「豚足」
「……その呼び方はいい加減やめてくれ」
その日、俺は師匠こと小岩井吉乃に呼び出され、残虐姫こと安達垣愛姫がいつも昼食を食べる際に使っている体育倉庫へ足を運んだ。
引き戸を開けて中に入ると埃っぽい倉庫内の真ん中に置かれた跳び箱の上にひとりの女生徒が座っていて、俺のことを"豚足"呼ばわりする彼女こそが、呼び出した張本人である小岩井吉乃であり、俺の抗議は無視された。
「用件を伝える」
「なんだ、急ぎの用か? ひとまず聞こう」
「愛姫さまの秘密を教える」
安達垣愛姫の秘密。それを暴露するらしい。
家令見習いとして安達垣愛姫の邸宅に住み込みで働いている小岩井吉乃ならば、誰にも知り得ない秘密を握っているのは必然である。
安達垣愛姫に恨みを抱いている俺からすると、間違いなく弱みとなるその秘密とやらが是が非でも知りたい。しかし、相手は曲者。
「どんな交換条件を突きつけるつもりだ?」
小岩井吉乃は、手強い。油断せずに慎重に。
「条件は特にない」
「特にない? 無条件で秘密を提供するってのか? いや、そんな上手い話は……」
「強いて言うなら……」
きた。やはり、油断大敵。生唾を飲み込む。
「少し長い話になるから、お茶でも飲みながら授業をサボって付き合って欲しい」
出された条件はあまりにも緩いものだった。
優等生の俺としてはサボるのは気が引けるが、背に腹は変えられない。頷き承諾した。
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「どうぞ」
「あ、ああ……頂きます」
小岩井吉乃が持参した水筒から飲み物を注ぐと、カップからは湯気が立ち上り、埃臭い体育倉庫の中に良い香りが漂った。紅茶かな。
ひとくち含むと、茶葉の香りが鼻に抜け、さっぱりとした口当たりに思わず感嘆した。
「う、美味い……!」
「口に合ったなら、良かった」
「これは小岩井さんが……?」
「私のオリジナルブレンド」
意外だ。彼女にこんな特技があったとは。
いや、家令見習いならば当然なのだろうか。
ゆっくり紅茶を味わいつつ、話を促した。
「それで、どんな秘密なんだ?」
「あなたも不思議に思っている筈」
「何のことだ?」
「どれだけ沢山食べても、愛姫さまの体型がまったく変わらないことについて」
ふむ。なるほど。言われてみれば不思議だ。
てっきり、太らない体質なのだと思ってた。
しかしどうもそこには秘密があったらしい。
「どうして太らないんだ?」
「食べた分、排出しているから」
「排出って?」
「うんち」
「ぶほっ!?」
いきなり汚い言葉が飛び出て思わず噴いた。
「げほっ……げほっ……!」
「どうしてそんなに驚いているの? 食べた以上、排泄物が出るのは当然のこと」
「そ、そりゃそうだけどさ……!」
盛大に咽せた俺を小岩井吉乃は不思議そうに見つめて、小首を傾げていた。落ち着け。
「よーし。もう大丈夫だ。話を続けてくれ」
「食べる量が多い分、出る量も多くなる」
「お、おう。ま、まあ、当たり前だよな」
「だから、私は愛姫さまが校内で頻繁に用を足すたびに、見張りとして護衛している」
「ん? 見張りって、なんで?」
「愛姫さまは校内でうんちをしていることを他の生徒に知られたくないらしい」
「へ、へえ。お前もいろいろ大変なんだな」
なるほど。どうやらそれが秘密らしい。
たしかに、弱みと言えばこの上ない弱み。
少なくとも俺は安達垣愛姫が校内で大便をしているなどとは思いもしなかったし、他の生徒たちもそれは同様だろう。文字通り"大きな"秘密だ。
「しかしまたなんとも扱いづらい秘密だな」
