モバP「ふみふみをふみふみ」 (32)

事務所・Pデスク前

モバP「私は、ふみふみをふみふみする」

ありす「藪から棒なんて目じゃないレベルの唐突さですね……ここ数日、外もうだるような暑さでしたし、Pさんも忙しさで頭がゆだってしまったんでしょうか」

モバP「違う、私は至って正常だ。」

ありす「正常な人は、仕事の合間の休憩時間に担当アイドルを急に呼び付けて『ふみふみをふみふみする』とか言いません。はっきり言って異常です。大事になってからでは遅いので、すぐに病院で診察してもらうようオススメします」

モバP「必要ない。時間と金の無駄だ。それに──」

ありす「それに、なんです?」

モバP「病院の雰囲気は性に合わん」

ありす「……ああ、それはなんとなくわかります。あそこにいると、病人であることを強いられてるような気分になりますから」

モバP「健康管理には十分気を配っている。なにも問題はない」

ありす「多くのアイドルを担当していたら、自然とそうなりますよね。では、心のケアができるぐらいのお休みが取れるよう、ちひろさんにかけあってきます」

モバP「待て」

ありす「……ん?まだなにか」

モバP「話はまだ終わっていない」


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ありす「これでも忙しい身なので、できたら手短にお願いします」

モバP「……可愛げのない子どもだ」

ありす「誰のせいだと思ってるんですか。こうなったのは大体Pさんのせいですよ」

モバP「言いがかりはよせ。私はお前が自由に活動できるだけの時間は与えている。お前が子どもらしくないのは、元々お前が大人びた性格をしているだけだ」

ありす「……っ!!だからそういうところが──!!いえ、もう結構です。それで、用件はなんですか」

モバP「お前に見せたいものがある。これを見ろ」


ありす(動画ですか……映像を見る限り、場所は346プロのリラックスルームで間違いなさそうですね。割と最近撮影されたようですが、特に変わったところはない、と)


ありす「Pさん、一体これは──」

モバP「黙って見ていろ。じきにわかる」


ありす(──っ!!??これは、文香さん!一目で練習後だとわかるぐらい汗ばんで、コットン地のTシャツが肌に張り付いてて、妙にいやらしいじゃないですか!ん……?あれはベテラントレーナーさん。寝転んだ文香さんにトレーナーさんが近づいて……なるほど、疲れた体を癒すためにストレッチと整体を施すつもりなんですね。ああ、文香さんの肢体にトレーナーさんの手が……!あんなにだらしない顔で快感に浸る文香さんなんて見たことない。あっ、一生懸命我慢してたのに声漏らしちゃってる。うわぁ……小学生の私が視聴するには早すぎる映像ですよ、これ)


ありす「こ、これがなにか」

モバP「初めてだろう」

ありす「………………」


モバP「あれだけ快感に浸る文香を見るのは」


ありす「…………っ!?」

モバP「だとしてもおかしくはない、当然のことだ。あれは身持ちが堅いからな。これを撮影するのにも相当な苦労を要したよ」

ありす「まさか、この映像は──!!」


モバP「お察しの通り、盗撮だ」


ありす「なっ……そんなバカな!もし盗撮していることがバレたら一巻の終わりですよ!」

モバP「目的のためには手段を選んでいる暇はない。今回、一番効率が良い方法が盗撮だったというだけのことだ」

ありす「最低です!見損ないました!女性を隠し撮りして悦に浸るなんて、最低の人間のすることです!」

モバP「情欲に身を任せている方が、人間としてリアルだ」

ありす「知りませんよ、そんなこと!このことは早苗さんやちひろさんに報告させてもらいます!マスコミにもリークしますので、そのつもりで!」


モバP「ふみふみをふみふみしたい」


ありす「────っ!!」


モバP「あの身体を己の欲望のまま、蹂躙したい。人道に背き、神を冒涜することになろうとも、あの甘美な嬌声を我がものにしたい……そういう感情が芽生えなかったとは言わせん」

