男「歩こう……どこまでも、どこまでも」 (18)


ある日、男は決心した。



「歩こう……どこまでも、どこまでも」



男は歩き始めた。


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男が歩いていると、ある夫婦が喧嘩をしていた。


「ふざけるな! なんて身勝手な女だ!」

「あなたこそ! 男として見損なったわ!」


散々罵り合い息切れする二人のもとに、男が歩いてきた。

そして――


「お二人ともすごい汗ですね。もしかして、よほど歩いたんですか?」


それだけいうと、とっとと歩いていってしまった。

取り残された夫婦はというと、


「なんか、バカらしくなっちゃったな」

「私たちも散歩でもする?」

「そうだな……」


仲直りするしかなかった。


男はある村にたどり着いた。

そこでは村民同士が村の行く末について論じていた。


「この村をもっと栄えさせるため、開発を進めるべきだ!」

「いや、歴史のあるこの村は、ありのままの姿で残すべきだ!」


どちらの言い分も一理ある。

男はかまわず歩を進めた。


ある村人が男に聞いた。


「あんたはどう思う? この村を開発すべきか、このままにしておくべきか」


男は歩きながら、こう答えた。


「これまで色んな道を歩きましたが、こんなに歩きやすい道はなかなかありません」


村を去っていく男の背中を見つめる村民たち。

誰かがいった。


「とりあえず、このままということで……」


歩き続ける男は、ある大きな町に到着した。

町は町長選挙の真っ最中。

どちらの陣営も、相手の弱みの握り合いに必死になっていた。


「対立候補者は立ち小便をしたことがあります! ぜひ、私に清き一票を!」

「そちらこそ、桜の木の枝を折ったことがあるじゃないか! ぜひ私に一票を!」


あまりにもバカバカしいやり取りに、町の人たちも半ば呆れている。

男はただただ歩き続けた。


二人の候補者は、男の歩く姿をじっと見つめた。


「なんと美しいフォームだ……!」

「あんなに堂々と歩く人間を見たことがない……!」


男を見て、二人はお互いのやり方を恥じた。


「これからはもっと堂々と勝負しましょう」

「ええ、町や町民をどうするのかの政策で、論じ合いましょう!」


ある民族同士が、にらみ合い、殺気立っている。

二つの民族は長年いさかいを続けており、それがいよいよ爆発寸前となったのである。


「今日こそお前らと決着をつけてやる!」

「望むところだ!」


一触即発。

そんな雰囲気にもかかわらず、男は平然と歩を進めた。


突然の乱入者に、困惑する二つの民族に対し、男は歩きながらつぶやいた。


「なぜ争ってるんですか? みんな、歩けば汗をかくのは変わらないのに……」


男からしてみれば、思ったことをただ口にしただけだった。

しかし、どうやら両民族の心にこの言葉はやたら響いてしまったらしく、
あれだけ高まっていた戦意はいつしか収まってしまった。


二つの民族の未来はこれからだ。


男は地雷原に着いた。

当然、地雷原を管理している兵士が止めに入る。


「ここから先は、あちこちに地雷が埋まっていて危険だ! 入ったらいかん!」

「しかし、どうしてもここを通りたいのでね」


男は迷わず地雷原に足を踏み入れた。

恐れもなにもない。

男は地雷を踏んだ時のことなど考えてはいなかった。

歩きたいから、歩いているのだ。


男をおそるおそる見守る兵士たち。

やがて――


「あの人を死なせたらいかん! みんなで地雷を撤去するんだ!」


地雷原を管理する兵士たちは、地雷の位置を知っている。

瞬く間に大勢の兵士が集められ、地雷の撤去作業が始まった。

そのおかげなのか、運がよかったのか、男は地雷原を徒歩で抜けることができた。



その後、地雷原から全ての地雷が撤去されたのはいうまでもない。


血と煙と銃弾と悲鳴が飛び交う戦場。

むろん、男はペースを落とさず歩き続ける。


「何者だ!? あそこを歩いているのは!?」

「我が軍にあんな兵士はいませんし、敵軍でもありません!」


両軍でこんなやり取りがなされ、いつしか戦う兵士たちは男の歩く姿に見とれていた。


男が通れば、戦闘が止み、戦場が静かになる。

歩く男の姿には、戦いをやめさせてしまう何かがあった。


男がいなくなった後、この戦場からは一つの発砲音も聞こえなくなっていた。



男はそれが自分のおかげだと、気づいているのかいないのか、定かではない。


男が歩いていると、複数の人間が男の前に立ちはだかった。

彼らはみな、国の指導者である。


「なんでしょう?」

「君が歩き続けるせいで、我々の国の兵士から戦意が消えてしまって、大変迷惑している。
 もう歩くのをやめてもらいたい」

「お断りします。私は歩きたいのです」


男がこう答えると、指導者のうちの一人が銃を向けた。


「これでもかね?」


しかし、銃を向けられても、男の態度は変わらない。


「私は歩きます。撃ちたければどうぞ」

「歩かなければ助かるというのに! 下らん意地を張って地獄に落ちてもいいのか!」

「そうしたら、地獄で歩くまでです」


指導者たちは、男を止めるのを諦めた。

いかなる武力も、権力も、男を止めることはかなわなかった。


しばらくして、この地から争いらしい争いはすっかり消えてしまった。

まもなく皆は、この地を平和にした男を捜したが、もはや行方は分からない。



しかし、今もきっとどこかで歩き続けているにちがいない。

それだけは分かった。


いつしか人々は男のことをこう呼ぶようになった。


この地から戦争をなくしたことから転じて、戦争をもひれ伏させた偉大なる王、

戦争王(ウォー・キング)と――










― 終 ―

珍しく静かな落ちだな
おつおつ

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