小日向美穂「恋は揺らいでオーバードライブ」 (27)

 最初に彼女を見た時、気弱そうな女の子に見えた。本人は熊本の女は強いんです、と口癖のように言っていたけど恥ずかしがり屋であがっちゃって、ワタワタとして落ち着きがなくて。そんな姿が可愛いという声は多かった。とはいえ実際彼女は芯の強い子でその看板には偽りは無かった。それでも可愛い女の子、という印象は強く俺も彼女の一挙一動の可愛さにドキりとする事はあった。その都度あの子は担当アイドルだ! と言い聞かしてきたのだけど……。


「プ、プロデューサーさんの事がですね……す、すきなんですっ!」


 告白、されちゃいました――。

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「で、OK出しちゃったと」


「いやぁ、お恥ずかしい……」


「何やってるんですか……」


 事務員のちひろさんは呆れたようにため息をつく。気持ちはよく分かる。年下のアイドルに手を出してしまったプロデューサーなんて、最低最悪の存在だ。その自覚は強くある。


「一応最初は断ったんですよ? 美穂はどちらかというと妹みたいに見てましたし……」


「確かに傍から見ていたら仲のいい兄妹にも見えなくはなかったですが。でも結局付き合ってるんですよね」


「意識しだしたら止まりませんでした、ええ」


「まったくもう……うちのお偉いさんも自分が育てたアイドルと結婚してしまったのであまりキツく言えないんですが……」


 そう、そこなのだ。俺の上司である某氏も担当アイドルと出来婚をしたという事情があるため何を言ってもブーメランになってしまう。
 それともうひとつ、打算的な理由ではあるがプロデューサーとアイドルの間に強いつながりが生まれることでプロデュース活動を円滑に行う――ある意味マインドコントロールな気もしなくはないけどそれらの理由から打ちの事務所では暗黙の了解として恋愛を許されている。勿論それにかまけて堕落してしまう場合はそれ相応に痛い目を見ることになるのだけど。

「でも1人の女子から言わせてもらうと」


「女子?」


「女子ですよ!」


 ちひろさん、笑顔で足を踏まないでください。


「美穂ちゃんはプロデューサーさんに対して強い憧れを抱いていましたからね。あんまりこういうこというと怒られちゃうんでしょうけど、素敵な衣装を着て観客の前で歌った時と同じくらい、プロデューサーさんが近くにいるとあの子笑顔でしたから」


 ちひろさんの言葉に胸が痛くなる。美穂を応援しているファンのみんなは当然俺と彼女の関係を知らない。美穂がインタビューなんかで俺の話題をする事があるくらいで、プロデューサーなんて所詮は裏方家業だ。


「正直、裏切っている罪悪感はあります」


 プロデューサーはそのアイドルの1番目のファンである。でもだからって、他の人には見せない笑顔を独占しても良いのだろうか。もし俺にしか見せない笑顔をみんなに見せる事ができたのなら、彼女のファンはもっと増えたんじゃないだろうか。自問自答にキリはない。


「そう思っているだけ、プロデューサーさんはマシな部類です。酷い時は2人だけの世界を作って周りが見えなくなっちゃうなんてのもありましたからね」


 自分たちだけは大丈夫だ、なんて言える保証はない。アイドルとプロデューサーである以前に人間である、男と女である。いつどこで間違いが起こるかなんて想像が出来ないのだから。


「どちらにせよ。美穂ちゃんを泣かせちゃダメですよ」


「肝に命じておきます」


 ちひろさんの言葉が重く響く。

「ただいま……って来てたのか」


 ちひろさんとの今後の打ち合わせを終えて(美穂には事前に伝えていて了承はもらっていた)家に帰ると、すでに玄関には可愛らしい靴が並べられていた。


「すぅ、すぅ……」


「美ー穂ー?」


 1人分のソファの上で体を丸めて眠っている彼女はなんだか猫のようにも見えた。誰かの個性がクライシスされた気もしなくはないけど、それはもう心地好さそうに寝ている。起こすのも忍びない。学校帰りの足で来たのか制服のまま寝ている姿がすこし背徳的に感じる。


