉田は困惑せずにはいられ
なかった。
「あ、あの……?」
「——ああ、金は要らんぞ。私には不要なものだ」
「え、それはどういう……」
 吉田はまごついた。金品のやり取りが生じるからこその商売ではないのか。それを排除してしまったのなら、
もう商売とは呼べず、一方から他方へ物品が渡るだけの譲渡に等しい。幟に書いてあった文面とも合致し
ない。あるいは別の観点に立てば、当初から箱を売るつもりはなく、それを誰かに譲り渡すのが目的だったの
か。そう言えば、店主は『引き取ってくれるのか』とは言っていたが、『買ってくれるのか』とは言わなかっ
た。では、一体何のために……。タダで手に入れられるのは結構なことだが、その目的は皆目見当も付かなか

った。
 そんな疑問を余所に、店主はスーツの胸ポケットから何か取り出すと、それを傍らにある箱の上へと置いた。
その後、店主は箱の端側を片手で掴み、放るような動作でこちらへずいと差し出した。
「それが鍵だ。箱諸共持って行け」
 受け取った箱の上には、微かに光を反射する鍵と思しき平たいものがあった。
「さあ、これでその箱はお前のものとなった。それを持って何処へなりとも行くが良い」
 何かこちらを急き立てるような振る舞いをする店主に違和感を覚え、問いたださずにはいられなかった。
「ちょ、ちょって待ってください。何だって急に追い払うような真似をするんですか」
 対する店主は淀みのない動きですっくと立ち上がり、吉田と正対するように身体を向けた。その滑らかな所
作は、店主が手にしている杖など必要なかったのではないかと思わせるに十分なものだった。
「私はな、小僧。これでも、お前に感謝しているのだよ。だからこそ、早くこの場から立ち去って欲しいのだ」
 穏やかで、諭すような口調だった。対する吉田は、その珍妙な言い草に一層の混乱に見舞われた。感謝して
いるから、早く立ち去って欲しい。どうにも理解に苦しむ話だった。
 何か言おうとこちらが口を開くより先に、店主は言った。
「——時間だ。ああ、ああ……これで、やっと……」
 店主が何事かを言い切らない内に、その身体は崩れ、塵となった。それはまるで、彼の身に悠久の時がほん
の一瞬で流れたかのようだった。
 慌てて周囲を見遣るも、彼の店主は影も形もなく消えていた。彼が身に着けていた衣服、突いていた杖も見
当たらない。そして、あろうことか幟までもが忽然とその姿を消していた。狐につままれたのだろうか。そう
いった疑問に反駁するように、店主から手渡された箱と鍵はしっかと手元に残っていた。
「何なんだよ……」
 吉田は薄ら寒いものを感じつつ、呆然とその場へ立ち尽くした。最前目にした異常な出来事に頭の理解が追
い付かない。本当に、わけが分からなかった。それとは別に、漠然とこの箱は本物なのかも知れないという思
いが胸に宿った。
 夏の夜の生暖かい空気が、緩やかな風となって吉田を撫でるように過ぎて行き、次いで一際強い風が吹いた。
風に煽られた木の葉が互いに擦れ合い、ざあとさんざめいた。クラクションの音が聞こえ、せき止められてい
た外の音が一斉に蘇った。気付けば、あれだけ静かだった園内は普段と変わらぬ雑音に包まれていた。

〈二〉
 慌ただしい足取りで自宅アパートに戻るや、吉田はすぐにデスクトップPCを起動し、ウェブブラウザを立

ち上げた。世界中の人間がアクセスし、数々の情報が集まるウェブ上にならば、先ほど入手した箱に関する何
かしらの情報があると睨んでのことだった。混沌とした電子の海で、自分の望むものと完全に合致する情報を
得るのは中々に困難だろうと思えた。そうであっても情報という武器を携えないまま、得体の知れないものと
対峙するのは憚られた。
 ブラウザに表示されたリンク先に次から次へと目を通して行く中、吉田は先の出来事を思い返していた。あ
れは、まるきりオカルトそのものだった。目の前で何の仕掛けも用いず人一人が消えるなど、消失マジックや
イリュージョンといったジャンルですら成し遂げられたことはないだろう。付け加えるなら、その消え方も異
常そのものだった。爆破解体される高層ビルのように、あるいは砂の城が地盤沈下によって脆くも崩れ去るよ
うに、足元から頭の天辺に至るすべてが塵となってさっと消えたのだ。そんなことが目の前で、それも人間に
起きるなどと、一体誰が予想できようか。改めて、あの店主が稀代の天才奇術師だったという線も考えられな
くはないだろう。しかし、それは当て推量にも劣る乱暴なものである上、その一案で片付けてしまうには、受
けた衝撃があまりに大きかった。
 吉田は再び、検索結果の閲覧に意識を戻した。箱の名称単体での検索では、どれだけ見ても有力と思える情
報はなかった。その多くは、関連性皆無とはっきり分かる別の商品を初め、占い、ゲームの攻略動画らしいも
のまで種々雑多だった。けれど、そのいずれも吉田が望むものとは程遠かった。ならばと思い、検索語句を追
加、変更してみたが、結果は芳しくなかった。
 日付が変わる頃になって、吉田は天上を仰いだ。もうたくさんだ。結局、めぼしいと思えるものは発見でき
ず、時間を浪費するだけに終わってしまっていた。いくら明日が休日で時間的余裕があるといえども、これ以
上PCと睨み合いを続けることに意義を見い出せそうもない。
 どうしたものかと吉田は頭を抱えた。友人知人に尋ねて回るなど以ての外だった。どう言い繕おうとも、冗
談、あるいは頭がイカレたと思われるだろうことが容易に想像できたからだ。後者はともかく、前者はほぼ間
違いないだろう。ともすれば、されずとも良い心配をされるかも知れない。話をする本人が信用されているい
ないに関わらず、簡単に頷ける話ではないのだ。仮に、こちらが話を聞く側だとしても、やはり与太話として
聞き流すに違いなかろう。
 こうなってくると、気が進まないのはともかくとして、残された手立ては直に調べることのみだった。また、
情報がなくとも、こうして手に入れたものを手付かずのままにして置くのはどうにも落ち着かなかった。それ
に、己の願望混じりにも、八割くらいはあの店主の話を真に受けても良いと考えている自分がいることも事実
だった。老店主の口にした『ある方法』というのが、何であれ、調べれば分かるはずだ。吉田はいざ行かんと
意を決し、箱を開けるための鍵をスーツの内ポケットから抜き取った。
 鍵には、四つ葉のクローバーを模したと見受けられる装飾があった。クローバー、別名白詰草と呼ばれる植

物の内、特に四つ葉のものは幸福の象徴と世間では知られている。商品名にそういった実情を加味した上で施
された装飾なのかも知れない。鍵全体は黄金色で、少しもくすんでいないことから、丹念な手入れがなされて
いたのだろうと想像できた。例の鍵穴からすれば当然のごとく、鍵の先端にブレードや溝といった普通は錠前
と組み合わせられるはずの機構はなかった。
 ベッドに置いていた箱の錠前に鍵を差し込んだ。鍵にはブレードや溝、凹みはない。それは鍵の受け皿たる
錠前にも同じようなことが言えるはずで、その絵面はただの凹みに棒を突っ込むというものであることに違い
なかった。ところが、吉田の指先は鍵と錠前の中身が噛み合う手応えを感じていた。噛み合うはずのないもの
同士が噛み合っている、何とも不思議な感覚だった。試しに時計回りへ九十度、鍵を捻った。かちりと音がす
ると同時、箱が微かに口を開けた。
 箱の中は色鮮やかな真紅のビロードのような生地で覆われていた。滑らかな手触りと、しっとりとした光沢
のある美しい布だ。実質、中身は空だった。何かが貼り付けられていたりということもない。吉田は首を傾げ
た。確かに見た目はそれなりに整っている。しかし、これがどのようにして幸福をもたらすというのか。
 一拍置くようにして、それは起きた。箱の底部、その赤い布の上に小指の先くらいの小さな火が点いたのだ。
そして、吉田が「わっ」と声を上げる瞬く間に、それは布一面へと広がり、燭台の炎が吹き消されるようにふ
っと掻き消えた。この箱が超常のものであるとすれば、起こるべくして起きたとも言うべき出来事だった。今
夜は驚きの連続だ。それも、心臓に悪いものばかり。吉田は早鐘を打つ胸を抑えるようにして、盛大に溜息を
吐いた。
 炎が去った後、布の上には金色の文字で何事か文章が現れていた。それは精緻な刺繍のようで、次のように
記されていた。
 『この度は弊社の幸福の箱をお買上げ頂きまして誠にありがとうございます。お客様の本品のご利用に際し、
以下に記す使用方法ならびに注意点を十分にご理解、納得して頂いた上で、用法を守って正しくお使いくださ
い。また、本品をご利用されたことによって生じたいかなる損害も弊社は関知致しません。よって、いかなる
苦情や賠償請求にも応じることはできません。ご了承ください。

 本製品は、お客様のお手持ち品をより良いものへと変えます。
 ○使用方法
 一、箱を開けます。
 二、箱の中へお手持ちの品を入れます。
 三、蓋を閉じ、自動施錠の音がしてから一分間待ちます(この間に箱を開けると処理が中断されます)。
 四、出来上がり。中のものを取り出しましょう。


 ○注意点
 ・箱の中に収まるものしか入れることができません。
 ・一度に入れられるのは、種類を問わず一つだけです。
 ・上記二点を無視した場合、処理は開始されません。 敬具』
 現れた文章を読み終わり、吉田は思った。なるほど、事の大小はともかく、確かに持ち主に幸福をもたらし
そうな感じじゃないか。箱の中へ入れたものが刷新されるとは、何とも気の利いた話だ。
 逸る気持ちを抑えながら、実験に移るべく何か手頃なものはないかと考えを巡らせた。簡易なものであれ、
実験という名目上、その結果は明瞭なものでなければならない。傍目にも明らかな差異が見て取れるものでな
ければ、この箱の真贋を確かめた内には入らないだろう。
 その内、丁度良いものがあることに思い当たった。それは五年ほど前に購入したものの、碌に使用しないま
まクローゼットの肥やしになっているノートPCだった。スペックもさることながら、OSも現行機のものと
比較すれば、二世代も前の代物だ。箱の——より正確に記するならば箱に記述された機能の——真贋を検証す
るにはうってつけだと思えた。
 吉田は箱に記された使用方法に従い、クローゼットから取り出したノートPCを直に箱へ収めた。後は所定
の通りに時間が経過するのを待てば良いはずだ。そうして、携帯電話のアラームをセットし、その場に座した。
 少しして、携帯電話から断続的な電子音が発された。設定した時間の一分が経ったのだ。恐る恐ると箱を開
け、中を見た吉田は目を剥いた。あの剥き出しで入れたノートPCは何処かへと消え失せ、箱の中にいかにも
真新しそうな梱包が鎮座していたのだ。持ち上げたパッケージには確かな重量があり、緩衝材で丁寧に包まれ
たその諸々の内容物もまた間違いようのないものだった。本体に記された型番とシリアル番号をデスクトップ
PCで調べて確認したところ、紛れもなく今夏発売されたばかりという最新モデルのものであることが分かっ
た。吉田は急いでノートPCとコンセントを電源ケーブルで繋ぎ、電源を投入した。BIOSの呼び出し画面
を過ぎ、初期設定画面が表示された。その時点ですでに以前のものとは違うOSであることが見て取れた。サ
プライヤーの思惑とは異なり、販売前後で変わらず既存ユーザーの多くから不評を買った最新OSだ。思わず
手が震えた。それは歓喜、あるいは驚愕によるものか、果ては恐怖によるものなのか。己に内在する判然とし
ない感情に決着を付けることは敵わぬまま、吉田は一連の設定を終えた。次いで立ち上げたシステムモニタに
表示されるスペック諸々は、公表されているものと寸分違わないものだった。
 ここにきて、吉田はこの箱の真贋について確信を持つに至った。こいつは間違いなく本物だ、と。もはや僅
かな疑いを抱くことさえ馬鹿らしく思えた。現代科学の粋を集めても、このような事象を引き起こすことはど
うあっても不可能だろう。吉田の口元に笑みが浮かんだ。危険を伴わずして大きな利益を得られる、正にノー

