まゆ「おはようございます、幸子ちゃん。」
耳元で囁かれた甘い声でボクは今日も目を覚ましました。
まゆ「朝ごはんできてますよ、早く顔を洗ってきてください。」
エプロン姿の彼女に促されてボクはいつものように顔を洗って歯を磨いてから、リビングのテーブルに着きます。
まゆ「ふふ、幸子ちゃん、今日はいつもより外ハネの数が多いですよ?」
幸子「あとで調整しますよ、今はお腹がペコペコなんです。」
まゆ「そうですね、さめないうちに食べちゃいましょうか。」
まゆ、幸子「「いただきます。」」
そして、普段となんら変わりなく彼女と一緒に食卓を囲みます。
いつもどおりの朝、新妻気分のまゆさんとの朝食。これがいつもどおりになったのはどのくらい前だったでしょうか。
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まゆ「そういえば、今週の土曜日、空いていますか?」
ボクの分のトーストにバターとジャムを塗りながら彼女が尋ねます。
幸子「もちろん空けてますよ。フォーマルドレスを選ぶんですよね。」
まゆ「はい、幸子ちゃんに選んで欲しくって。」
幸子「まゆさんなら普段着でも十分カワイイと思いますよ?」
まゆ「今回はまゆが主役じゃありませんからね。普段着だと目立っちゃいます。」
幸子「別に目立ってもいいと思いますよ?ボク達はアイドルなんです。何着たってオーラがあふれ出ちゃうんですから。」
まゆ「それでもやっぱり主役より派手なのはダメですよ、一生に一度の晴れ舞台なんですから。」
幸子「本当に一生に一度で済むんでしょうかねぇ?あの人、モテる上に鈍感ですから。相手の人も苦労しますよ。」
まゆ「そんな事言っちゃダメですよ、縁起でもない。今はきっとお二人は幸せの絶頂なんですから。」
ボクは苦笑いを浮かべるまゆさんからトーストを受け取って齧ります。
幸子「でも、まだあきらめてない人たちも多いですからねぇ、もしたらまゆさんにもチャンスが回ってくるかもしれませんよ?」
まゆ「まゆはもういいですよ、私はもう新しい恋ができますから。幸子ちゃんはどうなんです?」
幸子「ボクは始めからあの人のことは何とも思ってないですよ。それにボクは自分の身の方がカワイイので。皆さんと真っ向勝負なんて命がいくつあっても足りませんよ。」
まゆ「みんなけっこう過激でしたからねぇ。まゆもできれば巻き込まれたくありません。」
一番の過激派だった人が何を言ってるんですか、ボクは口に出かけた台詞を飲み込んで笑って誤魔化そうとしましたが、口から出た笑い声は妙に乾いたものでした。
まゆ「でも残念ですね、幸子ちゃんが来られないなんて。」
幸子「仕方ありませんよ、学生アイドルにとって補習は宿命みたいなものですから。ボクの分まで祝ってきてあげてくださいね。」
まゆ「はい、任せてください。っと、そろそろ支度しないと間に合いませんよ。」
ボク達は少しペースを上げて朝食を済ませ、食器を片付けたあと、制服に着替えて身だしなみを整えてふたりで玄関を出ます。
まゆ「いってらっしゃい、幸子ちゃん。」
幸子「行ってきます、まゆさん。」
そしてお互い学校が逆方向なので駅のホームで別れます。
まゆさんは一時期に比べてよく笑うようになりました。今ではプロデューサーのことを祝えるほど強くなりました。
それが、この生活の終わりが近づいているのを知らせてるのが解らないほど、ボクは鈍くありません。
このSSは自殺を肯定、推奨するものではありません。
また他者に自殺を奨める、幇助する行為は刑法202条で罰せられます。ご注意下さい。
このような話をだらだら書き連ねるつもりです。
短い間ですがお付き合い下さい
期待大
おつおつ
時刻は午後の3時頃、今日はお仕事もないので、来たときと同じ路線の電車に乗って自宅に帰ります。すると対面に座った女子高生の会話が耳に入りました。
