【モバマス】日菜子「銀の鍵」 (19)
白馬の王子様。むふ、白馬に乗って、というのは比喩ですけれど。
王子様はいつだって優しくて、日菜子を甘やかしてくれるんです。
誰にでも分け隔てなく優しくて、どんなことでもこなせる……。
それでいて他人の評価には頓着していない。ここ、大事ですよぉ。
だから、日菜子にとっての王子様はみんなの憧れでなくても、
ううん、同じ女の子でも、ともすれば人間でなくてもいいんです。
日菜子のことを熱烈に愛してくれるなら……むふふ、漫画や小説だと
親兄弟の影響で愛情表現が歪んでいる、っていうのは定番ですよねぇ。
何をしても許し、愛し返してくれる相手しか愛せない……。
そんな相手を、モノやカラダだけじゃない愛で包んであげたい。
それが日菜子の夢で、そんな相手が日菜子の《白馬の王子様》です。
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カンパーイ!
「……乾杯」
「え、平気ですよ。疲れてません」
「ええ。成人式に出てからそれなりに経ってますし」
「――はい、お酒もまあ、こうして何とか」
「ああっ、小皿に取り分けるのくらい自分でやりますよぉ」
「は? え、どうして私の分を取り分けることが嬉しいんですか?」
「クールビューティーって……そんなつもりは」
「や、やめてくださいよ、部誌に挙げる作品は別です、別っ」
「はい……はい、王子様との……ええ、毎回私が自作してますけど」
「似合わない? ギャップ萌え?」
「何言ってるんですか、まったく」
「面白い人ですね」
「成人式はですねぇ、まだ私、成人してなかったので」
「ええ、先週が二〇歳の誕生日で――きゃっ、もう……」
「祝うんですか、話を聞くんですか」
「……ですから、こう、取り残されてしまって」
「同窓会も兼ねてましたからちょっぴり寂しかったですね」
「仲の良かった子とはそれなりに話せましたけど、人気者で」
「あ、その子って女の子ですよ。はい」
「ええと……言ってもいいかな。その子と撮った写真がこれで」
「え、あ、ちょ、わ、ぁ」
「もっ、もういいですかぁ?」
「ふー……ええ、はい。凛ちゃんです」
「何を話したか? それは――色々です。色々」
――「日菜子」
「はい?」
「矢っ張りそうだ。分かる? 私のこと」
「あっ。ええ勿論ですよ、東京には慣れましたか?」
「いい加減お婆ちゃん子扱いはやめてよ……」
「あの頃の凛ちゃんのご両親は忙しかったですからね」
「まあね。……変わったね、日菜子」
「凛ちゃんこそ、手の届かない人になっちゃって」
「やめてよ、ここではそういうのナシ」
「えぇー、じゃあ何を話します? 私の話?」
「いいね。そっちはどう? 王子様、見つかった?」
「今のところはまだ。でも焦ることはないですよ」
「あはは、そこは変わらないね」
「凛ちゃんは変わりましたね」
「どこが?」
「今、笑ったじゃないですか」
「……日菜子。日菜子はどうして笑わないの?」
「それは――」
「――色々なんです」
「ええ、何と言っても現役トップアイドルですからね」
「あちらの持っている話題の数といったらもう、凄くて」
「羨ましい? 残念でした」
「え……」
「そう、ですね。私と凛ちゃんは対照的かも知れません」
「……」
「あの、お酒頼みませんか? そろそろなくなる人もいますし」
「ええ、はい、お願いします」
「私はファジー・ネーブルにしようかな」
「……矢っ張り、笑っていた方がいいですか?」
「でもそれは、――いえ、なんでもありません」
――「それは、私が大人になれたからですよ」
「大人……」
「あの頃、私は王子様を思い浮かべてはニヤけてましたよね」
「はは、それも含めて日菜子の魅力だったけどね」
「それじゃダメなんです」
「……ダメ?」
「どんなに王子様が倦んで、病んで、歪んでいようと」
「ひ、日菜子――?」
「私は。平然としていなくてはいけないんです」
「――どう、して」
「だって、それが王子様なりの愛かも知れないじゃないですか」
「!」
「日菜子を――私を、ただ愛してくれればそれでいい」
「……」
「私は、常に平然としている、という《私》を求められたいんです」
「じゃああの人からのスカウト、私と一緒に受けなかったのは……」
「あの頃の不完全な私を求めるのは――不完全な人くらいです」
ペチッ!
