雨が降ればいいのに (26)

雨の日は君に会えるから好きだった。

最初は偶然。
中二の梅雨のことだった。夕立に打たれた俺は、帰り道にある神社に駆け込んだ。
そこには先客がいて、雨に濡れてしまったせいか、彼女の制服は濡れてしまっていた。
薄暗い時間とはいえ、下着が透けて見えそうなのにガキながら見ちゃいけないと思ったのか、視線は終始逸らしていた。今思うと、惜しいことをしたものだ。
なんとなく気まずいけど無言なのも辛くて、俺は彼女の方を向くことなく、自己紹介を交わした。彼女は俺を藤くんと呼び、俺は彼女を悠里さんと呼んだ。
少し大人びた話し方をする彼女は終始敬語で話しかけてきて、それにつられて俺もそういう話し方をした。
ガキのくせに、子どもっぽくは見られたくなかったんだと思う。
「藤くんは、南中の生徒ですか?」
その問いかけを耳にして、先程一瞬だけ見た彼女の制服がうちの学校のものではないことに気がついた。他校の、それも女子生徒と話す機会なんて今までに全くなくて、それがより一層、俺を緊張させる原因になった。
「悠里さんは?」と問い返す事でもできたら話を広げることができたんだろうけど、そんな社交性は生憎持ち合わせていなかった。おかげで俺は、自分のことは幾らか話すことができたが、彼女のことを知ることはほとんどできなかった。
ただ彼女の問いかけに相槌を打つか、そうなんですね、と感嘆することしかできなかった。

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二回目は故意だった。
最初の日から数日が経ち、今度は雨降りで部活が中止になった日のことだった。
以前より早い時間、それに朝から雨の日だ。まさか彼女はいるまいという気持ちと、いてほしいという気持ちが入り乱れていた。
それを例えるなら、ファンタジーに憧れる子どもの気持ちというか。
彼女と知り合ったシチュエーションが、漫画の世界の出来事のような気がして、浮かれていたのかもしれない。現実に魔法使いも天使も悪魔も神様もいなくても、どこかで自分が主人公になれる物語を探していた。こういうのを厨二病って言うのかな。
果たしてそこに、彼女はいた。もう夏も近いというのに、今度は上着にジャージを纏っていた。
「偶然、ですか?」
そう微笑みかけられて、俺は彼女の容姿がとても恵まれていることに今更気がついた。前回は目を逸らしちゃってたからね。
黒く伸びた髪は彼女に大人っぽさをより際立たせているし、一方で目鼻立ちは人形のようにハッキリとしていて、それなのに主張しすぎず絶妙なバランスで配置されている。
「偶然……じゃ、ないです」
そう言ってしまったのは、口説こうとか告白とかではなくて、嘘をつくことができなかったからだ。
だって、こんなに可愛い子に微笑みかけられることなんてなかったんだよ、今まで。そりゃ、緊張だってするし惚けて正直者にもなるさ。
「私も、偶然じゃないです」

その言葉の真意を聞けるほどの勇気は俺にはなかった。
ただ、ロクに会話もできなかった前回で呆れられることなく、再び会うことができたということが嬉しくてたまらなかった。
この出会いを運命と呼んでいいのであれば、俺はなんと幸運な星の下に生まれてきたんだろう。
「藤くんは、部活帰りですか?」
「あ、いえ、今日は雨でお休みでした。悠里さんは何かやってるんですか?」
「いえ、今は帰宅部です」
誰とでも話せるような会話でも、世界が色づいて感じられた。
二回目に会って以降も、雨が降る度にどちらともなく、そこで落ち合うようになった。俺たちはお互いのことを少しずつ知るようになり、しかし踏み込み過ぎない関係を保ってきた。
俺は彼女の学校を知らなければ、連絡先も知らない。彼女が人参嫌いっていう子供っぽい面があることを知っていても、彼女が学校でどんな友人がいるかを知らない。
ただ、二人だけの秘密基地ができたような気がして、それだけで幸せだった。
学校で彼女がいるやつを見ても、学年のヒロインと言われる女子を見ても、「悠里さんには敵わないな」と、俺の彼女でもないのに優越感に浸っていた。

