【ウマ娘SS】私の有馬記念 (7)

オグリキャップメインのウマ娘短編SSです。

地の文あり、競馬知識皆無なので間違ってる表現とかあったらごめんなさい


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1614253541

 あの日、あのレースを見た時、魂の震える感覚があった。
 地方の片田舎では決して有り得ない程の人々が、たった一つのレースに、そこに立つ十数人に注目している。
 そこに立つ者達は、誰もが輝かしい経歴を持っている。
 実力・技術・人気……どれもが日本でトップクラスの者達。
 年に一度、そんな彼女らを集めて開かれる日本一を決めるレースの一つ。
 『有馬記念』。
 トレーナーに連れられて、観客としてだがその場の一員となった時、私は心の底から思ったのだ。
 このレースに出てみたい、と。








 私の名前はオグリキャップ。
 異世界からもたらされた何ものかの魂を宿し、『ウマ娘』としてこの世に生を受けた者だ。
 私は地方出身の田舎者であったが、どんな巡りあわせか、『ウマ娘』としての素質を有していた。
 故郷のレースでは殆ど負けなし。
 私の差し脚に敵うものはいなかったし、まして差し返せるものなど存在しなかった。
 連戦連勝、敵はなかった。
 その噂は地方から中央にまで伝わり、そうして私は今この場にいる。
 『トレセン学園』
 中央でも有数のウマ娘達が集い、更なる実力の向上を目指して切磋琢磨しあう全寮制の学園だ。
 そこで私は一人のトレーナーと出会い、トゥインクルシリーズを勝ち抜くためのトレーニングに明け暮れている。


(……『有馬記念』、か)

 今は深夜。
 有馬記念を観戦し、夕刻のトレーニングも終え、就寝の時間。
 同部屋のタマモクロスは既に大いびきをかいて眠っている。
 明日もトレーニングがあるのだ、早く寝なくてはと思いながらも、意識と反して目はさえる一方だ。
 原因は分かっている。
 今日観戦した有馬記念。
 あの光景が、あの情景が、目に焼き付いて離れないのだ。

(……出たい。私は、『有馬記念』に……)

 こんな気持ちは初めてだった。
 私にとってレースは周囲の期待に応えるためのものだった。
 大飯喰らいの私を嫌な顔一つせずに育ててくれた両親、中央に出た後も私を応援し続けてくれる故郷の人々。
 皆の想いに応えるために、私は走る。
 その筈だった。
 だったのに、『有馬記念』は特別だった。
 誰かのためではない。
 どうしても出たい。
 あのパドックを越えた遥か先のゴールを目指したい。
 ただ、そう思った。
 言うなれば―――『魂』が、そう告げている。

(……立ちたい、あの場所に!)

 心の奥底で熱く燃えるものを感じる。
 なぜ、自分がそこまで『有馬記念』に思いを強めているのかは分からない。
 同等とされるG1レースは他にもある。
 初めて現地でそれを観戦したから? ……それもあるだろうが、本質はどこか違う気がした。
 この胸の高鳴りは、『有馬記念』でしか感じないものなのだと思う。
 それ程までに想いは強く、強く輝いている。

(立ちたいじゃない……立つんだ)

 決意が、漲った。
 誰のためでもない自分のために。
 私は、『有馬記念』に立つと自分自身に誓った。

 そして―――、







 あれから一年。
 私は、念願のゲートの中にいる。
 『有馬記念』の、スタートゲートに。

(遂に、ここまで来たな……)

 トレーナーがこちらを見つめている。
 誰よりも私の力を信じ、私の力を引き出してくれた人。
 私の願いを叶える為に、特訓を組み、レースを組み、数多の指導をしてくれた。
 あの人がいるから、私はここにいる。
 あの人が私の全てを引き出してくれたから、私はここにいる。
 トレーナーがいなければ、私はとっくのとうに中央のレベルの高さに潰されていただろう。

(ありがとう、トレーナー)

 観客席の片隅には、私を応援し続けてくれていた故郷の人々が、手作りの横断幕を手に声を張り上げている。
 十万人を超える観客の中でも、なぜだか彼等の声ははっきりと耳に届いていた。
 皆の応援がなくても、やはり私はどこかで膝を折ってしまっていただろう。
 過酷な練習の日々に、強すぎる中央の実力に、とても立ち向かえはしなかった。

(ありがとう、皆)

