梨子「曜ちゃん、怒らないで聞いてね」 (148)

甘くてとろける百合バス、魔王♀「食べちゃうぞー!」書いた人

ようりこですが、恐らく勢いよく胸くそなので怒らないで読んでね




曜ちゃん、怒らないで聞いてね。

梨子ちゃんが言った。
プールに清掃業者が入る日で、今日は部活が無かった。
3人でこれから帰宅する所だった。

なあに?

梨子ちゃんがそんなこと言うのが珍しくて、私は笑いながら聞き返した。
梨子ちゃんの後ろに立っていた千歌ちゃんが、遠慮がちに口を開く。

あのね、私、梨子ちゃんとお付き合いすることにしたの。

え?

私は、意味が理解できなかった。

あのね、曜ちゃん、私と千歌ちゃん付き合うことになったの。女の子同士で気持ち悪いって思うかもしれないけど、曜ちゃんにだけは知っておいて欲しくて。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495370619

※鍵カッコないとこの話し読み難いのでつけます



「え、あ、あの」

「びっくりするよね。普通はそうよ。ねえ、千歌ちゃん、まだ早かったんじゃ」

梨子ちゃんは、そう言って、いつもと違う距離感で千歌ちゃんの腕を握っていた。
私は、そんな触り方を今まで見た事がなかった。

「そ、そうだよ! お、驚いたよーそろ……」

私は続けた。

「全然、気づかなかった! もお、言ってくれれば、お昼とか、練習の時とか、もっと遠慮したのに!」

「ごめんなさい。曜ちゃん、知ったら傷つけるんじゃないかって」

私は、梨子ちゃんの手を握る。

「そんなことないよ! この曜ちゃん、愛のキューピッドになりますぞ!」

と、私はハートマークを指作って、それを打ち抜く仕草をした。

「も、もお~曜ちゃんってば、からかわないでよ!」

千歌ちゃんが照れながら、私をぽかぽかと叩く。

「あいたた、でも、そっか……二人とも、一緒にいること多かったもんね。それに、千歌ちゃんのこと好きになっちゃう気持ちわかるよ。だって、優しいもん」

「ち、違うの曜ちゃん。私が、梨子ちゃんに惚れてもうてですね……」

千歌ちゃんが顔をさらに赤らめる。
そんな表情も、私は初めて見た。

「あ、あれ、そ、そっか。やるな、梨子ちゃん!」

「やだ、もう。別に自然と言うかなりゆきというか」

梨子ちゃんがそう言うと、千歌ちゃんが頬を膨らました。

「え~、それだと、仕方ないように聞こえるんですけども……」

「あら、そんな風に聞こえたならごめんなさい」

梨子ちゃんが笑って、千歌ちゃんの頭を撫でていた。
なんだか、二人が遠い存在のように感じられた。

「でも、私付き合ったこととか無くて、千歌ちゃん、これから色々教えてね」

「え、千歌もないし……よ、曜ちゃん~」

「待って待って、私だってないよ。だいたい、そういうのは、二人でなんとかするものでしょ」

梨子ちゃんと千歌ちゃんが顔を見合わせて、それもそっか、と呟いた。

二人の馴れ初めも私は知っていて、その後惚気話もいくつか聞かせてもらった。
その日はおめでとうヨーソローと言うことで、3人でケーキを買って千歌ちゃんの家でお祝いした。
ちょっとだけ気になったのは、二人が私に気を遣って仲間外れにしないような空気を出していたこと。
それと、私自身が、心からお祝いできなかったこと。

パーティーを終え、千歌ちゃんが間違ってお酒を飲んで酔いつぶれしまったのでそのまま寝かせておいた。
家を出て、バス停まで梨子ちゃんと二人で歩いた。

「やっぱり、曜ちゃんに言って良かった」

梨子ちゃんが言った。

「ええー、もう、それはさっきも聞いたよ」

「だって、怖かったもの。千歌ちゃんの気持ち、私ちゃんと受け止めきれてなかったから。それで、付き合うっていざなったけど、この危うい関係を誰がいいよって認めてくれるだろうって思ってた。そしたら、一番信頼できる曜ちゃんがそれを言ってくれたの。だから、本当に良かった」

梨子ちゃんは、暗がりでも笑顔なのが分かった。
私は、海の音を気にしている風を装って、海岸の方を向いた。

「そう、なんだ」

「ねえ、曜ちゃん。千歌ちゃん、取られたって思ってない?」

梨子ちゃんが言った。

「なんで……そんなこと聞くの?」

「私が、曜ちゃんだったら、そう思うよ」

「思っても、ないよ」

私は、灯台を見つめた。
暗い夜の海辺を横ぎっていく光を眺めた。

「思ってないなら、いいんだけど、ごめんね」

そんなこと思ってない。

「そりゃ、寂しい気持ちはあるにはあるけどさ、嬉しそうな二人の顔見てたら……そんなの吹き飛んじゃったよ!」

私は梨子ちゃんの正面に回った。

「ごめんね、私、ちょっと混乱してたのかも。嫌な心配させてごめんね、梨子ちゃん」

梨子ちゃんを抱きしめる。

「よ、曜ちゃん、苦しい」

「あ、千歌ちゃんに怒られちゃうね、へへえ」

「そんなことないよ。千歌ちゃんは、こんなことで怒ったりしない」

「そーかな、案外、嫉妬深いかもよ」

私は、そう言い返す。
言いながら、自分の事だと心の中で笑ってしまった。

「それにしても、教室でも怒らないでねって言ってたし、梨子ちゃんは普段私の事、どんな風に見えてるの~?」

冗談っぽく言ってみたつもりだったのに、体を離した梨子ちゃんは真面目な顔をしていた。

「友だちのこと、凄く大切に思ってくれる子ね、曜ちゃんは。私の事も、千歌ちゃんのことも、いつも楽しませてくれる。もっと前に出てもいいのに、少し後ろに立って、背中を押してくれたりするの」

「えー、すごい高評価いただいてしまいましたな。梨子ちゃん、私あげれるものないよ」

そう言われたのは素直に嬉しかった。

「だから、嫌なら嫌って言えない時もあると思う」

梨子ちゃんが私の右手を握りしめた。
恐くて、私は後ずさった。

「そういう時もあるかもね。でも、それってきっとみんな同じだよ。あ、梨子ちゃん、バス来ちゃうから行こう」

私は、そのまま梨子ちゃんの手を引いた。

「よ、曜ちゃん」

「梨子ちゃんは気にしーだな~、千歌ちゃんを見習わないと」

「私、これでも真面目に」

「うん、知ってる。梨子ちゃんて、いつも真面目。でも、なんでもかんでも真面目に考えてたら自分のやりたいことできなくなっちゃうよー」

「それは……そうだけど」

「それとも、何か迷ってることがあるの?」

梨子ちゃんが、どうしてこんなに気にするのか分からない。
それで、自分が傷ついてもいいんだろうか。

「あ、ううん……えっと」

「どっち」

「その、千歌ちゃんはちょっと、ミーハーな所があるから」

梨子ちゃんは小さくそう言って、

「曜ちゃん、良かったら、これから、アドバイス……お願いね」

「うん、任せて」

私は頷いた。


次の日は、千歌ちゃんが頭が痛いと言って机に突っ伏していた。

「千歌ちゃん、保健室行かなくても大丈夫?」

私は完全に二日酔いの千歌ちゃんに声をかける。

「ウー……で、でもなんて説明すればいいのお」

「そうねえ」

梨子ちゃんが、

「普通に風邪でいいと思うけど」

「そうだね、千歌ちゃん、連れて行くから……あ、ナース梨子ちゃんが連れて行ってくれるって」

「え、曜ちゃん?」

「ほら、千歌ちゃんがしんどそうだと私もしんどくなるから、行った行った」

私は千歌ちゃんを立ち上がらせて、梨子ちゃんの背中に貼り付けた。

「任せた。梨子ちゃん」

「え、ええ」

梨子ちゃんは、ちょっと気圧され気味に答え、教室を出て行った。
今のは、強引? それとも、わざとらしい? どっちもかな。

二人のいなくなった教室で、他の子らの話題に入っていく。
このクラスは居心地が良くて、あまりグループの壁みたいなものがない。
私も、そんなに気にする方じゃなかった。

「曜ちゃん、千歌ちゃん大丈夫?」

「うん、寝ておけば大丈夫」

「千歌ちゃん、いつも元気なのに珍しいね」

「あー、ベッドから落ちて寝てたんだよ」

「千歌ちゃんらしいね」

笑いが起こる。
ごめんね、千歌ちゃん。さすがに、二日酔いですとは言えないや。

「でも、どうしたの? 喧嘩?」

「え? なんで」

「なんでって、3人いつも一緒でしょ」

そっか。気を遣うとそういう風に取られてしまうんだ。

「そんなことないよ。あれは、梨子ちゃんが保健室に用事があるから、二人で行ってもらったの」

すらすらとそんな嘘が出た。

「なんだ。でも、3人てやっぱり仲いいよね。喧嘩とかになったりしない?」

「うーん、ちょっと前に、私が梨子ちゃんに焼きもち妬いちゃったことはあったけど」

「あ、やっぱりあったんだ!」

その子の食いつきが凄く良くて、他の子達も興味をそそられてしまったのか、

「どんなの? どんなの?」

「や、そんな大したことじゃないよ」

「えー、聞きたい!」

女の子って、こういう話好きなんだよね。

「聞いても、面白くないって」

「そんなことないって、あ、でも曜ちゃん嫌なら、今のなしで……」

迫ってから引き下がられてしまうと、本当に何かあったみたいに思われてしまう気がした。

「二人にはみんなに言ったってナイショだよ」

「うんうん!」

「了解しました!」

一人が私の真似をして、敬礼した。

「私、曜ちゃん推しだから、そういうの知りたかったの」

「実は、私も」

私はうっかり口を滑らせたことを後悔した。

「おだてても、みんなの好きな昼ドラみたいなのはありませぬぞ」

私は極力軽く、いや、もう本当にあっさりと話した。
私の心が狭くて、みんなに迷惑をかけてしまった話を。

「そっか、そうなんだ」

「曜ちゃん、そこの椅子、座って」

「え、あの」

私は無理やり座らされてしまった。

「よしよし」

頭を撫でられた。

「よく耐えたねえ」

ただでさえ癖の強い髪を、わしわしと揉まれる。

「な、なに、もお、くすぐったいよ」

頬とか首とか肩とか、良くわからない内に揉みくちゃにされた。

「わ……? ちょ……? ひえ……? まッ……」

その一連の謎の儀式から解放された頃に、梨子ちゃんが教室に戻って来た。

「曜ちゃん……何してるの?」

「ふえ……た、助けて」

「人聞きが悪いぞ、渡辺氏」

「そうだそうだ」

口々に、そう言われた。
私は梨子ちゃんの方へよろよろと近寄る。
梨子ちゃんは、ぐしゃぐしゃの頭を梳いてくれた。

「千歌ちゃん、ちょっと吐き気もあるみたい」

「え、そうなの? 大丈夫かな……」

そっか、間違って飲んだとは言え、大量に飲んでたからな。
どうしよう、私、やっぱり行った方がいいかな。
千歌ちゃん、寂しい想いしてないかな。
どうして、曜ちゃん付き添ってくれないのとか、思ってないかな。
ちょっと笑わせてあげるくらいが良かったかな。

「曜ちゃん?」

「え」

「千歌ちゃん、心配?」

「あ、いや、千歌ちゃんってほんとおっちょこちょいだよねって思って」

「そうね……曜ちゃんの方が付き合い長いから、こういう時、どうしたらいいのか分かる、よね? それで、今もやもやしたんじゃない?」

梨子ちゃんに言われて、私ははっとした。

「どうして、分かったの」

と、口に出てしまうくらいには、素直に梨子ちゃんに感心してしまった。

そして、それを聞いた梨子ちゃんは、意外にも笑っていた。

「や、やだ……曜ちゃん、顔にもすぐ出るのに……言葉にもすぐ出ちゃったら……隠し事できないよ?」

「え、わ、わ、わ」

私は手で口を塞いだ。

「もお、遅いです」

急に自分が裸になったみたいに恥ずかしくなった。
上目遣いで、梨子ちゃんを見る。

「……曜ちゃん、可愛い」

「からかわないで……」

梨子ちゃんがちょっと意地悪だ。
よく気が付くから、困る。

「ね、私、曜ちゃんのことよく見てるでしょ」

よく分からない自慢をされた。

「そうだね」

ふと、私は梨子ちゃんのことをちゃんと見ていただろうかと思った。
千歌ちゃんのことは、気にしようと思って気にしたことはない。
だって、昔から一緒だったから、どちらも分かっていることばかりで、今さら話すこともない。
まあ、それがややこしく考えてしまう原因なんだけど。

でも、梨子ちゃんは違う。梨子ちゃんのことは何も知らないわけじゃないけど、私は千歌ちゃん程、ちゃんと興味を持って梨子ちゃんを見ていただろうか。
大好きな千歌ちゃんが好きになった梨子ちゃんのこと。二人が付き合うってなって、私は初めて、梨子ちゃんをちゃんと見た。

