【シャニマスSS】P「メイドの夏葉の5Wと1HのH」 (32)

P「なあ、夏葉」

夏葉「なにかしら?」

P「取り敢えず、5W1Hで話をしよう」

夏葉「唐突に何を言っているの?」

P「混乱してるんだ。とにかく状況確認がしたい」

夏葉「……よく分からないけど、まあいいわ」

P「助かる」

夏葉「それなら『When』からね」

夏葉「『いつ』」

P「……土曜日だな。土曜ではあるが俺は出勤日だ。本来なら」

夏葉「私はオフよ。大学も休みだわ」

P「次は『Where』だな。これがまず聞きたかった」

夏葉「見たらわかるじゃない」

P「自分の認識に自信がないんだ。まだ夢の中にいる気すらしている」

P「というわけで……『どこで』」

夏葉「プロデューサーのアパートよね」

P「だよな。そうだよな。俺のアパートの俺の部屋だ」

夏葉「お邪魔しているわ」

P「ああ、いらっしゃい」

夏葉「初めて来たけれど、結構落ち着く場所ね。気に入ったわ」

P「それはどうも」

夏葉「ええ」

P「……」

夏葉「……」

P「いや、なぜいる」


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P「家の場所、夏葉に言ったことないよな?」

P「というかアイドル達には誰にも……」

夏葉「『プロデューサーのお見舞いに行きたい』と伝えたら、教えてくれたわよ」

P「なるほど、はづきさんか」

P(別に住所を知られて困りはしないが、それは会社としてどうなんだろう)

P「えーっと……じゃあ鍵は? かかってただろ?」

夏葉「管理人の方に事情を話したら開けてくれたわ」

P「なるほど」

P(それ問題になりませんかね、大家さん)

夏葉「納得してくれた?」

P「まあ、夏葉が部屋に入った方法に関しては」

P(まだまだ疑問は尽きないが……すごく気になることが一点あるが……)

P(ともかく話を進めよう)

P「『Who』で……『誰が』」

夏葉「見ての通りね。私、有栖川夏葉よ」

P「『What』、『何をした』」

夏葉「プロデューサーを看病しに来た」

P「『Why』、『なにゆえ』」

夏葉「アナタが寝込んでいると、私が困るから」

P「ふむ」

夏葉「最後はHで『How』ね」

夏葉「『どのようにして』」

P(『How』か。これだけだと、質問として漠然としてるんだよな)

夏葉「……何を答えるべきなのかしら」

P(5W1HのH……Hか)

夏葉「交通手段? それとも他の……」

夏葉「持ってきたものとか、伝言とか……」

P(Hか。H……)

夏葉「……そうね。アナタから何か質問して頂戴。何でも答えるわ」

P(夏葉……H……)

夏葉「プロデューサー? 聞いてるの?」

P(Hで……Hなのは……)

P(……エッチなものは……)

P「夏葉の格好だ」

夏葉「へ? 格好?」

P「メイド服」

夏葉「ああ、それが合ったわね。忘れていたわ」

P(……)

夏葉「……」

P(……なんで?)

P(……なにゆえ!?)

P(メイド服を着ていらっしゃるんだぁぁぁぁあああああ!?)

P(整理しよう)

P(風邪を引いたのが三日前)

P(無理して仕事をした結果、家に帰り着いた頃には動けなくなっていたのが二日前)

P(朦朧とした意識で横になっていたら、夕方にはマシになってきたのが一日前)

P(そして今日。『大事を取れ』との社長命令で、午前中まるまる寝ていたのだが……)

P「眠りの長いトンネルを抜けると夏葉であった」

夏葉「ひょっとして……『雪国』のつもり?」

P「いや、白いしさ。メイド服が」

夏葉「……そんな妙なことを口走るくらい動揺しているのね」

P(当たり前だろ。起きがけにメイド服夏葉を見たら誰だってそうなる)

P(可愛すぎるからな)

夏葉「そんなに驚くことかしら?」

P「起きた時に人がいたら、普通はビックリするだろ」

夏葉「それもそうね」

P(あ……夏葉が立った。机に飲み物が置いてあるのか。ちゃんとスポドリだな)

P(しかし、夏葉のメイド服……あれは確か、ちょっと前に仕事で使った衣装だよな)

P(あんなに背中がパックリひらいてるメイド服なんて、通常のものなわけないし)

