【艦これ】「泊地を継ぐもの」 (214)
はじめに:これは四国にある小さな泊地の後継者となった若者素人司令官の日誌をもとに描いた物語です。
つまり戦記みたいな日常みたいな感じです。
同型同艦の子は複数いる世界ですので、これキャラ違うなーとかそういうのはあります。だって、人間だもの。
とりあえず、電子記録として残すだけ残させて下さい。
ではでは……
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1502164125
「はじめまして、五月雨です! 司令官っ、これからよろしくおねがいします!!」
どうやら私は司令官着任試験に晴れて合格したらしい。とはいっても、柱島泊地所属でしかも豊後水道にある名前も知らぬ離島の泊地の司令部に着任することになったのだが。
艀から降りて桟橋に立つと、駆逐艦の五月雨が出迎えてくれた。彼女の背景には初夏の日差しを受けた木造の三階建ての司令部庁舎がいい趣で佇んでいた。これからこの司令部で長い司令生活が始まるのだ。
「――司令官??」
「ああ、はじめまして」
私は若干、頭を下げて女子高校生にしか思えない目の前の女子に対して挨拶する。この子がその艦娘なのか。間近に見るのは初めてである。
「ささっ、早速入りましょう!!」
五月雨はそう言い、私に背を向ける。そして、足を踏み出す。あ、そこは桟橋の桁がないとこだ。
「あ」
「あ?……わあわわわ!!」
ドボン。
出会って数分で、彼女は海の底へ……。なんという注意力のなさ。
「し、司令官っ……!!」
「あ、ああ」
私は浮き上がってきた五月雨の手を引っ張った。出会ってすぐ、艦娘というのに触れる事になり、嬉しいのか不安なのかよく分からない感情になった。因みに彼女の手は人間そのものだ。もちろん、艦娘は人間だから人間の感触なのだが……。
「ご、ごめんなさいっ! 私、ドジなんです!」
上官から聞いていたので、分かっていたが、ここまでとは。
と、彼女のスカートの裾に若干血が着いているのに気付いた。ももを擦ったのだろうか。
「大丈夫かい? ちょっと擦りむいたようだけれど……」
「わっ! いえ、心配かけてごめんなさいっ、大丈夫です! でも、着替えてきますね!!」
「ああ」
そう言うと、彼女ははやばやと司令部庁舎左隣の小さな入渠施設へと走っていった。
では、私は一足先に司令部庁舎に入って荷物整理でもするか。
「あ……」
司令部庁舎の木目調の両開きの扉の前で、鍵を五月雨から預かることを忘れてしまった。
仕方ない。そう言って私は、荷物を扉の前に置き、桟橋で体育座りなんかして待つことにした。
ああ、海は穏やかだ。しかし、ここは四国と九州に挟まれており、瀬戸内海の入り口とも言える場所であるから、要所とも言える。この近辺には良くイ級やら敵潜水艦やらが来るらしい。まぁ、あっさり彼らはやられる訳だが。
それにしてもこの司令部は不思議だ。立会いの元で行われる前任者との引継ぎもないし、そもそも他の艦娘たちの姿も見当たらない。建物からして新しく新設された司令部、というわけでもないし……
「司令官? 司令官?」
「あ、ああ、君か……」
「ご、ごめんなさいっ! わたし、すっかり司令官に鍵を渡すのを忘れてました!」
「大丈夫。それじゃあ行こうか」
「はいっ!」
新しく着替えた五月雨の制服からはダウニィの香りがふわり。そして長い髪がなびくとまさに女性の香り。パンテーンかラックスかダウか一髪かは分からないが、とにかくいい香りである。
正面玄関の扉を開けると、木目調の廊下と正面には上階に通ずる木製の古びた階段。すべて材質は木であり、しけた木の香りがした。
「今日からここが、司令官と私が暮らすとこです!」
五月雨がそう言って、眼を輝かす。
「ということは、ここは指揮所や司令室だけでなく、艦娘が住む所や私が住むところもあるんだね」
「はいっ! 私は二階、司令は三階が住むところとなってます!」
「それじゃ、司令室に案内してもらおうかな」
「ええ、かしこまりました!」
そう言い、私と五月雨は古びた階段を上って三階へと行く。一歩のぼるたび木の軋む音と五月雨の長髪から香るいい匂い。
「ここです、司令官」
三階の階段を上がって右奥の部屋が司令室となっていた。私は五月雨から司令室の鍵を貰うとドアを開けて入った。
「ここが、今日から執務を行う部屋なんだな」
「ええ、司令官がお仕事するお部屋です」
部屋の真ん中には執務用の設備が入ったダンボールが積まれていた。そして司令用の机と椅子は窓際に置いてあった。床は一部分において机や家具の移動によるものなのか擦れた跡がかなり残っている。そして、壁はところどころに拳大の染みや汚れが付着していた。正直、私が司令官候補生学校で使っていた宿舎の方が綺麗であった。窓からは先程いた桟橋とその先に広がる宇和の海が広がり、日振島などの島が浮かんでいる。眺めは悪くない。
「どうですか、司令官?? 気に入ってくださいましたか??」
「ああ。これから、五月雨先生に色々教わりながら司令官として執務をこなしていくと思うと気分が高翌揚するね」
「わ、私が先生??」
「そうだよ。君は私よりこの仕事の事を詳しく知っているし、他の司令官の仕事ぶりを見てきた筈だから私からすれば色々教わることがあるよ」
「……うん。あっ、司令官っ、私、がんばっちゃいますから! 色々教えてあげますよ~」
五月雨は両腕を胸元に持ってきて頑張るアピールをしてみせる。自然とした仕草がかわいい女だななんて思ってしまった。
「――ところで、五月雨中尉、ひとつ質問いいかな?」
「あっ、はい! どうぞ!」
「この司令部の前任者のことなんだが、普通なら司令部を引き継ぐ時は両者の立会いの元で行うのが慣例というか決まりだが、前の司令官は今どこにいるのかい??」
そう訊くと五月雨は一瞬、大きく目を見開いたように思えた。
「前の司令官のことは……」
数秒間の沈黙。
「……分かりません!」
五月雨はにっこり笑う。なんだそりゃ。上官から聞いてないのか。
「分からないって……それじゃあ、君も何も聞いていないんだね」
「はい、それに私は艦娘ですから、司令の人事関係のことはよくわからないです」
「そうか……それならちょっと質問を変えるけど、前の司令官と共にここにいた艦娘たちの事とかは知っていたりしないかい?」
その質問をすると五月雨は顔を曇らせて面倒だなという表情を一瞬したが、すぐに我に返ったかのように微笑んでみせた。
「それも私は分からないです。そもそも、私もつい昨日くらいに違う司令部からここに赴任して来たばかりですから。
――たぶん、ここにいた前の司令官や艦娘たちは違う司令部に異動したんだと思います」
そうか。なるほど。
「それなら、少しくらいはここに残してくれてもいいのにな。君も一人だけじゃ、心寂しいだろう」
「いえいえ、私が選んだ道ですから~。これから司令官と一緒にやっていけると思うと嬉しいです!」
「そうか、それは私としても心強いし嬉しいな。因みに前の司令部では君はどんなことしていたのかい?」
「……前の、司令部……」
微妙に五月雨の声のトーンが落ちたような気がした。
「ど、どうしたのかい? あんまり良い思い出じゃないとか、ブラック司令部とかだったのかな……」
「い、いえ! そんなんじゃありませんっ。いろいろあったなって……えへへ……」
五月雨は苦笑いしてごまかす素振りをみせた。まぁ、辛い思いでもしたのだろう。近年は連日オリョクル、バシクルに連日東京急行といったブラックな事をする司令部も多いと聞く。私は、そんな事をするつもりはさらさらない。例え上官にきついノルマを課されても、私は艦娘にはできる範囲で無理をさせないつもりである。ノルマは仕事を半ば強制的にさせるために課すものであって、達成する為に設けているのではない。無理に達成してしまうと更に高度なノルマを課せられ、それがブラックへの道となる。もっとも、上官の昇進の材料をわざわざ部下が作る必要はないのだから、ノルマは軽く聞き流すのが丁度良い。
「まぁ、私は新人だし、五月雨中尉も良い意味で上手く私を使ってくれると助かる。そうしたほうが、君にも私にもよいだろう」
「私が司令官を使う??」
「ああ、私は新人だから、君好みの司令官にしてもよいんだぞ」
私はそう言って、笑ってみせる。
「えへへ、なんか恥ずかしいけど、嬉しいです。私、なんだかやる気がでてきました!」
「――といっても、艦娘は君一人だろう。単艦で出撃なんてできるのかい?」
「えっと、それは……」
「ごめん、意地悪した。でも、明日くらいにでも新しい艦娘が着任するだろうし、今日はゆっくり休むといい」
「はい、そうしますね!」
その後、五月雨は私に指揮所の案内と私が寝泊りする寝室を紹介してくれた。そして一階の食堂も。しばらくは五月雨が作ってくれるというので楽しみだ。
「艦娘たちが住む部屋も見せて欲しいな」
「それは、秘密です!」
いやいや、今見せても問題はないだろう。
「……なんて……今回は司令官に特別に一部屋見せてあげます!」
五月雨は二階の艦娘が暮らす一部屋を見せてくれると言った。私が冗談交じりに五月雨のいる部屋もみたいと言ったら、彼女はにっこり「それは恥ずかしいので秘密ですっ」なんて返されてしまった。私の寝室の真下に五月雨の部屋があることは教えてくれたが。
「ここが、艦娘が暮らしている一室です~」
扉を開けると左手に洗面所とトイレがあり、前方に和室の十畳間が広がっていた。和室には二段ベッドが右端に一つ設けられている。そして真ん中には丸テーブルと薄型テレビ。ちょっと狭い感じはするが、温かみの感じる部屋であった。それと気のせいかもしれないが、少し最近まで女の子が使っていたような感じがする。なんか、いい匂いがするのだ。
「こうやって見るとつい最近までいたんだなって思えるよ」
「……ですね。司令官もここを沢山の艦娘が居るようなとこにしたいですか?」
「いや、今のままでも私は別に構わないがね」
そういうと五月雨はなんとなく嬉しそうな表情をした。
「でも、それじゃあ何のお仕事もできなくて私も司令官もぶーたろーです!」
「だな、あははは」
と、彼女が身を翻して部屋を背に向ける一刹那、スカートが開いて、綺麗なももがちらと見えた。
あれ?
さっき血がついていたあたりのももに擦りむいたような痕も絆創膏もついていない。
「……どうされました? 司令官? 俯いてなんかしたりして……」
「あ、いや、入渠の力ってすごいんだな、と思って」
「え? あ、そうですよね! さっきの擦り傷もなおっちゃいました!」
そう言って五月雨はちらとスカートを上げてももを私に見せる。ああかわいい。
「――でも、司令官って変な観察力ありますね」
夕方、私は夕飯を食べに食堂に入る。食堂と言ってもカウンタ席とテーブル席を合わせて十人入れるかどうかの小さな所だ。カウンタの奥では五月雨がトマトシチューを作っていた。
……って、量多くない!?
「今日はトマトシチューか。楽しみだよ」
「そう言ってくれて嬉しいです!」
「でも、量多くないかい? これで二人分って多くない? 私は草食だからそんなに食べないけど……」
「……えっ! あ、そうなのですか?? それは残念です……男の人っていっぱい食べる方が多いと思ったので……」
いやいや男の人でもこんなには食べないだろう、と私は苦笑いする。ドジだから作る量を間違えたのだろうか。
「でも、君が作ってくれたものだし作り置きで何日か分けて食べても私は構わないよ」
「えへへ、なんか嬉しいです」
それから私と五月雨はカウンタで二人ならんでトマトシチューとこんがり焼けたフランスパン、そして白ワインを頂いた。まずは、司令官着任記念ということで、乾杯した。五月雨も白ワインを飲む事に驚いたが、よくよく考えたら軍属の者は十六歳くらいから酒が許されるのだ。
「こうみえても、私、お酒強いんです」
一口飲んで、五月雨はそんなことを言ってみせる。ああかわいいな。
トマトシチューの方は程よく甘く、私の口にあっていた。ドジだが五月雨の料理は美味しいと分かって私は安心したのであった。
夜、私は三階に備え付けてある司令用の普通の風呂に身体をつかった。だが、置いてあったシャンプーとコンディショナーは一髪であった。加えて洗顔料も専科であった。もしかしたら前任者は女性司令であったのだろうか。
風呂を出ると、なんだか散歩に出たい気分になった。私は浴衣の格好で、司令部庁舎を出ると、桟橋に立ち、夜の宇和海を見渡した。おおよそ五、六海里先の戸島付近に三隻程の艦娘が夜間哨戒しているのが見えた。
と、彼女らのサーチライトを照らす先が白く沸き立って水柱を上げているのがみえた。敵潜を轟沈したのだろうか。
それから、私は少しして、庁舎に戻ろうとした。ふと庁舎横にならぶ小さな入渠施設と工廠を見た。……あれ。
工廠の明かりが薄ら点いているではないか。五月雨が艤装の整備でもしているのだろうか。そう思ったが、庁舎の五月雨がいる部屋の明かりもぼんやり点いていた。
そんな訳で私は木造の小さな工廠へ向かい、扉を開ける。
――小学校の体育館のような広さの工廠には、整備されて薄明かりの中きれいにかがやく駆逐艦の艤装が三つクレーンに吊るされて並んでいるのが目にとまった。かたや、工廠の端にはスクラップ同然の艤装や開発品、武器みたいなものが散らかっている。その中にはペンギンの成り損ないみたいな物もいくつか転がっていた。
「さみだ……ああ、貴方が噂の新人さんですかい」
突然、右からハスキィボイスの女に呼びかけられ私は驚いた。あわてて右を振り返ると桃色の髪をしたこれまた艦娘のような女が立っていた。女はロシアンブルーを抱いていた。猫は私を睨むなり、にゃあと挨拶する。左目が青、右目が黄色のオッド・アイが特徴的な猫である。それから私は視線を女に移し口開く。
「君も艦娘かね?」
「ええ、『艦娘』ですよ。といっても、戦力にはならないですがね」
「となると、あなたが工作艦の明石ということかな」
「その通りです」
「だが、五月雨から聞いたが艦娘はここには一人しかいないと聞いている」
「そして、あなたはおそらく今日一回は本司令部の名簿を見たと思いますが、五月雨しかいないことを確認したと思います」
「ああ。駆逐艦五月雨しか名簿にはなかった。では君は……?」
「ここで艤装の整備や建造、開発をしている明石ですよ」
ハスキィボイスの明石はそう言って、猫を床に下す。猫は私を少し睨むと興味がないのか直ぐに工廠の隅においてあるソファへと飛び乗って伸びるのであった。
「それではなぜ、名簿にないのだ?」
「何故も何も、あなたは私の司令官ではないからに決まっているでしょう」
「となると、ここの前任者の所属ということか」
「ええ、そういうことになります。ただ、上官の命令でここに残ることになっているので、私はこれからあなたの命令を受けて開発、建造、整備、解体の仕事をすることにはなります。もちろん、あなたが海域突破報酬……俗に言うドロップで私をこの司令部に編入させる事が認められれば、あなたは晴れて私を指揮下に置く事ができますよ。それまでは、私はあなたから命令されても装備品の改修と出撃、演習、遠征等は行いません――」
「なるほど。よく分かった。ということは、前任者の事を知っているわけだ。
もしよかったら少し――」
「それはできません」
明石は半ば私の言っている事を遮って断った。
「それはどういう訳かな?」
「どういう訳というと、上官の命令、ですかね」
「それは困った。色々気になる事があるのだが……」
「あなたの気持ちは分かります。が、人の状態はいるかいないかの二つ。そして前任の司令官について今はいない。ですから、あなたがここの司令部を任されたのです。あなたはそれだけを理解しておけばいいのですよ」
「はあ……」
空いた口から、私はため息の様な返事をする。
「そういえば、今日の五月雨のトマトシチューは美味しかったですね。あなたはどうでした?」
急に明石は話題を変えて、夕飯の話をはじめた。というか、明石も五月雨の夕飯を食べていたのか。通りで量が多く作られていた訳だ。ではなぜ、そう言わなかったのだろう。
「ああ、美味しかったよ。あと、ここでは司令官は一人だから私のことは司令と呼んでくれてもいいんだよ」
「いえ、あなたは私からすれば司令じゃないので……それにあなたは少佐でしょう?」
鼻につくような言われかたをされ、少々私は苛立ちを覚えた。
「ああ、そうだが。では君の階級はなんなのさ」
「――中佐ですが」
な、中佐だと。まさか私より階級が上の者がこの司令部にいるとは……。
「……申し訳ない、です。ならば、私のことは少佐とでも呼んでください」
「ええ。私のことは中佐とでも明石中佐とでも呼んでくださいな。あと、あなたは此処では司令なのですから、私にはタメで大丈夫ですよ」
「ああ、助かるよ。明石中佐。それで早速なんだが、中佐に建造を頼みたい」
「ええ、今日はもう夜遅いんで、明日起きたらしますよ。で、建造レシピはなににしますかい?」
「あー、では、250・30・200・30で宜しくたのむ」
そう、これは島風や雪風、また、育つと強い阿武隈や由良、摩耶などが出るレシピである。着任したときに上官から聞けた唯一のレシピだ。
「最初から飛ばしてきますねー。最初は無難に30・30・30・30じゃないんですね」
「ああ、最初から狙っていくのが大事だ」
「了解です、それでは待っていてくださいな」
明石中佐はそういうと、工廠に備え付けられている一室に戻っていった。ロシアンブルーもその後に続く。部屋の前で猫は立ち止まると私に顔を向ける。一瞬右目が煌いた様に見えた。その後直ぐに部屋の中へとするりと入っていくのであった。どうやら彼女らはここに住んでいるようだ。
翌朝、あんなにあったトマトシチューは既になく、私は五月雨が作ってくれたご飯と味噌汁、塩鯖を頂いた。今日も多くつくられていたが、明石を入れても鯖の数が二尾多いなと思った。
「明石中佐って大食いなのかい?」
「え! あ、そうですよー! 明石さんはいっぱい食べる方みたいです」
「ああ。でも、なんで昨日、明石中佐がいることを教えてくれなかったのかい?」
「えっと、それは、司令官が訊かなかったからです~。
それよりも、司令官はどこで明石さんと昨日出会ったのですか??」
「それは工廠だが……」
「えっ? 工廠……」
「ああ、そうだが。それがどうした??」
「司令官っ、駄目です!」
「えっ?」
「司令官は、勝手に入渠施設と工廠と艦娘のお部屋を覗いちゃだめなんです!」
「はい?」
入渠施設は分かるが、工廠を覗いちゃだめなんていうことはないだろう。
「工廠も艦娘たちにとっては、神聖というか絶対領域というかんじです。艤装をつけるときに着替えたりもしますから……」
「そうか……規律には特になにも書いてないからいいとは思ったのだが……」
「規律ではなく、慣習というか司令官としてのマナーだと思います」
五月雨はそうはっきりと言うと、ご飯を平らげた。
なんか、悪しき慣習のようにも思えた。が、仕方があるまい。女の子にも見られたくないところがいっぱいあるのだろう。そうでなくても、最近はセクハラとかで退任に追い込まれる司令官も多くいると聞く。私自身も気をつけねばと気を引き締めた――。
午前、司令室で執務を執っていると、桟橋に小船が着いているのが見えた。すると、一人の女子が降りてきた。後ろを太く三つ編みした女子である。なるほど、彼女が新しく着任する艦娘か。
建造のことはよく分からないが、どうやら明石中佐は海軍工廠本部にレシピを伝達し、本部はこの司令部に見合った艦の艤装の生産を命令して、適合者を送るようである。そんな訳で残念ながら見たところ、雪風や島風ではないし、由良や阿武隈、重巡洋艦クラスという感じでもなかった。まぁ、当たり前だが、素人司令部にしょっぱらからそんな優秀な子を送るはずはないのだ。
――にしても、どっかで見たことのあるような気がした。
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼しま……えええええ!」
「はい? あああああ」
なんでおまえがここにいるのか?
「なんでお兄ちゃんがここにいるの? てか、司令官してるの? えっ、えっ?」
「いやいや落ち着け、私もお前がくるとは思わなかった!」
「なに私とかかっこつけちゃってるの?? お兄ちゃんの一人称は『ぼく』だったよね??」
「いいだろう、私は司令官なんだ。司令官らしくせねば。というより、お前は大学受験どうしたんだよ。二浪しても駄目だったのかよ」
「へえ? お兄ちゃんにそんなこと言われたくないね。お兄ちゃんだって国家一種駄目だったってことでしょ? 上官さんに聞いたけどつい最近着任したって聞いたよ。つまり就職浪人二年もしてたってことじゃない」
「でも、司令官着任試験って難しいんだぞ。三ヶ月間あほみたいな鬼教育の司令官候補生学校通って、その上で司令官着任試験をパスしなきゃいけないんだ。警備会社で二年間アルバイトしていてよかったよ」
「それなら、私だって日本で一万人に一人しかいないと言われる艦娘の適合者だったんだよ! これってすごい事なんだよ。分かる?」
「ああ、分かってるさ。だから驚いてるんだよ。お前が艦娘だなんてね」
「ええ、もっと褒めてくれてもいいんだよ? てか、それよりお前お前言うのやめてくれない? お兄ちゃんって昔は私のこと名前で呼んでくれたよね?」
それを聞いて私は呆れた。上官に聞いてこなかったのだろうか。
「艦娘の世界では、本名で呼んじゃいけないんだよ。ちゃんと教わらなかった?」
「あ、ああ。そういえばそう言われてたよねー。でもお前なんて呼ばずに艦の名前で呼んでほしいわー」
「その艦名を知らないから、お前って呼んでいるんだよ……」
妹は艦娘の制服を着ているとは言え、私自身も着任したばかりだから、まだちょっと見分けがつかないのだ。
「えー。昔、私が船になって戦う夢のことをよくお兄ちゃんに話してたと言うのに??」
「あー、そういえば、そんなこともあったな。よく見ててうなされた夢だろう。でも、それだけじゃ分かんないよ」
そういえば、妹は小学生のころ一時期、船になって敵の船や飛行機と戦ったり、潜水艦を船から落として罪悪感に駆られたりする夢にうなされている事をよく私に話してくれた。艦娘はよく自分がなっている艦の一部の記憶を持っていると言うが、妹もまさにそういうことなのだろう。
「私はね、スーパー北上さまだよ☆」
「は?」
「このネタ知らないの!?」
「知らないよ。だいたい何だよ、その痛いポーズは」
「スーパー北上さまポーズだよ。かの有名な北上さんが編み出したポーズ」
私はため息が出た。こんな妹が海域に出て本当に大丈夫なのだろうか。
「ちょっと、ため息つかないでよ。お兄ちゃんの為にやってあげたのに損したわ」
「はいはい、かわいいね。まぁ、つまるところ、おまえは軽巡洋艦北上という訳だ」
「……え、あ、そうだよ。軽巡北上だよ」
妹は北上か……。噂によれば、成長するととても強力な雷撃が出来ると聞いたことがある。妹にしてはなかなかやるじゃないかと私は感心した。それに初期戦力としては十分だろう。
「で、北上、お前が持っている封筒はなんだい?」
「あ、そういえば忘れてたよ。上官命令でここに着任したら司令と読んでって」
そういうと妹は、私に茶封筒を渡した。
「北上はもう読んだの?」
「まだだよ」
「そうか」
そう言って、私は茶封筒を空け、中に入っていた一枚の紙を取り出した。内容は次の通りであった。
「秘 発呉鎮守府柱島泊地人事部 着五神島泊地司令部少佐 五神島泊地司令部少佐及び軽巡洋艦北上に対し、次の事を遵守することを命ず。
一、両者は兄妹関係にあるが、それを外部に分かるような行為は必ず控えること。
二、両者はお互いを必ず信じること。
上記を遵守できないことが判明した場合、双方の解職もあり得るので注意して職務を全うされたし。なお、本書類は自身の手帳等他人に見られない媒体に記録したのち必ず読めない状態にして廃棄する事。以上」
黙読しながら読み終えると、私らは顔を合わせた。
「なんだこれは……」
「なんだー。なんか普通のことじゃん。お兄ち、司令と私の関係のこととか、二人を信頼しろとかさ。――ってどうしたの司令官?」
どうやら、私と妹がここに配属になったのは何か意味があるようだ。
「これにはちゃんと従えよ」
「いや、分かってるって。せっかく入れたのに、ゲットファイヤーされることなんてしないよ」
「あと、北上、馴れ馴れしい話し方すると、ばれるかもだから、さ……」
「えー、これがアイデンティティだからそこはゆずれないね。まぁ、気をつけるさ」
そういうと、北上はスマホを出して、文書をカメラで撮ると、私から離れた。私も同じくスマホで文書全体を撮って保存した。
「あ、あれ、ここにはシュレッダーないのか。仕方ない破って捨てるか」
そう呟き文書を細かく破るとゴミ箱に捨てた。
「それじゃあ、五月雨中尉も呼んで顔合わせでもするか。そしたら初出撃だ」
「まだ他に一人しかいないの?」
「そうだよ。戦力は五月雨中尉と北上だけ。あとは明石中佐がいるくらい。といっても、彼女は前任者の所属だから、私らが戦果をあげないと明石はうちの所属にならないんだ」
「へぇー。なるほどホントに司令官は素人司令官なんだね」
「悪かったよ。でもこれから大きくなっていくから、一緒に成長していこう」
「そうだね。私もそれなりにがんばるよ。あと、私のことを北上って呼び捨てするなら五月雨ちゃんも呼び捨てにしたほうがいいよ」
「あ、ああ」
それから、私は五月雨を司令室に呼んだ。
「はじめまして! あなたが新しく入ってきた北上さん?」
「そうだよー。私が噂の軽巡北上。まぁよろしくー」
妹の階級は曹長であるから、上官である五月雨には丁寧語くらいで話すかと思ったら、悠々とタメ口を使ってきたのでびっくりした。まぁ、そこが妹らしいのだが。
「知ってる知ってる! あれだよね! えーっと……
スーパー北上さまだよ☆」
五月雨もスーパー北上さまポーズを知っているようだ。艦娘の間では有名なのだろうか。
「お~。分かってるねぇ~五月雨ちゃん。あなたが上官でよかったよー」
「私も私も! 北上さんってやっぱり私がイメージしてたのと同じだ~。フレンドリーですごくやさしいお姉さんって感じだよ~。これで敬語とかで話されたらどうしようかと考えてたとこ」
「えっへ、照れるねぇ。でも、五月雨ちゃんのが実戦経験豊富だから色々教えてねー」
「はいっ! 私、頑張る!」
はやくも二人は仲良くなっており、私としては嬉しいようなそうでもないような……。まぁ、司令官というのは遠巻きに艦娘の成長を見守るべき存在だから、これは微笑ましいことである。
「では、二人に対して、私にとって初の出撃命令を下す! 本島南部海域の対潜哨戒ならびに近海警備を実施せよ」
「了解です!」
「りょーかい」
いざ、初出撃。司令官の私も気分は恋うように高翌揚していた――。
――五神島南部海域
「北上さんはこれが初出撃なの?」
「あー、そうだよー」
「すごいすごい! 私、初出撃のときは前にぐるぐる回転したり、他の子にぶつかっちゃったりしたから……」
「いや、わたしは柱島の訓練学校でちょっと練習してきたしー」
「それでもすごいよ!」
「えっへ、照れるねぇ。でも水上スキーと思えばこんなの簡単だよ~」
「水上スキーって言うのは禁止です!」
「えー、水上スキーじゃん、どっからどう見ても。私ら艦娘の事をドラマにしたのもそうだったじゃん」
「あ、あれを見てたのね……ぐすん、あれはね……」
「あっ、そだったねー。五月雨ちゃんはかわいそうだよね……なでなで」
「ひどすぎです……だって、ドラマには出たのに盤になったら登場したとこが綺麗に消えてるんだもの……」
「まあさ、ドラマはドラマだし。私らは私らだけにしかできないドラマを作ればいいのよ」
「う、うん。そうだね北上さん……」
「あ、司令官から打電が。レーダーにこの先敵機一機の反応があるって」
「一三号対空電探の感度を上げるね」
「よろしくー」
「あ、ほんとだ。いるよいるいる! こっちに向かってくるね。多分敵偵察機かな~」
「どうするのー? 対空戦闘するの?」
「うーん、しなくても……いえ、落としましょう」
「りょーかい。この北上さんがやってやりますよー」
――十四センチ単装砲を構え対空戦闘用意。
「……きましたっ!」
「うっつよ~!」
――十二.七センチ砲と十四センチ単装砲斉射。しかし、敵偵察機には当たらず。敵偵察機は北進し、直線方向に逃れようとした。
「逃がすものですかっ!」
ヴァヴァヴァヴァヴァ
「おりゃー」
ヴァヴァッッヴァッヴァッヴァ
「あっ、追撃やめっ、反転してくださいっ!」
――五月雨急反転。後続して北上も反転。
「えっ、五月雨ちゃんおっかけないでいいの……って、雷跡二斜線はっけんっ!」
「分かってるよ。敵の思惑は私たちに偵察機を追いかけさせて背後から雷着観測雷撃をさせること。もうその手にはひっかかりませんっ!」
――五月雨、北上、雷撃を回避し、雷跡をすばやく溯る。
「なるほどね~五月雨ちゃんかしこーい!」
「それじゃあ、爆雷投下しますよ!」
「りょーかいっ!」
――五月雨、北上、爆雷投下。
「くらーえー!」
「いっくよー! ゴーシュートっっ!」
――――敵潜水艦爆破轟沈。
「やった!」
「お~、しびれるねぇ」
――敵偵察機旋回、機銃射撃。
「あ、来たねぇ。くらえー北上砲!」
――敵偵察機一機撃墜
「やりましたー!」
「だねー。初陣が勝利なんて私もついてるよ」
「ではでは帰ろう!」
「はいよー」
初陣は完璧な勝利か。ひとまず安心だ。柱島に報告したら報酬として艦娘一隻でも編入できればいいのだが……。
「ただいま帰還しましたっ!」
「帰ったよ~」
司令室に二人が上機嫌に報告に来た。まったくかわいいものだ。
「えーっと、只今の出撃の戦果は潜水カ級一隻とその敵偵察機一機を撃沈、撃墜したよー。もちろんこちらの被害はゼロ」
「了解、初陣ながらにしてよい戦果だった。ご苦労様」
それから私は柱島泊地にこれを報告したが、資源と食材を輸送してくれると返電してくれただけで、艦の報酬については何もなかった。まぁ、よくよく考えたらこのぐらいは日常茶飯事だし……。暫くはこの二隻か。いや、建造すれば増やせなくもないが、資源もまだ乏しいし、それは止める事にした。
この日の夕飯は、五月雨がスパゲティとピザを作ってくれた。もちろん、量は四人分にしては多いなと思える量であった。
「五月雨ちゃん、これ量多くない??」
妹も同じくして、その疑問を五月雨に投げかけた。
「明石さんが大食いだから~」
「そなんだ。明石さんは一緒に食べないの??」
「明石さんは夜活動する夜行性だから、あとで食べにくるの」
「うっわ、それで太らないとかうらやましいわ」
「だねー。でも健康的な生活がいちばんだから、明石さんには無理しないでほしいです……」
さて、今日は北上着任記念ということで、昨日に引き続き、ワインでテーブルを囲んで乾杯となった。なんだかんだ言って妹と酒を一緒にするのはこれが人生初めてである。
「かんぱ~い!」
「今日もお疲れさまだよー」
妹ののみっぷりは意外と豪快であった。喉が渇いた子供がジュースをごくごく飲むような感じでワインを飲みやがった。
「北上は酒強いのかい?」
「あったりまえじゃーん。おにっ……司令官はどうなのよ?」
おいおい、いきなりやめてくれよ、心臓に悪いじゃないか。てかもしかしてもう酔ってる?
