モバP「Hs-宇宙人」 (17)
星輝子誕生日記念SSです
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公園で初めて会ったとき、彼女のことをどう思ったんだったか。
「キノコー、キノコー、ボッチノコー♪」
小柄な体とスラリと伸びた銀髪と色白で世の女性が羨むであろう肌、灰色の瞳。そして両手にはキノコ。そう、キノコ。まるで小説か漫画に出てくるような少女がそこにいた。
「キノコー、キノコー、キノコーを探して」
「あの」
「ヒィッ!? だ、誰……?」
ああそうだ。俺は彼女にこう言ったんだ。
「君……もしかして、宇宙人?」
「……へ?」
地球に調査に来た宇宙人――それが星輝子という女の子に対して最初に抱いた感想だった。
「あれから結構経つんだよなぁ」
営業先から事務所に戻る途中、ふと輝子とのファーストコンタクトを果たした公園を通りかかる。三時のおやつ前だからか子供たちの遊ぶ声も聞こえず静けさの中で鳥のさえずりが聞こえるだけ。輝子はここをボッチによるボッチのための公園、と言っていたがなる程確かに静かに物思いにふけるにはいい場所かも知れない。アホ毛のキュートな熊本娘にここを教えてあげてもいいかもな。きっと週一で日向ぼっこをするだろう。言うほどジメジメした場所でもないし。
「今あいつがここに来ても、同じ事を言うのかな」
ジメジメした場所でひっそりと隠れてきた彼女を半ば強引に眩いステージに押し上げてから数ヶ月。今でも机の下のような暗く湿っぽい場所でトモダチのキノコ達と過ごす事がお気に入りらしいが、毒々しい光を浴びたステージに立てば唯一無二の存在となる。
星のように輝く子とはよく言ったものだ。二重人格とは違う、普段のぼっちな彼女もメタルでクレイジーな姿もどちらも星輝子というアイドルで、そのギャップに心臓をぶち抜かれる人が多いのだ。かくいう俺も、その1人なんだけど。
スマホを開いてツイッターを見ると丁度いいタイミングで輝子の写真が流れてきた。
『昨日は輝子ちゃんと一緒にお洒落なカフェに! 輝子ちゃん、ちょっと緊張気味?』
どうやら愛梨に連れられてカフェに行っていたようだ。自撮りを笑顔であげる愛梨に対して、本来自分がいた場所とは違う環境に身を置かれたせいで写真の中の輝子は目をグルグルとさせてありありと焦りが伝わって来る。これを『ちょっと』で済ませてしまう愛梨も中々大物だな。ヤケを起こしてヒャッハーしださないか少々心配だけど、まぁ愛梨がいるなら大丈夫だろう。
しかし……少なくともアイドルになる前の輝子なら、このような所謂リア充の巣窟であるカフェになんて行くことがなかっただろうに。
「成長しているってことだよな」
根っこの部分は変わっていないだろう。どんな環境に投げ込まれたとしても、やはり生まれてからこれまで築き上げて来たものはそう簡単に変わらないのだから。言ってしまえば、有無を言わさずついてくる影のようなもの。
それでも人がいるところを怖がらずにトモダチと呼べる仲間が増えていった。日陰から日向へと飛び出した輝子を祝福するかのように、彼女を中心にキノコが増殖して輪が広がっていく。
それが俺にとっても、彼女の最初の親友としてはとても嬉しく誇らしいことだった。アイドルとしてだけでなく、ひとりの女の子としても新しい世界へと飛び出していけるようで、これまでの時間はムダなんかじゃなかったと強く思えたんだ。
「うーっす、ただ今戻りましたー」
「あっ……おかえり、親友」
「おう、ただいま」
事務所に戻った俺を待っていたのか、机の下からおずおずと輝子が出てくる。ちらりと見るとまた見たことのないキノコの鉢が置かれてあった。
「これ……気になるのか?」
「ん?」
俺の視線に気付いたのか、机の下から例の鉢植えを持ってくる。
「昨日、貰ったんだ」
「昨日といえば、愛梨から?」
「! どうして分かったんだ……? まさか、サイキック?」
「サイキックですって!?」
「いや、愛梨のTwitterで昨日輝子とカフェに行ったって言っていたからさ」
「見られたのか……カフェは私には早すぎたぞ。愛梨さんがいてくれなきゃリア充たちにヒャッハーしかけた……」
恥ずかしそうに目線をそらす。どうやらヒャッハーして大暴走、ってことはなかったらしい。ちょっと安心する。
