速水奏「練習はキスシーンの後で」 (23)
――事務所
北条加蓮(それは、奏が勢いよくその台本を閉じたところから始まった)
パタンッ
加蓮「ん?」
速水奏「……」
加蓮「……?」
奏 「……」ペラ…
加蓮「……」
奏 「……はーっ」
加蓮「な、なに? どうしたの頭抱えて」
奏 「目を疑ってしまって……一度台本を閉じたのだけど、やっぱり見間違いじゃなかったわ」
加蓮「どういうこと? 変な展開でもあった?」
奏 「悲劇……いいえ、悲劇を通り越して喜劇とすらいえるかもしれない……」
加蓮「その本筋をわからなくするところ、奏らしいけど良くない癖だよー。何がどうしたの?」
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奏 「これよ」
バサッ
加蓮「あ、ちょっとまって、ネイルはみ出る」
奏 「真面目に聞こうとしてくれてる?」
加蓮「してるしてる。ネイルも真面目に塗ろうとしてる……はい、と。なんなの?」
奏 「見てよこれ」
加蓮「その台本って……」
奏 「私いまドラマでてるでしょ。レギュラーの」
加蓮「あ、アタシも見てるよ」
奏 「ありがと。次の台本を貰ったんだけど……ほらここ」パラパラ
加蓮「えー。ネタバレ見たくないんだけどなぁ」ペラ
加蓮「んー……ふーん、ヒロインレースこうなるんだ」
奏 「もっと先、17P」
加蓮「はーい」ペラペラ
加蓮「へぇ、準主役の人とロマンスに発展して……」
加蓮「あら、強引にキスされちゃうんだ」
加蓮「キスシーンね…… これ?」
奏 「これ。問題でしょう?」
加蓮「えー、でもお芝居なんだし、カメラアングルで誤魔化すんじゃない?」
奏 「ダメなのよ、あの監督さんリアリティにこだわるの」
奏 「アクション映画の時は、ちょっとしたことじゃスタント使わないから……キスくらい普通にさせるわ」
加蓮「ふーん」
奏 「台本無視なんてそもそもできないし……どうしたら」
加蓮「NG出してないの?」
奏 「出していた、と思うけど……」
加蓮「覚えてないんだ」
奏 「その……自分で言うのも何だけど、私、唇が売りのひとつじゃない?」
加蓮「まぁ、そうだね」
奏 「アイドルなんだから、普通はNGなんだろうけど……そこのところ、自分でも曖昧で……」
加蓮「事務所の方針との兼ね合いもある、か。……プロデューサーさんに相談する?」
奏 「そうね……」
加蓮「でも、キスシーンかぁ。俳優さんとするとか、なかなか出来ないし、いい経験になるかも?」
奏 「えっ」
加蓮「ん?」
奏 「……経験とか、そういうことじゃなくて……」
加蓮「あー、奏のファンにも、相手のファンにも恨み買いそうだよねぇ」
奏 「そんなことでもなくて……」
加蓮「……」
奏 「……」
加蓮「……奏って、キスしたことない?」
奏 「……」
加蓮「……」ジー
奏 「……」ヒョイ
加蓮「目そらした! えーっ、そうなんだ!」
奏 「なによ……」
加蓮「だって、普段から1.2.キスキス」
奏 「曲の話でしょ」
加蓮「唇売りにしてるのに。ふふっ、LiPPSのリーダーなのに?」
奏 「ないものはないんだから、仕方ないじゃない!」
加蓮「あはは、ごめんごめん。そうだよね、無い以上はじたばたしても仕方ない」
加蓮「じゃあそうだ、私だってファーストキスじゃイヤかなぁ。初めての相手くらい、好きな人がいいよ」
奏 「……わかる?」
加蓮「わかる。これはもう、直談判行った方がいいね」
奏 「ええ…… ……直談判といっても、別にプロデューサーさんが台本書いたわけじゃないわよ?」
加蓮「あはは、確かに。コトバのアヤってやつね」
奏 「ふふっ…… ところで加蓮は」
加蓮「んー?」
奏 「経験、ある方?」
加蓮「……」
奏 「……」ジー
加蓮「……」ヒョイ
奏 「あなたもないんじゃない!」
加蓮「あるなんて一言も言ってないもーん」
奏 「ありそうな口ぶりしていたくせに」
加蓮「奏ほどじゃないよー」
奏 「む、う……」
奏 「はー……」
加蓮「ふふっ」
加蓮「大切な乙女のファーストキス、ドラマに捧げちゃうのもねー。……あっ、じゃあもしもの為にさ、その前にしといたら?」
奏 「え……?」
加蓮「練習でも何でも、口実にはなるでしょ」
奏 「それは…… できたら、いいのかもしれないけれど……」
加蓮「もし台本が変えられなかったら?」
奏 「……」
加蓮「ピンチこそチャンスっていうらしいよ。奈緒が読んでたマンガにあったダケだけど」
奏 「チャンスね……これってピンチなのかしら?」
加蓮「十分ピンチでしょ。乙女の純情の」
奏 「それを盾に迫るっていうのも、必死過ぎじゃない?」
加蓮「それが奏の美学ならいいけど…… それで何かを失うならアタシは黙ってられない」
奏 「加蓮……」
