錆と歯車 (29)
その世界は、光というものが存在しません。
緩やかに着実に高まる人々の高慢さは神の怒りに触れ、神は人々から光を奪いました。
光の失われた世界で、多くの人はこの世を去り残りの人は闇を受け入れひっそりと暮らしていました。
これはたった一人の少女のお話。
闇の中で生まれ、光にあこがれる少女のお話。
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期待
少女にとって、その世界に知っている人間は一人もいません。
記憶はガラクタの中にうずくまる自分と、隣で座り込む少年から始まります。
「もういや……」
「ねえ、あなた。私を助けてよ」
少女は、いつも無口な少年を睨みつけます。
「聞こえてるんでしょ?」
「……君は、助かりたい」
「そうよ」
「君は助かってるじゃないか。この暗闇で発狂もせず、食べ物にも苦しまず、危険から限りなく遠いところにいる」
「…………」
「君は、助かってる」
「光を、見てみたいのよ」
「…………」
「見たいのよ」
少女は、地面をつかみます。
ジャリジャリとした感触。
この世界では触覚だけが頼りでした。
「君は、光が見たい?」
「……そうよ」
少年は少し興味がわいたかのように、少女を見つめます。
「じゃあ、見よう」
「は?」
「見たいんだろ?」
少年は少女の手を掴み立ち上がります。
少年も少女も、長い時間ぶりに立ち上がります。
「どこに、行くのよ」
「…………」
少年は黙ったまま少女の手を引っ張ります。
背に、ガラクタの山を置き去りにして。
何度も繰り返すとおり、この世界には光がありません。
視覚はあってないようなもので、実感はあってないようなものです。
五感のうち、一つでも失えば世界はがらりと色を変えます。
少女には、生きている実感がありませんでした。
少年の存在が信じられず、自分の存在が信じられず。
世界の存在すら信じられませんでした。
夢のような、ふわふわとしたものでした。
「あなたは、光がなくても平気なの?」
「……平気さ」
「……なんでよ」
「君がいるから。温もりがあるから」
くっさいセリフ。
少女は苦笑します。
ガラスのぶつかる音に少女は気づきます。
「ねえ」
「うん?」
「音がした」
「うん」
話をしながらも、少年は少女の手を引くスピードを緩めません。
「ちょっと」
「うん?」
「待ってよ」
「……」
少女は無理矢理少年を引っ張って音のする方向へ向かいます。
「人……めずらしい……」
しわがれた低い声。
少女は初めて人に出会います。
今日はここまで
明日もこの時間帯に書き込むと思います
「一人かい?」
さっきよりも近いところで声が聞こえます。
「いえ、二人よ」
「そうか……勘が鈍ったのぅ……」
ガラスのぶつかる音が聞こえます。
透明な音でした。
「人にはもう何年も会ってなかったから、言葉も忘れるのぅ」
飲むかい?老人はそう尋ねます。
わたしは、飲まなくても大丈夫だから。
少女は断ります。
「あなたは、家族はいないの?」
「もうとうの昔に死んだよ。息子がいたんだがね、いつの間にかどこかに行ってしまった」
「そう……」
「ふう……もう生きるのにも死ぬのにも疲れるわい」
老人はそう、心底疲れたようにつぶやきます。
言葉は闇に向かって進み、消えてしまいました。
「あなたはどうやって生きてきたの?」
「いろいろとしたさ、いろいろと」
この近くには人だったものがあるのだろう。少女は考えます。
それは、少女たちがいたガラクタの山にもたくさんあるものでした。
「疲れた……」
再度、老人はつぶやきます。
何かを望むように。
「あなたは……」
言葉は途切れ、それは行動に移ります。
少年と少女の繋がれた手は緩やかに離れ、少年はその場を去ります。
理解できない。
少年はため息をつきます。
「さっさと行けばいいのに」
少年はまだ元気でした。
「はあ……」
少年は再びため息をつきます。
そろそろ終わっただろうか?