「むー、私はスルーですか! はっ! まさかサイキック透明人間が上手くいったのでは!?」
単純にスルーしただけなんだけど乱入してきた裕子は気分をよくしてか一人でモンキーダンスを踊っているが勿論透明人間ではないので思いっきり目立っている。
「良いのか? 放っておいて」
「あー、うん。良いんじゃない?」
自らを透明人間だと思い込んでいる美少女が部屋を出て行くまで俺と輝子は踊り狂う彼女を観察していた。
「この子は、愛梨さんがプレゼントしてくれたんだ。6日は仕事で渡せないから早いけど誕生日プレゼントだって」
「誕生日……?」
輝子に言われてハッとする。事務所のカレンダーを見ると6月6日のところに小さく星輝子誕生日とキノコの絵とともに書かれていた。
「もしかして、プロデューサー……忘れていた? もしそうなら、少し悲しいぞ」
「そ、そんなことないぞー!! ちゃんと覚えていたって!」
取り繕うが心の中では只管土下座していた。輝子の言うように、すっかり忘れていたのだ。事務所には200人超のアイドルがいて、その全員の誕生日を覚えるとなると中々に骨が折れるとは言え。
「本当か? でも、無理ないかも。プロデューサー、忙しそうだったし」
忙しいからといって自分でスカウトして面倒を見ている女の子の誕生日が頭から抜けてしまうなど言語道断、それこそ吊らされても文句も言えない。
「でも……私も、自分の誕生日を忘れていたから、あいこだよ」
「えっ?」
「今まで親以外に祝ってもらうことがあまりなかったから……フヒッ」
「輝子……」
俺はアイドルになる前の星輝子という女の子の事を知らない。今でこそ彼女の前には人が集まってきているが、もし俺が彼女をスカウトしなければ。今でもキノコだけが友達だったのだろうか。リア充に対する怒りを正しく発散できる場所がなく、小さな体の中に全て溜め込んでいたのだろうか。
「パーティー、しようか」
「親友?」
俺はほぼ無意識のうちに口に出していた。
「輝子のバースデーパーティーだよ。6日は皆で輝子を祝うんだ。これまで祝ってもらえなかったのなら、その分祝ってやる。だから……えーと」
言葉が続かない。言いたいことはわかっているのに、俺もこういうのには慣れていないだけにしどろもどろになってしまう。そんな俺がおかしかったのか、
「それは楽しみだぞ、親友」
輝子は優しく笑った。なんだかそれが愛おしくて仕方なくて。
「ヒィッ! な、何をするんだ!?」
背丈の小さな宇宙人の髪をクシャクシャと撫でてしまう。銀色に光る髪はサラサラで本当に同じ星の生物とは思えないくらいだった。勿論馬鹿にしているわけじゃない。俺なりの最大の賞賛だ。
「ははは、かわいいやつめ」
「や、やめろォ!! ヒャッハーするぞ!?」
本当に輝子が爆発するまで、俺はこの愛らしい生き物をなで続けていた。
「輝子ちゃんのバースデーパーティーですかぁ、ふふっ。楽しみですね」
「ひょっ!? ま、まゆ? いたのか」
「うふふっ。ずっと見ていましたよ。仲良さそうなので邪魔しちゃ悪いと思って机の下に隠れていました」
顔を真っ赤にした輝子が部屋から出て自分ひとりかと思ったタイミングで声をかけられたものだから実に情けない声を上げてしまう。ん? まゆが机の下にいたってことはもしかして……。
「あ、あの……一応、いたんですけど……」
机の下からおずおずと森久保が出てくる。
「森久保!」
「なんで私だけ苗字呼びなんでしょうか……いや、乃々って呼ばれたら呼ばれたで少しビックリするんですけど……」
「いや、深い意味はないんだけど森久保呼びの方が慣れているというかしっくり来るというか。それはそうとして、話聞いていたのか?」
どうやら2人とも俺が入ってくる前から机の下にいたらしい。アンダーザデスクなんてユニットができるくらいなのだが、いまいち俺には机の下の居心地の良さがピンと来ない。頭打ちそうだし。
「輝子ちゃんのお誕生日会だなんて、素敵ですね。まゆ、頑張ってお料理つくりますよ」
「もりくぼも微力ではありますが協力したいんですけど……いらないからそのへん走ってろって言われたらその辺走りますので……。あと美玲さんにも声をかけておきます」