P(うん、魅力的だ。よく似合ってる。ずっと眺めていたい)

P(それにあの美しい背中を見てると、視線がスーッと下に吸い寄せられて……)

P(ついつい夏葉の……)

P「はっ!」

夏葉「プロデューサー、飲み物と体温計よ」

P「あ、ああ……ありがとう」

P(いかんいかん、俺は何を考えているんだ。担当アイドルに劣情を抱くなど)

P(そんなことをしたら、プロデューサー倫理観で肺が潰れて、血反吐をはくハメになってしまう)

P(いかんな。煩悩退散、煩悩退散。夏葉は相棒。夏葉はパートナー)

P「あー、その……」

P「そのメイド服は、はづきさんが用意してくれたのか?」

夏葉「ええ、『こんなこともあろうかと~』って言って渡してくれたわ」

夏葉「いつのまにか、レンタルしていたみたいよ」

P「はづきさんナイスゥ!」

P(そうか。公私混同とはけしからんな)

夏葉「プ、プロデューサー?」

夏葉「なんだかアナタらしくない言葉が聞こえた気がしたのだけど……」

P「き、気のせいだ」

P(いかんな。まだ風邪が残ってるのか? 本能のままの発言が……)

夏葉「でも嬉しいわ。前も『似合ってる』と言ってくれたものね」

P「そう……だったな」

夏葉「あら? それとも、あれはお世辞だったのかしら?」

P「俺が夏葉に世辞を言うわけないだろ」

夏葉「そうよね。ふふっ」

P(今日の夏葉はやけに上機嫌だな)

P(だけど、まあ……)

P(俺も人のことは言えないか。夏葉が来てくれて嬉しいのは事実だし)

P(メイド服にも部屋に入ってたことにも驚いたけど、悪気は一切無いみたいだしな)

P(むしろ……)

P(そうだな。プロデューサー冥利に尽きる、というべきか)

P「……お、三十八度五分か」

夏葉「あ、そうだわ。アナタが起きたら聞こうと思っていたのだけど」

夏葉「これ、何かしら?」

P(うん? 俺の机の上から何か取ったな。あれは……)

P「辞典だな。英英辞典」

夏葉「じゃあ、これとこれは?」

P「筆記用具と参考書だ。『よくわかるビジネス英会話』」

夏葉「そうよね。そして、この英文が書かれたノートを見るに……」

夏葉「プロデューサーは昨日、これらを使って勉強をしていたのよね」

P「ああ。夕方には少し持ち直してたから」

P「休みも貰ったしな。家にいるならいるで、やれることをしようかと……」

夏葉「そう……やっぱり、そうなのね」

P(あ、あれ? 夏葉の言葉に若干の怒気が含まれてるような)

夏葉「……そんなことだろうとは思っていたわ」

夏葉「アナタのそういうところは嫌いじゃないけど、風邪がぶり返すとは思わなかったの?」

P「あ……」

P「あー……いや、まあ、大丈夫かなと」

夏葉「……」

夏葉「……やっぱり、この服を着てきたのは正解だったようね」

P「な、夏葉?」

夏葉「いいわ! 任せなさいっ!」

P(……!?)

夏葉「プロデューサーがそういうつもりなら、私だって本気でやらせてもらうわ!」

夏葉「全力でアナタに奉仕して、アナタを全力で休ませてあげる!」

夏葉「このアルティメット・メイド……有栖川夏葉がね!」

P(……)

P(……『バーン』という効果音が聞こえた気がした)

P(夏葉は熱い。夏葉は真っ直ぐだ。いつものことだが)

P(ん? 熱い? 熱いは……)

P(『warm』、『熱意のある・思いやりのある』)

夏葉「良い休息は、良い衣類と良い寝床から……」

夏葉「と言うわけで脱いで頂戴、プロデューサー」

P「早速だな」

夏葉「早速よ」

夏葉「時間は一秒たりとも無駄にできないもの。早くことを済ませば、それだけ休める時間が増えるわ」

P「……着替えるくらいは、俺一人でも
出来るぞ?」

夏葉「ついでに体も拭いておきたいのよ。温めたタオルも、もう用意してあるから」

P「そ、それこそ一人で……」

夏葉「自分の背中とかを拭くのって、結構難しいじゃない?」

夏葉「遠慮しなくていいのよ。私とアナタの仲じゃない。さ、早く脱いで」

P「い、いやいや……! 正直に言って恥ずかしいんだが」

夏葉「私だって恥ずかしいわよ」

P「そうは見えないぞ!?」

夏葉「私が恥ずかしがったところで、アナタの病状は改善しないでしょ」

P「それは……そうだが。合理的だけどさ」

夏葉「それに、プロデューサーは何度も私の背中を見てるじゃない。水着撮影とかで」

P(ついさっきもな)