奏 「そうね、その…… まずは台本の件を相談しに行かなきゃ」
加蓮「ヘタレてる時間あるの?」
奏 「う……」
加蓮「あ、でもどっちにしろ行くところは奏のプロデューサーさんか。まぁ、どっちに転んでも損はないでしょ」
奏 「え」
加蓮「別に脈が無いワケじゃないと思うんだよねー、あのプロデューサーさん。奏とのやり取り見てる限り」
奏 「あの……」
加蓮「んー?」
奏 「…………私、そういう話あなたにした?」
加蓮「違うの?」
奏 「ちが……」
奏 「わないけど…… 釈然としない」
加蓮「んふふ。奏は分かりやすい方だよ」
加蓮「キスして~とか、冗談に見せかけるけど、好きでもない人にやらないでしょ」
奏 「……」
加蓮「じゃ、報告はあとでゆっくり聞かせてねー」
奏 「いま、あなたに相談したことをちょっと後悔しているわ」
加蓮「先に立たないっていうよね。じゃあ、奏の指に合うの、がっつり仕上げるからさ」
奏 「……若干不服だけど、それで」
加蓮「はーい、交渉成立。いってらっしゃ~い♪」
――事務室前
奏(炊きつけられただけな気がする……)
奏「……」
奏「……」ドキ ドキ
奏(鼓動が、少しだけ早い)
カチャ
奏(まつ毛、よし。唇もいつも通り綺麗。……顔は赤くない)
パチッ
奏(いつも通りにできる。大丈夫……)
奏「ふー……」
コンコンコン
モバP(以下P)「はい」
ガチャ
奏「失礼。お疲れさま、プロデューサーさん」
P「お疲れさま。どうした?」
奏「ちょっと、話があって……」
P「わかった。すまないが、少し待ってくれるか」
カタカタ
奏「ええ……」
奏(まずは台本のこと。それがどうにもならなかったら……)
奏(……)
奏(実際に、する、ってどうすればいいのかしら……)
奏(キス顔を見せるくらいじゃなにもしてくれなかった)
奏(不意打ち…… それもいいけど)
奏(でも、やっぱり私は……)
奏「……」
カタカタ タン
P「うーん……」
奏(ディスプレイに隠れて顔は良く見えない……でも、ちょっと近づけば、すぐにその顔が見える)
奏(もっと近づけば、真一文字に結ばれたその唇が)
奏(その唇に)
奏(……私が……?)
P「……うん」カチ カチッ
P「おまたせ……っとなんだ、近いな」
奏「あっ」
P「?」
奏「ううん、なんでも……」
P「なんか新しい悪戯でも思いついたか?」
奏「……そうね、そんなところ」
奏(私からしないと)
奏(この関係は、変わらない?)
『別に脈が無いとワケじゃないと思うんだよね』
『奏とのやり取り見てる限り』
奏(でも)
奏(……私から、なんて)
奏「仕事中にごめんなさい」
P「それは大丈夫だけど……」
奏(できないならいっそ)
奏(演技とはいえ、ドラマの中でされてしまった方が)
奏(この変なわだかまりも消えるのかしら)
P「奏?」
奏「あっ……ううん、なんでも。その……」
P「ああ、その台本か」
奏「え? あ……ええ、これ」
P「俺も目を通しておいた。もう読んだか?」
奏「うん…… それで、私」
P「リテイク出してあるから」
奏「えっ」
P「17Pだったっけ。キスシーンには修正だしてる。ちょうどいま送ったメール」
奏「……あ。そう、なの」
P「そのことじゃないのか?」
奏「ううん、そのことだったけど…… 台本変えて大丈夫だった?」
P「そのままが良かった、と言われてもちょっと困る」
奏「えっ」ドキッ
P「未成年のキスシーンとかベッドシーンはあるといえばあるけど、PTAに槍玉にあげられたりするし」
奏「……そういうこと」
P「そもそも事務所NG出していただろ」
奏「あ……やっぱり出していたのね」
P「ああ。たぶん脚本家がノって書いたんだろう。もちろん通すわけにいかないから変えてもらうけど……まぁ、抱きしめられるくらいはあるかもしれない」
奏「そう……それくらいは大丈夫」
P「話題性もなくはないし、話の流れとしてはあってもいいんだろうけどな。そこはそれ、これはこれ。オファーできた話なんだからNGはきっちり守ってもらうよ」
奏「……」ホッ
P「これで解決したか」
奏「……そうね」
P「でも、向こうがこの展開を無理矢理推してくる可能性はあるか。その時は……」
奏「その時は?」
P「まぁ、どうにかして止めるよ」
奏「どうにかって」
P「……カメラの前横切るとか」
奏「ふふっ、問題になりそう」
P「なるかもなぁ。……まぁでも、些細なことだよ」
P「アイドルを守るには」
奏「……ありがとう」
P「いや。まぁ、仕事だしな」
奏「……」
P「ん?」
奏「ふふふっ。照れ隠しが下手よ」
P「……それは、どうも」
奏「はーっ…… なんか、一人で焦っていたの」
P「そこは年相応で可愛かったかな」
奏「あら……プロデューサーさんに反撃されるなんて」
