北条加蓮「藍子と」高森藍子「向かい目線のカフェで」 (43)

――おしゃれなカフェ――

北条加蓮「ねえ、藍子」

高森藍子「なに? 加蓮ちゃん」

加蓮「あのさ」

加蓮「えーっと……」

加蓮「……」

加蓮「……な、何注文しよっか?」

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レンアイカフェテラスシリーズ第86話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「雨上がりのカフェで」(+高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「また毎日が始まる日のカフェで」)
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「曇天のカフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「9月5日のその後に」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お団子のカフェで」

藍子「……加蓮ちゃん? さっき、ハーブティーを注文したばかりですよ」

加蓮「そだっけ……? うん、そうだったね」

藍子「今日もお客さん、ちょっぴり多いですから……」キョロキョロ

藍子「待つ時間も、少しだけ長くなってしまいますね」

加蓮「そうだねー?」

藍子「店員さんも、なんだかお忙しそう?」

加蓮「だね……」

藍子「……もうっ。加蓮ちゃん――」

藍子「あっ、店員さん。ハーブティー、ありがとうございます」

加蓮「やっほー。ありがとね、店員さんっ」

藍子「はい。加蓮ちゃんの分」

加蓮「ん」ウケトル

藍子「ではいただきます。ずず――」

加蓮「……」ジー

藍子「……ふふ。今日もいつも通り、いい香り♪」コトン

加蓮「……」

藍子「……、」チラ

藍子「う~ん……」

藍子「加蓮ちゃん。ちょっとだけ、スマートフォン、失礼しますね」

加蓮「……? ん」

藍子「ふんふん……。ふんふん……」

加蓮「……」ボー

藍子「よしっ」シマイ

加蓮「……? 返信とかじゃないの?」

藍子「違いますよ。それより、加蓮ちゃん」

加蓮「何?」

藍子「一緒に、ハーブティーを飲みましょ?」

加蓮「……ん」

藍子「ほら、両手で、カップを握って……」

藍子「少し近づけるだけで……ほら、リラックスできるいい香りがしてきますよね。なんだか、体を包み込んでくれるみたい……」

加蓮「――」ボー

藍子「ひとくち、飲んでみましょうか」ズズ

藍子「……うん。全身に、あたたかさが伝わっていきますっ」

加蓮「――」ズズ

藍子「きっと、このカフェの……。そして、これを淹れてくださった店員さんの、ぬくもりですね」

加蓮「…………」

藍子「まだ、リラックスし足りないのなら……。一緒に、深呼吸しましょ? 目を、閉じて……。」

加蓮「――」メヲツブル

藍子「大きく吸って~……」

加蓮「……す~……」

藍子「ゆっくり、吐いて~……」

加蓮「はぁ~……」

藍子「では、一緒に目を開けましょうっ」

加蓮「……」パチクリ

藍子「ふふ♪」

加蓮「あ……」

藍子「加蓮ちゃん。落ち着くことが、できましたか?」

加蓮「……」

加蓮「……藍子」

藍子「はい」

加蓮「んー……。なんかすーってした。すごい落ち着いたかも。ありがと、藍子」

藍子「よかったっ」

加蓮「…………いや、でもさ」