リスクハイリターンといった仕組みに警戒心を抱かないわけではなかったが、今はその考えを頭から閉め出し
た。
 本物だと分かれば、次に入れるものは一つしかない。迷いのない動作で財布から一万円札を抜き取った。ど
ういった結果が待っているのか分からなかったが、少なくとも今より悪くなることは有り得ないはずだった。
ひょっとすると、一攫千金ということも有り得るかも知れない。そう思うと、期待に胸が高鳴った。
 紙幣を箱に入れ、また一分が過ぎるのを待った。前の一分よりも殊更に長く感じられた。通常であれば、一
分という時間は短く、待つ側にとってもそれが苦になることはほぼないだろう。けれど、期待と興奮が心中に
渦巻く現状で、それは無理からぬことだった。
 アラーム音が鳴った。一分。たったそれだけの時間が、かなりのものに感じられた。箱を解錠し、寝かせて
ある箱の上半分、蓋に当たるその縁に手を添え、ゆっくりと開いた。
「は、はは……はははははっ」
 目に映り込んだ光景に、思わず笑い声が漏れた。
 金だ。見ただけでもかなりの額だ。箱満杯とまでは行かなくとも、金額にして優に一億は下らないだろう札
束がそこにあった。一方で、油断するには時期尚早と言えた。万一、これらが偽札であった場合を考えてのこ
とだった。そうであれば、目も当てられない。下手をすれば、通貨偽造の罪に問われることだからだ。だから
といっても、その一枚一枚について、つぶさに真贋を確かめるつもりは毛頭なかった。時間も人手も圧倒的に
足りなさ過ぎるのだ。吉田は、少々雑だが現実的な手法を取ることとした。それは無作為抽出法、またはラン
ダムサンプリングという呼び名で一般に認知されている方法だった。調査対象となっている、ある集団全体か
らそのいくつかを無作為に標本として抽出し、被抽出物全てが同じ結果を返すなら、抽出元の母集団も同様の
性質を持っていることが分かるという統計で用いられる分析法の一つだ。すなわち、この札束の山からでたら
めに選んだ幾枚かがすべて本物であれば、残りの紙幣も同様に本物だと言えるわけだ。今回の場合は人の手で
抽出する以上、正確な無作為性は期待できないが、やらないよりはマシという程度の考えだった。
 吉田は根本的なことを確認するため、箱の中から何束かを手に取り、ぱらぱらと捲った。そのどれもが新聞
紙の切れ端などで水増しされてはいなかった。これについては当然だと言えた。先のノートPCの結果を鑑み
れば、そんな分り易い小細工を弄する代物でないことは納得するに難くない。第一段階はクリアと見做しても
良さそうだ。この作業の要諦である第二段階の手始めとして、吉田は箱から適当に選んだ何枚かを財布の中に
ある実物と比較した。記番号とそのインク色の他には、まるで違いがなかった。続いて念を入れるように、国
立印刷局のホームページにアクセスして記番号等について照合してみたが、いずれの紙幣にも逸脱は見られな
かった。つまり、そういうことだろう。これらは本物なのだ。そうと分かった以上、偽造紙幣作成のカドで罪
に問われる心配もなくなった。大手を振って使えるということだ。

 深更であることも気にせずに叫び出したいくらい、吉田の気持ちは高揚していた。俺は何てツイてるんだ!
吉田は小さく拳を握り締め、歓喜に打ち震えた。

〈三〉
 居酒屋・笑来亭は全国的に店舗を展開しているフランチャイズチェーン店の一つだ。顧客満足度の充実を理
念に掲げたその店は、競争の激しい繁華街にありながら、そこそこの客が入っているようだった。安価で良質
なサービスを提供しているということも手伝っているのだろう、と吉田は推測した。店内には優しいオレンジ
色の照明が広がり、落ち着きのある小綺麗な木造りの内装がくつろぎの空間を演出していた。晩夏にもよらず
未だ色濃く残る熱気を打ち消すように空調の効かされた店内の一角で、吉田は一人虚しくビールを飲んでいた。
座敷の四人用テーブル席に一人寂しく腰を落ち着けた様は、周りから見ればさぞ奇妙に見えることだろう。そ
れも、通路側を除いて設置された間仕切りのおかげで何とか緩和されていた。何も好き好んで一人でいるわけ
ではなかった。待ち人である友人の到着が遅れている、それだけのことだった。
 金はあるのだから、自分が驕るという前提で別の店でも良かったろうか。そういった考えが頭に浮かんだが、
それは何となく友人を馬鹿にしているような気がした。おまけに成金臭い行動原理で、自分自身ですら鼻に付
きそうだった。他方、バーのように洒落た店は何度通っても場違いな感じが否めず、どうにも馴染めなかった。
結局、慣れ親しんだ雰囲気の店が一番ということか。吉田は忍び笑いした。いくら大金が手に入ったとはいえ、
身体に染み付いた趣味嗜好はそう簡単に変わりそうになかった。
 左手首にはめた腕時計に目を落とした。時計の針は九時丁度を示していた。約束の時間からすでに三十分が
経過している。あいつめ、何をやっているんだ。吉田は内心で愚痴を零した。件の友人は時間にルーズという
わけではなく、基本的には定刻運行をモットーとする国鉄電車のように時間は守るタイプだった。何か大事が
あったわけじゃあるまいが、と心配しないでもない。あと十分待っても現れぬようなら一度連絡してみよう。
 吉田はビールと一緒に注文していた串焼きの盛り合わせに手を伸ばした。種々の串焼きが長皿の上に並んで
いる中、最初に目に留まった砂肝を手に取り、口へと突っ込んだ。弾力のあるコリコリとした歯応えがあり、
炭焼きの香ばしさと程良い塩気が口中に広がった。店には他にも色々とメニューはあるが、片手で手軽に食べ
られる串焼きは酒の摘みに最適だと思えた。
 六本あった串焼きが底を突こうとした頃、一人の男が現れた。
「よお、一人で寂しそうじゃないの」
 そう言いながら、三十絡みの小太りの男は吉田の対面へと腰を下ろした。やっと来たのかと嘆息し、吉田は
言った。
「ああ、伊丹、珍しく遅かったな」

「悪い悪い。時間を勘違いしてたみたいでな」
 言いつつ、伊丹は視線を逸らし頬を掻いた。その行動に吉田はぴんときた。伊丹は嘘を吐いているのだ。こ
の上ない分り易さだった。「何か頼もうぜ」と言う伊丹に、尤もだと思った吉田は「そうだな」と返し、テー
ブルの隅に設置された呼び出しボタンを押した。ドリンクも料理も一人分の量しかなかった上、それも今や尽
きる寸前だった。この状況のまま喋り続けるのは、確かに気が進まないことだった。少ししてからやってきた
店員にいくつか注文をし、去っていくその背中を見送りながら吉田は言った。
「……それで、本当は?」
「嫁といちゃついてた」と、きりりとした表情で悪びれもせずに伊丹は答えた。
「そうか、相も変わらず仲睦まじいな。ついでに爆ぜろ」
「ひどいな、おい。まあ、良いさ。これで痛み分けってことでな。……伊丹だけに」
 仕様もないとしか言いようのない駄洒落と「おい、無視すんな」という伊丹の抗議の声を聞き流し、吉田は
三分の一ほどになったビールを煽った。追加で頼んだドリンクが来る前に片付けておきたかった。グラスの中
身は随分と時間が経ってしまっていたせいか生温くなっており、独特の苦味が強調されたそれは美味いとは言
えなかった。
「せっかく和ませてやろうと思ったのによお」
「そういうのは誤魔化そうとしたって言うんだ。それに、駄洒落はないだろう」
「へへへ……そうかあ?」と、伊丹はちょっとした悪戯が露見した少年のような笑みを浮かべた。「まったく
こいつという奴は」と半ば呆れながら、つられるように吉田も破顔した。そこへ、「失礼します」と言って現
れた店員が二人分のビールを置いて行った。居酒屋での乾杯と言えば基本的にビール、というのが仲間内にお
ける決まりだった。吉田と伊丹は互いのグラスとジョッキをそれぞれ掲げ、乾杯した。その中身の半分近くを
一気に飲み干したところで、伊丹は言った。
「で、そっちはどうなんだ。何か変わったことでもあったか」
 吉田は「特にないな」と返答しようとして、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。あの箱のことが思い出
された。直近では最も変わった出来事だった。軽々と他人に話せたことではないが、付き合いの長い伊丹にな
らば話しても良いような気がした。人格者とも言える彼は、義理堅く、口も固い。他人の秘密を勝手に別の誰
かへうっかり暴露するということもないだろう。
「ああ、うん。……なあ、これを見てくれるか」
 携帯電話に保存されたあの黒い箱の画像を伊丹に見せた。誰かへ見せようという特別な意図があったわけで
もなく、記念として撮影して置いたものだった。画像には、白を基調としたベッドの上へ横たわる黒いトラン
クが映っている。

「ん、ベッドか、これ?」
 と言って、伊丹は首を傾げた。その視線は間違いなく携帯電話の画面に向いているように見えた。吉田は疑
問を抱いた。こいつは目が悪かっただろうか。あるいは、特定の色の組み合わせで発症する色覚異常を持って
いただろうか。高校時代からの付き合いながら、そういった話は誰からも、まして本人からも聞いた覚えがな
かった。
「いや、違う、真ん中に写ってる箱だよ」
「何言ってるんだ。ベッドっつーか、布団しか写ってないぞ」
 そんな馬鹿な、と伊丹の顔を見た。こちらをからかっている風はなく、本当にそれしか見えていないようだ
った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……じゃあ、これはどうだ」
 携帯電話を操作して、別の画像を出した。大量の札束で作られた紙幣の山を撮影したものだ。
「うおっ、すげえ。何だこれ、宝くじでも当たったのかよ」
 その画像は問題なく見えたらしかった。箱は見えないが、その成果物は難なく見ることができる。これは一
体何を意味するのか。箱に書かれた注意文だけに留まらない、明示されない規定がその身を潜めているのでは
ないか、と不審を抱いた。気が動転したまま、吉田は答えた。
「あ、ああ。そんなところだな」
「へーえ、じゃあ、お前の夢はこれでひとまず叶えられそうなわけだ。……で、実際はどうなんだ。くじ運の
悪いお前が宝くじみたいなもんをばしっと当てられるとは思えん。まあ、犯罪に手ぇ染めたとも思ってないけ
どさ」
 吉田の嘘はあっさりと見破られた。時間にして一分も持たず、字面通り正しく瞬殺された。元々、吉田は嘘
を吐くという行為自体得意ではなく、看破されて良かったという気持ちすらあった。有らぬ疑いを掛けられる
よりは遥かにマシだ。他方、宝くじの高額当選金は当選者が指定する口座へ直接振り込まれるのだから、それ
をわざわざ引き出して持ち歩く必要もないのだ。そんな大金を引き出して辺りを彷徨くのは『どうぞ狩って頂
戴』と喧伝するような自殺行為にも等しく、同様に一人で持ち運ぶには重量的にも中々難しいことだと考えら
れた。見せびらかすためにそうしたとしても、趣味が悪いとしか言いようのないことで、実際自分がその立場
にあればやることはないだろう。何にしても俺はつくづく嘘が下手だな、と吉田は自身に呆れ盛大な溜息を吐
いた。
「どうして分かった?」
「分かんねえ方がどうかしてるぜ、どんだけ付き合い長いと思ってんだ。あからさまに吃りやがって。大体、
お前も俺も嘘は上手くないだろ。大方、さっき見せようとしてた『箱』って奴に関係してんのか」

