律子「煙草は人を変えてしまいます。」 (49)

・地の文多め
・初投下
です。至らぬ点も数あるかとは思いますが、ご容赦ください。

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吸って、吐く。当たり前の動作に白い煙を交える事で、気持ちのスイッチを切り替える。
6月の生温い風が俺の体を撫で、白い煙は辺りに薄く広がり、消えた。
765プロダクションが入っているビルの屋上は、誰にも邪魔されず一服できる俺だけの場所だった。

がちゃり。

「プロデューサー?どうしたんです?こんなところで。」
見つかってしまった。
「へぇ、プロデューサーって煙草吸われるんですね。」
煙草の方も、見つかってしまった。
「嫌いか?」
「別にそういう訳では。」
そう言って彼女は、こちらの方へ歩み寄る。

「でも、知りませんでした。ちょっと意外です。」
「そうかな。」
「そうですよ。多分、誰も気付いてないですよ。」
「あいつらの前じゃ吸わない事にしてたからな。アイドルは健康第一……ってね。」
携帯灰皿を取り出し、吸っていた煙草を片付ける。
「あっ、気にしなくていいんですよ?」
「馬鹿言え、俺にとっては律子だってアイドルだよ。」
そう言うと、律子は少しだけ顎を引いた。丁度この位置だと、目が見えない。

「いつから吸い始めたんですか?私のプロデュースをしてた頃は、一切そんな素振りを見せませんでしたけど。」
さすが律子、鋭い。
「丁度、律子のプロデュースを終えてからだよ。」
「どうして、そんなタイミングで?」
「よく覚えてないけど、気分かな?」

律子が俺の同僚になってから、久しぶりに二人きりになれた。昔を思い出す。
「そういえば律子、そっちの仕事の方は?」
「雑誌の取材を終わらせました。午後からはレッスンです。3人とも、今は事務所で休憩してるところですよ。そちらはどうなんです?」
「事務所にいる真と雪歩以外は、ロケやCM撮影。午後には二人をテレビ局まで送るから、今は俺が休憩中。」
「順調ですね、お互い。」
「そうだな。」

2年ぶりの何気ないひと時が、今の二人には新鮮だった。

「今頃、真と伊織が喧嘩してる頃かな?」
ふと、なんとなくそうつぶやいた。
「だったら亜美がかき乱してる所でしょうね。」
「そうかな?俺は雪歩が仲裁に入ろうとしてると見た!」
「何張り合ってるんですか、子供じゃあるまいし…。」

「賭けるか?」
「……何を?」
「昼飯代。」
「…受けましょう。」
やった。久しぶりに一緒にご飯を食べれる。しかし焦ってはいけない、平静を装う事に努めなくては。ここで喜んでは、どちらが年上か分かったものではない。

「何処に食べに行こうか?」
「どこでも、いいですよ。プロデューサーのオススメとかないんですか?」
「うーん、じゃあ、一人では入り辛かったお店があるから、そこに行ってみよう。」
「分かりました。それじゃあ、結果確認といきましょうか。」
今にも鼻歌でも歌い出しそうな律子。足取りは軽く、リズミカルに階段を降りていった。

「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま。なかなか美味しかったな。」
「ええ、そのわりに安いですしね。」
「後は、お一人さま歓迎の雰囲気さえあればなぁ…」
「私でよければ、付き合いますよ?」
「またお願いするかもな。今度はワインでも飲めるといいんだけど。」

煙草を一本手に取り、咥える。少し俯き、着火。
「食後の一服……ってね。習慣になってきたよ。」
「たった1年で、変わるものですね。」
「変わるさ。律子だって、そうだろ?」
「そんな事、ないと思いますよ。」
ライターを仕舞い、顔を上げる。どういう訳だか、律子の表情は暗い。

「やっぱり、煙草は嫌いだったか?」
「あっ、いえ、そういう訳ではないんです!」
俺の気遣いに気付いたのか、やや大袈裟に言う。
「気にしないでください、すぐに持ち直しますから。」
どうしたと言うのだろう。しかし、この話題はあまり好きではなさそうだ。
仕事の話をして、煙草を吸い終える。