P「はは、からかってるわけじゃなくて……」
奏「なくて?」
P「……いや、なんでもない。可愛かったとはいえ、挙動不審だったのはいただけないか」
奏(誤魔化された……)
奏「あまり言い返せないのが悔しいわね」
奏「台本が変えられないかもって、焦って……キスシーンを演じるなら、練習が必要かな、なんて思っただけ」
P「じゃあ練習は、いらなくなったな」
奏「そうね、残念。せっかく、いい練習相手がここに居るのに」
奏(そしてあなたはいつも、からかうなと、言ってくれる)
P「からかうなよ」
奏(ほら。それでおしまい)
奏(の、はずだったのに)
P「……でも、そうだな」
奏「え……?」
P「うん。練習相手になれなくて残念かもって」
奏「……する気なんて無いくせに」
P「奏ほどじゃない。なんて言ったら?」
奏「ずるい人」
奏「……でも、私もか。加蓮にも同じこと言われたわ」
P「ふっ……はは、そうか」
奏「乙女の純情をからかって、どういうつもり?」
P「ああ、いや悪い。怒らせるつもりじゃない」
P「ただ、奏は…… あー」
奏「どうぞ」
P「……ファーストキスは大切にしておきたいのかなって」
奏「!」
奏「……知ってたの?」
P「いや、知らないけど」
奏「……」
P「……」
奏「私って、そんなにわかりやすい?」
P「まぁ、自分で思っているよりは。……もちろん、俺の知らないところもたくさんあるだろうけど」
P「あまり見くびらないでくれよ」
P「これでも速水奏のプロデューサーなんだから」
奏「……」
P「表に見せる顔も、見せない顔も。どっちも見なきゃいけないし、見ることができる」
P「だからアイドルじゃない奏に興味が無いってわけじゃ……」
奏「私、に?」
P「あ…… いや、失言だ。忘れてくれ」
奏「……出来るかしら」
P「頼むよ」
奏「ふふ…… 忘れないでいいなら、全部許してあげる」
P「余計なこと言ったなぁ……」
奏「そっか。そんな風に想っていただけてるなんて」
P「……参った。忘れなくていい」
奏「ふふっ。嬉しい」
P「……」
奏「……やっぱり、キスは自分からする物じゃないわね」
P「うん?」
奏「さっきまで、ドラマに捧げてもいいか、なんて思っていたの」
P「それはまた……豪気だな」
奏「でも、プロデューサーさんが守ってくれるなら……無理に変わる必要は無いのね」
P「ああ」
P「でも奏は、だいぶ変わったと思う」
奏「そうね」
奏「プロデューサーさんに合っていなかったら、こんな風に笑っていなかったかもしれない」
奏「ねぇ。プロデューサーさん。立っていただける?」
P「え? ああ」
ギッ
P「……?」
奏「……うん。あの時も、こうだった」
P「あの時……」
奏「プロデューサーさんに初めて会った時のこと」
P「私、あの時からたくさん、たくさん変わってきたけど」
奏「変わってないものもあるのよ」
奏「海岸で出会った時のこと。覚えている?」
P「……ここでキスできるか、って?」
奏「あの時の気持ち。まだ変わってない」
P「……」
奏「ほら」
奏「あるよ、すぐここに。私の大切な物」
奏「少し背伸びをしたら、気付いてくれる?」
グッ…
P「おい……ちょっ……」
奏「なんてね」
P「……」
奏「ふふっ」
奏「顔が赤いよ。プロデューサーさん」
奏「やっぱり、キスは自分からするものじゃないわね」
P「……待ってるって?」
奏「言わせないで欲しいし、言ってあげない」
奏「でも…… 私という台本の中で、いつかあなたに演じてもらわないといけないって。そう、思ってる」
P「……」
奏「私の台本に、もうあなたの名前は消せないから」
奏「だから……ねぇ、立っていただける? プロデューサーさん」
奏「私の舞台に」
P「…………ああ。光栄なことだと思っておくよ」
奏「願わくば悲劇より、喜劇がいいわ」
P「保証はできないけど……やっぱり、練習しておいた方が良さそうだ」
奏「楽しみにしてる」
奏「続きは、無くなったキスシーンの後で」
奏「ね」
――事務所
ガチャ
神谷奈緒「おはようございます」
渋谷凛「おはよう」
加蓮「おっはよー♪」
凛「……加蓮?」
奈緒「なに、ニヤニヤしてんだ」
加蓮「えー、顔に出てた? うーんとねぇ……」
加蓮「喜劇的なおせっかい、ってとこかな」
凛奈緒「「?」」
加蓮「うふふふっ」
おわり
お読み頂きありがとうございました。
誕生日全く関係ない話だったけど、誕生日SSです。
書きたいこと書いてたらこうなった。
奏、誕生日おめでとう。あと、総選挙7位もおめでとう。
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乙はやみ
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