ギャルゲーMasque:Rade 文香√ (112)


これはモバマスssです

ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1514899399/)
ギャルゲーMasque:Rade 美穂√
ギャルゲーMasque:Rade 美穂√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516469052/)
ギャルゲーMasque:Rade 智絵里√
ギャルゲーMasque:Rade 智絵里√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517466864/)
ギャルゲーMasque:Rade まゆ√
ギャルゲーMasque:Rade まゆ√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518286150/)
ギャルゲーMasque:Rade 李衣菜√
ギャルゲーMasque:Rade 李衣菜√ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1522149505/)
の外伝・前日譚的な文香√となっております
本編開始より4ヶ月前の12頭月スタートです
最早マスカレじゃ無いのは内緒でお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1527589776



はぁ……と大きな息を吐く。

口から漏れたその暖かい空気は、周囲を白くし宙を舞い。

風に流されて霧散し消える。

空を覆う雲の色は怪しく、少なくとも良い天気とは言い辛い。

P「遅いな……」

十二月頭の木曜日、俺は玄関前で立っていた。

十六時ともなれば陽は既に暮れ、夜風は冷たく頬を刺す。

びゅぅっと風が道を抜ける音もまた、この寒さに一役買っていて。

わざわざ外で待つ必要は無いのだが、ここまで我慢したのだからと意味の無い意地を張り現状を維持。

P「…………あっ」

はらり、と。

黒と白の中間くらいに見える空のあちこちから、冬の欠片が舞い降りて来た。

コンクリートの地面へ落ちたそれは、小さな跡を残し消えてゆく。

とうとう降って来ちゃったか……

でもまぁ、その程度で諦める様な人じゃないしな。

少し呆れる様に笑って、手に息を吹きかけた。

積もらなければ良いんだけど、積もったら積もったで楽しいし。

とはいえ出来れば、それは深夜の間の出来事であって欲しい。

さて、多分そろそろ来るだろう。

今か今かと、まるで恋人が現れるのを心待ちにするかの様に俺は待つ。

……あぁ、やっぱりだ。

言葉にしなくとも噂をすれば、曲がり角から待ち人が姿を見せた。




P「遅いよー姉さん」

文香「……すみません。講義が長引いてしまって……中で待っていても良かったんですよ……?」

手を振って迎える。

玄関前に立つ俺の姿を確認し、文香姉さんも少し小走りに駆け寄って来た。

やっぱり傘、持ってなかったんだな。

そうだろうと思って一応二本持ち出しておいて良かった。

これからは常に二本持ち歩いておこうか。

P「寒いとは思ってたけど、まさか雪まで降って来るなんてなぁ……本買いに行くのやめとく?」

文香「……ふふ、P君。まさか私が、悪天候程度で新書の購入を諦めるとでも……?」

P「だろうね、分かってたよ。んじゃ行こっか、はい傘」

文香「…………一つで十分だと思いませんか?」

P「二つあった方が良いだろ、大は小を兼ねたり兼ねなかったりするんだぞ」

文香「私、手が悴んで上手く傘を持てそうに無いので……」

P「しょうがないな……」

小さい方の傘を、玄関の横に立て掛け。

大きい方の傘を開き、文香姉さんを招き入れ。

俺はまぁ濡れても良いし、多少文香姉さん寄りでさして。

P「んじゃ、行こっか」

文香「はい……ふふ、とても……楽しみです」

P「にしても、結構降って来てるな」

文香「せめて、今はあまり積もらないでくれると助かるのですが……」

本屋へと向かって歩き出す。

十二月一日。

この冬始めて、雪が降った日。

文香「……素敵な冬になりそうですね。良き出会いがありそうです」

これから手に入れる本に想いを馳せて、楽しそうに微笑む文香姉さんと共に。

そんな笑顔と一つ傘の下、二つ並んだ足跡を残した。




ピピピピッ、ピピピピッ

朝が来た。

やだ、来てない。

十二月になってまだ二度目の朝だが、既にしんどさがハンパない。

この暖かい布団の中で無限にぬくぬく出来たならどれほど幸せだっただろう。

まぁ、うん。

どうせそんな事は叶わないんだろうけど、束の間の夢くらい見させてくれたって良いじゃないか。

ガチャ

李衣菜「おはよーP!ねぇ外見た?!雪やっばいよ!!」

朝から元気だな……お前は道でも駆け回ってろ、俺は布団で丸くなるから。

P「おはよう李衣菜……せめてノックしようぜ」

李衣菜「Pの頭を?」

P「やめてこれ以上俺を馬鹿にしないで」

いやまぁ、学力に関して俺の点数は低い方じゃ無いが。

いつもギリギリ李衣菜に勝てないんだよな……

李衣菜「もうすぐ期末テストだけどどう?いけそ?」

P「まぁまぁかな。そろそろ提出物仕上げてかないと」

李衣菜「あ、もう美穂ちゃん来てるよ。早く着替えて朝ご飯作って」

P「うっす」

当たり前の様に朝食をたかられているが、まぁもう慣れた。

二学期入ってからは、美穂も毎日の様にうちに来てるしな。

李衣菜「じゃ、下で待ってるから」

P「あいよー」

バタンッ

李衣菜が出て行った後、さっさと制服に着替える。

あぁ、寒い。

カーテンを開ければ外は一面とはいかないまでも雪景色。

ちくしょうやっぱり積もりやがった。

靴下の替えを持ってくとしよう。



顔を洗って歯を磨き、リビングへ向かう。

美穂「あ、おはようございます!Pくんっ!……ふぁぁ……」

文香「おはようございます……ふぅぅ……」

P「おはよう美穂、姉さん。随分眠そうだな」

文香「遅くまで、昨日購入した本を読んでいましたので……」

P「次俺にも貸してくれると嬉しいぞ」

文香「いくら払えますか?」

P「朝ご飯と交換で」

文香「…………良いでしょう。この世は何事も等価交換ですからね」

家族の朝食にそんな事考えた事無かった。

ってかなら美穂と李衣菜はどうなんだよ。

李衣菜「私はほら、この暗い鷺沢家に花を咲かせてあげてるじゃん?」

美穂「わたしは、えっと……あっ!小日向果汁をお届けですっ!」

腕にしがみつかれた、寝惚けてるんだろうな。

果たしてどんな効能があるんだろう。

P「あー……温泉行きたくなってきた」

眠そうな目をした美穂を引き剥がし、キッチンに立つ。

あ、炊飯器セットするのまた忘れてた、パンで良いや。

李衣菜「最近どんどん寒くなってるしね」

美穂「温泉……温泉……だ、だめっ!」

だめらしい。

温泉アレルギーなんだろうか。

文香「……ふぅ、P君。早く朝食の準備を」

P「はいはい、っと」

冷蔵庫からベーコンと玉ねぎと卵を取り出し、トースターに食パンを突っ込む。

切って混ぜて焼く、美味しくなる、それが料理の魔法だ。

……さては俺は魔法使いなのでは?

李衣菜「三十歳まで頑張って守り抜いてね」

P「さっさと落城したいなぁ……」

美穂「……え、えっ、っと……魔法使い?三十歳?」

文香「美穂さん……この国の男性は、三十歳まで己と向き合い続け悟りを開くと、賢者となり魔導の道を極めるのです」

悟りを開いて賢者となり魔導の道を極める。

なんだか属性過多な気がしないでもない。

そして出来ればそうはなりたくない。

李衣菜「お相手はいらっしゃるんですかー?」

P「俺にお相手がいらっしゃったらとうに魔導の道は潰えてるよ」

美穂「な、なんだか分からないけど……わ、わたしでよければっ!」

マジか。

……マジか。

P「…………マジか」

美穂が……?

俺の魔導の道を潰えさせてくれる……?




李衣菜「美穂ちゃん早まらないで」

文香「まったく……貴方達が変な会話をするから、美穂さんが変な知識を変な形で身に付けてしまったではないですか……」

美穂「えっ?その、変なって……?」

李衣菜「ごめんね美穂ちゃん。出来ればそのまま綺麗なままでいて?」

P「李衣菜みたいに汚れんなよ」

李衣菜「ロックンロールキック!」

キッチンペーパーロールで殴られた。

とても痛くない。

キック、キックってなんだ。

P「まぁあれだ、そういう事に興味がない訳じゃないさ、男子だし。とはいえ恋愛とか……な?俺が恋愛とか……な?」

李衣菜「うん、無理。想像出来ない」

P「は?余裕だし本気出せば妻やマンションの二人や二棟くらい」

李衣菜「マンション関係無いしまず妻二人って一夫多妻制じゃん、日本じゃ無理だから」

どうやら俺に恋愛は日本にいる限り無理らしい。

美穂「へー、Pくん将来的に浮気する予定なんですねー……」

P「いや浮気じゃないから、両方妻だから、ってかそもそも全部嘘だから」

李衣菜「お相手の有無は?」

P「いないけどさ……」

文香「さ、朝食を頂きましょう」

凄い、姉さんめっちゃマイペース。

P「んじゃこれ持ってってくれる?」

文香「……すみません、今本を読んでいるので……」

P「おい」

美穂が運んでくれた。

ほんとごめんなさいこんな姉さんで。

P「それじゃー」

みんな「頂きます!」

美穂「……うんっ、とっても美味しい……!」

P「ふー、良かった」

李衣菜「二学期上がりたての頃は寝坊遅刻の常習犯だったのに、今では美穂ちゃんすっかり早起きだよね」

美穂「はい!これも全部Pくん……の作る朝ご飯のおかげですっ!」

喜んで良いんだろうか。

俺はその言葉に対して手放しに喜んで良いんだろうか。

文香「ふふ……賑やかなのは、とても素敵な事だと思います」

P「三人よか四人の方が良いよな、俺としても作り甲斐があるし」

とはいえ朝だからそこまでガッツリと作る事は出来ないけど。

それでもこうして楽しく会話しながら、俺の作った料理で笑ってくれるのは本当に嬉しい。

文香姉さんが来て、李衣菜が通うようになって、美穂も来るようになって。

家が、朝日以上に明るくなった気がする。

李衣菜「美穂ちゃんは期末いけそう?」

美穂「た、多分……平均点くらいなら取れる筈です」

P「勉強会でもやるか?」

李衣菜「教えて欲しいの?」

P「はっ誰が教えを乞うかよ。お前に頭下げるくらいなら毎週末礼拝堂行くわ」

李衣菜「意地張ってるから毎回私に勝てないんじゃない?」

P「今度こそ勝つ。見てろよこんちくしょう」

李衣菜「負けたら?」

P「鷺沢家朝食定期券をプレゼントだ。期間は……一週間くらいで」

李衣菜「チキったね」

美穂「そんな定期券なくても、わたしたち多分通うから……」

P「わーい!常連さんだぁ!」

美穂「ま、毎日Pくんの作った朝ご飯が食べたいですっ!」

李衣菜「……おぉ……言ったね……」

文香「…………ふむ……」

P「定休日とか欲しいな……」

美穂「じゃ、じゃあ毎月で!」

P「急にあの常連さん来なくなったな……最近忙しいのかな」

李衣菜「月に一回とか、明日はあの日なんだーって言ってたら周りに誤解されそう」

P「李衣菜、食事中」

李衣菜「ごめんって。あとアホな会話してるとこ悪いけど、そろそろ片付けて出ない?今日は流石に走りたくないし」

P「ん、だな。食器だけ流しに運んどいてくれ」

文香「……後片付けは、私が済ませておきますから」

P「ありがと姉さん」

文香「皆さん、風邪はひかない様に……温かくして行って下さいね?」

李衣菜「いーなーPは風邪ひかなくって」

P「いいだろー、と言いたいとこだけど俺多分年一くらいで風邪ひくぞ?」

美穂「ご馳走さまでした!さ、行きましょう!」

P「あいよ、鞄持って来るわ」



しゃく、しゃく

既に微妙に溶け始めた雪の名残を踏みながら、三人並んで学校へ向かう。

あぁ、めちゃくちゃ寒い。

さっさと昼になって気温上がってくれないかな。

P「女子って大変そうだよなースカートで。ズボンより寒そう」

美穂「女子ですから」

李衣菜「女子だからね」

何も説明されなかった。

多分寒いけど耐えられるって事なんだろう。

P「スカートの下って何か履いてるのか?」

李衣菜「え逆に何も履いてないと思ってんの?」

美穂「さ、流石に……下着は……」

P「違う違うそうじゃない。いきなり俺がお前らパンツ履いてんの?とか言い出す訳ねぇだろ」

李衣菜「……そ、そうだねー……?」

P「おい」

美穂「えっと、短パンは履いてますよ?流石に寒いですから……」

P「だよなー……俺もマフラーとか欲しいわ」

そういや文香姉さんは割と年中ストール巻いてたな。

あれって温かいんだろうか。

「マフラー……覚えましたよぉ」

P「ん?誰かなんか言った?」

李衣菜「なんもー?なに?組織の奴等の気配でもした?」

美穂「……や、やれやれー……とうとう見つかっちゃったみたいですね……うぅ……」

恥ずかしいなら乗らなきゃ良いのに。

にしても、気のせいだったのかな。

美穂「あ、PくんPくん!Pくんに問題ですっ!」

突然のハイテンション。

なんだ、今の一瞬で何があった。

美穂「十二月と言えばっ?!」

P「師走だろ。ちゃんと古典の勉強もしてるぞ」

美穂「……ばか」

李衣菜「……ばかだねー」

違ったのだろうか。

英語か?返すべきは英語でディセンバーだったのか?





美穂「年に一度訪れるものと言えばなんでしょうかっ?!」

P「大晦日?」

美穂「より前はーっ?」

P「……クリスマス?」

美穂「より前日はーっ?」

P「…………クリスマスイヴ」

美穂「より前日はーっ?!」

P「………………天皇誕生日」

美穂「六割正解ですっ!なので四捨五入して正解って事にしてあげますっ!!」

李衣菜「健気だねー……」

P「いやまて、ここまで来たら当ててやるよ。そうじゃないと男が廃る」

李衣菜「いや既に地に落ちてると思うけど」

P「俺は……雪?」

李衣菜「踏み潰したくなるって点では似てるかも」

P「まぁいいや美穂、もっかいチャンスをくれ」

美穂「……ごほんっ!十二月で天皇誕生日と似てて天皇誕生日より前にある日と言えばーっ?」

天皇誕生日より前……天皇誕生日と似ている……つまり、祝日。

P「あっ!分かった分かった!」

美穂「そうそう、それですっ!」

P「なんで忘れてたんだろーなぁ!」

美穂「ですよねっ!Pくんなら絶対覚えてくれてるって信じてました!」

李衣菜「もうオチが見えるんだけど」

美穂「はいっ!せーのっ?」

P「勤労感謝の日!!」

美穂「雪玉フェスティバル!!」

物凄い量の雪が頭に投げかけられた。

おい美穂俺を雪だるまにする気か。

雪だるまの居る教室ってどうなんだ、溶けるぞ。

……いや溶けて良いんだけどさ。




美穂「天皇誕生日の六割って言ったら誕生日に決まってるじゃないですか!」

李衣菜「しかも勤労感謝の日って十一月だしね」

美穂「もうっ!Pくんなんて知りません!」

美穂が走って行ってしまった。

李衣菜が可哀想なモノを見る様な目でこちらを見つめてくる。

俺は雪だるま。

P「…………さむっ」

でも、そうか……

十二月で、誕生日。

それでいてイエスキリストでは無いとすれば。

答えはもう、一つじゃないか。

なんでこんな大切な事を忘れてたんだろう。

タッタッタッ

美穂「あ、あの……っ!追い掛けて来てくれないと、寂しいんですけど……」

美穂が息を切らして戻って来てくれた。

良かった、こんな俺にまだチャンスをくれるんだな。

P「ごめん、美穂。俺、すっかり忘れてた」

李衣菜「お、ようやく?」

P「……十六日だよな」

美穂「……っ!はいっ!」

P「その日は……」

美穂「そうです!その日に!」

P「……日蓮大聖人がお生まれになった日だ」

美穂「富嶽三十六景!」

雪の波が襲い掛かり、俺の身体が富士山の様になった。

身動きすらとれない。



美穂「もうPくんなんて知りませんっ!悟りでも開いてれば良いんですっ!!」

李衣菜「まーそもそも日蓮大聖人が生まれたのって十六日ではあるけど二月だしね」

P「まじか、俺間違えて覚えてたわ……」

身動きの取れない俺を馬鹿にする様に見下して。

それから少しずつ、美穂の表情は悲しそうになっていった。

美穂「……わたしの、誕生日だもん……」

P「……あ……」

十二月十六日、丁度期末テストが終わって翌日の休みの日。

その日は、美穂の誕生日で。

P「……俺の部屋のカレンダーに、丸まで付けてたもんな」

美穂「……花マル、描いといたもん……」

P「……ごめんな、美穂……」

美穂「……その日、お祝いしてくれるなら……許してあげます……」

P「あのマーク、勝手に俺のカレンダーで生理の管理してるんだと思ってた……」

美穂「……………………」

李衣菜「……………………」

P「……いやだって俺、美穂の誕生日教えて貰って無かったし」

美穂「……………………」

李衣菜「……………………」

空気が凍った気がする。

気温が氷点下だ。

いや実際、俺の周囲は雪で固められてるんだけど。

美穂「……行こ、李衣菜ちゃん」

李衣菜「うん、今回ばかりはフォローのしようが無いや」

P「待って待って待ってくれ!だって俺それ聞いた事無かったし!せめてこの周りの雪だけ除雪してってくれないかなぁ!!」

俺の声は虚しく雪に吸い込まれていって。

離れてゆく二人の背中を、何も出来ずに見つめ続け。

P「……っくしゅんっ!!」

文香「…………P君。こんな場所で富士山のコスプレをしていては、間違われて除雪車に轢かれてしまいますよ……?」

P「いやこれコスプレとかじゃないんで」

文香「いい歳して……こんな事をしてさむいとは、恥ずかしいとは思わないんですか?」

P「寒いって思ってる」

文香「しばらくそこで、頭を冷やしていて下さい」

P「ごめん助けて姉さん!このままだと頭以外も冷え過ぎて普通に風邪ひいちゃうから!!」

おお、シリーズが終わったと思ってた作品にファンディスクが出た気分だ

蘭 子「混 沌 電 波 第170幕!(ち ゃ お ラ ジ第170回)」
蘭子「混沌電波第170幕!(ちゃおラジ第170回)」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527503737/)



P「っふぅ……教室あったかい……」

冬の残滓を身に纏ったまま、俺は教室の扉を開けた。

暖かい空気が、冷えた身体と心を温めてくれる。

P「えっと、美穂……さっきは俺が悪かった」

美穂「……ふーんだっ!」

聞く耳を持ってくれない。

……やば、美穂かわいい。

拗ねた美穂めっちゃかわいいな。

P「……だよな……俺、相当酷い事言ってて……口を聞いてくれないのも当たり前だと思う……もう二度と話しかけないから」

美穂「もうちょっともうちょっと!もうちょっと粘って謝ってみませんかっ?!」

……なんか聞こえた気がする。

いやでも、今美穂は俺の言葉なんて聞いてくれてないし……

美穂「これは独り言なんですけど、あと一回ちゃんと謝ってくれたら許してあげるんですけどねー……あげるんですけどねー!!」

P「…………ごめんな、美穂」

美穂「仕方ないですね。Pくんがそこまで必死に謝ってくれたんですから、わたしも快く許してあげますっ!」

李衣菜「朝からカロリー高いよ二人とも……イチャイチャしてないで席着いたら?」

美穂「い、イチャイチャなんてしてないもんっ!ねー?Pくんっ!」

P「うん、今の会話にイチャイチャ要素とか微塵もねぇだろ」

美穂「……………………」

李衣菜「……………………」

えなんで?

同意して欲しそうだったじゃん。

だめなの?

逆らわなきゃいけなかったの?反逆者を求める王なの?