夏葉「だから、おあいこよ」

P「それはプロデューサーとアイドルの違いだろう」

P「プロデューサーがアイドルの背中を見るのは自然なことだ。ちゃんと仕事の上でなら」

夏葉「それなら、私がアナタの背中を拭くのも自然なことになるわ」

P「なんでだ?」

夏葉「だって私とアナタは、背中を預け合う関係でしょう?」

P「む……」

P「そう言われると弱いな」

P「じゃあ、背中だけ頼む。前は自分でやるから」

夏葉「ええ、任されたわ」

夏葉「着替えはこっちに置いておくわね」

P「おーう」

夏葉「始めるわ」

P(……うん、サッパリして気持ちがいいな)

P(風邪の時はむしろ、普段より小まめに着替えたほうがいいもんだよな。気分的には……)

P「あ、そういえば」

夏葉「どうしたの?」

P「そのメイド服、夏葉は何処で着替えたんだ?」

P「まさかその服で外をうろついていたわけじゃ……」

夏葉「それは無いわ」

P「だよな」

夏葉「背中拭き終わったわよ。はい、タオル」

P「ああ」

夏葉「終わるまで、扉の方を見てるわね」

P(出てはいかないのか……別にいいけども)

夏葉「着替えには、ここの居間を借りさせてもらったわ」

P(……なんですと?)

P「それは無用心じゃないか? 俺が起きてきたら鉢合わせしてたぞ?」

夏葉「その可能性は考えなかったわね」

夏葉「そのくらい、アナタはぐっすりと眠っていたから」

P(それは見て分かるものなのか)

夏葉「無用心と言うなら……そうね」

夏葉「アイドルが一人暮らしの男性の家に入っていること」

夏葉「そっちの方を注意されると思っていたのだけれど」

P「その点に関しては信頼してるよ。夏葉だからな」

P「見てなくとも、上手くやってることは分かってるさ」

P「しかし……」

P「家に着いた時に俺が起きていたら、どうするつもりだったんだ? そのメイド服」

夏葉「その時はお蔵入りね」

P「それはそうか。もしそうなってたら、ざ……」

P「……いや、何でもない」

夏葉「言いかけたのなら、最後まで言うべきじゃないかしら。気になるわ」

P「いや、本当に何でもないんだ。言っても仕方ないことだよ」

夏葉「そう言われると、尚更気になるのだけど」

P(……今日の俺は、どうやら口が滑りやすいようだ)

P(あんまり考えを口にしまくってると、夏葉のことを褒めすぎて、引かれてしまいかねん)

P(夏葉からの信頼を失ったら、死んでも死に切れなくなる)

P(自制だ俺。自制せよ……)

夏葉「……」

夏葉「プロデューサー、しりとりをしましょう」

P「え、し……?」

P「し……っ!?」

夏葉「ど、どうしたの? たしかに突拍子は無かったけど、驚きすぎじゃないかしら」

夏葉「ただのしりとりよ」

P「あ、ああ。し……しりとりだな。構わないぞ」

夏葉「前の時は途中で終わってしまったから、ずっと気になっていたの」

P(そういえば、いつかの送迎の時に夏葉としりとりをしたっけ)

P「その時の続きからにするか。たしか夏葉が『サー』と言って、止まってるんだったよな」

P「この場合は『さ』? それとも、『あ』?」

夏葉「それは……『あ』にしましょうか」

P「分かった。あと、文章とか動作でも良いんだよな?」

夏葉「ええ、もちろん。ルールもあの時の引き継ぎで」

夏葉「……いえ、むしろ少し変えて、『会話文のみオーケー』にしましょうか」

P「よし、了解だ。『あ』からだな。『あ』……」

P「『ありがとう、来てくれて』」

夏葉「『て』……『丁寧な謝辞の言葉、痛み入るわ』」

P「『私の不徳の致すところです』」

夏葉「……『凄くかたい物言いね』」

P「『猫は柔らかい』」

P(この会話文しりとり……普段の会話を思い出せば、次がある程度予想できるな)

P(これなら、多少ボケ気味の頭でも何とかなりそうだ)

P(……今更だが、夏葉は何でしりとりを?)