藍子「……? なんだか、納得のいっていない顔……? もしかして、そんなに深刻な悩みごとが――」

加蓮「あ、違う違う。悩んでる訳じゃなくて、なんていうのかな……。うん。納得してない感じ?」

藍子「そうですか……。よかったら、お話を聞かせてくださいね。加蓮ちゃん」

加蓮「ううん。納得してない、ってのもなんか違うんだよねー。腑に落ちないって言うんだっけ。こういうの」

藍子「……?」

加蓮「……。……あ、もしかして。藍子」

藍子「はい、何ですか?」

加蓮「アンタ誰かから、っていうかモバP(以下「P」)さんから私のことで何か頼まれてた?」

藍子「ぎくっ」

加蓮「…………」ジトー

藍子「べ、べつに何も頼まれてませんよ~? 加蓮ちゃんのことなんて、何も頼まれていませんよ~?」

加蓮「いつものことだけど、それで何を誤魔化せると思っているの……」

藍子「まあまあ。まあまあ、それよりも何か食べませんか? ねっ? なににしよっかな~」パラパラ

加蓮「いいから先に答えなさい。Pさんから何を頼まれてたの?」

藍子「うぅっ」

加蓮「今日珍しく藍子の方から誘ってくれたよね。それもPさんの差し金なの?」

藍子「ううぅっ」

加蓮「どうせ私絡みでまた余計な――」

加蓮「……まぁ、口止めされてるなら無理に話せとは言わないけどね。……心配させてる自覚も、ないことはないし……」

藍子「ううん……」フルフル

藍子「口止めはされていないので、素直に話しちゃいますね」

藍子「Pさん、加蓮ちゃんのことを少し心配していたみたいなんです」

加蓮「ん」

藍子「加蓮ちゃんが最近、すごく頑張っているから、って」

加蓮「あー……。だよね……」

藍子「……あの。最近の加蓮ちゃんのスケジュールをPさんから聞いたんですけれど」

加蓮「うん――げっ」

藍子「どうして夜までお仕事して、反省会とミーティングをした後、さらに自主レッスンまでしているんですか?」

加蓮「いやそれは、」

藍子「トレーナーさんにも色々なことを聞いたり、他のアイドルのみなさんにも、ダンスのこととか、撮影のこととかを聞いたりして――」

藍子「あ、でもそれはいいことだと思います」

藍子「でも!」

藍子「ええと……」

藍子「……えっと?」

加蓮「うんうん。わかんなくなったならこの話は終わろっかー。それよりほら、何食べるか決めようよ。今食べたいものは――」パラパラ

藍子「あっ! そうそう。思い出しました。加蓮ちゃんっ!」

加蓮「……いやそれは思い出さなくてよかったんじゃないかなー」

藍子「加蓮ちゃんっ!!」

加蓮「ハイ」

藍子「加蓮ちゃんのお母さんから、この前聞かれましたよ。最近事務所に泊まることが増えているけれど、藍子ちゃ――私は何か知らない? って!」

加蓮「なんで藍子に……。い、一応連絡はしてるよ? 仕事で忙しくなったことも伝えて――」

藍子「そういうことじゃないと思いますっ」

加蓮「はいそうですよね」

藍子「もう……! 話がちょっぴり前後してしまいますけれど、それを聞いて私、Pさんに聞きに行ったんです。加蓮ちゃんのスケジュールのこと」

加蓮「た、たまたまだよ? たまたまちょっとお仕事がいっぱいもらえてて」

藍子「本当ですか?」ジー

加蓮「うぐっ」

藍子「じ~……」

加蓮「……半分は本当だよ。本当に本当のこと」

藍子「もう半分は?」

加蓮「自覚はしてる」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……心配かけたなら、ごめんね。でも、調子を崩したりはしてないから」

