【ミリマス】彼女の手本は星井美希 (23)
『伊吹翼、アイドル十四歳。彼女は筋金入りの気分屋である』
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そもそも我らが765プロにおいて、気分屋とは困ったちゃんの別称としても用いられている言葉だった。
幾つか例をあげてみれば、行動の前には屁理屈をこねて意見をする、責任感の所在が不明、
面倒くささから練習も遅刻を繰り返し、興味が持てない仕事にはサッパリその身は引き締まらず、
やる気を出させるにはいつでもなだめすかしの一工夫が必要等等々……。
これらを踏まえて先の紹介を今一度繰り返せば、『伊吹翼は筋金入りの困ったちゃん』だと訳することもできるだろう。
思わず「参りました」と頭を抱えたくなってしまうような、手のかかる少女をまとめて表す言葉が"気分屋"と。
もしもこれだけを伝えられたならば、気分屋とは全くもって不名誉極まりない称号である。
が、私個人はしばしばこの言葉に別の意味を持たせて使うこともあった。
――とはいえ、それを説明するには少々気持ちの整理がついていない。
なぜなら私はたった今車から降りたばかりであり、
なぜだか「早く早く!」と理不尽に急かされる束縛された身でもあって、
駐車場に着くや否や「信じらんない!」「言うのが遅い!」「プロデューサーさんのバカバカバカ!」……と、
恐ろしいまでに語彙の少ない悪態を繰り返している例の少女、翼に手を引かれる形でバタバタ走っていたからだ。
目指すレッスンルームは劇場内。
廊下を進む我々二人を好奇の視線が出迎える。
しかし、今一度私の振る舞いを振り返ってみれば彼女が怒るのも道理ではある。
既にご存知の読者諸氏も多いと思われるが、
翼は以前、劇場における公演の為にとあるユニットに参加した。
リブラと名付けられた三人組はサンサンと輝くシャインにも負けないステージを披露して、
その時に歌われた『Bonnes! Bonnes!! Vacances!!!』は
『THE IDOLM@STER LIVE THE@TER FORWARD 01 Sunshine Rhythm』内に収録。
初耳だと仰る方にはこの機会に是非とも一聴頂きたい。
そうして近く行われる予定のライブでは、私はこの曲を別のアイドルらにカバーさせようと考えていたのである。
さらに言えば、既に内定しているメンバーの一人は何を隠そう星井美希!
……彼女の後輩にあたる翼が筋金入りの気分屋なら、
美希本人は気分屋の星の下に生まれた界隈随一のものぐさで、
ところがそんな厄介極まりない性質(タチ)をしかし、
抜きんでた才能とセンスによって周囲に認めさせているという並外れたツワモノでもあった。
つまりは逸材なのである。おまけに美貌の方も千年に一人と言ったところ。
彼女に出会って恋を知り、果敢にも告白などをして、
その結果玉砕した者達を集めたならば星の海の一つも築けることであろう。
そうして翼はそんな美希のことを、自身の夢だと語る『ハッピーライフ』の手本にしている少女だった。
彼女は幾千もの試行錯誤を重ねながら美希というアイドルの残してきた軌跡――
曰く『キラキラ』とした道筋を辿っているのである。
……で、あるからして。
「リブラの曲をカバーさせようと思ってるんだ。翼が遅刻してる間に、他の二人が振り付けを教えてくれてるよ」などと、
私が軽い気持ちで報告した事実に対し「どーしてわたし抜きで進めちゃったの!? 酷いっ!!」といった憤慨を見せつけられたワケなのだが。
とはいえ名誉の為に断っておくと、本日予定されていたレッスンに遅刻をしたのは翼であり、
それを車を出してまで迎えに行ったのは私であり、待て、そう考えればどうして私が彼女に腹を立てられなければならんのだ?
前言撤回、この状況は甚だ道理にかなっていない!!