女子高生A「昨日の輿水幸子が自転車で東京から大阪行くやつみた?」
女子高生B「24時間以内に550キロはしりきれるか?ってやつでしょ?みたみた!」
女子高生A「スゴいよね!あの子確かまだ中学生でしょ?」
女子高生B「でも幸子だよ?余裕でしょ。幸子なら24時間で日本縦断だってできるはず。」
女子高生A「あんたの中の輿水幸子って何者なの?」
どうやら昨日放送されたボクの出演してる番組の話をしているようですね。
あなたたちの話題のアイドルは今目の前にいますよ。
きっと今名乗りをあげたところで変な目で見られるだけでしょうが。
彼女達の話す輿水幸子とはテレビの中の人物で今ここにいるボクのことではありませんから。現に彼女達がこの電車に乗る際にボクと目があいましたが、彼女達に特にリアクションはありませんでした。特に変装してるわけでもないのですが。
他人の目なんて案外周囲に無関心なものです。ボクはそこそこ売れてるはずのタレントですが、こうして無防備に電車に揺られて微睡んでいても、痴漢はおろか、写メを撮られたことすらありません。
ボクはモブどころか背景の一部でしかないのでしょう。
短いですが今日はここまで
5thライブ追っかけたり弱ペダはまってロード買ったりして時間取れない
気がつくと僕は青ざめた顔で事務所の階段を駆け上がっていました。どうやらボクは電車の中で眠ってしまったようです。
もう何度も見た同じ夢、ボク自身は何一つ間違った選択をした覚えはありませんが、心のどこかに何か引っかかるものがあったのでしょうか。
その日ボクは事務員さんから耳を疑うようなお知らせを聞きました。ボクは頭が真っ白になって気がつくと今見ている夢のように階段を駆け上がっていました。
この時ボクはほとんど無意識でしたが、ボクは無意識なボクを褒めてあげたいほどベストな判断だったと思います。下手に意識があれば、ボクはこの判断を行き過ぎた妄想だと断じていたでしょう。
ボクが出社したとき、すでにまゆさんの名札が出社の位置に移動していました。ボクはその情報だけでまゆさんが屋上にいると確信しました。
屋上の扉を勢いよく開けると、予想通りそこにまゆさんはいました。しかも彼女は裸足で靴はきれいに揃えられていて、背を向けるまゆさんの背中に屋上の手すりが見えます。
体の向こう側が透けて見える知り合いなんて、一人ぐらいしか心当たりありません。つまり彼女は手すりの向こう側にいるということです。
まゆ「幸子ちゃん?」
まゆさんはこちらに振り向かずにボクに訪ねました。なぜ扉を開けたのがボクだと解ったのか疑問でしたが、まゆさんのことなのできっと足音辺りから判断したのでしょう。
幸子「……今そこから飛び降りたところで、注目を集められるのは1日がいいところですよ?」
ボクは刺激しないようにできるかぎり落ち着いた口調でまゆさんに話しかけます。内容はとてもじゃないですが落ち着いたものとはかけ離れたものでしたが、彼女の覚悟が本物だった場合、回りくどい説得では彼女の心には届かないでしょう。
多くの場合、自傷行為というものは周囲の関心を集めるのが目的です。よく自殺者に対して「死にたければ人に迷惑をかけずに一人で[ピーーー]」と言う方が居ますが、彼らは周囲に可能な限り迷惑をかけて注目を集めるために自分の命を消費しているのです。
実際に自殺をきっかけに学校ぐるみのイジメや会社の杜撰な管理体制が発覚する事例もあり、発言力を持たない者にとって、非常に有効な表現手段だとは思います。
まゆ「……たった1日ですか。」
幸子「タレントの自殺なんて日常茶飯事ですからね、デビュー間もないアイドルなんて3面記事にもなりませんよ。」
ただし、普段からメディアに露出する者の死などマスコミの邪推のネタにしかなりませんし、視聴者もすでに見飽きています。
