少女「幼稚園・オブ・ザ・デッド」 (34)

少女「ゾンビ達から逃げ延びた私は近所の幼稚園に逃げ込むことに成功する」

少女「フェンスで覆われたこの女学院付属幼稚園ならきっと安全だと思ったの」

少女「けど現実は甘くなかったわ園児たちがすでにゾンビ化してしまっていた」

少女「私は幼稚園の保母さんと一緒に何とか倉庫に避難することができたけど」

少女「この倉庫には備蓄食料とか存在しないみたいやばたにえん飢え死にしたくなければ」

少女「何とか園内を徘徊する園児たちから逃れてつつ食糧を集めないと!」


保母「誰に説明してるんですか?」

少女「いや、自分の置かれた状況を再認識することで打開策を考えようかなって」

保母「そ、そうですか」

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少女「それで保母さん、この園内にいる園児たちの数ってどれくらいなの?」

保母「年長年少合わせて50人くらいです」

少女「それが全部ゾンビ化してるって考えたほうがいい?」

保母「それは……判りません、私の同僚も数人いたはずですけど、連絡が取れないですし……」

少女「そっか」

保母「ああ、どうしてこんなん事に……」

少女「嘆いてても仕方ないでしょ、今は何とか食料を集めないと、朝ご飯抜いてるからお腹がペコペコなの」

保母「う、うううう……」

少女「園内で食料が手に入りそうな場所ってある?」

保母「ちょ、調理室があります、栄養士の方が毎日食材を用意してくださってましたが……」

少女「今日の分の食材が用意してある……と考えるのは無理があるわね、この状況だと」

保母「はい……」

少女「ま、けど、二人で食べるくらいの食料は残ってるかもしれないし……調べに行ってみようか」

保母「え……こ、この倉庫から出るんですか!?」

少女「そりゃあそうよ、お腹減ってるし」

保母「そ、外には、外にはあの子たちが、あの子たちがいるんですよ!?」

少女「大丈夫だって、さっき見た感じだとあの子たち、外のゾンビ達と比べてもかなり動きが鈍いし」

保母「け、けど……」

少女「んんー、私だけで行ってもいいけど……園内の地形に疎いからなあ」

保母「うううう……」

少女「ほら、窓の隙間から見る限りでは、この周辺にあの子たちはいないみたいだし、ね?」

保母「わ、わかりました……けど、もしあの子たちが居たら即座に逃げますからね!」

少女「はぁい」

少女「ほら行くよー」

保母「ちょっと、大きな声出さないでください、あとそんなにスタスタ歩かないで!」

少女「さっさと歩かないと、あの子たちと遭遇する確率増えるんじゃない?」

保母「ゆっくり歩いたほうが見つかる確率は減ります!」

少女「そっかなぁ」

保母「ゆっくり、ゆっくり、足音を立てないように、周囲を常に気にしながら……」

少女「んー?」

保母「ど、どうしましたか」

少女「何か、音がしない?」

保母「音ってなんのです!?」

少女「人の声、みたいな」

保母「ひとの、こえ?」


ンンー

グゥゥゥゥ


少女「ね?」

保母「帰りましょう倉庫へいますぐ」

少女「いやいやいや、生存者の声かもしんないし、もし生き残ってるなら貴女の同僚でしょ」

保母「そ、それは……そうですけと……」

少女「声はあの部屋から聞こえてくるみたい……保母さん、ちょっと覗いて確認してみて?」

保母「え、ええ……私がですか……」

少女「私は廊下のほうを見張っておくから」

保母「ううう、やだなぁ……」

そっと部屋を覗くと、声が鮮明に聞こえてきた。


「たすけ、て」


知っている人の声だった。

そう、私の同僚の声。

毎日聞いていた栄養士さんの声が、助けを求めていた。

けど、けど入口からでは中の様子が良くわからない。

机が死角になって、よく見えないのだ。

どうしよう、中に入るのは怖い……けど。


「ああ、だ、だれか……」


私はその声を無視することができなかった。

扉から離れて一歩足を踏み入れる。

更にもう一歩。

その段階でようやく、栄養士さんの足が見えた。

倒れている、のだろうか。

それと同時に、息遣いの音も聞こえてくる。

もしかして、怪我をしてこの部屋に逃げ込んだ……とか?