「ああ、そうだよ。それで、もう一度聞くけど、本当に見えなかったんだな?」
 念を押して尋ねた。限りなくゼロに近くとも、何かの間違いという可能性がないわけでもない。「もう一回
見せてくれ」と伊丹が言うので、先と同じ画像を表示させた携帯電話を手渡した。
「おかしなこともあるもんだな。俺の目にはベッドしか映ってないように見えるぞ。つーか何だ、その箱はア
レか、宝箱みたいなもんか」
 そう言ってこちらに携帯電話を返す伊丹の意見は、当たらずも遠からずといったところだった。少なくとも、
吉田にとってあの箱は正に宝箱と称するに相応しい。吉田が入手した経緯などを大まかに話すと、伊丹は「ふ
ーん」と呟いた後、こう言った。
「この科学全盛の時代に、ねえ。俺もオカルトに関しちゃあ、まったくの素人同然だけど、どうにも嘘臭え話
だよなあ。おっと、勘違いするなよ。疑ってるわけじゃあないぞ」
「ああ、分かってるよ。それに、嘘臭いのは仕方ないな。俺も初めは半信半疑だったし。けどまあ、結果とし
ては悪いどころかメーター振り切るくらい良い方向に転んだわけだから、俺としては文句はないね」
 実際、箱に関して文句はなかった。『幸福の箱』という名に恥じず、吉田の妄想にも近い夢を叶える一助と
なったのだから、ケチを付けるような道理はない。
「そりゃごもっとも。けどよ、俺あ思うのよ。タダより高いものはなし。無償で得られる幸せなんてないだろ
うってな」
 タダより高いものはない。無料で何かを手に入れたとしても、その見返りとして別の用事を押し付けられた
り、お礼に何か用意しなければならなかったり、といった具合にかえって高く付いてしまうことを意味する。
いずれにしろ、伊丹の発言はどうにも要領を得なかった。
「つまり?」
 何か言い難いことをこれから言うぞ、というようにジョッキの中身を飲み干し、伊丹は言った。
「さっきも言ったように疑うわけじゃないんだが……そいつはもう使わない方が良いんじゃねえかな。何の代
償もなく持ち主に益だけ与えるなんて、話が旨過ぎるだろ。それから、あんまり他の奴に言い触らすような真
似は……ってそれは分かってるか」
 吉田は点頭した。そういうことか。伊丹の先の発言にようやく合点が行った。話が旨過ぎる。それは自身で
も感じていたことだった。今のところ何の弊害も生じていないが、今後もそうだと断言するには早合点が過ぎ
るというものだ。
「まあな。お前だからこそ話したわけだし。それに……そうだな。これ以上は止した方が賢明ってのには同感だ」
 友人がこちらの身を案じてしてくれた忠告だ。聞かないわけにも行くまい。そして、過ぎた欲望は身を滅ぼ
すとも言う。加えて、必要以上の金がすでに手中にあるのも確かだった。調子に乗って増殖を重ねたそれは、

自分一人が生きて行くだけなら最低でも三度は楽に人生を送れるくらいの潤沢さがあった。
「おう。大体、それのせいで身を滅ぼす羽目になりでもしたら、こっちは笑おうにも笑えねえよ」
 「そうだろ?」とでも言うように、伊丹は冗談めかして笑った。

〈四〉
 箱を手に入れてから、一年あまりの時が過ぎた。無尽蔵にも等しい大金を手に入れたにも関わらず、吉田の
生活にはあまり変化がなかった。取り立てて変わったことといえば、辞職したことと、より都心に近い高層マ
ンションへ引っ越したことくらいだった。仕事に対する愛着や使命感は元々薄く、潤沢な財産を得た以上、職
場に留まる理由がなかったのだ。自動車部品製造工場の生産計画管理という仕事は詰まらなくはなかったが、
それは吉田を引き止める材料に成り得なかった。引っ越したのも気紛れに過ぎず、ただ『金があるから』とい
う漠然とした理由からだった。利便性や快適さを求めてのことではない。高級クラブなどで派手に遊んでみた
りもしたが、元来散財を良しとする性分でなかったことも手伝って、飽きが来るのも早かった。気の向くまま、
風の吹かれるままに自由奔放、悠々自適に過ごす毎日だった。それを望んでいたこともあり、吉田にとっては
何ら不満のない充実した日々だった。
 一方、その中にあって、吉田は何か言いようのない不安を感じていた。それが何に起因するものなのかは分
からない。ただ、光すら届かない暗闇の深奥から何かがこちらをじっと見据えているかのような心地の悪さが
胸の内にあった。
 ある日、テーブル上に置かれた携帯電話が何かの着信を訴えるように振動していた。白色の明かりが降り注
ぐ室内で、ソファに腰掛けぼんやりとテレビを見ていた吉田は、小刻みに震える小型の機械へと視線を移した。
小さく唸りを上げながら移動していく携帯電話を眺め、最後に使ったのはいつだったろうか、と考えた。少し
前に使ったような気もするが、定かではない。そも、プライベートで連絡を取り合うような人物がいただろう
か。吉田は思い出せずにいた。
 規則正しい周期で振動を続けている携帯電話を手に取った。電話が掛かってきており、画面に表示された発
信者は『伊丹』とあった。見覚えのない名前だった。誰だろう、と吉田は首を捻った。元職場の人間の顔や名
前はすっかり忘れてしまっていたので、記憶と照合することは不可能だった。登録してあるからには何かしら
縁のある人間であることに相違ないのだろうが、相手の素性が分からない以上、応答するのは何となく躊躇わ
れた。一人問答している間に、振動は止んだ。
 しばらくすると、再び電話があった。発信者は同じだった。相手との関係は判然とせずとも、とりあえず出
るだけ出てみよう。ひょっとしたら何か重要な用事なのかも知れない。そう考えた吉田は、画面の中、応答と
書かれたボタンに指先で触れた。

「もしもし……?」
「やあっと出たか。ところでよ、暇か。いや、暇だろ? 久しぶりに飲みに行こうぜ」
 受話口から聞こえたのは男の声だった。それも随分親しげで気安い話し方だ。何かしら付き合いのあった人
間だろうか。というより、男の口振りからすると、それは単なる知り合い程度ではなく友人と言ったほうが適
切だと思えた。
「ん……あれ? 繋がってるよな。聞こえてるか?」
 吉田が黙っていたためだろう、男は今一度口を利いた。確かに黙ったままでいるのは不自然だった。さりと
て、どんな風に喋れば良いのか。友人のそれらしく振舞おうにも、己の認識との齟齬を埋め合わせるだけの演
技力を吉田は持ち合わせていなかった。加えて、嘘を吐くのは得意ではない。軽い冗談ならともかく、他人を
騙すようなものであれば尚更だ。相手には申し訳ないが、率直な対応をした方が色々と差し障りがないように
思えた。
「え、ええ、聞こえてます。それで、貴方は一体どちら様で……?」
 瞬間、二人の間に沈黙が降り立った。それは不穏さを宿しているようでさえあった。相手の言葉を待ってい
ると、ややあって男が沈黙を破った。
「おいおい、そりゃあ何の冗談だ。いや、冗談にしても笑えんぞ。記憶喪失にでもなったってのか? 半年前
にも会って話したろうが」
 男の声音は若干の怒気を含んでいたが、こちらを心配しているようでもあった。もしかしたら、電話口で話
しているこの男は本当に友人だったのではないか。それも、ちょっとした会話からそういった機微を察するこ
とができるほど仲の良い、親友と呼べるくらいの……。では、どうしてそんな奴のことを俺は忘れてしまって
いるのだろう……。吉田は頭を金槌でがつんと殴られたかのような錯覚に、目眩がするような心地を覚えた。
何か得体の知れない凶事が、この身に降り掛かっているのかも知れない。携帯電話を握る掌にじわりと汗が滲
んだ。
「なあ、吉田。お前、大丈夫か?」
 こちらの身を案じる男の声に、吉田はいよいよ居た堪れなくなり「す、すみません。失礼します」とだけ言
って電話を切った。何が一体どうなっているのか。胸中に混乱が渦巻いていた。その後、何かを察してくれた
かのように『伊丹』から『何かあったら連絡しろ』という短いメールが届いた。
 それから、吉田はすぐに携帯電話へ登録されているアドレスに目を通した。数十件を越えるアドレスはどれ
も見覚えのないものばかりで、どれを見ても当該する者の顔や自分との関係は微塵も思い出せなかった。
 先の電話で『伊丹』が言った言葉が思い出された。朧げながらも、誰かと会ったという記憶はあった。そし
て、その誰かと飲んだこと、特にそこであの箱のことを話したことははっきりと覚えていた。それから、箱に

ついて『もう使わない方が良い』と忠告を受けたことも。しかし、相手が誰だったのかは分からない。思い出
せない。その部分を思い出そうとするほどに、記憶を覆う霧はその正体を隠蔽しようとより一層深くなって行
くのだった。
 『伊丹』が言った台詞の中で、気になることはもう一つあった。記憶喪失。現時点で、おそらく最も注意を
向けるべき事柄だ。最前のことを思い返すだけでも、自分は記憶の一部を失っているのではないかと疑念を抱
くに十分だった。それとは別に、過去において頭に何かしら強い衝撃を受けたという覚えはなかった。仮にそ
うだとしても、そのこと自体を忘れてしまっている可能性もあった。

 翌週、吉田は脳の検査を受けるために予約した病院へと向かった。子細に調べてもらうため二泊三日を掛け
た検査の結果は、まったくの異常なしという淡白なものだった。詰まる話が、正常そのものだった。けれども、
現実として記憶の欠落は継続しているのだ。そのことを伝えようと吉田が必死になればなるほど、医者の顔は
曇り、しまいには気の毒なものを見るような、あるいは虚言癖でもあるのではないかというような困惑した目
付きで見られてしまった。冷静に考えれば、どれだけ検査したところで異常が見受けられないのだから、医者
の反応は理解できないものではない。傍目からしても至極まっとうなことだろうと思えた。
 一部の記憶が頭から抜け落ちているにも関わらず、日常生活に必要な知識や箱に関する情報はしっかりと脳
に刻み込まれているらしかった。今のところ、欠落している疑いがあるのは、人間関係に由来するものだけだ。
日常生活を送るに支障がないことは不幸中の幸いと言えた。それでも、失ったものは大きいと思えた。どれだ
け金があろうとも、かつて築いていたであろう人間関係を買うことはできないのだ。高度に発達した現代の医
療技術ですら、失われた記憶を復元することはできないでいる。取り戻せるのなら取り戻したかった。しかし、
そういった思いとは裏腹に当てはなく、またどうしたら良いのかも見当が付かなかった。
 吉田は薄暗い部屋に明かりを灯すと、脱力するようにリビングソファへ腰を下ろし、考えた。何が原因でこ
うなったのか。薄々と感付いてはいたのだ。その考えが頭をかすめるたび、根拠もなく否定していただけだっ
た。「アハハ……」と吉田は乾いた笑い声を漏らした。こんなわけの分からない記憶喪失の原因が何にあるの
かなんて、笑ってしまうくらいに決まり切っている。あの箱だ。己の周りで超自然的現象を起こすものと言え
ば、それしか思い浮かばなかった。他方、気になることもあった。前に誰かから忠告を受けるよりも先、おお
よその目的を達成したことで吉田はその使用をぱたりと止めていたのだ。今この身に起きていることが用益の
代償だとするなら、何故遅れて発現したのか。それに、代償を要求されるといったことは、箱の注意文には一
切記載されていなかったはずだ。よもや、後出しなどという卑怯な真似はするまい。いや、そう思い込みたい
だけなのか。とまれ、今やるべきことは決まった。
 吉田は収納部屋へ向かい、もう触ることはないだろうと思っていた箱を引っ張り出した。それを開き切るの