幸子「それに居なくなった人をずっと覚えてられるほどヒトの脳は情に篤くは出来てないんですよ。たとえ両親でも1週間もすれば声を思い出せなくなって、1ヶ月もすれば写真を見なきゃ顔も解らなくなって、半年もすれば思い出すこともなくなって、普通の生活に戻ってしまうものです。」
人間というものは一人コミュニティからはぐれただけで支障を来すほど弱くはありません。たとえそれが血の繋がった肉親あっても忘れることで立ち直ることができます。
まゆ「……それはプロデューサーさんもですか?」
幸子「あの人はけっこうドライですからね、線香上げたあと普通に営業周りしてるかもしれません。」
そういえば彼のスーツ、ネクタイ黒にすればそのまま喪服に使えますね。
まゆ「…………冗談ですよ、少し風に当たっていただけですよ。」
どうやら思い直してもらえたようです。ボクは胸をなで下ろして彼女に近づきます。
幸子「風に当たるのはいいですが、そこは少し危ないですよ。」
まゆ「実は腰が抜けて動けないんです。手を貸してもらえませんか?」
ボクは彼女の手を握って手すりを乗り越えるのを手伝います。
その後まゆさんはなぜかボクのうちに居着くようになり今の生活が始まりました。
そこまで思い出した所で、ボクは自分の降りる駅のアナウンスで目を覚ましました。
ボクは慌てて隣の席においてあった自分のかばんを掴むと電車から飛び降りました。
今日はここまで
まゆ「お帰りなさい、幸子ちゃん。」
駅の改札を出ると今朝別れたときの恰好でまゆさんが出迎えてくれました。
幸子「先に帰っててもよかったのに。」
まゆ「まゆも今着いたとこなんです。それにひとりで帰るのは少し寂しくて……」
幸子「またあの夢ですか?」
まゆ「……はい。」
どうやらまゆさんもボクと似たようなタイミングで同じ夢を見ていたようです。彼女が悩んでいるのは解ってますが、お互いがリンクしてる気分になって嬉しくなるのは悪いことでしょうか。
幸子「帰りながら話しましょうか、ボクもさっきまで同じ夢を見てましたから。」
まゆ「幸子ちゃん……まゆはあの時戻ったのは間違ってたんでしょうか?」
朝通って来た道を戻る最中、彼女がボソッと呟きました。それをボクに聞きますか?
幸子「ボクはまゆさんが居なくなるのがいやでした。それだけです。」
こんな月並みなことしか言えないボクに少し腹が立ちます。きっとまゆさんがほしい答はこんなものじゃないでしょう。ですが、彼女が欲する答を提供するのはボクとしても苦痛でした。
どちらを答えても彼女の命の価値を否定する気がして……
ですからボクは話をそらせて誤魔化します。
幸子「それに人間の身体ってけっこう頑丈にできてるんです。3階建てのビルの屋上じゃたぶん普通に生き残っちゃいますよ?」
まゆ「そ、それは幸子ちゃんだけでは?」
幸子「ボクなら無傷で降りられますよ、なんてったってカワイイんですから。」
……もちろんジョークですよ?さすがに準備無しで15メートルヒモなしバンジーは断ります。
幸子「もっとも五体満足ってわけにはいきませんから生き残っても一生寝たきりでしょうけどね。生きたまま忘れられるのは死んで忘れられるより辛いと思いますよ?」
人間薄情なもので、ほんの少しだけグループから離れただけであっと言う間に忘れられてしまいます。
人のが死ぬのに命の有無はあまり関係ないのかもしれません。
まゆ「生きたまま忘れられる……」
幸子「どうせなら死んだ後も覚えていてもらいたいものです。あんなところで命を使ってしまうのはもったいないじゃないですか。」
まゆさんがうつむいて考えてるのにも気がつかず、ボクは勢いに任せて思いついたことを吐き出します。
幸子「どうせならもっと人目の多い大舞台がいいですね、それも運営上の事故って形だと悲壮感も増して印象に残りやすくなるかもしれません。」
幸子「例えば下のライブ会場にスカイダイビングで登場するはずがパラシュートが開かないとか
まゆ「幸子ちゃん!幸子ちゃん!!」