藍子「……ううん。今日、加蓮ちゃんが元気そうなのを見て、安心しました」

加蓮「そっか……」

藍子「…………」ジー

加蓮「な、何かな? 急に……あははっ……。加蓮ちゃんに惚れでもしちゃったー?」

藍子「……じっくり見ても分からないくらいに、加蓮ちゃんはよく隠しちゃうから。だから……じ~~~」

加蓮「いやその……。ホントに隠してないってばっ」

藍子「そうみたいですね……」スッ

藍子「……よかった」

加蓮「あはは……」

藍子「Pさん、ずっとうんうん悩んでいましたよ」

藍子「今の加蓮ちゃんは、すごく頑張っているけれど、無理をしているようには見えない。だから邪魔をしない方がいいかもしれない――」

加蓮「でも心配しちゃう、と?」

藍子「加蓮ちゃん?」ギロ

加蓮「はいすみません。……謝るから、ね? 藍子。藍子ちゃん。目が怖い」

藍子「……心配しているというより、分からない、みたいな顔をされていました」

加蓮「分からないって――」

藍子「加蓮ちゃんの考えていることや、思っていること……そういうことだと思いますよ」

加蓮「そっか……」

藍子「加蓮ちゃんなら、無理しすぎて倒れるようなことはもうないと思うけれど、精神的に余裕がなさそうに見える――って、Pさんは言っていましたね」

加蓮「……ほー。また随分と詳しいのね。それもさっきの催眠もどきで喋らせたの?」

藍子「へっ?」

加蓮「あれ?」

藍子「いえ、さっきのはPさんに教えてもらったリラックス法を私なりに――って、催眠もどき!?」

加蓮「そうだったんだ。Pさんいろんなこと知ってるなぁ」

藍子「催眠って催眠術の催眠ですか? 私そんなの使えませんよ!?」

加蓮「今さっき目の前で使って見せたでしょ」

藍子「あれはただのリラックス法ですっ」

加蓮「現実の催眠ってそういうものじゃないの?」

藍子「え? そうなんですか……?」

加蓮「いや私も詳しくは知らないけど。なんか心を落ち着かせたり、あと……身体の力を抜かせるんだっけ。立ち上がれなくしたり。一応不眠対策っていうのもあったような……」