夏葉「急に猫が出てきたわね」

P「駄目か?」

夏葉「面白かったからいいわ。えーと、『い』ね。『い』……」

夏葉「『犬派よ』」

P「『よく知ってる』」

P(しりとりの方は大丈夫だ。スムースに答えられてる)

夏葉「『留守番もちゃんとできる良い子だわ』」

P「『悪いことさせちゃったかな』」

夏葉「『なら、来ない方が良かった?』」

P「『魂に誓って、それはない』」

夏葉「……『い』」

P(自然な話し口調の『わ・ね・よ』。あとは疑問文での『の・た・ら』)

P(そのあたりを意識しておけば……)

夏葉「『今』」

夏葉「『今、私がメイドの格好じゃなかったのなら』」

P(疑問文か)

夏葉「『アナタはどう思ったの……』」

P(ほら来た。『の』だな、『の』……)

夏葉「『さ?』」

P「さ……」

P「『さ』ぁ!?」

P(『どう思ったのさ』)

P(……ってことか!? 夏葉、お前普段はそんなこと絶対に言わないだろ!?)

夏葉「ええ、『さ』よ」

P(しまった! 『さ』なんて、何も考えてないぞ!?)

夏葉「『ざ』でもいいわよ、プロデューサー」

P「なにっ!? そ、それなら、えーっと……! 」

P「『さ』……『ざ』…… 」

P「『ざ』……!」

夏葉「ふふっ」

夏葉「『メイド服を着てこなかったら、どう思ったのざ』?」

P「『ざんねん』……」

P「あっ!」

夏葉「あら、私の勝ちね」

P(……か、完璧にしてやられた。はめられた。完全敗北だ)

P(だが……不思議と不快感はない)

P(『楽しく話せたな』感すら覚える)

P(こういうのは……つまり、夏葉が……)

P(『witty』、『機知に富んだ』)

夏葉「居間の方に布団を敷き直したわ」

P「あれ? さっき寝巻きと一緒に、洗濯しに持って行かなかったか? 」

夏葉「私の家から新しいのを持ってきたのよ。予備が無いかと思って」

P「自分以外が泊まることないからな。予備の布団、事務所にはあるんだが」

P「あ、それより……」

夏葉「布団のお金の話ね。聞かれると思ったわ」

夏葉「請求するつもりはない……と言っても、アナタは納得しないのよね」

P「そりゃそうだ」

夏葉「だから後回しにしましょう。今日は休むことが最優先」

夏葉「それ以外のことは、完治した後にゆっくり話せばいいわ」

P「……布団、ありがとうな」

夏葉「どういたしまして。なら次に行きましょう」

P「次は何を?」

夏葉「掃除ね」

P「掃除か」

夏葉「居間の方の掃除は終えているから、次はアナタの部屋よ」

P「寝ている間に掃除してくれたんだな。言われてみれば、凄い綺麗になってる」

夏葉「事務所の机もそうだけど……アナタって、整理整頓が苦手な方よね」

P「面目ない。自分のことになると、どうにも」

夏葉「そういうわけで、アナタの部屋の掃除をさせてもらうわ」

P「俺が自分でやると言ったら?」

夏葉「横になるように説得するわね。手伝う、でも同様よ」

P(……やる必要ない、と言っても聞かなそうだな)

P「それなら、よろしく頼むことにするよ。夏葉」

夏葉「任せなさい」

P(掃除してくれること自体は有難いしな)

P(……まあ、あれに関しては大丈夫だろう。多分)

夏葉「本とかの紙類は、大きさごとに一纏めにして……」

夏葉「ここは掃除機をかけて……」

夏葉「カトレアの毛が落ちてないのは、少し新鮮な感じね」

夏葉「あ、ここもホコリがたまってるわ」

夏葉「フローリングは、軽くでも布がけしておいた方が……」

夏葉「…………」

夏葉「……」



夏葉「……ふう、これで一段落かしら。目に付くところは綺麗になったわね」

夏葉「あとは……」

夏葉「ベッドの下、ね」

夏葉(……大丈夫よ。分かってる)

