【艦これ】加賀「幸福と空腹は似ている」 (21)

前作 【艦これ】赤城「おいしいご飯を食べる方法」
と関連があるような、ないような。

また、研そうげん 先生の艦娘漫画に触発されたことをここに記し、感謝の意を示したいと思います。
漣可愛いです。

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 空腹は最高のスパイス、とはよく言ったものです。

 勤務はおおよそ三交代制となっていますが、遠征や演習、あるいは深海棲艦邀撃の兼ね合いで、ずれることは珍しくありません。
 その日、わたしが泊地へ帰投したのは二十三時をさらに半分回ったころでした。第五海域の哨戒及び邀撃が任務として言い渡されていましたが、小隊を組むはずの球磨さんが遠征から戻るのが遅れ、さらにいつもより戦闘も長引いて、そんな時間になったのです。
 ずれることは珍しくないと言いましたが、ここまでずれこむことには不慣れでした。

 探照灯を装備している川内さんがいたのは不幸中の幸いでした。そして幸い中の不幸は、探照灯を装備していたのが川内さんだったということです。


 暗闇、潮風、火薬、砲弾、戦闘機。螺旋状にそれらが絡み合った死地から無事に生き返ったわたしたちではありましたが、当然のように疲労困憊でした。生の実感に震える暇すらなく、ぼやけた視界をこすりながら、寒さを堪えて口は真一文字。
 その中にあって、川内さん、彼女は一体どこからエネルギーを捻り出しているのでしょうか。出航時よりも帰投時のほうが元気にすら見えました。

 彼女は港に着くや否や、水面を一蹴りして陸へと降り立ち、どこかへ走り去ってしまいました。

「よっこらせ、っと」

 桟橋から、その小柄な体すら鈍重に感じるとでも言いたげに、至極ゆるりとした動きで龍驤さんが陸へと上がっていきます。ぽっくりに似た艤装にも関わらず、とてもきれいな立ち姿でした。
 金剛さん、霧島さん、青葉さん。残る三人も続いていきます。


「腹減ったなぁ。もうウチ、お腹ぺこぺこやで」

 大仰にお腹をさする龍驤さん。夕食の時間と被ってしまったため、しっかりとした食事はとれていませんでした。簡易的な糧食なら頂きましたが、満足とは言い難く。
 龍驤さんの言葉はわたしたち全員の代言でもありました。青葉さんが大きく伸びをして、食堂に何か残っていないか探してきますと歩き出します。戦艦二人は目を合わせ、そしてこちらを向き、

「榛名が夜食を用意してくれているそうなので」

「今日はこんな時間までお疲れサマでした!」

 そうして仲良く歩いていってしまいます。

「姉妹仲がいいっちゅーのはええことやな。羨ましくなるで、ほんま」

「……そうですね」


「加賀ァ、どうする? 青葉追って食堂に銀蠅か? それとも軽空母ンとこ行って、乾きものと酒で一杯やるか?」

「そうですね……」

 わたしはお腹に手を当てました。龍驤さんがやったのと同じように。
 ぐぅ、と大きく胃袋が鳴ります。

 お酒の気分ではありませんでした。どちらかというとわたしは、お酒は呑むというよりも、お酒を呑んでいる赤城さんを見ている方が好きなのです。
 それに、乾きものにもいまいち食指が働きません。この空腹と疲労感を、ちまちましたものでごまかすのは、なんだか頑張ったわたしの肉体に失礼だと思ったからです。

「……何か、買ってこようと思います」

「ん。そか。ウチはあそこまで歩く気力もないわ」

「十分くらいですよ?」

「お前なぁ、自分ンちまでは三十秒やで? 二十倍や、二十倍」

 果たしてその計算が正しいかはわからなかったですが、なるほどそう言うものなのかと納得することとして、わたしは龍驤さんとも手を振ってお別れします。


 お腹が空きました。

 龍驤さんにはああ言ったものの、十分。十分ですか、十分……。
 じゅっぷんは、じゅうぶん長いようにも。

 なんて、ふふふ。くだらない。
 少し気分が高翌揚しています。

 逡巡して、結局車を出すことにしました。ミニバンにキーを差し込み、エンジン始動。過剰なくらいの振動ですが、走り始めれば落ち着きます。

 夜の港街に光源はコンビニくらいしかありません。泊地から最寄りのこのコンビニは、艦娘たちが最大の上客。頻繁に利用するので、当然店員さんは顔見知りですし、逆に向こうもわたしたちの顔をきちんと覚えていてくれます。

