北条加蓮「藍子と」高森藍子「隣り合う日のカフェで」 (65)

レンアイカフェテラスシリーズ第67話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「新年のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「雑貨カフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「暖房の効いたカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「3月下旬のカフェで」

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――にぎやかなカフェ――

<ワイワイ
<ガヤガヤ
<ワイワイ
<ガヤガヤ

高森藍子「百貨店のカフェと言っても、けっこう賑やかな場所なんですね」

北条加蓮「でしょ? 私も最初は、百貨店って大人の行く場所ってずっと思ってたんだけどさ」

藍子「私たちと同じくらいの方達ばかりですね。あっ、あっち。見てください。制服姿の女の子がっ。部活帰りとかかな……?」

加蓮「こら藍子。ジロジロ見てたら失礼でしょ?」

藍子「あっ……。ごめんなさいっ」チラチラ

加蓮「ちらちら見たらいいって物でもないでしょ……」

藍子「つ、つい癖で……。最近、いつもじゃないカフェに来る時は、こうして周りを見渡すようにしているんです」

加蓮「それってコラム?」

藍子「はい。いつも、書くのに苦労しちゃって……。ちょっとでも多くのネタを集めなきゃっ」

藍子「それに、コラムを書き始めてから……コラムとは関係なくても、このカフェをどんな方々が利用していて、どんな表情なのかな? って、気になっちゃうようになって」

藍子「……い、いつもはほんの少し、横目でちょこっと見るだけですよ? じ~っ、とは見ていませんよ?」

加蓮「そっか。しょうがないなー、それなら見てよろしい」

藍子「ありがとうございます、加蓮ちゃんっ」

加蓮「どうしてもじーっと見たくなった時には」

藍子「時には?」

加蓮「スマフォの自撮りモードでも使ってアンタのアホ顔でも眺めてなさい」

藍子「え~。そこは、加蓮ちゃんを見ていいよ、ってお話じゃないんですか?」

加蓮「えー……。んー……。じゃあ、どうしても我慢できなくなったら、かな」

藍子「は~いっ」

藍子「この百貨店のことは、テレビのコマーシャルや特集でよく見ていましたけれど、1階の入り口に、こんな場所があるなんて。知りませんでした」

加蓮「あれ、藍子ならリサーチしてたと思ってたんだけど」

藍子「この辺は、あんまりお散歩で来る場所でもないから……。加蓮ちゃん、よく知っていましたね」

加蓮「私も立派なカフェアイドルですから? リサーチは欠かさないわよ」

藍子「そうですか……。ふふっ♪」

加蓮「む。何がおかしいのよ。どうせ"そんなこと言ってもあなたは私より格下です!"とか思ってるんでしょ」

藍子「えええ!? 思ってませんよそんなことっ」

加蓮「どうせ夜な夜な私のことを思い出して鼻で嗤ってるんでしょ」

藍子「たまに思い出しますけど普通に笑ってるだけです! そうじゃなくて……」

藍子「自分の好きなものを、周りの人から勧めてもらうのって、なんだか嬉しくなりませんか?」

加蓮「あー。分かる。新作のネイルの話とか美味しいポテトのお店とか、教えてもらうとなんか嬉しくなっちゃうかな」

藍子「ねっ? ……ところで、いつも……ちょっぴりだけですよ? ちょっぴりだけ、思っちゃうんですけれど……。すごい組み合わせですよね」

加蓮「ネイルとポテト。入院患者の必須アイテムだよね」

藍子「そうなんですか?」

加蓮「甘いよ藍子。そんなんじゃ院長を倒すことはできないよ?」

藍子「えぇ……。倒しちゃうんですか?」

加蓮「ラスボス。さて、何か注文しよっか」

藍子「メニューは……」パラパラ

藍子「スイーツのメニューが豊富なんですね。あっ、これ見たことあるっ」

加蓮「私も見せてー」

藍子「はい、どうぞ」スツ

加蓮「フルーツサンドイッチにクルミのキャラメル……。見て藍子、スイーツボールなんてのもあるよ。ほら」スッ

藍子「ひとくちサイズの、食べやすいお菓子ですよね。カロリーは控えめで、でもお腹がいっぱいになって」

加蓮「うわ、藍子が詳しい」

藍子「うわ、ってなにですかっ」

加蓮「いやその……。連れてきたのはいいけどさ。なんかこう……」キョロキョロ

加蓮「……緊張しない?」

藍子「そんなには……?」

加蓮「えー。私だけ?」

藍子「色々な場所に行ったからでしょうか。慣れちゃった感じが……」

加蓮「あぁ藍子はそうだったね……。微妙に羨ましい」

藍子「おしゃれなメニューが並ぶ場所でも、身構えることなんてないと思いますよ」

藍子「ほら、加蓮ちゃんだって、おしゃれなアイドルじゃないですか」

藍子「気後れしちゃうなら……いっそ、ここは自分の場所だ~、なんて言い張ってみるのはどうでしょうっ」

加蓮「なるほど……。ここは私の居場所だ!」

加蓮「……」

加蓮「……ごめんいつものカフェの方が落ち着く」グデー

藍子「あはは……。ほら、加蓮ちゃん。注文を決めましょ?」

加蓮「そだね。さっきからちらほら見られてるみたいだし」オキアガル

藍子「へ? でも、店員のみなさんは、忙しそうにあっちこっちを歩き回ってて……。誰か、見てましたか?」

加蓮「あれ……」チラ

加蓮「……?」

藍子「もしかして、加蓮ちゃんがアイドルだってバレちゃったのかも……?」

加蓮「最低限変装してるし、メガネ魔人から借りたメガネもあるから大丈夫でしょ」スチャッ

藍子「呼び名がパワーアップしてる……!?」

加蓮「だからその場の全員を差し置いて新人の、それもホントに来たばっかりの双子ちゃんにまで第一声で"メガネはどうですか?"ってどうなのよ……。何のセールスなの?」

藍子「加蓮ちゃん。メガネではなく、眼鏡だそうですよ」

加蓮「知らないわよ……」

加蓮「……」チラ

加蓮「ん、まだ大丈夫かな。で藍子、結局何を食べたいの」

藍子「加蓮ちゃん、何かご予定があるんですか?」

加蓮「さーねー?」

藍子「む……。何か、隠していますね」ジー

加蓮「隠し事の10個や20個、標準装備でしょ?」

藍子「じ~」

加蓮「さー注文注文。フルーツサンドイッチ、量が結構多そうだし半分にしない?」

藍子「じ~~」

加蓮「すみませー……じゃなかった、席のボタンを押すんだね。見て見て藍子、このボタン。桜柄になってるっ。おしゃれー」

藍子「じ~~~」

加蓮「ぽちっ。……ふふっ、どしたの? 私に見惚れちゃった?」

藍子「……ふふ、降参です。今日の加蓮ちゃん、なんだか手強いですね」

加蓮「そりゃまぁ、ね?」

加蓮「あ、店員さん――」

「ご注文はお決まり――あれ? まだ、お時間じゃ……」

加蓮「まだだよー。今はお客として注文。このフルーツサンドイッチ、1つください。それとコーヒー2つ♪」

「はい。少々お待ち下さい」

藍子「……? 加蓮ちゃん、今の方と知り合い?」

加蓮「顔は初めて見るけどね。ん~~~……。うんっ。ちょっと馴染んで来たかも」

藍子「うふふっ♪ よかったですね。前の加蓮ちゃんだったら、もうちょっとそわそわしてたのに」

加蓮「藍子のゆるふわパワーが強化されたからかもね。一緒にいて落ち着くし」

藍子「私は、何もしていませんよ?」

加蓮「何言ってんの。何もしない時間の楽しさ、藍子がいっぱい教えてくれたでしょ?」

藍子「……、……えへへっ」

<~~~♪

藍子「? ピアノの音……と、優しい歌声……」

加蓮「ん。カフェのステージってヤツだよ。結構有名な歌手が来たりもするんだよ、ここ」

藍子「そうだったんですね……。もしかしたら、私たちの事務所の誰かも?」

加蓮「今日やるって告知もしてたけど、見た?」

藍子「ううん、見ていません」

加蓮「そ。よかった」

藍子「……? よかった?」

藍子「店内の空気も、急に変わりましたね。みんな、うっとりしてるっ」

加蓮「リラクゼーション的な。あ、見て藍子。あっち。くくっ……! 店員も固まっちゃってるっ」

藍子「さっきまでばたばたしていたのに、一瞬でまったりモードになっちゃいました」

加蓮「あの手に持ってるヤツ、たぶん私たちのサンドイッチだよ」

藍子「あはは……。聴き終わるまで、待ちましょうか」

加蓮「しょうがないなー」

<~~~♪ ~~~~♪

藍子「……♪」

加蓮「……、」

藍子「……♪」

加蓮「……こういう時に音の出ないカメラって便利だよねー。こういう時の藍子の顔は、きっちりゲットしとかなきゃ」パシャリ

<~~~♪ ありがとうございました……!

<パチパチパチ
<パチパチパチ
<パチ...パチ...ウウッ

藍子「な、泣いちゃってる人まで……!」パチパチ

加蓮「あはは……。気持ちは分かるけど」

藍子「泣いてしまうほど、つらいことがあったのでしょうか。ちょっとだけでもいいことが起こりますようにっ……」グスン

加蓮「なんでアンタまでもらい泣きしてんの……」

……。

…………。

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ――」

藍子「ありがとうございますっ」

加蓮「ありがとねー……」

藍子「……」

加蓮「……」

きらびやかなフルーツサンドイッチ <キラキラキラ...

