ガヴリール「悲しみとか痛み、その他ぜんぶ」 (57)

四月。

桜が舞い、爽やかな風が吹く季節。

そんなうららかな日々の真ん中で。

私はひとり、窓から空を見上げていた。

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まずはいまの状況について軽く話しておこう。

紆余曲折ありながらもなんとか舞天高校を卒業できた私たち天使と悪魔四人は、一度実家に帰ることになっていた。

もともとそういう決まりだったし、これが今生の別れなんてことになるなんてことはないのだけれど、やっぱり卒業式というのはどこか悲しくなるもので。

私たち四人は式の後に桜の木の下に集まり、目を潤ませながらこれからについて語り合った。

ヴィーネ。

悪魔なのに悪魔らしいことのできなかったやつ。私のお世話をしながらも勉強は怠らずに取り組み、優秀な成績で卒業。

逆に悪魔としての成績はよろしくなかったらしいけど……ま、それもヴィーネらしい。

サターニャ。

私より勉強が苦手だったあいつも、みんなに支えられてなんとか卒業できた。

ああ見えて案外地道に悪魔的行為を重ねていたサターニャは、わりと優秀な悪魔だったらしい。

ラフィエル。

流石天使学校次席というべきか。勉強も天使的行為もそつなくこなしていたらしい。

私たちにはあまり見せていなかったが、あいつも裏では善行を積んで天使らしくしていたみたいだ。


……そして、私はというと。

出席日数もなんとかクリアしたし、気は進まないながらも実家に帰るつもりだったんだけど。

我ながら情けないことに、卒業間際までゲームに熱中したこともあり、なんとアパートの引き払いの連絡を怠ってしまい、強制的に下界に一か月滞在することになってしまった。

「……はあ、まったく何やってんだか」

自虐的に呟きながら、開いていた窓を閉じる。

いくら綺麗な桜でも、一人で眺めつづけるのは苦痛だ。

ダメダメな自分と見比べてしまい、憂鬱な気持ちになる。

そんな気持ちを振り払うように頭を横に振ると、私はいつものようにパソコンの電源をつけた。

学校に行く必要がなくなり、仲のいい友達も帰ってしまった今、私を満たせる娯楽はゲームだけになっていた。

別にいいじゃん、すごく気楽で極めて自堕落な生活だ。

口うるさいヴィーネも、騒がしいサターニャも、導ってくるラフィエルもいない。

誰にも咎められない。私を邪魔するやつはいない。

私の、完璧な王国の完成だ。

「……」

かたかた、かたかた。

キーボードを打ち付ける音と、パソコンの微かな起動音。

我がガヴリール王国を満たす音楽は、それだけ。

女王の私は、ネトゲの中でもちやほやされている。

そりゃそうだ、毎日暇さえあればログイン。高校時代からやり込んでいる廃課金ユーザー。

姫プレイではないけれど、私はリーダー的な存在で先陣を切って敵をなぎ倒す。

ドガッ!バシッ!

