工藤新一vs杉下右京 (146)

タイトル通り名探偵コナンと相棒のクロスssです。
けど中身はコナンの未来ifなssにもなります。

コナン側は黒の組織を倒してから10年後のお話です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1500067119



俺の名は高校生探偵工藤新一。

幼なじみで同級生の毛利蘭と遊園地に遊びに行って、

黒ずくめの男の怪しげな取り引き現場を目撃した。

取り引きを見るのに夢中になっていた俺は、

背後から近付いて来るもう一人の仲間に気付かなかった。

俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら体が縮んでしまっていた。

………というのがもう10年前の話だ。

俺は阿笠博士の助言で江戸川コナンと名乗り黒ずくめの男たちの組織を追い続けた。

当初は俺一人だけの孤独な戦いだった。

だがそんな戦いに灰原哀、服部平次、それにFBIや公安と頼りになる仲間が加わった。

そして彼らの協力により俺は宿敵であった黒の組織を壊滅することに成功。

これはそれから10年後の物語…




「工藤先生!おめでとうございます!」


ここは杯戸シティホテルにある大広間。

今日はこの一室を借り切って

俺の親父である推理小説家工藤優作の記念パーティーが執り行なわれていた。

世界屈指の推理小説家である親父のパーティーは盛大に行われ

来客者たちはそんな親父に惜しみない賛辞を送っている。

それからパーティーは順調に終わりこれより親しい人間だけで行われる二次会に入った。



「いやー!優作くん!今日は呼んでくれたどうもありがとうな!」


「いやいや、目暮警部には息子が日頃お世話になっていますからね。」


「ハハハ、むしろお世話になっているのは僕たちの方なんですけどね。」


「渉くん。それは言っちゃいけないお約束でしょ。」


「そうそう。新ちゃんは未だに日本警察の救世主だものね。」


俺の両親と上機嫌で語りかけているのがご存知目暮警部とそれに高木刑事と佐藤…いや…

数年前に二人はようやくゴールインして佐藤さんは高木美和子さんになった。

現在では6歳になるお子さんもいて夫婦円満とのことだ。




「そうじゃのう。
優作くんも今では世界屈指の推理小説家じゃからな。駆け出しだった頃が懐かしいわい。」


「工藤のおじさまにおばさま。今日はお招きくださってありがとうございます。」


それに隣に住む阿笠博士に鈴木財閥のご令嬢の鈴木園子も駆けつけてくれた。

阿笠博士は相変わらずヘンテコな発明品の開発に勤しんでいるらしい。

園子は京極さんと結婚。

京極さんは鈴木財閥に婿養子で入ったが根っからの格闘家の性分なのか

武者修行に明け暮れているらしい。

それでもお腹に彼の子を抱えていてもうじき出産間近とのことだ。

未来の鈴木財閥後継者の誕生も近いな。




「あの推理小説家の工藤先生のパーティーにお呼ばれされるなんて最高ですね!」


「そうだね。歩美たちクラスで自慢できるよ!」


「うな重うめえしな!」


それにかつて俺がコナンを名乗っていた頃の同級生の元太、光彦、歩美の三人。

昔の少年探偵団だった面子も招待されていた。

それにしてもあれから10年。

あのわんぱくだったこいつらも今じゃ高校生か。

こいつらと探偵団やっていたあの頃が今でも懐かしく思えるな。

そういえば別れの時なんて本当に悪い思いをさせてしまった。

子供たちにコナンの正体をバラすわけにはいかないから

俺(コナン)と灰原は海外にいる両親の元へ旅立つことで転校ということになった。

その別れの際は三人が大泣きで俺たちのことを見送ってくれた。(実際は旅立ってないけど)

当時は無鉄砲なところがあるヤンチャな探偵団だがそれでも掛け替えのない友達だった。

コナンとの冒険の日々はこいつらにとっていい思い出なんだろうなぁ。



「よぉ工藤!元気にしとったか?」


「工藤くん。久しぶりやな!」


「服部、それに和葉さんまで来てくれたのか。」


探偵団の連中を眺めながら黄昏ていた俺に元気よく挨拶してくれたのは

10年前は俺と同じく西の高校生名探偵と称されていた服部平次。

それと遠山…いや…今は服部と結婚した服部和葉さんだ。


「あれ?お前ら子供はどうしたんだ?」


「ああ、オヤジのとこに預けとるんや。」


「お義父さんメッチャあの子のこと可愛がってくれるんよ。」


服部の親父さんである服部平蔵さんは長年の功績が認められて

警察庁の長官へと出世を果たした。事実上警察のトップってわけだ。

それで東京へ赴任とのことになり現在はこっちに住居を構えているそうだ。


「まあこれで目の上のタンコブはいなくなって清々したわ。
これからは俺たち若手の時代や!バンバン活躍したるさかいな!」


「平次は大阪府警の期待の星やもんね。」


ちなみに服部だが探偵の道を選ばず警察官になった。

チラッとだけ聞いたがどうにもオヤジさんの影響があったらしい。

現在は大阪府警の捜査一課に在籍していて本人曰く期待の星だとか…

それから和葉さんはうちの母さんに呼ばれて女同士で集まりなにやら世間話を始めていた。

俺はというと

先ほどから金魚のフンのごとく付きまとってくる服部と一緒に

会場で用意されている酒を嗜んでいるわけだが…



「コラ、誰が金魚のフンや!」


「あれ?声に出てたか?それにしても俺たちもお互い大人になったもんだな。」


「せやな。初めてお前と出会った時はこんなちっこいガキやったからな。」


「うっせ。あれは例の毒薬のせいだろ…」


酒が入ったせいかお互い軽口で叩き合っていた。

組織が壊滅したおかげでコナンであったことなんて俺たちにとってはいい話のタネだ。

まあそれでもAPTX4869については今でも秘密事項になっている。

さすがに人が小さくなるクスリの存在を世間に知られたら一大騒動だからな。

それにあのクスリを作ったのはあいつだ。

こんなことが世間に知られたらあいつは確実に糾弾される。

だからAPTXの秘密はなんとしても隠さなければならない。

何故なら俺は…灰原を…いや…宮野志保を選んだからだ…



「お前もあのちっこい姉ちゃん嫁にもろたからな。俺たちはもう所帯持ちや。」


「急に改まってなんだよ?要件があるなら早く言えばいいだろ。」


「………わかった。
そんなら言わせてもらうがお前あれからあの姉ちゃんと会うたか?」


酒の入った談笑中、服部は急に真面目モードに入りながらそう語りかけた。

あの姉ちゃん…つまり…俺の幼馴染である毛利蘭のことだ。

今から10年前のこと、組織を壊滅した直後に俺は解毒剤を得て元の身体を取り戻した。

だが…それなのに…

恐らく組織との闘いの日々による影響だろう。

俺の心はいつの間にか蘭から離れてしまった…

そのせいなのだろうか…俺は蘭ではなく…灰原…いや…志保を選んだ。

別に妥協とかそんな理由で選んだわけじゃない。

志保は組織との戦いで常に俺を支えてくれていた。

コナンの秘密を抱えた俺はいつしか志保に寄り添うようになり…

その結果、俺は志保と結ばれた。

だがそのことを知った蘭のショックは大きかった。

一時は目暮警部たちも巻き込んでの騒動になるなど警察沙汰になるほどだった。

それから3年後、蘭は俺たちの前から忽然と姿を消した。

その消息は現在も明らかになっていない。



「蘭とは7年前から全然音沙汰がない。今どこで何をしてるのかなんてわからねえよ。」


「そか…それならええ…もし連絡があっても絶対会うな。
ええか工藤。お前はあのちっこい姉ちゃんを選んだんや。
これからはあのちっこい姉ちゃんのことだけ考えとき。」


蘭のことは忘れろ。それが服部からの助言だった。

確かに服部の言う通りだ。

俺が選んだ相手は…志保だ…

志保を守ることが俺の選んだ道だ。

俺と蘭の道は違えてしまったがそのことを今更後悔するつもりはない。

俺は志保を愛している。それだけが真実だ。


「お互いやんちゃが出来るのは若い頃までや。今はもうちゃうやろ。」


「お前の口からそんなこと言うなんてな。それおっさんになった証拠だぞ。」


「アホ抜かせ。
まあ刑事になって探偵やってた頃とはちがう視点を持てたからな。
それが影響しとるんやろな。」


刑事という道を選んだ影響なのか服部はなにやら昔のことに関して思う所があるようだ。

俺は特にそんな感傷に浸るようなことはない。

組織との闘いでそれどころじゃなかったからな。



「新一くん。久しぶりね。」


そんな俺たちのもとへ一人の女性が声をかけてきた。

この人は…懐かしいな…

蘭の母親にして俺の母さんの親友でもある弁護士の妃英理さんだ。

そんな妃さんが来てくれたことを察したのか

これまで他の女性たちと談笑中だった母さんがこっちへ駆け寄ってきてくれた。


「英理、来てくれたのね。嬉しいわ。」


「親友が招待してくれたのだから来ないと失礼でしょ。」


「フフ、そうよね。歓迎するわ。ようこそ英理。」


俺たち子供が疎遠になったというのに母さんたちは相変わらず仲がいい。

まあ子供の恋愛事情なんざさすがに大人が口を挟むようなことじゃないからな。



「それにしてもあの人まで来るとはね。」


妃のおばさんが呟いた先にはこの部屋の隅で酒を大量に飲み干している男がいた。

オールバックの髪型あのにちょび髭がトレンドマークのおっさん。

それはおばさんの夫にして…

俺がコナンだった頃の居候先の毛利探偵事務所の主である男だ。


「うぃ~ひっく…」


毛利小五郎。かつて俺がコナンだった頃、この人の名前を借りて事件を暴いていた。

そのおかげで毛利のおっちゃんは

眠りの小五郎として日本一の名探偵と評されるようになった。

だがそれも俺がコナンとして居候をしていた束の間だけのこと…

その後は…もうわかりきっていることだろうが元のヘボ探偵に逆戻り。

当然推理の冴えなどあるはずもないので依頼は激減。

それでも持ち前の明るさからたまにバラエティ番組に呼ばれたり

事務所ビルの下の階にあるポアロのテナント料で収入を賄っているとのことだ。



「よぅ英理。お前も呼ばれたのか~?」


「あなた…また酔っ払っているのね…何で来てるのよ?」


「へっ、俺だって好きで来てるわけじゃねえ。ただ…蘭が来るのかと思ってな…」


蘭のことを聞かれて俺は咄嗟におっちゃんから顔を逸らした。

7年前の蘭失踪直後からおっちゃんは這々手を尽くして探し回っていた。

それこそ当時は蘭をフッた俺に土下座をするほどに…

だがそんなおっちゃんの努力を嘲笑うかのように蘭は失踪したままだ。

せめて家族にくらいは居場所を伝えてもいいだろうによ。

蘭、お前はどこで何してんだよ?



「さあ、新ちゃん。そろそろ準備いいわよね。」


そんなおっちゃんのことはとりあえず放っておくとして

俺は母さんに呼ばれてこのパーティー会場の壇上へと上がった。

その様子に会場にいる誰もが何が起きるのか興味津々だ。

まあサプライズというべきなのだろうか

実はこの場にいる関係者だけにあることを告げる予定なんだ。


「この場にいるお集まりのみなさんにお知らせがありま~す!
なんと私たちの息子にして名探偵でもある新一に近々子供が生まれま~す~♪」


母さんの発言に会場のみんなが歓声を上げた。

実はこれこそが今回のパーティーにおける目的だった。

俺にとっての初の子供。つまり両親にとっても初孫に当たる。

だから大々的に発表したかったわけだ。

そんな母さんの目論見通りなのかこの場にいる誰もが祝福の言葉を贈り

女性陣に至っては挙って母さんの前に駆け寄って新たな命への興味津津だ。

我が親ながらバカ親っぷりは凄まじいと思われるだろうが…

まあこれも初めての孫ってことで大目に見てほしい。


「それではここで夫の優作さんにコメントを…あら?優作?」


あれ?そういえば…父さんがいないな…?

このパーティーの主催者のくせして何で壇上にいないんだ?

俺と母さんは壇上から父さんが何処にいるのかと隈なく探した。

すると何処からともなく父さんの声が聞こえてきた。



「ほぅ、あなたはあの描写をそう解釈出来たわけですか!」


「ええ、工藤先生が執筆なさっている闇の男爵シリーズは全巻読破しています。
連載初期からずっとファンでした。特にお気に入りなのは3巻の…」


「あのエピソードを選ぶとは…
あなたも中々の通ですな。あれはファンの間ではどうにもウケが悪くて…」


「とんでもない。
確かにあのエピソードは異色と言われがちですが
僕は先生の新たな境地に達したものだと解釈しています。
事実あのエピソードの直後に闇の男爵シリーズは世界屈指の名作になれたのですから。」


ようやく見つけたと思ったら父さんは会場の隅っこで誰かと話していた。

このパーティー会場の客人の中で英国風のスーツを着込んだ中年の男。

どう見ても俺の顔見知りなんかじゃない。そんな男が父さんに何の用だ?


「あなた、こんな大事な時に何をしているのよ!」


「オォ、すまんな。この人がいきなり俺の小説について話しかけてきて意気投合したんだ。」


「申し訳ありません。目の前にあの工藤先生が居てはどうしても興奮が抑えきれなくて…」


どうやらこの人は父さんの熱烈的なファンのようだ。

まあそれならわからなくはないが…

しかしこの風貌だがどうにもホテルに泊まりに来た客にしては妙だ。

どこかの勤め人…いや…もしかしたらこの人は…警察の人間か…?



「ひょっとして…アンタ…杉下さんですか…?」


「え?目暮警部?杉下さんってあの…」


「特命係の杉下警部のことですか!?」


そんな疑問に答えるかのように目暮警部や高木刑事たちがこの人の素性を教えてくれた。

警視庁特命係。

俺も噂で聞いたことがあるが警視庁には陸の孤島と呼ばれる左遷部署が存在する。

その左遷部署に長年属しているのがこの杉下さんだということだが…

けどそんな人がどうしてこのパーティー会場に紛れ込んでいるんだ?

まさかとは思うけど仕事サボって来てるわけじゃないよな。


「右京さ~ん!置いてかないでくださいよ~!もう勝手なんですから…」


「申し訳ない。ですが冠城くん。ここへは僕一人で充分だと言ったはずですよ。」


「いいじゃないですか。
俺だってあの工藤先生をナマで拝めるとあれば行きたくもなりますよ!」


そこへもう一人、杉下さんの同僚で冠城という人まで現れた。

その冠城さんだがよく見ると一人の子供を連れていた。

それは後ろに隠れていてよく見えないが背格好からして6歳くらいの男の子。

まるで当時の江戸川コナンだった自分を思い出すな。

そんな少年だが父さんを見るなりいきなり興奮したかのように前に出てきた。



「わぁ~!工藤優作先生ですよね!ぼくファンなんだ~!」


その少年が前に出た瞬間、俺は思わず絶句した。

いや、俺だけじゃない。この会場にいる誰もが俺と同じ反応を示した。

何故かだって…?それは…


「コナン…」


「コナン…くんだ…」


「そうだ…こいつ…江戸川コナンだぜ!?」


探偵団の元太たちが思わずそう叫ぶようにその子供は紛れもなく当時の俺だった。

大人サイズのメガネを付けて襟首に蝶ネクタイを結び半ズボン姿…

まさに当時の江戸川コナンそのものだ。だがありえない。

江戸川コナンとは10年前にAPTX4869を飲まされて生まれたこの工藤新一の仮の姿。

つまり江戸川コナンはこの俺だ。それなのにどうして江戸川コナンが俺の目の前にいる?

それも警視庁の刑事を二人も引き連れているとはどういうことなんだ?




「失礼しました。まずは自己紹介させてください。
僕は警視庁特命係の杉下にそれと同僚の冠城くんです。
それとみなさんは誤解をなさっているようですがこの子は江戸川コナンではありません。」


そんな俺たちに訂正を促す杉下さん。

よかった。やはりこの子は江戸川コナンじゃなかったか。

まあここにその当人がいるわけだしこの子がコナンじゃないのは当然だ。

だがそれでもここまで似ていると生き写しにしか思えないよな…


「この子の名前は毛利コナンくんです。」


毛利…コナン…

ちょっと待て。毛利だと…?

その瞬間、俺の脳裏にある女の影が浮かび上がった。それは長年の幼馴染のあの女が…

だがそんな俺を無視するかのように

さっきまで飲んだくれていたおっちゃんが杉下さんたちの前に出てきてこう言っていた。



「ひょっとして…こいつは…蘭の息子ですか…?」


「その通りです。毛利小五郎さん、この子は毛利蘭さんの子供であなたのお孫さんですよ。」


蘭の息子…だと…まさか…そんな…

確かに蘭が失踪した時期とこの子の歳からしてほぼ重なる。

だが俺たちは目の前に突きつけられた事実を受け入れられずにいた。

確かに蘭の子供だということは間違いないのだろう。それはわかる。

問題なのは何故この少年は当時のコナンそのものの姿で現れたのかだ。

その答えを知るのは唯一人。この子の母親である蘭だけだ。


「蘭は…どこですか…会って話をしたい…」


おっちゃんとそれに蘭の母親である妃さんが杉下さんたちにそう訴えた。

当然だ。失踪直後に子供を産んでおまけに未だに姿を見せずにいる娘。

その娘に対して親として文句の一つも言いたくなるはずだ。

だが…杉下さんから…予想もしなかったことが告げられた…



「残念ですが蘭さんは昨日亡くなられました。死因は自殺です。」


そんな…蘭が…死んだ…?それも自殺?

突然のこと過ぎてもう頭がパンク寸前になる。

いや、俺たちなんてまだマシだ。

娘の訃報を告げられておっちゃんと英理さんは酷く塞ぎ込んでしまった。

それからひと目も気にせず号泣だ。俺だってその気持ちはわかるよ。

かつて愛した幼馴染のあいつが死ぬなんて…どうしてだよ…

だがこれで杉下さんたちがやってきた事情は理解できた。

この人たちは毛利のおっちゃんと妃さんに蘭の死を伝えに来た。

それに子供についてもだ。

母親である蘭が死んだとなれば親権は祖父母であるおっちゃんたちに行き渡る。

だからコナンを引き渡すためにこうしておっちゃんたちの前に連れてきたわけだ。

これで一応の納得は出来た。けれど俺は蘭の子に駆け寄ることは出来なかった。

それはまるで蘭からの呪いかのように思えるこの子の姿だ。

何故当時の江戸川コナンと同じ姿をさせているのか?

それに子供に母親が居るなら当然のことだろうが父親もいるはず。

その父親について俺はある心当たりがあった。だがそれについて言えるはずもない。

何故なら…


「ところでもうひとつ、みなさんに伝えなければならないことがあります。」


そんな狼狽えている俺たちに杉下さんはスーツの胸元からある封筒を差し出した。

それは蘭が自殺する直前に記した遺書だという。

その遺書には何故か宛名にこの俺の名前が記されていた。



翌日―――


「志保、身体の調子はどうだ?」


「おかげさまで順調よ。それにしても病院に入院させるなんて大袈裟ね。」


「しゃーねーだろ。
予定日からもう1週間も過ぎてるんだ。大事に越したことはないんだから大人しくしてろ。」


翌日、俺は志保が入院している米花病院を訪れていた。

昨日のパーティーに志保が出席していなかったのも妊娠が原因だ。

ちなみに言っておくが入院している理由は志保の体調が悪いからってわけじゃない。

出産予定日から1週間が経過しているのに

未だにその傾向が見られないので母さんが大事を取って病院を手配してくれた。

こうしているとやっぱりバカ親だなと呆れてしまう。


「そう言わないでよ。お義母さんたちだって初孫なんだから仕方ないわ。」


「わかっちゃいるが過保護なのにも限度があんだろ。」


「そうかしら。
私には物心ついた頃から家族は姉しかいなかったから
こうして家族を想う気持ちは大切なものだと思うもの。」


まるでお腹の子に優しげに語りかける志保。

そんな志保を見つめながら俺は昨日のことを思い出していた。

それはあの蘭が遺した遺書についてだ。それには以下の内容が記されていた。



[新一、久しぶり。昔から新一とは一緒に居たけど手紙を出すなんて初めてだね。]


[今更だけど結婚おめでとう。それと今度は子供も生まれるんだね。]


[本当に良かったね。きっといい子が生まれると思うよ。]


[ううん、ちがうね。それを言いたかったわけじゃないんだ。]


[新一だってこんなことが聞きたいわけじゃないはずだよね。]


[それじゃあ改めて伝えるね。]


[私は爆弾を作りました。]


[爆発すればそれは人を一人確実に殺すことの出来る爆弾です。]


[森谷帝二、森敦士、引田ひとみ、爆弾の在り処についてのヒントを三人に託しました。]


[この爆弾を止めることが出来るのは新一だけ。]


[けど爆弾を新一が見つけることはもしかしたら無理かもしれない。]


[それでも私は新一にこの謎を解いて欲しいと思っています。]


[新一、それでもどうかこの爆弾を責任持って止めてほしいの。]


[それが私の最後の願い。さよなら。]




それが蘭の遺書に記されていた内容だった。

爆弾…あの蘭が爆弾を作った?

