橘ありす「夏、或いは幻」 (17)
その日の目覚めはあまりいいものではなかったです。
というのも、大きな音によって無理矢理起こされたからです。
私の睡眠を妨害したバンバンバンと連続した爆発音、今日はお祭りの日でした。
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私は小学生なので学校は夏休みです。でも、私はアイドルなので仕事やレッスンはあります。
今日はなにもない日、貴重な休日だったのです。
昔はお父さんが折角のお休みの日なのにごろごろしてるのを見てよくもったいないと思ったものです。
しかし、今の私ならわかります。ごろごろすることこそ最高の贅沢なのだと。
この歳にしてわかりたくなかったというのが本音です。
多分、同年代の子で気付いている子はほんの一握りでしょう。
そういった意味では私は大人ですね。
……いい響きですね。もう一回復唱しときましょう。私は大人ですね。
さて、不本意ながら目が覚めてしまいました。
ここでなにもしないのは、それでもったいない気分になりますね。
そんな事を考えながらリビングへ降りました。
「おはよう、珍しいこともあるわね」
「おはよう、音で目が覚めちゃって」
お母さんが驚いたという表情をしていましたが、返答を聞いて納得したようです。
「朝ごはん作るから待っててね」
待ってる間に準備をしましょう。
冷たい水で顔を洗おうとしましたが、出てきた水はなんともぬるくて爽快感に欠けます。
気を取り直して、冷たい麦茶でも飲みましょう。
「麦茶作りたてだからね」
お母さん、遅いですよ。
口に含んだ麦茶はまだ冷えきっておらず、意識とのギャップからか不快感を生みます。
なにもかもが上手くいきません。
ボタンを掛け違えた洋服をそのまま着続けるような違和感を覚えます。
今日はダメな日なのでしょうか。大人しく家に引きこもっていた方がよさそうですね。
最初の計画とはうってかわって今日の予定は家でごろごろに決定しました。
朝食を食べ、だらだらと休日を謳歌してから、昼食を食べます。
働かざる者食うべからずなんて言葉があります。
今の私はそれの逆。なにもせずに食べる昼食に背徳感たるや、えもいわれぬものがあります。
さて、私は勤勉なので早速午後のだらだらを開始しようとしました。
「ありす、そういえば図書館の本、そろそろ返さなきゃじゃないの?」
「あー」
あー、そういえばそうでした。どこまでも噛み合わないものですね。
仕方がないので図書館に行きましょうか。
そうと決まったら準備をしましょう。
水筒にはもちろん麦茶、氷をたっぷり入れます。味が薄くなるより冷たさ優先です。
本も忘れないように、課題図書と自由研究の本と文香さんオススメの本。夏の間お世話になりました。
よし、準備完了。
「いってきます」
「いってらっしゃい、熱中症に気をつけてね」
「はーい」
ドアを開けるとそこはもう別世界でした。
直射日光が容赦なく襲ってきます。
湿度をはらんだ空気が私にまとわりつきます。
不思議と嫌な感じはしませんでした。なんだかんだいって好きなんですよね、夏が。
少し涼しくなってきたからか、蝉が元気に大合唱です。いつが夏本番かわからなくなります。
私は特にツクツクホーシが好きなんですよね。あのテンポのよさが癖になります。
夏の後半から本気を出してくる感じも好きです。
無限に続くと思われた夏休み、それでもこいつが鳴くと一日一日を大事にしなきゃと思い始めます。
ペダルを漕ぐ足は軽いです。あれだけ面倒くさがっていたけど外に出てしまえば話は別、テンションは上がります。
ようするに動くの面倒なんですよね。そこさえ乗り越えられれば楽勝です。
風をきるように走ると爽快ですね。
もっと速く漕げたら気持ちがいいだろうな。さらに足に力を込めます。
あはは、これはいい。
あっという間に図書館についてしまいました。目的を果たしてしまいましょう。
少し休憩を、水筒の麦茶はキンキンに冷えていて渇いた喉を癒してくれます。
うん、充電完了。帰りましょう。
行きはとばしすぎたので、帰りはゆっくりと。これはこれでいいものです。
道の前方、遠くで陽炎が揺れているのに気が付きました。見慣れた景色がゆらゆらと。
あそこに行ってみたい、そんな考えが浮かんできました。
ええ、陽炎の原理は知っていますとも、さっきまで借りていた自由研究の本にも書いてありました。
でも、そうじゃないんです。理屈じゃないのです。私が、あそこに、行きたいと思ったんです。
そうと決まれば全力前進。
GO MY WAY!! GO 前へ!!頑張ってゆきましょう。
ノンストップで行ってみましょ。って思ったらまた赤信号!?!