ところが、その叫びを口に出すのに劇場の廊下は短すぎる。
我々がレッスンルームへ着いたのと、流れていた音楽が終わったのは殆ど同時のことであった。
室内には美希を真ん中に挟んでのり子と美奈子――翼とユニットを組んでいた少女達だ――が立っており、
三人は私たちの姿を見るなりぱちくりとその目を瞬かせた。
「え~、やだ、終わっちゃった!?」
ようやく私を解放した翼がそりゃないよ! と悲鳴を上げる。
「大丈夫! アタシたちの練習はこれからだよ」
のり子が笑顔で応えると、翼はもう一度大きく悲鳴を上げた。
実に微笑ましいやり取りである。
「あんまり苛めちゃダメだよ」と、美奈子が二人のことを見守りながら汗拭きタオルを取りに向かう。
そうして残された私はと言えば、近づいて来る美希を迎えるように片手を上げて。
「先生たちは合格だって?」
「ううん、わかんない。まだ聞いてないし」
あっけらかんと言い放つと、美希はたいして流れてもいない汗を手で拭った。
そんな彼女の行いを目敏く見つけた美奈子が注意する。
「ダメダメ、汗はタオルで拭く! ……でも聞いてくださいプロデューサーさん。
翼ちゃんと初めて合わせた時みたいに、美希ちゃんってば難しいフリでもすぐに覚えちゃって」
「なら、もう完璧ってことかい?」
「私はオッケーだって思いますよ。ああ、でも、のり子ちゃんは――」
言いながら、美希をタオル責めにしている彼女はのり子の方へ視線をやった。
そこでは翼が遅刻した罰として博愛固めを受けていたが、
話を振られたのり子はあっさり彼女を自由にすると。
「美希のダンス? う~ん、そうだなぁ……」
何やら難しい顔で首を捻る。
その両手は腰に当てられており、美希を見つめる視線はのり子にしては険しかった。
普段は親しみやすい姉貴分として振る舞う彼女には珍しく、文句の一つも考えているといったところ
……まさか及第ギリギリなのだろうか?
美希のムラッ気が悪い方へと転がったか!?
訝しむ私の心は自然と緊張で高鳴り出し、
落ち着きを失った両手は左右の肘を求め不格好な腕組みが完成した。
ところが、そんな親心を知らない美希が大きな欠伸をしたところでのり子はようやく顔を上げ。
「完・璧☆ パーフェクトだね。正直ついていくのに必死だったよ」
満面笑顔のサムズアップ。
「うん、ミキもそう思った。それじゃあ練習もう終わりね。二人ともありがと!」
美希も応えるように笑顔になると、会話を聞いていた美奈子が可笑しさを堪えるように言った。
「のり子ちゃんってば、最後は本番さながらの振りで踊ってたよね」
「だって、そうしないと置いてかれそうになるんだもん。……ちょっとしたウォーミングアップのつもりだったのにさぁ」
そうして恥ずかしがるのり子の横には怒りに膨れる達磨一つ。
真っ赤になった達磨は悔しさに歯噛みをしている翼であり、
彼女は納得したくないと言わんばかりに頭をブンブン横に振ると。
「二人ともずーるーいー! 美希先輩にはわたしが振り付け教えたかったのにっ!!」
そう、そうだ、その通りなのだ。
憧れの先輩に自分がお手本を見せてあげる。
それこそ今回の話を聞いた翼が一番やりたがった事であり、
だからこそ彼女は冒頭より怒り心頭だったワケでもある。
――ところが実際どうなったか?
翼がレッスンルームへ到着した時には既に振り入れは終わっており、
今となっては一仕事を終えた美希の興味も私へ移っており、
彼女は先程からこちらの腕を取ると「レッスン終わった、ご褒美ちょーだい!」の眼差しをぐいぐい注いでいるのである。
おまけに翼は彼女と入れ替わるようにしてこれから地獄のレッスンだ。
その両脇には早くものり子達がスタンバイをしている状態であり、
かつて名のある姫を討ち取った退路潰しのコンビネーションはいまだ健在。
いや、肩に手が乗せられている分増々磨きがかかっているように見える。
……こうなってしまっては翼も覚悟するしかあるまい。
「うぅ~、なんなの……美希せんぱぁ~い……!」
数分後、その場を後にしようとする我々の背後では恨めし気な嘆きが響いていた。
まるで段ボールに入れられた子猫が遠くなる飼い主を呼ぶが如く、
甘く、可愛く、加えて切ない泣き言が私の背中に投げかけられる。
しかし、美希はこれ以上一度だって余分に踊る気にはなれないらしく、
私がいくらなだめ、すかし、頼み込んでも彼女が首を縦に振らないことはその場の全員が分かっていた。
と言うか実際頑なに断られて、この僅か数分の間に私のプロデューサーとしての自負はボロボロ。
美奈子達からは憐みの視線すら向けられ心は完敗の極みである。
だが、それでも約束の一つ取り付けられなければ今度は翼が厄介に。……私は密かに腹をくくった。
とうとう最後の手段である"泣き落とし"を使わざるを得ない所まで気持ちは追い詰められていた。
今更説明するまでも無いことだが、大の大人が少女に泣きつく姿というものは、
この世に数ある『世界三大みっともない』のうちの一つ。
この交渉の成否に関わらず、私は社会的地位からの転落も免れないだろう。
――だがしかし! プロデューサーとしての私の頭は下げる為についているのである。
面倒を見ているアイドル達の心の平穏、劇場の平和を守る為ならば幾らでも喜んで下げて見せよう!