か弱い女の子のアバターにはおよそ似合わない、重たい効果音をまき散らしながら進んでいく。

そんな私のあとをうろちょろと付いて回る、乞食のようなプレイヤーたち。

いや、別にいいんだけどさ。私もおなじようなことしたことあるし。でも……

「お前ら、ほんとにそれで楽しいのか?」

周りに合わせるのは、そりゃ安心するだろう。

何も考えずにリーダーについていくのは、そりゃ楽だろう。

あとをついて回るやつらを見て、ふと天使学校時代を思い出した。

主席だった私の周りにはたくさんの同級生がいたけれど。

今考えてみると、本当に友達と言えるのは、ほんと一握りだったんだろうと思う。

……つまらないことを思い出した。

途端に集中力が切れて操作が疎かになる。

あっさりと敵にやられた私を置いて、取り巻きはばらばらと散っていく。……薄情な奴ら。

ネトゲをやる気すら失った私はパタリとパソコンを閉じる。

再び外を見ると、太陽がまぶしく輝いていた。

「……まだ昼か」

忙しい時ほど時の流れは速く、何もすることがないと時間の進みは遅い。

学校に行かなくていい、天使的行為のする気のない私にとって毎日の目標などない。

ただ、空虚な日々を貪るだけ。

……暇だ。

いてもたってもいられなくなった私は、のそりと立ち上がりながらそっと呟いた。

「……外、出てみるか」

こんな感じで少しずつ書き進めていきます。遅筆になると思いますがよろしくお願いします。

期待

ネトゲでまともなプレイヤーだったら普通その時のリーダーに進行任せて
勝手な行動控えるようにするだろ普通
それを乞食のようなとか心底から性根腐ってんなこの天使

ガヴがリーダーとして主導してるんじゃなくリーダー的な存在のガヴに勝手についてきてるだけじゃん

さすがにジャージ姿で出るわけにもいかないので、家にあった服を適当に着込む。

これはたしか、ヴィーネの提案でみんなで買い物に行ったときに買ったものだっけ。

みんなしてマネキンみたいに私に色んな服を着せるから、途中から銅像になったような気持ちでじっとしていた。

……懐かしい。それほど昔のことでもないのに、すごく遠い思い出のような気がする。

「みんな……」

ハッとする。いつまで服を眺めて過ごすつもりだ。

らしくない自分に頭を掻きながら、身支度をする。

玄関へ足を運び、重いドアを開く。

眩しい世界に目がくらみながらも、私は外の世界に一歩踏み出した。

勢いに任せて外に出てみたはいいが、特に行きあてもない。

近所を少し散歩してみるか、という程度の考えで飛び出してきてしまった。

タプリスに会いに学校に行く、というのも考えたが、まだ授業中だった。

高校生の時とは時間の感覚がずれているのを感じる。

……なんだかニートみたいだな。天使的行為もしてないし、ニートなんだけど。

行き場もなくふらふらと歩く。何か面白いものでも落ちてないかなーなんて考えながら。

ふと気づくと、いつの間にか近所の公園にたどり着いていた。

いつぞやの、盲目の女の子と出会った場所。

……目を凝らすと、公園のベンチに人影が見えた。

どこか見覚えのあるシルエットに、息をのむ。

「あれは……委員長?」

綺麗な黒髪、すらりとした立ち姿。

見慣れない私服だったけれど、その雰囲気は高校生のころとまったく変わらなかった。

「よーっす、委員長」

「あら、天真さん?ひさしぶりじゃない!」

委員長と最後に会ったのは卒業式だから……二週間ちょいくらいぶりか。

ヴィーネたちは下界にいられる三月ギリギリまで居残って遊んでくれたけど、他の生徒たちとは卒業式以来会っていなかった。

……ヴィーネ……サターニャ……ラフィエル……

……っと、なに考えてんだ。目の前で次の言葉を待ってる委員長に失礼だろうが。

私はぶんぶんと頭を振り、委員長に話しかけた。

「こんなところで何やってんの?」

「久しぶりに地元に戻ってきたから、ちょっと歩いてみようかなってね」

大学生になった彼女は、以前と変わらぬ様子で優しく微笑んだ。

「ていうか天真さん、もう私委員長じゃないんだけど……」

「あ、そっか。もう高校生じゃないもんな」

「まち子でいいよ。その方が呼びやすくない?」

あんまり変わらないものだから、ついつい高校の頃と同じ態度で接してしまう。

それから私たちは少しの間、世間話をして過ごした。

委員長はその他大勢の生徒と同じように、大学受験をして進学の道へ進んだ。

成績優秀、内申点も申し分なかった彼女は、地元から離れた偏差値の高い大学へ通っている。