夏葉(分かっているわ、智代子)

ーーー

智代子「あとは生姜湯とかもオススメかな。すっごく暖まるんだよ」

夏葉「生姜湯……」

智代子「じゃあ、そっちの作り方も書いておくね」

夏葉「何から何まで悪いわね、智代子」

智代子「ううん、気にしないで夏葉ちゃん。私もプロデューサーさんに早くよくなって欲しいから」

智代子「……よし書けたっ! 園田家直伝・風邪退治のお粥レシピ!」

夏葉「それと、生姜湯の作り方ね。助かるわ」

智代子「他は大丈夫なんだよね?」

夏葉「大丈夫よ。家事で不安なのは調理くらいだから」

智代子「そうだよね。夏葉ちゃん、ちゃんと一人暮らししてるんだもんね」

智代子「ちなみに夏葉ちゃん、お粥にプロテインは……」

夏葉「入れないわ。分かっているわよ」

智代子「あ、よかった」

夏葉「でも、そういう確認は大事よね。他に何か思いつかない?」

智代子「他? 他に、したらダメなこと……だよね?」

夏葉「ええ」

智代子「うーん、と……あ」

夏葉「思いついたのね」

智代子「あー、でも……言わなきゃダメ、かな?」

夏葉「何でも言って欲しいわ。プロデューサーの体調がかかっているのだもの。下手は打てないわ」

智代子「それは……そ、そのぉ……」

智代子「ベッドの下を掃除する……とか?」

夏葉「ベッドの下を掃除……」

夏葉「それは、何故いけないのかしら?」

智代子「え」

夏葉「智代子?」

智代子「そ、それは、もちろん……プロデューサーさんも男の人だからで……」

智代子「万が一があったりなかったりしたら、気まずかったり気まずくなかったりするかも……みたいな?」

夏葉「要領を得ないわね」

智代子「えっと……夏葉ちゃん、ホントに分からない感じ?」

夏葉「その言い方だと普通は分かるものなのね」

智代子「普通は分かると言うか……お約束と言うか……」

夏葉「……ごめんなさい、想像もつかないわ。教えて頂戴、智代子」

智代子「……」

智代子「夏葉ちゃん」

夏葉「ええ」

智代子「理由は、私にもよく分からないかな」

夏葉「そうは見えなかったけど……」

智代子「と、ともかく!」

智代子「絶対ダメなんだよ! ベッドの下の掃除は絶対、絶対に!」

智代子「いい夏葉ちゃん!? ベッドの下の掃除は絶対にしたらダメだからね!」

智代子「絶対に! 絶対にだよ!」

夏葉「わ、分かったわ。ダメなのね。絶対に」

智代子「コホン」

智代子「……それじゃあ私、ラジオの収録があるから」

智代子「プロデューサーさんによろしく伝えておいてね、夏葉ちゃん」

夏葉(智代子の言葉……何か含みがあったような)

凛世「あの……夏葉さん……」

夏葉「凛世じゃない。どうしたの?」

凛世「夏葉さんの……お知恵を拝借したく……少々お時間を頂いて、よろしいでしょうか……?」

夏葉「もちろんいいわよ」

凛世「ありがたく……存じます……」

凛世「この頃……『バラエティ』の勉強をしているのですが……解釈し難いことが有りまして……」

夏葉「一緒に判断して欲しい、というわけね。分かったわ」

凛世「はい……では、こちらの映像を……」



芸人『押すなよ! 絶対押すなよ!』

芸人『絶対押すな。絶対押すな。絶対押すなよ』

芸人『絶対、絶……ァァアヅゥイ!!』



凛世「……」

夏葉「……」

凛世「何故、この方は……押されてしまったのでしょう……」

凛世「『押すな』という言葉を、『押せ』と読み換える……そんな文法が、あるのでしょうか……?」

夏葉「……そうね。多分、凛世の言う通りだと思うわ」

凛世「……! 夏葉さんは……ご存知なのですね……」

夏葉「私も小耳に挟んだくらいよ。『絶対に』が着くと、禁止の命令系の意味が逆転するという文法」

夏葉「芸能の世界には、そういう『お約束』がある……と……」

夏葉(あら?)

