魔王♀「食べちゃうぞー!」勇者の母「食べないでください!」 (95)

その日、小さな村で、ある女性があたたかい命を生みました。
小さな小さな女の子を生みました。
女の子は、輝く紋章をその拳に宿していました。

父親が言います。
我が娘に、紋章が宿った!
父親は大喜びです。

母親が言いました。
どうして私の子どもなの!
母親は哀しみました。

古くから村では、100年に一度、勇者を受け継ぐ子どもが誕生すると言われていました。
父親が娘を抱き上げ、言います。
村の長老に正規の焼き印を捺してもらわないといけないよ。
母親は首を振ります。
女の子の手に焼き印だなんて、とんでもない。
母親は娘が勇者になるのは反対でした。

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母親は父親の腕を掴んで赤ん坊を取り上げます。
そして、泣きながら、睨み付けました。
勇者になれば様々な魔物と戦わなければならないです。
危険な場所にも訪れることでしょう。
どうしても長老の所に行くのなら、私はこの子と死にます。赤ん坊が泣き始めました。まるで、母親の憤りを感じているようでした。
父親はそんな二人を見て、しぶしぶその時は諦めたのでした。

父親の祖父は元々勇者の従者でした。
母親は彼からその旅の冒険譚を何回も聞いていました。
祖父は決して派手な活躍があった訳ではありません。
けれど、弱き者の気持ちを察することのできる優しい人でした。
ただ、彼は勇者に引け目がありました。
本当は彼だって勇者になりたかったのです。
そして、それを聞かされ続けた父親もまた、勇者になりたかったのになれなかった、選ばれなかった人間でした。



娘が生まれて、数日が経ちました。
村の長老は、勇者の存在を、村の斥候により少し前から知っていました。
長老は生まれてくる勇者が女の子であることも知っていました。
しかし、勇者に選ばれたのは事実です。
種があるからこそ、天は輝きを授けるのです。
母親は子の誕生を心待ちにしていました。
長老はそれも知っています。
ただ、それら、全て、大義の前では求めてはならないのです。
長老は斥候を遣わせて、父親に赤ん坊を連れてくるよう言いつけました。




その夜、父親は食事を残しすぐに部屋に引き上げました。
疑問に思った母親は、部屋の扉を叩き、具合が悪いのですか、と尋ねました。
顔を出した父親は少し暗い表情をしていました。そんなことはないよ、と言います。
子どもの世話で疲れていた彼女も、あまり深くは追及しません。
お酒の入った樽を手渡し、部屋に戻り床につきました。

父親は、樽のお酒をぐいっと一気に飲み干しました。







ちょっと出かけてくる

期待

みんなが寝静まった頃、父親は目を覚ましました。
酒の酔いが少し冷め、夕食を囲っていた時に感じていた罪悪感も薄れていました。
大丈夫、父親は祈るように思います。
世界の平和のために仕方がない。
時代の水平に光が差し込む頃、自分の妻も私の行いを認めてくれるはずだ。
今は分からなくても良い。
父親は壁にかけていた大きな皮袋を掴んで、音もなく部屋を出ていきました。

父親が足音もなく母子の部屋を訪れました。
二人とも起きる気配はありません。
父親はゆりかごを脇に抱えます。
母親は背中を向けていて、どんな表情かは分かりません。赤ん坊は平和な布地の中、幸せそうに眠っています。その拳は、昼間よりも強く天の輝きを放っているような気がしました。
父親は、きっとこの子も望んでいるはずだ、と確信します。そっと抱き上げて自分の娘を皮袋に入れました。
外側から耳を寄せました。
皮袋からは小さな寝息が聞こえるだけでした。

暗い夜道は危険が付き物です。
魔王の気に当てられた動物や植物、いわゆる魔物達は、特に夜に活発に活動します。
そのため、長老の斥候がすぐ近くの湖で待っている手はずでした。
周りの様子をうかがいながら、父親は小走りで人里を抜けます。
長老の住む家は山の麓にありました。
湖は人里と長老の家のちょうど真ん中にありました。
なかなかに距離もあり、ついに赤ん坊が夜泣きを始めました。
父親はびっくりして、慌てて皮袋から娘を抱き上げます。
娘が泣き止むように、揺らしたり声をかけたり、高く高く掲げたり。
それでも、娘は泣き止みません。
父親は、けれど、こんな元気な女の子ならば、必ずや魔王に一撃を与えてくれはずだと思いました。
父親は笑いかけます。
可愛い我が子を泣き止ませることはできませんが、その逞しさには愛しさを募らせるのでした。


湖のほとりに来ると、娘は少しだけ泣き止んでくれました。
しかし、父親は過去をしかめます。
なんだ、この匂いは。
今まで嗅いだことのない、生々しい錆びた匂いが立ち込めていました。
彼は、斥候の名前を呼びました。
しかし、返事はありません。

ふいに、今まで足元を照らし続けていた月明かりが消えました。
月が雲に隠れたのです。
風が強く吹きました。
父親は目を細めました。
赤ん坊の入った革袋をそっと岩陰に置き、ほとりの周りを慎重に進みます。
靴底が何かぬるりとしたものを踏んづけました。
父親は足を取られて、尻もちをつきました。

小さな悲鳴をあげました。
手に生暖かい液体が付着しました。
匂いの正体だとすぐにわかりました。
強烈な、血の匂いでした。
父親は震えあがります。

魔物だ!
斥候がやられてしまったのです。
すぐに悟り、娘の方へ引き返しました。
すると、そこには娘の入った皮袋がありません。
父親は、息が詰まりました。
いったい、どこに。
その答えはすぐわかりました。

食べちゃうぞー!

頭上から聞こえた、小さな少女の声。
すぐに、彼は空を見上げました。

金色の光がそこにはありました。
娘の紋章の輝きだとすぐにわかりました。
月がまた顔を覗かせ、辺りを照らし出します。

ぽたりとしずくが落ちたような気がしました。
そこには、皮袋を握りしめた、血のように真っ赤な髪の女の子が宙に浮いていたのです。
父親は目を疑いました。
人間の女の子にしか見えなかったからです。
けれど、彼女の口の周りは赤い果実を頬張ったようで、着ている白色の幼い寝巻きは点々と血しぶきが飛び散っていました。
これが、本当に魔物?
父親は動物が気に当てられた姿は見てきましたが、人間の少女が変貌する姿を見たことはありませんでした。

くんくん。
少女は皮袋に鼻を近づけます。
や、やめろ! 返せ! 返してくれ!
父親は、そばに落ちていた丸太を放り投げます。
丸太は少女の額にがつんと当たって、湖にぼちゃんと落ちました。

いったーい! なにすんのー!?

少女が怒ります。
そして、大きな口を開いて、父親の頭を丸のみしました。
ぼりぼりむしゃむしゃ、ごっくん。
父親の首から、滝のように血が噴き出しました。
頭の無くなった体が、棒切れのように湖に転がっていきます。
ごろごろ、ポチャン!

おいしい!
誰もいなくなった湖の上に、少女の無邪気な声が響きました。
少女のお腹はまだまだ満たされていません。
皮袋の中を漁り、中の物を掴み上げます。
それは、食べ物にしてはちょっとしかありません。
一番美味しいと分かった、頭の部分が小さすぎるのです。

そうだ!

少女は良いことを思いつきました。
成長して、美味しく実ってから食べよう。

それがいい! そうしよう!

少女は自分の素敵で頭の良い考えに、にっこりと笑いました。
赤ん坊も、にっこりと笑い返していました。
少女はキョトンとして見つめ返していました。

私の真似をしないでよ!