とほぼ同時、吉田は眉をひそめた。悪い予感というものは、どうしてこうも綺麗に当たるのか。箱の底に、記
憶にはない注意文が現れていた。
 『以下の注意は、利用者が一定の条件を満足したので解放されました。
 ・本品は利用者以外の人物が認識できるように作られておりません。すなわち、他人がこの箱を見ることは
おろか、触れることもできません。
 ・使用者は本品によって得た利益に対して対価を支払わねばなりません。対価は使用者の記憶の一部とさせ
て頂きます。なお、請求時期は不定とし、箱に関するあらゆる情報は失われないものとします』
 対価を要求するという重要なことを後出ししてくるとは、何と不誠実なのだろうか。文の調子はあくまで丁
寧だが、一方的で、不遜な態度が見え隠れしているように感じられた。箱が提供する機能へ軽々に飛び付いた
のは己に他ならない。しかし、これはいくら何でもあんまりな仕打ちのように思えた。
「くそっ」
 苛立ちをただ一言に詰めて呟き、叩き付けるように箱を閉じた。
 しばらくして、吉田は箱を処分してしまおうと決意した。箱を手放せば、失った元の記憶を取り戻せるので
はないかと考えたのだ。加えて、これを使うつもりはもう二度となく、手元に置いておく意味もない。この魔
法の箱と決別する良い機会だった。ただ、先の注意文にも書いてあった通り、第三者がこの箱を認識すること
はできないのだから、ゴミとして収集場に置いたところで意味はないだろう。それは注意文を読んだという理
由からだけでなく、身をもって経験した覚えがあり、ほぼ確定事項だった。この方法は賢いやり方とは言えま
い。そもそも論として、どうすれば『処分』したことになるのかもはっきりしていないのだ。どうするべきだ
ろうか。考えども埒は明かず、試行錯誤を重ねる以外に道はなさそうだった。不法投棄だろうと何だろうと処
分できるのであれば、この際手段はどうでも良かった。
 吉田は箱の把手に鍵を括り付けると、それを手に家を出て、まっすぐ公園へと向かった。幸いにもその場へ
人はおらず、不審者と見なされることは避けられそうだった。池の中心部にほど近い場所へ到着するや、吉田
はその真ん中目掛けてハンマー投げよろしく遠心力を利用して箱を放り投げた。重量のない箱はくるくると横
方向に回転しながら、水飛沫を上げることもなく着水し、吸い込まれるように濁った水底へと姿を消した。こ
れで処分したことになれば良いのだが、と願いを胸に吉田は公園を後にした。
 自宅マンションのリビングへ足を踏み入れた吉田は、そこで有り得ないものを目にした。捨てたはずの箱だ。
それはリビングの真ん中で主人の帰宅を待っていたかのように、投げ捨てる直前の姿のままで、床へちょこん
と行儀良く座していた。
 吉田は急ぎ足で箱に近付き、乱暴な手付きでそれを開いた。果たして新たな注意文が出現していた。
 『以下の注意は、利用者が一定の条件を満足したので解放されました。

 ・本品は遺棄できません。また同様に、返品も受け付けておりません』
 またお得意の後出しか。吉田はすっくと立ち上がると、近くにあった椅子を持ち上げ、手にした椅子を箱に
叩き付けた。木板が砕けるようなばきりという音と共に、箱の一部がひしゃげた。こうなりゃ徹底抗戦だ。吉
田は箱が原型を留めなくなるまで同じことを何度も繰り返した。
 大小様々な破片が散らばり、元が何だったのか分からないくらいに箱はぼろぼろになった。吉田が肩で息を
しながらその光景を眺めていると、その眼前で、時間が逆行するように箱が元通りの姿へと修復されて行った。
「はっ、もう何でも有りだな」
 吉田は鼻で笑った。もはや何が起きてもおかしなことはないということか。
 それにしても、一体どうやって処分すれば良いのだろうか。たかが箱一つ処分するのに、随分と苦労させら
れている。それも八方塞がりのような事態に陥っているように感じられ、吉田は困窮した。捨てても駄目。破
壊しても駄目。誰か別の人間に渡そうにも、その相手が認識できないのだから、この案は当然使えそうにない。
そこで、ある疑問が浮かんだ。いや、待てよ。他人に渡す……。自分がこの箱を手に入れた時はどうしただろ
うか。そうだ、露天商から譲り受ける形で入手したのだ。では、その時と同じようにすれば解放されるのでは
ないか。
 今しがた立てた推論を立証するため、すぐさま箱を開けた。箱の言う『一定の条件』を満たしたと見なされ
たのなら、予想に違わぬ注意文が追加されているはずだった。中には、在りし日に見た幟一式が折り畳まれた
状態で置かれていた。それを取り出し、箱の底を見遣った。そうして、吉田の予想は現実のものとなった。
 『以下の注意は、利用者が一定の条件を満足したので解放されました。
 ・本品は故意、過失を問わず、粉砕や分解を初めとする一切の破壊行為に対する修復機能を有します。
 ・箱を手放したければ、他人に譲渡しましょう』
 幟に関することは何も書かれていなかったが、譲渡の際にはこれを使えということだろう。今更、疑問を挟
む余地はなかった。
 視線を窓の外へ向けた。空はオレンジ色と藍色が入り交じった色彩で、今時分が黄昏時であることを示して
いた。当時の出来事に倣うのならば、時間帯も合わせるべきだ。その時が訪れるまで、今しばらくの時間があ
った。腹拵えを終えたら、行こう。明確な行動方針ができたことによって精神的な余裕が生じ、俄然として生
気が蘇ったような気がした。

〈五〉
 それから、およそ五十年余りの時間が流れた。公園を除き、街の景観は大きく様変わりしていた。老朽化の
進んだ建物はことごとく改築され、以前に居を構えていたマンションの周辺もまた例外ではなかった。林立す

る高層ビル群は、狭い土地を効率良く最大限に利用しようとした結果と言えた。
 五十年。歴史という大きな流れから見れば、数瞬とも言えるわずかな時間。されど、人の生においては十分
過ぎるほどに長い年月だった。伊丹を初めとする旧友たちも、ここ十数年内に皆この世を去っていた。彼らの
多くはおおよその事情を知っても疎遠にならず、自分を快く受け入れてくれた。今現在に至るまで、腐ること
も孤独に苛まれることもなかったのは、偏に彼らのおかげと言えよう。
 また、吉田の肉体は四十前後のまま老化が止まっていた。それが意味するのは、細胞の劣化による老衰死か
らの解放だ。加えて、この身体には、あらゆる傷や病に対して驚異的な抵抗、回復力が付与されているらしか
った。事故に遭遇しても傷一つ負わず、病も半日と経たず快復してしまう。古の覇者たちが夢にまで見た不老
不死。そういった恩恵も箱の魔力が為せる業の一つなのだろうが、自身にとってはありがた迷惑だった。ファ
ンタジーにありがちなそういう設定をありがたがる年ではなかったし、生物なら正しく死を迎えるべきだとい
う考えを持っていたことが要因だった。
 箱を誰かに譲渡すると決意してから、吉田は毎日のように公園の噴水広場へと向かった。見当を付けた時間
帯に誤りはなく、それは『譲渡の時間は深更から払暁を除く夜間に限定される』という箱の中に書かれた文で
保証されていた。つまり、夜になってから深夜に至るまでの数時間が勝負だった。平生、広場を横切る人間の
数は良くも悪くも安定していた。それは、けして多くはなかったが、かと言って絶望的に少ないわけでもない。
ゆえに、当初は楽に目的を達成できると踏んで小躍りしそうなくらい喜んだものだった。けれど、時間が経つ
につれ、それが実に甘い考えだったことを思い知ることとなった。
 ある時、通りがかった人に声を掛けてみたことがあった。しかし、こちらの声も姿も認識できていないかの
ようにその人は過ぎ去って行った。無視されているのであれば、掛けられた声に反応して、こちらを一瞥くら
いはしそうなものだ。けれど、そういうこともなく、またこちらから触れようにも触れることができなかった
。それらは注意文にも現れず確認は取れなかったが、どうもこちらから声を掛けてはいけないという偏屈なル
ールまで用意されているらしかった。吉田に残された手は、幟を立て、石像よろしくベンチに腰掛けて待つこ
とのみだった。
 そうした中、稀に興味がありそうな人間も訪れてはいたが、その誰もが結果として冷かしで終わっていた。
この箱がどういったものなのか、いざ直接的に説明しようにも口が利けなくなるという碌でもない非明示的ル
ールが制定されているせいだと吉田は思っていた。そうでなければ、とっくの昔に譲渡を完了していても別段
おかしくはなかったのだ。また鑑みれば、前の持ち主だったろう彼の街商もわざわざ婉曲的な表現をしていた。
別な理由として、そんな怪しげなかさばるものはタダでも要らん、というのが訪れた多くの客の言い分だった。
結果として、吉田は遠回しな説明で納得し購入に踏み切るような奇特な人物の登場を忍耐強く待たねばならな
かった。


 さらに半世紀の時が流れたある日、吉田はいつものように広場のベンチに腰を下ろして客を待っていた。か
つてここにあった噴水は、外観から循環する水の一滴に至るまで、ホログラフィーを利用した立体投影像へと
成り代わっていた。低コストで風情ある風景を提供できると謳われている、そのような立体投影像は街の至る
ところに溢れており、今や都市の景観を織り成す一要素として当たり前のように世間では受け入れられていた。
時代の流れによるものとはいっても、情緒や風情もない。単に定点投射されただけの立体像には、匂いは疎か、
そこから感じ取れる独特の雰囲気といったものがなかった。要するに面白みがないのだ。とはいえ、単純に己
が時代の流れについて行けていないだけなのだろう。「俺も年を食ったな」と吉田は独りごち、自嘲気味に笑
った。
 そこへ一人の女が現れた。明かりの下で見るその女は、特段派手さのない大学生くらいの年格好だった。こ
いつも例の如く冷かしだろうと思いつつ、毎度の遠回しな商品説明をした。女は興味深そうに、手に取った箱
をしげしげと観察していた。しばらくして、女は言った。
「ねえ、おじさん。値段書いてないけど、これ、いくらなの?」
 予想だにしない言葉だった。それを尋ねてきたということは、彼女には購入する意向が少しだろうとあると
いうことだ。事実はともかく、期待していなかっただけに吉田は動揺し、返答に窮した。
「聞いてる?」
 首を傾げる女に、吉田は平静を装いつつ、
「あ、ああ。金は……そう、貰わないことにしてるんだ」と答えた。
「え、そうなの?」
 そう聞き返してくる彼女に頷き、確認の意図を込めて尋ねた。
「それが欲しいのか?」
 女は「うん、面白そうじゃん」と肯定し、さばさばとした口調で言った。
「あ、でも鍵ないね。おじさんに言ったらくれるの?」
 言われて、吉田はスーツの胸ポケットから鍵を取り出した。意識していたわけではなかったが、それは奇し
くも一世紀前に出会ったあの店主と同じ行動だった。
「うん。客が要ると言ってるのに、やらないわけにも行かないだろう。そら、これが鍵だ。持って行け」
 吉田はぞんざいに鍵を投げ渡した。女は「わっ」と言い、箱を片手に危うそうな手付きでそれを受け取った。
「もー、仮にも商品でしょー、投げないでよね」
 頬を膨らませるようにして抗議する女に、吉田は上の空で謝罪の言葉を口にした。
「ん、ああ、すまんな」