美穂「……Pくん」

P「はい」

美穂「今月の十六日、必ず空けておいてくれますよねっ?!」

P「もちろんです、はい。喜んで祝わせて頂きます」

いやまぁ、元からそのつもりではあったけど。

なんだか今度は逆らったら本気でヤバイ気がした。

女の子って難しい。

ブレザーを席に掛け、まだ付着していた雪を払う。

これ傷んでないといいんだけど……



「……だ、大丈夫ですか……?えっと……ブレザーに雪が着いちゃってるけど……」

P「ん?あぁ大丈夫大丈夫。これがマグマだったらヤバかったけどさ」

隣の席の女の子に心配されてしまった。

まぁそうだよな、紅いブレザーの大半の面積が白くなってるもんな……

最早日の丸弁当の梅干し程度にしか紅要素が無い。

李衣菜「まったく、美穂ちゃん拗ねて英単語帳でタロット占い始めちゃったじゃん……Pも少しは美穂ちゃんの気持ち考えてあげなよ」

自分の机に風呂敷を広げ、英単語帳をバラして並べている美穂の姿が見えた。

時折俺の名前やバカと言ったワードが聞こえてくる。

英単語帳でタロット占いを始める女の子の気持ちを理解出来る日は果たしてくるのだろうか。

あ、今普通に次の小テスト範囲の英単語も聞こえてきたぞ。

P「……つってもな……じゃあさっきはイチャイチャしてるぞって言えば良かったのか?マグマみたいな熱々バカップルだぜ!みたいな?そんな感じ?」

美穂「Pくん今わたし達の事カップルって言いましたっ?!」

P「……おう言った言った!」

美穂「まったく、Pくんってば!わたし達はまだカップルじゃないですよっ?!」

P「ご存知ですが」

なんだか物凄いテンションで否定してくる美穂。

情緒不安定だ……

あ、分かった。

美穂「でもPくんがどうしても、どーしてもっ!って言うなら!」

李衣菜「あっ美穂ちゃん単語帳落としてる落としてる」

美穂「あっあっ……」

床にバラされた英単語帳が散らばった。

まるで雪の様に降るそれは、まるで雪の様だった。

P「良いよ、美穂は座ってて。俺が集めるから」

雪かきして美穂の机に英単語帳で雪山を作る。

よし、多分これで全部な筈。

李衣菜「優しいじゃんP、急にどうしたの?」

P「大丈夫だって、言わなくて。言い辛い事だってあるもんな?」

美穂「……Pくん……」

確か、聞いたことがある。

女の子の日は、情緒不安定になりやすいのだと。

そりゃ言い辛いよな、男の俺に対しては。

P「分かってるからさ、美穂は楽にしててくれ」

李衣菜「あーこれ絶対何も分かってないやつだね」

美穂「……行動自体は嬉しいんですけど、絶対手放しに喜んじゃいけないって事はなんとなく理解しました……」




ガラガラ

ちひろ「おはようございます。さ、朝のHRの時間ですよ」

千川先生が教室に入って来たと同時、チャイムが鳴った。

ちひろ「そろそろ期末テストですから勉強したい気持ちは分かりますが、一旦先生の話に耳を傾けて下さい」

ん、なんだろう。

ちひろ「ところでみなさん、十二月と言えばなんだと思いますか?そう!クリスマスです!」

誰も何も言う暇が無かった。

ちひろ「毎年うちの高校はクリスマスイベントを企画していました。若い子達が楽しそうにはしゃぐあの日は、先生としてもとても楽しみ……だった訳ですが」

訳ですが……?

クラスが騒つく。

って言うかうちの高校そんなイベントやってたのか。

ちひろ「今年度から共学になり、男子生徒も在籍する為…………廃止となる事が決定していました」

……ふーん。

別に良いや、そんなにクリスマスに興味ある訳じゃ無いし。

まぁそりゃそうだよな、去年までは女子だけだったからこそ学校側も大手を振ってエンジョイさせてた訳だし。

男子が居るともなれば、事情は違ってくる。

美穂「えぇぇぇっ!」

クラス中の女子が騒いでいた。

特に美穂の声は大きかった。

そんなに楽しみにしてたんだろうか、学校主催のクリスマスイベント。

ちひろ「一応、今年度の学校のパンフレットや年間行事予定表には廃止されたと記載されてた筈ですが……知らない子も多いと思ったので、私からきちんと伝えておこうと」

先輩達から聞いて楽しみにしてた子もいるんだろうな。

ちひろ「男子生徒だけ参加を認めない、という訳にはいきませんから……」

教師も大変なんだろうな。

不純異性交遊を促す様な事はやめろだのなんだのクレームでも入ったんだろう。

まぁ女子生徒の親御さんの気持ちも分からないでもない。

前年度まで女子校で、だからこそ安心して通わせてたって親もいるだろうし。

ちひろ「楽しみにしてた子達には本当に申し訳ないんですけれど……元々、出来る限りクリスマスに生徒を学校に来させて男女間のトラブルを防ぐ、という意味合いが強かったので……」

とてもどうでも良い。

男女間のトラブルなんてきっと俺から最も遠い場所で起きる問題だろう。

ちひろ「またそれにあたって、クリスマス当日は教職員が駅前等のアミューズメント施設を巡回する事も決まりました。ほんっと迷惑……ごほんっ!」

一瞬千川先生の本音が漏れた。

ちひろ「私としても本当はみなさんに楽しんで貰いたいですし、って言うか本当になんで私までクリスマスをカップルのサーチ&デストロイに勤めなきゃいけないんだって思ってはいます」

千川先生、独身だからな……

そういった噂も聞かないし。

いつの間にかクラスメイトの目が優しいものに変わっていた。

ちひろ「ですから……もし恋人がいらっしゃる子が居たとして……絶対にこの街のアミューズメント施設では遊ばない様にして下さいね?その日は家で家族と厳かに聖夜を祝って下さい」

……なるほどね。

デートするなら隣町でやれ、と。

ちひろ「ごほんっ、私からは以上です。何かある子がいれば、この後教壇まで来て下さい」



美穂「……はぁ……」

P「どうしたんだー美穂」

美穂「楽しみにしてたのになーって思ってたんです……」

李衣菜「あー、クリスマスイベント?」

美穂「はい……もう今日はやけ食いです!お酒買って来て李衣菜ちゃん!」

やけ食い……?やけ酒では?

李衣菜「はいはい、麦茶飲んで落ち着きなって」

美穂「……んっ、ふぅ……あったかいお茶って良いですよね……これが落ち着いていられますか!落ち着いてなんかいられないもんっ!」

P「一瞬落ち着いて無かった?」

美穂「もー!楽しみにしてたのにーっ!」

李衣菜「だったら三人でカラオケでも行かない?三人なら巡回の先生に見つかっても何も言われないでしょ」

美穂「……もしかして、李衣菜ちゃん……」

李衣菜「まあまあ、私に任せてって。そこはほら、安心と信頼の多田李衣菜ですし?」

美穂「……李衣菜ちゃんっ!」

途中してたアイコンタクトは何だったんだろう。

そういえば、クリスマスといえば去年までは父さんと二人でコンビニのケーキ食ってたけど。

文香姉さんは一体今までどんなクリスマスを過ごしてきたんだろう。

恋人とかいなさそうだし、家で本読んでたんだろうな、うん。

李衣菜「って訳でP、クリスマス空けといてよー」

P「多分大丈夫だと思うけど……家の仕事の手伝いが無ければな」

李衣菜「後はまぁ、その前の期末で赤点取らないといいよね」

P「そっちはもっと大丈夫だろ、俺平均より下とった事殆ど無いし」

李衣菜「赤点取ると十六日の朝に連絡来て、二十四日に補講出なきゃいけなくなるらしいよ」

そんな制度あったのか。

そういえば一学期の時も、赤点取ると夏休み入る前のテスト休み期間に補講とか言ってたな。

P「ま、取らなきゃ良いだけの話だな」

美穂「……えっと、一緒にお勉強会開いたりしませんか?」

李衣菜「……やばそう?」

美穂「赤はない……筈です。でも万が一の事もあるし、クリスマスイブがホワイトじゃなくてスカーレッドになるのは嫌ですから……」

P「んじゃ、今日からやるか。うちくる?」

李衣菜「おっけー。美穂ちゃん、ヤバそうな科目は?」

美穂「中間テストで平均より下だったのは……数学と英語と現代文と古典と漢文と日本史と……」

P「よし、取り敢えず全部やるか」

美穂「で、でも平均よりほんのちょっとだけ低かっただけですから!焦らなくたって大丈夫な筈だもん!」





李衣菜「お邪魔しまーす」

美穂「お邪魔します」

P「ただいまー……ん、文香姉さんはまだ帰って来て無いみたいだな」

ならまぁ、リビングで勉強しても邪魔にならないか。

P「適当にテキスト持ってくるけど、何からやりたい?」

美穂「えっ、Pくんが保健体育を教えてくれるんですか……?」

李衣菜「うわテキストってエロ本って意味?流石に引くんだけど」

俺まだ何も言ってねぇだろ。

そもそも保健体育なんてただの暗記なんだから、一緒に居るのにそっちを優先する意味も無い。

P「ま、数学から行くか。ⅠとAどっちにする?」

美穂「あ、ならAからで良いですか?」

李衣菜「確率だね、割と面倒な部分」

P「っし、やるか」

お茶と問題集を用意し、真面目モードになる。

テキストを開けば、ビックリマークだのCだのPが出てきた。

李衣菜「美穂ちゃん、どの辺までは理解出来てそう?」

美穂「少し待って貰えますか?今自分のノート見返しますから」

美穂がノートを取り出した。

綺麗な文字できっちりと板書が写してあった。

……序盤は、だけど。

李衣菜「……この辺寝てたでしょ」

美穂「早起きを心がけたので……」

李衣菜「この落書きは?」

美穂「一人お絵描きしりとりです」

李衣菜「円順列の棒人間にPとか美穂って書いてあるのは?」

美穂「え、えーっと……名前を付けた方が解きやすいかなーって……え、えへへー……」

複数人の俺と美穂が円形に並んでいた。

時折俺と俺が並んでいる。

必要だったか?この名付け。



李衣菜「……ま、じゃあこの辺からかな」

美穂「よろしくお願いします……」

P「李衣菜に教えて貰うなら俺の手助けは必要無さそうだな。なんかあったら声掛けてくれ」

俺も提出用の問題集を開く。

条件付き確率の意味の分からなさがヤバイ。

何が一定の確率でなんたらなウイルスだ、気合い入れて100%の確率で感染や繁殖しろよウイルス。

李衣菜「……P、字綺麗とも汚いとも言いづらいね」

P「後から読み返した時理解出来りゃ良いんだよ」

美穂「あ、その問題に出てくる女子生徒の名前、美穂と李衣菜にしませんか?」

P「おい良いのかこれクリスマスを家で一人で過ごす確率の問題らしいぞ」

軽く流しながら、問題を進めてゆく。

最近帰って来てずっと本を読んでたから、まだまだ解かなきゃいけない問題の数が多い。

範囲分のページの厚さを見て心が折れた。

美穂「あ、この部分集合Pって空集合らしいですね」

李衣菜「実にPじゃん」

脈絡の無い罵倒が飛んでくる。

お前ら勉強しなくていいのか、赤点取っても知らないぞ。

いやまぁ、多分二人ともそこまで出来ない訳じゃないだろうけど。

美穂「……ここの角度がこうなるのは?」

李衣菜「あー、そこはね……習ってないけど二倍角の公式使っちゃおっか」

だんだんと、全員が真面目モードに突入する。

かりかり、ぺらぺらと勉強の音だけが響き出す。

……一回くらい李衣菜より良い点取りたいなぁ。

中・高とずっと一緒だけど、計十八回のテストで未だに一科目も勝てた事がない。

いつか追い付けるだろと勉強してきたが、その分李衣菜も先に進んでゆく訳で。

思えば、俺が李衣菜に勝てた事って何かあっただろうか。

今なら多分足は俺の方が速いだろうけど、そんな事を競う日はきっと来ないだろうし。

……今回こそ、勝つ。

何でもいい、化学だろうが家庭科だろうがそれこそ保健体育だろうが。

学べ、必死に頭に叩き込め、せっかく勉強以外の脳みそは空っぽなんだからそこに詰め込め。



美穂「……」

李衣菜「……どしたの美穂ちゃん」

美穂「……えっ?あ、えっ?しゅ、集中してるよ?」

李衣菜「今Pの方見てなかった?」

美穂「Pくんが集中してます」

李衣菜「いやそれは見れば分かるけど……」

美穂「……なんだか、良いなーって……普段はあんな風だけど、こうやって真面目な顔してる時のPくんって……」

P「っしゃあ!鮭のムニエルと子供の作り方はマスターしたぞ!!」

美穂「ごめんなさいやっぱり見間違いだったみたい……」

李衣菜「数学どこいったの数学は」

P「無限の彼方までリミットで飛ばした」

李衣菜「課題の提出期限は有限だよ」

そうだそうだ、勝つ為の勉強も良いが課題提出の為の勉強もしないと。

いつのまにか目の前のテキストが数学から保健体育と料理本に変わってた。

文香「ただいま戻りました…………あら、李衣菜さんに美穂さん」

李衣菜「あ、おじゃましてまーす文香さん」

美穂「お、おじゃましてますっ!」

P「お帰り姉さん。今勉強してるとこ」

文香「……それは構いませんが、時間は大丈夫なのですか……?美穂さんは門限があったと思うのですが……」

美穂「えっ?」

スマホで時間を確認する。

うわもう十九時まわってんじゃん、勉強してるとあっという間だな。

李衣菜「あー、結構経ってたんだね。流石にそろそろお暇しよっか」

美穂「ですね……あ、これからもテストまで通わせて貰って良いですか?」

P「おっけおっけ、まぁ前日か学校に居る時にでも言って貰えれば」

李衣菜「じゃ、また月曜日」

美穂「お邪魔しましたPくん、文香さん」





文香「捗っていますか……?」

P「まぁまぁそこそこ。今回こそは勝ちたい相手がいるんだよね」

文香「……ふふ、李衣菜さんですか……?」

P「うん、今まで負けっぱなしだから」

李衣菜と美穂が帰った後、夕飯を食べながら今日勉強した事を思い返す。

明日はもう一回英単語と古典単語覚え直すか。

P「あ、そういえば姉さん」

文香「……?どうかしましたか?」

P「クリスマスの予定は?」

文香「あると思いますか?わたしに、聖夜を、共に過ごすお相手が……大学にいると思っていらっしゃるんですか?」

P「……ごめん……」

文香「謝られるのもとても不快です……今、とても暴力の波動に目醒めています……食後のデザートをご所望です」

P「ゼリーあるから……」

文香「よろしい、今の失言は不問と……いえ、そうですね……」

ん?どうしたんだろう。

文香「……その日、Pくんに予定は?」

P「特に何も無ければ李衣菜と美穂と遊びに行こうかなと」

文香「三人……ふむ……でしたら、そちらは断って下さい」

P「何か手伝う事とかあった?なら流石に店の事を優先するけど」

文香「どちらかと二人きりのデートという事であれば、そちらを優先して頂いても良かったのですが……」

P「多分いつも通り遊ぶだけだと思うぞ」

文香「なら、何も問題はありませんね……その日は、私と買い物に付き合って下さい」

P「本屋?」

文香「だけではありませんが……駅前の書店で、クリスマスフェアを開催するそうなので。あとは……そうですね、お店の事を手伝って頂きたいです」

P「ならおっけ、断っておくよ」

先約を断るのは申し訳無いけど、家の用事があるなら仕方が無い。

美穂も李衣菜も、まぁ許してくれるだろう。

P「前はうちの学校、クリスマスパーティみたいなのやってたらしいんだけどさ。共学になって今年から無くなったんだとさ」

文香「……私の方も、一応大学で同じ学科の方々がそういった催しを企画してはいましたが……あまり、興味は無いので……」

P「出会いとか求めてない感じ?一生独身希望?」

文香「…………ふぅ、P君。外の雪かき、お願い出来ますか…………素手で」

P「ごめんなさい」

いやでも実際、文香姉さんモテるだろ。

コミュニケーション的な面は兎も角として、見た目はすっごく美人なんだし。




文香「何度か、参加してくれないかと声はかけられました……不安になりましたか?P君」

P「うん、適当にあしらわれたであろう誘った側が可哀想だなって」

文香「……寒中水泳なんて如何でしょう?」

P「嘘だって不安不安、クリパ参加して姉さんに恋人出来て家に連れ込む様になったら俺居心地悪過ぎるでしょ」

果たして、文香姉さんが恋人を連れ込む様になったら俺はどんな反応をすれば良いんだろう。

人付き合いが若干苦手な俺は……出家するしかないのかもしれない。

こんにちは!文香姉さんの従兄弟のPです!

いつもは本を読み霞を食べて暮らしています!

あ、お邪魔ですよね!明日の昼まで友達の家で読経する予定なんで!はい!失礼しました!!

P「……嫌だなぁ」

一つ屋根の下、なんかこうイチャラブしてる文香姉さんとか想像したくない。

いやまぁ、うん、想像出来もしない。

文香「……ふふ、でしたら……頑張って下さい?」

何をだろう。

俺は何を頑張れば良いんだ……?

あ、テスト勉強か。

P「じゃ、この後俺勉強するから」

文香「私も、明日提出のレポートを仕上げなければならないので……」

食器を片付け、テーブルにテキストを広げる。

さて、ひたすら書いて覚えるか。

文香姉さんの方も、なんかよく分からないレポートを書き始めた。

……内容全く分からないけど、字が綺麗だな……

まるで本当にサラサラと音が聞こえるくらい、綺麗な文字が次々と綴られてゆく。

P「…………」

おっと、違う違う俺も書かないと。

漢字の園って上手く書き辛いよな……

なんかこう、潰れたりデカくなったり不恰好になって。

公園って漢字、公と園で難易度違い過ぎる。

かたやハム、かたや口土口変なのだし。

それに比べて文香姉さん、本当に字が上手いな。



……ん?

ピタリ、と文香姉さんの手が止まった。

視線を少し上げると、文香姉さんと目が合った。

P「…………どした?」

文香「……いえ、その……ずっと見られていると……集中し辛いので……」

P「あーごめんごめん、綺麗だったからついつい見ちゃって」

文香「き、綺麗…………綺麗、ですか……P君から見て、綺麗……」

焦った様に目を逸らす。

そんなに字を褒められたのが嬉しかったのだろうか。

文香「ご、ごほんっ……そうですか。でしたら、仕方ありませんね……」

照れているのか、頬を少し染めて微笑む文香姉さん。

文香「ち、ちなみに……これはちょっとした確認なのですが、どの様なところが綺麗だと……?」

P「うーん……整ってるところとかかな。あとサラサラした感じ」

よくそんなサラサラっと綺麗な字を書けるよな。

ん?なんで文香姉さん前髪弄りだしたの?

この会話から既に興味は無くなった?

文香「……そ、そうですか……サラサラ……ふぅ、一旦休憩しましょうか」

そう言って文香姉さんが長い髪を手でフサッと、まるでシャンプーのCMの様に靡かせた。

文香「……如何でしょう……?なにか、こう……ありませんか?」

……一体どんな言葉を求められているんだろう。

なにかこう、ありませんか?

そんな非常にアバウトな事言う人だったっけ。

やばい、面白いくらい意図が分からない。

でもきっと、的外れな事を言ってしまったら機嫌を損ねて怒られるだろうって事は分かるから心臓が跳ねまくってる。





P「……ドキドキしてる」

文香「……ふふっ……ドキドキ、ですか……私もです。私も今、とてもドキドキしています……」

なんで?なんで文香姉さんまで?

分からない、何も分からない。

でもまぁ上機嫌に微笑みながらコーヒーカップを傾けてるし、きっと合ってたんだろう。

さて、俺もそろそろ本格的に勉強しないと。

えーっと、この動詞の過去分詞は……

P「……ん?」

なんだか視線を感じて、顔を上げれば文香姉さんがこっちを見ていた。

あぁ本当だ、見られてると集中出来ない。

P「……なんかあった?」

文香「……ふふっ……集中しているP君も、格好良いと思いますよ……?」

なんか褒められた。怖い。

あー分かった、コーヒーに合うスイーツを買って来て欲しいんだろうな。

P「何か甘い物食べる?」

文香「いえ……今は、こうして過ごす甘いひと時だけで……私は満足ですから……」

……分からない……文香姉さんの考えてる事が何も分からない。

なんで今日はみんな情緒不安定みたいに怒ったり機嫌が良くなったり……

……あぁ、成る程。

文香姉さんも、あの日って事か。

心も身体もしんどくなるって言うし、優しくしてあげないと。

文香「……P君……その様な、優しい瞳で見つめられると……」

P「姉さんも女の子だもんな」

文香「……えぇ……はい。私だって、恋する乙女ですから……」

果たして、恋するという注釈は必要だったのだろうか。

その後はずっと文香姉さんの視線を感じながら、俺は英単語を書き続けた。

何故だろう、この二人の関係は某橘さん家みたいな展開の方が映えてしまいそうだ




ザーッ!

土曜日、お昼手前。

雨の音のうるささに俺は目を覚ました。

あと一時間くらい寝てたかったけど……まぁ、起きちゃったもんは仕方ないし勉強するか。

顔を洗ってリビングへ行くと、文香姉さんは居なかった。

そういえば昨晩レポートを提出するって言ってたし、多分今日は大学あるんだろうな。

結構夜遅くまで頑張って書いていたレポートが、キチッと用紙の最後まで埋まっている。

……ん?