少女はその小さな食べ物が自分と同じようにしているのが許せません。
その子の頬をつねって、おしおきをしました。

痛いでしょ?

にやにやと少女は言いました。
赤ん坊は、果たして、泣きだしました。
少女は得意げに見つめました。

と、少女の足に何か当たりました。
下を見ると、太ももに細長い矢が刺さっていました。
次に、前を見ました。

食べないでください!

美味しそうな頭を持った女が、そう言いました。
そんなに美味しそうな見た目と匂いをしているのに、何を言っているのだろう、と少女は思いました。
まるで、食べてくださいと言わないばかりなのはどちらだろう。

食べないでください! その子を返して!

果汁というものだろうか、と少女は思いました。
目からたくさんの液体を出して、その女は叫んでいます。
早く食べて、早く食べて、と聞こえます。

その子を返して!

はたと、少女は何のことを言っているのか気づきました。
この小さな食べ物を返せと言っているのです。

やなこった。

少女はあっかんべーと舌を出しました。
女は背中に矢を背負っていました。
すらりと一本を取り出し、それをこちらに放ってきます。
少女はふわりと避けました。
女は何度も打ってきました。けれど、どれも当たりませんでした。

女は土が崩れるように、しゃがみ込みました。
そして、言います。

私を食べていいですから、その子は食べないでください!

ずるずると色々な音が混じって聞き取りずらかったのですが、少女はかろうじて聞き取れました。

少女は思います。
ほら、やっぱり食べて欲しかったんだね!
少女は大きく頷きました。

いいよ!

少女は大きな口を開けます。
女は両手を組んで、食べやすいようにしてくれていました。
これは良い食べ物だ。
恐らく、この赤ん坊はこの女の子どもだろう。
じゃあ、きっとこの赤ん坊も良い食べ物に違いない。
少女はいつかの楽しみを覚え、そして、母親をぱくりと食べてしまいました。

ごりごり、むしゃむしゃ、ごくん。

湖のほとりはとても静かになりました。
少女はお腹がいっぱいになり、眠くなってきました。
皮袋を枕に、ごろんと横になります。
少女に周りには食い散らかした、人間達の肉片が散らばっていました。
ざわざわと、木々が動物が寄ってきます。
彼らは残った物にありつこうとしていたのです。

お好きにどうぞ。

少女は満腹だったので、何も咎めませんでした。

ありがとうございます。魔王様。

狼の魔物が言いました。
そして、次々に、周りの魔物たちがお礼を言いました。
少女は気分が良くなりました。
赤ん坊を自分の横に寝かせて、頭をさすってやるくらいには気分が良くなりました。
赤ん坊と目を合わせ、少女はにっこりと笑いました。

楽しみにしてるよ!

少女はそう言って、眠りにつきました。



おわり

甘くてとろける百合バス書いたものです。
魔王と少女編とか、見たい人いますか……?

とっとと書け太郎

>>16
ハムゥ

百合って書かずに書き出したんですが、読んで下さってる方、こっからの百合展開大丈夫ですか?

はたからそのつもりだ

10年後――。


勇者、勇者よ。

勇者? 私は勇者なんかじゃない。私は、魔王の娘よ。私を呼ぶのは誰?

少女は揺りかごの中にいました。
手も足も動かせません。
少女を覗く者がいます。老人でした。

勇者よ、その右手に宿る光の定めを思い出せ。

定め?

少女は視線を自分の右の手の甲に注ぎます。
光なんてありません。白い自分の皮膚だけです。

忘れてしまったのだ。目覚めを待っている。

そう言って、老人は笑います。
白いあごひげを撫で、懐から印を取り出しました。
それを、少女の手の甲に押し当てます。
突然、少女の頭をひどい痛みが襲いました。
世界がぐるぐると回り出します。

娘、魔王の娘よ。

空から真っ逆さまに落ちている気分で、少女は目を覚ましました。

どうされましたか?

狼が少女に問いかけます。
枯葉のベッドから起き上がり、少女は首を振ります。

なんでもない。

そうですか。うなされていましたよ。

狼は舌を出して、少女の頬をべろんと舐めました。
少女は片目を閉じて、それを受けます。
狼のたてがみを撫でて、首元にしがみつきました。

人里に行く時間です。

狼が言いました。

今日は、なんだか行きたくないの。

少女は小声で言いました。

狼は、少女の体にがぶりと噛みつきます。

や、やだッ。

嫌でも、です。

少女はしぶしぶ、狼の背中にまたがりました。
文句は続きます。

でもね、私より魔王の方が幼いじゃない。
私よりも、魔王が勉強をした方がいいと思う。

狼が鼻息を漏らしました。

静かに。舌を噛みます。

きゃッ!

狼は四つ足で大きくジャンプして、狼の体の何倍もある地面の切れ間を飛び越えました。
反動もほとんど感じさせず着地します。
それから、再び駆け出しました。

ちょ、ちょっと待って。落ちる、落ちちゃう。

それでも、その速さに少女の体はついていけません。

我慢してください。

そんなこと言われても!

少女は必死に狼の長い毛を掴むのでした。

人里に続くけもの道の終点に着きました。
狼は木々の影に隠れ、そこに少女を降ろします。
少女は諦めたようにお礼を述べました。
狼は、帰りは魔王が迎えに来ると言い去って行きました。

少女はそれを聞いて、喜びました。
もう、何ヵ月も会っていなかったのです。
魔王は、人間の僧侶と闘っていると聞いていました。
とても危ない場所にいるのだと、少女は狼に聞かされていました。

待てども待てども、魔王は娘である少女に何の知らせも寄こさないのです。
少女は少し、怒っていました。
と、目の前を馬車が横切ります。あれは、寺子屋行きの馬車です。

待って、待って!

少女は走って追いかけました。
乗っていた少年達が、少女に気付き笑っています。

馬車の一番後ろに座っていた、そばかすの男の子がヨロヨロと立ち上がり、少女に手を差し伸べます。
走る馬車に追いつき、彼の手を取るのは簡単ではありません。
少女はとにかく無我夢中で走りました。
自分は、魔王や狼と違って、どうしてこんなに遅いのだろう。
そんなことを思いながら、少女は足を動かしました。

そばかす少年の後ろで、やや大柄な男の子が冷やかします。
少年は恥ずかしそうに手を引っ込めてしまいました。
少女は心の中で悪態を吐きます。

結局、少女は馬車には乗れませんでした。
疲れ切って、途中からは歩いていきました。
寺子屋には遅れていく羽目になりました。

教室に入ると、先生に大目玉を食らいました。
厳しい人で、少しでも遅刻すると誰に対しても同じように叱りました。
少女にとっては魔王よりも狼よりも、この先生が一番恐い存在でした。

よろよろと、端の方の席に座ります。
ペンと紙を取り出すと、隣に座っていた茶髪の丸縁眼鏡の少女が、こっそり先ほどまで書きとっていた分を見せてくれました。
ありがとう、少女は小声で眼鏡の少女に言いました。
いいえ、と眼鏡の少女ははにかみました。

少女が紙を見ると、魔物について書かれていました。少女はどきりとしました。
いつもは、読み書きや計算を教えてくれるのですが、今日は違っていました。
魔物と人間の戦いの歴史や、現存する魔王の事が書かれていました。

魔物と言うのは、植物や動物、人間が魔の気に当てられて、変化してしまった存在のこと。
魔王と言うのは、それらの中でも、特に力を持った存在のこと。
つまり、魔王は元々が魔王ではないと言うことでした。