少女はなぜか、この行為を見られることを極端にいやがるのです。
ふわっと。
柔らかい暖かみを手に感じます。
「行きましょう」
「終わったのかい」
「行きましょう」
「…………」
「行きましょう」
「ああ、行こうか」
少年と少女は、歩き出します。
新しい温もりを感じながら。
光というのは人々が考えている以上に、重要で必要なものです。
視覚は駄目になり、植物は育ちません。
植物が育たないということは草食動物は生きていけません。
食べ物を失った人々は新しい食べ物を探さないと生きていけません。
人々は、食べ物から熱を得るのではなく直接熱を得る方法を会得したのです。
人は温もりから生きる方法を見つけました。
少女も、少年も。
そうやって生きているのです。
今日はここまで
見てる人いなくても書き切る次第です
乙したー
見とるでぇ
「暑いわね……」
「そうなのかい?」
「そうなのよ」
そう言いつつも、少女と少年は繋いでいる手を離しません。
「暇ね……」
「昔から暇だったじゃないか」
「暇なんて感じることのできる精神状態じゃなかった」
「ふうん」
「なにかおもしろい話しなさいよ」
「…………」
少年は呆れたような目で、隣にいるはずの少女を見つめます。
「ねえ、何か無いの?」
「昔、まだ光があった頃の世界で」
少年は口を開きます。
「一部の研究者が魂の質量について調べていたらしい」
「魂の質量?」
「そう。肉体とは別の、人間が人間であるための重さ」
「ふうん」
「……興味ないなら、やめるけど」
「いや、そういうわけじゃないわ。ただ、実感が無くて」
「魂?」
「魂」
「それはどっちかというと僕のセリフなんじゃない?」
「ああ……かもしれないわね」
「…………話を戻すけど、研究の内容としては死の前後で何人かの体重を量ったんだ」
「へえ、研究者たちもおもしろいことを考えるわね」
「ああ、そうだね。結果としては魂の存在はわからなかった」
「わからなかった?」
「死後の体重が数グラム減る人もいれば変化のない人もいたんだ」
「何ともまあ……」
「君はどう思う?」
「どっちでもいいわ……いや、どっちかというと魂なんてないほうがいいわね」
「理由を聞いてもいいかい?」
「…………」
「聞こえてるかい?」
「聞こえてるわよ、言いたくないの。理由なんてどうでもいいじゃない」
もし。
もし、光があって少女の顔が見えるのなら。
きっと、真っ赤に頬を染める少女の顔が見えたのでしょう。
人は、進歩し続けた先に進化を見つけました。
今、この世界にこそ「1人1人違う」という言葉が似合っているのではないでしょうか。
この世界には燃費のいい人もいれば悪い人もいます。
1年の温もりで10年生きる人もいれば1ヶ月しか生きない人もいます。
少女はそういった「人」の中でも特例ともいえる「人」でした。
少女に時間という概念はほとんどありません。
寿命というものがなくなったこの世界ですら少女にとっての時間は異例でした。
少女はもう、自分という存在が産まれてから何百年たったか覚えていません。
少女は、一つの生命からの温もりで半永久的に生きながらえるのです。
手を握り、その相手に温もりを与え続けながら、少女はもう何百年も生きてきました。
少年と少女は、長い間歩き続けました。
時間にして、半世紀ほど。
2人は手を繋ぎ。
「今更なんだけど」
「うん?」
「わたしたちはどこに向かって歩いているの?」
その問いはずっとしたかったけど、できずにいたものでした。
「光は、見つかるの?」
「……」
「なんとか、言ってよ」
「君は、光は見つかると思うかい?」
「いいえ」
回答は考えるよりも先に口から出ていました。
少女は考え続けていました。
この少年が本当に光のある場所を知っているのか。
知っているはずがない。だけど、この不思議な少年なら。
そうやって、無理矢理信じ込んでいました。
「君はこの長い間にやけに素直になった」
「……うるさいわね」
くっく。少年は笑います。
「僕は、君といてとても楽しかったよ」
「……」
「何世紀も君の隣でいたけれど、こんなにも楽しかったことはない」
「急になによ……」
「君はずっと黙ったまま、地面をいじり続けていたよね。あの頃の君は本当につまらなかった」
「……」
「見ていて、つらかった」
「死亡フラグをたてるのはやめてもらえないかしら」
「まだ、死なないよ」
「じゃあ、別にいい」
「まだ、死ねない。君と光を見るまでは」
「…………さっさと見せなさい」
「行こうか」
少年は微笑みます。
少女は、あと半世紀。少年に付き合ってやろうと思いました。
更新が久しぶりになってしまってすいません。
明日からはこの時間帯に更新していきたいと思います。
今日はここまで
明日とか言いながら更新遅れました。
少しだけ
ある日、少年と少女は山を見つけます。
見つけると言うよりは感じているというのでしょうか。
見えないぶん敏感になった聴覚は足音を反射する大きな何かを感じ取ったのです。
「なによ、これ」