「私は普通かな。そもそもそんなに呑まない。司令官たる者は常に正常な判断が出来るような状態になければならないからね」
「ふーん、かっこいいこと言うじゃん」
「そういえば、北上は部屋どこに決まったんだ?」
「あー、私? 私は五月雨ちゃんの勧めで、三階の指揮所の隣の部屋になったよ~。階段上がって左奥のとこ」
「そうそう、私が北上さんにすすめてあげたんです! 三階のあそこの部屋は広いですし、清潔感もあって眺めもいいですから!」
「私は五月雨ちゃんと一緒でもいいんだよ~って言ったけど、それは断られちゃったなー。まぁ、部屋はいっぱい余ってるから一人一部屋でもいいんだけどさ」
「ごめんね~。私、ドジだから寝相悪いし、ベッドから落ちちゃうこともあるから、迷惑かけたくないから……」
「なっるほどね~。まぁいいよ。でも、私が寂しいときは行ってもいい??」
「えっ、あ、うん」
今日のスパゲティはアラビアータでこれも程よい辛さでなっかなかにうまい味であった。ピザもトマトとバジルの酸味が絶妙でうまい、えっ、私は彼女らの会話の間に入れてない? 仕方が無い。就職浪人を二年続けるとコミュ力も落ちるのだ。しかし妹は、二年浪人してもコミュ力は落ちない。女というのは喋るのが生きがいだからどっかで毎日べらべら喋ってたんだろう。
「そいえば、五月雨ちゃんって前はどこにいたの??」
「…………前に着任してた司令部ということ?」
「うん、そだよ。聞けば五月雨ちゃんも最近ここに着任してきたばかりって聞いたよー」
「――私は、八島泊地にいたよ。それで最近この司令部に編入になったの」
「ほぇー、それでかぁ~」
「それでって?」
「小船のおっちゃん言ってたよ。ホントは五月雨ちゃんを乗っけてここまで運べって上官に命令されてたみたいだけど、五月雨ちゃん自身がそれを断って単独回航するって打電したから、遠慮しなくてもいいのにって」
「あぁ、それはね……。だって、このくらいの距離なら単独航海できるし、私のために無駄な税金使われるの勿体無いもの……」
それを聞いていて、私は身が引き締まる思いがした。よくよく考えれば、この身の回りすべてが国民の血税で賄われているのだ。だから私たちはその見返りとして、国民を守らねばならないのである。
「なるほどー。だけど、艤装は整備費が凄く飛んでいくから、小船での移動の方が安上がりらしいよ。だからちゃんと命令通りに動けって、上官さんから伝言頼まれたよ」
「……そっか、私、また人に迷惑かけちゃった……」
「ううん、五月雨ちゃんはすごく優しいし、思いやりあるから、そんなに自分を責めることはないよ」
妹はそう言って五月雨を優しく撫でる。
「北上さんありがと……」
夕食を終え、風呂を終えた私は、寝る前に今日一日の事を柱島の人事部に打電した。人事部から私あてに電報で次のような命令が下っていたからだ。
「一、司令官は、今日より毎日一度は柱島泊地人事部に貴泊池の状況を報告・打電すること。主観的に気になった事についても報告すること。なお、打電内容は司令部内外の者には秘密にすること」
いったい何の為なのかは分からないが、まぁ、命令なのだからしょうがない。
打電を終えると、私は席から立とうと椅子を半回転させる。……ん、なんだこれは?
私は、ふと窓枠下の木の壁に、文字が彫られているのを見つけた。
それは愛々傘であった。
「これは…………」
そこには、『シレイ/フブキ』と彫られていたが、その上に痛ましくも無数の切り込みが入っていた。これを消し去りたい強い意志が感じられた。
まぁ、司令部庁舎は一代限りのものではないし、転属で出て行くときに恥ずかしくなったんだろう。私はそれに少し触れて微笑すると、立ち上がり、部屋を後にしたのであった。
真夜中、扉をノックしたり開けようとしたりする音で吃驚して跳ね起きた。幽霊か。
おそるおそる寝室の内鍵を解除しドアノブをまわして開けると……。
――――出た。
「……おっ、お、お兄ちゃん?」
「ひゃっ、はっ、は、はぁ……びっくりさせるなよこんな真夜中に」
妹がびくついた様子で、私の許しなしに寝室に入ってきた。
「なんだよ、眠っていたところに、心臓止まりそうだったんだぞ」
「ごめんよ……」
「で、なんなんだよ。そんなに怯えた表情をして。一人じゃ眠れないのか?」
「恥ずかしいけど、まぁそんなところ。……あのさ、私、久しぶりまたあの夢をみたんだよ」
そう言って、妹は私のベッドに腰を下す。
「ああ、あれか。久しぶりっていうことは小学生以来ってことかな?」
「ううん、高校生になってからもちょくちょく見てたよ。でも、今回はより鮮明に、ね」
「……差支えがないていどに私に話してくれないか?」
「うん……。改めて思うけど、あれって巡洋艦北上が見てきた光景なんだなって思えた夢だったよ。潜水艦魚雷……回天で、まだ若くてかっこいい青年たちを送るの。あれはたぶん練習なんだろうけど、不備が多くて練習でも生きて帰ってこれない事が多いの。それを知ってて送りだすんだからすごくすごく罪悪感に苛むのさ。あんなのやだよ。自分はまだ平和な時代に生まれたとおもう……けど、私だってちょっとしたことで沈むことになるかもしれない……。自分の身体が消える? そんなのやだよ……こわい……こわいよ……」
いつもはあんなに楽観的で明るい目の前にいる妹が、背中を丸めて怯えている。それを見て私はどう声をかければよいのか戸惑った。
「私、けっこう軽い気持ちで、艦娘の適合者試験を受けたの。そしたら合格してラッキーなんて思ってた。入れば高待遇だし、福利厚生もしっかりしてるし、何より自分の秘められた力を活かしていける仕事ができるってことに魅力を感じたよ。けど、今日、初出撃して、そしてまたあの夢見て、とんでもないとこ来ちゃったんだなって……」
「……僕だって怖いさ。着任してから五月雨とお前の命を預かっているわけだが、人命を預かりながらその命を使って敵の脅威と対抗するという仕事にね」
司令官と言う仕事は敵が上陸もしくは空爆をしない限り命の危険は低い。それでも命を預かる身として、死の存在はとても怖いものである。預かる命を失うことは、自分もその瞬間いつか絶対そうなる事を直に認識させるだけでなく、相手をその究極の状態に追い込んだという罪が生まれるからだ。しかもそれは一生かけても消える事の無い事実として残る。
それでも軍隊と言うものは恐ろしいものだ。無意味な轟沈でなく、戦略上や防衛上発生した轟沈なら始末書一枚で形としては許されてしまうからだ。
「まぁ、私はお兄ちゃんを信じるよ。もういまさら引き返せないし……。それに私にしかできないことだってあると思うしさ」
「あ、ああ。なら私はお前と五月雨と明石中佐の命を絶対守る事を誓うよ」
「うん、信頼してる。お兄ちゃんのとこの司令部に編入されてホントよかったよ……」
妹はそういうと、そのままベッドに寝転がる。
「あれ? このベッド新品みたいじゃん。いいなあー」
「ああ、そうだな。寝室のこれだけは新品だ。しかも低反発ベッドで最高だよ。……って、お前は寝るなら向こうで寝てくれ」
「ええー、こわいんだもん」
「いやいや怖いって夢は仕方ないだろ……」
「――夢だけじゃないの」
「はい?」
「さっき、こっち来るとき、下のほうからなんかみしみし足音がして、怖いから差し足で静かにこっちまで走ってきたの……」
「五月雨もたまたま起きてトイレでも行ってたんじゃないの?」
「トイレは各部屋一つあるよ? 司令だって一部屋見せてもらったでしょ?」
「ああ、たしかに」
「それにあの足音は一人じゃない気がしたの……」
「ああ、それって夜活動する明石中佐と猫のものかもな」
「ねこ!?」
北上の目が輝く。
「あれ、知らないのか? 明石中佐はオッドアイのロシアンブルーを飼っている」
「そうなんだ~。明日見せてもらおっと」
「うん、そうしたらいい。それじゃあ、ほら、寝た寝た」
「えー、部屋まで送っていってよ~。お兄ちゃんっ?」
「あー、分かった分かった。まったく世話の焼ける妹だ」
こうして、私は妹を寝室まで送り届けると、戻って寝床についた。因みに、廊下を歩いている間は、なんの音も聞こえはしなかった。
翌々日の日没後、私は夕食を食べ終えると、一人で桟橋に座って釣りをしながら夜の宇和の海を眺めていた。
「にゃあ」
「わっ、あ、明石中佐の猫か……」
急に猫に呼びかけられ私は驚いて振り向くと、そこには明石中佐のロシアンブルーが早く釣れとでも言うように待っていた。
「少佐も釣りをするんですかい」
聞き覚えのあるハスキィボイスが頭上でした。見上げると、釣具を持った明石中佐がいた。
「ああ、こういうとこで出来る数少ない趣味だからな」
「そうですね。ここは人と言う人は軍属の者しかいないですし、娯楽も何もない島ですから」
そう、この島は軍の司令部が出来るまでは無人島であった。かなり昔に五十人くらい住んでいたらしいが、五十五年ほど前に最後の民間人が島を離れてからは長らく無人島となったのである。
「おっ、おっ、きたきた」
私は釣竿をひょいと上げる。ちっちゃな鯛みたいなのが釣れた。チビ鯛から針を抜くと、とたんに猫がジャンプして私の獲物を取り上げた。そしてバリバリ食べ始めた。
「ははは、少佐はアカトゥルフに気に入られたらしいですね」
「アカトゥルフ?」
「ええ、ロシアンブルーのアカトゥルフ。この猫の名前ですよ。ロシアっぽいでしょう?」
「あ、ああ。ちなみにアカトゥルフは男か?」
「女猫ですが」
「そうなのか……」
私はそう言って、アカトゥルフを見た。月明かりの反射でオッド・アイの右目が光って見える。既に私が釣った魚は食べ終えて、次くれ次、とでも言うようににゃーにゃー鳴いている。
と、明石中佐が煙草を出したのが見えた。反射的に驚いた視線を送ってしまったのか、明石中佐は私が驚いたことに直ぐ気付いた。
「少佐、意外ですか?」
「ああ、艦娘も煙草を吸うということにね」
「まあ、私は非戦闘艦ですから。戦闘艦には許されないですがね。もちろん、周りには配慮して副流煙が出ない加熱式煙草を使っていますよ」
そう言って、箱から煙草を出すと、それを加熱式煙草に刺して吸い始めた。
「因みにだが、煙草を吸い始めたきっかけは?」
「切欠ねぇ……」
明石はくわえた煙草を口から離してため息を吐くと、アカトゥルフの方を見た。その目はどこか遠くを見ているかのようであった――――。
……昼はとりあえずここまでです。また夜、投下するかもです。
あと、説明じゃわかりにくいので泊地の間取りも投下しときます。
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira143147.png
< \https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_c.jp ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_d.jp■■■■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>1https://■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_e.jp■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps://●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>2https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_f.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>3https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_g.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>4https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps://○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_h.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>5https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>6https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_j.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>7https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_k.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>8https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_l.jp
< \https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_c.jp ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_d.jp■■■■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>1https://■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_e.jp■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps://●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>2https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_f.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>3https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_g.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>4https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps://○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_h.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>5https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>6https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_j.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>7https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_k.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>8https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_l.jp
< \https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_c.jp ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_d.jp■■■■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>1https://■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_e.jp■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps://●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>2https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_f.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>3https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_g.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>4https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps://○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_h.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>5https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>6https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_j.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>7https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_k.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>8https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_l.jp
< \https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_c.jp ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_https:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ttps://
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_d.jp■■■■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>1https://■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_e.jp■■■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ttps://●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>2https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_f.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>3https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_g.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>4https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ttps://○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_h.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>5https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>6https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_j.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>7https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_k.jp■■■■■■■■■■
> ttps:// ●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_●| ̄|_>>8https://■■■■■■■■■■
> ttps:// ○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_l.jp
改行しろど阿呆読む気も起こらんわ
一応読んでるから次から改行して欲してくれよな
面白いからもったいない
面白いです。
改行してくれると読みやすくなると思います。
なんじゃこりゃ、改行すくなっ!読み辛い!←よく言われます……。気を付けますね。
ではでは
それから三週間は忙しくも出撃と演習の毎日であった。
出撃は主に豊後水道に入ってくる敵潜カ級の掃討活動であるが、たまに何を血迷ったのか侵入してくる駆逐イ級の邀撃も行ったりした。
演習は近くの日振島泊地や戸島泊地の新人の艦娘達との演習なのだが、殆ど勝利していた。と言うか、五月雨がかなり強いらしい。
つい五日前も戸島泊地の司令官から次のような電報があったばかりだ。
「五月雨は本当に中尉なのか。あの戦い振りなら既に少佐になっていてもおかしくない筈。まあ、上昇志向に乏しい駆逐艦五月雨らしい感じではあるが。
とにかく、今後から本司令部としても貴司令部との演習では新人艦を出すのは止めて、それなりの練度の艦を参加させたい」
そんな事を隣島の司令官に言われ、私は素直に嬉しかった。そして初期艦がこの五月雨で良かったと心底思った瞬間であった。
その日は私が料理を大判振る舞いしてあげた。それを喜ぶ五月雨の笑顔に、私はリア充なひと時を過ごしたのであった。
そんな訳で、妹……北上の連度もたちまち上がり、早くもあと一週間すれば試用期間を終えて、曹長から准尉に昇格できる試験を受けられるとの事であった。
まぁ准尉になってからが大変なのだが……。
私はここ最近の事を振り返りながら今日のみんなの昼飯を作っていた。
よくよく考えたら私もここに着任してもう二十五日目なのだ。
……っと、彼女たちの噂をしていたら五月雨と妹が食堂に入ってきた。
「司令官、外あづい~、ただいま~」
「司令、ただいま帰りましたっ!」
「おお、午前中はお疲れー。演習どうだった??」
「やりましたよー! 今日も演習勝ちました!」
「誰と演習したんだ?」
「佐伯泊地の新人の子たち四隻を相手に豊後水道のど真ん中で演習しました! 向こうはたしか……」
「旗艦が鬼怒、あとは朝潮、荒潮、霞だったねぇ。鬼怒とは良い勝負だったけど、駆逐艦の子はみんな幼い感じだから相手するのは気が引けたよー。まぁ、演習だからって甘やかすわけにはいかないけどねー」
北上がそんな事を言いながら食堂のカウンタ席に座る。一方で五月雨は私の隣で料理を手伝い始めた。
「そうだよなー。十一、二歳くらいの子もいると聞くし……。艦娘ってある一定の年齢超えたら適合者でも艤装使えなくなるんだよね?」
「あー、そうそう。人それぞれだけど、私は軽巡だからあと四年くらいかなー。
たしか、駆逐艦だと、頑張っても二十二歳くらいが限界みたい。それ以上超えると適合者でも艤装が使えなくなるんだって」
なるほど。となると、こうやって皆と一緒にいられるのも何だかんだいって二、三年くらいなのか……。
「でも、某戦艦改二とか例外はありますよー! あの歳で駆逐艦になったみたいですし~」
「いやーあれは駆逐艦じゃないよー。自称駆逐艦じゃん」
「えへへ、そだよね」
そんな会話を横で聞きながら私は沖縄の料理「タコライス」を作る。ウインナーの入った袋を冷蔵庫から取り出すと手で開けようとした。が、あけられなかった。
「あー、五月雨、これ開けたいんだけど、はさみとかある?」
「ないですけど、私が切りますよー」
五月雨はそう言って、私からウインナーの袋を受け取ると、持っていたカッターナイフで袋をきれいにあける。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう」
私はウインナーをフライパンに入れて焼く。じゅうじゅうと荒引きウインナーの香ばしい香りが私の鼻腔をくすぐった。
「そういえば、司令官が作ってるのってなんですか?」
「タコライスだよ」
「タコ、はいってませんよ?」
それを聞いた私と妹は大笑いしてしまった。
「な、なんで笑うんですか!?」
「いやー、五月雨ちゃんかわいい!」
妹が声を上げて笑いながら、台所へと入ってきた。
「タコライスってのはね……」
それから、妹はどんぶりにごはんとひき肉と切っておいたトマト、温泉卵をのせて、最後に、焼きたてのウインナーを入れた。
「これが沖縄郷土料理のタコライス!」
五月雨は「これがタコライス♪」と繰り返しながら目を丸くする。かわいいなぁもう。
こうして、出来上がった五杯分くらいあるタコライスを私らは明石の分である二杯近くを残して、テーブルを囲んで三人で食べた。自分で言うのもなんだが、我ながらにして美味い出来であった。
その夜、寝ようと思って消灯し、ベッドに入って目を瞑った途端に扉をやや強めにノックされた。何事か。
私は、はいはいと言いながら、電気を点けると内鍵を解除し、ドアを開けた。
「お、お兄ちゃん!?」
妹であった。なかば興奮気味であった。
「何があったんだ? また怖い夢でも見たか?」
「何を言ってるの? まだ二十三時じゃん。寝てもないよ」
「じゃあ、何だ?」
妹は部屋に入って、ベッドに飛び乗り座る。
すると妹は右手でベッドをぽんぽんと叩いて私に座れと合図した。
へいへいと言いながら私は妹の右横に腰掛ける。
「さっきさ、ベッドに入ってもぞもぞしてたら、何かお金が落ちたような音がしたの。
んで、金だっ! って思って灯りを点けてみたら、何かの鍵が落ちてた」
そう言って、寝巻として着ていた浴衣の右裾からF字型の鍵を取り出した。
「ずいぶん、いまどき古風な鍵だな。んで、何の鍵なんだ?」
「もう一発で何の鍵か分かったよ。部屋に備え付けられてる机の引き出しの鍵。
あの部屋に入ってから探してたんだよね~。貴重品入れられるのあそこくらいしかないし……」
「それはよかったじゃないか。……ってそんな事かよ」
「違う違う、本題はこれからだよ。それでさ、その鍵で机の引き出しあけたの。
そしたらさ――」
「なんだ?」
妹はそう言って、今度は浴衣の左裾から、正方体の紺の高級そうな小箱を取り出した。
「なんだこれ?」
「えっ、これ見てわかんないの?」
――――分からない筈がなかった。妹にそれを見せられて私もびっくりしているのだ。
「……もちろん司令官なんだから分かる。が、本当にまさかの、あれか?」
「そうだよ、まさかのあれ!」
「――――ケッコンカッコカリの指輪」
でも何故こんな所に?