藍子「……さっき加蓮ちゃんが緊張していた気持ち、なんだか分かった気がします」

加蓮「……これは難易度が高いねー」

藍子「加蓮ちゃんでも、ですか?」

加蓮「加蓮ちゃんでもです。こーいうのってSNSで見る物だし。実際目の前に持って来られると……ねぇ?」

藍子「私もです……。イチゴと、みかんと、レーズンかな? 3色が、美術の模様みたいになってて……食べてしまうのが、すごくもったいないです」

加蓮「真っ黒のレーズンなのにすごいマッチしてるよね。パンの匂いも、高級品って感じで……」

藍子「あ、でも、コーヒーは見慣れた色ですね。こっちを見ていると、なんだか落ち着きますっ」

加蓮「まずはこっちから行こっか。いただきます」パン

藍子「いただきますっ」パン

加蓮「ずず……」

藍子「ごくごく……」

加蓮「よし」

藍子「あ、そうだっ。せっかくだから、写真を撮らなきゃ! ええと、店員さんは……」

加蓮「あぁいいと思うよ? ここ、入り口のところに注文した物は撮影自由って書いてたし。さっきのステージとかはダメらしいけどね。いっぱい広めてほしいんだって」

藍子「そうだったんですね。では、遠慮なく! えいっ」パシャッ

加蓮「そして私はその藍子ちゃんを撮影するのでした」パシャリ

藍子「えっ……。ど、どうして私の方を撮るんですか~」

加蓮「モバP(以下「P」)さんに売り込む」

藍子「……そ、それはやめましょ?」

加蓮「何言ってんの藍子。これは宣材写真だよ。宣材。藍子だって何回も撮ってもらったでしょ?」

加蓮「そりゃPさんは身内みたいなものだけどアピールは欠かさないようにしなきゃ。こういう地道なコツコツが、夢のステージへ繋がるんだよ」

藍子「加蓮ちゃん……」

藍子「……すっごく、らしくないです」

加蓮「むー……。ま、自分で言ってて軽く寒気がしたけど」

藍子「でも、そうですよね。小さなことの積み重ねが大事だって、最近、ちょっと忘れそうになっちゃってたかも……」シュン

加蓮「思い出させてあげた私に感謝しなさい」

藍子「はいっ。ありがとう、加蓮ちゃ――」

加蓮「ってことでこのフルーツサンドイッチは両方もらうからねーわー美味しー♪」

藍子「それはダメっ! どうして両手で2つとも掴もうとしているんですか!? 片方は私のですっ!」

加蓮「もぐもぐごくんいやほらお礼って言ったらお金よりこういう物の方がいただきまーす――」

藍子「ちょっ――ああああぁ……! 私だって食べたかったのにぃ……。すっごくおいしそうだったのに……」

藍子「う~……。加蓮ちゃんのばか……」グスン

加蓮「ひっひひ。っていうか、それならもう1回注文すれば?」

藍子「……、あ、それもそうですね!」

加蓮「それに、ほら。フルーツにもいくつか種類があるんだって。今注文したのが、たぶん定番のヤツだから――」

藍子「次はこの、季節限定の旬なフルーツを注文してみましょうっ」

加蓮「今度は藍子が両方食べちゃいなよ。トーゼン、写真は撮った後で」

加蓮(あれ、でも藍子の食べる速度って……。間に合うかな、これ?)チラッ

藍子「え~。せっかくですし、はんぶんこにしましょ? せっかくの限定メニューなんですからっ」

加蓮「……あ、うん、藍子がいいならそれで」

藍子「ボタンを、ぽちっ♪ ……あ、本当っ。ボタンの中に、桜柄がうっすらと浮かび上がってますね!」

加蓮「凝ってるよねー」

藍子「やっぱり、地道なこつこつが大切なんですね……!」

加蓮「……こういう呼び出しボタンを見て意気込みを見せる子は初めて見たよ」



□ ■ □ ■ □


藍子「ごちそうさまでした!」

加蓮「ごちそうさまでしたっ」

藍子「びっくりしてしまいました。まさか、桃の中から別の桃が出てくるなんて……!」

加蓮「藍子はすぐ気づいて、つんつんしてたからそんなでもなかったでしょ。私の方がびっくりしたわよ。食べようとしたら全然違う食感があったんだよ!?」

藍子「あの時の加蓮ちゃん、ええっ? って顔をして、固まっていましたよね」

加蓮「うっさいっ。あれどうやって作ってるんだろ……」

藍子「桃の中に、こう、……桃を入れる?」

加蓮「どうやって?」

藍子「あはは……。さあ?」

<ブー、ブー

加蓮「あ、私のスマフォだ」ポチポチ

加蓮「……そっか。もう時間か。もうちょっとのんびりしてたかったんだけどね」

藍子「? やっぱりご予定が……」

加蓮「まぁね」

藍子「……?」

加蓮「めを、とじて……いち、に、さん――」

藍子「……え……?」

藍子「……加蓮ちゃん? ここ……カフェですよ? なんでそんな、アイドルの顔に――」

加蓮「さ。行くよ、藍子」ガシ

藍子「ええっ。行くって、どこにっ――待って加蓮ちゃん、転んじゃっ、あとカバンっ!」

加蓮「……、ん」ピタッ

藍子「ふう……。空のお皿も落とさずに済みました。ほっ……」

藍子「あの、加蓮、ちゃん……?」

加蓮「もう大丈夫?」

藍子「……はい」

加蓮「ん。じゃあ行くよ」スタスタ

藍子「……」テクテク

――にぎやかなカフェ・スタッフルーム――

<ガチャ

藍子「えっ、あの、加蓮ちゃん? ここって勝手に入っちゃ、」

加蓮「藍子」

藍子「あっ……。……はい」

加蓮「ちょっとの間静かにしててね」

藍子「はい……」

加蓮「っと、スタッフのあの人――あ、いたいた」テクテク

加蓮「スタッフさん。改めてこんにちは。北条加蓮です」

「北条さん。本日はよろしくお願いします」

藍子「さっきの店員さん……?」

加蓮「よろしくお願いします。こっち。もう1人参加する子。前に映像送りましたし、知っていますよね?」

「はい。高森藍子さんですよね?」

加蓮「ん」コクン

藍子「……???」

「衣装の方、届いてます。……こちらの更衣室、ちょっと狭くて申し訳ないのですが、そこの部屋で」

藍子「衣装、って――」

加蓮「大丈夫です。伴奏の方はもう来ていますか? それとスタンバイに少しだけ時間がかかるかもしれないので……」

「時間はまだ大分あるので大丈夫です。準備ができたら声をかけてください」

<テクテク...