夏葉(さっきの智代子の言葉って、ひょっとして……)

ーーー

夏葉(フリ、と言うらしいわね。来る途中に軽く調べたわ)

智代子『掃除しちゃダメだからね!』

智代子『絶対に掃除しちゃダメだからね!』

夏葉(つまりこれは、『ベッド下を掃除をしろ』という意味になる……)

夏葉(了解よ智代子! アナタの忠言、しっかりと受け取ったわ!)

夏葉(……でも……)

夏葉(智代子に、そんなつもりは無くて。フリでも何でもなかったとしたら……)

夏葉(いいえ。ベッドの下を掃除して悪いことにはならないはずよ)

夏葉(どう考えても、病状の悪化に繋がるとは思えないもの)

夏葉(むしろ埃が溜まりやすい分、念入りに掃除すべき箇所だわ)

夏葉「よし、やるわよっ! まずは収納物を外に出して……」

夏葉「あら、奥に雑誌が挟まってるわね。寝転んで読んでいたのかしら」

夏葉「机の上に戻しておき……」

夏葉「……裸の人?」

夏葉(……)

夏葉(…………)

夏葉「きゃっ!」



P「どうした夏葉ー? 小さな悲鳴みたいなのが聞こえ……」

P「ん? ンンンー!?!?」

P(お、俺の秘蔵コレクションの一冊がァァアアア──ッ!?)

P「な、夏葉ぁ!? そ、そのブツを……どこから……」

P「い、いやいやいや! それより……!」

夏葉「……ない、わ」

P「へ?」

夏葉「……何も、見てないわ」

P「ほ?」

夏葉「……私は、何も見ていないわ」

P「そう……か」

夏葉「だから、プロデューサーも何も聞いていないはずよ」

P(め、めっちゃ白々しい……!!)

P(さすがに、それは無理があるぞ! 顔が耳の先まで真っ赤だし!)

P(……というか、ここまで恥ずかしがってる夏葉を見るのは初めてかも)

夏葉「少し席を外すわね。智代子に今すぐ電話をしたいの」

P「智代子に?」

夏葉「謝ってくるわ」

P「お、おう……」

P(とても俊敏な動きで出て行ったな)

P(薄々思っていたが……やっぱり夏葉って、こういう生々しいのには耐性ないのか)

P(そういう部分は、お嬢様なんだな。たまに忘れかけるけど)

P(変なところで純真無垢というか、いや当然可愛らしい部分ではあるんだが)

P(加えて、さっき白々しかったし、今日はメイド服だしで……)

P(『white』、『白い』)

P(……さて、そろそろ現実と向き合うか)