なんでこのレポートが家にあるんだ?

P「……はぁ……」

持ってくの忘れたのか、文香姉さん。

俺が起きてこなくて朝食を自分で用意しなきゃいけなかったから、時間がなくて焦ってたんだろうか。

仕方ない、届けに行くか。

提出期限が何時までかは分からないが、急いで困る事は無いだろう。

ゼリーで食事を済ませ、さっさと支度して家を出る。

雨が強く、ちょっとだけ家に回れ右したくなった。

P「……はぁ」

でもま、文香姉さんが困ってるだろうし。

『レポート忘れてったでしょ。届けに行くから居場所教えてくれー』

傘を一応二本持って、俺は最寄駅へと向かった。





文香「すみません……本当に助かります」

P「良いって良いって、はいこれ」

大学近くの駅で、文香姉さんにクリアファイルごとレポートを渡す。

案の定ではあるが、文香姉さんは傘を持っていなかった。

走って大学から駅へと来たのだろう、息を切らせて髪と肩は少し雨に濡れていた。

まぁうん、天気予報確認してなさそうだし。

P「あと傘も持ってないでしょ、はい」

鞄から折り畳みを一本取り出して渡す。

文香「……すみません、両手が塞がっていて持てないので……」

明らかに今渡したクリアファイル以外手ぶらなんだけど。

バカには見えない荷物がそこにはあるんだろうか。

P「……ん?鞄とか荷物は?」

文香「友達に預かって頂いて…………なんですか、その目は」

えっ……友達……?

文香姉さんが、荷物を預ける程の信用に足る友達……

P「……なんていうかさ、人見知りの娘が幼稚園で初めて友達が出来た時ってこんな気持ちになるんだろうなって……」

文香「馬鹿げた妄想をしていないで、早く傘を差して下さい」

P「うっす」

流石に失礼が過ぎたと思う。

言われた通りに傘を差し、文香姉さんと並んで大学へ向かった。

文香「……あ、改めて……本当にありがとうございます。お勉強の邪魔をしてしまい、申し訳ありません……」

P「良いって良いって、気分転換も大事じゃん?」

テスト二週間前を切ってから、ずっと家でテキストと睨めっこしてた気がするし。

困った時はお互い様だろ。

文香「……朝ご飯は、もう済ませましたか?」

P「ゼリーだけ食べて来た。ってかまぁもう殆ど昼みたいな時間だし、帰ったら何か作って食べるよ」

文香「でしたら、今日の講義は二限までなので……よろしければ、何処かで食べて帰りませんか?」

P「おっけーって言いたいとこだけど、今お財布の中身も空腹なんだよね」

文香「まったく、そんな事を気にしなくても…………来て頂いてしまったのですから、そのくらいは私が持ちます」

……なんだろう。

なんか昨日の夜から優しくない?

裏は無い?大丈夫?





大学に到着し、傘を畳んで校舎に入る。

色んな髪の色の人が行ったり来たりしていた、怖い。

此処が……大学。

ソファで寝てる人も居ればテーブルでパソコンと睨めっこしてる人まで。

なんかもう、全員が大人に見える。

P「え大丈夫姉さん、俺ここに入って大丈夫?」

文香「……不安でしたら、手を繋いであげましょうか?」

P「子供じゃ無いんだから……」

文香「ですが、周りを見て下さい……手を繋いでる方々が普通に居ますから」

確かに、居る。

手を繋いで歩いてる二人組が結構居る。

こわ、大学怖。

文香「さて……少し、此処で待っていて下さい。知らない人に着いて行ってはいけませんよ?」

子供か俺は。

未知の世界に足を踏み入れたからって、そんなガキみたいにはしゃいだり……

うっわなんかセグウェイみたいなの置いてある。

おぉ……パイプ咥えてる人も居る、あっち喫煙所なのかな。

文香「はぁ……P君」

P「大丈夫だから、ちゃんと動かず待てるから」

周りを見てると気になって仕方がないので、スマホを開いてストップウォッチで十秒ピッタリで止める遊びをする。

……十秒で終わってしまった。

文香姉さんは部屋の中入ってっちゃったし、暇。

非常に手持ち無沙汰だ。




「あー、ぼんじゅー鷺沢君」

P「あっどうも初めまして、鷺沢です……ん?」

「ねぇねぇ鷺沢君、突然の問題だけどね?パリに海って存在すると思うー?」

P「……無かった気がしますけど……」

「でも、それは目の三角なんだってさー」

P「錯覚では……?」

「四角い頭を丸くしよ?」

P「三角どこ……結局丸にされるのに一時的に増やされた角の気持ちを考えましょうよ」

ってか、誰。

この目の前で楽しそうに話し掛けてくる金髪の美人さんは誰。

なんで俺の名前知ってんの?

普通に怖いんだけど、大学怖い。

「おおっとー!アタシとした事が名前を名乗るのを忘れてた!アタシはねー?えっとねー?……誰だっけ?」

P「……文香姉さんのお友達ですか……?」

「あーそそ!アタシの名前は文香ちゃんのベストフレンド!文が苗字でー、香ちゃんのベストフレンドが名前なんだー」

親は一体どんな気持ちで名前を付けたんだろう。

文香ちゃんと友達になれなかった場合も考えて名前付けてあげようよ。

「ねぇねぇ、しりとり以外で出てくる事が滅多に無いンジャメナの気持ち考えた事あるー?」

ある筈が無い。

大学の講義では出てくるのだろうか。

「プリンカップってさー、よくよく考えるとしりとりレギュレーションギリギリだよねー」

確かにそうだと思うけど。

でもプで攻められた時の最期の希望だから。

「おでんの具だったら何が好き?アタシはねー、カフェオレとガレット・デ・ロワ!」

分からない。

ガレット・デ・ロワが何かを知らないし、カフェオレがおでんの具材だった事も初めて知った。

「あ、でもねー。実はアタシ、香ちゃんのベストフレンドって名前じゃ無いんだー……ごめんね?騙してて」

P「いやご存知ですけど……」

ってかほんと、どちら様。

これ新手の詐欺とかそういうの?




文香「……はぁ……何してるんですか、二人は……」

P「お帰り姉さん、助けて姉さん、この金髪さんどちら様姉さん」

文香「……香ちゃんのベストフレンドさんですが……?」

P「うっそだろ……」

文香「……で、弟に何か御用ですか?フレデリカさん」

フレデリカ「なんだか暇そーにしてたから、暇潰しに付き合ってあげよっかなーって。余計なお世話だった?接し方間違えてた?誤用だった?」

P「フレデリカさん……?」

フレデリカ「あ、そうそう。アタシの名前はねー?えっとねー?宮とねー?本がねー?苗字でねー?」

P「宮本フレデリカさん、ですか」

ほー、ハーフなのか。

さっきパリって言ってたし、フランスと日本のハーフなんだろうか。

フレデリカ「わぁお、まだ二文字しか言ってないのに大正解!キミはエスパーかサイキックかデリカシーの能力でも備わってるのかなー?」

デリカシー……?テレパシーでは?

文香「P君にデリカシーなんてありませんよ」

酷い。

フレデリカ「あ、改めまして……アタシの名前は宮本フレデリカです。鷺沢文香さんには、いつもお世話になっております」

突然なんかまじめになった。

普通に喋るとめっちゃ綺麗で少し気圧されそうになる。

フレデリカ「今後とも仲良くさせて頂けると世界は平和の劫火に包まれるんじゃないかなー?よろしくねー?」

あ、なんかさっきまでと同じになった。

P「平和と劫火って絶対併用には向いてないワードですよね」

フレデリカ「消火する?でもパリって海無いんだー……」

ダメだ、付いて行けそうにない。



フレデリカ「でもでもー……ふーん、ふんふんふふーん」

なんかジロジロと見てくる。

文香「……お金取りますよ、フレデリカさん」

文香姉さんの目が今一瞬めっちゃ怖かった。

フレデリカ「ごめんねー驚かせちゃって。前から話には聞いてたから気になってたんだー」

P「前から?俺の話をしてたんですか?」

フレデリカ「うんうん、なんだっけー……なんかねー、チェンジザワールドって言ってた」

何も分からない。

何があったんだろう。

平和の劫火に包まれたんだろうか。

文香「……はぁ……レポートの提出は済んでるんですか?フレデリカさん」

フレデリカ「モチモチのロングセラー!ってゆーかね、文香ちゃん。昨日の夕方にレポート提出明日だよーって教えてあげたのフレちゃんだよ?」

文香「……ご、ご存知でしたが……?」

フレデリカ「絶対忘れちゃダメだよーってライン送ったよね?」

文香「わ、忘れておりませんでしたが……?」

フレデリカ「提出時間ギリギリだったのに、荷物をフレちゃんに任せて駅までジョギングしてくるなんて言って走り出したのはなんでだったのかなー?ちゃんと折り畳みだって」

文香「ストップ、一時停止を推奨しますフレデリカさん……走りたいと思うのは、人として当然ではないでしょうか?人は常により先を、より速く目指すものですから……」

フレデリカ「止まっちゃダメじゃーん。さ、それじゃーお昼ご飯食べに行きたかったのにそんな理由で荷物任されて待たされたフレちゃんへ一言どーぞ!」

文香「ご迷惑お掛けしました……」

フレデリカ「よろしおすえボンジュール!」

なんか楽しそうな会話してた。

……文香姉さん、本当に友達居たんだな……

フレデリカ「まーわざわざここまで来たのは文香ちゃんをパーティに誘おっかなーって思ってたからだけど……うーん、やめとこっと」

文香「……もう、フレデリカさん……」

フレデリカ「あ、そろそろアタシは退散するね?もーお腹ぺこぺこでお腹と最中がくっついちゃう」

内臓に最中が詰まってるんだろうか。

いわゆるスイーツ系女子なのかもしれない。

フレデリカ「じゃねー鷺沢君、文香ちゃん。お相手は宮本フレデリカとー?」

そう言ってエレベーターに吸い込まれて行った。

……誰だったんだ。

宮本フレデリカと誰だったんだ。

P「……なんか、ユニークな人だったな」

大学ってあんな感じの人が沢山居るんだろうか。

暇はしないだろうけど、将来への不安は増すばかりだった。

文香「いつもより、少しエンジンが温まり過ぎていた様ですね……」

P「……あ、レポートは間に合った?」

文香「はい、お陰様で。本当に助かりました……では、お昼にしましょうか」






文香「……ふぅ」

P「…………」

文香「……如何しましたか?」

駅前のお洒落な喫茶店の一番奥の席で、俺たちはコーヒーを飲んでいた。

正直、とても居心地が悪い。

明らかに高校一年生が安い私服でコーヒーを注文する場所では無い。

逆に、対面に座る文香姉さんは凄く店の雰囲気とマッチしていた。

普段はアレだけど、外だと本当に大人びて見えるな……

文香「……サンドイッチ、注文しないのですか?」

P「あ、あー……うん。すみませーん」

文香「……その、こちらに呼び鈴が……」

わー消えたい、成仏したい。

そんな気持ちをなんとか抑えて呼び鈴を鳴らす。

チーン

あ、成仏した。

P「す、すみません……このサンドイッチのAセットを……」

なんとか声を振り絞り、命からがら注文をこなした。

文香「……コーヒー、一杯では足りませんでしたか?」

……セットだもんなぁ、コーヒー付いてるよなぁ。

恥ずかし過ぎて肩が竦まりまくる。

多分あと何回か恥をかけば小さくなって骨壷に入れるかもしれない。

P「姉さんはよくここ来るの?」

文香「はい。落ち着いた雰囲気で、静かに本を読めますから……次の講義まで空いてしまった時、よく利用しています」

P「おススメは?」

文香「こちらの本です……じゃ、じゃんっ。一昨日購入したものの前作です。最近、このシリーズにハマっていて」

P「いや本じゃなくてメニュー」

文香「……あっ、失礼しました……」

照れて縮こまる文香姉さん。

なんか、大人になったり子供になったり楽しい。

知ってはいるがやっぱりとても本が好きなんだな、本の話となると目がキラッキラしている。

文香「……おススメは、チーズケーキです。確か先程P君が注文したAセットに含まれていたと思いますよ?」

お、怪我の功名。精神的には致命傷だったけど。

店員「お待たせしましたー」

コーヒーとサンドイッチとチーズケーキが運ばれて来た。

良い香りと程よい狐色の焦げ目がとても美味しそうだ。

P「頂きます」

ザクッと齧る。サンドイッチだ、とてもサンドイッチだ。

場所の雰囲気もあるんだろう、家で作る物と違って実にザ・サンドイッチって感じがした。

海外の人は毎朝こんなお洒落な雰囲気のサンドイッチを食べてるんだろうか。

文香「……ふふ」

P「ん?どうした姉さん」

文香「美味しそうに食べるP君を見ていると……なんだか、此方まで嬉しくなってしまって……」

あー、分かる。

自分が誘った店で美味しそうに食べてくれると嬉しいよな。

P「食べる?」

文香「…………精一杯期待に応えさせて頂きます」

一体何を期待すれば良いのだろう。

文香「……食べさせては頂けないのですか?」

P「えなんで?なんで逆に食べさせて貰えると思ったの?」

文香「私は今、本を読んでいます」

P「あーはいはい本が汚れるもんね。分かった分かった」

片手でサンドイッチを、もう片手で皿を文香姉さんの元まで近付けて。

文香「……んっ、美味しいです」

なんか雛鳥にエサをあげる親鳥ってこんな気持ちなんだろうな。

このサンドイッチチキン使用してるから共食いになっちゃうけど。

でも実際、美味しいよなこのサンドイッチ。あっという間に完食してしまった。

P「さて、お楽しみのチーズケーキ……姉さん、姉さんあのー……姉さん?」

めっちゃジーッと俺のチーズケーキを凝視してくる。

もう一個頼めば良いのに……

P「……食べる?」

文香「食べさせては頂けないのですか?」

P「はいどうぞ」

お皿を文香姉さんの方に近付ける。

文香「私は今、本を読んでいます」

ぐっと両手で押し戻された。果たしてどこに本を持ってたんだろう。

P「……はい、どうぞ」

一口サイズに切って、フォークを文香姉さんの方へと向けた。

文香「……んむっ……ふふ、絶品です」

P「……ん、これは確かに……」

美味い。文香姉さんがおススメするのも分かる。

P「……もう一個食べても良い?」

文香「……二つ、注文して下さい」

結局そのまま二人で喫茶店に居座り、気付けば帰って夕飯食べたら寝そうな時間になっていた。

ご存じの誤用はわざと?

フレちゃん√フラグやったぜ!

残念ながらフレ√は唇学園ゲフンゲフン



美穂「……期末終わったら誕生日、期末終わったら誕生日……」

李衣菜「大丈夫?美穂ちゃん。なんか人にはお見せできない表情になっちゃってるけど」

十二月十二日、月曜日。

明日から期末テストを控えた休日のこの日。

俺と美穂と李衣菜は、朝からひたすらにテキストと向き合い続けていた。

一応用意したお茶に誰も手をつけない。

そんな余裕は無いからだ。

俺は一応、そこそこの点は取れるであろうくらいは勉強した。

先週はひったすらにプリントやノート読み返しまくったし。

問題は数学の課題がまだ半分程残っている事だ。

提出はテスト最終日だからまだ実質あと二日猶予はあるが、それでも終わるかどうかあやしい。

そこまで難しい訳じゃ無いけど、問題の数が多過ぎた。

解く、ひたすら解く。

そして対面で教科書を捲っている美穂は……

美穂「なんで?なんですか?!告白が成功する確率ってなんですか?!100%にしてあげようよ!!」

問題にケチを付けていた。

美穂「どうして男子からした場合と女子からした場合で成功率が異なるの?!あ、でもちょっと理解出来るかも……」

問題の登場人物に感情移入してる。

李衣菜「……教えてあげよっか?」

美穂「大丈夫です、恋の問題はちゃんと自分で答えを出さないと……」

李衣菜「数学の問題だよ……?」

P「一回休憩してなんか甘いもんでも食べるか?」

美穂「食べる……甘い恋が食べたいです……」

恋は食べ物らしい。

まぁスイーツって感じはするし強ち間違いではないのかもしれない。

李衣菜「Pはひと段落ついたの?」

P「数学の課題が終わらん。李衣菜は?」

李衣菜「とっくに終わってますけど?」

まぁちゃんと毎日コツコツやってたんだろうな。

李衣菜ってそういうとこマメだし。

P「手伝ってくれたりは?」

李衣菜「それでPが私に点数勝てるなら」

P「…………頑張る」

冷蔵庫からシュークリームを引っ張り、食べる。

美味しい、脳に栄養が行き渡ってる味がする。

偏差値が一万円くらい増えたと思う。




美穂「ねえねえPくん」

P「ん?どうした?もう一個食べるか?」

美穂「カロリーが……えっと、そうじゃなくてですね。もし数学のテストでわたしが勝ったら、何かこう……こう、こう!!」

高校らしい。

そうだけど、俺たちが通っているのは高校だけど。

美穂「何か!してくれませんかっ?!」

P「シュークリームを一個進呈するよ」

美穂「カロリー!!」

P「じゃあカロリーハーフなマヨネーズ」

李衣菜「それ男子からプレゼントされて嬉しい女子いると思う?」

P「家庭的なんだろうなって思う」

美穂「わぁ!Pくんマヨネーズプレゼントしてくれるんですかっ?!わーい!!」

P「ほら美穂も喜んでる。しかもカロリーハーフだぞ」

李衣菜「いやちゃんと美穂ちゃんの事見なよハイライト真っ黒じゃん」

P「黒点じゃん。磁場が発生してんじゃん」

美穂「真面目な話、わたしが勝ったら、その…………わたしのお願い、聞いてくれませんか?」

P「負ける気しないから良いけど」

美穂「……腹を切って詫びて貰います」

P「ぜってぇ負けられねぇ……」

美穂「逆に、Pくんがわたしに勝ったら……」

P「勝ったら……?」

美穂「わたしが腹を切ります」

P「ぜってぇ同点取ろうな」

なんで数学のテストに命賭けてんの?

