渋谷凛「SUMMER!」 (16)
「海、行きたいなぁ」
なんとなく、ただの暇つぶしのつもりでテレビで流れるビーチの特集を眺めていたら、そんな言葉が無意識で口をついて出てしまった。
「海、海かー」
後ろを振り返るとプロデューサーがいた。
どうやらひとり言を聞かれていたらしい。
「聞いてたんだ」
「ごめん。偶然」
「別に、謝ることでもないでしょ?」
「いや、そっちもだけど、あんまり暇を作ってあげられなくて悪いなぁ、と思って。いつかみたく北条さんや神谷さんと遊びに行けるよう
に調整してあげられたらよかったんだけど」
「それこそプロデューサーが謝ることじゃないよ」
「せっかくの夏休みなのに、申し訳ない」
「もう、別に私は不満とかないってば。それに、まだ夏は終わってないよ?」
「ん? どういうこと?」
「連れてってよ、海」
「……二人で?」
「うん」
「凛は俺とでいいの?」
「プロデューサーとがいいから言ってるんだけど」
「あー……」
「返事は?」
「行こうか。海」
私とプロデューサーのオフが合う日に約束をして、海に行くことになった。
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◆
その約束の日、店番をしながらプロデューサーが迎えに来るのを待つ。
プロデューサーは約束の時間より少しだけ早くやってきた。
「おまたせ。お店番中?」
「んーん。大丈夫、とりあえず行ってきます言ってくるから、車で待っててよ」
「なら、俺もご両親に挨拶とか……」
「そういうの、いいから。ホントに」
「いや、一応菓子折りも持ってきたし」
「お母さんもプロデューサーとなら嫌な顔しないと思うから」
店先でうじうじと問答を繰り返していると、カウンターに頬杖をついてその様相をにこにこしながら眺めている母がいた。
それに気付いたプロデューサーは、菓子折りを持って母のところに歩いて行って、ぺこぺこしながら何やら話しているようだ。
話し終わって、プロデューサーが戻ってきたので「何話してたの」と小声で聞くと「あとで話すよ」と返されて、プロデューサーは「車で
待ってるから」と行ってしまう。
交代で母が私の荷物を持って、店先まで出てきて「ほら、行ってらっしゃい」と背中を押される。
「プロデューサーに変なこと言ってない?」
「さぁ、どうかしら」
「ねぇ、ホントに何にも言ってないよね?」
「プロデューサーさん待ってるんでしょう? 早く行ってらっしゃい」
「……まぁいいか。うん、行ってきます」
「デート、楽しんでらっしゃい」
「もう!」
○
後部座席に荷物を置いて、助手席へと乗り込む。
私がシートベルトを締めるのを確認して、プロデューサーがアクセルを踏んだ。
「はい、これ」と渡されたカフェラテを受けとり、ストローをさして一口含んでドリンクホルダーへと置く。
少し聞くのが怖かったけれど、意を決して「ねぇ、お母さんと何話してたの?」
「普通の話だよ。なんか一方的にお礼言われちゃってさ」
「何て言ってたの?」
「よく一緒にご飯行くことだとか、普段のことだとか、いろいろ」
「それは、その、いつもありがとね」
「まぁ、俺が好きでやってることだから」
「そっか……ふふっ」
「あとは、そうだなぁ。ちょっと怒られるかな、って覚悟してたんだよ」
「どうして?」
「ほら、大事な一人娘を連れ回してるんだから、怒られても仕方ないかな、って」
「今日だって私が言い出したことだし、プロデューサーは悪くないのに」
「そしたらさ、からかわれたよ」
「え、お母さんに?」
「ああ。凛はいつもプロデューサーさんの話、するんですよ? なんて言って笑ってた」
「…………」
「どうかした?」
「照れてるだけだから気にしないで」
「そっか」
○
しばらくして、プロデューサーのお腹がぐうと鳴ったあたりでドライブスルーがあるお店に寄って、軽めのご飯を買って、再び走り出す。
「食べてていいよ」
「プロデューサーは?」
「信号で止まったらその都度食べるから」
「冷めちゃうよ」
「そんなすぐに冷めないよ」
「ほら、ナゲット。バーベキュー? マスタード?」
「別にいいのに。じゃあ、バーベキューで」
「はい、どうぞ」
「…………どうも」
「ふふっ、なんか介護みたい」
「もうちょっと言い方あるでしょ」
○
やがて、窓の外を流れる景色は一面、砂浜の白と海の蒼となる。
私が「わぁ」と声を漏らすのと同時にプロデューサーも「おおー」と言った。
遠くでもくもくと盛り上がる入道雲を眺めて、早く早くと胸が高鳴る。
そんな私の気持ちを察してか「もうすぐ着くよ」とプロデューサーが笑った。
○
車を停め、砂浜へと降りる。
サンダルの隙間に、砂が入って、足の裏に独特のじゃりじゃりした感触が伝う。
前を歩くプロデューサーの、私よりひとまわり大きな足跡を踏んづけて歩いた。
「ねぇ」と声をかけると、プロデューサーが振り向く。
「アレ、やらない?」