P「……鬱だぁ……」

P「美味いな、この粥」

夏葉「智代子から教えてもらったのよ」

P「そうか。通りで」

テレビ『……次はお天気情報です……』

テレビ『……今夜から明日の朝にかけて、全国的に雨模様となるでしょう……』

P「なら、プロテインは入っていないんだな」

夏葉「プロデューサーもそれを言うのね」

P「前科持ちだしなぁ……」

テレビ『……この時間からは、地域ごとのニュースをお届け致します……』

テレビ『……都内では今夜……』

夏葉「生姜湯もあるわよ」

P「お、ありがとう。こっちは夏葉の分もあるのか」

夏葉「私も飲んでみたくてね」

P「ああ、なるほど。じゃあこれも、智代子様々なわけだ」

テレビ『……今年も花粉の舞う季節となり……』

テレビ『……例年と比べ、今年は花粉量も多く……』

P「なんというか……」

P「いつもより、時間がスローに感じるよ」

夏葉「そのために色々とやったのだもの」

P「そうだったな。まったりで……落ち着く感じだ」

夏葉「ええ」

テレビ『……お出かけの際は、マスクやサングラスなどを……』

P「ぐびっ……」

夏葉「くぴっ……」

P・夏葉「「……ふぅ……」」

P「……夏葉、失礼なこと言ってもいいか?」

夏葉「聞きたいわ」

P「世の中にはさ、『風邪でも頑張れ! 気合いだー!』……みたいな人もいるだろ?」

夏葉「いるわね」

P「初めて会った時は、夏葉もそういうタイプの人間かと思ったんだ」

夏葉「ふふっ、何よそれ。本当に失礼ね」

夏葉「でも今は、そう思っていないんでしょう?」

P「そりゃな。思ってたらこんなことは口にしないよ」

P「俺の勘違いだった、というだけの話さ」

夏葉「分からないわよ? 当時の私が、何をどんな風に考えていたかなんて」

夏葉「さすがに、そこまで過激なことは言わないと思うけど」

P「そんなもんか」

夏葉「でも、そうね」

夏葉「体が弱まっていたら休息を。心が弱まっていたら『頑張れ』か『大丈夫』を……」

夏葉「少なくとも今の私は、そんな風に考えているわ」

P「心も体も弱ってたなら?」

夏葉「その時は、そういう時は……」

夏葉「元気になるまで側に居てあげるわ」

P「今みたいに?」

夏葉「今も、よ」

夏葉「風邪なんて、まさに『そういう時』じゃない」

P「……色々考えてるんだな、夏葉は」

夏葉「何を言ってるのよ、プロデューサー」

P「変なこと言ったか、俺?」

夏葉「言ったわ。だって、そういうことって……」

夏葉「全部、いつものアナタがしてくれてることじゃない」

P「なっ……」

夏葉「あ、もう飲み終えてしまったのね」

夏葉「食後にもう一度、検温をしておきましょう。体温計を取ってくるわ」

P「……お、おう……」

P(……)

P(……ダメだな。今日の夏葉には勝てる気がしない)

P(別に勝ち負けじゃないけど、いいようにされっぱなしだ)

P(そして、それに安らぎを覚えてる自分がいる。それもまたなぁ……)

P(これは、なんと言ったもんかな。夏葉が……)

P(『weak』、弱さを……)

P(いや、なんか違う)

P(視野が広いとか、器が大きいという意味で……)

P(『wide』?)

P(んー、それもしっくりこないな)

P(ああ、もういいか。そこら辺全部引っくるめて……)

P(『worthy』、『尊敬すべき』)

P「くびっ……」

P「……ふぅ……」

P(穏やかな午後だなぁ)

P「……三十七度八分、っと」

夏葉「本当に行くのね?」

P「元よりその予定だったからな。夕方には一度出社するつもりだった」

夏葉「でも……」

P「書類を届けに行くだけだよ。すぐに帰って、また横になるさ」

夏葉「私が代わりに責任持って届ける、って言ったら?」

P「アイドルにそういうお使いを頼むわけにはいかないよ」

P「それ以前に、大事な書類を人に預けるなんて論外だしな。社会人として」

夏葉「じゃあ、私も一緒に行くというのは……」

夏葉「……問題あるわよね。そっちは、アイドルとして」

P「だな。家から事務所まで連れ立って行くのは、誰かに見咎められるリスクがある」

P(四半日ほど一緒に居ておきながら何を、という話ではあるが)

P(そこは棚上げする)

P「……まあ、病み上がりだし心配してくれる気持ちはわかるよ」

夏葉「それもあるけど、それだけじゃないわ」

夏葉「私は『全力でアナタを休ませる』と言ったもの。口にした以上は、それを違えたくない」

P「夏葉は誠実だな」

夏葉「当然のことよ」

P「それなら、その辺は……そうだな」

P「『全力で休めたから、憂いなく出社することが出来るのだ』」

P「そんな風に解釈してくれると助かる。夏葉の看病があったからこそだよ」

夏葉「……そう言われると、何も言えなくなってしまうわ」

夏葉「でも、安心したわ。調子が少しでも戻ってきたみたいで」

P「少しは頭も冴えてきたよ」

夏葉「ふふっ、そうみたいね」

P(今日は一日、夏葉に言い負かされっぱなしだったしな)

P「じゃあ夏葉。これ合鍵だから」

P「出る時は戸締りの方よろしく頼む」

夏葉「え……」

P「はい、確かに渡したからな」

夏葉「い、いいの?」

P「いいも何も、無いと困るだろ。俺が戻るまで家から出られなくなるぞ」

夏葉「それは、そうだけど……」

P「俺を待たずに帰っても、全然問題ないからな」

P「鍵は……好きな時に返してくれれば、それでいい」

夏葉「無用心じゃない?」

P「無用心じゃないよ」

夏葉「……そう」

夏葉「そういうことなら、合鍵受け取らせてももらうわね」

P「ああ、そうしてくれ」

夏葉「……でも、待っているから」

P「そうか」

夏葉「それで、その……」

夏葉「夕ご飯、用意して待っていることにしたから」

夏葉「だから、寄り道しないで帰ってきて欲しいわ」

P「了解した。なるだけ早く戻れるように努力するよ」

夏葉「……お願いよ?」

P「ああ、行ってくる」



P(これから出勤。そのために家を出る)