 これで、譲渡の手続きは完了したはずだ。吉田の年齢は書類上では百三十を越えていた。常人であれば、す
でに死亡しているのが妥当な年齢だった。そう考えればこそ、きっと自分の身体も塵と消えるのだろうという
確信めいた予感があった。
 ここまで、本当に永い道程だった。にも関わらず、感慨は想像していたよりも小さかった。それは言ってみ
れば、どこかにしまい込んで忘れてしまっていたものを、ある日ふとした拍子に見付けた時のような心持ちに
近かった。
 吉田はベンチから腰を上げ、夜陰に紛れるため歩き出そうとした。箱を引き取ってくれた女に対するささや
かな気遣いだった。百年前とは違い、真昼ほどではないにしろ、ベンチの周りにもしっかりと光が届いている。
その中で、目の前の人間が塵となって消えたらさぞかし心臓に悪かろう。
「どこ行くの?」と、女が呼び掛けてきた。
「帰るんだよ。モノがなくなったからな。アレだ、店じまいって奴だ」
「ふーん? じゃあ、私も帰ろっと。おじさん、ありがとね」
 女は「バイバイ」と言って小さく手を振り、去って行った。女の姿が完全に視界から消えた後、吉田は「ふ
ぅー」と一息吐き、どかりとその場に座り込んだ。
「終わりか……」
 あの娘には気の毒なことをしたような気がしないでもない。吉田がやったことは結局のところ、厄介事を他
人に押し付けただけ。他に方法はなかったのだろうか。吉田はかぶりを振った。いや、止そう。今更正義面し
ようとも、永劫に続くと思われた苦しみから解放されたいがために、他人を生贄に捧げたことに変わりはない
のだ。
 天を仰ぐと、雲一つない満天の星空が広がっていた。夜空を見上げるのは相当に久しいことだった。都市を
彩る人工的な光に負けじと、天上では青白い光を放つ満月を取り囲み、称えるかのように無数の小さな絢爛が
踊っていた。濃い紺色のカーテンに映える月と様々な等級の星々はそれだけで美しく、吉田は目を奪われた。
「綺麗だな……」
 そのままの体勢でぼんやりしていると、程なく内側から全身が崩れて行くような感覚があった。痛みはなく、
春の陽気に包まれたかのようなその温かさに安らぎさえ覚えるようだった。

以上です

あと、お題ください

>>716
触れない

>>717
了解。ありがとう

以上です。読んでくださった方、お題をくれた方ありがとうございました。
ところでお題をくれた方には本当に申し訳ないのだが、この話を書き終わったときはそれなりに満足してたんだけど1日経って読み返すとなんだこのクソみたいな話は……ってなったのね。
これって本当にこの話がクソみたいだからなったのか。それとも素人だからめちゃくちゃおもしろいまでいかなくとも、まあそんなひどいわけじゃない話、だけど自分はあらすじからなにから知ってて何度も読み返してたからそうなったのかを知りたいです。
この実験に参加してくれる人は是非辛口の感想をください。

>>740
多分作者の中では行間行間がきっちり補完されているから
話の流れが完璧にわかって最後も綺麗に終わってるんだろうけど

読む方としては「そうですか。おめでとう」としか言いようが無い
いわゆるヤオイ作品

お父さんも突然認めてるしお母さんは意味不明だし

今回の作品は一本の話の「結」という風に感じられる

品評会作品投下します。

「馬鹿って、馬を鹿というから馬鹿なんだよね」
 ミチルがそんなことを言ったので「違うよ、それはデヴィ夫人だよ」と指摘する。
「デヴィ夫人?」とミチルがきょとんとする。
「デヴィ夫人が昔、同じ間違いをしていたんだよ。何かのバラエティ番組で公開討論したときに、相手に向かってさ。『馬鹿っていう
のは馬をみて鹿といった人のことなのよ!』」
 私はデヴィ夫人の声真似をした。初めての体験だった。ミチルが変わらずきょとんとした表情で、私の顔を見つめながら歩いている。
見上げると、筋肉を見せつけるポーズをするボディビルダーのような雲が浮かんでいて、何も浮かんでいない真っ青な空よりも、今日
は平和だなあと思わせる。
「逆なんだよ。馬を鹿じゃなくて、鹿を馬。たしか中国のえらい人が自分の権力を示すためにわざとそう言ったの。鹿だって言っちゃ
った家来の人は、後で首を切られたらしいよ」
 ふーん、とミチルは小さく呟いた。本当に納得したのかしてないのか、相変わらずきょとんとしている。いつものことだ。
 会話が止まる。ミチルは指先を口にあて、上目遣いで考え事をしているようだった。前を見ていないから危ないと思うのだけど、何
故かミチルは障害物があるとさっと避ける。昼の某長寿番組の特技自慢コーナーに出られそうなくらいの、ちょっとした芸だった。私
のほうがそれに気を取られて、モノに引っかかって転びそうになるくらいに。
「ねえ、どうして鹿を馬とみてなのに、馬鹿(うましか)と書くんだろう」
「漢語だからじゃないの」
「漢語?」
「漢語って下から上に読むじゃない」
 テキトウだった。
 しかしあながち良い線をついているのではないだろうか。
 ミチルがまた、ふーん、と言って空を見上げる。
 ミチルが考えている間は暇なので、石ころ蹴りでもやろうと思った。石ころ蹴りは誰もが一度はプレイしたことがある世界的な競技
である。大抵の場所でやれるし、大抵のひとは暇を潰せる。そんな競技であるにもかかわらず、ゴール(=家)にまで辿り着けるもの
は意外と少ない。
 私が五蹴り目で石を排水溝に蹴り込んでしまったときだった。
「ねえ、どうして馬を鹿じゃなく、鹿を馬と言ったんだろう」
「それは、」議題をひっくり返す問いだよ、と私は言った。中国のえらい人が気まぐれを起こしたときに目の前にいたのがたまたま鹿
だったのか、それとも馬と鹿が並んでいるうちのわざわざ鹿を選んでそう言ったのか、私にはわからない。しかし鹿を馬と呼んだとい
うその前提を覆せば、それまでの話がなんだかどうでもいいことのように思えてしまうではないか。だいたい、なぜ馬と鹿の比較にな
っているんだという疑問さえ出てくる。

「もし馬を鹿と言ったんだったら、鹿馬だね」
 それがどうした、と返そうとしたが、ふとそれは結構大きな事なんじゃないかという思いが頭をよぎる。
 例えば「馬鹿!」の代わりに「鹿馬!」と叫ぶと、そのひとはとても間抜けなような気がする。常識が変われば考えも変わるかもし
れないけど、「おまえ動物の名前を叫ぶなんて鹿馬じゃないのか」という反撃の余地を残してしまうから、鹿馬は罵りの言葉として確
固たる地位を確立できないだろう。それに小学校のとき木場佳代子ちゃんという同級生がいたけど、鹿馬だったら彼女も「小馬鹿よ」
と虐められずにすんだに違いない。
「鹿馬って動物のカバみたい。カバカバカバカバ〜」
 それは先に思いついていたよ、と私は言った。

 なぜ馬と鹿の比較になっているんだろう。お風呂に浸かっているときに気になった私は、お風呂から上がると自室でパソコンをつけ
てみた。ミチルはいつも変なことを言い出す。私はそれを聞いて、いつも変なことを気にする。
 馬と鹿に何か共通点があるのだろうか。
 もちろんどちらも四足動物だというのは分かる。首が長い。足も長い。全身を毛で覆われている。蹄がある。どちらも宇宙人みたい
な目をしている。共通点はたくさんあった。馬と鹿を比較すること自体はそれほど不自然ではない。では、相違点は何だろう。鹿には
角がある。馬には角がない。ただし角がない鹿もいる。馬は大きい。鹿は小さい。しかし小さい馬もいれば大きい鹿もいる。乗馬はあ
る。乗鹿は聞いたことがない。しかし乗れない馬は馬ではない、とは言えない。
 なかなか難しい問題であるように思えた。
 論点が変わってきている気がするが、今更元に戻す気はないので先に進めてみる。
 馬と鹿に関する興味深い情報を発見した。
 海外では馬肉はあまり食べない。しかし鹿肉はよく食べる。鹿肉は世界一美味いらしかった。豚肉や牛肉よりヘルシーで高タンパク
かつミネラル満点、生で食べると柔らかく生肉の王様的な味らしいが、焼いても美味しいらしい。ノーベル賞授賞式の晩餐会でもメイ
ンディッシュとして出てくるとか。いっぽう馬肉は、犬肉と同じく友達を食す野蛮な行為だと見なされており、日本人は馬を食べる文
化があることを海外で大っぴらに言わないほうが良いとか。ただネットで調べてみるかぎりでは、馬肉もやっぱり美味いとか。
 私は次の日、そのことをミチルに話してみた。ミチルは目をキラキラさせていた。
「ええー、私も鹿肉食べたい食べたい!」
「食べたいって言っても食べられないでしょ……スーパーで売ってるところ見たことないし」
「馬肉でもいいよ。とにかく美味しいお肉が食べたい」
「馬肉だってスーパーに……あるのかなあ」
 言い切ろうとして、私は少し考え込んでしまった。私は高校生の女だが、料理というものにあまり興味がない。たまにはしたほうが
良いかなあと思うが、面倒臭さが先に勝ってしまう性格だ。だから、スーパーのお肉の販売コーナーをハイエナが餌を探すように見つ

めた経験はなく、そこに馬肉がある可能性を完全には否定できないのだ。まあ鹿肉はないだろうが。
「ねえねえアサキ、今日の放課後に見に行こうよ」
「えー……まあ、いいけど」
 そう言いつつ私も乗り気だった。馬肉、そんなにウマい肉なら食ってみたい。

「うーん、ないねえ……馬肉」
 予想していたことだが、やはり無かった。
 そりゃそうだろう。もしスーパーに馬肉が並んでいるなら、これまで一度くらいは我が家の食卓に出てきてもおかしくないはず。い
や、出てこないかもしれないけど。
 とにかく残念だった。販売コーナーに並んでいるのは牛肉、豚肉、そして鳥肉だけ。私たちに馬を(もちろん鹿も)食べる手段は提
供されていない。もちろん一食ウン千円もする高級料理店にいけばあるだろうけど、バイトもしていない高校生ふたりがそんな金を出
せるわけがない。結局、特別な食材であるということだ。
 昨日までは牛肉をあれだけ有難く食べていたのに、今では庶民向けの食べ物であるとしか思えなくなってきた。昨日調べたネットの
情報によると、牛肉は世界的にはB級レベルのお肉らしい。
「じゃあ牛にしよう」
「えっ」
「牛、ギュウ、ぎゅう」
「……」
 ま、いいかと思った。
 私たちは所詮平凡な高校生なのだし、B級レベルで手を打っても。
「じゃあ玉ねぎとー……」
「玉ねぎ?」と私は言った。
「ふつう牛肉炒め作るときは玉ねぎ入れるでしょ? もしかして何も入れない派? 次の日のお通じ悪くならない?」
「ううん……入れる、けど」
 私はこれまで食べたことのある牛肉炒めのイメージを一所懸命頭に思い浮かべながら、そう返事した。
「あとは青ネギにー……焼き肉のタレはまだお家にあったでしょ? それから……」
 買い物カゴを持ちブツブツ呟きながら、ミチルは人差し指を口にあてて歩き出した。天井のほうを眺めながら。それなのに必要なも
のを一つ一つ手に入れてカゴに入れていくさまは異様だ。ちゃんと選別もしているらしい。私には食材のどこが良くてどこが悪いのか
よく分からないが。
「もしかしてミチル、料理できるの?」