前からまゆさんに肩を抑えられてはっと我に返りました。
ボクを抑えるまゆさんは青い顔をして怯えた目でボクを見つめます。
まゆ「幸子ちゃん……すごく怖い顔をしていましたよ?」
幸子「………冗談ですよ。」
ボクとまゆさんはそのあと一切口を開くこともなくウチに着きました。
今日はここまで
先日買ったばかりの壁にかけられたドレスを眺めて、まゆさんは頰を緩めて微笑んでいました。
先週の土曜日、ボクはまゆさんと一緒にドレスを選びに行って、そこでボクはこのドレスを見つけました。
マーメイドラインの濃いワインレッドのドレスに足元から赤いリボンがまかれて、胸元でバラのコサージュになってる、まるでまゆさんのために誂われたようなドレス。まゆさんは派手過ぎると言いましたが、ボクはこれ以外考えられないと思いました。
結局ボクはこのドレスの費用を全額出すと強引に押し切ってまゆさんに押しつけました。今のまゆさんの様子を見れば間違ってなかったと思います。
どんなときでもアイドルがエキストラ扱いなんてあってはならないんですから。
幸子「さて、明日も早いですからね。今日は早めに寝ましょう。」
そう言ってボクはリビングのソファーから立ち上がります。
まゆ「そうですね、わくわくして寝られないかもしれませんけど。」
ボク達は寝室に移動して、ボクが自分のベッドに入ろうとすると、まゆさんが一緒の布団に潜り込もうとします。ここでまゆさんを布団から追い出すのがいつもの流れなのですが。
幸子「構いませんよ、今日は一緒に寝ましょうか。」
まゆ「え!?あ、あの……まゆはその……実は心の準備が出来てなくて……。」
幸子「中学生の女の子相手に何を考えてるんですか、
何もしませんよ。ていうか、何もしないで下さいよ?」
まゆ「ま、まゆはそんなはしたない子じゃありません!」
ボクは布団をめくってまゆさんを招き入れます。
きっと今夜が最期になるでしょうから。
背中合わせで布団に入ってから何分か経った辺りでまゆさんが口を開きます。
まゆ「……今日で終わりなんですか?」
幸子「……そうですね、節目にはちょうどいいでしょう。」
まゆ「まゆは迷惑でしたか?」
幸子「そんなことはありません。ボクはとても楽しかったですよ。」
まゆ「なら、まだ続けましょうよ。まゆはずっと一緒に居たいと思ってますよ。」
幸子「でももうすぐまゆさんはボクが邪魔になると思います。」
まゆ「そんなこと……。」
幸子「まゆさんはもうプロデューサーさんの代わりはいらないでしょう?あなたは新しい恋ができるし、その人と一緒に暮らしたいと思うはずです。」
まゆ「それは幸子ちゃんじゃだめなんですか?」
幸子「あなたが毎朝おはようと声をかけたかったのはボクでしたか?一緒に食卓を囲んで食事をしたかったのはボクでしたか?駅でいってらっしゃいと言って別れたかったのはボクでしたか?」
まゆ「それは……。」
幸子「ボクはプロデューサーさんの代わりでしかありません。あなたの大切な人じゃないんですよ。」
まゆ「……幸子ちゃんは平気なんですか?まゆがいなくても。」
幸子「生きたまま死ぬよりマシですよ。ボクがいらなくなった後の世界を自分で見るよりも。」
まゆ「なら、どうしてあの日、まゆを助けたんですか?幸子ちゃんはまゆが欲しかったんじゃないんですか?」
幸子「ええ、ボクはあなたが居なくなるのがイヤでした。あわよくば壊れかけたあなたに付け込んで、あなたをボクのものにしたかった。ボクだけを見てくれる人にしたかった。」
まゆ「なら、そうしてください。まゆをひとりじめにして、まゆを閉じ込めて、まゆを縛り付けて……まゆが幸子ちゃんのことを要らなくなるなんて言わないで。」
背中越しにまゆさんが震えているのがわかりました。声の調子から涙を流しているのもわかります。