高校三年間委員長の責務をこなした彼女も、大学では普通の女子大生として過ごしているらしい。

ちなみに上野と田中も同じ大学。

腐れ縁みたいなものよね、と苦笑いする委員長。でも少し嬉しそうな表情。

……そうか。やっぱり友達と過ごす学校って、楽しいものなんだよな。



……脳裏に、またあいつらの顔が浮かんだ。

「天真さん?大丈夫?」

心配して顔を覗き込まれる。うわ、また考え込んでしまっていた。

「あぁ、なんでもないよ……まち子が元気そうで良かった」

「そういえば天真さんも、遠くの大学に進んだのよね?どんな感じなの?」

ギクリとする。

私たち天使と悪魔は人間にその正体を知られてはいけない。

私たち四人は別の大学に通っている、という設定で口裏を合わせるようにしていた。

……私だけまだ自堕落な生活を送っている、なんて知られてはよろしくないことが起きそうだ。

嘘も方便。天使的には減点ものだけどこれは不可抗力だよね。

「ああ、みんな変わり映えなく過ごしてるよ」

「そうなんだ。天真さんなんて、高校でも出席ギリギリだったから大学ではどうなってるんだろうって心配してたんだから」

「う、うるさいな……まだ四月に入って二週間だろ?私も真面目モードだよ」

「ふふっ、それならよかった」

現状を語り合ったあとは、高校時代の思い出を語り合う。

クラスのことや、調理部のこと。ほんの少し前のことなのに懐かしさを感じる。

思えば私たち……主にサターニャだけど、だいぶクラスの問題児になっていたっけ。

まち子も胃を痛めていたらしく、あの頃は大変だったんだから、と笑いながら言った。

でも、それはとても賑やかで楽しい記憶。

きらきらした思い出を、二人肩を寄せて話し続けた。

…………

「あっ、そろそろ帰らなきゃ。家で親が待ってるから」

「そっか。じゃあ、私も行くとするか」

「あら、予定があったの?引き留めてごめんね!」

「いや、特に行く当てはないんだけどな」

「そうなの。そういう気まぐれなところ、天真さんらしいわね」

……褒められてない気がするが、その眩しい笑顔を拝めたことに免じて見逃してやるか。

「また会おうね、天真さん!」

「ああ。……また、な」

ぶんぶんと大きく手を振られ、私も脱力した手を振り返す。

天使としての正体がばれてない以上、あの盲目少女みたいに記憶が消されることはない。

運命がめぐり合えば、また会えることもあるだろう。

大切な人間の友達。私がこの退屈で騒がしい下界で出会えた宝物。

……さて、次はどこへ行こうか。

キーンコーンカーンコーン……

遠くでチャイムの鳴る音が聞こえる。そうか、もう授業が終わる時間か。

ということは、タプリスにも会えるかもしれないな。ちょうどいい、行ってみるか?

……いや、タプリスだって三年生だ。用事もあるだろうし、連絡なしに行っても迷惑かもしれない。

でも、一目見るだけならいいんじゃないか?数週間前までここの生徒だったんだぞ?

あ、でももう卒業した生徒が高校を覗きに来る、なんて世間的に見てあんまりいいものでもないだろう。

ぐるぐる、ぐるぐる。

行きたい気持ちと自制する気持ちが頭の中で回り続けて。

……気が付いたら、舞天高校に着いてしまっていた。

「結局、意思が弱いんだよな、私って」

サボり気味だった学校でも、一応愛着は持っていたみたいで、無意識のうちに足が目的地へと体を運んでいた。

「まあでも、さすがに中に入るわけにはいかないよな……」

フェンス越しに校庭を見てみる。野球部とサッカー部が走り回っているのが見える。

校舎の中が気になるが、やはりここからじゃ見えない。調理部はどうなっているんだろう。

「……天真先輩、ですか?」

不審者のようにうろうろしていると、ふと後ろから声をかけられた。

聞き覚えのある高い声。幼さの残る音の響きと敬語。

「……おう、タプリスじゃん。久しぶり」

私の後輩天使が、口をぽかんと開けて立っていた。

「おっ、お久しぶりです天真先輩!」

「おー。もう授業終わったんだな」

「はい、今から帰るところです!先輩は?」

「あー、ちょっと用事で近くに来ててな。寄ってみたんだ」

「せっかくですし、ちょっと寄り道していきませんか?」

ずいっと顔を近づけてまくしたてるタプリス。

久しぶりに私に会えたことでテンションが上がっているらしい。……かわいいやつめ。

タプリスが体を動かしたことで、後ろに人影が隠れていたことに今更気づく。誰だ?