 私は恐る恐る聞いた。
 あったりまえじゃん、と元気の良い答えが返ってきた。

 初めて行ったミチルの家は、五階建てのアパートだった。新しくも古くもない。廊下の向こう側に、四角柱の中を折れ曲がって登っ
ていく形式の階段があるが、私たちは文明の利器であるエスカレーターを使う。
 グゥゥーンと音をたてて登りピンポンと辿り着いた場所は、五階建ての五階。手すり越しに下を覗くと、自転車を漕いで出掛けるひ
とが見える。
「ここだよー」
 角の一つ前の部屋だった。ミチルがカバンから鍵を取り出し、ドアを開ける。中の光景は、私にとって新鮮だった。
「はい、いらっしゃい」
 ミチルが先に中に入り、明かりをつけて、スリッパを入り口に置く。
「……お邪魔します」と、靴を脱ぎながらありきたりの馬鹿みたいなセリフを吐いてしまったのだけど、まあ吐きたくなる心境だった。
 まだ入り口からしか見てないけど、テレビの一般家庭訪問でよく出てきそうな家だと思った。つまり普通なのだが、私のなかで知ら
なかったミチルの一面が塗り潰された気がした。まったく想像していなかったから想像を裏切られたということではないのだが、それ
に近いショックがある。ミチルがとつぜん弟がいることを告白してきたときの心境に似ていた。
「アサキー、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいよ……」
「あ、ごめん」
 ミチルがうぶな反応をしてきたので、普通に謝ってしまう。しかし、壁紙に汚れが見当たらず、綺麗に使われているなと思う。
 廊下を突っ切ると食卓兼リビングだ。じゃあ早速作るね、と言われたので、私は大人しくソファに座って待つことにした。手伝うこ
とも考えたのだけど、ミチルがやる気満々なので邪魔しないことにする。
「テレビ見ててもいいよー」と、言われたのでテレビを見ることにした。テレビを付けると、二時間サスペンスドラマの再放送がやっ
ている。二時間サスペンスドラマというのは、一場面見るだけでそうだと分かってしまうのだから不思議である。
 お約束の、波が打ち寄せる海辺の崖のシーンがやってきた。ザパンと水飛沫が舞い上がり、それをバックに犯人が追い詰められてい
く。もうこれ以上下がれない、というところで犯人が人質を盾にした。こんな馬鹿な真似はやめろ、とベテラン刑事が叫んでいる。う
るせえ、と犯人が長い講釈を始めた。話を最初から見ていなくても、身内の不幸が犯人の動機に繋がったことが分かる。元々は善人な
のかもしれない。母が出てきて、息子を説得しようとする。
 何故だろう。いつも通りの展開なのに、どこか違和感を感じた。
 犯人が人質に刃物を突きつけながら身震いするシーンで、その正体に気づく。
 夕陽なのだ。
 ドラマの話ではない。ドラマの中の空や海岸は青い。

 液晶テレビの裏側からだった。夕陽が部屋に射し込んでいる。その景色はキャンパスに描いたようだった。茜色の空が立ち並ぶビル
の遠く、遠くまで映えて。私が夕焼けの空を見たのは随分久しぶりかもしれなかった。
 お皿持ってきて、という声が聞こえたので棚から大きめの皿を取り出す。持っていくときに、「この部屋すごく夕陽が射し込むんだ」
と言ったら、「だよねー、夏は暑くて嫌なんだ」と言った。私の言いたいことが全然わかっていない。
 かくして、テーブルの真ん中にどんとミチルスペシャルが置かれた。ラップに包んでいたものを温めた白ご飯もある。
 出来がいいのか、それとも私のお腹が空いていたのか、恐ろしく食欲をそそられる。匂いだけでご飯が食べられそうだった。もちろ
ん今日は目の前にあるので、実際に口にする。
 凝縮された旨味が口の中に広がった。たまらずご飯を掻き込む。美味い。
「天才だ」と私は言った。
「美味すぎる。ミチルは料理の天才だよ」
「どんなもんだい!」と胸を張ったミチルからは知性の欠片も感じられなかったが。この料理が美味いことは間違いない。美味いだけ
でなく、玉ねぎと青ネギが混ぜ合わさった食感もグッドだ。そしてご飯がものすごく進む。
「おかわり、ある?」
「あるよー。レンジで温めてくるね」
 私は結局、ご飯を二杯おかわりした。

「ふう、食べた食べた……ちょっとここで横になっていい?」
「いいよー」
 返事を聞く間もなく、私はソファでごろんとした。一分もなくお腹いっぱいだ。ゲップを堪える。母にきょうは晩御飯いらないとメ
ールする。まあ私一人分なんて、食いしん坊の兄がペロリと平らげてしまうだろうが。
「ふふ」
 ミチルが意味ありげに笑ったので、私は顔を起こしてそちらを見た。
「お腹さすっているの、まるで弟みたい」
 私は恥ずかしくなったので、慌てて体を起こした。そのとき目を細めたミチルは、本当にお姉さんみたいだった。今まで私には見せ
たことがなかった顔——
「私、ミチルのことイチから考え直さないといけないかも」
「え、どうして?」
 ミチルがびっくりした表情でテーブルに身を乗り出してくる。
「だって私、ミチルって弟にダメな姉と思われていると思っていたもん」
「えー、私ちゃんとお姉ちゃんやってるよ」とミチルが明らかに不満そうな声を出す。

 私は跳ね起きるような感じで畳み掛けた。
「だってミチルっていつも物忘れ激しいし、馬鹿だし、運動神経無しのおっちょこちょいなんだもん。家でも弄られキャラだって当然
思うでしょ。だけど、今も馬鹿だとは思っているんだけどさ、こうやって料理できたりするじゃない。前も家庭科の裁縫すっごく上手
だったしさ。ちゃんとしているところもあるんだよ。馬鹿だけどさ」
 言い終わって、すごく失礼なことを言っている気がした。ミチルが私のことをジト目でじっと見つめている。睨んでいるようにも見
えた。もしかして怒らせたかも、と思わず体を引いてしまう。
 少しだけ間が空いた。
 ミチルが口を開く。
「アサキって頭良いよね」
「え」
 思ってもいない言葉だった。しかも全然目が笑ってない。
「この前のテスト全部百点か九十点台だったでしょ。成績表はオール五で、私あれ見たとき本当にびっくりしたもん。何故このひとは
私と同じ学校に通っているんだろうって。学年代表のスピーチもやっちゃうしさー」
「ちょっ、ちょっと」
 まさかの褒め殺しなので私は戸惑った。褒められることには慣れていない。だいたい私は本当に頭が良いわけではない。皆よりテス
ト勉強の方法を知っているだけだ。みんな同じことをやったら多分——
「だけど変わっているよね」
「え」
 私は絶句した。
「古代から現代までのトイレ事情を自由研究でやったりとかー」
「あっ、あれは黒歴史だ!」
 古代や中世の人々がどのように用を足しているのかが気になり、ネットや図書館で調べたことがある。するととんでもない事実が次
々と判明し、これは調査結果をまとめなければならないという使命に駆られたのだ。それでも大々的に公表する気はなかったのだが、
自由研究を提出すると世界史専門だった私の担任がえらく感動し、皆の前でそれを発表してしまった。「知っていたか。戦国時代とい
えば土に穴を掘るか川にひねり出すぐらいしかないと思ってたんだがな、この研究によると武田信玄は水洗便所を使っていたそうだ。
見ろ、手書きの図まで付いているぞ。俺はここまで真剣に自由研究してきたやつを初めて見たよ。みんな、便所の歴史について知りた
いことがあればアイツに聞けよ」と言われたときは流石に死にたいと思った。
「話しかけても考え事に夢中で全然返事くれなかったりとかー」
「ううっ」
「試験中にペンの新しい回し方を練習して怒られたりとかさー。あ、あと思い出し笑いをよくするよね。授業中にふと見たら笑いを堪

えているの。ほかに……」
「ちょ、ちょっと、一体いくつ出てくるの」
「いくつもだよ。ほとんど毎日アサキのこと変だと思ってるし」
 衝撃的な告白だった。
「ちょっと待って。私ってそんなに変?」
「変だよ。嘘、自覚なかったの?」
 ドカンと雷を打たれたみたいに、私の心が真っ二つに引き裂かれた。
 まさかミチルに変だと思われているとは。変人に変と思われているって相当変なのでは。
 学年変人選挙をやったら、もしかして私がトップだったりする?
「だけどそれが良いんだよ」
「え?」
 私は顔をあげる。
「私は馬鹿で、アサキは変。だから良いんだよ」
 言っている意味が分からなかった。
 だから変なのはやっぱりミチルだと思ったのだけど、ミチルがすごくあっけらかんな表情をしていたから、疲れたし、それでいいや
と話を終わらせることにした。

 次の日、ミチルは宿題を忘れてきた。お願い写させてー、と私に頼み込むミチルはやっぱり馬鹿だと思う。ただ馬鹿だけど、できる
ことはできる馬鹿だ。
 逆に私はできない馬鹿かもしれない。むかし「あなたは頭良いけれど、勉強できるという意味での頭の良さだよね」と面と向かって
言われたことがある。それは年を経るごとに私を苦しめるようになってきているのだけど、まあそういうことだ。私は学校の成績はい
いけど、それを何かに活かせたことがない。美味しい牛肉炒めを作れるミチルのほうが、世間的に見れば上のような気がする。
 ようは勉強できるタイプの馬鹿と、できないタイプの馬鹿だ。互いの弱点を補えればいいのだけど、そう上手くはいかない。馬鹿さ
加減だけがプラスされて、いつも馬鹿なことを言い合っている。
 だけど一日経って、たしかにそれが良いんじゃないかと思えるようになった。
 きのう馬肉にはありつけなかったけど、美味しい牛肉を食べられたからそれで良いんじゃないか。だいたい、馬肉が本当に美味しい
とは限らない。昨日の肉を「おい、これが馬肉だ」と言われて、「そうか、これが馬肉か。美味い美味い」と騙されて食べているほう
がずっと幸せなのかもしれない。
 牛を馬と言うのか。
「バギュウ」

 はっとしてミチルの顔を見る。宿題を写す手を止め、きょとんとした表情をしていた。
「やっぱりアサキって変だねえ」
「宿題取り上げようか」
「ごめんなさ〜い!」と、ミチルの間抜けな声が教室に響いた。

(終わり)

終わりです。
途中で総レス数が増えているように見えますが、気のせいなのです。

>>754 感想
面白かったです。不快にさせるワードから和むような雰囲気を作れたことに敬意を表します。
文体も読みやすくあっさり世界に引き込まれました
こういう凸凹コンビ、書いてみたいんだけど中々難しいんですよね
足りないものを補い合うだけじゃない、お互いのいい部分を引き出す存在というか

良い意味で普遍的な物語、楽しめました。肉食べたい

規制者救済スレに投稿されていた品評会作品を転載します。

カメ自宅
 御年126歳になるカメは、朝目が覚めると同時にため息をついた。
 ゆっくりとベッドから降り、新聞を取りにいく。新聞受けに行く途中、リビングのトースターにパンをセッ
ト。新聞を取り、同時に毎朝配達される牛乳瓶も持って再びリビングにつくと、丁度トースターもご機嫌な音を
鳴らす。
 100年以上もカメは毎朝このルーチンワークを欠かしていない。そう、約100年前、彼が今の仕事に就い
てからというもの、休みはろくに取れず、しかもたとえ休日だって仕事にいつ呼び出されるかわかったものでは
ないから、年中起きる時間は変えずに過ごして来た。
 カメは新聞に目を通す。一面には大きな白抜きの文字で『ペリカン氏、ネコ補食未遂再び』とある。このペリ
カン(12歳)は世間のお騒がせものとして有名で、たびたびドラマにも出演する芸能動物なのだ。その人気は
絶大なもので、こうして歴とした犯罪を犯しても、ファンレターが刑務所に送られてくるというのだ。この記事
もペリカンを非難する記事ではなく、「さすがエンターテイナー!」とでも言わんばかりのペリカン擁護の記事
であった。きっと裁判にも記者が訪れて、あれこれ関係者に聞いて回るのだろう・・・。
 こうした有名動物の事件に関する裁判はとかく面倒で、ファンは押し寄せるわ裁判官に手紙を送るわで、多く
の裁判官をノイローゼにしてしまう。カメは記事を斜め読みし、飽きれたと言わんばかりの大きなため息をつい
た。早くも今日二度目である。
「裁判官の苦労も知らずに・・・」
 カメは朝食を終え、身だしなみを整えると、書類のつまった大きな革の鞄を持って自宅を後にした。