「どうしたの? 曜ちゃん」

「梨子ちゃん、私、ちゃんと梨子ちゃんのこと見てなかった」

「そうなんだ……これからは?」

これからか。

「ちゃんと見る」

「何を?」

「何をって……あー、うーん? あ、梨子ちゃんて、けっこう睫長いよね」

「そこ?」

梨子ちゃんが小さく噴き出した。

「そういう所から。外見から」

「ありがとう」

お礼を述べる梨子ちゃんは、嬉しそうだった。
私は、もしかしたら寂しさを埋めるために、新しい切り口で自分を慰めようとしているだけなのかもしれない。
梨子ちゃんの良い所をたくさん見つければ、気が済む話なのだろうか。
それとも、その逆? どっちかな。

「私が、梨子ちゃんのこともっとちゃんと知らないと、千歌ちゃんとのアドバイスもできないしね」

「曜ちゃんが、そんなに張り切らなくても」

「そ、そうだね。二人が頑張らなきゃですな。姑化するとこでした」

「……でも、私、曜ちゃん程千歌ちゃんと一緒にいたわけじゃないから、曜ちゃんの話聞きたい」

「ヨーソロ!」

意味わからん

二人の役に立てればいいか。
この寂しさも、いつか薄らぐと思う。

「それで、日曜は千歌ちゃんに誘われてちょっと遠出するの」

持ち上がった気持ちが、すぐに叩きつけられた。
実質デートってこと。何がそんなにショックなのか、自分でも分からない。

「それで、その前に、曜ちゃんちょっと一緒に下見に言って欲しいの」

「下見、うん、いいけど……する必要ある?」

「だって、何か面白い物見つけておきたいし。それに、千歌ちゃんの話し聞くのに、地元はね、ちょっと」

「確かに、誰かに聞かれて、というか、むしろ千歌ちゃんの耳に入ったら、ややこしい」

「でしょ」

「よーし、じゃあ、先に私とデートだね」

「ええ、やった」

「やったって、喜んじゃダメだよー」

梨子ちゃん、小悪魔だ。
これは、千歌ちゃん、先が思いやられるよ。

「曜ちゃんと二人で出かけることってないじゃない。いつも、練習か部活だったし」

「そう言えば」

「私も、千歌ちゃんから聞かされた曜ちゃんの話し、たくさんあるから。それ、楽しみにしててね」

「い、いいよ、恥ずかしいし」

「でも、それ聞いて、私は曜ちゃんのことちゃんと見るようになったから」

「どういうこと?」

「……最初は……ううん、秘密。下見の時のお楽しみ」

「ほほう、やりますな」

「じゃあ、よろしくね。ちゃんと、犬がいないか調べないといけないの」

「それか……」

私は下見の意味を理解した。

今日はここまで

>>12
分かりにくい文章が得意なんですが(下手ともいう)、どのあたりですか?

百合は鬱なくらいがいいよね。楽しみ


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フィノ  /  \ ヽヘ「

わけがわからないよ

SS速報でやる理由わかる気がする

下見、当日。私は何を着ていこうか悩んでいた。
別にいつも適当に選んでいる訳じゃないけど。今日の気分とか、トレンドとか、身軽さとかそういうので服装を決める。
あとは千歌ちゃんと出かけることが多かったから、隣に立って変じゃないかって考えたりもする。
今日は、今日は――梨子ちゃんと。

「あー……」

これはちょっと子どもっぽいかな。
でも、スカートで来そうだしな。頭がかゆくなってきて、服を掴んだままベッドに仰向けに倒れた。

「なにやってんだろ」

こういうのって恋人がいるから楽しいのに。
灰色の蛍光灯を真下から覗く。少し目をつむった。ほんのちょっとだけだと思ったのに、次に目を開けると遅刻は免れない時間だった。

「ああああ!!」

私は、いつも通りのボーイッシュな服にリュックとスニーカーで飛び出した。
走りながら、SNSで梨子ちゃんに遅れることを伝えると、梨子ちゃんから『許しません』と返ってきた。
もう一度スタンプで謝ると『ウソです。早く来てね』と送られてきたので、こういう返しが心をくすぐるのかなとなんとなく思った。

駅の前まで来ると、前に東京に行った時と同じワンピースにジャケットで、ちょこんと壁に背中をつけて待っている梨子ちゃんがいた。

「ご、ごめん! 待ったよね?」

「ううん、今来た所」

にこりと笑う。

「そっか、良かった!」

「って、そんなわけないでしょ」

「ですよね……ぐへッ」

裏拳で胸を突かれた。

「早く、電車乗り遅れるんだから!」

手を引かれて、一緒に走り出す。

「そ、そう言えばどこに」

「恋人岬」

「……そ、そんな地元の人も滅多に行かないような所に」

「地元の人はいかないけど、観光客は沢山来る有名所じゃない」

切符を買って、改札を抜ける。
電車がぎりぎり発車する直前だった。

>>14
ガイジにはフレンデエエ

駆け込まないでください、と駅員さんが列を整理している。
連休効果か、いつもは人気の無い駅構内に家族連れやカップル連れが多かった。

「はあッ……曜ちゃん、行ったこと……あるッ?」

なんとか間に合った電車も満員で、手すりにすがりつきながら梨子ちゃんが言った。

「ふうッ……あるわけないじゃんか」

梨子ちゃんを押しつぶしてしまわないように、腕で何とか体を支えながら、空しい気持ちで溜息を吐く。

「そっか、良かった」

どう言う意味だろう。

「千歌ちゃんも乙女だよね」

私は言った。

「そうね」

「まあ、でも愛されてるゆえじゃない?」

梨子ちゃんに笑いかける。

「梨子ちゃんがちょっとふわっとしてるから、繋ぎ止めたいのかな。頑張ってね、あの子、諦め悪いから」

「知ってるわよ」

二人で笑い合った。

4駅ほど立ったまま、電車に揺られた。
弱冷房がかかっていたけど、人が密集しているせいで熱かった。
少し汗をかいていた梨子ちゃんの首筋に髪が張り付いていたのでセクシーだなと思った。

「どこ見てるの」

「梨子ちゃんのセクシーゾーン」

梨子ちゃんがとっさに両手で首筋を隠した。

「よ、曜ちゃんッ」

「よく首筋だって分かったね? 知ってたの?」

「あのねえ!」

「ご、ごめん、車内ではお静かにッお客様」

梨子ちゃんが口元を抑えて、また静かに手すりを掴み続ける仕事に戻った。
恥ずかしそうにしていて、面白かった。

ここまで寝ます
また明日

おつおつ

そろそろ?

すみません
今日は寝ます
また明日

人がまばらになって、終点の修善寺駅まではあと一駅。
漸く椅子に座った頃には、手すりを掴んでいた手はだるくなっていた。

「もう少しで着くみたい」

私はスマホのマップを開いて、梨子ちゃんに知らせる。
外を見ていた梨子ちゃんが、私のスマホの画面を覗き見た。

「もっとかかると思ってたけど……案外近いのね」

「終点の駅までは近いけど、そこからさらにバスで1時間以上はかかるよ」

「駅で、何か食べて行く?」

梨子ちゃんが人差し指を立てる。
私はその指を掴んだ。

「賛成」

それから数分して、終点を知らせるアナウンスに押されて、駅のホームに降り立った。
二人でキョロキョロと改札を探し、いったん外に向かった。

「なんだか、沼津とそう変わりはないのね」

梨子ちゃんが走っていくバスを目で追いかける。

「そうだね」

駅前なんてこの辺の田舎なら、どこも似たようなものかもしれない。
松崎行きのバスの時刻表を確認。スマホで調べたのと変わらない。

「さーて、何食べよっか梨子ちゃん……お、生そば、丼、カレー、うどんだって。ザ、駅前って感じがする」

目の前の建物にぶら下がっている看板を読み上げる。

「曜ちゃんの食べたいもので。付き合ってもらってるし」

「じゃあ……」

と、目移りさせる。嗅ぎ慣れぬ匂い。知らない土地。
目の前を二人連れの男女が横切っていく。なんだか、私達、デートしているみたい。

「……いいのかな」

「いいに決まってるじゃない」

しまった。声に出てたみたい。
梨子ちゃんは特に気にしてはいなかった。
これは、予行演習なんだから、私が後ろめたい気もちになる必要はなし。なしだ。そうだよね。

ごめん力尽きた。また明日

おつおつ

「あ……もしかして、曜ちゃん、デートしたいの?」

私の視線の先に気付いてしまった梨子ちゃんがにやにやしながら言った。

「え、違うよー。まだ、私には早い早い! さ、うどんが食べたい気分になってまいりましたので、うどん屋にゴー!」

青空に向かって拳を上げて、私はさっさと歩き出す。

「ちょ、曜ちゃん待って」

「ほら、捕まえてごらん梨子ちゃん」

「それは、恋人岬についてからにして」

「え、やるの?」

「やる」

「うっそ……」

そんな予行練習いらないと思うんですが。
梨子ちゃんは大真面目な顔で、

「他にも、壁クイとかもにょもにょ……」

「え、なんだって?」

だんだん俯いていく梨子ちゃん。

「なんだっていいでしょ」

「練習相手、私なんだけど……」

「いーの」


いつの間にか、梨子ちゃんに背中を押されながらお店の暖簾をくぐった。
古めのお店だったので、若い人は入っていなかった。
年配のご夫婦や新聞を広げてくつろぐおじさん、お喋りするおばさん達。
ちょっと場違い感があったけど、こそこそと二人で隅の方に座った。
若干タバコ臭い。

「梨子ちゃん、ランチ4種類あるって」

うどん屋にしてはしゃれている。

「うどんに、おいなりさんに小鉢にデザート……ってこんなにお腹に入らないわよ、曜ちゃん」

「えー、せっかく来たから二人で分けようよ」

「いいけど、残ったら曜ちゃん食べてくれる?」

「はいはーい」

「見かけによらず、食べるのね。飛び込みやってるからかしら……羨ましい」

「何が?」

「なんでもないわ」

寝ます
また明日

おつおつ

「あー、でもさ梨子ちゃん、デートの下見ならもっと食事処も探した方が良かったんじゃ。可愛いカフェとか」

「いいのよ。今日は、だって、曜ちゃんと来てるし。安全に岬までたどり着ければいいの」

「ならいいんだけど。でもさ、そんなに危険な場所じゃないと……」

『ワン!』

犬の鳴き声が梨子ちゃんの背後から聞こえた。

『ワン! ワン!』

「ひいい!」

梨子ちゃんが、椅子から飛び上がって私の体にしがみつく。

「ど、どうどう。テレビだよ、テレビ」

「はあッ……はあッ……焦った」

額の汗を拭いながら席に戻り水をすする。

「ね、どこに潜んでいるか分からないでしょ」

と、真面目な顔で言うのだった。

ランチは予想よりもけっこうな量だった。
案の定、梨子ちゃんが食べきれなかった分は私が食べることになった。

「ふー……食べた食べた」

「曜ちゃん、すごい。全部食べた」

「もお、何も食べれない。見て、胸よりもお腹の方が出てる。妊娠6ヶ月くらい?」

「とか言って、アイスクリームとか売ってたら?」

「買うよねー」

私はお腹をさすりながら言った。

「岬の売店とかにあったら食べよーよ、梨子ちゃん」

甘えた声で、梨子ちゃんに言った。

「なんだか、私よりも曜ちゃんの方が楽しんでる」

「え、そう?」

「うん」

頬をぽりぽりと掻く。
そういう梨子ちゃんの表情も楽しそうだったので、私は照れ臭くなった。

「さあ、行こうか。そろそろバスの時間だよ」

「曜ちゃん、気づいてないかもしれないけど、さっきからちょくちょくエスコートしてくれてるから好き」

「え、うそ」

「ホント」

なんだか、梨子ちゃん相手だとつい引っ張っちゃうな。
気をつけよう。あ、でも好きって言ってくれてるしいいのか。

バスには、先ほど見たカップルも乗っていた。

「ねえ、梨子ちゃん」

私は小声で耳打ちする。
それに気づいて、梨子ちゃんも小声で聞き返す。

「どうしたの」

「あの二人恋人岬行くんじゃない」

美男美女のお似合いな二人。

「うん、私もそんな気がする」

しばらく後ろからカップルを眺めていると、急に彼女の方が彼氏の首筋に息を吹きかけていたずらし始めた。
彼氏さんが可愛らしい悲鳴をあげていて、それを楽しんで笑っていた。

「目のやり場に困るね」

梨子ちゃんも頷いていたけど、食い入るように見ていたのでばれないかとヒヤヒヤした。

「私も……」

と、ふいに俯いて梨子ちゃん。

「ああいう風にできるかな……」

千歌ちゃんのことを言ってるのかと思ったけど、実際、梨子ちゃんの気持ちが千歌ちゃんにまだ追いついていないような気がした。
千歌ちゃんは思い立ったら一直線な所があるから。