こうして私の決意は固まった。
しょんぼり顔の翼に向けて俺に任せろ! と胸を叩く。
「なぁ美希、翼だって無茶なお願いをしてるワケじゃないのは分かってるんだろう?
たった一回二人で合わせるだけじゃないか。それだけで彼女も納得するんだから」
私は美希に話しかけつつ泣き落としの準備を進めていく。
胸の内には今まで生きて来た二十数年の思い出が走馬灯のように去来して、
それはあたかもパノラマ大展覧、中でも特に情けなく悲しい展示物を探して歩く記憶の旅だ。
「……理由を言えば納得する?」
すると突然、それまで仏頂面を続けていた美希が観念したように息を吐いた。
私は彼女の一言に、発掘したばかりの失恋の思い出をその場に投げ捨て頷いた。
全員の視線が美希に集う――彼女は僅かに焦りも見える表情を浮かべ、私の顔を一瞥して、それから拗ねくるように髪を揺らした。
「翼と踊るのは別にいいよ。でも、ミキが教えて貰うっていうのはヤダ」
言って、美希は不満げに片頬を膨らませた。
翼が驚いたように顔を上げて、目の前の先輩の次の言葉を静かに待つ
――それはきっと、恐らくだが、私が彼女と出会うより前から続けられていたハズの行為――
ある時はテレビの中で踊る姿、ある時は雑誌の表紙を飾る美希を観察し続けた者の視線。
流れ星の尻尾を追いかけるような無邪気さに溢れた子供の瞳。
今、その生き方をお手本として来た少女はドコまで近づいているのだろう?
映像でなく、写真でもなく、隔てる物は何一つなく。
こんなにも美希を感じられるようになった翼は今――
美希がゆっくり背後を振り返った。
垣間見た顔から焦りは消されていた。
「それでもいいなら踊ってみる? どれだけデキるか見てあげるの」
そう言う彼女の口調は普段と変わらず軽かったが、だからこそ違和感を感じさせるのには十分過ぎる効果があった。
のり子と美奈子の二人にしても、美希の放つ只ならぬ気配には言葉を詰まらせているようであり、
先程からどうしたものかとこちらに目配せを送っている。
だが、しかし、一人だけは、その視線を正面から受ける少女だけはこの場で朗らかに笑っていた。
彼女が期待に口を開ける。
その次の言葉を私は容易に予測できる。
「だからわたし、美希先輩のことだーい好きっ!」
……なぜならばだ、読者諸氏よ。彼女は私が知る限り筋金入りの努力家であり、
その人生を幸福に過ごす為であれば、時にどんな手間や苦労も厭わない娘であったからだ。
そして! ここが勘所である。
自身の夢中になれることには誰より一番のめり込み、その情熱に思わず「参りました」と言わされてしまうような、
そういった少女のことを私は"あの言葉"を使って表すのだ。
――例えばそう、こんな風に。
『アイドル伊吹翼と星井美希は、界隈で一二を争う気分屋だ』
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以上おしまい、美希ハッピ―バースデー! 歳を重ね、成長するからこそ生まれるお話もあるんじゃないかなって。
二人の関係性には以前より思うところがあったので、今回こうして一つの形に出来たのが嬉しいです。
では、お読みいただきありがとうございました。
これはいいみきつば
乙です
伊吹翼(14) Vi/An
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>>9
福田のり子(18) Da/Pr
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佐竹美奈子(18) Da/Pr
http://i.imgur.com/ZYK7Gek.png
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星井美希(15) Vi/An
http://i.imgur.com/EIm0YCz.jpg
http://i.imgur.com/m9WfyKY.jpg
>>4
『Bonnes! Bonnes!! Vacances!!!』
http://www.youtube.com/watch?v=PQnJn7UzYPE
シタ時空で先輩呼びになってたっけ?
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