少女はけれど、そんなことはどうでも良いことでした。紙の内容を写しつつも、気が気ではありません。
なにせ、自分は魔王の娘だということを隠して、寺子屋にいるのですから。

少女は全部を写し終え、黒板を見ました。
先生が、険しい顔で口を開きます。

今、この大陸では魔王との戦いが激化しています。
知っての通り、勇者の席が空白のままですよね。勇者がいなければ、魔王を倒すことはできません。
そのため、この村から山を3つ越えた先では、僧侶様が我々を魔物達から守るために戦っているのです。
そして、この間、この街の上空を飛ぶ魔物を見たと言う者もいます。
そこで、僧侶様より、魔物から身を守る札を頂いております。
もし、身に危険が迫った時は、この札にしっかり唾液を含ませ、口の中に入れておいてください。
そうすれば、札にかけられた呪文が発動します。

先生は実際に口には入れずに、真似事をしてみせました。
それから、一人一つ、札を配ります。

決して、人に譲ってはいけません。必ず、いつも肌身離さず持っていなさい。

先生は言いました。
少女は気味悪いと思いつつも、何か起こった時のためにと、自分のベストのポケットにしまいました。

休憩時間になり、少女は眼鏡の少女とそばかすの少年に改めてお礼を言いました。
そばかすの少年は頬を赤くして、でも、何の役にも立っていないよ、と言いました。
そんなことないよ、と眼鏡の少女が慰めます。

気にしないで、田舎の方から来ている私が悪いの。

少女は言いました。
気が付いたら、この寺子屋に通わされていました。
嫌だと言っても無理やり連れていかれるのです。
魔物でだとバレたらどうするのか、と魔王に尋ねたことがありますが、大丈夫だよー! と一蹴されました。
娘の気も知らないで、なんて能天気な親だろうかと、少女は呆れた記憶があります。

魔王は見た目は自分よりも年下の少女でした。
魔王になってから、見た目が変らなくなったと言っていました。
親のくせに、無邪気に笑っているのが子どもみたいで可愛い時もあり、少女にとっては複雑でした。

眼鏡の少女とそばかすの少年の話題が、魔王に移ります。

そう言えば、魔王の噂聞いたことがあるわ。

へえ、どんなのだい。

口が大きくて、湖なんて一飲みだって。

うわあ、恐ろしい。

それから、血に染まった真っ赤なたてがみをもっているんだって。

魔王はドラゴンか馬か、それとも、獅子だろうか。

どれも嫌だわ。


二人の会話を聞きながら、少女は、口をひくりとさせて薄ーく笑いました。

ねえ、あなたはどう思う?

眼鏡の女の子が少女に聞きます。
少女は言いました。

案外、小さい女の子だったりして。

そばかすの少年が苦笑しました。

少女達の話を聞いていたのでしょう。
大柄な少年が後ろでバカにしたように笑いました。

また、少女がとんちんかんなことを言っているぞ。
これだから、山猿は。
大柄な少年は、少女にいつもそう言ってからかうのです。

山猿じゃない。

少女はつっけんどんに言いました。

バカにするのは止めて。

いつもいつもあの獣道から来るし、もしかして、魔物なんじゃないのか。

大柄な少年は、自分で言った言葉が可笑しかったのかお腹を抱えます。
少女が彼に言い返す前に、眼鏡の女の子が大柄な少年の顔を引っ叩きました。

言っていい事と悪い事があるわ!

なにすんだ!

大柄な少年は、頬を擦ります。
殴り返そうとした腕は、大きな手に掴まれました。先生です。

さあ、続きを始めますよ。
席に着きなさい。

大柄な少年は乱暴に手を振りほどきました。
少女と眼鏡の少女も席に戻りました。
眼鏡の少女は目にうっすらと涙を溜めていました。
少女はびっくりして、眼鏡の少女の背中を擦りました。

どうしたの?

私の、両親は魔物に食べられたの。だから、冗談でもああいう風に言って欲しくなかったわ。

そう、なんだ。

少女は歯切れ悪く頷きました。でも、それ以上の慰めの言葉をかけることはできませんでした。

寺子屋が終わりました。獣道に走って向かいましたが、魔王はまだ来ていません。
少女がぽつんと立っていると、後ろから眼鏡の少女が声をかけました。

先に帰ったとばかり思っていたわ。

そのつもりだったんだけど、迎えがまだ来てないの。

そうなんだ。じゃあ、お花でも摘んでいかない?

お花を摘む?

ええ、そうよ。

少女は植物の魔物のことを思い出しました。
摘んだら、痛いよ、と言われそうです。

どうしたの?

眼鏡の少女が首をひねります。

ううん、行ってみる。

そう言えば、ここは人里だったことを少女は思い出しました。

けもの道から少しそれた所に、切り株がたくさんある場所がありました。
色とりどりの小さな花が咲いています。

綺麗でしょ。

ええ、それになんだか甘い匂いがする。

少女は、鼻を近づけます。

蜜の匂いだわ。それは、吸えるのよ。

眼鏡の少女が一つだけ、摘み取って、少女の口元に近づけました。

吸ってごらん。

う、うん。

少女は言われるまま、花に口づけます。

どう?

甘い。

そうでしょう。

眼鏡の少女は、それを自分の口もとに寄せました。
同じように、花に口づけます。

きっと、今、私達の唇、同じ味がするんだね。

眼鏡の少女は言いました。

二人で吸った花を、眼鏡の少女が少女の横髪に飾りました。

素敵よ。

そうかな。

少女は照れくさくて、顔を伏せました。
眼鏡の少女は手を引いて、さくさくとさらに歩みを進めます。

ど、どこに行くの。

もう少し向こうに行ってみましょう。

もう暗くなるから、家に戻った方がいいんじゃない?

少女は、この山に魔物がひっそりと暮らしていることを知っていました。
自分ももちろん含めて。もし、魔の気に当てられたばかりの魔物がいれば、理性がないのできっと暴れるでしょう。
そうなると、自分も眼鏡の少女も危険です。
だから、なるべくなら二人だけで奥に行きたくはありません。

あのね。

眼鏡の少女が言いました。

あなたにもっと近づきたいの。

え。

少女は意味が分かりませんでした。

だめかしら。

眼鏡の少女は、くるりと振り返って、少女の体を抱き寄せました。

不思議。どうしてか、あなたともっと一緒にいたいって思ってしまう。

少女はそんなことを言われたのは初めてでした。
嬉しい反面、まさか何かの間違いだと思いました。

今日はここまで。

実にいい

眼鏡の少女は、少女の背中を上から下へとなぞります。
少女はくすぐったくて、眼鏡の少女の腕の中で震えました。

可愛いわ。

眼鏡の少女が言いました。
そして、少女の右手に自分の手を絡めます。
少し強いくらいに握って、指の腹で擦りました。

や、やめて。くすぐったい。

少女は手を振りほどきます。

ごめんなさい、おかしいわね。自分でもそう思う。

抱きしめていた腕を降ろしました。
少女はそれで、2歩3歩後ずさります。
胸が高鳴る理由は分かりませんが、少女はこれ以上は踏み込んではいけないと思いました。
自分は、魔王の娘なのに、人間の少女と仲良くできるわけがないのです。

それに、自分は人里になんて本当はいたくなかったし、別に人間が好きと言うわけでもありませんでした。
寺子屋をやめさせてくれないので、しぶしぶお付き合いをしていただけでした。
少女は、魔王と一緒に平和に暮せれたらそれで良かったのです。

先ほど、眼鏡の少女が触れた右手の甲が熱を持っていました。
燃えるように熱くなり、やがて、頭の中が割れるような痛みが生じました。
少女は思わず、うずくまります。

だ、大丈夫?