ありす「あ、あり得ません……私は普通の小学六年生です!あなたとは違います!」

モバP「同じだよ。文香に対する情念の重さ、眼差し、心理的な依存度、どれをとってもお前ほどの逸材はいない。違いなど、私が男でお前は女だという点のみだ」

ありす「違う……違う、違う、違う!!私はそんなこと望んでない!」

モバP「ならば何故立ち止まる。すぐさま踵を返し、この場から立ち去るのは容易だ。しかし、お前はそうしなかった。私の呼びかけに応じ、こうして問答を続けていること自体、ふみふみをふみふみすることに興味があることの証左だろう」

ありす「嘘です……あり得ない。そんなことあっちゃダメなんです」

モバP「どんなことでも例外はある。素直になれ」

ありす「でも、悪いことをしたらいつか必ず罰が当たります」

モバP「今ならこの生着替え写真もセットでくれてやる。これでどうだ」

ありす「私は……私は……」

モバP「計画に加わるのなら早くしろ。でなければ、帰れ」


ありす「逃げなきゃ駄目だ……逃げなきゃ駄目だ……逃げなきゃ駄目だ……逃げなきゃ駄目だ……逃げなきゃ駄目だ……」


モバP「仕方がない。残念ではあるが、最初にふみふみするのはお前に譲ってやる」


ありす「やります、私もやります!」

イベント会場

ありす「……まんまと乗せられちゃった」


ありす(ふみふみをふみふみするぞ計画。それが実行に移される日がやってきました。今日はアインフェリアの新曲が収録されたシングルの発売日。それを記念して、某所でサイン会を開くことになっているんです。サイン会は担当のアイドルと生で触れ合うことのできる絶好の機会ですから、ファンの人達は大勢詰めかけますし、その対応に追われる私達はイベント後にはへとへとにくたびれることでしょう)

ありす(その隙を逃すほど──Pさんは甘くありません)

ありす(まず、疲れ切った文香さんを私が指定の場所に連れて行き、雑談も交えながらさりげなく、睡眠薬入りのアイスティーを差し出す。それを飲んだ文香さんが眠りに落ちたら、すかさず携帯でPさんに連絡を入れる。Pさんが現場に駆けつけたら、あとはもうやりたい放題したい放題といった具合で、生存本能をヴァルキュリアさせるというわけです)

ありす(ああ、一片の隙もない完璧な計画です。よしんば失敗したとしても、私は小学生。Pさんを盾にすれば、言い逃れするチャンスなんていくらでもある。つまり、リスクヘッジは万全だということ)


ありす「大丈夫、私ならやれる」

文香「ありすちゃん……思い詰めたような顔をされていますけれど、体調でも悪いのですか?」

ありす「ファッ!?い、いえ、最近学校で流行っているおまじないを試していただけですから、どうぞお気になさらず」

文香「おまじない……ですか。それは非常に興味深いですね……もし迷惑でなければ、教授していただきたいです」

ありす「えーっと……そのですね、このおまじないはとても長い時間を必要とするので、また別の機会にした方がいいかと思います。もうすぐサイン会も始まりますし」

文香「そう…ですか……」


ありす(あーもう、残念そうにする表情もたまりません。今すぐにでも胸の中に飛び込んでハグしてもらいたいですが、本番のためにもここは抑えておくとしましょう。せっかくのチャンスを台無しにするわけにはいきませんからね)


ありす「心配しないでください。今日のイベントが終わったあと、ゆっくり教えますから」

文香「良かった……では、終了次第、お茶でも飲みながら……語り合いましょう」

ありす「はい、楽しみに待ってます!」




文香「ええ……私も楽しみです……本当に、ね」

アインフェリア・控室

ありす「ない、ない、ないないない!どうして、ここにちゃんと置いておいたのに!」


ありす(まずいですよ、これはまずい。睡眠薬を入れておいた私の鞄がどこかに消えてしまいました。間違いなくこの場所に置いてあったはずなのに、サイン会から帰ってきたら無くなってるなんて)

ありす(もしかして、盗難!?)