出会ってから一ヶ月ほどで、彼女は私服で神社に来るようになった。
梅雨も明けてしまい、毎日のように会っていた悠里さんとも週一回、会うか会わないかくらいになった頃だ。ちょうど夏休みの始まる時期だったし、学校もないのにわざわざ出てきてくれているんだろうか。
曰く、「藤くんと会うためにおめかししてるんだよ」とのこと。そんなことを彼女に言われて喜ばない男はいないだろう。
毎度毎度ジャージ姿なのが恥ずかしくなったけど、私服を着た方が彼女の美貌との釣り合わなさを痛感させられそうな気がして、俺は部活で揃えたジャージを着続けた。
その期間の話も特別面白いことはない、今日の部活はこうだった、だとか、悠里さんは夏休みに特に予定はない、だとか。
「花火大会、行きませんか?」
その一言は、俺の中では最大限に勇気を振り絞った言葉だった。
彼氏がいるからごめんね、と言われたらそこで諦めるつもりだった。彼女ほど綺麗な人ならば、きっと相応に相応しい彼氏がいるだろう。
半ば諦めの気持ちも込めて、一歩踏み出してみた。夏という季節と、馬鹿みたいに照りつける太陽のせいかもしれない。

いちいち描写がいいね
一行空けた方がいいかも?
オリかな?

>>5
了解です、ご指摘ありがとうございます。
オリジナル作品です。

「ちょっと、考えさせてもらってもいいですか?」

その言葉だけで、俺の頭はいっぱいになった。

考えるってことは、花火大会に行くような決まった相手はいないということだろう。少なくとも、俺がスタート地点に立ててすらいないというわけではないんじゃないか。

容姿で彼女に釣り合わないならスペックだけでもと、夏休みの宿題も、普段より厳しい部活の練習も一生懸命こなした。

そんな単純な俺にしてみると、その次に会った際に言われた、「人混みが苦手だから……ここから見るのでいいのなら」という返答は、望外の栄誉だった。

ひょっとすると、彼女もちょっと仲のいい友達、よりは俺のことを親しく見てくれているのではないか。いやそんな期待はするな。いやでも。

繰り返し考えては悶々としていると、花火大会はあっと言う間に当日を迎えた。

さすがにこの日はジャージで行くことはせずに、デニム地のハーフパンツと、シンプルな白いVネックのTシャツにした。変に着飾っても似合わないのは分かっている。

雨の日はいつも、先に来ているのは悠里さんだったけど、この日ばかりは俺が先に来た。誘った男が待たせるなんて、と柄にもなく紳士的になっていた。

花火が上がる前に、彼女は下駄を鳴らしながら「藤くんごめん、遅くなりました」とやって来た。浴衣姿で髪をハーフアップにした彼女は、正にこれぞ大和撫子、と言わんばかりに輝いている。

「浴衣、似合ってますね」

初めて会った頃ではとても口にできなかったような言葉も、どうにか伝えることができた。少しは成長したのかもしれない。

ありがとう、と返されて、彼女は炭酸ジュースを手渡してくれた。

「屋台まで行けないから、代わりにこれ、どうぞ」

今度は俺がお礼を伝えて、それをありがたく受け取った。雨の降らない日に会うのは何だか不思議な気がして、「何かちょっと、変な感じですね」と二人で笑った。

「雨が降らなくて良かったですね」

悠里さんから同意を求められて、頷きながら返す。

「本当に。雨が降ったらどうするつもりだったんですか?」

「どのみち雨が降っても、ここに来るじゃないですか」

……浴衣は着てこなかったとは思いますけど、と付け足された言葉に悶えたのは、秘密にする必要もないだろう。

ジュースがどれだけ喉を潤してくれてもすぐにカラカラになるほど、俺は緊張していた。傾国の美女が、浴衣で着飾って平凡な俺の隣にいる。これをファンタジーと呼ばずして、何と呼べばいい?

これ以上踏み込んでいいのか、踏み込むべきでないのか。

その冷静な判断が、俺は出来なかった。いや、したくなかったと言うべきかもしれない。落ち着こうとすれば落ち着こうとするほど、今を逃せば彼女と近づける機会が無くなる気がした。