「うん、そうなんだよー。私もこれが出てきた時はすごく吃驚したよ」
「他には何も?」
「他には艦娘護身用のUSP一丁と高そうな女性物の腕時計とネックレスがあったよ」
「なるほど。……で、指輪は確認したのかい?」
私がそう言うと、妹は紺の小箱を開けて、指輪を取ってリングの内側を見た。
「なんか、イニシャルなのか、S/Fと記されてるの」
そう言って、私にリングを渡してくれた。私もリングの内側を拝見する。
「S/F……司令官、吹雪……」
私の脳裏に、司令室の窓枠の下に彫られている司令と吹雪の愛々傘が過ぎった。
「司令官と吹雪ちゃん?」
「ああ、お前は知らないだろうが、司令室に二人の愛々傘が彫られている。あとから恥かしくなったのか、消そうと上からさらに彫った跡があるが」
「ほぇー、じゃあその人たちの物なのかな……って、なんか出てきた!」
妹がテンション高めな声で、私の浴衣の裾を引っ張った。
見てみると、妹は指輪が挟まれているスポンジ部を取り出して小箱の奥にあった紙を取り出した。
「なんだ? 手紙か?」
私が訊くと、妹は小さく折られていた紙を丁寧に開いた。
「これはまちがいなく手紙だねぇ。読む?」
「あ、ああ。他人の手紙を読むのは良くないが、気になるからね」
そう言うと、妹は達筆の手紙を朗読調に読み始めた。
「ふぶき、中佐への昇任おめでとう。
ボクの初めての艦娘である吹雪が二年でここまで成長するなんて出会ったときは思いもよらなかったよ。
この二年間、色々あったよね。君はその小さな身体でボクには出来ない事をたくさん成し遂げてきた。
そして、時に笑って、泣いて、怒って、喜んで、その一瞬一瞬を積み重ねるうちに立派になっていった。
それがボクには司令官としてとても嬉しかったよ。
でもそれだけじゃなくて、ますます魅力的になっていく吹雪に恋してしまったんだ。
曹長だったころの吹雪ちゃんはただかわいいだけの存在だったけど、今の吹雪はボクにとって愛すべき存在となってしまったよ。
だから、吹雪にはこれを受け取って欲しい。これからもボクの一番身近な存在でいて下さい。
吹雪の司令官――――二〇二〇年十月十二日」
気をつけてないぞ
妹が読み上げると、私は思わずため息を吐いてしまった。
「十月というと、九ヶ月前のことだねぇ。あー私は受験勉強してたわ……」
「そうだな。ということは、これは間違いなく前任司令官時代のものとなるね。
ふむふむ、なるほど前任司令官は初期艦の吹雪とケッコンした訳か……」
「お兄ちゃんは、五月雨ちゃんとケッコンするの??」
「何言ってるのかな、私は年下には興味ないから……」
「つまり熟女好きってこと? ふーん?」
「おいっ、違うから!」
「はい、しー。下に五月雨ちゃんいるんでしょ? さわいじゃだめだよー」
そういわれ、私は怒り顔で黙る。同年代が恋愛対象なのに……。
「あれ? まだ箱の下になんか写真っぽいのが……」
妹が小箱をひっくり返すとひらひらと一枚のプリクラサイズの小さな写真がベッドの上に落ちた。
「おぉっ? これは、吹雪ちゃんと司令のツーショットじゃん??」
私も妹が持っている写真を覗く。
「本当だ……って、すごく美形でイケメンな司令官じゃないか!!」
クールで端正な顔立ち、女にも見えなくない白い肌、凛とした風格に、私は「なるほど」を思わず連発してしまった。
「何が『なるほど』なんよ?」
「いや、どおりでここの寝室に初めて入ったときにいい香りがしたり、司令官用の風呂に一髪のシャンプーにコンディショナーとか専科の洗顔フォームがあったりした訳だ。
こりゃ、こんなにイケメンだったら美容にも気を使うだろうなぁ」
いやはや、しかしこの前任のイケメン司令には是非とも会ってみたいと思った。
写真を見るだけで一会の価値のある男であることが感じられた。
引継ぎの際に会えればよかったのだが、突然の異動か、外せない重要任務でもあったのだろう。
明石中佐が何も話さなかったことを見ると、大本営からの重要秘密任務といったところか。
まぁ、時間が空いたときでも、上官に取り合って頼めば会う事は可能そうにみえる。
「……よく見てみると写真の吹雪ちゃんってかわいいよね~。改二にもなると、田舎いも娘からかわいい田舎娘になるんだねー」
妹よ、お前は何様か。
「とりあえず、明日は柱島泊地人事部にこの事を打電しよう。このケッコン指輪を早く持ち主のとこに返してあげなければ」
「だね。でも、こんな大切なものを忘れるなんて、ちょっと変かも」
「いや、急用とか重用任務があってすぐさま異動だったのかもしれないよ。因みに他のたんすや引き出しはお前が来たときは空だった?」
「うん、空っぽ」
「じゃあそう言う事さ。引き出しの鍵がベッドから落ちてきたという事はその時は見つけられなかったって訳。
まぁ、あとで新しく入ってくる艦娘が鍵見つけたらそれでいいんだし」
「そだね、私らGJじゃん!」
「だな!」
私はそう言って思わず妹の頭をぽんと撫でた。
こうやって妹と盛り上がるのは久しぶりなような気がした――。
翌朝、テーブルを囲んで妹と五月雨と一緒にシリアルとシーザーサラダを食べていると、妹が五月雨に昨夜の話をしはじめた。
……ってお前から切り出したら私らの関係を怪しまれるだろ……。
「そういえばさ、私、昨夜に部屋ですっごいの見つけちゃったの」
「そうなの? それって??」
五月雨が瞬時に話に食いつく。
「おぉ~。五月雨ちゃん食いつきがいいねぇ」
「えへへ、なんかすごいのって聞くと興奮しちゃうから……」
「そうなんだ~。でで、なんだと思う??」
「……うーん、思いつかないよ。私の改二の改装設計図だったらいいなぁ……」
そんな事を五月雨は口にする。
そう、五月雨は改の艤装までは開発されているが、改二の艤装は未だ開発されていないのである。
これは、大本営が彼女の艤装開発者に開発依頼をしていないからだ。
しかも、現状として五月雨の艤装開発者は他の艤装開発者と比べると最も大本営とのコンタクトが少ないと言われている。
まさに、五月雨改二の開発の可能性は0に近いのである……。
「ごめんね、それじゃあないんだよ。でも、きっと驚くと思うよ~。
……見つけたものは、なんとなんと前にいた司令官と吹雪ちゃんのケッコン指輪!」
その言葉と、同時に北上から出されたケッコン指輪の小箱を見て、五月雨は口に手をあて驚いた表情をした。
そして、驚きからか少々固まっている。
「どしたの? 五月雨ちゃん、すごい驚いてるけど。やっぱりすごい発見だよね~。こんなのそうそうある事じゃないし」
「あ、うん、これはすごい驚いちゃうよ……ぜんぜん予想できなかった……」
「そりゃそうだよ~。私は昨日のうちに司令にも報告しておいたけど、すごく驚いてた」
私は「あ、ああ」と返す。
それから、妹は指輪を見つけた経緯やら手紙のことや写真のことを話し、実際にそれを五月雨に見せていた。
五月雨もその話を半ば興奮した様子で聞いていた。
「~まぁ、とりあえず、この事はうちの司令を通じて、柱島に伝えることになったから、指輪とかは、前にここにいた吹雪ちゃんに返すんだけどね~」
「ああ、持主の子も心残りだと思ってるだろうから、早く返してあげなければ……」
「そうですね、そうした方がいいと思います。ですが、もしできることならその指輪を少し貸してくれませんか?」
「ああ、少しくらいならいいが……。でもなぜ?」
五月雨がそんなことをお願いしてきたので、私は訊き返した。他人のケッコン指輪なんか借りてどうするのだろう。
「わっ、私にもじっくり見せて欲しいんです……。私だって女ですから、ケッコン指輪の事もちゃんと知っておきたいんです……」
五月雨は頬を赤めてそう言った。
恥ずかしそうにする態度に私は思わず「かわいい」と小さく呟いてしまった。
よく分からない理由ではあるが、まぁ、少しくらいは貸してあげてもよいだろう。
「そ、そうか。午後には柱島に連絡するから、昼食頃には返してほしい」
私はそう言って、五月雨に指輪や手紙が入った小箱を渡したのであった。
その日の午前中は、五月雨は欠番であり、妹は北上として隣島の竹ヶ島泊地の軽巡の子と一対一の演習をしていた。
私は桟橋に行って、双眼鏡を片手に演習を見守る。
北東に二海里の地点で、妹の北上と軽巡名取が砲撃戦を展開していた。
向こうの泊地の名取も新人なのか若干足取りがおぼつかない様子であった。
妹の北上のほうは、余裕そうな足取りである。
連日、演習や哨戒をおこなっているので、周りの新人と比較すると圧倒的に錬度が上がっているからだ。
つまり、軍配は演習を始めた時点で北上に挙がっているようなものである。
ただ、妹は得意の雷撃を撃って演習を終了させる事はせず、徐々に名取の動きを見極め、彼女に接近していった。
評価が高くなるゼロ距離勝利にしたいのであろう。
と、私の後ろで聞き覚えのあるハスケィボイス。
「吹雪の指輪、見つけたそうですね」
明石中佐であった。
「ああ、昨日の夜、北上が見つけてくれた」
「そうですかい。まさか、まだ部屋にあるとは……」
「あれ、明石中佐は吹雪中佐が指輪を置き忘れたことを知らないのか?」
「はははっ、一泊地の司令があの吹雪を吹雪中佐なんて呼ぶのははじめて聞きましたよ。
ええ、てっきりあんなものは持って行ったと思ってました……」
そう言って、明石中佐は煙草を過熱式煙草に刺して、これを吸い始めた。
「あんなもの?」
「あ、いえ、何でもありません。ただ、私がそういうことに興味ないだけです」
確かに明石中佐は恋やらケッコンやらには興味がなさそうだ。
そもそも人間関係に興味がないようにも思える。
これまでご飯を一緒にしたことがないし……。
彼女はまさしく典型的な一匹狼であった。
「中佐は、どこかのアニメ映画の女性整備士に似ている……」
私は前を向きながら、そうぽつりと口にした。
「……女の整備士は初めてかい?」
「……いえ、前にもどこかで」
お互いに微笑。
このネタで分かり合える相手が身近にいて驚いた。そして同時になんか嬉しかった。続いて私がこの映画の一台詞を口にする。
「……前任者のことなんですが……」
「……それなら、うちのボスに聞いてみな」
明石中佐はそう返すと、煙草を再び口にくわえたのであった。
と、ちょうど、演習が終わり、無線機で妹が真面目な口調でゼロ距離勝利を知らせた。
私も双眼鏡を覗き、妹の勝利を確認する。
妹が構える演習用14センチ単装砲の銃口が名取の頭を捉えている。
――まさにチェックメイトである。
こうしてみると相手の名取がかわいそうにみえるが、演習だからと言って力を抜く訳にはいかないのである。
彼女らが生き残るためには過酷で手加減なき演習が必要なのだから――。
妹と名取の演習が終わり、私は一足先に司令部庁舎に戻っていた。
ちょうど、二階に上がったとき、奥の自室へと向かっていた五月雨が見えた。
五月雨は私に気付いてあわてて振り返ると、つまずき、転んだ。
ドジすぎないか。でもそんなとこでドジをするのが五月雨なのである。
「お、おい、大丈夫かよ」
「えへへ……私は大丈夫です。でも、心配かけてごめんなさいっ」
こんなドジな子が海の上に立つと、途端に歴戦のつわものの如く戦うのだから驚きである。
私は五月雨に手を差し出すと、起き上がるのを手伝った。
「司令官、ありがとうございます!」
と、五月雨のスカートの右太もも付近に血が付いているのが見えた。
しかも、初めて会ったあの時よりも多く付いていた。あたりどころが悪かったのだろうか。
「五月雨、大丈夫か。何かすごいすりむいたみたいだけど……」
「あ、いえ、大丈夫です! こんなの入渠すればほほいのほいですから!」
そういうと、五月雨はいそいそと、階段を降りて入渠施設へと走っていった。
「あ、五月雨ちゃんただいま~。あれ、スカートに血ついてるけど大丈夫??」
「う、うん、大丈夫! 今から入渠してしてくるから!」
丁度、妹が帰ってきて、五月雨に声をかけるのが聞こえた。
そして、妹はこちらに上がって来た。
「あれ、おに、司令官じゃん。ただいまー。五月雨ちゃんどうしたの?」
「振り返ったら転んだ。ホントに心配になるよ」
「そう? 私、ここに入ってきたとき、五月雨ちゃんが階段から降りてくるのみたけど、太ももに傷があったようには思えなかったけど……」
「え? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。五月雨ちゃんは怪我してないようにみえるってこと。まぁ、私の勘違いかもしれないけど……」
「そ、そうか……」
「うん。あ、私が着替えたら、吹雪ちゃんの忘れたものを司令室に届けにいくねー」
「了解、よろしく」
そして三階に上がり、妹は自室へと帰っていった。私も司令室へと戻る。
それから十五分くらいして、司令室をノックする音が。
「どうぞ」
「五月雨です! しつれいしますね」
そう言って五月雨が部屋に入ってくる。
「大丈夫か」
「はいっ、大丈夫です、この通りです!」
五月雨は少しスカートを巻くし上げて、右のふとももをちらりと見せる。
純白で艶があり、もっちりした太ももが……。
ああ、いい太もも……。
いい太もも!
「そ、そうか、それは良かったよ。
――でも北上が、五月雨は怪我してないように見えるって言ってたよ」
私の発言に、五月雨は一瞬だけだが不機嫌なような顔をした。しかし、すぐに彼女は顔を緩めた。
「それは、何かの見間違いですよ~。それに私の怪我、そんなに傷口大きくなかったですから~」
「そうか、はは、そうだよなぁ」
と、「北上入るよ~」の声とともに、こんどは妹が司令室に入ってきた。
「あ、五月雨ちゃんも来てたんだ~。司令官、机の引き出しに入ってた吹雪ちゃんのもの持ってきたよ~」
そう言って、妹は紙袋を私の執務机の上に置く。
「そういえば、私も吹雪さんのケッコン指輪返しにきました! 司令官、ありがとうございます!」
北上に続き、五月雨もスカートのポケットからケッコン指輪の小箱を私に差し出した。
「いちおう、中のも確認してください。私、ドジって入れ忘れてるかもですし……」
五月雨がそういうので、私は小箱を開ける。指輪と手紙と写真が入っているのを確認。
「ああ、ちゃんと入ってるよ。ありがとう」
そして、私は指輪の小箱を紙袋の中に入れた。
「あ、そういえば、司令官。吹雪ちゃんのネックレスって、もしかしてもう持って行った?」
北上がふいとそんな事を尋ねた。
「ネックレス? そんなもの持って行ってないよ。だいいち、部屋に鍵かかってるから私は入れないだろ」
「そうだよね~。今朝みたときは確かにあったはずなんだけど~。五月雨ちゃんは知らない?」
「北上さんからネックレスの話は聞いたけど、私は知らないよ。どんなものかもまだ見てないし、部屋に入る鍵もないもの」
「だよね~。うーん……」
「ちゃんと、ひきだしの奥まで確認したのか?」
「そりゃあ、もちろんだよ。でも、見当たらないの。部屋の鍵かけてたのになんでだろう」
「うーん、部屋に入れるとしたら前任司令官の時代からいた明石中佐だが、彼女はそんなの興味ないし……」
「でも、ちゃんと確認した方がいいと思います!」
五月雨がそういうので、内線で明石に繋ぐ。
「あ、明石中佐? もしかして、北上の部屋からネックレスを持っていったりした?」
「持って行ってないですよ。そもそもそういうの興味ありませんし。でもなぜ?」
「いや、指輪の件で、ほかにも防身銃と腕時計とネックレスが今朝まではあったんだが、ネックレスがさっき見たときは無くなってたから……」
「そうですか。まあ、私は前任司令官時代からいたから少佐は疑ってるのでしょうが、私は本当に知りませんよ。
それに、さっきまで一緒に北上さんの演習を一緒に見ていたじゃないですか」
「あ、そうだったな……疑って悪かった……」
そう言って、私は受話器を下す。
「まぁ、気がかりではあるが、仕方が無い。これ以上みんなを疑っても仕方ないからな。
もしかしたら違う場所から出てくるかもしれない。
取り敢えず、指輪と護身銃と腕時計を先に持主のところに返すことにするよ」
私はそれから二人を退出させ、柱島に指輪の件について電報を打電した。
すると直ぐに返電があった。
『そういう報告を待っていた。
ついては本日十三時より、本泊地人事部と貴泊地司令官との電話会談を求む。
猶、会談内容は秘匿事項もあるので外部に漏れない様注意せよ』
十三時、私は二人に泊地近海の対潜哨戒任務を命ずると、司令室の内鍵を閉めて、柱島泊地の人事部に電話を入れた。
向こうは直ぐに出た。
「はい、こちら、柱島泊地人事部の海城工(かいじょう たくみ)と申します。五神島泊地司令少佐でよろしいでしょうか」
若い男性の声が受話器越しに聞こえる。なかなかのイケボイスだ。
「はい、私が五神島泊地の司令です。この度は、吹雪中佐の忘れ物の件につきまして連絡差し上げました」
「分かっております。あ、あと、私の階級は大尉なので、そんなに硬い言葉でなくても大丈夫です」
「そうなのですか。それではお言葉に甘えて。
さて、先の電報の通り、吹雪中佐の元自室からケッコン指輪と護身銃と腕時計が昨夜見つかりました。
そこで、当たり前の事ながらこれを持主のもとに返したい。どうすれば良いでしょうか」
私の質問に対し、海城は少しの間、沈黙した。
「……えっと、失礼しました。
取り敢えず、それらはこちらで預かりますので、明日にでも宇和島基地から輸送艦を送り、回収することにします。
ですが、正直なところを申しますと、吹雪大佐のもとへ返すことはできません」
「な、それはなぜ? あと、吹雪大佐ということは、昇進されたのですか?」
またも沈黙。
電話のノイズが長くじりじりと聞こえる。
いったい、何を躊躇っているのだろうか。
私は、もう一度、同じ質問を繰り返そうとする。
その時だった。
「はい、吹雪大佐は昇進されました。――――轟沈後に」
「え?」
私は海城の回答に反射するように、ため息のような疑問符を吐いた。
「轟沈されたのです。吹雪大佐は」
「それは、どういう経緯で?」
「それを今回伝えたく、このように電話会談しているわけです。
本当は貴殿にはこの事は伝えるつもりはありませんでした。
しかし、指輪を発見されたと言うことで、貴殿には過去に五神島泊地で起きた事を知って頂き、『その事』について協力して欲しいことがあるのです。
もちろん、これは司令官の職務の域を超えていますので強制はできません。
そして、そもそも貴殿がその事実を負える覚悟がないのであれば、私どもは伝えるつもりもありません」
「なるほど。やはり、この司令部はいわく付きだった訳ですか。
そして、北上が着任した日の電報に、『司令官は、毎日一度は本人事部に泊池の状況を報告・打電すること』と言ったような命令をしたのは、貴職が『その事』について調査しているからなんですね」
「ええ、その通りです。これについては今後も、続けて頂きたいと思います」
「分かりました。それならば、私も『その事』について知りたい。覚悟はできています。そして、出来る限り協力したい所存です」
「それは助かります。では、貴殿が着任する二ヶ月前の五月十日に起きた『豊後水道沖夜戦事件』について話していきます」
「豊後水道沖夜戦事件?」
「はい。事件を簡単に説明すると、当時の五神島司令が作戦遂行中に失踪し、本泊地に所属していた七隻の艦娘のうち六隻が豊後水道沖で轟沈した事件です」
驚愕。
私がここに着任する前にそんな悲惨な事件が起きていたのか。
そして、その七隻のうち生き残った一隻というのが、非戦闘艦である明石中佐と言う事は言われなくても分かった。
中佐はそんな辛い過去を背負っていたのか……。
これまで中佐にその過去をえぐるような事を度々訊いてきた事に、私は後悔の念が込み上げてきた。
今すぐ謝りたいと言う気持ちに駆られた。
「……五神島司令、もしもし? 聞こえてますか?」
「あ、ああ、すいません。で、続けてください」
「はい、この事件については、不可解な点が多いのですが、とりあえず、事件事故調査委員会の報告をもとに事件を説明していきます」
受話器越しに海城が紙を捲る音が聞こえ、彼は説明を始めた。
「まず、当時の戦力ですが、五神島には六隻の戦闘艦と一隻の非戦闘艦が在籍していました。
非戦闘艦の一隻は明石中佐で、お分かりの通り唯一の生き残りです。
そして戦闘艦の六隻は、当時の階級でそれぞれ吹雪中佐、秋月少佐、五月雨少佐、大井中佐、摩耶少佐、瑞鶴大佐です」
「一世代前の司令部にも駆逐艦五月雨がいた訳ですか」
「そうです。ただ、世間一般に言われるドジな五月雨とは違い、彼女は凛としており優秀な艦娘だったと聞いております。
昇進も早かった。着任して一年程で少佐ですから。普通は、二年以上はかかります」
「なるほど、となると、吹雪中佐もなかなか優秀だったんですね」
「そうですね。二年半で中佐も中々です。そもそも前司令の時の五神島は少数精鋭の泊地で有名でしたから」
「そんな泊地がなぜ……?」
「それをこれから説明します。調査委によると~~~~」
それから海城は「豊後水道沖夜戦事件」の説明を長々延々とはじめた。
彼の話の要点をまとめると次の通りである。……要点をまとめても長いので、そこは理解いただきたい。
一、五月十日十七時半頃、『瑞鶴(改二)』を旗艦として『摩耶(改二)』と『秋月(改)』が豊後水道沖で哨戒活動中に、軽母ヌ級四隻とロ級三隻、敵の艦載機群を発見、これを迎撃。
二、瑞鶴は烈風改と流星改を展開し、敵艦載機と敵空母と対峙。
しかし、上がった敵機六十余は、通常ならば脳筋にも編隊に集中攻撃を仕掛けるが、今回は碁盤目状に大きく分散して飛行。
撃墜するのは容易くなるが、秋月や摩耶の得意の対空砲による一斉掃討ができず非効率的な戦闘を強いられた。
結果、戦闘が長引く。
三、瑞鶴の艦載機は、軽空母をものの三十分で三隻撃沈、敵駆逐艦も全隻撃沈させる大戦果を挙げる。しかし、艦載機の撃墜数は伸びず。全隻無傷なことから三隻は別々に行動する事を決意し、分散。十八時十五分には最後の軽母ヌ級を撃沈。
四、十八時二十一分、突如瑞鶴に魚雷が命中、小破。
夕日が海面で反射し、雷跡の確認が難しくなった事が原因。
瑞鶴は母港と周辺泊地に応援を要請、分散していた摩耶と秋月も瑞鶴の方へと集結。
三隻は敵駆逐や軽巡を索敵するも、それらしき艦は見つけられず。よって、敵潜の攻撃と断定。
五、五神島司令は十八時二十三分に『大井(改二)』と『五月雨(改)』を出動させ、その十五分後に『吹雪(改二)』が出動。
吹雪出動の電報を最後に、司令官本人からの打電は途絶える。
六、十八時三十六分、瑞鶴より「敵潜ヨ級二隻を撃沈。雷跡より最低残り四隻存在、早急に支援欲す」と電報。
七、十八時四十五分、周辺泊地の支援部隊の第一軍が、瑞鶴の発した座標に到着。
しかし、周辺海域には何も見当たらず。後続して他の泊地部隊が同地域に到着。
八、十八時四十八分、瑞鶴より母港との無線が通じないと柱島泊地に電報。
その十五分後、ヲ級一隻とツ級三隻を発見と柱島に電報。
さらに十九時十三分には、敵の「弾着観測射撃」ならぬ「雷着観測雷撃」により摩耶が小破したと電報。
九、十九時二十四分、部隊旗艦瑞鶴からの位置情報付きの最後の電報が柱島及び周辺泊地に入る。
「大井と五月雨が合流、更に支援を欲す」
これ以降、瑞鶴部隊からの電報は途絶える。
十、周辺泊地支援部隊によると二十時現在、支援部隊は五神島泊地の部隊とは合流できず。
打電しても応答しない事から、支援できないとして一部を残し二十時十五分に解散。
十一、二十時二十分、明石より「司令官が行方不明」と柱島に電報。
十二、二十二時十七分、残りの周辺泊地支援部隊が待機していた場所より十一海里離れた豊後水道沖で大規模爆発を確認。
支援部隊は爆発地点に向かう。
十三、二十二時二十分、柱島と五神島(明石)は出撃した各六隻に対して安否確認の打電を行うものの返答なし。
十四、二十二時三十八分、支援部隊が爆発のあった海域に到着。
敵の残存艦載機とみられる数十機と交戦するが、敵機は直ぐに撤退。
なお、海域には敵味方の残骸が多数浮翌遊しており、吹雪、五月雨、秋月、大井、瑞鶴の艤装や衣服の残骸を回収。敵ヲ級、ツ級の残骸も確認。
十五、二十三時一分、明石より「未だに六隻の安否不明。搭載燃料からして六隻の作戦行動可能時間は過ぎた」と柱島に電報。
十六、五月十一日、十二日、十三日になっても司令官行方不明、六隻の安否は不明。
柱島泊地の捜索隊と海上保安庁にも捜索を協力してもらうものの発見できず。
十七、五月十四日二十三時三十分、柱島泊地は六隻が行方不明になってから九十六時間経過したこともあり、六隻は轟沈、亡失したと判定。
なお、本事項は「豊後水道沖夜戦事件」として重大機密事項となる。
要点説明の筈がかなり長くなったが、これが「豊後水道沖夜戦事件」なのである。
「……本当に悲惨な事件だ。しかし、話を聞く限り、ひょっこり誰かしら生きてそうな気はしますが。
誰も轟沈を確認していない訳ですし」
「それは有り得ません。生存しているのに伝えない事は重大な軍規違反です。
捜索活動だって税金で行われている訳ですし、そもそも生きている事を隠すメリットがありません」
「そうですよね。では、前任の司令官はなぜ失踪したのでしょうか?」
「そこです。調査委によると、この事件は前任の司令官が深海棲艦側の内通者であり、六隻は司令官と深海側の共同作戦によって全隻轟沈したと言う結論に至っています。
――つまり、前任者はこの事件を機に深海側に寝返り、司令部を離れたからと言うのが今の答えです」
「前任者が内通者……そんなことがあるのか……」
「調査委の調査した結果では、ですが。
ただ確かに言える事は、事件日の深海棲艦側と前任司令官の動きは常軌を逸していました」
「……そうですね。人間側と深海側が結託しないと起こり得ない事が起きてますし……。
普通の深海棲艦なら戦闘時間を延ばして潜水艦に有利な夜戦で潰そうなんて策は考えつかない筈。
今ある戦力でゾンビの如く正面からかかってくるのが一般的ですから……」
「はい。軽空母部隊が囮であり、かつ潜水艦部隊の目の役割をしていた事も、この事件が初めての事例となりました」
「軽空母部隊が、潜水艦の目?」
「そうです、軽空母部隊が沢山の艦載機を目標の上空に打ち上げることで、潜水艦は浮上しなくても正確な雷撃を安全な深い場所から撃つ事ができるという戦法です」
「それが、雷着観測雷撃……」
「はい、こちらの弾着観測射撃から発想したのでしょうが、深海側は私らの戦術を真似る事はあっても自分達から新しい戦術を考えることは出来ません。
――つまり、これはこちら側の人間が発想し深海棲艦側に教えたと言うことです」
「そんな、ばかな……。つまり雷着観測雷撃を発案したのが前任司令官というのか……?」
「調査委の報告ではそうなっております。それを抜きにしても、瑞鶴の電報から間違いなくあの事件が雷着観測雷撃が行われた初めての事例です」
「……とにかく、この事件が人間の内通者と深海棲艦の共同作戦であった事は十二分に理解した。
しかし、一番分からないのは、前任司令官が深海棲艦側の内通者になったことだ。正直、信じられない」
――そうだ、司令官という艦娘を守り、国民の命を守る職務に就く者がそんな事をするなんて考えられない。
それに深海側について何のメリットがあるのだ。
あの容姿端麗な前任司令官が深海側の人間だったとして、そちら側についた納得できる理由を知りたい。
「――理由は、彼女がなり損ないの艦娘だったからですよ」
彼女? なり損ないの艦娘?
「えっ、はい? ど、どういうことですか?」
「そのままの意味です。前任司令官は女性司令官であり、艦娘のなり損ないでした」
女性司令官……言われてみれば、納得できる。
寝室に入ったときの優しいかおり、風呂場のシャンプーに洗顔料、そして、吹雪とのツーショット……。
そして、その女性司令官は艦娘のなり損ないだった?