「私もさ、そういうときめきレベルの高いイベントとは縁がなかったからよく分からないんだけどさ、千歌ちゃんとならきっとどこに行っても楽しいよ」

慰めになってるのかな。

「梨子ちゃん、焦らないでいいんだよ」

下見に行かないと、なんて思う位だからきっと梨子ちゃんもいっぱいいっぱいなのかも。
私は中立的な立場で役に立っていかないとだ。

「万が一、千歌ちゃんが迷惑かけたら、すぐに私に言って」

梨子ちゃんの手を握る。

「曜ちゃん……曜ちゃんは」

どきりとした。
梨子ちゃんが、すがるような目で私を見ていたから。
言えないことが、あるのかもしれない。上手く言えないことが。

「二人とも大切だから、幸せになって欲しいんであります」

寂しくて挫けそうな自分もいる。
でも、今は邪魔なんだよね。
気遣ってくれる梨子ちゃんの気持ちも分かってる。
でも、私は一度この子を傷つけて後悔した。自分の気持ちを押し付けて、梨子ちゃんを遠ざけようとした。

「ごめんね……曜ちゃん。私、一つだけ言ってないことがあって……」

「なに?」

だから、今度は私が受け止めてあげたいんだ。
梨子ちゃんと千歌ちゃんの気持ちを。

窓から見える風景が変わった。
山間の道に入っていく。

「あの……ッ」

がたんと車体が揺れた。

「きゃ!」

道があまり舗装されてないのかな。
態勢の崩れた梨子ちゃんを支える。

「ごめん、曜ちゃん」

「ううん、舌噛まなかった?」

「大丈夫」

「で、何言いかけてたの?」

「あ」

梨子ちゃんははぐらかすように笑った。
そして、向こうに着いてから言うね、と別の話題に変えられてしまった。
なんだったんだろうか。

ここまでまた明日

バスに揺られる。梨子ちゃんがスマホに録音してきてくれた新曲を聞きながら。
まだ骨組みだって。粗削りな曲なんだろうけど、私からすれば、綺麗な旋律。

「いいね」

片耳につけているイヤホンを外す。
梨子ちゃんはまだ目をつむって聞いている。

「朝日がゆっくり昇ってるイメージなんだけど、合ってる?」

問いかける。

「……合ってるわ」

梨子ちゃんが驚いた様子で目を開いた。

「へっへー、なんだろ音を少しずつ重ねていってるのと小鳥のさえずりみたいな高音がそれっぽいなって」

「さすが、曜ちゃんね。千歌ちゃんに感想聞いたら、いいね! 好きだよ! くらいしか返ってこなかったのに」

「はっきりわかっていいんじゃない。千歌ちゃんらしい」

「らしいと言えばそうだけど」

一番に千歌ちゃんに聞かせたのかな。

「曜ちゃんにも、早く聞いて欲しくて」

「ありがと、いいね! 好きだよ」

「もおー、からかわないで」

「へへ、それで歌うの楽しみだなあ。梨子ちゃん、いつもありがとう。素敵な曲を考えてくれて」

「曜ちゃんも、一緒に考えてみる?」

「ええ、私は無理だよ」

「曜ちゃんならすぐできちゃいそうだけど」

「だいたい、梨子ちゃん以外あり得ないし……え、まさか引退宣言」

「そ、そうじゃないけど……一緒に作曲できたら楽しそうだなって思って」

確かに、一人ですることが多いだろうから、プレッシャーもあるだろう。

「そうだねえ、あ、それこそ千歌ちゃんとすればいいのに」

「そこは3人でって言って欲しいな」

梨子ちゃんはイヤホンをかばんにしまう。
ちょっと嫌味っぽくなってしまったかな。
敏感になり過ぎるのも良くないよね。

「じゃあ、3人で」

私は小指を出す。梨子ちゃんが笑う。

「3人で」

小指がきゅっと結ばれた。

「3人か……」

梨子ちゃんがもう一度言った。
言っただけで、その後に続く言葉はなかった。

胸糞大好き

途中温泉旅館の看板とかもあって、千歌ちゃんとどう? なんて言いそうになったけど、野暮かなと思って胸にしまっておいた。
二人のために何かしよう、というのはそれなりに気を遣う。梨子ちゃんはそんな私をきっと見抜いている。
でも、落ち着かないのだ。そんなことでもしていないと、余計な事を考えてしまう。

バス1台がやっと通れそうな狭い道を越え、木々が開けた。
視界いっぱいに青空が広がり、遠くには陽の光を受けて白く霞んだ水平線が見えた。

「うわあ、見て! 梨子ちゃん!」

通路側に座っていた梨子ちゃんの服の裾を掴んだ。

「絶景……ね」

すぐに、バスが駐車場に停まる。私は待ちきれずに駆けだした。

「待って、曜ちゃんってば」

「早く早くッ」

バスにずっと乗っていたせいかよろめく梨子ちゃんの手を取ってやる。

「ほら、梨子ちゃん」

「ええ」

何組かの恋人たちが大きな手のモニュメントの前に立って、寄り添い合いながら展望していた。遠くまで見渡せる良いスポットだ。
手のモニュメントの隣に、『こいびとみさき といおんせん けっこん』と書かれた看板。

「結婚式とか、こういう所でしたら理想だよね」

「曜ちゃん、意外と乙女なんだ」

「そういう梨子ちゃんは?」

「私も」

「結婚式には呼んでよね」

肘で梨子ちゃんを小突く。

「そんなのまだまだ考えてないわよ」

「私も」

恋愛の終わりは、結婚なのかな。
千歌ちゃんの気持ちは、どこまで本気なんだろう。

「色々大変だと思うけど、千歌ちゃんと梨子ちゃんなら大丈夫」

私は根拠のないまま梨子ちゃんに笑いかける。

「ここってね」

と、梨子ちゃんが私の手を握って、青銅の小さな鐘のある方へ引っ張っていく。

「恋人同士が愛を確かめ合うために鐘を鳴らすの」

すでに一組の、というか先ほどいちゃついていた美男美女カップルが、鐘を鳴らしていた。

「らしいね、あ、梨子ちゃん私と先にやっちゃう?」

私は口元をにやつかせる。

「曜ちゃんがいいなら、いいわよ」

「冗談だよ、怒られちゃう。千歌ちゃんと昼ドラしたくないし」

梨子ちゃんも本気ではないと思っていたからこそ、私はそう言ったしそう言えた。
美男美女カップルが幸せそうに見つめ合いながら、キスをしていた。
彼女の方が恥ずかしそうにしていて、彼氏の影に隠れるようにして去っていく。

「いいなあ」

私は呟く。

「……そうね」

「私にも、私の事好きになってくれる人が現れないかな」

ちょっと興奮して、鼻息が荒くなった。

「でも、自分が好きじゃなかったらどうするの」

「一人くらいいてもいいんじゃないかな」

「曜ちゃんのこと好きって友達ならたくさんいるでしょ」

「友達は、うん、まあ……じゃなくて、恋人枠の方でって意味で」

「恋人として……か。なら、私」

急に潮風に鼻がむずむずして、

「私……曜ちゃんが好き」

「っくしゅ」

盛大にくしゃみをした。

「ご、ごめん、今なんて言ったの」

「曜ちゃん……もお」

「ごめんごめん、それで?」

「言わない」

梨子ちゃんが拗ねたように、顔を背けた。

「ええッ」

そんな大事な事を言ったのだろうか。

「ごめん、梨子ちゃん~」

一人で、梨子ちゃんは鐘を鳴らし始める。

「ここね、愛を確かめるだけじゃなくて、愛の成就も願う場所なの」

それにしては、乱暴に鐘を鳴らしているような。
ガンガンガン、と鳴らし終えて、梨子ちゃんが空を仰ぐ。

「成就して、戻れなくなるのがいいのか、それとも今のままがいいのか……どっちだろ」

梨子ちゃんが言った。

「結婚のこと?」

「……うん、そんな所」

「それは簡単だよ」

私は同じように空を見上げた。

「自分の気持ちに正直に。寂しい事、辛い事そういうのも含めて、それでもいいと思える方を選べばいいよ」

「そっか……そうね」

「千歌ちゃんと付き合った事、後悔してるの?」

私はさすがに梨子ちゃんの様子がおかしいと思って、聞いてしまった。
梨子ちゃんはすぐには何も言わなかった。

「知らなかったの……」

彼女は右手の拳を口元において、

「人を好きになること、人に好きになってもらうこと。それがどういうことか、私、本当の意味で分かってなかった」

語尾が震えていた。

「ね、教えて。私、責めたりなんてしないから、梨子ちゃんは何を迷ってるの……?」

私は梨子ちゃんの横顔を覗く。ぎょっとした。泣いていた。

「り、梨子ちゃん、どうしたの」

「ばか、ばか曜ちゃん……」

「ええッ」

ポケットからハンカチを取り出す前に、梨子ちゃんが私の胸に抱きついて嗚咽を漏らし始めた。
人目もあって、私は抱きかかえるようにして、端っこのベンチに座らせる。

「よしよし」

「子ども扱いしないで」

「子どもじゃん。人目も気にせず泣き出しちゃうようなさ」

「だって、止まら、なくて」

ハンカチで目元を拭ってやる。

「なんで、泣くの、もお」

しばらく、背中をさすってあげた。その内に落ち着いたようで、涙も止まった。

「はー……」

頭を抱える梨子ちゃん。

「泣いたね」

「ええ、泣いたわ」

「もお、泣くことない?」

「ない」

赤い鼻を隠すように、両手で顔を覆っていた。
梨子ちゃんを元気づけようと面白い顔をしてみたら、睨まれた。どうしろと。

「梨子ちゃんが、こんな感情屋とは知らなかった」

「もっと冷たいって?」

「普段は大人っぽいし」

「二人が元気良すぎるからじゃない」

「ごもっとも」


いつもの調子を取り戻しつつある梨子ちゃんにほっとする。
鼻をすすりながら、梨子ちゃんが、

「今日は、ありがと。付き合ってくれて」

「どういたしまして」

「泣いたこと、誰にも言わないで」

「うん」

「私とここに来たことも」

「……うん」

「あと、ハンカチ、ありがと……洗って返すわね」

「あ、ちょっとそれ貸して」

瞼の赤い梨子ちゃんに気付き、私は立ち上がって、ハンカチを目の前にあった水道で軽く濡らした。

「これ、しばらく目に当てておいて。泣き腫れて面白い顔になってるから」

「面白いって言わないでよ」

「ふふッ……」

そう言えば、入り口にソフトクリーム売ってたっけ。

「梨子ちゃん、ちょっとお手洗い行ってくるから、一人でお留守番できる?」

「できる……」

「よし、良い子だ」

「でも、早く帰ってきて」

「ヨーソロ」

梨子ちゃんが、可愛い。
こういう我がままも千歌ちゃんにだけ見せているような気さえしていて。
そうじゃなかった。視界が狭くなっていただけで、嫌なように自分で捉えていただけなのかもしれない。
私は、千歌ちゃんの事が大切だけど、同じようにたくさんの思い出を作ってきた梨子ちゃんの事も大切なんだ。

大切で、大好きなんだ。

「バカ曜だ……」

それなのに、梨子ちゃんが何に悩んでいるのかさえ分からない。
どれだけ見ていなかったんだ、って話だ。

一歩引いてしまって、関係を進めようとしなかった。
なら、今の結果は当然だと思う。仕方がないと思う。

「おじさん、ソフトクリーム二つください」

「はいよ」

「チョコとバニラで」

「ちょっと待ちな。お嬢ちゃん可愛いから、同じ値段で二つミックスしてあげるよ」

「やった! ありがと、おじさん! 紳士!」

「友だち大丈夫かい?」

見られてたみたい。

「あ、は、はい」

「失恋でもしたのかい? ここは、片想いの子が泣きに来ることもあるからねえ」

片想いか。私も、似たようなものなのかも。
梨子ちゃんは、もしかして、まさかね。
なら、相手は誰だってなるし。
そもそも、なんで千歌ちゃんと付き合ったのってなるもんね。

「はい、ミックス二つ」

「ありがとうございます」

お辞儀を一つして、私は梨子ちゃんの元へ走った。

梨子ちゃんはまだハンカチを目元に当てていて、私が砂利を踏んだ音にびくりとした。

「はい、どうぞ」

「え、あ、曜ちゃん……ありがと」

「溶けちゃうから、早く食べて食べて」

お財布を取り出そうとした梨子ちゃんに先手を打つ。
私自身も、先からぱくりと食べた。うんまい。

「これで、元気出して。それでね、後悔せずに進んじゃいな!」

梨子ちゃんが目を瞬かせる。

「うーん、バニラとチョコのミックスはやっぱり美味い! やっぱり別腹だ!」

「甘いね」

「舌がとろけますなあ……景色もいいし。隣には半べそで可愛い梨子ちゃんがいるし」

「やだ、もお……止めてよっ」

「えへへっ」

「ありがと、もう、平気だから」

小さな舌でクリームを舐める。
それは強がりだ。分かってしまうくらいには、今日は梨子ちゃんはどこかおかしかった。
素直になって欲しいし、千歌ちゃんみたいに何でも話して欲しい。