「あっ、黒奈ちゃん!隠れてないで出てきてください!」

「……照れる……」

フードを被った黒髪の少女。タプリスと同級生の後輩悪魔が、タプリスの後ろからゆっくりと姿を見せた。

「お久しぶりです……天真先輩」

「おー、黒奈じゃん。久しぶり」

タプリスの同級生、黒奈。ヴィーネやサターニャと同じ悪魔で、魔界からやってきたらしい。

学年も違うということであまり関われなかったけれど、随分タプリスと仲良くなった様子だった。

「寄り道って……お前も随分下界に馴染んできたみたいだな?」

「うっ……先輩みたいに駄天はしてませんよ!」

「……まだ、ね」

「ちょっと黒奈さん!余計なこと言わないでください!」

ぽかぽかと頭をたたくジェスチャーをして憤慨するタプリス。どうやら悪魔に導られる関係は変わってないようだ。

「ほんと、仲良くなったよな」

「なっ、仲良くなんて……」

戸惑う天使と俯いて黙り込む悪魔。おいおい、まさかほんとにいい関係になってるんじゃないだろうな……


「で、寄り道ってどこに?」

「えっと、エンジェル喫茶ですけど」

「ああ……じゃあ、私も行ってみようかな」

「え!ほんとですか!嬉しいです!」

「最近マスターにも会ってなかったから、いい機会だしな」

「じゃあ、一緒に行きましょうか!」

目を爛々と輝かせて手を引っ張っていくタプリス。思ったことをすぐ実行する行動力は一年生の頃から変わっていない。

「ほら、黒奈ちゃん!あなたも行くんですよ!」

「……わかってる、タプリスはせっかち……」

私と一緒に手を引かれる黒奈。遅れながらもしっかりとついてきているのは、いつも連れまわされて慣れているからだろうか。

しかし、あれだな。こうして見ると、この中で一番背が低いのって……

「先輩としての威厳、まったく無いな……」

ぽつりと呟いたのを聞き、二人の後輩は不思議そうに顔を合わせて首を傾げた。

カランカラン…

エンジェル喫茶は今日も満員御礼……なわけがなく、閑古鳥が鳴く中、マスターが暇そうにグラスを磨いていた。

私たちの姿を見ると、マスターは心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。

「いらっしゃい、二人とも!……と、おや、天真くんじゃないか」

「うっす、マスター、お久しぶりっす」

「久しぶりと言ってもそんなに経ってないじゃないか。さ、奥の席が空いてるよ」

「というか……全部空いてる……」

「うぅっ、黒奈くん、相変わらず痛いところを突くね……」

鋭いツッコミに胸を抑えるアクションをするマスター。私たちが卒業しても、色々大変な日々を送ってそうだ……。

「ていうか、タプリスたちもここによく来てるんだな」

「はい、なんでも黒奈ちゃんが言うには、ここのコーヒーを飲めるようになると大人になれる、とのことなので!たまに一緒に来てるんです」

タプリスの言葉に小さくニヤリと口を歪める黒奈。……タプリス、騙されてないか?