「……光があるかもしれない」
少年はそれだけ言うと、握っていない方の手で山をつかみます。
土でできているのかと思っていた山は、ギリギリと甲高い音をたてて小さく崩れます。
「金属……?」
少女は首を傾げます。
ここ何百年も見ていない物質でした。
「そう、これは金属でできたガラクタだ」
そう言いながら、少年は鉄骨を山から抜き取ります。
「僕だ」
「違う」
「僕だ」
「うるさい」
「僕だ」
「…………」
「これは、僕だったのものだ」
「違う!!!!」
少女の声は響きわたります。
「あなたは!!人間で!!わたしの友人だ!!」
「驚いた」
少年は目を丸くします。
少女は息を荒げて少年をにらみつけます。
「どこから驚けばいいのか。君が大きな声を出せるというところか、友人というところか」
「……なによ」
「どう言えばいいのかな。本当に言葉が見つからないんだけども」
「はっきりしないわね」
「ときめいた」
「は?」
少女は怪訝な表情を浮かべます。
「あんた、被虐的な趣味でもお持ちなの?」
「くっくっく。君は本当に最近、魅力的になりすぎだ。そんなだから僕は人間らしい感情を持ちたくなるんだ」
「あんたは人間だ」
「なあ、君。僕は君のことが好きだ。愛していると言ってもいい」
今日はここまで
「…………」
「うん?何か反応してくれないと僕としては面白くないな」
「からかってるの?」
「そんなわけない。僕は君を愛してるよ、無償の愛ってやつだ」
「はあ……」
「そんながっかりしなくてもいいじゃないか」
「もっとロマン的に告白できないのかしら?」
「おや、君にそんなものがあったのかい?」
「女のロマンってやつよ」
「へえ。あ、返事はいらないよ。無償の愛だからさ」
「そう」
「なんだ、つまらないな」
「なにがよ?」
「赤面とかしてくれたっていいんじゃないか?」
「残念ね。次の告白に期待しておくわ」
「クックック。考えておく」
この時間は、少年と少女にとって今までで一番楽しい時間でした。
少年は。
少年は、鉄の身体でできていました。
人が人として生きるのをあきらめ、新しい道を歩もうとした残骸でした。
少女から温もりをもらって。それすらあっという間に消費して。
少年は動き続けました。
その身体は無尽蔵の温もりによって歯車を回し続けました。
ただ、鉄でできたその歯車にも限界はあるようです。
すこしずつ。着実に。
歯車の動いた時を証明するかのように、錆は浸食していきます。
事実を話すならば。
少年は、光を見つけるために少女と旅立つ少し前から限界を迎えていました。
身体中の歯車は錆び付き、噛み合わず、手を動かすことすら困難になっていました。
そろそろ限界かな。
ひさしぶりに少女が少年に話しかけた時より数時間前。
少年は、そっと瓦礫の山の一部になるつもりでした。
ただ、初めて。
初めて、少女がお願いをするものだから、少年はどうしようもなくその願いを叶えたくなったのです。
それから半世紀。
少年は歯車が欠け続けるのを感じながら、少女の温もりを感じながら、歩き続けてきました。
「なあ、できることならずっと僕と手を握っていてくれないか?」
もう、手の上がらなくなった左手に力を込めながら少年はつぶやきます。
自分の身体が本当にいつ壊れてもおかしくない状態にあることを少年は理解していました。
「それは口説いているの?」
「…………」
「……いいわよ。あなたがそう望むなら、わたしのわがままに付き合わせているのだしね」
「ありがとう」
そうだ。彼女の願いは叶えないと。
少年はそれだけを支えに、歯車を回します。
ギリギリと。
それから3年。2人はいくつものガラクタの山を見つけました。
少女には手を切ると危ないからと少年は1人右手だけを使って山を削り続けます。
もしこの世界が暗闇でなければ、少女は少年の右手を見て絶句していたでしょう。
もう止めて、そう言って少年を止めたのでしょう。
それほどまでに、少年の手は錆びた金属によって皮膚は裂け、その隙間からは歯車が覗いていました。
「わたしも手伝うわ」
「それだけはやめてくれ。君は金属というものに触れたことがないから。あまりそういったことへの危機感が薄いんだ」
非難するつもりはないから、悪く思わないで欲しい。少年はそう言葉を続けました。
「あなたは何を探しているの」
「……光の源だよ。これさえあれば、光を作り出せる」
少年はそう言いながらも、右手は山を崩し続けます。
まだ手の動くうちに。
頼むから見つかってくれ。
必死で少年は右手を動かします。
2m程度の細い鉄骨を引き抜いたときでした。
フッと力が抜け、鉄骨は少年の足下に甲高い音を立てながら落ちます。
「耳が痛くなるわね」
「…………ああ。すまない、鉄骨を落としてしまったみたいだ」
少年は少女に悟られないように、いつもの口調をつらぬきます。
少女に知られるわけにはいかなかった。
右腕が、もう少年にはないことを。
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