動物総合裁判所
 車で30分としないうちに、『動物総合裁判所』につく。外見は、ガラス張りの高層ビルである。カメは車を
降りて裏口から建物に入る。正門はペリカン関係の記者やカメラがわんさか集まっていたのだ。お話を伺われで
もしたら困る。厄介ごとは、自分の仕事だけで十分だとカメは思った。
 『動物総合裁判所』は世界中の様々な事件の裁判を行う場所である。といっても従来の裁判所と異なり、いわ
ゆる『法廷』では裁判は行われなくなった。代わりに、普通のビジネスオフィスで裁判を行うようになったの
だ。長机とパイプ椅子が並べられているだけの会議室が今では法廷なのである。
 おかげで法廷の空きを待つようなことはなくなり、ビル内の無数の部屋で、いつでも裁判を行えるようになっ
た。非常に効率的で合理的だとカメは考えていたが、当初は様式の変更に異を唱えるものも多かった。歴史的に
受け継がれて来た裁判の形式を変えるべきではない、と。しかし、ゾウが裁判所に入れない事案や、ネズミが法
廷を抜け出す事案が相次いだおかげで、様式変更もやむなしという世間からの同意を得た。
 ビルの1階の天井は、普通のビルの3階分ほどの高さがあり、入り口はキリンでも難なく入れる高さを有して
いる。二階から十階までは中型、小型の動物用の法廷。さらにそれ以上の階は、裁判官や弁護士の事務所になっ
ている。ここも、裁判所がビルになった際の大きな変更点だ。裁判関係者はなるだけ、同じビルで働くように
なった。おかげさまで、個人事務所と裁判所を行ったり来たりしないで済むようになり、カメはこれに大いに喜
んだ。

カメ事務室
 チン、と音が鳴り、エレベーターのドアが開く。カメは15階で降り、自分の事務室へ入った。他のスタッフ
はまだいないようだ。カメは自分でコーヒーメーカーをセットしてから、デスクに着く。そして、今日の裁判の
書類を机の上に並べて、また大きなため息をついた。
 その時、がちゃりと事務室の戸が開いた。
「おはようございまーす。あ、カメさん今日もお早いんですね。今コーヒーを・・・もう、淹れてらっしゃるん
ですね」
 にこにこと笑顔でやってきたのはこの事務室のスタッフであるウサギだ。今年入った新人で、若々しく、元気
でいてなおかつ仕事もできる。そしてなにより、美女だ。オフィス内でも男性陣の間で人気が高い。同期のフェ
レットがアタックしているとか、いないとか。とはいえカメはそんなことに興味はなかったし、もうそんな年頃
でもない。もちろん美女が身近にいることは良いことだ、とは思っている。
「うん、おはよう。今日も、例の件だ。がんばっていこう」
「ええそうですね・・・今日で、二か月目ですね・・・」
 ウサギは、もううんざり、とでも言いたそうな顔つきである。カメも同様である。というのも、カメが最近た
め息をつきがちなのは、今抱えている仕事のせいなのだ。それを思うだけで、出勤したくなかったし、朝起きれ
ばまずため息が漏れてしまうのだ。
「カメさん、どうぞ」
 ウサギがコーヒーを注いで来てくれた。カメは「ありがとう」と言ってカップを受け取る。ウサギは紅茶派な
ので、今淹れているのだろう、何も手にしていない。
「カメさん、今日で裁判終わるでしょうか?わたしもうノイローゼになりそうですよ・・・」
「そうだね・・・気持ちはわかるよ」

 カメはこの二か月毎日見て来た書類をぼんやりと眺める。
 大きく『馬鹿という言葉についての異議』とある。
 現在、裁判所の仕事は罪の処断だけではない。近年世界中で動物権の侵害に関する問題がブームとなり、あり
とあらゆる細かな動物権問題がわき上がって来た。そしてそれらの問題は動物裁判所が処理することとなり、数
年前『動物権保護部』という部署が設けられ、そこですべての動物権問題を取り扱うこととなった。
 そこの長こそが、カメである。長年の裁判官としての経歴を見込まれ、重役もとい、厄介ごとをふっかけられ
てしまったのである。
 そして目下カメを煩わせているのが、「馬鹿」という言葉に関するウマ氏とシカ氏共同の意見書である。
 大雑把に言えば、メディア、教育上での「馬鹿」という言葉の禁止、「馬鹿」という言葉を公の場で使った者
を罰する法整備などが主な目的である。
 もちろん、そう簡単に言葉の禁止など出来ないし認められない。よほどの理由がなくては、法を作ることはあ
りえない。
 ウマ、シカ両氏が、4万頭にも及ぶウマとシカの署名を手(足)に、法律で「馬鹿」を禁止したいのだとやっ
て来たのが二か月前。それ以来、連日議論を続けて来たカメとウサギである。
 彼らがため息をつきたくなるのも無理は無い。カメは似たような案件をこれまで何件と取り扱って来たし、い
ずれも議論が難航することを知っている。一方ウサギは、初めての仕事が「馬鹿を禁止にしろ」という案件なの
である。
「ウサギ君、しかしあきらめちゃだめだよ。今日こそはこの議論を終わりにしよう」
「カメさん、そんな自信たっぷりで、なにか策でもあるんですか?」
「策というか・・・いや、私が思いついたわけではないんだけどね・・・」
 カメが歯切れ悪く返答するのを聞いてウサギは「カメさんはわたしを励まそうとしてしてくださっているんだ
わ」と解釈した。
「そうですね・・・カメさん、今日こそ終わりにしましょう!がんばりましょう!」
 ウサギは意気込んで、裁判の準備を始めた。
 ところが、いっぽうカメはどこかへ電話をしたかと思うと、「出かけてくる」といってどこかへ行ってしまっ
た。
「カメさん、裁判の準備全部わたしにさせるつもりかしら・・・」
 カメが出て行った扉を見つめて、ウサギはつぶやいた。

法廷
「良いですか?我々が以前に申し上げたように、『このハイエナめ!』という言葉が禁止されたという前例があ
るのです。同様に、動物権保護を理由に『馬鹿』という言葉も禁止されてしかるべきではありませんか?」
 ウマ氏は相変わらず理路整然とした、知的な話し方である。そんな冷静な口調がむしろ、「馬鹿」を禁止にさ
せたい熱意として伝わってくる。ウサギは、彼が発する冷たい威圧感が苦手であった。
「ええ、その話はもう何度も聞きました。しかし以前にもお答えしたように、『このハイエナめ!』は明らかに
ハイエナ自身を中傷する言葉ですが、『馬鹿』という言葉は決して直接ウマやシカを中傷するものではないので
す」
 ウサギはあくまで事務的な声音で答弁に努めているが、鼻がひくついていた。緊張しているときのウサギの合
図だ、とカメは思った。
 現在、彼らは動物総合裁判所の十階で裁判を行っている。長机とパイプ椅子が平行して並び、一方のの対岸に
裁判官、そしてもう一方にウマ、シカ両氏が座っている。そしてそれらを囲むように、傍聴席がならべられてい
る。といっても、ところどころ法関係者の動物がいるだけで、ほとんど空席である。おそらく、ペリカン氏の裁
判の関係で、多くの人はそちらを見に行っているのだろう。
 そういえば新聞に「馬鹿」の件が載ったことないなあなどとカメは考えた。
 するとイラついた口調で、シカ氏が言う。
「ですからねえ、あなた方はご存じないんでしょうが、一定の割合で『馬鹿』という言葉の意味で『ウマシカ』
と言う人がいるんですよ。きっと『馬鹿』を遠回しに表現しているんでしょうが、そのために我々の名前を使わ
れたんじゃ、かないませんよ。その気持ちわかります?きっとおわかりにならないんでしょう?だからこれだけ
裁判が長引くんだ!」
 シカ氏は机をばしばし叩いて主張する。ウマ氏が感情を表に出さないのに対し、シカ氏はいつでも感情的に議
論する。机を叩く度にウサギがびくっと震えるのを見て、カメは気の毒に思った。
 ウマ氏もそんなシカ氏を見て「落ち着け」などと言っているが、むしろそれがシカ氏の神経を逆撫でし、さら
に感情的になるシカ氏だった。きっとウマ氏はそれを計算でやっているのだろう。シカ氏を激昂させ、相手に普
段通りの議論をさせないようにしているのだ。
 カメは、ウマ氏がバカではないということを見抜いていた。

 普通なら、議論のエキスパートである動物権保護部の者と討論して敵うものはいない。いるとしたら、それは
完全に相手の主張が正しいときだけだ。今回の件で、ウマ氏とシカ氏の方が正しい、とはカメは思わない。なの
に議論が上手く進まないのは、ウマ氏とシカ氏の正反対の性格を同時に相手にしなくてはならないからだろう。
ウマ氏はそれをわかって、シカ氏を利用しているのである。上手い手段だ。
 だが、カメも長年裁判官をやってはいない。いつまでもウマ氏にいいようにはさせない。
 カメが今日ウサギに言った「今日で終わりにしよう」という言葉は、なにもウサギを励ますために言ったわけ
ではない。真実、カメは今日でこの裁判を終わりにしようと決めていたのだ。
 策はある。
「ええ、まあ、シカさん落ち着いてください。・・・・・・なんとまあ、全く、今日も昨日と同じ議論をしてい
ますね。今日こそ、話に決着をつけようではありませんか」
「我々もそうしたいと思っていますよ、カメさん。しかしいたずらに議論を長引かせているのはそちらの責任で
はないですか? すぐに我々の意見を認めてくれればいいだけではありませんか」
「はい・・・はい・・・シカさんがおっしゃりたいこともわかります。けれども私どもとしても、そう簡単に法
整備などするわけにもいかないものですからね。・・・ここはひとまず、簡潔に議論のポイントをまとめさせて
いただいてよろしいですか?」
 ウマ氏は無言で頷いた。シカ氏は何か言いたげだが、ウマ氏に止められ、黙ることにしたようだ。ウサギは、
話をせっせとメモしている。
「まず、あなた方の意見と我々の意見を総合するに、こういうことが言えます。・・・まず動物権を侵害する言
葉については前例があることから、あなた方はそういった言葉を禁止する法を整備することは妥当だ、と主張し
ている。そして我々は、禁止するに足る言葉は、『直接動物を中傷するものに限る』と主張している」
 私が目配せをすると、ウマ氏は続きを促すように頷いた。シカ氏は睨むようにこちらを見ているだけだ。ウサ
ギは相変わらずペンを走らせている。
「そこであなた方は、『ウマシカ』と、間接的にウマとシカを中傷する例などが動物権を十分に侵害するものと
し、間接的にでも中傷する言葉は禁止すべきだと主張してる。・・・・・・争点は、間接的な中傷を認めるか否
かです。間接的な中傷を禁止することを認めたら、これを前例としてごまんと同様の言葉を禁止する要求を通さ
ねばならなくなるでしょう。そんなことになったら、我々は表現の自由を奪われたに等しい。それでも、間接的
な中傷の言葉を禁じて欲しいと思いますか?ウマさん、シカさん」
 カメはジッと両者を見据える。形式的に言っているのではない。心から訴えかけるような、そんなカメの声色
だった。
 シカ氏は視線をそらして、考え込むようなそぶりを見せている。客観的に見れば自分たちが無理な要求をして
いる、ということはわかっているのだろう。一方ウマ氏は負けじとまばたきもしないで視線をじっとカメに向け
ている。やはり彼の熱意は相当なものだ。カメは、しかたがない、というように目を閉じた。
 そしてゆっくりと目を開け、言った。