「さて……少し手洗いに行ってくるよ。」
立ち上がり席を離れようとすると、腕をがっしりと掴まれた。
「プロデューサー?伝票を処理しようとしても、無駄ですよ?」
「ありゃ、バレてら。」
「今回は私の負けなんですから、代金は私が払います。」
「俺が律子のヒモみたいに見られたらどうするんだよ。」
「人の目を気にする人でしたっけ?本当に、変わりましたね。」
クスッと笑い、伝票を持つ右手の指をゆっくりと解き、俺から伝票を奪い取る。

「一緒に食事できただけで、こっちは良かったんだ。お釣りが出るくらいさ。」
「それはこちらも同じです。いいから、私に任せてください。」
こうなったら譲らないのが秋月律子だ。
「変わってないんだな。」
「あなたに比べれば、ですけどね。」

リッチャンハカワイイデスヨ

事務所に戻り、仕事を終えた。
家に帰り、煙草を吸う。
これも新しい習慣だ。

突然鳴り出す俺の携帯電話。どうも電話でもメールでもないらしい。アラームだった。
画面には、「律子の誕生日まであと一週間!」の文字。
「忘れっぽいから、って設定しておいてよかった。2年前の俺を褒めてやりたいね。」
バカな事を言いながら、カレンダーの6月23日に大きく赤い丸を描いた。

相変わらず事務所は慌ただしい。しかし、唯一鳴る電話の内容が「オーディション不合格」だけより遥かにマシだ。

「ふぅ、ようやく落ち着いてきたな。」
「なんとか山は越えたって感じですね。」
「とりあえず、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」

タイミングよく、雪歩がお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう、頂くよ。」
「私も頂くわ。ありがとう。」
珍しく、煙草を吸わずに一服つけた。気が抜けてしまい、スイッチが仕事モードからゆっくりと切り替わる。
「そういえば律子、次の日曜日の夜、空いてる?」
「えっ?空いてますけど……」
上ずる声。湯呑みを持つ指を震えている。

地の文と台詞の間にスペースあけたほうがいいかも

「よかった。一緒に食事でもどうかと思ってさ。」
「いいんですか……?ありがとうございます、お受けしますよ。」
じわじわと広がる喜びを、わざと丁寧な言葉で押さえつけている。
「楽しみだな。仕事を頑張る甲斐が、更に出来た。」

それからの律子のキーボードのタイプは、全てリズミカルに行われた。秋月律子メドレー、タイプ音バージョン。事務所にいる俺たちだけが、ごくたまに聴けるレアなナンバーだ。

6月23日、20時。俺はしっかりとキメて、待ち合わせしておいたレストランの前で立っている。

「プロデューサー」

後ろから聞こえた律子の声に振り返ると、アイドルの衣装でもなく、いつものスーツでもなく、緑色の美しいドレスに身を包んだ律子がそこに立っていた。

「綺麗だよ、律子。」

どうやら俺は、真に美しいものを目の当たりにすると語彙力が衰えるタイプらしい。

「そんな、照れますよ。」

紅潮した律子の顔が、へんに色っぽい。

「いいから早く入りましょう!」

俺の手を引き、レストランへ入る。俺の方が魔法にかけられた気分だ。

「誕生日、おめでとう。」
「ありがとうございます。ようやく二十歳です。」
「今まででも、大人顔負けの仕事ぶりだったけどな。」
「よしてください、あなたに比べたらまだまだです。」
「お世辞のつもりは無いさ。」