ありす(だとしたら二重の意味で大変です。計画の遂行が困難になるだけならまだしも、盗んだ人間が睡眠薬に気がついてしまったら最後、橘ありすは外出する際も睡眠薬を持ち歩かなければ安心することのできない、危ないアイドルだと思われてしまいます)


ありす「ここは一旦、Pさんに電話して指示をもらわないと──もしもし、Pさん!私です、橘です!聞こえますか」

モバP「……聞こえている。用件はなんだ」

ありす「大変です!例のぶつを入れておいた鞄がなくなっちゃったんです!」

モバP「よく探せ。失せ物は意外とすぐ傍にあるものだ」

ありす「で、でも……もし盗まれてたらどうするんですか」

モバP「計画に変更はない。予備の物を用意する、そちらを使え」

ありす「けど鞄の中にはアレが入ったままなんですよ!」

モバP「使えなければ切り捨てるしかない。やれ」

ありす「そんなの無茶です!私にはできません!」


美波「──なにができないのかしら」


ありす「み、美波さん!?」

美波「よければ教えてもらえないかなぁ?もしかしたら、なにか力になれるかもしれないわ」


ありす(背後からいつの間に!?気配なんて感じなかったのに!!)

ありす「あは……あはは、心配いりませんよ。ちょっと頼まれ事をされてたんですけど、これから探し物をしなくちゃいけなくて、だからできませんって断ってたところなんです」


ありす(大丈夫、嘘は言ってない。顔にも出てないはず)


美波「なんだ、そうだったのね。随分と大きな声で話してたから、緊急事態なのかと思ってつい話しかけちゃった。ごめんね、ありすちゃん」

ありす「いえ、こちらこそ。ご心配をおかけしました」

美波「いいのよ、気にしなくて。同じグループの仲間じゃない」

ありす「そう、ですね。ええ、その通りです」

美波「でしょう。それで、その探し物っていうのは──」

ありす「……ここに置いてあった私の鞄が、いつの間にかなくなってて」

美波「あら、それは大変!ん……?ちょっと待って、ありすちゃんの鞄なら見覚えがあるわ」

ありす「えっ!?」

美波「ほら、藍子ちゃんがここのロッカーにみんなの手荷物をまとめて入れておいてくれたの。最近物騒だし、盗難にあったら大変だからって」

ありす「あった!これです、間違いありません!」

美波「どうやら探し物は見つかったみたいね」

ありす「ありがとうございます!本当に助かりました!」

美波「どういたしまして。同じようなことがあっても困るから、藍子ちゃんにはこっちから言っておくわ。しまうときは一声かけてあげてって」

ありす「はい、お願いします。私みたいなあわてんぼうを増やさないためにも、是非」

美波「あら、ありすちゃんみたいなカワイイ子なら、みんな大歓迎だと思うんだけど」

ありす「もう、からかわないでください!」

美波「うふふ……」

ありす「ふふっ、なんだか笑えてきました」

美波「ええ、そういうふうに笑っている方がずっと似合っているわ」


ありす(表面上は自然な笑顔を作ることに成功しているにも関わらず、心の中はどこか冷めていました。いえ、自然に笑えているからこそ、良心の呵責みたいなものがあったのかもしれません。私はこれから悪いことをします。自分の欲のために、ずるくて最低なことをするんです。それは決して許されることではありません。でも、それでも──)

ありす(文香さんのことを想うと、罪の意識みたいなものは、頭の中からするりと抜け落ちてしまったのです)