まゆ「まゆはもうプロデューサーさんのことはいいんです。毎朝のおはようも幸子ちゃんに言いました。朝ごはんも幸子ちゃんのために作りました。いってらっしゃいだって幸子ちゃんが帰ってくるのを楽しみにして言ってるんですよ。」
でもボクにはどうすることもできません。
幸子「ダメなんですよ、もうボクはまゆさんに見てもらえてるように思えないんです。」
きっとこれはボク自身の病気ですから。
幸子「まゆさんが知ってのとおりプロデューサーさんに想いを寄せる人はたくさんいました。その中でボクは四六時中プロデューサーさんに引っ付いて仕事をしてました。皆さんかなり積極的な方々でしたので、普通ならボクがプロデューサーさんのことを独占してるのを許したりしないでしょう。」
まゆ「でもそれは幸子ちゃんが一番頑張ってたからじゃないんですか?」
実際はそうだったのかもしれません。ですがボクにはそうは思えませんでした。
幸子「違いますよ。誰もボクを、プロデューサーさんを含めて誰もボクのことを気にも止めなかったからです」
まゆ「幸子ちゃん……それは……。」
そうですね、ボクもそれはないと思います。
幸子「幸子なら間違いはない、幸子ならいつでも奪える、幸子ならスキャンダルにもならない、みんなそう思ってたからボクはプロデューサーさんといつでも一緒に居られたんです。」
ですがボクの心はマイナス方向に周りを都合よく捉えます。
幸子「ですから、まゆさんがウチのプロダクションに来てくれたとき、とてもうれしいかったんです。あなたはボクを敵と思ってくれたから。」
まゆ「……そんなことはありませんよ。」
幸子「別に怒ってる訳じゃありませんよ。むしろボクはあなたに恋い焦がれていました。無関心でくすんだ世界でまゆさんはとても鮮やかに見えました。」
まゆ「……まゆはその時、
幸子ちゃんが邪魔だとおもってましたよ。」
幸子「そうでしょうね。生まれて今までボクはこんなにも敵意を向けられたことはなかったはずです。」
まゆ「で、でも今は!」
幸子「言ったでしょう?ボクは嬉しかったんだって。レッスンシューズに画鋲が入ってたり、着替えが自販機のジュースで汚されたり、自宅のポストに脅迫文が入ってたり。」
まゆ「知ってたんですか?まゆがやったって。」
幸子「もちろん、こんなにもボクのことを想ってくれる人なんて他にいませんから。さすがに学校の制服引き裂かれたのは堪えましたけどね。私立の制服ってそこそこするんですよ?」
それでも特定の人物から熱い感情をぶつけられたことに感動していたボクは相当頭がおかしくなってたのかもしれません。
まゆ「……ごめんなさい。」
幸子「ですからまゆさんが居なくなったらボクを見てくれる人が居なくなるんです。……居なくなるとおもってました。」
まゆ「まゆはここに居ますよ、ずっと幸子ちゃんを見てますよ。」
幸子「ダメなんですよ。まゆさんがボクを見てたのはボクの向こうにプロデューサーさんが居たからなんです。プロデューサーさんが要らなくなったまゆさんにとって、ボクはもう障害物でも身代わりでもないんですよ。」
まゆ「そんなこと……プロデューサーさんが居なくても幸子ちゃんは幸子ちゃんじゃないですか。」
幸子「ボクが納得できないんですよ。プロデューサーさんが居なくちゃ、まゆさんがボクに目を向ける必要なんです。ボクがあなたの気持ちを信用できないんですよ。」
まゆ「……まゆがまたプロデューサーさんに恋をしてプロデューサーさんを欲しいと思えば、幸子ちゃんに信用して貰えるんですか?」
それはイヤです、せっかく失恋と向き合えるようになったのに、もう届かないと分かった相手を、それも全く関係のない他人の気を惹くために好きでい続ける なんて悲しいことを、まゆさんにしてほしくありません。
幸子「この話はやめましょう。明日に響きますよ。」
ですが、ボクには彼女の欲しがった答えを返すことができず、逃げ出すことしかできませんでした。
会話が途切れて1時間ほど経った頃、ボクは後ろから彼女に抱きしめられました。