「栄養士さん、だ、大丈夫ですか?」


小さな、途切れそうな声で彼女を呼んでみる。

けど、返事がない。

ただ酷く激しい息遣いの音が部屋に響いている。

本来なら、ここで逃げておくべきだった。

けれど、私はそうしなかった。

きっと恐怖のあまり判断力が低下していたのだろう。

私は……。



……私は、彼女かどんな状態であるか確かめる為に、更に一歩前へ進んだ。













彼女は、一人ではなかった。

「あの子達」は、愛らしかった。

全員が愛らしい華だった。

勿論、元気で素直な子ばかりではなかった。

内気な子も居たし、気難しい子も居た。

給食が食べられなくて駄々をこねる子も居た。

絵本の内容で泣いてしまってずっと手を離さない子も居た。

運動が大好きで疲れて動かなくなるまで走り回ってる子も居た。

意思の疎通が苦手で数十分付き合わないと口を開いてくれない子も居た。

けど、こちらが心を開いて接していく事で、彼女たちも打ち解けてくれたのだ。

私の事が大好きだって、言ってくれたのだ。




そんな「あの子達」が。

床に横たわる栄養士さんの身体に集り、噛みついていた。

「あ、あわ、あわわわ」


私の口から奇妙な声が出る。

逃げないと。

逃げないといけない、のに。

足が動かない。

ガクガクガクと震える足が、言うことを聞いてくれない。

早く、早くこの部屋から出ないといけないのに。


「あの子達」は、私にまだ気づいていない。

きっと、栄養士さんを食べるのに夢中で、気づいていないのだ。

だから、今のうちに早く……。

利己的な判断を下そうとしていた私の耳に、声が聞こえだ。


「ひゃぁっ」


それは横たわる栄養士さんの声だった。

「あの子達」に噛みつかれている栄養士さんの声。

けれど、それは苦痛の声ではないように感じられた。

どちらかと言うと、逆の方向性の声な気が……。


「や、やぁっ……」


よくよく見ると、奇妙な事があった。

栄養士さんは、あれだけの数の「あの子達」に噛みつかれている。

本来なら大量出血しているはずなのだが……。

見える範囲で、床に血は飛び散っていない。

乱れた服にも、血の跡はない。

何故?

どうして?

ひょっとして、「あの子達」の中に優しさ的なものが残っていて、栄養士さんを傷つけないようにしているとか?

疑問を晴らすために、私は息をひそめたまま「あの子達」を観察する。

結論を言うと、「あの子達」には優しさは残っていない。

そんな都合が良い話は無い。

私が知っている天使達は、確かに歩く死体となり果てている。

けど……。


「や、やだぁ、く、くすぐったい……」


栄養士さんの声が部屋に響く。

「あの子達」は、普通よりも「弱い」のだろう。

複数で栄養士さんに飛び掛かることで押し倒すことは出来ても。

顎の力が弱くて「皮膚をかみちぎる」事ができないのだ。

肌に噛み跡を残すことすらできていない。

けど、体を支配する新しい本能は「諦め」というものを知らない。

だから栄養士さんの身体に噛みつき続けている。

栄養士さんの身体に残る唾液の跡がその証拠なのだろう。

栄養士さん自身も、一人や二人なら「あの子達」を振り払えるのだろうけど。

あれだけの数で身体の上に乗られていると、身動きが取れない。

奇妙な綱引きが、この部屋で続いていたのだ。

どうしよう、今の状況なら私が助けに入れば栄養士さんを解放できるかも。

そう、そうすれば、外の少女と合流して三人で……。

そこまで思考した時、栄養士さんの声色が高くなった。


「あっあっ、あああっ!」


はっとして、「あの子達」の様子を伺う。

「あの子達」は相変わらず栄養士さんに噛みついて……。

……いや、違う。

確かに「あの子達」は栄養士さんに噛みついている。

けど、けど、あれはただ噛みついている訳ではない。

違ったのだ。

私の脳裏に、ふと「猫」の話がよぎる。


幼い頃、私の家の近所には野良猫が居た。

黒くて乱暴な猫だったけど、幼い私にだけは優しかった。

いつも私にすり寄ってきて、手や頬をペロペロ舐めてくれた。

私はそれがうれしくて、黒猫になめられるがままにしていた。

ある日、私の事を舐めていた黒猫は、突然私に噛みついた。

驚いた私は泣き出し、黒猫はそれに驚いて逃げ出してしまった。

どうして、黒猫は私に噛みついたのだろう。

私が何か、悪いことをしたのだろうか。

祖母にそのことを尋ねると、祖母はこういった。


「猫が誰かを舐めるのは、毛づくろいの意味もあるんだけど……もう一つ意味があるんだよ」

「舐めることでね、肉の柔らかい個所を、探してるんだよ」

「唾液には肉を柔らかくする作用も、あるからね」

「どうしてそんな事をするのかって?」

「それはね」

「それは……」


そう、「あの子達」も、それと同じことをしていたのだ。

ただ噛むだけでなく、唾液をつけて肉を柔らかくしていた。

同時に、柔らかい個所を探していたのだ。

何のために?

そんなことは決まっている。



「栄養士さんの肉を、食いちぎるために……」

「あの子達」は栄養士さんの身体の柔らかい部位に殺到していた。

唇、首筋、脇、胸、臀部。

服の中に無理矢理頭を差し入れ、それらの部位に歯を立てる。

何人もの「あの子達」がそれに続く。

栄養士さんは身悶えし、何とかそれを阻止しようとするも、数の暴力にはかなわない。

彼女の悲鳴が、更に高まる。


しかし……。


そんな「柔らかい部位」に対しても、「あの子達」は歯を食い込ませることは出来ない。

噛みちぎることができないのだ。

「あの子達」が「生物」のままであるなら、恐らくそこで諦めていただろう。

けど、歩く死体である「あの子達」は諦めることを知らない。

そんな機能は損失している。

だから、執拗に唾液を分泌させる。

肉を柔らかくしようとする。

ペチャペチャ、クチャクチャと音を立てて。

な、なるほど……

つまり、エロい、という事でよろしいか?

ぶっちゃけ幼稚園児なら既に顎は発達してるから力込めれば皮膚食いちぎれるぞ

赤ちゃん組かもしれない

もっと肉の柔らかい若い子でも検証してみないと安全か分からないな

栄養士さんの顔には三人の「あの子達」が群がっていた。

私もよく知っている子達だ。

取り立てて活発ではなかったが、普段からとても仲が良かくて、遊ぶ時もいつも一緒だった彼女達。

そんな三人は、栄養士さんの顔の中で最も柔らかい部位、唇を熱心に噛みしごいている。

栄養士さんは懸命に顔を背けようとするが、三人の手でガッチリと押さえつけられて満足に抵抗ができない。



唇は神経が多く通っている箇所である。

つまり、敏感なのだ。

そんな個所をしつこく何度も噛まれていると、意識しなくても声が出そうになる。

だが満足な声を上げることができない。

唇を「あの子達」に噛まれていることにより、口の開閉が阻害されているからだ。

更にその隙間から「あの子達」の唾液が入り込んでくる。


「くふぅぅ……」


奇妙な空気の抜けるような音が、私の立っている位置まで聞こえてくる。

「あの子達」の唾液を嚥下しないよう、必死で吐き出そうとしているのだ。

きっと、苦しいのだろう。

単純に唾液の問題だけではない。

自分の中に生まれている感情を否定しようと必死なのだ。

そう、認められるはずがない。

自分たちが普段世話をしていた幼い女の子たち。

庇護対象であった彼女達。

起き上がる死体と成り果てた「あの子達」によって。

自分がいけない気持ちになってしまっていることを。

必死で否定しようとしているのだ。


「や、やめ……」


だから、こんな言葉を無理矢理吐いてしまった。

状況を考えれば、その発言はすべきではなかった。

三人は、栄養士さんの唇を噛みながら、更に柔らかい部位を探していたのだから。

そして、三人は一瞬ではあったが、その部位を見つけてしまった。

一瞬だけだったが、三人の唇に触れた、とても柔らかい部位。


「舌」の存在に、三人は気づいたのだ。

三人は栄養士さんの唇を噛むのを止めた。

無表情な顔のままで、栄養士さんを眺める。

その隙に栄養士さんは咳き込み、口の中に溜まった唾液を吐きだそうとした。

だが、吐き出す暇はなかった。

三人の小さな指が、栄養士さんの口に差し入れられたからだ。

何本もの指が唇の更に内部に侵入し、舌を露出させようとする。

だが人体の構造上それは不可能だ。

力が強いゾンビであれば、人体を破壊しながらでもそれを為せるのかもしれないが。

「あの子達」にはそんな力はない。

僅かに露出した歯や歯茎を、三人の舌が這う。

まるで、ご飯をおねだりしているかのように。

「おねがい、舌を突き出して」と懇願するかのように。

何度も何度も、栄養士さんの咥内を刺激する。

栄養士さんは耐えるしかない。

もうすでに声を上げる連理すら奪われているのだ。

「あの子達」が居るのは頭ばかりではない。

胸や脇、臀部も似たような状況だ。

だが、それでも栄養士さんは最後の一線だけは守り通していた。

身体中、唾液まみれになりながら、何とか「あの子達」に気取られないように腕と足で隠している。

女性の中で一番デリケートな部分を、押し隠しているのだ。

そこを発見されれば、ただでは済まないだろう。

何人もの「あの子達」によって蹂躙される未来しか見えない。

だから、その部分は隠し通さなければならない。

ならないのだけど、その部分を抑える腕の力は抜けてきているように見える。

足もがくがくと震えている。



栄養士さんは決して特殊な性癖を抱えているわけではない。

けれど、この状況で終わりが見えないまま刺激を与え続けられているのだ。

倒錯した感覚に襲われてしまっても、不思議ではない。

そう、仕方ないのだ。


恐らく、このまま放置しておけば栄養士さんの心は壊れてしまうだろう。

その前に、その前に何とか助けてあげないと……。

けど、どうしたら……。


そんな私の背後から、声がした。


「保母さん、しゃがんで」


ずいぶん入念に観察してたな

肩を押される形で私が座り込むと、頭上を白い何かが通過していった。

それは大きく広がり、栄養士さんと「あの子達」に覆いかぶさる。


それには見覚えがあった。

そう、長い廊下の窓に使われていたカーテンだ。

カーテンが「あの子達」に被さり、周囲を見えなくしているのだ。

「あの子達」はカーテンの下で、混乱してモゾモゾと蠢いている。


「ほらほら、はやくその人引っ張って逃げるよ」


カーテンを放った犯人である少女は、私の横をすり抜けて奥まで進むと、カーテンの端から出ている栄養士さんの足をつかんだ。

ズルズルと引っ張り助け出そうとする。

そ、そうだ、私も手伝わないと!


私は少女の横に並んで、栄養士さんの足を引っ張った。

その甲斐あって、何とか栄養士さん部屋から連れ出すことに成功する。

「あの子達」の何人かはカーテンの下から這い出してきたけど、部屋から出てくる前に少女が扉を閉ざした。

テープやモップを使い、手際よく扉のノブを固定する。

「あの子達」が扉を中から叩いているけど、多分開けることは出来ないだろう。


「ふう、何とか脱出できたね、よかったよかった」

~倉庫~


少女「はい、到着ー」

保母「え、栄養士さん、大丈夫ですか!?」

栄養士「はぁ……はぁ……た、たぶん、大丈夫……」フラフラ

少女「まあ、噛まれてる様子はないから平気でしょ多分」

保母「ならよいのですけど……」

栄養士「……ほんとに、大丈夫だから」フラフラ

保母「フラフラじゃないですか……」

少女「けど、体力使っちゃったから余計にお腹減っちゃったねえ」

栄養士「……ここ、食料とか無いんじゃない?」

保母「はい、ですから調理室に行こうとしてたんですけど……」

少女「もっかい行こっか?」

保母「もう一度ですか!?」

少女「そ、だってさっきの部屋にかなり沢山のゾンビを閉じ込めたでしょ?あれ何匹いたっけ?」

栄養士「……17人」

少女「だったら残るは30人と少しでしょ、かなり危険性は減ったと思う、今がチャンスだよ」

保母「け、けど栄養士さんがこんな状態ですし」

栄養士「……確かに私は、まだ体力体力回復してない、足引っ張ると思う」

保母「ほ、ほら」

栄養士「だから、私はここに残る……二人でなら上手く調理室まで行けるでしょ」

栄養士「……調理室のカギは、コレ、部屋の隅に災害避難用の保存食が置いてあるはず」

少女「おおー、良い情報あんがと」


保母「……判りました、栄養士さんのためにも私たち二人で食料を持ち帰ってきます!」フンフン

少女「急に元気になったなこの人」

栄養士「頑張って……」

保母「頑張ります!」フンフン

少女「じゃ、ちょっと行ってくるから、私たちが出たらちゃんと扉を閉めて施錠してね」

栄養士「……判った」



こうして、二人は調理室に向かう為に部屋から出て行った。

扉の鍵を閉めると、私は大きなため息をつく。

良かった。

二人は触れてこなかったけど、私はたぶん酷い状況だから。

特に、あの子達の唾液でまみれた身体は早く洗ってしまいたい。

幸い、倉庫には水道が来てる。

街の水道はどうか知らないが、この幼稚園には大きな高架水槽があるからすぐに断水するという事はないはずだ。



私がバケツを用意して蛇口を捻ると、思った通り綺麗な水が出てきた。

破れた個所が目立つ服を脱いで、備品のタオルを濡らして身体を拭う。

先ほどまで私の身体は熱病に侵されたかのように熱かったから、濡れたタオルが心地よい。

何度もタオルで拭いながら、自分の身体の状況を確認してみる。

あの少女は、噛まれた様子はないと言ってくれたけど、本当なのだろうか。

あれだけ「あの子達」に集られて、本当に……。



ああ、ダメだ、思い出してしまった。

なるべく考えないようにしていたのに、思い出してしまった。

あの子達の手唇が、私の、私の身体を噛もうと……。



私の身体に、噛み跡はない。

けど、あの子達が強くかみついた箇所が少しだけ赤くなっている。

そう、まるでキスマークのように。

その印が、私の身体中に残っているのだ。



ああ、ダメだ、考えないようにしないと。

私は蛇口から出てくる水に頭を差し入れた。

冷たい触が心地よい。

そう、忘れてしまわないと。

あんな感覚は。



そう思っている私の耳に、小さな音が届いた。

これは……。

扉を叩く音?

保母たちが帰ってきた?

いや、まだ早すぎる。

そもそもあの人たちは倉庫を鍵を持っている。

扉を叩く必要なんてない。

じゃあ誰が……。

私は大きめのタオルで身体を覆うと、窓に近づいてそっと外の様子を伺ってみた。

扉の前に、小柄な人影が見える。

園児の一人だ。

確かあの子は……。


そう、確かに見覚えがある。

内気な子で、声も小さな子だった。

良く給食を残して泣いていた。

偏食気味なあの子のために、こっそり「特別な給食」を用意してあげたことがある。

その子が、倉庫の扉を何度もたたいている。


あの子も、連中の仲間なのだろうか。

見ただけでは判別できない。

顔色は少し悪いように見えるが、こんな状況なのだから判断基準にはできない。

連中と同じであるなら放置しても構わないけれど、もし違うのなら……。

違うのなら、保護してあげないといけない。

私は、そっと声をかけてみた。


「……あなた、生きてる?」


その子は私の存在に気付いたようだ。

扉を叩くのを止め、じっと窓を見上げてくる。

喋らない。

ただ、じっと眺めてくるだけだ。

そう、この子は生前からそうだったのだ。

これでは連中の仲間なのかどうか、判断ができない。


私は少し悩んだ。

生存者であるなら、保護しないといけない。

けど、連中の仲間なら、倉庫に入れるわけにはいかない。

……いや、待て。

別に連中の仲間であっても、倉庫に入れてしまっても問題ないのではないか。

だって、あの子達は私たちの肌を食いちぎることが出来ない。

食べることができないのだ。

更に言うと腕力も決して強くない。

一人や二人くらいなら、十分抑え込むことができる。

そう、十人程度集まらないと脅威になりえないのだ。

だった……。

だったら……。


私は決意した。

そうだ、倉庫に入れてしまおう。

それが一番確実だ。


私は窓から離れると素早くカギを開けた。

扉を開け、そっと顔を出す。

あの子はまだ窓の前に立っていた。


「……おいで」


手招きすると、あの子はトテトテと走って寄ってきた。

体当たりする勢いでぶつかってくる。

私はそんな彼女をそっと抱き上げると、倉庫の中に連れ込んだ。


「……ほら、もう大丈夫」


私は彼女を床に下すと、そう話しかける。

彼女は無表情なまま、こちらを見上げている。

反応が薄い。

私はもう一度声を掛けた。


「……ね、大丈夫?」


今度は反応があった。

私に向かって、手を差し伸べてきたのだ。

タオルを掴もうとしてくる。


「……落ち着いて、ここは安全だから」


私の言葉に、彼女は答えた。


「ああー、うううー……」


……残念だ。

私は彼女の肩を掴む。

動けないように固定する。

彼女はもぞもぞと抵抗するが……可哀そうなくらい力が弱い。


「……そう都合が良い話も、ないか」


ため息が自然と出てくる。



書いてたやつ全部消えたやんけ

さて、彼女をどうするか。

「危険ではない」というのは確実だが、このまま放置しておくわけにはいかない。

あの少女の話では「頭を潰すと動かなくなる」らしいが。

生前とほとんど変わらない外見の彼女に対してそんなことをするのは気が引ける。

私の手の中でモゾモゾと身悶えする彼女を見ながら考える。



ロープで縛ってしまうか。

それとも、倉庫の隅にある小部屋に閉じ込めるか。

外に追い出すという手もある。

彼女は、私の手の中でウーウーと唸った。



いや、そもそも危険はないのだから放っておいてもいいのではないか。

彼女たちは私たちを傷つけることは出来ない。

私は身をもってそれを体験している。

そう、あの子達は私に噛みついている間は、大人しかった。

乱暴にはされなかったのだ。

誰だってそうだ、自分が好きなものを食べている間は機嫌が良くなって……。

彼女は、私の手の中で大きく口を開けた。



その考えは天啓のように、私の中に降りてきた。

そっか、与えてあげればいいんだ。

彼女たちが望むものを。

彼女たちが欲するものを。

今までだってそうだった。

一人一人の好みに合う味を調べて、アレルギー反応を出さない食べ物を調用意して。

それが私の仕事だったじゃないか。

なら……。



そっと、手を離す。

彼女は、不思議そうな顔でねこちらを見上げている。

そんな彼女の口の前に、私は手を差し出した。

無表情なまま、彼女は私の手を見つめている。

そっと手を伸ばして掴むと、その小さな唇を近づけてくる。

人差し指に、吸い付くように触れる。

そのまま口の中に差し入れられ、歯の圧力を加えられる。




痛くなかった。

まったく痛くなかった。

寧ろ、心地よいくらいで。

彼女はとても熱心に、私の指を噛み続けた。

人差し指だけでなく、中指や薬指も口に含まれる。



彼女の表情が変わることはない。

けど、それは明らかに「美味しいものを必死で食べる子供」の様子だ。



「……美味しい?」



そんな私の質問なんて耳に入らないくらい必死に、私の指に夢中になってくれている。

ああ、よかった、喜んでもらえた。

私の出した食べ物が。



私は、先ほどの事を思い出す。

あの部屋で、あの子達は、私のある部分を、望んでいた。

声に出されたわけではないけど、私のある部分を食べたがっていた。

そう、そうだ、あの時は怖くて拒絶したけど。

今なら……。



きっと私は、ちょっと頭がおかしくなっていたのだろう。

この時、自分が見つけた「解決策」がとても素晴らしいことに感じられてしまったのだ。

だから、私は彼女に顔を近づけて、こう言ってしまった。



「……ね、もっと美味しいもの、食べたい?」

頼むから完結してくれ

舞ってる

待ってる

保母「う、ううう……」

少女「ちょっと、どうしたのよ」

保母「い、いえ、栄養士さんがやっぱり心配で……」

少女「大丈夫だって、ココは外に比べれば楽園みたいなもんなんだから」

少女「ゾンビは貧弱だし、乱暴な生存者もいないし」

保母「……外は、そんなに酷いんですか?」

少女「阿鼻叫喚よ、私の家族も生きてるんだか死んでるんだかわかんないし」

保母「……す、すみません、無神経なこと聞いちゃって……」

少女「あー、いいのいいの、あんな人たちがどうなったって別に気になんないから」

保母「え?」

少女「それより、ほら、そこが調理室じゃない?」

保母「あ、は、はい、そうです、今鍵を開けますね」

少女「鍵がかかってるなら中にゾンビがいることはないと思うけど……一応気をつけてね」

あくしろー

カチャッ


保母「……見た所、中には誰もいないみたいですね」

少女「うーん、本当に誰もいないのかなあ」

保母「まあ、鍵がかかっていたわけですし、誰も居る筈が……」


「……だれ」


保母「ひゃっ!?」

少女「誰かいたねえ」

保母「どどどどどど、どなたさまですか!」


「……せんせい?」


保母「この声は……」

少女「園児?喋ってるって事はゾンビじゃないんだろうけど……」

保母「あああ!良くぞ無事で!本当に良かった!」ギュウ

幼女「……せんせい、くるしい」

保母「あっ!ごめんなさい!私ったら……」

幼女「せんせいと、その人だけなの?きゅうじょたいは?」

保母「……ごめんね、私達だけなの、あと栄養士さんも倉庫で待ってるけど……」

幼女「……そ」

少女「貴女は一人なの?他に生き残りは?」

幼女「いない」

少女「ふーん」

保母「この子は、年長組の中でも特にしっかりした子なんですよ!園児の中でも中心人物で!」

少女「へー、そうなんだあ」

幼女「……」

少女「食料、割と沢山あるね、非常食も含めれば四人で一週間くらい生きられそう」

保母「お、おおおー、流石は栄養士さん!」

少女「んー、調理室の電源も生きてるみたいね、簡単な料理なら出来そう」

少女「けど、私は料理とか苦手だなあ、おなかが減ってるのに、困ったなあ」チラチラ

保母「えっと、私も多少なら料理できますけど、早く栄養士さんと合流しないと心配で……」

少女「ほら、この子もずっと1人で居たんだし、きっとお腹がすいてるよね?」

幼女「……」

保母「ああ、もう……じゃあ、簡単なものをパパっと作っちゃいますから!」

少女「やったあ!」


少女「さて、保母さんがご飯作ってる間、ちょっとお話ししよっか」

幼女「……おはなし?」

少女「うん、さっきね、私がお腹すいたって言った時、君、がっかりしたでしょ」

幼女「……どうして?」

少女「どうしてなのかは、私が聞きたいよ、けどね、予想はつくんだ」

幼女「……なに」

少女「貴女は、食料が減ることに対して、ガッカリしたんだよね」

幼女「……」

少女「だってここには沢山食べ物がある」

少女「小柄な貴女1人なら、一ヶ月以上生きていけるだけのご飯がある」

少女「ここに1人で立てこもってるとき、計算してたんじゃない?何から先に食べるのかとか」

少女「腐りやすいものは残しておくと無駄になっちゃうしさ」

少女「けど、私達がここに来たことで、計算が狂った」

少女「救援隊が来ないこの状態で人が増えると、取り分が減ってしまう」

少女「それが嫌で、がっかりしたんだよね?」

幼女「……そんなことない」

少女「いやいや、隠さなくってもいいって、自己生存本能が強いのは良いことだと……」

幼女「うそつき!」

少女「……おっと」

幼女「どうしてそんな酷いこというの!」


保母「こらー、子供をいじめちゃ駄目ですよー!」チラッ


少女「はいはいはーい、反省してまーす」

幼女「……ふん」


ところで少女はいつ襲われますか?

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