加蓮「……ふうっ。っと、いけないいけない。油断するの早すぎでしょ私」

加蓮「はい、行くよ藍子」テクテク

藍子「え、えっ……?」テクテク

――更衣室――

<バタン

加蓮「ふー。……ううぅやっぱり微妙に緊張する。いつもは全部Pさんに任せてるもんね」

藍子「……あの、加蓮ちゃん? 私、さっきから何のお話なのか、まったく分からなくて――」

加蓮「嘘つくのはやめなさい。薄々は分かってるでしょ?」

藍子「っ……、でも、急にこんなお話、」

加蓮「あっ、衣装発見ー」

藍子「……加蓮ちゃん」

加蓮「どれどれ。うん、さすがPさん。カフェの制服風衣装、完璧だね!」

藍子「あの、加蓮ちゃん、」

加蓮「これならすぐ着替えられるかな。声出しもしときたいし。ま、私も藍子もレッスンはさんざんやってるから――」

藍子「加蓮ちゃんっ!!」

加蓮「……、何?」

藍子「あ……あはは、も~。加蓮ちゃんっ。歌うのが大好きなのは知っていますけれど、急すぎますよ~」

藍子「もしそうなら、もっと前に言ってくれればよかったのに」

藍子「……じゃあ私、テーブルに戻って見ていますね。頑張ってください、加蓮ちゃ――」

加蓮「ふざけんな」ガシ

藍子「っ……。痛い、ですよ……? あはは……」

加蓮「……。まずそのキモいのやめなさい。アンタにそんな貼り付けた顔なんて似合わないし、私の隣にいる人にそんな仮面はかぶってほしくないんだけど? それともわざと私をブチ切れさせたいの?」

藍子「…………」

加蓮「ま……時間はまだあるし、言いたいことがあるなら聞いてあげる」

加蓮「無いならさっさと着替えなさい。はい、こっち藍子の分」ズッ

藍子「きゃ……」

加蓮「ちなみに歌うのは最近アンタがいっつも練習してる筈の歌だから。歌えない訳ないでしょ? 完成させてるってトレーナーさんが言ってたし」

藍子「……、……なんで、こんな強引な……。加蓮っ、加蓮ちゃんこそっ、私を困らせたくて――」

藍子「それにもっ、それにも限度ってあると思います! こんな急に、ステージに上がれなんて、」

加蓮「言ったでしょ? 自分の番になったからって逃げるな、って」

藍子「それっ……! それとこれとはっ、」

加蓮「同じだよ。私は藍子ほど器用じゃないし、優しくもなれないから……だから、強引にやらせてもらうことにしたよ」

藍子「……なんなんですか……。それなら私も言いましたよね! 加蓮ちゃん、いつも身勝手なことばっかり、って!」

加蓮「そうだよ? 私なんて最初から今まで勝手も勝手、ずーっとワガママな女の子だよ」

加蓮「ただ私は、藍子が隣にいてほしいだけ。アンタが誤魔化したり困った笑顔を晒したりせず、私をちゃんと見てほしいだけ」

加蓮「でもさ、それはアンタもでしょ?」

藍子「は!?」


加蓮「いつまでウジウジしてんのよ立派なアイドルの顔しておいて!! いつになったらアンタは観客席からこっち来るのよ!!!」


藍子「……っ」

加蓮「最初はそのうち復活してくるだろうって思ってた。っていうか私から見ればアンタは、ゆっくりだろうけど復活してた」

加蓮「雑貨カフェに行った時なんか、もう完全にいつもの顔で。私の大好……私のよく知ってる、ゆるふわアイドルやってて」

加蓮「あぁよかった、これならちゃんと私の隣にいてくれる、って思ってたのに」

加蓮「なのにアンタはアイドルの話をすればすぐ引っ込んで! 私のこと向こう側の世界の人みたいな扱いしてさ! いつまでもたった1日のことに引きこもってて!」

加蓮「隣で元気づけてあげる、立ち直るまで待ってあげる……なんて、もう飽きた。無理にでも引きずりこむことにしたの」

加蓮「ほらさっさと着替えるわよ。時間はあるって言ってもスタッフさん待たせてるんだし、伴奏の人にも挨拶しなきゃいけないし」ガシ

藍子「~~~~っ、待って!」バッ

加蓮「痛っ」

藍子「あ……! 加蓮ちゃん、大丈――」

加蓮「はい捕まえた」ガシ

藍子「いっ……。痛いです、加蓮ちゃん……。……離してください……!」

加蓮「……、」

藍子「勝手なことばっかり、言わないで……! だって、私っ――」

加蓮「じゃあいいよ。藍子。これで最後にしてあげる」

藍子「……、さいご?」

加蓮「あ、ごめん。違うのっ。アンタとお別れとかそんなんじゃなくて……。っていうかそれは私が嫌だし……」

加蓮「正直その態度くらい予想はしてた。……あと10分ないくらいか」チラ

加蓮「ステージは2段構成。2曲歌わせてもらうようにしたの。最初は私のソロ。アンタは舞台袖で見てなさい」

藍子「……、」

加蓮「アンタの大好きなカフェっていう場所で、私のステージで、アンタをこっち側に引きずり上げる。……それでも上手くいかないなら、もういいよ。この話は2度としないから」

加蓮「とにかく、まずは見ているだけでいいの。客席からじゃなくて、舞台袖から、ちゃんと私を……私のステージを見て」

加蓮「藍子にとっては苦しい思い出もあるのかもしれないけど、逃げたら一生許さないから。生まれ変わっても呪いに行くからね」

藍子「……、…………」

……。

…………。

――SIDE Aiko――

着替え終わった加蓮ちゃんが更衣室から出て、スタッフさんとお話して、伴奏の方に挨拶をして。いち、に、さん、とカウントのようなものが聞こえて、加蓮ちゃんは歩いていきます。
行き慣れた公園へと、なんとなくお散歩をしに行くくらいに、気軽な足取りで。

