七尾百合子「ドキドキな予感」 (15)
夏休み。
特に、アイドルである以前に中学生である私――七尾百合子にとって、夏休みというのは多くの青春と感動、興奮を期待させる素晴らしい期間。
だからこそ、中学生的自然法則に従って、私も気になっているあの娘ときゃっきゃうふふとしゃれこみたかったのですが……。
「杏奈ちゃんと遊べる日が一日も無い……!」
プロデューサーさんに今さっき渡されたスケジュール表を持った私は、事務所で独りそんな嘆きをあげてしまいます。
それもそのはず。来月の予定として渡されたスケジュール表は、レッスンや泊りのお仕事などで埋め尽くされていたのです。
それでも、土日には奇跡的にお互いに仕事がなかったりしたりしていたのですが、
「あっ、百合子さん……。一緒に帰ろう……?」
「杏奈ちゃん」
ふらりと現れた少女、望月杏奈ちゃん。
彼女はあどけない表情(可愛い)を浮かべながら、私を一緒の帰り道に誘ってきました。ふと事務所の外を眺めると、日が落ちるのが遅くなったとはいえ橙色の空に黒みが差し始めていました。
そうだね、と返して私は出入り口へと足を進めます。杏奈ちゃんもそれにつられてくれている様子。
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「明日から夏休みだね。杏奈ちゃん」
「うん……。宿題いっぱい渡された……」
うへぇ、と。私と杏奈ちゃんの感想が重なった瞬間でした。不詳、七尾百合子。あまり勉強は得意じゃないのです……むむ。
ま、まあ今はアイドルに没頭したい年頃ということでここはひとつ。
「そういえば百合子さん……」
ん? と杏奈ちゃんを振り返ります。おや、杏奈ちゃんの瞳は期待で輝いていました(可愛い)。
「いよいよ、次の土日から始まるね…………!」
「…………そうだね。杏奈ちゃん、すごい楽しみにしてたもんね」
うんっ、と元気な返事。
そう、私が杏奈ちゃんと夏休みに逢引きで着ない理由の一つ。それこそ、私と杏奈ちゃんがやっているネトゲの大型イベント。八月中はずっとその期間となって、特に土日は稼ぎ時となるボーナスデーなのです。そして報酬も豪華。杏奈ちゃんの目の色が変わるのも頷けることです。
土日、私たちが一緒にお出かけできる唯一の期間。つまりその二つは重なっているということです。
ふんふんっ、と鼻歌まで歌う杏奈ちゃん(可愛い)。だけど私はとても素直には喜べません。
「いっしょに頑張ろうね。lilyknight…………!」
「う、うん。杏奈ちゃ――vivid_rabbit」
もちろん、杏奈ちゃんが頑張るんだから私もそれに協力するのです。それも確かに楽しくて、夜更かしをしてネトゲに没頭するのも替えられない体験ですけれども。
だけど、何と言いますか。
それはいつもやっていることでしかなく、
「夏休み、なのに」
夏休み。特別に思えたその期間。
色々なことを期待してたのになぁ、なんて思ってしまうそんな私がいるのでした。
何かを言いたくて、だけど何を言えばいいのかがわからなくて。
そうこうしているうちに、目的地である駅が近づいていました。
「でね? 次のイベントには、この前一緒に行ったクエストでもらった剣を使おうかな、って…………」
「ああ、あれね。強いし、なにより杏奈ちゃんに似合ってたもんね」
うん、とふにゃりと笑う杏奈ちゃん(可愛い)の表情には、私の胸中に広がる、どこか寂しいような感情は見て取れませんでした。
もしかして、杏奈ちゃんはわかってないのかもしれません。今日、この駅で別れてから一か月。私たちがこうして会えることはなくなるということに。
いや、分かっていても私みたいに気にすることはないだけかも……。
「百合子さん……?」
はっ、と正気に戻されます。
声の主はもちろん杏奈ちゃん。心配そうな表情を浮かべて、私を見つめていました。どうやら私は杏奈ちゃんのことを考えていた結果、目の前の彼女自身に集中できなくなっていたようです。
「大丈夫……? 突然、ぼーっとして」
「だ、大丈夫」
と言いつつも気づけば目的地の駅はもうすぐそこへ迫っていました。
私と杏奈ちゃんの家の方向はまるで違うため、駅に入ったらすぐに離れ離れ。つまり、この二人きりの時間はもう終わりかけています。
だからこそ、何をどう言おうか、悩んでいる暇はなくて。私は言いたいことを言うことに決めたのです。
「杏奈ちゃん。スケジュール見た? 夏休みになると全然会えなくなるんだよ、私たち」
学校とかがあっても、なんだかんだで事務所で会えることが多かったのに、夏休みには不思議と会えなくなっていて、私はそれがとても……嫌だった。
だからこそこれだけ胸がざわついて、杏奈ちゃんとこうして話せる時間がすり減っていくことがとても、悲しい。
そんなことを思った言葉だったけど、杏奈ちゃんの言葉は冷静なものでした。
「…………うん、知ってるよ」
だったら、と私が言うのを杏奈ちゃんは、でも、と気にせずに話し続けます。
「だけど、一緒にゲームできるから、寂しくないよ…………」
「さ、寂しくはないかもしれないけど」
確かに、寂しくはないかもしれません。