「私じゃ、千歌ちゃんみたいになれないけど、私、梨子ちゃんが思ってるより、梨子ちゃんのこと大切だからね」

「曜ちゃん……ずるい、ずるいわよ。そんなこと言わないで」

「どうして、本当の事だよ。だから、話して欲しい」

「後悔しても知らないから」

「うん」

「……怒らないで、聞いてね」

梨子ちゃんは、最後の一口を頬張った。

「私、曜ちゃんが好きなの」

そして、予想しない一言を、とてもはっきりと言ったのだった。

今日はここまで
また

ここからどうなっていくか楽しみ
勢いよく胸くそというのが、どのくらいのことなのか

>>57
殺し合いとかはおきないです

「って言ったらびっくりする?」

私は何も言えないまま固まっていた。

「おーい、曜ちゃん」

「はっ……ごほっ!? げほっ!?」

「だ、大丈夫!?」

「息、してなかった……ごほっ」

梨子ちゃんが私の背中をさする。

「梨子ちゃん、この流れでそういう冗談言わないでよ!」

「冗談か……うん、ごめん」

「全く、怒るよ」

私がそう言ったので、反省したのか、俯きながらもう一度、梨子ちゃんはごめんねと言った。

「……あのね、私、千歌ちゃんに天使みたいって言われたの、私と出会えたのは奇跡なんだって」

確かに、不思議な出会いだったと聞いている。
海に一緒に落ちたんだっけ。

「くすぐったい言葉よね。運命だなんて……おおげさ」

「千歌ちゃんと梨子ちゃんが出会わなければ、Aqoursは存在しなかったかもしれないから、あながち間違いじゃないのかも」

「曜ちゃんまで……やめてよ。千歌ちゃん、私と一緒ならもっと輝けるんだって。そんなことないのに、千歌ちゃんがいたから私達はこうやって考えもしなかった事に挑戦できてる。でも、一番そばで千歌ちゃんを支えてきたのは、曜ちゃんだった。そうじゃない?」

「ど、どうかな」

「千歌ちゃんが曜ちゃんを頼りにしてるのも知ってたから、だから、千歌ちゃんが私に告白してきた時に断ったの。私よりも良い人が他にいるでしょって」

「え、断ったの?」

「そうよ」

「でも、付き合ってるって」

「千歌ちゃんが1ヶ月だけでいいからって言ったの。それで、何も変わらなかったら無かったことにしようって」

「そういうことだったんだ……」

契約社員みたいな付き合い方。

「私、その時にはっきり断れば良かった。でも、断れなくて、他にもその、色々あって」

「で、好きでもないのに付き合って、悩んでるってこと?」

「まとめると、そう、です」

梨子ちゃんは深いため息を吐いた。
ため息を吐きたいのは私もだった。

「なんでそんな状態のまま、二人とも私にカミングアウトしてきたのさ」

混乱するじゃんか。
だいたい、別れたりしたらどうするのさ。

「死なばもろとも……」

梨子ちゃんがぼそりと呟いた。
なんて理不尽な。

「いくら私でも、そんな博打乗れないよ。どうするの、これから一ヶ月耐えるの?」

「千歌ちゃんが、私の事好きじゃなくなったら……解決するのよ」

「怖い事言わないでよ、梨子ちゃん」

「だって、契約期間が終わっても、千歌ちゃんの気持ちが消えなかったら? 針のむしろなのよ? それは、曜ちゃんも同じよ?」

まさか、それを利用するために、私に伝えたのか。
梨子ちゃん、恐ろしい子。



ああ、でも一番恐ろしいのは自分だ。
梨子ちゃんが、千歌ちゃんに全く好意を寄せてないことが、嬉しくてたまらないんだから。
千歌ちゃんが、一ヶ月経って、梨子ちゃんと別れてしまえば、彼女の事を慰めることができる。
私はそれを自然に行える立場にある。

嫌になる。口ではどうとでも言えるから。

「千歌ちゃんの気持ちはどうなるのさ。私、千歌ちゃんを哀しませるようなことしたくない」

「私だって、そうよ……だから、さりげない行動で千歌ちゃんの気持ちを自然に遠ざけたいの」

「梨子ちゃん、自分で何言ってるか分かってる? 最低な事言ってるよ」

「知ってるわ」

「そう。悪いけど、協力はできない。一ヶ月、梨子ちゃんが頑張ってもらうしかないね」

私は立ち上がって、ゴミ箱にソフトクリームの包みを投げ入れた。

「帰ろうか」

背後で、梨子ちゃんも立ち上がる。

「待って、それで、もし私たちが付き合うことになっても、曜ちゃんはいいの?」

「何の事? 私の許可なんていらないじゃんか」

歩みを止めずに、バスの停留所へ向かう。

「曜ちゃん!」

梨子ちゃんが私の腕を掴んだ。

「帰るよ」

掴んだ腕を気にせずに、そのまま進む。

「いくじなし……」

「聞き捨てならないね」

私は立ち止まる。
まさか、梨子ちゃんと睨みあうことになるなんて。
でも、それもすぐに中断された。バスが到着したのだ。

「行くよ、梨子ちゃん」

帰りは二人とも1時間ずっと無言だった。
あのカップルは乗ってなかった。
乗ってなくて良かったと思った。

次の日、私と梨子ちゃんは何も無かったように教室で会話していた。
千歌ちゃんは私たちの間で起こった出来事に勘付くことはなかった。
放課後、飛び込みの後輩にアドバイスを求められたので、後で合流すると伝えて1年の教室へ向かった。

たぶん、今日は梨子ちゃんの新曲お披露目会。
後半に歌詞とか振付とか話し合うと思うから、それに間に合うように行ければ大丈夫。


「先輩、曜先輩! いた、いたたた!?」

「大丈夫、キミ柔軟性高いんだから、これ生かさないともったいないよ。さ、じゃ、さっき私が確認した所やってみようか。あと、踏切りで台に体が当たるかもって恐怖心は、慣れるしかないから何度も練習あるのみだね!」

「そんな簡単に言わないでください……」

後輩ちゃんは、柔軟性はあるのだけど度胸がない。
でも、私に憧れて高飛び込みの世界に飛び込んだって言っていたので、素直にすごいなと思った。
憧れても、高飛び込みを始める人って言うのは少ない。特に女の子は。

「慣れたら、えび型の練習もしていこうね」

「ふあ、ふあい……」

ストレッチでフラフラの後輩ちゃんの頭をポンポンと撫でる。

「なんだか始めた時より、良い顔になってきたよ!」

「そ、そうですか……?」

「うん。最初はモヤシみたいな子だなって思ったもん」

「もやし……。そうですね、私、弱肉強食で言うと草食動物にすら食べられる側だと思います」

「そ、そこまでは言ってないけど、自信は後からついてくるものだから、今から少しづつだよ! ね!」

「……ありがとうございます」

「よーし、じゃあ、せっかくだし最後に軽く校庭10周くらいして」

「え、え、あ、あの、は、はい!」

後輩ちゃんの顔が引きつっている。

「そんなに怯えなくても、いーじゃん! でも、軽くランニングしてから帰ると気合い入るよっ」

「よ、よーそろ」

「お、いいね、よーしじゃあ校庭までダッシュだー!」

私はぱっと敬礼して、すぐさま教室を飛び出した。

「ま、まって先輩」

後輩ちゃんは意外と忍耐がある。
私の無茶ぶりにもけっこう答えてくれるし。考えるより体が動くタイプらしい。
そういう所は、なんだか自分にちょっと似てて面白い。

下駄箱まで来た所で、後輩ちゃんが立ち止まった。

「どーしたの?」

「あ、いえ……」

不思議に思い、近寄ると、

「ご、ごめんなさい。靴……使えないです」

「どういう意味……あ」

彼女の靴は、ハサミか何かで無残にも切り刻まれていた。
私は後輩ちゃんの肩を掴む。後輩ちゃんの目尻に涙が溜まっていた。

「っ……ひっ」

どうして、と尋ねることもできずに、彼女の体を抱きしめる。
誰が、こんなことを。

その日は、後輩ちゃんの靴を買ってきて、彼女を家まで送っていったのでAqoursの方には行けなかった。
彼女が帰宅途中にぽつりと漏らした言葉を家まで持って帰って、頭を悩ませていた。

後輩が言うには、前にもこんな事があって、詳細は聞けなかったけど、犯人像はなんとなく浮かんでいるらしい。

「私のファンの嫉妬って……どゆことー」

後輩ちゃんが私と仲良くし始めたので、コアなファンが過激な行動をしているとのこと。

「なんざんしょ……モテモテで辛い?」

でも、これはさすがにやり過ぎ。
嫉妬、怖い。

「はあ」

ベッドの上で大の字になって、天井を見上げた。

「なんで、平和にできないかなあ……」

自分の気持ちを信じて、真っ直ぐ進めばいいのに。
どうして他人に危害を加えようとするのかな。
わっかんない。
誰かを巻き込むのは、楽しい事だけにして欲しいね。

ふいに梨子ちゃんと千歌ちゃんの顔が浮かんで来た。
枕に顔を埋めて消そうとするけど、消えてくれない。

「うー……」

センチメンタルジャーニー。
どうした、曜ちゃん。いつもの曜ちゃんらしくないぞ。
あの二人が付き合うって聞いた時から、もやもやしっぱなしじゃないか。

「あー……」

『ちょっと嫉妬ファイヤー』

鞠莉ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
そういうの、いいから。
付き合うなら、付き合って楽しんじゃえばいいじゃない。
嫌な感情。それを向けたくない。梨子ちゃんにも千歌ちゃんにも。
昨日の私もどうかしている。ホント、自己嫌悪。

「えー……」

筋トレ、しよ。

数日が経ち、後輩の様子が気になった私は、朝に一年の教室を覗きに行った。
後輩の姿は無く、近くにいた生徒に聞くと、ちょっと前からずっと欠席していると教えてくれた。
大丈夫かな。先生とかに言った方がいいのか。でも、かえってかき乱してしまうかもしれない。

「あれ、曜ちゃん?」

「あ、花丸ちゃん」

「一年の教室にいるなんて珍しいずら」

「高飛び込みの後輩に会いに来たんだけど」

「誰ずら?」

「えっと、あそこの席の」

「あー……あの子、善子ちゃんと同じくらい学校に来たり来なかったりしてる」

後ろから、

「ちょっと、ずら丸聞き捨てならないんですけど!?」

「善子ちゃん、黒い羽根落としたよ」

と、善子ちゃんとルビィちゃん。

「お、落としてないわよ!」

相変わらず、元気がいい。

訂正:ずら丸「曜ちゃん」→「曜さん」

善子ちゃんがルビィちゃんに、謎の技名を叫びながらプロレス技をかけ始める。
それを横目に見ながら、花丸ちゃんが、

「最近、元気なかったのそのせいずら?」

「え?」

「無理、してそうだったから」

ゆったりと続ける。

「ううん、無理して合わせてるみたい。いつかの善子ちゃんみたいに」

「そんなこと、ないよ」

優しい顔だった。
そう言えば、花丸ちゃんと善子ちゃんは幼稚園の時からの友だちだったっけ。
花丸ちゃんの言葉を否定したけれど、彼女は気にせず柔らかく笑っていた。

「曜さんは、ちょっと脳筋な所があるくらいでちょうどいい、とまるは思うずら」

「脳筋て……」

「ごめんなさい、余計なこと言って」

「ううん」

「こら、善子ちゃん、止めるずら」

花丸ちゃんが後ろで騒いでいた二人の仲裁に入る。

「花丸ちゃん、もし、後輩ちゃん来たら教えてね」

「はい」

意外と、人は見てないようで見ているものだ。
もしかしたら、他にも気付いているのかな。
言わないのは優しさなのかもしれない。

教室に戻ると、千歌ちゃんが新曲の歌詞を梨子ちゃんと考えていた。
私が行かなかった日に、二人で歌詞を考えるという流れになったらしい。
詳しい経緯は知らないけれど。

そんな二人の空間に、やはり、何か見えない壁のようなものがあって。
何も考えなければ簡単に崩せるのに、どうしたって余計なことばかり考えてしまうのだ。

「あ、曜ちゃんお帰りー。後輩ちゃんいた?」

「ううん、ずっと休んでるみたい」

「え~、心配だねっ? お家とか行く?」

千歌ちゃんがペンを置く。

「そこまでは、もう少し様子見てからね」

「でも、曜ちゃんファンてたくさんいるからね……曜ちゃん、言動には気をつけないとね」

「有名アイドルじゃあるまいし」

「でも、何か起こってからじゃ遅いわよ。気をつけてね、曜ちゃん」

歌詞カードから目を離し、梨子ちゃん真面目な顔つきで言った。
二人とも心配してくれているみたい。

「うん」

いつも通り。それが一番で。
私がそれを望んで、行動すればいいだけだと、そう思っていた。

今日はここまで
ヨーソロー

めっちゃいいのにエタるのはもったいない
続き書きたいくらい

こわいこわい

>>73
エタりそうな時はよろしくお願いします

>>74
みんな良い子なんですけどね

2年生3人だけじゃなくて、後輩ちゃんも心配になる。いじめダメ絶対

>>76
後輩ちゃんにもスポットライト当てれたらと思います

>>73
早漏かよ

日曜日になった。梨子ちゃんと千歌ちゃんのデートの日だ。
ベッドから起きて、朝ごはんを食べるまで、そればかり考えていた。
なぜか、来るはずのない着信を気にしていた。
やっぱり、二人だけだと緊張するから曜ちゃんも来て欲しい。
そんな言葉をどこかで期待していた。

千歌ちゃんに頼りにされたいからか。
梨子ちゃんに頼って欲しいからか。
まだ、みっともなく私のポジションを探している。

「そうだ、衣装……作らないと」

昼からは高飛び込みのレッスンがある。
花丸ちゃんが振りつけで分かりにくい所があると言っていたから、レッスンが終わったらそっちに向かって。
ほら、他人のデートの事を気にしてる暇なんてない。

パソコンの電源を入れ、体育座りで眼鏡をかける。
USBを差し込んで、図書館で借りて来た次の衣装に使えそうなページを探した。
あと、30分もすれば二人が電車に乗るだろう。
1時間もすれば、恋人岬だ。

「あれ」

なぜか、画面に恋人岬のホームページが表示されている。
おかしい。誰が操作したんだろう。私? 私か。そりゃそうだ。

「……やだなあ」

膝に顔を埋める。
椅子が軋んで音を立てた。

一人でいると、ダメだ。無限に湧き出てくる感情に振り回される。
梨子ちゃんは私の千歌ちゃんに対する弱音を聞いたことがあるから、きっと、心配してくれるんだろう。
千歌ちゃんは幼馴染みの私なら大丈夫だと心から信頼してくれてるから、何も言わないんだろう。
そう思わないとやってられない。
だって、もし、違ってたら?

