『まきますか まきませんか』
その選択に対して、まかないことを選んだ僕の人生は、まいた僕のそれと比べると、酷くつまらないものになったのは、ご存知の通りだ。
とはいえ、主語を省いた上でいきなりまくかまかないかを選べと言われて、素直にまくと答えられる者がいかほど存在するだろうか。
捻くれているのは、僕だけではなかろう。
むしろ、僕のように捻くれている奴が大半だ。
というのは、言い過ぎかも知れないけれど。
少なくともこれまでの人生経験上、捻くれていない人間の方が珍しいと、断言できる。
だからあの時、まかなかった僕は、そうした意味では自然な選択をしたと言えた。
そんな風に自然と間違えてしまうのが人間であり、その過ちに気付くのは大概、ずっと後になってからだ。
「……楽しかったな」
思わずひとりごちると、途端に寂しくなる。
精巧に作られた生きたドール達が繰り広げる、至高の少女を目指す戦いに巻き込まれたまかなかった僕は今、ドール作りに精を出していた。
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「なんか、違うんだよな」
石膏粘土を捏ねて、顔の造形を作り出す。
しかし、これが非常に難しい。
よく出来たドールとは、顔の角度だけでその表情がコロコロと変わるものだ。
時に嬉しそうで、時に悲しそうで、時には怒っているのか、はたまた拗ねてしまったのか。
そんな、思わず顔色を伺ってしまうような表情を生み出すのが、僕の目指すところだった。
ドールの顔色を伺うというのはなんともおかしな表現ではあるものの、目標は高い方がいい。
でなければ人はすぐに、堕落してしまうから。
「複製することすら、出来ないなんて」
簡単にはいかないだろうとは、わかっていた。
それでも、こうも苦労するとは思わなかった。
ほんの短いひとときではあったものの、すぐ傍でじっくりと見る機会を得た薔薇乙女達の複製すら、僕に作り出すことは出来なかった。
ウィッグや衣装で、似せることは出来る。
しかし、やはり一番重要なのは、表情だ。
彼女達の個性豊かな表情を再現することは、僕の生涯を費やしたとしても不可能だろう。
これは断じて諦めではなく、敬意である。
天才人形師ローゼンへの敬服と畏怖の表れだ。
「よし」
故に僕は自分だけのドールを作ろうと考えた。
「髪は銀髪で、ヴァイオリンが得意で、草花を愛し、誇り高くて、可愛い、孤独な美少女か」
とりあえずの構想は薔薇乙女達の特徴を全て併せ持った、それこそ至高の少女と呼べる存在。
「そんなの、絶対に不可能だ」
とはいえ、それは実現不可能であろう。
なにせ、あのローゼンですら匙を投げたのだ。
もちろん作り手として、理想に対して不可能であると軽々しく口にしてはいけないと重々理解はしているが、これはそうした意味ではない。
所謂、芸術に対する考え方である。
人は完全なものを見ても、心が動かない。
例えば、完全に左右対象の顔立ちをした人物がいるとしたら、間違いなく違和感を覚える。
そんな存在を実際に作ろうと思えば顔の真ん中から画像を反転させた上で切り貼りして合成すれば簡単に作れるので、やってみて欲しい。
左右に変化がないだけで、奇妙な存在となる。
そうした意味で、完全な存在はありえない。
どこか違っていて。
どこか欠落していて。
どこかおかしい。
だからこそ、そこに美しさが生まれるのだ。
「歪み……か」
人を惹きつける歪みとは何か、僕は模索した。
「目は昏く口元は淑やかに微笑んでいる少女」
そんな模型を作ってみた。
それは水銀燈のように昏い眼差しをして。
真紅のように淑やかに微笑んだ少女だった。
「混ぜるな危険……だな」
相反する存在を混ぜると反発し合う。
だから僕は似た者同士を混ぜてみた。
あの双子の姉妹ならば、どうだろう。
「小動物のような、ボーイッシュ系美少女」
我ながら、意味がわからない。
目指すところがそもそも不明だ。
おどおどしている蒼星石など見たくない。
ボーイッシュな翠星石なんて間違ってる。
「となると、あとはあいつらか」
消去法で金糸雀と雛苺を混ぜ合わせてみた。
「やかましくて天然な、可愛い系美少女」
うん。ないな。これはない。
特に吟味するまでもなかった。
これでは欠点が増すばかりである。
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「薔薇乙女達を混ぜるのはやめよう」
となると残るはアストラル体の末妹なのだが。
「まだ実体を捨てるには早い気がする」
あそこまでいってしまうと、手に負えない。
nのフィールドとやらでしか存在出来ないようなドールを作るなんて無理だし、その気もない。
「ひとまず普通の美人さんでいいか」
半ば投げやりに、僕は粘土を捏ねる。
幼馴染の柏葉巴をベースとして、柿崎めぐの美貌と斎藤さんの優しさを付け加えてみた。
「おお? これは、なかなか……」
普通に良いドールが出来上がった。
「会心の出来だな」
奇跡的にそれぞれの個性が上手く打ち消しあって、極めて普通な美人さんとなったようだ。
しかし、残念ながら極めて普通なのだ。
極めて残念ながら、普通では意味がない。
やはり、何かしら、歪みがないと。
例えば、そうだな……実は、放尿が趣味とか。
そう言われると、尿意を堪えているような表情をしているように見えなくもない。
無論、意図したわけではないと念を押しておく。
「まあ、これはこれで飾っておくか」
自作ドール達の中央に、そのドールを飾る。
すると、他のドールも活き活きとして見えた。
どれもどこかおかしいドール達の中に、極めて普通な存在を置いたことによりそれぞれの個性が活性化したのだと思われる。嬉しい誤算だ。
「お前達はいったいどんな会話をするんだ?」
問いかけても僕のドール達は答えてくれない。
「ふぁ……そろそろ寝ないとな」
時計を見ると、既に深夜だ。
今日もまた、根を詰めすぎたらしい。
ドール達におやすみと告げ、僕は眠りにつく。
「……お父様、眠ったかしら?」
「ど、どうだろう? 僕に聞かれても困りますぅ」
「甘い卵焼きが食べたいのー!」
「ふふっ。桜田くんは料理が出来ないから、私が作ってあげるわね」
「ほんとっ!? お礼にヴァイオリン弾いてあげるかしらなのー!」
「わあ! 嬉しくておしっこ漏れそう!」
「ちょっと! 貴女もしかしてジャンクなの!?」
「フハッ!」
「うわ、びっくりした……もぅ、お父様ってば、寝ながら嗤うなんて、気持ち悪い、ですぅ」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ドール達が動き出しているとは、つゆ知らず。
アストラル体を、高らかに、震わせながら。
愉悦を漏らして、まかなかった僕は眠る。
【まかなかったお父様のドール達】
FIN
しね
きらきーがいねえ
懐かしいじゃあないか!
まだ生きていたのか
良い
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