う……ッ。

少女は答えれません。

ザワザワと木々が囁き始めました。
枝に止まっていた鳥達が一斉に飛び立ちます。
そのうちの一匹がくちばしを大きく開けて、鳴きました。
その口は、人の頭ならば丸呑みしてしまえそうです。
眼鏡の少女の悲鳴が上がります。

痛みをこらえつつ、片目で鳥の姿を確認します。
狂ったように泣き叫ぶ姿は、まさに魔物です。
魔物になったばかりの動植物は獰猛で、魔王の娘の言うことなど聞きはしません。

に、逃げなきゃ。

少女は痛みをこらえて、眼鏡の少女の腕を引っ張ります。

ひッ。

眼鏡の少女は、確か、両親が魔物に殺されたと言っていました。
恐くて、動けないと言うように、体が固くなっています。

今日は眠いので寝ます。
また、明日の夜に。

スレタイからこのテンションは予想外だったがいいぞ

ねえ、逃げないとッ。

魔物になった鳥がさえずります。喉を潰したような、酷い音でした。
少女達の頭上をぐるりと旋回します。一際大きく羽ばたいて、一気にこちらへ向かってきました。
それでも、眼鏡の少女は棒立ちのまま。少女はもう迷っている場合ではありませんでした。

ごめん!!

勢いをつけて、眼鏡の少女を突き飛ばします。
鳥が後ろを通り過ぎていきました。
ほっとしたのも束の間、頭上を舞っていた他の鳥達が一斉にこちらへ急降下してきました。

あ―――。

少女は、死を覚悟しました。
鋭いいくつものクチバシに貫かれる所を想像しました。

いや、いやッ……さん……お母さん!! お母さん!!

もう、本当にダメだと思ったその時、燃えるような赤い閃光が鳥の群れを突き抜けていきました。
少女達を避けるように、鳥たちが左右に分かれて地面に突っ伏していきます。
気が付けば、自分よりも少し背の低い少女が、両足を大きく開いて立っていました。深紅の髪がふわりと揺れました。

死んじゃうとこだったね。

深紅の少女は言いました。
少女はお母さん! と叫び、その背中に飛びつきました。

遅い! もお、ばかばか! 本当に死ぬかと思った!

えー、これでも、急いで来たんだよ?

お母さん――魔王は少女の体を抱きしめ返してくれました。
実は、魔王も魔王で、肝が冷えていました。
自分の大切ないつかの楽しみを先越しされる所だったからです。
鳥達を見ると、半分以上は起き上がりつつあります。
目をパチパチさせながら、魔王の方に頭を垂れ始めます。

ご無礼をお許しください。

特に大きなクチバシを持った一羽が喋りました。

許さないよ。

魔王は笑顔で言いました。
少女は、自分の母親が本気でそう言ったのだと分かりました。

ちょ、ちょっと待って。

なに。

少女が止めに入ります。

確かに危なかったけど、最初はみんなちょっと変になっちゃうし……仕方ないと言うか。

止めるの? 変なの。

魔王は首を傾げます。

だ、だって。謝ってるんだよ。

魔王はまた首を傾げます。うーんと唸って、目をつむりました。

狼の時は、お母さん許してあげてたじゃない。

だって、狼かっこいいんだもん。

そんな理由ッ?

うん。

少女は呆れました。それでも、魔王は、しばらくは考えてくれました。
そして、納得できていない顔で、分かった、そこまで言うなら、と言ってくれました。
鳥達がまたさえずりました。とてもうるさかったですが、少女は良かったと思いました。

その子は?

魔王が倒れている眼鏡の少女の首根っこを摘み上げます。
完全に気を失っているようです。

寺子屋の子なんだけど――。

少女は、先ほどの記憶が蘇りました。恥ずかしくなって、顔が火照ります。

食べていい?

魔王が言いました。

少女は、はっとしました。久しぶりに会って忘れていましたが、魔王は、魔王だったのです。
人間には容赦ありません。食べ物としか見ていないのです。

だ、ダメ。

でも、走ってきてお腹空いた。

魔王は人差し指を口に含んで、恨めしい目を向けます。
少女だって、人間の少女が食われようが食われまいがどうでもいいです。
でも、先ほどまで会話していた人間が食べられるのは後味が悪い話でした。
魔王がよだれを垂らし始めます。

うーん、うーん、ん? くんくん――足、擦りむいてるよ。

え?

確かにふくらはぎの所を擦りむいていました。
気づきませんでしたが、血が足のかかとまで垂れてきています。

ね、そこ座ってよ!

少女は魔王にひょいと抱きかかえられて、切り株に座らされます。

きゃッ、お母さん?

魔王が少女の足を取り上げました。そして、ふくらはぎに小さな唇を近づけ、ピンク色の舌で血を舐めとりました。

少女はひっくり返りそうになりました。

ひッ……ぁ。

ちゅるッ……。

かかとから真っ直ぐに上へと舌を動かしていきます。
少女の下半身が小さく脈打ちました。

くすぐッ……たい!

ちょっと、待ってね……。

魔王の唾液のせいか、痛みはありません。
確か、気持ち良くなってしまうと聞いたことがあります。
きっと、そのせいなのでしょう。少女はだんだんと足に熱が籠り始めているのを感じました。

まだ、終わらないのッ。

もう少しかな。

魔王が傷口に吸い付きました。

ッン……!?

じゅるじゅるという音が、顔をさらに火照らせました。
魔王の口が離れました。少女は切り株の上にとさりと体を横たえます。
息が上がってしまいました。

大丈夫?

魔王が平然と聞いてきます。

じゃない。

少女は少し怒り気味に返します。その様子に気が付いたのか、魔王が、ごめんねと謝っていました。

い、いやああ!!!

悲鳴が上がりました。眼鏡の少女でした。

あ、気が付いたんだね……良かった。

少女は声をかけましたが、眼鏡の少女は聞こえていません。

逃げて!

そう叫んだのは眼鏡の少女でした。
彼女はポケットから札を取り出しました。
そして、それを口に含み、魔王に飛び掛かりました。
魔王はにんまりと笑いました。

やっぱり、食べて欲しいんだね!

それを見て、少女は、魔王と取っ組み合う眼鏡の少女に言います。

離れて! だめ!

魔王は嬉しそうに大きな大きな口を開けました。
そして、眼鏡の少女の顔を一口で飲み込んでしまいました。
ごりごり、ばきばき。飲み込む前の、その瞬間、魔王の顔が大きく膨れ上がりました。

んぐ?

魔王は苦しそうに目を血走らせ、ついには、パアアアアン!! と聞いたこともないような音で破裂しました。

ぴちゃりと少女の顔に肉片が付着しました。
それは頬を滴り落ちていきました。どちらの肉片なのかは分かりません。
目の前には、頭部が消し飛んだ少女二人が立っていました。

あ――。

頬に触れると、とても生温かく、少女は、目をぐるりと回し、意識を失ってしまいました。


――ほら、おいで!