「ここんところレッスンにドラマの撮影に忙しかったもんなあ」


 さっきまで台本を読んでいたのだろう。ソファの下に捲れたままで落ちている。名探偵ユキミ?ペロの執行人?、タイトルだけじゃどんな話かわからないけど巨額の制作費をつぎ込んだアクション大作らしい。美穂は主役ではないけど重要な役どころで出演するため張り切り具合もいつも以上だ。


「結構書き込んでる。教科書みたいだ」

「思い上がらないで……すぅ」


「ごめんっ! って寝言か……」


 強い言葉を言われてどきりとしたけど、どうやら夢の中でも台本を読んでいるようだ。仕事に対して高い意識を持っている、よきかなよきかな。


「なんか、イイよなぁ」


 髪の毛を優しくなでる。いいシャンプーを使っているのだろう、サラサラで触り心地がいい。こっちまで眠くなってきちゃうけど、もう少し美穂の寝顔を見ておこう。


「んん……」


「おはよ、美穂」


「プロリューサーさん……?」

 目と鼻の先、息も触れる距離。船を漕いでいた美穂も俺の輪郭がはっきりしてくるにつれて顔を赤らめていく。


「わわっ! 近いですよ!」


「おわっ!」


 押しのけるかのように両腕を伸ばされる。そんなにオーバーな反応をされると割と凹むな、うん。


「どうしてここにいるんですか!?」


「そりゃ俺の家だし」


「あっ、そっか……ってそうですけど! 帰ってきたら起こしてくださいよ?」


 気持ちよさそうに寝てたから起こすのは悪いと思ったのだ。決して寝顔を見ていたかったというわけではない。


「……写メ、後で消してくださいね」


「バレてたか」


「いつものことですっ」


 体を起こして背伸びをする。ちらりと着崩れた制服から白いお腹が目に入ったけど彼女は気付いていないみたいだ。

「プロデューサーさんはゆっくりしていてくださいね」

 そう言って美穂は台所に立つ。包丁すら置いていなかった台所に左利き用の包丁が置かれるようになったのはいつのことだっただろうか。

「手伝えることある?」

「大丈夫ですって! 私も響子ちゃんからいろいろ教えてもらっているんです。任せてくださいね」

 ハンドメイドのクマさんエプロンは子供っぽいのだけど彼女が着ると実に愛らしい。本人は子供っぽいのかなと悩んでるみたいだけど。最近は大人っぽくなろうと頑張っているのだけど、時々小学生に間違えられるくらいには幼いので背伸びしているみたいでこれまた愛らしい。とはいえ。

「最近色を覚えたよなぁ……」

 美嘉や加蓮といったお洒落な仲間たちの影響されたのか彼女は日に日に洗練されていく。今ではお洒落だと思う女の子ランキングに名前が載るくらいだ。上京して日が浅かった頃の美穂が今の姿を見たらどう思うのだろう。ビックリするのかな。

「どうしたんですか? こっちを見て」

「いや、美穂も変わったなぁって思って」

「そうですか?」

「でもま、根本的なところは変わってないよね」

「変わっていくことも変わらないこともどっちも大事なんですっ」

「そうだね」

 はにかみ屋なのは多分一生治ることはないと思う。でも悪いことじゃないだろう。それすらも楽しめるようになって来ているのだから、確実にアイドルとしてステップアップしている。