ワインが運ばれてくる。俺と、律子のグラスにワインが注がれた。

「私、お酒って初めてです。」
「誰しも最初はそうだよ。」

律子がグラスを手に取る。合わせて俺も、グラスを手に取り前に突き出す。
どちらからともなく、「乾杯」。そして一口。

「うん、わりとイケますね。」
「意外だな。」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。」

まさか律子と酒を飲める日が来るとは、夢にも思わなかった。

「これ、ちょっと苦いな。」
「本ものは少し苦いって、相場は決まってるんです。」
「分かる気がするな。」
「残すはデザートですね。」

デザートが届くまでの間、今まで同様に雑談を続けた。
デザートが届き、食べ終え、食後の一服。終わった頃には、律子の顔は真っ赤になっていた。

「飲み過ぎだよ、馬鹿野郎。」
「あなたに言われたく、ないですよ……。」
「全く、締まらないなあ。」
「すいません……。」

勘定を済ませ、外に出る。まともに歩けそうにない律子をおぶる。無抵抗の律子が、新鮮だ。

「外の空気吸えば、少しは楽になるよ。」

「……それなら、あなたも吸えばいいじゃないですか。」
「何をだ?」
「煙草じゃなくて、外の空気を、ですよ。」
「あぁ、そういう事か。どうしてだろう、やめれないんだよなあ。」

やめようと思ってやめれるのなら、世の喫煙者達は苦労しない。

「あっ、ちょっと止まって欲しいです……。」
「どうした?吐きそうなのか?」
「デリカシー無いって、よく言われません……?」
「言ってる場合か。ほら、そこの公園まで我慢してくれ。」

小鳥さんと呑んでてよかった。酔っ払いの扱いには慣れたものだ。

「お見苦しい所を、お見せしました……。」
「気にしてないよ。それより、大丈夫?」
「さっきよりは、だいぶマシになりました。」

顔色は確かに良くなってはいるが、まだ青い。

「丁度公園があってラッキーだったよ。座って少し休むか。」
「ええ、そうします。」

公園のベンチに座る、スーツとドレスのふたり。場にそぐわないことこの上ない。

「家が近くて、よかったです。歩きで帰れる範囲でしたから……。」
「この辺、近いの?」
「えぇ。結構近いんですよ。」
「……せっかくの誕生日なのに、こんな事になって、ごめんな。」
「いえ、謝る事では。むしろこっちが謝りたいくらいですから……。」

「よくよく考えたら、ご家族と一緒に過ごしたりしなくても良かったのか?」
「私だってもう大人です、こういう日くらい、好きな人と一緒の方が……。」

呆気にとられる俺と、顔色がゆっくりと青から赤に変わる律子。

「あっ、今のは、その……。」
「嬉しいよ、律子。」
「うぅ……。えっと……はぁ……。
あぁ、もう、恥ずかしいところも見せたし、全部さらけ出したんだから言います。」

「どうせ今日、言う気だったんですから。でも、少しだけ、時間をください。」
「構わないよ。」

立ち上がって後ろを向き、1分間ゆっくりと深呼吸を続ける律子。
そして、こちらに向き直る。

ごくり。と、俺か律子か分からないが、唾を飲み込む音。

「私は、あなたの事が好きです。私と、付き合ってくれませんか?」

涙が出そうになったが、理性でカバー。
抱きしめたくなったが、本能でセーブ。
縦に頷きたかったが、俺の中のつまらない何かがブロック。

「ありがとう。素直に嬉しく思う。だが、すまない律子。俺はお前とは付き合えない。」
「…………どうして、ですか?」
「前にも言ったろ?俺にとって律子は、まだまだアイドルなんだ。付き合うなんて、できない。」

できない。俺は律子と、付き合えない。

「どうして……。どうして、そんな事言うんですか!私は、『プロデューサー』じゃなくて、『あなた』に言ってるんです!」
「……すまない、律子。」

「私は、もうアイドルじゃありません。プロデューサーなんです。あなたと同じなんです!」
「……。」
「あなたと同じように、お酒だって飲めます!煙草だって吸えます!あなたと、同じなんです……!」

眼鏡の奥の瞳に、大粒の涙が浮かぶ。

「俺は、律子と同じじゃない。昔と変わったと言ったのは、お前だ、律子。」

あえて冷たく突き放す。そうでもしないと、気持ちに揺らぎが生じてしまう。その揺らぎは、さながらバタフライエフェクトだ。大きな嵐を巻き起こす事になると分かっている。

「……煙草なんて、嫌いです!大嫌いです!煙草があなたを変えました!あの頃のあなたに、戻ってくださいよ!」

俺と律子の間を隔てていたのは、他でもない煙草だった。俺が煙草を吸い始めたのは、律子がアイドルを辞めたことがきっかけだった。
何かパッとしない、そんな毎日にスイッチを入れたかった。
俺にとって、律子がアイドルでなくなった事の記号が煙草だった。
律子がアイドルを辞めた事による空虚を、律子がアイドルを辞めた事の記号で埋めていた。皮肉な話だ。