ステージの袖。
ほとんどの電源が入っていない機材がぽつぽつと並ぶ薄暗い空間に、私は取り残されていました。
いつの間にか、加蓮ちゃんは行ってしまった。

「……大丈夫ですか?」

声をかけられ、喉の奥で音が鳴りました。私独りだと思っていたけれど他にも人はいたようです。さっき、注文を受けてくれた、そして加蓮ちゃんと打ち合わせをしていたスタッフさんです。
はいっ! と。条件反射で答えた私の声は、どう聞こえたでしょうか。
大丈夫です、と続けようとして、でも私は、口をぱくぱくさせているだけ。

右手の人差し指の先を、冷気が撫でていく。

年が明けて、雪が溶けて、バレンタインがあって、桜の花があちこちで咲いて、そして、4月になりました。
それでもまだ、ずっと冬服を選び続けるくらいに、毎日は寒かった。
冷たい風が吹き抜ける度に、加蓮ちゃんの隣にいることがなんだかとても悪いことのように思えて、足取りが重くなってばかりでした。

あの黄昏の、薄寒い空気の日のこと。
どれほどアイドル活動を続けたって、みんなから大丈夫だって励ましてもらったって、加蓮ちゃんの顔を見ても、見なくても、肌寒いってだけで思い出してしまう。
この寒さは、永遠に終わらないんじゃないかな、って……思っていた。だけど……。

「加蓮ちゃん……」

スタッフさんが、不思議そうにこちらを見ました。
首を軽く振って……加蓮ちゃんに押しつけられたままの衣装を、左手に抱いて。


『ただ私は、藍子が隣にいてほしいだけ。アンタが誤魔化したり困った笑顔を晒したりせず、私をちゃんと見てほしいだけ』

『いつまでウジウジしてんのよ立派なアイドルの顔しておいて!! いつになったらアンタは観客席からこっち来るのよ!!!』


あの言葉を聞いた時は、とても嬉しかったです。何で……なのかは、きっと、説明しようとしてもできません。
加蓮ちゃんが、私のことを好きって言ってくれたこととか……こんな私にも、ちゃんと手を伸ばしてくれたこととか……加蓮ちゃんらしいなぁ、なんて、思ったからかもしれません。

けれど――


『うたって――』

……1回だけ。
1日だけ、限界のぎりぎりまでレッスンをしたことがあります。
加蓮ちゃんの笑顔を見た日の夜に、ずっと笑ってほしいな、って。
それから……その隣にいたいな、って。

でも、ダメでした。
汗の浮かんでいない場所を探すことができないくらい、全身を動かしても。
だいすきな人の写真を目に見える場所に置いて、くじける度にそれを見て、やるんだ、って言葉をどれほど心に刻んでも。

あの日の光景に、追いつくことはできませんでした。

「……、」
「……高森さん?」

不思議そうな視線は、不審げな声へと変わりました。私は愛想笑いをして、顔を背けました。

その時です。
ステージの方で、加蓮ちゃんが何かを言いました。
それから、静かで暖かな、でもここまで届く拍手の音が――右の耳から頭に入り込んで、左手の人差し指を、軽く震わせます。
すごく懐かしい気持ちになりました。思わず手を伸ばしたけれど、何も掴むことはできません。
かくん、と力を失ったところで。

大丈夫だよ、って、言ってくれているみたいに。

歌が、聞こえます。

『――ねぇ、欲しいでしょ? 私の甘いもの』


紫色と濃い桃色の笑みと、聞こえた先の器官にゆっくりと触って、どろどろと溶かしていくような声。
目と口が開き、息を吸う代わりにそこにある空気が、北条加蓮ちゃんというアイドルのステージという空気が、体内に流れ込んできます。

『甘くて幸せで、あとは何にしようかな? 乙女の心っ、恋の味♪』

加蓮ちゃんが笑います。その瞬間、光景の色が変わりました。粘り気は霧散して、かわりに……とても明るい色。
お休みの日のお昼、話し声と鼻歌と車の音、その中をスキップで進んでいくようなパステルカラー。

『まごころ1つ、想いを2つ、ミルフィーユ♪ 切なさと苦味はビターチョコ♪』

弾むピアノの、音の上を跳ねていきます。
歌の向こう側に、ほんの少しだけ聞こえるステップ音。
加蓮ちゃんが左手でポーズを作った時、ようやく思い出しました。
これ、加蓮ちゃんの持ち歌だ。
ピアノとカフェに合うようにアレンジしてるけれど、聴いていると首を振ってリズムを取りたくなるような、加蓮ちゃんのポップソング。

『たまには甘いだけでいいよね♪ まだまだ恋に夢中の年頃♪』

くるっ、と加蓮ちゃんがターンします。カフェの制服っぽい衣装が、ほんの少しだけ。
今日はちょっとだけいいことがあったよ、って言っているみたいに。

『ねぇ、欲しいでしょ? 私の甘いもの♪ ほら、私からもう目は離せない♪』

歌詞で嘘はつかない、なんて。ウィンクを1つ。
息をすることを忘れるくらいに、ずっと、世界の中に加蓮ちゃんだけ。

『~~~♪ ~~~~♪』

1番が、終わって、間奏が入って……。やっと、手の指の先のほんの少しだけを、動かすことができました。
加蓮ちゃんの……。
加蓮ちゃんの、今のステージは。
あの時と、同じなんです。

『~~~~♪ ~~~♪』

派手なパフォーマンスがあるんじゃなくて。
歌っている時も、間奏の今も、動きはすごく小さくて。
そんな加蓮ちゃんの魅力は、歌声と。
なにより――

『~~~~~♪』

たのしいよ、っていう、笑顔。

歌うこと、たのしいよ。
みんなも一緒に楽しもう?