それはたぶん、一緒にお茶するための口実だと思うんだけど……ま、ふたりとも楽しそうだから口を挟むのも野暮ってもんか。

マスターが鼻歌を歌いながらコーヒーをテーブルに運んでくる。こういう時のマスターは本当に嬉しそうだ。

カウンターに戻ったのを確認すると、タプリスはぐっと顔を寄せて話しかけてきた。

「で、先輩は今何をなっているんですか?」

「何って……今まで通り家でダラダラ、自由に生きてるよ」

「なっ……なななななっ!!」

握った手に力を込めてわなわなと震えるタプリス。あ、やばい。

「天界に戻れなかったのは先輩のミスのせいでしょ!?それなのに反省もしてないんですか?」

「タプリス……声、大きい……」

黒奈に袖を掴まれて注意され、はっとするタプリス。カウンターを振り返ったが、マスターはご機嫌でグラスを磨き続けている。

「すみません、つい……」

「いや、私も悪かった……。でも、ちゃんと反省してるよ。天使的行為もやってるしな」

「ほんとですか!それなら良かったです!」

ほんとうに、たまーにだけど。外に出たときに堕ちてるゴミを拾ったり道案内をしたり。

それだけで今までの駄天生活の埋め合わせにはならないけど。暇つぶしになるし、何より人を助けるのは悪い気分じゃない。

「二人は学校で上手くやってるのか?」

「ええ、頑張ってちゃんと天使らしく過ごしてますよ!」

「タプリスは努力家だからな、真面目にやってて安心だわ」

「えへへ……できる天使になっちゃいます!」

「私も……悪魔らしく色々やってる……」

「そっか、天使の私が言うことじゃないけど、いいことじゃん。ヴィーネやサターニャが聞いたら喜びそうだ」

「あー!そうそう、聞いてくださいよ!黒奈ちゃん、授業中に魔界通販の道具を使おうとして……!」

怒りながらも少し楽しそうに話すタプリスと、ニヤニヤと笑いながら頷く黒奈。……天使と悪魔らしく、仲良くやっているみたいだ。

その楽し気な様子に、見覚えのあるみんなの面影を重ねていた。

店の壁に掛けてある時計が五時の合図を告げる。もうこんな時間か。

「はぁー、ちょっと話しすぎちゃいましたね」

「タプリス……今日、お泊り……」

「あ!そうでした、晩ごはんの買い物もしないと!」

タプリスはポン、と手を叩いて大きな声を上げた。

「すみません、今日はちょっと早めに帰らないといけないんです……」

「ああ、そっか。じゃあここらで解散とするか」

「はい!今日はありがとうございました!……天真先輩、だらけてばかりじゃなくてちゃんとお掃除とかもするんですよ?」

「……ゲームばかりじゃなくて、ちゃんと外にも出る……」

「まさか悪魔にまで注意されるとはな……ていうか今日は出てるだろ」

苦笑いしながら、店を出る用意をする。店を出る前にカウンターで掃除をしているマスターに声をかけた。

「ありがとう、マスター。……あのさ。コーヒー、美味かったよ」

「て、天真くん……!」

慣れないことを言って照れくさくて顔を背けてしまったが、きっと涙腺の弱いマスターのことだ、

コーヒーの味を少しでも伝えようとしてくれた情熱とやさしさは、私だって理解している。

……ここを離れても、たまにはここに来てやろうかな。

タプリスたちと再開の約束をして、手を振って別れる。姿が見えなくなるまで大きく手を振って名前を呼ばれるのは流石に恥ずかしい。

騒がしくて、ちょっぴりお節介な後輩たち。

あんまり先輩らしくなんてできなかったけれど。

「まあ、たまにはこういうのもいいか」

なんて思いながら、とぼとぼと我が家への帰り道を歩くのだった。

黒奈って誰・・・

>タプリスの同級生、黒奈。ヴィーネやサターニャと同じ悪魔で、魔界からやってきたらしい。

黒奈ちゃん出てきて嬉しい

賑やかな会話の後は、祭りのあとのような寂しさが付きまとうもので。

一人の帰り道なんかは、特にそれを身に沁みて実感する。

まるで世界にひとりぼっちになったかのような孤独感と焦燥感。

別に何も悲しいことが起こったわけでもないのに、少し潤んでしまった目の端を服で拭う。

……むしろ一人で良かった。こんな情けない姿、誰にも見せられない。

このまま誰もいない部屋に帰るのが嫌だ。今日は運良くいろんな人に会えたけど、毎日会うなんてきっと迷惑だろう。

だから明日からはまた、一人きりの空虚な時間を過ごさなくてはいけない。

ヴィーネたちにはまた会えるだろう。でも四人揃って学校で会える時間はもう戻ってこないんだ。

当たり前のように学校に行き、友達と会話し、ふざけあえることがとても貴重なものだということに、愚かな私はたった今気づいたのだった。

なんとなく、家に帰りたくなかった。

このまま帰っていつも通りの灰色な日常に戻るのは嫌だ。

何か、特別なことをしたい。

もやもやとした頭でふらふらと歩いていたら、見覚えのある場所にたどり着いた。……家から一番近い駅だ。

いまの時間は……午後五時過ぎか。終電を考えると、あまり遠くにも行けないけど……



ふと、どうしても行きたい場所が思いついた。

神足通を使う、なんてことも考えたが、人間に見つかるリスクがあるのと、やはり半分謹慎中みたいな身で下手に天使力を使ってはまずいと考えてやめた。

断じて、天使力不足で失敗の可能性があることを恐れてるんじゃないからな。うん。

ポケットから財布を取り出し、目的地への運賃を支払って切符を買う。下界のしきたりにも慣れたものだ。

ちょうどやってきた電車に乗り込み、空いている座席にちょこんと座る。

隣が寂しく感じたのは、きっと乗客が少ないせいだ。……たぶん。

がたんごとん、がたんごとん。

電車は音を立てて揺れながらを私を目的地へ運んでいく。

心地よい揺れが眠りの世界に誘おうとするが、そんな誘惑にこの天使が屈するわけ……

そんなわけが……

……。

……はっ!