どっちが勝っても誰も得しないと思うんだけど。

李衣菜「あ、じゃあ私とも勝負する?」

P「李衣菜も一緒に腹切るか?」

李衣菜「切腹するくらいなら接吻するんだけど」

P「どっちもやだ」

李衣菜「ブン殴るぞおいこらP」

美穂「あ、じゃあPくんっ!負けた方が勝った方に接吻するっていうのはどうでしょう!!」

P「なるほど、そう罰を設定する事でみんなが同じ点を取り争いを回避するって事か」

美穂「……赤点ギリギリを狙わなきゃ……」

李衣菜「美穂ちゃん、流石にそこは真面目にやろ?」

P「さてと、んじゃもうひと頑張りするか」




文香「……だいぶ、集中していた様ですね……」

P「ん?あれっ?姉さん?」

気が付けば文香姉さんが帰って来ていた。

周りを見れば、李衣菜と美穂の姿は無い。

文香「二人とも、結構前に帰りましたよ……P君の邪魔をしては悪い、と笑っておりました」

スマホを見ればもう十九時はとっくに過ぎていて。

『明日から頑張ろう!!』とラインが来ていた。

P「まじか、もう夜だったんだな」

課題は残り10ページを切った。

明日明後日で十分終わらせられるだろう。

P「んじゃ、夕飯作っちゃうからまっててくれ」

文香「いえ、今晩は私が振る舞います」

P「ありがと…………え?」

文香「……なにか、不満でもありましたか?」

P「いや、有り難いけど……」

不安ではある。

文香「頑張っているP君を、私も応援したいので……」

P「……ありがとう、姉さん」

文香「P君が思っている程は料理下手では無い筈ですから……」

P「ま、知識はありそうだよね」

文香「ですから、キリの良いところまで続けて下さい」

ならまぁ、お言葉に甘えて。

今やってるページの最後までは終わらせてしまおう。

文香「……あ、此方はお砂糖でしたか……」

P「やっぱ手伝って良い?」






李衣菜「……いけそう?」

P「そっちこそ」

美穂「……大丈夫、いざとなったらこの六角鉛筆で……」

十二月十三日、火曜日。

期末テスト初日がやってきた。

大丈夫だ、俺なら解ける。

英語だろうが日本語だろうがどっからでもかかって来い。

P「っべーわ、俺全然勉強してねーわ」

李衣菜「はいはい定番定番」

美穂「……うるさい……」

美穂が怖い。

かち、かち、かち

秒針の音がやけにうるさく聞こえる。

それだけ教室は静まり返っていて。

キーンコーンカーンコーン

ちひろ「それでは……始め!」

チャイムと同時、千川先生の開始の合図。

ぱらっと問題用紙が捲られる音が一斉に響き、テストが始まった。

……とまぁなんか戦いが始まった感出てるけど、実際そんなに難しくない。

ここ二週間ずっとひたすらテスト勉強してただけあって、大体答えは分かる。

回答用紙が埋まっていく感覚が心地良い。

よし、楽勝だ。

三十分を過ぎたところで、問題は最後まで解き終わった。

あとは軽く見直しして、寝よう。




李衣菜「で、どうだった?」

P「俺ノー勉だけど八十は超えたわー」

美穂「わたしも多分、そこそこ取れたんじゃないかな」

テストが三つ終わって、クラスメイトが周りとざわつき出した。

あーこの感覚、いいなぁ。

みんなが如何に勉強してなかったか報告して牽制してく感じ。

P「全部この難易度なら多分最後まで余裕だわ」

李衣菜「なんやかんやPも割と出来るもんね」

うちの高校はテストの成績それぞれ上位者十名が張り出されるのだが、実は俺も常連だったりする。

だって俺、読書と勉強以外する事無いし……

P「どうする?今日はうち来るか?」

李衣菜「今日はいいや、買いに行きたいCDあるし」

美穂「余裕だね李衣菜ちゃん……」

俺も本当は買いに行きたいものあるんだけどなぁ。

毎月十三日はお気に入りの『本』の発売日なのだ。

いやまぁ、流石にテスト終わってから買うけど。

P「美穂はどうする?」

美穂「あ、わたしは行って良いですか?」

P「おう、もちろん。んじゃまた明日なー李衣菜」

美穂「また明日ね、李衣菜ちゃん」

李衣菜「じゃねー」

李衣菜と別れ、美穂と家へ向かう。

……寒いなぁ。

電信柱の根元に未だ残る雪が、その寒さを増幅させる。

P「あと二日、風邪だけはひきたくねぇなぁ」

美穂「あったかくしましょうね?」

確か、明後日は雪が降るらしい。

この調子でいけばクリスマスはホワイトも夢じゃない。

P「あ、美穂」

美穂「どうかしましたか?」

P「クリスマスの予定なんだけど、ホワイトに出来る?」

美穂「……わたし、別に天候操作出来ないから……」

P「あ、そうじゃなくてキャンセ」

美穂「何か言いましたか?」

P「……いや、あの……家の用事があって……」

美穂「あ…………そっか……なら、仕方ないですね」

P「悪いな、先に声掛けて貰ったのに」

美穂「ううん、おうちの事ならそっちを優先して下さい」

P「ほんと申し訳ない」

美穂「良いですって。でもその代わり、わたしの誕生日はキリストの分まで祝って下さいねっ?」



文香「あら……こんにちは、美穂さん」

家の前に文香姉さんも立っていた。

手が悴んでいるのか、家の鍵を取り出すのに手間取っている。

美穂「あ、文香さん!こんにちは!」

P「よっ姉さん。姉さんも今帰り?」

文香「はい……ふぅ、とても寒いです……早く入って暖房を……」

P「はいはい今開けるから」

鍵を開け、扉を開く。

家の中も、外と大して変わらない寒さだった。

P「俺の部屋で良いか?多分リビングよりはあったまるの早いし」

美穂「もちろんですっ!」

文香「あ、でしたら……私もお邪魔して大丈夫でしょうか?」

P「ん、もちろん」

部屋に入って、暖房を付けテーブルを出す。

P「じゃ、適当にサンドイッチでも作ってくるから寛いでてくれ」

文香「いえ、でしたら私が……」

P「いいっていいって、キッチン寒いし文香姉さんはここであったまってて」




美穂「……あったかい……」

文香「……ふぅ……幸せです……」

暖房の前に、私と美穂さんは手をかざしました。

ファンによって押し出される暖気が、悴んだ手を溶かします。

寒くなる一方のこの季節、この先もまだまだ気温は下がり続けるでしょう。

まったく……どうしてこうも日本という国は、気温の振れ幅が広いものなのか。

文香「……テストの手応えは、如何でしたか?」

美穂「えっと、多分悪くないと思います。李衣菜ちゃんとPくんに、教えて貰いましたから」

文香「……ふふ、そうですね……ここ数日、三人ともよく頑張っていたと思います」

学生の本分とは言え、それでも遊びに行きたいという気持ちもあったでしょうに。

特に李衣菜さんは、時折退屈そうにしていましたから。

私としては、真面目な表情のP君を見ている時間も幸せではありますが。

やはり、もっと楽しそうにしてくれている方が……

文香「……あ、そうでした。美穂さん……大変申し訳ございません」

美穂「えっ?何がですか……?」

文香「その……クリスマス、P君と遊びに行く予定があったと聞いたのですが……」

美穂「あー、えっと……大丈夫です。遊びたかったっていうのは本当ですけど、それでもおうちの事を優先して欲しいですから」

文香「……李衣菜さんと、三人で遊びに行く予定だったんですよね?」

美穂「…………はい」

……やはり、ですか……分かってはいましたが。

でしたら私は……本当に、余計な事をしてしまった様です。

ですが……それを確信していたとしても。

P君が三人で遊びに行くと誘われて、本人がそのつもりだった以上。

きっと私は……家の事を引き合いに出してでも、私を優先して頂いたと思いますが。

……なんて、幼稚なんでしょう。

あの時からずっと、自分では変われたと思っていても。

心は幼いままで……愚かなままで。




文香「……本当に、申し訳ありません……」

美穂「だ、大丈夫ですから!そんなに謝らないで下さい」

こうして謝っているのは許して欲しいからか、それとも自分の気持ちを軽くする為か。

どの道、私のしている事が側から見たら馬鹿げた事であるという事は変わりません。

けれど……私は。

P君と過ごす最初の冬を、二人きりで過ごす最後の冬を。

……諦める為のこの冬を、諦めたく無いんです。

今を逃せば、もう二度と叶わないという確信があるから。

次なんて、おそらくもう無い。

あんな性格のP君ですが、あんな性格だからこそ。

来年の冬には、P君の隣にはもう誰かが居て。

それはきっと、私ではない誰かで……

…………だから、彼の心に。

まだ誰も立ち入った事の無い、轍の無い新雪に。

足跡だけでも、残したいから。

美穂「……あの、もしかして…………」

ガチャ

P「サンドイッチ出来たぞー。チキンだチキン、いやー便利だなコンビニのサラダチキン」

文香「……ふふ、やめておきましょうか。美穂さんの様な優しい人は、知ってしまったら。きっと…………弱くなってしまいますから」

美穂「……」

P「……暖房弱かった?」

美穂・文香「「……馬鹿」」



寝る間を惜しんで勉強した。

エナジードリンクと夜を共にして。

冬の朝日をリアルタイムで眺めたりもして。

課題は全て、応用問題も含めて解き終わらせた。

古文漢文は文香姉さんに付き合って貰った。

やれる事は、全てやった。

これで李衣菜に勝てなきゃ、まぁ仕方がない。

今の俺の限界は、多分ここだ。

P「……ふぅ」

三十分だけ仮眠を取って、テスト最終日の朝を迎える。

十二月の十五日、約分すると4/5、80%の確率で眠いでしょう。

カーテンを開け、新鮮な空気を吸おうとして……

P「…………うわぁ……」

窓の外、めっちゃ白い。

まるで記入する前の答案用紙だ。

雪すげー、積雪すげー、降雪すげー。

冬の妖精さんが集団で超高速飛行してる。

きっともんの凄く寒いんだろう。

天気予報だとこの冬一番の寒さとか言われてるんじゃないだろうか。

…………家から出たくないなぁ、もう一度布団に潜り込みたいなぁ。

あとなにより眠い。

家から出る前から帰りたい。

テスト終わったらさっさと帰って寝よう。

P「……おはよー姉さん」

文香「……おはようございます……ふぅぅ……」

文香姉さんもめちゃくちゃ眠そうだった。

まぁそうだよな、昨晩も遅くまで勉強付き合ってくれたんだし。

P「……朝食いる……?」

文香「……今は、すみません……もう一眠りします……」

わざわざ俺を見送る為に起きて来てくれたんだろうか。

P「じゃ、頑張ってくるから」

文香「はい……頑張って下さい」

マフラー手袋フル装備、傘を片手に雪を踏む。

しゃく、しゃく。

少し強く、勇み足で最後のテストへ臨む。

あっ…………替えの靴下持って来れば良かった。




美穂「……ふぁぁぁ……うぅ、眠い……」

P「っべーわ……俺三十分しか寝てない……」

李衣菜「あ、なんかそれ本当っぽいね。大丈夫?テスト終わるまで起きてられそう?」

P「なんやかんやテスト始まると頭シャキッとしない?」

美穂「分かります……だから今くらい、ちょっとくらい寝ちゃっても大丈夫だよね……」

李衣菜「寝たら死んじゃうよ美穂ちゃん!」

美穂「わたしが死んだら…………わたしの分まで、学年末テストお願いね……?」

李衣菜「超面倒ごと押し付けられた」

ガラガラ

ちひろ「おはようございます……テスト最終日、今日が終わったら二十六日までお休みですから頑張って下さいね」

千川先生も若干疲れてる様に見える。

雪の日の通勤って大変なんだろうな。

千川先生が珍しく若干チャイムより遅れて入って来てたし、電車も遅延してるんだろう。

ちひろ「人によっては二十四日も登校ですが……まぁうちのクラスは多分今のところ大丈夫そうです」

美穂「っふぅー……」

ちひろ「あと、積雪で止まってしまった電車もあるそうです。まだ来れて無い子には、『焦らずで大丈夫・テストは後日受ける事も可能』という旨を連絡してあげて下さい。一応此方も親御さんには連絡しているのですが……」

無事に帰れんのかな、今日。

ちひろ「あ、それとですが帰りのHRが始まるまでに数学の課題を教壇に提出して下さい。ノートの表紙に名前と番号を書いておくのも忘れずに。毎回記載されてないものが多くて大変だーって数学担当が嘆いてましたから」

おっと、そうだそうだ。

多分俺表紙に何も書いて無いわ。

千川先生がテストを取りに職員室に戻って行った。


さて、ノートに名前書いちゃうか。

鞄を開く。中身は空っぽだった。

P「…………は?」

鞄を閉じる。

もう一度開く。中身は空っぽだった。

……うっそだろおい……どっかに全部落としたのか……?

いや、今朝鞄に何か詰めた記憶が無い。

ノートもテキストも筆箱も全部机の上だ。

P「…………やっべ……」

李衣菜「ん?どうしたのP」

P「なぁ李衣菜、シャーペンと消しゴム貸してくんない?」

李衣菜「良いけど……筆箱忘れたの?流石にアホすぎない?」

P「筆箱だけで済んでたらどんだけ良かったか……」

美穂「え……もしかして……」

P「……うん……俺空気しか持って来て無かった」

せめて替えの靴下を取りに帰っていれば気付けたかもしれないのに。

焦りで心臓がばっくばくする。

P「……提出、三十分だけ待ってくれないかな……」

李衣菜「今日中に出せばセーフかもだから、一応聞いてみれば?」

美穂「でも、この雪の中往復するのってとっても時間かかるかも……」

窓を叩く雪が、どんどん力強さを増す。

当然お昼前に止むなんて奇跡は起きなさそうだ。

P「いやでも今日来れてない奴もいるって話だし、後日提出も許されるんじゃねぇかな……」

李衣菜「どーだろ?来れてる人にその温情が適応されるかどうかだよね」

まぁ相談して損は無いだろう。

ガラガラガラ

ちひろ「……廊下寒……はい、それでは席に着いて下さい」

問題と回答用紙が配られる。

集中しないと……あー、課題、やばい。

ちひろ「開始が多少遅れていますので、時間は先生の時計で管理します。それでは……始め!」

テストが始まった。

えっと落ち着け、俺なら溶ける。

違う解けるだ、脳が溶けてた。

課題は英語で…………課題、課題じゃない、いや課題だけど。

あぁくそ!集中出来ねぇ!

ってかなんでこんな時に限って英語の長文が『課題の提出期限を守らない生徒』なんだよ!

悪意しか感じられない。世界は悪意の劫火に包まれてる。

……ふぅ、と深呼吸。一旦頭から課題の事を消せ。

忘れたか?いいな?

よし、解くぞ。

『彼は課題の提出期限を三十分程延ばしてくれないか頼み込んだが、許されなかった』

……もう許してくれよ……




P「っふー……」

美穂「……あぅぅぅぅ……」

李衣菜「終わったーっ!ねぇ二人とも、この後…………帰って寝たそうだね」

美穂「もう寝るもん……二度と起きないもん……」

P「俺この後ノート取りに帰らないと……」

李衣菜「赤点は無さそう?」

P「それは全く問題ない」

美穂「大丈夫な筈です……」

ガラガラ

ちひろ「はーい、お疲れ様でした。今更ではありますが、悔いのない様に頑張れましたか?」

後悔しかねぇよ。

テスト三つ全部課題の事で頭いっぱいだったわ。

ちひろ「赤点の子には明日の午前中に連絡が行くと思います。まぁ、見た所大丈夫そうでしたが。それ以外の子には、数日中に問題と回答が郵送で送られます」

あ、そうだ。

数学の先生に提出少し待って貰えないか聞きにいかないと。

P「すいませーん千川先生」

ちひろ「……あ、そうそう鷺沢君。保護者の方がいらっしゃってますよ?」

P「……え?」

ちひろ「昇降口横の事務室で待ってるそうなので、早く行って下さい」

……誰?父さん?

いやマジで誰だ……

取り敢えず昇降口へ向かう。

文香「……あ……テストお疲れ様です、P君……」

事務室の前に、文香姉さんが立っていた。

肩と髪に少し雪を乗せ、寒そうに両手を吐息で温めて。

P「……どうした?」

文香「ふふ……まったく、課題のノートを忘れて行ってしまったので……」

そう言って、濡れた鞄からクリアファイルごとノートを取り出した。

文香「今日、提出なんですよね……?昨晩も夜遅くまで頑張っていたのに、忘れるだなんて……」

ああ、届けに来てくれたのか。

この雪の中、こんな寒い中。

風邪引くかもしれないのに、わざわざ俺の為に……

勉強に付き合ってくれて、多分朝食も昼食も取ってないだろうに。

お礼、ちゃんとしないと……


P「……こんな雪の中さ、わざわざ来なくても良かったんだぞ。頼んでも無いし」

文香「…………え……ぁ……」

……そうじゃないだろ。

俺が今本当に言わなきゃいけないのは、言いたいのは、感謝の言葉な筈だ。

文香姉さんを悲しそうな顔させてどうすんだよ。迷惑の上塗りしてどうすんだよ。

文香「で、ですが……っ!P君だって、私が頼まずとも……」

P「別に提出期限は大学程厳しくないから延ばせるし」

文香「……P君が……あんなにも頑張っていたから……っ」

P「いいってば、そんな過保護にならなくても。なんなら姉さんが風邪引く方が迷惑掛かるし」

迷惑掛かる?自分のせいという責任が怖いだけだ。

優しさを仇で返す形になるのが嫌なだけだ。

文香「…………P君……」

こんな雪の中、俺の尻拭いの為に来てくれて。

それが申し訳無くて、自分の事が嫌になって。

その八つ当たりを文香姉さんにするなんて、馬鹿げた事だと理解しているのに。

風邪引かないか心配だという思いを、こんな風に棘のある言い方しか出来なくて。

文香「……私は…………貴方にとって、迷惑でしたか……?」

迷惑な訳が無い、むしろ俺が迷惑を掛けた側だ。

だからこそ、嫌だ。

心から感謝してる、わざわざ来て貰うなんて申し訳無い。

だからこそ、来ないで欲しかった。

哀しそうな顔をさせてしまって、それは全部俺のせいで。

だからこそ、自分の幼稚さ、愚かさを理解してしまうから。

頼まれても無いのに、そんなに寒そうなのに。

だからこそ、俺は……

……口から出たのは、弱い方の俺の言葉だった。

P「凄く。届けてくれて感謝してるけど、でも……そんな世話を焼かれても……正直、迷惑だから」

しん、と。

うるさかった喧噪が、全て雪に吸い込まれたかの様に静かになった。

沈黙が苦しい。

ワガママだって分かってるけど、怒って欲しかった。

馬鹿でガキな、反抗期みたいな事を言う俺を叱って欲しかった。

なんて迷惑な奴だと、迷惑なのはそっちの方だと。

そう、言って欲しかった。

文香「帰ります……」

それだけポツリと呟いて。

傘も差さず、文香姉さんは昇降口を出て行った。

P「っ、違う姉さん!俺は……っ!」

文香「…………ごめんなさい……私はどうやら、貴方にとって……ダメな姉だったみたいです……」

肩を震わせているのが、寒さのせいなんかじゃない事くらい分かってる。

声が震えているのが、雪のせいなんかじゃない事くらい分かってる。

そんな背中が、どんどん小さくなって。

遠くからでも綺麗だと分かる長い髪すら、雪のカーテンで隠れてしまって……



ちひろ「ばっかじゃないですか?!」

真後ろからの声に驚いて振り向けば、千川先生が立っていた。

ちひろ「なかなか戻って来ないから様子を見にくれば……子供ですか、ほんとうに……」

P「……え、いや……えっと……」

大きくため息を吐いて。

千川先生は、俺の手から課題のノートを抜き取った。

ちひろ「追い掛けないと、絶対に後悔しますよ。早く行って下さい」

……良いのか?