「そういうの、凛は恥ずかしがると思った」
「今日は特別」
「じゃあ、やるか」
二人して、にっと笑う。
「海だー!」
「海だー!」
○
協力してシートを広げて、その四隅を荷物で固定する。
パラソルを立てて、私とプロデューサーの陣地ができた。
更衣室で着替えて、日焼け止めを塗って、準備は完了。
戻ってくると、プロデューサーが一生懸命大きな浮き輪を膨らませていた。
「プロデューサー、顔真っ赤だよ?」
「ポンプ、持ってきたらよかった」
「パラソルとか、そういう準備はばっちりなのにね」
くすくす笑いながら、交代で浮き輪を膨らませて、やっとのことで浮き輪が膨らむ。
「じゃあ、泳ごっか」
サンダルを脱いで、海へと駆けだす。
ばしゃばしゃと水しぶきを上げて、海の中を走っていき、ふとももまで水に浸かったところで、プロデューサーが浮き輪を投げた。
私はそれにどーんとダイブして、ぷかぷか浮かんで見せる。
「もうちょっと向こうまで行こうよ」と浮き輪のひもをプロデューサーに渡した。
○
少し泳いで、プロデューサーの背でぎりぎり足が届くくらいのところまで来て、、二人してぷかぷかと浮かぶ。
あまり人のいない海を選んで連れてきてくれたのだろうと思うけど、砂浜にはちらほらと家族連れなどがいて、それなりの賑わいがあった。
それと対照に、ここまで来ると、嘘のように静かで、波の音が聞こえるばかり。
水平線をぼーっと見ていると、なんだか世界に二人だけみたいだなぁ、なんてよくわからないことを考えた。
○
泳いだり、浮かんだり、それを繰り返して、一旦上がることにした。
砂でぐしゃぐしゃの足を水道で洗って、再びサンダルを履く。
何か食べようか、と二人で海の家へ行った。
念のため、帽子をかぶって、プロデューサーの大きいサングラスをかけて。
「何食べる?」
「来る途中で食べたし、軽くでいいよ」
「んー、焼きそば半分こする?」
「うん。私はそれでいいよ」
焼きそばを一つ買って、シートとパラソルのある私たちの陣地へと戻る。
パックに入った焼きそばを二人で半分ずつ食べた。
○
「デザートは?」
「かき氷、食べたいかな」
「じゃあ買いに行くか」
またしても二人して、海の家に行く。
丁度、他のお客さんがかき氷を買っているのを見かけ、そのサイズに圧倒された。
「あれ、食べ切れる?」
「ちょっと私には多いかも」
「半分こしようか」
「そうだね」
○
協議の結果、かき氷の味はブルーハワイになった。
スプーンを二つもらって、しゃりしゃりと食べ合いながら陣地へと戻る。
なぜか私もプロデューサーも黙々と食べていたら、不意に頭がきーんとなった。
「きーんってきた?」
「きーんってきた」
プロデューサーに「急いで食べるからだよ」と笑われ、むっとしながら頭を押さえていると、直後にプロデューサーも頭を押さえる。
「きーんってきたんでしょ」
「きーんってきました」
なんて、ばかみたいなやりとり。
○
食べ終わって、また泳いで、休憩して、時々砂浜で遊んで。
夢中で海を満喫しているうちに、気が付けば空は真っ赤になっていた。
「もう、こんな時間か」
「……楽しい時間はあっという間だね」
家族連れの人たちなんかも、もう既に撤収を始めていて、がらんとしてきた砂浜。
全身を包む疲労感と、もうちょっと遊んでたいなぁという気持ちで胸がいっぱいになる。
「じゃあ、そろそろ、帰ろうか」
シートを畳みながら、プロデューサーが言う。
片付けを手伝いながら、「また行きたいな」と私がこぼすと、プロデューサーは「今から帰るとこなのにもう次の話?」と笑う。
浮き輪の栓を抜いて、ぎゅうと抱きしめると、当たり前だけど少しずつ少しずつ萎んでいって、ちょっと寂しくなった。
○
「今日はありがとね。楽しかった」
「こちらこそ……というか、俺も楽しかったよ。久しぶりにこんなに遊んだ」
荷物やパラソルを車に積んで、代わりに着替えを出して、更衣室へ行く。
シャワーを浴びて、着替えを済ませて更衣室を出るとプロデューサーはもう待っていて、大きな伸びをしていた。
「おまたせ」
「帰ろうか」
「うん」
また、ひとまわり大きな足跡を踏んづけて、車まで歩いた。
○
車に乗って、名残惜しむように外の景色を眺めてると、プロデューサーが肘で小突いてからかってくる。
「また来ればいいよ」
「約束だからね?」
「もちろん。それにさ、凛が言ったんでしょ?」
「何が?」
「まだ夏は終わってないよ、って」
「ああ、そういえば、そうだっけ」
「だから、リクエストお待ちしてます」
「そういうことなら、うん。覚悟しといてよ」
「望むところだ」
サイドミラーに、にやけた自分の顔が映る。
まだ、夏は続く。
おわり
Pよ、しぶりんの水着の種類位教えろください(土下座からの五体投地) というか羨ましい(血涙)
乙、面白かった
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