「前任司令官が艦娘のなり損ないというのは、つまり、少しは艦娘であったということ?」
「まぁ、そうなりますね。艦娘訓練学校を卒業して一ヶ月だけ柳井泊地に所属していましたから。
ただ、適合者ではあったそうですが、艤装を装備しても思うように動作しなかったらしいです」
「思うように動作しない?」
「はい。一般の人が艦娘の艤装を着けるとどうなるかは知ってますよね?」
「ええ。普通に沈んでいきます。自沈して前進することもできない」
「前任司令官もそれに近かったようです。
もちろん適合者ではあるので、一応航行はできたようですが、少しでも気が緩むと自沈していったそうです。
結局、彼女は演習で自沈して溺れかけたのを最後に部隊から解任され解体となりました。
優秀でしたので、解体と同時に司令官候補生として抜擢されたのは救いだとは思いますが」
「……前任司令官にそんな過去があったとは……。因みに前任司令官の適合艦は何だったのですか?」
「当時、艤装が開発されて実装されたばかりの駆逐艦初月でした」
「通りで容姿端麗でイケメンな訳だ……。
しかし、前任司令官が男装していたのはなぜ? 写真や手紙を見ましたが、女性とは気付かなかった……」
「そうとう自分自身にコンプレックスがあったのだと思います。
実際、上官は彼女が男装し、自身の性別を艦娘に対し偽ることを許可していたそうです」
「よくそんな事が許されましたね」
「彼女は出来損ないの艦娘でしたが、天才な頭脳をもっておりましたから。加えて階級は三年で少佐から将補にまで昇進しましたし……」
「それは許される訳ですね」
「はい。しかし、あの事件以降は、司令官が自分の性別を偽ることは軍規によって正式に禁止されました。
そんな訳で一部の司令部では変な騒ぎが起きたみたいですが……」
「そ、そうなんですか……。で、話を戻しますが、前任司令官は自分のコンプレックスが原因で深海側に回ったという事になりますかね?」
「まあ、そうなります。調査委の報告によると、前任司令官は事件前に自身が女である事や艦娘のなり損ないであった事が泊地内の艦娘にばれて、自身の自尊心を著しく傷つけられたことから、深海棲艦側と結託して事件を起こしたのではないかとあります」
「いやいや、自分のプライド傷つけられただけでそんな事しますか?」
「人の価値観って様々ですし、人って結局は感情で動く生き物ですから有り得るのではないでしょうか?
少佐も自分のプライド傷つく事をされたら腹が立つでしょう?」
「ま、まあ、そうだけど……。因みにばれた理由はなんですか?」
「それは分かりませんが、事件の一週間前に吹雪中佐から柱島に苦情があったのです。
『司令官の過去や性別を偽る事は卑怯です。何故これが許されるのですか? 軍規で司令官の性別や過去を偽る事を禁止してください』……と」
「……いかにも真面目な子が多いと言われる吹雪らしい訴えですね。
ですが、これはちょっとキツイ。私も自分の過去は偽りたいですし……」
「え、ええ……。取り敢えずそんな経緯で、前任司令官はこの事件を首謀し、深海棲艦側に寝返ったということです」
「うーん、恐らくそうなのでしょうが、私は納得できません……」
「そう仰ると思いました。
また、調査委の委員も納得はしていない筈です。
事件後、調査委や私ら人事部は五神島泊地の立ち入り調査を二日間に渡って行いましたが、事件に関する手がかりは何一つ見つけられませんでしたから」
「つまり、泊地日誌、司令官の日記や日誌、艦娘日誌や日記が消えていたということかな?」
「おお、よく分かりましたね。仰るとおりです。事件の事を隠すかのごとく、明石中佐の工廠日誌と日記以外は全て無くなっていました。
それ以外はなんともないのです。深海側に渡ったら不味い暗号表や戦術書、艦娘解体新書などの機密文書も全て残っておりました。
ただ、この泊地で起きた出来事が分かる日誌や日記系だけが全て無くなっていたのです」
「どおりで、調査委の報告が曖昧模糊としておりすっきりしない訳か……」
「はい。明石中佐にも聞き込み調査を行いましたが、彼女は一匹狼で泊地内の人間とあまり関係を持たず、工廠に籠もって職務をされることが多かったので、事件に関する有力な手掛かりは一つも得られませんでした」
「そうですか。でも中佐も相当ショックだったとは思います」
「ええ、聞き込み調査でもかなり落ち込んでおられました……。
結局のところ、所詮は小さな泊地で起きた事件の調査でしたから調査委の予算が底を尽きるのも早く、納得しないままで調査結果をまとめざるを得なかったのです。
それで、あの作戦や新戦術を考案出来る者、艦娘の行動を把握できる者は前任司令官しかおらず、加えて作戦遂行中に失踪したという行為の異常性を決め手として、事件を起こした経緯の確たる証拠や事件経過の記録には乏しいが、首謀者は前任司令官以外考えられないと言った結論に至ったのです」
私は電話越しにそれを聞き、窓の方を向いて相手に悟られぬようため息を吐いた。
私自身も話を聞く限りでは、消去法で前任司令官がこの事件を深海側と共謀したと言う結論に至った。
が、それでも、納得できなかった。
私もまだ着任して三週間程の司令官ではあるが、司令官の大変さ、そしてなにより艦娘たちのかわいさを理解している。
プライドが傷付けられようが自分の育てたかわいいかわいい艦娘に牙を向ける事なんて私には到底できない。
否、私は男だからか? 女だったら「女の敵は女」というように、牙を向けることができるのだろうか……?
「……もしもし? 少佐、聞こえてますか?」
「あ、ああ。すいません、考え事をしてました。因みにだが、海城さんはこの事件についてどう思ってますか?」
「私ですか? 立場としては前任司令官が首謀者という調査委の考えと同じです。
ただ、この事件についてはこれで調査を終わりにする事はできません。
この事件は深海棲艦と人間が繋がっているので、事件の全容を解明することは敵の内情を知る事にも繋がります。
どういう経緯で事件が起きたのか。
どうやって深海側とコンタクトをとったのか。
そして首謀者であろう前任者は今どこにいるのか。
これらの手掛かりはまだ五神島の中に絶対あるでしょう。
……ですから、少佐には是非とも今回の話を踏まえて、事件の全容解明に協力して頂きたいのです。
この事件を真に解明できれば、少佐も私も昇進は確実でしょう」
「昇進と言う報酬が有ろうと無かろうと、私はやりますよ。
心に渦巻くこのもやもやを晴らしたいですし。
それに、これは此処のあとを継ぐ者の使命でしょう」
「そう言って頂けて光栄です。それでは、今後も事件解明に向けて協力お願いします。
あと、この話は明石中佐にはしても良いですが、他の艦娘にはしないで下さい。
過去にそんな事があったと知ると怖がって任務に支障が出る可能性もありますから」
「了解です。では、また何か新たな発見があったら、報告しますね。あ、あと、吹雪大佐の遺品は明日回収に来るという事でいいですか?」
「はい、明日の午前中には」
「お願いします。因みに遺品は遺族に返されるということで?」
「そういう事になります。腕時計だけですが」
「腕時計だけですか。護身銃は備品として返されるのは分かりますが、指輪の方は?」
「それもまた備品なので。艦娘の能力が上がるだけあって普通の指輪とは違いますから」
「……と言う事は、まさか使いまわされたりと言う事も……?」
「ありますよ。後に任務報酬で最初に手に入る指輪は、その殆どが過去に使用されていたものです。あ、これもここだけの話にしておいて下さい」
「えぇ……は、はい……。では、明日はお願いします」
「こちらこそです。今日、話をして少佐が五神島泊地の司令でよかったと思いました。ありがとうございます。それでは……」
こうして、最後にケッコン指輪に関する衝撃的な事実を聞いて、私は一時間半近い長電話を終えたのであった。
それから、私は椅子を回転させ、司令室の窓を眺める。
ふと、愛々傘に目がいく。
シレイ/フブキ、そしてその上にそれを隠そうとする傷跡。
これは恥ずかしくなったからじゃなくて、仲違いしたからなのだろうか。
たしかに、大好きだった者に自分のコンプレックスを触れられ卑怯者扱いされるのは辛い事だと思う。
同時に頭にくるかもしれない。
……だが、それだけであんな事をするのだろうか。
ふと、テレビで流れたこれまでの事件の数々を思い出す。
どれもよくよく考えればくだらない理由で他人をあやめている。
でも当事者にとって、それは重大事なのだろう。
彼女もそうだったのだろうか。
優秀だったにも関わらず、艦娘としてはなり損ないで、
それをとてもコンプレックスに思っていて、
少しでも悪い様に触れたら爆発するようなものだったのであろうか。
私は、紙袋から指輪の小箱を取り出して開け、初月司令官と吹雪の写真を見る。
初月司令官は優しく笑っている。
その笑顔の裏側に何を抱えていたのだろうか。
嫉妬? 憎しみ? 劣等感?
分からない。
――と、窓から二人が哨戒を終えて砂浜に上がってくるのが見えた。
陸に上がったとたんに五月雨は砂浜にどじっと転ぶ。それを妹が笑って、手を差し伸べていた。
私は写真を小箱に戻し、それを紙袋に仕舞う。それから、二人が司令室に報告しに来るのを待ったのであった。
「司令、しつれいしまーす!」
「ただいま~」
少しして、五月雨と妹が司令室に報告に来た。
「お疲れ、対潜哨戒はどうだった?」
「敵潜水艦はいませんでしたが、自暴自棄イ級ちゃんを一匹狩りました!」
五月雨がそうはつらつと報告する。ああ、かわいい。
と、初月司令の時代にも五月雨がいたのを思い出す。
前任司令官の五月雨も着任した頃はこんな感じでほわほわしてて、成長していくなかで垢抜けていったのであろうか。
そして、目の前の五月雨も海上では中尉ながらに少佐ぶりの戦いをすると言うので、彼女もいずれはドジなんかしない、大人の女性になってしまうのだろうか……。
いや、それもいい。それもいいぞ。
私は五月雨を自然と見てしまった。
清流の様な綺麗さの長い髪、
ぱちりと透き通った目、
ふにふにしてそうな頬、
ちょうどいい控えめな胸、
上着とスカートの間から見えるくびれ、
もっちりして艶のある太もも、
すらりとした脚…………。
あ、ああ……。
「しっ、司令官? 司令官? 私の事をじろじろ見てどうしたんですか?? 怪我なんてしてないですよ?」
「あ、ああ、いや、自分でも気付かないうちに怪我してたりすることってあるからさ……」
「そうなんですか? でも、心配してくれてありがとうございますっ!!」
「いやいやー五月雨ちゃん、司令官の言葉にだまされちゃだめだって~」
「何言ってるんだ北上、私の言葉に嘘はないぞー」
「そう~? いやらしい目で見ていたように思えるけど。五月雨ちゃんはどう思う??」
「どっちにしても、司令官は私のことを気にしてくれてるので嬉しいです!」
あー、天使だ。これは将来、素晴らしい女性になるぞ。
「五月雨ちゃんは純粋だね~。私の負けだよ。五月雨ちゃんみたいにもっと純粋になるわ」
妹よ、お前には五月雨のような純粋さは無理だ。
でも、妹も性格に裏表はないから、そう言う意味では純粋か。
何だかんだ言って素直だし……。
「って、司令官どうしたの? 私になんか用?」
「いや、北上の事も怪我無いか確認してた」
「えっ…………」
妹にドン引きされた。そりゃ当たり前か。
「まぁ、今日は二人ともお疲れ様だ。ゆっくり休んでほしい。夕食は、今日は私が作る」
「ありがとうございます!」
「んじゃ、ゆっくりさせてもらうよー」
二人はそう言って、部屋をあとにしようとする。
「あ、二人とも」
「ん?」
「どうされましたか??」
「五月雨も北上も私は家族と思っている」
その日の夕食は自分でカレーを作ることにしたが、結局、隣には五月雨がいる。
「別に休んでいてもいいんだよ。昨日も昼に手伝ってくれたし」
「いえ、私がここの皆さんのお腹事情を一番しってますから! それに、あんなこと司令官に言われたら隣にいたくなります!」
私はそれを言われて顔が赤くなってしまった。五月雨が家族か……。
「そういえば五月雨は兄弟姉妹とかいるのか?」
じゃがいもを切りながら私は彼女に尋ねる。
「私は妹が一人いますよー」
「となると、妹も艦娘でしかも涼風という感じかな」
「その通りです! 司令官も分かってるのかもですけど……」
そう言いながら五月雨は私が切ったじゃがいもを沸騰した鍋にいれる。
「何がだい?」
「全国のすべての五月雨には妹がいて、しかも涼風って事です!」
「初めて聞いたよ。そうか……」
となると、初月司令官の五月雨にも妹の涼風がいたという事になる。残された妹の方はとても辛いことだろう……。
「……司令官、どうしたんですか??」
「あ、いや……五月雨は妹と会ったりラインとかで話したりしてるのかなと思って……」
「……最近は会ったり話したりしてないです。お互い忙しいですし……」
「そうか……休番日とかは、会いに行ってもいいんだよ。妹さんも柱島泊地の所属だよね?」
「うん、そうです。……平群島泊地にいます」
「柱島のすぐ傍のとこじゃないか。でも、ここからそう遠くないし、今度の休番日そこの司令官に話つけておくから、行ってきたらどうだ」
私は豚肉を鍋にいれながら五月雨にそう勧めた。
「お気遣いありがとうございます……でも、大丈夫です。妹のほうが忙しいですから。
それよりも、司令官は兄弟いたりするんですか??」
その質問がくるとは思ったが、どう答えようか。
「わ、私か? 私は歳の離れた妹がいる」
すると、五月雨は興味深そうに私の顔を覗き込んで来た。
「やっぱり! いると思いました!」
こ、これはまさかばれているのか!?
と、このタイミングで妹が食堂に入ってきた。
「それで、司令官の妹さんは今なにをされてるんですか??」
――そこにいる。が、それは上官の命令でアウトだ。
カウンタ席に座った妹もその質問を聞いていたのか、私に視線を据えていやがる。
「え、あ、妹とはあまり連絡とってなくてね。
大学受験うまくいかなくて二浪してて、今年三月の時点でもうまくいってないって聞いたから三浪してるんじゃないかな、あははは……」
それを聞いてた妹の視線がまじ怖ええ。
やべぇ、こわすぎ。
そしてなんだそのポーズは。
かの道化師の「表に出ろ」ってか?
「そうなんですか~。でも司令官の妹さんって、ゆるくて甘えっ子なイメージです」
「そうだよ、妹はかわいいよ」
ちゃっかり機嫌をとってみる。でもだめだ。
「ですよね~。私の妹もかわいくてしょうがないです!
あっ、北上さんは兄弟とかいるのかなっ??」
妹は突然の問いにあたふたする。
「えっ、あっ、私? 私はおにいちゃ、あ、兄がいるよー」
「北上さんってお兄ちゃんって呼ぶの!? かわいい!」
五月雨の反応に妹は顔を赤らめる。顔を赤らめる妹は意外とかわいかった。
「ううー。五月雨ちゃんからかわないでよー」
「だってかわいいんですもん。で、北上さんのお兄ちゃんは何してるの??」
妹は私に一瞬視線を合わせてにやつく。
「えー、兄は就活失敗して、警備会社でアルバイトしてるみたいだよー。ホントかどうかは分からないけど。
――もしかしたら、警備会社じゃなくて自宅警備員の間違いかも」
こいつめ。やりおるな。
妹はしてやったりみたいな表情をこちらに向ける。
あとでお仕置きしてやろうか。
「そ、そうなんだね。でも、お兄ちゃんとか私も欲しかったな~」
私がなってもいいんだよ。と言いたいところだがそれはやめておいた。
そうこうべらべらお喋りしている裡に、ざっと6人前はあるであろうカレーができたのであった。
夜、私は明石中佐にカレーを届けに司令部庁舎を出て工廠に向かった。
工廠の前に立つと、私はインターホンを押す。
明石中佐はすぐに出てきた。
「あ、少佐ですか。こんばんは。どうされたんですか?」
「今日の夕食のカレーを届けにきた。六人前つくったんだが、なんか食べすぎたのか、一人前しか残らなかった。申し訳ない」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ」
そう言って、明石中佐は紙袋に入ったステンレス製の弁当箱を受け取る。
「あ、あと……、これまで考えずあの事を色々訊いてしまって、ごめんなさい!」
私は明石中佐に頭を下げる。
「……前任司令官や事件のことを聞いたんですか」
「はい……」
明石中佐はちょっと待っててと言い、カレーの入った紙袋を部屋に戻すと、過熱式煙草と煙草の箱を右手に工廠から出てきた。
一緒にロシアンブルーのアカトゥルフも出てくる。
「私は大丈夫ですよ。ただ、上官から命令されていたので、話さなかっただけです」
そう言って、煙草を過熱式煙草に刺すと、それを口に持っていった。
「でも、色々と辛い経験をされたと思う……」
「ええ、事件のあとは辛かったです。六人一気に失いましたからね」
明石中佐は工廠の壁によりかかり、煙草を一旦口から離すとため息を吐いた。
薄らと白い煙が口から漏れる。
私と明石中佐の間にはアカトゥルフが座り、夜空を眺めている。
「……身近な人がいなくなるという経験を私はまだ経験していないけれど、想像しただけで怖い……」
「そう、他人の死は寂しさや悲しさ、孤独を感じさせるだけでなく、自分の死を彷彿させるので怖いことです。
私らが無限でないことを教えてくれるから……」
「はい、中佐が少し前にそれに遭ったと思うと居た堪れない」
「でも、艦娘というのは、轟沈した後は深海棲艦となります。
そしてそれを轟沈させればまた人間として戻ってきますし、そう考えれば死とは違います。
この世に存在している訳ですから。
つまり、また、何処かで会えるかもしれませんし、前向きに捉えれば自分自身の抱える辛さは乗り越えられます」
そして、合間を挟んで中佐は煙草を吸う。
「……そう言う訳で、轟沈というのは、結局は沈みゆく子達の方が残される者達よりもずっと辛いんですよ。
いくら、轟沈したあと深海棲艦となって、そしてまた轟沈されて人間として戻って来たとしても、記憶が無くなってしまえば、それはもう死ぬ事と変わりないじゃないですか。
ごく希に、深海棲艦になった時やその前の記憶を持っている艦娘がいますが、大抵の子達の記憶やこれまでの思い出は轟沈時に失われます。
これまで積み重ねたものや記憶、思い出、そして自我や性格すべてが轟沈と共に無になるのです。
――これって、『死』と変わりありませんよね?」
「あ、ああ」
珍しく明石中佐は熱く隣で語っていた。
アカトゥルフにはそれが子守唄に聞こえているらしく、中佐の足元で丸くなって寝ている。
「人が『死』を真に恐れるのは、死ぬまでの痛みや過程とかではなくて、自分自身の積み上げた全てが崩壊して無に帰すからです。轟沈も同じです。
――果たして、身体という入れ物は一緒でも、自我や記憶を失ったあとに作られる『自分』は轟沈する前の『自分』と一緒でしょうか?」
「私には分からない。が、記憶や思い出を失っては、轟沈前の自分と復活後の自分の連続性はないだろうなぁ」
「ええ、少佐の言う通りです。
そこで人生が途切れているのですから、私には、それは一種の『死』であると思いますよ。
そして、轟沈する子はその絶望に浸りながら沈んでゆく。
まだ若くてやりたい事もいっぱいあると言う時期に……。
これほどの絶望があるでしょうか。
私はそう言う意味で、残された自分自身の辛さよりも、沈んだ子の事を思うと辛いんですよ……」
明石中佐はうつむき加減で嘆息を吐くと、残りの煙草を吸う。
「……中佐は仲間想いなんだな」
それを聞いた明石中佐は煙草を口から離すと、笑わせないでくれと言うように鼻で笑った。
「私がですか? そんな事ないですよ。
少佐も知っての通り、私は一人で行動する事が多いですし、それに、本当に仲間想いならこの事件を防げた筈です。
仲間想いなら私が疑われるような事はない筈です……!」
「疑われる?」
明石中佐は煙草を吸い終え、過熱式煙草から吸殻を取ると、それを携帯灰皿に入れた。
「ええ。それは疑われますよ。そりゃあ、私だけ生き残ったら、真っ先に疑われるのは私じゃないですか」
「でも、中佐は当たり前だが犯人ではなかった。アリバイがあった訳だ」
「はい。まぁ、アリバイというよりは、私は事件に関わっていないので、当然ながら事件に関する情報も出てこなかったから疑いが晴れたと言った方が正しいですがね」
「それで結局、あの事件については、全容が全く分からないと言う訳か……」
「えぇ。私がもっと司令官や艦娘と関わりを持っていれば、何があったのかもはっきりしたと思うと後悔の念が込み上げてきます……」
明石中佐はそう言って、煙草をもう一本吸うのかスカートのポケットに手を伸ばした。
「――中佐、この事件はここの司令官である私が必ずや解明してみせます。
それが、この五神島泊地のあとを継ぐ私の使命と考えている――」
私は中佐の前に立って、そう意を決した。
中佐は煙草を取るのをやめると背中を壁から離して、小さくため息を吐く。
「少佐の気持ちは凄く嬉しいです。……が、これは少佐のする事ではありません。
貴方はこの事件に関わった訳でもなければ、探偵でもないです。
おそらく、柱島泊地の人事部の人間に協力を頼まれたのでしょうが……。
まぁ、私は少佐には、この事件とは距離を置いて、しっかり司令官としての務めを果たしてもらいたいと思います」
「中佐は事件の全容を知りたくないのか?」
「もちろん知りたいですよ。……でも、少佐の事を思えば、関わって欲しいとは思いません。
少佐の性格からして、事件解明の途中できっとどこかで命令違反や軍規違反を起こす事になるでしょうから」
「なっ、それはどういう事だ??」
明石中佐は私の問いに答えず背を向けると、アカトゥルフを抱いて、工廠の中へと帰っていくのであった――。
今夜はここまでです。明日もまたニーズがあれば記しましょう。
五月雨に栄光あれ……
今から読むけど、ここで言われる「改行してくれ」ってのは
「他のSSみたいに一行ごとに余分に改行して行間を開けろ」ってことだぞ
いわゆる小説投稿サイトみたいに予め読みやすく行間開けてあるサイトじゃないからなここ
もったいないから次回からやれば読者増えると思う
なるほど、そういう事なのですね。
このSSの世界では改行とは、一行あけるということでしたか。了解です。
人生初の投稿で全く分からないものでして......。
おう、いいから続きかくんだよ
すべての五月雨に妹がいるなら
北上にも姉妹が……?
ネット小説でよく見られる手法としては地の文と会話の間には一行空ける
この先の展開が透けて見える部分があるけど、続きはよ
SS作法ありがとうです。
ではでは、本日も参ります!
***
翌日の午前中、私は司令室で仕事をしていると、窓から見知らぬ三隻の艦娘がこちらへと向かっているのが見えた。
おそらく、吹雪の遺品を回収しに来た宇和島基地の子だろう。私は、紙袋を持つと、司令室を出て、桟橋へと向かった。
「おっ、司令官じゃん。もしかして、今からそれ返しに行くの?」
司令室を出て階段を下りようとすると、妹が私を呼び止める。
「北上も外みてたか。そうだよ。今から渡しにいくよ」
「んじゃ、私もついてくー」
こうして、妹と一緒に桟橋に行く事になった。
二人で桟橋に行くと、向こうも私らに気付いたらしく、白いカチューシャをつけたショートの髪の子が手を振ってくれた。
他のもう一人は吹雪型の子であると分かったが、大きな籠を肩に掛けたセクシーな格好の女性は何の艦種艦名だか見当がつかなかった。
「一番のりぃぃ!」
少しして、白いカチューシャの艦娘が桟橋ではなく、砂浜に上陸してきて勝鬨を上げたような声を出した。
「あ、君は?」
私の問いに、白カチューシャは胸を張る。
「ふふーん。あたしの事も分からんのかい?? あたしは宇和島基地の海軍少尉、谷風さんだー!」
これが陽炎型の艦娘か。キャラ濃いな。
↑↑↑よくわからないですが、こんな感じですか??