「すみません、隣いいですか?」ニコッ
「ふふっ、ちょっと遅刻ですね」
「え、講義のノート見せてくれるんですか?」パァッ
「ありがとうございますっ」
カリカリ…
「――はい、私は喜多ですよ」
「えへへ……ええ、無愛想だと言われてしまって」
「今の方がいい? そうですか」ニコッ
「……っと。ありがとうございました。返しますね」
「今日の午後ですか? あー、ちょっと用事が……」
「いえ、お誘いありがとうございます」
カリカリ…
「……」
「えっ、私の名前でミスコンへ応募した……?!」
「え、ああ、そうですね、今までだと無愛想でしたから」
「……矢っ張り、そう思ってたんですね」
「えへへ、思い立って変えた次の日に体調を心配されたお返しですっ」ニコッ
「これでも私、結構思い切ったんですよ?」
「ええ、そうですね、人前で笑うのっていいですね」ニコニコ
「優勝だなんて、ふふっ、頑張ってみます」
「――え、アピールポイントですか?」
「アピール、ですか……ええと、手芸、です」
「はい、趣味で。グラスリッツェンとか」
「え、今度の文化祭で部誌と一緒に売る……?!」
「そんな、私には荷が重いですよっ!」
「もうっ……ふふっ」ニコッ
「……」
「以前お会いしましたよね?」
「はい、凛ちゃんとは友達でした」
「今はそうですね、同窓生、くらいの距離です」
「名刺? あ、はい、ありがとうございます」
「ああ、プロデューサー……そうでしたか」
「あの時は気がそぞろで。すみません、気付かなくて」
「え、凛ちゃんの専属プロデューサーなんですか?」
「……ああ、そうですか。凛ちゃんが心配して……」
「私は元気にしてますよ。笑うこともちゃんと出来ます」
「それと、あの時はひどいことを言ってごめんなさい」
「そう、伝えてもらえますか?」ニコッ
「え……私に、アイドルを? クール部門で改めて?」
「いえそんな、頭を下げられても……笑顔が良かった?」
「……」
「すみません、今はそんなこと考えられなくて。就職活動中ですし」
「はい、ええ……ありがとうございます。失礼します」
『小さな子が耳をすませる時、その蒸気のような思考は飛び散り易くて』
『また不定形だから、その思考に現れた驚異を大人達は悟れない』
『大人が――大人は、凡愚に染まっているから、驚異に愚鈍で』
『悪気なく……論理的に調べ、分析して、押し潰して』
『壁に掛けられた絵のように、現実の事物と同じにしてしまう』
『そうして、それを口やかましく言い聞かせた賢い人々によって』
『驚異を、神秘を、空想を――人は恥じるようになる』
『貧困や戦争を憂えて行動する人だけが素晴らしい』
『――なんて、愚かしい言葉』
『現実の卑しい自由のために、最も身近で偉大な楽園を捨てろだなんて』
『そうまでして日菜子を現実に縛り付けたいなら笑ってあげます』
『幾らでも嘲笑ってあげますよぉ。それが平凡の装いなら、日菜子は』
何をしても許し、愛し返してくれる相手しか愛せない……。
そんな相手を、モノやカラダだけじゃない愛で包んであげたい。
『日菜子は――』
「はい、まずここまで残れたのがびっくりです!」
「そもそもこれの応募はサークルの子が勝手にやってて……」
アハハハハ…
「……はい、笑顔がいいねとはよく言われます」ニコッ
「ええ、緊張すると顔が固くなっちゃうんですよ」
「い、今ですか? いえ余裕ということでは……」
「えへへ……え、逆に怒る時、ですか」
『日菜子は冷然とした女でありたかったですけれど』
「そうですね、私の場合例えば――」
『――ごめんなさい、王子様』
「自分の話ばっかりする人には、むっとするかも知れません」ニコッ
『日菜子は』
「――え……?」ツー…
ザワザワ…
「ひぐ、ぅ、え、え、どうして……?!」ポロポロ
『日菜子は、王子様に会えなくなってしまいました』
「――ん、ぅ……あれ、靴?」
「そっか、これ夢ですね。むふ、夢なら日菜子は――」
「日菜子の、お、王子様は……そんな、そんなもの、……っ」
ガヤガヤ…
「……ここ、は」
「実家の近く……? でも《蛇の巣》がまだ取り壊されてない」
「少し前の、中学生か、高校生の頃の実家近くの様子……」
「ふふ、BAR《蛇の巣》ってあれからすぐなくなっちゃいましたよねぇ」
「……何か、忘れて……漠然とした――約束のような……」
ほら日菜子、ぼーっとしてると危ないよ
「え?」
ふぇ? ……なんだ、凛ちゃんですかぁ
なんだじゃなくて。車道に落ちそうだったからさ
むふふ、昨日見つけたコレ、何だと思いますかぁ?