 店内ではラジオ放送が流れています。キャンペーンだとか、タイアップだとか、新商品だとか、提携のCMだとか、そんな感じでいろいろと。


「いらっしゃいませー、こんばんはー」

 挨拶に手を挙げて返し、わたしはコミック、週刊誌の前を通り抜けてドリンク棚、そしてそこさえも素通りしておにぎりのコーナーへと向かいました。既にカゴは用意してあります。

 鮭、明太子、昆布、おかか、シーチキンマヨ、梅干し、牛カルビ。納豆巻きと稲荷、五目に赤飯も下段に。上段には煮卵焼豚やらオムライス風やらの変わり種。……風? 風ってどういうことなんでしょうか。オムとライスがセットになっていれば、形態はどうあれオムライスなのでは?
 赤城さんに尋ねようと振り返っても彼女はいませんでした。そうです、いまはわたし一人。孤独に買い物を済ませなければなりません。

 赤城さんは食通ですから、そんな彼女がいないことに、一抹の不安を覚えてしまいました。

 ……一度落ち着きましょう。二五になってもコンビニで満足に夜食さえ買えないなど、あまりにも社会生活不適合です。


 まず、いきなり変わり種を選ぶのはやめておきましょう。ここでの選択は食事の土台を構築します。熟達者ならまだしも、いまのわたしはあまりにも素人。変に手を出せば、上物ごと崩壊する危険性さえ孕んでします。
 よって、わたしは鮭とおかかを手に取りました。

 しかし、ここで不測の事態。お弁当が棚の下に並んでいたのです。とはいえ、この時間帯ですから種類はあまりありません。カレーと、幕の内、あとからあげ弁当。
 ……初志貫徹。わたしは手に取ったおにぎりを戻すことなく、棚を移ります。

 わたしはおにぎりをとりました。ということは、無意識にわたしはこれ以外に他の何かを買うつもりだったということです。お弁当はあまりに重すぎます。


 あとはここをベースとしてコースを組み立てていけばいいのです。おにぎりをカゴにいれた途端、それまで無数にあった道筋が、いくつかの有能な道だけを残して消えていくのがわかりました。
 牛乳や紅茶はお米には合いません。よってオーソドックスなお茶を、しかし夜なのでカフェインの入っていない麦茶を選びます。

 アイスの冷凍庫……は最後にしましょう。今選んでも溶けてしまうだけですから。

 パンの棚が眼に入りました。お弁当とは違い、まだまだ沢山残っているように見えます。
 惣菜パンはともかくとして、菓子パン。甘いものは好物です。疲れている体と頭を労うためにも、糖分は必要に思えました。それともスイーツにするか……あるいは、両方買ってしまうか。


 えぇい、ままよ。小倉マーガリンのコッペパンをカゴに入れて、続いてプリンも叩き込みます。せめて薄目で見るにとどめて、せめてもの現実逃避。
 しかしそうなると甘いものの割合が多い気がしてきます。甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい……魅惑のメリーゴラウンド。ここまできてその取り合わせを崩すことは、食の楽しみを自ら打ち捨てるようなもの。愚行です。最後にアイスも待っているのですから。
 バランスをとるためにはしょっぱいものもあと一つか二つ、必要でしょう。

 と、かぐわしい香りが鼻を衝きました。レジを見れば店員が揚げ物をフライヤーから出し、保温の什器に並べています。フライドチキンにポテト、コロッケ、メンチカツ。なるほど、そういう手もありますね。
 潮風になびかれていたので、暖かいもので一息つくのも悪くないでしょう。


 そうなると汁物が俄然欲しくなってきます。ぐるりと棚を回って反対側へ、インスタントのラーメンが並んでいるその隣、カップスープの中から豆腐とわかめの御味噌汁を確保。
 ラーメンなどのこってり系よりは、こういったあっさり系でしょうか。他に食べ物もあることですし。