梨子ちゃんは私がまた梨子ちゃんを傷つけるかもしれないから、牽制してるだけでは?
千歌ちゃんは私が梨子ちゃんといると、梨子ちゃんが私に気を遣ってしまうから、あえて何も言わないのでは?
あの二人、本当は私を遠ざけようとしていない?
私はやっぱり邪魔になってない?
重たい私のこと、実は愛想尽かしてるんじゃない?

眼鏡が膝に当たり過ぎてみしっと鳴った。
顔を上げる。画面が黒くなっている。
自分の顔が映っていて、今、一番見たくないもののように、私はパソコンを閉じた。

次から、梨子ちゃん視点です

今日は少し日差しがきつかった。
駅の構内のベンチで涼んでいたら、千歌ちゃんが太陽より眩しいと言っても過言ではない笑顔で、手を振っていた。

「千歌ちゃん、今、何時何分でしょう」

「はい! 待ち合わせから30分程経っております!」

「分かってるなら何か言うべきことがあるわよね?」

「ごめんなさい!」

悪気が無さそうなのに、精一杯頭を下げる千歌ちゃん。
こういうのが一番性質が悪い。怒るに怒れない。

「もお、いいわよ。言い訳は、電車の中でじっくり聞かせてもらうから。それより、早く! 電車遅れるわよ」

あれ。
デジャブだわ。
そっか、曜ちゃんも遅れて来たんだっけ。
さすが幼馴染。そんな所、似ちゃうのかしら。

以前曜ちゃんと一緒に行った時よりも、電車は空いていた。
千歌ちゃんと微妙に近いかな、という距離で隣同士に座る。

「うわあ~! ワクワクするねえ!」

手足をジタバタさせて、小学生のようにはしゃぐ千歌ちゃん。

「落ち着いて、まだ見慣れた風景しか映ってないからね」

「そ、そうだね。でも、昨日の夜から興奮して眠れなくてっ」

「千歌ちゃん、目にクマが」

「うええっ」

「ウソだけど」

「もお、梨子ちゃん! あ、ねえ、あそこ歩いてるの果南ちゃんと鞠莉ちゃんじゃない? おーい!」

聞こえるはずもないのだけど、奇跡的に気づいた二人がこちらに手を振っていた。
さすが千歌ちゃん。探査機みたいだわ。
電車が加速していく。

「ひゃっ!?」

私の太ももにダイブするように、千歌ちゃんが態勢を崩した。

「えへへ……」

可愛らしい笑顔で、ぺろりと舌を出す。
男の子だったら、たぶん悩殺されていたかも。

「ちゃんと座ってね」

「はーい」

元気な子犬のような千歌ちゃん。
私をスクールアイドルに誘ってくれた千歌ちゃん。
私の今は、きっとこの子によって輝いていて。
千歌ちゃんを好きにならない理由なんて、きっとないのに。

先日、曜ちゃんが私を電車の人並みから守ってくれた事を思い出す。
ドキドキした。曜ちゃんは全く気付いていないようだったけど。
あのまま、ずっと目の前にいてくれたらいいのになんて。
首筋を見られた事さえ、何度も思い出してはにやけてしまった。

千歌ちゃんの首筋を盗み見る。
もし、これが曜ちゃんだったら。
たぶん抱き着きたくなってた。
千歌ちゃんは、どうしても友達という面が強すぎて、恋愛対象に見れない。
ましてや私より女の子らしい彼女に、恋人としてどう接したらいいのか全然分からない。

「梨子ちゃんどうしたの?」

「うん、今日の服、可愛いなって」

「あ、これね、前に曜ちゃんに選んでもらって買ったんだけど、デートに着ていく服って想定で……まさか、使うとは思わなかったけど……あはは」

「そうなんだ」

曜ちゃんとね。
相変わらず鈍感な千歌ちゃん。
私は何食わぬ顔で洋服についていたリボンを手に取る。

「り、梨子ちゃん?! ち、近い近い」

「いいなあ」

「ええ?」

曜ちゃんに服を選んでもらって。
さすが、曜ちゃん。千歌ちゃんにぴったり。
羨ましいな。

「曜ちゃんに頼んでおこうか?」

何も考えて無さそうな千歌ちゃんが、言った。

「ううん、ありがと」

だから、私、千歌ちゃんとはダメなのね。

ここまで。また明日。
千歌ちゃんはただ良い子なだけなんです……。

千歌ちゃんの優しさが無自覚に誰かを傷つけるって辛いよね…

この先がわからない感が良いと同時にもどかしい

千歌ちゃんは、曜ちゃんがいることをすごく当たり前に感じてて。
それはきっと家族みたいなもので。離れても、同じ場所にいるって分かってるんだ。
そんな、目に見えない繋がりが、私に引け目を感じさせる。
私がいることで、千歌ちゃんがいることで、私も曜ちゃんも同じような悩みを抱えていると思う。
でも、千歌ちゃんは違う。本当の天使は千歌ちゃんだ。
綺麗でまっすぐで、眩し過ぎて。ずっと見ていては、灰になってしまうかもと――。

「それより、次、曜ちゃんどんな服を考えてくるかしら。楽しみね」

少しだけ、話題を逸らす。

「だね! ルビィちゃんも勉強してるって言ってたから、きっと二人で素敵な衣装をデザインしてくれるはずだよ! めちゃくちゃ楽しみだぁ」

「あとは、歌詞だけど」

「うーん、歌詞だよねぇ。最終的に、花丸ちゃんに赤ペン先生してもらうんだけど……梨子ちゃん、曲も作ってくれた上に、歌詞もお願いしちゃってごめんね」

「それはいいけど、どうして曜ちゃんも誘わなかったの?」

そこだけが引っかかっていた。
曜ちゃんもあえて触れてこなかったけど、気にしているに違いない。
千歌ちゃんはさらりと無自覚にやってしまうから。

「え、だって曜ちゃん衣装作ってくれてるし……それに、次の歌はね、曜ちゃんには内緒にしておきたいの」

どういうことだろうか。

「梨子ちゃんの曲聞いてね、なんでか分からないけど、曜ちゃんを思い出したの」

千歌ちゃんが小さく笑う。

「いつも応援してくれる曜ちゃんを思い出して……曜ちゃんにありがとうって気持ちを込めて歌詞を作りたいなって! ごめんね、言ってなくて。曜ちゃんがいる所では言えなくて」

「ううん……そんなこと」

「なんだか、この曲、曜ちゃんっぽくて、曜ちゃんのために作ったんじゃないのかな、なんて思ったり。違ったかな?」

「えっと、朝焼けの海をイメージしたからかも」

ウソだ。
千歌ちゃんの言う通りだ。
私は、曜ちゃんへの想いを込めて作った。

「朝焼けの海かあ~。じゃあ、やっぱり曜ちゃんだ!」

「そう、かもしれないね……」

千歌ちゃんは、さらりと、無自覚に、ふいに核心をついてくる。
彼女に触発されて、私は少しだけ曲に込めた想いを吐露した。

「勝手な解釈なんだけど、内浦の朝焼けがね綺麗に輝くのは、陽の光を浴びる海があるからだと思うの。きらきら反射して、でも決して太陽とともに空に上がることはないでしょ。太陽を海はただじっと見ていて、また昇る時を待つの。必ず、昇ることを確信してる。波も立つし、嵐も来るけど、それでも陽の光を浴びて、海はきらきらと輝く。それがいいなって思って……そんなイメージでつくったのよ」

「うわぁ、いい! すっごくいい! もお、早く教えてよ!」

「ちょっと恥ずかしくて」

勘の鋭い3年生組に、変な誤解を受けたくなかったのもある。

「じゃあ、梨子ちゃんは、そんな素敵な風景があったことを覚えててくれる鳥さんだね」

「と、鳥さん?」

「別にカニとか、ウドンコでもいいけど」

「ごめん、鳥でいいみたい」

「よーし、俄然やる気が出て来たぞ~!」

拳を握って高く掲げる、千歌ちゃん。
その目は、もう目の前のことしか頭にないって感じで。
きっと、曜ちゃんは、こんな千歌ちゃんを小さい頃に見ていたんだ。
私だって、友達として、スクールアイドルの仲間として、こんなにも素敵だと思える人間に出会った事なんてない。

「千歌ちゃん、し~」

「あ」

周囲の人が何事かとこちらを見やる。
私たちは、苦笑いでぺこぺこと頭を下げた。

「うへえ……あ、梨子ちゃん、あと1駅だって」

私の手を握って、千歌ちゃんが体を揺らす。

「ええ」

そのスキンシップは、でも、私の心臓を昂ぶらせない。
友達だから。とても大好きな友達だから。
キスをしたいとさえ思わない。
私と千歌ちゃんの関係は、最高の状態で終わっているんだから。

ここまで。
寝ます。
友情ヨーソロ―……。

この千歌が曜のことをどんなに仲が良くても恋愛対象として見てないように、
梨子もまた千歌のことをそう見れないんだね

>>92
そうですね。自分が興味のある人が好いてくれるなんて、本当にまれかなと思います。

電車からバスに乗り換え、揺られること1時間。
曜ちゃんと来たそのままのルートを、私は千歌ちゃんと過ごしている。
後ろめたさはあった。当たり前だけど。酷いね。
分かってやっているから、なお、性質が悪い。

「梨子ちゃん、あの、手繋いでもいい?」

「いいよ」

バスから降りて、千歌ちゃんがそうお願いしてきた。
特に嫌な気持ちも沸かなかったので、私は一つ返事で承諾した。
もじもじと内股なのが乙女っぽい。

「あの、梨子ちゃん!」

繋いでから、数歩歩いたくらいで千歌ちゃんが叫ぶ。

「千歌の手、ごめん、緊張して湿ってきたみたいっ。どうしよう~」

どうしよう~、と言われても。

「バカね。そんなこと気にしないから」

「ええっ、私だけ?」

「千歌ちゃんと手を繋ぐなんて慣れっこだもの」

「そんなに繋いだっけ……」

回数の問題じゃないの。

「ほら、千歌ちゃん、あっちの景色が凄いのよ」

「え? あ……待って待って」

千歌ちゃんの緊張を解すために、海原の見渡せる場所に引っ張っていく。
せっかく出かけるなら、楽しい方がいいものね。

「恋人岬……ロマンチックだねぇ」

「そうね」

って、どうして私は千歌ちゃんに優しく接してるんだろう。
普段の友だち感覚だと、どツボにはまってしまうだけなのに。
でも、頼りない所を見るとついつい世話を焼いてしまう。
たぶん、曜ちゃんならそんな所もキュンとするのかもね。

あの日、曜ちゃんが隣にいた時、私の手を握ってくれないかなとか、抱きしめてこないかなとか、そんな妄想ばかりしていて。
最終的に、ベンチの所では千歌ちゃんへの不安と、曜ちゃんが近すぎるせいで、感極まって涙が溢れ出て大変だった。
曜ちゃんが私の事を全くこれっぽちも、そういう対象として見てくれていないと分かっているのに、どうしてあんな期待をしてしまうのか。
あるはずもないことで、心をあんなに乱してバカみたいだった、あの日の私。
千歌ちゃん、千歌ちゃんも、そうなのかな。

眠すぎるのでまた明日

もうすぐ明日だな

今日は難しいので、また、明日

そんな面倒でしかない感情を抱えているの?
やだな。自分に向けられるのは嫌だ。
意識したとたん、妙に動きが取りづらくなるから。
打ち明けるってそういうこと。でも、伝えないと分からない事、分かって欲しい事あるよね。
私は、曜ちゃんについて千歌ちゃんにも知っておいて欲しいことがあって、潮風を体全身で感じる千歌ちゃんを見た。