ほら、あなたも――

『もう1つだけが足りなくて♪ 恋する私はイチゴみたい♪』

心臓が音を立てて跳ねる。血管の中を力が走り抜けて、手と、足が動き始める――

ボタンを千切り捨てるように上着を脱ぎました。着替えなきゃ。着替えなきゃ。衣装。カフェの制服みたいな衣装。Pさんが用意してくれた、加蓮ちゃんが渡してくれた衣装。私も一緒に。加蓮ちゃんと一緒に歌いたい。隣に並んでステージに立って笑顔になって楽しんでみなさんにも楽しんでもらって! 歌いたい! 歌わせて!
隣のスタッフさんがぎょっとなって慌てて顔を背けていました。衣装を着て。ボタン留めて。声。声は、ちゃんと出ます。大丈夫。髪はちゃんと整えてたかな。手を後ろに回してくくって直して、メイクは。ううんこれでいい。加蓮ちゃんだってそうなんだから。加蓮ちゃんだってそうで、私だって。

私だって、加蓮ちゃんと同じで、アイドルなんだから。

『……ねぇ、知ってるでしょ? 私のほしいもの♪ 隠して隠れた恋心♪』

駆け出そうとする私に、加蓮ちゃんは半拍を使ってくれました。
私の方に視線だけを向けて、目をちょっとだけ見開いて、口元を緩めて。でもすぐに、胸のところを、とんとんっ、って。
……あはは、そうでした。
1曲目は加蓮ちゃんのソロですもんね。
それに、ほら。思い出しました。私って、ゆるふわアイドルですからっ。だから、落ち着いていきましょう。

『苦いのも、酸っぱいのも。欲しいでしょ? 甘い甘い私の心♪』

深呼吸。す~っ、は~っ……。うんっ。

……れ、冷静になってみると私ちょっとすごいことになっちゃってますね。衣装の端々を、きっちり整えて。脱ぎ捨てた服は……どうしよう。
スタッフさんに預けるのは恥ずかしかったので、こっそり、物陰に隠しておきます。後で回収しなきゃ。

ステージの方では、加蓮ちゃんの歌が終わっていました。伴奏の方の手が止まって、それから拍手の音がします。……もう、行ってもいいのかな?
お客さんに手を振っていた加蓮ちゃんが、右目で私を誘いました。
私は、大きく頷いて。

"大丈夫? 私なんかが、加蓮ちゃんの隣にいても――"

大丈夫っ。
……そうですよ。私では、力不足です。加蓮ちゃんの足元には、及ばない。でも――


『ただ私は、藍子が隣にいてほしいだけ。アンタが誤魔化したり困った笑顔を晒したりせず、私をちゃんと見てほしいだけ』


私だって、加蓮ちゃんの隣にいたいもんっ!


「加蓮ちゃん!!」
「――ふふっ! ってことで、今日はアイドル仲間の高森藍子ちゃんも一緒なんだ。じゃあ、もう1曲聴いていってね。曲名は――」

……。

…………。

□ ■ □ ■ □


――意識が……光の中から、両足で踏みしめた、床ごしの、現実の中へ。

全身の熱が引いていきます。それとは逆に、お客さんからの拍手の音が大きくなっていく。
カウンターの向こうでは、店員さんも手を叩いてくれていました。
あ、そっか。終わっちゃったんだ。
不思議と他人ごとでした。そんな自分に苦笑いして、左隣の加蓮ちゃんの方を見れば、加蓮ちゃんもまた同時にこっちを見ていました。
はいっ、とタッチを交わして。

「みんな、ありがとうございましたっ! ほら、藍子も」
「え……」

え~っと……。MCパート……では、ないみたいですね。あっ、伴奏の方も立ち上がってお礼をしてる。

「言いたいことを言えばいいの。ね?」
「言いたいこと――」

言いたいこと。今、口に出したいこと。言っていいんだ……。途端に、頭の中にぶわっと言葉が駆け巡り、ぐちゃぐちゃと、自由自在に飛び交い始めます。
あれ、私、こんなに……? 台本はなくて、言わないといけないこととか、伝えることみたいなものも、そんなにないハズなのに。

「みっ、みなさん! 今日は、ありがとうございました!」

拍手と歓声がいっそう大きくなりました。カフェの外、百貨店の通路側にいる、通りかかった人がみんな足を止めています。
気づけばお客さんの数がすごく増えていました。びっくりしたけれど、でも、嬉しいっ。

「それと――」

あと、言いたいこと……。山のようにあるけど、もう1つだけ。絶対に今、言っておきたいことっ!