イベント会場・休憩室

文香「ふう、今日は……想像以上に、疲弊しました」

ありす「全くです。いくらサイン会とはいえ、あそこまで人が集まるなんて思いもしませんでしたよ」

文香「次にイベントを開催するなら、もう二回りほど……大きな会場を予約しなければいけませんね」

ありす「なんだか凄く憂鬱な気分になってきました」

文香「人気があるのは、喜ばしいことですよ……少々の苦難は、頂きに辿り着くためのスパイスみたいなものだと思えば、道中の景色も変わっていくものです」

ありす「前向きな考えですね」

文香「後ろになにかありますか?」

ありす「……文香さん、以前より明るくなった気がします」

文香「そうでしょうか。主観からではあまり変化はないように思えるのですが、ありすちゃんがそう言うのなら、私は以前よりいくらか明るくなったのでしょう」

ありす「嬉しくないんですか」

文香「どうして、そんなことを?」

ありす「だって明るくなってファンも大勢ついてるのに、文香さん……浮かない顔をしてるから」

文香「変わる、ということは過去の自分と決別すること……だと思っているので」

ありす「………………」

文香「大袈裟な物言いをすると、過去の自分を殺めてしまう感覚……といったところでしょうか」

ありす「自分を、殺す?」

文香「はい。変わるということは、凄く怖いことだと思うんです……過去を肯定するのなら、ありのままで居続ければいい……変化のない日常は、静かで落ち着けて、ゆったりとした時間をもたらしてくれます。でも、それは穏やかな死と同義です……誰と触れ合うこともなく、誰に影響を与えることもない人間は、きっと生きた屍と変わりません。昔の私は、そういう類の人間でした」

ありす「そんなことはないと思いますけど」

文香「ありがとうございます。ありすちゃんは……優しい方ですね」

ありす「やめてください、照れちゃいますよ」

文香「ですが、事実は事実として受け入れなければいけません……ありすちゃんが私にかけてくれた言葉は、優しい嘘です。嘘は時として薬にもなりますが……同時に毒にもなるのですから」

ありす「嘘だなんてとんでもない!文香さんはしっかりとした大人の女性です!」

文香「そう思ってくださるのなら、なおさら意識する必要があるでしょう……作り物の世界にいるだけでは、手に入らないものがある。それを教えてくれた方たちに、ほんの僅かでも恩返しをするためには……変化という恐怖に打ち勝ってでも、前に進んで行かなければいけません」

ありす「文香さん……」


文香「貴方もそのうちの一人ですよ、ありすちゃん」


ありす(そう言って、文香さんは笑った。べたな例えになるかもしれないけれど、その笑顔は、まるで天使のようだった。この世に女神様がいるのなら、きっと彼女のような姿をしているんだろうなとも思った。その瞳に見つめられているだけで、高揚感が全身を支配していくのがわかった。胸がどきどきする。頬のあたりが段々とぽかぽかとしてきて、次第にその熱が身体中を駆け巡っていく。ああ──今、ようやく理解できました。Pさんの出鱈目な計画に衝動で乗っかった理由が)


ありす(私はこの人を──鷺沢文香という一人の女性を、自分のモノにしたかったんだ)


ありす「あっ、そうだ……文香さん、いっぱい喋ったから喉が渇きませんか」

文香「そういえば、イベントが終了してから……なにも口にしていませんね」

ありす「ちょっと待っててください。なにか飲み物を持ってきます」

文香「でしたら私も一緒に……」

ありす「お疲れのようですし、ここは私に任せてください。大丈夫です、すぐに戻ってきますよ」

文香「そうですか……でしたら、お願いします」


ありす(そう告げて、私は大急ぎで給湯室に向かった。到着すると、冷蔵庫の扉を勢いよく開き、中に入っていたアイスティーを取り出した。シンプルな作りのガラスコップにそれを注いで、用意していた睡眠薬を片方のコップに全て投入した。粉末状の薬がサーッとアイスティーの中に溶けていく様子を見ていると、不意に笑みが零れた)

ありす(もう少し……あともう少しで、文香さんが私のものになる。そう思うと、笑いが止まらなかった。多分だけど、今の自分はきっと最悪な面構えをしている。鏡を見れば、下卑た野獣みたいな表情を浮かべた少女が映ることだろう。でも、それさえどうでもよくなるくらい、今は文香さんのことしか考えられない)

ありす(早く、早く、あの人の元にこれを届けなきゃ!)