車内アナウンスから聞き覚えのある駅名が聞こえた気がして、冷や水をかけられたように目が覚める。

慌てて電車を降り、看板で駅名を確認する。

目的の駅であることを確かめ、ほっと一息つきながら改札を通り外へと出る。

ここから少し歩いた場所に、待ち望んだ景色が見えるはずだ。

……幸い、今回は雨も降ってないことだしな。

海。

そう、一年生の夏休みの時に遊びに来たあの海だ。


あの時は青く澄んで見えた海が。

夕日に照らされて、深く赤く輝いていた。

あの頃と変わらず……すごく綺麗だった。

まだ春だし、泳ぐ人もいない。夕方だし、観光客も帰る時間だ。

ほとんど人のいない海辺は、一人でたそがれるには、すごく都合のいいシチュエーション。

どうせ誰も見ていないのだから、少々見てくれが悪くたっていいだろう。

私は膝を抱えて砂浜に座り込んで、海を眺めることにした。

波が打ち寄せる音だけが耳に響く。心地よい波音。

海で遊んだ思い出を脳裏に浮かばせつつ、私は今までの記憶に思いを馳せていた。

下界に降りて、天界では考えられないほどいろんなことがあって。

楽しいことも悲しいこともあって、全部乗り越えて成長したと思っていたけれど、本当の私は弱いままだったんだと実感する。

悲しみも痛みも、癒せるような天使になれればいいななんて思っていたけれど、一番みんなに癒されていたのは私なんだ。

こんなにも心が弱くなっていることに今まで気づかなかった。



行き場のない気持ちが体内を駆け巡る焦燥感。

心が抉られるように苦しくて、小さく震える手で胸をぎゅっと抑える。

悲しい。痛い。つらい。苦しい 。

……寂しい。

「……寂しいよ」

「みんなに、会いたいよぉ……」

思わず声が漏れた。自分のものとは思えない、弱弱しくて小さな声。

最後のほうは、かすれてほとんど聞こえないほどだった。

声に出してしまったらだめだ。小さな穴が空いたダムのように、そこから感情があふれ出してしまう。

追随するように、涙腺が緩んで目が潤む。歯を食いしばって止めようとするが手遅れだ。

「う……っぐ、うぅ……っ」

目から涙が流れ、嗚咽まじりの唸り声が漏れる。

零れ落ちた涙は足元の砂に染み込んで色を変える。

どうしても、どうしても涙が止まらない。


太陽が、今にも沈もうとしていた。

「ガヴ、そろそろ帰らないと夜になっちゃうわよ?」

そう、夜。夜の月を見ると、こんな風な優しい声のあいつを思い出してしまう。

「そうよ、風邪でも引いたら勝負ができなくなるじゃないの!」

あいつみたいなデカい声だけど、風邪ひいたときは勝負も休んでお見舞いに来てくれたよな。

「神足通を使うわけにもいきませんし、終電には間に合わないといけませんよ、ガヴちゃん」

終電……そうだ。自由に神足通を使えるあいつならともかく、不完全な私はその保証は……

……ん?今、神足通って言ったか?