まさか…ありえない…そもそも蘭にその動機がない…

10年前の俺ならそう思ったにちがいない。だが俺にはひとつだけ心当たりがあった。

それはあのコナンという子供だ。あれは蘭が失踪する直前のことだ。

あの当時、俺は志保を選んだがそれでも蘭は諦めようとはしなかった。


『どうして!何で私じゃなくて志保さんを選んだの!?』


『それは…お前には言えねえし言う気もない…』


『いつもそればっかり!
何で大事なことを何も言ってくれないの?
新一は探偵なんでしょ!それなら本当のことを言ってよ!?』


言えるわけがない。

志保と付き合いだした理由は共に身体を小さくされて

それにより黒の組織を追っていたからだなんて教えることなど出来るものか。

その理由から俺は何度も蘭を拒絶した。だがそれでも蘭は決して諦めようとはしなかった。

ある時は一日中俺の家の前に彷徨いたり

またある時は何度も家の電話や携帯に掛けて連絡を取ろうと必死だった。

それはいつしかストーカー紛いな行いに発展するまでに至った。

これでは蘭が志保に危害を加えるのは時間の問題だった。

そこで俺は一計を案じて目暮警部や阿笠博士たちに協力を仰いで

この問題を警察沙汰に取り上げようとした。

こうなれば蘭の家族である毛利のおっちゃんや弁護士で母親のおばさんも黙っちゃいない。

いつもは親しい仲にある目暮警部や高木刑事たちから犯罪者扱いされ

さらに両親からも叱責された蘭は周りからの信頼を失い孤立してしまった。

こうなったのも蘭の自業自得といえばそれまでなのだが…

そんな蘭だったが…実は最後に会った時…こんなことを頼まれてしまった…それは…



「ねえ新一。どうかしたの。」


「いや…なんでもねえ…ちょっと考えごとをしていただけさ…」


志保に促されてようやく気づいたが過去の物思いに耽っていたようだ。

それにしても『コナン』か。蘭もよくこんな名前を付けてくれたもんだ。

蘭があの子供にコナンの名前をつけた理由は大体見当が付いている。

それはあの子の年齢を合わせれば自ずと答えは見えてくる。

今から7年前、俺は蘭にせがまれて一度だけ関係を持ってしまった。

たった一度きりのことだとお互い割り切っていた。他意なんてありはしない。

それにもし断れば蘭はさらにやばい強硬手段に出たはずだ。

だから志保を守るためにもそうせざるを得なかった。

つまり蘭の子供である毛利コナンとやらの父親はこの俺だ。

コナンを名乗らせているのは俺へのあてつけってわけだ。


「それにしても新一も父親なのね。これからはこの子のことをしっかり守ってよ。」


「……ああ。任せとけよ。」


志保からの問いに俺は力なくそう答えた。正直言って今はそれどころじゃない。

蘭が遺したのは例の遺書に記されていた爆弾のことだけじゃない。

それはコナンの存在を決して志保に知らせてはならないことだ。

志保はかつて黒の組織に利用されて毒薬を作らされていた。

それを10年だぞ。この10年掛けて俺たちは幸せを築き上げた。

そんな俺たちの幸せをこんなことで台無しにするわけにはいくものか。



「心配すんな。お前は元気な赤ん坊を生むことだけを考えていればいい。」


そんな言葉を残して俺は病室を去った。

去り際、志保は不安な顔をしていたが今は気取られるわけにはいかない。

志保には出産に集中してもらわないとならないからな。

服部が言ってたな。俺たちは責任を持たなきゃならないって…

まさにその通りだ。

俺はもう父親である身なのだから志保とお腹の子を守らなければならない。

そのためにもやるべきことはひとつだ。

蘭が仕掛けたという爆弾の在り処を突き止める。

蘭の行いで誰かが被害に合わないためにも、それに志保の身を守るためにもだ。



「あ、工藤さ~ん!こっちだよ!」


病院を出た俺はその玄関口で待っていたコナンに声を掛けられた。

恐らく蘭から俺が父親だということを伝えられていないのだろう。

だから俺のことを他人のように呼ぶわけだ。

まあそれはこっちともしても好都合だから問題ない。


「ねえ?本当に僕も一緒に行っていいの?」


「ああ、けど邪魔はすんなよ。」


「ハ~イ!やった~!事件だ~!」


母親が死んだというのにコナンはまるで遠足に行くかのようなはしゃぎっぷりだ。

まさか俺や父さんに流れる探偵の血だとでも言わないよな?

ちなみにコナンを捜査に関わらせるには理由がある。

それは蘭の指示によるものだ。

この件を捜査するならその時は必ずコナンを同行させること。

まるで10年前、コナンだった頃の自分を思い出してならない。

しかしコナンを同行させるなんてやはり蘭はコナンの正体に気づいていたのでは?

ところでコナンだけど…どうやってここまで来たんだ?

そういえばこいつ昨日は何処で泊まったんだろ。

これまでコナンの親権は母親である蘭にあった。

その蘭が死んだため、当然のことだがコナンの親権は蘭の親族に委ねられた。

だがおっちゃんとおばさんの間でかなり揉めているらしい。

おっちゃんは飲んだくれ、おばさんに関しても弁護士として仕事が多忙であるのが理由だ。

そんなコナンが昨日は何処で寝泊まりしたのか気になっていた。

するとそこへ駐車場から一台の車がやってきた。

レトロな日産のフィガロから降りてきたのは同じく昨日会ったばかりのあの人だ。



「お待たせしました。それでは行きましょうか。」


「あなたは確か杉下さんですよね。何であなたが付いてくるんですか?」


「当然ですよ。現在コナンくんは僕たち特命係が預かっているのですから。」


なるほど、まだ親権がハッキリしていない以上は

おっちゃんたちにコナンを引き渡すわけにいかない。だから警察で保護しているわけか。

しかしこんな託児所のような仕事を警視庁の刑事がやるものなのか?

特命係ってのはどんだけ暇なんだよ…


「それに爆弾なんて物騒な話が出た以上、警察として捜査しなくてはなりませんからね。」


どうやら杉下さんは俺たちに同行する気満々だ。

そういえばもう一人、

確か昨日はいたはずの冠城さんって人がいないようだがなにやら別件で動いているらしい。

つまり警察で今回の爆弾について動けるのはこの人だけってことになる。

ちなみに同じく警察の目暮警部や服部は現状では動くことは出来ない。

警察は被害が出てからしか動けない。

探偵ならその辺りの自由が利くから煩わしくなくていいんだけどな。



「それでは行きましょう。蘭さんが仕掛けた爆弾を止めなければなりませんからね。」


「僕も!僕も頑張るからね!」


警視庁の厄介者とそれに蘭の子供が付き添いか。

コナンだった頃はおっちゃんと蘭を連れて

三人で現場に足を運んでいたがまさか昔と同じことになるとはな…

とにかく動けるのは俺たち三人だけ。

そしてやるべきことはハッキリしている。蘭が仕掛けたという爆弾を止める。

それにもうひとつ、俺の妻にして出産間近である志保。

あいつとそれにお腹の赤ちゃんの命をなんとしても守らないとな。

蘭、お前が作った爆弾は必ず俺が止めてみせる!



「それでは行きましょう。蘭さんが仕掛けた爆弾を止めなければなりませんからね。」


「僕も!僕も頑張るからね!」


警視庁の厄介者とそれに蘭の子供が付き添いか。

コナンだった頃はおっちゃんと蘭を連れて

三人で現場に足を運んでいたがまさか昔と同じことになるとはな…

とにかく動けるのは俺たち三人だけ。

そしてやるべきことはハッキリしている。蘭が仕掛けたという爆弾を止める。

それにもうひとつ、俺の妻にして出産間近である志保。

あいつとそれにお腹の赤ちゃんの命をなんとしても守らないとな。

蘭、お前が作った爆弾は必ず俺が止めてみせる!

とりあえずここまで

これより新一くんと右京さんが協力して蘭が作った爆弾を見つけに行きます

期待

爆弾といっても殺傷能力がある方ではなく
情報の開示の可能性も

せめて振るなら事情を全部説明したらいいのに…
ずっと文句も言わずに待ってたのに帰ってくるなりいきなり振られたらそりゃ納得行かない

というか今のコナンにも右京さんいたらさっさと解決しそうなのにね

また灰原オタクか

元々かーちゃんと親友の妃先生はまだしも
よく園子に絶縁されなかったな
ストーカー作戦やったとしても
バーーーローーとどっちを取るかって言えば蘭をとりそうなんだが

>>35
蘭派になる理由がないからな
園子の方が良いし

次いつ来るの?

長らくお待たせしました。
これより全部上げてきます。



FILE.1


ここは森谷邸。

案内された客間にて俺たちはある男を待っていた。

その男の名は森谷帝二。

この家の主にして東都大学建築学科教授だった男だ。

ちなみに待たされてからもう10分も経過しているのだが…


「それでね僕はやっぱり四つの署名が最高だと思うんだ。」


「なるほど、あの作品はコナン・ドイル氏のシリーズの中で世界的に評価の高い作品。
ちなみにタイトルは四つの署名ですが原題がFour Signsであることから
四人の署名が原作のタイトルとして正しいのではないかと意見もありますねえ。
斯く言う僕も後者の意見なんですよ。」


「でもあの話って…
警察は手柄を得てワトスンは恋人も出来たのにホームズはいいこと何もなかったよね。
そこがちょっと納得いかないんだ。」


「確かに物語において主人公が報われないという展開もありますよ。
ですが僕はこう思います。シャーロックホームズとは孤高の人物であると…」


「孤高の人物…?」


「そう、孤高です。
決して己の名誉に囚われない孤高の生き方だからこそ
今も尚、世界中に名探偵である彼を慕う人たちがいるんですよ。
それこそ僕やコナンくんのようなファンの人たちがね。」


まったく気楽なもんだ。

二人は親子ほど世代が異なるってのにホームズトークに夢中だ。

俺だってホームズのファンだ。蘭の爆弾騒動がなければこの会話に入りたかった。

けど今は爆弾のことに集中しなきゃならない。

蘭が作ったという爆弾は形状もその破壊力も不明だ。

そんな正体もわからないモノを探し出して爆発を阻止しなければならない。

まさに雲を掴むような事件だ。




「ところで工藤さん。」


「あ、そんなさん付けなんてしなくていいですよ。俺の方が年下ですから。」


「そうですか。それでは工藤くん。キミもコナンくんと話しませんか。」


「話って…何で…」


「この子のお母さんである蘭さんとはキミが昔からの幼馴染だと聞いていますよ。
それでキミはホームズの大ファンで家にもたくさんの推理小説があるらしいですね。」


「幼馴染ってどうしてそのことを知ってるんですか?」


「それは蘭さん本人から直接聞きましたからねぇ。」


蘭から直接聞いた?

ちょっと待て。この人は生前の蘭と知り合っていたのか?

そのことを杉下さんに問い質そうとした時だ。




「まったく探偵とは挙って子連れで来るものなのかね。」


一人の男が俺の前に現れた。この男を俺は知っている。

この家の主にして蘭が用意した爆弾のヒントを知る森谷帝二だ。


「森谷帝二。久しぶりだな…」


「久しぶりだと?お前と直に会うのは今日が初めてのはずだぞ。」


おっと、やべえ。森谷の言う通りだ。

俺はこの男と直接会うは今日が初めてってことになるんだよな。

10年前は電話越しで相手をしていたんだ。

だが本当はそうじゃない。この男とは10年前にとある事件で対峙した。その事件とは…


「森谷帝二、元東都大学建築学科教授。
ですが10年前にこの都内の数箇所で爆発事件を起こした。
その動機はかつて自分が作った建築物の排除。
何故ならそれらの建築物は完全なる左右対称のシンメトリーではなかったこと。
そうですね。」


森谷の犯行動機を淡々と説明する杉下さん。

10年前、高校生探偵工藤新一にある挑戦が叩きつけられた。

それは都内の数箇所に爆弾を設置したというモノだ。

捜査を進めていくうちに爆弾が設置された箇所に森谷の建築物が有ることが判明。

一連の爆弾事件の犯人は森谷。

動機はヤツが手がけていた

西多摩市の新都市計画を視聴逮捕により台無しにした俺への復讐。

さらに若い頃に手がけた建築物が完全なるシンメトリーに出来なかったために

忌むべきモノと判断して処分したかったとのこと。

さすが自らの本名であった「貞治」を左右対称になる「帝二」にするほどの病気っぷりだ。

だが森谷は自らの犯行を暴かれても動じるどころかさらなる一手を仕掛けた。

予算の都合で完全なるシンメトリーにならなかった米花シティービルの爆破を決行。

そのビルには偶然にも蘭が居た。

俺は蘭の協力を得て爆弾の解除を行い…最後は…


「まさか彼女が運命の赤い糸を切りたくないからという理由で青い線を切るとはな。
さすがの私もこればかりは予想できなかったよ。
だがその赤い糸は結局断ち切れてしまったようだが…」


俺を蔑むように見下す森谷。

ヤツの言うように

俺はタイムリミット寸前まで赤と青の線のどちらを切ればいいのかわからなかった。

だからその苦肉の策として俺は蘭にその選択肢を委ねた。

結果としてそれは成功したからよかったが…

そんな森谷だが俺の前にあるファイルを持ち出してきた。それはスクラップ記事。

そこにはこんな見出しが…




『真実はいつも一つ。』


いつも俺が犯人を挙げた時に使う決めゼリフだ。


「相変わらずのご活躍じゃないか。まったく…」


ファイルにはこれまで俺が解決した事件の記事が載せられていた。

どうやら刑務所にいても俺の活躍は聞き耳を立てていたようだ。

その中には10年前のある大捕物に関する記事まであった。

それは俺にとって忌むべきものだ。


「これは10年前に工藤くんが壊滅させたある犯罪組織の記事ですね。」


そこに記されていたのは俺が黒の組織を潰した記事だ。

今となっては懐かしいな。

コナンになってから俺は黒の組織が関与した様々な事件を追い続けた。

そんな事件に関わるうちにようやく黒の組織を検挙してみせた。


「この事件、警視庁は一切関与せずに終わったそうですね。
僕も人伝てで事件の顛末を聞きましたが
この組織が潰れたことで政財界の大物たちが挙って検挙されたとのことでしたね。」


杉下さんがこの記事で書かれていないことを補足してくれたが

この事件はFBIと公安の合同捜査で行われた。

その際、警視庁は一切関与することはなかった。

何故ならヤツらの組織は世界中にそのネットワークを張り巡らせていた。

事実、警察の幹部にもヤツらの仲間が存在していた。

勿論目暮警部や高木刑事のことは信頼している。だがそれとこれとは話が別だ。

黒の組織を倒すには完璧な体制で整わなければならない。

だからこそ公安やFBIの信頼できる人間たちで対処するしかなかった。




「相変わらず大層なご活躍ぶりだな。工藤新一。」


「悪いがアンタの皮肉を聞いてる暇はねえ。さっさと蘭が仕掛けた爆弾の在り処を吐け。」


「まあそう焦るな。
こうしてお互いようやく顔を合わせたんだ。この出会いを少しは分かち合おうじゃないか。」


森谷にしてみれば10年越しでようやく因縁の相手と出会えたから感慨深いってか。

だが悪いがアンタは俺が二度と会いたくない人間の一人なんだよ。

何故なら俺は米花シティービルの爆破事件で蘭に爆弾のケーブルを切る最中で

最後に切るケーブルをどちらにすべきか決めかねていた。

結局その決断を事件とは何の関係もない蘭に託しちまった。

もしも蘭が決断を間違えていたらと思うと今でもゾッするからな。

だが今はこいつから蘭が仕掛けた爆弾について問い質さなきゃならない。

蘭がこの男にヒントを託したのは恐らく森谷がかつて爆弾犯だったからだ。

こいつが蘭に爆弾の製造方法を教えた可能性がある。

つまりこいつは蘭の協力者。すなわち共犯者である可能性はかなり高い。


「フン、どうせ私があの娘に爆弾の製造を教えたとでも考えているだろうが…
それは無理だぞ。私が刑務所から出所してきたのは今から1週間前だ。
そんなたった1週間で爆弾の作り方を教えるなど無理に決まっているだろ。」


そのことを聞いた俺はすぐさま目暮警部に確認の連絡を取るがどうやら本当のようだ。

10年前の爆発事件で森谷は懲役10年を求刑されていた。

あれだけの爆発事件を起こして10年は短いと思われるが

幸いにも死者がいなかったことが減刑になった理由だ。

とにかく森谷の証言は事実であることはわかった。

だがそれでもまだこの男が蘭の協力者である可能性は否定出来ない。

かつてあれだけの事件を起こした男だ。

それに10年前から俺への復讐心も未だに抱いている。

つまり蘭の爆弾作りに森谷が協力しているという線はかなり濃厚だ。




「ひとつよろしいでしょうか。」


そんな険悪な雰囲気で対峙する俺たちに対して杉下さんが声を掛けてきた。

いや、この空気を少しは読んで欲しいんですけど…


「このファイルですが奇妙な点があります。
10年前から工藤くんの事件を載せていますがある空白の時期がありますね。
その時期がちょうど森谷さんが事件を起こした時期と重なります。」


「ちょっと杉下さん。それがどうしたっていうんですか?」


「あ、失礼。
ですが頻繁に事件を解決している工藤くんが一時期マスコミの前に姿を見せなくなった。
どうしても気になったもので、細かいことが気になるのは僕の悪い癖でして…」


「確かに私も気になるところだ。
今まで頻繁にマスコミの前で姿を見せていたお前が姿を消した。
一時期は死亡説すら流されていたほどだからな。」


まずいな。趣旨がズレ始めている。

こんなヤツのペースに乗せられるわけにはいかない。

だがそんな俺の思いとは裏腹に杉下さんは森谷が調子づくような質問を行い続けた。




「森谷さんにお尋ねしたいことがあります。
これだけの記事を載せているということは工藤くんのことを観察している。
つまり彼への観察眼はかなりのもの。
そんなあなたから見て彼の人物像とはどういったものでしょうか?」


おい、何でいきなり俺の話になる?しかも人物像って…


「工藤の人物像か。面白い、答えてやろう。
長年こいつの手掛けた事件を調べてわかったことがある。
こいつは目立ちたがり屋だ。常に誰かからの称賛を求めている。
恐らく高名な推理小説家の父親かもしくは名女優だった母親の血なのかもしれんな。」


そんな杉下さんの質問に淡々と答える森谷。

それからその証拠だとでもいうようにファイルの中にある見出しを取り出した。

そこには書かれていたのは…
 

『工藤新一、かつて某遊園地に行った帰り道で取引現場を目撃。』


『その際に組織の人間を尾行して以降、彼らを追うようになった。』


『その後、彼の手によりこの組織は壊滅へと追い込まれる。』


『まさに日本警察の救世主!平成のホームズ!迷宮なしの名探偵』


俺が黒の組織を一網打尽にするきっかけが綴られた記事が掲載されていた。

それと俺を称賛する言葉の数々までもが飾られていた。

ちなみにこの記事には少しだけ異なる部分がある。

それは俺がコナンになった経緯だ。

目撃した取り引きでヤツらの仲間に襲われて体を小さくされたなんて言えるはずがない。

だからそのことだけは隠して記事に掲載してもらった。

それにこのことを公にするつもりなど毛頭ない。

まあヤツらを一網打尽にしたことでそれまで下回っていた俺の評判はさらに高まった。





「その事実を踏まえてある疑問が浮かびます。
確か森谷さんの一連の爆破事件を解決したのは世間では毛利さんということになっていた。
今の話からして事件は工藤くんが解決したはずなのに
何故キミは毛利さんにその手柄を譲ったのですか?」


何故って…それは…

あの当時は黒の組織を追っている最中だった。

ジンとウォッカ。俺の身体を小さくさせた二人。

俺はあの二人に襲われて毒薬を飲まされた。

つまりもしもあいつらに工藤新一が生きていると嗅ぎつけられたら

当然ヤツらは俺を始末しにやってくるだろう。

そうなれば一大事だ。蘭やおっちゃんたちの命が危ない。

だから俺はおっちゃんに森谷逮捕の手柄を譲るしかなかった。

だがその事実をこの杉下さんに告げるわけにはいかない。どうにか誤魔化さないと…


「あの頃はもっと厄介な事件を追っていたんで表舞台には顔を出せなかったんですよ。」


「厄介な事件というとやはり例の組織を壊滅させた事件ですか。
そういえばこの事件が暴かれるまで工藤くんの活躍は耳にしませんでしたねぇ。
キミはこの組織を一網打尽にするために秘密裏に捜査を行っていたのですか?」


「まあそんなところですね。その間は毛利さんが頑張っていたみたいですから…」


この杉下さんだけど何か調子が狂うな。

まるで俺が取り調べを受けているみたいな気がする。

とにかく杉下さんは納得した様子を見せて引っ込んでくれた。

とりあえずこの人のことはどうでもいい。

今は森谷だ。こいつからなんとしても情報を引き出さなきゃならない。




「それでアンタは蘭から何を頼まれたんだ。」


「頼まれたといっても大したことじゃない。
出所してすぐに彼女から手紙が届いた。内容を教えるつもりはないが…」


やはり予想通り大人しく教えるつもりはないか。

警察なら令状でもあれば大人しく見せてくれるのだろうが生憎と俺は探偵だ。

その探偵に強硬手段は取れない。それは隣にいる杉下さんも同様だ。

まだ何も事件は起きていない。

そんな状況で令状も出なければ警察だって蘭が森谷に送った手紙を調べることも出来ない。

まったく厄介だな。


「まあそれでも彼女からあるメッセージを預かっている。
だがその前にアドバイスをくれてやる。その方が面白いのでな。」


「アドバイスって一体何についてだ。」


「勿論、爆弾についてだよ。それについてレクチャーしてやると言っているんだ。」


森谷は元大学教授。どんな形であれ人に物を教えることに悦びを感じていた。

だが爆弾についてレクチャーするだと?