藍子「……くすっ。加蓮ちゃんも、色々なことを知ってますね」

加蓮「どこかで聞いたことあるなーってだけだよ? で、さっき藍子がやったのも、立派な催眠術」

藍子「違いますっ」

加蓮「否定することないじゃん。使えるのって凄いことだよ? 術だよ。術」

藍子「術ならどうしてすごいんでしょうか……」

藍子「催眠術が使えるって、なんだか、その……ちょっぴり、不思議な人みたいじゃないですか」

加蓮「アンタは元々不思議だし、確かこの分野は専門家がいる筈だからそういうこと言うのはやめなさい」

藍子「それはごめんなさい。……でも私は不思議ではないです。普通ですよ?」

加蓮「ゆるふわ空間遣い+催眠術を両方使いこなし、しかも歌って踊れるアイドルって、マンガやアニメでも早々見ないと思うけどね」

藍子「そんな、人を不思議のかたまりみたいにっ」

加蓮「そっかー……。不安にさせちゃってたんだね。Pさんのこと。お母さんにもかな……」

藍子「……あ、でもPさん、加蓮ちゃんのことを、応援もしていたみたいです」

加蓮「応援?」

藍子「頑張っているのなら、やりたいことをやりきってほしい、って」

藍子「そのために自分の力が必要なら何でもやるから――だそうですよ?」

加蓮「あははっ。そっか……。藍子、Pさんと一緒に私のことでどれだけ話し合ったのよ」

藍子「そうですね~……。あの時は、1時間くらいお話しちゃったかな?」

加蓮「いつもの調子だね」

藍子「その後に、加蓮ちゃんの好きなところとか、一緒にいたくなるところとかのお話で、もう1時間盛り上がっちゃってっ」

加蓮「……そ、そう。へー。なんか相変わらず盛り上がって……」

加蓮「ええとさ藍子。それ……例えば?」

藍子「そうですね~。例えば――」

加蓮「いや待ってごめんやっぱりいい。やっぱいい。うん。いい」

藍子「そうですか?」

加蓮「さっきの言葉は、Pさんの口から直接聞きたかったなー?」

藍子「ふふ。ごめんなさい。今、私はPさんの代理役らしいのでっ」

加蓮「代理」

藍子「はい。Pさん、加蓮ちゃんになんて言葉をかければいいか、迷ってしまっているみたいでしたから……」

加蓮「あぁ、そうなんだ……。思ってること、素直に言ってくれるだけでいいんだけどね。応援してる、って一言だけで」

藍子「……」

加蓮「で、催眠術――はいはいリラックス法ね? それをPさんに教えてもらったと」

藍子「加蓮ちゃんの心を落ち着かせることができて、よかったです」

加蓮「落ち着いた落ち着いた。すっごい落ち着いちゃった」

藍子「ふふっ♪」

加蓮「……ハーブティー、ちょっと残っちゃってるね」

加蓮「んー……うん。一気に飲んじゃお!」ゴクッ

藍子「ああっ、なんだかもったいない――ううん。今は、一気に飲み干してしまいましょうかっ」

藍子「えいっ」ゴクッ

加蓮「ふうっ」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……あはっ」

加蓮「ふふっ。こんにちは、藍子」

藍子「え~、今さらですか? こんにちは、加蓮ちゃんっ」

加蓮「なんか言ってなかった気がするから」

藍子「言いましたよ。私も言いました。その時の加蓮ちゃん、上の空だったんじゃないですか?」

加蓮「かもね?」

藍子「もうっ。久しぶりにカフェに一緒に来たのに。誰のことを頭に思い浮かべていたんですか~」

加蓮「誰って――」

藍子「じと~」

加蓮「……ほら、さ。藍子の顔ばっかり見てるとすごい勢いで時間が経っちゃうでしょ?」

藍子「なんですかそれっ」

加蓮「私はまだまだ遊んでたいのにさ。せっかくのオフの時間で。でも藍子の顔を1日見てると、気付いたら夜になっちゃって――」

加蓮「あーなんか癒やされた、明日もこうだったらいいのになーって――」

藍子「加蓮ちゃん? ……ふふ、私もです。加蓮ちゃんの顔を見ているだけでも、すっごく幸せ、」

加蓮「それより何か食べない? 落ち着いたらなんだかお腹が空いちゃったよ。ほらほら、何か食べようよ」

藍子「? そうですね。それなら何か、軽い物を頂きましょう」

加蓮「うんうん、そうしようそうしよう」

藍子「?? ……あっ」

藍子「加蓮ちゃんっ。え~っと……。そ、それで何がごまかせると思っているの? ……ですか?」

加蓮「は? ……え、もしかしてそれってさっきの私の真似?」

藍子「そのつもりです……」

加蓮「ええぇ……。なんかマジなダメ出しするのも馬鹿らしくなるんだけど……」

藍子「えへへ……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……さ、サンドイッチとホットケーキ、どっちがいいですか?」

加蓮「じゃあ、サンドイッチ……ううん、ホットケーキ。ちょっと甘いのがほしい気分」

藍子「店員さんに、お願いしちゃいましょう」

加蓮「お願い?」

藍子「いつもより、ちょっぴり甘い物を希望です、って♪」

藍子「本当なら、そのカフェの味付けを楽しむのが、カフェを楽しむマナーですけれど……」

藍子「たまには、お願いしちゃってもいいですよね」

加蓮「あはは……。常連の権利だね?」

藍子「はい。特権ですっ」

加蓮「はいはい特権特権。常連特権主張しますー」

藍子「うくっ」

加蓮「ん?」

藍子「常連特権……! あっはははっ……! 常連っ、常連特権っ……! あはっ、あはははは……!」

加蓮「さっきから何なの……」

加蓮「あ、店員さーん。ホットケーキ2つ分お願いー。ちょっと甘いの希望だって。藍子が」

藍子「あはははっ……! いたた、お腹痛いっ……」

藍子「あっ、違いますよ~、店員さん。加蓮ちゃんが、甘いホットケーキを希望だそうです」

加蓮「私はちょっと甘いのがほしいって言っただけで、いつも通りでいいんだよ?」

藍子「加蓮ちゃんが、甘いひとときをすごしたいって言ってましたっ」

加蓮「いや言い方、言い方」

藍子「む~」

加蓮「む……」

加蓮「……ねぇ、店員さん。いきなり味変えろって言われても難しいし、っていうかムカつくよねー? 店員さんも店長さんも味に自信を持って出してる筈なんだし? だからいつもの味でいいよ」

藍子「確かに、味にワガママを言ってしまうのは、お客さんとして失礼かもしれませんけれど……。ほら、店員さんっ。加蓮ちゃんの顔を見てください。甘いものが食べたい! って、書いてありますよね?」