いや、良い。

後で怒られようが、それでも俺は。

今からでも追い掛けるべきだ。

P「…………荷物、取って来ます!」

ちひろ「鞄の中身、何も入ってないんですよね?なら今すぐ靴を履き替えてダッシュして下さい!課題は私が持って行ってあげますから!」

P「良いんですかそれで……まぁいい!二十六日まで預かってて下さい!」

ちひろ「二十四日です」

えっ……

ちひろ「我が校に、課題なんて名前の生徒は在籍しません」

……まさか……そんなアホなミスを……

ちひろ「先程回答を回収した教員から『この課題って子は千川君のクラスの生徒だよな?』と言われた時は頭沸いてるのかと思いましたよ!」

P「…………まじか」

ちひろ「ですからここで今、課題君が勝手に帰ってしまったとしても学校的にはなんの問題もありません。在籍しない生徒ですから」

P「……ありがとうございます!」

ちひろ「二十四日、鷺沢君として必ず補講に参加して下さい。ちょっとした精神鑑定をするだけですから」

P「はいっ!良いお年を!!」

ちひろ「あと二回登校日残ってますからね!!」



傘も持たず、俺は校門を飛び出した。

吹雪く道路は視界が悪く、時折通り過ぎる車が恐怖の塊で。

強い風が身体を押し返し、積もった雪が足を遅くする。

よくよく考えたら傘持ってないから、追い付いたところで何もしてあげられないが。

それでも、走る。

P「……っ!姉さんっ!」

白い雪のカーテンの向こうに、文香姉さんの後ろ姿が見えた。

叫んで呼び止めようとするが、立ち止まってはくれない。

ザクザクと雪を踏み分け、俺との距離を広げようとする。

P「俺が馬鹿だった!待って文香姉さん!!」

だが、走っている俺の方が速い。

こけて雪に顔面からダイブするが、有難い事に分厚い雪のおかげで痛くなかった。

急いで立ち上がり、また全力で走る。

そして、ようやく。

文香姉さんの肩に手が届いた。

P「っふぅ、ふぅ……」

やっと追い付いた。

P「……ごめん……さっきは心無いこと言って、ごめん……」

文香「……放して下さい」

文香姉さんは振り向いてくれない。

それでも……

P「本当に……俺が悪かった……」

文香「……もう、結構です……貴方の優しさなんて……」

P「ワガママ言ってごめん……でも……」

文香「……私が風邪を引いてしまっては、また貴方に迷惑を掛けてしまいますから…………」

P「違う!俺はほんとは迷惑だなんて思ってなくて……!本当は……感謝してるのに!」

伝えないと。

感謝と謝罪を、言葉にしないと。

遅いかもしれないけど、ちゃんと。

P「さっきは、本当にごめん!」

下げた頭に雪が積もる。

数秒前に作った足跡は、既に平らに消えていた。





文香「……なら…………言って欲しく無かったです……」

P「……ごめんなさい……」

俯き、震える声で呟く文香姉さん。

そんな文香姉さんの足元の雪には、沢山の雨粒の跡が出来ていて。

文香「……私が…………私が、どれほど辛かったか……貴方は分かっているんですか……?」

文香「貴方と共に暮らし始めて、ずっと不安だったんです……貴方にとって、私は迷惑になっていないかと……」

文香「だから、良き姉になる事は出来なくとも…………貴方に迷惑だけは掛けたく無かった……邪魔だと思って欲しく無かった……!」

文香「それ以上は望みませんでした……それだけで良かったのに……それすらも……!」

文香「貴方が意地になっていた事くらい分かっています……本当は感謝してくれているという事くらい分かっているんです……そのくらいの事が、分からないと思いましたか……?!」

文香「それでも、私は……答えなんて分かっていたのに……返ってくる言葉くらい分かっていたのに……」

文香「……貴方に一番言われたく無かった言葉を、私は……っ!!」

やっと振り返ってくれた文香姉さんは。

頬に涙の跡を作り、目を真っ赤に腫らしながら。

文香「……もう一度だけ、聞かせて下さい……っ!貴方にとって……私は…………」

言葉は、最後までは綴られず。

ぱたりと、俺の方へ身体を倒れさせてきた。

P「姉さん……?おい!姉さんっ!!」

額に手を当てた。

悴んでるから分かんないけど多分熱がある。

急いで背負い、文香姉さんの背中にブレザーを掛け。

家を目指して、全力で走った。






0.003%

三万三千三百三十三人に一人。

それは、妊婦の出産死亡率。

母親が妊娠中か妊娠終了後満42日未満の間に、妊娠や出産に関連する病気が原因で死亡する確率。

そんな低確率のハズレくじを引き当てたのが、俺の母さんだった。

生まれた時から俺に母さんはおらず、家で一人で居る事が多く。

父さんの仕事(趣味)の関係もあって本ばかり読んでいて。

そんな俺がその確率を知るのは、掛け算を覚えるのよりも早かった。

なんで俺は、そんなハズレくじを母さんに引かせてしまったんだろう。

俺が生まれたから、母さんは死んでしまった。

俺のせいで、母さんと会う事は叶わなくなってしまった。

幼いながらそんな事を考えてしまった俺は、とても怖くなった。

自分のせいで、自分が原因で。

誰かが怪我をしたり、迷惑を被ってしまうのが嫌で。

誰かと会えなくなったり、離れてしまう事が怖くて。

だから、俺は…………




文香「…………私は…………ごふっ、ごほっ!」

P「……おはよう、姉さん」

十二月十六日、金曜日。

ようやく、文香姉さんが起きた。

一応夜中も何度か起きてはいたが、意識が朦朧としてたし覚えてないんだろう。

文香「……身体が……重いです……」

P「ごめん……多分風邪だとは思うけど……熱、昨晩よりはマシになってるから」

文香「……あぁ、そうでしたか…………あら?」

上半身を起こして自分の服を確認し、首を傾ける。

……まぁ、不思議に思うだろうし不安に思うよな。

P「服濡れてたから、勝手に着替えさせちゃった。流石に姉さんのタンス漁る気にはなれなかったから俺のだけど」

文香「…………説教は後にします……まったく、乙女の肌をなんだと……」

直後過ぎる。

とはいえまだ身体が重いからか、直ぐにまた横になってしまった。

文香「……P君は寝たのですか?」

P「軽く。床の寝心地も案外悪くないな」

悪過ぎたさ。

お陰と言っちゃなんだけど、嫌な事まで思い出してしまった。

敷布団、もう一枚買っておくべきだったかもしれない。

文香「風邪引いた人と同じ部屋で寝るなんて……愚かと言わざるを得ません…………あら?」

またまた、文香姉さんが首を傾げた。

文香「……此処は……私の部屋ではありませんね……」

P「俺の部屋だよ。そっちも勝手に入るの悪かったし」

文香「自分のベッドに女性を寝かせるとは…………なかなかなプレイボールになりましたね」

突然野球の試合が始まった。

……なんて、いつまでもふざけてはいられない。




P「……なぁ、姉さん」

文香「……聞きたくありません。返事なんて分かっていますから」

P「そっか……」

文香「P君の事ですから……冷静になった今なら、あの様な事は言わない筈です」

P「…………ごめん」

文香「……謝罪も結構です。言った筈です……分かっていた、と」

P「……怖かったんだ。自分のせいで……誰かに迷惑掛けて……そのせいで……」

文香「それも全部、分かっています…………少し、しつこいですよ」

普段だったら、きっと全部聞いてくれてた。

文香姉さんが優しい人だって事くらい、俺は分かってる。

今は少し、本調子じゃ無いんだ。

……それも全部、俺のせいで。

こうやって気不味くなってしまったのも、俺の責任で……

文香「…………今日は、美穂さんの誕生日ですよね……?」

P「…………行ける訳無いだろ」

文香「行って下さい……本当にもう、結構ですから」

P「自分のせいで体調悪くさせちゃったのに、行ける訳ないだろ!」

文香「P君…………私にこれ以上、P君に迷惑を掛けさせないで下さい……」

P「そんな風になんて思ってないって!」

文香「昨日P君に言われた言葉を…………私は、忘れていませんから」

そう言って、文香姉さんは身体を起こした。

俺は、何も言い返す事が出来なくて。

文香「……自分の部屋に戻ります…………心配しなくても、大丈夫ですよ。今私がこんな風に、P君を傷付ける様な事を言ってしまっているのは…………少し、疲れているからです」

見るからに無理をしてるのが分かる。

このまま無事に部屋へたどり着けるかすらあやしい足取りだ。

P「…………なぁ、昨日の」

文香「返事は必要無いと言った筈です……なんて、そんな言葉も……本当は、言いたくないんですから…………今は少し、一人で休ませて下さい」

振り返って、微笑んではくれたが。

目尻に、涙を溜めていて。

そんな表情を見ていると尚更辛くて。

P「……だったら……」




1.P「尚更、一人には出来ない」

そう言って俺は、文香姉さんを引き戻した。



2.P「……分かった、俺ももうちょっと頭冷やしてくる」

文香姉さんを部屋まで送り、出掛ける準備をした。


取り敢えずここまで
今回は文香√なので2を選んだという体で進めさせて頂きます

なるほど今までのは1を選んだ結果か




P「……分かった、俺ももうちょっと頭冷やしてくる」

文香姉さんを部屋まで送り、出掛ける準備をした。

行く先は既に決まっている。

扉を開ければ、昨日よりは弱いが未だ雪が降り続けていて。

傘も無しに出掛けるなんて愚かな事だと分かってはいるが。

まぁ構わない、走れば身体もあったまる。

財布を覗けば、一番高価なお札が二人。

何かあった時用にヘソクリ作っといて良かった。

これだけあれば充分だ。

……怒られるだろうな、悲しませちゃうだろうな。

それでもきっと、分かってくれる。

一度大きな深呼吸をした。

冷たい空気がとても痛かった。

そして、雪の道を歩きながら李衣菜に電話を掛ける。

李衣菜『もしもーし、多田ですけど』

P「おはよう……いやこんにちはだな。Pだけど」

李衣菜『いや名前表示されるから分かってるって。で何?今日美穂ちゃんの誕生日だけど、来れないとかだったら一発ブン殴るよ』

P「それで済む?」

李衣菜『私は許す。美穂ちゃんがどうかは本人に聞いて。どうせ大切な用事があるんでしょ』

なんで分かるかなぁ。

分かるんだろうなぁ、李衣菜だし。

P「なー李衣菜。離れたくないからって理由で迷惑掛けない様にするって間違ってんのかな」

李衣菜『間違ってるでしょ』

即答、即断、一瞬にして斬り捨てられた。

李衣菜『少なくとも私はPに迷惑掛けたくないなんて思ってない。それでも、一緒に居たいと思ってる。迷惑掛けた分以上に、一緒に居たいって思って貰える様に頑張ってるつもりだから』

P「…………そっか」

李衣菜『Pは離れたくないから側に居るの?それとも側に居たいから、離れずに居るの?離れない為の努力と側に居る為の努力、Pはどっちをしたい?』

P「……分かりやすいヒントをどうもありがとう」

李衣菜『離れたくない、なんて想いじゃ近付けないよ。なーんて私らしくないかもしれないし…………私が言える事じゃないんだけどね』

李衣菜の声は、どこか寂しそうだった。




P「……大変勉強になるよ」

李衣菜『そりゃ私の方が成績良いんだから。足りない脳味噌振り絞る時間あるなら私に聞きなよ』

P「教えてくれたのか?」

李衣菜『まさか、メンドくさって思って無視してたと思う。普段だったらね』

P「…………文香姉さんがさ、体調崩しちゃって」

李衣菜『なんとなく察しておりますって。自分のせいで?』

P「俺のせいで」

李衣菜『じゃ、するべき事は一つじゃない?』

P「一人にして欲しいって言われちゃってさ」

李衣菜『不器用だね、鷺沢家は』

P「なんも言い返せねぇ。でもなー、それでもなー」

李衣菜『めんどくさい。どうせこの電話だって答え合わせなんでしょ?』

……あぁ、勿論。

決まってるさ、自分の中で。

俺がどうすべきか、どうしたいかって事くらい。

P「……美穂にも謝らないとな。十六日も二十四日も二十五日も、ぜーんぶダメになっちゃった、って」

李衣菜『三発は覚悟しないとね』

P「それで許して貰えんのかなぁ」

李衣菜『P次第でしょ。それでもやっぱり一緒に居たいって思って貰えるくらい頑張りなよ』

P「おっけー」

李衣菜『かっる…………くは無いか。Pだもんね』

P「じゃ、また今度」

李衣菜『はいはーい』

通話を切った。



再び、電話を掛ける。

P「…………もしもし、小日向さんでしょうか」

美穂『君がこの声を聞いている頃、わたしはもう不機嫌になっているでしょう』

P「……あー、えっと……そのですね……」

美穂『言い訳は要りません。Pくんの想いと結論だけ聞かせて下さい』

P「今日、行けなくなった」

美穂『……そんな気はしてました』

P「文香姉さんの体調が治ったら、明日にでも祝いに行かせてくれ」

美穂『何発まで殴って良いですか?』

P「何発でも、気が済むまで」

美穂『なら、きっと……一生掛かると思います』

P「サンドバック定期券をプレゼントさせて貰うよ。期限はナシだ」

美穂『……そんなもの、貰ってもぜんぜん嬉しくないんだけどね……』

P「言い換える……そんな木偶の坊みたいな俺だけど、それでもこれからもずっと友達でいてくれると嬉しいな、って」

美穂『……だったら、許してあげます』

P「ありがとう、美穂」

美穂『なにか……伝え忘れてる事はありませんか?』

P「……誕生日、おめでとう」

美穂『…………はい…………ありがとうございます』

通話が切られた。

明日、必ず謝りに行かないと。

一応こっそり用意してみたプレゼントも添えて。



……さて、と。

まったく、体調悪いのを良い事に好き勝手言ってくれて。

好き勝手、言わせちゃって。

言いたくない事まで言わせちゃって。

分からないと思ったか、それともそこまで頭が回らない程弱ってんのか。

これでもこの一年弱、誰よりも近くで、一緒に過ごして来たんだぞ。

こうして雪で頭を冷やせば、もう大体全部分かる。

落ち着いた今なら、ちゃんと分かってあげられる。

……なんだかより一層、昨日の事をちゃんと謝らないとなぁって感じになったけど。

大体、何が迷惑掛けたくないだよ。

俺かよ。

頭良いんだろ、知識あるだろ。

俺と同じ程度の低い思考してどうすんだよ。

せめてもっと文学少女っぽいお洒落な言い回しを所望するぞ。

ばーかばーか、やーい俺と同レベル。

P「…………ちゃんと、教えてあげないと」

全部、決まった。

ポケットから両手を抜き出して。

軽く、拳を握って。

全力で、俺は薬局へと走った。




ビニール袋を両手に下げて、雪を掻き分け来た道を戻る。

来た時よりも勢いを増す雪が、良い感じに身体を後ろへと押し戻そうとする。

傘を持ってこなかったのは明らかに失敗だったみたいだ。

このくらい色んな事が、失敗だとすぐ気付ければ良かったのに。

栄養ドリンク、粉末状の方買えば良かった。

なんで飲料水の方買っちゃったんだろう、しかも3リットル。

風邪薬、薬局の人にオススメ聞いてそれ全部買ってみたけど。

一体俺の家には何人病人が居るんだよってレベルだ。

カイロ、探せば家にあった気がするんだよな。

多分二日は完璧な状態の耳なし芳一になれる。

P「っあー!寒い!!」

マフラー巻いてくれば良かった。

もう一枚着込んでくれば良かった。

何が走ればあったまるだ、寒いもんは寒いわ。

P「……早く、帰らないと……っ!」

どうせ起きてるだろう。

きっと後悔してくれてるだろう。

そんくらい分かる、似た様な事考えてんだから。

……だったら。

一秒でも早く帰ってあげなきゃダメだろ。

言いたい事全部、言われてあげられるように。

側に居てあげなきゃダメだろ。

あーくそっ雪強い!めっちゃテンション上がってきた!!

雪とかクリスマスまでとっとけよ!

当日晴れたら日本中のカップルに恨まれるぞ!!

走って、走って、転んで走って。

遂に、家の屋根が見えてきた。




P「…………えっ」

ようやく姿を現してくれた自宅の前に。

文香姉さんの姿があった。

文香「…………おかえりなさい」

P「……何してんの、寝てろよ」

文香「傘も持たずに…………まったく、風邪引きますよ」

P「姉さんもだろ……いやもう風邪引いてんのか」

肩には既に雪が積もっていて。

ほんと数秒前に出て来たという様子では無さそうで。

文香「……何処に……見れば、分かりますが」

P「薬局だよ。見ろよこの大量の戦利品、向こう数年は風邪には困らないぞ」

文香「風邪を引いた時点で困ると言うのに…………バカですね、貴方は」

P「風邪引いてんのに悪化させようとしてるバカには言われたく無い」

文香「…………バカは貴方の方です……!どうして、美穂さんの方へ行ってあげなかったのですか……?!」

P「だったらなんでこんな場所で待ってんだよ!!」

文香「待ってなんていません……!誰が貴方の事なんて……!!」

あぁもう……ほら、そうやってムキになる。

文香姉さんも、俺も。

P「…………姉さん、昨日の問い掛けがナシで良いなら……代わりに俺から聞かせて欲しい。本当に、俺に行って欲しかったのか?」

文香「…………決まっています」

P「こんな場所で待ってる時点で姉さんが落ち着けてない事くらい分かってっから。勢いで良い、酷い事言ったって良い。でも……想いだけは、素直に教えてくれ」

文香「言う必要がありますか……?」

言って欲しかった。

分かっていた。

素直になれなかった時、勢いで言ってしまった時。

その後一人になって、どれ程の自己嫌悪が襲い掛かるか。




だから……だけど。

素直な想いを、文香姉さんの口から言って欲しかった。

P「文香姉さんが言わないなら、俺から先に答えさせて貰うよ」

文香「……っ!結構です、と……そう伝えた筈です……!」

P「俺が文香姉さんをどう思ってるのかだろ?迷惑だよ!」

言ってやる。

全部、この数ヶ月で思ってきた事全部。

ようやく気付いた、言えるようになった事の全て。

文香「やめて下さい……!聞きたくありません!!」

P「割と今も現在進行形で迷惑だよ!寒いし!早く家入りたいし!朝食も最初は当番制だったのに気付いたらずっと俺が作ってるし!エロ本買ってきた時何買ってきたのか聞かれてちょっと気不味くなるし!!」

文香「……だったら……!」

P「それでも!それ以上に!一緒に居たいから!!」

文香「っ!それは……」

P「喜んで欲しいから食事作ったし!こんな雪の中アホらしいけど俺は本音ぶつけてるし!一緒に居たい、居てあげたいって思ったから帰って来たんだよ!だって俺は……姉さんの事大好きだから!」

文香「……え、え……っ?あ、ぅ……その……」

P「顔赤いじゃん!絶対熱まだあんじゃん!体調悪いんじゃん!部屋で寝てろよ!外で待っててくれてちょっと嬉しかったんだぞ!!」

文香「……バカですね……貴方は…………本当に、どこまで愚かになれは気が済むんですか……」

P「俺もずっと、自分のせいで誰かに迷惑掛けるのが嫌だった……責任を負うのが怖かった」

文香「だったら……何故……」

P「頑張るから。迷惑掛けても、それ以上に……側に居たいって思って貰える様に頑張るから。だからさ、文香姉さんも……俺と同じ様な事考えてた文香姉さんも……そう言ってくれたら嬉しいな、って」

文香「…………残念ながら、P君……私は貴方が思っている程、強い人間でも出来た人間でも無いんです……」

P「でも、優しい人だって事くらいは分かってる」

文香「……期待が重いです」

P「重い荷物を持つのは得意だろ?」

文香「今は……本調子じゃありませんから……」

P「……だったら、家入るぞ。これ以上文香姉さんが調子出なくなったら、俺も辛いから」




そう言って、文香姉さんを連れて家に入ろうとして。

その俺の背中が、ぐっと引き留められた。

文香「…………貴方が居ない時間の方が、身体に障ります」

P「……ごめん。雪と風強くて、帰ってくるの遅くなって」

文香「……貴方なら、帰って来てくれると信じてました……」

P「だったら部屋で寝てろよ。ってか本当に美穂の方行ってたらどうしてたんだ」

文香「……待ってました」

ちょっと、重い。

文香「……きっと貴方にはバレていたでしょう……部屋に一人きりになって、私がどれ程の後悔をしたか」

P「すぐ謝りたくなる。昨日の俺がそうだった」

文香「すぐ、貴方の部屋に向かいましたが……貴方は既に、居ませんでした」

P「不安だったか?」

文香「…………はい……とても。それこそ……泣きそうになるくらい……っ」

背中を握る手から、震えが伝わって来た。

寒いから、仕方ない。

こんなに寒い雪の日に、何故俺たちは玄関前で突っ立ってるんだろう。

……なんで俺は、この場で答えを聞こうとしてるんだろう。




文香「……先ほどの貴方の問いに、答えてあげます」

そう言って、文香姉さんは。

背後から、俺の身体を抱き締めてきた。

文香「……行って欲しくありませんでした……貴方に、側に居て欲しかった……!離れたくなかった……手を握って欲しかった……こうして後悔を重ねる私を、許して……抱き締めて欲しかったんです……!」

……良かった。

お互いに分かってたんだ。

そしてお互い、変われたんだ。

P「……今は?」

文香「……抱き締めて下さい」

P「……あぁ」

振り返って、文香姉さんの背に腕を回し。

震える身体を、強く抱き締めた。

文香「…………貴方は……その……私に、側に居て欲しいと……思ってくれていますか……?」

胸元に顔を埋め、上目遣いで問いかけてくる文香姉さん。

P「あぁ、もちろん。ずっと側に居たい」

……ん、なんだか俺。

今とんでもない事口走った気がする。

落ち着け、今俺なんて言った?