恐る恐る顔を上げて、その声が幻聴でないことを確かめる。

「……え?」

ヴィーネ。サターニャ。ラフィエル。

心配そうな顔。ほくそ笑んでいる顔。ニコニコと笑っている顔。

私がずっと見たかったやつらの顔が私を見下ろしている。

「えぇ……なんだよ、もう」

恥ずかしさで頬を染めつつ、私はまた膝に顔をうずめた。

「……で、いつから見てたんだよ」

私はむすっとして不機嫌を装って聞く。

「ガヴちゃんがタプちゃんたちと別れたところからですね。てっきりおうちに帰るものだと思ってましたが、ルートが逸れたので千里眼で続けて見ていました」

「そんな前から……」

一気に全身の力が抜ける。私が苦悩しているあいだ、ずっと見てたのかよ……

「ごめんね!人間が見てるところだと地上に降りられなくて……チャンスを見計らってたら遅くなっちゃったの」

「おかげでガヴリールの情けない姿がばっちり見られたけどね!」

「お前っ…!今すぐ忘れさせてやるっ!」

むかつく顔で笑うサターニャを捕まえようと立ち上がるが、長いこと三角座りの状態だったから足が痺れてふらっとよろけてしまう。

「っと、大丈夫?」

三人に私の小さな体が支えられて、なんとか転ばずに済んだ。ゆっくりと立ち直らせてもらい、みんなと正面から向き合った。

「……ありがとな」

ぷいっと顔を横に向けつつ小さく礼を言うと、三人は一瞬顔を見合わせてから吹き出した。

「なんだよ、笑うことないじゃん!」

「だって、ガヴがそんなに素直になるなんて思ってもみなかったから……ふふっ」

「失礼な……今日は、いろいろあったんだよ」

「それで?どうしてみんなして私を監視してたのか、理由を聞かせてもらおうじゃん」

「監視だなんて……まあそう言われても仕方ないか。ごめんね、最初はもっと早く会いに行くつもりだったのよ」

「みんなで集まって、私の千里眼でガヴちゃんのいる場所を見つけて、久しぶりに顔をお見せするつもりでした」

「でもガヴリールったら、様子がおかしいんだもの。家に戻らないしふらふらしてるし。それで……」

「それで面白がってじっと見てたってことか?……情けないもんだな」

駄天したとはいえ元天使学校主席が千里眼の気配に全く気付かなったのも問題だが、それは心が不安定だったから、とかで流してほしい。

「ごめんガヴ、もっと早く来るべきだったんだけど……」

「私のせいです、もっとガヴちゃんの行動が見たいと千里眼を続けていたから……」

「ラフィエルだけの責任じゃないわよ!私も反対しなかったし!」

「いや、いいよ。どうせもう聞かれたんだ、全部話すよ」

泣いたおかげで、少し気持ちがすっきりとしていた。どうせなら今抱いている気持ちを、洗いざらい全部打ち明けてしまおう。

「私さ、一人でもやっていけるって思ってたんだよ。実際下界に降りた頃は一人で生活できてたし」

「……」

「ヴィーネ、そこで微妙な顔をするな!……まあとにかく、みんな実家に帰っても全然平気だと思ってたんだ」

「でもさ、いざ四月に入ってみんな帰っちゃって、どこにもいかずに一人で部屋にこもってるとさ……なんか、心にぽっかり穴が開いた気がしてさ」

「一日がすごく長くて、外に出ても気が晴れなくて、しょうがないからゲームして気を紛らわせて……そんな毎日だったよ」

「なっさけないわね!まだたった二週間じゃないの!それくらいも待てなかったの?」

「サターニャさん、そういう言い方は……」

「サターニャのいう通りだよ。一人でいることに一か月も耐えられなかったんだ」

改めてみんなの前で説明すると、やっぱり恥ずかしいもんだな。喋りながら顔が熱くなるのを感じる。

夕日に染まった海を見渡しながら話を続ける。

「この海、覚えてるか?前にみんなで来たことあるだろ」

「ええ、しおりまで作ったんだもの、覚えてるに決まってるじゃない」

「ビーチバレーしたり、かき氷食べたり、いろいろやったよな」

「ガヴリールったら、最初は外でもゲームしようとしてたわよね」

「……最初は、ちょっとめんどくさいなって思ったよ。でも遊んでるうちにだんだん楽しくなってきてさ。それってみんながいたからだと思うんだよ」

「クリスマスとか初詣とか、イベントごともみんながいるからめんどくさいけど楽しめたし」

「ガヴちゃん……いつになく素直すぎて、本物のガヴちゃんかどうか疑わしくなってきました」

「うるさいな、今日は特別。一度しか言わないから耳かっぽじって聞いとけ」

深呼吸して、取り留めもなくなってきた感情を結びあげる。最後に、想いを言葉に変えよう。

「今日は珍しくいろんな奴に会えて、みんないい奴ですごく気持ちが軽くなった。それでもまだ足りなかった。心の穴を埋める、何かが」

「私の寂しい気持ちとか、孤独感とか、傷ついた心とか、そういうのでぽっかり空いた穴を埋める存在だ」


「そうだ……私の悲しみとか痛みとか、そういうもの全部を癒して救ってくれるのは」

「……お前たちだけなんだよ」

全部言い切った。達成感と、解放感。

だけど、この視線と沈黙は……