声が聞きたければ電話をすればいいし、今の世の中、ビデオ通話とかもできるから杏奈ちゃんのお顔を見ながらゲームをすることもできます。
だけど、そんな未来を想像しても私の胸は寂寥感を予感するばかりで、どうにも満足ならないのでした。
そんな感傷は、少しずつ私が何を言おうともがいているのかを、自分自身に教えてくれるようでした。
「百合子さん……。もしかして、一緒にゲームをするの、嫌だった…………?」
気づくと杏奈ちゃんの表情は少しだけ曇っていました。杏奈ちゃんは私よりずっとゲームが好きで、きっと杏奈ちゃん自身もそれを自覚しているのかもしれません。自分だけが楽しんでいると、そう思ってしまっているのかも。
でも、それはまるで違っていて。
「そんなことないよ!」
私は続けます。
脳裏には杏奈ちゃんと、眠気にこらえつつも夜通しゲームをやったり、寝落ちしたら杏奈ちゃんから電話がかかってきたり、夜中なのに盛り上がっちゃってお母さんに怒られたりする光景。
きっと、楽しいそんな光景。だけど、やっぱり私は満足できそうになくて、
「杏奈ちゃんとゲームするの好きだよ、一緒に強敵を倒しに行くのは楽しいし。杏奈ちゃんが最初は落ち着いてるのに、レアドロップすると急にスイッチが入るのとかすごい可愛いもん」
「か、かわ……っ」
杏奈ちゃんが頬染めたような気がしました(可愛い)。まあ、夕焼けに紛れてよく見えません。
「でも、それだけじゃ満足できないもん!」
目の前にいる彼女を見つめる。私と同じように臆病なところもあるのに、ステージの上だと別人みたいに輝くそんな彼女。
だけど普段は物静かで、小動物みたいに可愛くて、どこか抜けていて。
尊敬できて、一緒にいたくて、いつだって目が追ってしまう。
そんな貴女のことを、私は、私は――。
「杏奈ちゃんともっとドキドキすることがしたいの! だって――杏奈ちゃんのこと好きだもん!」
ああ――――――。
そう、私は、結局のところそれが言いたかったのかもしれない。
できるだけ一緒に杏奈ちゃんと一緒にいたくて、そう、大好き。
なんて明解な話だったのでしょうか。
杏奈ちゃんは何も言わない。……というか、顔は夕暮れでごまかしきれないほどに赤くて、その赤色が鏡のように、私にも染みだしてしまいそう、なんて思わされてしまいます。
どうしたんだろう杏奈ちゃん。
私はただ、『好き』って言っただけで――ああっ、まさか、聞こえようによっては大胆な告白にっ。いや、そういうことを言いたかったんじゃないくて! と、友達としての好きというか……。
「あえ、ええっと。今の好きは、そういう意味じゃなくて……」
そういう意味じゃない……じゃない、よね? ふと、分からなくなります。でも、ずっと一緒にいたいと思うのはもう、友達としてのラインを越えているのでは? う、ううん……。
「そ、そうだよね…………」
「う、うん」
きっと今の私は顔を真っ赤にしていると思います。だけど、杏奈ちゃんも真っ赤。
時間の流れも分からなくなるような、ドキドキと、心臓が踊って止まりません。
どれだけの時間を経たのか、杏奈ちゃんが重い口を開きました。
「杏奈ね……。『好き』って言われて……すごい、ドキッとした…………」
心なしかその声は震えていて、だけどそれは嫌な緊張感じゃないのがなんとなく伝わってきています。
「杏奈も、ゲームだけじゃ、ちょっと物足りなくなったかも…………」
そう言うと杏奈ちゃんは私の手を握って、今日一番の笑顔を見せてくれました。その手のひらはとても熱くて、だけど振り切ろうとは全く思えませんでした。
とても可愛くて、見つめている方が照れてしまいそうで、だけど潤んだその瞳から私はとても目をそらせなくて。
「だから、もっと杏奈をドキドキさせて……?」
赤みのさす頬を携えて言う彼女は、いつも以上に輝いていました。
私がそんな杏奈ちゃんのお願いを断ることなんて、絶対にありえなくて。
「――うん! もちろんだよ、杏奈ちゃん!」
そう返すと、杏奈ちゃんはそのまま身を寄せてきて、わわっ、となりつつ私はその体を受け止めました。
暑い。だけど、それはこの夏の暑さだけじゃないのは間違いありません。
夏休み。もう始まろうとしているそれは、きっと私たちにいろいろなものを授けてくれることでしょう。
そして、その中で私の胸をドキドキさせるこの気持ちの正体も教えてくれると良いな、私はそう強く思いました。
おしり
あんゆりSS増えて
名前からして百合
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夏休みにどこまでいくんだろ……
乙です
七尾百合子(15)Vi/Pr
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望月杏奈(14)Vo/An
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http://i.imgur.com/bEyC9bz.jpg
百合子と杏奈が深夜にチャットで盛り上がる(意味深)
乙
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