あまりにも意味不明すぎる。爆弾なんて爆発するだけの代物だろ。

それ以上の意味などないはずだ。



「爆弾とはすべてが木っ端微塵に吹き飛ぶ代物だ。そう、すべてが吹き飛ぶんだよ。」


「だが10年前に私がお前に仕掛けた爆弾。あれでお前の周りにあるものは吹き飛んだか?」


「そんなことはなかった。忌々しくもお前は今もこうして無事だ。
それを踏まえるなら10年前に私が仕掛けた爆弾は単なる失敗作だったよ。」


悔やむように当時の爆弾騒ぎを失敗と語る森谷。あれが失敗だと?冗談じゃない。

あれだけの騒ぎを起こして死者が出なかったのはまさに奇跡だ。


「だが毛利蘭。彼女が作った爆弾はある意味完璧なものだ。」


「お前は決してこの爆弾から逃げることなどできない。」


「この爆弾は確実にお前の全てを吹き飛ばすほどの代物だ。」


「そしてこれが彼女から預かったメッセージだ。」


『爆弾の形は工藤新一が忌むべきモノ』


森谷が蘭から言付かったメッセージはそれだけだった。

俺の忌むべきモノ…ダメだ…抽象的過ぎてさっぱりわからねえ…

だが気になるのは森谷のアドバイスだ。

蘭が仕掛けた爆弾は確実に俺の全てを吹き飛ばす。

森谷は不気味な笑みを浮かべながらそう語った。

俺の全てを吹き飛ばすだと?

もしかして蘭は既に俺の身近に爆弾を仕掛けているとでも言うのか?

クソッ、それは一体どこだ?どこに仕掛けてあるんだ?

そんな頭を悩ませる俺に対して森谷はコナンに注目していた。




「ところで坊や、随分と顔色が悪そうだが大丈夫かね。」


「平気だよ…ちょっと気分が悪いだけだから…」


「そうか。それならお菓子でも食べなさい。ほら、遠慮せずに食べなさい。」


「うん、おじさんありがと。」


どういうわけか森谷はコナンにお菓子を与えようとした。

さすがに探偵の俺や刑事の杉下さんが居る前で毒など盛るとは思えない。

だから特別警戒する気はなかった。

だが脳天気に菓子を受け取ろうとするコナンに俺は思わず苛立った。


「やめろ。受け取るな。」


「え…でも…食べていいって…」


「今はそんなことしてる場合じゃないだろ。一刻も早く爆弾を止めなきゃいけないんだ。」


それから俺は戸惑うコナンを連れてこの場から出ようとした。

これ以上この場にいても何の手がかりも得られないだろうと判断したからだ。


「フン、小さな子に八つ当たりは頂けんな。」


「うるせえ、こっちは必死なんだ。
これから子供が生まれるかもしれない大事な時期に爆弾騒ぎに巻き込まれたんだからな。」


「ほう、子供か。それはめでたいな。おめでとう。拍手を贈ってあげよう。」


わざとらしくパチパチと拍手を贈る森谷。

それが皮肉であることは明白だ。その行動に冷静さを欠かされ俺の苛立ちは募るばかり。

もうこんなところ一秒たりとも居られるか。俺たちは急いでこの森谷邸をあとにした。




FILE.2


森谷邸をあとにした俺たちは

次に会う人物との待ち合わせのためある場所へと立ち寄っていた。

それはとある団地。その一室は現在立ち入り禁止となっている。

理由はつい先日、ここで飛び降り自殺があったからだ。

そう、俺の幼馴染である毛利蘭の自殺現場。それがこの場所だ。


「ここに蘭が子供と一緒に住んでいたんですね。」


「ええ、その最上階である一室に蘭さんはコナンくんと親子二人で暮らしていたました。」


「ところで杉下さん。
あなたは蘭と知り合いだったみたいですけどいつからの付き合いなんですか?」


「そうですねぇ。それでは少し話しておきましょうか。」


それから杉下さんは蘭と関わることになった出来事を話してくれた。

実はこの付近で下着ドロの事件が多発していた。

そこで杉下さんと冠城さんの特命係が出向くことになったらしい。

何で本庁の人間が下着ドロの捜査に駆り出されたのかはこの際置いておこう。

まあそれで捜査を進めていくうちにこの団地の住人に住む男が怪しいと判明。

だが困ったことに決定打となる証拠がなかった。

いくら下着ドロの事件でも犯人と思わしき証拠がなければ逮捕は難しい。

そんな時だった。


『僕、犯人知っているよ。』


偶然にもコナンが犯人を目撃していた。

他の大人は信じなかったがその証言を唯一信じた特命係の二人は犯人の家宅捜査を強硬。

そこで証拠が上がり犯人を検挙することが出来た。




「その時に蘭さんと知り合いコナンくんの素性を知りました。」


蘭がシングルマザーであること、それにコナンを一人で育てていること。

それに過去、俺にストーカー行為を行ったことも話したという。

だが蘭が話したことはそれだけではなかった。


「江戸川コナンくんについても話してくれました。」


江戸川コナン。10年前、黒の組織によって小さくされたこの俺の仮の姿。

そして今では蘭の息子であるコナンがその名を受け継いでいる。


「蘭からコナンのことを聞いたってどこまで知っているんですか?」


「まあ色々ですねぇ。
江戸川コナンくんは元々工藤くんの家の隣近所に住む阿笠さんの親戚の子だった。
そのコナンくんを阿笠さんは蘭さんに預けた。
蘭さんの家は探偵事務所。
そこに預けられたコナンくんは蘭さんの父親である毛利小五郎さんと共に
事件現場に訪れて現場をウロウロしていたとか…」


まあ大筋はそんなところだ。

蘭の家に潜り込んだのは黒の組織の手掛かりを掴むため。

探偵事務所なら警察では取り合わない厄介な面倒事が依頼される。

その中には黒の組織絡みの依頼だってあるかもしれない。

それを解けば黒の組織への手がかりが見つかるはず。

だから俺は正体を隠して蘭の家に居候した。




「ちなみに江戸川コナンくんのことは僕も知っていますよ。
よく事件現場で目撃される少年だと警視庁でもっぱらの噂になっていましたからねぇ。」


確かに毎度事件現場を彷徨いている子供なんて噂にされるのも当然か。

ちなみに昨日、杉下さんがコナンをパーティー会場に連れてきた理由もそれだった。

当時の江戸川コナンを知る俺たちに

この蘭の息子であるコナンを見せてその反応を確かめたかったとか…

結果は杉下さんの予想通り

俺を含めた会場にいた殆どの人間が当時の江戸川コナンにそっくりだったことに驚いた。


「あの反応からしてみなさん本当に驚いていました。
コナンくんが当時の江戸川コナンくんに瓜二つなのは間違いなかった。
ですがひとつ疑問があります。
何故コナンくんは江戸川コナンくんに似ていたのでしょうか?」


その疑問にドキッとしながらも俺は知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

何故蘭が息子にコナンの名前をつけたのかはわからない。

俺に心当たりがあるとすれば

過去に蘭は何度か江戸川コナンの正体が俺だと勘繰ったことがある。

その時は博士や母さんが言い訳してくれたり

志保が用意してくれた未完成の解毒剤でどうにか誤魔化せた。

だがその疑惑を完全に晴らすことは出来なかったのかもしれない。

だから蘭は自らの息子にコナンの名前を付けた。

つまりこれは俺へのあてつけみたいなもんだ。

とりあえずその話は置いといて俺たちはこの団地の一室に入ろうとした。




「警部殿…またですか…」


「まあ今回は杉下警部が第一発見者ですけど…」


さて、さっそく部屋の中に入ろうとする俺たちの前に二人の刑事たちが立ちはだかった。

それは俺も一応面識はあるが

目暮警部たちと同じ捜査一課に在籍している伊丹刑事と芹沢刑事だ。

よりにもよってこの二人か。この人たち苦手なんだよなぁ…


「お二人ともご苦労さまです。ところで現場検証の結果はどうですか?」


「やっぱり自殺ですよ。殺しの線は無しですね。」


「警部殿やそこにいる小僧の証言もあるように自殺であることは間違いありません。
殺人じゃない以上は警部殿が興味を引くことなんて何もありはしませんよ。
だから俺たちも本部に戻るところです。」


「そうかもしれません。ですがまだ気になることがあるので立ち入らせてもらいます。」


まあそんなわけで俺たちは現場に踏み込もうとするのだが…


「ちょっと待て。工藤新一、お前はダメだ。」


あぁ…やっぱりそうくるよなぁ…

だから伊丹さんは苦手なんだよ。



「お前、毎度土足で現場に乗り込んできやがって。何様のつもりだ!」


「けど杉下さんとそれにコナンくんは現場に入って行きましたよ。」


「警部殿はいつものことだしそれに一応警察の人間だからいいの。
それにあのコナンくんもこの家の住人だから許可してるんだよ。
でもキミはこの件に関して部外者なの。だから立ち入り禁止。わかった?」


問答無用で足止めを喰らった。

俺はこの二人から酷く嫌われている。

その理由は簡単。警察の人間でもないのに現場に踏み込むからだ。

警察にだって様々な人間がいる。

目暮警部たちのように捜査協力を快く思う人間もいれば

伊丹さんたちみたく部外者である俺を毛嫌いするタイプと千差万別。


「俺らは目暮警部とはちがうんだよ!
あの人は昔馴染みのお前みたいなのに頼りがちだが俺たちはそうはいかねえ!」


「そうだよ。俺たちにはいざとなったら杉下警部がいてくれるからね!」


「コラ、芹沢!情けないことを言うんじゃない!
とにかく手柄を挙げりゃ平成のホームズだとか煽てられやがって…
もしお前が冤罪でも起こしたらどう責任を取るつもりだ!?」


冤罪ねえ、悪いがそんな失敗はこれまで一度も起きちゃいない。

俺が憧れとする名探偵シャーロック・ホームズ。

その彼と同じく探偵である俺はいつだって真実を暴き出してきた。

今回だってそれは変わらない。

結局、杉下さんが仲裁してくれて俺も現場に入ることができた。

けれど伊丹さんは最後まで不満そうだったが…




「あら、新一くん。来ていたのね。」


「妃のおばさん。どうしてここへ?」


「私は蘭の母親だからよ。娘が亡くなった以上、遺品整理をしなきゃならないわ。」


俺たちよりも早くこの現場に訪れていた蘭の母親である妃さん。

自殺と判断された以上、警察の捜査は終了する。

だからこうして蘭の親族であるおばさんが部屋の整理を行えるわけだ。


「そういえば小五郎さんはどうしたんですか?」


「あの人は…どうせ事務所で飲んだくれているはず…
今まで必死になって探していた娘が死んだのだから遺品整理なんてする余裕はないわ。」


まあしょうがないか。

おっちゃんはこの7年間、必死で蘭を探していた。

だが昨日、蘭の自殺を知らされてその努力は無駄に終わった。

それを思えばむしろ妃さんの反応こそドライなのかもしれないな。


「おばさんは平気ですか?」


「さあ、けど今は動いていた方が楽なの。むしろジッとしていると落ち込みそう…」


おばさんは気丈に振舞っているがそれでも蘭の自殺については未だに戸惑いを見せていた。

無理もない。実の娘が自殺したのに気丈でいられるものか。

そんなおばさんだが蘭の遺品整理の品々を並べていた。

その中で杉下さんはあるモノに注目した。それは貯金通帳だ。




「この通帳ですが
名義が江戸川コナンになっていますが何故コナンくんの名義ではないのでしょうか?」


その通帳を見て俺はあることを思い出した。

それは10年前のこと、当時コナンでいた俺の前にある女性が現れた。

その女性の名は江戸川文代、江戸川コナンの母親だと名乗っていた。

だがそれはありえない。江戸川コナンは俺が作った架空の人物。

この女が黒の組織の一員ではないのかと疑った俺はすぐに捜査を開始。

まあその正体は俺を恐がらせようと企んだ父さんと母さんの芝居だった。

父さんたちは俺を連れて行こうとしたが俺は断固として拒否。

黒の組織との戦いはなんとしても俺の手で決着をつけなければならない。

父さんたちに手出しはしてほしくなかった。

そのため母さんは再び毛利探偵事務所に俺を預けた。

この江戸川コナン名義の通帳はその際に江戸川コナンの養育費として用意されたものだ。

そういえばこの通帳だけど…

10年前に事件が解決した後、

毛利家を出る際に蘭は母さん(変装した姿)に返そうとしたが

何故か母さんが今まで面倒を見てくれたお礼だと言ってそのまま受け取っていたんだ。

だからこうして蘭の手元に有るわけか。


「この通帳のお金、元々は1000万円もあったようです。
子供の養育費には高額ですね。
つかぬ事をお聞きしますが江戸川コナンくんのご家庭はかなり裕福だったのですか?」


「え…それは…たぶんそうじゃないですかね…」


杉下さんの質問に俺は曖昧な返事をしたが…

まずいな。江戸川コナンの両親なんて存在しないから答えにくい。

それにしても母さんも1000万もポンと出すとか気前が良すぎたな。

当時はそのおかげで毛利のおっちゃんが金に目が眩んで俺を受け入れてくれたが

今にして思うとこの金額は少々高額すぎたんじゃないか?



「この貯金通帳、中身を見ると7年前から積立が行われていますね。
それから使われた形跡がほとんどない。
恐らくこれはコナンくんの養育費として積み立てていたみたいですよ。」


コナンの養育費か…

まあ当然だがコナンだってこれから成長するに連れて金が掛かる。

それなら新たに口座を作ればいいはず。

だが蘭はかつての江戸川コナンの口座をそのまま利用している。

まるで過去の繋がりを断ち切りたくないような未練に思えてならない。

ちなみに蘭の遺品はそれだけではない。通帳の他にもうひとつ見つかったものがある。


「蘭も結構マメね。こんなノートを遺していたなんて。」


それは数冊のノート。それは息子であるコナンの成長記録に関する日記だ。

もしかしたらこの日記に爆弾に関することが記載されているのかも…

そう思った俺はすぐに日記を読み始めた。




○月×日 

今日、私に子供が生まれた。それは元気な男の子。

名前はコナンと名付けた。あの江戸川コナンくんと同じ名前。

新一がいなくなったあの日、入れ替わるように現れた不思議な少年。

こんな名前を付けて私は酷い母親なのかもしれない。

ごめんね。赤ちゃん。でもあなたの名前はこれ以外考えられなかったの。

だって…あなたは…私が愛した人の子だから…


△月○日

今日は初めての公園デビュー。

この辺りの家族連れは夫婦挙って公園へと趣いている。

けど私たちはちがう。コナンには父親がいない。

それは過去に犯した私の過ちが原因でそのことにどうしても引け目を感じてしまう。

これは最初から覚悟の上だ。それでも私はコナンを生んだ。

けどやっぱり両親が揃っていた方が子供には良かったのかもしれない。

それは私が子供の頃…感じたことなのに…

ごめんねコナン。私もお父さんやお母さんと同じことしちゃっているね…


×月△日

今日は七五三の日。

コナンも無事に三歳を迎えられたのでそのお祝い。

買ってあげた千歳飴を美味しそうにペロペロと舐めている。

本当に元気に育ってくれてよかった。

母子の二人だけの家庭だけどそれでも私たちは幸せだ。

どうかこの幸せがいつまでも続きますように。


それが日記の内容だった。

コナンが生まれて三歳になるまで特に問題と思える出来事はない。

そうなるとこの後に今回の爆弾騒動を引き起こす何かが起きたというわけか。

そう考えた俺はさらに日記を読み漁った。すると日記の内容にある変化が見られた。





○月×日

今日はコナンの5歳の誕生日。

お誕生日のお祝いをする予定だったけど…コナンが突然倒れた。

気になった私はすぐに病院へ連れて行ったけど先生からは特に異常はないと診断された。

重い病気でなくてよかった。けどいつも元気だったのに何で急に倒れたんだろ?


□月△日

またコナンが倒れた。

これで5回目。おかしい。こんなに頻繁に倒れるなんて何かある。

そう思った私はコナンを連れて精密検査を行ってくれる総合病院へ向かった。

けど検査の結果は前と同じく何もなし。

そんな…ありえない…5回も倒れて異常がないなんてそんなことあるわけないでしょ…


△月×日

今日は大学病院で精密検査を受けた。

そしたらようやく異常を発見してもらうことが出来た。

私にはよくわからないけど体内のテロメラーゼ活性が異常だとかそんな話だ。

そんな難しい話はとにかく治るのかと率直に聞いた。

けど先生の答えは唯一つ、わからない――――。それだけだった。




○月□日

今日は二人でトロピカルランドへ行ってきた。本当に楽しかった。

けど帰ってきた直後にコナンが倒れた。きっと無理していたのね。

最近はこの団地も痴漢なんかが現れて危ないって時なのに…

こんな時だというのに周りには頼れる人がいない。

お父さんやお母さん、園子や目暮警部は無理だ。

過去に私がストーカー行為を犯したせいで味方になってくれるはずがない。

それなら新一…いいえ…無理よ…

だって新一は私じゃなくて志保さんを選んだ。

それに新一は私に本当のことなど教えるはずがない。けどこのままじゃコナンが…


□月○日

またコナンが倒れた。コナンは平気だと言っているけど嘘だ。顔色が悪いのがよくわかる。

コナンの身体はもう限界だ。このままだとこの子の命が危ない。

もう一刻の猶予もない。だから私は決断しなければならない。

まだ何も知らないコナンは私の膝下で可愛い寝顔をしながら眠っている。

ベランダから車の排気音が聞こえてきた。

どうやらこの前痴漢を逮捕してくれた特命係の人たちが駆けつけたみたい。

あの人たちならコナンを新一に会わせてくれるはず。

これで準備は整った。あとは実行するだけ。

けど…この子を一人ぼっちで置いてかなきゃいけないなんて…

昔と同じだ。私も自分の子供にお父さんやお母さんと同じことをしている。

ごめんねコナン。ダメなお母さんでごめんなさい。

でもこれだけは覚えておいて。お母さんはあなたのことを愛しているわ。

だから必ず生きて―――――




日記はそこで終わっていた。

爆弾に関する記述はまったく無かったが

蘭がコナンの体調不良について悩んでいたことだけはわかった。

それから俺は日記を読み終わるとこの部屋のベランダへと移った。

ここから蘭は飛び降りた。けどそれは何故だ?