まゆ「明日、まゆはこの家に帰ってきます。ですから幸子ちゃんも必ずまゆのところに帰って来て下さい。約束ですよ。」
ボクはタヌキ寝入りを続けることしかできませんでした。
とりあえずここまで
翌日、ボクは事務所の屋上の手すりに腕を乗せ、空を眺めて居ます。6月の梅雨明け前というのに空は青く晴れ渡り、まさに絶好の結婚式日和といったところでしょうか。
もちろん補習授業というのは嘘です。この完璧でカワイイボクが補習授業を受けなければならないほど学力に困ってるわけがないじゃないですか。そもそも職場の上司の冠婚葬祭をすっぽかして補習を受けろと言うほどボクの通ってる学校は礼儀知らずじゃありません。むしろ参加しなければ作法の先生に大目玉を喰らってしまいます。
なぜボクがこんなところにいるかというと、ただプロデューサーさんのことを祝いたく無かっただけでなんです。
中学生の女の子が恋をする理由なんて身近な年上の男性ってだけで充分なんです。たとえ子供のようにあしらわれてもあやされても、それをスキンシップと勘違いさせる程度には、恋は人の頭を腐らせてしまいます。
この病気は非常に厄介で、一度治療に失敗すれば、過去の記憶まで蝕んで、生きる気力を奪い取る。軽くてばかばかしくなるほどくだらない病ですが、人を死に至らしめるだけの力はあります。
さて、まゆさんの自己表現には一つ、重大な要素が欠けていました。
それはタイミングです。
以前ボクはヘリコプターから単独で飛び降りてパラシュートでステージに着地するという離れ業をやってのけたことがあります。今でも輿水幸子といえばスカイダイビングと言う人も多いでしょう。
実はあれ、ただのドッキリで、本当は飛び降りる予定なんか無かったんです。
当然でしょ?スカイダイビング未経験の、それも未成年の女の子を単独で空から突き落とすわけないじゃないですか。普通インストラクターが一緒についてタンデムで飛び降ります。背中のパラシュートがダミーだったらボクはこの世にいませんでしたもの
当時のボクは高飛車なお嬢様キャラで売り出していて、このドッキリはそんなボクを追い詰めて泣かせR事が目的でした。
ですがボクはそれが納得いきませんでした。誰もボクを属性でしか見ていない。それが嫌でボクはヘリコプターから飛び出したんです。あのとき一番面白い顔をしてたのはきっとプロデューサーさんやスタッフの皆さんだったんじゃないでしょうか。
結果としてボクはスカイダイビングに大成功して、プロデューサーさんに怒られながらも、今の地位に立つ足がかりを手にしたんです。
でももし、背負ったパラシュートがダミーだったら、開いたパラシュートが首に巻き付いてたら、飛び出したときに失神して緊急パラシュートも開かなかったら。
上がる悲鳴はあのときの歓声の何倍だったでしょうか?
ドッキリの手違いで未成年アイドルが転落死、とてもショッキングでニュース映えする話題ですので3日ぐらいはどこの放送局でも扱ってくれるでしょう。
その場にいて、生身の女の子がステージに叩きつけられて死ぬのを間近でみたお客さんはもしかしたら一生もののトラウマになるかもしれません。
あわよくば「検索してはいけない言葉」としてボクの名前は永遠にネットの片隅に刻まれるかもしれません。
ボクは残りの人生で、「大衆の前でのアイドルの事故死」のインパクトを超える事ができるのでしょうか?もしかしたらボクは人生でたった一度きりのチャンスを棒に振ったんじゃないでしょうか?
ボクは今でもそんなことを考えてしまいます。
それではまゆさんが自分を最大限にアピール出来るタイミングはいつだったでしょうか?
それは相手が幸せの絶頂の時、ずっと残り続ける大事なふたりの記念日。
たとえば今日のような6月の大安吉日の週末、それも雲ひとつ無い、白いドレスがよく映えそうな空が青い日なんて絶好のタイミングじゃないでしょうか?