「言いふらす?」
「いや、小学生じゃあるまいしやめとくよ」
学校でうんこをした生徒に対してウンコマンだの、この場合はウンコウーマンだのと揶揄うのはもはや単なるイジメであり俺が憎き安達垣愛姫にしたいのはもっと崇高なる復讐だ。
イジメではなく、復讐。似て非なるものだ。
「それで、秘密ってのはそれだけか?」
「違う。ここから先が本題」
たしかに重大ではあったが滅多なことでは使えない爆弾発言をした小岩井吉乃であったが、どうやら暴露には続きがあるようで。
「トイレで用を足している愛姫さまの見張りとして毎日付き合わされていた私は、ある日、ちょっとした悪戯を敢行した」
「悪戯?」
「愛姫さまがうんちをしている最中に、ドアをノックして豚足が来たと報告してみた」
「やめろよ! 俺をそんなことに使うの!?」
憤慨して怒鳴る。キレていい。ふざけんな。
「効果は的面で、報告するたびに愛姫さまは何度も排泄を中断して便意を堪えていた」
「なんで何回もするの!? ねえ!」
「ドア越しでもわかるくらい、愛姫さまが便座の上で飛び跳ねて、ご自分で口を押さえて、必死に荒い吐息を聞かれないようにする健気な仕草に、私は背徳感を覚えた」
ああ、なるほど。要するに、こいつが悪い。
「なあ、小岩井さん。ひとの性癖に口を挟むつもりはないけど、今回に限っては俺も自分の名前を使われているから言わせて貰うよ。やめなさい。癖になったらどうするんだ」
「残念ながら、もう遅い。既に癖になった」
「ああ、もう! 言わんこっちゃない!」
何もかも遅すぎたと悟り、俺は頭を抱えた。
「ここからが肝心。よく聞いて。癖になったのは私だけでなく、愛姫さまも同じだった」
「は? それって、どういう……?」
「何度も便意を堪える経験をなされた愛姫さまは、排泄中に我慢することが癖になった」
汚い。もう嫌だ。聞きたくない。帰りたい。
「愛姫さまは自宅でも、排泄のたびに私にノックさせてあなたの名前を呼ばせ続けた」
「何で俺の名前なんだよ……やめてくれよ」
「愛姫さまはもうあなたがドアの向こうに居ないと排泄出来ない身体になってしまった。でも、それは仕方のないこと。いくら男嫌いな愛姫さまだって、思春期なのだから」
いや、全部お前のせいだろ。何悟ってんだ。
「私も思春期だから、仕方ない」
だから思春期を言い訳にすんな。
まず間違いなく普通は罹らない病気だ。
まだノーパンで過ごしていたほうがマシだ。
「ノーパン健康法は既に試した」
「ん? 試したって、どういう意味だ?」
「ノーパンで過ごせば、常に緊張感が伴い、排泄時に余計なことをする余裕を失うと考えて、お互いに実行した。けど、無駄だった」
どうやら小岩井吉乃と安達垣愛姫は俺の知らぬ間に藤ノ宮寧子率いるノーパン族の仲間入りを果たしていたらしい。何をやってんだ。
「こ、小岩井さんはやめといたほうが……」
「どうして?」
「だっていつも転んでるし……」
「あれは演技。転ぶ際は見せパンを穿く」
「見せパンとか言うんじゃありません」
やめろよ。男の夢を壊すなよ。大切にして。
「ちなみに今は何も穿いてない」
「わざわざ言わんでよろしい」
とはいえ夢が広がった。やはり夢は大事だ。
「小岩井さんがノーパンってことは、もしかして安達垣さんもノーパンなのか?」
「もちろん。愛姫さまはこの頃ずっとノーパンで過ごしている。家でも穿くことは稀」
すごいよノーパン族。族長の教えの賜物だ。
「それで、成果はあった?」
「皆無。むしろ、快楽が増して悪化した」
「ダメじゃねーか! なにやってんだよ!?」