「いや、言わないって。でも嬉しいな、事務所のみんなにも祝って貰えたら輝子も喜ぶだろうし」
「誕生日を祝われて、嬉しくない人はいないと思います……私も、少しだけテンション上がりますし……あげくぼです」
見切り発車で口にした割にはうまいこと行きそうな気がしてきたぞ。
それから俺たちは輝子の誕生日パーティーの準備に取り掛かった。
「お誕生日会ですか!! これは気合入れていきましょうね!!!!」
「ケーキなら私の得意分野ですねー! よーし、腕によりをかけて作っちゃいますよー。当日お仕事で行けませんから、気持ちはたくさん込めますね!」
「サイキック! 美味しくなーれ!!」
「もーユッコちゃーん! まだ作っていませんよー? あっ、牛乳ならおいかわ牧場直送のがオススメですよー!」
「ふふっ。なんだかいいですね、こういうの。写真に撮って後でブログに上げていいですか?」
輝子にハッピーバースデーを言おう。ただそれだけのために、あれよあれよという間に人は集まっていき、気が付けば一大プロジェクトのようになっていた。
「なんだか、感慨深いな……」
初めて出会ったとき、輝子はこんな未来が来ることを予想できていただろうか。彼女が欲しかったものを、輝子は自分自身で手に入れたんだ。きっかけを作ったのは俺だったかもしれない。だけどそれだけじゃこんなに人は集まらない。
星輝子と言う女の子に惹かれて、友達になりたいと思えたからこそ、今があるんだろう。
パンッ!!
「わっ!!」
「「ハッピーバースディ!! おめでとう輝子ちゃん!!」」
「こ、こんなにたくさん、私のために……フヒッ」
6月6日。いつかの記念日に着ていた黄色いドレスを着た輝子が扉を開けると、待ち受けていたのは沢山のアイドルと大きなケーキ。クラッカーの破裂音が楽しい楽しいパーティーの開幕を告げた。
「ど、どうすればいいんだ親友……こ、こんなに祝われたことないから分からないぞ……ヒャッハー、すればいいのかああああああ!?」
「ああ、思いっきりやっていいんじゃないか?」
「ヒャッハーーーー!!!! お前らぁ!! 最高だぜえええええええええ!!!! ケーキが甘すぎるーーーーーー!!!!」
「はははは……」
驚きが振り切れた輝子は目をクルクルと回しながらヒャッハーと雄叫びを上げる。だけどそれは怒りではなく喜びの爆発なのは誰の目から見ても明らかだった。
「今日は楽しかったな、親友……生まれてから、一番楽しい誕生日だった」
「そっか。喜んでくれたのなら何よりだ」
楽しむだけ楽しんで、大声でヒャッハーして沢山のプレゼントを貰って。輝子にとっての最高のパーティーも終わり、俺たちは夜の道を歩いていた。寮にすぐに戻ることも出来たけど、輝子の興奮は冷め切らないようで歩こうと誘われのだ。俺の隣を歩く輝子は上機嫌で今にも鼻歌を歌いそうでいた。
「プロデューサーに見つけてもらってアイドルになって、本当に良かった……私は変な奴だと思っていた、けど……周りにはもっと、変な奴がたくさんいて……それが嬉しかったんだ。サンキュー」
変な奴がたくさんいたからこそ、輝子も変な奴で居続けることができた。他の人には理解できないかもしれないけど、俺たちだけが受信できる何かがあったのだろう。
「どういたしまして」
月の光を浴びて銀色の髪は怪しく光る。きっと知らない人が見れば、宇宙人と思うんじゃないだろうか。俺だけかな。
「また来年も、あるのかな……?」
「また来年もあるさ。今年よりも、多くの仲間が祝ってくれるよ」
「それは、楽しみだ……フヒッ」
キノコの繁殖力は侮れない。どんな場所でもニョキニョキと生えていく。これからも輝子は仲間を増やしていくはずだ。いや、もしかしたら。
「やっぱり、宇宙人だったりして」
「?」
俺たちは星輝子という宇宙人に知らず知らず、侵略されているのかもしれない。明日になれば、頭の上にキノコが生えているのかもしれない。だけどそれも、悪くないかな。
以上になります。元ネタというかイメージはOs-宇宙人。輝子と彼女を応援するすべての方々に祝福があらんことを。失礼いたします。
会話できない、バイト出来ない、空見上げる
良かったよ乙
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