【ペルソナ5】少し優しい世界? (15)

冷や汗が頬を伝い、心臓が早鐘を打つ。

座り心地の良い革張りの椅子が、今は獄中以上のプレッシャーを与えてくる。


「雨、止まないね」


隣からは春の声。窓の外はバケツをひっくり返したような豪雨が降り注いでいる。

ここはメメントスでもパレスでも、ベルベットルームでもない。

奥村の所有する高級車の後部座席。紛れもなく現実世界。

危険な要素など何も無い筈なのに、彼のサードアイが危機を告げる理由――それは。


「ふうむ……」


前方の座席に腰を降ろす、春の父親――奥村邦和の存在にあった。

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事の始まりは、学園の屋上菜園の帰り。

春の野菜栽培を手伝っていたら急に降り出した豪雨。

傘も無く電車も何故か大幅に遅延していた為、手詰まりな彼に春が声をかけたのだ。


『良かったら、一緒に送ってもらう?』と。


その厚意に甘えて奥村の送迎車の後部座席に腰掛けた瞬間――理由は分からないが、強いプレッシャーが彼の背筋を駆け巡った。



「君の事は、春から良く聞いているよ」
「世話をかけているようだな。すまないね」


「……こちらこそ」


ここでの受け答えが、自分の未来を決めることになる……気がする。

直感に従い、彼は慎重に邦和に応じる。

「はは、そう堅くならなくてもいい。春がよく君の事を口にしていたよ」

「どんな風に?」

「あ、ちょっと!」

「無口だが、やる時はやる。普段とのギャップがあるが、ふとした時に見せる仕草がまた意外と――」

「お、お父様!?」

「おっと、これは彼には内緒という話だっかな?」

「もう」

「ははは」


……何という事もない、親子の会話だ。

車内の空気も悪いものではない。

彼は春に聞こえない程度に小さく息を吐いた。

春のジョーカー評は少し気になるところだが、いつか本人の口から聞く機会もあるだろう。


「成績もトップ、身だしなみも悪くない。少し心配していたが、これなら問題はなさそうだな」

「そうよ、彼は努力家なんだから」

「ふむ、成る程な……ああ、安心したよ」


安心?


「これなら、孫の顔も――案外、早く見れそうだと思ってね」


……!?

おめでとうジョーカー支援

「な、何言ってるのっ!?」

「む? 普段のお前の口振りからして、そういうものかと思っていたが……」
「こうして、彼本人を前にして確信したよ」
「魔性の男と呼べる容姿、知恵の泉とも呼べるトップの成績……彼なら、奥村を良い方向に導いていけるだろうとね」


……いつの間にか、話がおかしな方向に進み始めている。

いつもなら的確な助言をくれるモルガナも、何故だかダンマリを決め込んでいるらしい。


(……安心しろ、アン殿はワガハイに任せておけ……)


何にせよ、この場は自力で切り抜けなければならないようだ。


「もう! 急にそんな事言って、彼だって困っちゃうよ」

「そうか? まるで動じていないように見えるが……ライオンハートと呼ぶに相応しい。益々……っ、と失礼」

急な連絡が入ったらしく、邦和は胸元から取り出したスマホで誰かと通話を始めた。


「ご、ごめんね? お父様がヘンなこと言っちゃって……」

「大丈夫。気にしてない」

「そ、そっか……そっか……」


春の満更でもないような返事を最後に、一旦会話が途切れる。

車内に響くのは雨が窓ガラスを叩く音と、邦和の誰かとの通話。


「……」


春は黙ってしまったが、無言で隣にチラチラと視線を向けている。

当然ながら彼もそれは知覚しており、こそばゆそうに首筋に手を当てる。


「ヘタレめ」


足元に置いた鞄の中から聞こえた鳴き声に対しては、軽く爪先で小突いて返答した。

スマホで暇を潰す気にもならず、何気なく窓の外を眺める。

雨の中の街中。4月に惣治郎の車に乗った時よりも知っている建物の名前が増えた景色。

街自体は大きく変わってなどいないのだが、どこかが違って見える景色。

……保護観察が終わった時、自分とみんなの関係はどんな風に変わっているのだろうか。

誰かと、"特別な関係"になることも――。



「……ん?」

「どうしたの?」

「……今すぐ、降ろしてくれ」

「え?」

「急いで! 今、すぐに!!」


……夜、奥村邸にて。


「……それにしても、驚いたよ。急にあんな大声で」

「仕方ないでしょ。あのときは」

「分かっている。緊急事態だったしな」


『雨の中で、具合が悪そうに蹲る中年男性がいた』

誰よりも早くその事に気付いた彼は、奥村の送迎を降りると直ぐに男性に適切な処置を行うと男性を最寄りの診療所へと連れて行った。

ちなみに、その際の鮮やかな手際を邦和は超魔術的だと評価している。



「しかし、見ず知らずの他人にあそこまで必死な表情が出来るとは……まるで、慈母神だな」

「彼は、そんなつもりじゃ」

「わかっている……」

「春」

「なに?」

「彼は、素晴らしい人材だ」

「うん」

「彼は、間違いなくこれからの奥村に必要な人材だ」

「う、うん……」

「だから……必ず、彼をモノにしなさい」

「う、んぇえぇえっ!?」


……っ!?


「ん? どうした?」

「急に寒気が」

「雨で冷えたんだろ。今日はもう寝ようぜ?」

彼は、まだ知らない。

これから先、より特別な関係を求める女性たちのアプローチが強くなる事を。

そして、周りが少し優しくなった世界で、それがどういう意味を持つのかなんて――未だ、想像もついていなかった。

というわけで今更だけどペルソナ5ss
続きます

続きが楽しみです

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