「今度は水着の仕事考えてみるかな」

「ええ!? そ、それはまだ早いといいますか……ダメですっ、心の準備に時間がかかります!」

「そ、そう?」

 何の気なしに呟いただけなのにここまで言われるとまだ早い気もしてくる。別に見られて恥ずかしい身体をしているわけでもないのだけど、心の持ちようだろう。

「それにそういうのは……プロデューサーさん以外に見せるには勇気が」

「えっ?」

「な、なんでもないです! お料理お料理たのしいなぁ!」

 照れ隠しのように歌いながらリズミカルに包丁を叩く。

「……今の破壊力やばかった」

 思わず聞こえなかったふりをしたけどすっごくドキッとしました。ええ、年甲斐にもなく。

「いただきます」

 何歳になっても手料理というものは良いものだ。それも自分のことを好きでいてくれる女の子が気持ちを込めて作ってくれたのならば尚更である。

「どうですか?」

 美穂は緊張した顔つきで俺を見ている。オーディションの結果を待つようでやや強張っている。

「……」

「……」

「……」

「……」

「な、何か言ってくれないと不安ですっ!」

 意地悪が過ぎたようだ。少々泣きそうになっている。

「うん、美味しいよ。味付けも好みだし」

「本当ですか? えへへ、やったぁ」

 ホッと一息をついて砕けた笑みを浮かべる。

「プロデューサーさんの好みの味、研究した甲斐がありました」

 アイドル活動もお料理も全力で頑張ってくれている。そのことがとても嬉しかった。

「そうそう、親御さんにこの前頂いた焼酎美味しかったって言ってたって伝えておいて欲しいんだ」

「あれですか? お父さんもプロデューサーさんが気にいるかどうか心配していたので喜ぶと思います」

 美穂のご両親は結構な大酒飲みだ。彼女が事務所に本所属なる前に挨拶に伺った時に思いっきり潰されたのもいい思い出である。

「美穂も強そうだよねお酒」

「プロデューサーさんまで。よく言われるんですけど……そんなに強そうに見えますか?」

 美穂が言うように、彼女の容姿を見るとお酒なんて一雫飲むだけでも酔ってしまいそうな印象を与える。もちろん未成年なんだからお酒を飲んだことはないのだけど……。

「辛子蓮根とか馬刺し食べてるからじゃない?」

「やっぱり女子高生が馬刺しとかおつまみ好きなのは変、ですかね?」

 彼女なりに気にしていたようだ。とはいえ、大人のお姉さん方とおつまみトークをしていた美穂はイキイキしていたと卯月から聞いていたし無理に嘘をつくこともないだろう。

「いやいや、そんなことはないよ。好きなものも嫌いなものも全部ひっくるめて小日向美穂って女の子でアイドルなわけだし。それに」

「それに?」

「今はまだダメだけど、美穂が20歳になったら一緒に飲みたいな。出来たら誰よりも先に」

「ふふっ。その時が来るの、楽しみになっちゃいました。約束ですよ? プロデューサーさんの前で、私も大人になりますから!」

 未来なんてあやふやで不確定なものなんだけど、楽しみがあればそのために頑張れる。美穂にとっても誇れるプロデューサーで彼氏にならないとな。

「ふんふんふーん」

 洗い物くらいは俺がやると美穂を休ませる。無防備にもソファに寝っ転がり足をバタバタさせながら携帯を見ている。付き合い始めたばかりの頃はロボットみたいにぎこちなかったのに、これはこれでリラックスしすぎな気がする。ちょいちょい美穂の私物も置かれるようになって来て半同棲生活みたいなものだから仕方ないのかもしれないけど。

「パンツ見えるよ?」

「えあっ! 見ないでください?!」

 俺の存在を忘れていたな。

「いつも寮でもこんな感じにダラけてるの?」

「そんなことはないですよ? でもプロデューサーさんのお部屋だと妙にリラックス出来るといいますか……なんででしょうね?」

「でも出会った頃に比べたら、今の方が断然いいかな」

「アイドルになりたての頃は自分でも余裕がありませんでしたし、男の人と一緒に沢山の時間を過ごす経験なんてお父さん以外になかったから……すっかりプロデューサーさんに染められちゃいましたね」

「染められたって」

 またそんな際どいこと言って。わざと言って俺の反応を楽しんでいるのだろうか。

「洗い物終わったら、一緒にぐだーってしませんか? こんな時間なんで日向ぼっこはできないけど……」

「はいはい」

 洗い物をちゃっちゃと終わらせて美穂の隣に座る。一人暮らしには大きいくらいだったソファーだったけど、2人だと若干狭めだ。

「えへへ」

 特に何をするわけでもなく、美穂は甘えるように身体を預ける。甘い香りと暖かな体温が心地いい。

「プロデューサーくんと比べてどう?」

 ふと美穂が大事にしている大きなシロクマのぬいぐるみを思い出す。どうやら俺に似ているからプロデューサーくんと名付けたみたいだけど……そんなに似てるのかな?