P(その見送りに夏葉がいて、その夏葉が『待ってる』と言う)

P(……とても、フワフワとした気分になった)

P(だって、それはまるで……)

夏葉「──行ってらっしゃいませ、旦那様」

P「だ、旦那ぁ!?」

P「……な、夏葉? 唐突に何なんだ? その呼び方は」

夏葉「唐突じゃないわ」

夏葉「考えてみれば、メイドらしい呼び方はしてなかったから」

P「いやいや。メイドらしいことは、もう十分してくれたと思うんだが」

P「それに、メイドなら『ご主人様』じゃないのか?」

夏葉「その呼び方は少し違うと思うのよね」

P「……まあ、確かに」

夏葉「ちょっと言ってみたかっただけよ。気にしないで」

夏葉「それとも、不愉快だったかしら?」

P「それはないが……単純に凄く驚いた」

P(心が読まれた気がして)

夏葉「驚いただけ?」

P「様になってると思ったよ。また、メイド服の仕事を取ってこようと思ったくらいには」

P「……あと、可憐だとも思った」

夏葉「ふふっ、言ってみた甲斐があったみたいね」

夏葉「……見送りの間だけ、そういう感じにしていましょうか?」

P「あー、それは……」

P(メイド夏葉は素晴らしかった。だけど……)

P「いつも通りにしてくれた方が、俺は嬉しいかな」

P「いつも通りと言いつつ、立場は逆になってるけど」

夏葉「それもそうね。分かったわ」

P「それじゃあ、改めて」

P「……夏葉、行ってきます」

夏葉「ええ。行ってらっしゃい、プロデューサー」

P(旦那……旦那、か。変に反応してしまったかな)

P(実際、夏葉は俺のことをどう思ってるんだろうか)

P(信頼は得れている、それは確信しているが……)

P(それに俺自身、夏葉をどういう風にみてるんだろうか)

P(……そう、だな)

P(『wedded』、『結婚の・深く結びついて』)

P(可能であるかとか、夏葉の気持ちとかを無視して考えると……)

P(私生活の面でも夏葉とパートナーになれたなら、それは幸せことなんだろうな)

P(なによりも、幸せなことに違いない)

P(だが……)

P(それはいつか考えるべき話だ。今はまだ、やるべきこと、やりたいことがある)

P(明日から、また懸命に仕事をしよう)

P(時々疲れたら、今日みたいにしっかりと休もう)

P(夏葉との夢を叶える為に、全力で)

P(よし……)

P(頑張るぞっ!)

ーーー
ーーー

P(……雨の、音……)

P(……俺は確か……)

P(事務所から帰ってきて……夏葉と食事をして……横になって……)

P(すぐに眠りに落ちて……)

P(今の時間は……深夜の二時か)

P(当然だが、夏葉は見当たらない)

P(ああ、昼間に寝ていたせいだ。妙に目が覚めてる)

P(風邪の時あるあるだな)

P(……何とかして寝よう。これで睡眠不足になったら馬鹿みたいだ)

P(こういう時は、眠くなるような考え事だ)

P(すなわち英語)

P(そして、ゆっくり過ごせた時間を思い出そう)

P(すなわち今日のこと)

P(『warm』、『witty』……)

P(『white』、『worty』、『wedded』……)

P(これで5Wだから、残りはH……)

P(……H……)

P(今日あったことで……夏葉で……Hで……)

P(Hだったのは……エッチだったものは……)

P(俺が自然と、目の端で追っていたのは……)


P「夏葉の『hip』だ」

P「こふっ(吐血)」

終わりです。お目汚し失礼しました。



『夏葉の一番の魅力は?』という問いは哲学的かつ、大きな多様性を誘発する問いであり、ある意味ナンセンスですらあります。
しかしながら『言うてエロいよね?』という問いに関しては、一定の見解の一致が得られると信じております。



と、メイド夏葉を見た時に思いましたまる



果穂なら食べるのになー

夏葉は消費期限切れだからなー

乙乙

学のあるPからの見事なオチ

水着夏場の流れるおっぱい好き

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