吊り橋効果ではないけれど、雰囲気に乗せてしまえば彼女も勘違いしてくれるんじゃないかと、そう思っていた。

クライマックスの花火が夜空から消えると、俺は隣に座る彼女に伝えた。

「俺、悠里さんのことが好きです」

彼女に聞こえるんじゃないかと心配するほど心臓の音が大きく鳴っていたけれど、その言葉は意外なほど流暢に流れ出た。

彼女は驚いたように、でも嬉しそうに、そしてどこか悩ましげにこちらを見ながら「ありがとう」と口にした。

そして数秒、黙って見つめ合った。

「付き合って下さい、彼女になって下さい」と口にできなかったのは、逃げ道を作りたかったからなのかもしれない。

彼女は何かを伝えようと口を動かしかけたが、開かれることはなかった。

もしかしたら彼女から「付き合って」と言ってもらえるんじゃないかと、都合のいい妄想は現実にはならなかった。ただ黙って座り続け、手を重ねるだけだった。

花火大会が終わってからも、俺たちの関係は変わらなかった。

相変わらず雨の日になれば神社に集まり、そうでなければ変わらぬ日常を過ごす。

あの花火大会が夢だったんじゃないかってくらい、何も変わらなかった。数少ない変化といえば、悠里さんは9月になっても私服で神社に来るようになった。

「うちの学校の制服はダサいから、藤くんと会うときに着たくない」と言ってはくれたけど、そんな言葉よりも聞きたい言葉があった。

秋雨の時期は彼女と会う機会が再び増えたけれど、俺が一番聞きたかった言葉は無いままだった。

たった一言、「私も藤くんが好きです」と言ってくれたら、それだけで良いのに。最初はここで会えるだけで嬉しかったはずなのに、人間はついつい多くを望んでしまうようにできている。

いつの間にか10月に入り、文化祭の準備をしている時のことだった。

クラスの女子に呼ばれた場所に向かうと、人生で初めて、告白を受ける側になった。いや、する側になったのもつい数ヶ月前だったんだけど。

彼女はクラスでもそこそこ目立つタイプで、うちの部活の男子にも割と人気があるような子だった。彼女はチキンな俺とは違い、「付き合って」まで言葉にした。

その場で即答することができなかったのは、悠里さんと俺の不安定な関係のせいだった。

もし俺が悠里さんに既にフラれているのであれば、キッパリ断ち切って諦めようと思った。そして彼女、珠理ちゃんと新しく青春すれば良い。

けれど、告白された時点ではどうにもそうは思えなかった。せめてもう一度、悠里さんに会わねばと思った。

携帯電話も持っておらず、悠里さんとの連絡先を交換していない俺にとっては、雨が降ることをただ待つだけしかない。

彼女と会えたのは、告白されてから一週間と二日後のことだった。

「こんばんは、久しぶりですね」

いつも通り、彼女は先に待っていた。帰宅部とは言え、一度着替えてここに向かっているのなら、たまには俺より遅くなる日があってもおかしく無いのに。

「こんばんは、そうですね」

挨拶をしてる時間すらじれったかった。こうなってしまうと、一刻も早く全てを終わらせてしまいたかった。

「俺、告白されました。クラスの女の子に」

これで彼女がどんな反応をするだろうか。もし「私と一緒にいてほしい」と言ってくれるなら、珠理ちゃんには明日にでも断りを入れよう。

そう思っていたのに。

「良かったですね」

彼女はそう口にした。優しげな口調に、辛そうな響きで。暖かい笑顔で、冷めた目をして。

今晩はここまでの更新です。

所詮おりでは無理だったかという諦念と、その表情が何を意味するかわからない戸惑いで、俺は何も言い返せなかった。

ただ、失恋をしたという痛みだけが俺の胸を責めた。人生で初めて感じる痛みだった。

どんな子なんですか、とか。藤くんはかっこよくなったから、とか。

それから彼女に言われたどんな言葉も、俺には響かなかった。一刻も早く、彼女の声から遠ざかりたかった。彼女の姿を目に入れたくなかった。今まで望んでいたそれらが、一気に俺の敵になった気がした。

彼女と俺との間に一方的に感じていた絆は、もう見えなくなっていた。花火大会の日に感じた手のぬくもりは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。

そんな優しさなら知りたくなかったと自分勝手な独り言を吐きながら、夜道で一人で泣いた。

嗚呼、これが恋ってやつか。

翌日、俺は珠理ちゃんに告白の了承を伝えた。特に感慨はなかったけれど、悠里さんのことを気にしなければ断る理由もない。

彼女がいる生活、っていうものがどんなものかと思いはしたけど、特に大きな変化はなかった。ただ、雨の日になっても神社に行かなくなっただけだ。

部活が休みになると、俺は珠理ちゃんtp並んで歩いた。繋いだ手からは何も感じることはなかったけど、こういう落ち着いた気持ちが幸せだと言われたら、そんな気もしてしまう。