「加蓮ちゃんっ!」
「……へ? 私?」


「ここまで連れてきてくれて……私と一緒にいてくれて、ありがとう! 私――加蓮ちゃんのこと、大好きです。だから、これからもずっと隣にいてくださいっ。いさせてくださいっ!!」

おお~っ、と、歓声の中にどよめきのようなものが聞こえて、少しずつ遠くなっていきます。
私が、まっすぐに向いている方向は、隣にいる大好きな人。
加蓮ちゃんは目をまんまるにして、それから少しだけ呆けたように笑って……頬をかきながら、ありがと、と頷きます。
それから、私の手を握ってくれました。

私たちは、もう1回お客さんのみんなに、ありがとう、と言いました。
近くと遠くから、あたたかな拍手に包んでくれて――

こうして、突然の舞台は幕を降ろして。

そして、私はまた、私が前にいた場所――
私が1番居たい場所に、戻ってくることができました。

――にぎやかなカフェ――

(2人とも私服に着替えました)

加蓮「アンタねぇ……」

藍子「え、えへへ……」

加蓮「最後のは何なのよ。なんで思いっきり私の方見て……。好きとか……。カフェって言ってもステージの上なのに。もー」

藍子「でも加蓮ちゃん、顔が赤くなっていますよ♪」

加蓮「……別にいいでしょ」

藍子「ふふ。それにしても……。本当に、誰かが話しかけてきたりってことはないんですね」

加蓮「ステージが終わったら、もうあとは一般のお客さんだよ。ここは割と最近できたカフェらしいけど、ステージに上がって演奏とか歌とかパフォーマンスを、っていうのは結構珍しくないことみたい」