加蓮「それ分かるの藍子だけだし、っていうかそれだって押しつけでしかないしっ」

藍子「私じゃなくても分かりますよ。加蓮ちゃん、そろそろ素直になりましょ? ……ほら、店員さんも頷いています」

加蓮「私の意見に納得したからうんうんって頷いてんでしょ」

藍子「きっと、私のお話に納得してもらえたからです!」

加蓮「とにかくいつもの味でいいからっ」

藍子「ちょっぴり甘めにしてくださいっ」

加蓮「ね?」

藍子「お願いします!」

加蓮「……あ、店員さん行っちゃった」

藍子「……」

加蓮「藍子?」

藍子「……あの、加蓮ちゃん」

藍子「よく考えてみたら……注文する時、私たちが揉めてしまうことが、店員さんにとって一番迷惑だったんじゃ?」

加蓮「あ」

加蓮「……後で謝ろっか」

藍子「はい……」

……。

…………。

「「いただきます。」」


加蓮「んぐんぐ……」

藍子「もぐ、もぐ……」

加蓮「……うんっ。なんかピッタリの味!」

藍子「ふふ、どんな味ですか? ……でも、加蓮ちゃんの言いたいこと分かっちゃいます。すごく、ぴったりの味ですねっ」

加蓮「甘いけど甘すぎなくて、口の中で……いい時に飲み込みたくなる、絶妙の味だよね」

藍子「はい。でもしばらく噛んでいたくもなるような……。あたたかい味ですよね」

加蓮「要望に応えてくれた、ってことなのかな……」

加蓮「持ってきた時の店員さんも、怒ってる感じじゃなかったよね」

藍子「いつもの穏やかな表情をされていましたよね。……だけど、ちょっぴり疲れていたような?」

加蓮「マジ? ……やっぱ迷惑だったかなぁ」

藍子「う~ん……。勘ですけれど、違うと思いますよ? こう、なんというか……」

藍子「ほら、渡してくださった時、目を見て微笑んでくれたじゃないですか」

加蓮「そだね」

藍子「疲れていたとしても、私たちのせいではないと思いますよ。……た、多分ですけどっ」

加蓮「……だといいね」

藍子「はいっ」

加蓮「んぐんぐ……」

藍子「もぐ、もぐ……」

加蓮「んぐ……」ピタッ

加蓮「……」

加蓮「……んぐんぐ」

藍子「……」チラ

加蓮「うん。美味しい……」

藍子「美味しいですね。加蓮ちゃん」


□ ■ □ ■ □


「「ごちそうさまでした。」」


藍子「ところで、加蓮ちゃん」

加蓮「んー?」

藍子「結局何に焦っていたんですか?」

加蓮「んー……」

藍子「……ううん、焦っている、なんて言い方は間違えているのかもしれないですね」

藍子「加蓮ちゃんが頑張っている理由。よければ、教えてくださいっ」

加蓮「……話さなきゃ駄目?」

藍子「う~ん……。加蓮ちゃんが、どうしても嫌というなら……無理に、とは言いませんよ」

藍子「でも、私は聞いてみたいな――」

藍子「あなたがどこを向いていて、何を見ていて、どんな想いを抱えているのか」

加蓮「あくまでも"藍子が聞きたい"なんだね」

藍子「そうですよ。私が、加蓮ちゃんのお話を聞きたいんです」

藍子「それとも加蓮ちゃん、本当はお話ししたいとか? もしかして、背中を押してほしいなんて――」

加蓮「はーい調子に乗らない」ベシ

藍子「痛いっ」

加蓮「ったく」

加蓮「そうだね……。うーん」

加蓮「……」

加蓮「……とある場所に、ある女の子がいます」

加蓮「その子は、夢を見続けていました。歌って踊れるステージに立ちたい。キラキラしたい」

加蓮「今も、それを追い続けています。トップになりたい。もっとキラキラしたい」

加蓮「夢を見ること……夢を叶えられること。そのために頑張れることが、楽しくて楽しくて」

加蓮「最初は誰からも、それは無理だ、と言われたらしいけど――」

藍子「…………、らしい?」

加蓮「だけど、その子はどんな無理なことにも挑み、どんな無茶なことにも頑張り続け、結果の出ない苦しみにも決して折れることがありませんでした」

加蓮「その子にはとても仲良しの子がいて、だけど誰にも決して譲れない物があって、仲良しな子にも負けないって、いつも意気込んでいて」