夕美「あっ、ありすちゃん。そんなに急いでどこ行くの?」

ありす「すいません、今は構ってあげられません!用事があるならまたあとで!」

夕美「廊下は走っちゃダメだよ!って聞いてないな、これは」


ありす(邪魔をしないで、話しかけないで、これでもそれなりに集中してるんです。気が散って、こけちゃったら取返しがつかないことになるじゃないですか)

ありす「……着いた」


ありす(肝心の文香さんはというと、戻ってくるまで五分もかかっていないのに、すでに読書に励んでいました。さすが自他共に認める本の虫……彼女にとってはたった五分足らずの時間でさえも、活字を読むのに相応しい時間なのでしょう)


ありす「文香さん、お待たせしました」

文香「……本当に早かったですね。そんなに急がなくても、問題なかったのに」

ありす「まあまあ、それはそれ、これはこれというやつです。ささっ、どうぞグイッといっちゃってください」

文香「ええ……では、遠慮なく。いただきます」

ありす「………………」


ありす(ゆっくりと睡眠薬入りのアイスティーを飲み干した文香さんは、緩慢な動きでコップを机の上に置いて、私の方に向き直りました)


文香「やはり……夏に飲む冷えたお茶は別格ですね。身体の隅々まで水分が行き渡るような、心地よい充実感に浸れます」

ありす「そうですか。気に入ってもらえてなによりです」

文香「水分補給して、安心したからでしょうか……なんだか、段々……眠く、なって……」

ありす「イベントで疲れちゃったんですね。頃合いになったら起こしますから、どうぞ安心して休んでください」

文香「あり……す、ちゃん……私、ちょっと……休み……ます」

ありす「……おやすみなさい」


文香「………………」

ありす「許してくださいとは言いません。ただ、先に謝っておきます。ごめんなさい、文香さん。私はこれから、悪い子になります」

ありす(それからの流れは、実にスムーズだった。計画通りにメールを送ると数分後にPさんがやって来た。Pさんが来るまで見張りを任されていましたが、他の方が休憩室を訪れる気配など微塵もなく、私はただただ、眠り姫と化した文香さんを舐めるように見つめるだけ。これから行われる情事を想像して、頬を上気させるだけだったのです)


モバP「よくやったな、ありす」

ありす「橘です。あなたが私を褒めるなんて珍しいですね」

モバP「今回の仕事にはそれだけの価値がある。お前は本当に良くやった」

ありす「やめてください。どれだけ褒めてもらえたところで、私のやったことは変わらない」

モバP「今更罪悪感を抱いても、結果は変わらん。一度手を出したのなら、事の顛末まで見届けろ。それが責任というものだ」

ありす「私は……まだ子どもです」

モバP「いずれ大人になる。お前の意思とは無関係にな」

ありす「……早く大人になりたいと思っていましたけど、どうやらそれは間違いだったみたいです」

モバP「なにが言いたい」

ありす「大人は汚い。大人はずるい。大人は嘘つきです。私がなりたかった大人という理想は、ひび割れたビー玉みたいなものでした。そう……例えば、Pさん──あなたのように」

モバP「憧れは理解からもっとも遠い感情だ。お前は大人というものを真に理解できてなどいなかった」

ありす「──どこまで堕ちるつもりですか、Pさん」

モバP「どこまでも堕ちるさ。果てなどない」

ありす「あなたは私の理想の大人でした」

モバP「それは光栄だ」

ありす「……嘘つき」

モバP「嘘もつくさ。大人だからな」

ありす「あなたのそういうところが、嫌いです」

モバP「俺はお前のそういうところが好きだぞ、ありす」

ありす「………………」

モバP「………………」

ありす「…………橘です」

モバP「知っている……さあ、戯れもここまでだ。約束の刻がきた──欠けた心の補完、不要な理性を捨て、ふみふみと魂を今一つに」

ありす(躊躇いなどなかったはずだった。だって、これは全て私の望んだことだったから。この手を伸ばし、熟睡している文香さんをふみふみするだけで、全部終わり。だというのに、どうしてこうも名残惜しいのでしょう)


ありす「文香さん」

文香「………………」

ありす「これから起こることは、全部悪い夢です。目が覚めたらそれだけで忘れてしまうような、朧気な白昼夢。なにがあっても怖くなんてありません──だって、これは夢なんですから」


ありす(意を決して、文香さんの衣装に手を伸ばす。覚悟は決まった。これから起こる全ての出来事と向き合うだけの想いが、私にはある)

ありす(だから、だから────)