 そのままアイスのコーナーへ凱旋。少し奮発して、横文字の長い名前のものを。食べたいと思ったものを我慢するのは、ここに至っては罪悪でしょう。
 食べたいときに食べたいものを食べる幸福――幸腹。節制や我慢も時には必要ですが、TPOを弁えるのは全てに同じ。

 随分と重たくなったカゴをもってレジカウンターへ。どっしり音を立てて置かれたそれの中から、店員が一つ一つスキャンし始めます。


「あ、あと、アメリカンドッグをひとつ」

「かしこまりましたー」

 あの仄かに甘い衣と、中の安っぽいソーセージ。そしてケチャップとマスタード。極めてジャンクな感じが、実はわたしは嫌いではありません。

「今おでんの70円セールやってるんですが、一緒にいかがですか?」

 視線を降ろすと、煮えた出汁の海に揺蕩うおでん種たち。大根、玉子、がんもにはんぺん、ちくわと白滝、ロールキャベツ……。

「……」

 大量のカゴの中身を確認してなお、追加で勧めてくるこの店員も大概ですが、この状況で鳴るわたしのお腹もまた大概でした。


 * * *

「やりました」

「やってしまいましたの間違いじゃねぇのか」

 次の四半期の予算組みに頭を悩ませていた俺のもとへ、両手にコンビニ袋をぶら下げながら、加賀がやってきたのがついさっき。今ではそいつは、部屋の隅のテーブルに食料を広げながら、ずるずる音を立てて白滝を啜っている。
 ちゃるん。最後の一本が加賀の桜色の唇へと吸い込まれていく。残った汁は、器のヘリに添えておいた柚胡椒をといて、一気に。

「ふぅ」

 実においしそうに飯を喰う女だった。


「赤城は」

「寝ていました。明日が早いそうです」

「おでん喰ったなら味噌汁寄越せ。汁物かぶりとか何考えてんだ」

「やりました」

 それは確かにそうだろうが。

 加賀はアメリカンドッグを咥えながら、二つあるおにぎりのうち一つを剥いていた。手元にはお茶。机の上にはまだ残るおにぎりとパン、プリンがある。冷凍庫にはお高いアイスも。
 まさかここで全部喰う気なのか。

「なんでわざわざ俺ンとこに来るんだよ」

「……?」

 首をかしげる加賀。いや、それはこっちの気持ちなんだが。
 どうやら晩酌の誘いかと思ったが違うようだし、本当に夜食を喰うために来たようだ。


 前々からずれているところがあるというか、マイペースな女だと思っていたが――そう、こいつは寡黙なのではなく、弩級にマイペースなだけだということを最近知った――加賀自身がそれに引っ張りまわされているようなきらいがある。

 剥き終ったおにぎりが差し出される。
 
「……差し入れ?」

「訊かれても困る」

 いや、くれるんなら勿論拒みはしないが。

「あげるわ」

「……おう。ありがとう」

 なんの変哲もないおにぎりが、どうにもおいしそうに見えるのは、空腹が為せる業だろうか。
 かぶりつく。少しの塩っ気、パリっとした海苔の食感。非常におにぎり然としたおにぎりである。



 加賀本人は、どうしたのだろう、残り三分の一ほどとなったアメリカンドッグを矯めつ眇めつしていた。

「当たりでもあったか」

「……?」

 俺の方を見られる。なんだ。

「おいしい」

 はぁ?
 そりゃよかったな?

 まるで要領を得ない俺の前で、同じく容量を得ていないであろうに、加賀はとても満足そうに笑った。
 まるで普段とは違った、控えめだけど輪郭のある、蒲公英のような笑みだった。

「おいしいです」

―――――――――――――――――――
おしまい

孤独のグルメ。
生活臭をもっと出していきたい。

年長三連続だったので、次書くなら年少がいいかな。どうしたもんか。

また、冒頭に述べたように、この作品は研そうげん先生の艦娘漫画に触発されています。

それでは、また。

幸せそうな加賀さん良い…
乙!

>「やりました」

>「やってしまいましたの間違いじゃねぇのか」

ここ好き

>>19
わかる

孤独のグルメならもっと内なる自分と会話しないと
あと夜中は揚げ物やってないんだよな

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