「プロデューサーくんの方がモフモフしていて抱き心地は良いですよ」

「ま、負けた……?」

 自分の名前をつけられたクマのぬいぐるみに負けた哀れな男がそこにいた……。

「で、でも! プロデューサーさんのガッシリとした身体はホッとしますし……みんな違って、みんな良いんですっ!」

 そう言って美穂は強めに抱き寄ってくる。

「それに……プロデューサーさんがくれるドキドキが大好きなんです。今幸せだなぁって思えて……こんなに幸せでいいのかなって思っちゃうくらい」

「美穂……」

 美穂も理解しているんだ。この関係が本当はダメなものだって、多くの人を裏切っていることに。だけどそれは、17歳の等身大の女の子にとっては酷すぎた。

「アイドルとしても……あなたにとっても……1番になりたいっていうのはワガママでしょうか?」

「……だったら俺たちなりの答えを探していこう」

「そうですね……」

 今はまだなんとなくで構わない。その方が多分、長く高く飛べるから。

「じゃあ帰りますね」

 恋人同士になって俺の部屋に通うようになっても今のところお泊まりはNGにしている。夜も遅いし送っていきたいのは山々だがパパラッチされたら致命的だ。寮からはそこまで距離が離れていないので、美穂はいつもそのまま1人で帰っている。美穂も制服の上に上着を着て眼鏡と帽子で変装をしているがそれでも気付く人は気付く。名残惜しいけど今日はお別れだ。

「また明日ですっ」

「ああ。気をつけて帰るんだよ? 寄り道はダメだからね」

「はいっ。帰ったらまたメールしますね」

 美穂がマンションを出るのを見届けてソファに座る。さっきまでいた彼女の残り香が少しこそばゆい。

「やっぱり俺の方が恋しちゃってる、よなぁ」

 好きだと始めに言ったのは美穂の方だった。だけど俺は初めから、彼女に心を奪われていた。プロデューサーとして採用されて研修を経て、1人アイドルを担当しなさいと上から命じられた俺は始めスカウト活動を行なった。道行く女の子たちの中で光るものを感じた子には積極的に声をかけた。時には通報されることもあったけど、今となれば笑い話になっている。会社には迷惑かけちゃったけど。

 スカウト活動がうまくいかず養成所からアイドル候補生を引き入れる方針に転換した時、集めた資料の中で一番目を引いたのが他ならぬ美穂だった。本音を言うと、彼女以上のポテンシャルを持っていた子はたくさんいた。それでも俺は彼女に賭けたいと思った。言うなれば、運命を感じたんだ。それは直感だと思っていたけど本当は――。

「一目惚れだったんだなぁ……」

 今なら胸を張って……張っちゃダメなんだけど言える。小日向美穂という女の子に恋をしたから、トップアイドルにしたいと思ったんだ。自分が好きな女の子を輝かせたいって思うのは自然なことだろうから。

「カット!」

「ふぅ……」

「お疲れ様、美穂」

 映画の撮影を全て終えて一息ついた美穂に冷えたスポーツドリンクを渡す。季節的にどんどん蒸し暑くなっていき、着ている服も汗で濡れている。水分補給は大事だ。

「どうでしたか? 私の演技、うまくいっていました?」

「うん、良かったよ。掛け値無しにね」

 実際監督からもお褒めの言葉をもらっていた。撮影中はあえて厳しく接していたから美穂は若干監督さんに苦手意識を抱いているようだけど、夢で台本を読むほどの努力はきちんと報われていた。

「いい作品になると思うよ」

「本当ですか? 良かったぁ……ずっと緊張していましたけど、ホッとしました」

 思いの外早く撮影が終わってしまったので次の仕事まで時間が空いている。

「なぁ、良かったらどこかに食べにいかない?」

 少し歩けばお洒落な感じのお店も多い。男が一人で入るには敷居が高いような場所でも美穂がいたら……。

「あのー、それなんですけどね」

「うん?」

 美穂は俺の耳元に顔を近づけると誰にも聞こえないように呟く。

「……実はお弁当作ってきていて」

「!!」

「向こうに静かな公園があるので、そこで日向ぼっこしながら食べたいなぁって思ってて」

 顔を赤くしてモジモジとしながら提案する彼女を見て拒否できるものか。俺たちはスタッフの皆に挨拶をして公園へと向かう。平日のお昼時ということもあり、美穂が言っていた公園は人気も少なかった。