文香「……クスッ、随分と詩的な表現ですね、ありすちゃん」




ありす・モバP「────っ!?」

文香「でも、駄目です……どれだけ高尚な詩を歌っても、語り部の心が汚れていては詩も完成しない……そうですよね、Pさん」

モバP「なん……だと……」

ありす「そ、そんなバカなっ!?睡眠薬入りのアイスティーを飲み干して、こんな短時間で目が覚めるはずが──」

文香「ええ、飲みましたよ……クッキングパウダー入りのアイスティーですけれど」

ありす「うそ……こんなことはありえないっ!!だってちゃんと確認もしたのに!!」

文香「ありえないなんて事はありえない──かの人の言葉は、正に真を突いていたのです」

ありす(そう言って、文香さんはのっそりと立ち上がった。彼女はまるで幽鬼にでも憑かれたかのように、禍々しい形相をしていた。口角を上げ、にやりといやらしい笑みを浮かべるそれは、もはや私の知っている文香さんではなかった)


モバP「ありす、ここは一旦引くぞ──!!」

ありす「えっ……ちょっと、Pさん!!」


ありす(Pさんは私の手を引いて走り出しました。この場から逃げようとしたのです。ですが、扉を開ける寸前──外から見知った人たちが入ってきたことで、それは失敗に終わりました)



美波「そんなに急いでどこに行くんですか、Pさん」



モバP「み、美波……まさかお前たち、全てを知った上でわざと──」

美波「うふふ、飛んで火にいる夏の虫っていうのはあながち間違いじゃなさそうね。こんなにあっさりと引っかかるのなら、もう少しガードを緩くした方がいいかも」

藍子「堅物なPさんには、大胆に迫るくらいでちょうどいいのかもしれませんね」

夕美「ホントホント。でもびっくりしたよ、ありすちゃん。あんなに急いで廊下を走っちゃダメじゃない。みんな心配してたんだよ……『ありすちゃんがこけたら計画が台無しになる』かもってねっ」

ありす「あ……ああっ……」

美波「どうしたの?震えているわよ、ありすちゃん」

文香「無理もありません……彼女はまだ小学六年生。子どもがこのような失態を犯してしまえば、恐怖に怯えるのも当然かと」

美波「そうね、この子のおしおきは後回しにしましょう。今はそれよりもっと大事な用事があるもの」


ありす(妖艶に舌なめずりをした美波さんは、私からPさんに視線を移すと、得物を狩る雌豹の如き目つきをした。こういう目をする人が次にどんな行動をとるのかなんて、わかりきったことだ。彼女はPさんを喰らうつもりなんだ。私とPさんのように、欲望のまま野生のまま、生存本能をヴァルキュリアさせるつもりなんだ)


美波「Pさんは以前言っていましたよね。欲は抑えるものじゃなくて、放つものだって。そう教えてくれました。だからここで、その教えを実行しようと思うんです」

モバP「……止めても聞くつもりなどないのだろう」

美波「はい、睡眠薬で女の子にイタズラしようとする人の戯言なんて聞きたくありません。私たちが聞きたいのは、Pさんの甘い悲鳴──それだけ」

モバP「何故計画を悟った。私の計画は完璧だった」

美波「アハッ……アハハハハッ!!あれで完璧だなんて、笑っちゃいますよ。Pさんも意外とカワイイところがあるんですね」

モバP「……なに?」

美波「考えてもみて。普段使いもしない部屋でストレッチさせられる女の子の気持ちを。一般的な貞操観念があれば、多少は警戒するのが普通でしょう。それが並みの子よりもずっと警戒心の強い子なら、なおさらじゃないですか──ほらっ、もうわかったでしょう」

モバP「つまり、お前たちは最初からなにもかもを知った上で、あえて泳がせていたということか」

美波「ご名答!さすがPさん!」

モバP「……賢しい真似を」

美波「これも全てPさんの教鞭のおかげです。どうです?担当アイドルたちの成長を見れて嬉しいですか」

モバP「ああ、実に愉快だ。これだけ飲み込みが良ければ、指導の甲斐もある」

美波「まだまだ伸び代はありますから、これからもいっぱい、色々なことを教えてくださいね──Pさん」

モバP「約束はできない」

美波「いいえ、口約束なんていりません。言葉なんてあやふやで不確かなものなんかじゃ、もう満足できないんですよ……だからね、どうあっても離れないよう固い契りを結ぶにはどうすればいいか、ちょっと考えてみたの」