「千歌ちゃん、曜ちゃんね、千歌ちゃんいなくて寂しいと思うの」

「え、そんなことないよ。曜ちゃん、友だち多いし」

そんなことない、あなたは分かっていない。
千歌ちゃんは特に気にした風もなく、パンフレットを広げていた。

「千歌ちゃんは、曜ちゃんと会う時間が減って何も感じないの?」

「どうしたの、もしかして曜ちゃん何か言ってた?」

「ううん。違う、普通のことよ。千歌ちゃん、曜ちゃんに興味無さすぎるんじゃないかってこと」

「……えっと」

千歌ちゃんがキョトンと私を見る。

「興味、ないとかではないのですが……」

私の様子が少し違ったのを感じたのか、パンフレットを閉じた。
今の言葉をなんとか理解しようとしているのか、ゆっくりと続ける。

「曜ちゃんは、いつもそばにいてくれるから、私、その、時間とか気にしたことなくて……」

「いつでも会えるから、その人がいつも同じ気持ちだなんて……ありえない」

私、どうして千歌ちゃんにきつく当たってるの。

「な、なんかごめんね」

「あ……ううん」

「もし、梨子ちゃんが言ってるみたいに、曜ちゃんが寂しい思いしてるなら、やっぱり……私、素敵な歌詞を作らないとね! ありがとう! 梨子ちゃん! 私、バカで考え無しだから……それで全部許されるって思ってないけど、ちゃんと受け止めるから」

千歌ちゃんが、私の体を抱きしめる。
周りにいる人達に負けないくらい、彼女は優しく私を愛してくれていて。

「やっぱり、梨子ちゃんってちょっと世話焼きな所あるよね。でもね、そんな所が、私、好きなんだあ~」

私は、また泣きそうになっていた。
同じ場所で、今度は千歌ちゃんの言葉で、心が締め付けられる。
私には届かない、曜ちゃんとの繋がりを持つ千歌ちゃんがキライ。
曜ちゃんの気持ちに気付かない千歌ちゃんがキライ。
私なんかを好きになる千歌ちゃんがキライ。

千歌ちゃんの気持ちに応えられない自分が、本当に、本当に、イヤ。
弱くなる心と汚く心を、全部、曜ちゃんのせいだと言ってしまいたい。


「千歌ちゃんは、すぐそうやって愛を振りまくんだから」

「そっかなー、へへ」

「……ありがとう、千歌ちゃん」

私は下手くそに笑いかけた。

「梨子ちゃん、あの……」

「どうしたの?」

「キ、キス……したい」

「え、えっと」

周囲のカップル達は、いつの間にか遠ざかっていた。

ようそろ…

「女の子同士は、やっぱり……無理かな」

千歌ちゃんが言った。
私には、それを否定することができない。

「違うけど、ただ、慣れてなくて」

友だちとはできない。そう言ってしまうのは簡単だった。
そう言われる自分が、いつかの未来に待ち受けていると思うと足がすくむ。
自分に重ねて、上手く断れない。

「嫌なら、ちゃんと言ってね、梨子ちゃん」

真剣な瞳。
痛いほどだ。

「ちょっとだけなら」

苦し紛れに、私は言った。

「ちょっと? 変な梨子ちゃん」

クスリと千歌ちゃんは笑った。
彼女は私の目を見て、少し待っていた。
目を瞑って欲しいのだと気付いた。
ややあって、私は呼吸を止めた。

「じゃあ、ちょっとだけ、ね」

間近で聞こえた。真っ暗な中、夏の潮風、柑橘の香り。
瞬間、歌に変わりそうなメロディが脳裏に流れた。
ウソばかりの切ない旋律。
その日、私のファーストキスが終わった――。

胸が締めつけられる…

月曜日。お昼ご飯を食べながら、デートについて、曜ちゃんが千歌ちゃんをからかっていた。

「千歌一等航海士、今日は顔がたるんでおりますぞ?」

「ひょ、ひょんにゃことは」

口の中にウインナーを詰め込んだ所だった。

「さては、さてはなことですな?」

「んぐっ、ゲホゲホッ」

千歌ちゃんが咳き込む。

「もお、お行儀悪い」

千歌ちゃんを指す、曜ちゃんの箸を下ろさせる。
と、曜ちゃんが私の肩を引き寄せた。

「きゃっ」

「このように、梨子ちゃんも照れております」

曜ちゃんが意地悪い笑みを浮かべた。

「梨子ちゃん、そうなの?」

千歌ちゃんが、期待を込めた視線。

「ツンデレ梨子ちゃんですな」

「やめてよ、曜ちゃんってば」

曜ちゃんの腕が触れる首元が熱い。
早く、離れて欲しい。

「まったく、私がお家でゴロゴロしている合間に、リア充はこれだから」

曜ちゃんが溜息を吐いた。

「そう言えば、曜ちゃんの恋バナって聞いたことないよね」

千歌ちゃんが言った。

「千歌ちゃん、みなまで聞くない」

「ねえ、初恋は?」

私は曜ちゃんに合わせるように、いつものトーンで、

「また、ベタな会話ね」

「えー、いーじゃん。曜ちゃんは、やっぱり筋肉ムキムキな人が好きなの?」

千歌ちゃんが二の腕をむき出しにする。

「そりゃ、ひょろっとしてる人よりはいいけどさ、今時筋肉ムキムキな人好きって希少過ぎないかな」

「海の漢! みたいなさ」

「まあ、パパみたいな人は好きだけどねー。しかし、千歌ちゃんなんか二の腕プルプルしてない?」

曜ちゃんに指摘され、千歌ちゃんが自分の上腕三頭筋をぺちぺちと叩いた。
ちょっと揺れていた。

「知ってる? そこ、振袖って言うのよ」

私がからかうと、千歌ちゃんが顔を歪めて心底嫌そうな顔をしていたので、私と曜ちゃんは笑った。

こんなちょっとした時間が楽しい。それは、3人とも思っているはずで。
曜ちゃんは、私達に幸せになって欲しいと言ったけど、それは私と千歌ちゃんだって思っていることなのに。
どうして、上手くいかないんだろう。

「あれ、花丸ちゃんとルビィちゃんと善子ちゃんじゃない?」

千歌ちゃんに言われて、教室の入り口を見る。
ヒヨコみたいに可愛らしく団子になってこちらを見ている。

「あの~、曜さんお昼休み中にすみません、ちょっといいですか」

花丸ちゃんが言った。

「え、私? あ、ああ」

と、曜ちゃんが頷いて、駆け寄る。
教室を出て、廊下の方へ。声は聞こえない。

「あれかな、飛び込みの後輩の」

「ええ、たぶんそうじゃない?」

「困ってるなら、何かできたらいいんだけど」

「そうね。でも、少し難しいかも。加害者が誰か分かっていないし、千歌ちゃん、無暗に動かないようにね」

「う~ん」

納得してない返事だった。

「もし、危ない思考の人だったら、逆に千歌ちゃんが返り打ちに合いかねないし……様子を見ましょう」

「そうだよね。今は、曜ちゃんに任せておいた方がいーよね」

それでも、千歌ちゃんは唸っていた。
たぶん、何かしたいけど何もできないのかなと悩んでいるんだろう。

「でも、この学校にそんな人いるかな~」

どこまでも、お人好しね。
心配になるくらいに。

戻って来た曜ちゃんは、特に何も言わなかった。
それが気になったけど、個人的な事だったのかもしれないので、その時は、あえて深くは聞かなかった。


そして、放課後になった。
曜ちゃんは、今日は行く所ができたからと先に帰ってしまった。
歌詞が完成したので、曲と合わせて本格的に次のイベントに向けて練習していかなければならなかったので、ちょっと不安になった。
曜ちゃんは要領がいいから大丈夫だよ、と千歌ちゃんや果南さんが言っていて、呼び止めれなかった。

「さあ、レッスンを始めますわよ! こら、ルビィ、アイス二本目はめっ!」

「ぴぎゃっ」

ルビィちゃんがダイヤさんに首根っこを掴まれる。
部室に笑いが起きた。
その後、お披露目した歌詞は好評だった。
花丸ちゃんに、少し修正を加えてもらいながら、完成。
軽く曲と合わせて歌ってみた。初見なので、ちょっとぐだぐだ。

「これを歌いながら、ダンスずらか……」

「何よ、どこが難しいの?」

善子ちゃんが花丸ちゃんの頭にあごを置く。
花丸ちゃんは、曜ちゃんが撮影してくれた通しの動画を見て鼻で息を吸った。

「ここ、曜さんに秘密の特訓を受けているのになかなか上手くならなくて」

「は、はあ、今なんて」

「え、上手くならなくて?」

「じゃなくて! 秘密の特訓? なによそれ、聞いてないわよ?」

「だって、秘密ずら」

「この、ずらまるぅ~! 抜け駆けか!」

「オー! 善子、違うでショー? 私に黙って他の女の所に行くなんてってことデショウ?」

「えー、そうなの善子ちゃん?」

「話をややこしくするなー!」

やんややんや、騒がしくなる。

「秘密って言いながら自白してるんだけどね」

果南さんが、冷静に突っ込んでいた。

練習後、曜ちゃんの事がつい気になってしまい、電話してみた。

「出るかな……」

千歌ちゃんがベンチで足をぶらぶらさせている。
膝には絆創膏が張ってある。
慣れないステップを踏んで、足がもつれてこけてしまったのだ。
ひょこひょこ歩いていて、こちらもこちらで心配ではある。

プツ――、と電話がつながった。

「あ、曜ちゃん?」

電話の向こうで、何か物音。それから、ガラスか陶器が割れるような音が聞こえた。

「え? 曜ちゃん? どうしたの? 大丈夫!」

音はすぐに止んだ。
それから、先輩、と呼びかける少女の声。
携帯からは、何度も、先輩、先輩、先輩と声が聞こえていて、それがたまらなく怖くてつい遠ざけてしまった。
肩を掴まれる。びくりとして振り向くと、千歌ちゃんが眉根を寄せていた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「わ、分からない」

千歌ちゃんと二人で携帯に耳を傾けた。
もう、携帯は切られていた。
再度かけ直してみたが、繋がらなかった。

「ど、どうしよう……曜ちゃん、何かに巻き込まれたんじゃ」

私はさっきの恐ろしい呟きのせいで気が動転してしまい、千歌ちゃんの肩を揺さぶった。

「落ち着いて、梨子ちゃん。曜ちゃんどこにいるか言ってた?」

千歌ちゃんが言った。

「何も、ただ、先輩って言葉がずっと聞こえてて……」

私ははっとした。千歌ちゃんも同じだった。

「それって、後輩ちゃんじゃ」

千歌ちゃんは言いながら携帯を取り出して、すぐに花丸ちゃんと連絡を取り始めた。
予感は的中して、曜ちゃんは今日、後輩ちゃんの家に向かったと言ってくれた。
また、同時に衝撃の事実も教えてくれた。

「え……いじめじゃなかった?」

驚きの声をあげる千歌ちゃん。

「うん、うん……そう、なんだ。その子の友だちが言ってたんだね……そっか、それで、曜ちゃん、何も言わなかったんだ……」

千歌ちゃんは私を見て、タクシーを止めるようにジェスチャーを送った。
私は慌てて、最寄りの道を走っているタクシーを探した。

「そう、ごめん、いきなり電話して。知れて良かった。え? あ、うん、ちょっと落ち着いたら、また報告するから」

「千歌ちゃん、タクシー来たわっ」

「ありがとう、梨子ちゃん……それと、後輩ちゃんの家、教えてくれるかな?」

曜ちゃん、何もなければいいのだけど。
曜ちゃん、曜ちゃん。

千歌ちゃんが花丸ちゃんから聞いた話は衝撃的だった。

「後輩ちゃんのお友達に聞いた話しみたいなんだけど、その後輩ちゃん、被害妄想がたまにあるらしいんだって……」

「被害妄想?」

「うん。しかもね、自分を守るために自傷行為とか自損行為とかしちゃうみたいで。あの、靴の件とかは、その子がむしゃくしゃしてやった事なのに、自分がいじめを受けているって思いこんじゃったらしいの」

「そんな、ことって……」

「それで、どんな風にその子が感じているかまでは分からない。でも、曜ちゃんに関係してるって」

「恨みとかってこと?」

「わかんないよ。わかんないまま、曜ちゃんは一人で行っちゃったの。私たちには内緒にしておいてって。だから、花丸ちゃん達も何も言わなかったんだよね」

「なんでそんな遠慮しちゃうのよっ、曜ちゃん、バカよ!」

「私と違って、曜ちゃんは何でも自分でできるから……自分で解決しようとしちゃうの」

「何でもできる人なんて、いるわけない……のに」

「うん」

小さく頷いて、千歌ちゃんは私の手を握った。
私も千歌ちゃんも強く握りしめ合った。







後輩ちゃんの家にたどり着いた頃には、辺りは薄暗くなっていた。
家屋や路に灯りが灯っているのに、その家だけは留守のように電気がついていなかった。

「え、ほんとにここ?」

私は疑問を口にする。

「の、はずなんだけど」

千歌ちゃんと表札を確認するけど、どこにもついていない。
誰が住んでいるか分からないけれど、住所は間違いなくここだった。

「行こう、梨子ちゃん!」

千歌ちゃんが先頭を切る。私は胸を抑えながら、それに続いた。
玄関にインターホンもないので、引き戸の扉に手をかけた。カラカラとすぐに開いた。
カギはかかっていないようだ。