そんな疑問に思う中、杉下さんは悔やむようにこう語りだした。

それは蘭が自殺する直前の出来事についてだ。


「一昨日のことでした。
その日、僕たちは勤務を終えて
いつも立ち寄る花の里の飲み屋に行こうとした時のことです。
ある連絡が入りました。先日の痴漢騒動で知り合った蘭さんから自殺を仄めかす連絡です。」


『これから自殺する。すぐに来てほしい。』


それが蘭からの連絡だったそうだ。

その連絡を受けた杉下さんと冠城さんはすぐにこの団地に向かった。

だが彼らがたどり着いたと同時に蘭は団地から飛び降りた。

その現場を目撃した杉下さんが言うにはまるですべてを見計らったかのような行動だった。

どういうことだ。辻褄が合わない。

日記を読んだ限りでは普段の蘭は子供のことを想う良い母親だと思う。

それがどういうわけか爆弾騒ぎを仄めかしてしかも自殺まで…

この不可解な行動は一体何だ?この背景に何があるというんだ?

それから俺は他にも何か手掛かりになるようなモノはないかと家の中を隈なく探した。

だが他には何も見つからない。爆弾に使われそうな爆薬の類も一切の痕跡がない。

ここではない何処かで爆弾を作っていたのか?たとえば職場とか…

いや、そんなわけないか。

もし職場で爆弾なんて作っていたら他の同僚に見つかる可能性が高い。それならどこへ?

俺は爆弾の行方について未だに思考を辿らせていた。

そんな俺を尻目にコナンは杉下さんにこんなことを聞いていた。



「ねえ杉下さん。お母さんは悪い人なんかじゃないよね。」


「ええ、まだ確信には至っていませんが僕もそう思います。お母さんを信じてください。」


「それじゃあ僕が絶対にお母さんが無実だって証明しなきゃ!僕は名探偵だもん!」


まるで10年前の少年探偵団の連中みたく意気込むコナン。

それを応援するかのような発言をする杉下さん…

まったくまだ何の確証も得てないのに冗談じゃない。


「杉下さん、まだ捜査は終わっていません。
それなのに迂闊なことを発言するのは控えてください。」


「失礼、確かにまだ憶測の域ですからねえ。」


「それにおめぇもだ。自分のことを安易に探偵だとか言うな。」


「でも…僕は…」


「いいから捜査の邪魔すんなよ。」


正直自分でもこんな小さな子供に冷たいことを言っていると思う。

母親を亡くしたばかりのコナンに優しい言葉の一つも掛けないんだからな。

悪いが俺には余裕がない。志保はまもなく子供を産む。

それなのに蘭の爆弾騒ぎを知ればあいつは心を痛むだろう。

唯でさえ志保は黒の組織絡みで蘭に負い目を抱いている。

だからこの件を志保に知られることなく一刻も早く解決させなきゃならない。

それなのに子供が現場を彷徨いているなんて邪魔でしかない。

蘭の指示でもなければこいつを連れてくることなんて決してありえなかったのにな。




「おやおや、名探偵さまは子供にお厳しいことですねぇ。」


そんなついコナンに八つ当たり紛いなことをしてしまった時だ。

この場に一人の男が姿を現した。

それは蘭が爆弾のヒントを託した人物にして俺たちがこの場で待ち合わせしていた相手。

『森敦士』

この男は先ほど会った森谷のような犯罪者ではない。彼は新聞記者だ。

そもそも俺と蘭がこの男と関わったのか一度きり。

あれは俺がまだコナンだった頃のこと。

スキーロッジ殺人事件。

冬の雪山で俺と蘭とついでに園子は小学校時代の恩師である米原晃子先生と再会。

彼女の誘いを受けて俺たちはロッジへ向かうがそこで殺人事件に遭遇。

次々に事件が起きる中で俺は犯人を特定することができた。しかしひとつ問題があった。

それは目の前にいるこの男、森敦士の存在だ。

この男は新聞記者、もし俺が工藤新一の名を使って事件を暴けば当然記事にするはず。

当時、黒の組織から死んだと思われている俺が記事になればヤツらは俺の命を狙ってくる。

だがグズグズしていれば犯人は凶器を処理してしまう。

そのことを危惧した俺は蘭の協力を得て真犯人を挙げようとした。

しかしその犯人は俺たちの恩師である米原先生だった。

米原先生は自慢のロングヘアーを凶器に使っていた。

もしも先生がその凶器を隠蔽すれば事件は迷宮入りになっていたはず。

そのおかげで事件は解決したが

俺は蘭に尊敬する恩師を糾弾させる嫌な役回りを負わせてしまった。

なんとも後味の悪い事件だ。そうなった原因はこの森敦士にある。

何故そんな男に蘭はメッセージを与える役目を担ってもらっているんだ?




「まさかアンタまで協力しているなんて…」


「おや、あたしはアンタと会うのは初めてですがねぇ。」


「……あの事件の時に蘭からアンタのことを聞いたんだよ。不快な記者がいるってな。」


「ほう、それはつまり
スキーロッジ殺人事件の真相を暴いたのはお嬢さんじゃなくアンタの方ってことかい?」


その問いに俺はコクッと頷いた。別に今更隠し立てするようなことじゃない。

あの時は黒の組織が居たからあんな方法を取るしかなかった。

だが今はもうそんな必要はない。

10年前とは違ってもうコソコソと陰に隠れて誰かの姿で推理をする必要などないんだ。




「妃英里さん。
有名な女性弁護士にして今回この部屋で自殺された毛利蘭の母親ですよね。
娘さんの自殺について何か思うところはありませんか?」


「やめてください。娘が自殺した直後なんですよ。」


「申し訳ない。これも職業柄でしてね。」


こんな時だというのにこの男は妃さんに対して蘭の自殺について尋ねていた。

まったく無神経にも限度がある。


「そういえば娘さんは数年前にストーカー騒ぎを起こしたそうですね。
当時はあなたも弁護士として娘さんが起こした騒ぎに関わっていたと聞いていますよ。
今回の自殺はそれが関係しているんですか?」


「知りません。蘭とはこの7年間ずっと疎遠でしたから。」


「けど7年前のストーカー騒ぎであなたは娘の弁護をろくに行わなかった。」


「それは娘に非があるのは確実だったから…」


「本当にそれだけですかい?
それ以外にもあるんじゃないですか。たとえば自分の名声に傷をつけたくないとか。」


「何を馬鹿なことを!私は蘭の母親ですよ!」


「母親と言われましてもねぇ。
あなたは昔、娘さんを捨てて弁護士の道を取ったじゃありませんか。
つまりあなたはその時も娘さんを見捨てて
女弁護士としての一線を歩んだだけじゃないんですか。」


そんな指摘を受けて妃のおばさんは不快感を顕にしながらこの部屋から出ていった。

確かに毛利一家には他人には触れて欲しくない家庭的な事情がある。

もう20年ほど前の話だ。

毛利のおっちゃんとおばさんは幼い蘭がいるというのに別居してしまった。

それからおばさんは女弁護士として華々しく活躍。

一方おっちゃんは飲んだくれの探偵とそれぞれ別の道を歩むことになる。

だから一見明るそうな毛利一家だがその裏では誰にも踏み込んで欲しくない事情がある。

それをこいつは軽々しくも踏み込んできやがって…




「森さんは新聞記者とお聞きしましたが蘭さんの死は殺人ではなく自殺です。
それなのにこの件を取材なさるとは
つまり蘭さんから送られた手紙に信憑性を感じたからですね。」


「あたしも半信半疑でしたけどね。
まあ送り主が自殺したとなれば信じるしかないでしょう。」


杉下さんからの質問に対して

森は何故かコナンの方に不敵な笑みを浮かべながらそんな風に答えてみせた。

気に入らない。その笑みは一体何だ?


「それでアンタは蘭からどんなヒントを託されているんだ。」


「わかりやした。教えておきましょうか。」


それから森は蘭から託されたヒントを伝えてくれた。


『工藤新一が真実を口にしない限り爆弾は決して解除されない。』


それがヒントだった。

クソ、森谷と同じく抽象的過ぎて全然わからねえ。

もっとヒントになるようなものは何かないのか?




「残念ながらあたしに送られたのはこれだけですよ。」


「ふざけんな!ガキの使いじゃないんだ。
こんな言付けを伝えるためだけに今回の件を引き受けたわけじゃないだろ!?」


「フフ、まあ確かにそうですわな。」


チッ、自分でも焦っているのが嫌というほどわかる。

けど時間もなければヒントもてんで当てにならない。

こんな抽象的なヒントじゃそもそもヒントにすらなっていないぞ。


「それならあたしが直接ヒントを与えましょう。あたしの職業がヒントですよ。」


「工藤さん、アンタが真実を見つけることが仕事ならあたしは真実を伝えるのが仕事。」


「これが爆弾の大きなヒントです。それじゃあこれで失礼させて頂きますよ。」


用件を済ませた森敦士はそそくさとこの団地から去って行った。

残された俺たちは今の話を聞いてもちっともわからない。

一体どこだ。蘭が仕掛けた爆弾はどこにあるんだ!?




FILE.3


「わ~い!トロピカルランドだ!」


団地をあとにした俺たちが次に向かったのはトロピカルランド。

ここで次に待ち合わせしている引田ひとみと会うためだ。

何でこんな場所で待ち合わせするのかというと

どうやら彼女はこの遊園地で働いているとのことらしい。

その仕事がどうしても休めないのでこうして彼女の職場である遊園地を訪ねることにした。

それにしてもトロピカルランドか。

この遊園地には俺にとっても因縁がある場所だ。


「トロピカルランドですか。思い出しますねえ。あの奇妙な通報を…」


「奇妙な通報って何ですか?」


「実は10年前のことなんですがね。
このトロピカルランドで負傷した男の子を発見したという通報がありました。」


それから杉下さんはその当時のことを話してくれた。

10年前のある夜、この遊園地の路地裏で一人の少年が負傷した姿で発見された。

年齢は小学校低学年ほどでサイズの合わない大人用の服を着込んだ奇妙な少年。

少年は頭部を殴打された形跡があり何かの事件に巻き込まれたのではないかと疑われた。

だがその矢先のことだ。


「少年は何故か駆けつけた警備員たちを振り切り逃走しました。
それっきりその少年がどこに消えたのか未だに謎のまま。
僕はその当時相棒を組んでいた亀山くんと徹底的に捜索を行ったのですが
結局その少年を見つけることができなかった。
どうか無事でいてくれればいいのですがねぇ。」


「へえ…そうですか…」


やべえ…その話の少年って絶対俺のことじゃねえか!

あの日のことは思い出すだけでも忌々しい。

これというのもすべてはあいつらの…黒ずくめの男たちの仕業だ。

ヤツらはこの遊園地である取引を行っていた。

その取引を見るのに夢中になっていた俺は背後から近づいてきたジンによって

APTX4869の毒薬を飲まされて身体を縮められてしまった。




「そういえば偶然ですね。
確かあの通報があったのは
工藤くんがこの遊園地で解決したジェットコースター殺人事件を解決した夜でした。
しかしあの事件で犯人以外に疑わしい人物はいなかった。
失踪した少年とその前後に起きた殺人事件。因果関係の有無はあるのでしょうかねえ。」


「ハハ…さあ…どうなんでしょうか…」


俺は笑って誤魔化すが因果関係なんて大アリだ。

そもそもあの黒ずくめの男たちもそのジェットコースターに乗っていた。

だが乗っていたのは取引に来ていた男の所在を確かめるため。

そうでもなければあいつらがジェットコースターを楽しみながら乗り込むわけがねえ。

そう、あの日…あいつらが取引を行っていなければ俺は…

このトロピカルランドこそ江戸川コナン生誕の地ともいえる場所だ。

だがそれは同時にこの俺、工藤新一にとって忌むべき場所でもある。

あんな失態を犯さなければ俺はもっと早くヤツらの組織を潰せたはず。

それを思うと当時の俺はなんと迂闊だったのかと反省せざるを得ない。



「あ、新一兄ちゃんだ。お~い!」


そんな俺に誰かが声をかけてきた。

振り向いてみるとそれは昨日再会したかつての少年探偵団。元太、光彦、歩美の三人だ。

それに三人のうしろには同年代の友達らしき連中が数人いた。

こいつら高校生になってもまだ一緒に遊んでいるとは相変わらずの仲の良さだな。


「なんだ。お前ら遊園地に遊びに来たのか?」


「うん、試験終わったからパーッと遊ぼうってクラスのみんなと前から決めてたんだ!」


「新一さんは…ひょっとして蘭さんが仕掛けたとかいう爆弾を探してるんですか?」


「まあな。けどあまり喋らないでくれ。この件は大事にしたくないからな。」


三人に今回の件をあまり口外しないように注意した。まあその心配はないか。

10年前は事件となればすぐに首を突っ込んでいたがこいつらだってもう分別の付く歳だ。

いくらなんでもそのくらいはわかっているだろ。




「ね~!あそこでヤイバーショーがやっているよ。観に行こうよ!」


そんな物思いに耽る俺にヤイバーショーの会場を指すコナン。

ちなみに仮面ヤイバーとは子供向けの特撮ヒーロー番組のことだ。

悪の組織に拉致され改造手術されて改造人間にされたが

洗脳される寸前で脱出して悪と戦う正義のヒーローの物語とのこと。

俺がコナンの頃からシリーズが始まり、その後はシリーズ化されて存続されているらしい。

聞いた話だと次には仮面ヤイバービルドが近々放送されるらしい。

けど待て。俺たちは一応捜査に来てるからそんなヒーローショーになんて付き合えるか。


「ダメだ。ここには遊びで来ているわけじゃないんだ。
なあ、三人とも。悪いけどコナンの面倒見てくんねえか。
一緒にヤイバーショー見てくれるだけでいいからさ。」


「勘弁してくれよ新一兄ちゃん。俺たちもう高校生だぜ。」


「そうだよ。私たちの歳でヤイバーショーなんて見たら笑われちゃうよ。」


「三人だったら別にいいんですけど…今日は他の友達も連れ添っていますからね…」


三人は俺の頼み事を申し訳なさそうに断って友達のところへ行ってしまった。

まあ確かに同年代の友達を置いてコナンの世話をするわけにはいかないか。

そんな状況を振り返り、ふと10年前のことを思い出した。

コナンだった頃、蘭に連れられて色んな場所へ行ったよな。

あの当時の蘭は俺とよく行動を共にしてくれた。

考えてみれば当時の蘭は多感な高校生。

今の元太たちみたく子供のお守りなんて普通は拒んでもよかったはず…

それも嫌な顔ひとつせずに世話を焼いてくれた。

大人になった今だからこそわかる。あの頃の蘭は本当に優しいヤツだった。

それなのに蘭は子供を遺して自殺しちまった。

あんな優しい蘭を何が変えてしまったのか?それはやはり…




「工藤くん、待ち合わせにはまだ時間があります。
それまで僕も10年前の行方不明事件について
何か新たな目撃情報がないか遊園地のスタッフに聞いておきたいと思います。
ですから二人で楽しんでくるといいですよ。」


「やった~!ありがと杉下さん!それじゃあ行ってくるね!」


結局、杉下さんの提案で俺はヒーローショーに付き合わされる羽目になった。

まったくこっちは暇じゃないっての…


「よい子のみんな!仮面ヤイバーだ!」


「ヤイバーだ!頑張れ~!」


子供たちの熱い声援とやらを受け取ってヤイバーは敵と戦っている。

ピンチになれば舞台にいるお姉さんが子供たちに応援を呼びかけて逆転勝利。

どこにでもある至って普通のヒーローショーだ。

まったく子供はこれを見て楽しめるんだから単純だよな。

俺がガキの頃はヒーローの絵本ではなく

親父の書斎にあったホームズの本をこれでもかというほど読み漁っていた。

こんな幼稚なヒーローモノよりもよっぽど楽しめるのにな…


「ねえ工藤さん!僕ヤイバーと握手してくるね!」


それからショーは終了して握手会が始まった。

保護者がくっついて子供は目の前にいるヒーローに興奮しながら握手してもらっている。

ちなみにそのヒーローに握手するのに500円ほど払う有料制の仕組みなんだよな…

そのことについては目を瞑っておこう。

さあ、もうヒーローショーも終わったしさっさとここから出ようとした時だった。



「あの…工藤さん…お願いがあるんだけど…一緒にヤイバーと写真撮りたいんだ…」


突然、コナンがそんなお願いをしてきた。

どうしてそんなことを頼みに来たのかといえばその理由は周りの子たちにあった。

他の子たちはみんな両親と揃って写真を撮ったり握手をしているのに

そんな中で自分だけ一人なのは気恥ずかしく思っているようだ。


「悪いが今それどころじゃないんだ。一人で写真でも撮ってくれ…」


そんな返答をするとコナンは寂しそうな顔で

「うん、わかった」と言ってヤイバーと握手しながら写真を撮っていた。

まったくこっちはそれどころじゃないんだぞ。

お前の母親である蘭が作った爆弾。それを一刻も早く見つけなければならない。

だが部屋で蘭が爆弾を作っていた痕跡はない。それは職場でも同様だ。

さらにいえば近所の人から聞いたが蘭は仕事を終えると

いつもコナンを保育園に真っ先に迎えに行っているらしいので

自分一人で過ごす時間などろくになかったそうだ。

それならコナンは蘭が爆弾を作っているところを目撃しているのでは?

そう考えた俺はヤイバーとの握手を終えて戻ってきたコナンにこんな質問をしてみた。


「なあ、お前の母さんは爆弾を作ったところを見たことがあるか?」


「そんなのないよ!だってママは人を傷つけたりしないよ!」


「いや、まんま爆弾を作ってなかったにしてもおかしな素振りを見せたことはないか?
たとえば変な匂いのする薬品か何かを取り扱っていたりとか…
なんでもいい。蘭が奇妙だと思ったことを言ってみせろ。」


「そんなことなかった!ママはいつも僕のことを気にかけている優しいママだったよ!」


やっぱりダメか。コナンは何も知らないの一点張りだ。

これが本当なのかそれとも嘘なのかは俺にはわからない。

けどこれでひとつだけハッキリしたことがある。



「やっぱりおめぇは探偵には向かねえな。」


「え?どうして…僕はママが悪いことをしてないって信じてるんだよ!」


「そうやってろくに推理もしてないのに探偵にあるまじき先入観。
そんなもので真実を曇らせる。そんなんじゃ探偵失格だ。」


俺たち探偵が見出す真実なんて都合のいいものじゃない。

不可能な物を除外していって残った物が…

たとえどんなに信じられなくても…

それが真実なんだ。


「でも…ママは…悪くなんて…」


「悪くないなら何で爆弾を仕掛けたなんて脅迫状を送りつけた?
それにはきっと裏があるはずだ。俺はその真実を明らかにする。だからお前も正直に話せ。
蘭の不審な行動や言動が何かあったはずだ。言ってみろ。」


「ないよ…ママは…何も…」


コナンは涙ぐんでいるがそんなことなどお構いなしに問い質した。

この事件の鍵を握っているのは間違いなくコナンだ。

そんなコナンだがどうにも様子がおかしい。顔色が悪くて今にも倒れそうな感じだ。




「コナンくん、大丈夫なの?医務室に行きましょう。」


そんなコナンを心配して先ほどヒーローショーで司会を担当していた女性が駆け寄った。

ダメだ。邪魔されては困る。俺はなんとか女性の介入を阻もうとした。


「結構です。こいつとまだ話さなきゃならないことがありますから。」


「けどコナンくん…顔色が悪いですよ…お医者さんに看てもらわないと…」


「いいから邪魔しないで!
なんとしてもこいつから聞き出さなきゃならないことがあるんだ!」


「だったら私が答えます!だからコナンくんを安静にさせてください!」


この人がコナンに代わって答える?