そこで、屋上の扉が大きな音を立てて勢いよく開きました。
そこにいたのは息を切らして汗だくになり、せっかくのドレスも着崩れてしまったまゆさんでした。
幸子「どうしたんですか!?まだ式の途中でしょ?」
ボクはびっくりしてまゆさんに声をかけます。
まゆ「……どうしても気になって幸子ちゃんの学校に連絡をとったんです。…………そしたら幸子ちゃんのクラスの子で今日補習を受けてる子は居ないって…………。」
ああ、あのときのまゆさんはこんな気持ちだったんでしょうか。たったそれだけの情報でボクがどこに居るのか分かるほどボクを想ってくれていたなんて。なるほど、これなら嬉しくて自己主張なんてどうでもよくなってしまいますね。
まゆさんはカツカツと早歩きで近づいて来てボクに抱きつくと、そのまま崩れ落ちてしまいました。ボクはまゆさんの体重を支えられずに一緒に座り込みます。
まゆ「幸子ちゃん……まゆはどうしたらいいですか?」
ぼろぼろと涙を流して、嗚咽混じりにボクに問いかけます。
幸子「大丈夫ですよ。ほら、ボクはちゃんと靴を履いてますし、柵の内側に居ます。それに昨日約束したじゃないですか、必ずまゆさんの元に帰るって。」
そもそもボクはこんなタイミングで自分の命を使ったりしませんよ。ボクはまゆさんに深く肩入れしすぎてしまいました。せっかく立ち直ったまゆさんに今になって一生もののトラウマを植えつける訳にいきません。
まゆ「まゆはもう信じられないんです、どんなに強く握っても、どんなに強く抱きしめても、あなたはすり抜けちゃう。」
幸子「ボクはスライムか何かですか?」
まゆ「幸子ちゃん、まゆは幸子ちゃんになんだってあげます。幸子ちゃんが望めばなんだってしてあげられます。お願いです、欲しいものを言って、して欲しいことを言って、幸子ちゃんがまゆと一緒に居る理由をまゆにください。」
まゆ「それがダメならまゆも一緒につれてって。幸子ちゃんと一緒にいられるまゆのまま時間を止めて!」
まゆ「まゆを独りにして置き去りにしないで!!」
ああ、まゆさんにこんなことを言わせてしまった……。ボクもプロデューサーさんのことを悪く言えないじゃないですか。
こうなってしまっては本当にまゆさんと心中するしかないじゃないですか。
それは嫌なので、ボクはまゆさんにひとつ提案をします。
幸子「でしたら、まゆさんの命をボクにください。」
まゆ「まゆの……命を
ですか?」
幸子「はい、まゆさんの命の使い方はボクがすべて決めます。ボクが死んでほしいと言えば、まゆさんは死ななきゃいけませんし、ボクと死んでほしいと言えばまゆさんはボクと死ななきゃいけません。」
まゆ「…………そうすれば幸子ちゃんはどこにも行ったりしませんか?」
幸子「まゆさんの命がいただけるなら、まゆさんにボクの命を差し上げます。ボクの命の使い方はまゆさんが決めてください。」
まゆ「わかりました。まゆの命を幸子ちゃんにあげます。ですからまゆに幸子ちゃんの命をください。まゆが幸子ちゃんの命を守りますから。」
とうとうボクの命は恋に奪い取られる前に、まゆさんに持っていかれてしまいました。この命の交換は薬指の赤い糸や婚姻届なんかよりも重く、凶悪な呪になるのでしょう。
ボクはまゆさんの顔をハンカチで拭うと、まゆさんの手を取って立ち上がります。
幸子「さて、せっかくおめかししてるんですから、なにかおいしいものでも食べに行きましょう。正直このドレスを着たまゆさんをプロデューサーさんのお祝いなんかに出したく無かったんです。」
ボクは「衣装部屋に今のまゆさんと釣り合うドレスはありましたっけ」と考えながらまゆさんの手を握って屋上をあとにします。
こんなことなら自分用のドレスも用意しておくべきでした。
今日、ボクとまゆさんが恋をした人が結婚します。
今日は雨が降らなかったので、身代わり人形は鈴のかわりに赤いリボンをもらって行きますね。
台本と地の文のミックスの実験のつもりが妙に時間がかかってしまいました。
幸子とまゆがDODの契約のように重く強固な絆で結ばれる話が書きたかっただけです。
自殺ダメゼッタイ
御清覧ありがとうございました。
非常に楽しませて頂きました。ありがとうございます。
このSSまとめへのコメント
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