「この時間帯って他の曜日もあまり来ないんで、撮影の休憩の時なんかによく来ていたんです。私としてはあそこがおすすめですね」

 お昼寝マスター小日向美穂に手を引っ張られる。

「私が好きな場所を、プロデューサーさんにも好きになって欲しくて……って、何だか恥ずかしいですね。子供たちが遊びに来る前にお弁当たべちゃいましょう」

 さっきよりも涼しげな風が吹き草木の匂いが懐かしい気持ちにさせる。昔は俺も外で鬼ごっこをしたり遊んでいたものだ。今全力で走ろうものなら、筋肉痛が二日後くらいにやってくるだろう。

「どうでしょうか? 私なりに頑張ってみたんですけど」

 お弁当箱を開けると二つ並んだシロクマくんのおにぎりが目についた。男の子と女の子のクマさんなのか、右のおにぎりには人参で作られたちょうちょの形をしたリボンがついている。

「かわいいな、これ。食べるのちょっともったいないかも」

 食べる前にパシャリと写メっておく。

「他にも栄養とかも気を付けて作ったんですよ」

 主食であるコンビニ弁当に栄養がないとは言わないけど(むしろキチンとしてそうだ)、美穂が作ってくれたってだけで凄い価値があるものになってくる。

「月並みなことしか言えないけど、美味しいよ」

「えへへ……腕あげちゃいました」

「子供が出来たときも喜ばれそうだね」

「こ、子供って……ま、まだ早いですよー!」

「そ、そういうつもりで言ったんじゃないよ!」

 恥ずかしさが突き抜けてポカポカとしてくるけど可愛い。想像してみる、子供と一緒に日向ぼっこをしている経産婦旧姓小日向美穂の姿を。

「……4人は子供欲しいな」

「もう~!」

 そんな感じでおかしな事で笑い合ってお昼ご飯を食べ終えると2人してゴロリと横になる。スーツに草がついてしまうけどこの後は事務所の中の仕事だから多少汚れても問題はない。むしろこうやって、つかの間の優しい時間を過ごしていたかった。

「ご飯を食べたばかりだから、すぐに眠くなっちゃいます……」

「すぐに寝たら牛になるぞ~?」

「ふふっ、それは迷信です。むしろ食べたあとは横になってお昼寝するくらいがちょうど良いって前にテレビで言っていました」

 なんと、そうだったのか。単に行儀が良くないからそういうふうに言ってきたのだろうか。

「んじゃ牛さんの衣装持ってくるぞ~?」

「すぅ……」

 慌てふためく反応を期待していたのだけど、美穂は俺の腕を枕にして既に夢路へと旅立っていた。動こうにも動けないので20分位後にアラームをセットして俺も目をつぶる。

『ん……?』

 気が付けば俺は教会の椅子に座っていた。周りを見渡すと少し大人になったアイドルのみんな。神父さんの前には白いスーツを着た男が立っていた。顔まではわからなかったけど、背はモデルのように高い。誰かの結婚式なんだろうか。そう思っていたら扉が開いてウェディングドレスを身にまとった新婦が父親に連れて歩いて来る。拍手とおめでとうの雨の中、彼女ははにかんだように笑って手を振る。

『美穂――』

 目があった彼女は優しくも寂しそうに一瞥してそのまま歩いていく。新郎と新婦、お似合いだねだなんて声が聞こえた。

『ああ、そうか――』

 これが本来、俺たちのあるべき姿だったんだ。神父がわざとらしいカタコトで2人に愛の誓いを問い、ステンドグラスから射す光を浴びた2つの影がひとつに……。

『~~♪』

 厳かな空間をぶち壊すようなバリバリのロックサウンドが教会に響き渡る。誰もが俺に呆れたような視線を向ける。携帯の電源切っておきなさいよ、と誰かが言う。俺は電話の電源を切り居づらくなって教会を出ようとする――。

『――さん! プロデューサーさん!』

 俺を呼ぶ声に導かれて意識は覚醒していく。

 パチクリ。瞼を開けるとそこには美穂の顔が超至近距離にあった。

「わっ! 起きるなら言ってください~!」

「理不尽な……って今何時?」

 携帯の時計を見ると1時間以上眠っていたらしい。

「やばっ、ちひろさんに怒られる」

 担当アイドルと仕事をサボっていたなんてバレたらどうなることか。想像するだけでも怖い!