文香「……ふふ……風邪薬、二人分はありますよね……?」

P「えっ?あ、あるけど?」

文香「でしたら…………」

脳の整理が追いつかない俺を差し置いて。

文香姉さんは、背伸びをして。

俺の唇へと、自分の唇を重ねて来た。

文香「んっ……」

そうだそうだ、ずっと側に居たいって言ったんだ。

んでもって成る程ね、俺に風邪がうつっても風邪薬余分にあるから大丈夫って事か。

……文香姉さんの唇、柔らかいな。

文香「……ふぅ…………ふふ。キス、してしまいました……」

頬を赤く染めているのは、多分風邪の熱のせいじゃない。

照れた様に目を逸らすのは、多分熱のせいで意識が朦朧としてるからじゃない。

そして、さっきまであんなに静かだったのに。

今、こんなに自分の心臓からバクバクとうるさい音が聞こえてくるのは。

雪が弱くなったせいでも、ない。

文香「……迷惑でしたか……?」

P「……い、いや……」

文香「……もっと、側に居たくなりましたか……?」

P「うぇ?う、うん……」

文香「ふふ、顔が真っ赤です……もう風邪がうつってしまいましたか?」

P「いや、こんなに早くはうつらないんじゃないかな」

文香「……さ、家に入りましょう。わざわざ雪の日に外でこの様な事をするなんて、バカとしか…………ふふっ、バカップルというのも、案外悪くは無いかもしれませんね」

めっちゃニコニコしてる。

文香姉さんめちゃくちゃニッコニコしてる。

さっきまでの悲しそうな表情は、とっくに溶けていて。

……雪の魔法ってあるんだなーと、そんな呑気に考えてしまうくらいには。

俺の脳は、雪による冷却速度を上回りオーバーヒートしていた。

こんな青春をおくりたい





P「……なぁ、姉さん」

文香「……?如何致しましたか……?」

キョトンとした表情で首を傾げる文香姉さん。

あら可愛い、なんて小悪魔。

文香「……可愛いだなんて…………」

P「言ってないよ。思ったけどさ」

文香「……言って、下さらないのですか……?」

P「……可愛いよ」

文香「……ふふ……私は今、現在進行形で大変満足中です」

こてん、と。

ベッドに寝っ転がった。

なんでさ。

いや、風邪引いてるんだから正しい選択ではあるんだけど。

P「なんで俺の部屋なの?」

文香「……共有財産ではないでしょうか?」

P「そっかー……」

俺の部屋は文香姉さんにとって財産なのか。

まぁ家の一部ではあるから資産的な視点から見ればそうなのかもしれないけど。

P「あー、えっとさ……姉さん」

大好き、とか。ずっと側に居たい、とか。

その辺の言葉の意味をさっきは勘違いされていた気がする。

いや、まぁ……それはそれで吝かでは無いというか、結果としてはオッケーと言うか……

文香「大丈夫です。それくらい分かっています」

P「……そっか」

文香「……もう一度キスがしたい、ですよね……?もう……私から言わせるなんて……」

P「…………」

頬を赤らめるな、やばいって、マジでやばいって。

めちゃくちゃ可愛いんだけど。

まだ冬なのに、部屋に花が咲いた様だ。

文香「……大人なキスは、その……私の風邪が治ってからで……」

ついでに頭はお花畑みたいだ。



文香「ごほん……失礼、欲望が漏れ出てしまっていました」

P「欲望て……」

文香「分からないと思っているんですか?貴方の先程の言葉も、以前言って下さった……綺麗だ、整っている、サラサラしてるといった言葉も…………全て、私の勘違いだという事くらい」

P「…………いや、それは……」

文香「……貴方に、そんなつもりは無かった事くらい理解しています……」

P「…………ごめん」

文香「いえ、何の問題もありません…………これから、きちんと……P君に、そう思わせてみせますから」

高らかに宣言しているところ申し訳ないけど。

もう既に、それは勘違いじゃない。

P「……いや、好きだよ?」

文香「……家族として、ですよね……?」

P「異性としてだけど」

文香「…………え、ぁ……ええと、その……不意打ちは禁止です……」

P「雰囲気のせいもあったのかもしれないけどさ……姉さんに抱き締められて、キスされて…………すっごくドキドキした」

文香「……うぅ……改めて言われると……恥ずかしいですね。先程の私は、なんてはしたない事を……」

P「これが…………不整脈か、ってなった」

文香「病院に行って下さい。あ、精神科の方で」

P「冗談だって。でもなんて言うんだろ?恋?」

文香「恋の病、恋煩い、両思い熱、呼び方は様々かと思いますが…………貴方は、どれがいいですか?」

P「なんか知らないのあったけど全部。フルコースで」

文香「ふふ、幸せ太りしてしまいますよ」

P「あ、なんか欲しいものとかある?色々買ってきたけど」

文香「……そうですね、まずは…………貴方にもう一度、私の事が大好きだ、と……本当の意味で言って頂きたいです」

じっと、俺の目を見つめてくる。

恥ずかしさに耐えられず、俺はそっぽを向いた。

いや、だってさ。

さっきのは勢いでってのもあったし、改めて言うとなると……




目だけ動かして文香姉さんの方を見る。

文香「…………」

めっちゃ不安そうだった。

綺麗な目がうるうるしてる。

イメージとしては捨てられた子犬だ。

P「…………好きだよ」

まるで、本当に魔法に掛かったみたいだ。

突然恋が始まるなんて。

まさにプレイボール、球場には魔物が住むというのも強ち間違いじゃないらしい。

文香「……目を見て、言って下さい」

拗ねた様に呟く。

かわいい。

P「好きだよ、姉さん」

文香「そこは文香でお願いします」

P「……好きだよ、文香」

文香「……文香姉さん、も捨て難いですね……」

P「…………好きだよ、文香姉さん」

文香「……ふみふみ、なんて如何でしょう?」

P「多くない?注文多くない?オーダーは一回で十分だよちゃんと厨房まで伝わってるから」

文香「貴方の想いが私にちゃんと伝わるまで、何度でも言って頂きます」

P「大好きだよ、文香姉さん」

文香「…………ズルイです。大好きだなんて言葉、注文していないのに……」

P「取り下げようか?」

文香「今のメニューを作ったシェフを呼んで下さい」

P「俺だけど……」

文香「……手持ちでは足りないので、一生を掛けてお支払いさせて下さい……っ!」

…………可愛い、んだけど。

なんかめっちゃ照れてるし可愛いけど。

……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。

重いかな?ちょっと重力仕事し過ぎかな?とは思ってしまった。



P「ってかさ、文香姉さんって俺の事好きなの?」

文香「ご馳走さまでした。二度と来ません、お支払いもしません」

P「待って待って待って!まだ出て行かないでネットに評価星1とか付けないで!!」

文香「まったく…………逆に私は貴方に、逆に問いたい。逆に、私が逆に貴方に恋していなかったとお思いですか?」

めっちゃ逆過ぎて正しい方向がどっちなのか分かんなくなってきた。

P「うん」

文香「以上で面会は終わりです。残るは裁判のみとなりますがよろしいでしょうか?」

P「ちなみに判決は」

文香「終身刑です」

P「許されなかった……」

文香「一生、私の虜として生きて下さい」

さっきから思ってたけど。

ちょいちょい思ってたけど。

文香姉さん、重くない?

文香「……自分が重いのは重々承知です。だって…………貴方の事が、ずっと……」

……大好きだったんですから、と。

そう呟く文香姉さん。

文香「……約一年前。私はこの店……鷺沢古書店に、下宿先として越して来ました……貴方は、覚えていますか……?」

P「懐かしいっちゃ懐かしいなぁ」

今ではもう、家に馴染み過ぎて。

文香姉さんの居ない生活なんて想像出来ないくらいだ。



文香「当時私には、友人と呼べる友人はおらず……歳の近い男性と話す機会なんて尚更無かったのです……」

文香「食事はただ栄養をとれれば良く、本を読んで新しい知識に手を伸ばし、新しい世界に赴ければ……それで、満足な生活を送っていました」

文香「……今思えば、無愛想な従姉妹だったと思います。どう接すれば良いのか分からなかったというのもありますが……自分から積極的には接しようとはしませんでしたから」

文香「けれど、困った事に貴方もまた……友達が少なく、家に居る時間も多くて……」

P「そこ言う必要あった?」

でも、なんて言うか。

思い出に浸る文香姉さんの表情は。

やっぱりどこか、幸せそうで。

文香「……ふふっ、そのおかげで……貴方と接する機会は嫌でも増え、少しずつ距離も縮まりましたから」

嫌でも、って……

文香「本について時折話し合い、会話は無くとも二人きりで本を読む……そんな空間が、堪らなく心地良かったのです」

文香「……正直、最初の数日は本当に貴方には友達がいないものだと思っていました」

文香「……そうであれば、きっと私達は二人きりで……きっと私は、この様な明るさは手に入らなかったと思います」

文香「ある日、貴方を訪ねてとある女の子が鷺沢古書店に現れたんです」

P「それは……李衣菜か?」

文香「はい……そして、李衣菜さんと話している時の貴方は……本当に、楽しそうで……私の胸に、不思議な気持ちが湧き上がりました。言葉にし辛い、形状し難い思いです」

文香「一番近い感情に当てはめるなら……きっと、嫉妬だと思います。それも……双方に対して」

文香「私と話している時とはまた違った笑顔を向けられた李衣菜さんも、とても明るく優しい友人を持った貴方も……羨ましい、と。そう、思いました」

文香「私と同じだと思っていた貴方は……私には無い、素敵なものを持っていたんです。私には、そういった存在はいなくて……それが悔しかった私は……直接尋ねてみました」

……あぁ、覚えてる。

俺からしたら、とても不思議な問い掛けをされたと思っていたが……

文香「そしたら……ふふ。貴方は……『俺にとっては李衣菜も姉さんも、どっちも大切な人だぞ?』と……『寧ろ姉さんにとっては俺ってまだ、知ってる親戚以上交友のある親戚未満だった?』なんて言って……」

文香「ワザワザ悩むのが阿呆らしくなったのを覚えています……あの時からです……私の時間が、動き始めたのは」

文香「私も、貴方にとっての李衣菜さんの様な友人を望む様になり……また、貴方にとってより近しい存在になりたいと思う様になったのです」

文香「……世界が、色付き始めました。ただ変わらず過ごしていただけの毎日が、何が起こるか分からず、求める物の為に変わろうと努力する……そんな、物語の様な日々に変わったんです」

文香「……それから……貴方の作ってくれる料理が、とても美味しく感じる様になりました。私の事を、大切な人だと言ってくれて……そんな私の為に、朝早く起きて作ってくれて……」

文香「……そんな姿を見る為に、私も早起きし始めたのを覚えています。本を読むフリをして、朝食を作る貴方に視線を向けて……きっと傍から見れば……」

恋愛小説の1ページの様だったかもしれません。

そう呟く、文香姉さんは。

とても幸せそうで、嬉しそうで、懐かしそうで。



文香「……本当は、諦めるつもりだったんです。この冬で、その想いを」

P「……そうだったんだな」

文香「きっと、二人きりで過ごせる最後の聖夜。その時に私は……貴方と、私だけの思い出を作り……心の奥底に、全てを隠すつもりでした」

文香「貴方にとって、良き姉として振る舞い続ける為には…………そんな気持ちは、邪魔でしか、余計でしかありませんでしたから」

文香「ですが……どうやら、諦める必要は無くなってしまった様ですね。とても……幸せな誤算です」

文香「……恋と言うのは、本当に……計算通りには、目論見通りには行かない様です」

文香「……誰よりも近くで、貴方を見てきました。想いを募らせてきました。恋に焦がれてきました。ずっと……積み重ねてきたんです」

文香「積み重なった想いが重いのは、当然ではないでしょうか……?」

P「……ありがと、姉さん」

文香「……これを機に、呼び方を変えてみたりしませんか?」

確かに、そうだな。

これからの関係を考えると、姉さんという呼び方は些か不適切かもしれない。

P「……文香」

文香「……熱が上がりました。責任を取って下さい」

顔を真っ赤にして、布団に潜り込んでしまった。

P「ゼリー食べる?」

文香「貴方の手料理が食べたいです」

P「体調治ったらな」

文香「……作ってくれないと、治りません」

P「……治りません、って……」

文香「……今、内心めんどくさいと思っていませんか?」

P「えっ?ぜんぜん?思ってないぞよ?」

文香「……はぁ、貴方に嫌がられるのは……本当に不安なんですよ?」

P「あ……ごめん、姉さん」



文香「文香、と……呼んで下さらないのですか?」

P「……文香」

文香「……愛してる、も添えて下さい」

P「…………」

文香「…………言っては、下さらないのですね……私は今、不安に震えています……」

P「……愛してる」

文香「抱き締めて下さらないと、この不安は収まりません」

P「……」

文香「……良いんですか?私の不安が収まらないと……」

P「……収まらないと?」

文香「……私が、とっても寂しくなります……」

堪らず抱き締めた。

なんだこの人、めっちゃ可愛いな。

日頃から綺麗だとは思ってたけど、今は可愛いが前面に押し出されている。

あと、うん。

重い。

文香「……ふぅ、栄養補給完了です」

P「おう、そろそろ離してくれ」

文香「……今、私はコアラですから」

だからなんなんだろう。

面白いくらいなにも説明されていない。

文香「ユーカリの栄養価はとても低く、動き過ぎると摂取した以上のエネルギーを消費して死んでしまうんです」

P「はえー、だから離してくれないんだ」

文香「それに……ご存知無いのですか……?コアラは、寂しいと不安になってしまうんですよ?」

だから……

だから、なんなんだろう……

分からない。

文香姉さんがコアラではない事しかわからない。

文香「もっと強く……ぎゅ、って……して下さい」

P「おう!」

より強く抱き締めた。

違う、ぎゅっとした。

文香「……重い、ですか……?」

P「うん」

文香「……あ……あぅ……」

P「ごめんごめんごめんごめん」

泣くな、情緒不安定か。

まぁ、そんな感じで。

昼食を作ったのは、夕方過ぎになった。




P「じゃ、行ってきます」

十二月十七日、土曜日。

ようやく雪も止み、久々に空が青くなったこの日。

文香「……行ってらっしゃい、P君」

P「……なぁ、姉さん」

文香「……文香です」

P「…………」

いや、まぁ元気になってくれて本当に良かった。

一応大事をとって今日は家で休んでて貰うけど。

朝ご飯もちゃんと食べられたし、お昼ご飯も作ってある。

さーて、そろそろ美穂に会いに行かないと。

……と思って、家から出ようとしてたお昼前の事。

文香「……行かないのですか?」

P「行くよ?いこうとしてるよ?現在進行形で出掛けようとしてるなうだよ?」

文香「……早く、行ってあげて下さい。美穂さんをお待たせしてしまっては、申し訳ありませんから」

P「言ってる事とやってる事がちぐはぐだと思わない?」

文香「…………むー……」

背中にへばりついた文香姉さんが、なかなか剥がれてくれなかった。

いやまぁ分かるよ、まだ体調悪いんだよな。

そんな時に家で一人って寂しいもんな。

言ってる事とやってる事が異なっててもまぁ仕方ないよな。

……そうか?

P「そろそろ離してくれると嬉し」

文香「嫌です……」

人の話は最後まで聞きましょう。

貴女がその様な立派な人間となってくれる日が来る事を願い、俺はちょっとだけ強引に引き剥がさせて頂きます。

P「……いたたたっ姉さん力強い強い!」

文香「コアラのパワー、侮って貰っては困ります」

思ったより強い力で抱き締められた。

勝てない、強い。

困ってるのは俺の方なんだけど。





文香「…………ふぅ、あと八万六千四百秒……」

P「一日経ってる!」

ブーン

美穂から連絡が届いた。

『まだですか?もう八万六千四百秒も待ってるんですけど』

さっき聞いた数字だ。

あごめん、そうだよな昨日から待ってたんだもんな。

『すまん、今向かってるとこだから』

正確には向かおうとしてるとこ、だけど。

文香「……流石に、この辺りにしておきましょう……私も聞き分けの悪い子供ではありませんから……」

P「あーうん、そっか、うん」

ほんの数秒前の自分と向き合って見て欲しい。

文香「ですが、私は家で一人となってしまい大変不安です……」

いつも一人で本を読んでた人が何を言ってるんだろう。

文香「危険ですね……もしかしたら、己を制御出来ずP君の部屋やこの世界を荒らしまわってしまうかもしれません」

危険過ぎる。

俺の部屋はまだ良い、いや良くないけど。

不安で世界を滅ぼすな。

文香「ですから……」

すっ、っと。

俺の方へ、手を伸ばされた。

……手、握って欲しいのかな。

可愛いなぁ、文香姉さん。

綺麗な声で、素敵な笑顔で。

まるで、キスをねだる様に。




文香「……貴方のスマホ、私に下さい」

スマホを没収された。

気付けば俺の手からスマホが抜き取られていた。

……もしかして、俺は。

やべぇのと付き合い始めてしまったんじゃないだろうか。

P「……勝手に弄らないでくれよ」

まぁパスワード設定してあるから大丈夫だとは思うけどさ。

P「じゃ、行ってくるから」

文香「路面が凍っていますから、気を付けて下さいね?」

P「おう、もちろん」

転ぶのは慣れてるし。

文香「それと…………帰って来てくれたら……」

頬を染めて、目を逸らす文香姉さん。

P「……いや帰ってくるけど」

文香「……その……エッチなプレゼントを……差し上げますから」

P「必ず帰ってくるから!!」

元気よく家を飛び出した。

さ!帰るぞ!!




寮の前まで走ると、美穂が一人で立って居た。

P「ごめん美穂、待ったか?今来たとこ」

美穂「うん、分かってます。Pくんこそ、わたしが何秒待ったか分かってるんですか?」

P「たくさん」

美穂「頭が難病ですね……」

こんな寒いのに、待たせてしまって申し訳ない。

今日も、昨日も。

P「いやー、その……ほんとにごめん。昨日は来れなくて」

美穂「あ、電話でも言ったけど……別に、そんなに気にしてませんから」

P「ありがと。で、今日はどっか行きたいとこがあるんだっけ?」

美穂「はいっ!えっと、プラネタリウムに行ってみたくて……」

P「おっけ。んじゃ向かうか……何処にあるんだ?」

美穂「隣の街なので、バスの利用を企ててます」

P「んじゃ一応時刻表だけチェック……出来ねぇんだ今」

美穂「……え……?スマホ忘れちゃったんですか?」

P「あーうん、家に置いて来ちゃってさ」

美穂「……そっか……そうですか」

ざく、ざく

積もった雪に二人分の足跡を作る。

靴が濡れるって分かってるのに、ついつい深い部分に足を突っ込みたくなるのは何故だろう。

俺がガキだからだわ。

美穂「うぅ……寒い……」

P「なんか身体があったまりそうなゲームでもするか?」

美穂「どんなゲームですか?」

P「……身体があったまりそうなゲーム?」

美穂「もうちょっと考えてから喋りませんか?」

P「……体温の上昇を図る為の遊戯?」

美穂「そうじゃなくて……」

P「あ、断熱して身体を圧縮すれば熱くなるんじゃないか?」

美穂「普通に運動する方が現実的じゃないですか?」

P「走るか!」

美穂「もう、転びますよっ!……えへへ……」

P「ん?どうした?」

美穂「Pくん、バカだなーって」

突然の暴言。



美穂「難しい事考えないで、こうやってPくんと背骨で会話する時間が……わたし、とっても好きなんです」

でも、笑ってくれた。

美穂「これからも……変わらず、わたしと友達でいてくれますよね?」

P「あぁ、もちろん。こんなバカで良ければ」

そう言ってくれて、嬉しかった。

バスに乗って、隣の街まで向かう。

車中は暖かく、少し眠くなってしまった。

プラネタリウム施設に到着。

事前知識なんて一切無いけど。

P「さて、んじゃー入るか!」

美穂「はいっ!」

まぁ、楽しめるだろう。

楽しんで貰えるだろう。

一緒に美穂が居るんだから。

「オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン。この三つの星が織り成すのが『冬の大三角形』です」

暗いプラネタリウム内部の天球の各所が輝き、星が現れる。

流れる解説、心地良い座席、暖かい空気。

その全てが……

P「……ふぁ……」

物凄い眠気を誘っていた。

プラネタリウムを舐めていた。

小学生の頃に来たっきりだったが、こんなにも眠いものだとは思わなかった。

まぁここ数日は全然寝れてなかったし。

あと……

美穂「……寝てません……寝てないもん……ふぁぁ……」

隣で寝てる人がいると眠気が誘発される。

ほんの数分前までは起きてたのに。

並んで座って、照明が消えて、座席を倒して上を見て。

美穂は楽しんでんのかななんて美穂の方を見れば、寝てた。

P「美穂ー……おーい、美穂ー……」

小声で声を掛けるも、起きる様子は無い。

なんて幸せそうな寝顔なんだろう、なんだか起こすのが申し訳無くなってくる。

美穂「えへへ……Pくん……北極星は押しても動かないよぉ……」

美穂、北極星は押さなくたって動かないぞ。

「こぐま座の『ポラリス』、通称『北極星』は北の空から動かない事で有名ですが、実はおよそ二万六千年という長い周期で、コマが回転するときのように微妙にブレています」

動くらしい。俺が二万六千年も頑張ったんだろうか。

まぁ八万六千四百秒よりは短……くねぇわ何言ってんだ俺。

にしても、北極星ってこぐま座だったのか。

こういう多分日常では使わないであろう雑学を知るのも、結構好きだ。

文香姉さん程じゃ無いけど、俺だってそういう知識欲みたいなものはある。

美穂「別の女の事を考えないで下さい」

P「?!」

美穂の方を見た。

寝てた、寝言だった。

一体どんな夢を見てるんだろう。

でも……なんだろう。

こんな風に、男子の隣だってのに油断しきって眠りこけて。

信頼、されてるんだろうか。

居心地が良いと思ってくれてるんだろうか。

だとしたら、嬉しい事だ。

あぁ、ダメだ。

俺もとんでもなく眠い。

ほんの少し、美穂が起きるよりも早くに起きればバレないだろ。

目を閉じて、天球に描かれた北の空を見上げる。

それは少しずつ狭くなり、音は少しずつ小さくなり。

「シリウス、プロキオン、ポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲル。1等星のみに限定しても、これだけ集まりーー」