加蓮「あとは……」

加蓮「……」

加蓮「……そういう子が、ある場所にいました」

加蓮「そして、その子は昇ってきました」

加蓮「どこか泥臭いっていうか、格好悪いところを隠そうともしない格好悪さがあるっていうか……。でも、確かに這い上がってきました」

加蓮「そういう、馬鹿みたいな努力とか、欲しい物を勝ち取った時の表情とか」

加蓮「……ここまで来たよ、追いついたよ、っていう顔とかってさ、見る側に伝染するんだよね」

加蓮「私もやらなきゃ、って」

加蓮「いつかPさんが言ってたなぁ。北条加蓮のステージは北条加蓮を知っている人に勇気を与える。ファンの背中を押してあげられる。夢を叶えてあげられる――って」

加蓮「……あいつは、私ではないけど」

加蓮「なんか、そういうのを受け取る側の感覚になっちゃった……のかな」

加蓮「……」

加蓮「……ま……。柄にもないんだけどね。じゃあ私もやらなきゃ、なんて」

藍子「"その子"は……」

藍子「加蓮ちゃんの言うその子は、トップになりたくて、もっとキラキラしたくて……昇ってきたんですね。それなら……あなたは、何をやるために?」

加蓮「同じだよ。……同じなんかじゃないけど」

加蓮「トップになりたい。一番のアイドルに、シンデレラになりたい」


加蓮「だって私、負けた相手がいるから。今度こそ勝ちたい戦いがあるから」


藍子「それって、――」

加蓮「はいストップ。名前出さないでね。……ほら? 今は加蓮ちゃんと藍子ちゃんがお話してるんだし? それはマナー違反だよ?」

藍子「…………くすっ。加蓮ちゃんだって、今まで私でも加蓮ちゃんでもないお話をしていたのに」

加蓮「名前は出してないからセーフ。名前なんて呼びたくないし――なんてねっ。はいネタバラシ! 実はこれ、ぜんぶ加蓮ちゃんのお話だったんだよー?」

藍子「加蓮ちゃんのお話だったんですか~?」

加蓮「そうそう。実はぜーんぶ私の話。ふふっ、気付かなかったでしょー?」

藍子「そうだったんですね~」

加蓮「……」

藍子「嘘」

加蓮「……」

藍子「だって……名前を呼びたくない、って言っているのに、加蓮ちゃん、って名前を出しているじゃないですか」

加蓮「あははっ。さすが名探偵藍子ちゃん。これくらいは簡単に見抜かれちゃうかー」

藍子「私でなくても、誰でも分かると思いますよ?」

加蓮「マジでー?」

藍子「ふふ。まじで、ですっ」

加蓮「そっか」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……あいつさ。ここまで来たよ、なんて、私達に――この宇宙の誰よりも輝く笑顔を向けてくるの」

加蓮「そしてすごい挑戦的な目で見るの。私のことを」

加蓮「私になんか挑んでも――"負けた"私に挑んで、何になるのか知らないけど」

加蓮「知らないけどさ……」

加蓮「……じゃあ」

加蓮「じゃあ挑戦相手になってやろう、挑戦する価値のあるアイドルになってやろう、とか思っちゃうんだよね」

加蓮「あははっ。私ってば何様なんだか……」

藍子「…………」

加蓮「…………」

藍子「……たぶん……ですけれど」

藍子「その子にとっては加蓮ちゃんが、同じところに立ちたい相手……ではないでしょうか。だから、ライバルや挑戦相手に――」

加蓮「同じところ?」

藍子「加蓮ちゃん。もしかして、その子に自分のことお話しましたか?」

加蓮「……?」

藍子「ほら。加蓮ちゃん、その子の……想い? 夢や、目標を知っているようでしたから。もしかしたら加蓮ちゃんもお話したのかな、って」

加蓮「……さすが、名探偵の藍子ちゃん」

藍子「あはは……。加蓮ちゃんのことですもん。ちょっとくらいなら分かりますよ」

加蓮「その"ちょっと"が全くちょっとじゃないから怖いんだけど?」

藍子「え~っ」

加蓮「……公演前に一晩だけね。レッスンルームで馬鹿やった後、お互い疲労の勢いで。あの公演ってアクションシーンとか多かったし。私そーいうの慣れてなかったから。あいつも」