またしても憤慨すると、小岩井吉乃は下唇を噛んで、悔しそうに頭を下げてきた。
「面目ない。全て、私の落ち度」
「い、いや、そんな深刻になるなよ!?」
「あなたの名前を出すたびに、申し訳なさが募っていった。けれど、もう引き返せない」
「引き返してくれよ頼むからさぁ!?」
懸命な俺の説得も虚しく、小岩井吉乃は何やら決意したように頷いて、ネタバラシした。
「実は、今の話は愛姫さまの指示通りにあなたに伝えた。全ては、愛姫さまのご意志」
「な、何を言って……?」
意味がわからず困惑する俺。
小岩井吉乃が跳び箱から降りる。
すると、最上段がひとりでに開いて。
「ご苦労さま、吉乃。よくやってくれたわ」
「はい。間に合って何よりです、愛姫さま」
中から出てきたのは安達垣愛姫本人だった。
「ど、どういうつもりだよ、小岩井さん!」
「初めから、このつもり」
「なんだよそれ……俺に聞かせた安達垣さんの秘密は、全部嘘だったってのかよ!?」
失望と絶望を小岩井吉乃にぶつけて糾弾すると、彼女は小首を傾げてから、首を振った。
「話した内容は本当」
「へ? で、でも、それはおかしい。安達垣さんは秘密を知られたら困るんじゃ……」
「私は乗り越えたのよ、真壁」
「あ、安達垣さん……?」
小岩井吉乃が話した秘密は真実だと認めた。
しかし、それにしては堂々と腕を組んでいる安達垣愛姫は、あまりにも不気味だった。
「ちょっと待て。乗り越えた、だと……?」
「ええ。自宅のトイレのドアに等身大のあなたの写真を貼ることにしたの。だからもうあなたに見られていても平気で用を足せるわ」
いやいや乗り越えたってそういう意味かよ。
「そして今日はそれを証明する日というわけ。だから吉乃に呼んで貰ったのよ」
「俺を、嵌めたのか……?」
「乙女の秘密を知ったからには、ただでは帰さない。文句なんて言う資格はないのよ」
乙女の秘密。たしかに文句は言えなかった。
「わかったよ……このことは他言しない」
「それを信用しろってのは、無理な相談ね」
「じゃあ、俺にどうしろってんだよ!?」
ヤケになって尋ねると、安達垣愛姫は跳び箱の裏からビニール袋を取り出して、命じた。
「その袋に排泄しなさい」
「はあっ!?」
この女、よりにもよってなんつーことを。
「吉乃」
「はい、愛姫さま」
「効果が出るまであとどのくらい?」
「もう間もなくかと」
不穏なやり取りを交わす主従。
得体の知れない不安感に包まれる。
冷や汗が出てきて、気づいた。
ぐりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「ぐあっ!?」
「フハッ!」
突如響き渡る、地鳴りのような重低音と、天に届かんばかりの高らかな愉悦。耳にくる。
前者は俺の腹から鳴り響き、後者はこの女。
「あらあら、どうしたのかしら? 随分と苦しそうねぇ……ま・か・べ・く・ん?」
勝ち誇った顔で安達垣愛姫は愉悦を溢した。
「さすが吉乃のスペシャル紅茶。的面ね」
「味は確かですので」
「ふふっ。そうね。たしかに味はいいものね。飲んだあとはトイレに直行だけど」
畜生。やられた。紅茶に下剤を盛られた。
「こ、小岩井さん……どうして……?」
「私が愛姫さまに悪戯をしてしまったことが全ての原因。だからその責任を取ったまで」
「せ、責任……?」
腹痛に苛まれて、思考がまとまらない俺に。
「要するに、真壁も引き込むってわけ」
「ひ、引き込む、だと……?」
「そう。私たち側にね」
「だ、だが断る!!」
「あっそ。じゃあ、漏らせば?」
くそっ。こんなの全然フェアじゃない。