「へぇ~。キミが谷風ちゃんかぁ~。面白いねぇ!」
妹が谷風に近づいて、艤装やら格好やらを眺める。
「おぉー、あたしの事がおもしろいなんて分かってるねぇ。北上曹長は」
「あれ、私のこと知ってるの~??」
「えー知ってるともとも! なんせあたしは、こんぐこっ!」
谷風は頭を叩かれる。いま到着したセクシーな格好の艦娘に。
「うちの谷風が迷惑をおかけしました。今回は柱島泊地に輸送する物をお預かりしに来ました」
おっ、おっ、近くで見ると余計セクシーじゃあないか。なんだこの側乳と腰とムチムチなふとももが見える格好は。
エロい、エロすぐる。艤装の開発者の悪意を感じるぞ。
いや、いけないのはこの子ではないか。胸にお尻に太ももと、身体が豊満すぎる。
「……? どうされましたか? 私に何かついてますか?」
「い、いや、見た事ない艦娘だなと思って」
「あ、すいません! まだわたしの事を紹介していませんでした! わたしは、宇和島基地で中尉として補給艦をしております神威と申します」
ああ、これが神威か。いやー、アイヌ美人とはまさにこのことか。あー。
「んじゃ、あたしからは、このド田舎娘のいそなみんを紹介してあげるわ」
谷風は神威の影に隠れていた三つ編みでツインテールの艦娘をひっぱってくると、私の前に持ってきた。人見知りなのか、とてももじもじしている。
「い、磯波です。准尉です……」
「はいはいよく出来ましたー! んで、このいそなみんは凄く地味だけど、良く見ると…………なんか襲いたくなっちゃいません?? ふごっ!!」
またも谷風は神威に頭を叩かれた。しかし、私は思わず谷風の言われたとおり磯波を良く見てしまった。
確かに髪型もなんか田舎っぽいし、胸も控えめで、雰囲気もかなり地味であるが、その地味さが逆に清純さを引き立たせており、とてもかわいい。偽りのない純粋なかわいさを感じた。
「……い、磯波のこと、そんなに見ないでください。恥ずかしいです……」
「あ、ああ、ごめん。で、神威さん、これが今回、預かってほしいものでして」
私は神威に紙袋を手渡す。神威はそれを預かると、輸送先のシールを紙袋に貼った。
「了解です、確かに預かりました。それで、私たちの方からも今日は渡すものがあります」
神威はそういうと、籠の中からA3サイズの立方体のダンボール箱を出して私に渡す。
い、意外と重い。こんなものを宇和島からここまで持ってきてくれたのか……。
磯波も肩かけから書類を出すと、妹にそれを渡した。
「これは、北上さんの雷巡改装用の部品と説明書が入ったものです。あとで、ここの明石さんに渡しておいて下さい」
そうか、妹はもう軽巡洋艦から雷巡洋艦となる時期になったのか。早いものだ。
「でも、雷巡になるには、昇進試験に合格しないといけない! そんな訳で北上曹長、五日後の昇進試験はこのあたしと組むことになったから宜しくたのむよっ!」
「組むって?」
「あれー、聞いておらんのかい! 曹長から准尉の昇進試験は二対二のダブルスで、勝った方が昇進できるのさ。
で、ペアは軽巡の場合は駆逐艦なんだけど、北上曹長のペアはあたしになった訳よ」
「なるほどねー。つまり、相手も曹長の軽巡と少尉の駆逐艦という感じ??」
「ずばりそうだっ! まぁ、あたしが見た感じ、北上曹長は勝てるよ。あたしと組むからってのもあるけどよ」
「それは心強いねー。よろしくたのむわ~」
妹は谷風に右手を差し出し、握手する。頑張れ、妹。兄として応援しているぞ。
***
それから四日間は、妹と谷風は毎日宇和島と五神島の中間地点である戸島近海で猛特訓を行った。
変人に見える谷風も訓練では真面目で面倒見がよく、妹は色々と学ぶことがあったという。
そんな谷風が妹の昇進試験一日前の夕方に五神島まで妹と一緒にやって来た。
「たのもう! たのもう!」
谷風は上陸するなり声を張り上げる。
「どうしたんだ、谷風」
「いやー、私が谷風ちゃんに五月雨ちゃんの事話したら是非とも戦いたいって譲らなくてさ」
「おう、そうだっ。ここの五月雨中尉とぜひとも演習させて頂きたい所存だっ」
「ああ、五月雨が許可するなら私は別によいが……」
「ありがたい! ここで待っているぞ」
谷風はかくっと頭を下げて礼を言うと、その場に胡坐をかいて座った。こりゃあ、演習させてくれるまで帰らなそうだ。
私は司令部庁舎に戻り、二階に上がると五月雨の部屋のドアをノックした。
「司令官だー。五月雨いるかー?」
しかし反応はない。ここにはいないのか?? もう一回強めにドアをノックする。
「おおーい、五月雨? 寝てるのかー? 司令官だぞー」
本当にいないのか? 私はドアノブを回し、ドアを開けようとした。
が、開かない。いったいどこにいるんだ?
私はスマホを取ると、五月雨に電話した。
五月雨はすぐ出た。
「五月雨、どこにいるんだ? 宇和島基地の谷風が五月雨と演習したいってよ」
「とっ、と、トイレですっ!! 谷風ちゃんの事は分かりましたから先に行ってて下さい! あとで、工廠前で会いましょう!!」
「あっ、ああ、そうだったのか。すまなかった……。分かった。先に下に降りてるよ」
私は通話を終えると、下に降りて、妹と谷風が待つ海岸へと向かった。
「司令、どうだった~?」
「いまトイレにいるから、終わったらこっちに来るってよ」
「よっしゃあ! これでかつる!」
谷風が胡坐をかきながら鼻息を荒くする。
「でも谷風ちゃん、うちの五月雨ちゃんは強いよ~。少佐なみの強さを持つって戸島泊地の司令官さんのお墨付きだからね」
「あたしゃだって強いよ。なんせ中学の時の女子百メートル、山口県大会三位だし! 神速の谷風さんに勝てるかなっ??」
と、五月雨が司令部から出てきて工廠に向かっていくのが見えた。
「おー、あれが五月雨中尉か、凛としておるなっ!」
谷風は五月雨に手を振る。五月雨はそれに気付くと作ったように笑って手を振り返した。私は、五月雨の方へと駆けて行った。
「すまん、さっきはトイレ中なの知らなくて……。谷風と演習してくれるか?」
「はい、しますよっ!」
その口調は少し怒っていた。
「ごめん、五月雨……」
すると、彼女は私の手を引っ張って工廠裏へと連れて行った。
「もうっ、さっきので出るものも出なくなっちゃったじゃないですかっ!」
そう声を上げて、五月雨はスカートの右ポケットからイヤーピースみたいなのを取り出す。そして、ぶんぶん振って私にめがけて投げつけた。
当たったあと、下を見てみると、耳栓が四つ落ちていた。
「ごめんよ、まさかトイレに入ってるとこだとは思わなかった……」
私は内心、なんでトイレ中に外から呼んだだけで怒ったのか疑問に思っていたが、これが女心を分かっていないと言う事なのだろう。
便秘とか生理とか、女の子にはそう言う悩みがあるわけだし、ここは大人しく謝っておいた。
「もーっ、これから私を呼ぶ時はラインか電話にして下さいね! 急に部屋に来られるとびっくりします」
「は、はい……ごめんなさい……」
こんなに怒った五月雨は初めてであった。
申し訳ないと思いながらも、ぷんぷん怒る五月雨をかわいいと思ってしまったのは私だけの秘密である。
その後、五月雨はすたすたと工廠の中へ入り、艤装の装着をし始めた。
私は五月雨が投げつけた耳栓四つを拾い上げる。
耳栓を見ると、二つは「犬」、もう二つは「ねずみ」と小さくボールペンで書かれているのを確認した。
若干耳栓の形が違うので、判別用に書いているのだろう。耳栓に名前をつけるところ、五月雨らしくてかわいいなと思った。
それから五分ほどして艤装を装着した五月雨が出てきた。
「ほら、耳栓返すよ」
「……」
五月雨は黙ったままそれをぎゅっと受け取ると、谷風のいる海岸へと足早に向かっていった。
「これはこれは五月雨中尉、あたしとの演習をみとめてくれて誠に有難う」
「どういたしましてですよー。谷風ちゃんの話は北上さんから聞いてたから、いつか私に演習を申し込んでくると思ったよ。私も谷風ちゃんの神速の味を拝見させてもらうね。
で、訓練用魚雷はコストかかるから演習用の12.7センチ連装砲を各一丁でいい?」
「ええ、もちろんですとも! 砲撃戦でもあたしゃあ負けませんよっ!」
谷風は張り切った口調で五月雨に意気込む。それを見て五月雨は笑いながら、演習用の12.7センチ連装砲一丁を谷風に渡した。
「これでかつる!」
「私もまけませんよ!」
こうして、二人の戦いは幕を切って落とされたのである。
「んでは、審判はこの五神島泊地司令少佐が行う。戦闘時間は十五分、範囲は約一海里四方とする。あと、レーダーにフィールドの座標を入れておいたから、フィールド外枠の0.2海里手前まで接近すると無線の短信音で知らせるよう設定してある。あとは何時もの演習通りである」
「……司令、漁船が近くにいますが大丈夫ですか?」
「あー、ありゃあ、大丈夫。一海里以上は離れているよ。それにあたしゃあ逃げるつもりはないからね。常に五月雨中尉の0.3海里以内で戦う覚悟よ」
「谷風ちゃん、なかなかの相手とみえるね。私もなんだか燃えてきましたっ!」
「では、演習を開始するので、それぞれの配置について欲しい」
五月雨と谷風はそれぞれ十時と二時の方向に移動し、お互いの距離を0.3海里ほどとった所で止まった。
そして、二人から演習開始をしてもよいと言う無線の入電を確認。
私は無線のマイクを口に近づけた。
「演習開始!」
直後、谷風は五月雨に向かって疾風の如く突っ込んでいった。
そして、谷風は有無を言わず神速の突撃を加えながら連装砲を発射する。
それに対し、五月雨はすっと避け、落ち着いた様子で連装砲の反撃を加える。
「わわっ、司令官みて! はやっ!」
なんと、谷風は減速するのではなく更に加速した。
模擬弾は谷風の後方へと軌跡を描き海へと突っ込んでいった。
谷風は水を得た魚のように更に速度を速め、五月雨の後ろを取ろうとした。
が、五月雨は大きくは移動せずに、常に谷風の方を向きながら回るので、谷風は彼女の後ろを取れずにいた。
そして、たまに谷風から発射される砲弾も五月雨は華麗に避けた。
私自身、五月雨の演習を間近で見るのは初めてであったが、ここまですごいとは思いもしなかった。
相手から発射される砲弾に動じもせず、青い綺麗な長髪をなびかせ華麗に避ける姿は、まさに歴戦の兵士そのものであった。
「谷風ちゃん、そろそろ私が反撃しちゃってもいい?」
無線で五月雨の余裕そうな声が聞こえた。それを聞いて、私はなんかゾクゾクしちゃった。
「いやぁ、五月雨中尉は強い。でも本気じゃないのが残念。あたしはもっと五月雨中尉に動いて欲しいんだけどね……」
「戦では体力消耗しない様にできる限り動かないのが基本だから、無駄な動きをしていないだけ。もちろん、避けることに関して言えば私も本気ですよ。谷風ちゃんの砲撃は正確だから、ちょっとでも気を抜かしたら当たっちゃうよ」
「くぅう、そう言ってくれると有難い。でも、あてなきゃ意味がない!」
谷風はそう叫ぶと、急速で旋回して五月雨と距離をとろうとした。
が、五月雨がここに来て谷風を追いかけはじめた。
「お尻、私に見せちゃっていいのかなっ??」
その五月雨の声に私はまたもゾクゾクしてしまった。というか、今の五月雨は何時もの五月雨と違う人間のような気がした。
「……なぁ、北上、五月雨って戦いになるとこんな感じなの?」
「うん、そだよー。冷静で好戦的で凛としてて、かっこいいよ~。でも、今のはなんかちょっと違うし異常だね。司令、さっき五月雨ちゃんを怒らせる事でもしたの??」
「あ、ああ。彼女を呼びに入った時、トイレに入ってたみたいで、それにも関わらず大きな声で呼んでしまったから怒ったみたい……」
妹は「ふーん」と言って、五月雨のほうを見る。
すでに五月雨は谷風の後ろをとっており、距離は離されているものの、このままではもう少しでフィールドの外枠近くにまで達するだろう。
と、谷風の無線から短信音が響く。谷風は左旋回を始めた。加えて、速度も落ちている。
それを五月雨は見逃さず、旋回中の谷風を後方から狙い撃ちながら、距離を狭めていった。
「あいたっ、ももに当たりやがった!」
谷風が無線越しに声を上げる。一方で五月雨はじりじりと近づきながら的確に谷風のふとももを狙い撃ちする。
谷風は逃げまどったが、足に被弾するたび、速力が落ちていった。
「ひゃっ、あんっ! うぐぐぐっ、五月雨ちゅーい、私のももばかり狙ってどうする??」
「谷風ちゃん得意の速力を封じさせて戦意を喪失させてあげているんですよー。相手の得意とする戦力を封じるのは戦いのキホンっ。
相手が、射撃が得意なら砲門を狙い、雷撃が得意なら雷装を狙い、速力が自慢なら脚を狙い撃つことで、決定打を防ぐだけじゃなく、相手の戦意を喪失させちゃうこともできるからね! でも、これは射撃が得意な子に限りますが~」
五月雨は胸を張って得意気に言うと、更に谷風のももを狙い撃ちした。
「あっ、いたいよっ、はぅっ。まだ、あたしは撃つ事ができるっつうのに、何を弱気になってるんだっ。あっ、いたっ! うぐぐ!」
谷風は五月雨になんとか撃ち返すが、もう正確な射撃は出来ておらず、五月雨は避けることなく、更に近づきながら砲撃を続けた。
「ちょっ、司令官! 明日の昇進試験もあるんだから、このぐらいにしてあげてよ! 私が昇進できなかったらどうしてくれるの??」
妹が私の肩をどつく。私は我に返った。
「あ、ああ、ごめん。そうだな、谷風はよく頑張った」
「うん、早く演習を終わりにしてあげて!」
こうして私は二隻に対して無線をつなげた。
「演習やめ!」
私が合図すると、五月雨はこちらを一瞬振り返る。
直後、我に返ったかのように連装砲を仕舞い、しゃがみ込んだ谷風のもとへと駆け寄った。
「わわっ、谷風ちゃん、大丈夫? ごめんね、ちょっと私、やりすぎちゃった……」
無線からいつもの口調の五月雨の声が聞こえる。五月雨は谷風に手を差し伸ばした。
「いや、だ、大丈夫だよぉ。それに気にしなくていいよ。本気出して欲しいって言ったのは、あたしだからさ」
「でも明日の北上さんの昇進試験、一緒に頑張って欲しいのに、こんなに谷風ちゃんの脚を傷つけちゃった……」
谷風のももは赤く腫れていた。模擬弾とはいえ、被弾すると無傷で済むわけではない。
「だいじょぶだいじょぶ! こんなの入渠すればすぐに治るさ! 五月雨中尉の風呂貸してくれない??」
「もちろんいいよ! 使って使って!」
「有難い! これでかつる!」
二人はそんな会話をしながら砂浜へと戻ってくる。その後方には、さっきフィールドの近くにいた漁船もこちらへと向かって来るのが見えた。
「さっきのあの漁船、どうやら五月雨と谷風を追っているようだが?」
私が五月雨と谷風に無線を入れる。
「……あ、それは、あたしのとこの司令官さまが乗ってるんだよ」
「え?」
それから谷風と五月雨が砂浜に戻ってくると、後続して桟橋に一隻の漁船が接岸した。
すると、漁船から護衛として袴姿の神風型の艦娘を左右に揃えた、五十代の厳ついオールバックの司令官が出てきた。
「ふむ、貴様がここの後継者となった新人少佐か」
厳つい司令官は降りるなり私の方に目を据える。私は思わず背筋を伸ばす。
「はっ、はいっ! 私がここの五神島泊地の司令少佐であります!」
私はそう返事するが、それを無視して彼は砂浜の五月雨へと足を進める。
「わっ、私になんでしょうか!!」
五月雨も驚いて、背筋をぴんと伸ばす。
「ふむ、この子が戸島泊地司令将補から、少佐ほどの腕前がある中尉と言われている五月雨か。この目で演習を見させてもらったが、なるほどこの子は少佐レベルの強さがある。
――っと、我は宇和島基地の司令をやっている少将だ」
なるほど少将の面な訳だ。
「それで、私になんでしょう……?」
まじまじと五月雨を見回す宇和島基地の司令を前に、彼女は訊き返す。
「五月雨よ。こんなしけた司令部は辞めて、宇和島に来ないか?
今の五月雨にはここは勿体ない。我々の基地に来れば、もっと大きな任務ができるし、報酬も増えるぞ。……これはお前の将来の為を思ってのことだ。どうだ?」
宇和島基地司令は圧力をかけて、五月雨に問う。
それは、「来たらどうだ」ではなく、「来い」と命令しているのと変わりなかった。
んにしても、しけた司令部と言われるのは誠に遺憾である。
「……お心遣いありがとうございます、宇和島基地司令少将。
しかし、私は現司令官の初期艦であり、五神島泊地に望んで来ている身です。ですから、お断りさせて頂きます。
……それに、ここのみんなは家族みたいなものですし、私にしか出来ない事も沢山ありますから離れる訳にも行きません」
五月雨はそうキッパリと断った。それを見た宇和島基地の司令は口角を曲げて鼻で笑う。
「やはり、昇進や名声、金に興味のない『駆逐艦五月雨』らしい発言だな。どおりで中尉な訳だ。……まあ好きにするがよい。我は貴様の異動を推薦することはできても、異動させる事はできないからな」
それから今度は宇和島基地の司令は妹に目をつけた。
今度は何を言うつもりだ、と考えていると特に妹には何も言わずに彼は私の方へと向かってきた。
「あの女、貴様はちゃんと教育しているか??」
宇和島基地の司令は私に向かってそう尋ねた。
「もちろんです。およそ一か月で准尉に昇格できる試験を受けられる権利を得るくらいには教育させています」
「違う!」
彼は、腹を震わせそう怒鳴った。
「あの女は、敬語というのを知らんのか。曹長の身分の癖に、谷風や、更には我に対しても生意気な口で話しかけてきた」
「そういう性格でして……」
「もしや司令官である貴様に対しても敬語を使わんのか」
「ええ、そういう性格ですから……」
もしやも何も、妹が兄に対して敬語を使う訳ないじゃないか。
というか、谷風も私に対して敬語ではなかった気がするが。
「貴様は甘い! 敬語が話せない艦娘の司令官だなんて、それだけでも貴様の昇進や評価響くぞ。
……あの女が敬語を使わないことがあったら、土下座させて尻を素手で叩くぐらいの調教をしてもいいんだからな」
私はそれにははいも何も答えられなかった。と言うかそんなの出来る訳ないだろ!
妹のほうをちらと見ると、彼女は口を固く閉ざしていたが、その目は怒りに満ちていているのが兄の目からは直ぐに分かった。
「……宇和島基地の少将さんさー、あんたの所の谷風ちゃんも私の司令には敬語喋ってなかったよー。それに、今の発言なに? セクハラで訴えられても知らないよー」
妹は私の横に立つと、宇和島基地の司令の言葉に動じず反論した。
「ふん、我に口出しするとはたいした度胸だ。まぁ、貴様らのようなしけた場所にいる輩に敬語なんていらんから谷風もそうしているだけだ。なぁ、谷風?」
「はっ、はひっ……司令官さまっ!」
谷風がびくっとしながらそう答える。
「んで、我が言ったことがセクハラ? ふざけているのか。これは、な、『教育』だよ」
「それじゃあ、宇和島基地では、先ほど仰られた様な事をされているのでしょうか?」
もしそうだとしたら、神威さんも、谷風も、そしてあの地味で清純な磯波ちゃんまで目の前のチンピラみたいな司令官にそうされていることになる……。
「ああ、そうだよ。当たり前だろ?」
くそ! 何と言うことだ。神威さんが、磯波が!
「貴様、今、この前来た神威と磯波のことを考えただろ?
ああ、あの子たちにもしてるさ。特に磯波は頭が悪いから毎日一回以上は『教育』させている。
もちろん、上達した時はちゃんとご褒美をあげて褒めてやるんだ。こうやってアメと鞭を上手く使い分ける事で艦娘というのは強くなっていくんだよ。
まぁ、このアメと鞭の教育方法は、この我にしかできないものだがな。他の司令官じゃ無理だ。なんせ我は艦娘の調教師だからな」
こいつは真性の、クズだ。
「谷風ちゃんは、それでいいの??」
妹が谷風に訊く。
「い、いいに決まっているじゃないかっ! あたしは司令官さまのお陰でここまでこれたんだから!
負けたときとか戦果をあげられなかったときは『教育』されちゃうけど、勝った時とか戦果あげたときは沢山ご褒美くれるもんね!」
それを聞いたクズ司令官は谷風の方へよると、彼女の頭をやさしく撫でた。
「ははは、そうだそうだ。でも、今日は帰ったらお前をじっくり『教育』しなければな」
「はっ、はいっ! 司令官さまっ、あたしの事たくさん『教育』しちゃってくださいっ!!」
隣の妹がそれを愕然とした表情で見ている。無理もない。谷風は昇進試験のペアなのだから……。
「という訳で我々はこの辺で失礼するぞ。この島にいると不吉だしな」
クズ司令官はそう言うと、再び妹の近くへとやってきた。
「お前も一緒に乗っていくか? みっちり『教育』させてやるから、いい子になるぞ」
その言葉が怖かったのか、妹は私の手を反射的に強く握る。私も妹の手を握り返した。
「ははは! まぁ、お前の明日の勝利は保障してやるよ。谷風にも勝った時のご褒美と負けたときの『教育』の中身を言ってあるしな。あのご褒美なら谷風も勝ちにいくだろう。お前も有難く思うがよい」
「……谷風ちゃんのご褒美とセクハラってなんなのさっ?」
「それは明日にでも谷風に聞けばよい」
それからクズ司令官と谷風、従者の艦娘二人は漁船に乗り込むと、元来た海路を戻っていったのであった。
結局、谷風はうちでは入渠することはなかった。
漁船が去ったあと、妹は五月雨を気にせず、泣きそうな顔で私に抱きついてきた。
「こ、こわかったよー、おっ、し、司令官っ……! それにあんなの酷いよ。谷風ちゃんもあんな子だなんて……っ!」
私は黙って妹を撫でながら、五月雨のほうを見つめる。
五月雨も相当ショックだったのか、何も言わずに放心状態でそこに立ち尽くしていた。
「……ううっ、私、司令官のとこに所属されてホントによかったよ……。あんなとこだったら、私、私……っ!」
「そうだな……北上……」
自然と私も妹を抱きしめる。妹がもしも、自分の司令部所属でなく、あんな司令部の所属になったらと考えると、戦慄した。
「五月雨も大丈夫か?」
私は手招きして五月雨に呼びかける。五月雨は我に返ると、こっちに来た。
「私は大丈夫です。……動揺してしまいましたけど……」
「ああ。あと一つ約束するが、私は五月雨や北上にあんなアメと鞭みたいな事は絶対にしない。体罰とかセクハラとかは、そんなの上官のストレス発散や性欲、地位欲を満たす為の醜い行為に過ぎないからな」
そして私は、まず妹に小指を差し出す。妹も小指を出して、ゆびきりげんまんする。
「こんな事しなくても、司令官はそんなことしないの分かってるよ……」
それから今度は五月雨に小指を差し出す。五月雨は何も言わずに私と小指を交わした。その小指は小さく震えているように感じた――。
***
その日の夜は、明日に備えて二十一時半には消灯した。
が、なんか下がどたどたと煩い。寝室の下階と言うと五月雨の部屋だが、壁を叩いているのかそんな感じの音がこっちにまで響いてきた。
そして、それから間もなく、五月雨が何かを叫んだような声が聞こえてきた。
私は何事かとベッドから飛び降りると、五月雨の部屋へと全速力で走った。
二階に降りると、既に浴衣姿の五月雨が泣き面で部屋の前に立っていた。
「ど、どうしたんだ? すごく下がうるさかったけれど……。なんかストレスでも溜まっているのか?」
五月雨は黙って頷くと、私の方へとよってきて、手を引っ張った。
そして、そのまま五月雨に引っ張られるがままに、司令部庁舎から外に出た。
夏の夜の砂浜は涼しく、波の音と虫のこえが静かに響き渡る。五月雨は砂浜で私の手を離すと、私の正面に立った。
そして、ぎゅうと抱きしめる。
突然抱きしめられ、私はどうしてよいか分からなかった。
「……司令は、私のこと、撫でたり、抱きしめてくれたり、しないんですか??」
い、いや、こんなかわいい五月雨を撫でたり抱きしめたりしたらいけない気がするのだ。
私はなんと返せばよいのか分からず、夜空を見上げながら黙ってしまった。
「……北上さんにはなんで出来るんですか??」
「それは……北上はフレンドリーというか、なんか馴れ馴れしいから撫でたり抱きしめても許してくれるというか……」
私は五月雨には目を合わせず、上を向いたままそう言った。目を合わせたら妹と自分の関係がばれそうだからだ。
「目を見て話してくださいっ!」
五月雨に声を上げられ、思わず顔を下した。
すると、私を抱きしめた五月雨が上目遣いでうるうるした表情で私を見つめていた。
そ、そんな表情されたら、私は……!
「私だって、私だって、時には北上さんみたいに接して欲しいです! 私たちは、ここに一緒に暮らす家族なんだから、平等に接して欲しいんです!
でも、明らかに同じ時間を過ごしているはずなのに、司令と北上さんはまるで出会う前から仲が良い感じに私にはみえるんです……。
北上さんは会った時から司令に慣れてましたし、痴話喧嘩はするし、今日みたいに撫でたり抱きしめたりするし、二人ってホントは兄妹ですよね……??」
五月雨は抱きしめる力を強くして、そう迫ってきた。
「…………」
どう言おうか考える私に、五月雨は小さくため息を吐く。
「黙秘する司令もかわいいです。でも、もう今ので分かっちゃいました。やっぱり司令と北上さんは兄妹なんですね」
「うう、何で分かった?……あっ!」
やられた!
と、同時に五月雨はにやっと笑って私からくるりと離れる。
浴衣の裾もひらりと花を咲かした。
「あ、やっぱりそうなんですね!」
「ぐぐぐ、こうやって私の口を滑らせるなんて、五月雨もそんな訊き方ができるのか……」
「えへへ……。私だって、司令と北上さんがもらった命令を妹が着任した時に受けてますから。
二人の関係が分かる行為をしちゃいけないとかお互いを信じてとかの紙を司令はもらいましたよね??」
「あ、ああ。でも、五月雨は五日くらい前に妹が涼風として艦娘をしている事を私に明かしてたじゃないか」
「それですけど、上官に聞いたところ、別にばれちゃったり関係を明かしたりしてもいいんです。それだけじゃ解任とか解体とかないですから!
あの命令の本当の意味って、作戦とか戦闘で兄弟姉妹を贔屓しちゃいけないって事らしいです。作戦とか戦闘で兄弟姉妹を贔屓して失敗になる事を防ぐためらしいです。
実際にそういう関係で贔屓しちゃった司令官や艦娘が命令違反で停職処分されることがありましたし」
なるほど。つまり、あの命令は兄弟姉妹で着任した人全員に出される命令だったのか。
てっきり訳ありな命令だったから、ここに私と妹の二人を配属したことにも意味があるのだと思っていたが、そうでもないらしい。
「そうか……五月雨はいつごろから分かってたのか?」
「もう初日には分かってましたよ~。初対面とは思えない感じでしたから! 司令も北上さんも兄妹であることを隠そうとしている感じが見てて面白かったです!」
「うぐぐ、五月雨もなかなか観察力のあるとこあるんだな……」
「えへへ……でも……」
五月雨は声のトーンを落とすと、私を再び抱きしめてきた。
「司令と北上さんが兄妹なんて羨ましいです……。ずるいです。だって、本当に家族なんですから。とーっても強い信頼もあるんですから……」
すると、五月雨はしばらく黙り、私の胸に顔をうずめた。
それからちょっとして、五月雨は上目遣いで私を見つめてきた。その顔はとても不安そうな顔であった。
「どうしたんだ? さっき下で怒ったり叫んだりしたのと関係あるのか……」
「う、うん。……まず、今日はごめんなさい。私、ちょっと感情的になっちゃって司令にあんなにきつく当たっちゃった……。
北上さんと司令のことが羨ましくて羨ましくて、嫉妬、しちゃったのかもしれません……。
この四日間、ずっと北上さんの昇進試験の対策に司令はつきっきりでしたから……」
「僕の方こそごめん。五月雨の気持ちをちゃんと考えてあげられなくて……」
それから五月雨は視線を下す。
「――司令は、ホントに私のこと、信頼してますか? 私のこと、信じてくれますか?」
「もちろんだよ。僕らは家族だから、五月雨の事は信じてるし信頼してる」
「ホントですか? それなら北上さんと同じ様に私のことも妹みたいに接して欲しいです」
五月雨は上目遣いに訴えてくる。
「ああ。僕からすれば五月雨も妹みたいなものだよ」
すると五月雨は私の胸をぽかと叩いた。
「それなら私のこと、抱きしめてくださいっ! なでなでしてくださいっ!」
こんなかわいい五月雨にそう懇願されたら、もう抱きしめて撫で撫でしてしまう!