幸せふりをして、傷ついた自分を忘れて、次の春を迎える頃にはそれが本当の自分になっていた。

正しい行為では無いと自覚をしていても、傷ついた自分を救うにはそれしかなかった。悠里さんは俺にとっての酸っぱい葡萄で、それを望むことは間違いだったのだとしたら、身の程を弁えることが重要だという教訓にしよう。

現実は現実だ。ファンタジーじゃない。悠里さんと俺が一緒になるということは、この世界で起きる出来事じゃない。

その頃になって認めることができた。大人になるって、そういうことだ。

>>5です
見やすくなってますな
頑張って

そうやって斜に構えた中学三年の一年を挟み、高校生になる頃には、もう背伸びなんてしなくなっていた。

俺には俺に見合った程度の幸せがあって、それがきっと現状なのだろう。

同じ学校に進学した彼女に不満はないし、将来に対して漠然とした不安はあっても具体的な不足も特に無い。それはつまり、幸せってことだろう?

ただ、何かに情熱を燃やすということは、もうしなくなった。それが与えるのは希望ではなく、限界を知ることだと気がついたからだ。

高校の制服にも慣れてきた頃、高橋に言われた。

「お前、器用に生きてるよな」

褒め言葉なのかなんなのか、反応に困っていたら「褒め言葉じゃねぇから照れんな」と付け足された。なんてことはないやりとりのはずなのに、それが少し寂しく思われたのはなぜだろうか。

自分のことが分かっているから、器用に見えるのかもしれない。これくらい頑張ればここまではたどり着けるけど、どんなに頑張ってもそこまではたどり着けない、っていう。

うちの学校のサッカー部は、三年が引退するまでは一年はなかなかボールを触らせてもらえない。

先輩たちの練習中は基本的にフットワーク系のトレーニングがメインで、グラウンドが空いてる時間だけボールを触らせてもらえる。さして強くもない学校なのに、そういうところはきっちり縦社会だった。

多くはない一年生の中で、高橋と俺は頭一つ抜けた存在だった。二人とも、中学時代に市の選抜チームで知り合い、元々顔見知りでもあった。

高校で再会した時は、お互いに「なんでここに」と言い合ったものだ。「もっと強い学校に行ったと思っていた」と。

俺がうちに来た理由は単純で、プロになれるわけでもないサッカーを一生懸命するつもりはなかったからだ。そんな不安定なものに高校生活を捧げるつもりはさらさらなかった。いくつか声をかけてくれてた学校にも、断りの連絡を入れた。

一方で高橋は、「俺がこの学校を強くする」という、漫画みたいな野望を抱いて入学したらしい。山村さんという中学時代の先輩が、似たような志でうちの学校に一年早く入っていたのも元々知っていて、、それが決め手だったらしい。

「高橋と藤、ちょっと混ぜてみません?」

山村さんのその一言がきっかけで、俺たちはフットワーク地獄から抜け出して上級生の練習に参加する日々が続いた。

高橋は持ち前の熱いキャラと明るさですぐに先輩たちに打ち解けていた。一方で俺は、そんな高橋に「藤は上手いっす。ただ、もうちょっと根性がなぁ……」と弄られていた。

やる気がないわけじゃないんだけどね。無理をする気がないだけで。

俺たちは二人とも、そのまま上級生チームに正式に加えられ、気がつけば大会のメンバーにも登録されていた。何人かの先輩方を蹴落としての選出に申し訳なさもあったけど、これが俺の能力に見合った評価だというのなら受け入れよう。

「藤、今年から勝ちに行くぜ」

メンバー発表の日の帰り道、高橋からそう声をかけられた。

元々のこいつのプランでは今年が県ベスト8、来年がベスト4、そして最終学年で全国大会だと語っていたのは覚えていた。今いるメンバーだけで狙うのは現実的ではなく、下の世代のうまい奴らが入ってこないとチーム力は上がらないと、巻き込まれて一緒にやってしまった自主練の後に語っていたのを思い出す。