加蓮「あ、それとも藍子ちゃんは誰かにサインをねだられたりしたかったのかなー?」

藍子「……ち、ちょこっとだけ?」

加蓮「へーそうなんだー。へー」

藍子「気がついたら、いっぱいお客さんがいて……。あっ」

藍子「加蓮ちゃん? まさか、今日のステージのこと、前から告知を――」

加蓮「だから"藍子が告知を見てなくてよかった"の。見てたらアンタ、逃げてたでしょ?」

藍子「……」サッ

加蓮「はい無言で目ぇ逸らさない。告知って言っても、カフェのページとSNSくらいだけどね。いい感じに集まってよかった」

藍子「そうですね……」

加蓮「もうすっかり元通りだね、藍子」

藍子「加蓮ちゃんのおかげです。……本当にありがとう。それと……今まで、ずっととじこもっていて……ごめんなさい」

加蓮「後半はいらないわよ。今は前向きな言葉だけで、ね?」

藍子「……はいっ♪」

加蓮「でもさっきのステージでの最後のヤツ。あれマイナスポイント。アイドルならお客さんの方をちゃんと向きなさい」グニ

藍子「あぅ。……やっぱり辛口ですね、加蓮ちゃん」

加蓮「今回のことでよーく分かったからね。私がアンタに甘々にしてたらアンタをまともに叱れる人はいないんだって。Pさんすら優しい態度だし」

加蓮「ま、藍子相手にキツく言えないってのは分かるけどさー……。私も時々そうなってたし……」ブツブツ

加蓮「いやでもPさんとか、あと未央とか茜とか、歌鈴でも愛梨でも……いやあの2人はどう考えても無理か」

加蓮「とにかく! アイドルなら馴れ合いしてるだけじゃなくて、っていうかお互いライバルだって分かって、」

藍子「じゃあ、また私が落ち込んだりしちゃったら、加蓮ちゃんが叱ってくださいね!」

加蓮「……………………」

藍子「ど、どうして微妙にイヤそうな顔をするんですか?」

加蓮「いや……なんていうかさ、」

藍子「隣にいたいって言って強引に連れてきたの、加蓮ちゃんじゃないですか」

加蓮「そうじゃなくてね、」

藍子「私、もう絶対にあなたの隣を離れませんから。ずっとここにいますからねっ」

加蓮「……はいはい。またどうでもいいことで凹んでたらせいぜいぶっ叩いてあげる」

藍子「どうでもいいこと……」

加蓮「どうでもいいことでしょ実際」

加蓮「たぶん前も言ったけどさ。今回のことってアンタが勝手に凹んでただけなんだからね?」

藍子「……そうなんですよね」

加蓮「む。認めるんだ」

藍子「はい。だって、こうしていると……なんだか、首を傾げちゃうんです。どうして私、あんなに落ち込んでいたんだろう? って」

藍子「きっと、それほどまでにあの時の加蓮ちゃんの……姿と、顔と、歌が……。本当に、綺麗で、大きくて……」

加蓮「……、」

藍子「……あははっ。でも今は、悩んでいたことの大きさや、誰のせいってお話じゃなくて」

藍子「こうして加蓮ちゃんの隣にいられることが、何より嬉しいんですっ♪」

加蓮「……、近すぎ」ペチ

藍子「いたいっ」

加蓮「ったく」

加蓮「ふうっ。……なんだか急に疲れちゃった。ずっと集中してたからかなぁ」

藍子「お疲れ様です、加蓮ちゃん」

加蓮「藍子もでしょ?」

藍子「じゃあ……お疲れ様でした、加蓮ちゃんと私?」

加蓮「ぷくっ。何それー。変なの。何か甘い物でも食べる?」

藍子「私、このクルミのキャラメルっていうのがずっと気になってましたっ。これにしましょうっ」

加蓮「オッケー。すみませーんっ」

……。

…………。

「「ごちそうさまでした。」」

加蓮「さて。Pさんへの報告もあるし、時間も結構遅いし。帰ろっか、藍子」

藍子「そうですね……。その後、加蓮ちゃんの家にお邪魔してもいいですか? 私、お話したいことがまだたくさんあって!」

加蓮「しょうがないなー。お母さんにも連絡しとこ。何か食べたい物ある?」

藍子「そうですね……。あっ、そうだっ。加蓮ちゃん、前にサンドイッチを作ってくれるって言いましたよね?」

加蓮「サンドイッチが食べたいの? じゃあここの持ち帰りで買っていこっか」

藍子「違います。加蓮ちゃん、サンドイッチを作ってくれるって……。私が、前みたいに回復したら、って言ってくれましたよね?」

加蓮「そっかー。じゃあお母さんに藍子がサンドイッチを食べたがってるって、」

藍子「約束してくれましたよね?」

加蓮「……、あれって確か、楽しくレッスンできるようになったらじゃなかった?」

藍子「う……」

加蓮「まだしてないじゃん」

藍子「……す、ステージはやりましたよ?」

加蓮「そもそもアンタ、私が作ってあげるって言ったらすごい勢いで拒否したでしょ」

藍子「あれは……あれは、ほら、加蓮ちゃんが指を怪我したらいけませんから」

加蓮「つまり今の私の指なら切り落としていいと」

藍子「いや誰もそんなことは言っていませんよ!?」