藍子「……」

加蓮「夢への想いとか、支える強さとか伝わってきてさ……。で、私にも負けない、とか言ってて」

加蓮「追いついた、とか言って、その後も私のこと、凄い表情で見て来て」

加蓮「……バカじゃないの。目指すところ、ここじゃないでしょ」

藍子「加蓮ちゃんはどうして、その子のことは……そんなに、嫌いなんですか?」

加蓮「さあね。何となく嫌い。私に似てる癖に――」

藍子「……」

加蓮「似てる癖にキラキラしてるから嫌い。立ち止まらないでいれるエネルギーが羨ましい。だから嫌い。自分の理想に変わっていこうとし続けられる強い気持ちが羨ましい。だから嫌い」

藍子「…………」

加蓮「羨ましい」

藍子「…………」

加蓮「羨ましいって気持ちがただの嫉妬だって自分で知ってるから自分が嫌になる。あいつも嫌い」

藍子「…………」

加蓮「…………」

藍子「……駄目っ」

加蓮「?」

藍子「それを否定しちゃ、駄目です……」

藍子「変えようと思う気持ちと……そのエネルギーがあるから、今のキラキラ輝いている加蓮ちゃんがいるんだから」

藍子「それを否定したら、今の加蓮ちゃんのことまで否定することになっちゃう……」

加蓮「……あぁそっか。私、今の私のこと、否定しちゃってるんだ」

藍子「……」コクン

加蓮「否定、嫌い。かぁ」

加蓮「……アイツが変に私に似てるせいで、昔の私が出てきちゃったのかな。嫌いってばっかり言ってた、ちいさい頃の私が」

加蓮「ううん。違うよね。それは……昔の私を使った言い訳だ。昔の私を利用してるだけだよ」

加蓮「今の私も、そうなのかもしれないよね……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……あなたは今も、あなたの――加蓮ちゃんのことが、嫌いですか?」

加蓮「……分かんない。でもさ、私思うんだ。自分のことが嫌いなら、鏡の前に立ったりしないよね」

藍子「そうですね。もしも、自分の顔も見たくないくらいに嫌いなら……そんなこと、しませんよ」

加蓮「……」

藍子「挑戦を受けよう、なんて考えたり、自分も頑張ろう、なんて影響されたり……そんなこと、しませんよ」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……知ってる」

藍子「はい」

加蓮「知ってた」

藍子「はい」

加蓮「否定したくて否定してた」

藍子「はい」

加蓮「でもさ」

藍子「でも?」

加蓮「嫌いっていう気持ちも、嘘じゃない。羨ましくて、それが嫌いで、妬ましくて……」

藍子「……」

加蓮「……こんなのさ……。向かい合えてないのは、私の方だよね。あいつでさえ、私と向かい合ったのに」

藍子「……そうかも、しれませんね」

加蓮「ごめん」

藍子「……ううん。嫌いの気持ちがあっても、少しでも好きでいられるなら、大丈夫っ」

加蓮「……」

藍子「ね、加蓮ちゃん。嫌いなものぜんぶ、好きになれとは言いません。私も加蓮ちゃんも、苦手な物、いっぱいあると思います」

加蓮「……あはは……。なんか聞いたことあるね、それ」

藍子「ふふっ。2回目ですよね。私も覚えてます」

藍子「でも……嫌いって気持ちだけで、ぜんぶを否定しないであげてください」

藍子「もしも自分やその子に対して、嫌いでいっぱいになってしまった時には……否定するだけじゃなくて、また向かい合いましょ?」

藍子「吐き出すことは吐き出して、言いたいことはぜんぶ言ってしまって。嫌いなところだってぜんぶ並べてしまって。それでも、好きになりきれないなら――」

藍子「私が――あなたのことが大好きな私が、ずっとここにいますから!」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……藍子」

藍子「はい」

加蓮「ありがとう」

藍子「……」

藍子「……どういたしまして。加蓮ちゃんっ」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……ふふっ」

藍子「あははっ。急に笑っちゃうなんて、どうしたんですか?」

加蓮「べっつにー? こういう話の後は笑うものだって、藍子が教えてくれたでしょ?」

藍子「そうでしたっけ。そうだったかもしれませんねっ」

加蓮「うんうん。ね、喋ったら喉乾いたし、なんか飲もっか」

藍子「はい、そうしましょうっ」


<アップルジュースでも飲みますか?
<絶対ヤダ。私は大人なんだしコーヒー飲むっ
<え~っ


【おしまい】

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