何を馬鹿な事を言っているんだと思わずこの司会者の女性を見たが…

だがこの人の顔を見て俺はようやく気づいた。

この女性、10年前に一度会ったことがある。

そうだ。思い出した。ジェットコースター殺人事件の犯人、引田ひとみだ。

まさかこんなヒーローショーの司会をやっているとは思わなかった。


「引田ひとみさん、まさかこんな形で再会するなんて思いませんでした。」


「ええ、模範囚だったので2年ほど前に出所しました。
それからはイベント会社に就職して奇妙な縁でこのヒーローショーの司会をやっています。
だからコナンくんや蘭さんとはもう何度か会っている顔なじみなの…」


誰もいないショーの舞台袖で

気分の悪いコナンを寝かしつけながら俺は引田ひとみと二人きりで話を行っていた。

それにしても本当に奇妙な縁だ。

彼女は10年前に別れた恋人への復讐に殺人を行った。

その犯行現場でもあるこの遊園地で働くなど普通ならありえない。

しかも当時の事件関係者である蘭とそれにコナンとも顔見知りだしどうなっているんだ?




「工藤くん、私が殺人を行った動機は知っているよね。」


「ええ、あなたは別れた恋人への復讐をするため犯行に及んだ。
その罪を他の女に押し付けて自分はこの遊園地で自殺しようとした。」


だがそうはならなかった。

ジェットコースターに同乗していた俺が犯行を暴き彼女の自殺を阻止した。

結局、彼女は別れた恋人と一緒に心中を果たすことはなかった。


「あの頃の私ってたぶん馬鹿だったんだと思うわ。
それでも真剣に彼のことを愛していた。だから裏切られた時は悔しくて仕方なかった。
私はこんなにも愛しているのにどうして…と思ったもの。」


「そのことについては同情します。
けどだからといって殺人にまで至るのはどうかと思いますよ。
他にもいくらでもやりようはあったはずだ。たとえば新しい恋を見つけるとか…」


「今にして思えばそうかもしれないね。けど当時の私には彼がすべてだった。
けど彼から裏切られた時はもうこの世の終わりかと思ったわ。
だから私は彼を…」


当時の事件を懺悔するかのように語る引田ひとみ。

この人の話を聞いて俺はこう思った。この人は蘭と似ていると…

俺との恋が破局に…いや…俺たちの場合はむしろ始まってすらいなかったのかもしれない。

それでも俺が蘭ではなく志保を選んだことにより蘭の恋は終わりを迎えた。

その原因となったのはこのトロピカルランドで黒ずくめの男たちと遭遇したからだ。

だがたまに思う。もしもヤツらが現れなかったらどうなっていたのだろうか?

ひょっとしたら俺と蘭は結ばれる未来もあったのではないか。

ここで横たわっているコナンも両親に囲われて満足な愛情を受けられたのかもしれない。

そう思うと俺自身にも若干の後悔が過ぎってしまう。

だがそうはならなかった。俺は志保を選び蘭との関係を終わらせた。

だからもしもの話なんて何の意味もない。そう、何の意味もないんだ。



「それであなたは蘭からどんなメッセージを預かってきたのか教えてもらえますか。」


「私が蘭さんから預かったメッセージは二つ。
ひとつはあなたが追っている事件に関するものよ。その内容は…」


『ここが始まりの場所。爆弾はここで作られた。』


それが蘭からのメッセージだ。ここで爆弾が作られた?

まさか蘭はコナンを遊びに連れていくついでにこの場で爆弾を作っていたとでも?

それこそありえない。子連れで爆弾を作りに来る女などいるものか。

さらに言えばそんな怪しげな人間を見ればきっと警備員が不審に思って通報するはず。

それならこのメッセージの意味は一体…?

だがそれを推理するのは後だ。蘭はもうひとつ、彼女にメッセージを預けている。

それを聞き出さなくてはならない。


「それで最後のメッセージは何なんだ?」


「それは…」


引田ひとみが最後のメッセージを伝えようとした時だ。

上からポタッと何かが垂れてきた。気になって見上げてみるとそれは一粒の雨だ。

それが小雨となって降り始めた。このままだと本降りになりそうだ。

しかし彼女はその雨が降り注ぐ中であるメッセージを俺に告げた。


『この世にもしも傘がたったひとつだとしたらあなたは誰に傘をさす?』


それが蘭から送られた最後のメッセージ。

やはり今までと同じく比喩的なメッセージになっている。

だが伝えたいことはわかるような気がする。

そしてメッセージを聞いたと同時に雨が本降りになってきた。

凍てつくような冷たさを感じさせる雨。

それはまるで蘭の哀しみに満ちたものに涙のように感じてしまう。




「もうよろしいですか。コナンくんを病院に連れていきたいのですが…」


そこへ杉下さんがコナンを迎えにやってきた。

随分とタイミングが良いがどうやら俺たちのことを裏で覗いていたらしい。


「それなら冷めるといけないのでこの傘を使ってください。」


それと引田ひとみさんは一本の傘を杉下さんに差し出した。

杉下さんは一言お礼を述べてコナンを病院へと連れて行った。

その傘を見て俺は思った。

この世にもしも傘が一本だけだとしたらか…

かつての俺ならその傘を蘭のためにそれを探して渡したのかもしれない。

けど…今はもう…なあ…蘭…

教えてくれ。お前は何を伝えたかったんだ。


とりあえずここまで

眠気には勝てないみたいなので続きはあとで



FILE.4


ここは米花病院の一室。

倒れたコナンを処置してもらうために思わずこの病院へと駆け込んだが…

ここにはお産間近の志保も入院している。少々まずいとは思うがこうなれば仕方がない。

要は二人を合わせなければいいんだ。何の問題もない。


「しばらく安静にしていればコナンくんの容態も落ち着くはずです。」


コナンはしばらく安静にしていれば調子は戻ると医師から言われて一安心。

ちなみにこれは一時的な措置でありまたいつ再発するのかわからないと告げられた。

とりあえず様子を見るためにコナンは一日だけ入院することになった。

だが今はコナンのことなど後回しだ。

蘭が仕掛けた爆弾。結局メッセージはすべて抽象的で意味不明なものでしかなかった。

あれでは暗号ですらない。あんなものを解き明かすなど不可能だ。

こうなるとあのメッセージには何の意味もないという可能性も浮上する。つまり蘭は…




「新一、ちょっと来なさい。」


そんな時、何故かこの病院に居る母さんに呼び出された。

しかもいつもならちゃん付けで呼ぶはずが今回は呼び捨てか。

それですぐに察しがついた。母さんはこれから何か真面目な話をしようとしている。

それから俺は杉下さんにコナンを任せて母さんに連れられてある場所へと向かった。


「よかった。来てくれたのね。」


俺たちが向かった先は志保の病室。

そこでは既に園子や和葉さん。それに妃のおばさんや園子と女性陣が勢ぞろい。

これは一体何の集まりだ?


「実はさっき陣痛が始まって…そろそろ生まれるの…」


「だからお母さんがみんなを呼んだのよ。
こういう時はみんなに励ましてもらうのが一番だからね。」


そうか…だからこうして集まって…

確かにお産間近の志保にしてみれば親しい人たちが来てくれることは心強いことだ。

さすがに気遣いある女同士ならこうしたこともお手の物だ。

これで安心してお産に望めるな。



「ところで新一、あなたまた妙なことに首を突っ込んでいると聞いたけど?」


「何も問題ねえよ。お前が出産を終える頃には解決しているさ。」


「そう、ならいいけど…無茶しないでよ。あなたはもう父親なんだから…」


「そうよ新一。あなたは志保ちゃんのお腹のパパなんだからしっかりしないとね。」


父親か…そうだな…俺は父親なんだ…

俺は志保のお腹をそっと撫でながらこれから生まれ出てこようとする命の鼓動を感じた。

まだ実感はないがこれから生まれてくる子供のためにしっかりしないとならない。

いつまでも過去の亡霊になど囚われるわけにはいかないんだ。


「それじゃあ志保ちゃん。
ちょっと私たち話し合いがあるから失礼するわね。
何かあったらすぐにナースコールで呼び出して。すぐに駆けつけるからね。」


それから母さんは俺たちを連れて志保の病室を出た。

だがそれと同時にさっきまで優しかった母さんの顔が急に厳しい表情に変わった。

この変わり様はかつて女優だったからこその名残。

それから母さんは厳しい口調で俺にこう告げた。




「新一、本当のことを言いなさい。あの蘭ちゃんの子はあなたの息子なの?」


やはり母さんは気づいていた。

いや、母さんだけじゃない。この場にいる女性陣全員が俺を鋭い目つきで睨んでいた。

どうやらみんな、コナンが俺の息子だと感づいていたようだ。


「どうしてわかったんだ…?」


「そんなの簡単よ。あの蘭ちゃんが新一以外に身体を許すはずがないわ。
大方蘭ちゃんに泣きつかれて仕方なく関係を持ってしまったとかそんなところでしょ。」


「呆れてものも言えんわ。アンタなぁ志保ちゃんがおんのに何考えてんのや!」


母さんと和葉さんに責められて俺は何も言い返すことが出来なかった。

確かに俺にも問題はあったかもしれない。

けどあの時の蘭を宥めるにはあれしか方法がなかった。


「あの時は…あれしか思いつかなくて…」


「ふざけないでよ!娘の人生を狂わせてよくもそんなことを!」


「男として責任を取れないなら
中途半端な優しさ見せんじゃないわよ!いっそ突き放した方がまだマシじゃないの!?」


さらに蘭の母である妃のおばさんやそれに幼馴染の園子にまで怒鳴られる始末。

こうなることくらいは覚悟していたさ。

けどこれを志保の目の前で行われなかっただけでもまだマシか。




「それで例の爆弾はどうなったの?」


「それは…まだわからない…もう少し調べてみないと…」


「まだわからないって…志保さんはもうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ!」


思わず園子から急かされてしまうがこればかりは仕方がない。

まだ俺自身納得できない部分がある。これを解かない限りは解決することなど出来ない。


「ねえ、あのメッセージは狂言だったという可能性があると思うの。」


未だ推理に悩んでいる俺に妃のおばさんが思わずそんなことを呟いた。

蘭のメッセージは狂言であった可能性があると…

それは確かに俺も思った。

蘭が遺したメッセージはどれも比喩的なものばかり。

何かの手掛かりになる暗号といった類じゃない。意味不明すぎるものだ。

いくら俺でもあんなのは皆目見当もつかない。けれど…


「けどまだ爆弾は見つかってない…」


「そんなの作ってないんだから見つかりっこないわよ。」


「そうね。蘭に爆弾なんて作れるはずがないわ。」


確かに状況から考えて蘭が爆弾を作っていた形跡は見られなかった。

やはり妃のおばさんが指摘するようにこの騒動は蘭の狂言だった可能性もある。

だがそれでもまだ結論を出すには早計だ。せめてもう少し調べる時間がほしいのだが…



「なあ、あと少しだけ調べたいんだ。そしたら…」


「ダメよ。志保ちゃんはもうじき赤ちゃんを産むのよ。もう待てないわ。」


「そうよ。志保さんに爆弾騒ぎなんて知られたら彼女ショックを受けるわよ!」


「それにこの件は工藤くんたちだけの問題ちゃうんやで。」


「ちょっと待て。和葉さんそれはどういうことだ?」


「そんなん決まってるやろ。
蘭ちゃんの爆弾騒ぎが大事になればここにいるみんなが迷惑かけられるやん。」


ここにいるみんなに迷惑がかかる?

それを聞いてふと思った。

もしこの爆弾騒ぎが世間に知られたらどうなる?

爆弾は嘘だった。しかし何故そんなことに至ったのかと問われるのは確実だ。

かつて蘭が行ったストーカー行為。

だがそこに至るまでの経緯を尋ねられるのはどう考えても都合が悪い。

しかも蘭は子供のコナンを遺して逝ってしまった。

このことを世間に知られたらコナンに同情の声が上がりそしてこんな意見も出るだろう。


『もしかしたら工藤新一にも非があったのではないのだろうか?』


そんなことを疑われたらどうなる。

きっと志保や生まれてくる子供が世間からの悪意に晒される。

志保や生まれてくる子供のことを考えれば穏便に済ませたい。

それはここに集まっているみんなも同様だ。

和葉さんの言うようにこの件が明るみになることは誰にとっても望ましくないことだ。

たとえば父さんはどうなる?

世界的にも有名な推理小説家。だが今回の件が明るみになればその名に傷が付く。

だから母さんは敢えて俺にこんなことを提案しているんだ。

さらに他のみんなもだ。

園子は財閥の跡取りだ。

今回の件が表沙汰になればかつて関わった身として家名に傷が付くことを避けている。

和葉さんも旦那の服部が大阪府警の刑事で義父に至っては警察庁の長官。

こんなことが明るみになれば服部のキャリアがどうなるか…

けどそうなると残る問題は唯一つだ。



「それじゃあ…コナンは…あいつは…どうなるんだ…?」


俺は恐る恐る妃のおばさんにコナンについて尋ねた。

確かあいつの親権については小五郎のおっちゃんと話し合いをしていると聞いた。

けど家裁で親権を争った場合、どう考えてもおっちゃんに分が悪いのは確実だ。

10年前ならともかく今では落ちぶれて飲んだくれたおっちゃんだ。

子供の親権はやはり収入が安定している方に委ねられる傾向がある。

そのことを踏まえれば誰だっておっちゃんよりも

女弁護士として今も尚活躍中の妃のおばさんを選ぶはず。


「実はコナンくんだけど…」


「待って英里。ここからは私が話すわ。
よく聞いて。私たちが話し合ってコナンくんは海外に養子として出すことに決めたの。」


妃のおばさんに代わってコナンを養子に出すと俺に告げる母さん。

しかも海外って…どういうことだ…?


「私だって好きでこんなことするわけじゃないわ。
けど私だって弁護士としての仕事があるの。
とてもじゃないけどあんな小さな子の面倒なんて見れないのよ。」


「だから私がコナンくんを養子に出そうって提案したの。
それに養子縁組に関しても信頼できる斡旋業者にお願いしてあるから問題ないわ。
あの子にとっても悪くない話よ。」


養子縁組…確かに仕方のないことだと思う…

誰だっていきなり子供を育ててくれなんて言われて了解を得ることなんて出来やしない。

こんな現実を思い知らされると10年前に

いきなり現れたコナン(俺)を与ろうと思った蘭こそお人好しだとつくづく思う。



「でも何で急にそんな話になるんだよ。
コナンがやってきたのは昨日のことなんだぞ。なんだってそんな話が急すぎるんだ!?」


「それに関してだけど
新一くんもさっき蘭たちが住んでた団地でマスコミの人を見かけたわよね。
あんな人に探られたら何を言われるかわかったものじゃないわ。
最悪の場合、あなたが父親だと勘繰られるわよ。」


そんな…あんなヤツに俺がコナンの父親なんて知られたら世間の人たちに知られたら…

俺はすぐさまバッシングを浴びせられる。

それに俺だけじゃなく志保やこれから生まれてくる子供だってどんな目に遭うか…


「それにもしも志保ちゃんの素性が明かされたらどうするつもり?」


母さんはこっそりと俺にだけ聞こえる小声でそう告げた。

かつて志保は黒の組織の一員だった。

これまであいつは組織のせいで大事な家族を失ってきた。

そしてようやく志保は新たな幸せを掴もうとする矢先に

黒の組織との関連を世間に晒されたらどうなる?

志保と黒の組織との関わりはFBI経由での司法取引により揉み消してもらえた。

だがもしも暴かれでもしたら…

組織に幸せをぶち壊された人間なんて山ほどいる。

そいつらが志保にその罪の償いを行なえと訴えてくるかもしれない。

それはひょっとしたら生まれてくる子供にだって…

冗談じゃない。そんなことになってたまるか。




「新一、わかってると思うけど志保ちゃんはコナンくんのことを何も知らないわ。
だから今のうちにあの子を遠くに行かせるの。
これはみんなのためよ。
私たちのため、あなたたちのため、それに生まれてくる子供のためよ。
しっかりして。あなたはもう父親なのよ。」


俺は…父親…

母さんはしつこいくらいに言い聞かせているが…

そのためにコナンを俺たちの前から遠ざけなくてはならないのか。

そりゃコナンは俺たちが望んだ子供じゃない。疎まれるのは仕方のないことだ。

それでも…あいつは俺の子だ…

何も思わないわけじゃないが…いや、俺にとやかく言う資格なんて無い。

せめて望むとしたら養子先があいつを快く迎えてくれることくらいだ。


「わかった。みんなを集めてくれ。これから事件について話すよ。」


「そう、それでいいのよ。これでみんな幸せになれるはずよ。」


これでみんな幸せか。

確かにこれで大事にもならず落ち着くはずだ。

けど…その中に…コナンや蘭は決して含まれやしないんだろうな…



「工藤くん!蘭くんが仕掛けた爆弾がわかったというのは本当かね!」


「教えろ探偵ボウズ!蘭は本当に爆弾なんて仕掛けたのか!?」


それから連絡を受けてすぐに目暮警部や毛利のおっちゃん。

それに父さん、服部や阿笠博士、高木夫妻までもが駆けつけてくれた。


「わかったことをみなさんに伝えます。今回の件は…」


俺が推理を始めると母さんや妃のおばさんたちが目配りしながら俺を睨みつけてきた。

その目はこう言っているんだ。この場にいるみんなのことを考えろとな…

ああ、言われなくたってわかっているよ。いつものようにやってやる。


「蘭が仕掛けた爆弾。そんなモノは存在しなかった。それだけです。」


「それでは爆弾の話は…」


「恐らく狂言だったのでしょう。蘭にはそれを行うだけの動機がある。」


「動機って…工藤…お前たちをストーカーしたっちゅうことか…?」


「蘭はあの時のことを未だに根に持っていた。だからこんな悪戯紛いなことをやったんだ。」


我ながらよくもまあ嘘がうまくなったもんだと心の中で皮肉を呟いた。

そういえば…10年前もそうだったな…

黒ずくめの男たちを捕まえるためとはいえ俺は何度も蘭に嘘をついた。

時には正体がバレそうになったことだってある。その度に俺は蘭を欺き続けてきた。

それは今回も同じことだ。まだ推理の段階で俺は結論を出してしまった。

だが時間がない。もうすぐ志保が子供を産む。

今わかっている事実を踏まえて推理を語るしかないんだ。



「だが何はともあれだ。爆弾が仕掛けられていなくてよかったじゃないか!」


「そうですね警部。死傷者は出なかったんですから。」


「まあこの程度騒がせただけなら少しは目を瞑ってもいいけど…」


目暮警部や高木刑事たちは被害者が出なくてホッとひと安心している。

確かにこの事件で被害者は出なかった。

だが俺は蘭の遺書に綴られていた気になる言葉を思い出した。


――――爆発すればそれは人を一人確実に殺すことの出来る爆弾


確かに蘭はそんな記述を遺していた。

結局、人を殺す爆弾って何だったんだ。

ひょっとしてこの一連の騒動自体が爆弾だとでも言いたかったのか?

そうだとしたら誰が死ぬはずだったんだ?

いや、考えるのはよそう。もう終わったことだ。これ以上蒸し返すべきじゃない。

これで爆弾騒ぎは決着がついた。あとは蘭の息子のコナンを養子に出すだけだ。

それも出来るだけ早くに出さなければならない。それで今回の件は無事に解決する。

けれど…本当にこれでいいのだろうか…?

気のせいか胸がざわめいている。

何か間違っているような…警告を促すようなそんな感覚だ…

ああ、わかっているよ。俺だってまだこの件は何か裏があることくらい察している。

けど仕方ないだろ。本当のことなんて言えないんだ。

だから今の推理が正しいと心から願っていた。



「待ってもらえますか。結論を出すのはまだ早いですよ。」


そんな俺の想いを打ち砕くかのように杉下さんが口を挟んできた。

今更ノコノコとこの人は何をしに来たんだ?


「杉下さん。悪いが事件はもう解決しました。だからこれ以上の口出しは…」


「僕にはまだ解決したとは思えない。何か肝心な部分を見落としている気がします。」


見落としがあると…確かに俺もそれは感じていた…

だがそれが何なのかわからない。

そのため現状俺はこれ以上の推理を行うことができなかった。


「それなら僕が代わりに推理を行いましょう。
現時点でこの事件に関して抱いている疑問を上げていきたいと思います。」


杉下さんはこの俺に代わり自ら推理を行おうとしている。

馬鹿な…この人に解けるのか…?

蘭と昔からの幼馴染だった俺ですら解けなかったのに

最近蘭と知り合ったこの人に解けるなんてあり得るはずがない。

思わずそう高を括ってしまった。




「まず推理すべきは10年前の出来事からです。
コナンくんの名前の由来となった江戸川コナンくん。彼についていくつか疑問があります。」


「疑問とはどういうことですか。今はあの子のことなど問題ではないはずですよ。」


「ええ、ですがどうしても気になることがあります。
たとえばコナンくんが毛利探偵事務所に預けられることになった経緯。
確かコナンくんは阿笠さんの親戚の子供で元々は阿笠さんが預かっていたのですよね。」


いきなり話を振られて阿笠博士は思わず狼狽えていた。

つかちょっと待て。何でこんな時にそんな話をするんだ!?