目の前に魔王がいました。
お母さん! 少女は駆け寄ろうとしましたが、体は上手く動きません。
しかも、地面に倒れているようでした。

――しょうがないなー。

魔王に抱き起されます。
そして、手を繋いでくれました。
すぐそばに魔物がたくさんいました。
ウサギの魔物、サカナの魔物、バラの魔物。

――どこにでも魔王について行きたがるのですね。
――お可愛い。
――まるでカルガモのようです。
――いえいえ、仲の良い姉妹のようです。

少女は魔王を見上げます。
魔王もにっこりと微笑み返します。
幼い少女はお気に入りの赤いバラの魔物を掴み、髪に当てました。

――まおーと、いっしょ! いっしょだよ!

バラの魔物が小さく笑っています。
魔王は、きょとんとしていました。

――いっしょがそんなに嬉しいの?
――うん! まおー、だいすき! ずっと、まおーといっしょ!
――ふうん。
――まおー! まおー!
――そろそろ、お母さんって、呼んでよ!
――ま……おかあさん! おかあさん!

――おおきくなったら、まおーとたびにでる! まおーといっしょにゆうしゃをたおす!
――いっしょには無理だよ。
――どうして?
――だって、大きくなったら……。
――おおきくなったら?
――なんでもないよ!

魔王ははぐらかします。
少女はその後も駄々をこねて、理由を聞こうとしましたが、結局教えてはくれませんでした。

おかあさん。

おかあさん。

まおー。

まおー。

魔王!

魔王!

少女は叫びました。
ゆっくりと目を開くと、見慣れた木漏れ日がありました。
寝息が隣から聞こえてきました。
魔王が、寝ていました。
でも、どこかおかしいです。
少し背が伸びて大人びたような気がします。

魔王――。
少女は、涙が出てくるのでびっくりしました。
それだけ、魔王が生きていることが嬉しかったことにも気が付きました。
魔王の顔をのぞきます。口が開いて間抜けでした。
ぽたぽたと、魔王のまぶたに雫が落ちていきます。
無防備な魔王の手を握りました。

良かった。

魔王のまぶたがぴくりと動きました。

ちょっと抜けますので2時間後くらいに!

よいぞよいぞ

舞ってる

キラキラと輝く魔王の瞳と目が合います。

魔王、良かった。

……魔王じゃないよ。

あ、そうね。みんな昔から魔王って呼ぶから、つい。

泣いてるの?

うん。

どうして?

お母さんが生きててくれたから。

死なないよ。

うそ、いつか生き物は死んじゃうもの。習ったよ。

そうなんだ。知らなかった。

ねえねえ、起き上がれる?

うん。平気。

少女は魔王の肩を支えます。
魔王が、あれ? と言いました。

ねえ、小さくなった?

少女は首を振りました。

ううん、魔王が大きくなったんだよ。

吐き気と熱出てきたので、いったん病院に行きます

お大事に
口の中にお札忘れるなよ

>>58
お札使いませんでした
元気になったので再開します

魔王は自分の手足を不思議そうに見ています。
よく見たら、白い寝巻もぱつぱつでした。

私の服、貸そうか。

うん!

魔王と違って、少女は体がすくすく成長していました。
すぐに服が着れなくなるので、少女は人里に自分で服を買いに行かなければなりませんでした。
少女の服を魔王に着せると、ぴったり。
立ち上がると、目線の高さが同じになって、少女は照れ臭いような気がしました。

お母さんていうより、妹だよね。私たち本当に親子なのかなって思う。

少女は笑いながら言いました。
魔王は笑わずに、そうだよ、と小さく答えました。

お母さんみたいな力もないし、髪は赤くない。私、いつかお母さんみたいになれるのかな。

たぶん、なれるよ。

たぶんか……。

魔王はあまり娘の将来に関心がないのか素っ気ないなと少女は思いました。
寺子屋にいる子どもたちは、親と旅行に出かけた、玩具を買ってもらった、夜は勉強を見てもらっているなど、とても仲の良い印象でした。
少女も魔王と仲が悪いとは思っていませんでしたが、最近は距離を感じていました。

あれ? 何か、歯についてる。

と、魔王が口の中から何かを吐き出しました。白い紙の端切れ。あのお札でした。
少女は眼鏡の少女のことを思い出しました。

眼鏡の少女は死んでしまったのです。
寺子屋で一番よく話していた子でもあったので、少女は自分でも驚いたことに寂しいと感じました。
魔王は特に何も気にしてはいません。普通はそれで正しいのです。
魔物が食事をしただけだからです。でも、眼鏡の少女は、自分を守ろうとして魔王に飛び掛かったように見えました。
眼鏡の少女の両親も、もしかしたら、そうやって食べられてしまったのかと思うと、少女は悲しくなりました。

ねえ、もう寺子屋に行きたくない。

少女は暗い顔で言いました。

なんで? 行ったらいいのに! 買い物するとき助かるでしょ?

魔王は無邪気に言いました。

だって、と、ともだちが……。

ともだち?

魔王は首を傾げました。

お母さんが食べた子、だよ。

魔王が目を瞬かせます。

ともだち、だったの?

どうでもいいって、思ってたけど、いざいなくなったら悲しくて。

ふーん。

魔王は素っ気なく言いました。

お母さんは、ともだちがいなくなったら悲しくない?

ともだち、いないから分からない。

じゃ、じゃあ、もし私が死んだら?

少女は、質問して後悔しました。その答えがどんなものかは自分が一番知っているのに。
魔王は困ったように笑いました。そして、分からない、と答えたのでした。

少女は分かっていた答えでも、許せませんでした。
魔王の頬を思いっきり引っ叩きました。

バカ! バカ! マヌケ!

魔王は何か言い返そうとしていましたが、少女はそこから逃げ出しました。
後ろで自分を呼ぶ魔王を無視して、山奥の方に向かいました。

しばらく走っていると、狼が池で水浴びをしているのを見かけました。体を思いっきり揺さぶって水を弾じく所でした。
狼に話を聞いてもらおうかと思いましたが、話しても理解してもらえないような気がしました。

誰かいるのか?

狼が耳を立てて言いました。少女は姿が見えない様に低い姿勢を保って、慌ててそこから離れました。
この山には魔物がいて、その全てが魔王の支配下にありました。
魔王にも分からない、この複雑な感情を、魔物に分かるはずがないのです。
じゃあ、どうして自分には感じられるのか、少女には分かりません。
寺子屋で勉強しているからかもしれません。人間たちの営みを知るために、寺子屋に行くよう言われていたので。

少女は思います。どうして、こんなに疑問を持つことになったのか。
ついつい、考えてしまうのはなぜなのか。
感情に揺さぶられてしまうのはなぜなのか。
少女は苦しくなって、ため息を吐きました。

少女は廃屋に着きました。割れた窓ガラスに自分の姿が映り込みます。
すぐに目を逸らしました。
一人になりたくて、廃屋の中に入って、ごろりと寝転がりました。

目をつむると、小さい頃の思い出が蘇りました。
狼の背に乗って、山をいくつも駆け抜けました。
大きな鳥の魔物の背に乗って、高い空から人や街を見下ろしました。
大きな魚の魔物の背に乗って、何も無い海でひたすら浮かんでいた時もありました。
時には人に襲われそうになり、時には逃げる時もありました。
幼い頃は、いつも魔王がそばにいてくれました。

今は――。
魔王はあまり一緒にいてくれません。
僧侶と戦うので忙しいからです。
少女だってそんなことは分かっていました。
それでも、いつも自分の元へ帰ってきて、抱きしめて欲しいのです。
自分だけを見ていて欲しいのに、そんな我がままさえ分かってくれないのが魔王なのです。
もっと、魔王みたいに強くなれれば、自分だって魔王のそばにいられるのに、と思います。
こんな風に、余計なことでくよくよと悩まなくていいのに、そう思います。

魔王が笑えば、少女も嬉しくなりました。
魔王が手を繋いでくれれば、少女は温かい気持ちになりました。
魔王が抱きしめてくれるだけで、少女はその日の嫌なことが全部吹き飛んでいきました。

自分はこんなに魔王が必要なのに、どうして魔王は分かってくれないのか。
少女は苦しくて、悲しくて、小屋の中で泣きました。


泣いているのはだーれだ?

床がみしりと鳴りました。

少女がはっとして、顔を上げます。
廃屋の入り口に、見たこともない魔物がいました。
人に似ていますが、毛がふさふさとしていて、細い尻尾があります。

魔王の娘が、泣いているぞ。

だ、だれ。

魔物は尻尾を器用に動かし、ぺたんぺたんと近寄ります。

どうして、どうして、泣いている?

歌うように、魔物は言いました。

あ、なたには関係ない。

少女は突っぱねます。

出て行って。一人になりたいの。

魔物はにんまり笑います。

さみしくて、さみしくて、泣いている?

まるで、こちらの考えていることを知っているような口ぶりです。


ともだちが死んで、さみしいぞ。魔王がかまってくれなくて、さみしいぞ。

少女は図星を突かれて、かっとなりました。

だから、なに!? 放っておいて!

少女が怒ると、魔物は飛び跳ねました。

怒ったって怖くないぞ。お前は怖くないぞ。

魔物が少女の腕を掴みます。

お前は、人間だから怖くないぞ。魔王の娘なんて、嘘っぱち。お前はただの人間だ。

おかしなこと言わないで! 私は、魔王の娘なんだから!

魔物が、少女の腕をぎりぎりと握りしめました。

いたいッ、やめてよ!

ほーら、こんなことをしてもどうにもできない。弱い弱い。人間は弱いぞ。

だから、私は!

少女は魔物の手を振りほどけません。

おかしいと思わなかったのか。お前は人を食べれない。お前は服が必要だ。お前は早く走れない。お前はくよくよ考える。

少女は魔物の腕に噛みつきます。

あいたッ!

魔物が手を離しました。さすりながら、大きな口を開けました。

お前は、魔物に食われるぞ。これから、魔物に食われるぞ。

や、やだッ。

窓ガラスから少女は逃げ出そうとしました。
しかし、ガラスには無数の毛むくじゃらの手がびっしりと張り付いていました。
ガラスは耐えきれずに、粉々になりました。そこから、魔物が我先にと群がってきました。

い、いやあ!

入口からもたくさんの魔物が入ってきます。一匹が飛び掛かりました。
少女はそれをかろうじて避けます。避けた先には、別の魔物がいました。
みしりみしりと小屋が揺れます。たくさんの魔物が少女を取り囲みました。
最初に入ってきた一匹が、少女の腕にガブリと噛みつきました。

やああああ!

痛くて痛くて、悲鳴を上げました。
魔物は味見程度だったのか、浅く肉を噛み千切ります。

美味いぞ! 人間の肉は上手いぞ!

高らかに言います。

頭! 頭えを寄越せ! 頭が一番美味しい!

少女は叫び続けます。魔王の名を呼びましたが、魔王は来てはくれません。
自分から飛び出したのですから、それも仕方がなかったのです。
自分は人間だった、そんな最悪の事実を知ってから死ぬなんて、少女は嘆きました。
なにより、魔王の娘ではないと言われたことに、本心から違うと言えなかったことが辛く悔しいです。

悔しくて、辛くて、悲しくて。
少女は涙が止まりません。自分の肉を取り合って、魔物が大騒ぎしています。
こんなみじめな終わりがあるでしょうか。
騙されたまま、終わるなんて許せるでしょうか。




  _
(;゚∀゚)「───、ですが」

(=゚ω゚)ノ「ジョルジュ=オッペル陸軍少尉、お前はいつから国際政治の評論家になった?」

イヨウ中佐は突然顔を上げ、尋ねる。

独特の語尾もなく、少しドスの利いた、はっきりとした口調での「詰問」。さっき首相を説得していたときよりも更に険しい目つきで、加えて言えば頬も僅かに紅潮させて中佐はジョルジュを睨み付けていた。

俺はこの数時間で初めて、明確に「怒り」を露わにした中佐を目にした。

(=#゚ω゚)ノ「少尉、貴様の政治思想なんてどうだっていい。貴様がどこまでわめき散らしても、祖国に訪れる危機もロシア政府の決定も覆らない。

変わらない現実を嘆くのではなく、祖国と国民を守るために全ての力を注げ!それが貴様に、今課せられた仕事だ!!」
  _
( ゚∀゚)「…………」

一瞬の沈黙の後、ジョルジュはさっと背筋を伸ばして中佐に向かって敬礼した。
  _
( ゚∀゚)「Jawohl!!」

ジョルジュに限らず、中佐の檄に誰もが目の色を変えて地図に向き合い、各自が必死に頭を回転させる。

(;'A`)「………!」

本当はこの会議をしている時間さえ惜しいが、状況を見極めず闇雲に動いても事態は間違いなく悪化に繋がるだろう。逸る気持ちを抑えて、俺もまた身を乗り出してどこかに活路はないかと隅から隅まで地図を凝視する。

決定されたのは、あくまでも“36時間後の”核兵器の投射だ。サイ大尉が言うとおり繰り上げの可能性も否めない以上安心するわけにもいかないが、逆に言えば流石にロシアも国際的な批判を“完全無視”と決め込めるほど戦力に余裕はない。

特に、アメリカと日本がロシアの核兵器使用に沈黙しているとは思えない。

アイオワが実装されるまでは艦娘抜きで深海棲艦の攻撃をほぼ完全に退けてきた超大国と、二万隻越えとも言われる艦娘戦力を保有する【東洋の盾】との関係が決裂すれば、現段階では駆逐艦ヴェールヌイしか所持していないロシアは国防計画に致命的な傷を負うことになる。

加えて言えば肝心のヴェールヌイさえ、日本の駆逐艦響が改造されたものを一部転用して貰っている身の上だ。日本との関係が断絶すれば、今後ロシアは艦娘の補充も整備も遙かに劣る自国の技術で行わなければならない。

つまり、ロシアは核兵器を“即座に”使うことはあり得ない。アメリカへの非公式通知が大尉達が突入する前に布告されたものとなれば、まだ2時間も経過していない。国際社会に“我慢”としてアピールするには、流石に間がなさ過ぎる。

魔王のような力があれば。
いいえ、魔王よりももっと力があれば。
自分を騙し続けた世界を壊せるくらいの――。

少女はお札を手に取ります。こんなもの絶対に使わない。そう決めた瞬間です。
魔物の一匹がついに抜け駆けして、少女の頭にかぶりつきました。
少女の目の前が真っ暗になります。
首元に歯がかかりました。

終わりたくない。絶対に、こんな所で終わりたくない!

首が引きちぎられる瞬間、少女の右手に光が宿りました。
右手から全身に輝きがうつっていきます。
少女の頭に食らいついていた魔物が悲鳴を上げました。

熱い! 熱い! 燃えるようだ! こいつ火を使ったぞ!

けれど、少女の体に火なんてどこにもありません。
魔物たちが動揺し始めました。
少女は手近にいた一匹を右手で掴みました。
魔物が熱い熱いと訴え、そして、輝く光に包まれて砂のように消えていきました。

少女の右手に、紋章がくっきりと浮かび上がります。
それを見た魔物の一匹が、恐れと共に言い放ちます。

勇者だ! こいつ、勇者だ!

ゆ、う、しゃ?

少女は繰り返します。

倒せ! 憎い勇者だ! 倒せ!

魔物たちは、けれど、恐怖していました。
誰も飛び掛かろうとしませんし、少女から離れていきます。
少女は笑いました。

私が、勇者? あははははは――――!


>>67誤爆です。しかも謝罪先のスレまで間違えていました。
>>1様、本当に申し訳ありません

先ほどまで威勢の良かった魔物たちが慄いています。
なんと気味の良いことでしょう。
少女は自分の右手の甲を見やります。
夢の中で、老人が言っていたのを思い出します。
あれは、本当のことだったんだ、と少女は頷きました。

目の前から消えて。そうじゃないと、さっきのやつみたいに消してやる。

少女が一言言うと、魔物たちはあっという間に廃屋から逃げていきました。
少女はとても可笑しくなりました。自分がこんなに強いなんて信じられません。
これなら、魔王にだって勝てます。魔王に真実を吐かすことができます。

少女は小屋から飛び出しました。体はとても軽くなっていました。
風のように木々の合間を駆けることができました。
植物の魔物が、少女を見て、正確には少女の右手を見て悲鳴を上げました。
仲の良かったバラの魔物たちさえ、少女を見て一目散に逃げだしていきます。

勇者だった。私は勇者だったんだ。
みんなから嫌われる勇者だったんだ。

少女はそれでもみんなが好きでした。
嫌われても好きだったのは変わりません。
ちくちくと痛む胸を抑えて、少女は魔王を探しました。

>>69
いえいえ

池にたどり着くと、狼と魔王がいました。
並んで池のほとりに座っています。
少女が近づくと、二人は同時にこちらを振り向きました。

そして、少女の光を見て、狼が言いました。

勇者の光だ。魔王、勇者の光です。

そうだよ! 私は、勇者だったの! 

魔王は変わらない様子で、えー!? と驚いています。

勇者だったの?!

魔王の反応に、少女は拍子抜けです。

知らなかったの?

知らないよ!

子どものような魔王に、少女は余計に腹が立ちました。

お母さんでしょ! どうして、そんなことも知らないの!

魔王がたじろぎます。

本当のお母さんじゃないからでしょ!? 私のお母さんとお父さんはどこにいるの?!

魔王と狼は、顔を見合わせます。

お、お母さんは私だよ!

魔王が言いました。

なんで嘘つくの?! さっき、魔物に聞いたんだから! 私は人間だった、人間で勇者だった! そんな私が、お母さんの娘なわけないじゃない!

口下手な魔王に替わり、狼が静かに言いました。

知っても、あなたが辛いだけですよ。それでもかまわないのですか?

ええ!

魔王は慌てて狼の口を塞ぎます。

だ、だめだよ。

おかしな魔王ですね。あなたがしたことではないですか。もはや隠すことでもないでしょう。それとも、保存食に愛着が湧きましたか。

狼がすらすらと述べました。
保存食とは自分の事を言っているのだと、少女はすぐに分かりました。

お母さん、私を食べる気だったの?

う、うん。

魔王はとても純粋に言いました。
少女は、もはや何も信じられませんでした。

ねえ、小さな頃にずっと一緒にいたいって言ったの覚えてる?

魔王に問いかけます。珍しく、魔王は頷きました。

お母さん、うん、って言ってはくれなかったね。

少女は目を閉じました。
熱いまぶたを腕で擦ります。全身に光が宿ります。
右手が訴えるように疼きました。魔王を倒せと。

魔王! 

拳を握って、魔王に向かっていきました。

や、やめて、やめてよ。魔王じゃない、お母さんだよ!

親子ごっこはもうたくさん! 私はお母さんなんていらない! どうせ、私の両親もあなたが食べたんでしょう!

魔王は否定しません。そういう時は決まっています。その通りなのです。

ほらね! あなたを殺して、私も死んでやる!

だめだよ! 死んじゃったら、もう会えないよ!

魔王が言いました。どの口がそんなことを言うのでしょうか。

あなたが、それを言うの!?

光をまとった拳が魔王の髪をかすります。深紅の髪の先が粉になって消えました。
この力は、魔王にも絶大な威力を誇るようです。
なのに、魔王はこちらに攻撃してきません。狼が魔王に言いました。

魔王、こちらからも反撃しないと、あなたが消えてしまいます。

でも。

魔王、何を迷っているのです。食べ頃になったのだから、食べればいいではないですか。

うん……。

少女は腹が立ちました。
まだ、自分を食べるかどうかの話をしているのです。
こちらの気持ちなんてお構いなしで。






狼は歯をむき出しました。

勇者は脅威です。私が食べるとしましょう。

狼が牙を剥きだしました。昔、一緒に遊んだ狼が、少女を食べようとしていました。
少女は狼のことも好きでした。お節介の狼。困ったら一番頼りになるのも狼。人里に行く時は、いつも背中に乗せてくれるのも狼。
それは、魔王の命令だっただけです。少女は悟り、余計に辛くなりました。
魔物には人間に優しくする義務はないのです。

狼は大きく口を開けました。
少女は、両手をかざしました。
狼は少女の周りをゆっくりと歩きます。
低い姿勢を取ったり、立ち上がったりして威嚇します。
勇者の力に真っ向からは対抗できないと感じているようでした。

少女はしだいに息が切れてきました。
光が弱まっていきます。

え、なんで。

狼はそれを見逃しません。
跳躍して、ひとっ跳びで少女の頭上から襲い掛かりました。

いただきます。

狼が冷徹に言いました。

きゃあああ?!

少女は、狼の真っ赤な舌に震えあがりました。

だめ!

魔王が二人の間に立ちはだかります。
狼の牙を掴んで、身体ごと放り投げました。
態勢を整えることもできず、狼は池に落ちていきました。

魚の魔物たちが、狼に噛みついていきます。
体の重たい狼は池から出ることができません。

魔王、あなたはどこかおかしくなってしまったのですね。

狼はそう言って、池に沈んでいきました。

魔王は、少女の方に振り返ります。
何を考えているのか、少女には分かりません。
魔王が息を吸いました。

食べちゃうぞ!

ひいッ。

少女は全身のエネルギーが空っぽになりつつあるのを感じました。
右手の甲のわずかな光を頼りに、魔王に拳を打ち付けました。
魔王の着ていた服がかすかに光を放ちました。
でも、消えてはくれません。

やだッ、来ないで! 食べないでよ!

少女は手足をじたばたとさせます。
それで、攻撃しているつもりだったのです。
魔王は微笑みました。
少女はとっさに、ポケットにあったお札を取り出しました。
それを口の中に、含みます。
食べれば、爆発するだけですが、魔王に一矢報いることはできます。

それ、あぶないやつだ。

魔王が言いました。
少女の両腕を掴んで、魔王は口を小さく開きました。
少女の唇に自分の唇を近づけます。

あッ。

ちゅる。

そして、中の札を自分の舌で絡めとってしまいました。
魔王の顔が、また膨れ上がります。すると、魔王は空に飛び上がりました。
高く高く飛び上がり、少女からかなり距離があいた頃、大爆発しました。
首の無くなった魔王は真っ逆さまに地面に落ちていきます。


魔王は盛大な水しぶきを上げて、池に落ちました。
少女の頭上から雨のように、しぶきが降り注ぎます。
少女は、呆然と見ているしかありませんでした。
魚たちが飛び跳ねます。
池はしだいに真っ赤に染まっていきました。

どうせ、また生き返る。少女は思いました。
だから、自分が心配する必要はない。自分は悪くない。
悪いのは何も教えてくれなかった魔王なのだから。
あんな無茶をしたのも、どうせ、自分を食べるつもりだからで――。

けれど、魔王はしばらく経っても出てくる気配がありません。
魚たちはまだ飛び跳ねています。
少女の体は思うように動きません。這いずって近づき、池の水面を覗き込みます。

まさか、魔王があんなことで死ぬわけない。
少女は自分の右手が震えているのを感じました。
左手で抑え込みます。

魔王、嘘でしょ?

少女は水面に問いかけます。

そんなの、許さないんだから。まだ、言い足りないのに! まだまだ、文句が山ほどあるのに!
魔王……!

呼んでも呼んでも、返事はありません。
少女の頬に雫がしたたり落ち、それが水面に吸い込まれていきました。
すーっと、何かが浮かび上がります。


赤い髪の赤ん坊が生まれた瞬間の光景でした。
人間たちが魔物の子と言っています。赤ん坊に酷い言葉をぶつけていました。
赤ん坊を生んだ両親が赤ん坊を殺そうとしましたが、何かに阻まれて殺せません。
両親や、他の人間が恐れれば恐れる程に、赤ん坊の髪は赤く染まっていきました。
赤ん坊は両親によって山奥に捨てられました。

夜になり、魔物が近寄ってきて、赤ん坊の頭をぱくりと食べてしまいました。
けれど、すぐに身体は元に戻りました。少し大きくなって少女の姿になっていました。お腹が空いたようで、食べ物を探し始めます。
池にたどり着くと、鼻をくんくんと鳴らしました。人間が二人いました。少女はすぐに頭からぱくりと食べました。
それから、皮袋を見つけます。何か入っているようです。
人間の赤ん坊でした。右手の甲が光輝いていました。

すぐに、父親らしき人がやってきますが、赤い髪の少女に食べられてしまいます。
また、母親らしき人がやってきて、赤い髪の少女に食べられてしまいます。

赤い髪の少女は、皮袋から取り出した赤ん坊に笑いかけます。
とても無邪気に笑いかけます。
少女は眠たくなったのか、その場に赤ん坊と一緒に寝てしまいました。

水面に浮かび上がった光景が消えていきます。

今のは……魔王と、私?

少女は首を振ります。
今のだけでは何があったのかよく分かりません。
ただ、自分の両親を食べたのは魔王でした。

水面から声が聞こえます。

――憎いか?

ええ。

――魔王が憎いか?

ええ。

――魔王が憎いなら、魔物を殺すがいい。お前は、勇者なのだから。


でも、魔王を魔王にしてしまったのは人間じゃない……。

――それは違う。魔王は生まれた時から魔王だったのだ。お前が、生まれた時から、その右手に光を宿していたように。焼き印が証明している。

これがなんだって言うの。大好きな人一人守れないのに、何が勇者なの。

――勇者よ、お前は魔王を倒したのだ。人の世を脅かす魔王を倒したのだ。

そうよ、私は魔王を倒した。 小さい頃から一緒にいた魔王を。

――そうだ。

でも、私が大好きな魔王なの!

――愚かな。何を言っている。

私のそばで、ずっと笑っていてほしいだけなの!!!! 本当は、魔王とずっと一緒に……!


――本当!?


水面がごぼごぼと湧き上がります。
魔王の声でした。


――愚か者よ。勇者と魔王は相容れぬぞ。


声が消えていきます。少女は見つめます。魔王が狼を脇に抱えて、飛び出しました。
少しだけ大きくなった魔王が、ずぶ濡れになって笑っていました。

魔王が私を食べるつもりでも、私は魔王が大好きなの! 私にたくさんの幸せをくれたのは、魔王だから! 

少女は大きな声で言いました。

魔王は、恥ずかしそうに俯きました。
少女はそんな魔王を初めて見ました。
と、ぐったりとした狼が口を開きました。

魔王よ、それが心なのです。魔物にはない、愛と言う名の心なのです。あなたは、愛を宿した魔王になられたのです。

これが、愛。

魔王が呟きました。
ふわりと狼を草の生い茂る場所に寝かせます。
少女が駆け寄って魔王に抱きつきました。

酷い事して、ごめんなさいッ。

いいよ。

魔王は少女の頭を撫でてやりました。

不思議だね、愛ってこんなにお腹いっぱいになるんだ。

魔王は少女の体を抱きしめました。

分からなかった。愛して欲しいことも、愛することも。きみがこんなに臆病なことも。私のことが大好きだってちゃんと知っていたら、もっともっとたくさん抱きしめていたのに。ようやく分かったんだよ。私が食べても食べても満たされない理由。

少し大人びた口調の魔王に少女はどきりとしました。

ま、魔王、まだ私を食べる?

ううん、そんなことできないよ。勇者が愛し方を教えてくれたから、魔王は愛を知ったよ。勇者が愛されたがっているから、魔王は愛を与えることができる。二人を満たすことができるのは、傷つけあうことじゃなかった。

魔王が少女の額にキスをしました。

愛してるよ、勇者。

少女――勇者は、自分の体の奥にその言葉がすとんと落ちていくのを感じました。

勇者、泣かないで。

泣いてなんて……。

寂しがり屋の自分が欲しかったのは、魔王のその言葉だけだったのです。
それが欲しくて、欲しくて、辛い時もありました。

ひッく……う……まおー……まお……うわあああああ―――!

勇者は魔王の腕の中で泣きました。

勇者のくせに泣き虫だね。

そっちこそ……ッひ……魔王のくせに。

お母さんでしょ。

同い年だったもん……。

そうだけど。

それ、お母さんて言わないもん。

そうなの?

魔王は首を傾げました。
二人は笑い合いました。
これまでのこと、これからのことを沢山話しました。
そして、魔王は誓いました。

私が勇者を守るよ。

勇者は誓いました。

私が魔王を守るよ。


二人の声が重なったのでした。





おわり

読んでくださってありがとうございました

前作のっけておきます

甘くてとろける百合バス
甘くてとろける百合バス - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1493735570/)

甘くてとろける百合バス 私と――。
甘くてとろける百合バス  私と――。 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1493785018/)

ハッピーエンドでなにより

乙乙良かったです童話みたいな語りが新鮮でした

よかた
おれおまえすき

なんか不思議な世界観ですね
乙でした

なんか意外と受け入れてもらえて嬉しいです。
自分でも自覚しているんですが、文章は読みずらいと思います。
鍵カッコをつけるのがめんどくさくてつけていないんですが、カッコはやっぱり付けた方がいいですか?

このままの方が雰囲気があって自分は好きかな
特に分かりにくいとかいうのはないよ

雰囲気に合わせて付けたり付けなかったりすればいいかと
このSSには合ってたと思う

>>87
>>88

ありがとうございます
今の書き方に合うよう、読みやすいssを書けたらと思います


ちなみに、魔王勇者ssだからみなさん見てくれたんでしょうか。
それともこの1は百合ssを書くかもしれないと思って見てくれたんでしょうか。
良かったら教えてください。

後者だな
百合を書くかも?じゃなく書くだろうと思って読んでたよ

自分は前者かなー

スレタイに釣られた

百合好き、魔王勇者好き、けもフレ好きが釣れたのですね
今後も百合を供給できたらと思います

ありがとうございました

まおゆうだから
ガチ百合なら最後まで読まなかった

>>94
なるほど
純粋にまおゆうで読んでくれた方は感謝です

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