加蓮「あのね、藍子。確かにアイドルらしくなれとは言ったし、私達はライバル同士かもしれないけどさー、さすがに指落としたいっていうのは……ちょっと引くよ?」

藍子「本当に遠ざからなくてもいいじゃないですか! だからそんなこと言ってません! もうっ」

加蓮「くくっ。じゃあほら、事務所に戻って、Pさんに報告して、家に帰って……。うん、結構時間あるし、一緒に作ろっか」

藍子「……そうしましょうかっ」

――百貨店・入り口――

加蓮「サンドイッチのパン無いんだって。帰りに買ってく? さすがに百貨店のは高そーだし……」

藍子「それなら私、いいパン屋さんを知ってるんです。少し回り道になってしまいますけれど――」


<うぅ、でも……
<行きなって。せっかくでしょ!?


藍子「……?」チラ


<で、でも、やっぱり迷惑、
<いいから! ほらっ!
<わ、わわっ!

「あ、ああああ、あのっ……!」

藍子「はい。……私、ですか?」

加蓮「あ、カフェにいた制服の2人組……。ん? おっ、これって」

「あの、えとっ、えとっ! ……えとえと、えと……」
「思い出しなさい。勇気を出して私を誘った時のことを!」
「そんなぁ~……」
「どうしたの! カフェの店員と5秒で友達になれるって特技はどこに行った!」
「はわわわわわわ……」

藍子「……???」

加蓮「藍子」

藍子「?」

加蓮「ん」トントン

藍子「……、」

藍子「――大丈夫ですよ。焦らなくても、大丈夫。ほら、落ち着いて?」


「はわぁ……」
「はわー……」

加蓮「……やっぱゆるふわ空間パワーアップしてるでしょ、絶対」ボソ

「はっ! あ、あの、私……。私っ……」
「はっ。これが生のアイドルぢから……! こら、頑張れ。絶対伝えるんだって意気込んでたでしょ!」
「こ……こ……」
「コラム!」
「……ここ、コラム! いつも楽しく読ませて頂いてます!」
「よく言った!」

藍子「コラム……って、カフェのコラム? わぁ……。こちらこそ、ありがとうございますっ」

「はひ……」
「はわー……」

加蓮「いや、何なのこれ……」ボソ

「そ、それと、あの、ほほ、北条加蓮さ、も、ファン、私っ、見て……い、いつも見てます。応援してます!」
「よし! よく言った!」

加蓮「え?」

藍子「よかったですね、加蓮ちゃん」

加蓮「あはは……。ありがとねっ」

藍子「あ……もしかして? あの、違っていたらごめんなさい。前にファンレターをくれた方ですか? 私の紹介した、静かなカフェに行ったって書いてくださった――」

「はままままもももむ!? おぼえ、み、よんで!? はひ、はひひひ!?」
「大丈夫!? 息吸いすぎだよ、倒れるよ!?」

藍子「え、え?」

加蓮「刺激が強すぎちゃったみたいだねー。ふふっ。……っと」チラ

藍子「あはは……」

加蓮「……でもあのファンレターに書いてあったのって、こう、大人びた子がって話じゃなかった?」

藍子「ですよね……?」

「    」
「いや普段はそうなんです! コイツ普段はそうなんですけど……帰ってこーい! 会えたんだよ! 話せたんだよ! 夢が叶ったんだよ!!」

加蓮「さて。藍子。気持ちは分かるけど、これ、連絡」

藍子「あ……。そうですね。ごめんなさいっ。ゆっくりお話したいんですけれど……私たち、帰らなきゃいけないから」

「   」
「え、あーそうですよね! 大丈夫です! コイツには今日のことは夢だったってことにしますので!!」

藍子「それはよくないんじゃ……?」

藍子「あっ、それなら!」

加蓮「何か書ける物って持ってないかな? せっかくだから、サインを書いてあげる。私と藍子のを、ね?」

「  」
「いいんですか!? そんなの頂いて!? でしたら……これに!」

加蓮「ん……っと。はい、藍子」

藍子「は~いっ。……はいっ、どうぞ♪」

「 」
「おおぉ……! おおおぉ!? すご……! あっ、ありがとうございました!」

藍子「いいえ。……ふふ♪ これからも私たちのこと、応援してくださいねっ」

加蓮「復活したら、その子にもよろしくね。あと、今日は見に来てくれてありがとっ」

「」
「はい! かならず行きます! 今日は本当にありがとうございました! ……おーい、そろそろ目を覚ませ!」

<はひひひはひ……
<うぐぐ、コイツ意外と重たいぞ……!


藍子「引きずりながら行ってしまいましたね。大丈夫でしょうか……?」

加蓮「たぶん大丈夫じゃないかな……。ま、でも。よかったね、藍子」

藍子「……はいっ!!」

<さ、Pさんにいっぱい報告しなきゃ。藍子の活躍っぷりとか、特にね?
<え、え? 私のより加蓮ちゃんのっ……ううん、それなら、私"たち"の、ってことにしましょうっ
<しょうがないなぁ


【おしまい】

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