「ここでひとつ質問があります。
これはそうですね。母親の人に聞いてみましょうか。
佐藤…失礼…高木美和子さん。これは母親として答えて頂きたい。
もしあなたがなんらかの事情で子供を親戚に預けるとしましょう。
ですがその親戚が預かっているはずの子を
まるでたらい回しのように余所の家に預けていたらどう思われますか?」


「それは…無責任だと思いますけど…」


「そう、無責任なんですよ。
阿笠さん、ご自分で江戸川コナンくんを預かっておきながら
その世話を当時は何の関係もなかった蘭さんに押し付けた。
これは少々問題ではありませんか。」


その指摘に阿笠博士は思わず戸惑いを見せた。

クソ、こんな時になんてことを指摘してくるんだ。大体それには事情があったからだ。

それは蘭の家。つまり毛利探偵事務所に潜り込むこみ黒ずくめの男たちを追うため。

そのために俺はわざわざ居候になった。




「仕方なかろう。
独り身のワシよりも世話上手な蘭くんに頼んだ方がコナンくんにも良いと思ってな。」


「ですがコナンくんに何かがあればどうなっていました?
当時、蘭さんはまだ未成年でした。もしコナンくんが事件に巻き込まれて怪我でもしたら
預かった蘭さんはコナンくんのご両親に咎められていたかもしれない。
正直、あなたの行動はかなり無責任な面がありますよ。」


確かに今にして思えばかなり問題のある行動だったと思う。

事実、蘭の家に転がり込んだ直後に

俺はとある事件に遭遇して当時の小さな身体を犯人によってボコボコにされてしまった。

あの時はまだ阿笠博士に秘密道具を持たされていなかった。

もしコナンに親がいたら杉下さんの言うように怒鳴り込むことだってあっただろう。


「それに毛利家には母親がいません。
お母さまであられる妃英里さんは当時から別居状態だったと聞いています。
またもやお子さんを抱えている方々にお聞きしますが
厄介な事件が舞い込む探偵事務所で
おまけに夫婦関係が複雑な家庭に子供を預けますか?」


杉下さんはこの場にいる子持ちに毛利家に子供を預けたがるかと聞いてきた。

その問いにこの場にいる全員が険しい表情を浮かべながら返答に困っていた。

恐らく誰もがそんな家に子供を預けたがるものかと思っているはずだ。

そりゃ俺だって好きで蘭の家に居候なんてしたわけじゃない。

けどそれもすべては黒ずくめの男たちを追うためだった。だから…




「それでは何故江戸川コナンくんは毛利家に居着いたのか?
それはひょっとしてあの子には何か目的があったからではないのでしょうか。
その目的とは何か?さて、それは何でしょうか?」


「目的って…何で…俺の事務所にあいつが意図的に現れたとでも言うんですか…?」


まさかと杉下さんに聞き返すおっちゃん。

そりゃ蘭と同じく何も知らずに同居していたおっちゃんは驚くしかないだろう。

だがコナンの目的まで杉下さんが知るはずがない。そう、知るはずがないんだ。


「ジェットコースター殺人事件。
蘭さんの前にコナンくんが現れる直前にトロピカルランドで起きた殺人事件。
この事件、奇妙に思えませんか?」


「奇妙って何がですか?」


「今回、蘭さんからメッセージを預かった三人。
森谷帝二、森敦士、引田ひとみ、
彼らは過去に工藤くんが解決した事件の犯人もしくは関係者だった。
そしてそのうちの森谷教授が犯した連続爆破事件と
記者の森さんが関わったスキーロッジ殺人事件にはあの江戸川コナンくんが関わっていた。
つまりあのメッセージを託していた人間は
工藤くんだけでなく江戸川コナンくんにも関連していたわけですよ。」


それは俺もわかっていたことだ。

あの三人が俺と関わりを持っている三つの事件。

そこには俺のもうひとつの姿、江戸川コナンにも関連がある。

だがその中でひとつだけ関連が異なるものがあった。


「引田ひとみが関わったジェットコースター殺人事件。
この事件に江戸川コナンくんは関わっていません。
それはそうでしょう。何故なら彼はその事件が起きた直後に現れた。
だからこのジェットコースター殺人事件に関わることなど出来ない。
ですが僕にはこれが何か意図的なモノを感じてならないんですよ。」


「意図的とはどういうことなんです。」


「つまりこの三つの事件。
もし工藤くんだけでなく江戸川コナンくんも関連していたとなれば
必然的にジェットコースター殺人事件にも彼が何らかの形で関わっていた可能性がある。
それでは江戸川コナンくんはどういう形でこの事件に関わっていたのか?
そこが疑問です。」


まあコナンの正体を知らない杉下さんにはもっともな疑問だ。

ジェットコースター殺人事件、これが江戸川コナン誕生のきっかけとなった事件。

それをこれまで俺たちと何の関わりもなかった杉下さんになどわかるはずもない。



「まさかその少年がコナンくんだとでも言うつもりですか?」


「そうです。トロピカルランドの事件があった直後に行方不明になった少年。
そして同じく蘭さんの元に現れた江戸川コナンくん。
同じ日にこんな偶然が重なるように起きた。
このいくつかの接点になんらかの関係があると僕は考えています。」


杉下さんはまるで俺を品定めするかのような目で睨みつけてきた。

不快だ。この感覚…まるで自分が犯罪者にでもなったかのようなモノだ…

クソ、なんて皮肉だ。

普段推理で犯人を暴いている探偵の俺が

こうして他人に推理されることでこうも不快感を抱いちまうなんて…


「ここで質問があります。
毛利さん、江戸川コナンくんが出て行ってから彼とは会っていますか?
もしくはその後、江戸川コナンくんから連絡を貰ったことはありますか?」


「いや…あいつとは出て行ったきりで…連絡もない…」


「おやおや、それは薄情ではありませんか。
仮にもコナンくんは一年近くの間、毛利さんのお宅で過ごしていた。
成長したらお礼の一言くらい言いに来てもいいと思いますがねぇ。」


何がお礼だ。

そんなこと出来るわけねえだろ。

俺が工藤新一に戻れた時点で江戸川コナンの役目は終わったんだ。

だがそんな事情を杉下さんは知るはずもない…か…


「それにもうひとつ、工藤くんが壊滅させた黒の組織。
確かキミはジェットコースター殺人事件のあった直後にとある取引現場を目撃していた。
同じくそこで行方不明になった子供がいた。
この一連の出来事は本当に何の因果関係もないのですか?」


だがそんな事情を知らずとも杉下さんの糾弾は手を緩めなかった。

この人は森谷邸でも話題に挙げられた俺が黒の組織と関わったきかっけを追求してきた。

すべてに因果関係がないのかだと?あるに決まっているだろ。

アンタには言えないが

俺は取引現場を目撃した際に黒の組織に襲われて毒薬を飲まされた。

それで身体が小さくなって江戸川コナンになった。

こんなことを誰かに教えるわけにいかないんだよ。



「待ってくれんか。
コナンくんはワシの親戚の子じゃ。そんな事件になど巻き込まれてはおらん!」


そんな疑問を抱く杉下さんに思わず反論する阿笠博士。

そうだ。阿笠博士にはコナンの親戚ということになっている。

博士の証言があればその前後に何が起きていたのかなど関係ない。


「そうですか。困りましたねえ。
阿笠さんにそんな証言をされたら僕にはこれ以上追求することは出来ません。
ハッキリ言えばお手上げです。
やはりこの事件を解決するにはまだパズルのピースが揃っていませんでしたか。」


ハハ…よかった…

杉下さんがようやく諦めてくれたようで俺はホッとひと安心した。

やべえ…正直この人に糾弾されて生きた心地がしなかった…

けどこれで江戸川コナンの秘密は守られた。

それに俺にはどう考えても江戸川コナンと今回の爆弾騒ぎが結びつくものだとは思えない。

恐らくは杉下さんの読み違えだ。そうに決まっていると高を括っていた。




「――――工藤くんはその取引現場で毒薬を飲まされたんですよ。」


そんな時だ。突然後ろからそんなことを告げてきた。

馬鹿な…そんなことを知っている…?

それを知っているのは俺と志保、それに服部と阿笠博士に俺の両親だけ。

一体誰だ?

気になった俺はすぐさま後ろを振り向いた。


「どうやらさすがの杉下さんも限界だったようでここからは俺に任せてもらえますか?」


「冠城くん、その自信満々な様子からしてかなり有益な情報を得たようですね。」


「まかせてください。これでも法務省時代のコネをフルに使いましたかね。」


現れたのは杉下さんの相棒である冠城さんだ。

忘れていたがこの人は今回の事件を調べるのに別行動を取っていたよな。

けど何でこの人は俺が毒薬を飲まされたことを知っているんだ?



「工藤くん、ジンとウォッカ。この名前に聞き覚えはあるかな?」


ジンとウォッカ。

その名を聞かれて俺は思わず真っ青な表情になった。聞き覚えなんてあるに決まっている。

かつて俺の身体を小さくさせた黒ずくめの男たちのことだ。


「ジンとウォッカ。まるでお酒の名前ですね。」


「そうです。工藤くんがかつて壊滅させたあの組織。
その組織の人間はコードネームに酒の名前を使っていたそうです。
まあこの情報は世間には公表されていないのでさすがの杉下さんも知らないようですね。」


「しかしそれをキミが知っているということは…彼らに会ったのですね。」


「はい。ジンとウォッカ。
二人は現在も公安が拘束しています。だから二人に会うのは本当に大変でしたよ。」


あぁ…まさか計算外だった…

かつて俺はジンとウォッカを逮捕することに成功した。

組織の人間は幹部クラスになるほど忠誠心が高い。

あいつらも例外ではなく捕まえた際は自殺しようとした。

だから公安は現在も24時間の監視体制で見張っているらしい。

しかし冠城さんがジンとウォッカに会ったとなると…ひょっとしたら…

いや、間違いない。この人は俺が飲まされた毒薬のことも知っているはずだ。




「APTX(アポトキシン)4869。それがキミの飲まされた毒薬の名前だね。
あの取引現場でキミはジンと男に襲われてヤツに毒薬を飲まされた。
ジンという男は最後まで喋らなかったがウォッカが全部話してくれたよ。
キミに一泡吹かせるならなんでも言うって証言してくれたんだ。」


「しかし奇妙な話ですねぇ。
何故その毒薬を飲んでも工藤くんは死ななかったのですか?」


「実はAPTX4869ですが未完成の薬だったようです。
それに工藤くんに敢えて毒薬を飲ませたのも
その薬は組織が開発していた毒を検知されないモノだったとのことだとか。
だがどういうわけか工藤くんに毒薬は効かなかった。以上が俺の調べた結果です。」


冠城さんは一言一句間違わず真実を告げてみせた。

それはまさかの盲点だった。

左遷部署の特命係にそんな公安に関われるほどコネのある人間がいたなんて…

この事実を明かされて俺の頬から一筋の冷や汗が垂れ落ちた。

恐い。正直に言うが正面を見ることが出来ない。

何で怖気づいているんだ?もう組織はなくなったんだぞ。



「これでようやくパズルのピースが揃いました。
工藤くん、毒薬を飲まされたのにキミは今もこうして生きている。それは何故ですか?」


「だから…毒薬が未完成だったから…俺は生きていられたんだと思います…」


「なるほど、僕は薬学に関しては専門外なので何とも言えません。
ですが今の話通りならキミはまったくの偶然で助かったということになる。
それは恐らく組織の人間たちが予期せぬ出来事だったはず。
つまり幸運にも命が助かったキミは毒薬を飲ませたジンとウォッカを探すことになった。
そういうことですね。」


杉下さんはまるで見てきたように的確な推理で状況を把握していく。

そして杉下さんは遂に俺が一番触れて欲しくないことにまで追求してきた。


「さて、ここで気になるのが行方不明になった少年。
まるで工藤くんと入れ替わるように現れた江戸川コナン。
やはり僕が思うにこの二人は同一人物である可能性が高い。
ですがこれだと疑問が残ります。何故少年は突然現れてそしていなくなったのか?」


「だから…それは…親が迎えに来たとか…」


「少年は負傷していました。
もしも親が迎えに来ていたとすれば
トロピカルランドの医務室かもしくは近隣の病院に行かせるなりしていたはず。
ですが当時、僕たちが調べた限りではそんな記録はなかった。
つまり少年は一人で逃げたんですよ。それでは少年は何処へ行ったのか?
いえ、そもそも何故逃げる必要があったのでしょうか?」


「一体…何が言いたいんですか…」


「それでは言わせて頂きます。
ひょっとしたら少年は自分の正体を知られるのを恐れたのかもしれません。
何故なら少年は怪しげな取引を目撃していたのですから。」


「つまり…それは…
俺の他にもあの取引を目撃していた人間がいてそれが少年だったということですか?」


「いいえ、そうではありません。
その取引とやらを目撃したのは工藤くんだけでしょう。大事な取引ですよ。
ジンとウォッカが第三者の目に晒すような失態を何度も犯すとは思えない。
それでは少年は何者だったのか?
ここで注目すべきがAPTX4869。人を殺すことのできる致死性の高い薬です。
工藤くん、その薬を飲んだキミは本当に何の変化もなかったのですか?」


APTX4869を飲んだ俺に何の異常も起きなかったのか?

杉下さんはそのことを尋ねてきた。まずい。これだけは触れてほしくなかった。

何故なら俺はその薬を飲んで身体を小さくさせられたんだ。

もう無理だ。この人は俺がコナンかもしれないという確信を得ている。

これ以上隠し通すことは限界に近い。



「なあ、もうええ加減にせえよ。さっきから何を因縁つけとんのや!」


そんな動揺を晒している俺に服部が庇い立てしてくれるかのように反論してくれた。

服部は俺にここは自分に任せろと目配りをしながら特命係の二人を相手に対峙する。


「アンタらの話は全部想像の段階や。
それにもう終わったことを蒸し返してどないするん?
正直言わせてもらうけどアンタらのやってることは全部無駄なことやで。」


「それにアンタらの捜査は越権行為に近いで。
どないなコネ使ったか知らんけど窓際部署にそこまで深入り出来る捜査権限はないはずや。
俺のおとんは警察庁のトップちゅうのは聞いたことあるやろ。
これ以上深入りするならこの件は報告させてもらうで。
それが嫌なら黙って引き下がりや。」


服部は父親のコネを使うことを極端に嫌う。

父親へのコンプレックスだろうがそんな服部が父親を盾に俺を庇い立てしてくれている。

服部としても苦肉の策だ。

だが仕方がない。目の前にいる二人はそこまでしなければならない相手だからだ。

恐らくこの特命係の二人は真相を暴くためにまだ俺たちの秘密に踏み込む気でいる。

だからこそ警察官なら誰もが恐る上層部という歯止めを使わざるを得なかった。

これで二人も諦めてくれる。そう思ったが…



「平次ィッ!何しとんのじゃ!」


だがそこに招かざる客が現れた。

突如として怒鳴り声を上げながら服部を殴りつけたこの男。

それは服部の親父さんである服部平蔵さんだ。

けど何で服部の親父さんがここにいるんだ?


「実は言ってませんでしたが今回の蘭さんの爆弾騒ぎに
10年前の工藤くんが解決した事件が関わっていると疑いを抱いています。
しかし10年前の事件の蓋を開けると殆どがFBIの捜査が及んでいた。
その中には日本での違法とも思われる捜査もありました。」


「だから服部長官にもこの件で協力してもらっているんだ。
10年前に何が起きたのか?その時の捜査に違法性はなかったのか?
年月が経過したからといって事件を曖昧な形で終わらせるわけにはいかないんだよ。」


それが杉下さんと冠城さんから告げられた言葉だった。

今まで俺は警察から信用されて捜査を行ってきた。その俺がこうして疑われている?

ありえない…何で…どうして…?

最早、俺には理解を超えた状況だ。どうしてこんなことになった?

もう10年も前の事件を蒸し返される原因はなんだ?

そういえば…俺は…蘭の爆弾騒ぎを止めようとしたんだよな…

それじゃあつまりこうなった原因はすべて…




「ええ加減にせえ!何も事情を知らんと出しゃばんなやクソ親父!」


「あ?何を吠えとるんじゃ。
わしは今までお前が捜査をすることを多めに見ておったわ。
けど今のお前はどうや?親しい人間庇うためにうしろめたいことを隠しとるやろ。
しかも許せんのはそれに親の名前使とることや。
おんどれは父親になったちゅうのに未だにガキみたいなことしとるんか!あ゛ぁっ!」


「やかましい!
悪いんは爆弾騒ぎを起こしたあの姉ちゃんやろ!
工藤はようやっと父親になるんやで。もうすぐ命が生まれるんや!
その命守るんは親の務めちゃうんか!?」


そうだ。服部の言う通りだ。

今の俺がすべきことは蘭が起こした騒動に狼狽えることじゃない。

志保と生まれてくる命を守ることなんだ。そうだ。しっかりしろ。

それを行うのは俺だ。父親であるこの俺自身なんだ。


「なるほど、生まれてくる子供のためですか。」


「服部の言うように俺は父親です。家族を守らなきゃならない。
悪いけど杉下さん。これ以上あなたたちの推理に付き合うつもりはありません。」


そうだ。これでいい。

母さんたちも今の発言に満足した表情を見せている。

家族を守る。それは父親になる俺にしか出来ないことだ。

そのためなら真実を隠さなければならない時だってある。

これは家族を守るために行っているんだ。




「家族を…生まれてくる命を守るため…
それなら僕たちにも守るべきものがあります。
それは工藤くんと同じく子供の命を守るためです。」


「子供って…何を言ってるんですか…?」


「そろそろ本題に入りましょう。工藤くん、コナンくんはキミの子供ですね。」


それはまさかの発言だった。

いや、この人のことだ。最初から気づいていたのだろう。

別にこのことについてはどうだっていい。

だがこんな大勢の前で改めて指摘されるとは予想外だった。


「あまり驚いた様子ではありませんね。どうやらキミ自身も察していましたか。」


「確かにコナンは俺の子かもしれない。
けどあいつは母親の蘭が行った爆弾騒ぎに関して何も知らなかった。
つまりあいつは無関係です。」


「ええ、キミの言うようにコナンくんは爆弾に関しては何も知らない。
ですがこの騒動に関してあの子が無関係であるとは思えない。
むしろ今回の騒動は蘭さんがあの子のために行ったのではないかと考えられます。」


蘭が…子供のために…?

ちょっと待て。この人は何を言っているんだ?

まさか父親である俺と遊ばせようとして自殺までしたとでもいう気か!

ふざけんな!そんな話馬鹿げている!?




「全員、この新聞を読んでください。たった今届いたばかりの夕刊ですよ。」


冠城さんは俺たちの前にある夕刊を見せた。その新聞にはある記事が載せられていた。


『衝撃の真実!あの名探偵工藤新一に隠し子がいた!?』


まるで嫌がらせのごとく一面に載せられている見出し。

それは俺に隠し子がいたという記事だ。

何でこんなものが載せられている?一体誰が載せた?まさか…


「記者の森敦士…あいつが載せたのか…」


「どうやらそのようですねえ。恐らくこれが彼の役割だったのでしょう。
新聞記者である彼は真実を伝えることを職業としています。
つまり彼なら事実を捻じ曲げることなく世間に伝えることが出来る。」


「けど…何でこんなことを…」


「恐らく子供を守るためでしょう。
あなた方がコナンくんを粗末に扱わないように敢えてこの強行的な手段を取った。
蘭さんが工藤くんにコナンくんを連れて行くように仕向けたのもそのためだった。
実の息子を連れていれば嫌でもそれが隠し子だとわかるものです。」


なんてこった。

それじゃあ俺は自分で隠し子がいるということをアピールしていたってことか?