「プランは上方修正?」

「ああ、やっぱり、先輩たちと勝ちてぇよ」

そういう素直な気持ちをまっすぐ言葉にできる高橋が、少し羨ましかった。悠里さんと釣り合いたいと願っていた頃の俺のままだったら、それができたのかは分からないけど。

大人になってしまったと自覚する俺からしてみれば、子供じみた高橋の夢物語がとても輝いて響いて、でもそれを俺自身が口にすることはできなかった。

いざ大会が始まると、高橋の目論見通りと言うべきか、うちの学校は快進撃を続けた。

高橋に巻き込まれて、中二の夏以来の自主練に取り組んだおかげか、これまでより体がキレている。

俺たち二人は一年ながらもスタメンで試合に出続け、時にはゴールを決め、アシストをした。

県大会の本戦が近づく頃には、「一年二人注意な!」という相手チームの声も聞こえてくるようになった。

時を同じくして、学校内でも少しずつ俺たちのことが話題になり始めた。急に強くなったサッカー部の快進撃、それも要因は一年生コンビの活躍らしいーー特に部活が活発でもないうちの学校で、それはセンセーショナルな話題だった。

彼女のいない高橋はちょくちょく呼び出されるようになり、一方珠理ちゃんは俺の彼女であることに鼻高々だった。

実際には俺より高橋の活躍の方がすごいし、高橋より先輩たちのおかげの面が強いんだけど。

「藤くん、サッカー上手いんだって?」

と声をかけられる機会も増えた。少しスクールカーストで上位に上がったおかげか、サッカー部でない先輩にも少しずつ覚えられてきた。

けれど、そういうのは所詮一時的なものだ。勘違いをするようなことはしなかったし、高橋も告白を断り続けていた。どのみち、大会で負けてしまえばそういうこともなくなるだろう。

俺の中では何も変わらず、でも周囲の目線は変わってきたギャップが妙に居心地悪く、気持ち悪かった。自分が話題にされるような人間ではないと分かっている。何かを期待されたくもない。

それでも、周りからは必要以上に評価され、関心を向けられる。

「藤くんのおかげで、先輩たちにも声かけられちゃった」

俺のその違和感に気づきもしない珠理ちゃんからは、そんなことを気楽に言われた。

「気負ってんじゃねーよ」

プレッシャーだと勘違いしたのか、山村さんはそう声をかけてくれた。

違う。誰も分かってくれない。俺はそうじゃない、そうじゃないんだ。

誰かに弱音を吐きたかった。聞いて欲しかった。

でも、こんなことを言える相手は他にはいない。高橋は一生懸命頑張っているし、評価されることがモチベーションになっている。

あいつに「期待されるのが辛い」なんて言っても、きっと分かってはもらえないだろう。

しかし、他のの人たちは俺に対してその目を向けている。この状況を分かち合えるような人が、俺にはいない。

そう思った矢先だった。

梅雨入りにはまだ少し早いような時期、雨降る日。簡単なミーティングと軽い筋トレだけ済ませて、傘をさして帰っていた。

珠理ちゃんも高橋も今日は用事があるとのことで、久々に一人での帰路だった。騒々しい時間が増えたせいか、久しぶりに少し落ち着いた気持ちになれた。

そういえば、あの頃は雨が降るのが待ち遠しかったな。

二年前のことを思い出すと、胸がキュッと締め付けられた。もう終わったことだと思っていたのに、俺の中ではそうではなかったらしい。

いや、「悠里さんと会っていた頃なら」と空想してしまっていた時点で、終わらせられてもいなかったのかもしれないけれど。

それに気がつくと、俺の足は止まらなかった。今更会えると思っているわけでもないけれど、自然と早足でいつものあの場所、だった神社へたどり着いた。

石段を登り、社殿の戸に手を伸ばした。あの頃と同じで、鍵はかかっていなかった。

中の様子はあの頃から何も変わっていない。元々人が入ることも無かったのだろう、少し埃っぽくはなっているけれど、あの頃から変わっていなかった。

そこに悠里さんがいないことだけが、見慣れた景色に違和感を覚えさせた。

自分から来なくなったくせに、いてほしいと思ってはいけないと言い聞かせていたのに、いざ彼女がここにいないと気がつくと、寂しくて仕方なかった。

待ってくれてると思ったことはなかった。俺が彼女の立場だったら、間違いなく一年以上も待ち続けたりはしないだろう。

頭の中では分かっていても、もしかしたらいてくれるんじゃないかと信じたかった。

都合のいい妄想は、現実にはなり得ない。

ここに来てしまったのは、ちょっと慣れない環境になってしまったせいだ。好奇の目に慣れさえすれば、またいつもの、不満のない日常に戻れるはずだ。

そう言い聞かせて、スマートフォンで時間を確認しようとした時だ。転倒した液晶で広がった視界に、すこし大きめの石に敷かれた何かが飛び込んできた。

続けぇ

まだかい?

消えるんじゃねえぞ…

もう七月や…

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