モバP「………………」

ありす「ひっ……だ、誰か助けっ──!!」

夕美「おっと、助けを呼ぼうったってそうはいかないよ。これから大事なお楽しみが始まるんだから」


ありす(必死でもがいても、所詮は子どもの力。本気で押さえつけてくる大人の女性に適うわけもなく、徐々に抵抗の意思は奪われていった。私とPさんがロープで縛り付けられるのを、うずうずと挙動不審にも思える仕草で待ち続ける文香さんは、どこか滑稽でもありました)


文香「ふみふみをふみふみする……最初に聞いたときは、背筋に悪寒が走りました。ですが、今ならわかります……結局、皆も同じ想いだった……そう────」



文香「──私たちは、PをPしたい」


ありす(じりじりとPさんに詰め寄る文香さんは、恍惚とした表情を浮かべていた。微塵も罪の意識など感じていない様子で、本当に嬉しそうだった。だからこれから起こることは、きっと私たちにとって、とても楽しくて夢のような時間なんだろう)


モバP「すまなかったな、ありす」


ありす(ぽつりと呟いた言葉に返事をする前に、文香さんがPさんの首筋に吸い付いた。ちゅるちゅると艶めかしい音を立てながら、舐めたり啜ったりしている。舌を這わせる姿は、まるで飢えた痩せ犬だ。妖しくて淫靡な光景に当てられたのか、他の三人も興奮を隠すことなく、Pさんに喰らいついた。)


ありす「……Pさん」


ありす(謝罪の言葉に、名前を呼ぶことで返すしかできなかった。それぐらい凄惨で壮絶な光景だった。鼻息荒く、頬を上気させた女たちが一人の男を犯し尽す様を、この目に焼き付けることしかできないのは、苦痛でしかない。だけど、瞼を閉じようとはしなかった。何故なら、この悪夢を見届けることが贖罪だと信じているから)

ありす(ハイエナが獲物を捕食している……ばりばり、むしゃむしゃと、音を立てながら。弱肉強食。自然の摂理。強い者が弱い者を蹂躙する。ああ、だとするとこの行為は全く以って自然だ。だって、彼女たちはただ食事をしているだけ。なにもおかしいことはしていない。食べないと人は死ぬ。そう、なにもおかしくない。考えてみれば当たり前のことでした)

ありす(そうやって、私は自分の心に蓋をした。人形になってしまえば、つらく苦しい思いをしなくてもいい。今このときだけ、私はありすという名前の人形になればいいんだ)

ありす(私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は人形です。私は────)

ありす(心が段々と閉じていく。目の前が徐々に暗くなっていくのを感じて、安堵したと同時にPさんのことが心配になった。人付き合いが苦手で、口下手で、寂しがり屋な彼だけど、それでも良い所はあるんだ。だから傍にいてあげないと……仄暗い視界の中で、彼に向かって手を伸ばす。決して届かない距離を埋めるように伸ばした手の先で、Pさんの唇に無理矢理自らの唇を重ねた文香さんを見て、思った)






ありす「気持ち悪い」






終劇

橘です

暑さで頭がゆだってしまっていたのは私でした
HTML化依頼出してきます

不覚にも面白いと感じてしまった…

ふみふみをふみふみしたいしふみふみされたい

これはふかい


「権化」や「化身」の称号を持つ美波をスカウトした時点でPの負けは決まってたな…

ありすはこんなことに巻き込まれたが家に連絡させなくていいのだろうか

想像を超えてた。これぞまさしく世界レベル

ありすへのおしおき編はまだですか?
生存本能をヴァルキリアさせたのは文香、美波、夕美、藍子だったと

文香、美波、夕美、藍子サイドの話が気になる

たまに現れるssの天才好き

新作待ってる

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