「ちひろさんから電話があったんですけど、素直に言っちゃいました」

「え?」

「プロデューサーさん、お昼寝中だから少し待ってくださいって。ちひろさんもちょっと困ったみたいに笑っていましたけど……」

 携帯電話を見ると着信履歴が埋まっていた。おかしいな、アラームきちんと鳴らしたはずなのに……。

「やべ、時間間違えてた」

 アラームを予約したと思っていた時間よりも1時間先にセットしていたようだ。

「ごめんな美穂、ぐっすり寝てたみたいで」

「気にしないでください。プロデューサーさん、いつも寝る間も惜しんでお仕事しているの見てきましたから……私といるときくらいは、甘えてくださいね。その代わり、私も甘えたりしますから」

「ありがと」

 あんな夢を見たあとに美穂の笑顔を見ると胸がズキリとする。いつかはこの関係も終わりを告げて、夢で見たような未来が待っているのだろうか。その時、俺は笑って見送れ……。

「プロデューサー……さん?」

「ごめん、無理っぽい」

「えっ?」

 困惑する美穂を強く抱きしめる。俺たち以外に誰もいない公園は世界から切り離されたみたいに静かで、彼女の鼓動の音が大きく響く。

「プロデューサーさん……?」

「俺大人なのに、今めっちゃガキっぽいと思う。自分でも何言ってるか分からないんだけど……美穂をトップアイドルに導くからさ……えーと、その……みんなに認められる時が来たら……結婚、しよう……」

「……」

 美穂は理解が追いつかずポカンとしていたけど、すぐに俺の言葉の意味がわかったのか顔をこれまでにないくらいに真っ赤にして。

「えええええ!?」

 宇宙にまで届きそうなくらいに大きな声で驚きを表す。

「け、結婚って私とプロデューサーさんがええ!? ほ、本気です……か?」

「自慢じゃないけど、生まれてこの方嘘をついてもすぐバレるくらいに正直者です」

 交差点で100円落ちていたら交番に持っていく程度には正直者だ。

「わ、私は結婚できる年齢ですし、プロデューサーさんのことは好きですしいつかは幸せな家庭を気付けたらなんて思ってましたしえーとえーと……末永く……お願い、します?」

「……絶対幸せにします」

 指輪もないしおままごとだってこんな台本にはならないだろう。でも確かに、俺と美穂は同じ気持ちであったんだ。

「……ほんと、何やってるんですか」

「何やってるんでしょうね……」

「あははは……」

 ちひろさんに謝ると同時に俺と美穂は2人で事の顛末を説明した。他の人に聞かれてはまずいので会議室を貸りて呆れ果てるちひろさんにひたすら頭を下げ倒す。

「要するにプロデューサーさんは夢で美穂ちゃんが他の誰かと結婚するのを見て、勢いでプロポーズしたと……プロデュースしてくださいよ」

「ちひろさん、うまいこと良いま……いや、冗談です、はい」

 あれほど恐ろしい笑顔は今後お目にかかることはないだろう。

「でも2人とも……勢いだけじゃないんですよね」

「はい。俺は本気です」

「わ、私も……プロデューサーさんが他の人と結婚しちゃうのは嫌ですし、子供は4人くらい欲しいなーなんて」

「はぁ、2人で選んで決めて本気で想い合っているのなら、もう私は何も言いません。でも仕事はちゃんとしてくださいね。認められるその日が来ること、私も願っていますから」

 そう言ってちひろさんは呆れ半分と祝福半分の笑顔を浮かべる。不安とか期待とか綯交ぜにした俺たちの祝うように、窓の外で白い飛行船が飛んでいった。

読んでくださった方ありがとうございます、以上になります。では

もしかしてタイトルの由来、GARNET CROW?

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