いつのまにか、何も見えず、何も聞こえなくなっていた。



美穂「……ふぁぁ…………あれ……?」

目を開けたら、そこは雪国……じゃないですけど、冬の空が広がっていました。

お外で寝ちゃってた?でも、なんだか寝心地が良かったけど……

美穂「……あっ」

そうでした。

わたしはPくんと、プラネタリウムに来てたんです。

寝顔、見られちゃったかな……

恥ずかしくなって視線だけ隣に移すと、寝落ちしたPくんが居ました。

美穂「……もうっ」

女の子とのデートで寝ちゃうなんて……

わたしが言えた事じゃないですよね。

Pくん、きっととっても疲れてたんだろうな。

美穂「…………」

ちょっとだけ、魔が差しちゃったと言いますか。

寝てるPくんの手が、肘掛に乗ってて。

落ちそうだから、元に戻してあげるだけだもん。

そうやって、自分に言い訳して。

美穂「……し、失礼しまーす……」

ぎゅ、って。

握っちゃいました。

指が絡まっちゃいましたけど、手が滑っちゃったから仕方ありません。

……おっきくて、あったかいです。

この手を、君から伸ばしてくれたら良かったのに。

この手で、わたしを撫でてくれたら良かったのに。

この手で、わたしを抱き締めてくれたら……

ううん、言い訳ばっかりしてたから。

クリスマス、それでも二人きりでって誘えば。

昨日、ワガママでも来て欲しいって言ってたら。

チャンスだけなら、沢山あったのに。

きちんと、素直に、真っ直ぐ届ける勇気が出せなかったから。

気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって。

今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしよう、って。

不安で、言いたくて、言えなくて……そしたら、伝える機会なんてなくなっちゃいました。

Pくんが来る直前に、Pくんのスマホから送られてきた『ごめんなさい』ってライン。

ぜーんぶ、理解しちゃいました。

文香さん、ですよね。

もう、謝らなくたって良いのに……謝らないでくれたら良かったのに……

美穂「……ねえ、Pくん。起きてますか?」

プラネタリウム内ですから、わたしは小声で呼び掛けました。

……ううん、本当は起きて欲しくないから。

眠ったまま、気付かないままでいて欲しいから。

美穂「……わたしは……わたしはね?君の事が……」

今は涙で滲んで、全然なんにも見えないけど。

それでも、やっぱり。

Pくんと、横じゃなくても良いから。

これからも同じ風景を、一緒に見ていたかったから。

手をぎゅっと握って、空を見上げます。

今だって、隣に居るPくんは見てないけど。

こんなに近くに居るのに、わたしと同じ気持ちにはなってくれないけど。

美穂「……大好きでした。君の事が……大好きだったんだよ……?」

小さな声で、それでもちゃんと言葉にして。

溢れた想いは、零れた涙は。

きっと今だけは、星に届いて。

美穂「……わぁ……」

涙が零れ落ちて開けた視界に、綺麗な宝石がありました。

シリウス、プロキオン、ポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲル。

一等星だけで描かれた六角形、通称冬のダイヤモンド。

それは、機械によって映されたものですけど。

まるで、この一瞬だけ魔法が掛かったみたいで。

……今が、まだ夏だったら。

頭上に輝くのが、ベガとアルタイルだったなら。

君の空に、まだ誰も輝いていない頃だったなら。

その時、魔法を掛けられたなら。

その魔法は、永遠だったかもしれないのに……



P「……うぉー……」

起きた。

目を開けた。

明るかった。

P「……終わってんじゃん……」

どうやら、ほんの少し眠るつもりがプラネタリウムが終わる時間まで爆睡してしまってたらしい。

大きく伸びをしようとして。

P「ん……?」

美穂に、手を握られている事に気付いた。

美穂「……ふぁぁ……あ……おはようございます、Pくん……」

P「おはよう美穂」

美穂も起きた。

可愛らしい欠伸をして、涙を流しながら伸びをする。

目、真っ赤だな。

どんだけぐっすり寝てたんだ。

美穂「……あっ!」

P「どうした?」

美穂「…………あーPくん。わ、わたしが寝てる間に手を握ってたんですねー。まったくもうっ!」

もの凄い棒読みだった。

俺から握ったんだろうか。

そうかもしれない、寝てたから意識が無いけど。

P「悪い悪い、すぐ離すから」

美穂「気を付けて下さいね。今後この様なことがまた起きた場合……」

P「場合……?」

美穂「……お、怒りますっ!」

怒られたくない。

急いで手を離す。

美穂「……これで、良いんです……」

なんだか分からないが、まぁ納得してくれた様だ。

取り敢えず、さっさとプラネタリウムから出る。

時刻は十六時手前。

なんとも微妙な時間である。

P「この後はどっか行くか?」

美穂「あ、だったら……近くに自然公園があるらしいんです。一緒にお散歩してみませんか?」

P「おっけ」



建物から出て少し歩くと、大きな自然公園が現れた。

入り口に設置された地図を見る。

広い。

道の両脇の木々は殆ど枯れている。

春が来れば、きっと緑豊かな場所になるんだろう。

P「にしても寒いな……」

美穂「ですね……うぅ、手袋着けてくれば良かったです」

プラネタリウム内があったかかっただけに、外の寒さが身に染みる。

もうちょっとゆっくり座ってても良かったかもしれない。

美穂「あ、Pくん。その……わたしの寝顔、見ましたか?」

P「見てないよ」

見たけど。

美穂「……本当ですか?」

P「もちろん、プラネタリウム入って直ぐ寝ちゃってたから」

美穂「それはそれで……」

P「嘘だけどさ。ごめん、見た」

美穂「わ、忘れて下さいっ!」

P「おっけー、今忘れたから安心してくれ」

美穂「なんでそんな簡単に忘れられちゃうんですかっ?!」

P「じゃあ忘れない」

美穂「……忘れてよっ!」

P「……おう」

どうすれば良いんだ……

にしても、何やら美穂は少しご機嫌ナナメみたいだ。

それからしばらく、会話は無く。

どことなく居心地の悪いまま、雪を踏む音だけが響き続けた。

P「……そろそろ帰るか」

美穂「…………はい」

公園内の時計を見れば、時刻は既に十八時。

空も道も、もう真っ暗だった。

夜風に震えながらバス停へ向かい、なかなか来ないバスに苛立ち。

寮の前に着くまで、再び会話が一切無い時間が続いた。




P「……なぁ、美穂」

美穂「…………」

P「昨日は、本当にごめん。改めて……誕生日、おめでとう」

美穂「……ありがとうございます」

P「プレゼント、用意してみたんだけど……受け取ってくれるか?」

美穂「……ものによります」

果たして、俺の用意したプレゼントは美穂のお眼鏡に適うのか。

不安になりながらも、鞄から袋を取り出した。

それを美穂に渡す。

……なかなか開けて貰えなかった。

P「……開けて頂けると有難いです」

美穂「…………開けるまで、待っててくれますか……?」

P「もちろん」

美穂「だったら…………開けたくないです……」

P「……えっ?」

びゅうっ、っと。

冷たい夜風が通り過ぎた。

だから、仕方がない。

こうやって、美穂が俺の方へと身体を預けてきたのは。

それはきっと、冬の風のせいだ。

美穂「…………待ってて欲しかったな……」

P「……美穂?」

一度、俺の胸元で大きく深呼吸をして。

そして、俺から離れて。

美穂「…………ごめんなさい、もう大丈夫ですっ!」

P「大丈夫か?貧血とか……」

美穂「今日は、アタリが強くてごめんなさい。色々忘れられない事があったり、忘れて欲しくない事があったりで……その、気持ちがこんがらがっちゃって……」

P「良いって。俺、昨日祝えなかったからさ……」

美穂「わたしがまだ気にしてると思ってるんですか?Pくんが思ってるより、わたしは大人なレディなんですっ!」

P「それじゃレディ。プレゼントを開けてくれるかい?」

美穂「えへへ、生半可なモノじゃわたしを喜ばせる事は出来ませんよっ?」

P「ちゃんと火を通した方が良かったかな……」

美穂「いえ、半生って訳じゃなくて……」



笑いながら、美穂は俺のプレゼントを開けてくれた。

紙袋の中からは、俺が悩みに悩んだプレゼント。

美穂「……カチューシャ……」

P「……似合うかな、って思ってさ」

赤いリボンのデザインをしたカチューシャ。

多分、美穂が着けたらすっごく似合って可愛いと思ったから。

美穂「……バカだなぁPくん……うちの学校、リボンとかカチューシャ禁止なんですよ……?」

P「……げ、マジ?」

美穂「……使えないよ……」

P「すまん……まぁ、休みの日とかさ」

美穂「…………使えないじゃん……っ。わたし、どんな気持ちで……」

P「……ごめん」

そんなに、渡されて困るものだったのか。

流石に普通に凹む。

美穂「…………Pくん、着けて貰えますか?」

P「えっ自分に?」

美穂「二度目はありません」

P「うっす」

美穂からカチューシャを受け取り、美穂の髪にセットする。

あぁ、やっぱりだ。

美穂「…………どう、ですか……?」

P「うん、すっごく似合ってる」

美穂「……これからも……わたしに、着けて欲しいですか?」

P「あぁ、よければそうしてくれると嬉しいかな」

美穂「だったら…………使ってあげます」

にこっと笑って、そう言ってくれた。

そう言いながら外された……上手くセット出来て無かったんだろうか。

美穂「あ、来年はちゃんと当日に祝って下さいねっ?」

P「おう、勿論だ!」

そろそろ帰るか。

美穂とお別れして、帰路に着く。

美穂「……Pくんっ!」

P「なんだー!」

振り返ると。

カチューシャを着けた美穂が、手を振っていた。

美穂「……っ!絶対っ!絶対に……っ!君に!後悔させてみせますからっ!!」

カチューシャをプレゼントした事だろうか。

美穂「クリスマス!お幸せにーっ!!」

P「……おう!ありがとな!!」




P「ただいまー姉さん……あの、はい、文香」

扉を開けたと同時、俺はユーカリになった。

胸元にへばりつくものの正体が何かは考える必要も無い。

文香「……美穂さんには、許して貰えましたか……?」

P「うん、良かったよほんと」

文香「……それでは、スマホをお返し致しますので……」

P「ので……?なんか交換条件?」

文香「貴方が、わたしのスマホになって下さい」

難しいんじゃないかな……

文香「……四六時中、私の側に居て下さい、と……そういう意味です……」

アッ、可愛い。

重いけど、実現は難しそうだけど。

文香「……ところで……寂しい写真フォルダでした……なんとまあ、女っ気の無い……」

P「待て待て待て待て」

安心した様な表情で精神を抉るな。

勝手に画像フォルダを見るな。

そして何より、なんでパスワードばれた。

普段指紋認証使ってるから、目の前で入力した事は無い筈なのに。

文香「……乙女の秘密です」

P「乙女……」

文香「訂正します……恋する乙女の秘密、です」

果たしてその訂正は必要だったのだろうか。

文香「……百万通り如きが、私に勝てると思わないで下さい」

わー素敵な笑顔、六桁全部試したんだろうか。

文香「……さて、P君」

P「ん?どうした?夕飯ならすぐ作るけど」

文香「……プレゼントを、お渡しします」

っうぉぉぉぉぉっ!

っしゃおらあぁっ!

P「ま、まぁ?期待してなかったけど?文香姉さんがくれるっていうなら?」

文香「ふふ……そんなに楽しみにして下さっていたのですね」




照れながら、文香姉さんが袋を此方へ渡してきた。

これは……

文香「……貴方の、お気に入りの『本』です」

……とても……

嬉しくない……

同居人からエロ本をプレゼントされるってどんな拷問だよ。

文香「毎月十三日に発売ですが……テスト期間で、まだ購入出来ておりませんよね……?」

そうだけど。

そうなんだけど。

そこまで把握されてるって何、プライバシーって何。

俺これから毎月十三日はどんな顔して帰ってくれば良いの?

文香「……ふふ、まさか私がこういった本を購入する日が来るとは思っていませんでした……」

俺もまさか従姉妹兼恋人の文香姉さんからエロ本をプレゼントされる日が来るとは思っていなかった。

文香「……さ、御堪能下さい」

P「え、いやあの……」

今読めと?

文香「……読んで、下さらないのですか……?」

P「いや読むよ?読むけどね?それは今じゃないって言うか……」

文香「……成る程」

P「うん、まぁ……」

文香「……でしたら、私が読み聞かせて差し上げます」

P「は?」

何がどうなってでしたら、になった?

文香「……私の読み聞かせでは、満足出来ませんか?」

P「少なくとも玄関先で読み聞かせて貰う本では無いと思う」

文香「あっ……すみません……私とした事が、少し浮かれてしまって……」

P「なんか良い事でもあった?」

文香「…………貴方が、帰って来てくれましたから……」

照れてるとこ悪いけど。

帰って来るよ?普通に。

取り敢えずリビングへ向かう。

さーて、夕飯を……



P「ん?このノートは……?」

文香「それは、交換日記です」

P「誰との?」

文香「貴方との、です……」

困った。

俺にそんな記憶は無い。

もしこれで既に俺と何度かやり取りした体で書かれてたんだとしたら、流石に普通に怖い。

文香「……昔から、憧れていたのです……メールやラインでは無く、手書きの文字でのやり取り……付き合って頂けますよね?」

P「おう。そう言う事なら勿論!」

なんだ、やっぱり可愛いとこあるなぁ。

俺もやった事なかったし、憧れなかったと言えば嘘になる。

文香「貴方が帰って来るまで……ずっと、一人で書き連ねておりました」

P「寝て、姉さん寝て病み上がりだから」

逆に病んでそうだ。

主に、メンタルとか心とか精神が。

果たして何が書き連ねてあるんだろう、正直読むのが怖い。

文香「……次は、貴方が書く番です」

P「……おっけー、二冊あるけどどっちのノートに書いたんだ?」

文香「…………?どちらも、ですが……?」

二冊。

文香姉さんの番一回で、ノート二冊分。

交換させる気あるんだろうか。

軽く小説を超えている。

多分文香姉さんが期待してる量は俺には書けないと思う。

P「……まぁ、読むから」

ノートを開いた。



『きて……ください』
 頬を赤らめ目を逸らしながらも、文香は次の行為を求めて自らの乙女を両手で差し出した。そんな羞恥に塗れた表情が、堪らなく愛おしい。俺の興奮と共に昂った男としての象徴は、今にでもはち切れんと膨張仕切っていた。
『いいんだな?』
『はい……はやく……っ!』
 期待と赤恥が入り混じった文香の言葉で、俺は心を決めた。
 焦りを抑えて、俺は彼女の求めたモノを求めた場所に添える。それだけで彼女の身体はビクンと跳ね、愛が奥から漏れ出す。お互いの吐息は激しく、静かな部屋にこだまする。
 そして俺は、ゆっくりと文香にーー



P「姉さん」

文香「……あ、P君。そちらは二冊目の方で……」

P「違う、いや違わないけど。待ってこれ何?」

文香「最初から読んで頂ければ、きちんとストーリーが理解出来るかと……」

P「したくないなぁ!出来ればこれは理解したくないしそもそも知りたくもなかったかなぁ!!」

まぁ自作小説が書いてあるくらいは覚悟してた。

二冊だしまぁ徹夜して読むくらいも覚悟してた。

現実はハードルの遥か上空を飛行機が通過するくらいのぶっ飛びだった。

文香「……ご安心下さい。一冊目までは、全年齢対応ですから」

P「暗に二冊目は自作官能小説ですって言ってる様なもんじゃん……」

文香「それもご安心下さい……いずれ、ノンフィクションになりますから」

P「……………………」

文香姉さん、すっごく照れてるけど。

困った事に、俺は脳の処理が追いついて無い。



文香「……続き、書いて頂けますよね……?」

P「さ、夕飯作るか」

文香「……あ、あの……」

P「なんかリクエストはある?」

文香「…………うぅ……寂しいです……」

P「はっはっは、離してくれないと夕飯作れないってほらほら俺の背骨折れちゃう痛い痛い」

文香「……貴方が居ない時間が寂し過ぎて、ついつい書き過ぎてしまった事は反省しますから……」

そっちじゃないんだよなー……

文字数くらい別に全然問題じゃ……問題だけど、明らかに交換させる気の無いのは問題だけど。

R18指定入っててしかも明らかに登場人物が俺と文香姉さんってのが問題なんだよなぁ。

文香「……純愛物は、お好みではありませんでしたか……?」

P「なんか、こう……姉さんってもっと純情な感じだと思ってた」

文香「ふふ……文学少女は、純情だと思っていましたか……?」

P「勝手なイメージだけどね。まぁ今全部崩壊したけど」

文香「ちなみにですが……今のセリフは、先程お渡しした『本』の煽り文となっております」

P「そうでござったですか……」

文香「……今は、私の体調が良くありませんから……その間は、そちらを私の代わりとして使用して頂けると助かります」

俺は……今の言葉を聞いて、どんな気持ちでページを捲れば良いんだろう。

文香「……ところで、その……P君……」

P「なんですか?文香姉さん」

文香「……一日、きちんと留守番していた私に……ええと、ご褒美を頂けると…………嬉しい…………です……」

P「何をすれば良いですか?文香姉さん」

どーせ爆弾発言が飛び出るんだろ知ってる。

顔赤らめても今更感。

文香「……貴方の手で……」

何処を弄らせる気だ。

文香「……頭を、撫でて下さい…………ダメでしょうか……?」

P「任せろ!!」

抱き寄せて、頭を撫でた。

サラサラとした髪が心地良い。

突然の純情な感じで上目遣いはズルいと思うんだ。

文香「ふふ……ふぅ…………とても、幸せです……」

P「そっか、なら良かった」

文香「……交換日記の続き……せめて感想だけでも、お願いしますね?」

P「良くなかった」





文香「そう言えばP君……貴方宛に、郵便物が届いていましたよ?」

P「ん?なんだろ……」

俺に何か送ってくれるような知り合いいたっけ?