「あなたが煙草を吸っていなかったあの頃みたいに、一緒にいたいんです!」

律子の目に浮かんだ涙は、頬を伝って手の甲に落ちて行く。

「アイドルを泣かせるなんて、プロデューサー失格だな、俺は。」

そう呟くと、律子は魔法が解けてしまった様な、そんな表情に変わった。
零れ続ける涙。俺には、それを拭う資格なんて無い。

「タクシー、呼ぶから。」
「はい……。」

何分待ったかは分からないが、ようやくタクシーのご到着だ。

「それじゃあ律子、また明日。」
「……はい。」

遠くへ消えるタクシー。追いかける気力も無かった。
本当に俺は、この選択で正しかったのだろうか。
しかし俺は、恐らく初めて、本ものの恋を味わった。
どんなものでも、本ものは少し苦いって、律子が話していたっけ。

家に帰ったが、煙草は吸わない。
新しい習慣が、邪魔でしかない。

何故断ったんだ、何故律子を悲しませたんだ、自らに問うても、答えなんか出る訳がない。
矛盾してる事に気付いてるから。
俺だって律子のことが大好きだ。けれど、だからと言って付き合える訳ではない。
俺は馬鹿だけど、鈍感ではない。担当アイドルの殆どが俺に好意を寄せている事は分かっている。だからこそ、簡単に律子の想いに応える事は出来ない。
じゃあどうすれば???

そうだ、最初から分かっていたことだ。お互い理屈で語るのが癖だけど、理屈や損得勘定を抜いた時の言葉の方が、自分の気持ちに正直だった。
あの時、律子は正直だった。自分に正直で、俺に正直だった。
だけど俺は、律子の言葉に建前で壁を張り、律子に不誠実で俺自身に嘘をついた。
これではプロデューサー失格どころではない、人間失格だ。

「少しくらい、自分の為に何かをやったって良いよな。」

律子に煙草を吸っている所を見つかった、いつもの屋上。
そこには、いつもの表情をした律子が立っていた。

「話って、なんですか?ゆうべの事だったら、もう……。」

いや、俺は言わなくてはならない。律子に、言わなくては。

「昨日の俺は、律子に対して不誠実だった。建前で気持ちを誤魔化し、お前を冷たく突き放した。本当にすまなかった。」
「謝らないでください。そっちの方が、気が楽ですから。」

「あの子達の為に断ったって事くらい、分かりますよ。本当に、あなたは優しいんですから。」
「律子……。」
「世話の焼ける人です。でも、そんな人を、好きになっちゃったんです……。」

「……律子、もう一つだけ。」
「なんですか?」

深呼吸。
そして、

「俺、今日から煙草をやめようと思う。生涯禁煙だ。」
「…………えっ。それってもしかして……。」
「こんな俺でよかったら。」

ゆっくりと、笑顔に変わる律子。

「本当に、本当ですよね!?生涯、ですね!?」
「あぁ、本当だ。」

子供みたいにはしゃぎながら、零れ出した大粒の涙。涙でぐしゃぐしゃになった笑顔だったが、今までのどんな時より、好きだと思った。

「また、泣かせちゃったな。」
「違いますっ、これは、違うんですっ!」
「そっか。それなら、よかった。本当によかった。」

いつのまにか溢れそうになった俺の涙を隠す為に、律子を抱き締める。良い匂いだ。
胸の中で泣く律子を、もっと強く抱き締める。
こんなに幸せなんだ、煙草の手を借りる必要は、少なくとも俺が死ぬまでは無いだろう。
6月24日。1日遅れだったが、最高のプレゼントを律子に贈る事が出来た。今日は最高の日だ。

禁煙も、悪くない。

おわり。

くぅ疲。

見苦しい点も多々ありましたが、終わらせる事が出来て良かったです。ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。

おつ
誕生日か


タイトルで狙われた街ネタかと思ったがそんなことはなかったな

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