好意を売買した話(10)
二丁目の質屋は人の気持ちを売買できるらしい。
そんな噂を耳にしたのは、大学の食堂で昼食を食べている時だった。
「高橋のやつ、あんなブスなのに高原さんと付き合うとかおかしいと思うだろ? 何でも、大金叩いて高原さんの好意を買ったらしいよ」
同じゼミの平田の発言を、その場では皆が「嘘だろ」「ネタ乙」と笑っていた。
しかし一方で、本当にそんなことができるのだろうかという気持ちも芽生えていた。つまりは、興味を持ってしまったのである。
本当にそんなことができるのか。しかし、高橋がミスキャンパスとの呼び声高い高原さんと付き合えるとは、それくらいの、奇跡がなければあり得ないだろう。
高橋はといえば、顔は蝉を人間の頭の大きさにして、体つきは相撲取り、授業も出てこず単位をいかに楽して取るかを考えているようなやつだ。ただ、親のすねかじりで身につけているものや遊び方はかなり派手。いやらしいタイプのやつだ。
なぜ高原さんがそんなやつと、と妬むやつも多くいた。だからだろう、その場で平田の話を聞いたやつらは、皆それが妬みの解消法としての笑い話だとしか思っていなかった。
僕もそのうちの一人だったし、その場では『へぇ、面白いことを考えるもんだな』と感心はしたけれど、本気で信じていたわけではなかった。
高橋はそれからも高原さんと幸せそうにキャンパスを歩いていたし、それを眺めながら平田は「美女と野獣だろ、あれじゃ」と妬んでいた。
季節は進み、夏休みになると親から帰省して来いとの連絡が入った。祖母の体調が思わしくなく、顔を出せとのことだった。
僕は共働きだった両親に代わってばあちゃんに育ててもらっていたから、それならば帰らなければと準備をしていた折、財布の中身に自信が無いことに気がついた。
この夏は帰省する予定は元々無かった。僕は今、入れ込んで応援しているアイドルがいて、彼女のイベントやら握手会やらへの出費が続いていたところだった。
どうしよう、親から借りるか? いや、それはきっとできない。両親はともに銀行員で、そういったお金の管理には人一倍厳しかった。
どうしようと頭を悩ませていると、そこで平田の話を思い出した。
好意を買うことができるのであれば、好意を売ることもできるんじゃないのか、と。
「いらっしゃい」
扉を開けると、埃っぽい部屋の奥から無愛想な声が聞こえた。薄暗くて顔は良く見えないが、接客中の笑顔にはとても見えない。
70歳は超えているだろう様子の老婆は、カウンター付近の椅子に座ったまま「何かお探しで?」と口にした。
「あの、こちらでは人の気持ちを売買できると聞きまして……」
「売る方かい、買う方かい」
「売りに来ました」
その言葉には「ほう、よっぽどの色男には見えないけどねぇ……」と、意外そうな反応を見せた。ここにそれ目当てで来る人間は、大体は買う目当てで来るらしい。
「あの、本当に売買できるんですか?」
「できるさね。ただ、その方法は企業秘密さ」
本当にそんなことができるのか、と疑ってはいたけれど、僕は今回は売る方なのだ。好意を買うことは出来ずとも、売ってお金が貰えるのであれば問題ない。
「それで、誰からの好意を売るんだい」
「高校時代のクラスメイト、青木の分を」
「写真はあるかい?」
「データで良ければ……」
スマホを操作して青木の写真を表示する。
老婆は黙って申請書を差し出してきた。中古ゲーム屋に使い古したゲームを売るのと同様に、住所やら連絡先やらを書くようになっている。
「査定をするから5分くらい待っててな」
そう言い残して、老婆は奥の部屋に向かっていった。僕はその間に申請書を書き上げて、質屋の中を見て回る。
たのむ
>>5 プライベートがばたついて更新できてませんでした。
来週以降更新予定です。
よっしゃ!まってる
店内は商品というものはあまり並んでなく、どちらかといえば古そうなものが目立った。質屋のイメージに合うようなブランド品や金品の類は、全くと言って良いほど見当たらなかった。
こんな店内では、普通の商品をやり取りするような質屋にはとても思えない。まともな客ならば、ここで取引をしようとは思わないのだろう。
しばらくして、扉が開く音が聞こえた。老婆は僕の書き上げた申請書を見ながら、「なるほど」と呟いていた。
「確かに、あんたはこの青木って男からの好意を売ることができるね」
「いくらで売れるんでしょうか」
「どのくらい売りたいんだい。好意を売るってことは、何も0か100かってわけじゃないんだ」
彼女の言い方から察するに、おそらく好意という感情を切り売りできるようだ。
今から帰省し、青木と会う可能性も考えると、全て売ってしまうのはリスクが高いように思えた。
「今から地元に帰るんです。往復できる交通費分くらい、売れたら」
「そうねぇ、それなら、結構売ることになるけど良いのかい?」
「……構いません」
元々、多少のリスクはあってのことだと思っていた。当時は青木とは親友と言っても差し支えないほどの仲だったから、ある程度を売ってしまっても大丈夫だと思ってのことだ。
おつおつ
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