私は五月雨を右手でぎゅっと抱きしめ返し、左手で五月雨のつやのある綺麗な髪を撫でた。
ああ、これが五月雨の温もりか。
五月雨の身体は華奢でやわらかく仄かな体温を手から感じた。
そして、撫でる髪はさらりと手に馴染み、顔を髪に近づけると、椿のような優しい香りがした。
恐らく、使っているシャンプーやトリートメントは一髪であろう。
「えへへ……お兄ちゃんって私も呼んでいいですか??」
「五月雨にそう呼ばれるのは恥ずかしいな……」
そういうと、五月雨はぷくーと頬を膨らます。
「兄さんっと言う方が五月雨らしいよ」
「そう、ですか? うんっ。では、兄さんって呼びますね!」
私は自分の頬が赤くなったのが分かった。「兄さん」でも恥ずかしいのには変わりない。
すると、五月雨は構わず私のことをより強く抱きしめた。
「兄さんはずっと私の味方ですよね??」
五月雨は私の目を見つめてそう尋ねる。
「ああ。もちろんだよ。僕はずっと五月雨と北上の味方だよ」
五月雨はその答えに納得しないようで、アヒル口をした。
「私と北上さんが対立したらどっちの味方ですか??」
それを聞いた私は、五月雨の頭をぽんと叩いた。
「意地悪な五月雨だね。僕はどっちもの味方だから、お互いが対立しないようにするよ」
「ごめんなさいっ。でも、兄さんがずっと私の味方ってこと、約束してください!」
五月雨はそういうと、右小指を私に差し出した。私も右小指を彼女の小指に交わらせる。
「約束ですっ! 私と司令も、兄妹と同じくらい信じて信頼してずっと味方でいる事を約束してくださいっ。私もずっと司令のこと信頼して味方でいますから!」
「ああ、約束だ。五月雨と僕はお互いに信頼し味方であることを……」
その後は、流れで五月雨は私の寝室で寝ることになった。
もちろん、やましい事とかあんな事こんな事はしていないのは、言うまでもない。
ただ、ベッドでこんなかわいい五月雨と一緒に寝るとなると、興奮してね、もう、やばい。
五月雨の寝顔とかはかわいくてたまらない。
こうして、私はこの子の永遠の味方であることを自分の心の中で誓い、眠りについたのであった。
***
翌朝、起きると既に五月雨は横におらず、食堂で朝食をつくっていた。私も一緒に手伝う。
それから妹の北上も食堂に来て、いつも通りの朝食をとった。
朝食を食べ終えた頃に、桟橋に昇進試験会場の佐伯泊地まで運んでくれる小船が到着した。
それから私らは各自で用意を済ませると、桟橋に向かった。
私や五月雨も他にやることがないことから妹について行く事にしたのである。
桟橋では明石中佐とロシアンブルーのアカトゥルフが見送ってくれた。
「北上、今日は貴女の為にしっかりと艤装を整備しておきましたよ。存分に戦ってらっしゃい」
中佐は顔を緩め北上に微笑みを見せながら、煙草を吸った。
「ありがとー明石さん! 私、必ず、曹長から准尉になって帰ってくるよー」
妹は中佐に敬礼する。
「では、明石中佐、今日は私たちが帰ってくるまで、この泊地のことをお願いしたい」
「ええ、大丈夫ですよ。任せてください」
「ありがとう、よろしく」
「では、行きましょう!」
こうして、私たちはクルーザータイプの小船に乗り込んだ。
船に入ると、谷風や他の艦娘が六、七人ほどおり、司令官という立場の人間は私一人だった。やはり私は暇人司令官なのだろう。
「あー、谷風、おはよう。一緒の船だったんだな」
私が谷風に声をかける。
「おはよう! 五神島泊地司令少佐っ! 北上ちゃんに五月雨中尉もおはよう!」
谷風は気さくに挨拶する。五月雨は笑顔で返すが、妹は昨日のことからか声のトーンを落としたぶっきらぼうな挨拶を返した。
「もうもう北上ちゃん、昨日はごめんよー」
すると、妹はクルーザーの室内から黙って出て、室外のバルコニーに出た。
私もあとを追い、その後を五月雨と谷風がつけた。バルコニーを出た妹に谷風が近寄ると、妹は怒った様な表情をした。
「谷風ちゃんの本心はなんなの? あんな基地ってるとこにいて嫌じゃないの?」
「……あたしは嫌じゃないよ。ちゃんと司令は私を成長させてくれるし」
「セクハラも成長の源なの?」
「セクハラじゃない! あたしが成長するために必要な『教育』だよっ!」
「それじゃあ今日、私は負けるから『教育』されたら?」
「それは嫌だっ! あんなに頑張ったんだから一緒に勝とうよ!」
谷風は反射的に妹の両肩を掴んでそう声を荒げる。
「……やっぱりセクハラじゃん。負けたらセクハラされるから勝ちたいんでしょ?」
「ううっ……。そうだよ、ホントはあたしだって嫌だよ……。でも、頑張ればご褒美もらえるしっ!」
宇和島基地のクズ司令はホントにアメと鞭を使い分けるのが上手なのだろう。
「でも、多くの司令部はセクハラないんだよ? うちも勿論ないし」
「知っているさ、そんなの」
「じゃあ何で誰もそれをやめさせようとしないの?」
「あたしのとこはそういうの許されちゃうからだよ」
谷風は豊後の海を遠い目で眺めながらそう言った。
「許されちゃうってどゆこと?」
「……北上ちゃんって、なぜあたしが足速いか分かる?」
急に話題が変わり、北上がため息を吐く。
「そんなの私には分からないよ。それと許されちゃうのがなんか関係あるの?」
谷風は妹を睨む様に見つめながら、口を小さく開いた。
「……あたしが、足速いのはね、万引き常習犯だったからだよ。
家が貧しくてさ。困っちゃうよねー。仕方ないよねー。
盗んでは逃げてを繰り返してたら、部活やってないのにいつの間にか女子で県内三位の速さになっちゃった。
でも、高校に入る前についに捕まっちゃってさー」
私と五月雨もそれを後方で聞いていたが、その言葉の重みに圧倒されて、何の口出しもできなかった。
「そして、いそなみんは親が小作人で貧しくて、しかも部落差別を受けてるとこの出身なの。神威中尉も親がアイヌで似たような差別を受けてまともに収入がなくて貧しいのよ。
…………今ので分からない?」
谷風は妹から目を離すと、海に向かって唾を吐いた。
妹は谷風の話に何も言葉を返すことができなかった。
「つまりさ、あたしの基地ってみんな貧しいか犯罪者か社会のクズ共の集まりなんだよ。
そんな奴がセクハラ訴えても上官は見向きもしねえんだよ。
そもそもウチの司令官さまは、幹部からはあたしらみたいな社会のゴミを社会的勝者へと導いたり更生させたりする事で有名なんよ。
だからあそこでの方針はなんでも許されてしまうし、宇和島にくる艦娘は皆そう言う子が選ばれてくるわけなんだよ! 分かった?」
小柄な体格には似合わないドスを効かせた声で、谷風は妹にそう吐露する。
谷風を止めたいところだが、驚愕すぎて体が動かなかった。
「後ろの司令少佐さんとか五月雨中尉もご理解頂けたかな?」
私と五月雨は黙って頷く。
「で、でも谷風ちゃんは嫌なんだよね……やめるって方法もあるのに、どうしてやめないのって……あっ、やめてっ!」
妹のその言葉に谷風はぷつりと切れた。気付いたときには、妹の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。
「おい、落ち着け、やめろ谷風!」
私が止めようとしても、谷風は離さなかった。
「ふん、やっぱり二浪するだけ甘ったれてるね、北上ちゃんは。二年間なんもしなくても生きていけるのを当たり前に思って生活してたでしょ?
でも貧しいとそんな事するなんて許されないんだよ。働くか盗むかしなきゃ生きていけない。
だけど、艦娘になれば凄くいい給料で働けるし、艦娘として働けなくなってもその後の就職はいいとこ行ける。
大手とか公務員とか海保や自衛隊の幹部とか……。
まさに人生大逆転できるんだよ。
そっから逃げる? ふざけてんの?」
谷風はそう言い切ると、持ち上げていた胸ぐらを投げるように離した。
妹が泣いて倒れる。私は妹の傍に寄った。
「これはさ、あたしゃにとって、神様がくれた人生大逆転の切符って思っているんだよ。
私がその一万人の一人に選ばれたのはさ、神様があたしを見込んでいるからさ。
それを無駄にしたくない。だからここで弱音を吐いてられんのだよ」
「谷風……」
彼女の言っている事は正論であった。だから私も何も言えなかった。
「まぁ、世間一般に見たらブラックなんだろうけど、あたしゃ、司令官さまに救われたんだよ。
少女院入って少しした時、ウチの司令官さまが来て、適合者かどうかの簡易検査をしたんだよ。
そしたらさ、施設のなかであたしだけ陽炎型駆逐艦の適合者って反応したんよ。
その時の司令官さまの言葉が今にも忘れられないね。『社会のド底辺から這い上がってみないか?』って。
痺れたよ。で、試験受けたら駆逐艦谷風だったわけさ。なるほど船になる夢を見てきたわけだよ。
そんな訳で、あたしは司令官さまには感謝してもしきれないんだよ。『教育』ははずいし、とっても痛いから嫌だけど、あたしは罪深い女だからね。これまでやってきた事の罰だと思って司令官さまにあたしの桃を差し上げてるよ」
そう言って、谷風は自分の尻をぽんぽんと叩いた。
と、涙目の妹が谷風のことをぎゅっと抱きしめた。
「ううっ……ごめんね、とってもごめんねだよ、谷風ちゃん……。私、谷風ちゃんのこと考えずにあんなこと言っちゃって……」
すると谷風は顔を緩めて、気さくで優しい表情に戻って、妹を撫でた。
「分かってくれれば、あたしは別にいいんだよ。北上ちゃん」
「ううぅっ、谷風ちゃんホントにホントにごめんね……」
「そ、そんなに謝られてもこまる!
あ、そうだっ! あたしが北上ちゃんを一回『教育』させてあげる!」
「ふぇ?」
……妹は嫌がると思ったが、気がすまないらしく、大人しく船上で土下座をはじめた。
「ほらほら、もっとお尻上げて」
私と五月雨の前で妹が土下座してお尻を谷風に出している。流石に生尻ではないが、なんか見ているこっちが恥かしくなってきた。
「は、はずかしいよぉ……」
「これが『教育』だしね。……って、うっほ、北上ちゃんもいいお尻してるなぁっ!」
谷風が妹のお尻を撫でながらそう言うので、妹はとても赤面している。
「ううっ、司令官も五月雨ちゃんも見ないでっ。特にそこの変態司令官っ!」
そりゃ、そうだろうな。でも、変態ではない。私は紳士である。
「じゃじゃ、北上ちゃんを『教育』しちゃうぞ!」
「手加減なく強く叩いてっ////」
あれ、意外と妹ってマゾなのか。いや、これはホントにマゾかもしれない……。
なんか兄として複雑な気分になる。と、谷風が思い切り妹の尻を叩いた。
「ひゃんっ、はぁっ//////」
すると、五月雨は何かに目覚めたように、谷風の横に来た。
「あ、私も北上さんのこと叩いていい?」
「はぅ?? さ、五月雨ちゃん??」
五月雨は妹の横に立つと、にっこりと笑った。
「五月雨中尉、ま、まあ、あたしゃ別にいいけど……」
「じゃあ、するね」
「ちょちょ、五月雨ちゃん恥かしいよ~。それに私は五月雨ちゃんに謝るようなことしたっけ??」
「うん、してるよ~」
「はぅぅ//////」
恐らく、昨日のことを考えると、五月雨の妹への嫉妬かなんかだろう。でも、五月雨ってこんなにサドっ気あったか?
「それじゃあ、手加減なく叩いちゃうね」
「うぅっ、五月雨ちゃんっ//////」
五月雨はそのきれいなすらりとした手を、ぴしゃりと妹の尻に容赦なく振り下ろした。
ペシンッ!!
「いやっ、あんっ//////!」
綺麗な音が船上に響いた。
室内の子たちに見られていないか不安だ。
しかし、五月雨の叩き方はまるで慣れたような手つきであった。
と、五月雨が急に我に返ったように、跪いた妹のことを起こしてあげた。
「わわっ、ごめんね! 北上さんのこと思いきり叩いちゃった!」
「ううっ、五月雨ちゃん、顔がマジだったよー」
「ありゃあ、まるで昨日の五月雨中尉のようだったなぁ」
五月雨はぺこぺこしながら妹に謝る。これもドジというのか? 五月雨が分からなくなってきた……。
それから妹は立ち上がると、谷風に右手を差し出した。
「谷風ちゃん……今日は絶対に勝とうね。私、がんばるよ」
「そうこなくっちゃっ! 北上ちゃんを『教育』したことだし、これで絶対かつる!」
そう語気を強めて、谷風は妹と強く手を結んだ。
「……それで、谷風ちゃんの今回の報酬とお仕置きってなんなの~? ペアとしてちゃんと知っておきたくてね」
「ご褒美は、新型高温高圧缶改二だぞよ! 司令官さまがあたしの為に柱島の明石に作ってもらったんだってさ! めっちゃ欲しいし、こりゃあ勝つしかないね!」
速さを極める谷風にとってはこれが本当に嬉しい褒美なのだろう。
宇和島の司令がアメと鞭の使い分けが得意なのが良く分かった。
しかし、やはり私自身は、例え宇和島の子たちが社会的弱者だろうが「教育」みたいな体罰を与えるのはおかしいと感じた。
だって、こんなの自分の性欲を上手い理由つけて発散したいだけじゃないか。
轟沈のリスクを無視すれば待遇も給料もよすぎる「艦娘」という職業は、そういう彼女たちにとっては辞める事ができない仕事である。
たとえ自分が辞めようとしても、同じく貧しい親が許さないだろう。
宇和島の奴はそれを悪利用して、自分の欲の赴くまま好き放題やっているだけじゃないか。
結局、貧しい子達を上から目線で踏んづけて楽しんでいるだけじゃないか。
「――それで、お仕置きはなんなの~?」
「うっ、それはすんごく恥かしくて言えないよ!」
「そなの? まぁ、谷風ちゃんにはそんな恥かしい目にあって欲しくないし、私は頑張るよ。
きっと、谷風ちゃんが成長して強くなれば、その司令官から認められてお仕置きされなくなる日が来ると思うよ~」
「そだね! あたしが強い艦娘になれば、司令官さまは毎日あたしにご褒美してくれる日がやってくる!」
二人がそんな会話をしているのを見て、私は小さく嘆息を吐く。
……おそらく、谷風にそんな日がやってくることはないだろう。
***
昇進試験会場である佐伯泊地に到着すると、私は試験に参加する妹と谷風とは別れて、五月雨と一緒に行動した。
昇進試験と言っても一般人からすれば、一日に様々な艦娘を近くで見られる機会なので、佐伯泊地の海岸には見物客が多く来ていた。
加えて休日ということもあり、屋台が出ていたりして半ばお祭状態である。
私と五月雨は屋台に行って、適当に冷たい飲み物とかき氷を買うと、海岸に二人腰を下した。
今日は曇りだが暑い。既に、目の前の佐伯湾では昇進試験が行われており、重巡四隻が砲撃戦を展開していた。
いやー、訓練用主砲と模擬弾を使ってはいるが、こうやって近くで見ると音に水柱と迫力がある。
観客の歓声も興奮に満ちていた。
「司令に問題です! あの子は何ていう艦娘でしょう??」
五月雨がかき氷のストローで、臙脂色のセーラーでショートの髪型の重巡を指す。
あのセーラーを着たツインテールでお嬢様出身の子が多いとされる三隈の事は、まぁ、気になるので知っていたが、ボーイッシュな彼女の艦名は知らなかった。
「みくまみくま、みくま……み、くま!?」
「はい、知らないんですね。司令……」
「ああ、知ってのとおり艦娘が三人しかいない司令部だから、こういうのに疎いんだよ」
「分かってますよ~。だから、司令にも勉強して欲しいなって。あの子は最上型重巡の最上さんですよー。
ネームシップ知らないのに、同じ最上型の三隈さんを知ってるのってどしてですか?」
「あ、いや、育ちが良い子に私は興味があるから……。あ、もちろん、五月雨もそう言う意味では好きだぞ!」
「わわわっ、司令、急にびっくりですよ~! じゃあ次いきますよ! 次っ!」
五月雨が頬を赤くして、次の子をストローで指す。五月雨はやっぱりかわいいなぁ。
「ああ、あの子か……」
いや、あの子と呼べる歳か、彼女は!? 格好はなんかOLっぽいし、見た感じ二十五くらいに見える。いや、三十代でもいけるぞ。
少なくとも、私よりは年上であることは間違いない。あ、そう言えば、たしか妙高型は歳が二十代半ばに集中していると聞いたことがある。
「あれは妙高型だよね?」
「そうです、そうです! となると~」
「たしかー、あの女性は神奈川の地名にあった気がする。あ、箱根だ!」
「し、司令……。もっと勉強してください……あの方は足柄さんです」
「おー、場所的には同じじゃないか。箱根でいいよもう。温泉好きそうだし」
「だめです」
私は駆逐艦と軽巡、戦艦の名前は一通り覚えたが、重巡とか軽空母、潜水艦などにはまだまだ疎かった。
まぁ、色々な艦娘と関わる機会があまりないからなのであるが……。
「……そういえば、こんな事訊くのもあれなんだけど、五月雨ってSなのかい? それともMなのか?」
私の質問に五月雨は戸惑った表情をする。
「わ、私ですか? 司令がそんな事訊くなんて……。どっちに見えますか?」
「意外とSなのかい? さっきのとか昨日のとか見てると、そうなのかなってね」
「さ、さっきのとか昨日のはちょっと新鮮で興奮しちゃっただけです!!
なんか心が自然と興奮しちゃって。……私って、S、なのかもです。
あ、でも、そんなにSじゃないです!
女の子なので、ちゃんとMなとこもあって……り、両刀使いって感じです!」
五月雨ってむっつりすけべなのか??
なんか嬉しいようなそうでもないような……。
「まぁ、五月雨もいい年頃だもんな。男ほどじゃないけど、そういうのとかにも興味あったりするだろうし」
「うー、からかってるんですか??」
「すまんすまん、五月雨とこう言う話するのが新鮮でね」
「……別に司令が話したければ、夜にでも私を呼んでもいいんですよ?」
「五月雨……。んっ?」
突然、顔を合わせて話していた五月雨が驚いたように目を大きく見開いた。その焦点は私ではなく、私の後方にあっていた。
「どうした?」
「あっ、司令っ!」
直後、五月雨は立ち上がり、私の右手を思い切り引っ張って走り出した。
「急にどうした!」
「とにかく走ってくださいっ!」
「なぜ!?」
「追われるからです!!」
意味が分からない。何に追われるのだ。
と、後ろの方で女の子がこちらに向かって叫んでいる声がした。
「姉さん! 姉さんなんでしょっ!?」
走りながら振り返ると、そこには五月雨によく似た艦娘が私たちをかなりのスピードで追いかけていた。
ああ、あれが白露型の涼風か。
「姉さんって呼んでるけど? もしかして五月雨の妹?」
「ぜんぜん違います! うちの妹は平群島だから、昇進試験あっても柱島に行くので、こっちには来ません!」
それから五月雨は、屋台が並ぶ通りの人混みのなかを私の手を引っ張ったまま疾風のごとく突っ込んでいった。
人と人の間を縫うように私らは走ったのだ。
「五月雨姉さんっ! 五月雨姉さんっ! 私だよ!」
後ろの方で呼ぶ声がしたが、五月雨は見向きもせず、屋台裏の陰に隠れた。
「はぁ、はぁ……。とりあえず、ここで一旦休みましょう」
「いったいどうしたんだ。あの涼風は五月雨を姉さんと呼んでいたけど」
「それは嘘です! とにかく捕まってはいけませんよ!」
「なぜ??」
「あっ、近くにきてます!」
そしてまた、五月雨は私の手を引っ張りながら屋台裏を走りめぐった。
「姉さん、待って! 少佐の五月雨姉さんでしょ!? 止まってよ!!」
私らを見つけた涼風がそう必死に叫びながら追ってくる。しかし、五月雨はそれには動じず、有無を言わず走った。
やがて、涼風との距離は離れていった。
そして、五月雨は屋台横の木陰を見つけると、その裏に腰を下ろして、私の手を離したのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こんなに走ったのは久しぶりです」
「いったいなんなんだ。捕まってはいけないってなんだよ?」
「――司令は知らないですか? 特定の艦娘に起こる精神疾患の代償捕獲病を……」
「代償捕獲病?」
「はい。さっきの涼風さんはその病気に罹っていました。この病気は姉妹で艦娘をしている子が片方を亡くすと、その代償として亡くした艦と同種の艦を捕まえて自分の姉妹にしようとするものです」
「そんなの初めて聞いたよ」
「ええ。だってこの病気になるのは、血縁関係のある姉妹が揃って艦娘になる五月雨と涼風、それと扶桑と山城だけですから……」
なんかおっかない病気だな。
「で、なんで見ただけで分かったのか?」
「目ですよ。病んでる目なんです。さっきは一発でやばいと分かるものでした」
「そうなのか……」
「ええ。叫んでいることからして、きっと、少佐の五月雨のお姉さんを亡くされたのだと思います……」
――少佐の五月雨、少佐の五月雨…………。
「――っ!」
その五月雨って、豊後水道沖夜戦事件で轟沈した五月雨少佐ではないのか!?
直後、私は立ち上がる。その涼風に会いたいと思ったからだ。
「何しようとしてるんですか!」
私が元来た道に体を向けると、五月雨は私の腕を力強く握った。
「私はあの子に会いたい」
「何を考えているのですか! 司令が人質になったらどうするのですか??」
「そんな事ないさ。私は大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです! 相手は病んでいるのです。あなたを人質に私の身柄を捕獲しようとします」
「そんな事したら、あの子は軍規違反で海没処分されてしまうではないか」
「そう言うことです! そして司令も、病気と分かっていながらあの子と接したとして減給&始末書ものです! 代償捕獲病は亡くした姉妹と同種の艦に会わなければ徐々に落ち着いてきますから。司令はそれをぶり返してよいのですか?」
五月雨の正論であった。
「……申し訳なかった。ついつい私も興奮してしまって……」
「そうですか……。ちなみに何で会いたいと思ったのですか?」
「……」
私はそれには答えられなかった。隣で五月雨は小さくため息を吐く。
「――たまに、司令をみてると不安になります。司令自身や私たちのことよりも好奇心の方が強くなっていることがありますから……。もちろん、探究心があるのはいいことです。でも、自分自身のこととか、私や北上さんの事とかも考えて行動してほしいです……」
「ごめんよ、悪かった……」
私は五月雨に頭を下げる。五月雨の言う通り、私は好奇心が強く、それ故、何度かこれまでの人生で後悔したこともあった……。
「……司令、ちゃんと私のこと、守ってくださいね?」
「ああ、言われなくても分かってるよ。五月雨は私の大事な大事な家族なんだから」
それから五月雨の頭を二回ぽんぽんと撫でてあげた。
「なんか、私、この格好じゃ落ち着かないです。司令みたいに今日は私服でくればよかったです。
……あ、北上さんの試験までまだ時間ありますし、服屋さん寄っていいですか??」
「ああ、そうだね。一緒に行こうか」
私がオーケーを出すと、五月雨は嬉しそうにした。
今日は、五月雨は休番日だし、せっかく人里に来たのだから五月雨にはもともとそうさせるつもりであった。
妹の方は、休番日は一人で島の外に出かけていく事が多かったが、五月雨は私の手伝いをしてくれたりと、この一か月間は休みに島外に出かけることもなかった。
こうして私らは二人で試験会場を離れ佐伯市街地に入ると、カントリースタイルのアパレルに入った。
「正直、この格好でお出かけするの、恥ずかしいです……。司令、はやく買いましょう」
確かに、五月雨のセーラーは街中では目立ってしまう。普通のセーラーと違って少し露出多いしちょっと派手な気もするし……。
まぁ、島風とか雪風とか前に会った神威さんのと比較すればたいした事はないが……。
「そうだな。あと、司令と呼ばれるのも恥ずかしい……」
「あっ、ごめんなさいっ。となると、兄さんって呼びますね」
それも恥ずかしいが、家族だしな。うん。
「それじゃあ、適当に選んできますね!」
五月雨は上機嫌に言うと、服を選び始める。
こうやって見ると、五月雨も普通の女の子なのだ。
恋やらおしゃれやらなんやらに一番興味がある年頃を艦娘として過ごす彼女は、そういうのを制限されてしまう。
それがたとえ、彼女の意思で艦娘になったとしても、私にはそれは少し悲しいことの様に思えた。
ふと、茨木さんの「私がいちばんきれいだったとき」という詩が脳裏に浮かぶ。
ああ、早くこの戦いが終わればいいのにな。
私は冷房の効いた店内の中、そんな事を思う。
と、行きの船内での谷風の言葉を思い出す。
逆に彼女のような子たちにとって、「艦娘」は救いの仕事だ。
なんと皮肉なことか。
機会均等を謳う日本社会。
しかし、彼女のような存在は身分が固定していることを教えてくれる。
親の所得が子の所得を映し、豊かさは豊かさを受け継ぎ、貧しさは貧しさを受け継ぐ。
それを救う「艦娘」という仕事も、結局は弱者には厳しい。勝ち組になれるやら更生やらを理由に好き勝手している。
数年前にどっかの首相が言ってた一億総活躍社会やらなんやらが馬鹿馬鹿しく思える。
去年あったオリムピックも灼熱地獄のオリムピックとなり、それが終わると炭化したようにさびしくなって、景気も何もかも萎んでいった。
――まさに今は不景気だ。
そんな中で、つい最近の日経新聞で読んだのだが、小中学生のなりたい仕事ランキングが出ていた。
私は苦笑した。
小学生と中学生の女子のなりたい仕事ランキングに「艦娘」があるのだ。
しかも、公務員の次に来ている。四位の人気だ。
そりゃあ安定しているし高給だし、色々と活躍していてかっこいいから人気で憧れのお仕事なのだろう。
しかし、艦娘は国家公認のアイドルではない。
艦娘は兵士であり兵器であるのだ。
自ら兵器になりたいと思う少女が増えたと考えれば、日本社会も狂気の時代に突入したのだろう。
「……兄さん? 兄さん? 聞こえてますか?」
「あ、ああ。ごめん、考えごとしてた……って、うほおお、かわいいな!」
目の前にはチェックのワンピに麦わら帽子の五月雨が。
これは、いい! かわいすぐる!