そうでした、今日は噛み合わない日でした。外に出たからリセットされたと思っていました。
早くしないと陽炎が逃げてしまうのに。
もちろんそんなことはなくて、陽炎はそこにあり続けて、でもたどり着くことは出来ないままでした。
「そういえば、今日の花火はどうするの?」
夕飯を食べている最中のことでした。お母さんに聞かれました。
「部屋で見るよ」
「あら、そうなの」
わざわざ暑い中外に行くなんて愚の骨頂です。
せっかく部屋から見れるのだからそれを使わない手はないです。私はスマートですからね。
部屋の電気を暗くして、準備完了です。クーラーのついた部屋で見る花火ったらたまりません。
早速始まりました。ぽつりぽつりと単発の花火が打ちあがります。
うーん、綺麗といえば綺麗なのですがなんだか盛り上がりませんね。最初だからでしょうか。
なんというか、響くものがないというか。音、ですかね。
クーラーを消して窓を開けます。
ちょうど連続で花火が打ちあがったところです。J-POPでいうなら一番のサビの部分です。
さっきよりは迫力を増した花火が夜空を明るくしました。。
もっと、まだ、まだ足りない。もどかしい、窓枠が邪魔です。
遠くから会場の放送の声が聞こえてきます。その間は花火が打ちあがりません。J-POPでいうなら間奏ですね。
その隙に急いで準備します。いえ、持っていくものなど何もありません、この身一つで十分です。
「お母さん、外で見てくる」
「気をつけなさいよ」
お母さんがわかってましたという表情で私を見ていました。お見通しみたいですね、流石です。
家を飛び出すとそのまま駆け出しました。
目的地は家の近くの小高い坂の上。あそこなら、あそこなら。
ぽつりぽつりと再び花火が始まりました。
急げ、急げ、気持ちばかりはやります。身体がついていきません。
こんなことなら最初から行っておけばよかった。こんなことなら自転車で行けばよかった。
突発的で無計画な行動をしている自分に腹が立ちます。
私を突き動かしているものはなんなのでしょうか、自分でもわかりません。クーラーがきいた部屋で一人ゆっくりするはずだったのに。
ただ、一番綺麗な花火を見たいと思ってしまいました。
こんなはずではなかったのに、やっぱり今日は噛み合わない日ですね。
息を切らしながらたどり着きました。ちょうど最後のラッシュが始まったところです。J-POPでいうならラスサビですね。
間に合いました。セーフです。
大輪の花火。最後なので出し惜しみせずに打ちあがります。お腹の底まで爆発音が響きまね。
こんなにも心臓が高ぶるのは走ってきたから?大きな音のせい?それとも……。
ほんの少し間が開いて、世界は暗闇に逆戻りです。
次の瞬間、ひゅー、と花火が打ちあがります。
一瞬の間をおいて見えたのは夜空一面を明るく染め上げる光、冠柳です。
「綺麗……」
消えないで、そう願いました。しかし、願いは届きませんでした。
あれだけ明るかったのに、綺麗だったのに。今は何も残ってはいません、ただの闇です。
花火とアイドルである自分とを重ねて感傷的な気持ちになってしまいます。
もの悲しくなって、そこにあったはずの花火を探してしまいます。あるいはそれは夏が見せた陽炎のような幻だったのでしょうか。
いえ、心が躍ったあの瞬間は確かにありました。どうか忘れないでと思うばかりです。
ああ、無性に誰かの声が聞きたい。帰ったら文香さんに電話でもしましょうか。
以上で短いけれど終わりです。
夏になるとありすが書きたくなります。
ありすの持つ魔力がそうさせているのです。
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