「まさか…蘭が作った爆弾ってのは…コナンのことですか…?」


「ええ、恐らくそのはずです。
世間で名探偵と注目されるキミにとってあの子の存在はまさしく爆弾ではありませんか。
若いキミが結婚する以前から子供がいた。
世間体を考えればまさに爆弾ともいえることです。」


なんだよそれ。

俺は今までずっと蘭が用意した爆弾と行動を共にしていたわけか。

クソ、少し考えれば簡単なことじゃねえか。

つまり蘭は自分の子供を使って俺に嫌がらせを行った。

もしコナンを粗末に扱えばその時は俺とそれに周りにいる人間がバッシングを受ける。

父さんは小説家、園子は鈴木財閥の次期跡取り、服部も警察の人間、

俺だって今後の探偵としての活動に影響が出る。

しかもタイミングの悪いことに俺と志保の間に子供が生まれる時期を狙った。

そうか。先ほど森谷教授や森記者が言っていたことが繋がった。

俺のすべてを吹き飛ばす爆弾。それに真実を伝えること。

確かにこれは俺にとって爆弾にも等しい。

つまり爆弾とは俺に隠し子がいたという事実そのものだった。


「何考えてんだよ…あいつ…」


周囲に人がいるにも関わらず俺は思わず蘭への苛立ちが募った。

当然だ。子供とさらに自らの死さえも利用してこんな嫌がらせを働いた女だ。

もう幼馴染の印象なんてない。あいつに初恋を抱いたことだってあった。

けど今はもう嫌悪感しかない。こんなこと言いたくはないが死んでくれて清々したよ。



「杉下さんの推理通りならこの件はこれでもう終わりじゃないですか。
10年前に俺が組織を潰した件とは一切関係ない。もうこの話を終わらせてもいいはずだ。」


「いいえ、そうはいきませんよ。
まだひとつだけ疑問が残っています。それは蘭さんが遺した手紙です。
あの手紙にはこんなことが記載されていた。」


『爆発すればそれは人を一人確実に殺すことの出来る爆弾』


「つまりこのままにしておけば一人だけ確実に死ぬ。
そうなる前にこの事件における真実を解き明かす必要があります。
そうでなければ蘭さんの意志がすべて無駄になってしまうのですから。」


人を殺す…?この人は何を言っているんだ?

蘭が作った爆弾がコナンならあいつの存在を知られたら俺が社会的に死ぬってことだろ。

それにあんな小さい子供に何か出来るはずがない。

それともコナンに何か秘密でもあるというのか?




「コナンくんの体調不良。恐らくこれが今回の事件の動機です。
あの子は度々体調不良に見舞われていた。そのことを蘭さんは気に病んでいた。
何故息子がそんな目に遭うのか?蘭さんは子供の安否を気遣っていました。」


「それは…俺も知っています…けどそれが何ですか?この騒動とどう関係するんですか?」


「ここからは僕の推測に過ぎませんが…
コナンくんの体調不良の原因は
かつて工藤くんが黒ずくめの男たちに飲まされたAPTX4869である可能性があります。」


なっ…ちょっと待て…?

今…何だと言った…?

APTX4869がコナンの身体に体調不良を起こす原因だと?

馬鹿な…どうして…


「実は公安で得た資料だけど
APTXに関する資料はほとんど見当たらなかった。
恐らく誰かが持ち出してしまったんだろうね。
見つかったのは毒薬を飲んだ連中の死亡者リストくらいだ。」


「冠城くんが得た資料によると
ここには工藤くんも含むすべての人間が死亡者として扱われている。
それなのにキミは今もこうして無事にいる。
クスリを飲んだ全員が死亡しているにも関わらず何故キミだけ生きているのでしょうか?
これだけ死人が出ているのにキミにだけクスリの影響が出なかった。
本当にクスリの影響はなかったのでしょうか?」


特命係の糾弾に俺は黙秘を続けた。

だがそれも限界に来ている。

何故ならコナンは俺が飲まされたAPTXの影響を受けていると知らされてしまった。

俺は志保との結婚生活に浮かれて子供にそんな影響が出ることなんて考えてもみなかった。

待てよ。それだと蘭が言っていた爆弾ってまさか…




「どうやら工藤くんもようやく気づきましたか。
そう、蘭さんが遺したメッセージは確かに意味が含まれていたのです。」


森谷帝二、森敦士、引田ひとみ、蘭が三人に遺したメッセージを思い出した。


『爆弾の形は工藤新一が忌むべきモノ』


爆弾は俺が忌むべき形をしている。その俺が忌むべき形とは何だ?

そんなのは決まっている。江戸川コナンだ。

APTX4869の毒薬を飲まされたことで生まれたあの姿。

俺にとってあの姿は組織に自らの幸せを踏み潰されたようなものだ。


『工藤新一が真実を口にしない限り爆弾は決して解除されない。』


ハハ、そうだよな。蘭は毒薬について何も知らない。

何故なら俺は蘭に毒薬のことを何も話していないからだ。

既に組織は潰れてAPTX4969を開発したメンバーも志保以外は全員死んでいる。

だから俺が話さない限り蘭はAPTX4869について知ることが出来ないんだ。


『ここが始まりの場所。爆弾はここで作られた。』


トロピカルランド。思えばあそこがすべての始まりだった。

もしもコナンの体調不良がAPTXの副作用によるものならば…

10年前に俺が黒ずくめの男たちに毒薬を飲まされた時点で爆弾は作られた。

つまり蘭が遺したメッセージにはすべての真実が綴られていたんだ。




「この推理が正しければ爆弾の正体はコナンくん自身。
いえ、正確に言えばコナンくんが生まれた時から既に起爆スイッチが押されていた。
爆弾の名前はAPTX4869
それこそが人一人を確実に殺すことの出来る爆弾の正体ですよ。」


APTX4869。それが蘭の言っていた爆弾の正体…

確かに俺はAPTXの毒性をこの身を持って経験している。

それは全身に伝わる骨が熱さと心臓が張り裂けるような痛み。

常人が耐えることなど出来ない痛みと苦しみ。あんなものは二度と味わいたくない。

それがコナンの身体を蝕んでいるものの正体だったなんて…

なんてことだ。もうあの事件から10年経っているんだぞ。

それなのに未だに組織の影に怯えなきゃいけないってのかよ!


「かつてキミは組織に毒薬を飲まされた情報を間違いなく持っているはずです。
コナンくんの身体を蝕む原因であるAPTX4869に関する情報を渡してください。
工藤くん、どうかお願いです。あの子を救えるのは実の父親であるキミだけなのですよ。」


コナンを救えるのは俺だけだと杉下さんはそう告げた。

確かにコナンの身体であの毒性に耐えるのは既に限界のはず。

一刻も早く処置を施さなければ命に関わるのは間違いない。

だがそれは同時にAPTX4869の情報が外部に知れ渡るということ。

つまりもうすぐ出産を間近に控えている

俺の妻にして毒薬の製造者でもある志保にあらぬ疑いが掛かるということにも繋がる。

冗談じゃない。今回、俺は志保を巻き込むまいとこの件に関して一切告げていない。

そんなあいつをこんな厄介事に巻き込ませてたまるか。



「杉下さん、ちょっといいかしら。」


そんな糾弾を続ける杉下さんにこれまで静観を続けていた母さんが口を挟んできた。

それから母さんは俺に代わって二人の糾弾を妨げようと行動に出た。


「わかっていると思いますけど
うちの新一はもうすぐ子供が生まれる大事な時なんです。
確かにコナンくんは新一の子かもしれない。けどそれはまだ可能性の段階でしょ?
ちゃんと検査を行なったわけでもない
確たる証拠もないのに言いがかりをつけるのは名誉毀損になるわよ。」


これ以上糾弾を続けるのなら出るとこに出て訴えてやると特命係を脅す母さん。

母さんにしても俺たちの子供は初孫だ。だからなんとしても守ろうと必死になっている。

それにいくら警察でも確たる証拠がなければお手上げだ。

そもそも今回の疑いもまず俺がコナンの父親である証拠がなければならない。

だが俺がコナンの父親だと証明するにはDNA鑑定の調査が必要だ。

それだって俺が拒否すればいい。この件に関してこれは刑事事件ではない。

つまり警察はそれほど深く関わることなど出来やしない。

だから…コナンには悪いが…

別にあいつのことを見捨てるわけじゃない。

唯…せめて…志保のお腹の子が生まれる間は耐えてもらわなければならない。

そうすればあとで志保に頼んで解毒薬を用意してもらえばいい。

そうすればコナンだって助かるはずなんだ。




「コナンくんの爆弾の起爆は刻一刻と迫っています。
既に一刻の猶予もない。今すぐになんらかの手を打たなければ手遅れになりますよ。」


「それでも私たちには関係のないことです。放っておいてもらえますか。」


「そういうわけにもいきませんよ。
何故なら10年前、工藤くんの迂闊な行動でこの場にいる全員に危険が及んでいました。
それを見過ごすのは彼がこれから将来における責任の放棄にも繋がります。」


「責任の放棄?何を言っているんだ!」


「言った通りですよ。
キミはこれまで責任をすべて放棄していた。
いい加減自分が犯した過ちに対する責任を取ってはどうですか。」


杉下さんはまるで俺のことを犯罪者へ向ける目で睨みつけた。

ふざけるな。何が責任だ!

俺はこれまでその責任を果たしてきた。

関わった事件で犯人を見つけ、さらに黒の組織だって潰してみせた。

それなのに何で責任を放棄したなんて言われなきゃならないんだ。




「APTXの影響で工藤くんの身体にはなんらかの副作用が起きていた。
何故なら同時期にキミは世間から姿を消していた。
あれは恐らくキミが世間に出られない状態だったと考えるべきですね。
さて、ここで疑問があります。
そんな状態であるにも関わらず何故キミは一人で組織を追いかけたのですか?」


「そんなのは決まっている。
あの時、組織の存在を知ったのは俺だけだった。だから俺は組織を追ったんだ!」


「なるほど、それが答えですか。
ところで話は変わりますが仮面ヤイバーというヒーローをご存知ですか?」


仮面ヤイバー?何でそんな話をいきなりしてくるんだ?

確かあれは悪の組織に改造手術されて力を得たとかいう正義のヒーローだろ。

それでその悪の組織に敢然と一人で立ち向かうってストーリーだが

何でこんな時に関係ない話をするんだ?


「仮面ヤイバーは悪の組織に捕まり姿を変えられた。
このヒーローは10年前の工藤くんと同じ展開ですねぇ。
同じくキミも悪の組織とやらに捕まり毒薬を飲まされているのですから。」


「しかしここで当時の工藤くんとヤイバーで異なる点があります。
それでヤイバーは力を手に入れましたが工藤くんはむしろその反対だったはずですよ。
何故ならキミの身体にはクスリの副作用が診られたはず。
そんなキミがどうやってまともに組織に太刀打ち出来るというのですか?」


「唯でさえキミはトロピカルランドで返り討ちに遭っている。
そんなクスリの副作用で不安定になっていたキミがどうして組織に立ち向かえるのですか。
普通なら警察に通報すべきことではありませんか。」


警察に通報なんて…それが出来れば端からやっていたよ…

それが出来なかったのには理由がある。

黒の組織は俺が考えていた以上に規模が大きかった。

既に警察にも組織内部の人間が上層部に蔓延んでいてとてもじゃないが信用ならなかった。




「当時…警察には組織の人間が居た…だから信用は…」


「ええ、それは僕も重々承知しています。
同じ警察関係者としては恥ずべきことです。
ですが工藤くんには目暮警部をはじめとする警察関係者の知り合いがいた。
彼らに事の真相を話すべきだったのではありませんか?
それなのにキミは目暮警部たちにそのことを打ち明けていなかった。
この点についてどうしても腑に落ちないんですよ。」


そんな杉下さんの疑問に

普段なら俺の味方である目暮警部たちも思わず懐疑的な目を向けてきた。

確かに俺は目暮警部たちを頼りにしている。

だが組織との戦いは決して油断ならないものだった。

警察内部に組織の人間がいる以上は迂闊なことを話せない。

だから俺は細心の注意を払うべくこの件を目暮警部たちに伝えることができなかった。


「工藤くんの視点からすれば既に警察内部に組織の内通者がいて
もしかしたら目暮警部にも危害が及ぶと思った。なるほど、理に適っています。
しかしそれでも納得できない。
何故なら当時のキミにとって警察の協力は必要不可欠だったからですよ。」


「警察の協力が不可欠ってどういうことですか?」


「わかりませんか。
工藤くんが言うように黒の組織は根強く蔓延るものだった。
そんな組織がキミの死を見逃していたとは思えない。
もしも当時、キミが死亡したのならその死は大々的に報じられていたでしょう。
だから普通ならその死亡が報じられていない時点で組織が不審に思うはず。
警察に協力を求めていればキミの死を世間に報じるという偽装工作が可能でした。
そうすることで周りに危害が及ばずに済みませからねぇ。」


言われてみれば確かに10年前、俺は世間を賑わせた高校生探偵だ。

その俺が死亡するという記事が

大々的に公表されていないということが組織にしてみれば不自然だと思われるのは当然だ。



「それなのに組織の人間はキミの死を不審に思わなかった。それは何故か?
つまり組織の中に工藤くんと内通していた裏切り者がいたんですよ。
しかも手引きした人物は間違いなくAPTX4869に精通した人物である可能性が高い。
その裏切り者は当時の毒薬を飲んだ直後の工藤くんと接触していた。」


「その人物ですが俺が調べた限りだと一人だけ該当者がいます。
当時、江戸川コナンくんが通っていた帝丹小学校にとある少女が転校してきました。
少女の名前は灰原哀。
みなさんはご存知のはずだ。阿笠博士の家に住んでいたことのある少女ですよ。」


こいつら…遂に灰原のことまでたどり着きやがったか…

そして二人は阿笠博士に対して灰原の件を追求してきた。


「阿笠さん、灰原哀を調べて分かりましたが彼女には戸籍がありませんでした。
まあそれはあなたの親戚だという江戸川コナンも同様でした。
俺が前職のコネをフルに活用して
どの機関に問い合わせても江戸川コナンと灰原哀の記録は帝丹小学校での通学時期のみ。
こんなことって普通はありえないですよ。」


「冠城くんの調べ通りなら
阿笠さんは10年前に戸籍が不明な子供たちを匿っていたということになる。
こうなればあなたに対して取り調べを行わなくてはなりません。
これよりご同行願えますか。」


「ちょっと待ってくれ!ワシは…」


クソ…博士まで…

父さんと母さんは特命係の二人に待ってくれと擁護している。

だが二人の追求はまだ手を緩めはしないはずだ。


「それでは阿笠さん、お聞かせください。
あなたは身元不明の子供を二人も匿っていた。
調べて分かりましたがあなたの親族に江戸川や灰原といった家の人間はいなかった。
こんな危ない橋を渡ってまで匿わなければならない人間。
それは当時、黒の組織とやらのせいで命の危険に晒されていた工藤くんですね。」


そのことを問われると阿笠博士はもう限界だった。

ダメだ。これ以上嘘は突き通せない。

特命係の二人は真実を追求するためならどんなことでも徹底的にやるつもりだ。

俺にはそれが嫌なほど理解できる。何故なら俺も同じだから…

真実を追求する。その欲求をこの俺が誰よりも欲しているからだ。




「………そうだ。江戸川コナンは俺です。
黒ずくめの男たちによってAPTXを飲まされて俺の身体は小さくなった。
そして阿笠博士の助言を聞いて俺は正体を暴かれないために偽名を名乗った。
それが江戸川コナンだった。」


もう観念するしかなかった。

これ以上抵抗を続ければ特命係は凡ゆる手で俺が行ったことを糾弾するはずだ。

それこそこの場にいる人間に対して手当たり次第で…

さすがにそんなことはさせられない。

もうこれ以上この場にいるみんなに迷惑をかけることはできない。

だから正体を明かすしかなかった。


「やはりキミが江戸川コナンでしたか。」


「なんか…全然驚いていませんね…最初から予想してたんですか…」


「ええ、最初は半信半疑でしたがね。
蘭さんが常々言っていましたよ。
当時彼女はキミが江戸川コナンではないのかと何度も疑っていたとね。」


どうやら俺は最初から目星を付けられていたらしい。

そりゃそうだよな。蘭の身近にいた人間で俺ほど怪しい人間は他にいないってわけか。

今にしてみればすぐにわかることばかりだ。

思えば杉下さんはずっと俺と行動を共にしていた。

その理由は当初から俺を怪しんでいたからこそだ。

こんなことにようやく気づくなんて…今回は本当に冷静さを欠いてるな俺。



「おい。どういうことだ。」


未だこの状況に狼狽えている俺の前にある男が凄まじい形相で睨みつけていた。

それは蘭の父親にしてコナンの祖父にあたるおっちゃんだ…


「お前…今の話は全部本当なのか…」


「それは…だから…」


「何だ!ハッキリ言え!10年前お前は俺たちに何をしたんだ!?」


ダメだ。おっちゃんの目をハッキリ見れない。どうしてだ…?

俺は何もやましいことなどしてないのに…


「お前は何で俺の事務所に転がり込んできた!言ってみろ!?」


「だから…それは組織を探るために…」


「それなら何でそのことを言わなかった!?
結局俺たちは何も知らずにいたわけだよな!それで今になって嘘がバレた!
しかもこんな最悪な形で!それでお前はどうするつもりだ!?」


おっちゃんに襟首を掴まれ俺はこれからどうするつもりなのかと迫られた。

見るとおっちゃんの拳が力いっぱい握られている。

この場に人がいなければ今にでも俺をブン殴るつもりでいるのだろう。

それを他人が見ているから辛うじて理性で抑え込んでいるんだ。



「待って小五郎ちゃん!これには事情があるの!」


「そうだ。新一だって組織との戦いで…」


そんな俺を庇うかのように父さんと母さんが仲裁に入ってくれた。

だがその表情は…二人ともつらそうに見えた…

まるでこうなることを最初から予感していたようなそんな感じだ。


「ご両親、もう息子さんを庇うのはどうかと思いますよ。
あなた方は今日まで御子息を守られてきた。ですがそれも終わらせるべきです。
そうでなければ彼はこの先も責任を取れないままですよ。


責任…さっきも言われたこの言葉…

いい加減にしてくれ。責任ならもう取ったはずだ。俺は組織をこの手で倒した。

それなのに何が責任だ!




「毛利さん、覚えていますか。
あなたは以前、江戸川コナンの母親を名乗る女性から養育費を受け取っていますね。
その額は1000万円。いくら子供の養育費とはいえ高額だったと思いませんか?」


「確かにそう言われてみると…けどそれが何なんすか…?」


「何故あのような高額な養育費が振り込まれたのか?
江戸川コナンの正体が明かされた今ならその理由を察することが出来ます。
あの養育費が高額であった理由は毛利さんと蘭さんへの慰謝料込みであったことですよ。」


「慰謝料って…どうして…?」


「それは簡単ですよ。
工藤くんが江戸川コナンとして活動していくにあたって周りに危害が及ぶのは確実です。
ひょっとしたらあったのでありませんか?
黒の組織とやらの尻尾を掴もうとして逆に毛利一家の命が狙われかけたことが…」


杉下さんの指摘通りそれはあった。

以前、黒の組織を後一歩というところで追い詰めようとした時のことだ。

ジンが事務所の前までやってきて銃口を向けてきた。

あの時は俺や赤井さんが咄嗟の機転でどうにか食い止めることができた。

だがあの時…一歩遅ければおっちゃんは銃で撃たれて死んでいた…

それを思うとあれは今でも背筋がゾッとする出来事だった。



「当時、工藤くんは働ける歳ではなかった。
もし居候していた毛利一家に何か危害があればキミはどうやって償う気でいましたか?
いや、償うことなんて出来るはずがありませんよ。」


「そんな江戸川コナンに用意された高額な養育費。
たった今明かされたように江戸川コナンは架空の人物だった。当然親など存在しません。
それではこの1000万円のお金は誰が用意したのでしょうか?
工藤くんの周りでこれだけ高額なお金を用意出来る人物は限られています。
鈴木財閥の令嬢で友人にして蘭さんと同じ幼馴染の鈴木園子さん?ちがいますねえ。
いくら友人とはいえ当時高校生だった彼女にそんな高額なお金は扱えない。
阿笠さん?これもちがうはず。
いくら協力者とはいえそんなお金を簡単に用意するとは思えない。」


「それでは一体誰がこのお金を用意したのか?
工藤くんの身近にいて彼のために1000万円という高額なお金を用意してみせた人物。
それはやはりご両親しかいないということですよ。
息子のためにご両親がお金を用意してくれたというわけですね。」


杉下さんからそう告げられると

父さんと母さんは今まで俺には見せたこともない醜い顔を浮かび上がらせた。

これまで俺は両親を尊敬してきた。

卓越した推理力を持つ世界屈指の推理小説家である父。

それにかつては世界中の男たちを虜にした元女優の母。

尊敬できる立派な両親だ。けどそれが今はどうだ?

