モバP「まゆVS凛」 (93)

 玄関のチャイムが鳴っていた、もう二時間も。
 部屋の隅まで行き渡る機械的な音は、主であるPを精神的に蝕み続ける。
 ソファで丸まり両手で耳を塞いでいても、それは一向に収まる気配がなかった。
 テレビやラジオの音量を上げて打ち消すことも試したが、玄関のドアの向こうにいる女は、それと関係なく続ける。
 音の侵略行為は終わらない。
 Pが反省して、ドアを開けて部屋に招き入れるまで、女はずっと続けるつもりなのだろう。

「Pさぁ~ん、そろそろ開けてくれませんか。まゆは別に怒ってなんかいませんよ」

「そ、そんなの真に受けるやつがいるか!いいから今日は帰ってくれ!」

「それは困りました。Pさんの口から直接本心を聞き出すまで、足が動きそうにないんです」

 くすくすといたずらっぽく笑う女の声がPの耳に届く。それは年相応の女性らしい、とても可愛らしいもの。しかし、今のPにとって彼女の声は自身の精神をすり減らすものでしかない。
 何故こんなことになってしまったのか。
 恐怖に耐え、震える身体を鼓舞しながらPは考える。


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 以前、大学の友人が開いてくれた合コンに参加したことがあったPは、そこで意気投合した同年代の女性と頻繁に連絡を取り合っていた。彼女は職場にいるアイドル達と比べると、ルックスやスタイルは劣っていたものの、気立てが良くて明るい人間だった。その上、馬も合っていたから、互いが惹かれ合うのは自明の理。
 Pも逢瀬を重ねることになんの疑問も持たなかったし、彼女といる間は仕事の束縛から解放された気になれた。
 運命の相手かもしれないと本気で交際を考える程度にまで、想いは膨らんでいたのだ。
 だからこそ、Pは決意した。
 次のデートで彼女に告白しよう、と。
 職場の同僚に相談したり、女の子が好むレストランを探したり、人気のデートスポットを探したりと相応の努力を重ね、想いを成就させるべく行動することに迷いはなかった。
 今になって思えば、それが仇となったのだろう。

 Pは知らなかったのだ。
 自身を異性として強く意識するアイドルの存在を。

「身体は正直だって、よく言いますよね……あれってホントなんですよぉ」

「…………」

「Pさんのことを考えていたら自然とここにいて、二時間近く待ち続けても全然疲れない。誰かを想うだけで、女の子はいくらでも強くなれますから。あっ、もちろんまゆもその一人です」

 ひたすら垂れ流される熱の入った言葉を無視し、Pは打開策を考える。
 このままソファの上でじっとしていても、事態は解決に向かわない。おそらく彼女はPが玄関のドアを開けるまで延々と待ち続けるだろう。となれば、別の場所からの脱出を試みる必要がある。

 Pは財布と携帯、そして車の鍵を手に取ると窓を開けてベランダに出る。一度だけ振り返ると玄関の方を見据え、そこにいるであろう女を幻視した。
 もう一刻の猶予もない。こんな場所にいたら精神に異常をきたしてしまう。
 Pはベランダの下を見て、その高さに慄いた。

 ここはマンションの三階。
 目測でも下にある植え込みまで何メートルあるのかわからない。女はPがどうせ逃げられないと思っているのだ。Pは迷わなかった。
 ベランダの手すりを乗り越え、そこから飛んだ。
 落ちるのは怖かったが、女になにかされるのは怖かったし、嫌だったのだ。
 植え込みに落ちた衝撃で涙が出そうになるのをぐっと堪え、Pは立ち上がった。右膝には枝が刺さっていたが、引き抜くことさえしない。今はただこの場から立ち去ることしか頭になかった。

 痛む身体に鞭打って歩いて行くと、駐車場に着いた。辺りには人の気配がなく、助けを呼べるような雰囲気でもない。なによりP自身が事を荒立てたくなかったので、この状況は好都合。
 見慣れた車に歩み寄ると、そそくさと乗り込み、エンジンをかける。
 アイドル関連の揉め事を解決したいなら、ちひろに頼るしかない。幸いにも彼女は今日も出勤のはず。
 サイドブレーキを外し、車を発進させるとPは仕事場である事務所に向かった。
 自身の担当アイドルである佐久間まゆを残して。


「ようするに嫉妬したまゆちゃんから猛アタックを受けて、絶対絶命なんですね」

「はい。もう自分ではどうしたらいいかわからなくて」

「えー、どこから突っ込んだらいいかちょっと判断に迷いますけど……多分それ、自業自得じゃないかと」

「わかってます。わかってはいるんだけど、なんとかしてほしいんです!」

「なんとかって言われましても……」

「ちひろさぁん!!」

 事務所の蛍光灯がやけに眩しく感じる。
 自分の中にも後ろめたい気持ちがあるからだろうか。取り調べを受ける容疑者は、きっとこのような心情になるのだろうなと、Pは思った。
 仕事用のデスクとセットになっている椅子に座り、腕を組みながらちひろは唸る。

「大方は把握しましたよ。でもよく考えてもみてください、相手はまゆちゃんです。わたしが手助けしたところで、結果は知れてる気がしませんか?」

「確かに……どうあがいても絶望しかないな」

「いや、そこは反論しましょうよ。元も子もないじゃない」

「そうか、これは悪い夢なんだ。ホントは目が覚めたら朝になってて、いつもと変わらない日々が僕を待ってるんだ」

「Pさん、なに現実逃避してるんです!目からハイライト消えてますよ!アレなときのまゆちゃんみたいになってますよ!」

 両肩を強く揺すられ、我に返るP。
 意識が戻った影響により、再び恐怖に苛まれる姿はまるで怯えるチワワのよう。

「ああああ、もうダメだお終いだ。このままなし崩し的に既成事実を作られた挙句、夫婦円満家内安全で末永く幸せに暮らして希望の未来へレディゴーな結末を迎えるんだ」

「むしろ望むところなんじゃないですか、それ」

「どうして?」

「どうしてって……だって希望の未来なんですよね。末永く幸せに暮らせるんですよね。結構なことじゃないですか。最近少ないですよ、そんな夫婦」

 ちひろがきょとんとした顔で言うと、Pは大きな溜息を吐いたあと、淡々と言葉を返した。

「わかってませんね、ちひろさん。幸せになることが生きる目的ではないんですよ」

「あの、申し訳ないですけど一発ぶん殴っていいですか。真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすんで。右ストレートでぶっ飛ばすんで」

「幽白か、懐かしいなあ。ちなみに僕は戸愚呂弟が好きです」

「またそうやって話を逸らす……わたしは飛影で」

「カッコいいですよね、飛影。でもちひろさんは幽白の話題、外では控えた方がいいよ」

 首を小さく傾け、疑問を身体で表現するちひろ。

「なにか不都合でも?」

「年代がバレる」

「カッチーン」

「ん?今なにやら妙な擬音語が聞こえたような……」

「ああ、それ死の宣告です」

「今の死の宣告!?僕の命は残り10ターンしかないのか!ていうかそれ、どうやったら減るんだよ!」

「はい、残りきゅーう」

「あんたの気分次第かよ!」

「ちなみにこの数字、金銭かわたしへの奉仕で水増しできます」

「えげつねえ……命も金で買えるのか」

 笑顔には威嚇の効果もあるという。
 満面の笑みを向けてくるちひろが、今のPには鬼に見えた。

「ふふ、Pさんって結構いじりがいがありますから、ちょっぴり調子に乗っちゃいました」

「やめてくださいよ、心臓に悪い。ただでさえまゆに追いかけられて困ってるのに、ちひろさんまで敵に回したくありません」

「まあ、それはPさん次第ということで」

「僕次第、か」

「そういうことです。ともかく、こうしている間にもまゆちゃんはPの足取りを追っているでしょうから、なんらかの対策を練る必要がありますね」

「ええ。しかし、まゆをどうにかいなす方策なんてありますかね」

 ちひろと向かい合うようにして椅子に座っていたPは、必死に頭を働かせる。けれど良い案は一向に浮かんで来ない。
 現在、時刻は午後七時過ぎ。
 アイドル達は事務所から出払っており、現場での仕事が終われば直帰することになっているので、新たに人が来る可能性は低い。
 唯一の救いといえば、それぐらいだった。
 現状は最悪に近い。この場所もすぐに特定されるだろう。

 Pの表情にも焦りの色が浮かぶ。普段なら絶対することもない貧乏揺すりをしていることに気がついて、Pは天を仰いだ。
 視界に入ってくるのは、蛍光灯の白い光だけ。光を直視しているせいか、天井ははっきりと見えない。目が眩むほどの白を網膜に焼き付けて、Pはまるで今の自分のようだと思った。
 何もない。何も思い浮かばない。
 二人とも黙り込んでいるせいか、空調の音さえ鮮明に聞こえる。
 八方塞がりの現状にPが痺れを切らそうとしたとき、ちひろが勢いよく立ち上がった。

「よし、ではこうしましょう」

「なにか明暗でも?」

 不安そうに問いかけるPに、力強く頷き答えるちひろ。
 爛々とした瞳のまま、彼女はこう口にした。


「アイドルにはアイドルをぶつけるんですよ」

あっ(察し)

今日はここまで
ゆっくりやっていきます
誤字「明暗」→「名案」

おつー

某ホラー(?)映画のキャッチコピーみたいやなー(棒)

期待が持てる展開
相変わらずまゆの愛は重いなぁ!?(白目)

シリアスかとおもったら最後にぶっ飛んだ

絶対絶命→絶体絶命

モバP「まゆに凛をぶつけて一体どうなるんだ?」

ちひろ「勝った方がPさんの敵になるだけです」

あれ、元ネタの映画って確か…

アイドルをぶつける(物理)

おう無理せずかつあくしろよ


古来より、力が伯仲している二人の英傑を『竜虎』と例えた。
天を舞い、嵐が如く暴れ回る竜。それに対抗することができるのは、地を駆け、雷が如く猛り狂う虎のみ。
強大な力を持つ両者が正面から全力で激突するとなれば、どちらも無事では済まない。
俗に言う竜虎相見えるを実現させることで、自分達にとっての脅威を弱体化させることこそがちひろの狙いであり、今回の作戦の趣旨だった。

まず最初にちひろが行ったのは、凛へのメール。
まゆがPに猛アタックしていて、今夜にでも決着をつけるかもしれないという内容のメールを送信することで彼女を刺激。Pに特別な感情を抱いている凛がこのメールを見過ごせるはずがないので、間違いなくなんらかの行動に移るだろう。
そこでまゆの居場所も同時に伝えることによって、二人が意図的に対面する状況を作り上げる。
もちろん、まゆにも電話を入れておく。内容はこうだ。

『今、事務所にPが来てる。大事な話があるからすぐ事務所に来て』

緊急の用事だと言えば、まゆにも心当たりがあるはずなので無視はできない。必ず事務所に足を運ぶことになる、という算段だ。
ちひろの作戦にPも同意したことで、計画は実行に移された。
全ては順調に進んでいた。

しかし、何事にも例外というものは存在する。

二人は侮っていた。

佐久間まゆというアイドルを。

「そんな、早過ぎる。どんなに急いでもあと十五分はかかると思っていたのに」

「まさか……まゆのやつ、もうここに!?」

「守衛から緊急連絡!今受付を越えてエレベーターに乗ったそうです!」

「クソっ!!万事休すか!!」

「もう間に合わない!Pさん、こっちに!」

照明を切ったちひろは、その場で立ち尽くすばかりだったPの手を掴むと、掃除用具入れに向かい走った。明かりがない部屋は視界が悪く、本来なら足元さえおぼつかない。だが、ちひろは事務所内を完全に把握していたので、苦も無く進むことができた。
掃除用具入れの前に着くと、扉を開いてPを押し込む。その後、正面から抱き合うような形でちひろも中に入っていく。大人二人が入るには狭すぎるスペース。それでも強引に入り込み、扉を閉める。

「ち、ちひ────」

「しっ……静かに」

Pが口を閉じたと同時に、事務所入口の方から声が聞こえた。

「あれー、おかしいですね。大事な話があると聞いていたんですけど」

とぼけるような仕草が容易に想像できる存在感と共に、佐久間まゆが部屋に入って来た。

「もしかして、まゆ……嘘つかれちゃったんですかぁ」

まゆが照明のスイッチを押したことで、部屋に再び明かりが灯る。
スチール製の扉の隙間から光が差し込んできたのを、Pはちひろと抱き合った状態のまま目にしていた。

「電気は消えていて、部屋には誰もいない。みーんな帰ったあと……でも、おかしいですよねぇ」

まゆのヒールがリノリウムの床を規則的なリズムで叩く。
かつかつ、かつかつ、かつかつ、と。
獲物を舐るような足取りでゆっくりと事務所内を歩いて行くと、彼女はちひろのデスク前で立ち止まった。

「みんな帰ったあとなら、ちひろさんのバッグがここにあっちゃ不自然ですよぉ。それにほら……椅子もまだほんのり暖かい」

まるで当てつけのようなわざとらしい声色で指摘するまゆに、Pはただただ恐怖した。どうしてお前は独り言をやめないんだ。何故芝居がかった口調を崩そうとしない。
そんな不安に心臓を鷲掴みにされ、気が狂いそうになる。

「暖かい椅子がひとーつ、ふたーつ……あらぁ、ひとつ多い。ちひろさん以外にも誰かいたんですねぇ」

緊張のせいか冷や汗が止まらない。
ちひろと身体を密着させ、吐息を肌で感じ取れる位置にいるというのに、今は全神経がまゆの言動に向けられている。
彼女の一言一句が、Pの身体と心を削っていた。


「ねっ、いるんでしょう──Pさん」


Pは思わず叫び出しそうになった。
そうならかったのは、ちひろがあらかじめPの口を手で塞いでいたから。彼女の機転がなければ、今の発言で全てが終わっていただろう。

「うふふ、どうしてわかったと思います?それはまゆとPさんが運命の赤い糸で結ばれているから。どこにいても、なにをしていても、運命がまゆを導いてくれる……だから探す必要なんてありません。ほら、言ったじゃないですか。身体が勝手に動くって──」

再び歩き出したまゆは、ゆっくりと掃除道具入れに近づいて行く。
そのことは中にいる二人も気が付いている。しかし、できることがない。ただ祈ることしかできない。

「もうかくれんぼは終わりにしませんかぁ、Pさん」

まゆが一歩進む度に、ちひろの身体は強張る。
それは恐怖からではなく、Pを逃がすことに失敗するかもしれないという後悔の念からだった。
できることなら、Pには自由な恋愛をしてほしい。
誰かに束縛されることなく、相思相愛になれる相手と結ばれることを心から願っていたちひろにとって、まゆの想いは一方的過ぎた。
大事な同僚を窮地から救うための方法は、もう一つしかない。
わたしが彼の盾になろう。
そう決意したちひろがPの口から手を離し、スチール製の扉を開けようとしたとき、事務所に風雲急を告げる新たな人物が訪れた。


「ふーん、誰もいない部屋で独り言?あんまり良い趣味とは言えないかな」


両腕を組んで壁に背を預け、もたれかかった状態のまま渋谷凛は言った。まゆに訝しげな視線を送る彼女の眉間には、若干皺が寄っている。
しかし、凛が口を開いてもまゆは振り返らなかった。
気配だけで全てを察していたからだ。

「……忘れ物でもしたんですか、凛ちゃん」

「忘れ物というより、探し物」

「へえ……こんな時間にわざわざ事務所に戻ってまで探し物をしなくちゃいけないなんて、余程大事なモノなんでしょうね。よければ一緒に探しましょうかぁ?」

「いいよ、一人で大丈夫。それよりさ、Pにしつこく付き纏う陰湿なストーカー女がいるらしいんだけど、まゆはなにか知らない?」

「それは初耳ですねぇ。嫌がる人に無理矢理迫るなんて、とてもじゃないけど真似できません」

「だよね。ホント、信じられないよ」

「でも、こういう話なら聞いたことがありますよぉ」

「………………」

「いくら躾をしても全く芸を覚えないのに、やたらとPさんに餌をねだる駄犬がいるそうなんです。せっかく拾ってもらったのに、恩を仇で返すだなんて酷いと思いませんかぁ?」

「躾は飼い主の責任だよ。ペットにはなんの責任もないと思う」

「ええ、ペットにはなんの責任もありません。けど、おいたをする子にはお仕置きが必要じゃないかなぁって」

「……なにが言いたいの?」

「そのままの意味ですよぉ」

まゆはゆっくりと振り返り、眼前の好敵手と対峙した。
そのまま柔和な笑顔を向けるも、凛の表情は険しいまま。周囲を凍てつかせるような冷たい視線を受けても、まゆは笑顔を崩さない。
二人の身体から常人では近づけないほどの闘気が溢れ出すことで、室内の物品が揺れ始めた。書類は紙吹雪の如く舞い、文房具は床に散乱。湯呑みは砕け、インテリアは原型を失っていく。超常的な力は、事務所をいとも簡単に侵し尽くす。

秩序はここに崩れ落ちた。

皆、刮目して見よ。


今宵、紅と蒼の少女が世界を乱す。

ここまで
ゆっくりやります。


楽しみに待ってる

わくわくさん

デレマスって怪獣映画だったっけ……?

某ゲームでは龍と虎は仲間で合体したし某映画でも結局合体した…あっ(察し)

まゆは朱だからつまり朱雀だとしたら凛は蒼だから青(蒼)龍か
うんスパロボだと敵同士だから大丈夫だな

シンメトリカル・ドッキング…

信じて送り出した凛が…
某ゲームだと龍虎と朱雀合体してたような

凛と美優さんとまゆと緑の奴が四神合体

>>34
たぶん龍は龍でも凛は真の方なんだよ(震え声)

>>36
つまり凛とまゆは四霊だった
応龍皇はまだ本気出してないよな…OG完結するか不安視されてるけど

>>37
そもそも新作OG出たとしてどのゲームで出るかなんだよな…

更新きてると思ったのにお前らのくそみたいなレスかようんこ漏れるぐらいイラつくわ

世界の為にもPには頑張ってもらわないと

>>39
その眉間に刺さったうんこの形した特大ブーメラン抜けよ臭いから

>>39
そんなしょっちゅう漏らしてるのか

>>39
いつも臭い臭いがすると思ったらお前かよ
汚いからもうこないでくれるかな?

人は誰しもうんこ

4
「そろそろ白黒つけようと思ってたんだ」

「はい、まゆも同じこと考えてました」

「事務所は壊したくないからついて来なよ。いまさら逃げたりしないでしょ」

「逃げるだなんてとんでもない。こんなチャンス滅多にありませんから」

まゆと凛が二人して事務所から出て行ったことで、ちひろとPはようやく掃除用具入れから解放された。
暗い所から明るい所に出たせいで、目が眩む。明順応しようとする目をしばしばさせながら、Pは事務所内を見渡した。そして、変わり果てた室内を眺めて唖然とする。床には多くの物品が散らばっていて、足の踏み場がない。机の上も無茶苦茶で、Pが長年愛用していた湯呑みも木端微塵に粉砕されていた。
無残な姿となった湯呑の破片を拾い上げていると、悲しみより先に恐れが生まれる。
あの二人はたった一分ほどで、整理整頓されていた事務所内を荒らし回った。どんな方法を使ったかは定かではないが、およそ人間技ではない。
一般人の理解を越えた、超常的な力を行使したのは間違いなかった。

「ウォーミングアップとはいえ、二人とも派手にやってくれましたね。これは片付けにも骨が折れそうです」

悩ましそうに額を押さえるものの、どこか余裕のありそうな素振りを見せるちひろ。

「……すいません、ちひろさん。聞き間違えだったのなら、それはそれで構わないんですけど、今ウォーミングアップって言いました?」

「はい、確かに”ウォーミングアップ”と言いました」

「今のが?」

「ええ、そうですよ。おそらくお互いの気をぶつけあったことで、室内の力場が乱れ、軽い乱気流が起きたんです。二人からすればただの名刺交換……挨拶代わりみたいなものでしょう」

「なんだよ、その学園異能バトルものにありそうな解説……色々とでたらめすぎじゃないか」

「ん?アイドルだったらこれぐらい普通ですけど」

「むやみやたらにアイドルの標準ラインを上げるな。大体、こんなXメンみたいなことできる時点で普通じゃないだろ」

ちひろの様子を窺うも、はにかんで笑うばかりで冗談を言っているようには見えない。
自分の置かれた状況がどのようなものなのか再確認させられた気がして、Pは溜息をついた。

「Pさん、顔が暗いです。ほら元気出してください。笑顔ですよ、笑顔」

「このタイミングでそのセリフを言われると皮肉にしか聞こえない……SAY☆いっぱい輝こうとしても乾いた笑いしかでねえ」

「下手したらホントに星になりそうですもんね」

「ならないしなりたくねえよ。運命のドア開けるのはシンデレラだけで十分だ」

「ああ、そうそう。前々から言おうとは思っていたんですけど、Pさんってアレに似てますよね。サンテグジュペリの小説に出てくるやつ」

「誰が星の王子様だ!どんだけ僕のこと星にしたいんだよ!」

「いえいえ。わたしはただ、星を見るたびにPさんを思い出したかっただけです」

「すげえロマンチックなこと言われてるのに、全然嬉しくない……むしろ普通に嫌だ」

「どうして?良いじゃないですか、星の王子様。”大切なものは、目に見えない”とか凄いシンプルだけど王道な感じがしません?」

言い淀むPに、大股一歩踏み込むちひろ。
身長差によって、ちひろが下から上目遣いで顔を覗き込むような形になる。妙に気恥ずかしくなったPはちひろから視線を逸らし、一歩後退して言葉を返した。

「そりゃあ、名作だとは思いますよ。あれを読んでると童心に帰った気分になれますから。でも、あの作品を真に読み込むべきはちひろさんの方でしょう」

「……と言いますと?」

「ほら、あの話に出てきたじゃないですか。数の勘定ばかりしてる実業家。あれ、ちひろさんそっくり────」

「えいっ!!」

「痛ってええええええええっ!いきなりなにしやがる!」

ちひろはPの顔に手を伸ばすと、そのまま頬を勢いよく抓った。
少し赤くなった頬を痛そうに擦る彼からそっぽを向き、不満そうに呟くちひろ。

「乙女心がわからないPさんには良い薬です。反省してください」

「は、はあ……なんだかよくわかんないけど、わかったことにしておきます」

「気をつけてくださいよ。あんまり鈍感だと、わたしがいても庇いきれませんからね。とぼけた振りばかりしていると────」

「………………」

「刺されますよ。後ろからグサッと」

「……肝に銘じておきます」

沈痛な面持ちのPを横目に、ちひろは事務所出口へと歩を進めて行く。憂鬱な気持ちになりながらも、取り残されないよう後を追うP。物品や書類の隙間を縫うように進んで行く中、Pは左手に違和感を覚えた。
手の甲に視線を向けると、かぎ爪でひっかいたような痕がある。
おそらく、掃除道具入れの中で引っ掛けでもしたのだろう。慌てていたし、なにより興奮していたからすぐに気がつかなくても無理はない。

「この程度なら──僕は大丈夫」

呟いた言葉を、自分に言い聞かせる。
立ち止まっていたPを心配してか、ちひろが振り返った。

「Pさん、どうかされましたか?」

「いや、なんでもない……早く二人の後を追おう。あの調子じゃあ、軽い喧嘩で終わりそうもない。大事にはならないだろうけど、心配だ」

「ええ、急ぎましょう」

二人はまゆと凛の行方を追う為、歩き出した。
Pはもう一度、自身の左手に視線を移す。
そこにあるはずの傷は、すでに影も形もなくなっていた。

5
夜の世界は、人工の光に彩られている。
天気は快晴。無数の星が夜空に浮かび輝き、唯一無二の美しさを放っている。だが、きらめく星々の輝きも観測する者がいなければ意味がない。そこかしこで動き回る大勢の人は、今日の空模様に興味を示そうとせず、皆足早にどこかへ向かっていた。これから始まる世紀の一戦など、知る由もないだろう。
涼やかな風が吹くオフィスビル屋上で対峙した紅と蒼は、互いに睨み合ったまま相手の出方を窺っていた。

「どうする?今ならまだ引き返せるよ」

「引き返す?うふふっ……凛ちゃんって意外とジョークが上手いんですねぇ。今のは少し面白かったですよぉ」

「引く気はない……か。なら、仕方ない」

二人の距離はおよそ十メートルほど。
常人にとっては、遠距離武器がなければ攻撃を加えるのは難しい距離。
しかし、彼女達なら一瞬で縮めることのできる距離。

「この世界ではあんまり使いたくないんだけど、相手が相手だしね。本気でいかせてもらうから」

凛が右手を宙に翳すと、周囲の空間が歪み始めた。
空中に亀裂が生じ、次元の狭間から蒼穹の剣が姿を現す。


「"魅せて"あげるよ────蒼の力を」


凛は七十センチほどの長さの西洋剣を掴み取り、天に掲げた。
主の呼び声に応じた剣は、蒼く発光する。
強い光は凛の服装や装備を騎士として相応しいものに変換させた。

「必ず打ち勝ってみせる!プリンセスブルーの名にかけて!」

剣をまゆに突き付け、宣誓する凛。
しかし、大気を震わす蒼の力を前にしても、まゆは動じない。冷静な動作で懐にしまってあったカッターナイフを取り出すと、刃を伸ばして凛に突き付け返した。

「ふふっ、こんな感じでいいですかぁ」

「……ふざけてるの?そんな得物で決闘なんてできるわけない。待っててあげるから、早いとこ武器を用意しなよ」

「ふふっ……うふふふふふっ……あははははははっ!」

突然狂ったように笑い出したまゆに、鋭い視線を向ける凛。
嘲り笑う姿に腹を立てた彼女は、怒りの感情を込めて問う。

「恐怖で頭がショートでもした?」

「違いますよぉ……対等だと思い込んでる凛ちゃんがあまりにもおかしかったから、つい笑っちゃっただけ」

「…………」

「これから始まるのは、夢を現実にするためのファーストステージ……まゆとPさんを結ぶ赤い糸を断ち切ろうとする悪い子に、お仕置きする時間なの。つまり、凛ちゃんはぁ────」

口角を吊り上げ、妖艶に嗤うまゆの身体から紅色のオーラが溢れ出す。


「一方的に躾けられる立場ってこと!」


お互いが戦闘態勢に入ったことを理解した凛は、正面からまゆに突っ込んだ。
自身の力量を過信していた節もあったのだろう。敵の武器がカッターナイフ一本という貧弱な装備であることも、彼女を強気にさせた。

「できるものならっ──!」

凛の踏み込みは完璧だった。
人間離れした速度で駆け、敵を剣の間合いに入れるまでおよそ一秒弱。そこから剣の腹でカッターナイフに一閃を繰り出すまで、瞬きほどの時間もない。
刹那の攻防に凛は勝利した。
蒼穹の剣は容易くまゆの武器を弾き飛ばし、この決闘に終止符を打つ。

はずだった。

「────っ!?」

獲ったと確信した瞬間、まゆがくすりと笑った。
悪寒に襲われ、凛は防御態勢に移行する。振るおうとした剣を胴体の防御に回したのと同時に、彼女の身体は遥か後方に突き飛ばされた。
屋上入口の壁に叩き付けられた凛は、衝撃で身動きが取れない。コンクリートの壁にめり込んだ身体を必死で引き剥がそうとするも、想像以上のダメージを受けた影響からか、自由が利かなかった。

「さっきのは……一体……」

不敵な笑みを崩さず、ゆっくりと歩み寄って来る眼前の敵を視界に入れ、凛は思考した。
何故、自分は攻撃を受けたのか。どうして相手の攻撃が見えなかったのか。先ほどの攻撃を見る限りまゆは念動力系の能力者だが、どうして遠距離からの攻撃ではなく、至近距離からの攻撃を試みたのか。
相手との距離が近い方が威力も増すということなら、こちらも距離を取って戦えばいい。
しかし、まゆの能力がそんな単純なものでないことは察しがついていた。


「念力で吹き飛ばされたというより、あれはむしろ────」

透明な壁に突き飛ばされた、の方が近い。
先ほどの攻撃を、凛はそう解釈した。

「まさかこの程度でギブアップなんてしませんよねぇ。ちょっと押したぐらいで鳴かなくなるなんて、しつけ甲斐がありませんよぉ」

優雅な足取りで近づいて来るまゆに負けないよう、強気な姿勢を崩さない凛。
力づくで壁から抜け出すと、蒼の少女は剣に蒼炎を纏わせる。

「当然……本番はこれからだよ」

「そうこなくっちゃ」

夜が深くなり、闇は濃くなっていく。

二人の少女はまだ知らない。

シンデレラを決める夜の舞踏会は、まだ始まったばかりだということを。

こ↑こ↓まで
まったりやります

なんやこれ…(愕然)

85度ぐらい話の方向が変わってて草

え?大体予想できる展開だろう……
85度も曲がってもないと思うんですけど……

めっちゃ森久保が書いてそう

乙、能力者バトルになってて草
しぶりんの中の人Diesでヒロインするんだよな
まゆから溢れる大幹部のオーラ…アイドルが能力者なのは基本だよな

765でも普通のことだしこの世界でも常識だべ

凛はシンデレラガールの力があるし互角以上は戦えるな

いつものモバマスだ(白目)

シンデレラガールズでこれだけの能力者がいるんだから、少数の765勢は一騎当千なんだろうな

765はなぁ・・・

空から青いレーザーが大量に降ってくる歌姫とか
目を合わせた相手をなんでも思い通りに出来る赤いリボンとか
覇王翔煌拳とか
A級ジャンパーとか

・・・おかしいな、格ゲーに居ても不思議じゃないんだがwww

PCS、TP、ポシパ、ラブデス、Lipps、ヴァルキリア、蘭子&飛鳥、みく辺りは能力者だろうな
まゆは愛が重いので一方通行的な能力なのが似合ってるな

みくは能力者(無能力者)

>>59
あれはヒロインでいいのか?

765には動物(妖怪なども含む)を使役するのもいるしな
あとはカビゴンもびっくりの瞬時睡眠でhpを回復するのもいるし
穴をどこまでも掘れるのもいたり…あれ?346アイドルがどれだけいても勝てる気がしないぞ…

伊織「アイドルっていったい何なのよ!」

アイドルとは偶像…かな

あ!太陽拳使えるいおりんだ!

ここまでサイキッカー、でしてー無しとは

茄子さんがどんだけ運が良かろうがよしのんがすごかろうがどうにもならない場合はいくらでもあるし346勢じゃ勝ち目ないな

6
鉄の城を登る二人の足取りは重い。
まゆと凛がエレベーターで屋上に向かったことを察したちひろとPは、非常階段から屋上を目指すことにした。彼女達と同じようにエレベーターを利用して屋上まで行くと、入口で鉢合わせする可能性があったので、仕方がないと割り切るしかなかったのだ。

「Pさん、もう少しで屋上ですから頑張ってください」

「はあ……はあ……どうしてそんなに元気なんだよ。あんた、普段は運動なんてしてないじゃないか」

「こう見えて、身体の使い方には心得があるんです。良ければ今度、ご指導しますけど」

「いや、いい。遠慮しとく」

「それは残念。でもこの階段ぐらいは気合で踏破してくださいね」

「わかってるよ。身から出た錆だからな」

346プロのオフィスビルは、近隣にあるアイドルプロダクションの中でも群を抜いた高層となっている。途中の階まではエレベーターを使用したとはいえ、屋上まで行くとなればそれなりの階数を重ねなければならない。
Pは運動を蔑ろにしていた日頃の自分を呪うしかなかった。

「……Pさんは」

「何」

「二人をどうするおつもりですか」

「どうするって……それは──」

「このまま屋上に行ったとして、わたしたちにできることは精々説得することぐらいです。
もし失敗したらなにをされるかわかりませんし、最悪の場合、電撃入籍することになるかも」

「ははっ、笑えない冗談だ」

「最悪の場合は……です。わたしも最善を尽くします。彼女達も段階を飛ばして、Pさんを手籠めにするようなことはしないでしょう」

「えらく物騒な言葉が聞こえた気がするんだが……まあいいや。結局のところ、二人をどうするのかってことが知りたいんだろ」

「はい。今後の方針を固めるためにも──是非」

ちひろの声のトーンは重く、低い。
先導する彼女の背に向かって、Pは言う。


「だったら答えは決まってる。僕はあいつらを止める──それだけだ」


淡々とした足取りで進んでいた、ちひろの足が止まる。

「……仮に自分が危険な目にあったとしても?」

「そりゃできることなら危険は避けたいし、逃げていいなら迷わず逃げるよ。でも生きてりゃ、一度や二度くらい危険な目に合うことくらいあるだろうさ。それが担当アイドルに関わることだっていうなら──」

一拍置いて、Pは口を開いた。
自身の決意をしっかりと形にするように。

「別に、許せるしさ」

彼の言葉を心の中で反芻したあと、長い沈黙の末、ちひろはリアクションを返した。

「……はあ、相変わらず胸がむかつきますね」

「何故!?今の会話にむかつく要素なんてあったか!?」

「優しくて、優しすぎて、胸がむかつきます。まあ、別にいいですよ。Pさんが自分で決めたことでしたら、わたしがとやかく言うことはありません。ええ、全然構いませんとも。どうぞご自由に──といった感じです。これから屋上に着いて、まゆちゃんと凛ちゃんに乱暴されるのだとしても、大した助力はないと思っていてください。事務員であるところのわたしにしてみれば、今回の件は管轄外ですから。礼もなし、挨拶もなしで帰っていただいて結構です。後片付けだけはしておいてあげますので、遠慮はいりません」

「……世話かけるな」

「いいですよ」

階段を数段上って、彼女は振り返る。

「でも、これだけは忘れないでください──」

目は口ほどにものを言う。
見つめ合うことで、ちひろはPに自身の想いを伝えようとしていた。

「あなたが自分を犠牲にすることで、傷つく人もいるってこと」

憂いを帯びた瞳は、若干潤んでいる。
それに気がつかない振りができるほど、Pは鈍感でもなければ察しが悪いわけでもなかった。

「ごめん」

「謝らないで。あなたはあの娘たちのプロデューサーなんだから」

「…………っ!だけど僕は!」

「大事なのは優先順位。どちらを優先するべきか──わかりますね」

「……はい」

そこから屋上に到着するまで、互いに無言のままだった。
非常階段を昇り切り、裏口からオフィスビル屋上に出ると先客がいた。対峙しているまゆと凛は、睨み合ったまま動きを見せない。感ずいてる様子もないので、その隙に二人は屋外ユニットの陰に身を潜めた。

「どうやら間に合ったみたいですね」

「これからなにが始まるんだ?」

「学園異能バトルも真っ青な、人知を超えた死闘です」

「……なっ!?だったら隠れてる暇なんかないだろ!今すぐ止めないと!」

「いえ、まだ動くべきではありません」

「どうして!事が始まってからじゃ、手遅れになる!」

「事はとうの昔に始まっていますよ。あなたが思うよりもずっと前から、導火線に火はついていた──ただ線が長かっただけで、いずれ爆発することはわかっていたんです。手遅れにしたくなかったのなら、ただ”消せば”よかった。しかし、あなたは”消そう”とはしなかった」

「…………そ、それは」

「もう爆発したんですよ、Pさん。悪いことは言いません……事後処理をしたいのなら、今は大人しく彼女たちの様子を見守りましょう。機は必ず訪れます」

「だと良いんだけどな。なんか妙に胸騒ぎがするんだよ」

「至極当然の反応ですよ、それは……あっ、凛ちゃんが動くみたい!」

蒼色の剣を構えた凛が、まゆに向かって正面から突っ込んで行く。
対するまゆは片手にカッターナイフ一本だけという、貧弱な装備だ。

「まゆっ!」

「ダメです、Pさん!」

飛び出そうとするPの腕を、強く掴むちひろ。
一瞬の攻防は、その間に決着した。
凛がコンクリートの壁にめり込んだのを見て、Pは驚愕する。何故なら、常人では致命傷になり兼ねないほどの衝撃であるにも関わらず、彼女が平気そうな顔でそこから抜け出そうとしていたからだ。

「嘘だろ、おい……あれじゃまるで──」

「人間じゃないみたいだ、ですか」

「っ!?」

「図星のようですね。でも心配いりません。彼女たちは正真正銘、人間ですよ」

「あんな速度で動ける人間がいてたまるか!仮に存在するのだとしても、凛の身体では不可能な動きじゃないか!」

「でも今、凛ちゃんが動いてるところを見ましたよね」

「い、いや……だけどさ」

「不可能じゃないですよね」

「………………」

言葉に詰まるPにわかるよう、ちひろは先程の攻防を解説することにした。
教え子に指導する教師のように、我が子を諭す母のように、わざとらしく人差し指を立てる仕草も忘れずに。

「これは推測ですが、おそらく凛ちゃんは強化系の能力者です」

「強化系って──車より早く走れるようになったり、岩を砕けるぐらい力強くなったりするアレのこと?」

「概ね、その解釈で間違いありません。先ほどPさんが言った通り、どんな鍛え方をしても人間には限界があります。ですが、筋力とは違うものを出力に上乗せすることで、限界を容易く突破することができる人たちが存在するんです」

「それが強化系の能力者か」

「はい。単純な身体能力強化だけでは今の速度は出せませんし、別次元干渉を行って物体を呼び寄せるなんて不可能……多くの能力者を目にしてきましたが、これほどの使い手には会ったことがない」

「ああ、その点に関してだけは同意する。僕もあんな人間にはあったことがない。でも今の説明は凛についてしか語ってないだろ。まゆはどうなんだ」

「本当に一瞬だったのではっきりと断ずることはできませんが、まゆちゃんも能力を発動させたはず……貧弱な武器しか所持していない余裕振りから察するに、彼女は念動力系の能力。しかし、まゆちゃんは──」

顎に手を当て思案する素振りを見せるちひろ。
彼女が若干俯き、暗い表情となったのをPは見逃さなかった。

「勿体ぶらずに教えてくれ。今は少しでも情報が欲しい」

「いえ、確証のないことはあまり口にしたくないので……それよりPさん、気がついてますか」

「え……えっと、なんのことだ」

「Pさん、敬語禁止──ちゃんとできるようになったんですね」

両手を合わせて目を輝かせるちひろは、ここではないどこか別の場所を見ているよう。大胆に顔を近づかせてくる彼女から離れるため、Pは大きく仰け反ることになった。

「本当なら年上にため口なんて柄じゃないんだけど、まあ非常時だし、気を遣ってばかりだと逆に迷惑かと思ってさ」

「またまたぁ、クールぶっちゃって。本当は恥ずかしかっただけでしょう」

「口は災いの元って言葉知ってるか」

「災い転じて福と為すともいいます」

「………………」

にやつくちひろから無言で視線を外し、Pは戦闘を続ける二人に目を向ける。超人的な身体能力を誇る凛を、いとも簡単に吹き飛ばしてしまえるほどの力。それがどのようなものにしても、まゆが一筋縄ではいかないことは容易に想像がついた。

彼にできることは、あまりにも少ない。

7
蒼炎がうねり、剣が煌めく。
凛は剣に炎を纏わせると、眼前の敵を見据え構える。
中段の構えから大きく剣を振り被ると、そのまま一閃。横薙ぎに振るわれた剣から、鉄をも切り裂く衝撃波が放たれた。蒼炎が加わった空気の刃は、まゆ目掛けて一直線に飛んでいく。
凛の攻撃は至ってシンプル。
対抗策を講じなければ、致命傷は間違いない強力な一撃。
しかし、まゆは前進を止めなかった。
それどころか、腕を上げようともしない。

ノーモーションで自身への攻撃を掻き消し、確実に歩を進めて行く。

「なんですか、それはぁ。ごっこ遊びなら余所でやってください」

「……遠距離でもダメ、か。厄介な能力だね」

余裕と慢心ばかりのまゆとは対照的に、凛は冷静だった。
自分の攻撃が通用していないことを悟ると、すぐ別の攻撃方法を模索して、実行に移そうとする。蒼の力だけに頼らず、自らの頭脳とセンスで活路を見出そうとするのが彼女の戦闘スタイル。

「なら、次は出力を上げて──」

足に力を集中させると、地面を踏み抜いて駆け出す。

「叩くっ!!」

正面が駄目なら側面からの攻撃を試せばいい。
まゆの左側に回り込み、手心のない全力の一撃を打ち込む。

が、剣はまたしても見えない壁に阻まれた。

「くっ────!」

「無駄ですよぉ。薄汚い雌犬の牙なんて届きません」

「どうかな。そんなこと言って、あとで吠え面かいても知らないよ」

「あら、鳴くのは凛ちゃんの役目だと思ってましたけど、違うんですかぁ?」

「……上等っ!!」

凛は見えない壁に向かって、連撃を繰り出す。
ただ闇雲に剣を振るっているのではなく、見えない壁の耐久力を確認する意味も込めて、ひたすら攻撃を続ける。
一撃が必殺の威力を持つ斬撃。
それが数十も襲い掛かってくるのだ。如何な手練れであっても、全てを完璧に捌き切るのは不可能に近い。

「気が済みました?」

だが、まゆは全ての攻撃を防ぎ切った。
指一本動かさず、じっと凛を見つめるだけで成し遂げてしまった。

「────っ!?」

「うふ……今度はこっちの番」

まゆの気が爆発的に高まったのを感じ取り、凛は全力で跳躍。十メートルほどの距離を空け、先ほどと同じ轍は踏まないよう警戒する。
次の攻撃に対応するため、空から下界を見下ろしていると顔を上げたまゆと視線が合った。

「お空まで飛べるなんて、過ぎた力。けど、まゆには通じない」

まゆは片手を上げ、滞空している凛に向かって伸ばす。
手の平を彼女に向けると、強く願った。
堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ──と。
それはまるで、星を掴むような動作だった。
それはまるで、人を蝕むような呪詛だった。


「アレを落としなさい──”エヴリデイドリーム”」


来るという確信があった。
だからこそ、ここが上空十メートルの高さであろうとも、油断が生まれることはない。
凛の持つ蒼の力は、彼女に未来予知に近い直感を与えている。
己の身に迫る危機に対する構えは万全であり、盤石。

「来るとわかっていれば、弾き返すぐらい──!」

しかし、彼女は知らなかった。

この世には、常に想像を凌駕する”夢”が存在するのだということを。

「えっ…………」

念動力にばかり集中していた凛は、正面に突然現れた人型の物体に呆気を取られてしまった。
マネキン人形に酷似した造形をした人型は、全長二メートルほどの大きさがあり、目と口がない。人と全く変わらないのに、どこか不気味な雰囲気を感じるのは、本来なら在るはずの部分がないからだろう。
まゆが呼び出した人形は両手を組み、拳を大きく振り上げると凛に向かって振り下ろした。いわゆるダブルスレッジハンマーである。
剣で防ぐことには成功したので、頭部への直撃は避けられた。だが予想外の攻撃を完全に受け止め切れたわけではない。凄まじい強度を持つ一撃を喰らったことで、凛は地上に叩き落とされた。
上空十メートルの高さから受け身も取らずに落下したことにより、常人には耐え難い激痛が彼女を襲う。

「がはっ…………」

このまま意識を失ってしまった方が、楽になれる。
目を閉じて、明日のことを考えればいい。それだけで全て片が付く。朝食は何にしよう。ああ、ハナコの散歩も忘れちゃダメだ。学校ではそれなりに勉強しないと体裁保てないし、シンデレラプロジェクトのみんなといつも通りスケジュールこなさないと、あいつが無駄に心配するかな──あれ、あいつって誰だっけ。

瞬間、世話焼きのバカ面が脳裏に浮かんだ。

「あいつの、仕事量に比べれば……これしき、大したこと……ない……」

痛む身体に鞭打って、剣を杖にしながら立ち上がる。
ダメージは蓄積されていたが、余力はまだ十分に残っていた。

「決まりだと思ったんですけど、意外とタフですねぇ。強化系だということはわかっていましたが、まさかここまでとは──益々放置できなくなりました」

「頑丈なのは誰かさん似でさ……いつから似てきたのか、見当もつかないんだ」

必死に立ち上がる蒼の少女に、まゆは無慈悲な視線を送る。

「……今後Pさんに近づかないと固く誓えるのなら、この場は見逃してあげてもいいですよぉ。まゆも弱い者いじめしたいわけじゃありませんので」

紅の少女の提案を無視して、凛は再び剣を構えた。
まゆの傍には、マネキンに似た人形が主を守るように佇んでいる。剣を構えるということは即ち、戦う意志があるのだと示すことに他ならない。
戦闘を続けるということは、彼女の傍らで意志もなく存在する人型と再戦することを意味していた。

「ホント、無理させてくれるよね。全部終わったら、愚痴の一つは言わせてもらわないと割に合わないな」

「……まだ答えを聞いていませんけど」

中段に構えた剣に左手を添え、蒼の少女は大きく深呼吸。
倒すべき宿敵を瞳に映し、己の枷としていた拘束制御術式を解放する。
すると先程とは比べ物にならないほどの気が溢れ出し、彼女を覆っていく。蒼の力はもはや目視できる濃度にまで達しようとしていた。

「…………どうやらまだ躾が足りないみたいですね」

空気中に広がっていく蒼色の気の濃さに、顔をしかめるまゆ。
艶やかな長髪をなびかせ、凛はセカンドステージの幕上げを高らかに告げた。


「来なよ、夢見がち。あんたとPを繋ぐ妄想の糸は、ここで断ち切る!」

ここまで
ゆっくりになりますが、最後までやります

え、まゆはスタンド?

具現化系や複合タイプの能力者かまゆ
Masque:Radeのセンター争奪が能力者バトルなら死人が出そう

某強欲の人造人間もありえないなんことはない言ってたしアリエールなんだよきっと(白目)

どうして、蒼の歌姫は皆空を飛ぶのか・・・

明日で一ヶ月だぞ

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