「なんで、俺だけが、こんな目に……」
「違う。あなただけじゃない」
「そうよ、真壁。私たちも一緒よ」
2人の衝撃的な発言で物語は佳境を迎えた。
「お前らも一緒って、まさか……!?」
「そうよ。私も吉乃も、既に同じ下剤を服用済み。だから、恨まれる筋合いはないわ」
「一蓮托生」
なんてこった。しかし、よく耐えられたな。
「私も吉乃も、ずっと我慢してたのよ」
「どうして我慢なんて……」
「あなたにはわからないでしょうね。トイレのドアに貼り付けた写真に見られながら排泄する屈辱なんて。そして本当に本人に見られたどうなるのか考えて、眠れなくなってしまう私たちのことなんて、あなたにわかる? 」
「それは……いや、さっぱりわからない」
「どうして私たちだけがこんな罪を背負わなければいけないの? たしかにきっかけは吉乃の軽はずみな行動によるもので、それが発覚した時は私も怒り狂ったわ! でもね、仕方ないじゃないの! だって気持ち良いんだもん! もうあなたの存在なしではうんち出来ないんだもん! だからこの際、真壁、あんたを!」
「わかった。わかったから……もう泣くな」
感情が昂ったらしく安達垣愛姫はポロポロと涙を零していて、もう見ていられなかった。
ただ俺は君の涙を見たくなくて抱きしめた。
「ばかっ……ばか真壁っ」
「悪かった。気づいてやれなくて」
「助けてっ……助けてよぉ!?」
「ああ、わかった。俺が必ず助けてやる」
泣きじゃくる安達垣愛姫の頭を撫でながら、視線を巡らすと、所在なさげに諸悪の根源たる小岩井吉乃がぽつんと佇み、責任を感じているのか俯いていて、そんな彼女を呼んだ。
「小岩井さん……いや、吉乃。来い」
「ご、ごめんな、さい……」
「もう怒ってないさ。お前も辛かったんだろ? 気づいてやれなくて、悪かった」
そう諭して手招きして、彼女も抱きしめる。
罪を憎んで人を憎まず。仕方のないことだ。
今だけは、復讐はさて置いて助けてやろう。
「さあ、2人とも。手早く済ませよう」
「ぐすっ……どうするつもりよ?」
「3人で同時に脱糞するのさ」
俺の提案は極めてシンプルである。
俺も含めて、全員、もう余裕はない。
1人ずつ脱糞していては誰かが漏らす。
これ以上罪を重ねないためには、3人同時で脱糞するしかなかった。それが賢明である。
「さ、3人でって、そんな……!?」
「おやぁ? どうしたぁ? 安達垣愛姫」
「な、なによ……はっきり言いなさいよ」
「小岩井さん、言ってやれ」
「愛姫さま、ヘタレ?」
「だ、誰がヘタレですってぇ~!?」
ナイスだ、小岩井さん。これで丸く収まる。
「よし、じゃあそれぞれ背中合わせで……」
「せ、背中合わせでするの……?」
「向かい合わせだとおしっこがかかるぞ」
「あ、そっか……し、仕方ないわね」
安達垣愛姫を納得させてから小岩井吉乃に視線を向けると無言で頷いた。異論はないと。
ではさっそく行動に移すべく、尻を出すと。
「きゃあっ!?」
「こら、後ろ向いてろよ」
「向く前にあんたが脱ぐから!?」
「はいはい。ごめんごめん」
「うう……覚えてなさいよ」
俺の美尻をバッチリ目撃してしまったらしい箱入り娘の黄色い歓声を背中で受け流して、予め広げて床に置いたビニール袋の上にしゃがみ込んだ。
「こ、これでいいの……?」
「もっと寄れ。はみ出るだろ」
「ち、近すぎるわよ!?」
「じゃあ、はみ出てもいいのか?」
「ううっ……真壁のばか」
互いに尻を突き出しあって、密着する。
丁度、押しくらまんじゅうのような形だ。
もっとも、全員の尻が露出しているのだが。
むにゅっ!
「おふっ」
もにゅっ!