警視庁の左遷部署の二人に問い詰められて狼狽えているじゃないか。

なあ…どうしたんだよ…二人とも…

いつもみたく鮮やかに切り抜けてくれよ。何でそんな険しい顔をしてるんだよ?




「10年前、あなた方は工藤くんが毒薬を飲まされて身体を小さくなったことを知った。
何故その時に工藤くんを止めなかったのですか。
身体を小さくされた彼が巨大な組織を相手に太刀打ち出来ると思いましたか?
まともに考えればそんなことなど出来るはずがない。
息子さんが小さくなった時点で保護をすべきだったはずですよ。」


「それはわかっていました…実は私たちも一度は迎えに行って…
けど新一は自分で自分を小さくした黒ずくめの男たちを捕まえることに固執して…」


「その時は説得を諦めました。
だからいずれ音を上げて泣きついてくると思っていたら…
まさか協力者を募って組織を倒すまで成長するのだから
親としては子の成長を喜ぶべきかそれとも無謀な真似をしたと叱るべきか悩みましたよ。
ですがそのせいで周りに危険が及ぶのは当初から予想出来ていた。だから…」


「やはりあなた方は危険を予想していた。あの一千万円はそのための慰謝料だった。
責任を取ることの出来ない息子に代わり、
真実を打ち明けることが出来ない毛利一家へのせめてもの罪滅ぼしであった。
そういうことだったのですね。」


俺は今日まで考えたこともなかった。

あのコナンの養育費。当時は金に意地汚いおっちゃんを納得させるだけかと思った。

けどそのお金にもうひとつ別の意図が含まれていたなんて…

そしてこんなことになってようやく気づけた。

両親がこんな形で親としての責任を果たしていたこと。

本当なら二人だってこんなことやりたくはなかったはずだ。

けどそれをやらざるを得なかった理由はなんだ?俺が単独で黒の組織を追ったから…




「けど…俺は…探偵としての責任を果たした…事実…組織は潰せた…」


俺はまだ抵抗を続けた。こんなことに何の意味があるのか自分でもわからない。

それでも10年前の行いを無碍にしたくはなかった。

あの時、俺が行った捜査は決して無駄ではなかった。

俺は黒の組織を潰してヤツらの脅威からみんなを救った。それだけは確かなはずだ。

そうだ。俺は自らの責任を果たしたはずだ。


「………ちゃうで工藤。あの頃の俺らは責任なんて果たしておらんわ。」


そんな俺の意見に思わぬところから反論が出た。

それは先ほど親父さんにブン殴られたばかりの服部だ。

けど何でそんなことを言うんだ?

お前だって10年前は西の高校生探偵と称されていたはずだろ。




「なあ工藤、以前太閤秀吉の宝を巡って殺人事件があったなぁ。
あの時、俺が親父に殴られた時のことを覚えてるか?」


それは俺たちが大阪に服部の剣道の試合を観に行った時に起きた殺人事件。

犯人は豊臣秀吉の財宝を狙った犯行に見せかけて次々と連続殺人を行った。

その犯行を捜査していた俺と服部だがその最中に服部が血気に早って現場で取り乱した。

それを服部の親父さんが先ほどのように鉄拳を喰らわして諌めた。


「あとからあれは親父が真犯人炙り出すためにわざとやったのがわかったわ。
けどそれでもあの出来事で思うことがあったで。
あの頃の俺らはほんまに無責任やったんやないかってな…」


「何でそんなことを言うんだ!俺たちは事件を解決出来たはずだ!?」


「確かに俺らは事件を解決したわ。けど思うこともある。
もし俺らが事件解決できへんかったらどうなってたんやろかってな…」


「だから思うたんや。
あれは半分本音も入ってたんやってな。
俺が好き勝手出来たのは半分が親父の七光りがあってのことや。
あの頃の俺は親父と同じ土俵にすらおらんかった。だから警察に入ったんや。
しっかりと責任持って事件と向き合うためにな。」


それが服部の刑事として歩む選択を取った理由だ。

恐らく昨日の宴席でも服部はこのことを俺に告げようとしたことだった。

服部は当時の自分が無責任だったからこそ今は責任を持って事件に当たっている。

だが俺はどうだ?当時と何一つ変わっちゃいない。あの頃と同じままだ…




「無責任ですか。確かにそうかもしれません。
ですが工藤くんの場合はそれだけではなかった。もうひとつ、キミにはある思惑があった。
それはもしかしたらキミ自身すら理解していなかったことかもしれません。」


俺が…理解していないこと…?

何だよそれ?俺が無責任だということ以上に何があるっていうんだ?


「今の話でキミはご両親の忠告を受けたというのに
それでも黒ずくめの男たちを追うことを決してやめなかった。
その理由は何でしょうか?」


「そんなの…俺がヤツらを捕まえなきゃいけなかったからだ…だから…」


「確かにそれは使命感だったかもしれません。
ですが他にもあったのではありませんか。
先ほど森谷教授を訪ねに行った時のことを覚えていますか。
教授はキミのことをこう評した。目立ちたがり屋で誰かの称賛を得たいとのことだった。」


だから何だというんだ!

ああ、認めてやるよ。

当時の俺は他人からの称賛を得たくて事件を暴いていたことがあったかもしれない。

けどそれがどうした!




「そんなキミが世間に
黒ずくめの男たちに毒薬を飲まされたことが明かされたらどうなるでしょうか。
冠城くん、どうなると思いますか?」


「たぶんこう思われますよ。
『勝手に事件に首を突っ込んで逆に返り討ちとは間抜けだ。何が平成のホームズだ!』
まあ自業自得だとボロクソに貶されていたかもしれませんね。」


「なるほど、つまり工藤くんが身体を小さくされたことは言うなれば失態になりますね。」


まったく…正直苛立ちを感じる…

ああ、そうだよ。俺は失態を犯した。けどそれが何だというんだ。


「世間には工藤くんが毒薬を飲まされたことは公表されなかった。
都合の悪い部分は隠されてしまった。これが何を意味するのかわかりますか?
つまりキミが一人で黒ずくめの男たちを追い続けた理由。
自分の失敗を他人に明かされたくなかったからではありませんか。」


「そんな…どうしてだ!?」


「それはキミがシャーロックホームズを敬愛しているからです。
ホームズは事件を完璧に暴く名探偵。キミはそんなホームズを尊敬している。
ですが平成のホームズと謳われるキミが失敗を犯してしまった。
犯罪現場を目撃したのにも関わらず
あろうことか犯人に危害を加えられあまつさえ取り逃がした。
どう考えてもこれは失態モノでした。」


「それを隠す必要があった。
ホームズを目指す者が失敗を犯すなどありえない。
だからキミは一人で黒ずくめの男たちを追おうとした。ちがいますか?」」


ふざけるなッ!

俺はここが病院であることを忘れて思わず怒鳴り声を上げた。

何だ!その根拠のない推理は!?




「根拠ならあります。森谷教授が起こした爆破事件。
最後に爆破された米花シティービル。そこで蘭さんは爆弾の解体するために
工藤くんの指示に従って爆弾の解除を行ったそうですね。」


「そうだ。蘭の身近に爆弾があったから仕方なかった。それがどうした!?」


「問題は爆弾を解除する最後の作業でした。
キミはどうしても最後の赤と青のどちらの線を切ればいいのかわからなかった。
そこでキミが取った方法は何でしょうか?」


その時…俺が行った苦肉の策は…蘭にその選択を託すことだった…

仕方が無かった。あの時、壁の向こうにいる蘭に頼む以外に選択はなかった。

それの何が悪かったんだ?


「もしもその方法で蘭さんが失敗したらキミはどうするつもりでしたか。
当時、蘭さんが爆弾の解体作業を行っていた場所にはまだ逃げ遅れた人たちがいた。
もしも蘭さんが失敗してその人たちが亡くなればそれは蘭さんの責任になっていた。
あの時キミは無意識にその責任を蘭さんに押し付けたのではありませんか。」


「爆弾は運良く正解の線を切ったことで解除されました。
しかしキミはあの時点で考えることを放棄してしまった。
探偵としての責務を果たすのであれば最後まで推理することを放棄すべきではなかった。」


「もうひとつ指摘したいことがあります。
それは記者の森敦士さんが関わったスキーロッジ殺人事件。
あの事件でキミは蘭さんに事件を暴かせた。その理由は何でしょうか?」


「それは…あの場にいた蘭に言ってもらった方が説得力あると思って…」


「なるほど、それは一理あります。
しかしあの事件で蘭さんに犯人を暴いてもらうことが何を意味するかわかりますか?
それは彼女が恩師を糾弾することでもあった。
そんなつらいことをキミは敢えてやらせた。そのことはわかっていますか。」


だって仕方ないだろ。

あの時は記者が身近にいたから工藤新一の名は使えなかった。

もし使ったら俺の存在が世間に知られて黒ずくめの男たちに狙われる。

それに急いで犯人を突き止めなければ凶器に使ったウィッグも処分される可能性があった。

だから蘭に事件を解いてもらうしかなかった。




「あの事件でもし工藤くんの存在を明かしたら森さんが記事にキミのことを書く。
それを避けるために敢えて蘭さんに事件を暴いてもらった。
ですが事件を暴くためとはいえ蘭さんは自分の恩師の罪を暴かなければならない。
そのことについてキミはなんとも思わなかったのですか?」


「それは思ったさ…けどそうするだけの理由はあった…」


「確かにその必要はありました。
凶器を早々に処分されては逮捕することは困難だったでしょう。
ですがそのせいで蘭さんは深く傷ついたはず。それはわかっていましたか。」


そんなの…蘭が傷つくことはわかっていた…

あいつは優しい。恩師の逮捕に誰よりも悲しんだのは蘭自身だ。

あの時の俺は泣き続ける蘭をコナンの姿のまま抱きしめるしかなかった。


「悪く言えば工藤くんは蘭さんの優しさに甘えていた。
蘭さんはキミのために責任を果たしてみせた。それなのにキミは彼女を捨てた。
これに関してはキミたち二人の問題。さすがにこればかりは僕も触れる気はありません。」


「ですが蘭さんの優しさが彼女を自殺に追い詰めたとなれば話は別です。
ハッキリ言いましょう。蘭さんが自殺した原因は親としての責任を果たすため。
それに彼女自身の優しさがあったからこそですよ。」


蘭が自殺した理由…?

わからない。

APTX4869の副作用が

息子のコナンに影響を及ぼしていたことが蘭の自殺とどう影響するんだ?




「キミは一度でも蘭さんにAPTX4869のことを話しましたか?」


「いいや、蘭には最後まで何も言わなかった。」


「それでは彼女はキミが飲まされた毒薬について一切知らなかったということですね。
これでようやくハッキリしました。
蘭さんが自殺をした原因はやはり息子であるコナンくんの命を守るためでした。」


「だから…何で…」


「以前からコナンくんは身体の不調を訴えていた。
しかし蘭さんにはその原因はわからなかった。
何故ならキミが毒薬を飲まされたことについて何も話さなかったからです。
そんな彼女は次第に思いつめられていった。何が原因なのか?自分に原因があるのか?
それとも父親に原因があったのではないか?
そして思い当たったのは工藤くんが身体を小さくなったと疑ったこと。」


「もしもそれで何らかの副作用があったとすれば原因は工藤くんにあると疑惑を抱いた。
しかし疑うことは出来てもそれで事態は改善することはなかった。
何故なら蘭さんにはキミを問い詰めることは出来ないからですよ。
以前、蘭さんはストーカー工藤くんに対して騒ぎを起こしてしまい警戒されている。
それに警戒されていなかったとしても
キミは毒薬についてこれまで何度も秘密を守り通してきた。
その秘密を今になって明かしてくれるのか?いや、無理でしょうね。
幸せな結婚生活を送るキミたちにそんな厄介な話を持ちかけても無碍にされると思った。」


「だから蘭さんは自殺を決行したんですよ。」


それが杉下さんの推理する蘭が自殺した真相だった。

その推理に俺は思わず納得してしまった。

いや、俺だけじゃない。この場にいる全員がその推理を聞いて思うところがあった。

確かに俺は幸せな結婚生活を送っている。

そんな俺がいくら蘭から強く頼まれてもAPTXのことを話すか?

答えは否だ。それは自分のことだからよくわかる。

それにたとえ俺でなくても母さんたちだってどうだろうか。

先ほど海外に養子へ出そうと企てていたくらいだ。恐らく見捨てたはず。

だから強硬手段に出た。

こんな謎めいた仕掛けを施したのもすべては俺がこの件に興味を持つために仕組んでいた。

俺は蘭の思惑にまんまと乗せられた。

ハハ…幼馴染だもんな…俺の考えることなんて全部お見通しってわけか…



「お前は…蘭の人生を弄びやがったわけか!
確かに俺は呑んだくれでろくな親じゃなかった。けどお前のせいで…蘭は…
つまり俺の眠りの小五郎やってたのも
お前が何か妙な方法使って眠らせて勝手に推理してたってか。ふざけんなよコラッ!
返せ!蘭の命を!それに蘭の子供の未来を!?」


「そうよ新一くん…
私だって弁護士として成功するために娘を捨てたかもしれない。
こんなこと私が言えた義理じゃないけど…あなた…私たちの娘をなんだと思っているの!」


そんな打ち拉がれる俺の前に毛利のおっちゃんと妃のおばさんが問い詰めてきた。

よくも娘を不幸にしてくれたな。どうしてくれるんだと。

俺は自分の都合で蘭の命を奪ってしまった。

大事な娘の命。それはなによりも掛け替えのないものだ。

俺だってもうすぐ本当の意味で父親になる。だからその心境が痛いほどわかってしまう。


「ねえ…新一くん…アンタ何で蘭に話さなかったのよ…そしたら蘭は…」


「せやで…そしたらアタシらだってこんなことしとうなかったわ…」


蘭の女友達である園子と和葉さん。

事の真相を知り、涙を流しながら自分たちの過ちを後悔した。

彼女たちもまた女性として、今はまた母親として蘭の心情を理解していた。

だからこそ俺のことを許せずにいた。




「工藤くん…何故ワシらに…
組織のことを話してくれなかった…ワシらはそんなに頼りなかったのか…」


普段は俺に協力してくれている目暮警部も真相を知り悔やんでいた。

そりゃ目暮警部に本当のことを言えなかったのは申し訳ないと思う。

一緒にいる高木刑事やその妻の美和子さんも目暮警部と同じ顔をしている。

どうして自分たちに本当のことを言ってくれなかったんだ。

そしたらどんな協力でも惜しまなかったのにとそう心の中で呟いているんだろう。

それだって仕方なかったんだ。組織は当初俺が考えていたよりも規模が大きかった。

だから迂闊なことは言えなかったんだよ!


「スマン新一…ワシがあんなことを言わなければよかったんじゃ…」


同じく真相を知った阿笠博士が俺に謝罪をしてきた。

思えば博士の助言で俺は正体を伏せることにした。けどそれは結果論だ。

あの時はあれでよかったはずだ。問題はその後だ。

それでも俺には打ち明ける機会が何度もあった。

それを不意にしたのは他の誰でもない俺自身だ。


「工藤…悪い…もう俺はお前を庇ってやれん…」


服部もつらそうな顔でそう告げた。

その理由はわかる。お前はあとからとはいえ俺たちの事情をすべて知っていた。

だから蘭の件については罪悪感を抱いているんだな。

すまなかった。こんな俺の嘘にここまで付き合わせちまってさ。

服部、お前は本当にいいヤツだよ。


「新一、私たちはちゃんとお前に親としての責務を果たすべきだった。」


「10年前、嫌がるあなたを無理矢理でも連れて行けばこんなことにならなかったのに…」


そして事の真相を知った両親も後悔していた。

やめてくれ。二人が後悔する必要なんてない。悪いの俺だ。

俺が一人で組織を追うなんて無茶な真似をしなければこうはならなかったはずなのに…




「工藤くんが探偵としての責務を果たすのなら蘭さんに真実を打ち明けるべきでした。
探偵とは真実を見出すことが使命のはず。
それなのに真実を偽り、蘭さんを欺いてきた。その結果がこのような悲劇を招いた。
蘭さんを守るはずの嘘が結果として蘭さんを死に至らしめた。
キミは探偵としての使命を重んじるあまり、そのせいで蘭さんの命を奪った。
そんな探偵は殺人者と変わりませんよ。」


杉下さんの言葉が俺の心に伸し掛ってきた。

それはかつて俺が服部に告げた言葉だ。

自殺しようとした犯人をあのまま死なせるべきだと言った服部を諌めるために告げた言葉。

だがそれは皮肉にもこんな最悪な形で俺に投げ返された。

真実はいつもひとつ。

それが探偵としての俺の信条だ。けどこんな真実なんて…

否定してみせたいけどそれは無理だ。

すべての状況がこの事実を裏付けている証拠になっている。

これは他の誰でもないこの俺自身の罪なんだ。




「工藤さん大変です!奥さんの容態が急変しました!」


だが俺には悔やむ暇すらなかった。

看護師さんが駆けつけて志保の容態が急変したことを告げてきた。

どうやら難産らしいが…待てよ…杉下さんの話が正しければ…

生まれてくる子供は大丈夫なのか?

蘭の子供のコナンはAPTX4869の毒性に身体を蝕まれている。

それは俺と志保の子も同じじゃないのか?

さらに言えば俺だけでなく母親の志保もAPTXを服用している。

つまりコナン以上にお腹の子がAPTXの毒性に蝕まれている可能性が高い。

やばいぞ。急いで志保のいる病室へ行かないと!

だが志保の病室へ向かおうとした矢先、

もう一人看護師さんが駆けつけてきて思いもしないことを告げてきた。


「大変です!コナンくんの容態が…」


なんだと…このタイミングでコナンの容態も急変しただと…

そういえば蘭が遺した日記には

コナンは何度も倒れてもう身体は限界かもしれないと記述されていた。

あいつはまだ6歳。恐らくもう生命力はギリギリだ。

急いで処置を施さないと最悪の場合は死ぬ危険が…

だがその処置を施すにしてもAPTX4869に関しては志保が専門家だ。

その志保が難産だという時に…なんて最悪な状況だ…




「どうやらキミに選択が迫られているようですね。」


「選択って…何のことですか…?」


「トロピカルランドで引田ひとみさんに告げられた最後のひとつのメッセージですよ。」


そういえば…引田ひとみからこんなことを告げられた…


『この世にもしも傘がたったひとつだとしたらあなたは誰に傘をさす?』


あの時は意味不明すぎてまったくわからなかった。

けどこんな状況に陥った今ならこの意味がわかる。

それは今の状況がまさにこの言葉を物語っているからだ。


「工藤くん、キミは重大な選択を迫られています。」


「恐らくキミの奥さんである志保さんこそかつての灰原哀。そして組織の裏切り者。」


「彼女こそがAPTX4869を製造した人物。」


「その彼女からAPTX4869の情報を聞き出せばコナンくんの命は救われます。」


「しかし彼女もまた難産。
この状況でそんな彼女からAPTXのことを聞き出すなど
生まれてくるお腹の子に影響を及ぼす可能性が高いはずです。」


「だからこれは父親であるキミが決めてください。」


俺は…今ほど…これまでの選択を後悔したことはなかった…

何故ならこれから行う選択はどちらを選んだとしても後悔しか残らないからだ。

蘭の子であるコナンを救うか…それとも志保とお腹の子を救うか…

父親としてどちらかひとつの選択を求められてしまった。

そして杉下さんは冷徹な表情でおれにこう問いかけた。






キミが持つたった一本の傘。それを誰に渡しますか。




End

これで終わりです。長くなってごめんなさい。

バーーーローーがクズいなぁと思いつつ読んでたけど、最後の右京さん無双で燃えた
面白い話ありがとう

リアルにやるとあと何千年かかるかな

改めて言われてみると、バーーーローーって酷いやつだな


作品は面白かったが
この杉下の使い方と言うか、右京さん作者の分身だろ正直ちょっとこじつけじゃね感含む
周到に周りまとめて全滅フルボッコ感と言うか
総武高や岐阜の某小学校壊滅させた人か?

話の都合でキャラが動かされてるのが見えてきて冷めた。

↑↑それがこの人の作風だからな
俺は好きよ

まーた灰原厨が蘭をディスってるのか
バーーーローーが蘭以外の女を選ぶことはないから諦めろ

懐かしいね

古い

ピヨピヨ

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