 数多の人たちの支えがあったからこそ、私はこの場所に立てている。
 私自身の願いを叶えるために、皆が支えてくれたのだ。
 震えている。
 心が、魂が、抑えきれない程に、震えている。
 目の前には鉄の扉。これが開いた時、私の『有馬記念』が始まる。
 そして、ようやく分かるのだろう。
 なぜ、私がこんなにも『有馬記念』の舞台に立ちたいと思ったのか。
 なぜ、私にとって『有馬記念』は特別なのか。
 その『答え』が、分かる。
 深く、深く、息を吸う。
 周りでは、歴戦のウマ娘達が私と同様に集中を高めている。
 隣にいるだけでも感じるすさまじい存在感。
 当然だ。ここにいるのは、日本のトップを駆け抜けるウマ娘達。
 日本で一番熾烈なレースが、今この瞬間だ。
 もう一度、深く、息を吸う。

(さぁ、教えてくれ)

 声援が、一際大きく聞こえた。
 十万を超える人々の叫びが、このレース場に降り注いでいる。
 
(―――ここには、何があるんだ!)

 そして、ゲートが開かれた。

 声援が、ウマ娘達の蹄が、地面を揺らす。
 眩い陽光に照らされた、誰も足を踏み入れていないまっ平なダート。
 真っ先に飛び出していく逃げ足のウマ達。
 私は先頭グループとつかず離れずの距離を保ち、機を伺う。
 足をためて、足をためて、最後の直線に備える。
 だが、正直に言えば、追いすがるだけでも一杯一杯だった。
 さすがは『有馬記念』を走る猛者たちだ。
 強靭な脚に巧みな位置調整を加えて、虎視眈々と自分の最も有利なポジションに立っている。
 速く、旨い。
 実力の差をひしひしと感じる。

(それでも……それでもだ!)

 譲れないものが、ある。
 皆の想いがある。
 トレーナーの、地元の皆の想いが、私の背中に乗っている。
 走り始めれば分かると思った『答え』もまだ見つからない。
 ならば、

(―――勝つんだ!)

 勝てば、今度こそ分かる。
 私の初めての願い。
 この一年間、私を突き動かしてきた何か。
 その『答え』が、そこにある。
 『有馬記念』の頂点の景色に、それはあるのだと確信できる。
 最後の直線。
 スイッチが、入る。
 目の前に、私を遮るものはいない。
 ただ私の前を走るウマ娘たちの背中だけが映っている。
 一歩。
 差が、縮まる。
 また一歩。
 更に差が、縮まる。
 世界が、後ろへと流れていく。
 目の前に、私より速いものは存在しない。


(ああ、そうだ。この景色は―――)


 ふと脳裏に過る光景。
 見たことのない四足歩行の動物が、今の私たちと同じようにダートを走っている、その光景。
 聞こえるのは何万からなる声援と、『私』に跨る騎手の掛け声のみ。
 限界の身体。
 脚は震え、呼吸も満足にできない。
 それでも。
 『私』のレースは、これで終わりだから。
 『オグリキャップ』のレースは、これで終わりだから
 だから―――!

 ……気付けば、私/『私』は一番でゴールラインを駆け抜けていた。
 割れんばかりの歓声が、競技場を包み込む。
 もう、先ほどまでの景色は見えてこない。
 レース場にいるのは私と、ウマ娘達だけ。
 あの名も知らぬ動物たちは、『オグリキャップ』はもうどこにもいなかった。
 ただしかし、確かに……確かにそれはあったのだろう。
 『オグリキャップ』が見せた奇跡の走りは。

(負けられないよな……『オグリキャップ』なら)

 地元の皆が手を振っている。
 トレーナーなんかは涙で顔をぐしゃぐしゃにして何かを叫んでいる。
 あの時の『オグリキャップ』が背負っていたものとは比較にはならないが、それでも背負っている者を悲しませることだけはできない。
 それが『オグリキャップ』の魂を継いだ者の在り方だ。
 だから、これからも私は走り続けるだろう。

(『貴方』みたいな最後が迎えられるかは分からないけど、それでも―――)

 私を大切に想ってくれる、私が大切に想っている誰かのために。
 私は、走り続ける。
 『オグリキャップ』の名を掲げて。
 最後まで人々の期待と声援に答え続けた『貴方』のように―――『私』は、走り続けるのだろう。

短いですが投下終了です。
HTML化依頼だしてきます

おつおつ

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