「こんばんわー。誰か、いませんかー?」

「こんばんわ」

二人で大声を出すも、返事はない。
もしかしたら、本当にいないか、外に出かけているのかもしれない。

oh…

「梨子ちゃん、どうしよう」

急に弱気になる千歌ちゃん。

「そんなこと言われても、勝手に上がるわけにもいかないし」

「靴もないよ」

「ええ」

玄関に並んでいるのは一足分だけ。
それは、高校指定のローファーだ。
だから、ここに後輩ちゃんが住んでいて、学校から帰ってきた。
それはかなりの確率で間違いはない。

山の方に帰る鳥の声が聞こえた。
暗くなれば二人とも家に帰るだろう。
何も無いなら、それでいい。

「梨子ちゃん、その辺、私探してくるからさ、ここにいて?」

千歌ちゃんが言って、外に走っていく。

「千歌ちゃん!?」

「戻ってくるかもしれないし、私もその辺りの公園とかコンビニ見たら帰って来るから!」

と、遠ざかっていく。
そうは言っても、他人の家にずっと上がり込んでおくのは気が引けてしまう。
一度門の外に出よう。そう思って、踵を返す。

「……」

そして、ふと靴箱が視界に入った。なんだろう。

「なにか」

ひっかかってる。
靴箱まで置いてあるのに、どうしてローファー一つしか靴が置いてないのだろうか。
他の家族の方の靴は? そもそも、こんな一軒家の家の広い玄関に、普段使っている靴が置いてないのは不自然だ。
逆に言えば、そういうご家庭なんじゃ。

「いいかな……ごめんなさい」

他人の靴箱を無断で開けるのはよろしくないと思いつつも、非常事態だから、と音を立てないように靴箱の取っ手を引っ張った。

目の前に、黒いローファーがあった。血の流れが速くなる。
耳の奥が脈打っていてうるさい。
でも、これだけじゃ、曜ちゃんの靴だって判別できない。
後輩ちゃんの替えの靴かもしれないのだ。
サイズは、0.5cm違い。ダメだ、サイズを知らない。

物音一つしないのに、何を疑う必要があるのだろう。
携帯から聞こえてきた、あの声と、何かが割れる音が反芻していて。
それが、私を突き動かす。

私は、思い切ってある方法を試すことにした。
たぶん、これなら間違わない自信が合ったから。

私の疑問は、確信に変わった。
あれは、間違いなく曜ちゃんの靴だった。
そして、居てもたってもいられず、千歌ちゃんの帰りを待たずに、私は静かに家に忍び込んだ。

曜ちゃん。お願い、何事もありませんように。
何も考えたくはなかった。嫌な予感を頭から必死に叩きだしながら、部屋の一つを覗いた。
台所だ。奥には洗面所、たぶん脱衣所が見えるから右手にお風呂場。
引き返して、反対側の部屋に入る。
寝室のようだ。布団が二組畳まれている。
灯りがないせいもあるだろうけど、どこか寂し気な家だった。
置物とか、アルバムとかがない。簡素なインテリアが、妙に背筋を震わせる。

「二階……」

音を立てないように、慎重に、慎重に。
恐さと焦りが、体を揺らす。
息が止まりそうだ。
私は、何をしているのだろう。
これで、二人がただ昼寝をしていただけで、なんてバカなことをしたんだろう、と終わってくれれば。

「……」

二階には廊下にそって、二部屋あった。
前方の部屋には、物置と書かれていた。
奥の部屋には、何も書かれていなかった。


物置なら、開ける必要はない。
奥の部屋にすり足で進む。
扉の取っ手に手をかけた。
ぎいっと錆びついた金具の音が、二階に響き渡った。

「っ……」

心臓が止まりそうになって、すぐに後ろを見た。
気配はない。
再び、部屋の扉を開ける。
誰もいない。
熱い。手も足も汗だくで、緊張感とともに体力を削る。
ただ、この部屋だけ他の部屋よりもひんやりとしていて。
締め切られた窓が、誰もいなかったと言っているようにも思えたのだけど。
ここだけ、涼しいのかな?
それでも、いなかったことに安堵した、その時、

カタン。

音。体が反り返りそうになった。隣の部屋だ。つまり、物置から。
何。誰か、いるの?
静かに戻る。
恐い。本当に、怖い。手が震えていた。足の力が抜けそうだ。
千歌ちゃんを待っておいた方がいいのでは。
でも、これで確かめて何もなければ、済む話でもあるし。
私は、精一杯の勇気を振り絞って、物置と書かれた扉の取っ手を回した。

ガチャ――開かない。

「んっ……」

鍵がかかってる。
いない。そうだ、いないんだ。
そう思い込もうとした。

「よ、曜ちゃん?」

いないなら、呼んでも意味はない。

「曜ちゃん……返事して」

私は何をしているの。

「曜ちゃん、曜ちゃん、ねえ」

監禁されているわけない。
だって、高校生の後輩の家に来ただけだ。

「曜ちゃん」

私は、目を瞑って深呼吸した。
冷静にならなくちゃ。
携帯を取り出して、私は千歌ちゃんにメールを打った。

10分くらいして、千歌ちゃんが戻って来た。

「こんばんわー! あのー、誰もいませんかー!?」

「あのー! 誰かー! いーまーせーんーかー!」

「って、梨子ちゃん! 勝手に上がっちゃだめだよ!」

「早く出て出て! あー、だれかー え? いなかった? ちゃんと捜したの? って、いや探しちゃダメだけどね! だーれーかー」

千歌ちゃんは近所迷惑すれすれの大声で、叫んだ。
それでも、やはり、何の音も無ければ、誰かが出てくる気配もない。

「家事だー!」

と縁起でもないことを最後に放って、

「しょうがない、、帰ろっか……お邪魔しましたー!」

と玄関をカラカラと閉めた。
そのまま、家の中からは出ずに。

私は。
私は物置と書かれた部屋の隣にいた。
息を殺して、私も千歌ちゃんも家を出た風を装った。
千歌ちゃんからの報告だと、曜ちゃんは家にも高飛び込みの方にいなかったそうだ。
今の時間帯に、家族の人に何も言わず外出する曜ちゃんではない。

私たちは待った。何も起こらない事を祈りながら。
待つこと30分。期待外れの物音が、物置から聞こえてきた。
鍵がカチャンと開いた。
私は、すぐに千歌ちゃんにラインを送った。
扉の隙間から、覚悟して、出て来た人物を確認した。

半裸の曜ちゃんが頭から血を流して、よろよろと歩いていた。
そして、その隣に後輩らしき少女。
それを見て、私は怒りで頭が真っ白になった。

「曜ちゃん!!」

扉を蹴り開け、その少女に掴みかかった。

『梨子ちゃん!?』

階下からは千歌ちゃんの声が聞こえた。
私は無言で後輩に馬乗りになった。
彼女が果物ナイフみたいな小さな刃物を持っていることに気付かなかった。

「いっ!?」

ナイフが、腹部に突き刺さった。

「あぁっ……っ?!」

「り、りこちゃ……」

曜ちゃんが、壁に背中をつけながら崩れ落ちていく。
私はお腹から突き出ているナイフに触れた。
手がねっとりと湿った。あまりの痛みで声も出ずに、うずくまった。視界がチカチカと明滅するような錯覚。

「梨子ちゃん! 曜ちゃん!」

「ヨウ! リコ!」

千歌ちゃんの声。
そして、先ほど念のため連絡していた鞠莉ちゃんの声が重なった。
千歌ちゃんが後輩を取り押さえる。
後輩は目を見開いていた。まるで、自分がしたことに驚いているようだ。
それを横目で見ていたが、私はついに崩れるように倒れた。

「リコ! なんてこと!」

「救急車を……」

弱弱しく私を抱きかかえながら、曜ちゃんが言った。

「梨子ちゃん……ッ」

曜ちゃんの額から流れ落ちる血液が、彼女の涙と混じり、私の頬に落ちた。
苦しくて、傷口が燃えるように熱くて。

「よ……ちゃ」

「やだっ……梨子ちゃ……梨子ちゃん!!」

ハンカチ、どこだっけ――。曜ちゃんの血と涙を、どうにかしないと――。
手を伸ばすと、曜ちゃんは、それをしっかりと掴む。
間違いない。きっとこのまま死ぬんだと思った。
けど、なぜか、曜ちゃんの腕の中で、最後を迎えられるならそれもいいとさえ思えた。
だって、大好きな人がちゃんと目の前にいて、私のために涙を流してくれている。
そんなに幸せなことがあるの?

「曜……ちゃ…………っ」

でも、せめて伝えたい。
好きだって伝えたい。
お願い、それだけでいいから。
伝わってくれれば。

「……っ」

「何て言ってるの……? 梨子ちゃん? 聞こえない……梨子ちゃんっ」

なんでかな。
何度も伝えるチャンスはあったのに。
どうして、冗談なんかで終わらせてしまったのかな。
人生の最後が、こうもあっけな来てしまうなら、私、本当の事をちゃんと言えば良かった。

曜ちゃんが泣いていた。
意識を留めていられない。
酷い睡魔のようなものが来て。
雑踏が聞こえた。たくさんの人に囲まれていた。
千歌ちゃんの声が、最後に聞こえて。
心地よい方へ、私は意識を手放した。

ここまで。
続きは、また2時間後くらいに。

待ってる

「梨子ちゃんの親御さん、もうすぐ到着するって。千歌と曜ちゃんは、ちょっと休んでな。警察の人に色々聞かれて疲れたでしょ? 梨子ちゃんは私とマリで見ておくから」

「ううん、千歌は大丈夫だよ」

「私も」

「果南、言って聞くような子達じゃないわ」

「そうだけど。って、マリ、何持ってきたの?」

「クッションとタオルケットよ。特に曜は頭を切ってるんだから、そこのベンチでいいから休んでないとダメ」

「ありがとう……でも、かすり傷だし、ここにいる」

「曜ちゃん、千歌の太ももに頭のせて」

「いいって」

「いいから」

「ちかっちの言う通りにしなさい、曜」

「うん……」



声が聞こえた。

「っん……」

「「梨子ちゃん!」」

名前を呼ばれた。
眩しさに目を開ける。
起き上がると、右の脇腹に激痛が走って後ろに崩れた。

「いたたたっ……っなにこれ?」

慌ただしく、駆け寄ってくる千歌ちゃんと曜ちゃん。そして、マリさんと果南さん。

「ナースコール押すね」

果南さんが枕元に手を伸ばす。
私、ベッドにいる?

「ここ、病院?」

「そうだよっ、良かった目が覚めて」

千歌ちゃんが今にも抱き着きそうな勢いだ。
そっか、私、刺されたんだ。
脇腹が熱い。

「いっ……ぅ」

「痛み止めの効果が切れたのかな……もうすぐ来るからね、梨子ちゃん辛抱して」

普通に喋りつつも、両目から涙を流す千歌ちゃんが私の手を握ってくれた。
そして、もう片方の手を、

「梨子ちゃん……良かった、良かったよぉ……ぅっ……ひっ」

頭に包帯を巻いて、今度は涙だけボロボロと流す曜ちゃんが握ってくれた。

「し、しんじゃった、かと……おもっ……ぅ」

「私も、思ったよ」

そう、確かに、天国みたいなところが見えたような。

「でも、しん、でっ……にゃいっ」

「ほら、大丈夫だったでしょ、曜ちゃんっ……泣かないでよぉっ……私まで泣いちゃうじゃんっ」

「うんっ……うんっ」

泣きじゃくる二人が互いに慰め合う。
良かった。曜ちゃんが無事で。

「全く、どうしてマリだけにこんな重大な事を伝えるかねえ」

「何よ、果南、どういう意味」

「危なっかしいってこと」

「なんですって!」

「千歌、曜ちゃん、梨子ちゃんも……私達を心配させた罪は重いよ?」

果南さんがにやりと笑った。その手はマリさんの手をしっかり握っていた。

その後、すぐにナースが来て体調を確認された。
内臓まで傷つけた訳ではなかったので、重態にならなかったそうだ。
それにしても、体に何か刺さるなんて経験初めてで、未だに自分でも何が起こっているのか実感が沸いていなかった。
曜ちゃんと千歌ちゃんがどれだけ泣き喚いていたかを、マリさんから聞いて、二人が顔を真っ赤にしながら騒いでいる内に、両親がやってきた。

「すみません!」

曜ちゃんが、一番に両親の前に立って、頭を下げた。

「私のせいで、梨子ちゃんを巻き込んでしまいました!」

「何言ってるの! 曜ちゃんは、被害者でしょ……? 第一、私がもしあそこにいなかったら、曜ちゃん……」

私は曜ちゃんの腕を引っ張った。
そうだ、曜ちゃんは。
曜ちゃんは、一体、あそこで何をされたの?
だって、あの時、頭から血を流して、顔面蒼白で、上半身に何も纏っていなかった。