「むほっ」
右と左の柔らかな桃尻に挟まれる極楽。
ついついここは天国か桃源郷かと錯覚してしまうが、この腹の痛みは紛れもなく現実だ。
「真壁、キモい」
「豚足、黙って」
「ごめんなさい」
思わず緩んだ頬を引き締めて、さあ飛び立たんとばかりに気張ろうとすると、不意に。
「真壁……」
「どうした、安達垣さん」
「や、約束して……」
「約束?」
「き、嫌いにならないって、約束して」
震える安達垣愛姫の願い。俺は聞き入れた。
「ああ、約束する。絶対に嫌わない」
「ほんと……?」
「ああ。もちろん小岩井さんのこともね」
「ん……」
小岩井吉乃は無言で尻を擦り付けてきた。
「安達垣さんも、安心した?」
「信じていいの……?」
「いいよ。いや、信じろ。この俺を」
自信満々にそう言ってやるとくすりと笑い。
「ふふっ……相変わらずナルシストね」
「俺だって怖いんだよ」
「えっ?」
「人前で脱糞なんてしたことないし、本当に3人で同時になんて出来るのか不安だ。だけどさ、怖がっていても始まらない。どうなるのかわからなくても、一歩踏み出さなきゃ」
「真壁……」
「ははっ……幻滅させちゃったかな?」
「ううん。私はそんな真壁のことが……」
「すみません」
良い雰囲気を断ち切ったのは、小岩井さん。
「もう、我慢出来ません」
「あ、ああ。わかった。安達垣さん」
「え、ええ。わかってるわ」
気づくと、3人で手を繋ぎあっていた。
伝わる緊迫感で、互いに余裕がないと悟る。
タイミングを合わせる必要は、なかった。
ぶりゅっ!!!
「フハッ!」
誰が最初に脱糞したかなど、些末な問題だ。
ただひとつ言えるのは、高らかに愉悦を漏らしたのはこの俺だということだけである。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
轟く美しい便音の三重奏。そして俺の哄笑。
誰かひとり欠けても成立しない、音の魔法。
何故、嗤うのか。糞をしているからである。
「ああっ……真壁に、真壁に見られてるっ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ふっ……んんっ……はあ……はあ……んっ」
厳密には俺は見ちゃいないが、安達垣愛姫も、そして小岩井吉乃も身を捩らせている。
特に安達垣愛姫の恥じらいっぷりは見事で、黙々と糞を出す小岩井吉乃も魅力的ではあるが、やはり気の強いお嬢様の脱糞は最高だ。
「わ、嗤わないでっ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「やっ……んんっ……まだ、出るっ」
涙声を懇願する安達垣愛姫を見て思う。
これは、復讐を果たしたと言えるのでは。
そうとも。俺は勝った。恨みが晴れていく。
「ふぅ……大丈夫かい、2人とも」
憑物が落ちたかのようにすっきりした。
2人は息も絶え絶えで鍛え方が足りない。
日頃、筋肉に愛情を注がないのが悪い。
「ううっ……あんなに嗤うなんて」
「あはは。ごめんよ、安達垣さん」
「もう、ばかっ! ばかばか! ばか真壁!」
力ない拳を鍛え上げた大胸筋で受け止めつつ、肩にもたれる小岩井さんの頭を撫でる。
こんなことが許されるのはイケメンだけだ。
「帰るわよ、吉乃」
「はい。愛姫さま」
安達垣愛姫はさすがというべきか、立ち直りが早く、未だに放心状態の小岩井吉乃を立たせると、糞入りのビニール袋を持たせた。
「お、重たいです……」
「それじゃあ、手伝おうか?」
袋の持ち手の片側を受け持つと確かに重く、改めて罪の重さを実感した。後悔はない。
「豚足のわりには気が効く」
「だから豚足呼ばわりはやめろっての」
いつもの会話にいつものように返すと、小岩井吉乃はいつものように……無視はせずに。
「ありがとう、政宗」
「えっ?」
聞き違いかと思い、立ち止まると、彼女は。
「まったく……せっかく愛姫さまに告白するチャンスだったのに、やはり豚足は豚足か」
「え? 今の、チャンスだったの?」
「ま、とりあえずは、今日みたいに3人でというのも、悪くなく……なくもなくもない」
やはりいつものように腹黒な一面を見せて、けれどいつもとは違い、柔らかく微笑んだ小岩井吉乃の滅多に見れない笑顔と。
「片手、空いてるなら繋ぎなさいよ……」
などと言って袋を持ってない方の手に絡む、頬を赤く染めた安達垣愛姫の細い指先を感じて、俺は仮に今回チャンスを逃したのだとしても次の機会が愉しみだと、そう思えた。
【政宗くんの下痢便痔】
FIN
懐かしい名前をみると大抵あなた
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