「えへへ、兄さんにそう仰ってもらえるなんて、うれしいっ! あっ、もう会計は済ませましたのでいきましょう!」
「そうか、じゃあ戻ろうか」
こうして、私らは店をあとにしたのであった。
***
二人で喋りながら会場に戻ると、妹と谷風の試験時間の十分前になっていた。ちょうどいい時間に戻ってきた。
私と五月雨は、妹の試験が行われる海域の海岸に腰を下ろすと、試合が始まるのを待った。
しかし、改めて五月雨のチェックのワンピ姿を眺めると似合っており、かわいいなと思った。
ああ、やはり五月雨を初期艦にしてよかったと思う瞬間である。
初期艦は司令官候補生学校を卒業する時にたしか五隻から選べた。
たしか、吹雪、叢雲、電、漣、五月雨だった気がする。
その中で、叢雲か五月雨で迷ったような覚えがある。
吹雪は特徴がないのが特徴だし、電は条約違反の幼さだし、漣は変人ぽさそうで素人には扱いにくそうだし、自然の流れで叢雲か五月雨の二択になった。
まぁ、冷静になって考えてみれば、何をどう考えても五月雨なのだが。
「……司令? 私のことそんなに見つめてどうしたんですか??」
「いや、やっぱり私は初期艦を五月雨にしてよかったよ」
「わわっ、急にびっくりです! でも、兄さんにそう言ってもらえて私は幸せです♪」
あゝ、心が洗われる。五月雨の精神洗浄能力は半端ではない。彼女のお陰で私は今、どれだけ紳士になれていることか……。
と、試験海域に四隻の艦娘が入ってきた。北上と谷風、そして相手は……。
「あ、あれは、さっきの涼風じゃないか」
私は彼女を思わず指差し、そう漏らした。隣の五月雨が息を飲む。
「……びっくりです。まさか、北上さんと谷風ちゃんの相手だとは思わなかったです……」
「だなあ。あの涼風はこんな状態で試験に出ても大丈夫なのだろうか」
「大丈夫だから出ているのだと思います。でも、さっきの事がありましたから、試験に響くかもです」
「となると、勝利の利はこっちにあるという訳か。それで、相手の軽巡の子は何というんだい? 軽巡にしては、兵装をいっぱい積んでいるように見えるけど……」
私は、橙色のセーラーリボンにライムグリーンのスカートの艦娘を指さして五月雨に尋ねる。
「あれは、兵装実験軽巡の夕張さんですよ~。司令の言う通り、普通の軽巡よりも兵装を多く積めるのが特徴です」
五月雨はいつも通りの口調で私に説明してくれたが、さっきの事がトラウマなのか、彼女の視線は涼風の方に向いていた。
そしてその視線は、何を考えているのか分からない複雑な視線であった。
「……ああ、あれが軽巡夕張か。なかなか手ごわい相手だな。……で、五月雨。もしさっきの事で不安なら、この試験は見なくても大丈夫だよ」
私がそう言うと、即座に五月雨は首を横に振った。
「私は大丈夫です! 向こうだって、私が着替えたから気づかないでしょうし。それに、北上さんと谷風ちゃんの事を応援したいです! その為にここまで来たんですから!」
「そうだな。じゃあ一緒に応援しよう」
それから間もなくして、試験が始まるのか、四隻は所定の位置についた。
西側に北上と谷風が、東側に涼風と夕張が対峙する形だ。
海上のスピーカーからは、試験のルールや注意事項について、淡々と流れ始めた。
「~~~それでは最後に、本試験の対戦相手について紹介致します。
本試験について、東軍の昇進試験者は宿毛泊地の夕張曹長、支援者は土佐沖ノ島泊地の涼風少尉。
西軍の昇進試験者は五神島泊地の北上曹長、支援者は宇和島基地の谷風少尉となっております。
なお、旗艦は昇進試験者が務めるものとします」
そうか、あの涼風は土佐沖ノ島泊地所属なのか。皆、近場の泊地の子たちじゃないか。
――と、試験開始を知らせる砲撃が佐伯湾に鳴り響いた。
そして、開始と同時に谷風は夕張の方へと猛スピードで突っ込んでいった。
一方で涼風は妹の方へと突っ込んでいった。
妹はと言うと、余裕そうな表情で突っ立っていた。おいおい、何してあがる。
それから間もなく突っ込んでくる涼風が北上に向けて砲撃を開始。
北上はそれを眺めながら攻撃をかわした。
正直、危なっかしく見えた。妹には五月雨の真似をするのはまだ早いだろう。
「あの距離の砲撃ならかわせますし、外れます。北上さんの判断力も成長してますね」
隣の五月雨が落ち着いた口調でコメントする。なに、今のは正しい判断らしい。
一方で谷風と夕張はというと、互いに砲撃戦に入っていた。
谷風は得意の速力で、相手の弾数を無力化する戦法をとっているのか、夕張の周りをぐるぐる回りながら砲撃を加えていた。
夕張はその策に嵌るがごとく、谷風にむけて砲撃を繰り返すが当たらない。
妹と涼風の勝負も均衡している。
見た感じ、涼風は接近戦に持ち込みたい感じであるが、妹はそれを寄せ付けないよう砲撃を繰り返す。
双方共に結構な近さで砲撃しており、涼風の方が多く被弾していた。
しかし、彼女はそれでも妹から離れようとせず距離を縮めていった。
妹もまた、意地なのか涼風との距離を離さずに砲撃を続ける。そろそろ雷撃してもいい頃のような気がした。
一刹那、妹の主砲のリロードの時間を逃さなかった涼風は妹に急接近し十二.七センチ連装砲の火を噴いた。
妹はそれを反射的に間一髪でかわす。
見ているこっちの心臓が止まりそうだ。
そして直後、涼風は妹の真横を通過した。
――何か北上に対して言っているようであった。
妹は驚いたような表情を涼風に向けると彼女のあとを追った。
妹もまた、涼風に対して何か言っているようであった。
それから、妹と涼風は砲撃を交わしながら互いに何かを言い合いながら戦っていた。
いったい何をこんな時に喋っているのだ。相手の涼風は練度が高い上官であるので、話す事に気を取られてしまい、隙を突かれたら終わりである。
「あの子、北上さんのことを挑発して正常な判断を削ごうとしてるように思えます……」
五月雨が不安そうな口調でそう言った。たしかに妹はさっきと比べると動揺しているように思えた。
とは言え、見た感じは妹よりも涼風の方が被弾しているし、谷風と夕張に至っては、ほぼ、谷風に軍配があがっていた。
あとは、夕張を戦闘不能にすればこちらの勝利は確実であろう。
もちろん、慢心は禁物。涼風に妹がやられたら逆転負けだ。
それから夕張はペアの涼風に助けを求めるがごとく、涼風の方へと逃れようとした。
が、谷風は夕張の脚を狙って砲撃し、それを食い止める。
夕張の嫌がる悲鳴がこっちにまで聞こえて何だか罪悪感に襲われた。
一方でとなりの五月雨はそれを見ながらうんうんと頷いている。
五月雨自身は谷風が昨日の演習を活かしている事に嬉しさを覚えているのだろう。
こうしてついに、夕張は雷撃でも容易に仕留められるくらいの船速にまで落ちてしまった。
谷風は腕で額の汗をぬぐうと、魚雷を三斜線、夕張に向けて発射した。
直後、涼風が夕張に向けて、魚雷を二斜線発射した。何事か。味方に撃つなんて血迷ったか。
と、となりの五月雨が「あららー」と言いながら弱気に笑った。
「谷風ちゃん早くよけないと当たっちゃいます~」
「え、何に?」
「あの子の魚雷です」
「え、あれは夕張に当たるんじゃ……」
しかし、涼風が夕張に向けて放たれた魚雷はもう当たってもいいはずなのに爆発しない。
一方夕張の方は最後の力を振り絞り、谷風から放たれた魚雷を一つ主砲で爆破させた。
「魚雷というのはですね、放たれたらいったん、海中に潜るんです。だからあの距離なら夕張さんにはすり抜けちゃいます。そしてすり抜けた魚雷は浮き上がって直線上にいる谷風ちゃんに……」
――な、なるほど。
それから間もなく爆音二つ、水柱二つ。
一つは谷風が放った魚雷が夕張に着雷。
そしてもう一つは涼風が放った魚雷が谷風に着雷したのであった。
魚雷は演習用と言えど、火力は凄まじく、谷風と夕張は弧を描くように吹っ飛んだ。
谷風と夕張の悲鳴、そして妹が谷風を呼ぶ叫び声がこっちにまで聞こえた。
「……残り三分ですね。このまま北上さんがあの子の攻撃を逃れられれば戦術的勝利、北上さんがあの子を仕留められればS勝利になりますね」
五月雨の言葉に私は黙って頷いた。
海上の谷風と夕張は急所に当たったのか、大破して沈みかけていた。
救助の艦娘四人が担架を持ってフィールドに入り、二人を乗せると、海域から離脱した。
その後、妹と涼風は黙々と互いに撃ち合っていた。
涼風の魚雷は残り二本、そして妹はまだ一発も撃っていないので四本残っている。
出し惜しみをせず、上手いタイミングで撃ってほしいものだが、お互い高速機動かつ近距離で撃ち合っているので魚雷の撃ちようがなかった。
妹が涼風の脚を狙って機動を遅くすれば雷撃のチャンスをつくれるが、そこまでの砲術精度はまだ持っていない。
まぁ、私からすれば、練度の高い艦娘の砲撃をうまく避けられているだけでも昇進するにはもう十分だと思った。
と、試験終了を知らせるサイレンが鳴り響いた。
終わった。
私は背伸びをして、試合の結果が発表されるのを待った。
「只今の試験の結果は、北上曹長と谷風少尉の西軍が戦術的勝利を収めましたので報告致します。また、試験結果より、北上曹長は本日付で准尉に昇任とします」
妹の勝利と昇進を知らせるアナウンスを聞き、私は思わず嬉しくなって「よっしゃ!」とガッツポーズする。
五月雨も嬉しそうに「やりましたっ!」と声を弾ませ、私に抱き着いてきた。
もう、かわいいんだから。
思わず、私は五月雨を撫でてしまった。
もちろん、妹のことも後でたくさんなでなでしてあげなければ。
海上にいる妹の方をみると、涼風と喋っていた。
そして、涼風は大切な事を言うかのように手を口に当てて、妹に何かを伝える。
妹は真面目な顔でうんうんと頷いているように見えた。
それから二人は握手をしっかりと交わすと、それぞれのテントの方へと戻っていったのであった。
まさに、戦中の敵は、今の友と言うべきか。
それから、私は妹に集合場所をラインで伝えると、五月雨と一緒に屋台の方へと行き、自分と五月雨のぶんのソフトクリームを買った。
五月雨にはオーソドックスにバニラソフトを買って彼女に渡した。五月雨は嬉しそうに受け取る。
あ、ちなみに私は断じて変な妄想とかで彼女にバニラソフトを買ったのではない。
五月雨が純白のバニラソフトをぺろぺろと舐めるところを見て興奮するために買ったわけではない。
もしそう言う事をやるなら、バニラソフトじゃなくてミルクソフトでするし……。
と、五月雨は早速もらったバニラソフトをちょこっと舌を出してぺろっと舐めて食べ始めた。
白いバニラソフトが五月雨の舌の上に乗り、口の中へと幸せそうに引き込まれていく。
おまけに五月雨らしく口のまわりに白いバニラをつけちゃって……。かわいい。
あゝ、私もバニラソフトになりたい……。
「し、司令? どうしたんですか?? 司令のソフト、溶けちゃってきてますよー」
「おっと、すまんすまん、五月雨が幸せそうに食べるから私まで幸せになっていた……」
ほんとうに五月雨をみていると幸せになれる。
私は抹茶ソフトを食べながら五月雨のソフトを舐める姿を眺めた。
ああ、かわいい。守りたい、この笑顔……。
「今日は、北上さんの成長したとこを見れて、私、嬉しかったです。私が教えたこと、ちゃんとできているし、私もちゃんとセンパイとして役目を果たしているって知れて良かったです!」
私の右横で五月雨は満足そうな表情でそう言った。
「ああ、北上も先輩が五月雨で本当に良かったと思うよ。今日、こうやって北上が勝てたのも五月雨のお陰だしな」
「そう言われると照れくさいです……。私、これからも北上さんとは艦娘ではセンパイとして、人生ではコウハイとしてお互いに成長していければいいなって思います」
「ははは、北上はまだまだ幼いところがいっぱいあるから、五月雨のほうがお姉さんだぞ」
「そんなことないですよ。人当たりのよさとか、フランクさとか、心の余裕さとかを見ると北上さんは私よりもだんぜん大人ですよ!」
たしかに妹は誰に対しても平等に接するとこがある。それは、八方美人ともいえるし、お人好しとも言える。
「そうだな。私自身も北上のそう言う所にはかなわないしな」
私はそう言って抹茶ソフトのコーンをかじった。
ちょうど、スマホにラインが入る。妹からで、あと十分したら谷風と一緒にこっちに来られるとの事であった。
「……にしても、さっきの涼風は北上に何を話しかけていたのかなぁ……」
私は残りのコーンをかじりながら、思わずため息と一緒に漏らしてしまった。
隣の五月雨もその言葉に同調するように小さくため息を吐く。
「私には分かりません……。それと、試合中にずっと北上さんから離れなかったのも気になります。あの子の腕なら、もっといい戦いができたはずなのに……」
やはり、あの涼風は轟沈した五月雨少佐の妹なのだろうか。
妹が五神島泊地の所属と知って、試合中に色々と尋ねようとしていたのかもしれない。
いや、それしか考えられなかった。これは妹にあとで、さっきの試験での会話のことを聞くしかないだろう。
それから少しして、私は自分と五月雨のコーンの紙を捨てがてら、屋台に妹と谷風のぶんのソフトクリームを買いに行った。
五月雨のもとへと帰るとちょうど良い時間で、すでに北上と谷風が戻っていた。
「おー、お疲れ二人とも! よく頑張ったよ」
「司令少佐! ただいま帰ったよ!」
谷風が私に敬礼して挨拶する。
「おにっ、あっ、司令官っ、私、ついに准尉になったよ~!!」
妹が嬉しそうに、胸元の准尉の階級章を私に見せる。妹の小さな胸の上の階級章も誇らしげだ。
「よしよし、よく頑張ったよ。頑張った二人にソフトクリーム買ってきたぞ」
私は妹の頭を撫でながら二人にそう言って、まず、谷風にソフトを渡す。
「まず、谷風には夕張メロンソフトクリームだ」
「おおっ、夕張ちゃんを倒しただけに夕張メロンのソフトクリームかい! いいねぇ! ありがとよ、司令少佐っ!」
谷風は嬉しそうに夕張メロンソフトを受け取ると、ぺろぺろ美味しそうに舐め始めた。
「んで、北上には……ミルクソフト!」
ふははは、この乳白なミルクソフトを妹にはあげよう。
もちろん、これは私が興奮するためではない。
たまに妹から兄の私に対して発せられる生意気な物言いのおかえしである。
妹はおとなしく、私の前でこのミルクソフトをぺろぺろするとよい!
「んんっ、司令官、ありがと。……でも、なんでミルクソフト?」
「ほら、北上ってミ・ル・ク好きだろ? 成長したいだのなんだので……」
それを聞いた妹は顔を赤らめる。そして、ぷんぷんとした表情を私に向けた。妹をいじるのは意外と楽しい。
「ちょ、司令官の変態っ! やっぱり変態司令官なだけあるね。まぁ、好きだからいいけどさ」
そういって、妹はぺろぺろとミルクソフトを舐め始めた。
どうやら私の真の意図には気付いていないらしい。
妹は乳白色のミルクソフトを舌にからめると、ぼーっとした表情で口内へと運んでいく。
そして、ミルクソフトが溶けて、下の方へとたれていくと、妹はそれをすくう様に下から上へとちろっと舐めた。
それから今度はソフトの上の部分をくりっと舐める。
舐める反動で下唇に白いミルクがついて、妹はそれを下でぺろりとぬぐった。
「……司令官? さっきから私のことじろじろ眺めてるけどなに?」
「いや、別に。もっと舐めてていいんだぞ」
「はい?」
それから妹は持っているミルクソフトを眺める。
そして何かを察したらしく、妹は急に頬を赤く染め始めた。
すると、怒った表情で、私の口元にミルクソフトをバッと近づけた。
「もー、この変態司令官っ! 司令官も舐めてよ!」
妹はそんなことを私に要求してきた。私にも恥ずかしい思いをしろということか。
「これは北上のために買ってきたんだから、全部食べていいんだぞ?」
「でも舐めて」
「なぜ舐めなきゃいけない?」
「うううううっ、司令官の変態!」
「なんでそうなる? 私はただミルクソフトを北上に買ってあげただけなのに」
「もー、とにかく舐めてよー」
妹は私の口元にミルクソフトをつける。私の唇にミルクソフトがつく。これは間接キスになるが、妹はそれでいいのか?
「はいはい、食べればいいんだろ? 間接キスになるけどいいか?」
その言葉に妹はもっと顔を赤らめると、ミルクソフトを差し出していた手を引っ込めて、はむっと口にソフトを頬張った。
上唇と下唇にミルクソフトがついて、鼻にもミルクがついた。
「もうっ、見ないでよ~!」
ぷんぷんと怒る妹はかわいかった。妹にミルクソフトを買ってあげたのはまさに正解だった。
「北上ちゃんも司令少佐も仲良いねぇ」
谷風が一部始終を見ていたらしく、そんなことをつぶやく。
「ええ、司令と北上さんはとっても仲良しですよ……」
五月雨のその顔はなんか、怒っているようにも見えた…………。
Windows10が更新したがっているので、今夜はここまでです。
なんかストーリーが中だるみしている気がしますが、一人でもニーズがあれば記しましょう。
ああ、十勝の牛さんからとれたミルクソフトなめなめしたい……
この司令官、女物のシャンプーを香りだけで嗅ぎ分けたり
教育をなんだかんだ傍観したり
妹にアイス舐めさせたり
とんでもないぞ
甘ちゃんすぎて早死にするタイプだな
それから私ら四人は遅めの昼食をとると、南中頃には五神島や宇和島に向かう帰りのクルーザーに乗り込んだ。
船に乗り込むと、疲れていたのか谷風と五月雨はすぐに寝てしまった。谷風はいびきをかいて、泥のように眠るほどであった。
一方で、妹は起きており、時折、船窓を眺めながら、スマホをいじっていた。
「北上は疲れてないのか?」
「そりゃあ疲れてるよ。でも、いまはやることあるしさ」
そういって、妹はふたたびスマホの画面を見つめる。
「そういえばさ、さっきの試験のときに、涼風と何喋ってたのかい?」
「あー、あのやりとり司令官にも見えてたんだ。……あれはね、涼風ちゃんが私の弱点見抜いてこっちに話しかけてきたんだよ~」
「え、そうなのか?」
「そうだよー。びっくりしたよ。今日の試験で、私、一回も魚雷撃たなかったでしょ? あれ、実は魚雷発射管が故障してたからなの。それを涼風ちゃんが見抜いて、私に指摘しにきたんだよ。それじゃあアンフェアだから、涼風ちゃんが直し方教えてくれたの。まぁ、直している間に狙われるから、直しはしなかったけどね」
妹はそう私に言うが、私は半信半疑であった。
「本当にそうなのか?」
「本当にそうもなにも、そうだよ。そうじゃなかったらなんなのさ?」
「……」
どうやら、妹は涼風に五神島のことを訊かれた訳ではないようだ。だが、あきらかにあの涼風の行動には不可解な点が多かった。とりあえず、今日のことは柱島泊地の人事部に報告しなければ。
目の前の妹は、どうしたのとでも言う様な表情を私に向けると、顔を下ろした。そして、スマホをポチポチしながら、船内で時間をつぶすのであった。私は妹の姿をみながら、うとうと。ああ、ねむい…………。
「……司令官? 起きてよ、着いたよ。司令官、ほら!」
妹が私の肩を揺すって私を起こす。ああ、私、寝ていたのか。
「お、おはよう、もう着いたのか」
「そうだよ、いくよー」
北上の手を支えに私は起き上がって、伸びをする。となりの谷風は依然としてぐうぐういびきをかいて寝ていた。
ちらりと腹を出しているのが、谷風らしい。そんな谷風のそばに妹が寄って、腰をおろした。
「谷風ちゃん、今日はありがと。じゃあ、また会おうね」
妹は谷風の寝顔を撫でながら、彼女の耳元でささやく。谷風は寝ながら幸せそうな顔を妹に向ける。妹は、静かに谷風の頬にキスをすると、「大好き」と呟いたのであった。
それから私たちは船をあとにした。桟橋に降り立つと、明石中佐が待っていた。
「おかえりなさい。あ、北上、昇進できたんだねぇ。おめでとう」
中佐は妹の胸の階級章を見て、小さく手をたたきながら、出迎えてくれた。
「はい、明石さんのおかげで、准尉になれたよ~。ありがとう!」
「いえいえ、私はただの工作艦。やることをしただけだよ。そして、北上。今日から貴女は軽巡じゃなくて雷巡となるのよ」
そう言うと、明石中佐は厚みのある風呂敷を妹に渡した。
「明石さん、これはなに??」
「雷巡北上の制服だよ。これからは、これが貴女のユニフォームとなるからね」
「なるほど~。ありがとう、明石さん! 私、雷巡としても頑張るよ~」
妹は頭をぺこりと下げて、明石に礼を言った。
「あと、そこのスーツケースに入ってる軽巡用の艤装は私が回収しておくから、そのままにしておいて。艤装も、これからは強力な雷撃を撃てる雷巡用の艤装になるから、明日からまた練習だね」
「はい! あ~、雷巡の私、新しい艤装、わっくわくするよ~♪」
雷巡となることに心躍らす妹を見て、明石中佐も顔を綻ばす。私もまた、妹が雷巡になることに嬉しさを感じていた。聞くところによると、雷巡は甲標的を積むことで、先制雷撃を撃てるらしい。
そしてなにより、雷巡という名前の通り、そこらの駆逐艦や軽巡にはできない強力な雷撃を行えるのだ。
まさに、男のロマン。そしてそれを妹ができるというのだから、心躍った。
「とにかく、今日は北上の昇進記念という事で夕飯を豪華にするぞ! 明石中佐もくるか?」
「私ですかい? 私は北上の新しい艤装の最終整備もありますし、申し訳ないですが、いつも通りということでお願いします」
「そうか……。たまには明石中佐と飯を一緒にできればいいのだが、そう言う事ならばよろしくお願いしたい。いつも艦娘のことを思ってくれてありがとう。今日は明石中佐にもいっぱい料理を作るよ」
「いえいえ、私はただの工作艦です。工作艦として当たり前の事をこなしているだけですから……」
ハスキィボイスで自分のことを謙遜する中佐。もちろん、私からすれば明石中佐は立派な工作艦であり、家族の一員と思っている。
ただ、彼女には心の壁がある。私は彼女と話すたび何時もそれを感じていた。それは紛れもなく、明石中佐がまだ前任司令官の所属として人事上でも精神面でも取り残されているからである。
今も、中佐はたったひとり、初月司令の艦娘としてその孤独の中にいるのだ。
だから私は、豊後水道沖夜戦事件の真相を解明し、そして、本泊地を発展させて中佐を正式に我が泊地の所属にすると心の中で誓っている。これは、後任の司令官としてではなく、仲間としてなすべき当たり前のことだから……。
この日の夕飯は、佐伯の街中で買ってきたローストビーフに白ワイン、そして私と五月雨でつくったトマトバジルピザにミートドリア、サラダというメニューとなった。
なんか、お祝いとか良い事があると、いつもイタリアンになってしまってる気がするが、まあ皆好きだからいいのである。
そして三人で、テーブルを囲んで乾杯。相変わらず妹の飲みっぷりは豪快であった。五月雨はワインを一口飲むと、サラダをしゃりしゃりと食べはじめる。
なんか、今日の夕飯は黙々とみな食事を頬張っていた。今日は朝から慌ただしく、疲れが溜まっているし、お腹も減っているからだろう。
ただ、食事に集中するこの感じは、悪い沈黙ではなかった。私は、食べる妹の姿と、食べる五月雨の姿を眺めながら、食事を楽しむ。
変態かもしれないが、女の食べる姿を観察すると、普段では見られないような結構いい表情をするのである。
まさに食するという幸せの表現がそこで見られるのである。
ローストビーフをはむはむ食べる妹、ピザのチーズを伸ばしながら口の中へと食していく五月雨……。
ああ、食べる女ってどうしてこうも興奮させられるのだろう……。
それから少しして、最初に会話を切り出したのは妹であった。
「そいえば、五月雨ちゃん。私が今日昇進したら、お願い一つ聞いてあげるって言ってくれたよね~」
「う、うん。そうだよ」
「じゃあ、前から言ってたあれでお願いね!」
「あれって何ですか~?」
「もうもう五月雨ちゃん、とぼけちゃだめだよー。五月雨ちゃんのお部屋で一緒に寝るって約束したじゃん~」
五月雨はその言葉に困惑した表情をみせる。
「北上さん、それは私、困っちゃうよ~。私の部屋、見られるの恥ずかしいもの……」
あれ、五月雨は彼女の部屋を妹にも見せたことがないのか。なんか意外である。
「そんなこと言わない言わない! 私たち、『家族』でしょ? だったら水入らずで恥ずかしいとこも見せてよ~」
「うううっ、私が北上さんの部屋で寝るのじゃだめなの??」
「それは、前にも何回かしてるじゃーん。だから今度は私が五月雨ちゃんの部屋に行って一緒に寝たいよ~。まだ一回も五月雨ちゃんの部屋みたことないしさ~」
妹はワイングラスを片手に五月雨にねだった。
「恥ずかしいよ。恥ずかしい、恥ずかしい……!」
五月雨の方は恥ずかしいの一点張りである。やっぱり五月雨はむっつりすけべなのだろうか。部屋に入ったら淫らなおもちゃやらなんやらがあるのかもしれない……。
ああ……。
あ、いや、私は紳士である。五月雨が部屋でそういうことをしている事をしているのを妄想していたわけではない。