「曜ちゃん、今はとりあえず外に出よう。もうちょっと冷静になってからの方がいいよ」

果南さんが、一礼する。

「そうね、ちかっち、行くわよ」

マリさんが千歌ちゃんの腕を掴んだ。

「あ、で、でも」

ずるずると引きずられていく。

「曜、謝りたい気持ちも分かるけど、それは後で……ね? そして、あなたは、怪我人だってこと分かってる?」

「あ、う、ああ」

あれよあれよと、みんなが部屋の外へと出て行った。



部屋には、両親と私だけが残される。
二人は少し微笑んで、ほっとしたように私を抱きしめてくれた。

「良い友だちを持ったね」

そう言ってもらえたことはとても嬉しかった。
と、同時に、残酷な現実を宣告されたようでもあった。
私はもしかしたら、また、一つ、曜ちゃんから遠い存在になってしまったのではと。

翌日、ダイヤさんやルビィちゃんなど他のメンバーもお見舞いに来てくれた。
今回の事件の事は、曜ちゃんと私の希望もあり内々に解決された。
他のメンバーには、私が胃潰瘍になったと伝えている。
とすると、各各が好き勝手に、ストレスが減る音楽とか、アロマセットとか、好きなように解釈して色々持ってきてくれた。
ありがたいけど、困ってしまった。
曜ちゃんは、階段から落ちて頭を打ったと言う風に伝えられていて、『階段から落ちない対策』という小学生向けの本をプレゼントされていて苦笑いしていた。
誰のチョイスかは知らない。

お見舞いは来るけど、学校に行かない、ピアノも弾けないとなると退屈で仕方がなかった。
それに、曜ちゃんが精神的にまいっていないかも心配だった。
誰も、曜ちゃんの事を言っていなかったので、たぶん何もなかったと説明したに違いない。
私にも何度か謝ってきて、それ以降、何一つ語ってはくれなかった。
悪者を探したいわけでも、罪を裁きたいわけでもない。
私を刺したあの子のことも、憎いけど、それは曜ちゃんに何か酷い事をしたからだと思ったからで。
結局、私のこのモヤモヤはどこに向かうこともなく、燻ったままだった。

傷口もふさがってきて、そろそろ退院できる日になった。
一人で来た千歌ちゃんとリハビリがてらに院内の庭を散歩することにした。

「足がちょっとフラフラするかも」

「気をつけてね、ゆっくり歩こう」

「ええ」

千歌ちゃんがそばに寄り添って歩いてくれた。
ちょっと長いベッド生活だっただけで、地に足がついていないような感覚になるなんて。
雲の上を歩くってこんな感じなのかしら。
15分くらいして、休憩するために芝生に腰を下ろした。

「千歌ちゃん、ありがとう。千歌ちゃんと曜ちゃんが励ましてくれたからもうピンピンよ」

「それは、段差でつまづいている人が言う台詞じゃないかな~」

「そ、それは、そういう事もあるの!」

「へへっ、でも元気になったのは本当みたい。良かったよ、梨子ちゃん」

千歌ちゃんが、持っていたペットボトルを私にくれる。

「ありがと、気が利くね」

「でしょぉ? 梨子ちゃんの事なら、何でもお見通しだよ」

それをちょっとだけ頂いて、千歌ちゃんに戻す。甘い。

「退院したら、もう夏だね」

千歌ちゃんが、目の前でサッカーをしている子ども達を見ながら言った。

「そうね。アイス……食べたいかも」

「ぷっ、もお、梨子ちゃんの食いしん坊」

「だって、ずっと病院食だったし……なんだかそう言われたら恥ずかしい」

「いいよ、いいよ。梨子ちゃん、可愛い」

「もお、はいはい」

千歌ちゃんが大きく背伸びをした。

「私ね、梨子ちゃんが好きなんだよ」

空に吸い込まれるような言葉だった。
だから、私は聞き返してしまった。
すぐに、彼女の告白から一月が経過していた事に気がついた。

「私、高海千歌は! 桜内梨子ちゃんのことが! 大好きだー!!!!」

「ち、千歌ちゃん!?」

向こうでボールを蹴っていた少年たちが、全員何事かとこちらをふり返っていた。

「はあッ……はあッ」

「声が、大きいよ、千歌ちゃん!」

鼻息を荒げて、千歌ちゃんが続ける。

「付き合ってください……梨子ちゃん」

私の方に手を差し伸べて、腰を90度に折り曲げる。
その清々しい告白に、私は笑ってしまった。

「ふッ……フフッ……あははは!!」

「え、ちょ、千歌これでも一生懸命考えてきたんですけど」

「そ、そっか、ごめ……あははっ! お腹、い、痛い」

「それは、自業自得です」

「い、いたっ……ぅ……ううっ?!」

私は脇腹を抑える。

「え、ええっ、梨子ちゃん?!」

「ウソよ」

「だああっ!?」

千歌ちゃんが芝生に転がった。
そのオーバーリアクションがまた面白くて笑ってしまった。

「やだ、千歌ちゃんっ、これ以上笑わせないでよ」

「だから、自業自得だもん……」

「千歌ちゃんみたいに、明るくてひたむきで面白くて、素直な子に好かれて私は世界一幸せな女の子だと思う」

「そうでしょ~」

芝生に転がったまま、千歌ちゃんはピースしていた。

「こんなに幸せを貰って、何かお返ししないと罰が当たるね」

「うんうん」

「千歌ちゃんはね、お日様。私のお日様だよ。笑いかけてくれるだけで、温かい気持ちになるの。こんな私を……好きになってくれてありがとう」

「うん……」

「私、恥ずかしがり屋で人見知りだから、千歌ちゃんの隣にいるとね、一緒に成長しているみたいで、私、自分をどんどん出せた、自分らしくいられた。海に一緒に落ちて、3人で歌って踊って、どんどん一緒に輝けた。千歌ちゃんにはホントに感謝してる。私、待ってた、自分を変える何かを。本当は背中を押して、あなたはあなただよって言ってくれる人を待ってた。私の事を大好きだって言ってくれる人を、探してた。それは、ここにいた。目の前に。それは素晴らしいことで、大切なことで、感謝の気持ちしかなくて……」

「梨子ちゃん、いいよ、ちゃんと受け止めるから」

千歌ちゃんは起き上がった。背中から芝の葉がはらりと落ちた。

「だから、私、千歌ちゃんとね、ずっとずっと親友でいたいの……大好きで大切な私の千歌ちゃんに、これから何があっても離れることのない親友でありたいの」




私は、伝えた。
言葉は自然と溢れた。
伝えないといけなかったんだ。もっと早くに。
臆病風に吹かれていた。でも、今、漸く答えを出せた。
どうしようもない未来かもしれない。
でも、漸く自分の気持ちに素直になれた。
だから、私がこの未来を愛してあげないといけないんだ。

「梨子ちゃんさ」

「うん」

「曜ちゃんが好きなんでしょ」

千歌ちゃんが言った。

「知ってたの?」

私は驚いてしまった。

「ううん。あの事件の時に、梨子ちゃん、最後に言ってたよね」

「でも、あれ声になってなかったと思うのに」

すぐ目の前にいた曜ちゃんでさえ、分かっていなかった。

「分かるよ。だってさ」

千歌ちゃんは涙をこらえて、笑って、

「私が一番欲しかった言葉だもん、分かるよぉ」

そう言ったのだった。

そして、それから3日後。
私は無事退院した。
次のイベントには全員一致で見学を申し付けられてしまった。
練習には参加してもいいけど、激しい動きは止められた。
一応、曜ちゃんが私のパートも覚えてくれていて、花丸ちゃんと善子ちゃんとルビィちゃんと一緒に、曜ちゃんの補習を受けていた。

「梨子ちゃん、お疲れ。まだ、ちょっと疲れやすいでしょ? こまめに水分摂ってね」

「うん、ありがとう」

「おーし、一年生諸君! 曜ちゃんの秘密の特訓はここまでにして、アイス食べに行くぞー!」

一年生同士が汗だくになりながらもハイタッチして喜び合う。

「ジャンケンで負けた人が全員分おごりね!」

と、鬼畜な曜ちゃん。
全員でブーイング。

「なにー! じゃあ、二人でおごり!」

第二案は可決され、5人でコンビニに向かった。

コンビニ裏の防波堤に5人で腰を据えて、みんなでパピコをちゅーちゅー吸った。
さざ波の音が心地よい。

「あ、そう言えば、曜さんが気にされていた一年生の子、お家の事情で昨日引っ越ししたって、知ってたずら?」

「ううん、知らなかった。そっか」

「ルビィ、あの子とほとんど話さなかった……」

「何よ、後悔してるの?」

「だって、話しかけようと思ったこともあったから」

「いなくなったら、その機会も無くなるずら」

「バカね、そんなの今に始まった事じゃないでしょ。ダメなら次よ、次」

「へええ、善子ちゃん頼もしい」

「ヨハネ! ずらまる、あんたバカにしてー!」

花丸ちゃんは、善子ちゃんの謎の絞め技から逃げるために、ぴょんと砂浜に飛び降りた。

「捕まえてみるずら~」

「あ、こんの! 我が僕、行きなさい!」

「え、ルビィのこと? ルビィのこと?」

「おら、行くわよ!」

「ピギっ」

3人で追いかけっこを始めた。

「元気ね」

さすがに、あそこまで体力はない。

「そうだね」

曜ちゃんは、縁側でお茶を飲むような顔で見守っている。

「ねえ、曜ちゃんちょっと波打ち際まで来て来て」

「うん? いいけど」

私と曜ちゃんで奢ったアイスの袋にカラを入れて、ゴミ箱に放り込む。
サラサラの砂の上に落ちている一本の枝を手に取った。

「曜ちゃん、私の怪我のこと気にしてるでしょ」

ザクザクと足が砂に埋もれていく。
どこからか流れついた青いポリタンク。
割れて流されて丸みを帯びた色とりどりのガラス片。
そういった色々なものが砂に埋もれていて。

「……そうだね。気にしてるよ」

「しかも、自分のせいだと思ってる」

「だって、そうだもん」

「どうしてかは聞かないけど、もう、それ止めて」

「無理だよ」

「止めてくれないと、曜ちゃんのことポパイって呼びます」

「嫌だな、それ」

「でしょ?」

「分かった、止める」

「絶対よ。この怪我は誰のせいでもない。私のものよ。曜ちゃんのものじゃない。だから、曜ちゃんが勝手に私の怪我を背負わないで」

自分の傷の治し方さえ知らない人に、私の怪我まで背負わせたくない。
曜ちゃんは困ったような顔をする。
そんな顔も愛しくて、ずっと見ていたくなる。
もっと、困らせたくなる。
本当は、私のことで、もっと、悩ませたくなる。

「あとね、私ね、千歌ちゃんのことフッたから」

「え、うそ!?」

「ホント!」

波打ち際の際まで来て、私は座ってグリグリと枝で砂を掘り起こす。

「曜ちゃん、色々ありがとう」

「千歌ちゃん、どうだった?」

「聞いてどうするの? 自分が慰めるの?」

「私には、慰める資格なんてないよ。ただ、引きずってないかなって」

「それは、すぐに諦める人なんていないと思う。そんなにすぐに心変わりできるならしてみたいけど」

相変わらず、曜ちゃんは千歌ちゃんを中心に考えるんだから。
嫌になる。そういう所、全く理解できない。
その癖、人の傷を自分で背負いこもうとする。
あれ以来、曜ちゃんはあまり笑わなくなったらしい。
練習の時はそうでもないけど、教室ではクラスメイトに話しかけられても避けることが多くなってしまったと千歌ちゃんが言っていた。

「区切りがついたから、曜ちゃん、私も隠していたことバラすね」

私は砂浜に書いた文字を、指差して、曜ちゃんに見せた。

梨子「曜ちゃん、怒らないで聞いてね……」





おわり

読んで下さって、ありがとうございました。

続きがほしいような気もするけど、蛇足感はあるかな
乙でした

綺麗に終わっててとてもよかった
胸糞って聞いたからもっとドロドロかと思ってたわ

>>138
ちかりこの結末は決めていましたが、ようりこは決着つけれなかったです

>>139
キャラが良い子ばかりで、あんまりいじれなかったです



どうでもいい補足:梨子ちゃんは曜ちゃんの靴の匂い(なんかいい匂い)が好きで、嗅ぎ分けることができるという設定を捏造しました。

おつ
後輩に曜ちゃんが何されたか気になるけどそれは曜ちゃんがずっと抱えていくことなのかな…
曜ちゃんの笑顔を取り戻してあげたい

>>141
頼んだ(番外編とか書いてくれていいのよ?)
このssでは曜ちゃんは抱えるタイプですので、たぶん人には打ち明けないまま、ふとした誰かの優しさに触れて少しずつ癒されていく感じです

一気に変態チックになって草

臭いフェチwwwwww

乗っ取り行為は禁止だぞ
作者も乗っ取りを許可するような行為も禁止だからな

>>145
なんかすみません


続編書きたくなってきたので、別のスレ立ち上げますね
ここはHTML申請出しちゃったので、おしまいです
ありがとうございました

次スレ

曜「梨子ちゃん、怒るわけないよ」
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>>145

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