「……なんだよ。なんか言えよ、お前ら」

「いや、なんか聞いてるこっちが恥ずかしくなってきたというか……よくそんなこと言えるわね、ガヴリール」

「うっせ、私だって死ぬほど恥ずかしいわ!」

……でも、サターニャが茶化してくれたおかげで一気に緊張が解けた。

「ガヴ、本当に辛かったのね……話してくれてありがとう」

「やめっ、頭なでるなっ……」

……くそっ、ヴィーネにそんな優しく撫でられてたらまた泣けてきそうだ……

「私たちのことをそんなに思ってくれていたなんて、ガヴちゃんはほんと可愛いですねー」

「そ、そういうわけじゃ……てか、胸乗っけんな!」

……言い方は気に食わないけど、ラフィの口調に優しさが込められてるのは十分伝わってきた。

みんな、みんな優しい友達だ。

「大丈夫よ。私たちもみんな、ガヴのことが大好きだもの。だからなんとか予定を空けて、やっと今日集まれたんだから」

ああ、だめだ。

そんな言葉をかけられてしまったら、また泣けてきちゃうじゃないか。

潮風と涙で、喉の奥がしょっぱさできゅうっと締まる。目が乾燥して、ぱちぱちとまばたきをする。

「ところでさ、今日はみんなこれからどうする?……帰っちゃうのか?」

「ふふっ、そんな顔してるガヴを置いていけるわけがないじゃない。明日まで下界にいられるように許可もらってきたのよ」

ウィンクをするヴィーネとニコニコ微笑むラフィエル。どうやらいろいろ手回ししてくれたらしい。

「そっか、用もないのに下界に降りるだけでも結構面倒なのに、ありがとうな」

「何言ってるんですか。ほかならぬガヴちゃんのためですよ。それくらいして当然です」

こいつらはまた、泣かせることを……



ふと、腕をさすって空を見上げるサターニャ。

「さすがに寒くなってきたわね、もう夜になっちゃうわよ」

「そうですね、そろそろ帰らなくちゃ電車もなくなっちゃいます」

「もしそうなっても、羽広げて飛んで行っちゃえばいいじゃないの」

「もう、サターニャったら……ここは魔界じゃないのよ?人間に見つかったらどうするの」

「えー?どうせ真っ暗で見えやしないわよ!」

わいわいと騒ぎ出す天使と悪魔たち。このやかましさが、私たちらしいなと思って顔がにやけてしまう。

でも、ここはやっぱり……

「前みたいにさ、普通に電車で帰ろうよ」

お喋りしながら駅までの道のりを歩く四人。

「ところでガヴ、あと二週間とちょっとあるけど、ちゃんと生活できるの?」

「ああ、金銭面は大丈夫だよ。天使っぽいことも、たまにはしてるし」

「思ったんだけど、なんでガヴリールだけ下界に残ってるのよ」

「お前、わかってなかったのかよ……退去の連絡し忘れてて、一か月足止め食らってんの」

「どうしても寂しかったら、すぐに私の胸に飛び込んできてもいいんですからねー?」

「……胸を借りることがないように頑張るよ」

ああ、そうだ。こういう感覚。ちょっとめんどくさいけど、退屈しない仲間たち。

こういうなんでもない会話が、私は大好きなんだ。

……こんなことは、茶化されるから絶対に口にしないけどな。

がたんごとん、と電車が規則的に揺れる。

私たち四人を、慣れ親しんだ街へと運んでいく。

辺りはすっかり日が沈んでしまって、漆黒の夜空にうっすらと白く月と星が輝いている。



私たちは帰る途中ずっと、明日の予定について話し合った。

こっそり学校を覗きに行こう、とか。

私たちもタプちゃんたちに会いたい、とか。

またマスターの店に行きたい、とか。

今日私が全部やったことなんだけどな……と思ったが、楽しそうに話すみんなをみたらどうでもよく思えてきた。



がたんごとん、がたんごとん……

私は安心感からくる睡魔と戦いながら、みんなの話を聞いていた。

ああ、明日は楽しい一日になりそうだ。明日も、これからも。

天使と悪魔。その存在意義から、相容れることのない種族。

これから将来どうなるかなんて、誰にもわからないけれど。

だけど、そんな心配事なんて鼻息で軽く吹き飛ばせる私たちは固い信頼で結ばれている。

だから……

「ま、今が楽しけりゃ、それでいいじゃん」


今日は難しいことを全部忘れて、いつもみたいにくだらない語り明かそう。

私の、かけがえのない大切な友達と。



私は心の中でそう締めくくると、隣に座る友達の肩にそっと頭を預けて、目を閉じた。





おしまい。

ありがとうございました。ガヴリールが友達の大切さに気付くだけの話でした。

ええやん…


すごくよかった

好き


途中内川コピペを思い出した。
翌日、浜辺で冷たくなっているガヴリールが発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った的な展開にならなくて良かった

地の文SSはあまり好きじゃないけど
これはなかなか良かった。好き

sageろ

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