ダメだ……全然聞いてない……
いいですか凛ちゃん、この鍵はですね――
「あ、あれはあの頃の凛ちゃんと――日菜子……!」
「何、お母さん。いいから私と探すの手伝って」
『日菜子は――何をしてるんでしょう?』
「実家に帰って来たのはアレが理由なんだからいいでしょ」
「礼儀がなってない? だから何、いいから早く!」
『いきなり帰省して、日菜子は――』
「あの時にお母さんが私から取ったんだよ、あの《鍵》!」
「いつまでも持ってるから、って。どこ仕舞ったの?!」
『非常識な……ああ、あの頃の日菜子も似たようなものでしたね』
「もういい、私一人でも探すから邪魔しないで!」
『夢見がちで、目線はいつも宙を泳いでいて。でも――』
「きれいな色の小石……違う、何かの植物の種……違う」
「どこからか見つけた和綴じの――何たら城、本伝? 違う!」
「まったく、私から取り上げるクセに全部とっておくなんて……あ」
『――幸せでした』
「あった……銀色の、多分本物の銀の――《鍵》」
『日菜子は――そう、中学生で、歳は一五歳』
『あの時に凛ちゃんと一緒にスカウトを受けた日菜子は』
「……むふ」
『下積みの末にデビューが決まるんです』
『でも事務所は大きくて、数少ないファンに声も届かなくて』
『凛ちゃんはずっと先に成功してるのに、置いてきぼりで』
「むふふ」
『そんな時、日菜子をずっと支えてくれたあの人が』
「王子様で……むふ、むふふふふ……♪」
「――ふ? え、何。いいところだったのに」
「妄想を卒業? するワケないでしょお母さん」
「それにね、この《鍵》を持ってると何だか――」
凛ちゃん、この鍵はですね、素敵な人と見つけたんです
へえ、妄想じゃないんだ。でも王子様じゃないんだよね。誰?
背の高い、痩せた人で、そのぉ、とにかく黒いんです
何も分かんないよそれじゃ。まったく日菜子ったら
「――魔法を信じられるの」
「あれっ――閉店はしてるけど、まだ建ってる……?」
いいですか凛ちゃん、この《鍵》はですね
『BAR《蛇の巣》はとっくになくなった筈なのに――』
あそこのバーの扉を開けられるんです
本当に?
むふ、日菜子はそう信じてます
なんだ、結局いつも通り妄想なんだね
『もし、日菜子がまだあの純然たる空想を』
ガヤガヤ…
『あの頃の日菜子を信じているなら』
「私の、日菜子の服装は――うん、王子様に見られても大丈夫」
「って、それはいつも気を付けてることですよねぇ」
『むふふ、だって今の日菜子はあの頃の日菜子ですから』
バーの中には未知の原色が渦巻いていてですね
「――その淵に落ちると」
シンデレラの魔法にかかるんです
ふーん、じゃあそれで王子様と結ばれるんだね
いえ、話はそう単純ではありません
「だって魔法が上手くかからないかも知れないですから」
『変なところだけリアルだね』
「違いますよぉ、その方が素敵だからです」
むふ、王子様は蛙かも知れませんからね……♪
ふーん。で、本当に行くの?
『さよなら、日菜子の中の凛ちゃん』
えっ、私まで妄想扱いなんだ
「日菜子はただ戻りたいだけでも、やり直したいだけでもなく」
「あの妄想の続きを見たいんです」
……そっか
その旅路が例え窮極の混沌でも、日菜子は乗り越えてみせます
『待ってて下さい』
「王子様に会いに行ってきます」
ガチャリ…ギィィィ…
「ただいまー」
「お帰りなさい、プロデューサー。会えた?」
「おう、ニコニコしてたぞ。それとこの前はゴメンってさ」
「……」
「どうした?」
「何でもない。ただ、随分遠くへ行っちゃったな、って」
「あははは……ま、巡り合わせがあればまた会えるさ」
「……そっか」
またね、日菜子
待ってるよ
元ネタはH.P.Lovecraft御大の「The Silver Key」です
依頼出してきます
おつ
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