「実は今日、この案件についてどうしても言いたいことがあるという者がおりまして、ここに呼んでいるんで
す。きっと、有益な話をしてくださると思います。この裁判に参加させても構いませんか?」
 カメはウマ氏、シカ氏、ウサギを見渡す。
 ウマ氏は、完全に予想外だったらしく、答えあぐねているようだった。けれども、きっと新たな参加者を加え
ることを許すだろう。ウマ氏側が不利になる発言をする者が現れる可能性が高いのだから、合理的に考えればウ
マ氏はここで新たな参加者を認めない方がいい。けれども、ウマ氏はこの問題に真剣に挑んでいるのだ。なら
ば、議論に有益な意見をもたらす者を許すはずだ。そのことをカメは、さっきのウマ氏の視線で感じた。だから
こそこの提案をしても平気だと判断したのだ。
 シカ氏は外していた視線をあげ、ウマ氏に判断をゆだねることにした様子だった。
 ウサギは突然のカメの提案に驚いている様子だ。
「カメさん、そんなこときいていませんよ!」とウサギは小声で言う。
「ごめんウサギ君、今朝迎えに行くのに急いでて、言いそびれちゃった」
「もう・・・」ウサギは頬をふくらませた。
 カメは再び室内を見回し、皆が新たな参加者を待っているようだったので、カメは立ち上がった。
「では、少し待っていてください。今呼んで来ます」
 カメはドアを開けて出て行った。
 それから数分もしないうちに、再び同じドアが開く。
 最初にカメが、そしてその後ろから、もう一体、ドアをくぐってぬっと姿を現した。
 その姿を見て、ウマ氏とシカ氏は目を見開いた。
 ウサギも口を両手で押さえていたが、思わず言葉が漏れた。
「・・・・・・・カバさん・・・」

 新たな参加者、どうしてもこの議論で言いたいことがあると言って来たのは、カバ氏だった。
 彼女は優しげな目で法廷の全員をゆったりと見渡し、深々とお辞儀した。それからカメが勧めた椅子に謙虚さ
がにじみでるような動作で座った。
「こちらは、カバさんです。彼女はペリカン氏のファンで、今日のペリカン氏の裁判の傍聴をしに来たそうです
が、この裁判所の今日行われる裁判の日程を見て、この『馬鹿』に関する案件を昨日知りました。そして私の所
へ連絡をくださり、どうしても言いたいことがあるということで・・・そして私も、彼女の発言が有益であると
判断し、連れてきました」
 ウマ氏とシカ氏は明らかにうろたえていた。
 彼らは失念していたのだ。「馬鹿」という言葉で間接的に中傷されるのは、彼らだけではないということを。
 むしろ、一番とばっちりを受けているのは、カバ氏のほうなのだ・・・・。
「こんにちは。カバです。今日は無理を言ってここに招いていただいて、とてもうれしく思っていますわ。どう
しても言いたいことがあったものですから・・・」
 その後、カバ氏は自分の人生を振り返る形で、「馬鹿」にまつわる体験談をつらつらと語った。
 逆から読んだら「バカ」というだけで、散々いじめられてきたこと。
 むりやり逆立ちさせられて、これぞ「バカ」だと言われたこと。
 大人になった今でも、陰でネタにされていること。

 けれどもカバ氏は、悲しそうな顔や辛そうな顔は見せなかった。彼女は、すべてを受け入れていたのだ。例え
『馬鹿』という言葉のせいで苦しい体験をしてきていても、その言葉に憎しみを持ってはいなかった。
「ええ、その度に、苦難に乗り越える力を得られたように思います。そのような苦しみを体験しているのは、何
もわたしだけではあませんものね・・・。誰しも、そうした理不尽を乗り越えているのです。自分だけが不当に
苦しんでいるだなんて、考えたこともありません。もしかしたら、『馬鹿』という言葉がなかったら、もっとひ
どい思いをしていたのかもしれませんから、むしろ、『馬鹿』があって良かったとも思いますわ。それに、わた
し自身、『あなたもバカねえ』なんて言いますのよ?なんだかチャーミングな響きで、使いやすくって・・・」
 そう言って、カバ氏は微笑んだ。
 シカ氏は、涙ぐんでいた。ウマ氏も、目元を赤くして、震えている。涙を堪えているのだろう。ウサギは、カ
バ氏の辛い経験の話の途中からずっとハンカチを握っている。
 カメは静かな声で話し始めた。
「皆さん、どうですか?間接的な中傷でこんなに苦しんでいるカバさんは、それに耐え忍び、困難を乗り越える
力として来ました。それを、禁止にする必要があるでしょうか?困難は無くせばいいというものではないので
す。それは、乗り越えていけばいいのです。そうして我々は、成長していくんです。どうか、成長の土台を、無
くさないで済むわけには、いきませんか・・・?」
 シカ氏はとうとう滝のような涙を流し始めていたので、ウマ氏が代表して答えた。
「私は、我々は、自らが恥ずかしい。こんなふうに、健気に、前向きな動物がいる中で、なんとつまらないこと
で怒りを覚えていたのでしょうか・・・。ええ、もう、我々はここに来ることはありません。成長する努力を始
めなければなりません。本当に・・・・良いっ・・・おはなじを・・・ぐすっ」
 ウマ氏は泣き出した。
 その後裁判は終了となり、ウマ氏とシカ氏とカバ氏は堅い握手をしてから、裁判所を後にした。

カメ事務室
「こうして、動物達は救われていくのですね・・・」
 ウサギはさっきの余韻に浸って、うっとりとした表情で言った。
「まあこういうこともあるけど、いっつもこんなに丸く収まるとは限らないよ・・・?」
 カメは酔っているかのような部下に不安を感じ、そう言っておいた。
「もう、カメさん、そんなネガティブシンキングじゃいけませんよ!もっと、前向きに、乗り越えていかな
きゃ!ふふふ!」
 駄目だ・・・と思いカメはウサギを放っておくことにした。
 コーヒーを飲みながら、カメは思う。確かに、いい結果に終わって良かった。ほとんど、カバ氏の働きのおか
げではあるが、それはそれ、終わり良ければすべて良し。途中経過の不毛な二か月間のことは忘れよう。
 これでまたゆっくりできる、とカメも機嫌が良くなっていた。うかれたウサギにはっきり言えないのは、自分
も同様に余韻に浸っているからなのかもしれない。
 カメは鞄を圧迫していた『馬鹿』に関する書類をまとめてファイルし、事務室の『済』の棚に入れた。なによ
り、この瞬間が気持ちいい、とカメは思っている。
 これにて一件落着。
 カメとウサギの、『馬鹿』案件はこうして幕を閉じるのであった・・・。
 がちゃりと事務室のドアが開く。自然に、カメはそちらを向いた。
「あっ!!カメさん、裁判やっと終わったんですね?!」
 どたばたと、フェレットが書類を抱えてやってきた。
 カメは、嫌な予感しかしなかった。
「ちょっと前にペリカンさんの裁判が終わったんですけど、そのとき被害者のネコさんが、カメさんのところへ
話がしたいと。どうしても『泥棒猫』は動物権侵害だっていう訴えをしていまして・・・」
「・・・・・・」
 カメはため息をついた。


おわり

現在、月末品評会4thの投票受付中です。今回の品評会お題は『馬鹿』でした。
投票期間は2013/05/13(月)24:00までとなっております。

感想や批評があると書き手は喜びますが、単純に『面白かった』と言うだけの理由での投票でも構いません。
また、月末品評会では投票する作品のほかに気になった作品を挙げて頂き、同得票の際の判定基準とする方法をとっております。
投票には以下のテンプレートを使用していただくと集計の手助けとなります。
(投票、気になった作品は一作品でも複数でも構いません)

******************【投票用紙】******************
【投票】:<タイトル>◆XXXXXXXXXX氏
【関心】:<気になった作品のタイトル>◆YYYYYYYYYY氏
     <気になった作品のタイトル>◆ZZZZZZZZZZ氏
**********************************************
— 感 想 —

携帯から投票される方は、今まで通り名前欄に【投票】と入力してください。
たくさんの方の投票をお待ちしています。 
時間外の方も、投票期間中なら感想、関心票のチャンスがあります。書いている途中の方は是非。

【第四回月末品評会作品一覧】
No.1 バギュウ(お題:馬鹿) ◆xUD0NieIUY氏
No.2 『馬鹿』案件 ◆o2dn441Gnc氏

ということで今回の作品はふたつだと認識していますが、もし間違いがあればご指摘ください。

週末品評会のときもそうでしたが、ゴールデンウィークなど大型連休のときは投稿数がぐっと減るんですね…

はい。ふたりのうちの一人ですが、投下します。

******************【投票用紙】******************
【投票】:なし
【関心】:No.2 『馬鹿』案件 ◆o2dn441Gnc氏
**********************************************
— 感 想 —
No.1 バギュウ(お題:馬鹿) ◆xUD0NieIUY氏

 自作。
 これを書く前に重力ピエロという小説を読みました。軽快なテンポでとても面白かったです。
 この小説では、そのテンポを真似してみようと思ったのでした。
 ちょっとパンチ力不足かな、と思っていましたが、面白かったという感想を >>758 でいただけたのでうれしかったです。

No.2 『馬鹿』案件 ◆o2dn441Gnc氏

 大変面白かったです。
 しょっぱなから、カメがトースターを使うのかよ!って。
 小さなまんまる眼鏡をかけてネクタイを締めた社会人ガメが脳内に浮かび上がり、最後まで楽しく読めました。
 私が投票ではなく関心にした理由は、9レス目。
 シカはともかくウマも感動するのかよ!って。
 それはそれで個人的には笑えてとても楽しかったのですが、本当の狙いはどうだったんだろう? と思ってしまって。
 あの策士っぽく見せていたウマが、ちょっとやそっとの告白で感動するとは思えなかったんですね。
 だからカバ氏の告白はもうちょっと力を入れて書かれるべきだったのかなぁ、と感じました。

以上です。

No.1 バギュウ(お題:馬鹿)◆xUD0NieIUY様
バキュウ。口に出したくなる言葉だバギュウ。
なかなかおもしろかった。
しかし最後は落ち着くところに落ち着いてしまったなという感がある。そこが勿体ないね。

No.2 『馬鹿』案件 ◇o2dn441Gnc様
読み終わってから初めてタイトルみた。タイトルいいね。
お話はまあ誰かがやりそうでやらなかったことをやってのけたなって感じ。
でも知識が無さそうな感じがにじみ出てる。
キャラクターの書き方は上手。

******************【投票用紙】******************
【投票】:なし
【関心】:
No.1 バギュウ(お題:馬鹿)◆xUD0NieIUY様
No.2 『馬鹿』案件 ◆o2dn441Gnc様
**********************************************

お題を出した者ですが、投稿者ふたりとも「馬」「鹿」と分けてる話だったね。
どっちもそれなりに面白かったですが、投票までは至りませんでした。
でも面白かったです。

お題下さい。

   投票 関心

No.1 1   1  バギュウ(お題:馬鹿) ◆xUD0NieIUY氏
No.2 -   3  『馬鹿』案件      ◆o2dn441Gnc氏


というわけで、第四回月末品評会優勝者は、◆xUD0NieIUY氏 でした。おめでとうございます。

次回お題は15日までにおねがいします。参加された皆様、お疲れ様でした。

>>801
閑散

本スレに書けるようになったので、書きます。


第5回月末品評会  『依存』

  規制事項:10レス以内

投稿期間:2013/06/01(土)00:00〜2013/06/03(月) 24:00
宣言締切:3日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/06/04(火)00:00〜2013/06/13(木)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)


※備考・スケジュール
 投下期間 一日〜三日
 投票期間 四日〜十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日〜十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』
第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』
第四回月末品評会お題『馬鹿』

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