「いいじゃん、女の子同士なんだしさ。
――それに私は五月雨ちゃんのコトをもっと知りたい。そして私はどんな五月雨ちゃんでも受け入れられるから……。だって家族だもん。私には隠さなくていいんだよ?」
妹はグラスをテーブルに置くと、急に真面目な顔をして五月雨に視線を据えてそう言った。五月雨はその言葉にとても戸惑った表情をみせた。
「北上さん……それってどういうことなの、かな?」
「そのままの意味だよー。私たちはここで一緒に暮らす家族でしょ? 私は五月雨ちゃんには隠しごとはしないし、五月雨ちゃんも私には隠しごとはなしだよ? それに、いつでも私は五月雨ちゃんの味方だよ」
妹の言葉に五月雨は視線をそらさずに黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「うん、そうだよね。私だっていつでも北上さんの味方だし、大切な家族……。だから少し考えてみるね」
隠し事は私にもしてほしくはないが、これがおそらく女同士の付き合いというものなのだろう。そこに、私が入る隙はなかった。ああ、羨ましい。
それから、妹は私と喋りながら食事をしたが、五月雨は考えこみながら食べていた。そんなに迷うことなのなのだろうか。迷う五月雨をいじってみたいとも思ったが、そういう雰囲気でもないので、それはやめておいた。
夕食が終わり風呂に入ったあと、私は久しぶりに明石中佐に夕食を届けにいくことにした。
ただ届けるだけじゃなく、中佐とお喋りしたいので、釣り道具を片手に桟橋で晩酌にしようと思ったのだ。
工廠前のインターホンを押すと、煙草をくわえた明石中佐が少ししてから出てきた。
「ああ、少佐ですか。こんばんは。それは……」
「夕飯持ってきたよ。なんか今日も結局あまりのこらなかったけど、酒はある。よかったら一緒に桟橋で飲まないか?」
「ええ、いいですよ。ちょうど少佐に話したい事がありますし。少し待っててくださいな。私も酒をもってきます」
中佐は吸っていた煙草を加熱式煙草から外すと、携帯吸い殻入れにいれた。そして、工廠に戻ると、瓶焼酎を左手に持って出てきた。一緒にロシアンブルーのアカトゥルフもついてくる。
「これ、新しくでた朱霧島ですよ。これまでの赤霧島よりガツンとくるんですねぇ」
名焼酎の霧島か。中佐はたしかに酒には強そうだ。
私らは桟橋に腰を下ろすと、私は袋に入ったワインとピザとローストビーフを中佐の横に出しておいた。
「あ……」
そうだ、こんなとこに置いたらアカトゥルフが食べてしまうのではないか。が、遅かった。アカトゥルフはピザとローストビーフの匂いを嗅ぎ始めた。ああ、やってしまった。
「大丈夫ですよ。アカトゥルフは食べません」
隣の中佐は落ち着いた様子で言った。そして彼女の言う通り、アカトゥルフは食べ物には口をつけず、そこを離れた。
その後、私の横へとやってきて「にゃあ」と鳴いた。早く釣りを始めろと言うことなのだろう。
「普通の猫なら食べてしまいそうなのに、アカトゥルフは利口だなぁ」
私はアカトゥルフを撫でながらそう言った。
「まぁ、猫が食べていけないものは拒否するようになっているだけですがね」
「それは、どういうこと……?」
「あれ、少佐にはまだ言ってませんでしたっけ? アカトゥルフの右目のこと」
明石中佐はローストビーフをつまみながら私に尋ねる。
「アカトゥルフの右目?」
私はアカトゥルフを見る。左が青色、右が黄色のオッド・アイがこっちを見つめ返す。
「彼女、もともとはオッド・アイじゃないんですよ。アカトゥルフはもともと両目とも青色だった。でも今の右目には眼球型AIコンピュータが埋め込まれています」
「……!!」
なっ、そうなのか!? 私はアカトゥルフに顔を近づける。アカトゥルフは驚いたような表情をするが、私に視線を据えたままだった。
たしかに……。
よく見てみると、アカトゥルフの右目の瞳孔はカメラのレンズのように回転しながら大きくなったり小さくなったりしていた。
これはとても精巧にできている。ちゃんと観察しないと分からない程のものであった。
と、アカトゥルフは右手を私の額にのせて、顔を離すように押した。
ああ、すまんすまん、猫だってそんなに見つめられると恥ずかしいよな。
「でも、なぜ……?」
私はコップにワインをトクトク注ぎながら中佐に訊く。
「この子、捨て猫だったんですよ。雨の日に呉鎮守府の裏口に捨ててあったのを、呉の明石少将が見つけたんです。かなり衰弱しており、しかも、右目が感染症にかかっていたのですよ。少将はすぐに海軍医大附属動物病院に連れていったそうですが、右目を摘出しなければ助からないと言われたそうです。命には代えられないと少将は子猫の右目の摘出手術を決断。その時に医者から、子猫を開発中であった眼球型AIコンピュータの被験体にさせてくれないかと頼まれたそうです」
中佐はそこで一旦言葉を切ると、持っていた朱霧島を二つのおちょぼに注いだ。中佐は一つを私に手渡す。私は小さく頭を下げて、それを飲んだ。
喉が熱い。隣の明石中佐は平気そうな顔で飲んでいる。整備士という仕事柄なのか、酒にはやはり強いようだ。
「――で、呉の明石少将は、アカトゥルフを被験体にしたわけか」
「まぁ、結論から言うとそうですね。この眼球型AIコンピュータは人間の失明者の視力回復を目的に開発されましたが、その前段階として動物実験が必要だったのです。そしてそのタイミングでこの子が病院に運ばれた訳ですよ」
中佐はアカトゥルフを撫でながら説明する。アカトゥルフは気持ちよさそうに身体を伸ばして中佐の隣に伏せた。
「もちろん、手術が失敗しても亡くなってしまいますし、仮に成功しても眼球型AIコンピュータが猫の脳に大きな負荷となれば神経障害を起こして亡くなってしまいます。アカトゥルフの前に行った犬や猫での実験ではそれで全てが失敗して亡くなったそうですよ」
「そんな状況でよく、呉の明石少将は被験体として差し出したなぁ」
「ええ。でも、事前に設計図や手術の手法を見せてもらったそうで、少将は熟練の工作艦の立場から、手術は成功すると確信したそうです。事実、手術は成功してここにアカトゥルフがいるわけですから」
さすが工作艦。艦娘の艤装を作れるだけあって、機械工学だけでなく生物工学の心得も十分にあるから、医学についても自然と知識が涵養されるのだろう。
「なるほど……。でも、まさかアカトゥルフがそんな生い立ちとは思わなかった。しかし、なぜ、そういう意味ではすごい猫がこんな所にいるのかい?」
その問いに、中佐はローストビーフを箸でつまみ食べて、私が持ってきたワインを一口飲んでから答える。
「……アカトゥルフは手術後、リハビリを重ねながら、人間の眼球型AIコンピュータを開発するにあたって必要なデータを色々と採取されたようです。そして、それが終わると、漸く少将のもとへと返されたんですがね……」
そこで明石中佐はため息を吐いて、ワインを一口する。
「まぁ、命の恩人とはいえ、そんな危険な手術や開発実験に差し出した少将のことをアカトゥルフはよく思ってなかったらしく、なつかなかったんですよ。あと、そもそも、呉鎮守府は猫禁止ですし……」
「ああ、聞いたことがあるなぁ。呉鎮守府が猫禁止なのは。たしかちゃんとした理由があったような……」
と、ちょうど釣り竿にぷるると反応がきたので、ひょいと持ち上げた。小さなアジが釣れる。中佐の横で伏せていたアカトゥルフは途端に起き上がって、くれくれと私の肩を叩いた。釣り針からアジを外して手に持ちアカトゥルフに差し出すと、アカトゥルフは尻尾の方を加えてアジを受け取る。そして、ピチピチあばれるアジをバリバリ食べ始めた。
「ありますよ。艦娘の鎮守府として呉鎮が開設したての頃に、鎮守府と司令部間の情報通信を行うネットワークがダウンする事件があって、それの犯人が鎮守府内に侵入してネットワーク機器のコンセントを引っこ抜いた猫だったのですよ。それ以来、呉鎮守府は猫禁止になりましたし、鎮守府と司令を結ぶネットワークがダウンすると猫のイラストが出てくるようになったんですよねぇ。『猫る』とはまさにそう言う事です。『バグる』のエピソードと同じなんですよ」
ああ、そうだった。うちでも一回だけ猫ったが、猫ると遂行中の任務は中断せざるをえなくなり、艦娘は退却することになる。
あの時はいつもの豊後水道の哨戒任務であったが、大きな任務や作戦で猫るとかなりの損失を食らうことになる。
あゝ怖い。
「それで、話を戻すと、アカトゥルフは呉鎮守府にはいられないから、私のいるここ五神島で引き取ってくれないかと少将が私に連絡をしたんですよ。たしか、今から一年十カ月前のことでした。当時、私はちと辛いことがあったので、私の高校時代の先輩である少将が心配して、アカトゥルフをかうことをすすめてくれたんですよ」
一年十カ月前……吹雪中佐が前任司令官とケッコンする一年前のことである。中佐に何かあったのだろうか。
「ちと辛いことって……?」
「まぁ、端的にいえば、大切な人を亡くしたんですよ」
「……それは艦娘……?」
「それ以上は答えたくはありません」
「す、すまなかった……」
中佐は隣で、煙草をポケットから取り出して加熱式煙草に差し込む。嘆息を吐くと、吸い始めた。
「私の過去なんて少佐は知る必要などないでのですよ。少佐は、貴方の指揮下の艦娘の事だけを背負えばよいのです」
一匹狼な明石中佐らしい発言である。しかし中佐は女性であり、しかも私と同じくらいでまだ若い。だから私には何となく彼女が虚勢を張っているようにもみえた。
「あ、ああ……」
「まぁ、そんな訳で私はアカトゥルフを引き取ることにしたのです。司令官も猫好きだったので、快諾してくれましたよ……」
「前任司令官も猫好きだったのか」
「ええ。引き取ってから、司令官はよくアカトゥルフと遊んでましたよ。かなり懐いてたと思います。泊地の子たちからも好かれ、アカトゥルフも病気もせず元気にここまで成長してくれました。健康でいられるのは眼球型AIコンピュータに健康状態を調べるプログラムやら、さっきの猫が食べてはいけない物をAIが分別してくれるプログラムやらが入ってるからでもありますが」
アカトゥルフは幸せものだな、と私はアカトゥルフを眺める。
アカトゥルフは顎を動かして「にゃあ」と鳴いた。早く二匹目を釣れということか、はいはい。
「……っと、すいません、アカトゥルフの事を長々と話してしまって……」
「いえいえ、こちらこそアカトゥルフの事を知れてよかった。んで、中佐が話したかったことってこの事なのかい?」
「ぜんぜん違いますよ。本当は、少佐とはちょっと話しながら酒を飲みかわす程度にして、本題を伝えて、帰ってもらうつもりでした。ついついアカトゥルフの話で盛り上がってしまいました……」
中佐は白波の少し立つ宇和の海を眺めながらそう言うと、吸っていた煙草を口から離した。その表情はすこし、不安そうにも見えた。
「中佐、本題というのは……」
「本題というほどのものじゃあないですよ。ただ、今夜は時化るかもしれないから、少佐は早く帰って中にいた方がいいと伝えたかっただけです」
「時化るって……? 海は時化ない予報だが」
「そう言う意味じゃありませんよ」
明石中佐はそう言って、煙草の吸殻を携帯吸い殻入れに仕舞う。
「……つまり、どういうことなのか?」
「単に少し嫌な予感がするという事です。もう二十時四十分です。はやく帰られた方がいいですよ。まぁ、私の勘ですがね」
そう言うと、中佐は夕食が入ったタッパーの蓋を閉じて、紙袋に戻し、片づけをはじめる。嫌な予感、なにが嫌な予感なのだ?
「――嫌な予感って……?」
私もリールを巻きながら釣り道具を片付ける。明石中佐は何らかの根拠があって言っていることは間違いない。
「いや、少佐も分かってると思いますが、北上は昇進したら五月雨の部屋で一緒に泊まる約束を五月雨にしてたじゃないですか。でも五月雨は明らかに乗る気じゃありません。だから、喧嘩になるかもという事です。私の気のせいかもですが」
なるほど、そのことか……。
「たしかに、私もそれは気になってた。五月雨は、私はもちろん北上にもまだ自分の部屋にいれたことがない。今日も夕飯のときに五月雨は自分の部屋を見られるのが恥ずかしい恥ずかしいとか言ってたし……」
「うーん、なぜ恥ずかしいのかは私も知りませんが、そうなるとやはり嫌な予感がしますね」
「私が北上に諦めるよう言った方がいいのかな?」
「それは良くないと思いますよ。二人の約束にはなっているみたいですし、北上のフラストレーションが溜まるのもよくないと思います。まぁ、軍である以上、共同生活は当たり前ですし、この泊地はシングルルームじゃないので、艦娘が増えればいずれ五月雨の所も共同部屋になります。ですからここは二人をそのままにした方がいいですね。まぁ、喧嘩が加熱し過ぎているようでしたら止めに入ればよいと思います」
「中佐の言う通りだな。ありがとう。お礼に残りのワインは貰っていいよ」
私は桟橋から釣り道具を片手に立ち上がる。
「じゃあ、貰っときます。タッパーとかグラスは私が洗っておきますんで、少佐はこのまま帰って大丈夫ですよ」
「ああ、よろしくたのむ。明石中佐、今日は朝からありがとう」
私は中佐に礼を言って、背を向ける。さあ、司令部に帰ろう。
「――少佐、これからが少佐の手腕が試されるときです。色々あると思いますが、頑張ってください。私も応援してますから……」
明石中佐は私の背中をそっと押すように言う。私は振り返らずその場で小さく頷くと、その場をあとにしたのであった。
司令室に帰ると時刻は既に二十一時五分前となっていた。
三階に昇るとき、二階の奥の部屋を見たが、五月雨や妹はいなかった。
何事もなく、もう部屋に入ったのだろうか。それとも、まだなのだろうか。
帰って早速、私は柱島人事部の海城に今日の事を打電することにした。
内容は勿論、轟沈した五月雨少佐の妹と思われる土佐沖ノ島泊地の涼風少尉が、うちの五月雨を五月雨少佐と誤認して呼び止めようとしたことだ。
報告を終えて、少しすると電話がかかってきた。海城からであった。
海城は詳しく今日の事を聞かせて欲しいと言ってきたので、誤認された経緯を彼に伝えた。
「なるほど状況を理解しました。はい。伝えるのが遅くなりましたが、土佐沖ノ島泊地の涼風少尉は、まさに轟沈した五月雨少佐の実の妹です。やはり、まだ彼女は姉が轟沈したことを受け入れられないのでしょう……」
「はい。あの時を振り返ると、彼女の無邪気な言動に心が締め付けられます……」
「そして、辛い事をフラッシュバックさせないためにも五月雨中尉がそれを瞬時に察知し、彼女と距離を置こうとしたのは正しい判断ですし、凄いと思いました。ただ――」
海城はそこで一旦言葉を切った。何か引っかかることでもあるのだろうか。
「……代償捕獲病というのは聞いたことがないですし、よく判断できたなと思います」
「聞いたことがない?」
「ええ。ただ、代償捕獲病ではないですが、涼風少尉は事件後にPTSDになったので、艦娘の間ではこれをそう言っているのかもしれません。実際に親しい艦娘を亡くすと防衛機制の代償行動として、似たような艦娘に接近して気を紛らわすというのは良く聞きますし」
「なるほど。あと、五月雨いわくその涼風は目が病んでいるから判断できたと言ってました。私にはそうは見えなかったですが、艦娘の中ではそう言うのが分かるのかもしれません」
「目が病んでいる……ですか。目は口ほどに物を言うといいますが、そうなのかもしれません。と、お休み前に少し長く喋ってしまいましたね。五神島司令、今日も報告ありがとうございました。引き続き、気になる事があれば連絡ください。因みに指輪を発見したあとに、泊地内から何か出てきたりしませんでしたか?」
「いえ、特に何も出てきてないですよ。まぁ、また何かあれば連絡します」
そう言い、私は受話器を置いた。時刻は二十一時三十三分であった。
二十分ほど話していたが、その間は特に何もなかった。
もう、こんな時間だ。おそらく今頃は妹も五月雨も仲良く部屋に入って談笑しているところだろう。
私も今日は疲れたしもう寝ることにするか。
私は座った状態で、手を両手に挙げて伸びをすると、大きく欠伸した。
――と、その時だった。
机の上の簡易無線機がモールス信号を受信した。
これは…………救難信号ではないか!
私は慌ててペンを取ると、メモ帳に和文化した救難信号を走り書きした。
「SOS SOS ヒブリジマ ホクトウオキ 2カイリ コショウシンスイダ……」
しかし、救難信号を受信している途中に、階下から悲鳴にもとれる五月雨の怒鳴り声が私の耳を突き刺した。
「だめええええええっっ!!! ぜったい、だめええええええっ!!!」
このタイミングで、明石中佐の懸念が的中してしまった……。最悪なタイミングだ。
一瞬、下の騒ぎを放っておくことも考えたが、五月雨から発せられたその怒鳴り声は、昨晩聞いたもの以上に深刻なものであった。
あんな五月雨の怒声は聞いたことがない。
私の体は反射的に、立ち上がっていた
。
救難信号の無機質な短信音も悲鳴をあげる。
しかし、今の私には頭に入ってこなかった。
「…………ッ!」
日振島北東沖なら日振島泊地や戸島泊地の方が早く救助に駆けつけられる。それに、いまの状態では救助どころではないだろう。
そう自分に言い聞かせて、この救難信号を無視。
直後、私は司令室を飛び出し、階下へと転がるように駆けていった。
二階へと到着すると、五月雨が自分の部屋の扉の前で紅潮して突っ立っていた。妹はその前に尻を着いてしゃがみこんでいる。
と、五月雨と目線があった。
「司令、来たんですね。北上さんを止めてください」
「……北上との約束なんだろ?」
「……」
「そだよ。五月雨ちゃんと約束してたのに、私が来たら入らせてくれないの。入ろうとしたら、めっちゃどなってきて、しかも突き倒された」
妹は不機嫌そうに言うと、立ち上がり浴衣の埃を払う。
「だって、あんな約束、北上さんが一方的にしてきただけじゃないっ!!」
「そんなことないし。私は五月雨ちゃんがオーケーしてくれたの覚えてるもん」
喧嘩は平行線をたどる。
「五月雨、どうして北上をいれたくない?」
私が横から五月雨に尋ねる。その質問に五月雨は膨れた顔で私を睨み返す。
「だめなのはだめだからです!!」
「何がだめなのかい?」
「…………」
沈黙する五月雨に私は近づき、正面に立つ。
「……五月雨、僕たちはさ、一緒に生活する家族なんだよ。僕だって北上だって五月雨には自分の部屋みせているし、夕飯の時に言ったように隠し事はしてない。だからさ、五月雨も恥ずかしがらなくていいんだよ。それに北上はすごく楽しみにしていたんだ。約束というのもあるけど、五月雨にはそれを理解してほしい」
私は五月雨に視線を据えてそう言葉を紡いだ。
目の前の彼女は、口を固く閉ざしてそれを聞いていたが、やがて、嘆くようにため息を吐いた。
「やっぱり、司令は私の味方じゃないんですね。大好きな妹さんの味方なんですね」
「そんなことない、五月雨の事も味方だ! 味方だから…………っ!」
私は必死の言葉でそう伝える。しかし、五月雨の焦点は後ろの妹にあっていた。
「……ッ! 五月雨ちゃん、なんで知っているの!?」
後ろを振り返ると、妹は驚愕な表情をしていた。そうだった。関係がばれている事を妹はまだ知らなかった。
「北上、五月雨には私らの関係はばれている……」
私の言葉に妹は「そっか」と一言納得した返事をした。
「――私たちは確かにこの泊地では家族みたいな存在です。司令も北上さんもここでは大事な家族と思っています。でも、やっぱり公私の分別をつけることは大切です。そして、それの境界線を私はこの部屋に引くべきだと思います」
五月雨は開き直ったような口調で、私と妹に対してそう意思を示した。
ただ、彼女の言葉には矛盾があった。五月雨は北上の部屋によく泊まっているし、つい昨日も一緒に私の部屋で仲良く寝たばかりであるからだ。
「五月雨、嘘を吐かないでくれ。五月雨はそんなこと考えない!」
「…………」
図星だったようだ。思わず私はため息を吐いてしまう。それを見た五月雨は申し訳ないような面立ちをして頭を下げる。
「ごめんなさい。でも、私はこれだけは譲れません。これからも司令と北上さんと仲良くしたいから……。北上さんと司令にはこのことを分かってほしいです」
私はそう言われ何と返せばよいか戸惑った。
理由は分からないが五月雨もまた、明石中佐と同じように自分に心のバリアを二重三重に張っている。
本当はもっと水入らずで、そういうとこを相談しながらお互いの関係を深めていければいいのだが、そう簡単ではない。
おそらくこれ以上言っても彼女は通さないだろう。
「分かった。こっちこそ、詰め寄ってごめん。……北上、そういうことだから、戻るよ」
心のつっかえが取れないとてももどかしい気分であるが、私は五月雨に背を向ける。
妹はまだ、五月雨の方を向いたまま突っ立っていたので、私はそっと肩を叩く。妹は我に返る訳でもなく、突っ立ったままだったので、先に戻ることにした。
「――――豊後水道沖夜戦事件」
妹から発せられたその言葉に私は反射的に立ち止まる。な、なぜ妹がそのワードを!?
「五月雨ちゃん、その事件の生き残りなんだってね」
続けて妹はそう口にする。私は心臓の高鳴りを抑えながら、静かに彼女の方へと身体を向けた。まさか……ね。
「えっと、北上さん、豊後水道沖夜戦事件って何のことかなぁ?」
五月雨は知らないのか、事件について訊き返す。
「私、聞いたよ。五月雨ちゃんも分かってるだろうけど、今日ね、私、五月雨ちゃんの妹に会ったんだよ」
土佐沖ノ島泊地の涼風のことだ。なるほど、あの時、やはり涼風は姉のことを妹に色々尋ねていたのだろう。
「うん、私もその涼風には遭って、追いかけられたよ。でも、その子、他の五月雨と勘違いしているの。だから私はその五月雨じゃないんですよ」
五月雨は落ち着いた表情で、そう返す。
「じゃあ質問変えるけど、なんで五月雨ちゃんは五日くらい前に吹雪ちゃんの指輪を見つけたときに、指輪を借りたの? あと、吹雪ちゃんのネックレス持って行ったのって五月雨ちゃんでしょ?」
妹の言葉に五月雨の表情が硬くなる。
「あの~、北上さん、吹雪さんの指輪を借りたことと涼風に何の関係があるのかな?? あと、私のことを犯人にするのやめてください! 私はネックレスの事は知りませんから」
「……知らないフリをしないで! 私は五月雨ちゃんの事ぜんぶ聞いているの。五月雨ちゃんが部屋に入れてくれないことも何となく分かってるんだよ!」
語気を強めて問い詰める妹に、五月雨は黙る。
そして妹は浴衣の裾からスマホを取り出した。
「私ね、今日、涼風ちゃんと対戦したあとに、ラインのID教えてもらったの」
そう言って、ラインのアイコンを妹はタップする。
「あれってそうだったのか……。つまり、試合中に涼風に話しかけられてたのって本当は何だったんだ?」
私も気になることだらけで、妹に口をはさむ。
「それはね、ホントの事言うと、涼風ちゃんが、『君のとこの五月雨は一回死んでいる』って言われたんだよー」
「……私を死んでいるなんて、失礼なひと。そんな人の言うこと信じているの??」
五月雨は顔をしかめながら妹に口を尖らす。
「もちろん、私だって最初は何言ってるんだろーこの子って思ったよ。だけど、とても伝えたいって意思を感じたのさ。んで、試合中には涼風ちゃんから、五月雨ちゃんの事について三つ聞いたよ。
一つに、五月雨ちゃんが涼風ちゃんの姉であること。二つに、五月雨ちゃんは二カ月半前の事件で轟沈していること。三つに、五月雨ちゃんの階級は轟沈後の昇進を含むと中佐になっていること。以上をね」
妹は三本指を立てて振りながら、そう言った。
「二カ月半前は八島にいるし、さっきから言ってますけど、私の妹は平群島泊地の所属なんですよ!! 変なこと吹聴されたんですよ。北上さんはっ!」
五月雨は紅潮して妹に反論する。妹はそれを聞いて小さくため息を吐いた。
「もう、妹の涼風ちゃんが今のを聞いたら悲しむよ? 私だって衝撃的だから、試合中は半信半疑でいたよ。で、試合後に涼風ちゃんの方から、さっきのこと色々教えたいなってラインのID教えてくれたの」
「…………」
五月雨の方は妹の言葉に返すこともなく、黙ったままであった。
「まー、はやいとこ、私が涼風ちゃんの話を信じた理由を教えてあげる」
そう言って、妹は、スマホをポチポチする。そして、五月雨にスマホの画面を見せた。
「…………ッ!!」
「――涼風ちゃん、今年の春に、ここ来たって言ってたよ。これはその時の写真なんだってね。これって、涼風ちゃんと五月雨ちゃん、そしてここに前までいた吹雪ちゃんと秋月ちゃんだよね?」
「…………」
五月雨は黙ったまま、妹が見せるスマホの画面を凝視した。
続きはよ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません