P「千早に退行催眠をかけよう」 (28)

-朝・765プロ事務所-

千早「プロデューサー、無精髭、伸びてますよ。あとシャツの襟が汚れてます。肌も荒れてますし、ちゃんと食べてますか?」

P「なんだなんだ?お前は俺の女房かっつーの」

P(……しまった、こんな冗談、千早に言ったら酷いことになる……)

千早「ふふふっ。プロデューサー、なに言ってるんですかもう」

P「あれ?怒らないの?『気持ち悪いです、そんなこという人の奥さんになるわけないでしょう、もう一週間ぐらい口を聞きたくありません。近くによらないでください』ぐらい言いそうなものなのに?」

千早「あの、私、そんなこといいませんよ?怒る理由、無いですし」

P「さいですか」

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P(千早はレッスンに行ってしまった)

P(さっきの会話妙に腑に落ちないというか)

P(千早が……デレてる?)

P(いや、そんなはずは……。そもそも、そんな千早は俺の好みではない)

P(あの、よく切れるナイフのような精神性、歌に対する固執とも言える使命感、強情な態度、そういう美しい千早を……)

P「俺は愛しているんだ!」ガタッ

小鳥「ちょっ……!ななななに言ってるんですかプロデューサーさん!?」

P「音無さん、聞こえてしまったんですね、いったいどこからですか……?」

小鳥「俺は愛している、と……一体誰をですか?」

P「千早」

小鳥「OH,NO!!やっぱり!!!」

P(あ、音無さんどっかいっちゃった。まあ誰に聞かれようと気にはしないが)

P(ともかく、俺は千早の瞳がある種の狂気じみたモノに彩られる瞬間が好きなんだ)

P(ステージ上なんか特にそう、俺は思わず見惚れてしまうんだ)

P(俺はそういう千早を…)

P「取り戻してやる!」ガタッ

律子「プロデューサー、一体何を取り戻すんですか、今は会議の最中なんですから集中してください」

P「律子ォ、俺はな、千早の今後の方向性についてひとりで議論していたんだよ。その結果として千早を取り戻すということになった」

律子「はあ、またでましたねプロデューサーの悪い癖。すぐ話が飛んじゃう」

P「そもそも子細は話しかねる。俺は計画を実行に移すためにここで会議から離脱する」

律子「ちょっと、どういうことなの、待ちなさいってば!コーラーーー!!」

ストイックな千早いいよね。支えてあげたい

P(計画はこうだ)

P(俺の特技である催眠で千早を過去に退行させてその時点で精神性を固定する)

P(ここでいう過去とは千早の精神が最も尖っていた時期ということになるが必要であれば更に過去に戻すこともあり得る)

P(そのためのトリガとしていくつかの物品を用意した。くまのぬいぐるみ、マイク、ヘッドフォン、古い携帯電話、ネクタイ、エプロン、幼稚園の帽子、ほか多数)

P(また、精神性を固定するためのキーとしては、『蒼い鳥』を使おうと思う)



脚注・ここに出てくる催眠はPの空想の産物であり現実世界の催眠とは異なるものです

e-Mail
To:千早
本文:今日23:00ごろに事務所に来てくれないか?

-765プロ-

P「よし、誰もいないな」

P「必要な物はロッカーに突っ込んでおいたし」

P「時間まではしばらくあるからコーヒーでも飲んで休憩するか」

-給湯室-

P「コーヒーメーカーで作るのもいいけど、たまにはハンドドリップしようじゃないか」

P「やかんに水をくんで火にかける、と」

千早「プロデューサー?」

P「うわあ!な、なんだ千早か。早いじゃないか」

千早「いやその、要件がメールに書いてなかったのでなにがあるのか気になってしまって、早く来ちゃいました」

P「そうか、まあとりあえずコーヒーでも飲もう」

千早「では私が淹れます」

P「うん、頼むよ。お湯は沸かしてあるから」

千早「プロデューサー、酸味の強いコーヒーがお好きでしたよね」

P「おう、よく覚えるなー。社長とか律子は苦いほうが好きらしいんだがな。いっつもそっちをまとめていれちゃうから、俺の好きなのが飲めないんだよ」

千早「割りを食ってる、ということですね」

P「はは、そうともいうな」

P「ん、千早の淹れてくれたのおいしいよ。やっぱ千早がいてくれないと困るな」

千早「もう、おだてても何もでませんよ。ところで、本題なんですけど、今日の要件って…?」

P「あの、千早は催眠って知ってるか?」

千早「はあ、あの眠くなってしまったり、体が重くなったりするのですか」

P「いまから、催眠を千早にかけたいんだがどう?」

千早「……」

P(あ、9393してる)

P「いや、俺、他人にかけるのが大好きでさ。うまくいくとうっうー!ってなっちゃうんだよ、俺の心がさ」

千早「変なところで神聖な高槻さんのマネをいれないでください。ともかく、プロデューサーは担当アイドルに催眠をかけて喜ぶ変態だと?」

P「変態なのは周知の事実だろうが。なあ頼むよ」

千早「もう、プロデューサーに頼まれたらそんなの断れるわけないじゃないですか……」

P「え、なんか言った?」

千早「……まあ、なんでもいいですけど。ところで何の催眠をかけるつもりなんですか」

P(んー、ここで嘘をいうと催眠に対する"信頼"にかかわる。施術者に対する信頼は催眠の深さにかかわる。ここは素直に情報を開示しよう)

P「実はな退行催眠というものをかけたいんだが」

千早「退行催眠?」

P「これはな催眠にかけられる人を一時的に過去に戻す催眠なんだ。まあ、戻しすぎて前世の記憶が出てきたなんて話もあるがありゃ眉唾ものだな……」

千早「私の過去を掘り返すということですか?」

P「そういうことになるな」

千早「なんでそんなことを。私の中に蒸し返して面白いような話、何もありません。多分、プロデューサーを不快にさせてしまいます」

P「それでも千早のこと、俺は知りたいんだよ」

千早「やはり、弟のことですか?」

P「いや、それは俺にとってあまり重要でない。むしろ千早にとっては重要かもしれない

千早「それはどういことですか」

P「退行催眠によって過去の記憶、とくにトラウマなんかを追体験することは精神的な癒しになりうるんだよ。千早、弟さんのこと、まだ悲しいよな?」

千早「はい、悲しいです。全然吹っ切れていません、もう何年も経つのに」

P「悲しいと思う心こそが称えられるべきだと俺は思うが一方で、現実の世界にも対処しなければならない。必要以上に落ち込んだりとか、気苦労したりとか。正直、そういう千早のことは見ててわかるし、俺も悲しいんだ」

千早「プロデューサー……そんなに私のことを……」

P「だから、少しでも千早のこと癒したいんだよ」

千早「わかりました。私に催眠をかけてください」

P(食いついたよ千早ちゃん。かわいい、純粋でとにかく美しい。千早を完璧な玉へと必ず磨き上げてみせる)

P「社長椅子に寝てくれ」

千早「はい……こうで大丈夫ですか?」

P「大丈夫だ。少し倒すから」

千早「OKです」

P「じゃあ、リラックスしていくよ。ゆっくり深呼吸をして、吸って……吐いて……」

千早「すーはーすーはー……」

……

P「今、千早の精神には過去も未来もなくなりました。これを自由に行き来できます」

千早「……」

P(被暗示性は高いようだな。さて、どこに戻すかが問題だな。そうだ、千早の思考を固定させるためのヒントを得たい)

P「では過去に戻りましょう。弟さんが亡くなったあの日の夜に戻りましょう。さあ、今どこにいますか」

千早「……家にいます」

P「周りに誰がいますか?」

千早「周りには誰もいません。私は寝室にいます。隣の茶の間から父と母の声が聞こえます」

P「どんな会話ですか?聞こえますか?」

千早「よくわかりません。でも二人共怒鳴っています」

P(怒鳴っているのに聞こえないというのは多分無意識下で内容をフィルタリングしているんだな)

P「なんで怒っているんだと思いますか?」

千早「多分、私が優を見殺しにしたから……」

P(ふむ、ここではあまり千早について得られそうなことは無いかもな)

P「千早は今どう思っていますか?」

千早「父母に見透かされているのではないかと思います」

P「それはどういう考え?」

千早「自分でもよくわかりません。でもその考えが自分に潜む魔物のように思えてしまうんです」

P(それは是非、聞きださんとな)

P「じゃあ、少し前に戻ろうか。その日の午後。弟さんが事故に会う少し前」

千早「はい」

P「じゃあ、これを持って」

千早「くまのぬいぐるみ……」

P「少しずつ思いだしていこう。さて、周りに何が見えますか」

千早「優、と緑のフェンス、駐車場。家の近所です。あと道路。普段は車通りの少ない」

P「千早はどうしていますか」

千早「少しボーッとしています。近所の公園から帰っています。暑いです」

P「優くんはどうしていますか」

千早「私の周りを回って、はしゃいでいます。とても嬉しそうです」

P「それから、何がありましたか」

千早「優が、『鳥だ』と言って、それから……それ、から……」

P(苦しそうだな、ここから先に進めないのかもしれない)

P「大丈夫無理をしないで吸って、吐いて……」

……

P(困ったな、もっと強力なトリガが必要かもしれん)

P「その日はどうやって遊んでいたんですか?」

千早「優が、私の歌を聞いてくれていたんです」

P「そうか、千早、その頃から歌、うまかったの?」

千早「いえ、全然、もちろんお遊戯のレベルです。それから……」

キイイイィィィィーーーーッ!!!

P「なんだ、外から車のブレーキ音が……」

千早「あっ、ああああああああ!!いやああああああ!!!」

P「千早?千早!?」

千早「優が……優が……急に飛び出て、車がものすごいスピードで優に……」

P(ちょっとマズいな。無理矢理記憶が……)

千早「……」

P「どうした、今周りに何が見える!?」

千早「真っ白です、感覚がありません。一切の、です」

P「何か考えが浮かぶか?」

千早「考えだけが浮かびます。あの頃、母は優にかかりっきりだったんです。父は仕事で忙しくて、私は、私は」

千早「寂しかったんです。両親の気を引きたかったんです。それで私は……」

P「それは違う。たまたま、結果からそう見えるだけだ。千早はこうやってパニックを起こして」

千早「違いません、私が殺したんです。私が……やったんです」

……

P(段々呼吸が落ち着いてきた。どうやら大丈夫なようだな)

P(まあ問題ない。固定化のヒントも得た。このまま中期の千早に戻す)

P「では、段々と未来へ向かいましょう」

P「覚えていますか、初めてのソロライブのこと。そこへ行きましょう」

千早「はい……見えます。暗いライブハウスです。私のステージだけ照らされています」

P「今、あなたにとって歌とはどういう存在ですか」

千早「私の原動力そのものです。同時に贖罪の手段でもあります」

P「あなたの罪をプロデューサーが見透かしていたらどう思いますか」

千早「恐ろしいです。信頼はしていますが、警戒が必要になりそうです」

P「そうですか。プロデューサーは知っているみたいですよ、あなたの罪を」

千早「プロデューサーは……知っている……」

P(これでいい。最初はほんの僅かなことでも、時間の経過とともにそれは大きくなる)

P(俺は千早にとっての良き理解者でありすぎたんだ。それを引き離してやれば、自然と千早は孤独を取り戻す)

P「さあ、催眠をときましょう。段々と過去から現在へ戻っていきます」

千早「はい……」

P「でも『蒼い鳥』のイントロを聞くたびに今日あったことを思い出します」

P「さあ、起きましょう。3、2、1、はい!」

P(催眠解除はしたものの、未だに千早はボケーッとしてる)

千早「プロデューサー」

P「うん、なんだ」

千早「私、まだ歌ってもいいですか」

P「気の済むまで、好きなだけ歌えばいいさ」

千早「わかりました」

-テレビ局・控え室-

春香「……千早ちゃん?ち、は、や、ちゃーん」

千早「あ、春香、どうしたの」

春香「千早ちゃんこそどうしちゃったの。何か元気ないみたいで……」

千早「そ、そう?少し疲れているのかもしれないわね」

春香「夜更かししてるの?」

千早「えーと、そう。あまり眠れなくて」

春香「何か、悩み事?」

千早「こんなこと聞くの変かもしれないけど、春香は最近プロデューサーとうまくいってる?」

春香「うまくいってるかって聞かれたら難しいけど、いつも通りだよ?千早ちゃん、プロデューサーさんとケンカでもしたの?」

千早「別にそういうわけでは……なんというか見透かされているような気がして」

春香「見透かされているって何を?」

千早「……春香は罪を犯したことってある?」

春香「ええっと、寝る前なのにお菓子を食べちゃったりとか?」

千早「……良かった。変なこと聞いてごめんなさい。今日の仕事、頑張りましょう」

-テレビ本番中・控え室-

P(今日は千早のライブ・ステージが生でオンエアされる。その様子を控え室のモニタで見守ろうと思うのだが)

伊織「ちょっとアンタ、オレンジジュース切れたんだけど」

P「プロデューサーはパシリじゃねーんだ、自分で買ってこい」

伊織「きーっ!この伊織ちゃんのいうことがきけないって言うわけ!?大体、今暇そうじゃない!」

P「これから千早のステージを見るんだよ」

伊織「フン。それにしてもアンタちょっと千早に入れ込みすぎなんじゃないの」

P「ああ、そうかもな。でもこれからは大丈夫だよ」

P(如月千早にとって俺の存在は少し余計だったのかもしれない)

P(結果的に彼女の精神の美しさにキズをつけてしまった)

千早『私のデビュー曲である『蒼い鳥』、聞いてください』

ナクコトーナラタヤスイケレドー♪

伊織「千早、妙に凛々しいわね。それに、なんだか悲しそう」

伊織「……って、ちょっとアンタ、なんで泣いてるわけ!?大丈夫?」

P「ははは、嬉しいんだよ……」

P(でも最早なにも心配することなどない。千早はその贖罪意識によって"本物"となるのだから)

P「千早、お前は最高の……」




短すぎてやるべきことをやりきれてない感じがする
短編シリアスは難しいのかもしれないけど…

ある意味プロデューサーはこうあるべきなのかもしれんな


ゲスすぎワロタ
実にそそる発想だった


良かったよ

乙乙


Pの鑑だな

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