机に乗せられた郵便物を見れば、送り主は学校だった。

P「あ、期末の結果か」

封を切って点数を確認。

うん、まぁ悪くは無いんじゃないかな。

大体平均点プラス10~15点は取れている。

P「……しっ、んじゃミスってたとこ解き直すか」

文香「ふふ。お付き合いしますよ?」

P「まじで?すっげー助かる……ところでさ」

文香「……如何しましたか?」

P「なんでナチュラルに俺の部屋に居たの?」

帰ってきて自分の部屋の扉開けて最初に言うべきだったと思うけどさ。

文香「…………?」

可愛く首を傾げる文香姉さん。

……俺が間違った事を聞いちゃったんじゃないかと不安になる。

P「……ごめん、聞いた俺が馬鹿だったかもしれない」

最近の文香姉さん、なんか俺の背後霊と化してるし。

料理中も背後から抱き着いてくるし。

夜部屋の電気点けたら文香姉さんが俺のベッドで寝っ転がってた時は本気で幽霊かと思ったし。

……まぁ、良いか。



折り畳みの机を出して、筆記用具等々を広げる。

返却されたテストのまずは数学A、点数は84。

平均点よりは高いが、点数上位者一覧の俺の名前の上には多田李衣菜の文字。

……くそっ、李衣菜に勝てなかった。

ん、美穂も84点で俺と同率なのか。

頑張ったな、美穂。

文香「ふふ……私のサイズですよ、P君」

にっこにこで撫でてくれた。

84点で良かったと思った。

これから全てのテストで84点を取っていきたい所存。

にしても……へー……84なんだ……

……嘘だろ絶対。

その胸で84は嘘つきの胸でしょ。

多分計ったのだいぶ前だろ。

違うそうじゃ無い集中しろ、次こそ李衣菜に勝つ為に。

凡ミス自体は少ないが、それはイコールで単純に解けなかった問題があるって事で。

理解出来て無かった部分はきちっと復習しないと。

P「なぁ姉さん、ここってさ」

文香「……文香、です」

P「……文香、この問題の解き方って」

文香「ふみふみ、です」

P「……なぁふみふみ」

文香「……ふふ……では、一つずつ手解きしてゆきましょう」




そう言って文香姉さんが俺の膝の上に乗ってきた。

少なくとも勉強を教えようとする体勢では無いと思う。

文香「……何か問題でもありましたか?」

P「問題が見えない」

文香「私だけを見ていて下さい……?」

……可愛いし、いいや。

文香「ええと、そこは……そのままでは解く事が難しいので、部分分数分解をする為に……」

P「どうすればいいんだ?」

文香「……私の背に、腕を回して下さい」

言われた通り文香姉さんの腰に腕を回した。

へー、この手順必要なんだ。

俺は全然数学Aを理解出来て無かったみたいだ。

P「ほい、次は?」

文香「分解した式を括弧で括り、その前に1/2をかけ……」

P「かけて?」

文香「私を、強く引き寄せて下さい」

P「ほいさ、次は?」

文香「最後に、答えを導く為に……

P「ために?」

文香「……私の唇に、P君の唇を重ねて下さい」

P「おっけー」

文香「……んっ……んむっ、ちゅ……んぅ……っちゅぅ……っ」

舌を絡ませ、口内を貪る。

俺は何をしてたんだっけ。

文香「……ぷぁ……さ、P君。如何ですか?」

P「柔らかかった!」

文香「ふふっ……それは何よりです」

でも問題は全く解けてない。

P「にしても姉さ……文香って数学出来たんだな」

文香「数Ⅱ、Bまででしたら問題なく解説出来るかと。ですが……そうですね、私の得意科目だと有難いです」

P「古典とか?」

文香「保健体育です」

P「……へー!文香って体育得意なんだ!!」

文香「……実技の知識でしたら……」

実技の知識。

ちょっと言葉がスクランブルしてる。




P「とは言え保健体育は漢字のミスくらいしか無いんだよな」

文香「……予習はバッチリですね」

P「なんか言い方」

文香「……こちらの参考書はお使いになられたのですか?」

取り出されたのは『本』。

ははっ、文香姉さん、俺それ引き出しにしまっといたんだけどなー。

文香「……まだ、未読なのですね……私からのプレゼントなんて……貴方にとっては……」

P「読みました、はい」

文香「如何でしたか?」

P「とても良かったです」

文香「……実践してみたくなりましたか……?」

P「…………体育の時とかの二人一組って悪魔の言葉だと思うんだよ」

文香「ふむ……一人プレイはした、と……」

P「それ以上はやめて頂けると助かります」

文香「……大丈夫ですよ。貴方には、私というペアがいますから」

P「……まぁ、うん」

文香「……あ、失礼しました…………伴侶、ですね……ふふ」

P「…………まぁ、うん……」

可愛いんだけどなぁ。

ステキな笑顔ではあるんだけどなぁ。

言葉がなぁ、重いんだよなぁ。




文香「さ、P君。お勉強に集中して下さい」

P「うぃっす」

文香「『私が愛しているのは世界で鷺沢文香ただ一人です』を英訳して下さい」

P「……アイドントスピークイングリッシュ」

文香「和訳でも結構です」

果たしてそれは英語の勉強なのだろうか。

文香「……貴方の口から……貴方の言葉で、聞きたいです……」

P「…………」

文香「…………」

P「…………いや、あの……」

文香「……うぅぅ……」

P「……俺が愛しているのは世界で鷺沢文香ただ一人です」

文香「はい、良く出来ました……!さ、貴方の唇に直接採点して差し上げます」

まぁ、こんな感じで。

テスト直しは、明日補習から帰ってから一人でする事にした。




ピピピピッ、ピピピピッ

目覚ましのアラームに、俺は目を覚ました。

今日は楽しいクリスマスイブ。

けれども俺は学校の補習。

名前欄に『課題』って書いちゃっただけだから、まぁ多分そんなに時間はかからないと思うけど。

P「……ん?」

温もりとのお別れを決意して、起き上がろうとすべく布団を捲ろうとした時だった。

もぞもぞと、布団が動いた。

あと何かにしがみつかれて動けない。

果たして俺は犬か猫を飼っていただろうか?

残念ながらそんな記憶は無いんだけどな。

文香「……あ……おはようございます、P君」

P「……おはよう、姉さん」

うん、まぁ文香姉さんだとは思ってたけど。

文香「ふぅぅ…………文香、です……」

P「うん文香、腕を離してくれるととても嬉しいんだけど」

文香「……いやです」

P「俺学校あるから……」

文香「クリスマスイブなのに……貴方と離れるなんて……」

P「ってかいつのまにか入って来たんだ……」

文香「昨夜、寒くてなかなか寝付けなかったので……」

P「まぁいいや、離」

文香「しません」

そっかー。




ぎゅーっと抱き締めてくる文香姉さん。

色々と豊満なあれこれがどれそれして朝から大変よろしく無い。

これが……84。

…………あれ?

P「……姉さん、あのさ……」

文香「………………」

P「……文香」

文香「ふふ、なんでしょう?」

にっこにこな笑顔なとこ悪いけど。

P「……なんていうかさ、こう……当たってる感触が柔らかすぎるというか……」

文香「……着けていませんから」

P「…………」

……マジか。

P「……なんで?」

文香「P君のベッドに潜り込む時、きちんと外しました」

P「いやだからなんで?」

理由を聞いてるのに。

文香「……ところで、P君も……こちらが、その……当たっているのですが」

P「朝だから、寝起きだから」

あと今身体に密着している文香姉さんが、着けていないって意識しちゃったから……

文香「……ぎゅー……っ」

P「待って待って姉さん!多分この一線は超えるにしても登校前の朝じゃないと思う!!」

文香「うぅ……文香です、と……何度言えば……」

P「……文香」

文香「はい、おはようのキスですよね?」

名前呼んだだけなのに。

文香「んっ……ちゅっ……ちゅぅ、んむっ……っんぅ……」

のしかかって来た文香姉さんにキスをされた。

唇の柔らかさと、押し潰される様に密着している胸の柔らかさとが相まって色々とヤバい。

文香「んっ、ちゅ……っちゅぅ……ぷぁ……」

P「……朝からお盛んだぁ……」

文香「……不安にもなります…………私の風邪が治ったというのに、P君はなかなか……その、手を出してくれませんでしたから……」

P「文香……」

……でも……だからって……

なんだってドンピシャで学校ある日に……

俺この悶々とした気持ちで補習受けるの……?

そろそろ準備しないと本格的に不味いんだけど。

文香「……P君が風邪をひいてしまった、と私から学校に伝えておきましょうか……?」

P「千川先生絶対ブチギレるから……」

文香「……もう……私と二人きりの時に、他の女性の名前を言うなんて……」

P「……ごめん」

文香「誘っているんですか……?」

P「えなんで?」

なんでそうなったの?分からない、文香姉さんの思考が分からない。

文香「……さて、そろそろ行かないと遅刻してしまいますよ?」

その原因が何をおっしゃられいるんだろう。

P「……じゃあ離そ?」

文香「……やぁ……です……離したくないです……」

より強く抱き締められた。

P「……どうしたら離してくれる?」

文香「私の腕を切り落とせば良いと思います」

もうちょっと平和的な解決策が欲しいかな。

文香「それか、P君が二人に分身すれば……」

P「難しそうだな……」

文香「ですね……どのみち私が二人とも抱き締めるだけだと思います」

そっちなのか。

文香「…………どうしても、離して欲しいですか?」

P「うん」

文香「うぅぅぅぅ……うぁぁぁぁ……」

P「ごめんごめんごめんごめん!でもほら!流石に補習で遅れるのはマジで不味いから!!」

文香「でしたら……貴方の方から、私を抱き締めて下さい」

P「……おう」

文香姉さんの背に腕を回し、俺の方からも抱き寄せる。

文香「……ふぅぅぅ……幸せです……」

すりすりと俺の胸元に頭を擦り付けてくる。

吐息がくすぐったい。煩悩は今だけは消した。

あっ柔らかい。

そして離して貰えない。

P「……離してくれるんじゃないの?」

文香「ふふ……引っかかりましたね、P君。ご存知ですか?古代より伝わるこんな言葉を……」

P「……なに?」

文香「騙される方が悪いのです」

P「……行ってくる」

文香「うぅぅ……ごめんなさい……私を離さないで下さい……っ」

P「あっはっは姉さん見て見て俺の腕青くなってきてる!」






ちひろ「おはようございます鷺沢君。正直サボると思ってました…………あら、随分腕が腫れてますね」

P「あー……なんか変な体勢で寝ちゃったみたいで」




十二月二十五日。

ただ、日付を述べただけ。

それだけの事でこんなにも特別感が出る一日は、一年のうちでも片手で数えられる程しか無いだろう。

きっとそれは、ただ単に大きなイベントがあるからというだけではなく。

P「……はぁ……」

大きな息を吐く。

口から漏れたその暖かい空気は、周囲を白くし宙を舞い。

風に流されて霧散し消える。

空を覆う雲の色は怪しく、少なくとも良い天気とは言い辛い。

P「遅いな……」

女性の準備が遅いのは知っていた。

けれどもまさか、ここまで掛かるとは思っていなかった。

些か以上に俺が早く外に出てしまっていたというのもあるとは思うけど。

文香姉さんの事だから、どうせ大して時間は掛からないだろうとタカをくくっていた。

P「……寒っ」

びゅぅっと風が道を抜ける音もまた、この寒さに一役買っていて。

それは師走に入りたてのあの日よりもより一層冷たいものになっていた。

わざわざ玄関前で待つ必要は無いのだが、ここまで我慢したのだからと意味の無い意地を張り現状を維持。

全く、俺は本当に過去から学んだり成長出来ていないな。

P「…………あっ」

はらり、と。

黒と白の中間くらいに見える空のあちこちから、冬の欠片が舞い降りて来た。

コンクリートの地面へ落ちたそれは、小さな跡を残し消えてゆく。

大雪の中、空にあれだけ恨みを飛ばした甲斐があったのか、どうやら今日の天気は世界中のカップルを祝福してくれるらしい。





P「……遅いなぁ」

少し呆れる様に笑って、手に息を吹きかけた。

まぁ、多分そろそろ来るだろう。

今か今かと、恋人が現れるのを心待ちにする。

ガチャ

玄関が開いて。

文香「お待たせしました、P君」

P「……待ってないよ、今来たとこ」

文香「……ふふ。照れ隠し、下手ですね」

待ち望んだ恋人の姿は見慣れていた筈なのに、見違える程綺麗だった。

文香「化粧、お洒落……そう言ったものを、フレデリカさんから教えて頂きました」

P「……あの人に知られてんのか……」

文香「……柄にも無いと思われてしまうかもしれませんが……貴方の前では、精一杯……出来る限り相応しい私でありたいですから」

P「相応しいって……」

むしろ不相応なのは俺の方だ。

こんなに綺麗な女性と並んで歩いていたら、周りの男性から妬み恨みを連ねられてしまいそうで。

文香「……貴方から見て……今日の私は、如何ですか?」

P「……隣に立つに相応しい男になりたいなって思った」

文香「……照れ隠し、では無いのでしょう……けれどそれなら、貴方は些か以上に自己評価が低過ぎる」

P「何言ってんだよ。姉さんこそそんな綺麗な容姿なのに、俺みたいな奴とクリスマスを過ごしてたら宝の持ち腐れ過ぎてバチが当たるかもしれないぞ」

文香「でしたら……そんな宝も、財も必要ありません……私は既に、貴方という宝物に出逢えていますから」

……よくもまぁ、そこまで喜んで頂けるものだ。

嬉しい反面、こそばゆくて妙に居心地が悪くなってくる。

文香「……もし貴方が、本気でそう思っているのでしたら……この寒さで、貴方の自分に対する意識が凍ってしまっているのでしたら。私が、貴方の心を暖めて溶かしてあげます」

P「……いや、その……十分だから」

恥ずかしさで、心以上に顔が熱くなる。



文香「……ふふ。やはり貴方は、照れを隠すのが下手な様ですね」

P「良いんだよ別に、嘘吐きになるよりは馬鹿でも正直な方が」

文香「そうですか…………そうですね。貴方が愚直なまでに愚かで、真っ直ぐで、馬鹿で……正直だったから。私はこうして、この冬から先の季節を……諦めずに済みましたから」

すっ、っと。

文香姉さんが此方へと手を伸ばした。

それを俺は、殆どノータイムで握る。

文香「あら……普段の貴方なら、もう少し照れたり渋るものだと思っていましたが……」

P「今日くらいはご要望に応えてもっと素直になってみようかなって」

文香「……そうですか」

P「言い損ねたけど……すっごく綺麗だぞ、今の文香」

文香「……まったく……やはり、恋愛において予想予測はなんの役にも立ちませんね」

P「……照れてる?」

文香「……はい。貴方の素直な気持ちは、私が思っていた以上に温か過ぎて……私の気持ちは、私が思っていた以上に舞い上がり易いものでした」

頬を赤く染めて微笑む文香姉さん。

そんな表情が愛おし過ぎて、俺は握る手を強くした。

P「んじゃ、行こっか」

文香「はい……ふふ、とても……楽しみです」

一度手を離して腕を組み。

傘を開き、文香姉さんを招き入れて。

俺はまぁ濡れても良いし、多少文香姉さん寄りでさす。

P「にしても、結構降って来てるな」

文香「せめて、今はあまり積もらないでくれると助かるのですが……ですが今は……この寒さが、心地良いです」

本屋へと向かって歩き出す。

十二月二十五日。

恋人という関係になって初めて、文香姉さんと二人きりで出掛けたこの日。

文香「……ふふ。素敵な冬になりましたね」

これから始まる幸せな時間に想いを馳せて、楽しそうに微笑む文香姉さんと共に。

そんな笑顔と一つ傘の下、二つ並んだ足跡を残した。




街は既にクリスマス一色だ。

クリスマスのイメージカラーは三色だけど。

赤と緑と白に彩られ、舞い降りる雪がより一層その色を鮮やかにしていた。

つい先日までハロウィン仕様だった街並みが、ほんの数日で全く違う世界に変わっている。

クリスマスが終われば、またすぐ正月仕様に早着替えするんだろう。

周りを見回せば二人一組の多さに驚く。

それもそうか、クリスマスなんだから。

P「そう言えば、何か本買うって言ってなかったっけ?クリスマスのフェアだったか」

文香「……あ……そうでしたね……確か私は以前、その様な事を言っていた様な気がします」

P「えっ?」

文香「……ええと、その……その時の言い訳で……其の場凌ぎの嘘だったので……」

P「まじかー……ん、あれ?いややってるやってる!本屋に垂れ幕掛かってるぞ!」

文香「というのは全て冗談です。さ、P君。早く入りますよ」

なんとも都合の良い事で。

とはいえ楽しそうだし、まぁ良いか。

文香姉さんに腕を引かれて本屋に入る。

……ここもカップルばっかりだ。

神聖なる書店で腕組んでイチャイチャしてんじゃねぇよ。

文香「……目移りしてしまいましたか?」

P「……本にだよね?他の女性見てるんじゃねぇよ的な意味じゃ無いよね?」

文香「……勿論です。私は、貴方を信頼していますから」

そう言いながらも、腕を強く引き寄せられて。

さっき投げた言葉は、どうやらくの字型をしていたらしい。

思いの外勢い良く自分に返って来た。

文香「……成人向け雑誌コーナーが気になりますか?」

P「いや別に……」

文香「クリスマス特集、開催中らしいですよ……?」

それはちょっと気になる。

サンタコス系が多いんだろうか。

文香「……サンタコス、ですか……」

P「しなくて良い、まじで」

いつの間にやらお会計を済ませていた様で、既に手に袋をぶら下げていた。

どうせなら今日くらいは俺が支払い持ちたかったんだけどな。

過ぎた事は仕方ないので、代わりに袋を受け取って持つ。

あっ結構重いこれ何冊買ったんだ。




P「……ふぅ」

文香「……ふぅ」

二人同時に溜息をついた。

少々はしゃぎ過ぎた様だ。

本屋を梯子したり屋台でスイーツを食べているうちに結構時間は過ぎていて。

思いの外消費してしまった体力の回復を図るべく、現在俺たちは喫茶店でコーヒーを傾けていた。

特に会話は無いけれど。

ゆっくりと温かく過ぎてゆく時間が、とても心地良くて。

P「……ふぁぁぁ……」

つい、欠伸が漏れてしまった。

外が寒過ぎた分、暖房の効いた店内は少し居心地が良過ぎる。

それに昨晩も、結構遅くまで起きてたし。

文香「……良い眺めですね」

P「だなー。クリスマスって感じだ」

窓の外はひたすらに平穏で、行き交う人々も幸せそうで。

降り積もる雪が足跡を消しそこへまた新たな足跡が作られ。

静かに移り変わる光景が、時間の経過を忘れさせる。

ふと視線を戻せば、幸せそうな文香姉さんが目の前にいて。

あまりにも窓の外を眺めるその姿が綺麗過ぎて、俺は焦ってまた窓へと視線を移す。

けれどその窓に映って見えた文香姉さんの頬は、ほんのりと紅く染まっていた。

文香「……さて、P君」

P「っし、そろそろ出るか」

既に時刻は十六を回っていた。

このままのんびりしていたい気持ちもあるが、遅くなると帰るのが大変そうだ。

P「じゃ、最後に駅前行っても良い?」

文香「……構いませんが……何か買い損ねた物でも……?」

P「ちょっと見せたいものがあってさ」

文香「……ふふ。でしたら……エスコート、お願いします」




駅前へと到着するも、どうやら少し早かった様で。

思い浮かべていた光景は、まだ広がっていなかった。

文香「……ここで、何か催されるのですか?」

P「まぁまぁ、多分もうすぐだから」

文香姉さんは越して来て初めての冬だから、見た事無いんだよな。

だったら、良かった。

俺が知ってる中で一番綺麗な光景は、この日のこの場所だから。

ひゅぅっ

強い風が通り抜けた。

文香「あっ……」

一瞬よろめいた文香姉さんが倒れない様に抱き寄せる。

なんともまぁ、恋愛小説の1ページみたいな出来事だこと。

文香「すみません……ありがとうございます」

P「いいっていいって」

文香「……離さないのですね」

P「離して欲しい?」

文香「まさか……普段の貴方なら、という話です」

P「さっきも言ったけど、今日はちょっと特別性なんだよ」

文香「……ふふ……なんて、優しく甘い恋物語なんでしょう」

P「渋さや苦さは如何なさいますか?」

文香「結構です……先程、珈琲を頂いたばかりですから」

傘の下で、甘いだけの空間を作る。

さて、そろそろ最後の一手間が加わる筈だ。




文香「…………あ……」

パッ、と。

駅前が、一瞬にしてイルミネーションに彩られた。

大きなモミの木に飾られた装飾品が、ただのロータリーを聖夜へと塗り替える

煌々と光るその輝きは、雲に覆われたこの夜を、傘に覆われたこの場所を。

今日この日を祝福するかの様に、優しく照らした。

P「ここのイルミネーション、すっごく綺麗でさ。文香に見せてあげたかったんだ」

半分本当、半分は嘘。

吐かないと言っていたけれど、どうやら冬の魔法に心が揺られてしまった様だ。

残りの本音は、文香と並んでこの光景を見たかったから。

俺が、見たかったから。

喜ぶ文香が、見たかったから。

文香「……本当、柄にも無い事を……」

P「失礼な。時にはロマンチストになる時だってあるんだよ」

文香「……ええ、本当に…………私は柄にも無く……綺麗だ、嬉しいといった程度の感想しか言えそうにありません」

P「それ自分で言っちゃうんだな。でも良いんじゃないか、それで……」

多分逆の立場だったら、俺は恍惚として何も言えなくなってたと思うから。

文香「……ありがとうございます、P君。今私は……とても…………幸せです」

それ程に、文香から語彙力を奪うくらいには、その光景は綺麗で。

そして、俺から言葉を奪うくらいには、照らされた文香は綺麗だった。




文香「……ですが……この光は、私には眩し過ぎます」

P「どのくらい?」

文香「貴方くらい……という表現は、月並みでしょうか?」

P「……慣れるしかないな」

このこそばゆい感覚にも。

いや、果たして慣れる日はくるんだろうか。

文香「……ですから……眩しい光は、一つで十分です」

P「えっ……」

気が付けば、眼に映るのはイルミネーションではなく文香になっていて。

唇に、柔らかいものが触れた。

文香「……では、もう一度柄にもなく……直接的な言葉で、伝えようと思います」

そう言って、微笑んで。

文香「……貴方と、二人きりになりたいです」

P「……あぁ」

組んだ腕を少し強く引いて、今度は俺から唇を重ねた。

触れた場所から伝わる温もりが、冬の寒さを忘れさせて。

特別な夜の中、この傘の下はより特別で。

既に消え掛けた足跡と別れ。

俺たちは雪に、この夜に。

二人並んで、足跡を重ねた。





文香√ ~Fin~


以上です
これで一応全√完結となります
長い間、お付き合い本当にありがとうございました


アフターとR-18も期待してるぞ

乙でした

全√完結

???

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom