モバP「胸の奥の錘」 (16)
二宮飛鳥くんのssです
モバP「何もかもが嫌になって」
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モバP「人類は今、週末を迎える…」
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モバP「週の半ばの燃えない煙草」
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上記のssの設定を引き継いでいます。
地の文あります。
よろしくお願いします。
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チク、タクと時計の秒針が自己主張を止める様子はない。
現在時刻は午後5時、場所は346プロダクション第5芸能課の事務室。
今日の仕事は終わったっていうのに、会議があるからと帰宅は許されなかった。
書類仕事は終わらせた、営業なら午前中に回った。
早く帰りたいから早く仕事を片付ける、当然のことだ。
それが裏目に出た。会議までの時間はまだまだ余りある。
「その…P」
ボーッとする俺の視界正面、平行からわずかに下方向から不満げな声を挙げたのは、この第5芸能課に所属するアイドル、二宮飛鳥だった。
「…………」
部屋の中央のテーブルを挟んで置かれているソファ、その片方に俺と飛鳥は並んで座っていた。
「…無視は良くないと思うんだが……それと、その、それ、やめてくれないか」
その顔に困惑を隠し切れず(というか隠すつもりもなさそうだ)、飛鳥はこちらに苦言を呈する。
「…それって?」
手を動かさず、目だけを飛鳥の目と合わせ訊ねる。
「…だからその…ボクの髪を、弄るの」
「……エクステには触ってないぞ」
そう言いながら、彼女の綺麗な橙の髪に伸ばした手は止めなかった。
止めたくなかったし、もしかしたら止まらなかったのかもしれない。
事の顛末としてはこうだ。
仕事を終え、手持ち無沙汰になったところにソファで雑誌を読む彼女が目につき、隣に座り、その髪に手を伸ばした。
たったそれだけのことだった。
「…確かにエクステじゃない、けど」
「…………」
手は止めない。
「だってその、急だろう、どうしたってこんな…」
「…………」
手は止まらない。
「…ボクをからかってるのかい?」
「…………」
手は止まらない。
彼女が何を言っているか聞き取れなかった。
俺は疲れているんだろうか、そんなはずはない。
嫌なことには慣れているはずだ。
喉に引っかかった錘が胸の奥でぶら下がっている感覚。
目の前の彼女はこちらを覗き込んでいる。
心配しているフリでもしているんだろうか。
フリじゃないだろう、本気で心配してくれているのだ。
そんなはずはない、心配しているように見えるが、どうせ俺のことなんてこれっぽっちも分かっちゃいないんだ。
ただ無意味な愚痴と嫌味が頭の中で反芻される。
言いたいことははっきり言え。
触られるのが嫌なら嫌と言え。
不潔だと、気持ち悪いと、不快だと。
何だったらそれを上の人間に報告しろ、俺をこの会社にいられなくしろ。
そうすれば楽になれる。
「嫌だったら言え」
「……えっ…と…」
彼女はやはり困惑した後、曖昧な表情で返した。
気を遣っているんだろう、そんな必要などないのに。
嫌なら嫌と、言えばいいのに。
自分勝手な考えだなんてこと、百も承知だ。
気を遣うななんてこと、無理に決まってる。
実際嫌だろうが、そんなこと正面切ってハッキリ言えるわけがない。
八つ当たりだ。
分かってる。
それでも頭の中の言い訳と周囲への攻撃は止まらない。
仕事を辞めるわけにはいかない、そんな無責任なことが出来るわけがない。
だから、誰か俺を辞めさせてくれ。
俺を自由にしてくれ。
「仕事、辞めたいな」
ぽつりと、口から溢れた。
目の前の少女に聞こえるようにわざと言った。
いつもならこんなこと思っても口に出すようなことはない。
だからきっと、わざと言ったんだろう。
彼女は呆然としていた。何を聞いたか信じられないと言った様子で。
分かってる、こんなことを彼女に言ったところで何も解決しないし、彼女を困らせるだけだ。
プロデューサー失格だ。そうだろう?
だから、この止まらない手をこの会社に報告してくれ。
錘を外してくれ。
「それで、今日はそんな思い詰めた顔をしていたのかい?」
彼女からの返事は、結論ではなかった。
その質問に意味はあるのか。
答えなきゃダメか。
どうだっていいだろう。
この答えを聞かなきゃお前は死ぬのか。
「俺がいなくなろうと、俺が死のうと、お前には関係ないだろ」
会話は、したくなかった。言葉を出したのは俺からだったのに。
手は止めない。
手は止まらない。
孤独だ。
誰も、俺のことなんて分かってはくれない。
理解してほしい、共感してほしいなんてことは言わない。
そんな言葉で得られるものは理解のフリだけだ。
誰も本当の意味で理解なんてしてくれるわけがない。
ああしろ、こうしろ、と言われるのが嫌だった。
踏ん反り返って、「お前のやりたいことをやれ」と言われたとしても、そう言われた瞬間にやりたいことをやりたくなくなってしまうと思う。
何もしたくなかった。
あるだろ、そういうこと。
な?共感しろよ、おい誰か。
頭の中では、そんな小芝居ががった独白まで展開され始めた。
少しも笑えはしなかった。
「ボクが死んだら、どう思う?」
「は?」
目の前の少女が急に、そんなことを言い出した。
全く予想外の返しだったから、短い言葉での返しとなってしまった。
「どう思う?」
「…悲しいに決まってるだろ」
そう、悲しいに決まってる。
当たり前のことを聞くなと、不機嫌な声色になってしまう。
「そうかい」
彼女はただそれだけ返した。
言葉はそれだけだったが、それと同時に今度は身体も動いていた。
彼女の髪に伸ばしていた手を掴まれ、ぐいと引っ張られた。
身構えていなかったので、座っていながらにバランスを崩し、彼女の方に倒れかかる。
当然、俺の体の倒れる先には彼女がいて。
本当に急で理解が追いつかなかったが、どうやら俺は今、彼女の胸に頭を預けている形になるらしい。
「…ふふ、おかえし、だね」
そう言いながら、彼女は抱え込むようにして俺の頭を撫でる。
人に頭を撫でられるなんて、何年振りかも思い出せない。
ただ、この不思議な安心感は、頭の中で鳴り響く雑音を吹き飛ばすには十分だった。
チク、タクと時計の秒針が自己主張を止める様子はない。
水平から随分傾いた視界は、テーブル向かいの誰もいないソファをボーッと見つめていた。
ただ、髪に触れる優しい手の平の感覚は、体を預けている14歳の少女の姿をはっきりと認識させた。
「ボクも、キミがいなくなったら悲しいよ」
優しい声だ。そう思った。
「会議までまだもう少しある。たまには居眠りも、いいんじゃないかな」
全てを許された気がして、認められた気がして。
理解してくれたような、気がして。
目頭に熱いものを感じながら、瞼が落ちた。
目を覚ますと、彼女を見上げる形で視界が開けた。
「起きたかい?」
「…会議は」
「大丈夫、今から行けば十分間に合うよ」
時計を確認すると、確かに丁度いい時間だ。準備をするために起き上がる。
乱れたスーツを正し、ネクタイを締め直し、デスクの上に広がっていた資料をまとめる。
そして、彼女に向き合う。
「気を遣わせてしまったな」
素直に謝るのも気恥ずかしくて、誤魔化すような言い方になってしまった。
「素直になってくれないと、理解らないよ」
その言葉は、きっと真実で。
悪いところを指摘された子供のように、何だかバツが悪くて。
「…ごめん」
ごめん、なんて言葉も随分久しぶりな気がする。
「ああ、それで会議はどうする、何ならボクと一緒に帰るかい?」
いたずらに笑う彼女に苦笑を返し、まとめた資料をファイルに入れて。
「行ってきます」
理解されたい、なんて幼稚で贅沢な願いはきっと叶わないけど。
彼女の少し赤くなった目尻を見て何となく嬉しくなることくらいは、許してほしい。
終わりです。
飛鳥くんに甘えてえなぁ…
おつおつ
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